"できないこと"より
"できること"を見つけ
前向きに行動しよう!
生命力を湧き出して
日々 勇気の挑戦を!
太田左衛門尉御返事 P1015
『結句は身命よりも此の経を大事と思食す事不思議が中の不思議なり』
【通解】
結局は身命よりもこの法華経を大事と思われるようになったことは不思議が中の不思議である。
名字の言 沖縄で初公開となったモネの「睡蓮」 2021年1月10日
沖縄で開催中の「名画を読み解く——珠玉の東京富士美術館コレクション」展が好評を博している。展示作品のうち、モネの「睡蓮」は沖縄では初公開だ▼モネが印象派の象徴である「睡蓮」の連作に、本格的に着手したのは60歳目前。フランスの自宅で庭の池に浮かぶ花を描き続けた。86歳で世を去るまでに制作した「睡蓮」は300点以上。天候や時間帯によって千変万化する"一瞬の美"を捉えた作品は、どれ一つとして今も色あせない▼官展への入選と落選を繰り返した青春時代、モネは芸術仲間への手紙につづっている。「たいていの人は、だいたいのところで満足してしまっているのではないかと思う。でもね君、僕は闘いたい」「発見に至るには、しつこい観察と省察しかないのだから」(シルヴィ・パタン著『モネ——印象派の誕生』創元社)▼何事であれ"もうこれでいい"と現状に甘んじてしまえば、自身の成長の可能性を狭めてしまう。反対に、何歳になっても挑戦の歩みを止めなければ、生き生きと自分らしく輝いていける▼睡蓮の花言葉の一つは「純粋な心」。日々、自分の使命を見つめ、果たし抜く挑戦を貫く中で、生命を清らかに高めていきたい。「今この瞬間」「今いる場所」を大切に、清新な息吹で進もう。(踊)
寸鉄 2021年1月10日
御書「よからんは不思議わるからんは一定」。覚悟定めた祈りに栄光は必ず
秋田・師弟原点の日。試練の時こそ社会に希望を!誇り高き共戦の魂は赤々
会員に信心して良かったとの喜びを—恩師。幹部はこまやかな激励を更に
自己成長は人生の充実感得る要件—心理学。清新な決意で新しい事に挑戦
雪下ろしの事故に注意。一人では作業せず周囲と協力。命綱の使用忘れず
〈社説〉 2021・1・10 あす「成人の日」
◇失敗も宝に 無限の希望を力に
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、8日から東京・千葉・埼玉・神奈川に緊急事態宣言が再発令された。例年、「成人の日」(今年は明11日)を中心に成人式が開催されるが、今年は中止を余儀なくされた地域も多い。身近な家族らと祝いつつ、思いを伝え合う機会としたい。
年頭の箱根駅伝での"創価旋風"は記憶に新しいが、"箱根駅伝の生みの親"金栗四三は、今年8月で生誕130年。彼がマラソンで日本初の五輪出場の資格をつかんだのは20歳の時だった。
翌1912年のストックホルム五輪はレース半ばで気を失い倒れた。直後の日記には「雨降って地固まるの日を待つのみ。人笑わば笑え」と悔しさがにじむ。だが金栗はこの時、練習法を立て直すことで日本人も世界と渡り合えることをつかんでいた(佐山和夫著『金栗四三』潮出版社)。
敗北の事実は消せないが、その意味を変えていくことはできる。後に「日本マラソンの父」と称される金栗にとって、この屈辱の経験は成功よりも価値ある"宝"となったに違いない。
今年10月で没後10年となる"IT界の革命児"スティーブ・ジョブズがアップル社を創業したのも、20歳から21歳にかけての頃だ。
彼もまた失敗を財産にした人。自身が大企業に育てたアップル社から30歳で見限られ、失意の底に沈んだのだ。その後、50歳になった彼は、会社を追われたことを「人生最良の出来事」と振り返った。"再び挑戦者となることで身軽になり、最も創造的な時期に入ることができた"と。実際、不遇の時代に手掛けた独創性あふれる仕事は、アップル社復帰後の成功の礎となった。
再起を諦めなかったのは「自分がしてきた仕事を愛していたから」とジョブズ。思えば、金栗が女性のスポーツの裾野を広げるなど、生涯、スポーツの喜びを人々に伝え続けた原動力も、マラソンへの愛、走ることへの愛だったのだろう。
今、夢がある人は失敗を恐れず挑戦してほしい。好きなことを探すさなかの人は、その歩みを止めないことだ。日々を大切に、眼前の一つ一つの課題に真剣に取り組む中で必ず見つかると信じて。
かつて池田先生は、若き後継の友に、未来への夢、そして希望こそが人生の道を開くカギであることを力説した。「『夢こそ力』です。『希望こそ力』です。人間は『絶対に、これだけはやりとげるんだ』と固く固く決意したら、たいていのことはできるものなんです」と。
人は、だれもが希望という宝を持っている。それを無限に引き出すのが信心だ。危機の時代にあっても、新成人の皆さんが、不屈の信心を胸に使命の航路を進みゆくことを念願してやまない。
☆1月度座談会拝読御書 四条金吾殿御返事(梵音声御書)
◇拝読御文
