新聞休刊日
中興入道消息 P1333
『去ぬる正嘉年中の大地震文永元年の大長星の時内外の智人其の故をうらなひしかどもなにのゆへいかなる事の出来すべしと申す事をしらざりしに、日蓮一切経蔵に入りて勘へたるに』
◇希望の明日へ
病気に悩む同志に対しては、心をくだきにくだいて守りあい、激励していくことが大切である。ただし、病院での看護も整備されている時代にあっては、だれもかれも見舞いに行くことだけが、真心ではない。むしろ、病院には行かないで、自宅等で題目を送ったほうが価値的な場合も少なくない。ともあれ、人情の機微を踏まえた励ましを、お願いしたい。
昭63・11・24
☆100文字の幸福抄
「非暴力」とは、
単に暴力を使わないというだけではない。
暴力は、問題や対立の原因を
「人のせい」にするところから生まれる。
非暴力とは、その反対に、
「まず自分が変わろう」とする
生き方なのである。
☆新・人間革命 法旗23
勢い−−。
それは、"断じて成し遂げよう!"という、強き決意と闘魂から生まれる。
それは、自ら勇んでなそうとする、自主、自発の行動から生まれる。
それは、間髪を容れぬ迅速な実践によって生まれる。
それは、皆が互いに競い合い、触発し合う、切磋琢磨から生まれる。
そして、戦いは、勢いのある方が勝つ。
☆我らの勝利の大道No.092 尊き全同志に感謝
◇平和・安穏・幸福へ確かな一歩
大勝利
広布の歴史に
三世まで
友の奮闘
名誉と光らむ
「青年学会 拡大の年」を、我らは戦い、勝った。
大勝利のこの一年──。私は、わが愛する同志一人ひとりの手を取り、高く掲げて、大健闘を讃えたい気持ちでいっぱいである。
創価の母・婦人部の奔走は、何と神々しいことか。
黄金柱の壮年部の、堂々たる前進も美事である。
世界の希望である青年の活躍は一段と目覚ましい。
偉大な生命尊厳の哲理を持ち、地域のために祈り、語り、動き、一人ひとりと地道に友情を広げる。その一歩また一歩が、いかに尊貴であることか。
ロシアの法華経研究の母であるヴォロビヨヴア博士は、語っておられた。
「私は創価学会の皆様に叫びたい。
皆様の一歩は、日本のみならず世界の人びとを『平和』と『安穏』と『幸福』へ導く一歩なのです」と。
今日も、「無冠の友」の皆様方は、厳寒の中で、誉れのわが地域を走り抜いてくださっている。
この一年も、黙々と我らの宝城を荘厳してくださった「守る会」の同志がいる。
さらに、今月、結成六十周年を迎えた「統監部」の友が、緻密な貢献を続けられていることも、よく存じ上げている。
それぞれの地域で、大変お世話になっている個人会場のご家庭にも、皆で心から感謝申し上げたい。
わが学会は、陰の労苦を惜しまない尊き尊き皆様方によって支えられている。
日蓮大聖人が佐渡流罪の大難を勝ち越えて鎌倉へ帰られる折の、佐渡の門下との惜別の情を綴られた一節がある。「国府尼御前御書」に、こう仰せである。
『つらかりし国なれどもそりたるかみをうしろへひかれ・すすむあしもかへりしぞかし』(P1325)
−−大変に辛い流刑地でしたが、わが身を顧みず、私を守ってくださった方々とお別れする時は、まさに後ろ髪を引かれる思いがしました−−と、門下の陰の支えに深い感謝の念を表されている。
私には、人知れず学会を厳然と護り、広布のため、後輩のためにと尽くしてくださっている、偉大な多宝の父母たちへの仰せであると拝されてならない。
大聖人はこの国府尼に対して、『後生には霊山浄土に・まいりあひ・まひらせん』(同P)とも語りかけておられる。
日蓮仏法の精神に照らせば、大聖人と御一緒に、我らは生死を超えて「常楽我浄」の生命の旅を未来永劫に続けていけるのである。
私も、霊山に旅立たれた同志の方々に、朝な夕な、追善回向の題目を送らせていただいている。私の生命から、永遠なる広布の戦友たちが離れることはない。
このたび蓮祖ゆかりの天地に、新たに佐渡平和会館が誕生した。佐渡の素晴らしい地域広布の大発展を、大聖人が、いかばかりお喜びくださることだろうか。
◇全員が大人材に!
この十二月で、師・戸田城聖先生が、男子部の人材グループ「水滸会」を結成されてから六十年となる。
初会合の冒頭、先生は「水滸会から巣立った者は、いずれそれぞれの道で一流の人物となっていくのだ」と宣言された。
その直後の昭和二十八年(一九五三年)一月二日。二十五歳の私は、男子部の第一部隊長の任を受けた。
「一年間で一千人の連帯への拡大」という目標を掲げて、三百三十七人の陣列から行動を開始した。
私が率先して実行し、リーダーに訴えたことは−−
第一に、わが同志を慈しみ、励ますこと。
第二に、目標達成まで祈り切ること。
第三に、自分自身が成長し続けること。
第四に、勇気をもって戦い抜くこと、である。
この挑戦の中で、一人ひとりが信心の喜びに目覚め、秘めていた力を、思う存分に発揮していった。そして、皆が喜々として、励まし合いながら、目標を突破していったのである。
実践によって青年を育て、酒々たる大河の如く、平和の人材群を、社会へ、世界へ送り出していく。ここに、創価の本領がある。
この一年も、わが青年部の君たち、貴女たちは、本当によく戦ってくれた。
女子部の清新なる"華陽リーダー"も、皆、大きく成長してくれた。
新たな男女青年部の躍進そして勝利が、新たな広布の道を開くのだ。
雄々しき青年たちよ!
太陽の心の乙女だちよ!
英知の学才たちよ!
大成長の青春たれ!
皆、かけがえのない若き生命の明鏡を、自分らしく磨き上げながら、一流の「人間の賢者」「幸福の博士」、そして「平和の指導者」に育っていただきたい。そのための最高の修行が、日々の勤行・唱題であり、学会活動なのである。
2012年12月30日日曜日
2012年12月29日土曜日
2012.12.29 わが友に贈る
我らは常に前へ!
永遠に青年の心で!
それが創価の魂だ。
偉大な同志と共に
明年も新たな開拓を!
持妙法華問答抄 P464
『受けがたき人身をうけ値いがたき仏法にあひて争か虚くて候べきぞ、同じく信を取るならば又大小権実のある中に諸仏出生の本意衆生成仏の直道の一乗をこそ信ずべけれ』
◇希望の明日へ
生命は、永遠であり、三世を貫いていく。ゆえに、一時期、病などに苦しんだとしても、その人の立場、立場で最後まで信心をまっとうしていけば、必ずそれが次の生への大きな推進力となる。御書に『病によりて道心はをこり候なり』(P1480)−病によって仏道を求める心は起こるものです−と仰せのごとく、病気が信心の発心の機縁となることも少なくない。また、その苦しんだ経験が、人格を深め、慈愛の心を豊かに育んでいく。要するに、病気の苦しみに絶対に負けないことだ。それを信心で打開し、克服しながら、大いなる境涯を開きゆく突破口としていくことができる。
昭63・11・24
☆100文字の幸福抄
流行や虚像に目を奪われて
右往左往する生き方は、浅はかである。
目先のことばかりにとらわれて、
揺れ動く人生は愚かである。
自分自身の胸中に、
常に「充実」という心の宮殿が輝いている
賢者の人生でありたい。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.046 苦労はすべて永遠の功徳に
日々、日本そして世界中の多くの同志から、この一年の勝利の報告が届いている。
皆の喜びが、わが喜びであり、皆の勝利が、わが勝利である。人生と社会の大舞台で、皆、よくぞ戦い、よくぞ勝った。
そして、どの地でも、どの国でも、後継の人材が立ち上がっている。新しい時代が開かれた。
苦労は、全て、永遠の「功徳」に変わり、仏縁は、全て、広布の「眷属」に変わるのである。
挑戦したことは全部、大指導者として、生々世々、勝ち栄えていくために、深い意味があるのだ。
「学会精神」とは「折伏精神」の異名である。
大事なのは、これからだ。「長の一念」で、一切は決まる。我らは、日本のため、世界のために、ますます威風も堂々と前進したい。
御聖訓には、『真実に、一切衆生にとって、身心の難を防止し、打ち勝つ秘術は、ただ南無妙法蓮華経なのである』(P1170、通解、「四条金吾殿御返事」)と断言されている。
信心で、乗り越えられない苦難などない。
題目で、悠々と、自在に、人生を開いていくのだ。
皆、体を大切に! 年末年始を、無事故で、しっかり頼みます。
くれぐれも、風邪をひかないように!
どうか、よいお年をお迎えください。
永遠に青年の心で!
それが創価の魂だ。
偉大な同志と共に
明年も新たな開拓を!
持妙法華問答抄 P464
『受けがたき人身をうけ値いがたき仏法にあひて争か虚くて候べきぞ、同じく信を取るならば又大小権実のある中に諸仏出生の本意衆生成仏の直道の一乗をこそ信ずべけれ』
◇希望の明日へ
生命は、永遠であり、三世を貫いていく。ゆえに、一時期、病などに苦しんだとしても、その人の立場、立場で最後まで信心をまっとうしていけば、必ずそれが次の生への大きな推進力となる。御書に『病によりて道心はをこり候なり』(P1480)−病によって仏道を求める心は起こるものです−と仰せのごとく、病気が信心の発心の機縁となることも少なくない。また、その苦しんだ経験が、人格を深め、慈愛の心を豊かに育んでいく。要するに、病気の苦しみに絶対に負けないことだ。それを信心で打開し、克服しながら、大いなる境涯を開きゆく突破口としていくことができる。
昭63・11・24
☆100文字の幸福抄
流行や虚像に目を奪われて
右往左往する生き方は、浅はかである。
目先のことばかりにとらわれて、
揺れ動く人生は愚かである。
自分自身の胸中に、
常に「充実」という心の宮殿が輝いている
賢者の人生でありたい。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.046 苦労はすべて永遠の功徳に
日々、日本そして世界中の多くの同志から、この一年の勝利の報告が届いている。
皆の喜びが、わが喜びであり、皆の勝利が、わが勝利である。人生と社会の大舞台で、皆、よくぞ戦い、よくぞ勝った。
そして、どの地でも、どの国でも、後継の人材が立ち上がっている。新しい時代が開かれた。
苦労は、全て、永遠の「功徳」に変わり、仏縁は、全て、広布の「眷属」に変わるのである。
挑戦したことは全部、大指導者として、生々世々、勝ち栄えていくために、深い意味があるのだ。
「学会精神」とは「折伏精神」の異名である。
大事なのは、これからだ。「長の一念」で、一切は決まる。我らは、日本のため、世界のために、ますます威風も堂々と前進したい。
御聖訓には、『真実に、一切衆生にとって、身心の難を防止し、打ち勝つ秘術は、ただ南無妙法蓮華経なのである』(P1170、通解、「四条金吾殿御返事」)と断言されている。
信心で、乗り越えられない苦難などない。
題目で、悠々と、自在に、人生を開いていくのだ。
皆、体を大切に! 年末年始を、無事故で、しっかり頼みます。
くれぐれも、風邪をひかないように!
どうか、よいお年をお迎えください。
2012.12.28 わが友に贈る
近隣や友人へ
年末年始の挨拶を大切に。
誠実の一言が心を結ぶ。
友好を深めゆく行動で
仏縁を大きく広げよう!
教機時国抄 P438
『謗法の者に向つては一向に法華経を説くべし毒鼓の縁と成さんが為なり』
◇希望の明日へ
健康の時にこそ、大いに働くべきである。そうでなければ深い悔いを残してしまう。
昭63・11・3
☆100文字の幸福抄
命を慈しむ心、
愛する家族を守ろうとする時に発揮する
女性の力は偉大である。
女性の慈愛が賢明な勇気となって、
家庭だけでなく、広く社会に開かれていった時、
世界の平和構築は
必ず大きく前進するであろう。
年末年始の挨拶を大切に。
誠実の一言が心を結ぶ。
友好を深めゆく行動で
仏縁を大きく広げよう!
教機時国抄 P438
『謗法の者に向つては一向に法華経を説くべし毒鼓の縁と成さんが為なり』
◇希望の明日へ
健康の時にこそ、大いに働くべきである。そうでなければ深い悔いを残してしまう。
昭63・11・3
☆100文字の幸福抄
命を慈しむ心、
愛する家族を守ろうとする時に発揮する
女性の力は偉大である。
女性の慈愛が賢明な勇気となって、
家庭だけでなく、広く社会に開かれていった時、
世界の平和構築は
必ず大きく前進するであろう。
2012年12月27日木曜日
2012.12.27 わが友に贈る
福徳の道ゆく
無冠の友に最敬礼。
雪道・凍結路に注意を。
絶対無事故を祈る!
周囲も最大の配慮を!
王舎城事 P1138
『御勘気を二度までかほりすでに頚となりしかどもついにをそれずして候へば、今は日本国の人人も道理かと申すへんもあるやらん』
◇希望の明日へ
自ら苦労を求め、ほんとうにハラをすえて戦いきってこそ、成仏の道もある。全部、自分のためである。血液の中の白血球も、健康の"敵"と戦う使命を果たしてこそ、生き生きと勢いを増す。手足も頭脳も使わなければ衰える。広布のために"戦おう"という強盛な一念があってこそ、かぎりなき生命力がわき、色心ともに健康へと向かう。私自身、本来なら、とうに倒れている体である。ただ広布のため仏子のためにとの真剣の一念が、厳として寿命を延ばしてきた。これ自体、偉大なる護法の功徳の証明であると確信する。
昭63・6・17
☆100文字の幸福抄
新たな社会の希望の活力は、
女性のソフト・パワーである。
女性の知恵が発揮されれば、
職場であれ、地域であれ、
創造性が液り、調和が図られていく。
女性が安心して伸びやかに働ける社会を
皆で作っていくことが大切である。
☆各部代表者会議へのメッセージ
名誉会長は、勇敢に堂々と広宣流布へと戦い抜いた同志の奮闘に感謝し、この勢いと息吹で新たな1年も前進していこうと強調。
日蓮大聖人は、強敵との戦いを勝ち越えた門下に、『これに・つけても・いよいよ強盛に大信力をいだし給へ』(P1192)と仰せになられた。創価の同志は、久遠より「広宣流布」「立正安国」を共に誓い合った、地涌の菩薩の陣列である。最高の誇りと自信を持って、題目を唱え抜きながら、新たな挑戦と開拓の手をどんどん打っていただきたいと念願した。
さらに名誉会長は、皆が思う存分に力を発揮していけるよう、厳然と祈り、見守っていると心情を伝え、「大切な大切な同志と共に、功徳と歓喜と希望に満ち満ちた、新年を迎えてください」と述べた。
最後に、「風邪などひかないように!」「わが誉れの愛弟子、万歳!」と呼び掛けて、メッセージを結んだ。
無冠の友に最敬礼。
雪道・凍結路に注意を。
絶対無事故を祈る!
周囲も最大の配慮を!
王舎城事 P1138
『御勘気を二度までかほりすでに頚となりしかどもついにをそれずして候へば、今は日本国の人人も道理かと申すへんもあるやらん』
◇希望の明日へ
自ら苦労を求め、ほんとうにハラをすえて戦いきってこそ、成仏の道もある。全部、自分のためである。血液の中の白血球も、健康の"敵"と戦う使命を果たしてこそ、生き生きと勢いを増す。手足も頭脳も使わなければ衰える。広布のために"戦おう"という強盛な一念があってこそ、かぎりなき生命力がわき、色心ともに健康へと向かう。私自身、本来なら、とうに倒れている体である。ただ広布のため仏子のためにとの真剣の一念が、厳として寿命を延ばしてきた。これ自体、偉大なる護法の功徳の証明であると確信する。
昭63・6・17
☆100文字の幸福抄
新たな社会の希望の活力は、
女性のソフト・パワーである。
女性の知恵が発揮されれば、
職場であれ、地域であれ、
創造性が液り、調和が図られていく。
女性が安心して伸びやかに働ける社会を
皆で作っていくことが大切である。
☆各部代表者会議へのメッセージ
名誉会長は、勇敢に堂々と広宣流布へと戦い抜いた同志の奮闘に感謝し、この勢いと息吹で新たな1年も前進していこうと強調。
日蓮大聖人は、強敵との戦いを勝ち越えた門下に、『これに・つけても・いよいよ強盛に大信力をいだし給へ』(P1192)と仰せになられた。創価の同志は、久遠より「広宣流布」「立正安国」を共に誓い合った、地涌の菩薩の陣列である。最高の誇りと自信を持って、題目を唱え抜きながら、新たな挑戦と開拓の手をどんどん打っていただきたいと念願した。
さらに名誉会長は、皆が思う存分に力を発揮していけるよう、厳然と祈り、見守っていると心情を伝え、「大切な大切な同志と共に、功徳と歓喜と希望に満ち満ちた、新年を迎えてください」と述べた。
最後に、「風邪などひかないように!」「わが誉れの愛弟子、万歳!」と呼び掛けて、メッセージを結んだ。
2012年12月26日水曜日
2012.12.31 わが友に贈る
病魔と闘う友よ
絶対に負けるな!
妙法は生命の大良薬。
師子吼の題目で
健康・勝利へ出発だ!
佐渡御勘気抄 P891
『仏になる道は必ず身命をすつるほどの事ありてこそ仏にはなり候らめとをしはからる、既に経文のごとく悪口罵詈刀杖瓦礫数数見擯出と説かれてかかるめに値い候こそ法華経をよむにて候らめと、いよいよ信心もおこり後生もたのもしく候、死して候はば必ず各各をもたすけたてまつるべし』
◇希望の明日へ
どこまでも「健康第一」で進んでいただきたい。学会員は、大切な広宣流布の仏子である。もし、健康を損なうようなことがあれば、これほど、残念なことはない。ゆえに生活はリズム正しく、休養も十分にとっていただきたい。自発的な意思でやることは別として、権威や上からの圧迫で、自分の体を損なうまで、無理をする必要はないのである。どうか、リズム正しい生活、価値的にして快適な活動の日々を送りつつ、仏法のため、広宣流布のために、ご奉公していただきたい。すばらしき人生を築いていただきたい。
平2・2・13
☆100文字の幸福抄
現代社会は、殺伐とした荒れ野のように
ストレスが充満している。
心を疲弊させ、
不幸へと引きずろうとする悪縁も少なくない。
だからこそ、最も身近な「家庭」が大地となり、
「家族の心の結合」で
支え守り合うことが大切である。
絶対に負けるな!
妙法は生命の大良薬。
師子吼の題目で
健康・勝利へ出発だ!
佐渡御勘気抄 P891
『仏になる道は必ず身命をすつるほどの事ありてこそ仏にはなり候らめとをしはからる、既に経文のごとく悪口罵詈刀杖瓦礫数数見擯出と説かれてかかるめに値い候こそ法華経をよむにて候らめと、いよいよ信心もおこり後生もたのもしく候、死して候はば必ず各各をもたすけたてまつるべし』
◇希望の明日へ
どこまでも「健康第一」で進んでいただきたい。学会員は、大切な広宣流布の仏子である。もし、健康を損なうようなことがあれば、これほど、残念なことはない。ゆえに生活はリズム正しく、休養も十分にとっていただきたい。自発的な意思でやることは別として、権威や上からの圧迫で、自分の体を損なうまで、無理をする必要はないのである。どうか、リズム正しい生活、価値的にして快適な活動の日々を送りつつ、仏法のため、広宣流布のために、ご奉公していただきたい。すばらしき人生を築いていただきたい。
平2・2・13
☆100文字の幸福抄
現代社会は、殺伐とした荒れ野のように
ストレスが充満している。
心を疲弊させ、
不幸へと引きずろうとする悪縁も少なくない。
だからこそ、最も身近な「家庭」が大地となり、
「家族の心の結合」で
支え守り合うことが大切である。
2012年12月25日火曜日
2012.12.25 わが友に贈る
風邪・流感に注意!
帰宅時や食事前など
手洗い、うがいの励行を!
予防対策を万全に
健康第一で明年へ!
経王殿御返事 P1124
『日蓮守護たる処の御本尊をしたため参らせ候事も師子王にをとるべからず、経に云く「師子奮迅之力」とは是なり』
◇希望の明日へ
人間、何が幸せか。一日一日、「きょうも、やり切った」「きょうも、悔いがない」「きょうも、私は勝った」という行動を重ねることだ。毎日、自分として"これでよし"と言えるよう、精いっぱいの努力で生きる。その積み重ねが、大勝利の人生となる。平凡なようだけれども、これが人生の「王道」であり、「王者の道」である。
平5・7・17
☆100文字の幸福抄
女性は、現実の幸福を求めるからこそ、
生活を大事にする。
女性のもつ大いなる「持続性」、
しなやかな「現実感覚」こそ、
硬直し窮屈な社会に、
はつらつとした活力を与え、
新しい時代を切り開くのだ。
帰宅時や食事前など
手洗い、うがいの励行を!
予防対策を万全に
健康第一で明年へ!
経王殿御返事 P1124
『日蓮守護たる処の御本尊をしたため参らせ候事も師子王にをとるべからず、経に云く「師子奮迅之力」とは是なり』
◇希望の明日へ
人間、何が幸せか。一日一日、「きょうも、やり切った」「きょうも、悔いがない」「きょうも、私は勝った」という行動を重ねることだ。毎日、自分として"これでよし"と言えるよう、精いっぱいの努力で生きる。その積み重ねが、大勝利の人生となる。平凡なようだけれども、これが人生の「王道」であり、「王者の道」である。
平5・7・17
☆100文字の幸福抄
女性は、現実の幸福を求めるからこそ、
生活を大事にする。
女性のもつ大いなる「持続性」、
しなやかな「現実感覚」こそ、
硬直し窮屈な社会に、
はつらつとした活力を与え、
新しい時代を切り開くのだ。
2012.12.24 わが友に贈る
明年の勢いを決める
大事な年末。
多忙な時こそ
祈りから出発だ!
栄光へ万全の助走を!
本尊供養御書 P1536
『事多しと申せども年せまり御使急ぎ候へば筆を留候い畢んぬ』
◇今週のことば
拡大・大勝利の一年
本当にありがとう!
健康・無事故で
晴れ晴れと総仕上げを!
明年も共に勝ち抜こう!
2012年12月24日
◇希望の明日へ
語源ということではないが、福運も、「福」に「運ぶ」と書く。家を建てるのに、一つ一つレンガを運ぶ。そのように、広宣流布のために、会合に足を運ぶ、個人指導に足を運ぶ、その仏の使いとしての行動が、自分自身の福を運んでいることになる。その積み重ねが、"盤石な幸福"という、すばらしい自身の宮殿を築く。福運は、どこかから転がってくるのではない。自分で運び、自分で動かしていくのである。
平5・6・24
☆100文字の幸福抄
女性は本然的な平和主義者である。
生命を生み、慈しむ。
人と人とのつながりを大切にする。
平和のための
新たなパートナーシップづくりに、
女性の声、問題意誠、知恵、洞察力が
フルに生かされなければならない。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.045 わが大切な同志、万歳!
この一年、「青年学会 拡大の年」を飾る偉大なる前進、本当にありがとう! この功徳は計り知れない。
真剣に、懸命に、広布へ戦った全ての人が勝利者だ。これほど尊い偉業はない。
薫陶してきた後継の友が、わが直系の弟子が、ぐんぐん成長している。そのことが、私は何よりもうれしい。
真実の対話は、心を結ぶ。
戸田先生は「折伏しておけば、信頼というものが、必ず残る」と教えてくださった。
人間の絆こそ宝だ。
「古い友人を大切にし、新しい友人をつくれ」とは、トルコのアタチュルク初代大統領のモットーであった。
縁した友を大事にすれば、巡り巡って、必ず広宣流布の力になる。どんな時でも、変わらない信義を貫くことだ。それが揺るぎない常勝の大城を築いていくのである。
励ましの言葉、励ましの声こそが、社会を生き生きと蘇らせていく源泉だ。
リーダーは、言葉でもいい、笑顔でもいい、皆の奮闘に、必ず応えていくことだ。
リーダーの確信ある声の響きは、友を勇気づけ、魔を打ち砕き、次の勝利への威光勢力を増していく。
日蓮大聖人は『いよいよ・はげまして法華経の功徳を得給うべし』(P1448)と仰せである。一人一人が喜び勇んで、広宣流布の大闘争に励み、いやまして広大無辺の大功徳を受け切っていく道を開いていくのだ。
皆、健康で、晴れ晴れと、人生を勝ち抜き、生き抜いてください。皆様方の幸福と健康と勝利を、毎日、真剣に祈っています。わが大切な大切な同志、万歳!
大事な年末。
多忙な時こそ
祈りから出発だ!
栄光へ万全の助走を!
本尊供養御書 P1536
『事多しと申せども年せまり御使急ぎ候へば筆を留候い畢んぬ』
◇今週のことば
拡大・大勝利の一年
本当にありがとう!
健康・無事故で
晴れ晴れと総仕上げを!
明年も共に勝ち抜こう!
2012年12月24日
◇希望の明日へ
語源ということではないが、福運も、「福」に「運ぶ」と書く。家を建てるのに、一つ一つレンガを運ぶ。そのように、広宣流布のために、会合に足を運ぶ、個人指導に足を運ぶ、その仏の使いとしての行動が、自分自身の福を運んでいることになる。その積み重ねが、"盤石な幸福"という、すばらしい自身の宮殿を築く。福運は、どこかから転がってくるのではない。自分で運び、自分で動かしていくのである。
平5・6・24
☆100文字の幸福抄
女性は本然的な平和主義者である。
生命を生み、慈しむ。
人と人とのつながりを大切にする。
平和のための
新たなパートナーシップづくりに、
女性の声、問題意誠、知恵、洞察力が
フルに生かされなければならない。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.045 わが大切な同志、万歳!
この一年、「青年学会 拡大の年」を飾る偉大なる前進、本当にありがとう! この功徳は計り知れない。
真剣に、懸命に、広布へ戦った全ての人が勝利者だ。これほど尊い偉業はない。
薫陶してきた後継の友が、わが直系の弟子が、ぐんぐん成長している。そのことが、私は何よりもうれしい。
真実の対話は、心を結ぶ。
戸田先生は「折伏しておけば、信頼というものが、必ず残る」と教えてくださった。
人間の絆こそ宝だ。
「古い友人を大切にし、新しい友人をつくれ」とは、トルコのアタチュルク初代大統領のモットーであった。
縁した友を大事にすれば、巡り巡って、必ず広宣流布の力になる。どんな時でも、変わらない信義を貫くことだ。それが揺るぎない常勝の大城を築いていくのである。
励ましの言葉、励ましの声こそが、社会を生き生きと蘇らせていく源泉だ。
リーダーは、言葉でもいい、笑顔でもいい、皆の奮闘に、必ず応えていくことだ。
リーダーの確信ある声の響きは、友を勇気づけ、魔を打ち砕き、次の勝利への威光勢力を増していく。
日蓮大聖人は『いよいよ・はげまして法華経の功徳を得給うべし』(P1448)と仰せである。一人一人が喜び勇んで、広宣流布の大闘争に励み、いやまして広大無辺の大功徳を受け切っていく道を開いていくのだ。
皆、健康で、晴れ晴れと、人生を勝ち抜き、生き抜いてください。皆様方の幸福と健康と勝利を、毎日、真剣に祈っています。わが大切な大切な同志、万歳!
2012年12月23日日曜日
2012.12.23 わが友に贈る
変わらぬ友情は
人生最高の宝!
誇り高く
誠実に生きる人には
勝利の栄冠が輝く!
兄弟抄 P1088
『心の師とはなるとも心を師とせざれとは六波羅蜜経の文なり』
◇希望の明日へ
人生の目的は、最大の幸福、すなわち、絶対的幸福を実現することである。絶対的幸福とは、時間がたっても変わることなく、永遠に続くもので、外の条件に影響されることがなく、生命の内から込み上げてくる幸福感といってよい。世間的な地位や財産、満足等の一時的なものではない。法に則って生き、法のうえで、いかなる位を得ていくか。その生命の位は、法とともに永遠である。学会員は永遠の"生命の王者"として生きられるのである。
平5・2・13
☆100文字の幸福抄
世界は広く大きい。
宇宙は更に広くて大きい。
しかし人間の心は、更に更に広く大きい。
ゆえに、人に何と言われようと、
「必ず自分は道を開ける!」と信じることだ。
勇気を出して自分が変われば、
周りも変わる。すべてが変わる。
☆人生を生き抜く羅針盤「自分が変われば環境も変わる」(2012年11月25日)
◇自身の弱い心に勇敢に打ち勝つ
さまざまな苦難や試練に直面した時、人は「挑むのか、逃げるのか」「その環境を受け入れるのか、変えるのか」といった選択を迫られることがあります。今回は、自分自身が「環境」を変えていく主体者へと成長する重要性を、日蓮大聖人の仏法から学んでいきましょう。
◇若者の業種別離職率
厚生労働省は今年10月、入社から3年以内に離職した人の割合を、初めて業種別に公表しました。
それによると、3年前に大学を卒業した若者では、教育・学習支援業と宿泊・飲食業が48%と高い離職率を示しています。一方、製造業は16%、鉱業・採石業や電気・ガスは1割未満にとどまり、業種で大きな差があることも分かりました。
全体では、大卒者は28%、高卒者は35%が3年以内に離職しており、離職率は1995年ごろから高い水準で推移しています。
過酷な労働環境や職場の人間関係の悩みなど、離職に至る理由はさまざまです。中には離職がやむを得ないケースもあるでしょう。
反対に、何かあれば「他の仕事の方が自分に合っている」といった安易な発想から転職に動く人も少なからずいて、「若者の離職」は大きな社会問題になっています。
転職の明確な動機や、転職先での具体的目標がなければ、結果的に何度も転職を繰り返すことになりかねないと、多くの人材コンサルタントは指摘しています。転職活動では、単に職業を変えるだけでなく、一人一人の目的観の確立や心の変革が重要なのです。
◇現実変革のための宗教
日蓮大聖人の仏法は「変革の宗教」であるといわれます。自身の生命を変革し、周囲を変革し、社会を変革する——。それは、世間一般のイメージにあるような"現実追従の宗教"でもなければ、困難を避けて理想世界に救いを求める"現実逃避の宗教"でもありません。
むしろ、社会に積極的に関わり、より良い世の中に変えていく"現実変革の宗教"なのです。
大聖人は、その変革の第一歩こそ自身の心の変革である、と説きます。
大聖人は御書で、『衆生の心が汚れれば、住む国土も汚れ、心が清ければ国土も清いとあるように、浄土(=清浄な国土)といい穢土(=汚れた国土)といっても、土に二つの違いがあるわけではない。ただ私たちの心の善悪によるのである』(P384、通解)と仰せです。
ここでいう「穢土」とは、凡夫が住む、煩悩や苦しみに満たされた国土のことであり、「浄土」とは、仏の住む清らかな世界のことです。
法華経以外の経典では、一般には、この二つの国土は、まったく別々なものとされていました。しかし、大聖人は周囲の環境が浄土になるか穢土になるか、それを決めるのは「衆生(人々)の心」であると仰せです。
この御文は、人間生命と国土、社会の関係を教えられていますが、要は私たち一人一人が、いかなる生命観、哲学を持つかによって、国土や社会の安穏や繁栄も、反対に荒廃も決まってしまうことを示しています。
◇ 強き一念で悩みを成長の糧に「挑戦」と「持続」の実践
大聖人は自身の内に仏の生命を開く方途として「南無妙法蓮華経」の唱題行を説き顕されました。これこそが「変革の道」の根幹となる実践です。
大聖人は先の御文に続いて、『深く信心を起こし、日夜朝暮に怠らずわが心を磨くべきである。どのように磨くべきか。ただ南無妙法蓮華経と唱えることが磨くことになる』(同、通解)とも仰せです。
常に挑戦の心で唱題に励み、具体的な努力を続けていく。この挑戦と持続が変革を後押ししていくのです。
大事なことは、まず「自分自身が変わろうとすること」です。「他者が悪い」「環境が悪い」と嘆いている限り、何の問題解決にもなりません。
むしろ、さまざまな問題や課題を環境のせいにするのではなく、原因を自分に求め、自分と向き合う「勇気」を出す。一念を定めて、自分自身との闘争を開始していくことです。
池田名誉会長は語っています。
「『自身』が変われば『世界』が変わる。『わが一念の変革』が、すべての変革の鍵なのです。これが『人間革命』です。そして、誰にでも、その変革の力が具わっている。この生命の真実に気づけば、いつでも、どこでも、どのような状況にあっても、その力を現実に開き顕していくことができます」と。
周囲の環境に負け、悩みに翻弄される人生から、強き一念で悩みを成長の糧とする人生へ——。大聖人の仏法は、自らの心次第で困難な環境を変え、主体的な生き方ができることを教えているのです。
◇理解のために「仏法即社会」とは?
私たちの信仰の目的は、自身の生命に何があっても崩れない幸福境涯を築きながら、社会全体を幸福に導いていくことです。その実践の場は、現実の社会です。
日蓮大聖人は、『仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり』(P992)と仰せです。仏法は「体」であり根本です。その仏法が見失われれば、世間の乱れとなって表れてきます。
法華経以外では、「世間(=社会、世の中)の法」と「仏法」を別々にとらえているのが大半でした。それに対して法華経は『世間の法が、そのまま仏法の全体』(P1597、趣旨)であると説きます。
現実の社会や生活を離れて仏法は存在しません。また、社会や生活の一切の営みは、仏法と違背しないという考えが「仏法即社会」です。
池田名誉会長は綴っています。
「『仏法即社会』である。ゆえに、仏法の哲理を社会に開き、時代の建設に取り組むことは、信仰者の使命である。それには、一人ひとりが人格を磨き、周囲の人びとから、信頼と尊敬を勝ち得ていくことだ」と。
現実社会で信頼を勝ち得ていく中に、仏法の偉大さの証明もあるのです。
人生最高の宝!
誇り高く
誠実に生きる人には
勝利の栄冠が輝く!
兄弟抄 P1088
『心の師とはなるとも心を師とせざれとは六波羅蜜経の文なり』
◇希望の明日へ
人生の目的は、最大の幸福、すなわち、絶対的幸福を実現することである。絶対的幸福とは、時間がたっても変わることなく、永遠に続くもので、外の条件に影響されることがなく、生命の内から込み上げてくる幸福感といってよい。世間的な地位や財産、満足等の一時的なものではない。法に則って生き、法のうえで、いかなる位を得ていくか。その生命の位は、法とともに永遠である。学会員は永遠の"生命の王者"として生きられるのである。
平5・2・13
☆100文字の幸福抄
世界は広く大きい。
宇宙は更に広くて大きい。
しかし人間の心は、更に更に広く大きい。
ゆえに、人に何と言われようと、
「必ず自分は道を開ける!」と信じることだ。
勇気を出して自分が変われば、
周りも変わる。すべてが変わる。
☆人生を生き抜く羅針盤「自分が変われば環境も変わる」(2012年11月25日)
◇自身の弱い心に勇敢に打ち勝つ
さまざまな苦難や試練に直面した時、人は「挑むのか、逃げるのか」「その環境を受け入れるのか、変えるのか」といった選択を迫られることがあります。今回は、自分自身が「環境」を変えていく主体者へと成長する重要性を、日蓮大聖人の仏法から学んでいきましょう。
◇若者の業種別離職率
厚生労働省は今年10月、入社から3年以内に離職した人の割合を、初めて業種別に公表しました。
それによると、3年前に大学を卒業した若者では、教育・学習支援業と宿泊・飲食業が48%と高い離職率を示しています。一方、製造業は16%、鉱業・採石業や電気・ガスは1割未満にとどまり、業種で大きな差があることも分かりました。
全体では、大卒者は28%、高卒者は35%が3年以内に離職しており、離職率は1995年ごろから高い水準で推移しています。
過酷な労働環境や職場の人間関係の悩みなど、離職に至る理由はさまざまです。中には離職がやむを得ないケースもあるでしょう。
反対に、何かあれば「他の仕事の方が自分に合っている」といった安易な発想から転職に動く人も少なからずいて、「若者の離職」は大きな社会問題になっています。
転職の明確な動機や、転職先での具体的目標がなければ、結果的に何度も転職を繰り返すことになりかねないと、多くの人材コンサルタントは指摘しています。転職活動では、単に職業を変えるだけでなく、一人一人の目的観の確立や心の変革が重要なのです。
◇現実変革のための宗教
日蓮大聖人の仏法は「変革の宗教」であるといわれます。自身の生命を変革し、周囲を変革し、社会を変革する——。それは、世間一般のイメージにあるような"現実追従の宗教"でもなければ、困難を避けて理想世界に救いを求める"現実逃避の宗教"でもありません。
むしろ、社会に積極的に関わり、より良い世の中に変えていく"現実変革の宗教"なのです。
大聖人は、その変革の第一歩こそ自身の心の変革である、と説きます。
大聖人は御書で、『衆生の心が汚れれば、住む国土も汚れ、心が清ければ国土も清いとあるように、浄土(=清浄な国土)といい穢土(=汚れた国土)といっても、土に二つの違いがあるわけではない。ただ私たちの心の善悪によるのである』(P384、通解)と仰せです。
ここでいう「穢土」とは、凡夫が住む、煩悩や苦しみに満たされた国土のことであり、「浄土」とは、仏の住む清らかな世界のことです。
法華経以外の経典では、一般には、この二つの国土は、まったく別々なものとされていました。しかし、大聖人は周囲の環境が浄土になるか穢土になるか、それを決めるのは「衆生(人々)の心」であると仰せです。
この御文は、人間生命と国土、社会の関係を教えられていますが、要は私たち一人一人が、いかなる生命観、哲学を持つかによって、国土や社会の安穏や繁栄も、反対に荒廃も決まってしまうことを示しています。
◇ 強き一念で悩みを成長の糧に「挑戦」と「持続」の実践
大聖人は自身の内に仏の生命を開く方途として「南無妙法蓮華経」の唱題行を説き顕されました。これこそが「変革の道」の根幹となる実践です。
大聖人は先の御文に続いて、『深く信心を起こし、日夜朝暮に怠らずわが心を磨くべきである。どのように磨くべきか。ただ南無妙法蓮華経と唱えることが磨くことになる』(同、通解)とも仰せです。
常に挑戦の心で唱題に励み、具体的な努力を続けていく。この挑戦と持続が変革を後押ししていくのです。
大事なことは、まず「自分自身が変わろうとすること」です。「他者が悪い」「環境が悪い」と嘆いている限り、何の問題解決にもなりません。
むしろ、さまざまな問題や課題を環境のせいにするのではなく、原因を自分に求め、自分と向き合う「勇気」を出す。一念を定めて、自分自身との闘争を開始していくことです。
池田名誉会長は語っています。
「『自身』が変われば『世界』が変わる。『わが一念の変革』が、すべての変革の鍵なのです。これが『人間革命』です。そして、誰にでも、その変革の力が具わっている。この生命の真実に気づけば、いつでも、どこでも、どのような状況にあっても、その力を現実に開き顕していくことができます」と。
周囲の環境に負け、悩みに翻弄される人生から、強き一念で悩みを成長の糧とする人生へ——。大聖人の仏法は、自らの心次第で困難な環境を変え、主体的な生き方ができることを教えているのです。
◇理解のために「仏法即社会」とは?
私たちの信仰の目的は、自身の生命に何があっても崩れない幸福境涯を築きながら、社会全体を幸福に導いていくことです。その実践の場は、現実の社会です。
日蓮大聖人は、『仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり』(P992)と仰せです。仏法は「体」であり根本です。その仏法が見失われれば、世間の乱れとなって表れてきます。
法華経以外では、「世間(=社会、世の中)の法」と「仏法」を別々にとらえているのが大半でした。それに対して法華経は『世間の法が、そのまま仏法の全体』(P1597、趣旨)であると説きます。
現実の社会や生活を離れて仏法は存在しません。また、社会や生活の一切の営みは、仏法と違背しないという考えが「仏法即社会」です。
池田名誉会長は綴っています。
「『仏法即社会』である。ゆえに、仏法の哲理を社会に開き、時代の建設に取り組むことは、信仰者の使命である。それには、一人ひとりが人格を磨き、周囲の人びとから、信頼と尊敬を勝ち得ていくことだ」と。
現実社会で信頼を勝ち得ていく中に、仏法の偉大さの証明もあるのです。
2012.12.22 わが友に贈る
「守る会」をはじめ
広布の宝城を厳護する
尊き同志、万歳!
1年間ありがとう!
功徳は万代に永遠なり。
土篭御書 P1213
『法華経を余人のよみ候は口ばかりことばばかりはよめども心はよまず心はよめども身によまず、色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ』
◇希望の明日へ
大きな目的のために行動すれば、それだけ自分の夢が広がる。大きな歴史が輝く。一人一人が広宣流布の大願に生きぬくとき、自分の小我は大我となっていく。法のため、人のために行動した分だけ"大きな自分"となる。それは即"大きな幸福"である。自分が得するのである。
平5・1・17
☆100文字の幸福抄
表面は華やかに振る舞い、
頑張っているように見せかけても、
日々の鍛えなき人は意外ともろいものだ。
"まじめ"と"努力"に徹した人ほど、
強いものはない。
どこまでも地道な歩みを貫き通した人に、
人生最終章の栄冠は輝くのである。
☆声優・俳優でおなじみ キートン山田さん
◇どん底からの逆転劇 アニメ「ちびまる子ちゃん」のナレーター
【静岡県伊東市】国民的アニメ「ちびまる子ちゃん」。家族の日常を描いた、涙と笑いあふれる人気番組だ。ナレーターは、ご存じ、キートン山田さん(66)=本名・山田俊司、高原支部、副支部長。抑揚のない淡々とした語り口。"キートン節"と呼ばれている。若かりし頃に抱いた「トップスター」への夢。だが、屈辱の日々が待っていた。その時、退路を断つ決断に出る。そして目指した新たな目標——。これは、栄光と挫折のドラマである。
◇頑固おやじ
日本が東京オリンピックに沸いた、1964年(昭和39年)。19歳の山田青年は、コンクリート会社で働いていた。高度経済成長期の建設ラッシュ。トラックで現場を回った。
運転席に乗り込んできた、おやじがいた。鈴木芳太郎さん。二回り年が離れた、頑固一徹の職人。創価学会員だった。
「子どもに勉強を教えてくれ」と言われ、おやじの家に下宿した。タンスに囲まれた2階の4畳半。1階から、にぎやかな声がした。座談会の笑い声。隅っこに座らされ、小さくなった。
おやじは食事の時も、山田青年に信心を語った。「祈りとして叶わざるなしの信心だ。やってみるか?」。苦痛だった。テレビのプロレス中継に気を取られても、「信心の話は、毛穴から入るから」と、おやじは語り続けた。
熱意に押され、65年1月に入会。「何でも叶う」と言われ、「一生の仕事」を祈った。
半年が過ぎた、ある日のこと。山田青年は、工場の外階段で、一枚の紙を拾う。劇団のチラシ。運命的なものを感じた。サラリーマンと劇団員。"二足のわらじ"が始まった。
4年後。役者の世界で生きると決めた。「声の仕事」が入った。セリフは八百屋の「いらっしゃい!」。一言でも充実感があった。
その日の帰り道、商店街を歩くと、気付いたことがある。同じ言葉でも魚屋とケーキ屋では、言い方も声量も違う。世にあふれる生きたセリフ。自分のものにしようと歩き回った。犬やカラスも観察した。心が躍る。
夕焼け色に染まった映画の看板があった。トップスターが笑っていた。それを、にらんだ。
「あそこへ行くんだ」
◇背水の陣
栄光と挫折を味わった。70年代、第一次アニメブームの到来とともに、声優として波に乗った。「ゲッターロボ」の神隼人。「一休さん」の将軍さま。何本もレギュラーが決まり、多忙になった。ファンクラブもできた。「だから、仕方ないよな」。学会活動から、足が遠のいた。
転落は、あっという間だった。アニメブームが収束に向かうにつれ、依頼が途絶えた。事務所のせいにした。36歳の時。食べ盛りの子どもが3人いる。途方に暮れた。
内職とアルバイトを始めた。テレビから声が流れる。「俺の方がうまい」と、電源を切った。嫉妬していた。
砂をかむような毎日。千葉県松戸市の自宅から、浅草の仕事場まで歩いた。わずかな交通費さえ惜しい。
「犬とアヒルの餌に」と、パンの耳をもらい、家族で食べた。油で揚げて砂糖をまぶす。「おいしい」と食べる子どもたち。後ろ姿に「ごめんな」と声を掛けたかった。
仕事があれば……そう思い、アルバイト情報誌に救いを求めた。
たまに、声優の仕事があった。「あっ」。スタジオで、声が漏れた。ズボンに小さなビニールの"かけら"が付いていた。内職のくずだった。情けなかった。「生きてても仕方ない」。顔から表情が消えていく。
"行き詰まったら原点へ帰れ"
心の声がした。池田名誉会長だった。
あれは−−68年4月。埼玉総合本部幹部会。鈴木のおやじが「前に行け」と、背中を押した。前から13列目に座れた。名誉会長が登壇した時、経験したことのない安心感が全身を包み込む。「池田先生に、ついて行こう」
原点を思い浮かべ、御書を開いた。『なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし』(P1192)。鈴木のおやじが何度も口にした一節。「苦しい時は、誰でも策に走りたがるのさ。でもよ、山ちゃん。信心だ。絶対に信心で立つんだ」。おやじの声が、毛穴から染み込んでいた。
背水の陣を敷く。アルバイトと内職を辞め、その時間を学会活動に充てた。「まだ終わりじゃない。裸一貫で出直そう」
江戸川の土手を歩いた。いつか聞いた「三流の一流」。三流でもいいじゃないか。その中で自分なりの一流を目指せばいい。そう思うと、心が軽くなった。
天を見上げた。久々に仰いだ空は、吸い込まれそうなほど青かった。
◇「私の人生『後半へ続く』」白羽の矢
新出発の証しとして、改名しようと考えた。プロダクションは、「仕事に影響する」と反対した。
その頃、電車で読んだ一冊の本がある。「世界の三大喜劇王」と呼ばれていた「バスター・キートン」。その芸風は、喜怒哀楽を表情に出さない"偉大なる無表情"と呼ばれた。目指そうと思った。
「キートン山田」。男の断固たる決意の表れ。38歳の春。血が騒いだ。
"時"をじっと待った。84年10月。一本の電話が入った。テレビ東京の情報番組の仕事だった。翌年4月にはNHKの教育番組の仕事も。2本のレギュラー。感謝に震えた。
会いたい人がいた。鈴木のおやじ。70歳近くになっていた。体は少しだけ、しぼんだように思う。「信心で立ち上がりました」。おやじは、うれしそうに笑ってくれた。
おやじが旅立った後、あるアニメの番組宣伝を依頼された。44歳の冬。今思えば、それがオーディションだったのかもしれない。
主人公の女の子は「さくらももこ」といった。
その数カ月前。都内で、「ちびまる子ちゃん」のオーディションが行われた。配役が次々と決まっていく。しかし、原作者・さくらももこさんのイメージに合わない役が一つだけあった。
ナレーターだ。
難航した。放送日が迫る。誰かが言った。「キートン山田は?」。白羽の矢が立った。
キートンさんの声を吹き込んだ番組宣伝のテープは、ニューヨークにいる、さくらさんに渡った。ホテルの一室。テープから淡々と流れる"偉大なる無表情"。さくらさんの瞳が輝く。
「この声と、このしゃべり方が欲しかった」
1990年1月7日。「ちびまる子ちゃん」第1回放送日。"キートン節"が茶の間に流れた。
思わず、台本にないセリフをつぶやいたことがある。おもしろいと、台本に加わった。
「後半へ続く」
キートンさんの代名詞になった。
66歳になった今も、劇団「ふりぃすたいる」を主宰しながら、俳優、声優、ナレーターとして活躍中だ。
揺るがぬ信念がある。「変わらないために、変わり続けたい」。喜怒哀楽を出さない"キートン節"。それを変わらず表現するために、日々、生命を磨き、成長を続ける。
今年、「ちびまる子ちゃん」の放送は1000回を超えた。22年間、今も変わらぬ"偉大なる無表情"。磨きがかかる。
今の思いを語った。
「70代のキートンをご期待ください。私の人生『後半へ続く』
広布の宝城を厳護する
尊き同志、万歳!
1年間ありがとう!
功徳は万代に永遠なり。
土篭御書 P1213
『法華経を余人のよみ候は口ばかりことばばかりはよめども心はよまず心はよめども身によまず、色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ』
◇希望の明日へ
大きな目的のために行動すれば、それだけ自分の夢が広がる。大きな歴史が輝く。一人一人が広宣流布の大願に生きぬくとき、自分の小我は大我となっていく。法のため、人のために行動した分だけ"大きな自分"となる。それは即"大きな幸福"である。自分が得するのである。
平5・1・17
☆100文字の幸福抄
表面は華やかに振る舞い、
頑張っているように見せかけても、
日々の鍛えなき人は意外ともろいものだ。
"まじめ"と"努力"に徹した人ほど、
強いものはない。
どこまでも地道な歩みを貫き通した人に、
人生最終章の栄冠は輝くのである。
☆声優・俳優でおなじみ キートン山田さん
◇どん底からの逆転劇 アニメ「ちびまる子ちゃん」のナレーター
【静岡県伊東市】国民的アニメ「ちびまる子ちゃん」。家族の日常を描いた、涙と笑いあふれる人気番組だ。ナレーターは、ご存じ、キートン山田さん(66)=本名・山田俊司、高原支部、副支部長。抑揚のない淡々とした語り口。"キートン節"と呼ばれている。若かりし頃に抱いた「トップスター」への夢。だが、屈辱の日々が待っていた。その時、退路を断つ決断に出る。そして目指した新たな目標——。これは、栄光と挫折のドラマである。
◇頑固おやじ
日本が東京オリンピックに沸いた、1964年(昭和39年)。19歳の山田青年は、コンクリート会社で働いていた。高度経済成長期の建設ラッシュ。トラックで現場を回った。
運転席に乗り込んできた、おやじがいた。鈴木芳太郎さん。二回り年が離れた、頑固一徹の職人。創価学会員だった。
「子どもに勉強を教えてくれ」と言われ、おやじの家に下宿した。タンスに囲まれた2階の4畳半。1階から、にぎやかな声がした。座談会の笑い声。隅っこに座らされ、小さくなった。
おやじは食事の時も、山田青年に信心を語った。「祈りとして叶わざるなしの信心だ。やってみるか?」。苦痛だった。テレビのプロレス中継に気を取られても、「信心の話は、毛穴から入るから」と、おやじは語り続けた。
熱意に押され、65年1月に入会。「何でも叶う」と言われ、「一生の仕事」を祈った。
半年が過ぎた、ある日のこと。山田青年は、工場の外階段で、一枚の紙を拾う。劇団のチラシ。運命的なものを感じた。サラリーマンと劇団員。"二足のわらじ"が始まった。
4年後。役者の世界で生きると決めた。「声の仕事」が入った。セリフは八百屋の「いらっしゃい!」。一言でも充実感があった。
その日の帰り道、商店街を歩くと、気付いたことがある。同じ言葉でも魚屋とケーキ屋では、言い方も声量も違う。世にあふれる生きたセリフ。自分のものにしようと歩き回った。犬やカラスも観察した。心が躍る。
夕焼け色に染まった映画の看板があった。トップスターが笑っていた。それを、にらんだ。
「あそこへ行くんだ」
◇背水の陣
栄光と挫折を味わった。70年代、第一次アニメブームの到来とともに、声優として波に乗った。「ゲッターロボ」の神隼人。「一休さん」の将軍さま。何本もレギュラーが決まり、多忙になった。ファンクラブもできた。「だから、仕方ないよな」。学会活動から、足が遠のいた。
転落は、あっという間だった。アニメブームが収束に向かうにつれ、依頼が途絶えた。事務所のせいにした。36歳の時。食べ盛りの子どもが3人いる。途方に暮れた。
内職とアルバイトを始めた。テレビから声が流れる。「俺の方がうまい」と、電源を切った。嫉妬していた。
砂をかむような毎日。千葉県松戸市の自宅から、浅草の仕事場まで歩いた。わずかな交通費さえ惜しい。
「犬とアヒルの餌に」と、パンの耳をもらい、家族で食べた。油で揚げて砂糖をまぶす。「おいしい」と食べる子どもたち。後ろ姿に「ごめんな」と声を掛けたかった。
仕事があれば……そう思い、アルバイト情報誌に救いを求めた。
たまに、声優の仕事があった。「あっ」。スタジオで、声が漏れた。ズボンに小さなビニールの"かけら"が付いていた。内職のくずだった。情けなかった。「生きてても仕方ない」。顔から表情が消えていく。
"行き詰まったら原点へ帰れ"
心の声がした。池田名誉会長だった。
あれは−−68年4月。埼玉総合本部幹部会。鈴木のおやじが「前に行け」と、背中を押した。前から13列目に座れた。名誉会長が登壇した時、経験したことのない安心感が全身を包み込む。「池田先生に、ついて行こう」
原点を思い浮かべ、御書を開いた。『なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし』(P1192)。鈴木のおやじが何度も口にした一節。「苦しい時は、誰でも策に走りたがるのさ。でもよ、山ちゃん。信心だ。絶対に信心で立つんだ」。おやじの声が、毛穴から染み込んでいた。
背水の陣を敷く。アルバイトと内職を辞め、その時間を学会活動に充てた。「まだ終わりじゃない。裸一貫で出直そう」
江戸川の土手を歩いた。いつか聞いた「三流の一流」。三流でもいいじゃないか。その中で自分なりの一流を目指せばいい。そう思うと、心が軽くなった。
天を見上げた。久々に仰いだ空は、吸い込まれそうなほど青かった。
◇「私の人生『後半へ続く』」白羽の矢
新出発の証しとして、改名しようと考えた。プロダクションは、「仕事に影響する」と反対した。
その頃、電車で読んだ一冊の本がある。「世界の三大喜劇王」と呼ばれていた「バスター・キートン」。その芸風は、喜怒哀楽を表情に出さない"偉大なる無表情"と呼ばれた。目指そうと思った。
「キートン山田」。男の断固たる決意の表れ。38歳の春。血が騒いだ。
"時"をじっと待った。84年10月。一本の電話が入った。テレビ東京の情報番組の仕事だった。翌年4月にはNHKの教育番組の仕事も。2本のレギュラー。感謝に震えた。
会いたい人がいた。鈴木のおやじ。70歳近くになっていた。体は少しだけ、しぼんだように思う。「信心で立ち上がりました」。おやじは、うれしそうに笑ってくれた。
おやじが旅立った後、あるアニメの番組宣伝を依頼された。44歳の冬。今思えば、それがオーディションだったのかもしれない。
主人公の女の子は「さくらももこ」といった。
その数カ月前。都内で、「ちびまる子ちゃん」のオーディションが行われた。配役が次々と決まっていく。しかし、原作者・さくらももこさんのイメージに合わない役が一つだけあった。
ナレーターだ。
難航した。放送日が迫る。誰かが言った。「キートン山田は?」。白羽の矢が立った。
キートンさんの声を吹き込んだ番組宣伝のテープは、ニューヨークにいる、さくらさんに渡った。ホテルの一室。テープから淡々と流れる"偉大なる無表情"。さくらさんの瞳が輝く。
「この声と、このしゃべり方が欲しかった」
1990年1月7日。「ちびまる子ちゃん」第1回放送日。"キートン節"が茶の間に流れた。
思わず、台本にないセリフをつぶやいたことがある。おもしろいと、台本に加わった。
「後半へ続く」
キートンさんの代名詞になった。
66歳になった今も、劇団「ふりぃすたいる」を主宰しながら、俳優、声優、ナレーターとして活躍中だ。
揺るがぬ信念がある。「変わらないために、変わり続けたい」。喜怒哀楽を出さない"キートン節"。それを変わらず表現するために、日々、生命を磨き、成長を続ける。
今年、「ちびまる子ちゃん」の放送は1000回を超えた。22年間、今も変わらぬ"偉大なる無表情"。磨きがかかる。
今の思いを語った。
「70代のキートンをご期待ください。私の人生『後半へ続く』
2012年12月21日金曜日
2012.12.21 わが友に贈る
受験生が大奮闘!
