2016年3月20日日曜日

2016.03.20 わが友に贈る

どうすれば
皆が喜び安心するか。
日々祈り、心を砕け!
人間味あふれる
誠実のリーダーたれ!

御義口伝巻下 P762
『功徳とは六根清浄の果報なり、所詮今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は六根清浄なり、されば妙法蓮華経の法の師と成つて大なる徳有るなり、功は幸と云う事なり又は悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり、功徳とは即身成仏なり又六根清浄なり』

☆四季の語らい
「信念の人生」とは、正義のためならば、何と言われようが、どんな迫害を受けようが、屈しない人生である。「信念に生き抜いた人」が、最高の人格者である。不滅の価値、不滅の光を後世に残していける。

☆女性に贈ることば 三月二十日
家庭がつねに明るく健康であるためには、たゆまざる価値創造が必要だと思う。一曲の音楽が、家庭を楽しい音楽会場にもするし、子どもの描いた一枚の絵が、家庭を美しい展覧会場にもする。

☆今日のことば365 三月二十日
宗教は、単に個人の「心」の枠に閉じ込められたものではない。広く社会に流布した宗教は、それ自体、すでに社会の基盤を形成しているのだ。

☆全国で春季彼岸勤行法要
来る20日は「春分の日」、彼岸の中日にあたる。この日を中心に、「創価学会春季彼岸勤行法要」が全国の主要会館、墓地公園、納骨堂等で実施される。
法要では、厳粛に勤行・唱題し、広布の途上で亡くなられた全同志、家族・親族・友人・先祖の三世永遠にわたる福徳と安穏を祈念する。
仏教では、迷いに満ちた現実世界を「此岸」に、そして仏道修行によって得られる覚りの境涯を「彼岸」に譬える。
日蓮大聖人の仏法では、成仏の根源の法である南無妙法蓮華経を唱え、広布に生き抜くことで、この一生のうちに彼岸に到る、すなわち覚りの境涯を開くことができると教えている。
妙法を行ずる功徳・善根は、自身だけにとどまらない。そもそも「回向」とは、自身の功徳・善根を他者に「回らし向ける」ことである。
「御義口伝」に『今日蓮等の類い聖霊を訪う時法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ、廻向の文此れより事起るなり』(P712)とある。南無妙法蓮華経と唱える唱題こそ最高の追善回向である。
たとえ故人が生前に題目を唱える機会がなかったとしても、題目の功力は故人に届く。
片や、日顕宗の"塔婆を立てなければ追善回向にならない"などの主張は、御書のどこにもない全くの邪義である。
彼岸の時期、"寺に来ないと故人が成仏しない"などと迫って、供養を目当てに1人暮らしの創価学会員らを狙う日顕宗の輩は断じて許してはなるまい。供養する側にとっても、謗法への供養は堕地獄の因となる。
大聖人は、夫・南条兵衛七郎を亡くした上野尼御前に、仏法の眼から見れば亡き夫は霊山浄土で尼御前らを見守っていること、また妙法を持った亡き夫は生きている時は「生の仏」、亡くなってからは「死の仏」であり、生死共に仏であることを教え、励まされている(P1504、趣意)。
池田SGI会長は、東日本大震災から5年となる今月11日付の本紙の随筆でつづっている。
「亡くなった家族や友人の遺志を受け継ごうと、ひたぶるに御本尊に祈る中で、切れず離れず、生死を超えて共にあると、私たちは深く感じ取ることができる」と。
自他共の幸福のために、故人への最高の追善のために、広布の大道を進む自らの尊い使命を確信し、さらなる前進を誓い合いたい。

2016年3月19日土曜日

2016.03.19 わが友に贈る

「負けない人」に
最後の栄冠は輝く。
挑戦し続ける中に
充実の人生がある。
力強く信念の道を歩め!

新池御書 P1443
『有解無信とて法門をば解りて信心なき者は更に成仏すべからず、有信無解とて解はなくとも信心あるものは成仏すべし』

☆四季の語らい
「小事が大事」である。一番、身近なことが、一番、大切なのである。

☆女性に贈ることば 三月十九日
観念だけでは、真に人間を育てることはできません。実際に体を動かし、汗を流し、ともに泣き、ともに笑い−−そうした人間同士の打ちあいのなかでこそ、人は磨かれていくものです。

☆今日のことば365 三月十九日
物事がわけがわからなくなったときには、原点にもどって、素朴に素朴にと考えれば、意外と本質が明らかになるものです。それを入れ物の小さい頭で、溢れているのも気づかずに、更に詰め込んで考えようとするから、みんな問題の本質がどこかへ逃げていってしまうのだ。

☆ウズゲン工科教育大学「名誉博士号」授与式から SGI会長の謝辞
私は、今、詩心あふれる貴・キルギス共和国が生んだ20世紀の民衆詩人・トコムバエフ先生の至言を、しみじみと思い起こしております。
それは、「友情の法則に従い、我らは強靱となる。世界に、友情ほど確実なものは断じてない」という言葉であります。
私たちが、偉大な教育者であられるムルズブライモフ博士を創大祭・白鳥祭にお迎えしたのは、12年前の秋でありました。以来、博士と結んだ、かけがえのない黄金の友情は、いよいよ輝きを増しております。とともに、博士との友情によって、貴国の学術教育界との交流は一段と大きく開かれ、次代の世界市民の連帯を幾重にも広げることができたのであります。
このたびも博士は、若き英邁なアクマタリエフ学長、また、本学の誉れの卒業生である伊藤先生とご一緒に、新たな出会いを心広々と刻んでくださいました。
光栄にも、本日、シルクロードの要衝たるキルギス共和国に輝く知性の殿堂・ウズゲン工科教育大学より、私は最上に意義深き名誉博士の学位を賜りました。
この栄誉を、私は、わが不二の創大生、短大生をはじめ、全世界の創価後継の青年たちと一緒に、人類を結ぶ友情と平和のシルクロードを、さらに開きゆく決意を込めて、謹んで拝受させていただきます。誠に誠に、ありがとうございました。
尽きせぬ感謝を込めて、ここでは貴国の偉大な精神性に学びつつ、未来を照らす「人間教育」の指標を3点、確認させていただきたいと思います。

◇一歩を踏み出す
第一に、「きょうも学びの一歩を! 自身と人類の生命の潜在力を開発せよ」ということであります。
貴大学が屹立するウズゲンは、中世よりカラ・ハン朝の都として繁栄し、ロマン薫る偉大な文化を創出してこられました。
さらに、貴国で名高い、良質な米を産み出されていることでも知られております。
この悠久にして、豊穣なる「文明の十字路」にあって、青年の生命の大地を耕し、無窮の英知と創造力を引き出しておられるのが、貴・ウズゲン工科教育大学なのであります。
千年の昔、キルギスの大詩人・バラサグンは、「知恵とは、歓喜の中の歓喜なり。それは、行動によって、正義となり、幸福をもたらす」と謳い上げておりました。
尊敬してやまないムルズブライモフ博士は、まさしく、この歓喜あふれる「知恵」と「正義」と「幸福」の人間教育のスクラムを、若き日から、たゆまず拡大してこられたのであります。
博士は、ご自身の尊い尊い苦学の経験を踏まえられながら、温かく学生たちを支援し、力強く「生涯学習」のエールも送り続けておられます。
——一人一人がまだまだ「開発しきれていない潜在力」を秘めている。命ある限り、開かれた心で、いつでも何かを学んでいこうではないか、と。
生命を蹂躙する暴力が渦巻く現代世界にあって、学ぶことそれ自体が、自身と人類の生命を信じ、守り、いやまして尊厳ならしめていく挑戦であるといっても、決して過言ではありません。
ゆえに、私たちは、教師も学生も一体となり、世界の友と手を携えながら、きょうも、生き生きと張り切って、学びの一歩を踏み出していこうではありませんか!
第二に申し上げたいのは、「民衆と苦楽を共に! 正義の人材山脈を築きゆけ」という点であります。
私の大好きな貴国の箴言に、「魚の一生は湖と共に 勇者の一生は民衆と共に」とあります。
私が深く感銘するのは、貴大学で薫陶された英才たちが、愛する郷土をはじめ、社会でも、世界でも、民衆奉仕の活躍をなされていることです。
幾たびとなく語り合い、対談集を発刊した貴国の信念の大知性・アイトマートフ先生が語られていた一言が、私は忘れられません。
それは「才能とは責任感の異名なり」と。
大学では、何のために学ぶのか。
大学で身に付けた英知は、誰のために使うのか。
あくまでも、「民衆の幸福」のためであります。
この責任感に徹する時、真実の才能は行き詰まることなく、十全に発揮されるのでありましょう。
私が何よりもうれしいことは、わが創価教育の出身者が、毀誉褒貶の風などに紛動されることなく、それぞれの使命の道で、民衆と苦楽を共に断固として奮闘を貫いてくれていることであります。
共々に「正義の人材山脈」を築きゆく創価同窓の友に、私は、トコムバエフ先生の獅子吼を贈りたい。
すなわち「私は民衆の幸福を謳う、その幸福を守りゆくために! そして、敵の砲弾には、山となって立ちはだかり、精神の力によって、この民衆の幸福を守り抜くのだ」と。

◇忍耐は黄金なり
第三として、「不屈の勇気で前進を! 粘り強く勝利の峰を制覇せよ」と申し上げたい。
幾多の文明の栄枯盛衰を越えて、誇り高く生き抜いてこられたキルギスの民は「不屈の精神を具えた民族」と賞讃されています。
格言の宝庫たるキルギスには、「忍耐——それは黄金なり」とも、「正真正銘の人間であるならば、鋼鉄の如く強くあれ」ともあります。
ムルズブライモフ博士も、「強靱なる鋼鉄」という素晴らしい意義のお名前を持っておられます。
あの東日本大震災より5年、わが東北の友は、まさに「鋼鉄」の如く不屈の精神で、復興に進み抜いてこられました。
きょうは、東北から、わが大学に学び、希望の旭日の光を放ってくれている皆さんも出席してくれております。
本当にありがとう! 送り出してくださった、ご家族にもくれぐれもよろしくお伝えください。
アクマタリエフ学長は、常々、愛する学生たちに対して、「ひとたび始めたら恐れるな!」と励まされ、「あらゆる障害を乗り越えて、すべてを勝ち取れ!」と勇気づけておられます。
創価の負けじ魂とも響き合っております。
貴国の大空高く聳え立つ天山山脈の最高峰は、その名も「勝利峰」。「勝利の峰」であります。
我らは、友のため、父母のため、社会のため、そして、人類の未来のために、敬愛するキルギスの青年たちと共々に、断固として青春と人生の「勝利の峰」へ、邁進していこうではありませんか!
ウズゲンの天地には、貴国の伝説の大英雄・マナスの像が立ち、若人の前途を見守っています。
終わりに、世界の宝の叙事詩「マナス」の一節に、私たちの心意気を託させていただきます。
「前進する者は勝利する。
勇敢なる者は立ち止まってはならない。
勇敢なる者は断じて勝利するのだ。
勇敢なる者を勝利の喇叭が呼ぶ。
勇敢なる者を前進させよう!」と。
キルギス共和国、万歳! ウズゲン工科教育大学、万歳! と叫び、私の謝辞とさせていただきます。
チョン・ラフマット!(キルギス語で「誠にありがとうございました!」)

2016年3月18日金曜日

2016.03.18 わが友に贈る

「学は光」なり。
学び続ける人には
若々しい息吹がある。
精神の成長がある。
向上の歴史を綴れ!

弥三郎殿御返事 P1450
『心あらん人人は我等が為にと思食すべし、若し恩を知り心有る人人は二当らん杖には一は替わるべき事ぞかし、さこそ無からめ還って怨をなしなんどせらるる事は心得ず候』

☆四季の語らい
"壁"にぶつかった時こそ、「壁があるということは、その向こう側は大きく開けているということだ。今、やっと、ここまでたどりついたのだ」と、決意をいや増して進んでいきたい。

☆女性に贈ることば 三月十八日
岩にさえぎられた苗木は、まっすぐに伸びることはできない。かといって、温室で育てたものは、早く生長するが、風雪に対する抵抗力が弱いものである。
伸び伸びと、自由な空気のなかで、しかも、自然な試練のなかに、鍛えられていくことが、子どもにとつて幸せな道ではないだろうか。

☆今日のことば365 三月十八日
今日の目標は
 その日のうちに必ず達成することだ
それがまた
 明日の戦いへの勝利の因である

☆福光勤行会への名誉会長のメッセージ
東日本大震災から満5年に際し、私も、お亡くなりになられた全ての方々のご冥福を祈り、追善回向の勤行・唱題を懇ろに捧げさせていただきました。そして、被災なされた皆様、避難を余儀なくされている皆様の一日も早い復興と無事安穏を、深く御祈念いたしました。
この1827日、尊き皆様が一日また一日、どれほどの祈りで、どれほどの勇気で、どれほどの慈愛で、どれほどの忍耐で、共々に、言い知れぬ艱難辛苦を乗り越えてこられたことか。
一人一人が、自分にしかなし得ない奇跡のドラマをつづりながら、使命の舞台で不屈の光を放ってこられました。
まさに『妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり』(P947)との御金言を、現実に実証されてきた皆様を、日蓮大聖人が、もろ手をあげて御賞讃くださっているに違いありません。
大聖人は、仰せになられました。
『総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か』(P1337)と。
どうか、皆様は、この最も強く尊く深い異体同心の「励ましの絆」を、いやまして仲良く結んでいってください。
そして、広宣流布と立正安国の総仕上げを担い立つ「地涌の旗頭」として、自他共に笑顔と喜びと福徳満つる天地を、断固として築き、広げていただきたいのであります。
みちのくの我らは、いかなる苦難が立ちはだかろうとも、「苦楽ともに思い合せて」題目を唱え、「負げでたまっか!」と、いよいよ東北魂を燃やし、凱歌の人生を勝ち開いていこうではありませんか!
世界一、誇り高き東北家族に、世界一の幸福勝利の春よ、爛漫と来れ!
大切な大切な、東北の全同志の御健康と御多幸を、強盛に祈りつつ。

2016年3月17日木曜日

2016.03.16 わが友に贈る

「感謝の心」が
人間を偉大にする。
新舞台へ羽ばたく君よ
断じて報恩の道を!
凱歌の人生を歩みゆけ!

撰時抄 P265
『教主釈尊記して云く末代悪世に法華経を弘通するものを悪口罵詈等せん人は我を一劫が間あだせん者の罪にも百千万億倍すぎたるべしととかせ給へり』

☆四季の語らい
「いつか」ではない。「今」、この時を完全燃焼せずして、真の人生はありえない。先のばしせず、「今」、「ここ」で、自分の人生の意義を見つめ、考え、最も大切なことを実行しなければならない。心を燃やし、命を燃やして。そうでなければ「感動の人生」にはならない。

☆女性に贈ることば 三月十六日
師弟というのは、師匠に弟子が仕えきっていくことだ。弟子が力をつけ、立派になり、偉くなって、師匠にお応えするのだ。
そして師匠に勝利を報告するのだ。

☆今日のことば365 三月十六日
友情は、善悪共に通ずることも知らなくてはならない。悪友は得やすく、善友は得がたい。ほんとうの善友とは、ときに自分の欠陥や、誤りを、厳しく指摘してくれる人である。偽り親しむのは、かえって身を滅ぼす悪友である。

☆第1回東北青年音楽祭 SGI会長のメッセージ
◇東北に青春凱歌は轟けり
世界に希望の虹を懸けゆく東北青年音楽祭の開催、おめでとう!
今、私の心も、わが誉れの若き皆さんと一緒にあります。宮城、岩手、青森、秋田、山形、福島から、勇んで集った皆さんとスクラムを組み、共に希望の音楽を奏で、友情の歌を合唱し、勇気の舞を舞い、新たな出発の太鼓を共々に打ち鳴らしております。
厳寒のなか、必死に時間を工夫し、練習と人間革命の挑戦を重ねてきた出演者の皆さん、また、陰ですべてを支えてくれている役員の皆さん、本当にご苦労様です。
あの東日本大震災から5年——若き皆さんが、どれほど厳しく、苦しく、悲しい試練に立ち向かい、耐え抜いてきたことか。
どれほど、愛する郷土の未来を見つめて、祈り、戦い、尽くしてきたことか。
日本一と輝く希望の対話の拡大も、本当におめでとう!
大災害の打ち続く世に「立正安国」のために戦い抜かれた日蓮大聖人が、熱い涙を流されながら、皆さん一人一人の手を取り、労い、讃えておられるでありましょう。私は、全世界に向かって、東北に最高の宝の青年あり! この誇り高き若人を見てくれ給え! と叫びたい思いでいっぱいであります。
とともに、この青年たちを誰よりも温かく、こまやかに励まし、応援してくださっている、世界一の東北家族の母たち、父たちに、私は皆さんと最大の感謝を込めて万雷の大拍手をお贈りしたいと思いますが、どうでしょうか。
大聖人は、『蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり』(P1173)と宣言されました。「心の財」とは、何ものにも壊されない、何ものにも負けない、究極の生命の力です。この5年間、尊き尊き東北の友は、一日一日、その無限の生命の光を発揮してきました。
そして、いやまして、東北の若人が心の財を積みながら、人類が願ってやまない「生命尊厳の文明」の旗頭となって世界をリードしてくれる未来を、私は展望しております。いな、確信しております。
恩師・戸田先生も大好きだった、詩人の土井晩翠は、東北の青年のために金剛不壊の心を詠いました。
「嵐も雨も 叢雲も われには示す 明日の晴」(『曙光』金港堂、現代表記に改めた)と。
崇高な使命に生きゆく皆さんには、これからも苦難の嵐が立ちはだかるでしょう。しかし、今日のこの勇気の歌声と連帯を忘れずに、自分のため、人のため、郷土のため、不撓不屈の東北魂で、勝利に晴れわたる希望の明日を開いていってください。
地球社会に「人間の心の財はかくも偉大なり」と、「希望の光彩」を広げる東北の大復興を、私は、命の限り、祈り続けてまいります。
どうか、一人ももれなく、健康第一で! 朗らか王の青春たれ! 勉学でも、職場でも、地域でも断じて勝利者となって、笑顔の親孝行をお願いいたします。
結びに、

東北に
 青春凱歌は
  轟けり
 人材の城
  世界を照らせや

と贈り、私のメッセージといたします。
一番信頼する東北の青年に、幸福と栄光あれ! 愛する東北に、不滅の繁栄あれ!

2016.03.17 わが友に贈る

友情を広げよう!
新たな出会いが
自分を変える。
人生を豊かにする。
心を結ぶ語らいを!

佐渡御書 P959
『今謗法の酔さめて見れば酒に酔る者父母を打て悦しが酔さめて後歎しが如し歎けども甲斐なし此罪消がたし、何に況や過去の謗法の心中にそみけんをや』

☆四季の語らい
"人間として最も美しい姿"とは何か。それは、悩んでいる人、苦しんでいる人のために、自ら苦難に向かって突き進んでいく姿ではないだろうか。人の痛みをわが痛みとしていく。何があろうと引き下がることなく、あえて困難を引き受けていく。その人の姿はまことに美しい。

☆女性に贈ることば 三月十七日
学歴や財産は、それ自体、人生の目的ではない。ゆえに、そのことで人をうらやんだり、自分を卑下したりするのは愚かである。
貴女自身がすべての宝であることを忘れないで、毅然と生き抜くことだ。

☆今日のことば365 三月十七日
「人生とは、闘争の異名なり」と、叫んだ哲人がいる。まさしく、人生は、戦争の如く、厳しく、目まぐるしい感を抱く。何も知らなかった少年時代が、懐かしい。だが、一歩も、退くことは、許されぬ。

☆随筆永遠なれ創価の大城 第3回 響け「福光」の凱歌
◇「冬は必ず春」を我らが実証 東北の負けじ魂はいよいよ厳たり
あの未曽有の「東日本大震災」から、五年の節を迎えました。
私は、妻と共に、一段と強く深く、全ての犠牲者のご冥福を祈り、追善回向の題目を送ります。
ご家族や友人をはじめ縁深き方々を亡くされた悲しみを抱えながらも、不屈の心で苦難と戦い続けておられる皆様方に、真剣に題目を送ります。
仮設住宅や避難先で、また地元で、さらに新たな天地で、懸命に奮闘されている皆様方に、共戦の題目を送ります。
『題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし』(P808)と御書にあります。
この究極の希望の源泉たる題目を唱え響かせて、三世の同志と共々に金剛不壊の「心の財」を生命に積み上げ、断固と「福光」の未来を開いていってください。

◇風雪を耐え抜き
日蓮大聖人は、厳然と仰せくださった。
『法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる』(P1253)
この不滅の御金言を賜ったのは、健気に信心を貫く一人の母である。
大聖人と一門への迫害が打ち続く風雪の渦中であった。師弟の道を歩み通した正義の夫は僅かな領地も奪われて、大聖人が佐渡流罪から赦免を勝ち取られる晴れ姿を見ずして逝去した。いかばかり悔しかったことか。
まさに厳寒の冬の境遇の下で、病の子どもらを抱きかかえて、必死に生き抜いてきた母である。
『法華経を信ずる人は冬のごとし』と言われた時、この母は、ああ、今の自分たち一家のことだと拝されたであろう。その冬の生命が、必ず「春」へ開くと、御本仏が断言なされたのである。
煩悩即菩提である。一番苦しんだ人こそ、一番幸福になる権利がある。
「冬は必ず春となる」——この御文を生命の底から最も深く拝し、人生の上に、また現実社会の上に、堂々と実証してこられたのは誰か。それこそ「わが偉大な東北の同志なり!」と、私は声を大にして叫びたい。
大聖人は、この母に対して、信念に生き切った夫君を讃嘆されながら、こう励まされている。
『大月輪の中か大日輪の中か天鏡をもって妻子の身を浮べて十二時に御らんあるらん』(P1254)と。
妙法で結ばれた家族は、生死を超えて「常楽我浄」の春を、一緒に勝ち開いていけるのだ。

◇生命の絆は永遠
災害や事故などによって、互いに結び合っていた人生が突然に「死」と「生」に引き裂かれてしまう。それは、何より辛く、悲しい別離だ。
肉親や近しい人の死は、生前には気づけなかった思いを湧き上がらせる。"もっとこうしていれば"と、振り返って涙が頬を伝う時もあろう。追憶は尽きることがない。
法華経寿量品には、「方便現涅槃(方便もて涅槃を現ず)」と、死もまた方便であると説かれる。生も死も同じ永遠の生命に具わる現れであり、生死は不二なのである。
永遠の生命観で捉えるならば、死によって「心の絆」「生命の絆」が切断されることは決してない。
亡くなった家族や友人の遺志を受け継ごうと、ひたぶるに御本尊に祈る中で、切れず離れず、生死を超えて共にあると、私たちは深く感じ取ることができる。寿命も、福運も、誓いも、全て受け継いでいく「後継者」なのである。
妙法は三世にわたって生命に凱歌を響かせゆく大法である。ゆえに「我ら東北家族の絆は永遠! 永劫に幸福勝利なり」と確信し合いたい。

◇一歩また一歩と
若き日、学の都・仙台に留学した中国の文豪・魯迅は綴っている。
「『人生』という長い道のり」にあって「分れ道」や「行きどまり」にぶつかる時がある。
その時にどうするか。
「私は、泣きもしなければ引返しもしません」と魯迅は言うのである。
断じて「踏み越えて行きます。いばらの中でもかまわない」と。
震災五年——。被災された方々には、困難や矛盾をはらんだ「分れ道」や、「もう、これ以上進めない」と天を仰ぐような「行きどまり」の連続であったに違いない。
「震災から五年」とは、「震災が始まって五年にすぎません」と表現した友がいる。時間の進み方は皆が違う。暦に合わせて、悲しみや苦しみが薄れるわけではない。
それでも、わが同志は、一歩また一歩と、自らの歩幅で「福光」への歩みを重ねられた。勇気を奮い起こして、いばらを踏み越え、能忍の前進を続けられた。
私は、一人ひとりの肩を抱き、握手を交わす思いで最大に讃えたい。

◇庶民の王者たち
信心とは無限の希望であり、最強の勇気だ。
深い闇に夜明けの光を求めるように、未曽有の大苦難の日々にあって、あの母が、あの父が、必死に御本尊に向かい、『御書』を開いた。
御文はただの文字ではなかった。日蓮大聖人の師子吼であり、慈愛の肉声であった。一節一節を大聖人と対話するように拝し、命に刻んできた。
『我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし(中略)つたな(拙)き者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし』(P234)
この御文を拝しては、今が「まことの時」だと思い定め、「負げでたまっか!」と頭を上げ、地域を陽光の笑顔で照らす母がいる。
御聖訓には、『夫れ木をうえ候には大風吹き候へども つよ(強)きすけ(扶)をかひ(介)ぬれば・たうれず』(P1468)とも仰せである。
ゆえに我らは互いに支え支えられながら、生き抜いていくのだと、一人また一人、一軒また一軒、粘り強く激励に歩き続ける父がいる。その中で、正義の"五勇士"の連帯も大きく広がっている。
なんと尊き"如説修行の父母たち"か!
『難来るを以て安楽』(P750)と立ち向かう。その覚悟に、大聖人と同じ仏の生命が涌現するのだ。
それは、命にも及ぶ大難の中を、「師子王の心」で民衆救済の大闘争に走り抜かれた御本仏に直結する生命である。
我らの東北には、三世の諸仏の御賞讃に包まれゆく、地涌の旗頭たる「庶民の王者」が無数におられるのだ。

◇青年は勝った!
新生の
 人材 永久に
  東北城

三月六日の日曜日、宮城・利府町の大舞台に、東北六県の若人をはじめ七千人が集い、春を呼ぶが如く第一回「東北青年音楽祭」が行われた。
青年部・未来部による福光の凱歌と希望の調べ——その歓喜と感動は、私のもとまで明るく晴れ晴れと轟いてきた。
皆それぞれの使命の場所で奮闘し、そして日本一の希望の拡大を見事に果たしての祭典である。
その陰には、どれほど慈愛の父母たちの祈りと支えと温かな励ましがあったことか。
あの友、この友へと「励ましの絆」を広げ、「共に立ち上がろう」と勇んで関わり、働きかけずにおられないのが、東北の創価家族である。
あらゆる苦難を変毒為薬し、大東北は勝った!
宮城。岩手。青森。秋田。山形。そして、福島——全東北の皆の心が一つになって、フィナーレを飾ったのは、青年部有志が作詞した「希望の光彩」であった。
「いかなる時も 壊されない/心の財 師と共に/我らが果たす 青葉の誓い/希望の光彩 未来へと」
悲哀の闇を乗り越え、新時代の夜明けを開いた、君たち、貴女たちの姿よ、歌声よ!
若き君たちの「生命の讃歌」は、亡きご家族や同志の生命をも包み込んでいくに違いない。
それは、法華経の会座で、妙音菩薩が娑婆世界に舞い来り、「天の曲」「天の歌」を奏で、末法広宣流布を誓う人びとを鼓舞した如く、福光の未来を大歓喜で晴らしゆく「希望の光彩」なのだ。

◇人間復興の旗手
今月、いよいよ仙台で「レオナルド・ダ・ヴィンチと『アンギアーリの戦い』展」が開幕する。
レオナルドは、鳥の飛翔について「翼を開いて逆風をそれにとらえ、それによって高く上昇する」と洞察していた。
生命には、逆風に敢然と立ち向かう、不屈の力がある。試練を転じて、飛翔する力がある。
過酷なる運命の烈風に晒された一人が、みちのくの負けじ魂で、人間革命の翼を広げる英姿が、地域に社会に、どんなに勇気を贈りゆくことか。
一人の「生命の宝塔」の限りない尊厳性に、万人が眼を開く。そこに「立正安国」の出発点もある。
新生・東北の皆様こそ、新たな「生命尊厳の文明」を創り開く、人間復興の希望の旗手なのである。
今、東北ルネサンスの太陽は昇った!
東北の春は、創価の春だ。人間勝利の春だ! 桜梅桃李の生命の花よ、民衆連帯の人材の花よ、爛漫と咲き薫れ!

