積み上げた「心の財」は
いかなる苦難にも
絶対に壊されない。
最も苦労した人こそ
最も幸福になる仏法だ。
崇峻天皇御書 P1173
『中務三郎左衛門尉は主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけりよかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ』
【通解】
「四条金吾は、主君の御ためにも、仏法の御ためにも、世間に対する心がけも立派であった、立派であった」と鎌倉の人々から言われるようになりなさい。
名字の言 男子未来部員が車の運転免許を取得した理由 2022年3月11日
今年も東北各地で「ど根性ひまわり」の種をまく準備が進んでいる。東日本大震災の被災地で、がれきの中に芽吹いたひまわりから数えて12世へと育つ種である▼東北文化会館の敷地内には毎年、少年少女部の合唱団メンバーが中心となって種をまいてきた。今や震災後に生まれた団員も多い。ただ、何年たとうが、わが郷土の復興と大切な人々の幸福、平和を願う心は、厳然と受け継がれている▼時の経過は、物事を風化させる。だが一方で"ろ過"する力もあるように思う。何度も濾すことで、純度を高め、物事の意味を深化させる——そう感じる話を聞いた▼今月、高校を卒業した男子未来部員が車の運転免許を取った。取得の理由はこうだ。11年前の震災直後、彼の一家は県外に避難した。そんな中、信心強盛な祖母は、離ればなれになった同志に連絡しては、「必ず変毒為薬して再会しましょうね」と励まし続けた。その姿に彼は"会いたい同志の元へ祖母を送り届けるのが僕の役割"と決めた。小遣いを貯金しアルバイトに励んだ。彼は決意を現実のものとし、車の助手席に祖母を乗せ、ハンドルを握る▼世代を重ね、毎年咲く、ど根性ひまわりの大輪が、未来部の友に重なる。開花が待ち遠しい。
寸鉄 2022年3月11日
東日本大震災から11年。東北の"福光"の歩みこそ世界の希望。共に未来へ
小樽問答記念日。正義の師子吼に勝るものなし! 後継の勇者よ先陣を頼む
「岐阜の日」50周年。堅塁中部の要の人材城。誓願胸に立正安国の対話拡大
平和には差異を認め称え合う「寛容の心」が必要—ホールディング博士。人類共生の時は今
学会が国連機関通じ人道支援。一日も早い事態の終息と安全へ、祈り深く
〈社説〉 2022・3・11 東日本大震災11年
◇"あなた"の言葉こそが福光
作家の柳美里さんが手掛けた戯曲「町の形見」。俳優と共に出演しているのが、福島県南相馬市のお年寄りたちである。方言指導のために呼ばれた住民たちが、役者らの問い掛けに応じ、自らの人生を語りだす。鮮やかな震災前の記憶、現在の避難生活、人生を一変させた「3・11」。実際に被災した8人の声を通して紡ぎ出されていく。柳さんは語る。「沈黙の中から感情を救い出し、言葉を揺り動かすことができるのは、自分自身の声しかないのではないか」と。
福島県のある池田華陽会メンバーが震災に遭ったのは小学2年の時。家族で避難した体育館のテレビで目にしたのは、海外の人々が救援に駆け付け、国や民族の違いを超えてエールを送る姿だった。座談会に行けば、いつも優しい「学会のおじちゃん、おばちゃんたち」がいた。"この経験を埋もれさせたくない"と思った。その後、被災地の子どもを対象にした海外交流プロジェクトに参加。英語で体験を伝える努力を重ねる中、彼女には国際線のキャビンアテンダントという夢ができた。コロナ禍により延期になっていた渡航が許可され、来月、オーストラリアの学校に進む。「一人でも多くの人を笑顔にしたい。それが私にできるあの日の"恩返し"です」
人を意味する英語の「person」はラテン語に由来し、「per(〜を通じて)」と「sonus(音、声)」の二つを合わせたものとされる。人間とは「音や声を通じて語りかける主体」と。それはまた「話す相手」「他者」の存在を前提としている(『福島はあなた自身』福島民報社)。
人は他者と関わり、響き合う中で生きていける——発災から4018日間、東北の同志の実感だ。想像を絶する喪失感に直面した時、全てを包み込んでくれる師匠がいた。傍らで寄り添い、一緒に涙を流してくれる友がいた。離れた地から、わが事のように祈りを送り続ける同志も。一人が立ち、"声"を上げるまでには、必ず誰かの存在がある。そうして織りなされた「福光の言葉」が、次は他者を支える希望へと変わっていく。
御聖訓に「言と云うは、心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(新713・全563)と。この11年を生き抜いてきた"あなた"だから届けられる「3・11」がある。私たちだから開ける人間主義の未来がある。
☆3月度座談会拝読御書 妙一尼御前御消息
◇御文
