2021年8月5日木曜日

2021.08.05 わが友に贈る

熱中症に厳重警戒!
水分補給を心掛け
冷房・扇風機等も活用。
子どもや高齢者には
特に丁寧な目配りを!

千日尼御前御返事 P1310
『此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし空飛ぶ者の王たり鷲のごとし』

【通解】
この経文(法華経)は一切の経文に勝っている。地上を走るものの王である師子王のようであり、空を飛ぶものの王である鷲のようなものである。

名字の言 築城500年の滝山城をしのんで 2021年8月5日
東京・八王子市の滝山城跡を訪ねた。「平和のフォートレス」創価大学から程近い。多摩川の浸食でできた急峻な崖と、谷が複雑に入り組んだ丘陵の地形を利用した天然の要塞だった▼滝山城は1521年、大石定重により築かれ、後に城主となった北条氏照が拡張した。堅い守りが特長で、69年、武田信玄の約2万の軍勢に攻撃されるも、わずか2000の兵で守り抜いたという▼この難攻不落の城の魅力を教えてくれた創大12期生がいる。滝山城址が名前の由来となった滝山寮の出身。面倒見が抜群によく、皆から慕われる。創大で学んだことを誇りとし、創立者の池田大作先生がつづった長編詩「滝山城址に立ちて」をそらんじる▼長編詩で先生は訴えた。「青春は 強くあれ!/人生もまた 強くあれ!/徹して 断じて/強くあれ!/そこに/一切の勝利が あるからだ!」「一時のはかない感傷に/決して 負けるな!/汝自身の胸中を/制覇していくのだ!」▼御書に「城の主剛ければ守る者も強し」(979ページ)とある。人を城に例えれば城主は心。「心固ければ則ち強し」(同ページ)であり、心を強く鍛えゆくのが信仰にほかならない。築城500年の滝山城をしのび、強く強く生き抜くと決意した。

寸鉄 2021年8月5日
「金は大火にも焼けず」御書。不動の信心で進め。師弟共戦の勝利の劇を!
広島青年部「平和誓願の日」。核兵器廃絶への潮流を。若人の対話拡大で
「母」の歌、発表45周年。人間世紀の太陽・女性の友に感謝。福徳は燦然
屋内での子の火傷に注意熱湯使う製品は手の届かぬ所に。子の目線で確認
公明は現場の声受け接種無料化実現に尽力—市長更に議員網の力発揮せよ

〈社説〉2021・8・5 創大通信教育部の開設45周年
◇向学の人は社会を照らす光
創価大学本部棟の正面には天高く塔が立つ。その中央に刻まれているのは「学光」の二文字。学の光で人生と社会を照らしゆけ——創立者・池田先生が示した通信教育部の永遠の指針である。
創大の開学から5年後の1976年、通信教育部は開設。年齢や職業、居住地の差異を問わず、全ての人に門戸を開く民衆教育に眼目を置いていた先生にとって、同部の設置は念願だった。
以来、45星霜。卒業生は2万人を超え、約3500人の教員採用試験合格者を輩出するなど、友は各界で活躍の舞台を広げている。
内閣府の調査(平成30年度)によると、今後何らかの学習をしたいと考えている人が8割を超えている。人生100年時代といわれる今、技能向上を図るリカレント教育(学び直しの機会)をはじめ、生涯教育に注目が集まる。"勉強は学生時代だけ"との考えは過去のものであり、豊かな人生を歩むためにも「学び続ける姿勢」は欠かせないといってよい。
だが、社会人になってからの学問への挑戦は、仕事や家事との両立や勉強時間の捻出、経済的負担など、想像以上に苦労も多いだろう。卒業までの道のりは険しいが、通教生は尊い向学の志と負けじ魂を燃やして挑んでいる。
香川県の73歳の女性は現在、通教に2度目の挑戦中。最初の受講は61歳の時だった。学問に励むさなか、応援してくれていた最愛の夫が亡くなった。悲嘆に暮れる中、生前に夫が口にしていた「創大は世界一の大学だ」との言葉を支えとし、4年間で卒業を勝ち取った。尽きせぬ探究心で昨年、文学部に再入学。「かねての夢を実現できてうれしい。池田先生のもとで学べることに喜びしかありません」と満面の笑みで語る。
池田先生も若き日、夜学に学んだ。苦闘を経験したからこそ、同じ苦学の道を歩む通教生にエールを惜しまない。「英知を磨くだけでなく、苦労を重ねてこそ、本当の人間的な成長がある」(小説『新・人間革命』第23巻「学光」の章)
開設45周年となった本年も、9日からオンラインで夏期スクーリングが始まり、19カ国・地域の約2400人が向学の汗を流す。
飽くなき情熱があれば不可能はない。必ず価値創造の光を放っていける——通教生の尊き姿を範と仰ぎながら、私たちも挑戦の一歩を踏み出す成長の夏にしたい。