2016年3月15日火曜日

2016.03.15 わが友に贈る

「迅速な行動」
「誠実な対応」
ここにリーダーの
責任感が表れる。
人間主義の名将たれ!

十字御書 P1492
『今日本国の法華経をかたきとしてわざわいを千里の外よりまねきよせぬ、此れをもつてをもうに今又法華経を信ずる人はさいわいを万里の外よりあつむべし』

☆四季の語らい
人を育てるには、一人ひとりに焦点を合わせた激励と指導が大事になります。たとえば、草木にしても、太陽さえ輝いていれば、すべての草木が育つとは限りません。日陰になって、光を遮られている木もあれば、害虫に侵されていることもあるかもしれない。、あるいは、養分が不足している場合もある。そうした一つ一つの事態に的確に対処し、手入れを重ねてこそ、草木は育つものです。

☆女性に贈ることば 三月十五日
子どもは、いつか、独り立ちしていかなくてはならない。
「子どもを『幸福にすること』と『甘やかすこと』を混同してはいけない」とはフランスの思想家ルソーの言葉です。
子どもを幸福にするために大切なのは、どんな試練にあっても、それに負けない強さと勇気を育んでいくことではないでしょうか。

☆今日のことば365 三月十五日
絶望といい、不幸といい、それをそうと決めるのは、所詮、その人の心のしわざである。してみれば、希望というものは、まず自分自身の悲哀を克服したところに生まれるものだ。

☆仏法の教え 「抜苦与楽」の実践
励ましは"万の力"——。座談会に参加したり、メンバーの家を訪ねたりして、皆さんと懇談をする中でそう実感する。唱題行の功徳が無量無辺であることはいうまでもない。だが、惰性に陥ったり、困難を前にめげたりすることなく、常に求道の心を燃やし続けられるのは、切磋琢磨し合う同志の存在があるからだ。いわば、「一人一人の真剣な祈り」と「慈愛に満ちた励まし」が見事な相乗効果を生むことで、学会の庭に信心の功徳が大きく広がっているといえよう。ここでは、学会員が実践している「抜苦与楽」について考察したい。

◇闘病中の母に届いた伯父からの"お祝い"
「2度目の大病、おめでとう!」
1月に入院したばかりの母のもとに届いた、伯父からの手紙の書きだしの一節に、私は面食らった。だが、母は、実兄からの手紙を何度も読み返し、その中で悲嘆の涙が誓いの涙に変わっていった。見舞いに訪れる友人にこの手紙を見せながら"絶対に負けないから"と語るまでになったのだ。
——11年前に「くも膜下出血」を患ったものの、8時間に及ぶ開頭手術、リハビリを経て、趣味の写真で個展を開くまでに回復した母。その母が元日の朝に突然、不調を訴え、左半身がまひ状態に。病院で調べたところ「血栓性脳梗塞」を起こしていることが分かった。「左半身の機能障害が残ることを覚悟してください」との医師の言葉に目の前が真っ暗になった。ましてや母のショックはいかばかりか。その母の心を蘇生させたのが、伯父の手紙だった。
草創の関西で、男子部として弘教の先頭に立つなど、広布一筋に生き抜いてきた伯父は「難が競い起こるのは、法華経の行者の証明」が口ぐせ。その伯父の"お祝いの言葉"には「必ず一緒に乗り越えよう」との慈愛がにじんでいた。
伯父の激励に誓いを新たにした母は、先月半ばにリハビリ病院に転院。全く動かなかった左手の指先が動くようになり、歩行訓練を始めるなど、少しずつ快方に向かっている。
これまで何度も『病によりて道心はをこり候なり』(P1480)との御金言を拝してきたが、母と伯父の姿を通して、この一節に込められた日蓮大聖人の「励ましの精神」をあらためて学んだ思いである。

◇『一切衆生の同一苦は悉く是日蓮一人の苦』
仏法に説かれる「慈悲」。この言葉は、サンスクリット(古代インドの文章語)では、他者に利益や安楽を与える慈しみを意味する「マイトリー」と、他者の苦に同情し、救済しようとする思いやりをあらわす「カルナー」からできている。
「大智度論」では、この「慈悲」について、「慈」とは一切衆生に楽を与えること(与楽)であり、「悲」とは、一切衆生の苦を抜くこと(抜苦)であると述べている。
災害や飢饉・疫病などが相次ぎ、混迷した鎌倉時代にあって、苦悩の民衆を救わんと、釈尊以来の仏法の根本精神ともいえる「抜苦与楽」の実践に立ち上がられたのが、御本仏・日蓮大聖人である。
『一切衆生の同一苦は悉く是日蓮一人の苦と申すべし』(P587)
あらゆる人の苦悩に同苦し、力強い励ましを送るところに、日蓮仏法の魂がある。ここでいう「同苦」とは、上から見下ろす哀れみでもなければ、表層的な同情に終始することでもない。悩み苦しむ友に徹して寄り添い、その上で、相手が自分自身の力で立ち上がり、ともどもに前進できるようになるまで関わり続けていく地道な挑戦である。
『一念三千は抜苦与楽なり』(P773)
仏法では、「一念三千」すなわち、あらゆる人に地獄界から仏界までの十界の生命が本然的に具わっており、一念を変革することで自身に内在する仏の生命を涌現していけると説く。
自身の一念を変革するところから相手の生命を変え、相手の置かれた環境をも変えていく。また、友の幸せを真剣に祈り、励まし続ける中で、自分自身の境涯も大きく開いていく。
『自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり』(P761)
「抜苦与楽」の実践は、そのまま「自他共の歓喜」「自他共の幸福の実現」へとつながっていく。この尊い行動を自らの姿をもって教えてくださったのが創価の三代会長であり、なかんずく池田先生である。

◇永遠に忘れられない徳島の同志への激励
私たち徳島の同志にとって、永遠に忘れることのできない師匠の激励行。それは、宗門の黒い鉄鎖を断ち切り、正義の反転攻勢を開始された、1981年(昭和56年)11月の四国指導である。
9日に徳島空港に降り立たれた先生は、直ちに徳島講堂に駆け付け、悪侶の醜い謀略に苦しんできた同志を励まし、「春が来た」「熱原の三烈士」などをピアノ演奏してくださった。
先生は、翌日も徳島講堂での勤行会に出席され、休む間もなく香川の四国研修道場へ。10日に行われた記念撮影の際、先生は、私の祖母に「おばあちゃん、お久しぶりですね」と温かな声を掛け、祖母と母の手を握ってくださった。わが家の原点であり、母は、この時の先生の手のぬくもりを思い出しながら、きょうも病魔と闘っている。
四国青年部と共に「紅の歌」を作られた先生は「徳島も歌を作ってはどうか」と提案。有志が急ぎ作成した歌詞を池田先生が推敲してくださり、徳島県愛唱歌「愛する徳島」が誕生した。
「功徳の舞いは 徳島に」
「五万の同志に 歓喜あり」
「いざや徳島 いざや立て」
坊主による学会攻撃の嵐の中、歯を食いしばって耐え忍んだ徳島の学会員。そのけなげな信心をたたえ、一緒に立ち上がろうと呼び掛けられる師の慈愛を知った同志の胸に歓喜の波動が広がった。そして、今度は自分自身が師の心をわが心として"周囲を希望で照らす灯台"になろうと、悩める友を励ましてきたのだ。

◇創価の花園に爛漫と咲き薫る功徳の花々
同志の「抜苦与楽」の実践によって、蘇生したメンバーは数知れない。
漁師の家に嫁ぎ、自閉性障がいの息子を育てる婦人に、試練が襲ったのは15年前のこと。夫が操業中に事故で亡くなったのだ。婦人の心を癒やしたのは、同志の励ましだった。「今こそ、広布に生き抜いてきたご主人の分も祈り、頑張る時。みんなでお題目を送るから」との言葉を胸に立ち上がった。息子は絵画の分野で才能を発揮し、毎年のように個展を開催し、地元紙などにも取り上げられた。
"学校ではいつもひとりぼっち。本だけが友達だった"という女子高等部員の転機は、未来部の担当者の「ゲーテの本を読んでいるなんてすごい!」との言葉だった。「自分のことを認めてくれている人がいる」。そう感じた彼女は会合に参加するようになり、現在、女子部の輪の中で生き生きと学会活動に励んでいる。
幼いころに両親が離婚し、すさんだ青春時代を送っていた青年は、自分の将来を親身になって心配してくれる学会員にこれまで閉ざしていた心の扉を開き、勤行に挑戦。生活にかつてない充実感を感じるようになり、自ら進んで入会した。
学会員の家庭に生まれ育ったものの、定職に就くこともなく無気力に陥っていた男子部員は、先輩に誘われて「創価青年大会」に参加。同世代の仲間の姿に「自分もあんなふうに輝きたい」と決意し、仏法対話に挑戦。弘教を実らせた彼は語った。「これまでは、他人の人生など考えたこともありませんでした。それが、あの人にもこの人にも幸せになってほしいと本気で思える自分に変わったのです」。祈っていた就職も勝ち取った。
「抜苦与楽」の地道な戦いによって立ち上がった友が、今度は、自ら「抜苦与楽」の実践に取り組んでいく——。歓喜の連鎖によって、今、創価の花園に功徳と歓喜の花々が爛漫と咲き薫っている。
徳島指導、そして県愛唱歌「愛する徳島」誕生から35周年の佳節を刻む本年、目の前の友を励ます実践の積み重ねで、人間主義の連帯を大きく広げていきたい。

◎キルギス共和国のウズゲン工科教育大学からSGI会長に名誉博士号(366番目)

2016年3月14日月曜日

2016.03.14 わが友に贈る

◇今週のことば
縦藍而青の3・16だ!
大願に生きる「情熱」
壁を破る「勇気」
歴史を創る「連帯」
創価の青年力を社会へ!
2016年03月14日

兄弟抄 P1084
『なにとなくとも一度の死は一定なり、いろばしあしくて人にわらはれさせ給うなよ』

☆四季の語らい
「怒ること」と「叱ること」は違う。愛情をもって、母親が我が子を叱るように、教員が生徒を伸ばそうと叱るように、「励ましの心」で叱る。これは人間的な励ましであり、優しい心、温かい心である。それに対し、怒りには憎しみがある。自分の感情にまかせて怒るのは、魔性の心と言わねばならない。

☆女性に贈ることば 三月十四日
勇んで労苦を引き受け、友と同苦し、人びとに、社会に、奉任しゆく人生であれ!
大きく悩んだ牢光きし郵猷が郎がる。

☆今日のことば365 三月十四日
文明は権力 武力を用いず
幸せへ民衆を化す運動である

☆〜新会員のための仏法入門〜 第23回 三証
◇功徳に満ちた実証を示そう!
世界には数多くの宗教があり、その教義もさまざまです。どの教えが人々を幸福にするすぐれた教えなのか——。宗教の優劣を判定する"物差し"が、今回学ぶ「三証」です。具体的には「文証」「理証」「現証」の三つで、「証」とは証拠のことです。

◇御書の随所で経文を引用
「文証」とは、その宗教の教義が、よりどころとなる経文、聖典の上ではっきりとした裏付けをもっているかどうか、ということです。
日蓮大聖人は『経文に明ならんを用いよ文証無からんをば捨てよとなり』(P482)と、経文上に明確な根拠のある教義を用いるべきであり、経典によらない教えを用いてはならないと戒められています。文証に基づかない教義は、所詮、己義(自分勝手な考え、教え)にすぎません。
『文証無き者は悉く是れ邪偽・彼の外道に同じ』(P148)
『若し仏の所説に順わざる者有らば当に知るべし是の人は是れ魔の眷属なり』(P152)
大聖人は文証の大切さについて御書の随所で強調され、法理を説かれる際にも多くの経文を引用されています。
そして、創価学会は、創立以来、御本仏・日蓮大聖人の御金言である「御書」を根本に仏法を実践しています。

◇現実生活を変えられるか
「理証」とは、その宗教の教義や主張が道理にかなっているかどうか、ということです。
御書には『仏法と申すは道理なり』(P1169)とあります。仏法はどこまでも道理を重んじるのであり、道理に外れた主張は用いるべきではありません。
「現証」とは、その宗教の教義に基づいて信仰を実践して、現実生活の上で結果が現れるかどうか、ということです。
宗教とは、観念的なものではなく、人々の生活や人生、さらには社会に必ず大きな影響を与えます。ゆえに、その信仰を実践することで、現実に一人一人の人生に、さらには社会にどのような影響を与えたかで、その宗教の勝劣浅深を判断していくべきです。
以上のように、大聖人は、「文証」「理証」「現証」という三つの基準をもって正法を判定するべきであるとされました。この三証のうち、どれか一つが欠けても、正しい宗教とはいえません。
薬に譬えていえば、文証は成分表や効能書きにあたり、理証は薬が効く確かな理由にあたり、現証は実際に服用して体が回復するという明確な結果にあたります。

◇「現証に付て事を切らん」
大聖人は『日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず』(P1468)と仰せです。ここで「道理」とは理証のことであり、「証文」とは文証のことです。
この御文に明らかなとおり、大聖人が最も重視されたのが、現証です。
文永8年(1271年)夏に大干ばつ(長期間の日照り)が起こった時、真言律宗の極楽寺良観が祈雨(雨乞い)をすることを聞かれた大聖人は"もし良観が7日のうちに雨を降らせたなら、自分が良観の弟子になる。もし雨が降らなければ、良観が法華経に帰伏せよ"と申し入れをされました。
結果は、7日間雨は一滴も降らず、良観はさらに7日の延長を申し入れましたが、雨が降らないばかりか暴風が吹くというありさまで、良観の大敗北に終わりました。
「現証に付て事を切らん」(同349ページ)——大聖人はまさに現証をもって宗教の正邪を明確にされたのです。
創価学会もまた、牧口常三郎初代会長が「道理も証文ももちろん大事だが、論より証拠で、生活の中に功徳の実証を示すことが、それ以上に大事である」と語っているとおり、何よりも現証を重視してきました。
御書根本の実践を重ねる中で、目前の苦難を乗り越え、勝利の姿をもって信仰の現証を示した同志は数知れません。
強盛な信心を根本に自身の課題に挑戦し、功徳に満ちた勝利の実証を示すこと自体が、日蓮仏法の正しさの証明にほかならないのです。

2016年3月13日日曜日

2016.03.13 わが友に贈る

受身の姿勢では
本当の力は出ない。
強盛なる祈りから
一日のスタートを!
わが一念を定めよ!

四条金吾殿御返事 P1163
『一生はゆめの上明日をごせずいかなる乞食にはなるとも法華経にきずをつけ給うべからず』

☆四季の語らい
一対一の「草の根の語らい」−−それは、まことに地味である。しかし、それこそが、「人と人とのつながり」をつくっていく。人の心を変え、意見を変えていく。この粘り強い民衆の対話の繰り返しが、時代を底流で変えていくのである。

☆女性に贈ることば 三月十三日
こうすれば、どう見られるか、どうなるか−−そういうことだけを考えて、人によく思われるように、うまく泳いでいく。それは楽なように見えて、あまりにもわびしい生き方である。状況に翻弄され、なんの価値も残さず、時代とともに色あせていく人生であってはならない。
わが人生は、自分自身への最高の贈り物なのである。

☆今日のことば365 三月十三日
自分は死を恐れない
 という人を聞くが
  私は そんな人間になりたくない
死を恐れるが故に
 生きることへの歓びが深まり
  野蛮と文明との 分岐点があるからだ

☆御書と歩む 第6回 広布の丈夫よ 勇んで進め!
『人身は受けがたし爪の上の土・人身は持ちがたし草の上の露、百二十まで持ちて名を・くたして死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ』(崇峻天皇御書、1173ページ)

◇通解
人間に生まれることは難しく、爪の上の土のようにまれである。人間がその身を全うするのは難しく、草の上の露のようにはかない。120歳まで長生きしても悪い評判を残して終わってしまうよりは、生きて一日でも名をあげることこそ大切である。

◇同志への指針
壮年門下の四条金吾に贈られた、厳愛の指針である。
「名をあげる」とは、世間の名声などではない。妙法流布に勇敢なる闘争の歴史を残すことだ。「あの人がいたからこそ」と同志の心に刻まれゆく、誠実と励ましの名将として、戦い勝つことだ。
受け難き人身を得た我らだ。壮年部結成50周年の節——広布の「黄金柱」として、堂々たる大前進を共々に!

2016年3月12日土曜日

2016.03.12 わが友に贈る

一人のために!
一人を大切に!
これが学会精神だ。
悩める友に寄り添い
今日も真心の激励を!

一生成仏抄 P384
『此の旨を深く信じて妙法蓮華経と唱へば一生成仏更に疑あるべからず、故に経文には「我が滅度の後に於て応に斯の経を受持すべし是の人仏道に於て決定して疑有る事無けん」とのべたり、努努不審をなすべからず』

☆四季の語らい
知性ある人は、何か行動する。運動をする。社会のため、人類のため、未来のために。権力と戦わぬ「行動なき知性」は、本物ではない。真の知性の人とは、信念の人であり、勇気の人である。

☆女性に贈ることば 三日十二日
女性の場合、決して、いわゆる青春時代のみが花なのではない。若い時代にどんなに華やかであっても、その幸福は浅いものだし、また一生続く保証もない。
長い目で見た時には、心にしっかりした芯をもっている人は、時とともに、輝いていくものだ。

☆今日のことば365 三月十二日
人の悪口、批判……。
する場合もある。される場合もある。
互いに人格を尊重していくべきだ。常に自己を磨くことだ。
自己を磨くことを忘れての悪口は、批判は、互いに愚かである。

☆新時代を創る 第8回 朗らかに広宣の華と舞え
日蓮大聖人は、門下に女の子が生まれたと聞かれ、『春の野に華の開けるが如し』(P1110)と祝福なされた。
いずこであれ、妙法を唱え広める女性は、試練の冬を勝ち越え、希望の春を呼び、喜びの華を咲かせる。
友のため、社会のため、広布のために、祈り、動き、語る全国の婦人部・女子部の皆様方に、御本仏の御賞讃はいかばかりか。
3月3日は女子の幸せを願うひな祭りであり、「大阪婦人部の日」「先駆九州女性の日」でもあった。
晴れわたるこの日、広布の門を開く全女性に健康と幸福と勝利あれと念じつつ、妻と共に創価女子会館へ向かった。会館の前で、女子部のリーダーたちの清々しい決意を伺い、何よりもうれしかった。

昭和33年(1958年)の3月——。
戸田先生に、何度となく「広宣流布は私たちがやります」との誓いを込めて、力強い歌声をお聞かせしたことが思い出される。
未来は青年の腕にある。後継の若き力によってこそ大事業は成就するのだ。
この6日には、宮城・岩手・青森・秋田・山形・福島の地涌の友が集い、「東北青年音楽祭」が行われる。東日本大震災から5年——不屈の勇気の凱歌で、「希望の光彩」を世界へ未来へ輝かせゆく祭典だ。
大東北の尊き父母たちも厳寒の中、全国模範の聖教新聞の拡大を成し遂げて、わが青年たちを熱く応援してくれている。
あまりにも健気な若人たち一人一人と、心の握手を固く交わす思いで、私は大成功を祈りたい。

忘れ得ぬ3月16日、広宣流布の記念式典で、戸田先生は厳然と宣言された。
創価学会は、宗教界の王者なり!——と。
恩師の師子吼を胸に、勇気凜々、朗らかに進もう!
創価の我らが行くところ、皆の心に太陽が昇る。わが使命の本舞台で舞い、歓喜の歌を轟かせるのだ。

2016.03.11 わが友に贈る

我ら創価家族には
変毒為薬の信心がある。
「悲哀」を「勇気」に
「宿命」を「使命」に
自他共の幸福を開け!

開目抄上 P187
『金光明経に云く一切世間所有の善論皆此の経に因る、若し深く世法を識れば即ち是れ仏法なり』

☆四季の語らい
大事なのは、励ましである。励ましの声である。仏典には、「声仏事を為す」と仰せである。現実に生きゆく人々に、希望と勇気を送るのは、真心からの「励ましの声」である。

☆女性に贈ることば 三月十一日
自己の成長を願わず、目先の楽しみだけを追い求める人生の、どこが幸福であろうか。
「成長しよう」と努力する女性は、人生のどんな時をも、最高に輝かせていける。

☆今日のことば365 三月十一日
夢を実現し、理想を達成するために、最も大事なことは、自己との厳しい対決に勝っていくことである。つまり、自分が今やらねばならぬことに、全能力、全情熱を、傾けていくことこそ、未来に生きる人生の、真実偉大な姿なのである。

☆韓国・京畿道「名誉道民証」授与式から SGI会長の謝辞
敬愛してやまぬ大韓民国の中枢にして、最大の自治体である貴・京畿道は、悠久の歴史と伝統を誇る「文化の都」であります。
とともに、最先端の科学技術を全世界に発信されゆく「経済の心臓部」であります。
そして、「グローバル・インスピレーション、世界の中の京畿道」とのスローガンにふさわしく、共生と革新と創造力の息吹を地球社会へ送られる「平和の宝土」なのであります。
本日ここに、人類の未来を照らす「希望の天地」京畿道より、最高に意義深き「名誉道民」の称号を賜りました。この栄誉を、本講堂と全国192の中継会場におられる、誉れも高き韓国SGIの皆さま方と共々に拝受させていただけますことは、私の何よりの喜びであります。
わが韓国の宝友こそ、世界192カ国・地域の同志にとって、良き市民、良き国民、良き世界市民として、社会貢献の最高の模範を示してくださっているからです。
南景弼知事をはじめ先生方のご高配に、心より御礼を申し上げます。誠に誠にありがとうございます。

◇善なる交流こそ
思えば、貴国のレオナルド・ダ・ヴィンチと謳われる、19世紀の大思想家・丁若鏞先生も、京畿道のご出身でありました。
丁先生は、東アジアが共有する古典『論語』の英知に触れつつ、論及されております。
「まじわるをよくすれば、すなわち孝たり、弟たり、友たり、慈たり、忠たり、信たり、睦たり、婣たり」
「吾が道は何する者ぞや。そのまじわるにおいて善を為すにすぎず」(『与猶堂全書』)と。
人と人との間に生ずる関係性において、善なる交流を結べば、必ず、そこから幾重にも豊かな価値を創造していくことができる――この簡潔にして明晰なる卓見は、現代の複雑な諸課題を打開する智慧の鍵として、いよいよ光を放っております。
家庭においても、地域社会においても、ひいては国際関係においても、一対一の誠実なる人間の結合を粘り強く創り上げていくところから、希望が生まれ、信頼が広がり、平和が築かれるのではないでしょうか。
世界は、今、国家間の課題や閉塞を打ち破るために、地域と地域、地域と民間団体が、国境を越えて、グローバルに手を携えていく時代となりました。いな、そこにこそ、地道でありながら確実なる、平和創出の波があります。
その潮流の先頭に立って、東アジアの新時代を、力強く牽引されているのが、若き英邁な指導者・南景弼知事であられます。
「グッドモーニング京畿」のモットーを掲げ、民衆の中に飛び込みゆく姿には、午前8時の太陽のごときバイタリティーと希望がみなぎっている――そう、私の友人が感嘆しておりました。
志半ばで急逝された父君の清廉潔白な理想を継いで、南知事が政界に進出されたのは、30代前半のことと伺っております。以来、誠心誠意、信念の対話を尽くしながら、道民の幸福を最優先する「生活の政治」を貫いてこられたのであります。

◇京畿道と日本
貴・京畿道とは、日本の神奈川県も長年にわたって、交流を重ねてきました。また、南知事は、昨秋、愛知県とも「友好交流および相互協力」の協約を結ばれております。
さらに、いにしえ、高句麗の人々が先進の文化を携えて定住された埼玉県の日高市にも足を運ばれ、韓日の友情を温める交流の集いに参加されました。
その意味におきまして、私は、本日の光栄を、縁深き神奈川、愛知、埼玉をはじめ、日本の友とも分かち合わせていただきたいのであります。
文化大恩の「兄の国」たる貴国との友好は、私にとりまして、幼き日に父から、そして、青春の日に恩師から託された、人生の大いなる宿願であります。
今、うれしいことに、韓日両国を基軸として、「平和」と「文化」と「教育」の民衆のスクラムを、アジアに世界に、盤石に広げることができました。
私の妻が、貴国の友人から教えていただいた、貴・京畿道で歌い継がれてきた素晴らしい子守唄があります。そこには――

高くおなりよ
山よりも
深くおなりよ
海よりも
ねんねん よい子よ
おころりよ

――(『朝鮮童謡選』金素雲訳編)と。
なんと温かく、なんと賢く、なんと偉大なオモニ(母)の祈りが込められていることでしょうか。
この尊きオモニたちの願いに応えゆく、山よりも高く、海よりも深い世界市民の大連帯を、私も誇り高き京畿道の一員として、尊敬申し上げる南知事はじめ、敬愛する皆さま方とご一緒に、一段と勇敢に拡大しゆくことを、ここにお約束申し上げます。
その決意を込めて、貴国の児童教育の先駆者・方定煥先生の励ましを申し述べさせていただきます。
すなわち、「勇気だ。持っている勇気と同じ分しか喜びは来ない。勇気だ! 旭日のごとく、降り注ぐほどの勇気だ」と。
終わりに――
わが心のふるさと、貴・京畿道に無窮の繁栄あれ! 人類の平和の黄金柱たる大韓民国に永遠の栄光あれ! 和楽あれ! 勝利あれ! と祈り、叫んで、私の御礼のご挨拶とさせていただきます。
テダニ・カムサハムニダ!(誠に、ありがとうございました!)

2016年3月10日木曜日

2016.03.10 わが友に贈る

御書根本こそ
正しき人生の軌道だ。
大聖人直結の
創価の誉れも高く
行学の二道を歩み抜け!

