2013年9月20日金曜日

2013.09.20 わが友に贈る

我らの座談会から
栄光の「11・18」へ!
苦闘する友を励まし
功労の同志を讃える
和楽のスクラムで前進!

立正観抄 P529
『教弥弥実なれば位弥弥下し』

◇希望の明日へ
権力、金力などの力による抑圧。誤れる思想や無知による忍従。宿命による、生命の不自由。それらすべてから、人間、生命の全体を解放し、「人間の尊厳」「生命の尊厳」を打ち立てねばならない。学会員は、そうした"人類の闘争""歴史の進歩"の最前線で戦う戦士である。
平3・7・14

☆女性に贈ることば 九月二十日
価値ある人生を開くもの----それは「今までどうであったか」ではない。「これからどう生きるのか」、この力強い前向きの一念である。

☆今日のことば 九月二十日
理想と現実とが交錯して、複雑な心になることがある。周期的に----。
人を責めたくなる時がある。自己の非を棚に上げて----。
思索と反省を怠ってはならぬ。

☆勝利の人間学No.038 大法弘通こそ永遠の学会
◇「地涌の使命」の自覚
御聖訓には『かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮ど同じく法華経を弘むべきなり』(P903)と仰せである。
我らは、共に広宣流布に戦うことを願って、今この時に生まれてきた地涌の菩薩である。
この使命と宿縁を自覚して題目を唱えれば。わが生命から無限の力と智慧が湧いてくる。
折伏は、最高の仏の行動である。
ゆえに、明るく楽しく挑戦していくことだ。

◇下種に無量無辺の生命の宝が
折伏とは、どこまでも一人を大切にし、誠実に励ましを送る尊極の振る舞いである。
相手を思って一生懸命に話しても、通じない時もある。悔しい思いをすることもある。しかし、その苦労は全部、生命の宝に変わる。
日蓮仏法は下種仏法である。
一言でも語れば、その人の生命の大地に、仏の種が植えられる。種を植えれば、必ず、いっか芽が出て、花が咲き、実る時が来る。
創価の友が、あの地この地で、何回も何回も、たゆまず種を植え続けてきたからこそ、広宣流布の大森林が世界に広がったのだ。
今、社会は深く仏法を求めている。青年の信念の対話を、勇気凛々と進めてもらいたい。

◇宿命転換の劇を綴ろう
信心は「生きる力」「幸福の源泉」である。自行化他の実践である学会活動に励む人は、生き生きとしている。不幸になるわけがない。
折伏は大変だけれども、これ以上の成長の因はない。煩悩即菩提である。悩んで挑戦した分だけ、幸福になる。そもそも、折伏で悩むこと、それ自体が仏の悩みである。折伏する人は、すでに仏の境涯の人なのである。
戸田先生の小説『人間革命』は、法難の獄中での「この尊い法華経を流布して、生涯を終わるのだ!」という断固たる決意で結ばれていた。これが、学会精神の真髄である。
後継の君たちよ、「わが生命が仏なり」「わが生命が妙法の当体なり」との大確信をもって、声も惜しまず、大仏法を語リゆけ!