開拓魂みなぎる
中国方面の同志よ!
限界の壁を打ち破る力は
不屈の祈りと行動だ!
大歓喜の歴史を共に!
佐渡御書 P957
『肉をほしがらざる時身を捨つ可きや紙なからん世には身の皮を紙とし筆なからん時は骨を筆とすべし』
【通解】
肉をほしがらない時に身を捨てるべきだろうか。紙のない時代には身の皮を紙とし、筆のない時には骨を筆とするべきである。
〈寸鉄〉 2019年7月13日
「但偏に国の為法の為人の為」御書。庶民が輝く社会へ。大理想を胸に前進
兵庫よ破竹の勢いで勝ち進め。民衆の底力示せ!栄光のゴールへ断固走破
魁光る四国の友が大奮戦執念の対話で攻め勝て!勇気の一押しを最後まで
信なき言論、煙の如し—戸田先生。我らの叫びが民衆の安穏を実現する力
日本、過去最大の人口減。益々、一人を大切に。誰も置き去りにしない未来を
☆心大歓喜 師弟共戦の三代城 2019年7月6日
今回の「心大歓喜——紙上講義で学ぼう」には、羽磨北海道教学部長が登場。「華果成就御書」の一節を拝し、「師弟共戦の三代城」の誇りに燃える北海道の同志の使命について、つづってもらいます。
◇御文
『日蓮が法華経を弘むる功徳は必ず道善房の身に帰すべしあらたうとたうと、よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず』(華果成就御書、900ページ7行目〜9行目)
◇通解
日蓮が法華経を弘める功徳は、必ず道善房の身にかえるであろう。まことに貴いことである。よい弟子をもつならば師弟は共に成仏し、悪い弟子を養うならば師弟は共に地獄に堕ちるといわれている。師匠と弟子の心が違えば、何事も成就することはできない。
◇池田先生の指針から
だれが、なんと言おうが、何があろうが、われは、断固として広宣流布をする! 断じて勝ってみせる!
これが、学会精神である。これが、世界の人々の憧れの故郷である、北海道を築いた"開拓魂"である。
この心ある限り、北海道は、いかなる吹雪も烈風も超えて、新世紀の希望の春が、厳然と始まるにちがいない。(「随筆 新・人間革命」〈世界の人々の故郷・北海道〉、『池田大作全集』第129巻所収)
◇ ◇ ◇
広布史に「札幌・夏の陣」と謳われる夏季闘争が繰り広げられたのは、昭和30年(1955年)の8月であった。
私が指揮する札幌班は、10日間で388世帯の弘教を成し遂げた。班としては、前人未到の「日本一」の拡大となった。
真剣だった。一分一秒が惜しかった。スクーターの後ろに乗っての移動中も、"札幌の同志に勝利を!"と題目を唱え続けた。
短期決戦は、一日たりとも空費できない。一日一日が珠玉の時間である。一日一日が渾身の勝負だ。その一日の勝利は、"朝の勝利"から始まる。
私は札幌の地で、同志と共に、毎朝、真剣に祈り、御書を拝しながら闘争をスタートした。(中略)
そして、札幌の大勝利はもちろん、北海道全体で、実に1400世帯もの弘教が実ったのである。
「師弟相違せばなに事も成べからず」(御書900ページ)——「師弟共戦」に勝るものはない。(「随筆 人間世紀の光」〈「師弟共戦」の8月(下)〉、『随筆 出発の光』所収)
北海道教学部長 羽磨徹
●報恩の誠を生涯貫き"世界一の理想郷"築く
私の胸奥から離れない、創価の師弟の場面があります。
「大作、頼む。私の故郷である北海道の友を、幸せにしてあげてくれ」
1954年(昭和29年)、故郷・厚田を池田先生と共に訪問した戸田先生が、その帰路、池田先生に託された言葉です。
崇高な師弟の劇から65星霜——。池田先生は51回にわたって来道し、「札幌・夏の陣」では大折伏戦の指揮を執り、「小樽問答」「夕張炭労事件」では言論闘争の先頭に立たれました。
弟子が勝利の姿をもって師匠に報恩の証しを示す——。今回学ぶ「華果成就御書」には、旧師・道善房に対する、日蓮大聖人の報恩感謝の御心情が拝されます。
