2013年3月27日水曜日

2013.03.25 わが友に贈る

誉れのブロック長
白ゆり長に感謝!
皆様の地道な奮闘こそ
一切の勝利の原動力だ。
共に元気に進もう!

妙法比丘尼御返事 P1415
『法華経の中に仏説かせ給はく我が滅度の後後の五百歳二千二百余年すぎて此の経閻浮提に流布せん時、天魔の人の身に入りかはりて此の経を弘めさせじとて、たまたま信ずる者をば或はのり打ち所をうつし或はころしなんどすべし、其の時先さきをしてあらん者は三世十方の仏を供養する功徳を得べし』

◇今週のことば
進学・就職・転居など
新出発の友にエールを!
変化はチャンスだ。
妙法を持つ創価家族は
決して行き詰まらない。
2013年03月25日

◇希望の明日へ
醜い心で和楽を壊す人がいる。"皆が楽しんでいる"その姿を妬み、破壊しようとする人がいる。その人は、不幸である。心の病気というか、人が楽しんでいるのを壊して喜ぼうとする。真の仏法者は、いつでも和楽の方向へ、皆が楽しめる方向へ、だれもが幸せになれる方向へと、心をくだき、率先してリードしていくべきである。
平5・9・26

☆女性に贈ることば 三月二十五日
大事なのは、忙しさに負けないこと。心が負けないことです。

☆今日のことば 三月二十五日
独創的才能をもち、無限の英知をもつことができたとしても、身体が健康でなかったならば、その人生は無に帰してしまう。未来のどんな苦難にも耐えうる、怒濤を越え山をも抜くだけの身体を鍛えてもらいたい。

☆100文字の幸福抄
自分が録する人を、
心から慈しみ大事にしていく。
この現実生活での振る舞いに、
本当の慈悲は光ってくる。
どれだけの人から幕われ希望を贈り、
どれだけの人の心に深く細まれていくか。
人生の真価は、ここにあるといってよい。

☆我らの勝利の大道No.100 「3.16」は永遠なり
◇青年が師のもとへ。
五十五年前の昭和三十三年(一九五八年)三月十六日──。この日、折伏の大師匠・戸田先生は、青年たちに"広宣流布の模擬試験"ともいうべき式典を挙行してくださった。
第二代会長として「七十五万世帯の折伏」の願業は既に達成されていた。だが恩師には、もう一つの誓願があった。それこそ、青年に広宣流布の一切の後事を託しゆくことであった。
「三・一六」は、先生ご自身の総仕上げ、総決算の儀式であったのだ。
式典の舞台は富士を仰ぐ静岡の天地。先生が逝去される十七日前である。
師匠から弟子ヘ──。
この大儀式には、法華経に説かれる付嘱の儀式に通ずる意義がある。私は、そう深く心中に期していた。
仏の滅後末法に、誰が正法を弘めるのか──このテーマのもとに進められる「虚空会の儀式」では、釈尊の呼びかけに応じ、六万恒河沙という膨大な数の「地涌の菩薩」が現れる。
師匠が待っておられる!──「三・一六」の式典も、この一点で青年たちが万難を排して集い合った。
開催は急きょ決まった。男女青年部には、式典当日の五日前から迅速に結集の連絡が徹底されていった。
ある友は、貸し切りバスで。ある友は、夜行列車に飛び乗った。
三月十六日、電光石火で、師のもとに馳せ参じた若人の数、六千人──。たとえ身なりは質素であっても、虚空会の会座に雲集した「地涌の菩薩」の如く、皆の心は輝き渡っていた。
法華経涌出品には、地涌の菩薩の姿を讃え、「一心に精進して無上慧を求む」「昼夜に常に精進す 仏道を求めんが為めの故に」と説かれている。
ひたすらに精進しゆく、この求道心。まさに、純粋一途な創価の青年たちの姿そのものではないか。

2013年3月25日月曜日

2013.03.24 わが友に贈る

さあ友情拡大の春!
外出時は戸締まり
火の元の確認を!
くれぐれも無事故で。
語らいの花を爛漫と!

松野殿御返事 P1389
『命終りなば三日の内に水と成りて流れ塵と成りて地にまじはり煙と成りて天にのぼりあともみえずなるべき身を養はんとて多くの財をたくはふ、此のことはりは事ふり候ぬ但し当世の体こそ哀れに候へ』

◇希望の明日へ
一生は短い。しかし、生命は永遠である。短い今世の戦いによって、永遠の福徳を積むことができる。ゆえに決して、今世の法戦に悔いを残してはならない。人生に悔いを残しては、何のための信心か。お金がある。暇もある。しかし空虚だ−−それでは人生は不幸である。反対に、たとえ、お金がなく、暇がなくても、充実感に満ちた人生は幸福である。この幸福の実像を最大限に得るのが信仰である。妙法である。広布に生きる人生は多忙である。苦労も多いかもしれない。しかし、普通の人生の十倍、百倍の価値ある人生を生きているのである。大聖人の仰せの通り、永遠の栄光につつまれた人生であることを確信していただきたい。
平5・4・13

☆女性に贈ることば 三月二十四日
子どもは本来、伸びよう、成長しよう、という生命の勢いをもっている。何かのきっかけで、ぐんぐん伸びていくときの子どもの成長の速さは、まことに目覚ましい。
子育てとは、基本的には、この子どもの生命力の流れを正しく導き、成長をはばむものを取り除いてあげることではないだろうか。

☆今日のことば 三月二十四日
公平な人になりたい。いや、陰の人、淋しい人、悲しんでいる人の味方でありたい。

☆100文字の幸福抄
長い人生、体調を崩して一休みする時もある。
思うようにいかぬことが幾つも重なる時もある。
それでも少しずつ前へ、
「春遠からじ」と自分自身を信じて進む。
一歩また一歩と!
その地道にして不屈の歩みそのものが
「幸福の道」である。

☆我らの勝利の大道No.100 「3.16」は永遠なり
新時代
 導く力の
  王者にと
 君の成長
  天も待つらむ

三月十五日の朝、学会本部・接遇センター前の青年桜が、二輪、咲いた。
「昨年より十四日も早い初開花です! 青年桜も『三・一六』五十五周年を寿ぐかのような勢いです」
常日頃から丹精込めて手入れをしてくださっている尊き"桜守"のご夫妻から、嬉しい報告を伺った。
青年桜は風雪を越え、まさに"生涯青春"の息吹を湛えている。来る年来る春、近隣の方々を、そして来館される友を歓待する如く、命を燃やして、爛漫と花を咲かせてくれるのだ。
今、全国各地で、わが友、わが青年が、尊貴な生命の創価桜を咲き薫らせながら、地域に、社会に、貢献の対話を広げている。
私の胸には、桜花に包まれた、恩師・戸田城聖先生の会心の笑顔が浮かぶ。

天保十一年(八四〇年)二月十三日──つまり新暦の三月十六日、埼玉の地に生まれた日本の近代経済の父・渋沢栄一翁は訴えた。
「青年に理想がなかったならば、青年としての存在の意義をなさない」「元気の横溢しているという事は、青年第一の特色とする所であって、青年の生命とも言い得られるだろう」と。
青年には、未来がある。
青年には、希望がある。
そして──
青年とは、挑戦者だ。
青年とは、先駆者だ。
青年とは、建設者だ。
いかなる国も団体も、未来の盛衰を決するのは、理想を抱き、元気溌剌と実現しゆく青年である。ゆえに、志高き青年を信じて、徹して励ましを送り続ける限り、永遠に発展がある。

2013.03.23 わが友に贈る

学会活動の基本は
「真剣な勤行・唱題」
「対話拡大への挑戦」
「地道な人材の育成」
信心の模範と輝け!

単衣抄 P1514
『三十二より今年五十四に至るまで二十余年の間或は寺を追い出され或は処をおわれ或は親類を煩はされ或は夜打ちにあひ或は合戦にあひ或は悪口数をしらず或は打たれ或は手を負う或は弟子を殺され或は頚を切られんとし或は流罪両度に及べり、二十余年が間一時片時も心安き事なし』

◇希望の明日へ
朗らかなところに人は集まる。楽しいところに人々は集う。明るい集いに、歓喜がわく。喜びの信心に福徳は、いやます。勢いの強いところに勝利もある。ゆえに、朗らかに、また仲良く、同志は生きぬいていきたい。
平4・l・5

☆女性に贈ることば 三月二十三日
意欲的に社会生活に参加している人は、年齢よりはるかに若々しい。また、ささいなことにも感謝の心をもてる人、人のために尽くそうとする人は、すがすがしく若々しい。

☆今日のことば 三月二十三日
青春は人生の華である。若さの躍動であり、清純さの結晶である。激流のごとき熱情、未来をかける夢、絶対に妥協を許さぬ潔癖性----青春とはなんと魅力にあふれていることか。またなんと光輝に満ちみちていることか。限りなき未来を包む青春、一生は青春のなかにその花を開き、また生涯を飾りゆく基盤ができあがる。

☆100文字の幸福抄
時に、華やかな脚光を浴びている人と比べて、
現実に追われる自分に
落ち込むこともあるかもしれない。
しかし、虚栄や見栄は一時の幻に過ぎない。
平凡こそ偉大である。
地道こそ勝利である。
自分らしく輝いていくことである。

☆勝利の人間学第26回 人間革命の劇を綴れ
◇仏法は『幸福になる源泉』
青春は、悩みとの連続闘争だ。
前進しているからこそ、悩みがある。
悩みがあるからこそ、成長できる。
御義口伝には、『煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり』(P710)と説かれる。
すなわち、悩みを消し去るのではない。むしろ、悩みをエネルギーとして、「人間革命」の智慧の炎を明々と燃え上がらせていくのだ。その一切の原動力が、題目なのである。
妙法は「生き抜く力」であり、「幸福になる源泉」である。「何かあっても勝っていける力」である。ゆえに、御本尊に祈り切り、希望をもって勇敢に立ち向かっていくのだ。

◇青年は光り鐸く存在に
若き日、私は恩師の事業の苦境を打開する
ため、朝から夜中まで阿修羅の如く働いた。疲れ果ててアパートに戻り、靴も脱げずに、そのまま倒れ込んでしまったこともあった。
しかし、戦い続けたからこそ、道が開けた。今の自分がある。健康にもなった。
日蓮大聖人は、『賢者はよろこび愚者は退く』(P1091)と仰せである。
大目的に向かって喜び勇んで戦う青年の命は、光っている。忙しいかもしれない。苦労も絶えないだろう。だが、どんな悪戦苦闘の姿であろうとも、その魂は誇り高く輝いていくめだ。そこに、真の青春の勝利がある。

◇「社会で人々に尽くす使命」に生きよ
我らは広宣流布のため、この世に出現した尊い地涌の菩薩である。現実の悪世の中で、生命尊厳の仏法を弘め、人々の幸福と平和に尽くすという、最も偉大な使命をもっている。
使命とは「命」を「使う」と書く。大切な若き命を何に使うか。妙法を唱え、人のため、地域のため、社会のため、わが命を使う一日一日は、大宇宙のリズムと合致して、究極の正しい生命の軌道に入っていくのである。
いかなる試練が襲いかかってきても、必ず変毒為薬して、自分自身が人間革命できる。そして「宿命」をも「使命」に転じて、多くの人々を励まし、リードしていけるのだ。

2013年3月23日土曜日

2013.03.22 わが友に贈る

仕事に奮闘する友よ
今いる場所で勝て!
大変な時こそ
信頼を築く好機だ!
人間革命の王者たれ!

開目抄上 P191
『外典三千余巻の所詮に二つあり所謂孝と忠となり忠も又孝の家よりいでたり、孝と申すは高なり天高けれども孝よりも高からず又孝とは厚なり地あつけれども孝よりは厚からず』

◇希望の明日へ
だれが見ていようと、見ていまいと、つねに人間として正しい行動を貫いている。いっさいに恥ずるところがない。ゆえに心は青空のごとく晴ればれとし、悠々としていられる。これも、優れた人物に共通する楽しみであり、また誇りである。
平3・5・5

☆女性に贈ることば 三月二十二日
部屋を片付けないと「なんて、だらしのない子!」 と言う。言うたびに、そういう否定的な自画像が子どもに刷りこまれてしまう場合がある。むしろ、「あなたなら、きれいにできるよ」と励ましてあげたい。

☆今日のことば 三月二十二日
第一にも確信
第二にも確信
第三にも確信をもって
朗らかに逞しく すべてを建設していこう

☆100文字の幸福抄
年をとるにしたがって
内奥から輝き出る美しさを発揮する人こそ、
本当の美人というものだろう。
そうした自分なりの美しさを知り、
それを存分に強調していくことが、
清々しい身だしなみの
ポイントではなかろうか。

☆千葉日報特別寄稿 「千葉は希望満開!」
「花は試練の時を堪える忍耐を教えてくれる」。未曾有の被害をうけた東日本大震災から1年。
いまだ震災の生々しい記憶を心に残しながらも、明日に向かって歩み続ける人々に語りかける池田大作名誉会長からの特別寄稿。今回は生命の象徴である「花」をテーマに、千葉と花の深い関わり、花がもたらした勇気や希望、人とのつながりなどを紹介しながら、春の訪れを待つ人々にメッセージを送る。「希望の春は、もう始まっている」

◇花のごとく強く朗らかに
「今や冬去り春来り、梅も咲き、桜も笑わん」
房総が生んだ文豪・国木田独歩は、厳寒を勝ち越えた命の喜びを詠いました。
花は、試練の時を堪える忍耐を教えてくれます。
花は、自分らしく咲き切る誇りを示してくれます。
花は、皆を朗らかにする笑顔を広げてくれます。
「花の都」千葉には、人々の心を明るく力強く照らす光が宿っています。
苦難の時代だからこそ、大好きな千葉に満ちる、この「希望の光」を、私は大切にしたいと思う一人です。

◇「千」の戦いで勝つ
東日本大震災から1年。千葉の各地にも、深い被災の爪跡が残されました。
大災害にも怯まず、力強く復興を進めてこられた方々の尊き努力に、私は感動を禁じ得ません。
かつて、松戸や勝浦などを訪れ、千葉の風土を愛した歌人の与謝野晶子の詩が胸に迫ります。
関東大震災の翌年、自らの決意を託した「春の歌」です。
「新しく生きる者に
日は常に元日、
時は常に春。
百の禍も何ぞ、
千の戦いで勝とう」
県名に「千」の字を冠する千葉には、「百」の災禍にも「千」の応戦で勝ち越えゆく、不屈の負けじ魂が、なんと雄々しく脈打っていることでしょうか。

館山市から南房総市に続く「房総フラワーライン」は、鮮やかな花々に彩られた夢の街道です。
この房総の花の発祥地として名高い和田町(現・南房総市)で、わが郷土の発展を願って、花卉栽培を始めたのは、若き間宮七郎平です。創意を凝らして、日本で最初にストックの花の温室栽培を試み、新品種も育てました。花作りは町興しの大いなる力となって定着したのです。
ところが、戦争がすべてを一変させました。花畑を農地に変えるために、花卉栽培禁止令が出されて、花を作る人は「国賊」と見なされ、花の種や苗は焼却が命じられたのです。
しかし、花を愛で、平和を願う庶民の熱情までは消せませんでした。
戦争が終わると、和田の人々は、ひそかに取り置いていた球根や種を持ち寄って、再び間宮七郎平を中心に花の栽培に挑戦し、不死鳥のごとく「花の町」を再生していったのです。
私の妻が知る、館山市の花卉栽培農家のお母さんも、40年以上、房総の道を飾ってこられました。
若くして夫に先立たれ、3人の幼子を女手一つで育てながら、雨の日も、風の日も、畑に立ちました。「今年も頑張ろうね」と、種に、新芽(しんめ)に、蕾に、励ましの言葉をかけながら、尊き汗を流してきたのです。
昨年、大震災で出荷は激減しました。その分、夏の手入れから再起を期し、今、例年を上回る早生の出荷で賑わうと聞きました。
この母は微笑み、語ります。「花は、心を映す鏡です。笑顔を送り続ければ、笑顔を見せてくれ、悲しみを乗り越えた時には、凛とした強さで応えてくれます」
房総の花の街道は、何ものにも負けない母たちの「幸福平和の街道」です。

◇信頼と励ましの絆を
千葉市・検見川(現・花見川区)で発見された「オオガハス」の種が、2千年の眠りから開花して、今年で60年です。
大賀一郎博士による「世紀の発見」も、思うにまかせぬ労作業の連続でした。
しかし、米が配給制の時代にあって、泊まり込みで発掘する作業者たちに食事を振る舞ってくれる母がいました。掘り出した土を篩にかけて手伝ってくれる小・中学生もいました。さらに、弱気になる大賀博士に"続けよう"と背中を押す友もいました。
2千5百人にも広がった麗しき連帯があればこそ、2千年の眠りから、命の光が蘇生したのです。
安房に誕生された賢哲は、人間自身の心の中に、最も強く最も清らかな生命が具わっていることを、「蓮は清きもの泥よりいでたり」と譬えました。
生命尊厳の希望の哲理に生きれば、泥沼のごとき現実社会であっても、信頼と励ましの絆を広げ、皆の心に蓮華の花を朕かせていけると示されています。

◇皆が力を合わせて喜び光る故郷の春を
市民が結束して、逆境に立ち向かう。この千葉の連帯力を支える頼もしき翼は「女性」と「青年」です。
甚大な液状化の被害を受けた浦安市では、女性たちが手を携えて行政にも働きかけ、「被災者生活再建支援法」の適用に尽くしました。このボランティア活動に取り組んだ女性は清々しく語っています。
「目の前の一人のために、必ずできることがあります。大変な時こそ、皆が一つになれるチャンスだと思います」と。
浦安市では、再生可能エネルギーなどを活用した「環境共生都市」の構想も、各界の力を結集して推進されていると伺いました。
大津波に襲われた旭市をはじめ各地で、私が見守ってきた青年たちも、風評被害などと闘いながら、命を守り支える農漁業の復興に挑んでくれています。
希望は、若い世代です。
千葉の教育者の友人が、「全国体力・運動能力調査で、わが県の中学校は日本一です」と、健やかな成長ぶりを伝えてくれました。
千葉日報社では、今年から、県内の大学生が記者となり、紙面を創る「チバユニバーシティプレス」の企画を開始されています。
「メディア最前線の新聞づくりから人材育成につなげていきたい」との尊き志に、敬意を表します。

千葉は、アルファベットで「CHIBA」です。
千葉を愛する青年たちと、この五文字で、故郷の人間力をどう表現できるか、語り合ったことがあります。
一つの答えとして、
「Creative=創造的」
「Honert=誠実」
「Inteligent=知性的」
「Brave=勇敢」
「Amicable=友好的」
と挙げられました。
わが敬愛する千葉の友人たちの誇り高き心です。
千葉の子どもたちとも深い交流を結んだアフリカの環境の母ワンガリ・マータイ博士は、呼びかけられていました。
──どんな状況でも精いっぱい、咲き誇る花のように、人問も希望に生きよう!
一人一人が変化を起こせるし、皆で力を合わせれば、不可能も可能にできる、と。
この2月、いすみ市で、国際宇宙ステーション「きぼう」で保管されていた「宇宙菜の花」の種子が、黄金の花を咲かせました。
我らの千葉の大地から、創造の花、誠実の花、知性の花、勇気の花、そして、平和友好の花が、いよいよ咲き広がる希望の春は、もう始まっています。

2013年3月22日金曜日

2013.03.21 わが友に贈る

我ら創価家族は
妙法の絆で結ばれた
三世永遠の同志なり。
広宣流布の大理想へ
さあ心一つに前進!

清澄寺大衆中 P894
『此れを申さば必ず日蓮が命と成るべしと存知せしかども』

◇希望の明日へ
『此の御本尊も只信心の二字にをさまれり』(P1244)−−この御本尊も、ただ信心の二字に収まっている−−と仰せである。御本尊への"無二の信心"に、仏界がある。七宝で荘厳された仏の世界があり、福無量の"真如の都"がある。この御本仏の仰せを確信すれば、何ものも恐れることはない。堂々たる王者の喜びがわいてくる。わが生命に永遠に崩れざる「歓喜の都」を築きながら、わが国土もまた、「平和の都」「安穏の都」へと輝かせていくことの、何とうれしいことか。まさに、幸の王者の人生である。
平3・2・12

☆女性に贈ることば 三月二十一日
前へ! また断固として、前へ進むのだ! 眼前の現実に勇敢に挑みゆくのだ!
その人が、最高の勝利の人である。尊き女性なのである。
誰がなんと言おうが、誰人がなんと思おうが!

☆今日のことば 三月二十一日
余裕ある行動
自信ある行動
そして 明朗なる行動たれ

☆100文字の幸福抄
高齢社会は、
幸せ光る「幸齢」社会でありたいと願う。
素晴らしい夕日は、明日の晴天を約束する。
最後の最後まで、未来を照らす
勇気の太陽を燃え上がらせたい。
人生はいつも、いくつになっても
「さあ、これから」だ。

☆我らの勝利の大道No.099 福光燦たる東北(下)
◇総仕上げを頼む!
今、東北青年部が父母たちと一体で推進する真剣な弘教によって、この妙法を唱える地涌の若人が着実に増えていることは、何と大いなる希望であろうか。
また本年秋、宮城の石巻文化会館で、新時代第一回「世界農漁村青年会議」を開催するという嬉しいニュースも発表された。
現代を、そして未来を開きゆく人類の指標は、東北の皆様方の不屈なる価値創造の一日一日にあるのだ。
東北の春! それは全国の同志の春である。
そして、全世界百九十二力国・地域のSGI(創価学会インタナショナル)の友へ、限りない力と喜びを贈る地涌の凱歌である。
どんなに苦しみに乾いた土であっても、励ましの水が注がれ、地中の水が涸れさえしなければ、必ず根は栄え、必ず花は咲く。
『各各思い切り給へ此の身を法華経にかうるは石に金をかへ』(P910)と、蓮祖大聖人は教えてくださっている。
この仰せのままに、忍耐と勇気の東北の英雄たちは、不惜身命の心で生き抜いてこられた。一歩も引かずに勝ち抜いてこられた。
この崇高なる一生成仏の修行は、我らの生命を根底から劇的に革命し、金剛不壊の燦然たる「宝塔」へと輝かせていくことは間違いない。
これが、創価学会だ。
これが、創価の団結だ。
これが、師弟の強さだ。
私は、東北の友を絶対に信ずる。苦楽を分かち合う共戦の同志として、未来永遠に離れることはない。
君よ、あなたよ!
わが最愛の青年たちよ!
久遠の縁を今世で結び、そして来世にも結びゆく誉れの弟子たちよ!
元初の太陽を、共に生命に燃やしゆく家族よ!
誇りも高き東北健児の手で、広宣流布の総仕上げを断固として成し遂げてくれ給え!

嵐をも
 恐れぬ我が身
  東北の
 健児の舞は
  朝日あびたり

2013年3月21日木曜日

2013.03.20 わが友に贈る

大胆に動けば
勢いが出る!
まず自分から!
率先の行動こそ
日蓮仏法の魂だ。

◇希望の明日へ
つねに朗らかに、頭を上げて生きる人生であっていただきたい。不幸のただ中にも微笑みを忘れず、強く生きぬく青春であっていただきたい。その人は幸福である。青春の勝者である。まして御書には『南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり』(P788)と仰せである。広宣流布に生きる学会員こそ、もっとも大きな歓喜を胸に、人生を闊達に歩むことができる。そして、困難と戦えば戦うほど、わが生命には、すばらしき歓喜が躍動してくるのである。
平3・1・15

☆女性に贈ることば 三月二十日
家庭がつねに明るく健康であるためには、たゆまざる価値創造が必要だと思う。一曲の音楽が、家庭を楽しい音楽会場にもするし、子どもの描いた一枚の絵が、家庭を美しい展覧会場にもする。

☆今日のことば 三月二十日
宗教は、単に個人の「心」の枠に閉じ込められたものではない。広く社会に流布した宗教は、それ自体、すでに社会の基盤を形成しているのだ。

☆100文字の幸福抄
どの家にも、愛する家族との別れがある。
しかし、いつまでも悲しんでいれば、
故人も悲しんでしまう。
大事なことは、故人の志を受け継いで
果たしていく決意である。
"悲しみの遺族"から
"希望の後継者"へと踏み卸すことである。

☆我らの勝利の大道No.099 福光燦たる東北(下)
◇共々に「この道」を
日蓮大聖人は、試練と闘い抜いた健気な母の報告を聞かれて、仰せになられた。
『春のはじめ御喜び花のごとくひら(開)け……』(P1575)と。
それは、夫を亡くし、十六歳の我が子を失って、その悲しみの淵から立ち上がってきた、南条時光のお母さんへの御文である。
厳しき宿命の冬を勝ち越え、どこまでも、どこまでも、広布のために師弟の道を歩み抜く「この道」こそ、東北の母たちの「人間勝利の春への道」なのだ。

◇生き抜く姿に光が
福島の地で生きる、一人の壮年は語っておられた。
「(震災や原発事故の記憶の)風化を防ぐといっても、防戦一方では無理です。風化は、現地からの発信力が弱くなった時にも進む。最も大事な発信は、私たち一人ひとりの生きざまではないでしょうか」と。
この「人間王者」の雄姿を見よ! 今月、「壮年部結成の月」を迎えた、不屈の創価の黄金柱たちの「人間革命」は、勇気と希望の何よりの光源なのだ。
どこにいても、誰であろうとも、それぞれに可能な復興への一歩がある。人間革命の偉大な道がある。
戸田城聖先生は、誰もが絶望に打ちひしがれていた敗戦の日本に一人立って、弟子たちを励まされた。
「五年、七年、十年と信仰を続けていくうちには、必ずや人間革命でき、よくもあんなに立派になったものと言われるだろう」
軍部政府による二年間の投獄という法難を堪え忍ばれた師の結論は、一人の人間における偉大な人間革命こそ、一切の苦難を乗り越える真の「福光」だということにほかならない。
英国の大歴史家トインビー博士は、私に語られた。
「新しい文明を生み出し、それを支えていくべき未来の宗教というものは、人類の生存をいま深刻に脅かしている諸悪と対決し、これらを克服する力を、人類に与えるものでなければならない」
今ほど「人間革命」の光−−共に強く賢く生きる力をい人類に贈る哲理が渇望されている時はない。
御書には記されている。
『一度妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・帝釈・閻魔・法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・一切衆生の心中の仏性を唯一音に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり』(P557)
妙法は、ありとあらゆる人びとから、そして、ありとあらゆる環境から、仏性を呼び起こし、'一切を蘇生せしめていく音律である。

