わが使命の天地で
勝ち輝くことが
世界広布の前進だ!
ゆえに今日もまた
勇気と忍耐の挑戦を!
最蓮房御返事 P1343
『我等が居住して一乗を修行せんの処は何れの処にても候へ常寂光の都為るべし、我等が弟子檀那とならん人は一歩を行かずして天竺の霊山を見本有の寂光土へ昼夜に往復し給ふ』
◇希望の明日へ
全宇宙が、生命の音楽を奏でている。星々も、地球も、花も樹々も、人間もまた大地も大海も、それぞれが自らの歌をうたっている。これが仏法の、また科学の世界においても証明されつつある、この世界の実相である。仏法では「耳根得道」とも説いている。耳から入る音こそ、生命のもっとも深みに届き、深層を揺さぶり、変革する力をもっている。一般的にも美しい音律をつねに耳から心へと入れれば、心の世界が浄化されていく。悪しき傾向性をも洗い流してくれる"清水"でもある。
平2・5・9
☆随筆 民衆凱歌の大行進No.1 「師弟の道」一筋に
いやまして
凱歌の行進
創価かな
「生きる」とは、どんなことがあっても、前へ前へ戦い進んでいくことだ。
何も決心せず、戦わなければ、気楽かもしれない。しかし、わびしく悔いを残す人生で終わってしまう。
戦い進む人には、晴ればれと勝利が待っている。
日蓮大聖人は、過酷な流罪の大難も悠然と勝ち越えてこられた御境涯を、こう仰せになられた。
『召し返されて後又経文の如く弥よ申しつよる』(P1413、「妙法比丘尼御返事」)
この烈々たる御本仏の大生命に連なって、広宣流布の誓願に邁進しゆくのが、我ら創価の人生である。
新時代の幕は上がった。
今、日本、そして世界のあの友も、この友も、自分のいる場所から"いよいよこれからだ!"と、勇んで前進を開始している。
それは、法華経に地涌の菩薩が「同時に涌出せり」(創価学会版法華経P452)と説かれたような壮大な絵巻ではあるまいか。
我らが行くところ向かうところ、生命の偉大な創造性を発揮し、人間の勝利を広げるのだ。幸福と正義と平和の花を咲かせるのだ。
この一年も、「民衆凱歌の大行進」を、全世界の同志と共に痛快に飾りゆこう!
恩師・戸田城聖先生は、金剛不壊なる民衆の組織を築き、一切の戦いに勝利しゆくために、繰り返し私たち弟子に教えられた。
「団結第一でいけ!」
それは、『異体同心なれば万事を成し』(P1463、「異体同心事」)との、大聖人の御指南通りの大行進であった。
この正道を貫いてきたからこそ、創価学会は一切の嵐を越えて世界的な発展を遂げることができたのだ。
人類史を顧みれば、何と多くの内紛、内乱、内戦等が渦巻いていることか。
「立正安国論」で喝破された「自界叛逆の難」の様相と見ることもできよう。
この悲劇の流転の中で、我ら創価の民衆の大スクラムは、奇跡の中の奇跡といっても過言ではあるまい。
異体同心の団結こそが、広宣流布の命脈である。
一家にあっては和楽を!
人と人の間には友情を!
地域には信頼と友好を!
人類社会の中には、平和への民衆の連帯を!
心を合わせて仲良く進むのだ。団結のあるところに勝利があり、幸福がある。
年頭、イタリアでは31力国のリーダーが集い、新時代第1回「欧州広布サミット」が行われた。
第1次世界大戦の悲劇の勃発から100年──。後継の青年たちも「ヨーロッパは一つ」を合言葉に、誠に麗しい団結で人類融合の平和の未来へ前進している。こんな頼もしいことはない。
人間の絆は国を超え、民族を超え、時代を超える。
インドのマハトマ・ガンジーが非暴力の民衆運動への絶対の確信を固めていく上で、「私の師」と仰いだのは、ロシアの文豪トルストイであった。
若きガンジーは、南アフリカでインド系住民の人権闘争を推進する中で、トルストイの非暴力抵抗の信念と行動に学んだ。そして、仏教などインドに脈打つ不殺生の思想を現代に蘇らせ、不屈の民衆運動へと展開していったのだ。
戦う場所は離れていても心はつながる。ガンジーが南アから手紙を送り、深い共鳴を伝えると、トルストイは大変喜び、交信は3度に及んだのである。
トルストイは逝去の2カ月前に認めた手紙で、ガンジーの活動を、「それは地上におけるこんにちのあらゆる活動のうちでもっとも重要なもの」と賞讃した。
ガンジーがトルストイと直接会うことは一度もなかった。しかし、生涯をかけた自らの実践で、その言葉を証明し抜いたのである。
トルストイが亡くなって20余年が過ぎたある年。スイスで講演会に臨んだガンジーは、質問に答えて明言した。「トルストイは私の一生の師です」と。
ガンジーの非暴力運動は、その後、アメリカのキング博士の公民権運動や南アのマンデラ元大統領のアパルトヘイト(人種隔離)撤廃運動へもつながった。
非暴力の魂──この人類の宝が、国境や言語の壁を超えて輝き広がりゆく底流には、師弟という精神の道があったといえまいか。
今、私が対談を重ねているサイフェルト博士(オーストリア元文部次官・声楽家)が語られていた。
「(自身の師匠である)ヴァムザー先生の写真を見るたびに"あなただったら、どう思いますか"と心の中で話し掛けて、行動するようにしているのです」
私も、戸田先生ならば、どのように手を打たれ、友を、どう励まされるか──常にその一念で戦ってきた。
25歳の1月の日記にも自らに問いかけていた。
「恥なき師弟の道を、歩みきったか、否か」と。
私の胸には、いつも恩師がいる。会長就任の時も、世界への一歩を踏み出した時も、非難の嵐の中でも、わが生命の奥には師匠が厳然といらっしゃった。
「御義口伝」に、『師弟が感応し、仏の生命を自身の中に顕現して、 「如我等無異」 の文の如く、わが身仏なりと悟る。これが悟仏知見である』(P717、通解)と仰せである。
師である仏と、弟子である衆生が一体不二で誓願を立てて戦う──そこに仏法の師弟の真髄がある。
師を求め、師の心に迫りながら、弟子が広宣流布の誓願の題目を唱え、戦いを起こす。その弟子の生命には、師と同じ力と智慧が脈々と涌現してくるのだ。
30年前(1984年)の2月、私は逸る心でブラジルに飛んだ。18年ぶりの訪問だった。どうしても果たしたい約束があった。
その前年、鹿児島・霧島の研修道場でブラジルの男女青年部など代表38人と記念撮影をした折のこと、母国の全同志の心を代弁するかのように、「先生、ブラジルに来てください!」と必死の声が上がった。
私は即答した。「必ず行くよ! 広宣流布は私の生涯の使命だからね」
友は、この時の私の言葉を、わが誓いとしてくれた。
「私たちも生涯、広宣流布に生き抜こう!」と。
以来、「ブラジル霧島会」として、皆が広布と社会のリーダーヘと成長し、青春の誓いのまま走り抜いてきたのだ。ご家族も広布の庭で活躍されている。
昨年10月、広島での本部幹部会の折に、ブラジル鼓笛隊16人が美事な記念演奏をしてくれた。その中の3人が、この霧島会メンバーの娘さんであった。
乙女たちは清々しく語っていた。
「今度は私たちがブラジルに平和の種を植え、希望と幸福の花園を広げていきます!」
師弟の誓いが受け継がれてこそ、広宣流布の大河も滔々と流れ通っていく。
今月、「創価班・牙城会・白蓮グループ大会」の意義を込めて行われた本部幹部会でも、韓国、タイの青年の代表と共に、ブラジル創価班の凛々しき若人が活動報告してくれた。
新しい時代は、青年のものだ。いよいよ、君たち、貴女たちの本舞台である。
学会の運動に深い関心を寄せてくださっていた、ブラジルの文豪アマード氏は高らかに謳い上げられた。
「民衆というものは、世界のいずれの港、いずれの波止場の近くにいても、いずれの空のもとにあっても同じなのだ。善良で強く、寛大で理解があり、自由と美と勇気を愛する」
民衆ほど、強いものはない。尊いものはない。
その民衆の手で、社会の繁栄と幸福を築いていく聖業こそ広宣流布だ。
地球上のいずこであれ、「民衆の王者」たる、学会の同志の心は変わらない。
さあ「伝統の2月」──大いに祈り、動き、語ろう!
いやまして団結第一で、新たな栄光の歴史を創っていこうではないか!
晴ればれと
今日も正義の
民衆は
師弟不二なる
勝利の道ゆく
◎きょうから「希望の明日へ」は"音楽"です
2014年4月20日日曜日
2014年4月19日土曜日
2014.04.19 わが友に贈る
「随喜する声を
聞いて随喜し」
わが体験を語ろう!
喜びと確信の言葉が
友の心を動かす!
上野殿御返事 P1565
『しばらくの苦こそ候ともついにはたのしかるべし、国王一人の太子のごとしいかでか位につかざらんとおぼしめし候へ』
◇希望の明日へ
二十一世紀は、"詩の心"が復活する世紀と見る。そうならねば、人々の心は窒息してしまうであろう。ますます肥大化し、人類を圧迫する科学や政治、経済の歪み。管理機構。このままでは、人間はその重圧に耐えられない。詩は、人間の精神をかぎりなく広げる。豊かにする。音楽のように、国境を超え、距離を超えて、人間の心を結ぶ。詩の世界には、差別などない。だからこそ私は、詩を大事にするのである。
平3・5・28
☆勝利の人間学 第50回 報恩こそ勝利の源泉
◇親孝行は人間性の真髄
今の自分があるのは、誰のおかげか。その恩を知り、恩に報いようと生きることこそ、正しき生命の道である。勝利の人生の道だ。
知恩・報恩の根本は、「親孝行」である。
御聖訓には、『先づ此の父と母との恩を報ずべし』(P1527、「上野殿御消息」)と仰せである。
戸田先生は、青年に訴えられた。
「衆生を愛さなくてはならぬ戦いである。しかるに、青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人を愛せようか。その無慈悲の自分を乗り越えて、仏の慈悲の境地を会得する、人間革命の戦いである」
ゆえに、先生は親不孝を許されなかった。
難しいことではない。笑顔を見せるだけでもいい。親を喜ばせ、安心させてあげるのだ。その優しく温かな心を、友に広げ、全人類へと広げていく──この「人間革命」の振る舞いから、世界広宣流布の新時代も、大きく清々しく開かれゆくことを銘記されたい。
◇恩を知れば無限の力が
わが恩師・戸田先生は「不知恩になるな」と言われ、厳しく戒められた。忘恩の人間の末路は、どんなに正当化しようが哀れである。恩師は、愛する弟子を、だれ一人も不幸な敗北者にはしたくなかったからだ。
戸田先生は、戦時中、師匠である牧口先生とご一緒に、正義なるがゆえに、軍部政府の弾圧を受け投獄された。そのことを振り返り "牧口先生の慈悲の広大無辺は、牢獄まで連れていってくださった" と感謝されている。
この崇高なる創価の師弟の真髄に、私は感動し、あとに続いた。
いかなる苦難にも負けず、勇敢に大法を弘通することこそ、師恩に報いる究極である。
報恩の一念に徹する時、人間は最も尊く、最も強くなる。最も偉大な力を発揮できる。
「報恩に生き抜く」という学会精神を、諸君も厳然と受け継いでいってもらいたい。
聞いて随喜し」
わが体験を語ろう!
喜びと確信の言葉が
友の心を動かす!
上野殿御返事 P1565
『しばらくの苦こそ候ともついにはたのしかるべし、国王一人の太子のごとしいかでか位につかざらんとおぼしめし候へ』
◇希望の明日へ
二十一世紀は、"詩の心"が復活する世紀と見る。そうならねば、人々の心は窒息してしまうであろう。ますます肥大化し、人類を圧迫する科学や政治、経済の歪み。管理機構。このままでは、人間はその重圧に耐えられない。詩は、人間の精神をかぎりなく広げる。豊かにする。音楽のように、国境を超え、距離を超えて、人間の心を結ぶ。詩の世界には、差別などない。だからこそ私は、詩を大事にするのである。
平3・5・28
☆勝利の人間学 第50回 報恩こそ勝利の源泉
◇親孝行は人間性の真髄
今の自分があるのは、誰のおかげか。その恩を知り、恩に報いようと生きることこそ、正しき生命の道である。勝利の人生の道だ。
知恩・報恩の根本は、「親孝行」である。
御聖訓には、『先づ此の父と母との恩を報ずべし』(P1527、「上野殿御消息」)と仰せである。
戸田先生は、青年に訴えられた。
「衆生を愛さなくてはならぬ戦いである。しかるに、青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人を愛せようか。その無慈悲の自分を乗り越えて、仏の慈悲の境地を会得する、人間革命の戦いである」
ゆえに、先生は親不孝を許されなかった。
難しいことではない。笑顔を見せるだけでもいい。親を喜ばせ、安心させてあげるのだ。その優しく温かな心を、友に広げ、全人類へと広げていく──この「人間革命」の振る舞いから、世界広宣流布の新時代も、大きく清々しく開かれゆくことを銘記されたい。
◇恩を知れば無限の力が
わが恩師・戸田先生は「不知恩になるな」と言われ、厳しく戒められた。忘恩の人間の末路は、どんなに正当化しようが哀れである。恩師は、愛する弟子を、だれ一人も不幸な敗北者にはしたくなかったからだ。
戸田先生は、戦時中、師匠である牧口先生とご一緒に、正義なるがゆえに、軍部政府の弾圧を受け投獄された。そのことを振り返り "牧口先生の慈悲の広大無辺は、牢獄まで連れていってくださった" と感謝されている。
この崇高なる創価の師弟の真髄に、私は感動し、あとに続いた。
いかなる苦難にも負けず、勇敢に大法を弘通することこそ、師恩に報いる究極である。
報恩の一念に徹する時、人間は最も尊く、最も強くなる。最も偉大な力を発揮できる。
「報恩に生き抜く」という学会精神を、諸君も厳然と受け継いでいってもらいたい。
2014年4月18日金曜日
2014.04.17 わが友に贈る
会合の参加者を
「仏を敬うが如く」
真心で迎えよう!
誠実の振る舞いから
歓喜の波動は広がる!
妙法尼御前御返事 P1403
『百千万年くらき所にも燈を入れぬればあかくなる』
◇希望の明日へ
分断から結合へと転じゆく力−−それは、ひとえに詩心の復権にあろう。詩心は、人間と社会と宇宙を結びゆく心であり、"詩心の復権"はそのまま"人間の復権"にほかならないと確信する。
平2・7・26
☆名誉会長と共に新時代を開く第15回 桜梅桃李、自分らしく咲け
人生の新しい一歩を踏み出した新入生や新社会人を、皆で応援したい。戸惑いや不安も多いでしょう。私も一人一人のもとへ行き、励ましたい気持ちでいっぱいです。
若いのだから、失敗を恐れず、へこたれないで進もう!
桜梅桃李、自分らしく輝けばいい。あせる必要はない。必ず咲く時が来る。声高らかに題目をあげ、自らの使命の花を咲かせていくのです。
若き日、私は日記に恩師の法華経講義の感動を記した。
「ああ、甚深無量なる、法華経の玄理に、遇いし身の福運を知る。戸田先生こそ、人類の師であらん」「吾れ、弱冠二十にして、最高に栄光ある青春の生きゆく道を知る」と。
日蓮大聖人は『ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし』(P1360、「諸法実相抄」)と仰せになられた。
妙法という究極の正義の法則に則って、学会と共に、同志と共に生き抜いていく──これほど、永遠性の生き甲斐があり、宇宙大の充実がある世界は絶対にありません。
戸田先生は、新たな責任を担わんとする私に「苦難の道を歩みゆけ」と言われた。
広宣流布のための苦難は、無上の誉れである。
広宣流布のために勝ち越えられない苦難はない。
全ての苦難は、必ず功徳と栄光に変わります。
私は毎日、全同志の幸福を祈り、一切を見守っている。安心して、誇り高く、使命の舞台に躍り出てもらいたい。どこに行っても、信念と朗らかさを持って、張り切って戦い進んでくれたまえ!
皆、健康第一で!
わが掌中の珠たる君よ! 爛漫の青年桜のように、大きく堂々と勝ちまくれ!
「仏を敬うが如く」
真心で迎えよう!
誠実の振る舞いから
歓喜の波動は広がる!
妙法尼御前御返事 P1403
『百千万年くらき所にも燈を入れぬればあかくなる』
◇希望の明日へ
分断から結合へと転じゆく力−−それは、ひとえに詩心の復権にあろう。詩心は、人間と社会と宇宙を結びゆく心であり、"詩心の復権"はそのまま"人間の復権"にほかならないと確信する。
平2・7・26
☆名誉会長と共に新時代を開く第15回 桜梅桃李、自分らしく咲け
人生の新しい一歩を踏み出した新入生や新社会人を、皆で応援したい。戸惑いや不安も多いでしょう。私も一人一人のもとへ行き、励ましたい気持ちでいっぱいです。
若いのだから、失敗を恐れず、へこたれないで進もう!
桜梅桃李、自分らしく輝けばいい。あせる必要はない。必ず咲く時が来る。声高らかに題目をあげ、自らの使命の花を咲かせていくのです。
若き日、私は日記に恩師の法華経講義の感動を記した。
「ああ、甚深無量なる、法華経の玄理に、遇いし身の福運を知る。戸田先生こそ、人類の師であらん」「吾れ、弱冠二十にして、最高に栄光ある青春の生きゆく道を知る」と。
日蓮大聖人は『ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし』(P1360、「諸法実相抄」)と仰せになられた。
妙法という究極の正義の法則に則って、学会と共に、同志と共に生き抜いていく──これほど、永遠性の生き甲斐があり、宇宙大の充実がある世界は絶対にありません。
戸田先生は、新たな責任を担わんとする私に「苦難の道を歩みゆけ」と言われた。
広宣流布のための苦難は、無上の誉れである。
広宣流布のために勝ち越えられない苦難はない。
全ての苦難は、必ず功徳と栄光に変わります。
私は毎日、全同志の幸福を祈り、一切を見守っている。安心して、誇り高く、使命の舞台に躍り出てもらいたい。どこに行っても、信念と朗らかさを持って、張り切って戦い進んでくれたまえ!
皆、健康第一で!
わが掌中の珠たる君よ! 爛漫の青年桜のように、大きく堂々と勝ちまくれ!
2014年4月17日木曜日
2014.04.18 わが友に贈る
病気と闘う友
看病・介護で支える
家族に真心の励ましを!
労苦に寄り添う中に
前進への希望は輝く。
佐渡御書 P957
『正法は一字一句なれども時機に叶いぬれば必ず得道なるべし千経万論を習学すれども時機に相違すれば叶う可らず』
◇希望の明日へ
調和をもたらすのが、詩人の天職である。世界の、あらゆる複雑性、表面の抗争、対立、亀裂−−それらのただなかに身を置きながら、なおかつ一歩深く、また高い次元から、人類共通の"永遠なる魂"を開示していく。分断された人間と人間、人間と社会、人間と自然・宇宙を再び結びつけていく、それが、詩心である。人間性の精華である。その体現者が真の詩人である。
平3・5・28
☆特別寄稿 「大九州は 『光の賛歌』 のふるさと」
芸術の生彩とは "生命の光" なり──北原白秋先生の洞祭です。この大詩人にとって、愛する故郷・柳川こそ創造の光の源でした。
麗しき「水の都」たる福岡県に溢れる光の躍動は、印象派を育んだフランスのセーヌ川やノルマンディ海岸の水辺と響き合います。
白秋先生は、日本美術と印象派の縁にも、鋭く注目していました。
本年は、パリでの「第1回印象派展」から140年。国際都市・福岡はフランスとの交流も深く、国宝「金印」をはじめ文化の宝を擁する福岡市博物館での開催は大きな意義があります。
ご関係の皆様方に、心より感謝甲し上げます。
今回、出展されている「ブージヴァルのダンス」はルノワールの最高傑作の一つであり、ボストン美術館の所蔵品の代表作です。
昨秋、日本の美術愛好家が同美術館へ、この大作を求めて足を運ばれました。ところが「日本へ貸し出している」と言われて驚き、帰国してから東京展で心ゆくまで鑑賞されたと伺っています。
世界の37の美術館から出展された名品群が織り成す「光の賛歌」は「生きる喜びの賛歌」です。
ルノワールは、人生には「暗く気の滅入るような側面」が多いからこそ、絵画は「美しく、見ていて楽しいものであるべきだ」と考え、芸術の力で生活に晴れやかな生命の色彩をもたらそうと願いました。生を尊ぶその眼には、お母さんが赤ちゃんの抱き方を発見することは、ニュートンの万有引力の発見と同様に素晴らしい偉業と映ったのです。
晩年、リウマチに苦しみ、手足が不自由になっても、手首に絵筆を括りつけ、健康的な生命の美を描いた不屈の光跡は、使命に生き抜いた人生の名画です。
印象派の画家たちは、従来の室内の制作から、明るい陽光のもとへ打って出て絵筆を振るいました。
万物が美しい。問題は「それを見ることができるかどうかだ」と語ったのは、中心的存在のピサロです。
浮世絵にも学んだシスレーは、身近な地域の自然や働く人々の美を引き出し、郷土の賛歌を描きました。
ブーダンは若き弟子のモネと戸外で一緒に活写して薫陶し、そのモネも多くの画友を激励しております。
印象派の師弟や仲間は、互いに励まし合う創造の息吹の中で、悪意の揶揄にも屈せず、新しい美の潮流を毅然と高めていきました。
まさに「人間の連帯の賛歌」といえましょう。
それは、九州の伝統工芸の技が命の絆によって切磋琢磨され、師から弟子へ継承されてきた歴史と、何と共鳴することでしょうか。
19世紀後半、印象派の画家が活躍したパリ万博では、九州の誇る博多人形や有田焼、唐津焼、薩摩焼等の工芸美術品も光彩を放ちました。
パリ万博といえば、博多生まれの川上音二郎と貞奴たちが「勇気」を合言葉に演劇と舞を繰り広げて、大喝采を博したことも、忘れ得ぬ文化の交流史です。
「光の賛歌」は、「冬は必ず春となる」という「希望の賛歌」でもあります。
1879年、大寒波でセーヌ川も凍りました。当時、モネは経済苦と最愛の妻を失う悲しみのどん底にありました。その中で、セーヌ川の氷が溶けゆく風景を描きつつ、自身の試練の冬を乗り越える魂の光を、力の限り放っていったのです。
天地も人情も豊かな九州には、人と自然、人と人が心を通わせて、共に希望の光を見出す"ふるさとの水辺"が広がっています。
最晩年、郷土の福岡日日新聞(西日本新聞の前身)から贈られた文化賞を誉れとされた白秋先生は「最高の世界に輝く光は、実は、人間の中にひそむ光と同じ」と語られました。
この新春の展示を通し、愛する福岡そして九州に「生命の光の賛歌」が、いやまして朗らかに奏でられれば、これほどの喜びはありません。
−2014年1月19日付西日本新聞より−
看病・介護で支える
家族に真心の励ましを!
労苦に寄り添う中に
前進への希望は輝く。
佐渡御書 P957
『正法は一字一句なれども時機に叶いぬれば必ず得道なるべし千経万論を習学すれども時機に相違すれば叶う可らず』
◇希望の明日へ
調和をもたらすのが、詩人の天職である。世界の、あらゆる複雑性、表面の抗争、対立、亀裂−−それらのただなかに身を置きながら、なおかつ一歩深く、また高い次元から、人類共通の"永遠なる魂"を開示していく。分断された人間と人間、人間と社会、人間と自然・宇宙を再び結びつけていく、それが、詩心である。人間性の精華である。その体現者が真の詩人である。
平3・5・28
☆特別寄稿 「大九州は 『光の賛歌』 のふるさと」
芸術の生彩とは "生命の光" なり──北原白秋先生の洞祭です。この大詩人にとって、愛する故郷・柳川こそ創造の光の源でした。
麗しき「水の都」たる福岡県に溢れる光の躍動は、印象派を育んだフランスのセーヌ川やノルマンディ海岸の水辺と響き合います。
白秋先生は、日本美術と印象派の縁にも、鋭く注目していました。
本年は、パリでの「第1回印象派展」から140年。国際都市・福岡はフランスとの交流も深く、国宝「金印」をはじめ文化の宝を擁する福岡市博物館での開催は大きな意義があります。
ご関係の皆様方に、心より感謝甲し上げます。
今回、出展されている「ブージヴァルのダンス」はルノワールの最高傑作の一つであり、ボストン美術館の所蔵品の代表作です。
昨秋、日本の美術愛好家が同美術館へ、この大作を求めて足を運ばれました。ところが「日本へ貸し出している」と言われて驚き、帰国してから東京展で心ゆくまで鑑賞されたと伺っています。
世界の37の美術館から出展された名品群が織り成す「光の賛歌」は「生きる喜びの賛歌」です。
ルノワールは、人生には「暗く気の滅入るような側面」が多いからこそ、絵画は「美しく、見ていて楽しいものであるべきだ」と考え、芸術の力で生活に晴れやかな生命の色彩をもたらそうと願いました。生を尊ぶその眼には、お母さんが赤ちゃんの抱き方を発見することは、ニュートンの万有引力の発見と同様に素晴らしい偉業と映ったのです。
晩年、リウマチに苦しみ、手足が不自由になっても、手首に絵筆を括りつけ、健康的な生命の美を描いた不屈の光跡は、使命に生き抜いた人生の名画です。
印象派の画家たちは、従来の室内の制作から、明るい陽光のもとへ打って出て絵筆を振るいました。
万物が美しい。問題は「それを見ることができるかどうかだ」と語ったのは、中心的存在のピサロです。
浮世絵にも学んだシスレーは、身近な地域の自然や働く人々の美を引き出し、郷土の賛歌を描きました。
ブーダンは若き弟子のモネと戸外で一緒に活写して薫陶し、そのモネも多くの画友を激励しております。
印象派の師弟や仲間は、互いに励まし合う創造の息吹の中で、悪意の揶揄にも屈せず、新しい美の潮流を毅然と高めていきました。
まさに「人間の連帯の賛歌」といえましょう。
それは、九州の伝統工芸の技が命の絆によって切磋琢磨され、師から弟子へ継承されてきた歴史と、何と共鳴することでしょうか。
19世紀後半、印象派の画家が活躍したパリ万博では、九州の誇る博多人形や有田焼、唐津焼、薩摩焼等の工芸美術品も光彩を放ちました。
パリ万博といえば、博多生まれの川上音二郎と貞奴たちが「勇気」を合言葉に演劇と舞を繰り広げて、大喝采を博したことも、忘れ得ぬ文化の交流史です。
「光の賛歌」は、「冬は必ず春となる」という「希望の賛歌」でもあります。
1879年、大寒波でセーヌ川も凍りました。当時、モネは経済苦と最愛の妻を失う悲しみのどん底にありました。その中で、セーヌ川の氷が溶けゆく風景を描きつつ、自身の試練の冬を乗り越える魂の光を、力の限り放っていったのです。
天地も人情も豊かな九州には、人と自然、人と人が心を通わせて、共に希望の光を見出す"ふるさとの水辺"が広がっています。
最晩年、郷土の福岡日日新聞(西日本新聞の前身)から贈られた文化賞を誉れとされた白秋先生は「最高の世界に輝く光は、実は、人間の中にひそむ光と同じ」と語られました。
この新春の展示を通し、愛する福岡そして九州に「生命の光の賛歌」が、いやまして朗らかに奏でられれば、これほどの喜びはありません。
−2014年1月19日付西日本新聞より−
2014年4月16日水曜日
2014.04.16 わが友に贈る
「鉄は炎打てば
剣となる」
青年よ困難に挑め!
苦闘を越えてこそ
人間は真に偉大となる。
佐渡御書 P961
『日蓮御房は師匠にておはせども余にこはし我等はやはらかに法華経を弘むべしと云んは螢火が日月をわらひ蟻塚が華山を下し井江が河海をあなづり烏鵲が鸞鳳をわらふなるべしわらふなるべし』
◇希望の明日へ
詩人とは、単に書斎で詩語をつないでいるだけの人ではない。まして世に迎合し、安易な言葉を売って生きるだけの人ではない。真の詩人とは、何より、魂の自由のために全生命を捧げて戦う革命児であろう。信念の人格をもって、民衆のため、人類のために先陣を切って走る戦士である。
平2・6・26
☆創価大学・女子短大入学式へのメッセージ
これほど爛漫の桜花に彩られ、これほど世界からの祝賀に包まれ、これほど未来へ決意あふれる入学式が、いずこにあるでしょうか。
晴れの新入生の皆さん、誠におめでとう!
「桜の城」と輝く、わが創価大学、わが創価女子短期大学に、ようこそ!
29カ国・地域から、勇躍、集ってくれた尊き留学生の皆さんを、詩情豊かな日本の春の盛りに歓迎できたことも、嬉しい限りです。
新たに開設された国際教養学部にも、誉れの俊英を迎えることができ、希望はいやまして大きく広がっています。新入生の皆さんを送り出してくださった、ご家族の方々に、心から御礼を申し上げます。
本日は、創価大学の兄の大学である、台湾の中国文化大学より、私が敬愛してやまない林彩梅元学長ご一家、さらに諸先生方が祝福に駆けつけてくださいました。これほどの光栄はございません。私たちは今一度、万雷の大拍手でお迎えしようではありませんか!
桜も満開の皆さんの門出に際し、私は3点のエールを贈ります。
第一に、「たゆむ心なく学びの根を張れ」と申し上げたい。
今や、わが創価のキャンパスには、若き創造的生命の探究に、最大に応えゆく勉学の環境が整いました。学園・創大1期生である馬場学長、田代理事長をはじめとする、教職員の方々も、私の心を心として、全力で皆さんの薫陶とサポートに当たってくれます。
この春、私が新しい対談の連載を開始した、香港中文大学の元学長で、世界的な経済学者である劉遵義博士も、発展を続ける創価大学に深い信頼を寄せてくださり、「良い学生は良い教師を引き付け、良い教師は良い学生を引き付けます。最高の教師と最高の学生を持つことは、お互いを高め合います」と力説されていました。
どうか、新入生の皆さんは、この学舎で自信満々と向学の魂を光らせて、最高峰の学問練磨の青春を飾っていってください。
多感な学生時代には、さまざまな試練や葛藤もあるでしょう、しかし、いついかなる時も、「学ぶ」「学び続ける」「学び抜く」という執念だけは、断じて手放さないでいただきたい。
中国文化大学の偉大な創立者であられる張其�博士は、こう励ましを贈っておられました。
「決して落胆したり、失望したりする必要はない。最も苦しい時こそ、思考と修養を深め、新たな活力と新たな生命を獲得し、のちの大事業の基礎を築くことができる」と。
私の恩師・戸田城聖先生も全く同じ教えでした。
悩みながら、もがきながら、それでも断固と挑戦をやめない。たとえ失敗しても、へこたれずに努力したことが、全部、自分自身の揺るぎない根っことなる。その根が深ければ深いほど、時とともに大樹と育って、偉大な価値を、社会に世界に創造していくことができるのです。
第二に申し上げたいことは、「誇り高く勝利の花を咲かせよ」ということです。
「桜梅桃李」という生命の法理があります。桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李として、それぞれに美しき花を精一杯に咲かせていきます。それと同じように、一人一人が、最も尊厳な生命を自分らしく個性豊かに光り輝かせていくことを促しているのです。
本日、皆さんを温かく見守ってくださっている林彩梅先生は、青春時代、桜咲く日本へ留学され、言葉の壁も超えて、徹底した研究を積み重ね、見事に商学の博士号を勝ち取られました。
そして、ご自身が学問の師匠から受けた恩を忘れず、その報恩の心を込めて学生たちを慈しまれてきました。台湾初の女性の学長として、まさに「桜梅桃李」の多彩な人材の花園を築き上げてこられたのです。
かつて私は、林彩梅先生に漢詩を捧げました。「品学兼備にして 異彩を放ちたる 霜をしのぎ 雪と闘う一枝の梅」──。
すなわち、気品みなぎる人格と学問を共に備え、優れた光彩を放たれている。その高貴な生命は、すべての困難を乗り越え、勝ち越えて、風雪にも凜と咲き誇る、美しく香しき梅の如し、と。
「恩に報いる人生ほど幸福な人生はありません」とは、林先生の気高き哲学です。
新入生の皆さんも、一人一人が自分にしか咲かせられない生命の花を持っています。そのかけがえのない花を、思う存分に開花させていくために、皆さんは、今、ここに集い合ったのです。
これから4年間、また2年間、苦労はむしろ誇りとして、良き学友と励まし合い、力をつけ、智慧を深め、真の「教養の花」「学識の花」「人格の花」「勝利の花」を咲かせ切ってください。そして父上、母上をはじめ、皆さんの成長を何よりの楽しみとしている方々に、毅然と、ご恩返しをしていただきたいのであります。
きょうは、このことを、私は林彩梅先生とご一緒に皆さんにお願いします。
第三に、頼もしき創価の世界市民である皆さん方へ「朗らかに平和の種を広げゆけ」と託したい。
40年前の4月、私はアメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)からお招きをいただいて、講演を行い、21世紀を「生命の世紀」にと展望し、呼びかけました。
──人間は「才能ある畜生」であってはならない。未曽有の転換期に立つ青年が、若き建設者、開拓者たれ!
知性的であるのみならず、精神的、さらに生命的にも、人間として偉大な跳躍を遂げようではないか! と。
その人類の跳躍の連帯を開くために、私は、創価大学の創立者として、全世界と対話を続けてきました。UCLAを第1回として、世界の大学・学術機関での講演も、モスクワ大学、北京大学、フランス学士院、ハーバード大学など、32回を数えます。
間もなく、アメリカの著名な教育哲学者であるヒックマン博士とガリソン博士と私の鼎談集 『人間教育への新しき潮流──デューイと創価教育』 が、日本とアメリカの双方で発刊されます。
その中で、私たちは、20世紀の悲劇を絶対に繰り返さないために、世界の諸大学は、今こそ学生の国際交流を広範かつ持続的に断行すべきであると強く一致しました。
両博士は、創価教育こそ、グローバル化の世紀に要請される「価値創造の教育」であると期待を寄せてくださり、「他の文化を学ぶこと」は即「平和の種を蒔くこと」であると強調されています。
今、創価大学は、世界47カ国・地域148大学と学術交流を結び、わがキャンパスには45カ国・地域の留学生を迎えています。皆さんの在学中に、創大の国際交流は一段と拡充していくでしょう。
どうか、世界の英才と朗らかに学び合い、新たな地球文明をリードしゆく、スケールの大きな創造的生命へと跳躍してください。
できることならば、青年時代、語学を学べず悔しい思いをした私の分まで、皆さんは語学力を磨いて、創価の平和・文化・教育のスクラムを、さらに自在に広げていっていただきたいのであります。
終わりに、きょうより、共々に黄金の歴史を創りゆく皆さんへ、
わが命
創大城に
厳とあり
君の未来の
勝利を見つめて
と贈り、私のお祝いのメッセージといたします。
新入生、万歳!
留学生、万歳!
皆、健康第一で、勇気と希望と充実の一日一日を、忍耐強く、勝ち進んでいってください。本当におめでとう!
剣となる」
青年よ困難に挑め!
苦闘を越えてこそ
人間は真に偉大となる。
佐渡御書 P961
『日蓮御房は師匠にておはせども余にこはし我等はやはらかに法華経を弘むべしと云んは螢火が日月をわらひ蟻塚が華山を下し井江が河海をあなづり烏鵲が鸞鳳をわらふなるべしわらふなるべし』
◇希望の明日へ
詩人とは、単に書斎で詩語をつないでいるだけの人ではない。まして世に迎合し、安易な言葉を売って生きるだけの人ではない。真の詩人とは、何より、魂の自由のために全生命を捧げて戦う革命児であろう。信念の人格をもって、民衆のため、人類のために先陣を切って走る戦士である。
平2・6・26
☆創価大学・女子短大入学式へのメッセージ
これほど爛漫の桜花に彩られ、これほど世界からの祝賀に包まれ、これほど未来へ決意あふれる入学式が、いずこにあるでしょうか。
晴れの新入生の皆さん、誠におめでとう!
「桜の城」と輝く、わが創価大学、わが創価女子短期大学に、ようこそ!
29カ国・地域から、勇躍、集ってくれた尊き留学生の皆さんを、詩情豊かな日本の春の盛りに歓迎できたことも、嬉しい限りです。
新たに開設された国際教養学部にも、誉れの俊英を迎えることができ、希望はいやまして大きく広がっています。新入生の皆さんを送り出してくださった、ご家族の方々に、心から御礼を申し上げます。
本日は、創価大学の兄の大学である、台湾の中国文化大学より、私が敬愛してやまない林彩梅元学長ご一家、さらに諸先生方が祝福に駆けつけてくださいました。これほどの光栄はございません。私たちは今一度、万雷の大拍手でお迎えしようではありませんか!
桜も満開の皆さんの門出に際し、私は3点のエールを贈ります。
第一に、「たゆむ心なく学びの根を張れ」と申し上げたい。
今や、わが創価のキャンパスには、若き創造的生命の探究に、最大に応えゆく勉学の環境が整いました。学園・創大1期生である馬場学長、田代理事長をはじめとする、教職員の方々も、私の心を心として、全力で皆さんの薫陶とサポートに当たってくれます。
この春、私が新しい対談の連載を開始した、香港中文大学の元学長で、世界的な経済学者である劉遵義博士も、発展を続ける創価大学に深い信頼を寄せてくださり、「良い学生は良い教師を引き付け、良い教師は良い学生を引き付けます。最高の教師と最高の学生を持つことは、お互いを高め合います」と力説されていました。
どうか、新入生の皆さんは、この学舎で自信満々と向学の魂を光らせて、最高峰の学問練磨の青春を飾っていってください。
多感な学生時代には、さまざまな試練や葛藤もあるでしょう、しかし、いついかなる時も、「学ぶ」「学び続ける」「学び抜く」という執念だけは、断じて手放さないでいただきたい。
中国文化大学の偉大な創立者であられる張其�博士は、こう励ましを贈っておられました。
「決して落胆したり、失望したりする必要はない。最も苦しい時こそ、思考と修養を深め、新たな活力と新たな生命を獲得し、のちの大事業の基礎を築くことができる」と。
私の恩師・戸田城聖先生も全く同じ教えでした。
悩みながら、もがきながら、それでも断固と挑戦をやめない。たとえ失敗しても、へこたれずに努力したことが、全部、自分自身の揺るぎない根っことなる。その根が深ければ深いほど、時とともに大樹と育って、偉大な価値を、社会に世界に創造していくことができるのです。
第二に申し上げたいことは、「誇り高く勝利の花を咲かせよ」ということです。
「桜梅桃李」という生命の法理があります。桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李として、それぞれに美しき花を精一杯に咲かせていきます。それと同じように、一人一人が、最も尊厳な生命を自分らしく個性豊かに光り輝かせていくことを促しているのです。
本日、皆さんを温かく見守ってくださっている林彩梅先生は、青春時代、桜咲く日本へ留学され、言葉の壁も超えて、徹底した研究を積み重ね、見事に商学の博士号を勝ち取られました。
そして、ご自身が学問の師匠から受けた恩を忘れず、その報恩の心を込めて学生たちを慈しまれてきました。台湾初の女性の学長として、まさに「桜梅桃李」の多彩な人材の花園を築き上げてこられたのです。
かつて私は、林彩梅先生に漢詩を捧げました。「品学兼備にして 異彩を放ちたる 霜をしのぎ 雪と闘う一枝の梅」──。
すなわち、気品みなぎる人格と学問を共に備え、優れた光彩を放たれている。その高貴な生命は、すべての困難を乗り越え、勝ち越えて、風雪にも凜と咲き誇る、美しく香しき梅の如し、と。
「恩に報いる人生ほど幸福な人生はありません」とは、林先生の気高き哲学です。
新入生の皆さんも、一人一人が自分にしか咲かせられない生命の花を持っています。そのかけがえのない花を、思う存分に開花させていくために、皆さんは、今、ここに集い合ったのです。
これから4年間、また2年間、苦労はむしろ誇りとして、良き学友と励まし合い、力をつけ、智慧を深め、真の「教養の花」「学識の花」「人格の花」「勝利の花」を咲かせ切ってください。そして父上、母上をはじめ、皆さんの成長を何よりの楽しみとしている方々に、毅然と、ご恩返しをしていただきたいのであります。
きょうは、このことを、私は林彩梅先生とご一緒に皆さんにお願いします。
第三に、頼もしき創価の世界市民である皆さん方へ「朗らかに平和の種を広げゆけ」と託したい。
40年前の4月、私はアメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)からお招きをいただいて、講演を行い、21世紀を「生命の世紀」にと展望し、呼びかけました。
──人間は「才能ある畜生」であってはならない。未曽有の転換期に立つ青年が、若き建設者、開拓者たれ!
知性的であるのみならず、精神的、さらに生命的にも、人間として偉大な跳躍を遂げようではないか! と。
その人類の跳躍の連帯を開くために、私は、創価大学の創立者として、全世界と対話を続けてきました。UCLAを第1回として、世界の大学・学術機関での講演も、モスクワ大学、北京大学、フランス学士院、ハーバード大学など、32回を数えます。
間もなく、アメリカの著名な教育哲学者であるヒックマン博士とガリソン博士と私の鼎談集 『人間教育への新しき潮流──デューイと創価教育』 が、日本とアメリカの双方で発刊されます。
その中で、私たちは、20世紀の悲劇を絶対に繰り返さないために、世界の諸大学は、今こそ学生の国際交流を広範かつ持続的に断行すべきであると強く一致しました。
両博士は、創価教育こそ、グローバル化の世紀に要請される「価値創造の教育」であると期待を寄せてくださり、「他の文化を学ぶこと」は即「平和の種を蒔くこと」であると強調されています。
今、創価大学は、世界47カ国・地域148大学と学術交流を結び、わがキャンパスには45カ国・地域の留学生を迎えています。皆さんの在学中に、創大の国際交流は一段と拡充していくでしょう。
どうか、世界の英才と朗らかに学び合い、新たな地球文明をリードしゆく、スケールの大きな創造的生命へと跳躍してください。
できることならば、青年時代、語学を学べず悔しい思いをした私の分まで、皆さんは語学力を磨いて、創価の平和・文化・教育のスクラムを、さらに自在に広げていっていただきたいのであります。
終わりに、きょうより、共々に黄金の歴史を創りゆく皆さんへ、
わが命
創大城に
厳とあり
君の未来の
勝利を見つめて
と贈り、私のお祝いのメッセージといたします。
新入生、万歳!
留学生、万歳!
皆、健康第一で、勇気と希望と充実の一日一日を、忍耐強く、勝ち進んでいってください。本当におめでとう!
2014年4月15日火曜日
2014.04.15 わが友に贈る
要領だけでは
真の力はつかない。
労苦を惜しまず
努力を貫き通す人が
最後に必ず勝つ!
経王殿御返事 P1124
『此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如しいかなる病さはりをなすべきや』
◇希望の明日へ
物質文明のコンクリートに囲まれて、縮こまり、窒息しそうになっている人間の心が、じつはどれほど広大なひろがりをもっていることか。一人一人は、大自然とも対話できる心の世界のすばらしさに目覚めなければならない。そのためには、詩心が大切な使命をもつのである。
『主婦と生活』 昭64・1月号
☆創価学園入学式へのメッセージ
凜々しき新入生の皆さん、希望あふれる入学式、本当におめでとうございます!
今年も、天下の英才を、わが創価学園に迎えることができ、これほどうれしいことはありません。
ご家族の皆さま方、大切な大切なお子さまを、この学園に送り出していただき、誠に誠にありがとうございます。教員の先生方、職員の方々、私たちの宝であり、人類の宝である学園生の健やかな成長のために、新年度も、全力の薫陶と励ましを、どうか、よろしくお願いいたします。
私は、日本全国また世界の多くの道を歩いてきました。忘れ得ぬ道もたくさんあります。その中でも、いずこにもまして、いつも私の心に光り輝いている二つの道があります。それは、わが学園生が闊歩しゆく、"武蔵野の哲学者の道"と"交野の一本道"です。
きょうは、この道を、新入生の皆さん方と肩を並べて、弾む心で語らい歩みゆくような思いで、3点にわたって、お祝いのメッセージを贈ります。
第一に、「心は大きく 『平和の道』 を開きゆけ」と申し上げたい。
今から100年前の1914年に、ヨーロッパで第1次世界大戦が始まりました。
2度の世界大戦をはじめ、悲惨な戦争が続き、あまりにも多くの尊い生命が奪われ、民衆は苦しみ続けてきました。
今年2014年から始まる新たな100年は、何としても「平和の100年」にしていきたい——これが、私と世界の友人たちの一致した願いであり、決意です。
この世界平和の悲願に挑みゆく、希望の人材を育む学舎こそ、わが創価学園です。
先日、ノーベル平和賞受賞者で、中米コスタリカの大統領を務められたアリアス博士が、ご夫妻で学園を訪問されました。
そして、学園生との出会いを「平和への使命感、そして負けじ魂にあふれた青年たちと、感動的な思い出を刻むことができました」と、それはそれは喜んでくださったのであります。
学園は、いかなる暴力も否定し、いじめを絶対に許しません。きょうから、新入生の皆さんは、友情と平和の価値を創造する、この学園で、心を大きく広げ、世界を呼吸しながら、良き学友たちと仲良く朗らかに前進していってください。
皆さんが、互いに切磋琢磨して「英知」と「人格」と「体力」を鍛えゆく一日また一日が、そのまま、人類が共に生きる「平和の100年」の新しき道につながります。その誇りに胸を張って、世界と自在に対話できる語学の力も、大いに磨いていっていただきたいのであります。
そこで、第二に申し上げたいのは、「一歩また一歩と 『学びの道』 を進め」ということです。
100年前の1914年、世界の激動の年に、今でいう中学校を卒業されたのが、私の師匠の戸田城聖先生でありました。最優秀の成績で、周りからも進学を勧められましたが、家計を支えるために断念し、いったん働き始めなければなりませんでした。
そんな困難の中にあっても、今の皆さんと同じ年代の戸田青年は、「一点の光明求めて、いざ進まん」と意気軒高でした。
逆境の中で、時間をつくり出しては、猛然たる気迫で学んでいったのです。
どんな時でも、どんな場所でも、心一つで勉強はできる。学ぶことは人間の権利であり、なかんずく青年の特権である。愚痴や文句を言う前に、学べ、学べ、学び抜け! これが、戸田先生の断固たる信念でした。
私は、この戸田先生に10年間、徹底して訓練を受けました。
どんなに忙しくても、真剣に勉強していなければ、また良書を読んでいなければ、先生の前には立てなかった。それくらい厳しい"戸田大学"の研鑽だったのです。
学は栄光の源泉です。学は賢者の法則です。学は無限の希望です。学園は、本物の学びの伝統が結晶した知性の錬磨の場です。喜び勇んで思い切り学んでいただきたい。
焦ることはありません。大事なのは、今、目の前にある課題にベストを尽くして、一点突破していくことです。「いざ進まん」と学ぶ情熱を燃え上がらせて、一歩また一歩と挑戦し抜いていくことです。そこから、希望の未来は大きく輝き広がるのです。
そして第三に、「『青春勝利の道』を忍耐強く朗らかに」と申し上げたい。
私は、ブルガリア科学アカデミーの会員で、東欧を代表する芸術史家のジュロヴァ博士と新たな対談を進めております。
博士のご両親は、戦争中、平和と正義のために勇敢に戦い抜いた闘士でありました。その父君が愛娘である博士に、人生にとって大切なこととして打ち込まれたのは「試練に対して忍耐強く生きること」という指針です。
試練なくして偉大になった人はおりません。皆さんも、試練に勇敢に立ち向かい、忍耐強く勝ち越えることこそ、青春の最大の誉れとしていただきたいのであります。
今、日本有数のブルガリア語の名通訳として活躍する学園出身の女性がおります。この女性は、ジュロヴァ博士が教授を務める名門ソフィア大学で、創価大学の第1号の交換留学生として学びに学んでいる最中、病気になり入院してしまいました。しかし、ジュロヴァ博士に温かく応援していただきながら、この試練にも負けず、見事に哲学博士号を勝ち取ったのです。
きょうは、それぞれに試練と戦いながら、後輩の道を開き、社会で貢献している卒業生の方々が、新入生の祝福に駆け付けてくれました。本当にありがとう!
学園生には、ご家族や先生方、先華や友人など、たくさんの力強い味方が日本中、世界中にいます。私の心も、皆さんの歩む道にいつも一緒についております。
さあ、これから共々に、負けじ魂のスクラムも固く、愉快に堂々と勝ち進もう!
愛する皆さんの晴れの門出に──
全世界
舞台と学べや
学園生
努力の道を
悔いなく楽しく
と贈ります。
3年後、皆さんが卒業する2017年は、わが創価学園の創立50周年です。
その皆さんの晴れ姿を、私は何よりの楽しみとし、生きがいとしながら、毎日毎日、学園生の健康と成長と勝利を、祈りに祈り抜いてまいります。
お父さんやお母さんに心配をかけない、明るく賢い親孝行の皆さんであってください。みんな、元気で!
真の力はつかない。
労苦を惜しまず
努力を貫き通す人が
最後に必ず勝つ!
経王殿御返事 P1124
『此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如しいかなる病さはりをなすべきや』
◇希望の明日へ
物質文明のコンクリートに囲まれて、縮こまり、窒息しそうになっている人間の心が、じつはどれほど広大なひろがりをもっていることか。一人一人は、大自然とも対話できる心の世界のすばらしさに目覚めなければならない。そのためには、詩心が大切な使命をもつのである。
『主婦と生活』 昭64・1月号
☆創価学園入学式へのメッセージ
凜々しき新入生の皆さん、希望あふれる入学式、本当におめでとうございます!
