一善にかつ事なし」
正義こそ学会の魂だ。
尊き創価の大行進を
大聖人が御賞讃!
経王殿御返事 P1124
『師子王は前三後一と申してありの子を取らんとするにも又たけきものを取らんとする時もいきをひを出す事はただをなじき事なり』
◇今週のことば
我らは勝った!
この一年ありがとう!
福智は無量に光る。
さあ 師弟は一緒に
明年も戦い勝とう!
2010年12月27日
◇希望の明日へ
世間の波音がいかに騒がしくとも、問題ではない。根幹となるのは、御書に照らしてどうか、経文に照らしてどうかである。この確固とした基準に立ち、いっさいを悠然と見おろしながら、強き信心で進んでいくことである。そこに、正邪を見ぬく知恵がわく。悪と戦う勇気がわく。あらゆる問題を解決し、幸福を勝ち取る力がわいてくる。この"仏法の眼""信心の眼"を忘れ、世間の風評などに惑わされれば、結局、魔に紛動され、屈服してしまうことになる。
☆随筆 我らの勝利の大道「青年よ 快活に対話の波を」
戸田先生の青年訓
「奮起せよ! 青年諸氏よ。
戦おうではないか! 青年諸氏よ」
「班長に告ぐ」の謄写版で刷ったワラ半紙は、青年の手から手に、津波のように渡っていった。
二年後に入会した新潟のあり青年は、そのワラ半紙を手に一人立ち上がった。
「撰時抄」に曰く−−
『日蓮が法華経を信じ始めしは日本国には一�・一微塵のごとし・法華経を二人・三人・十人・百千万億人・唱え伝うるほどならば妙覚の須弥山ともなり大涅槃の大海ともなるべし仏になる道は此れよりほかに又もとむる事なかれ』(P288)
広宣流布とは、一人から一人への「対話拡大」「仏縁拡大」に実質がある。
戸田先生は言われた。
「われ自ら南無妙法蓮華経なりと決めきって、妙法を流布していくんだよ」
わが青年部諸君よ、私と共にもう一度、"青年学会"を創るのだ。さらにさらに強く大きく、広宣流布を推し進めていただきたい。
未来は青年の「熱」と「力」で決まる。いや、断固として決めるのだ!