2021年8月25日水曜日

2021.08.24 わが友に贈る

使命とは自覚の異名だ。
「私は広布に生きる!」
そう決めた人の生命に
地涌の力が湧き上がる。
誉れの人生を我も君も!

法華初心成仏抄 P550
『かからん時はたよりを得て天魔波旬乱れ入り国土常に飢渇して天下も疫癘し他国侵逼難自界叛逆難とて我が国に軍合戦常にありて、後には他国より兵どもをそひ来りて此の国を責むべしと見えたり、此くの如き闘諍堅固の時は余経の白法は験し失せて法華経の大良薬を以て此の大難をば治すべしと見えたり。
法華経を以て国土を祈らば上一人より下万民に至るまで悉く悦び栄へ給うべき鎮護国家の大白法なり、』

【通解】
このような時は、天魔・波旬が乱れ入り、国土は常に飢饉となり、天下には疫病が流行し、他国侵逼難・自界叛逆難といって我が国に合戦が絶えず、後には他国から兵士が襲ってきてこの国を責めるであろうことが明白である。このような闘諍堅固の時は、余経の白法は効験を失い、法華経の大良薬をもってこの大難を治すべきである、という意である
法華経をもって、国土の安穏を祈るならば、上一人から下万民に至るまで、ことごとく喜び栄えるのであり、法華経こそ鎮護国家の大白法である。

名字の言 発明王エジソンの信念 2021年8月24日
エジソンが「発明王」と呼ばれるのはなぜか。個人では最多となる特許の取得数もあるが、"発明は実用化され、人々の役に立ってこそ"との信念があったことも理由の一つであろう▼エジソンは「民衆は今、何を求めているか」に応えたともいえる。そのために人々のニーズをつかもうと毎日、新聞を読んだ。新聞を"民衆の心や現在の考えを映す鏡"と捉えていたのかもしれない▼そんな思考や姿勢を反映してか、エジソンは、こんな言葉を残している。「自分は千を超える発明をし、世界の発明王などと言われているが、実際は、自分が発明したのではなく、宇宙という大きな存在からメッセージを受け取り、自分なりの記録をとったにすぎない」(浜田和幸著『快人エジソン』日本経済新聞社)▼次元は異なるが、本紙の記者として日々実感することでもある。広宣流布という壮大な民衆運動。その中で功徳をつかみ、妙法の偉大さを証明しゆく尊き同志たち。その真実を書き留める使命は、何よりも重い▼きょう8月24日は「聖教新聞創刊原点の日」。池田先生は示した。聖教は「民衆の、民衆による、民衆のための、かけがえのない言論城なのだ」と。民衆の幸福に尽くす。ここに永遠の"原点"がある。

寸鉄 2021年8月24日
池田先生の入信記念日。広布誓願の74年。後継の"山本伸一"が世界で陸続
本紙創刊原点の日。言葉は希望に。破邪の剣に。正義の言論、新たに誓う
壮年部の日。黄金柱の友が動けば歓喜の波動が!歴戦の智慧で皆に元気を
御書「何れの処にても候へ常寂光の都為るべし」。人間革命はわが足元から
東京パラ、きょう開会式。不屈の勇者の真剣勝負に期待大。全選手がんばれ

☆アメリカ創価大学入学レセプションへの池田先生のメッセージ
◇人類の連帯広げる対話に創価の魂、平和の大道
一、わが敬愛するアメリカ創価大学(SUA)の21期生の皆さん、大学院に入学される皆さん、誠におめでとう!
人類を希望の光で照らしゆく、世界市民の最高学府にようこそ!
ご家族の方々にも、心よりお祝い申し上げます。
コロナ禍の中、細心の準備を進め、大切な俊英たちを迎えてくださった教員、職員はじめ大学関係者の皆さん、そして在学生の皆さん、本当にありがとう!
未曽有の試練に直面する人類は今、平和と共生の地球社会を創造しゆく新たなビジョンと哲学、そしてその実現を担いゆく世界市民の育成を必要としています。
この尊き挑戦の先頭に立つ英知の人材こそ、開学20周年の節目に集い合った皆さん一人一人なのです。

一、本年1月、SUAが主催したオンラインのパネルディスカッションで、キング博士と共にアメリカの公民権運動をリードした、元国連大使のアンドリュー・ヤング氏が講演してくださいました。
氏は、各国・地域から学生が集うSUAのキャンパスは「世界そのもの」であると称賛しながら、「隣にいる学生に自ら声を掛ける」こと、そして「人間として互いを深く知り合う」ことを良き伝統にしてほしい、と念願されました。
氏はまさしく、「人間性という共通の地盤」に光を当て、胸襟を開いた対話を貫き通して、国内の人種差別はもとより、南アフリカのアパルトヘイトの撤廃にも尽くされたのです。
私自身、対話の力を強く信じ、行動してきた一人です。異なる文化や民族、国籍や宗教を超えて、人間生命に内在する善性と無限の可能性を結び合い、善の価値を創造し、地球民族の連帯を広げゆく対話にこそ、創価の魂があり、平和の大道があります。
皆さんも、SUAの学友や教職員の方々、そして地域の方々とも、心豊かな対話を通して、多彩な価値観に学び合いながら、真の知性と人格を錬磨していってください。

一、古今東西の最高峰の英知と自在に交流しゆくSUAの教室棟には、歴史的な人物の名が刻まれています。昨年、完成した科学棟には、放射線の研究で知られる物理学者・キュリー夫妻の名が冠されました。
マリー・キュリーは、苦学の青春時代を回想して、こうつづっています。
「私たち一人一人の成長なくして、より良い世界を築くことはできません。そのために、私たちは皆、自身を磨く努力をしながら、同時に人類全体への責任を共に自覚し、行動しなければならないのです」
皆さん一人一人がこのキャンパスで、負けじ魂朗らかに学び鍛えゆく一日一日から、新しい21世紀の世界が生まれ、人類の無窮の価値創造力が育まれゆくことを、私は確信してやみません。
わが生命の宝であり、世界の希望の光である皆さんの成長を最大の喜びとしながら、祈りに祈り見守ってまいります。健康第一の日々であれ!

2021年8月23日月曜日

2021.08.23 わが友に贈る

◇今週のことば
我らの誓願の地区こそ
生命蘇生のオアシス
地域活性の電源地なり。
「能く能く語り給い候へ」
座談会から勝利の光を!
2021年8月23日

日女御前御返事 P1243
『爰に日蓮いかなる不思議にてや候らん竜樹天親等天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅を末法二百余年の比はじめて法華弘通のはたじるしとして顕し奉る』

【通解】
ここに日蓮は、どういう不思議であろうか、竜樹、天親等、天台、妙楽等でさえ顕されなかった大曼陀羅を、末法に入って二百余年を経たこの時に、初めて、法華弘通の旗印として顕し申し上げたのである。

名字の言 東京パラリンピックが、あす開幕 2021年8月23日
東京パラリンピックが、あす開幕する。開会に先立ち、都内で行われた聖火の点火セレモニーには、神奈川の未来部員も参加した▼彼は生まれつき両太ももと、右腕の二の腕から先がない三肢欠損の障がいがある。困難に負けない心を培おうと、父の勧めで水泳を始めた。パラリンピック出場を目標に親子で努力を重ね、全国大会で金メダルを受賞。パリ大会の期待の星として注目される▼先日、彼は地域の創価ファミリー大会で登壇。応援してくれる同志に「障がいを乗り越えて頑張っている人のために、祈りを込めて聖火をつなぎたい」と決意を述べた▼障がい者スイマーといえば、日本オリンピック委員会会長を務めた古橋廣之進氏がいる。事故で左手中指の先を失ったハンディを克服し、世界新記録を連発。「フジヤマのトビウオ」とたたえられた。氏は生前、本紙で語っている。ハンディがあったから「"人より努力しなくては絶対ダメだ"という強い思いが、いつも自分にあった」。偉業を成し遂げられたのは"世界を見据え、常に記録を狙ったから"と▼試練に負けず大いなる目標に向かって進む人には、成長と歓喜がある。我らも"広布と人生の金メダル"を目指し、自己新記録の拡大に挑みたい。

寸鉄 2021年8月23日
学会員には一人を大切にする心が—教授。仏法の魂ここに。誠実な振舞を
苦労して戦った分、福運の地盤に変わるんだよ—恩師。試練の今がその時
芸術こそ人々を結ぶ力—詩人。東京富士美、来館者900万人。確かな平和貢献
些細な会話でも孤立感を癒やす効果と。近隣の絆は希薄化。声掛けを益々
防災対策、何もしてないが半数—調査。避難経路の確認等、できる事から