今年も、天下の英才を、わが創価学園に迎えることができ、これほどうれしいことはありません。
ご家族の皆さま方、大切な大切なお子さまを、この学園に送り出していただき、誠に誠にありがとうございます。教員の先生方、職員の方々、私たちの宝であり、人類の宝である学園生の健やかな成長のために、新年度も、全力の薫陶と励ましを、どうか、よろしくお願いいたします。
私は、日本全国また世界の多くの道を歩いてきました。忘れ得ぬ道もたくさんあります。その中でも、いずこにもまして、いつも私の心に光り輝いている二つの道があります。それは、わが学園生が闊歩しゆく、"武蔵野の哲学者の道"と"交野の一本道"です。
きょうは、この道を、新入生の皆さん方と肩を並べて、弾む心で語らい歩みゆくような思いで、3点にわたって、お祝いのメッセージを贈ります。
第一に、「心は大きく 『平和の道』 を開きゆけ」と申し上げたい。
今から100年前の1914年に、ヨーロッパで第1次世界大戦が始まりました。
2度の世界大戦をはじめ、悲惨な戦争が続き、あまりにも多くの尊い生命が奪われ、民衆は苦しみ続けてきました。
今年2014年から始まる新たな100年は、何としても「平和の100年」にしていきたい——これが、私と世界の友人たちの一致した願いであり、決意です。
この世界平和の悲願に挑みゆく、希望の人材を育む学舎こそ、わが創価学園です。
先日、ノーベル平和賞受賞者で、中米コスタリカの大統領を務められたアリアス博士が、ご夫妻で学園を訪問されました。
そして、学園生との出会いを「平和への使命感、そして負けじ魂にあふれた青年たちと、感動的な思い出を刻むことができました」と、それはそれは喜んでくださったのであります。
学園は、いかなる暴力も否定し、いじめを絶対に許しません。きょうから、新入生の皆さんは、友情と平和の価値を創造する、この学園で、心を大きく広げ、世界を呼吸しながら、良き学友たちと仲良く朗らかに前進していってください。
皆さんが、互いに切磋琢磨して「英知」と「人格」と「体力」を鍛えゆく一日また一日が、そのまま、人類が共に生きる「平和の100年」の新しき道につながります。その誇りに胸を張って、世界と自在に対話できる語学の力も、大いに磨いていっていただきたいのであります。
そこで、第二に申し上げたいのは、「一歩また一歩と 『学びの道』 を進め」ということです。
100年前の1914年、世界の激動の年に、今でいう中学校を卒業されたのが、私の師匠の戸田城聖先生でありました。最優秀の成績で、周りからも進学を勧められましたが、家計を支えるために断念し、いったん働き始めなければなりませんでした。
そんな困難の中にあっても、今の皆さんと同じ年代の戸田青年は、「一点の光明求めて、いざ進まん」と意気軒高でした。
逆境の中で、時間をつくり出しては、猛然たる気迫で学んでいったのです。
どんな時でも、どんな場所でも、心一つで勉強はできる。学ぶことは人間の権利であり、なかんずく青年の特権である。愚痴や文句を言う前に、学べ、学べ、学び抜け! これが、戸田先生の断固たる信念でした。
私は、この戸田先生に10年間、徹底して訓練を受けました。
どんなに忙しくても、真剣に勉強していなければ、また良書を読んでいなければ、先生の前には立てなかった。それくらい厳しい"戸田大学"の研鑽だったのです。
学は栄光の源泉です。学は賢者の法則です。学は無限の希望です。学園は、本物の学びの伝統が結晶した知性の錬磨の場です。喜び勇んで思い切り学んでいただきたい。
焦ることはありません。大事なのは、今、目の前にある課題にベストを尽くして、一点突破していくことです。「いざ進まん」と学ぶ情熱を燃え上がらせて、一歩また一歩と挑戦し抜いていくことです。そこから、希望の未来は大きく輝き広がるのです。
そして第三に、「『青春勝利の道』を忍耐強く朗らかに」と申し上げたい。
私は、ブルガリア科学アカデミーの会員で、東欧を代表する芸術史家のジュロヴァ博士と新たな対談を進めております。
博士のご両親は、戦争中、平和と正義のために勇敢に戦い抜いた闘士でありました。その父君が愛娘である博士に、人生にとって大切なこととして打ち込まれたのは「試練に対して忍耐強く生きること」という指針です。
試練なくして偉大になった人はおりません。皆さんも、試練に勇敢に立ち向かい、忍耐強く勝ち越えることこそ、青春の最大の誉れとしていただきたいのであります。
今、日本有数のブルガリア語の名通訳として活躍する学園出身の女性がおります。この女性は、ジュロヴァ博士が教授を務める名門ソフィア大学で、創価大学の第1号の交換留学生として学びに学んでいる最中、病気になり入院してしまいました。しかし、ジュロヴァ博士に温かく応援していただきながら、この試練にも負けず、見事に哲学博士号を勝ち取ったのです。
きょうは、それぞれに試練と戦いながら、後輩の道を開き、社会で貢献している卒業生の方々が、新入生の祝福に駆け付けてくれました。本当にありがとう!
学園生には、ご家族や先生方、先華や友人など、たくさんの力強い味方が日本中、世界中にいます。私の心も、皆さんの歩む道にいつも一緒についております。
さあ、これから共々に、負けじ魂のスクラムも固く、愉快に堂々と勝ち進もう!
愛する皆さんの晴れの門出に──
全世界
舞台と学べや
学園生
努力の道を
悔いなく楽しく
と贈ります。
3年後、皆さんが卒業する2017年は、わが創価学園の創立50周年です。
その皆さんの晴れ姿を、私は何よりの楽しみとし、生きがいとしながら、毎日毎日、学園生の健康と成長と勝利を、祈りに祈り抜いてまいります。
お父さんやお母さんに心配をかけない、明るく賢い親孝行の皆さんであってください。みんな、元気で!
2014年4月14日月曜日
2014.04.14 わが友に贈る
新聞休刊日
三沢抄 P148
『此の法門出現せば正法像法に論師人師の申せし法門は皆日出でて後の星の光巧匠の後に拙を知るなるべし、此の時には正像の寺堂の仏像僧等の霊験は皆きへうせて但此の大法のみ一閻浮提に流布すべしとみへて候、各各はかかる法門にちぎり有る人なればたのもしとをぼすべし』
◇希望の明日へ
偉大な文学は感傷でも自己満足でも観念でもない。人間と社会の生きた現実に根ざし、現実との格闘から生まれてくるものである。
昭63・10・9
☆創価小学校入学式 創立者のメッセージ
新1年生のみなさん、桜の舞いゆく入学式おめでとうございます!
私がつくった創価小学校に、よく来てくれました。本当にうれしい! ご家族のみなさまにも、心からお祝いを申し上げます。
40年前、私は、童話 『少年とさくら』 の中で、"良い種は良い苗になる。良い苗はかならずりっぱな木になって、みごとな花をさかせる。人間もおなじである"と書きました。
うれしいことに、創価小で学んだお兄さん、お姉さんたちは、みなそうなってくれています。
今、一番みずみずしい良い苗であるみなさんも、かならず大樹となる人たちです。
その願いをこめて、きょうはみなさんと三つの約束をしたいと思います。
一つめは「ねばり強く負けない人に」ということです。
桜は、寒い冬を耐えぬいて、春にきれいな花をいっぱい咲かせます。
みなさんも、どんなにくるしいことや、つらいことがあっても、「ぜったいに負けないぞ!」とねばり強く努力をつづければ、かならず大きな夢をかなえていけるのです。
二つめは、「 『ありがとう!』 と言える人に」です。
元気にあいさつのできる人はさわやかです。朝は「おはよう!」と明るくスタートをしましょう。
そして、みなさんをおうえんしてくれる、お父さんやお母さん、また親切にしてくれた人たちには、「ありがとう!」「ありがとうございます!」ときちんとお礼が言える人になってください。
そして三つめは「よい本をたくさん読む人に」です。
創価小学校には、たくさん読書をして「心の栄養」をつける、良き伝統があります。
本を読めば、タイムマシンにのったように、昔の偉人ともお話ができます。ロケットにのったように、宇宙をたんけんしたり、世界じゅうを旅をしたりできます。
よい本は、みなさんの心の世界を、どこまでも広げ、ゆたかにしてくれるのです。
さあ、きょうから、まちにまった学校生活のはじまりです。夜は早く寝て、通学もがんばってください。
みなさんの6年間が、健康で、最高の宝の日々となるよう、私はいつも祈り、見守っています。
わが創価小学校、万歳!
わが命の新入生、万歳!
◎再通知 まだの方は、登録変更を宜しくお願いします(^O^)
電話番号:070-6635-2380
アドレス:minnielovelove@willcom.com
三沢抄 P148
『此の法門出現せば正法像法に論師人師の申せし法門は皆日出でて後の星の光巧匠の後に拙を知るなるべし、此の時には正像の寺堂の仏像僧等の霊験は皆きへうせて但此の大法のみ一閻浮提に流布すべしとみへて候、各各はかかる法門にちぎり有る人なればたのもしとをぼすべし』
◇希望の明日へ
偉大な文学は感傷でも自己満足でも観念でもない。人間と社会の生きた現実に根ざし、現実との格闘から生まれてくるものである。
昭63・10・9
☆創価小学校入学式 創立者のメッセージ
新1年生のみなさん、桜の舞いゆく入学式おめでとうございます!
私がつくった創価小学校に、よく来てくれました。本当にうれしい! ご家族のみなさまにも、心からお祝いを申し上げます。
40年前、私は、童話 『少年とさくら』 の中で、"良い種は良い苗になる。良い苗はかならずりっぱな木になって、みごとな花をさかせる。人間もおなじである"と書きました。
うれしいことに、創価小で学んだお兄さん、お姉さんたちは、みなそうなってくれています。
今、一番みずみずしい良い苗であるみなさんも、かならず大樹となる人たちです。
その願いをこめて、きょうはみなさんと三つの約束をしたいと思います。
一つめは「ねばり強く負けない人に」ということです。
桜は、寒い冬を耐えぬいて、春にきれいな花をいっぱい咲かせます。
みなさんも、どんなにくるしいことや、つらいことがあっても、「ぜったいに負けないぞ!」とねばり強く努力をつづければ、かならず大きな夢をかなえていけるのです。
二つめは、「 『ありがとう!』 と言える人に」です。
元気にあいさつのできる人はさわやかです。朝は「おはよう!」と明るくスタートをしましょう。
そして、みなさんをおうえんしてくれる、お父さんやお母さん、また親切にしてくれた人たちには、「ありがとう!」「ありがとうございます!」ときちんとお礼が言える人になってください。
そして三つめは「よい本をたくさん読む人に」です。
創価小学校には、たくさん読書をして「心の栄養」をつける、良き伝統があります。
本を読めば、タイムマシンにのったように、昔の偉人ともお話ができます。ロケットにのったように、宇宙をたんけんしたり、世界じゅうを旅をしたりできます。
よい本は、みなさんの心の世界を、どこまでも広げ、ゆたかにしてくれるのです。
さあ、きょうから、まちにまった学校生活のはじまりです。夜は早く寝て、通学もがんばってください。
みなさんの6年間が、健康で、最高の宝の日々となるよう、私はいつも祈り、見守っています。
わが創価小学校、万歳!
わが命の新入生、万歳!
◎再通知 まだの方は、登録変更を宜しくお願いします(^O^)
電話番号:070-6635-2380
アドレス:minnielovelove@willcom.com
2014年4月13日日曜日
2014.04.13 わが友に贈る
友情を広げる春。
新しい友を大切に
新しい仏縁を結ぼう!
胸襟を開いた対話で
幸福のスクラムを拡大!
一生成仏抄 P383
『仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり』
◇今週のことば
「病ある人 仏になる」
病気との闘いは
仏の境涯を開く力だ。
大苦ありて大悟あり。
題目の師子吼で勝て!
2014年04月13日
◇希望の明日へ
詩人のまなざしは、心に向けられている。物でさえも単に物とは見ない。時に、詩人は、草木と語り、星々と対話し、太陽とあいさつを交わす。万物を友として、そこに生命を見いだし、吹き込み、変転する現実世界の事象を貫く大宇宙の不変なる法則を見詰める。またあるときは、人間のつくり上げた制度やイデオロギーの囲いを突きぬけて、一個の人間に秘められたかぎりない可能性の輝きを見る。そして、時には、万人を結び合う、見えざる生命の紐帯を覚知する−−私は、この豊饒なる精神の泉を詩心と呼ぶ。詩心は、人間の想像力と創造力の源泉である。それは、この地上に夢と希望と勇気とを育み、調和と融合をもたらし、だれも侵すことのできない力をもって、内面世界を、荒れ地から沃野へと転じゆく。今、二十一世紀を目前にして、人類は大きな岐路に立っている。物質主義の津波のなかにあって、その波に没し去ってしまうのか、それとも、人間の復権の時代をつくるのかという選択が迫られているのである。私は、この人間の復権の源泉こそ、詩心にあると訴えたい。そして、それを成し遂げていくことが、詩心に課せられた仕事にはかならないであろう。
昭63・9・28
☆名誉会長と共に新時代を開く 第13回 幸福の太陽はわが胸中に
桜花の春、恩師・戸田先生の巌のごとき雄姿が、懐かしく胸に浮かぶ。
戦争の時代に、命がけで正義の信念を貫かれた先生である。
今、創価の平和の連帯に、世界から大きな期待と賞讃が寄せられている。恩師が、どれほど喜ばれることか。
戸田先生は市ケ谷にあった学会本部の分室等で、毎日のように個人指導をされた。
八方ふさがりの苦境の友にも、渾身の力を振り絞り、絶対勝利の信心の大確信を打ち込んでいかれた。
一人が力だ。一人が宝だ。かけがえのない一人一人に勇気と希望を送るのだ。
先生は言われた。「私は、一本の旗をもって、たった一人で、濁流の中に立っているみたいなものだよ。少しでも油断すると、旗と一緒に、濁流に流されてしまうのだ」
一回の出会い、一回の励ましが、真剣勝負である。
苦しんでいる人を救うのが本当の宗教である。学会は不幸な人の味方なのだ。いかに迫害されても、その人たちのために戦うことこそ、最高に誉れ高き偉業ではないか。
世界が仏法を求めている。学会のありのままを語ればいい。真実に勝るものはない。
御聖訓には仰せである。『百千万年の間、闇に閉ざされていた所でも、灯を入れれば明るくなる』(P1403通解、「妙法尼御前御返事」)
幸福の太陽は、わが胸中にある。大変な時ほど題目を唱え抜き、いかなる苦難の闇も朗らかに打ち破って、友に励ましの陽光を、思う存分に注いでほしい。
各部一体で、青年を育て、未来部を応援し、功徳の花、喜びの花、人材の花を爛漫と咲かせていこう。報恩の心で!
新しい友を大切に
新しい仏縁を結ぼう!
胸襟を開いた対話で
幸福のスクラムを拡大!
一生成仏抄 P383
『仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり』
◇今週のことば
「病ある人 仏になる」
病気との闘いは
仏の境涯を開く力だ。
大苦ありて大悟あり。
題目の師子吼で勝て!
2014年04月13日
◇希望の明日へ
詩人のまなざしは、心に向けられている。物でさえも単に物とは見ない。時に、詩人は、草木と語り、星々と対話し、太陽とあいさつを交わす。万物を友として、そこに生命を見いだし、吹き込み、変転する現実世界の事象を貫く大宇宙の不変なる法則を見詰める。またあるときは、人間のつくり上げた制度やイデオロギーの囲いを突きぬけて、一個の人間に秘められたかぎりない可能性の輝きを見る。そして、時には、万人を結び合う、見えざる生命の紐帯を覚知する−−私は、この豊饒なる精神の泉を詩心と呼ぶ。詩心は、人間の想像力と創造力の源泉である。それは、この地上に夢と希望と勇気とを育み、調和と融合をもたらし、だれも侵すことのできない力をもって、内面世界を、荒れ地から沃野へと転じゆく。今、二十一世紀を目前にして、人類は大きな岐路に立っている。物質主義の津波のなかにあって、その波に没し去ってしまうのか、それとも、人間の復権の時代をつくるのかという選択が迫られているのである。私は、この人間の復権の源泉こそ、詩心にあると訴えたい。そして、それを成し遂げていくことが、詩心に課せられた仕事にはかならないであろう。
昭63・9・28
☆名誉会長と共に新時代を開く 第13回 幸福の太陽はわが胸中に
桜花の春、恩師・戸田先生の巌のごとき雄姿が、懐かしく胸に浮かぶ。
戦争の時代に、命がけで正義の信念を貫かれた先生である。
今、創価の平和の連帯に、世界から大きな期待と賞讃が寄せられている。恩師が、どれほど喜ばれることか。
戸田先生は市ケ谷にあった学会本部の分室等で、毎日のように個人指導をされた。
八方ふさがりの苦境の友にも、渾身の力を振り絞り、絶対勝利の信心の大確信を打ち込んでいかれた。
一人が力だ。一人が宝だ。かけがえのない一人一人に勇気と希望を送るのだ。
先生は言われた。「私は、一本の旗をもって、たった一人で、濁流の中に立っているみたいなものだよ。少しでも油断すると、旗と一緒に、濁流に流されてしまうのだ」
一回の出会い、一回の励ましが、真剣勝負である。
苦しんでいる人を救うのが本当の宗教である。学会は不幸な人の味方なのだ。いかに迫害されても、その人たちのために戦うことこそ、最高に誉れ高き偉業ではないか。
世界が仏法を求めている。学会のありのままを語ればいい。真実に勝るものはない。
御聖訓には仰せである。『百千万年の間、闇に閉ざされていた所でも、灯を入れれば明るくなる』(P1403通解、「妙法尼御前御返事」)
幸福の太陽は、わが胸中にある。大変な時ほど題目を唱え抜き、いかなる苦難の闇も朗らかに打ち破って、友に励ましの陽光を、思う存分に注いでほしい。
各部一体で、青年を育て、未来部を応援し、功徳の花、喜びの花、人材の花を爛漫と咲かせていこう。報恩の心で!
2014年4月12日土曜日
2014.04.12 わが友に贈る
御聖訓「ほむれば
弥功徳まさる」。
信心の偉大さを
堂々と語ろう!
そこに尊き福徳は輝く。
大悪大善御書 P1300
『大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずともまいをもまいぬべし、舎利弗にあらねども立つてをどりぬべし』
◇希望の明日へ
高貴に謳いあげた優れた詩は、時の風化を超え、はるかな未来へと、謳い継がれ、伝えられていく。物体は、時間の経過とともに消え去る運命にあるが、麗しき"心の世界"は、永遠に変わることなく、心の美の旋律を奏でていく。詩が永遠であれば、その詩に謳われた人生、人間、歴史も、みな永遠であろう。
昭63・7・10
☆未来の翼〜世界が君を待っている〜第1回 ロサンゼルスの道
それは、どこまでも続く、夢と希望の道です。
はるか太平洋の彼方から、快活に押し寄せる白波。宇宙の果てまで突き抜けるような青空──。
人々が憩うビーチも、緑と茶色の山々も、さっそうと駆け抜ける車の車体も、全てが明るく照り輝いています。
この太陽の讃歌にあふれる道は、私がアメリカ西海岸のカリフォルニア州ロサンゼルスを訪れた際に、いつも通る道です。潮風を切って走る車の中で、私は思わずカメラのシャッターを押しました。
私にとってアメリカは、恩師・戸田城聖先生に託された「夢」の第一歩をしるした国です(1960年10月)。以来、54カ国・地域を訪問し、友と語り、平和の種を蒔き続けてきました。
恩師には、壮大で崇高な「夢」がありました。それは、「この世から 『悲惨』 の二字をなくす」という、「世界広宣流布」の夢です。
いつの旅でも、どこの国を訪れても、私の胸には、恩師の言葉が響いていました。
「大作、世界へ行くんだ。私に代わって!」
私の世界への旅は、師の夢をかなえる「後継の旅」です。世界広布の夢を広げる「平和の旅」です。
そして今、君と私の夢を開く「新たな師弟の旅」が始まります。
さあ、一緒に旅に出よう! 心に大きな「未来の翼」を広げて!
「夢を描くこと」そして「夢に挑戦すること」は、人間ならではの権利であり、なかんずく青年ならではの特権でしょう。
ロサンゼルスは、人々が夢を追って集い来た自由の天地です。
カリフォルニア州には、「ゴールデン・ステート(黄金の州)」という呼び名もあります。かつて、この地で金が採れたため、多くの人が一気に入植し、街を発展させていったからです。「カリフォルニアの過去がアメリカの未来だ」とも言われています。
今も昔も、「フロンティア・スピリット(開拓者精神)」にあふれる人たちが住む「夢の舞台」——世界都市・ロサンゼルスは、まさにその中心です。
ロサンゼルスを、私はこれまで何度も訪れてきました。この地は私にとって「黄金の人材」が輝きわたる希望の都なのです。
40年前の春、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で講演をした時のことを、私は懐かしく思い起こします。
1974年の4月1日。時差のある日本では、戸田先生の祥月命日である4月2日のことでした。
青春時代、私は、お仕えする戸田先生の事業を支えるため、大学に行くことを断念しました。しかし、先生は、「最優秀の教育を授けたい」と、最初は日曜日ごと、やがて平日の朝も使って、万般の学問の個人教授を続けてくださったのです。
この「戸田大学」の卒業生の誇りも高く、師から教えていただいた生命尊厳の哲理を、若き知性に伝えたい──講演は、師匠の夢の実現であり、師匠を宣揚する言論の戦いでした。
私は、仏法の生命観を通して、「21世紀を生命の世紀に」と提唱しました。
進取の気性に富む英才たちは、私の講演を実に真剣に聴いてくれました。終了後には、多くの学生が壇上の私の前に駆け寄ってきました。
仏法の人間主義の哲学を、世界の若き知性が求めている。この姿を戸田先生がご覧になったら、どれほど喜ばれるだろうか──私は、汗を拭うのも忘れ、一人また一人と固い握手を交わしました。
この時を第1回として、恩師の心を携えながら、私が、海外の大学・学術機関から招へいを受けて行った講演は、32回を数えます。
「人生というのは、夢を見るためにあるのよ。それをつかむ勇気と意志を持っているかどうかなのよ!」
これは、私の忘れ得ぬ友人である、ロサンゼルスのトム・ブラッドレー市長のお母さんの言葉です。
ブラッドレー市長も、私が講演したUCLAに学んだ一人です。全米屈指の大都市ロサンゼルスで、アフリカ系アメリカ人として初めて市長になった方です。
最初の出会いは、講演の翌年の1975年の1月。高層ビル群を一望する市庁舎でした。
部屋に入ると、長身のブラッドレー市長が、満面の笑みで迎えてくださいました。
穏やかな語り口。飾らない率直さ。どこまでも謙虚な立ち振る舞いに、幾多の苦難に磨き抜かれた人格が輝いていました。
ブラッドレー市長の祖父は、かつて奴隷の境遇にあった方です。父親は貧しい小作農で、その息子である市長も、小さい時から綿花畑で働かねばなりませんでした。市長が未来部の皆さんと同じ年代のころは、まだまだ人種差別が色濃く残っていました。
大学進学は夢のまた夢でした。市長は学校の教員に、「大学など行けるはずがない、仕事をした方がいい」と言われたそうです。
それでも、あきらめませんでした。「人生は夢を見るためにある」──お母さんの言葉が、市長を支える信念となっていたのです。
努力に努力を重ねて、ついにUCLAへの進学を果たしました。その後、21年間、ロサンゼルス警察で働きます。さらに市議会議員を務め、市長に立候補して、2度目の挑戦で当選したのです。
市長は、もともと警察官になることを希望していたわけではありません。周囲の勧めもあり、とにかく試験を受けてみたそうです。そこから道が開かれました。
目の前の課題に、一生懸命、取り組む。 "何事も、とにかくやってみよう" と挑戦する。たとえ夢がはっきりと見えていなくたって、かまいません。
努力は絶対、無駄にはならない。ベストを尽くす一歩一歩が、必ず夢に向かって前進する栄光の道となるのです。
その道の途中では、迷うこともあるでしょう。でも、焦る必要はありません。遠回りしたとしても、新しい発見をするチャンスととらえて、周りの景色を楽しめばよい。そのうちに、もっとすばらしい道が見つかったり、新たな夢の目的地が見えたりすることもある。
大事なのは、失敗を恐れない勇気を持つことです。「いつか必ず夢をかなえてみせる」という不屈の意志を持ち続けることです。
大きな夢だけが、夢ではありません。みんなが日ごろ目標にして願っていること、頑張っていることを、思い浮かべてみてごらん。
「成績を上げたい」
「部活でレギュラーになりたい」
「海外に留学したい」
「友達と仲良くなりたい」
「家族の病気が治ってほしい」
どれも、大切な「夢」です。
夢の "種" は身の回りにあふれている。だから毎日、真剣に祈って、夢を見つける努力をしよう。夢をかなえる挑戦をしよう。
皆さんが将来、ロサンゼルスを訪れる時に、まずロサンゼルス国際空港に降り立つでしょう。その国際線ターミナルの名は、「トム・ブラッドレー国際ターミナル」です。ブラッドレー市長の胸像が立っています。市長は今も変わらず、世界中の人々を、あの満面の笑みで迎えているのです。
皆さんの心にも、きっと「さあ、夢を見よう!」と呼びかけてくれるに違いありません。
アメリカ公民権運動の母ローザ・パークスさんも、私がロサンゼルスでお会いした大切な宝の友人です。
「私には夢がある」という演説で有名な指導者マーチン・ルーサー・キング博士と共に、人種差別撤廃のために戦った女性です。
何の罪もなく、ただ黒人だというだけで差別され、いじめられました。公共のバスの中でさえ、自由に座ることを許されなかった社会で、勇気に燃えて、正義の声をあげ、歴史を大きく変えたのです。
パークスさんは、未来を担う少女に、こう語りかけています。
「あなたも、自分自身を信じることによって希望の灯火(ともしび)を燃やし続けることができるのです。あなたが、自分自身と未来に対し、希望をいだき続けるならば、きっと、世界をもっと住みやすい場所にすることができるはずです」
たとえ君が、あなたが、壁に突き当たり、窮屈な思いをしていても、夢を世界に広げれば、そこに希望は生まれる。希望がある限り、夢の道は永遠に続いていきます。
世界をもっと良い場所に!──この夢に生きたパークスさんは、アメリカ創価大学(SUA)にも大きな期待を寄せ、励ましの手紙を送ってくださいました。
ロサンゼルス近郊のオレンジ郡にあるSUAは、平和のために闘う世界中の人たちの夢の結実です。各国から最優秀の若き世界市民が集い、平和への夢の大道を歩んでくれています。
私の心も、日々、この希望の光に満ちたキャンパスで向学と使命の青春に生きる学生たちと共にあります。世界中で奮闘する卒業生と共にあるのです。
これから、皆さんの中から、また皆さんの仲間から、SUAに進んでくれる英才が、たくさん出ることを、私は楽しみにしています。
青春の道は、日差しが爽やかな快晴の日もあれば、荒れ狂う嵐の日だってある。
その試練の時に、力となるのは、共に支え合って前進していく善き友の存在です。
日蓮大聖人は、『仏になるみちは善知識にはすぎず』(P1468、「三三蔵祈雨事」)と仰せになられました。
仏になる道においては、何よりも善き友の存在が重要であると説かれているのです。
大いなる夢を掲げて、善き友と励まし合って歩むならば、決して行き詰まりません。
皆さんには、未来部の担当者という、どんな時も善き味方となって、一緒に祈り、相談に乗ってくれて、真心から応援してくれる先輩方もついています。
私が青春時代に愛読した一人にアメリカの民衆詩人ホイットマンがいます。彼の詩集 『草の葉』 にある「大道の歌」には、高らかに詠われています。
「出かけよう、道はぼくらの前にある」
青春の理想へ、人生の勝利へと続く大道は、今、皆さんの目の前に開けています。
それは、果てしない理想の高みへと通ずる使命の道です。
どんなに険しい峰が立ちはだかったって、絶対に大丈夫です。
皆さんには──
可能性を無限に発揮しゆく「夢の翼」があるからです。
何ものにも負けない「希望の翼」があるからです。
そして、世界に羽ばたく「未来の翼」があるからです。
弥功徳まさる」。
信心の偉大さを
堂々と語ろう!
そこに尊き福徳は輝く。
大悪大善御書 P1300
『大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずともまいをもまいぬべし、舎利弗にあらねども立つてをどりぬべし』
◇希望の明日へ
高貴に謳いあげた優れた詩は、時の風化を超え、はるかな未来へと、謳い継がれ、伝えられていく。物体は、時間の経過とともに消え去る運命にあるが、麗しき"心の世界"は、永遠に変わることなく、心の美の旋律を奏でていく。詩が永遠であれば、その詩に謳われた人生、人間、歴史も、みな永遠であろう。
昭63・7・10
☆未来の翼〜世界が君を待っている〜第1回 ロサンゼルスの道
それは、どこまでも続く、夢と希望の道です。
はるか太平洋の彼方から、快活に押し寄せる白波。宇宙の果てまで突き抜けるような青空──。
人々が憩うビーチも、緑と茶色の山々も、さっそうと駆け抜ける車の車体も、全てが明るく照り輝いています。
この太陽の讃歌にあふれる道は、私がアメリカ西海岸のカリフォルニア州ロサンゼルスを訪れた際に、いつも通る道です。潮風を切って走る車の中で、私は思わずカメラのシャッターを押しました。
私にとってアメリカは、恩師・戸田城聖先生に託された「夢」の第一歩をしるした国です(1960年10月)。以来、54カ国・地域を訪問し、友と語り、平和の種を蒔き続けてきました。
恩師には、壮大で崇高な「夢」がありました。それは、「この世から 『悲惨』 の二字をなくす」という、「世界広宣流布」の夢です。
いつの旅でも、どこの国を訪れても、私の胸には、恩師の言葉が響いていました。
「大作、世界へ行くんだ。私に代わって!」
私の世界への旅は、師の夢をかなえる「後継の旅」です。世界広布の夢を広げる「平和の旅」です。
そして今、君と私の夢を開く「新たな師弟の旅」が始まります。
さあ、一緒に旅に出よう! 心に大きな「未来の翼」を広げて!
「夢を描くこと」そして「夢に挑戦すること」は、人間ならではの権利であり、なかんずく青年ならではの特権でしょう。
ロサンゼルスは、人々が夢を追って集い来た自由の天地です。
カリフォルニア州には、「ゴールデン・ステート(黄金の州)」という呼び名もあります。かつて、この地で金が採れたため、多くの人が一気に入植し、街を発展させていったからです。「カリフォルニアの過去がアメリカの未来だ」とも言われています。
今も昔も、「フロンティア・スピリット(開拓者精神)」にあふれる人たちが住む「夢の舞台」——世界都市・ロサンゼルスは、まさにその中心です。
ロサンゼルスを、私はこれまで何度も訪れてきました。この地は私にとって「黄金の人材」が輝きわたる希望の都なのです。
40年前の春、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で講演をした時のことを、私は懐かしく思い起こします。
1974年の4月1日。時差のある日本では、戸田先生の祥月命日である4月2日のことでした。
青春時代、私は、お仕えする戸田先生の事業を支えるため、大学に行くことを断念しました。しかし、先生は、「最優秀の教育を授けたい」と、最初は日曜日ごと、やがて平日の朝も使って、万般の学問の個人教授を続けてくださったのです。
この「戸田大学」の卒業生の誇りも高く、師から教えていただいた生命尊厳の哲理を、若き知性に伝えたい──講演は、師匠の夢の実現であり、師匠を宣揚する言論の戦いでした。
私は、仏法の生命観を通して、「21世紀を生命の世紀に」と提唱しました。
進取の気性に富む英才たちは、私の講演を実に真剣に聴いてくれました。終了後には、多くの学生が壇上の私の前に駆け寄ってきました。
仏法の人間主義の哲学を、世界の若き知性が求めている。この姿を戸田先生がご覧になったら、どれほど喜ばれるだろうか──私は、汗を拭うのも忘れ、一人また一人と固い握手を交わしました。
この時を第1回として、恩師の心を携えながら、私が、海外の大学・学術機関から招へいを受けて行った講演は、32回を数えます。
「人生というのは、夢を見るためにあるのよ。それをつかむ勇気と意志を持っているかどうかなのよ!」
これは、私の忘れ得ぬ友人である、ロサンゼルスのトム・ブラッドレー市長のお母さんの言葉です。
ブラッドレー市長も、私が講演したUCLAに学んだ一人です。全米屈指の大都市ロサンゼルスで、アフリカ系アメリカ人として初めて市長になった方です。
最初の出会いは、講演の翌年の1975年の1月。高層ビル群を一望する市庁舎でした。
部屋に入ると、長身のブラッドレー市長が、満面の笑みで迎えてくださいました。
穏やかな語り口。飾らない率直さ。どこまでも謙虚な立ち振る舞いに、幾多の苦難に磨き抜かれた人格が輝いていました。
ブラッドレー市長の祖父は、かつて奴隷の境遇にあった方です。父親は貧しい小作農で、その息子である市長も、小さい時から綿花畑で働かねばなりませんでした。市長が未来部の皆さんと同じ年代のころは、まだまだ人種差別が色濃く残っていました。
大学進学は夢のまた夢でした。市長は学校の教員に、「大学など行けるはずがない、仕事をした方がいい」と言われたそうです。
それでも、あきらめませんでした。「人生は夢を見るためにある」──お母さんの言葉が、市長を支える信念となっていたのです。
努力に努力を重ねて、ついにUCLAへの進学を果たしました。その後、21年間、ロサンゼルス警察で働きます。さらに市議会議員を務め、市長に立候補して、2度目の挑戦で当選したのです。
市長は、もともと警察官になることを希望していたわけではありません。周囲の勧めもあり、とにかく試験を受けてみたそうです。そこから道が開かれました。
目の前の課題に、一生懸命、取り組む。 "何事も、とにかくやってみよう" と挑戦する。たとえ夢がはっきりと見えていなくたって、かまいません。
努力は絶対、無駄にはならない。ベストを尽くす一歩一歩が、必ず夢に向かって前進する栄光の道となるのです。
その道の途中では、迷うこともあるでしょう。でも、焦る必要はありません。遠回りしたとしても、新しい発見をするチャンスととらえて、周りの景色を楽しめばよい。そのうちに、もっとすばらしい道が見つかったり、新たな夢の目的地が見えたりすることもある。
大事なのは、失敗を恐れない勇気を持つことです。「いつか必ず夢をかなえてみせる」という不屈の意志を持ち続けることです。
大きな夢だけが、夢ではありません。みんなが日ごろ目標にして願っていること、頑張っていることを、思い浮かべてみてごらん。
「成績を上げたい」
「部活でレギュラーになりたい」
「海外に留学したい」
「友達と仲良くなりたい」
「家族の病気が治ってほしい」
どれも、大切な「夢」です。
夢の "種" は身の回りにあふれている。だから毎日、真剣に祈って、夢を見つける努力をしよう。夢をかなえる挑戦をしよう。
皆さんが将来、ロサンゼルスを訪れる時に、まずロサンゼルス国際空港に降り立つでしょう。その国際線ターミナルの名は、「トム・ブラッドレー国際ターミナル」です。ブラッドレー市長の胸像が立っています。市長は今も変わらず、世界中の人々を、あの満面の笑みで迎えているのです。
皆さんの心にも、きっと「さあ、夢を見よう!」と呼びかけてくれるに違いありません。
アメリカ公民権運動の母ローザ・パークスさんも、私がロサンゼルスでお会いした大切な宝の友人です。
「私には夢がある」という演説で有名な指導者マーチン・ルーサー・キング博士と共に、人種差別撤廃のために戦った女性です。
何の罪もなく、ただ黒人だというだけで差別され、いじめられました。公共のバスの中でさえ、自由に座ることを許されなかった社会で、勇気に燃えて、正義の声をあげ、歴史を大きく変えたのです。
パークスさんは、未来を担う少女に、こう語りかけています。
「あなたも、自分自身を信じることによって希望の灯火(ともしび)を燃やし続けることができるのです。あなたが、自分自身と未来に対し、希望をいだき続けるならば、きっと、世界をもっと住みやすい場所にすることができるはずです」
たとえ君が、あなたが、壁に突き当たり、窮屈な思いをしていても、夢を世界に広げれば、そこに希望は生まれる。希望がある限り、夢の道は永遠に続いていきます。
世界をもっと良い場所に!──この夢に生きたパークスさんは、アメリカ創価大学(SUA)にも大きな期待を寄せ、励ましの手紙を送ってくださいました。
ロサンゼルス近郊のオレンジ郡にあるSUAは、平和のために闘う世界中の人たちの夢の結実です。各国から最優秀の若き世界市民が集い、平和への夢の大道を歩んでくれています。
私の心も、日々、この希望の光に満ちたキャンパスで向学と使命の青春に生きる学生たちと共にあります。世界中で奮闘する卒業生と共にあるのです。
これから、皆さんの中から、また皆さんの仲間から、SUAに進んでくれる英才が、たくさん出ることを、私は楽しみにしています。
青春の道は、日差しが爽やかな快晴の日もあれば、荒れ狂う嵐の日だってある。
その試練の時に、力となるのは、共に支え合って前進していく善き友の存在です。
日蓮大聖人は、『仏になるみちは善知識にはすぎず』(P1468、「三三蔵祈雨事」)と仰せになられました。
仏になる道においては、何よりも善き友の存在が重要であると説かれているのです。
大いなる夢を掲げて、善き友と励まし合って歩むならば、決して行き詰まりません。
皆さんには、未来部の担当者という、どんな時も善き味方となって、一緒に祈り、相談に乗ってくれて、真心から応援してくれる先輩方もついています。
私が青春時代に愛読した一人にアメリカの民衆詩人ホイットマンがいます。彼の詩集 『草の葉』 にある「大道の歌」には、高らかに詠われています。
「出かけよう、道はぼくらの前にある」
青春の理想へ、人生の勝利へと続く大道は、今、皆さんの目の前に開けています。
それは、果てしない理想の高みへと通ずる使命の道です。
どんなに険しい峰が立ちはだかったって、絶対に大丈夫です。
皆さんには──
可能性を無限に発揮しゆく「夢の翼」があるからです。
何ものにも負けない「希望の翼」があるからです。
そして、世界に羽ばたく「未来の翼」があるからです。
2014年4月11日金曜日
2014.04.11 わが友に贈る
団結こそ拡大の力!
壮婦も一体となって
青年の弘教の応援を!
「異体同心なれば
万事を成し」だ。
三世諸仏総勘文教相廃立 P564
『心の不思議を以て経論の詮要と為すなり、此の心を悟り知るを名けて如来と云う』
◇希望の明日へ
真の詩人にとって、名聞名利は一顧の価値すらもない。まったく無用のものである。詩とは、現世的な利害などはるかに超越したものであり、広大無辺にしてかぎりなく崇高な人間性の発露にはかならない。
昭63・1・20
☆希望の虹〜世界の偉人を語る〜第1回 喜劇王チャップリン
虹は、天からのおくりものです。
雨がふった後、空に、赤・だいだい・黄・緑・青・あい・むらさきの7色のきれいな光をはなちながら、大きな橋のようにかかります。
はじめて見た時は、みなさんもおどろいたり、わくわくしたことでしょう。
私も、世界のあの地この地で、友と虹を見た思い出があります。
私が世界で最初に訪れたアメリカのハワイは、虹がよく見られる島です。ここには、「雨がふるから虹も出る」という、ことわざもあります。いいことは、困難を乗り越えてこそ、やってくるという意味です。
虹は「希望」です。雨にも嵐にも負けない希望です。
世界の偉人たちは、困難の嵐を乗り越えて、使命の大空に「希望の虹」をかけてきました。これから、みなさんといっしよに学んでいきましょう。
昨年の5月、イギリスから、一通の手紙をいただきました。送り主は、女優のキエラ・チャップリンさん。「喜劇の王様」とよばれた、チャーリー・チャップリンのお孫さんです。
みなさんは、チャップリンは、どんな人か知っていますか?
チョビひげに、てっぺんが丸い黒ぼうし、だぶだぶのズボンに、ぶかっこうなくつをはいて、ステッキをふりながら歩く。きどらない、ほほえましい紳士の姿で、世界中の人たちに笑いと感動を届けた、20世紀の名優です。
作った映画の数は、80本をこえます。今年は、チャップリンが映画デビューしてから100周年になります。
私も大ファンです。人間を愛し、勇敢に信念をつらぬいて生きたチャップリンのことを、折々に、世界の友に語ってきました。
お孫さんも、そのことを「祖父が知れば、とても誇りに思うと確信します」と喜んでくれました。
じつは、私たちの少年部歌のタイトル「Be Brave!」(勇気を出して!)」は、チャップリンの「街の灯」という映画にでてくる、はげましの言葉でもあります。
チャーリー・チャップリンは、1889年4月16日、イギリスの首都ロンドンで生まれました。
お父さんのチャールズと、お母さんのハナは、二人とも歌が上手で、劇場の舞台に出ていました。お金持ちとはいえませんでしたが、4歳年上の兄シドニーと家族4人で楽しく暮らしていました。
しかし、お父さんはお酒ばかり飲んで、そのうち家を出て行ってしまい、お母さんが一人、働いて兄弟を育てました。その無理が、体をいためつけたのでしょう。
チャップリンが5歳になった時のことです。お母さんは舞台で歌を歌っていると、とつぜん声が出なくなってしまいました。
お客さんがおこって、大さわぎになりました。こまりはてた劇場の支配人は、かわりに息子を出してはどうか、と言ったのです。
お母さんのためならばと、チャップリンは勇気を出して、舞台に立ち、歌を歌いました。そのかわいらしさにお客さんは、大喜び。これが彼の初舞台になりました。
お母さんの声は元に戻らず、歌の仕事がなくなって、生活はどんどん苦しくなりました。
しかし、どんなにびんぼうでも、お母さんは明るく、やさしかった。服を作ってくれた。子どもの前で、おどったり、身ぶり手ぶりのパントマイムやおしばいも見せてくれました。
それが、のちに、チャップリンが俳優になって、かつやくするための、大きな力になったのです。
どこの家でも、お母さんは太陽です。わが家も、私が小学2年生の時、父が病気でたおれ、生活が大変になりました。けれども、母は「うちは、びんぼうのよこづなだよ」と朗らかに笑っていました。その声が、家族を明るく勇気づけてくれたのです。
チャップリンのお母さんは、その後、重い病気になって入院してしまいました。彼はお兄さんと、まずしい子どものためのしせつへ入り、11歳のころから、印刷工場で働くなど、いろんな仕事をしなければなりませんでした。
でも、チャップリンは負けなかった。どんな大変な時も、 "自分は世界一の俳優になるんだ" という夢をあきらめず、努力をかさねた。その負けない心の中には、あざやかな「希望の虹」がかがやいていたのです。
やがて舞台に出るようになったチャップリンは、才能がみとめられ、アメリカに渡り、映画俳優となって大成功をおさめました。
しかし、どんなに有名になっても、チャップリンはお母さんへの感謝を忘れませんでした。
「わたしがこの世界でまがりなりにも成功できたとすれば、それはすべて母のおかげです」と。
やがて、ドイツではヒトラーという人物が、大げさな演説で人気を得て、権力をうばい取りました。そのころは世界中で景気が悪くなり、仕事のない人もあふれていて、人々の不安につけこんでいったのです。
しかし、チャップリンは、ヒトラーのインチキを見やぶり、戦争を起こすのではないかと感じていました。
みんなを目覚めさせなければ——彼は正義の行動を決意します。
1939年の9月1日、ヒトラーは強力な軍隊で領土を広げ、第2次世界大戦が始まりました。
当時、私は11歳。今の皆さんと同じ年代でした。
ヒトラーが起こした戦争は、あっという間にヨーロッパ中に広がり、たくさんの命がうばわれました。
チャップリンは、映画を武器に平和への戦いを開始しました。
この映画「独裁者」で、チャップリンはヒトラーと同じチョビひげ姿で登場します。そして最後にヒトラーとはまったくちがう誠実な言葉で、 "独裁者の言いなりになってはいけない!" と演説をするのです。
「絶望してはいけません」
「あなた方は、人生を自由で、美しくまたすばらしい冒険にあふれたものにする力を持っています。ですから、民主主義の名の元にみんなの力を集め、ひとつの世界を作ろうではありませんか」
そして、この大演説は、一人の女性に呼びかけて終わります。
「人間の魂には翼を与えられていたけれども、いまやっとはじめて空を舞いはじめた。にじの中へ、光の中へと」
「ハナ! 顔を上げて!」
そうです。10年前に亡くなったお母さんの「ハナ」という名を、映画のヒロインにつけたのです。
「お母さん」を心にもっている人は強い。負けない。「お母さんのために」とがんばれば、必ず正しい道、勝利の道を進んでいけます。
どうか、みんなも、お母さんを大切に、お父さんも大切にして、親孝行していってください。
そして、勉強やスポーツ、自分の目標に挑戦して、自分らしく「希望の虹」をかけていってください。
その虹が21世紀の大空にかかるのを楽しみにしています。
私にとって、一番の「希望の虹」は、少年少女部のみなさんです。
来月また、語り合いましょう!
壮婦も一体となって
青年の弘教の応援を!
「異体同心なれば
万事を成し」だ。
三世諸仏総勘文教相廃立 P564
『心の不思議を以て経論の詮要と為すなり、此の心を悟り知るを名けて如来と云う』
◇希望の明日へ
真の詩人にとって、名聞名利は一顧の価値すらもない。まったく無用のものである。詩とは、現世的な利害などはるかに超越したものであり、広大無辺にしてかぎりなく崇高な人間性の発露にはかならない。
昭63・1・20
☆希望の虹〜世界の偉人を語る〜第1回 喜劇王チャップリン
虹は、天からのおくりものです。
雨がふった後、空に、赤・だいだい・黄・緑・青・あい・むらさきの7色のきれいな光をはなちながら、大きな橋のようにかかります。
はじめて見た時は、みなさんもおどろいたり、わくわくしたことでしょう。
私も、世界のあの地この地で、友と虹を見た思い出があります。
私が世界で最初に訪れたアメリカのハワイは、虹がよく見られる島です。ここには、「雨がふるから虹も出る」という、ことわざもあります。いいことは、困難を乗り越えてこそ、やってくるという意味です。
虹は「希望」です。雨にも嵐にも負けない希望です。
世界の偉人たちは、困難の嵐を乗り越えて、使命の大空に「希望の虹」をかけてきました。これから、みなさんといっしよに学んでいきましょう。
昨年の5月、イギリスから、一通の手紙をいただきました。送り主は、女優のキエラ・チャップリンさん。「喜劇の王様」とよばれた、チャーリー・チャップリンのお孫さんです。
みなさんは、チャップリンは、どんな人か知っていますか?
チョビひげに、てっぺんが丸い黒ぼうし、だぶだぶのズボンに、ぶかっこうなくつをはいて、ステッキをふりながら歩く。きどらない、ほほえましい紳士の姿で、世界中の人たちに笑いと感動を届けた、20世紀の名優です。
作った映画の数は、80本をこえます。今年は、チャップリンが映画デビューしてから100周年になります。
私も大ファンです。人間を愛し、勇敢に信念をつらぬいて生きたチャップリンのことを、折々に、世界の友に語ってきました。
お孫さんも、そのことを「祖父が知れば、とても誇りに思うと確信します」と喜んでくれました。
じつは、私たちの少年部歌のタイトル「Be Brave!」(勇気を出して!)」は、チャップリンの「街の灯」という映画にでてくる、はげましの言葉でもあります。
チャーリー・チャップリンは、1889年4月16日、イギリスの首都ロンドンで生まれました。
お父さんのチャールズと、お母さんのハナは、二人とも歌が上手で、劇場の舞台に出ていました。お金持ちとはいえませんでしたが、4歳年上の兄シドニーと家族4人で楽しく暮らしていました。
しかし、お父さんはお酒ばかり飲んで、そのうち家を出て行ってしまい、お母さんが一人、働いて兄弟を育てました。その無理が、体をいためつけたのでしょう。
チャップリンが5歳になった時のことです。お母さんは舞台で歌を歌っていると、とつぜん声が出なくなってしまいました。
お客さんがおこって、大さわぎになりました。こまりはてた劇場の支配人は、かわりに息子を出してはどうか、と言ったのです。
お母さんのためならばと、チャップリンは勇気を出して、舞台に立ち、歌を歌いました。そのかわいらしさにお客さんは、大喜び。これが彼の初舞台になりました。
お母さんの声は元に戻らず、歌の仕事がなくなって、生活はどんどん苦しくなりました。
しかし、どんなにびんぼうでも、お母さんは明るく、やさしかった。服を作ってくれた。子どもの前で、おどったり、身ぶり手ぶりのパントマイムやおしばいも見せてくれました。
それが、のちに、チャップリンが俳優になって、かつやくするための、大きな力になったのです。
どこの家でも、お母さんは太陽です。わが家も、私が小学2年生の時、父が病気でたおれ、生活が大変になりました。けれども、母は「うちは、びんぼうのよこづなだよ」と朗らかに笑っていました。その声が、家族を明るく勇気づけてくれたのです。
チャップリンのお母さんは、その後、重い病気になって入院してしまいました。彼はお兄さんと、まずしい子どものためのしせつへ入り、11歳のころから、印刷工場で働くなど、いろんな仕事をしなければなりませんでした。
でも、チャップリンは負けなかった。どんな大変な時も、 "自分は世界一の俳優になるんだ" という夢をあきらめず、努力をかさねた。その負けない心の中には、あざやかな「希望の虹」がかがやいていたのです。
やがて舞台に出るようになったチャップリンは、才能がみとめられ、アメリカに渡り、映画俳優となって大成功をおさめました。
しかし、どんなに有名になっても、チャップリンはお母さんへの感謝を忘れませんでした。
「わたしがこの世界でまがりなりにも成功できたとすれば、それはすべて母のおかげです」と。
やがて、ドイツではヒトラーという人物が、大げさな演説で人気を得て、権力をうばい取りました。そのころは世界中で景気が悪くなり、仕事のない人もあふれていて、人々の不安につけこんでいったのです。
しかし、チャップリンは、ヒトラーのインチキを見やぶり、戦争を起こすのではないかと感じていました。
みんなを目覚めさせなければ——彼は正義の行動を決意します。
1939年の9月1日、ヒトラーは強力な軍隊で領土を広げ、第2次世界大戦が始まりました。
当時、私は11歳。今の皆さんと同じ年代でした。
ヒトラーが起こした戦争は、あっという間にヨーロッパ中に広がり、たくさんの命がうばわれました。
チャップリンは、映画を武器に平和への戦いを開始しました。
この映画「独裁者」で、チャップリンはヒトラーと同じチョビひげ姿で登場します。そして最後にヒトラーとはまったくちがう誠実な言葉で、 "独裁者の言いなりになってはいけない!" と演説をするのです。
「絶望してはいけません」
「あなた方は、人生を自由で、美しくまたすばらしい冒険にあふれたものにする力を持っています。ですから、民主主義の名の元にみんなの力を集め、ひとつの世界を作ろうではありませんか」
そして、この大演説は、一人の女性に呼びかけて終わります。
「人間の魂には翼を与えられていたけれども、いまやっとはじめて空を舞いはじめた。にじの中へ、光の中へと」
「ハナ! 顔を上げて!」
そうです。10年前に亡くなったお母さんの「ハナ」という名を、映画のヒロインにつけたのです。
「お母さん」を心にもっている人は強い。負けない。「お母さんのために」とがんばれば、必ず正しい道、勝利の道を進んでいけます。
どうか、みんなも、お母さんを大切に、お父さんも大切にして、親孝行していってください。
そして、勉強やスポーツ、自分の目標に挑戦して、自分らしく「希望の虹」をかけていってください。
その虹が21世紀の大空にかかるのを楽しみにしています。
私にとって、一番の「希望の虹」は、少年少女部のみなさんです。
来月また、語り合いましょう!
2014年4月10日木曜日
2014.04.10 わが友に贈る
目立たなくとも
広布に尽くす友に
最大の感謝と賞讃を!
尊き陰の支えありて
創価の民衆城は永遠!
善無畏三蔵抄 P883
『日輪東方の空に出でさせ給へば南浮の空皆明かなり大光を備へ給へる故なり』
◇希望の明日へ
本来、科学の探究も、信仰の求道も、この宇宙と社会と人間のすべてを"開かれた心"で見つめ、喜びの名曲を奏でゆくものである。
平5・6・16
☆勝利の人間学 第49回 社会で聡明に輝く人たれ
◇元気に朝を勝ちゆこう
戸田先生は、新社会人を励まされた。
「青年は、朝寝坊では負ける。朝が勝負だ。朝の生き生きとした息吹のなかで、活力を沸き立たせていけ! そこに成長がある」と。
私も、先生の会社に勤め始めて、毎朝、始業の30分前には出勤し、職場を掃除して、元気いっぱいの挨拶で先輩たちを迎えた。
もちろん、仕事によって一律には言えない。ただ夜は工夫して、なるべく早く休み、朗々たる朝の勤行・唱題でスタートすることだ。
朝に勝て! そして生命力を満々と漲らせ、職場で光り、周囲を明るく照らしていこう。
◇職場は人間修行の道場
御聖訓には『御みやづかいを法華経とをぼしめせ』(P1295)と仰せである。
信仰は観念ではない。人間が生き生きと働き、生活を豊かにし、職場を発展させていく。その営みのすべてが、仏法である。
「信心」は即「生活」であり、「仏法」は即「社会」なのである。
「信心は一人前、仕事は三人前」——皆さんの先輩方は、この心意気で仕事に挑み、歯を食いしばって、職場で実証を示してきた。だからこそ、今日の創価学会がある。
職場は、自分自身を磨き鍛える人間修行の道場なりと決め、「三倍の努力」を心がけていただきたい。
◇信用を築け、青年ならば
青年が勝ち取るべき第一のものは、信用だ。
青春時代は、未完成が当然である。見栄を張ったり、取り繕ったりする必要はない。
自分らしく眼前の仕事に全力で取り組む。約束をしたことは誠実に守る。失敗しても、そこから学び、また挑戦する。地道であっても、忍耐強く創意工夫を重ねていくことだ。
そうした姿に、信用は必ず築かれる。
仏法は「人の振舞」である。明るい挨拶、清々しい礼儀、賢い体調管理など、基本が大事だ。聡明にチームワークを創り広げながら、「さすが」と言われる一流の次元へ、日々、若き黄金の生命を高めていってくれ給え!
広布に尽くす友に
最大の感謝と賞讃を!
尊き陰の支えありて
創価の民衆城は永遠!
