「かしこへ・おしかけ・
ここへ・おしよせ」
時代を動かすのは
圧倒的な行動力だ!
果敢に打って出よう!
曾谷殿御返事 P1065
『白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり、此の声をきかせ給う梵天帝釈日月四天等いかでか色をましひかりをさかんになし給はざるべき、いかでか我等を守護し給はざるべきとつよづよとをぼしめすべし』
【通解】
白馬がいななくのは、我らが唱える南無妙法蓮華経の声である。この唱題の声を聞かれた梵天、帝釈、日月、四天等が、どうして、色つやを増し、輝きを強くされないはずがあろうか。どうして我らを守護されないはずがあろうかと、強く強く思われるがよい。
〈寸鉄〉 2019年7月7日
御書「国家の安危は政道の直否に在り」。故に青年が監視せよ。正義を叫べ
埼玉よ一気に進撃を。鉄桶の団結の底力を見せつけよ。断固と押し勝て!
神奈川の正義の陣列が総立ち。さあ天の時。栄光のゴールへ総攻撃の烽火を
夏バテ防止はバランスの良い食事、賢き睡眠から。正しきリズムで体調管理
きょう七夕。我らの手で皆が輝く社会の建設を!短冊に夢託す子らのため
☆日蓮仏法の視座 勇気の信心で幸福境涯を築く 2019年6月22日
女子部教学部長 栗原幸子
◇臆病を打ち破る要諦は"師と共に!"との一念に
今月4日、池田先生・奥さまの創価女子会館初訪問と、「女子部 永遠の五指針」発表から、ともに10周年の佳節を刻みました。この日を淵源とする6・4「世界池田華陽会の日」から、7・19「女子部結成記念日」へ!——女子部は今、報恩の誓いを胸に、正義と友情の対話の花を大きく咲かせながら前進しています。
小説『新・人間革命』第26巻「奮迅」の章には、山本伸一会長が、会合に集った女子部の友に慈愛の励ましを送る場面が描かれています。
「強く生き抜いていくうえで必要なのは勇気です。人生のあらゆる局面を左右するのは、勇気があるかどうかであると言っても過言ではありません。その勇気の心を磨いていくのが、信仰なんです。学会活動なんです」
人生の幸不幸を決するのは、勇気である——池田先生は小説の中で、このことを幾重にも強調されています。
ここでは、幸福境涯を開くための勇気の大切さを考察しながら、「何があっても負けない青春」を歩み抜く誓いを確認していきます。
◇日蓮大聖人の精神闘争
私たちは御書を拝する時、そこに記された言々句々に、時に勇気づけられ、時に自らのかけがえのない使命の自覚を促されます。中でも私自身、深く心を打たれた御聖訓が、立宗を前にした日蓮大聖人御自身の、壮絶な精神闘争がつづられた「開目抄」の一節です。
大聖人は、こう仰せです。
「言わないでおけば、今世では何ごともなくても、来世には必ず無間地獄に堕ちてしまう。もし、言うなら、三障四魔が必ず競い起こってくる」(御書200ページ、通解)
もし迫害を恐れて真実を言わなければ、苦悩にあえぐ民衆を救うことはできず、無慈悲の謗りを免れません。しかし、真実を叫べば、経文に照らして命に及ぶ難が起きることは必定です。
大難を覚悟で「言う」か、戦いを避けて「言わない」か。——深い思索を重ねられた結果、大聖人は「二辺の中には・いうべし」(同ページ)と、「南無妙法蓮華経」の大法を弘める決意をされ、民衆救済の大闘争を開始されました。
事実、建長5年(1253年)4月28日に立宗宣言されて以降、大聖人には数々の命に及ぶ大難が競い起こりましたが、立宗の誓願を貫き、一切を勝ち越えていかれました。
大聖人は、御書の随所で「日蓮程の師子王」(同982ページ)等と、御自身を「師子王」になぞらえています。
民衆の幸福のため、あらゆる障魔を敢然と打ち破り、妙法流布に生き抜かれた大聖人は、まさに、不屈の勇気に貫かれた「師子王」です。その不惜身命の御生涯を思うほどに、私の胸にも、限りない勇気が込み上げてきます。
◇師子王の心を取り出す
大聖人は門下に対しても「師子王」の生き方を教えられています。
「熱原の法難」の渦中、激しい迫害に直面する弟子たちに宛てられた御手紙には、こうあります。
「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし」(同1190ページ)
