女性の連帯こそ
平和と希望の象徴だ。
誓春の道を歩む
池田華陽会の友を
皆で支え励まそう!
異体同心事 P1463
『異体同心なれば万事を成し同体異心なれば諸事叶う事なしと申す事は外典三千余巻に定りて候』
【通解】
異体同心であれば万事を成就し、同体異心であれば何事もかなうことはない。このことは外典三千余巻に定まっている。
名字の言 命名から50年の「青年桜」 2022年3月24日
東京でも20日に桜が開花。総本部の「青年桜」にも、淡い花びらが顔をのぞかせる▼この桜は樹齢80年以上ともいわれ、1953年秋に学会本部が信濃町に移転した時には既に植わっていた。名は「青年」だが、風格十分の老大木。戸田先生、池田先生のもと、幾多の風雪を越えて、学会が世界宗教へと開花した歴史を知る"生き証人"である▼後継の月・3月は青年の飛躍が頼もしい。一方、老境に入りながら、なお青年の心で師弟の誓いに生きる大先輩たちの姿に心打たれた。出席した都内の座談会で、85歳の壮年が、33年間本紙を購読した地域の友人を入会に導いた喜びを語っていた。49番目の折伏という▼壮年の原点は49年前の池田先生との記念撮影会。全員で将来の希望を書こうという師の提案に「実業家」と記した。私鉄沿線に小さな時計店を開業して59年。実業家とまではいかないが、店はサロンのように人々が相談に立ち寄る、地域のオアシスになった。「来年は原点から50年。50世帯目を目指します!」との決意に、老若男女が大拍手を送った▼青年桜は冬の寒さと、自らの老いとも戦い、今年も勝って咲いた。その姿が創価の歴戦の英雄たちと重なる。池田先生による命名から50年の春爛漫である。
寸鉄 2022年3月24日
年齢はどうあれ一日一日進歩する人が青年—牧口先生。若々しい心で前進
福井師弟原点の日。関西の北の砦と光る大人材城 新時代の常勝の共戦譜を
桜前線が北上中。生命が躍動する喜びの春。我らは語らいの花を爛漫と!
自転車の危険運転、取締強化へ—警察庁。携帯の操作厳禁。車両の意識で
日本のアレルギー対策を支えたのは公明—医師。命守る政策実現の柱たれ
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第19回 仙台
◇東北に光る「励ましの城」
雪舞うも
寒風あれども
宮城は
花の咲く日を
心に忘れじ
一番、苦労した人が、一番、幸福になる。
言い尽くせぬ苦難を耐え抜き、勝ち越えた人間と郷土こそが、永遠に輝きわたる希望と歓喜と勝利の春に包まれる——。
これが、私が敬愛してやまない東北の友と共有する悲願であり、確信であり、決心です。
仙台ゆかりの俳人・阿部みどり女は詠いました。
「風強く きりりと晴れて 雪の山」
私には、あの蔵王連峰のごとく「きりりと」胸を張る東北の宝友たちの負けじ魂が思われてなりません。
厳しい試練の冬の先には、桜梅桃李の花また花が咲き薫る東北の春が来ます。厳寒の冬を知るからこそ、春の慈愛の温かさがわかる。春の喜びを、命の限り謳い上げる。
その香しく、麗しき花園は、まさに私と妻の大切な大切な友人である東北の母たち、女性たちのスクラムそのものです。
あの日、犠牲になられた皆様方、さらに、その後、お亡くなりになったすべての方々のご冥福を祈らない日はありません。そして、亡き方々の分までもと、生きて、生きて、生き抜いてこられた尊き皆様方が、健康と安穏とご多幸の日々であられるように、強く強く祈念し続けております。
人を支え、人に支えられ、共々に、一歩一歩、前を向いて歩んでこられた東北の方々に、私は最敬礼せずにはいられません。東北に光る、人間として何よりも崇高な「心の財」は、限りない励ましとなって、世界、未来を照らしてくれています。
◇絶対の信頼
