2022年5月5日木曜日

2022.05.05 わが友に贈る

後継の未来部の友よ
君の可能性は無限大!
それを引き出すのが
信心であり勉強だ。
負けじ魂で前へ 前へ!

華果成就御書 P900
『常にかたりあわせて出離生死して同心に霊山浄土にてうなづきかたり給へ』

【通解】
常に語り合って生死の迷苦を離れ、同心に霊山浄土においてうなずき合って話しなさい。

【先生の指導から】
今世も、ともに戦い、語りあいなさい。死んでも、霊山で語りあいなさい、と。三世永遠に語りあい、励ましあって、ともに幸福へと歩んでいく。これが広布の同志である。このうるわしい創価の世界に、学会利用の悪人や、仏子をいじめる意地悪な人間、そして忘恩の反逆者など、絶対に入れてはいけない。「日蓮大聖人の仏法のために」そして「仏意仏勅の創価学会のために」「戦争なき平和のために」戦う同志の連帯が、わが学会の前進である。三世を見通して、価値ある、そして偉大なる平和と幸福と勝利の大道を、朗らかに前進していくのが、仏法の方程式である。小さなことを嘆いてはいけない。少々の苦難で、へこたれてはいけない。絶対に退転してはいけない。それは卑怯者である。裏切り者である。三世永遠の勝利の人生を、断固たる信念の不滅の人生を生きぬいていくことだ。これが人間最極の意義ある生き方なのである。

名字の言 きょう「創価学会後継者の日」 2022年5月5日
ある会合で池田先生が会場の未来部員たちに問い掛けた。「成績の良い人?」。友が元気よく挙手する中、先生は言った。「手が挙がらなかった人もいましたが、先は長いよ。戦いは、これからです」▼さらに先生は"親孝行の人に"と願いつつ、こう語った。「皆さんにも何かと不満はあるだろうが、お父さん、お母さんも、苦しみながら生きている。そのなかで、君たちを立派にしたいと頑張っている。その心が分かる皆さんであってください」▼この会合に参加した同志と、先日語らった。当時は思春期で、両親に反発ばかりしていたという。「でも、不思議と先生の言葉には素直になれて……。気付けば涙を流していました」と述懐する彼も、今や1児の父となった▼御聖訓に「親が子を捨てないように、子どもが母親から離れないように、御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱えることを信心というのです」(新1697・全1255、趣意)と▼"わが子を立派な人材に育ててみせる"という親の心。"親孝行のできる正しい人生を歩みます!"という子の心——両者の美しい心が共鳴する中に、本物の信心と広布の前進がある。5月5日の「創価学会後継者の日」に、親子の麗しくも深遠な絆を思う。

寸鉄 2022年5月5日
難に負けぬ信心こそ永遠の幸福の城築く力—恩師 師子吼の題目で勝利劇を
神奈川の日。師弟共戦の炎は赤々と。正義の闘魂で壁破れ!断固勝ち進め
東京・豊島の日。三代有縁の地に輝く人材城。"私の対話"で新たな陣列拡大
尊敬が友情の大切な要素—哲人エマソン。友の仏性信ずる誠実な振舞で信頼の輪を
ベランダからの子の転落事故多発。踏み台になる家具等置くな。再度点検

〈社説〉 2022・5・5 きょう創価学会後継者の日 
◇全員が平和を担う世界市民に
きょうは「創価学会後継者の日」。1976年5月5日、池田先生が関西戸田記念講堂で行われた鳳雛会・未来部の記念勤行会に出席し、この日を「創価学会後継者の日」とすることを発表した。
席上、先生は「創価学会にとって『後継者の日』は、5月3日の『創価学会の日』に続く重要な日である。一切の建設は『人』で決まる。『人』といっても、若い世代に託す以外にないからである」と。また、「21世紀に、何が一番大事か。それは確固たる哲学をもち、なおかつ自在に世界の人々と友好を結べる力である。哲学と語学である」と語られたことも。
世界市民を目指し、まず楽しく英語に触れられるようにと、中部未来部が2011年から企画し、取り組んできた「E—1グランプリ」。4人1組のチームをつくり、英語で劇を披露し合うコンテストで、第1回から好評を博し、7年前、全国開催になった。翌年からは、少年少女部員も参加対象になり、これまで多くの友が挑戦し活躍してきた。
名古屋のある池田華陽会メンバーは、中学1年から「E—1グランプリ」に参加。これまでに4回出場し、昨年は全国第2位に輝いた。練習に励み、同世代の友と池田先生の指導を学ぶ中で、"世界市民として、恒久平和に貢献できる人になろう"と約し合う。その後、彼女は猛勉強の末に、アメリカ創価大学に合格したのである。
共に"E—1"に挑戦してきたメンバーは、彼女が受験勉強で大変な時にも励ましを送り続け、合格した時は、わがことのように喜んだという。未来部の友は、"E—1"を通して、語学という世界へ羽ばたくための"パスポート"を手にするとともに、友情を結び、固い絆を築き、金剛不壊の"心の財"を積むことができたのだ。
創価学会は21世紀の前半を第2の「七つの鐘」と位置づけて前進している。本年はその4番目の鐘が打ち鳴らされる節目の時。
池田先生は「勇んで躍り出て、『人間勝利の鐘』を響かせる、地涌の世界市民は誰か。それは、後継の宝の青年である! 成長頼もしい未来部のみんなである!」と大きな期待を寄せる。
今の未来部員こそ、第2の「七つの鐘」を総仕上げする使命深き人材。わが家の、そして地域の"未来リーダー"と共に、世界広布への勇気の一歩を踏み出そう。