自分らしく堂々と
ベストを尽くせ!
家族や周囲の友も
温かな配慮と励ましを!
種種御振舞御書 P912
『一丈のほりをこへぬもの十丈二十丈のほりをこうべきか』
◇希望の明日へ
人生の目的は何か。それは、幸福である。仏法の目的は何か。それも幸福である。信心の目的も、教育の目的も、すべて幸福にある。そして幸福には相対的幸福と絶対的幸福がある。お金があるから、健康であるから、地位があるから幸福−−というだけでは、それらがなくなれば不幸を感ずる。絶対的幸福は、何がなかろうと、また何があろうとも、"生きていること自体が楽しい"という自分自身の境涯にある。この不動の自分自身を確立するための信心である。絶対的幸福は、広宣流布へと進みゆく大闘争のなかに厳然と築かれていく。
平4・11・2
☆100文字の幸福抄
後ろを向く必要はない。
未来は、すべて、
現在の心のあり方で決まる。
ゆえに、今いるこの場所で、
断じて勝ってみせると決めることだ。
「心の大地」を豊かに耕し、
未来への種を蒔いていけばよいのである。
自分らしく堂々と
ベストを尽くせ!
家族や周囲の友も
温かな配慮と励ましを!
種種御振舞御書 P912
『一丈のほりをこへぬもの十丈二十丈のほりをこうべきか』
◇希望の明日へ
人生の目的は何か。それは、幸福である。仏法の目的は何か。それも幸福である。信心の目的も、教育の目的も、すべて幸福にある。そして幸福には相対的幸福と絶対的幸福がある。お金があるから、健康であるから、地位があるから幸福−−というだけでは、それらがなくなれば不幸を感ずる。絶対的幸福は、何がなかろうと、また何があろうとも、"生きていること自体が楽しい"という自分自身の境涯にある。この不動の自分自身を確立するための信心である。絶対的幸福は、広宣流布へと進みゆく大闘争のなかに厳然と築かれていく。
平4・11・2
☆100文字の幸福抄
後ろを向く必要はない。
未来は、すべて、
現在の心のあり方で決まる。
ゆえに、今いるこの場所で、
断じて勝ってみせると決めることだ。
「心の大地」を豊かに耕し、
未来への種を蒔いていけばよいのである。
2012年12月20日木曜日
2012.12.20 わが友に贈る
多忙な年の瀬。
火災や交通事故に注意!
リーダーの声掛けが
皆の心を引き締める。
最高の総仕上げを共に!
女人成仏抄 P471
『経文には一人一日の中に八億四千念あり念念の中に作す所皆是れ三途の業なり等云云』
◇希望の明日へ
現実を離れて仏法はない。また幸福もない。"平凡な""身近な"なかにこそ、人生の本当の幸福もある。また、そういう現実生活に幸福の花を咲かせていくのが仏法であり、「創価(価値創造)」なのである。
平4・7・3
☆100文字の幸福抄
過去に生きる人は、
後ろばかり振り返って、新鮮な魂の輝きがない。
今を生きる女性は、
常に何かに貢献しょうと努力している。
その魂は生き生きとして光っている。
今を生きる女性は、
毎日、力強く、前進する。
☆教学論苑「後継の人材の育成」(2012/08/21)
"民衆と共に戦う陣列に 真の仏法の精神が脈動"
大乗仏教の精髄である法華経。万人成仏を説く法華経における最重要テーマの一つが、"釈尊入滅後の未来に、この法華経を誰が弘めるのか"であった。
「如我等無異」(我が等しくして異なること無からしめん 法華経)。あらゆる人を仏である自分と同じ幸福境涯に、という法華経の精神を未来永劫にわたり流れ通わせることが、日蓮大聖人直結の団体である創価学会の使命であることは論をまたない。ここでは、広宣流布を永遠たらしめるために何よりも大切な「後継の人材の育成」について考えてみたい。
◇原点となった師との出会い
52年前の1960年(昭和35年)3月、中学3年生の時であった。当時、総務であった池田先生が高崎に、いらっしゃると聞き、会場に駆けつけた。
先生は、自作の詩を通して、ご自身の若き日の苦闘や青年の生き方について語ってくださった。
「希望に燃えて 怒涛に向かい たとい貧しき 身なりとも
人が笑おが あざけよが じっとこらえて今に見ろ」
後になってこの詩が、池田先生が19歳で戸田先生にお会いした直後に読まれた「希望に燃えて」であることを知ったが、「じっとこらえて 今に見ろ」の一節がストレートに私の命に突き刺さり、自らの"生きる力"となった。
2カ月後に第3代会長に就任された池田先生は、以来、全国各地で、そして全世界で、未来へ使命を分かち持つ後継の青年を陸続と育てられた。
その積み重ねによって、人材の流れは大河となり、今日の192カ国・地域に広がる創価学会の大発展が築かれたのである。
◇仏教がインドでなぜ滅んだのか
池田先生が範を示されている「後継の人材の育成」こそ、法華経見宝塔品に説かれる「令法久住」を永遠たらしめる要諦である。
その中で釈尊は、「自分はもうすぐ亡くなるので、この法華経を誰かに託したい」「ここに無数の仏が集まったのも、同じく令法久住のためである」と語るのである。
日蓮大聖人は「顕仏未来記」の中で、"仏教発祥の地・インドにはもはや仏法はなく、中国には大乗経がわずかに残るのみで、実態は形骸化している"ことを指摘されている。そして、仏法を持ち、伝えていく人がいないので、あたかも木石の像が法衣を着、鉢を持っているようなもので、なんの役にも立っていない、と述べられている。
池田先生とインドを代表する知性であるロケッシュ・チャンドラ博士との対談集『東洋の哲学を語る』の「なぜ仏教はインドで滅んだか」との一項は、示唆に富んでいる。
「インドでは、仏教は主として哲学的な機能にとどまりました」「仏教自体が限られた一部の上流階級のものになってしまいました」と語るチャンドラ博士。
それを受けて、池田先生は、インドのネルー初代首相の「『人間の生き方』を身をもって説いた釈尊が、人間を超えた"神"のように権威化されたために、仏教は滅んだ」との言葉を紹介し、日蓮大聖人の仏法が、"人間の実生活から遊離した仏教を人間に取り戻すことを教えたもの"であることに言及。創価学会の運動について「釈尊や大聖人の歩いた『人間の道』を受け継ぐものであり、そのために、仏を権威化して人間を手段にしているものとは、徹して戦うのです」と語られている。
人間を離れたところに、仏法の精神が脈打つことはない。いくら経典が残ろうと、現実に、民衆の中に生き、民衆と共に戦う後継の人材を陸続と育てていくことなくして、広宣流布の運動の永続性はないことを、私たちは知らなければ成らない。
さらに、この教学論苑では、未来部を育む同志に感謝、広布のバトンを親から子へ孫へとのタイトルで広布後継の育成に言及されています。
火災や交通事故に注意!
リーダーの声掛けが
皆の心を引き締める。
最高の総仕上げを共に!
女人成仏抄 P471
『経文には一人一日の中に八億四千念あり念念の中に作す所皆是れ三途の業なり等云云』
◇希望の明日へ
現実を離れて仏法はない。また幸福もない。"平凡な""身近な"なかにこそ、人生の本当の幸福もある。また、そういう現実生活に幸福の花を咲かせていくのが仏法であり、「創価(価値創造)」なのである。
平4・7・3
☆100文字の幸福抄
過去に生きる人は、
後ろばかり振り返って、新鮮な魂の輝きがない。
今を生きる女性は、
常に何かに貢献しょうと努力している。
その魂は生き生きとして光っている。
今を生きる女性は、
毎日、力強く、前進する。
☆教学論苑「後継の人材の育成」(2012/08/21)
"民衆と共に戦う陣列に 真の仏法の精神が脈動"
大乗仏教の精髄である法華経。万人成仏を説く法華経における最重要テーマの一つが、"釈尊入滅後の未来に、この法華経を誰が弘めるのか"であった。
「如我等無異」(我が等しくして異なること無からしめん 法華経)。あらゆる人を仏である自分と同じ幸福境涯に、という法華経の精神を未来永劫にわたり流れ通わせることが、日蓮大聖人直結の団体である創価学会の使命であることは論をまたない。ここでは、広宣流布を永遠たらしめるために何よりも大切な「後継の人材の育成」について考えてみたい。
◇原点となった師との出会い
52年前の1960年(昭和35年)3月、中学3年生の時であった。当時、総務であった池田先生が高崎に、いらっしゃると聞き、会場に駆けつけた。
先生は、自作の詩を通して、ご自身の若き日の苦闘や青年の生き方について語ってくださった。
「希望に燃えて 怒涛に向かい たとい貧しき 身なりとも
人が笑おが あざけよが じっとこらえて今に見ろ」
後になってこの詩が、池田先生が19歳で戸田先生にお会いした直後に読まれた「希望に燃えて」であることを知ったが、「じっとこらえて 今に見ろ」の一節がストレートに私の命に突き刺さり、自らの"生きる力"となった。
2カ月後に第3代会長に就任された池田先生は、以来、全国各地で、そして全世界で、未来へ使命を分かち持つ後継の青年を陸続と育てられた。
その積み重ねによって、人材の流れは大河となり、今日の192カ国・地域に広がる創価学会の大発展が築かれたのである。
◇仏教がインドでなぜ滅んだのか
池田先生が範を示されている「後継の人材の育成」こそ、法華経見宝塔品に説かれる「令法久住」を永遠たらしめる要諦である。
その中で釈尊は、「自分はもうすぐ亡くなるので、この法華経を誰かに託したい」「ここに無数の仏が集まったのも、同じく令法久住のためである」と語るのである。
日蓮大聖人は「顕仏未来記」の中で、"仏教発祥の地・インドにはもはや仏法はなく、中国には大乗経がわずかに残るのみで、実態は形骸化している"ことを指摘されている。そして、仏法を持ち、伝えていく人がいないので、あたかも木石の像が法衣を着、鉢を持っているようなもので、なんの役にも立っていない、と述べられている。
池田先生とインドを代表する知性であるロケッシュ・チャンドラ博士との対談集『東洋の哲学を語る』の「なぜ仏教はインドで滅んだか」との一項は、示唆に富んでいる。
「インドでは、仏教は主として哲学的な機能にとどまりました」「仏教自体が限られた一部の上流階級のものになってしまいました」と語るチャンドラ博士。
それを受けて、池田先生は、インドのネルー初代首相の「『人間の生き方』を身をもって説いた釈尊が、人間を超えた"神"のように権威化されたために、仏教は滅んだ」との言葉を紹介し、日蓮大聖人の仏法が、"人間の実生活から遊離した仏教を人間に取り戻すことを教えたもの"であることに言及。創価学会の運動について「釈尊や大聖人の歩いた『人間の道』を受け継ぐものであり、そのために、仏を権威化して人間を手段にしているものとは、徹して戦うのです」と語られている。
人間を離れたところに、仏法の精神が脈打つことはない。いくら経典が残ろうと、現実に、民衆の中に生き、民衆と共に戦う後継の人材を陸続と育てていくことなくして、広宣流布の運動の永続性はないことを、私たちは知らなければ成らない。
さらに、この教学論苑では、未来部を育む同志に感謝、広布のバトンを親から子へ孫へとのタイトルで広布後継の育成に言及されています。
2012年12月19日水曜日
2012.12.19 わが友に贈る
婦人部の奮闘ありて
皆が前進、皆が勝利!
心から感謝合掌。
永遠の福徳に満ちた
太陽の母たち、万歳!
法蓮抄 P1045
『現在に眼前の証拠あらんずる人此の経を説かん時は信ずる人もありやせん』
◇希望の明日へ
どこまでも謙虚な幸福の追求者として、万人と同じように、民衆とともに、真剣に仏道修行していく。だれよりも、福運を積む機会を逃さず、勇み、喜んで行動していく。"もう、これでいい"などと倣らず、"さあ、また福徳を開こう。永遠の幸福の境涯をつくろう"と戦っていく。その"水遠の向上""永遠の闘争"の決心に、仏法の精神が脈動している。
平4・6・11
☆100文字の幸福抄
結婚したら幸せで、
結婚しないと不幸なのか。
決して、そうとは言えない。
急き立てられたり、あせる必要もない。
結婚するかしないか、いくつで結婚するか。
それで、人生が決.まるのではない。
幸福を決めるのは「心」である。
☆教学論苑「たゆまぬ信心」(2012/10/02)
"水の流れるがごとき"前進で揺るがぬ幸福を築こう
「火の信心」ではなく、「水の信心」を心掛けよう−−。草創以来、多くの同志が心に刻んできた学会指導である。
ここでは、池田先生が高知で折々語られた指導をあらためてひもときながら、「たゆまぬ信心」の大切さについて確認したい。
◇「土佐のいごっそう」を激励
1972年 6月20日、約6,000人の同志と共に記念撮影をしてくださった際には、「豊かな常識をたたえて伸び伸びと楽しく信心に励み、信心即生活の実証を、自身、家庭、社会の上に示してほしい。これが"水の信心"である」と「水の信心」の大切さについて教えてくださった。
78年12月、7泊8日にわたった高知指導でも、「高知はこれからも、大聖人が仰せになっておられる"水の流れるがごとき信心"を、一人一人が信念強く貫き、楽しい人生を讃嘆しながら、生き生きとしたご長寿の生涯を送っていただきたい」と「水の信心」を貫くことを強調された。
90年11月、高知で開催された「第1回四国総会」では、"ハマグリの貝殻を手に、大海の水をくみ出そうと日夜励む姿が、諸天をも動かし、やがては大願の成就にもつながった"という大施太子の説話を引用。「信心の大道も、広布の正道も長い。その途上には、さまざまな苦難があることも必定である。しかし、苦難や障害に屈することなく、信心を持続しぬいていただきたい」と語られている。
◇どんな時も求道心を燃やす
「火の信心」「水の信心」という言葉は、日蓮大聖人が、青年門下・南条時光に送られた「上野殿御返事」の次の一節に由来する。
「抑今の時・法華経を信ずる人あり・或は火のごとく信ずる人もあり・或は水のごとく信ずる人もあり、聴聞する時は・もえたつばかりほもへども・とをざかりぬれば・すつる心あり、水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり、此れはいかなる時も・つねは・たいせずとわせ給えば水のごとく信ぜさせ給へるかたうとし。とうとし」(P1544)
大聖人は、法華経の行者を「火のごとく信ずる人」と「水のごとく信ずる人」に分けられ、法義を聞いた時には情熱の炎を燃やすものの、時がたつと信仰心が失われてしまうのが「火のごとく信ずる人」であり、これに対して、常に停滞の心なく実践し続けるのが「水の如く信ずる人」であると教えられている。
ここで「いつも・たいせず」「いかなる時も・つねは・たいせず」との仰せに着目したい。
「水のごとき信心」とは、単なる「信仰の継続」と言う次元だけを指したものではなく、いかなる時、いかなる環境下にあろうとも前に進み続ける、力強い不退の信心を意味していると拝される。
なぜたゆまずに信心に励んでいくことが大切なのか。仏法は常に、仏と魔の戦いであり、胸中の精神闘争であることを振り返れば、その答えの輪郭がおのずと見えてくる。
◇挑戦する中で「仏の境涯」に
仏法は、私たちの生命に、「無明」と「法性」があることを説く。
「悪縁に遇えば迷いと成り善縁に遇えば悟と成る悟は即ち法性なり迷は即ち無明なり」(P510)と仰せのように、善に縁すれば「法性」と顕れ、悪に縁すれば「無明」と顕れるのである。
この「法性」を顕現させ、「無明」を冥伏させていく実践こそ、私たちの仏道修行にほかならない。
戸田先生はかつてこう指導された。
「たゆまず流れ出る水の信心であれ!溜まり水は動かないから腐ってしまう。人間も同じだ。進まざるは退転である」
成仏とは、絶え間なき生命練磨の異名にほかならないのだ。そしてそれは、常に法性を表し、無明を冥伏させゆく普段の実践が肝要となることを教えられている。
移ろいやすいのが人の心である。
古今東西、人間は、流転する自身の生命に振り回されて生きてきた。人間社会もまたしかりである。
そうした人間の持つ避けがたき傾向を力強く打ち破るほうとこそ、何ものにもゆるがぬ、たゆみなき「水の信心」なのである。
◇心の師を求め続ける人生を
仏道修行に励めば、それを妨げようとする働きが、さまざまな形で顕れてくる。
そうした「三障四魔」の正体を見抜き、障魔が競い起こった時こそいよいよの信心で乗り越える中に、真の幸福境涯の確立がある。
日蓮大聖人は、池上兄弟に対して「心の師とは・なるとも心を師とはせざれ・・・」と指導されている。
揺れ動く自分の心を基準とするのではなく、「心の師」を求めていかなければならないのである。
池田先生は、「勝利の経典『御書』に学ぶ』の中で、心の師を求めるとは、「御本尊根本」「御書根本」の姿勢であると述べた上で、「『法』と私たちを結びつけるのが、仏法実践の『師匠』の存在です」と教えてくださっている。
(高知総県長 秋山義人)
皆が前進、皆が勝利!
心から感謝合掌。
永遠の福徳に満ちた
太陽の母たち、万歳!
法蓮抄 P1045
『現在に眼前の証拠あらんずる人此の経を説かん時は信ずる人もありやせん』
◇希望の明日へ
どこまでも謙虚な幸福の追求者として、万人と同じように、民衆とともに、真剣に仏道修行していく。だれよりも、福運を積む機会を逃さず、勇み、喜んで行動していく。"もう、これでいい"などと倣らず、"さあ、また福徳を開こう。永遠の幸福の境涯をつくろう"と戦っていく。その"水遠の向上""永遠の闘争"の決心に、仏法の精神が脈動している。
平4・6・11
☆100文字の幸福抄
結婚したら幸せで、
結婚しないと不幸なのか。
決して、そうとは言えない。
急き立てられたり、あせる必要もない。
結婚するかしないか、いくつで結婚するか。
それで、人生が決.まるのではない。
幸福を決めるのは「心」である。
☆教学論苑「たゆまぬ信心」(2012/10/02)
"水の流れるがごとき"前進で揺るがぬ幸福を築こう
「火の信心」ではなく、「水の信心」を心掛けよう−−。草創以来、多くの同志が心に刻んできた学会指導である。
ここでは、池田先生が高知で折々語られた指導をあらためてひもときながら、「たゆまぬ信心」の大切さについて確認したい。
◇「土佐のいごっそう」を激励
1972年 6月20日、約6,000人の同志と共に記念撮影をしてくださった際には、「豊かな常識をたたえて伸び伸びと楽しく信心に励み、信心即生活の実証を、自身、家庭、社会の上に示してほしい。これが"水の信心"である」と「水の信心」の大切さについて教えてくださった。
78年12月、7泊8日にわたった高知指導でも、「高知はこれからも、大聖人が仰せになっておられる"水の流れるがごとき信心"を、一人一人が信念強く貫き、楽しい人生を讃嘆しながら、生き生きとしたご長寿の生涯を送っていただきたい」と「水の信心」を貫くことを強調された。
90年11月、高知で開催された「第1回四国総会」では、"ハマグリの貝殻を手に、大海の水をくみ出そうと日夜励む姿が、諸天をも動かし、やがては大願の成就にもつながった"という大施太子の説話を引用。「信心の大道も、広布の正道も長い。その途上には、さまざまな苦難があることも必定である。しかし、苦難や障害に屈することなく、信心を持続しぬいていただきたい」と語られている。
◇どんな時も求道心を燃やす
「火の信心」「水の信心」という言葉は、日蓮大聖人が、青年門下・南条時光に送られた「上野殿御返事」の次の一節に由来する。
「抑今の時・法華経を信ずる人あり・或は火のごとく信ずる人もあり・或は水のごとく信ずる人もあり、聴聞する時は・もえたつばかりほもへども・とをざかりぬれば・すつる心あり、水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり、此れはいかなる時も・つねは・たいせずとわせ給えば水のごとく信ぜさせ給へるかたうとし。とうとし」(P1544)
大聖人は、法華経の行者を「火のごとく信ずる人」と「水のごとく信ずる人」に分けられ、法義を聞いた時には情熱の炎を燃やすものの、時がたつと信仰心が失われてしまうのが「火のごとく信ずる人」であり、これに対して、常に停滞の心なく実践し続けるのが「水の如く信ずる人」であると教えられている。
ここで「いつも・たいせず」「いかなる時も・つねは・たいせず」との仰せに着目したい。
「水のごとき信心」とは、単なる「信仰の継続」と言う次元だけを指したものではなく、いかなる時、いかなる環境下にあろうとも前に進み続ける、力強い不退の信心を意味していると拝される。
なぜたゆまずに信心に励んでいくことが大切なのか。仏法は常に、仏と魔の戦いであり、胸中の精神闘争であることを振り返れば、その答えの輪郭がおのずと見えてくる。
◇挑戦する中で「仏の境涯」に
仏法は、私たちの生命に、「無明」と「法性」があることを説く。
「悪縁に遇えば迷いと成り善縁に遇えば悟と成る悟は即ち法性なり迷は即ち無明なり」(P510)と仰せのように、善に縁すれば「法性」と顕れ、悪に縁すれば「無明」と顕れるのである。
この「法性」を顕現させ、「無明」を冥伏させていく実践こそ、私たちの仏道修行にほかならない。
戸田先生はかつてこう指導された。
「たゆまず流れ出る水の信心であれ!溜まり水は動かないから腐ってしまう。人間も同じだ。進まざるは退転である」
成仏とは、絶え間なき生命練磨の異名にほかならないのだ。そしてそれは、常に法性を表し、無明を冥伏させゆく普段の実践が肝要となることを教えられている。
移ろいやすいのが人の心である。
古今東西、人間は、流転する自身の生命に振り回されて生きてきた。人間社会もまたしかりである。
そうした人間の持つ避けがたき傾向を力強く打ち破るほうとこそ、何ものにもゆるがぬ、たゆみなき「水の信心」なのである。
◇心の師を求め続ける人生を
仏道修行に励めば、それを妨げようとする働きが、さまざまな形で顕れてくる。
そうした「三障四魔」の正体を見抜き、障魔が競い起こった時こそいよいよの信心で乗り越える中に、真の幸福境涯の確立がある。
日蓮大聖人は、池上兄弟に対して「心の師とは・なるとも心を師とはせざれ・・・」と指導されている。
揺れ動く自分の心を基準とするのではなく、「心の師」を求めていかなければならないのである。
池田先生は、「勝利の経典『御書』に学ぶ』の中で、心の師を求めるとは、「御本尊根本」「御書根本」の姿勢であると述べた上で、「『法』と私たちを結びつけるのが、仏法実践の『師匠』の存在です」と教えてくださっている。
(高知総県長 秋山義人)
2012年12月18日火曜日
2012.12.18 わが友に贈る
青年の熱と力で
広宣流布は大躍進!
本当にありがとう!
皆が新しい決意で
新しい未来へ出発!
佐渡御書 P960
『日蓮を信ずるやうなりし者どもが日蓮がかくなれば疑ををこして法華経をすつるのみならずかへりて日蓮を教訓して我賢しと思はん僻人等が念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便とも申す計りなし』
◇希望の明日へ
信心は何のためにするのか。それは一人残らず幸福になるためである。広布の組織も、そのためにある。この妙法を持ちきった人は、絶対に不幸にはならない。その確信の一念が大切である。大確信が大福運を開いていく。
平4・2・2
☆100文字の幸福抄
結婚を「ゴールイン」というのは
必ずしも適切ではないと思う。
むしろ結婚は新しい「スタート」と
考えてはどうだろうか。
夫は、妻と家庭に対する責任、
妻は、夫と家庭に対する責任を
それぞれ背負ったレースといえる。
☆教学論苑「広宣流布の大願」(2112/10/23)
「我いま仏の 旨をうけ 妙法流布の 大願を 高くかかげて 独り立つ 味方は少なし 敵多し」
1972年(昭和47年)9月7日、霧島の九州研修道場で、池田先生と友にキャンプファイアを囲みながら「同志の歌」を歌った日のことが忘れられない。とりわけ、「妙法流布の大願」との一節を思い起こすたびに、「戸田先生、池田先生の師弟の陣列に連なって、不惜身命で広布に生きる決意を新たにしてきた。
ここでは、法華経化城喩品に説かれる「師弟の因縁」を通して、師と共に広宣流布の大願に生き抜くことこそ無上の人生であることを確認したい。
"「救われる人」から「救う人」へ 師弟共戦の中に自他共の幸福が"
◇「在在諸仏土常与師倶生」
「師弟の因縁」について、化城喩品第7には次のように説かれている。
−−三千塵点劫もの昔、私(釈尊)は大通智勝仏という仏の16番目の王子として活動していた。仏と同じく法華経の教えを広め、民衆を救ってきた。今、私の教えを聞いているあなた方は、遠い過去に私と因縁を結んできたのである−−。
声聞たちは「在在諸仏土常与師倶生」との教えを聞くことで、"三世にわたって、師匠である釈尊と共に戦う使命があるのだ"という「師弟の因縁」を知ることができたのである。
日蓮大聖人は、佐渡の地で弟子となった最蓮房にあてたお手紙の中で次のように綴られている。
「過去の宿縁追い来たって今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、『在在諸仏土常与師倶生』よも虚事候はじ」(P1338)
大聖人と最蓮房の過去からの宿縁の深さについて述べた上で、「在在諸仏土常与師倶生」の文を引用し、三世に及ぶ師弟の強い絆を強調されたのだ。
曽谷殿や秋元殿に送られたお手紙の中でも、大聖人はこの一節を引用して、門下の心に希望の明かりをともしておられる。
今世で師と共に妙法流布に生きる人生がどれほど尊いものなのか。
「師壇となる事は三世の契り」(P1070)ーー三世にわたって師と共に戦うことのできる使命の大きさと歓喜があらためて胸に迫ってくる。
◇思い起こした「深心の本願」
法華経化城喩品で「師弟の因縁」を知った声聞たちの歓喜はいかばかりであったであろう。続く五百弟子受記品第8で「唯だ仏世尊のみ能く我れ等が深心の本願を知ろしめせり」と述べるのである。
この「深心の本願(最も深い過去世からの願い)」について、池田先生は次のように語られている。
「法華経では、声聞たちが無量の過去から、『無上の悟りを得たい』『一切衆生を救いたい』という『深心の本願』を持っていたことが明かされます。いわば、声聞たちは、はるかな過去世以来の大願を思い起こすことで、師と同じ菩薩の修行をしていた自分を"発見"し、"自覚"するのです」
"一切衆生の救済"という「深心の大願」を思い起こさせてくれるーー。仏法の実践において師匠の存在が大切である理由がここにあり、師と共に妙法流布の戦いに立ち上がる中に真の弟子の道があるのだ。
法華経に説かれる「戦う師弟の精神」を現代によみがえらせたのが、創価学会である。
「創価学会の確信の精髄は、戸田城聖の「獄中の悟達」にある。法華経に説かれた『在在諸仏土常与師倶生』の文を生命で読んだ戸田の、『われ地涌の菩薩なり』との悟達こそが、学会の魂である」(小説『新・人間革命』第22巻・新世紀の章)
創価三代の師弟に連なる「弟子の道」こそ、成仏の直道にほかならないのだ。
◇自身の宿命が使命に変わる
自分の悩みの克服のみを願う人生から、自他共の幸福の実現のために戦う人生へ。民衆の救済という大願に目覚めたとき、自らがおかれている境遇や取り巻く環境の意味も大きく変わってくる。
「衆に三毒有りと示し 又た邪見の相を現ず 我が弟子は是の如く 方便も衆生を度す」(法華経)
釈尊自身が声聞に対して「自ら貧・瞋・癡の三毒に侵されている姿を示すのも、邪見にとらわれている姿を現すもの全て人々を救うための方便である」と教えているのだ。
『法華経の智慧』で先生は「勝つために自分があえてつくった苦悩なのだから、勝てないわけがない。負けるはずがないのです。『大願』を自覚すれば、つまり『我、本来仏なり』と自覚すれば、自身の宿命すら使命に変わるのです。多くの人々と同じように『悩める民衆』の姿で生まれ、どこまでも『民衆と友に』幸福になっていくーーそれが私どもの使命のドラマなのです」と述べられている。
何の苦悩も葛藤もない平穏な日々を送っているだけでは、人間的な成長は望めない。友の心の痛みの分かる人になることもない。
現実社会の中で苦労を重ねた分だけ境涯が広がり、苦しむ友の心に寄り添い、同苦し、一緒に立ち上がって行ける。草創以来、自身の使命に目覚めた多くの学会員が「人間革命」の挑戦の中でこのことを実感してきた。
◇御本仏の精神をよみがえらせる
日蓮大聖人は、門下に対して「願わくば我が弟子等・大願ををこせ(中略)をなじくは・かりにも法華経のゆへに命をすてよ、つゆを大海にあつらへ・ちりを大地にうづむとをもへ」(P1561)と叫ばれた。
法華経に説かれている「民衆救済の大願」に生き抜けば、「つゆ」や「ちり」が「大海」「大地」と一体化するように、私たち一人一人も、永遠に朽ちることのない仏の境涯を開くことができるのだ。
この御本仏の民衆救済の精神を現代によみがえらせたのが、創価3代会長であり、師と共に広宣流布に戦ってきた無数の創価学会員であることはいうまでもない。
池田先生はかつて詩「青年の譜」でこう綴ってくださった。
「われには われのみの使命がある 君にも 君でなければ 出来ない使命がある」
師匠は教えてくださっている。「全ての人に、その人にしかない使命がある」ことを。
総本部完成の明2013年は、鹿児島の同志にとって、牧口先生の初来訪75周年、池田先生の初来訪55周年の佳節でもある。師と共に戦うことが出来る使命を自覚した全同志と共に広宣流布に邁進し、圧倒的な拡大の結果をもって、「青年学会 勝利の年」を荘厳する決意である。
(鹿児島総県総合長 松元耕一郎副会長)
広宣流布は大躍進!
本当にありがとう!
皆が新しい決意で
新しい未来へ出発!
佐渡御書 P960
『日蓮を信ずるやうなりし者どもが日蓮がかくなれば疑ををこして法華経をすつるのみならずかへりて日蓮を教訓して我賢しと思はん僻人等が念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便とも申す計りなし』
◇希望の明日へ
信心は何のためにするのか。それは一人残らず幸福になるためである。広布の組織も、そのためにある。この妙法を持ちきった人は、絶対に不幸にはならない。その確信の一念が大切である。大確信が大福運を開いていく。
平4・2・2
☆100文字の幸福抄
結婚を「ゴールイン」というのは
必ずしも適切ではないと思う。
むしろ結婚は新しい「スタート」と
考えてはどうだろうか。
夫は、妻と家庭に対する責任、
妻は、夫と家庭に対する責任を
それぞれ背負ったレースといえる。
☆教学論苑「広宣流布の大願」(2112/10/23)
「我いま仏の 旨をうけ 妙法流布の 大願を 高くかかげて 独り立つ 味方は少なし 敵多し」
1972年(昭和47年)9月7日、霧島の九州研修道場で、池田先生と友にキャンプファイアを囲みながら「同志の歌」を歌った日のことが忘れられない。とりわけ、「妙法流布の大願」との一節を思い起こすたびに、「戸田先生、池田先生の師弟の陣列に連なって、不惜身命で広布に生きる決意を新たにしてきた。
ここでは、法華経化城喩品に説かれる「師弟の因縁」を通して、師と共に広宣流布の大願に生き抜くことこそ無上の人生であることを確認したい。
"「救われる人」から「救う人」へ 師弟共戦の中に自他共の幸福が"
◇「在在諸仏土常与師倶生」
「師弟の因縁」について、化城喩品第7には次のように説かれている。
−−三千塵点劫もの昔、私(釈尊)は大通智勝仏という仏の16番目の王子として活動していた。仏と同じく法華経の教えを広め、民衆を救ってきた。今、私の教えを聞いているあなた方は、遠い過去に私と因縁を結んできたのである−−。
声聞たちは「在在諸仏土常与師倶生」との教えを聞くことで、"三世にわたって、師匠である釈尊と共に戦う使命があるのだ"という「師弟の因縁」を知ることができたのである。
日蓮大聖人は、佐渡の地で弟子となった最蓮房にあてたお手紙の中で次のように綴られている。
「過去の宿縁追い来たって今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、『在在諸仏土常与師倶生』よも虚事候はじ」(P1338)
大聖人と最蓮房の過去からの宿縁の深さについて述べた上で、「在在諸仏土常与師倶生」の文を引用し、三世に及ぶ師弟の強い絆を強調されたのだ。
曽谷殿や秋元殿に送られたお手紙の中でも、大聖人はこの一節を引用して、門下の心に希望の明かりをともしておられる。
今世で師と共に妙法流布に生きる人生がどれほど尊いものなのか。
「師壇となる事は三世の契り」(P1070)ーー三世にわたって師と共に戦うことのできる使命の大きさと歓喜があらためて胸に迫ってくる。
◇思い起こした「深心の本願」
法華経化城喩品で「師弟の因縁」を知った声聞たちの歓喜はいかばかりであったであろう。続く五百弟子受記品第8で「唯だ仏世尊のみ能く我れ等が深心の本願を知ろしめせり」と述べるのである。
この「深心の本願(最も深い過去世からの願い)」について、池田先生は次のように語られている。
「法華経では、声聞たちが無量の過去から、『無上の悟りを得たい』『一切衆生を救いたい』という『深心の本願』を持っていたことが明かされます。いわば、声聞たちは、はるかな過去世以来の大願を思い起こすことで、師と同じ菩薩の修行をしていた自分を"発見"し、"自覚"するのです」
"一切衆生の救済"という「深心の大願」を思い起こさせてくれるーー。仏法の実践において師匠の存在が大切である理由がここにあり、師と共に妙法流布の戦いに立ち上がる中に真の弟子の道があるのだ。
法華経に説かれる「戦う師弟の精神」を現代によみがえらせたのが、創価学会である。
「創価学会の確信の精髄は、戸田城聖の「獄中の悟達」にある。法華経に説かれた『在在諸仏土常与師倶生』の文を生命で読んだ戸田の、『われ地涌の菩薩なり』との悟達こそが、学会の魂である」(小説『新・人間革命』第22巻・新世紀の章)
創価三代の師弟に連なる「弟子の道」こそ、成仏の直道にほかならないのだ。
◇自身の宿命が使命に変わる
自分の悩みの克服のみを願う人生から、自他共の幸福の実現のために戦う人生へ。民衆の救済という大願に目覚めたとき、自らがおかれている境遇や取り巻く環境の意味も大きく変わってくる。
「衆に三毒有りと示し 又た邪見の相を現ず 我が弟子は是の如く 方便も衆生を度す」(法華経)
釈尊自身が声聞に対して「自ら貧・瞋・癡の三毒に侵されている姿を示すのも、邪見にとらわれている姿を現すもの全て人々を救うための方便である」と教えているのだ。
『法華経の智慧』で先生は「勝つために自分があえてつくった苦悩なのだから、勝てないわけがない。負けるはずがないのです。『大願』を自覚すれば、つまり『我、本来仏なり』と自覚すれば、自身の宿命すら使命に変わるのです。多くの人々と同じように『悩める民衆』の姿で生まれ、どこまでも『民衆と友に』幸福になっていくーーそれが私どもの使命のドラマなのです」と述べられている。
何の苦悩も葛藤もない平穏な日々を送っているだけでは、人間的な成長は望めない。友の心の痛みの分かる人になることもない。
現実社会の中で苦労を重ねた分だけ境涯が広がり、苦しむ友の心に寄り添い、同苦し、一緒に立ち上がって行ける。草創以来、自身の使命に目覚めた多くの学会員が「人間革命」の挑戦の中でこのことを実感してきた。
◇御本仏の精神をよみがえらせる
日蓮大聖人は、門下に対して「願わくば我が弟子等・大願ををこせ(中略)をなじくは・かりにも法華経のゆへに命をすてよ、つゆを大海にあつらへ・ちりを大地にうづむとをもへ」(P1561)と叫ばれた。
法華経に説かれている「民衆救済の大願」に生き抜けば、「つゆ」や「ちり」が「大海」「大地」と一体化するように、私たち一人一人も、永遠に朽ちることのない仏の境涯を開くことができるのだ。
この御本仏の民衆救済の精神を現代によみがえらせたのが、創価3代会長であり、師と共に広宣流布に戦ってきた無数の創価学会員であることはいうまでもない。
池田先生はかつて詩「青年の譜」でこう綴ってくださった。
「われには われのみの使命がある 君にも 君でなければ 出来ない使命がある」
師匠は教えてくださっている。「全ての人に、その人にしかない使命がある」ことを。
総本部完成の明2013年は、鹿児島の同志にとって、牧口先生の初来訪75周年、池田先生の初来訪55周年の佳節でもある。師と共に戦うことが出来る使命を自覚した全同志と共に広宣流布に邁進し、圧倒的な拡大の結果をもって、「青年学会 勝利の年」を荘厳する決意である。
(鹿児島総県総合長 松元耕一郎副会長)
2012年12月17日月曜日
2012.12.17 わが友に贈る
轟く正義の勝鬨!
広布新時代の
栄光の旭日は昇った!
我らのスクラムは
社会の希望の柱なり!
種種物御消息 P1549
『其の上雨ふりかぜふき人のせいするにこそ心ざしはあらわれ候へ』
◇今週のことば
尊き大勝利、万歳!
偉大な同志の奮闘は
大聖人が御照覧なり。
無量の「心の財」を胸に
誇りも高く新たな年を!
2012年12月17日
◇希望の明日へ
勇気と決断なくして、目標の達成はない。喜びも幸福もない。人は、使命を果たすことによって幸福になることができる。
『主婦と生活』平4・1月号
☆100文字の幸福抄
恋愛は、ある意味で
「ブレーキのない車」に
乗ってしまうような面がある。
だから女性は毅然としていなければならない。
女性には自分を守る権利がある。
その気持ちがわからない男性であれば、
相手にする価値もない。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.044 烈々たる祈りと勇気と勢いで
毎日、わが友の奮闘を聞くたびに、私の胸は熱くなる。
広宣流布の戦いは、皆が幸福になるための戦いだ。
『いかなる事ありとも・すこしもたゆ(弛)む事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし』(P1090)
この御聖訓のままに進むのだ。負けじ魂を燃やして!
戸田先生は人生に勝つ急所を、こう教えてくださった。
「自分が変わり、自分が成長し、自分が責任を持てば、一切に勝利できるのだ。
要は自分だ」と。
人ではない。自分が壁を破るのだ。断じて悔いを残してはならない。
戦いにあって最も大事なことは、人の心をつかむことである。
人の心を動かし、とらえるものは、策でもなければ、技術でもない。ただ誠実と熱意によるのである。
いかなる人も、広宣流布の味方に変えてみせる!──この烈々たる祈りと勇気と勢いで、栄光の歴史を開くのだ。
縁する全ての友、そして、一緒に戦う同志の幸福を祈り抜き、尽くし抜いていく。それが創価のリーダーだ。
わが友が、一生涯、幸福な人生を歩めるように──私はいつも、そういう思いで、祈りに祈り、励ましてきた。
皆が最高の信心の思い出を刻める前進であっていただきたい。
団結こそ勝利である。
どこまでも、心を合わせ、祈りを合わせて、仲良く進むのだ。
皆、素晴らしい人生を!
共に勝利の万歳を!
後世の人から讃えられる金字塔を!
◎公明党大勝利、おめでとうございます!
広布新時代の
栄光の旭日は昇った!
我らのスクラムは
社会の希望の柱なり!
種種物御消息 P1549
『其の上雨ふりかぜふき人のせいするにこそ心ざしはあらわれ候へ』
◇今週のことば
尊き大勝利、万歳!
偉大な同志の奮闘は
大聖人が御照覧なり。
無量の「心の財」を胸に
誇りも高く新たな年を!
2012年12月17日
◇希望の明日へ
勇気と決断なくして、目標の達成はない。喜びも幸福もない。人は、使命を果たすことによって幸福になることができる。
『主婦と生活』平4・1月号
☆100文字の幸福抄
恋愛は、ある意味で
「ブレーキのない車」に
乗ってしまうような面がある。
だから女性は毅然としていなければならない。
女性には自分を守る権利がある。
その気持ちがわからない男性であれば、
相手にする価値もない。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.044 烈々たる祈りと勇気と勢いで
毎日、わが友の奮闘を聞くたびに、私の胸は熱くなる。
広宣流布の戦いは、皆が幸福になるための戦いだ。
『いかなる事ありとも・すこしもたゆ(弛)む事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし』(P1090)
この御聖訓のままに進むのだ。負けじ魂を燃やして!
戸田先生は人生に勝つ急所を、こう教えてくださった。
「自分が変わり、自分が成長し、自分が責任を持てば、一切に勝利できるのだ。
要は自分だ」と。
人ではない。自分が壁を破るのだ。断じて悔いを残してはならない。
戦いにあって最も大事なことは、人の心をつかむことである。
人の心を動かし、とらえるものは、策でもなければ、技術でもない。ただ誠実と熱意によるのである。
いかなる人も、広宣流布の味方に変えてみせる!──この烈々たる祈りと勇気と勢いで、栄光の歴史を開くのだ。
縁する全ての友、そして、一緒に戦う同志の幸福を祈り抜き、尽くし抜いていく。それが創価のリーダーだ。
わが友が、一生涯、幸福な人生を歩めるように──私はいつも、そういう思いで、祈りに祈り、励ましてきた。
皆が最高の信心の思い出を刻める前進であっていただきたい。
団結こそ勝利である。
どこまでも、心を合わせ、祈りを合わせて、仲良く進むのだ。
皆、素晴らしい人生を!
共に勝利の万歳を!
後世の人から讃えられる金字塔を!
◎公明党大勝利、おめでとうございます!
2012年12月16日日曜日
2012.12.16 わが友に贈る
我らの大願は
全人類の幸福!
その主役は民衆だ!
大いなる理想へ
勇気と執念の祈り強く!
佐渡御書 P959
『今謗法の酔さめて見れば酒に酔る者父母を打て悦しが酔さめて後歎しが如し歎けども甲斐なし此罪消がたし、何に況や過去の謗法の心中にそみけんをや』
◇希望の明日へ
信心の世界にあっては、祈れば祈った分だけ、動けば動いた分だけ、語れば語った分だけ、「因果の理法」で、すべて自身の福徳となる。自分の境涯をかぎりなく広げていく。自分自身の幸福の軌道を固めていく。信心の世界には、まったく"無駄"がない。
平4・1・12
☆100文字の幸福抄
恋愛によって、一人の人を愛することができ、
その愛情が真実であるならば、
生涯の苦楽を共にする
結婚への道を進むことが、
至当であるといえよう。
恋愛は、幸福な結婚への真実をためす
試練の行為と考えていきたい。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.044 烈々たる祈りと勇気と勢いで
毎日、わが友の奮闘を聞くたびに、私の胸は熱くなる。
広宣流布の戦いは、皆が幸福になるための戦いだ。
『いかなる事ありとも・すこしもたゆ(弛)む事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし』(P1090)
この御聖訓のままに進むのだ。負けじ魂を燃やして!
戸田先生は人生に勝つ急所を、こう教えてくださった。
「自分が変わり、自分が成長し、自分が責任を持てば、一切に勝利できるのだ。
要は自分だ」と。
人ではない。自分が壁を破るのだ。断じて悔いを残してはならない。
戦いにあって最も大事なことは、人の心をつかむことである。
人の心を動かし、とらえるものは、策でもなければ、技術でもない。ただ誠実と熱意によるのである。
いかなる人も、広宣流布の味方に変えてみせる!──この烈々たる祈りと勇気と勢いで、栄光の歴史を開くのだ。
縁する全ての友、そして、一緒に戦う同志の幸福を祈り抜き、尽くし抜いていく。それが創価のリーダーだ。
わが友が、一生涯、幸福な人生を歩めるように──私はいつも、そういう思いで、祈りに祈り、励ましてきた。
皆が最高の信心の思い出を刻める前進であっていただきたい。
団結こそ勝利である。
どこまでも、心を合わせ、祈りを合わせて、仲良く進むのだ。
皆、素晴らしい人生を!
共に勝利の万歳を!
後世の人から讃えられる金字塔を!
◎きょう一日、頑張りましょう!(^^)!
全人類の幸福!
その主役は民衆だ!
大いなる理想へ
勇気と執念の祈り強く!
佐渡御書 P959
『今謗法の酔さめて見れば酒に酔る者父母を打て悦しが酔さめて後歎しが如し歎けども甲斐なし此罪消がたし、何に況や過去の謗法の心中にそみけんをや』
◇希望の明日へ
信心の世界にあっては、祈れば祈った分だけ、動けば動いた分だけ、語れば語った分だけ、「因果の理法」で、すべて自身の福徳となる。自分の境涯をかぎりなく広げていく。自分自身の幸福の軌道を固めていく。信心の世界には、まったく"無駄"がない。
平4・1・12
☆100文字の幸福抄
恋愛によって、一人の人を愛することができ、
その愛情が真実であるならば、
生涯の苦楽を共にする
結婚への道を進むことが、
至当であるといえよう。
恋愛は、幸福な結婚への真実をためす
試練の行為と考えていきたい。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.044 烈々たる祈りと勇気と勢いで
毎日、わが友の奮闘を聞くたびに、私の胸は熱くなる。
広宣流布の戦いは、皆が幸福になるための戦いだ。
『いかなる事ありとも・すこしもたゆ(弛)む事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし』(P1090)
この御聖訓のままに進むのだ。負けじ魂を燃やして!
戸田先生は人生に勝つ急所を、こう教えてくださった。
「自分が変わり、自分が成長し、自分が責任を持てば、一切に勝利できるのだ。
要は自分だ」と。
人ではない。自分が壁を破るのだ。断じて悔いを残してはならない。
戦いにあって最も大事なことは、人の心をつかむことである。
人の心を動かし、とらえるものは、策でもなければ、技術でもない。ただ誠実と熱意によるのである。
いかなる人も、広宣流布の味方に変えてみせる!──この烈々たる祈りと勇気と勢いで、栄光の歴史を開くのだ。
縁する全ての友、そして、一緒に戦う同志の幸福を祈り抜き、尽くし抜いていく。それが創価のリーダーだ。
わが友が、一生涯、幸福な人生を歩めるように──私はいつも、そういう思いで、祈りに祈り、励ましてきた。
皆が最高の信心の思い出を刻める前進であっていただきたい。
団結こそ勝利である。
どこまでも、心を合わせ、祈りを合わせて、仲良く進むのだ。
皆、素晴らしい人生を!
共に勝利の万歳を!
後世の人から讃えられる金字塔を!
◎きょう一日、頑張りましょう!(^^)!
2012.12.15 わが友に贈る
朝の決意が
一日を決める!
きょうの行動が
永遠の思い出を創る!
わが使命を果たせ!
諸法実相抄 P1360
『ほめられぬれば我が身の損ずるをもかへりみず、そしられぬる時は又我が身のやぶるるをもしらず、ふるまふ事は凡夫のことはざなり』
◇希望の明日へ
「喜び」−−何があっても楽しく。
「節度」−−いつも良識を基準に。
「平静」−−焦らず、くよくよせず、堂々と落ち着いて生きる。
そうすれば、いつも健康でいられる。これは人生の幸福の条件ともいえよう。何かあるとすぐに動揺し、疑い、悲しむ。そうした弱さが、せっかくの幸福を自分で壊してしまう。何かあったから不幸なのではない。それに負けるか、より幸福になるチャンスにするか、自分しだいである。
平3・5・25
☆100文字の幸福抄
素晴らしい恋愛は、
誠実で成熟した
「自立した個人」の間にこそ生まれる。
だからこそ
自分を磨くことが大切なのだ。
本当の愛情は、もたれ合いではない。
本当の恋愛をするなら、
本気で自分をつくるのだ。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.043 全員が勝利の王者に
北風に胸張り、新たな歴史を開きゆく、勇敢なる日々の挑戦、本当にありがとう!
私の心には、いつも恩師の慈顔がある。あの豪放磊落な戸田先生の声が響く。
「大作、戦いは、いよいよ、これからだ!
楽しく、また断固として、一緒に戦おうじやないか!」
「途中に何かあろうが、最後に勝て! 断じて勝て! 最後に勝てば、全部、勝利なのだ」
一緒に広宣流布のために戦おう! 全員が勝利の王者となり、幸福の女王となって、この人生を生き抜こう!。
決意は力なり。
決意は栄光なり。
人生と社会の舞台で、勝つために、大事なのは「気迫」だ。その「気迫」は、祈って御本尊からいただくのだ。
御聖訓には仰せである。
『おのおの日蓮の弟子と名乗る人々は、一人も臆する心を起こしてはならない』(P910、通解)
ピンチの時こそ、心が負けないことである。
偉くなる人間は、いろいろな経験をして、それを乗り越えて偉大になるのだ。
過去は過去だ。後ろは振り向かずに、前を見るのだ。
戦いは、戦い切れば、勝ちだ。その人が勝ったのだ。
幸せな人生とは何か。
それは、使命に生きることだ。広宣流布という永遠の法則に則って生きることだ。どんな時も、信念と朗らかさを持って生きることである。
妙法の人に悲嘆などない。強い心で、明るく進むのだ。
わが友よ、悪戦苦闘を突き抜けて、信心の力で勝利を!
栄光の創価の大道を、晴れ晴れと歩みゆけ!
一日を決める!
きょうの行動が
永遠の思い出を創る!
わが使命を果たせ!