〈社説〉 2021・8・23 あすは本紙の「創刊原点の日」
◇希望を紡ぐ「人間の機関紙」
「三大発明」といえば、ヨーロッパのルネサンス期における火薬・羅針盤・活版印刷術を指す。いずれも中国が起源だが、欧州で改良され、普及した。特にグーテンベルクが発明した活版印刷は、人々の生活に大きな影響を与えた。
それまでの書物は手書きで、部数も限られていたため、一部の特権階級の所有物だった。だが、印刷という方法によって、誰もが知識を得やすくなった。
そして今、インターネットやSNSが普及し、情報量は膨大になった。しかし、それに伴って根拠なきデマや中傷も増大した。正確かつ有益な情報はもとより、混迷の時代だからこそ、勇気と希望に満ちた言葉が必要であろう。
ロシアの文豪ドストエフスキーは論じた。「勇気と美しい生涯の実例は、スキャンダルや醜悪な事件より、百倍も大きな利益を社会に貢献するのではなかろうか」(米川正夫訳『ドストエーフスキイ全集20』河出書房新社)
池田先生の言葉や同志の体験談など、文豪が洞察した"人間のもつ偉大な力"の「実例」をつづってきたのが、聖教新聞である。
あす24日は本紙の「創刊原点の日」。1950年(昭和25年)の8月24日、戸田先生と池田先生が機関紙創刊の構想を語り合った。この師弟の語らいが淵源となり、翌年4月、聖教新聞は産声を上げた。
以来、本紙は「人間の機関紙」として発展。本年4月には創刊70周年を迎え、大文字化やカラー紙面の倍増など、読みやすいよう工夫を重ねてきた。聖教電子版は現在、210カ国・地域からアクセスがあり、時代に応じた"価値創造の歩み"を続ける。
30年以上にわたり、本紙を愛読する友人が語っていた。「一般紙が社会や経済を切り口として"小さな人間"を報道しているのに対し、聖教新聞は"一人の人間がいかに偉大であるか"ということを教えてくれます」
こうした読者をはじめ、「無冠の友」(配達員)、通信員、新聞長ら本紙を支えてくださる全ての方々に感謝は尽きない。
かつて池田先生はつづった。「一つ一つ、『活字』として厳然と残していく。必ず、それが人類の精神遺産を豊かにし、未来への光になると確信するからだ」と。
師の思いを胸に、聖教新聞はこれからも、人間主義の言論で未来への希望を紡ぎ出していく。

☆四季の励まし 舵を切れ 生命尊厳の時代に 2021年8月15日
◇池田先生の言葉
宗教者が返るべきは、
あらゆる差異を払った
「人間」「生命」という
原点であり、
この普遍の共通項に
立脚した対話こそ、
迂遠のようであるが、
相互不信から相互理解へ、
分断から結合へ、
反目から友情へと
大きく舵を切る
平和創造の力となる。

胸襟を開いた
語らいによって、
核兵器の廃絶を願う、
素朴な人々の
思いを汲み上げ、
結集していってこそ、
時代を動かす
大きな平和の潮流が
つくられる。

世界の平和とは、
お母さんが
幸福になることである。
一日また一日、
まじめに生き抜く女性が、
一番、幸福を勝ち取って
いくことである。
そのように、
文明の中心軸を
変えていくことが、
広宣流布であり、
立正安国である。

一人一人が、
全世界の平和と
民衆の幸福を成し遂げゆく
「主体者」であり、
「責任者」である。
さあ、共に出発しよう!
我らこそ、
世界平和の先導者なり!

人間と社会の現実に
どこまでも関わり、
人間生命そのものを
変革し、
内なる智慧と慈悲を
開発していく以外に、
真実の平和はない。
そのためにも、
人間革命の宗教が
絶対に必要なのだ。

我らの人間革命の前進が、
戦争と決別し、
生命尊厳の世紀を開く
確かな光明だ。
この大情熱で、
「地涌の陣列」即
「平和の陣列」を
幾重にも拡大して
いこうではないか!

【写真説明】陽光きらめく大海原を、一隻の船が白波を立てて疾走する。1999年(平成11年)2月、池田大作先生が、東京と沖縄間の機内からシャッターを切った。
太平洋戦争で国内最大の地上戦が行われ、多くの尊い命が奪われた沖縄。先生は同月、本部町の沖縄平和記念墓地公園を初訪問し、「永遠平和の碑」の除幕式へ。同碑の前で厳粛に題目を唱え、力強く語った。「もう二度と、沖縄に戦争はない」と。それは"戦争で苦しんだ地を、断じて平和の楽土に"との師子吼であった。
きょうは76回目の「終戦の日」。全ての戦没者に祈りをささげ、不戦の誓いを深める日である。

2021年8月22日日曜日

2021.08.22 わが友に贈る

未来部は一人ももれなく
「法華経の命を継ぐ人」。
君にしか果たせない
偉大な使命がある!
信心根本に勉学第一で!

法門申さるべき様の事 P1268
『総じて日蓮が弟子は京にのぼりぬれば始はわすれぬやうにて後には天魔つきて物にくるうせう房がごとし、わ御房もそれていになりて天のにくまれかほるな。のぼりていくばくもなきに実名をかうるでう物くるわし、定めてことばつき音なんども京なめりになりたるらん、ねずみがかわほりになりたるやうに鳥にもあらずねずみにもあらず田舎法師にもあらず京法師にもにずせう房がやうになりぬとをぼゆ、言をば但いなかことばにてあるべしなかなかあしきやうにて有るなり』

【通解】
総じて日蓮の弟子は京に上ると、初めのうちは(初心を)忘れないようであるが、後になると天魔がついて正気を失ってしまう。少輔房のようなものである。三位房、あなたもそのような姿になって諸天に憎まれないようになさい。京に上って、いくらも経ってないのに、実名を変えたということであるが、狂っている。きっと言葉つきや発音なども、京なまりになったことであろう。ねずみがこうもりになったように、鳥でもなくねずみでもなく、田舎法師でもなく京(みやこ)法師にも似ていず、少輔房のようになってしまったと思われる。言葉は、ただ田舎言葉でいるがよい。(どっちつかずなのは)かえって見苦しいものである。

名字の言 徹底して"猫の立場"に立つ動物写真家 2021年8月22日
自分も猫になったような気分になる。東京富士美術館で開催中の写真展「岩合光昭の世界ネコ歩き」を見た▼動物写真家の岩合さんは、徹底して"猫の立場"に立つ。猫が嫌がることは決してしない。猫と目線を合わせるため、地べたに這いつくばってカメラを向ける。「ネコが主人公なのだから、ネコの立場になって考える」ことが信条という(『ネコを撮る』朝日新書)。同じ目線に立つことの重要性は人間同士も同じ。まして上下関係になりがちな大人と子どもであれば、なおさらだ▼本紙を愛読してくださるある教育者は、池田先生が子どもと向き合う姿を収めた写真を見るたびに感銘を深くするという。「膝を折って子どもの目の高さに合わせておられる。子どもより低い時もある。子どもを尊敬しているからこそ、自然とあのような振る舞いになるのでしょう」▼御書には「鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(769ページ)と。尊敬は尊敬を生み、軽蔑は軽蔑を生む。子どもと思って下に見てはならない。後継者の育成といっても、その根本は相手を「宝の人」と見ることだろう▼「未来部躍進月間」(31日まで)も大詰め。学会創立100周年の主人公たちと成長の夏の総仕上げを!

