2022年7月30日土曜日

2022.07.30 わが友に贈る

海・山・川での
事故が増える時季。
「心にふかき
ようじんあるべし」
安全第一の行動を!
(新1600・全1176)

本尊供養御書 P1536
『法華経を持ちまいらせぬれば八寒地獄の水にもぬれず八熱地獄の大火にも焼けず』

【通解】
法華経を受持するならば、八寒地獄の水にもぬれることなく、また八熱地獄の大火にも焼けることもない。

名字の言 「子どもの権利条約」を巡って 2022年7月30日
「皆さんとの関係は、『子ども』を中心に始まりました」。1990年7月、創価学会が広島で開催した「世界の子どもとユニセフ展」。元国連事務次長のチョウドリ博士が学会と出合う"縁"となった▼同展で博士が感銘を受けたのは、「子どもの権利条約」に光を当てていたこと。同条約は89年に国連で採択され、博士はその推進に奔走した。94年4月の日本の批准にも尽力している▼条約の特徴は、子どもを「保護の対象」とするだけでなく、「権利を持つ主体」と位置付けた点にある。「親の監督権限」などを弱めるとの意見もあったが、博士は対話を重ねていく。粘り強い行動が、反対派の国を賛成へと変えていった▼アフリカのシエラレオネで「子ども兵士」として従軍した経験を持つある人は、条約の存在を知った衝撃を語る。"私たちの生命の価値と人間性を改めて呼び覚ますものであった"と。この言葉に象徴されるように、条約は自らの尊厳を気付かせる契機となる▼創価学会女性平和委員会が、中高生世代を対象とした「子どもの権利条約」に関するオンラインアンケートを推進している(8月31日まで)。こうした取り組みを通して、子どもと一緒に、人権と人間の尊厳を学び合う夏としたい。

寸鉄 2022年7月30日
世界中に励ましを広げているのがSGI—ブラジル博士。仏法の人間主義こそ希望
国連「国際友情デー」。平和の近道は一対一の対話と絆の拡大に。弛まず
親が本をよく読むほど子も読書する傾向—調査。成長の夏へ。一緒に挑戦
昨年の豪雨は7月下旬〜8月上旬に集中と。最新情報に注意。備え怠らず
子を車内に残して外出、3割が経験と。夏はわずかな時間でも命の危険が

〈社説〉 2022・7・30 明後日からNPT再検討会議
◇核兵器の先制不使用の議論を
8月1日から、ニューヨークの国連本部で核不拡散条約(NPT)の第10回再検討会議が始まる。
最終文書に合意できなかった前回(2015年)の会議から7年——。この間、新しい条約が誕生する一方で、核兵器を巡る国際情勢は険しさを増している。
核兵器の製造と保有から使用と威嚇に至るまで全面的に禁止する「核兵器禁止条約」が17年に採択され、昨年1月に発効。本年6月には第1回締約国会議が行われ、同条約が、核軍縮の誠実な交渉義務を課したNPT第6条と補完し合う関係にあることが強調された。「核兵器のない世界」の実現に向けて、核保有国や核の傘に頼る核依存国をはじめ、各国がどのような行動を起こすかが問われている。
何より今回の再検討会議は、核使用のリスクに対する懸念が強まる情勢下で開催される。締約国が建設的な議論を交わし、具体的な合意を導くことができるよう、市民社会が声を上げ、核軍縮に向けた取り組みを後押しすべきだ。
池田大作先生は今回のNPT再検討会議に寄せて、緊急提案を発表(26日付掲載)。「核兵器の先制不使用」の原則について核兵器国が誓約を行うとともに、全ての核保有国・核依存国の安全保障政策として普遍化を目指すことを、最終文書に盛り込むよう訴えた。
これまでも先生は「SGIの日」記念提言で、先制不使用の制度化をはじめ核兵器に依存しない安全保障への転換を呼び掛けてきた。核兵器使用のリスクが「冷戦後で最も危険なレベル」にまで高まる今こそ、危機のエスカレートを未然に防ぐ先制不使用の原則の確立を図り、核廃絶に向けた軍縮の流れを力強く生み出す必要がある。
SGIは核禁条約の第1回締約国会議で関連行事を共催したことに続き、今回の再検討会議にも市民社会の一員として参加して、積極的に議論形成に努める予定だ。戸田城聖先生の「遺訓の第一」である核兵器の禁止と廃絶を目指し、池田先生のリーダーシップのもと邁進してきたSGIにとって、現在の核兵器を巡る危機の深まりを見過ごすことはできない。
緊急提案の結びでは、「危機を危機だけで終わらせず、そこから立ち上がって新たな時代を切り開くことに、人間の真価はある」とつづられている。今こそ市民社会の声を結集し、核問題の解決へのうねりを巻き起こす時である。

