新聞休刊日
一谷入道御書 P1330
『若し命ともなるならば法華経ばし恨みさせ給うなよ、又閻魔王宮にしては何とか仰せあるべき、おこがましき事とはおぼすとも其の時は日蓮が檀那なりとこそ仰せあらんずらめ』
☆女性に贈ることば 十二月三十日
新しい世紀を創るものは、青年の熱と力である。
そして、その熱と力を呼び起こしていく太陽こそ、勇気の母たちの、たゆみない行動である。
☆今日のことば365 十二月三十日
独創性とは、人真似を許さぬところのものである。そして、未聞のあるものを生むところの力である。
☆明日を求めて 池田先生の対話録�第46回 モスクワ児童音楽劇場 ナターリヤ・サーツ総裁 2017年12月21日
◇苦しくとも勇気を失うな! 困難こそ「生きている証し」
「世界で今、最高の女性は誰かと問われたら、私は、ためらいなく、児童芸術の"母"であり"大統領"であるサーツ総裁を、その一人にまず挙げたい」
1989年5月15日、池田先生がナターリヤ・サーツ総裁を東京の聖教新聞本社に迎えた。
「池田先生との出会いを、私は今も感動とともに思い出します。モスクワの私たちの劇場に、池田先生は素晴らしい文化の薫りを運んでくださった」
弾むような足取りに、朗々と響く声。身ぶり手ぶりを大きく交えて再会の喜びを伝える姿は、86歳とはとても思えなかった。
サーツ総裁は、世界で初めて、子どものためのオペラ劇場であるモスクワ児童音楽劇場を創設。池田先生との最初の出会いは81年5月10日、先生ご夫妻が同劇場を訪問した折のことだった。
サーツ総裁は、先生と香峯子夫人の間に入って2人と腕を組み、自ら劇場を案内。この時、ちょっとしたハプニングが起こった。
先生は劇場にいた子どもたちに声を掛け、日本のおもちゃをプレゼント。すると子どもたちは、おもちゃを手に夫妻の後に続いた。
思い思いにおもちゃを鳴らす子どもたち。その人数はだんだんと増え、やがて、にぎやかな"子ども音楽隊"が出来上がったのである。
「あの時は、子どもたちが本当に喜んで、池田先生の胸に飛び込んでいかんばかりでした」
◇
いつもユーモアを絶やさないサーツ総裁が、ある時、真剣なまなざしで言った。
「池田先生、私はただ一筋に、子どもたちへ希望を贈るためだけに生きてきました。『21世紀への懸け橋になりたい』と思って生き抜いてきました。先生も同じです。私は、人生の終わりになって、先生と知り合えたことに感謝します」
年を重ねてなお、自らの夢を生き生きと語るサーツ総裁。だが、その半生は苦難の連続だった。
父は、音楽家のイリヤ・サーツ氏。モスクワ芸術座でメーテルリンクの童話の初演曲を手掛けるなど、その芸術性は同時代のアレクセイ・トルストイやストラビンスキーらから高く評価されていたが、総裁が9歳の時に父は亡くなってしまう。
総裁は12歳からピアノを教え、奨学金と合わせて家族の生活費を捻出。その2年後には、ロシア革命(1917年)が起きた。
学校は閉鎖され、荒れ果てた町では、はだしの子どもたちが行く当てもなくさまよっていた。
サーツ総裁はモスクワ市の演劇音楽局に就職し、たった一人で児童演劇課を立ち上げる。
「子どもたちには、この世で一番いいものを、大人のため以上の本物の、一番美しいものを贈るべきです」「『子どもだまし』の、薄めたような芸術ではダメなんです」と、支援者を探し歩いた。
作曲家プロコフィエフは、連帯の意を示し、有名な「ピーターと狼」を総裁に作り贈っている。
粘り強い努力が実を結び、1936年、常設の「中央児童劇場」を開設することができた。物理学者のアインシュタインをはじめ、世界の識者が絶賛する"子どもたちの楽園"が完成したのだ。
だが、その喜びもつかの間、翌37年に通商大臣だった夫のヴェイツェル氏が逮捕される。
清廉潔白で知られていた夫は、スターリンの粛清により、"人民の敵"との汚名を着せられたのだ。
さらにサーツ総裁も「国家反逆罪」という無実の罪に問われ、シベリア収容所に5年の流刑。