法蓮抄 P1050
『今法華経寿量品を持つ人は諸仏の命を続ぐ人なり、我が得道なりし経を持つ人を捨て給う仏あるべしや、若し此れを捨て給はば仏還つて我が身を捨て給うなるべし』

☆四季の語らい
日本語の「励まし」は、「励む」ようにさせることである。「励む」は、「激しく」気持ちを立ち向かわせること、とも言われる。「励ましの人」は、「勇気」という宝石を惜しみなく人々に与え、行くところすべてを明るい花園に変える。これほど素晴らしい人生はない。

☆女性に贈ることば 三月十日
生きることは戦いである。人生は、自分自身との戦いである。負ければ、この人生を存分に生きたとの喜びはない。悔いと苦悩と不幸を残すだけである。
私は、私らしく勝ったと、自分に胸を張れる人生でありたい。

☆今日のことば365 三月十日
瞬間々々 時は流れる
過去 現在 未来へと----
創造と建設
敗退と惰性
その人 その国に
さまざまな運命 歴史を
渦巻きながら----

☆四季の励まし きょう壮年部結成50周年 不撓の黄金柱たれ
わが壮年部が意気軒昂であれば、
婦人部が喜んでくださる。
青年部も快活に続く。
未来部も強く元気に育つ。
地域も社会も刮目する。
「黄金柱」とは、
一切を黄金に変えゆく柱だ。
大変であるほど、題目だ。
この無敵の師子吼で
雄渾なる大生命力を発揮し、
断じて勝ち抜くのだ。

たとえ年齢を重ねても、
元気のない声ではいけない。
生き生きと語るのだ。
壮年部は、凱旋将軍のごとく
胸を張って、朗らかに進もう!
青年と一緒に、
全力をあげて戦おう!
その人こそが、若い生命になる。
その人が幸福なのである。

だれが見ていようといまいと、
自ら決めた人生の道を、
いよいよ勢いを増しながら、
荘厳なる完成へと生き抜いていく。
信心と人格のうえでも、
社会人としても、
あらゆる面で一歩も退くことなく、
向上の坂をたくましく
上り続けていく。
そこに価値ある
"壮年"の生き方がある。

私と最も長く、
今世の人生を共にしてきた、
わが戦友の壮年部よ!
宿縁深く、共戦譜を綴りゆく
真金の君たちよ!
金が朽ちないように、
何があろうが、
厳然と庶民を愛し、護り、
輝かせゆく「黄金柱」たれ!
その尊き生涯を、
これからも私と共に、
同志と共に、
広宣流布の大願の実現に
尽くそうではないか!

2016年3月9日水曜日

2016.03.09 わが友に贈る

多彩な世代が集う
我らの座談会は
人間性輝く触発の広場!
にぎやかに 率直に
希望と歓喜の語らいを!

立正安国論 P31
『汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か』

☆四季の語らい
人間のみが、人間を励ますことができる。人間のみが、人間の能力を最大限に引き出していける。人間のみが、人間を鍛えられる。人間のみが、人間を日覚めさせ、立ち上がらせることができる。

☆女性に贈ることば 三月九日
幸福というも、地獄というも、骨、自分自身の胸のなかにある。心のなかにある。

☆今日のことば365 三月九日
人生には反省も必要であろう。反省のない人に向上はあり得ない。だからといって、反省が自己嫌悪になっては無価値となる。それはあくまでも、明日への向上のためのものでなければならないのだ。

☆仏法の教え 貧女の一灯
◇大風にも負けない真心のともしび
ここは、むかしのインドのある国。王が住んでいる城の近くに、年老いた貧しい婦人が暮らしていました。
婦人は仏法を信じる心が強く、とても釈尊を尊敬していました。
「なにか釈尊にさしあげたい。でも……」
家には、ほとんど何もありません。着る物は、いま着ている服1枚しかありませんし、食べ物は、自分の食事だけで精いっぱいです。
そこで婦人は、町の広場に立って、道行く人に声をかけました。
「仕事をさせてください。洗濯でも、お裁縫でも、なんでもします」
ときおり足を止めて、「じゃ、洗濯を頼もうかね」という人、「破れた服を縫ってもらおうか」という人がいました。
婦人は、わずかな手間賃をたくわえて、釈尊への供養の品を買うつもりでした。

「なにか仕事をさせてください。洗濯でも……」
いつものように町の広場に立っていたら、たくさんの車が通ります。すべての荷台に大きなつぼが積んでありました。
「これは、なんでしょう?」
車の列を眺めていた男の人が答えました。
「ああ、なんでも王が釈尊にご供養するんだそうですよ。夜でも説法ができるように、麻の油を、お贈りするんだとか」
そのころ釈尊は、毎日、霊鷲山で説法をしていました。確かに、これだけの麻の油があれば、夜の暗い山の中でも、人々が師匠の顔を見ながら話を聞けるでしょう。
婦人は家に帰って、わずかなたくわえを手にして、油屋へ行きました。
「これで麻の油をください」
すると、お金を見た油屋の主人がいいました。
「少し足りないね」
「お願いします。釈尊に、ご供養するんです」
「うちも商売だからね」
婦人は、裁縫用に持っていたはさみで、長い髪を切って、「足りない分は、これで」と差し出しました。
主人は、渋い表情でつぼに半分だけ油を注ぎました。

その夜、霊鷲山では、麻の油を燃やして説法が行われました。王の供養した油は、盛んに燃え、婦人の供養した油は、ひっそり、ともっていました。
「ささやかな明かりだけど、少しでも釈尊のお役に立ちますように」
不意に強い風が吹きつけました。王の供養した油の火は次々に消えて、説法は終わりました。
次の朝、釈尊の弟子が、まだ燃えているともしびを見つけました。消そうとするのですが、消えません。
それどころか、まるで世界を照らそうとするかのように、ますます勢いよく燃え盛ります。みなが困惑していたら、釈尊がほほ笑んで言いました。
「このともしびには、供養してくれた婦人の真心が込められています。この真心によって、未来へ必ず素晴らしい境涯が開かれゆくことはまちがいありません。彼女は、たくさんの人を幸せにする、ほとけさまになるでしょう」

◇おうちの方へ
今回の物語は、阿闍世王授決経や根本説一切有部毘奈耶薬事巻第12等に説かれる説話で、「貧女の一灯」として知られています。
日蓮大聖人は「王日女殿御返事」で、『ある貧しい女の人が、自分の髪を売って、その代価で油を求め、仏にともしびを供養したところ、須弥山を吹き抜いた強風も、この女性が供養した火を消すことはできなかった』(P1263、趣旨)と仰せです。
同抄では、供養がささやかなものであったとしても、法を大切に思う真心に大きな福徳が薫ることを教えられています。
女性は貧しい身なりでしたが、釈尊への真心と誓願が輝いていました。その心によって、婦人が供養したともしびは大風に吹かれても消えることはなく燃え続けたのです。
私たちは「心こそ大切」であるとの信念で、信心を貫いていきたいものです。

2016年3月8日火曜日

2016.03.08 わが友に贈る

広布拡大を牽引する
青年部よ 頑張れ!
皆で真心のエールを。
創価家族の団結こそ
人材を育てる原動力だ!

御義口伝巻上 P716
『我等が頭は妙なり喉は法なり胸は蓮なり胎は華なり足は経なり此の五尺の身妙法蓮華経の五字なり』

☆四季の語らい
病気の人というのは、葛藤しているものです。自問自答というか、いつも自分の中で苦しみながら会話を戦わせている。その苦しい胸中を「聞いてあげる」ことは、それ自体が「抜苦」になります。「抜苦与楽(苦を抜き、楽を与える)」の抜苦です。それも、本当に親身になって聞いてあげる。その温かい「心」が、病を癒す力にもなるのではないでしょうか。

☆女性に贈ることば 三月八日
雨が降ろうが、風が吹こうが、寒さにふるえようが、または傷つき敗れても、家庭に帰って、母の温かい生命に触れさえすれば、心身の傷は癒える。

☆今日のことば365 三月八日
ほんとうの世界平和は、政治家同士が、結ぶ条約、経済人同士の提携によって、もたらされるのではない。生命と生命との間に結ばれた、信頼のきずなによってこそ、実現されるものだ。

☆牙城会指導集「師子王の誓い」 池田SGI会長が巻頭の辞
城あればこそ、民衆を護れる。
城あればこそ、人材は育つ。
城あればこそ、地域は栄える。
城あればこそ、正義は勝つ。
わが創価の若き城主たる牙城会の晴れの結成45周年、誠におめでとう!

恩師・戸田城聖先生は「城」という一文字を格別に大事になされた。青年時代には「城外」と名乗り、大難を勝ち越えて出獄した後は「城聖」と称された。
戦時中の弾圧は、創価教育学会を壊滅させ、先師・牧口常三郎先生を獄死せしめた。戸田先生は、その権力の魔性に敢然と挑み、もはや何ものにも屈しない難攻不落の城を築きゆかんとされたといってよい。
その恩師から、私は「大城」の雅号を頂いた。「城」の一文字に込められた記別に、私は「厳護」「拡大」「勝利」をもってお応えした。そして、そのまま、直系の「牙城会」に託してきたのである。君たちが不二の心で受け継いでくれていることが、無上の喜びであり、誇りである。

それは、1980年(昭和55年)8月31日、愛弟子たちが赤誠で開催してくれた第1回の牙城会柔剣道大会の折であった。
私も観戦した剣道の決勝戦で惜敗し、準優勝となった東北健児がいた。当時は剣道4段。のちに7段まで精進を重ねた丈夫である。私は、ずっと見守ってきた。「信念」「努力」「忍耐」——この牙城会の指針を体した彼は、10年後、監督の立場で東北の後輩たちを率いて、柔剣道大会に臨んだ。そして、執念の優勝を堂々と果たした。妙法を根本として、文字通り「十年一剣を磨く」という感動のドラマを刻んだのである。何よりも、人知れず、地道に堅実に、牙城会の使命に徹し抜いた青春の歴史は、17星霜となる。
その後、彼は、東日本大震災に際して、東北のリーダーとして、救援に復興に師子奮迅の戦いを繰り広げてくれた。今も、東北天地を駆け巡る日々だ。
「唱題根本」「絶対無事故」「時間厳守」「誠実な応対」「正確な連絡」——「牙城会で受け切った薫陶の全てが力となって生きています。一つも無駄はありません」と爽快に微笑み、あとに続く友を励ましている。
「冥の照覧」輝く牙城英雄の群像が、私の胸奥には無数に躍動して離れない。

今、信濃町の広宣流布大誓堂には、日々、日本全国、さらに世界五大州から、尊き求道の同志が集い、誓願の勤行会が行われている。
大誓堂の北側と南側に、それぞれ立ち並ぶ8本の柱は、日蓮大聖人が「最上第一の相伝」となされた法華経の「当起遠迎、当如敬仏(当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし)」(創価学会版法華経677ページ)の「八字」を象徴している。
この大精神で、大誓堂をはじめとする各会館で、私に代わって、同志を敬い迎えてくれているのが、牙城会の友である。
広宣流布の法城は、牙城会の君たちと一体である。
「法城さながら牙城会」であり、「牙城会さながら法城」なのだ。
そのあまりにも凜々しき振る舞いに感動したという報告が、私のもとには日本中、世界中から届く。
ブラジルSGIでも、1300人を超える牙城の勇者が、日々、仕事と学会活動の両立に励み、弘教に先駆するとともに、会館厳護の任についてくれている。
あの国でも、この国でも、牙城会の奮闘は、涙が出るほど嬉しく、頼もしい。
あらゆる人の生命に仏性を見いだし、その尊厳を輝かせゆく仏法の人間主義が、若き創価の世界市民の連帯によって時代精神へ高まる時、人類史は音を立てて、平和と共生へ転換しゆくことを、私は確信してやまないのだ。

牙城会の「牙」は、師子王の牙に他ならない。
日蓮大聖人は、「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書1190ページ)と仰せになられた。
ゆえに、広布と人生のいかなる試練に直面しようとも、決して恐れてはならない。退いてはならない。断じて勝つ。信心で勝つ。そう一念を定めて、誓願の題目の師子吼を轟かせるのだ。
恩師は言われた。
「魔が強いからこそ、勝てるのだ。信心が毅然として、そのうえで、魔が強いということは、必ず勝てるという証拠なのである。要は、自分自身の信心の決心にかかっている」と。
どうか、牙城会の誉れも高く、正義の牙を、勇気の牙を、英知の牙を鋭く研ぎ澄まし、雄々しく戦い抜いてくれ給え! そして、断固として勝って、わが家庭の城も、わが仕事の城も、わが地域の城も、歓喜と栄光に輝かせてくれ給え!
ともあれ、牙城会の成長が、学会の発展である。牙城会の勝利が、創価の勝利である。
家族を大切に! 友人を大切に! 社会を大切に! 賢者として、健康第一で絶対無事故の前進を、今日も朗らかに頼む。
世界の王者たる牙城会の君たち、万歳!

君と我
 共に師子王
  恐れなく
 勝って護れや
  創価の大城をば

2016年2月1日「牙城会結成記念日」を祝して

2016年3月7日月曜日

2016.03.07 わが友に贈る

◇今週のことば
全世界の希望と輝く
東北の負けじ魂に続け!
「妙とは蘇生の儀なり」
不屈の学会精神で
社会に勇気の復光を!
2016年03月07日

四条金吾殿御返事 P1186
『敵と申す者はわすれさせてねらふものなり、是より後に若やの御旅には御馬をおしましませ給ふべからず、よき馬にのらせ給へ』

☆四季の語らい
歴史とは、新しい一歩一歩の積み重ねである。遥かな未来も「今」という一瞬から始まる。「今」が旅立ちの第一歩となる。永遠なる平和絵巻を織りなすには、胸中に勇気の太陽を輝かせ、希望の虹を描いて「今」を勝つことだ。

☆女性に贈ることば 三月七日
強くあれ!
強くなれ!
希望は未来の勝利の旭日
幸福は自分自身の権利なり

☆今日のことば365 三月七日
諸君は今、はなばなしいことはできないかもしれない。コツコツ勉強しなさい。遊んでもいい。何をやってもいい。青年らしく少年らしく、自由奔放にやっていけばいい。

☆自分でできる高血圧対策! 第22回 白血病�
◇急性骨髄性白血病(AML)
「白血病」の四つの大きなタイプの中で、最も割合の多いのが、「急性骨髄性白血病(AML)」です。
骨髄の中の幼若な白血球である「骨髄芽球」が、がん化し、急速に増える病気です。
正常な血液細胞が減少することで、動悸や息切れなどの貧血症状のほか、細菌やウイルスへの免疫力が低下し、感染症を合併したりします。
また、血小板の減少により、皮下出血などの症状が現れます。
幅広い年代で発症しますが、高齢者に多い病気です。
血液検査で白血病を疑われた時は、骨髄検査(骨髄穿刺)などを行います。
たいていの場合は、腰の横にある腸骨に穴を開け、そこから骨髄を採取して詳しく調べ、その後の治療方針を決定します。

【治療】
〈寛解導入療法〉
基本は、他のがんのような手術や放射線治療は行わず、薬物療法(化学療法)を行います。
急性白血病では、複数の抗がん剤を併用した強力な治療が必要で、薬剤によって体内の白血病細胞を減らします。
最初の段階の治療は「寛解導入療法」といい、「シタラビン」と「イダルビシン」の2剤が用いられることが多いです。
治療は1週間程度で、骨髄中の白血病細胞がほとんどなくなる状態(5%以下)を目指します。この状態を「完全寛解」といいます。
〈寛解後療法〉
寛解になったからといって治療を中止すると、体内に残っている白血病細胞が再び増殖し、再発してしまいます。
従って、「寛解後療法」として、さらに抗がん剤による治療を行い、残っている白血病細胞をさらに減少させます。
「寛解後療法」が終了したら、外来での経過観察となります。

〈造血幹細胞移植〉
抗がん剤による治療で効果が得られない場合、あるいは寛解状態になっても再発の危険性が高い場合、あるいは再発してしまった場合などは、「同種造血幹細胞移植」を検討します。
血液のもととなる造血幹細胞をドナーから提供を受ける治療法です。
「骨髄移植」という言葉のほうがなじみがあるかもしれませんが、造血幹細胞は「骨髄」「末梢血」「臍帯血」から採取することができますので、これらをまとめて「造血幹細胞移植」といいます。
移植のためには「HLA型」の検査が必要です。
これは、白血球の血液型で細かく分類されており、患者さんとドナーさんで一致しないと移植ができなかったのですが、最近はHLA型の合わない移植方法も開発されています。
移植前には白血病細胞を完全に撲滅させるために、大量の抗がん剤の投与や全身放射線照射などの治療を行いますので、高齢の患者さんや内臓に障害のある患者さんには行うことができなかったのですが、使用する抗がん剤や放射線の量を減らす「ミニ移植」の開発によって70歳前後の高齢者でも移植が受けられるようになっています。
また、「急性骨髄性白血病」の一つのタイプである「急性前骨髄球性白血病」では、ほとんどの場合で特徴的な染色体異常が見られます。
「全トランス型レチノイン酸」を成分とする「ベサノイド」という薬を使った「分化誘導療法」で、8割以上の方が完全寛解となる治療効果が得られています。

◇急性リンパ性白血病(ALL)
成人では「急性骨髄性白血病(AML)」の方が「急性リンパ性白血病(ALL)」よりも多いのですが、小児では「ALL」が多く、「小児ALL」は化学療法によって根治できる可能性が高いので、しっかりと治療を受けてください。

【治療】
〈寛解導入療法〉
「ALL」も「AML」と同じように化学療法を行いますが、「AML」と比較すると治療期間が長くなります。
多剤を併用し、「寛解導入療法」では「エンドキサン」「オンコビン」「ダウノルビシン」「Lアスパラギナーゼ」「プレドニゾロン」などが一般的に使用されます。

〈寛解後療法〉
「寛解導入療法」の後は、さらに抗がん剤による「寛解後療法」を行って、体内に残っている白血病細胞の減少を目指しますが、再発の危険性が高いと判断された場合には、なるべく早期に「造血幹細胞移植」を検討します。
また、「ALL」では、「慢性骨髄性白血病(CML)」と同じように、通常は見られない「フィラデルフィア染色体」が見つかり、この染色体に由来する「BCR—ABL遺伝子」という異常な遺伝子が認められる場合もあります。
その場合は、分子標的薬である「イマチニブ」などの「チロシンキナーゼ阻害薬」が、高い効果を発揮します。

◇社会復帰も可能
治療法や薬の進歩はとても早く、かつては治療ができなかった病気が治癒できるようになった例も数多くあります。
特に「白血病」は、薬物治療の効果が高く、多くの方が「完全寛解」の状態を得て、社会復帰をされています。
決して治らない病気ではないのです。
大事なことは正しく診断して、正しい治療を行うことです。
基本的な治療法などについて述べてきましたが、病状や年齢などによって、さまざまな治療法がありますので、主治医ときちんと相談し、しっかりと病気に向き合っていくことが大切です。
現在は治療の副作用を軽減して、生活の質(QOL)を改善しようとする取り組みも進んでいます。

2016年3月6日日曜日

2016.03.06 わが友に贈る

苦しい時こそ
「原点」に返れ!
師弟の誓いに生きる時
無限の力が湧き上がる。
共に凱歌の人生を!

上野殿御消息 P1527
『生落されて乳をのむ事一百八十余石三年が間は父母の膝に遊び人となりて仏教を信ずれば先づ此の父と母との恩を報ずべし』

☆四季の語らい
人の話を聞ける人は、その分、自分に「ゆとり」がある人です。その「ゆとり」自体が健康の証明であり、健康のエネルギーなのです。詰を聞いてあげるだけで、相手の心が軽くなる場合もあります。

☆女性に贈ることば 三月六日
正義に生きる女性の魂ほど、尊く強く美しく、不滅のものはない。

☆今日のことば365 三月六日
獅子は猛獣に立ち向かっても、蟻の子一匹に向かっても、変わることなく猛然と三歩前進しては一歩退き、しかる後に決然と満身の力で獲物に襲いかかっていくという。それは絶対に過つことがない動作だ。

☆自分でできる高血圧対策! 第21回 低温やけど
まだまだ寒い、この季節。就寝時に電気毛布や湯たんぽを使用している人もいるでしょう。
そんな方々に注意していただきたいのが「低温やけど」です。
通常のやけどと違って激痛はありませんので、気が付いた時には、すでに重症化していることがよくあります。
「低温やけど」は、体温よりも少し高めのものに長い時間触れていることで起こります。皮膚の深部で炎症を起こしている状態ですので、表面上は軽症に見えますが、回復には時間がかかる場合が多いです。
特に、高齢者や乳児、他の疾患で体が自由に動かせない方は注意が必要です。
痛みが続くような場合は、すぐに医療機関を受診するようにしてください。
カイロを使う場合は、肌に直接、触れないようにします。また、湯たんぽや電気毛布などは、寝る前までの使用にし、就寝時は体から離したり、スイッチを切るようにしましょう。

2016年3月5日土曜日

2016.03.05 わが友に贈る

他者に尽くす行動が
わが生命を豊かにする!
友の悩みに同苦し
歓喜を分かち合う
創価の世界を広げよう!

南条殿女房御返事 P1547
『女人は嫉妬かさなれば毒蛇となる。法華経供養の功徳かさならばあに竜女があとをつがざらん』

☆四季の語らい
苦しい環境であっても、そこで歯をくいしばって頑張る人は、人が見つけられない「財産」を自分のものにできる。反対に、弱い人は、どんなに「恵まれた環境」でも、「自分をダメにする環境」にしてしまう。ヨーロッパには、「難破船には、どんな風も逆風になる」という、ことわざがある。

☆女性に贈ることば 三月五日
命にはかぎりがある。だからこそ、何に命を使うかが重要です。
人間を育てることは、最高に尊いことではないだろうか。

☆今日のことば365 三月五日
友よ 強く雄々しく立てよ
僕が信ずる 君が心を
苦しい仕事 深夜の勉強
これも修行だ 苦は楽し
君が信念 情熱を
仏は じっとみているぞ

友よ 負けるな希望を高く
僕が信ずる 君が心を
努力 努力 また努力

あの日の誓い忘れるな
君の意気と若さとで
断じて進め あくまでも

友よ 忘るな微笑を
僕が信ずる 君が心を
清らかに 夢みつつ
進みゆく君が心の美しさ
ああ わが友よ強く
君が友よ

☆自分でできる高血圧対策! 第20回 睡眠について
皆さんもご存じかと思いますが、睡眠には「レム睡眠(浅い睡眠)」と「ノンレム睡眠(深い睡眠)」があります。
入眠直後には「ノンレム睡眠」が現れて大脳が休息をとります。
そして、一晩の睡眠の後半には、夢を見る睡眠段階である「レム睡眠」が増えて自律神経系が休息をとります。
「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」が現れるサイクルは約90分です。
従って、2サイクルの3時間、あるいは3サイクルの4時間半あれば、脳の休息は賄えると考えられています。
しかし、高血圧の人は、夜に眠れないと訴えることが少なくありません。
通常、睡眠中は自律神経の一つである副交感神経が働いて心拍数が減り、血管が広がるので血圧は下がります。
ですから高血圧を改善するためには十分な睡眠をとることが大切なのです。
このため高血圧の人の不眠は、健康な人の不眠よりも困った問題をはらんでいるといえます。
また、心身の疲れがとれないとストレスがたまったり、体調を崩したりしてしまいます。
ちなみに、ここでいう十分な睡眠とは、質の高い睡眠という意味です。
不眠を訴える人は、寝る前に精神的に興奮することをしている場合が多いようです。
例えば、テレビのスポーツ中継を見て興奮してしまった場合などです。
また、テレビやパソコンなどの明るい光を見ている人も、覚醒中枢のスイッチがオンの状態なので、なかなか入眠モードになれません。
よく眠るには、日中は体を動かすこと、そして寝る1時間ほど前には、軽いストレッチ体操などをしてからシャワーを浴びたりすると精神的にもリラックスできるでしょう。
寝室の照明の照度を落とし、静かな音楽を聴くなどして穏やかに過ごすのがいいと思います。
就寝前のお酒は、少量ならリラックスの効果がありますが、量が多くなるとアルコールの作用で睡眠の質が低下し、かえって寝付けなかったり、睡眠が浅くて何度も目が覚めてしまったりしますから、ほどほどにしましょう。
特に、体内にアルコールが残っている時に睡眠薬を服用すると、その前後の出来事を全く覚えていないという「逆行性健忘」になることが多く、時には異常行動を引き起こすこともあるようですので、注意が必要です。
次回は、高血圧の人の適度な運動についてお話をしましょう。

2016年3月4日金曜日

2016.03.04 わが友に贈る

今の課題は何か。
綿密な打ち合わせが
勝利への鍵だ!
活動の焦点を明確に
心を合わせて進め!

開目抄上 P192
『仏法を学せん人知恩報恩なかるべしや、仏弟子は必ず四恩をしつて知恩報恩をいたすべし』

☆四季の語らい
波瀾万丈の苦労をしてこそ「人間」はできる。苦労もせず、思い通りにいけば、よいように思えるかもしれないが、結局は、傲慢で小さな人間になってしまうものだ。やりづらくとも、耐えて、努力し、乗り越えていく。その積み重ねのなかで「人格」はできる。

☆女性に贈ることば 三月四日
大切なことは、相手に同情する−−あわれむ−−ということではなくて、わかってあげることです。理解することです。人問は、自分のことをわかってくれる人がいる、それだけで生きる力がわいてくるものです。

☆今日のことば365 三月四日
最後の勝利者が
 真の勝利者というならば
  君の今日の労苦は
   栄光の第一歩と思うことだ

☆「御書活動者会」研鑽のために 3月度男子部 佐渡御書
『鉄は炎打てば剣となる賢聖は罵詈して試みるなるべし』(P958)

◇通解
鉄は鍛え打てば剣となる。賢人・聖人は罵られて試されるものである。

◇背景と大意
本抄は、1272年(文永9年)3月、日蓮大聖人が佐渡・塚原で認められ、門下一同に与えられたお手紙である。
前年9月の「竜の口の法難」の後、大聖人は佐渡に流罪された。一方で、迫害の手は門下にも及び、弟子たちは投獄・所領没収などに処された。その中で、「大聖人が法華経の行者であるなら、なぜ大難に遭うのか」等の疑念を抱き、厳しい迫害を恐れて退転する者が続出したのである。
大聖人は、難に動揺する弟子たちを案じられ、文永9年2月に御自身が末法の御本仏であることを示された「開目抄」を門下一同に与えられた。本抄は「開目抄」の趣旨を要約して示された御抄とも拝される。
本抄で大聖人は、御自身が広布に戦い抜く誓いを示しながら、心ある門下が今こそ信心の団結を貫いて困難を乗り越えていくよう強調されている。

◇解説
法華経には、末法の法華経の行者に「三類の強敵」が現れ、「悪口罵詈(悪口をいわれ、罵られる)」「刀杖瓦石(刀や杖で打たれ、土塊や石を投げつけられる)」などの難が競い起こると説かれている。この経文の通り、日蓮大聖人には佐渡流罪をはじめとする数々の迫害が襲いかかった。
今回の拝読御文の前で、大聖人は不軽菩薩の「其罪畢已(其の罪は畢え已って)」の法理を通して、迫害に遭うのは"過去世からの罪業のゆえである"と仰せである。そして、その罪業を消滅し、幸福を勝ち取る宿命転換の方途を「鉄」の譬えを用いて示される。
鉄は高温の炎で熱され、何度も何度も打たれることによって不純物が取り除かれ、強じんな鋼となる。
同様に、法華経の行者も、信心根本に難に立ち向かうことによって、生命が鍛えられ、「宿命」を「使命」へと転ずることができると教えられている。
ゆえに、試練や逆境に直面した時こそ、自らを鍛える"最大のチャンス"と捉え、ますます信心を強盛にしていくことが肝要である。
また大聖人は、一つずつ現れるはずの大難が一時に集まり起こった理由について、強く法華経の敵を責めたからであると仰せである(P960、趣意)。民衆を不幸に陥れる誤った思想から目を背けず、徹底して破折されることで、あえて呼び起こした宿命を一挙に転換し、金剛不壊の御境涯を築かれたのである。
この大聖人の御闘争に寸分違わず、広宣流布の大願を起こし、あらゆる難を勝ち越えたのが創価三代の会長である。
また、仏意仏勅の創価学会には、"庶民を苦しめる悪とは、断じて戦い抜く"との破邪顕正の精神が、脈々と流れ通っている。
「烈々たる破折の魂、破邪顕正の精神こそ、日蓮大聖人の仏法の生命である。いかに時代が変わろうとも、この根幹は、いささかたりとも変わってはならない。ここに、学会精神の真髄がある」と池田SGI会長は語る。
私たち男子部も今、庶民をさげすむ軽はずみな風潮や愚劣なデマを見破りながら、一人一人が仏法の素晴らしさを語り抜く折伏行に挑戦している。その中で、相手から無理解の言葉や心ない批判を受けることもあるだろう。
しかし、それに屈せず、堂々と正義を語り抜く中に、自身の鍛えも、人間革命もある。
ゆえに「難こそ誉れ!」との精神で、対話拡大に果敢に挑戦し、何ものにも揺るがない確たる自己を築いていこう。

2016年3月3日木曜日

2016.03.03 わが友に贈る

会合の無事故・成功は
陰の尽力あればこそ。
寒い中、多忙な中
中継行事を支える
全役員に心から感謝!