☆Switch——共育のまなざし 池田先生の励ましの言葉から わが子の勉強のことで悩む親御さんへ
◇「学ぼう」という心を持ち続ける人が偉い
1学期の終業式を終え、わが子が持ち帰った通知表を見て、一喜一憂……多くの家庭で見られる光景ではないでしょうか。子どもの成績のことで悩んでいる保護者は少なくありません。今回は「学ぶ心、学ぶ意味」をテーマに、池田先生が親御さんたちに向けて送った励ましの言葉を、『21世紀への母と子を語る』(『池田大作全集』第62巻所収)の中から抜粋して紹介します。(編集・構成=大宮将之)

◇命令調の言葉が嫌い
<「子どもが、いくら言っても勉強しないんです」「どうしたら勉強させられるでしょうか」。そんな相談が、多くの親から寄せられました。また、近年、日本では子どもの基礎的な学力の低下を指摘する声も……。池田先生は語りました>

日本全体の学力も大きな問題かもしれませんが、お母さんたちにとっては、「わが子」の学力が最大の心配ごとでしょう(笑い)。
以前、創価学会青年部の難民視察団が、カンボジアに行った時のことです。たいへん印象的だったらしく、報告してくれました。
悲惨な戦争を逃れてきた多くの避難民が、水や食糧の確保もままならないような、ぎりぎりの状況で生活していました。青年部員は、そこにいる子どもたちに、「今、いちばん、何をしたい?」と聞いてみた。すると、子どもたちは、輝く瞳で答えました。「早く学校に行って、勉強がしたい!」と——。
子どもは本来、「学ぼう!」「伸びよう!」「吸収しよう!」という意欲を持っているものです。
終戦直後の日本を振り返れば、よく分かります。生活は苦しく、皆、お腹をすかせていたが、青少年にとって、食べ物と同じくらい必要だったのは、精神の栄養でした。皆、「学ぶ」ことに飢えていました。一冊の本を手に入れるために、長い行列に並んだものです。
◆◇◆
要は、子どもの「やる気」を、どう引き出すかだね。「勉強しなさい」と一方的にいくら言っても、子どもはかえって反発することが多い。とくに子どもは、「〜しなさい」といった命令調の言葉が嫌いなのです。

◇人生に勝つために
<確かに、親がいくら「ちゃんと勉強しなさい」と言っても、子ども本人がその気にならないかぎり、逆効果だったという話は、よく耳にします>

お母さん方にしても、自分の子ども時代を振り返れば、そんなに「勉強しなさい」とは言えないはずでしょう(笑い)。
「勉強ができる」からといって、「幸福になる」とはかぎらない。「いい学校を出た」からといって、「立派な人間」とはかぎらない。この当たり前のことを、皆、忘れている。それを混同するから、多くの問題も生まれているのです。
「人間の偉さ」と「成績」は、関係ありません。
ではなぜ、勉強するのか。
「知は力なり」です。勉強は、自分に力をつけるためにするのです。「人生に勝つため」に学ぶのです。その力で社会に貢献するのです。
勉強していないと、将来、いざという時に、力を発揮できない。夢を持った時に、夢が実現できない。勉強も、努力もしないで、立派になった人はいません。

