2016年3月1日火曜日

2016.03.01 わが友に贈る

さあ 躍動の3月だ。
みずみずしい精神で
足取り軽く前進を!
希望送る語らいで
笑顔の花を咲かせよう!

異体同心事 P1463
『一人の心なれども二つの心あれば其の心たがいて成ずる事なし、百人千人なれども一つ心なれば必ず事を成ず』

異体同心事 P1463
『一人の心なれども二つの心あれば其の心たがいて成ずる事なし、百人千人なれども一つ心なれば必ず事を成ず』

☆四季の語らい
人間は「真理」を求めて旅をしなければならない。その「真理」とは、実は、因っている人、弱い立場の人を助ける「慈愛の行動」のなかにある。高尚な「知識」のなかにあるのではない。どんなに知識があっても、観念の遊戯や、民衆への軽蔑があるならば、その人は「真理」から一番遠いところにいるのです。

☆女性に贈ることば 三月一日
若い時に安逸を余り、苦労しないのは、不幸な青春である。
自分では自由なつもりでいて、結局、最後は不自由な敗北者となってしまう。
苦労すべき時に苦労し、勉強すべき時に勉強するのが、幸福な青春である。それが、一生涯の幸福の礎となる。

☆今日のことば365 三月一日
いかなる場合でも積極的に発言すべきである。そう明にして要をえた言々は、黄金であり沈黙は銀である。

☆大白蓮華巻頭言 2016年3月号 丈夫よ「この道」勝ち抜け!
我ら壮年部は、一九六六年(昭和四十一年)三月、婦人部、青年部に遅るること十五年にして誕生した。
思えば、法華経の会座に最後に馳せ参じたのは、普賢菩薩である。普賢は遅れを取り戻す如く、末法に法華経の行者を守護することを、真剣に誓った。
その熱誠を、仏はことのほか喜ばれたのである。
壮年部の結成に当たって、私たちは約し合った。
「壮年部は、各部のなかの一つの部ではない。各部の調和をとり、責任をもって、学会を、会員を、守る。創価の城を支えゆく、黄金柱になるのだ」と。
この誓いのままに、妙法の名将たちは奮い立った。
私と共に、広宣流布の責任を担い、支部で、地区で、ブロックで、同志を励まし、守り抜いてくれた。
学会が、諸難ありとも、微動だにせず、大発展を遂げてきたのは、まさしく「黄金柱」たる壮年が、いずこの地にも雄々しく吃立しているからである。
いかなる社会と人生の烈風が吹き荒れようとも、歯を食いしばって厳然と、創価の城を支えてくれた尊き父たちのことを、どうして忘れられようか。
日蓮大聖人は、『天・地・人を貰きて少しも傾かざるを王とは名けたり』(P1422)と仰せである。
大宇宙をも包みゆく、壮大な「一念三千」の法理を行ずる我らだ。権力によらず、財力にもよらず、ただ一人の男として生命の本源の底力を発揮し、生老病死の苦悩に応戦して、創価家族を牽引するのだ。
無名無冠なれど、最も誇り高き人間王者である。
恩師・戸田城聖先生は「王者の中の大王者」の道を進み抜かれた。先生は悠然と語られている。
「私は、かりに地獄に堕ちたとしても平気だよ。
その時は、地獄の衆生を折伏して寂光土とするんだ。
男が臆せば男ではない。どんな苦労も仏の力に変えられる。三障四魔が強いのは、むしろ信心で、必ず勝てるという証しなんだ。人生は強気でいけ!」と。
創価の王者に恐れはない。遽巡もない。気取りもなければ、威張りもない。ありのままの人間味で、庶民と共に、庶民のために、毀誉褒股など豪快に笑い飛ばして戦う。現実社会の只中で、法華経の兵法を掲げて大闘争を続ける。そして、後継の宝の若人を慈しみ、自分以上の大人材へと育てゆくのだ。

丈夫よ
 この適勝ち抜け
  友のため
 王者の戦を
  堂々飾れや