寸鉄 2021年8月22日
まず勝つと決める事だよ—戸田先生。さあ下半期。皆で必勝の祈り合わせて
御書「弱兵を先んずれば強敵倍力を得る」。幹部が勇敢に拡大へ!範示す時
一日を短き一生と見よ—内村鑑三。栄光の未来は今の勝利に。挑戦の魂で
心の健康保つ鍵は人との交流—研究。会えずとも電話・オンライン上手に
妊婦の接種は時期問わず勧めると医学会。命守る選択を。嘘に惑わされず

☆学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 第18回 率先垂範の使命
今月24日は、池田先生の入信74周年の記念日であり、「壮年部の日」です。私たち壮年部の使命について、壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から池田先生の指導を紹介します(指導集140ページから143ページを抜粋)。

●率先垂範の使命
〈広宣流布の「柱」〉
広宣流布という壮大なる建築の柱は壮年であると、伸一は確信していた。日蓮大聖人の時代、在家の中心となって活躍していたのは、いずれも壮年信徒であるからだ。
たとえば、鎌倉の中心人物であった四条金吾が、竜の口の法難で、殉死の覚悟で大聖人のお供をしたのは、四十歳ごろである。そして、極楽寺良観の信奉者であった主君の江間氏を折伏し、所領を没収されるなどの迫害が打ち続くなか、果敢に戦い抜いたのは、四十代半ばからである。(中略)
この壮年たちが、今こそ立ち上がろうと、勇猛果敢に戦い、同志を励ましていったからこそ、大法難のなかでも確信の柱を得て、多くの人びとが、信仰を貫き通せたにちがいない。
壮年がいれば、皆が安心する。壮年が立てば、皆が勇気を燃え上がらせる。
壮年の存在は重い。その力はあまりにも大きい。
(小説『新・人間革命』第10巻「桂冠」)

〈笑顔と安心を届ける存在〉
我ら創価家族には、世界一の太陽の母たちと共に、何と頼もしい「おやじさん」「おじさん」が光っていることか。
大切な同志のため、宿縁の地域の方々のため、仕事で疲れていても、一軒また一軒と歩き、笑顔と安心を届けてくれる。
とりわけ、支部長、地区部長、ブロック長をはじめ、最前線の壮年リーダーたちが、広宣流布という民衆の安全地帯の拡大をいかに担い、支えてくださっているか。(中略)
万事において体当たりで苦難と戦い、「信心即生活」「仏法即社会」の道を切り開いているのが、わが壮年部の戦友たちなのである。
(『随筆 民衆凱歌の大行進』)

〈地域に励ましのネットワークを〉
壮年は、一家の大黒柱である。社会の黄金柱である。人生経験が豊富で、社会の信頼を勝ち取ってきた壮年が、地域建設に立ち上がる時、広宣流布は大きく加速していく。
日蓮大聖人御在世当時を見ても、富木常忍、大田乗明、曾谷教信らの壮年信徒が、門下の中心となり、地域広布を担ってきた。
壮年が、率先垂範で広宣流布を推進していってこそ、学会の重厚な力が発揮され、社会に深く根差した運動を展開していくことができるのだ。たとえば、学会の最前線組織である各ブロックに壮年の精鋭五人が集い、団結のスクラムを築くならば、地域を支える堅固な新しい柱が立つ。その柱が林立すれば、地域社会に、未来を開く創造と励ましのネットワークを広げることができよう。
(小説『新・人間革命』第28巻「広宣譜」)

2021年8月21日土曜日

2021.08.21 わが友に贈る

「陰徳あれば陽報あり」
人知れぬ労苦を重ね
わが責任を果たし抜く。
この地道な実践に
大福運が積まれる!

妙心尼御前御返事 P1480
『一切の病の中には五逆罪と一闡提と謗法をこそおもき病とは仏はいたませ給へ今の日本国の人は一人もなく極大重病あり所謂大謗法の重病なり』

【通解】
また一切の病のなかでは、五逆罪と一闡提と謗法をこそ重病であると仏は心を痛められています。今の日本国の人は、一人も残らず、極大重病の人です。いわゆる大謗法の重病です。

名字の言 「寝ていても団扇の動く親心」——親子の縁に思う 2021年8月21日
江戸川柳に「寝ていても団扇の動く親心」と。酷暑でエアコンが欠かせない現代人にも響くものがあるに違いない。疲れて体は寝入っても"寝苦しくないか""虫に刺されはしまいか"と、心が子から離れることはない。親とはそういうものだろう▼ある研究によると、西暦2000年までに生まれた人間の総数は、試算で1120億人余りだという。ならば、その中で親子になるという出来事は"奇跡"ともいえよう▼ある女性部員は、長女がダウン症と診断された。当初、母となった彼女は悲嘆に暮れる月日だった。だが、ゆっくりでも確かな成長を刻み、生きる手応えを伝えてくる娘の姿に強く誓った。"大切な命を守り抜く。その尊い行為に自分の命を使う"と▼あれから40年。この間、彼女は娘を立派に育てながら、学会のリーダーを務めた。さらに数々のボランティア活動を国内外で展開した。わが子の命を守ると決めた使命は、周囲や世界の人々を守り支えるまでに広がった▼池田先生は「子どもが、自分に、そしてまた家族に、最高の生き方へと進むきっかけを与えてくれるのです」と語る。ならば、親子の縁は奇跡や偶然と言うだけでは片付けられない。幸福の人生を築くための深い宿縁である。

寸鉄 2021年8月21日
確信のあるところ必ず勇気に満ちる—恩師。今日も勝つとの祈りから出発
副役職者が元気な地区は広布が伸展。一人立つ友の結合が最強の団結なり
「四表の静謐を祷らん者か」御書。社会の安穏へ立正安国の対話に邁進!
変異株、職場でも窓を開け送風機での換気等を—医師。更に念入りに対策
川の事故、複数人でいる時に多数発生。「誰かが見ている」との油断は禁物

〈社説〉 2021・8・21 "育自日記"ポエム編から
◇子育ての日常に幸せを再発見
"育児は育自"をテーマにした読者投稿コーナーが、本紙教育欄で20年を超え続いている。
子育ては大人が子どもに一方的に教える関係ではなく、大人が子どもから教わることもたくさんある。育児は大人自身を育てる"育自"にもつながっている。その気付きを得た読者からの投稿は、切り取る日常が変わっても、昔も今も本質は変わらない。
先日、同欄の新企画として、子どもや家族との触れ合いを詠んだ「詩」を募集したところ、担当者の予想を超える数の作品が届いた。詩を作ろうと意識することで、子どもの言動の面白さに敏感になり、ともすれば密着した親子関係で起こりがちなイライラが軽減されることもある。出来上がった作品は、将来、子どもに贈るプレゼントにもなろう。
すでに紹介された作品には——「もっとしゃべることができたら/私は不安にならずにすむの?/もっと寝てくれたら/私は自由になれるの?」と子育ての葛藤の「渦中」をつぶさに表現したもの。「『ごめんねは?』/小さなあなたに/何回叱って/何回言わせた言葉でしょう/そんな私を許してくれていたのは/あなただったことに/今ごろ気付いているのです」と、子どもへの感謝が綴られたものもあった。
早速、読者から「世界中、暗いニュースばかりの中、心の汚れを落としてくれるすてきな詩だった」などの感想が寄せられた。
子育て真っ最中は無我夢中。一刻も早く手が掛からなくなってほしい、もっと自由な時間がほしいと願うこともある。けれども、「後で振り返ると、大変と思う時が、一番充実していた」との視点を自らの言葉で綴った読者の投稿は多い。改めて幸せとは、遠い先にあるのではなく、懸命に励む日々の中にこそあると教えられる。
育児の周辺にいる大人の言葉育てに携わってきた詩人・エッセイストの浜文子さんは、「聖教新聞の読者は、人生の意味を自身に問い掛け、真剣に生きている方が多いからこそ、日常の生活から表現のもととなるたくさんの気付きを得られるのでしょう」と語っていた。
詩の素材と同じように、幸せのもとは、普段の日常に無数に隠れているもの。その"財宝"を言葉の力で見つけ出す一助を本紙で担えれば幸いだ。

☆ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち 第10回 ジョセフ・ロートブラット
〈ロートブラット〉
使命を果たすには、あまりにも
なすべきことが多くありすぎて
とても疲れている暇はない。

1945年8月、世界は第2次大戦の終戦を迎えた。だが、その後も軍拡競争が続き、人類の危機は続いていた。
こうした流れに警鐘を鳴らすため、57年、核兵器と戦争の廃絶を目指す科学者の組織「パグウォッシュ会議」が発足する。その中心者の一人が「行動する科学者」として名高いジョセフ・ロートブラット博士である。
「使命を果たすには、あまりにもなすべきことが多くありすぎて、とても疲れている暇などなかったのです」
そう語る博士が、96年の生涯の大半を「平和闘争」に捧げるきっかけとなったのは、幼少期の戦争体験である。
生まれはポーランドのワルシャワ。比較的裕福な家庭で育ったが、その生活は5歳の時に起きた第1次世界大戦によって一変してしまう。家業が壊滅的な打撃を受け、一家は日々の食事にも事欠くほど、苦しい状況に追い込まれた。悲惨な現実を前に「戦争は絶対悪」との気持ちを強く刻み付けたという。
幼い心に希望の光を与えたのは空想科学小説だった。月旅行や海底旅行など、本の中に広がる、夢のような別世界。科学への興味をかき立てられたロートブラット少年は思った。"もし科学に力があるなら、なぜこの空想小説が作り話で終わる必要があるのだろうか。科学者になって、人々の苦しみを解決し、戦争なき世界をつくりたい"
しかし科学者になる道は、容易ではなかった。高校に行く必要があっても、家庭には学費を払う余裕がない。それでも逆境に屈せず、昼は電気技師として働き、夜は本を読み、物理学の勉強に励んだ。その努力が実を結び、夜間コースのあるポーランド自由大学に入学する。
そこで師となるヴェルテンステイン博士と出会い、物理学・核物理学の知識や、科学に対する基本的な考え方を学ぶ。「人間として尊敬できる師を持てたことは、本当に幸せなことでした」
やがて学位を取得。ここから本格的な「科学の旅」「平和の旅」が開始されたのである。