如説修行抄 P504
『されば如説修行の法華経の行者には三類の強敵打ち定んで有る可しと知り給へ、されば釈尊御入滅の後二千余年が間に如説修行の行者は釈尊天台伝教の三人はさてをき候ぬ、末法に入つては日蓮並びに弟子檀那等是なり、我等を如説修行の者といはずば釈尊天台伝教等の三人も如説修行の人なるべからず』

☆四季の語らい
「民衆とともに歩み」「民衆の側に立つ」ことを、無上の誇りとする。この心に立つ人は強い。権力者だから偉いのか。政治家だから、有名人だから偉いのか。断じて、そうではない。名声など、幻のようなものである。

☆女性に贈ることば 三月三日
躾や教育に、こうでなければならないという決めつけは禁物である。
「桜梅桃李」−−桜は桜、梅は梅の言葉通りに、それぞれの子どもの長所を伸ばし、特性に合った生き方を選ばせてあげられるような環境を、できるかぎり用意してあげたいものである。

☆今日のことば365 三月三日
美しい女性の本質は、個性よりにじみ出た品格にある。また、言葉をかえると、清楚な化粧と、心豊かな価値創造に富む教養をそなえた女性に最大の美を感ずる。

☆生活に生きる仏教 痛みから見る肉体と心の関係
「いたいのいたいのとんでいけー!」。お母さんのその一言で本当に痛みが取れた。そんな経験はありませんか。痛みとは痛覚とも表現できるように、人が持つ感覚の一つです。
また、タンスの角に足の小指をぶつけた時、その瞬間、激痛が走り、呼吸が荒くなって脂汗が浮かび、なぜか怒りの気持ちが起こって誰かに悪態をついてしまいます。
このように、痛みは感覚だけにとどまらず、感情や精神に影響を及ぼし、不安や恐怖、苦痛を引き起こします。
1979年(昭和54年)に国際疼痛学会で、「痛みは、実質的または潜在的な組織損傷に結びつく、あるいはこのような損傷を表す言葉を使って述べられる不快な感覚・情動(感情の動き)体験」と定義されました。「疼痛」とは、ずきずきうずくような痛みを意味します。
痛みを伝える感覚神経は、例えば皮膚の表面から脊髄へ、さらに脳へと達し、大脳皮質の感覚野で初めて痛みが認識されます。ここからさらに、大脳の記憶や感情を司る部分に神経が伸びていて、感情が表れます。

◇危険を伝える警告の役割も
さて、痛みの「定義」に従って痛みを見ると、大きく三つに分けることができます。
「第1の痛み」に急性疼痛が挙げられ、これは実際に体の一部が損傷して痛みが起こるのですが、傷が治癒すると痛みもなくなります。こうした痛みは、「正常な痛み」です。異常があるから痛いわけですから「正常な痛み」とは、おかしな言い方ですが、「必要な痛み」と言い換えられるかもしれません。
これは、例えば"これ以上、動くと損傷が広がって命に関わるぞ"、あるいは"これ以上、長い時間、お湯に手をつければ、やけどするぞ"など、危険な状態にあることを伝える警告信号です。
「第2の痛み」は慢性疼痛であり、長期間持続する痛みです。
原因がなくなっても、なお持続する「異常な痛み」です。特に代表的なのは神経因性疼痛といわれるもので、痛みを伝える神経そのものが障害を受けて過敏な状態になります。このような過度の痛みが長期間持続すると、うつ病等の原因になります。
最後の「第3の痛み」は心因性の疼痛です。これは、痛みを伴うような身体的な要因がないのに痛みがある状態であり、心理的な要素が原因になっていると考えられます。

◇不安や恐怖は悪化させる要因に
神経因性疼痛や心因性疼痛は、持続的で病的な痛みを特徴としており、精神的苦痛となって社会生活に悪影響を及ぼします。
また、慢性疼痛は、その痛みが不安や恐怖を大きくし、それがさらに痛みを持続させるという悪循環に陥ってしまいます。
しかし、人は反対に感情によって痛みを抑制するシステムも持っています。あるときは心が痛みを増幅し、あるときは同じ心が痛みを軽減するのです。
ここで、慢性疼痛の軽減につながるのは、前向きな気持ちや、痛みは制御できるという考え、また喜びやリラックスのほか、家族や友人との関わり等が挙げられます。
逆に、不安や諦め、抑うつ感や恐怖、怒り、孤独は、痛みを増幅します。
例えば、"痛みをゼロにしなければならない"といった強迫観念や、"痛みが強くなったらどうしよう"という不安は、かえって痛みを意識させて、痛みを悪化させます。
むしろ、"痛みがあっても生活できるから大丈夫""体が痛いおかげで健康のありがたさが分かった"、あるいは"痛みは必ずコントロールできる"といった前向きな捉え方をする方が、痛みの軽減に結びつくと考えられます。近年、この精神面からのアプローチが注目され、「認知行動療法」として痛みの治療に取り入れられています。
痛みの身体的な感覚の側面から精神的な感情の側面に注目されるようになった大きなきっかけは、13年前に発表された研究でした。それは、精神的な苦痛を受けるだけで、体に痛みを受けた時と同じ脳の部位に反応が見られるというものでした。
脳科学から見れば、感情も脳内の電気信号の伝達として理解される、いわば物理的な現象といえるのかもしれません。しかし、心は感情だけでなく意識や無意識を含んだもっと大きな概念であり、その心を物理的な側面だけで捉えることはできません。

◇希望あふれる人生の源泉
こうした見方に立つ時、痛みを通して見た肉体と心の関係は、仏法の説く「色心不二」に通じるものです。
ここで色心不二とは、一般的には色法(物質・肉体面の働き)と心法(心の働き)が別々のものとして捉えられるのですが、仏法の法理から見れば、両者が生命それ自体において一体であることをいいます。
普通、肉体と心が影響し合っていると理解されても、肉体と精神は基本的には分けて考えられます。しかし仏法は、生命の根源的なあり方として、色心不二と説くのです。
体と心が影響を及ぼし合うという観点からすると、頑固な痛みと付き合っていく上で大切になるのは、先ほども触れたように、前向き、積極的な気持ちで生きること、また家族や友人と関わることになるでしょう。
痛みは、人生の苦しみを形作る大きな要素であることは言うまでもありません。
しかし、生老病死をはじめとする人生の苦悩を解決するのが仏法です。あらゆる生命と宇宙を貫く根本法にのっとって生きる時、人はどんな苦悩をも乗り越えられることを、仏法は教えています。
日蓮大聖人は『南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや』(P1124)と仰せです。百獣の王である師子がほえれば、あらゆる獣が恐れ、おののきます。南無妙法蓮華経を持つ人は、この師子と同じように、どんな病苦や苦難にも屈することなく、乗り越えていくことができるのです。
もちろん、痛みと上手に付き合う上で、医療の力は欠かせません。そのうえで、大聖人の仰せのように、仏法は希望あふれる前向きな生き方の源泉となります。痛みに苦しめられない生き方を実現する上で、信仰は大きな意義を持つのです。

◇コラム 「地獄の苦みぱっときへて」
腰痛など、慢性的な痛みを伴う疾患を抱える人は少なくありません。
仏法は、三世の生命観の上から、今世でさまざまな苦しみに遭うのは、過去からの宿業の報いであると捉えます。しかし、それは人間を宿業で縛り付けることを意味するのではありません。
むしろその反対に、未来にまで受けていかなくてはならない、宿業の報いによる苦しみを、妙法を持つことによって今世で軽く受けて消滅させることができます。
このことを日蓮大聖人は、『先業の重き今生につきずして未来に地獄の苦を受くべきが今生にかかる重苦に値い候へば地獄の苦みぱっときへて』(P1000)と仰せになっています。妙法を持つことで、宿業の報いによる苦悩に決して左右されない生き方を実現することができるのです。
病気による痛み、苦しみは本当につらいものです。しかし、仏法を持って、人のため社会のためという大いなる目的に生きる中で、苦悩をも乗り越える、人生の喜びや生きがい、充実を得ることができるのです。

2016年3月2日水曜日

2016.03.02 わが友に贈る

悩みがあるから
成長できる。
苦難があるから
強くなれる。
わが境涯を勝ち開け!

御講聞書 P833
『法華経の行者は蓮華の泥水に染まざるが如し、但だ唯一大事の南無妙法蓮華経を弘通するを本とせり』

☆四季の語らい
信念に生きる人は強い。信念に生きる人は人格が光る。善悪を、きちっと見極めることができる。まっすぐに軌道を進んでいける。その人は、たとえ、ひとたびは負けたように見えても、最後は人間としての勝利者と輝く。

☆女性に贈ることば 三月二日
母は、わが家の太陽である。いな、世界の太陽である。
いかに暗く厳しい状況になっても、母がいれば、笑顔満開の光が消えることはない。

☆今日のことば365 三月二日
家庭の平和は、千金に勝る。一国の指導者というものは、家庭の幸福を築き、与えてゆくものでなくては、その資格はない。

☆世界広布新時代第16回本部幹部会 SGI会長のメッセージ
この1月、幾重にも思い出深き埼玉文化会館を、妻と訪問できました。
皆の真心で荘厳された創価の会館は、それぞれの国土を勝ち栄えさせてゆく、友情と和楽の城であり、哲学と文化の城です。安穏と福運の城であり、正義と人材の城です。
本日は、「広布の旗」翻る、愛する埼玉の法城に、大関東をはじめ、日本全国と世界の異体同心の友が集い合いました。
私と妻の心は、きょうも、ここ埼玉文化会館にあります。関東の各会館の皆さん方とも、心は一つです。
晴れがましい関東総会、また、意気軒昂の全国壮年部幹部会、さらに、団結みなぎる本部幹部会、誠におめでとう!(大拍手)
尊き研修のカナダ・ニュージーランドの皆さん、ペルー・パラグアイの皆さん、ヨーロッパ青年部の皆さん、台湾の皆さん、マレーシアの皆さん、そして韓国の皆さん、ありがとう! 本当にありがとう!

◇「3・16」を前に
あの忘れ得ぬ「3・16」の広宣流布の後継の儀式を前にして、恩師・戸田城聖先生が、しみじみと拝されていた一節があります。
それは「御義口伝」に記された『霊山一会儼然未散』(P757)という文です。法華経が説かれた霊鷲山の会座は、いまなお厳然として散らず、永遠に常住しているとの意義であります。
戸田先生は戦時中の法難の牢獄で、その極理を覚知され、そして、日蓮大聖人が宣言なされた「地涌の義」を現実の上に現し、生涯の願業である75万世帯に及ぶ陣列を呼び出されたのです。
戸田先生は言われました。
——わが学会員は皆、霊山一会に共にいた誓願の同志であり、家族である。この久遠の会座は、生死を超えて、未来永遠にわたって続いていく。
我らは、地涌の菩薩として、どこまでも共々に、娑婆世界で立正安国を推し進め、一閻浮提の広宣流布を成し遂げていくのだ、と——。
広宣流布のために、労をいとわず「一歩」を踏み出す地道な行動が、どれほど大きく希望の道を開くか。
立正安国のために、勇気を出して「一人」と語り合う地道な対話が、どれほど深く幸福の仏縁を結ぶか。
以前、埼玉の全婦人部の皆さんから、発心光る署名アルバムを届けていただいた折、私は御宝前にお供えして題目を唱え、色紙に書き贈りました。
「地道乃 人生に 最高の幸あり」と。
今、埼玉文化会館の恩師記念室に展示されています。
創価の最前線の母たち、また父たちほど、法のため、友のため、社会のため、来る日も来る日も、コツコツ、コツコツと尽くしている方々が、一体、どこにいるでしょうか。
不軽菩薩が悪口罵詈にも屈せず、どんな人にも仏の命があると語りかけた如く、わが同志は何があっても、あきらめず、へこたれず、法華経の最極の仏道修行に徹し抜いている。地道だから、決して揺るがない。断じて負けない。これが、学会の強さであり、深さです。
東日本大震災より5年——。
この創価の負けじ魂の真髄を示し切って、心の復興を果たしている大東北の誇り高き凱歌の友に、皆で大拍手を送ろうではありませんか!(大拍手)

◇妙法の種を
御聖訓には、『然どもいまだこりず候 法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり』(P1056)と仰せであります。
闘諍言訟の末法であるゆえに、時代は乱れ、濁っている。荒れ果てた衆生の「心の大地」を蘇生させることができるのは、大聖人の正統の我らしかいません。
いよいよ「いまだこりず候」と、祈りに祈り、動きに動き、語りに語り、「妙法の種」を蒔いて、そして、身近な地域社会にも、壮大な地球社会にも、「幸福の花」「人材の花」「平和と文化と教育の花」を、爛漫と咲かせゆこうではありませんか!
法華経の「霊山一会」とは、あらゆる差異を超え、久遠元初の誓いで結ばれた、仲睦まじく、清く楽しい究極の世界市民の大連帯です。
すなわち、最高に晴れ晴れとした「人類共和」の我ら創価家族の世界です。
その中心に輝く「太陽の婦人部」の皆さん、また「共戦の壮年部」の皆さん、そして、「後継の青年部・未来部」の皆さんの健康と栄光を心から祈りつつ、記念の和歌を贈ります。

常勝の
 旗をば胸に
  三世まで
 共に進まむ
  楽土を築きて

どうか、皆さん、お元気で! 一生懸命に題目を送ります。

2016年3月1日火曜日

2016.03.01 わが友に贈る

さあ 躍動の3月だ。
みずみずしい精神で
足取り軽く前進を!
希望送る語らいで
笑顔の花を咲かせよう!

異体同心事 P1463
『一人の心なれども二つの心あれば其の心たがいて成ずる事なし、百人千人なれども一つ心なれば必ず事を成ず』

異体同心事 P1463
『一人の心なれども二つの心あれば其の心たがいて成ずる事なし、百人千人なれども一つ心なれば必ず事を成ず』

☆四季の語らい
人間は「真理」を求めて旅をしなければならない。その「真理」とは、実は、因っている人、弱い立場の人を助ける「慈愛の行動」のなかにある。高尚な「知識」のなかにあるのではない。どんなに知識があっても、観念の遊戯や、民衆への軽蔑があるならば、その人は「真理」から一番遠いところにいるのです。

☆女性に贈ることば 三月一日
若い時に安逸を余り、苦労しないのは、不幸な青春である。
自分では自由なつもりでいて、結局、最後は不自由な敗北者となってしまう。
苦労すべき時に苦労し、勉強すべき時に勉強するのが、幸福な青春である。それが、一生涯の幸福の礎となる。

☆今日のことば365 三月一日
いかなる場合でも積極的に発言すべきである。そう明にして要をえた言々は、黄金であり沈黙は銀である。

☆大白蓮華巻頭言 2016年3月号 丈夫よ「この道」勝ち抜け!
我ら壮年部は、一九六六年(昭和四十一年)三月、婦人部、青年部に遅るること十五年にして誕生した。
思えば、法華経の会座に最後に馳せ参じたのは、普賢菩薩である。普賢は遅れを取り戻す如く、末法に法華経の行者を守護することを、真剣に誓った。
その熱誠を、仏はことのほか喜ばれたのである。
壮年部の結成に当たって、私たちは約し合った。
「壮年部は、各部のなかの一つの部ではない。各部の調和をとり、責任をもって、学会を、会員を、守る。創価の城を支えゆく、黄金柱になるのだ」と。
この誓いのままに、妙法の名将たちは奮い立った。
私と共に、広宣流布の責任を担い、支部で、地区で、ブロックで、同志を励まし、守り抜いてくれた。
学会が、諸難ありとも、微動だにせず、大発展を遂げてきたのは、まさしく「黄金柱」たる壮年が、いずこの地にも雄々しく吃立しているからである。
いかなる社会と人生の烈風が吹き荒れようとも、歯を食いしばって厳然と、創価の城を支えてくれた尊き父たちのことを、どうして忘れられようか。
日蓮大聖人は、『天・地・人を貰きて少しも傾かざるを王とは名けたり』(P1422)と仰せである。
大宇宙をも包みゆく、壮大な「一念三千」の法理を行ずる我らだ。権力によらず、財力にもよらず、ただ一人の男として生命の本源の底力を発揮し、生老病死の苦悩に応戦して、創価家族を牽引するのだ。
無名無冠なれど、最も誇り高き人間王者である。
恩師・戸田城聖先生は「王者の中の大王者」の道を進み抜かれた。先生は悠然と語られている。
「私は、かりに地獄に堕ちたとしても平気だよ。
その時は、地獄の衆生を折伏して寂光土とするんだ。
男が臆せば男ではない。どんな苦労も仏の力に変えられる。三障四魔が強いのは、むしろ信心で、必ず勝てるという証しなんだ。人生は強気でいけ!」と。
創価の王者に恐れはない。遽巡もない。気取りもなければ、威張りもない。ありのままの人間味で、庶民と共に、庶民のために、毀誉褒股など豪快に笑い飛ばして戦う。現実社会の只中で、法華経の兵法を掲げて大闘争を続ける。そして、後継の宝の若人を慈しみ、自分以上の大人材へと育てゆくのだ。

丈夫よ
 この適勝ち抜け
  友のため
 王者の戦を
  堂々飾れや

2016年2月29日月曜日

2016.02.29 わが友に贈る

◇今週のことば
黄金柱の壮年部は
「法華経の兵法」で戦う。
「師子吼の題目」で挑む。
大誠実の訪問・激励で
地域に輝く連帯を!
2016年02月29日

兵衛志殿御返事 P1090
『貪欲瞋恚愚癡と申すさけにえいて主に敵し親をかろしめ師をあなづるつねにみへて候』

☆女性に贈ることば 二月二十九日
幸福は決して有名無名では決まらない。
浅はかな見栄に左右されることは愚かである。
平凡な中に、幸福という賢人の道を知っている女性は、すでに勝っているのだ。

☆今日のことば365 二月二十九日
なし ⇒ 変わりに池田大作名言100選より

読書
たった一つの言葉にも、人生を変える力がある。
たった一冊の本にも、時代を動かす力がある。

☆御書の解説 2016.02.27
Q 「世界広布」と言われても実感が湧きません。
A 今いる地域で使命を果たすことが第一歩
本部幹部会の中継行事に参加した伊藤くん。会館で小林男子部本部長にバッタリ会いました。
小林男子部本部長 お疲れさま! 今回の"本幹"、どうだった?
伊藤くん いや〜、やっぱりSGIの拡大の様子を聞くと、感動するというか、驚きますね!
小林 うん。まさに「世界広布新時代」って感じだね。
伊藤 日常の学会活動の中で世界広布を感じる機会が少ない分、海外の話を聞くと、刺激になります。
小林 あはは。でも僕は、毎日の学会活動の中に「世界広布」を実感しているけどなあ。
伊藤 え? うちの地域にSGIメンバーがいましたっけ? それとも外国人を折伏しているんですか。
小林 いやいや、そうじゃなくて(笑い)。他の国から見れば、日本だって「外国」だし、「世界の国の一つ」だろう。僕らの活動も立派な世界広布の戦いなんだよ。
伊藤 でもずっと日本にいると、実感が湧かないですよ。
小林 日蓮大聖人も、一度も日本から出られることはなかった。でも「一閻浮提広宣流布」を誓願され、『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり』(P1360)と仰せの通り、一人立ち、世界広布の未来を開かれたんだ。
伊藤 確かに……。
小林 そして池田先生の渾身の励ましによって、世界のあの国この地域に"広布の一粒種"が陸続と誕生した。その草創の先輩方が「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ」(同1467ページ)との御聖訓のままに戦ってこられたからこそ……。
伊藤 学会は192カ国・地域にまで広がったんですね!
小林 その通り! 池田先生は「世界広布といっても、その最前線は、いずこの国でも、一対一の対話ではないか」と綴られている。
伊藤 一対一の対話って、まさに僕らが日々、やっていることです。
小林 今いる場所で、広布の使命を果たしていくことが大事なんだ。それぞれの国や地域の"広布の清流"が世界中で同時に流れ、集まることによって、"世界広布の大河"となる——そんな新時代を、僕らは今、生きているんだよ。

2016年2月28日日曜日

2016.02.28 わが友に贈る

いつまでに何をするか。
「明確な目標」
「具体的な行動」が
壁を破りゆく力!
わが挑戦の劇を綴れ!

弟子檀那中への御状 P177
『定めて日蓮が弟子檀那流罪死罪一定ならん少しも之を驚くこと莫れ方方への強言申すに及ばず是併ながら而強毒之の故なり、日蓮庶幾せしむる所に候、各各用心有る可し少しも妻子眷属を憶うこと莫れ権威を恐るること莫れ、今度生死の縛を切つて仏果を遂げしめ給え』

☆四季の語らい
情熱の人は美しい、神々しく、崇高である。惰性の日々では、真に生きているとはいえない。「大情熱」こそ、生の証であり、勝利への道を開く。

☆女性に贈ることば 二月二十八日
自分の心が変わり、使命感が変われば、すべてが変わっていく。
人のために、と行動していくなかに、最も光り輝いていく生命の軌道がある。

☆今日のことば365 二月二十八日
押し潰されるような
 いやな時があったならば
朝早くすがすがしい散歩でもする余裕を
 持ってくれ給えと
私は 君に激励しておきたいのだ

☆農漁村ルネサンス体験主張大会へのSGI会長のメッセージ
◇「食」を育み「命」を養う究極の聖業
日本列島を明るく結び、そして希望の未来を開きゆく農漁村ルネサンス体験主張大会、誠におめでとうございます。
ご多忙の中、全国の中継会場にご臨席を賜りました諸先生方、ご友人の方々に心より御礼申し上げます。本当に本当にありがとうございました。
素晴らしい主張を発表してくださる皆さん方、また陰で大会を支えてくださっている皆さん方も、感謝に堪えません。
愛する東北の同志の心意気を起点とする、この大会も、おかげさまで、今や全国35万人以上の方々が参加され、旭日のごとく地域を照らし、社会を照らす"日本最大級の農漁村の集い"となりました。
一切の根本である「食」を育み、「命」を養う農漁業の営みは、人知れず、そして労苦をいとわずに、自らの心血を注ぎゆく究極の聖業であります。
私も海苔屋の息子です。少年時代に、真冬の東京湾での海苔作りを手伝った思い出を、今も掛け替えのない宝としております。
わがふるさとでは、どんな寒風の日のつらい労作業であっても、決して「寒い」とは口にしませんでした。あえて朗らかに「今日は、いいあんばいですね」と声を掛け合い、ねぎらい合ったのです。海が冷たければ冷たいほど色つやのよい、おいしい海苔ができると考えられていたからです。
時を超えて、今も農漁業を貫く、誇り高き「負けじ魂」と麗しいチームワークに、私は最大の敬意と感謝を表したいのであります。
今、私たち創価の連帯は、世界五大陸の192カ国・地域に広がりました。そして、いずこにあっても、生命尊厳の仏法の哲理を実践しながら、農漁業に取り組んでいる誉れの同志がおります。
先月は、イタリア全土の22会場を映像で結び、歓喜の大会が盛大に開かれました。その中心会場となった私どものミラノの会館は、いにしえ、緑したたる農場が広がっていた天地です。現在、16世紀の建物を修復した事務所や近代的な講堂が立つ敷地の前には、万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチが設計に携わったとされる運河が、ゆったりと流れております。
経済の難局が続く時代にあって、私の友人たちも激闘を重ねておりますが、その中で、力強い成長産業として、イタリア社会の活力となっているのが、農林水産業であると伺いました。
聞けば、戦後の急速な発展のなかで、イタリアの村は、日本以上に、深刻な過疎化が進み、街は荒んでしまったといいます。
そうした中で、地域の自慢の食材や美しい景色、伝統の建物などを大切に生かして、新しい田舎の魅力をつくろうと、手作りの運動が起こりました。
当初は「無謀だ」と批判されましたが、地道な訴えの積み重ねで、だんだんと理解が拡大していきました。やがて、国レベルの取り組みとなり、世界から観光客が訪れる憧れの田園風景が、見事に築かれていったのです。
この創造的な挑戦においては、何といっても女性の活躍が際立ち、さらにうれしいことに、多くの若者が希望を見いだしているといいます。
ファシズムと勇敢に戦い、地球環境を守る先駆を切った、ローマクラブ創立者のペッチェイ博士も、私との対談で、こうした草の根の運動を高く評価されていたことを、懐かしく思い起こすのであります。
昨年のミラノ万博では、和食を紹介する日本館に長蛇の列ができました。また先日は、3年連続で日本の農林水産物・食品の輸出額が過去最高になったと発表されました。今、世界の熱い視線が、安全でおいしい日本の食に注がれる時代となったのです。
なかんずく、青き地球を包む壮大なスケールで、女性力・青年力を発揮し、知恵と創意工夫を重ねゆく、わが農漁光部の皆さんと大切な友人の方々こそ、生命共生と地域復興の新時代を切り開く"ルネサンス"の主役である!——私は、そう確信してやみません。
課題は、あまりにも多いでしょう。しかし、だからこそ、私たちの農漁業の未来には、無限の沃野が開かれております。
古代ローマの哲人セネカは、"賢者との出会いが、何より必要である"と叫びました。
大地を踏みしめ、大海原を見つめながら、最極の人生を生きゆく賢者が集い合う今日の会合が、大いなる知恵を分かち合い、新たな船出の機会となることを念願し、記念のメッセージとさせていただきます。
「生命の世紀」の先頭を照らす、平和の太陽のスクラム、万歳!