善無畏三蔵抄 P883
『日輪東方の空に出でさせ給へば南浮の空皆明かなり大光を備へ給へる故なり』
◇希望の明日へ
本来、科学の探究も、信仰の求道も、この宇宙と社会と人間のすべてを"開かれた心"で見つめ、喜びの名曲を奏でゆくものである。
平5・6・16
☆勝利の人間学 第49回 社会で聡明に輝く人たれ
◇元気に朝を勝ちゆこう
戸田先生は、新社会人を励まされた。
「青年は、朝寝坊では負ける。朝が勝負だ。朝の生き生きとした息吹のなかで、活力を沸き立たせていけ! そこに成長がある」と。
私も、先生の会社に勤め始めて、毎朝、始業の30分前には出勤し、職場を掃除して、元気いっぱいの挨拶で先輩たちを迎えた。
もちろん、仕事によって一律には言えない。ただ夜は工夫して、なるべく早く休み、朗々たる朝の勤行・唱題でスタートすることだ。
朝に勝て! そして生命力を満々と漲らせ、職場で光り、周囲を明るく照らしていこう。
◇職場は人間修行の道場
御聖訓には『御みやづかいを法華経とをぼしめせ』(P1295)と仰せである。
信仰は観念ではない。人間が生き生きと働き、生活を豊かにし、職場を発展させていく。その営みのすべてが、仏法である。
「信心」は即「生活」であり、「仏法」は即「社会」なのである。
「信心は一人前、仕事は三人前」——皆さんの先輩方は、この心意気で仕事に挑み、歯を食いしばって、職場で実証を示してきた。だからこそ、今日の創価学会がある。
職場は、自分自身を磨き鍛える人間修行の道場なりと決め、「三倍の努力」を心がけていただきたい。
◇信用を築け、青年ならば
青年が勝ち取るべき第一のものは、信用だ。
青春時代は、未完成が当然である。見栄を張ったり、取り繕ったりする必要はない。
自分らしく眼前の仕事に全力で取り組む。約束をしたことは誠実に守る。失敗しても、そこから学び、また挑戦する。地道であっても、忍耐強く創意工夫を重ねていくことだ。
そうした姿に、信用は必ず築かれる。
仏法は「人の振舞」である。明るい挨拶、清々しい礼儀、賢い体調管理など、基本が大事だ。聡明にチームワークを創り広げながら、「さすが」と言われる一流の次元へ、日々、若き黄金の生命を高めていってくれ給え!
2014年4月9日水曜日
2014.04.09 わが友に贈る
リーダーは
勇んで友のもとへ!
満々たる生命力で
わが地域の隅々に
歓喜の波動を送れ!
報恩抄 P329
『極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか』
◇希望の明日へ
現代の人々は、詩と科学とを対極にあるものと見ている。また両者の近代の歩みが、そうした傾向を助長してきた面があることも事実である。しかし本来、偉大な科学には、大いなる詩がある。偉大な詩には、人間理性の最高の英知が輝いているものである。両者は互いに互いを豊かにしうる関係にある。なかでも、具体的な一人の人間において、詩的側面と科学的側面を分離することはできない。できたとしたら、おそろしく貧しい人間になってしまうであろう。
平2・8・22
☆大白蓮華巻頭言 2014年4月「多宝」の賢者よ 永遠に前へ!
万物は流転する。あらゆるものが流れる川のように変化しつつ、瞬時も止まらない。その転変の中で、自他共の生命を、希望へ、幸福へ、平和へ、無限に前進せしめていく究極の力が、我らの信仰である。
名作 『大地』 の作者パール・バックは、敬慕する母が晩年の闘病中に語った言葉を書き留めている。
「私の精神はまっすぐに進んで行くことを覚えていておくれ」「喜んで、凱旋するように死ぬよ」と。
生老病死は誰人(たれびと)も避けられぬ根本の命題である。特に空前の高齢社会は「老い」の期間が長くなり、これまでにない課題に直面している。だからこそ、多宝会・宝寿会・錦宝会の皆様を中心に、我ら創価家族の新たな挑戦と開拓の使命は、一段と大きい。
どんな財産も権力も、「老い」そして「死」という峻厳な現実の前には、儚(はかな)い幻と消え去ってしまう。鋭く問われるのは、いかなる哲学を持ち、いかなる人生を生きてきたのか。この一点であろう。
御義口伝には、『自身法性の大地を生死生死と転(め)ぐり行くなり』(P724)と仰せになられた。
妙法は、永遠不滅の大法則である。なれば、妙法を唱え、広宣流布に生き抜く私たちの生命もまた、永遠不滅であり、金剛不壊である。生の時も、死の時も、私たち自身が南無妙法蓮華経の当体として、「法性の大地」すなわち「常楽我浄の大地」の上を、必ず必ず悠然と進んでいくことができるのだ。
ゆえに、何があっても、断じて恐れることはない。
日蓮大聖人は、齢(よわい)90の老いたる姑を真心込めて介護し、その安らかな臨終を慈愛深く看取った富木常忍の夫人を最大に労い、讃えてくださっている。
看病の辛労もあったのであろう、夫人は自らも大病との戦いが続いた。しかし負けなかった。
大聖人は、『我れ等は仏に疑いなしとをぼせば・なにのなげきか有るべき』(P976「富木尼御前御返事」)と励まされた。
長年、信心してきたのに、なぜ自分が病気になるのか、なぜ家族の介護が必要になるのか、などと、思い歎く必要は全くない。一切が「転重軽受」(重きを転じて軽く受く)であり、「変毒為薬」できる。
一つ一つ力を合わせ、信心で勝ち越えていく中で、家族が共に仏になる道が深く大きく開かれるのだ。
あの岡城址で一緒に「荒城の月」を歌った大分の多宝会の母は、多くの友人の幸せを願う宝友帳を抱えて、今も元気いっぱいに対話を重ねている。
「広宣流布のために生まれてきた私です。辛いことも、悲しいことも、すべてが使命とわかれば、感謝の涙が溢れてなりません。心の財で勝ちます」と。
わが学会員が、確信に満ちて、生命の宝塔を輝かせながら、大歓喜の人生を総仕上げしゆく姿こそ、長命を寿ぐ幸齢社会への何よりの光明であろう。
恩師・戸田城聖先生は、「烈風の中を、にっこり笑って、最後の日まで戦え!」と叫ばれた。
「多宝」の賢者のわが友よ、永遠に希望に燃えて、一緒に前へ前へ、進みゆこうではないか!
生き生きと
誓願の旅
三世まで
常楽我浄の
道を楽しく
勇んで友のもとへ!
満々たる生命力で
わが地域の隅々に
歓喜の波動を送れ!
報恩抄 P329
『極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか』
◇希望の明日へ
現代の人々は、詩と科学とを対極にあるものと見ている。また両者の近代の歩みが、そうした傾向を助長してきた面があることも事実である。しかし本来、偉大な科学には、大いなる詩がある。偉大な詩には、人間理性の最高の英知が輝いているものである。両者は互いに互いを豊かにしうる関係にある。なかでも、具体的な一人の人間において、詩的側面と科学的側面を分離することはできない。できたとしたら、おそろしく貧しい人間になってしまうであろう。
平2・8・22
☆大白蓮華巻頭言 2014年4月「多宝」の賢者よ 永遠に前へ!
万物は流転する。あらゆるものが流れる川のように変化しつつ、瞬時も止まらない。その転変の中で、自他共の生命を、希望へ、幸福へ、平和へ、無限に前進せしめていく究極の力が、我らの信仰である。
名作 『大地』 の作者パール・バックは、敬慕する母が晩年の闘病中に語った言葉を書き留めている。
「私の精神はまっすぐに進んで行くことを覚えていておくれ」「喜んで、凱旋するように死ぬよ」と。
生老病死は誰人(たれびと)も避けられぬ根本の命題である。特に空前の高齢社会は「老い」の期間が長くなり、これまでにない課題に直面している。だからこそ、多宝会・宝寿会・錦宝会の皆様を中心に、我ら創価家族の新たな挑戦と開拓の使命は、一段と大きい。
どんな財産も権力も、「老い」そして「死」という峻厳な現実の前には、儚(はかな)い幻と消え去ってしまう。鋭く問われるのは、いかなる哲学を持ち、いかなる人生を生きてきたのか。この一点であろう。
御義口伝には、『自身法性の大地を生死生死と転(め)ぐり行くなり』(P724)と仰せになられた。
妙法は、永遠不滅の大法則である。なれば、妙法を唱え、広宣流布に生き抜く私たちの生命もまた、永遠不滅であり、金剛不壊である。生の時も、死の時も、私たち自身が南無妙法蓮華経の当体として、「法性の大地」すなわち「常楽我浄の大地」の上を、必ず必ず悠然と進んでいくことができるのだ。
ゆえに、何があっても、断じて恐れることはない。
日蓮大聖人は、齢(よわい)90の老いたる姑を真心込めて介護し、その安らかな臨終を慈愛深く看取った富木常忍の夫人を最大に労い、讃えてくださっている。
看病の辛労もあったのであろう、夫人は自らも大病との戦いが続いた。しかし負けなかった。
大聖人は、『我れ等は仏に疑いなしとをぼせば・なにのなげきか有るべき』(P976「富木尼御前御返事」)と励まされた。
長年、信心してきたのに、なぜ自分が病気になるのか、なぜ家族の介護が必要になるのか、などと、思い歎く必要は全くない。一切が「転重軽受」(重きを転じて軽く受く)であり、「変毒為薬」できる。
一つ一つ力を合わせ、信心で勝ち越えていく中で、家族が共に仏になる道が深く大きく開かれるのだ。
あの岡城址で一緒に「荒城の月」を歌った大分の多宝会の母は、多くの友人の幸せを願う宝友帳を抱えて、今も元気いっぱいに対話を重ねている。
「広宣流布のために生まれてきた私です。辛いことも、悲しいことも、すべてが使命とわかれば、感謝の涙が溢れてなりません。心の財で勝ちます」と。
わが学会員が、確信に満ちて、生命の宝塔を輝かせながら、大歓喜の人生を総仕上げしゆく姿こそ、長命を寿ぐ幸齢社会への何よりの光明であろう。
恩師・戸田城聖先生は、「烈風の中を、にっこり笑って、最後の日まで戦え!」と叫ばれた。
「多宝」の賢者のわが友よ、永遠に希望に燃えて、一緒に前へ前へ、進みゆこうではないか!
生き生きと
誓願の旅
三世まで
常楽我浄の
道を楽しく
2014年4月8日火曜日
2014.04.08 わが友に贈る
決意と出発の新年度。
変化の時期だからこそ
体調管理を万全に。
交通事故にも注意を。
信心即生活の日々たれ!
日厳尼御前御返事 P1262
『叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず』
◇希望の明日へ
永遠なる生命に包括されて宇宙法界を遊戯する"本有の生死"−−この"永遠の視座"に立脚するとき、初めて、現代医学のはらむ数々の難問に、生命・心の深き次元からの智慧の光を放つことができるであろう。その智慧は、慈悲に転じて、妙法の医師の心を勇気と情熱で燃やしつつ、人類救済の菩薩道へと向かっていくのである。
平1・10・3
☆名誉会長と共に新時代を開く第14回 御書を拝して大境涯を開け
アメリカでも青年部の教学運動が目覚ましい。尊き地涌の菩薩の使命に燃えている。
韓国・台湾では、壮年・婦人も青年と一体で教学試験に挑み、異体同心の団結が麗しい。アジア、南米、オセアニアで、さらに欧州やアフリカの友も、幸福と平和と希望の哲理を探究している。
「女子部は教学で立て」との恩師の指針を、全世界の華陽の友が実践している。
すごい時代だ。最高に尊い。うれしいことである。
御書を学べば、あらゆる難を乗り越える大確信がほとばしる。冬は必ず春となる! 不屈の勇気が湧いてくる。
戸田先生はリーダーに、よく語られた。
「疲れた時にこそ、御書を拝読していけ! たとえ一行でも、二行でもよい。御書を拝して、自らの境涯を、もう一歩、開くのだ」
戦後、師と共に苦境を乗り越えた青春の日々。私は日記に御書を記した。
『法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼう(金棒)たるべし』(P1124「経王殿御返事」)
──法華経という剣は、勇気ある信心の人が用いてこそ役に立つのであり、これこそ「鬼に金棒」なのである──
病との闘いも続いたが、その中で、教学を学び、弘教に励んだ。友人と会う約束を反故(ほご)にされたり、座談会に新来者を迎えられなかったり、それでも奮起して挑戦した。仏道修行こそが、真の人生の価値を生むからだ。
「煩悩即菩提」「変毒為薬」の法理のごとく、広布に戦えば、悩みは全部、成長の因に変わる。疲れは充実と喜びに変わる。これが「妙法」である。その功徳は永遠である。
変化の時期だからこそ
体調管理を万全に。
交通事故にも注意を。
信心即生活の日々たれ!
日厳尼御前御返事 P1262
『叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず』
◇希望の明日へ
永遠なる生命に包括されて宇宙法界を遊戯する"本有の生死"−−この"永遠の視座"に立脚するとき、初めて、現代医学のはらむ数々の難問に、生命・心の深き次元からの智慧の光を放つことができるであろう。その智慧は、慈悲に転じて、妙法の医師の心を勇気と情熱で燃やしつつ、人類救済の菩薩道へと向かっていくのである。
平1・10・3
☆名誉会長と共に新時代を開く第14回 御書を拝して大境涯を開け
アメリカでも青年部の教学運動が目覚ましい。尊き地涌の菩薩の使命に燃えている。
韓国・台湾では、壮年・婦人も青年と一体で教学試験に挑み、異体同心の団結が麗しい。アジア、南米、オセアニアで、さらに欧州やアフリカの友も、幸福と平和と希望の哲理を探究している。
「女子部は教学で立て」との恩師の指針を、全世界の華陽の友が実践している。
すごい時代だ。最高に尊い。うれしいことである。
御書を学べば、あらゆる難を乗り越える大確信がほとばしる。冬は必ず春となる! 不屈の勇気が湧いてくる。
戸田先生はリーダーに、よく語られた。
「疲れた時にこそ、御書を拝読していけ! たとえ一行でも、二行でもよい。御書を拝して、自らの境涯を、もう一歩、開くのだ」
戦後、師と共に苦境を乗り越えた青春の日々。私は日記に御書を記した。
『法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼう(金棒)たるべし』(P1124「経王殿御返事」)
──法華経という剣は、勇気ある信心の人が用いてこそ役に立つのであり、これこそ「鬼に金棒」なのである──
病との闘いも続いたが、その中で、教学を学び、弘教に励んだ。友人と会う約束を反故(ほご)にされたり、座談会に新来者を迎えられなかったり、それでも奮起して挑戦した。仏道修行こそが、真の人生の価値を生むからだ。
「煩悩即菩提」「変毒為薬」の法理のごとく、広布に戦えば、悩みは全部、成長の因に変わる。疲れは充実と喜びに変わる。これが「妙法」である。その功徳は永遠である。
2014年4月7日月曜日
2014.04.07 わが友に贈る
「悪知識を捨てて
善友に親近せよ」
良き同志・先輩を
持つことが幸福の道!
共に励まし進もう!
法華経題目抄 P940
『たとひさとりなけれども信心あらん者は鈍根も正見の者なりたとひさとりあるとも信心なき者は誹謗闡提の者なり』
◇今週のことば
新入生・新社会人と共に
フレッシュに出発だ。
勝利の力は朝にあり。
朗々たる勤行唱題で
きょうも勝ち戦を!
2014年04月07日
◇希望の明日へ
仏法では仏のことを「医王」「大医王」と呼び、たたえている。ここに表れているように、本来、仏法の目的は、心身両面の生命の安穏にあり救済にある。「生命の医師」こそ仏法者の使命にほかならない。その点では医学の目的と、まったく矛盾しない。事実、釈尊の時代にも、名医・耆婆大臣をはじめ、多くの医師が仏法を根本に懸命に医療活動に従事していた。また、いわゆる"仏教医学"も後に発展した。こうした意味から、仏法者と医師とは、生命の尊厳を守り、実現するための、同志ともいえよう。そのうえで、どちらかといえば、仏法は人間の深奥の"心"の側から生命全体の救済へと向かう。医学の方は身体の側から、あるいは病理として表面に現れた心理現象の面から、生命の治癒へと向かう。そういう傾向性の違いがある。両者が手を携えて、人類の幸福と安穏へ、抜苦与楽(苦を抜き楽を与える。慈悲の内容)の共闘を行っていくべきである。
平1・3・22
◎2カ月ぶりに再開します。
この間、仕事が超多忙で休日は殆ど"仕事漬け"
また、頑張ります(^O^)
善友に親近せよ」
良き同志・先輩を
持つことが幸福の道!
共に励まし進もう!
法華経題目抄 P940
『たとひさとりなけれども信心あらん者は鈍根も正見の者なりたとひさとりあるとも信心なき者は誹謗闡提の者なり』
◇今週のことば
新入生・新社会人と共に
フレッシュに出発だ。
勝利の力は朝にあり。
朗々たる勤行唱題で
きょうも勝ち戦を!
2014年04月07日
◇希望の明日へ
仏法では仏のことを「医王」「大医王」と呼び、たたえている。ここに表れているように、本来、仏法の目的は、心身両面の生命の安穏にあり救済にある。「生命の医師」こそ仏法者の使命にほかならない。その点では医学の目的と、まったく矛盾しない。事実、釈尊の時代にも、名医・耆婆大臣をはじめ、多くの医師が仏法を根本に懸命に医療活動に従事していた。また、いわゆる"仏教医学"も後に発展した。こうした意味から、仏法者と医師とは、生命の尊厳を守り、実現するための、同志ともいえよう。そのうえで、どちらかといえば、仏法は人間の深奥の"心"の側から生命全体の救済へと向かう。医学の方は身体の側から、あるいは病理として表面に現れた心理現象の面から、生命の治癒へと向かう。そういう傾向性の違いがある。両者が手を携えて、人類の幸福と安穏へ、抜苦与楽(苦を抜き楽を与える。慈悲の内容)の共闘を行っていくべきである。
平1・3・22
◎2カ月ぶりに再開します。
この間、仕事が超多忙で休日は殆ど"仕事漬け"
また、頑張ります(^O^)
2014年1月17日金曜日
2014.01.17 わが友に贈る
中継行事を支える
全ての役員の皆様
本当にありがとう!
尊き陰の労苦に
福徳の王冠は燦然!
千日尼御前御返事 P1316
『譬えば一の師子に百子あり彼の百子諸の禽獣に犯さるるに一の師子王吼れば百子力を得て諸の禽獣皆頭七分にわる、法華経は師子王の如し一切の獣の頂きとす』
◇希望の明日へ
病に悩む人々とじかに接し、生命を守りゆく仕事は、並大抵の心構えではできるものではない。的確な判断と冷静な対応、そして何より忍耐と慈愛に貫かれた人格が要請される職業だといえよう。その意味から、どのような仕事にもそれぞれの使命と役割があるが、特に私は、妙法を持ち、医療の現場に携わる方々の献身と労苦に、心から敬意を表したい。
昭63・11・11
☆勝利の人間学第44回 新時代の2月闘争へ座談会から出発
◇皆で前進、共に新たな時代を
「世界広宣流布」の新時代が到来した。
我らは、学会伝統の座談会から船出だ!
1952年(昭和27年)、蒲田支部の2月闘争も、座談会で戦い、座談会で勝った。
そして、その勝利の推進力は青年であった。
座談会は「皆で!」 「共に!」という心が大事だ。この心が広がった分、勢いを増す。
会合の成功を、一回一回、真剣に祈り、準備に当たろう。幹部率先で、どんどん会って参加を呼びかけるのだ。終了後も、来られた友をねぎらい讃え、見送っていくのだ。
会場を提供してくださる御家族には、最大の礼儀と感謝を忘れまい。
◇会合は"人"の成長のために
誠実な振る舞いこそ、一切の勝利の源泉だ。
ゆえに会合にあっても、どこまでも一人を大切にする心で、集ってくる友を迎えるのだ。たとえ、参加者が少なくとも、落胆する必要などない。むしろ、顔が見える少人数の会座で、一人一人と心を通わせ、じっくり語り合っていけばよいのだ。
法華経には、たとえ一人のために一句を説くだけでも、その人は『如来(仏)の使』として仏の仕事をしているのだと記されている。
一人を励まし、一人を立ち上がらせていく。
この草創からの執念の学会精神を、今こそ後継の青年部が継承していってもらいたい。
◇自身の壁を破り最高峰へ
日蓮大聖人は、命に及ぶ佐渡流罪の只中で、『大願を立てん』(P232)と厳然と仰せになられた。
創価の青年ならば、大願を立てて「日本一、世界一の戦いを」と奮起することだ。
心の壁を破るから成長がある。大変だから祈りが深まる。その勇気が友の生命に響かないはずがない。諸天が動かないわけがない。
どうか、「今のわが戦いが世界の広宣流布を開いていくのだ」と確信してもらいたい。誇り高く一日一日を祈り、動き、勝つのだ。
さあ、新時代の2月闘争へ、君の新たな歴史を創れ! 貴女の青春の光跡を残しゆけ!
全ての役員の皆様
本当にありがとう!
尊き陰の労苦に
福徳の王冠は燦然!
千日尼御前御返事 P1316
『譬えば一の師子に百子あり彼の百子諸の禽獣に犯さるるに一の師子王吼れば百子力を得て諸の禽獣皆頭七分にわる、法華経は師子王の如し一切の獣の頂きとす』
◇希望の明日へ
病に悩む人々とじかに接し、生命を守りゆく仕事は、並大抵の心構えではできるものではない。的確な判断と冷静な対応、そして何より忍耐と慈愛に貫かれた人格が要請される職業だといえよう。その意味から、どのような仕事にもそれぞれの使命と役割があるが、特に私は、妙法を持ち、医療の現場に携わる方々の献身と労苦に、心から敬意を表したい。
昭63・11・11
☆勝利の人間学第44回 新時代の2月闘争へ座談会から出発
◇皆で前進、共に新たな時代を
「世界広宣流布」の新時代が到来した。
我らは、学会伝統の座談会から船出だ!
1952年(昭和27年)、蒲田支部の2月闘争も、座談会で戦い、座談会で勝った。
そして、その勝利の推進力は青年であった。
座談会は「皆で!」 「共に!」という心が大事だ。この心が広がった分、勢いを増す。
会合の成功を、一回一回、真剣に祈り、準備に当たろう。幹部率先で、どんどん会って参加を呼びかけるのだ。終了後も、来られた友をねぎらい讃え、見送っていくのだ。
会場を提供してくださる御家族には、最大の礼儀と感謝を忘れまい。
◇会合は"人"の成長のために
誠実な振る舞いこそ、一切の勝利の源泉だ。
ゆえに会合にあっても、どこまでも一人を大切にする心で、集ってくる友を迎えるのだ。たとえ、参加者が少なくとも、落胆する必要などない。むしろ、顔が見える少人数の会座で、一人一人と心を通わせ、じっくり語り合っていけばよいのだ。
法華経には、たとえ一人のために一句を説くだけでも、その人は『如来(仏)の使』として仏の仕事をしているのだと記されている。
一人を励まし、一人を立ち上がらせていく。
この草創からの執念の学会精神を、今こそ後継の青年部が継承していってもらいたい。
◇自身の壁を破り最高峰へ
日蓮大聖人は、命に及ぶ佐渡流罪の只中で、『大願を立てん』(P232)と厳然と仰せになられた。
創価の青年ならば、大願を立てて「日本一、世界一の戦いを」と奮起することだ。
心の壁を破るから成長がある。大変だから祈りが深まる。その勇気が友の生命に響かないはずがない。諸天が動かないわけがない。
どうか、「今のわが戦いが世界の広宣流布を開いていくのだ」と確信してもらいたい。誇り高く一日一日を祈り、動き、勝つのだ。
さあ、新時代の2月闘争へ、君の新たな歴史を創れ! 貴女の青春の光跡を残しゆけ!
2014年1月16日木曜日
2014.01.16 わが友に贈る
未来部の新時代だ!
人類の希望と輝く
若き後継の宝を
創価の庭で育もう!
皆を広布の大人材に!
義浄房御書 P892
『相構へ相構へて心の師とはなるとも心を師とすべからずと仏は記し給ひしなり、法華経の御為に身をも捨て命をも惜まざれと強盛に申せしは是なり』
◇希望の明日へ
古来、科学と宗教とは、必ずしも親密な関係にあったわけではない。それどころか、ガリレイ裁判に象徴されるように、しばしば対立と激しいせめぎ合いを現出してきた。しかし、真実の宗教は、決して科学の論理と矛盾するものではなく、より包括的な視座から、科学の発展をより良き方向へとリードしていくものである。知性をかぎりなく駆動させながらも、同時に現実そのものへの共感的把握という哲学の魂をも、断じて見失ってはならない。真実の宗教とは、その哲学の核となるものである。跛行的様相を見せている現代の科学技術文明を、まっとうな軌道へと戻すためにも、そのことをもう一度、肝に銘ずべきではないだろうか。
昭63・9・24
☆「成人の日」記念勤行会への指針
◇男性の新成人へ
誓願の人生を!
挑戦の人生を!
勇気ある人生を!
君の成長こそ 私の願いである。
君の勝利こそが 私の人生の
総仕上げの勝利であるからだ!
未来に生きゆく創価の青年を
諸天よ護れ! と祈りつつ
◇女性の新成人へ
朗らかな人生を!
負けない人生を!
尊き誓いの人生を!
貴女の幸福こそ 私の願いである。
貴女の勝利こそが 私の人生の
総仕上げの勝利であるからだ
希望あふれる華陽の乙女を
諸天よ護れ! と祈りつつ
人類の希望と輝く
若き後継の宝を
創価の庭で育もう!
皆を広布の大人材に!
義浄房御書 P892
『相構へ相構へて心の師とはなるとも心を師とすべからずと仏は記し給ひしなり、法華経の御為に身をも捨て命をも惜まざれと強盛に申せしは是なり』
◇希望の明日へ
古来、科学と宗教とは、必ずしも親密な関係にあったわけではない。それどころか、ガリレイ裁判に象徴されるように、しばしば対立と激しいせめぎ合いを現出してきた。しかし、真実の宗教は、決して科学の論理と矛盾するものではなく、より包括的な視座から、科学の発展をより良き方向へとリードしていくものである。知性をかぎりなく駆動させながらも、同時に現実そのものへの共感的把握という哲学の魂をも、断じて見失ってはならない。真実の宗教とは、その哲学の核となるものである。跛行的様相を見せている現代の科学技術文明を、まっとうな軌道へと戻すためにも、そのことをもう一度、肝に銘ずべきではないだろうか。
昭63・9・24
☆「成人の日」記念勤行会への指針
◇男性の新成人へ
誓願の人生を!
挑戦の人生を!
勇気ある人生を!
君の成長こそ 私の願いである。
君の勝利こそが 私の人生の
総仕上げの勝利であるからだ!
未来に生きゆく創価の青年を
諸天よ護れ! と祈りつつ
◇女性の新成人へ
朗らかな人生を!
負けない人生を!
尊き誓いの人生を!
貴女の幸福こそ 私の願いである。
貴女の勝利こそが 私の人生の
総仕上げの勝利であるからだ
希望あふれる華陽の乙女を
諸天よ護れ! と祈りつつ
2014年1月15日水曜日
2014.01.15 わが友に贈る
体調管理に注意を!
強い寒気の影響で
厳しい冷え込みが続く。
防寒や加湿を万全に
唱題第一で進もう!
当体義抄送状 P519
『経に云く「世間の法に染まらざること蓮華の水に在るが如し地より而も涌出す」云云、地涌の菩薩の当体蓮華なり』
◇希望の明日へ
末期患者へのケアで、もっとも重要な点は、宗教的な悩みについての対応である。医療関係者自身が、患者の死への不安、恐怖を避けるのでほなく、真正面から取り組み、共感しつつ、話しあい、ともに死と対峠できるだけの生死観を確立していくことである。
昭63・2・27
強い寒気の影響で
厳しい冷え込みが続く。
防寒や加湿を万全に
唱題第一で進もう!
当体義抄送状 P519
『経に云く「世間の法に染まらざること蓮華の水に在るが如し地より而も涌出す」云云、地涌の菩薩の当体蓮華なり』
◇希望の明日へ
末期患者へのケアで、もっとも重要な点は、宗教的な悩みについての対応である。医療関係者自身が、患者の死への不安、恐怖を避けるのでほなく、真正面から取り組み、共感しつつ、話しあい、ともに死と対峠できるだけの生死観を確立していくことである。
昭63・2・27
2014年1月14日火曜日
2014.01.14 わが友に贈る
日々の活動の目標を
明確に定めよう!
その目的は自他共の
幸福の実現であり
広宣流布だ。
守護国家論 P43
『是の悪比丘は利養の為の故に是の経を広宣流布すること能わず』
◇希望の明日へ
古来、医学の倫理は、病苦の除去と生命の延長にあるといわれる。当然、これは医学の重要な使命である。しかし、いかに医学が進歩、発達しても、生老病死は人生の避けることのできない現実である。ゆえに、この人間の本源的苦悩をいかに打開し、価値ある充実した人生を生きぬいていくか−−ここに人生の確かなる哲学と、苦悩の現実を生きていく大いなる生命力への、絶対的な要請がある。生命蘇生の大法である大聖人の仏法、そして一生成仏への絶えざる信心が必要とされる理由も、ここにある。
昭62・11・15
☆世界広布新時代第3回本部幹部会へのメッセージ
「創価の青年の新時代」を颯爽と告げゆく幹部会、誠におめでとう!
日本全国さらに世界の創価班・牙城会、白蓮グループの皆さん、いつも、ありがとう!
晴れやかな新成人の集いも、うれしい。
宝の未来部も、ご苦労さま!。
また、民衆の言論城・聖教新聞の誉れである通信員の皆さん方にも、心から感謝します。
そして、最も寒い日本に、はるばる海外より集われた16力国・地域の皆さん、本当にようこそ、お越しくださいました。
◇御聖訓を胸に広宣流布へ!
青年部時代から、私が新年の出発に際し、決意も新たに心肝に染めてきた三つの御聖訓があります。
一つは、『一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ』(P970)。
二つ目は、『命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也』(P955)です。
限りある命である。
一年また一年、あっという間に過ぎ去ってしまう今世の人生である。
だからこそ、永遠不滅の妙法と共に、死身弘法の師匠と共に、ただただ「広宣流布」という大誓願のため、わが生命を惜しみなく燃え上がらせて、この一年を、一日また一日、悔いなく戦い切っていくのだ!
こう、若き日より、思い定めてきました。
この決意は、今もまったく、変わりはありません。
◇未来を開きゆく不屈の勇者たれ
さらに、三つ目の御聖訓は『未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき』(P1086)という「兄弟抄」の一節です。
悪侶からの圧迫、親からの勘当という苦難にも、断じて屈することなく、勇気ある信心で力を合わせて戦い進んでいた池上兄弟を、日蓮大聖人が「未来までの物語として、これ以上のものはないであろう」と讃えられた御文です。
大聖人は、私たちの今の挑戦も、今の苦労も、今の努力も、今の同志愛も、そして今の勝利も、すべてが消え去ることなく、「未来までの物語」となって永劫に光り輝いていくと、励ましてくださっているのです。
なぜ、我らの誓願の闘争には、障害が立ちはだかるのか。
なぜ、我らの使命の人生には、試練が襲いかかってくるのか。
それは、一つ一つ。我らが変毒為薬して、三世に崩れざる仏の大境涯を開いていくためです。
とともに、どんな困難も、どんな迫害も、どんな宿命も、妙法を持って広宣流布の正義に生き抜く勇者は、必ず必ず勝ち越えていけるという勝利の物語を、現在だけではなく後世へ、示し切っていくためです。
そして、はるかな未来の世界にまで、限りない勇気と希望を贈り続けていくためなのであります。
いかなる権勢の人だりとも、いかなる財宝の人たりとも、移ろいゆく無常を免れることはできない。
いかなる学識の人たりとも、いかなる知性の人たりとも、一寸先は闇であり、確固たる未来を見通すことはできない。生老病死の本源的な苦を打開することもできません。
それゆえに、久遠元初からの誓願を掲げて、三世永遠に、常楽我浄の生命の軌道を、大確信をもって人類へ示しゆく、私たちの宿縁は、あまりにも深い。
◇忍耐で挑みゆけ
わが師・戸田城聖先生は、悠然と「私たちは未来の経典に『創価学会仏』として記されていくのだ」と展望されていました。
末法万年尽未来際への大遠征を思えば、いまだ、世界広宣流布の草創期といっても、決して過言ではありません。
今、一人の友に、随力弘通で妙法を語り切る勇気が、未来に無量無辺の地涌の脊属を創り広げる。
今、言いしれぬ災難にも負けずに、信心を貫き通す不屈の忍耐が、未来の社会の活路を赫々と照らし出す。
今、多彩にして多様な友と、励まし合って進む異体同心の団結が、未来の人間共和の都を建設する。
今、地道に誇り高く信念に走りゆく青春が、あとに続く幾千万もの未来の青年に、人生の栄光と勝利の大道を切り開くのであります。
さあ、白馬のいななくように、朗々たる題目を轟かせながら、頑健な生命力を発揮して、万年の未来までの物語として語り継がれゆく、歴史的な一年を共々に飾りゆこう! と申し上げて、私のメッセージといたします。
皆、春夏秋冬、お元気で!
風邪など、ひかないように!
◎希望の明日へは「科学・医学」です(^.^)/~~~
明確に定めよう!
その目的は自他共の
幸福の実現であり
広宣流布だ。
守護国家論 P43
『是の悪比丘は利養の為の故に是の経を広宣流布すること能わず』
◇希望の明日へ
古来、医学の倫理は、病苦の除去と生命の延長にあるといわれる。当然、これは医学の重要な使命である。しかし、いかに医学が進歩、発達しても、生老病死は人生の避けることのできない現実である。ゆえに、この人間の本源的苦悩をいかに打開し、価値ある充実した人生を生きぬいていくか−−ここに人生の確かなる哲学と、苦悩の現実を生きていく大いなる生命力への、絶対的な要請がある。生命蘇生の大法である大聖人の仏法、そして一生成仏への絶えざる信心が必要とされる理由も、ここにある。
昭62・11・15
☆世界広布新時代第3回本部幹部会へのメッセージ
「創価の青年の新時代」を颯爽と告げゆく幹部会、誠におめでとう!
日本全国さらに世界の創価班・牙城会、白蓮グループの皆さん、いつも、ありがとう!
晴れやかな新成人の集いも、うれしい。
宝の未来部も、ご苦労さま!。
また、民衆の言論城・聖教新聞の誉れである通信員の皆さん方にも、心から感謝します。
そして、最も寒い日本に、はるばる海外より集われた16力国・地域の皆さん、本当にようこそ、お越しくださいました。
◇御聖訓を胸に広宣流布へ!
青年部時代から、私が新年の出発に際し、決意も新たに心肝に染めてきた三つの御聖訓があります。
一つは、『一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ』(P970)。
二つ目は、『命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也』(P955)です。
限りある命である。
一年また一年、あっという間に過ぎ去ってしまう今世の人生である。
だからこそ、永遠不滅の妙法と共に、死身弘法の師匠と共に、ただただ「広宣流布」という大誓願のため、わが生命を惜しみなく燃え上がらせて、この一年を、一日また一日、悔いなく戦い切っていくのだ!
こう、若き日より、思い定めてきました。
この決意は、今もまったく、変わりはありません。
◇未来を開きゆく不屈の勇者たれ
さらに、三つ目の御聖訓は『未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき』(P1086)という「兄弟抄」の一節です。
悪侶からの圧迫、親からの勘当という苦難にも、断じて屈することなく、勇気ある信心で力を合わせて戦い進んでいた池上兄弟を、日蓮大聖人が「未来までの物語として、これ以上のものはないであろう」と讃えられた御文です。
大聖人は、私たちの今の挑戦も、今の苦労も、今の努力も、今の同志愛も、そして今の勝利も、すべてが消え去ることなく、「未来までの物語」となって永劫に光り輝いていくと、励ましてくださっているのです。
なぜ、我らの誓願の闘争には、障害が立ちはだかるのか。
なぜ、我らの使命の人生には、試練が襲いかかってくるのか。
それは、一つ一つ。我らが変毒為薬して、三世に崩れざる仏の大境涯を開いていくためです。
とともに、どんな困難も、どんな迫害も、どんな宿命も、妙法を持って広宣流布の正義に生き抜く勇者は、必ず必ず勝ち越えていけるという勝利の物語を、現在だけではなく後世へ、示し切っていくためです。
そして、はるかな未来の世界にまで、限りない勇気と希望を贈り続けていくためなのであります。
いかなる権勢の人だりとも、いかなる財宝の人たりとも、移ろいゆく無常を免れることはできない。
いかなる学識の人たりとも、いかなる知性の人たりとも、一寸先は闇であり、確固たる未来を見通すことはできない。生老病死の本源的な苦を打開することもできません。
それゆえに、久遠元初からの誓願を掲げて、三世永遠に、常楽我浄の生命の軌道を、大確信をもって人類へ示しゆく、私たちの宿縁は、あまりにも深い。
◇忍耐で挑みゆけ
わが師・戸田城聖先生は、悠然と「私たちは未来の経典に『創価学会仏』として記されていくのだ」と展望されていました。
末法万年尽未来際への大遠征を思えば、いまだ、世界広宣流布の草創期といっても、決して過言ではありません。
今、一人の友に、随力弘通で妙法を語り切る勇気が、未来に無量無辺の地涌の脊属を創り広げる。
今、言いしれぬ災難にも負けずに、信心を貫き通す不屈の忍耐が、未来の社会の活路を赫々と照らし出す。
今、多彩にして多様な友と、励まし合って進む異体同心の団結が、未来の人間共和の都を建設する。
今、地道に誇り高く信念に走りゆく青春が、あとに続く幾千万もの未来の青年に、人生の栄光と勝利の大道を切り開くのであります。
さあ、白馬のいななくように、朗々たる題目を轟かせながら、頑健な生命力を発揮して、万年の未来までの物語として語り継がれゆく、歴史的な一年を共々に飾りゆこう! と申し上げて、私のメッセージといたします。
皆、春夏秋冬、お元気で!
風邪など、ひかないように!
◎希望の明日へは「科学・医学」です(^.^)/~~~
2014年1月13日月曜日
2014.01.13 わが友に贈る
「心こそ大切なれ」
素直な信心の人に
勝利の実証は燦然と!
求道の炎を燃やし
はつらつと前へ!
佐渡御書 P957
『外道悪人は如来の正法を破りがたし仏弟子等必ず仏法を破るべし師子身中の虫の師子を食等云云』
◇今週のことば
「冬は必ず春となる」
試練に負けない勇気が
功徳の体験を開く。
共に励まし合い
宿命転換の希望の舞を!
2014年01月13日
◇希望の明日へ
医学が人間の延命をも十分可能にするにいたった現代にあってこそ、医学のみではどうしようもない死の課題が、いよいよクローズアップされてきたわけである。すなわち、その医学を人間の真実の安穏と幸福へと用いていける知恵と哲学の必要性が、いちだんと切実になってきたのが現状である。その正しき生命観が確立されてこそ、人々が求める真実の孝養の道も広々と開けていくに違いない。創価学会の広宣流布の運動の重要な意義がここにもある。
昭62・11・15
素直な信心の人に
勝利の実証は燦然と!
求道の炎を燃やし
はつらつと前へ!
佐渡御書 P957
『外道悪人は如来の正法を破りがたし仏弟子等必ず仏法を破るべし師子身中の虫の師子を食等云云』
◇今週のことば
「冬は必ず春となる」
試練に負けない勇気が
功徳の体験を開く。
共に励まし合い
宿命転換の希望の舞を!
2014年01月13日
◇希望の明日へ
医学が人間の延命をも十分可能にするにいたった現代にあってこそ、医学のみではどうしようもない死の課題が、いよいよクローズアップされてきたわけである。すなわち、その医学を人間の真実の安穏と幸福へと用いていける知恵と哲学の必要性が、いちだんと切実になってきたのが現状である。その正しき生命観が確立されてこそ、人々が求める真実の孝養の道も広々と開けていくに違いない。創価学会の広宣流布の運動の重要な意義がここにもある。
昭62・11・15
2014.01.12 わが友に贈る
わが地域から人材を!
この強き祈りを
リーダーは忘れるな。
共に語り動く中で
次代の力を育てよう!
如説修行抄 P502
『かたきは多勢なり法王の一人は無勢なり今に至るまで軍やむ事なし』
◇希望の明日へ
史観とは、結局は人間観である。また、社会観、生命観等も全部含まれている。すべての事象を見つめつつ、人類が進むべき大道を示す知恵である。
平4・12・26
この強き祈りを
リーダーは忘れるな。
共に語り動く中で
次代の力を育てよう!
如説修行抄 P502
『かたきは多勢なり法王の一人は無勢なり今に至るまで軍やむ事なし』
◇希望の明日へ
史観とは、結局は人間観である。また、社会観、生命観等も全部含まれている。すべての事象を見つめつつ、人類が進むべき大道を示す知恵である。
平4・12・26
2014年1月11日土曜日
2014.01.11 わが友に贈る
「世界広宣流布」の
未来記は学会が実現。
後継の若き君よ
新たな開拓の歴史を!
希望の哲理を語り抜け!
法華初心成仏抄 P550
『妙法の五字を弘め給はん智者をばいかに賎くとも上行菩薩の化身か又釈迦如来の御使かと思うべし』
◇希望の明日へ
先覚者は、初めは多くの危機に見舞われ、誤解をうけ、また攻撃を浴びるものである。同時代の発想の枠を超えているゆえに、ある意味で、それは避けようがない。また妬みもあろう。しかし、ひとたび燃え上がった変革の炎は、決して消えることがない。むしろ、苦難の大風が吹けば吹くほど、いやまして大きく燃えさかっていく。民衆の魂に燃え移り、燃え広がっていく。その正しさ、偉大さは、後世の歴史に厳然と証明されていくと確信する。
平3・5・7
☆御書とともに�第18回 すべては「一」から始まる
『夫れ須弥山の始を尋ぬれば一塵なり・大海の初は一露なり・一を重ぬれば二となり・二を重ぬれば三・乃至十・百・千・万・億・阿僧祇の母は唯・一なるべし』(妙密上人御消息、P1237)
◇通解
そもそも、須弥山の始めを尋ねれば一つの塵であり、大海の初めは一滴の露である。一を重ねれば二となり、二を重ねれば三となり、このようにして十、百、千、万、億、阿僧祗となっても、その生みの母はただ一なのである。
◇同志への指針
壮大な世界広宣流布の新時代も、一人一人の「一歩」から始まる。一家でも一人が信心に立ち上がれば、未入会の家族も皆、必ず妙法の光で包んでいける。
地域にあっても、自分自身が、わが省属の一粒種となって、そこから広宣流布が具体的に広がる。この「誉れの一人」として、きょうも地道にして偉大な一歩を踏み出そう!
未来記は学会が実現。
後継の若き君よ
新たな開拓の歴史を!
希望の哲理を語り抜け!
法華初心成仏抄 P550
『妙法の五字を弘め給はん智者をばいかに賎くとも上行菩薩の化身か又釈迦如来の御使かと思うべし』
◇希望の明日へ
先覚者は、初めは多くの危機に見舞われ、誤解をうけ、また攻撃を浴びるものである。同時代の発想の枠を超えているゆえに、ある意味で、それは避けようがない。また妬みもあろう。しかし、ひとたび燃え上がった変革の炎は、決して消えることがない。むしろ、苦難の大風が吹けば吹くほど、いやまして大きく燃えさかっていく。民衆の魂に燃え移り、燃え広がっていく。その正しさ、偉大さは、後世の歴史に厳然と証明されていくと確信する。
平3・5・7
☆御書とともに�第18回 すべては「一」から始まる
『夫れ須弥山の始を尋ぬれば一塵なり・大海の初は一露なり・一を重ぬれば二となり・二を重ぬれば三・乃至十・百・千・万・億・阿僧祇の母は唯・一なるべし』(妙密上人御消息、P1237)
◇通解
そもそも、須弥山の始めを尋ねれば一つの塵であり、大海の初めは一滴の露である。一を重ねれば二となり、二を重ねれば三となり、このようにして十、百、千、万、億、阿僧祗となっても、その生みの母はただ一なのである。
◇同志への指針
壮大な世界広宣流布の新時代も、一人一人の「一歩」から始まる。一家でも一人が信心に立ち上がれば、未入会の家族も皆、必ず妙法の光で包んでいける。
地域にあっても、自分自身が、わが省属の一粒種となって、そこから広宣流布が具体的に広がる。この「誉れの一人」として、きょうも地道にして偉大な一歩を踏み出そう!
2014年1月10日金曜日
2014.01.10 わが友に贈る
受験生、頑張れ!
ベストを尽くせるよう
皆が祈っている。
歓喜と栄光の春へ
一日一日を自身に勝て!
南部六郎殿御書 P1374
『若し菩薩有りて悪人を将護して治罰すること能わず、其れをして悪を長ぜしめ善人を悩乱し正法を敗壊せば此の人は実に菩薩に非ず、外には詐侮を現じ常に是の言を作さん、我は忍辱を行ずと、其の人命終して諸の悪人と倶に地獄に堕ちなん』
◇希望の明日へ
一国の盛衰は偶然ではない。人道の基本が崩れた時、すでに滅びは始まっている。反対に、基本・原点を忘れず、忠実に実践しているかぎり、栄えは続く。だからこそ、道を明らかにせねばならないというのである。後の人が、"この道を行けば"と、はっきり分かり、迷わないために。堂々と、誇りをもって歩んでいけるために。まさに"生きた歴史"を創造しているのである。
平3・5・5
ベストを尽くせるよう
皆が祈っている。
歓喜と栄光の春へ
一日一日を自身に勝て!
南部六郎殿御書 P1374
『若し菩薩有りて悪人を将護して治罰すること能わず、其れをして悪を長ぜしめ善人を悩乱し正法を敗壊せば此の人は実に菩薩に非ず、外には詐侮を現じ常に是の言を作さん、我は忍辱を行ずと、其の人命終して諸の悪人と倶に地獄に堕ちなん』
◇希望の明日へ
一国の盛衰は偶然ではない。人道の基本が崩れた時、すでに滅びは始まっている。反対に、基本・原点を忘れず、忠実に実践しているかぎり、栄えは続く。だからこそ、道を明らかにせねばならないというのである。後の人が、"この道を行けば"と、はっきり分かり、迷わないために。堂々と、誇りをもって歩んでいけるために。まさに"生きた歴史"を創造しているのである。
平3・5・5
2014年1月9日木曜日
2014.01.09 わが友に贈る
「百千万億倍・
御用心あるべし」
風邪や流感に注意!
手洗い・うがいなど
予防を万全に!
新池御書 P1439
『此の経にあひ奉りぬれば諸罪は霜露の如くに法華経の日輪に値い奉りて消ゆべし』
◇希望の明日へ
一時の政策等ではない。偶然や外圧によるだけでもない。一国の滅亡の根本的原因は、"人間の基本"をなくしたところにつきる−−司馬遷の哲学的な視点に感銘を覚えるゆえんである。
平3・5・5
御用心あるべし」
風邪や流感に注意!
手洗い・うがいなど
予防を万全に!
新池御書 P1439
『此の経にあひ奉りぬれば諸罪は霜露の如くに法華経の日輪に値い奉りて消ゆべし』
◇希望の明日へ
一時の政策等ではない。偶然や外圧によるだけでもない。一国の滅亡の根本的原因は、"人間の基本"をなくしたところにつきる−−司馬遷の哲学的な視点に感銘を覚えるゆえんである。
平3・5・5
2014.01.08 わが友に贈る
人間革命は
�今いる場所から�
�決意した瞬間�始まる。
ありのままの自分で
一歩前へと立ち上がれ!
阿仏房尼御前御返事 P1307
『法華経を持ち信ずれども誠に色心相応の信者能持此経の行者はまれなり、此等の人は介爾ばかりの謗法はあれども深重の罪を受くる事はなし、信心はつよく謗法はよはき故なり、大水を以て小火をけすが如し』
◇希望の明日へ
歴史を書くことは、世界を書くことである。世界を書くことは、世界をとらえなおすことであり、世界を支える根本の"道"を明らかにすることに眼目がある。ゆえに真の歴史家は、必然的に人間と生命の真髄に迫っていくことになる。
平3・5・5
☆新時代を開く第1回 元気に楽しく使命に燃えて
新しい一年を、我らは最高に晴れやかな新年勤行会から、勇んで出発した。寒風にも負けず、わが同志には広布拡大の息吹がみなぎっている。
北海道や東北、信越、北陸など豪雪地域の皆様も、どうか、健康第一、無事故第一の前進をお願いしたい。
私は毎日、全同志の健康と幸福と勝利を真剣に祈っています。
大難を忍び、妙法を弘められた日蓮大聖人は、『多くの月日の間、読誦しているところの法華経の功徳は、大空にも余っているであろう』(P1194、通解)と仰せである。広宣流布の誓願の題目に、功徳が満ち溢れる。
今、友の幸福を願って、正義を語り、大仏法を弘めゆく功徳は無量無辺なのである。
日本でも、世界でも、わが創価の優秀な人材が活躍している。皆、立派に成長している。友情の絆が光り、目を見張るような前進の勢いだ。
すごい時代になった。
牧口先生、戸田先生が、どれほどお喜びか。それを思うと、わが心は躍る。師と共に生きる人生は誇り高い。
常勝の城を永遠ならしめるために、大事なのは、人を育てることだ。信心で、皆が幸福になることだ。
折伏という戦いのホシをはずさないよう、聡明に、価値的に手を打つことである。
苦難に負けない人間の輝きこそ、平和への希望だ。
自らが広布の陣頭に立って、共に戦い、そして勝とう! 皆が「私は悔いなくやりきった」と言える歴史をつくりたい。
我らの舞台は全世界だ。元気に、楽しく、心広々と、使命に燃えて飛び出そう!
�今いる場所から�
�決意した瞬間�始まる。
ありのままの自分で
一歩前へと立ち上がれ!
阿仏房尼御前御返事 P1307
『法華経を持ち信ずれども誠に色心相応の信者能持此経の行者はまれなり、此等の人は介爾ばかりの謗法はあれども深重の罪を受くる事はなし、信心はつよく謗法はよはき故なり、大水を以て小火をけすが如し』
◇希望の明日へ
歴史を書くことは、世界を書くことである。世界を書くことは、世界をとらえなおすことであり、世界を支える根本の"道"を明らかにすることに眼目がある。ゆえに真の歴史家は、必然的に人間と生命の真髄に迫っていくことになる。
平3・5・5
☆新時代を開く第1回 元気に楽しく使命に燃えて
新しい一年を、我らは最高に晴れやかな新年勤行会から、勇んで出発した。寒風にも負けず、わが同志には広布拡大の息吹がみなぎっている。
北海道や東北、信越、北陸など豪雪地域の皆様も、どうか、健康第一、無事故第一の前進をお願いしたい。
私は毎日、全同志の健康と幸福と勝利を真剣に祈っています。
大難を忍び、妙法を弘められた日蓮大聖人は、『多くの月日の間、読誦しているところの法華経の功徳は、大空にも余っているであろう』(P1194、通解)と仰せである。広宣流布の誓願の題目に、功徳が満ち溢れる。
今、友の幸福を願って、正義を語り、大仏法を弘めゆく功徳は無量無辺なのである。
日本でも、世界でも、わが創価の優秀な人材が活躍している。皆、立派に成長している。友情の絆が光り、目を見張るような前進の勢いだ。
すごい時代になった。
牧口先生、戸田先生が、どれほどお喜びか。それを思うと、わが心は躍る。師と共に生きる人生は誇り高い。
常勝の城を永遠ならしめるために、大事なのは、人を育てることだ。信心で、皆が幸福になることだ。
折伏という戦いのホシをはずさないよう、聡明に、価値的に手を打つことである。
苦難に負けない人間の輝きこそ、平和への希望だ。
自らが広布の陣頭に立って、共に戦い、そして勝とう! 皆が「私は悔いなくやりきった」と言える歴史をつくりたい。
我らの舞台は全世界だ。元気に、楽しく、心広々と、使命に燃えて飛び出そう!
2014年1月7日火曜日
2014.01.07 わが友に贈る
広布と人生の勝利へ
いざ行動開始だ!
