2011年8月3日水曜日

2011.08.03 わが友に贈る

未入会の家族など
支えてくれる人に
日頃の感謝を伝えよう!
私たちの成長の姿こそ
最高の仏法の証明だ。

四条金吾殿御返事 P1121
『法華経を一字一句も唱え又人にも語り申さんものは教主釈尊の御使なり、然れば日蓮賎身なれども教主釈尊の勅宣を頂戴して此の国に来れり、此れを一言もそしらん人人は罪を無間に開き一字一句も供養せん人は無数の仏を供養するにもすぎたりと見えたり』

◇希望の明日へ
生命も、社会も、人生も、変化また変化の連続である。一瞬としてとどまることがない。無常である。この実相を自覚せず、変化への対応を怠れば保守となり、硬直となる。それでは仏法の実践者とはいえない。大切なのは、この変化を、つねに価値と勝利の方向へ向けていく知恵である。信心根本の深き知恵ある人は行き詰まらない。変化即発展、変化即勝利へと転じていける。

▽強盛な信心に立て!時代の波に足を取られてはならぬ−恩師。大生命力だ
▽「帰らむには第一・心に深き用心あるべし」御書。帰宅も帰省も絶対無事故

☆全国通信員会議へのメッセージ
わが聖教新聞の宝であり、力であり、そして命である、尊き全国通信員の皆様方に、私は最大の敬意を込めて、メッセージを送らせていただきます。
きょう発表される、東北と信越の代表の方々の素晴らしい活動報告の内容も、私は感銘深く伺いました。日本列島の津々浦々で光る皆様のご活躍、いつもいつも、本当にありがとうございます。
東日本大震災を機に、「生きる希望」「生き抜く勇気」を引き出す「言葉の力」があらためて見直されております。
まさしく、言論の真価が問われる時代に、皆様方のおかけで、聖教新聞は、いやまして人間主義の力に漲る言葉を発信しながら、創刊60周年を迎えることができました。各界からも多くの期待と共感の声を、相次いで寄せていただいております。
関西を代表する新聞人の方は、聖教の発展の原動力として「通信員制度」に注目され、驚きをもって賞讃してくださいました。
「通信員が現場で得た情報を紙面に反映している。通信員の活躍によって、聖教新聞が読者にとって、さらに身近なものになっているのではないでしょうか」と。誠に深く鋭く真実を見てくださっています。
聖教新聞は、戸田城聖先生と私の師弟の語らいから生まれました。そして、創刊から3年後に発足した「通信員制度」もまた「師弟の魂」の結晶であります。
それは、あえて申し上げるならば、広宣流布という平和の大闘争の従軍記者、すなわち常に激戦の最前線に躍り出て、戦いながら書き、書きながら戦うという「言論の勇者」の誕生であったのであります。
思えば、日蓮大聖人は、御命にも及ぶ大難の連続の中で、絶え間なく御執筆を続けらおました。
「顕仏未来記」には、『今年・今月万が一も脱がれ難き身命なり、世の人疑い有らば委細の事は弟子に之を問え』(P509)と仰せになられております。
この大聖人の烈々たる御心をしのび、強盛に祈り抜きながら、広宣流布の言論戦には真剣勝負で臨んでいかねばならないと、戸田先生と私は語り合いました。
私自身、戸田先生の事業を支える人知れぬ奮闘の中で、聖教新闇の編集に携わり、書いて、書いて、書き抜いてまいりました。
その私の胸に、いつも燃えていたのは、師弟に貫かれた「通信員魂」であります。私は一生涯、名誉ある通信員の一人であるとの誇りを持っております。
皆様方は、社会や地域、家庭で活躍されながら学会活動の第一線に立ち、その上で通信員として活動しておられます。それが、どれだけ大変なことか、よく存じ上げております。
できることなら、私も今、この困難な時代に、広宣流布の道を勇敢に開いてくださっている同志の一人一人に、直接、お会いしたい。そして、一人でも多く、感動的な体験や活躍の様子を記事にして歴史に残して、日本中、世界中に宣揚して差し上げたい。私は、そういう心情でいっぱいであります。
この私に代わって、勇んで健筆を揮ってくださっている通信員の皆様方に、私は満腔の感謝を捧げたいのであります。
今年、生誕150周年となるフィリピン独立の英雄ホセ・リサール博士は叫びました。
「一番大事なことは、素直な心で考え、感じ、目的のために努力し、考えを伝えるのにペンの力を最大限に活用することだ」(カルロス・キリニ著『暁よ紅に』)と。
「言論の英雄」たる通信員の皆様方が、真心を尽くし、努力を重ねて出稿してくださる一本の記事や一枚の写真は、地味であるかもしれません。しかし、時代を動かす最も確かな力となり、未来永遠に消えざる光明となることは、絶対に間違いないのであります。
『仏は文字に依って衆生を度し給うなり』(P153)とは、私たちが常に生命に刻んできた御聖訓であります。
仏は、文字によって「人間を救う」のです。
この誉れ、この使命、この喜びに胸を張って、聖教新聞とともに、わが人生の黄金の日記文書を一日また一日、創り留めゆけるのが、私たちの人生であります。
どうか通信員の皆様方は、これからも、勇気を綴り、智慧を綴り、文化を綴り、平和を綴り、希望を綴り、悲嘆と不幸から「人間を救う」言論を、私と共に断固として発してくださるようお願いします。
心から信頼する皆様のご健康と絶対無事故、ご一家の栄光勝利を、私と妻は祈りに祈ってまいります。
偉大なる通信員の皆様、万歳!
言論の太陽の皆様、万歳!

◎きょう入会25周年! これまでに感謝、そして、これからも...

2011年8月2日火曜日

2011.08.02 わが友に贈る

友好の拡大が
広宣流布の拡大!
さあ勇んで友のもとへ。
進まざるは後退!
前進こそ勝利!

如説修行抄 P501
『夫れ以んみれば末法流布の時生を此の土に受け此の経を信ぜん人は如来の在世より猶多怨嫉の難甚しかるべしと見えて候なり』

◇希望の明日へ
善悪、正邪を鋭く見抜く知恵、英知がなければ、敗北の人生となってしまう。まして、信仰者は、だれよりも聡明でなければならない。民衆を幸福に導く責任があるゆえに、絶対に悪にだまされてはならない。

☆勇気・団結・執念で勝て
「(大阪事件で不当逮捕された)昭和32年の7月3日に臨んで、私が深く心肝に染めていた御聖訓がある。
それは「法華経の為に御勘気を蒙れば幸の中の幸なり瓦礫を以て金銀に易(か)ゆるとは是なり」(P1371)。すなわち、法華経のゆえに迫害されることは、幸福の中の幸福である。瓦や石ころをもって金や銀にかえるとは、このことであるとの仰せだ。
我ら関西の『7・3』そして『7・17』を貫く信心の魂とは──
第1に、いかなる大難が競い起ころうとも、師匠とともに、師匠のために、喜び勇んで戦い抜く『不惜身命』の勇気である。
第2に、いかなる強敵が立ちはだかろうとも、わが同志を護り抜き、断固として打ち破っていく、一番深い『異体同心』の団結である。
第3に、いかなる逆境に追い込まれようとも、それを大発展の力に転じて、最後は必ず晴れ晴れと勝つ『絶対勝利』の執念である」
「さあ、今再びの前進だ。強盛なる祈りで魔軍を抑えながら、『大法興隆所願成就』の大行進を仲良く朗らかに開始しよう!」(関西の同志に)

2011年8月1日月曜日

2011.08.01 わが友に贈る

勇敢なる青年が
一人立ち上がれば
歴史は変わる!
師弟誓願の8月を
断じて勝ち飾れ!

大悪大善御書 P1300
『大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずともまいをもまいぬべし、舎利弗にあらねども立つてをどりぬべし』

◇今週のことば
1.張りのある勤行
2.無理と無駄のない生活
3.献身の行動
4.教養のある食生活
さあ健康充実の前進を!
2011年08月01日

◇希望の明日へ
時代が動くときも、社会が大きく変わるときも、そこには、必ず、新たな思考の予兆がある。いかなる団体の発展にも、どのような人の成長にも、そこには、必ず新たな発想の芽ばえがあるものだ。まさに春の訪れを告げる"芽ばえ"−それを、どういち早くとらえて、大きく伸ばしていくか。そこに、あらゆる社会、団体の発展の鍵があるし、人材を育て、活動を成功に導く方途がある。新しい発想、新しい思考は、新たな知恵の開発から生まれるものだ。学会も、妙法を根本とし、その時代、それぞれの地域で知恵を働かせ、新思考をもって進んできたがゆえに、今日の大発展があったと思っている。

☆随筆 我らの勝利の大道No.52 青年学会の大生命力
「負げでたまっか!」と勇猛精進する福島青年部の有志は、カモミール(カミツレ)の種を、地域の友人に手渡してきたそうだ。
美しい白い花を咲かすカモミールの花言葉は"逆境に負けない強さ"。
その種が花を咲かせるように、君の人生にも、再びの幸福の花を咲かせよう!
──そうやって、一人ひとりに勇気を送り続けているという。
東北が生んだ、近代日本を代表する思想家・吉野作造は言った。
「生命の力が実に一切の矛盾衝突を解決して行くものであることを忘れてはならない。随って又我々の生活に於ては、此の生命力の涵養を怠ってはならない」
この「生命力の涵養」の最も確かな道を、若くして知り、究めゆく哲人こそ、君たちだ。
わが信ずる君たちよ!
『地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし』(P1310)との御金言を心肝に染めて、青春王者の歴史を勝ち開け!

断固たる
 勝利 勝利の
  この一生
 誇りも高く
  飾り残せや

2011年7月31日日曜日

2011.07.31 わが友に贈る

集中豪雨に
見舞われた方々の
無事・安全を深く祈念。
相次ぐ自然災害へ
万全の警戒で臨め!

一生成仏抄 P0384
『只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし、深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり』

◇希望の明日へ
何事も、知恵が勝利のカギである。知恵ある人はいっさいを使いこなせる。先手を打てる。臨機応変である。マイナスをもプラスに転じる。力は有限であるかもしれないが知恵は無限である。広宣流布の展開も、一面は激烈な"知恵の戦い"である。そして強盛なる無二の信心に偉大なる知恵が備わってくる。現実に局面を開き、価値を創造する知恵こそ、信心の重要な証明なのである。

▽名聞名利の風はげしく仏道修業の灯は消えやすし−御書。日々新たに邁進

☆随筆 我らの勝利の大道No.52 青年学会の大生命力
「青年の気概」──それは、師弟の絆を通して、永遠に流れ通っていくとは、米国ジョン・デューイ協会元会長であられるガリソン博士の洞察である。
先日も博士は、その視点から、誠に貴重な期待の声を寄せてくださった。
「『師弟』の関係を結ぶことによって、そこに常に若々しいエネルギーが湧き出るのです。
戸田会長が牧口会長の精神に生き、池田会長が戸田会長の精神に生きたように、弟子が師匠の精神に生き抜くことによって、組織は若々しく発展を続けることができるでしょう。
とともに、弟子が偉大にならなければ、師匠の偉大さは証明されないというのも事実です。そのためには弟子が受け身にならず、新たな価値創造の挑戦に立ち続けることも不可欠といえるでしょう」

まさしく、弟子が勝たなければ、本当の師弟の勝利にはならない。それには、"ここが自分の使命の戦場なり"と定めた場所から、自ら戦いを起こしゆくことだ。私もそうしてきた。
青年部の拡大は、世界の希望の拡大だ。
「青年部がしっかりしていれば、創価学会は永久に発展する」と、戸田先生が常に言われていたことが、思い起こされてならない。
かつて、私は関西の青年たちに語った。
「私は戸田先生のもとで、あらゆる苦労をしてきた。それが今では、全部、自分の血肉となり、誰人も奪うことのできない最高の財産になっている」
この師弟の底力を、今度は青年諸君が、自分の行動をもって、そして自分の人生をもって、堂々と証明しゆく時なのである。

2011年7月30日土曜日

2011.07.30 わが友に贈る

鍛えと成長の夏。
受験生、頑張れ!
すべては「今」からだ。
きょうを勝つことだ。
悔いなくベストを!

最蓮房御返事 P1341
『日蓮末法の初の五百年に生を日域に受け如来の記文の如く三類の強敵を蒙り種種の災難に相値つて身命を惜まずして南無妙法蓮華経と唱え候は正師か邪師か能能御思惟之有る可く候』

◇希望の明日へ
健康にも幸福にも、知恵が必要である。自分の健康は、ある意味で自分自身が"医者"となり"患者"となって、賢く守っていかねばならない。結論して言えば、「以信代慧」の信心で磨かれた知恵と、"仏法は勝負"との強き一念で進んでいくところに、人生の勝利へのリズムが生まれていくのである。

▽フィリピンの名門・国立パンガシナン大学からSGI会長夫妻に名誉学術称号(312番目)

☆随筆 我らの勝利の大道No.52 青年学会の大生命力
十五年前、中米コスタリカからアメリカに向かう途次、メキシコのベラクルス国際空港で、忘れ得ぬ出会いを刻んだ同志だちからも、嬉しい近況を報告していただいた。
私と妻が空港に降り立った時、「ようこそ!」と日本語で歓迎してくれた可憐な少女も、今や白蓮グループの一員として活躍している。わが同志が一家の経済革命を成し遂げるなど、多くの功徳の実証も、本当に嬉しい。
先月、行われた、訪問十五周年を記念するベラクルスの総会の模様は、地元のテレビでも取り上げられた。
メキシコの大詩人オクタビオーパスは言った。
「勝利の栄光よりも、逆境に直面した時の意志の強さに感動がある」と。
どんな苦難があろうとも、皆で励まし合いながら勝ち越えゆく、我ら創価家族の笑顔ほど、気高く晴れがましいものがあろうか。

今月、はるばると来日して、本部幹部会に参加された南米ペルーの壮年リーダーが、熱く語っておられたそうだ。
──ペルーには、生涯に一度、師のいる日本に行くことを夢見て、信心してきた先輩が大勢おられます。しかし、青年学会を築き、未来のペルー広布の永遠の流れを開くためには、自分が行くよりも子や孫たちに行かせてあげたい、と送り出してくれました、と。
そして、その代表がここにいる青年たちですと、最年少の来日メンバーである二十歳と二十一歳の学生部員を、皆に誇らしげに紹介されたのである。
二人の英才は、日本へ送り出してくれた父母や祖父母たちの思いを胸に、涙ながらに凛然と決意の瞳を光らせていたという。
師か弟子へ、そして、親から子へ、孫ヘ──この精神の継承に、世界広布の命脈がかかっている。

2011年7月29日金曜日

2011.07.29 わが友に贈る

「行学の二道を
はげみ候べし」
広布の闘争の中で
御書を学ぶことだ。
正義の宝剣を磨け!

持妙法華問答抄 P463
『只須く汝仏にならんと思はば慢のはたほこをたをし忿りの杖をすてて偏に一乗に帰すべし、名聞名利は今生のかざり我慢偏執は後生のほだしなり』

◇希望の明日へ
人の心の機微に敏感に、また柔軟に対応し、もっとも価値的な選択を行っていく知恵。それが大切である。「以信代慧(信を以って慧に代う、と読む。智慧のない凡夫も、信心の修行によって、成仏への智慧を得ることができる)」と仏法では説く。その深義はともあれ、幸福には知恵が必要である。知識や学問は即幸福になるとはかぎらない。かえって、それらにとらわれ、幸せへの道を閉ざしてしまう場合さえある。知恵こそ、人間が幸福に生きていく最高の条件である。そのもっとも深い知恵が仏法であり、妙法への信心にすべて含まれている。ゆえに信仰者は、だれよりも知恵者でなければならない。

☆随筆 我らの勝利の大道No.52 青年学会の大生命力
さらにまた、広宣流布を大使命とする創価学会が、いかなる権力の魔性の迫害にも崩れぬ、金剛の基盤を固める大闘争であった。
この攻防戦の重大な意味を、私は知悉していた。
「あえて正視してこそ、はじめて果敢に考え、説き、行ない、事に当たれるのだ」とは、生誕百三十周年の魯迅の言葉だ。
民衆を苦しめる権力の魔性とは断じて戦い、正義を満天下に明らかにしていく覚悟が、獄中の青年の胸に燃えさかっていた。

佐渡御書には『師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし』(P957)と仰せである。
大聖人直結の創価学会であるゆえに、その「師子王の心」を持つ師弟を中心として、難攻不落の民衆の大城を築くことこそ、広宣流布の画竜点晴なのだ。
逮捕から二週間が経った七月十七日正午過ぎ、私は大阪拘置所から、不屈の若獅子となって出所した。
その夕刻、戸田先生と私が共に出席して、中之島の中央公会堂で行われた大阪大会には、突然の豪雨など物ともせず、「横暴な権力は許さない!」と、恐れなき庶民が大結集した。
創価の師弟には、師子王の勇気がある。
──いかに三類の強敵が出来するとも、最後は信心を貫き通した者が、正しい仏法が必ず勝つ!
青年が師子吼した常勝の大確信を、全同志が生命に刻んだ。「絶対勝利の信心」を不滅の学会精神として、相伝していったのだ。

2011年7月28日木曜日

2011.07.28 わが友に贈る

人間共和の都を築く
団地部・地域部の友に
心から感謝!
尊き使命の天地で
幸福責任者と光れ!

