思い込みや先入観は
自らの限界をつくる。
わが胸中の殻を破れば
友情は幾重にも広がる。
勇気の語らいを今こそ!
さじき女房御返事 P1231
『たとへばはるの野の千里ばかりにくさのみちて候はんにすこしの豆ばかりの火をくさひとつにはなちたれば一時に無量無辺の火となる』
【通解】
たとえば春の野が千里ほどにも広がって草が生い茂っている所に、豆粒ほどの小さな火を一つの草に放てば、それはたちまちに燃え広がって無量無辺の火となります。
名字の言 婦人部結成70周年——尊き女性部に感謝 2021年6月10日
ある少女部員が地区婦人部長(当時)の母と楽しく学会活動する様子を作文に書いた。座談会で使うポスターの色塗りを手伝う少女を、母が「福運がつくよ」と励ます。そんな母は同志に贈る感謝状を手作りしている……。作文には心温まる場面が数々登場する▼会合で研究発表の大役を果たし、参加した友にほめられたこと。かわいくて仕方がない年下の未来部員のこと——学会と同志、そして皆の幸せのために奔走する母が大好きな少女は作文を結ぶ。「私は、しょう来、地区ふ人部長になってもいいなと思った」▼池田先生は語る。「お母さんの慈顔が心に生きている時、人間は決して大きく道を誤ることがない」。この言葉のままに成長した"少女"は現在、女子部のリーダーとして活躍する▼婦人部結成70周年を刻むきょう6月10日は、「時の記念日」でもある。無量義経に「悩みと戦う凡夫でありながら、一日を何億万年の長さにも広げて生き、また何億万年もの長遠な年数を一日に凝縮させ、あらゆる衆生を歓喜させる」(妙法蓮華経並開結50ページ、趣意)とある▼この文意を体現する女性部の皆さんの笑顔が何人も脳裏に浮かぶ。そんな無上の「時」を広布史に刻み続ける、尊き姿に感謝したい。
寸鉄 2021年6月10日
世界一の女性連帯、万歳。さあ"師弟の月"7月へ創価の太陽は益々明るく
中野が猛追。偉大な民衆の底力、満天下に示す時。総力の拡大で断固凱旋を
群馬の日。使命の天地から対話の旋風を!試練の時こそ敢闘精神燃やして
「悪は多けれども一善にかつ事なし」御書。団結が我らの宝剣。祈り一つに
気候変動対策で公明党が重要な役割—米代理大使地球環境を守る柱と光れ
〈社説〉 2021・6・10 師と共に歩んだ70星霜
◇新時代を開く女性の連帯
きょう6月10日は、「婦人部結成記念日」。
先月、「女性部」として新出発した友にとって、「6・10」は、師弟共戦の歴史を刻んできた「誓願の日」であり、永遠に変わらぬ「原点の日」である。
1951年(昭和26年)の5月3日、戸田城聖先生が第2代会長に就任。大きな弘教拡大のうねりが巻き起こり、広宣流布へ本格的な歩みが開始された。
当時、戦後まだ6年。敗戦の傷痕は深く、庶民は困窮にあえいでいた。その中にあって、未来を鋭く展望した戸田先生は、「民主主義の理想も、目覚めた婦人の高い意識と行動によって、初めて盤石なものとなり得る」と考えた。そして、社会の隅々に婦人の主張が生かされてこそ、行き詰まった社会を開くことができると確信し、各部に先駆けて結成したのが婦人部だったのである。
6月10日、戸田先生のもとで開催された"結成式"。妙法を持った尊き女性たちの幸福勝利の行進は、わずか52人から始まった。
以来、70星霜——恩師の心を、わが心として走り抜いてきた池田大作先生と共に、世界一の女性のスクラムが築かれてきたのだ。
20世紀は"戦争の世紀"であり、いわば"人類の嘆きの世紀"であった。その嘆きを決意に変え、宿命を使命へと転じ、友の幸福のため、世界の平和のためにと、師と同じ心で立ち上がった女性たち一人一人の人間革命のドラマこそが、そのまま、婦人部70年の歴史といえよう。
