2012年1月7日土曜日

2012.01.07 わが友に贈る

一念が定まれば
すべてが変わる!
一歩踏み出す勇気だ。
自分に負けない勇気だ。
さあ突破口を開け!

富木尼御前御返事 P975
御信心月のまさるがごとくしをのみつがごとし、いかでか病も失せ寿ものびざるべきと強盛にをぼしめし身を持し心に物をなげかざれ

◇希望の明日へ
これまで学会に大恩がありながら、反逆していった人間も、肩書や出身、学歴、立場等にとらわれる慢心が必ずあった。ゆえに、叱られたり、自分のわがままが通用せず、自分の思い通りにいかないと、それを"自分のせいだ"と自覚できないで、"人が悪い""学会が悪い"と逆恨みしてしまった。そこには、謙虚に法を求める姿勢も、師弟の精神も、まったくない。

☆新・人革「共戦45」
人間は、三世にわたる生命の因果の理法に立脚して生きるならば、心の内に、おのずからモラルが確立され、善の王道を歩むことができよう。当然、そこからは、人の不幸のうえに、自分の幸福を築こうという発想は出てこない。

人間は、この法理のもとに、よき人生を築こうと努力するなかで、人格も磨かれていくのである。ゆえに、仏法者とは、輝ける人格の人でなければならない。

「人それぞれの宿命があり、人生には、事業の失敗や病気など、さまざまな試練があります。その烈風にさらされた時、ともすれば"もう駄目だ"とあきらめ、無気力になったり、自暴自棄になったりしてしまう。そこに"不幸の習性"をつくりあげる罠がある。これが怖いんです。
信心というのは、その"不幸の習性"という鎖を断ち切る、不屈の挑戦の力なんです。
試練に直面した時に、"こんなことでは負けないぞ! 今こそ宿命を転換するんだ"と、敢然と挑み立つ勇気を湧かせていくための信仰であることを知ってください

◎皆様の真心のお題目に感謝いたしますm(__)m