2016年2月27日土曜日

2016.02.27 わが友に贈る

後継の育成こそ
万代の発展の礎だ。
未来部担当者の偉大な
貢献に心から感謝!
人類の宝を頼む!

祈祷経送状 P1357
『法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば慥に後生は申すに及ばず今生も息災延命にして勝妙の大果報を得広宣流布大願をも成就す可きなり』

☆四季の語らい
どんな悩みがあっても、それを克服する力は人間自身の心の中にある。そして逆境に打ち勝って、生命は強くなり、光り輝いていく。

☆女性に贈ることば 二月二十七日
いつも自然に振舞うこと、なごやかな雰囲気をつくること、笑顔を絶やさないことー一緒にいて、ありがたいなと思うのは、こうした妻の姿である。

☆今日のことば365 二月二十七日
青年時代の理想を一生もちつづけて実践する人が、人間としてもっとも価値ある人である。

☆華陽姉妹のための法華経入門 安楽行品14
◇安楽行とは?

迹門十四品の最後は「安楽行品」だね。「安楽行」ってことは、「楽な修行」ということ?

そんな修行があればいいけど。でも、何も苦労がないことが「安楽」ではないのよ。日蓮大聖人は、『今日蓮等の類いの修行は妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり』(P750)と仰せだよ。

「難と戦うこと」が「安楽」か。試練にぶつかったとしても決して揺るがない幸福の境涯が「安楽」ということなんだね。

◎「法華経の智慧」から
難を避け、苦しみを避けて、何か、こそこそと生きていくような弱々しい生命ではないのです。
「さあ何でもこい!」と。「さあ、また山を越えるぞ!山を越えた分、また人生を大きく楽しめるんだ。多くの人を救えるんだ」と。
究極の「積極的人生」が大聖人の仏法です。(普及版中巻P124〜125)

◇安楽行品の概要
「安楽行品」の冒頭、文殊師利菩薩が釈尊に「悪世において、どのように法華経を説き弘めていけばよいでしょうか」と質問します。

質問に対して釈尊は、「四安楽行」といって、�身�口�意�誓願の四つの修行法を教えたの。

「安楽行品」は、法華経の初心者である菩薩たちに、「対話の方法」を説いたものといえるかな。

えっ!そんなの初めて聞いたよ〜。今までの対話、題目と情熱だけでやってきたけど大丈夫だったかな。

すごい!それでいいのよ!大聖人は、『安楽行の体とは所謂上行所伝の南無妙法蓮華経是なり』(P798)と言われているんだ。安楽行の全てが「南無妙法蓮華経」に具わっているのよ。その上で、「安楽行品」が教えている、友の幸福のために発揮するべき智慧について学んでいきましょう。

◎「法華経の智慧」から
あらゆる人々に、どうしたら妙法の功徳を受けさせてあげられるか。安楽行品は、その一念を教えている。
ゆえに、友の幸福を真剣に祈り、智慧を発揮して仏法を語っていくなかに、安楽行品の心は全部生きてくるのです。(普及版中巻P119〜120)

◇四安楽行
「四安楽行」の一つ目は「身安楽行」。これは、「どう振る舞うべきか」と、「人との交際はどうするべきか」が説かれているの。

忍耐強く、優しく、誠実に振る舞うこと。そして人との交際では、誘惑されて仏道の志を失いそうなところへは近づくなと言われているね。

次に、「口安楽行」。これは口のきき方についての注意だよ。

例えば、経典の悪口を言ってはいけない、他人のここが好きとか嫌いとか言ってはいけないなどだね。

そうなの。ただ、あくまで法を説くにあたっては「方便を用いて皆を発心させ、次第次第に仏道に入らせよ」「慈しみの心をもって説け」「昼も夜もつねに、無上道の教えを説き、多くの因縁、譬喩を語って、衆生を歓喜させよ」などと強調しているよ。

どうしたら皆を元気にすることができるか、希望と安心を与えられるか、といつも考えているリーダーの姿勢に通じているね!

次は、「意安楽行」。心の持ち方について説かれているよ。

「法華経を説くにあたっては、妬み、怒り、驕り、へつらい、いつわりの心を捨てよ」。そして「法を弘める人を尊敬しなくてはならない」と言っているね。

それに、「法を説く相手が、深く法を愛しているから、その人には多く説き、そうでない人には少なく説く、ということがあってはならない」とも注意しているの。

どんな相手も温かく包容し、親身になって話を聞き、励ましていきなさいってことだね。

最後は、「誓願安楽行」。全ての衆生を救済する誓願を立てる努力のことだよ。

たとえ法を理解しようとしない相手だとしても、「私が最高の境地を得た時、この人を仏法から離れないようにさせよう」と思いなさい、と言っているよ。

どんなに反発している人であっても、絶対に見捨てずに包容していくということだね。その上で、実は、私たち学会員は、この「安楽行品」の誓願とは比べものにならないほど偉大な実践をしているといえるよ。

私たちって、そんなにすごいの?どういうこと?

「安楽行品」の菩薩は、「私が最高の境地を得た時」つまり、自分が仏になったら皆を救ってあげると言っている。それに対して、"自分のことを後回しにしてでも悩める人を救っていこう!"という心意気にあふれているのが、「地涌の菩薩」なんだ。

まさに、私たちは地涌の菩薩として、真っ先に悩んでいる友を救っているよね。自他共の幸福のために行動するなかで、真の仏の「安楽」の境涯が現れるんだね!

◇自在に弘教を
「安楽行品」の最後の部分では、「ケイチュウメイシュの譬え」が説かれます。

転輪聖王がメイシュを誰にも与えなかったように、仏がずっと胸中に秘めてきた法華経を今説いている、ということを譬えた説話だね。

転輪聖王は、車輪の形をした「輪宝」という武器を転がして、悪を砕き、国内を統治すると言われているよ。

王が「輪宝」を転じて敵を破ったように、仏は「法輪」、つまり対話・言論の力で戦っていくの。

大聖人は、転輪聖王について、「わずかな間に、全世界をめぐる」〈1042p 趣意〉と説かれているよ。

友から友へ、国から国へと「法輪」を次々に転じて、法を自由自在に弘めていくのが仏の闘争なの!

車輪の回転のように、常に友の幸福のために行動し続けている学会員さんの姿そのものだね。

世界に妙法を広めている学会は、まさに「広布の転輪聖王」だね!私もどんどん行動して対話を拡大していきたいな!

◎「法華経の智慧」から

一軒また一軒、こつこつと激励や弘教に歩く。一人また一人と、友から友に仏法を語っていく。
その行動こそ「転法輪」です。妙法を世界に転じ広げゆく「広布の転輪聖王」の行動です。その福運は永遠です。〈中略〉
今、行動した分だけ、来世も、次の生も、また次の生も、あるいは社会の大指導者となり、あるいは大科学者となり、大文豪、大経済人、大学者となり、また無名の庶民の王者となり、あらゆる長者の姿をとって、妙法を根本に人々を救っていけるのです。〈普及版 中巻 137p〉

【まとめ】
◇苦難を成長への糧に

2016年2月26日金曜日

2016.02.26 わが友に贈る

一人一人の可能性を
最後まで信じ抜く。
それが仏法の人間主義!
真剣な祈りと励ましで
友の仏性を呼び覚ませ!

種種物御消息 P1549
『其の上雨ふりかぜふき人のせいするにこそ心ざしはあらわれ候へ』

☆四季の語らい
「個性的に生きる」というのは、結構、大変です。個性的に生きるためには、自分というものを、しつかりもつことです。「自分の目」を開いて、ものごとを見、「自分の耳」を澄ませて人の話を聞き、「自分の頭」をフル回転させて考え、「自分の信念」を貫く勇気が必要です。

☆女性に贈ることば 二月二十六日
栄誉に輝いた友をほめたたえ、ともに喜ぶ人は、その心に福徳が積まれていく。反対に、妬んだり、たいしたことはないと見くだしたりする人は、自身の福徳を消してしまう。
わが友を幸福にしゆく女性が、幸福の博士なのである。

☆今日のことば365 二月二十六日
人には、ほめられて、ますますそれを実践してよくなっていく人、ほめられたが途中から叱られて、よくなっていく人、また叱られてのびていく人、それから叱られてもなかなかよくならない人と四種類ある。ほめられて成長していくという人はごく少ない。ほんとうに叱ってくれる人がいるということは、ありがたいことであり、幸福なことだ。

☆新時代を創る 第7回 創価の女性は世界の希望
今、創価の友は、わが地域から社会へ、希望の対話を広げ、生き生きと人間主義の連帯を築いている。
新時代の2月闘争だ。友の奮闘に感謝しつつ、この20日に「渋谷の日」を迎える、東京・渋谷平和会館の前を車で通った(17日)。会館と共に、地域が発展しゆく様子は、うれしい限りだ。皆、誠実な粘り強い日々の行動で、幾重にも信頼を勝ち開いてこられた。
小事が大事である。地道な努力の積み重ねが、大きな勝利の花を咲かせる。
戸田先生が教えてくださった、広布の指導者の心得がある。それは——
「個人指導を大切に」
「小会合を大切に」
「言葉遣いを大切に」
「ふだんの交流を大切に」
「その家庭を大切に」
「その人の立場を大切に」——この六つである。
どうすれば、皆が元気に喜んで進んでいけるか。具体的に手を打つことだ。
何があろうと、妙法の力で変毒為薬していく。共に祈り、苦難を乗り越える。これが、我ら創価家族だ。
分け隔てなく、励まし合い、支え合う。心と心の絆が安心社会をつくるのだ。

桃の節句が近づくと、よみがえる思い出がある。
戦争中、空襲で、わが家は全焼した。なんとか運び出した長持ちに入っていたのは「ひな人形」だった。
気丈な母が言った。「このおひなさまが飾れるような家に、きっと住めるようになるよ!」。その明るい一言に、皆が救われた。
仏法は『声仏事を為す』(P708)と説く。確信の声、慈愛の声、智慧の声が、人の心を温める。
清々しい声で希望の門を開いてくれているのが、白蓮グループの皆様である。
その薫陶を宝として、たくさんの先輩たちが各界に世界に羽ばたいている。
国際的に活躍する女性教育者が、白蓮での薫陶は、どんな学府でも成し得ない生命の鍛錬であり、最高の幸福の土台になっていますと振り返っておられた。
麗しい華陽姉妹は、いつまでも、いくつになっても、広宣流布ひとすじに、青春の心で、はつらつと生き抜いていただきたい。
「題目」と「勇気」、そして「学会精神」を胸に!

2016.02.25 わが友に贈る

御聖訓「仏の如く
互に敬うべし」。
全員が宝の人材だ。
共に褒め讃え合い
換気あふれる前進を!

諸法実相抄 P1359
『仏は仏のすがた凡夫は凡夫のすがた、万法の当体のすがたが妙法蓮華経の当体なりと云ふ事を諸法実相とは申すなり』

☆四季の語らい
乱世である。乱世になればなるほど、原理原則が大切になる。右を見たり、左を見たりせず、不変の大道を歩むことが要求される。不安に振り回されたら、社会は自滅する。先が見えない時代だからこそ「不変の信念」を貫く人が信用される。

☆女性に贈ることば 二月二十五日
赤ちゃんが初めて自分を見つめて笑ってくれた時、片言のことばでしゃべった時。初めて自分の足で歩き始めた時 −。毎日が驚きと感動の日々だったと思います。
子どもがだんだん大きくなると、そうした感動を感じることは少なくなるかもしれませんが、子どもたちは変わることなく成長を続けているのです。その子どもの成長を温かく見守りながら、自分もともに成長する母親であり、教育者であってほしいと思います。

☆今日のことば365 二月二十五日
真の勝利は勇気と執念の連続によってのみ得られる
見栄をすて 外聞をすてて
体当たりで栄光の道を切り拓いてゆこう

☆御書と歩む 第5回 地涌の誇りを胸に
『上行菩薩・末法の始の五百年に出現して南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして無明煩悩の闇をてらすべし』(寂日房御書、P903)

◇通解
(法華経神力品の「斯人行世間〈斯の人世間に行じて〉」の5文字は)上行菩薩が末法の始めの五百年に出現して、南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして、無明煩悩の闇を照らすであろうということである。

◇同志への指針
日蓮大聖人に連なり、末法という「今この時」に妙法を唱え弘める我らは、皆、地涌の闘士である。広宣流布は、全人類の宿命を転換し、世界の平和を実現しゆく究極の大聖業だ。一人一人が、久遠から誓い願って躍り出てきた宿縁深き兄弟姉妹なのだ。
さあ、共々に元初の太陽を生命に昇らせながら、いかなる苦悩の闇も打ち破り、勝利の大光を放ちゆこう!

2016年2月24日水曜日

2016.02.24 わが友に贈る

火事への用心を怠るな!
たこ足配線は厳禁。
ストーブやコンロの
消し忘れに気を付けよ。
油断は大敵だ!

佐渡御書 P960
『日蓮を信ずるやうなりし者どもが日蓮がかくなれば疑ををこして法華経をすつるのみならずかへりて日蓮を教訓して我賢しと思はん僻人等が念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便とも申す計りなし』

☆四季の語らい
人間は、自分が「こうなろう」と、心に強く念じた通りの人間になれるものです。心に描いた「自分像」に近づいていけるのです。社会も、みんなが「こうしたい」と強く願った通りの方向に、近づけていけるのです。夢の力は偉大です。「サイフの中に何が入っているか」よりも、「心の中に何が入っているか」が、未来を決めるのです。

☆女性に贈ることば 二月二十四日
なんでも聞こう、学ぼう。友人を広げよう。こういう姿勢の人は、自身の可能性を大きく伸ばすことができる。

☆今日のことば365 二月二十四日
汝よ 汝は いかにして
    そんなに苦しむのか
汝よ 汝は いかにして
    そんなに泣くのか
汝よ 汝は いかにして
    そんなに悩むのか

苦しむがよい
    若芽が 大地の殻を打ち破って
    伸びゆくために

泣くがよい
    梅雨の、彼方の、太陽を仰ぎ見る日まで
    已むを得まい

悩むがよい
    暗い 深夜を過ぎずして
    尊厳なる 曙の空を望むことはできないからだ

☆四季の励まし 動こう語ろう! 足取り軽く
御書に「仏種は縁に従って起る」
と示されている。
人の心は、
他者との触れ合いという
「縁」によって
大きく変わることができる。
ありのままの人間として
心を開き、声をかけていくのだ。
その瞬間から、
お互いの生命が、
より強く、より豊かに変わり始める。

対話は、生命と生命が奏でゆく
交響曲である。
活力あふれる前進のリズムも、
心通う信頼のハーモニーも、
新たな創造の旋律も、
対話から生まれる。
皆、最初の一声には勇気がいる。
だが、臆さず声をかければ、
そこから新鮮な魂の共鳴が広がる。

どんな機会も逃さず、
私は人と会ってきた。
「会う」ことで
学会の味方を増やした。
学会を強くしてきた。
「もう、会う人がいない」
というくらい、
会って会って会いまくる。
ここに学会の強さがある。
たくさん思い出をつくりながら、
生き生きと、
友情と信頼を広げてまいりたい。

黙っていては、大善を為し得ない。
臆さず、自分らしく、
自信満々と声を響かせていくのだ。
民衆の真実の声、
確信の声が轟くところ、必ず
「立正安国」の夜明けが開かれる。
常勝の春の曲を奏でながら、
勇気と希望の対話の花々を
爛漫と咲かせゆこう!

路傍の菜の花が、春を告げていた。鮮やかな黄色を目にすると、海風も、暖かく感じられる。
1999年(平成11年)2月下旬から、池田SGI会長は、太平洋を望む宮崎市の宮崎研修道場を訪れていた。青空の日、南国の一足早い春を同志に届けようと、シャッターを切った。
「菜の花」とは文字通り、食用の花という意味である。食卓を彩る野菜、また油の原料として、日本人の生活と結び付いてきた。
冬の単調な風景を見慣れた目には、その黄色がまばゆく、"さあ春だ" "動こうよ、語ろうよ"と促すかのようだ。今年も、春はすぐそこ。足取り軽く友のもとへ! 友情の花を咲かせよう。

2016年2月23日火曜日

2016.02.23 わが友に贈る

新時代の連帯広げる
尊き壮年部の友よ!
向上の息吹に燃えて
今日も若々しく前へ!
皆が信心の王者たれ!

法蓮抄 P1051
『悪王あつて法華経を失わば身命をほろぼすとも随うべからず』

☆四季の語らい
太陽が郎れば、それを隠そうとする雲もある。しかし、どれほど雲が集まろうとも、太陽は太陽である。太陽の光を消すことは、絶対にできない。

☆女性に贈ることば 二月二十三日
人間として、たしかな目的をもって生き抜く人こそ、偉大であり、幸福です。

☆今日のことば365 二月二十三日
"遊ぶのはよいが、遊ばれてはいけない"とよくいわれる。遊びを楽しめることが必要なのであって、けじめつかずに流されてはいけないという意味らしい。虚無的な遊びは、結局、疲労と悔恨、そして悲哀がのこる場合が多いだろう。仕事にせよ、"遊ぶ"にせよ、もっとも生き甲斐を感ずるのは、人間らしい知恵を発揮して、何かを創造していく時であるらしい。

☆仏法の教え 如説修行
【Q】日蓮大聖人と法華経の関係について教えてください。
【A】釈尊の教えの肝要である法華経を身読されたのが日蓮大聖人です。
『日蓮なくば誰をか法華経の行者として仏語をたすけん』(開目抄、P203)

仏教の創始者である釈尊の願い。それは、説かれた教えの肝要である法華経に「我が如く等しくして異なること無からしめん」(法華経P130)とあるとおり、万人の成仏の実現でした。法華経には、さらに、こう説かれています。
「私(=釈尊)が亡くなって後、『後の五百歳』に正法を全世界に広宣流布して、断絶させてはならない」(同P601、趣意)
「後の五百歳」とは、釈尊の仏法が混乱するとともに、人々の生命が濁り、社会においても争いが絶えない末法のことです。この末法に正法である法華経が全世界に弘まっていくことを釈尊は予言されたのです。
この経文のままに妙法を弘通し、全人類の救済に立ち上がられたのが、末法の御本仏・日蓮大聖人です。
佐渡流罪の渦中に認められた「開目抄」では、『日蓮がいなければ、だれを法華経の行者と定めて、釈尊の予言を真実であると証明し助けることができるだろうか』(P203、通解)と仰せです。
大聖人は、法華経を弘めたために、経文に示されるとおりの大難に遭われました。法華経を身読されることで、法華経が真実の教えであることを証明されたのです。

【Q】真の大聖人門下の実践とはいかなるものでしょうか?
【A】日興上人のごとく、不惜身命で広宣流布に生き抜くことです。
『されば我が弟子等心みに法華経のごとく身命もおしまず修行して此の度仏法を心みよ』(撰時抄、P291)

『大願とは法華弘通なり』(P736)——日蓮大聖人は、自ら妙法弘通の御生涯を貫かれるとともに、弟子にも広宣流布の大願に生き抜くよう、繰り返し促されています。
『されば、わが弟子らよ、試みに法華経のとおり身命も惜しまず修行し、このたび仏法を試みなさい』(P291、通解)
大聖人は、6人の高弟を「本弟子」と定められ、滅後の広布を託されました(六老僧)。しかし、日興上人以外の五老僧は、権力に媚びへつらい、弾圧を恐れて「天台沙門(天台宗の僧)」と名乗るなど、大聖人の弟子としての誇りを捨ててしまいました。
その中で、日興上人のみが、「日蓮大聖人の弟子」と名乗られ、弟子の育成に尽力される傍ら、大聖人の御精神を永遠たらしめるために御書の収集・保存に努められたのです。
88歳で生涯を閉じる1カ月前には、末代の門下のために「日興遺誡置文」を定められました。
その中で『未だ広宣流布が成就しない間は、身命を捨て、力の限り妙法を弘めていくべきである』(P1618、通解)と仰せです。
この師弟に脈打つ不惜身命の精神を受け継いでいるのが、私たち創価学会員にほかなりません。

【Q】日顕宗も題目を唱えていますが……。
【A】日蓮仏法を詐称する悪侶とは徹して戦うことが、大聖人の仰せにかなった実践です。
『日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし』(種種御振舞御書、P919)

『予が弟子等は我が如く正理を修行し給え』(P1367)
仏法を実践するにあたっては、日蓮大聖人が説かれた教義と実践を正しく継承することが大切です。
『(法華経の行者である)日蓮を、仮に用いたとしても、悪しく誤って敬えば、国は亡んでしまう』(P919、通解)
表面上は日蓮仏法を信奉しているようであっても、その実体が大聖人の御精神に違背しているならば、厳然たる「罰」の現証が現れることは、御聖訓に照らして間違いありません。
日顕宗の坊主は、信徒に対して「僧を呼んで追善しなければ、成仏できない」「塔婆を立てないと追善回向できない」など、御書のどこにもない邪義を振りかざし、戒名や塔婆を金儲けの道具として、自らの醜い欲望を満たしてきました。広宣流布の御遺命を忘れて、腐敗堕落の極みに陥った結果、信者は最盛期の2%にまで激減し、衰亡の坂を転がり落ちています。
『いかなる大善をつくり法華経を千万部読み書写し一念三千の観道を得たる人なりとも法華経の敵をだにも・せめざれば得道ありがたし』(P1494)
日蓮仏法を詐称する日顕宗とは徹して戦うことが、大聖人の御精神にかなった実践なのです。

〈智慧の扉〉 三国四師
日蓮大聖人は「顕仏未来記」の末尾で『安州の日蓮は恐くは三師に相承し法華宗を助けて末法に流通す三に一を加えて三国四師と号く』(P509)と仰せです。
大聖人は、この御文の前の部分で、インドの釈尊、中国の天台大師、日本の伝教大師という三国の正師を受け継いで、末法に妙法を弘通してきたと述べられます。そして、この三国三師に御自身を加え、「三国四師」と名づけると述べられたのです。
この仰せは、釈尊から始まる仏教正統の精神が、天台大師、伝教大師を経て、大聖人に継承されているとの宣言にほかなりません。

2016年2月22日月曜日

2016.02.22 わが友に贈る

◇今週のことば
学会は励ましの世界。
「勇気」即「慈悲」の声が
蘇生の力を広げる。
「自他共に喜ぶ」
大歓喜の人生を快活に!
2016年02月22日

法蓮抄 P1045
『現在に眼前の証拠あらんずる人此の経を説かん時は信ずる人もありやせん』

☆四季の語らい
「戦う勇気」のなかに、人生の「幸福」と「勝利」がある。これが人生の真髄である。胸中に「戦う心」が燃えていれば、それ自体が勝利である。どんなに栄え、勝ち誇っているように見えても、「戦う心」をなくせば、すでに敗北である。

☆女性に贈ることば 二月二十二日
人生は戦いである。それが生命の法則である。戦いを避けることは、それ自体、敗北である。
幸福は勝ち取るものだ。

☆今日のことば365 二月二十二日
立派な少年は
 必ず立派な 青年となる
立派な少年は
 必ず立派な 社会人と
 なることができる
希望にもえて
前進する少年は 
 必ず良い 社会の指導者と
 なることができる

☆勝利の人間学 第90回 壁を破れ!道を開け!
◇一日一日が建設そして勝負
青春は一日一日が建設である。勝負である。
「報恩抄」には、『極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず』(P329)と記されている。
広宣流布の大理想に向かって、仏道修行に励む青年は、それだけ忙しいし、苦労も多い。しかし、だからこそ、かけがえのない充実がある。計り知れない功徳を積める。
君の今日の挑戦が、広布の一歩前進だ。
あなたの明日の勝利が、創価家族の希望だ。
朗々たる勤行・唱題で、大宇宙のリズムと合致して、一日一日の目標と課題に、生き生きと粘り強く挑みゆこう!

◇白蓮姉妹よ 幸福の舞を
今、広布の華・白蓮グループの乙女たちが、全国各地で、はつらつと新出発している。
仲良く励まし合いながら、尊き使命を果たしてくれているスクラムに、感謝は尽きない。
「御本尊を中心とした団結ほど、この世で強く、固く、美しい団結はない」と語られた戸田先生も、どれほど喜ばれていることか。
法華経には『如蓮華在水(蓮華の水に在るが如し)』と説かれる。
たとえ、泥沼のような現実社会にあっても、白蓮姉妹は、誇り高き名前の通り、必ず最も尊貴な幸福の華の舞を広げていけるのだ。
どうか、自信とロマンに胸を張って、ますます明るく朗らかに前進していただきたい。

◇祈りこそ勝利の究極の力
日蓮大聖人は、『はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし』(P1192)と仰せられた。
祈りこそ、勝利の究極の力である。
妙法への「信」を深めて題目を唱え、「断じて勝つ!」と決めれば、いくらでも智慧が湧く。困難であればあるほど、勇気が漲る。
我らには、無敵の信仰がある。どんな苦境も突破できないわけがない。ゆえに、「異体同心の祈り」から出発するのだ。
誰よりもまず、青年が最前線を走り、連帯を広げる。そして壁を破り、道を開く。この師弟の二月の伝統を、愛する君たちに託したい。

2016年2月21日日曜日

2016.02.21 わが友に贈る

わが生命には
無限の向上の力がある。
限界を決めるのは
自分の弱い心だ。
確信と勇気で壁を破れ!

