電話や手紙等も使って
故郷の友人・親戚と
旧交を温めよう!
真心の一声・一筆が
自他共の歓喜を生む。
松野殿御返事 P1386
『世の中ものうからん時も今生の苦さへかなしし、況や来世の苦をやと思し食しても南無妙法蓮華経と唱へ、悦ばしからん時も今生の悦びは夢の中の夢霊山浄土の悦びこそ実の悦びなれと思し食し合せて又南無妙法蓮華経と唱へ』
【通解】
世の中がつらく感じられる時も、今生の苦しみさえこのように悲しい、いわんや来世の苦しみにおいてはそれ以上であると思って、南無妙法蓮華経と唱えなさい。また、うれしい時でも、今生の悦びは夢の中の夢のごときものであり、霊山浄土の悦びこそが、まことの悦びであると思い合わせて、また南無妙法蓮華経と唱えなさい。
名字の言 地球的課題を解決するために必要な思想とは? 2020年8月11日
地球誕生からの歴史を、地層の中の化石などから読み取れる環境変化などに基づいて区分した年代を「地質時代」という。この区分では、約1万年前から現在までを「完新世」と呼ぶ▼だが、21世紀に入ってから、「人新世」という言葉が用いられ始めた。その概念を提唱したのは、ノーベル化学賞を受賞した大気化学者クルッツェン。"人類の活動が、地球規模で影響を及ぼすようになった時代"と定義される▼ローマクラブは、最新のリポート『Come On! 目を覚まそう!』(明石書店)で、「人新世」を「持続可能な発展」の時代とするために、人類が「新しい世界観と新しい思想を確立するという挑戦に直面している」と指摘する▼池田先生は、ローマクラブの創立者・ペッチェイ博士、第3代会長のホフライトネル博士、共同会長を務めたヴァイツゼッカー博士と、それぞれ対談集を編んだ。3人との語らいに共通するのは、地球規模の諸課題を解決するには「人間革命」が必要、ということだ▼気候変動や感染症の拡大は、豊かさを際限なく追い求め、その果実を争う時代への反省を人間に迫っている。覇権を巡る争いよりも地球的課題解決への共闘を。軍事的安全保障から人間の安全保障へ——終戦75年の夏をその転機としたい。(芯)
寸鉄 2020年8月11日
「能く持つこと有れば即ち仏身を持つなり」御書信心は持続。今日も一歩
青年の一番の宝は信頼—恩師。仏法は即生活。誠実の振る舞いで輝く実証を
友の幸福に尽くした分、人は確実に偉大になる—偉人。友情は人生彩る宝
コロナ禍の情報信頼度、新聞がトップと。希望の光送る聖教の充実を誓う
子どもの水難事故、例年より多く。保護者の同伴、救命胴衣の着用等が必須
☆心に御書を 第65回 大海原のように悠然と
〈御文〉
『大海へ衆流入る・されども大海は河の水を返す事ありや、法華大海の行者に諸河の水は大難の如く入れども・かへす事とがむる事なし』(椎地四郎殿御書、1448ページ)
〈通解〉
大海には多くの河が流れ込む。しかし、大海は河の水を返すことがあるだろうか。大海のごとき法華経を持つ行者に、多くの河の水が大難のように流れ込んでも、押し返すことや、とがめだてすることはない。
〈池田先生が贈る指針〉
日蓮大聖人は若き日、世界一の太平洋を望まれつつ修学に励まれた。
妙法を唱える学会っ子は、大海原のような心で大きく逞しく学ぼう!
特に、コロナ禍の中、健気に奮闘する受験生の友を心から讃えたい。今の逆境から必ずや不屈の大人材が育つ。
題目は全てを生かす力だ。挑戦と努力、そして勝利の青春を悠然と飾れ!