諸法実相抄 P1360
『ほめられぬれば我が身の損ずるをもかへりみず、そしられぬる時は又我が身のやぶるるをもしらず、ふるまふ事は凡夫のことはざなり』
◇希望の明日へ
「喜び」−−何があっても楽しく。
「節度」−−いつも良識を基準に。
「平静」−−焦らず、くよくよせず、堂々と落ち着いて生きる。
そうすれば、いつも健康でいられる。これは人生の幸福の条件ともいえよう。何かあるとすぐに動揺し、疑い、悲しむ。そうした弱さが、せっかくの幸福を自分で壊してしまう。何かあったから不幸なのではない。それに負けるか、より幸福になるチャンスにするか、自分しだいである。
平3・5・25
☆100文字の幸福抄
素晴らしい恋愛は、
誠実で成熟した
「自立した個人」の間にこそ生まれる。
だからこそ
自分を磨くことが大切なのだ。
本当の愛情は、もたれ合いではない。
本当の恋愛をするなら、
本気で自分をつくるのだ。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.043 全員が勝利の王者に
北風に胸張り、新たな歴史を開きゆく、勇敢なる日々の挑戦、本当にありがとう!
私の心には、いつも恩師の慈顔がある。あの豪放磊落な戸田先生の声が響く。
「大作、戦いは、いよいよ、これからだ!
楽しく、また断固として、一緒に戦おうじやないか!」
「途中に何かあろうが、最後に勝て! 断じて勝て! 最後に勝てば、全部、勝利なのだ」
一緒に広宣流布のために戦おう! 全員が勝利の王者となり、幸福の女王となって、この人生を生き抜こう!。
決意は力なり。
決意は栄光なり。
人生と社会の舞台で、勝つために、大事なのは「気迫」だ。その「気迫」は、祈って御本尊からいただくのだ。
御聖訓には仰せである。
『おのおの日蓮の弟子と名乗る人々は、一人も臆する心を起こしてはならない』(P910、通解)
ピンチの時こそ、心が負けないことである。
偉くなる人間は、いろいろな経験をして、それを乗り越えて偉大になるのだ。
過去は過去だ。後ろは振り向かずに、前を見るのだ。
戦いは、戦い切れば、勝ちだ。その人が勝ったのだ。
幸せな人生とは何か。
それは、使命に生きることだ。広宣流布という永遠の法則に則って生きることだ。どんな時も、信念と朗らかさを持って生きることである。
妙法の人に悲嘆などない。強い心で、明るく進むのだ。
わが友よ、悪戦苦闘を突き抜けて、信心の力で勝利を!
栄光の創価の大道を、晴れ晴れと歩みゆけ!
2012.12.14 わが友に贈る
勇気ある信心こそ
沖縄健児の魂!
真実の楽土建設へ
大誠実で語り抜け!
大情熱で舞いに舞え!
弟子檀那中への御状 P177
『定めて日蓮が弟子檀那流罪死罪一定ならん少しも之を驚くこと莫れ方方への強言申すに及ばず是併ながら而強毒之の故なり、日蓮庶幾せしむる所に候、各各用心有る可し少しも妻子眷属を憶うこと莫れ権威を恐るること莫れ、今度生死の縛を切つて仏果を遂げしめ給え』
◇希望の明日へ
人生は劇である。劇には喜劇と悲劇がある。その定義は、どう違うのか。それは、いたって明快である。"結末が幸福なら喜劇、結末が不幸なら悲劇"と。大変わかりやすい。途中は関係ないのである。人生もまた、結末いかんで悲劇にもなれば、喜劇にもなる。人生の途中の姿だけを見て、うらやましがったり、反対にバカにしたりする。それでは、人生の真実はわからない。たとえ途中が、良いように見えても、最後にどうなるかはわからない。その"最終の勝利"のための信仰である。
平3・3・9
☆100文字の幸福抄
自身のなかに眠っているものを、
触発し、磨き顕してくれる
「出会い」をもてるかどうかが、
人生にあって重大な意味をもつ。
よき「出会い」を重ねていく人こそ、
最高の人生の輝きを獲得できる
幸福博士である。
☆我らの勝利の大道No.091 広布大願に走る
◇立ち向かう底力を
先日も、東日本大震災で被災され、福島県から茨城県に避難されているご夫妻の活躍を、妻と伺った。
先の見えない現実がある。その言うに言われぬ思いを笑顔で包み、「自分のできることから」と、近所の草むしりやゴミ拾い等を続けてこられた。避難生活の中で信頼と友好を広げることは容易ではない。だが、夫妻は今日も、近隣の方と挨拶を交わし、地道に対話を重ねながら、今住む地域の同志と前進されている。
この健気な友を見よ。
この麗しき家族を見よ。
大震災に屈しない、この東北健児の底力を見よ!
「大震災に立ち向かう姿を見せることが使命だと思って、頑張っています」と夫妻は語られる。草むしりで泥のついた、その手のひらを私は固く握り、讃嘆して差し上げたいのだ。
日本全国、全世界、我ら戦う同志の心は、いつも、つながっている。この最極の人間の絆がある限り、断じて負けることはない。
ルネサンス時代の万能の巨人レオナルド・ダ・ビンチは叫んだ。
「困難なにものぞ。努力の前には如何なる困難もなし」
わが愛する「創価ルネサンス」の旗手だちよ、どんな困難も恐れるな!
我らには「勇猛精進」の努力がある。最強無敵の「法華経の兵法」がある。
『日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし』(P1463)
この御金言通りに、我らは勇気と団結の「黄金の心」で戦う!
そして、共々に、永遠に不滅の「正義の師弟城」を勝ち築こうではないか!
団結の
創価の同志は
輝きて
勝利の歴史を
三世に残せや
沖縄健児の魂!
真実の楽土建設へ
大誠実で語り抜け!
大情熱で舞いに舞え!
弟子檀那中への御状 P177
『定めて日蓮が弟子檀那流罪死罪一定ならん少しも之を驚くこと莫れ方方への強言申すに及ばず是併ながら而強毒之の故なり、日蓮庶幾せしむる所に候、各各用心有る可し少しも妻子眷属を憶うこと莫れ権威を恐るること莫れ、今度生死の縛を切つて仏果を遂げしめ給え』
◇希望の明日へ
人生は劇である。劇には喜劇と悲劇がある。その定義は、どう違うのか。それは、いたって明快である。"結末が幸福なら喜劇、結末が不幸なら悲劇"と。大変わかりやすい。途中は関係ないのである。人生もまた、結末いかんで悲劇にもなれば、喜劇にもなる。人生の途中の姿だけを見て、うらやましがったり、反対にバカにしたりする。それでは、人生の真実はわからない。たとえ途中が、良いように見えても、最後にどうなるかはわからない。その"最終の勝利"のための信仰である。
平3・3・9
☆100文字の幸福抄
自身のなかに眠っているものを、
触発し、磨き顕してくれる
「出会い」をもてるかどうかが、
人生にあって重大な意味をもつ。
よき「出会い」を重ねていく人こそ、
最高の人生の輝きを獲得できる
幸福博士である。
☆我らの勝利の大道No.091 広布大願に走る
◇立ち向かう底力を
先日も、東日本大震災で被災され、福島県から茨城県に避難されているご夫妻の活躍を、妻と伺った。
先の見えない現実がある。その言うに言われぬ思いを笑顔で包み、「自分のできることから」と、近所の草むしりやゴミ拾い等を続けてこられた。避難生活の中で信頼と友好を広げることは容易ではない。だが、夫妻は今日も、近隣の方と挨拶を交わし、地道に対話を重ねながら、今住む地域の同志と前進されている。
この健気な友を見よ。
この麗しき家族を見よ。
大震災に屈しない、この東北健児の底力を見よ!
「大震災に立ち向かう姿を見せることが使命だと思って、頑張っています」と夫妻は語られる。草むしりで泥のついた、その手のひらを私は固く握り、讃嘆して差し上げたいのだ。
日本全国、全世界、我ら戦う同志の心は、いつも、つながっている。この最極の人間の絆がある限り、断じて負けることはない。
ルネサンス時代の万能の巨人レオナルド・ダ・ビンチは叫んだ。
「困難なにものぞ。努力の前には如何なる困難もなし」
わが愛する「創価ルネサンス」の旗手だちよ、どんな困難も恐れるな!
我らには「勇猛精進」の努力がある。最強無敵の「法華経の兵法」がある。
『日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし』(P1463)
この御金言通りに、我らは勇気と団結の「黄金の心」で戦う!
そして、共々に、永遠に不滅の「正義の師弟城」を勝ち築こうではないか!
団結の
創価の同志は
輝きて
勝利の歴史を
三世に残せや
2012年12月13日木曜日
2012.12.13 わが友に贈る
さあ挑戦だ!
青春の大闘争を
痛快に勝ち飾れ!
広宣流布の一切は
わが青年部に託す!
御講聞書 P833
『法華経の行者は蓮華の泥水に染まざるが如し、但だ唯一大事の南無妙法蓮華経を弘通するを本とせり』
◇希望の明日へ
"悪戦苦闘"がなく、何の難も労苦もない人生。確かに、それは楽に思われる。しかし、ちょうど、外気にも触れず皮膚を鍛えていない赤ん坊が、病弱な子どもに育ってしまうように、鍛えのない人生、鍛えのない心に甘んじていては、本当の幸福をつかめるはずがない。幸福は、何ものをも堂々と乗り越えていける確固たる自分自身の胸中にあるからだ。その意味で、むしろ、何かで苦労を重ね、自分を鍛えていけること自体、幸せなことなのである。
平3・3・4
☆100文字の幸福抄
この人生、友情をこそ、私は信ずる。
友情をこそ、誇りとする。
相手を人間として、
心から「好きだ」という感情は、
いわば魂と魂の交響であり、
人間性の精髄に通じる。
そこには他の何ものも介在する余地がない。
☆我らの勝利の大道No.091 広布大願に走る
◇なぜ挑戦が大切か
「七十五万世帯」を達成した弟子に、戸田先生は、新たな目標として「三百万世帯」と宣言された。
なぜ、現実社会の真っ直中で、労を惜しまず「広宣流布」「立正安国」の挑戦を続けるのか。
その意義を、恩師は故郷の北海道の同志に語ってくださったことがある。
第一に、地域と社会への貢献を果たしながら、多くの人びとと仏縁を結んで、自他共に功徳を広げていくことができる。
第二に、戦いを通して組織の隅々まで力を痩らせ、異体同心のスクラムを強くすることができる。
第三に、目標に向かい、一人ひとりが「自分らしく悔いなく戦い切った」と御本尊に報告できる清々しい歴史を残し、勝利の喜びをつかめる。
使命の激戦を一つ一つ、勝ち越えながら、わが同志が「功徳」と「和楽」と「歓喜」の実証を、いやまして仲良く賢く、朗らかに開いていくことが、先生の願いであられたのだ。
師の遺訓となった三百万世帯の夢は、弟子の報恩の奔走、そして青年の果敢なる突破力によって、わずか五年にして達成された。
五十年前の昭和三十七年(一九六二年)の十一月であった。
半世紀を経て、今や学会は「三類の強敵」の一切の大難を勝ち越え、栄光輝く「民衆勝利の大城」と聳え立った。後継の地涌の青年は澎湃と躍り出て、「一閻浮提広布」の未来を洋々と展望する時代を迎えた。
どんなに、日蓮大聖人が、また戸田先生が喜ばれていることか。
◇一人残らず幸福に
大聖人が『日本六十六箇国・二つの島』『国国・郡郡・郷郷・里里・村村』などと表現された御文がある(P1331)。
日本列島の隅々まで広大な御境涯に包まれながら、庶民が暮らす小さな地域共同体にも目を注がれていたといえようか。
さらに『五畿(山城・大和・河内・和泉・摂津)・七道(東海・東山・北陸・山陰・山陽・南海・西海)・郡は五百八十六・郷は三千七百二十九』(P1072)とも記されている。
人口についても『男は十九億九万四千八百二十八人・女は二十九億九万四千八百二十人』、合わせて『四十九億八万九千六百五十八人』等と詳細に書き留められている。
ここでの「億」は、今と違って「十万」に当たる。大聖人は、当時の日本の全人口を約五百万人と見ておられたことになる。
私か感動するのは、大聖人が地域や人口を「一桁」の数まで掌握され、胸中に収められていることだ。
そこに、「どんな小さな村々も残らず安穏にしていくのだ」「一人も残らず幸福にしていくのだ」との執念とも思える甚深のお心が拝されてならない。
わが学会の最優秀の統監部の皆様方の人知れぬ奮闘も、この大聖人の御精神に真っ直ぐ連なっている。
ともあれ、どれほど広宣流布が拡大しても、一番大事なのは、それぞれの地域で懸命に生き抜く庶民であり、その「一人」である。
そして、北海道、東北、関東、東京、東海道、信越、北陸、中部、関西、中国、四国、九州、沖縄──どの方面、どの地域も、大切な大切な広布の舞台である。
大聖人のお心のままに、私たちは徹して「一人」に光を当て、共に対話し、共に励まし合い、すべての地域が共に栄える、よりよき社会を建設していくのだ。
青春の大闘争を
痛快に勝ち飾れ!
広宣流布の一切は
わが青年部に託す!
御講聞書 P833
『法華経の行者は蓮華の泥水に染まざるが如し、但だ唯一大事の南無妙法蓮華経を弘通するを本とせり』
◇希望の明日へ
"悪戦苦闘"がなく、何の難も労苦もない人生。確かに、それは楽に思われる。しかし、ちょうど、外気にも触れず皮膚を鍛えていない赤ん坊が、病弱な子どもに育ってしまうように、鍛えのない人生、鍛えのない心に甘んじていては、本当の幸福をつかめるはずがない。幸福は、何ものをも堂々と乗り越えていける確固たる自分自身の胸中にあるからだ。その意味で、むしろ、何かで苦労を重ね、自分を鍛えていけること自体、幸せなことなのである。
平3・3・4
☆100文字の幸福抄
この人生、友情をこそ、私は信ずる。
友情をこそ、誇りとする。
相手を人間として、
心から「好きだ」という感情は、
いわば魂と魂の交響であり、
人間性の精髄に通じる。
そこには他の何ものも介在する余地がない。
☆我らの勝利の大道No.091 広布大願に走る
◇なぜ挑戦が大切か
「七十五万世帯」を達成した弟子に、戸田先生は、新たな目標として「三百万世帯」と宣言された。
なぜ、現実社会の真っ直中で、労を惜しまず「広宣流布」「立正安国」の挑戦を続けるのか。
その意義を、恩師は故郷の北海道の同志に語ってくださったことがある。
第一に、地域と社会への貢献を果たしながら、多くの人びとと仏縁を結んで、自他共に功徳を広げていくことができる。
第二に、戦いを通して組織の隅々まで力を痩らせ、異体同心のスクラムを強くすることができる。
第三に、目標に向かい、一人ひとりが「自分らしく悔いなく戦い切った」と御本尊に報告できる清々しい歴史を残し、勝利の喜びをつかめる。
使命の激戦を一つ一つ、勝ち越えながら、わが同志が「功徳」と「和楽」と「歓喜」の実証を、いやまして仲良く賢く、朗らかに開いていくことが、先生の願いであられたのだ。
師の遺訓となった三百万世帯の夢は、弟子の報恩の奔走、そして青年の果敢なる突破力によって、わずか五年にして達成された。
五十年前の昭和三十七年(一九六二年)の十一月であった。
半世紀を経て、今や学会は「三類の強敵」の一切の大難を勝ち越え、栄光輝く「民衆勝利の大城」と聳え立った。後継の地涌の青年は澎湃と躍り出て、「一閻浮提広布」の未来を洋々と展望する時代を迎えた。
どんなに、日蓮大聖人が、また戸田先生が喜ばれていることか。
◇一人残らず幸福に
大聖人が『日本六十六箇国・二つの島』『国国・郡郡・郷郷・里里・村村』などと表現された御文がある(P1331)。
日本列島の隅々まで広大な御境涯に包まれながら、庶民が暮らす小さな地域共同体にも目を注がれていたといえようか。
さらに『五畿(山城・大和・河内・和泉・摂津)・七道(東海・東山・北陸・山陰・山陽・南海・西海)・郡は五百八十六・郷は三千七百二十九』(P1072)とも記されている。
人口についても『男は十九億九万四千八百二十八人・女は二十九億九万四千八百二十人』、合わせて『四十九億八万九千六百五十八人』等と詳細に書き留められている。
ここでの「億」は、今と違って「十万」に当たる。大聖人は、当時の日本の全人口を約五百万人と見ておられたことになる。
私か感動するのは、大聖人が地域や人口を「一桁」の数まで掌握され、胸中に収められていることだ。
そこに、「どんな小さな村々も残らず安穏にしていくのだ」「一人も残らず幸福にしていくのだ」との執念とも思える甚深のお心が拝されてならない。
わが学会の最優秀の統監部の皆様方の人知れぬ奮闘も、この大聖人の御精神に真っ直ぐ連なっている。
ともあれ、どれほど広宣流布が拡大しても、一番大事なのは、それぞれの地域で懸命に生き抜く庶民であり、その「一人」である。
そして、北海道、東北、関東、東京、東海道、信越、北陸、中部、関西、中国、四国、九州、沖縄──どの方面、どの地域も、大切な大切な広布の舞台である。
大聖人のお心のままに、私たちは徹して「一人」に光を当て、共に対話し、共に励まし合い、すべての地域が共に栄える、よりよき社会を建設していくのだ。
2012年12月12日水曜日
2012.12.12 わが友に贈る
関東の誇り高き友よ!
我らの敢闘精神とは
執念の祈りと行動だ!
異体同心の突破力だ!
堂々たる創価の旗を。
開目抄上 P192
『仏法を学せん人知恩報恩なかるべしや、仏弟子は必ず四恩をしつて知恩報恩をいたすべし』
◇希望の明日へ
仏典に"人のため灯をともせば、自分の前も明るくなる"とある。他の人のために、生命の火を燃やしていけば、自分も温かくなり、明るくなっていく。内側から輝いてくる。その人が教養のある人である。幸せな人である。死や老いを前にしても、たじろがない勇気をもてる人である。
『主婦と生活』平3・1月号
☆100文字の幸福抄
よき友人をもっている人は
強力な「補助エンジン」をつけているようなものだ。
苦しい坂でも励まし合って
力強く進んでいける。
友情は互いに刺激し合い、
人生を向上させ、彩りを宰える。
友人のいる人は「豊かな人」なのだ。
☆我らの勝利の大道No.091 広布大願に走る
◇戦いの中で強くなれ!
「生きるということは、人間の中で生きることだ。人間の中で生きるということは、戦うということだ」
この言葉は、フィリピンの英雄ホセ・リサールの大闘争の雄姿を彷彿させる。
人生は戦いだ。自然界も、社会も、あらゆる次元で戦いの連続である。
戦うからこそ、生命の飛躍がある。発光がある。
光栄にも、今回、この英雄の精神を継承するリサール協会から「ゴールデンハー卜賞」を授与いただき、フィリピンSGIの同志と共に拝受した。
「ゴールデンハート」つまり「黄金の心」である。
それは、何ものにも壊されず、決して朽ち果てることのない、「真金」の魂ともいえよう。
日蓮大聖人は、『金は・やけば真金となる』(P1083)と仰せである。
試練に遭うごとに、いよいよ強くなり、いよいよ輝きを増す。これが、我らの「黄金の心」だ。
誓願を
共に果たさむ
師弟不二
「御義口伝」に宣わく、
『大願とは法華弘通なり』(P736)と。
昭和二十六年(一九五一年)の晴れやかな五月三日、第二代会長就任式で、わが師・戸田城聖先生は、「七十五万世帯の折伏」を師子吼された。
多くの友は"夢物語"と聞いたかもしれない。
◇師弟共戦の呼吸で
しかし私は、師の誓願を全身で受け止め、わが誓いとして燃え上がらせた。
翌年(昭和二十七年)の初め、思うように弘教が進まないなか、師が言われた。
「大作、君が立ち上がってくれないか」
「わかりました。先生がびっくりするような折伏の攻勢に転じてご覧にいれます。先生はゆっくりと見ていてください」
この深き師弟共戦の呼吸から、蒲田支部で1ヵ月の弘教二百一世帯という拡大の歴史も始まったのだ。
蒲田の「二月闘争」を起点に、東京、北海道、関西、中国と、拡大の潮流は、うねりをあげていった。
大躍進の姿に、戸田先生の喜びは、ひとしおであった。師の喜ぶ顔ほど、最高の勲章はない。
そして、昭和三十二年(一九五七年)の十二月、師の誓願であり念願であった、偉大なる七十五万世帯の金字塔は、遂に堂々と打ち立てられたのである。
あれから、五十五星霜。この厳寒の師走も、わが友は、広宣流布の誓願に燃え、"師と共に"と走り抜いてくれている。こんなに嬉しく、有り難いことはない。
大聖人は、相模国(現在の神奈川県)を主戦場とした、「立正安国」の法戦の中で述懐なされている。
『但偏に国の為法の為人の為にして身の為に之を申さず』(P35)
国土の安穏、正法正義の興隆、そして民衆の幸福。ここに、御本仏の「毎自作是念」(毎(つね)に自ら是の念を作(な)す)があられた。
この御一念に、そのまま直結して行動し抜いているのが、創価の師弟である。
だから強い。だから何ものにも屈しない。
たとえ権力や人気があろうが、いかに外面を飾ろうが、その心根が卑しい一身の我利我欲であれば、いずれ庶民の賢者から鋭く見破られ、歴史の厳しい審判を免れないであろう。
そうした浅ましい名聞名利の姿を悠然と見下ろしながら、我らは、どこまでも民衆と共に生き抜く。
最も誇り高音「人間の王道」を、宇宙で無上の「生命の正道」を、堂々と進み切っていくのだ。
我らの敢闘精神とは
執念の祈りと行動だ!
異体同心の突破力だ!
堂々たる創価の旗を。
開目抄上 P192
『仏法を学せん人知恩報恩なかるべしや、仏弟子は必ず四恩をしつて知恩報恩をいたすべし』
◇希望の明日へ
仏典に"人のため灯をともせば、自分の前も明るくなる"とある。他の人のために、生命の火を燃やしていけば、自分も温かくなり、明るくなっていく。内側から輝いてくる。その人が教養のある人である。幸せな人である。死や老いを前にしても、たじろがない勇気をもてる人である。
『主婦と生活』平3・1月号
☆100文字の幸福抄
よき友人をもっている人は
強力な「補助エンジン」をつけているようなものだ。
苦しい坂でも励まし合って
力強く進んでいける。
友情は互いに刺激し合い、
人生を向上させ、彩りを宰える。
友人のいる人は「豊かな人」なのだ。
☆我らの勝利の大道No.091 広布大願に走る
◇戦いの中で強くなれ!
「生きるということは、人間の中で生きることだ。人間の中で生きるということは、戦うということだ」
この言葉は、フィリピンの英雄ホセ・リサールの大闘争の雄姿を彷彿させる。
人生は戦いだ。自然界も、社会も、あらゆる次元で戦いの連続である。
戦うからこそ、生命の飛躍がある。発光がある。
光栄にも、今回、この英雄の精神を継承するリサール協会から「ゴールデンハー卜賞」を授与いただき、フィリピンSGIの同志と共に拝受した。
「ゴールデンハート」つまり「黄金の心」である。
それは、何ものにも壊されず、決して朽ち果てることのない、「真金」の魂ともいえよう。
日蓮大聖人は、『金は・やけば真金となる』(P1083)と仰せである。
試練に遭うごとに、いよいよ強くなり、いよいよ輝きを増す。これが、我らの「黄金の心」だ。
誓願を
共に果たさむ
師弟不二
「御義口伝」に宣わく、
『大願とは法華弘通なり』(P736)と。
昭和二十六年(一九五一年)の晴れやかな五月三日、第二代会長就任式で、わが師・戸田城聖先生は、「七十五万世帯の折伏」を師子吼された。
多くの友は"夢物語"と聞いたかもしれない。
◇師弟共戦の呼吸で
しかし私は、師の誓願を全身で受け止め、わが誓いとして燃え上がらせた。
翌年(昭和二十七年)の初め、思うように弘教が進まないなか、師が言われた。
「大作、君が立ち上がってくれないか」
「わかりました。先生がびっくりするような折伏の攻勢に転じてご覧にいれます。先生はゆっくりと見ていてください」
この深き師弟共戦の呼吸から、蒲田支部で1ヵ月の弘教二百一世帯という拡大の歴史も始まったのだ。
蒲田の「二月闘争」を起点に、東京、北海道、関西、中国と、拡大の潮流は、うねりをあげていった。
大躍進の姿に、戸田先生の喜びは、ひとしおであった。師の喜ぶ顔ほど、最高の勲章はない。
そして、昭和三十二年(一九五七年)の十二月、師の誓願であり念願であった、偉大なる七十五万世帯の金字塔は、遂に堂々と打ち立てられたのである。
あれから、五十五星霜。この厳寒の師走も、わが友は、広宣流布の誓願に燃え、"師と共に"と走り抜いてくれている。こんなに嬉しく、有り難いことはない。
大聖人は、相模国(現在の神奈川県)を主戦場とした、「立正安国」の法戦の中で述懐なされている。
『但偏に国の為法の為人の為にして身の為に之を申さず』(P35)
国土の安穏、正法正義の興隆、そして民衆の幸福。ここに、御本仏の「毎自作是念」(毎(つね)に自ら是の念を作(な)す)があられた。
この御一念に、そのまま直結して行動し抜いているのが、創価の師弟である。
だから強い。だから何ものにも屈しない。
たとえ権力や人気があろうが、いかに外面を飾ろうが、その心根が卑しい一身の我利我欲であれば、いずれ庶民の賢者から鋭く見破られ、歴史の厳しい審判を免れないであろう。
そうした浅ましい名聞名利の姿を悠然と見下ろしながら、我らは、どこまでも民衆と共に生き抜く。
最も誇り高音「人間の王道」を、宇宙で無上の「生命の正道」を、堂々と進み切っていくのだ。
2012年12月11日火曜日
2012.12.11 わが友に贈る
志燃える四国こそ
平和革命の電源地だ!
勇敢に一人立て!
真実の魂の叫びは
必ず万波と広がる!
上野殿御消息 P1527
『生落されて乳をのむ事一百八十余石三年が間は父母の膝に遊び人となりて仏教を信ずれば先づ此の父と母との恩を報ずべし』
◇希望の明日へ
どんな状況にあっても、"楽しみ"をつくっていける−−その人こそ、幸福である。そうなれるための信仰である。
平3・1・23
☆100文字の幸福抄
桜は桜、梅は梅と、
そのままの姿で最高に美しい。
人間も同じで、誰一人として使命のない人はいない。
希望さえ失わなければ、
その人でしか、もちえない、
最高の輝きを放ちながら、
自分らしい人生を送ることができる。
☆太陽の励まし 池田名誉会長と誓いの同志No.12 会おう!今しかない 千葉
◇君の故郷に行くよ
「野田は、非常に活気のある街です」。名誉会長が、そう言って話し始めた。
72年3月10日、千葉・野田市を初訪問。同市は日本最大のしょうゆの生産地として知られ、工場や物流拠点の誘致、宅地化も進み、急速な発展を続けていた。
「野田にもいよいよ、皆さん方の春がやってきた」
「仲良く、微動だにしない信心で、和合の地域を築いていってください」「明るく伸び伸びと、地域の人々に信頼され、尊敬されながら、新たな自覚で進んでください」
"広布即地域貢献"の方程式を教えたのである。
名誉会長を迎えた市内の会場。その最前列には、当時、創価高校1年生の櫻田秀樹さん、母・ヤヱ子さん、祖母・徳栄さんが並んでいた。
"やっぱり先生は約束を守ってくださった"ーー秀樹さんは感激でいっぱいだった。
"約束"は、68年(昭和43年)12月21日にさかのぼる。
そうか学園の英香料で、中学・高校1期の寮生を囲み、創立者の名誉会長との懇談会が開かれた。
野田市の実家を離れ、寮生活を送っていた中学1年の秀樹さんは、会場となった食堂の最前列左側にいた。
懇談が終わり。全員で外に出ようとする時、席を立った名誉会長が偶然、目の前に。
桜田さんは思い切って言った。「池田先生、皆がお待ちしていますから、野田に来てください!」
そう言葉が口について出たのには、訳がある。
小学校の教員を務めながら、女で一つで育て、学園に送り出してくれた母・ヤヱ子さんの苦労は、よく分かっていた。何度も激励してくれ、合格を喜んでくれた未来部の担当者や、地域の同志のことも、頭から離れなかった。
名誉会長は秀樹さんに行った。「いつか君の故郷を訪れて、君を育ててくれたお母さんの労苦を、心からねぎらいたい」「必ず行くよ!」
野田訪問には、一人の少年との"約束"を果たす意味も込められていたのである。
野田への滞在中、天空に美しい七色の虹がかかった。
名誉会長は詠んだ。
「栄光の 虹かかりけり 野田の友」
その後、櫻田さんの母・ヤヱ子さんは小学校の校長に。
秀樹さんも教員の道を選び、親子2代で小学校の校長。総県教育部長を務める。教育者の一人として、名誉会長の「励ましの哲学」を、ひしひしと、かみしめている。
「3時間かけても何も生まれないことがあれば、先生のように、たった5分で、人生を決めるような出会いを結ぶこともできます。
信じ、受け止め、励まし、心を結ぶ。先生に教えていただいたことを、自分の立場でやり続けたいと思います」
名誉会長は、千葉の友に呼び掛けたことがある。
「時は帰らない。時は矢の如く飛び去る。ゆえに、一日一日が連続的な真剣勝負と、自覚すべきであろう」
その思いで、師匠は、千葉の天地に広布の足跡をしるしていった。
今、使命深き同志も、同じ決心で走る。創価栄光の旭日を仰ぎ見るために!
平和革命の電源地だ!
勇敢に一人立て!
真実の魂の叫びは
必ず万波と広がる!
上野殿御消息 P1527
『生落されて乳をのむ事一百八十余石三年が間は父母の膝に遊び人となりて仏教を信ずれば先づ此の父と母との恩を報ずべし』
◇希望の明日へ
どんな状況にあっても、"楽しみ"をつくっていける−−その人こそ、幸福である。そうなれるための信仰である。
平3・1・23
☆100文字の幸福抄
桜は桜、梅は梅と、
そのままの姿で最高に美しい。
人間も同じで、誰一人として使命のない人はいない。
希望さえ失わなければ、
その人でしか、もちえない、
最高の輝きを放ちながら、
自分らしい人生を送ることができる。
☆太陽の励まし 池田名誉会長と誓いの同志No.12 会おう!今しかない 千葉
◇君の故郷に行くよ
「野田は、非常に活気のある街です」。名誉会長が、そう言って話し始めた。
72年3月10日、千葉・野田市を初訪問。同市は日本最大のしょうゆの生産地として知られ、工場や物流拠点の誘致、宅地化も進み、急速な発展を続けていた。
「野田にもいよいよ、皆さん方の春がやってきた」
「仲良く、微動だにしない信心で、和合の地域を築いていってください」「明るく伸び伸びと、地域の人々に信頼され、尊敬されながら、新たな自覚で進んでください」
"広布即地域貢献"の方程式を教えたのである。
名誉会長を迎えた市内の会場。その最前列には、当時、創価高校1年生の櫻田秀樹さん、母・ヤヱ子さん、祖母・徳栄さんが並んでいた。
"やっぱり先生は約束を守ってくださった"ーー秀樹さんは感激でいっぱいだった。
"約束"は、68年(昭和43年)12月21日にさかのぼる。
そうか学園の英香料で、中学・高校1期の寮生を囲み、創立者の名誉会長との懇談会が開かれた。
野田市の実家を離れ、寮生活を送っていた中学1年の秀樹さんは、会場となった食堂の最前列左側にいた。
懇談が終わり。全員で外に出ようとする時、席を立った名誉会長が偶然、目の前に。
桜田さんは思い切って言った。「池田先生、皆がお待ちしていますから、野田に来てください!」
そう言葉が口について出たのには、訳がある。
小学校の教員を務めながら、女で一つで育て、学園に送り出してくれた母・ヤヱ子さんの苦労は、よく分かっていた。何度も激励してくれ、合格を喜んでくれた未来部の担当者や、地域の同志のことも、頭から離れなかった。
名誉会長は秀樹さんに行った。「いつか君の故郷を訪れて、君を育ててくれたお母さんの労苦を、心からねぎらいたい」「必ず行くよ!」
野田訪問には、一人の少年との"約束"を果たす意味も込められていたのである。
野田への滞在中、天空に美しい七色の虹がかかった。
名誉会長は詠んだ。
「栄光の 虹かかりけり 野田の友」
その後、櫻田さんの母・ヤヱ子さんは小学校の校長に。
秀樹さんも教員の道を選び、親子2代で小学校の校長。総県教育部長を務める。教育者の一人として、名誉会長の「励ましの哲学」を、ひしひしと、かみしめている。
「3時間かけても何も生まれないことがあれば、先生のように、たった5分で、人生を決めるような出会いを結ぶこともできます。
信じ、受け止め、励まし、心を結ぶ。先生に教えていただいたことを、自分の立場でやり続けたいと思います」
名誉会長は、千葉の友に呼び掛けたことがある。
「時は帰らない。時は矢の如く飛び去る。ゆえに、一日一日が連続的な真剣勝負と、自覚すべきであろう」
その思いで、師匠は、千葉の天地に広布の足跡をしるしていった。
今、使命深き同志も、同じ決心で走る。創価栄光の旭日を仰ぎ見るために!
2012年12月10日月曜日
2012.12.10 わが友に贈る
新聞休刊日
御義口伝巻上 P716
『我等が頭は妙なり喉は法なり胸は蓮なり胎は華なり足は経なり此の五尺の身妙法蓮華経の五字なり』
◇希望の明日へ
人生に"何か"を残せる人は、幸せである。永遠の歴史を残せる人は、さらに幸せである。周囲の変化に動ずることなく、ひとたび築き始めた"わが塔"を完成するまで戦う−−栄光と満足は、その人のものである。
平3・1・19
☆100文字の幸福抄
心の定まった女性は強い。
信念に生きる女性は人格が光り、
善悪をきちんと見極める。
たとえ、ひとたびは負けたように見えても、
最後は人間としての勝利者と輝く。
周囲がどうあれ、
信念に生き抜いた人が勝ちである。
☆太陽の励まし 池田名誉会長と誓いの同志No.12 会おう!今しかない 千葉
「たった一瞬の出会いが、一生を決める場合がある。たった一言が、人生の転機にもなる」
「ゆえに私は、生命のアンテナを研ぎ澄まし、『今しかない』『今しかない』と、一人また一人と、出会いを重ねてきた」
「随筆 昇りゆく千葉の旭日」の一節である。池田名誉会長と千葉の同志の絆は硬く、そして強い。
食料の買出しに、千葉市の幕張を訪れたのは17歳。敗戦直後の秋だった。名誉会長の本家のルーツは「千葉庄池田郷」、千葉城の周辺であったとされる。
足跡は、千葉市に加え、全県に刻まれる。その隅々に、励ましの温もりが生きている。
◇菜の花、ありがとう
「これから雨脚が強くなる予報です。鼓笛隊は小さい子が多いので、帰ってください。絶対無事故のためです」。役員からそう告げられていた鼓笛隊の千葉責任者・西郡喜代乃さんは、"みんなにどう伝えれば・・・"と困り果てていた。
1969年(昭和44年)3月30日、市原市臨海体育館。名誉会長が出席する記念撮影会で、演奏するはずだった。練習を重ね、衣装も整い、後は本番を待つだけなのに・・・。
西郡さんは意を決して、皆に帰ることを告げた。
それでも"池田先生に、鼓笛隊がいたことを知ってほしい"との思いは消えない。リーダーたちで相談し、花を届けることを決めた。
大塚信子さんが急ぎ手配した、千葉の県花・菜の花を幹部に託す。そして貸し切りバスで千葉会館に戻った。悔し涙が、車中にあふれていた。
会館に着き、解散。だが西郡さんには、バス代を清算する仕事が残っていた。再び会館に行き、館内の受付にいた。その時である。
名誉会長が階段を下りてきた。記念撮影を終え、千葉会館に戻った後、会館をたつところだった。
西郡さんは慌てて「こんばんは!鼓笛隊です!」。
すると明るい声が返った。
「きょうは菜の花、ありがとう!誰が届けてくれたか、すぐにわかったよ」
その一言で、西郡さんは全てが報われた気がした。
さらに名誉会長はこう続けた。
「疲れていたけど、あの菜の花を見て、疲れが飛んだよ。本当にうれしかった。私の部屋に飾っておくよ」
西郡さんの目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「きょうは、どんな演奏をしてくれるはずだったんだい?」と名誉会長。
「はい!"さくら変奏曲"と『ビア樽ポルカ』です」
「いい曲だね。聴きたかった。演奏、本当に聴きたかったよ。皆にそう伝えてね」
自宅に帰り、一人一人に伝わるよう、大急ぎで手を尽くした。隊員たちの悔し涙は、感激の涙に一変した。
じつは西郡さんは、この前年にも激励を受けている。
68年(昭和43年)8月25日、都内で開かれた、鼓笛隊との協議会に参加していたのだ。
「この中で、お父さんがいない人は手を挙げてごらん?」と名誉会長。
西郡さんが手を挙げた。
「お母さんがいない人は?」
挙げた手は、そのままだった。
2年前に母を亡くし、1カ月半前に、がんとの闘病の末に父が逝ったばかりだった。
「いかなる苦難が、いよいよ重なろうと、これを乗り切らねばならぬ・・・」。小説『人間革命』第4巻の一節を何度も読み返し、仕事に、広布に、父の看病に、一歩も引かずに歯を食いしばってきた。
「前にいらっしゃい」
名誉会長は、手を挙げた人を前に呼んでくれた。
「先生!『人間革命』の4巻、ありがとうございました。あの本を読んで私は立ち上がりました」と西郡さん。
名誉会長は両親のことを聞きながら、「親がいなくて、信心を貫くことは大変なことなんだ」「頑張るんだよ」。
その眼差しを、西郡さんは忘れることができない。
「どんなことがあっても強く、負けないで、平和と幸福の大道を走りぬく。この"鼓笛隊の心"を。池田名誉会長に教えていただいたのです」
御義口伝巻上 P716
『我等が頭は妙なり喉は法なり胸は蓮なり胎は華なり足は経なり此の五尺の身妙法蓮華経の五字なり』
◇希望の明日へ
人生に"何か"を残せる人は、幸せである。永遠の歴史を残せる人は、さらに幸せである。周囲の変化に動ずることなく、ひとたび築き始めた"わが塔"を完成するまで戦う−−栄光と満足は、その人のものである。
平3・1・19
☆100文字の幸福抄
心の定まった女性は強い。
信念に生きる女性は人格が光り、
善悪をきちんと見極める。
たとえ、ひとたびは負けたように見えても、
最後は人間としての勝利者と輝く。
周囲がどうあれ、
信念に生き抜いた人が勝ちである。
☆太陽の励まし 池田名誉会長と誓いの同志No.12 会おう!今しかない 千葉
「たった一瞬の出会いが、一生を決める場合がある。たった一言が、人生の転機にもなる」
「ゆえに私は、生命のアンテナを研ぎ澄まし、『今しかない』『今しかない』と、一人また一人と、出会いを重ねてきた」
「随筆 昇りゆく千葉の旭日」の一節である。池田名誉会長と千葉の同志の絆は硬く、そして強い。
食料の買出しに、千葉市の幕張を訪れたのは17歳。敗戦直後の秋だった。名誉会長の本家のルーツは「千葉庄池田郷」、千葉城の周辺であったとされる。
足跡は、千葉市に加え、全県に刻まれる。その隅々に、励ましの温もりが生きている。
◇菜の花、ありがとう
「これから雨脚が強くなる予報です。鼓笛隊は小さい子が多いので、帰ってください。絶対無事故のためです」。役員からそう告げられていた鼓笛隊の千葉責任者・西郡喜代乃さんは、"みんなにどう伝えれば・・・"と困り果てていた。
1969年(昭和44年)3月30日、市原市臨海体育館。名誉会長が出席する記念撮影会で、演奏するはずだった。練習を重ね、衣装も整い、後は本番を待つだけなのに・・・。
西郡さんは意を決して、皆に帰ることを告げた。
それでも"池田先生に、鼓笛隊がいたことを知ってほしい"との思いは消えない。リーダーたちで相談し、花を届けることを決めた。
大塚信子さんが急ぎ手配した、千葉の県花・菜の花を幹部に託す。そして貸し切りバスで千葉会館に戻った。悔し涙が、車中にあふれていた。
会館に着き、解散。だが西郡さんには、バス代を清算する仕事が残っていた。再び会館に行き、館内の受付にいた。その時である。
名誉会長が階段を下りてきた。記念撮影を終え、千葉会館に戻った後、会館をたつところだった。
西郡さんは慌てて「こんばんは!鼓笛隊です!」。
すると明るい声が返った。
「きょうは菜の花、ありがとう!誰が届けてくれたか、すぐにわかったよ」
その一言で、西郡さんは全てが報われた気がした。
さらに名誉会長はこう続けた。
「疲れていたけど、あの菜の花を見て、疲れが飛んだよ。本当にうれしかった。私の部屋に飾っておくよ」
西郡さんの目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「きょうは、どんな演奏をしてくれるはずだったんだい?」と名誉会長。
「はい!"さくら変奏曲"と『ビア樽ポルカ』です」
「いい曲だね。聴きたかった。演奏、本当に聴きたかったよ。皆にそう伝えてね」
自宅に帰り、一人一人に伝わるよう、大急ぎで手を尽くした。隊員たちの悔し涙は、感激の涙に一変した。
じつは西郡さんは、この前年にも激励を受けている。
68年(昭和43年)8月25日、都内で開かれた、鼓笛隊との協議会に参加していたのだ。
「この中で、お父さんがいない人は手を挙げてごらん?」と名誉会長。
西郡さんが手を挙げた。
「お母さんがいない人は?」
挙げた手は、そのままだった。
2年前に母を亡くし、1カ月半前に、がんとの闘病の末に父が逝ったばかりだった。
「いかなる苦難が、いよいよ重なろうと、これを乗り切らねばならぬ・・・」。小説『人間革命』第4巻の一節を何度も読み返し、仕事に、広布に、父の看病に、一歩も引かずに歯を食いしばってきた。
「前にいらっしゃい」
名誉会長は、手を挙げた人を前に呼んでくれた。
「先生!『人間革命』の4巻、ありがとうございました。あの本を読んで私は立ち上がりました」と西郡さん。
名誉会長は両親のことを聞きながら、「親がいなくて、信心を貫くことは大変なことなんだ」「頑張るんだよ」。
その眼差しを、西郡さんは忘れることができない。
「どんなことがあっても強く、負けないで、平和と幸福の大道を走りぬく。この"鼓笛隊の心"を。池田名誉会長に教えていただいたのです」
2012年12月9日日曜日
2012.12.09 わが友に贈る
壁を破るのは
「今から」の決意だ!
「これから」の行動だ!
「自分から」の勢いだ!
誓いを果たす人生たれ。
法蓮抄 P1050
『今法華経寿量品を持つ人は諸仏の命を続ぐ人なり、我が得道なりし経を持つ人を捨て給う仏あるべしや、若し此れを捨て給はば仏還つて我が身を捨て給うなるべし』
◇今週のことば
厳寒の中の大奮闘を
諸仏も諸天も讃嘆!
「法華経に勝る兵法なし」
いよいよの信力、行力で
新時代を勝ち開け!
2012年12月09日
◇希望の明日へ
信心は行動である。妙法蓬華経の経にも、広くいえば、行動、振る舞いの意味がある。広布のために動いた分だけ、自身の境涯も、福運も、無限に開けていく。人生それぞれ自由である。どう生きようが、どう遊ぼうが、とやかく言う必要もなければ、とやかく言われる必要もない。それを前提としたうえで、妙法の信仰は、自分自身の深い境涯を開き、深い福運を積み、深い人生を生きていくためのものである。また、縁する人々をも全部、幸福の方向へと導いていける。ゆえに、信仰だけは、"強き信心"に生きぬくべきである。
平2・12・9
☆100文字の幸福抄
少しずつでも歩いていれば、
目的地へ到着できる。
止まってしまえば、それ以上、前に行けない。
努力とは平凡なことかもしれない。
しかし、平凡なことを
倦まず弛まず持続していくことは、
まざれもなく非凡なことである。
☆南米ベネズエラ国立タチラ実践大学からの名誉博士号への謝辞
はじめに、本日、大学院の晴れの卒業を迎えられる若き英才の皆様方に、最大のお祝いを申し上げます。
南米の「友情交流の故郷」タチラ州より光を放ち、ベネズエラの「真心の都」サンクリストバル市にそびえ立つ貴大学より、本日、私は栄えある「名誉博士」の学位を賜りました。
この何ものにも替えがたい栄誉を、私は、貴国の良き市民、良き国民として、誠実に社会貢献を貫くベネズエラSGIの大切な友人たちとともに、謹んで拝受させていただきます。誠に誠に、ありがとうございました。
◇人間教育の模範
世界の大学に、それぞれ素晴らしい校歌があります。私も、縁の大学の校歌を一曲また一曲、胸に刻んでまいりました。その中にあっても、貴大学の校歌は、ひときわ荘厳であり、民衆への慈愛と高邁なる哲学性に漲っております。
「英知が育まれるこの祖国の殿堂を守らんと/松明の明かりを投影し我らは毅然と戦う/タチラの農業、労働と平和への敬愛を深化し/努力の人に耕された畝間から実りを収穫しよう」
「高潔、愛情、楽観主義は善の人の象徴である/我らは先人の勇壮な行動に照らされ、未来への信念の歩みを進める」
雄大なるアンデスの大自然と、悠久なる文明の歴史とを気宇壮大に呼吸しながら、なんと気高き教育の理想が詠い上げられていることでありましょうか。この人間教育の模範と光る学舎こそ、貴・国立タチラ実践大学なのであります。
1974年、タチラ州の象徴と輝く豊かな実りの農園跡に、民衆の願いが結晶した学府として、貴大学は創立されました。
貴大学が高らかに掲げておられる価値観は、誠に明確であります。すなわち、「責任」「誠実」「尊敬」「自由」「公平性」「連帯」、そして「倫理」。
この七つの指標を体現されゆく、英明なサンチェス総長の指揮のもと、貴大学は尊き庶民の期待に応えて、民衆の幸福と社会の発展に尽力しゆく最優秀の逸材を、七彩の虹の如く、次代の大空へ送り出されているのであります。
さらにまた、最先端の農業工学、工業産業学の先駆のキャンパスとの誇りも高く、近年では酪農・肉用牛の増殖を成功させて、気候に左右されることなく搾乳と食肉の増産を可能にするなど、貴国の食料自給にも多大な貢献を果たしておられることも、よく存じ上げております。
「食は命」であります。貴大学の探究は、まさしく「命」を守り育む最重要の挑戦といってよいでありましょう。
一貫して「世界の持続可能な開発に積極的に携わる市民」を育成されゆく貴大学の実践は、新たな地球文明の建設への勇壮なる槌音となって、いやまして響きわたっていくであろうことを、私は確信してやまないのであります。
◇スポーツの都
わが憧れのサンクリストバル市は、若き生命が躍動しゆく、明るい「スポーツの都」としても、よく知られております。
サンチェス総長自身、青年の息吹で、自転車競技をはじめ、貴国のスポーツ振興のリーダーシップを担い立ってこられました。
思えば、日本の軍国主義による投獄にも屈しなかった信念の教育者であり、私の人生の師である戸田城聖先生(創価学会第2代会長)も、機会あるごとにスポーツを通して青年の心身を薫陶してくださいました。
「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」とは、この恩師の叫びであります。
私は、貴大学をはじめ、貴国の青年に湧き起こる「熱」と「力」に、新時代を創りゆく希望のエネルギーを見出す一人であります。
◇忍耐強く!
サンチェス総長は常々、述べておられます。「特質や能力、立場の異なる人も、目的が同じであれば、その目的の実現に向かって、団結して働くことができる」と。
まことに、スポーツはもとより、人生の万般において「団結こそ力」であり、「団結こそ勝利」であります。
東洋の聖賢も、「異体同心であれば万事を成就する」と説いております。
なかんずく、教育という人類の未来を開く究極の目的のために、一致団結して働くことほど、崇高な事業はありません。
サンチェス総長を中心とした、教職員と御関係の皆様方の見事なる団結で、学生の多様な学びの場を数多く創り上げてこられた業績に、私は、あらためて賞讃の大拍手を送らせていただきたいのであります。
貴国の大歴史家であるペドロ・グラセス先生は、力強く語られました。「精神力、忍耐力、能力を注ぎ、断固たる態度で臨めば、それぞれが目指すものを達成することができるのだ。そこには、笑顔の明日へと続く、希望あふれる道が開かれているのだ」
本日よりは、私も名誉ある貴大学の一員として、貴大学の諸先生方、そして卒業生の皆様方と手を携えながら、世界の青年たちの「笑顔の明日」へと続く「希望の道」を広々と勝ち開いてまいる決心です。
その決意を今再び、我が誉れの母校たる貴大学の校歌の一節に託させていただきます。
「同じ理想に燃える友情の呼びかけの音調に合わせ/我らは宇宙大の成長をもって、より良い祖国を構築する/地元とその山々に対する情熱に燃え、我らは忍耐強く耐え/心には世界の旗をなびかせる」
終わりに、貴大学の永遠の御発展、そしてサンチェス総長はじめ、貴大学の諸先生方、さらに卒業生の皆様方の益々の御健勝を心からお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
ムーチャスーグラシアス!(スペイン語で「大変にありがとうございました!」)
「今から」の決意だ!
「これから」の行動だ!
「自分から」の勢いだ!
誓いを果たす人生たれ。
法蓮抄 P1050
『今法華経寿量品を持つ人は諸仏の命を続ぐ人なり、我が得道なりし経を持つ人を捨て給う仏あるべしや、若し此れを捨て給はば仏還つて我が身を捨て給うなるべし』
◇今週のことば
厳寒の中の大奮闘を
諸仏も諸天も讃嘆!
「法華経に勝る兵法なし」
いよいよの信力、行力で
新時代を勝ち開け!
2012年12月09日
◇希望の明日へ
信心は行動である。妙法蓬華経の経にも、広くいえば、行動、振る舞いの意味がある。広布のために動いた分だけ、自身の境涯も、福運も、無限に開けていく。人生それぞれ自由である。どう生きようが、どう遊ぼうが、とやかく言う必要もなければ、とやかく言われる必要もない。それを前提としたうえで、妙法の信仰は、自分自身の深い境涯を開き、深い福運を積み、深い人生を生きていくためのものである。また、縁する人々をも全部、幸福の方向へと導いていける。ゆえに、信仰だけは、"強き信心"に生きぬくべきである。
平2・12・9
☆100文字の幸福抄
少しずつでも歩いていれば、
目的地へ到着できる。
止まってしまえば、それ以上、前に行けない。
努力とは平凡なことかもしれない。
しかし、平凡なことを
倦まず弛まず持続していくことは、
まざれもなく非凡なことである。
☆南米ベネズエラ国立タチラ実践大学からの名誉博士号への謝辞
はじめに、本日、大学院の晴れの卒業を迎えられる若き英才の皆様方に、最大のお祝いを申し上げます。
南米の「友情交流の故郷」タチラ州より光を放ち、ベネズエラの「真心の都」サンクリストバル市にそびえ立つ貴大学より、本日、私は栄えある「名誉博士」の学位を賜りました。
この何ものにも替えがたい栄誉を、私は、貴国の良き市民、良き国民として、誠実に社会貢献を貫くベネズエラSGIの大切な友人たちとともに、謹んで拝受させていただきます。誠に誠に、ありがとうございました。
◇人間教育の模範
世界の大学に、それぞれ素晴らしい校歌があります。私も、縁の大学の校歌を一曲また一曲、胸に刻んでまいりました。その中にあっても、貴大学の校歌は、ひときわ荘厳であり、民衆への慈愛と高邁なる哲学性に漲っております。
「英知が育まれるこの祖国の殿堂を守らんと/松明の明かりを投影し我らは毅然と戦う/タチラの農業、労働と平和への敬愛を深化し/努力の人に耕された畝間から実りを収穫しよう」
「高潔、愛情、楽観主義は善の人の象徴である/我らは先人の勇壮な行動に照らされ、未来への信念の歩みを進める」
雄大なるアンデスの大自然と、悠久なる文明の歴史とを気宇壮大に呼吸しながら、なんと気高き教育の理想が詠い上げられていることでありましょうか。この人間教育の模範と光る学舎こそ、貴・国立タチラ実践大学なのであります。
1974年、タチラ州の象徴と輝く豊かな実りの農園跡に、民衆の願いが結晶した学府として、貴大学は創立されました。
貴大学が高らかに掲げておられる価値観は、誠に明確であります。すなわち、「責任」「誠実」「尊敬」「自由」「公平性」「連帯」、そして「倫理」。
この七つの指標を体現されゆく、英明なサンチェス総長の指揮のもと、貴大学は尊き庶民の期待に応えて、民衆の幸福と社会の発展に尽力しゆく最優秀の逸材を、七彩の虹の如く、次代の大空へ送り出されているのであります。
さらにまた、最先端の農業工学、工業産業学の先駆のキャンパスとの誇りも高く、近年では酪農・肉用牛の増殖を成功させて、気候に左右されることなく搾乳と食肉の増産を可能にするなど、貴国の食料自給にも多大な貢献を果たしておられることも、よく存じ上げております。
「食は命」であります。貴大学の探究は、まさしく「命」を守り育む最重要の挑戦といってよいでありましょう。
一貫して「世界の持続可能な開発に積極的に携わる市民」を育成されゆく貴大学の実践は、新たな地球文明の建設への勇壮なる槌音となって、いやまして響きわたっていくであろうことを、私は確信してやまないのであります。
◇スポーツの都
わが憧れのサンクリストバル市は、若き生命が躍動しゆく、明るい「スポーツの都」としても、よく知られております。
サンチェス総長自身、青年の息吹で、自転車競技をはじめ、貴国のスポーツ振興のリーダーシップを担い立ってこられました。
思えば、日本の軍国主義による投獄にも屈しなかった信念の教育者であり、私の人生の師である戸田城聖先生(創価学会第2代会長)も、機会あるごとにスポーツを通して青年の心身を薫陶してくださいました。
「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」とは、この恩師の叫びであります。
私は、貴大学をはじめ、貴国の青年に湧き起こる「熱」と「力」に、新時代を創りゆく希望のエネルギーを見出す一人であります。
◇忍耐強く!