御義口伝巻上 P725
『一念三千も信の一字より起り三世の諸仏の成道も信の一字より起るなり、此の信の字元品の無明を切る利剣なり』

☆四季の語らい
人間には「第二の誕生」がある。お母さんから生まれた時を「第一の誕生」としたら、自分が自分自身の羽で飛び始める時である。「成長」の時だから、いっぱい「悩み」があるものです。走れば「風」を受ける。山に登れば息が切れる。それと同じように、成長しているから「悩み」がある。「希望」と「悩み」との戦いが、青春時代です。自分の心の中で、どっちが勝つか、その競争です。

☆女性に贈ることば 二月二十一日
一流の人格の人は、友情を徹底して大切にする。信義を重んじる。

☆今日のことば365 二月二十一日
私はテレビ文化そのものを、否定しているのでは毛頭ない。ただ、その相対として、活字文化が軽視されるのを悲しむのである。テレビの楽しさを享受しつつも、それに埋没してはいけない。一人一人が主体性をもち、逆にテレビ文化を支配していくとき、初めてテレビ文化を超えたといいうるであろう。"家に本なきは、人に魂なきがごとし"と私は思うのである。

☆勝利の人間学 第89回 師子王と立て! 創価班よ 牙城会よ
◇厳護の誇りに生き抜け
正しい仏法を行ずる人々を断固として護り抜く──これが法華経を貫く誓願である。
日蓮大聖人は、熱原の法難の渦中、同志を護るため、矢面に立って奔走した若き南条時光に感謝なされ、「賢人」とまで讃えられた。
この賢人の行動を、現代に受け継いでいるのが、わが創価班であり、わが牙城会である。
それは、御義口伝に『最上第一の相伝』(P781)と仰せの『当起遠迎(とうきおんごう)、当如敬仏(とうにょきょうぶつ)』(当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし)の実践である。これほど誇り高き仏道修行はない。
日夜、仏意仏勅の学会を厳護する君たちを、御本仏は最大に讃嘆してくださっている。

◇陰の労苦ありて人間は偉大に
一回一回、どれほど苦労し、やりくりしての着任であるか。自らが悪戦苦闘しながら、同志のため、地域のため、使命に徹してくれていることも、私はよく分かっている。
戸田先生の訓練も厳しかった。「全体観に立って、陰で万全を尽くして手を打つ人間がいてこそ、戦いは勝利できるのだ」と。
ここに、常勝の人間指導者の薫陶がある。
創価班・牙城会で自らを鍛えた青年は、本物だ。社会のいずこでも勝ち光る、真生の実力を磨いていることを、自負してもらいたい。
君たちの偉大な「陰徳」の行動が、必ずや無量の「陽報」となって輝きわたることを、わが人生の勝利劇をもって証明するのだ。

◇世界広布の最強の連帯を
御聖訓には、『各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし』(P1190)と仰せである。
師子王は、いかなる強敵も断じて恐れない。
師子王は、いかなる邪悪も勇敢に打ち破る。
どんな宿命の嵐が吹き荒れようと、題目の師子吼を唱え抜き、楽観主義で進むのだ。
今、世界中で、創価班・牙城会の友が、社会の第一級のリーダーと育ち活躍している。この仲間と最強の連帯を組み、破邪顕正の言論を広げ、民衆の凱歌を轟かせるのだ!

2016.02.20 わが友に贈る

今、何をなすべきか。
限られた時間を
最大に活用することが
日々の充実を生む。
賢明な「時間革命」を!

女人成仏抄 P471
『経文には一人一日の中に八億四千念あり念念の中に作す所皆是れ三途の業なり等云云』

☆四季の語らい
人間の尊厳を踏みつける悪を目の当たりにしながら、怒りもない。声も出せない。行動も起こせない。それでは、もはや「死火山」の人間である。いざという時に、青年は、正義の「活火山」となって、叫ばなければならない。戦わなければならない。平穏に生きるだけでは、自分の「歴史」はできない。それでは何のための人生か分からない。声があり、耳があり、口があり、頭がある。すべてを極限まで使いきってこそ、真の「人間」となる。

☆女性に贈ることば 二月二十日
人間の最も美しい姿のひとつは、真剣に仕事に打ち込んでいる姿である。
仕事に着任をもって、はつらつと取り組んでいる女性は、若さを失わない。

☆今日のことば365 二月二十日
大自然は、つぶさに観察すれば、するほど、その精巧さに驚嘆せずにはいられないような、複雑、微妙で、しかも壮大な生命の環を構成している。まさしく、宇宙の大芸術であるといってよい。昔から、人間の英知は、自らがその環のひとつであることを察知し、巧みに生きる術を考え出してきた。

☆四季の励まし 「慈愛の声」が「勇気の連鎖」に
どんな人も見放さない。
決めつけない。切り捨てない。
信じ抜き、手を差し伸べて、
仏性を呼び起こす。
これが仏法の人間主義だ。
迷える心に
勇気の一歩を踏み出させる力は、
真心の励ましである。
励ましが勇気を生む。
ここに、創価の世界の
限りなき勇気の連鎖がある。

広宣流布へ戦う同志に
最敬礼していくことだ。
心で思うだけでなく、
口に出さなければ
相手に伝わらない。
ほめて、ほめて、ほめ抜くことだ。
「励まし」が
前進のエネルギーになる。
「慈愛の声」が
皆の勇気になる。
自信になり、張り合いになる。
「声仏事を為す」である。

世の中には、
無数の「心が傷ついた人」がいる。
そういう人たちに癒やしの手を
差し伸べなければならない。
そうすることによって、実は
自分自身が癒やされていく。
エゴイズムに閉じこもっていては
幸福はない。
打って出て、
「人のため」に行動する時、
自分自身の生命の泉も
蘇生していくのである。

人と会い、人と語り、
希望の種を蒔く。
ここに、偉大な歴史をつくる
確かな道がある。
地味のように見えても、
将来、思いもよらぬ力になる。
喜んで動けば、力は倍加する。
誠実に戦いを進めたところが、
最後に勝つ。
これが創価の方程式だ。

澄んだ冬空。陽光が、わずかに残った屋根の雪を暖かく照らしている。
池田SGI(創価学会インタナショナル)会長夫妻は1月20日、21年ぶりに埼玉文化会館を訪問した。県歌「広布の旗」の歌碑や創価ライブラリーを視察し、恩師記念室で勤行・唱題。全同志の福徳と勝利、関東総会の大成功を祈念した。
写真は、この恩師記念室から、隣接する埼玉国際女性会館を撮った一枚である。
ロマン総会から"拡大の年"を出発した女子部。「太陽の励まし 拡大運動」に進む婦人部。写真から、埼玉、関東、そして全国の尊き友に幸あれ——との心が光る。

2016年2月19日金曜日

2016.02.19 わが友に贈る

大自然と共に生きる
農漁光部の友よ!
尊き奮闘は地域の光だ。
豊かな知恵と忍耐で
理想の郷土を築きゆけ!

松野殿御返事 P1384
『魚の子は多けれども魚となるは少なく菴羅樹の花は多くさけども菓になるは少なし、人も又此くの如し菩提心を発す人は多けれども退せずして実の道に入る者は少し』

☆四季の語らい
「希望が生命力のもとである」ということは事実です。「希望の死」は、「心の死」です。希望と使命感ほど、この世に強いものはないのです。

☆女性に贈ることば 二月十九日
子どもが起こす問題行動は、何か意味がある。子どもの心が発するシグナルです。
心のどこかがおかしくても、子どもは、それをうまく表現できない。また、自分でもよくわからないのが実際でしょう。
子どもの行動の意味を理解し、対応してあげることが必要なのです。子どものシグナルに気づくためには、心が子どもの方を向いていなくてはいけません。

☆今日のことば365 二月十九日
人生は最後の一瞬まで、建設の連続でありたい。
この心構えを生涯持ちつづけたかどうかが、その人の人生の価値を決定するといっても過言ではない。

☆新時代を創る 第6回 恩師と共に功徳満開の春へ
戸田城聖先生を偲び、生誕の日に恩師記念会館で勤行・唱題した(11日)。広宣流布の大願に生き抜かれた崇高な生涯を仰げば、無限の勇気が湧き上がる。
巌のごとき師であった。
恐れなき師子であった。
青年を愛し、青年の未来を信ずる慈父であった。
昭和33年(1958年)の3月、戸田先生は後継に広布の印綬を託された。
会館の展示室には、関東の友から届けられた、その当時を描いた絵画が掛けられてあり、妻と共に懐かしく拝見した。
「追撃の手をゆるめるな!」——烈々たる師の叫びが耳朶から離れない。
師匠という大山ありて、弟子の桜は咲く。その爛漫たる勝利の人材の開花を、恩師はどれほどお喜びか。
法華経の化城喩品には、「在在の諸仏の土に 常に師と?に生ず」と説かれている。
師弟一体で戦い抜き、師弟不二で勝ち切って、正義を打ち立てるのだ。

師の慈愛の深さ、人間味あふるる温かさを思うと、熱いものが込み上げる。
最愛の家族を亡くした方に「本当にかわいそうに」と、わが事のように涙し、とことん励まされる。
苦境の友に心を砕かれる姿は、"これほどまでに"と思うほどであった。
一対一の個人指導に全精魂を注ぎ、不幸にさせてなるものかと大激励された。
ここに学会の生命線がある。師弟の実践がある。
苦悩にあえぐ友の幸福を祈り、世界平和を願われた師の心を心とし、私たちは民衆の中へ飛び込むのだ。

「報恩抄」には、『極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず』(P329)と仰せである。
恩師が教えてくださった「難を乗り越える信心」そして「異体同心の団結」を断じて忘れてはならない。
共に祈り、共々に語り、広布に走る一日は、黄金の思い出となる。
人を励まし育てた歴史は、無上の宝と輝く。
楽しく、心軽く進もう!
健康の道、使命の道、三世にわたる栄光の道を!
 
偉大なる
 恩師と共に
  学会は
 三障乗り越え
  三類勝ちたり

2016年2月18日木曜日

2016.02.18 わが友に贈る

誠実には誠実で
真心には それ以上の
真心で応えよう!
そこに信頼と友情の
花は咲き薫る。

土篭御書 P1213
『法華経を余人のよみ候は口ばかりことばばかりはよめども心はよまず心はよめども身によまず、色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ』

☆四季の語らい
「闇が深ければ深いほど暁は近い」という言葉がある。しかし、新しい時代の扉が独りでに開くことはない。悲劇から立ち上がり、それを真正面から見据えて時代変革の"最大のチャンス"に転じていくかどうかは、あくまで人間にかかっている。

☆女性に贈ることば 二月十八日
年齢ではない。環境でもない。心である。
人生は心ひとつで、いつでも、どこでも、最高に輝かせることができる。

☆今日のことば365 二月十八日
女性にとって、若いということは、それだけで、すばらしい宝石をもっているようなものだ。みずみずしいというか、ういういしいというか、若い女性は、なにも飾らずとも、それだけで美しいものである。

☆〜新会員のための仏法入門〜 第22回 地涌の菩薩
◇現実世界を舞台に民衆を救済
釈尊は法華経において、滅後の悪世末法における弘教を上行菩薩をはじめとする地涌の菩薩に託しました。今回の「みんなで学ぶ教学」では、法華経の会座で大地から現れ出てきた「地涌の菩薩」を取り上げ、「日蓮と同意」で広宣流布に邁進する創価学会員こそ、釈尊久遠の弟子たる地涌の菩薩であることを確認します。

◇釈尊滅後に法華経を弘通
大乗仏教において"一切衆生を救済する志を立てて修行する者"を菩薩といいます。
法華経では、途中から、"釈尊の滅後、とりわけ末法に、法華経をだれが弘通するのか"が大きなテーマになります。
滅後の正法弘通を勧める釈尊に応えて、さまざまな菩薩たちが弘教を誓いますが、釈尊はその願いを退けます。そして"私の本当の弟子がいる"と宣言し、六万恒河沙(インドのガンジス河の砂の数の6万倍)もの無数の菩薩を大地の下から呼び出しました。これが地涌の菩薩です。
さらにそれぞれが無数の眷属(仲間)を率いていました。
その姿は、大きな山がそびえ立つように堂々としており、品格に満ちていて、智慧にあふれ、志が堅固で、強い忍耐力を持っています。
"釈尊を25歳の青年とすれば、地涌の菩薩はまるで人生経験豊かな100歳の人のように見える"と説かれるほど立派で気高いものでした。
これらの菩薩をいつ、どこで教えてきたのか——説法の場にいた大衆の質問に答えて、釈尊は、地涌の菩薩との師弟の関係を明かすために"久遠の昔から仏として化導してきた"と述べます。

◇"成仏の根源の法"を所持
地涌の菩薩は、釈尊の"久遠の弟子"として、はるか昔から修行を続けてきました。『能く能く心をきたはせ給うにや』(P1186)——鍛え抜いてきたゆえに、末法悪世にあっても困難を乗り越えて妙法を弘めていく力をもっています。だからこそ、釈尊は他の菩薩たちの願いを退けてまで、地涌の菩薩に未来の広宣流布を託したのです。
また、地涌の菩薩は、"成仏のための根源の法"を既に所持しており、釈尊と同じ仏としての生命境涯を持っています。しかし、どこまでも現実世界で人々を救っていくために、仏の境涯を持ちながらも、菩薩の姿として民衆の中で民衆と苦楽を共にします。

◇広布の大願に生き抜こう
末法の御本仏である日蓮大聖人は、この地涌の菩薩の上首(最高リーダー)である上行菩薩のお立場から、法華経に秘められた御自身の生命そのものである南無妙法蓮華経を御本尊として顕し、万人に成仏への道を開かれました。
「諸法実相抄」には『地涌の菩薩のさきがけ日蓮一人なり』(P1359)と御自身が地涌の菩薩の先駆者として末法の民衆を救う大闘争を起こされたことを述べられています。
さらに、続く部分で『いかにも今度・信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給うべし、日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや』(P1360)と仰せです。
大聖人と同じ心で広宣流布の大願に生き抜く人は皆、地涌の菩薩であり、釈尊久遠の弟子にほかなりません。

◇戸田会長の"獄中の悟達"
第2次世界大戦中に軍部政府によって不当に捕らえられた戸田城聖第2代会長は、獄中で唱題と思索を重ねる中で「我、地涌の菩薩なり」との悟達を得ました。出獄後、この"獄中の悟達"を原点として創価学会を再建し、日本の広宣流布の盤石な基盤を築かれたのです。
そして愛弟子である池田SGI会長の手によって、広宣流布の舞台は世界へと大きく飛躍し、今や地涌の連帯は192カ国・地域にまで広がりました。
『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし』(同P)
妙法に巡り合い、自らの使命を自覚した同志が、新たな悩める友に地涌の菩薩として生き抜く喜びを語り伝えていく。この希望の連鎖によって築き上げられた、地球を包むSGIのネットワークこそ、「地涌の義」そのものといえるでしょう。

2016年2月17日水曜日

2016.02.17 わが友に贈る

「竹の節を一つ破ぬれば
余の節亦破るる」
果敢な「一転突破」が
破竹の勢いを生む!
それが勝利の方程式だ!

立正安国論 P18
『仏法実に隠没せば鬚髪爪皆長く諸法も亦忘失せん』

☆四季の語らい
いかなる困難があろうが、一つ一つ、地道に、順番に積み上げて、努力し、そして待つことです。希望を決して失わずに、時を知り、時をつくり、時を待つことです。必ずや、勝利の時は訪れます。

☆女性に贈ることば 二月十七日
かけがえのない一生である。大切な、尊き自分自身である。将来に悔いや、心のかげりを残すような青春であってもらいたくない。
最後の最後に「私は幸福になった」「私は本当に満足だ。勝った」と笑顔で言える人生のための青春時代であっていただきたい。

☆今日のことば365 二月十七日
自分の幸福を犠牲にして、他人のため、社会のために尽くしていくのは、確かに美しい行為ではあるが、自分を失ってしまったならば、それは、単なるお人好しで終わってしまう。

☆池田華陽会御書30編に学ぶ 経王殿御返事�
◇本抄について
本抄は、文永10年(1273年)8月、日蓮大聖人が流罪先の佐渡・一谷から、鎌倉の門下に宛てて送られたお手紙です。四条金吾宛てと伝えられてきましたが、詳細は不明です。
この門下の娘である経王御前が病気を患いますが、本抄は、その報告に対する御返事です。

◇御文
『此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや』(P1124 7行目)

◇通解
この曼荼羅(御本尊)を、よくよく信じなさい。南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。

◇拝読範囲の大意(P1124冒頭〜10行目「皐諦女の守護ふかかるべきなり」)
冒頭で、経王御前の回復を諸天善神に一日中、祈っていることを述べられています。
また、日蓮大聖人は本抄を認める直前、本抄を頂くこの門下に御本尊を与えられていますが、この御本尊をわが身から離さず受持していくよう教えられています。
続けて、この御本尊は、正法・像法時代に誰も顕したことのない未曽有の本尊であることを示されています。そして、師子王がどんな獲物にも全力で向かうのと同じように、大聖人が全生命を注いで御図顕されたのが御本尊であると述べられます。
さらに、御本尊を強盛に信じていくならば、諸天善神に守られ、福徳あふれる幸福境涯を開いていけることを教えられています。

〈解説〉何ものにも揺るがぬ幸福境涯を築きゆこう
日蓮大聖人は、一切衆生を救うために、仏界を現した御自身の生命を御本尊に顕されました。
本抄を認められる直前、大聖人は、本抄を頂くこの門下に御本尊を与えられています。
掲げた御文の前段で大聖人は、御本尊について、正法・像法の2千年を通じて誰も顕したことのない本尊であり、今、大聖人が初めて顕されること、また大聖人が全生命を注いで顕されたものであることを示されています。
そして、「南無妙法蓮華経は師子吼の如し」と仰せです。私たちが唱える題目は師子吼のようなものであるとの意味です。
「師子吼」とは、師子がほえることをいいます。百獣の王であるライオンの声を聞けば、一切の獣は恐れおののき、逃げ去ります。同じように、御本尊に向かって真剣に題目を唱える時、胸中の仏界の生命を現して、いかなる病苦や障魔も打ち破っていくことができるのです。
さらに大聖人は、南無妙法蓮華経を持つ人は、諸天善神に守護されて、福徳あふれる、師子王のような悠々たる境涯を開いていくことができると教えられています。
妙法を持つ人は、どのような場所、どのような境遇にあっても、今いる所で"生きていること自体が楽しい"という絶対的幸福境涯を築くことができるのです。
この御本尊の功力を引き出すのは、御本尊を拝する私たち自身の信心です。大聖人は「能く能く信ぜさせ給うべし」と教えられています。
何があっても信心が揺らぐことなく、御本尊を拝して題目を唱えきっていく。この強盛な信心によって、いかなる苦難も乗り越えていくことができます。
ここで大切なのは、師匠と心を合わせた師弟不二の祈りです。
「御義口伝」には「師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」(御書748ページ)と示されています。
弟子が師匠と同じく、どこまでも広布を願う一念で祈っていく時、その祈りを根本とする行動が人間革命の原動力となり、私たちは何ものにも微動だにしない境涯を築いていくことができるのです。
池田SGI会長は、広宣流布へ師弟が心を合わせて祈り、同志が異体同心で祈るところから、新しい前進が始まり、功徳も広がると述べて、「題目こそ、絶対勝利の力なのである」と呼び掛けています。
唱題を根本とした、華陽姉妹の異体同心のスクラムで2月闘争を勝ち開いていきましょう。

〈理解を深めよう〉「師子奮迅之力」
日蓮大聖人は本抄で、御本尊を認める御自身の姿勢について、師子王は「前三後一」といって、蟻を捕ろうとする時も、猛々しいものを捕ろうとする時も勢いを出すことは全く同じであると述べられています(御書1124ページ、趣旨)。
百獣の王である師子は、蟻であろうと、猛獣であろうと、どんな相手にも慎重かつ全力で挑みます。
この師子の様子になぞらえ、法華経従地涌出品第15では、仏が衆生を救うにあたって出す偉大な力を「師子奮迅之力」と説いています。「師子奮迅之力」は、師子奮迅の力との意味です。本抄で大聖人は、御自身が師子王に劣らぬ姿勢で御本尊を顕されたのは、「師子奮迅之力」と説く経文の通りであることを示されています。
私たちの実践で言えば、日々、目の前の課題の克服を祈り、全力で挑戦していく中に、「師子奮迅」の生き方があると言えるでしょう。そのための根本となる唱題も、勝利を真剣に願う強盛な一念で祈っていくことが大切です。
池田SGI会長は「大事は小事の積み重ねである。一日一日、目の前の課題に真剣勝負で挑み、一つ一つ、断固として勝っていくことだ。それが『師子奮迅』の勢いである」と述べています。
例えば、勇気の一歩を踏み出すこと、目の前の友を励ますこと。こうして自他共の幸福を願って、今いる場所で力を尽くしていく中に、師子王の闘争を貫かれた大聖人の弟子としての信心の姿勢があるのです。

◇SGI会長の指針から
大聖人は『南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや』(P1124)と断言されております。
題目の師子吼に勝るものはない。
若き不二の愛弟子たちは、断じて負けてはならない。
いかなる病も、いかなる悩みも乗り越えるためにある。
仏になるためにある。
断固と勝ち切って、大勢の苦悩の友を励まし、救っていくための試練である。
(2013・11・30付、青年部代表勤行会へのメッセージ)

「立正安国」の誓願を燃え上がらせ、朗々と妙法を唱え戦う我らに、「師子奮迅の力」が漲ってくることは絶対に間違いない。
何ものも恐れるな!
断じて負けるな!
共に励まし合い、共々に「師子奮迅の力」を出して、戦い、勝とうではないか!
(2013・4・27付、「随筆 我らの勝利の大道」〈師子奮迅の力を!〉)

2016年2月16日火曜日

2016.02.16 わが友に贈る

足を運んだ分だけ
心と心は通い合う。
会って語った分だけ
真実の友情は深まる。
さあ今日も訪問激励を!

経王殿御返事 P1124
『日蓮守護たる処の御本尊をしたため参らせ候事も師子王にをとるべからず、経に云く「師子奮迅之力」とは是なり』

☆四季の語らい
真実の同苦は、ただ、苦悩を分かち合い、ともに嘆き悲しむことだけでは終わらない。また、単に、同情と慰めだけに終わるものでもない。まことの同苦の人には、人びとの苦悩の解決のための果敢な行動がある。慈悲から発する、何ものを恐れぬ勇気がある。そして、不屈の信念の持続がある。

☆女性に贈ることば 二月十六日
本当に自分のことを理解してくれる人がいるかぎり、安心して力を出すことができる − それぐらい、心の絆は重要です。
親子の絆、教師と生徒の絆、師弟の鮮と、さまざまな鮮があるが、人生の年給を重ねれば重ねるほど、そのありがたみがわかるようになる。

☆今日のことば365 二月十六日
怜悧な、利害打算の多い世の中にあって、もっと無償の行為があってよいのではないかと思う。だまされまいとするあまり、人間らしい善意の芽ばえすらつみ取ってしまっては、味気なさすぎる。

☆戸田平和研究所の国際会議への池田SGI会長のメッセージ
どの民族も、いかなる国の人々も犠牲にならずに、ともに平和と幸福を享受できる世界を築かねばならない——。
私の師である、創価学会の戸田城聖第2代会長の忘れ得ぬ叫びであります。
1996年2月、私は、この「地球民族主義」をはじめとする戸田会長の思想を原点として、師の名を冠した平和研究所を設立いたしました。
その発足にあたって呼び掛けたのが、人類が直面するさまざまな課題を解決する道筋を探るために、それぞれのテーマごとに「研究協力のネットワーク」を形成し、世界の英知を結集するアプローチであります。
以来、20年間にわたり、本日ご臨席の諸先生方をはじめとする、世界の多くの学識者の方々のご支援、ご協力を賜る中、国連の強化、核兵器の廃絶、軍縮、紛争解決、人間の安全保障、多文化社会、食糧問題、気候変動など、時代の喫緊の課題をテーマにした会議を開催してまいりました。
こうした共同研究を通じて、国や民族、宗教の垣根を越えての「対話」の道を開いてきましたが、世界で今、戦後最悪といわれる難民問題に凝縮された形で現れているように、紛争の長期化や排他主義の高まりといった「戦争の文化」に歯止めをかけることは、平和研究にとっての一大焦点であるのみならず、人間の良心を糾合して取り組むべき急務であると思えてなりません。
その意味で今回、キリスト教、ユダヤ教、イスラム、仏教を背景とする研究者、運動家、宗教者が一堂に会し、各地で広がる「暴力と憎悪の連鎖」を乗り越え、世界に「平和と人道の潮流」を高めゆくために、宗教、また信仰を持った個々人がどのような役割を果たしていけるのかについて探究する意義は大きく、会議の成功を心から願うものであります。

◇具体的な提案は平和実現への柱
「新しい文明を生み出し、それを支えていくべき未来の宗教というものは、人類の生存をいま深刻に脅かしている諸悪と対決し、これらを克服する力を、人類に与えるものでなければならない」(『21世紀への対話』、『池田大作全集第3巻』所収)
これは、20世紀を代表する歴史家、アーノルド・J・トインビー博士が、私との対談の中で述べておられた言葉であります。
トインビー博士が、この諸悪として、「貪欲」などとともに挙げていたのが、「戦争と社会的不公正」でありました。
長い歴史の中で多くの宗教が平和を希求しながらも、時として対立を助長するような要因となったケースがあったことは否めません。
しかし博士は、その事実を踏まえつつも、歴史をさらに紐解いていくならば、宗教が平和裡に共存していた事例がいくつもみられることを指摘しつつ、宗教が人間の善性を薫発し、諸悪を乗り越える道を開く可能性に期待を寄せていたのです。
トインビー博士の歴史観の核心が、「挑戦と応戦」というテーマにあったことはよく知られますが、かつて、特に宗教に焦点を当てながら、次のような問題提起をしていたことが、思い起こされます。
宗教が本来求められる役割を発揮するためには、それぞれの宗教が「もう一度自己に忠実にならなければならない」(『現代が受けている挑戦』吉田健一訳)と強調した上で、具体的な課題として、以下の三つの変化が求められると提起していたのです。
第一は、「お互いに対する態度と行動を、敵意と敵対から愛と協力に変えなければならない」こと、第二は、「実際的な方法で、各時代の重大な問題に関与しなければならない」こと、第三は、「制度、教義、教えの永久に変わらぬ本質から、長い歴史のうちに本質を覆い隠してしまった非本質的な付着物を取り去らなければならない」ことであります。
一、この問題提起を受けて、私が宗教者としての立場から申し述べたいのは、博士の言う第二の課題——すなわち、時代の重大な課題に対し、自らの信仰に照らして行動を起こすことを起点に据えていけば、第一の課題や第三の課題と向き合う道も、おのずと浮かび上がってくるのではないかということです。
私自身、一人の仏法者として、その問題意識を念頭に置きつつ、行動を重ねてまいりました。師の戸田会長が語った、「人類の平和と進歩のためには、具体的な提案をすることが大切である」「具体的な提案は、実現への"柱"となり、人類を守る"屋根"ともなっていく」との言葉を胸に、現代の諸問題を乗り越えるための方策を探究し、毎年の記念提言で発表してきました。
また、人類を取り巻く危機を打開し、次の世代に希望の未来をつないでいきたいとの思いで、さまざまな思想的な背景をもった各国の識者の方々との対話を続け、友好と連帯を深めてきました。そして、その一つ一つの対話を通じて、自らが信仰する仏法の本質とは何かを見つめ直してきたのであります。
折しも国連では昨年9月、2030年に向けての新しい国際目標となる、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されました。
そこでは、世界が直面する課題の解決に臨むにあたって「誰も置き去りにしない」との誓約を掲げるとともに、その冒頭に「平和」と題する一節が設けられ、次のように宣言されています。「我々は、恐怖及び暴力から自由であり、平和的、公正かつ包摂的な社会を育んでいくことを決意する」
誰も置き去りにすることなく、すべての人々が平和に生き、尊厳を輝かせていける世界を築くために、宗教が担うべき役割はますます重要になってきています。今回の会議で、その役割を力強く発揮するための要件が掘り下げられ、21世紀の世界への指標が発信されていくことを願ってやみません。
最後に、ご臨席の諸先生方のますますのご健勝とご活躍を心から念願し、私のメッセージとさせていただきます。