〈ロートブラット〉
池に小石を投げれば波紋が
広がるように、どんな人にも
社会や物事を変えていく力がある。

1939年、ロートブラット博士はトーラ夫人をワルシャワに残し、イギリスのリバプール大学に留学する。語学などの苦労は多かったが、核物理学の研究が評価され、新たな奨学金の支給が決定。夫人を呼び寄せるために一時帰国した。
ところが、夫婦で出国しようとした矢先、夫人が虫垂炎に。博士だけが先にイギリスに戻った。ナチス・ドイツがポーランドに侵攻したのは、その2日後のことである。夫人はホロコーストの犠牲となり、再び二人が出会うことはなかった。
長く、深い悲しみが博士を襲った。その中でも増していく戦争の脅威。やがて博士は、核物理学に詳しい一人として、アメリカの原子爆弾開発を目的とした「マンハッタン計画」に参加する。"もしもドイツが先に原爆を持てば、恐ろしいことになる"。葛藤の末の結論だった。
その後、ドイツが製造しないことが分かり、目的がソ連を抑え込むことであるとの情報を得た博士は、ただ一人、計画を離脱する。"ソ連のスパイ"と疑われ、事実無根の中傷を浴びても、自らの良心に従った。
しかし、残る科学者たちによってマンハッタン計画は進められ、45年8月、広島と長崎に原爆が投下されてしまう。
「私の心をその時、占めていたものは、『絶望』でした」
一報を聞いた博士は、言葉に尽くせぬ衝撃を受けた。同時に「核兵器の開発競争」が始まるとの危機感を抱く。責任を痛感し、誓った。「人生の残りを核爆弾が二度と使われないようにすることに捧げよう」
科学者が連帯し、人類の滅亡をもたらす兵器の開発を防がねばならないとの強い使命感で、46年に「原子力科学者協会」を設立。また、核の恐怖を伝える展示会の開催に精力を注いだ。自身の研究も核物理学から放射線医療へと転向している。
55年には、核兵器の禁止を訴える「ラッセル=アインシュタイン宣言」に、著名な科学者らの一人として署名。この2年後、宣言に基づき「パグウォッシュ会議」が創設された。
博士は、人生の最後の瞬間まで平和のために戦い続けた。その理由を次のように語る。
「私は民衆が、社会に影響を与える力を持っていると信じます。どんな努力も無駄にはならない。池に小石を投げれば波紋が広がります」「そして、どんな人にも、社会を変えていく、この波紋を生み出す力がある。私たち一人ひとりには、ものごとを変える力があります」

〈ロートブラット博士を語る池田先生〉
巨大な凶器を根絶するための
武器は「言葉」だけだった。
仏法も「声仏事を為す」と説く。
我らも「声」「言葉」「対話」で
正義と幸福を拡大していくのだ。

ロートブラット博士がマンハッタン計画を離脱した1944年の11月。日本では、創価の先師・牧口常三郎先生が獄中で正義の殉教を遂げた。
パグウォッシュ会議が発足された57年は、くしくも恩師・戸田城聖先生が「原水爆禁止宣言」を発表した年でもある。
初代・2代の平和の精神を受け継ぐ池田大作先生と博士が最初の出会いを結んだのは、89年10月11日。場所は、池田先生が若き日に権力との人権闘争を貫いた大阪の地であった。
2度目の語らいは2000年2月10日、悲惨な地上戦の舞台となった沖縄で。翌日は、戸田先生の生誕100周年。その佳節に当たり、池田先生が創立した戸田記念国際平和研究所から博士に「戸田記念平和学賞」が授与された。
この折、博士は語っている。「私は疲れることを、自分に許さないのです」と。平和の松明を赤々と燃やし、翌年には開学間もないアメリカ創価大学で記念講演を実施。「9・11」のテロ事件の余波が続く中、青年たちの未来に心から期待を寄せた。
さらに、池田先生と博士は往復書簡を通じて対話を重ね、対談集『地球平和への探究』(潮出版社)を発刊。その推敲作業の一切を終えた05年8月、「行動する科学者」は96年の尊い生涯を閉じた。それは、広島・長崎への原爆投下から60年という節目の時でもあった。
「世界平和」という大目的で結ばれた博士との親交を振り返り、先生は広布へ戦う同志の魂を鼓舞してきた。
「博士は、みずからも製造にいったんはかかわった『核兵器』という巨大な凶器の根絶のために戦い続けた。その戦う"武器"は、何であったか。博士は述懐しておられた。(中略)
『私たちの武器は、人間同士の理性に基づく討議によって導かれる「言葉」だけでした。その言葉をもって相手を説得する。それが、私たちが続けてきた平和運動の根幹だったのです』
仏法でも、『声仏事を為す』(御書708ページ)と説かれる。『声』の力で、『言葉』の力で、『対話』の力で、正義と幸福を拡大していくのだ」(05年9月12日、各部代表協議会でのスピーチ)
「博士は、私にこう語ってくださった。『楽観主義は、私の倫理です。それは宗教ではありませんが、あなたの宗教に似ているかもしれません。私と池田会長は、異なる立場から出発して、同じ結論に達しました』
人類の幸福と平和への戦いは、暗く悲壮なものでは絶対にない。ここには、正義を行っているという不動の信念と輝く希望があるからだ。(中略)
険難の峰に挑んで流した、苦闘の汗も涙も、すべて充実の喜びと変わる。見よ! 広宣流布の栄光の未来は、燦たる光に包まれ、洋々と広がっている。
さあ、新たな快進撃だ! 朗らかに進もう! どこまでも、またいつまでも!」(本紙05年9月27日付「随筆 人間世紀の光」)
終戦から76年となる夏。平和原点の地・広島をはじめ、創価の友が流す労苦の汗は、全てが未来の幸福勝利の因となる。

2021年8月20日金曜日

2021.08.20 わが友に贈る

5教学実力試験に挑戦する
智勇兼備の学生部よ!
剣豪の修行の如き鍛錬で
「行学の二道」を邁進!
民衆を守る英知の人に。

椎地四郎殿御書 P1448
『僧も俗も尼も女も一句をも人にかたらん人は如来の使と見えたり』

【通解】
僧も俗も尼も女も、一句でも他人に語る人は如来の使いである。

名字の言 どこで人と「差」がつくのか——男子マラソン・大迫選手 2021年8月20日
「誇れるレースができた。そのことが僕にとっては何事にもかえがたい勝利」とは、東京五輪の男子マラソンで6位入賞を果たした大迫傑選手の言葉。終盤の激走に、胸を熱くした人も多かっただろう▼長年、トップランナーとして活躍するが"僕よりも速い選手はいくらでもいた"と大迫選手。では、どこで差がつくのか。その理由を"自分がダメな時に頑張れるかどうか"と語る▼ライバル同士で互いに頑張っている時は、差はつきにくい。違いが生まれるのは、故障や不調の時。彼はどんな状態であっても"練習しない日"をつくらなかったという。「いつもと同じことはできないかもしれない。でもその中で、今の自分ができる範囲の努力をし続けること」と記す(『走って、悩んで、見つけたこと。』文藝春秋)▼感染症の再拡大や、長引く豪雨への警戒が続く。マラソンでいえば、霧で先の見えない中を走っているようなもの。だがそんな時こそ、足元を見つめ、知恵を湧かせ、自らの歩みを止めないことが大切だろう▼仏法は「現当二世」と説く。「今」の生き方が「過去」を意味あるものにし、「未来」を決定づける。「月月・日日に」(御書1190ページ)との心で、今日なすべきことに全力を尽くしたい。