『此の法華経の一字の功徳は釈迦・多宝・十方の諸仏の御功徳を一字におさめ給う、たとへば如意宝珠の如し一珠も百珠も同じき事なり一珠も無量の宝を雨す百珠も又無尽の宝あり』(御書全集1121ページ14行目〜16行目、編年体御書510ページ7行目〜9行目)
[池田先生の指針から] 妙法に行き詰まりはない
(日蓮)大聖人は、「此の法華経の一字の功徳は釈迦・多宝・十方の諸仏の御功徳を一字におさめ給う」と明かされています。
なぜなら釈尊も多宝仏も三世十方の諸仏も、真実の法である法華経を行じて成道したのであり、南無妙法蓮華経の妙法こそ諸仏を成仏させゆく根源の法だからです。
この広大無辺な妙法の功徳を大聖人は「如意宝珠」に譬えられています。如意宝珠とは、無量の宝を意のままに取り出すことができる珠のことです。
この珠は、一珠であっても、百珠であっても、同じく無量・無尽の宝が得られると述べられています。
また別の譬えとして、百草をすって作った薬は、一丸であっても、病気を治せること、さらに大海の一滴であっても、あらゆる川の水を含んでいることを通して、妙法の功徳の大きさを示されています。
この「如意宝珠」について、かつて戸田先生が語ってくださった指導が忘れられません。
それは昭和30年(1955年)7月の杉並支部総会でのことです。
先生はまず、「如意宝珠とは、心のままに宝を出す珠のことをいうのです。家がほしいと思えば家ができ、金がほしいと思えば金ができ、なにひとつとして心のままにならぬものはないという珠を、無上宝珠というのです」と、私たちに分かりやすく教えてくださいました。必要な時に、広宣流布に必要なものは必ず実現します。
そして凜然と語られました。
「御本尊様は、しからば、なにごとを求めても得られるか。はっきりと私は申しあげます。いかなる願いも、かなわないことはないのです」
叶わない願いなど断じてない!——恩師の烈々たる宣言でした。
私たちも、この大確信で心して進んでまいりたい。
妙法を信じ抜き、題目を唱え抜き、果敢に実践し抜いていく限り、絶対に行き詰まりはありません。
信心があれば、私たちの胸中に如意宝珠の御本尊が厳然と輝きわたっているからです。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第15巻)
◇真剣な唱題で人生を朗らかに
[キーワード1] 衆生を救う仏の声
拝読御文の直前で日蓮大聖人は、釈尊が説いた八万法蔵といわれる膨大な教えは全て真実であり、中でも法華経が最高の経典なので、疑うべきではないと教えられています。
それは、法華経が真実であることを、見宝塔品で多宝如来が証明(保証)を加え、如来神力品で諸仏が舌を梵天に付けて証明しているからであると仰せです。
釈尊、多宝如来、三世十方の諸仏も、真実の法である法華経を行じて成仏しました。
ゆえに拝読御文では、法華経の「一字」には無量の功徳が具わっている、と述べています。
つまり、法華経の肝心である「南無妙法蓮華経」を唱える中に、無量の功徳が納まっているのです。
大聖人は、別の御書で「滅せる梵音声かへって形をあらはして文字と成って衆生を利益するなり」(469ページ)と仰せです。仏が亡くなっても、"衆生を救おう"との慈悲の肉声が、そのまま形となって留められたのが経文の文字です。
「梵音声」とは、仏が具える三十二の勝れた身体的特質の一つで、本抄の拝読範囲後段に、三十二相の中で「第一の相」と示されています。
万人の成仏を願って発せられる「声」こそが梵音声です。「声仏事を為す」(御書708ページ)と説かれるように、声の力で仏の仕事ができるのです。
温かな声、確信の声、生命力あふれる声——友の心を包み、奮い立たせる"励ましの声"を響かせる中で、妙法の功徳は増してゆくのです。
[キーワード2] 御本尊の功徳は絶大
法華経方便品には、「諸仏の智慧は甚深無量なり。其の智慧の門は難解難入なり」(法華経106ページ)とあります。
この仏の難解で深遠な智慧は、日蓮大聖人が覚知された「南無妙法蓮華経」の一法に納まっています。
本抄では、この妙法の功徳の偉大さを、「如意宝珠」に譬えられています。
「如意」——自らの意のままに、自身が願った通りに、「無量(量ることができない)の宝」を取り出すことができる珠です。
偉大な功力のある妙法に巡り合い、題目を唱えられること自体が素晴らしいことなのです。
しかし、宝珠を持っていても、現実に宝を取り出せなければ意味をなしません。
私たちにとって、御本尊の絶大な功力を引き出す要諦は、南無妙法蓮華経の唱題行であり、「強き信心」です。
池田先生は次のように語っています。
「『本当にすごい仏法だ』と感じれば、祈りに感謝が生まれます。『叶わないわけがない』と腹が決まれば、祈りは歓喜に包まれます」
不信や迷い、臆病の心を打ち破る実践こそ、唱題行です。題目に徹した人は、自身の生活の上に仏の生命を自在に発揮し、行き詰まりのない境涯を悠々と開いていくことができます。
真剣な題目を唱え抜き、価値創造の人生を朗らかに歩んでいきましょう。