2020年11月2日月曜日

2020.11.02 わが友に贈る

◇今週のことば
創立の志は
「一人立つ精神」にあり。
わが誓願の本舞台で
新たな挑戦を勇敢に!
広宣流布の闘士たれ。
2020年11月2日

四条金吾御書 P1175
『なによりも承りてすずしく候事はいくばくの御にくまれの人の御出仕に人かずにめしぐせられさせ給いて、一日二日ならず御ひまもなきよしうれしさ申すばかりなし』

【通解】
何よりもうかがって爽快であることは、ずいぶん御主君から憎まれたあなたが、その主君の出仕の人数の内に召し具され、しかも一日・二日ではなく毎日御暇もない由、嬉しくて言いあらわせないほどである。

名字の言 映画評論家・淀川長治さんは人前で話すのが苦手だった 2020年11月2日
生涯、映画の魅力を伝え続けた淀川長治さん。専門的な知識もさることながら、テレビの向こう側から直接語り掛けてくる独特な話し方で、多くの人に親しまれた▼そんな淀川さんも、若い頃は人前で話すことが苦手だった。だが、映画から学んだ「他人歓迎」との精神を信条にしてからは、だんだん物おじしなくなっていったという。「話し相手を他人と思わなければ、不思議と言葉はスラスラと出るもんです」(荒井魏著『映画少年・淀川長治』岩波ジュニア新書)と▼相手を他人と思わない——「人を励ます」という行為においても、不可欠の観点であろう。友の悩みを"ひとごと"ではなく"わがこと"と捉えるからこそ、心に響く声を率直に届けることができる。苦悩の打開へ、共に祈ることができる▼日蓮大聖人は「自他彼此の心なく」(御書1337ページ)と信心の団結の要諦を教えられた。自分と他人を分け隔てせず、互いを受け入れ、励まし合う中で、麗しい絆が結ばれていく。その連帯が広がれば、地域も社会もいっそう輝きを増していくに違いない▼いよいよ90周年の「創立の月」11月を迎えた。地域の友に一人ももれなく励ましを送り、共に広布に歩んでいきたい。皆がこの時に巡り合った、かけがえのない同志である。(値)

寸鉄 2020年11月2日
栄光の100周年へ総立ちの幹部会。希望の世紀、民衆勝利の時代を我らから!
創価班の日。吼えてこそ師子。精鋭よ拡大の先陣を切れ!山本伸一の如く
平坦な道を歩いて宿命転換などできるか—恩師。苦難は誉れ。負けじ魂で
人間はやらなかったことに後悔する傾向と。今日も全力で。前進また前進
最近見た偽報道、最多はコロナ関連と。拡散で嘘は増長。出所の確認必ず

☆2021年の活動テーマ 「希望・勝利の年」
グローバル化やネットワーク社会の拡大が目覚ましい進展を遂げた現代にあって、新型コロナウイルスという未聞の試練に、人類は立ち向かっている。あらゆる差異を超えて万人に仏性を見いだし、「自他共の幸福」を標榜する日蓮大聖人の仏法、創価の人間主義が、分断を協調へ、孤独を連帯へと転じゆく希望の光源として、今ほど希求される時はない。
「創立90周年から100周年への10年は、一人一人が『人間革命』の勝利の実証をいやまして打ち立て、いかなる『大悪』も『大善』に転じて、いよいよ人類の『宿命転換』を、断固として成し遂げていくべき勝負の時であります」(「世界広布新時代第46回本部幹部会」へのメッセージ)
「聖教新聞創刊70周年」「大阪の戦い65周年」、さらに「壮年部結成55周年」「婦人部・男女青年部結成70周年」の節目を刻む明2021年は、今後10年にわたる「勝負の時」の勢いを決する最重要の一年である。
希望あるところに勝利があり、勝利あるところに希望がある。
「地涌の使命」という無限の希望に生き抜く一人一人が、わが本舞台で勝利し、地域を、社会を、希望の光で照らしていきたい。そこに広宣流布があり、立正安国がある。
そこで、2021年はテーマを「希望・勝利の年」と掲げ、新たな活動様式も取り入れながら、広布を断固として前進させゆく一年としてまいりたい。
さらに、青年こそ未来への希望であり、未来の勝利そのものである。かけがえのない後継の宝である青年部・未来部を、一騎当千の人材へと各部一体で育んでいく。