☆「転重軽受法門」研さんのために
所願満足の幸福の軌道を歩むために、人生に立ちはだかる苦難をどう捉え、乗り越えていけばよいか——。ここでは8月度座談会拝読御書である「転重軽受法門」の研さんのために、池田先生の指導と解説を掲載します。(「大白蓮華」8月号も参考にしてください)
◇拝読御文
『涅槃経に転重軽受と申す法門あり、先業の重き今生につきずして未来に地獄の苦を受くべきが今生にかかる重苦に値い候へば地獄の苦みぱっときへて死に候へば人天・三乗・一乗の益をうる事の候』(御書全集1000ページ3行目〜4行目、編年体御書379ページ3行目〜4行目)
◇[池田先生の指針から]生命の大道を堂々と歩み抜く
濁世末法の現代において、大聖人の御精神を受け継ぎ、広宣流布のために、法華経の通り、御書に仰せの通りの難を受けてきたのは、仏勅の創価学会しかありません。
その崇高な自覚に立たれた、日蓮仏法の現代の広布弘通の師匠が牧口先生であり、戸田先生でした。
ある婦人が「戸田先生は、なぜ病気をしておられるのですか」と質問されたことがあります。戸田先生は語られました。
「私が、こうして病気をしていることは、大きな『転重軽受』なのだよ。この病気で、学会が受ける大難を軽くすませているのだ」
私は、この戸田先生の深きお心を忘れられません。
まさに戸田先生は、来る日も来る日も、全宇宙の障魔の激流に身を投げ出して、師子王の指揮をとってくださった。
私もまた、戸田先生の無二の弟子として、全同志の生々世々にわたる宿命転換の道を開く護法の実践を貫いてきました。
大阪事件で、一切の矢面に立って戦う私に、戸田先生は言われました。
「君が先頭に立って、大難を受け、戦ってくれるおかげで、本末究竟して、全同志の一生成仏の道が開かれることになる」と。
今、全世界192カ国・地域に「宿命を使命に変える」という、生命の大道を喜々として、また、堂々と歩み抜き、変毒為薬の勝利の現証を示している学会員が数えきれないほど大勢おられる。
これこそが、「転重軽受」の最大の実証であると確信しています。
本抄(転重軽受法門)で、大聖人は、法華経の行者としての大確信と大闘争を、迸るような勢いで語られています。
その一言一句の奥に「日蓮が如く強くあれ!」「日蓮とともに勝利せん!」との熱き鼓動が脈打っていると拝されてなりません。
我が宿命と真正面から格闘しながら、友の宿命転換のために尽くし、広宣流布に生き抜いていく——この尊き実践の中にこそ、大聖人の魂は脈々と流れ通います。
ここにこそ、無上の喜びと生きがいに満ちた「師子王の人生」が開かれゆくのです。
(『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻)
◇苦難を乗り越え真の安楽を築く
キーワード� 力強い「蘇生の宗教」
本抄ご執筆の約1カ月前、文永8年(1271年)9月12日、日蓮大聖人は「竜の口の法難」に遭われました。流罪地・佐渡に出発される前、明日のご自身の命も知れないという大難の渦中に、大聖人と門下が大難を受ける意味を教えられたのが本抄です。
法華経ゆえの大難は、そのまま成仏への直道となることを諸御抄でも拝することができます。
「難来るを以て安楽と意得可きなり」(御書750ページ)
「法華経の故に受ける『題目の難』であれば、捨てる身も、受ける難も全部、成仏のためである」(同1113ページ、趣意)
大聖人が大難に屈することなく、「難に遭う意味」を自ら示されたことで、当時の門下はどれほど勇気づけられたでしょう。
拝読御文の「転重軽受」は「重きを転じて軽く受く」と読みます。未来にまで続く過去世からの重い罪業の報いを、現世に正法を信受した功徳力によって、軽く受けて消滅させるとの意味です。
大聖人は「地獄の苦みぱっときへて」と仰せです。十界互具の原理によって、生命に本来具わる自身の仏界を現すことができるのです。
過去の因が現在の果への報いとなる、通常の因果をも包む"大いなる因果"を説く、大聖人の宿命転換の原理が輝きを放ちます。
つまり、いかなる重い宿業であっても、"今、直ちに""この身のままで"転換しゆく希望の哲理が「転重軽受」です。ゆえに、日蓮大聖人の仏法は、力強い「蘇生の宗教」なのです。
キーワード� 「一生成仏」を開く
私たちは今を生き、未来に向かって歩みを進めています。今、どういった人生の軌道を描くかで、未来の幸不幸も決まってしまいます。その意味で、「人天・三乗・一乗の益をうる事の候」との仰せに、とても重要な意義があります。
「一乗の益」とは成仏の功徳の意です。「転重軽受」とは、過去の宿業の"清算"ではありません。迷いの境涯の流転をとどめ、今世で人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界そして仏界の境涯を開きゆくことを示しているのです。
池田先生は、「『転重軽受』は、即、『一生成仏』の大道を開く門です」と語っています。
誰しも幸福を願いますが、苦難のない人生などありません。時に、「どうして自分が」と思うほどの宿命に直面することもあります。だからこそ、真の生命の安楽がもたらされるために、苦難を乗り越える根源の力が必要となるのです。
苦難をはね返す力が、私たちの生命に等しく具わっています。御本尊を根本に、仏の勇気を湧かせて苦難に立ち向かえば、その瞬間から宿業が、自身を成仏の方向へ導く因に転換されるのです。
さらに本抄では、「国土までとこそ」(御書1001ページ)と、自身の成仏だけでなく、国土の安穏を願っていると仰せです。
人々の生命が無明に覆われ、悪縁に満ちた末法において、宿命転換の哲理を体現し、生命の底力を証明する学会こそ、人類と社会の"希望の光源"です。何があっても題目を朗々と唱え抜き、仏の大生命力を湧きいだして前進していきましょう。