☆第9回本部幹部会 池田先生の指針——さあ登ろう! 共に広布の山を
◇きょうも仏縁広げる対話の先頭に
◇自ら勇んで「動く」「会う」「語る」——この「繰り返し」が境涯を開く
最初に「健康第一で」と申し上げたい。
どうすれば、より健康になるか、あらゆる工夫をし、知恵を働かせていただきたい。
信心は健康の原動力である。信心しているから大丈夫なのではなく、信心しているからこそ知恵を出さなければならない。
いつも生き生きとして、すがすがしい人。健康な色心(心身)で成長している人。その人は、周囲にも清浄な空気を与える。
自分のため、ご家族のため、使命のために、健康で、すがすがしい自分を毎日つくっていく。その自覚をお願い申し上げたい。
御書には「須弥山に近づく鳥は金色となるなり」(全1536・新1863)——須弥山に近づく鳥は金色になるのである——と仰せである。
創価学会は、仏法のために働き、広宣流布をなしゆく地涌の勇者の集いであり、仏意仏勅の団体である。
この学会とともに進む人は、その姿のままで、心も、智慧も、福徳も金色に輝いていく。自分らしく、人間としての価値を最大に発揮できるのである。

華やかではなくとも、広宣流布の世界の中で、みずからの使命の道を黙々と進んでいく人。その人こそ「偉大な人」である。
だれもが、自分にしか果たせない大切な使命をもっている。
ゆえに、すべての人を大切にし、すべての人に光を当て、皆が存分に活躍していけるようにするのが信心の世界であり、創価学会の世界なのである。
皆で一緒に、そして自分らしく、堂々と「広宣流布の山」を登ってまいりましょう!

◇釈尊の行動
人間ブッダ。かの釈尊も、朝早くから外に飛び出して、みずからの足で、歩きに歩いた。
自分から勇んで外に出る。それが釈尊の一日の始まりであった。当時は、裸足である。釈尊の足は、ものすごく大きかったとも言われている。
人を動かすのではなく、まず、自分から動く。みずから率先して行動する。それでこそ人は信頼し、動きだすのである。
こんなエピソードも伝えられている。〈以下、『ブッダ 悪魔との対話』(中村元訳、岩波文庫)を参照〉
ある朝、釈尊は、まだ仏教を信じていないウダヤというバラモンの家に足を運んだ。バラモンは、当時のインド社会で最も高い階層である。托鉢——鉢を持って食事の供養を受ける修行である。この行動を通して、仏縁を結ばせたのである。
広宣流布の活動も一次元からいえば、「仏縁を結び」「仏縁を広げる」活動である。
私も、これまで、日本中、世界中を回りに回ってきた。あらゆる人、あらゆる国に仏縁を広げてきた。
次の朝も、釈尊は彼の家に足を運んだ。また、その次の朝も。
三日目のことである。ウダヤは、釈尊に言った。
「繰り返しやって来るとは、しつこい奴だな!」
この悪口に対して、釈尊は、「繰り返すこと」の意義を悠然と語った。
——たとえば農夫は、「いつも繰り返し」種を播き、「いつも繰り返し」田畑を耕して、収穫をするではないか。
また、天は「いつも繰り返し」雨を降らし、大地を潤すではないか。
また、仔牛も「いつも繰り返し」母に近づいて育っていくではないか、と。
これが道理である。

◇前進のリズム
スポーツでも、芸術でも、大切なのは、基本を繰り返すことである。「繰り返し」のなかで鍛えられるのである。
仏道修行においても、「いつも繰り返し」善根を積みゆく人が、すばらしき福徳の大境涯を得ることができる。
「繰り返し」「繰り返し」善根を積んでいく——。その福徳は無量であり、生々世々に自身を飾っていくことを確信していただきたい。
釈尊はさらに説いた。
同じ「繰り返し」でも、愚者は、いつも苦しみと迷いの生死を繰り返す。だからこそ、仏法によって、智慧を豊かにし、悪道の輪廻を断ち切っていくのだ——と。
「悪の繰り返し」を断ち切り、「善の繰り返し」へと転じていかなければならない。
はじめは、釈尊のことを「しつこい奴だ!」と罵っていたウダヤも、この釈尊との対話によって、ついに仏法を信仰する決意をした。仏典には、こうした多くのドラマが述べられている。
きょうも、そして、あすも。また、きょうも、そして、あすも。
「みずから動こう」「みずから出会おう」「みずから語ろう」
これこそ、釈尊の行動であった。ここにこそ人間としての正道があり、真実の仏法者の誉れがある。
これが、創価学会の「前進のリズム」である。釈尊と同じであり、根本の日蓮大聖人と同じ方程式で学会は進んでいるのである。
私の願いは、ともかく全員が幸福になっていただきたいということである。
どうか皆さまも、それぞれの広布の舞台で存分に活躍していただきたい。
きょうは本当にありがとう。ご苦労さま!
(1995年5月に行われた第88回本部幹部会・第13回中部総会)