1.希望の語らい——「私の対話拡大」で立正安国の勝利劇を!
「広宣流布に生きる人の胸には、歓喜の火がある。どんな試練の烈風も、その火を消すことはできない。むしろ、その火は、風が激しさを増せば増すほど、いや増して燃え盛るのだ。そして、ますます鮮烈に、希望を照らし出すのである。信仰ある限り希望がある」(小説『新・人間革命』第26巻「厚田」の章)
○皆が対話拡大・友好交流に果敢に挑戦し、自分が縁する近隣・地域・職場に、大きく友情と仏縁を広げよう。遠方の親戚との交流・対話にも力を入れよう。
○青年部を先頭に折伏・弘教に挑戦しよう。「モバイルSTB」や「SOKAnet」で配信されている動画等も活用し、学会理解を広げよう。
○自他共の幸福の道を示す聖教新聞を拡大し、創刊70周年を荘厳しよう。

2.希望の励まし——「私の訪問激励」でわが地区を勝利城に!
「伸一は常に、"どうすれば皆が喜び、勇気をもって信仰に励めるのか""明るく元気に頑張れるのか"を考え続けていた。彼の一念も、行動も、日々、友への励ましに貫かれていた。励ましとは、安心と希望と勇気を与えることである」(同第21巻「共鳴音」の章)
○訪問激励に全力で動こう。"リーダーは会合と個人指導の比率を2対8に"との指針を今こそ実践し、「励まし週間」を軸に、一人一人の状況に配慮しつつ、励ましを送ろう。
○一対一の激励を通して、わが地区の座談会の参加者、対話拡大に挑戦する活動者を増加させよう。皆が前進を決意し合えるよう、「信仰の体験」と「信心の確信」を語り合う充実の座談会にしよう。
○"新たな青年学会の建設"を掲げて開催される「青年部幹部会」を通して、各部一体で青年部を育成しよう。
○「創価学会永遠の五指針」の第一である「一家和楽の信心」を大事にし、家族での語らい、青年部・未来部の信心継承にも力を入れよう。

3.希望と勝利の源泉——小説『新・人間革命』を学ぼう!
「(小説『新・人間革命』の執筆は)一日一日が、全精魂を注いでの真剣勝負となった。全国、全世界の各地で、健気に信心に励む宝の同志を思い浮かべながら、生命の言葉を紡ぎ出し、一人ひとりに励ましの便りを送る思いで推敲を重ねた。それはまた、わが胸中の恩師と対話しながらの作業でもあった。『創価の精神を伝え残せ! この世の使命を果たし抜くのだ!』——脳裏に先生の声がこだまする。疲れが吹き飛び、勇気が湧いた」(同第30巻<下>「あとがき」)
○小説『新・人間革命』の熟読・研さんに、これまで以上に力を入れよう。「聖教電子版」なども活用し、『新・人間革命』に触れる機会を増やし、師弟の道を日々、学ぼう。
○訪問激励など一対一の語らいの中で、『新・人間革命』の一節を紹介・引用し、熟読・研さんに挑戦するメンバーを増やそう。学会活動の実践を通して、共に自身の人間革命に挑戦しよう。
○御書根本に人間主義の仏法の研さんに力を入れ、「行学の二道」に挑戦する人材の増加を目指そう。破邪顕正の教宣活動も着実に進めよう。

☆心に御書を 第83回 言葉に真心を乗せる秋
〈御文〉
『文字は是一切衆生の心法の顕れたる質なりされば人のかける物を以て其の人の心根を知って相する事あり』(諸宗問答抄、380ページ)

〈通解〉
文字というのは一切衆生の心法があらわれた姿なのである。それゆえに、人の書いたものをもって、その人の心根を知って判断することがある。

◇池田先生が贈る指針
仏法の世界は、文字・言葉・声を大切にする。人を幸福にする力があるからだ。御書を根本に、学会は一貫して「文字・活字文化」に貢献する。「心に読書と思索の暇を」とは不変の指針である。
良書を大いに読もう!
言論の真偽と正邪を鋭く見極めよう!
励ましの真心を乗せ、希望と勇気と蘇生の言葉を広げる秋に!

