私たちの道は
幸福への道。
私たちの声は
平和への声。
さあ7月を出発!
太田入道殿御返事 P1012
『書は言を尽さず言は心を尽さず事事見参の時を期せん』
◇希望の明日へ
いかなる道であっても、決して途中でやめない。その忍耐と努力の人を、"勝利の春"は迎えてくれる。"完走の人"こそが、"幸福のゴール"のテープを切れるのである。たとえスタートのとき、どんなにさっそうと走っていても、"完走"しないランナーは"敗者"である。自分自身の"不滅の歴史"をつくることはできない。学会員の観点でいえば成仏ができなくなることである。
▽さあ青年の月。男子部・女子部よ、広宣の旗高く悔いなき勝利の歴史を!
▽行動を離れて仏になる事は出来ない−牧口先生。今日も勇んで友のもとへ
☆随筆 我らの勝利の大道No.49 人間世紀の母の曲
「祈りからすべては始まる」とは、婦人部「実践の五指針」の第一項である。
今日も母は真剣に祈る。
深き祈りから、今日一日を始める。決意の祈りを心に抱いて今日を走る。
母は祈る。強盛に、また決然として祈る。夫の健康を祈り、子の成長を祈り、家族の幸福を祈る。地域の友の活躍と無事を祈る。
「事故がないことが勝利!」と、絶対無事故を祈る。
今日の安穏を祈り、明日の平和を祈る。
「いつも祈っている母の姿が胸から離れません」と涙を浮かべる青年がいた。
母の祈りには、限界がない。行き詰まりもない。臆病も弱々しい迷いもない。
ひたぶるな祈りの底には、絶望やあきらめを追い払う勇気が燃えている。
妙法の祈りは、断じて勝つという誓願だ。祈ったその時に、すでに未来の勝利を深く決するのである。
『因果倶時・不思議の一法』(P513)をこの身に行じゆくのだ。
大聖人は、厳然と約束くださっている。
『大地はささぱはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず』(P1351)
これが「法華経の行者の祈り」である。
大地や大空をも、また大海や太陽をも、わが友の如く励まし、動かしゆくような絶対勝利の力──その大功力を師弟不二で証明してきだ信心の女王こそ、尊き創価の婦人部なのである。瞬時も止まることなく、大宇宙を回転する青き地球は、この偉大な母たちの題目に包まれているのだ。