「師子王の心」とは、何ものをも恐れない「勇気」のことです。それを大聖人は「取り出して」と仰せになりました。なぜなら、「師子王の心」は本来、誰人の生命にも具わっているからです。
そして、「師子の子・又かくのごとし」との仰せは、「私と同じ心で戦えば、必ず一切を勝ち越えることができる」との、弟子たちへの渾身の励ましと拝せます。
すなわち大聖人は、大難を勝ち越えてきた御自身と同じように、強き勇気の信心で、恐れず苦難に立ち向かっていくことを教えられているのです。
弟子の実践の上から拝せば、"師と共に!""師の如く!"と一念を定める時、臆病の心を打ち破り、胸中に、無限の勇気を湧き出していくことができます。この「師弟不二の信心」こそ、あらゆる困難に打ち勝ち、一切の勝利を開きゆく勇気の源泉にほかならないのです。
さらに大聖人は、女性門下にも「師子王」との言葉を用いて、励ましを送られています。
佐渡の千日尼に宛ててつづられた御手紙には、「法華経は師子王の如し一切の獣の頂きとす、法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし」(同1316ページ)とあります。
ここで仰せの「法華経の師子王」とは、一切衆生を仏の境涯に導く妙法のことです。また、「地獄・餓鬼・畜生」とは、「十界論」でいえば「三悪道」の苦しみの境涯です。
人生にあっては、誰もがさまざまな悩みや困難に直面するものです。しかし、悩みがあることそれ自体が不幸なのではなく、むしろ、悩みに負けてしまう心の弱さこそが、不幸の原因なのではないでしょうか。
ゆえに、何があっても負けない強い心を築いていくところに、私たちの信仰の目的があります。
最極の妙法を持つ女性は「地獄・餓鬼・畜生等の百獣」の苦悩の生命を打破し、必ず「師子王」すなわち仏に等しい境涯を開いていける——勇気凜々と題目の師子吼を響かせて前進する中で、いかなる悩みも乗り越え、必ず幸福勝利の人生を歩んでいくことができるのです。
◇勇猛精進の挑戦を
私自身、女子部で学会活動に励む中で、勇気の大切さを幾度も実感してきました。
ある時、さまざまな悩みが重なり、日々、耐えることしかできない時期がありました。
"何もできていない"と、自分をふがいなく思いながら、必死に題目を唱える毎日。そんなある日、思いがけず、池田先生から真心の伝言を頂いたのです。
——先生は一人の女子部員のことを、ここまで信じ、見守ってくださるのか。
師の限りない慈愛を感じた瞬間、胸の奥から勇気が湧き上がり、"悩みながらでいい。ありのまま力を尽くそう!"と奮起。再び広布の最前線を心軽く走れるようになったのです。この時に学んだことは全て、自身の最高の宝となっています。
私たちが毎日の勤行で読誦している、法華経方便品第2の中に「勇猛精進」との一節があります。
これは、仏が最高の悟りの境涯を得るために、過去に仏道修行に励み、勇敢に努力精進してきたことを示しています。
先生は「勇猛精進」について、つづっておられます。
「目の前の瞬間瞬間を逃さず、全力を尽くす。題目を唱えて、懸命に戦い抜く——この精進行にこそ、仏法の『勇猛精進』、すなわち勇気の真髄がある」(『わが愛する青年に贈る』)
どんな時も、ありのままの自分で懸命に祈り、目の前の課題に勇敢に挑んでいく中で、崩れざる幸福の土台を築くことができるのだと確信します。
◇逆境を切り開く宝剣
先生はかつて、創価の女性に語られました。
「勇気は逆境を切り開く宝剣です。限界の壁を打ち砕く金剛の槌です。絶望の暗黒を照らす不滅の光です。私も妻も『勇気』の二字で、ありとあらゆる中傷・迫害と戦いました。そして『勇気』の二字で、あらゆる苦難に勝ちました。
私たち夫婦は、わが最愛の娘である皆さん方に、この『勇気の冠』を譲り託したいのです」(聖教新聞2008年2月22日付「創価女子短期大学 特別文化講座」)
私たちは今こそ、世界一の師匠から受け継ぐ「勇気の冠」を輝かせ、今いる場所で桜梅桃李の勝利劇をつづっていきたい。そして、あの友、この友へと心結ぶ対話を広げ、池田華陽会から「師弟勝利」の門を朗らかに開いていきましょう。