2021年5月14日金曜日

2021.05.14 わが友に贈る

明るい声を聞くだけで
心が弾む。元気になる。
「声仏事を為す」だ。
満々たる生命力で
安心と希望を広げよう!

御義口伝巻下 P788
『始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり』

【通解】
初めて自分の心が本来の仏であると知ることを、すなわち大歓喜と名づける。いわゆる南無妙法蓮華経は、歓喜の中の大歓喜である。

名字の言 5年前の熊本地震で実感したこと 2021年5月14日
大規模災害時の救急医療に携わってきたドクター部員が語っていた。ある被災地への医療派遣チームが結成された時のこと。選ばれたのは高度な技術や知識を持つ人ばかり。中には経歴を誇らしげに語る人、専門外のことには関心のない素振りの人もいた▼だが、壮絶な現場に立った瞬間、全員が変わった。「命を救いたいという医師の原点に一気に返ったんです。それから皆、必死になりました」▼被災地などの「現場」では、気取りや体裁など通用しない。人間の真価が試される。それを強く実感したのが5年前の熊本地震だった▼あの時、多くの同志が自ら被災しながらも、人を助けようと懸命に行動した。自宅が倒壊した壮年が、友の励ましに奔走していた。負傷した家族を看病しつつ、炊き出しに汗する婦人。おにぎりやパンなどの支援物資を避難者に配って歩く未来部員も。そうした友の献身が、どれほど多くの被災者の心を支えたか▼いざという時、人のために行動する。それは思う以上に容易なことではない。自らが苦境にあれば、なおさらだ。常日頃から生活の「現場」で人のため、地域のために祈り、動き、人間を磨き合う創価の友。この連帯は「危機の時代」を照らす希望の光となる。

寸鉄 2021年5月14日
「信は無疑曰信とて疑惑を断破する利剣」御書。我らは勝つ!強き祈りで
中野が激戦。師子は強い。恐れなし。圧倒的な拡大で勝利の峰へ駆け上れ!
初代の「地区女性部長」が前進。友に励まし届ける"幸福責任者"に福徳爛漫
就活学生の4人に1人がセクハラ被害—調査。弱みに付け込む蛮行許すな
今後の経済活動には環境の視点が必須と。家庭も個人も一体で未来を創造

☆四季の励まし 「偉大な目標」が人間を偉大に 2021年5月2日
◇池田先生の言葉
目標をもつ時、
未来の大空に太陽は輝き、
美しき希望の虹がかかる。
人生に目標があれば、
歩みの一足一足に
力があふれる。

偉大な人間だから
偉大な仕事を成し遂げ
られるのではない。
偉大な目的を目指すから、
人間は偉大になれる。

創価学会が目指す
根本の目的は何か。
それは、
人類の幸福と平和である。
自他共に
生きていること自体が
愉快で、楽しいという
境涯を開いていくことだ。
「広宣流布のため」という
最も偉大な目標に
向かって進めば、
その人自身が偉大になる。
大きな目標が、
大きな希望となる。

広宣流布は
前代未聞の大業であり、
道なき道を開き進む
労作業である。
その道を切り開くには、
人を頼むのではなく、
皆が自発・能動の信心で、
一人立つことである。
自らが目標を定め、
主体者となって取り組む
活動には歓喜がある。

昨日の自分と比べて、
今日の自分は進んだか。
先月の自分と比べて、
今月の自分は進んだか。
去年の自分と比べて、
今年の自分は進んだか。
自分と他人とを
比べるのではなく、
自分の
過去と現在と未来の前進を
比べることである。

歴史とは、
新しい一歩一歩の
積み重ねである。
遙かな未来も
「今」という
一瞬から始まる。
「今」が旅立ちの
第一歩となる。
永遠なる平和絵巻を
織りなすには、
胸中に
勇気の太陽を輝かせ、
希望の虹を描いて
「今」を勝つことだ。

【写真説明】緑の芝生とプラタナスの木々が陽光に映える。首都ロンドンから西へ36キロ。イギリス王室の居城・ウィンザー城の南側の城門の前に立つと、一本の道が真っすぐに延びていた。1991年(平成3年)6月、池田大作先生がシャッターを切った。
池田先生は同国を訪問した折、国家指導者や各界の識者らと相次いで会談し、友情と信頼の絆を結んだ。そして、その合間を縫って、同志のもとへ足を運び、渾身の励ましを送った。
「一対一の対話」こそ、あらゆる差異を超え、分断から結合へ進む「平和への大道」である。師が示したこの道を、私たちも朗らかに進もう。「広宣流布」という偉大な目標に向かって——。(1月17日付)

☆学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 第15回 信心の姿勢について
人生は、自己との戦いの連続ともいえます。私たちが"使命の戦い"に臨む上で大切なことについて、壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から池田先生の指導を紹介します(指導集102ページから103ページ、105ページから106ページを抜粋)。

〈祈って、祈って、勝つ〉
現実は厳しい。一番いけないのは無責任です。「御本尊を拝んでいるから、なんとかなるだろう」というのは信心利用です。祈ったならば、全力をあげて、全身全霊で、それを実現していくために戦うのが、まことの信心です。
社会で勝ち、「実証」を示してこそ、一家の勝利もあるし、広布の伸展もある。不可能を可能にする信心で、「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に」(御書1132ページ)祈って、祈って、勝つのです。
(『池田大作全集』第31巻、「法華経の智慧」)

〈朝の勤行・唱題こそ勝利の源泉〉
油断や惰性を排して、新鮮な活力で一日の仕事に臨むことが、勝利への道だ。その源泉こそ、朝の朗々たる勤行・唱題である。
それは、今いる場所で、勇気と智慧、誠実と忍耐を尽くして、「いなくてはならない人」との信頼を勝ち得ていく戦いだ。
(「大白蓮華」2008年2月号、巻頭言)

〈「冥の照覧」を信じきる〉
だれが見ていなくとも、私たちの一念・行動を、全宇宙の諸天・諸仏が見守っている。御本仏・日蓮大聖人が、すべて御覧になっている。これを「冥の照覧」というのです。
ゆえに信心は、他人に"どう見えるか"ではない。自分自身が"どうあるか""どう行動したか"である。
目には見えない「一念」と「行動」が、長い間には必ず目に見える結果となって現れてくる。長い目で見れば、その人の真実は、自然のうちに明らかになっていく。裏表のない人が最後に勝っていく。
(『池田大作全集』第82巻、SGI春季研修会でのスピーチ)

〈あとに続く後輩たちのために〉
わが誉れの同志である壮年部よ、どうせ戦うなら、偉大な目標に向かい、喜び勇んで戦おうではないか!
そして、あとに続く無数の若き後輩たちのために、威風も堂々と、すべてを勝ち切ってみせようではないか!
信仰とは、自ら選んだ最高の権利であるからだ。
(『池田大作全集』第137巻、「随筆 人間世紀の光」)