サンチェス総長は常々、述べておられます。「特質や能力、立場の異なる人も、目的が同じであれば、その目的の実現に向かって、団結して働くことができる」と。
まことに、スポーツはもとより、人生の万般において「団結こそ力」であり、「団結こそ勝利」であります。
東洋の聖賢も、「異体同心であれば万事を成就する」と説いております。
なかんずく、教育という人類の未来を開く究極の目的のために、一致団結して働くことほど、崇高な事業はありません。
サンチェス総長を中心とした、教職員と御関係の皆様方の見事なる団結で、学生の多様な学びの場を数多く創り上げてこられた業績に、私は、あらためて賞讃の大拍手を送らせていただきたいのであります。
貴国の大歴史家であるペドロ・グラセス先生は、力強く語られました。「精神力、忍耐力、能力を注ぎ、断固たる態度で臨めば、それぞれが目指すものを達成することができるのだ。そこには、笑顔の明日へと続く、希望あふれる道が開かれているのだ」
本日よりは、私も名誉ある貴大学の一員として、貴大学の諸先生方、そして卒業生の皆様方と手を携えながら、世界の青年たちの「笑顔の明日」へと続く「希望の道」を広々と勝ち開いてまいる決心です。
その決意を今再び、我が誉れの母校たる貴大学の校歌の一節に託させていただきます。
「同じ理想に燃える友情の呼びかけの音調に合わせ/我らは宇宙大の成長をもって、より良い祖国を構築する/地元とその山々に対する情熱に燃え、我らは忍耐強く耐え/心には世界の旗をなびかせる」
終わりに、貴大学の永遠の御発展、そしてサンチェス総長はじめ、貴大学の諸先生方、さらに卒業生の皆様方の益々の御健勝を心からお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
ムーチャスーグラシアス!(スペイン語で「大変にありがとうございました!」)
2012年12月8日土曜日
2012.12.08 わが友に贈る
師弟源流の天地
大北陸の友よ!
誓願の誉れの勇者よ!
広布の一切を勝ち開く
決定打を今こそ放て!
曾谷殿御返事 P1065
『白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり、此の声をきかせ給う梵天帝釈日月四天等いかでか色をましひかりをさかんになし給はざるべき、いかでか我等を守護し給はざるべきとつよづよとをぼしめすべし』
◇希望の明日へ
要は、「みじめに負けるよりも、晴ればれと勝つ人生を」ということである。心と一念が負ければ、勝負はおしまいである。あきらめは幸福の死である。"断じて勝つ!"。その根性のある人が、最後の勝者である。華やかな名声も、位も、富も、それだけでは、表面を着飾っただけである。ほかならぬ自分自身が病み苦しんでいては、どんな衣装をつけても幸せとはいえない。当然の道理である。はつらつたる健康な生命、愉快な、生き生きと、満ち足りた心−−ここに幸福の実体がある。
平2・11・30
☆100文字の幸福抄
自分こそが、
自分の人生という劇の「脚本家」であり、
「主人公」なのである。
誰かが脚本を書いてくれるのではない。
演出してくれるのでもない。
自分が書いて、自分が俳優として演ずる。
全部、自分がつくるのである。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.042 師の心をわが心として進め
◇師の心をわが心として進め
戸田先生は、真面目な庶民を見下す傲慢やエゴを断じて許さず、こう宣言された。
「苦しみ悩んでいる人を救うのが、本当の宗教だ。本当の仏教だ。
学会は庶民の味方である。不幸な人の味方なのだ」
社会から悲惨の二字をなくすため、一度、戦いを始めたならば、力を抜いてはいけない。全力、全魂で進むのだ。
何より最前線の一人一人に力を注ぐ。そのために、どんどん手を打っていくことだ。
日蓮大聖人は『声も惜まず』(P72)、『言(ことば)をもおしまず』(P356)、大言論戦を貫かれた。
民衆の声が歴史を動かす。
大きな山に挑めば、疲れたり、不安にもなろう。その時にこそ、皆が喜び勇んで進んでいけるよう、リーダーが励ましていくことである。
励ましの声こそが、最高の武器であり戦略なのだ。
皆が持っている力を、どう引き出していくか。どう発揮させてあげられるか。そのためにリーダーがいる。皆が思う存分、力を出せば、広布の勝利の原動力となる。
どこまでも、師匠の心をわが心として戦うことだ。そうすれば、無敵の力が出る。
私は、戸田先生の心を心として戦った。だから、限りない力が湧いた。不可能を可能にするのは、師と不二の心で戦い抜くことである。
君よ! きょうも晴れ晴れと勇気の師子吼を!
貴女よ! きょうも大福運の希望の舞を!
今こそ、新しい時代の夜明けを、断固として開こう!
仲良く! 朗らかに!
「異体同心」という永遠不滅の原点を胸に!
大北陸の友よ!
誓願の誉れの勇者よ!
広布の一切を勝ち開く
決定打を今こそ放て!
曾谷殿御返事 P1065
『白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり、此の声をきかせ給う梵天帝釈日月四天等いかでか色をましひかりをさかんになし給はざるべき、いかでか我等を守護し給はざるべきとつよづよとをぼしめすべし』
◇希望の明日へ
要は、「みじめに負けるよりも、晴ればれと勝つ人生を」ということである。心と一念が負ければ、勝負はおしまいである。あきらめは幸福の死である。"断じて勝つ!"。その根性のある人が、最後の勝者である。華やかな名声も、位も、富も、それだけでは、表面を着飾っただけである。ほかならぬ自分自身が病み苦しんでいては、どんな衣装をつけても幸せとはいえない。当然の道理である。はつらつたる健康な生命、愉快な、生き生きと、満ち足りた心−−ここに幸福の実体がある。
平2・11・30
☆100文字の幸福抄
自分こそが、
自分の人生という劇の「脚本家」であり、
「主人公」なのである。
誰かが脚本を書いてくれるのではない。
演出してくれるのでもない。
自分が書いて、自分が俳優として演ずる。
全部、自分がつくるのである。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.042 師の心をわが心として進め
◇師の心をわが心として進め
戸田先生は、真面目な庶民を見下す傲慢やエゴを断じて許さず、こう宣言された。
「苦しみ悩んでいる人を救うのが、本当の宗教だ。本当の仏教だ。
学会は庶民の味方である。不幸な人の味方なのだ」
社会から悲惨の二字をなくすため、一度、戦いを始めたならば、力を抜いてはいけない。全力、全魂で進むのだ。
何より最前線の一人一人に力を注ぐ。そのために、どんどん手を打っていくことだ。
日蓮大聖人は『声も惜まず』(P72)、『言(ことば)をもおしまず』(P356)、大言論戦を貫かれた。
民衆の声が歴史を動かす。
大きな山に挑めば、疲れたり、不安にもなろう。その時にこそ、皆が喜び勇んで進んでいけるよう、リーダーが励ましていくことである。
励ましの声こそが、最高の武器であり戦略なのだ。
皆が持っている力を、どう引き出していくか。どう発揮させてあげられるか。そのためにリーダーがいる。皆が思う存分、力を出せば、広布の勝利の原動力となる。
どこまでも、師匠の心をわが心として戦うことだ。そうすれば、無敵の力が出る。
私は、戸田先生の心を心として戦った。だから、限りない力が湧いた。不可能を可能にするのは、師と不二の心で戦い抜くことである。
君よ! きょうも晴れ晴れと勇気の師子吼を!
貴女よ! きょうも大福運の希望の舞を!
今こそ、新しい時代の夜明けを、断固として開こう!
仲良く! 朗らかに!
「異体同心」という永遠不滅の原点を胸に!
2012年12月7日金曜日
2012.12.07 わが友に贈る
愛する北海天地には
燃える開拓魂がある!
いかなる吹雪も烈風も
打ち破る同志がいる!
師弟の三代城よ勝て!
一生成仏抄 P384
『此の旨を深く信じて妙法蓮華経と唱へば一生成仏更に疑あるべからず、故に経文には「我が滅度の後に於て応に斯の経を受持すべし是の人仏道に於て決定して疑有る事無けん」とのべたり、努努不審をなすべからず』
◇希望の明日へ
"朗らかに"人生を生きぬいていただきたい。簡単なようで、じつはそこに信心の一つの要諦がある。幸福を呼び寄せる大切な秘訣がある。"朗らか"のなかには、強さがある。賢明さがある。豊かな心情もある。"芯"の通った人格の輝きもある。幸・不幸を決めるのは、環境ではない。人間である。自分自身の境涯である。弱き人は、幸福そのもののような環境でも不幸を感じる場合がある。強き人は、不幸そのもののような悩みの境遇のなかから、金剛のごとき幸福を打ち鍛え、つくり出すことができる。そして信仰とは最高に"強く"生きぬくことである。悩みも圧迫もすべてをはね返し、ねじり伏せ、わが「精神の王国」には一歩たりとも寄せつけない。すべてを希望への薪とし、幸福へのエネルギーとしていける−−それが王者である。「朗らか王」である。かけがえのない人生である。同じ生きるならば、楽しく生きていきたい。人をも幸福にさせていきたい。そして学会員こそ"金剛宝器戒"を持った「金剛の境涯」の人である。
平2・11・28
☆100文字の幸福抄
世界でたった一つしかない、
自分の命を使って、
どのような人生を生きるか。
この一点を外して、「何のため」という
大目的を見失ったまま、
いかなる富や名声を手にしてもむなしい。
使命とは「命を使う」と書く。
☆我らの勝利の大道No.090「乱世を勝ち抜く」
◇「仏法勝負」の時
この「炭労事件」に続いて起きたのが「大阪事件」であった。
七月三日、私は事実無根の冤罪で拘束され、二週間後に出獄した。身の潔白と正義の証明は、法廷闘争に移ることになった。
七月十七日、中之島の中央公会堂で行われた大阪大会で、私は烈々と叫んだ。
「正しい仏法が、必ず勝つという信念でやろうではありませんか!」──これは、今もなお、私と関西同志の共戦の誓いである。
三ヵ月後の初公判の翌日(十月十九日)、私は同志と京都の宇治川を訪れた。
源平合戦などの"先陣争い"の舞台として名高い、その流れを見つめつつ、関西の友と拝してきた一節をあらためて心肝に染めた。
『今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり』(P1451)
仏法は勝負だ。今この時この場所で、生命を赤々と燃やして戦える。それは、わが人間革命の一世一代の晴れ舞台となるのだ。
いずこの地であれ、勇んで立ち上がる「一人」が、どれほど大切な存在か。
『其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ』(P1467)
地域に根差し、決然と「法旗」を掲げて戦う同志を励まされた御金言である。
今、まさに、この通りに地域社会の「柱の人」「宝の人」が、日本中、世界中に躍り出ている。
「地域の幸福責任者」との使命に燃えて、郷土の繁栄を願い、友の幸福を祈りながら、誠実に社会貢献の行動に徹しておられる。
東日本大震災の苦難の被災地にあっても、人びとを励まし、心の絆を結びながら、復興・再生の使命に献身してくださっている。
大聖人も、「貴方が一人立つことが勝利なのだ!」
「貴女がここの広宣流布を担う責任者なのですよ!」と、どれほど御賞讃くださっていることだろうか。
民衆自身が、幸福と平和の強靭なる連帯を、地域から社会へ、世界へ広げていく。ここに、「立正安国」の実像もあるのだ。
『我日本の柱とならむ』(P232)──私の胸には、日蓮大聖人の師子吼が轟いてやまない。
わが弟子だちよ、今いる場所で、師子となって立ち上がれ! 地域の信頼と希望の灯台となって、乱世の闇を照らせ! 威風も堂々と、民衆の幸福と安穏の柱となって、栄光の金字塔を
築きゆこうではないか!
乱世にて
君も私も
不屈なる
闘魂光らせ
常勝絵巻を。
燃える開拓魂がある!
いかなる吹雪も烈風も
打ち破る同志がいる!
師弟の三代城よ勝て!
一生成仏抄 P384
『此の旨を深く信じて妙法蓮華経と唱へば一生成仏更に疑あるべからず、故に経文には「我が滅度の後に於て応に斯の経を受持すべし是の人仏道に於て決定して疑有る事無けん」とのべたり、努努不審をなすべからず』
◇希望の明日へ
"朗らかに"人生を生きぬいていただきたい。簡単なようで、じつはそこに信心の一つの要諦がある。幸福を呼び寄せる大切な秘訣がある。"朗らか"のなかには、強さがある。賢明さがある。豊かな心情もある。"芯"の通った人格の輝きもある。幸・不幸を決めるのは、環境ではない。人間である。自分自身の境涯である。弱き人は、幸福そのもののような環境でも不幸を感じる場合がある。強き人は、不幸そのもののような悩みの境遇のなかから、金剛のごとき幸福を打ち鍛え、つくり出すことができる。そして信仰とは最高に"強く"生きぬくことである。悩みも圧迫もすべてをはね返し、ねじり伏せ、わが「精神の王国」には一歩たりとも寄せつけない。すべてを希望への薪とし、幸福へのエネルギーとしていける−−それが王者である。「朗らか王」である。かけがえのない人生である。同じ生きるならば、楽しく生きていきたい。人をも幸福にさせていきたい。そして学会員こそ"金剛宝器戒"を持った「金剛の境涯」の人である。
平2・11・28
☆100文字の幸福抄
世界でたった一つしかない、
自分の命を使って、
どのような人生を生きるか。
この一点を外して、「何のため」という
大目的を見失ったまま、
いかなる富や名声を手にしてもむなしい。
使命とは「命を使う」と書く。
☆我らの勝利の大道No.090「乱世を勝ち抜く」
◇「仏法勝負」の時
この「炭労事件」に続いて起きたのが「大阪事件」であった。
七月三日、私は事実無根の冤罪で拘束され、二週間後に出獄した。身の潔白と正義の証明は、法廷闘争に移ることになった。
七月十七日、中之島の中央公会堂で行われた大阪大会で、私は烈々と叫んだ。
「正しい仏法が、必ず勝つという信念でやろうではありませんか!」──これは、今もなお、私と関西同志の共戦の誓いである。
三ヵ月後の初公判の翌日(十月十九日)、私は同志と京都の宇治川を訪れた。
源平合戦などの"先陣争い"の舞台として名高い、その流れを見つめつつ、関西の友と拝してきた一節をあらためて心肝に染めた。
『今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり』(P1451)
仏法は勝負だ。今この時この場所で、生命を赤々と燃やして戦える。それは、わが人間革命の一世一代の晴れ舞台となるのだ。
いずこの地であれ、勇んで立ち上がる「一人」が、どれほど大切な存在か。
『其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ』(P1467)
地域に根差し、決然と「法旗」を掲げて戦う同志を励まされた御金言である。
今、まさに、この通りに地域社会の「柱の人」「宝の人」が、日本中、世界中に躍り出ている。
「地域の幸福責任者」との使命に燃えて、郷土の繁栄を願い、友の幸福を祈りながら、誠実に社会貢献の行動に徹しておられる。
東日本大震災の苦難の被災地にあっても、人びとを励まし、心の絆を結びながら、復興・再生の使命に献身してくださっている。
大聖人も、「貴方が一人立つことが勝利なのだ!」
「貴女がここの広宣流布を担う責任者なのですよ!」と、どれほど御賞讃くださっていることだろうか。
民衆自身が、幸福と平和の強靭なる連帯を、地域から社会へ、世界へ広げていく。ここに、「立正安国」の実像もあるのだ。
『我日本の柱とならむ』(P232)──私の胸には、日蓮大聖人の師子吼が轟いてやまない。
わが弟子だちよ、今いる場所で、師子となって立ち上がれ! 地域の信頼と希望の灯台となって、乱世の闇を照らせ! 威風も堂々と、民衆の幸福と安穏の柱となって、栄光の金字塔を
築きゆこうではないか!
乱世にて
君も私も
不屈なる
闘魂光らせ
常勝絵巻を。
2012年12月6日木曜日
2012.12.06 わが友に贈る
広宣流布は言論戦だ。
心を揺さぶる
確信の言葉を語れ!
乱世を照らす
真実の叫びを放て!
兄弟抄 P1084
『なにとなくとも一度の死は一定なり、いろばしあしくて人にわらはれさせ給うなよ』
◇希望の明日へ
信仰は義務ではない。幸福になるための権利である。幸福は自分で勝ち取るものである。安閑とした人生のなかでつかむことはできない。押し寄せる風波と戦うなかで、獲得する以外にない。ゆえに強く、あくまでも強くなければ、幸福への道を進むことはできない。いわば波潤万丈の人生で勝利した分だけ、偉大なる幸福は築かれていくのである。
平2・7・8
☆100文字の幸福抄
美しいものをたくさん発見できる人。
その人こそ、美しき人ではないか。
「ああ、きれいな空!」
「この花を見てごらん!」と、
暮らしのなかで自分らしい感動を
見つけられる人は幸せである。
その人の生活は豊かである。
☆我らの勝利の大道No.090「乱世を勝ち抜く」
◇一歩も退かぬ執念
二百年前(一八一二年)の夏から冬にかけて、ユーラシア大陸を舞台に決戦が行われた。
皇帝ナポレオンが率いるフランス軍と、忍耐強く応戦するロシア軍とである。
ロシアが厳冬を迎えるなか、戦況は一変していく。この戦いを描いた名作『戦争と平和』で、大文豪トルストイは洞察した。
最後の勝敗を決するのは、究極のところ、戦う人間の「ひとりひとりの中にある感情だ」と。
いうなれば、たとえ一人になっても「必ず勝つ!」と最前線に飛び込む勇気があるか、そして「絶対に負けるものか!」と一歩も退かぬ執念があるかだ。
南アフリカの"人権の巌窟王"マンデラ氏は、獄中で『戦争と平和』を愛読された。その中で、ナポレオン軍を撃退した、ロシアのクトゥーゾフ将軍の人間学に惹かれたという。
つまり、「宮廷の薄っぺらで変わりやすい価値観にまどわされず、自分の部下と民衆を本能的に理解して、そのうえで行動した」
点である。
そして、この本を通し、マンデラ氏は「ほんとうに同胞を導くには、ほんとうに同胞を知らなくてはならない」ことを、あらためて学んだと言われるのだ。
本来、民衆の不屈の魂に勝るものはない。民衆の智慧と勇気を凌ぐものはない。この民衆の偉大な底力を、恐れなく勇敢に示し切ってきたのが、我ら創価の師弟である。
日本の北の大地・北海道や東北、信越や北陸などでも、わが同志は、今日も雪道に黄金の足跡を刻みながら、寒風に胸張りながら、前進してくれている。
北海道では二十七日、暴風雪のため、厳寒のなか、室蘭や登別などで五万数千世帯が停電した。停電が三晩に及んだ地域もある。一刻も早い全面復旧と皆様の無事を祈り、心よりお見舞いを申し上げたい。
◇一番大変な所へ!
五十五年前(一九五七年)の年頭、私は、当時の文京支部の地区があった炭鉱の街・夕張に足を運んだ。
横殴りの吹雪を突いて、大会に集って来られる尊き同志を、私は会場の入り□に立ってお迎えした。
偉大な使命に燃えて戦う地涌の菩薩の方々である。この皆様方なくして、この街、この地域の広宣流布は成し得ないのだ。
半年後の六月下旬。権勢に傲った炭鉱労組による、学会員への人権侵害「夕張炭労事件」に対し、我らは敢然と抗議に立ち上がった。
戸田先生と私の不二の決心は、善良な庶民が二度と理不尽な圧迫に苦しまぬように、この一戦を徹して勝ち切ることであった。
私は電光石火、北海道に走った。夕張を駆けた。
一番、苦労している友、大変な所で必死に戦っている同志のもとヘ──。
今こそ反転攻勢で、一気に事を決するのだ。
そのために私は──
「断じて勝つ!」と、強盛に祈った。「私の戦いを見よ!」と、先陣切って最前線に飛び込んだ。不正を打ち破る言論戦で、恐れなく先手先手で攻め抜いた。
その勢いは勢いを増し、北海道全土をはじめ多くの同志が、私と共に、勇気を光らせて行動してくれた。
一方、学会と対決すると呼号していた炭労は、法的にも、また道理の上でも、不利と見るや、公開討論からも逃げてしまった。
一気呵成に戦いを起こしてわずか数日、形勢は一変した。わが民衆の人権と正義の旗は、愛する北海天地に翻ったのである。
我らは、永遠に異体同心で勝つ。師子奮迅の師弟の勢いで勝つのだ。
心を揺さぶる
確信の言葉を語れ!
乱世を照らす
真実の叫びを放て!
兄弟抄 P1084
『なにとなくとも一度の死は一定なり、いろばしあしくて人にわらはれさせ給うなよ』
◇希望の明日へ
信仰は義務ではない。幸福になるための権利である。幸福は自分で勝ち取るものである。安閑とした人生のなかでつかむことはできない。押し寄せる風波と戦うなかで、獲得する以外にない。ゆえに強く、あくまでも強くなければ、幸福への道を進むことはできない。いわば波潤万丈の人生で勝利した分だけ、偉大なる幸福は築かれていくのである。
平2・7・8
☆100文字の幸福抄
美しいものをたくさん発見できる人。
その人こそ、美しき人ではないか。
「ああ、きれいな空!」
「この花を見てごらん!」と、
暮らしのなかで自分らしい感動を
見つけられる人は幸せである。
その人の生活は豊かである。
☆我らの勝利の大道No.090「乱世を勝ち抜く」
◇一歩も退かぬ執念
二百年前(一八一二年)の夏から冬にかけて、ユーラシア大陸を舞台に決戦が行われた。
皇帝ナポレオンが率いるフランス軍と、忍耐強く応戦するロシア軍とである。
ロシアが厳冬を迎えるなか、戦況は一変していく。この戦いを描いた名作『戦争と平和』で、大文豪トルストイは洞察した。
最後の勝敗を決するのは、究極のところ、戦う人間の「ひとりひとりの中にある感情だ」と。
いうなれば、たとえ一人になっても「必ず勝つ!」と最前線に飛び込む勇気があるか、そして「絶対に負けるものか!」と一歩も退かぬ執念があるかだ。
南アフリカの"人権の巌窟王"マンデラ氏は、獄中で『戦争と平和』を愛読された。その中で、ナポレオン軍を撃退した、ロシアのクトゥーゾフ将軍の人間学に惹かれたという。
つまり、「宮廷の薄っぺらで変わりやすい価値観にまどわされず、自分の部下と民衆を本能的に理解して、そのうえで行動した」
点である。
そして、この本を通し、マンデラ氏は「ほんとうに同胞を導くには、ほんとうに同胞を知らなくてはならない」ことを、あらためて学んだと言われるのだ。
本来、民衆の不屈の魂に勝るものはない。民衆の智慧と勇気を凌ぐものはない。この民衆の偉大な底力を、恐れなく勇敢に示し切ってきたのが、我ら創価の師弟である。
日本の北の大地・北海道や東北、信越や北陸などでも、わが同志は、今日も雪道に黄金の足跡を刻みながら、寒風に胸張りながら、前進してくれている。
北海道では二十七日、暴風雪のため、厳寒のなか、室蘭や登別などで五万数千世帯が停電した。停電が三晩に及んだ地域もある。一刻も早い全面復旧と皆様の無事を祈り、心よりお見舞いを申し上げたい。
◇一番大変な所へ!
五十五年前(一九五七年)の年頭、私は、当時の文京支部の地区があった炭鉱の街・夕張に足を運んだ。
横殴りの吹雪を突いて、大会に集って来られる尊き同志を、私は会場の入り□に立ってお迎えした。
偉大な使命に燃えて戦う地涌の菩薩の方々である。この皆様方なくして、この街、この地域の広宣流布は成し得ないのだ。
半年後の六月下旬。権勢に傲った炭鉱労組による、学会員への人権侵害「夕張炭労事件」に対し、我らは敢然と抗議に立ち上がった。
戸田先生と私の不二の決心は、善良な庶民が二度と理不尽な圧迫に苦しまぬように、この一戦を徹して勝ち切ることであった。
私は電光石火、北海道に走った。夕張を駆けた。
一番、苦労している友、大変な所で必死に戦っている同志のもとヘ──。
今こそ反転攻勢で、一気に事を決するのだ。
そのために私は──
「断じて勝つ!」と、強盛に祈った。「私の戦いを見よ!」と、先陣切って最前線に飛び込んだ。不正を打ち破る言論戦で、恐れなく先手先手で攻め抜いた。
その勢いは勢いを増し、北海道全土をはじめ多くの同志が、私と共に、勇気を光らせて行動してくれた。
一方、学会と対決すると呼号していた炭労は、法的にも、また道理の上でも、不利と見るや、公開討論からも逃げてしまった。
一気呵成に戦いを起こしてわずか数日、形勢は一変した。わが民衆の人権と正義の旗は、愛する北海天地に翻ったのである。
我らは、永遠に異体同心で勝つ。師子奮迅の師弟の勢いで勝つのだ。
2012年12月5日水曜日
2012.12.05 わが友に贈る
誉れの本陣同志よ!
我らの勝利こそ
全世界の希望の光だ!
大東京の底力を
満天下に示しゆけ!
経王御前御書 P1123
『又如何に唱うとも日蓮に怨をなせし人人は先ず必ず無間地獄に堕ちて無量劫の後に日蓮の弟子と成つて成仏す可し、恐恐謹言』
◇希望の明日へ
妙法だけが成仏の種子であり、それ以外に、仏になる種子はない。"水速の幸福"を開く道はない。その偉大な妙法を信受することのできた学会員は、すでに最高の幸福者である。この信心を貫いていけば、必ず仏になれると、御本仏が断言あそばされている。学校に通い、まじめに努力すれば、必ず卒業できるのが道理である。同じように、信・行・学の正しい"軌道"にのっとっていけば、全員が崩れぬ幸福を確立できる。すなわち最極の人生、最極の幸福境界である仏となっていくことは間違いない。
平2・5・13
☆100文字の幸福抄
相手の気持ちに敏感に反応し動いていける。
悩んでいる人がいれば、
思わず心と体が動いていく。
そうした鋭敏な
感受性のアンテナをもっている人こそ、
「美しき人」である。
美の根本は心の美しさである。
☆我らの勝利の大道No.090「乱世を勝ち抜く」
ドイツの大詩人ゲーテは乱世を生きる魂を歌った。
「ほかの人たちが右往左往しても、そなたは忠実な眼差しで見分けなさい。ほかの人たちがみじめに歎き合っても、そなたはたのしく事をはこびなさい」と。
人の心が揺れ動く時代だからこそ、自分自身の前にある「世界の根づよい生命と雄々しさ」を見つめ、「その内なる力と永続する力」を発揮していくように呼び掛けてやまなかった。
汲めども尽きぬ智慧と勇気の泉は、わが生命に厳然とある。そう確信すれば、何を恐れることがあろうか。
『当世は世みだれて民の力よわし』(P1595)
御聖訓には、乱世の本質を、こう喝破されている。
世の乱れの奥には、必ず生命の濁りがあり、貪欲や争いに突き動かされた人心の乱れがある。
結局、自分一人では何も変わらない。何をやっても無駄だ──そうした民衆の無力感が、社会を暗くする。
精神の柱を失い、人間の生命の可能性を信じられない絶望は、乱世の闇を深める病根だ。
この無明の闇を打ち破る無限の希望の大光こそが、日蓮仏法である。
本来、万人が「仏」という偉大な生命を具えている。いかなる困難の壁も、いかなる宿命の嵐もこ必ず乗り越えられるのだ。
信仰は
勝利を開く
大法理
あの「"まさか"が実現」の大阪の戦いを開始した時、関西本部の「大法興隆所願成就』の御本尊の御前で、私たちが真っ先に拝した御聖訓がある。
『何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり』(P123)
御本尊には、南無妙法蓮華経という根源の一法を中心に、あらゆる十界の衆生が認められている。
ゆえに、どんな苦しみや悩みを抱えた同志も、この広宣流布の大闘争のなかで大きく境涯を開き、一切の願いを成就していくのだ。
さらにまた、信仰をしていない友とも広々と仏縁を結び、民衆の都・関西に「立正安国」の安穏と繁栄の光を満たしていくのだ。
そう私は祈りを重ねた。
「報恩抄」には、『極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず』(P329)と仰せである。
今も、乱世に怯まず、真の仏道修行に励みゆく、わが宝友と宝土に、"一日また一日、無量無辺の大功徳あれ!"と、私は一心不乱に題目を送り続けている。
◎昨日の「我らの勝利の大道」はミスってしまいました!すみませ〜ん!(^^)!
我らの勝利こそ
全世界の希望の光だ!
大東京の底力を
満天下に示しゆけ!
経王御前御書 P1123
『又如何に唱うとも日蓮に怨をなせし人人は先ず必ず無間地獄に堕ちて無量劫の後に日蓮の弟子と成つて成仏す可し、恐恐謹言』
◇希望の明日へ
妙法だけが成仏の種子であり、それ以外に、仏になる種子はない。"水速の幸福"を開く道はない。その偉大な妙法を信受することのできた学会員は、すでに最高の幸福者である。この信心を貫いていけば、必ず仏になれると、御本仏が断言あそばされている。学校に通い、まじめに努力すれば、必ず卒業できるのが道理である。同じように、信・行・学の正しい"軌道"にのっとっていけば、全員が崩れぬ幸福を確立できる。すなわち最極の人生、最極の幸福境界である仏となっていくことは間違いない。
平2・5・13
☆100文字の幸福抄
相手の気持ちに敏感に反応し動いていける。
悩んでいる人がいれば、
思わず心と体が動いていく。
そうした鋭敏な
感受性のアンテナをもっている人こそ、
「美しき人」である。
美の根本は心の美しさである。
☆我らの勝利の大道No.090「乱世を勝ち抜く」
ドイツの大詩人ゲーテは乱世を生きる魂を歌った。
「ほかの人たちが右往左往しても、そなたは忠実な眼差しで見分けなさい。ほかの人たちがみじめに歎き合っても、そなたはたのしく事をはこびなさい」と。
人の心が揺れ動く時代だからこそ、自分自身の前にある「世界の根づよい生命と雄々しさ」を見つめ、「その内なる力と永続する力」を発揮していくように呼び掛けてやまなかった。
汲めども尽きぬ智慧と勇気の泉は、わが生命に厳然とある。そう確信すれば、何を恐れることがあろうか。
『当世は世みだれて民の力よわし』(P1595)
御聖訓には、乱世の本質を、こう喝破されている。
世の乱れの奥には、必ず生命の濁りがあり、貪欲や争いに突き動かされた人心の乱れがある。
結局、自分一人では何も変わらない。何をやっても無駄だ──そうした民衆の無力感が、社会を暗くする。
精神の柱を失い、人間の生命の可能性を信じられない絶望は、乱世の闇を深める病根だ。
この無明の闇を打ち破る無限の希望の大光こそが、日蓮仏法である。
本来、万人が「仏」という偉大な生命を具えている。いかなる困難の壁も、いかなる宿命の嵐もこ必ず乗り越えられるのだ。
信仰は
勝利を開く
大法理
あの「"まさか"が実現」の大阪の戦いを開始した時、関西本部の「大法興隆所願成就』の御本尊の御前で、私たちが真っ先に拝した御聖訓がある。
『何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり』(P123)
御本尊には、南無妙法蓮華経という根源の一法を中心に、あらゆる十界の衆生が認められている。
ゆえに、どんな苦しみや悩みを抱えた同志も、この広宣流布の大闘争のなかで大きく境涯を開き、一切の願いを成就していくのだ。
さらにまた、信仰をしていない友とも広々と仏縁を結び、民衆の都・関西に「立正安国」の安穏と繁栄の光を満たしていくのだ。
そう私は祈りを重ねた。
「報恩抄」には、『極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず』(P329)と仰せである。
今も、乱世に怯まず、真の仏道修行に励みゆく、わが宝友と宝土に、"一日また一日、無量無辺の大功徳あれ!"と、私は一心不乱に題目を送り続けている。
◎昨日の「我らの勝利の大道」はミスってしまいました!すみませ〜ん!(^^)!
2012年12月4日火曜日
2012.12.04 わが友に贈る
創価のスクラムは
永遠に異体同心で前進!
新時代を開くのは
我らの決定した一念だ。
勇猛果敢に打って出よ!
撰時抄 P265
『教主釈尊記して云く末代悪世に法華経を弘通するものを悪口罵詈等せん人は我を一劫が間あだせん者の罪にも百千万億倍すぎたるべしととかせ給へり』
◇希望の明日へ
草創の先輩は、長年ともに戦ってきた同志のためにも、自分自身が"幸福の春"を勝ち取らねばならない。後輩の人が、その姿を見て、ああよかった、信心を続けた人はあんなに立派になり、幸福になるのだと、喜んでいかれるだけの歴史を示していかなければならない。
平2・4・29
☆100文字の幸福抄
心は不思議である。心は微妙である。
こちらが悪い感情を抱いていると、
相手にもそれが伝わっている。
こちらが笑顔の思いで提すれば、
相手にも微笑みの心が宿る。
相手はいわば、
自分にとっての鏡のような存在である。
☆我らの勝利の大道No.089 「創立」の原点に誓う
◇広布の大願へ 勇猛精進で!
大輪の
菊花満開
創価かな
十一月十八日「創立の日」を迎える学会本部は今、全国の同志から届けられた菊の花で輝いている。
東京の足立、山梨、茨城の土浦・筑波、京都の友らが丹精込めた菊花が眩い。山科王朝グループの創作屏風も華やかだ。
さらに大阪の泉州総県、また、文化本部の「菊花グループ」等の方々からの真心の大輪も香しい。
日蓮大聖人は仰せになられた。
『菊は草の後に仙草と見へて候、代のおさまれるには賢人見えず代の乱れたるにこそ聖人愚人は顕れ候へ』(P1095)
他の草が秋になって枯れても、菊は咲いているため「仙草」(妙なる草の意)と呼ばれた。同じように、"世の中が乱れている時にこそ、聖人と愚人は明らかになる"と示されている。
試練の時にこそ、人間の真価は光る。ゆえに、苦難にも胸を張り、朗らかに自分らしく開花しゆくのだ。
菊で思い出すのは、昭和五十三年(一九七八年)の「創立の月」、私が大阪・泉佐野市の泉州文化会館を初訪問した時のことである。
この折、会館は千二百鉢を超す菊に彩られていた。わが同志が、一年前から育ててくださったものだ。
どんな時も、寄り添う。温かく、粘り強く励まし続ける。菊作りの労作業は、人材育成にも通じようか。
美事な菊花は、今や地域の名物ともなっている。
この泉州をはじめ大関西の人材城からは、先輩方の熱い激励に包まれ、「負けたらあかん」との常勝の心を継ぐニューパワーの青年が陸続と育っている。
先日、泉州の天地には、新たな宝城・高石文化会館も堂々と誕生した。
わが愛する関西の同志の菊花満開の笑顔が、私には何よりの喜びである。
◇偉大な母に感謝!
泉州文化会館で、妻と共に、一人のご婦人と語り合ったことも懐かしい。
その方は、若くして夫を亡くされ、女手一つで三人のお子さんを育ててこられた。夫が営んでいた会社を継ぎ、自らが社長に就いた。仕事や育児に加え、広布の活動も、一歩も引かずに頑張っておられた。
偉大な母の奮闘を聞き、私は、すぐさま提案した。
「明日、ご主人の法要を行いましょう」
翌日、会館に集ってこられたお子さんに、私は、「日本一のお母さんだよ」と心から讃えた。
人類の幸福といっても、母を大切にすることから始まる。母を大切にする社会は、必ず勝ち栄えていく。
今、ご長男は会社を継ぎ、立派に親孝行の道を歩まれ、錦宝会(多宝会)となられた母も、ますます意気軒昂で、地域広布のために歩かれていると伺っている。
大聖人は、病と闘う富木尼を励まして言われた。
『末法の今の女性が、法華経を信受して、寿命を延ばすことは、秋に稲が実り、冬に菊の花が咲くようなもので、誰が驚くでしょうか』(P985、通解)と。
いかなる宿命も必ずや転換し、人生の四季を「常楽我浄」という生命の実りと彩りで最高に充実させていくために、妙法はあるのだ。
大聖人は、『願わくは、日天、月天よ、尼御前の命に代わって助けられよ』(P978、通解)とまで強く祈られていた。
この御本仏のお心を深く拝し、私と妻も、わが久遠の創価家族の皆様方のご健康とご長寿を、ひたぶるに祈る日々である。
ともあれ、日本、いな世界には、「清浄」「高潔」との菊の花言葉の如き、尊い広布の母が無数におられる。だからこそ、学会は強い。
私たちは、気高き婦人部に心から感謝を捧げたい。
永遠に異体同心で前進!
新時代を開くのは
我らの決定した一念だ。
勇猛果敢に打って出よ!
撰時抄 P265
『教主釈尊記して云く末代悪世に法華経を弘通するものを悪口罵詈等せん人は我を一劫が間あだせん者の罪にも百千万億倍すぎたるべしととかせ給へり』
◇希望の明日へ
草創の先輩は、長年ともに戦ってきた同志のためにも、自分自身が"幸福の春"を勝ち取らねばならない。後輩の人が、その姿を見て、ああよかった、信心を続けた人はあんなに立派になり、幸福になるのだと、喜んでいかれるだけの歴史を示していかなければならない。
平2・4・29
☆100文字の幸福抄
心は不思議である。心は微妙である。
こちらが悪い感情を抱いていると、
相手にもそれが伝わっている。
こちらが笑顔の思いで提すれば、
相手にも微笑みの心が宿る。
相手はいわば、
自分にとっての鏡のような存在である。
☆我らの勝利の大道No.089 「創立」の原点に誓う
◇広布の大願へ 勇猛精進で!
大輪の
菊花満開
創価かな
十一月十八日「創立の日」を迎える学会本部は今、全国の同志から届けられた菊の花で輝いている。
東京の足立、山梨、茨城の土浦・筑波、京都の友らが丹精込めた菊花が眩い。山科王朝グループの創作屏風も華やかだ。
さらに大阪の泉州総県、また、文化本部の「菊花グループ」等の方々からの真心の大輪も香しい。
日蓮大聖人は仰せになられた。
『菊は草の後に仙草と見へて候、代のおさまれるには賢人見えず代の乱れたるにこそ聖人愚人は顕れ候へ』(P1095)
他の草が秋になって枯れても、菊は咲いているため「仙草」(妙なる草の意)と呼ばれた。同じように、"世の中が乱れている時にこそ、聖人と愚人は明らかになる"と示されている。
試練の時にこそ、人間の真価は光る。ゆえに、苦難にも胸を張り、朗らかに自分らしく開花しゆくのだ。
菊で思い出すのは、昭和五十三年(一九七八年)の「創立の月」、私が大阪・泉佐野市の泉州文化会館を初訪問した時のことである。
この折、会館は千二百鉢を超す菊に彩られていた。わが同志が、一年前から育ててくださったものだ。
どんな時も、寄り添う。温かく、粘り強く励まし続ける。菊作りの労作業は、人材育成にも通じようか。
美事な菊花は、今や地域の名物ともなっている。
この泉州をはじめ大関西の人材城からは、先輩方の熱い激励に包まれ、「負けたらあかん」との常勝の心を継ぐニューパワーの青年が陸続と育っている。
先日、泉州の天地には、新たな宝城・高石文化会館も堂々と誕生した。
わが愛する関西の同志の菊花満開の笑顔が、私には何よりの喜びである。
◇偉大な母に感謝!
泉州文化会館で、妻と共に、一人のご婦人と語り合ったことも懐かしい。
その方は、若くして夫を亡くされ、女手一つで三人のお子さんを育ててこられた。夫が営んでいた会社を継ぎ、自らが社長に就いた。仕事や育児に加え、広布の活動も、一歩も引かずに頑張っておられた。
偉大な母の奮闘を聞き、私は、すぐさま提案した。
「明日、ご主人の法要を行いましょう」
翌日、会館に集ってこられたお子さんに、私は、「日本一のお母さんだよ」と心から讃えた。
人類の幸福といっても、母を大切にすることから始まる。母を大切にする社会は、必ず勝ち栄えていく。
今、ご長男は会社を継ぎ、立派に親孝行の道を歩まれ、錦宝会(多宝会)となられた母も、ますます意気軒昂で、地域広布のために歩かれていると伺っている。
大聖人は、病と闘う富木尼を励まして言われた。
『末法の今の女性が、法華経を信受して、寿命を延ばすことは、秋に稲が実り、冬に菊の花が咲くようなもので、誰が驚くでしょうか』(P985、通解)と。
いかなる宿命も必ずや転換し、人生の四季を「常楽我浄」という生命の実りと彩りで最高に充実させていくために、妙法はあるのだ。
大聖人は、『願わくは、日天、月天よ、尼御前の命に代わって助けられよ』(P978、通解)とまで強く祈られていた。
この御本仏のお心を深く拝し、私と妻も、わが久遠の創価家族の皆様方のご健康とご長寿を、ひたぶるに祈る日々である。
ともあれ、日本、いな世界には、「清浄」「高潔」との菊の花言葉の如き、尊い広布の母が無数におられる。だからこそ、学会は強い。
私たちは、気高き婦人部に心から感謝を捧げたい。
2012年12月3日月曜日
2012.12.03 わが友に贈る
愛する大関西の
誓いの友よ!
新たな常勝の空へ
破竹の勢いで進め!
錦州城に凱歌あれ!
法蓮抄 P1041
『仏は二百五十戒を持ち三千の威儀をととのへ給いしかば諸の天人これを渇仰し四衆これを恭敬す』
◇今週のことば
波浪は障害にあうごとに
その頑固の度を増す。
不屈の祈りで
挑戦、また挑戦だ。
そこに勝利の旗が!
2012年12月03日
◇希望の明日へ
学会員は一生成仏のために仏道修行をしている。また、世界の人々の幸福のためにも、広宣流布を進めている。仏道修行にも、広布の戦いにも、数々の苦難はある。幸福という理想と、仏道修行という労苦の現実という"落差"に悩む人がいるかもしれない。しかし、仏道修行、広宣流布のための労苦は、幸福を築くための労苦である。それは、理想と現実の"落差"ではなく、幸福のための"直通"である。
平1・2・20
☆100文字の幸福抄
「美しい姿勢」は、さわやかで、
はつらつとした印象を与える。
まず、気持ちを一新する。
心がけしだいで立ち居振る舞いも美しくなる。
「健康になろう。そのために動こう」との一念で、
生き生きと行動することが
心身の健康を生む。
☆未来対話−−君と歩む勝利の道 第8回「秀才とは親孝行の人なり」
──仏法でも「声仏事を為す」と、声や言葉の重要性が強調されています。
名誉会長 先日、創価学園を訪問してくださったモンゴルの大詩人メンドオーヨ先生(モンゴル文化詩歌アカデミー総裁)も言われていました。
「言葉ほど力強いものはありません。言葉は使い方によって、『光の言葉』として人々を輝かすことができます」と。
真心を言葉にすることです。
「お母さん、いつもありがとうございます」
「お父さん、肩でももみましょうか」
「毎日、健康を祈っています」
「必ず立派になって、将来は海外旅行に連れて行きます」
たまには、これくらいのことを言ってあげようよ。「熱でもあるのか?」と心配されるかもしれないが(笑い)、心ではうれしいよ。
ともあれ、何か特別なことをするのが親孝行とは限らない。
毎朝、早く起きて、きちんと朝食を食べて学校に行く。勉強を頑張る。友達と仲良くする──そうした行動一つ一つが親孝行につながります。
──お父さんやお母さんがいなくて、人知れず、寂しい思いをしているメンバーも、少なくありません。
名誉会長 よく、分かります。でも、みんなは師子の子です。強く明るく朗らかに、胸を張って生きていくんです。
お母さん一人ならば、お父さんの分まで2倍、大事にしてあげていただきたい。お父さん一人ならば、お母さんの代わりになって支えてあげてください。
親を亡くした友もいるでしょう。しかし、あなたの胸の中で生きておられる。御本尊を拝すれば、御本尊の中におられます。題目で結ばれています。いつも成長を見守ってくれている。みんなの努力に必ず大拍手を送ってくれているのです。
日蓮大聖人は、母を亡くした門下に、仰せになられた。
「我が頭は父母の頭・我が足は父母の足・我が十指は父母の十指・我が□は父母の口なり」(同977ページ)
ゆえに、父母から授かった我が身を使って広宣流布に励む功徳は、そのまま、すべて父母の生命に伝わっていきます。
君の勝利の姿が、父母の勝利の姿なのです。
──「どうしても親を尊敬できない」と言うメンバーもいます。
名誉会長 今はそれでもいい。親がどうあれ、自分は自分です。一人の人間として、思う存分、伸びていこうよ。かけがえのない、わが青春なのだから。
自分だけでは抱えきれない、難しい問題があったら、信頼できる学会の先輩に相談してください。
そのうえで忘れてはならないのは、「生んでくれたこと自体に大恩がある」ということです。親も人間です。決して完璧ではない。
聡明な皆さんは、どうか、親の悩みや苦労も察してあげられる「大人」になってください。
戸田先生は「親をも愛せない者には、広宣流布はできない!」と、あえて厳しく言われました。
親子の縁は不思議であり、深い意味がある。みんな、偉大な使命を果たさんがために、自分の親を選んで生まれてきたんだ。
だからこそ、親を大切にすることは、生まれてきたこと、生きることへの感謝の表れです。親孝行しようという心は、自身の生命を大きく開くことになるのです。
ともあれ、皆さんには、共に悩み、共に祈ってくれる創価家族もついています。私も一緒です。
大きな明るい心で、楽しく賑やかに希望の新年を迎えようよ!
誓いの友よ!
新たな常勝の空へ
破竹の勢いで進め!
錦州城に凱歌あれ!
法蓮抄 P1041
『仏は二百五十戒を持ち三千の威儀をととのへ給いしかば諸の天人これを渇仰し四衆これを恭敬す』
◇今週のことば
波浪は障害にあうごとに
その頑固の度を増す。
不屈の祈りで
挑戦、また挑戦だ。
そこに勝利の旗が!
2012年12月03日
◇希望の明日へ
学会員は一生成仏のために仏道修行をしている。また、世界の人々の幸福のためにも、広宣流布を進めている。仏道修行にも、広布の戦いにも、数々の苦難はある。幸福という理想と、仏道修行という労苦の現実という"落差"に悩む人がいるかもしれない。しかし、仏道修行、広宣流布のための労苦は、幸福を築くための労苦である。それは、理想と現実の"落差"ではなく、幸福のための"直通"である。
平1・2・20
☆100文字の幸福抄
「美しい姿勢」は、さわやかで、
はつらつとした印象を与える。
まず、気持ちを一新する。
心がけしだいで立ち居振る舞いも美しくなる。
「健康になろう。そのために動こう」との一念で、
生き生きと行動することが
心身の健康を生む。
☆未来対話−−君と歩む勝利の道 第8回「秀才とは親孝行の人なり」
──仏法でも「声仏事を為す」と、声や言葉の重要性が強調されています。
名誉会長 先日、創価学園を訪問してくださったモンゴルの大詩人メンドオーヨ先生(モンゴル文化詩歌アカデミー総裁)も言われていました。
「言葉ほど力強いものはありません。言葉は使い方によって、『光の言葉』として人々を輝かすことができます」と。
真心を言葉にすることです。
「お母さん、いつもありがとうございます」
「お父さん、肩でももみましょうか」
「毎日、健康を祈っています」
「必ず立派になって、将来は海外旅行に連れて行きます」
たまには、これくらいのことを言ってあげようよ。「熱でもあるのか?」と心配されるかもしれないが(笑い)、心ではうれしいよ。
ともあれ、何か特別なことをするのが親孝行とは限らない。
毎朝、早く起きて、きちんと朝食を食べて学校に行く。勉強を頑張る。友達と仲良くする──そうした行動一つ一つが親孝行につながります。
──お父さんやお母さんがいなくて、人知れず、寂しい思いをしているメンバーも、少なくありません。
名誉会長 よく、分かります。でも、みんなは師子の子です。強く明るく朗らかに、胸を張って生きていくんです。
お母さん一人ならば、お父さんの分まで2倍、大事にしてあげていただきたい。お父さん一人ならば、お母さんの代わりになって支えてあげてください。
親を亡くした友もいるでしょう。しかし、あなたの胸の中で生きておられる。御本尊を拝すれば、御本尊の中におられます。題目で結ばれています。いつも成長を見守ってくれている。みんなの努力に必ず大拍手を送ってくれているのです。
日蓮大聖人は、母を亡くした門下に、仰せになられた。
「我が頭は父母の頭・我が足は父母の足・我が十指は父母の十指・我が□は父母の口なり」(同977ページ)
ゆえに、父母から授かった我が身を使って広宣流布に励む功徳は、そのまま、すべて父母の生命に伝わっていきます。
君の勝利の姿が、父母の勝利の姿なのです。
──「どうしても親を尊敬できない」と言うメンバーもいます。
名誉会長 今はそれでもいい。親がどうあれ、自分は自分です。一人の人間として、思う存分、伸びていこうよ。かけがえのない、わが青春なのだから。
自分だけでは抱えきれない、難しい問題があったら、信頼できる学会の先輩に相談してください。
そのうえで忘れてはならないのは、「生んでくれたこと自体に大恩がある」ということです。親も人間です。決して完璧ではない。
聡明な皆さんは、どうか、親の悩みや苦労も察してあげられる「大人」になってください。
戸田先生は「親をも愛せない者には、広宣流布はできない!」と、あえて厳しく言われました。
親子の縁は不思議であり、深い意味がある。みんな、偉大な使命を果たさんがために、自分の親を選んで生まれてきたんだ。
だからこそ、親を大切にすることは、生まれてきたこと、生きることへの感謝の表れです。親孝行しようという心は、自身の生命を大きく開くことになるのです。
ともあれ、皆さんには、共に悩み、共に祈ってくれる創価家族もついています。私も一緒です。
大きな明るい心で、楽しく賑やかに希望の新年を迎えようよ!
2012年12月2日日曜日
2012.12.02 わが友に贈る
「強盛の信心
弥弥悦びをなすべし」
さあ今日も前進!
断じて悔いを残すな!
猛然と自身の壁を破れ!