立正安国論 P32
『汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ、然れば則ち三界は皆仏国なり仏国其れ衰んや十方は悉く宝土なり宝土何ぞ壊れんや』

◇希望の明日へ
一般的にも、真剣な責任感と努力があれば、何らかの知恵が出てくるものである。まして信仰者に行き詰まりはない。表現についても同様である。ご家庭においても、聡明な言動こそが即、信心の輝きとなる。仏法の理解を広げていく。ご主人に対しても、また未入信のご家族や、ご親族に対しても、相手の心の奥に届くような、人情の機微をとらえた接し方をお願いしたい。そうした知恵は思いやりでもあり、豊かな人間性の表れともいえる。また、お子さんに対しても、感情にとらわれた言い方ではなく、よく考えてあげて、五のうち四は、ほめてあげる、残りの一は必要に応じて注意してあげるくらいの気持ちでよいのではないだろうか。

☆随筆 我らの勝利の大道No.52 青年学会の大生命力
この七月、我らが「青年学会」は、太陽と燃えゆく情熱で、勇気と真心の対話に走っている。

七月は、誠に不思議な宿縁の月である。
日蓮大聖人が正義の諌暁の書「立正安国論」を鎌倉幕府に提出されたのが七月十六日(文応元年)。
牧口先生と戸田先生が、凶暴なる軍国主義と対峙し、逮捕されたのは七月六日(昭和十八年)。
殉教の先師・牧口先生の心を継ぎ、真実の弟子・戸田先生が出獄されたのが七月三日(昭和二十年)──。
この不滅の歴史を思う時、創価の男女青年部が同じ七月に誕生したのは、深い深い意義があったのだ。
そして、昭和三十二年の七月三日──。本来なら、私は東北・福島の浜通りを訪れる願望であった。
しかし、北海道から空路、羽田経由で大阪入りし、全く事実無根の選挙違反の容疑で逮捕されたのだ。
「大阪事件」である。十二年前の戸田先生の出獄と、同日のことであった。
『世間の失一分もなし』(P958)。大聖人の大確信を偲び、青年に恐れはなかった。
私は二十九歳。結核で、「三十歳まで生きられない」と医者に言われた体であった。
その三十歳を目前にしての「王難」である。しかも、当局は学会本部を手入れし、戸田先生を逮捕することさえ狙っていた。
ここで、一人の若き弟子が戦い切るかどうか。学会を護り抜き、師匠を護り抜いて、一人の青年が不撓不屈で勝ち抜くかどうか。
そこに、師弟の宿命の転換がかかっていた。

2011年7月27日水曜日

2011.07.27 わが友に贈る

後輩を尊敬し
自分以上の人材に!
それが学会の伝統だ。
永遠の勝利のために
渾身の励ましを!

生死一大事血脈抄 P1337
『金は大火にも焼けず大水にも漂わず朽ちず鉄は水火共に堪えず賢人は金の如く愚人は鉄の如し貴辺豈真金に非ずや法華経の金を持つ故か』

◇希望の明日へ
いかに知識をもち、情報を収集していても、膨大な情報に流され、かえってそこに自身が埋没してしまっては、何のための情報かわからない。それらの知識を、自在に使いこなしていく知恵が、もっとも大切なのである。その知恵の源泉こそ妙法であり、この情報化社会という荒海も、信心という無量無辺の知恵のカジで自在に乗り切り、悠々と航海していくことができる。ここに、信心の醍醐味があるといってよい。

☆随筆 我らの勝利の大道No.52 青年学会の大生命力
恐れるな
 また恐れるな
  師子の子は
 万里を走りて
  天にほえゆけ

御聖訓には仰せである。
『一度妙法蓮華経と唱うれぱ一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・帝釈・閻魔・法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・一切衆生の心中の仏性を唯一音に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり』(P557)
題目の功力は計り知れない。妙法の音声には、誰人の仏性も呼び覚まし、大宇宙をも動かす力用がある。
だからこそ、生き生きとした勤行・唱題から、一切を始めるのだ。先頭を切って、皆を包み、皆を引っ張っていくような決意で朗々と題目を唱え切るのだ。
弱々しい臆病な声では、魔は断ち切れない。題目はいかなる魔も打ち破っていく最強無敵の利剣なのだ。
わが青年部は、「信行学」の基本を大切にし、題目の師子吼で、断固と勝ち進んでもらいたい。

2011年7月26日火曜日

2011.07.26 わが友に贈る

暑い夏の朝を走る
配達員の皆様に感謝!
広宣流布の言論戦の
トップランナーよ!
どうか健康・無事故で!

崇峻天皇御書 P1173
『百二十まで持ちて名をくたして死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ』

◇希望の明日へ
自分自身が仏であると感得するための御本尊である。そこに観心の本尊の本義がある。この本義に立つとき、"外なる権威"としての僧侶は、まったく不要である。必要なのは一人一人が"自分を知り""希望をもって生きていく"ための善知識である。

☆随筆 我らの勝利の大道No.51 若獅子よ勝ちまくれ
青春は悩みとの戦いだ。大きな使命に生きる真摯な青年ほど、悩みは大きい。
昭和三十六年、わが男子部は、戸田先生のご生前にお約束した十万人の精鋭の結集を目指して、拡大に奮闘していった。地域・社会に学会の正義、仏法の素晴らしさを力の限りに訴え、各地で金字塔を打ち立てていったのである。
だが、折伏は難事中の難事だ。なかなか折伏が決まらず悩んでいる友もいた。
この年頭、私はアジアを歴訪して帰国すると、即座に愛する中部へと走った。その後、訪れた東北では、仙北支部と石巻支部の結成大会、さらに八戸支部の結成大会に相次いで出席した。
仙台市公会堂の控室で、一人の誠実な友が苦しい胸の内を率直に打ち明けた。
──周りを見ると、華々しい結果が出ている。しかし、自分は語っても語っても、なかなか実らない。
そのことに、焦りと不安を覚え、さらには自信さえ失いかけていたのだ。
なんと、健気な同志か。
私は、彼の懸命な努力を讃えつつ、側の人に部屋の窓を開けてもらった。
「見てごらん! 窓を開けただけでも、外には室内とは、まったく違う風景が広がっているものです」
「小さなことにとらわれず、心を大きく広々と開いていけばいいんです」
大事なことは、最高無上の仏法を語る勇気である。相手が信心しても、しなくても、友の心には「仏の種」がすでに植えられている。それは必ず、いつの日か芽生え、実る日が来る。これが、下種仏法である。
折伏ができなくて悩む。その心それ自体が、仏の心である。仏の悩みである。
「煩悩即菩提」であるゆえに、大きく祈り、悩んだ分だけ、自分の境涯は大きく開かれる。
皆、「師子の子」ではないか。何があっても、胸を張り、悠々と朗らかに前進していけばよいのだ。
蓮祖大聖人は、「日蓮が一門は師子の吼るなり」(P1190)と仰せである。

君よ、負けるな!
勇気凛々と語れ!
若獅子よ、勝ちまくれ!

2011年7月25日月曜日

2011.07.25 わが友に贈る

目標を明確に!
昨日の自分とは違う
新しい自分であれ!
宝の一日一日を
悔いなく勝ち飾れ!


御義口伝巻下 P788
『始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり』

◇今週のことば
信心継承の夏!
友好拡大の夏!
生き生きと祈り
はずむ生命で
人間革命の日々を!
2011年07月25日

◇希望の明日へ
学会は善知識の集まりである。広宣流布をめざそう、信心を深めていこう、ともに幸福になっていこう−−その温かい励まし合いの世界である。ゆえに、学会の幹部は、同志に尽くす善知識でなければならない。自分のために会員同志を利用したり、下に見たり、"子分"のように思って使ったり--それは悪知識である。正しい信心を見失わせてしまう。こういう人間に従う必要は、まったくない。

☆皆、張り切って戦え
「人事の交代は、これまでの人と、これからの人の両方が一段と成長する。一段と朗らかになる。そして一段と勝利を決していけるようになる。これが大事だ」
「交代する方には、これまで頑張ってくれたことを心からねぎらい、これまでの功績を心から讃えていただきたい」
「皆、大事な人だ。宝の人材だ。ゆえに、永続性をもって、大きな賢い心で、一人一人をリードしていく。これが根本だ。細かいところまで、気をつかっていくんだ」
「新しい人も、交代する人も、全部、新しい使命であり、任務であると思って、張り切って戦っていきなさい。
一切が、仏になるための仏道修行である。新しく戦っていく人も、若々しく、断じて勝利して、仏になっていくんだ」

「すべての人が元気になり、幸福になり、勝利していく。そのための人事である。学会は、たゆまずに人材を育成していくのである」
(新体制でスタートを切る各地のリーダーに)

2011年7月24日日曜日

2011.07.24 わが友に贈る

同志の健康を祈り
心を砕いていくのが
リーダーの責務だ。
地道な訪問激励ありて
人材の花は咲き薫る!

種種物御消息 P1548
『雨ふりかぜふき人のせいするにこそ心させしはあらわれ候へ』

◇希望の明日へ
愚かな人間と一緒にいては、"心配(憂い)"と"苦しみ"が絶えない。仇とともに住んでいるように危険がつきまとう。これは、世間においても、同じ道理である。いわんや、清らかな仏法の世界にあっては、"善き友"を選ばねばならない。いつもいつも皆に心配をかけるような悪しき友、愚か者とは、一緒にいないほうがよい。悪人をはびこらせてしまえば、仏法そのものまで破壊されてしまう。

☆随筆 我らの勝利の大道No.51 若獅子よ勝ちまくれ
創価の前進もまた、学会歌の響きと共にある。
世界でも広く歌い継がれている「紅の歌」は、魁光る四国で誕生して、今年で三十年となる。男子部時代に、この歌を熱唱してきた友の多くも、今では円熟の壮年部として奮闘している。
現在の男子部歌「若獅子よ 勝ちまくれ」が発表されたのは、ちょうど五年前の七月二十日であった。

♪……誓い果たさむ
     弟子なれば
 永遠にこの道 師と共に
 民衆を救わむ
  誉れの 誉れの旅

この歌の淵源は、昭和四十八年に生まれた愛唱歌「原野に挑む」である。壮年部の世代にとって、これまた同志と共に歌い、「汗にまみれて進む身の 無名無冠に誇りあり」と、互いを鼓舞してきた歌であった。
時を経て歌われる「紅の歌」と「若獅子よ 勝ちまくれ」──。それは、二十一世紀を担い立つ男子部と、時代を開いてきた黄金柱の壮年部とが一つになって進む象徴のように思えてならない。
会館厳護の大使命も、近年、男子部の牙城会と壮年部の王城会が一体となって遂行してくれている。
ドイツの哲学者ニーチェは「時を逸することなく、毅然として行きなさい!」と叫んだ。
今こそ、壮年部と男子部が手をとり、広布の新たな一ページを開く時である。壮年の豊かな「経験」と「確信」、青年の燃えるが如き「情熱」と「行動力」。これらをがっちりと組み合わせれば、その力は、単なる足し算ではなく、掛け算となって倍加していく。 そこに、広宣流布の勢いはいやまして加速し、盤石なる「青年学会」の建設への決定打となっていくことは間違いない。

◎少年少女部の21世紀チャンピオングループの大会で、わが地域の山城英之君が司会を!
勇気の泉にも「心を育むことが未来を開く」と。わが家も親子でしっかり鍛えの夏にしていこう

2011年7月23日土曜日

2011.07.23 わが友に贈る

友情は宝なり!
何でも相談できる
親友を持つことだ。
語り合って進めば
力は倍増する!

撰時抄 P265
『教主釈尊記して云く末代悪世に法華経を弘通するものを悪口罵詈等せん人は我を一劫が間あだせん者の罪にも百千万億倍すぎたるべしととかせ給へり』

◇希望の明日へ
"悪縁"の風に紛動された人生は、夜の雨のように暗い。わびしい。風向きのままに、奴隷のごとく、翻弄され、陰湿な敗北の人生となる。反対に、悪知識と戦い、毅然として乗り越えた人生は明るく、強い。太陽のようにカラッとした、朗らかな勝利の人生を歩んでいくことができる。

☆随筆 我らの勝利の大道No.51 若獅子よ勝ちまくれ
大切な大切な「東北の日」でもある七月の三日、「青葉の誓い」に燃え立つ歴史的な「新時代 第一回東北青年部総会」が開催された。
わが愛する男子部、女子部、男女学生部、そして未来部の友が、東北全土に、いな世界に届けと、大震災に負けない若き不屈の生命を光らせてくれた。
総会では、自宅も職場も全部、失いながら、雄々しく再起して、郷土に大いなる希望の光を放った、東北健児の師子吼があった。
また、華陽の乙女の体験では、大津波で父を亡くした悲しみを乗り越え、弘教を実らせた友のことなどが紹介され、皆の心を打った。

大震災から四ヵ月、歯を食いしばり、一日また一日を戦い抜いてきた大東北の連帯は、あまりにも尊い。
この一人ひとりが、私たちの「宝の中の宝」であり、「誇りの中の誇り」である。この気高き青年たちが健在である限り、何を恐れるものがあろうか。
かつて東北の青年詩人・宮渾賢治は綴った。
「ほんたうにどんなつらいことでもそれがたゞしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんたうの幸福に近づく一あしづつですから」と。
今、創価の青年は、瓦礫や泥濘(ぬかるみ)に怯まず、勇敢に、辛抱強く、一歩また一歩を踏み出している。その足音こそ、皆を「常楽我浄」の幸福の峰へとリードする希望の響きとなる。その足跡こそが、やがて無数の友が感謝を込めて続く、勇気の指標となるに違いない。

2011年7月22日金曜日

2011.07.22 わが友に贈る

御書を拝せば
勇気が湧く。
不屈の力が溢れる。
「行学の二道」で
勝利の活路を開け!

聖愚問答抄上 P498
『一遍此の首題を唱へ奉れば一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる』

◇希望の明日へ
悪知識とは、善知識の反対で、ウソつきであり、人々をだまし、良い心を壊す存在である。そして悪の方向へ、不幸の方向へと、人々を陥れ、正しい仏法の実践を何かと妨げ、邪魔しようとする。こうした悪知識を鋭く見破り、だまされることなく、どこまでも善知識を求めていくことがいかに大切であるか、御書には繰り返し仰せになっている。

☆随筆 我らの勝利の大道No.51 若獅子よ勝ちまくれ
今も鮮やかに蘇る。
昭和二十六年の七月十一日の水曜日、私は二十三歳の一青年として、東京・西神田の学会本部に飛び込んだ。服も靴も、雨にずぶ濡れになったが、"いよいよ新たな出発だ"と、命の炎は燃え盛っていた。
この日、師匠・戸田先生のもとに約百八十人の精鋭が集い、男子部の結成式が行われたのである。
先生は開口一番、誰も想像だにせぬ挨拶をされた。
「今日、ここに集まられた諸君のなかから、必ずや次の創価学会会長が現れるであろう。その方に、私は深く最敬礼をしてお祝い申し上げたい」
「広宣流布は、私の絶対にやり遂げねばならぬ使命であり、各自に、その尊い地位を自覚してもらいたい」
それは、師匠と弟子が心を一つに広宣流布の大願を立てる「師弟共戦」の大宣言であり、厳粛なる「師資相承」の儀式であった。
先生の一言一句を、私は全生命で受け切った。
さらに先生は言われた。
「我々の目的は、日本一国を目標とした小さなものではない。日蓮大聖人は、遠くインドまで、大白法を伝えるよう御命令である」
青年が師匠に吋き従っていくのではない。青年が師匠と同じ責任を分かち合うのだ。青年が師の心を我が心とし、率先して遠大なる未来の道を開きゆくのだ。
御聖訓には「総じて予が弟子等は我が如く正理を修行し給え」(P1367)と仰せである。
仏法の「誓願」とは、競い起こる障魔を覚悟の上で、師匠と不二の勇気に奮い立つことである。その時、弟子の生命は、自らの小さな殻を打ち破り、仏に等しい力と智慧を、雄渾に漲らせていけるのだ。
ともあれ、青年部の結成は、まさに「青年学会」の誕生そのものであった。
そして、この「青年学会」は、常に後継の人材の瑞々しい誓願とともに生まれ変わり、生き生きと新生の力を滾(たぎ)らせていくのだ。

2011年7月21日木曜日

2011.07.21 わが友に贈る

学会の強さは
人間と人間の絆。
「立正安国の祈り」と
「金剛不壊の団結」で
ともに希望の道を!

四条金吾殿御返事 P1169
『又さきざき申すがごとくさきざきよりも百千万億倍御用心あるべし』

◇希望の明日へ
善知識とは、本来よき友人のことである。正直でウソ偽りがなく、人々を正しい方向へ、善の方向へと導いていく存在である。また、皆が安心して正法を実践していける力となっていく人である。"あの人はいつも輝いている、はつらつとしている""あの人といると勇気が出る、安心できる"−−そういう人と近くなっていけば、自然に信心も深まり、知恵も豊かになっていく。仏道修行において善知識にあうことこそ、成仏へのカギなのである。

☆きょうもわが友を励ませ
「貴女よ
 いつもいつも元気で!
 偉大なるこの人生を勝ちぬき、幸福の宴で飾りゆけ!」
「君よ、勝ちまくる英雄たれ! 師子たれ! 闘士たれ!」
(各地で新出発した若きりーダーに)

「創価学会は、たゆまず人材を育て続けていく団体です。
その先頭に立って、皆さん方が、少子高齢社会の中で、どれほど真剣に、忍耐強く奮闘してくださっているか」「本当に本当に、ありがとう!」
「御聖訓には、『一は万が母』(P498)と仰せであります。
どんなに厳しい社会の現実があっても、目の前の一人の未来部員を励ましていくことから、一切は始まります。
一日に一人でも激励すれば、30年たてぱ1万人を激励できる。私はそう決めて、三障四魔との戦いの連続の中で、一人また一人と手作りで人材を育ててきました。
これからも、学会は永遠に人材で勝つ。
この勝利の道を、最も信頼する皆さんが私と一緒に開いてください。大切な大切な皆さんに、題目を送り続けていきます。
この夏の創価家族の集いの大成功、絶対無事故を祈っております。未来部の指導、万事、よろしくお願いします。各地の宝の未来部員に、くれぐれも、よろしくお伝えください」
(全国未来部育成部長・未来部長会へ)

☆随筆 我らの勝利の大道No.51 若獅子よ勝ちまくれ
青春の汗は、金である。希望に燃え、情熱に燃え、使命に燃えて、わが青年たちが流す尊き汗は、私には黄金の光を放って見える。
この七月三日、台湾では、SGI(創価学会インターナショナル)の七階建ての素晴らしい桃園文化会館が誕生し、記念の式典が盛大に行われた。
祝福に駆けつけた日本の派遣団が最寄りの高速鉄道(新幹線)の桃園駅に足を運んでみると、台湾の創価班のメンバーが参加者を迎えていた。三色旗を掲げて、同志を労いながら誘導する英姿のなんと凛々しいことか。
さらに新しい会館では、芙蓉グループ(白蓮クループ)の天使も、颯爽と清々しく使命を果たしてくれていた……。
壮麗な宝城での晴れやかな会合の大成功とともに、その陰で真剣さを秘めて明るく運営に当たってくれた青年たちの献身の模様を、私は胸を熱くして聞いた。
台湾SGIは長年にわたり地域・社会への貢献活動を続け、「社会優良団体」としての顕彰は、実に連続十六回を数える。青年部も、自然災害などの際の救援活動で、迅速に見事な行動を重ねてきた。
青年部の結成より、ここに六十周年──。戸田城聖先生が、「旗持つ若人」に託した創価の魂は、全世界に脈々と躍動しているのだ。

2011年7月20日水曜日

2011.07.20 わが友に贈る

悪天候に警戒!
「前前の用心」で
万全の備えを!
声を掛け合い
無事故を勝ち取れ!

