ヤング男子部が活躍!
青春の労苦こそ宝だ。
一歩前進の積み重ねで
大きな自分をつくれ!
富木入道殿御返事 P956
『命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也』
◇希望の明日へ
真に"新しいもの"−−それは、旧来の理論ではとらえきれない。実験証明を通して、初めて、その価値がわかる。それ以外にないともいえる。ゆえに、後輩など人を見るにも、安易な"きめつけ"は禁物である。自分の知らない"新しい可能性"をもった人材かもしれない。長い目で、事実を見なければわからない。そして、人類がいまだ知らない大宗教を、他の人に先駆けて持った学会員は、そのすばらしさを示していくためにも、何より、人生と生活の上の実証が大切である。人々は、それを見て初めて"この仏法は、これまでの宗教とは違う"と、その偉大さ、新しさを知っていくのである。
▽何事も貫き通す強い巌の精神でいけ−恩師。青年は職場の第一人者たれ!
☆大白蓮華 巻頭言「新しき地涌の宝友と朗らかに!」(平成23年11月号)
わが人生
広宣流布に
立ちにけり
悔いなく無上の
三世の喜び
「哲学は人を晴れやかにし、肉体がどんな状態にあっても人を強くし、かつ喜ばしく」するとは、古代ローマの哲人セネカの言である。
偉大な哲学に生きることは、どんな財宝を持つよりも富める人生だ。
なかんずく、「生老病死」という根源の苦を打開できる生命哲学が、「常楽我浄」の大仏法である。
御義口伝には、「南無妙法蓮華経と唱え奉る即ち自在なり」(P789)と断言されている。
妙法は大宇宙の根本の法則である。ゆえに、一度、受持したならば、苦悩の渦巻く娑婆世界にあろうと、何ものにも左右されぬ、自在の幸福境涯を心広々と開いていけるのだ。
創立の父・牧口常三郎先生が妙法の信仰を始められたのは、昭和三年(一九二八年)、五十七歳であった。
先生は晴れ晴れと語られている。
「この信仰は、何か狭い世界に人るんじゃない。自在の福徳の世界に出るんだよ!」
今、喜ばしいことに、新たな青年学会の拡大のうねりの中で、新入会の宝の友が続々と誕生している。
諸法実相抄には、「皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」(P1360)と示される。
仏法の眼から見れば、勇んで広宣流布の陣列に連なる友が、どれほど深い宿縁と使命を帯びた方々であるか。皆、久遠からの誓願の同志だ。
大聖人は「名字即の位より即身成仏す」(P566)と甚深の仰せである。「名字即」とは初めて妙法を信受した境地だ。その初信の息吹で法のために戦う人が、尊極の仏なのである。
十九歳で入信した私も、当初は家族も反対で、戸惑うことも多かった。
だが、戸田城聖先生は言われた。
「信心は、年数ではない。役職でもない。勇気だよ。勇気ある信心が、自分を変え、現実を変え、未来を変えていくのだ」と。
だからこそ、新入会の友を励ましながら、一緒に勇気ある信心を奮い起こし、折伏行に打って出るのだ。
まず共に実践である。人のために、祈り、動き、語る。この菩薩行の中で、言い知れぬ充実と歓喜を味わい、確信をつかみとる。これが、人材を育てる学会の誉れの伝統である。
昭和三十一年の秋、山口開拓闘争の折に入会した萩の母は、自らも直ちに布教を開始された。弘教は百世帯を超える。心がけてきたのは、折伏した人を励まし続けることだ。
「新しい同志は自分の何倍も幸福になり、何十倍も立派な人材に育ってほしい。これが私の戦いです!」
折伏した方のお子さんやお孫さんからも、「貴女のおかげで、わが家はこんなに幸せになりました」という感謝の声が尽きることはない。
一人から一人ヘ──。この触発の限りない連鎖が、世界一九二力国・地域の平和の大連帯となったのだ。
懐かしい大科学者ポーリング博士の持論は、"大学で最大に力を入れて育成すべきは新入生"であった。
いずこの世界でも、フレッシュマンこそ発展の原動力だ。一人の新入会の友を「一騎当千」の人材へ薫陶することは、千人の拡大にも等しい。
新しき地涌の宝友と共に朗らかに、青年学会の拡大を加速しよう!
大福運
積みゆく広布の
青春は
来る日も来る日も
晴れの舞台と