辧殿御消息 P1225
『おのおのは随分の日蓮がかたうどなり、しかるをなづきをくだきていのるにいままでしるしのなきはこの中に心のひるがへる人の有るとをぼへ候ぞ、をもいあわぬ人をいのるは水の上に火をたき空にいゑをつくるなり』
◇希望の明日へ
いうまでもないが、お金もまた、一生を賭けるには、あまりにも"不確実な"そしてはかないものである。お金はイコール "確実な幸福"ではない。むしろ、"財産"があるゆえに不幸になる場合もあまりに多い。まさに大聖人の仰せのごとく『南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の恩出なるべき』(P467)なのである。この御金言を心に深く刻みながら、広布と信心に進みゆくわが人生こそ"最高の幸福"と確信し、晴れやかに、また堂々と生きぬいていただきたい。
昭62・11・15
☆100文字の幸福抄
自分の個性を鍛え上げた人は美しい。
すぐ消えてしまう「一時の美」ではなく
ずっと続く「一生涯の美」である。
その人は他人をうらやまない。
他人を妬まない。
その人自身の心が
夏の高原の青空のように晴ればれとしている。
☆未来対話−−君と歩む勝利の道 第8回「秀才とは親孝行の人なり」
──リサールは、19世紀の後半、植民地として支配されていたフィリピンを独立に導いた英雄です。35歳の若さで革命に殉じました。言語学者や詩人、小説家、医師、美術家、農学者、教育者としても活躍した、「アジアのルネサンス人」と言うべき万能の偉人です。
名誉会長 そうだね。彼の才能の原点は、両親、特に母親の愛情あふれる教育でした。
お母さんは、リサールが幼いころから読書を勧め、時には読み聞かせもしてあげました。その時、聞いた物語が、生涯、彼を支えました。
お母さんと共に「語学」を学び、世界市民の大きな心を養い、のちに22もの言語を使いこなせるようになっています。
ところがある時、そのお母さんが、支配者たちの策略によって、2年半もの間、投獄されてしまう。もちろん、まったく無実の罪です。学問があったお母さんは、権力者の言いなりにはならず、ねたまれ、憎まれていたのです。
理不尽な権力の魔性を目の当たりにしたリサール少年は、祖国の独立を誓います。母のため、国のため、立ち上がったのです。その勇者の精神は、今もフィリピンの大地に光り輝いています。
──"親の恩に報いるんだ!"との思いが、リサールの精神を、迫害をも恐れぬ強い魂へと磨いていったのですね。
名誉会長 その通りです。
私の大好きな沖縄の民謡(「てぃんさぐぬ花」)には、"天の星は数えようと思えば数えられるけれど、親の教えは数え切れない"という歌詞があります。親は、子どもが見えないところで、想像できない苦労を重ねて、君たちを育ててくれています。そうした親の恩を知り、恩に報いていく時、大いなる力が湧きます。
日蓮大聖人は、12歳の時、父母の恩に報いようと、『日本第一の智者となし給へ』(P888)との誓願を立てられました。
心こそ、一切の根本です。
「親孝行」という心があれば、人間は、どこまでも成長していけるんです。
そのうえで、具体的な"親孝行の方法"があります。
大聖人は、青年門下の南条時光に、「親に良い物をあげようと思っても、何もできない時は、せめて日に二度、三度、笑顔を見せてあげなさい」(御書1527ページ、通解)と、実に分かりやすく教えてくださっています。
みんなは、まだ働いていないんだから、無理して高価な物をプレゼントしたら、かえって心配をかけてしまうでしょう。
でも、笑顔は"タダ"です。自分の"心の銀行"から、いくらでも引き出すことができる。しかも、親が一番、喜んでくれる。
わが子が笑顔であれば、親は無条件で幸せなのです。
──「素直に笑顔になれない」「いまさら照れくさい」というメンバーもいるかもしれません……。
名誉会長 まあ、思春期だもの。しょうがない一面もある。笑顔が苦手であれば、元気よく声を出すことです。
特に、返事が大事だ。「はい!」の一言は、親を安心させる"魔法の言葉"なんだよ。
「いってらっしゃい。気をつけるのよ」「はい! いってきます」
「ちょっと、宿題がまだでしょう」「はい!今やります」(笑い)
「いいかげん、テレビ消して!」「はい! すぐ消します」(爆笑)
何でもいいんだよ。とにかく元気に「はい!」と返事をすることです。そうすれば、親はまず安心するんです。
「宿題したの?」
「うるさい」
「早く寝なさい」 「やだ」
「歯を磨きなさい」 「ウザい」
これでは、親がかわいそうだ。親は、いつだってうるさいものです。"ああ、うちの親は、エネルギーが有り余っていて、いいな"ととらえていくことです(笑い)。
明るい返事一つで、親も自分も、驚くほど心が明るくなる。家庭の雰囲気が温かくなる。みんなの返事には、それほど大きな力がある。
◎「希望の明日」へはきょうから「幸福・福運」です!(^^)!
弥弥悦びをなすべし」
さあ今日も前進!
断じて悔いを残すな!
猛然と自身の壁を破れ!
辧殿御消息 P1225
『おのおのは随分の日蓮がかたうどなり、しかるをなづきをくだきていのるにいままでしるしのなきはこの中に心のひるがへる人の有るとをぼへ候ぞ、をもいあわぬ人をいのるは水の上に火をたき空にいゑをつくるなり』
◇希望の明日へ
いうまでもないが、お金もまた、一生を賭けるには、あまりにも"不確実な"そしてはかないものである。お金はイコール "確実な幸福"ではない。むしろ、"財産"があるゆえに不幸になる場合もあまりに多い。まさに大聖人の仰せのごとく『南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の恩出なるべき』(P467)なのである。この御金言を心に深く刻みながら、広布と信心に進みゆくわが人生こそ"最高の幸福"と確信し、晴れやかに、また堂々と生きぬいていただきたい。
昭62・11・15
☆100文字の幸福抄
自分の個性を鍛え上げた人は美しい。
すぐ消えてしまう「一時の美」ではなく
ずっと続く「一生涯の美」である。
その人は他人をうらやまない。
他人を妬まない。
その人自身の心が
夏の高原の青空のように晴ればれとしている。
☆未来対話−−君と歩む勝利の道 第8回「秀才とは親孝行の人なり」
──リサールは、19世紀の後半、植民地として支配されていたフィリピンを独立に導いた英雄です。35歳の若さで革命に殉じました。言語学者や詩人、小説家、医師、美術家、農学者、教育者としても活躍した、「アジアのルネサンス人」と言うべき万能の偉人です。
名誉会長 そうだね。彼の才能の原点は、両親、特に母親の愛情あふれる教育でした。
お母さんは、リサールが幼いころから読書を勧め、時には読み聞かせもしてあげました。その時、聞いた物語が、生涯、彼を支えました。
お母さんと共に「語学」を学び、世界市民の大きな心を養い、のちに22もの言語を使いこなせるようになっています。
ところがある時、そのお母さんが、支配者たちの策略によって、2年半もの間、投獄されてしまう。もちろん、まったく無実の罪です。学問があったお母さんは、権力者の言いなりにはならず、ねたまれ、憎まれていたのです。
理不尽な権力の魔性を目の当たりにしたリサール少年は、祖国の独立を誓います。母のため、国のため、立ち上がったのです。その勇者の精神は、今もフィリピンの大地に光り輝いています。
──"親の恩に報いるんだ!"との思いが、リサールの精神を、迫害をも恐れぬ強い魂へと磨いていったのですね。
名誉会長 その通りです。
私の大好きな沖縄の民謡(「てぃんさぐぬ花」)には、"天の星は数えようと思えば数えられるけれど、親の教えは数え切れない"という歌詞があります。親は、子どもが見えないところで、想像できない苦労を重ねて、君たちを育ててくれています。そうした親の恩を知り、恩に報いていく時、大いなる力が湧きます。
日蓮大聖人は、12歳の時、父母の恩に報いようと、『日本第一の智者となし給へ』(P888)との誓願を立てられました。
心こそ、一切の根本です。
「親孝行」という心があれば、人間は、どこまでも成長していけるんです。
そのうえで、具体的な"親孝行の方法"があります。
大聖人は、青年門下の南条時光に、「親に良い物をあげようと思っても、何もできない時は、せめて日に二度、三度、笑顔を見せてあげなさい」(御書1527ページ、通解)と、実に分かりやすく教えてくださっています。
みんなは、まだ働いていないんだから、無理して高価な物をプレゼントしたら、かえって心配をかけてしまうでしょう。
でも、笑顔は"タダ"です。自分の"心の銀行"から、いくらでも引き出すことができる。しかも、親が一番、喜んでくれる。
わが子が笑顔であれば、親は無条件で幸せなのです。
──「素直に笑顔になれない」「いまさら照れくさい」というメンバーもいるかもしれません……。
名誉会長 まあ、思春期だもの。しょうがない一面もある。笑顔が苦手であれば、元気よく声を出すことです。
特に、返事が大事だ。「はい!」の一言は、親を安心させる"魔法の言葉"なんだよ。
「いってらっしゃい。気をつけるのよ」「はい! いってきます」
「ちょっと、宿題がまだでしょう」「はい!今やります」(笑い)
「いいかげん、テレビ消して!」「はい! すぐ消します」(爆笑)
何でもいいんだよ。とにかく元気に「はい!」と返事をすることです。そうすれば、親はまず安心するんです。
「宿題したの?」
「うるさい」
「早く寝なさい」 「やだ」
「歯を磨きなさい」 「ウザい」
これでは、親がかわいそうだ。親は、いつだってうるさいものです。"ああ、うちの親は、エネルギーが有り余っていて、いいな"ととらえていくことです(笑い)。
明るい返事一つで、親も自分も、驚くほど心が明るくなる。家庭の雰囲気が温かくなる。みんなの返事には、それほど大きな力がある。
◎「希望の明日」へはきょうから「幸福・福運」です!(^^)!
2012年12月1日土曜日
2012.12.01 わが友に贈る
正義の魂燃ゆる
東海道の同志よ!
旭日の大生命力で
平和の楽土を築け!
総仕上げの時は今!
三沢抄 P1487
『仏法をがくする者は大地微塵よりをほけれどもまことに仏になる人は爪の上の土よりもすくなし』
◇希望の明日へ
立場や民族を超えた友情を築けるかどうか。それが人類の未来を決する。友情が、二十一世紀のキーワードである。もちろん人間であるかぎり、永遠に、何らかの対立や相克、意見の違いはある。しかし、それで憎しみ合ったり、殺し合いをしたりする必要は絶対にない。皆、地球という「共通の家」に住んでいる人類家族である。
平5・6・22
☆100文字の幸福抄
清々しい声の人でありたい。
声には、その人の真の姿がそのまま表れる。
私がお会いしてきた一流の人物は
例外なく立派な声をされていた。
声は人格である。
声は心である。
ゆえに、心を磨き、声を大切にしてほしい。
☆大白蓮華巻頭言12月号「信仰とは不屈の旗なり」
恐れるな
蓮華の法は
何ものも
乗り越え楽しく
境涯長者と
人生は早い。月日の経つスピードは、年齢を重ねるごとに、加速していくように感じられるものだ。
日蓮大聖人は、『命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也』(P955)と仰せになられた。
大聖人と御一緒にとの思いで、私たちは一日一日を大切に丁寧に、広宣流布の大願に生き抜いていきたい。
誰人にも、月月・日日に、越えねばならない坂があるであろう。
どんなに険しい坂であっても、我らは題目を唱え、同志と励まし合い、断固と上り切っていくのだ。また、必ず上り切ることができる。そして一年の棹尾に、「今年も断じて負けなかった!」「来年も絶対に勝ってみせる!」と不屈の旗を掲げるのだ。これが、「人間革命」の年輪となる。
師・戸田城聖先生の叫びが蘇る。
「つまずき倒れれば、大地を踏みしめて立つように、何度でも立ち上がれる力こそ、信心だよ。何があろうと、びくともするな!」と。
経済苦や病気、また人間関係など、深い悩みに直面する友を、先生は抱きかかえるように励まし続けた。
「難が大きい分、必ず大きく勝ち切れる。今の苦労を糧に、大勢め人を救いゆく大境涯を開いて、常楽我浄の人生を何千回、いな何億回と、楽しく繰り返していけるんだよ!」
妙法に照らして、永遠という次元から見れば、今世の試練は、すべて自他共に金剛不壊の幸福境涯を勝ち取っていくための現象である。
その変毒為薬の実証を示す「心の財」の長者の方々が、日本中、世界中に光っておられるではないか。
ある年の瀬、大聖人は上野尼御前の真心に感謝され、こう記された。
『此の御志は・いかんがせんと・うれしくをもひ候ところに・両眼より・ひとつのなんだを・うかべて候』(P1583)
私には、さながら尊き多宝の母である学会婦人部の皆様方への讃嘆と拝されてならない。
また、この母の信心に続く娘(重須殿女房)へ贈られたのが、正月の御文として有名な十字御書である。
『法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし』(P1492)とは、絶対の約束であられる。
「先駆」の誉れも高き北九州に、夫を戦争で奪われ、郵便配達をしながら、娘を育て上げた女性がいる。戦時中、非国民呼ばわりされても、捕虜の敵兵たちに飲み水を汲んであげた慈愛と信念の母であった。
戦後、平和を願い、広宣流布のため、愛娘と全身全霊で奔走された。悪口罵詈にも怯まず、愛する郷土に立正安国の対話を広げ抜いた。
最晩年は、後継の友たちの何より嬉しい勝利の晴れ姿を見届け、「大九州、万歳!」「創価学会、万歳!」と声高らかに叫び切って、所願満足の人生を飾っていかれたのである。
あまりにも崇高な父母たちが命を賭して築き上げた創価の人材城に、いよいよ民衆凱歌の万歳を轟かせていくのが「青年学会 勝利の年」だ。
古代ローマの哲人セネカは「王者とは、何も恐れぬ者」と結論した。
我らは妙法と共に、恐れなき人間王者、信仰王者の心で、境涯を開き、仏縁を結び、新たな栄光の旗を打ち立てようではないか!
堂々と
また晴れ晴れと
この人生
勝ち抜け断固と
王者の如くに
東海道の同志よ!
旭日の大生命力で
平和の楽土を築け!
総仕上げの時は今!
三沢抄 P1487
『仏法をがくする者は大地微塵よりをほけれどもまことに仏になる人は爪の上の土よりもすくなし』
◇希望の明日へ
立場や民族を超えた友情を築けるかどうか。それが人類の未来を決する。友情が、二十一世紀のキーワードである。もちろん人間であるかぎり、永遠に、何らかの対立や相克、意見の違いはある。しかし、それで憎しみ合ったり、殺し合いをしたりする必要は絶対にない。皆、地球という「共通の家」に住んでいる人類家族である。
平5・6・22
☆100文字の幸福抄
清々しい声の人でありたい。
声には、その人の真の姿がそのまま表れる。
私がお会いしてきた一流の人物は
例外なく立派な声をされていた。
声は人格である。
声は心である。
ゆえに、心を磨き、声を大切にしてほしい。
☆大白蓮華巻頭言12月号「信仰とは不屈の旗なり」
恐れるな
蓮華の法は
何ものも
乗り越え楽しく
境涯長者と
人生は早い。月日の経つスピードは、年齢を重ねるごとに、加速していくように感じられるものだ。
日蓮大聖人は、『命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也』(P955)と仰せになられた。
大聖人と御一緒にとの思いで、私たちは一日一日を大切に丁寧に、広宣流布の大願に生き抜いていきたい。
誰人にも、月月・日日に、越えねばならない坂があるであろう。
どんなに険しい坂であっても、我らは題目を唱え、同志と励まし合い、断固と上り切っていくのだ。また、必ず上り切ることができる。そして一年の棹尾に、「今年も断じて負けなかった!」「来年も絶対に勝ってみせる!」と不屈の旗を掲げるのだ。これが、「人間革命」の年輪となる。
師・戸田城聖先生の叫びが蘇る。
「つまずき倒れれば、大地を踏みしめて立つように、何度でも立ち上がれる力こそ、信心だよ。何があろうと、びくともするな!」と。
経済苦や病気、また人間関係など、深い悩みに直面する友を、先生は抱きかかえるように励まし続けた。
「難が大きい分、必ず大きく勝ち切れる。今の苦労を糧に、大勢め人を救いゆく大境涯を開いて、常楽我浄の人生を何千回、いな何億回と、楽しく繰り返していけるんだよ!」
妙法に照らして、永遠という次元から見れば、今世の試練は、すべて自他共に金剛不壊の幸福境涯を勝ち取っていくための現象である。
その変毒為薬の実証を示す「心の財」の長者の方々が、日本中、世界中に光っておられるではないか。
ある年の瀬、大聖人は上野尼御前の真心に感謝され、こう記された。
『此の御志は・いかんがせんと・うれしくをもひ候ところに・両眼より・ひとつのなんだを・うかべて候』(P1583)
私には、さながら尊き多宝の母である学会婦人部の皆様方への讃嘆と拝されてならない。
また、この母の信心に続く娘(重須殿女房)へ贈られたのが、正月の御文として有名な十字御書である。
『法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし』(P1492)とは、絶対の約束であられる。
「先駆」の誉れも高き北九州に、夫を戦争で奪われ、郵便配達をしながら、娘を育て上げた女性がいる。戦時中、非国民呼ばわりされても、捕虜の敵兵たちに飲み水を汲んであげた慈愛と信念の母であった。
戦後、平和を願い、広宣流布のため、愛娘と全身全霊で奔走された。悪口罵詈にも怯まず、愛する郷土に立正安国の対話を広げ抜いた。
最晩年は、後継の友たちの何より嬉しい勝利の晴れ姿を見届け、「大九州、万歳!」「創価学会、万歳!」と声高らかに叫び切って、所願満足の人生を飾っていかれたのである。
あまりにも崇高な父母たちが命を賭して築き上げた創価の人材城に、いよいよ民衆凱歌の万歳を轟かせていくのが「青年学会 勝利の年」だ。
古代ローマの哲人セネカは「王者とは、何も恐れぬ者」と結論した。
我らは妙法と共に、恐れなき人間王者、信仰王者の心で、境涯を開き、仏縁を結び、新たな栄光の旗を打ち立てようではないか!
堂々と
また晴れ晴れと
この人生
勝ち抜け断固と
王者の如くに
2012年11月30日金曜日
2012.11.30 わが友に贈る
人材王国の信越よ!
山を越え、谷を超え
波濤を越えて勝利へ!
人間革命の天地に
正義の旗を打ち立てよ!
弥三郎殿御返事 P1450
『心あらん人人は我等が為にと思食すべし、若し恩を知り心有る人人は二当らん杖には一は替わるべき事ぞかし、さこそ無からめ還って怨をなしなんどせらるる事は心得ず候』
◇希望の明日へ
友情を広げることが平和を広げることである−−。これが、数学者でもあった戸田先生から受け継いだ、私の信条である。総じて、政治には矛盾が、宗教には裏表が、経済の世界には格差がある。しかし、友情は平等である。普遍であり、永遠である。
平5・6・9
☆100文字の幸福抄
価値ある仕事は、みずみずしい創造力から生まれる。
創造の泉がかれてしまえば、
惰性になり、進歩の喜びもない。
絶えず自身を向上させ、
新たな発想を現実のものとしていく
豊かな創造力こそ、
生涯にわたる幸福への鍵となる。
☆未来対話−−君と歩む勝利の道 第8回「秀才とは親孝行の人なり」
◇報恩は究極の幸福の軌道
──1年の締めくくりの12月、未来部のメンバーは、各自の目標に向けて元気に前進しています。
池田名誉会長 この1年の全員の奮闘を、私は心から讃えたい。
とともに、何かと気ぜわしい年末です。交通事故や火災に注意をお願いします。
受験生のメンバーをはじめ、みんなの健康・無事故と大勝利を、毎日、祈っています。
日本では12月を「師走」と呼んでいます。私の恩師・戸田城聖先生は、ユーモアをまじえて、皆に語られていました。
「師走といって、文字通り、"師も走って"いるのだよ。皆さんも多忙だと思うが、私も走っている。広宣流布のために、ひとつ頑張ってくれ」
皆さんのお父さん、お母さんは、地域に幸せを広げるため、世界を平和にするために、一生懸命、走り回ってくださっている。誰よりも尊い"仏の使い"であり、誰よりも立派な"国の宝"です。どんなに感謝してもしきれません。
皆さんは、この偉大なる父母を大切にし、親孝行を頼みます。
──池田先生から、いつも「親孝行」の大切さを教えていただいています。
ですから、忙しい親の手伝いを心掛けたり、家族で過ごす正月には「親孝行」をしようと決意したりしているメンバーもいます。
名誉会長 その気持ちをお父さん、お母さんが知ったら、涙を流すほど喜ぶよ。疲れや悩みも吹き飛び、お年玉だって余計にあげたいと思う。親というのは、そういうものです。
私は、高等部の皆さんに「秀才と 親孝行は 一致かな」と詠んで贈ったことがあります。
親孝行は、人間性の芸術です。
親孝行は、究極の幸福の道です。
親孝行は、世界平和の礎です。
──メンバーから、「親孝行をしたいと思っているのですが、何をすればいいのか分かりません」という質問も寄せられています。
名誉会長 仏法では、親孝行に三つの段階があると説きます。
第1に、親に衣食などをプレゼントすること。
第2に、親の思いに従うこと。それぞれ、大事な親孝行です。
そのうえで、第3の最高の親孝行とは、妙法の力で、親の生命を永遠に救っていくことであると、教えています。
つまり、皆さんが大宇宙の法則である題目を唱え、信心を根本に立派な人に育つことが、何よりの親孝行になるのです。
ですから、今は大いに学び鍛え、やがて多くの友を幸福へとリードし、社会に世界に貢献していくことです。
わが子が「あなたのお子さんのおかげで」と皆から感謝されるような人になってくれる。それは親にとって、何ものにも代え難い喜びであり、誇りです。子育ての苦労が報われたと感じるものです。
君自身の成長が、あなた自身の栄光が、一番の親孝行なんです。
親子の関係というのは、ずっと続く。いつまでたっても、親は親、子は子です。たとえ亡くなっても、生命はつながっている。
ゆえに、親孝行とは、一生涯の目標といってよい。じっくり焦らずに、自分自身を磨いていくことです。
その意味から、今回は、フィリピンの若き大英雄ホセ・リサールの言葉を皆さんに贈りたい。
「子どもが両親に表せる最高の敬意とは、誠実な人となり、社会から尊敬される人になることである」と。
山を越え、谷を超え
波濤を越えて勝利へ!
人間革命の天地に
正義の旗を打ち立てよ!
弥三郎殿御返事 P1450
『心あらん人人は我等が為にと思食すべし、若し恩を知り心有る人人は二当らん杖には一は替わるべき事ぞかし、さこそ無からめ還って怨をなしなんどせらるる事は心得ず候』
◇希望の明日へ
友情を広げることが平和を広げることである−−。これが、数学者でもあった戸田先生から受け継いだ、私の信条である。総じて、政治には矛盾が、宗教には裏表が、経済の世界には格差がある。しかし、友情は平等である。普遍であり、永遠である。
平5・6・9
☆100文字の幸福抄
価値ある仕事は、みずみずしい創造力から生まれる。
創造の泉がかれてしまえば、
惰性になり、進歩の喜びもない。
絶えず自身を向上させ、
新たな発想を現実のものとしていく
豊かな創造力こそ、
生涯にわたる幸福への鍵となる。
☆未来対話−−君と歩む勝利の道 第8回「秀才とは親孝行の人なり」
◇報恩は究極の幸福の軌道
──1年の締めくくりの12月、未来部のメンバーは、各自の目標に向けて元気に前進しています。
池田名誉会長 この1年の全員の奮闘を、私は心から讃えたい。
とともに、何かと気ぜわしい年末です。交通事故や火災に注意をお願いします。
受験生のメンバーをはじめ、みんなの健康・無事故と大勝利を、毎日、祈っています。
日本では12月を「師走」と呼んでいます。私の恩師・戸田城聖先生は、ユーモアをまじえて、皆に語られていました。
「師走といって、文字通り、"師も走って"いるのだよ。皆さんも多忙だと思うが、私も走っている。広宣流布のために、ひとつ頑張ってくれ」
皆さんのお父さん、お母さんは、地域に幸せを広げるため、世界を平和にするために、一生懸命、走り回ってくださっている。誰よりも尊い"仏の使い"であり、誰よりも立派な"国の宝"です。どんなに感謝してもしきれません。
皆さんは、この偉大なる父母を大切にし、親孝行を頼みます。
──池田先生から、いつも「親孝行」の大切さを教えていただいています。
ですから、忙しい親の手伝いを心掛けたり、家族で過ごす正月には「親孝行」をしようと決意したりしているメンバーもいます。
名誉会長 その気持ちをお父さん、お母さんが知ったら、涙を流すほど喜ぶよ。疲れや悩みも吹き飛び、お年玉だって余計にあげたいと思う。親というのは、そういうものです。
私は、高等部の皆さんに「秀才と 親孝行は 一致かな」と詠んで贈ったことがあります。
親孝行は、人間性の芸術です。
親孝行は、究極の幸福の道です。
親孝行は、世界平和の礎です。
──メンバーから、「親孝行をしたいと思っているのですが、何をすればいいのか分かりません」という質問も寄せられています。
名誉会長 仏法では、親孝行に三つの段階があると説きます。
第1に、親に衣食などをプレゼントすること。
第2に、親の思いに従うこと。それぞれ、大事な親孝行です。
そのうえで、第3の最高の親孝行とは、妙法の力で、親の生命を永遠に救っていくことであると、教えています。
つまり、皆さんが大宇宙の法則である題目を唱え、信心を根本に立派な人に育つことが、何よりの親孝行になるのです。
ですから、今は大いに学び鍛え、やがて多くの友を幸福へとリードし、社会に世界に貢献していくことです。
わが子が「あなたのお子さんのおかげで」と皆から感謝されるような人になってくれる。それは親にとって、何ものにも代え難い喜びであり、誇りです。子育ての苦労が報われたと感じるものです。
君自身の成長が、あなた自身の栄光が、一番の親孝行なんです。
親子の関係というのは、ずっと続く。いつまでたっても、親は親、子は子です。たとえ亡くなっても、生命はつながっている。
ゆえに、親孝行とは、一生涯の目標といってよい。じっくり焦らずに、自分自身を磨いていくことです。
その意味から、今回は、フィリピンの若き大英雄ホセ・リサールの言葉を皆さんに贈りたい。
「子どもが両親に表せる最高の敬意とは、誠実な人となり、社会から尊敬される人になることである」と。
2012.11.29 わが友に贈る
黄金柱の壮年部よ
断じて負けるな!
仏の異名は「勝利者」。
苦難に打ち勝ち
汝自身の歴史を刻め!
同一鹹味御書 P1447
『百味の肴膳を調ふといへども一つの鹹の味なければ大王の膳とならず、山海の珍物も鹹なければ気味なし、大海に八の不思議あり』
◇希望の明日へ
一度結んだ友情は絶対に裏切らない。その人が大変になればなるほど守りぬいていく。これが人間性である。私の生き方でもある。信頼を"裏切る"のは、自分で自分の人間性を裏切っているのである。人間以下の人生となってしまう。信条の違い、立場の違いを超えて、真の人間として、人格と人格で結ばれていくその友情は人生の宝である。
平5・4・8
☆100文字の幸福抄
いつも余裕のない、
暗い顔をしていたのでは、
周囲の元気もなくなってしまう。
そこからは希望も、活力も生まれてこない。
笑顔の人は強い。
正しい人生を歩んでいる人には、
晴れ晴れとした明るさがある。
☆御書とともにNo.096 日々の積み重ねが大事
『つゆつもりて河どなる・河つもりて大海となる・塵つもりて山となる・山かさなりて須弥山となれリ・小事つもりて大事となる』(衆生心身御書、P1595)
◇通解
露が集まって河となり、河が集まって大海となるように、塵が積もって山となり、山が重なって須弥山となるように、小事が積もって大事となるのである。
◇同志への指針
地球を包む母なる大海原も、小さな滴の集まりである。万人が仰ぎ見る王者の大山もまた、塵の集まりである。一日一日の積み重ねが、大事業を成す王道だ。
人が見ようが見まいが、一歩また一歩と前進する。一人また一人と対話する。その結集が時代を変える。たゆまぬ民衆の行進こそが、歴史を動かすのだ。
断じて負けるな!
仏の異名は「勝利者」。
苦難に打ち勝ち
汝自身の歴史を刻め!
同一鹹味御書 P1447
『百味の肴膳を調ふといへども一つの鹹の味なければ大王の膳とならず、山海の珍物も鹹なければ気味なし、大海に八の不思議あり』
◇希望の明日へ
一度結んだ友情は絶対に裏切らない。その人が大変になればなるほど守りぬいていく。これが人間性である。私の生き方でもある。信頼を"裏切る"のは、自分で自分の人間性を裏切っているのである。人間以下の人生となってしまう。信条の違い、立場の違いを超えて、真の人間として、人格と人格で結ばれていくその友情は人生の宝である。
平5・4・8
☆100文字の幸福抄
いつも余裕のない、
暗い顔をしていたのでは、
周囲の元気もなくなってしまう。
そこからは希望も、活力も生まれてこない。
笑顔の人は強い。
正しい人生を歩んでいる人には、
晴れ晴れとした明るさがある。
☆御書とともにNo.096 日々の積み重ねが大事
『つゆつもりて河どなる・河つもりて大海となる・塵つもりて山となる・山かさなりて須弥山となれリ・小事つもりて大事となる』(衆生心身御書、P1595)
◇通解
露が集まって河となり、河が集まって大海となるように、塵が積もって山となり、山が重なって須弥山となるように、小事が積もって大事となるのである。
◇同志への指針
地球を包む母なる大海原も、小さな滴の集まりである。万人が仰ぎ見る王者の大山もまた、塵の集まりである。一日一日の積み重ねが、大事業を成す王道だ。
人が見ようが見まいが、一歩また一歩と前進する。一人また一人と対話する。その結集が時代を変える。たゆまぬ民衆の行進こそが、歴史を動かすのだ。
2012年11月28日水曜日
2012.11.28 わが友に贈る
風雪を越えゆく
あまりにも崇高な
大東北の同志よ!
新生の希望の道を
共々に開こう!
佐渡御書 P958
『我今度の御勘気は世間の失一分もなし偏に先業の重罪を今生に消して後生の三悪を脱れんずるなるべし』
◇希望の明日へ
友情を広げるために大切なことは、平等の対話である。対話で大切なことは、まず謙虚に相手に学ぶことである。傲慢であっては、人も国も、友人ができないのは当然であろう。
平5・3・25
☆100文字の幸福抄
「笑う」という言葉は、
古くは「咲う」とも書いたという。
笑顔は、人間が咲かせることのできる花である。
お金があってもなくても、
家族にも、友人にも、
惜しみなく贈ることのできる
幸せの花が笑顔である。
☆御書とともにNo.095 信心根本に道を開け
『なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉擢滅」の金言むなしかるべからず、兵法剣形の大事も此の妙法より出でたり、ふかく信心をとリ給へ、あへて臆病にては叶うべからず候』(四条金吾殿御返事、P1192)
◇通解
どのような兵法よりも、法華経の兵法を用いていきなさい。「あらゆる怨敵は、皆ことごとく滅びる」(法華経薬王品第23)との金言は、決して空しいはずがない。兵法や剣術の真髄も、この妙法から出たものである。深く信心を起こしなさい。決して臆病であっては叶わないのである。
◇同志への指針
いついかなる時も、勇敢に「法華経の兵法」で道を開く。これが、大聖人直結の学会精神である。ゆえに、どんな戦いも強盛なる祈りから始めるのだ。
妙法には、一切の魔を打ち破る大功力がある。諸天善神を揺り動かし、十界のあらゆる衆生を味方に変えていくことができる。
この最高の兵法も、臆病では役に立たない。どこまでも「勇気」だ。我らは勇気ある信心で、すべてを勝ち開いていくのだ。
あまりにも崇高な
大東北の同志よ!
新生の希望の道を
共々に開こう!
佐渡御書 P958
『我今度の御勘気は世間の失一分もなし偏に先業の重罪を今生に消して後生の三悪を脱れんずるなるべし』
◇希望の明日へ
友情を広げるために大切なことは、平等の対話である。対話で大切なことは、まず謙虚に相手に学ぶことである。傲慢であっては、人も国も、友人ができないのは当然であろう。
平5・3・25
☆100文字の幸福抄
「笑う」という言葉は、
古くは「咲う」とも書いたという。
笑顔は、人間が咲かせることのできる花である。
お金があってもなくても、
家族にも、友人にも、
惜しみなく贈ることのできる
幸せの花が笑顔である。
☆御書とともにNo.095 信心根本に道を開け
『なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉擢滅」の金言むなしかるべからず、兵法剣形の大事も此の妙法より出でたり、ふかく信心をとリ給へ、あへて臆病にては叶うべからず候』(四条金吾殿御返事、P1192)
◇通解
どのような兵法よりも、法華経の兵法を用いていきなさい。「あらゆる怨敵は、皆ことごとく滅びる」(法華経薬王品第23)との金言は、決して空しいはずがない。兵法や剣術の真髄も、この妙法から出たものである。深く信心を起こしなさい。決して臆病であっては叶わないのである。
◇同志への指針
いついかなる時も、勇敢に「法華経の兵法」で道を開く。これが、大聖人直結の学会精神である。ゆえに、どんな戦いも強盛なる祈りから始めるのだ。
妙法には、一切の魔を打ち破る大功力がある。諸天善神を揺り動かし、十界のあらゆる衆生を味方に変えていくことができる。
この最高の兵法も、臆病では役に立たない。どこまでも「勇気」だ。我らは勇気ある信心で、すべてを勝ち開いていくのだ。
2012年11月27日火曜日
2012.11.27 わが友に贈る
励ましは勝利の力。
陰で頑張っている人
悩みや病気を抱えた人
一人一人に光を当て
喜びと勇気を送るのだ。
一念三千法門 P415
『此の娑婆世界は耳根得道の国なり以前に申す如く当知身土と云云、一切衆生の身に百界千如三千世間を納むる謂を明が故に是を耳に触るる一切衆生は功徳を得る衆生なり』
◇希望の明日へ
人間としての友愛は、立場も国籍も民族も、宗教さえ超えて人を結ぶ。信頼できる友人をもつことは人生の至福である。世界各国にいる親友こそ、私のかけがえのない誇りであり、宝物である。人と人の心が結ばれるところから、価値あるドラマは始まる。
平4・1・22
☆100文字の幸福抄
朝の勝利は一日の勝利だ。
一日の勝利の積み重ねは、
人生の勝利につながっていく。
清々しい一日の出発こそ、
充実の人生の秘訣である。
きょう一日をどのような一目と輝かせるか。
自分自身の朝の心が、その光となる。
☆希望の大空へ〜わが愛する王子王女に贈る〜第8回 時間は宝
そうは言っても、「やりたくないことはできないよ」という人もいるでしょう。
そんな、みなさんに、きょうは、とっておきの方法を教えましょう!
それは、自分の夢や目標を、紙に書き出すことです。言葉には、ふしぎな力があります。書いた言葉が、君を、あなたを、自分の夢や目標に導いてくれるのです。
最近の研究でも、書くことによって、脳かしげきされ、"がんばろう!"という気持ちがわいてくることがわかっています。
紙に書いたら、題目を唱えましょう。
日蓮大聖人は『南無妙法蓮華経は、ライオンがほえるようなものです』(P1124、意味)とおおせです。題目は、百獣の王・ライオンのおたけびのように、何ものにも負けない、一番強い力なのです。
題目を唱えれば、夢や目標を"必ず実現してみせるぞ!"という、師子王の勇気がわいてきます。
そして決意したら、行動しましょう。
行動する時にも、できれば、みなさんにためしてほしいことがあります。
それは、きょうの「勝利メモ」を作ることです。
むずかしいことではありません。
まず、きょう1日のあいだに、「やりたいこと」「やらなければならないこと」を書き出します。それに「順番」と「時間」を決めれば、できあがりです。
この「勝利メモ」を見れば、「今、何をする時間なのか」が、はっきりします。できたことには、しるしをつけてください。これを、毎日、くり返します。
作るのがむずかしかったら、お父さん、お母さんや、未来部担当の方たちに、相談してみてください。だんだん、自分でできるようになります。
創価学会には、「決めて、祈って、行動する」という「勝利のリズム」があります。みなさんのお父さんやお母さん、先ぱいの人たちも、このリズムで、自身の目標に挑戦し、勝ち越えてきました。
みなさんも、「決めて、祈って、行動する」を合言葉に、1日また1日、大勝利の青春を歩んでいっていただきたいのです。
1日24時間は、だれにも平等です。
しかし、大切に使えば、1日を1週間分にも、1年を10年分にもできる。私は、そう決心して生きてきました。若いころは病弱で、医者から「30歳まで生きられない」と言われた体でした。だからこそ、時間を惜しんで学び、働き、戦いました。
仏法では、『一日の命は、宇宙の全財宝を集めた以上の宝です』(P986、意味)と説かれます。
時間は命です。かけがえのない宝です。
時間を大切にする人は、命を大切にする人です。
命を大切にする人は、平和を築く人です。
「使命」とは、「命を使う」と書きます。
だれのために、何のために、時間を使うのか──。
私は、学会の同志のために、世界を平和にするために、真剣勝負で命を使ってきました。
そんな私の願いは、みなさんが、じゅうじつした「時間」をつくって、成長してくれることです。みなさんが、勝ったと言える一年一年を前進してくれることです。
そして、いつの日か、お父さん、お母さんのために、世界の人の幸福と平和のために、その大切な「時間」を使って、がんばってほしいのです。
未来に生きるみなさん方のために、私はこれからの「時間」のすべてを使っていく決心です。みなさんのためならば、何も惜しくはありません。
お日さまのしずむ時間が日に日に早くなり、寒さもいよいよ厳しくなってきました。大切な大切な未来部の全員の健康を、私と妻は、毎日毎日、祈りぬいています。
どうか、一人ももれなく健康・無事故で、楽しいお正月をむかえてください。
来年も、いつしよに、朗らかに、語らいの時間をつくりましょう!
(2012.12.1 少年少女きぼう新聞掲載)
陰で頑張っている人
悩みや病気を抱えた人
一人一人に光を当て
喜びと勇気を送るのだ。
一念三千法門 P415
『此の娑婆世界は耳根得道の国なり以前に申す如く当知身土と云云、一切衆生の身に百界千如三千世間を納むる謂を明が故に是を耳に触るる一切衆生は功徳を得る衆生なり』
◇希望の明日へ
人間としての友愛は、立場も国籍も民族も、宗教さえ超えて人を結ぶ。信頼できる友人をもつことは人生の至福である。世界各国にいる親友こそ、私のかけがえのない誇りであり、宝物である。人と人の心が結ばれるところから、価値あるドラマは始まる。
平4・1・22
☆100文字の幸福抄
朝の勝利は一日の勝利だ。
一日の勝利の積み重ねは、
人生の勝利につながっていく。
清々しい一日の出発こそ、
充実の人生の秘訣である。
きょう一日をどのような一目と輝かせるか。
自分自身の朝の心が、その光となる。
☆希望の大空へ〜わが愛する王子王女に贈る〜第8回 時間は宝
そうは言っても、「やりたくないことはできないよ」という人もいるでしょう。
そんな、みなさんに、きょうは、とっておきの方法を教えましょう!
それは、自分の夢や目標を、紙に書き出すことです。言葉には、ふしぎな力があります。書いた言葉が、君を、あなたを、自分の夢や目標に導いてくれるのです。
最近の研究でも、書くことによって、脳かしげきされ、"がんばろう!"という気持ちがわいてくることがわかっています。
紙に書いたら、題目を唱えましょう。
日蓮大聖人は『南無妙法蓮華経は、ライオンがほえるようなものです』(P1124、意味)とおおせです。題目は、百獣の王・ライオンのおたけびのように、何ものにも負けない、一番強い力なのです。
題目を唱えれば、夢や目標を"必ず実現してみせるぞ!"という、師子王の勇気がわいてきます。
そして決意したら、行動しましょう。
行動する時にも、できれば、みなさんにためしてほしいことがあります。
それは、きょうの「勝利メモ」を作ることです。
むずかしいことではありません。
まず、きょう1日のあいだに、「やりたいこと」「やらなければならないこと」を書き出します。それに「順番」と「時間」を決めれば、できあがりです。
この「勝利メモ」を見れば、「今、何をする時間なのか」が、はっきりします。できたことには、しるしをつけてください。これを、毎日、くり返します。
作るのがむずかしかったら、お父さん、お母さんや、未来部担当の方たちに、相談してみてください。だんだん、自分でできるようになります。
創価学会には、「決めて、祈って、行動する」という「勝利のリズム」があります。みなさんのお父さんやお母さん、先ぱいの人たちも、このリズムで、自身の目標に挑戦し、勝ち越えてきました。
みなさんも、「決めて、祈って、行動する」を合言葉に、1日また1日、大勝利の青春を歩んでいっていただきたいのです。
1日24時間は、だれにも平等です。
しかし、大切に使えば、1日を1週間分にも、1年を10年分にもできる。私は、そう決心して生きてきました。若いころは病弱で、医者から「30歳まで生きられない」と言われた体でした。だからこそ、時間を惜しんで学び、働き、戦いました。
仏法では、『一日の命は、宇宙の全財宝を集めた以上の宝です』(P986、意味)と説かれます。
時間は命です。かけがえのない宝です。
時間を大切にする人は、命を大切にする人です。
命を大切にする人は、平和を築く人です。
「使命」とは、「命を使う」と書きます。
だれのために、何のために、時間を使うのか──。
私は、学会の同志のために、世界を平和にするために、真剣勝負で命を使ってきました。
そんな私の願いは、みなさんが、じゅうじつした「時間」をつくって、成長してくれることです。みなさんが、勝ったと言える一年一年を前進してくれることです。
そして、いつの日か、お父さん、お母さんのために、世界の人の幸福と平和のために、その大切な「時間」を使って、がんばってほしいのです。
未来に生きるみなさん方のために、私はこれからの「時間」のすべてを使っていく決心です。みなさんのためならば、何も惜しくはありません。
お日さまのしずむ時間が日に日に早くなり、寒さもいよいよ厳しくなってきました。大切な大切な未来部の全員の健康を、私と妻は、毎日毎日、祈りぬいています。
どうか、一人ももれなく健康・無事故で、楽しいお正月をむかえてください。
来年も、いつしよに、朗らかに、語らいの時間をつくりましょう!
(2012.12.1 少年少女きぼう新聞掲載)
2012年11月26日月曜日
2012.11.26 わが友に贈る
深く信頼する
大九州の勇者よ
新たな栄光の山を登れ!
先駆の火の国に
王者の勝鬨を!
妙法曼陀羅供養事 P1306
『されば此の良薬を持たん女人等をば此の四人の大菩薩前後左右に立そひて此の女人たたせ給へば此の大菩薩も立たせ給ふ乃至此の女人道を行く時は此の菩薩も道を行き給ふ』
◇今週のことば
真実に勝る雄弁なし。
我らの信念の行動を
胸を張って語れ!
混迷の社会に
創価の人間主義の光を!
2012年11月26日
◇希望の明日へ
変わらぬ友情は、いかなる宝よりも尊い。そして、策や利害ではなく、友情を結び、友情を大切にする人生こそ光り輝く人生である。学会の同志は人間としての友情で結ばれている。また世間的な友情よりも、もう一歩深い絆で結ばれた"三世の同志"である。これ以上、麗しい人間性の世界はない。これ以上、美しき、真心の世界は絶対にない。
平3・10・10
☆100文字の幸福抄
朝顔は、朝一番を笑顔で出発する。
昨日までがどうであれ、クヨクヨしない。
今朝は、生まれ変わった新しい心で、
思う存分、悔いなく生き切ろう!
このきっぱりとした朝顔の姿が、
庶民から愛された
魅力の一つかもしれない。
☆希望の大空へ〜わが愛する王子王女に贈る〜第8回 時間は宝
もうすぐ2012年が終わり、2013年が始まります。
私にとって、この一年、新しい、そしてすばらしい語らいがありました。それは、この「きぼう新聞」で、毎月、みなさんと進めてきた、心と心の対話です。来年も、もっともっと語り合つていきましよう!
みなさんは、どんな一年でしたか?
新しい友だちができた人、楽しい思い出がたくさんできた人もいるでしょう。
なかには、友だちとけんかをしたり、勉強でつまずいたり、つらい思いをした人もいるかもしれません。
でも、心配いりません。「終わり良けれぱ、すべて良し」という言葉があります。
終わりが良ければ、その一年を、全部、良い年にすることができ、希望に燃えて、次の年へ良いスタートがきれるからです。
だから、これまでがどうあれ、くよくよせず、「よし、この12月を、がんばろう!」と決意して挑戦すれば、いいんです。
すべては「今から」「これから」「きょうから」始まるのです。前へ前へ、朗らかに粘り強く進んでいけば、失敗したことだって、次の成功につなげることができる。
「今」をがんばれば、「過去」さえも光らせ、「未来」をいくらでも開いていける。
大切なのは、「今は何をする時なのか」と考えて、それをやりきることなのです。
みなさんの中には、「雪山の寒苦鳥」の物語を聞いたり、読んだりした人もいるでしょう。古くから伝わる仏教のお話です。
──昔、インドの雪深い山に、寒苦鳥と呼ばれる鳥が暮らしていました。
雪山の夜はそれはそれは寒くて、寒苦鳥は「寒くて死にそうだよ」「夜が明けたら、さっそく巣を作ろう」と鳴いていました。
しかし、夜が明け、お日さまが出ると、あたたかくなり、寒苦鳥は巣を作るという「やるべきこと」を忘れて、遊び続けてしまいました。すると、また夜になって、寒くて、つらくて鳴きました。
こうして寒苦鳥は、夜は寒さに苦しみ、昼は遊び続ける日々をくり返しました。そして、とうとう巣を作ることなく、さびしく一生を終えてしまったというのです。
楽しい時間は、なぜか、あっという間にすぎるのに、つらい時間はとても長く感じるものです。みなさんも、やらなければならない課題をほったらかしにして、大変な思いをしたことがありませんか。
私も、夏休みの図工の宿題を忘れたまま新学期をむかえ、苦しい思いをしたことがあります。今でも思い出します。
人は、だれでも、苦手なことがあります。やりたくない時も、あるでしょう。
きらいなことや苦手なことを後回しにするのは、ちょっと楽なように見えます。でも、じつは、後回しにすればするほど、気分が重くなり、めんどうになります。
巣を作るべき時に作らず、遊んでしまった寒苦鳥のように、後になって苦しまねばなりません。
勉強や宿題は、するべき時にしてしまえば、後の時間を、伸び伸びとやりたいことに使えます。そのほうが、価値的ではないでしょうか。
もちろん、遊びや休みの時間も必要です。
「今は勉強だ!」「今は本を読もう!」「今は遊ぼう!」「今はゆっくりしよう!」と、時間帯を自分なりに決めて使うことです。そうやって時間を大切にしていけば、楽しい、じゅうじつした時間を、何倍にも増やすことができます。
◎きょうから「100文字の幸福抄」がスタート、乞うご期待!(^^)!
大九州の勇者よ
新たな栄光の山を登れ!
先駆の火の国に
王者の勝鬨を!
妙法曼陀羅供養事 P1306
『されば此の良薬を持たん女人等をば此の四人の大菩薩前後左右に立そひて此の女人たたせ給へば此の大菩薩も立たせ給ふ乃至此の女人道を行く時は此の菩薩も道を行き給ふ』
◇今週のことば
真実に勝る雄弁なし。
我らの信念の行動を
胸を張って語れ!
混迷の社会に
創価の人間主義の光を!
2012年11月26日
◇希望の明日へ
変わらぬ友情は、いかなる宝よりも尊い。そして、策や利害ではなく、友情を結び、友情を大切にする人生こそ光り輝く人生である。学会の同志は人間としての友情で結ばれている。また世間的な友情よりも、もう一歩深い絆で結ばれた"三世の同志"である。これ以上、麗しい人間性の世界はない。これ以上、美しき、真心の世界は絶対にない。
平3・10・10
☆100文字の幸福抄
朝顔は、朝一番を笑顔で出発する。
昨日までがどうであれ、クヨクヨしない。
今朝は、生まれ変わった新しい心で、
思う存分、悔いなく生き切ろう!
このきっぱりとした朝顔の姿が、
庶民から愛された
魅力の一つかもしれない。
☆希望の大空へ〜わが愛する王子王女に贈る〜第8回 時間は宝
もうすぐ2012年が終わり、2013年が始まります。
私にとって、この一年、新しい、そしてすばらしい語らいがありました。それは、この「きぼう新聞」で、毎月、みなさんと進めてきた、心と心の対話です。来年も、もっともっと語り合つていきましよう!
みなさんは、どんな一年でしたか?
新しい友だちができた人、楽しい思い出がたくさんできた人もいるでしょう。
なかには、友だちとけんかをしたり、勉強でつまずいたり、つらい思いをした人もいるかもしれません。
でも、心配いりません。「終わり良けれぱ、すべて良し」という言葉があります。
終わりが良ければ、その一年を、全部、良い年にすることができ、希望に燃えて、次の年へ良いスタートがきれるからです。
だから、これまでがどうあれ、くよくよせず、「よし、この12月を、がんばろう!」と決意して挑戦すれば、いいんです。
すべては「今から」「これから」「きょうから」始まるのです。前へ前へ、朗らかに粘り強く進んでいけば、失敗したことだって、次の成功につなげることができる。
「今」をがんばれば、「過去」さえも光らせ、「未来」をいくらでも開いていける。
大切なのは、「今は何をする時なのか」と考えて、それをやりきることなのです。
みなさんの中には、「雪山の寒苦鳥」の物語を聞いたり、読んだりした人もいるでしょう。古くから伝わる仏教のお話です。
──昔、インドの雪深い山に、寒苦鳥と呼ばれる鳥が暮らしていました。
雪山の夜はそれはそれは寒くて、寒苦鳥は「寒くて死にそうだよ」「夜が明けたら、さっそく巣を作ろう」と鳴いていました。
しかし、夜が明け、お日さまが出ると、あたたかくなり、寒苦鳥は巣を作るという「やるべきこと」を忘れて、遊び続けてしまいました。すると、また夜になって、寒くて、つらくて鳴きました。
こうして寒苦鳥は、夜は寒さに苦しみ、昼は遊び続ける日々をくり返しました。そして、とうとう巣を作ることなく、さびしく一生を終えてしまったというのです。
楽しい時間は、なぜか、あっという間にすぎるのに、つらい時間はとても長く感じるものです。みなさんも、やらなければならない課題をほったらかしにして、大変な思いをしたことがありませんか。
私も、夏休みの図工の宿題を忘れたまま新学期をむかえ、苦しい思いをしたことがあります。今でも思い出します。
人は、だれでも、苦手なことがあります。やりたくない時も、あるでしょう。
きらいなことや苦手なことを後回しにするのは、ちょっと楽なように見えます。でも、じつは、後回しにすればするほど、気分が重くなり、めんどうになります。
巣を作るべき時に作らず、遊んでしまった寒苦鳥のように、後になって苦しまねばなりません。
勉強や宿題は、するべき時にしてしまえば、後の時間を、伸び伸びとやりたいことに使えます。そのほうが、価値的ではないでしょうか。
もちろん、遊びや休みの時間も必要です。
「今は勉強だ!」「今は本を読もう!」「今は遊ぼう!」「今はゆっくりしよう!」と、時間帯を自分なりに決めて使うことです。そうやって時間を大切にしていけば、楽しい、じゅうじつした時間を、何倍にも増やすことができます。
◎きょうから「100文字の幸福抄」がスタート、乞うご期待!(^^)!
2012年11月25日日曜日
2012.11.25 わが友に贈る
「今」の決意が
「未来」を開く。
さあ信心で立て!
「まことの時」は
自ら創り出すものだ。
佐渡御書 P958
『日蓮も又かくせめらるるも先業なきにあらず不軽品に云く「其罪畢已」等云云、不軽菩薩の無量の謗法の者に罵詈打擲せられしも先業の所感なるべし』
◇希望の明日へ
人間の生命力を強めるもの。それは希望であり確信である。そして、励ましとともに、具体的な目標をもてるよう配慮していくことが、どれほど大きな力を引き出すことになるか。そのことは各人が経験上、よくご存じの通りであろう。
昭63・11・11
☆南米ボリビアで広布50周年の青年文化祭へのメッセージ
祈りに祈り抜いて、一人一人が自らの人間革命に挑みながら、良き市民として粘り強く信頼を勝ち取り、勇敢なる対話を広げてきた50年を心から讃えた。
そして「日蓮大聖人は、まず一人が立ち上がり、その一人から二人へ、三人へと、地道に着実に伝え広げていくことが、未来永遠の広宣流布の方程式であると、教えてくださっております」と強調。
一対一の対話こそ、最も確かで、崩れざる平和と幸福の人間の連帯を築きゆく方途である。「栄光の2013年へ、共々に励まし合い、一人一人が悔いなき勝利の人生を飾ってください」と呼び掛け、メッセージを結んだ。
「未来」を開く。
さあ信心で立て!
「まことの時」は
自ら創り出すものだ。
佐渡御書 P958
『日蓮も又かくせめらるるも先業なきにあらず不軽品に云く「其罪畢已」等云云、不軽菩薩の無量の謗法の者に罵詈打擲せられしも先業の所感なるべし』
◇希望の明日へ
人間の生命力を強めるもの。それは希望であり確信である。そして、励ましとともに、具体的な目標をもてるよう配慮していくことが、どれほど大きな力を引き出すことになるか。そのことは各人が経験上、よくご存じの通りであろう。
昭63・11・11
☆南米ボリビアで広布50周年の青年文化祭へのメッセージ
祈りに祈り抜いて、一人一人が自らの人間革命に挑みながら、良き市民として粘り強く信頼を勝ち取り、勇敢なる対話を広げてきた50年を心から讃えた。
そして「日蓮大聖人は、まず一人が立ち上がり、その一人から二人へ、三人へと、地道に着実に伝え広げていくことが、未来永遠の広宣流布の方程式であると、教えてくださっております」と強調。
一対一の対話こそ、最も確かで、崩れざる平和と幸福の人間の連帯を築きゆく方途である。「栄光の2013年へ、共々に励まし合い、一人一人が悔いなき勝利の人生を飾ってください」と呼び掛け、メッセージを結んだ。
2012.11.24 わが友に贈る
堅塁・大中部よ
日本の中心から
民衆の凱歌をあげよ!
誓願の「この道」を
忍耐と執念で突き進め!