御講聞書 P808
『題目の大音に入れて唱え奉る間、一大三千界にいたらざる所なし』

◇希望の明日へ
捏磐経等には、悪象に殺されても、身を破るだけで、心までは破れない。悪知識は両方とも破り、地獄に堕とす、と。ゆえに、何より悪知識を離れ、悪知識を見破り、遠ざけよと説いている。味方のような顔をして近づき信心を破る。言葉たくみに何とか退転させようとする。それが悪知識である。この悪い友こそ、幸福と成仏の最大の敵である。

▽わが人生に永遠に残りゆく広布史を綴れ−恩師。今こそ、盤石な人材城を

☆名字の言 2011.07.17「限りない向上は師弟の道に」
三国志演義の英傑・関羽の修行時代。既に剣豪の呼び声高かった関羽が、さらに強くなりたいと剣術の師・武龍の門を叩いた。だが、師は何ひとつ技を教えない。
それどころか日々、食べ物や薪などを集めさせるばかり。数々の思いが胸に去来したが、関羽は淡々と眼前の日課を務めた。それが彼の人格を磨き、剣の道をも極めることになったという話がある。
自分の小さな経験から判断せず、愚直なまでに師の教えに従う。遠回りに見えて、そこに成長への近道があろう。
日興上人は"この法門は師弟の道をただして仏に成る"と。師匠の広宣流布の信心を継承する一途な実践こそ、仏道修行の核心。師弟あればこそ、慢心や我見を排し、限りない向上の道を歩むことができる。

2011年7月19日火曜日

2011.07.19 わが友に贈る

団結した女性の
偉大な力に喝采!
断じて諦めない!
その負けない心に
勝利の青春は輝く!


千日尼御前御返事 P1311
『此の経は女人成仏を手本としてとかれたりと申す』

◇希望の明日へ
善知識は法が中心である。創価学会は、御本尊と御書を根本とする。しかし、悪知識は自分が中心である。ゆえに、その時々によって言動が違ってくる。いずこの国であれ、広宣流布が進めば進むほど、そうした悪知識も多く出てくることは、経文と御書に照らして当然である。見破り、打ち破ってこそ、広々とした、朗らかな、晴れやかな"皆の幸福の緑野"が開けてくる。

☆勇気の泉 35「心血を注いだ分だけ人は育つ」
後継の世代の育成は組織をあげて取り組むことです。わが地域の未来部員は、わが子、わが弟・妹と思って励まし、育てていくんです。
よく、『子は親の背を見て育つ』と言われますが、信心も親の影響は非常に大きいですね。
そうです。親は、子どもの模範となる信心を心がけることです。と同時に、ただ、『背中を見よ』と言って、放置していてはだめです。
子どもと真正面から向き合い、手塩にかけて、教えるべきことを教え、心血を注いでいってこそ人間は育つ。
親としてやるべきことを怠り、手を抜いていれば、それなりの結果しか出ません。

2011年7月18日月曜日

2011.07.18 わが友に贈る

対話こそ人生の喜び。
勇気を出して
自分から声掛けを!
希望の大哲学を
皆が求めている!

兵衛志殿御返事 P1108
『二人一同の儀は車の二つのわの如し鳥の二つの羽のごとし』

◇今週のことば
未来部は世界の希望だ。
「今日」の励ましが
「明日」の勝利を開く。
皆で総力をあげて
後継の友を育てよう!

2011年07月18日

◇希望の明日へ
信心を教え、ともに行学を深め、正法流布に仲良く進んでいく。これが善き友(善知識)である。創価学会は善き友の最高の集いである。

☆新時代第50回本部幹部会のメッセージ
「観心本尊抄」には、『天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか』(P254)と仰せであります。
牧口先生も、戸田先生も、この御金言を通し、創価の青年たちに、思う存分に学び、鍛え、英知を磨き、実力をつけよと励まされた。
青年が燃え上がる太陽となって、いかなる時代の闇も打ち破り、世界を平和と繁栄へ赫々と照らしゆけ!──と明確な大道を示してくださったのであります。
私が青春時代に愛読した東北の哲学者・阿部次郎は、"師匠から、弟子が学ぶべき第一のものは何か"──。
それは、「何よりも先ず、師と同一の勇気を以て人生に衝当(つきあた)ることでなければならない」と結論した(『阿部次郎選集� 学生と語る』)。
私の300を超す「知性の宝冠」の一切を譲り託しゆく君たちは、絶対に負けない「幸福の博士」である。絶対に勝ち抜いていける「魂の王者」である。
どうか、決然と胸を張り、歴史を動かし、全世界の青年を引っ張つていく決心で大前進していただきたいのであります。
終わりに、
 わが青年だちよ、
 勇気をもって学べ!
 勇気をもって戦え!
 そして、勇気をもって勝ちまくれ!──
と叫んで、私のメッセージといたします

◎「海の日」で休み。(放射能のない)海、行きたぁ〜い!

2011年7月17日日曜日

2011.07.17 わが友に贈る

信心を貫いた人は
最後に必ず勝つ!
それが創価の魂だ。
正義に燃え立つ
常勝の師子たれ!

法蓮抄 P1046
『譬えば竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るる』

◇希望の明日へ
変毒為薬のためには、毒を毒と見破ることが第一である。悪を悪と見極めなければ、いつしか自分も悪に染まってしまう。一念が、そちらに引き寄せられてしまう。幸福の軌道に狂いが生じる。大聖人が仰せのように、もっとも用心すべきは、悪知識なのである。悪の本質に対して、鋭く、賢明であること。強くあること。それが善をなす条件である。弱者、愚者では大善を行う勇者とはなりえない。そして大悪と戦い、勝ってこそ大善である。極悪と戦い、勝てば極善である。これが御書に説かれた"成仏への王道"である。

☆新時代第50回本部幹部会のメッセージ
日蓮大聖人は仰せになられました。
『法華経の行者は如説修行せば必ず一生の中に一人も残らず成仏す可し』(P416)
大聖人は、「一生の中に」、そして「一人も残らず」とお約束くださっています。
広宣流布の大願に生き抜く決定した「信心の一念」があれば、どんな立場でも、全部、仏の大境涯に通じます。
如説修行の団体である創価学会で、「行学の二道」に励み、心広々と指揮を執った時には、間違いなく仏の大功徳に包まれていく。
反対に、信心の確信が弱くて遠慮があったり、臆病になったり、また、自分勝手なわがままであっては、せっかくの大きな福運を無くしてしまう。
栄光ある人生を、断じて無駄にしてはならない。
皆さん方は、人々の幸福のために戦う、正義の英雄の集まりであり、華陽の天女の集まりである。法華経の魂をもって、自他共に最高の青春を勝ち抜いていく使命を帯びた人である。
ゆえに何があっても、心は屈服してはならない。粘り強き闘将は、必ず最後は勝ち切っていけるのです。
いわんや、皆さん方には、一番尊い「異体同心」の仲間がいます。良き親友と心を合わせて戦うスクラムは、それぞれの力を何倍にも高めていける。


2011年7月16日土曜日

2011.07.16 わが友に贈る

未来部の夏だ!
一日一日が
大成長のチャンス
学びと鍛えの
挑戦王・努力王たれ!

白米一俵御書 P1596
『いのちと申す物は一切の財の中に第一の財なり』

◇希望の明日へ
妙法が根本であることは当然である。そのうえで、正法に導く善知識がなければ、成仏は難しい。現実的には不可能であるといってよい。学会員の励まし合いの同志、そして正しさ信仰の軌道に乗るための広宣流布の組織は、この大切な善知識の存在なのである。誠実なわが同信の友は全員が互いに善知識である。機構上の役職の違いや先輩・後輩の関係はあっても、御本尊の前には、まったく平等である。だれが上とか下とかということは絶対にない。それぞれの立場で、互いに成長を祈り、仲良く励まし合っていく。固く手を取り合って永遠の幸福への道に人々を誘い、ともに無量の功徳を受けていく。善知識とは本来、よき友を意味するが、学会員同志は互いに、そうした真実のよき友でありたい。

☆新時代第50回本部幹部会のメッセージ
尊き世界の同志の皆さん、本当にようこそ、お越しくださいました。皆さん方が、各国・各地にあって、どれほど力強く良き市民として貢献されているか。
SGI(創価学会インターナショナル)の愛称は、「ソーシャル(S)・グッド(G)・インスティテューション(I)」、すなわち「社会の善なる団体」であります。それぞれの国土で、なくてはならない存在として、信頼の実証は今や爛漫と花開いております。
しかし、そのためには、いずこの国でも、血の惨むような苦闘に苦闘を重ねて、根を張ってこられたのであります。
ペルーの大詩人バジェホは謳いました。
「私は、花ではなく、根っこがあるゆえに、植物を愛する」と。
自らが目に見えない根っことなって、盤石な広宣流布の大樹を育ててくださった無名の学会員の方々こそ、真実の国の宝であり、人類の宝であります。
その偉大な父母たちと一緒に、私は、今日集まった、若き君たちを見守っております。君たちが、これから、10年、20年、30年と活躍していく、遠大な未来を思うと、私の心は弾みます。
それは、幾百年にも、いな、幾千年の歳月にも匹敵する価値ある人生となり、歴史となっていくでしょう。
広宣流布のために闘争していく、充実した生命の時間は、それはそれは豊かで膨大であります。計り知れぬ、無量無辺の御仏智を湧き出しながら、最も偉大な人間革命の力を発揮していけるからであります。

2011年7月15日金曜日

2011.07.15 わが友に贈る

結成60周年の
輝く青年部幹部会。
歴史の大舞台に集う
若人に栄光あれ!
学会の未来を頼む!

生死一大事血脈 P1337
『悦ばしい哉一仏二仏に非ず百仏二百仏に非ず千仏まで来迎し手を取り給はん事歓喜の感涙押え難し』

◇希望の明日へ
現在、学会が、さまざまな経験と試行錯誤を重ねながら、苦しみ悩みつつ、すべてに応戦し、勝利していくとき、その繰り返しのなかに、世界に広宣流布しゆく団体としての現実の力量がいちだんと練られ、鍛えられていく。現在の経験が、すべて、長き将来への教訓となり、栄養となり、かけがえのない力になっていくのである。その意味からいえば、あらゆる出来事は、すべて発展への善知識である。悪知識をも善知識に変えるのが妙法の力であり、いっさいを"喜び"に変え、"追い風"に変えるのが信心の一念の力である。

▽負けるものかと、デンと腹をすえて頑張れ−恩師。今いる所こそ使命の舞台

☆新時代第50回本部幹部会でのメッセージ
結成60周年を記念する晴れの全国青年部幹部会、また希望に満ちた未来部総会、そして新生・東北総会の開催、本当におめでとう!
はじめに、小説『新・人間革命』の迎載の再開を発表させていただきます。
来る9月1日付の聖教新聞から、第25巻の第1章を開始いたします。
章のタイトルは「福光」(福の光)です。舞台は、昭和52年(1977年)の3月11日、大好きな福島県の訪問から書き起こします。
あまりにも健気にして信念強き福島の友との語らい、さらに、宮城、岩手、青森、秋田、山形、福島の東北6県が勢揃いした代表幹部会などの歴史を、書き綴っていきます。
広宣流布は、いかなる風雪も越えて、民衆の幸福と世界の平和を築く大偉業であります。この広宣流布の総仕上げの原動力となり、人類に希望の福光(福の光)を送る「地涌の正義の旗頭」こそ、わが愛する東北の皆さんであります。
不屈の負けじ魂の一念は、偉大な福光となって、必ず必ず輝き広がる。このことを、私は今再び、大東北の凱歌の同志と一緒に、世界へ未来へ、大宣言したいのであります。

2011年7月14日木曜日

2011.07.14 わが友に贈る

「拡大」こそ
広宣流布!
リーダーの必死の一念が
突破口を開くのだ。
不滅の歴史を残せ!

撰時抄 P265
『法華経をひろむる者は日本国の一切衆生の父母なり章安大師云く「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」等云云、されば日蓮は当帝の父母念仏者禅衆真言師等が師範なり又主君なり』

◇希望の明日へ
善知識とは、仏道修行を進ませ、成仏の道へと導いてくれる人のことである。あくまで御本尊が根本であり、正しき信心を貫いていくことの大切さはいうまでもない。しかしそのうえで、信心を教え、導いてくれる人を誤ったり、失ってしまうと、成仏への大道をきちんと歩みゆくことが難しくなる。いわば善知識は信行完成への支柱である。ゆえに、どのような人を善知識としてもつかが、信心ではもっとも肝要となる。その意味で、信心を教え、広布の道をともどもに進んでいる学会の存在はじつに大きいのである。

▽苦悩する民衆を救うことが学会の根本精神−恩師。折伏は最高の慈悲行なり

☆法華経の智慧
大きな青空に、真綿の雲を広げて、その上で悠々と下界を見おろしているような境涯です(笑い)。そういう高い境涯になるためには、ジェット機のように、一心不乱に、信心ひとすじに走りなさいというのが、「法師功徳品」なのです。


2011年7月13日水曜日

2011.07.13 わが友に贈る

地域社会を照らす
農漁村部の皆様!
今の労苦が必ず
実りの季節を呼ぶ。
健康と幸福を祈る!

兵衛志殿御返事 P1091
『すこしもをそるる心なかれ過去遠遠劫より法華経を信ぜしかども仏にならぬ事これなり、しをのひるとみつと月の出づるといると夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり』

◇希望の明日へ
学会員は互いに善知識である。また、そうあらねばならない。そのために、重要なことの一つは、相手を大きく包容していく広々とした心である。当然、根本である信心の大綱は、きちんと指導していかなければならない。そのうえで、私的なことについては、いちいち細かく指摘したり、非難しあったりすることは賢明ではない。人それぞれに個性があり、生き方がある。生活環境も違う。互いに尊重しあい、仲良くしていくことが大事である。

▽初めに「勝つ」と決めよ。これが勝負の哲学−恩師。さあ、心を合わせて出発


2011年7月12日火曜日

2011.07.12 わが友に贈る

志を同じくする
我らは広布の同志!
信頼と尊敬で進もう!
明るく朗らかな所に
福徳の花は満開!

生死一大事血脈抄 P1337
『総じて日蓮が弟子檀那等自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か』

◇希望の明日へ
仏の道は甚探であり、その智慧ははかりがたい。それに比べれば、どんなに賢く見えても凡夫の智慧など、わずかなものである。ゆえに成仏する道は正しき善知識につく以外にない。そうすれば、善知識の力で、誤りなき成仏への軌道を進んでいけるのである。

▽各地に新任リーダーが誕生。最初の3ヶ月が勝負だ!第一線を全力で駆け巡れ
▽ダイヤもガラスも外見は同じ。だが話せば分かる−恩師。青年よ力を磨け

☆広布と人生を語る
とくに幹部は、できうるかぎり多くの方々と語りあうべきである。組織のうえにあぐらをかいてはならない。そして個人指導をとおし、偉大にして正しい仏法を 説き、信心のすばらしさを知らしめていくことである。その地についた実践が、とりもなおさず、自己の成長につながっていくことを知るべきである。

☆創価のルネサンス No.69
男性幹部の「信心が深化」しなければならない。「人間として成長」しなければならない。策ではなく、すべてに誠心誠意でなければならない。そうであってこそ、婦人部をはじめ多くの人々を守りゆく責任を果たせる。

2011年7月11日月曜日

2011.07.11 わが友に贈る

新聞休刊日

月水御書 P1202
『此の戒の心はいたう事かけざる事をば少少仏教にたがふとも其の国の風俗に違うべからざるよし』

◇全国代表協議会でのスピーチ 2007.02.21
声が仏の仕事をする。題目の声は、行動となり、力となり、エネルギーとなっていく。諸天も動かす。
祈られた存在は、必ず祈る人の境涯に包まれ、善の方向へと向かうものだ。
何でも話せる仲のよい友人ならば、なお、つながっていく。
信心に反対の友人なら、反対のまま、生命はつながっていく。仏縁を結んでいける。
仏法に無駄はない。どんどん語っていくことだ。堅苦しく考える必要はない。「本有無作」であり、ありのままの姿でいい。
眼前の課題のため、勝利の目標のため、広布のため、自他ともの幸福のために、縦横に祈るのである。
その強き祈りに、「無作三身」の仏の生命が涌現し、「本有常住」の境地が築かれるのである。

☆長編詩『翻れ 青年の旗』
私は 一人立つ勇敢な戦士だ
わが心は 休みなき戦場にいる

希望と絶望の 勇気と臆病の
挑戦と停滞の 熾烈な攻防戦の舞台にいる

砂を噛もうが 岩に爪を立てようが
たとえ 一歩でも
たとえ 二歩でも
私は 必ず突破口を開く!

2011年7月10日日曜日

2011.07.10 わが友に贈る

我らの前進は
全世界の平和と
人類の幸福のため!
偉大な使命の人生を
朗らかに勝ちゆけ!