2013年3月20日水曜日

2013.03.19 わが友に贈る

子どもの幸福に尽くす
教育本部の皆様の
尊き汗に最敬礼!
その慈愛の行動こそ
社会を照らす太陽だ。

寺泊御書 P953
『日蓮此の経文に当れり汝等何ぞ此の経文に入らざる』

◇希望の明日へ
凡夫である一人一人も、御本尊に照らされた生活は、根底的には、すべて成仏へ、絶対的な幸福へと向かう一日一日であることを疑うまい。ゆえに、信心の眼で見るならば、すべてに意味がある。信心があるかぎり、そのときはわからなくとも、必ずや自分自身の最高の人生を築く勝利へのバネとなり、一里塚となっている。このことを確信するならば、学会員の一生は、根本的に大歓喜の人生である。
平2・10・10

☆女性に贈ることば 三月十九日
観念だけでは、真に人間を育てることはできません。実際に体を動かし、汗を流し、ともに泣き、ともに笑い−−そうした人間同士の打ちあいのなかでこそ、人は磨かれていくものです。

☆今日のことば 三月十九日

物事がわけがわからなくなったときには、原点にもどって、素朴に素朴にと考えれば、意外と本質が明らかになるものです。それを入れ物の小さい頭で、溢れているのも気づかずに、更に詰め込んで考えようとするから、みんな問題の本質がどこかへ逃げていってしまうのだ。

☆100文字の幸福抄
過去にとらわれて悩んだり、
未来の不安に苦しんだりするのは愚かである。
大事なことは、
「きょう」という一日を、
いかに価値あるものとするかである。
そのために一生懸命に、
そして、丁寧に生ききることである。

☆我らの勝利の大道No.099 福光燦たる東北(下)
◇全ては「一人」から
作家の徳冨蘆花は「一は無窮の始ぞや」と言った。
全ては「一」から始まる。「一」には無限の可能性が秘められている。
象徴的にいえば、「辛(シン・つらい)」という字も、「一」を加えれば「幸(コウ・しあわせ)」に変わる。
「もし私が一人の生命の苦しみをやわらげ/一人の苦痛をさますことができるなら/気を失った駒鳥を/勢にもどすことができるなら/私の生きるのは無駄ではない」
これは米国の詩人エミリ・ディキンスンが詠った、私も大好きな詩である。
どこまでも「一人」を大切にし、誠実に、苦悩の友の命を希望の光で照らしゆく東北の同志こそ、偉大な「福光の英雄」なのである。

東北が一つになって、共に生き、共に進むことを約し合うため、毎月十一日を「福光・前進の日」に定められたと伺った。
あまりにも重い現実を眼前に、「前進」という言葉自体が負担に感じられる時もあるだろう。
だが、それでも、あえて自身に「一歩前進」と言い聞かせながら、前へ踏み出し続けている父たち母たちを、私は知っている。片時も忘れたことはない。
「誓いとは、前進への秘訣である」と、非暴力の行進を貫き通したマハトマ・ガンジーは語っている。
これまでも、秋田の友は、月々の十一日に「負げでらんね」との思いを込めて、幾度となく、真剣な祈りを捧げ、被災した友に熱いエールを送ってこられた。大雪にも怯まず、集い合った日もあるという。
阪神・淡路大震災を乗り越えてきた兵庫県西宮市のある地区の同志は、聖教新聞で、岩手県の陸前高田市にも、同じ名前を冠した地区があることを知った。それをきっかけに連携を取り、心通う交流を重ね、兄弟姉妹のように、励まし合ってこられたという。
東日本大震災で甚大な被害を受けた千葉県や茨城県はじめ関東の同志たちも、言い知れぬ瑕難を堪えながら、深き大きな連帯の心で、東北と一体不二で復興の歩みを進めてこられた。

◇その人の歩幅で
私たちは、「信心」という、最も強く、最も美しい人間の絆で結ばれた「創価家族」である。
大聖人は、「(衆生を救う)慈悲の極理は唯法華経にのみとどまれり」(御書九ページ)と仰せである。
創価家族の励ましの交流には、この慈悲の精神が生き生きと脈打っている。
だからこそ、決して焦らなくともいい。前を見て、今を生き抜くこと、今を歩むこと、それ自体が尊く、偉大なことなのだ。
一人ひとり、自分の歩幅がある。その歩みの傍らには、広宣の同志が、いつもいてくれる。共に歩み、声をかけ、一緒に涙を流してくれる。私も厳然と祈り、見守り続けている。

春が巡ってくる。希望の春の足音が聞こえてくる。
私は、大震災が発生した年(二〇一一年)の九月から十一月にかけて、小説『新人間革命』に「福光」の章の連載を続けた。
私は幾多の広布の歴史を刻んできた福島、東北を、そして健気にして勇敢な、縁深き同志を思いながら、第一回の冒頭に綴った。
「春を告げよう!
新生の春を告げよう」
「民衆の凱歌轟く、勝利の春を告げよう!」と。
来る年来る年、厳冬を耐え抜き、苦難の風雪を乗り越えようと、逞しく立ち上がる民衆の輪が広がるところ、笑顔輝く「福光の春」は必ず訪れる。

◎千葉県総会、おめでとうございます!
お詫び:昨日の「福光燦たる東北」は一昨日とダブってしまい、すみません。

2013年3月19日火曜日

2013.03.18 わが友に贈る

全員が人材だ。
相手の「仏性」を
どこまでも信じ抜き
粘り強い励ましを!
新しい力を引き出せ!

忘持経事 P977
『国国皆飢饉し山野に盗賊充満し宿宿粮米乏少なり我身贏弱所従亡きが若く牛馬合期せず峨峨たる大山重重として漫漫たる大河多多なり』

◇今週のことば
友好拡大の春が来た!
動けばドラマが生まれる。
語れば歓喜が広がる。
「心の財」を積みながら
対話の花を爛漫と!
2013年03月18日

◇希望の明日へ
"正義は楽し"である。笑顔で朗らかに正義の道を生きぬいていきたい。朗らかさを失ったり、悲壮になっては、悪を喜ばせるだけである。
平3・l・15

☆女性に贈ることば 三月十八日
岩にさえぎられた苗木は、まっすぐに伸びることはできない。かといって、温室で育てたものは、早く生長するが、風雪に対する抵抗力が弱いものである。
伸び伸びと、自由な空気のなかで、しかも、自然な試練のなかに、鍛えられていくことが、子どもにとつて幸せな道ではないだろうか。

☆今日のことば 三月十八日
今日の目標は
 その日のうちに必ず達成することだ
それがまた
 明日の戦いへの勝利の因である

☆100文字の幸福抄
人生の年輪が増すごとに、
創造の輝きを
一段と強く放ちゆく人には、「老い」はない。
「生きる」ということは、
生涯をかけて学ぶことである。
まさに「人生とは、私たち自身がつくるもの」
なのである。

☆我らの勝利の大道No.099 福光燦たる東北(下)
◇三世に輝く生命の幸福王者
新生の春 人間革命の希望の春へ!
創価家族の絆も強く 一歩また一歩と

生命は
 三世にわたる
  旅なれば
 幸福王者と
  晴れて生まれむ

東日本大震災から満二年に際し、犠牲になられた、全ての方々のご冥福を祈り、全国・全世界の同志と共々に、懇ろに追善回向の勤行・唱題を捧げさせていただいた。
さらに、被災なされた。全ての皆様方の安穏を願い、ひたぶるに題目を送らせていただいている。
「総勘文抄」には、三世の諸仏に包まれ、諸天善神に護られた生命は、亡くなっても『滞りなく最高の寂光世界への往生を遂げ、たちまちのうちに、九界の生死の夢のなか、すなわち、人の世に帰って来る』(P574、通解)と仰せである。
この御聖訓に照らして、亡くなられたご家族も、同志の方々も、題目の光に満ちて、必ずや広宣流布の陣列に、幸福の王者として舞い戻ってこられることを、私は深く確信する。

◇儀典部の尊き使命
この場をお借りして、私は、全国の儀典部の同志に、満腔の御礼を申し上げたい。
葬儀(友人葬・家族葬)や法事(年忌法要等)など様々な儀典において、皆様方の存在が、どれほど大切か、どれほど有り難いか、計り知れない。
儀典部の皆様方の誠実で真心こもる姿に、ご家族、ご親族から、また、ご友人や地域の方々からも、深い深い信頼と感謝の声が寄せられている。
日蓮大聖人は、できることならば御自身で足を運ばれて、亡くなられた門下の墓前で、自我佃を読誦して差し上げたいとの御真情を記してもおられる。
その御心を体した儀典部の皆様方の献身は、尊き「仏事」、まさに「仏の仕事」なのである。
仏法の人間主義といっても、突き詰めれば『人の振舞』(P1174)のなかにこそ躍動する。
強盛なる信心と聡明なる心配りが相侯って、仏縁が結ばれる。内外を問わず、三世永遠の妙法に連なり、絶対の安心・安穏の世界に入ることができるのだ。
我ら創価の儀典は、今日の時代の要請に応える最先端でもある。儀典部の皆様方の清々しき貢献とともに、身近な地域共同体の麗しい人間の絆が、ますます強まり、広がっていくことを、私は祈りたい。

2013年3月18日月曜日

2013.03.17 わが友に贈る

新しい友との対話は
貴重な自身の財産だ。
我らは永遠に開拓者。
心弾む出会いを!
皆で仏縁を広げよう!

華果成就御書 P900
『常にかたりあわせて出離生死して同心に霊山浄土にてうなづきかたり給へ』

◇希望の明日へ
大聖人門下として広布に邁進することは、霊山浄土であえて願い求めてきたことであり、その結果、末法の五濁悪世に生まれ、それぞれ使命の国土に躍り出てきたのである。ゆえに、今いる天地こそ、全宇宙のなかでも、一人一人にとって、最高の使命の舞台である。またそう自覚したとき、生命は欣喜雀躍し、最大の生きがいを燃やすことができる。
昭64・1・6

☆女性に贈ることば 三月十七日
学歴や財産は、それ自体、人生の目的ではない。ゆえに、そのことで人をうらやんだり、自分を卑下したりするのは愚かである。
貴女自身がすべての宝であることを忘れないで、毅然と生き抜くことだ。

☆今日のことば 三月十七日
「人生とは、闘争の異名なり」と、叫んだ哲人がいる。まさしく、人生は、戦争の如く、厳しく、目まぐるしい感を抱く。何も知らなかった少年時代が、懐かしい。だが、一歩も、退くことは、許されぬ。

☆100文字の幸福抄
長い間、
苦楽の道程を共にしてきた夫婦の間には、
何ものも断ち切ることのできない、
強い絆がつちかわれているものだ。
それは、愛情という言葉でも
覆いつくすことのできない、
深く広い運命共有の力である。

☆我らの勝利の大道No.099 福光燦たる東北(下)
◇三世に輝く生命の幸福王者
新生の春 人間革命の希望の春へ!
創価家族の絆も強く 一歩また一歩と

生命は
 三世にわたる
  旅なれば
 幸福王者と
  晴れて生まれむ

東日本大震災から満二年に際し、犠牲になられた、全ての方々のご冥福を祈り、全国・全世界の同志と共々に、懇ろに追善回向の勤行・唱題を捧げさせていただいた。
さらに、被災なされた。全ての皆様方の安穏を願い、ひたぶるに題目を送らせていただいている。
「総勘文抄」には、三世の諸仏に包まれ、諸天善神に護られた生命は、亡くなっても『滞りなく最高の寂光世界への往生を遂げ、たちまちのうちに、九界の生死の夢のなか、すなわち、人の世に帰って来る』(P574、通解)と仰せである。
この御聖訓に照らして、亡くなられたご家族も、同志の方々も、題目の光に満ちて、必ずや広宣流布の陣列に、幸福の王者として舞い戻ってこられることを、私は深く確信する。

◇儀典部の尊き使命
この場をお借りして、私は、全国の儀典部の同志に、満腔の御礼を申し上げたい。
葬儀(友人葬・家族葬)や法事(年忌法要等)など様々な儀典において、皆様方の存在が、どれほど大切か、どれほど有り難いか、計り知れない。
儀典部の皆様方の誠実で真心こもる姿に、ご家族、ご親族から、また、ご友人や地域の方々からも、深い深い信頼と感謝の声が寄せられている。
日蓮大聖人は、できることならば御自身で足を運ばれて、亡くなられた門下の墓前で、自我佃を読誦して差し上げたいとの御真情を記してもおられる。
その御心を体した儀典部の皆様方の献身は、尊き「仏事」、まさに「仏の仕事」なのである。
仏法の人間主義といっても、突き詰めれば『人の振舞』(P1174)のなかにこそ躍動する。
強盛なる信心と聡明なる心配りが相侯って、仏縁が結ばれる。内外を問わず、三世永遠の妙法に連なり、絶対の安心・安穏の世界に入ることができるのだ。
我ら創価の儀典は、今日の時代の要請に応える最先端でもある。儀典部の皆様方の清々しき貢献とともに、身近な地域共同体の麗しい人間の絆が、ますます強まり、広がっていくことを、私は祈りたい。

2013年3月16日土曜日

2013.03.16 わが友に贈る

創価の偉大な歴史は
「青年」が開いた!
「師弟」で勝った!
さあ出発だ。さあ前進だ。
人類史の希望の朝へ!

上野尼御前御返事 P1580
『法華経と申すは手に取れば其の手やがて仏に成り口に唱ふれば其の口即仏なり』

◇希望の明日へ
人生にあって、本物の人物と会う喜びは何ものにもかえがたい。なかでも文学者との出会いは、文学を愛する一人として、深い喜びである。
昭63・10・9

☆女性に贈ることば 三月十六日
師弟というのは、師匠に弟子が仕えきっていくことだ。弟子が力をつけ、立派になり、偉くなって、師匠にお応えするのだ。
そして師匠に勝利を報告するのだ。

☆今日のことば 三月十六日
友情は、善悪共に通ずることも知らなくてはならない。悪友は得やすく、善友は得がたい。ほんとうの善友とは、ときに自分の欠陥や、誤りを、厳しく指摘してくれる人である。偽り親しむのは、かえって身を滅ぼす悪友である。

☆100文字の幸福抄
私は「生涯青春」という言葉が好きである。
いわゆる若さとは、
年齢によって機械的に
決まるものではない。
むしろ、自らの目標に向かって、
たくましく生き抜く情熱の炎によって
決定されていくと、私は確信している。

☆我らの勝利の大道No.098 福光燦たる東北(上)
◇わが使命をここで。
福島県の浪江町から干葉県に避難されている婦人部の友がおられる。原発事故によって、家族と離れ離れになり、娘さんとの二人暮らしになった。
不慣れな環境のなかで、言うに言われぬ孤独を抱えながらも、このお母さんは「同じように苦しむ人のために何かできないか」と、千葉へ避難している同郷の方々に呼びかけて、十数人のささやかなお茶飲みの催しを行った。
その後も、お会いした方々のもとへ足を運んでは、悩みを聞き、寄り添い続けている。
「大したことは何もできないんですけど」と言われながら、自分にできる取り組みを見つけ出して、全力を尽くしておられる。そこから、一人また一人と、元気を蘇らせ、希望の挑戦が連鎖している。
先行きが見えないなかにありながらも、このお母さんは毅然と語っていた。
「この地を自分の使命の場所と決めて、思う存分、楽しく頑張りたい! 『今』という時を精いっぱい、輝かせていきます!」と。
頭を上げて胸を張る、この地涌の賢者たちの「心の財」にまさる輝きが、いずこにあろうか。

◇勇気凛々と前へ。
七百五十年前の弘長三年(一二六三年)三月にお認めとも伝えられる「持妙法華問答抄」には、仰せである。
『寂光の都ならずは何くも皆苦なるべし本覚の栖を離れて何事か楽みなるべき』(P467)
苦悩の渦巻く悪世の社会である。しかし、この現実の場所を離れて、仏の国土はどこにもない。
ゆえに、日々どこまでも題目を唱え抜きながら、自らの生命の仏界を涌現し、勇気凛々と眼前の環境を切り開いていくのだ。
希望の方へ、成長の方へ、団結の方へ、さらに勝利の方へ、変えていくのだ。
そして人間の一念の偉大さを、「今ここ」で、断固と証明していくのである。

幾度も東北に足を運び、苦楽を分かち合ってきた婦人部のリーダーが、感動を込めて報告してくれた。
−−最愛の長女と実母、祖母の三人を大津波で失った悲しみから気丈に立ち上がってきた、福島・相馬のお母さんがおられる。
女子部の乙女たちを我が娘の如く慈しみ、多宝の先輩方を我が母、我が祖母の如く守りながら、健気に戦い抜いて、今回の本部幹部会・東北総会を迎えられた。
その心境を、こう語っておられたというのである。
「大震災の後、ここ福島で、このような会合が行われるようになるとは、夢にも想像できませんでした。しかし、それが二年で見事に実現しました。
だから、私たちは、これからも、今は想像できないくらい、もっともっと幸福になれると
かくしん確信できます。いえ、必ず皆で幸福になります!」
と−−。
そうだ! その通りだ!
私か共に対談集を発刊したブラジルの天文学者モウラン博士の言葉が蘇る。
「私の夢は、絶望や闇から立ち上がる人間の魂や精神が、空で最も明るく輝くシリウスのように、最も強く輝いてほしいということです。そうすることによって、私たちの地球という世界が、今とは違ったものになるかもしれないからです」と。
この東北総会を「新生」の原点として、私たちは、いやまして一人ひとりが最も明るい「生命尊厳の宝塔」として輝き、地域に、社会に、世界に、未来に、広大無辺な福光を燦々と贈
っていくのだ。

この一生
 東北家族と
  総仕上げ

2013.03.15 わが友に贈る

転入・転出する友に
丁寧に対応していこう。
青年・未来部にも激励を。
皆が大切な創価家族だ。
新出発を爽やかに!

撰時抄 P289
『現に勝れたるを勝れたりという事は慢ににて大功徳なりけるか』

◇希望の明日へ
"生命の歓喜"は、何よりさまざまな嵐と真正面から戦っていくなかでこそ、清列に、ほとばしり出てくる。あとからあとから、限りなく満ちあふれてくる。平穏な、何の波もないなかでは、深い信心の歓喜を味わうことはできない。障害に挑み、強盛にして不屈の信心を燃やしぬいていってこそ、わが身が不壊の歓喜の当体へと磨かれていくのである。
昭63・6・19

☆女性に贈ることば 三月十五日
子どもは、いつか、独り立ちしていかなくてはならない。
「子どもを『幸福にすること』と『甘やかすこと』を混同してはいけない」とはフランスの思想家ルソーの言葉です。
子どもを幸福にするために大切なのは、どんな試練にあっても、それに負けない強さと勇気を育んでいくことではないでしょうか。

☆今日のことば 三月十五日
絶望といい、不幸といい、それをそうと決めるのは、所詮、その人の心のしわざである。してみれば、希望というものは、まず自分自身の悲哀を克服したところに生まれるものだ。

☆100文字の幸福抄
人生には、「自分がやりたいこと」がある。
また、「自分がやらねばならないこと」も
「自分でなければできないこと」もある。
この「夢」と「責任」と「使命」を見つめ、
「今、自分ができること」を
誠実にやり抜いた時に、
才能や可能性は必ず開花する。

☆我らの勝利の大道No.098 福光燦たる東北(上)
◇希望の種を皆様が
東日本大震災以後、私たちは、世界の知性から数々の真心のお見舞いの言葉を頂戴した。あらためて感謝を申し上げたい。
米国のエマソン協会のワイダー元会長は、東北の友を熱く讃えておられる。
「あの大震災を経験された東北の皆様ほど、励ましの大切さを実感されている方はいないでしょう。皆様こそ、地球の未来に、希望の種を植えているのです」
ブラジルが誇る音楽家ビエイラ氏からも、勇気のメッセージをいただいた。
「全国各地から、人間主義に基づく全精魂こもるエンカレッジ(励まし)が、すさまじい勢いで東北地方へ発信され、人びとの苦難を克服させる"勇気のヒューマンエネルギー"の光として、一人ひとりの心を照らしました」
さらに、中国教育学会の顧明遠会長は、「多難興邦」という言葉で、宮城県の女性教育者を直接、励ましてくださった。国土が多事多難であるほど、人びとは奮起して国土に興隆をもたらすことができる、という中国の金言である。
まさに、この二年間の激闘は、世界が瞳目し、世界の良識と心を通わせながらの復興の歩みであったといってよい。

◇よくぞ生き抜いて
東日本大震災という未曽有の大災害が奪っていったものは、この宇宙の全ての宝に匹敵するほど、尊いものばかりであった。
想像を絶する多くの方々が犠牲になられた。愛してやまない家族、強い絆で結ばれた同志や友人、そして懐かしく麗しき郷土……、取り戻せるものなら、取り戻したいと、誰もが願わずにいられない。
震災の直後、私は胸をかきむしられる悲痛の念を堪えながら、被災地の同志に、仏法の厳たる法理の上から、"心の財は絶対に壊されない!"と申し上げさせていただいた。
今も、私は思う。
よくぞ、今日まで生き抜いてくださった。よくぞ、歯を食いしばって頑張り抜いてくださった、と。
こうして生きて、生き抜いている−−それ自体が、あまりにも尊く、不思議な使命の方々であられる。
亡くなられた方も、皆様方が生きておられるからこそ、生死を超えて、皆様方の胸中で、共に生きていくことができるのだ。
日蓮大聖人は厳然と仰せである。
−−自分についても他人についても、その生死はわからないけれども、重々に心して、あなたの御臨終の際、今世の生を終えた後には、日蓮が必ず迎えにまいるであろう−−と(P1558、通解)。
大聖人は、誉れ高く生き抜いた一人ひとりを、そして亡くなられた尊き同志たちを、御本仏の慈眼で見守ってくださっている。一人ももれなく断固と擁護してくださっている。
生も、死も、大聖人と御一緒に!−−これが、永遠不滅の妙法を持つ、我らの常楽我浄の旅なのである。

広宣流布とは、特別な「大きなこと」をすることではない。今の自分にできる「小さなこと」を、地道に粘り強く一つ一つ行っていくことである。
目の前の「一人」に同苦し、励ます。今できる「一つ」の行動に、誠実に、張り切って取り組む−−それは、誰もが直ちに実践できることなのだ。

◎希望の明日へは「歓喜・喜び」になります!(^^)!

2013年3月14日木曜日

2013.03.14 わが友に贈る

「いかなる病
さはりをなすべきや」
題目の師子吼は無敵!
大確信で強盛に祈り
断じて病魔に打ち勝て!

如説修行抄 P501
『夫れ以んみれば末法流布の時生を此の土に受け此の経を信ぜん人は如来の在世より猶多怨嫉の難甚しかるべしと見えて候なり』

◇希望の明日へ
人間は"人の間"と書くように、一人で生きることはできない。友人が大切である。また真の同志は宝である。孤独な人は、生きているうちも不幸であり、死ぬ時も孤独である。死は来世への出発であり、孤独な死は、来世の孤独にも通じていく。それに対し、学会員は、生も死も、同志の唱題につつまれている。楽しく、にぎやかに、守られながら進んでいる。十方の諸仏、諸菩薩とともに、幸福の旅を送っていけるのである。これ一つとっても、学会員であることはすばらしい。
平5・5・16

☆女性に贈ることば 三月十四日
勇んで労苦を引き受け、友と同苦し、人びとに、社会に、奉任しゆく人生であれ!
大きく悩んだ牢光きし郵猷が郎がる。

☆今日のことば 三月十四日
文明は権力 武力を用いず
幸せへ民衆を化す運動である

☆100文字の幸福抄
大事なことは、毎日を、
どう「掛り」を持って生きるかである。
心豊かな人は、体が衰えても、
その分、心が澄み、色々なことが見えてくる。
日々、「喜び」と「希望」を見出し、
前進していく。
人生は、最後の総仕上げが大切である。

☆我らの勝利の大道No.098 福光燦たる東北(上)
◇「心の財」抱きて常楽我浄の旅を!
目の前の一人を大切に!
今できる行動を真剣に!

初めに、この度の北日本の暴風雪に対して、心よりお見舞いを申し上げます。
例年にない厳しい風雪が続いていますが、どうか、安全第一、健康第一でと、題目を送っております。

福光の
 希望を放ちて
  東北城
 負けるな勝ち抜け
  万柔の功徳を

今月三日、福島の天地を中心に、「新生・東北総会」の意義を込めて、本部幹部会のメーン行事が意気軒昂に開催された。
この日を楽しみに待っておられた東北の皆様と同じ心で、全国の母たち、同志たちも、真剣に大成功を祈念してくれていた。
冬から春へ、新しき東北の世紀を開く青年の躍動!
私も大好きな東北の歌
「青葉の誓い」の歌声!
そして、福島と結ばれた、強き絆の宮城、岩手、青森、秋田、山形の各会館には、不撓不屈の民衆王者たちが「東北は一つ」と、勇み集われた。
仰ぎ見よ! 日本第一の聖教拡大の歴史を築かれた東北の父母のスクラムを!
誠実な対話と勇気の弘教の天晴れな金字塔を打ち立てた東北の若き連帯を!
東日本大震災から二年。
あれほどの苦難に遭いながら、東北の「凱歌の人々」は断じて屈しなかった。
誇り高き「人間の勝利の道」「生命の尊厳の道」を歩み続けてくださった。
一番苦労した人が、一番幸福になる。そして不滅の勝利の喜びを味わい、誰よりも希望の福光を放つ権利と使命があるのだ。
私は「万歳! 万歳!」と叫びながら、東北健児を抱きしめ、みちのくの誉れの家族と固い握手を交わす思いであった。
私の胸には、熱い感動と感涙が込み上げてくる。
これが、東北の底力だ!
これが、わが創価の師弟の威風堂々の行進だ!
これが、人類史に赫々と輝き渡る「人間革命」の大連帯だ!──と。

「熱望の燃える火で 燈りをつけよう!………闇のなかで むなしく時を過ごしてはならない。おまえの生命で 愛の燈火に灯をともすのだ」
インドの詩聖タゴールは、名詩『ギタンジャリ』で、こう詠った。
関東大震災の翌年の一九二四年には、三度目の来日を果たし、復興への努力にエールを贈ってくれた。
タゴールは語っている。
「われわれが重要とみなすのは、人間の善性の真性である」
わが愛する東北の同志は、自ら被災しながらも、究極の善性を発揮し、苦悩に沈む「一人」のために、どれほど尽くし抜いてこられたことか。どれほど、無数の励ましの灯をともしてこられたことか。
その崇高な行動を、三世十方の仏菩薩が、御本仏・日蓮大聖人が、全て御照覧であることは間違いない。
この方々こそ、永遠に、創価の鑑となり、人類の模範となって、未来を照らしていくのだ。

2013年3月13日水曜日

2013.03.13 わが友に贈る

体調管理を万全に!
激しい寒暖差に注意。
うがい、手洗いを励行し
服装等にも心配りを。
健康第一で進め!