兄弟抄 P1083
『過去の謗法の罪を滅せんとて邪見の父母にせめられさせ給う、又法華経の行者をあだむ国主にあへり経文明明たり経文赫赫たり、我身は過去に謗法の者なりける事疑い給うことなかれ』
◇希望の明日へ
若い時の夢、若い時の希望を手放すな、とは戸田先生の指針である。この両者を手放しては、人間としてはなんの意味もない。どこまでも夢と希望をもち続け、そのすべてを実現していく−−ここに人生と信仰の、すばらしき"ロマン"があるからである。
昭63・9・17
☆アメリカ創価大学第12回学生祭への創立者のメッセージ
◇「創価」とは不屈と勇気の精神
わが宝の中の宝である、アメリカ創価大学生の皆さん!
麗しき友情と建学の息吹みなぎる第12回「学生祭」の開催、誠におめでとうございます!
アメリカ創価大学は、旭日の如き大発展を続けてくれております。世界の多くの識者や教育界のかたがた方々からの感嘆の声、絶賛の声が、私のところにも、毎日のように届いています。
皆さん方が、また卒業した先輩たちが、「わが大学を世界一に!」との気概とスクラムで、真剣に粘り強く奮闘してくれていることを、私は最大の喜びと感謝の念を持って、見守り続けております。
皆さんが、学生祭の日に選んだ「11月18日」は、82年前、世界恐慌の嵐の時代に、創価教育が出発した原点の日です。
そしてまた68年前、戦禍の只中で、創価教育の創始者・牧口常三郎先生が平和のために戦い抜き、獄中で逝去された日であります。
まさしく命を賭して、人類の平和と共生を願い、「創価」の旗を高らかに掲げ抜いてこられた創立の父が、このSUAの英才たちの集いをどれほど喜んでくださるか。
私は胸が熱くなるのであります。
今日は、「創価」という命題について、第1に「たくましき不屈の探究心」、第2に「恐れなき師子王の勇気」、第3に「開かれた世界市民の精神」という3点から、簡潔にメッセージを送らせていただきます。
第1に、創価とは、たくましき不屈の探究心なり、と申し上げたい。
牧口先生は、少年時代から、貧窮のゆえに、思うように学校に通えない中、苦学を重ね、学んで学んで学び抜いて、教育者になりました。その歩みは「学ばずは卑し」「学は光」という信念に貫かれております。
戦時中は、人間性を抑圧する軍部政府と戦い、投獄されました。
その獄中にあっても、「独房で思索ができて、かえって良かった」と自身の境遇を悠然と笑い飛ばされながら、王者の如く信念を貫き通されたのであります。
ご家族に送られた最後の手紙には「カントの哲学を精読している」と綴られております。まさに逝去の直前まで、向学の志を燃やし続け、平和への精神闘争を貫かれたのであります。
人間の善性を信頼し、無限の可能性を輝かせゆく大いなる挑戦に、創価の心があります。
そのために、いかなる境遇にあろうとも、たくましき不屈の探究心を燃え上がらせて学び続ける。そこから、尽きることなく価値創造の光が放たれることを確認し合いたいのであります。
第2に申し上げたいことは、創価とは、恐れなき師子王の勇気なりということであります。
牧口先生は常々、「消極的な善良に甘んぜず、進んで積極的な善行を敢然となし得る気概の勇者でなければならない」と語っておりました。
第二次世界大戦中、軍国日本の悪名高き特高警察の監視下にありながら、平和と正義の主張を叫び切っていったことも、よく知られております。私の妻も、少女時代、実家での座談会で、牧口先生が刑事の居丈高な制止にも怯まず、悠々と、堂々と確信の対話を続けていかれた雄姿を命に刻みつけた一人であります。
この牧口先生の師子王の勇気を脈々と受け継いでいくのが、創価後継の若獅子たち、すなわち、皆さんであります。
私の大好きなアメリカの詩人ロングフェローは詠いました。
「大いなる人々の生涯は教えてくれる、
われらも生涯を気高くなして、
この世を去る時、時間の砂浜に
足跡を残していけることを」
「われら、奮起して励もう、
いかなる運命にも勇気をもって。
絶えず成し遂げ、絶えず追い求め、
刻苦してあとは待つことを学ぼう」(亀井俊介訳「人生讃歌」)
「一人の幸福」から「万人の幸福」へ、価値を創造し続ける限りなき闘争に立ち上がったのが、創価であります。その大闘争の未来を担い立つ誉れの皆さんは、あえて勇んで試練に立ち向かいながら、何ものにも負けぬ師子王の魂を鍛え上げていただきたいのであります。
最後に、創価とは、開かれた世界市民の精神なりと申し上げたい。
牧口先生が不二の弟子・戸田城聖先生と発刊された『創価教育学体系』は、開かれた世界市民の精神の結晶であり、そのスケールは「思想の交響楽」とも言われております。
27年半に及ぶ獄中闘争を耐え抜いた、人道の闘士マンデラ大統領の言葉が、私には、牧口先生の信条と響き合って迫ってきます。
「精神という武器はダイナミックなものです」
「強固な壁の後ろに閉じ込めることができるのは、私の肉体だけなのです。私は依然としてコスモポリタン的な考えを持っています。心の中では、ハヤブサのように自由なのです」(長田雅子訳ネルソン・マンデラ 私自身との対話』)
精神の自由の大きさも、人間の英知や思想の輝きも、環境や条件では決まらない。
逆境にあるほど、自身を磨き、自身の無限の尊厳性を輝かせながら、人類の勝利へ、新たな価値を創造できるのであります。
ともあれ、皆さんが学生愛唱歌「平和の大道」の中で高らかに歌うように、現在の一歩一歩の足跡が、未来の人類を照らし、勇気を送る平和の大道となります。
いかなる困難があろうとも、頭を上げて、「私の創価の生き方」を朗らかに貫く皆さんの姿が、千年の時を超えて輝きを放つ「希望の光」となることは間違いありません。
私は妻と共に、皆さんの健康と幸福を真剣に祈り、見守っております。
結びに、わがアメリカ創価大学生に栄光あれ、勝利あれ!──と申し上げ、メッセージといたします。
本日は、歴史的な学生祭の開催、本当におめでとう!
日本の中心から
民衆の凱歌をあげよ!
誓願の「この道」を
忍耐と執念で突き進め!
兄弟抄 P1083
『過去の謗法の罪を滅せんとて邪見の父母にせめられさせ給う、又法華経の行者をあだむ国主にあへり経文明明たり経文赫赫たり、我身は過去に謗法の者なりける事疑い給うことなかれ』
◇希望の明日へ
若い時の夢、若い時の希望を手放すな、とは戸田先生の指針である。この両者を手放しては、人間としてはなんの意味もない。どこまでも夢と希望をもち続け、そのすべてを実現していく−−ここに人生と信仰の、すばらしき"ロマン"があるからである。
昭63・9・17
☆アメリカ創価大学第12回学生祭への創立者のメッセージ
◇「創価」とは不屈と勇気の精神
わが宝の中の宝である、アメリカ創価大学生の皆さん!
麗しき友情と建学の息吹みなぎる第12回「学生祭」の開催、誠におめでとうございます!
アメリカ創価大学は、旭日の如き大発展を続けてくれております。世界の多くの識者や教育界のかたがた方々からの感嘆の声、絶賛の声が、私のところにも、毎日のように届いています。
皆さん方が、また卒業した先輩たちが、「わが大学を世界一に!」との気概とスクラムで、真剣に粘り強く奮闘してくれていることを、私は最大の喜びと感謝の念を持って、見守り続けております。
皆さんが、学生祭の日に選んだ「11月18日」は、82年前、世界恐慌の嵐の時代に、創価教育が出発した原点の日です。
そしてまた68年前、戦禍の只中で、創価教育の創始者・牧口常三郎先生が平和のために戦い抜き、獄中で逝去された日であります。
まさしく命を賭して、人類の平和と共生を願い、「創価」の旗を高らかに掲げ抜いてこられた創立の父が、このSUAの英才たちの集いをどれほど喜んでくださるか。
私は胸が熱くなるのであります。
今日は、「創価」という命題について、第1に「たくましき不屈の探究心」、第2に「恐れなき師子王の勇気」、第3に「開かれた世界市民の精神」という3点から、簡潔にメッセージを送らせていただきます。
第1に、創価とは、たくましき不屈の探究心なり、と申し上げたい。
牧口先生は、少年時代から、貧窮のゆえに、思うように学校に通えない中、苦学を重ね、学んで学んで学び抜いて、教育者になりました。その歩みは「学ばずは卑し」「学は光」という信念に貫かれております。
戦時中は、人間性を抑圧する軍部政府と戦い、投獄されました。
その獄中にあっても、「独房で思索ができて、かえって良かった」と自身の境遇を悠然と笑い飛ばされながら、王者の如く信念を貫き通されたのであります。
ご家族に送られた最後の手紙には「カントの哲学を精読している」と綴られております。まさに逝去の直前まで、向学の志を燃やし続け、平和への精神闘争を貫かれたのであります。
人間の善性を信頼し、無限の可能性を輝かせゆく大いなる挑戦に、創価の心があります。
そのために、いかなる境遇にあろうとも、たくましき不屈の探究心を燃え上がらせて学び続ける。そこから、尽きることなく価値創造の光が放たれることを確認し合いたいのであります。
第2に申し上げたいことは、創価とは、恐れなき師子王の勇気なりということであります。
牧口先生は常々、「消極的な善良に甘んぜず、進んで積極的な善行を敢然となし得る気概の勇者でなければならない」と語っておりました。
第二次世界大戦中、軍国日本の悪名高き特高警察の監視下にありながら、平和と正義の主張を叫び切っていったことも、よく知られております。私の妻も、少女時代、実家での座談会で、牧口先生が刑事の居丈高な制止にも怯まず、悠々と、堂々と確信の対話を続けていかれた雄姿を命に刻みつけた一人であります。
この牧口先生の師子王の勇気を脈々と受け継いでいくのが、創価後継の若獅子たち、すなわち、皆さんであります。
私の大好きなアメリカの詩人ロングフェローは詠いました。
「大いなる人々の生涯は教えてくれる、
われらも生涯を気高くなして、
この世を去る時、時間の砂浜に
足跡を残していけることを」
「われら、奮起して励もう、
いかなる運命にも勇気をもって。
絶えず成し遂げ、絶えず追い求め、
刻苦してあとは待つことを学ぼう」(亀井俊介訳「人生讃歌」)
「一人の幸福」から「万人の幸福」へ、価値を創造し続ける限りなき闘争に立ち上がったのが、創価であります。その大闘争の未来を担い立つ誉れの皆さんは、あえて勇んで試練に立ち向かいながら、何ものにも負けぬ師子王の魂を鍛え上げていただきたいのであります。
最後に、創価とは、開かれた世界市民の精神なりと申し上げたい。
牧口先生が不二の弟子・戸田城聖先生と発刊された『創価教育学体系』は、開かれた世界市民の精神の結晶であり、そのスケールは「思想の交響楽」とも言われております。
27年半に及ぶ獄中闘争を耐え抜いた、人道の闘士マンデラ大統領の言葉が、私には、牧口先生の信条と響き合って迫ってきます。
「精神という武器はダイナミックなものです」
「強固な壁の後ろに閉じ込めることができるのは、私の肉体だけなのです。私は依然としてコスモポリタン的な考えを持っています。心の中では、ハヤブサのように自由なのです」(長田雅子訳ネルソン・マンデラ 私自身との対話』)
精神の自由の大きさも、人間の英知や思想の輝きも、環境や条件では決まらない。
逆境にあるほど、自身を磨き、自身の無限の尊厳性を輝かせながら、人類の勝利へ、新たな価値を創造できるのであります。
ともあれ、皆さんが学生愛唱歌「平和の大道」の中で高らかに歌うように、現在の一歩一歩の足跡が、未来の人類を照らし、勇気を送る平和の大道となります。
いかなる困難があろうとも、頭を上げて、「私の創価の生き方」を朗らかに貫く皆さんの姿が、千年の時を超えて輝きを放つ「希望の光」となることは間違いありません。
私は妻と共に、皆さんの健康と幸福を真剣に祈り、見守っております。
結びに、わがアメリカ創価大学生に栄光あれ、勝利あれ!──と申し上げ、メッセージといたします。
本日は、歴史的な学生祭の開催、本当におめでとう!
2012年11月23日金曜日
2012.11.23 わが友に贈る
安全運転の休日を!
交通事故は起こさない。
絶対に巻き込まれない。
強き祈りを根本に
大充実の一日一日に!
聖人御難事 P1189
『仏の大難には及ぶか勝れたるか其は知らず、竜樹天親天台伝教は余に肩を並べがたし』
◇希望の明日へ
ブラジルには「希望は、一番最後に死ぬ」という言葉がある。「希望は最後まで消えない」とも言い換えることができよう。つまり、いかなる絶体絶命のピンチにあっても、最後の最後まで希望はある。断じてあきらめてはならない。胸中にある希望は無量である。それを失わない人は強い。何があっても"希望の火"を燃やし続けてこそ、道は開けてくる。青年は、一人ももれなく、その栄光と勝利の人生を歩んでいただきたいい。
昭63・5・5
☆東京支部長会への名誉会長のメッセージ
全学会の勝利を開く誉れの東京支部長会、誠に御苦労様!
わが支部長、わが婦人部長が、皆、元気で、意気軒昂であり、こんな嬉しいことはありません。いつもいつも、ありがとう!
戦いは「旗頭」で決まる。戸田先生もよく「いざという時に、旗を掲げて先がけする人が、一番偉いのだ」と言われた。その名誉ある旗頭こそ、支部長であり、婦人部長であります。
これから小説『新・人問革命』で綴っていきますが、昭和五十三年、広布第二章の挑戦を、私は新しい「支部制」から開始しました。その「法旗(法の旗)」を、私と共に真っ先に掲げてくれたのも、大東京の支部長・婦人部長であります。
それから三十五年。私は、今日ここに勇み集った、不思議な使命と宿縁の皆さん方、一人一人に「師弟の旗」を手渡す心で、一切を見守っております。創価の勝ち戦を託します。
日蓮大聖人は、けなげなる千日尼に仰せになられました。
『一人の師子王が吼えれば、百の子たちも皆、力を得て立ち上がる。そして諸の獣は皆、頭が七分に割れて退散する』と。
どうか、今こそ、この大聖人に直結の学会精神、すなわち「師子王の心」を取り出して、思う存分の名指揮を頼みます。
題目の師子吼が轟く、我らの広宣流布の大闘争に連なれば、必ず福徳が湧く。境涯が開ける。宿命が転換できる。ゆえに、尊き同志を励まし、一人でも多くの友と仏縁を結び、仲良く朗らかに、新たな歴史を創る民衆の大行進を開始しよう!
師子の東京が総立ちとなって、大切な大切な一日一日、
極楽百年の修行にも優る大功徳を積みながら、勝利の旗を高らかに、断固として打ち立てようではないか!
愛する大東京の全支部、全地区、全ブロックの隅々(すみずみ)にまで届けと、私は妻と共に題目を送り続けます。
記念に「晴れ晴れと 使命の君に 必勝旗(必勝の旗)」と贈り、私のメッセージといたします。風邪をひかないように!
ニO一二年十一月十九日
☆各部代表者会議へのメッセージ
名誉会長は、『各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり』(P1190)との御聖訓を拝読。
我らは師子である。
師子は恐れない。
師子は攻める。
師子は叫ぶ。
師子は速い。
師子は勢いがある。
師子に油断はない。
師子は絶対に勝つ。
今こそ「師子王の心」を取り出して、勇気凛々と、わが人生の勝利へと前進していただきたいと念願した。
また名誉会長は、広宣流布へと行動すれば、功徳は大きく広がっていく。「全てが偉大なる人間革命の劇なり」と確信して、強く、賢く、朗らかに走り抜いていこうと力説。全同志が思う存分、頑健な仏の大生命力を発揮し切っていけるよう祈り、一切を見守っていると呼び掛けた。
交通事故は起こさない。
絶対に巻き込まれない。
強き祈りを根本に
大充実の一日一日に!
聖人御難事 P1189
『仏の大難には及ぶか勝れたるか其は知らず、竜樹天親天台伝教は余に肩を並べがたし』
◇希望の明日へ
ブラジルには「希望は、一番最後に死ぬ」という言葉がある。「希望は最後まで消えない」とも言い換えることができよう。つまり、いかなる絶体絶命のピンチにあっても、最後の最後まで希望はある。断じてあきらめてはならない。胸中にある希望は無量である。それを失わない人は強い。何があっても"希望の火"を燃やし続けてこそ、道は開けてくる。青年は、一人ももれなく、その栄光と勝利の人生を歩んでいただきたいい。
昭63・5・5
☆東京支部長会への名誉会長のメッセージ
全学会の勝利を開く誉れの東京支部長会、誠に御苦労様!
わが支部長、わが婦人部長が、皆、元気で、意気軒昂であり、こんな嬉しいことはありません。いつもいつも、ありがとう!
戦いは「旗頭」で決まる。戸田先生もよく「いざという時に、旗を掲げて先がけする人が、一番偉いのだ」と言われた。その名誉ある旗頭こそ、支部長であり、婦人部長であります。
これから小説『新・人問革命』で綴っていきますが、昭和五十三年、広布第二章の挑戦を、私は新しい「支部制」から開始しました。その「法旗(法の旗)」を、私と共に真っ先に掲げてくれたのも、大東京の支部長・婦人部長であります。
それから三十五年。私は、今日ここに勇み集った、不思議な使命と宿縁の皆さん方、一人一人に「師弟の旗」を手渡す心で、一切を見守っております。創価の勝ち戦を託します。
日蓮大聖人は、けなげなる千日尼に仰せになられました。
『一人の師子王が吼えれば、百の子たちも皆、力を得て立ち上がる。そして諸の獣は皆、頭が七分に割れて退散する』と。
どうか、今こそ、この大聖人に直結の学会精神、すなわち「師子王の心」を取り出して、思う存分の名指揮を頼みます。
題目の師子吼が轟く、我らの広宣流布の大闘争に連なれば、必ず福徳が湧く。境涯が開ける。宿命が転換できる。ゆえに、尊き同志を励まし、一人でも多くの友と仏縁を結び、仲良く朗らかに、新たな歴史を創る民衆の大行進を開始しよう!
師子の東京が総立ちとなって、大切な大切な一日一日、
極楽百年の修行にも優る大功徳を積みながら、勝利の旗を高らかに、断固として打ち立てようではないか!
愛する大東京の全支部、全地区、全ブロックの隅々(すみずみ)にまで届けと、私は妻と共に題目を送り続けます。
記念に「晴れ晴れと 使命の君に 必勝旗(必勝の旗)」と贈り、私のメッセージといたします。風邪をひかないように!
ニO一二年十一月十九日
☆各部代表者会議へのメッセージ
名誉会長は、『各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり』(P1190)との御聖訓を拝読。
我らは師子である。
師子は恐れない。
師子は攻める。
師子は叫ぶ。
師子は速い。
師子は勢いがある。
師子に油断はない。
師子は絶対に勝つ。
今こそ「師子王の心」を取り出して、勇気凛々と、わが人生の勝利へと前進していただきたいと念願した。
また名誉会長は、広宣流布へと行動すれば、功徳は大きく広がっていく。「全てが偉大なる人間革命の劇なり」と確信して、強く、賢く、朗らかに走り抜いていこうと力説。全同志が思う存分、頑健な仏の大生命力を発揮し切っていけるよう祈り、一切を見守っていると呼び掛けた。
2012年11月22日木曜日
2012.11.22 わが友に贈る
地涌の使命の誉れ高き
中国方面の友よ
勇敢に一人立て!
わが人生の最高峰へ
祈り、叫び、走りゆけ!
王舎城事 P1138
『法華経の敵となりし人をば梵天帝釈日月四天罰し給いて皆人にみこりさせ給へと申しつけて候』
◇希望の明日へ
青春とは、希望の異名でもある。ゆえに、青年だけが、青春なのではない。四十代であれ、五十代、六十代であれ、未来への希望があるかぎり、"永遠の青春"にあるといってよい。
昭63・1・15
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.040 晴れ晴れと宿命転換の大闘争を
全同志のお陰で、創立記念日から新たな出発をすることができた。牧口先生も、戸田先生も、さぞかしお喜びでしょう。本当にありがとう!
広宣流布のため、思う存分に戦える。これほど偉大な人生はない。これほどめ晴れ舞台はない。そう決めて戦えば、功徳は無量無辺だ。
大変だろうけれども、全て皆が宿命を転換し、仏になるための今世の仏道修行です。
悪世末法において、一人でも多くの衆生と仏縁を結び、この娑婆世界を三変土田していくための大闘争です。これ以上の正義の行動はない。
御聖訓には、『結句は勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし』(P998)と明確に仰せである。断じて新たな歴史を開こう!
「法華経の将軍学」を知る一人一人である。その誇りと大確信をもって、題目を唱え抜いて、鉄の団結で、皆、頑張れ!
常に、今が大事だ。常に、前へ前へと進むことだ。
そして常に、決意を新たにすることだ。
時を逃さず、「自分が新しい波を起こす!」と立ち上がるのだ。何かあっても前向きに、強気でいくのだ。どんどん友に希望を送るのだ。「私まで励ましてくれた」──それが勢いになっていく。
何事も執念をもって、執念を持続させることだ。
どんなに厚い壁でも、「必ず乗り越える」「必ず打ち勝つ」──その執念が大事だ。
「もういいだろう」「ここまで、やったんだから」と思ってはいけない。
信心で乗り越えられないものは、何一つない。だから、しっかり祈るのだ。
祈りから、全ては始まる。
中国方面の友よ
勇敢に一人立て!
わが人生の最高峰へ
祈り、叫び、走りゆけ!
王舎城事 P1138
『法華経の敵となりし人をば梵天帝釈日月四天罰し給いて皆人にみこりさせ給へと申しつけて候』
◇希望の明日へ
青春とは、希望の異名でもある。ゆえに、青年だけが、青春なのではない。四十代であれ、五十代、六十代であれ、未来への希望があるかぎり、"永遠の青春"にあるといってよい。
昭63・1・15
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.040 晴れ晴れと宿命転換の大闘争を
全同志のお陰で、創立記念日から新たな出発をすることができた。牧口先生も、戸田先生も、さぞかしお喜びでしょう。本当にありがとう!
広宣流布のため、思う存分に戦える。これほど偉大な人生はない。これほどめ晴れ舞台はない。そう決めて戦えば、功徳は無量無辺だ。
大変だろうけれども、全て皆が宿命を転換し、仏になるための今世の仏道修行です。
悪世末法において、一人でも多くの衆生と仏縁を結び、この娑婆世界を三変土田していくための大闘争です。これ以上の正義の行動はない。
御聖訓には、『結句は勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし』(P998)と明確に仰せである。断じて新たな歴史を開こう!
「法華経の将軍学」を知る一人一人である。その誇りと大確信をもって、題目を唱え抜いて、鉄の団結で、皆、頑張れ!
常に、今が大事だ。常に、前へ前へと進むことだ。
そして常に、決意を新たにすることだ。
時を逃さず、「自分が新しい波を起こす!」と立ち上がるのだ。何かあっても前向きに、強気でいくのだ。どんどん友に希望を送るのだ。「私まで励ましてくれた」──それが勢いになっていく。
何事も執念をもって、執念を持続させることだ。
どんなに厚い壁でも、「必ず乗り越える」「必ず打ち勝つ」──その執念が大事だ。
「もういいだろう」「ここまで、やったんだから」と思ってはいけない。
信心で乗り越えられないものは、何一つない。だから、しっかり祈るのだ。
祈りから、全ては始まる。
2012年11月21日水曜日
2012.11.21 わが友に贈る
一日一日が宝!
間断なき挑戦が
栄光の道を開く。
「今日も勝った」と
完全燃焼の日々を!
聖人御難事 P1190
『我等現には此の大難に値うとも後生は仏になりなん、設えば灸治のごとし当時はいたけれども後の薬なればいたくていたからず』
◇希望の明日へ
苦難のなかにも希望はある。いな苦難に鍛えられてこそ、初めて希望はその真実の強さを発揮する。"鍛え"なき希望は、単なる夢想にすぎない。大難の嵐にも、私はひとりすべてを耐え、ことごとく打ち勝った。私は、苦難を喜んでいた−−。望んでいたといってよい。それは何より、これによって若き後継の青年たちの信心が鍛えられ、成長することを期待したからである。そして、風雨をしのぎ、時をかせぎながら、一つまた一つ、青年の心に敷き不屈の"希望"を育んでいった。その営々たる陰の作業に気づいた人は少ない。世間の浅薄な眼にも、まったく映らなかったかもしれない。しかし、学会の庭、広布の庭で育った、青春の"希望の翼"は、やがて必ず、二十一世紀の大空を堂々と飛翔していってくれることを確信している。
昭63・1・9
☆勝利の人間学第20回 今こそ人材の流れを
◇人の長所を見つける
人材とは、見つけて、育てるものである。励まして、伸ばすものである。
皆、尊い地涌の菩薩である。その人の長所を見つけ、褒めていくのだ。その人の持ち味を、広宣流布のために生かしてもらうのだ。
リーダーは、自分の小さな尺度で人を評価してはならない。まして、好き嫌いなどの感情に左右されてはならない。自分と気の合う人間だけを大事にしていたら、本当に力ある人材は育たないからだ。
牧口先生は、人材を育てることは「砂の中から金を探すようなもの」と言われていた。
学会は、戦いの中で黄金の人材の流れを創ってきた。実戦こそ、最高の人材の育成だ。
◇副役職の友に光を
副役職の友は、「異体同心」の要である。
大事なのは、「何をなすべきか」との使命を明確にすることだ。副役職の友が具体的に責任を果たし、元気いっぱいに活躍してくれれば、組織はいくらでも伸びていく。
後輩が正役職に就く場合もあろう。その時は、後輩である中心者を、大きな深い「信心」の心でしっかりと支えていただきたい。
正と副が心を合わせて、「広宣流布の力を与えてください」と御本尊に祈っていくのだ。尊敬し合い、協力し合えば、勝利の歯車は力強く回転する。喜びも功徳も広がる。
◇指導は相手の側に立って
日蓮大聖人は、青年・南条時光に『人がものを教えるというのは、車が重かったとしても油を塗ることによって回り、船を水に浮かべて行きやすくするように教えるのである』(P1574、通解)と語られた。
リーダーは、この人には今、どう励まし、何をしてあげれば希望と勇気をもって前進できるのかと考え、手を打っていくのだ。
一方的に指導しても、価値を生まない。耳を傾け、一緒に祈り、心を開き、心をつかむ。
皆が最大に力を出し切っていけるように、誇りと大確信をもって朗らかに進めるように、心を砕いていくのが仏法の指導者である。
◎きょうから希望の明日へはその題名の通り"希望"です!(^^)!
間断なき挑戦が
栄光の道を開く。
「今日も勝った」と
完全燃焼の日々を!
聖人御難事 P1190
『我等現には此の大難に値うとも後生は仏になりなん、設えば灸治のごとし当時はいたけれども後の薬なればいたくていたからず』
◇希望の明日へ
苦難のなかにも希望はある。いな苦難に鍛えられてこそ、初めて希望はその真実の強さを発揮する。"鍛え"なき希望は、単なる夢想にすぎない。大難の嵐にも、私はひとりすべてを耐え、ことごとく打ち勝った。私は、苦難を喜んでいた−−。望んでいたといってよい。それは何より、これによって若き後継の青年たちの信心が鍛えられ、成長することを期待したからである。そして、風雨をしのぎ、時をかせぎながら、一つまた一つ、青年の心に敷き不屈の"希望"を育んでいった。その営々たる陰の作業に気づいた人は少ない。世間の浅薄な眼にも、まったく映らなかったかもしれない。しかし、学会の庭、広布の庭で育った、青春の"希望の翼"は、やがて必ず、二十一世紀の大空を堂々と飛翔していってくれることを確信している。
昭63・1・9
☆勝利の人間学第20回 今こそ人材の流れを
◇人の長所を見つける
人材とは、見つけて、育てるものである。励まして、伸ばすものである。
皆、尊い地涌の菩薩である。その人の長所を見つけ、褒めていくのだ。その人の持ち味を、広宣流布のために生かしてもらうのだ。
リーダーは、自分の小さな尺度で人を評価してはならない。まして、好き嫌いなどの感情に左右されてはならない。自分と気の合う人間だけを大事にしていたら、本当に力ある人材は育たないからだ。
牧口先生は、人材を育てることは「砂の中から金を探すようなもの」と言われていた。
学会は、戦いの中で黄金の人材の流れを創ってきた。実戦こそ、最高の人材の育成だ。
◇副役職の友に光を
副役職の友は、「異体同心」の要である。
大事なのは、「何をなすべきか」との使命を明確にすることだ。副役職の友が具体的に責任を果たし、元気いっぱいに活躍してくれれば、組織はいくらでも伸びていく。
後輩が正役職に就く場合もあろう。その時は、後輩である中心者を、大きな深い「信心」の心でしっかりと支えていただきたい。
正と副が心を合わせて、「広宣流布の力を与えてください」と御本尊に祈っていくのだ。尊敬し合い、協力し合えば、勝利の歯車は力強く回転する。喜びも功徳も広がる。
◇指導は相手の側に立って
日蓮大聖人は、青年・南条時光に『人がものを教えるというのは、車が重かったとしても油を塗ることによって回り、船を水に浮かべて行きやすくするように教えるのである』(P1574、通解)と語られた。
リーダーは、この人には今、どう励まし、何をしてあげれば希望と勇気をもって前進できるのかと考え、手を打っていくのだ。
一方的に指導しても、価値を生まない。耳を傾け、一緒に祈り、心を開き、心をつかむ。
皆が最大に力を出し切っていけるように、誇りと大確信をもって朗らかに進めるように、心を砕いていくのが仏法の指導者である。
◎きょうから希望の明日へはその題名の通り"希望"です!(^^)!
2012年11月20日火曜日
2012.11.20 わが友に贈る
愛する創価の青年よ
希望の一番星と光れ!
勇敢に大胆に
開拓精神を燃やせ!
前進、前進、前進だ。
御義口伝巻上 P710
『煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり』
◇希望の明日へ
恩師・戸田先生は、いっさいを青年に託された。そして晩年には"俺はもう、全部お前に教えた。今度は、お前が俺に教えてくれ"とまで言われていた。偉大な先生であられた−−。今もまた青年が立つ時である。青年が責任を担って大活躍すべき時である。そうでなければ新しい時代を開くことはできない。青年でいっさいが決まるのである。
平5・11・2
☆創価学園 創立者・池田名誉会長が卒業予定者に指針
◇中学・高校卒業生へ
私と学園生の心は、
いつも一緒だ。
今日も、
勇気に燃えて一歩前へ!
朗らかに、へこたれず、
勝利の旗を振れ!
◇小学校卒業生へ
使命と才能をもった君よ!
明るく、ねばり強く、
学びゆけ!
君の勝利を世界が待っている。
◇幼稚園卒園生へ
大好きな太陽の王子・王女よ!
学びの道を ほがらかに!
希望の一番星と光れ!
勇敢に大胆に
開拓精神を燃やせ!
前進、前進、前進だ。
御義口伝巻上 P710
『煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり』
◇希望の明日へ
恩師・戸田先生は、いっさいを青年に託された。そして晩年には"俺はもう、全部お前に教えた。今度は、お前が俺に教えてくれ"とまで言われていた。偉大な先生であられた−−。今もまた青年が立つ時である。青年が責任を担って大活躍すべき時である。そうでなければ新しい時代を開くことはできない。青年でいっさいが決まるのである。
平5・11・2
☆創価学園 創立者・池田名誉会長が卒業予定者に指針
◇中学・高校卒業生へ
私と学園生の心は、
いつも一緒だ。
今日も、
勇気に燃えて一歩前へ!
朗らかに、へこたれず、
勝利の旗を振れ!
◇小学校卒業生へ
使命と才能をもった君よ!
明るく、ねばり強く、
学びゆけ!
君の勝利を世界が待っている。
◇幼稚園卒園生へ
大好きな太陽の王子・王女よ!
学びの道を ほがらかに!
2012年11月19日月曜日
2012.11.19 わが友に贈る
満々たる生命力で
皆を元気に。
「さあ、進もう!」と
同志が奮い立つ
万感の励ましを送れ!
草木成仏口決 P1339
『一念三千の法門をふりすすぎたてたるは大曼荼羅なり、当世の習いそこないの学者ゆめにもしらざる法門なり』
◇今週のことば
広布の大闘争こそ
宿命転換のチャンスだ。
弾ける題目の勢いで
打って出よう!
汝自身の歴史を創れ!
2012年11月19日
◇希望の明日へ
大いなる理想に生きる−−そこに青年の証がある。そして偉大なる人生とは"青年の心"で一生を生き抜くところにある。
平5・8・21
☆我らの勝利の大道No.089 「創立」の原点に誓う
◇大聖業を誇り高く
牧口先生は断言された。
「大目的が確立してこそ中目的、小目的が明確になり、その方法もうまれる」
我らには、「広宣流布」「一生成仏」という究極の大目的がある。これほど、強く正しく、意義ある生命の軌道は絶対にない。
私が交友を結んだ、世界的な細菌学者のルネ・デュボス博士が引かれていた寓話を思い出す。
──ある時、レンガ運びをしている三人がいた。彼らに通行人が尋ねた。「何をしているんだい」
一人目が答えた。
「石運びだよ」
次に二人目は、「壁を積んでいるのさ」と。
そして三人目は、誇らかに答えた。「聖堂を建ててるんだ」と。
見た目は同じ作業をしていても、何と大きな心の広がりを持てることか。
言われたことを、ただ、やるだけではない。表面的な目標として理解するだけでもない。その本質をとらえ、遠大な自らの理想として成し遂げていくのだ。
広宣流布は、一人ひとりが我が生命に幸福の宮殿を築さながら、人類が夢見た人間共和の「永遠の都」を建設しゆく大聖業である。
現実の仕事や眼前の戦いには、誠実に緻密に精確に挑み、心には宇宙大のロマンを光らせていくのだ。
さあ、「創立の月」から、目を見張る勢いで大前進を開始しよう! 新たな人間革命の劇の幕開けだ!
私自身も、大いなる総仕上げに、いやまして戦い抜く決心である。
広布史上に燦然と輝きわたる大勝利劇で、世界中の同志と共に、創価の万歳を轟かせようではないか!
湧き出ずる
勝利の力
師弟城
皆を元気に。
「さあ、進もう!」と
同志が奮い立つ
万感の励ましを送れ!
草木成仏口決 P1339
『一念三千の法門をふりすすぎたてたるは大曼荼羅なり、当世の習いそこないの学者ゆめにもしらざる法門なり』
◇今週のことば
広布の大闘争こそ
宿命転換のチャンスだ。
弾ける題目の勢いで
打って出よう!
汝自身の歴史を創れ!
2012年11月19日
◇希望の明日へ
大いなる理想に生きる−−そこに青年の証がある。そして偉大なる人生とは"青年の心"で一生を生き抜くところにある。
平5・8・21
☆我らの勝利の大道No.089 「創立」の原点に誓う
◇大聖業を誇り高く
牧口先生は断言された。
「大目的が確立してこそ中目的、小目的が明確になり、その方法もうまれる」
我らには、「広宣流布」「一生成仏」という究極の大目的がある。これほど、強く正しく、意義ある生命の軌道は絶対にない。
私が交友を結んだ、世界的な細菌学者のルネ・デュボス博士が引かれていた寓話を思い出す。
──ある時、レンガ運びをしている三人がいた。彼らに通行人が尋ねた。「何をしているんだい」
一人目が答えた。
「石運びだよ」
次に二人目は、「壁を積んでいるのさ」と。
そして三人目は、誇らかに答えた。「聖堂を建ててるんだ」と。
見た目は同じ作業をしていても、何と大きな心の広がりを持てることか。
言われたことを、ただ、やるだけではない。表面的な目標として理解するだけでもない。その本質をとらえ、遠大な自らの理想として成し遂げていくのだ。
広宣流布は、一人ひとりが我が生命に幸福の宮殿を築さながら、人類が夢見た人間共和の「永遠の都」を建設しゆく大聖業である。
現実の仕事や眼前の戦いには、誠実に緻密に精確に挑み、心には宇宙大のロマンを光らせていくのだ。
さあ、「創立の月」から、目を見張る勢いで大前進を開始しよう! 新たな人間革命の劇の幕開けだ!
私自身も、大いなる総仕上げに、いやまして戦い抜く決心である。
広布史上に燦然と輝きわたる大勝利劇で、世界中の同志と共に、創価の万歳を轟かせようではないか!
湧き出ずる
勝利の力
師弟城
2012年11月18日日曜日
2012.11.18 わが友に贈る
創価の旗を
高らかに掲げよ!
我らは「日本の柱」なり。
いざや前進!
新たな時代を開け!
御義口伝巻上 P725
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と信受領納する故に無上宝聚不求自得の大宝珠を得るなり』
◇希望の明日へ
一流の人格は友情を徹底して大切にし、信義を重んじる。また、そうした友情を深め、広げゆくなかにこそ、新しい歴史の扉が開かれていく。その意味で、学会員は深き人格の人であってほしい。底の浅い人物にだけはなってもらいたくない。ヨーロッパのことわざに「ほえる犬は弱い」、また同じ意味で「深き流れは音をたてない」とある。口先だけでなく、心に深き誠を秘めて、敢然と信念の行動に生きてほしいと念願している。
平2・3・23
☆我らの勝利の大道No.089 「創立」の原点に誓う
◇創価の父の大確信
創立日
諸天に護られ
晴れやかに
同志の城は
栄光燦たり
十一月は、地域部、専門部をはじめ、各部・各地域の記念日も多い。
二日に「創価班の日」、五日に「男子部の日」、十二日に「女子部の日」を迎えた後継の友も、勢いよく記念日を飾ってくれた。
「四国の日」「東京婦人部の日」「山口女性の日」、そして「支部結成の日」や「県の日」を飾る、青森、長崎、山形、岩手、栃木、奈良、静岡、宮城など、各地の目覚ましい躍進も頼もしい限りだ。
十一月十八日は「創立の日」であるとともに、初代会長・牧口常三郎先生が、大法のゆえに獄死された「殉教の日」である。
『但生涯本より思い切て候今に翻返ること無く其の上又違恨無し諸の悪人は又善知識なり』(P962)
この御聖訓の通り、決然と、そして悠然と、戦い抜かれた「不惜身命」「死身弘法」の大英雄が、我らの創立の父であられる。
牧口先生は獄中でも悠々と書き記されていた。
「何処でも、信仰が第一です」「何の不安もない。必ず『変毒為薬(毒を変じて薬と為す)』となると存じます」と。
この牧口先生に唯一人、獄中まで感謝を込めてお供された第二代会長・戸田城聖先生は叫ばれた。
「牧口会長のあの確信を想起せよ。絶対の確信に立たれていたではないか」と。
「創立の日」を、私は、関西(一九七六年、八一年、九七年)、中部(七四年、九五年)等でも同志と迎え、学会精神を共に命に刻んできた。
昭和五十四年(一九七九年)の創立記念日は、神奈川文化会館で、私は、鎌倉など縁深き共戦の友と大いに語り合った。
「信心は、詮ずるところは確信です。自信です。希望です。何かあっても、確信、自信、そして希望を生み出し、燃え続ける人が本当の信仰者なのです」と。
私たちが妙法に巡り合えだのは、ひとえに、身命を賭した創価の師弟の大闘争があればこそである。
ゆえに、いついかなる時も、我らは、一切の原点である「創立の精神」に立ち返りながら、迷いも恐れもなく、広宣流布の大誓願に燃えて打って出ていくのだ。
「勇猛精進し給え!」とは、牧口先生か常に青年に贈られた師子吼である。
「変化の突風が吹く時、防壁を立てる人もいれば、風車を創る人もいる」と、ブラジルの大作家ベリッシモは語った。
いかなる変化にも決してたじろがない。怯まない。人びとのため、社会のため、その変化から、大胆に勇敢に、そして聡明に、新たな価値を創造していく。
これが、三代の師弟を貫く「創価」の生き方である。
この九月、創価大学にお迎えしたブラジルのドン・ボスコ大学のアウメイダ理事長も、激動の時代に、幾多の苦難に挑み、自ら大学を創立された。
理事長の信念は明快だ。
まず、「やるからには『自分のできることは達成するまでやること』」。
また、「何かができないことを他人のせいにせず、『自分には何かできるか』を求めていくこと」。
アウメイダ理事長ご夫妻も、行動のバイタリティーに溢れる創大生や創価教育同窓の友との出会いを、心から喜ばれていた。
大切なのは「人材」を育て、「未来」を創ることだ。
ブラジルの文豪アシスは「『時』において、過ぎ去った一分は、関係ない。
来る次の一分こそが、大事なのだ」と語った。
いつも、本当の勝負は「これから」なのである。
◇寸鉄より
栄光の創立記念日。全民衆の幸福のために!創価の師弟は威風堂々と邁進
「名を揚るか名をくだすかなり」。「まことの時」は今だ。青年よ攻め捲れ
個人会場提供者の皆様に感謝。家族・近隣への配慮こそ。宝処を真心で荘厳
高らかに掲げよ!
我らは「日本の柱」なり。
いざや前進!
新たな時代を開け!
御義口伝巻上 P725
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と信受領納する故に無上宝聚不求自得の大宝珠を得るなり』
◇希望の明日へ
一流の人格は友情を徹底して大切にし、信義を重んじる。また、そうした友情を深め、広げゆくなかにこそ、新しい歴史の扉が開かれていく。その意味で、学会員は深き人格の人であってほしい。底の浅い人物にだけはなってもらいたくない。ヨーロッパのことわざに「ほえる犬は弱い」、また同じ意味で「深き流れは音をたてない」とある。口先だけでなく、心に深き誠を秘めて、敢然と信念の行動に生きてほしいと念願している。
平2・3・23
☆我らの勝利の大道No.089 「創立」の原点に誓う
◇創価の父の大確信
創立日
諸天に護られ
晴れやかに
同志の城は
栄光燦たり
十一月は、地域部、専門部をはじめ、各部・各地域の記念日も多い。
二日に「創価班の日」、五日に「男子部の日」、十二日に「女子部の日」を迎えた後継の友も、勢いよく記念日を飾ってくれた。
「四国の日」「東京婦人部の日」「山口女性の日」、そして「支部結成の日」や「県の日」を飾る、青森、長崎、山形、岩手、栃木、奈良、静岡、宮城など、各地の目覚ましい躍進も頼もしい限りだ。
十一月十八日は「創立の日」であるとともに、初代会長・牧口常三郎先生が、大法のゆえに獄死された「殉教の日」である。
『但生涯本より思い切て候今に翻返ること無く其の上又違恨無し諸の悪人は又善知識なり』(P962)
この御聖訓の通り、決然と、そして悠然と、戦い抜かれた「不惜身命」「死身弘法」の大英雄が、我らの創立の父であられる。
牧口先生は獄中でも悠々と書き記されていた。
「何処でも、信仰が第一です」「何の不安もない。必ず『変毒為薬(毒を変じて薬と為す)』となると存じます」と。
この牧口先生に唯一人、獄中まで感謝を込めてお供された第二代会長・戸田城聖先生は叫ばれた。
「牧口会長のあの確信を想起せよ。絶対の確信に立たれていたではないか」と。
「創立の日」を、私は、関西(一九七六年、八一年、九七年)、中部(七四年、九五年)等でも同志と迎え、学会精神を共に命に刻んできた。
昭和五十四年(一九七九年)の創立記念日は、神奈川文化会館で、私は、鎌倉など縁深き共戦の友と大いに語り合った。
「信心は、詮ずるところは確信です。自信です。希望です。何かあっても、確信、自信、そして希望を生み出し、燃え続ける人が本当の信仰者なのです」と。
私たちが妙法に巡り合えだのは、ひとえに、身命を賭した創価の師弟の大闘争があればこそである。
ゆえに、いついかなる時も、我らは、一切の原点である「創立の精神」に立ち返りながら、迷いも恐れもなく、広宣流布の大誓願に燃えて打って出ていくのだ。
「勇猛精進し給え!」とは、牧口先生か常に青年に贈られた師子吼である。
「変化の突風が吹く時、防壁を立てる人もいれば、風車を創る人もいる」と、ブラジルの大作家ベリッシモは語った。
いかなる変化にも決してたじろがない。怯まない。人びとのため、社会のため、その変化から、大胆に勇敢に、そして聡明に、新たな価値を創造していく。
これが、三代の師弟を貫く「創価」の生き方である。
この九月、創価大学にお迎えしたブラジルのドン・ボスコ大学のアウメイダ理事長も、激動の時代に、幾多の苦難に挑み、自ら大学を創立された。
理事長の信念は明快だ。
まず、「やるからには『自分のできることは達成するまでやること』」。
また、「何かができないことを他人のせいにせず、『自分には何かできるか』を求めていくこと」。
アウメイダ理事長ご夫妻も、行動のバイタリティーに溢れる創大生や創価教育同窓の友との出会いを、心から喜ばれていた。
大切なのは「人材」を育て、「未来」を創ることだ。
ブラジルの文豪アシスは「『時』において、過ぎ去った一分は、関係ない。
来る次の一分こそが、大事なのだ」と語った。
いつも、本当の勝負は「これから」なのである。
◇寸鉄より
栄光の創立記念日。全民衆の幸福のために!創価の師弟は威風堂々と邁進
「名を揚るか名をくだすかなり」。「まことの時」は今だ。青年よ攻め捲れ
個人会場提供者の皆様に感謝。家族・近隣への配慮こそ。宝処を真心で荘厳
2012.11.17 わが友に贈る
いよいよの信心で
誇りも高く進め!
民衆の時代を開く
前人未到の大遠征だ。
強き一念で奮い立て!
南条殿御返事 P1578
『釈迦仏は我を無量の珍宝を以て億劫の間供養せんよりは末代の法華経の行者を一日なりとも供養せん功徳は百千万億倍過ぐべしとこそ説かせ給いて候』
◇希望の明日へ
友情は、偉大な力をもっている。個人の人生においても然り、また国家においても同様である。日本の進路も、世界に真の友人をつくっていくという姿勢が根本になければ、未来は危うい。反対に、友情の門さえ大きく開けば、そのあとから多くの課題も解決の糸口が見いだされる。
平2・3・8
☆我らの勝利の大道No.089 「創立」の原点に誓う
◇広布の大願へ 勇猛精進で!
大輪の
菊花満開
創価かな
十一月十八日「創立の日」を迎える学会本部は今、全国の同志から届けられた菊の花で輝いている。
東京の足立、山梨、茨城の土浦・筑波、京都の友らが丹精込めた菊花が眩い。山科王朝グループの創作屏風も華やかだ。
さらに大阪の泉州総県、また、文化本部の「菊花グループ」等の方々からの真心の大輪も香しい。
日蓮大聖人は仰せになられた。
『菊は草の後に仙草と見へて候、代のおさまれるには賢人見えず代の乱れたるにこそ聖人愚人は顕れ候へ』(P1095)
他の草が秋になって枯れても、菊は咲いているため「仙草」(妙なる草の意)と呼ばれた。同じように、"世の中が乱れている時にこそ、聖人と愚人は明らかになる"と示されている。
試練の時にこそ、人間の真価は光る。ゆえに、苦難にも胸を張り、朗らかに自分らしく開花しゆくのだ。
菊で思い出すのは、昭和五十三年(一九七八年)の「創立の月」、私が大阪・泉佐野市の泉州文化会館を初訪問した時のことである。
この折、会館は千二百鉢を超す菊に彩られていた。わが同志が、一年前から育ててくださったものだ。
どんな時も、寄り添う。温かく、粘り強く励まし続ける。菊作りの労作業は、人材育成にも通じようか。
美事な菊花は、今や地域の名物ともなっている。
この泉州をはじめ大関西の人材城からは、先輩方の熱い激励に包まれ、「負けたらあかん」との常勝の心を継ぐニューパワーの青年が陸続と育っている。
先日、泉州の天地には、新たな宝城・高石文化会館も堂々と誕生した。
わが愛する関西の同志の菊花満開の笑顔が、私には何よりの喜びである。
◇偉大な母に感謝!
泉州文化会館で、妻と共に、一人のご婦人と語り合ったことも懐かしい。
その方は、若くして夫を亡くされ、女手一つで三人のお子さんを育ててこられた。夫が営んでいた会社を継ぎ、自らが社長に就いた。仕事や育児に加え、広布の活動も、一歩も引かずに頑張っておられた。
偉大な母の奮闘を聞き、私は、すぐさま提案した。
「明日、ご主人の法要を行いましょう」
翌日、会館に集ってこられたお子さんに、私は、「日本一のお母さんだよ」と心から讃えた。
人類の幸福といっても、母を大切にすることから始まる。母を大切にする社会は、必ず勝ち栄えていく。
今、ご長男は会社を継ぎ、立派に親孝行の道を歩まれ、錦宝会(多宝会)となられた母も、ますます意気軒昂で、地域広布のために歩かれていると伺っている。
大聖人は、病と闘う富木尼を励まして言われた。
『末法の今の女性が、法華経を信受して、寿命を延ばすことは、秋に稲が実り、冬に菊の花が咲くようなもので、誰が驚くでしょうか』(P985、通解)と。
いかなる宿命も必ずや転換し、人生の四季を「常楽我浄」という生命の実りと彩りで最高に充実させていくために、妙法はあるのだ。
大聖人は、『願わくは、日天、月天よ、尼御前の命に代わって助けられよ』(P978、通解)とまで強く祈られていた。
この御本仏のお心を深く拝し、私と妻も、わが久遠の創価家族の皆様方のご健康とご長寿を、ひたぶるに祈る日々である。
ともあれ、日本、いな世界には、「清浄」「高潔」との菊の花言葉の如き、尊い広布の母が無数におられる。だからこそ、学会は強い。
私たちは、気高き婦人部に心から感謝を捧げたい。
誇りも高く進め!
民衆の時代を開く
前人未到の大遠征だ。
強き一念で奮い立て!
南条殿御返事 P1578
『釈迦仏は我を無量の珍宝を以て億劫の間供養せんよりは末代の法華経の行者を一日なりとも供養せん功徳は百千万億倍過ぐべしとこそ説かせ給いて候』
◇希望の明日へ
友情は、偉大な力をもっている。個人の人生においても然り、また国家においても同様である。日本の進路も、世界に真の友人をつくっていくという姿勢が根本になければ、未来は危うい。反対に、友情の門さえ大きく開けば、そのあとから多くの課題も解決の糸口が見いだされる。
平2・3・8
☆我らの勝利の大道No.089 「創立」の原点に誓う
◇広布の大願へ 勇猛精進で!
大輪の
菊花満開
創価かな
十一月十八日「創立の日」を迎える学会本部は今、全国の同志から届けられた菊の花で輝いている。
東京の足立、山梨、茨城の土浦・筑波、京都の友らが丹精込めた菊花が眩い。山科王朝グループの創作屏風も華やかだ。
さらに大阪の泉州総県、また、文化本部の「菊花グループ」等の方々からの真心の大輪も香しい。
日蓮大聖人は仰せになられた。
『菊は草の後に仙草と見へて候、代のおさまれるには賢人見えず代の乱れたるにこそ聖人愚人は顕れ候へ』(P1095)
他の草が秋になって枯れても、菊は咲いているため「仙草」(妙なる草の意)と呼ばれた。同じように、"世の中が乱れている時にこそ、聖人と愚人は明らかになる"と示されている。
試練の時にこそ、人間の真価は光る。ゆえに、苦難にも胸を張り、朗らかに自分らしく開花しゆくのだ。
菊で思い出すのは、昭和五十三年(一九七八年)の「創立の月」、私が大阪・泉佐野市の泉州文化会館を初訪問した時のことである。
この折、会館は千二百鉢を超す菊に彩られていた。わが同志が、一年前から育ててくださったものだ。
どんな時も、寄り添う。温かく、粘り強く励まし続ける。菊作りの労作業は、人材育成にも通じようか。
美事な菊花は、今や地域の名物ともなっている。
この泉州をはじめ大関西の人材城からは、先輩方の熱い激励に包まれ、「負けたらあかん」との常勝の心を継ぐニューパワーの青年が陸続と育っている。
先日、泉州の天地には、新たな宝城・高石文化会館も堂々と誕生した。
わが愛する関西の同志の菊花満開の笑顔が、私には何よりの喜びである。
◇偉大な母に感謝!
泉州文化会館で、妻と共に、一人のご婦人と語り合ったことも懐かしい。
その方は、若くして夫を亡くされ、女手一つで三人のお子さんを育ててこられた。夫が営んでいた会社を継ぎ、自らが社長に就いた。仕事や育児に加え、広布の活動も、一歩も引かずに頑張っておられた。
偉大な母の奮闘を聞き、私は、すぐさま提案した。
「明日、ご主人の法要を行いましょう」
翌日、会館に集ってこられたお子さんに、私は、「日本一のお母さんだよ」と心から讃えた。
人類の幸福といっても、母を大切にすることから始まる。母を大切にする社会は、必ず勝ち栄えていく。
今、ご長男は会社を継ぎ、立派に親孝行の道を歩まれ、錦宝会(多宝会)となられた母も、ますます意気軒昂で、地域広布のために歩かれていると伺っている。
大聖人は、病と闘う富木尼を励まして言われた。
『末法の今の女性が、法華経を信受して、寿命を延ばすことは、秋に稲が実り、冬に菊の花が咲くようなもので、誰が驚くでしょうか』(P985、通解)と。
いかなる宿命も必ずや転換し、人生の四季を「常楽我浄」という生命の実りと彩りで最高に充実させていくために、妙法はあるのだ。
大聖人は、『願わくは、日天、月天よ、尼御前の命に代わって助けられよ』(P978、通解)とまで強く祈られていた。
この御本仏のお心を深く拝し、私と妻も、わが久遠の創価家族の皆様方のご健康とご長寿を、ひたぶるに祈る日々である。
ともあれ、日本、いな世界には、「清浄」「高潔」との菊の花言葉の如き、尊い広布の母が無数におられる。だからこそ、学会は強い。
私たちは、気高き婦人部に心から感謝を捧げたい。
2012年11月16日金曜日
2012.11.16 わが友に贈る
「畏れ無きこと
師子王の如く」
仏法の魂は「勇気」!
