信心継承の要諦は
「家族で一緒に勤行する」
「学会の庭で育てる」
「わが子を信じ抜く祈り」
後継の宝にエールを!
崇峻天皇御書 P1170
『たとひ上は御信用なき様に候へどもとの其の内にをはして其の御恩のかげにて法華経をやしなひまいらせ給い候へば偏に上の御祈とぞなり候らん、大木の下の小木大河の辺の草は正しく其の雨にあたらず其の水をえずといへども露をつたへいきをえてさかうる事に候』
【通解】
たとえ主君は法華経を信仰していないようであっても、その御恩のおかげで法華経を供養しておられるのであるから、その功徳はひとえに主君の病気平癒のための祈りとなるでしょう。
大木の下の小さな木や、大河のほとりの草は、直接雨にあたることがなく、直接水を得ることがなくても、自然に露を伝え、水気を得て栄えるのである。あなたと御主君との関係も、このとおりです。
名字の言 今春、新天地に赴く友へ 2022年3月27日
書棚にある1冊の本をめくっていると、中に手作りのしおりが挟んであった。それは数十年前の大学の卒業式当日、母校を巣立つ卒業生全員に在校生から贈られたものだった▼1枚のしおりを目にした瞬間、心は卒業の"あの日"に返った。そして、各地で出会った人々との思い出が走馬灯のように浮かんだ▼山梨県に住む多宝会の友に、ある日、1人の男性から電話があった。男性は、かつて友が夫妻して東京で支部長・婦人部長(当時)を務めていた時、同じ地域で学会活動に励んだ、当時の男子部部長だった。「聖教新聞に懐かしい笑顔を見つけ、あまりにうれしくて」とのこと▼山梨へ転居して以来、その男性とは久しぶりの会話だった。しかし、広布の苦楽を共にした同志との語らいは、空白の数十年を瞬時に埋めた。友と男性は、それぞれの地で信心の成長を刻むことを約束した▼池田先生は語る。「各地にその(=広布拡大)思い出をもっている人は幸せである。どこにも、心許せる同志がいるし、それが無量無辺の福徳を積んでいる証でもあるからだ」と。これまで暮らした地で創価の友と奮闘の日々を重ね、そして今春、新天地に赴く友もいるだろう。師の言葉をそのまま、はなむけに贈りたい。
寸鉄 2022年3月27日
「一念三千も『信』の一字より起こり」御書。どんな時も題目。活路は開く!(新1011・全725)
「華陽カレッジ」が各地で賑やかに!信心とは希望朗らかに負けない青春を
創価の平和活動こそ宗教のあるべき模範—アメリカ博士。共生哲学を地域へ世界へ
今日から絵本週間。良書は心の"ごちそう"。親子で豊かな情操育む好機に
増加する大麻摘発。7割が20代以下と。未来奪う魔物に家庭でも警鐘強く
☆いのちの賛歌 心に刻む一節 テーマ:冬は必ず春に
◇御文
『ただ一えんにおもい切れ。よからんは不思議、わるからんは一定とおもえ。』(聖人御難事、新1620・全1190)
◇通解
ただいちずに思い切りなさい。良いことがあるのは不思議であり、悪いことがあるのが当然と考えなさい。
◇覚悟を決めて立ち向かう 妻の病、多額の借金
北海道砂川市。佐藤法広さん(61)=大空知総県副総県長(大空知北県総合長兼任)=と妻・初江さん=中空知栄光圏女性部長=は、この地で生まれ育った。郷土を舞台に、二人三脚で演じてきた波乱の人生ドラマとは——。
◇
「おやじの代から、ここで塗装業を営んできました」
法広さんの言葉に、腕一本で勝負してきた誇りがにじむ。
高校を卒業後、父親の塗装店で働き始めた。22歳で初江さんを入会に導き、結婚。初江さんが長女の妊娠中、子宮筋腫を患うも、夫婦して祈り、乗り越える中で信心の確信を深めた。4人の子宝にも恵まれた。
法広さんが34歳の時、自宅兼店舗を構えて独立した。決して裕福なわけではなかったが、家の中は、いつも子どもたちの笑い声があふれ、にぎやかな毎日だった。
学会では、夫婦で地域の中心者となり、雨の日も雪の日も、友を励まして回った。
ところが、初江さんが41歳の時、子宮がんが見つかる。
初江さんは「"がん"という病名にショックを受けました。まさか、でした」と振り返る。「でも、"絶対に乗り越えてみせる"と祈りが定まった時、不安は消えていきました」
手術で子宮を全て摘出。検査の結果、転移もないと分かった。
安堵したのもつかの間。翌年の春先、法広さんの仕事の取引先が相次いで倒産した。多額の借金を背負うことになった。
法広さんは唇をかむ。「妻が病魔を乗り越えたと思ったら、今度は経済苦。なぜなんだと。せっかく長女が創価大学に合格したのに、入学金が用意できない。生活すらままならない。どうすればいいんだと悩みました」
幸い、長女の進学は奨学金などで何とかめどが立った。