乙御前御消息 P1219
『犬は師子をほうれば腸くさる修羅は日輪を射奉れば頭七分に破る』

◇希望の明日へ
人間にとって、死がどれほどの苦痛であることか。いかに金持ちでも、地位や権力があっても、死を前にしては夢のように空しい。幻のように、はかない。皆、これがわからない。それを、広布のために苦労することによって、自身の宿業を転換し、最高に安楽な死即次の人生への出発を迎えられるのが、この仏法である。その実証を、学会は先輩や同志の姿に多く見てきた。この一点だけでも、正法の功徳は偉大である。ゆえに、正法を教えてくれた学会の恩にどれほど感謝してもしきれない。
平5・4・13

☆女性に贈ることば 三月十三日
こうすれば、どう見られるか、どうなるか−−そういうことだけを考えて、人によく思われるように、うまく泳いでいく。それは楽なように見えて、あまりにもわびしい生き方である。状況に翻弄され、なんの価値も残さず、時代とともに色あせていく人生であってはならない。
わが人生は、自分自身への最高の贈り物なのである。

☆今日のことば 三月十三日
自分は死を恐れない
 という人を聞くが
  私は そんな人間になりたくない
死を恐れるが故に
 生きることへの歓びが深まり
  野蛮と文明との 分岐点があるからだ

☆100文字の幸福抄
どんな時代を生きようとも、
その人には、その人にしか歩めない
人生の道がある。
ありのままの心の発露でいい。
ささやかに見える目標でも、
そこに近づこうと努力することが、
自分にしか歩めない充実の道となる。

2013年3月12日火曜日

2013.03.12 わが友に贈る

「友のために」と
勇気の行動を貫けば
わが生命が光る!
その積み重ねが
崩れざる「心の財」に。

新池御書 P1439
『かかる悪所にゆけば王位将軍も物ならず獄卒の呵責にあへる姿は猿をまはすに異ならず、此の時は争か名聞名利我慢偏執有るべきや』

◇希望の明日へ
生まれ、老い、病み、死ぬという四つは人生の根本的な苦しみである。しかし釈尊は、「方便現捏磐」と説いた。浬磐(死)といっても、再び、はつらつと生き始めるための方便(手段)であって、眠りにつくようなものであると。また、宇宙のリズムと合致した人生を生きゆくならば、愛する人と一緒に生まれることもできる。夫婦でも、子どもでも、友人でも、深い愛情で結ばれた人と未来永遠にわたって、ともに生きぬいていける−−。これが仏法の教えである。
平4・11・12

☆女性に贈ることば 三日十二日
女性の場合、決して、いわゆる青春時代のみが花なのではない。若い時代にどんなに華やかであっても、その幸福は浅いものだし、また一生続く保証もない。
長い目で見た時には、心にしっかりした芯をもっている人は、時とともに、輝いていくものだ。

☆今日のことば 三月十二日
人の悪口、批判……。
する場合もある。される場合もある。
互いに人格を尊重していくべきだ。常に自己を磨くことだ。
自己を磨くことを忘れての悪口は、批判は、互いに愚かである。

☆100文字の幸福抄
女性の一生という、
広い視野に立ってみれば、
美しさというものも、
決して短距離競走ではない。
最期の一瞬まで続くマラソンなのである。
そのために生涯、燃え続けてゆく
美しさの基盤が、大切となろう。

☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.010 今世の使命を果たし抜け
戸田先生は言われた。
「大闘争心が広布の大精神である。これがまた、学会の精神なのだ。
日蓮大聖人から最大に賞讃され、大功徳を受ける資格のある人は、この大勇猛心の決意で進んだ人である」
自分自身の今世の使命を徹して果たしていく。生きて生きて生き抜いて、自らが決めた目的を達成していく。
どんなことがあっても、信念に殉ずる。
どんなことがあっても、広宣流布していく。
この信念、決意こそが信心である。

皆が幸福になり、平和を築くための我らの前進だ。
仏法は勝負である。人生は戦いしかない。広宣流布に生き抜いていくことだ。
「断じてやろう」と決意すれば、元気になる。健康にもなる。
戦いに停滞は許されない。
わが信念を、一生涯、貫き通していこう!
信心とは、『以信代慧(信を以って慧に代う)』と説かれるように、最高の「智慧」の働きをする。
いくらでも、価値創造できる。道を開いていける。行き詰まりは絶対にない。
無限に智慧が出るのが、妙法の信心なのである。

広宣流布のための学会の組織である。
その中で頑張っている人が、本物である。
御聖訓には『法自ら弘まらず人・法を弘むる故に人法ともに尊し』(P856)と明快に仰せである。
地道な最前線の学会員こそが、一番、偉い。
広宣流布の組織に生きて、徹し抜いた人が、最も偉大なのである。

2013年3月11日月曜日

2013.03.11 わが友に贈る

悲しみは優しさに
苦労は強さに
宿命は使命になる。
それが仏法の真髄の力。
幸福の種は わが胸中に!

立正安国論 P17
旅客来りて嘆いて曰く近年より近日に至るまで天変地夭飢饉疫癘遍く天下に満ち広く地上に迸る

◇今週のことば
「妙とは蘇生の義なり」
活力みなぎる座談会を!
来られない友へも
激励をこまやかに!
リーダーは足を運ぼう。
2013年03月11日

◇希望の明日へ
死は、万人に平等に訪れる。臨終の善し悪しは、社会的な位や名声、財産などとは無関係である。自身の生命そのものの勝負である。内面の境涯がためされる場である。その意味で、死には、地位等にとらわれない、究極の民主主義があるといえるかもしれない。その人生の総決算に勝利できた人が、本当の勝利者である。真実の幸福の人である。そして学会員は最高の生命の凱歌、「歓びの歌」をもって、次の生へ、新しい"幸福の旅路"の出発をしていくことができる。そのためにも、現世で勝つことである。何があっても妙法の信仰を貫くことである。これが、仏法の生死観の一つの結論となろう。
平2・11・16

☆女性に贈ることば 三月十一日
自己の成長を願わず、目先の楽しみだけを追い求める人生の、どこが幸福であろうか。
「成長しよう」と努力する女性は、人生のどんな時をも、最高に輝かせていける。

☆今日のことば 三月十一日
夢を実現し、理想を達成するために、最も大事なことは、自己との厳しい対決に勝っていくことである。つまり、自分が今やらねばならぬことに、全能力、全情熱を、傾けていくことこそ、未来に生きる人生の、真実偉大な姿なのである。

☆100文字の幸福抄
たとえ今は苦しくとも、「希望」を見つめ、
苦労の坂を一歩一歩のぼり、
少しずつ、自分の力で
自分の夢を実現していく。
その人こそ、本当の
「深い喜び」を知る人である。
ここに、人間としての「美しい人生」がある。

☆未来対話 第11回「使命の翼を広げよう!」
−−間もなく、戸田先生から池田先生に師弟のバトンが継承された3・16「広宣流布記念の日」を迎えます。

名誉会長 1958年(昭和33年)の3月16日。戸田先生のもとに6000人の青年部員が集い、広宣流布の後継の式典が行われました。今年で55周年になります。そこには皆さんと同じ、未来部の世代の同志も集ってくれました。
この師弟の厳粛な式典は、"広宣流布の主体者は青年である"という大宣言でもあったのです。ずっと側にお仕えしていた私には、師の心が痛いほど分かりました。
この戸田先生の心を受け継いで、自身の使命に目覚めた青年たちが、「人間革命」の大潮流を起こしていったのです。
戸田先生のために、先生が願われた広宣流布のために、私たちは、どんな迫害にも負けず、どんな困難も勝ち越えてきました。これが、我らの人生の誉れです。
御書には、『二陣三陣つづきて』(P911)と仰せです。
これからの本格的な世界広宣流布を担い立つのは、君たち、あなたたちです。
私は、今この時に、師弟の魂のバトンを、未来部の皆さんに厳然と託していきます。

−−池田先生は、かつて未来部に、「自らの使命を自覚した時、才能の芽は、急速に伸びる」との言葉を贈ってくださいました。

名誉会長 使命とは「命を使う」と書く。生きている限り、わが命を何に使うか。追い続け、求め続け、決め続けていくのです。
それは、遠くにあるのではない。目の前の課題に全力で挑戦していけば、いつか、自分にしかない使命が、必ず見つかる。必ず、「自分の使命は、これだ!」と分かる。だから、焦ることはありません。
皆さんの生命には、もともと限りない前進の力、幸福の力、勝利の力が備わっています。
だから、自身の課題に思い切って挑戦し、学び、鍛えてほしい。若い力を出し切ってほしい。
誰が何と言おうと、私は君を、あなたを信じています。信じ抜いています。心配や不安に押しつぶされそうになったら、ありのままの自分で御本尊に祈ろう。
もし君自身が、「もう、だめかもしれない」とあきらめそうになっても、私は絶対にあきらめません。私自身が、あきらめないで、戦い抜いてきたからです。今も戦い続けているからです。
ゆえに、たとえ、君が、あなたが、どんな状況であっても、私はこう呼びかけるのです。
「君なら、あなたなら、必ずできる!」

2013年3月10日日曜日

2013.03.10 わが友に贈る

大自然と格闘する
農漁光部の友に感謝。
皆様こそ地域の太陽!
わが使命の天地で
福徳と勝利の舞を!

富木尼御前御返事 P975
『設い業病なりとも法華経の御力たのもし、阿闍世王は法華経を持ちて四十年の命をのべ陳臣は十五年の命をのべたり』

◇希望の明日へ
人生を山に例えれば、臨終は山頂といえよう。山頂からは、広々とした下界が見渡せる。死の頂から見て初めて、生涯の幸・不幸の光景も、勝利と敗北の実相も見えてくる。また死後すなわち来世という新しい出発を望むこともできる。荘厳な大光につつまれた山頂もあろう。噴火口のような地獄への山頂もあろう。さまざまであるが、必ずそこにいたることだけは、間違いない。人生は、この頂への登攀である。ゆえに山頂(死)を見つめずに歩む人は、目的地から目をそらして山登りするようなものであり、道に迷うのはむしろ当然かもしれない。ここに死の解決を教えゆく正しき信仰が必要となる一つの理由がある。
平2・11・16

☆女性に贈ることば 三月十日
生きることは戦いである。人生は、自分自身との戦いである。負ければ、この人生を存分に生きたとの喜びはない。悔いと苦悩と不幸を残すだけである。
私は、私らしく勝ったと、自分に胸を張れる人生でありたい。

☆今日のことば 三月十日
瞬間々々 時は流れる
過去 現在 未来へと----
創造と建設
敗退と惰性
その人 その国に
さまざまな運命 歴史を
渦巻きながら----

☆100文字の幸福抄
どの子も、幸福になるために
生まれてきた。
どの子も、人生に勝利するために
生まれてきた。
子どもたちに、どんな試練も勝ち越えて
幸せになる力を贈ってくれるのが、
母の真剣な心であり、深き愛情である。

☆未来対話 第11回「使命の翼を広げよう!」
−−「自分から大きな役割を担うのは気が引けるし、自由を奪われる気がする」「責任を負うのは重い」という人もいるようです。

名誉会長 たしかに、「責任」と言われると、重く感じてしまうかもしれない。
でも実は、「責任」を担った時こそ、自分自身のカラを破る最高のチャンスなんだ。
皆さんは、実業家の松下幸之助さんを知っているかな。「松下電器産業株式会社(現・パナソニック)」の創業者で、「経営の神様」と呼ばれました。私も何度もお会いしました。会えば4時間、5時間と、人生の万般にわたって語り尽くしたことが懐かしい。共に対談集も発刊しました。
松下さんは、人を育てる名人でした。
こんなエピソードがあります。昭和の初め、電気アイロンは便利なものでしたが、庶民には手の届かない高級品でした。そこで松下さんは、一人の若い技術者を呼んで、こう言われました。
「できるだけ安いアイロンをつくり、その恩恵に誰もが浴せるようにしたい」
若い技術者は、賛成した上で、「しかし、誰がそれを担当するのでしょうか」と尋ねます。
「君だよ。君ひとつ、このアイロンの開発を、ぜひ担当してくれたまえ」
若い技術者は、アイロンをつくるのに必要な電熱関係の知識や経験がありませんでした。そこで、「私一人では、とても無理です」と断ってしまった。
すると間髪を入れず、松下さんは、こう言い切ったのです。
「いや、できるよ。君だったら必ずできる」
この松下さんの期待に応え、青年は懸命に創意工夫を重ねていった。そして、これまでの性能を落とさず、価格を下げたアイロンを完成させたのです。「国産優良品」にも指定されるほどの高品質の製品です。

−−若き技術者の力を、松下さんは見抜いていたのですね。

名誉会長 その通りです。それは、技術者自身も気づいていなかった「自分の中に秘められた力」だったんだ。
のちに、この技術者は会社の重責を担うリーダーになりました。
そして、あの日の松下さんとのやりとりについて、「あの『君ならできるよ』という小さな言葉が、私の心に火をつけたのです」と回想されています。
松下さんは、青年を信じて使命を託した。その信頼が、若き心の中の「責任感」に火をつけた。
青年は、「自分がやる。必ずやり遂げてみせる」と腹を決めることだ。一念が定まれぱ、自分自身も気づかなかった力が、どんどん湧いてくる。
今回は、この松下さんの言葉を、皆さんに贈りたい。
「"失敗するかもしれない"とか"おそらくできないだろう"ということでなく、"やれば必ずできる""もし転んでも、そこに転がっているものをつかんでやり直そう"という積極性、根性をもつ」
「成功するためには、成功するまで続けることである」
松下さん自身、何度も経営の危機に陥ったが、そのたびに立ち上がった。事業は人で決まると考え、仕事を託すなかで、粘り強く人を育てた。体が弱かったが、あきらめなかった。会社のため、そこで働く人や、その家族のため、さらに、日本と世界の繁栄のために−−。
責任感とは、「自覚」と「執念」の異名なのです。

−−松下幸之助さんは、創価大学にも、関西創価学園にも、来られました。

名誉会長 教育に力を入れておられました。私より30歳も年長で、わが師・戸田城聖先生と同世代の方です。私は恩師をお迎えする思いで、ご案内しました。
関西創価学園では、歓迎演奏が終わると、満面の笑みで鼓笛隊に歩み寄り、温かな関西弁で、「よろしゅうおますなあ−−。ほんまにおおきに」と何度も言われていた。
学園生たちと交流した後、松下さんが、かみ締めるように語られた言葉が忘れられません。
「きょうは、10歳も20歳も若返りました。青春の若さをもう一度得られるなら、自分は全財産を投げ出してもいいと思うてます。でも、それはできません。かわりに学園生の皆さんから、若さのエネルギーをいただきました」
皆さんは、何ものにも勝る「青春の若さ」という財宝をもっています。若いということは、それだけで素晴らしいのです。何も恐れる必要はありません。
戸田先生も、心から青年を愛してくださいました。
理想へ向かうまっすぐな純粋さ、正義を貫く大情熱、そして、無限に成長しゆく未来性を絶対的に信じてくださったのです。

2013年3月9日土曜日

2013.03.09 わが友に贈る

広宣流布に停滞なし!
月月・日日に前進だ。
断じてやると決意すれば
無限に智慧が湧く。
必ず道を開いていける。

一代聖教大意 P401
『人の不成仏は我が不成仏、人の成仏は我が成仏』

◇希望の明日へ
仏法の眼で見れば、生死は不二である。死を嫌い、悲しむのは当然の"人情"かもしれない。しかし、仏法に説く「三世永遠」の生命観からいえば、「死」は新たな「生」への旅立ちである。明日の活力を得るために睡眠をとり、"リフレッシュ"し"充電"する。それに似て、死は次のすばらしき人生への飛翔となる。
平3・3・12

☆女性に贈ることば 三月九日
幸福というも、地獄というも、骨、自分自身の胸のなかにある。心のなかにある。

☆今日のことば 三月九日
人生には反省も必要であろう。反省のない人に向上はあり得ない。だからといって、反省が自己嫌悪になっては無価値となる。それはあくまでも、明日への向上のためのものでなければならないのだ。

☆100文字の幸福抄
友の悲嘆に自分も泣き、
友の喜びに自分も心を躍らせる−−。
わが子の教育を真剣に考えるならば、
友人をつくり、大事にすることを示していきたい。
この家庭での教育こそが、
社会に開かれた
本物の人格を形成していく起点となる。

☆未来対話 第11回「使命の翼を広げよう!」
池田名誉会長 春3月は、旅立ちの月、希望の出発の月です。
私にとって、未来部の皆さんが見違えるように成長して、新たな一歩を踏み出していく姿ほど、心躍るものはありません。

−−メンバーは、この1年、「未来対話」を学び、池田先生と心で語らいながら、前進してきました。私たち担当者のほうが、未来部員から師弟の息吹を教わっています。

名誉会長 うれしいね!
未来部の皆さんも、担当者の皆さん方も、春夏秋冬、いつも私と心は一緒です。
勉学や読書、クラブ活動、友情、親孝行、未来部の活動など、それぞれの挑戦を重ねてきたみんなの活躍は、毎日、報告をもらいました。全員が、努力の勝利者です。
晴れの卒業を迎える皆さん、おめでとう! 3年間、本当によく頑張ったね!
とりわけ、東日本大震災から2年、あらゆる困難を乗り越えてきた被災地の皆さんを、私は最大に讃えたい。どうか、これからも、家族や友人と支え合い、励まし合って、勝ち越えていってください。私は、一生涯、皆さんの人生の幸福と栄光と勝利を祈り、見守っていきます。

−−女子高等部の卒業生は、晴れて女子部の「池田華陽会」の第6期生になります。

名誉会長 世界中に、皆さんの仲間がいます。すごい時代です。
卒業する皆さんが、どこに羽ばたいていっても、私たちの心の絆は絶対に切れません。
これからも、明るく健やかに、自分らしく思う存分、若き生命を伸ばしてください。
3月は「弥生」ともいいます。弥生とは、草木が「いよいよ生い出る」という意味の「いやおひ」が語源だと言われています。
冬を越えた若芽のように!
春を告げる花々のように!
これから広がる新たな舞台へ、「いよいよ」の勢いで飛び出していこうよ!

−−卒業生の中には「せっかく仲良くなった友達と別れるのが、さびしい」という人もいます。

名誉会長 そうかもしれない。でも、よき友情は、一生涯を通して育てていくものです。たとえ、進む道が違っても、いくらでも励まし合える。お互いに若いのだから、共に未来を見つめて、カラッと明るく進んでいくんです。
今まで以上に、たくさんの新しい出会いも待っています。
センチメンタルな気持ちに流されず、朗らかに聡明に、よき縁を大切にし、心豊かな青春としてください。
とりわけ、卒業は"自分は周りに支えてもらっている"と、人のありがたさを再認識する機会です。人間関係をいっそう深めるチャンスです。
ご両親や家族、学校の恩師、友達や先輩・後輩、さらに地域の創価家族の方々などに、すがすがしく感謝の言葉を伝えてほしい。

−−最高学年になる在校生からは、部活や生徒会の活動などで、「先輩たちのようにできるか、心配です」との声が届いています。高等部の部長や副部長になる友からも、「皆をどう引っ張っていけばよいでしょうか」との質問が寄せられています。

名誉会長 大丈夫! 誰だって、最初は不安なのが当たり前です。
それは、リーダーとして、皆のことを真剣に考えている証拠だし、クラブや生徒会、わが部の今後に責任を感じているからでしょう。それ自体、素晴らしい指導者の心じゃないか。偉大な人間修行です。
ただ、君は君、あなたはあなたです。先輩と同じようにはできないし、そうする必要もない。よき伝統は引き継ぎつつ、どこまでも自分らしく、誠実にベストを尽くしていけば、必ず道は開けます。
ましてや、妙法を持っている皆さんです。朗々と題目を唱えて、苦労も喜びに変えながら、信頼される先輩、力あるリーダーに成長できないわけがない。

2013年3月8日金曜日

2013.03.08 わが友に贈る

良き人間関係は
人生の宝だ!
一つ一つの
出会いを大切に。
自ら友情を広げよう!

上野殿御返事 P1560
『大通結縁の者は三千塵点劫久遠下種の人の五百塵点劫生死にしづみし此等は法華経を行ぜし程に第六天の魔王国主等の身に入りてとかうわづらわせしかばたいしてすてしゆへにそこばくの劫に六道にはめぐりしぞかし』

◇希望の明日へ
なるほど、死ほど確実なものは何もない。昼の次に夜が、秋のあとに冬が、青春のあとに老年が来るということよりも確実である。夜がきた時、困らないように、冬がきた時、苦しまないように、老後に辛い思いをせぬように、人は準備をする。しかし、もっと確実な死がきた時、困らないように準備をする人は少ない。
平2・11・3

☆女性に贈ることば 三月八日
雨が降ろうが、風が吹こうが、寒さにふるえようが、または傷つき敗れても、家庭に帰って、母の温かい生命に触れさえすれば、心身の傷は癒える。

☆今日のことば 三月八日
ほんとうの世界平和は、政治家同士が、結ぶ条約、経済人同士の提携によって、もたらされるのではない。生命と生命との間に結ばれた、信頼のきずなによってこそ、実現されるものだ。

☆100文字の幸福抄
子どもにとって、
家庭は「最初の学校」であり、
母は「最初の教師」であろう。
人間としての基本を身につけさせる。
そこに大きな使命がある。
当たり前の、平凡な約束事を
自然にできるようにすることといってよい。

☆勝利の人間学第25回 "勝利の女王"白蓮グループ
◇学会と同志を守る「創価の花」に!
学会の会館を訪れる同志や友人の方々を、さわやかに出迎えてくれる。誰の目にふれなくとも誠実を尽くし、帰る方にも温かな声をかけて気づかい、無事故を呼びかけてくれる。
白蓮の乙女の清々しい振る舞いに、皆が「来てよかった」「学会は素晴らしい」と感嘆する。私と妻も、いっも感謝合掌している。
御義口伝には、『必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可し』(P781)と仰せである。
この御聖訓そのままに実践する乙女たちに、偉大なる妙法の功徳の花が咲き薫らないわけがない。いな、その生命こそが、最も美しく気高き「白蓮華」の当体なのである。

◇幸のスクラム広げる「福智の舞」を!
あの「3・16」の大儀式の折、女子部の有志が自発的に案内や清掃を行ってくれたことが、白蓮グループの原点の歴史である。
誇り高き「自発」ど「率先」の行動が、白蓮グループの魂である。
"白蓮の心"を体現した福智豊かな女性は、職場でも、家庭でも、地域でも、いずこにあっても、百万言を費やすより、生き生きと信仰の素晴らしさを伝えられる。
今いるその場で"白蓮精神"を発揮して、友情と信頼を楽しく広げ、平和と幸福の笑顔のスクラムを築いていっていただきたい。

◇広布の未来を開く「希望の光」たれ!
わが恩師・戸田先生は、女子部に語られた。
「地涌の菩薩としての使命に生ききることが、最高の青春であり、人生である」と。
一日また一日、一生の幸福の土台を創っているのが、白蓮グループの皆さんである。
御書には、『浄き事・蓮華にまさるべきや』(P1109)と記されている。泥沼の中でも汚れることなく、凛然と咲く白蓮の花の如く、末法の濁世にあって、強く清らかな心で、人々に尽くす乙女たちこそ希望の光である。
貴女の真剣な祈りが、貴女たちの明るい前進が、広宣流布の未来を限りなく開くのだ。
この青春の生命錬磨があればこそ、必ずや自他共に福徳に満ちた人生が輝きわたることを、深く深く確信していただきたい。

2013年3月7日木曜日

2013.03.07 わが友に贈る

聖教の拡大は
仏縁の拡大なり。
広宣流布の要たる
新聞長の皆様に感謝!
誉れの名指揮を頼む!

開目抄上 P189
『一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり、竜樹天親知つてしかもいまだひろいいださず但我が天台智者のみこれをいだけり』

◇希望の明日へ
人生には、さまざまな苦悩がある。病の時もある。また死も必ずやってくる。しかし、仏法の眼を開いて見れば、本有(生命にもともとそなわっていること)の病であり、本有の死である。本有の苦悩である。何も嘆く必要はない。すべて、三世にわたる"幸福の大旅行"の一コマであり、妙法を持つ人は、すべての風景を悠々と楽しみきっていける。死も「方便現捏柴(方便もて淫楽を現ず)」と説かれるように、苦しい敗北や地獄の死ではなく、次の使命の人生への荘厳なる晴れの出発である。夜、疲れをとるために安眠し、朝、はつらつと起きるように、目覚めれば、すぐに楽しき来世である。
平2・10・23

☆女性に贈ることば 三月七日
強くあれ!
強くなれ!
希望は未来の勝利の旭日
幸福は自分自身の権利なり

☆今日のことば 三月七日
諸君は今、はなばなしいことはできないかもしれない。コツコツ勉強しなさい。遊んでもいい。何をやってもいい。青年らしく少年らしく、自由奔放にやっていけばいい。

☆100文字の幸福抄
母の、そして父の、
よき思い出をもつ人は幸福である。
心に刻んだ幸せな思い出は、生涯の宝である。
人生のさまざまな場面で
どれほど励ましとなることか。
孤独の時には友となり
苦難の時には支える力となるだろう。

☆新時代第64回本幹へのメッセージ
一、今、私は、込み上げる感動をもって、誉れの東北の同志を見つめております。
なんと明るく、なんと気高い、そして、なんと堂々たる、「地涌の正義」の陣列でありましょうか!
55年前(昭和33年)の3月16日、わが師・戸田城聖先生は、波瀾万丈の大闘争の勝ち鬨として、"創価学会は精神界の王者なり"と叫ばれました。
仏法では、まことの王者とは、「天」と「地」と「人」を貫いて、少しも揺るがない存在である。
さらに、民を親のごとく大切に敬い尽くしていく存在であると示されております。
誇り高き東北の同志たちは、あれほどの大災害に見舞われながら、断じて負けなかった。決して屈しなかった。
一人一人の学会員が、友の支えとなり、地域の要となり、社会の柱となって、どれほど勇猛に、どれほど誠実に、どれほど忍耐強く、奮闘し抜いてこられたことか。
ある時は風雪をじっとこらえ、ある時は悔し涙を流し、また、ある時は汗と泥にまみれながら、法のため、人のため、立正安国のため、戦い続けてきた同志の顔は、あまりにも神々しく輝きわたっています。
私は、愛する皆様方の頭に、一人も残らず、「人間の王者」「民衆の王者」「生命尊厳の王者」の王冠をかぶせて讃嘆したい。
いな、すでに三世十方の仏菩薩が大喝采しながら、皆様一人一人に大福運の宝冠を授与されているに違いないと、確信するのであります。
一、御本仏・日蓮大聖人は『い(生)きてをはしき時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なり』(P1504)と断言されております。
亡くなられたご家族やご友人方も、必ずや力強い追善回向の題目の光に赫々と包まれ、守られていることは、絶対に間違いありません。
後継の皆様が仲良く朗らかに、何ものも恐れずに勝ち進んでおられる、この晴れ姿こそ、亡き家族・亡き同志が見事に成仏なされている最大の証明なのであります。

◇一人の生命には宇宙大の可能性
一、今日、わが敬愛し、信頼してやまない福島の同志、大東北の創価家族と一緒に、声高らかに宣言したいことがあります。
それは──
「我らは福光(福の光)の宝塔(宝の塔)なり」ということです。
法華経には、巨大にして荘厳な「宝塔」が出現します。
この「宝塔」は、一体、何を表しているのか。
大聖人は、北国の門下・阿仏房の質問に明快に答えられております。
『末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり』『南無妙法蓮華経と・となうるものは我が身宝塔』(P1304)なり、と仰せであります。
そして「阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房」と結論されている。
つまり、あなたの生命が、そのまま、宝塔なのですよ、と。
一人の生命は、か弱く無力なものではない。まさに、宇宙大の可能性を秘めております。この生命の宝塔は、どんな苦難が襲いかかろうとも、揺るがない。誰人たりとも、壊すことなどできないのであります。
一、大聖人は、我らの生命の宝塔は「生老病死」の苦悩も、「常楽我浄」という四つの福徳に転じて、自らを荘厳できると明かされております。
いうなれば、生まれ出ずる悩みも生き抜く喜びに変え、老いゆく佗しさも後継を育てる張り合いに変え、病の苦しみも境涯を開く転機に変え、死の悲しみさえも永遠に轟く凱歌に変えていける。
ここに、「人間革命」「広宣流布」という最極の幸福と平和の道があります。
いずこであれ、題目を唱え弘める闘士が、胸を張って立ち上がれば、そこに宝塔が涌現します。わが身も宝塔であり、あの友この友も宝塔です。
生命尊厳の宝塔の林立によって、地域を、社会を、世界を、寂光土へ、仏国土へ、必ず輝かせていくことができるのであります。

◇人間とはかくも強く偉大なり!
一、どうか、何かあっても題目を唱え抜き、「元初の太陽」がいかなる闇も打ち払うように、今いるその場所で、わが生命から無限の福光を放っていってください。
一番厳しい冬を耐え抜いた人こそが、一番幸せな、歓喜と栄光の春を勝ち開くことができるのです。
さあ、共々に、「東北を見よ! 創価の師弟を見よ! 人間は、かくも強く、かくも偉大になれる」と、世界に希望と勇気の光を広げながら、晴れ晴れと「勝利」の金字塔を打ち立てていこうではありませんか!
一、結びに、全国の意気軒高なる青年部と壮年部の大会に寄せて、「人生は強気でいけ!」との恩師の師子吼を贈ります。
そして、「心の財」光る「農漁村ルネサンス大会」を祝し、東北はじめ日本全国のますますの豊作・豊漁を、深き感謝を込めて、お祈り申し上げ、私のメッセージといたします。

2013年3月6日水曜日

2013.03.06 わが友に贈る

真剣な人には
誰もかなわない。
まず自分が変わる!
誠実な行動を貫く!
勝利の道はここに!

