「音も惜まず」御聖訓。
真心を込めた言葉は
相手の胸に必ず響く。
あの友 この友へ
勇気と希望の語らいを!
上野殿御返事 P1539
『梵天帝釈等の御計として日本国一時に信ずる事あるべし、爾時我も本より信じたり信じたりと申す人こそおほくをはせずらんとおぼえ候』
【通解】
梵天や帝釈のおはからいとして、日本国の人々が一度に(正法を)信じることがあるであろう。その時、「私も、もとから信じていた」「私も信じていた」という人が大勢、出てくるであろう。
名字の言 牧口先生が説いた「三つの自覚」 2021年2月6日
沖縄の誇りを歌う民謡「ひやみかち節」。歌詞の元は戦時中、米国で強制収容された平良新助氏が、戦禍に苦しんだ故郷を励まそうと詠んだ琉歌だ。「七転び転でぃ ひやみかち起きてぃ わしたくぬ沖縄 世界に知らさ(何度転んでも、えい!と起きて、我らの沖縄を世界に知らそう)」▼海外移民の先駆者である氏は120年前、ハワイに渡航。現地の状況を故郷に伝え、移民の生活の向上に尽くした。戦後は沖縄に帰郷。80歳を過ぎてなお、"私はまだ青年"と地域事業の発展に意欲を燃やし続けた▼浦添市の80歳の壮年は、FMラジオのパーソナリティーを務めて20年以上になる。話のネタは実際に地域を歩く中で得たものばかり。地元愛あふれる内容に、放送を楽しみにしている人も多い▼旧習深い土地で、学会活動を始めた当初は周囲の無理解に苦しんだ。だが壮年は"今に見ろ"と歯を食いしばり、信心根本に生活苦を克服。夫婦で地域貢献の汗を流し、認識を一変させてきた▼初代会長の牧口先生は「世界民」「国民」、そして「郷土民」という三つの自覚をもって生きる中に、人間の可能性の開花があると説いた。沖縄の先達の生き方はそれを強く物語る。「立正安国」「立正安世界」は、地道な足元の実践から始まる。(踊)
寸鉄 2021年2月6日
"青年幹"の配信が開始。共に『新・人間革命』学び前進!皆が新時代の主役
青年部は先駆者の気概で戦え—恩師。新たな対話拡大で勝利の突破口開け
一切の功徳を合せて妙の文字とならせ給う—御書広布の祈りに福徳は燦然
全国で感染者減少も医療体制の逼迫続く。マスク、3密回避等、改めて確認
特殊詐欺被害額減少も依然深刻。高齢者は要警戒。怪しい話はキッパリ拒否
☆池田先生が贈る「無冠の友」への新春メッセージ 希望と励ましの襷を友の心へ
◇皆さまこそ広布を開く担い手
新しい世界の夜明けを開く「希望・勝利の年」が始まりました。日本全国の「無冠の友」の皆さま、新年明けましておめでとうございます。
本年、わが聖教新聞は創刊70周年の佳節を迎えます。
あらゆる試練を越えて発刊を続け、読者のもとにお届けすることができたのは、ひとえに無冠の皆さま一人ひとりの奮闘あればこそと、心より深く御礼申し上げます。
厳寒期の今、配達には人一倍の苦労があることでしょう。日の出も遅いため、普段より入念に準備をして、無事故の配達へ勇んで出発される尊き姿にこそ、元初の太陽の輝きがあります。
そうした行動の全てが、「如来の使にして、如来に遣わされて、如来の事を行ず」(法華経357ページ)という広布の聖業にほかなりません。私と妻は最敬礼して、感謝の祈りを捧げる毎日です。
それは1951年(昭和26年)の3月17日。わが師・戸田城聖先生は、私たち青年有志をご自宅に呼ばれ、機関紙創刊への企画会を行われました。私は、日記にこう記しました。
「日本一、世界一の大新聞に発展せしむる事を心に期す。広宣流布への火蓋は遂にきられた。決戦に挑む態勢は準備完了」
紙名を検討した折には「文化新聞」や「創価新聞」、また「公正新聞」「世界新聞」などの案が出る中、戸田先生は「将来のことを考え、たとえば『宇宙新聞』なんてどうだい」と語られました。