はつらつと若々しく
「今生人界の思出」を
綴る黄金の一年に!
御義口伝巻下 P753
『無作の三身をば一字を以て得たり所謂信の一字なり』
◇希望の明日へ
いくら形をつくろい言葉だけを声高に叫んだとしても、真実の姿を隠すことはできない。また、いくら創価学会の真実の行動を隠蔽するようなペンの策動があったとしても、長い歴史から見れば、絶対に真実は隠せない。
平2・11・16
☆名誉会長の新春メッセージ
◆さあ、世界広布の共戦譜を
わが敬愛する、大切な大切な「無冠の友」の皆さま方!
「世界広布新時代 開幕の年」、あけましておめでとうございます。
新しい希望の大前進もまた、尊き無冠の皆さま方の力強い足音から始まります。
本年も、皆さま方に最もお世話になります。どうか、よろしくお願いいたします。
◇
日蓮大聖人は、一閻浮提の広宣流布を私たち弟子一同に呼びかけてくださいました。
『妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけしたり、わたうども二陣三陣つづきて迦葉・阿難にも勝ぐれ天台・伝教にもこへよかし』(P910、「種種御振舞御書」)と。
この御聖訓のままに、広布の先陣を切る勇者が、最も誇り高い真の仏弟子です。それこそ、まさしく「無冠の友」の皆さまなのであります。
大聖人は、真心の御供養を急ぎの使者に託して届けられた門下に対し、『御使をもって脚力につかわされて候事心ざし大海よりふかく善根は大地よりも厚し』(P1105、「大夫志殿御返事」)と感謝の御返事を送られました。
「脚力」とは、文字通り、 "健脚の力" で大事なものを運ぶ使者のことです。
こうした御文を拝するにつけても、ご自身の足で、一歩一歩、わが地域を踏みしめて、広布の原動力の聖教新聞を運んでくださる皆さまの使命の歩みは、どれほど偉大であるか。
大海より深い志で、大地よりも厚く大善根を積んでおられることは、絶対に間違いないのであります。
来る日も来る朝も、たゆまず、一軒また一軒と、新聞を配達しゆく苦労は、並大抵ではありません。新聞少年だった私は、身にしみて存じ上げております。
新聞の制作過程がどんなにコンピューター化されても、刷り上がった新聞を読者に届けるという、最終にして最重要の総仕上げは、一人一人の配達員の皆さまの献身的な努力によって、成し遂げられます。
人が人に届ける。人が人から受け取る−−。
わが聖教新聞には、「無冠の友」の崇高な祈りが込められています。真心のぬくもりが満ちています。生命の息吹が漲っています。だからこそ、心に響くのです。
私と妻の一日も、この「無冠の友」の心に感謝合掌しながら、聖教新聞を手に取り、開くことからスタートします。
人と人をつなぎ、心と心を結ぶ創価のネットワークは、「無冠の友」の熱き魂の鼓動があるゆえに、今日も生き生きと流れ通い、社会に世界に、希望と勇気と智慧を脈打たせていくことができるのです。
それぞれの地域で「無冠の友」のすがすがしい振る舞いが、理解と友好と信頼を、いかに深め広げておられるか。
その仏さながらの姿に、識者の方々からも「最敬礼せずにはいられません」等々の声を寄せていただいています。
師匠・戸田城聖先生のもとで、私たちが学んだ一書に、イギリスの作家ホール・ケインの 『永遠の都』 があります。
その主人公である革命児デイビッド・ロッシィが、圧政の闇を払い、「人間共和」の夜明けをもたらすために武器として掲げたものは何か。
それは、敵からは剣のごとく恐れられたペンであり、新聞でありました。
その名は「サン・ライズ」。すなわち「日の出」です。
ロッシィは、この新聞を通じて、民衆革命の展望を訴え、友を励まし続けました。
「勇敢であれ。忍耐強くあれ」と。
我らの聖教も、人々の心から苦悩の闇を打ち払って、自他共の幸福の光明をもたらしゆく「日の出」の新聞です。
いかなる人生と社会の苦難にも、勇敢に、忍耐強く、共々に励まし合って立ち向かい、断固と勝ち越えていく熱と力を贈る言論の太陽です。
時代の闇が深ければ深いほど、私たちは、いよいよ「日の出」の勢いで、仏法の人間主義の光を、生命尊厳の哲理の光を、平和と文化と教育の連帯の光を広げていこうではありませんか!
今年は、私が小説 『人間革命』 の執筆を、永遠の平和島・沖縄で開始して50周年を迎えます。この沖縄でも、模範の「無冠の友」の皆さま方が、日々の配達とともに、地域への貢献も、仏縁の拡大も、先頭に立って健闘してくださっています。
私が、 『人間革命』 『新・人間革命』 の執筆そして連載を半世紀にわたって積み重ねることができたのも、「無冠の友」の方々がおられればこそです。
そして、これからも、「無冠」の皆さま方との共戦譜として、この広宣流布の叙事詩を書きつづっていく決心です。
皆さま方が、一人ももれなく、健康で絶対無事故で、「人間革命」の勝利劇を晴れ晴れと飾っていかれるように、私も妻も祈り抜いてまいります。
偉大なる無冠の友に「無事安穏の冠」あれ!
皆さま方のご一家に「無量無辺の功徳の冠」あれ!
(2014.01.01 「無冠」掲載)
いざ行動開始だ!
はつらつと若々しく
「今生人界の思出」を
綴る黄金の一年に!
御義口伝巻下 P753
『無作の三身をば一字を以て得たり所謂信の一字なり』
◇希望の明日へ
いくら形をつくろい言葉だけを声高に叫んだとしても、真実の姿を隠すことはできない。また、いくら創価学会の真実の行動を隠蔽するようなペンの策動があったとしても、長い歴史から見れば、絶対に真実は隠せない。
平2・11・16
☆名誉会長の新春メッセージ
◆さあ、世界広布の共戦譜を
わが敬愛する、大切な大切な「無冠の友」の皆さま方!
「世界広布新時代 開幕の年」、あけましておめでとうございます。
新しい希望の大前進もまた、尊き無冠の皆さま方の力強い足音から始まります。
本年も、皆さま方に最もお世話になります。どうか、よろしくお願いいたします。
◇
日蓮大聖人は、一閻浮提の広宣流布を私たち弟子一同に呼びかけてくださいました。
『妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけしたり、わたうども二陣三陣つづきて迦葉・阿難にも勝ぐれ天台・伝教にもこへよかし』(P910、「種種御振舞御書」)と。
この御聖訓のままに、広布の先陣を切る勇者が、最も誇り高い真の仏弟子です。それこそ、まさしく「無冠の友」の皆さまなのであります。
大聖人は、真心の御供養を急ぎの使者に託して届けられた門下に対し、『御使をもって脚力につかわされて候事心ざし大海よりふかく善根は大地よりも厚し』(P1105、「大夫志殿御返事」)と感謝の御返事を送られました。
「脚力」とは、文字通り、 "健脚の力" で大事なものを運ぶ使者のことです。
こうした御文を拝するにつけても、ご自身の足で、一歩一歩、わが地域を踏みしめて、広布の原動力の聖教新聞を運んでくださる皆さまの使命の歩みは、どれほど偉大であるか。
大海より深い志で、大地よりも厚く大善根を積んでおられることは、絶対に間違いないのであります。
来る日も来る朝も、たゆまず、一軒また一軒と、新聞を配達しゆく苦労は、並大抵ではありません。新聞少年だった私は、身にしみて存じ上げております。
新聞の制作過程がどんなにコンピューター化されても、刷り上がった新聞を読者に届けるという、最終にして最重要の総仕上げは、一人一人の配達員の皆さまの献身的な努力によって、成し遂げられます。
人が人に届ける。人が人から受け取る−−。
わが聖教新聞には、「無冠の友」の崇高な祈りが込められています。真心のぬくもりが満ちています。生命の息吹が漲っています。だからこそ、心に響くのです。
私と妻の一日も、この「無冠の友」の心に感謝合掌しながら、聖教新聞を手に取り、開くことからスタートします。
人と人をつなぎ、心と心を結ぶ創価のネットワークは、「無冠の友」の熱き魂の鼓動があるゆえに、今日も生き生きと流れ通い、社会に世界に、希望と勇気と智慧を脈打たせていくことができるのです。
それぞれの地域で「無冠の友」のすがすがしい振る舞いが、理解と友好と信頼を、いかに深め広げておられるか。
その仏さながらの姿に、識者の方々からも「最敬礼せずにはいられません」等々の声を寄せていただいています。
師匠・戸田城聖先生のもとで、私たちが学んだ一書に、イギリスの作家ホール・ケインの 『永遠の都』 があります。
その主人公である革命児デイビッド・ロッシィが、圧政の闇を払い、「人間共和」の夜明けをもたらすために武器として掲げたものは何か。
それは、敵からは剣のごとく恐れられたペンであり、新聞でありました。
その名は「サン・ライズ」。すなわち「日の出」です。
ロッシィは、この新聞を通じて、民衆革命の展望を訴え、友を励まし続けました。
「勇敢であれ。忍耐強くあれ」と。
我らの聖教も、人々の心から苦悩の闇を打ち払って、自他共の幸福の光明をもたらしゆく「日の出」の新聞です。
いかなる人生と社会の苦難にも、勇敢に、忍耐強く、共々に励まし合って立ち向かい、断固と勝ち越えていく熱と力を贈る言論の太陽です。
時代の闇が深ければ深いほど、私たちは、いよいよ「日の出」の勢いで、仏法の人間主義の光を、生命尊厳の哲理の光を、平和と文化と教育の連帯の光を広げていこうではありませんか!
今年は、私が小説 『人間革命』 の執筆を、永遠の平和島・沖縄で開始して50周年を迎えます。この沖縄でも、模範の「無冠の友」の皆さま方が、日々の配達とともに、地域への貢献も、仏縁の拡大も、先頭に立って健闘してくださっています。
私が、 『人間革命』 『新・人間革命』 の執筆そして連載を半世紀にわたって積み重ねることができたのも、「無冠の友」の方々がおられればこそです。
そして、これからも、「無冠」の皆さま方との共戦譜として、この広宣流布の叙事詩を書きつづっていく決心です。
皆さま方が、一人ももれなく、健康で絶対無事故で、「人間革命」の勝利劇を晴れ晴れと飾っていかれるように、私も妻も祈り抜いてまいります。
偉大なる無冠の友に「無事安穏の冠」あれ!
皆さま方のご一家に「無量無辺の功徳の冠」あれ!
(2014.01.01 「無冠」掲載)
2014年1月6日月曜日
2014.01.06 わが友に贈る
声は力なり!
爽やかな挨拶が
地域に職場に
希望と信頼を広げる。
今いる場所で輝け!
崇峻天皇御書 P1173
『人身は受けがたし爪の上の土人身は持ちがたし草の上の露、百二十まで持ちて名をくたして死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ』
◇今週のことば
一年の勝利は
今日の勤行・唱題から!
白馬のいななくが如く
力強い題目で
勢いよく勝ち進め!
2014年01月06日
◇希望の明日へ
真実の社会の繁栄は、物質的側面だけでは築けない。むしろ、精神的充足にこそ、光が当てられなければならない。あらためて言うまでもなく、すでに時代は"モノ"から"心"の時代へと入っている。そして、人類史の深き視点から見れば、仏法の広宣流布こそ時代の必然的な要請なのである。
平2・7・8
☆新年メッセージ(グラフSGI 2014.1月号)
◇世界の平和へ新たな飛翔を!
「世界広宣流布」の新時代、すなわち「世界の平和」「社会の繁栄」「人類の幸福」へ、生命尊厳の大連帯をいやまして拡大しゆく新時代が、晴れやかに開幕しました。
全世界の誉れの同志の皆様! 尊き宝の友人の皆様! 新たな一年も、ますます健康で生き生きと、いよいよ快活に若々しく、いやまして和楽で仲良く、前進していこうではありませんか!
人間は、何のために、この世に生まれてきたのか?
私たちが、日々、読誦している「法華経寿量品」の一節には「衆生所遊楽」(衆生の遊楽する所なり)と説かれております。
人間は、決して、苦しんで不幸になるために生まれてきたのではない。この世に、たとえ、どんな苦しみや不幸があろうとも、断じて負けないで、真実の楽しみをつかみ、幸せを勝ち取るために、生まれてきたのである。法華経の精髄は、そう示しているのであります。
日蓮大聖人は、「衆生所遊楽」の「遊楽」とは、私たちが、自分自身の生命を、最極の妙法の当体として光り輝かせ、自由自在の仏の大境涯を開いていくことであると、教えてくださっております。
そして、「衆生」とは「一切衆生」つまり全人類のことであり、「所」とは「一閻浮提」つまり全世界のことであると明かされております。
ですから、いずこの国であれ、いかなる民族であれ、いかに苦難の打ち続く時代であれ、誰人たりとも、自分がいる、その場所で、「生きていること、それ自体が楽しい」という絶対的な幸福の生命の讃歌を謳い上げていくことができる。この希望と歓喜の勝利劇を、皆で励まし合いながら、一人また一人と広げゆくことが、私たちの広宣流布の大運動であります。
その幸福の実証は、今、世界192カ国・地域に爛漫と広がりました。
この50年、南米の天地で、広宣流布の道なき道を開拓してきた女性は、見違えるように変わった福徳の足跡を、しみじみと語ってくれました。
−−学会活動に徒歩で駆け回っていた時代から、今は愛車を使って自在に走り回り、立派な会館へ友人と一緒に晴れ晴れと集い合える時代になりました。無理解や偏見の反発が打ち続いた時代から、大きな信頼と賞讃が絶え間なく寄せられる時代にまでなりました。それは、学会伝統の「信行学」の実践に徹し、「座談会」を地道に変わらずに積み重ねてきたからだと思います。広宣流布のために、汗と涙を流し、苦労したことは、すべてが宿命転換の力となり、大福運に変わります。そして、創価の「平和」と「文化」と「教育」の行進とともに、わが地域が明るく発展し、わが国土も興隆していることが、何よりうれしい、と−−。
私は、世界の各国・各地で、良き市民、良き国民として、労苦を惜しまず、広宣流布と社会貢献に奮闘されている同志を、一人も残らず、万雷の大拍手で讃嘆したい思いでいっぱいです。
御聖訓には、『しをのひると・みつと月の出づると・いると・夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退く』(P1091)と仰せです。
人生も、社会も、試練との戦いの連続であります。
しかし、賢者は、何か競い起ころうとも、喜び勇んで立ち向かい、一つまた一つ、断固と勝ち越えて、偉大な「人間革命」の道を突き進んでいくのです。
正しき信仰は、真の賢者をつくり、そして賢者と賢者を結びゆく力です。
幾多の困難な課題に直面する地球上に、金剛不壊の賢者のスクラムを、いかなる差異も超えて、仲良く朗らかに拡大しゆくところに、世界宗教の大いなる使命があるとはいえないでしょうか。
現在、私は、ニュージーランドの世界的な平和学者クレメンツ博士と、対談を重ねております。
博士は、第2次世界大戦中、戦争反対の信念を貫いて投獄された父君の志を継いで、世界の不戦と核兵器の廃絶のために戦ってこられた知性です。
その博士が語られた言葉が、私は深く胸に響いております。
「本当の意味での平和な社会、そして慈悲のある社会を構築するために一番必要なものは、実は勇気なのです」と。
仏法の真髄も、また「勇気」であります。
この勇気に燃えた若き世界市民の群像は、世界中に躍り出て、法華経に記された通り、「平和」と「共生」の社会を建設するために、尊き地涌の舞を繰り広げてくれています。
『南無妙法蓮華経は師子吼の如し』(P1124)と仰せの如く、題目は究極の勇気の音律です。今、創価の師弟の勝利の証しとして完成した「広宣流布大誓堂」をはじめ、全世界で平和を誓願する題目の師子吼が轟き、地球という青く美しき星を包む時代となりました。
さあ、世界宗教として、新たなる飛翔を遂げゆく、千載一遇のこの時、何ものをも恐れず確信の対話に打って出て、苦悩に沈む友に希望の励ましを送りながら、民衆が幸福に躍動する「衆生所遊楽」の世界を築きゆこう! と申し上げ、新年のメッセージとさせていただきます。
敬愛する皆様方のいよいよの健康長寿、そして御一家の御多幸を心よりお祈り申し上げます。
2014年 元旦
爽やかな挨拶が
地域に職場に
希望と信頼を広げる。
今いる場所で輝け!
崇峻天皇御書 P1173
『人身は受けがたし爪の上の土人身は持ちがたし草の上の露、百二十まで持ちて名をくたして死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ』
◇今週のことば
一年の勝利は
今日の勤行・唱題から!
白馬のいななくが如く
力強い題目で
勢いよく勝ち進め!
2014年01月06日
◇希望の明日へ
真実の社会の繁栄は、物質的側面だけでは築けない。むしろ、精神的充足にこそ、光が当てられなければならない。あらためて言うまでもなく、すでに時代は"モノ"から"心"の時代へと入っている。そして、人類史の深き視点から見れば、仏法の広宣流布こそ時代の必然的な要請なのである。
平2・7・8
☆新年メッセージ(グラフSGI 2014.1月号)
◇世界の平和へ新たな飛翔を!
「世界広宣流布」の新時代、すなわち「世界の平和」「社会の繁栄」「人類の幸福」へ、生命尊厳の大連帯をいやまして拡大しゆく新時代が、晴れやかに開幕しました。
全世界の誉れの同志の皆様! 尊き宝の友人の皆様! 新たな一年も、ますます健康で生き生きと、いよいよ快活に若々しく、いやまして和楽で仲良く、前進していこうではありませんか!
人間は、何のために、この世に生まれてきたのか?
私たちが、日々、読誦している「法華経寿量品」の一節には「衆生所遊楽」(衆生の遊楽する所なり)と説かれております。
人間は、決して、苦しんで不幸になるために生まれてきたのではない。この世に、たとえ、どんな苦しみや不幸があろうとも、断じて負けないで、真実の楽しみをつかみ、幸せを勝ち取るために、生まれてきたのである。法華経の精髄は、そう示しているのであります。
日蓮大聖人は、「衆生所遊楽」の「遊楽」とは、私たちが、自分自身の生命を、最極の妙法の当体として光り輝かせ、自由自在の仏の大境涯を開いていくことであると、教えてくださっております。
そして、「衆生」とは「一切衆生」つまり全人類のことであり、「所」とは「一閻浮提」つまり全世界のことであると明かされております。
ですから、いずこの国であれ、いかなる民族であれ、いかに苦難の打ち続く時代であれ、誰人たりとも、自分がいる、その場所で、「生きていること、それ自体が楽しい」という絶対的な幸福の生命の讃歌を謳い上げていくことができる。この希望と歓喜の勝利劇を、皆で励まし合いながら、一人また一人と広げゆくことが、私たちの広宣流布の大運動であります。
その幸福の実証は、今、世界192カ国・地域に爛漫と広がりました。
この50年、南米の天地で、広宣流布の道なき道を開拓してきた女性は、見違えるように変わった福徳の足跡を、しみじみと語ってくれました。
−−学会活動に徒歩で駆け回っていた時代から、今は愛車を使って自在に走り回り、立派な会館へ友人と一緒に晴れ晴れと集い合える時代になりました。無理解や偏見の反発が打ち続いた時代から、大きな信頼と賞讃が絶え間なく寄せられる時代にまでなりました。それは、学会伝統の「信行学」の実践に徹し、「座談会」を地道に変わらずに積み重ねてきたからだと思います。広宣流布のために、汗と涙を流し、苦労したことは、すべてが宿命転換の力となり、大福運に変わります。そして、創価の「平和」と「文化」と「教育」の行進とともに、わが地域が明るく発展し、わが国土も興隆していることが、何よりうれしい、と−−。
私は、世界の各国・各地で、良き市民、良き国民として、労苦を惜しまず、広宣流布と社会貢献に奮闘されている同志を、一人も残らず、万雷の大拍手で讃嘆したい思いでいっぱいです。
御聖訓には、『しをのひると・みつと月の出づると・いると・夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退く』(P1091)と仰せです。
人生も、社会も、試練との戦いの連続であります。
しかし、賢者は、何か競い起ころうとも、喜び勇んで立ち向かい、一つまた一つ、断固と勝ち越えて、偉大な「人間革命」の道を突き進んでいくのです。
正しき信仰は、真の賢者をつくり、そして賢者と賢者を結びゆく力です。
幾多の困難な課題に直面する地球上に、金剛不壊の賢者のスクラムを、いかなる差異も超えて、仲良く朗らかに拡大しゆくところに、世界宗教の大いなる使命があるとはいえないでしょうか。
現在、私は、ニュージーランドの世界的な平和学者クレメンツ博士と、対談を重ねております。
博士は、第2次世界大戦中、戦争反対の信念を貫いて投獄された父君の志を継いで、世界の不戦と核兵器の廃絶のために戦ってこられた知性です。
その博士が語られた言葉が、私は深く胸に響いております。
「本当の意味での平和な社会、そして慈悲のある社会を構築するために一番必要なものは、実は勇気なのです」と。
仏法の真髄も、また「勇気」であります。
この勇気に燃えた若き世界市民の群像は、世界中に躍り出て、法華経に記された通り、「平和」と「共生」の社会を建設するために、尊き地涌の舞を繰り広げてくれています。
『南無妙法蓮華経は師子吼の如し』(P1124)と仰せの如く、題目は究極の勇気の音律です。今、創価の師弟の勝利の証しとして完成した「広宣流布大誓堂」をはじめ、全世界で平和を誓願する題目の師子吼が轟き、地球という青く美しき星を包む時代となりました。
さあ、世界宗教として、新たなる飛翔を遂げゆく、千載一遇のこの時、何ものをも恐れず確信の対話に打って出て、苦悩に沈む友に希望の励ましを送りながら、民衆が幸福に躍動する「衆生所遊楽」の世界を築きゆこう! と申し上げ、新年のメッセージとさせていただきます。
敬愛する皆様方のいよいよの健康長寿、そして御一家の御多幸を心よりお祈り申し上げます。
2014年 元旦
2014年1月5日日曜日
2013.12.31 わが友に贈る
新聞休刊日
千日尼御前御返事 P1314
『あわれあわれふしぎなる事かな、此れもかまくらも此の方の者は此の病にて死ぬる人はすくなく候、同じ船にて候へばいづれもたすかるべしともをぼへず候いつるにふねやぶれてたすけぶねに値えるか、又竜神のたすけにて事なく岸へつけるかとこそ不思議がり候へ』
◇希望の明日へ
学ぶことは楽しい。"知"の発見は人生の喜びである。そして喜びが才能の芽を伸ばす。人との比較ではなく、自分なりに、向上していくことである。未来部は、日々の勉強のなかで、自分らしく、新しい発見の喜びを積み重ねながら、わが英知の世界を着実に広げていってほしい。
平3・4・8
☆女性に贈ることば 十二月三十一日
大晦日
全人類の
幸祈る
☆今日のことば 十二月三十一日
来年の君を 僕は見たい
十年先の君の姿を
僕は 信ずる
君よ 自信に満ちて
今日もただ 君らしく
励みゆくことだ
☆名誉会長と共に今日も広布へNo.049 希望を作るのは自分自身
この一年、本当にありがとう! いよいよ明年、全世界を照らす新年勤行会から、朗らかに、広宣流布の新時代を開いてまいりたい。
楽観主義の人は強い。
何か起ころうとも、いい方向へ、楽しい方向へ、前向きの方向へと受け止めていく。それが最極の信仰である。
法華経薬王品には「火も焼くこと能わず、水も漂わすこと能わじ」と。苦悩の火に焼き滅ぼされることはない。不幸の荒波に押し流されることなど断じてない。これが妙法を弘める大功徳である。
生老病死の苦しみを、常楽我浄の歓喜の人生へと転じていける。大事なのは、根本の使命を忘れないことだ。猛然と信心で立ち上がるのだ。
私たちは御本尊を持っている。わが身が妙法の当体であり、多宝の宝塔である。ゆえに、負けることはない。恐れることはない。
希望をつくるのは自分だ。
「こうなる」「こうなってみせる」と決めることである。
戸田先生は、「人間として幸せになっていくために、福運ある人生を歩んでいくために、その究極は妙法の信仰しかない」と言われていた。
皆様は、自他共の幸福を築き、平和をつくる根本の行動を重ねておられる。これほど尊く、偉大な人はいない。
仏法では「願兼於業」と説く。仮に表面は、苦難の姿であっても、実は自分が願ってその宿命を打開し、妙法の力を証明していくのである。
最高の誇りと勇気と使命を胸に、明年も、皆、さらに健康になって、元気に、愉快に、共に勝ちまくろう!
千日尼御前御返事 P1314
『あわれあわれふしぎなる事かな、此れもかまくらも此の方の者は此の病にて死ぬる人はすくなく候、同じ船にて候へばいづれもたすかるべしともをぼへず候いつるにふねやぶれてたすけぶねに値えるか、又竜神のたすけにて事なく岸へつけるかとこそ不思議がり候へ』
◇希望の明日へ
学ぶことは楽しい。"知"の発見は人生の喜びである。そして喜びが才能の芽を伸ばす。人との比較ではなく、自分なりに、向上していくことである。未来部は、日々の勉強のなかで、自分らしく、新しい発見の喜びを積み重ねながら、わが英知の世界を着実に広げていってほしい。
平3・4・8
☆女性に贈ることば 十二月三十一日
大晦日
全人類の
幸祈る
☆今日のことば 十二月三十一日
来年の君を 僕は見たい
十年先の君の姿を
僕は 信ずる
君よ 自信に満ちて
今日もただ 君らしく
励みゆくことだ
☆名誉会長と共に今日も広布へNo.049 希望を作るのは自分自身
この一年、本当にありがとう! いよいよ明年、全世界を照らす新年勤行会から、朗らかに、広宣流布の新時代を開いてまいりたい。
楽観主義の人は強い。
何か起ころうとも、いい方向へ、楽しい方向へ、前向きの方向へと受け止めていく。それが最極の信仰である。
法華経薬王品には「火も焼くこと能わず、水も漂わすこと能わじ」と。苦悩の火に焼き滅ぼされることはない。不幸の荒波に押し流されることなど断じてない。これが妙法を弘める大功徳である。
生老病死の苦しみを、常楽我浄の歓喜の人生へと転じていける。大事なのは、根本の使命を忘れないことだ。猛然と信心で立ち上がるのだ。
私たちは御本尊を持っている。わが身が妙法の当体であり、多宝の宝塔である。ゆえに、負けることはない。恐れることはない。
希望をつくるのは自分だ。
「こうなる」「こうなってみせる」と決めることである。
戸田先生は、「人間として幸せになっていくために、福運ある人生を歩んでいくために、その究極は妙法の信仰しかない」と言われていた。
皆様は、自他共の幸福を築き、平和をつくる根本の行動を重ねておられる。これほど尊く、偉大な人はいない。
仏法では「願兼於業」と説く。仮に表面は、苦難の姿であっても、実は自分が願ってその宿命を打開し、妙法の力を証明していくのである。
最高の誇りと勇気と使命を胸に、明年も、皆、さらに健康になって、元気に、愉快に、共に勝ちまくろう!
2014.01.04 わが友に贈る
先んずれば人を制す!
スピードと勢いが
勝利を決める力だ。
誓願の祈りから
新たな行動を起こせ!
妙心尼御前御返事 P1479
『この仏不死の薬をとかせ給へり今の妙法蓮華経の五字是なり、しかもこの五字をば閻浮提人病之良薬とこそとかれて候へ』
◇希望の明日へ
真実の歴史とは、記録された文章の表相のみにとらわれていてはわからない。虚偽でつづられた歴史はあまりに多い。何が本当で何がウソなのか。それを鋭く見ぬいていく−−これが史観である。
昭63・8・7
☆全国の新年勤行会へのメッセージ
◇正義の人材城を築け!
わが創価家族の皆様、明けましておめでとうございます!
今ここに、「世界広布新時代」の元朝を、192力国・地域の同志と共に、最高に晴ればれと迎えることができました。
皆様方の偉大な闘争で、正しき仏法が世界宗教と輝き、栄えゆく、歴史上、いまだかつてない黄金時代が到来したのです。
御本仏・日蓮大聖人をはじめ、釈尊も、三世十方の諸仏も、創価の皆様を、いかぽかり誉め讃えておられるでしょうか。
いよいよ溢れ出ずる大功徳を、皆が満々と受け切り、この一年も、我らは異体同心の団結で勝ち進んでいきましょう!
御聖訓には、妙法の広大無辺な力を讐えて、『太陽がひとたび東の空に昇ったならば、世界の空は、すべて明るくなる。太陽が大いなる光を備えているからである』(P883、通解)と仰せです。
題目を唱え弘めゆく私たちは、一年・365日、久遠元初の太陽を、わが生命に赫々と昇らせていくことができる。ゆえに、いかなる宿命の闇も打ち破り、いかなる乱世の嵐も乗り越えて、必ず大歓喜と大勝利の光を放っていけるのです。これが、誇り高き人間革命、そして、一生成仏の人生の旅です。
今年は、戸田先生が東北の天地で「学会は人材をもって城となす」と師子吼されて60年。いやまして私たちは青年を励まし、伸ばし、新たな地涌の菩薩を呼び出しながら、地域に社会に正義の人材城を築き上げていこうではありませんか!
結びに、大切な大切な皆様方に、新春の一旬−−「不二の友 悔いなく愉快に 勝ち戦」と贈ります。
わが愛する全同志、万歳!
皆様一人一人に届けと題目を送りつつ。
スピードと勢いが
勝利を決める力だ。
誓願の祈りから
新たな行動を起こせ!
妙心尼御前御返事 P1479
『この仏不死の薬をとかせ給へり今の妙法蓮華経の五字是なり、しかもこの五字をば閻浮提人病之良薬とこそとかれて候へ』
◇希望の明日へ
真実の歴史とは、記録された文章の表相のみにとらわれていてはわからない。虚偽でつづられた歴史はあまりに多い。何が本当で何がウソなのか。それを鋭く見ぬいていく−−これが史観である。
昭63・8・7
☆全国の新年勤行会へのメッセージ
◇正義の人材城を築け!
わが創価家族の皆様、明けましておめでとうございます!
今ここに、「世界広布新時代」の元朝を、192力国・地域の同志と共に、最高に晴ればれと迎えることができました。
皆様方の偉大な闘争で、正しき仏法が世界宗教と輝き、栄えゆく、歴史上、いまだかつてない黄金時代が到来したのです。
御本仏・日蓮大聖人をはじめ、釈尊も、三世十方の諸仏も、創価の皆様を、いかぽかり誉め讃えておられるでしょうか。
いよいよ溢れ出ずる大功徳を、皆が満々と受け切り、この一年も、我らは異体同心の団結で勝ち進んでいきましょう!
御聖訓には、妙法の広大無辺な力を讐えて、『太陽がひとたび東の空に昇ったならば、世界の空は、すべて明るくなる。太陽が大いなる光を備えているからである』(P883、通解)と仰せです。
題目を唱え弘めゆく私たちは、一年・365日、久遠元初の太陽を、わが生命に赫々と昇らせていくことができる。ゆえに、いかなる宿命の闇も打ち破り、いかなる乱世の嵐も乗り越えて、必ず大歓喜と大勝利の光を放っていけるのです。これが、誇り高き人間革命、そして、一生成仏の人生の旅です。
今年は、戸田先生が東北の天地で「学会は人材をもって城となす」と師子吼されて60年。いやまして私たちは青年を励まし、伸ばし、新たな地涌の菩薩を呼び出しながら、地域に社会に正義の人材城を築き上げていこうではありませんか!
結びに、大切な大切な皆様方に、新春の一旬−−「不二の友 悔いなく愉快に 勝ち戦」と贈ります。
わが愛する全同志、万歳!
皆様一人一人に届けと題目を送りつつ。
2014.01.05 わが友に贈る
空気が乾燥する時期。
火事を起こさぬよう
厳重に火元の点検を!
互いに声を掛け合い
魔を打ち破れ!
土篭御書 P1213
『法華経を余人のよみ候は口ばかりことばばかりはよめども心はよまず心はよめども身によまず、色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ』
◇希望の明日へ
いかなる正義の行動も、また理性で考えればわかる道理も、自らの嫉妬と愚かさに日を曇らせた人々には、正当な評価ができない。そうした、狂える社会に、一人、醒めた人がいれば、賞讃どころか集中攻撃を浴びてしまう。そして歴史だけが、その正しさを証明する。この方程式は、多かれ少なかれ、人間の社会にさけられないものであろう。
平2・5・13
◎一揆に贈ってしまい、すみません。わが友メールを今年もどうぞ宜しく!(^^)!
火事を起こさぬよう
厳重に火元の点検を!
互いに声を掛け合い
魔を打ち破れ!
土篭御書 P1213
『法華経を余人のよみ候は口ばかりことばばかりはよめども心はよまず心はよめども身によまず、色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ』
◇希望の明日へ
いかなる正義の行動も、また理性で考えればわかる道理も、自らの嫉妬と愚かさに日を曇らせた人々には、正当な評価ができない。そうした、狂える社会に、一人、醒めた人がいれば、賞讃どころか集中攻撃を浴びてしまう。そして歴史だけが、その正しさを証明する。この方程式は、多かれ少なかれ、人間の社会にさけられないものであろう。
平2・5・13
◎一揆に贈ってしまい、すみません。わが友メールを今年もどうぞ宜しく!(^^)!
2014.01.03 わが友に贈る
新聞休刊日
四信五品抄 P342
『罰を以て徳を推するに我が門人等は福過十号疑い無き者なり』
◇希望の明日へ
勉強は絶対に大切である。勉強しなければ、自分が損をする。今は楽に見えても、社会に出てから、また、結婚してから、後悔する。行き詰まる。勉強しない人、努力しない人で、偉くなった人は歴史上、一人もいない。勉強した人が偉い人である。努力した人が勝利の人である。
平4・1・15
四信五品抄 P342
『罰を以て徳を推するに我が門人等は福過十号疑い無き者なり』
◇希望の明日へ
勉強は絶対に大切である。勉強しなければ、自分が損をする。今は楽に見えても、社会に出てから、また、結婚してから、後悔する。行き詰まる。勉強しない人、努力しない人で、偉くなった人は歴史上、一人もいない。勉強した人が偉い人である。努力した人が勝利の人である。
平4・1・15
2014.01.02 わが友に贈る
新聞休刊日
妙密上人御消息 P1241
『又上一人より下万民に至るまで法華経の神力品の如く一同に南無妙法蓮華経と唱へ給ふ事もやあらんずらん、木はしづかならんと思へども風やまず春を留んと思へども夏となる』
妙心尼御前御返事 P1479
『この仏不死の薬をとかせ給へり今の妙法蓮華経の五字是なり、しかもこの五字をば閻浮提人病之良薬とこそとかれて候へ』
◇希望の明日へ
知っているようで、知らないことはあまりにも多い。"知は力"である。あらゆる機会に、あらゆる方法を使って学ばねばならない。
平3・11・2
☆新年の歌(創価新報)
愛弟子よ
宿縁深き
君なれば
恐れず惑わず
共に師子吼を
ああ 青春
桜梅桃李の
勝利劇
皆で楽しく
凛と咲きゆけ
広宣の
一番星と
勝ち光れ
普賢の英知で
未来を照らせや
二〇一四年 元旦
妙密上人御消息 P1241
『又上一人より下万民に至るまで法華経の神力品の如く一同に南無妙法蓮華経と唱へ給ふ事もやあらんずらん、木はしづかならんと思へども風やまず春を留んと思へども夏となる』
妙心尼御前御返事 P1479
『この仏不死の薬をとかせ給へり今の妙法蓮華経の五字是なり、しかもこの五字をば閻浮提人病之良薬とこそとかれて候へ』
◇希望の明日へ
知っているようで、知らないことはあまりにも多い。"知は力"である。あらゆる機会に、あらゆる方法を使って学ばねばならない。
平3・11・2
☆新年の歌(創価新報)
愛弟子よ
宿縁深き
君なれば
恐れず惑わず
共に師子吼を
ああ 青春
桜梅桃李の
勝利劇
皆で楽しく
凛と咲きゆけ
広宣の
一番星と
勝ち光れ
普賢の英知で
未来を照らせや
二〇一四年 元旦
2014.01.01 わが友に贈る
未来を開きゆく
黄金の一年がスタート!
若き人材の大連帯を
広げる時は今!
共に希望の大行進を!
陰徳陽報御書 P1178
『此は物のはしなり大果報は又来るべしとおぼしめせ』
◇希望の明日へ
先駆的な各分野の学問の成果も、すべて妙法を証明していくことになるのである。さまざまな川も、海に入れば、一つの海の味になるように、人類の根本的幸福へと、それらは仏法の一分として使われ、生かされていくのである。
平3・4・12
☆新年の歌
いざ昇れ
勝利の旭日
全世界
広布の誓願
歓喜の船出よ
大使命
地涌の天地で
果たしゆけ
友と築かむ
永遠の都を
最極の
正義の人生
師弟かな
縦藍爾青の
生命は光りて
2014年 元旦
◎2014年「世界広布新時代 開幕の年」 明けましておめでとうございます。
今年の目標は
・わが友メールを毎日送信しよう!
・MinnieLove's blogを毎日更新しよう!
黄金の一年がスタート!
若き人材の大連帯を
広げる時は今!
共に希望の大行進を!
陰徳陽報御書 P1178
『此は物のはしなり大果報は又来るべしとおぼしめせ』
◇希望の明日へ
先駆的な各分野の学問の成果も、すべて妙法を証明していくことになるのである。さまざまな川も、海に入れば、一つの海の味になるように、人類の根本的幸福へと、それらは仏法の一分として使われ、生かされていくのである。
平3・4・12
☆新年の歌
いざ昇れ
勝利の旭日
全世界
広布の誓願
歓喜の船出よ
大使命
地涌の天地で
果たしゆけ
友と築かむ
永遠の都を
最極の
正義の人生
師弟かな
縦藍爾青の
生命は光りて
2014年 元旦
◎2014年「世界広布新時代 開幕の年」 明けましておめでとうございます。
今年の目標は
・わが友メールを毎日送信しよう!
・MinnieLove's blogを毎日更新しよう!
2013.12.30 わが友に贈る
新聞休刊日
聖愚問答抄上 P491
『知恩をもて最とし報恩をもて前とす世に四恩あり之を知るを人倫となづけ知らざるを畜生とす』
◇希望の明日へ
青年は探き思索の人であっていただきたい。また勉強をしぬいてほしい。これからは知恵と頭脳の戦いの時代である。どこに行こうと、たとえ世界の大統領や大学者と会っても、堂々と対話できる知の人に成長していただきたい。
平2・11・3
☆女性に贈ることば 十二月三十日
新しい世紀を創るものは、青年の熱と力である。
そして、その熱と力を呼び起こしていく太陽こそ、勇気の母たちの、たゆみない行動である。
☆今日のことば 十二月三十日
独創性とは、人真似を許さぬところのものである。そして、未聞のあるものを生むところの力である。
☆我らの勝利の大道No.119 新時代の人材城
◇立正安国の主人公
置かれた状況がどうであれ、理想を持ち、向上し続ける人は「世界を変えゆく主人公」となれる。これが立正安国の信心だ。
世界広布の内実は、地域広布に他ならない。そこで眼前の一人と仏縁を結び、語り合い、励まし合いながら、自他共の人間革命の波を起こすことなのだ。
その確かな生き方こそ、どんな権威よぴも強く気高いことを証明し、その異体同心の団結こそ、いかなる権力にも勝る平和の力となる──この真実を示してきたのが、我ら創価の誉れの歴史なのである。
民衆詩人ホイットマンは快活に叫んだ。
「まだ試みられていない手つかずの未来は、まったく何の差別もなしに、君たちのため、ぼくのため、皆のためにある」
新しい世界、新しい未来を創る主役は誰か?
他ならぬ君であり、貴女だ。我ら民衆なのだ!
◇全員が使命あり!
見よ、堂々とそびえゆく創価の新時代の人材城を!
全員が尊き地涌の使命を持った天下の良材だ!
ゆえに、一人ひとりを尊敬し、「一騎当千」の広宣流布の闘士に育てよう! 多くの同志が仲良く力を発揮できる団結をつくろう!。
どんな試練も、苦難も、妙法と共に、学会と共に生きゆく我らに、変毒為薬できないものはない。
これからも、共に大勝利の人生、所願満足の人生を飾りゆこう! いやまして朗らかに、「我らの勝利の大道」を進み抜くのだ!
皆、勿体を大切に!
心晴れやかに、よいお正月をお迎えください。
来る年も
仏法勝負の
広布旅
聖愚問答抄上 P491
『知恩をもて最とし報恩をもて前とす世に四恩あり之を知るを人倫となづけ知らざるを畜生とす』
◇希望の明日へ
青年は探き思索の人であっていただきたい。また勉強をしぬいてほしい。これからは知恵と頭脳の戦いの時代である。どこに行こうと、たとえ世界の大統領や大学者と会っても、堂々と対話できる知の人に成長していただきたい。
平2・11・3
☆女性に贈ることば 十二月三十日
新しい世紀を創るものは、青年の熱と力である。
そして、その熱と力を呼び起こしていく太陽こそ、勇気の母たちの、たゆみない行動である。
☆今日のことば 十二月三十日
独創性とは、人真似を許さぬところのものである。そして、未聞のあるものを生むところの力である。
☆我らの勝利の大道No.119 新時代の人材城
◇立正安国の主人公
置かれた状況がどうであれ、理想を持ち、向上し続ける人は「世界を変えゆく主人公」となれる。これが立正安国の信心だ。
世界広布の内実は、地域広布に他ならない。そこで眼前の一人と仏縁を結び、語り合い、励まし合いながら、自他共の人間革命の波を起こすことなのだ。
その確かな生き方こそ、どんな権威よぴも強く気高いことを証明し、その異体同心の団結こそ、いかなる権力にも勝る平和の力となる──この真実を示してきたのが、我ら創価の誉れの歴史なのである。
民衆詩人ホイットマンは快活に叫んだ。
「まだ試みられていない手つかずの未来は、まったく何の差別もなしに、君たちのため、ぼくのため、皆のためにある」
新しい世界、新しい未来を創る主役は誰か?
他ならぬ君であり、貴女だ。我ら民衆なのだ!
◇全員が使命あり!
見よ、堂々とそびえゆく創価の新時代の人材城を!
全員が尊き地涌の使命を持った天下の良材だ!
ゆえに、一人ひとりを尊敬し、「一騎当千」の広宣流布の闘士に育てよう! 多くの同志が仲良く力を発揮できる団結をつくろう!。
どんな試練も、苦難も、妙法と共に、学会と共に生きゆく我らに、変毒為薬できないものはない。
これからも、共に大勝利の人生、所願満足の人生を飾りゆこう! いやまして朗らかに、「我らの勝利の大道」を進み抜くのだ!
皆、勿体を大切に!
心晴れやかに、よいお正月をお迎えください。
来る年も
仏法勝負の
広布旅
2013.12.29 わが友に贈る
帰省等の機会に
親戚や旧友らと
語らいのひとときを!
信頼の絆、友好の輪を
大きく広げよう!
乙御前御消息 P1221
『いかなる男をせさせ給うとも法華経のかたきならば随ひ給うべからず、いよいよ強盛の御志あるべし』
◇今週のことば
輝く大勝利の一年
創価家族の万歳を!
皆様の功徳は無量なり。
いざ 元初の生命力で
新時代へ出発だ!
2013年12月29日
◇希望の明日へ
信仰者として御書を心肝に染めていくことは根本であるが、さらに幅広い勉強も必要である。そうでなければ多様な現実の大地に生きる人々に、"妙法"の偉大さを理解させ、証明していくことはできないからである。私は、戸田先生のもとで"読む"ことを徹底して鍛えられた。「論語読みの論語知らず」であってはならない。仏教の教義しか知らず、あとのことは何も論ずることができないようでは、仏法まで偏頗にしてしまう。仏法の序分であり、流通分であるいっさいの学問も必要となるのである。
平2・1・21
☆女性に贈ることば 十二月二十九日
母親が自信をもって、生き生きと人生を歩んでいく。希望に向かって、朗らかに成長していく−−。
その輝く姿こそが、子どもに生きる原動力を与え、子どもの素晴らしい可能性を育む大地となっていくのです。
☆今日のことば 十二月二十九日
何かひとつ、語学を体得するよう努力して下さい。世界はだんだん狭くなっていきます。
将来、世界に羽ばたく人材として、豊かな知識を今のうちに身につけていただきたい。
☆我らの勝利の大道No.119 新時代の人材城
◇人材拡大の4指針
そして、いよいよ一年の総仕上げをする勝負時を、若き盟友たちと、四つの指針を掲げて走り抜いた。
一、御本尊を信じ、自分は折伏の闘士であることを確信しよう。
二、教学に励もう。
三、行動にあたっては、沈着にして強く。
四、学会精神を会得して、自ら広宣流布の人材たらんと自覚しよう。
このうち第一、第二は、「信行学」の実践である。
御書には『法華経は藍のようであり、修行が深いのは、藍が染めるに従って、ますます青くなるようなものである』(P1505、通解)と仰せである。
この信心は、いついかなる時も、"いよいよ"の生命力で、前へ前へ進み切っていく仏道修行である。
その上で、やみくもに動いても結果は出ない。ゆえに第三の指針を強調した。
実は一千人の目標に対して、十月に入った時点での部員数は六百人余り。頭を抱えていたある班長に私は大確信で語った。
「簡単だよ。一人が一人を連れてくればいいんだ」
それを聞いた友は心軽やかに、再び動き始めた。
今の戦いのホシが何なのかを明確につかむ。その沈着な行動が大切なのだ。
また第四は、大目的を明確にするためであった。
何のために戦うのか。それは広宣流布という大目的のためである。
目的意識がなければ、その中でやり抜いていくことはできない。ロマンがなければ、勇気も湧かない。
私は、皆に訴えた。
──我ら青年、これ新しき世界の創始者である、と。
地域を変え、社会を変え、世界を変えていくのは我々なのだ! やろう、広宣流布は我らの手で!
この心意気で走り抜いた第一部隊は、年末の男子部総会で、美事に一千人の陣列を達成したのである。
時あたかも、学会本部が西神田から信濃町に移転した新時代の節目を、私たちは大勝利で飾ったのだ。
総会翌日、一年の最後の本部幹部会で、戸田先生は烈々と師子吼された。
「仏法は勝負なり!」
絶対勝利の信心を持った我らは、いかなる悪戦苦闘があろうが、負けじ魂を燃やし、最後は勝つのだ!
◇「世界広布の歌」
♪学会健児の歌声は
七つの海に轟き渡り
若き地涌の天翔ける
ともに讃えん平和境
ああ世界広布の鐘は鳴る
「世界広布新時代」第一回の本部幹部会(本年十一月)では、この学会歌「世界広布の歌」の調べを、アメリカSGI(創価学会インタナショナル)の芸術部によるスーパーサウンズの皆さんが壮麗に奏でてくださった。さらに青年部の友らが大合唱を轟かせてくれた。
この曲の誕生は五十年前(一九六三年)。わが音楽隊初代隊長の作曲である。
今も歌い継がれる歌詞の原案は、群馬から栃木まで広がる地域を舞台に活動していた青年たちが作成してくれたものであった。
メンバーには、進学の夢も断念して必死に働く友もいた。皆、苦労していた。だが、青年部の誇りを胸に、行学の二道に励み、広布の夢に敢闘していった。
そんな日々の中で、私が「大白蓮華」に発表した、巻頭言「青年よ世界の指導者たれ」を読んだのだ。
そして、そこに綴られた
「理想は高く、現実は、あくまでも堅実に、一歩一歩力強く進まなければならない」等の私の呼びかけに、青年たちは懸命に応えようとしてくれたのである。
「世界広布の歌」の歌詞には、その熱き共戦の心が反響している。
彼らは世界を旅したこともなければ、直接、海外と関わる仕事でもなかった。しかし同志と熱く理想を語り合いながら、世界を見つめ、世界を呼吸し、今いる場所から、堂々と誓願の心を広げていったのだ。
「志」は広く世界へ!
「行動」は足元の地域から──こうした地涌の勇者たちの志念堅固な大前進が、私の最高の喜びである。
親戚や旧友らと
語らいのひとときを!
信頼の絆、友好の輪を
大きく広げよう!
乙御前御消息 P1221
『いかなる男をせさせ給うとも法華経のかたきならば随ひ給うべからず、いよいよ強盛の御志あるべし』
◇今週のことば
輝く大勝利の一年
創価家族の万歳を!
皆様の功徳は無量なり。
いざ 元初の生命力で
新時代へ出発だ!
2013年12月29日
◇希望の明日へ
信仰者として御書を心肝に染めていくことは根本であるが、さらに幅広い勉強も必要である。そうでなければ多様な現実の大地に生きる人々に、"妙法"の偉大さを理解させ、証明していくことはできないからである。私は、戸田先生のもとで"読む"ことを徹底して鍛えられた。「論語読みの論語知らず」であってはならない。仏教の教義しか知らず、あとのことは何も論ずることができないようでは、仏法まで偏頗にしてしまう。仏法の序分であり、流通分であるいっさいの学問も必要となるのである。
平2・1・21
☆女性に贈ることば 十二月二十九日
母親が自信をもって、生き生きと人生を歩んでいく。希望に向かって、朗らかに成長していく−−。
その輝く姿こそが、子どもに生きる原動力を与え、子どもの素晴らしい可能性を育む大地となっていくのです。
☆今日のことば 十二月二十九日
何かひとつ、語学を体得するよう努力して下さい。世界はだんだん狭くなっていきます。
将来、世界に羽ばたく人材として、豊かな知識を今のうちに身につけていただきたい。
☆我らの勝利の大道No.119 新時代の人材城
◇人材拡大の4指針
そして、いよいよ一年の総仕上げをする勝負時を、若き盟友たちと、四つの指針を掲げて走り抜いた。
一、御本尊を信じ、自分は折伏の闘士であることを確信しよう。
二、教学に励もう。
三、行動にあたっては、沈着にして強く。
四、学会精神を会得して、自ら広宣流布の人材たらんと自覚しよう。
このうち第一、第二は、「信行学」の実践である。
御書には『法華経は藍のようであり、修行が深いのは、藍が染めるに従って、ますます青くなるようなものである』(P1505、通解)と仰せである。
この信心は、いついかなる時も、"いよいよ"の生命力で、前へ前へ進み切っていく仏道修行である。
その上で、やみくもに動いても結果は出ない。ゆえに第三の指針を強調した。
実は一千人の目標に対して、十月に入った時点での部員数は六百人余り。頭を抱えていたある班長に私は大確信で語った。
「簡単だよ。一人が一人を連れてくればいいんだ」
それを聞いた友は心軽やかに、再び動き始めた。
今の戦いのホシが何なのかを明確につかむ。その沈着な行動が大切なのだ。
また第四は、大目的を明確にするためであった。
何のために戦うのか。それは広宣流布という大目的のためである。
目的意識がなければ、その中でやり抜いていくことはできない。ロマンがなければ、勇気も湧かない。
私は、皆に訴えた。
──我ら青年、これ新しき世界の創始者である、と。
地域を変え、社会を変え、世界を変えていくのは我々なのだ! やろう、広宣流布は我らの手で!
この心意気で走り抜いた第一部隊は、年末の男子部総会で、美事に一千人の陣列を達成したのである。
時あたかも、学会本部が西神田から信濃町に移転した新時代の節目を、私たちは大勝利で飾ったのだ。
総会翌日、一年の最後の本部幹部会で、戸田先生は烈々と師子吼された。
「仏法は勝負なり!」
絶対勝利の信心を持った我らは、いかなる悪戦苦闘があろうが、負けじ魂を燃やし、最後は勝つのだ!
