外出の時などは
「寒い所に出る」と
意識して行動せよ。
雪道・凍結路にも注意!
食物三徳御書 P1598
『譬へば人のために火をともせば我がまへあきらかなるがごとし』
◇希望の明日へ
大聖人の仏法は、悪しき権威・権力と、真っ向から戦う民衆の宗教である。退転者は、世間の権威にすり寄り、権力にこびへつらい、ただ見栄えと格好の良いほうへと、信念を捨て転身していく。その根底は卑しく、臆病な"保身"以外の何物でもない。要するに、権威に弱い自らの心に負けただけの話である。
☆新時代第2回本部幹部会でのスピーチ 2006-12-7
昭和33年、『大白蓮華』の新年号において、戸田先生がご生涯の最後に執筆された年頭所感のタイトルは、何であったか。
それは、「勇猛精進」である。その結びに、先生は叫ばれた。
一新春を迎えるにあたり、学会員の一人一人が、この決意も新たに、広宣流布の大道を勇猛精進せられんことを祈ってやまないものである。
『一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ』の御聖訓を日夜誦して、今日よりも明日、今月よりも来月、今年よりも来年と、いよいよ信心強盛に励むことが一年の計の基本であり、一生の計の根本となるのだ。
まず肚を決めよ! 決まったら勇ましく進め!」
日寛上人は、この「勇猛精進」について、「依義判文抄」で、大要、次のような意義を紹介しておられる。
「勇」とは、「勇んで行動すること」。
「猛」とは、「智慧の限りを尽くすこと」。
「精」とは、「一点の混じり気もないこと」。
「進」とは、「間断なく前進すること」。
この「戦う心」が、仏法の究極であり、仏の姿であると、よく戸田先生は訴えられた。
その通り、私はやってきた。
明年の「前進・勝利の年」は、この「勇猛精進」の大闘争心で勝ち進みたい。