その後、寝る間を惜しんで働き、資金繰りしながら、夫婦で懸命に祈ったが、仕入れ先などへの支払いが滞るように。二人で頭を下げて回った。
子どもたちは育ち盛りだったが、食費から何から、切り詰めた。光熱費すら払えない時もあった。しかし、宿命の嵐は容赦なかった。
2007年(平成19年)、支部婦人部長(当時)だった初江さんに、乳がんが見つかったのだ。すでにリンパ節にも転移していた。
「これでもか」と妻を襲う病魔のしぶとさに、たじろぐ法広さん。見かねた学会の先輩が叱咤した。
「治るに決まってるべや。あんたの心がやられてんだぞ。戦ってんのは、奥さんだべや!」
法広さんは「戦いに挑む前に、『もうダメだ』と心が引いていた。それを見抜かれたんです」と語る。この時に拝した御聖訓が、「よからんは不思議、わるからんは一定とおもえ」(新1620・全1190)との一節だった。
「心に響きました。もとより人生は、苦難の連続。そう腹が決まると、燃えました。"この信心で全て乗り越えてみせるぞ!"って」
夫婦で「今こそ、信心の偉大さの証明を」と一念を定め、猛然と祈った。広布に戦う中で、初江さんは手術と抗がん剤治療に挑んでいった。法広さんも、変わらず信頼してくれる顧客や仕入れ先への恩返しの思いで、自らの仕事に一段と力を注いだ。
厳冬のような人生に、希望の春の陽光が徐々に差し始める。
5年後、治療を終えた初江さんは「寛解」の診断を受けることができた。そして、法広さんの仕事も軌道に乗り、10年以上かけて借金を完済した。
子どもたちも、長女に続いて次女と次男が創価大学を卒業。長男は社会で奮闘するなど、それぞれが使命の人生行路へ進んでいくことができた。
「池田先生と同志の皆さまの励ましによって、勝てました」と初江さん。法広さんも、うなずきながら話してくれた。
「『ただいちずに思い切りなさい』と仰せの通り、信心に"いちず"になること。それしかないんです。覚悟を決めて立ち向かう。人生はその連続です」
初江さんは、生活苦の渦中にいた当時を「何を食べて、どう暮らしていたのか、全く思い出せないんです。よく生きていけたなって」と振り返る。
「地域の同志の祈りや、諸天の働きのような周囲の支え。創価学会にいたから、乗り越えられたんだと思います」
人生は順風の日ばかりではない。逆風どころか、嵐に直面することさえある。
その時に、どうするか。法広さんは確信を込めて語る。
「大変な時にこそ、信心を疑わずに貫けるかどうかです。『よからんは不思議、わるからんは一定』(新1620・全1190)なんだと心を定めて、ぶれずに信心を貫く。すると、困難を乗り越える生命力が、ふつふつと湧いてくるんです」
初江さんが言葉を継ぐ。
「御本尊と池田先生、そして学会を疑わないこと。その心根が、『よからん』の人生を開いていくんだと思います」
池田先生は語っている。
「魔を打ち破って成仏を遂げるか、魔に負けて迷妄の人生を送るか。人生における仏法の意義は、究極するところ、この根本的な勝負に勝つことにあるのです」
「それぞれの使命の人生には"苦難"が必ずあります。
しかし、心さえたしかであれば、信心さえ揺るがなければ、乗り越えられない困難はありません。打ち勝てない試練はありません。
人間にはもともと、計り知れない力が具わっています。
それが久遠元初自受用身の力だ。だから、戦えば戦うほど、自分自身の力が引き出せる。
信心は、その秘宝を引き出す力です」(池田大作先生の指導選集〈中〉『人間革命の実践』)
置かれた環境を嘆くのでも、目の前の状況に流されるのでもない。
ただ、心を定めて信心で挑んでいく。その先に、必ず勝利の春が訪れることを、佐藤さん夫妻の朗らかな笑顔は、教えてくれている。
[教学コンパス]
飛行機の巨体が空に浮かび上がるのは、離陸時の加速によって受ける強烈な向かい風を、翼で揚力に変えているから。実は着陸時にも、向かい風を捉えて機体のバランスを取りながら、滑走路を目指すという。それは人生にも通じよう。行く手を阻むような「向かい風」も、自分次第で、大いなる飛躍の力にしていける。本企画の取材で体験談を伺うたび、その確信をますます強くする。
日蓮大聖人は「大風吹けば求羅は倍増するなり」(新1545・全1136)と仰せだ。「求羅」という想像上の虫は、大風に吹かれるほど、その身が大きくなるという。試練の逆風も宿命の暴風も、全て自身の境涯を大きく開く好機としていけるのが、創価の希望の哲学にほかならない。池田先生は「障魔が競うのは、必ず勝てるという瑞相だ」と。苦難の「向かい風」にあえて挑んでこそ、いかなる困難にも負けない自分自身へと、飛躍を遂げることができる。そのための不屈のエンジンが、御本尊への透徹した「信」である。