2016年2月15日月曜日

2016.02.15 わが友に贈る

新聞休刊日

三沢抄 P1488
『かれが弟子だんな並に国土の人の心の内に入りかわりてあるひはいさめ或はをどしてみよそれに叶はずば我みづからうちくだりて国主の身心に入りかわりてをどして見むにいかでかとどめざるべきとせんぎし候なり』

☆四季の語らい
希望を捨てない人には、いかなる困難にも負けない強さがある。しかし、希望を失えば、人生は闇だ。絶望は精神の死に等しい。青年は、常に希望をいだき、希望とともに生きていくことだ。

☆女性に贈ることば 二月十五日
世界の人びととの友好も大事であるが、隣近所との友好はもつと大事である。友好・友情こそ、人生の宝である。

☆今日のことば365 二月十五日
青春は一生の土台を築く時代である。土台が、立派に仕上がっていなければ、その上に何を積み重ねても崩れてしまう。将来の、大きな花を咲かせるために、その土台を建設している時代だと思えば、勉強も、仕事も、すべてが有意義にならないわけがない。
利己主義のみでなく、つねに社会に目を開き、社会のなかで、自分を大きく成長させようという人生は、もっとも充実した、青春といえよう。

☆御書と歩む 第4回 折伏の功徳は永遠
『一句妙法に結縁すれば億劫にも失せずして大乗無価の宝珠を研き顕すを生値仏法と云うなり所謂南無妙法蓮華経の仏法なり』(御義口伝、P793)

◇通解
たとえ一句でも妙法に縁を結ぶならば、その宿福は億劫という計り知れない長遠な年月の間にも、失われることはない。そして、大乗教の究極である無上に高価な宝珠、すなわち衆生の胸中にある仏の尊極の生命を磨き顕していくことができる。これを「(宿福深厚にして)生まれて仏法に値えり」というのであり、その「仏法」とは南無妙法蓮華経の仏法なのである。

◇同志への指針
今、日本と世界の津々浦々で、後継の青年が拡大に挑戦してくれている。何と頼もしく、尊い姿であろうか。
下種仏法である。ひとたび妙法に縁した福徳は決して消えない。仏法対話に励んだ功徳は三世永遠に輝きわたる。折伏は難事中の難事である。挑んだ分だけ境涯が広がり、真実の友情は深まる。満々たる生命力で、信心の確信を朗らかに語り抜くのだ。

2016年2月14日日曜日

2016.02.14 わが友に贈る

◇今週のことば
逆境と戦う不屈の心が
未来の勝利を開く。
「大悪をこれば大善」
大確信の唱題で
朗らかに前へ進め!
2016年02月14日

本尊供養御書 P1536
『法華経を持ちまいらせぬれば八寒地獄の水にもぬれず八熱地獄の大火にも焼けず』

☆こころに響く言葉 人生を誤る衝動の恋
恋は衝動的であり、激しく燃え上がると、身を滅ぼす危険も、もはや顧みなくなる。
自らの心を冷静に見極めるゆとりなど、どこかに忘れてしまうのが通例であるようだ。
もちろん、醜い打算や、かけひきの具に恋を利用し、美しかるべき青春を濁らせてしまうようなことがあっては、
残念なことだと思う。しかし、恋の衝動に終始し、人生を誤ることは、本人にとって、さらに大きい不幸である。
特に、女性の場合は、どうしても被害も大きく、心に深い傷を残してしまう結果となる。

☆女性に贈ることば 二月十四日
人間は自分一人で生まれてくることはできない。また附して、たった一人で一人前の人間になれるものでもない。家族のなかに生まれ、家族のなかで育ち、やがて一個の人間として成長していく。夫婦も、親子も、兄弟姉妹も、日に見えぬひとつの法則で結ばれているともいえる。その心の絆こそ、真の家族の結晶であるに違いない。

☆今日のことば365 二月十四日
高山を征服しようという意欲はあっても、登山の技術をもたなければ、暴挙にすぎなくなってしまう。それと同じく、人生のあらゆる障害も、それを克服するには、どうすれば、もっとも確実に、価値的に目的を達成できるかを知らなければなるまい。

☆池田SGI会長の指針 【牙城会】
日蓮大聖人は、ある時に、四条金吾に対して、『さきざき申すがごとく・さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし』(P1169)と注意を促された。
"これほどまでに!"と思うほど、弟子の身の安全に細かく気を配られている。これが御本仏の大慈悲の御振る舞いである。会合で勇ましく指導することだけがリーダーではない。
会員の無事故・安全を、誰よりも真剣に祈り、人知れず心を砕いていくのが、広宣流布の指導者である。

"私が断じて守る!"
"断じて、悪を寄せつけない!"
この強き一念こそ、牧口先生、戸田先生、そして私と、三代の師弟に流れる「厳護の魂」である。
御書には「摩訶止観」を引いて、『城の主剛ければ守る者も強し城の主恇(おず)れば守る者忙る、心は是れ身の主なり』(P979)と仰せである。
その三代の魂を継承し、会館厳護、会員厳護に徹してくださっているのが、わが牙城会の諸君である。

皆、地涌の菩薩である。
皆、無限の使命がある。
その力を発揮するために、青年の心を鍛え、正しく育てられる団体は学会しかない。この正義の大学校のなかで、牙城会は、いわば最大規模の名門学府だ。
「信仰を守って、その旗を守ることだ。それを高くかかげることだ」(『カラマーゾフ兄弟』1、北垣信行訳、『世界文学全集』45所収、講談社)
これは、ドストエフスキーの有名な信念の言葉である。
「牙城」とは、大将軍の旗である「牙旗」を掲げた城のことであった。
今こそ民衆の大城に、正義の大旗を翻す時だ!
牙城会の若師子よ、自らの地域で勝て! 今いる場所で断固と勝ち抜け!
君たち自身が、学会正義の旗幟として、破邪顕正の旗印として、断じて、新しき民衆の、新しき勝利の歴史を築き、飾ってくれたまえ!
※「随筆 新・人間革命」 わが牙城会の使命を讃う

◎「こころに響く言葉」は本日で終了です。

2016年2月13日土曜日

2016.02.13 わが友に贈る

天候不順の時は
高齢者の会合参加に
最大の配慮を!
リーダーは同志の
無事故を最優先で!

四条金吾殿御返事 P1186
『神の護ると申すも人の心つよきによるとみえて候、法華経はよきつるぎなれどもつかう人によりて物をきり候か』

☆こころに響く言葉 一生に一度、命がけで
若いときの恋愛は、男性を見る目がないから危うい。
十人の中で一番よいと思っても、
二十人、三十人の中に入ってみるともっとよい人がいる。
百人の中ではどうかというと、
その人が一位になるとは限らない。また別の立派な人を見ると、その人がよくなる。
だから、
あまり若いときに、あさましい恋愛をするのは私には賛成できません。
恋は一生に一度、命がけですればよいのだ。

☆女性に贈ることば 二月十三日
時間がたくさんあるからといって、いい子育てができるわけではない。
たとえ時間が限られていても、聡明な心があれば、子どもとの凝結した触れあいはつくれるものでしょう。

☆今日のことば365 二月十三日
青年は、望みが大きすぎるくらいで、ちょうどよいのだ。この人生で実現できるのは、自分の考えの何分の一かだ。初めから、望みが小さいようでは、なにもできないで終わる。

☆池田SGI会長の指針 【創価班】
汚れた悪世にあって、苦悩と傲慢の人間同士のぶつかり合いは厳しい。その厳しき社会のなかにこそ、人間は錬磨されてゆくのである。
この荒れ狂う人間の葛藤のなかに、作り上げた妙法修行の一日の功徳は、平凡な、戦いのなき極楽浄土での百年の功徳より、一層、偉大なのである。
広宣流布を目的とする、わが創価班の朝な夕なの活動は、正義の拡大である。正義と栄光の城を厳護しゆく勇敢なる闘争である。
悪との戦いの先陣を走り、勝ち開きゆく使命の勇者——それが、わが創価班の諸君である。
さらに君たちは、「追撃の手をゆるめるな」と遺言した戸田城聖の峻厳なる指導を胸に、命を顧みず、捨て身となって、破邪顕正の前進を止めない。常に、邪悪なる輩から、わが同志を守り、わが本陣を守りに守ってくださっている。
その美しくも尊き使命と魂の光る創価班の諸君に、心から私たちは感謝申し上げたい。

戸田先生は断言なされた。
「折伏に精進するならば、魔の侵すところとはならない。決して天魔鬼神に侵されることのない平和な生活ができる」
学会厳護とは何か。
それは弘教の大波で、広宣流布の新しき舞台を、新しき人材の陣列を、無限に拡大していくことだ!
仏法に説く現実社会の障魔がいかに競い起ころうとも、真の学会精神に立つ師弟がある限り、すべてを変毒為薬して、赫々たる太陽の光に包まれゆく大道が、無限に我らの前にはある。
私と創価班は、「古の奇しき縁」で結ばれた家族だ。この創価の師弟による、新しい建設の時代が、再び今、開始された。その偉大なる指導者たる創価班に、私は、イギリスの哲学者ラッセルの箴言を贈りたい。
「偉大な建設的な事業の成功から得られる満足は、人生が与える最大の満足の一つである」(『幸福論』安藤貞雄訳、岩波文庫)
※「随筆 新・人間革命」 若き広布の指導者・創価班

2016年2月12日金曜日

2016.02.12 わが友に贈る

日蓮仏法の魂は
「行動」にあり!
何事も勇気をもって
まず一歩踏み出そう。
さあ挑戦開始だ!

撰時抄 P256
『夫れ仏法を学せん法は必ず先づ時をならうべし』

☆こころに響く言葉 ほんものの恋
恋愛のために、まわりと折り合いが悪くなり、仕事も手につかなくなって、
自身が、いい加減になってきたら、その恋は本ものではない。
恋するがゆえに、生命が生き生きと躍動し、
仕事に張り合いが感じられ、周りの人びとからも、
いよいよ親しまれるようになったら、その恋は、
本ものであると考えて、まず間違いなかろう。

☆女性に贈ることば 二月十二日
どんな時代の変化にあっても、つねに変わることがないのが、真の友情である。何かあると、すぐに変わってしまうような友情は本物ではない。むしろ、試練にあえばあうほど、真の友情はより強く、深く、結びあっていく。

☆今日のことば365 二月十二日
未来を論ずる人は多い
しかし 未来を考える人は余りにも少ない

☆中等部結成記念大会へのSGI会長のメッセージ
わが命、わが宝の、愛する中等部の皆さん! 晴れやかな結成記念大会、誠におめでとう! 真心あふれる担当者の方々にも、最大に感謝いたします。最も期待し、信頼してやまない皆さんと、一緒に肩を組んで、「正義の走者」を高らかに歌いゆく思いで、すべてを見守っております。
日蓮大聖人は、正月のお手紙で、後継の若人が父母の信心を、より強盛に受け継いでいる姿を讃えられて、『青は藍より出でて藍より青く、氷は水より出でて水より冷たいようであると感嘆し、喜んでいます』(P1554、趣意)と仰せになられました。
私にとっての何よりの誇りも、中等部の愛弟子の皆さん方が、ますます立派に成長してくれていることなのです。
65年前の1月、私は、恩師・戸田城聖先生から頂いた本を読了しました。フランスの大文豪ビクトル・ユゴーの『九十三年』です。現在は、創価大学の中央図書館に所蔵されています。
この『九十三年』に、忘れ得ぬ一節があります。それは、「大きな苦しみは、魂をとてつもなく大きなものにする」(榊原晃三訳)という言葉です。
たとえ、いやなことや、つらいことがあっても、勇気を出して挑戦した分、人間は強く大きく成長できるのです。なかんずく皆さんには、どんな苦難も、断じて乗り越えていける題目があります。絶対に励まし合える同志がいます。断固と味方になってくれる良き先輩がいます。
どうか、何があろうとも、負けじ魂を朗らかに燃やし、一日一日、粘り強く学びの努力を重ねて、偉大な自分自身を創り上げてください。そして人類の幸福と、地球の平和のために、思う存分、大活躍をしていただきたいのです。私も、皆さん一人一人に題目を送り続けます。
世界第一の希望の中等部、万歳! 皆、親孝行を頼むね!

2016年2月11日木曜日

2016.02.11 わが友に贈る

試練の時こそ
飛躍のチャンス。
「冬は必ず春となる」
大確信を胸に
強盛なる祈りを!

椎地四郎殿御書 P1448
『此の経を一文一句なりとも聴聞して神(たましい)にそめん人は生死の大海を渡るべき船なるべし』

☆こころに響く言葉 美しい"誤解"と惨めな"理解"
よく恋愛は美しい誤解であり、結婚は惨めな理解である。などと言われます。———
たしかに、恋愛のときは、相手の一部分しか見えないものです。また、
互いによく見せようとしているから、それぞれの「わがまま」は押し隠されています。
ところが結婚すると、お互いに遠慮がなくなるし、今まで見えなかった欠陥が目についてきます。
そこで、今までの恋愛が誤解によって生まれたことをはじめて理解し、
惨めな気持ちになるというわけです。理想的な結婚は、仮に恋愛が"美しい誤解"であったことに気づいたとしても、互いにそれをカバーし合い、守り合っていくことによって、営まれていくものでしょう。
若い二人のことですから、恋愛には、当然、誤解もあります。しかし、美しい夢は、
二人でしっかり育んでいくべきです。
それにはやはり、地についた、正しい"目"を失ってはならないと思うのです。

☆女性に贈ることば 二月十一日
恩師・戸田先生が最後の誕生日(昭和三十三年二月十一日)に、私の妻に贈ってくださった和歌がある。
「月光の やさしき姿に 妙法の 強き心を ふくみ持てかし」
戸田先生から薫陶していただいた、この強き心を、女性の皆さんに伝えられることを、妻は深い喜びとしている。

☆今日のことば365 二月十一日
よき友を持つこと
よき先輩を持つこと
 これは 人生の至上の幸運であり
  誇るべき宝であるといっても過言ではなかろう

☆新時代第8回全国男子部幹部会へSGI会長のメッセージ
永遠なる「常勝の都」兵庫での男子部幹部会、誠におめでとう!
私の心も、懐かしき神戸の天地にそびえ立つ難攻不落の大城に、愛する君たちと共にあります。
不二の君たちが、全国、全世界の先陣を切って、日本第一の折伏を成し遂げてくれた大闘争に、大拍手を送ります。兵庫に、関西に、新しい若き地涌の人材が陸続と躍り出ていることも、嬉しく頼もしく伺っています。
愛弟子が、出陣太鼓を轟かせ、正義の凱歌を歌い、奏で、舞いながら、時代の闇を打ち破れ!と立ち上がった。その雄姿を、私は、君たちを応援してやまない兵庫広布の尊き父母たちと一緒に、すべて見守っております。
寒風のなか、挑戦と努力を重ねてきた出演者の皆さん、登壇者の皆さん、本当にありがとう!陰で一切を支えてくれている役員の皆さんに、心から感謝します。

有名な御聖訓には『人のために火をともせば・我がまへあき(明)らかなるがごとし』(P1598)と仰せです。
あの阪神・淡路大震災のさなか、誉れの兵庫の友は、自らも被災しながら、苦しむ人々の救援と励ましに走りに走ってくれました。その同志の気高き陰徳が、偉大な陽報となって、今日の兵庫の大復興を照らしてきました。この精神を受け継ぐ諸君の今の戦いが、日本、そして世界の希望の未来を大きく照らすことを、私は大確信しております。
「大阪事件」の勝訴の前夜、私は尼崎での関西男子部幹部会で宣言しました。
「不幸な人の味方となり、真実に全民衆が、安心して暮らしていける世の中を築き上げよう」と。
「兵庫」とは、無敵の「法華経の兵法」の力みなぎる「人材の宝庫」です。
君たち一人一人が、「正しい仏法が最後は必ず勝つ」という信念で、職場でも地域社会でも、堂々たる勝利者となってもらいたい。
そして、あらゆる困難に打ち勝って、広宣流布のため、立正安国のために、正義のスクラムを、断じて広げていっていただきたいのであります。
結びに、御書を拝したい。『日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし』(P1463)と。
異体同心の同志の絆が光り、破邪顕正の師子吼が響くところが常勝の都だ。
共々に"大楠公"を歌い、「常勝の空」を歌いながら、「世界広布新時代 拡大」の大勝利の黎明を、断固として君たちが開いてくれたまえ!
体を大切に、親孝行を頼む。いざや前進 恐れなく!

2016年2月10日水曜日

2016.02.10 わが友に贈る

人間外交の要諦は
「誠実」「知恵」
そして「勇気」だ。
わが使命の地で
信頼の絆を広げよう!

神国王御書 P1521
『日蓮此の事を疑いしゆへに幼少の比より随分に顕密二道並びに諸宗の一切の経を或は人にならい或は我れと開見し勘へ見て候へば故の候いけるぞ』

☆こころに響く言葉 第三者に助言を求めよ
恋を、二人だけの秘密にしたいというのも、
若い女性の心理としてはわからぬでもないが、
それを不幸の落とし穴にしないためには、
必ず、賢明な第三者に、助言を求めるようにすることが大事であろう。
そして、恋をしている限り、自己の判断には、
常に誤りを犯すおそれがつきまとっている、
というぐらいにまで自分を客観視していくことだ。

☆女性に贈ることば 二月十日
家庭教育へのアドバイス−−
○子どもと交流する日々の工夫を
○父と母が争う姿を見せない
○父と母が同時には叱らない
○公平に。ほかの子と比較しない
○親の信念の生き方を伝えよう

☆今日のことば365 二月十日
新しい事業の建設には、希望があり、未来がある。だが、その完成へ向かって、どこまで努力と研究と忍耐がつづけられるかによって、その事業が真実に進展し具体化されるか、あるいは夢想と化して消滅していくかが決定されるのである。

☆御書と歩む 第3回 報恩の一念から無限の力が
『仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか』(報恩抄、P293)

◇通解
仏教を学ぼうとするものが、どうして父母の恩、師匠の恩、国の恩を忘れてよいだろうか。この大恩に報いるには、仏法を完全に習得し、智慧のある人となってはじめて可能となるのではないか。

◇同志への指針
断じて師匠の大恩に報いるのだ!——私は、この一念で広宣流布のあらゆる突破口を開いてきた。
あの蒲田での「2月闘争」も、戸田先生に喜んでいただきたいとの弟子の誓願が成就したものである。
報恩の心は強く深い。豊かである。「師弟」に生き抜けば、無限の力が出る。自身の壁を大きく打ち破れる。必ず全てに勝利できるのだ。

2016年2月9日火曜日

2016.02.09 わが友に贈る

人生は強気でいけ!
「臆病にては
叶うべからず」だ。
「断じて勝つ」と決め
果敢に打って出よ!

大悪大善御書 P1300
『大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずともまいをもまいぬべし、舎利弗にあらねども立つてをどりぬべし』

☆こころに響く言葉 恋愛は結婚の実を結ぶ

恋愛と結婚とは、それぞれ独立した、別々のもののように考えられ、
それ近代的な生き方であるように言われているが、
私はそれは誤りであると思っている。
やはり、真剣な恋愛は、結婚という実を結ぶための花でなければならない。

☆女性に贈ることば 二月九日
人生は、ひとつひとつが戦いである。途中に何があろうと、必ず、幸福の花を咲かせゆく戦いだ。

☆今日のことば365 二月九日
宇宙の奏でるリズムというものに人間も一体になって協和し、自然も、世のなかも、自分も歩調を揃えて新しい年に変わるという感情----そこに測り知れない安堵感と、一種の快い緊張感がある。

☆四季の励まし アジア広布55周年 「信頼」と「尊敬」の連帯を
人間の善の絆が拡大することが、
広布の拡大である。
私たちの実践で言えば、
どこまでも真心を尽くし、
誠実に身近な家族、友人、知人の
一人一人を大切にすることだ。
人と人との
「信頼」と「尊敬」による
連帯の広がりが、
広宣流布の姿なのである。

現代の底流には、
「民衆の時代」へ向かう
確かな潮流がある。
しかし一方で、人間を手段化し、
人間性を踏みにじる濁流もまた
激しくなっている。
だからこそ、
一人の「屹立した人間」を
創ることが、
岐路の時代にあって
一切の根幹となる。

苦悩の民衆がいる限り、
創価学会の戦いに終わりはない。
広宣流布とは、
人類の苦を抜き去り、
「慈悲の行業」を
世界に広げる戦いである。
平和と幸福の種を蒔き続ける
永遠の挑戦である。
我ら創価の連帯は、
この「慈悲」の精神で、
人類を結びゆくのだ。

地域の中で
友情と信頼の絆を一つ一つ
勝ち取っていく中でこそ、
世界は平和へと
一歩一歩前進する。
毎日の振る舞い、
そして地道な対話を通し、
「生命の尊厳」
「人間の尊厳」への
思いを高め合う中で、
「平和の文化」の土壌は
豊かになり、
新しい地球文明は花開く。

「アジアの民に 日をぞ送らん」。この恩師・戸田第2代会長の悲願を胸に、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長が、アジアへの第一歩をしるして、今月28日で55周年となる。
アジアと共に——この心を継ぎ、交流を進めてきたのが九州の同志。1994年(平成6年)11月、福岡ドーム(現・ヤフオクドーム)で開かれた「アジア青年平和音楽祭」では香港、韓国、インドの友らが舞い、5万人で「歓喜の歌」を大合唱。SGI会長が、その1シーンをカメラに収めた。
各国・地域の指導者と語らい、民衆と触れ合って、「共生のアジア」の構築へ奔走してきたSGI会長に続き、足元の対話、足元の行動から、平和の創造へ挑みたい。

2016年2月8日月曜日

2016.02.08 わが友に贈る

◇今週のことば
草の根の語らいで
広布は拡大!
座談会が飛躍台だ。
「声仏事を為す」
心の思いを響かせよ!
2016年02月08日

兄弟抄 P1089
『其の中に返つて本より謗ずる人人よりも強盛にそしる人人又あまたあり、在世にも善星比丘等は始は信じてありしかども後にすつるのみならず返つて仏をはうじ奉りしゆへに仏も叶い給はず無間地獄にをちにき』

☆こころに響く言葉 二人で離陸の準備を
恋に溺れ、自己を見失ってしまうか、
自己を客観視しつつ、恋を生かしきっていけるか、
恋愛という滑走路を経て、結婚という離陸、上昇の成否が決定される。
恋愛と結婚の激動は、長い人生行路のスタートである。
行く手にはいかなる嵐や気流の乱れがあろうと、
びくともしないだけの機体整備を、飛び立つ前にしっかり、
二人の力でやっておく必要がある。

☆女性に贈ることば 二月八日
世問は矛盾だらけである。正しき眼をもっていないともいえる。問題は、その矛盾を突き抜け、大きく乗り越えて、どう揺るぎない自分自身をつくりあげるかである。

☆今日のことば365 二月八日
人間は、自分の心を自由にすることができると錯覚しているが、いざ事に当たったとき、自分の心さえ自由にできないのが常である。心を支配するものこそ、生命の働きなのだが、人は生命に関する意識の不充分さから、これに気づかないのである。

☆新時代を創る 第5回 希望の光の哲学を社会へ
各地で真剣に御書講義が行われている。寒風の中、最高峰の生命哲学を学ぶ友の姿がすがすがしい。
心に刻んだ御書は、勇気の泉だ。勝利の力だ。自他共の幸福の土台となる。
御聖訓には仰せである。
『(南無妙法蓮華経の)「妙」の文字は、月である。太陽である。星である。鏡である。衣服である。食物である。花である。(万物を生む)大地である。(すべての川を収める)大海である。一切の功徳を合わせて『妙』の文字となられたのである』(御書1484ページ、通解)
功徳の集まりが御本尊である。妙法を信ずる人は胸中の御本尊を輝かせていける。広布に生きる人生に行き詰まりは断じてない。
今、SGIの各国でも、教学の研修が活発だ。地涌の菩薩のスクラムは、あらゆる差異の壁を越えて、世界を結んでいる。
全人類の宿命を転換しゆく平和の原動力こそ、太陽の仏法なのだ。

日蓮大聖人の仰せに『一切衆生の同一苦は悉く是日蓮一人の苦と申すべし』(同587ページ)とある。何と広大な慈悲であられるか。
まさに、この心を拝して行動しているのが、東日本大震災に立ち向かってきた東北の凱歌の人々である。
その東北に励ましを送るのが、阪神・淡路大震災を越えてきた兵庫そして大阪の久遠の友である。
大悪をも大善に転じゆく希望の哲理を抱き締め、共に忍耐強く、福光の未来へ歩み抜いてこられた。
最も苦しんでいる人に寄り添い続ける。共に立ち上がる。どんな人も、あきらめない。ここにこそ、仏法の出発点がある。
『我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし』(同234ページ)
この御金言を共に拝し、わが創価家族は、いかなる苦難も勝ち越えてきた。
我らは今再び、不退転の決意を燃え上がらせ、宿命と闘う友を抱きかかえながら、心一つに、生老病死の苦悩をも常楽我浄の大歓喜の劇へと転換しゆくのだ。
永遠に崩れぬ常勝の人材城をともどもに築こう!

2016年2月7日日曜日

2016.02.07 わが友に贈る

広宣流布とは
友情を広げること。
励まし 励まされる
心の交流こそが
平和を築く直道だ!

御義口伝巻下 P781
『法華経を持ち奉る処を当詣道場と云うなり此を去つて彼に行くには非ざるなり』

☆こころに響く言葉 結婚とは何か
建設の日々の始まり
結婚は、新しい人生の門出の祝典である。
それは同時に、建設の日々の始まりでなくてはならない。

☆女性に贈ることば 二月七日
失敗しても、叱るより「今回は、あなたらしくなかったね」と言ったほうがいい。
壁を乗り越える自信と、乗り越える喜びを伝えてあげたい。

☆今日のことば365 二月七日
一冊の本のなかに、ひとつの世界があり、いろんな人生があります。人間一人が、実際に、自分で体験できる人生は、ひとつしかありませんが、読書は、あらゆる人生体験を教えてくれるのです。人は、一冊の本を読むごとに、人生を、より豊かにしていくことができるのです。

☆随筆永遠なれ創価の大城 第2回 勇気凜々 2月を先駆
◇キューバの発展
かつて核戦争の恐怖に人類を震撼させ、東西冷戦の象徴的事件となった「キューバ危機」から半世紀——。昨年七月に、アメリカとの国交回復の朗報が世界を駆け巡ったことは記憶に新しい。
そのキューバでも、わが地涌の同志が生き生きと活躍している。
SGIは「国家の平和と安定に寄与している団体」と高く評価され、「よき市民」としての貢献は社会に輝きを放っているのである。
この発展するキューバ創価学会の源流にも、一人の母の奮闘があった。
もう三十五年ほど前になろうか。学会員であった日本人の夫と結婚し、その後、入会して神奈川の婦人部として活動されていたキューバ出身の女性を、私と妻は全力で励ました。
「あなたには、深い使命があります。題目をあげて前進してください。ご家族と必ず幸せになってください!」
彼女は、「愛する祖国に平和と希望の種を蒔こう!」と、尊い誓願を立てられた。
そしてキューバにいる両親を入会に導き、妹も続いた。今、その妹さんがキューバ創価学会のリーダーを立派に務め、和楽のスクラムを牽引しておられる。これほど嬉しいことはない。

◇師子吼の一人に
「一人立つ」勇者がいれば、そこから必ず状況は変えられる。
「真剣な一人」「必死の一人」から、勝利の突破口は開かれるのだ。
キューバ独立の英雄ホセ・マルティは叫んだ。
「正義に無頓着な大衆より、たった一人の正義の人の存在が強いのです。真の勝利を得るには、まず精神の上で勝利することです」
日蓮仏法の実践の魂も「一人立つ」ことだ。勇み立って、「法華折伏・破権門理」の戦いを起こすことである。
黙っていては、正義を為すことはできない。
語らなければ、真実は伝わらない。
御聖訓には、「彼等は野干のほう(吼)るなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書一一九〇ページ)と仰せではないか。
「声も惜まず」(同七二六ページ)、「言をもおしまず」(同三五六ページ)と叫ばれた誉れある大聖人の一門として、自信満々と、正義の言論戦を繰り広げるのだ。
今、全国各地の男子部・女子部・学生部が先頭に立って、「青年の声」を結集し、「青年の連帯」を拡大している。
地域の太陽・婦人部は明るく皆を照らし、励ましの光を、いやまして快活に広げてくれている。
創価の黄金柱・壮年部も、結成五十周年の佳節を前に、堂々たる行進を開始した。
「伝統の二月」から、創価の春へ!
聡明に、健康第一で、一日一日を勝ち進もう!
仲良く励まし合って、皆が力を出し切ろう!
胸を張り、声も惜しまず、わが信念を語ろう!
朗らかに伸び伸びと、笑みを湛えて、友情を結ぼう!
勇気凜々、創価の師弟桜の道を、晴れ晴れと開きゆくのだ!
 