寸鉄 2021年8月20日
「一流は皆、迅速だ」恩師。戦いは先手必勝。幹部率先で走り激励の大波を!
「意が声とあらはる」御書祈りを込めた声は必ず届く。粘り強い語らいこそ
夏休み明けは子の不登校増加。休み中も小さなSOS見逃さぬよう傾聴を
歩きスマホの危険性は想像以上—識者。重大事故多し。少しだけが命取り
首都圏の感染者の95%がデルタ株と。侮らず"しく"恐れ基本対策順守

☆池田華陽会御書30編 研さんのために 乙御前御消息
◇「勇気」が青春勝利を開く
今月は「乙御前御消息」を学びます。池田先生はつづられました。
「『乙御前の母』が、どれほど真剣に信心に励んできたか。それは、大聖人が全て御照覧です。しかし、幼き乙御前を抱え、逆境の中にいることは変わりません。そこで、大聖人は励まされています」「今こそ、もう一重、深く、強く、勇気を奮い起こしなさい。必ず大きく打開できるのです、との大激励です。この今一重深きに就く勇気の継承者こそ、わが『従藍而青』の青年たちであります」
日蓮大聖人が、乱世を生き抜く女性門下に示された「今一重」との勇気の信心を学び、日々、自分らしく「人間革命」の勝利劇をつづっていきましょう。

◇本抄について
本抄は、建治元年(1275年)8月、日蓮大聖人が身延で認められました。あて名は「乙御前」ですが、内容は乙御前の母に対して送られたものです。
乙御前の母は鎌倉の門下で、夫と離別し、幼い娘を一人で育てながら、純粋な信心を貫きました。大聖人の佐渡流罪中には、遠路はるばる佐渡へ足を運び、大聖人から「日妙聖人」という最高の称号を贈られています。
本抄の御執筆当時、再びの蒙古襲来の可能性に世間は騒然としていました。しかしこの時も、乙御前の母は求道の心で大聖人のおられる身延を訪れます。
本抄は、大聖人が、一点の迷いもなく師弟共戦を貫く、女性門下の「幸福」と「勝利」を心から願い、いよいよ強盛に信心に励むよう呼び掛けられたお手紙です。

◇御文
『是は御ために申すぞ古への御心ざし申す計りなし・其よりも今一重強盛に御志あるべし、其の時は弥弥十羅刹女の御まほりも・つよかるべしと・おぼすべし、例には他を引くべからず、日蓮をば日本国の上一人より下万民に至るまで一人もなくあやまたんと・せしかども・今までかうて候事は一人なれども心のつよき故なるべしと・おぼすべし』(1220ページ10行目〜13行目)

◇通解
これは、あなたのために申すのである。あなたの前々からの御志は立派であり、とても言い尽くせない。しかし今、それよりもなお一重強盛な信心の御志に立ちなさい。その時はいよいよ十羅刹女の守りも強くなるのだと思いなさい。
その例は他から引くには及ばない。この日蓮を日本国の上一人より下万民に至るまで、一切の人々が害しようとしたが、今までこうして無事に生きていられることは、日蓮は一人であっても、法華経を信ずる心が強いゆえである(だから諸天の守りも強い)と確信していきなさい。

◇解説
妙法には、計り知れない力があります。それを最大に引き出すものは、自らの強き「信心」です。
日蓮大聖人は本抄で、佐渡へ、身延へと、師匠を求めて訪れた、乙御前の母の信心を称賛され、「必ず諸天善神もお守りになり、十羅刹女も心をかけてくださることでしょう」(御書1220ページ、通解)と励まされます。
さらに、目の前の一人の女性門下を心から尊び、語り掛けるように「法華経は女性のためには、暗い所で灯火となり、海を渡る時に船となり、恐ろしい所では守りとなることを誓っています」(同ページ、通解)とつづられました。
この一節に、大聖人の"あなたが幸せになることは、経文に照らして絶対に間違いない"との大激励のお心が拝されます。仏法は、苦しんでいる人の最大の味方なのです。
続いて、人が生まれた時から左右の肩に付き添い、常にその行動を、交互に天に報告するといわれる「同生天・同名天」の働きを通し、誠実で真面目な信心の実践を、誰が見ていなくとも、諸天善神がすべて承知していることを示されます。
さらに妙楽大師の言葉を引用され、「心の固き」(同ページ)、すなわち、信心の強い人、広宣流布への心が固い人に、諸天善神の守護は、必ず強く現れることを述べられました。
そして掲げた御文では、"これはあなたのために申し上げるのです"と前置きをされ、まず、これまでの乙御前の母の信心を、改めて心からたたえられます。
その上で、あえて「今一重強盛に御志あるべし」と仰せです。いかなる時にも"もう一重"と、深き誓いを込めて祈り、前進する「勇気の信心」に、諸天善神の守護は、いよいよ厳然と現れるのです。
続く「例には他を引くべからず」では、「心の固き」信心で、妙法を実践してきたのは、大聖人御自身であることを教えられています。
そして、これまで命に及ぶ大難に遭われながらも、全て勝ち越えてこられた理由を「心のつよき故なるべし」と仰せです。
すなわち、"信心が強かったゆえである"と明かされ、門下にも、師と同じ「勇気の信心」で、断じて幸福になり、勝利していくことを呼び掛けられました。
私たちは「信行学」の実践を根本に、師弟不二の信心を磨き、青春勝利を開いていきましょう!

◇池田先生の指針から
因果の理法は厳正です。
仏法の世界に、小才や要領は通用しません。地道に取り組んだことは全部、わが身の福徳の果報となって戻ります。真面目に戦った人は、絶対に守られます。真剣な人は、必ず報われます。(中略)
私自身、戸田先生のもとで一切の陰の戦いをやり抜きました。(中略)
現在の私の一切は、戸田先生をお護りし抜いた福徳の果報であると、断言できます。これが仏法の世界です。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第3巻)
◇ ◆ ◇
大聖人は、たった一人であっても、こうして堂々と勝ってきたのは、「心の強き」ゆえであると結論されています。
この「心の強き」の対極が、「臆病」です。(中略)
臆病に勝ち、深き信心の志に立つことが勇気です。偉大な人生の勇者の道です。(中略)
「勇気ある信心」、それ自体が、仏界に通じます。我ら創価の師弟は、永遠に、この「勇気の力」をもって戦い、勝っていくのです。(『わが愛する青年に贈る』)

研さんのために
○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第3巻(聖教新聞社)
○…『わが愛する青年に贈る』(同)

2021年8月19日木曜日

2021.08.19 わが友に贈る

相手の声に耳を傾け
心ゆくまで語り合う。
この納得と共感から
広布への決意が生まれる。
目の前の一人を大切に!

蓮盛抄 P153
『止観に云く「師に値わざれば邪慧日に増し生死月に甚し稠林に曲木を曵くが如く出づる期有こと無けん」云云』

【通解】
摩訶止観に「師にあわなければ邪な智慧が日ごとに増し、生死の苦しみは月ごとに甚だしい。密林に曲がった木を曳くように、生死の苦しみから出る時期がない」とある。

名字の言 励ましの"時"を逃さず 2021年8月19日
広島県内で高速道路を走行していると、突然の豪雨に見舞われた。13日朝のことだ。サービスエリアに避難した後、道路は封鎖された▼途方に暮れていた時、近くの店の従業員が声を掛けてくれた。「大丈夫ですか」。東京の友人からもSNSで連絡が届いた。「ニュースを見ました。題目を送ります!」。励ましには、直接・間接を問わず"時"こそ肝心なのだと、感謝が込み上げた▼小説『新・人間革命』第16巻「羽ばたき」の章には「昭和四十七年七月豪雨」の場面が描かれている。秋田県では、山本伸一が出席予定だった記念撮影会が安全を考慮して中止に。空いたスケジュールの使い方を幹部が問うと、伸一は答えた。「記念撮影会はなくなったが、私は、秋田へは行きます!」▼「何事にも、時がある。今こそ、生命を削る思いで、秋田の同志を激励すべき時なんです」。44歳の伸一は現地で陣頭指揮を執り、被災した他県の同志にも電報を打った。電光石火の激励に、友は再起を誓った▼各地で観測史上最多の大雨による被害が出ている。直接会いに行くことは危険を伴う場合も。ならば電話やメール、SNSなどで励ましを送りたい。その真心が被災者の勇気を呼び覚まし、復興への一歩となる。

寸鉄 2021年8月19日
「声もをしまず唱うるなり」御書。苦難の時こそ題目。変毒為薬の祈りを
人材は見つけ育てるもの—戸田先生。人材は必ずいる。今日も激励、地道に
未来部の各種コンクール締切迫る。挑戦の心育む夏に。宝の友を皆で応援
高齢者は屋内でも熱中症に注意。水分・塩分補給と空調活用。周囲で声掛け
世界人道デー。生命尊厳、万人平等の思潮を今こ拡大。一対一の対話更に