御義口伝巻上 P737
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は与如来共宿の者なり、傅大士の釈に云く「朝朝仏と共に起き夕夕仏と共に臥し時時に成道し時時に顕本す」と云云』

◇希望の明日へ
仏法の視点からいうならば、試練の最後は、まさに死にゆく時である。そこでは、これまでの生き方のすべてが白日の下にさらされる。戦いきった人は戦ったままに、臆して逃げた人はそのままに、すべてがありのままに表れてくる。どのような死を迎えるか、そして来世はどうなるか、そこには厳しい因果の法則が横たわっている。
平2・6・8

☆女性に贈ることば 三月六日
正義に生きる女性の魂ほど、尊く強く美しく、不滅のものはない。

☆今日のことば 三月六日
獅子は猛獣に立ち向かっても、蟻の子一匹に向かっても、変わることなく猛然と三歩前進しては一歩退き、しかる後に決然と満身の力で獲物に襲いかかっていくという。それは絶対に過つことがない動作だ。

☆100文字の幸福抄
裕福になってほしい。
偉くもなってほしい。
そう思うのは、当然の親心であろう。
しかし、いくら財産を手に入れ、
高い地位についても、
「人のために役立とう」という心の光がなければ、
人間として真の輝きはない。

2013年3月5日火曜日

2013.03.05 わが友に贈る

「挑戦」あるところ
希望があり幸福があり
わが生命の躍動がある!
ゆえに今日も一歩を。
朗らかに日々前進だ!

撰時抄 P266
『日蓮は閻浮第一の法華経の行者なり此れをそしり此れをあだむ人を結構せん人は閻浮第一の大難にあうべし』

◇希望の明日へ
生死、生死と永遠に繰り返していく生命。その「生死の二法」からはだれ人も免れない。この生と死を貫く大法が妙法である。ゆえに妙法を持ち続ける人は、自身も三世にわたって幸福である。また先祖をも救っていくことができる。反対に、妙法の世界を破壊しようとすることは、そのまま自身の生命を破壊することに通ずる。ゆえに生死、生死と、永遠に苦悩の極限の境涯となる。
平1・9・15

☆女性に贈ることば 三月五日
命にはかぎりがある。だからこそ、何に命を使うかが重要です。
人間を育てることは、最高に尊いことではないだろうか。

☆今日のことば 三月五日
友よ 強く雄々しく立てよ
僕が信ずる 君が心を
苦しい仕事 深夜の勉強
これも修行だ 苦は楽し
君が信念 情熱を
仏は じっとみているぞ

友よ 負けるな希望を高く
僕が信ずる 君が心を
努力 努力 また努力

あの日の誓い忘れるな
君の意気と若さとで
断じて進め あくまでも

友よ 忘るな微笑を
僕が信ずる 君が心を
清らかに 夢みつつ
進みゆく君が心の美しさ
ああ わが友よ強く
君が友よ

☆100文字の幸福抄
子どもはいつも親を見ている。
たとえテレビに熱中しながらも、じっと見ている。
その鋭い子どもの目に対して、
親が自らの生き方を、
自信をもって示していけるかどうか。
そこに、家庭における
教育の根本のカギがある。

☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.009「あきらめない勇気を」
◇未来部の友へ
私の一番大切な、そして大好きな未来部の皆さん、お元気ですか? 担当者の皆様も、いつもいつも、ありがとうございます。
アメリカのマーチン・ルーサー・キング博士は、「人間の平等」という夢に向かって、不当な人種差別と命をかけて戦い抜いた偉大な指導者です。
今年は、キング博士が「私には夢がある」との歴史的な演説を行ってより、50年になります。
キング博士は、なぜ、偉大なのか。
博士と一緒に戦った同志である、歴史学者のハーディング博士は、私に、こう語っておられました。
「(キング博士が)『断じて成し遂げる』との自らの誓いに、絶対、背を向けなかったことは、彼の勇気の偉大な証明です」と。
そうです! 大事なのは、勇気です。
大いなる夢をかなえるには、「一歩また一歩、前へ進む勇気」「負けない勇気」、そして「あきらめない勇気」を持つことです。
人間として最も正しく、最も強い勇気を出す源は、題目です。日蓮大聖人は、『南無妙法蓮華経は師子吼の如し』(P1124)と仰せです。
何があっても題目を唱えていけば、どんな悩みや苦しみも勝ち越えていける勇気が湧き、必ず勝利の道を歩んでいけるのです。
愛する皆さん一人一人の健康と成長を、私はこれからも真剣に祈っていきます。
皆、絶対に無事故で、風邪をひかないように! さあ。きょうも勇気凛々と、明るく朗らかに進みゆこう!

2013年3月4日月曜日

2013.03.04 わが友に贈る

妙法とは
変毒為薬の法門だ。
断じて負けない!
一切を成長の糧とし
絶対に最後に勝つのだ。

松野殿御返事 P1382
『悪の因に十四あり一に?慢二に懈怠三に計我四に浅識五に著欲六に不解七に不信八に顰蹙九に疑惑十に誹謗十一に軽善十二に憎善十三に嫉善十四に恨善なり』

◇今週のことば
躍進の「3・16」へ!
青年のスクラムを
明るく にぎやかに!
創価後継の魂は
拡大そして勝利なり。
2013年03月04日

◇希望の明日へ
仏法では、死を「方便現捏磐(方便もて捏磐を現ず)」とも説いているが、朝の目覚めから一日が始まり、疲れた体を休めるために睡眠をとる。そして生き生きとした次の日の目覚めがある−−というように、因果の理法にのっとって生と死を繰り返しながら、生命は永遠に続いていく。しかも、個々の生命は、宇宙の大生命と律動しており、宇宙の大法別にのっとって、蘇生と希望のリズムを奏でていくことができる。これが仏法の生死観であり、生命観である。
平1・7・10

☆女性に贈ることば 三月四日
大切なことは、相手に同情する−−あわれむ−−ということではなくて、わかってあげることです。理解することです。人問は、自分のことをわかってくれる人がいる、それだけで生きる力がわいてくるものです。

☆今日のことば 三月四日
最後の勝利者が
 真の勝利者というならば
  君の今日の労苦は
   栄光の第一歩と思うことだ

☆100文字の幸福抄
本当に自分のためを思って
叱ってくれる親を、
子どもは嫌ったりしない。
生命の奥で愛情を感じ取っていくからである。
むしろ、殻を破り、大きく成長していくために、
親が自分と向き合い、
真剣にかかわってくれるよう求めているのだ。

☆我らの勝利の大道No.097 前進!希望の春へ(下)
日本では、今月下旬から四月上旬にかけて、全国で「白蓮グループ」の入卒式が行われていく。「地区リーダー」とともに、新たに誕生した「華陽リーダー」からも、フレッシュな人材が登用され、明るい希望に満ちている。
私の妻は、幼い時から母に迎れられて、座談会に出席する牧口常三郎先生を駅までお迎えに行った。
女子部では、自ら折伏に奔走するとともに、地域の会剔である自宅で、たえまなく来訪する同志を温かく欲待し、"未来部"のメンバーの激励にも当たった。
地方指導に行かれる戸田先生のお見送り、お出迎えも欠かさず、先生から「送迎部長」との記別を頂いた。いうなれば、草創の白蓮グループ一期生である。
「白蓮乃碑」が設置された琵琶湖畔の滋賀研修道場で、私は、関西の婦人部、女子部の友に指針を認めて贈ったことがある。
「今日一日を 汝自身に勝つ それが十年先の 勝利の人生であるからだ」
「青春時代に 深き決意と誓いを 持ちたる貴女たちは 三世の幸の女王になることは間違いない」
婦人部の「香城会」の皆様も、この通りの人生を歩まれている。
ともあれ、私は、世界の創価の女性たちが、幸福と勝利の生命の花を輝かせゆく人生たれと、妻と真剣に祈る日々である。

久遠より
 この時咲けと
  白蓮華

◇張り切って前へ!
まだ寒さは厳しくとも、『冬は必ず春』(P1253)へと、季節は巡る。
「如月」二月から「弥生」三月ヘ──。
この「弥生」とは「いやおい」、つまり「(草木が)いよいよ生い茂る」ことだ。しかも、「弥」の字には、「弓」がある。
渾身の力で弓を引き絞って矢を放つように、いよいよ強く、いよいよ勢いよく、躍り出ていくのだ。
日蓮大聖人は、繰り返し門下に呼びかけられた。
『いよいよ強盛に大信力をいだし給へ』(P1192)
『いよいよ強盛の御志あるべし』(P1222)
『いよいよ・はげまして法華経の功徳を得給うべし』(P1448)
我らの勇猛心には、限りはない!
我らの行動にも、限界はない!
そう命に定め、広布の大理想を描いて前へ進めば、我らの勝利は無限に開かれるのだ。
さあ、我らのたゆみなき前進は、二月闘争から三月闘争へ! 「いよいよ」の決意と情熱を燃やし、希望の月を、張り切って先駆けしようではないか!

満々と
 信力行力
  弓を張り
 君が一念
  勝利を射貫けや

2013年3月3日日曜日

2013.03.03 わが友に贈る

生命を育む
女性の慈愛は
平和創出の源泉!
家庭に社会に
励ましの光を送れ!

御義口伝巻上 P720
『今日蓮が唱うる所の南無妙法蓮華経は末法一万年の衆生まで成仏せしむるなり』

◇希望の明日へ
長い長い人生である。時には、病に倒れたり、事故にあうこともあろう。まただれ人も、死は避けえない。"生老病死"は人の常であり、大なり小なり生死の苦悩があるのは、むしろ、当然といってよい。大切なのは、それらに直面した時、どう信心で乗り越えていくかである。信心さえしっかり貫いていくならば、妙法の絶対の力用によって、必ず自身をもっともよい方向へと向けていくことができるのである。
平1・1・21

☆女性に贈ることば 三月三日
躾や教育に、こうでなければならないという決めつけは禁物である。
「桜梅桃李」−−桜は桜、梅は梅の言葉通りに、それぞれの子どもの長所を伸ばし、特性に合った生き方を選ばせてあげられるような環境を、できるかぎり用意してあげたいものである。

☆今日のことば 三月三日
美しい女性の本質は、個性よりにじみ出た品格にある。また、言葉をかえると、清楚な化粧と、心豊かな価値創造に富む教養をそなえた女性に最大の美を感ずる。

☆100文字の幸福抄
「自分は愛されている」
「自分は必要とされている」
という実感がないと、
子どもの心は不安定になってしまうものだ。
幼いうちに注がれた愛惜が、
その子の「生きる力」となって、
一生を支えていくのである。

☆我らの勝利の大道No.097 前進!希望の春へ(下)
◇弥生3月「いよいよ」の心に燃えて!
アタイデ総裁は、私に語ってくださった。
「私たちは、この崇高なる『言葉』を最大の武器として、戦いましょう」
嬉しかった。言論で戦う先達、不屈の戦友がここにいたからだ。
日蓮大聖人は『声仏事を為す』(P708)、
『音も借まず』(P504)と、言葉の重要性や偉大な声の力を繰り返し教えてくださっている。
広宣流布とは、大聖人の御在世も、現代も、そして未来も、永遠に「言論戦」である。生命を燃やした「声の戦い」である。
どこまでも、相手の心を揺さぶる確信の励まし、時代と社会の闇を破る正義の声で、我らは戦い、勝っていくのだ。

◇人間革命の道開く
あの南米訪問の日々は、私が聖教新聞で続けていた小説『人間革命』の連載の最終盤と重なっていた。
リオデジャネイロに滞在中の二月十一日──恩師・戸田城聖先生のお誕生日に新聞連載は最終回を迎え、その日、私は師への万感の感謝を込めて「あとがき」を綴ったのである。
その文中に私は記した。
「(戸田)先生の御生涯は、そのまま一個の人間の偉大なる人間革命の軌跡であり、それを書き残すことによって、万人に人間革命の道を開くことが可能になると確信していた」
今や、この師弟共戦の「人間革命の道」を、世界中の地涌の同志が勇み進んでくれている。
どれほど戸田先生が喜ばれていることか。不二の弟子として、これ以上の誉れはない。
この南米訪問では、各国の同志が底抜けに明るく、また勝利の姿をもって、私を迎えてくれた。皆の笑顔また笑顔は、今も胸中から離れない。
私の訪問に合わせ、日本各地から交流団が派遣され、東京、大阪、北海道、秋田、山形、岩手、京都、広島、そして信越の友と一緒に、世界広布の旅の歴史を刻んだことも懐かしい。

◇2月闘争が世界で
二月に戦おう! 二月に晴れ晴れと師弟勝利の新たな歴史を勝ち開こう!
この「二月闘争」の精神で、今、世界の同志が意気軒昂に前進している。
南米ではSGI訪問団が今月訪れたブラジルも、ボリビア、パラグアイも、大発展を遂げている。
また、同じ南米のアルゼンチンでも、ペルー、チリ、コロンビアでも、広布の大願を掲げて弘教拡大への活躍は目覚ましい。
南米のベネズエラ、エクアドル、ウルグアイ、中米のメキシコ、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカ、パナマ、ドミニカ共和国、ハイチ、キューバなど、ラテンアメリカ地域のいずこにあっても、宿縁深きわが同志は元気いっぱいだ。
ブラジルのタグチ議長の出身地でもある東京・荒川は、今月二十日が、誉れの「区の日」であった。
このほか東京では今月、中野、港、葛飾、渋谷が「区の日」、世田谷、大田、新宿、町田は「婦人部の日」「女性の日」、目黒、練馬は「青年部の日」を飾った。
全国でも、沖縄、岡山、干葉の友が記念日を祝賀。そして、九州や北陸(喜多国)、静岡、埼玉、茨城、栃木、長野、宮崎などでも、さらに海外のチリ、ブラジル、アメリカでも、"女性の日"をにぎやかに迎えた。
韓国では今月、婦人部を中心に「二月闘争」を走り抜き、美事なる広布拡大の金字塔を打ち立ててくださった。祈り、励まし、対話する──この誠実な人間主義の中に仏法はあるのだ。
そして、ここ韓国でも、婦女一体−婦人部と女子部の女性のスクラムで、美しき国花・無窮花(ムグンファ)の如く、尽きせぬ幸福とと希望の花々を咲かせている。
あの国でも、この地域でも、いよいよ大勝利の突破口を開こうと、わが同志が総立ちになっている。
六十一年前(一九五二年)、師弟の誓願に燃えて、決然と一人立った背年が起こした「二月闘争」は、まさに「世界の二月闘争」となったのだ。

2013年3月2日土曜日

2013.03.02 わが友に贈る

「仏になるみちは
善知識にはすぎず」
支えてくれる人を大切に。
自らも支える人に。
学会は善き友の集いだ。

太田入道殿御返事 P1012
『書は言を尽さず言は心を尽さず事事見参の時を期せん』

◇希望の明日へ
自身の死を見つめ、それに対峙できるのは、ただ自分だけである。死は、決してごまかしのきかぬ人生の総決算であり、赤裸々な"一生"の証である。仏法者の立場から見れば、価値ある生を生ききったか否か。妙法流布という至上の生き方を貫いたかどうか。それは、例外なく、臨終の姿に如実に現れる。ゆえに、信心だけは、まじめに、真剣に実践していく以外にない−−。それが、数千、数万の死の現実に触れてきた、偽らざる実感であり、結論である。
昭63・11・11

☆女性に贈ることば 三月二日
母は、わが家の太陽である。いな、世界の太陽である。
いかに暗く厳しい状況になっても、母がいれば、笑顔満開の光が消えることはない。

☆今日のことば 三月二日
家庭の平和は、千金に勝る。一国の指導者というものは、家庭の幸福を築き、与えてゆくものでなくては、その資格はない。

☆100文字の幸福抄
一つの言葉から、人生は大きく動き始める。
忙しい日々だからこそ、
家族に思いやりの心を響かせ、
よき言葉をかけていきたい。
「育児」は「育耳」と青われる。
子どもの耳に豊かな言葉を
聞かせることが成長の力になる。

我らの勝利の大道No.097 前進!希望の春へ(下)
◇寒風の2月 創価の友が躍動

いついつも
 南無し感謝の
  創価班

「創価班」の友が、寒風にも怯まず、着任してくれる場所。それは、華やかな檜舞台ではない。
しかし日々、同志のため、学会を護るために、不二の道を決然と歩んでくれている。その陰の奮闘は、すべて仏天が御照覧である。自身の生命に福徳として厳然と刻まれている。
私も、一人ももれなく見守り、一生涯、題目を送り続けていきたい。これが、偽らざる決心である。

あな嬉し
 若き地涌の
  牙城会

この二月は、愛する「牙城会」の結成の月である。
私は数多くの厳護の丈夫たちを思い出す。正義に生き抜く青年たちのことは、忘れることはできない。
そのなかに、関西牙城会の委員長を務めた快男児がいた。私も楽しみに見つめていたが、十数年前、不慮の事故に遭い、彼は家族を残して帰らぬ人となった。私は直ちに、彼の追善回向をさせていただいた。
その後、男の子三人を抱えて奮闘していた夫人を、私と妻は関西を訪れた折に直接、励ましたのである。
「今日は、あなたに会うために来ました」──こう申し上げて、息子さんに宛てた手紙を託した。
「大好きなお父さんは、君の心の中に生きている。大切な大切な、お父さんは、お母さんの心の中に生きている。断じて負けるな! 絶対に負けるな! お父さんは御本尊様の中から、君を毎日、見ている」と。
後継の一家が希望に燃えて勝ち栄えていくことが、必ずや亡き父の勝利の証しとなり、親子一体の栄光になっていくのだ。
そのお母さんは今、関西で婦人部のリーダーとして活躍され、三人の息子さんも、私が創立した関西創価学園に学び、父にも勝る俊英と育ってくれている。
我ら創価家族の絆は、生死を超えて永遠に、「常楽我浄」という希望と勝利の劇を創造していくのだ。
さらに今、青年部時代に中核として戦い、壮年部に進出した精鋭たちが、「王城会」となり、若き「牙城会」とスクラムを組んで、法城の厳護に当たってくれている。私は、金剛不壊の大城を仰ぎ見る思いだ。

天晴れて
 勝利の柱の
  王城会

明日で生誕四百八十周年となるフランスの思想家モンテーニュは、名著『エセー』の中で綴った。
「言葉はわれわれの意志や思想を伝える唯一の手段であり、われわれの心の代弁者である。これがなければ、われわれはもはや互いに結び合うことも、知り合うこともできない」。
心から言葉が生まれる。その心を乗せた言葉が人の心に響き、人と人とを結びつける。言葉を発していかなければ、思いは伝わらない。
だからこそ、私は一対一の対話を、何よりも大事にしてきた。

2013年3月1日金曜日

2013.03.01 わが友に贈る

青年が躍動する
師弟の月がスタート!
いよいよの決意で
わが人間革命の劇を!
誓いの「3・16」を飾れ!

大悪大善御書 P1300
『大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずともまいをもまいぬべし、舎利弗にあらねども立つてをどりぬべし』

◇希望の明日へ
これまで、数えきれぬほどの人々の生と死のドラマを見守ってきた。幾千、幾万の臨終の姿を見、また報告も受けてきた。その経験に照らして、断言できることは、たとえ一見、短命のように見えたとしても、必ず「更賜寿命(更に寿命を賜え)」(法華経P四八五)の経文のままの功徳の実証が、何らかの形で厳然と現れているということである。いわゆる世間の眼や肉眼だけではわからない。信心の眼から見るとき、そのことは、おのずから感じられるものである。
昭63・11・3

☆女性に贈ることば 三月一日
若い時に安逸を余り、苦労しないのは、不幸な青春である。
自分では自由なつもりでいて、結局、最後は不自由な敗北者となってしまう。
苦労すべき時に苦労し、勉強すべき時に勉強するのが、幸福な青春である。それが、一生涯の幸福の礎となる。

☆今日のことば 三月一日
いかなる場合でも積極的に発言すべきである。そう明にして要をえた言々は、黄金であり沈黙は銀である。

☆100文字の幸福抄
人間の能力を引きだすのは自信である。
その自信を子どもに与えるのが、
心からの褒め言葉であり、
温かい励ましである。
母親は、体ばかりか、心も産む。
才能の芽は、母親の愛情で、
どこまでも大きく広がっていくのである。

☆我らの勝利の大道No.096 前進!希望の春へ(上)
◇青春の川越講義
昭和二十八年(一九五三年)二月──。約一年半にわたって続けた埼玉・川越地区での最後の御書講義に、私は臨んだ。
埼玉は、私が青春時代から何度も何度も足を運んだ、あまりにも懐かしき思い出の天地だ。
あれから六十年になる。
私がこの時、五十数人の受講者と共に学んだのは、大難の渦中に認められた「佐渡御書」であった。
その末尾には、『此文を心ざしあらん人人は寄合て御覧じ料簡候て心なぐさませ給へ』(P961)と記されている。
同志が集い合い、一文一句でも一緒に拝し合う大切さを強調されているのだ。
ここにこそ、人材育成の要諦があるといってよい。
当時、私は、日記に書き留めた。東西冷戦という世界分断の不幸に終止符を打つ日が、必ず到来すると確信しつつ──。
「次第に、人材、人物が、哨出して来た様子。
共産主義国対自由主義国、世界の二大陣営の激突に苦悩する。
吾々の前進が、その第一段階の橋渡しか。…………
時を待て。時を待て。同志よ。民衆よ。人類よ」
学会が「貧乏人と病人の集まり」と侮蔑されていた時代である。しかし、庶民が立ち上がることが、歴史を転換していくのだ。
何よりも、共に生命尊厳の極理を学び合った、埼玉をはじめ各地から、平和と友情の懸け橋となり、世界を結びゆく若き人材群が躍り出ると信じていたのだ。
それから二十年後の昭和四十八年(一九七三年)の二月十二日。
私は、川越市で行われた埼玉県幹部会に出席した。会合の直前、青年と懇談し、陸続と育ちゆく後継の姿を頼もしく見つめた。
この日の会合で、私は呼びかけた。
団結と雄弁の埼玉たれ!
歌を口ずさむ埼玉たれ!
全員が人材の埼玉たれ!
この心のままに埼玉には今、鉄桶の団結も固き、世紀を担う大人材たちが、ここかしこと育っている。
勝利、勝利の前進──それが、私の祈りである。

◇青年が福光の更新
「青年学会 勝利の年」の本年、わが後継の青年部は、五十五周年となる「三・一六」を拡大で荘厳しようと、「大躍進月間」を胸張り奮闘している。
二月には「創価青年セミナー」や、各地で有意義な対話の集いを開き、正義と幸福の陣列を広げてきた。青年の逞しい挑戦こそ、創価の未来である。
東北をはじめ、厳寒の雪深き北国でも、壮年部・婦人部の先輩方が、自ら模範を示しながら、わが地域の男子部・女子部・学生部と一体になって、新たな拡大のうねりを起こしてくれている。
何と尊く、麗しい福光の行進であろうか。
あらゆる苦難をはね返し、堂々と勝ち越えゆく、誇り高き青年の大躍進と、民衆の大連帯を見よ!
この大切な、大切な創価の同志の皆様方が、一人も残らず、人間勝利の模範の勇者として、三世永遠に仰がれゆくことを、私は確信してやまない。

2013年2月28日木曜日

2013.02.28 わが友に贈る

地区部長・婦人部長の
人知れぬ労苦ありて
地域広布は大前進!
皆様こそ創価の柱だ。
大福徳は三世に永遠!