さあ喜び勇んで
広宣流布の大理想へ!
四条金吾殿御消息 P1113
『難にあう所ごとに仏土なるべきか、娑婆世界の中には日本国・日本国の中には相模の国・相模の国の中には片瀬・片瀬の中には竜口に日蓮が命をとどめをく事は法華経の御故なれば寂光土ともいうべきか』
◇希望の明日へ
異なる文化に育った青年たちが、闊達に交流しあい、友情を深め、人間としての絆を結びあっていく−−ここに、人類の明るい未来がある。新たな教育の役割がある。私が創価大学を創立した一つの目的でもあった。
平2・2・16
☆第7回池田思想国際シンポジウムのメッセージ「教育で創造性を開花」
◇先人の志を継ぎ青年の交流を
第三に、多元文化の融合によって、「永遠友好の金の橋」を継承していきたいということであります。
上海で人生の総仕上げをなされた文豪・魯迅先生が、前世紀の初頭、日本の仙台医学専門学校(現・東北大学医学部)に留学し、恩師・藤野先生と心温まる交流をされた歴史を、今この時に、改めて想起するのは、私一人ではないでしょう。
その同時代、魯迅先生も学んだ日本の弘文学院で教壇に立った創価教育の創始者・牧口常三郎先生と、貴国の留学生だちとの心通う交流も胸に迫ります。
当時、浙江省からの留学生が発刊していた月刊誌「浙江潮」には、2号続けて魯迅先生の小説・翻訳とともに、牧口先生の『人生地理学』の抄訳を掲載していたのであります。
誠に不思議な縁であります。
魯迅先生は、激動の時代、「子どもを救え」(竹内好訳『魯迅選集第1巻』)と叫ばれ、文学と教育に奔走し、大中国の精神革命に全身全霊を捧げられました。
牧口先生は、日本が軍国主義へと傾斜していく時代、"子どもを幸福にするための教育を"と訴えて、やがては軍部権力の弾圧によって獄死しました。
この偉大な先人たちの志を受け継ぐ思いで、私は、これまで日本と中国の青年の交流の道を開いてまいりました。
◇未来のために
今回のシンポジウムには、アメリカの友人たちも出席してくれております。
かつて、革命前夜の中国の各地で、200回を超える講演を行い、青年だちと創造的なコミュニケーションを重ねた、教育者のデューイ博士の言葉を、私は皆様方と深く共有したいのであります。
「私たちの責任は、受け継いだ遺産としての価値を守り、伝え、改善し、大きくすることである。そして、後に続く人たちが、私たちが受け継いだ時よりも、さらに確かなかたちで、その価値を受け継ぎ、さらに多くの人びとの間で、豊かに分かち合えるようにすることである」
「戦乱」と「分断」に苦しみ抜いた20世紀に生を受けた一人として、私は、21世紀を担う青年たちに、「平和」と「共生」の金の橋を断じて託していきたいと決意し、戦い続けてまいりました。
貴・上海師範大学の題字を認められた文豪・郭沫若先生は、日本で「青年は人類の文化を促す原動力である」(劉徳有著、村山孚訳『郭沫若・日本の旅』)と述べられました。
日本と中国、そして世界の青年たちが力を合わせて、新たな人類の平和の文化を創造しゆく未来のために、皆様方とご一緒に、命の限り、行動を貫いていくことをお誓いし、私のメッセージとさせていただきます。
師子王の如く」
仏法の魂は「勇気」!
さあ喜び勇んで
広宣流布の大理想へ!
四条金吾殿御消息 P1113
『難にあう所ごとに仏土なるべきか、娑婆世界の中には日本国・日本国の中には相模の国・相模の国の中には片瀬・片瀬の中には竜口に日蓮が命をとどめをく事は法華経の御故なれば寂光土ともいうべきか』
◇希望の明日へ
異なる文化に育った青年たちが、闊達に交流しあい、友情を深め、人間としての絆を結びあっていく−−ここに、人類の明るい未来がある。新たな教育の役割がある。私が創価大学を創立した一つの目的でもあった。
平2・2・16
☆第7回池田思想国際シンポジウムのメッセージ「教育で創造性を開花」
◇先人の志を継ぎ青年の交流を
第三に、多元文化の融合によって、「永遠友好の金の橋」を継承していきたいということであります。
上海で人生の総仕上げをなされた文豪・魯迅先生が、前世紀の初頭、日本の仙台医学専門学校(現・東北大学医学部)に留学し、恩師・藤野先生と心温まる交流をされた歴史を、今この時に、改めて想起するのは、私一人ではないでしょう。
その同時代、魯迅先生も学んだ日本の弘文学院で教壇に立った創価教育の創始者・牧口常三郎先生と、貴国の留学生だちとの心通う交流も胸に迫ります。
当時、浙江省からの留学生が発刊していた月刊誌「浙江潮」には、2号続けて魯迅先生の小説・翻訳とともに、牧口先生の『人生地理学』の抄訳を掲載していたのであります。
誠に不思議な縁であります。
魯迅先生は、激動の時代、「子どもを救え」(竹内好訳『魯迅選集第1巻』)と叫ばれ、文学と教育に奔走し、大中国の精神革命に全身全霊を捧げられました。
牧口先生は、日本が軍国主義へと傾斜していく時代、"子どもを幸福にするための教育を"と訴えて、やがては軍部権力の弾圧によって獄死しました。
この偉大な先人たちの志を受け継ぐ思いで、私は、これまで日本と中国の青年の交流の道を開いてまいりました。
◇未来のために
今回のシンポジウムには、アメリカの友人たちも出席してくれております。
かつて、革命前夜の中国の各地で、200回を超える講演を行い、青年だちと創造的なコミュニケーションを重ねた、教育者のデューイ博士の言葉を、私は皆様方と深く共有したいのであります。
「私たちの責任は、受け継いだ遺産としての価値を守り、伝え、改善し、大きくすることである。そして、後に続く人たちが、私たちが受け継いだ時よりも、さらに確かなかたちで、その価値を受け継ぎ、さらに多くの人びとの間で、豊かに分かち合えるようにすることである」
「戦乱」と「分断」に苦しみ抜いた20世紀に生を受けた一人として、私は、21世紀を担う青年たちに、「平和」と「共生」の金の橋を断じて託していきたいと決意し、戦い続けてまいりました。
貴・上海師範大学の題字を認められた文豪・郭沫若先生は、日本で「青年は人類の文化を促す原動力である」(劉徳有著、村山孚訳『郭沫若・日本の旅』)と述べられました。
日本と中国、そして世界の青年たちが力を合わせて、新たな人類の平和の文化を創造しゆく未来のために、皆様方とご一緒に、命の限り、行動を貫いていくことをお誓いし、私のメッセージとさせていただきます。
2012年11月15日木曜日
2012.11.15 わが友に贈る
信心は絶対勝利の力。
乗り越えられない
壁など何一つない!
広布と人生の最高峰へ
まず祈りから出発だ!
四条金吾殿御返事 P1186
『李広将軍と申せしつはものは虎に母を食れて虎に似たる石を射しかば其の矢羽ぶくらまでせめぬ、後に石と見ては立つ事なし、後には石虎将軍と申しき』
◇希望の明日へ
小さな自分の殻に閉じこもった生命−−そこには、躍動がない。真の創造も喜びもない。ゆえに生きた知性の深まりも、価値ある行動の広がりもないであろう。ところが一歩、人間への行動を起こす。友と会い、語る。一緒に悩み、考える。すると心中には、かぎりない慈しみと知恵がわく。それが思い切った実践となっていく。いつしか生命は、ダイナミックに回転を始める。友情が、生命にみずみずしい触発を与えていくのだ。
平2・1・21
☆第7回池田思想国際シンポジウムのメッセージ「教育で創造性を開花」
◇教育で平和の種子を植える
第二に確認し今いたいことは、多元文化の融合を通して、「生命尊厳」の連帯を拡大するという点であります。
私は、中国教育学会の指導者であられる顧明遠会長と、3年にわたる対話を重ね、共に対談集『平和の架け橋−−人間教育を語る』を発刊いたしました。
顧会長は、国際会議の席上、21世紀に入ってから人類が遭遇している危機は、いわゆる「文明の衝突」の理論では、その原因を明らかにはできず、ましてや危機を回避することはできないと鋭く指摘しながら、論じられております。
「人類は、文化は多元的であり、相互に受容し合い、相互に意思疎通を図り、相互に理解し合うものであってこそ、共存できることを認識しなければなりません」と。
そして、「教育はコミュニケーションと理解の絶好の方途であり、平和の種子なのです」と結論されておりました。
私も、全面的に賛同いたします。
教育は、人間の生命という最も普遍的な次元に光を当てております。ゆえに、そこには多元的な文化を包括して、それぞれの多様性を尊重しながら、青年の成長と連帯のために生かしていける地平がおのずから開かれているのであります。
それは、いかなる差異も超えた「生命の尊厳」という根源の大地であります。
貴国で漢訳された大乗仏典の精髄「法華経」の見宝塔品では、地球規模の、巨大にして、金・銀・瑠璃・真珠などの七宝で荘厳された宝塔が出現します。それは、何を表象しているか。
貴国そして日本の仏法探究の洞察によれば、この宝塔とは、無上の生命の尊厳を表し、さらに宝塔を彩る七宝とは、人間完成のために必要な七つの要素「聞」「信」「戒」「定」「進」「捨」「慚」を表していると説いております。
敷衍して申し上げるならば−−
「聞」は、正しい真理を聞いていく求道心。他者の言説に耳を傾けること。
「信」は、生命の尊厳を信じ、人間への信頼を決して手放さないこと。
「戒」は、自分を律すること。倫理性を重んずること。
「定」は、心を定め、何ものにも紛動されないこと。
「進」は、たゆみなき精進、努力。
「捨」は、煩悩に執着しないこと。偏見や差別にとらわれないこと。
「慚」は、謙虚に自身を見つめ、反省し、向上を続けること−−であります。
ここには、それぞれの文化が、多彩な表現で強調している「人間としての振る舞い」が端的に集約されているといってもよいでありましょう。人間性こそ、この世の第一の宝であるという価値観であります。
私には、深い出会いを結ばせていただいた、人民の大指導者・周恩来総理と、人民の母・�穎超先生の人間性に満ち溢れた尊容が彷彿として蘇ってくるのであります。
いずれにしても人類は、「生命の尊厳」を根底として、多様な学識も科学技術も、一切を自他共の幸福、社会の発展、世界の平和のために生かし合いながら、山積する地球的問題群に力を合わせて挑んでいくべき段階に入っているといってよいでありましょう。
乗り越えられない
壁など何一つない!
広布と人生の最高峰へ
まず祈りから出発だ!
四条金吾殿御返事 P1186
『李広将軍と申せしつはものは虎に母を食れて虎に似たる石を射しかば其の矢羽ぶくらまでせめぬ、後に石と見ては立つ事なし、後には石虎将軍と申しき』
◇希望の明日へ
小さな自分の殻に閉じこもった生命−−そこには、躍動がない。真の創造も喜びもない。ゆえに生きた知性の深まりも、価値ある行動の広がりもないであろう。ところが一歩、人間への行動を起こす。友と会い、語る。一緒に悩み、考える。すると心中には、かぎりない慈しみと知恵がわく。それが思い切った実践となっていく。いつしか生命は、ダイナミックに回転を始める。友情が、生命にみずみずしい触発を与えていくのだ。
平2・1・21
☆第7回池田思想国際シンポジウムのメッセージ「教育で創造性を開花」
◇教育で平和の種子を植える
第二に確認し今いたいことは、多元文化の融合を通して、「生命尊厳」の連帯を拡大するという点であります。
私は、中国教育学会の指導者であられる顧明遠会長と、3年にわたる対話を重ね、共に対談集『平和の架け橋−−人間教育を語る』を発刊いたしました。
顧会長は、国際会議の席上、21世紀に入ってから人類が遭遇している危機は、いわゆる「文明の衝突」の理論では、その原因を明らかにはできず、ましてや危機を回避することはできないと鋭く指摘しながら、論じられております。
「人類は、文化は多元的であり、相互に受容し合い、相互に意思疎通を図り、相互に理解し合うものであってこそ、共存できることを認識しなければなりません」と。
そして、「教育はコミュニケーションと理解の絶好の方途であり、平和の種子なのです」と結論されておりました。
私も、全面的に賛同いたします。
教育は、人間の生命という最も普遍的な次元に光を当てております。ゆえに、そこには多元的な文化を包括して、それぞれの多様性を尊重しながら、青年の成長と連帯のために生かしていける地平がおのずから開かれているのであります。
それは、いかなる差異も超えた「生命の尊厳」という根源の大地であります。
貴国で漢訳された大乗仏典の精髄「法華経」の見宝塔品では、地球規模の、巨大にして、金・銀・瑠璃・真珠などの七宝で荘厳された宝塔が出現します。それは、何を表象しているか。
貴国そして日本の仏法探究の洞察によれば、この宝塔とは、無上の生命の尊厳を表し、さらに宝塔を彩る七宝とは、人間完成のために必要な七つの要素「聞」「信」「戒」「定」「進」「捨」「慚」を表していると説いております。
敷衍して申し上げるならば−−
「聞」は、正しい真理を聞いていく求道心。他者の言説に耳を傾けること。
「信」は、生命の尊厳を信じ、人間への信頼を決して手放さないこと。
「戒」は、自分を律すること。倫理性を重んずること。
「定」は、心を定め、何ものにも紛動されないこと。
「進」は、たゆみなき精進、努力。
「捨」は、煩悩に執着しないこと。偏見や差別にとらわれないこと。
「慚」は、謙虚に自身を見つめ、反省し、向上を続けること−−であります。
ここには、それぞれの文化が、多彩な表現で強調している「人間としての振る舞い」が端的に集約されているといってもよいでありましょう。人間性こそ、この世の第一の宝であるという価値観であります。
私には、深い出会いを結ばせていただいた、人民の大指導者・周恩来総理と、人民の母・�穎超先生の人間性に満ち溢れた尊容が彷彿として蘇ってくるのであります。
いずれにしても人類は、「生命の尊厳」を根底として、多様な学識も科学技術も、一切を自他共の幸福、社会の発展、世界の平和のために生かし合いながら、山積する地球的問題群に力を合わせて挑んでいくべき段階に入っているといってよいでありましょう。
2012年11月14日水曜日
2012.11.14 わが友に贈る
皆が人材!
全員が主役!
心を合わせれば
力は倍加する。
共に使命の舞を!
兄弟抄 P1081
『此の世界は第六天の魔王の所領なり一切衆生は無始已来彼の魔王の眷属なり、六道の中に二十五有と申すろうをかまへて一切衆生を入るるのみならず妻子と申すほだしをうち父母主君と申すあみをそらにはり貪瞋癡の酒をのませて仏性の本心をたぼらかす、但あくのさかなのみをすすめて三悪道の大地に伏臥せしむ、たまたま善の心あれば障碍をなす』
◇希望の明日へ
互いを思いやる友愛の絆ほど、人生にあって麗しいものはない。いわんや「一閻浮提広宣流布」という大ロマンを共有する創価学会の絆は、三世にわたり永遠である。妙法の友は生々世々、尊き同志として、広布の大便命に進んでいける。学会には、いかなる時も、心から励ましあえる同志がいる。ある意味で、それは、親兄弟よりも強い絆でさえある場合がある。人間として、これ以上の幸せはないし、またこれ以上の安心もない。妙法に生きる同志の契りこそ、かけがえのない"人生の宝"であり"財産"である。また仏子を守り励ましゆく妙法の同志は、三世十方の仏菩薩、諸天の働きにも通ずるのである。これほど尊く、ありがたい存在と行動はないのである。
平1・3・22
☆池田大作 名言100選 世界市民
地球の運命が一つになった時代に求められる人間像こそ、
開かれた心で人類益のために行動する「世界市民」である。
「グローバル社会」には、「人間のグローバル化」
「民衆のグローバル化」「心のグローバル化」
が必須条件である。
☆第7回池田思想国際シンポジウムのメッセージ「教育で創造性を開花」
広々と世界に開かれた貴・上海師範大学は、今回のシンポジウムのテーマ「多元文化の融合下における現代教育」を論じ合うのに、まことにふさわしい舞台であります。
ここでは私なりに、このテーマに関し、
第一に、青年の創造性を薫発
第二に、生命尊厳の連帯を拡大
第三に、永遠友好の金の橋を継承
−−という三つの視点から、所感を申し述べさせていただきます。
◇他の文化を尊重 心を開いて学ぶ
第一に、多元文化の融合を「青年の創造性」を薫発する力にしていくという点であります。
貴大学のキャンパスに像が立つ大教育者・陶行知先生は、"世界的であれ"と促されつつ、展望されておりました。
「あらゆるところが生活の場であり、われわれが自分自身を教育する場である。有意義な生活をおくろうがため、われわれの生活力は必ず、学校の門を、地域の門を、そして国境の門をうちひらくであろう」(斎藤秋男著『陶行知生活教育理論の形成』)と。
含蓄の深い洞察であります。
「生きること」は、即「学ぶこと」であり、「生活の現場」を、即「成長の道場」としていくなかに、人間教育の芸術があるといっても、決して過言ではないでありましょう。
特に、青年が自らの可能性を開花させていく上では、自らと異なるものと出あい、そこから積極果敢に学びとっていくことが、絶対に不可欠であります。
多元文化との出あいが日常の中にも浸透してきた現代にあって、それを、いかにして若き生命の創造力の薫発へと聡明に連動させていくか。ここに、教育の一つの挑戦があるといえましょう。
その意味において、青年が世界の第一級の文化にふれる機会をつくることが、極めて重要であると、私は思っております。
日中国交正常化40周年の本年、私どもの民主音楽協会が招聘した「陝西省歌舞劇院」の公演は、日本全国39都市で大好評を博しました。「長安の月」と題された唐代楽舞詩は、19歳で日本から中国に渡った遣唐留学生・阿倍仲麻呂が、長安の都で芸術文化を学んでいく青春を謳い上げております。
唐の大詩人・王維は、阿倍仲麻呂と国を超えた友情を結びました。胸襟を開いた魂と魂、文化と文化の交流によって、偉大な創造性が花開いていくことを、古の先人たちは示してくれております。
また昨年から本年にかけて、東京富士美術館の企画による「北京・故宮博物院展」は、日本全国で100万人を超す人々が鑑賞いたしました。
あの東日本大震災の後、海外からの多くの展覧会が中止されるなか、故宮博物院の先生方は、苦難に直面する日本の人々の励みになればと、展覧会を実現してくださったのです。その真心が、どれほどありかたかったか、計り知れません。
故宮博物院の創設に尽力された、上海ゆかりの蔡元培先生は語られました。
「純粋な美育は、私達が感情を陶冶し、高尚で純潔な習慣を身につけ、自分と他人は別だという観念、己を利して人を損なう観念を徐々になくす手助けとなります。美は普遍的であり、自他を区別する観念が入り込む余地はありません」(長尾十三二監修、石川啓二・大塚豊著訳『中国の近代化と教育』)と。
世界の多彩な良質の文化を学ぶことは、他者に共感を広げ、自分の境涯を高く大きくすることです。生命の偉大な創造性に目を開くことです。他の文化に心を閉ざして孤立してしまえば、自らの力も伸ばせません。
多元文化の啓発を受けゆく現代の青年たちが、「従藍而青」という貴国の人間教育の原理のごとく、いやまして創造力を発揮してくれるであろうことを、私は信じてやまないのであります。
◎「池田大作 名言100選」は本日で完結です!(^^)!
全員が主役!
心を合わせれば
力は倍加する。
共に使命の舞を!
兄弟抄 P1081
『此の世界は第六天の魔王の所領なり一切衆生は無始已来彼の魔王の眷属なり、六道の中に二十五有と申すろうをかまへて一切衆生を入るるのみならず妻子と申すほだしをうち父母主君と申すあみをそらにはり貪瞋癡の酒をのませて仏性の本心をたぼらかす、但あくのさかなのみをすすめて三悪道の大地に伏臥せしむ、たまたま善の心あれば障碍をなす』
◇希望の明日へ
互いを思いやる友愛の絆ほど、人生にあって麗しいものはない。いわんや「一閻浮提広宣流布」という大ロマンを共有する創価学会の絆は、三世にわたり永遠である。妙法の友は生々世々、尊き同志として、広布の大便命に進んでいける。学会には、いかなる時も、心から励ましあえる同志がいる。ある意味で、それは、親兄弟よりも強い絆でさえある場合がある。人間として、これ以上の幸せはないし、またこれ以上の安心もない。妙法に生きる同志の契りこそ、かけがえのない"人生の宝"であり"財産"である。また仏子を守り励ましゆく妙法の同志は、三世十方の仏菩薩、諸天の働きにも通ずるのである。これほど尊く、ありがたい存在と行動はないのである。
平1・3・22
☆池田大作 名言100選 世界市民
地球の運命が一つになった時代に求められる人間像こそ、
開かれた心で人類益のために行動する「世界市民」である。
「グローバル社会」には、「人間のグローバル化」
「民衆のグローバル化」「心のグローバル化」
が必須条件である。
☆第7回池田思想国際シンポジウムのメッセージ「教育で創造性を開花」
広々と世界に開かれた貴・上海師範大学は、今回のシンポジウムのテーマ「多元文化の融合下における現代教育」を論じ合うのに、まことにふさわしい舞台であります。
ここでは私なりに、このテーマに関し、
第一に、青年の創造性を薫発
第二に、生命尊厳の連帯を拡大
第三に、永遠友好の金の橋を継承
−−という三つの視点から、所感を申し述べさせていただきます。
◇他の文化を尊重 心を開いて学ぶ
第一に、多元文化の融合を「青年の創造性」を薫発する力にしていくという点であります。
貴大学のキャンパスに像が立つ大教育者・陶行知先生は、"世界的であれ"と促されつつ、展望されておりました。
「あらゆるところが生活の場であり、われわれが自分自身を教育する場である。有意義な生活をおくろうがため、われわれの生活力は必ず、学校の門を、地域の門を、そして国境の門をうちひらくであろう」(斎藤秋男著『陶行知生活教育理論の形成』)と。
含蓄の深い洞察であります。
「生きること」は、即「学ぶこと」であり、「生活の現場」を、即「成長の道場」としていくなかに、人間教育の芸術があるといっても、決して過言ではないでありましょう。
特に、青年が自らの可能性を開花させていく上では、自らと異なるものと出あい、そこから積極果敢に学びとっていくことが、絶対に不可欠であります。
多元文化との出あいが日常の中にも浸透してきた現代にあって、それを、いかにして若き生命の創造力の薫発へと聡明に連動させていくか。ここに、教育の一つの挑戦があるといえましょう。
その意味において、青年が世界の第一級の文化にふれる機会をつくることが、極めて重要であると、私は思っております。
日中国交正常化40周年の本年、私どもの民主音楽協会が招聘した「陝西省歌舞劇院」の公演は、日本全国39都市で大好評を博しました。「長安の月」と題された唐代楽舞詩は、19歳で日本から中国に渡った遣唐留学生・阿倍仲麻呂が、長安の都で芸術文化を学んでいく青春を謳い上げております。
唐の大詩人・王維は、阿倍仲麻呂と国を超えた友情を結びました。胸襟を開いた魂と魂、文化と文化の交流によって、偉大な創造性が花開いていくことを、古の先人たちは示してくれております。
また昨年から本年にかけて、東京富士美術館の企画による「北京・故宮博物院展」は、日本全国で100万人を超す人々が鑑賞いたしました。
あの東日本大震災の後、海外からの多くの展覧会が中止されるなか、故宮博物院の先生方は、苦難に直面する日本の人々の励みになればと、展覧会を実現してくださったのです。その真心が、どれほどありかたかったか、計り知れません。
故宮博物院の創設に尽力された、上海ゆかりの蔡元培先生は語られました。
「純粋な美育は、私達が感情を陶冶し、高尚で純潔な習慣を身につけ、自分と他人は別だという観念、己を利して人を損なう観念を徐々になくす手助けとなります。美は普遍的であり、自他を区別する観念が入り込む余地はありません」(長尾十三二監修、石川啓二・大塚豊著訳『中国の近代化と教育』)と。
世界の多彩な良質の文化を学ぶことは、他者に共感を広げ、自分の境涯を高く大きくすることです。生命の偉大な創造性に目を開くことです。他の文化に心を閉ざして孤立してしまえば、自らの力も伸ばせません。
多元文化の啓発を受けゆく現代の青年たちが、「従藍而青」という貴国の人間教育の原理のごとく、いやまして創造力を発揮してくれるであろうことを、私は信じてやまないのであります。
◎「池田大作 名言100選」は本日で完結です!(^^)!
2012年11月13日火曜日
2012.11.13 わが友に贈る
信心とは無限の成長!
一日一日が前進だ。
自分自身に勝ち
栄光の創立記念日へ
黄金の歴史を綴れ!
佐渡御書 P957
『おごれる者は強敵に値ておそるる心出来するなり例せば修羅のおごり帝釈にせめられて無熱池の蓮の中に小身と成て隠れしが如し』
◇希望の明日へ
友情に生きぬく人は尊い。それは誠実の証であり、高き人格の表れである。反対に、時の流れ、時代の変化とともに友を忘れ、信義を失っていく人ほど卑しい心はない。国を超え、民族を超えて友情と信義を重んずる−−ここにこそ、万代の友好は花開いていくと確信する。
平1・11・12
☆池田大作 名言100選 民主主義
戦前の軍国の日本は、
民衆一人一人が意見をもつことが許されず、
戦争の暴走を食い止めることができなかった。
民主主義は、制度の問題だけではない。
民主主義を支える民衆が自らを高めていく努力が不可欠である。
☆勝利の人間学第19回 皆が元気に! 一歩前進の会合を
皆が元気に!
一歩前進の会合を
◇中心者は満々たる生命力で
創価学会の会合は、広宣流布を推進する仏の会座であり、地涌の菩薩の集いである。
恩師・戸田先生は、どんな小さな会合も、いいかげんにしなかった。常に真剣だった。
「この会合に集った人から、すべて始まるのである。この会合から勝っていくのである」と、全身全霊を注がれた。
「来てよかった!」と参加者が喜べるように、中心者は真剣に祈り、万全の準備で臨むのだ。「さあ、戦おう!」と、皆が奮い立つように、満々たる生命力で励ますのだ。
それが、一歩前進の力になる。
新しい時代を開く勢いとなる。
◇ありのまま誠実に語ろう
人前で話すのが苦手という人もいるだろう。でも、無理をして、言葉巧みに、うまく話そうとする必要はない。
御書には『言と云うは心の思いを響かして声を顕す』(P563)と仰せである。
大事なことは、相手に伝えたい「心の思い」を、誠心誠意、響かせていくことだ。
気取りなどいらない。ありのままでいい。自分らしく誠実に、広布への大情熱を語る。飾らず率直に、゛自らの体験を語るのだ。
そして皆の心を軽くし、勇気を贈るのだ。
「それなら、自分にもできる」と思えれば、一人一人が自信を持って力を発揮できる。
◇「納得」が行動を生む
創立の父・牧口先生以来、学会は「皆が納得できる」対話で、団結を築いてきた。
押しつけや無理強いでは、人は動かない。
「そうだ! その通りだ!」という心の共鳴から、自発の行動が生まれる。
リーダーは、皆がすっきりと戦えるよう、「分かりやすく」「明確に」、かつ「具体的に」対話を進めていただきたい。
そのためには、題目を唱えて「以信代慧(信を以って慧に代う)」の智慧を出すこどだ。皆の英知を引き出し、結集していくことだ。
自発能動の連帯を、どれだけつくれるか──ここで決まる。広布の勝利の要諦がある。
一日一日が前進だ。
自分自身に勝ち
栄光の創立記念日へ
黄金の歴史を綴れ!
佐渡御書 P957
『おごれる者は強敵に値ておそるる心出来するなり例せば修羅のおごり帝釈にせめられて無熱池の蓮の中に小身と成て隠れしが如し』
◇希望の明日へ
友情に生きぬく人は尊い。それは誠実の証であり、高き人格の表れである。反対に、時の流れ、時代の変化とともに友を忘れ、信義を失っていく人ほど卑しい心はない。国を超え、民族を超えて友情と信義を重んずる−−ここにこそ、万代の友好は花開いていくと確信する。
平1・11・12
☆池田大作 名言100選 民主主義
戦前の軍国の日本は、
民衆一人一人が意見をもつことが許されず、
戦争の暴走を食い止めることができなかった。
民主主義は、制度の問題だけではない。
民主主義を支える民衆が自らを高めていく努力が不可欠である。
☆勝利の人間学第19回 皆が元気に! 一歩前進の会合を
皆が元気に!
一歩前進の会合を
◇中心者は満々たる生命力で
創価学会の会合は、広宣流布を推進する仏の会座であり、地涌の菩薩の集いである。
恩師・戸田先生は、どんな小さな会合も、いいかげんにしなかった。常に真剣だった。
「この会合に集った人から、すべて始まるのである。この会合から勝っていくのである」と、全身全霊を注がれた。
「来てよかった!」と参加者が喜べるように、中心者は真剣に祈り、万全の準備で臨むのだ。「さあ、戦おう!」と、皆が奮い立つように、満々たる生命力で励ますのだ。
それが、一歩前進の力になる。
新しい時代を開く勢いとなる。
◇ありのまま誠実に語ろう
人前で話すのが苦手という人もいるだろう。でも、無理をして、言葉巧みに、うまく話そうとする必要はない。
御書には『言と云うは心の思いを響かして声を顕す』(P563)と仰せである。
大事なことは、相手に伝えたい「心の思い」を、誠心誠意、響かせていくことだ。
気取りなどいらない。ありのままでいい。自分らしく誠実に、広布への大情熱を語る。飾らず率直に、゛自らの体験を語るのだ。
そして皆の心を軽くし、勇気を贈るのだ。
「それなら、自分にもできる」と思えれば、一人一人が自信を持って力を発揮できる。
◇「納得」が行動を生む
創立の父・牧口先生以来、学会は「皆が納得できる」対話で、団結を築いてきた。
押しつけや無理強いでは、人は動かない。
「そうだ! その通りだ!」という心の共鳴から、自発の行動が生まれる。
リーダーは、皆がすっきりと戦えるよう、「分かりやすく」「明確に」、かつ「具体的に」対話を進めていただきたい。
そのためには、題目を唱えて「以信代慧(信を以って慧に代う)」の智慧を出すこどだ。皆の英知を引き出し、結集していくことだ。
自発能動の連帯を、どれだけつくれるか──ここで決まる。広布の勝利の要諦がある。
2012年11月12日月曜日
2012.11.12 わが友に贈る
新聞休刊日
乙御前御消息 P1220
『日蓮をば日本国の上一人より下万民に至るまで一人もなくあやまたんとせしかども今までかうて候事は一人なれども心のつよき故なるべしとおぼすべし』
◇今週のことば
栄光の「11・18」を
全世界の友と祝賀!
「勇猛精進」こそ
我らの「創立の魂」だ。
広布拡大に勇み立て!
2012年11月11日
◇希望の明日へ
人格と人格、魂と魂で結ばれた絆というものは、どんな嵐にも、揺らぐことはない。いかなる試練の峰、苦難の坂にあっても、互いを固く結び合い、支え合いながら、時とともに強固なものとなっていく。まさに、真実の友情こそ、人生の最高の宝である。反対に、順境の時は、麗しい絆で結ばれているように思えても、いざ、逆境となると態度が豹変し、冷淡となってしまう関係もある。まことにさびしいかぎりである。特に、確固たる自分というものをもたなければ日本人は、世界のなかで、深い信頼と友誼の心を分かち合うことができないのではないかと、私は危惧している。
平1・1・16
☆池田大作 名言100選 マスコミと言論
言論は力である。しかし、
それは善悪に通じる力である。
正義を守る"盾"にも、悪を断ち切る"剣"
にもなれば、人を傷つける"凶器"にもなる。
ゆえに、言論人のモラルと責任は、人一倍、重い。
☆御書とともにNo.094 一切を包み込む大境涯
『願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん、我を扶くる弟子等をば釈尊に之を申さん、我を生める父母等には未だ死せざる已前に此の大善を進めん』(顕仏未来記、P509)
◇通解
願わくは自分を迫害する国主等を最初に化導してあげよう。自分を助ける弟子等のことを釈尊に申し上げよう。また自分を生んでくださった父母等には、今生のうちにこの南無妙法蓮華経の大善をすすめよう。
◇同志への指針
佐渡流罪の只中の御聖訓である。
身は命に及ぶ迫害を受けようとも、心は一切衆生を慈しみ、全世界をも包み込む。これが御本仏の大境涯であられる。
我らも仏弟子として、いかなる境遇にあろうとも、心は絶対に負けない。どんなに苦しくとも、妙法を唱え抜き、広布に進み抜くのだ。
その大功徳は、わが父母や縁ある人々に必ず伝わり広がる。地域・社会も厳然と正しくリードしていくのだ。
乙御前御消息 P1220
『日蓮をば日本国の上一人より下万民に至るまで一人もなくあやまたんとせしかども今までかうて候事は一人なれども心のつよき故なるべしとおぼすべし』
◇今週のことば
栄光の「11・18」を
全世界の友と祝賀!
「勇猛精進」こそ
我らの「創立の魂」だ。
広布拡大に勇み立て!
2012年11月11日
◇希望の明日へ
人格と人格、魂と魂で結ばれた絆というものは、どんな嵐にも、揺らぐことはない。いかなる試練の峰、苦難の坂にあっても、互いを固く結び合い、支え合いながら、時とともに強固なものとなっていく。まさに、真実の友情こそ、人生の最高の宝である。反対に、順境の時は、麗しい絆で結ばれているように思えても、いざ、逆境となると態度が豹変し、冷淡となってしまう関係もある。まことにさびしいかぎりである。特に、確固たる自分というものをもたなければ日本人は、世界のなかで、深い信頼と友誼の心を分かち合うことができないのではないかと、私は危惧している。
平1・1・16
☆池田大作 名言100選 マスコミと言論
言論は力である。しかし、
それは善悪に通じる力である。
正義を守る"盾"にも、悪を断ち切る"剣"
にもなれば、人を傷つける"凶器"にもなる。
ゆえに、言論人のモラルと責任は、人一倍、重い。
☆御書とともにNo.094 一切を包み込む大境涯
『願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん、我を扶くる弟子等をば釈尊に之を申さん、我を生める父母等には未だ死せざる已前に此の大善を進めん』(顕仏未来記、P509)
◇通解
願わくは自分を迫害する国主等を最初に化導してあげよう。自分を助ける弟子等のことを釈尊に申し上げよう。また自分を生んでくださった父母等には、今生のうちにこの南無妙法蓮華経の大善をすすめよう。
◇同志への指針
佐渡流罪の只中の御聖訓である。
身は命に及ぶ迫害を受けようとも、心は一切衆生を慈しみ、全世界をも包み込む。これが御本仏の大境涯であられる。
我らも仏弟子として、いかなる境遇にあろうとも、心は絶対に負けない。どんなに苦しくとも、妙法を唱え抜き、広布に進み抜くのだ。
その大功徳は、わが父母や縁ある人々に必ず伝わり広がる。地域・社会も厳然と正しくリードしていくのだ。
2012年11月11日日曜日
2012.11.11 わが友に贈る
青年ならば
広宣流布の大理想に
挑む気概を持て。
撓まず恐れず
果敢に突き進め!
御義口伝巻下 P762
『功徳とは六根清浄の果報なり、所詮今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は六根清浄なり、されば妙法蓮華経の法の師と成つて大なる徳有るなり、功は幸と云う事なり又は悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり、功徳とは即身成仏なり又六根清浄なり』
◇希望の明日へ
世界の人々との友好も大事であるが、隣近所との友好はもっと大事である。友好・友情は、人生の宝というのが、私の信条である。ともすると学会は堅苦しく思われたり、地域の人々と心に垣根をつくっているとみられる誤解もある。しかし、普段着の姿で気軽に声をかけ、友好交流を心がけていくとき、思わぬところで互いの心が開かれ、理解を深めていけるものだ。信心をしていない人とは付き合わない、などといった狭量な心や、偏頗な感情は、人間的に"臆病"な心といってよい。心広々と、心温かであってこそ、信仰者の姿といえる。友好といっても、ただ店で買い物をするとか、贈り物をするといった形式的、表面的なことをいっているのではない。誠実の、真心の付き合い、交流が大事である。
昭63・3・28
☆池田大作 名言100選 アジアのなかの日本
日本はもっと、アジアに人々から信頼されるよう、
真剣に誠実に努力していかねばならない。
だからこそ、互いの文化の根底をなす思想や哲学に光を当て、
共に理解し合い、学び合っていく対話が重要である。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.038 「創立の精神」とは「師弟の精神」
いよいよ、創立の月だ。
学会の「創立の精神」とは「師弟の精神」である。
牧口先生、戸田先生の不惜身命の大闘争の中に、永遠の学会精神が輝いている。
この精神を忘れれば、大切な和合のスクラムが、魔に分断されてしまう。
どこまでも、師弟不二の大道を歩み抜くのだ。
いかなる時も、私の心の中には、戸田先生がおられる。
壁にぶつかれば、「まだまだだ!」との厳しき叱咤が、雷鳴のごとく轟く。
渾身の力で勝ち抜いた時には、「よくやった!」と破顔一笑される先生がいる。
師弟とは、人間の究極の道である。わが胸に、正義と勇気の炎が燃えていなければ、貫くことはできない。
戸田先生は喝破された。
「自分の足元を固めた人が勝者となる。
自らの地域を盤石に築いた者が勝利者となる。
これが鉄則である。生き抜く人生の鉄則である」
新しい時代を開く、わが地域の戦いだ。勝利の勢いは、リーダーで決まる。
師弟の魂が燃え上がるところ、それが広布の本陣だ。リーダーは、尊き使命を果たし抜くことである。
リーダーは強くなければいけない。弱くてはいけない。
リーダーは責任がある。その姿を見て、皆、「戦おう!」と奮起する。停滞や油断など絶対にあってはならない。
御聖訓には『強敵を伏して始て力士をしる』(P957)と仰せである。
あえて試練を求め、試練に打ち勝ってこそ、常勝不敗の人材の大城は築かれるのだ。
◎きょうから希望の明日へは「友情」です!(^^)!
広宣流布の大理想に
挑む気概を持て。
撓まず恐れず
果敢に突き進め!
御義口伝巻下 P762
『功徳とは六根清浄の果報なり、所詮今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は六根清浄なり、されば妙法蓮華経の法の師と成つて大なる徳有るなり、功は幸と云う事なり又は悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり、功徳とは即身成仏なり又六根清浄なり』
◇希望の明日へ
世界の人々との友好も大事であるが、隣近所との友好はもっと大事である。友好・友情は、人生の宝というのが、私の信条である。ともすると学会は堅苦しく思われたり、地域の人々と心に垣根をつくっているとみられる誤解もある。しかし、普段着の姿で気軽に声をかけ、友好交流を心がけていくとき、思わぬところで互いの心が開かれ、理解を深めていけるものだ。信心をしていない人とは付き合わない、などといった狭量な心や、偏頗な感情は、人間的に"臆病"な心といってよい。心広々と、心温かであってこそ、信仰者の姿といえる。友好といっても、ただ店で買い物をするとか、贈り物をするといった形式的、表面的なことをいっているのではない。誠実の、真心の付き合い、交流が大事である。
昭63・3・28
☆池田大作 名言100選 アジアのなかの日本
日本はもっと、アジアに人々から信頼されるよう、
真剣に誠実に努力していかねばならない。
だからこそ、互いの文化の根底をなす思想や哲学に光を当て、
共に理解し合い、学び合っていく対話が重要である。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.038 「創立の精神」とは「師弟の精神」
いよいよ、創立の月だ。
学会の「創立の精神」とは「師弟の精神」である。
牧口先生、戸田先生の不惜身命の大闘争の中に、永遠の学会精神が輝いている。
この精神を忘れれば、大切な和合のスクラムが、魔に分断されてしまう。
どこまでも、師弟不二の大道を歩み抜くのだ。
いかなる時も、私の心の中には、戸田先生がおられる。
壁にぶつかれば、「まだまだだ!」との厳しき叱咤が、雷鳴のごとく轟く。
渾身の力で勝ち抜いた時には、「よくやった!」と破顔一笑される先生がいる。
師弟とは、人間の究極の道である。わが胸に、正義と勇気の炎が燃えていなければ、貫くことはできない。
戸田先生は喝破された。
「自分の足元を固めた人が勝者となる。
自らの地域を盤石に築いた者が勝利者となる。
これが鉄則である。生き抜く人生の鉄則である」
新しい時代を開く、わが地域の戦いだ。勝利の勢いは、リーダーで決まる。
師弟の魂が燃え上がるところ、それが広布の本陣だ。リーダーは、尊き使命を果たし抜くことである。
リーダーは強くなければいけない。弱くてはいけない。
リーダーは責任がある。その姿を見て、皆、「戦おう!」と奮起する。停滞や油断など絶対にあってはならない。
御聖訓には『強敵を伏して始て力士をしる』(P957)と仰せである。
あえて試練を求め、試練に打ち勝ってこそ、常勝不敗の人材の大城は築かれるのだ。
◎きょうから希望の明日へは「友情」です!(^^)!
2012年11月10日土曜日
2012.11.10 わが友に贈る
動いた分だけ
語った分だけ
仏縁と境涯が広がる。
友のため自身のため
人間王者の大道を歩め!
上野殿御返事 P1561
『願くは此の功徳を以て普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん』
◇希望の明日へ
信念に燃え、自信と希望があるかぎり、人は若々しく、生き生きとしている。その人こそ、真に生きた人、勝利を得た人、生命の勲章を得た人である。ここに、人生の究極もある。信心の究極もある。仏法の究極もある。私たちの正しさ信仰は、希望と確信の人生を生きる"根源の力"である。この力を知るゆえに、創価学会は、何ものも恐れない。"永遠の希望"に生きることができる。
平4・12・19
☆池田大作 名言100選 死刑を考える
死刑は国家権力による暴力の一つの
極限的あらわれである。
人為的に生命を奪う権利は、何人にも、
どのような理由によってもありえない。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
◇共戦そして勇気
第三は「師弟共戦」。
皆がそれぞれ、桜梅桃李の使命の分野で、師匠の構想の実現のために立ち上がっていくことである。
さらに、師と同じ決意に立ち、師の指導のままに戦いを起こし、師に応える最高の勝利の旗を打ち立てていくことだ。
師匠ならば、どう祈り、考え、行動するか──その一点を心の中心に置いて、師の指導をわが血肉とし、実践に移す戦いである。
私は、常にそうしてきた。
師と同じ心で戦えば、打つ手は必ず見えてくる。手を抜かず、妥協せず、ベストを尽くしていくことだ。
そして、第四に「勇気の信心」である。
動かなければ何も変わらない。信心とは「勇気」の異名である。一歩を踏み出す行動こそが、新しき広布の歴史を開くのだ。
私は葛飾の地で、最前線の一人ひとりが具体的な目標を掲げ、挑戦していけるように心掛けた。同じ思いに立ってくれた友は、大きく成長していった。
そして三年後の十二月、葛飾は三つの総ブロックへと発展し、堂々たる地域広布の基盤が固まったのだ。
ドイツの文豪ゲーテは、「全体の幸福」を築きゆく方途について、「自分自身の足元」から始めよと語っていた。汝自身の勝利を、全体の大きな幸福に結びつけていくのだ。そこに地に足の着いた軌道もある。
ともあれ、自分の足元から自他共の幸福の波を──そう深く誓願しての創価の陣列は、今や世界百九十二力国・地域へと拡大した。
一日、二十四時間。
一ヵ月、約七百二十時間。
今この瞬間も、地球のどこかで、地域の安穏を願い、我らの同志が勇気と励ましの対話を広げている。なんと麗しき民衆の平和の大連帯であろうか。ここに、「立正安国」という崩れざる幸福の大地がある。
なかんずく、どの地域にあっても、熟練の"多宝"の先輩方が後輩たちを慈しみながら、友好と信頼の輪を広げてくださっている。
心深き副役職の方々は、リーダーを支え、誠心誠意で広布の道を開かれている。町会やボランティアをはじめ地域活動で貢献している方々もおられる。
皆、我ら創価家族の尊き柱であり、要である。
オーストリアの元文部次官で声楽家のサイフェルトさんが、SGIの前進に、深く期待されていた。
「今、時代は人のつながりが希薄になり、自己中心的な思想が蔓延しています。こうした社会にあって、SGIの皆様は温かな心を持っておられる。水面に落とされた一滴の薬が、やがて表面を覆っていくように、必ずや創価の慈悲の哲学が世界に広がっていくでしょう」と。
今こそ、私たちが近隣との絆、地域の絆を再び結び直す時ではないだろうか。
さあ、わが同志よ、勇んで地域の中、友の中へ!
幸福勝利の大旗を、使命の天地に晴れ晴れと打ち立てよう!
偉大なる
創価の友の
陣列は
あの地この地で
勝利の乱舞を
語った分だけ
仏縁と境涯が広がる。
友のため自身のため
人間王者の大道を歩め!
上野殿御返事 P1561
『願くは此の功徳を以て普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん』
◇希望の明日へ
信念に燃え、自信と希望があるかぎり、人は若々しく、生き生きとしている。その人こそ、真に生きた人、勝利を得た人、生命の勲章を得た人である。ここに、人生の究極もある。信心の究極もある。仏法の究極もある。私たちの正しさ信仰は、希望と確信の人生を生きる"根源の力"である。この力を知るゆえに、創価学会は、何ものも恐れない。"永遠の希望"に生きることができる。
平4・12・19
☆池田大作 名言100選 死刑を考える
死刑は国家権力による暴力の一つの
極限的あらわれである。
人為的に生命を奪う権利は、何人にも、
どのような理由によってもありえない。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
◇共戦そして勇気
第三は「師弟共戦」。
皆がそれぞれ、桜梅桃李の使命の分野で、師匠の構想の実現のために立ち上がっていくことである。
さらに、師と同じ決意に立ち、師の指導のままに戦いを起こし、師に応える最高の勝利の旗を打ち立てていくことだ。
師匠ならば、どう祈り、考え、行動するか──その一点を心の中心に置いて、師の指導をわが血肉とし、実践に移す戦いである。
私は、常にそうしてきた。
師と同じ心で戦えば、打つ手は必ず見えてくる。手を抜かず、妥協せず、ベストを尽くしていくことだ。
そして、第四に「勇気の信心」である。
動かなければ何も変わらない。信心とは「勇気」の異名である。一歩を踏み出す行動こそが、新しき広布の歴史を開くのだ。
私は葛飾の地で、最前線の一人ひとりが具体的な目標を掲げ、挑戦していけるように心掛けた。同じ思いに立ってくれた友は、大きく成長していった。
そして三年後の十二月、葛飾は三つの総ブロックへと発展し、堂々たる地域広布の基盤が固まったのだ。
ドイツの文豪ゲーテは、「全体の幸福」を築きゆく方途について、「自分自身の足元」から始めよと語っていた。汝自身の勝利を、全体の大きな幸福に結びつけていくのだ。そこに地に足の着いた軌道もある。
ともあれ、自分の足元から自他共の幸福の波を──そう深く誓願しての創価の陣列は、今や世界百九十二力国・地域へと拡大した。
一日、二十四時間。
一ヵ月、約七百二十時間。
今この瞬間も、地球のどこかで、地域の安穏を願い、我らの同志が勇気と励ましの対話を広げている。なんと麗しき民衆の平和の大連帯であろうか。ここに、「立正安国」という崩れざる幸福の大地がある。
なかんずく、どの地域にあっても、熟練の"多宝"の先輩方が後輩たちを慈しみながら、友好と信頼の輪を広げてくださっている。
心深き副役職の方々は、リーダーを支え、誠心誠意で広布の道を開かれている。町会やボランティアをはじめ地域活動で貢献している方々もおられる。
皆、我ら創価家族の尊き柱であり、要である。
オーストリアの元文部次官で声楽家のサイフェルトさんが、SGIの前進に、深く期待されていた。
「今、時代は人のつながりが希薄になり、自己中心的な思想が蔓延しています。こうした社会にあって、SGIの皆様は温かな心を持っておられる。水面に落とされた一滴の薬が、やがて表面を覆っていくように、必ずや創価の慈悲の哲学が世界に広がっていくでしょう」と。
今こそ、私たちが近隣との絆、地域の絆を再び結び直す時ではないだろうか。
さあ、わが同志よ、勇んで地域の中、友の中へ!
幸福勝利の大旗を、使命の天地に晴れ晴れと打ち立てよう!
偉大なる
創価の友の
陣列は
あの地この地で
勝利の乱舞を
2012年11月9日金曜日
2012.11.09 わが友に贈る
広宣流布は外交戦。
感じよく迅速に
「さすが」と言われる
誠実な振る舞いを。
創価の全権大使たれ!
唱法華題目 P7
『悪知識と申すは甘くかたらひ詐り媚び言を巧にして愚癡の人の心を取つて善心を破るといふ事なり』
◇希望の明日へ
欲しいものがすぐ手に入るのが幸福ではない。悩みがないのが幸福なのではない。甘やかされては、卑しく、心の貧しい、わがままな人間になってしまう。たとえ今は苦しくとも、希望を見つめ、苦労の坂を一歩一歩、上っていく。少しずつ、自分の力で自分の夢を実現していく。その人こそ、本当の"深い喜び"を知る人である。また、ここに、人間としての美しい人生がある。
平4・5・21
☆池田大作 名言100選 高齢化社会
高齢者の知恵と経験は、現在と未来を豊かにする、
かけがいのない宝である。
高齢者を真に尊ぶ気風を確立することは、
社会の持続的な繁栄の基礎となる。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
◇庶民を強く賢明に
「いったい誰が、庶民を護るのか? それは、創価学会である!」
「庶民が強くなるとは、どういうことか? 学会が強くなることである!」
恩師がよく吐露されていた真情である。
いつの時代も、災害や世の乱れに最も苦しむのは庶民だ。庶民が強く賢くなり、連帯するために学会はある。
ゆえに、戸田先生は晩年、地域における学会の組織、すなわちブロック組織の充実に力を注がれた。
同じ地域で戦う「ブロック」という組織が力を持てば、同志間の連絡も早い。励まし合いも深まる。一人ひとりも強くなっていく。
地域に根を張ってこそ、「信心即生活」「仏法即社会」の勝利があり、「立正安国」の確かな実現もある。
五十五年前(昭和三十二年)、私は葛飾の総ブロック長に任命された。全国に地域広布の確固たるレールが敷かれたのも、師匠の先見からであった。
その直前、私は夏季ブロック指導で、荒川を担当した。短期間であったが、徹底して家庭指導に歩き、世帯の一割増を達成した。
先生に報告すると、我が意を得たりと、ブロック組織にさらに力を入れるため、私を葛飾の総ブロック長に任命されたのである。
◇祈って友の中へ!
では、地域に根差した組織の構築には、何がか必要か──私が葛飾で実践したのは、「強盛なる祈り」「温かな人間の交流」「師弟共戦」「勇気の信心」の四点であった。
第一の「強盛なる祈り」とは、白馬が天空を駆け、大宇宙をも動かしゆくような勤行・唱題である。それが勝利の源泉となる。
言うまでもなく、基本が大事である。どんなに頑張っても、基本が疎かでは、努力も空回りしてしまう。
訪問したお宅でも、私は「さあ、まず勤行をしましょう!『勤行に勝る指導なし』です」と、共に呼吸を合わせ、皆の生命の威光勢力を強めていった。
有名な御聖訓には、『強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ』(P1118)と仰せである。
"断じて、わが地域の広布を成し遂げてみせる"との誓願に立って、強盛なる祈りから出発するのだ。
第二は「温かな人間の交流」である。私が葛飾で最も心を砕いたこと。それは一人ひとりと心を通わすことであった。
まず自分が立ち上がる。その一人がエンジンとなって、変革が始まる。これが広布拡大の永遠不変の方程式である。次に、そのエンジンの回転を組織の隅々に伝えていくことだ。それは団結の強化ともいえよう。
皆の心のギアをかみ合わせるのは、どこまでも一対一の個人指導であった。
学会は麗しい同志愛の世界である。私は、あらゆる機会を通し、同志と語り合った。会合の前後に一軒でも二軒でもと、家庭指導に回らせていただいたことも懐かしい。
部員が悩みを抱えているとの報告に、すぐに自転車に乗って駆けつけたこともあった。また、拠点に向かう途中に「そこまで来たので寄りました。何かありませんか」と、気さくに声を掛けたこともあっだ。
ある時には、こう語った。
「相手に思いやりのありったけをぶつけていくのです。精一杯、真心から励ましていくのです。それが、仏の振る舞いだよ」と。
人を育てようと思うなら、励ましの声を惜しんではならない。真心こそが友の心を動かすからだ。
感じよく迅速に
「さすが」と言われる
誠実な振る舞いを。
創価の全権大使たれ!