太田左衛門尉御返事 P1015

『強ちに成仏の理に違わざれば且らく世間普通の義を用ゆべきか』



◇希望の明日へ

広布の大闘争に引退はない。やむをえない休養も、戦線に復帰する美めの休養である。恩返しもせず、自分ひとり戦いの現場から逃避することは、あまりにも、ずるい生き方である。最後の最後まで"妙法とともに""創価学会とともに"戦い続ける。広布のために戦い続ける。その闘争の中にこそ、生命は鍛え抜かれ、崩れざる金剛の幸福は築かれていく。



▽不況と闘う友よ負けるな断固たる唱題と知恵で活路を開け。師が祈り待つ



☆ジャズと人生と仏法を語る 第11回 未来を開く善き縁

常に苦楽を分かち合ってこられた、お二人の「友情」と「創造」の誇り高さ行進に、私は最大の敬意を表します。

受賞アルバムを、私は何度も聴きました。偉大な人間の讃歌であり、生命の讃歌であり、そして平和の讃歌です。強く強く心を打たれました。


互いに励まし合い、生きる喜びや感動を広げながら、よりよき未来へ、具体的な行動を起こしていく──。そこには、弾む生命の共鳴があり、前進のリズムがあります。
わが創価の友は、今日も希望に燃え、勇気に燃えて、日本中、世界中で、社会に貢献しています。


人々が生命の低次元の境涯から抜け出して、お互いを必要としていることに気づき、皆が真に幸福でなければ誰も真に幸福にはなれないことに気づけるように、人々を励ますため、私たちのやるべきことはたくさんあります。


万人成仏の道を示したのが法華経です。その会座で、竜女は、頑なに女人成仏を信じようとしない増上慢の舎利弗らに対して、「我が成仏を観よ」と叫びました。
御書には、これは舎利弗を責めた言葉であると説かれています。すなわち、自らと関係のない「竜女の成仏」と思うのは間違いであり、「我が成仏」すなわち自分自身の成仏と捉えていきなさい、との叱責が込められているといわれるのです(P747)。
独りよがりではない。皆が切磋琢磨しながら、共々に成仏という最高の幸福境涯を開いていくのが、私たちの創価の世界です。だから、苦しんでいる人、悲しみに沈む人を放っておけないのです。



2011年7月9日土曜日

2011.07.09 わが友に贈る

決意した瞬間から
勝利の道は開ける。
リーダーが先駆を!
生まれ変わった命で
歓喜の波動を起こせ!

四条金吾殿御返事 P1143
『苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや、いよいよ強盛の信力をいたし給へ』

◇希望の明日へ
人間は、戦えば磨かれる。確固たる人生が築かれる。
いわんや、いっさいの信心の労苦は、自身の生命を金剛に、ダイヤモンドに鍛え上げてくれる。ゆえに、途中で負けてはならない。絶対に退転してはならない。もっとも強い、最高に輝かしいダイヤモンドになりきるまで、自身を鍛え抜くことだ。そこに仏法の、人間の、真髄の生き方がある。

▽「法華経に名をたて身をまかせ給うべし」御聖訓。腹を決めれば道が開ける
▽どんな人間も長所を活かせば人材となる−恩師。リーダーは励ましの名人たれ

☆法華経の智慧
私ども地涌の菩薩は、世間の泥沼のまっただ中に入っていく。決して現実から逃げない。しかも、絶対に世間の汚れに染まらないということです。なぜなのか。それは「使命を忘れない」からです。

2011年7月8日金曜日

2011.07.08 わが友に贈る

地涌の友が集う
座談会が活発!
「日蓮と同意ならば」
無限の底力が!
さあ誓願の出発!

富木尼御前御返事 P976
『我れ等は仏に疑いなしとをぼせばなにのなげきか有るべき、きさきになりてもなにかせん天に生れてもようしなし』

◇希望の明日へ
いったん決めたら、続けることである。目標を達成するまで、忍耐し、努力し続けることである。叩き続ければ必ず勝利の扉は開かれる。

☆御書とともに(40) 励ましの灯台たれ
『人に物をほどこせば我が身のたすけとなる、讐へば人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし』(食物三徳御書P1598)
【同志への指針】
青年よ、強くあれ! 賢くあれ! 朗らかであれ!
平和のため、正義のため、幸福のために、情熱の炎を明々と燃え上がらせて、新たな価値を創造するのだ。
"あの人のために"と深く祈り、"この人のために"と真心で対話する「励ましの灯台」たれ!
青年の真剣な一挙手一投足から、前途洋々たる希望と勇気の光は生まれる。

2011年7月7日木曜日

2011.07.07 わが友に贈る

題目は
絶対勝利の力!
苦悩を断ち切る。
利剣・宝刀だ
気迫で祈り勝て!

船守弥三郎許御書 P1446
『夫婦二人は教主大覚世尊の生れかわり給いて日蓮をたすけ給うか』

◇希望の明日へ
一生のうちには、喜びの日もあれば、悩みの日もある。天候だって、一年中、快晴というわけにはいかない。しかし「煩悩即菩提」の信心によって、いっさいを成仏、すなわち絶対的な幸福境涯への糧にしていくことができる。今世の信心の勝利は即、三世永遠の勝利に通じていく。ゆえに信心だけは貫ききっていくことである。作物も、育てきってこそ、すべての労苦が生きてくる。

☆随筆 我らの勝利の大道No.49 人間世紀の母の曲
♪「母よ あなたの
  思想と聡明(かしこ)さで
  春を願う 地球の上に
  平安の楽符(しらべ)を
   奏でてほしい……

今ほど、母の願いが、皆の心に深く響く時はない。
今ほど、母の声が、皆に勇気を贈る時はない。
母よ、強くあれ!
尊き婦人部よ、幸あれ!
和楽あれ! 健康あれ!
偉大なる「人間世紀の母」たち、万歳!

不滅なる
 無上宝珠を
  抱きしめて
 この一生を
  勝利で飾れや

2011年7月6日水曜日

2011.07.06 わが友に贈る

時代が求める仏法を
語り抜く時は今。
正義の男子部よ!
師子奮迅の力で
対話の金字塔を築け!

四条金吾殿御返事 P1186
『貴辺も又かくのごとく敵はねらふらめども法華経の御信心強盛なれば大難もかねて消え候か、是につけても能く能く御信心あるべし』

◇希望の明日へ
成仏の境界を開くには、何があろうとも不退転の信心を貫く以外にはない。決意を持続し、正しい実践を貫くところに、信仰の実証が必ず現れるのである。つまり、末法における戒とは、妙法を持ちゆく強き信心の一念の中にある。いわば「信心即持戒」であり、"信仰の持続"こそ持戒である。反対に、信心なき化儀・形式には、何の益もない。

☆随筆 我らの勝利の大道No.49 人間世紀の母の曲
三月十一日、東日本大震災の大津波で、宮城県の気仙沼会館は二階まで浸水しだが、館内に避難された方々は幸い守られた。
震災から一週間、周囲を瓦陳に囲まれた会館の中に、水没を免れた一枚の写真額があったと伺った。
それは、"東北婦人部の花"である、コスモスの写真であった。
「コスモス」の語源は、「秩序」「飾り」「美しい」という意味のギリシャ語にあるという。花びらを行儀よく並べて凛と咲く様子から、そう呼ばれることになったようだ。
想像を絶する被災のなかにあっても、世界中が驚く気高さと秩序を示して見せた、偉大な東北人の「心の美」を思わせる。
一方で、コスモスは、台風などに見舞われても、倒された茎から根を出して、また立ち上がる強さを持つ花でもある。
「負げでたまっか!」を合言葉に苦難を越えゆく、健気な東北婦人部の皆様の姿そのものではないか。
どんな悲哀も胸中に包み込みながら、一切を笑顔に変えてきた「広布の母」の姿そのものではないか。
満天の星が輝く宇宙のことも「コスモス」といい、同じ語源を持っている。
私たちの生命も、また小宇宙(ミクロコスモス)である。一人ひとりが妙法という大宇宙(マクロコスモス)の妙なるリズムを響かせながら咲きゆく、希望のコスモスの花なのだ。
その中で、世界に普遍の平和と幸福の象徴が、母の笑顔の花である。
日蓮大聖人は、遠く離れた佐渡の千日尼に、こう仰せになられた。
『我等は機土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ』(P1316)
どんな臓土の現実にあろうと、妙法に生き抜く師弟は、最も美しく、最も正しい不二の心で、家庭に、地域に、社会に、希望の光を送り続けていける。
創価の母たちは、この世で一番深い「異体同心」の仲で、わが足元から幸福の花を爛漫と咲かせゆくのだ。そして、宇宙(コスモス)の花である太陽の如く、人類の平和の未来を照らしていくのである。

2011年7月5日火曜日

2011.07.05 わが友に贈る

歓喜あふれる
女子部の語らいこそ
明日を開く希望!
女性の世紀を
さあ朗らかに前進!

四条金吾殿御返事 P1151
『申すままにて候あいだいのり叶いたるやうにみえて候』

◇希望の明日へ
大聖人は「法華経を持つ者は必ず皆仏なり」(P1381)−−法華経(御本尊)を持つ者は、必ず全員が仏である−−と仰せである。学校も、途中で投げ出さず、まじめに学び、努力し続けるならば、いつか卒業の日を迎える。まして、生涯を正法流布に生き抜き、真撃に信・行・学の正道を歩み抜く−−その人が、仏と輝かないはずがない。「必ず皆仏なり」との仰せを確信しきっていただきたい。

☆随筆 我らの勝利の大道No.49 人間世紀の母の曲
婦人部の五指針の一つに「後継の人材を伸ばす」と謳われている。
恩師が第二代会長就任の一ヵ月後に、婦人部を結成され、その直後に男女青年部を結成されたのも、不思議なリズムである。母の大地からこそ、後継の青年部、未来部が羽はたくのだ。
先月、支部結成五十周年を迎えた奈良で、記念の総会があった。嬉しいことに、九十八歳になられた、初代婦人部長の有馬のぶさんも元気に参加された。
聖教新聞に掲載された、歴代の婦人部長と一緒の記念写真を、私も妻と心から懐かしく拝見した。
この"奈良広布の母"の翼の下から、どれほど多くの後輩が巣立ってきたことか。今回、新女子部長に就任した吉井さんも奈良県の出身である。誇りは高い。
支部結成の頃、有馬さんは自宅の塀に、心ない誹膀中傷の言葉をペンキで落書きされたことがあった。
その時、私が送った手紙を、有馬さんは大切にしてくださっていたようだ。手紙には、大聖人が御自身の忍難弘通の足跡を記された報恩抄の御文を引いた。
『いよいよ大難かさなる事・大風に大波の起るがごとし』(P322)
たとえ嵐の黒雲が湧き起こるとも、創価の母が厳然としていれば、必ず勝利の夜明けがくる。
その通りになった。
世界でも「青年躍進」の方程式は同じである。
大発展を続けるインドからも明るい話題が届いた。
東部コルカタのある地区では、五十三人のメンバーの大半が婦人部であった。
そこで、「わが地区を『青年学会』に!」と、皆で一大奮起。地域の青年を励まし、対話を重ねた。
そして半年、実に二十一人もの男女青年部、二十人の未来部員が誕生したというのである。
青年を励まし育む、母の慈愛こそが、「青年学会」の未来を開く揺藍となる。


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2011年7月4日月曜日

2011.07.04 わが友に贈る

広布へ打って出よ!
その「戦う心」に
真の幸福が光る。
無限の大生命力がわく。
尊き使命を果たせ!

崇峻天皇御書 P1173
『日蓮と殿と共に地獄に入るならば釈迦仏法華経も地獄にこそをはしまさずらめ、暗に月の入るがごとく湯に水を入るるがごとく冰に火をたくがごとく日輪にやみをなぐるが如くこそ候はんずれ』

◇今週のことば
「青年の月」の座談会だ。
皆が若々しく前進し
皆で青年を育てよう!
わが地区から
新たな地涌の人材のを!

2011年07月04日

◇希望の明日へ
何があっても御本尊に、深く祈念し、題目を唱えていく。その信心、信行の種が、時とともに必ず"絶対の幸福"の大樹と育っていく。これが冥益である。持続こそ信仰の要であることを強調しておきたい。

▽青年時代は信用を積む事が最大の財産だ−恩師。誠実を貫け。約束果たせ

☆随筆 我らの勝利の大道No.49 人間世紀の母の曲
戦時中、特高警察に押収された牧口先生の「御義口伝」に、傍線が引かれた一節がある。
『男女の中には別して女人を讃めたり女人を指して者と云うなり』(P778)との仰せである。
日蓮大聖人は、"法華の名を受持せん者を擁護せんすら、福は量る可からず"の経文の「者」の一字について、これは、妙法を受持した女性を讃えて言われたものであると断言されたのであった。
私は先師の魂と共に、厳粛に拝して心肝に染めた。
今から半世紀ほど前、アメリカ黒人の差別撤廃と民主主義を拡大した公民権運動においても、どれほど女性の力が重要であったか。
私が対談した歴史学者のハーディング博士が述懐しておられた。
「解放運動」は「草の根レベルの地域活動を拠り所にしていたために、女性たちが運動の中心的な存在となっていたのです」と。
最前線で献身的に動き、人びとに語りかけ、我慢強く一人また一人と糾合していった原動力こそ、女性であった。この女性たちの、地に足のついた行動がなかったら、誰も集会や行進に集まらなかったし、何も進まなかったであろうと、博士は言われていた。
さらにハーディング博士は、こう強調された。
「新しい現実をもたらすためには"私たちにはできるのだ"と声を大にして励まし合うことが大切です」
その一つの方法として、博士が具体的に提唱されていたのが「互いの体験に耳を傾けること」であった。
それはなぜか。「体験を共有することによって、地域の中に励ましの輪を築くことができる」。さらに「自分の地域を超えた人びとにも、励まし、を贈ることができる」からである。
創価の母たちが、地域に根差し、顔の見える「グループ」という小さな人の輪を基盤として、楽しく朗らかに、語らいを広げゆく意義は、まことに大きい。
婦人部の五指針にも「地域と社会を大切に」「生き生きと体験を語る」とある。
希望と確信の声を! 誠実と思いやりの行動を!。
「無縁社会」と憂慮される冷たい社会に、信頼と尊敬の暖かき太陽の光を燦々と注ぐのだ。それは「仏縁」を結び、「仏の種子」を蒔いていく、尊き「仏の仕事」といってよい。

2011年7月3日日曜日

2011.07.03 わが友に贈る

「鉄は炎打てば
剣となる」
青年よ鍛えの時だ!
勇んで艱難に挑み
人生勝利の礎を築け!


崇峻天皇御書 P1173
『返す返す今に忘れぬ事は頚切れんとせし時殿はともして馬の口に付きてなきかなしみ給いしをばいかなる世にか忘れなん、設い殿の罪ふかくして地獄に入り給はば日蓮をいかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ給うとも用ひまいらせ候べからず同じく地獄なるべし』

◇希望の明日へ
持続は力である。電灯も電流が止まってしまえば光がともらない。ゆえに、一生涯、御本尊から離れないことである。勤行ができないときには、少しの唱題でもよいと思う。ともかく題目を日々、続けていくことである。また、同志と酢かないことである。

☆随筆 我らの勝利の大道No.49 人間世紀の母の曲
先師・牧口常三郎先生と同時代を生き抜いた、ドイツの一人の母がいる。ケーテーコルビッツ(一八六七〜一九四五年)という画家である。
彼女は、第一次世界大戦で出征した最愛の子息を失った。第二次大戦では孫も戦死。彼女自身、晩年はナチスの弾圧を耐え抜きながら、創作活動に奮進した。
子息の死後の制作では、「母と子」や「母たち」を表現した作品が多数ある。
何ものかから我が子を守ろうと、大きな腕で抱きかかえる母。亡くなった子どもを抱きしめる母……。
互いに身を寄せ合い、大きな腕を組んで守り合い、一つに団結した母たち。そのスクラムの間から子どもたちの顔も見える。
女性が両腕の下に、いとけない子どもたちを守る絵には、「種子を粉にひくな」と題されている。
わが子を守ってやりたかった! 残酷な戦争になど行かせたくなかった!。
その叫びは、後継の種子である子どもたちを守り抜かんとする、すべての母たちの願いとなる。
「共通の悲しみこそ、相互の理解を深めるものだ」と彼女は言った。「同苦」の心が、母たちの生命尊厳の連帯の根拠ともなるのだ。
中国の大文豪・魯迅も、彼女の作品に「慈母の愛」による戦いを見、大変に尊敬していた。
コルビッツの作品は、母の叫びを凝結し、平和の願いで人びとを結びつける、平和の芸術となったのである。
──私の母は、終戦から二年後、長兄の戦死を知らされた。その死亡通知を握りしめ、部屋の隅で小さな背中を震わせていた母の悲しみの姿は、決して忘れることはできない。
私は思う。あの時、母はわが子を、その腕に抱きしめていたのだと。
母の愛は、あまりにも深い。その母を苦しめ、悲しませ、子どもの未来を奪い去っていく、戦争をはじめ、あらゆる暴力に、私たちは断じて反対する。
世界の平和、人類の幸福といっても、母を大切にし、心から感謝するところから始まると、私は叫ばずにはいられない。
今、ドイツで、日本で、そして世界で、わが創価の女性たちが力強く平和のスクラムを広げている。その希望の大行進を、皆がまぶしく見つめている。



2011年7月2日土曜日

2011.07.02 わが友に贈る

一人立てる時に
強き者は
真正の勇者なり!
時代を開く若人よ
師子となって走れ!

日女御前御返事 P1247
『法華経をば経のごとく持つ人人も法華経の行者を或は貪瞋癡により或は世間の事により或はしなじなのふるまひによつて憎む人あり、此は法華経を信ずれども信ずる功徳なしかへりて罰をかほるなり』

◇希望の明日へ
"千里の道も一歩から"である。その"一歩"に"千里"が含まれている。次の"一歩"また"一歩"ごとに夢が現実に近づいていく。大事なのは足元である。歩みを止めないことである。

☆随筆 我らの勝利の大道No.49 人間世紀の母の曲
私は、かねてより二十一世紀のビジョンを多次元から提唱してきた。
「アフリカの世紀」
「女性の世紀」
「人権の世紀」
「対話の世紀」
「教育の世紀」
「生命の世紀」……。
冷笑する人も多かった。しかし私は、未来を見つめ、善の種を蒔いてきた。
御金言には『物だねと申すもの一なれども植えぬれば多くとなり』(P971)と仰せである。
祈りを込めて種を蒔き、大切に守り育む。それはそれは、想像を絶する労作業である。だが、この地道な努力の積み重ね以外に、広宣流布の大樹を育てることはできない。
私と共に、喜び勇んで、来る日も来る日も、仏縁を広げ、一つ、また一つと種を蒔き続けてこられたのが、婦人部の皆様方である。
どんなに悪口罵詈されようとも、挫けず、弛まず、そこに希望の種を、ここに友情の種を、あそこに平和の種を──と民衆の大地に蒔いてくださった。いな、粘り強く発芽を促し、育んでいかれたのである。
あらゆる善の価値の花を咲かせながら、皆が幸福に輝く並木路を、私たちは全力で創り開いてきた。
今、誰人も考えられなかった世界広布の大発展を遂げ、二十一世紀の平和と文化と教育のビジョンも実現し始めている。
これからも、創価の母だちの「誠実」と「根性」と「賢さ」と「忍耐強さ」がある限り、いよいよ広宣流布の勝利の大輪が咲き薫っていくに違いない。
「真剣」──この二字で、我らは勝っていくのだ。

◎松戸総県の少年少女部「松戸ビクトリー」合唱団の入卒団式が先程あり、うちの子も晴れて入団しました。式では入団生を代表して抱負を述べ、終了後、直ぐに練習が始まりました。
MちゃんやK君もいて、早速友達も出来て、先生に・学会に一歩近づけたかな!と感じています。

2011年7月1日金曜日

2011.07.01 わが友に贈る

私たちの道は
幸福への道。
私たちの声は
平和への声。
さあ7月を出発!