御義口伝 P708
『南無妙法蓮華経の南無とは梵語妙法蓮華経は漢語なり梵漢共時に南無妙法蓮華経と云うなり』

◇希望の明日へ
死は一面からみれば、人間が今世におけるいっさいの虚飾をはぎとられて、裸のままの生命、それ自体がもつ真実の"力"で立ち向かわざるをえない難関である。このときばかりは、権力という"カ"も、財力の"カ"も、名声や地位という"カ"も、また単なる知識の量や、理性の"カ"も、すべて死苦を乗り越える真の力にはならない。生命自体の"実力"とでもいおうか、いわば、生命奥底の"底力"こそが試される瞬間なのである。偽物は通用しない。生の期間には必ずしも表面化しない、生命内奥の真実の姿が、そのとき、立ち現れる−−。臨終という、文字通りの"正念場"にあって、ただ妙法の実践のなかでわが生命自体に積み、蓄えてきた生命力というエネルギーのみが、その絶大な力を発揮する。ゆえに、生あるうちに、また健康で活躍できるうちに、真剣に妙法による福徳の貯金を、また生命力の蓄えをつくっておくことが重要なのである。
昭63・3・26

☆女性に贈ることば 二月二十八日
自分の心が変わり、使命感が変われば、すべてが変わっていく。
人のために、と行動していくなかに、最も光り輝いていく生命の軌道がある。

☆今日のことば 二月二十八日
押し潰されるような
 いやな時があったならば
朝早くすがすがしい散歩でもする余裕を
 持ってくれ給えと
私は 君に激励しておきたいのだ

☆100文字の幸福抄
どうやって子どもに
積極的な考え方を育んでいくか。
「これをやらなければいけない」と言うよりも、
「あなたなら、これができるよ」
と言ったほうがいい。
壁を乗り越える自信と、
乗り越える喜びを伝えていくことだ。

☆我らの勝利の大道No.096 前進!希望の春へ(上)
◇わが人間革命は 今ここから!「行学の二道」こそ歓喜と確信の源泉
二・二七「ブラジル婦人部の日」を記念する大会等の行事が続くなか、ブラジルSGIが誇る「イケダヒューマニズム交響楽団」も名演を贈ってくれた。
忘れもしない二十年前、サンパウロ郊外の自然文化センターでのSGI総会で、私は初々しい楽団のメンバーに会った。
当時、楽団員は四十五人。十代の未来部員も多く、小さな体で必死に楽器を操る姿は、凛々しくも健気であった。プロの奏者は、一人もいなかった。
だが、真剣一筋の演奏は、技巧を超えて会場を感動の渦に巻き込んだのだ。
私は、「世界第一を目指そう! 世界各国で演奏して、いつの日か、日本へ凱旋の公演を!」と励まし、メンバーに呼びかけた。
「実行できる人!」
「ハイ!」
打てば響く、一瞬の呼吸であった。この日から十五年後の二〇〇八年(平成二十年)、交響楽団は国内外で大活躍するまでに躍進して、晴れ晴れと代表が来日し、美事なる「凱旋」の演奏を披露してくれたのだ。
さらに昨年には、アメリカ青年部と手を携えて、アメリカ創価大学で劇的な演奏会も行ってくれた。
師弟の誓願を胸に、真っ直ぐに突き進む精神は、同時にブラジルの全同志の心でもあった。
この「師弟共戦」の魂の深き脈動こそ、ブラジルの勝利の第三の因である。
こうした「常勝」──絶対勝利の信心の方程式は、何よりも、わが"世界の関西"から、グローバル(世界規模)に波動したといってよいだろう。
そして今度は、夏のブラジルから冬の日本へと、偉大な前進勝利の新風を送ってくれているのだ。まさしく、世界同時進行の広宣流布の時代のゆえんである。

◇永遠に御書根本で
ともあれ、妙法を根底とした「人間革命」の思想が今、世界に、人類に、どれほど大きな希望の光を放っていることか──。
妙法は、宿命に立ち向かう「勇気の源泉」である。
全人類の未来を照らしゆく「歓喜の光源」である。
邪悪を打ち破っていく「正義の利剣」である。
この真髄の法理を説き明かした御書こそ、時代を超えた最高峰の一書である。
学生部の代表が昨年から続けてきた「御義口伝」講義は、この二月に修了式を迎えた。受講者は目を瞠る成長を遂げている。
本年秋には、「青年部教学試験(二級)」、「教学部任用試験」が実施される。
さらに世界では本年、五十五力国・地域で、教学試験が行われる予定だ。
仏法の「研鑽」即「実践」の潮流もまた、世界同時進行である。
この道を、私と同じ心で開拓してくれた最優秀の勇者たちの大功労を、私は決して忘れない。
我らは永遠に、日蓮大聖人に直結して御書根本に、一閻浮提広布の未来を切り開いていくのみである。
かつて恩師・戸田城聖先生は、折伏の極意を、こう教えてくださった。
「ただただ、自分は南無妙法蓮華経以外になにもない! と決めることを、末法の折伏というのです」
自分自身が妙法の当体である。ゆえに、何も恐れるものはない。幸福にならないわけがない。そう決めて題目を唱えゆく時、わが生命に『歓喜の中の大歓喜』(P788)が湧き起こってくる。
この「行学の二道」に励む喜びと確信を語っていくところ、共鳴と理解の輪は必ず広がっていくのだ。

2013年2月27日水曜日

2013.02.27 わが友に贈る

日々の学会活動は
最高の健康法なり。
祈り動き声を出し
他者のために尽くす。
そこに生命の充実が!

如説修行抄 P503
『鷄の暁に鳴くは用なり宵に鳴くは物怪なり、権実雑乱の時法華経の御敵を責めずして山林に閉じ篭り摂受を修行せんは豈法華経修行の時を失う物怪にあらずや』

◇希望の明日へ
信心の重要な目的もまた、すばらしき死を準備することにある。大法を護る護法の功徳は無量無辺である。またその大法を世界に弘通している学会を支え、守ることは、大法を護ることに通じる。ゆえに功徳も大きい。まじめに、謙虚に、生涯、広布に生きぬいた人の死は、見事なまでに荘厳である。安らかであり苦痛もない。その事実は、皆さまも、よくご存じの通りである。そして、苦しみきって死を迎える人が余りにも多い現実を知っている人から見れば、まことに感嘆すべき妙法の偉大な実証なのである。
昭63・3・24

☆女性に贈ることば 二月二十七日
いつも自然に振舞うこと、なごやかな雰囲気をつくること、笑顔を絶やさないことー一緒にいて、ありがたいなと思うのは、こうした妻の姿である。

☆今日のことば 二月二十七日
青年時代の理想を一生もちつづけて実践する人が、人間としてもっとも価値ある人である。

☆100文字の幸福抄
いかに多忙であっても、
寸暇を見つけて
一日数ページの読書でもいい、
向上心を忘れぬ母親になっていただきたい。
そしてやがて学校へと進む
わが子と共々に、学び、成長していけるような
みずみずしい母になっていただきたい。

☆我らの勝利の大道No.096 前進!希望の春へ(上)
◇常勝の合言葉 ムイト・マイス・ダイモク「もっと題目を!」
勇敢に
 法のためにと
  走りゆく
 友の功徳も
  歴史も光らむ

今月、SGI訪問団が南米のブラジル、ボリビア、パラグアイを訪れた。現地から、勝利の太陽輝く歓喜の報告が届いている。
特に私か四度目となるブラジル訪問を果たした一九九三年(平成五年)の二月から二十周年──。
今、世界の友がまぶしく仰ぎ見る、偉大な「王者のブラジル」「常勝のブラジル」となった。
ブラジルは、国家の発展も目覚ましく、わが同志に寄せられる社会からの信頼も絶大である。
ブラジルSGIの赫々たる勝利の因は何か──。
それは第一に、婦人部を中心に、「一切の勝利は祈りから!」と、題目根本で進んできたからだ。
「ムイト・マイス・ダイモク(もっと題目を)!」とは、ブラジル婦人部の変わらざる合言葉だ。
どこまでも強盛なる祈り、必ず勝利するとの誓願の祈りで、勝ち越えてきたのである。
日蓮大聖人は仰せになられた。
『南無妙法蓮華経と・となうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり』(P1304)と。
人間は誰しも、「自分」という存在から逃げるわけにはいかない。どこまでいっても、自分は自分である。この自らの生命を、そのまま磨いて、最も荘厳な「宝塔」と輝かせ、最も尊極なる仏の力を涌現していけるのが、妙法の題目の音声である。
人生の険しい道を勝ち進んでいくためには、いかなる困難にも負けない自身へ強く成長し、境涯を広々と開いていく以外にない。そのための「人間革命の信心」であり、「宿命転換の信心」なのである。
小手先の策ではなく、まず真剣に祈る。そして勇気と智慧を湧き出して、誠実に行動することだ。

◇新しき力を伸ばせ
さらに、勝利の第二の因として、まさに地涌の人材が二陣三陣と躍り出てくる「ニューパワーの台頭」が挙げられよう。
そのために先輩のリーダーが、まず「自身の殻を破ってみせる!」と、先駆を切って課題に挑み、対話の最前線に打って出ている。自己の成長なくして、後輩の成長はないからだ。
そこにあるのは「リーダーの率先垂範」と、青年を温かく育み、後輩を誠実に励ましていく「一人を大切にする精神」の結合だ。
「人間革命」とは、自分のいる「その場所」から、自分が決意した「その瞬間」から始まる。
自身の壁を破ろう!
新たな挑戦をしよう!
そう決めて、ありのままの自分で、一歩、前へと、立ち上がればいい。
その勇気のチャレンジを先輩・同志が温かく励まし、支えていく。それは、必ず向上と充実と歓喜の波動となり、友から友へ伝わっていくのである。

2013年2月26日火曜日

2013.02.26 わが友に贈る

地道に努力する人を
見つけ出して讃えよ!
一人また一人と
励ましの光を送るのが
麗しき創価の世界だ!

西山殿御返事 P1474
『いかにも御信心をば雪漆のごとくに御もち有るべく候』

◇希望の明日へ
生も楽しく、死もまた楽しい−−これこそ仏法で説く生死不二の常楽の境涯である。何ものも恐れる必要はないし、死を不安に思う理由もない。ここに心の病に苦しみ、生死に迷う現代世界の闇を照らす光源がある。一人一人が生あるかぎり、妙法を唱えに唱えきりながら、広宣流布へ広宣流布へという情熱の一念を、あかあかと燃やしつづけていきたい。その鍛えあげられた強き強き信心の心こそ、生死の苦をも悠然と乗り越えていける唯一の原動力である。
昭63・3・24

☆女性に贈ることば 二月二十六日
栄誉に輝いた友をほめたたえ、ともに喜ぶ人は、その心に福徳が積まれていく。反対に、妬んだり、たいしたことはないと見くだしたりする人は、自身の福徳を消してしまう。
わが友を幸福にしゆく女性が、幸福の博士なのである。

☆今日のことば 二月二十六日
人には、ほめられて、ますますそれを実践してよくなっていく人、ほめられたが途中から叱られて、よくなっていく人、また叱られてのびていく人、それから叱られてもなかなかよくならない人と四種類ある。ほめられて成長していくという人はごく少ない。ほんとうに叱ってくれる人がいるということは、ありがたいことであり、幸福なことだ。

☆100文字の幸福抄
子どもは親の背に学ぶという。
しかし、親の方は、自分の背が見えない。
見るための鏡が子どもである。
その意味では、
子どもは自分を磨いてくれる、
ありがたい存在であり、
「子育て」は「自分育て」でもある。

2013年2月25日月曜日

2013.02.25 わが友に贈る

使命の青春を歩む
女子部・華陽リーダーよ
平和と幸福の前進は
貴女の勇気の一歩から!
さあ今日も友のもとへ!

上野殿御返事 P1512
『もし此の事まことになり候はばわが大事とおもはん人人のせいし候、又おほきなる難来るべし、その時すでに此の事かなうべきにやとおぼしめしていよいよ強盛なるべし』

◇今週のことば
近隣・地域を大切に!
朗らかな挨拶を。
礼儀正しく親切に。
友情と信頼は
足もとから広がる。
2013年02月25日

◇希望の明日へ
人生の生死の姿は、ある意味で方便であり、化城にすぎないかもしれない。しかし、その生死のなかに、幸福にして安穏な人生を送っていきたいというのが、人類共通の願いである。特に死は、現世の人生の終末であり、死後の生命が明確に目覚しがたいこともあって、人間の大きな恐怖であり、不幸ともされてきた。しかし、「死」を単なる諦めとしてとらえるのでは、本当の問題解決とはなるまい。ホスピスは、死を看取るということによって医療の側面から、この間題に一つの解決の道を見いだそうとするものといってよい。結論からいえば、三世にわたる本当の生命の"安楽"は、現実の生死のなかに、仏界という尊極、無上の境界を涌現する、妙法への信心によって築けるのである。
昭63・2・27

☆女性に贈ることば 二月二十五日
赤ちゃんが初めて自分を見つめて笑ってくれた時、片言のことばでしゃべった時。初めて自分の足で歩き始めた時 −。毎日が驚きと感動の日々だったと思います。
子どもがだんだん大きくなると、そうした感動を感じることは少なくなるかもしれませんが、子どもたちは変わることなく成長を続けているのです。その子どもの成長を温かく見守りながら、自分もともに成長する母親であり、教育者であってほしいと思います。

☆今日のことば 二月二十五日
真の勝利は勇気と執念の連続によってのみ得られる
見栄をすて 外聞をすてて
体当たりで栄光の道を切り拓いてゆこう

☆100文字の幸福抄
太陽のごとき、
親の愛情の光に満たされた
家庭に育った子どもは幸せである。
悪の誘惑におそわれ、
あやうく転落しそうになった時でも、
必ず親の愛情が支えとなり、
その淵から立ち上がる機縁となる。

◇雪山の寒苦鳥より
1月 初っ端から飛ばすと後でばてる。2月から本気を出す
2月 まだまだ寒い。これではやる気が出ない。3月から本気出す
3月 年度の終わりでタイミングが悪い。4月から本気を出す
4月 季節の変わり目は体調を崩しやすい。5月から本気を出す
5月 区切りの良い4月を逃してしまった。6月から本気を出す
6月 梅雨で気分が落ち込む。梅雨明けの7月から本気を出す
7月 これからどんどん気温が上昇していく。体力温存の為8月から本気を出す
8月 暑すぎて気力がそがれる。9月から本気を出す
9月 休みボケが抜けない。無理しても効果が無いので10月から本気を出す
10月 中途半端な時期。ここは雌伏の時。11月から本気を出す
11月 急に冷えてきた。こういう時こそ無理は禁物。12月から本気を出す
12月 もう今年は終わり。今年はチャンスが無かった。来年から本気出す
今世も残り少ないので来世で本気を出す。

こうならないためにも、「今」を精一杯

2013年2月24日日曜日

2013.02.24 わが友に贈る

一番苦しんだ人が
一番幸福になる。
我らの信心は
無限の希望の力なり!
今日も共に幸の行進!

四条金吾殿御返事 P1121
『法華経を一字一句も唱え又人にも語り申さんものは教主釈尊の御使なり、然れば日蓮賎身なれども教主釈尊の勅宣を頂戴して此の国に来れり、此れを一言もそしらん人人は罪を無間に開き一字一句も供養せん人は無数の仏を供養するにもすぎたりと見えたり』

◇希望の明日へ
死によって、今世の生は終わるかもしれないが、生命そのものがなくなるわけではない。生命は永遠であり、生きては死に、死んでは生まれるという生死の理を示すために、仮の姿としての死があるにすぎない。ゆえに、妙法で照らされた生死であれば、いたずらに死を恐れる必要もないし、だれもが示す生死の一つの実相として、達観していけばよいのである。大事なことは、現在生きているこの生を、最終章までいかに価値的に、充実して生きるかである。
昭63・2・27

☆女性に贈ることば 二月二十四日
なんでも聞こう、学ぼう。友人を広げよう。こういう姿勢の人は、自身の可能性を大きく伸ばすことができる。

☆今日のことば 二月二十四日
汝よ 汝は いかにして
    そんなに苦しむのか
汝よ 汝は いかにして
    そんなに泣くのか
汝よ 汝は いかにして
    そんなに悩むのか

苦しむがよい
    若芽が 大地の殻を打ち破って
    伸びゆくために

泣くがよい
    梅雨の、彼方の、太陽を仰ぎ見る日まで
    已むを得まい

悩むがよい
    暗い 深夜を過ぎずして
    尊厳なる 曙の空を望むことはできないからだ

☆100文字の幸福抄
子どもは、
自分自身で伸びる「芽」をもっている。
だからこそ、子どもが進むべき道を見つけたら、
全力で応援していく。
他人がどう言おうと、
自分だけは子どもの絶対の味方となり、
最大の支えとなってあげたい。

☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.008 「温かい声」「確信の声」を
健康で、長生きをして、価値ある充実の人生を楽しんでいくのが、信仰の目的である。
健康は、自らの智慧と決心でつくるものだ。疲れをためないよう、また、季節の変化にも気をつけていくことだ。
「信心即生活」である。
学会活動は、心身共に健康になるためにある。題目をあげて、広布に動くことは、最高の健康法なのである。

『声仏事を為す』(P708)である。
リーダーの声は、温かく、優しい感じで、確信を持って、そして、胸を張って、生命力を強く大きく持って、指導・激励していくことだ。
大誠実の振る舞いに徹しゆくことが、自身の人格を大きくしていく。信心を、強く、深くしていくのである。
リーダーは、同志のために、どんどん、しゃべって、声を出していくのだ。
大変な中でも、人を励ますからこそ、功徳がある。声が弱くてはいけない。
確信の声は、皆を安心させる。指導者は声で決まる。

日蓮大聖人の仏法を、大聖人に代わって、大聖人の御心のままに弘めていく。これが創価学会である。
リーダーは信心を教えるのだ。我見の指導はいけない。
戸田先生は、「策で解決した場合は、また同じ問題で悩むようになる。信心で解決した時こそ、宿命転換である」と言われた。根本は、御本尊に向かわせていくことである。
大事なのは人だ。祈って、適材適所で皆を生かすのだ。
新しい人が躍り出てこそ。新しい波を起こす力となる。

2013年2月23日土曜日

2013.02.23 わが友に贈る

創価の城を荘厳する
「守る会」の陰の労苦に
皆が心から感謝!
風邪をひかないように。
尊き人生に栄光あれ!

撰時抄 P266
『南無妙法蓮華経と一切衆生にすすめたる人一人もなし、此の徳はたれか一天に眼を合せ四海に肩をならぶべきや』

◇希望の明日へ
生と死、そして生命が、今や文明的課題となって、真剣に問われ、解答が模索されている。その意味から、ホスピスや脳死の問題は、仏法者にとっては避けて通れぬ課題である。生と死、また健康といった問題に、信仰者として無関心でいるわけにはいかない。病に苦しみ、死を間近に感じている人はあまりにも多い。また、妙法を持った同志のなかにも、病に伏している人も少なくないのが現実である。生死の真の解決のためには、確かな死生観、人生観を確立することこそ、急務である。ゆえに、現代のさまざまな問題に対し、探き仏法の視点から光を当て、本質的な解決への緒を少しでも提示できればと、考えている。
昭63・2・27

☆女性に贈ることば 二月二十三日
人間として、たしかな目的をもって生き抜く人こそ、偉大であり、幸福です。

☆今日のことば 二月二十三日
"遊ぶのはよいが、遊ばれてはいけない"とよくいわれる。遊びを楽しめることが必要なのであって、けじめつかずに流されてはいけないという意味らしい。虚無的な遊びは、結局、疲労と悔恨、そして悲哀がのこる場合が多いだろう。仕事にせよ、"遊ぶ"にせよ、もっとも生き甲斐を感ずるのは、人間らしい知恵を発揮して、何かを創造していく時であるらしい。

☆100文字の幸福抄
幸せになるには、強くなることである。
弱々しい心では、
現実の荒波を乗り越えられない。
「必ず乗り越えてみせる」という強い心こそが、
幸福へと導いてくれる。
いかなる財産よりも価値のある勇気を、
子どもの心に育んでいきたいものだ。

◎きょうから希望の明日へは「生と死」です。

2013年2月22日金曜日

2013.02.22 わが友に贈る

寒い中、多忙な中
日々、着任を続ける
誉れの王城会の友よ!
本当に ありがとう。
偉大な壮年の柱たれ!

松野殿御返事 P1381
『末世には狗犬の僧尼は恒沙の如しと仏は説かせ給いて候なり、文の意は末世の僧比丘尼は名聞名利に著し上には袈裟衣を著たれば形は僧比丘尼に似たれども内心には邪見の剣を提げて我が出入する檀那の所へ余の僧尼をよせじと無量の讒言を致す、余の僧尼を寄せずして檀那を惜まん事譬えば犬が前に人の家に至て物を得て食ふが、後に犬の来るを見ていがみほへ食合が如くなるべしと云う心なり、是くの如きの僧尼は皆皆悪道に堕すべきなり』

◇希望の明日へ
地位や富があることと、人間的偉さとは、まったく別である。この点を、一人一人が心の目を開いて、よくよく見極めていかねばならない。そうでなければ、日本自体が国際社会でも決して尊敬されないであろう。
平1・11・18

☆女性に贈ることば 二月二十二日
人生は戦いである。それが生命の法則である。戦いを避けることは、それ自体、敗北である。
幸福は勝ち取るものだ。

☆今日のことば 二月二十二日
立派な少年は
 必ず立派な 青年となる
立派な少年は
 必ず立派な 社会人と
 なることができる
希望にもえて
前進する少年は 
 必ず良い 社会の指導者と
 なることができる

☆100文字の幸福抄
「完壁な母親」などいない。
欠点も長所もあるから、人間なのである。
そこに人間らしさがある。
だからこそ、子どもは安心できるのだ。
自分らしくていい。
「あなた」しか、
その子のお母さんはいないのだから!

☆勝利の人間学第24回 「後継の道」を真っすぐに
◇誓いと戦いを受け継げ
「後継」とは、単なる継承ではない。
それは、「誓い」を受け継ぎ、「戦い」を受け継ぐことである。
私は、恩師・戸田城聖先生の誓いと戦いを、すべて受け継ぎ、一人立ち上がった。
どんな広宣流布の闘争でも、常に先陣を切った。大変なところや、皆が避けるところに、勇んで飛び込んで、勝利の実証を示してきた。ゆえに、何も恐れるものはない。後悔もない。
青年部の諸君は、この誇り高き後継の道を、胸を張って晴れ晴れと進んでいただきたい。そして、「私は勝った! 我らは勝った!」と満天下に言い切れる青春を、勇敢に走り切っていただきたいのだ。

◇徹して一剣を磨き抜け
眼前の課題に挑み、一剣を磨き抜くことだ。
それぞれの道で、最高峰を目指すことだ。
創価の君たちは、使命が大きいゆえに、苦労もまた大きいに違いない。しかし、『鉄は炎打てば剣となる』(P958)と仰せである。今の持てる力を、思い切り出し切るのだ。
その労苦の中でこそ、人間が磨かれ、信心の確信もつかんでいける。自分自身を宝剣の如く鍛え上げることができる。
昨日の自分を超えよ。一歩前進するのだ。今日突破できなければ、明日また戦えばよい。
波瀾万丈の激戦の中で、歯を食いしばって、勝利と栄光の土台を築き上げるのだ。

◇今こそ歴史を残せ
師匠の一番の喜びは、弟子が勝利の証しを打ち立ててくれることだ。
『従藍而青(青は藍より出でて、而も藍より青し)』である。弟子が自分以上に立派に育つことが、師の願いであり、祈りである。
戸田先生は「大作は、私が言ったこどは、すべて実現してきたな。冗談さえも本気になって実現してしまった」と喜んでくださった。
青春の「今」が、勝負の時である。
私は、愛する君たちの前進を見守っている。わが後継の友よ、悩みの嵐さえも、雄々しき喜びに変え、不滅の歴史を残してくれ給え!

2013年2月21日木曜日

2013.02.21 わが友に贈る

皆が尊き広布の同志。
会合に集えない友にも
温かな声掛けが大切!
どこまでも一人に光を。
それが仏法の心だ。

忘持経事 P976
『槃特尊者は名を忘る此れ閻浮第一の好く忘るる者なり今常忍上人は持経を忘る日本第一の好く忘るるの仁か』

◇希望の明日へ
人間の"偉さ"は地位や肩書にあるのではない。本当の実力があるかどうかで決まると、よく人生の師である戸田先生は言われていた。一つの話題を、幾重にも掘り下げて展開していける。そうした内面の充実度にこそ、人間の真価がある。
平1・11・5

☆女性に贈ることば 二月二十一日
一流の人格の人は、友情を徹底して大切にする。信義を重んじる。

☆今日のことば 二月二十一日
私はテレビ文化そのものを、否定しているのでは毛頭ない。ただ、その相対として、活字文化が軽視されるのを悲しむのである。テレビの楽しさを享受しつつも、それに埋没してはいけない。一人一人が主体性をもち、逆にテレビ文化を支配していくとき、初めてテレビ文化を超えたといいうるであろう。"家に本なきは、人に魂なきがごとし"と私は思うのである。

☆100文字の幸福抄
「思いやり」とは「思いを遣る」
つまり思いを他の人まで
差し向けることである。
思いを遠く遣ったぶんだけ
心は広がり、たくさん幸福を入れられる。
だから、子どもたちの幸せを願うならば、
人に尽くす生き方を教えたい。

2013年2月20日水曜日

2013.02.20 わが友に贈る

リーダーは声で決まる。
温かく確信をもって
友に安心と励ましを!
その真剣な努力が
自らの人格を磨くのだ。

三三蔵祈雨事 P1468
『されば仏は善知識に値う事をば一眼のかめの浮木に入り梵天よりいとを下て大地のはりのめに入るにたとへ給へり』

◇希望の明日へ
世間の多くは、自身の利害と打算によって動いている。経済的に、また、立場上、得になるかどうか。名誉になるかどうか。美名の裏の心は、あまりにも卑しく、勘定高い場合が多い。こうした社会の常識からみるとき、信仰の世界は、おそらく想像もできないほど、純粋で無私であり、真心と献身の世界である。ゆえに周囲の人々からは理解されがたい世界であるように見えるかもしれない。純粋なるがゆえに利用されたり、圧迫されたり、侮辱される場合もある。残念であるけれども、これが現実である。しかし学会員は、尊き清らかな信仰の世界を、絶対に守っていかなければならない
昭63・6・26

☆女性に贈ることば 二月二十日
人間の最も美しい姿のひとつは、真剣に仕事に打ち込んでいる姿である。
仕事に着任をもって、はつらつと取り組んでいる女性は、若さを失わない。

☆今日のことば 二月二十日
大自然は、つぶさに観察すれば、するほど、その精巧さに驚嘆せずにはいられないような、複雑、微妙で、しかも壮大な生命の環を構成している。まさしく、宇宙の大芸術であるといってよい。昔から、人間の英知は、自らがその環のひとつであることを察知し、巧みに生きる術を考え出してきた。

☆100文字の幸福抄
太陽は毎日、
自らの軌道を繰り返し昇る。正確に進む。
そして、生きとし生けるものすべてに
慈光を贈り育んでいる。
日々の生活も、同じ行動の繰り返しかもしれない。
しかし、その中にのみ、
真実の幸福は創り上げられていくのである。

☆新時代第63回本部幹部会で紹介されたスピーチ
終戦のとき(1945年〈昭和20年〉8月15日)、私は17歳。
わが家もまた、例に漏れず、あの戦争に苦しめられた一家でした。
戦時中、私の4人の兄は次々と戦地に召集された。
一家の柱の父も病気がちで、母の苦労は並大抵ではなかった。
その母を助けたいと思い、私は小学校6年生の時から3年間、新聞配達もしました。
昭和20年に入ると、わが家は強制疎開で取り壊され、新しい家も空襲で直撃を受け、灰燼に帰した。
どん底の中のどん底でした。本当に苦しみました。
だから私は、戦争反対です。戦争が僧い。
初代会長の牧□先生は、誤った思想を奉じて戦争を遂行した軍部政府に、真っ向から反対して投獄され、獄死されました。
第2代会長の戸田先生も、牧口先生にお供して、2年間の獄中生活を強いられました。
この獄中で、牧口先生の死を知らされた戸田先生は、独房の中で、ただ一人、涙にかきくれました。
そして、「必ずや牧口先生の仇を討つ!」と心に誓い、出獄後、平和への大闘争に立ち上がっていかれたのです。
ここに創価学会の師弟の原点があります。
ゲーテは、わが青春の魂の友であります。
私は、読んで読んで読みまくりました。
ゲーテというと、やはり戸田先生のことを思い出す。
一流の教育者であり、何もかもご存じの天才的な指導者であられた。
軍国主義に抵抗し、断じて信念を曲げなかった先生は、「牢獄で2年間、勉強したよ」ともおっしゃっていた。
どんな場所でも勉強できる、大境涯を開いていける−−そのことを身をもって示された。立派な、不世出の先生でした。虚偽を見破る鋭さは、怖いほどでした。
ゲーテは"優れた師に学び、さらに発展させよ"と教えた。ゲーテ自身も、そうでした。
彼は"偉大な師匠を見つけよ。その人に学ぶことが、一番大事なのだ"と示唆しております。
この賢人ゲーテの励まし通り、私は師弟の道を走り抜いてまいりました。
そして広宣流布を進め、世界中に仏法を広めました。
世界の各地に、未来への"第一歩"を印したのです。

私たちは、「常楽我浄」の生命哲学の旗を高く掲げたい。
生き生きと、若々しく進もうではないか!−−そう呼びかけるゲーテの声が、私の胸に響いてならない。
結びに、懐かしいゲーテの詩の一節を朗読して、御礼のあいさつといたします。
「わたしはいつも人間のよろこびを謳う
ただしい道をそれぬかぎり/人間は実にうつくしく/永遠に人間は偉大である」 (大山定一訳「しろがねの真昼は・・・」、「ゲーテ全集第1巻」所収)
悲しみの道ではなく、喜びの道を、そして正しい道を、まっすぐに進むのだ。
そしてまた−−
「臆することなく起って進め、/世の人々はためらい惑うとも。/気高い者が明知と勇気をもって事にあたれば、/すべてのことは成就するのだ」(手塚冨雄訳『ファウスト』)
ダンケ! ダンケ!(ドイツ語で「ありがとうございました!」)
誠にありがとうございました。

2013年2月19日火曜日

2013.02.19 わが友に贈る

広布の法旗を掲げる
支部長・支部婦人部長が
各地で勇躍の前進!
最前線を走る尊き姿に
勝利あれ、福徳あれ!

