苦難に直面するたびに
より強い自分になる。
これが創価の負けじ魂!
逆境こそ宿命を転換し
人生を大きく開く時だ。
月水御書 P1199
『仏の智慧のありがたさは此の三千大千世界に七日若しは二七日なんどふる雨の数をだにもしろしめして御坐候なるが只法華経の一字を唱えたる人の功徳をのみ知しめさずと見えたり』
【通解】
仏の智慧のありがたさは、この三千大千世界に七日、もしくは二十七日などの間に降る雨の数ですらご存知なほどであるが、ただ法華経の一字を唱えた人の功徳だけは知ることはできないと経文にあらわれている。
名字の言 「読む」ということについて 2022年1月23日
今では「読む」といえば「黙読」が主流だが、かつては「音読」が中心だった。明治前期には汽車の中でも、新聞や書物を声に出して読む人の姿が見られたという▼出版業が発達したのは江戸時代以降。活版印刷が普及する近代を迎えるまで、本は希少であり、文字の読み書きができる人も多くはなかった。家族や集団の中で特定の誰かが声に出して読み、それを皆で聞くことが珍しくなかったのである▼日蓮大聖人の御在世当時、門下たちが大聖人からのお手紙を読む時も、同じような光景が広がっていたのではあるまいか。御書に「志有らん諸人は、一処に聚集して御聴聞あるべきか」(新1324・全970)と仰せである。弟子たちは声に出すことで師匠の息遣いを感じ、耳から入った一言一句を通して、師と心で対話していたのであろう▼学会の座談会で、皆が声を合わせて御書を拝読してきた意義にも通じよう。オンラインであっても中心者が御聖訓を読み上げ、それ以外の参加者がミュート(消音)した状態で"唱和"する地域もある▼「目」や「口」で読む人も「耳」で読む人も、大事なことは御書を「身」で読もうとする実践だ。「行学の二道をはげみ候べし」(新1793・全1361)である。
寸鉄 2022年1月23日
「依正・福智共に『無量』なり」御書。日々、題目第一。そこに自他共の幸福道が(新1104・全792)
心強き一人一人が、固く手を結べば広布は進む—恩師。勝利の要諦は団結
学会員の決意漲る姿こそ世界の希望の存在—博士 青年を先頭に対話を拡大
終末時計は最短の100秒で据置。核兵器、感染、気候。地球的眼で足元から行動
きょう電子メールの日。ネット犯罪は増加の傾向と。知らぬ相手は要注意
☆池田先生の指針(2002年1月の本部幹部会から) 偉大な歴史を築く一年に!
不惜身命の闘争こそ師弟の魂
戸田先生 勇気をもって仏法を実践せよ
強き信心が変毒為薬の原動力 何があっても断じて勝つ
あけまして、おめでとう! どうか、この一年も、よろしくお願い申し上げたい。
戸田先生が、しばしば、遺言のように語っていた言葉は何か。
それは「勇気」である。
「仏法の真髄は、慈悲であり、われわれにも慈悲は必要だけども、凡夫だから、なかなか慈悲はもてないものである。
この慈悲に代わるのが勇気だ。
『人を救おう』『自分を向上させよう』『人間革命しよう』『日本を、世界を広宣流布しよう』という勇気だ。
勇気をもって仏法を実践することが、慈悲に通じていくのである」
これが戸田先生の厳然たる指導であった。
この一年、自分自身のため、偉大なる歴史の建設のため、勇気をもって前進してまいりたい!