太田入道殿御返事 P1012
『書は言を尽さず言は心を尽さず事事見参の時を期せん』

◇希望の明日へ
いかなる道であっても、決して途中でやめない。その忍耐と努力の人を、"勝利の春"は迎えてくれる。"完走の人"こそが、"幸福のゴール"のテープを切れるのである。たとえスタートのとき、どんなにさっそうと走っていても、"完走"しないランナーは"敗者"である。自分自身の"不滅の歴史"をつくることはできない。学会員の観点でいえば成仏ができなくなることである。

▽さあ青年の月。男子部・女子部よ、広宣の旗高く悔いなき勝利の歴史を!
▽行動を離れて仏になる事は出来ない−牧口先生。今日も勇んで友のもとへ

☆随筆 我らの勝利の大道No.49 人間世紀の母の曲
「祈りからすべては始まる」とは、婦人部「実践の五指針」の第一項である。
今日も母は真剣に祈る。
深き祈りから、今日一日を始める。決意の祈りを心に抱いて今日を走る。
母は祈る。強盛に、また決然として祈る。夫の健康を祈り、子の成長を祈り、家族の幸福を祈る。地域の友の活躍と無事を祈る。
「事故がないことが勝利!」と、絶対無事故を祈る。
今日の安穏を祈り、明日の平和を祈る。

「いつも祈っている母の姿が胸から離れません」と涙を浮かべる青年がいた。
母の祈りには、限界がない。行き詰まりもない。臆病も弱々しい迷いもない。
ひたぶるな祈りの底には、絶望やあきらめを追い払う勇気が燃えている。
妙法の祈りは、断じて勝つという誓願だ。祈ったその時に、すでに未来の勝利を深く決するのである。
『因果倶時・不思議の一法』(P513)をこの身に行じゆくのだ。
大聖人は、厳然と約束くださっている。
『大地はささぱはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず』(P1351)
これが「法華経の行者の祈り」である。
大地や大空をも、また大海や太陽をも、わが友の如く励まし、動かしゆくような絶対勝利の力──その大功力を師弟不二で証明してきだ信心の女王こそ、尊き創価の婦人部なのである。瞬時も止まることなく、大宇宙を回転する青き地球は、この偉大な母たちの題目に包まれているのだ。

2011年6月30日木曜日

2011.06.30 わが友に贈る

同じ生きるならば
歴史を残す人生を!
建設とは死闘なり
わが生命を発火させ
不滅の価値を築け

四条金吾御書 P1176
『又御をととどもには常はふびんのよしあるべし、つねにゆせにざうりのあたいなんど心あるべし』

◇希望の明日へ
仏道修行は、自分自身の果てしなき連続闘争といえる。もちろん、大聖人の仏法では、爾前の諸経で説くような歴劫修行は必要ではない。しかし、成仏のためには、弛みなく信心の歩みを進めなくてはならない。自分自身への挑戦の道を歩みゆかねばならない。そう決めた人生には、もはや愚痴や嘆きはない。

☆随筆 我らの勝利の大道No.49 人間世紀の母の曲
四月、東北の被災地でも、東日本大震災後初の創価家族の座談会が開催された。
宮城県のある座談会──参加者が皆、ありったけの思いを語った最後に、壮年リーダーが、鞄からそっと小さな包みを取り出した。
ハーモニカだった。
「婦人部の皆さんのために感謝を込めて、演奏させていただきます」
ハーモニカから流れ始めたのは「母」の曲であった。
彼自身も、お母さんの吹くハーモニカに励まされてきたのだという。
ハーモニカが奏でる「母」の清らかな調べは、優しく、懐かしく、座談会場を包んだ。
頷きながら耳を傾ける友、小声で口ずさむ友、聴き入るうちに涙ぐむ友……やがて、何ものにも負けぬ尊き母の心を思い、皆の目が明るく輝いていった。
「母の人生は苦労の多い人生だったけれど、とても勇敢で、喜んで他人のために尽くす人だった。いまわたしたちはその母のために生きなければならない」
これは、『若草物語』で有名なアメリカの作家オルコットの言葉である。
日蓮大聖人は、千日尼に『此の度大願を立て後生を願はせ給へ』(P1308)と仰せになられた。
荒れ狂う濁世にあって、地域の友を抱きかかえて悪戦苦闘する女性リーダーを励まされた御聖訓である。
広宣流布の大願を立て、自他共に未来永遠の幸福境涯を勝ち開いていく──この御本仏が示された道を、婦人部は晴れ晴れと進んでいる。

2011年6月29日水曜日

2011.06.29 わが友に贈る

あらゆる人と
仏縁を結びゆこう!
心に植えた妙法の種は
必ずや花開く!
勇気と誠実が根本!

佐渡御書 P958
『心は法華経を信ずる故に梵天帝釈をも猶恐しと思はず』

◇希望の明日へ
大目的に向かって懸命に行動しゆく人生ほど、気高いものはない。また強いものはない。いわんや、強盛な信心を貫く「信念の人」には、梵天・帝釈をはじめ、諸天善神の守護があることは間違いない。信心の大道も、広布の正道も長い。その途上には、さまざまな苦難があることも必定である。しかし、苦難や障害に、決して屈することなく、信心を持続し抜いていただきたい。その不退転の行動があるかぎり、諸天の加護によって、加速度的に回転を速め、常識では思いもよらない大勝利の"証"を築いていくことができる。

☆随筆 我らの勝利の大道No.49 人間世紀の母の曲
♪母よ あなたは
 なんと不思議な
  豊富な力を
   もっているのか……

過日の婦人部幹部会(本部幹部会)の席上、男女青年部の「しなの合唱団」「富士合唱団」が、偉大な母たちへの感謝を込めて、美しいハーモニーで「母」の歌を捧げてくれた。
婦人部「白ゆり合唱団」による、愛唱歌「今日も元気で」等のコーラスも本当に美事であった。
来る日も来る日も、生き抜く力、負けない力を示して母たちは進んだ。民衆勝利の創価の大前進は、まさしく母の「不思議な豊富な力」のお陰であった。
母よ! あまりにも尊き母だちよ、ありがとう!
私が長編詩「母」を発表したのは、婦人部結成二十周年にあたる昭和四十六年の十月四日、大阪市で行われた関西婦人部幹部会である。
この長編詩から抜粋して、曲がつき、「母」の歌が誕生したのは、その五年後のことであった。

このたび結成六十周年を記念し、「母」の歌碑が創価世界女性会館に設置され、新たな、そして大きな喜びが広がっている。

2011年6月28日火曜日

2011.06.28 わが友に贈る

時間革命に挑戦!
会合や打ち合わせは
目的をはっきりさせ
価値的に時間厳守で!
賢明な一日一日を!

崇峻天皇御書 P1172
『義経はいかにも平家をばせめおとしがたかりしかども成良をかたらひて平家をほろぼし』

◇希望の明日へ
御本尊を持つとは、生涯、永遠に持ちきることである。何があっても、ひとたび決めた信仰の誓いを貫くことである。因果倶時で、その一念に、いっさいの価値が、すでに含まれている。すなわち、持つとは、正法を持つ、自分自身の信念を持つ、英知を持つ、幸福を持つ、三世永遠への原動力を持つ、宇宙のあらゆる珍宝を持つ、崩れざる大境涯を持つ、揺るぎない福運の軌道を持つ−−というように、かぎりなく広がっていく。妙法を持ち、信・行・学を実践し、広宣流布のために生き、活躍することによって、こうしたすべてを包み、勝利することになる。

☆随筆 我らの勝利の大道No.49 人間世紀の母の曲
婦人部結成の時、戸田城聖先生は詠まれた。

白ゆりの
 香りも高き
  集いかな
 心の清き
  友どちなれぱ

創価の「白ゆり」と咲き出た婦人部を、恩師は最大に慈しまれていた。
五十五年前(昭和三十一年)の六月、歴史に燦たる"大阪の戦い"の大前進のなか、戸田先生と私は、中之島の中央公会堂で意気高く行われた大阪・堺支部合同の婦人部総会に出席した。
戸田先生は、広宣流布という正義の前進には、大難の嵐のあることを示され、こう指導を結ばれた。
「たとえどのような三障四魔が起ころうとも、われわれは断じて信仰をやりとげ、おたがいに助けあい、迷うことなく幸福な生活を一日一日と築きあげていこうではないか」
どんな難が襲いかかってこようとも「負けたらあかん」という関西魂の炎を、恩師はいち早く婦人部の心に灯されていたのである。
この日、私は申し上げた。
「大阪中の市民からも慕われるような立派な信心を貫いて、花にも負けず、美しく咲き誇る活動を!」
これが、恩師と私の二人で出席した、忘れ得ぬ婦人部総会となった。

2011年6月27日月曜日

2011.06.27 わが友に贈る

「心の思いを
響かして声を顕す」
友を思う心あらば
言葉は必ず胸に響く。
希望の声を届けよ!

種種御振舞御書 P919
『此の国の亡びん事疑いなかるべけれども且く禁をなして国をたすけ給へと日蓮がひかうればこそ今までは安穏にありつれどもはうに過ぐれば罰あたりぬるなり』

◇今週のことば
わが男女学生部は
青年学会の先駆!
世界広布の後継者!
行学の二道に励み
勝利の歴史を創れ!
2011年06月27日

◇希望の明日へ
一生涯、磨きに磨かねばならない。信心の心を鍛えに鍛えた分だけ、三世永遠に崩れない自分ができる。

☆随筆 我らの勝利の大道No.49 人間世紀の母の曲
新生の太陽が昇った。
世界第一の平和と幸福のスクラムである、わが婦人部の結成六十周年の六月。
『年は・わかうなり福はかさなり候べし』(P1215)との御聖訓の通り、創価の母たちは、いよいよ若々しく、ますます福運に満ち満ちて、前進している。
全国、全世界で、婦人部総会が活発だ。毎日のように歓喜と決意に弾ける報告を頂戴している。
東日本大震災の被災地域でも、母たちは健気に、また「負げでたまっか!」「負げでらんね」と励まし合って集っておられる。
私と妻は合掌する思いで伺い、皆様のご多幸を懸命に祈っている。
アフリカのケニアからも、婦人部の記念の大会が明るく有意義に行われた様子を伝えていただいた。
会場は、名門ナイロビ大学の会議場である。多くの来賓や友人が賑やかに集われ、二人の婦人部の方の感動的な体験発表に続き「母」の歌の合唱、ダンスが披露された。
さらに、高名な国際弁護士が"アフリカにおける女性の人権"について講演され、SGIの草の根の運動に深い期待を寄せてくださった。
いずこの天地でも、妙法の女性は確かな平和と幸福の調べを奏でつつ、「最善の喜び」を創り広げている。
その生命の歓喜の光は、向こう三軒両隣の地域や、身近な市町村から、大きくは人類社会まで、生き生きと照らしていくのだ。

◎昨日の文化セミナーは大成功でした!
芸術的な講演の萩原画伯、素晴らしい演奏の鈴村さんと住村さん、そして運営を陰で支えてくださった役員の皆様、有難うごございましたm(__)m

2011年6月26日日曜日

2011.06.26 わが友に贈る

よき友をもつ人は
いつも若々しい!
会って語れば
喜びが広がる!
わが境涯も広がる!

曾谷殿御返事 P1056
『うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し』

◇希望の明日へ
善と悪との壮絶なせめぎ合い。これが、この世の永遠の劇である。宇宙はつねに、善と悪との闘争の舞台である。広宣流布が進んでいけば、組織が大きくなれば、戦いは楽になってくるだろう。そう錯覚したとしたら、それ自体が、すでに悪に敗れつつある姿である。また、自分はこれだけ信心したから、もう心配はないだろう。だれにも、そんなことは言えない。仏法、信心は、永遠に前進であり、永遠に闘争である。その前進が即安穏なのである。朗らかに、堂々と戦い続ける姿が、そのまま「勝利」の生命である。飛行機も、飛びたった以上、懸命に飛んでいるときこそ、もっとも安定している。エンジンの回転をゆるめれば、失速し、やがて墜落する以外ない。

▽本当の文化は下から上へ起こる-イギリス作家。民衆の時代を開く我らの対話運動

☆青年たちよ!もっと夢を持て(2005.03.16 千葉日報)
千葉県が掲げる教育長期ビジョン「夢・未来2025」では、二十年後の社会の一つの展望として「責任ある『地球市民』社会」を想定されている。私も十年程前、米国コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで「地球市民教育」をテーマに講演し、「知慧」と「勇気」と「慈悲」の三点に言及した。
先日、ベラルーシ共和国のミンスク国立言語大学のバラノヴァ総長一行が、私の創立した創価学園を訪問して下さった。その時、生徒の質問に答えて、総長は言われた。
「世界平和を愛する心は、お父さん、お母さんを愛する心から始まります」
その通りと思う。故郷・安房をこよなく愛された古の大哲人の教えにも、「親孝行が出来ない時は一日に二、三度、笑顔を見せてあげなさい」とある。
「地球市民」と言っても、遠くの話ではない。身近な人を大事にし、暴力やいじめを絶対に許さない事が、戦争を無くす為の第一歩となる。人を妬んだり、嘘を付いたりせず、友情と信頼を大切にする事が、平和の文化を創る出発である。
中国文学の巨人・郭沫若先生は、一九二八年から十年間、市川市に住まわれた。郭先生の戯曲の一節に「諸君は、新しい太陽をお望みですか、それなら御自分で創って下さい」と。
青年こそ、新しい太陽だ。希望がなければ、自分で希望を創ればよい。闇が深い程、自分が光り輝いて、人々を照らし、社会を照らし世界を照らしていく事だ。
千葉県は、日本で真っ先に朝日が昇る天地である。太陽の若人が続々と躍り出る「千葉青年の世紀」の未来を、私は胸を弾ませながら見つめている。


◎きょう、根木内支部の文化セミナー 13:30 松戸池田講堂。
「伝わる・繋がる心と心 Heart To Heart」
世界的な一流のアーティスト(芸術家)の講演とプロの音楽家が奏でるハーモニー♪

2011年6月25日土曜日

2011.06.25 わが友に贈る

朗々たる唱題こそ
一切の勝利の源泉!
策ではなく祈りだ。
はち切れるような
生命力で勝ち開け!

聖人御難事 P1191
『をくびやう物をぼへずよくふかくうたがい多き者どもはぬれるうるしに水をかけそらをきりたるやうに候ぞ』

◇希望の明日へ
一生成仏のための信心である。ゆえに、絶対に焦る必要はない。着実に、弛みなく、持続していくことが大事なのである。長い目で見ていけば、たとえ途中で、苦難の山や嵐があったとしても、必ず幸福の軌道に入っていくことは間違いない。それを確信して、自分らしく堅実な前進をお願いしたい。

☆青年たちよ!もっと夢を持て(2005.03.16 千葉日報)
現在、私は、パグウォシュ会議の名誉会長でノーベル平和賞を受賞されたロートブラット博士とも、対話を重ねている。博士は、アインシュタイン博士等の心を受け継ぎ、戦争と核兵器の廃絶の為に戦い抜いてこられた。今年、九十七歳になられる。
この博士が、少年の日のかけがえのない思い出として振り返っておられた事がある。それは「読書」の喜びである。
博士はポーランドの工場主の家に生まれた。第一次世界大戦が勃発したのは、五歳の時である。一家は家財を全て奪われ、没落。一日にパンが二切れだけと言う、どん底の生活を強いられた。そんな悲惨な時代だからこそ、若き博士は良書を次々に読破して、「夢」を広げていったと言う。そして、働きながら苦学を続け、世界的な科学者となっていかれた。
学ぶ事は、青年としても最も崇高な権利であり、喜びである。強い心があればどんな厳しい現実にも押し潰されない。新たな理想の世界に向かって、自分自身を跳躍させる事が出来る。そのバネとなるのが、読書であり、勉学である。
千葉県は、「朝の読書運動」の発祥の地である。十七年前、生徒の心の荒れに胸を痛めた高校の先生方が「学ぶ意欲」を取り戻してもらいたいと始められたと伺っている。
それが、今日では、全国の二万近くの小中高校で実地される広がりとなった。各地で、「朝の読書があるから、学校が楽しい」等の嬉しい声が聞かれる。良き活字文化の興隆こそ野蛮な暴力の蔓延を食い止める砦となる。その意味において、千葉日報社が主催される「千葉児童文学賞」や「千葉ジュニア文学賞」も、誠に貴重な取り組みであると、私は注目する一人である。

2011年6月24日金曜日

2011.06.24 わが友に贈る

共に働き 共に語る。
ここから人材は育つ。
リーダーは喜び勇んで
青年の弘教の応援を!
未来部の育成を!