大白牛車御消息 P1584
『法性の空に自在にとびゆく車をこそ大白牛車とは申すなれ、我より後に来り給はん人人は此の車にめされて霊山へ御出で有るべく候、日蓮も同じ車に乗りて御迎いにまかり向ふべく候』

◇希望の明日へ
仏法は厳しい。信心には妥協はない。社会的地位や名誉、財産などとはいっさい関係がない。いかなることがあっても"二心なく"、強盛に信心を貫いていけるかどうかである。
昭63・6・19

☆女性に贈ることば 二月十九日
子どもが起こす問題行動は、何か意味がある。子どもの心が発するシグナルです。
心のどこかがおかしくても、子どもは、それをうまく表現できない。また、自分でもよくわからないのが実際でしょう。
子どもの行動の意味を理解し、対応してあげることが必要なのです。子どものシグナルに気づくためには、心が子どもの方を向いていなくてはいけません。

☆今日のことば 二月十九日
人生は最後の一瞬まで、建設の連続でありたい。
この心構えを生涯持ちつづけたかどうかが、その人の人生の価値を決定するといっても過言ではない。

☆100文字の幸福抄
「どうしてお母さんは
あんなに一生懸命なのだろう?」
「ああしている時のお母さんは
本当に楽しそうだな」と、
子どもは母親の表情や調子から敏感に感じ取る。
そうした呼吸のなかで、知らずしらずのうちに、
生き方の骨格が築かれていくのだ。

☆新時代第63回本部幹部会で紹介されたスピーチ
それは1777年、ドイツの寒い冬のことでありました。
北風に向かって、勇んで28歳の若さ指導者が馬に乗り、旅を続けておりました。
冷たい雹が降っても、青年は、ひるまない。ワイマールの都から遠く離れた、悩める無名の友のもとへ、青年は森を抜け、山を越えていきました。
一人を励ますために走った、この若き指導者こそ、私たちの敬愛するゲーテなのであります。
ゲーテは叫んだ。
「人間よ気高くあれ」(星野慎一訳『ゲーテ詩集』)
ちょっとしたことで落ちこんだり、すぐにくたびれて、だらけたり、意気地なしになったりしてはいけない。
"気高くあれ! グッと胸を張れ!」−−これがゲーテの心でありました。
彼は、こうも言う。
「進んで人を助け善であれ!」(山口四郎訳「くさぐさの歌」、『ゲーテ全集1』所収)
学会活動、仏法の精神にも通じる言葉です。
そして、「正しいことを つねに倦(う)むことを知らずおこなえ」(高安国世訳「神性」、『ゲーテ全集第1巻』所収)と。
ゲーテの訴えは、仏法者の行動とも、深く響き合っている。
私は若き日に、戸田先生から、「ゲーテを読んだか」「どこまで読んだか、内容を言ってみなさい」と厳しく鍛えられた。
「ゲーテのように生きなさい! 戦いなさい!」と、何度も何度も言われました。
戸田先生も私も、ゲーテが好きでした。世界に輝く大文豪です。一生懸命、読み、研究しました。
青年時代に住んでいたアパートの本棚には、ゲーテの著書がたくさん並んでいた。
また、妻もゲーテが好きで、一緒に、ゲーテについて語り合ったことを思い出します。
ともあれ、ゲーテの文学を読む人は多い。しかし、その精神を受け継いで行動を起こす人は、どれだけいるだろうか。
このあまりにも貴重な「ゲーテ・メダル」を、どれほど深いお心で授与してくださったか。
連絡をいただいた時も、今も、私は心の中で涙を流しました。誠に、ありがとうございました。
〈ワイマールーゲーテ協会の特別顕彰として、名誉会長に「ゲーテーメダル」が贈られた〉
大文豪の命が光る、この人類の宝のメダルには、「行動せよ。翼を持ったわが友、ペガサス」と刻まれている。
このメダルが、いかに貴重なものか。私は、よく存じ上げています。
ゲーテが依頼し、12個しか作られなかったうちの一つである。〈1816年制作〉
まさに"宝の中の宝"である。
私は、ゲーテ協会のご厚情に、世界192力国・地域の青年と共に、ゲーテの心を携え、勇気と信念の翼を広げて、お応えしていく決心であります。

ここで私たちは、大変に母思いであり、母を大切にしたゲーテを見習って、世界の偉大な母たちに敬意を表し、「婦人部の皆様、ありがとう!」と心からの感謝を捧げてまいりたい。
お母さんを大事にするのです。それを忘れてはいけない。
特に若い皆さんに、そう申し上げておきたい。
きょうは未来部の代表も参加している。本当にうれしい!
未来部の皆さんは、学びに学んで、親孝行をしてください。親に苦労させたり、苦しめたり、悲しい思いをさせてはいけない。
いろいろあるだろうけれど、どんな親であっても、心の中では子どものことが心配でならない。皆さんのことが一番人切なのです。その心が分からないといけない。
親に喜んでもらうのです。ほっとさせ、安心させてあげるのです。
そのためにも、皆さん方は、言葉を大切にしていただきたい。
はっきりと言葉に表してこそ、心の思いは相手に伝わっていく。
皆さんの言葉と態度が大事です。それは、何よりも価値があるのです。
親の言うことには、「ハイ!」と返事をする。それができるのが、大きな心の人だ。
時には、「お母さ今日は私がお手伝いするから休んでいてください」と優しい言葉をかけてあげるのです。
一言、そう言えば、どれほど、親はうれしいか。きっと陰で涙を流して、喜んでくれるでしょう。
未来部、そして青年部の皆さん、親孝行を頼みます!

2013年2月18日月曜日

2013.02.18 わが友に贈る

近隣を大事に!
「誠実」の二字で
温かな人間交流を!
地域広布の舞台は
わが足下にあり!

唱法華題目抄 P14
『法華経を強いて説き聞かせて毒鼓の縁と成す可きか然らば法華経を説いて謗縁を結ぶべき時節なる事諍い無き者をや』

◇今週のことば
「一切は現証には如かず」
体験談は最大の力なり。
どんな苦難も勝ち越える
仏法の偉大さを語ろう!
笑顔満開の座談会に!
2013年02月18日

◇希望の明日へ
自由も幸福も、かぎりない奥行きと、広がりをもっている。人は、とかく財産、名誉、社会的地位を望み、利害で物事を決めていこうとする。しかしそれだけで自由や幸福が測れるものではない。外面的な華やかさや豊かさは決して永遠ではないし、常住でもない。いつかは消えゆく、はかない虚像にすぎない。
昭63・6・7

☆女性に贈ることば 二月十八日
年齢ではない。環境でもない。心である。
人生は心ひとつで、いつでも、どこでも、最高に輝かせることができる。

☆今日のことば 二月十八日
女性にとって、若いということは、それだけで、すばらしい宝石をもっているようなものだ。みずみずしいというか、ういういしいというか、若い女性は、なにも飾らずとも、それだけで美しいものである。

☆100文字の幸福抄
生命の尊厳といっても、
決して特別なことではない。
命を守り抜く母の心、
子を慈しみ育む母の振る舞いこそが、
最良の手本であり、無上の鏡である。
地球社会を明るく照らす生命尊重の光も、
母という太陽から生まれる。

☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.007 尊き同志に最敬礼を
励ましの絆が、今ほど求められている時代はない。
人間、誰しも絶望的になる時もある。しかし、それに耐え、乗り切っていけば、大事な成長の糧になる。
いわんや、妙法を唱えている人は、長い人生の上から見れば、必ず、全てが変毒為薬される。ゆえに、何も心配しないで、同志と共に、信心強盛に生き抜いていくのだ。

法華経の「最上第一の相伝」とは何か。
それは『当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし』の文であると、日蓮大聖人は仰せである(P781)。
広布に戦う同志を、仏のごとく敬い、大切にする。こまやかに心を砕いていく。これがリーダーの役目である。
尊き同志に最敬礼だ。
会合も、楽しく、明るく、「参加して、よかった」と、信心の歓喜が湧き上がるものでなければならない。一つ一つの会合、一つ一つの出会いを大事にしていきたい。
祈って語れば、心が通う。希望が広がる。
リーダーは、皆が健康で、幸福になり、喜んでくれるよう、全力を挙げていこう!

御聖訓には、『命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也』(P955)と仰せである。
中途半端では、結果は出ない。勇気の信心で立ち上がってこそ、偉大なる力と功徳が湧いてくる。
いかなる波浪も、信心で勝ち越える一人一人が宝の人である。
これからも、永遠に、創価の和合を守り抜こう!
徹して一人を大切に−−この大誠実の積み重ねによって、広宣流布は進むのだ。

2013年2月17日日曜日

2013.02.17 わが友に贈る

わが信仰の喜びを
生き生きと伝えよう!
友の心を動かすのは
「体験」と「確信」だ。
さあ今日も対話を!

祈祷経送状 P1357
『法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば慥に後生は申すに及ばず今生も息災延命にして勝妙の大果報を得広宣流布大願をも成就す可きなり』

◇希望の明日へ
政界をはじめ、社会的に華やかで尊敬を受ける世界に入ると、民衆のためという初心を"はじめは忘れないようでいて"、あとではしだいに名利に流され、名聞に流されていく−−。若い時期はともかく四十代、五十代となると、自分を自分でコントロールできなくなってくる人がいる。そうならないためには、いかなる立場になろうとも、信心の指導だけは、どこまでも謙虚に受けきっていく姿勢と行動が大切である。信心の先輩と組織から心まで離れてしまっては、すでに危険地帯に入っていることを自覚しなければならない。
昭63・5・22

☆女性に贈ることば 二月十七日
かけがえのない一生である。大切な、尊き自分自身である。将来に悔いや、心のかげりを残すような青春であってもらいたくない。
最後の最後に「私は幸福になった」「私は本当に満足だ。勝った」と笑顔で言える人生のための青春時代であっていただきたい。

☆今日のことば 二月十七日
自分の幸福を犠牲にして、他人のため、社会のために尽くしていくのは、確かに美しい行為ではあるが、自分を失ってしまったならば、それは、単なるお人好しで終わってしまう。

☆100文字の幸福抄
深い愛情で結ばれた
家族の絆は、何ものにも崩されない。
人間を強くし、正しき方向へと導いてくれる。
その家族の絆こそが、
人生におけるどんな試練も耐え抜いて、
夢や理想を実現しゆく
勇気を贈ってくれる心の大地となる。

2013年2月16日土曜日

2013.02.16 わが友に贈る

乾燥による火災に注意!
可燃物の放置や
たこ足配線は禁物だ。
火の元の点検など
百千万億倍の用心を!

如説修行抄 P502
『所詮仏法を修行せんには人の言を用う可らず只仰いで仏の金言をまほるべきなり』

◇希望の明日へ
高い地位や名声をもつ人ほど卑しい権力の虜となり、いつまでも立場や権益に執着しがちである。まことに醜いかぎりである。
昭63・5・5

☆女性に贈ることば 二月十六日
本当に自分のことを理解してくれる人がいるかぎり、安心して力を出すことができる − それぐらい、心の絆は重要です。
親子の絆、教師と生徒の絆、師弟の鮮と、さまざまな鮮があるが、人生の年給を重ねれば重ねるほど、そのありがたみがわかるようになる。

☆今日のことば 二月十六日
怜悧な、利害打算の多い世の中にあって、もっと無償の行為があってよいのではないかと思う。だまされまいとするあまり、人間らしい善意の芽ばえすらつみ取ってしまっては、味気なさすぎる。

☆100文字の幸福抄
偽ったり、飾ったりしようとすると、
そこにいきおい無理が生ずる。
どんなに高位高官につき、
栄耀栄華を極めても、
虚飾があるかぎり、心からの幸福は味わえぬ。
人間は、ありのままに生きることが
最も楽しいものだ。

☆我らの勝利の大道No.095 幸福の太陽・婦人部(下)
御書には、『一切の法は皆是れ仏法なり』(P566)と明確に説かれている。
ありとあらゆる煩雑な悩みや葛藤が渦巻く、この現実の生活を離れて、「人間革命」もなければ、「一生成仏」もないのである。
時には、「どうして自分ばかりが……」とグチをこぼしたくなることもあるかもしれない。しかし、煩わしい試練と、祈り戦うからこそ、仏の力を出せる。泥が深ければ深いほど、やがて美事な幸福勝利の大輪を咲かせていけるのが、「如蓮華在水」の妙法である。
大聖人が富木尼御前(富木常忍夫人)を労われた一節が、私は思い起こされる。
「(貴女の夫である)富木殿が語られていました。
『このたび、母が亡くなった嘆きのなかにも、その臨終の姿がよかったことと、尼御前(妻)が母を手厚く看病してくれたことのうれしさは、いつの世までも忘れられない』と、(富木殿は)喜んでおられましたよ」(P957、通解)
富木尼は、自らも病気と闘いながら、九十代の高齢の姑を介護していた。
大聖人は、そうした辛労をすべて見通されて、夫である富木殿の感謝の心まで、こまやかに伝えてくださっている。
婦人部の皆様方の日々の奮闘も、御本仏が全てを御照覧であられる。
ゆえに、何かあっても、一切を御本尊に祈念して、一喜一憂せず、淡々と題目を唱え抜いていくことだ。必ず道は開かれる。
そして、その尊い体験こそが、あとに続く後輩たちへ、何よりの希望の励ましとなっていくのである。

◇未来を信じる勇気
アメリカの未来学者ヘンダーソン博士が、ご自身のお母様に捧げた詩の一節を婦人部の皆様に贈りたい。
「本当の勇気とは/日々、人のために働くこと。
本当の勇気とは/見返りも賞讃も求めずに/未来を信じ続けること」
未来を創るのは、今だ。
だからこそ、「信心の炎」をいよいよ燃え上がらせ、勇気凛々、思い切って、この一日を、この一ヵ月を、この一年を、走り抜こう!
私も"創価の母"である婦人部の皆様と共に、創立百周年の未来を盤石にするため、"今再びの常勝の陣列を!"と祈り、幸福勝利へ励ましの春風を送り続けていく決心である。
日々、世界を照らしゆく、新鮮なる「幸福の太陽」と輝く婦人部、万歳!
私と共に、苦労を喜びに変えて、今日も、明日も、朗らかに、勝利、勝利、また勝利の人生を!

妙法の
 無量無辺の
  功徳をば
 浴びたる貴女の
  生命は健やか

2013.02.15 わが友に贈る

誠実な語らいは
「信頼」を残す。
友のために祈り動けば
「境涯」が広がる。
それが広布の道だ。

上野殿御返事 P1537
『欲界第六天の魔王無量の眷属を具足してうち下り、摩竭提国の提婆阿闍世六大臣等の身に入りかはりしかば形は人なれども力は第六天の力なり』

◇希望の明日へ
これまでも"なぜあの人が、あのまじめそうな人が、退転したり、反逆するのか"と、人々が思うような場合もあった。しかし、その本質を見ていくと、大なり小なり"慢心"と"見栄"と"不知恩"の者であった。力もないのに、周囲から、学歴や社会的地位、あるいは幹部の子弟であることなどの理由から、"あの人は特別だ"と甘やかされ、自分中心の考えしかできなくなってしまった。ここに不思議にも、退転者や反逆者に共通する、一つのパターンがある。
昭63・4・24

☆女性に贈ることば 二月十五日
世界の人びととの友好も大事であるが、隣近所との友好はもつと大事である。友好・友情こそ、人生の宝である。

☆今日のことば 二月十五日
青春は一生の土台を築く時代である。土台が、立派に仕上がっていなければ、その上に何を積み重ねても崩れてしまう。将来の、大きな花を咲かせるために、その土台を建設している時代だと思えば、勉強も、仕事も、すべてが有意義にならないわけがない。
利己主義のみでなく、つねに社会に目を開き、社会のなかで、自分を大きく成長させようという人生は、もっとも充実した、青春といえよう。

☆100文字の幸福抄
子どもの成長と共に、
親も成長していきたい。
子どもの成長と共に、
互いに尊敬し、支え合う夫婦愛も
磨きがかかっていくべきであろう。
それが、そのまま美しい家庭環境を
築き上げていくことになるからだ。

☆我らの勝利の大道No.095 幸福の太陽・婦人部(下)
◇同苦こそ創価の心
あの「阪神・淡路大震災」から、一月十七日で、十八年を迎えた。あらためて、亡くなられた全ての方々に題目を送り、懇ろに追善回向をさせていただいた。
「負けたらあかん」と復興の槌音を響かせ、不死鳥の如く街を蘇らせた大関西の母たちの崇高な年輪に、ただただ感謝合掌である。
先日、聖教新聞の連載の"福光新聞"に掲載された兵庫県の地区婦人部長の体験を、妻も目頭を熱くしながら拝読していた。震災でご主人と二人の娘さんを亡くされながら、健気に信心を貫き、頑張り抜いてこられた偉大な母である。
彼女のことを思い、あえて厳しい激励の言葉も掛けた信心の先輩も、何と慈悲深き女性であることか。
慈悲の根底には、共に苦しみ、共に泣き、共に祈る仏の「同苦」の心がある。
眼前の悩める友、苦しむ同志と心を結び、励まし合って、どんな絶望の闇も照らし晴らしていく−−これこそ、私たちが経文通りに「悪口罵詈」されながらも築き上げてきた、創価学会である。まさしく、現代における民衆の奇跡の団体なのである。

宮城県に住むある若き母は、東日本大震災で、可愛い盛りの五歳の長男を奪われた。胸が締めつけられる悲しみである。
周囲の励ましに、再起しようと思うが、なかなか前に進めない……。その暗闇に光を点してくれたのが、先ほどの兵庫県の地区婦人部長をはじめとする関西の婦人部との交流であった。
この十八年間、妙法を抱きしめ、一番深い悲しみを乗り越えてきた常勝の母。その姿に、東北の母は不屈の勇気をもらい、前を向くことができた。
そして、"心にいる息子"と共に生き抜き、共に進みゆく思いで、地域のヤング・ミセスのリーダーとして走り抜かれていると伺っている。

◇必ず道は開かれる
『南無妙法蓮華経と申す女人の・をもう子に・あわずという事はなし』(P1576)
日蓮大聖人は、十六歳の息子を亡くした上野殿母尼御前と共に悲しまれ、嘆かれた。そして、母尼の胸中に「信心の炎」が再び燃え盛るまで激励を続けられたのである。その「信心の炎」を受け継いだのが、兄の南条時光であり、時光もまた赤誠の信心を生涯貫き通した。
生死は不二である。亡くなった家族は、わが心の中にいつも一緒にいる。瞬時も離れることなく、生命は一体である。ゆえに、この生命に妙法の力をみなざらせ、法のため、人のため、広宣流布のために行動することが、そのまま亡き家族をも『歓喜の中の大歓喜』(P788)で包む光明となるのだ。
ともあれ、真剣な「励まし」の連続が、必ず蘇生のドラマの連鎖を生む。これが創価の世界である。

2013年2月14日木曜日

2013.02.14 わが友に贈る

青年が青年を呼び
新たな奔流を起こす。
それが青年学会だ。
君が勝利の先陣を!
貴女が幸福の拡大を!

女人成仏抄 P471
『心地観経に云く「有情輪回して六道に生ずること猶車輪の始終無きが如く或は父母と為り男女と為り生生世世互いに恩有り」等云云』

◇希望の明日へ
人は、社会的な地位を手にし、財産を築くにつれ、徐々に「素直な心」を失っていくものだ。若き日の理想を忘れ、慢心と倣りに堕していく人も、少なくない。そうしたなかにあって、有数の財界人である松下幸之助氏は芳名録に「素直な心」と記された。私は、真実の法則と人生に対する敬慶な心の音律を、そこに感じてならなかった。偉大な人は、どこまでも偉大である。偉大そうな人と、偉大な人とは違う。これが私の人物観である。見せかけだけの人は、いかに偉そうに見せても、長続きはしない。ふとした態度、言葉に、その本質がすべて表れてしまうものだ。
昭63・1・9

☆女性に贈ることば 二月十四日
人間は自分一人で生まれてくることはできない。また附して、たった一人で一人前の人間になれるものでもない。家族のなかに生まれ、家族のなかで育ち、やがて一個の人間として成長していく。夫婦も、親子も、兄弟姉妹も、日に見えぬひとつの法則で結ばれているともいえる。その心の絆こそ、真の家族の結晶であるに違いない。

☆今日のことば 二月十四日
高山を征服しようという意欲はあっても、登山の技術をもたなければ、暴挙にすぎなくなってしまう。それと同じく、人生のあらゆる障害も、それを克服するには、どうすれば、もっとも確実に、価値的に目的を達成できるかを知らなければなるまい。

☆100文字の幸福抄
詩とは何より
心の世界の真実である。
季節のわずかな変化にも美を発見できること。
困っている人を見たら、
すぐに身体が動くこと。
そうした姿は、言葉以上に豊かに
子どもたちの心を育むに違いない。

☆我らの勝利の大道No.095 幸福の太陽・婦人部(下)
◇今の労苦が福徳の根っこに

共に智慧と慈悲と歓喜の花を!
「信心の炎」を一段と燃え上がらせて

天晴れな
 世界の広布を
  開きゆく
 女性の未来は
  無限の希望が

釈尊、そして日蓮大聖人が悲願となされた一閻浮提の広宣流布を、今この時に成し遂げゆく創価の師弟の宿縁は限りなく深い。
「SGIの日」である一月二十六日は、福光の希望を広げる「東北女性の日」でもあり、さらに前日の一月二十五日は、正義の誉れ輝く「関西婦人部の日」に当たっている。
この記念日を祝し、世界広布の懸け橋となって、翻訳の労作業に携わってくれている有志の方々が、あのヘレンーケラーの著書『サリバン先生』を、名訳とともに届けてくださった。
翻訳・通訳という世界広布の生命線においても、研鎖と努力を惜しまぬ女性たちが、いやまして大きな使命を果たしてくれている。
目と耳と□の不自由という"三重苦"を克服した、ヘレンーケラーは、師であるサリバン先生へ尽きせぬ感謝を込めて記した。
「先生は私の身体的弱さに合わせて教えるのではなく、教えようとする高みへと私の精神の強さを少しずつ引き上げてくださった」と。重みのある言である。
サリバン先生自身も、幼少期から幾多の苦労を重ね、失明の危機も乗り越えてきた女性である。
苦しみを分かち合いながらも、そこに止まらない。その人が持つ、生命の限りない強さを引き出し、共に境涯を高めていく−−わが婦人部の「人間革命」への激励にも通ずる。
ヘレンーケラーは、こうも振り返っている。
「当時のサリバン先生は、華麗な花を咲かせるために、冷たい暗闇の中で労苦している根っこのような気持ちであっだのではないかと思います。
しかし、先生がいつも、この時期が人生の中で最も充実し、喜びにあふれた日々であったと述懐されていたことを思い出すと、私はとても嬉しくなるのです」
人を育てる苦労と喜びは何と尊く、深いものか。
わが子のため、わが友のため、祈り、悩み、尽くす。その目に見えない労苦と奮闘は、必ずや自分自身の生命の福徳となって積まれる。そして、その福徳が、そのまま、わが子に、わが友に伝わっていくのである。
「御義口伝」に、『自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり』(P761)と仰せである。
この究極の「智慧」と「慈悲」と「歓喜」の花を、地域にも、世界にも、咲かせ広げているのが、創価の女性たちである。

◇麗しき女性の連帯
皆様方は「異体同心」という最高に麗しきスクラムを組みながら、広宣流布の大目的へ弛みなく前進している。これほど強く、これほど明るい姿はない。
思えば、創価教育の師父・牧口常三郎先生は、いち早く女性のための通信教育を推進された。女性の活躍の広がりが、人類の幸福と平和に直結することを確信されていたのであろう。
そこには、日蓮大聖人の『男女はきらふべからず』(P1360)、『女人と妙と釈尊との三全く不同無きなり』(P842)との大宣言の精神が光っている。
しかし、日本において女性を取り巻く環境は、まだまだ厳しい。世界経済フォーラムが発表した「男女格差指数」(昨年十月)によると、日本の平等度は百三十五力国中、百一位。残念ながら先進国では異例の低さという。
私が対談集を発刊した、ヨーロッパ統合の父クーデンホーフ=カレルギー伯爵は語っておられた。
「女性は男性よりも、はるかに誠実な平和主義者です。女性は生命をはぐくみ育てるのが本能であって、殺戮を望みません。
それは、自然が女性に、男性にはできない使命を与えたためです」
女性が輝いてこそ、地域も、社会も、未来も輝きに包まれゆく。女性が最も輝ける社会を目指すことこそ「平和の大道」なりと、私はいま一度、強く訴えたい。
その開道の先覚者こそ、私たちが最大に尊敬し、信頼する世界第一の創価の婦人部なのである。

◎地域内の女子中等部員が、見事、創価高校に合格しました。素晴らしい!頑張ったね!、そして、心からオメデトウ!(^^)!

