対話の旋風を起こそう!
動き 語った分だけ
仏縁が結ばれる。
信頼と共感が広がる。
勇敢な挑戦劇を力強く!
聖愚問答抄上 P497
『只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福や有るべき、真実なり甚深なり是を信受すべし』
【通解】
ただ南無妙法蓮華経とだけ唱えられるならば、滅しない罪はないのであり、招けない幸福はないのです。これは真実であり、深い法門であり、よく信受していきなさい。
名字の言 時間をかけて粘り強く考え続ける力 2021年10月9日
基礎研究は地図を持たずに砂漠を旅するようなもの——理論物理学者の大栗博司氏は、そう捉える。だからこそ「あきらめずに時間をかけて粘り強く考え続ける力」が大切と強調する▼それを実感したのは、米プリンストンの高等研究所での経験だ。画期的な論文を次々と発表する研究所だけに"どんな天才がいるのか"と思っていた。だが実際は毎日、自分の研究に頭をひねっては「どう思う」と尋ねてくる——日本と異なっていたのは、同僚たちの「しぶとく考える耐久力」だった(『探究する精神』幻冬舎新書)▼行動遺伝学では、人間の知能には少なからず遺伝の影響があるとの研究結果が報告されている。しかし、遺伝が全てを決定するわけではない。知能も才能も、自らの努力いかんによって、いくらでも大きく開花する▼基礎研究が"耐久力の闘争"であるように、行き詰まりとの連続闘争が人生の本質であろう。文豪・トルストイは「君を嘆かせ苦しませていることは、一つの試練にすぎず、その試練に基づいて君は自分の精神力を発揮し、それを強化することができる」(北御門二郎訳)と▼信心は、試練に立ち向かう心を涌現させる原動力である。日々、挑戦の歩みを粘り強く積み重ねたい。
寸鉄 2021年10月9日
山口開拓指導、開始の日。不二の闘争で築いた広布の金字塔。若師子よ続け
新潟、長野、石川、富山、福井が勇戦。民衆の底力を今こそ!断固と凱旋を
宮城、岩手、青森、秋田、山形、福島が果敢に拡大。不屈の東北魂で栄冠掴め
今日作すべき事を熱心になせ—仏典。今この瞬間に全力。人間革命の直道
首都圏の地震、1週間は余震に注意と。懐中電灯、家具の固定—備え再確認
〈社説〉 2021・10・9 あす「世界メンタルヘルスデー」
◇小さなエピソードを紡ぐ対話
メンタルヘルス(心の健康)の重要性が増している。あす10日は偏見をなくし、正しい知識の普及を目的として制定された「世界メンタルヘルスデー」である。
コロナ禍の中で、日本では働く人の45%がメンタルの不調を抱えており(NTTデータ経営研究所の調査)、産後うつの可能性がある人も倍増しているという。
不安が大きい状況だからこそ、その心に寄り添いたい。そうした思いから、本紙では電子版連載「WITH あなたと」でメンタルヘルスをテーマに、識者や当事者にインタビューを重ねてきた。
物理的には、心は脳の中にも、心臓の中にも見つからない。では、どこにあるのか?
連載の初回に取材した臨床心理士の東畑開人氏は、近著でこう書いている。
「心とはごくごく個人的で、内面的で、プライベートなものだ。だから、心は具体的で、個別的で、カラフルなエピソードに宿る」(『心はどこへ消えた?』文藝春秋)
連載する中で、うつで休職した男子部員、産後うつを経験した女性部員などに話を聞いた。
深く傷ついた先で、小さな出会いに癒やされ、自分らしくあることを少しずつ自分で認められるようになった——取材時に語られたのは、具体的で多様なエピソードだった。
心は、誰かの心と触れ合った時に、喜びや悲しみとして実感される。心を感じるには"もう一人"の存在が必要なのかもしれない。
取材では、学会の同志が「じっと話を聞いてくれた」というエピソードが多かった。
否定せず、すぐに答えやアドバイスを出すのでもない。ただ、そこに"いる"ことで、心が癒やされる瞬間もある。
本紙9月5日付では、精神科医の森川すいめい氏に、当事者と関係者を交えて対話をする「オープンダイアローグ」について聞いた。
氏は、相手の話を"聞き切る"こと、"変化を求めない"ことを意識した対話によって「困っていること自体は変わらないかもしれないのですが、それに対する『感情的な理解』が変わっていく」と。
池田先生は語っている。
「悩んでいる人は『聞いてもらう』だけで、ぐっと心が軽くなるものです。自分の話を親身になって『聞いてくれる』。そのこと自体が、生きる励ましになっていく」
身近な人の心を受け入れ、寄り添う。そんな温かな心を感じる、小さなエピソードを紡ぎたい。
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第14回 一人立つ
◇諸法実相抄
『地涌の菩薩のさきがけ日蓮一人なり、地涌の菩薩の数にもや入りなまし、若し日蓮地涌の菩薩の数に入らば豈に日蓮が弟子檀那・地涌の流類に非ずや、経に云く「能く竊かに一人の為めに法華経の乃至一句を説かば当に知るべし是の人は則ち如来の使・如来の所遣として如来の事を行ずるなり」と、豈に別人の事を説き給うならんや』(御書1359ページ13行目〜16行目)
◇池田先生の講義から
一番大変な、一番つらい時に衆生を救っていくのが、地涌の菩薩であり、創価の同志は、まさしく地涌の勇者です。自身の苦悩や困難と戦いながら、広宣流布の使命に生き抜き、人間革命して、悩みに負けない堂々たる自分自身を築き上げ、社会に貢献してきたのです。
◆◇◆
目の前の一人を励ますため、苦悩の一人を救うために、動き、語りかけ、一対一で粘り強く対話を重ねていく。この最も地道な対話こそが、事実の上で「仏の仕事」(如来の事)を行じている何よりの証です。(中略)
経文に説かれる「如来の使」とは、他の誰かのことではない。ありがたくも大聖人に直結して、広宣流布へ如説修行する私たちのことなのです。
◆◇◆
大聖人の「民衆仏法」は、民衆一人一人が「一人立つ」師子へと変わっていく、力強い宗教です。
◆◇◆
師と同じく、民衆も師子王なり! まさに、そうした不二の民衆の出現こそを、大聖人は願い、待ち望まれていた。だからこそ、熱原の法難の渦中に「出世の本懐」を遂げたことを宣言されたのではないでしょうか。
(『人間革命の宗教』から)
平井秀昭 九州長
◇師と共に凱歌の頂へ!