◇「世界広布の歌」
♪学会健児の歌声は
七つの海に轟き渡り
若き地涌の天翔ける
ともに讃えん平和境
ああ世界広布の鐘は鳴る
「世界広布新時代」第一回の本部幹部会(本年十一月)では、この学会歌「世界広布の歌」の調べを、アメリカSGI(創価学会インタナショナル)の芸術部によるスーパーサウンズの皆さんが壮麗に奏でてくださった。さらに青年部の友らが大合唱を轟かせてくれた。
この曲の誕生は五十年前(一九六三年)。わが音楽隊初代隊長の作曲である。
今も歌い継がれる歌詞の原案は、群馬から栃木まで広がる地域を舞台に活動していた青年たちが作成してくれたものであった。
メンバーには、進学の夢も断念して必死に働く友もいた。皆、苦労していた。だが、青年部の誇りを胸に、行学の二道に励み、広布の夢に敢闘していった。
そんな日々の中で、私が「大白蓮華」に発表した、巻頭言「青年よ世界の指導者たれ」を読んだのだ。
そして、そこに綴られた
「理想は高く、現実は、あくまでも堅実に、一歩一歩力強く進まなければならない」等の私の呼びかけに、青年たちは懸命に応えようとしてくれたのである。
「世界広布の歌」の歌詞には、その熱き共戦の心が反響している。
彼らは世界を旅したこともなければ、直接、海外と関わる仕事でもなかった。しかし同志と熱く理想を語り合いながら、世界を見つめ、世界を呼吸し、今いる場所から、堂々と誓願の心を広げていったのだ。
「志」は広く世界へ!
「行動」は足元の地域から──こうした地涌の勇者たちの志念堅固な大前進が、私の最高の喜びである。
2013.12.28 わが友に贈る
会合等の役員など
広布を陰で支える皆様
一年間、ありがとう!
尊き献身と労苦に
妙法の福徳は燦然!
辧殿御消息 P1225
『おのおのは随分の日蓮がかたうどなり、しかるをなづきをくだきていのるにいままでしるしのなきはこの中に心のひるがへる人の有るとをぼへ候ぞ、をもいあわぬ人をいのるは水の上に火をたき空にいゑをつくるなり』
◇希望の明日へ
"自由な精神"こそ学問の生命であり、研究、教育は、絶対に、政治や経済力に従属するものであってはならない。
平1・4・28
☆女性に贈ることば 十二月二十八日
人生は、誰につくか、誰とともに進むか、これで大きく決まる。
策略の権力者もいる。悪魔の如き虚栄家もいる。食欲で狡猾な人間もいる。決して騙されてはならない。
悪人を近づけるな!
善友と交わることだ。
☆今日のことば 十二月二十八日
趣味というものは、いわば人間生活の潤滑油である。趣味のない人には、うるおいも、人間的な幅も、心の豊かさも感じられない。ある意味では、日常の仕事のなかよりも、ずっとその人らしさが、趣味のなかにあふれているともいえる。仕事によって、その人の能力があらわれるとするならば、趣味によって、その人の独特の風味、風格がにじみ出るものである。
☆御書とともに�第17回 信心の根をどこまでも深く
『ねふかければはかれず・いづみに玉あれば水たえずと申すやうに・御信心のねのふかく・いさぎよき玉の心のうちに・わたらせ給うか』(窪尼御前御返事 P1479)
◇通解
根が深ければ葉は枯れず、泉に玉があれば水が絶えないと言うように、あなたは信心の根が深く心中に潔い玉が輝いておられるのであろう。
◇同志への指針
大風が草をなびかし、雷が人を驚かせるような乱世に、毅然と信仰を貫いている女性を讃嘆された御聖訓である。
大聖人は全てを御照覧くださっている。
信心は、断じて負けない幸福の根であり、決して行き詰まらない福徳の泉である。
「信心一筋」の人が必ず勝つ——この希望光る生命の勝利の舞を、明年も共々に!
広布を陰で支える皆様
一年間、ありがとう!
尊き献身と労苦に
妙法の福徳は燦然!
辧殿御消息 P1225
『おのおのは随分の日蓮がかたうどなり、しかるをなづきをくだきていのるにいままでしるしのなきはこの中に心のひるがへる人の有るとをぼへ候ぞ、をもいあわぬ人をいのるは水の上に火をたき空にいゑをつくるなり』
◇希望の明日へ
"自由な精神"こそ学問の生命であり、研究、教育は、絶対に、政治や経済力に従属するものであってはならない。
平1・4・28
☆女性に贈ることば 十二月二十八日
人生は、誰につくか、誰とともに進むか、これで大きく決まる。
策略の権力者もいる。悪魔の如き虚栄家もいる。食欲で狡猾な人間もいる。決して騙されてはならない。
悪人を近づけるな!
善友と交わることだ。
☆今日のことば 十二月二十八日
趣味というものは、いわば人間生活の潤滑油である。趣味のない人には、うるおいも、人間的な幅も、心の豊かさも感じられない。ある意味では、日常の仕事のなかよりも、ずっとその人らしさが、趣味のなかにあふれているともいえる。仕事によって、その人の能力があらわれるとするならば、趣味によって、その人の独特の風味、風格がにじみ出るものである。
☆御書とともに�第17回 信心の根をどこまでも深く
『ねふかければはかれず・いづみに玉あれば水たえずと申すやうに・御信心のねのふかく・いさぎよき玉の心のうちに・わたらせ給うか』(窪尼御前御返事 P1479)
◇通解
根が深ければ葉は枯れず、泉に玉があれば水が絶えないと言うように、あなたは信心の根が深く心中に潔い玉が輝いておられるのであろう。
◇同志への指針
大風が草をなびかし、雷が人を驚かせるような乱世に、毅然と信仰を貫いている女性を讃嘆された御聖訓である。
大聖人は全てを御照覧くださっている。
信心は、断じて負けない幸福の根であり、決して行き詰まらない福徳の泉である。
「信心一筋」の人が必ず勝つ——この希望光る生命の勝利の舞を、明年も共々に!
2013.12.27 わが友に贈る
わが信心の確信を
子・孫・後輩に
振る舞いで示そう!
後継の人材の育成で
令法久住の大潮流を!
種種御振舞御書 P912
『一丈のほりをこへぬもの十丈二十丈のほりをこうべきか』
◇希望の明日へ
学問は、対話という人間と人間の触発があってこそ、真価を発揮することができる。学者が自身の研究に埋没して閉鎖的となり、謙虚に対話を交わしていく姿勢を失ったならば、学問の発展はない。また、幅広い友好と交流の道を開くことはできない。
平1・3・25
☆女性に贈ることば 十二月二十七日
どのように過ごしても一日は一日、一生は一生である。何かあるたびに・これはいやだ、つまらない、おもしろくない、と不平不満にとらわれては損であるし、価値がない。
どこに行っても、そこで楽しみをつくり、成長と喜びの道を開いていく。つねに、そういう方向へ自身の心の舵をとっていくことが大事である。
☆今日のことば 十二月二十七日
権力をもった人間の名聞名利と偏見で動かされていくかぎり、民衆の幸福は永久にありえないだろう。権力者の胸底に生命蔑視の原理があるかぎり、民衆の生命の安全すら保障されないであろう。ここに魔性の権力が暴威をふるう温床があるからだ。
☆我らの勝利の大道No.119 新時代の人材城
◇友に会おう!励まそう!
この一年
我らは勝ちたり
晴ればれと
常勝創価の
源流なるかな
今も胸に熱く蘇る、忘れ得ぬ光景がある。
昭和二十六年(一九五一年)七月、戸田城聖先生のもと執り行われた、創価学会常住御本尊を奉戴しての総会の折のことだ。
「大法弘通慈折広宣流布大願成就」とお認めの御本尊の御前に、先生は、目覚ましい奮闘をした三十数人の代表を招かれた。そして讃えられたのである。
「ここに並ばれた方々は、私が褒めるよりも先に、大聖人様がお褒めになっているに間違いありません。私は、この方々に何も差し上げられないが、大聖人様は、すごいご褒美をくださるでありましょうから、なんの心配もいたしません」
今、私も、全く同じ心で、尊き同志の一人ひとりをねぎらい、感謝し、讃嘆したい。
創価の太陽・婦人部も、黄金柱の壮年部も、敬愛する多宝の友も、皆、本当に、本当によく戦ってくださった。ありがとう!
さらに戸田先生は、総会の最後には、壇上に立った青年たちを紹介しながら、こう言われたのである。
「皆さん、この青年男女諸君に、どうか期待してください。この若者たちが、この大法戦をやり遂げる人びとです。これら青年がいる限り、学会は絶対に盤石であります」と。
以来六十有余年──今、日本中、世界中に澎湃と躍り出ている地涌の青年の大陣列を、戸田先生はいかばかり、お喜びであろうか。創価の未来は晴れやかだ。
◇不軽菩薩の実践
新時代の開幕に呼応し、各地で新リーダーが勇み、指揮を執っている。決意が漲る、皆の息吹が嬉しい。
広宣流布の新たな前進は、どこから始まるか。
それは、リーダーが人と会うことから始まる。
一人また一人と、どんどん会って、語り合っていくことだ。心から友を励ましていくことだ。そこから人材が伸び、波動が広がる。これが鉄則だ。
日蓮大聖人は『今日蓮等の類は不軽なり』(P766)と御断言であられる。
生命の次元からみれば。いかなる人も仏性を具えている。その尊極なる仏の生命を信じて、人びとを敬っていく。誰もがその仏性を必ず開いていけることを信じ、励ましを送り続ける。
この不軽菩薩の実践を現代に展開しているのが学会の運動である。不軽の精神とは人間尊敬の心だ。
リーダーにその心があれば、必ず相手にも伝わる。それぞれの良さや持ち味も分かる。ここを伸ばせば、という部分にも自然と気づくものだ。
私自身、ありがたくも、戸田先生に見出され、育てていただいた一人である。ゆえにその報恩の思いで、私は、わが友が秘めている生命の宝をより磨き輝かせるために、全力を注いでいった。誠実に友と接した。温かく包容した。粘り強く関わり続けた。
私は青年部時代、書くことが苦手な友には、あえて会合の感想文を書くことを提案した。数字に弱い人に会計を担ってもらったこともあった。
真剣に祈れば、知恵は必ず出る。それが妙法だ。
人間は、機械ではない。ああ言えば、こう動いて当たり前というものでは決してない。「人生、意気に感ず」というではないか。
まず、こちらの胸中に大情熱が燃えていてこそ、友の心も動くのだ。
現場を歩き回り、駆け巡りながら、どれだけ祈り、考え、悩んで戦ったか。本当に苦労した分だけ、自分の力がつく。力を伸ばした分だけ、成長した分だけ、周囲も触発される。
ここに、希望の方程式がある。
六十年前(一九五三年)の一月、男子部第一部隊長となった私が、出発に際し、班長会で共々に拝した御聖訓がある。
『今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり』『釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし』(P1451)
この一節を通し、私は、わが部隊が一年間で部員一千人の結集を成し遂げ、弘教七十五万世帯という師の誓願の達成へ先駆しようと呼びかけたのである。
子・孫・後輩に
振る舞いで示そう!
後継の人材の育成で
令法久住の大潮流を!
種種御振舞御書 P912
『一丈のほりをこへぬもの十丈二十丈のほりをこうべきか』
◇希望の明日へ
学問は、対話という人間と人間の触発があってこそ、真価を発揮することができる。学者が自身の研究に埋没して閉鎖的となり、謙虚に対話を交わしていく姿勢を失ったならば、学問の発展はない。また、幅広い友好と交流の道を開くことはできない。
平1・3・25
☆女性に贈ることば 十二月二十七日
どのように過ごしても一日は一日、一生は一生である。何かあるたびに・これはいやだ、つまらない、おもしろくない、と不平不満にとらわれては損であるし、価値がない。
どこに行っても、そこで楽しみをつくり、成長と喜びの道を開いていく。つねに、そういう方向へ自身の心の舵をとっていくことが大事である。
☆今日のことば 十二月二十七日
権力をもった人間の名聞名利と偏見で動かされていくかぎり、民衆の幸福は永久にありえないだろう。権力者の胸底に生命蔑視の原理があるかぎり、民衆の生命の安全すら保障されないであろう。ここに魔性の権力が暴威をふるう温床があるからだ。
☆我らの勝利の大道No.119 新時代の人材城
◇友に会おう!励まそう!
この一年
我らは勝ちたり
晴ればれと
常勝創価の
源流なるかな
今も胸に熱く蘇る、忘れ得ぬ光景がある。
昭和二十六年(一九五一年)七月、戸田城聖先生のもと執り行われた、創価学会常住御本尊を奉戴しての総会の折のことだ。
「大法弘通慈折広宣流布大願成就」とお認めの御本尊の御前に、先生は、目覚ましい奮闘をした三十数人の代表を招かれた。そして讃えられたのである。
「ここに並ばれた方々は、私が褒めるよりも先に、大聖人様がお褒めになっているに間違いありません。私は、この方々に何も差し上げられないが、大聖人様は、すごいご褒美をくださるでありましょうから、なんの心配もいたしません」
今、私も、全く同じ心で、尊き同志の一人ひとりをねぎらい、感謝し、讃嘆したい。
創価の太陽・婦人部も、黄金柱の壮年部も、敬愛する多宝の友も、皆、本当に、本当によく戦ってくださった。ありがとう!
さらに戸田先生は、総会の最後には、壇上に立った青年たちを紹介しながら、こう言われたのである。
「皆さん、この青年男女諸君に、どうか期待してください。この若者たちが、この大法戦をやり遂げる人びとです。これら青年がいる限り、学会は絶対に盤石であります」と。
以来六十有余年──今、日本中、世界中に澎湃と躍り出ている地涌の青年の大陣列を、戸田先生はいかばかり、お喜びであろうか。創価の未来は晴れやかだ。
◇不軽菩薩の実践
新時代の開幕に呼応し、各地で新リーダーが勇み、指揮を執っている。決意が漲る、皆の息吹が嬉しい。
広宣流布の新たな前進は、どこから始まるか。
それは、リーダーが人と会うことから始まる。
一人また一人と、どんどん会って、語り合っていくことだ。心から友を励ましていくことだ。そこから人材が伸び、波動が広がる。これが鉄則だ。
日蓮大聖人は『今日蓮等の類は不軽なり』(P766)と御断言であられる。
生命の次元からみれば。いかなる人も仏性を具えている。その尊極なる仏の生命を信じて、人びとを敬っていく。誰もがその仏性を必ず開いていけることを信じ、励ましを送り続ける。
この不軽菩薩の実践を現代に展開しているのが学会の運動である。不軽の精神とは人間尊敬の心だ。
リーダーにその心があれば、必ず相手にも伝わる。それぞれの良さや持ち味も分かる。ここを伸ばせば、という部分にも自然と気づくものだ。
私自身、ありがたくも、戸田先生に見出され、育てていただいた一人である。ゆえにその報恩の思いで、私は、わが友が秘めている生命の宝をより磨き輝かせるために、全力を注いでいった。誠実に友と接した。温かく包容した。粘り強く関わり続けた。
私は青年部時代、書くことが苦手な友には、あえて会合の感想文を書くことを提案した。数字に弱い人に会計を担ってもらったこともあった。
真剣に祈れば、知恵は必ず出る。それが妙法だ。
人間は、機械ではない。ああ言えば、こう動いて当たり前というものでは決してない。「人生、意気に感ず」というではないか。
まず、こちらの胸中に大情熱が燃えていてこそ、友の心も動くのだ。
現場を歩き回り、駆け巡りながら、どれだけ祈り、考え、悩んで戦ったか。本当に苦労した分だけ、自分の力がつく。力を伸ばした分だけ、成長した分だけ、周囲も触発される。
ここに、希望の方程式がある。
六十年前(一九五三年)の一月、男子部第一部隊長となった私が、出発に際し、班長会で共々に拝した御聖訓がある。
『今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり』『釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし』(P1451)
この一節を通し、私は、わが部隊が一年間で部員一千人の結集を成し遂げ、弘教七十五万世帯という師の誓願の達成へ先駆しようと呼びかけたのである。
2013.12.26 わが友に贈る
地域や職場で
お世話になった方々へ
この一年の御礼を!
真心の振る舞いが
信頼と友情を深める。
祈祷抄 P1352
『行者は必ず不実なりとも智慧はをろかなりとも身は不浄なりとも戒徳は備へずとも南無妙法蓮華経と申さば必ず守護し給うべし』
◇希望の明日へ
強敵な知性があるからこそ、正を正、邪を邪と見ぬき、雑音に紛動されない。また自己のちっぽけな、濁った私情に負けることなく、正義の信念に殉じて恐れない。真理の導く方向へ、堂々と、まっすぐに進んでいくことができる。学問と教養によって、耕され、練り鍛えられた確固たる人格と知性。そうした、ゆるぎなき「人格の人」「知性の人」になっていただきたい。
昭63・8・16
☆女性に贈ることば 十二月二十六日
私たちの心を明朗に
楽しげにさせてくれる
母の輝かしい振舞いよ!
母には
上流階級も
下流階級もない。
何も着飾らなくても
そのままが大女優だ。
☆今日のことば 十二月二十六日
理性は、両刃の剣であり、善にも悪にも、通ずるわけである。善の面は、さらにどこまでものばしていきたいものだ。悪の面は、是非とも、何らかの歯止めがほしいものである。その歯止めがなければ、おそろしくて、善の面も、のばすわけにはいかなくなってしまうのではなかろうか。
☆世界広布新時代第2回各部代表者会議へのメッセージ
◇新たな挑戦と開拓を
池田名誉会長はメッセージを寄せ、大勝利の一年を喜び、全同志の奮闘に心から感謝。中でも、婦人部の友の労をねぎらいつつ、
「一番地道にして、一番粘り強い戦いに徹してくれる婦人部の信心あればこそ、わが学会は難攻不落である」と最大に賞讃した。
そして、日蓮大聖人は『心にふかき・えうじんあるべし』(P1176)と戒められた。今、全てが順調であるからこそ、油断なく、勝って兜の緒を締めて邁進していこうと望んだ。さらに「真実の勝利とは、最後の最後まで、戦い抜いた時にある。指導者は一生涯、その決心で、張り切って指揮を執り続ける以外にない。私も最も深き宿縁で結ばれた皆さんと、万代までの流れを、いやまして創り広げていきます」と力を込めた。
ここで名誉会長は、明年の新年号から小説『新・人間革命』第27巻の次章を「正義」のタイトルで開始することを発表した。
その際、「観心本尊抄」の一節−−『末法の初めは膀法の国にして、衆生の機根が悪いので、述化・他方の菩薩等では、とても弘通に耐えられない。ゆえに仏はこれを制止し、地涌の大菩薩を召し出して、寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字をもって一閻浮提の一切衆生に授与せしめたのである。』(P250、趣意)を拝読。
「この御本仏の仰せのままに、一閻浮提へ大法弘通しているのが、創価の師弟である。死身弘法の牧□・戸田両先生から受け継いできた、この最極の正義の旗を、我らは永遠に高く掲げゆくのだ。そして一切を勝ち切るのである。正義が勝だなければ、師弟の誓願である広宣流布は断絶してしまうからだ」と強調した。
最後に、大事な新年も、原田会長を中心に全員が心を一致させ、尊き同志を厳然と守りながら、新たな挑戦と開拓に打って出て、新時代の平和・文化・教育の連帯のすそ野を拡大していただきたいと念願。「自行化他の題目で生命を飾り、慈折広布の大道を無量無辺に開きゆこう!」 「わが掌中の珠たる青年部、頼むよ」 「皆、体を大事に!」 「最高によいお正月をお迎えください」と呼び掛けた。
お世話になった方々へ
この一年の御礼を!
真心の振る舞いが
信頼と友情を深める。
祈祷抄 P1352
『行者は必ず不実なりとも智慧はをろかなりとも身は不浄なりとも戒徳は備へずとも南無妙法蓮華経と申さば必ず守護し給うべし』
◇希望の明日へ
強敵な知性があるからこそ、正を正、邪を邪と見ぬき、雑音に紛動されない。また自己のちっぽけな、濁った私情に負けることなく、正義の信念に殉じて恐れない。真理の導く方向へ、堂々と、まっすぐに進んでいくことができる。学問と教養によって、耕され、練り鍛えられた確固たる人格と知性。そうした、ゆるぎなき「人格の人」「知性の人」になっていただきたい。
昭63・8・16
☆女性に贈ることば 十二月二十六日
私たちの心を明朗に
楽しげにさせてくれる
母の輝かしい振舞いよ!
母には
上流階級も
下流階級もない。
何も着飾らなくても
そのままが大女優だ。
☆今日のことば 十二月二十六日
理性は、両刃の剣であり、善にも悪にも、通ずるわけである。善の面は、さらにどこまでものばしていきたいものだ。悪の面は、是非とも、何らかの歯止めがほしいものである。その歯止めがなければ、おそろしくて、善の面も、のばすわけにはいかなくなってしまうのではなかろうか。
☆世界広布新時代第2回各部代表者会議へのメッセージ
◇新たな挑戦と開拓を
池田名誉会長はメッセージを寄せ、大勝利の一年を喜び、全同志の奮闘に心から感謝。中でも、婦人部の友の労をねぎらいつつ、
「一番地道にして、一番粘り強い戦いに徹してくれる婦人部の信心あればこそ、わが学会は難攻不落である」と最大に賞讃した。
そして、日蓮大聖人は『心にふかき・えうじんあるべし』(P1176)と戒められた。今、全てが順調であるからこそ、油断なく、勝って兜の緒を締めて邁進していこうと望んだ。さらに「真実の勝利とは、最後の最後まで、戦い抜いた時にある。指導者は一生涯、その決心で、張り切って指揮を執り続ける以外にない。私も最も深き宿縁で結ばれた皆さんと、万代までの流れを、いやまして創り広げていきます」と力を込めた。
ここで名誉会長は、明年の新年号から小説『新・人間革命』第27巻の次章を「正義」のタイトルで開始することを発表した。
その際、「観心本尊抄」の一節−−『末法の初めは膀法の国にして、衆生の機根が悪いので、述化・他方の菩薩等では、とても弘通に耐えられない。ゆえに仏はこれを制止し、地涌の大菩薩を召し出して、寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字をもって一閻浮提の一切衆生に授与せしめたのである。』(P250、趣意)を拝読。
「この御本仏の仰せのままに、一閻浮提へ大法弘通しているのが、創価の師弟である。死身弘法の牧□・戸田両先生から受け継いできた、この最極の正義の旗を、我らは永遠に高く掲げゆくのだ。そして一切を勝ち切るのである。正義が勝だなければ、師弟の誓願である広宣流布は断絶してしまうからだ」と強調した。
最後に、大事な新年も、原田会長を中心に全員が心を一致させ、尊き同志を厳然と守りながら、新たな挑戦と開拓に打って出て、新時代の平和・文化・教育の連帯のすそ野を拡大していただきたいと念願。「自行化他の題目で生命を飾り、慈折広布の大道を無量無辺に開きゆこう!」 「わが掌中の珠たる青年部、頼むよ」 「皆、体を大事に!」 「最高によいお正月をお迎えください」と呼び掛けた。
2013年12月25日水曜日
2013.12.25 わが友に贈る
健康こそ幸福の土台。
朗々たる勤行・唱題
節度ある食生活
適切な休養・睡眠で
体調管理を万全に!
妙密上人御消息 P1237
『人に食を施すに三の功徳あり一には命をつぎ二には色をまし三には力を授く』
◇希望の明日へ
人間の幸福のために役立たない学問、人生に価値を生まない死せる知識を、いくら誇っても、それは幻影のようなものである。まして知識が増えた結果、人間を軽蔑するにいたったとしたら、本末転倒といわざるをえない。
昭63・6・21
☆女性に贈ることば 十二月二十五日
人生は、順調な時だけではない。時に、思いもかけなかったような苦難に出合うことがある。
しかし、いくら泣き言を言い、運命を嘆いても、始まらない。心強く生きる人が、本当の幸福をつかむことができる。
☆今日のことば 十二月二十五日
真面目な そして熱心な君の言葉が
口を吐いて出てゆく
やがて人々は
必ず謹聴するであろう
朗々たる勤行・唱題
節度ある食生活
適切な休養・睡眠で
体調管理を万全に!
妙密上人御消息 P1237
『人に食を施すに三の功徳あり一には命をつぎ二には色をまし三には力を授く』
◇希望の明日へ
人間の幸福のために役立たない学問、人生に価値を生まない死せる知識を、いくら誇っても、それは幻影のようなものである。まして知識が増えた結果、人間を軽蔑するにいたったとしたら、本末転倒といわざるをえない。
昭63・6・21
☆女性に贈ることば 十二月二十五日
人生は、順調な時だけではない。時に、思いもかけなかったような苦難に出合うことがある。
しかし、いくら泣き言を言い、運命を嘆いても、始まらない。心強く生きる人が、本当の幸福をつかむことができる。
☆今日のことば 十二月二十五日
真面目な そして熱心な君の言葉が
口を吐いて出てゆく
やがて人々は
必ず謹聴するであろう
2013年12月24日火曜日
2013.12.24 わが友に贈る
子どもたちの話に
じっくり耳を傾けよう!
温かな触れ合いで
家族の絆をさらに強く。
充実の友好期間を!
法華経題目抄 P944
『六万九千三百八十四字一一の字の下に一の妙あり総じて六万九千三百八十四の妙あり、妙とは天竺には薩と云い漢土には妙と云う妙とは具の義なり具とは円満の義なり、法華経の一一の文字一字一字に余の六万九千三百八十四字を納めたり、譬えば大海の一?の水に一切の河の水を納め一の如意宝珠の芥子計りなるが一切の如意宝珠の財を雨らすが如し』
◇希望の明日へ
「自分自身がしびれているからこそ、他人もしびれさせる」(プラトンが記したソクラテスの言葉。「メノン」『世界文学大系3』)−−これこそ、人間教育、徳育を成り立たせる鉄則であり、いってみれば千古不磨の"黄金律"であろう。そこには、教える者が学ぶ者を高みから脾睨する風など少しもない。徹底して、平等で公正な目線が保たれている。そこから響いてくるのは、一個の人格と人格とが、全人間的に触れ合い、打ち合う入魂と和気の共鳴和音である。そこに形成される信頼の"かたち"こそ、古来"徳"と呼ばれてきたものである。
平6・1・26
☆女性に贈ることば 十二月二十四日
冬の寒さを知る人こそが、春の暖かさを実感できる。
苦しみの闇が深かった分だけ、大きな幸福の朝が光るのである。
どんな運命も価値に転換していく人−−それが、人間としての勝利者であり、王者であろう。
☆今日のことば 十二月二十四日
幸せそうでも
悲しみのある人生よりも
私は 多忙でも
充実した 心より満足できる
人生の総仕上げを 成し遂げたい
☆名誉会長と共に今日も広布へNo.048 尊き地区の勇者に最敬礼
学会はだれも想像しなかった大発展だ。
伸びゆく青年の姿ほど、うれしいものはない。
戸田先生は、広布の未来を開かんと、ただ人材を育てられた。厳愛の声が響く。
「仏法は勝負だ。闘争を開始するからには、それだけの準備と決意と闘魂をもって、断じて勝つのだ!
指導者になりゆく君たちは、大局観を決して見失ってはならない」
断じて民衆を守り抜く。
一人も残らず幸福に。
そこに指導者の責務と祈りがある。
広宣流布誓願勤行会が連日、歓喜にあふれ開かれている。生まれ変わった決意で進む友の笑顔が清々しい。日本中、世界中に希望が広がる。
今再び、信心の原点を確認し、広布の第一線に勇んで飛び出したい。皆が一兵卒の覚悟で戦う時である。
地区が本陣である。
地区が突破口である。
地区が電源地である。
わが尊き地区部長、地区婦人部長の皆様こそ、広布第一線の「学会の要」である。
私の心は、最も苦労し、学会を支えてくださっている要の中の要の全地区部長、全地区婦人部長と常に一緒である。偉大な地区の勇者の皆さんに最敬礼を捧げたい。
御書に『竹の節を一つ破ぬれば」余の節亦破るるが如し』(P1046)と仰せである。広布の破竹の勢いを、わが地区から起こすのだ。
広宣流布の戦いの労苦は、全て、自分自身と一家眷属の大福運に変わる。未来永遠に一切を勝ち越えていく生命に必ずなれるということを、深く確信していただきたい。
じっくり耳を傾けよう!
温かな触れ合いで
家族の絆をさらに強く。
充実の友好期間を!
法華経題目抄 P944
『六万九千三百八十四字一一の字の下に一の妙あり総じて六万九千三百八十四の妙あり、妙とは天竺には薩と云い漢土には妙と云う妙とは具の義なり具とは円満の義なり、法華経の一一の文字一字一字に余の六万九千三百八十四字を納めたり、譬えば大海の一?の水に一切の河の水を納め一の如意宝珠の芥子計りなるが一切の如意宝珠の財を雨らすが如し』
◇希望の明日へ
「自分自身がしびれているからこそ、他人もしびれさせる」(プラトンが記したソクラテスの言葉。「メノン」『世界文学大系3』)−−これこそ、人間教育、徳育を成り立たせる鉄則であり、いってみれば千古不磨の"黄金律"であろう。そこには、教える者が学ぶ者を高みから脾睨する風など少しもない。徹底して、平等で公正な目線が保たれている。そこから響いてくるのは、一個の人格と人格とが、全人間的に触れ合い、打ち合う入魂と和気の共鳴和音である。そこに形成される信頼の"かたち"こそ、古来"徳"と呼ばれてきたものである。
平6・1・26
☆女性に贈ることば 十二月二十四日
冬の寒さを知る人こそが、春の暖かさを実感できる。
苦しみの闇が深かった分だけ、大きな幸福の朝が光るのである。
どんな運命も価値に転換していく人−−それが、人間としての勝利者であり、王者であろう。
☆今日のことば 十二月二十四日
幸せそうでも
悲しみのある人生よりも
私は 多忙でも
充実した 心より満足できる
人生の総仕上げを 成し遂げたい
☆名誉会長と共に今日も広布へNo.048 尊き地区の勇者に最敬礼
学会はだれも想像しなかった大発展だ。
伸びゆく青年の姿ほど、うれしいものはない。
戸田先生は、広布の未来を開かんと、ただ人材を育てられた。厳愛の声が響く。
「仏法は勝負だ。闘争を開始するからには、それだけの準備と決意と闘魂をもって、断じて勝つのだ!
指導者になりゆく君たちは、大局観を決して見失ってはならない」
断じて民衆を守り抜く。
一人も残らず幸福に。
そこに指導者の責務と祈りがある。
広宣流布誓願勤行会が連日、歓喜にあふれ開かれている。生まれ変わった決意で進む友の笑顔が清々しい。日本中、世界中に希望が広がる。
今再び、信心の原点を確認し、広布の第一線に勇んで飛び出したい。皆が一兵卒の覚悟で戦う時である。
地区が本陣である。
地区が突破口である。
地区が電源地である。
わが尊き地区部長、地区婦人部長の皆様こそ、広布第一線の「学会の要」である。
私の心は、最も苦労し、学会を支えてくださっている要の中の要の全地区部長、全地区婦人部長と常に一緒である。偉大な地区の勇者の皆さんに最敬礼を捧げたい。
御書に『竹の節を一つ破ぬれば」余の節亦破るるが如し』(P1046)と仰せである。広布の破竹の勢いを、わが地区から起こすのだ。
広宣流布の戦いの労苦は、全て、自分自身と一家眷属の大福運に変わる。未来永遠に一切を勝ち越えていく生命に必ずなれるということを、深く確信していただきたい。
2013.12.23 わが友に贈る
交通事故を起こすな。
わき見・飲酒運転や
速度超過は厳禁。
賢明に意義ある
年末年始を!
弥三郎殿御返事 P1451
『但偏に思い切るべし、今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり』
◇今週のことば
「陰徳あれば陽報あり」
尊き役員の皆様方の
偉大な奮闘に深謝!
無事故・健康第一で
我らは黄金の年輪を!
2013年12月16日
◇希望の明日へ
教育は、教育者自身の人格の問題が大きい。なかんずく大切なのは、人間としての謙虚さである。倣慢であっては、礼儀も愛情も伴わない。真の英知も輝かない。それでは学生が尊敬できるはずがない。ゆえに教育の実りも期待できないのである。
平5・6・30
☆女性に贈ることば 十二月二十三日
結婚が、すなわち幸福であると錯覚する人も多い。
当然、結婚は自由である。しかし、周囲の人びとの反対を押しきり、恋愛に溺れ、後悔の涙で苦しんでいる人も多くいるということを、知らねばならない。
より多くの善人、多くの友人、そして多くの先輩に囲まれて、初めて、恵まれた自分自身の発見がある。
☆今日のことば 十二月二十三日
幸福は、けっして山のかなたにはない。自己自身の内にある。しかし、坐して安閑としている自分ではなく、あくまで、かなたにあるものをめざして、けわしい尾根に挑戦し、障害を一歩一歩、克服してすすんでいる"戦う自分"の生命の躍動の内にあるのだ。
☆学園抄第13回 陰の力
◇親孝行の人たれ
学園生の陰には、親や家族がいる。創立者は折に触れ、親孝行を訴える。
「『お母さん、いつも、ごはんをつくってくれてありがとう』『お父さん、いつもお仕事をしてくれてありがとう』と真心の言葉をかけていける人になってもらいたい」
「本当の親孝行とは、諸君が負けないことです。今はどんな姿であっても、最後は、断じて勝つことです」
1970年(昭和45年)6月9日、創立者が東京校を訪れた。駆け寄ってくる生徒たち。
「お父さん、お母さんは、お元気かい?」
ある中学一年生に尋ねた。下宿生たった。
「母は元気に、毎日、仕事に頑張っています」
「お父さんは?」
「父は亡くなりました……。でも、父の分まで成長して頑張ります!」
けなげな決意を、創立者が包み込む。
「君がきっと成長し、お母さんに親孝行すると約束してください」
「はい!」
生徒の目が赤くなる。
「泣くことはないよ。皆で寮歌を歌おうよ」
♪草木は萌ゆる……
その生徒を中心に合唱。声にならない。創立者は心から歌を讃えた。
「本当によかったよ!」
この激励を原点に、生徒は勉学に励んだ。総合商社に勤務後、アニメなどの映像作品を扱う関連企業の社長に就任。世界の子どもたちへ夢を贈っている。
98年11月20日、関西校の卒業予定者と創立者の記念撮影会が京都で開かれた。
撮影が終わり、創立者の配慮で菓子が配られる。
「食べていいよ!」
和やかな雰囲気で、創立者のスピーチが始まろうとした時。
「そのせんべい、半分、分けてよ」
えっ! 突然、話し掛けられた高校三年の男子。半分を創立者に手渡す。
「君も食べて。おいしいんだよ」
創立者と1枚を分け合って食べる。"父子"のような触れ合い。
「お母さんにも持って帰ってあげてね!」
先生はご存じなんやろうか……。一年前、父を亡くした。昔から懸命に家庭を支える母に喜んでほしくて学園に入った−−。
さらに創立者のスピーチは、親と死別した中国・周恩来総理について。
「若くして、その悲しみや苦しみを早く乗り越えていった青年は、人よりも、強く、深く、大きな人生を生きられる」
大学進学後、生徒は進路に悩んだ。思い出すのは"せんべいの励まし"。先生みたいに人の心が分かる教師になろう! 今、故郷の小学校で教壇に立つ。親がいない子に寄り添う。
「人より苦労した分、強くなれるんや。僕も、尊敬する人にそう言われて頑張ってきた。お母さんを大事にするんやで」
「裏方の役割をやって、自分を支えてくれる親への感謝が深くなりました」と語る新世紀栄光班員。
おはよう隊の生徒は「お世話になっている方々への感謝を込めて、あいさつも清掃もやっています」。
学園は「ありがとう」の心に満ちている。
わき見・飲酒運転や
速度超過は厳禁。
賢明に意義ある
年末年始を!
弥三郎殿御返事 P1451
『但偏に思い切るべし、今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり』
◇今週のことば
「陰徳あれば陽報あり」
尊き役員の皆様方の
偉大な奮闘に深謝!
無事故・健康第一で
我らは黄金の年輪を!
2013年12月16日
◇希望の明日へ
教育は、教育者自身の人格の問題が大きい。なかんずく大切なのは、人間としての謙虚さである。倣慢であっては、礼儀も愛情も伴わない。真の英知も輝かない。それでは学生が尊敬できるはずがない。ゆえに教育の実りも期待できないのである。
平5・6・30
☆女性に贈ることば 十二月二十三日
結婚が、すなわち幸福であると錯覚する人も多い。
当然、結婚は自由である。しかし、周囲の人びとの反対を押しきり、恋愛に溺れ、後悔の涙で苦しんでいる人も多くいるということを、知らねばならない。
より多くの善人、多くの友人、そして多くの先輩に囲まれて、初めて、恵まれた自分自身の発見がある。
☆今日のことば 十二月二十三日
幸福は、けっして山のかなたにはない。自己自身の内にある。しかし、坐して安閑としている自分ではなく、あくまで、かなたにあるものをめざして、けわしい尾根に挑戦し、障害を一歩一歩、克服してすすんでいる"戦う自分"の生命の躍動の内にあるのだ。
☆学園抄第13回 陰の力
◇親孝行の人たれ
学園生の陰には、親や家族がいる。創立者は折に触れ、親孝行を訴える。
「『お母さん、いつも、ごはんをつくってくれてありがとう』『お父さん、いつもお仕事をしてくれてありがとう』と真心の言葉をかけていける人になってもらいたい」
「本当の親孝行とは、諸君が負けないことです。今はどんな姿であっても、最後は、断じて勝つことです」
1970年(昭和45年)6月9日、創立者が東京校を訪れた。駆け寄ってくる生徒たち。
「お父さん、お母さんは、お元気かい?」
ある中学一年生に尋ねた。下宿生たった。
「母は元気に、毎日、仕事に頑張っています」
「お父さんは?」
「父は亡くなりました……。でも、父の分まで成長して頑張ります!」
けなげな決意を、創立者が包み込む。
「君がきっと成長し、お母さんに親孝行すると約束してください」
「はい!」
生徒の目が赤くなる。
「泣くことはないよ。皆で寮歌を歌おうよ」
♪草木は萌ゆる……
その生徒を中心に合唱。声にならない。創立者は心から歌を讃えた。
「本当によかったよ!」
この激励を原点に、生徒は勉学に励んだ。総合商社に勤務後、アニメなどの映像作品を扱う関連企業の社長に就任。世界の子どもたちへ夢を贈っている。
98年11月20日、関西校の卒業予定者と創立者の記念撮影会が京都で開かれた。
撮影が終わり、創立者の配慮で菓子が配られる。
「食べていいよ!」
和やかな雰囲気で、創立者のスピーチが始まろうとした時。
「そのせんべい、半分、分けてよ」
えっ! 突然、話し掛けられた高校三年の男子。半分を創立者に手渡す。
「君も食べて。おいしいんだよ」
創立者と1枚を分け合って食べる。"父子"のような触れ合い。
「お母さんにも持って帰ってあげてね!」
先生はご存じなんやろうか……。一年前、父を亡くした。昔から懸命に家庭を支える母に喜んでほしくて学園に入った−−。
さらに創立者のスピーチは、親と死別した中国・周恩来総理について。
「若くして、その悲しみや苦しみを早く乗り越えていった青年は、人よりも、強く、深く、大きな人生を生きられる」
大学進学後、生徒は進路に悩んだ。思い出すのは"せんべいの励まし"。先生みたいに人の心が分かる教師になろう! 今、故郷の小学校で教壇に立つ。親がいない子に寄り添う。
「人より苦労した分、強くなれるんや。僕も、尊敬する人にそう言われて頑張ってきた。お母さんを大事にするんやで」
「裏方の役割をやって、自分を支えてくれる親への感謝が深くなりました」と語る新世紀栄光班員。
おはよう隊の生徒は「お世話になっている方々への感謝を込めて、あいさつも清掃もやっています」。
学園は「ありがとう」の心に満ちている。
2013年12月22日日曜日
2013.12.22 わが友に贈る
漠然とした決意では
結果は残せない。
明年の勝利へ
わが目標を
明確に!具体的に!
兄弟抄 P1086
『未来までのものがたりなに事かこれにすぎ候べき』
◇希望の明日へ
教育は人類の知の財産を伝える聖業である。しかし、そのためには善の心を共有しなければならない。悪徳の人間には"英知の相伝"はない−−。これは学問の世界に限らず、政治家にも、聖職者にもいえよう。知を生かすのも殺すのも人である。人間の教育なくして、宝の継承もありえない。ゆえに、大学をはじめ、善き人と善き人の集いでなければ使命は果たせない。
平5・6・30
☆女性に贈ることば 十二月二十二日
テレビを見て楽しむのもよいし、そこから学べることもたくさんある。
しかし、テレビの中の華やかさは、幻のようなものです。虚像に振り回されては、賢明な生き方はできません。
☆今日のことば 十二月二十二日
信念も、基準もなく、批判のみしている人が、賢明に見える社会である。信念、基準を持てる人は、一往、受け身になるようでも、結局は強く、幸福であることを忘れてはならない。
☆学園抄第13回 陰の力
◇天からの便り
「おはようございます!
右側通行にご協力をお願いします!」
東京校の最寄り駅である西武国分寺線・鷹の台駅。朝、駅前の商店街で爽やかなあいさつが聞こえる。
潮流会(男子通学生)と新生会(女子通学生)の「おはよう隊」である。
他校の生徒も利用する同駅。商店街は人であふれる。地元の方々に迷惑を掛けてはいけない。学園生が長年、自発的に安全の声掛けを行ってきた。
近隣の人から感謝の言葉が伝えられることもある。生徒は「皆が元気よく一日を出発できるように」と、朗らかにあいさつをする。
深夜からの雪で銀世界が広がった1983年(昭和58年)2月17日の東京校。創立者が中学・高校三年生と記念撮影に臨んだ。
終了後、会場の体育館の外に出た。降り続く雪の中に人影がある。黙々と雪かきをする生徒だった。
「記念撮影しよう!」
創立者が提案。あちこちから生徒が集まってくるのを待つ。傘を差し出されても「皆も雪の中にいるんだから」と拒んだ。
気温約1度。息が白い。頬を赤くさせる生徒。
「寒かっただろう。ありがとう!」
優しく語る創立者の肩にも、うっすら白く積もる。雪が舞う空を見上げた。
「天からの便りだよ」
創立者は後に述懐した。
「彼らの姿は、あまりにも凛々しく、誇り高かった。ああ、君たちがいる限り、わが創価学園は、永遠に人材育成の城として盤石であると、確信した」
「皆のために一番苦労している人は誰か−−。正義とは、その真心を知り、その恩に報いる力を持つことだ」
創立者と写真に納まったのは他の役員を加えて約50人。公認会計士、医師、大学教員など多彩に活躍する。
結果は残せない。
明年の勝利へ
わが目標を
明確に!具体的に!
兄弟抄 P1086
『未来までのものがたりなに事かこれにすぎ候べき』
◇希望の明日へ
教育は人類の知の財産を伝える聖業である。しかし、そのためには善の心を共有しなければならない。悪徳の人間には"英知の相伝"はない−−。これは学問の世界に限らず、政治家にも、聖職者にもいえよう。知を生かすのも殺すのも人である。人間の教育なくして、宝の継承もありえない。ゆえに、大学をはじめ、善き人と善き人の集いでなければ使命は果たせない。
平5・6・30
☆女性に贈ることば 十二月二十二日
テレビを見て楽しむのもよいし、そこから学べることもたくさんある。
しかし、テレビの中の華やかさは、幻のようなものです。虚像に振り回されては、賢明な生き方はできません。
☆今日のことば 十二月二十二日
信念も、基準もなく、批判のみしている人が、賢明に見える社会である。信念、基準を持てる人は、一往、受け身になるようでも、結局は強く、幸福であることを忘れてはならない。
☆学園抄第13回 陰の力
◇天からの便り
「おはようございます!
右側通行にご協力をお願いします!」
東京校の最寄り駅である西武国分寺線・鷹の台駅。朝、駅前の商店街で爽やかなあいさつが聞こえる。
潮流会(男子通学生)と新生会(女子通学生)の「おはよう隊」である。
他校の生徒も利用する同駅。商店街は人であふれる。地元の方々に迷惑を掛けてはいけない。学園生が長年、自発的に安全の声掛けを行ってきた。
近隣の人から感謝の言葉が伝えられることもある。生徒は「皆が元気よく一日を出発できるように」と、朗らかにあいさつをする。
深夜からの雪で銀世界が広がった1983年(昭和58年)2月17日の東京校。創立者が中学・高校三年生と記念撮影に臨んだ。
終了後、会場の体育館の外に出た。降り続く雪の中に人影がある。黙々と雪かきをする生徒だった。
「記念撮影しよう!」
創立者が提案。あちこちから生徒が集まってくるのを待つ。傘を差し出されても「皆も雪の中にいるんだから」と拒んだ。
気温約1度。息が白い。頬を赤くさせる生徒。
「寒かっただろう。ありがとう!」
優しく語る創立者の肩にも、うっすら白く積もる。雪が舞う空を見上げた。
「天からの便りだよ」
創立者は後に述懐した。
「彼らの姿は、あまりにも凛々しく、誇り高かった。ああ、君たちがいる限り、わが創価学園は、永遠に人材育成の城として盤石であると、確信した」
「皆のために一番苦労している人は誰か−−。正義とは、その真心を知り、その恩に報いる力を持つことだ」
創立者と写真に納まったのは他の役員を加えて約50人。公認会計士、医師、大学教員など多彩に活躍する。
2013.12.21 わが友に贈る
本年の総仕上げへ
弘教に駆ける若き友に
最大の励ましを!
先輩の祈りと応援が
壁を破る力となる!
一昨日御書 P183
『彼の太公が殷の国に入りしは西伯の礼に依り張良が秦朝を量りしは漢王の誠を感ずればなり、是れ皆時に当つて賞を得謀を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外に決せし者なり』
◇希望の明日へ
教育という根の探さこそが、社会の深さであり、文化の深さである。また、教育こそ、人間と人間を結ぶ連帯の源流であり、未来を開く繁栄のエネルギーである。そして、人間をもっとも人間らしく開花させていく平和の大地である。ゆえに、人間教育を軽視する時、政治であれ、経済であれ、科学であれ、宗教であれ、人間を抑圧していく危険性をはらんでいる。
平5・3・1
☆女性に贈ることば 十二月二十一日
どんな分野であれ、高い目標を目指して頑張っていけば、すべてに通じていく。
努力すること。耐えること。あきらめないこと。弱い自分に打ち勝つこと。人生にとって必要な、そうしたいっさいが含まれていく。
なんであれ、徹することだ。徹した人にはかなわない。
☆今日のことば 十二月二十一日
いかなる大業も地道な努力の積み重ねを無視しては、達成されまい。そして、その戦いにあって、最も大事なことは、人の心をつかむことであろう。しかも、人の心を動かし、捉えるものは、策でも技術でもない。ただ誠実と熱意なのである。
☆学園抄第13回 陰の力
◇輝く「感謝」と「報恩」の思い
創価学園の四季を彩る数々の行事。その陰には成功を支える学園生かいる。
先月16日、「英知の日」記念集会が開かれた関西創価中学・高校の講堂。ところどころに、白い腕章の生徒が座っている。体調不良の人がいないか見守る「救護班」である。音響や照明を操る「放送班」は、光の当たらない場所で"大役"を担う。
そして入退場時に動き回る役員たち。水色の腕章に「整理」の文字。整理誘導の任務につく「新世紀栄光班」の生徒だった。
行事の2日前。放課後の講堂に元気な声が響く。
「引っ張ってください!」
班員を中心に会場をセッティング。床に長いシートを敷いていく。シワがないよう力を合わせ、ピンと張る。「つまずく人がいると危ないので」と班員。
次は椅子。フロアの端から端ヘメジャーを引き、1列ずつパイプ椅子を揃える。「皆に『きれい』つて喜んでもらいたい」と、1センチ単位の精密さ。翌日も微調整して仕上げる。
行事当日の朝、講堂への誘導態勢を確認。関西校は広い。どのクラスから順に、どこを通って移動するか。生徒自身が考える。
こうして行事のたび、事前準備や清掃、当日の整理誘導、片付けに取り組む。
多くの生徒が先輩の姿に感銘を受けて入班する。
「入試で緊張してる時、"水色の腕章の人"が『頑張ってください』って笑顔でカイロを配ってくれて。創立者の心を感じました」
班活動で、皆が自身の変化を感じる。
「何ごとにも自信がもてるようになりました」
「最初は積極的ではなかったけど、真剣な先輩と皆の笑顔を見て、人に喜ばれる充実感を知りました」
東西の学園行事に出席した創立者・池田名誉会長は「陰」に光を当てる。
音響役員を「こうして陰で頑張っている人が、一番偉い人なんだ」と激励。
設営作業の生徒に「百点満点だよ」と喝采を送る。
清掃に励んだ生徒には「チリーつ落ちていない。ゴミ一つない。真心で、きれいな中で迎えてくれて本当にありがとう」と伝言。
その一言が学園生の喜びと誇りになる。
関西校の前身・創価女子学園が開校した1973年(昭和48年)。9月14日の第1回希望祭の折、「整理班」が結成された。現在の新世紀栄光班である。
体育系クラブのキャプテンなどが集まり、当日の整理誘導を担当した。
創立者が校内を歩くと、生徒や保護者が押し寄せてくる。事故が起きないように、人の流れを整理し、皆を守った。
「整理役員の人だね。みんなしっかりしてるね!」
思いがけない、創立者からの言葉。「ありがとう」とジュースを贈られた。
役員の私たちまで激励を……。胸が熱くなった。
創立者と学園生のために行動する−−班の伝統精神が築かれた。
85年10月10日の第4回健康祭。関西校に着いた創立者夫妻は、校門そばの噴水前で車を降りた。
会場のグラウンドへ続く坂に生徒がいる。水色の腕章の整理班など生徒役員が競技中も任についていた。
「一緒に歩こう!」
声を掛けていく創立者。
「ご苦労さま! きょうは遊ぶんだよ!」
労いながら、皆と歩く。坂は急で長い。立ち止まりつつ、ゆっくり上る。
「疲れたよ。おじいさんとおばあさんが歩いてるんだから」
ユーモアに創立者夫人も役員たちも、ほほ笑む。
グラウンドの入り口に到着。湧く歓声。創立者は帽子を取って手を振り、勢いよく入っていった。
創立者の体調が思わしくなかったことを、皆は後日に知る。それでも坂を歩いて役員を励まし、毅然と振る舞っていた創立者。その後ろ姿を心に焼き付けた役員から、医学博士や弁護士などが誕生した。
弘教に駆ける若き友に
最大の励ましを!
先輩の祈りと応援が
壁を破る力となる!
