2020年10月30日金曜日

2020.10.30 わが友に贈る

陰で黙々と頑張る人が
偉大な人間王者だ。
誰が見ていなくとも
広布のため 同志のため
自らの誓いに生きよう!

下山御消息 P358
『法華経を法の如く修行すとも法華経の行者を恥辱せん者と此れ等の諸人を指しつめて其人命終入阿鼻獄と定めさせ給いしなり』

【通解】
たとえ、法華経を法のとおり修行したとしても、法華経を実践する人を恥辱する者等、これらの人々(法華経の行者を恥辱する者など、さまざまな法華経不信の謗法の者)を名指しして、「その人は命を終えて必ず阿鼻地獄に堕ちる」と(釈尊は)定められたのである。

名字の言 フェイクニュースに惑わされないために 2020年10月30日
「火星人が攻めてきた」——82年前のきょう、アメリカのラジオで臨時ニュースが流れた。他の番組を中断しての速報、アナウンサーの重々しい実況。リスナーは大パニックに陥った▼これは、SF小説『宇宙戦争』を基にしたラジオドラマの演出。だが、多くの人が本物のニュースと勘違いした。路上は避難する車で渋滞。給水塔を宇宙船と誤解し、発砲する者まで出たという▼集団心理の怖さを、昔の話と笑うことはできない。特に現代はネットやSNSによって誰もが発信者となり、真偽を問わず情報が拡散する。コロナ禍の"トイレットペーパー買い占め"は記憶に新しい。今秋の調査では、約7割の人がフェイクニュース(虚偽報道)を見破る自信がないと答えた▼虚偽に惑わされないためには、メディア・リテラシー(情報を読み解く能力)の向上が不可欠だ。受け身でいるだけでは"情報の洪水"に足をすくわれかねない。不確かな情報には態度を保留し、主体的に根拠を問い続ける姿勢が求められる▼池田先生は「知識や情報を、人類の幸福と世界の平和のために生かし、使いこなしていく『知恵』が、ますます追求されなければならない」と訴える。その知恵を、わが生命から引き出す源泉は、祈り、語り、学ぶ信仰の実践の中にある。(叶)

寸鉄 2020年10月30日
「我れ等は仏に疑いなし」御書。皆が人材。皆に幸福になる権利が。共に前進
福島の日。希望の対話を広げる福光の勇者に喝采地涌の使命の劇を力強く
勇気と確信と真剣勝負の学会たれ—恩師。師子吼の題目で一日一日勝利を
長時間の閲覧によるスマホ猫背は心身不調の因。何となく見る時間を排し
外出自粛で高齢者の社会参加が減少—調査。孤立させるな。意識し声掛け