〈戸田先生と池田先生が仙台の青葉城址を訪れた折、戸田先生は「永遠に崩れぬ人材の城を」と。恩師から託された大志のまま、池田先生は東北中を駆け巡り、人材の城を築いてきた〉
少年時代に庄内地震(一八九四年)のなかを生き抜き、仙台の春を深く愛した哲学者・阿部次郎は語りました。
「一人の人が出来得る限りに於いて善くなることは、直ちに社会の全体をよくすることである」と。
本当に、その通りだと思います。
ですから、一人を大切にし、一人を励まして、一人を育てていくことは、最も地道でありながら、最も確実な社会の建設でありましょう。
わが創価教育の創始者・牧口常三郎先生も、東北の教育力に注目され、東北大学をはじめ、仙台や石巻の小中学校、高等女学校、学校診療所なども、丹念に視察しておりました。
弟子である戸田城聖先生も、幾たびとなく仙台の友人たちのもとへ足を運んでいます。寒い冬にも、病身を押して東北への旅路に就いたほど、先生の友を愛する思いは強かったのです。
仙台のラジオ局でインタビューを受けた際、「仙台の方々に望むことは」との問いに、「一日も早く幸福に」と答えておりました。
私も、師と仰ぐ戸田先生にお供して、よく仙台に伺いました。上野発の夜行列車で出発し、仙台発の夜行列車で帰京したことも懐かしい。「いざという時、絶対に信頼できるのが、東北の友である」と、恩師と私はいつも語り合ってきました。
◇共に希望の春を
〈東北随一の青葉城の石垣は、多くの石がほぼ隙間なく、絶妙に組み合わされている。同様に、一人ももれなく大切にする東北の心の絆こそ、励ましの希望の城である——池田先生は友の不屈の歩みをたたえてやまない〉
戸田先生が激励され、私もよく知る仙台の婦人は語っていました。石巻とも縁の深い方です。
「東北人の武器は粘り強さと、一歩も引かない責任感です。その力が、いよいよ一番必要な時代に入ったと思います」
この女性も、青春時代から、結核を患うなど病気との闘いの連続でした。結婚後も貧窮に苦しみ、姑との折り合いがうまくいかないこともあり、あらゆる悩みに翻弄されて、絶望していたといいます。
そのなかで「冬は必ず春となる」「わざはひ(禍)も転じて幸となるべし」との希望の哲学を学んでいきます。
私は、この婦人に和歌を贈りました。
「昇りゆく 朝日の幸を 身に受けて
君よ 舞いゆけ 劇の如くに」
婦人は、狭い四畳の自宅に友を招き、また、自ら友のもとを訪れて、一緒に悩んで泣いたり、笑いころげたりしながら、人のため、地域のために尽くす活動を積み重ねていきました。そして、病気や貧乏に負けていた心は、いつしか吹き飛んでいったのです。
婦人にとって最も嬉しいことは、励ました友が、皆、境涯を大きく開いて、立派になっていくことです。
東北には、こうした励ましの母たちが、何と尊く光っていることでしょうか。共に悩み、共に泣き、一緒に祈ってくれる。自らの体験を語り、絶対に乗り越えられると勇気を贈ってくれる——。
東北の温もりは、母たちの心の温もりです。
大震災の困難にあっても、地域の宝の女性たちありて、東北復興の「励ましの城」は築かれています。
〈池田先生は、それぞれの舞台で地域に貢献する東北の青年の姿を紹介。仙台出身の詩人の言葉に託し、東北の友への期待を重ねて呼び掛けた〉
希望の春は、英知と力を合わせて苦難に挑みゆく青年たちの心に、たくましく芽ばえています。
恩師も私も愛誦した、仙台生まれの詩人・土井晩翠は、繰り返し、若い世代を激励しました。
「正しく 強く 朗らかに」と。
仙台の古称は「千代」です。愛する大東北に、「正しく強く朗らかに」伸びゆく青年たちと共に、世界が"千代の希望"と仰ぎ見る「人材の城」がそびえ立つ日を、私は信じてやみません。
若々しく
また 仲の良き
東北城
(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第2巻所収)