きょう1月8日は、57年前(1945年)、牧口初代会長の獄死の事実を、同じく獄中にあった戸田第2代会長が、判事から初めて告げられた、厳粛な「師弟の日」である。
師の獄死を初めて知った。あまりの悔しさに泣きあかした。師弟というのは、そういうものである。
〈治安維持法違反と不敬罪で投獄された牧口常三郎先生は、1944年(昭和19年)11月18日に獄中で逝去された。厳しい独房生活による栄養失調と老衰のためである。翌45年の1月8日、戸田城聖先生は、取り調べの判事から「牧口は死んだよ」と告げられた。
後年、戸田先生はその時の心中を語っている。
「先生の死をお聞きしたとき、だれが先生を殺したんだと叫び、絶対に折伏して、南無妙法蓮華経のために命を捨てようと、決心したのであります」(『戸田城聖全集』3)〉
この日から、戸田先生は「広宣流布の巌窟王」となった。
自分が偉くなるのではない。殉教の牧口先生の"分身"となって、先生の精神を実現していくのだ——こう決意された。
第3代の私も、寸分たがわぬ「師弟不二の心」で、御聖訓どおりの難を一身に受けながら、戦って戦って戦いぬいてきた。
不惜身命・死身弘法の大闘争。これが、牧口先生、戸田先生、そして私という、創価学会を貫く師弟の魂なのである。
巡り来た「1月8日」のこの日、世界広宣流布の大実証を、私は皆さま方とともに、牧口、戸田両先生にご報告することができた。それが何よりもうれしい。
広布拡大が報恩
「華果成就御書」には、「弟子が妙法を弘める功徳は、必ず師匠の身に帰する」(全900・新1211、趣旨)という原理が御教示されている。
弟子が戦うことが、師匠への恩返しである。これが仏法である。人間の道である。
ゆえに、広宣流布の拡大の闘争こそが、師匠への最大最上の報恩となるのである。
日蓮大聖人は、「撰時抄」に、こう仰せである。
「多くの流れが集まって大海となる。微小な塵が積もって須弥山(最高の山)となったのである。日蓮が法華経を信じて題目を唱え始めたことは、日本の国にとっては、一つのしずく、一つの微塵のようなものである。
やがて二人、三人、十人、百千万億人と、法華経の題目を唱え伝えていくほどならば、妙覚(最高の悟り)の須弥山ともなり、大涅槃という悟りの大海ともなるであろう。仏になる道は、これよりほかに、また求めてはならない」(全288・新205、通解)
「仏になる道」は、どこにあるのか。それは「広宣流布の拡大」にしかない。
大聖人の仏法は「広宣流布の信心」である。
信心即生活である。ゆえに、今がどれだけ厳しくとも、この広宣流布の信心さえ貫けば、すべての努力が生かされ、いくらでも生活の面で、また社会の面で、勝利し、成功していけるのである。
今、世界の同志の連帯は、かけ算のように何倍もの力を発揮し、功徳も増し、人材も増し、威光勢力も増し始めた。
日顕一派と決別し、広宣流布は、大聖人正統の創価学会によって、この地球上に、いやまして速度を加え、伸展してきた。
これもすべて、世界広宣流布を自由自在に進められるようにとの御仏意であり、御仏智であったというほかない。
いよいよ、"太陽の大仏法"が、平和へ、幸福へ、繁栄へ、全人類を本格的に照らす時代に入ったと思えてならない。
大聖人は在家の弟子に、「その国の仏法流布は、あなたにおまかせいたします」(全1467・新1953、通解)と仰せになっている。
大聖人から託された、それぞれの深き使命の天地にあって、世界最高峰の須弥山のごとき大福運を積んで積んで積みきっていただきたい。
全てに意味が
ここで、日蓮大聖人が四条金吾にあてられた、有名な御書の一節を拝したい。
同僚からの讒言によって、主君から領地替えを命じられるなど、苦境に立たされていた金吾への励ましのお手紙である。
「一生は夢の上の出来事のようにはかないもので、明日のことさえわからないものである。たとえ、どんな乞食になったとしても、法華経にきずをつけてはならない。
それゆえ、同じくは、(あなたの決意はすでに定まっているのであるから)嘆いた様子を見せないで、このあなたの誓状に書かれたように、少しもへつらわずに振る舞い、語っていきなさい。
なまじ、へつらうようなことがあれば、かえって(状況は)悪くなるであろう。たとえ、所領を没収され、(土地を)追い出されようとも、それは十羅刹女(諸天善神)の御計らいであるのだろう、と深く信じていきなさい。
もし日蓮が(佐渡に)流罪されないで鎌倉にでもいたならば、あの戦い(文永9年2月の北条一族の内乱=二月騒動)に巻きこまれて、きっと打ち殺されていたにちがいない。今、あなたが江間家を追い出されることも、このまま江間家にとどまっていてはよくないだろう、という釈迦仏の御計らいなのであろう」(全1163・新1583、通解)と。
大聖人は佐渡流罪という大難にあわれた。しかし、そうであったからこそ、戦乱をまぬかれることができ、かえって良かったのだと仰せである。
仏法の眼で見るならば、すべてに深い意味がある。
嘆いてはいけない。「強き信心」「勇気ある信心」さえあれば、あらゆる困難を、必ず「変毒為薬」していける。
どうか、この大聖人の御聖訓を心に刻み、何があっても前へ、また前へ、前進していただきたい。
仏法は勝負である。
断じて勝たねばならない。自身に勝ち、人生に勝利していく。そのための信心である。
雄々しく苦難と闘う皆さま、そして誠実な心で戦う皆さまの姿は、すべて大聖人が御覧になっている。
安心して、使命深き、わが人生を生きぬいていただきたい。
この一生、毅然と、勇敢に、胸を張り、一日一日を、自分らしく進んでいっていただきたい。
皆さま方が、健康で、朗らかで、長生きして、和楽の人生を築かれんことを心よりお祈り申し上げたい。
寒いなか、奮闘してくださっている尊き同志に喜びをあたえゆく、名指導のできるリーダーであっていただきたい。
どうか、この一年、お幸せに! 本当にご苦労さま! ありがとう!