一昨日御書 P183
『彼の太公が殷の国に入りしは西伯の礼に依り張良が秦朝を量りしは漢王の誠を感ずればなり、是れ皆時に当つて賞を得謀を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外に決せし者なり』
◇希望の明日へ
教育という根の探さこそが、社会の深さであり、文化の深さである。また、教育こそ、人間と人間を結ぶ連帯の源流であり、未来を開く繁栄のエネルギーである。そして、人間をもっとも人間らしく開花させていく平和の大地である。ゆえに、人間教育を軽視する時、政治であれ、経済であれ、科学であれ、宗教であれ、人間を抑圧していく危険性をはらんでいる。
平5・3・1
☆女性に贈ることば 十二月二十一日
どんな分野であれ、高い目標を目指して頑張っていけば、すべてに通じていく。
努力すること。耐えること。あきらめないこと。弱い自分に打ち勝つこと。人生にとって必要な、そうしたいっさいが含まれていく。
なんであれ、徹することだ。徹した人にはかなわない。
☆今日のことば 十二月二十一日
いかなる大業も地道な努力の積み重ねを無視しては、達成されまい。そして、その戦いにあって、最も大事なことは、人の心をつかむことであろう。しかも、人の心を動かし、捉えるものは、策でも技術でもない。ただ誠実と熱意なのである。
☆学園抄第13回 陰の力
◇輝く「感謝」と「報恩」の思い
創価学園の四季を彩る数々の行事。その陰には成功を支える学園生かいる。
先月16日、「英知の日」記念集会が開かれた関西創価中学・高校の講堂。ところどころに、白い腕章の生徒が座っている。体調不良の人がいないか見守る「救護班」である。音響や照明を操る「放送班」は、光の当たらない場所で"大役"を担う。
そして入退場時に動き回る役員たち。水色の腕章に「整理」の文字。整理誘導の任務につく「新世紀栄光班」の生徒だった。
行事の2日前。放課後の講堂に元気な声が響く。
「引っ張ってください!」
班員を中心に会場をセッティング。床に長いシートを敷いていく。シワがないよう力を合わせ、ピンと張る。「つまずく人がいると危ないので」と班員。
次は椅子。フロアの端から端ヘメジャーを引き、1列ずつパイプ椅子を揃える。「皆に『きれい』つて喜んでもらいたい」と、1センチ単位の精密さ。翌日も微調整して仕上げる。
行事当日の朝、講堂への誘導態勢を確認。関西校は広い。どのクラスから順に、どこを通って移動するか。生徒自身が考える。
こうして行事のたび、事前準備や清掃、当日の整理誘導、片付けに取り組む。
多くの生徒が先輩の姿に感銘を受けて入班する。
「入試で緊張してる時、"水色の腕章の人"が『頑張ってください』って笑顔でカイロを配ってくれて。創立者の心を感じました」
班活動で、皆が自身の変化を感じる。
「何ごとにも自信がもてるようになりました」
「最初は積極的ではなかったけど、真剣な先輩と皆の笑顔を見て、人に喜ばれる充実感を知りました」
東西の学園行事に出席した創立者・池田名誉会長は「陰」に光を当てる。
音響役員を「こうして陰で頑張っている人が、一番偉い人なんだ」と激励。
設営作業の生徒に「百点満点だよ」と喝采を送る。
清掃に励んだ生徒には「チリーつ落ちていない。ゴミ一つない。真心で、きれいな中で迎えてくれて本当にありがとう」と伝言。
その一言が学園生の喜びと誇りになる。
関西校の前身・創価女子学園が開校した1973年(昭和48年)。9月14日の第1回希望祭の折、「整理班」が結成された。現在の新世紀栄光班である。
体育系クラブのキャプテンなどが集まり、当日の整理誘導を担当した。
創立者が校内を歩くと、生徒や保護者が押し寄せてくる。事故が起きないように、人の流れを整理し、皆を守った。
「整理役員の人だね。みんなしっかりしてるね!」
思いがけない、創立者からの言葉。「ありがとう」とジュースを贈られた。
役員の私たちまで激励を……。胸が熱くなった。
創立者と学園生のために行動する−−班の伝統精神が築かれた。
85年10月10日の第4回健康祭。関西校に着いた創立者夫妻は、校門そばの噴水前で車を降りた。
会場のグラウンドへ続く坂に生徒がいる。水色の腕章の整理班など生徒役員が競技中も任についていた。
「一緒に歩こう!」
声を掛けていく創立者。
「ご苦労さま! きょうは遊ぶんだよ!」
労いながら、皆と歩く。坂は急で長い。立ち止まりつつ、ゆっくり上る。
「疲れたよ。おじいさんとおばあさんが歩いてるんだから」
ユーモアに創立者夫人も役員たちも、ほほ笑む。
グラウンドの入り口に到着。湧く歓声。創立者は帽子を取って手を振り、勢いよく入っていった。
創立者の体調が思わしくなかったことを、皆は後日に知る。それでも坂を歩いて役員を励まし、毅然と振る舞っていた創立者。その後ろ姿を心に焼き付けた役員から、医学博士や弁護士などが誕生した。
2013年12月20日金曜日
2013.12.20 わが友に贈る
苦労し抜いてこそ
友の心が分かる
偉大な指導者になれる。
青年よ烈風の中で
不動の自身を築け!
種種御振舞御書 P910
『各各思い切り給へ此の身を法華経にかうるは石に金をかへ糞に米をかうるなり』
◇希望の明日へ
教育は、押しつけであっても、強制であってもならない。一緒に学ぼう、その人の中にある力を引き出し、自分よりさらに立派に育てていこう−−その実践に教育の魂がある。
平5・1・27
☆女性に贈ることば 十二月二十日
雪のように純白な子どもの心は、その人生の揺藍期に出合った環境によって、よくも悪くも、どのようにでも染め上がってしまう。
お母さんの日々の行動すべてが、子どもの心にかけがえのない人生の財産として残り、生きる力となっていくものである。
☆今日のことば 十二月二十日
"現実に無批判"に埋没せよ、ということでは全くない。その逆に、"現実"を批判しつつ、しかもそこから離れず、粘り強い改革をつづける主体性と意志を持続してほしいと、私は思う。
友の心が分かる
偉大な指導者になれる。
青年よ烈風の中で
不動の自身を築け!
種種御振舞御書 P910
『各各思い切り給へ此の身を法華経にかうるは石に金をかへ糞に米をかうるなり』
◇希望の明日へ
教育は、押しつけであっても、強制であってもならない。一緒に学ぼう、その人の中にある力を引き出し、自分よりさらに立派に育てていこう−−その実践に教育の魂がある。
平5・1・27
☆女性に贈ることば 十二月二十日
雪のように純白な子どもの心は、その人生の揺藍期に出合った環境によって、よくも悪くも、どのようにでも染め上がってしまう。
お母さんの日々の行動すべてが、子どもの心にかけがえのない人生の財産として残り、生きる力となっていくものである。
☆今日のことば 十二月二十日
"現実に無批判"に埋没せよ、ということでは全くない。その逆に、"現実"を批判しつつ、しかもそこから離れず、粘り強い改革をつづける主体性と意志を持続してほしいと、私は思う。
2013年12月19日木曜日
2013.12.19 わが友に贈る
広布誓願の祈りこそ
「歓喜の中の大歓喜」。
苦悩を喜びに
宿命を使命に変え
人間革命の勝利劇を!
四条金吾殿御返事 P1185
『今度の命たすかり候は偏に釈迦仏の貴辺の身に入り替らせ給いて御たすけ候か』
◇希望の明日へ
教育とは、まさに人間の幸・不幸にかかわる重大事であり、尊き聖業である。本来、宗教の目的も、民衆の幸福である。にもかかわらず、これまでの宗教の歴中は、民衆を幸福にするどころか、宗教利用の聖職者が、民衆をだまし、搾取し、不幸にすることがあまりにも多かった。宗教的権威は、人々の理性をしぼり、その眼をしばしば狂わせる。しかし、民衆にしっかりした教育があれば、だまされない。聖職者もインチキはできない。逆に教育がなければ、民衆は宗教の奴隷になってしまう危険性がある。横暴な聖職者はいよいよ増長し、人々はますます盲目になっていくに違いない。この悪循環を断ち切らねばならない。
平4・6・2
☆女性に贈ることば 十二月十九日
感謝の心は美しい。自らが縁した人を大事にしていこうという心の余裕が、人生を豊かにする。美しくする。
☆今日のことば 十二月十九日
自分の道はだれにも頼らず、自分で決めることだ。どんな苦難にもくじけない、強い自己の建設のみが、新しい自己の革命となるのである。
☆本部幹部会で紹介された名誉会長の指針
一、先日、ある識者が語っていた。
「創価学会の幹部会は、世界最高の『生命と生命のサミット』『人間と人間のサミット』ですね」と。
見る人は、きちんと見ている。
地道にして誇り高音「民衆のサミット」−−その心意気で進みたい。一番正しいのは「人間主義」である。ゆえに学会の前進が大事なのである。
海外から来られた皆さま、遠いところ、本当にご苦労さま!
温かい心。
信心の心。
同志愛の心。
団結の心。
広宣流布の心。
そして「信心」の魂の結合の組織−−これが創価学会である。これで進みたい。
◇沖縄の天地から立正安国の光を
一、私が沖縄を初めて訪問したのは、40年前−−1960年の7月16日。一番、暑い季節であった。
その日は、日蓮大聖人が時の最高権力者に「立正安国論」を上呈し、国主諌暁をされてより、ちょうど700年後の、その日であった。
この日を、永遠に残る歴史の日に選び、私は行動したのである。
当時、沖縄は大変な苦難の時期であった。
私は皆を励ました。
「沖縄は、必ずや将来、『東洋のハワイ』になります。世界中の人々が憧れ、集い合う天地に必ずなります」
どこよりも、戦争の犠牲になって、苦しみ抜いてこられた沖縄である。
だからこそ、どこよりも「平和」と「幸福」を勝ち取っていかねばならない!
これが、沖縄の使命である。沖縄の戦いである。
また、これが私の祈りであり、決意であり、確信であった。
今、その願いが現実になってきたと私は信ずる。
沖縄の未来のために、私は人知れず、手を打ってきた。
小説『人間革命』の執筆を、愛する沖縄の地で開始したのも、こうした意味からである。
一、わが沖縄の尊き同志は、私も大好きな「沖縄健児の歌」にあるごとく、「命をかけて ひと筋に」、大聖人の御仏意のままに戦い抜いてきた。
今や「一番早い広宣流布の天地」と前進している。
ハブのいる草むらを踏み分け、波浪を乗り越えて、広宣流布の道なき道を切り開いてこられたのが沖縄の同志である。
うれしいことに、正法流布の伸展とともに、沖縄は素晴らしい「繁栄の道」を歩んでこられた。
21世紀へ、いやまして「立正安国」という偉大な平和の光を、赫々と放ち始めた。
◇常に自分自身の原点に立ち返れ
一、沖縄で尊敬されている偉人の一人に、18世紀、琉球王国の黄金時代を築いた蔡温という有名な哲人指導者がいる。
"人間学の達人"であった蔡温は、次のようなエピソードを書き残している。
それは、一人の少年に対する、おじいさんの「励ましの対話」である。
この沖縄の少年は、誇りをもって、おじいさんに言った。
「私は、先祖代々に伝わる大切な剣を持っています。それを毎日、一日も怠らず、磨いております」
すると、おじいさんが尋ねた。
「その剣以外に、おまえは何か宝を持っているか」
少年は答える。「何も持っておりません」
おじいさんは静かに言った。
「その剣など、小さな宝にすぎないのだよ。君は、最高の宝を持っている。それは、君自身だ」
君自身の生命の宝を、なぜ磨こうとしないのか?
この教えに、少年は深く感じ入って、おじいさんに感謝したという話である。〈韻語編著『蔡温全集』本邦書籍。参照〉
仏法にも通ずる話である。
一、私が申し上げたいのは、常に立ち返るべき原点は「自分自身」であり、「生命それ自体」であるということである。
人間が人間らしく生き、人間らしく生命を輝かせていく。これ以上のことはない。
そこにはじめて、人間らしく「幸福」と「平和」と「自然との共生」を実現していける。
今こそ、「人間」という原点に返るべきではないだろうか。
その点、沖縄には、「命こそ宝」という哲学が光っている。
人間教育の根本も、「生命を大切にすること」である。
だから「絶対に人を殺してはならない」。
だから「絶対に戦争を起こしてはならない」。
簡潔にして根本の原則である。
この点だけは、21世紀の世代に、峻厳に教え伝えていかなければならない。
それ以外のことは、でき得る限り、自由に、伸び伸びと、大らかに、未来部を育て、応援していけばよいと私は思う。
◇学会の座談会は人格の触発の場
一、私は、イラン出身の著名な平和学者であられるテヘラニアン博士と語り合った。
これからの情報社会をリードするには「人間根本の哲学」を持って、「人格と生命の対話」を率先して実践していく指導者が必要である。
この点、テヘラニアン博士も私も、一致した意見であった。
さらに、テヘラニアン博士は、そうした「生命触発のモデル」として、創価学会の座談会運動、対話運動を挙げておられる。
「私は、SGI(創価学会インタナショナル)にみられる座談会などの自主的な小規模のミーティング(会合)のもつ役割を高く評価し、着目しています」と。
「情報技術革命」が進めば進むほど、健全な人間と社会の発展のために、人格と人格がふれあう「一対一の対話」が必要不可欠になるのは当然である。
その時代の最先端の行動をし、新たな地球文明の創造へ貢献しているのが、わが創価学会であると、世界の識者が注目し始めたのである。
◇声が仏の仕事を
一、『声仏事を為す』(P708)−−声が仏の仕事をなすのである。
しゃべることである。対話である。
「柔和忍辱(正法を素直に受持し、難を耐え忍ぶ)の衣」「忍耐の心」を持ちながら日々、生き生きと声を発していく。
「希望の対話」「哲学の対話」「幸福の対話」「和やかな対話」「励ましの対話」−−。
それが人間らしい世界をつくる。それが「勝利への対話」につながるよう戦ってまいりたい。
一、ご健康とご長寿を祈りたい。すべての成功と勝利を祈りたい。
皆さまに、お題目を送ります。皆も祈っていただきたい。
「悪鬼入其身」の反対で、自身の生命に「梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!」
「全学会員に、わが地域のすべての同志の方々の生命に、梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!」−−こう祈れば、千倍、万倍の力が出る。
これが生命変革の「祈り」である。「信仰」である。人間革命への"秘伝"である。
ゆえに、断じて負けることはない。この大確信で進みましょう!
きょうは、ありがとう!
「歓喜の中の大歓喜」。
苦悩を喜びに
宿命を使命に変え
人間革命の勝利劇を!
四条金吾殿御返事 P1185
『今度の命たすかり候は偏に釈迦仏の貴辺の身に入り替らせ給いて御たすけ候か』
◇希望の明日へ
教育とは、まさに人間の幸・不幸にかかわる重大事であり、尊き聖業である。本来、宗教の目的も、民衆の幸福である。にもかかわらず、これまでの宗教の歴中は、民衆を幸福にするどころか、宗教利用の聖職者が、民衆をだまし、搾取し、不幸にすることがあまりにも多かった。宗教的権威は、人々の理性をしぼり、その眼をしばしば狂わせる。しかし、民衆にしっかりした教育があれば、だまされない。聖職者もインチキはできない。逆に教育がなければ、民衆は宗教の奴隷になってしまう危険性がある。横暴な聖職者はいよいよ増長し、人々はますます盲目になっていくに違いない。この悪循環を断ち切らねばならない。
平4・6・2
☆女性に贈ることば 十二月十九日
感謝の心は美しい。自らが縁した人を大事にしていこうという心の余裕が、人生を豊かにする。美しくする。
☆今日のことば 十二月十九日
自分の道はだれにも頼らず、自分で決めることだ。どんな苦難にもくじけない、強い自己の建設のみが、新しい自己の革命となるのである。
☆本部幹部会で紹介された名誉会長の指針
一、先日、ある識者が語っていた。
「創価学会の幹部会は、世界最高の『生命と生命のサミット』『人間と人間のサミット』ですね」と。
見る人は、きちんと見ている。
地道にして誇り高音「民衆のサミット」−−その心意気で進みたい。一番正しいのは「人間主義」である。ゆえに学会の前進が大事なのである。
海外から来られた皆さま、遠いところ、本当にご苦労さま!
温かい心。
信心の心。
同志愛の心。
団結の心。
広宣流布の心。
そして「信心」の魂の結合の組織−−これが創価学会である。これで進みたい。
◇沖縄の天地から立正安国の光を
一、私が沖縄を初めて訪問したのは、40年前−−1960年の7月16日。一番、暑い季節であった。
その日は、日蓮大聖人が時の最高権力者に「立正安国論」を上呈し、国主諌暁をされてより、ちょうど700年後の、その日であった。
この日を、永遠に残る歴史の日に選び、私は行動したのである。
当時、沖縄は大変な苦難の時期であった。
私は皆を励ました。
「沖縄は、必ずや将来、『東洋のハワイ』になります。世界中の人々が憧れ、集い合う天地に必ずなります」
どこよりも、戦争の犠牲になって、苦しみ抜いてこられた沖縄である。
だからこそ、どこよりも「平和」と「幸福」を勝ち取っていかねばならない!
これが、沖縄の使命である。沖縄の戦いである。
また、これが私の祈りであり、決意であり、確信であった。
今、その願いが現実になってきたと私は信ずる。
沖縄の未来のために、私は人知れず、手を打ってきた。
小説『人間革命』の執筆を、愛する沖縄の地で開始したのも、こうした意味からである。
一、わが沖縄の尊き同志は、私も大好きな「沖縄健児の歌」にあるごとく、「命をかけて ひと筋に」、大聖人の御仏意のままに戦い抜いてきた。
今や「一番早い広宣流布の天地」と前進している。
ハブのいる草むらを踏み分け、波浪を乗り越えて、広宣流布の道なき道を切り開いてこられたのが沖縄の同志である。
うれしいことに、正法流布の伸展とともに、沖縄は素晴らしい「繁栄の道」を歩んでこられた。
21世紀へ、いやまして「立正安国」という偉大な平和の光を、赫々と放ち始めた。
◇常に自分自身の原点に立ち返れ
一、沖縄で尊敬されている偉人の一人に、18世紀、琉球王国の黄金時代を築いた蔡温という有名な哲人指導者がいる。
"人間学の達人"であった蔡温は、次のようなエピソードを書き残している。
それは、一人の少年に対する、おじいさんの「励ましの対話」である。
この沖縄の少年は、誇りをもって、おじいさんに言った。
「私は、先祖代々に伝わる大切な剣を持っています。それを毎日、一日も怠らず、磨いております」
すると、おじいさんが尋ねた。
「その剣以外に、おまえは何か宝を持っているか」
少年は答える。「何も持っておりません」
おじいさんは静かに言った。
「その剣など、小さな宝にすぎないのだよ。君は、最高の宝を持っている。それは、君自身だ」
君自身の生命の宝を、なぜ磨こうとしないのか?
この教えに、少年は深く感じ入って、おじいさんに感謝したという話である。〈韻語編著『蔡温全集』本邦書籍。参照〉
仏法にも通ずる話である。
一、私が申し上げたいのは、常に立ち返るべき原点は「自分自身」であり、「生命それ自体」であるということである。
人間が人間らしく生き、人間らしく生命を輝かせていく。これ以上のことはない。
そこにはじめて、人間らしく「幸福」と「平和」と「自然との共生」を実現していける。
今こそ、「人間」という原点に返るべきではないだろうか。
その点、沖縄には、「命こそ宝」という哲学が光っている。
人間教育の根本も、「生命を大切にすること」である。
だから「絶対に人を殺してはならない」。
だから「絶対に戦争を起こしてはならない」。
簡潔にして根本の原則である。
この点だけは、21世紀の世代に、峻厳に教え伝えていかなければならない。
それ以外のことは、でき得る限り、自由に、伸び伸びと、大らかに、未来部を育て、応援していけばよいと私は思う。
◇学会の座談会は人格の触発の場
一、私は、イラン出身の著名な平和学者であられるテヘラニアン博士と語り合った。
これからの情報社会をリードするには「人間根本の哲学」を持って、「人格と生命の対話」を率先して実践していく指導者が必要である。
この点、テヘラニアン博士も私も、一致した意見であった。
さらに、テヘラニアン博士は、そうした「生命触発のモデル」として、創価学会の座談会運動、対話運動を挙げておられる。
「私は、SGI(創価学会インタナショナル)にみられる座談会などの自主的な小規模のミーティング(会合)のもつ役割を高く評価し、着目しています」と。
「情報技術革命」が進めば進むほど、健全な人間と社会の発展のために、人格と人格がふれあう「一対一の対話」が必要不可欠になるのは当然である。
その時代の最先端の行動をし、新たな地球文明の創造へ貢献しているのが、わが創価学会であると、世界の識者が注目し始めたのである。
◇声が仏の仕事を
一、『声仏事を為す』(P708)−−声が仏の仕事をなすのである。
しゃべることである。対話である。
「柔和忍辱(正法を素直に受持し、難を耐え忍ぶ)の衣」「忍耐の心」を持ちながら日々、生き生きと声を発していく。
「希望の対話」「哲学の対話」「幸福の対話」「和やかな対話」「励ましの対話」−−。
それが人間らしい世界をつくる。それが「勝利への対話」につながるよう戦ってまいりたい。
一、ご健康とご長寿を祈りたい。すべての成功と勝利を祈りたい。
皆さまに、お題目を送ります。皆も祈っていただきたい。
「悪鬼入其身」の反対で、自身の生命に「梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!」
「全学会員に、わが地域のすべての同志の方々の生命に、梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!」−−こう祈れば、千倍、万倍の力が出る。
これが生命変革の「祈り」である。「信仰」である。人間革命への"秘伝"である。
ゆえに、断じて負けることはない。この大確信で進みましょう!
きょうは、ありがとう!
2013年12月18日水曜日
2013.12.18 わが友に贈る
慌ただしい年の瀬。
身の回りの掃除や
整理整頓を価値的に。
すがすがしい心で
新しい年を迎えよう!
兵衛志殿御返事 P1091
『すこしもをそるる心なかれ過去遠遠劫より法華経を信ぜしかども仏にならぬ事これなり、しをのひるとみつと月の出づるといると夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり』
◇希望の明日へ
"権力者""独裁者"は、教育の発展を恐れる。人々を無知のまま、権威に従属する存在にしておきたいからである。同様に、人間を隷属させる悪しき宗教も、教育を恐れる。そして、"教育の人"を迫害する。私が、いち早く、「教育こそ最終にして、最重要の事業」と宣言し、着々と実行してきたのも、ひとえに"真の人間"をつくりたいとの心にはかならない。
平4・5・4
☆女性に贈ることば 十二月十八日
ありがたいことに、私は妻から、愚痴らしいことを、いっさい問いたことがない。愚痴というのは、今さら言っても仕方のないことだ。「言わない」と割りきってしまえば、たいしたことではなくなる−−というのが、妻の言い分である。自己を律するその強さに、私はずいぶん支えられてきたのかもしれない。
そして妻は何ごとにも感謝を忘れない。一見悪いことのようであっても、"これでまた鍛えられる、成長できる。だからありがたいことだ"−−そう思えば、愚痴はなくなる、朗らかでいられる、と。
☆今日のことば 十二月十八日
様々な国の文化は、それぞれ異なる条件のもとに、それぞれ特有の線をもち、発展を遂げてきている。表面に現れているものは、その一部であり、そこには、それこそ無類の背景が広がっていることを知らなくてはなるまい。物事の判断は一面的であってはならない。そのためにも、絶えず相手側の立場に立っても、物事を考えられる心の広さをもちたいものだ。
身の回りの掃除や
整理整頓を価値的に。
すがすがしい心で
新しい年を迎えよう!
兵衛志殿御返事 P1091
『すこしもをそるる心なかれ過去遠遠劫より法華経を信ぜしかども仏にならぬ事これなり、しをのひるとみつと月の出づるといると夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり』
◇希望の明日へ
"権力者""独裁者"は、教育の発展を恐れる。人々を無知のまま、権威に従属する存在にしておきたいからである。同様に、人間を隷属させる悪しき宗教も、教育を恐れる。そして、"教育の人"を迫害する。私が、いち早く、「教育こそ最終にして、最重要の事業」と宣言し、着々と実行してきたのも、ひとえに"真の人間"をつくりたいとの心にはかならない。
平4・5・4
☆女性に贈ることば 十二月十八日
ありがたいことに、私は妻から、愚痴らしいことを、いっさい問いたことがない。愚痴というのは、今さら言っても仕方のないことだ。「言わない」と割りきってしまえば、たいしたことではなくなる−−というのが、妻の言い分である。自己を律するその強さに、私はずいぶん支えられてきたのかもしれない。
そして妻は何ごとにも感謝を忘れない。一見悪いことのようであっても、"これでまた鍛えられる、成長できる。だからありがたいことだ"−−そう思えば、愚痴はなくなる、朗らかでいられる、と。
☆今日のことば 十二月十八日
様々な国の文化は、それぞれ異なる条件のもとに、それぞれ特有の線をもち、発展を遂げてきている。表面に現れているものは、その一部であり、そこには、それこそ無類の背景が広がっていることを知らなくてはなるまい。物事の判断は一面的であってはならない。そのためにも、絶えず相手側の立場に立っても、物事を考えられる心の広さをもちたいものだ。
2013年12月17日火曜日
2013.12.17 わが友に贈る
リーダーは会員の
プライバシーを
絶対に守ること!
学会の組織は
信頼こそが生命線だ。
法華初心成仏抄 P557
『譬えば篭の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば篭の中の鳥も出でんとするが如し口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ』
◇希望の明日へ
"育てる"に当たって、まず信ずる。その信頼から出発する。それができるのが良き親であり、教育者である。
平4・2・19
☆女性に贈ることば 十二月十七日
結果は大事である。しかし、そこへ向かうプロセス(過程)は、ある意味で、結果以上に大切である。その人が何をしようとしているのか。何を願い、目指し、どう未来へと生きているのか。
その姿にこそ、何ものにもかえがたい人生の躍動がある。その人の人間としての精髄がある。
☆今日のことば 十二月十七日
人間の日常生活の喜びと悔恨は、信じたものが、真実であったか、どうかにかかっているといってよい。この日々の集積が、その人々の一生の幸、不幸を彩るともいえまいか。
プライバシーを
絶対に守ること!
学会の組織は
信頼こそが生命線だ。
法華初心成仏抄 P557
『譬えば篭の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば篭の中の鳥も出でんとするが如し口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ』
◇希望の明日へ
"育てる"に当たって、まず信ずる。その信頼から出発する。それができるのが良き親であり、教育者である。
平4・2・19
☆女性に贈ることば 十二月十七日
結果は大事である。しかし、そこへ向かうプロセス(過程)は、ある意味で、結果以上に大切である。その人が何をしようとしているのか。何を願い、目指し、どう未来へと生きているのか。
その姿にこそ、何ものにもかえがたい人生の躍動がある。その人の人間としての精髄がある。
☆今日のことば 十二月十七日
人間の日常生活の喜びと悔恨は、信じたものが、真実であったか、どうかにかかっているといってよい。この日々の集積が、その人々の一生の幸、不幸を彩るともいえまいか。
2013年12月16日月曜日
2013.12.16 わが友に贈る
雪道や凍結路に注意!
油断・過信を排し
余裕をもって行動を!
配達員の皆様も
どうか安全第一で!
一念三千法門 P416
『法華経の行者は如説修行せば必ず一生の中に一人も残らず成仏す可し、譬えば春夏田を作るに早晩あれども一年の中には必ず之を納む、法華の行者も上中下根あれども必ず一生の中に証得す』
◇今週のことば
勝利の一年を飾る
座談会を賑やかに!
会場のご家族に感謝を。
共々に健闘を讃え合い
新たな広布の船出を!
2013年12月16日
◇希望の明日へ
"知は力"である。正しい知識を豊かにもってこそ、人間は人間として確立されていく。知恵が開かれ、人格が育まれていく。そのために教育がある。
平3・9・3
☆女性に贈ることば 十二月十六日
完壁な母親などいません。欠点も長所もあるから、人間なのです。そこに人間らしさがある。だからこそ、子どもも安心できるのです。自分らしくてよいのです。
☆今日のことば 十二月十六日
青年が、あるひとつの目標にむかい、努力していく姿は、もっとも力強く、もっともすがすがしく、もっとも美しい。世界じゅうのどこを探しても、青年の苦闘にまさる美しきものはない----。
☆名誉会長と共に今日も広布へNo.047 最後までベストを尽くせ
◇未来部の皆さんへ
寒風に胸張り進む未来部の皆さんの尊い努力と成長こそが、世界を温め、未来を照らします。皆さんこそ、希望の太陽です。
受験生の皆さんは、夢に向かって挑戦し、力を発揮してほしい。本当の勝負は、これからです。大変だろうけれども、体を大事にして、朗らかに前進してください。
皆さんの栄光を、私は、これからも真剣に祈っていきます。
世界の宝を育む使命深き担当者の皆様方も、いつもいつも、ありがとう!
皆、「負けじ魂」という言葉を知っていますね。これは、日蓮大聖人の御書に記された言葉です。
苦難にも屈せず、勇敢に戦って友を励ます弟子のことを大聖人は『極めて負けじ魂の人』と賞讃されているのです。(P986)
途中に何があろうとも、「負けじ魂」を燃やして、最後まで粘り強くベストを尽くす人こそ、真の勝利者です。
若くして仏法を持ち、宇宙に響きわたる題目を唱えている皆さんは、全員が「負けじ魂の人」です。
それぞれに、自分らしく「チャンピオン」になっていく人なのです。
わが愛する宝の皆さんに、私がかつてお会いした中国の文豪・巴金先生の信念の言葉を贈ります。
「私は恐れない。深い霧を突き抜ければ、前方には必ず光明があるに違いないから」と(石上詔訳『無題集』)。
親孝行を頼みます。
風邪をひかないように。元気で!
油断・過信を排し
余裕をもって行動を!
配達員の皆様も
どうか安全第一で!
一念三千法門 P416
『法華経の行者は如説修行せば必ず一生の中に一人も残らず成仏す可し、譬えば春夏田を作るに早晩あれども一年の中には必ず之を納む、法華の行者も上中下根あれども必ず一生の中に証得す』
◇今週のことば
勝利の一年を飾る
座談会を賑やかに!
会場のご家族に感謝を。
共々に健闘を讃え合い
新たな広布の船出を!
2013年12月16日
◇希望の明日へ
"知は力"である。正しい知識を豊かにもってこそ、人間は人間として確立されていく。知恵が開かれ、人格が育まれていく。そのために教育がある。
平3・9・3
☆女性に贈ることば 十二月十六日
完壁な母親などいません。欠点も長所もあるから、人間なのです。そこに人間らしさがある。だからこそ、子どもも安心できるのです。自分らしくてよいのです。
☆今日のことば 十二月十六日
青年が、あるひとつの目標にむかい、努力していく姿は、もっとも力強く、もっともすがすがしく、もっとも美しい。世界じゅうのどこを探しても、青年の苦闘にまさる美しきものはない----。
☆名誉会長と共に今日も広布へNo.047 最後までベストを尽くせ
◇未来部の皆さんへ
寒風に胸張り進む未来部の皆さんの尊い努力と成長こそが、世界を温め、未来を照らします。皆さんこそ、希望の太陽です。
受験生の皆さんは、夢に向かって挑戦し、力を発揮してほしい。本当の勝負は、これからです。大変だろうけれども、体を大事にして、朗らかに前進してください。
皆さんの栄光を、私は、これからも真剣に祈っていきます。
世界の宝を育む使命深き担当者の皆様方も、いつもいつも、ありがとう!
皆、「負けじ魂」という言葉を知っていますね。これは、日蓮大聖人の御書に記された言葉です。
苦難にも屈せず、勇敢に戦って友を励ます弟子のことを大聖人は『極めて負けじ魂の人』と賞讃されているのです。(P986)
途中に何があろうとも、「負けじ魂」を燃やして、最後まで粘り強くベストを尽くす人こそ、真の勝利者です。
若くして仏法を持ち、宇宙に響きわたる題目を唱えている皆さんは、全員が「負けじ魂の人」です。
それぞれに、自分らしく「チャンピオン」になっていく人なのです。
わが愛する宝の皆さんに、私がかつてお会いした中国の文豪・巴金先生の信念の言葉を贈ります。
「私は恐れない。深い霧を突き抜ければ、前方には必ず光明があるに違いないから」と(石上詔訳『無題集』)。
親孝行を頼みます。
風邪をひかないように。元気で!
2013.12.15 わが友に贈る
多彩な人材を
糾合してこそ
広布の緑野は拡大!
皆の個性を生かす
努力と工夫を!
船守弥三郎許御書 P1445
『法華経を行ぜん者をば諸天善神等或はをとことなり或は女となり形をかへさまざまに供養してたすくべし』
◇希望の明日へ
創価学会は、「創価教育学会」として出発した。一貫して教育を重視してきた。青年部だけでも、各種の"大学校"をはじめ、御書を学び、人生と社会を学ぶ"学びの場"を、大きく広げてきた。だれもが楽しく、有意義に学べる人間教育の道を開いてきた。学会のあり方、それ自体が、まさに、一つの大きな民衆教育運動、社会教育運動といえる。すべての人が、すべてのことを、徹底的に、また楽しく学んでいける−−ここに、人間が、社会が進むべき重要な進歩の軌道があり、成長の法則がある。
平3・9・3
☆女性に贈ることば 十二月十五日
目の前の山を登ることだ。山に登れば、ともかく足は鍛えられる。鍛えられた分、次のもっと大きな山に挑戦できる。この繰り返しである。そして、登った山頂から、もっと広い人生が見えてくる。
☆今日のことば 十二月十五日
人間である以上、誰にでも過ちはある。間違った見解に陥ることもあろう。しかし、過ちを指摘されたときに、率直に非を認め、大胆に改めるかどうかで、進歩の人か保守の人か、また善意の人か悪意の人かが決まってくる。
糾合してこそ
広布の緑野は拡大!
皆の個性を生かす
努力と工夫を!
船守弥三郎許御書 P1445
『法華経を行ぜん者をば諸天善神等或はをとことなり或は女となり形をかへさまざまに供養してたすくべし』
◇希望の明日へ
創価学会は、「創価教育学会」として出発した。一貫して教育を重視してきた。青年部だけでも、各種の"大学校"をはじめ、御書を学び、人生と社会を学ぶ"学びの場"を、大きく広げてきた。だれもが楽しく、有意義に学べる人間教育の道を開いてきた。学会のあり方、それ自体が、まさに、一つの大きな民衆教育運動、社会教育運動といえる。すべての人が、すべてのことを、徹底的に、また楽しく学んでいける−−ここに、人間が、社会が進むべき重要な進歩の軌道があり、成長の法則がある。
平3・9・3
☆女性に贈ることば 十二月十五日
目の前の山を登ることだ。山に登れば、ともかく足は鍛えられる。鍛えられた分、次のもっと大きな山に挑戦できる。この繰り返しである。そして、登った山頂から、もっと広い人生が見えてくる。
☆今日のことば 十二月十五日
人間である以上、誰にでも過ちはある。間違った見解に陥ることもあろう。しかし、過ちを指摘されたときに、率直に非を認め、大胆に改めるかどうかで、進歩の人か保守の人か、また善意の人か悪意の人かが決まってくる。
2013.12.14 わが友に贈る
誠実を貫く人は
良き友に恵まれる。
旧交を大切に
新たな出会いを結べ!
友情こそ人生の宝だ。
兄弟抄 P1084
『がうじやうにはがみをしてたゆむ心なかれ、例せば日蓮が平左衛門の尉がもとにてうちふるまいいゐしがごとくすこしもをづる心なかれ』
◇希望の明日へ
人間らしい人間が育ってほしい。ともすれば、知識があっても、深い人格がない、人格が立派でも実力がない、力もあり人柄も良いが、何があっても信念を貫くという哲学がない、専門分野では秀才でも、歴史の流れ、社会の未来を考える臓の広さがない−−こういう偏った人間になってしまいがちである。知・情・意を円満に備えた"全体人間"こそ、これからの激動の社会、国際化時代に必要とされる人間である。
平3・8・29
☆女性に贈ることば 十二月十四日
いくら財産を残しても、それで子どもが幸福になるとはかぎらない。かえって、不幸にしてしまう場合だってある。
親が信念を貫き、懸命に生き抜いた姿そのものが、最高の遺産です。
☆今日のことば 十二月十四日
土台は常に地味であり、人目にはつかぬものだ。いかなる大木も、地中に深く張った逞しい根によって支えられている。
良き友に恵まれる。
旧交を大切に
新たな出会いを結べ!
友情こそ人生の宝だ。
兄弟抄 P1084
『がうじやうにはがみをしてたゆむ心なかれ、例せば日蓮が平左衛門の尉がもとにてうちふるまいいゐしがごとくすこしもをづる心なかれ』
◇希望の明日へ
人間らしい人間が育ってほしい。ともすれば、知識があっても、深い人格がない、人格が立派でも実力がない、力もあり人柄も良いが、何があっても信念を貫くという哲学がない、専門分野では秀才でも、歴史の流れ、社会の未来を考える臓の広さがない−−こういう偏った人間になってしまいがちである。知・情・意を円満に備えた"全体人間"こそ、これからの激動の社会、国際化時代に必要とされる人間である。
平3・8・29
☆女性に贈ることば 十二月十四日
いくら財産を残しても、それで子どもが幸福になるとはかぎらない。かえって、不幸にしてしまう場合だってある。
親が信念を貫き、懸命に生き抜いた姿そのものが、最高の遺産です。
☆今日のことば 十二月十四日
土台は常に地味であり、人目にはつかぬものだ。いかなる大木も、地中に深く張った逞しい根によって支えられている。
2013年12月13日金曜日
2013.12.13 わが友に贈る
「一文一句なりとも
かたらせ給うべし」
一言でもいい。
自分らしく仏法を語れ!
その根本は勇気だ!
三三蔵祈雨事 P1468
『夫れ木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬればたうれず、本より生いて候木なれども根の弱きはたうれぬ、甲斐無き者なれどもたすくる者強ければたうれず、すこし健の者も独なれば悪しきみちにはたうれぬ』
◇希望の明日へ
人格と知力と哲学と−−人間性の全体を偏頗なく伸ばし、完成させゆく教育があってこそ、他のいっさいが生かされていく。人間教育を伴わない政治、経済、科学、宗教等は、人間を抑圧する結果となる危険性がある。教育を基本にしてこそ、人間は人間としての証を示すことができるのである。
平3・8・29
☆女性に贈ることば 十二月十三日
「学は光」「無学は闇」−−学び続ける人は美しい。学ぶ姿は、すがすがしい。一歩、深い人生を生きることができる。
☆今日のことば 十二月十三日
青春を特徴づけるものは、躍動する若さであり、激流のごとき熱情であり、果てしなく広がりゆく夢であり、雪のごとき清純さである。まさに、青春は人生の華であり、かけがえのない珠玉といえる。
かたらせ給うべし」
一言でもいい。
自分らしく仏法を語れ!
その根本は勇気だ!
三三蔵祈雨事 P1468
『夫れ木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬればたうれず、本より生いて候木なれども根の弱きはたうれぬ、甲斐無き者なれどもたすくる者強ければたうれず、すこし健の者も独なれば悪しきみちにはたうれぬ』
◇希望の明日へ
人格と知力と哲学と−−人間性の全体を偏頗なく伸ばし、完成させゆく教育があってこそ、他のいっさいが生かされていく。人間教育を伴わない政治、経済、科学、宗教等は、人間を抑圧する結果となる危険性がある。教育を基本にしてこそ、人間は人間としての証を示すことができるのである。
平3・8・29
☆女性に贈ることば 十二月十三日
「学は光」「無学は闇」−−学び続ける人は美しい。学ぶ姿は、すがすがしい。一歩、深い人生を生きることができる。
☆今日のことば 十二月十三日
青春を特徴づけるものは、躍動する若さであり、激流のごとき熱情であり、果てしなく広がりゆく夢であり、雪のごとき清純さである。まさに、青春は人生の華であり、かけがえのない珠玉といえる。
2013年12月12日木曜日
2013.12.12 わが友に贈る
真剣な「信力」と
勇敢な「行力」に
「仏力」「法力」は涌現!
強盛な祈りと行動で
不可能を可能に!
王日女殿御返事 P1263
『仏は真に尊くして物によらず、昔の得勝童子は沙の餅を仏に供養し奉りて阿育大王と生れて一閻浮提の主たりき、貧女の我がかしらをおろして油と成せしが須弥山を吹きぬきし風も此の火をけさず』
◇希望の明日へ
牧口初代会長は、"教育こそ最大の事業""教育の大事業は人材で決まる"と見ぬいていた。仏法を基調とした創価学会の運動も、一次元からいえば教育という聖業である。人間を、ただ人間をこそ、つくっていく−−。そこに社会の真の変革が成される。この信念は永遠に変わらない。
平3・5・30
☆女性に贈ることば その新しい成長や新しい進歩が、親や教師にとって新しい発見となり、新しい感動になっていく。その繰り返しのなかに、育児や人間教育の醍醐味がある。
☆今日のことば 十二月十二日
スモッグにかすむ、冬の寒空を眺めながら、ふとこんなことを思った。−−いったい、空気ちゅうの酸素は、いつごろできたのであろうかと。ちょっと調べてみて驚いた。二十億年前の地球の大気には、酸素がほとんど存在しなかったというのである。始原大気の組成は、炭酸ガス九割、窒素一割弱(それ以前の地球はメタンガス等が多量に存在していた時代もあったと言われる)だという。
なるほど、こんな組成では、酸素を呼吸する生物というものは、とうてい住めない。しかし、宇宙の不可思議な鼓動といおうか、地球の生命発展への営みが確実に胎動していった。緑色植物の光合成という、じつに絶妙な作業がすすんでいたわけである。つまり緑色植物は、自らのクロロフィル(葉緑素)を媒介として、大気の大部分を占めていた炭酸ガスを吸って、代わりに、酸素をはき出してくれたのである。
現代において、専門分野の研究がさかんになり----この始原大気への"酸素登場"という重大なる劇的場面は、おそらく十数億年前に、その幕をあけた、ときいたことがある。
大気形成の本格的解明は、当然、地球自体の誕生や、その大舞台である銀河系宇宙の発生にまでもさかのぼらなくてはならないようだ。
ともあれ、一枚のクロロフィルが酸素を生み、その酸素が、より高度な生物を生む土壌をつくり、その生物が人間文明にも脈絡を通じてきた事実の流れは、あまりにも妙であり不思議なことといわざるを得ない。
人間の歴史は、いまだ六十万年を越えるか、越えないかである。人間にとっては、この長く遠い時間も、緑色植物が営々として、酸素を生産してきた時間と比べれば、わずか二千分の一にも達しない。万物の霊長として、この地球上に君臨している人間も、考えてみると愚かな存在になりつつある。宅地造成だといっては、酸素生産の根源である樹木を、バタバタ切り倒していく。くわえてエンジン燃料の副産物として、炭酸ガスなどをどんどんまき散らしている。いうなれば、宇宙の着実なるリズムを、自身のつくった文明で破壊し、自らを危くしているのである。
利口げに、科学万能主義に徹する人もいるようだが、大自然のリズムに調和していく、謙虚な人間主義の姿勢を絶対に崩してはならない。
☆世界広布新時代第2回本部幹部会へのメッセージ
一、私は東京で、連日、全国・全世界から広宣流布大誓堂に勇み集われる大切な同志を間近で見守りながら、厳然と指揮を執っております。
きょうは、遠路はるばると海外28力国・地域より来日された世界広布の指導者と共に、ここ創価国際友好会館から、敬愛する全同志ヘメッセージを送らせていただきます。
すべてに大勝利した今年1年の見事な奮闘を、私は最大の感謝を込めて、ねぎらい、讃嘆したいのであります。
尊き研修会を行われているカナダの皆さん、アルゼンチン・ベネズエラの皆さん、欧州青年部の皆さん、台湾の皆さん、シンガポール・マレーシアの皆さん、韓国最高協議会の皆さん、そしてアフリカの皆さん方!
寒い中、本当に本当にご苦労さまです。
大好きな大好きな沖縄の同志の皆さん! 世界が見つめる希望の総会、誠に誠に、おめでとうございます!
私の心も懐かしい沖縄研修道場にあります。健児広場の皆さん、さらに沖縄各地の皆さんの輪の中に飛び込んで、一緒に歓喜のカチャーシーを舞い踊りたい気持ちでいっぱいです。私は、きょうか18回目の沖縄訪問との思いで、皆さんの晴れ姿に大拍手を送っております。
◇強き信力・行力に仏力・法力は厳然
一、本日は、皆さんと共に心に刻みたい御聖訓があります。
すなわち−−
『大悪が起これは必ず大善が来る。大正法は必ず弘まるであろう。わが門下だちよ、何を嘆くことがあろうか。迦葉尊者でなくとも、喜んで舞を舞い給え。舎利弗でなくとも、立って踊り給え。上行菩薩は、広宣流布のために大地から踊りながら出現されたではないか』(P1300、趣意)と。
我ら地涌の菩薩は、何のために生まれてきたのか。広宣流布の誓願の舞を喜び舞うために、それぞれの使命の舞台に踊り出たのであります。
ゆえに、どんな大悪が競い起ころうとも、断じて嘆かない。決して怯まない。
南無妙法蓮華経という「歓喜の中の大歓喜」の音声を響かせ、舞うが如く、踊るが如く、生き生きと生命を躍動させて、試練に挑み、戦い、必ずや大悪を大善へ転じてみせるのです。
大正法を弘めるのです。
広宣流布の誓願に徹しゆく「地涌の菩薩」の信力・行力があるところ、妙法の広大無辺な仏力・法力は厳然と現れ、苦悩に満ちた娑婆世界も寂光土へと変えていくことができる。これが、御本仏のお約束です。
そして私と共に、ありとあらゆる苦難を勝ち越え、地域広布の模範と輝く人間共和の舞を世界に示してくれているのが、わが誉れの沖縄家族なのです。
本当に、ありがとう! 我らの沖縄は、勝ちに勝ちました!
青き大海原のように開かれた心で「万国の津梁(=懸け橋)」となってきた沖縄の天地から、「世界広布」即「世界平和」の新時代へ、我ら創価家族は勇気凛々と、新たな大航海を開始しようではありませんか!
◇喜び薫る絆で人類を結べ!
一、この5日に逝去された偉大なる「アフリカの人道の闘士」マンデラ元大統領は、語り残されております。
「幾多の災難の嵐が襲おうとしても、決意を固めた革命的闘士を押し流すことはできない。また、悲惨をもたらす不幸の連続も、その人を苦しめることはできないと確信する」と。
マンデラ元大統領が27年半の獄中闘争を耐え抜かれて出獄された1990年に、私は東京でお迎えしました。
多くの若人の歌と舞の歓迎を、それはそれは喜んでくださいました。
青年をこよなく愛され、後継の世代を幾重にも育成してこられた、あのマンデラ・スマイルが思い起こされてなりません。
今、わがアフリカ広布の闘士たちが、マンデラ元大統領が歩み抜かれた不挑不屈の信念の道に陸続と続いております。
アフリカの婦人部のリーダーが語っていました。
「現実は大変ですが、断じてあきらめることはありません。なぜなら、困難を乗り越える力は、自分自身のなかにある。日蓮大聖人の仏法は、このことを教えてくれました」
「私たちが社会で生き生きと光れば、アフリカの世紀が輝きます」と。
この負けじ魂が、学会精神です。
一人一人が、自らの今いるその場所で、わが生命を最高に光り輝かせていく「人間革命」の勇気と正義の舞から、すべては始まるのです。
一、琉球古典音楽を代表する「かぎやで風節」では−−
「きょうの誇らしさ、この喜びを/何に例えようか/あたかも、花の薗が/露を受けて咲かんとしているかのようだ」(松村洋著『唄に聴く沖縄』)と舞い、踊ります。
学会も、今、新しい人材の花、友情の花が次々に咲き、また花開こうとしています。
最高に喜び薫る創価の「蘭室の友」の絆を、地域へ、社会へ、人類の未来へ、さらに爛漫と、さらに馥郁と結んでいきましょう!
◇題目の師子吼を轟かせて前進!
一、日蓮大聖人は、『妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり』(P947)と示してくださいました。妙法は、一切を蘇らせゆく無限の活力です。
この妙法と共に生き抜く生命は、いかなる「生老病死」の苦悩も転じて、永遠に「常楽我浄」の軌道を進んでいくことができる。絶対に安心であり、どんなことがあっても、全部、変毒為薬していけるのです。
『年は・わかうなり』(P1135)と仰せの如く、新しい1年、青年は、ますます元気はつらつと、多宝の同志は、いよいよ若返って前進してまいりたい。
そして、あの友この友と語らい、「幸福勝利の舞」に、一人また一人と、いざないながら、民衆の連帯で、世界の安穏を実現しゆく「平和」と「文化」と「教育」の舞を、断固と繰り広げていこうではありませんか!
さあ、我らは、最強無敵の題目の師子吼を轟かせ、来年も戦おう!。
全同志の皆さん、健康第一で、よいお年をお迎えください。
お元気で!
勇敢な「行力」に
「仏力」「法力」は涌現!
強盛な祈りと行動で
不可能を可能に!
王日女殿御返事 P1263
『仏は真に尊くして物によらず、昔の得勝童子は沙の餅を仏に供養し奉りて阿育大王と生れて一閻浮提の主たりき、貧女の我がかしらをおろして油と成せしが須弥山を吹きぬきし風も此の火をけさず』
◇希望の明日へ
牧口初代会長は、"教育こそ最大の事業""教育の大事業は人材で決まる"と見ぬいていた。仏法を基調とした創価学会の運動も、一次元からいえば教育という聖業である。人間を、ただ人間をこそ、つくっていく−−。そこに社会の真の変革が成される。この信念は永遠に変わらない。
平3・5・30
☆女性に贈ることば その新しい成長や新しい進歩が、親や教師にとって新しい発見となり、新しい感動になっていく。その繰り返しのなかに、育児や人間教育の醍醐味がある。
☆今日のことば 十二月十二日
スモッグにかすむ、冬の寒空を眺めながら、ふとこんなことを思った。−−いったい、空気ちゅうの酸素は、いつごろできたのであろうかと。ちょっと調べてみて驚いた。二十億年前の地球の大気には、酸素がほとんど存在しなかったというのである。始原大気の組成は、炭酸ガス九割、窒素一割弱(それ以前の地球はメタンガス等が多量に存在していた時代もあったと言われる)だという。
なるほど、こんな組成では、酸素を呼吸する生物というものは、とうてい住めない。しかし、宇宙の不可思議な鼓動といおうか、地球の生命発展への営みが確実に胎動していった。緑色植物の光合成という、じつに絶妙な作業がすすんでいたわけである。つまり緑色植物は、自らのクロロフィル(葉緑素)を媒介として、大気の大部分を占めていた炭酸ガスを吸って、代わりに、酸素をはき出してくれたのである。
現代において、専門分野の研究がさかんになり----この始原大気への"酸素登場"という重大なる劇的場面は、おそらく十数億年前に、その幕をあけた、ときいたことがある。
大気形成の本格的解明は、当然、地球自体の誕生や、その大舞台である銀河系宇宙の発生にまでもさかのぼらなくてはならないようだ。
ともあれ、一枚のクロロフィルが酸素を生み、その酸素が、より高度な生物を生む土壌をつくり、その生物が人間文明にも脈絡を通じてきた事実の流れは、あまりにも妙であり不思議なことといわざるを得ない。
人間の歴史は、いまだ六十万年を越えるか、越えないかである。人間にとっては、この長く遠い時間も、緑色植物が営々として、酸素を生産してきた時間と比べれば、わずか二千分の一にも達しない。万物の霊長として、この地球上に君臨している人間も、考えてみると愚かな存在になりつつある。宅地造成だといっては、酸素生産の根源である樹木を、バタバタ切り倒していく。くわえてエンジン燃料の副産物として、炭酸ガスなどをどんどんまき散らしている。いうなれば、宇宙の着実なるリズムを、自身のつくった文明で破壊し、自らを危くしているのである。
利口げに、科学万能主義に徹する人もいるようだが、大自然のリズムに調和していく、謙虚な人間主義の姿勢を絶対に崩してはならない。
☆世界広布新時代第2回本部幹部会へのメッセージ
一、私は東京で、連日、全国・全世界から広宣流布大誓堂に勇み集われる大切な同志を間近で見守りながら、厳然と指揮を執っております。
きょうは、遠路はるばると海外28力国・地域より来日された世界広布の指導者と共に、ここ創価国際友好会館から、敬愛する全同志ヘメッセージを送らせていただきます。
すべてに大勝利した今年1年の見事な奮闘を、私は最大の感謝を込めて、ねぎらい、讃嘆したいのであります。
尊き研修会を行われているカナダの皆さん、アルゼンチン・ベネズエラの皆さん、欧州青年部の皆さん、台湾の皆さん、シンガポール・マレーシアの皆さん、韓国最高協議会の皆さん、そしてアフリカの皆さん方!
寒い中、本当に本当にご苦労さまです。
大好きな大好きな沖縄の同志の皆さん! 世界が見つめる希望の総会、誠に誠に、おめでとうございます!
私の心も懐かしい沖縄研修道場にあります。健児広場の皆さん、さらに沖縄各地の皆さんの輪の中に飛び込んで、一緒に歓喜のカチャーシーを舞い踊りたい気持ちでいっぱいです。私は、きょうか18回目の沖縄訪問との思いで、皆さんの晴れ姿に大拍手を送っております。
◇強き信力・行力に仏力・法力は厳然
一、本日は、皆さんと共に心に刻みたい御聖訓があります。
すなわち−−
『大悪が起これは必ず大善が来る。大正法は必ず弘まるであろう。わが門下だちよ、何を嘆くことがあろうか。迦葉尊者でなくとも、喜んで舞を舞い給え。舎利弗でなくとも、立って踊り給え。上行菩薩は、広宣流布のために大地から踊りながら出現されたではないか』(P1300、趣意)と。
我ら地涌の菩薩は、何のために生まれてきたのか。広宣流布の誓願の舞を喜び舞うために、それぞれの使命の舞台に踊り出たのであります。
ゆえに、どんな大悪が競い起ころうとも、断じて嘆かない。決して怯まない。
南無妙法蓮華経という「歓喜の中の大歓喜」の音声を響かせ、舞うが如く、踊るが如く、生き生きと生命を躍動させて、試練に挑み、戦い、必ずや大悪を大善へ転じてみせるのです。
大正法を弘めるのです。
広宣流布の誓願に徹しゆく「地涌の菩薩」の信力・行力があるところ、妙法の広大無辺な仏力・法力は厳然と現れ、苦悩に満ちた娑婆世界も寂光土へと変えていくことができる。これが、御本仏のお約束です。
そして私と共に、ありとあらゆる苦難を勝ち越え、地域広布の模範と輝く人間共和の舞を世界に示してくれているのが、わが誉れの沖縄家族なのです。
本当に、ありがとう! 我らの沖縄は、勝ちに勝ちました!