2013年2月13日水曜日

2013.02.13 わが友に贈る

「報恩」こそ
仏法の魂だ。
「感謝」の心が
自分自身を強くする。
新しき2月闘争を飾れ!

一生成仏抄 P384
『衆生の心けがるれば土もけがれ心清ければ土も清しとて浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり』

◇希望の明日へ
社会的に大きな活躍をしている人にも、二種類ある。すなわち、さほど学会内で広宣流布のための苦労もせず、上手に泳ぎながら偉そうに見せている人。一方、組織のなかで、苦労に苦労を重ね、汗まみれ、泥まみれになり、真実の広宣流布を推し進めながら、前者ほどには社会的に恵まれない人がいる。どちらの人が尊いか。また大切か。信心の次元からみるときには、その答えは、おのずから明瞭である。いうまでもなく、それは後者の人である。
昭62・11・15

☆女性に贈ることば 二月十三日
時間がたくさんあるからといって、いい子育てができるわけではない。
たとえ時間が限られていても、聡明な心があれば、子どもとの凝結した触れあいはつくれるものでしょう。

☆今日のことば 二月十三日
青年は、望みが大きすぎるくらいで、ちょうどよいのだ。この人生で実現できるのは、自分の考えの何分の一かだ。初めから、望みが小さいようでは、なにもできないで終わる。

☆100文字の幸福抄
子どもは親の所有物ではない。
社会を構成する一個の人格として、
愛情豊かに
育んでいかなければならない。
子どもの主体性、自主性を見守りながら、
健やかに伸ばしていけるように
配慮していくことが根本である。

☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.006 道を開くのは「真剣」の二字
リーダーは、朗らかに、力強く、確信を持って、指導・激励していくのだ。
広宣流布は仏と魔との戦いだ。ゆえに、リーダーは、常在戦場の精神であるべきだ。気を抜くことなどできない。だからこそ、ありがたい。全てが仏道修行なのである。
皆に奉仕するための指導者である。リーダーは、皆の声を聞き、反応をよくしていくことだ。
何事も、早いことが、信頼を増し、勝利につながる。反応のよさとスピードで、学会は発展したのだ。鈍い、遅いのは、無責任だ。
真のリーダーは、人任せではなく、自らが必死に祈り、責任を持つ人である。
皆にやらせるのではなく、自分が率先して行動する。これが創価のリーダーだ。

御聖訓に『大願とは法華弘通なり』(P736)と仰せである。
今をおいて、戦う時はない。悔いなく、思い切り、一心不乱に戦おう。自身の栄光の歴史を残すのだ。
広宣流布は、三世に崩れぬ幸福の道を開く。全人類の最高の希望である。我々が戦う以外にないではないか。
何としても、目の前の壁に一つ一つ、勝っていこう!
「真剣」の二字で戦っていこう! 自分が変わらなければ、道は開けない。
真剣であるか、誠実であるか。これが大事だ。策や要領では、成長も、拡大も、勝利もない。
真剣な人、誠実な人を、どれだけ育てていけるか。それで未来の勝負は決まる。

2013年2月12日火曜日

2013.02.12 わが友に贈る

新聞休刊日

上野殿御返事 P1540
『この甲斐の国にも少少信ぜんと申す人人候へどもおぼろげならでは入れまいらせ候はぬにて候、なかなかしき人の信ずるやうにてなめりて候へば人の信心をもやぶりて候なり』

◇希望の明日へ
いかに社会的な名声を得、財宝を持っても、それは夢、幻のようなもので、成仏への種子とは絶対になりえない。御本尊への正しき信仰こそ、今生の真の名聞であり、永遠に生命を飾りゆく財宝なのである。
昭62・10・11

☆女性に贈ることば 二月十二日
どんな時代の変化にあっても、つねに変わることがないのが、真の友情である。何かあると、すぐに変わってしまうような友情は本物ではない。むしろ、試練にあえばあうほど、真の友情はより強く、深く、結びあっていく。

☆今日のことば 二月十二日
未来を論ずる人は多い
しかし 未来を考える人は余りにも少ない

☆100文字の幸福抄
子どもとの信頼をコツコツと築き、
無限の可能性の大地を、
力強く、時に優しく耕していく。
その愛情こそが、何十年か先に、
必ず大きな花を咲かせていく。
時間を超えて偉大な力を発揮させていくのが、
教育の力であり、家庭の力である。

☆新時代第63回本部幹部会へのメッセージ
◇新しき地球社会の建設へ語り広げよ
人間の可能性は無限大
どんな悩みも打開できる

寒風に負けるな胸張れわが青年(きみ)よ

寒い中、本当にご苦労さまです。
とくに、厳しい冬の季節にもかかわらず、勇んで遠路をいとわず、お越しくださったオーストラリア、ヨーロッパ各国、フィリピン、インド、スリランカ、ネパール、そして韓国をはじめ、20力国・地域の偉大な同志の皆様方を、私たちは万雷の大拍手をもってお迎えしたいのであります。
きょう、私は、皆さんと一緒に決意し合いたいことがあります。それは、「共々に生命の勝利の花を満開に咲かせよう!」ということです。
一人一人の生命が、どれほど尊いか。
どれほど大きな可能性を秘めているか。
たとえ、「一日の生命」であっても、宇宙の全財宝よりも素晴らしいと仏法は示しています。
実際、60兆という膨大な数の細胞が絶妙に調和し、たえまなく外敵とも戦いながら、働き続けている人体は、多くの科学者からも、まさしく「宇宙」であると感嘆されています。
心臓は、1日に約10万回も脈動し、実に約8トンもの血液を全身に送り出してくれている。
脳は、大脳皮質だけでも、140億もの神経細胞が天文学的なネットワークを広げており、その成長し、創造しゆく力には、限界がありません。
「よく学び、よく使うほど、頭は冴えわたる」と言われるゆえんであります。

◇自分自身が偉大な仏だ
仏法では、「仏」という最も偉大な存在も、人間を離れ、現実を離れて、どこか遠くにあるのではない。
私たちの生命の中にある。この私たち自身が、まさに「仏」なのであると説かれております。
そう言われても信じられないという人に、日蓮大聖人は、『自分のまつげは近すぎて見えないようなものだよ』(P1491、趣意)と譬えられました。
さらに、『美しい桜の花は、ごつごつとした木の中から咲き出てくるではないか』(P1492、趣意)、『同じように、凡夫である私たちの心の中から、必ず仏の生命を開いていくことができる』(P1491、趣意)と教えられているのであります。
結論して申し上げれば、その最高の生命の花を咲かせていく、究極の力が、南無妙法蓮華経です。これは、絶対に間違いのない大法則であります。

◇民衆の不幸をなくすために
ともあれ、人間は、自分らしく「幸福の花」を咲かせるために生まれてきました。
人生は、思い切り「勝利の花」を咲かせるためにあります。
それを万人に可能にしたのが、仏法なのです。
このことを、私は、19歳でお会いした師匠である戸田城聖先生から教えていただきました。
残酷な戦争で無数の命が奪われた直後であり、荒廃した焼け野原にあって、何の希望も見いだせない時代でした。
その中で、青年を信じ、励ましてくださった先生のお心に応え、私たちは立ち上がった。
どんな悩みを抱えた友にも、どんな境遇に苦しむ友にも、「断じて打開できる」「絶対に幸福になれる」と言い切って、共に仏法を学び、実践し、一人また一人と「人間革命」の実証を示してきたのです。
それは、この世から、民衆の不幸と戦争の悲劇をなくすための、終わりのない挑戦であります。
今、「友情」と「信頼」の世界市民のスクラムは、192力国・地域にまで広がりました。
そして、いよいよ、これからが、わが創価の青年たちが、「生命の尊厳」の哲理を高らかに掲げて、「平和の柱」となり、「文化の大船」となり、「教育の眼目」となって、新たな地球社会に貢献していく晴れ舞台です。

◇たとえ目が見えなくても
北海道創価学会では、毎冬、全道の各地で青年主張大会を開催しております。
4年前、若くして命にも及ぶ病で視力を失いながら、雄々しく闘病を続け、地域のリーダーとして活躍する青年が叫びました。
「たとえ、目が見えなくても、私は人に励ましの言葉を掛けることができる。人の悩みを聞くことができる。人のために足を運ぶことができる。
そして、何ものにも負けない信仰があります。
いかなる困難が襲いかかろうとも、郷土の未来に希望を送りゆく一人に成長していきます!」と。
壮年部に進出した今も、父母と共に、同志と共に、勇敢に朗らかに前進してくれています。
こうした尊き体験が、日本中、世界中に花開いています。
大聖人は、『法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる』(P1253)と約束してくださいました。
ここに、人類を照らす水遠の希望の太陽があります。
きょう集われた大切な皆様が、一人ももれなく、試練の冬を勝ち越えて、「歓喜の春」「和楽の春」「勝利の春」を飾りゆかれることを私は祈ります。
結びに、

寒風に
負けるな 胸張れ
 わが青年(きみ)よ

──と贈り、私のメッセージといたします。

◎2.11戸田先生の生誕記念日に、我が家の娘が千葉王子王女合唱団として、千葉音楽隊の定期演奏会に友情出演しました。朝から丸一日、ご苦労様でした!(^^)!

2013年2月11日月曜日

2013.02.11 わが友に贈る

「仏になるみちは
善知識にはすぎず」
支えてくれる人を大切に。
自らも支える人に。
学会は善き友の集いだ。

顕仏未来記 P509
『天台云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り華の盛なるを見て池の深きを知る」等云云、妙楽の云く「智人は起を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云』

◇今週のことば
「青年セミナー」から
社会に希望の春光を!
あの友この友を招き
創価の世界を広げよう!
躍進は勇気から生まれる。
2013年02月11日

◇希望の明日へ
人間の世界であるから、感情のぶつかりあいは、大なり小なり、どこにでもある。いわんや、末法は「愚痴の衆生」の集まりである。また一面からいえば、文句や不満が絶えない時代相でもある。ゆえに、一方が一方を抑えつけようとするのではなく、お互いに、感情に流されない聡明さをもっていくことである。
平6・1・27

☆女性に贈ることば 二月十一日
恩師・戸田先生が最後の誕生日(昭和三十三年二月十一日)に、私の妻に贈ってくださった和歌がある。
「月光の やさしき姿に 妙法の 強き心を ふくみ持てかし」
戸田先生から薫陶していただいた、この強き心を、女性の皆さんに伝えられることを、妻は深い喜びとしている。

☆今日のことば 二月十一日
よき友を持つこと
よき先輩を持つこと
 これは 人生の至上の幸運であり
  誇るべき宝であるといっても過言ではなかろう

☆100文字の幸福抄
人生は、幸福になるためにある。
虚栄を張ったり、
背伸びをしたりする必要など、全くない。
人間は人間以上には、偉くはなれないのだ。
ありのままに自分らしく、
人のため、社会のため、
行動する人生が最も美しい。

☆我らの勝利の大道No.094 幸福の太陽・婦人部(上)
◇"人権の母"の信念
今年の二月四日は、「アメリカの公民権運動の母」ローザーパークスさんの生誕百周年の佳節であった。
二十年前−−当時、ロサンゼルス郊外にあったアメリカ創価大学で初めてお会いした折、妻が用意したケーキで八十歳の誕生日のお祝いをさせていただいたことも懐かしい。
謙虚で凛とした清らかな微笑み。人類の歴史に輝く、誇り高き人権闘争の母であった。
積年の不当な差別に対し、敢然と「ノー」を叫んだパークスさんの勇気の声と行動が、歴史の歯車を大きく動かしたことは、あまりにも有名な史実である。
「誰かがまず第一歩を踏み出さなければならないことは、わかっていました」
「何をすべきかわかっていさえすれば、恐れることなど何もない」
パークスさんが語り残された不滅の言葉である。
一念を定め、行動する腹を決めた女性ほど強いものはない。誰もかなわない。
私か対談したアメリカの歴史家ハーディング博士は、パークスさんをはじめ、公民権運動における女性の重要な貢献について、こう語っておられた。
「女性の励ましがなければ、(人権闘争の)行進に加わる人も、一人もいなかったでしょう」
そして「皆を結束させ」「皆を大いに励まし、力づけ、運動参加へと導いて」いった、女性の力を心から讃えられていた。
博士が繰り返し指摘されている通り、歴史を変える民衆運動の根幹には、女性の「励まし」がある。
我ら創価の広宣流布の運動もまた、女性たち、母たちの「励まし」の力で朗らかに勝ってきた。これからも徹して励まし合いながら勝ち続けていくのだ。

◇広布は小単位から。
本年、尊き"広布の母たち"を祝福する記念日である、5・3「創価学会母の日」は二十五年を迎える。
地域の平和と安穏の責任者ともいえる「地区婦人部長」制がスタートしてからは十五周年。小単位で学ぶ婦人部の「グループ」の発足三十五周年でもある。
先月、新春の本部幹部会では、グループのモットーが発表された。
「皆で語り 皆で学び皆が創価の幸福博士に!」
婦人部のグループとは、地区、ブロックよりも、さらに少人数の学習・懇談の場である。「広宣流布は一対一の膝詰めの対話から!」と言われた恩師・戸田先生の指導に、一番近い組織といえよう。
少人数だから、「全員が主役」である。役職などの上も下もない。「皆で」という言葉を、最も現実的に実践できる。ここに婦人部の本当の強さがある。
地に足を着けた「自発能動」の励まし合いのグループこそが、広宣流布の推進と拡大の原動力である。
あの地この地で、今日も幸福博士の笑顔を、一つ、また一つと広げゆく、グループ長をはじめ"太陽の母たち"に、我らは感謝の大拍手を送りたいのだ。

清らかな
 母娘の心に
  創価城
 幸の宝は
  三世に香りて

2013年2月10日日曜日

2013.02.10 わが友に贈る

新入会の友に
真心の励ましを!
共に学び、動くことが
最高の人材育成。
徹して一人を大切に!

佐渡御書 P960
『此八種は尽未来際が間一づつこそ現ずべかりしを日蓮つよく法華経の敵を責るによて一時に聚り起せるなり譬ば民の郷郡なんどにあるにはいかなる利銭を地頭等におほせたれどもいたくせめず年年にのべゆく其所を出る時に競起が如し』

◇希望の明日へ
信頼できる人、頼れる人、何でも相談できる人−−そういう人をもち、自分もそういう人になる。その人は、幸福である。一人でいれば、自由で、気ままなようであるが、結局は、さびしい。孤独地獄というか、わびしい、寒々とした生活になってしまう。人間は人と人の間と書く。人と人との信頼の絆を、励ましあいの心を育んでこそ、人生は豊かになる。自分も楽しい。
平5・11・21

☆女性に贈ることば 二月十日
家庭教育へのアドバイス−−
○子どもと交流する日々の工夫を
○父と母が争う姿を見せない
○父と母が同時には叱らない
○公平に。ほかの子と比較しない
○親の信念の生き方を伝えよう

☆今日のことば 二月十日
新しい事業の建設には、希望があり、未来がある。だが、その完成へ向かって、どこまで努力と研究と忍耐がつづけられるかによって、その事業が真実に進展し具体化されるか、あるいは夢想と化して消滅していくかが決定されるのである。

☆100文字の幸福抄
漢字で「日に向かう葵」と記されるヒマワリは、
欧州で「小さな太陽」と呼ばれ、
幸福のシンボルとなっている。
日輪と共に快活に胸を掛り、
自らもまた太陽のように周囲を暗らしていく。
ヒマワリのような
笑顔の花を咲かせる人生でありたい。

☆我らの勝利の大道No.094 幸福の太陽・婦人部(上)
◇「指針」から50周年。
この二月十一日、私が第三代会長として、「婦人部に与う」と題した指針を、皆様方のために綴って、五十年の節目を迎える。
"広宣流布は婦人・女性の手で"−−これが恩師・戸田城聖先生の叫びであった。絶対の確信であった。先生のお誕生日にあたるこの日に、私は恩師を偲びながら筆を執ったことを懐かしく覚えている。
−−つねに太陽の如く、いかなる苦難の嵐にあうとも、厳然と題目をあげきり、生活と人生の勝利へ、賢明なる前進を! と−−。
半世紀前、戸田先生と一体の私の呼びかけに、全国の婦人部の皆様は応えて、一人ひとりが、地区や支部、また一家の「幸福操縦士」であり、「幸福博士」として奮起してくれた。
病苦や経済苦、家族の問題など、立ちすくむような難問にぶつかっても、"宿命が大きいということは、使命も大きい。功徳も大きいということ"と励まし合いながら、いよいよの信心で挑んでいった。そして、
『月月・日日に』(P1190)境涯を高め、人生を開き、地域をも変革していったのである。
どんな苦悩であれ、妙法受持の女性に変毒為薬できないものなどない。一人ももれなく、絶対に幸福になる−−この希望の劇を無量無数に積み重ねてこられたのが、多宝会、宝寿会(東京)、錦宝会(関西)の先輩方である。
嬉しいことに、その心は、ヤング・ミセス、さらに女子部の世代にまで生き生きと流れ通っている。

◇偉大な蘇生の物語
私が妻と共に、草創の高等部の頃から見守ってきた女性リーダーがいる。
彼女は、戦前に韓・朝鮮半島から強制連行された父と、長崎で被爆した日本人の母との間に生まれた。幼い頃から、理不尽な差別を受けるだけでなく、被爆二世として身体の不調にも苦しめられてきた。
絶望と不安の淵にあった十代の乙女に、親友が「お題目あげな! 命の底から元気になるから、やりな!」と信心を勧めてくれた。
「自分も変われるかもしれない」と入会を決意。枯れ果てた命に瑞々しいエネルギーがみなぎってくるような歓喜を覚えたという。
大聖人は、『妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり』(P947)と仰せである。この「蘇生」の大功力を生命に湛えながら、彼女は学会活動に邁進した。
良き伴侶と出会い、原爆症も乗り越えて、二人のお子さんを出産した。その後、戸田先生が「原水爆禁止宣言」を発表された神奈川・横浜に移転。苦しんできたからこそ、人の痛みのわかる自分に成長をと誓い、この地で誠実に平和の連帯を広げてきたのである。
このほど、お嬢さんが、韓国の名門大学の大学院で最優秀の成績を収めて頑張っているとの、喜びの報告も届けてくれた。
一人の母の物語である。ここには「生命の尊厳」も、「人間の平等」も、何と美事に体現されていることか。
私か今回の「SGI(創価学会インタナショナル)の日」の提言で申し上げた、
�他者と苦楽を共にしようとする意志
�生命の無限の可能性に対する信頼
�多様性を喜び合い、守り抜く誓い
この三つの指標を日々、「草の根の連帯」の中で、実践してくれているのも、明るく賢く大らかな創価の女性だちなのである。

2013.02.09 わが友に贈る

率先の行動!
それがリーダーの証し。
策や要領では
発展も成長もない。
真剣と誠実で勝て!

聖人御難事 P1191
『をくびやう物をぼへずよくふかくうたがい多き者どもはぬれるうるしに水をかけそらをきりたるやうに候ぞ』

◇希望の明日へ
だれも自分一人の力で大きくなった人はいない。多くの人に守られ、支えられて生きている。よき環境はよき人間をつくる。自ら、そうしたよき環境、"よき人間のつながり"を求めていく人は、かぎりなく伸びていけるのである。
平3・7・28

☆女性に贈ることば 二月九日
人生は、ひとつひとつが戦いである。途中に何があろうと、必ず、幸福の花を咲かせゆく戦いだ。

☆今日のことば 二月九日
宇宙の奏でるリズムというものに人間も一体になって協和し、自然も、世のなかも、自分も歩調を揃えて新しい年に変わるという感情----そこに測り知れない安堵感と、一種の快い緊張感がある。

☆100文字の幸福抄
喜んで生きたほうが「得」である。
喜んで行動したほうが価値的である。
「愚痴」や「義務感」で日々を覆うよりも、
喜びを創り出していこうとする
生き方のほうが創造的である。
失望よりも希望を!
愚痴よりも建設を!

☆我らの勝利の大道No.094 幸福の太陽・婦人部(上)
◇輝け春呼ぶ母の笑顔よ!
勇気の前進! 皆で励まし合って
明るく賢く 希望の女性の連帯を

「輝け、輝け、輝いてくれ、/あなたのぬくもりを降りそそいでくれ、偉大な太陽よ」
人間と生命と宇宙を歌った民衆詩人・ホイットマンが、太陽に向かって友の如く呼びかけた一節である。
私には、「地上の太陽」ともいうべき創価の尊き母たちの輝きと、二重写しに思えてならない。
偉大なる我らが婦人部は、社会にあっても、家庭にあっても、広宣流布の前進にあっても、燦々と輝きわたる太陽だ。凍てついた人びとの心を慈愛の陽光で温めてくれる太陽だ。
ホイットマンは、さらに「おお、母である喜びよ、/見守ること、我慢すること、かけがえのない愛、苦悩、辛抱づよい献身の生涯」と讃嘆している。
母は優しい。母は強い。母はあまりにも健気だ。
日蓮大聖人は、女性の門下の代表に「日妙聖人」「日女御前」「日厳尼」「光日尼」「王日女」など、太陽を意味する「日」の文字の名前を贈られた。
思えば、『冬は必ず春となる』(P1253)との仰せも、一番苦労している母への御金言である。
母たち・女性たちが、その生命を、妙法とともに、何ものにも負けない「希望の太陽」と輝かせ、そして必ずや「幸福勝利の春」を開いていけるように−−。
この日蓮大聖人のお心があらためて深く拝される。
婦人部を中心とする創価の女性のスクラムこそ、「生命の尊厳」の大法理で世界を照らし、人類史の新たな「平和の春」を広げる太陽なりと、私たちは誇りを込めて叫びたいのだ。

春を呼ぶ
 勝利の太陽
  われなりと
 ほほえみ忘れず
  今日も光れや

◇「無冠の友」に感謝
暦の上では立春を過ぎても、まだまだ厳しい冬は続いている。
寒いなか、積雪や凍結で足元の悪いなか、聖教新聞の配達をしてくださる「無冠の友」の皆様方に、心より感謝を申し上げたい。
一歩一歩、一軒一軒と、白い息を弾ませ、大地を踏みしめる足取りこそ、広布拡大を前進させる大いなる活力の源泉である。
それは、御書に仰せのままの尊貴なる『信心の歩』(P1440)に他ならない。
雪の多い北国はもちろん、全国の配達員さんの絶対の無事故とご健康を、私も妻も懸命に祈っている。
「無冠の友」の皆様の功徳と勝利の体験を伺うことは、この上ない喜びである。

大聖人は、南条時光のお母さんに仰せになられた。
『法華経の法門をきくにつけて・なをなを信心をはげ(励)むを・まこと(真)の道心者とは申すなり』(P1505)
「なおなお」、また「いよいよ」−−この御指南は、勇気の前進を続ける学会婦人部の精神でもある。
若き日、私は蒲田支部で、それまでの壁を打ち破る大折伏を推進した。
この時、一ヵ月で二百一世帯を達成する、限界突破の弘教の決定打を、喜び勇んで飾ってくださったのも、婦人部であった。
まだ動ける、まだ戦える、悩めるあの人と、まだまだ語り合える−−と、勇気と執念を燃やして、一対一の対話に挑戦し抜いてくれた結晶である。
その母たちの如説修行の奮闘があればこそ、不滅の「二月闘争」の金字塔は聳え立ったのだ。

2013.02.08 わが友に贈る

会合は楽しく明るく!
「参加して良かった」
「さあ、頑張ろう」と
皆が心から喜べる
信心の触発の集いに!

上野殿御返事 P1540
『千丁万丁しる人もわづかの事にたちまちに命をすて所領をめさるる人もあり、今度法華経のために命をすつる事ならばなにはをしかるべき、薬王菩薩は身を千二百歳が間やきつくして仏になり給い檀王は千歳が間身をゆかとなして今の釈迦仏といはれさせ給うぞかし、さればひが事をすべきにはあらず、今はすてなばかへりて人わらはれになるべし』

◇希望の明日へ
人間、孤独では生きていけない。独りで自分勝手に生きることが自由で幸せのように見えることもあろうが、実際はそうではない。人との連帯、励まし合いのなかでこそ、人間は生きがいをもち、使命感や向上心を失わないでいられるのである。人間連帯の世界に背を向けて生きることは、生きがいの放棄につながる。自己の責任から逃避する、ある意味で、ずるい生き方であろう。そして不満と後悔に満ちたさびしい人生となってしまうであろう。
平3・5・17

☆女性に贈ることば 二月八日
世問は矛盾だらけである。正しき眼をもっていないともいえる。問題は、その矛盾を突き抜け、大きく乗り越えて、どう揺るぎない自分自身をつくりあげるかである。

☆今日のことば 二月八日
人間は、自分の心を自由にすることができると錯覚しているが、いざ事に当たったとき、自分の心さえ自由にできないのが常である。心を支配するものこそ、生命の働きなのだが、人は生命に関する意識の不充分さから、これに気づかないのである。

☆100文字の幸福抄
逃げ出したくなった時、
苦しさに負け、心を曇らせてしまうのか、
心を磨き輝かせていくのか。
その微妙な違いで、人生は大きく変わる。
目標を決めたら、まっすぐ進む。
その強き心が
家庭や子どもの未来を輝かせていける。

2013.02.07 わが友に贈る

躍進の未来部大会へ
壮婦男女が一体となって
宝の友を励まそう!
受験生への激励・配慮も。
全員が使命の大人材だ。

兵衛志殿御返事 P1090
『今度はとのは一定をち給いぬとをぼうるなりをち給はんをいかにと申す事はゆめゆめ候はず但地獄にて日蓮をうらみ給う事なかれ』

◇希望の明日へ
感謝の心は美しい。自らに嫁した人を大事にしていこうという心の余裕が人生を豊かにする。美しくする。反対に恩を忘れ、恩を知らない心は本当にみじめである。灰色である。人を利用するだけの人生はあまりにもわびしい。
平3・3・16

☆女性に贈ることば 二月七日
失敗しても、叱るより「今回は、あなたらしくなかったね」と言ったほうがいい。
壁を乗り越える自信と、乗り越える喜びを伝えてあげたい。

☆今日のことば 二月七日
一冊の本のなかに、ひとつの世界があり、いろんな人生があります。人間一人が、実際に、自分で体験できる人生は、ひとつしかありませんが、読書は、あらゆる人生体験を教えてくれるのです。人は、一冊の本を読むごとに、人生を、より豊かにしていくことができるのです。

☆100文字の幸福抄
真剣に誠実に生き切った
父母たちの尊き人生は、
家族という生命の大地に還る。
そして後継の世代へ、
永遠に豊かな心の滋養を贈っていく。
家族とは、志を同じくし、励まし合い、
助け合う人間の絆といってもよい。

☆勝利の人間学第23回 私の懐刀
◇世界の若人の先陣を切れ
民衆の幸福のため、人類の未来のため、わが身をなげうって戦うリーダーを、どれだけ育成できるか。ここに、時代の焦点はある。
どこまでも一人一人を大切にする。誰が見ていなくとも、陰の労苦を惜しまない。そうした人間主義の真髄の実践者こそ、私が最も信頼する創価班・牙城会の勇将たちである。
尊き同志を守り、広布の宝城を厳護する、その一挙手一投足が、地域に社会に、安心と信頼と友情を広げる。冥の照覧は間違いない。
君たちの成長こそが、学会の希望である。世界の若人の先陣を切る君たちの勝利こそ、私の人生の総仕上げの勝利である。

◇学会は実践の中で人間を錬磨
わが生命の無限の仏の力を開き、自分自身を強くしていくための仏道修行である。
信心しているからこそ、よりよい仕事を成し遂げていくことだ。そして、職場で信頼される"なくてはならない人"になるのだ。
私は、青年の「行動」こそを信ずる。行動こそ、青年の証しであり、誉れといってよい。
大切なのは、実践の中で訓練していくことだ。岩盤に爪を立てる思いで、壁を乗り越え、一つ一つ結果を出していく。その積み重ねの中で、人間が磨かれ、信心が鍛えられるのだ。

◇信心の確信は弘教にあり
私は、若き日の蒲田の「二月闘争」を忘れない。戸田先生から願業達成への"懐刀"として命ぜられた、私の実質の初陣である。
師匠への報恩の一念で、私は、一人でも多くの地涌の菩薩を呼び起こすのだと折伏に邁進した。祈っては語り、語っては祈った。その戦いが、金剛の自分自身をつくった。
折伏は難事中の難事だ。折伏行に、勇気も智慧も、慈愛も根性も、一切が含まれている。相手がどうあれ、究極の正義を愉快に堂々と語っていくのだ。その功徳は無量無辺である。
日蓮大聖人は、『力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし』(P1361)と厳命された。
私の懐刀たる創価班・牙城会の君たちよ!
「新時代の二月闘争」を勝ち開け!