☆御書の旭光を 第46回 一遍の題目にも大功力が
〈御文〉
『一遍此の首題を唱へ奉れば一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時我が身の法性の法報応の三身ともに・ひかれて顕れ出ずる是を成仏とは申すなり』(聖愚問答抄、498ページ)

〈通解〉
一遍、この妙法蓮華経を唱えるならば、全ての人の仏性が皆呼ばれて、ここに集まる。その時、わが身の法性である法・報・応の三身も共に引かれて顕れ出る。これを成仏というのである。

〈池田先生が贈る指針〉
唱題には、一切の仏性を呼び集める大功力がある。ゆえに仏天の守護も厳然だ。
病気や困難と闘う家族・同志や友人に送る題目は、一遍でも必ず通ずる。その功徳でまた自らの生命力も倍加する。
妙法を唱え抜きながらの「立正安国」の対話は、自他共に仏性を顕しゆくと同時に国土をも大福運で包む聖業なのだ。

☆ONE GOSHO この一節とともに! 一生成仏抄
◇弛まぬ不屈の前進を
今月11日の「部結成70周年」を勝ち飾った男子部。連続勝利の次なる峰へ進むに当たり、日蓮仏法の根幹である「唱題行」の意義と実践について学ぶ。

◇御文
『深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり』(御書384ページ)

◇通解
深く信心を奮い起こして、日夜、朝夕に、また怠ることなく自身の命を磨くべきである。では、どのようにして磨いたらよいのであろうか。ただ南無妙法蓮華経と唱えること、これが磨くということなのである。

◇背景
本抄は、執筆の年次や宛先は定かではないが、建長7年(1255年)に著され、下総国(現在の千葉県北部などの地域)の門下・富木常忍に与えられたと伝えられている。
題号の「一生成仏」とは、凡夫がこの一生のうちに成仏することを指す。その一生成仏の要諦である「唱題行」の意義について、法理と実践の両面から明かされているのが本抄である。
日蓮大聖人は、「南無妙法蓮華経」の題目を唱えることが仏の境涯をあらわす直道であると示され、生命を鍛える唱題行を「鏡を磨く」作業に譬えて、持続の祈りの大切さを教えられている。

◇解説
日蓮大聖人は拝読御文の直前で、「衆生(凡夫)」と「仏」とは互いにかけ離れた存在ではなく、「迷っているか」と「悟っているか」の違いにすぎないと仰せである。
さらに、迷いに覆われた生命を「磨かざる鏡」に、真実の悟りの生命を「明鏡」に譬えられている。
鏡は磨かなければ曇ってしまうように、生命もまた、放っておけば無明という「迷い」に覆われてしまう。
しかし、曇った鏡も磨いていくことで、あらゆる物をよく映す明鏡となる。生命も同様に、唱題行によって無明を払い、本来具わる仏の生命を開き顕していけるのである。
「磨く」行為である唱題行の実践について、大聖人は、拝読御文で二つの面から御指南されている。
1点目に、大聖人は「深く信心を発して」と仰せである。
いくら唱題を重ねても、疑いを抱いたままでは、御本尊の功力は十全には現れない。自身が妙法の当体であり、「必ず一生成仏できる」と深く確信して、題目を唱えることが大切である。
そしてまた、私たちが現実の課題や逆境に直面した時、無理だと諦めるのではなく、"必ず苦難を打開してみせる"との決意に奮い立てるかどうか。
この「覚悟の深さ」こそ、生命錬磨の修行の要諦であるといえる。
2点目に大聖人は、「日夜朝暮に又懈らず」と仰せである。
日々、怠ることなく実践していく——信心には、"ここまでやればいい"という到達点はない。過去にどれだけ頑張ったかだけでなく、「持続」することが一生成仏には不可欠である。
その点、大聖人は別の御書で、「受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり」(1136ページ)とも御教示されている。
私たち後継の男子部は、この「確信の祈り」「持続の祈り」を実践しながら、新たな対話と友好の8月へ打って出たい。
1955年(昭和30年)8月、池田先生が北海道で指揮を執り、広布拡大の金字塔を打ち立てた「札幌・夏の陣」。
先生は、朝の勤行と御書講義から毎日をスタート。行く先々で、"札幌の同志に勝利を"と祈り、常に題目を唱え続けたという。
先生はかつて、北海道の友に語っている。
「『妙法』の祈りは、自身の"生命の変革"をもたらし、その変革は、必ず"周囲の人々や生活環境の変革"へと連なっていく。
地域の発展も経済の好転も、"自分にはとても手が出ない"と思われるような願いであっても、わが『一念』から発する『信心』の力用しだいによって、やがて厳然とかなえられていくことを、強く確信していただきたい」
下半期の勝利への"助走期間"ともいえるこの8月。
日々の目標を明確にし、祈りを根本に大きく仏縁を拡大しながら、スタートダッシュを切る夏としたい。