☆ロータスラウンジ 第19回 安楽行品第十四
◇「安楽行品」の根本
◇「難即安楽」の悠々たる大境涯をつくること
法華経について、皆で学び、深めよう——「ロータスラウンジ——法華経への旅」の第19回は、「安楽行品第十四」です(前回は9月29日付。原則、月1回掲載)。

■大要
文殊師利菩薩が、悪世で法華経を修行する方法を問います。それに応え、釈尊が4種の修行法(四安楽行)を教えます。それでは内容を追ってみましょう。

●シーン1
文殊師利菩薩が質問します。
「悪世末法で法華経を、どのように説き弘めれば良いのでしょうか」
釈尊が答えます。
「菩薩が悪世で法華経を説こうと思うのなら、4種の修行法を実践しなさい」
具体的に「身」「口」「意」「誓願」の4種の「安楽行」が説かれていきます。この品にある「安楽」について天台大師は、「安」とは「不動」、「楽」とは「心に憂悩無き」ことと記しています。つまり安楽行とは、楽な修行ではなく、何があっても動じない安楽な境涯になることを表しています。
一つ目の「身安楽行」は、身を安定させ、10種の悪縁を避け、静寂な所で修行することです。これには「行処(振る舞い)」と「親近処(人との交際)」の二つがあり、経典には次のように記されています。
「忍耐強く、柔和で、乱暴でなく、恐れおののくことなく、何ものにもとらわれず、思い上がることもなく、物事をありのままに見て、みだりに決めつけることがない——これが菩薩の行処である」と、心を安定させることを説きます。
「『権力者のところや、外道を説く者、遊興の場所、小乗の教えを説く者などに近づいてはならない』『男性は女性に、やましい心をもって法を説いてはならない』『静かな所で瞑想にふけり、心を整えることである』等々——これが菩薩の親近処である」と、仏道の志をくじけさせるような誘惑には、近づくなと教えます。
更に「『一切は空であるから、有であるとか無であるとか、とらわれの心で見てはいけない』——これが菩薩の第2の親近処である」と、偏見や邪見にとらわれてはならないと説きます。
続いて「口安楽行」です。経典にはこうあります。
「経典や法師の悪口を言ってはいけない」
「他人の、ここが好きとか嫌いとか、ここがいいとか悪いとか言ってはいけない」
「名前をあげて人をけなしたり、ほめたりしてはいけない」
「質問を受けたら、小乗の教えではなく、大乗の教えによって答え、一切のありのままを知る智慧を得させよ」等々、他人や他の経典を、みだりにけなしたり、ほめたりせず、平穏な気持ちで説き諭すことを教えます。
続いて「意安楽行」です。経典にはこう記されています。
「法華経を説くにあたっては、嫉み、怒り、驕り、へつらい、いつわりの心を抱いてはならない」
「仏法を学ぼうとする人をバカにしたり、悩ませたり、疑いを起こさせてはいけない」
「法を弘める人を尊敬しなくてはならない」
「法を説く相手が、深く法を愛しているから、その人には多く説き、そうでない人には少なく説く、ということがあってはならない」等々、嫉妬や慢心やおもねりの心を抱かず、争論を避けて経を持ち、読み、説くことを教えます。
続いて「誓願安楽行」です。経典には次のようにあります。
「法華経を受持する者は、人々に大慈大悲の心を起こし、『ああ、この人は、仏が、この人にふさわしいように法を説いてくださっているのを、聞かず、知らず、信ぜず、理解しようともしないけれども、私が最高の境地を得た時、私は、どこにいようとも、この人を仏法から離れないようにさせよう』と思いなさい」
大慈大悲の心で、衆生救済の誓願を立て、修行することが、四つ目の「誓願安楽行」です。
更に「『誓願安楽行』を成し遂げようとする者は、諸天善神が昼夜にわたって常に守護するのである。
それは、法華経が、過去・現在・未来の諸仏が神力をもって守る法であるからである」と、法華経の修行者に対する諸天の加護を約束しています。

●シーン2
釈尊が語り掛けます。
「文殊師利菩薩よ。この法華経を聞くことはおろか、受持することは得難いものである」
ここから「髻中明珠の譬え」が説かれます。
——転輪聖王は、兵士たちの武勲に対して、武具や田畑や家や財宝など、あらゆる物を褒美として与えていた。ただし、髻(髪を頭の上で束ねた部分)の中の明珠だけは、だれにも与えなかった。
なぜなら、この明珠は、王の頭上に、ただ一つだけあり、もしこれをだれかに与えれば、家臣たちは大いに驚いて怪しむだろうからである。
しかし、本当に大きな功労があった者には、王は喜んでこの髻中の明珠を与えるであろう——と。
この説話を語り、釈尊はその真意を述べます。
「仏もまた同じである。三界(六道の迷いの衆生の住む世界)の大法王となって、一切衆生を教え導くのです。
賢聖の軍勢が、五陰魔・煩悩魔・死魔と戦い、三毒を滅して、一切の魔を打ち破るのを見て、仏は歓喜して、一切世間に怨多くして信じ難い(「一切世間多怨難信」)、これまで説いたことのない法華経を説くのです」
「文殊師利菩薩よ。仏も、第一の法華経を長い間、だれにも与えず胸中に秘めてきた。
それを今初めて、あなたたちのために説くのである」
法華経に巡り合い、実践者となることの偉大さを教えています。
更に続く偈文では、法華経の実践者の境涯が記されています。
「常に憂悩無く 又病痛無く」
「刀杖も加えず 毒も害すること能わじ」
「遊行するに畏れ無きこと 師子王の如く 智慧の光明は 日の照らすが如くならん」
法華経を実践していくならば、師子王のように勇敢に、そして太陽のごとく世界を智慧の光で照らしていくことができるのです。