『法華経を信ずる人は冬のごとし。冬は必ず春となる。いまだ昔よりきかずみず、冬の秋とかえれることを。いまだきかず、法華経を信ずる人の凡夫となることを。経文には「もし法を聞くことあらば、一りとして成仏せざることなけん」ととかれて候。』(御書新版1696ページ1行目〜3行目、御書全集1253ページ16行目〜17行目)
[池田先生の指針から]信仰は"永遠の幸福の翼"
"冬"は、すばらしい"春"のための充電と鍛えの時である。その時にこそ、永遠に崩れぬ「成仏」へのエネルギーは蓄えられ、宇宙大の広がりを秘めた生命活動の力が培われていく。
しかも、そのエネルギーは、難にあえばあうほど大きさを増す。そして、正しき法にのっとった人は、だれもが必ず"春の時"を迎えることができる。
しかし逆に、"冬"のたいへんな時に、信心の向上のための世界から逃げたり、疑ったりして、十分に力と福運を蓄えておかなければ、すべてが中途半端となってしまう。ましてや「満足」の人生を、送ることはできない。
"冬"の間にこそ、どう戦い、どれほど充実した時を過ごすか。必ず来る"春"を確信し、どう深く生きるかである。時いたれば、自然界には花咲く春が間違いなく訪れる。それが生命と宇宙のリズムである。(中略)
正しき信仰とは"永遠の幸福の翼"である。苦難を乗り越えるたびに福運を積み、境涯を高めていける。今世において一生成仏すれば、三世永遠に「所願満足」の生命の"大空"を悠々と羽ばたいていくことができる。これが仏法の法理であり、生命のリズムなのである。(池田大作先生の指導選集〈上〉『幸福への指針』)
◇ ◇ ◇
一字一句でも耳にした人は一人も残らず成仏に至る——これが法華経の偉大な力だ。
妙法を聞いた人が、すぐに発心しなくても、決して落胆することはない。妙法を語れば、必ず仏縁は結ばれ、相手の生命の仏性は、既に揺り動かされているからだ。
私たちが対話した分だけ、幸と希望のスクラムは大きく広がる。さあ、勇気凜々と行動を! 楽しく朗らかに!(本紙2017・2・2付、「御書と歩む 池田先生が贈る指針」)
◇希望を胸に蘇生の活路開く
[キーワード�]不屈の挑戦の人に
『日蓮大聖人御書全集 新版』の「序」に、池田先生は「どんなに厳しい『生老病死』の苦に直面しても、御書に触れれば、『胸中の肉団』から元初の太陽が赫々と昇り、『冬は必ず春となる』との希望の指針のままに、『常楽我浄』へ蘇生の活路を開きゆけるのだ」と寄せています。
草創以来、多くの学会員が「冬は必ず春となる」との一節を胸に刻み、"蘇生のドラマ"をつづってきました。
本抄を与えられた妙一尼は、信仰ゆえの弾圧にも屈せず、夫と共に信心に励んでいました。そんな妙一尼に、悲しみが訪れます。夫は、大聖人が佐渡流罪から赦免されたのを知る前に、亡くなってしまったのです。
頼みの夫に先立たれ、幼い病気の子らを抱え、生活も楽ではなかったと思われます。「生老病死」の苦に直面しても、妙一尼は、師への求道心を燃やして佐渡や身延へと従者を送り、純粋な信心を貫いていました。
大聖人は、試練に立ち向かう妙一尼に、亡き夫の成仏は間違いないとの確信と希望の励ましを送られたのです。
桜の花芽は夏に形成され、秋に休眠します。この花芽は、冬の寒さに鍛えられるように低温が刺激となって目覚め、成長が促されるといいます。
苦難の底にいる時は、先の見えない苦しさを感じるかもしれません。しかし、桜の花芽が厳寒の季節に成長を開始するように、人生の冬の時にこそ、信仰を深め、生命を強く鍛え上げることができます。
不屈の挑戦の人に"人間革命の春"が訪れるのです。
[キーワード�]全ての友に仏縁を
拝読御文にある「もし法を聞くことあらば、一りとして成仏せざることなけん」とは、法華経方便品第2の文です。この文は、本抄だけでなく、他にもいくつかの御書で、門下への励ましとして記されています。
"もし法を聞くことがあれば、一人として成仏しない人はいない"との一節からは、法華経の功力の偉大さとともに、"一切衆生を必ず成仏させる"との、仏の熱願が伝わってきます。
大聖人は、この仏の大願を実現するため、末法の全民衆を救いゆく、「南無妙法蓮華経」の題目を確立されました。その大慈悲の御精神で、時の権力者にも、真正面から仏法を説き、あらゆる大難を悠然と見下ろされながら、万人の成仏を開きゆく偉大な御生涯を歩まれたのです。
この大聖人の御精神に連なり、人々に等しく具わる仏性を呼び覚ましていくのが、広宣流布の実践です。
私たちは、日々の生活の中で、多くの人と出会います。その全ての人に幸福の種を植える対話に挑んできたからこそ、創価の連帯は世界中に広がったのです。
池田先生は「ともすれば一度ぐらい話をしただけで、"あの人はだめだ""この人は無理だ"と思い込んでしまう。でも、人の心は刻々と変わる。いや、執念の対話で、断じて変えていくんです」とつづっています。
一人も残らず成仏を開くことができる——真心は必ず伝わります。心軽やかに、関わる全ての人に仏縁を広げていきましょう。