〈社説〉 2020・10・30 マンデラ氏との会談30周年
◇差別と戦うのは「私たちのため」
ネルソン・マンデラ氏(1918〜2013年)は、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃運動の指導者であり、不撓不屈の人権の闘士であった。
27年半、1万日に及んだ氏の獄中闘争は、差別に苦しむ黒人のためだけではなかった。「抑圧する側も解放されなくてはいけない。他人の自由を奪う者は、憎しみの囚人であり、偏見と小心さの檻に閉じ込められている」(『自由への長い道(下)』東江一紀訳、NHK出版)
どんな人種、宗教、思想の人も平等に暮らせる「虹の国」——。それが氏にとって「そのためなら死をも覚悟している理想」となった。人を獄舎につなぐことはできても、心まで縛ることはできない。氏の自由な精神は、自身と同胞を抑圧する人々をも包み込むものだったのだ。
1990年2月11日、マンデラ氏は出獄を果たし、8カ月後の10月27日に初来日。国会演説等を終え、同31日、マンデラ氏の要請により、池田先生との会談が実現した。明日で30周年となる。
先生は会談で、氏に満腔の感謝をささげた。その思いを、こうつづっている。——氏の不屈の獄中闘争とは、「私たちのための闘争でもあった。私たち日本人もふくめた、すべての『人間』の尊厳をかけた戦いであった」と。
自身も権力の迫害と戦い続けてきた先生は、氏に贈った詩の中で、「人道の道を行く我が魂の同志」と呼び掛けた。
翻って、今の日本にも、性差別、また外国籍の居住者、障がい者、性的少数者、アイヌ民族、被差別部落の人々などへの差別が残る。コロナ禍の中、感染者への誹謗・中傷も起こった。
誰かを差別し、人を「レッテル」で見る時、相手への想像力は働かなくなる。人間を人間として見ない。そのような人を、詩聖タゴールは「機械の部品に化した人間」(『タゴール著作集』第8巻、第三文明社)と糾弾した。差別をする人は、自ら「人間性」を手放す。その時、一番傷ついているのは、自分自身の尊厳なのだ。
差別の根っこには、人の心の問題がある。差別制度と戦うとともに、人の心に巣くう悪とも戦ったマンデラ氏の人権闘争は、決して過去のものではない。私たちが"差別する心"と向き合い、氏の闘争から真摯に学ぼうとする時、それは今も「私たちのための闘争」であり続ける。
先生は氏を思いながら、つづった。「世界のどこかで苦しんでいる人がいる限り、私たちの真の幸福もない」と。
私たちは、他者の尊厳が傷つけられた時、自分の痛みとして感じ、正義の声を上げられる人間でありたい。鋭敏な人権感覚は研ぎ澄まされた生命に宿る。人と会い、語らおう。人間を磨くのは人間である。

☆10月度「御書講義」 顕仏未来記(下)
◇「丈夫の心」で世界広布を!
「仏法西還」を実現した創価の連帯——。ここでは、森中教学部長の10月度「御書講義」(下)を掲載します。配信中の講義の動画は、こちらから視聴できます(31日まで)。((上)は10月20日付4面に掲載)

◇"人間の宗教"の系譜を継ぐ
御文
『願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん、我を扶くる弟子等をば釈尊に之を申さん、我を生める父母等には未だ死せざる已前に此の大善を進めん』(御書509ページ5行目〜6行目)

◇一切の人々の幸福を
まず大聖人は、御自身を迫害した国主を第一に救おうと仰せられています。これほど深い大慈悲の境涯はありません。
自身が魔と戦い抜き、境涯を大きく開いた時に、一切の悪知識を善知識へと変えていくことができる、という原理を大聖人は自ら門下たちに教えてくださっています。
さらに大聖人は、「我を扶くる弟子等をば釈尊に之を申さん」と、自身を支えてくれた弟子の真心を仏に伝えようと仰せです。
また、「我を生める父母等には未だ死せざる已前に此の大善を進めん」と、自分を生み育んでくれた父母に、自身が亡くなる前に大善を送っていこう、と示されています。
三世永遠に自身の眷属を成仏の光明で照らしていこうとされています。まさに、仏法者の報恩の生き方を教えられています。父母を思うことは、自分に関わる一切の人々の幸福を願っていくことに通じていきます。

◇師弟共戦の生き方
ここで、「国主」「弟子」「父母」とあるように、自分に関わりのある、家族や社会の人々、そして師弟の生き方へと、歓喜と感謝と慈愛が広がっていくことが、まさに仏法者の人間としての最高の振る舞いにほかなりません。
そして日蓮仏法は、大聖人お一人が偉大であるということで終わる宗教ではありません。大聖人が佐渡で示してくださった人間の最極の尊厳性は、同時に誰人も実現可能だということを教える宗教です。
大聖人と同じ価値を共有し、同じように自他共の幸福の実現を目指す弟子の生き方の中に、こうした尊極な仏の生命が顕現していきます。だからこそ、日蓮仏法は、師弟不二の宗教なのです。私たちの実践でいえば、自他共の誓願を果たし抜く師弟共戦の生き方が重要になるということです。

御文
『但し今夢の如く宝塔品の心を得たり、此の経に云く「若し須弥を接って他方の無数の仏土に擲げ置かんも亦未だ為難しとせず乃至若し仏の滅後に悪世の中に於て能く此の経を説かん是れ則ち為難し」等云云』(御書509ページ6行目〜8行目)