道善房は、大聖人の折伏を受けながらも、念仏への執着を断ち切れないまま亡くなりました。それでも、大聖人が仏法を学び、正法を究めることができたのは、道善房のおかげであった——どこまでも師の恩を尊び、報いようとされる大聖人の御境涯が拝されます。
拝読範囲では、大聖人が正法を弘めゆく功徳は必ず道善房の身にかえると仰せです。また、よき弟子をもてば師弟が共に成仏し、一方で、弟子が邪法に迷うのであれば、結果として師弟共に地獄に堕ちてしまうと説かれています。弟子の信心と行動で、師弟の勝利が決まるとの峻厳な教えであると拝せます。
大聖人は、「日蓮が弟子と云って法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ」(御書989ページ)と、弟子たちに御自身と同じ実践を貫くべきことを教えられました。他にも、「日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(同903ページ)等、弟子たちに大聖人の御精神のままに妙法流布に生き抜くことを訴えられた御書は少なくありません。
広宣流布は世代から世代へと継承される永遠の闘争であり、その根幹こそ「師弟」にほかなりません。その意義に思いをはせる時、三代会長有縁の天地である北海道の誇りを深くします。
初代会長・牧口先生は、北海道尋常師範学校(現・北海道教育大学)で学び、同付属小学校の教壇に立たれました。厚田の地で育った戸田先生は、獄死した先師・牧口先生の正義を宣揚し、大折伏戦を起こされます。そして、池田先生は、北海道を舞台に広布の歴史を拓き、私たちに"弟子の道"を示してくださいました。小説『人間革命』第12巻「寂光」の章を書き上げられたのも札幌の地です。
北海道に生まれ育った私は、高校1年生の時にこの御文を暗唱して夏季講習会に参加しました。池田先生は、未来部の私たちに限りない慈愛を注いでくださり、"ここまで思ってくれるのか"と感動に包まれたことが忘れられません。
78年(同53年)6月、先生は16日間で道内を東西にわたって同志の激励に奔走し、延べ2万人の友と絆を結ばれました。当時大学生だった私も、別海で先生にお会いしました。
その2カ月後、北海道歌「ああ共戦の歌」を発表してくださいました。今から思えば「第1次宗門事件」の渦中であり、どれほどの思いで北海道に来てくださったのかと想像すると胸が熱くなります。
北海道の地に脈打つ、こうした師弟の精神を継承しようと、2009年(平成21年)頃から北海道の各地で、「大白蓮華」に連載中の先生の講義を学ぶ集いが開催されるように。本年で100回を超えた地域もあり、求道の息吹が広布拡大の原動力になって広がっていることを実感しています。
私も毎月、講義を担当。その前後には、同志一人一人と懇談の場を持つようにしています。腎臓がんを乗り越えた自身の体験などを通し、題目の確信と、師弟の道に徹し抜く大切さを訴えてきました。
これまで、がんと闘う190人以上と会う中で、病を機に御本尊への祈りの姿勢を一変させ、周囲も驚くほど力強く生き抜く何人もの姿を見てきました。そのたびに、生命の豊かさと、題目の功力を学ぶ思いです。
08年(同20年)、先生は北海道歌に新たに歌詞を加えてくださり、方面歌は「三代城の歌」に生まれ変わりました。歌詞の結びを、「師弟共戦の三代城」と加筆してくださっています。
「師弟共戦」を魂とする北海道は、昨年まで3年連続の世帯増を達成。「広宣流布は北海道から」「学会健児の手で、必ず世界一の理想郷に」との"永遠の指針"発表50周年の2023年へ、弟子の勝利を師匠にお届けしてまいります。
◎7/12付け関東版の誉れの陣列 我ら敢闘会に、桜花本部小金原西支部の皆さんが掲載されました。おめでとうございます(^^♪