本年は、長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」の発表から40周年。その12月を前に、池田先生は「大白蓮華」9月号の「巻頭言」で、そのことに触れてくださいました。
「全創価家族が老いも若きも、今再び、燃え盛る地涌の青年の心で、あの友この友を、希望と充実と幸福の大行進に誘いながら、広布の山を共々に登りゆこう!」——師の呼び掛けに勇気百倍! 今こそ、広布と立正安国の新たな山を登る時です。九州の友は、その先駆を切って驀進しています。
大変であればあるほど、真っ先に立ち上がり、突破口を開いてきたことが私たち九州の誉れです。今回、日蓮大聖人が地涌の菩薩の先駆けとしての御真情を述べられた「諸法実相抄」を拝し、一人立つ使命を確認し合いたいと思います。
◇私たちが登る山
広宣流布の山は、どこかの誰かが登ってくれるものではありません。私たち一人一人が登る山なのです。
先生は講義の中で、地涌の生命の自覚こそが人間革命の根本であり、「その本質は師弟不二の行動です。その自覚と誇りを持つところに、地涌の底力が滾々と湧くのです」と教えてくださっています。
私も県長の時、「仏法正義の旗」を打ち立てるべく、かつてない拡大を誓い出発したものの、不可能としか思えない険難の峰を前に、"どうすればいいのか"と、苦悩したことがありました。
"とにかく題目しかない"と、唱題を重ねました。毎日御書をひもとき、さらに小説『人間革命』第10巻を読み返す中で、「強盛な信力があれば、不可能をも可能に」との一節が目に留まりました。
"そうだ! 信じる力に限界はない。環境ではない。強盛な信心があれば、断じて勝てる!"——確信がみなぎりました。その思いのままに、誠心誠意、訪問・激励に走り、対話拡大にも率先。同志の皆さまも総立ちとなり、結果として、壁を破る勝利の歴史を築くことができたのです。全ては確信の一念で決まる。広布の師匠と同じく、地涌の使命を自覚した一人立つ誓願から全ては始まるのだと心肝に染めました。
私たちの信心は、先生が講義されている通り、「民衆一人一人が『一人立つ』師子へと変わっていく、力強い宗教」です。そのことを先生は、熱原の法難を通して、次のように講義されています。
「大聖人に直接お会いしたこともない。信心の年数も短い。しかし、命に及ぶ大難に臨んで、熱原の門下たちは厳然と不屈であった。大聖人に直結していたのです。これが究極の師弟不二です。師匠の心をまっすぐに受け継ぐ弟子は、時空を超えて誕生するのです」
◇希望と充実の大行進
"いかなる嵐にも揺るがぬ師子よ、一人立て!"——40年前に発表された長編詩にも、師の万感のご期待が込められているのではないでしょうか。
長編詩が発表された県青年部幹部会で、場内役員を務めた大分のある壮年は、師匠の言葉を命に刻みました。
「題目をあげぬいた人には/誰人も絶対にかなわない!」——長男の死、自身の大病。その後の人生で苦難に直面するたびに、長編詩を思い起こし、夫人と共に祈り抜きました。今、「宿命を使命に」との深き自覚で、200人を超える友人・知人に友好の輪を広げておられます。
「師匠への『誓願の祈り』に徹すれば、越えられない試練の山はない! この確信のままに、凱歌の頂へ駆け登ります!」と意気軒高です。
師弟に、物理的距離や、信心の年数は関係ありません。"私が、学会を護ろう!""私が、先生と一緒に戦うんだ!"——この「一人立つ」勇者の連帯が、新しい歴史を開くのです。
誰も経験したことのないコロナ禍。その中で戦う学会創立100周年への初陣。全てが未聞の状況だからこそ、"先駆の九州"の使命はいや増して輝きます。
連日、同志と語り合っていると、お一人お一人の師匠を求める熱い心を感じずにはいられません。先生手作りの師弟不二の九州に、破れない壁はありません! だからこそ、"できないこと"を嘆くより、"できること"から挑戦を重ねようではありませんか。
地域のあの友、地区のあの同志に声を掛け、「希望と充実と幸福の大行進」に誘いながら、先生と共に、同志と共に、広布の最高峰を、断固として勝ち登っていきましょう!
メモ
「諸法実相抄」は、文永10年(1273年)5月、流罪地の佐渡で著され、最蓮房に与えられたとされる書。日蓮大聖人と同じ心に立って、自行化他にわたる唱題の実践に励む人は皆、地涌の菩薩であるとされ、広宣流布は必ず達成できるとの確信を述べられている。