2021年6月22日火曜日

2021.06.22 わが友に贈る

「一」のデマには
「十」の反論を!
沈黙は悪を助長する。
勇敢なる言論戦で
正義を打ち立てよう!

乙御前御消息 P1220
『是は御ために申すぞ古への御心ざし申す計りなし其よりも今一重強盛に御志あるべし、其の時は弥弥十羅刹女の御まほりもつよかるべしとおぼすべし』

【通解】
これは、あなたのために言うのです。あなたの前々からのお志の深さについては、言い尽くせません。しかし、それよりもなおいっそう、強盛に信心をしていきなさい。その時は、いよいよ、(諸天善神である)十羅刹女の守りも強くなると思いなさい。

名字の言 あす沖縄「慰霊の日」。平和への誓いを新たに 2021年6月22日
那覇市で人気の栄町市場。その中に「ひめゆり同窓会館」があることはあまり知られていない▼戦前、この一帯には沖縄戦のひめゆり学徒隊の母校「沖縄師範学校女子部」「県立第一高等女学校」があった。終戦直後、学徒の生存者は焼け野原となった一帯に縄を張るなどして敷地を守ろうとした。戦場に駆り出され奪われた夢と誇りを取り戻す。懸命の行動は同会館、さらに糸満市の「ひめゆり平和祈念資料館」の開館へと結実し、沖縄戦の惨劇を今に伝えている▼1981年、学会の沖縄青年部は戦争体験者に「沖縄戦の絵」を描いてもらう運動に取り組んだ。胸が詰まり涙とともに絵筆を執った人。孫にクレヨンの使い方を教わりながら描いた人も。作品に込められた体験者の悲しみや怒りは、絵の巧拙を超えて見る者の心を揺さぶり続ける▼取り組みから40年——。今月、県内の小・中学校、高校16校で「沖縄戦の絵」を展示。授業で絵を活用する学校もある。ある中学生は「これまでも学んできたつもりでしたが、その悲惨さが絵を見てより強く伝わってきました」と▼体験者が残した"思い"を次世代へ伝える責任が、私たちにはある。あす23日は沖縄の「慰霊の日」。平和への誓いを新たにしたい。

寸鉄 2021年6月22日
巌窟王のように貫き通せ—恩師。嵐は誉れ。創価の師弟に無限の勇気あり
目黒よ、ここが正念場だ。知恵と勇気で更に開拓。総力を結集し大逆転へ!
調布・狛江が猛攻。執念で拡大した方が勝つ。連帯固く押しまくり勝利を!
奄美の日。あらゆる苦難越え、今輝く学会家族。地域広布の模範はここに
米ロ、核軍縮の協議開始で合意。核戦争に勝者なし。市民社会の叫び強く

☆御書の旭光を 第37回 心つながる"人間の絆"を
〈御文〉
『他人なれどもかたらひぬれば命にも替るぞかし』(呵責謗法滅罪抄、1132ページ)

〈通解〉
他人であっても、心から語り合えば、かけがえのない命にも替わりうるのである。

〈池田先生が贈る指針〉
苦難と戦う門下への御指導である。身近な人を、わが子のごとく慈しみ、大きく包容するよう教えておられる。真心と誠実で人を大切にすれば、自分も守られる。
乱世ゆえに、温かな心遣い、希望の声掛けが待ち望まれている。立正安国の対話は、最も深い生命の善性を結び合う。友情と信頼の尊き絆を我らの社会に!

☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第6回 広布の勝負所
◇弥三郎殿御返事
『構へて構へて所領を惜み妻子を顧りみ又人を憑みて・あやぶむ事無かれ但偏に思い切るべし、今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり、人身は受け難く法華経は信じ難しとは是なり』(御書1451ページ10行目〜13行目)

◇池田先生の講義
同じ戦うのなら、「断じて勝つ」と腹を決めて戦い切るのです。人は敵と戦う前に、己心の弱さに負ける。何よりもまず、その心中の賊に勝たねばならない。とともに勇気と蛮勇は違う。現実と真正面から向き合うところに真の勇気があります。そこから今、何を為すべきか、明瞭に見えてくるのです。
◆◇◆
広宣流布の戦いにあっても、「ここが勝負」という急所がある。(中略)人生を懸けて悔いなき一戦に巡り合うことは幸福です。個人個人にあっても、日々の人生の戦いがあります。自身の人間革命の戦いと、広宣流布の戦いは決して別々ではない。
同志と共に、学会と共に、法のため、社会のため、私たちは大切な生命の時間を使い、その一つ一つを断固と勝ち切っていくのです。それが自他共に揺るぎない幸福の境涯を開きながら、人類の平和を築く立正安国の建設に生きることになるのです。
◆◇◆
仏法を持った民衆一人ひとりが、自らの人生を懸けて、生命の無限の可能性を証明していくのです。「私は勝った」「偉大な使命に生き抜いた」という旗を打ち立てていくのです。その人間の勝鬨が日本中、世界中のあの地この地で轟き、地球規模で広がり始めました。さあ、私たちが希望の世紀の夜明けを開くのです。誇りも高く創価の思想を掲げて!
(『信仰の基本「信行学」』から)

