2011年8月31日水曜日

2011.08.31 わが友に贈る

宿命を使命に!
変毒為薬の仏法だ。
苦しんだ分だけ
境涯が大きくなる。
強気で祈り進め!

日興遺誡置文 P1618
下劣の者為りと雖も我より智勝れたる者をば仰いで師匠とす可き事

◇希望の明日へ
信心には臆病は大敵である。見栄は大敵である。臆病や見栄の信心の人は、成仏はできない。難が起きたとき、いざというとき、勇敢に獅子王の心で進んでいくのが信心である。

☆折々の指導No.007 幸福のために正義の道を
〈女子部の友に〉
皆で仲良く! 幸せに! 幸福になるには、正義の道を歩むんだよ
「女子部の時代だ。思いっきり動いていきなさい。
総力をあげて女子部を応援していこう。
創価学会の未来は女子部で決まる。
女性を大事にしない団体は、必ず行き詰まる。かりにも、見下したり、軽んずるようなことは、絶対にあってはならない。
広布の女性に感謝し、女性の奮闘を心から讃え、女性を大切にする組織こそが、万代に栄えていくのだ
「女子部が生き生きとしていれば、楽しい。美しい。皆が憧れる。百万の言葉よりも、百冊の本を出すよりも、一人の女子部が輝いていくことが、信心の素晴らしさを雄弁に物語る。新しき広布の門が開かれる」
「しっかりと福運をつけなさい。
仏法の魂は、幸福のために戦うことだ。不幸を打ち破り、皆が幸福の勝利者になっていくことだ」

「体を大事に。偉大な自分をつくりなさい」
一人が仏の境涯を開けば、家族全員が幸福となる。
これが仏法です。
自分が幸福を開くのです。そうすれば、何があろうと問題ではない。学会と共に、生々世々、三世永遠の幸福を築いていこう」

☆随筆 我らの勝利の大道No.57 8月24日の誓い
千万の
 同志と共に
  入信日

わが地涌の友が歓喜踊躍して、広宣流布の使命の舞を舞いゆく、大いなるうねりの中で、八月二十四日の入信日を元気に迎えることができた。今年で六十四周年となる。
日蓮大聖人は、法華経の会座に後継の誓願の陣列が集う姿を、こう仰せである。
四百万億那由佗の世界にむさしののすすきのごとく・富士山の木のごとく・ぞくぞくとひざをつめよせて』(P1245)
この御聖訓の如く、日本中、世界中で、新しい人材が勢いよく躍り出て、新しい力が満々と実りゆく感を覚える。
未来部も躍進している。
青年部も成長している。
婦人部も躍動している。
壮年部も意気軒昂だ。

「8・24」は、わが「壮年部の日」でもある。
多宝の同志も、若々しく奮闘してくれている。
多事多難の時代にあっても、我ら創価の家族には、不敗の闘魂が滋り、いやまして温かな励ましがある。
恩師・戸田城聖先生が喜んでくださる声が、わが耳朶に確かに聞こえてくる。
「私は、偉大な良き弟子たちを持った。ゆえに幸せだ。永遠に勝利者だ」

喜びに
 心躍らせ
  今日もまた
 広布の青春
  何と尊き

日本の敗戦から二年後の夏八月。いまだ空襲の焼け野原が痛々しい東京・大田区の座談会で、永遠の師と仰ぐ戸田先生に、私はお会いすることができた。
「いくつになったね」
「十九歳です」

先生は旧知に向けた言葉で尋ねてくださった。
じつは、先生は事前に、地域の方から、私のことをよく聞いておられた。
兄を戦争で亡くしたことも、家を空襲で焼かれたことも、働いて父母を支えながら苦学していることも、ご存じであった。
「わが地域には、こういう青年がいます」と、戸田先生につないでくださった地元の方々のことが、感謝とともに偲ばれる。
今も、折伏の嬉しい報告を聞くと、紹介者の真剣な祈りと熱意はもちろん、一人の友の入会に至るまで、陰で支えてこられた創価家族の真心が思われる。
まさに座談会は、仏の心が脈打つ会座なのである。

戸田先生にお会いした当時、私か親しい友人だちと学び合っていた一書が『ゲーテとの対話』である。
その中の一節に、「いつかは終局に達するというような歩き方では駄目だ。その一歩々々が終局であり、一歩が一歩としての価値を持たなくてはならない」とあった。
このゲーテの言葉が、軍国主義と戦い抜いた戸田先生を師と仰ぎ、師弟の道へ思い切って一歩を踏み出す私の胸に響いていたことは確かである。その意味で、ゲーテも、私の背中を入信へと押してくれた一人であったと言えるかもしれない。
そのゲーテをめぐって、今、私は、ドイツの世界的な学術機関ワイマール・ゲーテ協会顧問のオステン博士と対話を進めている。
オステン博士も、「ゲーテと日蓮仏法の間には、非常に大きな共通点がある」と鋭く洞察しておられる。
さらに博士は「人間は、手本から学ぶ存在である」と強調されている。博士の言われる「手本」とは、「師匠」の意義である。
偉大な師匠から学び、師匠に続きゆく青春。その喜びと誇りは、オステン博士とも、そして大文豪ゲーテとも深く共有できるのだ。