撰時抄 P266
『日蓮は閻浮第一の法華経の行者なり此れをそしり此れをあだむ人を結構せん人は閻浮第一の大難にあうべし』

◇希望の明日へ
人間の心は微妙である。常識から冷静に考えると、あたりまえの事件であっても、ふとしたことから動揺する。その意味で、やはり知性を鍛えておかなければならない。知性が弱いと信仰を一生涯、持続していくことも難しくなる。

☆青年たちよ!もっと夢を持て(2005.03.16 千葉日報)
十代は、人間の「根っこ」を作る時である。
野菜の生産高が「連続日本一」の千葉県。その豊かな大地で活躍する農村の青年から、キャベツの「苗作り」の苦心を聞いた事がある。
例えば、与える水は出来るだけ少なくすると言う。それは、何故か。その方が、自分の力で土から水分を吸収しようと、しっかり「根っこ」を張っていくからである。また、冬でも苗にビニールなどは張らない。目の粗い寒冷紗を二枚かけるだけ。冷気にさらされてこそ実の締まったキャベツが育つからだ。
人間も同じであろう。何もかも恵まれ、甘やかされていては、人格の芯は鍛えられない。青春時代、貧しい事は、むしろ誇りである。労苦こそが、宝なのである。
それは、終戦後間もなく、私が十七歳の時であった。食料の不足が深刻で、人々が買い出しに奔走した時代である。私も満員電車に乗って、美しい田園と青い海が広がる幕張へ行った。そこで、お会いした農家の婦人が、実に親切な方であった。肺結核で痩せていた私を案じ、サツマイモを六貫目(約22.5Kg)も、快く分けて下さったのである。
このお宅でも、戦地へ行ったまま帰らぬ息子さんを待っておられるように見えた。我が家も長兄が戦死である。母達の悲しみは、余りにも深かった。
戦争ほど残酷なものはない。けなげな庶民が、幸福に、そして平和に暮らしていける世界を必ず創らねばならないと、若き私は深く心に刻んだ。

2011年6月23日木曜日

2011.06.23 わが友に贈る

「断じて勝つ」
「私が道を開く!」
この一念から
勝利の歴史が始まる。
題目根本で進め!

新池御書 P1443
『相構へていかにしても此の度此の経を能く信じて命終の時千仏の迎いに預り霊山浄土に走りまいり自受法楽すべし、信心弱くして成仏ののびん時某をうらみさせ給ふな』

◇希望の明日へ
人知れず、人一倍の努力をする。最善を尽くしたうえで、さらに努力する。いずこの世界であれ、これこそが大成への鉄則であり、法則である。反対に、"もうこの辺でいいだろう"と努力をやめる。それは慢心であり、成長が止まってしまう。必ず行き詰まってしまう。いわんや、信心の世界は、もっと厳しい。謙虚な求道心を忘れ、自分をたいした存在と思ったとたんに堕ちてしまう。幹部も、地位を得た人間も、皆そうである。

☆青年たちよ!もっと夢を持て(2005.03.16 千葉日報)
我が家のルーツも千葉県である。東京に移ってからは、大森で大規模に海苔を作っていた。しかし私の少年時代は父が病に伏し、働き手であった四人の兄達は次々に戦争にとられ、生活は困窮するばかりであった。それでも、母は「うちは貧乏の横綱だよ」と朗らかだった。
私は少しでも家計を楽にしたいと、小学六年生から三年間、新聞配達をした。冬の朝などは辛かった。手の指が痛い程、かじかみ、息も凍える。途中でイヤになる時も「次の一軒までは頑張ろう」そしてまた「次の一軒まで」と、自分で自分を励ましながら、懸命に配った。終える頃には、体も温まり「今日も一日やりきった」と、気分は爽快であった。
配達先に親切な若夫婦が居て、いつも、労いの声を掛けてくれた。夕刊の配達の後、食事に招いて下さった事もある。
「発明王エジソンも、少年時代に新聞の売り子をしながら勉強したんだ。若い時に苦労した人が幸せなんだよ」
との激励は、今もって心から離れない。
元々体は強くなかった私が、世界を掛け巡れるようになったのも、この新聞配達で鍛えたお蔭であろう。一つの仕事をやり通す中で、私は多くの事を学び、掴んだ。
「今、自分が何をしたらいいか、分からない」と言う人はまず何か一つ、「やり切った」と言えるものを作ったらどうだろうか。朝、登校したら「おはよう」と声を掛ける。昼休みに十分でも本を読む。夕食の後片づけを手伝う等々、身近に出来る事からでもいいと思う。
人と比べる必要はない。昨日の自分と比べてどうかだ一歩でも、一ミリでも前へ踏み出した人は、もう勝っているのである。

2011年6月22日水曜日

2011.06.22 わが友に贈る

各地で大雨
冠水・土砂崩れなど
危険な場所に注意!
配達も無事故第一で。
安全と健康を祈る!

四条金吾殿御返事 P1136
『大難来れども憶持不忘の人は希なるなり、受くるはやすく持つはかたしさる間成仏は持つにあり』

◇希望の明日へ
みずみずしい求道心−−そこに仏法の源流があり、信心の原点がある。また創価学会の大道がある。"求道の人"は、いつも若々しい。喜びをもっている。すがすがしい。謙虚に自分を見つめ、謙虚に自分をつくりあげている。だから、偉大な自分ができあがる。いつまでも生き生きと、どこまでも求道の人生を進んでいく−−この人が本物の仏法者であり、創価学会の同志である
。

☆青年たちよ!もっと夢を持て(2005.03.16 千葉日報)
私と妻の大切な友人にローザ・パークスさんと言う女性がいる。二月の四日で九十二歳になられた。パークスさんは、アフリカ系アメリカ人。若き日から、理不尽な人種差別と戦い抜いてこられた「人権の闘志」である。かつて、アメリカ南部の町では、レストランも、待合室も、バスの座席も、映画を観るのも、子供達の水飲み場さえも「白人用と黒人用」に分けられ、黒人はいつも一段下に置かれてきたのである。抗議をすれば、袋叩きにあう事も珍しくなかった。「お前なんか、何をやっても無駄さ」「どうせ、出来っこない」「逆らうと、ためにならいぞ」どこへ行ってもやる気を奪われ、劣等感を抱かせられる現実ばかりであった。しかし、パークスさんは、お母さんが常に励ましてくれたと言う。「人間は苦しみに甘んじなければならないと言う法律はないんだよ。自尊心を持ちなさい。人から尊敬される人間になりなさい。そして、人を尊敬していきなさい」
この母から学んだ勇気と誇りを胸に、パークスさんは信念の道を進んだ。一九五五年の十二月、仕事からの帰り道の事である。バスで「白人に座席を譲れ」と強要された彼女は、毅然として拒否した。待っていたのは不当な逮捕である。
しかし彼女は怯まないその勇気に続けと、町全体でバスのボイコット運動が起こった。抗議の波は、盟友キング博士らを先頭に25万人が参加した「ワシントン大行進」へと広がっていった。そして、遂に差別撤廃を勝ち取る日を迎えたのである特別な人ではない。デパートの店員をしていた平凡な女性である。だが、その勇敢なる一人の「ノー」の一言が人々の心を変え、世界を揺り動かしたのだ。パークスさんは、私に語っておられた。「私達は、人種差別はきっと無くなると信じていました。そして、必ず、そうなると望んだが為に、現実に変化を起こす事が出来たのです」
心の力は無限大である。世界は広く大きい宇宙は更に広く大きい。しかし人間の心は、更に広くて大きいのだ。人に何と言われようと「必ず自分は出来るんだ!」と信じる事である。「決意のあるところ道あり」。勇気を出して、自分が変われば周りも変わる。全てが変わる。勝利の道は、必ず開かれる。

2011年6月21日火曜日

2011.06.21 わが友に贈る

近隣を大切に!
爽やかな挨拶が
友好の第一歩だ。
足元から信頼を!
振る舞いで勝て!

三三蔵祈雨事 P1468
『されば仏は善知識に値う事をば一眼のかめの浮木に入り梵天よりいとを下て大地のはりのめに入るにたとへ給へり』

◇希望の明日へ
倣慢といい、謙虚といっても、対象によって、善悪は変わってくる。悪に対しては、倣慢に見えるくらいの強さで、御書に仰せの通り、過ちを正し、攻撃し、追撃しなければならない。それが正義であり勇者であり、そこに本当の謙虚さもある。根本は法と真理に対する謙虚さである。信仰の道については、どこまでも謙虚に、いよいよの求道心で進んだほうが得である。求めれば求めるほど、自分が福運をつける。強くなる。幸福になる。

▽真剣に御本尊に願い切れ一番、確実な早道−恩師。法華経の兵法で突破せよ

☆青年たちよ!もっと夢を持て(2005.03.16 千葉日報)
今、若い世代に「何をやっていいのか分からない」「やりたい事がない」と言う悩みが多いと聞く。先日、胸をえぐられる調査結果があった。晴れて成人式を迎える人に「今の自分をお金に換算すると幾らか」と尋ねたものだ。一番多かったのは「ゼロ円」13,5%を占めた。勿論、この数字だけで、今の若者の自己評価を決める事は出来まい。「ゼロ円」の答えには、人間の価値をお金で計る事への抗議を込めた人もいるかも知れない。それはそれとして、私が言いたいのは、決して「自分で自分を卑下してはいけない」と言う事である。
「自分は駄目な人間だ」等と、絶対に思ってはいけないし思う必要もない。13世紀、千葉県に誕生した大哲学者は「例え一日でも生きる事は、千万両の黄金よりも価値がある」と示された。一人の生命は、全宇宙の財宝よりも尊い存在なのである。以前、私は、モスクワ大学前総長のログノフ博士と対談集を発刊した。その中で博士は「人間の脳が織り成すネットワークの組み合わせは、宇宙の中の物質を作る粒子の総数より大きい」と指摘された。若き頭脳には、宇宙大の創造力が秘められている。

2011年6月20日月曜日

2011.06.20 わが友に贈る

友のために尽くす
地道な学会活動こそ
人生勝利の直道!
「心の財」を積みゆく
信心の大長者たれ!

撰時抄 P256
『夫れ仏法を学せん法は必ず先づ時をならうべし』

◇今週のことば
「妙とは蘇生の義」
真剣な勤行唱題で
満々たる生命力を!
きょうも油断なく
生き抜け!勝ち抜け!
2011年06月20日

◇希望の明日へ
人生も、総仕上げが大切である。どんなに、これまで完璧でも着陸に失敗すれば悲劇である。何にもならない。せっかく重ねてきた仏道修行も、最後に退いてしまったならば、いっさいが無意味である。火炎の苦しみのごとき境涯となってしまう。最後が大事である。広宣流布と一生成仏の目的地まで、慎重に、油断なく、最後まで、みずみずしい求道心をもって進んでいきたい。

☆青年たちよ!もっと夢を持て(2005.03.16 千葉日報)
〔希望の見えない現代若者達よ、夢を持て。太陽の光が見えないのなら自らが、その光となれ。二十一世紀を担う千葉の若人達に、未来を切り開く勇気を与える人生の達人からの特別寄稿〕

「夢を持つ事を忘れないで!」
こう呼び掛けるのは、2001年、日本で二人目の「女性宇宙飛行士」に認定された山崎直子さんである。千葉県の出身だ。宇宙飛行士を目指したのは、中学三年生の時と言う。アメリカのスペースシャトル・チャレンジャー号の打ち上げをテレビで見ていたところが発射直後に、爆発—。尊き犠牲となった宇宙飛行士に、一人の女性教師がいた。宇宙から授業する事が大きな夢だった。それを知った山崎さんは「私が、その夢を受け継ごう!」と思い立った心に熱い火が点った。
その後、猛勉強にも厳しい訓練にも耐え抜いた。大いなる夢に生きゆく青春は、千葉の大地から大宇宙の高みへ羽ばたいて行ったのである。
私の人生の師もよく「青年は、夢が大き過ぎるくらいでいい初めから望みが小さくては、何も出来ないからだ」と語っていた。夢を大きく持って、走れる所まで走る。その分だけ、自身の世界を大きく広げる事が出来る。

★勇気の泉 No.28 自身の心を"折伏"しよう!
この日、伸一が、最も力を込めて訴えたのは、「自身の心を折伏せよ」ということであった。
広宣流布の前進を阻むものは、外にあるのではなく、自身の内にこそあるからだ。
臆病や弱さは、あきらめを生み、「もう、だめだ!」「これ以上はできない」と、自分の壁をつくり出してしまう。また、慢心は、油断と安逸を生み、敗北の墓穴を掘る。
その心を打ち破り、自らを折伏するのだ。壁を破るには、腹を決めることだ。断じて成し遂げてみせると、一念を定め、御本尊に誓願の題日を唱え抜くのだ。
そして、勇猛果敢に行動せよ。走りだせば加速度がつく。勢いを増す。

◎創価グロリア吹奏楽団のファミリーコンサート2011 in MATSUDO、最高でした(^^♪、勿論、娘も友人(外部)と参加しましたよ!

2011年6月19日日曜日

2011.06.19 わが友に贈る

「私は負けない」
その不屈の一念に
明日の勝利が!
不死鳥の心で
共に希望の空へ!

四条金吾殿御返事 P1163
『一生はゆめの上明日をごせずいかなる乞食にはなるとも法華経にきずをつけ給うべからず』

◇希望の明日へ
大聖人を求め、大聖人の仰せのままに、大聖人とともに型きて生き抜いていこう−−この信心が、即、一人一人を仏界へ、成仏へと導いていく幸福の翼となる。否、その強盛なる無二の信心が、そのまま仏界の顕現なのである。その人が幸福にならないはずはない。

▽各地で「未来部の日」の集い。鳳雛たちよ大きく育て。各部一体で大声援
▽きょう父の日。広布と社会で奮闘する壮年部に皆感謝。黄金柱ここにあり

☆方面長協議会でのスピーチ(2005.02.16)
同志の中には、病と闘っておられる方もいる。ご家族が病気の方もおられるに違いない。
御書を拝し、「病をどうとらえるべきか」、信心の根本姿勢をあらためて確認しておきたい。
日蓮大聖人は、夫の病気について報告した妙心尼に、こう教えておられる。
「この病は仏のお計らいだろうか。そのわけは、浄名経、涅槃経には病がある人は仏になると説かれている。病によって仏道を求める心は起こるものである」(P1480、通解)
病があるからこそ仏になれる。偉大な人間になれるのだ——まことに深い仏法の生命観である。
またある時、大聖人は、富木常忍から、夫人の富木尼御前の病気について聞かれた。
大聖人は、側でやさしく語りかけるかのような、慈愛あふれる励ましの御手紙を、富木常忍に託しておられる。
「あなた(富木尼御前)もまた法華経の行者であり、御信心は月が満ち、潮が満ちるように強盛であるから、どうして病が癒えず、寿命の延びないことがありましょうか。こう強く確信して、御身を大切にして、心の中で、あれこれ嘆かないことです」(P975、通解)
そして、青年門下の南条時光が重病に倒れたと聞くや、御自身も重い病の身であられながら、厳愛の励ましを綴られた。
「(あなたは)上下万人から諫められたり、脅されたりしながらも、ついに信仰を捨てる心がなく、もはや成仏しそうになったので、天魔・外道が病気にさせて脅そうとしているのであろう。命にはかぎりがあるものだから、少しも驚いてはならない」(P1587、通解)
妙法は、生老病死の「四苦」を根本的に克服しゆく、絶対の勝利の法則である。妙法に生き抜く人は、幸福の境涯を三世にわたって楽しんでいけるのである。
信心が深まったからこそ、病魔をはじめ、三障四魔が競い起こる。病もむしろ「仏の境涯を開くチャンス」ととらえて、毅然と闘っていただきたい。そう御本仏は教えておられる。
私は、全同志の健康と長寿と勝利を、来る日も来る日も、懸命に祈っている。

2011年6月18日土曜日

2011.06.18 わが友に贈る

広布発展の要因は
「誠実」「根性」
「賢さ」「忍耐強さ」
この労作業ありて
勝利の花は爛漫と!

上野尼御前御返事 P1580
『経に云く「若し法を聞くこと有らん者は一として成仏せざること無し」云云、文の心は此の経を持つ人は百人は百人ながら千人は千人ながら一人もかけず仏に成ると申す文なり』

◇希望の明日へ
信心しているからといって、安閑としていては、一生成仏の大道を進むことはできない。名ばかりの信心では、真の功徳はない。そればかりか、もっとも大切な死を大苦悩の中に迎えてしまう場合もある。それでは信心したかいがない。ひとたび正法に巡りあえた以上、悔いなき求道の人生に徹していく、そして信心の喜びにあふれ、勇んで法を弘めゆくことこそ、正法を受持しえた学会員の使命であり、権利である。

☆第16会全国婦人部幹部会でのスピーチ(2007.01.06)
まず、50年前の19577年、年頭の言葉である。
「おのれも大地に足を踏みしめ、はなやかな希望に生きるとともに、世の人たちをも同じく大地に足を踏みしめさせて、人生に晴れやかな希望をもたせようではないか」
こうした先生のご指導を、私は大切に記録してきた。
また戸田先生は、婦人部に対して言われた。
「真剣に、御本尊に願い切りなさい。この簡単な原理が、皆、分からない。これが一番、遠いようで、確実な早道になっていくからである」
遺言とも言うべきご指導である。
先生は「大病を患った人は人生の深さを知っている」とも語られた。
その通りである。
いわんや、私たちには妙法がある。妙法を唱えている人は、どんなに大変な立場であったとしても、深い、深い、大哲学者であり、大勝利者である。宿命を、必ず転換していける。
生きていく上で、「生老病死」は避けられない。
大事なことは、負けないことである。

2011年6月17日金曜日

2011.06.17 わが友に贈る

個人会場のご家族に
心から感謝を!
夜間は私語を慎み、
節電、駐輪にも注意。
広布の宝城を護れ!

十如是事 P411
『秋のいねには早と中と晩との三のいね有れども一年が内に収むるが如く、此れも上中下の差別ある人なれども同じく一生の内に諸仏如来と一体不二に思い合せてあるべき事なり』

◇希望の明日へ
信仰は権利であり、義務ではない。退転だけは絶対にしてはならない。少しでも信心の息吹に触れようという求道心は失ってはならない。信心の心を失えば、歓喜がなくなり、生き生きした生命の躍動がなくなる。福運が途絶えてしまう。功徳を消してしまう。それでは、自分自身はもとより、家族や一族の方々がかわいそうである。

☆第16会全国婦人部幹部会でのスピーチ(2007.01.06)
戸田先生は、よくおっしゃっておられた。
──勝つことは、明るく楽しい。笑顔が美しい。負けることは、暗く苦しい。
ゆえに人生は、断じて勝たなければならない。
負けたものは、哀れだ。負けてはならない。勝ちゆくための信心であり、仏法だ──と。
我々は勝ちましょう!
すべてに!
日蓮大聖人いわく、「仏法は勝負」である。
これには、深い深い現実の意味がある。永遠の法則がある。
学会は、毎年、勝ち進んできた。
「勝ち負けは 人の生命の 常なれど 最後の勝をば 仏にぞ祈らむ」
戸田先生が私にくださった最後の和歌である。
勝つこと、負けること。人生にはいろいろある。もしも負けたときには"負けるが勝ち"で笑い飛ばして前へ進んでいけばよい。きゅうくつになってはいけない。
しかし最後は、断じて勝つのだ。御本尊に祈りに祈って、最後は勝たなくてはならない。

2011年6月16日木曜日

2011.06.16 わが友に贈る

すばやい反応こそ
リーダーの生命線だ。
一人一人の心に
誠実に迅速に応える
行動の人であれ!