氷点下30度の酷寒である。愛する家族とも、児童劇場とも引き離され、総裁の栗色の髪は、一夜にして真っ白に変わり果てた。
投獄された刑務所には、無実の罪でとらわれた女性が数人いた。悲嘆に暮れる姿を見つめ、総裁は考えた。「皆が生き抜いていけるよう助けなければ」「人間は一人きりで悲しんではいけない」と。
総裁は「一人芝居」で皆を励ました。シベリアの収容所では、囚人の個性を生かし、芸術サークルを立ち上げる。その劇は評判を呼び、各地の収容所を公演して回るほどになった。
「どんな時にも、祖国、人生への希望と信念を失ってはならない。困難、苦しみを克服しゆく勇気を失ってはならない——その事を強く信じていました」
牢獄を出た総裁は、夫が銃殺されたこと、母が戦争の犠牲になったこと、息子が出征し、娘が孤児院に収容されていることを知る。だが再び、子どもたちのために音楽の普及に情熱を燃やし、20もの児童劇場を設立してきた。
「困難は次から次へと起きていった。でもそれは生きていることと表裏一体のものだし、いってみれば、当たり前の状態なのだ。むしろ、困難こそ喜びであり、生きていることの証しなのかもしれない」(『私が見つけた「青い鳥」』)
◇
90年7月29日、モスクワでの再会で、池田先生は総裁の生き方に触れ、言葉を継いだ。
「人生の悲しみに出あった時、立ち止まったり、右往左往するのではなく、その失望の淵から、常に希望の歌をつむぎ出してこられたサーツ総裁の姿は、人の心を打たずにはおきません」
「私は、こうした総裁の強き人生を、夢に生き、夢を実現させた勝利の力を、若き人々に伝えたいのです。総裁の偉大な魂と先見性を後世に残したいのです」
総裁は後に語っている。
「私は、激しい苦しみを人生で味わってきました。だからこそ、池田先生の心が分かります。先生の信念が本物だと分かるんです」
厳冬を乗り越えた、母のドラマは示している。
いかなる苦境も必ず打開できること。そして悲哀を勝ち越えた先に、人生の深き喜びと崩れざる幸福があることを。
ナターリヤ・サーツ モスクワ児童音楽劇場の創設者、総裁。役者。演出家。1903年生まれ。スタニスラフスキーに演出、ラフマニノフに音楽を学ぶ。ロシア革命(1917年)の直後、モスクワ市の演劇音楽局に勤務し、児童演劇課を開設。1936年に中央児童劇場を設立する。夫のヴェイツェル氏がスターリンの粛清によって銃殺され、"人民の敵の妻"として、シベリアの収容所で5年間、投獄。18年にわたって、自由な活動を制限された。その後、児童劇場の創設など子どものための芸術活動に一貫して尽力。池田先生との出会いは7度。モスクワ児童音楽劇場は民音の招へいで2度の来日公演を行っている。1993年12月、90歳で逝去。
〈引用・参考文献〉池田大作著『世界の指導者と語る』潮出版社(『池田大作全集』第123巻所収)、同著『心の四季』第三文明社(『池田大作全集』第120巻所収)、同著『母の詩』(『池田大作全集』第120巻所収)、ナターリヤ・サーツ著『私が見つけた「青い鳥」——ナターリヤ・サーツ自伝』斎藤えく子訳(潮出版社)、アンナ・ラーリナ著『夫ブハーリンの想い出』和田あき子訳(岩波書店)ほか。
☆2018年(平成30年)の活動 女子学生部 2017年12月19日
スローガン
福智の太陽 女子学生部
誓いのスクラム楽しく!
世界を照らす 希望の光に!!
勝利の青春実践項目
一、幸福勝利のリズム! 「勤行・唱題」の実践
一、友に希望を! 「若き友情100人」の拡大
一、友を幸福に! 「歓喜の折伏」に勝利
一、後継の弟子の道! 「新・人間革命」の熟読
一、希望の哲学! 「池田華陽会御書30編」の読了
師匠と共に、師弟の凱歌を轟かせゆくことを誓い、目指してきた2018年「世界広布新時代 栄光の年」が到来しました! 女子学生部は広布後継の青年の先駆を切り、一人一人が福智の太陽となって、友の心を、地域を、そして世界を励ましの光で照らしてまいります!