青き大海原のように開かれた心で「万国の津梁(=懸け橋)」となってきた沖縄の天地から、「世界広布」即「世界平和」の新時代へ、我ら創価家族は勇気凛々と、新たな大航海を開始しようではありませんか!
◇喜び薫る絆で人類を結べ!
一、この5日に逝去された偉大なる「アフリカの人道の闘士」マンデラ元大統領は、語り残されております。
「幾多の災難の嵐が襲おうとしても、決意を固めた革命的闘士を押し流すことはできない。また、悲惨をもたらす不幸の連続も、その人を苦しめることはできないと確信する」と。
マンデラ元大統領が27年半の獄中闘争を耐え抜かれて出獄された1990年に、私は東京でお迎えしました。
多くの若人の歌と舞の歓迎を、それはそれは喜んでくださいました。
青年をこよなく愛され、後継の世代を幾重にも育成してこられた、あのマンデラ・スマイルが思い起こされてなりません。
今、わがアフリカ広布の闘士たちが、マンデラ元大統領が歩み抜かれた不挑不屈の信念の道に陸続と続いております。
アフリカの婦人部のリーダーが語っていました。
「現実は大変ですが、断じてあきらめることはありません。なぜなら、困難を乗り越える力は、自分自身のなかにある。日蓮大聖人の仏法は、このことを教えてくれました」
「私たちが社会で生き生きと光れば、アフリカの世紀が輝きます」と。
この負けじ魂が、学会精神です。
一人一人が、自らの今いるその場所で、わが生命を最高に光り輝かせていく「人間革命」の勇気と正義の舞から、すべては始まるのです。
一、琉球古典音楽を代表する「かぎやで風節」では−−
「きょうの誇らしさ、この喜びを/何に例えようか/あたかも、花の薗が/露を受けて咲かんとしているかのようだ」(松村洋著『唄に聴く沖縄』)と舞い、踊ります。
学会も、今、新しい人材の花、友情の花が次々に咲き、また花開こうとしています。
最高に喜び薫る創価の「蘭室の友」の絆を、地域へ、社会へ、人類の未来へ、さらに爛漫と、さらに馥郁と結んでいきましょう!
◇題目の師子吼を轟かせて前進!
一、日蓮大聖人は、『妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり』(P947)と示してくださいました。妙法は、一切を蘇らせゆく無限の活力です。
この妙法と共に生き抜く生命は、いかなる「生老病死」の苦悩も転じて、永遠に「常楽我浄」の軌道を進んでいくことができる。絶対に安心であり、どんなことがあっても、全部、変毒為薬していけるのです。
『年は・わかうなり』(P1135)と仰せの如く、新しい1年、青年は、ますます元気はつらつと、多宝の同志は、いよいよ若返って前進してまいりたい。
そして、あの友この友と語らい、「幸福勝利の舞」に、一人また一人と、いざないながら、民衆の連帯で、世界の安穏を実現しゆく「平和」と「文化」と「教育」の舞を、断固と繰り広げていこうではありませんか!
さあ、我らは、最強無敵の題目の師子吼を轟かせ、来年も戦おう!。
全同志の皆さん、健康第一で、よいお年をお迎えください。
お元気で!
2013年12月11日水曜日
2013.12.11 わが友に贈る
会場提供者の皆様
いつもありがとう!
広布の宝処を皆で守れ!
受験生がいる家庭には
今一重の心配りを。
星名五郎太郎殿御返事 P1209
『今此の善導法然等は種種の威を現じて愚癡の道俗をたぶらかし如来の正法を滅す』
◇希望の明日へ
志が人をつくる。大きな志は大きな人生をつくる。教育の核心は、その志をどう引き出し、力を発揮させるかにあろう。
平3・5・5
☆女性に贈ることば 十二月十一日
打ち続く試練に、くじけそうになった時は、天を仰ぎ、大きく息を吸ってみることだ。
王者赫々たる太陽の笑顔が、必ずや励ましてくれるに違いない。
☆今日のことば 十二月十一日
賢明な指導者は、常に民衆の心が何を願い、何をめざしているかを察知しなければならぬ。とくに、青年の心を無視し、強圧的に彼らの意志を蹂躙していくとき、そこには、不信と断絶の深淵を生ずるばかりであろう。
☆生命の光母の歌第3章 青年は世界の希望
池田 確かに、教育は「知(知性)」「情(感情)」「意(意志)」の調和が重要であり、育む順番は「情」「意」「知」であるともいわれます。子どもたちにはできるだけ一流の音楽に触れる機会を多く作ってあげたいものです。
ただ、昨今は早期教育が大事ということで、親が張り切り過ぎて「早く覚えさせよう」「あれもこれも身につけさせよう」として、「情」よりも「知」を重視する傾向が見受けられます。
また親の子どもに対する、そうした大きな期待が、商業面で利用されてしまっていることに、警鐘を鳴らす専門家もいます。どうしたら真に豊かな情操を育む教育環境を作れるか。さまざまな論議がある点でもあります。
サイフェルト 早期音楽教育のポジティブな影響については、私も、数人の専門家が寄稿した『機会(チャンス)としての音楽』という本を出版しました。そこには、早期音楽教育が、子どもの感情知能の発達において決定的な促進力を持っていることが明快に強調されています。
早期教育を施された子どもたちの人生において、他への気遣いや相互責任は、より大きな重点を占めることになります。
早期音楽教育に重点を置く学校では、例えば、そうではない学校に比べると、校内の備品や消耗品の手入れが、10年たった後も行き届いているといいます。そこでは、子どもたちが物を大切に扱うことを学んでいきます。
もう一つは、演奏することにより、互いに配慮し合う心が育まれていきます。つまり、オーケストラで演奏を行う場合、各自が責任を担い、自然と他者を敬う心が生まれてくるのです。
また、その一方で、経済的な問題等で教育の機会に恵まれない立場にある子どもでも、芸術的な面で触発を受ける経験を得ることは、その人間形成において非常に重要です。
ですから、できればお子さんに何か楽器を習わせてあげてほしい。それが難しければ、少なくとも一緒に歌を歌ってあげてほしいのです。
池田 『機会としての音楽』との本のタイトルには、今おっしゃったことが端的に示されていますね。子どもたちが人格を培う情操教育の「機会」あるいは「きっかけ」としての音楽の大いなる可能性を探究しておられるのだと拝察します。
サイフェルト おっしゃる通りです。そして、非常に大切な点は、子どもの音楽教育はすでに胎内から始まっているということです。とりわけ、「モーツァルト効果」を検証している著作が数多くありますが、クラシック音楽を聴いて育った子どもは、他の子どもたちに比べ、より穏やかで情緒豊かな子になると思います。現代は、争いや攻撃に終始する内容で、暴力的な影響を与えるコンピューターゲームがはやっています。それは非常によくないことであると憂慮しています。
池田 極めて重要な視点です。大歴史学者のトインビー博士が、"人は7歳までに、その後の全人生よりも多く、大事なことを学ぶ"と言われていたことを思い起こします。それだけに、できるだけ良い縁に触れられるようにしてあげたいものです。
以前対談した、ロシア・国際児童基金協会のリハーノフ総裁は、別の観点から語られていました。
「臨月の胎児は、お母さんの周りの音がよく聞こえていることが研究で明らかになっています。赤ん坊は、穏やかな話し方とらしい音楽が好きで、反対に騒々しいリズムは嫌います」。こうした時期の"子どもの思い"を大人は理解しないといけない。心理学や教育学、医学の基礎に裏付けされた愛情を持だなければならない−−と。
サイフェルト だからこそ、いかに子どもたちにクラシック音楽を慣れ親しませるかというのが私の目標でもあるのです。
池田 ちょうど年末となり、日本では伝統的に各地でベートーペンの「第九」公演が行われます。文豪ロマン・ロランが、この「歓喜の歌」について、ベートーベンが「自分の不幸を用いて歓喜を鍛え出す」ことによって「世界に贈りもの」をしたと讃えたのは有名です。〈片山敏彦訳『ベートーヴェンの生涯』岩波書店〉
EU(欧州連合)の歌ともなり、自由と民主の象徴ともなったこの曲を、私たちも愛唱してきました。特に、徳島では「歓喜の歌」合唱運動(94年)に約3万5000人が参加し、その棹尾を飾って、合唱祭が盛大に開かれました。また、九州の青年部は誇りも高く「5万人の第九」(同年)、「10万人の第九」(2001年、05年)の大合唱の歴史を残しています。沖縄や韓国の青年も共に歌い上げてくれました。
美しく力強い名曲が津々浦々に響くこの時、たまには親子で耳を傾け、口ずさみ、「第九」などの音楽談議でもしながら、新たな未来への一歩を踏み出していきたいものです。
いつもありがとう!
広布の宝処を皆で守れ!
受験生がいる家庭には
今一重の心配りを。
星名五郎太郎殿御返事 P1209
『今此の善導法然等は種種の威を現じて愚癡の道俗をたぶらかし如来の正法を滅す』
◇希望の明日へ
志が人をつくる。大きな志は大きな人生をつくる。教育の核心は、その志をどう引き出し、力を発揮させるかにあろう。
平3・5・5
☆女性に贈ることば 十二月十一日
打ち続く試練に、くじけそうになった時は、天を仰ぎ、大きく息を吸ってみることだ。
王者赫々たる太陽の笑顔が、必ずや励ましてくれるに違いない。
☆今日のことば 十二月十一日
賢明な指導者は、常に民衆の心が何を願い、何をめざしているかを察知しなければならぬ。とくに、青年の心を無視し、強圧的に彼らの意志を蹂躙していくとき、そこには、不信と断絶の深淵を生ずるばかりであろう。
☆生命の光母の歌第3章 青年は世界の希望
池田 確かに、教育は「知(知性)」「情(感情)」「意(意志)」の調和が重要であり、育む順番は「情」「意」「知」であるともいわれます。子どもたちにはできるだけ一流の音楽に触れる機会を多く作ってあげたいものです。
ただ、昨今は早期教育が大事ということで、親が張り切り過ぎて「早く覚えさせよう」「あれもこれも身につけさせよう」として、「情」よりも「知」を重視する傾向が見受けられます。
また親の子どもに対する、そうした大きな期待が、商業面で利用されてしまっていることに、警鐘を鳴らす専門家もいます。どうしたら真に豊かな情操を育む教育環境を作れるか。さまざまな論議がある点でもあります。
サイフェルト 早期音楽教育のポジティブな影響については、私も、数人の専門家が寄稿した『機会(チャンス)としての音楽』という本を出版しました。そこには、早期音楽教育が、子どもの感情知能の発達において決定的な促進力を持っていることが明快に強調されています。
早期教育を施された子どもたちの人生において、他への気遣いや相互責任は、より大きな重点を占めることになります。
早期音楽教育に重点を置く学校では、例えば、そうではない学校に比べると、校内の備品や消耗品の手入れが、10年たった後も行き届いているといいます。そこでは、子どもたちが物を大切に扱うことを学んでいきます。
もう一つは、演奏することにより、互いに配慮し合う心が育まれていきます。つまり、オーケストラで演奏を行う場合、各自が責任を担い、自然と他者を敬う心が生まれてくるのです。
また、その一方で、経済的な問題等で教育の機会に恵まれない立場にある子どもでも、芸術的な面で触発を受ける経験を得ることは、その人間形成において非常に重要です。
ですから、できればお子さんに何か楽器を習わせてあげてほしい。それが難しければ、少なくとも一緒に歌を歌ってあげてほしいのです。
池田 『機会としての音楽』との本のタイトルには、今おっしゃったことが端的に示されていますね。子どもたちが人格を培う情操教育の「機会」あるいは「きっかけ」としての音楽の大いなる可能性を探究しておられるのだと拝察します。
サイフェルト おっしゃる通りです。そして、非常に大切な点は、子どもの音楽教育はすでに胎内から始まっているということです。とりわけ、「モーツァルト効果」を検証している著作が数多くありますが、クラシック音楽を聴いて育った子どもは、他の子どもたちに比べ、より穏やかで情緒豊かな子になると思います。現代は、争いや攻撃に終始する内容で、暴力的な影響を与えるコンピューターゲームがはやっています。それは非常によくないことであると憂慮しています。
池田 極めて重要な視点です。大歴史学者のトインビー博士が、"人は7歳までに、その後の全人生よりも多く、大事なことを学ぶ"と言われていたことを思い起こします。それだけに、できるだけ良い縁に触れられるようにしてあげたいものです。
以前対談した、ロシア・国際児童基金協会のリハーノフ総裁は、別の観点から語られていました。
「臨月の胎児は、お母さんの周りの音がよく聞こえていることが研究で明らかになっています。赤ん坊は、穏やかな話し方とらしい音楽が好きで、反対に騒々しいリズムは嫌います」。こうした時期の"子どもの思い"を大人は理解しないといけない。心理学や教育学、医学の基礎に裏付けされた愛情を持だなければならない−−と。
サイフェルト だからこそ、いかに子どもたちにクラシック音楽を慣れ親しませるかというのが私の目標でもあるのです。
池田 ちょうど年末となり、日本では伝統的に各地でベートーペンの「第九」公演が行われます。文豪ロマン・ロランが、この「歓喜の歌」について、ベートーベンが「自分の不幸を用いて歓喜を鍛え出す」ことによって「世界に贈りもの」をしたと讃えたのは有名です。〈片山敏彦訳『ベートーヴェンの生涯』岩波書店〉
EU(欧州連合)の歌ともなり、自由と民主の象徴ともなったこの曲を、私たちも愛唱してきました。特に、徳島では「歓喜の歌」合唱運動(94年)に約3万5000人が参加し、その棹尾を飾って、合唱祭が盛大に開かれました。また、九州の青年部は誇りも高く「5万人の第九」(同年)、「10万人の第九」(2001年、05年)の大合唱の歴史を残しています。沖縄や韓国の青年も共に歌い上げてくれました。
美しく力強い名曲が津々浦々に響くこの時、たまには親子で耳を傾け、口ずさみ、「第九」などの音楽談議でもしながら、新たな未来への一歩を踏み出していきたいものです。
2013年12月10日火曜日
2013.12.10 わが友に贈る
地域や近隣を大切に。
日頃の感謝の思いを
言葉にして伝えよう。
爽やかなあいさつで
信頼の絆を強く!
法華経題目抄 P944
『譬えば秋冬枯れたる草木の春夏の日に値うて枝葉華菓出来するが如し』
◇希望の明日へ
閉鎖性は硬直性となり、独善性になりがちである。それでは人は育たない。大学に限らず、家庭などでも、さまざまな友人と交流を重ねる"開かれた家庭"は、それ自体、優れた教育環境といえるだろう。
平3・1・12
☆女性に贈ることば 十二月十日
愛情のない母親は、まずいない。しかし、その愛情の注ぎ方に、手落ちや、気ままや、気まぐれがあれば、かえって子どもの人格を傷つけてしまいかねない。
子どもの心を深く理解し、その心の流れにそって導いていく、賢明な船頭でありたい。
☆今日のことば 十二月十日
勇気は青年の特技だ。父を、母を幸福にするのも、事業の再建も、生活の確立も、国を救うのも、勇気が根本だ。
☆生命の光母の歌第3章 青年は世界の希望
池田SGI会長 青年は希望です。青年は宝です。青年と会い、青年と悟り、青年と学び、青年を励ますことに勝る喜びはありません。青年は未来そのものです。青年を大切にしない団体や社会に未来はない、といっても過言ではないでしょう。
サイフェルト博士 その点は、私も意見を一にするところです。例えば、音楽の分野などでも、天賦の才能を持っている青年が埋もれている場合が多くあります。そのままでいてはなりません。再び青年に希望を与えていくことが一番重要であると思います。
"才能ある者で、これを使わないでいる者は、その才能は取り返される"というキリストの言葉があるのですが、私は最初これを聞いた時、「なぜ?そんな理不尽な!」と思いました。
しかし後から、この「才能」とは「責任」を意味することでもあると捉え直しました。私が友人の皆さん、特に若い皆さんに伝えたいのは、「天与の才能は埋もれさせてはならない」ということです。その才能と向き合う勇気を持ってほしい。勇気が必要なのです。
池田 大事なお話です。これは音楽に限らず万人に通じるテーマです。博士の言われる才能とは、責任や使命に言い換えることができるということですね。
日蓮大聖人は弟子に対し、『生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ』(P1173)と仰せになられました。
誰人も生まれてきたからには、その人にしか果たせない尊い使命が必ずある。そこから目を背け、自暴自棄になったり、安逸に流されて無為な人生を送っては、自分も家族も社会も大きな損失です。
万人の生命の尊厳を説く日蓮仏法は、だからこそ全ての人に、自らの偉大な使命への自覚を促し、自分らしく輝くことを教えるのです。それを「自体顕照」ともいいます。
博士のおっしゃる通り、大切なのは自分と向き合う勇気です。自他共に、この勇気を持って、生命の力を存分に発揮し、使命の人生を歩むことを目指すのが、私たちの励まし運動でもあります。
今、日本中、世界中で、創価の青年たちが、平和のため、新しき社会の建設へ、友との真剣な語らいを重ねながら、希望の青春を歩んでいることは、何よりの喜びです。
サイフェルト それは本当にうれしいことです。
かつて私は、日本で大規模な創価学会の集いに同席する機会が何度かありましたが、そこで池田会長が青年と交流する姿を拝見したことを覚えています。
皆、緊張してか、最初はおとなしくしていましたが、会長がユーモアを交えたスピーチで笑顔を引き出し、生き生きと躍動していきました。まさに希望を贈られていく光景を目の当たりにしました。
池田 サイフェルト博士には幾度となく学会の会合に出席をいただき、創価の青年たちに温かなエールを賜りました。多くの人たちがそれを大切な宝の思い出としています。
ともかく、未来は青年に託す以外ありません。わが恩師・戸田城聖先生も「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」と、絶大なる期待を寄せておられました。
1997年の9月、神奈川で51力国・地域の友が参加した「世界青年平和音楽祭」にも、博士は友情出演してくださいましたね。
サイフェルト 懐かしいですね。あの時は大観衆を前に「ウィーン わが夢のまち」と「献身」の2曲を歌いました。
SGIの皆さんと協力し、同じ目的を共有できるのは本当に幸せなことです。それこそが私の最優先したい価値あることなのですから!
池田 ありがたいお言葉です。博士は偉大な「平和の文化の大使」です。サイフェルト博士に出席いただいた北海道での本部幹部会1991年8月)では、青年の大いなる指標になればと、私から、博士の崇高なる人生を紹介させていただきました。
サイフェルト 恐縮です。よく覚えていますとも!
池田会長が、私の生き方を青年たちに話してくださった際の光景は、とても感動的でした。今までに遭遇した、最もすてきな出来事の一つとして、忘れがたい思い出となっています。
池田 盲目のご両親を支えつつ、声楽家のお父さまから音楽を学んだ女時代を振り返られた博士の言葉には、青年への深い励ましの響きがあります。
「当時、私はたくさんの歌曲やアリアに囲まれて育ちました。歌曲やアリアは、素晴らしい『精神の宮殿』でした。それが私の、心の糧となりました」
博士が、歌曲やアリアに精神の宮殿を見いだしたように、青少年が自身の生命にある可能性や創造性に目覚めゆく「精神の宮殿」が必要です。そうした豊かな"心の糧"こそ、次の世代へのかけがえのない遺産となるでありましょう。
博士は何歳から、どのような環境で歌や楽器の練習をされたのでしょうか。
サイフェルト 3歳の時からです。第2次世界大戦が終結した直後の混乱期でした。父のお弟子さんには、国立歌劇場の多くの学生や、国内外からの受講者がいました。ピアノがあった音楽ルームは当時、わが家で唯べ暖房設備がある部屋でしたので、外履きから乳母車まで、私の子ども時代の全てが置かれていました。そこが私の中心だった
のです。
ですから、あまりよく覚えていないのですが、両親が言うには、3歳の時には、すでにブラームスの歌曲を歌っていたそうです。まさに芸術家としての訓練の始まりであり、それが父の指導のもとで継続されていきました。
池田 音楽がまるで"ゆりかご"のような環境だったのですね。ブラームスは、日本人にも多くのファンがいる音楽家です。民音にも、フラームスの直筆書簡が重宝として大事に保管されています。
貴国を初めて訪れた1961年の10月、ベートーベンやシューベルトらと共にブラームスが眠る中央墓地を訪れ、追悼の祈りを捧げました。
木々の豊かな緑に包まれた、美しい公園のようなたたずまいで、音楽の都の歴史の重みを感じたことを記憶しています。
ブラームスは生前、思うような作品が作れず悩み苦しんでいた作曲家に、こう語ったといいます。
「全部手に入れてしまったら、今日はうぬぼれ、明日は溺れだよ」(リヒャルト。ホイベルガー/リヒャルト・フェリンガー著、天崎浩二・関根裕子訳『ブラームス回想録集第2巻 ブラームスは語る』)と。
若い音楽家を大切にし、自己には厳格だった巨匠ならではの、深みのある言葉です。
このブラームスも幼少期に父親から音楽の手ほどきを受け、10歳にしてピアニストとしてデビューしていますね。
やはり優れた音楽家になるには、英才教育が必要なのでしょうか。
サイフェルト それに関しては、24時間、語ることができます!
英才教育という言葉が適切かどうかは分かりませんが、早期の音楽教育がより良い人間を作るのに役立つことは周知の事実です。
"より善良な人間に育つ"というのは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも情操教育の面において、人間形成の助けになることは確かであると思います。
ここに、私がヨーロッパ青年文化協会を設立した理由もあります。
日頃の感謝の思いを
言葉にして伝えよう。
爽やかなあいさつで
信頼の絆を強く!
法華経題目抄 P944
『譬えば秋冬枯れたる草木の春夏の日に値うて枝葉華菓出来するが如し』
◇希望の明日へ
閉鎖性は硬直性となり、独善性になりがちである。それでは人は育たない。大学に限らず、家庭などでも、さまざまな友人と交流を重ねる"開かれた家庭"は、それ自体、優れた教育環境といえるだろう。
平3・1・12
☆女性に贈ることば 十二月十日
愛情のない母親は、まずいない。しかし、その愛情の注ぎ方に、手落ちや、気ままや、気まぐれがあれば、かえって子どもの人格を傷つけてしまいかねない。
子どもの心を深く理解し、その心の流れにそって導いていく、賢明な船頭でありたい。
☆今日のことば 十二月十日
勇気は青年の特技だ。父を、母を幸福にするのも、事業の再建も、生活の確立も、国を救うのも、勇気が根本だ。
☆生命の光母の歌第3章 青年は世界の希望
池田SGI会長 青年は希望です。青年は宝です。青年と会い、青年と悟り、青年と学び、青年を励ますことに勝る喜びはありません。青年は未来そのものです。青年を大切にしない団体や社会に未来はない、といっても過言ではないでしょう。
サイフェルト博士 その点は、私も意見を一にするところです。例えば、音楽の分野などでも、天賦の才能を持っている青年が埋もれている場合が多くあります。そのままでいてはなりません。再び青年に希望を与えていくことが一番重要であると思います。
"才能ある者で、これを使わないでいる者は、その才能は取り返される"というキリストの言葉があるのですが、私は最初これを聞いた時、「なぜ?そんな理不尽な!」と思いました。
しかし後から、この「才能」とは「責任」を意味することでもあると捉え直しました。私が友人の皆さん、特に若い皆さんに伝えたいのは、「天与の才能は埋もれさせてはならない」ということです。その才能と向き合う勇気を持ってほしい。勇気が必要なのです。
池田 大事なお話です。これは音楽に限らず万人に通じるテーマです。博士の言われる才能とは、責任や使命に言い換えることができるということですね。
日蓮大聖人は弟子に対し、『生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ』(P1173)と仰せになられました。
誰人も生まれてきたからには、その人にしか果たせない尊い使命が必ずある。そこから目を背け、自暴自棄になったり、安逸に流されて無為な人生を送っては、自分も家族も社会も大きな損失です。
万人の生命の尊厳を説く日蓮仏法は、だからこそ全ての人に、自らの偉大な使命への自覚を促し、自分らしく輝くことを教えるのです。それを「自体顕照」ともいいます。
博士のおっしゃる通り、大切なのは自分と向き合う勇気です。自他共に、この勇気を持って、生命の力を存分に発揮し、使命の人生を歩むことを目指すのが、私たちの励まし運動でもあります。
今、日本中、世界中で、創価の青年たちが、平和のため、新しき社会の建設へ、友との真剣な語らいを重ねながら、希望の青春を歩んでいることは、何よりの喜びです。
サイフェルト それは本当にうれしいことです。
かつて私は、日本で大規模な創価学会の集いに同席する機会が何度かありましたが、そこで池田会長が青年と交流する姿を拝見したことを覚えています。
皆、緊張してか、最初はおとなしくしていましたが、会長がユーモアを交えたスピーチで笑顔を引き出し、生き生きと躍動していきました。まさに希望を贈られていく光景を目の当たりにしました。
池田 サイフェルト博士には幾度となく学会の会合に出席をいただき、創価の青年たちに温かなエールを賜りました。多くの人たちがそれを大切な宝の思い出としています。
ともかく、未来は青年に託す以外ありません。わが恩師・戸田城聖先生も「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」と、絶大なる期待を寄せておられました。
1997年の9月、神奈川で51力国・地域の友が参加した「世界青年平和音楽祭」にも、博士は友情出演してくださいましたね。
サイフェルト 懐かしいですね。あの時は大観衆を前に「ウィーン わが夢のまち」と「献身」の2曲を歌いました。
SGIの皆さんと協力し、同じ目的を共有できるのは本当に幸せなことです。それこそが私の最優先したい価値あることなのですから!
池田 ありがたいお言葉です。博士は偉大な「平和の文化の大使」です。サイフェルト博士に出席いただいた北海道での本部幹部会1991年8月)では、青年の大いなる指標になればと、私から、博士の崇高なる人生を紹介させていただきました。
サイフェルト 恐縮です。よく覚えていますとも!
池田会長が、私の生き方を青年たちに話してくださった際の光景は、とても感動的でした。今までに遭遇した、最もすてきな出来事の一つとして、忘れがたい思い出となっています。
池田 盲目のご両親を支えつつ、声楽家のお父さまから音楽を学んだ女時代を振り返られた博士の言葉には、青年への深い励ましの響きがあります。
「当時、私はたくさんの歌曲やアリアに囲まれて育ちました。歌曲やアリアは、素晴らしい『精神の宮殿』でした。それが私の、心の糧となりました」
博士が、歌曲やアリアに精神の宮殿を見いだしたように、青少年が自身の生命にある可能性や創造性に目覚めゆく「精神の宮殿」が必要です。そうした豊かな"心の糧"こそ、次の世代へのかけがえのない遺産となるでありましょう。
博士は何歳から、どのような環境で歌や楽器の練習をされたのでしょうか。
サイフェルト 3歳の時からです。第2次世界大戦が終結した直後の混乱期でした。父のお弟子さんには、国立歌劇場の多くの学生や、国内外からの受講者がいました。ピアノがあった音楽ルームは当時、わが家で唯べ暖房設備がある部屋でしたので、外履きから乳母車まで、私の子ども時代の全てが置かれていました。そこが私の中心だった
のです。
ですから、あまりよく覚えていないのですが、両親が言うには、3歳の時には、すでにブラームスの歌曲を歌っていたそうです。まさに芸術家としての訓練の始まりであり、それが父の指導のもとで継続されていきました。
池田 音楽がまるで"ゆりかご"のような環境だったのですね。ブラームスは、日本人にも多くのファンがいる音楽家です。民音にも、フラームスの直筆書簡が重宝として大事に保管されています。
貴国を初めて訪れた1961年の10月、ベートーベンやシューベルトらと共にブラームスが眠る中央墓地を訪れ、追悼の祈りを捧げました。
木々の豊かな緑に包まれた、美しい公園のようなたたずまいで、音楽の都の歴史の重みを感じたことを記憶しています。
ブラームスは生前、思うような作品が作れず悩み苦しんでいた作曲家に、こう語ったといいます。
「全部手に入れてしまったら、今日はうぬぼれ、明日は溺れだよ」(リヒャルト。ホイベルガー/リヒャルト・フェリンガー著、天崎浩二・関根裕子訳『ブラームス回想録集第2巻 ブラームスは語る』)と。
若い音楽家を大切にし、自己には厳格だった巨匠ならではの、深みのある言葉です。
このブラームスも幼少期に父親から音楽の手ほどきを受け、10歳にしてピアニストとしてデビューしていますね。
やはり優れた音楽家になるには、英才教育が必要なのでしょうか。
サイフェルト それに関しては、24時間、語ることができます!
英才教育という言葉が適切かどうかは分かりませんが、早期の音楽教育がより良い人間を作るのに役立つことは周知の事実です。
"より善良な人間に育つ"というのは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも情操教育の面において、人間形成の助けになることは確かであると思います。
ここに、私がヨーロッパ青年文化協会を設立した理由もあります。
2013年12月9日月曜日
2013.12.09 わが友に贈る
新聞休刊日
◇希望の明日へ
人を育てる。そこにいっさいが含まれる。原点であり、終着点である。学会も「創価教育学会」から出発した。教育に焦点を定めるところに、人間性の世紀を開く、間違いなき軌道がある。
平3・4・2
☆女性に贈ることば 十二月九日
真実の慈愛とは、相手によって決まるものではない。
相手がどうあろうと、太陽が万物を照らすように、あらゆる人びとを愛し慈しみ包容しゆく、心広々とした揺るがぬ境涯である。
☆今日のことば 十二月九日
生涯 君は
本を手から放すことをしないという
勉強家であれ と
私は 祈る
☆名誉会長と共に今日も広布へNo.046 誓願の祈りで勝利の日々を
威風堂々とそびえ立つ広宣流布大誓堂で「広宣流布誓願勤行会」が始まった。
連日、友が喜び集い、学会常住の御本尊に、誓願の祈りを捧げている。
広宣流布こそ、人類の願望である。私は、この御本尊に「広宣流布の希望の道を無限に開かせたまえ」と祈ってきた。
広宣流布とは、人間が人間として、最も人間らしく、対話を交わし、友情を結び、信頼を広げゆくことだ。
わが青春時代、師の選んだ広布の道を、私も必ず選んで歩みゆくことを決意した。
師を思えば、勇気が湧く。力が出る。智慧は尽きない。
きょうは、あの人と対話しよう!
きょうは、この人と信頼と友情を深めよう!
懸命に戦い、師に報告することが最高の光栄であった。
師弟に生きる我らは負けない。負けないことから、勝利は始まる。一歩また一歩と、幸福の軌道を進みゆくのだ。
日蓮大聖人は、『われ法華経の行者なり』との誇りも高く、絶体絶命の大難を勝ち越えられ、『幸なるかな楽しいかな』(P975)との悠々たる御境涯を示された。
戸田先生は、この御文を拝して語られた。
「御本尊があるから大丈夫だ。御本尊を拝んでいるから、自分は大丈夫だ。この確信が胸の奥底から出るようになったら信心は一人前です」
苦しんで強くなる。祈って勝つのだ。病苦や経済苦、家庭の問題。あらゆる悩みに苦しんだ人が、友の苦しみも分かる。賢明な強い人になり、多くの友を救っていける。
さあ新時代へ出発しよう!
永遠に輝きわたる正義の炎を燃え上がらせながら!
◇希望の明日へ
人を育てる。そこにいっさいが含まれる。原点であり、終着点である。学会も「創価教育学会」から出発した。教育に焦点を定めるところに、人間性の世紀を開く、間違いなき軌道がある。
平3・4・2
☆女性に贈ることば 十二月九日
真実の慈愛とは、相手によって決まるものではない。
相手がどうあろうと、太陽が万物を照らすように、あらゆる人びとを愛し慈しみ包容しゆく、心広々とした揺るがぬ境涯である。
☆今日のことば 十二月九日
生涯 君は
本を手から放すことをしないという
勉強家であれ と
私は 祈る
☆名誉会長と共に今日も広布へNo.046 誓願の祈りで勝利の日々を
威風堂々とそびえ立つ広宣流布大誓堂で「広宣流布誓願勤行会」が始まった。
連日、友が喜び集い、学会常住の御本尊に、誓願の祈りを捧げている。
広宣流布こそ、人類の願望である。私は、この御本尊に「広宣流布の希望の道を無限に開かせたまえ」と祈ってきた。
広宣流布とは、人間が人間として、最も人間らしく、対話を交わし、友情を結び、信頼を広げゆくことだ。
わが青春時代、師の選んだ広布の道を、私も必ず選んで歩みゆくことを決意した。
師を思えば、勇気が湧く。力が出る。智慧は尽きない。
きょうは、あの人と対話しよう!
きょうは、この人と信頼と友情を深めよう!
懸命に戦い、師に報告することが最高の光栄であった。
師弟に生きる我らは負けない。負けないことから、勝利は始まる。一歩また一歩と、幸福の軌道を進みゆくのだ。
日蓮大聖人は、『われ法華経の行者なり』との誇りも高く、絶体絶命の大難を勝ち越えられ、『幸なるかな楽しいかな』(P975)との悠々たる御境涯を示された。
戸田先生は、この御文を拝して語られた。
「御本尊があるから大丈夫だ。御本尊を拝んでいるから、自分は大丈夫だ。この確信が胸の奥底から出るようになったら信心は一人前です」
苦しんで強くなる。祈って勝つのだ。病苦や経済苦、家庭の問題。あらゆる悩みに苦しんだ人が、友の苦しみも分かる。賢明な強い人になり、多くの友を救っていける。
さあ新時代へ出発しよう!
永遠に輝きわたる正義の炎を燃え上がらせながら!
2013年12月8日日曜日
2013.12.08 わが友に贈る
我らの仏法は
たくましき楽観主義!
断じて逆境に勝つ!
大確信の祈りで
変毒為薬の劇を!
撰時抄 P265
『法華経をひろむる者は日本国の一切衆生の父母なり章安大師云く「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」等云云、されば日蓮は当帝の父母念仏者禅衆真言師等が師範なり又主君なり』
◇今週のことば
後継者で未来は決まる。
わが地域の「若芽」を
真心こめて育てよう!
受験生にも勇気のエールを。
一人一人を人材の大樹に!
2013年12月08日
◇希望の明日へ
教育は民衆のものである。あらゆる若人が、生き生きと、伸び伸びと成長していくためのものである。断じて、一部の特権階級のためにあるのではない。
平2・11・13
☆女性に贈ることば 十二月八日
人びとのために尽くす−−その生き方こそが、子どもの心に鮮やかに投影され、無言のうちに種を植えていく。
☆今日のことば 十二月八日
戦争は極悪中の極悪である
罪のない国民まで道づれにし
犠牲にしてゆく戦争を
断じてこの地球上より除かなければならぬ
☆池田思想シンポジウムへのメッセージ
一、本日は人類の明日を照らしゆかれるシンポジウムの開催、誠におめでとうございます。21世紀の世界が進むべき新たな大道を切り開かれようとする試みに、私は深く強く感銘を受けております。
どこまでも「人間」を見つめ、「社会」のために知恵を結集し、「未来」のために尽くし抜かれる知性と良識の先生方の尊いご努力に、私は最大の尊敬と感謝を捧げさせていただきたいのであります。
一、中国では現在、「生態文明の建設」の理念のもと、政治、経済、社会、文化のそれぞれの分野で、環境の保全とともに、生態系の保護を重視する持続可能な発展が目指されています。なかでも、エネルギー分野において太陽光や風力発電といった「再生可能エネルギーの積極的な導入が目指されるなか、今年6月にドイツやフランスなどの国々とともに、「エネルギーシフト国家クラブ」を発足させ、地球的規模での再生可能エネルギーの導入拡大をも進めようとされていることは、世界の大きな注目を集めています。
この意欲的な取り組みに象徴されるように、現代社会において人類が直面する環境問題は、画境や民族の違いを超えて英知を結集し、力を合わせて事に当たらなければ乗り越えられないことは、論をまちません。
その意味で、貴国が取り組まれている「生態文明の建設」は、世界全体で等しく追求されるべき優先課題にほかならず、人類史を画する挑戦を確かな軌道に乗せていくために、人々の意識の大きな転換が、今ほど必要とされる時代はないでありましょう。
そこで、この「生態文明の建設」の展望の上から、簡潔に2点の所感を申し上げさせていただきます。
◇環鏡問題の打開へ「勇気」を灯す
第一に、「環境教育を基盤に持続可能性の追求を」ということであります。
貴国では「生態文明の建設」の核心をなす理念として、人間と自然との相互依存性を踏まえた"良性の相互関係"の構築を掲げておられます。
現代の国際社会で環境問題が論じられる際、「持続可能性」というキーワードがよく語られますが、私はその「持続可能性」の追求が社会全体に定着するには、制度や技術面での対応に加えて、自然とのかけがえのない関係を大切にする思想が根を深く張ることが、不可欠と考えてきました。
この点に関し、中国教育学会の顧明遠会長が、私との対談で、「中国人は、古くから人間と自然は調和し、共存しなければならないことを認識しており、それを最高の道徳基準としていました」と語っておられましたが、そうした精神遺産から豊かな智慧を汲み取り、現代の社会に幅広く展開し、「持続可能性」の追求に資する価値を力強く創造していくことは、世界全体にとってもきわめて重要な意義をもつに違いありません。
その挑戦を進める上で大きな役割を担うのは、何といっても「教育」であります。
かねてより私は、環境回題の打開の原動力は「教育」なりとの信念から、行動を重ねてきました。また、私が創立した創価学園や創価大学などでも、さまざまな形で環境教育の推進に力を入れてまいりました。
昨年発表した環境提言では、環境教育の在り方として、知識や技術の習得だけでなく、�自分が育ってきた場所を大切にする「心を受け継ぐ」ための教育�自分を取り巻く環境がもたらす恩恵への感謝の思いを「日々の行動に還元する」ことを促す教育�これから生まれてくる世代のために何を守ればよいのかを「自身の生き方の柱に据える」ための教育−−三つの観点の重要性を提起しました。
ともすれば現代の環境問題は、その規模の大きさや原因の複雑さに半ば圧倒される形で、改善に向けての意欲が失われてしまうことが、解決を難しくさせているといわれます。その難問に対し、"人間が起こした問題は、人間の手で解決できないはずがない"との希望と勇気を灯すのが「教育」にほかなりません。
私どもが提唱し、2005年からスタートした国連の「持続可能な開発のための教育の10年」は来年で終了しますが、"人間と自然は調和し、共存しなければならない"との思想を受け継がれてきた貴国の皆さま方と共に、環境教育を基盤に据えた持続可能性の追求に取り組んでいきたいと願うものです。
◇国際的連帯が価値を創造
第二に申し上げたいことは、「環境協力で共生の地球社会の礎づくりを」という点であります。
私は現在、世界的な環境学者である、ドイツのヴァイツゼッカー博士と「持続可能な地球社会」を構築するための方途を探る対談を行っております。
その博士の言葉に、
「われわれはまた、環境の世紀において現在のものとは根本的に違ったまったく新しい文明・文化を必要としている」(宮本憲一・楠田實典・佐々木建監訳『地球環境政策 地球サミットから環境の21世紀へ』)との回題提起がありましたが、その一つの方向性を示しているのが、貴国が掲げておられる「生態文明」であるといえましょう。
また私と年来、交友を深めてきたアメリカのキッシンジャー博士も今年6月、貴国を訪問した折、「生態文明」をめぐる取り組みを踏まえて、「環境に関する取り組みは一国だけで実現できるものではなく、多くの国が共同で実現しなければならない」との観点を強調しておられました。
私も同様の信念に基づいて、7年前に「日中環境パートナーシップ(協力関係)」の構築を提言し、その柱として先ほどの「環境教育の推進」に加えて、「環境汚染の防止」と「省エネルギー・循環型社会への転換」を挙げたことがあり、今年の提言でも、中国と日本が共同で主導する形で「東アジア環境協力機構」の設立を目指していってはどうかと、提案いたしました。
両国での協力をはじめ、環境問題における国際協力の輪を幾重にも広げていくことは、共に「プラスの価値」を創造し、共に「希望の未来」を築いていく挑戦であり、「共生の地球社会の礎」へと結実していくに違いありません。
万年の未来を見据えて、その国際協力の大道を幾重にも開きゆくことこそ、将来世代に贈ることのできる、最上にして最高の財産ではないでしょうか。
一、こうした地球的視座に基づく国際協力の重要性を説いた、口ーマクラブの創設者ペッチェイ博士と、環境問題に対して「手遅れにならないうちに」と警鐘を鳴らしゆく対談集を発刊して、まもなく30星霜を迎えます。残念ながら、地球と人類を取り巻く環境問題は、いやまして深刻さを増しております。
しかし、私の胸には、ペッチェイ博士の信念の叫びが今も響いて離れません。
「人間は一人一人の中に理解力、想像力、独創力を豊富に蓄えており、そのうえまだ活用されていない、いや顧みられてすらいない道徳的資質を、豊かに備えています」「これらの蓄えは系統的に開発することができます」「そうすることによって初めて、人類はついには現状を逆転することができるでしょう」と。
地上の資源は有限であっても、人間生命の可能性は無限であり、人間が創造する価値にも限りがない−−私はこのことを、本日、お集まりになられた、尊敬する諸先生方と共に、確かめ合いたいのであります。
最後に、今回のシンポジウムが、人類の新たな地平を切り開く大いなる一歩となることを願ってやみません。
本日は誠に、誠にありがとうございます。謝謝!
たくましき楽観主義!
断じて逆境に勝つ!
大確信の祈りで
変毒為薬の劇を!
撰時抄 P265
『法華経をひろむる者は日本国の一切衆生の父母なり章安大師云く「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」等云云、されば日蓮は当帝の父母念仏者禅衆真言師等が師範なり又主君なり』
◇今週のことば
後継者で未来は決まる。
わが地域の「若芽」を
真心こめて育てよう!
受験生にも勇気のエールを。
一人一人を人材の大樹に!
2013年12月08日
◇希望の明日へ
教育は民衆のものである。あらゆる若人が、生き生きと、伸び伸びと成長していくためのものである。断じて、一部の特権階級のためにあるのではない。
平2・11・13
☆女性に贈ることば 十二月八日
人びとのために尽くす−−その生き方こそが、子どもの心に鮮やかに投影され、無言のうちに種を植えていく。
☆今日のことば 十二月八日
戦争は極悪中の極悪である
罪のない国民まで道づれにし
犠牲にしてゆく戦争を
断じてこの地球上より除かなければならぬ
☆池田思想シンポジウムへのメッセージ
一、本日は人類の明日を照らしゆかれるシンポジウムの開催、誠におめでとうございます。21世紀の世界が進むべき新たな大道を切り開かれようとする試みに、私は深く強く感銘を受けております。
どこまでも「人間」を見つめ、「社会」のために知恵を結集し、「未来」のために尽くし抜かれる知性と良識の先生方の尊いご努力に、私は最大の尊敬と感謝を捧げさせていただきたいのであります。
一、中国では現在、「生態文明の建設」の理念のもと、政治、経済、社会、文化のそれぞれの分野で、環境の保全とともに、生態系の保護を重視する持続可能な発展が目指されています。なかでも、エネルギー分野において太陽光や風力発電といった「再生可能エネルギーの積極的な導入が目指されるなか、今年6月にドイツやフランスなどの国々とともに、「エネルギーシフト国家クラブ」を発足させ、地球的規模での再生可能エネルギーの導入拡大をも進めようとされていることは、世界の大きな注目を集めています。
この意欲的な取り組みに象徴されるように、現代社会において人類が直面する環境問題は、画境や民族の違いを超えて英知を結集し、力を合わせて事に当たらなければ乗り越えられないことは、論をまちません。
その意味で、貴国が取り組まれている「生態文明の建設」は、世界全体で等しく追求されるべき優先課題にほかならず、人類史を画する挑戦を確かな軌道に乗せていくために、人々の意識の大きな転換が、今ほど必要とされる時代はないでありましょう。
そこで、この「生態文明の建設」の展望の上から、簡潔に2点の所感を申し上げさせていただきます。
◇環鏡問題の打開へ「勇気」を灯す
第一に、「環境教育を基盤に持続可能性の追求を」ということであります。
貴国では「生態文明の建設」の核心をなす理念として、人間と自然との相互依存性を踏まえた"良性の相互関係"の構築を掲げておられます。
現代の国際社会で環境問題が論じられる際、「持続可能性」というキーワードがよく語られますが、私はその「持続可能性」の追求が社会全体に定着するには、制度や技術面での対応に加えて、自然とのかけがえのない関係を大切にする思想が根を深く張ることが、不可欠と考えてきました。
この点に関し、中国教育学会の顧明遠会長が、私との対談で、「中国人は、古くから人間と自然は調和し、共存しなければならないことを認識しており、それを最高の道徳基準としていました」と語っておられましたが、そうした精神遺産から豊かな智慧を汲み取り、現代の社会に幅広く展開し、「持続可能性」の追求に資する価値を力強く創造していくことは、世界全体にとってもきわめて重要な意義をもつに違いありません。
その挑戦を進める上で大きな役割を担うのは、何といっても「教育」であります。
かねてより私は、環境回題の打開の原動力は「教育」なりとの信念から、行動を重ねてきました。また、私が創立した創価学園や創価大学などでも、さまざまな形で環境教育の推進に力を入れてまいりました。
昨年発表した環境提言では、環境教育の在り方として、知識や技術の習得だけでなく、�自分が育ってきた場所を大切にする「心を受け継ぐ」ための教育�自分を取り巻く環境がもたらす恩恵への感謝の思いを「日々の行動に還元する」ことを促す教育�これから生まれてくる世代のために何を守ればよいのかを「自身の生き方の柱に据える」ための教育−−三つの観点の重要性を提起しました。
ともすれば現代の環境問題は、その規模の大きさや原因の複雑さに半ば圧倒される形で、改善に向けての意欲が失われてしまうことが、解決を難しくさせているといわれます。その難問に対し、"人間が起こした問題は、人間の手で解決できないはずがない"との希望と勇気を灯すのが「教育」にほかなりません。
私どもが提唱し、2005年からスタートした国連の「持続可能な開発のための教育の10年」は来年で終了しますが、"人間と自然は調和し、共存しなければならない"との思想を受け継がれてきた貴国の皆さま方と共に、環境教育を基盤に据えた持続可能性の追求に取り組んでいきたいと願うものです。
◇国際的連帯が価値を創造
第二に申し上げたいことは、「環境協力で共生の地球社会の礎づくりを」という点であります。
私は現在、世界的な環境学者である、ドイツのヴァイツゼッカー博士と「持続可能な地球社会」を構築するための方途を探る対談を行っております。
その博士の言葉に、
「われわれはまた、環境の世紀において現在のものとは根本的に違ったまったく新しい文明・文化を必要としている」(宮本憲一・楠田實典・佐々木建監訳『地球環境政策 地球サミットから環境の21世紀へ』)との回題提起がありましたが、その一つの方向性を示しているのが、貴国が掲げておられる「生態文明」であるといえましょう。
また私と年来、交友を深めてきたアメリカのキッシンジャー博士も今年6月、貴国を訪問した折、「生態文明」をめぐる取り組みを踏まえて、「環境に関する取り組みは一国だけで実現できるものではなく、多くの国が共同で実現しなければならない」との観点を強調しておられました。
私も同様の信念に基づいて、7年前に「日中環境パートナーシップ(協力関係)」の構築を提言し、その柱として先ほどの「環境教育の推進」に加えて、「環境汚染の防止」と「省エネルギー・循環型社会への転換」を挙げたことがあり、今年の提言でも、中国と日本が共同で主導する形で「東アジア環境協力機構」の設立を目指していってはどうかと、提案いたしました。
両国での協力をはじめ、環境問題における国際協力の輪を幾重にも広げていくことは、共に「プラスの価値」を創造し、共に「希望の未来」を築いていく挑戦であり、「共生の地球社会の礎」へと結実していくに違いありません。
万年の未来を見据えて、その国際協力の大道を幾重にも開きゆくことこそ、将来世代に贈ることのできる、最上にして最高の財産ではないでしょうか。
一、こうした地球的視座に基づく国際協力の重要性を説いた、口ーマクラブの創設者ペッチェイ博士と、環境問題に対して「手遅れにならないうちに」と警鐘を鳴らしゆく対談集を発刊して、まもなく30星霜を迎えます。残念ながら、地球と人類を取り巻く環境問題は、いやまして深刻さを増しております。
しかし、私の胸には、ペッチェイ博士の信念の叫びが今も響いて離れません。
「人間は一人一人の中に理解力、想像力、独創力を豊富に蓄えており、そのうえまだ活用されていない、いや顧みられてすらいない道徳的資質を、豊かに備えています」「これらの蓄えは系統的に開発することができます」「そうすることによって初めて、人類はついには現状を逆転することができるでしょう」と。
地上の資源は有限であっても、人間生命の可能性は無限であり、人間が創造する価値にも限りがない−−私はこのことを、本日、お集まりになられた、尊敬する諸先生方と共に、確かめ合いたいのであります。
最後に、今回のシンポジウムが、人類の新たな地平を切り開く大いなる一歩となることを願ってやみません。
本日は誠に、誠にありがとうございます。謝謝!
2013.12.07 わが友に贈る
「さいわいは心より
いでて我をかざる」
広布への強き一念に
功徳の花は咲き薫る!
今日も生き生きと前へ!
報恩抄 P293
『仏教をならはん者父母師匠国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか』
◇希望の明日へ
世界の平和、人間の平等、魂の自由を開いていくのが教育の使命である。そうでなければ、万人が人間らしく生きゆく"人間性のオアシス"を、つくっていくことはできない。また、そうさせまいとする権力者の思惑を打ち破り、権力、権威を民衆のもとに従属させていく道を開くのは、教育をおいてほかにないであろう。
平2・9・26
☆女性に贈ることば 十二月七日
いちばん大事なことは、どんな場合でも「自分なんか、ダメだ」と思わないこと。自分をいじめないこと。自分で自分を励ますことです。落ち込んでしまった自分の心を、自分で「よいしょ」ともちあげることです。
あなたは素晴らしい人なんだから、そんな素晴らしい自分をいじめてはいけない。人が何とけなそうが、関係ない。
☆今日のことば 十二月七日
人間形成の最大時は、なんといっても教育にある。教育は技術である。そして、その教育法の根本は、教育者が、いかなる教育理念を持っているかによって、決定されてしまう。
☆青年部代表勤行会へのメッセージ
一、ここ広宣流布大誓堂に、わが青年部の誉れの代表が一堂に集い合った。
誠に、誠におめでとう!