◇仏の願いを実現する
次に大聖人は、「宝塔品の心」を得たと仰せです。この「心」とは、いかなる大難があっても、全民衆の救済のために法華経を弘めきるという仏の願いであり、弟子の誓願です。まさしく師弟不二の大願の心です。
ここで具体的に、法華経見宝塔品第11の六難九易の原理が挙げられています。
では、末法に法華経を説くことが、なぜ、最も難しいか。それは、法華経が万人成仏の教えを説いているからです。
すべての人が仏になる教え——それだけ聞くとすばらしいと思います。しかし、人間には抜きがたい差別の心があります。そうした、人々の心の奥にある無明の生命、真理を認めようとしない衝動的な働きが発動して、法華経を弘める者に対する嫉妬心を抱き、やがて迫害が始まります。最後は三類の強敵の弾圧に耐え抜いて弘教をしなければならない。
このように、人間の生命の変革ほど難しいものはありません。それを成し遂げるのが地涌の誓願です。だからこそ「宝塔品の心」とは、いかなる大難があっても、広宣流布を貫くという仏の願いを実現する真の仏弟子の証しです。その心を持った人が、本当の「丈夫」、「ますらお」であることを次に述べていきます。

御文
『伝教大師云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり、天台大師は釈迦に信順し法華宗を助けて震旦に敷揚し・叡山の一家は天台に相承し法華宗を助けて日本に弘通す」等云云、安州の日蓮は恐くは三師に相承し法華宗を助けて末法に流通す三に一を加えて三国四師と号く』(御書509ページ8行目〜11行目)

◇自分のいる場所から
続いて、この宝塔品の六難九易を解説した伝教大師の著作が引用されています。
まず「浅き」とは爾前経の教えです。「深き」は法華経です。爾前経は、人々の機根に応じて説いた教えですから、弘めても反発はありません。法華経は、今述べたように人々が聞いたこともない万人成仏を説いている故に迫害がある。この法華経の教えこそが「釈迦の所判」、すなわち釈尊の教えの結論であり、爾前経を捨てて法華経を選びとることが「丈夫の心」だと示されているのです。
この「仏の心」を実現しようと難事に挑戦して法華経を宣揚したのが、中国の天台大師、日本の伝教大師です。これを受けて、今度は、安房(千葉県南部)の地に生まれた大聖人御自身が、インドの釈尊、中国の天台、日本の伝教の後を受け継いで法華経を弘通していると仰せです。
しかし、違うのは、「震旦」、すなわち「中国」や、「日本」という表現でなく、「安州」、すなわち安房国と仰せです。世界広宣流布といっても、自分の故郷、自分のいる場所から始まるということです。

◇仏の未来記の主人公
また、天台は釈尊を受け継ぐ、伝教は天台を受け継ぐとされていることに対して、大聖人は、釈尊・天台・伝教のすべてを受け継いでいる、つまり、仏法の一切を私は受け継いだのだとの大確信を示されています。
そして、天台が中国に弘め、伝教が日本に弘めたことに対して、大聖人は「末法に流通す」と、末法万年、全世界に広宣流布していくことを宣言されていると拝されます。まさしくインド・中国・日本の三カ国の三人に一人を加えて「三国四師」であると宣言されています。これは、釈尊以来の法華経の系譜の中にいるという宣言です。池田先生は、この三国四師の系譜は、万人に尊極の生命を開く「真の法華宗」であり、「人間宗」であると述べています。
法華経を軸に考えた本来の仏教は、どこまでも人間を根本とした、「人間の宗教」です。池田先生は「創価学会は、この三国四師の系譜において創立された、真の法華宗を世界に弘通している唯一の仏勅の教団です。(中略)私は、私とともに戦ってきてくださった皆様とともに、『我らこそ御本仏の未来記の主人公なり』と、誇り高く宣言したい」とつづっています。
どうか、この人間宗の系譜のなかで、世界広宣流布の大前進とともに、私たちも、学会創立90周年を荘厳し、100周年に向かって、勇躍前進していきましょう。