この70年で社会やライフスタイルの多様化は大きく進んだ。女性が担う役割も変化し、あらゆる次元で活躍の場も広がっている。
歌手のアグネス・チャンさんが新出発に際して、「さまざまな立場や年齢の女性たちが、お互いを尊重し、団結して行動していけば、視野は地球大へと広がり、素晴らしい未来を創り上げていけると思います」と期待を寄せたように、女性部の使命は限りなく大きい。
池田先生はつづっている。
「女性が生き生きと活躍し、その豊かな知恵と慈愛を発揮できる社会にこそ、希望があり、創造があり、平和がある」と。
コロナ禍という未聞の試練の中にあっても、無限の希望の光を放つ創価の太陽・女性部。新時代を切り開く勇気と挑戦の日々に、最大のエールを送りたい。
☆きょう「婦人部結成記念日」70周年 女性部は太陽の如く
◇師弟の月・7月へ! 対話の拡大に全力
きょう6月10日は「婦人部結成記念日」。創価の女性のスクラムの誕生から70周年を迎える。
1951年(昭和26年)同日、その前月に第2代会長に就任したばかりの戸田城聖先生のもとに代表52人が集い、婦人部は産声を上げた。席上、戸田先生は訴えた。「妙法受持の女性は、最も尊貴な女性であることを自覚してもらいたい。妙法の実践の証明が、未来にどう開花していくか、今後、私と共に、どこまでも戦ってもらいたいんです」
以来、70年。一波は万波となり、師弟共戦の女性の連帯は、今や世界の隅々にまで広がった。
本年の5月3日には、池田大作先生ご夫妻のもと、「女性部」として新出発。「6・10」結成70周年の佳節を目指し、皆で「希望の太陽 前進月間」を勇気凜々と進み、広布拡大に挑んできた。
東京の、ある区女性部長は20歳で入会。これまで12人の友に弘教を実らせてきた。
3年前、長男が突然倒れ、原因不明の脳梗塞と診断。御本尊を抱き締め、必死に祈り、さらなる勢いで広布に駆けた。先月の診察で医師から、"もう服薬の必要はなく、大丈夫"との太鼓判が。現在、自ら"ハッピーロード"と決めた自宅の近隣をはじめ東京中に、報恩の思いで、友好と信頼の対話を広げている。
大阪の、ある地区女性部長は昨年、夫が食道がんに。手術をしたものの、容体が急変し、昏睡状態に陥った。彼女は、「真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり」(御書1170ページ)との御聖訓を胸に、襲い来る不安と恐怖を、"今こそ、宿命転換の時!"との強き祈りに変え、徹底して折伏に挑戦した。18日後、夫は意識を回復。本年3月、職場への復帰を果たした。その直後、幾多の困難を乗り越えた彼女の姿を見て、題目の力を感じたという母が入会した。
◇今こそスクラムが輝く時
池田先生は今月号の「大白蓮華」の講義「世界を照らす太陽の仏法」で訴えた。
「『女性部』が誕生し、この清き、尊き師弟共戦の前進は、新たな段階を迎えました。『女性の世紀』の本舞台が開幕したのです」
試練の今こそ、創価の太陽・女性部のスクラムが輝く時! 結成70周年の喜びと感謝を胸に、誓願の祈りをさらに強め、師弟の月・7月へ、さっそうと進みゆく!
☆SUA卒業式 池田先生のメッセージ
◇21世紀文明の希望の旭光を放て!
一、宝の俊英と光る17期生の皆さん、ならびに大学院新教育プログラム6期生の皆さん、幾多の試練を踏み越えて、凱歌の卒業、誠におめでとう!
いつにもましてご苦労の絶えない中、共に栄冠を勝ち取られたご家族の方々に、心より感謝とお祝いを申し上げます。
大切な英才を温かく支え、育んでくださった教職員・スタッフ、全ての関係者の方々、本当にありがとうございます!