18年は「3・16」の広宣流布の記念式典から60周年です。さらに、学生部歌として誕生した「広布に走れ」発表から40周年、池田先生が学生部総会の席上、歴史的な日中国交正常化提言を発表されてから50周年の佳節も迎えます。
池田先生は次代を担う学生部を信じ、平和のバトンを託してくださいました。今こそ、女子学生部が師匠のもとで育んだ福運と智慧の翼を大きく広げながら、世界広布の本舞台へ雄飛する時です。
池田先生の"目の前の一人を大切にする"行動を受け継ぎ、友の心に幸福の種をまきながら地涌の陣列を大きく広げていきたい。
池田先生は、「若くして、この妙法を唱え実践しゆく皆さん方こそ、『一人もかけず』、ありのままの姿で、最も美しく、最も尊く、わが生命を輝かせ切っていける青春の王女であります。そして、縁する友を一人また一人、希望と幸福の道へ導いていけるのであります」(2016年9月、女子学生部大会メッセージ)とご指導くださいました。
行学に励む青春時代の一日一日のなかで、不退転の誓いは磨かれ、自他共の幸福の土台は築かれていきます。広宣流布大誓堂完成5周年の佳節に、女子学生部の友情の拡大、一人一人の心の財の拡大をもって、師弟栄光の凱歌を響かせてまいりましょう!
一、信行学に励む「福智の青春」を歩もう!
◇朝晩の勤行・唱題に挑戦し、自他共の幸福を祈ろう!
◇創価家族の輪の中で信心の歓喜を語る対話・折伏に挑戦し、友情を広げよう!
◇「3・16」60周年記念「世界青年部総会」、各方面・県で開催される「創価青年大会」を目指し、先駆の弘教・拡大に挑戦しよう!
◇「池田華陽会御書30編」の読了に先駆し、生涯の指針となる御書の一節を心肝に染めよう!
※「教学大学校」に参加
★ ☆ ★
窮屈に考えなくてよい。ありのままの自分で、誠実に語っていけば、真心は通ずる。仏縁が必ず結ばれる。
今、世界の青年が、仏法の哲理を求めている時代である。自信満々と朗らかに、自らの体験を伝えていくことだ。座談会など学会家族の人間共和の世界へ、いざなっていくことだ。
創価の青年らしく、自らの境涯を大きく開き、新しい友情のドラマを爽快に創ろう!(創価新報2017年8月2日付、「青春勝利の大道」第21回)
一、平和の連帯を世界へ!未来へ!英知を磨く「正義の青春」を歩もう!
◇世界広布を担い立つ一人として、幅広い知識と教養を身に付けよう!
◇1・26「SGIの日」記念提言を学び深め、今いる場所で英知輝く人材に成長しよう!
★ ☆ ★
恩師・戸田先生は語られた。
「学生部は、校舎なき総合大学だ。生きた人間学の博士、皆を幸せにする福運の博士を育てていくのだ」と。
世界一の哲学を実践し、学究の友と苦楽を共に切磋琢磨しゆく学会活動は、どれほどの「心の財」を我が身に積んでいくことか。(創価新報2016年6月15日付、「勝利の人間学」第98回)
一、師弟の誓いに生き抜く「勝利の青春」を歩もう!
◇小説『人間革命』『新・人間革命』から池田先生の思想・哲学を学び、実践しよう!
◇学生部指導集『先駆の誇り』を研さんし、女子学生部の使命を学ぼう!
★ ☆ ★
私は今でも、日に何度となく、師と心で対話している。一つ一つの問題に対して、戸田先生ならどうされるかを常に考えている。また、自分の行動や決断をご覧になったら、先生は喜ばれるか、悲しまれるか、日々、自分に問いかけている。
(中略)
妙法と共に、師匠と共に、尊き使命に徹する。その生命は必ず外界の状況をも揺り動かし、希望桜、勝利桜を咲かせていくことができるのだ。(本紙2017年4月2日付、「池田大作先生 四季の励まし」)
年間主要行事
2月 女子学生部大会
5月 新入生歓迎部員会
6月 全国学生部総会・日中友好青年音楽祭
9月 9・9「女子学生部の日」記念大会
*「教学大学校」の開催…年3回 5月、8月、12月/教材…「兄弟抄」
*池田先生の思想・哲学を実践する「SOKAグローバルアクション」を推進