河合利子 総東京女性部長
◇本陣に師弟勝利の凱歌を!
"このことに巡り合うために、生まれてきたのだ!"——弟子の一念を、パッと転換されるような、日蓮大聖人の命を揺さぶる激励です。
「弥三郎殿御返事」のこの一節を拝するたび、今、私たちも、偉大な師匠と共に、広宣流布の未来を開く重要な時に巡り合っているという、感激が湧き上がってきます。
立正安国と人生の勝利を開く千載一遇の勝負所である今この時。使命の言論戦を戦い切ることを教えられた本抄と先生の講義を胸に、不可能を可能にする拡大に臨んでいきましょう。

◇一生、見ているからね
中等部の時、人材育成グループの集いで池田先生に懇談していただく機会がありました。先生は言われました。
"みんなは、日蓮大聖人の仏法という最高の哲学に、若くして縁している。この人生最極の生き方を生涯、貫いていきなさい"
当時、中学2年生。何も分からない私たちに、一人の大人として接してくださる先生に深く感動しました。その後、唱題に挑戦する中、"人間として生まれ、偉大な師匠に巡り合うことができた。自分は先生と共に広宣流布に生き抜くのだ"と深く決意することができました。
女子部となり、弘教に奔走する中で、再び池田先生との出会いが。あふれる決意を口にする私たちに先生は、「一生、見ているからね」と。
常に先生が、厳しくも温かく見守ってくださっている!——決意だけでなく、現実の上で師匠にお応えする報恩の人生を、との誓いのままに、さまざまな苦難を乗り越えてくることができました。

◇久遠からの縁
池田先生は講義の中で、「同志と共に、学会と共に、法のため、社会のため、私たちは大切な生命の時間を使い、その一つ一つを断固と勝ち切っていくのです」と語られ、その行動が自他共に揺るぎない幸福の境涯を開いていくのだと教えてくださっています。
この指針の通り、東京各地の友は、自他共の幸福のために、勇気の語らいに駆けています。
目黒総区のある80歳の婦人は本年の5月3日に一人の友を入会に導きました。その方とは10年ほど前に知り合い、聖教新聞の切り抜きを贈呈するなど、結んだ縁を大切に育んでこられました。
コロナ禍にあって、久しぶりに婦人と対話した友は、"私も学会の輪の中に加えてほしい!"と伝えました。実はこの友は、幼い頃に両親が離婚。二十歳の頃、母子の苦しい生活を見かねた学会員が折伏に訪れたのですが、母が首を縦に振らず、入会に至らなかったのです。
晴れて入会した友は見違えるように明るくなり、その姿に娘さんも入会を希望。"学会に出会えて本当によかった!"と、紹介者の婦人と共に、近隣に勇気の対話を拡大しています。まさに、今この時、久遠からの縁のように、二人して歓喜の語らいを広げる姿に大きな波動が広がっています。

◇現実の中にこそ
先生は、「自身の人間革命の戦いと、広宣流布の戦いは決して別々ではない」と述べられています。
目まぐるしい日々の生活の中で学会活動に励むことは、一見すると地味で、華々しいことではないかもしれません。しかし先生は、現実から逃げず、その真っただ中で自らの人間革命の戦いに勝利し切っていく中に、実は広宣流布の実像があるのだと教えてくださっています。
先生は昨年、「創立90周年から100周年への10年は、一人一人が『人間革命』の勝利の実証をいやまして打ち立て、いかなる『大悪』も『大善』に転じて、いよいよ人類の『宿命転換』を、断固として成し遂げていくべき勝負の時であります」とつづってくださいました。
社会が先の見通せない不安に覆われる中で、私たちが一日一日、目の前の立正安国の挑戦に勝利していくことは、わが地域の広宣流布のみならず、人類の宿命を転換し、地球社会の未来を開く壮大な勝利へとつながっていきます。
さあ、"師と共に、「大悪」を「大善」へと転じる感激のドラマを演じるために、今ここに集ってきたのだ!"と、地涌の使命に燃え、本陣・総東京に師弟勝利の凱歌を高らかに響かせていきましょう!

メモ
建治3年(1277年)8月、念仏者との法論に臨む門下の弥三郎に送られたお手紙である。ここまで生き永らえることのできた自らの使命を自覚し、この法論が人生の勝負の分かれ目であると心していきなさいと教えられている。