師匠の壮大なスケールの構想を胸に、弟子は基盤を固める地道な一歩また一歩を踏み出していきました。遂に創刊された聖教新聞を手に、学会本部のあった西神田を歩き、自ら紙面を近隣の方々に紹介しながら配ったことも思い出されます。
今日に至るまで、この創刊時の歓喜と情熱のまま、聖教新聞は時代の要請に応じ、未来を展望して、仏法の智慧と慈悲の視座を示してきました。平和・文化・教育の橋を架け、分断から融和へ、人類の良心の連帯を幾重にも広げているのです。
近年、学校教育の次元を超えて、「学び(ラーニング)」の大切さが注目されています。聖教新聞は、その当初から、向学の民衆にとって、かけがえのない"生命哲理の教科書""人間学の教科書"として学ばれてきました。今では、各国各界の識者からの共感の声なども厚みを増し、世界市民を結ぶ平和と人道のテキストとして、いやまして真価を発揮しています。
現下のコロナ禍にあって、医療従事者をはじめとする方々により懸命な奮闘が尽くされていますが、いまだ世界を覆う不安は大きい。だからこそ「希望」が力です。「励まし」が光です。
この「希望と励ましの襷」をつなぐトップランナーこそ、無冠の友の皆さまです。昨年、学会活動もままならない中も、たゆまず配達を続けてくださった皆さまが、どれほど友の支えであったことか。たとえ、なかなか会えなくとも、聖教新聞を通して、創価家族の心は結ばれます。全世界の異体同心の絆も、紙面を通して一段と強まっています。
フランスの哲学者アランは、「幸福」を皆に広げていける人の大切さを綴っています。それは、どのような人であるか。「自分に『これでよし』と言っている人たち、自分のよろこびを顔に出している人たちのことだ」というのであります。
私には、真っ先に無冠の友の皆さんの生き生きとした足取り、爽やかな挨拶が胸に浮かんできます。その姿が地域に幸の風を運びます。信心の確信と喜びが、仏法を大きく広げるのです。
先日も、妻が「声」の欄を読んで感銘していました。関西の、あるお母さんからの感謝の声です。——九州の大学へ娘さんを送り出したところ、コロナ禍で入学式も中止となり、不慣れな地で不安な1人暮らしが始まりました。そこへ、地域の配達員の方が、手作りのマスクと手紙を届けてくださったのです。温かい創価家族の真心に触れ、どれほど嬉しく心強かったことか、というのです。
御本仏・日蓮大聖人は仰せになられました。
「釈迦仏と法華経の文字とはかはれども心は一つなり、然れば法華経の文字を拝見せさせ給うは生身の釈迦如来にあひ進らせたりと・おぼしめすべし」(御書1122ページ)
聖教新聞の「文字」を通して、「太陽の仏法」は現代に蘇り、世界広布の大道は開かれました。その誉れの担い手こそ「無冠の友」の皆さまであることは、御聖訓に照らして、間違いありません。
次代へバトンタッチして、配達の使命を終えられても、生命に刻まれた栄光と福運は、三世永遠に消えることはありません。
無量の福徳を積みゆく使命深き皆さまであればこそ、無事安穏で、ご健康・ご長寿で、幸多き人生の道を、ますます賢く朗らかに歩んでいってください。くれぐれも疲れをためないよう工夫して、十分な睡眠を取ってください。愛する無冠の友の功徳満開の人生を、私と妻は、朝な夕な真剣に御祈念してまいります。
さあ、創立100周年へ、希望の大行進のスタートです。スクラム強く、誓願の出発をしようではありませんか!
私と共に!
全世界の同志と共に!
2021年 元旦
本紙は本年、創刊70周年の節目を迎える(4月20日)。未曽有の試練の中にあっても、本紙を配達してくださる「無冠の友」。皆さまの力走によって、苦難に負けない"師弟の絆"は全国に大きく広がっている。ここでは、配達員の機関紙「無冠」の聖教新聞創刊70周年記念特集に掲載された、池田先生の新春メッセージを紹介する。