2015年6月21日日曜日

2015.06.21 わが友に贈る

「小事つもりて大事」
日々の小さな勝利が
歓喜の大勝利を開く。
一歩でも半歩でも前へ!
今日の自分に勝て!

春初御消息 P1585
『過去の仏は凡夫にておはしまし候いし時五濁乱漫の世にかかる飢えたる法華経の行者をやしなひて仏にはならせ給うぞとみえて候へば法華経まことならば此の功徳によりて過去の慈父は成仏疑なし』

◇人生の座標
本物の文学のなかには、四季があり、波瀾万丈の歴史がある。世界の大文学を読むことによって、もっと奥の深い世界に入っていくことができる。そういう世界を知らないと、人生、本当に損をします。大海を知らないで、川の浅瀬だけが世界だと思っているようなものだ。

☆こころに響く言葉
無知

われわれは、生活のなかで常に、幸不幸という問題に直面しているのだが、
そのくせ、その実体については、きわめて無知なのである。

☆随筆民衆凱歌の大行進 第23回� 幸の教養博士 万歳!
婦人部の五指針には、「地域と社会を大切に」とも掲げられている。
婦人部の地域社会への貢献こそ、時代を照らす光である。今月、「部の日」を迎える団地部、また地域部、農漁光部、離島部にあっても、女性の活躍が目覚ましい。
地域の身近な隣人たちと「立正安国」の対話をたゆまず繰り広げる主役も、婦人部の友である。
グループ単位での婦人部総会がいよいよ始まっている。この少人数の集いこそ、地域社会の共生と共栄の直道であり、世界平和の縮図である。
文豪ゲーテも、互いの行動と体験を共有する、楽しい談話によって「ことばはそれだけひときわ実りゆたかなものとなり、精神を高めるものとなる」と訴えていた。
苦難を越えた母たち、女性たちの体験から紡ぎ出される言葉には、勇気を呼び覚ます力がある。

五指針の最後には「生き生きと体験を語る」と示されている。
聖教新聞や大白蓮華に対して、読者から特に大きな反響が寄せられるのも、体験談である。
東北の岩手県久慈市に、90歳になる婦人がおられる。
貧乏、家族の死……沢山、辛苦を味わった。だが断じて負けなかった。
"宿命に泣き流されてはいけねんだ。朗らかに挑戦していけば、どんな宿命も転換されていくものでねすか"——
幾十星霜、試練を一つ一つ乗り越え、生命の財と輝かせてきた"多宝の哲人"の至言である。母の姿は友の安心と希望の灯火となっている。
何があっても、たじろがない。嘆かない。たとえ、今が悔し涙の連続であろうと、無敵の祈りは、一切を栄光の歴史に昇華してゆくのだ。

重い障がいのある娘を育てつつ、『母の肖像』『大地』等の名作を世に問い、平和運動に邁進したアメリカの女性作家パール・バックは叫んだ。「最も悲しみに満ちた行路を歩んでいる間に、人の精神はすべて尊敬に値することを知りました」
最も深い悲しみから立ち上がった人は、最も深い哲学を学んだ、最も深い慈悲の人だ。
最も大きな苦しみを乗り越えた人は、最も大きな境涯を開き、最も大きな幸福を広げゆく人だ。
この人間革命の体験を友に語り、分かち合う、母たちの行動が「幸福と平和と勝利の道」を創り開くのである。
「広宣流布は、女性の力で成し遂げられる!」
恩師のこの確信は、私の胸にも、絶対の確信として輝き渡っている。
母の祈りは、皆の心を動かさずにはおかない。母の言葉は、友の胸を揺さぶらずにはおかない。
世界の女性リーダーの方々も、私たちの宝の友として連帯されている。
サイフェルト博士からは、つい先日も、「創価の婦人部との交流を通して学び合っていけることは、大きな喜びです」との伝言が届けられた。
インドネシアの故ワヒド元大統領夫人のシンタ・ヌリヤさんも、今回の婦人部総会に真心の祝福を寄せてくださった。
夫人は"女性は国の柱である"等の英知の言葉を紹介されるとともに、「すべての人は母から生まれてきます。その人たちが人類を救っていくのです。母がいるからこそ平和になれるのです」と語られている。
さあ、強く朗らかに、また堂々と、自身の体験を、創価の正義を、語り抜こうではないか!
偉大なる幸の教養博士よ、万歳! 人間世紀の母たちよ、万歳!

幸福の
 博士と生き抜け
  恐れなく
 希望の智慧で
  友を照らして