◇引き出す 励ます
<マスメディアの影響なのか、努力や忍耐を要する地味なことよりも、華やかな面ばかりに目を向ける人も少なくないのが実情です>

どんな世界であれ、勉強と努力なくして一流にはなれません。華やかに見えるスポーツや、音楽といった世界でも同じです。
もちろん、学校の勉強だけが、勉強ではない。人それぞれ、得意や不得意もある。しかし「学ぼう」「勉強しよう」という心を持ち続けることが大切です。「勉強ができる人」が偉いのではない。「勉強しようという心」を持ち続ける人こそ、偉いのです。
ですから、お母さんは、子どもの成績に一喜一憂するよりも、子どもの「学ぼうとする心」を引き出し、たたえてあげてほしい。「お前はだめだ」とか、「どうして、こんなことも分からないの」などと、絶対に言ってはいけません。
大事なのは、「やる気」を引き出すこと。「やればできる」という自信をつけさせることです。「お母さんがしっかり見守って、祈っていてあげるから、あなたは安心して勉強しなさい」と、あたたかく包容し、励ましていくことが大事です。
「押しつけ」てはいけない。「引き出す」のです。「命令」はいけない。「励ます」のです。

◇持続は力なり
<ある女性リーダーが、青年時代に池田先生から「『決意』が『実践』になり、『実践』が『習慣』になった人は強い」と励ましてもらった思い出を述懐しました>

「持続は力なり」です。何ごとであれ、苦労も、辛抱もしないで、いきなり伸びるようなことは、ありません。そんなのは幻です。
途中の困難を避けて、成果だけ得ようとするのは怠惰であり、要領です。「どうせ、分からないから」と、あきらめてしまうのは弱さです。
ときには、負けそうになることもあるでしょう。投げだしたくなったり、あきらめたくなることもある。挫折することもある。しかし、途中で少々、止まってしまったとしても、もう一度、決意を新たにして、粘り強く進んでいけばよいのです。それが本当の強さです。
お母さんにも、辛抱が必要です。じっと見守りながら、子どもの「前へ進もうとする心」を励ましてあげるのです。少しでも、一歩でも前進したら、「頑張ったね」「よくやったね」「さすがだね」と大いにほめてあげるのです。

◇本に親しむ習慣を
<ここで話題は「読書」に移ります。子どもの「学び」をより豊かなものにするために、池田先生は、「良書に触れることの大切さ」を訴えます>

私は、現在の活字離れの風潮を深刻に考えている一人です。今はコンピューターも発達したし、本以外にも、情報を得るには、いろいろと便利なものはある。しかし、じっくり本を読むことによって、頭が鍛えられる。批判力もつくし、想像力も豊かになっていきます。また、「読書によって、学力の基本が身につく」と指摘する識者は多い。
社会人として生活するために必要な「読み書き」の力もしぜんに備わっていきます。ですから、お子さんには、本に親しむ「習慣」をつけてほしい。何も、むずかしく、かたくるしいだけの本を子どもに読ませる必要はない。子どもが「おもしろい」と感じられるような本を、子どもと一緒になって読み、聞かせていけばよいのです。
忙しい毎日だと思いますが、子どもばかりでなく、お母さんも読書に挑戦してほしい。その姿から、子どもは何かを感じ取っていくでしょう。

◇限りない向上
<自ら学ぶことの大切さは、母親に限らず、父親も、さらには子どもと関わる全ての大人にも、共通するものでしょう。「生き生きと学んでいる大人の姿」から、子どもたちも「学びへの興味・関心」を自然と抱いていくに違いありません。先生は呼び掛けました>

戸田先生は、最後の最後まで「勉強せよ。勉強しない者は私の弟子ではない」と厳しく言われていました。先生の教えどおり、今も私は、学び続けています。
戸田先生の事業が、いちばん苦境にあったころ、それを支える私は、大学に行きたくても行けなかった。しかし先生は、「心配するな。ぼくが大学の勉強を、みんな教えるからな。勉強は、ぼくにまかしておけ」と言われ、毎日曜日、ご自身の休養もさしおいて、ありとあらゆる学問を個人教授してくださった。日曜だけでは足りず、会社の始業時間前の早朝もです。
生命を削ってでも、ご自身の持てるすべてを、私に伝えきっておこうという気迫であられた。ありがたい師匠でした。私は「戸田大学」の卒業生です。それがいちばんの誇りです。
◆◇◆
「学は光」「無学は闇」——学び続ける人は美しい。学ぶ姿は、すがすがしい。一歩、深い人生を生きることができる。
親も、子も、ともに学びながら、限りない向上の人生を歩んでいこうではありませんか。