2013.02.06 わが友に贈る

雪の朝も寒風の日も
福徳の道を進む
無冠の友に大感謝!
皆様ありて広布あり!
どうか無事故第一で!

如説修行抄 P504
『哀なるかな今日本国の万民日蓮並びに弟子檀那等が三類の強敵に責められ大苦に値うを見て悦んで笑ふとも昨日は人の上今日は身の上なれば日蓮並びに弟子檀那共に霜露の命の日影を待つ計りぞかし』

◇希望の明日へ
ねたみと利用ばかりの、砂漠のような人間関係が世の常かもしれない。残念なことだが、それが現実である。そのなかで、自分の戦いを、勝利の姿を喜んでくれる同志がいることは、幸せである。
平3・3・9

☆女性に贈ることば 二日六日
負けるな! 断じて負けるな!
幸福が人生の目的だ。
そのために努力を!
そのために忍耐を!
生き抜くのだ。
愉快に生き抜くのだ。
強く生き抜くのだ。

☆今日のことば 二月六日
信頼と尊敬に包まれた美しい人生の送れる人は、必ず、深く父母や師、また国家社会から受けた恩を知っている人だといえないだろうか。

☆100文字の幸福抄
人の心を温かく包み込む微笑みは、
決してつくられるものではない。
自分を支えてくれる人々や自然に対して
「ありがとう」と感謝する心、
相手を尊敬する心、
生命それ自体に対する敬慶な心が
美しい微笑を生むのだ。

◎PCのHDD(320GB)残量が少なくなったので、1TBのHDDクローン作製に丸3日掛かってしまいました。のでこの4日間はわが友メールを送信できず...
試行錯誤の結果、もっとも手軽で最短なソフトを発見したのが、功徳です。もし、同じようなことでお困りの方はご一報あれ!(^^)!

2013年2月5日火曜日

2013.02.05 わが友に贈る

時は宝なり!
会合や打ち合わせは
時間厳守で価値的に。
事前の準備も大切。
賢明なリーダーたれ!

四条金吾殿御返事 P1163
『一生はゆめの上明日をごせずいかなる乞食にはなるとも法華経にきずをつけ給うべからず』

◇希望の明日へ
一人一人の人生も、生活も、社会も、そして世界も、あらゆる人々との関係性のうえに営まれ、成り立っている。つまり、一人一人の人間が、何らかの関係性をもち、繋がっている。そこに人類愛や、平等観、平和観の必要性が生まれてくる。人々は互いに励まし合い、助け合っていかねばならない。自分一人の意思で人を動かしていこうとする独裁的な考えであってはならない。他人の犠牲のうえに、自らの幸福を築くような人であってもならない。世界も、平和で安穏な社会にしていかねばならないのである。
平2・11・16

☆女性に贈ることば 二月五日
親や周囲が、思春期の特徴をよく理解することだ。子どもの言うことをよぐ聞いてあげる。子どもをありのまま受け入れる。さらに子どもがほっとする居心地のいい家庭をつくる。そういう努力をはらいながら、思春期は勇気をもって耐える期間であると受け止めて、接していってはどうだろうか。

☆今日のことば 二月五日
主義主張に戦う者は、生涯、駒を進めることを瞬時も忘れてはならない。自己の使命を強く決意した、崇高なる戦いほど強力なものはない。いかなることも、逞しく建設していけるものだ。もし使命に目覚めないならば、人間ほど弱く脆く汚いものはないだろう。

☆100文字の幸福抄
何の悩みもないことが、幸せなのではない。
何があっても負けないこと、耐えられること、
それこそが、幸せである。
一番、苦労した人が、
最後は一番、幸福を勝ち取れる。
幸福は、忍耐という大地に咲く
花であることを忘れまい。

☆名誉会長と共に 今日も広布へ No.005 「友情」と「仏縁」を広げよう
◇男子部の友へ
若き広布の英雄たる君たちの勇敢な戦いによって、世界広宣流布の素晴らしき時代に入りました。
いつもいつも、本当にありがとう!
何よりも、直系の君たちが、すくすくと、立派に成長してくれていることが、私にはうれしくてならない。
御聖訓には『師子の声には一切の獣・声を失ふ』『日天東に出でぬれば万星の光は跡形もなし』(P1393)と仰せであります。
君たちは、無敵の法華経の兵法で立つ、最強の勇将の陣列です。いやまして題目を唱え抜いて、わが師子王の心を取り出して指揮を執っていただきたい。
わが胸中に、日々、元初の太陽を昇らせながら、勇んで正義の中の正義の陣営を、思う存分に広げてくれたまえ!

◇女子部の友へ
大切な大切な宝である華陽の皆さん方に、「元気で朗らかに! 全員が使命と幸福の青春であれ! そしてご一家に希望と勝利よ輝け!」と、深く深く、強く強く、祈っております。
日蓮大聖人は、女性の弟子に仰せであります。
『青い色は藍という草から生まれますが、重ねて染めると藍よりも色が鮮やかになります。同じ法華経ではあっても、信心をさらに深め、実践を重ねていくならば、他の人よりも輝きが増し、利益もはっきりとあらわれてくるのです』(P1221、通解)
信心の世界に一切、無駄はありません。
どうか、楽しく賢く、友情と仏縁を結びながら、「青年学会」の勝利の門を大きく開いていってください。

2013年2月4日月曜日

2013.02.04 わが友に贈る

一つの目標達成が
破竹の勢いを生む。
一人立てる勇者が
驀進の歴史を創る。
君よ突破口を頼む!

富木殿御返事 P962
『但生涯本より思い切て候今に飜返ること無く其の上又遺恨無し諸の悪人は又善知識なり』

◇今週のことば
折伏こそ幸福の直道なり。
会えば「仏縁」が広がる。
語れば「仏種」が植わる。
祈れば「仏性」が花開く。
勇敢に打って出よう!
2013年02月04日

◇希望の明日へ
いかなる人間関係においてであれ、わが信念のままに、わが心に一点の曇りもなく、言うべきことを言い切っていく−−そうした生き方は、まことにすがすがしい。また、それを土台にしてこそ、家族の絆も、信心の同志の絆も、強められていくに違いない。
平2・7・14

☆女性に贈ることば 二月四日
苦しい時は、この間が永遠に続くような気がするものです。
しかし、そうではない。冬はいつか必ず春になります。永遠に続く冬はない。
誰よりも苦しんだあなたが、誰よりも人の心がわかるあなたなのです。誰よりもつらい思いをしたあなたは、誰よりも人の優しさに敏感なあなたのはずです。

☆今日のことば 二月四日
弁解せぬ 人生であれ
堅実なる 人生であれ
健康なる 人生であれ

☆100文字の幸福抄
見栄を張lつたり、
贅沢をしたりすることは、長続きしない。
安定した家計を心がけることが大切である。
わが家は、わが家らしく、
地道に堅実に、そして忍耐強く、
一歩また一歩、進んでいくことが
清々しい人生の軌道となる。

☆希望の大空へ〜わが愛する王子王女に贈る〜第10回 「自分がやる!」という人に
仏教には、こんなお話があります。
むかし、師匠である釈尊と同志のために「祇園精舎」(今でいえば、学会の会館や研修道場などに当たる建物)を建てた須達長者という弟子がいました。
人がやりたがらないことにも、自分から進んで取り組む人で、毎朝、とても広い庭園のそうじをしていました。
ある日、長者が急な用でそうじができなくなると、そのかげの努力を見守っていた釈尊は自らほうきを持ち、長者に代わって庭をはき始めました。この師の姿に、ほかの弟子たちも、あわてて続きました。
そうじを終えると、釈尊は弟子たちに語りました。
−−そうじをすることによって、自分の心がきれいになり、人々の心もきよらかにすることができる。そして、自分自身が美しくなって、仏や諸天善神に守られていくんだよ−−と。
翌朝、いつものようにそうじに来た須達長者を、釈尊と弟子たちは最敬礼してむかえ、日ごろの尊い労苦に、あらためて心からの感謝をささけたそうです。
そうじやかたづけは、自分だけでなく、家族や友だちをも、すがすがしい気持ちにさせることができます。
先日も、東京に大雪が降った時に、わが創価学園の寮生やサッカー部、野球部の友が若い力で雪かきをしてくれ、地域の方々が大変に喜んでくださったそうです。

身の回りを整理できる人は、頭の中も整理できる人です。成績も必ず良くなります。
図書館の本も、きちんと整理整とんされているから、読みたい本をすぐにさがすことができます。
創価学会の出発にも、大事な「整理」の歴史がありました。
小学校の校長であった初代会長の牧口常三郎先生は、仕事のあいまに、ご自分の教育のお考えを広告の紙や封筒のうらなどにしるされていました。その一枚一枚のメモの大切さを、ほかの人が理解できないなか、牧口先生の弟子である戸田先生は、みごとに「整理」され、世界的な「教育学」の本にまとめあげられたのです。それが『創価教育学体系』です。
きちんと整理整とんできる人は、新しい発見ができるし、正しいことを多くの人々に教えることができるのです。
何より整理整とんは、事故をなくします。地震の時に、頭の上から物が落ちてきたりしては、大けがをしてしまいます。
だから私は、学会の会館を訪問した時にも、すみからすみまで回って、整理整とんができているかどうか、戸じまりや火の元など、細かく一つ一つ自分の目で確かめてきました。
「小事(小さなこと)が大事」なのです。会員を守る−−それが私の「責任感」です。
どんな小さなことでも、人が見ていても見ていなくても、自分の目標にチャレンジする人が、偉い人です。
自分のことは自分でする。その一歩をふみ出す人が、未来の大指導者へと成長していきます。
自分の苦手なことにも挑み、やりとげていく人が、本当の勝利者です。
身の回りも、自分自身も、スッキリして、大事な2月を強く楽しく前進しよう!
(2013.02.01 少年少女きぼう新聞掲載)

2013年2月3日日曜日

2013.02.03 わが友に贈る

壁を破る鉄則は
確信の祈りだ。
地道な励ましだ。
不撓不屈の挑戦だ。
大成長の歴史を刻め!

上野殿御返事 P1539
『大魔のつきたる者どもは一人をけうくんしをとしつればそれをひつかけにして多くの人をせめをとすなり』

◇希望の明日へ
美しい自然、美しい姿、美しい人生、美しい家庭−−。人間だれしも美しいものに憧れるが、それは自分の中に閉じこもっていては得られない。自分だけを見つめていてもつくれない。人との"よりよいお付き合い"、地域や社会との"心豊かな交流"、自然との"優しい関係"。それらに向かって努力する中に、自分もまた美しく成長していくのである。
『主婦と生活』平2・1月号

☆女性に贈ることば 二月三日
挑戦なきところに青春はない。あくなき挑戦の気概にこそ、青春は脈動する。

☆今日のことば 二月三日
思想や人生観は、その人の人生行路を決定づける。容姿とか、財産とか、家庭の境遇とかに自信をなくして、卑屈な人生観を持てば、すべて世のなかが、ゆがんだ鏡に映されるように、曲がってみえてしまうものだ。

☆100文字の幸福抄
問題や苦労のない家庭など、
どこにも存在しない。
すべて満ち足りているならば、楽かもしれない。
しかし、そこには、人間としての成長も
本当の幸福もない。
どんな悩みも、たくましい楽観主義で、
悠々と人生を切り開いていけばよい。

☆希望の大空へ〜わが愛する王子王女に贈る〜第10回 「自分がやる!」という人に
新しい一年がスタートして、1ヵ月がたちました。みんな元気ですか。寒い日が続いていますが、風邪をひいていませんか。
いよいよ2月。創価学会は「伝統の2月」といって、この月を大事にしています。
私は、この寒い寒い2月が大好きです。
それは2月11日が、私の恩師である戸田城聖先生のお誕生日だからです。私と妻は、この日になると、毎年、お赤飯をたいて、お祝いしてきました。
先生への感謝を込め、私は若き日、このお誕生の月である2月に、それまでの拡大の壁を破る、新たな挑戦の歴史を残しました。そこから「伝統の2月」と呼ぱれるまでになったのです。私の青春の誉れです。
どうか、みなさんも、寒さに負けず、勉強に、読書に、クラブ活動などに、たくましく挑戦していってください。

戸田先生は、青年に、よく言われました。
「広宣流布は、この戸田がする。君たちも手伝いたいか!」
先生は、「やってくれ」とは言いませんでした。すべて自分でやると決めておられたからです。その先生に、私たち弟子は、「お手伝いをさせてください!」と誓って続いたのです。
一切の責任は私かもつ!」−−これが、広宣流布の指導者の心です。
私は、この人生の師匠から、「責任感」という「心の宝」を受けつぎました。自分が立ち上かって、世界の平和と人類の幸福という広宣流布を成しとげてみせると決めて生きてきました。
「だれがやらなくても、自分がやる」
この心の宝を、未来の偉大な指導者である少年少女部のみなさんも、自分の中に、はぐくんでいってください。
それは、決してむずかしいことではありません。その第一歩として、身の回りの「かたづけ」に挑戦してみよう。
「うーん、それは、ちょっと苦手だなあ」と思う人も多いかもしれません。
「かたづけ」とは「自分のことは自分ですること」です。このクセをつけていくと、心の中に「責任感」を、大きく、はぐくんでいくことができます。

ドイツには、「人生の半分は整理整とん」という、ことわざがあります。それくらい「かたづけ」を大事にしているのです。
そもそも、かたづけは、何のためにするのでしょうか。
それは、「次に使う時、すぐ取り出せるようにする」ためです。食事の時に使った食器も、また、みんなが着た服も、きれいに洗ったあとは、もとの場所にもどさないと、次に使う時に、さがさなければなりません。「かたづけ」とは、決まった場所にもどすことなのです。
みなさんの先輩の「かたづけ名人」が、アドバイスしてくれたことがあります。
一つは、物の置き場、つまり「指定席」を決めておくことです。散らかるのは、帰る場所のない物が、いろいろな場所に"置きっぱなし"になっているからです。
また、指定席を決めたら、何を置く場所なのか、そこに書いて分かるようにしておくことです。「学校のもの」「習いごと」「おもちゃ」「思い出の品」などと、棚や引き出し、箱が分かるようにしておけば、とても便利です。
そして、「かたづけ」が苦手な人は、「かたづけタイム」を決めておくのもいいでしょう。まとめてやろうとせずに、毎日少しの時間でいいので「かたづけ」をするとかんたんだし、いつもきれいにすごせます。学校に、あす持っていく物のチェックもできます。
学校にも、「そうじ」の時間があります。これは、日ごろ使っている校舎や教室への感謝をこめて、きれいにするとともに、かたづけができる人になっていく練習をしているともいえます。
私も、小学生の時に身につけた「そうじ」の習慣が、社会に出てからも大いに役立ちました。

2013年2月2日土曜日

2013.02.02 わが友に贈る

青年学会の希望!
創価班、牙城会
白蓮Gの友が弘教を拡大。
勇敢なる挑戦者に
皆が温かな励ましを!

四条金吾殿御返事 P1143
『一切衆生南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く「衆生所遊楽」云云、此の文あに自受法楽にあらずや』

◇希望の明日へ
人間関係においても、相手の気持ちに敏感に反応し動いていける。悩んでいる人がいれば、思わず、心と体が動いていく。そうした鋭敏な感受性のアンテナ、美のアンテナを持っている人こそ、「美しき人」だと思う。何を見ても、だれと会っても、"石"みたいに、何にも感じない。お金の話になったら、急に目が輝き始める。それでは人生はつまらないし、美しくもない。本当の豊かさでもない。美には価値があり、価値を創造していくのが、創価の実践である。そして美の根本は心の美しさである。それを磨くのが信仰である。
平1・11・29

☆女性に贈ることば 二月二日
物事を、目先だけで見る人がいる。
たえず目先のことに紛動され、一喜一憂する生き方には、真の幸福も、真の向上もない。
一生涯を見据えて生きる忍耐が、永遠の幸福への種子になっていくのだ。

☆今日のことば 二月二日
一度や、二度の失敗でくじけることはまことに愚かだ。人生は、長い長い旅路である。途中で、いかにすばらしい、華やかな人生を歩んでも、最後に不幸な、敗れた人生と化してしまったならば、これほどみじめなことはない。

☆100文字の幸福抄
聞き上手は、人間関係を円滑にする。
そのコツは、相づちである。
まず「うんうんと、うなずく」こと。
そして「最後まで話をさえぎらない」こと。
「私の気持ちをわかってくれている」
その信頼感こそが、
心を開かせるからだ。

☆未来対話 第10回「祈りは青春勝利の力」
−−たしかに、どんな苦しい時も、唱題すると絶対に生命力が湧いてきます。これは不思議です。

名誉会長 仏法の法理からすれば、当然です。「自分は最高に尊い存在だ! 何ものにも負けないんだ!」と、何度も何度も、仏の生命に呼びかけているんだから。
「自分はダメな人間だ」「私なんて小さな存在だ」とさげすむ現代の社会の風潮には、断じて流されてはなりません。

−−「唱題は、どのくらいやればいいのでしょうか」という問いがありました。

名誉会長 祈ることは、あくまで、あなたの「権利」です。祈りたいと思う分だけ、無理なく実践すればいいんです。「これだけ唱題しないと、だめ」なんて狭い考えは、仏法にはありません。
特に、皆さんは、今は学業が本分だから、伸び伸びと考えてください。「一遍の題目」にも計り知れない力があります。
朝、時間のない時などは、心を込めて題目三唱をすれば、必ず通じます。
そのうえで、時間を見つけて、勇んで題目を唱えた福運は、"宇宙銀行"に積まれています。いざという時、限りない力となります。

−−「雑念が湧いて真剣に唱題できない」「テレビが気になって、長続きしない」という正直な声もあります(笑い)。

名誉会長 だから、「仏道修行」なんだよ。唱題に挑戦し続けようという姿勢があれば、また、心の底からかなえたいことがあれば、自然と真剣に唱題できるようになります。ありのままでいいんだよ。
目標を明確に定めれば、祈りに真剣さが増すでしょう。若いのだから、自分自身を高めていく具体的な内容を一つ一つ掲げることが大切です。
私も青春時代、病気との悪戦苦闘が続きました。戸田先生の事業の絶体絶命の窮地もありました。
その中で、ともかく、題目の力を試してみるのだと決めて、唱題を重ね、全身全霊で戦い切りました。そして、一切を勝ち越えて、
「祈りとしてかなわざるなし」
「題目に勝る力なし」との絶対の大確信をつかんだのです。

−−「真剣に唱題しているのですが、なかなか祈りがかないません」というメンバーもいます。

名誉会長 真剣に唱題すれば、必ず、すべてが良い方向に向かっていきます。
仏法の祈りは「誓い」です。
「必ず実現してみせる」と決める祈りです。そう決意を固めるから、本気で努力できる。努力するから、祈りを実現できる自分になるのです。仏法とは、あくまでも
「道理」です。何か神秘的な力ではない。
また、信心は「人間革命」するためにある。仮に、すぐ祈りがかなってしまえば、"努力しなくても、何とかなるんだ"と思ってしまうかもしれない。それでは、人間性の真の向上はありません。
祈って、努力していけば、心の奥底にある願いは必ずかなっていきます。題目の人は、最後は自分の思い描いた以上の大勝利の青春、そして人生を歩めるのです。
だから、思うようにいかない、一時の苦しみや悲しみに、負けてはならない。焦ってもならない。
人生には、病気、経済苦、人間関係の悩みなど、さまざまな試練が襲いかかってくる。しかし、祈り続ける人は、それを断固として素晴らしい勝利の劇に転ずることができます。
あとで振り返って、あの時にあの出来事があったから、今の自分があると、必ずいえるようになる。そのための信心です。
君もどうか、未来に大きな目標を掲げ、祈り続けていってほしい。
そして、その祈りのままに挑戦を貫いていってほしい。私も毎日、君だちと共に祈ります。
そして、「君よ、あなたよ!今日も、明るく強く! 青春勝利の道を!」と、強盛な祈りを重ねていきます。

2013年2月1日金曜日

2013.02.01 わが友に贈る

拡大の月が到来!
広布の最前線で
快活に仏縁を広げよう。
正義の魂を燃やし
人間革命の勝利劇を!

乙御前御消息 P1220
『一つ船に乗りぬれば船頭のはかり事わるければ一同に船中の諸人損じ又身つよき人も心かひなければ多くの能も無用なり』

◇希望の明日へ
"よき人間の絆"を結びゆくことは、人生のかけがえのない宝であり、一生の財産となっていくのである。
平1・8・20

☆女性に贈ることば 二月一日
日常の生活のなかにこそ、人間が生を営むうえでの大切な本質があり、意味がある。それをおろそかにしては、真の幸福も平和もあり得ない。
いかに地味な陰の仕事でも、生き生きと、そして地道に、一日また一日、価値を創造しゆく人生は幸福である。

☆今日のことば 二月一日
よき種は よき苗となり
よき花が咲こう
よき少年は よき青年となる
よき青年は よき社会の指導者となろう

☆100文字の幸福抄
愚痴は「心のさび」といえるかもしれない。
心がさびつくと、
生命の回転が鈍くなり、固まってしまう。
本来ならば、できるようなことも、
できなくなってしまう。
喜びこそが、生命を回転させる
「心の潤滑油」である。

☆大白蓮華巻頭言 2月号「仏の会座」から和楽の前進を
忘れ得ぬ「アフリカの環境の母」マータイ博士は言われていた。
「私が世界中を訪問する中で、確信を込めていえることは、旅先で幸福な創価学会メンバーにお会いしなかった場所は一つもなかったということです」
博士は、兄弟姉妹とも思う創価の友と、「平和」と「人類愛」の連帯を広げたいと語ってくださった。
我らの人間革命と広宣流布の旅路は、春夏秋冬、希望と喜びと勇気にみなぎる和楽の前進である。
「法華経」の会座に集い合った、ありとあらゆる衆生について、御聖訓にはこう記されている。
『皆、如来の勅命を受けて、それぞれの住する国土に法華経を弘めると願ったのである』(P76、趣意)と。
縁する一人一人を「一生成仏」の幸福の人生に!
わが地域を「立正安国」の安穏・繁栄の楽土に!
この誓願が脈打つ「仏の会座」こそ、学会創立以来の座談会なのである。ゆえに、功徳は無量である。
座談会あればこそ、皆が仏法を学び、仏の歓喜の命を輝かせて、生まれ変わった息吹で出発できる。
友の尊き体験談に涙しながら、よし自分も戦おうと、どんな苦難にも立ち向かっていける。
この世で、最も明るく、最も楽しく、最も仲良く、最も温かな人間の励まし合いの世界が、座談会だ。
大聖人は、『あひがたき法華経のともにはなれずば我が身・仏になるのみならず・そむきしをやをもみちびきなん』(P1092)と仰せである。

座談会
 友の和楽の
  嬉しさは
 勝利の旗か
  幸福城かな

妙法の善友から離れなければ、自分も、巻属も、皆を幸福勝利へ絶対にリードしていけるのだ。
あれは昭和三十四年の九月、愛する中部を伊勢湾台風が襲った。目を覆う惨状にもたじろがず、堅塁の母は、被災した自宅の床にベニヤ板を敷き、苦労して同志を結集し、友を招いて、熱気と感動の座談会を開いた。「負けとれん! 変毒為薬、異体同心の信心で、すべてをはね返そう! 必ずはね返せる」
この母の叫びに、皆が奮い立った。彼女の班は、一番星の如く、美事な弘教で、福光の輪を広げた。
こうした偉大な母たちの心は、今、婦人部のグループ長にも脈々と受け継がれ、皆で語り、皆で学ぶ創価の幸福博士のスクラムと花開いている。
「ザダンカイ」は世界語となった。新たに誕生した創価文化センターの展示でも、各国各地の座談会の映像に目を瞳る。それは人間共和の縮図である。
わが師・戸田城聖先生は語られた。
「座談会に、新しい人をどんどん糾合するのだ!
その一人から、新しい勝利の前進が始まる。生き生きと功徳の体験を話し合い、信心はすごいと感激し合う。これが生きた宗教の証なんだよ」と。
現実と悪戦苦闘しながら集い来る求道の友を真心で迎え、出席できない同志にも心を砕いていこう。
仏道修行の仲間は「不敗なる集い」と呼ばれる。
伝統の二月、我らは歓喜踊躍の座談会から、何ものにも敗れない常勝の行進を、愉快に開始しよう!