全同志の偉大な信力・行力によって、偉大な仏力・法力を湧現しつつ、学会は創立83周年を最高に晴れ晴れと大勝利で飾ることができました。
初代・牧口常三郎先生も、二代・戸田城聖先生も、満面の笑みで喜び合われていることでありましょう。
この師弟勝利の本陣を、これから厳然と守り抜いてくれるのが、君たち青年部です。
君たちこそ、この本陣から、まず創立85周年へ、また2020年の創立90周年へ、さらには2030年・創立100周年へ、新たな「一閻浮提広宣流布」の波動を起こしゆくことを、久遠より誓願し、不思議にも、この時に、勇んで躍り出てくれた地涌の菩薩なのです。
まさしく今、学会常住の「大法弘通慈折広宣流布大願成就」の御本尊の御前で、「世界広布新時代」が遠大な希望に燃えて、ここに開幕したことを、私は最も信頼する君だちと一緒に大宣言したいのであります。
◆広布の誓願こそ究極の「師子吼」
一、きょうは、仏法の真髄である「師子吼」の意義を心肝に染めておきたい。
日蓮大聖人は厳命なされました。
『各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり』(P1190)と。
末法今時において、法華経に説かれる通りに、『悪口罵詈』『猶多怨嫉』の難を受け切り、紛然と競い起こる『三障四魔』『三類の強敵』と戦い続けてきた『日蓮が一門』は、我ら創価の師弟以外には、絶対におりません。
その一切を威風堂々と勝ち越えることができたのは、一体、なぜか。
それは、大聖人の仰せのままに、『師子王の心を取り出して』、師子吼を貫き通してきたからであります。
この正義の勝利の道は、未来永遠に変わりません。
◆苦難に打ち勝つ題目の大音声
「御義口伝」では、『師子吼』の『師』とは『師匠授くる所の妙法』(P748)であり、『子』とは『弟子受くる所の妙法』(同P)である。
そして、『師子吼』の『吼』とは『師弟共に唱うる所の音声なり』(同P)と明快に示されております。
すなわち、師匠と弟子とが、共に広宣流布を誓願して、唱えゆく妙法の音声が、究極の『師子吼』であります。この世に、これほど強く正しい、これほど深く気高い音声はない。
そして、この師子吼を、世界へ未来へ、限りなく轟かせゆく道場こそ、ここ広宣流布大誓堂なのであります。
一、人生は、誰人も「生老病死」という本源的な苦との戦いであります。
しかし、大聖人は『南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや』(P1124)と断言されております。
題目の師子吼に勝るものはない。
若き不二の愛弟子たちは、断じて負けてはならない。
いかなる病も、いかなる悩みも乗り越えるためにある。仏になるためにある。
断固と勝ち切って、大勢の苦悩の友を励まし、救っていくための試練である。
なかんずく、『法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし』(P1316)とは、わが健気な華陽の乙女たちを厳として擁護してくださる御本仏のお約束であります。
◆我ら地涌の絆が時代変えゆく力
一、ともあれ、いずこにあっても、いかなる時も、私と君たちは、誓願の題目で深く強く結ばれている。
何ものにも破られない金剛不壊の絆です。
大聖人は、『一の師子王吼れば百子力を得て諸の禽獣皆頭七分にわる』(同P)と仰せになられた。
一人の後継の師子が師子吼すれば、一切が変わる。
時代は、ますます濁り、乱れている。
だからこそ、我らは、この広宣流布大誓堂を中心に、それぞれの使命の舞台で、自行化他の題目の師子吼を、いやまして勇気凜々と響かせ、ありとあらゆる邪悪に打ち勝ち、わが地涌の眷属の威光勢力を無限に増してゆくのだ。
悩める友には希望と確信の声を、混迷の社会には正義と価値創造の声を、そして分断の世界には平和と連帯の声を、いよいよ惜しまず広げていこうではないか!
大事な大事な君たちが一人も残らず、これ以上ないという幸福勝利の人生を飾りゆかれることを祈りに祈って、私のメッセージといたします。
いでて我をかざる」
広布への強き一念に
功徳の花は咲き薫る!
今日も生き生きと前へ!
報恩抄 P293
『仏教をならはん者父母師匠国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか』
◇希望の明日へ
世界の平和、人間の平等、魂の自由を開いていくのが教育の使命である。そうでなければ、万人が人間らしく生きゆく"人間性のオアシス"を、つくっていくことはできない。また、そうさせまいとする権力者の思惑を打ち破り、権力、権威を民衆のもとに従属させていく道を開くのは、教育をおいてほかにないであろう。
平2・9・26
☆女性に贈ることば 十二月七日
いちばん大事なことは、どんな場合でも「自分なんか、ダメだ」と思わないこと。自分をいじめないこと。自分で自分を励ますことです。落ち込んでしまった自分の心を、自分で「よいしょ」ともちあげることです。
あなたは素晴らしい人なんだから、そんな素晴らしい自分をいじめてはいけない。人が何とけなそうが、関係ない。
☆今日のことば 十二月七日
人間形成の最大時は、なんといっても教育にある。教育は技術である。そして、その教育法の根本は、教育者が、いかなる教育理念を持っているかによって、決定されてしまう。
☆青年部代表勤行会へのメッセージ
一、ここ広宣流布大誓堂に、わが青年部の誉れの代表が一堂に集い合った。
誠に、誠におめでとう!
全同志の偉大な信力・行力によって、偉大な仏力・法力を湧現しつつ、学会は創立83周年を最高に晴れ晴れと大勝利で飾ることができました。
初代・牧口常三郎先生も、二代・戸田城聖先生も、満面の笑みで喜び合われていることでありましょう。
この師弟勝利の本陣を、これから厳然と守り抜いてくれるのが、君たち青年部です。
君たちこそ、この本陣から、まず創立85周年へ、また2020年の創立90周年へ、さらには2030年・創立100周年へ、新たな「一閻浮提広宣流布」の波動を起こしゆくことを、久遠より誓願し、不思議にも、この時に、勇んで躍り出てくれた地涌の菩薩なのです。
まさしく今、学会常住の「大法弘通慈折広宣流布大願成就」の御本尊の御前で、「世界広布新時代」が遠大な希望に燃えて、ここに開幕したことを、私は最も信頼する君だちと一緒に大宣言したいのであります。
◆広布の誓願こそ究極の「師子吼」
一、きょうは、仏法の真髄である「師子吼」の意義を心肝に染めておきたい。
日蓮大聖人は厳命なされました。
『各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり』(P1190)と。
末法今時において、法華経に説かれる通りに、『悪口罵詈』『猶多怨嫉』の難を受け切り、紛然と競い起こる『三障四魔』『三類の強敵』と戦い続けてきた『日蓮が一門』は、我ら創価の師弟以外には、絶対におりません。
その一切を威風堂々と勝ち越えることができたのは、一体、なぜか。
それは、大聖人の仰せのままに、『師子王の心を取り出して』、師子吼を貫き通してきたからであります。
この正義の勝利の道は、未来永遠に変わりません。
◆苦難に打ち勝つ題目の大音声
「御義口伝」では、『師子吼』の『師』とは『師匠授くる所の妙法』(P748)であり、『子』とは『弟子受くる所の妙法』(同P)である。
そして、『師子吼』の『吼』とは『師弟共に唱うる所の音声なり』(同P)と明快に示されております。
すなわち、師匠と弟子とが、共に広宣流布を誓願して、唱えゆく妙法の音声が、究極の『師子吼』であります。この世に、これほど強く正しい、これほど深く気高い音声はない。
そして、この師子吼を、世界へ未来へ、限りなく轟かせゆく道場こそ、ここ広宣流布大誓堂なのであります。
一、人生は、誰人も「生老病死」という本源的な苦との戦いであります。
しかし、大聖人は『南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや』(P1124)と断言されております。
題目の師子吼に勝るものはない。
若き不二の愛弟子たちは、断じて負けてはならない。
いかなる病も、いかなる悩みも乗り越えるためにある。仏になるためにある。
断固と勝ち切って、大勢の苦悩の友を励まし、救っていくための試練である。
なかんずく、『法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし』(P1316)とは、わが健気な華陽の乙女たちを厳として擁護してくださる御本仏のお約束であります。
◆我ら地涌の絆が時代変えゆく力
一、ともあれ、いずこにあっても、いかなる時も、私と君たちは、誓願の題目で深く強く結ばれている。
何ものにも破られない金剛不壊の絆です。
大聖人は、『一の師子王吼れば百子力を得て諸の禽獣皆頭七分にわる』(同P)と仰せになられた。
一人の後継の師子が師子吼すれば、一切が変わる。
時代は、ますます濁り、乱れている。
だからこそ、我らは、この広宣流布大誓堂を中心に、それぞれの使命の舞台で、自行化他の題目の師子吼を、いやまして勇気凜々と響かせ、ありとあらゆる邪悪に打ち勝ち、わが地涌の眷属の威光勢力を無限に増してゆくのだ。
悩める友には希望と確信の声を、混迷の社会には正義と価値創造の声を、そして分断の世界には平和と連帯の声を、いよいよ惜しまず広げていこうではないか!
大事な大事な君たちが一人も残らず、これ以上ないという幸福勝利の人生を飾りゆかれることを祈りに祈って、私のメッセージといたします。
2013年12月6日金曜日
2013.12.06 わが友に贈る
新任のリーダーに
先輩は最大の応援を!
後輩が自分以上の
人材に育ってこそ
広布の未来は盤石!
御衣並単衣御書 P971
『物たねと申すもの一なれども植えぬれば多くとなり』
◇希望の明日へ
自律なき放縦は真の自由ではない。人間も、社会も国家も退歩し、不幸の方向へ、そして結局は不自由の方向へ流されてしまう。自由を、進歩と向上と平和のために使いこなしていくためには、人間と精神の羅針盤が必要である。そして英知こそ、こうした魂の自由を確立する人間の羅針盤となるものである。ここに教育を最大に重視する大きな理由がある。
平2・9・26
☆女性に贈ることば 十二月六日
恩師・戸田先生は、よくおっしゃっていた。
「人生は、住む所、食べる物、着る物に関係なく楽しむことができる。この法則を真に知るならば、人生は幸福なのだ。何事も感情的になるな。何事も畏れるな」と。
まさに、万般に通ずる人生の極意です。
☆今日のことば 十二月六日
奥行きと、広がりをもった人間を育成するには、知識や技術だけでは、不十分である。知識や技術は、人間の属性である。その知識、技術の習得と錬磨を通し、己れ自身を磨かなければ、決して、深い自己の世界の構築はあり得ないであろう。
☆下野新聞寄稿「栃木県誕生140年に寄せて」
◇「心田」から希望は生まれる
いにしえ、栃木県は「毛野国」と呼ばれた。
「毛」には五穀・草木の意義がある。
まさに物産も文化も豊かに茂り実る大地こそ、「下野」である。
この大地に漲る開拓と創造の息吹を、私も敬愛してやまない。
栃木に多くの知己を持つ恩師にお供して、日光を旅したのは、60年前の春であった。その折、恩師が語ってくれた逸話が蘇る。
−−あの華厳の滝は、明治半ばまで観覧に適切な場所がなかった。しかし、星野五郎平という山仕事の達人が、一人で断崖に道をつくり始めた。周囲の冷笑のなか、奮闘の歳月を重ねて、難所を突破し、王者の滝をのぞむ圧巻の眺望を開いたのだ、と。
今年、栃木県は誕生から140周年−−。
今や日光は、皆の憧れの世界遺産である。
イチゴやかんぴょう等、命を育む農林業も食文化も、日本の宝だ。活発な自動車産業、さらに世界一で名高いハードディスク用のアルミ基板など、匠の技が冴える製造業も、栃木は全国有数の大発展を遂げている。
下野新聞では、佐野生まれの巨人・田中正造翁の生涯と思想が、現代の視点から鋭く洞察されている。
世界に誇るべき"環境と人権の先覚者"正造翁は、豊かな郷土は君たちのものと青年たちに語った。
ゆえに、「若い者がつくりなおし、自分の力で治めていかねばならなかんべね」と。
一切は、人で決まる。
青年の心の大地−−つまり「心田」を耕せば、新たな希望が生まれる。
栃木には、この人間教育の伝統が脈打つ。
日本で最も早く総合大学・足利学校が設立され、人材を育成してきた歴史も誉れ高い。
私の忘れ得ぬ小学校の担任の先生も、栃木のご出身であった。その情熱と慈愛は、教育をライフワークとする私にとって、かけがえのない原点である。
江戸期、今の真岡の農村復興に心血を注いだ二宮尊徳公には、"一人の心田を開拓すれば一村が一新する"という不動の信念があった。
大田原市に、若き日からの活躍を私か見守ってきた友がいる。父亡きあと、母を助け、祖父母を介護しながら、営農に挑んだ。米価の低迷、冷害と打ち続く試練にひるまず、土地の改良や新品種の導入に不屈の努力を積み重ねた。
舞い来たる白鳥を守る会を結成し、児童の登下校の安全を確保するなど、地域の活性化にも、誠実に貢献する。夫妻で「悩む余裕がないほど忙しい」毎日を生き抜いてきた。その苦労は、仲間を励まし、後輩を育てゆく知恵となって光る。
一人の心田を耕し、潤すのは、何より励ましではないだろうか。
励ましは「万」の力」と書く。それは栃木の「栃」の字のつくりとも共通する。
いずこにもまして人柄の良い方が多い栃木には、万の力の励ましが満ちている。
私の妻と同世代の那須塩原の婦人たちは、東日本大震災の被災者の方に一人でも喜んでもらえればと、真心の「ちゃんちゃんこ作り」を続けてこられた。
宇都宮ゆかりの詩人・野口雨情は、「もっともっと人情味のある、誰彼の差別なく手を取って唄い合う」ような「棲みいい国、楽しい国」の建設を願った。そして、それは足元の郷土から始めよう、と。
今、栃木県は「元気度日本ごを目指して勇躍、前進されている。
今日も、我らの毛野国の豊かな心田から、日本そして世界を元気にする希望が、生まれ出ずるに違いない。
(2013.11.14)
先輩は最大の応援を!
後輩が自分以上の
人材に育ってこそ
広布の未来は盤石!
御衣並単衣御書 P971
『物たねと申すもの一なれども植えぬれば多くとなり』
◇希望の明日へ
自律なき放縦は真の自由ではない。人間も、社会も国家も退歩し、不幸の方向へ、そして結局は不自由の方向へ流されてしまう。自由を、進歩と向上と平和のために使いこなしていくためには、人間と精神の羅針盤が必要である。そして英知こそ、こうした魂の自由を確立する人間の羅針盤となるものである。ここに教育を最大に重視する大きな理由がある。
平2・9・26
☆女性に贈ることば 十二月六日
恩師・戸田先生は、よくおっしゃっていた。
「人生は、住む所、食べる物、着る物に関係なく楽しむことができる。この法則を真に知るならば、人生は幸福なのだ。何事も感情的になるな。何事も畏れるな」と。
まさに、万般に通ずる人生の極意です。
☆今日のことば 十二月六日
奥行きと、広がりをもった人間を育成するには、知識や技術だけでは、不十分である。知識や技術は、人間の属性である。その知識、技術の習得と錬磨を通し、己れ自身を磨かなければ、決して、深い自己の世界の構築はあり得ないであろう。
☆下野新聞寄稿「栃木県誕生140年に寄せて」
◇「心田」から希望は生まれる
いにしえ、栃木県は「毛野国」と呼ばれた。
「毛」には五穀・草木の意義がある。
まさに物産も文化も豊かに茂り実る大地こそ、「下野」である。
この大地に漲る開拓と創造の息吹を、私も敬愛してやまない。
栃木に多くの知己を持つ恩師にお供して、日光を旅したのは、60年前の春であった。その折、恩師が語ってくれた逸話が蘇る。
−−あの華厳の滝は、明治半ばまで観覧に適切な場所がなかった。しかし、星野五郎平という山仕事の達人が、一人で断崖に道をつくり始めた。周囲の冷笑のなか、奮闘の歳月を重ねて、難所を突破し、王者の滝をのぞむ圧巻の眺望を開いたのだ、と。
今年、栃木県は誕生から140周年−−。
今や日光は、皆の憧れの世界遺産である。
イチゴやかんぴょう等、命を育む農林業も食文化も、日本の宝だ。活発な自動車産業、さらに世界一で名高いハードディスク用のアルミ基板など、匠の技が冴える製造業も、栃木は全国有数の大発展を遂げている。
下野新聞では、佐野生まれの巨人・田中正造翁の生涯と思想が、現代の視点から鋭く洞察されている。
世界に誇るべき"環境と人権の先覚者"正造翁は、豊かな郷土は君たちのものと青年たちに語った。
ゆえに、「若い者がつくりなおし、自分の力で治めていかねばならなかんべね」と。
一切は、人で決まる。
青年の心の大地−−つまり「心田」を耕せば、新たな希望が生まれる。
栃木には、この人間教育の伝統が脈打つ。
日本で最も早く総合大学・足利学校が設立され、人材を育成してきた歴史も誉れ高い。
私の忘れ得ぬ小学校の担任の先生も、栃木のご出身であった。その情熱と慈愛は、教育をライフワークとする私にとって、かけがえのない原点である。
江戸期、今の真岡の農村復興に心血を注いだ二宮尊徳公には、"一人の心田を開拓すれば一村が一新する"という不動の信念があった。
大田原市に、若き日からの活躍を私か見守ってきた友がいる。父亡きあと、母を助け、祖父母を介護しながら、営農に挑んだ。米価の低迷、冷害と打ち続く試練にひるまず、土地の改良や新品種の導入に不屈の努力を積み重ねた。
舞い来たる白鳥を守る会を結成し、児童の登下校の安全を確保するなど、地域の活性化にも、誠実に貢献する。夫妻で「悩む余裕がないほど忙しい」毎日を生き抜いてきた。その苦労は、仲間を励まし、後輩を育てゆく知恵となって光る。
一人の心田を耕し、潤すのは、何より励ましではないだろうか。
励ましは「万」の力」と書く。それは栃木の「栃」の字のつくりとも共通する。
いずこにもまして人柄の良い方が多い栃木には、万の力の励ましが満ちている。
私の妻と同世代の那須塩原の婦人たちは、東日本大震災の被災者の方に一人でも喜んでもらえればと、真心の「ちゃんちゃんこ作り」を続けてこられた。
宇都宮ゆかりの詩人・野口雨情は、「もっともっと人情味のある、誰彼の差別なく手を取って唄い合う」ような「棲みいい国、楽しい国」の建設を願った。そして、それは足元の郷土から始めよう、と。
今、栃木県は「元気度日本ごを目指して勇躍、前進されている。
今日も、我らの毛野国の豊かな心田から、日本そして世界を元気にする希望が、生まれ出ずるに違いない。
(2013.11.14)
2013年12月5日木曜日
2013.12.05 わが友に贈る
地域や職場で
信頼される存在に!
信仰で人格を磨き
社会に貢献する。
それが真の仏法者だ。
道妙禅門御書 P1242
『祈祷に於ては顕祈顕応・顕祈冥応・冥祈冥応・冥祈顕応の祈祷有りと雖も只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当の所願満足有る可く候』
◇希望の明日へ
教育は時間を超えて力を発揮する。教育こそは、国の、社会の将来を開き、創造していく力である。歴史上、世界に大勢力を誇った国々のなかにも、やがて衰退していった国がある。一国の盛衰は長い目で見なければならない。そして、社会の長期的な課題のなかでも、教育こそ、根本である。教育の充実に真剣に取り組みゆく国は、必ず発展と繁栄の時代を迎えるものである。
平2・8・27
☆女性に贈ることば 十二月五日
人生、最後の最後まで戦いきった人は美しい。歳月の風化作用も、そのような人物には及ばない。いや、むしろ、月日がたつほど、その存在は一段と大きく光っていくものだ。
☆今日のことば 十二月五日
趣味のない人は味がない。そういう人には魅力を感じないから、人がついてこない。なんでもよいからひとつの趣味をもち、見識を深めていこうという努力が大切である。
☆勝利の人間学第43回 善縁の拡大が新時代を開く
◇新しい友情を広げよう
正しい人生を歩むためには、「善き友」の存在が何より大切である。「善き友」と一緒に進むところに成長も充実もあるからだ。
それには、まず自分が相手にとって「善き友」になることである。
誠実第一に、一人の友を大切に、そして、二人、三人、十人と、新しい友情を楽しく築いていただきたい。
わが恩師は言われた。
「青年が青年を呼ぶのだ。そうすれば広宣流布はできる!」と。
心を大きく開いて、人間の中へ飛び込み、未来を照らす青年の連帯を創っていこう!
◇信心のよき先輩は宝
身近に一人でもよい、何でも語り合える善き友人、また何かあった時に相談できる善き先輩をつくっておくことだ。
善き友人、善き先輩をもてば、必ず幸福の方向へ、平和の方向へと進んでいける。
御聖訓には、『悪知識を捨てて善友に親近せよ』(P1244)と記されている。
悪人に近づいてはならない。近づけてもいけない。悪い時代だから、悪知識に紛動されたり、利用されたりしてはならない。
信頼し合える善友と共に、勝利また勝利の道を、真っ直ぐ朗らかに歩んでくれ給え!
◇古い友人を大切にしよう
年末年始は、日頃、なかなか会えない古い友人と再会するチャンスである。年賀状でも心の交流ができる。
「人間」が先である。人間として爽やかな好感を広げていくことだ。そこから、対話がはずみ、友情が生まれ、仏縁が結ばれる。
御本尊に「皆と仲良くできる自分、信頼される自分に成長させてください」と祈るのだ。
祈りを根本に、人間対人間の温かな交流を深め、味方を増やしていくのだ。
広宣流布は善縁を拡大する戦いである。
どこまでも賢く聡明に、また、どこまでも勇敢かつ大胆に、青年部は日本中、世界中で友情の劇を繰り広げていっていただきたい。
信頼される存在に!
信仰で人格を磨き
社会に貢献する。
それが真の仏法者だ。
道妙禅門御書 P1242
『祈祷に於ては顕祈顕応・顕祈冥応・冥祈冥応・冥祈顕応の祈祷有りと雖も只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当の所願満足有る可く候』
◇希望の明日へ
教育は時間を超えて力を発揮する。教育こそは、国の、社会の将来を開き、創造していく力である。歴史上、世界に大勢力を誇った国々のなかにも、やがて衰退していった国がある。一国の盛衰は長い目で見なければならない。そして、社会の長期的な課題のなかでも、教育こそ、根本である。教育の充実に真剣に取り組みゆく国は、必ず発展と繁栄の時代を迎えるものである。
平2・8・27
☆女性に贈ることば 十二月五日
人生、最後の最後まで戦いきった人は美しい。歳月の風化作用も、そのような人物には及ばない。いや、むしろ、月日がたつほど、その存在は一段と大きく光っていくものだ。
☆今日のことば 十二月五日
趣味のない人は味がない。そういう人には魅力を感じないから、人がついてこない。なんでもよいからひとつの趣味をもち、見識を深めていこうという努力が大切である。
☆勝利の人間学第43回 善縁の拡大が新時代を開く
◇新しい友情を広げよう
正しい人生を歩むためには、「善き友」の存在が何より大切である。「善き友」と一緒に進むところに成長も充実もあるからだ。
それには、まず自分が相手にとって「善き友」になることである。
誠実第一に、一人の友を大切に、そして、二人、三人、十人と、新しい友情を楽しく築いていただきたい。
わが恩師は言われた。
「青年が青年を呼ぶのだ。そうすれば広宣流布はできる!」と。
心を大きく開いて、人間の中へ飛び込み、未来を照らす青年の連帯を創っていこう!
◇信心のよき先輩は宝
身近に一人でもよい、何でも語り合える善き友人、また何かあった時に相談できる善き先輩をつくっておくことだ。
善き友人、善き先輩をもてば、必ず幸福の方向へ、平和の方向へと進んでいける。
御聖訓には、『悪知識を捨てて善友に親近せよ』(P1244)と記されている。
悪人に近づいてはならない。近づけてもいけない。悪い時代だから、悪知識に紛動されたり、利用されたりしてはならない。
信頼し合える善友と共に、勝利また勝利の道を、真っ直ぐ朗らかに歩んでくれ給え!
◇古い友人を大切にしよう
年末年始は、日頃、なかなか会えない古い友人と再会するチャンスである。年賀状でも心の交流ができる。
「人間」が先である。人間として爽やかな好感を広げていくことだ。そこから、対話がはずみ、友情が生まれ、仏縁が結ばれる。
御本尊に「皆と仲良くできる自分、信頼される自分に成長させてください」と祈るのだ。
祈りを根本に、人間対人間の温かな交流を深め、味方を増やしていくのだ。
広宣流布は善縁を拡大する戦いである。
どこまでも賢く聡明に、また、どこまでも勇敢かつ大胆に、青年部は日本中、世界中で友情の劇を繰り広げていっていただきたい。
2013年12月4日水曜日
2013.12.04 わが友に贈る
「友を断じて幸せに!」
その心が弘教の根本。
祈り、語り続ける中に
自他共の偉大なる
生命の変革がある。
四条金吾殿御返事 P1169
『日蓮は少より今生のいのりなし只仏にならんとをもふ計りなり、されども殿の御事をばひまなく法華経釈迦仏日天に申すなり其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり』
◇希望の明日へ
青年にとって、どのような教育がふさわしいのか。その一つの結論として、偉人や英雄の人間像を語ることは、青年たちに、さまざまな人生の意味を教えることができるであろう。勝利と敗北、労苦と試練、明と暗との因果の色彩にいろどられた人生模様、戦いの歴史−−人類史に何らかの巨歩を印した人物には、やはりそれなりの"人間学"がある。それら人生の先達の姿を学ぶことによって、青年たちが、自らの生き方への何らかの示唆を得、勇気と希望を抱き、視野を広げていくことができるであろう。それが精神の滋養に富んだ、生きた人間教育となる、と確信している。
平2・8・15
☆女性に贈ることば 十二月四日
さまざまな悩みと戦いながら、前を向いて、郵賢恥えて生き抜いていく、けなげなお母さん!
人がなんと言おうと、子どもをとことん信じ、守り、太陽のように照らしていく、優しいお母さん!
どんなに、よその家の子がよく見えようと、「うちは、うちよ」と笑いとばす、朗らかなお母さん!
人のため、社会のために奔走し、なかなか、わが家を顧みる時間がなくとも、その尊貴な後ろ姿で、骨を力強く引っ張っている、たくましいお母さん!
☆今日のことば 十二月四日
理論を好んで生きていく人がある。反対に実践、体験を重んじ、生きていく人もある。だが、せんじつめれば、生活は実践であり、体験による以外にないであろう。
☆御書とともに�第16回 妙法の功徳は広大無辺
『問う其の義を知らざる人唯南無妙法蓮華経と唱うるに解義の功徳を具するや否や、答う小児乳を含むに其の味を知らざれども自然に身を益す』(四信五品抄、P341)
◇通解
問う、(妙法蓮華経の五字に法華経の道理が納まっているという)意義を知らず、ただ南無妙法蓮華経と唱える人が、一念三千の道理をわきまえる人と同じ功徳を得られるであろうか。答える、子どもが母の乳を飲むのに、その味を知らないけれども自ずから育っていくようなものである。
◇同志への指針
妙法の功徳は広大無辺である。たとえ深き意義を知らなくても、母の慈愛に抱かれた幼子のように、自然と無量の福徳に包まれる。
「信」の一字で、真っすぐに御本尊に向かうことだ。いかなる権勢の人も、題目を唱える人にはかなわない。これが、日蓮大聖人に直結する我らの誉れなのである。
その心が弘教の根本。
祈り、語り続ける中に
自他共の偉大なる
生命の変革がある。
四条金吾殿御返事 P1169
『日蓮は少より今生のいのりなし只仏にならんとをもふ計りなり、されども殿の御事をばひまなく法華経釈迦仏日天に申すなり其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり』
◇希望の明日へ
青年にとって、どのような教育がふさわしいのか。その一つの結論として、偉人や英雄の人間像を語ることは、青年たちに、さまざまな人生の意味を教えることができるであろう。勝利と敗北、労苦と試練、明と暗との因果の色彩にいろどられた人生模様、戦いの歴史−−人類史に何らかの巨歩を印した人物には、やはりそれなりの"人間学"がある。それら人生の先達の姿を学ぶことによって、青年たちが、自らの生き方への何らかの示唆を得、勇気と希望を抱き、視野を広げていくことができるであろう。それが精神の滋養に富んだ、生きた人間教育となる、と確信している。
平2・8・15
☆女性に贈ることば 十二月四日
さまざまな悩みと戦いながら、前を向いて、郵賢恥えて生き抜いていく、けなげなお母さん!
人がなんと言おうと、子どもをとことん信じ、守り、太陽のように照らしていく、優しいお母さん!
どんなに、よその家の子がよく見えようと、「うちは、うちよ」と笑いとばす、朗らかなお母さん!
人のため、社会のために奔走し、なかなか、わが家を顧みる時間がなくとも、その尊貴な後ろ姿で、骨を力強く引っ張っている、たくましいお母さん!
☆今日のことば 十二月四日
理論を好んで生きていく人がある。反対に実践、体験を重んじ、生きていく人もある。だが、せんじつめれば、生活は実践であり、体験による以外にないであろう。
☆御書とともに�第16回 妙法の功徳は広大無辺
『問う其の義を知らざる人唯南無妙法蓮華経と唱うるに解義の功徳を具するや否や、答う小児乳を含むに其の味を知らざれども自然に身を益す』(四信五品抄、P341)
◇通解
問う、(妙法蓮華経の五字に法華経の道理が納まっているという)意義を知らず、ただ南無妙法蓮華経と唱える人が、一念三千の道理をわきまえる人と同じ功徳を得られるであろうか。答える、子どもが母の乳を飲むのに、その味を知らないけれども自ずから育っていくようなものである。
◇同志への指針
妙法の功徳は広大無辺である。たとえ深き意義を知らなくても、母の慈愛に抱かれた幼子のように、自然と無量の福徳に包まれる。
「信」の一字で、真っすぐに御本尊に向かうことだ。いかなる権勢の人も、題目を唱える人にはかなわない。これが、日蓮大聖人に直結する我らの誉れなのである。
2013年12月3日火曜日
2013.12.03 わが友に贈る
何でも相談できる
先輩や同志を持とう!
善知識こそ人生の宝。
共に語り、祈れば
絶対に道は開ける!
持妙法華問答抄 P465
『持たるる法だに第一ならば持つ人随つて第一なるべし、然らば則ち其の人を毀るは其の法を毀るなり』
◇希望の明日へ
教育は、何か"鋳型"に入れるような抑圧的なものであってはならない。人間の広大さをそのままに開いていく広大さと、柔軟な知恵を、教育は必要とするということであろう。人間の内にある可能性を引き出していく−−これは仏法のめざす方向性と、まったく同一である。人間を信じ、豊かなる"未知"の何かを信じ、引き出す、みずみずしい教育精神。それは真実の宗教の精神にも通じていくのである。
平2・8・15
☆女性に贈ることば 十二月三日
見栄や虚栄というのは、「人にどう見られるか」ばかりを気にして、自分を自分以上に見せようと、飾り立てることです。しかし、そんなものは幻です。
虚栄の人は、背伸びをして、いつも、つま先立ちで歩いているようなものです。それでは疲れてしまうし、生きること自体が苦しくなってしまう。虚栄がなければ、人生は何百倍も楽しく生きられるのです。
☆今日のことば 十二月三日
君よ!
快活な時もあるだろう
沈思の時もあるだろう
苦悩の時もあるだろう
これが青年の季節であり
みずみずしい青春の実体であることを
知ってくれ給え
☆学園抄第12回「英知の歌声」
◇一生涯、祈る
学園生は代々、決意を込めて愛唱歌を作り、日々歌ってきた。創立者は語る。
「歌が多いのは、心が豊かということです」
1978年(昭和53年)7月14日、東京校の第11回栄光祭が創価大学・滝山祭と合同で開催された。
テーマは「負けじ魂ここにあり」。熱演を見つめた創立者はテーマを賞讃し、恩師のもとで奮闘した思い出を力強く述べた。
"一度決めた信条、信念、なんで生涯忘れてたまるものか! こう決めたことを、今、思い出しました。それが「負けじ魂」であります"
後夜祭にも出席した。半月前に学生へ贈った歌を、創大生が熱唱。
「これが本当の人生の応援歌だ!」と拍手を送る。
大阪の創価女子学園(当時)の生徒は、創立者の詩をもとにした愛唱歌「この道」を披露。
「いいね」とほほ笑む。
心から讃える創立者を側で見ていた東京校の生徒は思わず"報告"してしまう。
「先生! 男子校でも新しい歌を作っています!」
この栄光祭を目指して歌を作ろうとしたが、発表できなかった。悔しかった。学園に新風を巻き起こす歌を作ろう!
制作は難航した。だがある日、草創期の先輩から、創立者の歌作りへの思いを聞くと、一気に進んだ。
創立者との出会い、栄光祭での原点、未来への誓い−−情景を思い浮かべ、3番までの詞に込めた。
10月11日。歌を届けると、女子学園にいた創立者が詞に加筆。
そして曲。東京に電話がかかってきた。受話器から聞こえるのは、創立者が口ずさむメロディー。
17日には思いがけない知らせ。先生が「4番」を作ってくださった!
創立者が第3代会長を辞任する半年前で、根拠のない非難が渦巻いていた。しかも短時日で大阪、京都、静岡、東京を回る多忙さ。なのに詞の直し、メロディーの提案、新しい歌詞まで……。胸が詰まった。
11月2日の鳳友祭で、新愛唱歌「負けじ魂ここにあり」を歌う。創立者は「もう一度!」とリクエスト。
「私は一生涯、皆さんを守るために祈ってまいります。だから皆さんは、伸び伸びと負けじ魂で進んでいただきたい」
「負けないという人生は、永久に勝ちです。勝つことよりも負けないことのほうが、じつは偉大な勝利なのです」
2009年2月。東京校の高校3年生が「負けじ魂ここにあり」を録音し、創立者に届けた。
卒業5日前の3月11日。緊急集会が開かれ、生徒は歓声を上げた。新たに「5番」が贈られた。
正義の誇りに
胸を張れ
君に託さん
この大城を
学べ勝ち抜け
世界まで
負けじ魂 朗らかに
同日、関西校でも発表。30年余を経て、創立者の手で東西の愛唱歌となった。
今月の「英知の日」へのメッセージは、こう結ばれている。
「愛する学園生と一緒に『負けじ魂ここにあり』を歌いながら
創立者 池田大作」
休校の創立記念日が開けた今月19日、登校時間の東京校。高校生が中庭で愛唱歌を歌っていた。
参加自由の毎朝の"伝統行事"。校舎から走ってくる男子、モットーの碑を磨いた雑巾を握る女子、クラブの練習から駆け付けたジャージ姿……。入れ代わりつつ200人近くが集い、元気な声が青空に上る。
校歌も歌う。
富士が見えるぞ
武蔵野の……
5番に入ると、声が一段と強くなった。彼方には白雪の富士がそびえている。
先輩や同志を持とう!
善知識こそ人生の宝。
共に語り、祈れば
絶対に道は開ける!
持妙法華問答抄 P465
『持たるる法だに第一ならば持つ人随つて第一なるべし、然らば則ち其の人を毀るは其の法を毀るなり』
◇希望の明日へ
教育は、何か"鋳型"に入れるような抑圧的なものであってはならない。人間の広大さをそのままに開いていく広大さと、柔軟な知恵を、教育は必要とするということであろう。人間の内にある可能性を引き出していく−−これは仏法のめざす方向性と、まったく同一である。人間を信じ、豊かなる"未知"の何かを信じ、引き出す、みずみずしい教育精神。それは真実の宗教の精神にも通じていくのである。
平2・8・15
☆女性に贈ることば 十二月三日
見栄や虚栄というのは、「人にどう見られるか」ばかりを気にして、自分を自分以上に見せようと、飾り立てることです。しかし、そんなものは幻です。
虚栄の人は、背伸びをして、いつも、つま先立ちで歩いているようなものです。それでは疲れてしまうし、生きること自体が苦しくなってしまう。虚栄がなければ、人生は何百倍も楽しく生きられるのです。
☆今日のことば 十二月三日
君よ!
快活な時もあるだろう
沈思の時もあるだろう
苦悩の時もあるだろう
これが青年の季節であり
みずみずしい青春の実体であることを
知ってくれ給え
☆学園抄第12回「英知の歌声」
◇一生涯、祈る
学園生は代々、決意を込めて愛唱歌を作り、日々歌ってきた。創立者は語る。
「歌が多いのは、心が豊かということです」
1978年(昭和53年)7月14日、東京校の第11回栄光祭が創価大学・滝山祭と合同で開催された。
テーマは「負けじ魂ここにあり」。熱演を見つめた創立者はテーマを賞讃し、恩師のもとで奮闘した思い出を力強く述べた。
"一度決めた信条、信念、なんで生涯忘れてたまるものか! こう決めたことを、今、思い出しました。それが「負けじ魂」であります"
後夜祭にも出席した。半月前に学生へ贈った歌を、創大生が熱唱。
「これが本当の人生の応援歌だ!」と拍手を送る。
大阪の創価女子学園(当時)の生徒は、創立者の詩をもとにした愛唱歌「この道」を披露。
「いいね」とほほ笑む。
心から讃える創立者を側で見ていた東京校の生徒は思わず"報告"してしまう。
「先生! 男子校でも新しい歌を作っています!」
この栄光祭を目指して歌を作ろうとしたが、発表できなかった。悔しかった。学園に新風を巻き起こす歌を作ろう!
制作は難航した。だがある日、草創期の先輩から、創立者の歌作りへの思いを聞くと、一気に進んだ。
創立者との出会い、栄光祭での原点、未来への誓い−−情景を思い浮かべ、3番までの詞に込めた。
10月11日。歌を届けると、女子学園にいた創立者が詞に加筆。
そして曲。東京に電話がかかってきた。受話器から聞こえるのは、創立者が口ずさむメロディー。
17日には思いがけない知らせ。先生が「4番」を作ってくださった!
創立者が第3代会長を辞任する半年前で、根拠のない非難が渦巻いていた。しかも短時日で大阪、京都、静岡、東京を回る多忙さ。なのに詞の直し、メロディーの提案、新しい歌詞まで……。胸が詰まった。
11月2日の鳳友祭で、新愛唱歌「負けじ魂ここにあり」を歌う。創立者は「もう一度!」とリクエスト。
「私は一生涯、皆さんを守るために祈ってまいります。だから皆さんは、伸び伸びと負けじ魂で進んでいただきたい」
「負けないという人生は、永久に勝ちです。勝つことよりも負けないことのほうが、じつは偉大な勝利なのです」
2009年2月。東京校の高校3年生が「負けじ魂ここにあり」を録音し、創立者に届けた。
卒業5日前の3月11日。緊急集会が開かれ、生徒は歓声を上げた。新たに「5番」が贈られた。
正義の誇りに
胸を張れ
君に託さん
この大城を
学べ勝ち抜け
世界まで
負けじ魂 朗らかに
同日、関西校でも発表。30年余を経て、創立者の手で東西の愛唱歌となった。
今月の「英知の日」へのメッセージは、こう結ばれている。
「愛する学園生と一緒に『負けじ魂ここにあり』を歌いながら
創立者 池田大作」
休校の創立記念日が開けた今月19日、登校時間の東京校。高校生が中庭で愛唱歌を歌っていた。
参加自由の毎朝の"伝統行事"。校舎から走ってくる男子、モットーの碑を磨いた雑巾を握る女子、クラブの練習から駆け付けたジャージ姿……。入れ代わりつつ200人近くが集い、元気な声が青空に上る。
校歌も歌う。
富士が見えるぞ
武蔵野の……
5番に入ると、声が一段と強くなった。彼方には白雪の富士がそびえている。
2013年12月2日月曜日
2013.12.02 わが友に贈る
題目の師子吼を
世界へ 未来へ!
広布大願に燃え
わが使命の天地に
希望の楽土を築け!
同生同名御書 P1115
『人の身には同生同名と申す二のつかひを天生るる時よりつけさせ給いて影の身にしたがふがごとく須臾もはなれず』
◇今週のことば
「声仏事を為す」
はずむ生命力で
友好の対話を!
善き友をつくれ!
そこから新時代が。
2013年12月02日
◇希望の明日へ
未来を開き、未来を育むといっても、その主体は人間にあるといってよい。人間をつくりあげる事業こそ、教育にほかならない。人間の内なる無限の可能性を開き鍛え、そのエネルギーを価値の創造へと導くものこそ教育である。いわば教育は、社会を築き、時代を決する"根源の力"である。
平2・5・28
☆女性に贈ることば 十二月二日
「いつか」ではない。「今」である。この時を完全燃焼せずして、真の人生はあり得ない。
☆今日のことば 十二月二日
今は全然 僕の存在は
理解してくれなくても満足なのだ
やがて 僕の会話に多くの人が
耳を傾けるであろうことを
確信しているからだ
☆学園抄第12回「英知の歌声」
「新しい校歌を作ってはどうか」
創立者が関西校に呼び掛けたのは86年12月。提案は具体的だった。分かりやすい詞。関西全域で歌われる曲。題は「栄光の旗」……。
作成委員会に1500もの案が寄せられたが、まとまらなかった。
90年1月。卒業前の高校3年生が立ち上がった。創立者から伝言が届く。
「校歌ができるのを楽しみにしております」
創立者に見ていただく!
その一心で討議を重ね、完成した案を送った。
3月5日。原案に創立者の筆が入り、戻ってきた。詞が生まれ変わっていた。
ああ関西に 父子の詩
これぞ我らの
誉れの曲
ともに誓いを
果たさむと
世界を結べや
朗らかに
君も王者と 栄光の旗
君も勝利と 栄光の旗
この3番の「関西に 父子の詩」に目が止まる。創立者と関西学園生の絆。一番込めたかった思いが、そのまま入っていた。
曲には創立者が「学園生か庭園の池のほとりで、仲良く語り合っているような、流れるようなメロディーで」とアドバイス。だが
なかなか表現できない。
13日。卒業式まで3日。
今日できなければ後輩に託そう。最後に録音した曲は15作目である。
14日。校舎に突然、高ぶった声の放送が響く。
「新校歌『栄光の旗』が完成しました!」
各教室で歓声が湧く。創立者も「とてもいい!」と賛同したのだった。
16日の卒業式で、新校歌を歌う瞳が輝いた。
創立者は「限界を打ち破り、何度も何度も挑戦した学園生の心意気が本当にうれしかった」と振り返る。
「東京の校歌には、深く掘り下げられた『学園の原点』があり、関西の校歌には、世界に飛翔しゆく『学園の栄光』が留められています」
「皆、私が学園生と一体となってつくった『師弟の詩』です」
世界へ 未来へ!
広布大願に燃え
わが使命の天地に
希望の楽土を築け!
同生同名御書 P1115
『人の身には同生同名と申す二のつかひを天生るる時よりつけさせ給いて影の身にしたがふがごとく須臾もはなれず』
◇今週のことば
「声仏事を為す」
はずむ生命力で
友好の対話を!
善き友をつくれ!
そこから新時代が。
2013年12月02日
◇希望の明日へ
未来を開き、未来を育むといっても、その主体は人間にあるといってよい。人間をつくりあげる事業こそ、教育にほかならない。人間の内なる無限の可能性を開き鍛え、そのエネルギーを価値の創造へと導くものこそ教育である。いわば教育は、社会を築き、時代を決する"根源の力"である。
平2・5・28
☆女性に贈ることば 十二月二日
「いつか」ではない。「今」である。この時を完全燃焼せずして、真の人生はあり得ない。
☆今日のことば 十二月二日
今は全然 僕の存在は
理解してくれなくても満足なのだ
やがて 僕の会話に多くの人が
耳を傾けるであろうことを
確信しているからだ
☆学園抄第12回「英知の歌声」
「新しい校歌を作ってはどうか」
創立者が関西校に呼び掛けたのは86年12月。提案は具体的だった。分かりやすい詞。関西全域で歌われる曲。題は「栄光の旗」……。
作成委員会に1500もの案が寄せられたが、まとまらなかった。
90年1月。卒業前の高校3年生が立ち上がった。創立者から伝言が届く。
「校歌ができるのを楽しみにしております」
創立者に見ていただく!
その一心で討議を重ね、完成した案を送った。
3月5日。原案に創立者の筆が入り、戻ってきた。詞が生まれ変わっていた。
ああ関西に 父子の詩
これぞ我らの
誉れの曲
ともに誓いを
果たさむと
世界を結べや
朗らかに
君も王者と 栄光の旗
君も勝利と 栄光の旗
この3番の「関西に 父子の詩」に目が止まる。創立者と関西学園生の絆。一番込めたかった思いが、そのまま入っていた。
曲には創立者が「学園生か庭園の池のほとりで、仲良く語り合っているような、流れるようなメロディーで」とアドバイス。だが
なかなか表現できない。
13日。卒業式まで3日。
今日できなければ後輩に託そう。最後に録音した曲は15作目である。
14日。校舎に突然、高ぶった声の放送が響く。
「新校歌『栄光の旗』が完成しました!」
各教室で歓声が湧く。創立者も「とてもいい!」と賛同したのだった。
16日の卒業式で、新校歌を歌う瞳が輝いた。
創立者は「限界を打ち破り、何度も何度も挑戦した学園生の心意気が本当にうれしかった」と振り返る。
「東京の校歌には、深く掘り下げられた『学園の原点』があり、関西の校歌には、世界に飛翔しゆく『学園の栄光』が留められています」
「皆、私が学園生と一体となってつくった『師弟の詩』です」
2013.12.01 わが友に贈る
さあ師走・12月!
総仕上げの一日一日を
悔いなく全力で!
晴れ晴れと胸を張れる
栄光の自分史を綴れ!
可延定業書 P985
『されば日蓮悲母をいのりて候しかば現身に病をいやすのみならず四箇年の寿命をのべたり、今女人の御身として病を身にうけさせ給う心みに法華経の信心を立てて御らむあるべし』
◇希望の明日へ
教育の営みは、いわば、永遠の大地に種を蒔き、永遠の大河に滴を注ぐ、ロマンの労作業である。世界と人類の未来を担いゆく青年たちの人間形成にたずさわる教育こそ、もっとも、崇高な仕事である。
平2・5・20
☆女性に贈ることば 十二月一日
幼い命に注がれた母の愛は、一生を支えるエネルギーです。
愚直な母でいい。時には失敗し、時にはおっちょこちょいで、時に感情が爆発することもある。しかし、つねに一生懸命に生きることです。
心の奥の奥に刻み込まれた、親の愛と生き方が、マグマのごとく、子どものエネルギー源となって、一生を支えていくのです。
☆今日のことば 十二月一日
ともどもに 来春は
最高の正月を迎えよう
そのために
この一ヶ月を
悔いなき
充実の日としよう
☆学園抄第12回「英知の歌声」
11月18日は、創価学園の創立記念日。牧口常三郎・創価学会初代会長が著した『創価教育学体系』第1巻の発行日であり、同会長が軍部政府の弾圧に屈せず、獄中で逝去した日でもある。
7・17「栄光の日」、10・10「情熱の日」に続く、11・18「英知の日」。同日を記念して今月、東西の中学校が合唱祭を開いた。
また、16日には東西各校を中継で結ぶ集会。校歌を晴れやかに歌った。
関西創価小学校。
さくらひらひら
世界の坂に……
東京創価小学校。
いつの日か
いつの日か……
関西創価中学・高校。
ああ限りなき
希望の空よ……
東京の創価中学・高校。
草木は萌ゆる
武蔵野の……
創立者・池田名誉会長のメッセージに、学園生の驚きと喜びが広がる。
「私には、毎日欠かさない心弾む日課があります。それは大好きな創価学園の歌を聴くことです」
「皆さんの元気いっぱいの歌声こそ、私の最大の希望であり、無限の活力なのであります」
◇「師弟の詩」
1968年(昭和43年)9月6日。開校5ヵ月の東京・創価学園で、創立者が出席してグラウンド開きが行われた。
騎馬戦、リレー、寸劇。終始明るい雰囲気のなか、生徒が厳粛な表情に変わった。寮歌「草木は萌ゆる」の合唱である。
−−日本中から生徒が集った栄光寮で、皆が寮歌の作成に挑んだ。選ばれたのは関西出身者の詞たった。
慣れない寮生活。ホームシック。悩む生徒の頭に、ある言葉が浮かんだ。
「何のため」。
学園で学ぶのは何のためか。創立者の指導をむさぼり読む。"答え"を4番からなる詞に表した。
「次代の世界を 担わんと」
「社会の繁栄 つくらんと」
「民に幸せ おくらんと」
「世界に平和を 築かんと」
創立者は「名曲が完成したね」と喝采し、「5番」の詞を贈った−−。
迎えたグラウンド開きで雄々しい歌が天を突く。創立者の言葉が、寮歌を歌う使命と誇りを示した。
「明治以降、今日まで、旧制一高の寮歌を歌った人々が社会を担ってきた」
「これからは学園の寮歌を歌った人が日本の次の指導者、世界の21世紀のリーダーになっていく」
この後も手が加えられ、完成した5番。
富士が見えるぞ
武蔵野の
渓流清き 鳳雛の
平和をめざすは
何のため
輝く友の 道拓く
未来に羽ばたけ
君と僕
寮生を筆頭に、生徒が大切に歌い継いできた。83年に校歌となった。
「『何のため』と、わが胸に問いかけながら、一生涯、崩れることのない、人生の大目的を生命に焼き付けていってください。ここに創価学園の大精神がある」と創立者は期待する。
総仕上げの一日一日を
悔いなく全力で!
晴れ晴れと胸を張れる
栄光の自分史を綴れ!
可延定業書 P985
『されば日蓮悲母をいのりて候しかば現身に病をいやすのみならず四箇年の寿命をのべたり、今女人の御身として病を身にうけさせ給う心みに法華経の信心を立てて御らむあるべし』
◇希望の明日へ
教育の営みは、いわば、永遠の大地に種を蒔き、永遠の大河に滴を注ぐ、ロマンの労作業である。世界と人類の未来を担いゆく青年たちの人間形成にたずさわる教育こそ、もっとも、崇高な仕事である。
平2・5・20
☆女性に贈ることば 十二月一日
幼い命に注がれた母の愛は、一生を支えるエネルギーです。
愚直な母でいい。時には失敗し、時にはおっちょこちょいで、時に感情が爆発することもある。しかし、つねに一生懸命に生きることです。
心の奥の奥に刻み込まれた、親の愛と生き方が、マグマのごとく、子どものエネルギー源となって、一生を支えていくのです。
☆今日のことば 十二月一日
ともどもに 来春は
最高の正月を迎えよう
そのために
この一ヶ月を
悔いなき
充実の日としよう
☆学園抄第12回「英知の歌声」
11月18日は、創価学園の創立記念日。牧口常三郎・創価学会初代会長が著した『創価教育学体系』第1巻の発行日であり、同会長が軍部政府の弾圧に屈せず、獄中で逝去した日でもある。
7・17「栄光の日」、10・10「情熱の日」に続く、11・18「英知の日」。同日を記念して今月、東西の中学校が合唱祭を開いた。
また、16日には東西各校を中継で結ぶ集会。校歌を晴れやかに歌った。
関西創価小学校。
さくらひらひら
世界の坂に……
東京創価小学校。
いつの日か
いつの日か……
関西創価中学・高校。
ああ限りなき
希望の空よ……
東京の創価中学・高校。
草木は萌ゆる
武蔵野の……
創立者・池田名誉会長のメッセージに、学園生の驚きと喜びが広がる。
「私には、毎日欠かさない心弾む日課があります。それは大好きな創価学園の歌を聴くことです」
「皆さんの元気いっぱいの歌声こそ、私の最大の希望であり、無限の活力なのであります」
◇「師弟の詩」
1968年(昭和43年)9月6日。開校5ヵ月の東京・創価学園で、創立者が出席してグラウンド開きが行われた。
騎馬戦、リレー、寸劇。終始明るい雰囲気のなか、生徒が厳粛な表情に変わった。寮歌「草木は萌ゆる」の合唱である。
−−日本中から生徒が集った栄光寮で、皆が寮歌の作成に挑んだ。選ばれたのは関西出身者の詞たった。
慣れない寮生活。ホームシック。悩む生徒の頭に、ある言葉が浮かんだ。
「何のため」。
学園で学ぶのは何のためか。創立者の指導をむさぼり読む。"答え"を4番からなる詞に表した。
「次代の世界を 担わんと」
「社会の繁栄 つくらんと」
「民に幸せ おくらんと」
「世界に平和を 築かんと」
創立者は「名曲が完成したね」と喝采し、「5番」の詞を贈った−−。
迎えたグラウンド開きで雄々しい歌が天を突く。創立者の言葉が、寮歌を歌う使命と誇りを示した。
「明治以降、今日まで、旧制一高の寮歌を歌った人々が社会を担ってきた」
「これからは学園の寮歌を歌った人が日本の次の指導者、世界の21世紀のリーダーになっていく」
この後も手が加えられ、完成した5番。
富士が見えるぞ
武蔵野の
渓流清き 鳳雛の
平和をめざすは
何のため
輝く友の 道拓く
未来に羽ばたけ
君と僕
寮生を筆頭に、生徒が大切に歌い継いできた。83年に校歌となった。
「『何のため』と、わが胸に問いかけながら、一生涯、崩れることのない、人生の大目的を生命に焼き付けていってください。ここに創価学園の大精神がある」と創立者は期待する。
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