◇智慧・勇気・慈悲を備えた人類貢献の世界市民たれ
一、今日は、わが敬愛してやまない一人一人と心の握手を交わしながら、「君よ、21世紀文明の希望の旭光を放ちゆけ!」と、はなむけを贈りたい。
各国各地から勇み集ってSUAに学んでくれた皆さんは、一人ももれなく、21世紀の地球社会を照らす「希望の光」の当体たる世界市民です。
その光は、たゆまぬ誠実な探究によって、いよいよ深まる智慧の光です。
また、苦難を恐れぬ負けじ魂の挑戦によって、いよいよ強くなる勇気の光です。そして、他者に尽くしゆく貢献の行動によって、いよいよ大きくなる慈悲の光なのであります。
私たちの大切な友人に世界的な農学者のスワミナサン博士がいます。博士は、米や小麦などの品種改良の研究を通して、アジアの多くの人々を食糧危機から救い、祖国インドの「緑の革命」「持続可能な農業」の推進と発展に絶大なる貢献を果たされました。その原点は、学生時代に目の当たりにした1943年のベンガル大飢饉です。"何としても、民衆の飢餓の悲劇を無くすのだ"との決意に燃え、学び抜いていかれたのです。
博士は語られました。「他の人々の助けになりたい」という大目的を持てば、毎日が「新しい夜明け」になるのです——と。
今、アメリカをはじめ全世界を襲ったコロナ禍に屈せず、大いなる理想の炎を燃やして開拓の青春を進む皆さんは、一日一日、まさしく「新しい夜明け」をもたらしゆくことを、誇りとしていただきたいのです。
なかんずく皆さんには、苦楽を分かつ中で一段と堅固に結ばれ、卒業後も、一生涯、さらに輝きを増しゆく創価同窓の信頼の絆があります。
一、世界の善意の父母たちと共に、SUAに期待を寄せてくださっていたアメリカ公民権運動の母ローザ・パークスさんは"私たちがこの地球という星に生を受けたのは、ここで生き、成長して、全ての人々が自由を享受できる、よりよい世界を築くため"と呼び掛けられました。
どうか、何があっても朗らかな価値創造の前進を貫きながら、21世紀のこの星を限りない「希望の光」で明るく晴らしていってください。
私は、わが夢であり、わが命である皆さん一人一人の健康と幸福、勝利と栄光を、妻と日々、祈り抜いていきます。みんな、元気で!
☆「新・人間革命」は希望の光源 第8回
◇生涯、師と同じ志を貫く弟子に
〈1962年(昭和37年)2月11日、恩師・戸田城聖の誕生日をパキスタンで迎えた山本伸一は、かつて同地に至ったアレキサンダー大王の遠征に言及した〉
「大王と将兵たちの間には、遠征の目的に大きな違いがあった。アレキサンダーは、崇高な理想の実現のために、はるかなる遠路をめざしたが、将兵たちの心は保身にあったようだ。保身は人間を臆病にする。そして、ひとたび臆病になれば、戦いには勝てない。
信心の世界でも同じことがいえる。戸田先生の時代も、懸命に学会活動に励み、病苦や経済苦を克服してしまうと、活動に力が入らなくなる幹部がいた。もう功徳も受け、悩みも解決できたのだから、あくせく信心に励む必要はないというわけだ。
(中略)
先生の念願は、この地上から『悲惨』の二字をなくし、全人類を救済することであった。世界の永遠の平和を築くことにあった。しかし、悲しいかな、彼らは、その心が、本当にわかってはいなかったのだ」
◇
「(中略)人間は、環境が整い、年をとるにつれて、次第に保身に陥り、臆病になってしまう。若い時や一時期は、必死になって頑張ることができても、生涯、それを持続し、貫いていく人は少ないものだ。しかし、それでは、自分自身の完成もなければ、人類の幸福と平和の実現もありえない。それまでの努力も水の泡となってしまう。だから、私は、最後まで広布に走り抜こうと、厳しく言うのです。
ともあれ、アレキサンダーの将兵たちの心は、大王と同じではなくなっていた。そこに、アレキサンダーの限界の壁もあった。つまり、どんなに偉大な指導者がいても、皆がその本当の心を知り、力を合わせなければ、偉業の成功はない。真の同志とは、また弟子とは、同じ"志"を、生涯、もち続ける人だ」(第6巻「遠路」の章)
◇今こそ壮年が決然と立つ時!