【『法華経の智慧』から】 究極の「積極的人生」
日蓮大聖人は明快に仰せです。「今日蓮等の類いの修行は妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり」(御書750ページ)
「難と戦うこと」が「安楽」である、と。「難即安楽」。この悠々たる大境涯をつくるのが、安楽行品の根本です。

ありのままの自分で、「ああ本当に満足だ」「我が人生は大勝利だ」となるのが信心です。それが「安楽」です。人間は、だれでも幸福を求めている。本当の揺るぎない安楽を求めている。ある人は、それを「蔵の財」に求め、ある人は、地位とか健康とかの「身の財」に求める。しかし、本当の幸福は「心の財」にある。その実体は「信心」という大境涯です。

難を避け、苦しみを避けて、何か、こそこそと生きていくような弱々しい生命ではないのです。「さあ何でもこい!」と。「さあ、また山を越えるぞ! 山を越えた分、また人生を大きく楽しめるんだ。多くの人を救えるんだ」と。究極の「積極的人生」が大聖人の仏法です。(普及版<中>「安楽行品」)

【コラム】 輪宝——われらが発する言語音声
全世界を統治するとされる理想の指導者・転輪聖王は、天から輪宝という武器を授かり、国土を支配するとされます。釈尊は法輪、つまり教えを転じ伝え(転法輪)、悪を砕き、人々を救っていくとされます。
日蓮大聖人は「転輪聖王が具えている輪宝とは、我らが発するところの言語音声である。この音声の輪宝とは、南無妙法蓮華経のことである」(御書733ページ、通解)と仰せです。
大聖人とその門下は、題目の声で広宣流布を進めるのです。それは励ましであり言論戦です。
池田先生は「一軒また一軒、こつこつと激励や弘教に歩く。一人また一人と、友から友に仏法を語っていく——。その行動こそ『転法輪』です。妙法を世界に転じ広げゆく『広布の転輪聖王』の行動です。その福徳は永遠です」と語っています。妙法を持った私たちは、縦横無尽に仏法を語り広げていきましょう。

☆11・2「創価班の日」を記念する正義の師子の拡大期間 明年1月6日まで
11・2「創価班の日」44周年を記念する「新時代の創価灯たれ! 正義の師子の拡大期間」が11月2日からスタートする(明年1月6日まで)。
「輸送班」を発展的に解消し、新たな人材グループが発足したのは1976年11月2日。この日、池田大作先生はペンを走らせ、「創価班」の文字を認めた。
「この名前の意味は、創価学会の精鋭中の精鋭として、学会のすべてを運営し、広宣流布の一切を推進していくということだ」(小説『新・人間革命』「厳護」の章)
翌77年1月6日、本格的な出発となった第1回創価班総会に出席した先生は、「人間の進むべき針路を示す」という学会の役割に触れ、万感の期待を寄せた。「『創価班』は、その学会の"希望の灯"であり、"創価灯"であります。まさに、諸君こそが、学会という灯台の光源であることを忘れないでいただきたい」(同)
以来、師の心を胸に、あらゆる拡大戦の先駆を切ってきた創価班。広布の全責任を担い立つ地涌の連帯は、今や世界五大州を照らす存在として輝いている。
記念期間では、限界突破の弘教・聖教拡大に挑戦。一対一の励ましに総力を挙げ、次代を担う人材の裾野を大きく広げる。
安原委員長は語る。「明年の結成45周年に向け、一人一人が『新・人間革命の世紀』を創る山本伸一との自覚を胸に、一人立つ創価班精神をみなぎらせ、広布拡大の突破口を開いてまいります!」