伝統の
 勇気の拡大
  二月かな
 いざや楽しく
  広布の旗 振れ

2016年2月6日土曜日

2016.02.06 わが友に贈る

受験生の皆さんの
健康と栄光を祈る!
今までの努力を信じて
自分らしく悔いなく
ゴールへ走り抜け!

兄弟抄 P1088
『始は信じてありしかども世間のをそろしさにすつる人人かずをしらず』

☆こころに響く言葉 新しい"幸"か"不幸"かへの出発
結婚は、女性にとって第二の人生であろう。
この第二の人生は、その前の人生が幸せであったから、
そのまま第二の人生も幸せになるとは限らないし、また、結婚前が不幸だったから、
そのまま不幸の人生が続くとも限らない。
第二の人生は、二人にとって、
文字どおり新しい幸か不幸かへの出発でもあろう。

☆女性に贈ることば 二日六日
負けるな! 断じて負けるな!
幸福が人生の目的だ。
そのために努力を!
そのために忍耐を!
生き抜くのだ。
愉快に生き抜くのだ。
強く生き抜くのだ。

☆今日のことば365 二月六日
信頼と尊敬に包まれた美しい人生の送れる人は、必ず、深く父母や師、また国家社会から受けた恩を知っている人だといえないだろうか。

☆随筆永遠なれ創価の大城 第2回 勇気凜々 2月を先駆
◇「声も惜まず」我らは進む! 誠実 真剣 明朗 春呼ぶ対話の花を
二月は、わが師・戸田城聖先生の生誕の月だ。
そのお祝いに、沖縄の友が、戸田先生のお好きだった桜の花便りをいち早く届けてくれた。
思えば、五十五年前(一九六一年)、恩師の悲願であった東洋広布へ私が第一歩を踏み出した時も、不二の心で日本一の折伏の金字塔を打ち立ててくれたのが、沖縄の同志であった。
誉れ高き沖縄家族は、世界初の広宣流布、立正安国のモデル地帯をと、人生に「福徳の花」を、地域に「友情の花」を、社会に「人材の花」を、爛漫と咲き薫らせながら、前進している。
「先駆」の誇りの九 州との異体同心の連携も、頼もしい限りである。
日蓮大聖人は、「さきがけ」の闘魂を大事になされていた。
『先さきをしてあらん者は三世十方の仏を供養する功徳を得べし』(御書一四一五ページ)とも仰せである。
四国青年部の心意気から誕生した「紅の歌」に「魁光りぬ」と謳い上げられているように、我らの学会精神の強さと深さが、ここにある。

◇埼玉に拡大の波
東にあって「先駆」の気概に燃える天地が、関東であり、埼玉である。
埼玉といえば、戸田先生の事業が最悪の状態にあった時、先生と訪れ、苦境の打開へ奔走した思い出がある。恩知らずの弟子が次々と去っていく中で一人、懸命に支え、お守りしていた時期だ。
「必ず創価の春を勝ち開いてみせます!」。私は師に誓い、猛然と祈り抜き、阿修羅の如く戦い抜いた。
先月、私は妻と共に、幾重にも懐かしき埼玉の文化会館を訪問した。
埼玉そして関東の同志は今、三月の本部幹部会に向け、「わが地域の新時代を開こう」と、まさに先駆の心で「広布拡大」「対話拡大」に勇んで挑戦してくれている。
「対話」の要諦とは、いったい何か。
埼玉出身で、日本の近代経済の父・渋沢栄一翁は訴えている。
「世に至誠ほど、偉力あるものはない」と。
至誠、つまり「誠実」の限りを尽くす以上の偉大な力はないのだ。
渋沢翁はさらに、"至誠をもって、わが真心を表し、人と向き合うことだ。そうすれば、いかに交際が下手でも、必ず、相手に心は通じる。小手先の策を用いる必要などない"(趣意)とも言われていた。
その通りである。
大聖人は『心こそ大切なれ』(御書一一九二ページ)と仰せられた。
わが友に幸せになってほしい。よき社会、よき未来を一緒に築いていきたい——真心からの真剣な祈りと、勇気の対話が、自身の境涯も大きく開いていくのだ。
戸田先生は、よく語ってくださった。
「相手に真面目に真実を語る。そして心にあるものを訴えていく。
これが創価学会の発祥の原理であり、発展の原動力である」と。
心を打つものは心だ。妙法は、人間の心を強く聡明にする。自他共に幸福の峰へ導き、我らの地域を繁栄させ、平和の世界を築いていくための力である。慈悲と智慧の哲理であり、人間学であり、大法則なのである。

◇時を創り平和へ
六十五年前(一九五一年)、私は埼玉の中核であった、当時の志木支部川越地区に通い始め、足かけ三年にわたって渾身の御書講義を重ねた。
「この埼玉の地から、無数の地涌の菩薩よ躍り出で給え!」
そう祈り、若き情熱を注いで迎えた最終の講義は、一九五三年(昭和二十八年)の二月十日——戸田先生の誕生日の前日であった。
参加者も約五十人に増えた盛況の中で、皆で拝したのは「佐渡御書」であったと記憶する。
『日蓮は此関東の御一門の棟梁なり・日月なり・亀鏡なり・眼目なり』(同九五七ページ)
大聖人を流罪し、「自界叛逆難」の様相を招いた狂乱の権力者に対する、烈々たる師子吼を留められた重書である。
私が川越での御書講義を担当した当時、世界は厳しき東西冷戦の真っ只中にあった。
交通や通信の発達によって、世界は急速に狭くなった。人類は一つの地球に暮らす仲間ではないか——。そう考えれば、東西の分断と対立とは、大聖人が警鐘を鳴らされた「自界叛逆難」であるとも捉えられる。
その渦中に、戸田先生は「地球民族主義」を提唱され、弟子の私たち青年に、世界の平和のため、民衆の幸福のために立ち上がれと、深く期待されたのである。
先生の名代として、愛する埼玉の講義を修了した、その夜の日記を繙くと、こう記してある。
「次第に、人材、人物が、輩出して来た様子。」
「共産主義国対自由主義国、世界の二大陣営の激突に苦悩する。吾々の前進が、その第一段階の橋渡しか。」
「時を待て。時を待て。同志よ。民衆よ。人類よ。——」
東西冷戦の冬の時代を越えて、SGIの平和と人道の連帯は、百九十二カ国・地域に拡大した。粘り強く時を待ち、時を創り、人類の幸福の春を呼ぶ民衆の乱舞が、今、地球を舞台に、絢爛と花開いているのだ。

◎2/4の聖教新聞「青年教育者会議 結成30年」に大久保聖子さんが! 千葉1期だったんですね、おめでとうございま〜す(^^♪

2016年2月5日金曜日

2016.02.05 わが友に贈る

「まことの信心」は
苦難の時に試される。
いざという時に
決然と一人立つ
真正の勇者たれ!

四条金吾殿御返事 P1169
『仏法と申すは道理なり道理と申すは主に勝つ物なり』

☆こころに響く言葉 結婚は幸福へのゴールインではない
結婚は、ある場合には二人の愛の結果であり、
恋愛のゴールインかもしれないが、
それはそのまま幸福へのゴールインではない。

☆女性に贈ることば 二月五日
親や周囲が、思春期の特徴をよく理解することだ。子どもの言うことをよぐ聞いてあげる。子どもをありのまま受け入れる。さらに子どもがほっとする居心地のいい家庭をつくる。そういう努力をはらいながら、思春期は勇気をもって耐える期間であると受け止めて、接していってはどうだろうか。

☆今日のことば365 二月五日
主義主張に戦う者は、生涯、駒を進めることを瞬時も忘れてはならない。自己の使命を強く決意した、崇高なる戦いほど強力なものはない。いかなることも、逞しく建設していけるものだ。もし使命に目覚めないならば、人間ほど弱く脆く汚いものはないだろう。

☆ロマン総会へのSGI会長夫妻のメッセージ
◇桜梅桃李のスクラムで「平和の門」を開きゆけ
寒風に胸を張って、希望と友情の桜梅桃李のスクラムを広げゆく「ロマン総会」、誠におめでとうございます。
世界192カ国・地域の創価家族も、新年を飾る華陽姉妹の晴れの集いに、喜びのエールを送ってくれています。
日蓮大聖人は、お正月、女性の門下に与えられたお手紙の中で、「私たち凡夫は、まつげが近くにあるのと、虚空(大空)が遠くにあるのとは見ることができません。それと同じように、私たちの心の中に仏がおられるのを知らないでいたのです」(御書1491ページ、通解)と仰せになられました。
若くして、この世界一の大哲学を学び、実践する皆さん方は、自分自身の心の中にある仏の生命、すなわち最も尊く、最も強く、最も美しい福運と智慧の光を、思う存分に輝かせていける女性です。
家庭も、地域も、社会も、明るく朗らかに照らしゆける"幸福の太陽"の一人ひとりなのです。
皆さんには、あらゆる宿命を勝ち越えてきた母たち父たちが示す、人生勝利への正しい軌道があります。
どうか、どんな時にも「歓喜の中の大歓喜」の題目を忘れず、仲良く励まし合いながら、それぞれの誓い光るロマンの舞台で、何があっても負けない青春の劇を、賢く粘り強く、創り上げていってください。
私と妻は、大切な宝の皆さんの健康と活躍を、毎日、強盛に祈り抜いていきます。お元気で! 花の女子部よ! 大事な今を、そして永遠に、幸福勝利の限りなき平和の門を開きゆけ!

2016年2月4日木曜日

2016.02.04 わが友に贈る

聖教拡大に尽力する
全ての皆様に感謝!
「仏は文字に依って
衆生を度し給うなり」
幸福の哲理を社会へ!

諸法実相抄 P1360
『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし』

☆こころに響く言葉 過酷なレースのスタート
結婚にゴールインするというのも、誤解を生みやすい、
適切でない表現なのである。
結婚は、むしろスタートと考えなくてはならない。
しかも、夫は、妻と家庭に対する責任を、
妻は、夫と家庭に対する責任という重荷を、
それぞれ背負った、過酷なレースのスタートであると、
私は考えている。

☆女性に贈ることば 二月四日
苦しい時は、この間が永遠に続くような気がするものです。
しかし、そうではない。冬はいつか必ず春になります。永遠に続く冬はない。
誰よりも苦しんだあなたが、誰よりも人の心がわかるあなたなのです。誰よりもつらい思いをしたあなたは、誰よりも人の優しさに敏感なあなたのはずです。

☆今日のことば365 二月四日
弁解せぬ 人生であれ
堅実なる 人生であれ
健康なる 人生であれ

☆キューバの国際会議へのSGI会長のメッセージ
キューバ共和国の「偉大なる精神の師父」ホセ・マルティの名を冠した、意義深き第2回国際会議の大成功を、心からお祝い申し上げます。
敬愛するキューバの友として、また、崇高なるマルティの人間主義に共鳴する一人として、平和と連帯のメッセージを贈らせていただきます。
1996年6月、私は、貴国を訪れ、フィデル・カストロ前国家評議会議長をはじめ多くの方々とお会いし、文化・教育の交流を結ばせていただきました。
それは、指導者はもとより、一人一人の市民や青年の心に生き生きと脈打つ「マルティの心」との出あいの旅であったといっても、決して過言ではありません。
その後、光栄にも、ホセ・マルティ研究所所長のシンティオ・ヴィティエール博士と私は対話を重ね、対談集『カリブの太陽 正義の詩——「キューバの使徒 ホセ・マルティ」を語る』を発刊するに至りました。
この対談集は日本語、スペイン語、英語で出版されております。人類の宝たるマルティの思想と人生をめぐって、世界の多くの方々、とりわけ若い向学の世代と共に学び、語らう魂の広場を、未来へ継続して分かち合えますことは、私にとって何よりの喜びであります。
今回の会議では、125年前、マルティが建国の基本精神を明かした歴史的なスピーチのタイトルが掲げられています。
「すべての人々とともに、すべての人々のために」と。
何と簡潔明瞭でありながら、何と奥深く、気高い哲学が結晶している表現でしょうか。
まさに、地球的問題群に挑む世界市民が共通の指標とすべき、21世紀文明の旗印なりと、私は感嘆するのであります。
ここには、マルティが共和国の第一の原則と定めた「人間の品位に対する尊厳」が貫かれております。
マルティは、人間生命が具える善性を、揺るぎなく信頼してやみませんでした。
「民衆はすべて、共通の堂々とした、すばらしい何かを——空よりも広く、大地よりも大きく、星座よりも輝いていて、海よりも洋々としたものをもっています。それは人間の精神です」と。
時代の混迷が深ければ深いほど、私たちは、マルティがいついかなる時も手放さなかった「人間の品位に対する尊厳」に立ち返って、一人一人の生命に秘められた、限りない智慧と力を、いよいよ解き放っていきたいと思うのであります。
それを可能ならしめる翼こそ、マルティが見事に体現しているごとく、一つは「連帯への対話」であり、一つは「人間教育」ではないでしょうか。
マルティは喝破しました。
「人間を分けたり、限定したり、切り離したり、囲いに入れたりすることは、すべて人類に対する罪である」(エルミニオ・アルメンドロス著、神尾朱実訳『椰子より高く正義をかかげよ』海風書房)と。
20年前、貴国へ第一歩をしるさせていただいた時、私の胸に響いていたのも、このマルティの獅子吼でありました。
そしてまた、マルティは、「もっとも幸せな民衆とは、子どもたちによりよい情緒教育や思想知識を与えることのできる民衆である」と洞察しております。
今、うれしいことに、貴国の誇る名門ハバナ大学と、私が創立した創価大学の学術・教育交流も、素晴らしい成果を収めていることを、ここに謹んでご報告申し上げます。
教育を人生最大の事業と定めてきた私は、「すべての人々とともに、すべての人々のために」とのテーマに、なかんずく「すべての青年とともに、すべての未来のために」と加えさせていただきたいのであります。
ともあれ、マルティの太陽のごとき不撓不屈の楽観主義は、「民衆が疲れても、決して諦めない人間たれ」と私たちを勇気づけてくれております。
このマルティから託された勇気を、私たちは自らの信念の行動を通して世界の青年に示し、厳として受け継いでいきたいと願っております。
東洋の英知の言葉に「人のために火をともせば、わが前も明らかになる」とあります。
私も、尊敬する先生方と手を携えて、マルティが夢見た人類の平和と幸福の未来を、さらに明々と照らしゆくことを、ここにお誓い申し上げます。
最後に、愛するキューバ共和国のますますの栄光とご発展、そして本日、ご出席のすべての皆さま方のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げ、私のメッセージとさせていただきます。

2016年2月3日水曜日

2016.02.03 わが友に贈る

青年の声こそ
未来を開く力!
新しい発想
大胆な行動で
時代をリードせよ!

波木井三郎殿御返事 P1371
『既に法華経の為に御勘気を蒙れば幸の中の幸なり瓦礫を以て金銀に易ゆるとは是なり』

☆こころに響く言葉 妻のあり方
権力欲、名誉欲は逆効果
夫を偉くしたいとあせる妻の存在は、結局は逆な効果しか生まれない。
夫や子どもを叱咤することによって、
自分の権力欲、名誉欲を満たそうとする。
夫の仕事ぶりを批判したり、夫をさしおいて会社の上役へのお世辞に狂奔したり、
また子どもを有名校へ合格させようと熱中したりすることは、
かえって逆効果になってしまう場合もある。

☆女性に贈ることば 二月三日
挑戦なきところに青春はない。あくなき挑戦の気概にこそ、青春は脈動する。

☆今日のことば365 二月三日
思想や人生観は、その人の人生行路を決定づける。容姿とか、財産とか、家庭の境遇とかに自信をなくして、卑屈な人生観を持てば、すべて世のなかが、ゆがんだ鏡に映されるように、曲がってみえてしまうものだ。

☆社会で光る 開目抄
『我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ』(P234)

◇通解
私と私の弟子は、多くの難があろうとも、疑う心を起こさなければ、自然に仏界に至るであろう。諸天の加護がないからと、疑ってはならない。現世が安穏でないことを嘆いてはならない。

◇指針
心は不思議です。縁に触れて、さまざまな感情が引き出され、境涯も刻々と変化していきます。
思いもよらぬ事態には、戸惑いを見せ『なぜ』を繰り返す。時には、自らに都合のいい解釈をあてはめ、自分以外の何かに原因を求めることもあります。
人生に試練はつきもの。ましてや、仏道修行に励む私たちには「法華経の行者」ゆえの苦難が競い起こってきます。しかし、疑い深い凡夫の眼では、なかなか苦難の本質はとらえきれません。
本抄は、文永9年(1272年)2月、四条金吾を介し、門下一同に送られた『開目抄』の一節です。
この御文の後に『つたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわすするなるべし』と続くように、生命が「疑う心」に覆われてしまえば、自身でも気づかぬうちに、仏道から外れてしまうのです。
いざという時、また、一人の時に、信心の真価が問われます。信心を忘れ、右往左往して策に走っても、小手先の浅知恵しか生まれません。
「疑う心」「嘆きの心」を打ち払い、今こそ「まことの時」と心を定め、現実に立ち向かっていく。仏の眼で突き進む人生こそ、人間革命の実証が輝いていくのです。

◇SGI会長の指針
広宣流布は魔との戦いです。権威権力の迫害をはじめ、予期せぬことが起こり、不信を煽りたてることもあるでしょう。
どうか、何があろうが、「信」の一字を、深く、深く、胸に刻んで、広宣流布の大道を歩み通し、断じて幸せになってください。
「信」によって結ばれた、地涌の固いスクラムは、いかなる力も、決して破ることはできません。

2016年2月2日火曜日

2016.02.02 わが友に贈る

会合の大成功へ
リーダーは
万全の準備を!
皆の歓喜と決意が
勝利への原動力だ!

佐渡御勘気抄 P891
『仏になる道は必ず身命をすつるほどの事ありてこそ仏にはなり候らめとをしはからる、既に経文のごとく悪口罵詈刀杖瓦礫数数見擯出と説かれてかかるめに値い候こそ法華経をよむにて候らめと、いよいよ信心もおこり後生もたのもしく候、死して候はば必ず各各をもたすけたてまつるべし』

☆こころに響く言葉 夫が苦境に立たされたとき
男一匹、生活力を失ったときほど、辛い惨めなことはないのです。
まったくどうしようもない。
それを傍でガミガミやられたら、実にたまったものじゃない。
ガミガミ言って、
それで宿命が変わるものなら、こんな簡単なことはない。
そうはいかないのです。
結局のところ、貧乏運を福運に変えることです。

☆女性に贈ることば 二月二日
物事を、目先だけで見る人がいる。
たえず目先のことに紛動され、一喜一憂する生き方には、真の幸福も、真の向上もない。
一生涯を見据えて生きる忍耐が、永遠の幸福への種子になっていくのだ。

☆今日のことば365 二月二日
一度や、二度の失敗でくじけることはまことに愚かだ。人生は、長い長い旅路である。途中で、いかにすばらしい、華やかな人生を歩んでも、最後に不幸な、敗れた人生と化してしまったならば、これほどみじめなことはない。


☆輝きのグループ学習 持妙法華問答抄
『願わくは「現世安穏・後生善処」の妙法を持つのみこそ只今生の名聞・後世の弄引なるべけれ須く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき』(P467)

◇通解
願わくは「現世は安らかであり、後世には善い処に生まれる」と仰せの妙法を持つのみが、この人生の真の名誉であり、後世には成仏の手引きとなるのである。すべからく心を一つにして、南無妙法蓮華経と自分も唱え、他人にも勧めることこそが、人間として生まれてきた今生の思い出である。

◇学習内容
本抄は、日蓮大聖人が42歳の時、伊豆流罪から赦免された直後に、鎌倉で認められたとされています。
松葉ヶ谷の法難、伊豆流罪と打ち続く諸難の真っただ中でありながら、大聖人は、不安を覚える弟子に、縁に粉動されることなく信心を貫く必要を訴え、自行化他にわたる実践こそが、人生最高の思い出になると教えられています。

◇幸福になるために
大聖人は『願わくは』と呼びかけられ、"苦難に負けることなく、妙法を持ち抜き、最高の幸福境涯を築いてほしい"と励ましを送られています。
法華経には『現世安穏・後生善処』と妙法の大功徳が説かれています。
法華経の実践がなければ、現世で積んだ業は消えずに、来世まで続きます。
つまり、現世の悪業は、また、来世の苦しみとなるのです。
反対に、現世で幸福境涯を確立すれば、来世も善処に生まれ、幸福の軌道を進むことができるのです。
本抄にある『今生の名聞』とは、社会的な地位や財産、名声ではありません。「妙法を持つ」こと。
すなわち、自身が唱題に励むだけでなく、友の幸福を願い、仏法を伝える実践が最高の誉れなのです。
池田先生は、「人間は皆、幸福になるために生まれてきた。勝つために生まれてきた。人を幸福にするために生まれてきた。それを妨げんとする、ありとあらゆる宿命の苦悩をいかに打開していくか。ここに万人の挑戦がある。
どんな悲嘆のどん底であっても、必ず立ち上がれる。どんな絶望の暗闇であっても、絶対に打ち破れる。この究極の幸福勝利の力たる妙法を、御本仏は、全人類に惜しみなく開き示してくださったのである」と綴られています。

2016年2月1日月曜日

2016.02.01 わが友に贈る

◇今週のことば
地区・ブロックを起点に
さあ、伝統の二月だ!
勇者は最前線を走る。
「二人・三人。百人と」
仏縁を楽しく広げよ!
2016年02月01日

法蓮抄 P1046
『譬えば竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るる』

☆こころに響く言葉 夫の嘘に対して
もし夫が嘘をついていると見破っても、
しらん顔してそれを許す度量と、これはということは、おさえる、
許さないという一面が必要である。そうすれば、ききめがある。

☆女性に贈ることば 二月一日
日常の生活のなかにこそ、人間が生を営むうえでの大切な本質があり、意味がある。それをおろそかにしては、真の幸福も平和もあり得ない。
いかに地味な陰の仕事でも、生き生きと、そして地道に、一日また一日、価値を創造しゆく人生は幸福である。

☆今日のことば365 二月一日
よき種は よき苗となり
よき花が咲こう
よき少年は よき青年となる
よき青年は よき社会の指導者となろう

☆大白蓮華巻頭言 2016年2月号 心を灯す「喜びの対話録」を!
対話から、「生きる喜び」は生まれる。
アメリカの未来学者ヘンダーソン博士が"平和の先生"と仰いだのも、対話に励むお母さんであった。
「母は周りに、いつも声をかけていました。相手を尊敬して話しかけるので、皆に好かれていました。
母のようになりたい! そう思ったものです」と。
人が人を思いやる声ほど、温かいものはあるまい。
その励ましが、人間の善なる命を呼び起こすのだ。
生命は生命によって磨かれる。すなわち対話である。
『月月・日日に』慈折広宣流布のため、立正安国のため、わが創価家族の信念の行動は止むことがない。
声も惜しまぬ不擁不屈の挑戦があるからこそ、「人間革命」の歓喜の劇は、全世界に広がっているのだ。
日蓮大聖人は、十界のいかなる衆生も即身成仏させる妙法の力を、『水の底なる石に火のあるが如く百千万年くらき所にも燈を入れぬればあかくなる』(P1403)と警えられた。
なんと鮮烈な讐喩であられることか。
水底の石に秘められた火を打ち出すように、また、長き闇に覆われた洞窟を照らし晴らすように、友の心を信じ、生命尊厳の哲理で劇的に蘇らせていく。
これが、私たちの仏法の語らいなのである。
身構える必要などない。自らの胸奥に燃え上がる確信の炎は、縁する人の心に、しかと伝わるからだ。
「本有無作」という、ありのままの大誠実の生命で、価値創造の希望の燈を点火していけばよいのだ。

真心こめて語っても、反発されることがある。誠意を尽くして、心ない冷笑が返ってくることもある。
しかし、すべて「不軽菩薩」に連なる仏道修行だ。
いかなる圧迫にも屈せず、一人一人を敬い、啓発の対話を貫き通した不軽は、無量の功徳を成就した。
この如説の対話によって境涯を大きく開き、宿命を転換し、大福徳を蔽らせてきたのが、学会員である。
毎日、泣くほどの生活苦や、病苦を乗り越えてきた埼玉の功労の夫妻は今、朗らかな笑顔で語る。
「感謝の心で、隣人も知人も友人も、みんな幸せになってほしいと朝晩、名前を挙げて祈っています。対話をすれば、自分が変われる。どんな人も変わる。
だから、種を蒔くことをやめません!」と。
世界には、野蛮な暴力が噴出し、憎しみの怒号や悪意の虚言が渦巻いている。それゆえにこそ、人間を尊敬し、信頼し、善意の連帯を拡大しゆく創価の正義の声を、いやまして強く広く、高めていきたい。
師・戸田城聖先生は、「自行化他の題目を唱え、わが身に妙法がしみ込んでくると、折伏したくなり、人を救いたくなる。この実践によって、人生も社会も、よりよく打開していけるのだ!」と言われた。
我らには誓願の題目がある。祈り、涌現した仏の命で、人と会い、人と語る。その一切が仏縁となる。
高齢や病などで動けずとも、題目は必ず相手に届く。
さあ、「今生人界の思出」と輝く、喜びの対話録を、楽しく伸びやかに勝ち広げようではないか!

大境涯
 開き勝ちゆけ
  この生命
 祈り走りて
  喜び語れや