唱法華題目 P7
『悪知識と申すは甘くかたらひ詐り媚び言を巧にして愚癡の人の心を取つて善心を破るといふ事なり』
◇希望の明日へ
欲しいものがすぐ手に入るのが幸福ではない。悩みがないのが幸福なのではない。甘やかされては、卑しく、心の貧しい、わがままな人間になってしまう。たとえ今は苦しくとも、希望を見つめ、苦労の坂を一歩一歩、上っていく。少しずつ、自分の力で自分の夢を実現していく。その人こそ、本当の"深い喜び"を知る人である。また、ここに、人間としての美しい人生がある。
平4・5・21
☆池田大作 名言100選 高齢化社会
高齢者の知恵と経験は、現在と未来を豊かにする、
かけがいのない宝である。
高齢者を真に尊ぶ気風を確立することは、
社会の持続的な繁栄の基礎となる。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
◇庶民を強く賢明に
「いったい誰が、庶民を護るのか? それは、創価学会である!」
「庶民が強くなるとは、どういうことか? 学会が強くなることである!」
恩師がよく吐露されていた真情である。
いつの時代も、災害や世の乱れに最も苦しむのは庶民だ。庶民が強く賢くなり、連帯するために学会はある。
ゆえに、戸田先生は晩年、地域における学会の組織、すなわちブロック組織の充実に力を注がれた。
同じ地域で戦う「ブロック」という組織が力を持てば、同志間の連絡も早い。励まし合いも深まる。一人ひとりも強くなっていく。
地域に根を張ってこそ、「信心即生活」「仏法即社会」の勝利があり、「立正安国」の確かな実現もある。
五十五年前(昭和三十二年)、私は葛飾の総ブロック長に任命された。全国に地域広布の確固たるレールが敷かれたのも、師匠の先見からであった。
その直前、私は夏季ブロック指導で、荒川を担当した。短期間であったが、徹底して家庭指導に歩き、世帯の一割増を達成した。
先生に報告すると、我が意を得たりと、ブロック組織にさらに力を入れるため、私を葛飾の総ブロック長に任命されたのである。
◇祈って友の中へ!
では、地域に根差した組織の構築には、何がか必要か──私が葛飾で実践したのは、「強盛なる祈り」「温かな人間の交流」「師弟共戦」「勇気の信心」の四点であった。
第一の「強盛なる祈り」とは、白馬が天空を駆け、大宇宙をも動かしゆくような勤行・唱題である。それが勝利の源泉となる。
言うまでもなく、基本が大事である。どんなに頑張っても、基本が疎かでは、努力も空回りしてしまう。
訪問したお宅でも、私は「さあ、まず勤行をしましょう!『勤行に勝る指導なし』です」と、共に呼吸を合わせ、皆の生命の威光勢力を強めていった。
有名な御聖訓には、『強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ』(P1118)と仰せである。
"断じて、わが地域の広布を成し遂げてみせる"との誓願に立って、強盛なる祈りから出発するのだ。
第二は「温かな人間の交流」である。私が葛飾で最も心を砕いたこと。それは一人ひとりと心を通わすことであった。
まず自分が立ち上がる。その一人がエンジンとなって、変革が始まる。これが広布拡大の永遠不変の方程式である。次に、そのエンジンの回転を組織の隅々に伝えていくことだ。それは団結の強化ともいえよう。
皆の心のギアをかみ合わせるのは、どこまでも一対一の個人指導であった。
学会は麗しい同志愛の世界である。私は、あらゆる機会を通し、同志と語り合った。会合の前後に一軒でも二軒でもと、家庭指導に回らせていただいたことも懐かしい。
部員が悩みを抱えているとの報告に、すぐに自転車に乗って駆けつけたこともあった。また、拠点に向かう途中に「そこまで来たので寄りました。何かありませんか」と、気さくに声を掛けたこともあっだ。
ある時には、こう語った。
「相手に思いやりのありったけをぶつけていくのです。精一杯、真心から励ましていくのです。それが、仏の振る舞いだよ」と。
人を育てようと思うなら、励ましの声を惜しんではならない。真心こそが友の心を動かすからだ。
2012年11月8日木曜日
2012.11.08 わが友に贈る
地道に奮闘する
ヤング・ミセスの友に
感謝と励ましを!
貴女の太陽の輝きが
創価の未来を開く!
刑部左衛門尉女房御返事 P1400
『仏自身を責めて云く我則ち慳貪に堕ちなん此の事は為めて不可なり等云云』
◇希望の明日へ
自分さえいれば、何でも開いていくことができる。開いてみせる−−そうした不屈の人間の代表は信仰者である。信心にこそ"永遠の希望"がある。そして希望は労苦から生まれる。労苦を情しまぬ勇気と情熱から生まれる。ゆえに受け身と惰性は、希望の敵である。惰性に流されて生きることは、不幸へと自ら流れていくことになる。
平4・3・15
☆池田大作 名言100選 政治と権力
民衆を苦しめる社会の不条理と戦ってこそ、
政治家である。
その戦いがなければ政治屋である。
最も苦しんでいる人に、
救済の手を伸ばすことこそ、
政治の原点である。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
断固して
いずこの地にあれ
勝ち抜けや
同志の絆と
広布を忘れず
四十年前の昭和四十七年(一九七二年)、学会は、「地域の年」と高く掲げて大前進した。
最前線に勇気を与え、広布の波動を起こそう!
訪れた地域が、希望の天地と輝くように!
この一念で、私は、年頭から友の中へ飛び込んだ。
足立、新宿、荒川、千代田など本陣・東京の同志。全国では、本土復帰を控えた沖縄、また静岡、千葉、岐阜、福井、大阪、兵庫へ。さらに五月に行ったトインビー博士との対談を挟み、香川、高知、北海道、山形、秋田、岩手、福岡、鹿児島、宮崎、広島、島根、鳥取、滋賀、奈良へ……。
そこに生きる人と会い、徹して励ますことが、地域広布の大道を開くのだ。
鹿児島の霧島では、聖教新聞の地方版を担当する記者らと、ローカル紙の使命を語り合った。
「ローカル紙が強いのは、地元に密着しているからだ。これからは、永久に『地域の年』です。地域の独自性を汲み取り、ぴかっと光るものでいこう」
そして、「隣の人が、地方版だけは読みたいというものを作ってください」と労いの言葉を掛けた。
その紙面を支えてくださっている、わが聖教の誉れの通信員の方々にも、感謝は尽きない。
そもそも「ローカル」という言葉には、「特有の」という意味がある。いずこにも、その地にしかない特有の歴史があり、文化があり、誇りがある。哲学があ句、希望がある。
「地方」とは、その土地の無数の宝がちりばめられて輝く、「地宝」ともいえようか。わが郷土が宝土であり、そこで共に生きる隣人が宝の人となるのだ。
先般は、私も寄稿させていただいた東北六県の県紙のトップの方々を迎えて、"二十一世紀は東北の時代"とのテーマのもと、感動のフォーラムが行われた。
大震災から一年半──。日々、復興の現場に飛び込み、被災者に寄り添って、不撓不屈の魂の発信を貫いてこられた信念の言論城に、私たちは満腔の敬意と感謝を捧げたい。
仏法では、『心の一法より国土世間も出来する事なり』(P563)と説かれている。
いかなる絶望の淵にも断じて友を沈ませない。あまりにも強く優しく、温かく豊かな「東北の心」から、必ずや人類の未来を照らす理想郷が築かれゆくことを、私は祈り信じている。
ヤング・ミセスの友に
感謝と励ましを!
貴女の太陽の輝きが
創価の未来を開く!
刑部左衛門尉女房御返事 P1400
『仏自身を責めて云く我則ち慳貪に堕ちなん此の事は為めて不可なり等云云』
◇希望の明日へ
自分さえいれば、何でも開いていくことができる。開いてみせる−−そうした不屈の人間の代表は信仰者である。信心にこそ"永遠の希望"がある。そして希望は労苦から生まれる。労苦を情しまぬ勇気と情熱から生まれる。ゆえに受け身と惰性は、希望の敵である。惰性に流されて生きることは、不幸へと自ら流れていくことになる。
平4・3・15
☆池田大作 名言100選 政治と権力
民衆を苦しめる社会の不条理と戦ってこそ、
政治家である。
その戦いがなければ政治屋である。
最も苦しんでいる人に、
救済の手を伸ばすことこそ、
政治の原点である。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
断固して
いずこの地にあれ
勝ち抜けや
同志の絆と
広布を忘れず
四十年前の昭和四十七年(一九七二年)、学会は、「地域の年」と高く掲げて大前進した。
最前線に勇気を与え、広布の波動を起こそう!
訪れた地域が、希望の天地と輝くように!
この一念で、私は、年頭から友の中へ飛び込んだ。
足立、新宿、荒川、千代田など本陣・東京の同志。全国では、本土復帰を控えた沖縄、また静岡、千葉、岐阜、福井、大阪、兵庫へ。さらに五月に行ったトインビー博士との対談を挟み、香川、高知、北海道、山形、秋田、岩手、福岡、鹿児島、宮崎、広島、島根、鳥取、滋賀、奈良へ……。
そこに生きる人と会い、徹して励ますことが、地域広布の大道を開くのだ。
鹿児島の霧島では、聖教新聞の地方版を担当する記者らと、ローカル紙の使命を語り合った。
「ローカル紙が強いのは、地元に密着しているからだ。これからは、永久に『地域の年』です。地域の独自性を汲み取り、ぴかっと光るものでいこう」
そして、「隣の人が、地方版だけは読みたいというものを作ってください」と労いの言葉を掛けた。
その紙面を支えてくださっている、わが聖教の誉れの通信員の方々にも、感謝は尽きない。
そもそも「ローカル」という言葉には、「特有の」という意味がある。いずこにも、その地にしかない特有の歴史があり、文化があり、誇りがある。哲学があ句、希望がある。
「地方」とは、その土地の無数の宝がちりばめられて輝く、「地宝」ともいえようか。わが郷土が宝土であり、そこで共に生きる隣人が宝の人となるのだ。
先般は、私も寄稿させていただいた東北六県の県紙のトップの方々を迎えて、"二十一世紀は東北の時代"とのテーマのもと、感動のフォーラムが行われた。
大震災から一年半──。日々、復興の現場に飛び込み、被災者に寄り添って、不撓不屈の魂の発信を貫いてこられた信念の言論城に、私たちは満腔の敬意と感謝を捧げたい。
仏法では、『心の一法より国土世間も出来する事なり』(P563)と説かれている。
いかなる絶望の淵にも断じて友を沈ませない。あまりにも強く優しく、温かく豊かな「東北の心」から、必ずや人類の未来を照らす理想郷が築かれゆくことを、私は祈り信じている。
2012年11月7日水曜日
2012.11.07 わが友に贈る
「御みやづかいを
法華経とをぼしめせ」
仕事が大変な時こそ
信頼を築くチャンスだ!
誠実な振る舞いで勝て!
一生成仏抄 P383
『都て一代八万の聖教三世十方の諸仏菩薩も我が心の外に有りとはゆめゆめ思ふべからず、然れば仏教を習ふといへども心性を観ぜざれば全く生死を離るる事なきなり』
◇希望の明日へ
どんなに苦しい悩みの生活であり、現実世界であっても、同志とともに、友と一緒に、妙法を唱え、広宣流布という無上道を進みゆく学会員の胸中には、永遠に希望の太陽が昇る。明るい青空が広がっている。未来への虹が輝いている。
平4・2・5
☆池田大作 名言100選 農業を考える
農業を大切にしない社会は、
生命を粗末にする野蛮な社会である。
その社会は、早晩、
あらゆる面で行き詰まる。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
◇自信を持って進め
わが郷土に誇りを持てる人は逞しく、朗らかだ。
私は各地で広布に尽くす同志たちに、自信を持ち、胸を張って地域の広宣流布を進めてほしいと、かねてから念願していた。四十五年前(昭和四十二年)、各方面に指針を示したのも、その思いからであった。
この年に発表された指針は次の通りである。
「新しき時代の開拓者たれ」(北海道)
「人材の牙城・東北たれ」
「全国の模範・東京たれ」
「広布の堅塁・中部たれ」
「常勝関西たれ」
「広布の新しき潮流たれ」(中国)
「楽土建設の革命児たれ」(四国)
「つねに先駆の九州たれ」
東京への指針には、「正義」の東海道、そして「完勝の電源地」関東も一体になった異体同心の大首都圏への期待が込められていた。
さらに後年、「人間革命の天地」信越、「誓願」の北陸の各県をはじめ、全国各地へ、さまざまな機会を通し、共戦の合言葉を贈らせていただいた。
沖縄には「世界で最初の広宣流布の地帯」との真情を抱き続けている。
御聖訓に曰く、『一切の草木は地より出生せり』『一切の仏法も又人によりて弘まるべし』(P465)と。
この大聖人のお心を身にあてて、自分の使命として「一人立つ」ところに、地域広布の出発点がある。
ゆえに、私は、わが同志と一人ひとり握手する思いで申し上げたい。
君よ、貴女よ、地域広布の勇者たれ!
今日も生き生きと「希望の種」「友情の種」「平和の種」を蒔き、爛漫と花を咲かせていくのだ!
不思議なる
この世の使命の
わが天地
無量の功徳を
心と国土に
法華経とをぼしめせ」
仕事が大変な時こそ
信頼を築くチャンスだ!
誠実な振る舞いで勝て!
一生成仏抄 P383
『都て一代八万の聖教三世十方の諸仏菩薩も我が心の外に有りとはゆめゆめ思ふべからず、然れば仏教を習ふといへども心性を観ぜざれば全く生死を離るる事なきなり』
◇希望の明日へ
どんなに苦しい悩みの生活であり、現実世界であっても、同志とともに、友と一緒に、妙法を唱え、広宣流布という無上道を進みゆく学会員の胸中には、永遠に希望の太陽が昇る。明るい青空が広がっている。未来への虹が輝いている。
平4・2・5
☆池田大作 名言100選 農業を考える
農業を大切にしない社会は、
生命を粗末にする野蛮な社会である。
その社会は、早晩、
あらゆる面で行き詰まる。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
◇自信を持って進め
わが郷土に誇りを持てる人は逞しく、朗らかだ。
私は各地で広布に尽くす同志たちに、自信を持ち、胸を張って地域の広宣流布を進めてほしいと、かねてから念願していた。四十五年前(昭和四十二年)、各方面に指針を示したのも、その思いからであった。
この年に発表された指針は次の通りである。
「新しき時代の開拓者たれ」(北海道)
「人材の牙城・東北たれ」
「全国の模範・東京たれ」
「広布の堅塁・中部たれ」
「常勝関西たれ」
「広布の新しき潮流たれ」(中国)
「楽土建設の革命児たれ」(四国)
「つねに先駆の九州たれ」
東京への指針には、「正義」の東海道、そして「完勝の電源地」関東も一体になった異体同心の大首都圏への期待が込められていた。
さらに後年、「人間革命の天地」信越、「誓願」の北陸の各県をはじめ、全国各地へ、さまざまな機会を通し、共戦の合言葉を贈らせていただいた。
沖縄には「世界で最初の広宣流布の地帯」との真情を抱き続けている。
御聖訓に曰く、『一切の草木は地より出生せり』『一切の仏法も又人によりて弘まるべし』(P465)と。
この大聖人のお心を身にあてて、自分の使命として「一人立つ」ところに、地域広布の出発点がある。
ゆえに、私は、わが同志と一人ひとり握手する思いで申し上げたい。
君よ、貴女よ、地域広布の勇者たれ!
今日も生き生きと「希望の種」「友情の種」「平和の種」を蒔き、爛漫と花を咲かせていくのだ!
不思議なる
この世の使命の
わが天地
無量の功徳を
心と国土に
2012.11.06 わが友に贈る
「誰か」ではない。
「自分」が一人立つ!
「いつか」ではない。
「今」ベストを尽くす!
これが勝利の方程式だ。
光日房御書 P931
『人のをやは悪人なれども子善人なればをやの罪ゆるす事あり、又子悪人なれども親善人なれば子の罪ゆるさるる事あり、されば故弥四郎殿は設い悪人なりともうめる母釈迦仏の御宝前にして昼夜なげきとぶらはば争か彼人うかばざるべき、いかにいわうや彼の人は法華経を信じたりしかばをやをみちびく身とぞなられて候らん』
◇希望の明日へ
「朝の来ない夜はない」とは、日本の文豪・吉川英治氏の言葉である。何があっても未来を信じ、時を待ち、時をつくり、自分自身の中から希望を生み出していくここに"行動者"の生き方、"勝者"の人生がある。
平3・8・7
☆池田大作 名言100選 人類の議会「国連」
"人類の議会"ともいうべき国連を支援していくことこそ、
もっとも現実的な平和への道である。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
◇「思いやり」の光を
この九月、百年を超す伝統を誇る、カナダの名門ゲルフ大学のサマーリー学長ご一行が創価大学、創価学園に来学してくださった。
「人びとの人生を変革し、生活の質を豊かに向上させる」とは、ゲルフ大学のモットーである。社会貢献の人材を育み、「世界で最も思いやりの深い大学」と表彰されてもいる。
サマーリー学長は、こう述べておられた。
「人類の偉大なる進歩と向上を考える時、それは決して戦争からもたらされるものではありません。他者に対する思いやりをもつ人びとの行動と相互作用によって、実現するのです」
学長にとって、教育者として最も嬉しかったことは何か──。
それは、以前は自己中心的で内向的たった学生が、学長と共に参加した社会貢献の活動をきっかけに、やがて、カナダを代表する大指導者へと成長していったことであるという。
学長は、その経験からあらためて学んだこととして、「輝こうとする人の力を決して過小評価しないこと」、さらに「人びとが自ら情熱の火を点すための手助けをする方法を見つけるため、努力をすること」を強調されていた。
誰人も、自分自身の人生を足元から照らし、わが生命をもっともっと輝かせていく光を秘めている。
その光を解き放っていくのが、身近な生活の中での励ましの対話である。
ゲルフ大学が聳え立つオンタリオ州の天地は、あの「大王者の滝」ナイアガラを擁する。
まさしく、滝の如く──「撓まず」「恐れず」「朗らかに」そして「堂々と」、カナダをはじめ世界百九十二力国・地域の同志は、希望と勇気の対話を貫かれている。その方々の代表として、私は、ゲルフ大学の名誉博士号を拝受させていただいた。
師弟は不二である。ゆえに、すべて光輝ある皆様方の子孫末代まで流れ伝わる英知の宝冠なのである。
「自分」が一人立つ!
「いつか」ではない。
「今」ベストを尽くす!
これが勝利の方程式だ。
光日房御書 P931
『人のをやは悪人なれども子善人なればをやの罪ゆるす事あり、又子悪人なれども親善人なれば子の罪ゆるさるる事あり、されば故弥四郎殿は設い悪人なりともうめる母釈迦仏の御宝前にして昼夜なげきとぶらはば争か彼人うかばざるべき、いかにいわうや彼の人は法華経を信じたりしかばをやをみちびく身とぞなられて候らん』
◇希望の明日へ
「朝の来ない夜はない」とは、日本の文豪・吉川英治氏の言葉である。何があっても未来を信じ、時を待ち、時をつくり、自分自身の中から希望を生み出していくここに"行動者"の生き方、"勝者"の人生がある。
平3・8・7
☆池田大作 名言100選 人類の議会「国連」
"人類の議会"ともいうべき国連を支援していくことこそ、
もっとも現実的な平和への道である。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
◇「思いやり」の光を
この九月、百年を超す伝統を誇る、カナダの名門ゲルフ大学のサマーリー学長ご一行が創価大学、創価学園に来学してくださった。
「人びとの人生を変革し、生活の質を豊かに向上させる」とは、ゲルフ大学のモットーである。社会貢献の人材を育み、「世界で最も思いやりの深い大学」と表彰されてもいる。
サマーリー学長は、こう述べておられた。
「人類の偉大なる進歩と向上を考える時、それは決して戦争からもたらされるものではありません。他者に対する思いやりをもつ人びとの行動と相互作用によって、実現するのです」
学長にとって、教育者として最も嬉しかったことは何か──。
それは、以前は自己中心的で内向的たった学生が、学長と共に参加した社会貢献の活動をきっかけに、やがて、カナダを代表する大指導者へと成長していったことであるという。
学長は、その経験からあらためて学んだこととして、「輝こうとする人の力を決して過小評価しないこと」、さらに「人びとが自ら情熱の火を点すための手助けをする方法を見つけるため、努力をすること」を強調されていた。
誰人も、自分自身の人生を足元から照らし、わが生命をもっともっと輝かせていく光を秘めている。
その光を解き放っていくのが、身近な生活の中での励ましの対話である。
ゲルフ大学が聳え立つオンタリオ州の天地は、あの「大王者の滝」ナイアガラを擁する。
まさしく、滝の如く──「撓まず」「恐れず」「朗らかに」そして「堂々と」、カナダをはじめ世界百九十二力国・地域の同志は、希望と勇気の対話を貫かれている。その方々の代表として、私は、ゲルフ大学の名誉博士号を拝受させていただいた。
師弟は不二である。ゆえに、すべて光輝ある皆様方の子孫末代まで流れ伝わる英知の宝冠なのである。
2012年11月5日月曜日
2012.11.05 わが友に贈る
空気が乾燥する時期。
火災に厳重注意を!
可燃物を放置せず
火の元を点検せよ。
「前前の用心」で進め!
新池御書 P1443
『南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば天然と三十二相八十種好を備うるなり、如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり』
◇今週のことば
決めて、祈って、動く。
これが勝利のリズムだ。
今日も決意に燃えて
題目の師子吼を響かせ
断固と不屈の旗を振れ!
2012年11月05日
◇希望の明日へ
心の窓を大きく開いて、希望の青空を仰いで生きる人生は美しい。いわんや信心の世界においては、希望「大」なれば実践「大」となり、福徳もまた「大」となる。
平3・7・5
☆池田大作 名言100選 核兵器の廃絶へ
核兵器の存在を抑止のための"必要悪"
としてきた「国益」優先思考から、
核兵器使用をいかなる理由があろうとも認めない
"絶対悪"の立場、「人間益」
を優先させる思考への脱却を図らなければならない。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
◇離島部の宝の同志
十月七日は「離島部の日」であった。この日を記念して、過日の本部幹部会には、わが島、わが地域の発展に尽くす離島部の代表が意気高く集われた。
また今回は、ニュージーランド、ニューカレドニア、ミクロネシア、パラオ、フィジー、タヒチ、パプアニューギニアという南太平洋の島々からオセアニアの代表メンバーも、はるばる海を越えて来日。皆、「我らも離島部!」との気概で、喜び勇んでおられた。
今や、世界大のスケールとなった「離島部の日」の淵源は、昭和五十三年(一九七八年)の離島本部の総会にある。
この時、私は、約百二十の島の広布の開拓者たちとお会いした。北海道の礼文島や利尻島、東京の伊豆大島、八丈島、兵庫の家島、広島の因島、愛媛の伯方島、香川の小豆島や直島、長崎の壱岐・対馬、鹿児島の沖永良部島、沖縄の久米島や石垣島、営古島などで奮闘する宝の同志である。
島は一つの国のようなものだ。それぞれに風習や文化も違う。人知れぬ苦労も多い。どれほどの思いで戦ってこられたか──島々から届く勝利の朗報に接すると、私の心は高鳴る。合掌せずにはいられない。
東日本大震災で津波被害を受けた宮城県気仙沼市の大島でも、わが同志が懸命に復興に走り、広布の先駆を切っておられる。
結婚を機に大島に渡ったある婦人は、「島外」の人とされて、とけ込めなかった。しかし、屈しなかった。
「自らの姿で創価学会を知ってもらおう」と、近隣に進んで声を掛け、着実に信頼を結んでいかれた。婦人会やボランティアクラブ、行政委員、小学校での読み聞かせと、地域活動にも献身的に取り組まれた。
今回の震災でも、苦しみや悲しみの淵にある友に寄り添い、心の復興へ励ましの光を送り続けている。
そんな健気な母が、誇り高く語っておられた。
「自分が住んでいる地域で、長生きできてよかったと、みんなが言えるようになってほしい。それが、私が大島にできる恩返しですから」──。
母が輝けば、周囲の暗闇も明るくなる。笑顔の花が一輪また一輪と咲き薫る。広布の道を進む母の祈りと行動は、必ず地域再生の大きな力になっていくのだ。
アメリカの人権の母と讃えられるエレノア・ルーズペルトは明言している。
「恐れるよりは希望をもつ方が、やらないよりはやる方が、より賢明なことは明らかである。それに、『そんなことできるわけがない』という人間からは何一つ生まれたためしがないということも、動かすことのできない事実なのである」
崇高な使命に燃え、わが愛する島に幸福の理想郷を築きゆく大切な同志を、私は心を込めて讃えたい。
妙法の
音律響かせ
朗らかに
宝の島に
三世の歴史を
思えば、新潟の佐渡島を私が初訪問したのは、昭和三十三年(一九五八年)の七月であった。逝去された戸田先生のお写真を携えての旅であった。
佐渡は、大聖人が命を賭して、正義の師子吼を放ち続けられた天地だ。
恩師亡き学会に"空中分解"等と悪口が渦巻く中、佐渡は新たな前進への「広布大遠征の起点」なりとの確信が、私にはあった。
この折、蓮祖ゆかりの塚原や一谷を案内してくださったご夫婦のことが、今でも忘れられない。
帰京してすぐ、私は葉書を認めてお送りした。
「阿仏房夫婦の如く、又四条金吾夫妻の如く、人の模範になる信心たれ」と。
その期待に応えてくださるように、ご夫妻は佐渡広布に歩み抜かれた。
有名な「佐渡御書」には、『鉄は炎打てば剣となる賢聖は罵詈して試みるなるべし』(P958)と仰せである。
この精神のままに、旧習の厚い壁に直面するたびに、一歩も退かず、島の安穏と発展を願って誠実に語り抜かれた。友に励ましを送る中で、自らの病苦や経済苦も克服し、地域から信頼され、慕われる模範のご夫妻となられたのである。
愛する離島部、さらに、誉れの農漁光部、地域部、団地部の皆様には、「阿仏房夫婦」「四条金吾夫妻」さながらの信心の王者が数多くおられる。
それは、私の最大の喜びであり、誇りである。
火災に厳重注意を!
可燃物を放置せず
火の元を点検せよ。
「前前の用心」で進め!
新池御書 P1443
『南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば天然と三十二相八十種好を備うるなり、如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり』
◇今週のことば
決めて、祈って、動く。
これが勝利のリズムだ。
今日も決意に燃えて
題目の師子吼を響かせ
断固と不屈の旗を振れ!
2012年11月05日
◇希望の明日へ
心の窓を大きく開いて、希望の青空を仰いで生きる人生は美しい。いわんや信心の世界においては、希望「大」なれば実践「大」となり、福徳もまた「大」となる。
平3・7・5
☆池田大作 名言100選 核兵器の廃絶へ
核兵器の存在を抑止のための"必要悪"
としてきた「国益」優先思考から、
核兵器使用をいかなる理由があろうとも認めない
"絶対悪"の立場、「人間益」
を優先させる思考への脱却を図らなければならない。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
◇離島部の宝の同志
十月七日は「離島部の日」であった。この日を記念して、過日の本部幹部会には、わが島、わが地域の発展に尽くす離島部の代表が意気高く集われた。
また今回は、ニュージーランド、ニューカレドニア、ミクロネシア、パラオ、フィジー、タヒチ、パプアニューギニアという南太平洋の島々からオセアニアの代表メンバーも、はるばる海を越えて来日。皆、「我らも離島部!」との気概で、喜び勇んでおられた。
今や、世界大のスケールとなった「離島部の日」の淵源は、昭和五十三年(一九七八年)の離島本部の総会にある。
この時、私は、約百二十の島の広布の開拓者たちとお会いした。北海道の礼文島や利尻島、東京の伊豆大島、八丈島、兵庫の家島、広島の因島、愛媛の伯方島、香川の小豆島や直島、長崎の壱岐・対馬、鹿児島の沖永良部島、沖縄の久米島や石垣島、営古島などで奮闘する宝の同志である。
島は一つの国のようなものだ。それぞれに風習や文化も違う。人知れぬ苦労も多い。どれほどの思いで戦ってこられたか──島々から届く勝利の朗報に接すると、私の心は高鳴る。合掌せずにはいられない。
東日本大震災で津波被害を受けた宮城県気仙沼市の大島でも、わが同志が懸命に復興に走り、広布の先駆を切っておられる。
結婚を機に大島に渡ったある婦人は、「島外」の人とされて、とけ込めなかった。しかし、屈しなかった。
「自らの姿で創価学会を知ってもらおう」と、近隣に進んで声を掛け、着実に信頼を結んでいかれた。婦人会やボランティアクラブ、行政委員、小学校での読み聞かせと、地域活動にも献身的に取り組まれた。
今回の震災でも、苦しみや悲しみの淵にある友に寄り添い、心の復興へ励ましの光を送り続けている。
そんな健気な母が、誇り高く語っておられた。
「自分が住んでいる地域で、長生きできてよかったと、みんなが言えるようになってほしい。それが、私が大島にできる恩返しですから」──。
母が輝けば、周囲の暗闇も明るくなる。笑顔の花が一輪また一輪と咲き薫る。広布の道を進む母の祈りと行動は、必ず地域再生の大きな力になっていくのだ。
アメリカの人権の母と讃えられるエレノア・ルーズペルトは明言している。
「恐れるよりは希望をもつ方が、やらないよりはやる方が、より賢明なことは明らかである。それに、『そんなことできるわけがない』という人間からは何一つ生まれたためしがないということも、動かすことのできない事実なのである」
崇高な使命に燃え、わが愛する島に幸福の理想郷を築きゆく大切な同志を、私は心を込めて讃えたい。
妙法の
音律響かせ
朗らかに
宝の島に
三世の歴史を
思えば、新潟の佐渡島を私が初訪問したのは、昭和三十三年(一九五八年)の七月であった。逝去された戸田先生のお写真を携えての旅であった。
佐渡は、大聖人が命を賭して、正義の師子吼を放ち続けられた天地だ。
恩師亡き学会に"空中分解"等と悪口が渦巻く中、佐渡は新たな前進への「広布大遠征の起点」なりとの確信が、私にはあった。
この折、蓮祖ゆかりの塚原や一谷を案内してくださったご夫婦のことが、今でも忘れられない。
帰京してすぐ、私は葉書を認めてお送りした。
「阿仏房夫婦の如く、又四条金吾夫妻の如く、人の模範になる信心たれ」と。
その期待に応えてくださるように、ご夫妻は佐渡広布に歩み抜かれた。
有名な「佐渡御書」には、『鉄は炎打てば剣となる賢聖は罵詈して試みるなるべし』(P958)と仰せである。
この精神のままに、旧習の厚い壁に直面するたびに、一歩も退かず、島の安穏と発展を願って誠実に語り抜かれた。友に励ましを送る中で、自らの病苦や経済苦も克服し、地域から信頼され、慕われる模範のご夫妻となられたのである。
愛する離島部、さらに、誉れの農漁光部、地域部、団地部の皆様には、「阿仏房夫婦」「四条金吾夫妻」さながらの信心の王者が数多くおられる。
それは、私の最大の喜びであり、誇りである。
2012年11月4日日曜日
2012.11.04 わが友に贈る
会って語る!
それが平和の王道だ。
弾む声、弾む命で
友情を広げよう!
さあ勇気の一歩を。
妙一尼御前御消息 P1254
『大月輪の中か大日輪の中か天鏡をもつて妻子の身を浮べて十二時に御らんあるらん』
◇希望の明日へ
仏道修行は、一次元からいえば、「鍛えられた永遠の若さ」すなわち"不老"を自らの生命に固めていく修行といえよう。安易に現状に満足し、安住し、希望と挑戦の心を失ったら、その瞬間から人は老いる。創価学会には広宣流布という"無上の希望"がある。この大偉業に生き抜くかぎり、その人は永遠に若い。そしてさらに、三世に自在に遊戯しゆく"不死"の境涯をも開いていける。
平3・5・17
☆池田大作 名言100選 テロと暴力
あらゆるテロを絶対悪として断じて許さない。
人間の生命を奪う「殺」の行為は、
決して許してはならない。
いかなる正当化もありえない。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
◇使命の天地に 功徳の花よ咲け
「地を離れて人なく、人を離れて事なし」
明治維新の先覚者・吉田松陰は叫んだ。今から百六十年ほど前、東北へ遊学の旅に出た若き松陰は、地域研究にも関心が深かった。
──創価の父・牧口常三郎先生が大著『人生地理学』の結びに置かれたのが、この松陰の言葉である。
足元の地域から、すべては始まる。地域を学び、地域に根を張り、地域の人びととつながる。その地道な草の根の行動から、時代を変える大事業が生まれる。
日蓮大聖人は、流罪地の佐渡で綴られた。
『我らが住んで法華経を修行する場所は、どこであれ常寂光の都となる』(P1343、通解)
我らの仏法勝負の舞台は「どこが」遠くにあるのではない。今いる「ここ」が、師弟勝利の歴史を打ち立てる「寂光の都」となり、「仏国土」となるのだ。
それが平和の王道だ。
弾む声、弾む命で
友情を広げよう!
さあ勇気の一歩を。
妙一尼御前御消息 P1254
『大月輪の中か大日輪の中か天鏡をもつて妻子の身を浮べて十二時に御らんあるらん』
◇希望の明日へ
仏道修行は、一次元からいえば、「鍛えられた永遠の若さ」すなわち"不老"を自らの生命に固めていく修行といえよう。安易に現状に満足し、安住し、希望と挑戦の心を失ったら、その瞬間から人は老いる。創価学会には広宣流布という"無上の希望"がある。この大偉業に生き抜くかぎり、その人は永遠に若い。そしてさらに、三世に自在に遊戯しゆく"不死"の境涯をも開いていける。
平3・5・17
☆池田大作 名言100選 テロと暴力
あらゆるテロを絶対悪として断じて許さない。
人間の生命を奪う「殺」の行為は、
決して許してはならない。
いかなる正当化もありえない。
☆我らの勝利の大道No.087「地域広布の勇者」
◇使命の天地に 功徳の花よ咲け
「地を離れて人なく、人を離れて事なし」
明治維新の先覚者・吉田松陰は叫んだ。今から百六十年ほど前、東北へ遊学の旅に出た若き松陰は、地域研究にも関心が深かった。
──創価の父・牧口常三郎先生が大著『人生地理学』の結びに置かれたのが、この松陰の言葉である。
足元の地域から、すべては始まる。地域を学び、地域に根を張り、地域の人びととつながる。その地道な草の根の行動から、時代を変える大事業が生まれる。
日蓮大聖人は、流罪地の佐渡で綴られた。
『我らが住んで法華経を修行する場所は、どこであれ常寂光の都となる』(P1343、通解)
我らの仏法勝負の舞台は「どこが」遠くにあるのではない。今いる「ここ」が、師弟勝利の歴史を打ち立てる「寂光の都」となり、「仏国土」となるのだ。
2012年11月3日土曜日
2012.11.03 わが友に贈る
油断を排して
絶対無事故の日々を!
一言が大事だ。
声を掛け合い
互いの安全を守れ!
佐渡御書 P957
『仏法は摂受折伏時によるべし譬えば世間の文武二道の如しされば昔の大聖は時によりて法を行ず』
◇希望の明日へ
誇り−−信心こそ最高の誇りである。最高の希望である。誇らかな信心の大光は、一家を、地域を、人生を、つねに温かく、そして正しく照らしきってくれる。
平3・3・9
☆池田大作 名言100選 環境問題
自然を破壊することはそのまま、
人間自身を破壊することに通じていく。
☆各部代表者会議(10月24日)
池田名誉会長はメッセージを寄せ、広布の大城を築き、支え、守りゆく皆様の功労は、あまりにも大きい。真面目に貫き通していけば、毎日、地味な繰り返しのようであっても、必ず、想像もつかない「所願満足」の人生の軌道に入ると強調。
「新しい前進が始まった!」と皆が目を見張るような息吹で、リーダーは力強く指揮を執ってもらいたい。生命の覇気を全組織に溺らせていくことが、突破口を開く一番のポイントであると訴えた。
また名誉会長は「私の人生は永遠に開拓です」と述べ、昭和31年10月から4ヵ月で約10倍の拡大を遂げた「山口開拓闘争」に言及。
その開拓の原動力は何であったか。一つはリーダーの満々たる活力である。「この天地で、広布の歴史を必ず刻んでみせる!」と題目を唱え抜いて戦いに臨み、その活力が波動を起こした。もう一つは、常に間断なく連携を取り合いながら、一人一人の同志を大きく包容し、こまやかに励まし抜いていくことであると振り返った。
さらに御書の『強盛の信心弥弥悦びをなすべし』(P1448)を拝し、喜び勇んで広布へ戦えば、全てが功徳に変わる。味方が増える。大勝利の人生を朗らかに生き抜き、天高く師弟の旗を、わが城に掲げたいと力説。
「青年部、頼むよ」「皆、風邪などひかないように」と呼び掛け、メッセージを結んだ。
◎きょう、誕生日のすべての人に「おめでとう!」
絶対無事故の日々を!
一言が大事だ。
声を掛け合い
互いの安全を守れ!
佐渡御書 P957
『仏法は摂受折伏時によるべし譬えば世間の文武二道の如しされば昔の大聖は時によりて法を行ず』
◇希望の明日へ
誇り−−信心こそ最高の誇りである。最高の希望である。誇らかな信心の大光は、一家を、地域を、人生を、つねに温かく、そして正しく照らしきってくれる。
平3・3・9
☆池田大作 名言100選 環境問題
自然を破壊することはそのまま、
人間自身を破壊することに通じていく。
☆各部代表者会議(10月24日)
池田名誉会長はメッセージを寄せ、広布の大城を築き、支え、守りゆく皆様の功労は、あまりにも大きい。真面目に貫き通していけば、毎日、地味な繰り返しのようであっても、必ず、想像もつかない「所願満足」の人生の軌道に入ると強調。
「新しい前進が始まった!」と皆が目を見張るような息吹で、リーダーは力強く指揮を執ってもらいたい。生命の覇気を全組織に溺らせていくことが、突破口を開く一番のポイントであると訴えた。
また名誉会長は「私の人生は永遠に開拓です」と述べ、昭和31年10月から4ヵ月で約10倍の拡大を遂げた「山口開拓闘争」に言及。
その開拓の原動力は何であったか。一つはリーダーの満々たる活力である。「この天地で、広布の歴史を必ず刻んでみせる!」と題目を唱え抜いて戦いに臨み、その活力が波動を起こした。もう一つは、常に間断なく連携を取り合いながら、一人一人の同志を大きく包容し、こまやかに励まし抜いていくことであると振り返った。
さらに御書の『強盛の信心弥弥悦びをなすべし』(P1448)を拝し、喜び勇んで広布へ戦えば、全てが功徳に変わる。味方が増える。大勝利の人生を朗らかに生き抜き、天高く師弟の旗を、わが城に掲げたいと力説。
「青年部、頼むよ」「皆、風邪などひかないように」と呼び掛け、メッセージを結んだ。
◎きょう、誕生日のすべての人に「おめでとう!」
2012.11.02 わが友に贈る
日蓮仏法は
生命変革の原動力。
広布の道には
無限の成長がある!
無量の福徳が光る!
椎地四郎殿御書 P1448
『大海へ衆流入るされども大海は河の水を返す事ありや、法華大海の行者に諸河の水は大難の如く入れどもかへす事とがむる事なし、諸河の水入る事なくば大海あるべからず、大難なくば法華経の行者にはあらじ』
◇希望の明日へ
希望は、最高の健康法でもある。第一、タダでもある。希望とは、若さそのもの、命そのものである。この"生命力のもと"を生涯、、失わない人は幸福の王者である。
『主婦の友』平3・1月号
☆池田大作 名言100選 無力感、無関心
無関心は、心の死である。
他者の苦しみを見て見ぬ振りをすることによって、
自分の心の大切な何かを、
マヒさせ、死に至らしめているのだ。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.037「真剣さと誠実さと闘魂を!」
今の一日一日が宝だ。健康第一、無事故第一で、信心ひとすじに進んでいきたい。
御書には『一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ』(P970)と仰せである。
誉れある広布の将と立つならば、勇んで飛び回って皆を激励し、戦っていくことだ。
徹底的に、同志のために奔走していく。「只今臨終」との思いで、正義を叫び切る。
これが仏法の精神だ。
この熱烈な真剣さがあってこそ、苦しむ人を救える。皆を栄えさせることができる。
「いつか、誰かがやるだろう」「自分には関係ない」と思えば、本当の力は出ない。
「今できることを、自分がやるんだ」と題目を唱えていく時、最高の智慧がわく。
一切の勝負は、真剣さと誠実さと闘魂で決まるのだ。
私は、誰に会っても、「この人には二度と会えないかもしれない」と思って、魂院を留める思いで接してきた。
日本中、世界中を回って、友情の道を開いた。今、道を開いておけば、必ず青年が続く。その人が「ああ、ここまで足跡を留めてくれたのか」と励みに思うに違いない。そう信じて行動してきた。
だから勝った。だから平和の連帯を世界に広げることができた。何事であれ、勝利すれば、味方が増える。それが大きい力になるのだ。
悪世ゆえに、善人が迫害される。だから、善の「団結」が大事だ。互いの「応援」が大事になる。世界には、信義の人、良識の人、豊かな心を持つ人がいる。そのつながりを大切にすることである。
一人の人を大切に──これしかない。これに徹したところが勝つ。誠心誠意の積み重ねで広宣流布は進むのだ。
(2012.10.28 聖教新聞掲載)
◎PCのネットワークの調子が悪く、送信したのに送れませんでした!
生命変革の原動力。
広布の道には
無限の成長がある!
無量の福徳が光る!
椎地四郎殿御書 P1448
『大海へ衆流入るされども大海は河の水を返す事ありや、法華大海の行者に諸河の水は大難の如く入れどもかへす事とがむる事なし、諸河の水入る事なくば大海あるべからず、大難なくば法華経の行者にはあらじ』
◇希望の明日へ
希望は、最高の健康法でもある。第一、タダでもある。希望とは、若さそのもの、命そのものである。この"生命力のもと"を生涯、、失わない人は幸福の王者である。
『主婦の友』平3・1月号
☆池田大作 名言100選 無力感、無関心
無関心は、心の死である。
他者の苦しみを見て見ぬ振りをすることによって、
自分の心の大切な何かを、
マヒさせ、死に至らしめているのだ。
☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.037「真剣さと誠実さと闘魂を!」
今の一日一日が宝だ。健康第一、無事故第一で、信心ひとすじに進んでいきたい。
御書には『一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ』(P970)と仰せである。
誉れある広布の将と立つならば、勇んで飛び回って皆を激励し、戦っていくことだ。
徹底的に、同志のために奔走していく。「只今臨終」との思いで、正義を叫び切る。
これが仏法の精神だ。
この熱烈な真剣さがあってこそ、苦しむ人を救える。皆を栄えさせることができる。
「いつか、誰かがやるだろう」「自分には関係ない」と思えば、本当の力は出ない。
「今できることを、自分がやるんだ」と題目を唱えていく時、最高の智慧がわく。
一切の勝負は、真剣さと誠実さと闘魂で決まるのだ。
私は、誰に会っても、「この人には二度と会えないかもしれない」と思って、魂院を留める思いで接してきた。
日本中、世界中を回って、友情の道を開いた。今、道を開いておけば、必ず青年が続く。その人が「ああ、ここまで足跡を留めてくれたのか」と励みに思うに違いない。そう信じて行動してきた。
だから勝った。だから平和の連帯を世界に広げることができた。何事であれ、勝利すれば、味方が増える。それが大きい力になるのだ。
悪世ゆえに、善人が迫害される。だから、善の「団結」が大事だ。互いの「応援」が大事になる。世界には、信義の人、良識の人、豊かな心を持つ人がいる。そのつながりを大切にすることである。
一人の人を大切に──これしかない。これに徹したところが勝つ。誠心誠意の積み重ねで広宣流布は進むのだ。
(2012.10.28 聖教新聞掲載)
◎PCのネットワークの調子が悪く、送信したのに送れませんでした!
2012年11月1日木曜日
2012.11.01 わが友に贈る
さあ誓願の11月!
栄光燦たる
師弟の劇の幕開けだ。
燃え上がる情熱で
広布の大金字塔を築け!
生死一大事血脈抄 P1337
『然れば久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり』
◇希望の明日へ
どんな状況にあっても、希望を手放さない。その人こそ、真の強き人である。不幸そのもののように思える境遇の中からも、幸福を生み出していける人である。
平3・1・15
☆池田大作 名言100選 知識と知恵
どんなに高度な知識を持っても、
それを人間の幸福のために生かす知恵がなければ、
知識は役に立たないばかりか、むしろ危険でさえある。
☆平成24年11月号大白蓮華巻頭言「『蘭室の友』のスクラムを」
今日もまた
雄々しく生きなむ
朗らかに
人間帝王
三世を見つめて
「太陽の如く、わが心は揺るぎなし。ゆえに、我もまた常に光り輝く!」──千年の昔、シルクロードの大詩人バラサグンは叫んだ。
日蓮仏法は、太陽の大法である。
我らは、来る日来る朝、朗々たる題目の音声と共に、わが生命に元初の旭日を昇らせ、人生と社会を赫々と照らしていくのだ。
思えば、「竜の口の法難」の折には、鎌倉・松葉ヶ谷の草庵に、幕府の数百人の兵士たちが襲いかかった。
しかし、日蓮大聖人は微動だにされない。『あらをもしろや平左衛門尉が・ものにくるうを見よ』と大高声で呵責され、正義と真実を悠然と語っていかれた。時にどっと笑いが沸き起こるほどであった。
竜の口の刑場でも師子王の厳然たる大光を放たれた。さらに、相模の依智まで護送した兵士たちまで労われた。その御振る舞いを目の当たりに拝し、彼らは次々に念仏を捨て去る誓いを立てたのである。
かの「立正安国論」では、皆が嘆き悲しむ「天下の災」や「国中の難」にいかに立ち向かうか、主人と客の同苦の対話が重ねられている。
そこから変革への結合を生み出す光が、『蘭室の友』の交わりである。すなわち、香り高い蘭の花のある部屋に入ると、その人まで香しく感化される。それと同じように、よき友との交流によって、正しき哲学と貢献の行動に目覚めることができる。
闇夜を破る暁光の如く、「立正安国」の大理想へ『蘭室の友』のスクラムを、民衆が立ち上がり、民衆に広げてきたのが、創価学会である。
皆、同じ乱世を生きる仲間である。
心の垣根をつくらず、胸襟を開いて、気さくに対話をしていくことが、どれほど大切か。
どの人の生命にも、必ず仏性が内在している。その仏性に、妙法を唱える「地涌の菩薩」の勇気と誠実の声が響かないわけがない。
師・戸田城聖先生は言われた。
「誰もが悩み多き衆生ではないか。かりに反発しても、命の奥底では、仏法を求めている。話をした以上、妙法と永遠の縁を結んだのだから、相手は必ず変わっていくんだよ」
この確信の対話で、尊き多宝の友は広布の原野を開拓してきたのだ。
あの昭和三十一年五月、大阪支部が一万一千百十一世帯の折伏を成し遂げた時、その一人として入会した淀川の母がおられた。
地域の広宣流布を願い続けた。この母の心を受け継ぎ、娘さんも悪口にも怯まず、ぬかるみの路地裏を走って法を弘めてきた。
私は、娘さんに「蓮池や 泥より出でたる 功徳かな」と句を贈った。宿命を使命に変え、今も友の功徳の花を咲かせておられる。
錦宝会の年代になった娘さんは笑顔で語られる。「臆してしまえば、魔が喜ぶだけです。会う人ごとに心で題目を唱え、味方に変えてきました。信心の大歓喜を、皆にどんどん伝えたいのです」と。
『蘭室の友』の連帯を創り広げる「仏縁の拡大」は、自他共に永遠にわたる「幸福の拡大」であり、「心の財の拡大」なのである。
我らの「創立の父」牧口常三郎先生は、戦時中、法難の牢獄にあっても桜色に紅潮された若々しい顔で、堂々と平和の仏法を語り抜かれた。
勇気凛々と祈り戦う行動にこそ、創価の太陽は輝くことを忘れまい。
悠然と
広宣流布の
大道を
戦い勝ちゆく
無辺の劇かな
栄光燦たる
師弟の劇の幕開けだ。
燃え上がる情熱で
広布の大金字塔を築け!
生死一大事血脈抄 P1337
『然れば久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり』
◇希望の明日へ
どんな状況にあっても、希望を手放さない。その人こそ、真の強き人である。不幸そのもののように思える境遇の中からも、幸福を生み出していける人である。
平3・1・15
☆池田大作 名言100選 知識と知恵
どんなに高度な知識を持っても、
それを人間の幸福のために生かす知恵がなければ、
知識は役に立たないばかりか、むしろ危険でさえある。
☆平成24年11月号大白蓮華巻頭言「『蘭室の友』のスクラムを」
今日もまた
雄々しく生きなむ
朗らかに
人間帝王
三世を見つめて
「太陽の如く、わが心は揺るぎなし。ゆえに、我もまた常に光り輝く!」──千年の昔、シルクロードの大詩人バラサグンは叫んだ。
日蓮仏法は、太陽の大法である。
我らは、来る日来る朝、朗々たる題目の音声と共に、わが生命に元初の旭日を昇らせ、人生と社会を赫々と照らしていくのだ。
思えば、「竜の口の法難」の折には、鎌倉・松葉ヶ谷の草庵に、幕府の数百人の兵士たちが襲いかかった。
しかし、日蓮大聖人は微動だにされない。『あらをもしろや平左衛門尉が・ものにくるうを見よ』と大高声で呵責され、正義と真実を悠然と語っていかれた。時にどっと笑いが沸き起こるほどであった。
竜の口の刑場でも師子王の厳然たる大光を放たれた。さらに、相模の依智まで護送した兵士たちまで労われた。その御振る舞いを目の当たりに拝し、彼らは次々に念仏を捨て去る誓いを立てたのである。
かの「立正安国論」では、皆が嘆き悲しむ「天下の災」や「国中の難」にいかに立ち向かうか、主人と客の同苦の対話が重ねられている。
そこから変革への結合を生み出す光が、『蘭室の友』の交わりである。すなわち、香り高い蘭の花のある部屋に入ると、その人まで香しく感化される。それと同じように、よき友との交流によって、正しき哲学と貢献の行動に目覚めることができる。
闇夜を破る暁光の如く、「立正安国」の大理想へ『蘭室の友』のスクラムを、民衆が立ち上がり、民衆に広げてきたのが、創価学会である。
皆、同じ乱世を生きる仲間である。
心の垣根をつくらず、胸襟を開いて、気さくに対話をしていくことが、どれほど大切か。
どの人の生命にも、必ず仏性が内在している。その仏性に、妙法を唱える「地涌の菩薩」の勇気と誠実の声が響かないわけがない。
師・戸田城聖先生は言われた。
「誰もが悩み多き衆生ではないか。かりに反発しても、命の奥底では、仏法を求めている。話をした以上、妙法と永遠の縁を結んだのだから、相手は必ず変わっていくんだよ」
この確信の対話で、尊き多宝の友は広布の原野を開拓してきたのだ。
あの昭和三十一年五月、大阪支部が一万一千百十一世帯の折伏を成し遂げた時、その一人として入会した淀川の母がおられた。
地域の広宣流布を願い続けた。この母の心を受け継ぎ、娘さんも悪口にも怯まず、ぬかるみの路地裏を走って法を弘めてきた。
私は、娘さんに「蓮池や 泥より出でたる 功徳かな」と句を贈った。宿命を使命に変え、今も友の功徳の花を咲かせておられる。
錦宝会の年代になった娘さんは笑顔で語られる。「臆してしまえば、魔が喜ぶだけです。会う人ごとに心で題目を唱え、味方に変えてきました。信心の大歓喜を、皆にどんどん伝えたいのです」と。
『蘭室の友』の連帯を創り広げる「仏縁の拡大」は、自他共に永遠にわたる「幸福の拡大」であり、「心の財の拡大」なのである。
我らの「創立の父」牧口常三郎先生は、戦時中、法難の牢獄にあっても桜色に紅潮された若々しい顔で、堂々と平和の仏法を語り抜かれた。
勇気凛々と祈り戦う行動にこそ、創価の太陽は輝くことを忘れまい。
悠然と
広宣流布の
大道を
戦い勝ちゆく
無辺の劇かな
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