崇峻天皇御書 P1174
『一代の肝心は法華経法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ』

◇希望の明日へ
時を超え、国を超えて、大仏法を伝え、広げていく"原動力"となるものは何か。それは、正しき原点への求道である。正しき法、正しき師を謙虚に求め、絶えず原点から自己を見つめ直していくことが大切である。原点を失えば、必ずや信心に重大な狂いが生じる。

☆婦人部・女子部最高協議会でのスピーチ(2005.03.13)
『一華(いっけ)を見て春を推せよ』(P222)
「開目抄」の一節である。
たとえ一輪であっても、寒風のなかに、凛と咲き誇る花があれば、天下の春の到来を知ることができる。
そして、けなげな女性が、一人、真剣に立ち上がるところ、そこには必ず、爽やかな「希望の春風」が吹き薫り、「歓喜の春」「勝利の春」が広がっていくのである。
全国、全世界で、さっそうと活躍される婦人部・女子部の皆さま方を讃え、心からの感謝を込めて、きょうも少々、語り残したい。

2011年6月15日水曜日

2011.06.15 わが友に贈る

仏法は本因妙。
「今」の決意が
必ず「未来」を開く。
さあ、これからだ!
新しい前進だ!

妙法尼御前御返事 P1404
『日蓮幼少の時より仏法を学び候しが念願すらく人の寿命は無常なり、出る気は入る気を待つ事なし風の前の露尚譬えにあらず、かしこきもはかなきも老いたるも若きも定め無き習いなり、されば先臨終の事を習うて後に他事を習うべし』

◇希望の明日へ
人間の織りなす世界には、年齢や立場など、さまざまな違いがある。問題は、その違いを生かしながら、絶妙な調和の世界とするか、反対に、複雑で感情的な、葛藤の世界としてしまうか、である。その分かれ目は、やはり一人一人の心、一念の姿勢にある。つねに、多くの人々から学び、成長していこうとの、みずみずしい"求道の心"をもっているかどうかにある。その意味において学会員は、どこまでも大聖人の仰せのごとく、御本尊を根本に、法のため、広布のため、ともに学びあい、尊重しあい、守り合いながら、真撃に生き抜いていきたい。

▽社会で勝負せよ。それが本当の仏法の闘争−恩師。青年よ自分の足場で光れ

☆勇気の泉 No.27
「大聖人は、『譬えば鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日余り歩をはこ(運)びて今一日に成りて歩をさしをきては何として都の月をば詠め候べき』(P1440)と仰せです。
自身の一生成仏のためには、最後の最後の瞬間まで、絶対に信心の歩みを止めてはならないとの御指導です。
地涌の菩薩である私たちが、この世に生を受けた意味は、広宣流布のため、人びとの幸福と社会の繁栄のために、行動し続けるためなんです。
牧口先生は、高齢の身で、牢獄にあっても戦い続け、仏法の正義を叫び抜かれました。
私も、牧口先生のように、七十になろうが、八十になろうが、命ある限り、動きに動きます。語りに語ります。書きに書き、叫びに叫びます。戦って、戦って、戦って、戦い抜いていきます。私は、その決意です。
見ていてください。そこに、仏道が、わが人生の完勝があるからです」
『新・人間革命』第16巻「入魂」の章

2011年6月14日火曜日

2011.06.14 わが友に贈る

自転車事故が多発。
雨でぬれた道に注意。
携帯電話・傘は厳禁。
会合での呼び掛けなど
先手、先手で防げ!

大白牛車御消息 P1584
『法性の空に自在にとびゆく車をこそ大白牛車とは申すなれ、我より後に来り給はん人人は此の車にめされて霊山へ御出で有るべく候、日蓮も同じ車に乗りて御迎いにまかり向ふべく候』

◇希望の明日へ
"自分のほうが信心歴が古い""役職が高い"とか、"立場が上である"といった考えに陥るならば、そこにはもはや、みずみずしい求道心はない。これは、今までの退転者や反逆者に多く共通した姿でもあった。心は、不思議である。また怖いものである。求道の一念を失うならば、それまでどんなに信心に励み、功労があっても、どんどん"後れ"をとり、いつしか信心がわからなくなってしまう。

☆新時代第49回本部幹部会へのメッセージ
ここで、勇躍の出陣をした、わが青年部の友に、四条金吾への御聖訓を贈りたい。
「昔、中国の李広将軍という武将は、虎に母を殺されてしまった。その虎に似た石を、母の仇と思い定めて弓を射ると、矢は羽の部分まで石に突き刺さった」「あなた(四条金吾)のことを、敵は狙っているのだろうが、法華経の信心が強盛であるので、大難も、事の起こる前に消えたのであろうか。これにつけても、よくよく信心に励んでいきなさい」(P1186、通解)
人間にとって、母を思う一念がいかに強いか。母を思い、母のために立ち上がれば、人間は、最も強く、最も正しくなれるのであります。
尊き母たちを断固として守り抜いてみせる。母たちを侮辱したり、いじめたりする者は断じて許さない。そして、母たちの幸福な笑顔が輝く平和の世界を絶対に築いてみせる──。これが、牧口先生、戸田先生のお心を心として、三類の強敵と戦い抜いてきた、私の19歳からの岩をも通す決心であります。
今や、世界一なる創価の母の城が築かれました。
この城を厳護し、さらに勝ち栄えさせていくことを、私は若き後継の君たちに託したいのであります。

愛する東北をはじめ、全世界の大切な大切な同志が、一人ももれなく健康で、すべてを変毒為薬しながら、大勝利の人生を飾りゆかれることを、心からお祈り申し上げ、私のメッセージとさせていただきます。
世界一の婦人部、万歳!
世界一の青年学会、万歳!

2011年6月13日月曜日

2011.06.13 わが友に贈る

新聞休刊日

祈祷抄 P1345
『天は必ず戒を持ち善を修する者を守る』

◇希望の明日へ
大学者であれ、有名人であれ、財力、権力の人であれ、自身の生命の因果に通じているとはいえない。しかし、とかく心おごれるあまり、この根本の重大事については、真剣に、また謙虚に求めていこうとはしない。それは、あまりにも愚かであり、残念なことである。この錯誤は、永遠にわたる生命の軌道に決定的ともいえる狂いを生じさせていくことになるのである。

☆新時代第49回本部幹部会へのメッセージ
私と妻は、毎日、日本中、世界中の広布の母たちから、尊いお便りをいただきます。
つい先日も、ブラジルのリオデジャネイロのお母様から、ありがたい報告をいただきました。
35年前に、経済苦、家庭不和、さらに命に及ぶ難病に苦しみ悩んで、仏法に巡りあった母です。
このブラジルの母は「病魔に必ず勝って、わが身を使い、命を捧げて広宣流布します」と誓願の祈りを重ねて、病を克服することができました。
以来、「毎日、誰かに喜びを贈ろう」と決めて、80歳を超える今も、地区の最前線で仏法対話を繰り広げています。
これまで、じつに「640世帯」を超える弘教を成し遂げてこられたのであります。
「仏壇の扉を開けば、いかなる勝利の扉も開いていける」とは、この朗らかな題目第一の母の確信です。
お子さん方も、お孫さん方も、皆、「母の信心」を喜々として継承しております。「今、わが家として千世帯の折伏を目標に、皆で対話を広げています」と決意の報告を寄せてくださいました。
このお母さんは福運に満ちた笑顔で語っておられます。
「本当の幸せは、妙法を弘める中にあります。誰かを幸せにすると全部、自分に返ってくるんですよ」と。
ともあれ、女性の弟子への御聖訓には『法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり』(P552)と仰せであります。
時代は、いよいよ正しく力ある哲学を求めています。
『力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし』(P1361)と仰せの通り、妙法を今こそ語り抜いて、新たな地涌の菩薩の陣列を『二人・三人・百人』と広げてまいりたい。

2011年6月12日日曜日

2011.06.12 わが友に贈る

さあ対話の時だ!
仏法を語った分だけ
自他共の幸福が広がる。
粘り強く 自分らしく
師子の心で挑め!

御義口伝巻上 P718
『疵を蔵くし徳を揚ぐは上慢を釈す、自ら省ること能わざるは我慢を釈す』

◇今週のことば
広宣流布の前進は
わが足もとから!
縁する友を大切に。
太陽の婦人部総会で
友情の花また華を!
2011年06月12日

◇希望の明日へ
学会を愛し、学会を守っていこうという一念が強い人は、結局、家庭のことも、仕事のことも、自分自身の悩みを、すべて解決できる。最後は必ず所願満足になっていく。一念ほど大切なものはない。「一心の妙用(不思議な働き)」である。
反対に、自分の悩みや忙しさに負けて、広宣流布を従にし、あと回しにした場合は、その分、自分が、あとで苦しむことになる。仏法は厳しい。


☆新時代第49回本部幹部会へのメッセージ
この6月6日は、私たちの「創立の父」であられる牧口常三郎先生の生誕140周年であります。
この牧口先生が格別に大切にされていた御金言があります。
それは──『悲母の恩を報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱えさせんと願す』(P1312)という一節であります。
牧口先生は、暗い戦乱の時代にあって、宿命に泣く母たちの幸を願われ、労苦をいとわず、ただ、ひたすらに妙法を弘め抜いていかれました。
ご自身が遠路、足を運んで折伏された、ある地方の一粒種のお母さんには、「諸法実相抄」を拝読されながら、こう語りかけておられます。
「あなたが一人、妙法を唱えて幸福になれば、地涌の義によって、この地方にも、必ず『二人・三人・百人』と妙法を持つ人が現れ、不幸から救われることになるのです」と。
それは、人間の尊厳を残酷に踏みにじる権力の魔性に立ち向かう、師子王の戦いでもありました。
牧口先生は、私の妻の実家での座談会にも来られました。その手を引いてご案内した幼き日の妻は、牧口先生が、特高警察の監視のもとでも、悠然と堂々と仏法の正義を師子吼されるお姿を生命に刻みつけております。
一人一人の幸福のために恐れなく戦う、この初代の勇気ある学会精神、折伏精神は、今や全世界の婦人部にまで烈々と流れ通っているのであります。
一人の人間が、どれだけ勇敢に忍耐強く、自分自身の生命の花を咲かせていけるか。
そのために、正しき信仰があります。
東北出身の青年詩人・宮沢賢治は、けなげに野に咲く花を、こよなく慈しんだ一人であります。
彼は物語に描きました。それは、ある小さな野に咲く花が、たとえ誰が見なくとも、また、どんな嵐があっても、自らの命を自分らしく立派に咲かせていった。その強く美しき魂を貫き通したがゆえに、やがて「花の王」と讃えられる、最も光り輝く存在へ生まれ変わったというのであります。
創価の女性たちは、いかなる試練にも負けず、今いるその場所で、皆に勇気と希望を贈る「野の花」を、凛として咲かせ切っておられる。
この方々こそ、永遠に常楽我浄の「花の王」と仰がれゆくことは絶対に間違いないと、私は心から讃嘆したいのであります。

2011年6月11日土曜日

2011.06.11 わが友に贈る

牙城会、王城会、
宝城会に心から感謝!
戸締まりや節電等
会館厳護の労苦に
妙法の福徳は燦然!

最蓮房御返事 P1343
『我等が居住して一乗を修行せんの処は何れの処にても候へ常寂光の都為るべし、我等が弟子檀那とならん人は一歩を行かずして天竺の霊山を見本有の寂光土へ昼夜に往復し給ふ』

◇希望の明日へ
人を若くするもの。それは信念である。確固として信ずる、念ずる−−その一念が生命の力を強める。"正しきもの"を信じ、"正しき方向"へと念ずるゆえに、正しき、幸福への信念となる。正法を実践する学会員こそ、最高の「信念の人」である。ゆえに若い。ゆえに、はつらつとしている。

▽「身命もおしまず修行して此の度仏法を心みよ」。青年よ師弟道を堂々進め

☆新時代第49回本部幹部会へのメッセージ
新しい人材が躍り出る息吹に満ちて、前進また前進を続けゆく、わが創価家族の全同志のご健闘を心から讃えつつ、メッセージを贈らせていただきます。
「平和」と「幸福」の太陽である婦人部の皆様方! 結成60周年、誠に誠に、おめでとうございます。
あまりにも尊貴な皆様方に、私たちは最大の感謝と敬意を込めて、お祝い申し上げようではありませんか!
尊き尊き「一閻浮提広宣流布」のリーダーの皆様方、本当にようこそ、お越しくださいました。
南アジア婦人部の首脳の皆様方、ニュージーランドの皆様方、中米の皆様方、欧州の皆様方、そして韓国の皆様方!
それぞれの誓願の天地で、『月月・日日につより給へ』(P1190)との御聖訓のまま、どれほど力強く社会に貢献し、発展しておられるか。
御本仏は、すべてを御照覧であられます。
さらに、今日は、被災地で戦い続けておられる偉大なる東北婦人部の代表も出席してくださいました。
仏様に等しい、毎日毎日の勇気と慈悲、智慧と忍耐の奮闘、本当に本当にご苦労さまでございます。
日蓮大聖人は宣言なされました。
『法華経の中には女人成仏第一なり』(P1311)と。
一切経の肝要たる法華経の教えの中にあっても、女人成仏を「第一」とされております。その通り、わが創価学会は、婦人部と女子部の皆様方の幸福勝利を、永遠に「第一」としていくのであります。
女子部の皆様も、明るい明るい「世界池田華陽会の日」(6月4日)、おめでとうございます。
わが女子部の清々しい新出発を、私も妻と共に、心から喜んでおります。

2011年6月10日金曜日

2011.06.10 わが友に贈る

会合の準備を万全に。
「きて良かった!」
「よし、やろう!」と
歓喜あふれる集いを。
皆で勢いよく出発だ。

千日尼御前御返事 P1316
『法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄餓鬼畜生等の百獣に恐るる事なし』

◇希望の明日へ
人生の勝敗を決めるものは、すべて自分の一念である。心のもち方である。この一念の勝利者こそ真の勝利者である。

▽輝く婦人部結成60周年。世界一の平和へのスクラム。創価の母たち、大万歳

☆全国総県長会議へのメッセージ
きょうは、東北の皆様方も、本当にご苦労さまです。
東北の同志を中心とする創価の人間主義のスクラムに、多くの方々が深い信頼を寄せ、「心の復興」への大いなる希望を託されております。
「真の友を得た以上は、自分の幸福はかの百万の富にも比する事が出来ぬ」(『啄木全集第7巻』)とは、東北の青春詩人・石川啄木の言葉でありました。
真の友情を広げゆく喜びに勝るものはありません。創価の友情の連帯は今、全世界に広がっております。
一昨日(1日)、「文化功労勲章グロリアーアルティス金章」を授与くださったポーランドでも、わが同志が、良き国民、良き市民として社会貢献をされています。
17年前、有意義な出会いを結んだワレサ大統領の言葉を、私は、わが青年部に贈りたい。
「人間が人間に話す、これがいちばんだ」(グダンスク〔海洋出版所〕編・工藤幸雄監修『ワレサは叫ぶ』)
「勝利とは友だちをたくさん作ることです」(筑紫哲也・水谷驍訳『ワレサ自伝』)
終わりに、戸田先生のご指導を申し上げます。
「広宣流布のための御本尊であられる。広宣流布に通ずる大願は、必ず何でも聞いてくださる」と。
この大確信で、今再び、私たちは広宣流布の拡大を祈り、総決起しようではありませんか!
大切な大切な全同志の健康とご多幸を心からお祈り申し上げて、私のメッセージとさせていただきます。
皆様、お元気で! いつまでも、お元気で!

2011年6月9日木曜日

2011.06.09 わが友に贈る

列島に希望広げる
婦人部総会、万歳!
母の笑顔あるところ
平和と幸福の花は
爛漫と咲き薫る!

本尊供養御書 P1536
『法華経を持ちまいらせぬれば八寒地獄の水にもぬれず八熱地獄の大火にも焼けず』

◇希望の明日へ
何があろうとも、すべて、良い方向へ、元気が出る方向へ、変毒為薬の方向へ、朗らかに、強く受け止めていくことである。そうできるのが、信心である。この微妙な心のもち方、一念の方向性によって、幸・不幸は大きく左右されてしまう。どうせ生きるならば、すべてを前向きに、楽しく、とらえて生きたほうが幸せである。その、たくましき、喜びの一念が、宿命転換を急速に実現していくのである。

☆全国総県長会議へのメッセージ
おかけさまで、アメリカ創価大学(SUA)も、晴れ晴れと開学10周年を飾ることができました。創価の人間教育に、アメリカでも深い期待が寄せられております。
アメリカの偉大な「教育の母」であるメアリー・ベスーン(1875〜1955年)は、青年への真情をこう語りました。
「世界は青年たちのものだ。青年たちが未来を担っていくのだから。わが青年たちは、よりよい世界を築く情熱をなくしてはならない。偉大な人になろうとする心を砕かれてはならない。若い人たちこそが、未来の指導者なのだから」
わが青年部も希望に燃え、決意に燃えて新出発しました。これほど嬉しいことはない。皆で最大に応援し、激励し、育成してまいりたい。
私か対談を重ねてきた、中国文化界の指導者・高占祥先生も、しみじみと言われていました。
「青年は、"まだ磨かれていない玉の原石"のようなものです。ゆえに最大の誠意をもって彫刻し、磨かなければなりません」

2011年6月8日水曜日

2011.06.08 わが友に贈る

「異体同心」こそ
広布発展の要。
温かな家庭のように
讃え励まし合おう。
仲良き大前進を!

