「仏種は縁に従って起る」
広げた宝の仏縁を
大切に育んでいこう!
どこまでも誠実に
自他共の幸福の大道を!
御義口伝巻下 P787
『自身の仏乗を悟つて自身の宮殿に入るなり所謂南無妙法蓮華経と唱え奉るは自身の宮殿に入るなり』
☆女性に贈ることば 七月四日
ニューヨークの「自由の女神」の顔は、作者バルトルディのお母さんがモデルであるといわれている。
苦労して自分を育ててくれた母--彼は感謝の思いを、形にしたかったのかもしれない。また、子どもにとって、母の顔はいちばん美しく、尊いものなのかもしれない。
母の恩に応えたい--そうした思いを、本来、誰しも、生命の奥底にもっている。
☆今日のことば365 七月四日
善につけ、悪につけ、幼少の頃に身についた習慣は、なかなか直せるものではない。悪い習慣は、生涯、本人を苦しめ、正しい習慣は、なにものにも代えがたい財宝として、生涯、その人を助けていくことであろう。
☆親が子に語る物語 シギとハマグリ 2017年6月25日
◇目的に向かって心を一つに
はるかむかしの中国のお話です。そのころ、少しでも自分の国を大きくしようと、たえず国同士があらそっていました。
あるとき、趙という国の王が、となりの燕という国を攻めようとおもいました。城のなかでは、話し合いが始まりました。
「わたしは、すぐに攻め込んだほうがいいとおもいますね」と、ひとりの大臣が言いました。
「いや、よく準備をしてからのほうがいい」と、別の大臣が言いました。
誰もが王の顔色をうかがって、あらそいはさけたほうがいい、とは言えませんでした。
王は、みなの様子を見ながら、「反対するものはいないようだな……」と、満足そうにうなずきました。
すると、それまで黙っていた大臣の蘇代が口をひらきました。
「王さま、城へ来るまでにおもしろいものを見ました」
「ほう、なんだ?」
王は、かれのほうへ鋭い眼をむけました。
蘇代は、ゆっくりと話し始めました。
◇
——わたしが川のほとりを通ったときのことです。空を見ると、一羽のシギがゆっくり舞っていました。どうやら腹をすかせて、えさをさがしているようでした。
やがてシギは、えさを見つけたようで、素早く川へ下りていきました。
そこにはハマグリがひとつ、ひなたぼっこでもするように舌を出していました。
シギが鋭いくちばしで突っつくと、ハマグリは、ぱっと口をとざして、シギのくちばしをはさみました。
さあ、それからは大変です。シギはハマグリの口をあけようとふりまわします。ハマグリは、ますますかたく口をとじます。
「いいさ、ずっとこうしていれば、そのうちハマグリの干物ができあがる」と、シギが言いました。
すると、「いや、ずっとこうしていれば、そのうち飢え死にのシギができあがる」と、言いかえしました。
あらそいの決着は、なかなかつきません。その様子を遠くから見ていたものがいました。ひとりの漁師です。
その男は、静かにシギとハマグリに近づきました。そして、ぱっと網を放ってとってしまいました。
シギはハマグリを食べることができず、ハマグリはシギから逃げられず、どちらも漁師の獲物になったのです——。
黙って聞いていた王は、「シギが趙でハマグリが燕——そういうことか?」と、聞きました。
蘇代はうなずいて、「敵も必死です。簡単には降伏しません。ふたつの国があらそいをつづければ、国も人も疲れはててしまいます」と、言いました。
「漁師は、秦だな」
秦は、ひときわ大きな、力のある国でした。
「はい。趙と燕があらそえば、得をするのは秦です」
ほかの大臣たちは、あいかわらず王の顔色をうかがっていました。すると、王は、「ここは蘇代の言うことを聞こう。燕を攻めるのはやめる」と、言いました。
こうして蘇代の知恵のおかげで、無益なあらそいは、とどめられました。
◇ ◆ ◇
ぶん・村上 政彦
え ・松井 春子
◇おうちの方へ
今回の物語は『戦国策』に出てくる「鷸蚌の争い」を基にしたもので、「漁夫の利」という言葉の由来にもなっています。
多くの国が争っていた戦国時代の中国。その中の趙が、隣国の燕に攻め入ろうとした際、臣下の蘇代は、趙と燕が争って国が疲弊すれば、強大な秦の国にのみ込まれてしまうと心配します。そこで王に巧みな譬え話をし、燕への攻撃を思いとどまらせたのです。
日蓮大聖人は池上兄弟に対して、この故事を引き、次のように仰せです。
「2人とも(法華経のゆえに)はっきりとした敵をもつ身であります。それゆえに内輪から争いを起こせば、シギとハマグリが争っているうちに、どちらも漁師に捕らえられてしまったように、敵の乗じるところとなるでしょう」(御書1108ページ、趣旨)
この御書をいただいた池上兄弟は、心を一つにして周囲の信心の反対を乗り越えることができました。私たちは、身近な人たちとの団結こそ勝利の鍵であることを確認していきましょう。