☆御書カフェ 華陽姉妹の語らい 今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり 2021年8月8日
◇御文
『今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり』(弥三郎殿御返事、1451ページ)

◇通解
自分が今まで生きながらえてきたのは、このことに遭うためである。

◇教えて
大事な「今」を、悔いなく頑張り抜きたいです。

◇池田先生の指導
青春にも、人生にも、正念場があります。勝負所があります。
その時に、負けじ魂を明々と燃やして戦えば、大きな未来が開かれます。勇気があれば、自分で希望を創り出せるのです。
強く朗らかに友と励まし合い、「心の財」を積みながら、勝利の劇を綴りゆこう!(2020・7・15付、「創価新報」掲載の「池田先生が語る青年への指針〈勝ちゆく君へ〉」)
◇ ◆ ◇
私は、恩師・戸田城聖先生の誓いと戦いを、すべて受け継ぎ、一人立ち上がった。
どんな広宣流布の闘争でも、常に先陣を切った。大変なところや、皆が避けるところに、勇んで飛び込んで、勝利の実証を示してきた。ゆえに、何も恐れるものはない。後悔もない。
青年部の諸君は、この誇り高き後継の道を、胸を張って晴れ晴れと進んでいただきたい。そして、「私は勝った! 我らは勝った!」と満天下に言いきれる青春を、勇敢に走りきっていただきたいのだ。(『勝利の人間学』)

☆紙上セミナー 仏法思想の輝き 四国ドクター部長 橋口淑夫
◇地元密着の開業医
四国ドクター部長 橋口淑夫
【プロフィル】はしぐち・よしお 徳島大学医学部を卒業。徳島市内で「橋口内科クリニック」を開業。66歳。1964年(昭和39年)入会。徳島市在住。副圏長。

◇心のこもった医療を
もうすぐ、お盆の時期を迎え、お休みをとる方もいると思います。
しかし、私たちの命を支える心臓には、"休み"がありません。心臓は、1分間に約60〜80回、1日に約10万回、拍動を繰り返して血液を全身に送り続けています。1日に送り出す血液量は、ドラム缶約40本分。重さ200〜300グラム、握りこぶし大の心臓は、とても働きものなのです。
心臓は繊細でもあります。初恋の時のドキドキ感。妻に怒られると分かった時の恐怖感(笑い)——緊張することで自律神経が働くため、鼓動が激しくなります。
そんな心臓にとって、夏の暑さは大敵です。脱水症状によって血栓ができ、心筋梗塞を発症する事例が見受けられます。尿量が少なくなったり、尿の色が濃くなったりしたら、脱水の疑いがあります。
新型コロナウイルスの感染が続く今夏も、マスクを着用するので、熱中症のリスクも高まります。日傘や帽子を積極的に使ったり、水分と塩分を小まめに補給したりするなど、暑さ対策を行いながら、健やかな生活リズムを整えてください。

◇蘇生する力
私が"町のお医者さん"として、生まれ育った地元にクリニックを開業して本年12月で30年。医師を志すきっかけとなったのは、ある開業医の存在でした。
1962年(昭和37年)、自宅で就寝中だった父の容体が急変。深夜にもかかわらず、近所の医師が駆け付けて、懸命に父の治療に当たってくれました。しかし、父は息を引き取ります。享年37。私が7歳の時でした。
その後、父の姉が、弟を亡くした悲しみに暮れる中、創価学会に入会。伯母から折伏されて、私たち一家も信心を始めました。後に母は肝臓を悪くしますが、信心をしていたおかげで明るい家庭に。子どもながらに私は、父の死や母の病もあって、医学に関心をもつようになりました。
そして、父をみとってくれた医師に倣って、"患者さんに寄り添う医師を目指そう"と生きる道を決め、題目を唱えるようになりました。
日蓮大聖人は、「妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり」(御書947ページ)と仰せです。仏法には、人生の苦難を乗り越え、蘇生していく力が脈打っています。病苦と死苦、経済苦にも悩んだわが家でしたが、信心で全てを乗り越え、今があります。
3年前もそうでした。ある冬の朝、妻と一緒に週1日の聖教新聞の配達を終えた時、妻から「車の運転がおかしいよ」と指摘されました。自覚症状はなかったものの、すぐ救急病院を受診すると、脳梗塞が見つかったのです。入院翌日には右手がしびれ、字も書けず、箸も持てなくなるように。
しかし、信心していたからこそ悲観することなく、病に立ち向かえました。同志の励ましもあって、入院を10日間で終え、診療に復帰。受診が遅れていたら、後遺症をもたらしていたかもしれません。
患者の側に立ったことで、医療関係者への感謝を深めるとともに、"心を込めて患者さんに向き合おう"と決意を深める転機になりました。

◇人の輪の中へ
かつて池田先生は、ドクター部へ次の御文を贈ってくださいました。
「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ」(御書1361ページ)
日蓮仏法では、信心の具体的な実践の「行」と、仏法哲理を研さんする「学」を、仏道修行の「両輪」として重んじています。
仏道修行に励むことで、苦しんでいる人の心に寄り添い、励ましを送ることができる——そんな思いでこの御文を拝し、時間をこじ開けるように創価学会の活動に挑戦してきました。
学会の座談会など、人の輪の中に飛び込んで感じるのは、人生の苦悩は多面的ということです。診察室だけでは知り得ない、発見ばかりでした。病を抱えながらも、喜々として「行学の二道」に励む方の信心に触れるたびに、私も勇気づけられました。
中学生だった長男が不登校になった時は、妻と共に真剣に題目を唱え、活動に挑戦。「一番苦しんでいるのは息子なんだ」——そう気付かされ、親として成長することで打開しようと祈りを深めました。乗り越えるまで歩んだ月日は、信心の原点です。
これまでの経験を通して、診察の際は、会話に「間」を置くようにしています。なぜなら患者さんは、言い残したり、聞きそびれたりすることがあるからです。
そして、患者さんが診察室を出る直前の、励ましの一言を大切にしています。たとえ大変な病でも、少しでも明るい気持ちで帰ってもらいたい——そんな思いで診察に励んでいます。
これからも、愛する地域の皆さんが「生きていて良かった」と安心してもらえるよう、心のこもった医療に全力を注いでいきます。

◇[視点]妙法は良薬
創価学会では、条件や環境に左右されることのない、幸福境涯を得ることを信仰の目的にしています。
橋口さんは、「学会員さんは、闘病中も前向きな方が多く、治療経過も良いと感じます」と語っていました。仏法は医学を重んじ、医学を生かしながら病気を治癒しようと考えます。治療の効果を引き出す上で大切なのは、患者自身の生命力です。
日蓮大聖人は、「法華経と申す御経は身心の諸病の良薬なり」(御書1015ページ)と仰せです。「病魔に打ち勝つ」と一念を定めて題目を唱えることで、豊かな生命力をみなぎらせ、病に負けない境涯を築くことができます。"妙法は最高の良薬"なのです。ゆえに、病をも自身の人生を輝かせる宝にしていけるのです。

2021年8月18日水曜日

2021.08.18 わが友に贈る

わが地区を世界一に!
こう心に決めた一人から
広布の大前進は始まる。
皆が主体者の自覚で
大いなる理想へ出発!