〈1966年(昭和41年)3月5日、山本伸一は壮年部の結成に際して訴えた〉
壮年の「壮」は、本来、「盛ん」の意味である。ゆえに、壮年は、沈着、冷静ななかにも、大情熱を秘めた、勇気の人、活力の人、行動の人でなければならない。
(中略)
壮年がいれば、皆が安心する。壮年が立てば、皆が勇気を燃え上がらせる。
壮年の存在は重い。その力はあまりにも大きい。
◇
「壮年部は、各部の友にとって、信心の手本であります。さまざまな人生経験を経てきた壮年部がどうするかを、みんなが見ています。
(中略)壮年が不誠実で要領よく立ち回ったり、いい加減であったり、あるいは、退転してしまったりすれば、後輩の人たちは、目標を見失い、時には、信心への疑問をいだかせてしまうことになる。ゆえに、壮年部の皆さんの責任は重いといえます」
伸一は、このあと、一生涯、信心を貫くことの大切さを訴えようと思った。
青年時代は、懸命に活動に励み、広宣流布に生き抜くことを誓い合っても、壮年になると、情熱をなくしてしまう人が少なくないからだ。
(中略)
「壮年部の皆さんは、これからが、人生の総仕上げの時代です。
壮年には力がある。それをすべて、広宣流布のために生かしていくんです。
(中略)
一生は早い。しかも、元気に動き回れる時代は、限られています。壮年になれば、人生は、あっという間に過ぎていきます。
その壮年が、今、立たずして、いつ立ち上がるんですか! 今、戦わずして、いつ戦うんですか! いったい、何十年後に立ち上がるというんですか。そのころには、どうなっているか、わからないではありませんか。
今が黄金の時なんです。限りある命の時間ではないですか。悔いを残すようなことをさせたくないから、私は言うんです!」(第10巻「桂冠」の章)
◇勇気・誠実・根気が外交の要諦
〈1974年(昭和49年)1月、山本伸一は香港を訪問。その折、初代の渉外部長として広布の外交戦を繰り広げた日々を振り返り、質問に答えた〉
「外交を行ううえで重要なことは、まず、第一に『勇気』です。
難しそうだと思う相手であっても、勇気をもって会い、胸襟を開いて、率直に対話する。それが外交の第一歩です。臆病な人間は、直接、人と会って、対話することを避けようとするものです。そこからは、何も開けません。
次に大事なことは、どこまでも『誠実』であるということです。
外交といっても、相手に"この人なら人間として信じられる"と思わせることができるかどうかです。それは、社交上の小手先の技術などではなく、誠実さ、真剣さによって決まる。
また、『根気』『粘り強さ』が大切です。
こちらが対話を求めても、時には、拒絶されたり、たとえ会えても、誤解が解けずに終わることもあるでしょう。そうした場合には、根気強く挑戦を重ねていくことです。
本来、外交というのは、一度や二度で思い通りの結果が出るほど、甘いものではない。
壁が厚ければ、厚いほど、闘志を燃え上がらせて、粘り強く立ち向かっていくんです。心ある相手は、それを、じっと見ているものなんです」
(中略)
「もうひとつ大事なことは、外交を行う場合には、自分が全学会を担い立つのだという、"全権大使"の自覚がなければならない。つまり、全体観に立つことです。
そうでないと、部分的なことに目を奪われ、判断を誤ってしまうこともある。
私も、青年時代から、"自分は創価学会の代表なのだ""戸田先生の名代なのだ"という気持ちで、外交にあたってきました。そして、瞬間瞬間"戸田先生ならば、どうされるだろう"と考え、行動し、決断してきました。
外交といっても、そこには"師弟"の精神が脈打っていなければ、広宣流布のための渉外活動はできません」(第18巻「飛躍」の章)
☆心に刻む御書 2021年の要文� 諸法実相抄
【御文】
『いかにも今度・信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給うべし、日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか』(諸法実相抄、1360ページ)
【通解】
なんとしてもこのたびは、信心を貫いて、法華経の行者として生き抜き、日蓮の一門となり通していきなさい。日蓮と同意であるならば、地涌の菩薩であろうか。
【池田先生の指針】
「地涌の菩薩」の使命の自覚とは、自分は、人びとの幸福に寄与する使命をもって生まれてきたという、人生の根源的な意味を知り、実践していくことである。
(中略)また、利己のみにとらわれた「小我」の生命を利他へと転じ、全民衆、全人類をも包み込む、「大我」の生命を確立する原動力である。いわば、この「地涌の菩薩」の使命に生き抜くなかに、人間革命の大道があるのだ。
(第23巻「勇気」の章、285ページ)