☆学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 第22回 地域に友好を広げよう
新しい年も、一段と地域に友好を広げていきたいと思います。壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から池田先生の指導を紹介します(指導集119ページから121ページまでを抜粋)。
<気持ちのよいあいさつを>
「おはようございます!」「こんにちは!」と、さわやかに声をかける。明るくはつらつと接する。それだけで声をかけられた人はうれしい。信頼関係も築かれる。
気持ちのよい「あいさつ」——私自身、近所でも、職場でも、また学会活動の中でも、きちんとあいさつをしようと決めて、実践してきました。(中略)
友好拡大といっても、広宣流布といっても、すべて足もとから始まります。また、近隣の方々との交流というのは、自分の心を豊かにしてくれる。生活に温かみが出てくるし、何ともいえない安心感も生まれる。
(本紙2012年3月29日付、「若き君へ」)
<自分のほうから先に話しかける>
ある仏典は、釈尊の人となりを、「実に〈さあ来なさい〉〈よく来たね〉と語る人であり、親しみあることばを語り、喜びをもって接し、しかめ面をしないで、顔色はればれとし、自分のほうから先に話しかける人」(『ゴータマ・ブッダ』、『中村元選集〔決定版〕』所収、春秋社)であった、と伝えている。
「何しに来たのか」と渋面を向けたり、冷たい、威張った態度はとらなかった。その身に威厳を具えながら、親しみやすいオープンな雰囲気があったのである。
だから、農民も、商人も、家庭の主婦も、知識人も、貴族も、国王も皆、釈尊と会いたがった。悩みごとの相談にせよ、敵愾心を抱いての論難にせよ、誰もが会って話をしたくて仕方がなかった。
(『池田大作全集』第132巻、「随筆 新・人間革命」)
<「地域社会が求める「人びとを結びつける力」」>
世界各地でも、近年、自然災害の脅威は増加している。そんな中、災害等への地域社会の抵抗力・回復力——すなわち、「レジリエンス」を高めていこうとする動きが活発化している。
最近の研究では、「レジリエンス」が強いとされる地域コミュニティーの共通点の一つとして、ある重要な力を持ったリーダーの存在が認められているそうだ。
その力とは、「人びとを結びつける力」という。政治的、経済的、社会的な立場の異なる様々な人びととの間に協力関係を築き、相互の交流を橋渡しする能力である。
いわゆる剛腕でもない。一人で全ての決断を下し、采配を振るうタイプでもない。多種多様な人びとが互いに理解し合うために、その"橋渡し"を務められる「通訳型リーダー」ともいうべき存在なのだ。
わが友である、ブラジルの大音楽家アマラウ・ビエイラ氏は、東日本大震災に屈しない東北の方々を讃えておられた。
「人と人の間に生まれた最強の連帯感と、同苦と助け合いの心は、全人類の賞讃に値するものであります」と。(中略)
思うに、今ほど地域社会に対話の場が求められている時代はない。
(本紙2014年10月28日付、「随筆 民衆凱歌の大行進」)