生死一大事血脈抄 P1337
『日蓮が弟子の中に異体異心の者之有れば例せば城者として城を破るが如し』

◇希望の明日へ
境涯の力は不思議である。一念の力は無限である。同じ環境、同じ状況にあっても、わが境涯と一念しだいで、百八十度、違う結果となり、人生となろう。

▽歓喜に燃えて弘教する人が本当の信仰者だ−恩師。人間革命の直道がここに


☆全国総県長会議へのメッセージ
今、創価文化センターの建設が進められている周辺は、日本の憲政史上に名高い犬養毅首相が住まわれていたゆかりの場所です。犬養首相は、牧口先生と親交を結び、「創価教育学支援会」の一員でありました。
雄弁で知られる犬養首相でしたが、「精神が旺盛なれば言語は訥でも(なめらかでなくても=編集部注)、聴衆は必ず感応する」(犬養毅・鵜崎熊吉著『犬養毅の世界』)と語っておりました。
広宣流布のリーダーにとっても、大事なことは、学会精神、折伏精神を旺盛に漲らせ、真心を込めて、祈りを込めて、明るく誠実に語ることです。
皆が「そうだ! よし、やろう!」と心から納得して喜び勇んで、朗らかに前進していける力を贈ることです。
古代ギリシャの劇作家アリストパネースも、「あなたは城壁を高く築き上げるように、声を高く発しなさい」(脇本由佳訳、「アリストパネース断片」、『ギリシア喜劇全集4』)と叫びました。
声は力です。指導者は、声の力で戦うのです。どうか、勇気凛々たる励ましの声の力で、「人材の城」「福運の城」「勝利の城」を築き上げていただきたい。

2011年6月7日火曜日

2011.06.07 わが友に贈る

仏法は桜梅桃李。
桜は桜 梅は梅。
一人一人が尊き存在!
自分にしかない
使命の道を進め!

御講聞書 P819
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者、無上宝聚不求自得の長者に非ずや』

◇希望の明日へ
境涯の力は不思議である。一念の力は無限である。同じ環境、同じ状況にあっても、わが境涯と一念しだいで、百八十度、違う結果となり、人生となろう。

▽青年よ誠実であれ。策や要領ではいけない−恩師。信心根本の人こそ勝利者
▽皆で「会合革命」に挑戦。会議も幹部の話も要所を押さえて。価値的に進め

☆全国総県長会議へのメッセージ
「撰時抄」の一節には、こう仰せであります。
「法華経を経の通りに持つ人は、梵天にも優れ、帝釈をも超えているのである。修羅を従えるので須弥山をも担げる。竜を使いこなして大海をも汲み干せる」(P291、通解)
創価の三代の師弟が、喧々囂々たる悪口罵詈のなかで、三類の強敵を打ち破り、壮大な一閻浮提広宣流布を切り開くことができたのも、大聖人の御精神を胸に、「法華経を経のごとくに持つ」(P291)ゆえにほかなりません。如説修行の実践者は、まさに梵天・帝釈よりも偉大なのであります。
リーダー一人一人が、もう一度、自分自身の大いなる地涌の使命を自覚し、学会精神の初心に立ち返って、率先垂範で仏法対話に挑んでまいりたい。
私か忘れ得ぬ交友を結んだ、20世紀最高峰の音楽家であるメニューイン氏は語っておられました。
「模範を示すことである。命令ではなく、立派な模範のみが人類を導き向上させることができる」

2011年6月6日月曜日

2011.06.06 わが友に贈る

未来を開くのは
聡明な言葉の力!
英知の学生部よ
縦横無尽に語れ!
世紀の先頭を走れ!

開目抄下 P237
『教主釈尊の一切の外道に大悪人と罵詈せられさせ給い天台大師の南北並びに得一に三寸の舌もつて五尺の身をたつと伝教大師の南京の諸人に「最澄未だ唐都を見ず」等といはれさせ給いし皆法華経のゆへなればはぢならず愚人にほめられたるは第一のはぢなり』

◇今週のことば
我ら広布の闘士は
牧口先生の如く!
率先の行動を
勇気の座談を
人材の育成を!
2011年06月06日

◇希望の明日へ
一人の小さな声でもマイクを通せば広く伝わる。一人の一念、祈りでも、"題目の大音"に入れば、三千世間(如是)へと展開し、宇宙にとどろく大音声となる。信心の力は、全宇宙をも包み、味方にしていくことができる。また信心の微妙な一念は、善かれ悪しかれ宇宙大に拡大されていくことを知らねばならない。

▽牧口先生の生誕140周年。初代、2代をSGI会長が世界に宣揚。池田門下よ続け
▽「関東婦人部の日」万歳!尊き母よ、希望と勇気の対話で平和のスクラムを築け

☆全国総県長会議へのメッセージ
毎日また毎月、「日進月歩」の勢いで、広宣流布の道を堂々と開きゆかれる、大切な大切な総県長会議の皆様方に、私は、心からなる感謝を捧げ、真心込めて御礼申し上げる次第です。
日蓮大聖人は仰せになられました。
「総じて、日蓮の弟子といって法華経を修行する人々は、日蓮のようにしなさい。そうするならば、釈迦仏、多宝仏、十方分身の諸仏、十羅刹女も必ず守護されるであろう」(P989、通解)
わが創価学会が、日本中、世界中が驚くほどの広宣流布の大発展を遂げ、心ある識者の方々が感動をもって賞讃してくださるのは、一体なぜか。
それは、御聖訓の通り、尊き会員の皆様方が、仏の歩みと同じ歩みをもった日々の前進を続けているからであります。
学会は勝ちました!
大切な大切な皆様方は勝ちました!
創価の師弟は、永遠の広宣流布のために断固として勝ちました!

大聖人のお喜びは、いかばかりでありましょうか。
この6月6日は、「殉教の父」であられる牧口常三郎先生の生誕140周年の記念日であります。
また今年は、「大法弘通の師」であられる戸田城聖先生の第2代会長就任より、60周年の佳節であります。

牧口・戸田両先生の大勝利の晴れ姿は、万代に輝きわたっていくことでありましょう。
同志の皆様方、本当にありがとうございます! 私は感謝にたえません。
なかんずく、創価の太陽である婦人部の皆様方に、あつくあつく、御礼を申し上げるものであります。
きょうは「母」の歌碑の除幕、おめでとうございます!

2011年6月5日日曜日

2011.06.05 わが友に贈る

青年ならば
大きな夢を持て!
理想に向かって進め!
未来への若き挑戦を
皆で応援しよう!

善無畏三蔵抄 P883
『日輪東方の空に出でさせ給へば南浮の空皆明かなり大光を備へ給へる故なり』

◇希望の明日へ
すべては心の強弱で決まる。信心の厚薄で決定する。強き心、強き信心の一念に諸天もかぎりなく集い、いっさいを良い方向へと回転させていく−−これが大聖人の仏法である。

☆随筆 我らの勝利の大道No.47 青年の新たな陣列
私は、恩師に見出され、「嵐に負けずに伸びよ」と、師弟の大地に植えられた一本の若木であった。
わが心に原点の大地を持つゆえに、私はいかなる苦難も耐えられる。絶対に負けない。恐れない。
一日一日、青年の心をもって、胸中で師匠・戸田先生と対話しながら、新たな決意を燃やして生き抜き、戦い抜いてきた。
だから勝った。だから、全民衆を護りゆく「大樹」の創価学会を築くことができた。一点の後悔もない。
そして、わが愛する青年諸君こそ、私か生命を注いで鍛え磨いた、正義の宝剣である。私か未来の世界に贈る、希望の大樹なのだ! 共に歌ってきた「紅の歌」に私は詠んだ。
「子(きみ)よ大樹と仰ぎ見む」
私は君たちを信ずる!
君たちの成長と勝利を、悔いなき人生を、私はひたすらに祈り待っている!

さあ、広布を担い、世界を担い立つ青年の大樹を、いよいよ壮大に晴れ晴れと、この地球上に林立させていこうではないか!

偉大なる
 広宣流布の
  仕上げをば
 君らに頼まむ
  君よ指揮執れ

2011年6月4日土曜日

2011.06.04 わが友に贈る

女性の意見を大切に!
これが学会の伝統だ。
女性を尊重すれば
家庭も組織も
永続的に発展する

四条金吾殿御返事 P1143
『遊楽とは我等が色心依正ともに一念三千自受用身の仏にあらずや、法華経を持ち奉るより外に遊楽はなし』

◇希望の明日へ
豊かになれば、地位を得れば、そして権力を握れば、人間は知らない間に人間としての基本を見失う。そこから、崩壊が始まる。すべては人間から出発している。仏法では一念三千と説くが、人間の心、一念で決まる。そのわずかな狂いも、後には一国をも左右する。特に指導者の一念が決定的である。

▽「世界池田華陽会の日」華の如く太陽の如く。朗らかに師弟勝利の門開け
▽全国の「新聞長」の奮闘に感謝!創価の正義を広げる言論闘士に福徳燦然

☆随筆 我らの勝利の大道No.47 青年の新たな陣列
南米アルゼンチンの青年たちも、この五月三日を、堂々たる前進と拡大で飾ってくれた。
記念の幹部会には、私が対談集を発刊したエスキペル博士ご夫妻はじめ多くの来賓も出席くださった。
エスキベル博士は、東日本大震災へのお見舞いとともに、「創価の青年たちがいる限り、未来は明るい。さらに素晴らしい日本を、希望に満ちた世界を、必ずや築き上げてくれると確信してやみません」と呼びかけてくださったのである。
会合では、「青年よ広布の山を登れ」の大合唱や、アルゼンチン音楽隊・鼓笛隊の友による。"大楠公"などの演奏も披露された。
 ♪青葉茂れる桜井の……
この曲に託された父から子への後継の誓い、そして師弟の魂を、全世界の青年が受け継いでくれている。
戸田先生は、どれほど喜ばれるであろうか。
◇
先生が大好きであられた"大楠公"の詩は、明治時代の著名な国文学者・落合直文の傑作である。
現在の宮城県気仙沼市の出身であり、今年は生誕百五十周年に当たっている。生家は、仙台藩伊達家の筆頭家老の名門であった。
"大楠公"の詩には、後継ぎの若武者が生きて生き抜き、一日も早く成長して大業を果たしゆくことを願ってやまぬ、厳父の心があふれている。
次のような場面もある。
──父・正成は子・正行に一振りの刀を、今世の形見として授ける。そして粛然と言い渡す。
「行けよ正行故郷へ老いたる母の待ちまさん」
父から子へ、使命の太刀は渡る。その子は、郷里の母を護り、時を待ち、力をつける。そして、偉大な母のもとから、必ず立ち上がるのだ!
父子の誓いの劇は、また母子の正義の劇でもある。
"大楠公"の詩の底流には、「父の恩、母の愛」への思いが流れ通っていたに違いない。
──心に故郷を抱き、父母を思えば、いかなる労苦にも耐えられる。生き抜く勇気が湧いてくる。
この名詩を詠んだ落合直文の故郷──東北の天地でも、今、多くの青年が、父の心を受け継ぎ、母の心を護り抜いて、勇敢に忍耐強く奮闘してくれている。
救援・復興に尊き金の汗を流す青年たちと、私の心も一体である。

2011年6月3日金曜日

2011.06.03 わが友に贈る

梅雨の時期
体調管理が大切だ。
食中毒にも注意し
手洗いの励行を!
「前前の用心」こそ。

曾谷殿御返事 P1055
『法華経の大海の智慧の水を受けたる根源の師を忘れて余へ心をうつさば必ず輪廻生死のわざはいなるべし』

◇希望の明日へ
"信心の一念"の力こそ、世界のいかなる武器よりも優れた最高の力である。ゆえに自分自身もまた、日々、月々、年々に、わが"生命の弓"を満々と引き絞り、あらゆる障害を突き破る"勝利の矢"を勢いよく放っていきたい。

▽突破口を開く青年がいる限り永遠に磐石−恩師。師に応える拡大の証しを

☆随筆 我らの勝利の大道No.47 青年の新たな陣列
青春は、思うようにいかない現実との戦いでもある。地道な努力が実らず、もどかしさや悔しさにかられる時もあるに違いない。
しかし、人生の勝負は、目先ではなく、長い目で見なければわからない。
御聖訓には──
「釈尊の弟子の須梨槃特は、三年間に十四文字の経文すら暗唱できなかったけれども、仏になれた。
しかし、提婆達多は六万蔵の経典を暗唱したけれども、無間地獄に堕ちた。
このことは、ひとえに末代の今の世のことを表しているのである。決して他人のことと思ってはならない
」(P1472、通解)と厳しく仰せである。
名聞名利に流され、増上慢に狂った恩知らずの末路は、あまりにも無残だ。
あのトインビー博士も、傲慢こそ「他のいっさいの罪がはいりこんでくる門戸」と鋭く喝破していた。
真面目に仏道修行に励み、師弟の道に生き抜いた人は、最後に必ず勝つ。多宝の先輩方の勝利の人生が、何よりの証明である。
くよくよすることはない。惑うこともない。悩みがあるからこそ、わが生命は強く大きく鍛えられる。
「勇敢に、誠実に耐え抜くものにのみ、幸運は微笑みかける」とは、大文豪ゲーテの知恵の言葉である。
苦難に遭っても、嘆かず屈しない。頭を上げて、使命の道をまっしぐらに進み抜いていくのだ。その人にこそ、「変毒為薬」の時は必ず来る。栄光の朝が晴れわたるのだ。

2011年6月2日木曜日

2011.06.02 わが友に贈る

広宣流布は
「声」の力で進む。
さあ勇気凛々と語れ!
飾らず気取らず
真実を叫び抜け!

土篭御書 P1213
『法華経を余人のよみ候は口ばかりことばばかりはよめども心はよまず心はよめども身によまず、色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ』

◇希望の明日へ
同じ現象でも、どうとらえるかによって、その意味はまったく違ってくる。その意味で、信心は、すべてを前向きに受け止めていく心の"バネ"とも言えまいか。とともに、どんなに変化に満ちた道程も、一念の"ハンドル"によって、正しき方向へ、歓喜と満足の方向へ、そして幸福の方向へと、力強く回転させていく。これが妙法である。世間体や表面的な次元にとらわれた生き方では、どこまでも安心感は得られない。いつも何かに左右され、"残念だ、残念だ""困った、困った"と愚痴の絶えない場合が、あまりにも多いものだ。正しき信心の軌道に、不幸への逆コースはない。必ず前へ前へ、成仏の方向へと進んでいくことができる。


▽自分が成長し自分が責任を持てば一切に勝利する−恩師。敢然と一人立て

☆随筆 我らの勝利の大道No.47 青年の新たな陣列
「一対一の対話」がいかに大事か──。
法華経には、その深き意義が明らかにされている。
「若し是の善男子・善女人は、我が滅度の後、能く(ひそ)かに一人の為めにも、法華経の乃至一句を説かば、当に知るべし、是の人は則ち如来の使にして、如来に遣わされて、如来の事を行ず」(創価学会版法華経P357)
法師品の有名な一節だ。
師匠の後を受け継ぐ、弟子の「実践論」が凝縮された仰せである。
人生は千差万別である。
悩みを抱えている友がいる。夢に向かって一生懸命な友もいる。道に迷っている友もいよう。その目の前の「一人」と向き合い、誠実に、対話を重ねていく。
すべては、ここから始まる。
勇気を奮って、たった一言「この仏法はすごいよ」と語るのが、精一杯の時もあろう。それも、立派な折伏である。
相手がまともに聞いてくれない時もあるかもしれない。それでも、友の胸中に具わる仏性には必ず届き、響いている。
深き生命の次元から見れば、仏の種子は蒔かれ、やがて必ず芽吹く春がやってくるのだ。
これが聞法下種である。
誰が見ていようがいまいが、粘り強く、対話を貫くことだ。その人こそが、一切衆生を救済するという「仏の仕事」を、現実の上
で行っている最高に尊い「仏の使い」なのである。

2011年6月1日水曜日

2011.06.01 わが友に贈る

「道理証文よりも
現証にはすぎず」
さあ躍進の6月だ!
絶対勝利の信心で
わが黄金日記を綴れ!

千日尼御前御返事 P1314
『あわれあわれふしぎなる事かな、此れもかまくらも此の方の者は此の病にて死ぬる人はすくなく候、同じ船にて候へばいづれもたすかるべしともをぼへず候いつるにふねやぶれてたすけぶねに値えるか、又竜神のたすけにて事なく岸へつけるかとこそ不思議がり候へ』

◇希望の明日へ
法といっても、決して遠くにあるわけではない。わが一念こそ、一念三千−−生命の三千の広がりを包含した、妙法の当体なのである。人がいかなる人生を歩んでいくのか。すべては自身の一念の中にある。その意味で、わが胸中の妙法を湧現しつつ歩む人生こそ最高に尊い。決定した信心の一念に貫かれた人の幸福は計り知れないのである。


▽世界一の婦人部が60周年記念月間をスタート。偉大な母の勝利こそ創価の勝利
▽リーダーは学会の興廃双肩にありと先陣を切れ−恩師。必死の一人は万軍に勝る

☆随筆 我らの勝利の大道No.47 青年の新たな陣列
世界中の創価の青年が、それぞれの使命の舞台で、日々、奮闘している。その報告を聞くことが、私の何よりの喜びである。
先日、一人の男子部の地区リーダーからいただいた手紙には、勤務先で営業成績の日本一を獲得し、最年少でプロダクトマネジャーに抜擢されるなど、大いに信頼を広げている様子が綴られていた。多忙の中で、仕事と学会活動の両立に懸命に挑み、時間をやりくりしながら創価班の任務にも着さ、週末には、地区の友と勇んで活動に励んでいるという。
私は伝言を託した。
「一生懸命、仕事をすること、それも仏法だから、悔いなく仕事をしていきなさい。学会活動をしようという思いは忘れず、焦らずに前進を! 大勝利の人生を待っているよ」と。
生活は即、信心であり、仏法は即、社会である。
一人の青年として、持てる力を最大に出し切って、職場で、なくてはならぬ存在として光っていくのだ。そこに信仰の本領がある。

同志の中には、今は仕事が忙し過ぎて、なかなか活動には参加できないメンバーもいるであろう。リーダーは、大きく包容しながらの励ましをお願いしたい。
日蓮大聖人は、ある地域の広布の中心者(高橋入道殿)に仰せになられた。
『一日も我がかたとて心よせなる人人はいかでかをろかなるべき』(P1460)
──たとえ一日であろうと、わが味方として心を寄せてくれる人びとを、どうして粗略にできようか。
御本仏の御心は限りなく深く、大きい。
広宣流布の陣列に、たとえわずかでも連なり、味方をしてくれる人、心を向けてくれる人は、大聖人との仏縁を結ぶことになる。
だからこそ、勇気を出して対話を重ね、友情のスクラムを大きくしていくことだ。そのうねりのなかで、地涌の菩薩を、一人また一人と呼び出していくのだ。