法華初心成仏抄 P556
『人に吉と思はれ人の心に随いて貴しと思はれん僧をば法華経のかたき世間の悪知識なりと思うべし』

【通解】
人によく思われ、人の心に従って、皆から貴いと思われているような僧は、法華経の敵であり、世間の悪知識であると思いなさい。

名字の言 学会伝統の人材育成 2021年8月18日
「創価ファミリー大会」が各地で行われている。今月は「未来部躍進月間」。家庭や地域で後継の友を温かく育んでいきたい▼東京・板橋区の集いでは、創価大学1年の男子学生部員が、高等部員時代からの体験を発表した。彼は21歳。高校1年の時に引きこもりになり、通信制高校に転入した。卒業後、公務員試験に挑むも失敗。今年2月、創大を受験するが不合格だった。しかし後日、追加合格の通知が届く▼彼には、創大で学ぶ明確な目的があるわけではなかった。"辞退した方がいいのではないか……"。葛藤する彼の背中を押したのは、地域の壮年部員。「君には使命がある。絶対に行くべきだ」。この一言に勇気を得た彼は今、感謝を胸にはつらつと学業に励む▼使命のない人はいない。誰もが無限の可能性を秘めている。だが、それを自分で信じ切るのは難しい。悩み多き年代であれば、なおさらだ。その心に寄り添い、不安を払う確信の言葉がどれほど大きな力になるか▼池田先生が創大生に贈った指針に「労苦と使命の中にのみ 人生の価値は生まれる」と。苦悩の先に使命の道は必ず見えてくる。それを知る先輩が後輩の成長を祈り、エールを送る。ここに学会の人材育成の伝統がある。

寸鉄 2021年8月18日
人の心を動かすのは誠実と熱意—恩師。電話一本、一瞬の出会いも真心込め
栃木県青年部の日。後継の胸に敢闘精神は赤々。勇敢に正義拡大の先駆を
御書「いかなる病さはりをなすべきや」。闘病の友よ負けるな!祈りを強く
やろうと思ったら今すぐ実行せよ—詩人。決意即行動。ここに成長の劇も
夏休みは子どものゲーム依存に注意。親子で規則決めを。話し合い大切に

〈社説〉 2021・8・18 "札幌・夏の陣"から66年
◇立正安国は目の前の一人から
東京五輪では、札幌市の大通公園を発着点にマラソンと競歩が行われた。この札幌を舞台に、66年前の1955年8月、学会史に輝く広布拡大の歴史が創られた。
若き池田先生と共に、10日間で388世帯という全国一の弘教を成し遂げた"札幌・夏の陣"だ。全国45都市で行われた夏季地方指導で結実した弘教は平均100世帯。その4倍に迫る快挙だった。
先生は友が運転するスクーターの後ろに乗り、市内を走った。走行中、"出会う人が、皆、仏法に縁できるように"と願い、小声で題目を唱え続けた。「弘教は、もうできません」という友には、「弘教は相手への慈悲なのだから、"もうできない"ということはありえません」と励ました。
後に「慈悲の人は、あの人のために何をしてあげたらいいかと、常に心を砕きに砕く。ゆえに、誰も気づかないところにも気づき、皆がうっかり見過ごしてしまうようなところまで、自然に見えてくる」と述懐。未曽有の広布拡大は、どこまでも一人を大切にした、深い慈悲の結実だったのだ。
"388世帯目の入会者"となった女性部の友は当時、多額の借金と病に苦しみ、人生に絶望していた。彼女は、参加した会場で先生の渾身の激励に触れた。「この信心を実践していけば、絶対に幸せになりますよ。一緒にやりましょう」。その揺るぎない確信に胸を打たれ入会。翌年、借金を返済し、病も乗り越えた。以来、「皆にも幸せになってほしい」と、実らせた弘教は77世帯にのぼる。
"目の前の一人を幸せに"と祈り走ったあの夏から66星霜。その魂は今、青年に受け継がれている。札幌の男子部リーダーは、3年前から友人に仏法対話を重ねてきたが、なかなか入会には至らなかった。そんな彼を、先輩が励ました。「本気になって相手の幸福を祈ろう!」。奮起した彼は長年、闘病を続けてきた友人に心から寄り添えるよう真剣に祈り、「一緒に人間革命しよう」と率直に語った。熱い思いは友の心を開き、晴れて入会へ。その後、友人の病状は好転。喜びは大きく広がっている。
御書に「世間のことわざにも一は万が母といへり」(498ページ)と。自らが一人立ち、目の前の一人に誠実に語ることが、社会の変革と世界の平和につながる。
今いる場所から、立正安国へ、希望の号砲を響かせよう。

☆創大通教 夏期スクーリング開講への池田先生のメッセージ
◇皆さんは新時代の先頭を走りゆく価値創造の走者
学問に挑む喜びと誇りに満ちた夏期スクーリング、誠にご苦労さまです。
打ち続く試練にいやまして燃え上がる"学光スピリット"に、私は喝采を送りながら、日本全国、全世界から勇み参加される尊き皆さんの学業成就と健康安穏、全日程の無事進行を真剣に祈念しております。
どうか聡明に、体調や生活リズムを整え、信頼する教員の先生方、職員の方々とともに、最高に充実した向学の夏を勝ち飾ってください。
思えば1976年、わが創大が通信教育部を創設した当時、日本で通教を行っている大学は10校ほどでありました。45年を経て、現在は約80大学・大学院にまで増加しています。
人生100年時代を迎え、たゆまず、しなやかに学び続けながら、激動の社会に価値を創造しゆく英知を、皆がいよいよ求めています。
わが創大通教の皆さんこそ、民衆の連帯に立脚しつつ、新時代の先頭を走りゆく、価値創造の走者なりと胸を張っていただきたいのであります。
世界で最大級となるインドの通信制大学では、優に300万人を超える方々が学んでいます。
"教育の力"で伸びゆく精神の大国・インド——その基礎を築いた哲人指導者が、ジャワハルラル・ネルー初代首相です。
ネルー首相は独立闘争の中で、9回、延べ約9年の月日の投獄を耐え抜いた闘士です。その間、愛娘に手紙を通し、人類の歴史を教え励ましています。それは、さながら父からの"通信教育"でありました。
その手紙にはつづられています。「知恵がどこにやどっているにしろ、まだそこにはもっと多くの知恵をいれるすきまがあり、それ以上もう場所がないなどということがあるはずはない」そして「勇敢でありなさい。そうすればほかのことは、それにつれて自然に道がひらけてくるものだ」と(J・ネルー『父が子に語る世界歴史』大山聰訳、みすず書房)。
人間の知恵に限界はありません。勇気をもって磨けば磨くほどに、「学の光」は一段と輝きを放ち、混迷を深める社会の闇を赫々と照らし晴らしていくことでありましょう。
わが恩師・戸田先生は「強き生命力と、たくましき智慧とによって、わが人生を自在にリードして、自他共の幸福を創りゆけ」と叫ばれました。
無限の使命と可能性を抱いた"学光王者"である皆さんが、生き生きと栄光勝利の峰へ、前進されゆくことを心から願ってやみません。
猛暑の折、無理なく水分と休憩、睡眠を十分に取りながらの探究であってください。ご家族の方々にも、どうかくれぐれもよろしくお伝えください。

2021年8月17日火曜日

2021.08.17 わが友に贈る

御聖訓「ちかいし願
やぶるべからず」
自らの誓願を果たしゆく
真剣な祈りを根本に
立正安国の秋へ進もう!

日興遺誡置文 P1618
『一、当門流に於ては御書を心肝に染め極理を師伝して若し間有らば台家を聞く可き事。』

【通解】
日興門流においては、御書を肝心に染め、極理を師から受け伝えて、その上で、もしいとまがあるならば、天台の法門を学ぶべきである。

名字の言 雑踏の中でも聞き分けられる「声」 2021年8月17日
雑踏の中にいても聞き分けられる「声」がある。それは声の主が身近な家族や親しい友人の場合が多い。耳にさまざまな音が飛び込んできても、その声に反応し、意識が向くのはなぜか▼"聞き慣れた声"ということも重要な要素だろう。だがそれ以上に、声を発した人の人間性を含めた自分との関係が大きく影響しているように思う。人には忘れられない瞬間がある。自分が励まされたり、勇気づけられたりした時のことを思い出すと、心によみがえるのは、活字化された言葉ではなく、相手の"声"である▼大雨による各地の被害に心を痛め、テレビから目が離せない日が続いている。あるアナウンサーが視聴者に呼び掛けていた。「離れて住む家族などの声掛けで助かった例もあります」▼報道では「どこで災害が起きてもおかしくない。最大級の警戒を」と繰り返し訴えている。その上で、私たちの声で救い、守れる人がきっといる▼池田先生は、こう述べる。「人の『生きる力』を引き出した分だけ、自分の『生きる力』も増していく。人の生命を拡大してあげた分だけ、自分の生命も拡大する。これが菩薩道の妙です。『利他』と『自利』の一致です」と。自分の命と、大切な人の命を守ることは同じだ。

寸鉄 2021年8月17日
SUAに21期生が入学。21世紀は君の舞台。学び抜き人類貢献の指導者と
文芸部結成の日。正義の為、民衆の為に!勇気の言論で混迷社会に希望を
妙法で人間革命できる。故に決意と実践だ—戸田先生。今日も地道に前へ
各地で長引く大雨被害。被災された皆様に心からお見舞い。引き続き警戒
社会的孤立は認知症や鬱の一因と。進んで絆結ぶ学会こそ地域の安全地帯

☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第1回 東北
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第1回は、東北の同志に詠んだ「みちのくの幸の光彩」(1988年)です。

◇雄弁は「金」 沈黙は「銀」
私は詠んだ
「人材の城を築けと決意ます
恩師の去りし青葉に立つれば」
東北に贈った指針も
恩師の心を東北の地に
刻んでおきたかったからだ
"広布の総仕上げは東北健児の手で"
また
"人材の牙城・東北たれ"と

◆◇◆

あなたたちは
持ち前の粘りと忍耐で
「冬は必ず春」の御金言を抱きしめ
あらゆる障害を幸福への試練とし
雄々しく乗り越えてきた
それら無名の庶民の
信仰凱歌の無数の軌跡
それは まさに
民衆の
民衆による
民衆のための時代を開く
地を這うが如き尊き戦いであった

ああ——
愛する君たちよ
尊い みちのくの友
かけがえのない我が同志よ

◆◇◆

君たちよ
明朗の人は
愚痴と悲哀から踵を返し
常に 太陽を仰ぎゆく
向日性こそ 彼の誇るべき象徴だ

明朗の人の周りには
いつも 喜びと笑いの輪が
幾重にも 幾次元にも
広がり 連なっていく
そして 明朗の人は
涌き出ずる歓喜をば言葉に託し
降魔伏惑の大言論戦の
先駆の栄誉を担い 進む
雄弁は金 沈黙は銀なりと

◆◇◆

明るく 愉快に
そして一歩 また一歩と
"さあ すばらしき光彩を見たまえ"と
朗らかに 朗らかに
スクラムも固く
前進を開始してもらいたい

私は 君たちを信じている
私は 君たちを待っている

いま 世界の人々が
東北を見つめている
東北にあこがれている
東北には
真の「平和」がある
真の「人間」がいる
真の厚き「友情」があると
東北の発展を
世界の人々が祈っている

☆Switch——共育のまなざし 「思春期」の子どもとどう向き合うか
7月24日付の「Switch——共育のまなざし」では、三重県の伊賀市、名張市の創価家族を紹介しました。取材の際、「子育てで一番悩んだのは、いつでしたか」との質問に、「わが子が思春期に入った時でした」と振り返った保護者は少なくありません。そこで今回は、かつて池田先生が創価の教育者や女性リーダーと「思春期」を巡って語り合った内容から、励ましの言葉を抜粋して紹介します。(編集・構成=大宮将之)

◇"一人の大人"と見る
<親から見て「素直」で「かわいい」と思っていたわが子が突然、言うことを聞かなくなる。「うるさいな!」と口答えをしたり、イライラした気持ちをぶつけてきたり、普段の会話すらままならなくなったりする——そんな"大きな変化"に直面した時、親としてどう向き合えばいいのか。池田先生は語ります>

思春期は「第2の誕生」とも言われるほど、人生の重要な局面と言える。子どもから大人へと「自立」していく「親離れ」の時期です。子どもたちが自我の独立を求めて、いわば"独立宣言"をする第2次反抗期の時でもある。
感受性はひときわ強くなる。自意識が強くなって周囲に敏感になる。容赦のない批判力で大人を観察し(笑い)、失望や不満をいだく。親にはあまり心を開かなくなる(笑い)。こうした時期に大切なことは、思春期や反抗期の特徴を、親や周囲の人がよく理解したうえで、いたずらに紛動されないで、見守ってあげることです。
また、子どもを「一人の大人」として認め、"人生の先輩"として接していくことです。間違っても、「子ども」と見るようなことがあってはならない。反抗期は、あって当然なのです。

◇親も教師も「勇気をもって耐える期間」
いずれにしても、反抗するのは、子どもが健全に成長している証拠です。だれもが必ず通らねばならない、いわば"はしか"のようなものです。大人と子どもが同居している複雑さもある。一時的で、衝動的な反抗も多い。
今までのわが子と急に違ってしまうと、親は戸惑って右往左往してしまいがちです。慌ててしまう。反抗期だからといって、腫れ物にさわるような特別扱いもよくない。
それよりも、こうした経験をした子のほうが、人間としては太くたくましくなっていくのだ、ととらえるくらいの大らかさがあっていい。反抗期を経験しない。怒鳴られたり怒鳴ったり、失敗の経験もない。これでは、社会に出てから思いどおりにいかない状況に直面したり、荒波を受けた時に、立ち直れないような深刻なダメージを受けかねません。
その意味では反抗期は、親も教師も「勇気をもって耐える期間」ですね。

◇等身大の愛情で
<思春期の子どもたちは周囲の友達やメディアから新しい情報をどんどん吸収し、価値観も大きく変化していきます。価値観の違いで親とぶつかる場面も増えるでしょう>

子どもの発達段階をよく知って大きく包む——。教師や親の価値観が狭くて古いものに縛られていれば、子どもも縛られてしまう。現実を、ありのまま見つめ、まず受け入れてあげることが先決です。
仏法には、「実の如く知見す」(「如実知見」)とあります。これは、三世の因果に通達した「如来(仏)」が世間の事象を「ありのままに見る」、すなわち真実の相を正しく捉える仏の智慧について言われたものですが、私たちが生きていくうえでも大事な視点です。
親が自分の基準にこだわるのではなく、ありのままにわが子の現実を見つめて、その現実から出発し、わが子のよい面を発見し、伸ばしていくことです。
子どものよって立つ基盤は、何といっても家庭です。その大地を潤していこう、子どもにとって居心地のよい場所にしていこう、と努力してあげることです。
子どもを、本当に叱らなければいけないようなことは、一年に、そう何遍もあるものではない。しょっちゅう怒ってばかりでは、子どもとしては、うるさくてしょうがない(笑い)。叱る効果もない。たとえば、宿題をしようとしていた、まさにその時に、"宿題したの!?"と母親から言われる(笑い)。"つぶしのタイミング"というのか(笑い)、その一言で、子どものやる気はしぼんでしまう。
子どもも一歩、外に出たら一生懸命、頑張っている。家に帰って、足を投げ出して休む。すると途端に、お母さんから「だらしないわね。ちゃんとしなさい」と小言が飛んでくる。そこに、親と子のミスマッチ(すれちがい)がある。
子どもは、甘やかされることを欲しているのではない。叱る親をうとんじているわけでもない。ただ、同じ叱責であっても、それが親のヒステリックな一時の感情からなのか、深い愛情によるものなのか、鋭く感じとっているのです。
ゆえに、叱るべき時は、本気で叱ればよい。その等身大の愛情が、揺れる子どもたちの心の世界に、人間としての一本の道筋を築いていく支えとなるのではないだろうか。

◇性教育は生命の尊さを伝えて
<思春期は恋愛感情や性的関心が高まる時期でもあります。日本には今も、"隠さなくてはいけないこと"といった風土が残っている実情もあるでしょう。しかし「性」について語ることは決して恥ずかしいことでも、隠すべきことでもありません。家庭においても父親や母親が、それぞれの立場から正しい知識を率直に語っていく必要があります。池田先生は訴えました>

性に関心を持つのは、青春の特権です。年ごろの子どもたちを正しく育てるために、性教育は必要不可欠です。エイズの対策も、当然あるでしょう。女性を大切にするという視点も、必要でしょう。ごく自然に、当たり前のことを、当たり前に教え、学んでいくのだという気持ちで行っていけばよい。
何よりも、生命の尊厳が根本です。生命はいかにすばらしいか、いかに尊いかを教えていくことです。単に好奇心をそそるだけで終わってしまうわけがない。「性」を大事にすることは、「生」、つまり「生命の尊厳」と「自らの人生」を輝かせていく。その「心」と「行動」を大事にすることに通じます。

◇同じ人間として共に悩み共に成長を
<思春期の子どもたちは、大人たちがどこまで真剣に向き合ってくれるかを見ています。問われているのは大人の側に「どう生きるべきか」についての信念があるかどうか、子どもたちをどんな人間に育てたいかという明確な目標があるかどうか——とも言えるかもしれません>

親や教師の子どもへの接し方が定まらなければ、鋭敏な思春期の子どもたちは、大人の矛盾を感じるだけです。
家庭には、子どもを社会の荒波から守る面と、社会に適応できるように子どもを育んでいく側面がありますが、守ってばかりでは過保護となって、社会化できない。反対に「こうしなければいけない」と社会化にばかり傾けば、個としての自立がそこなわれますし、時には反発さえ買いかねない。
大事なことは、子どもと共に、親も成長していくことです。同じ人間として、悩み苦しみながらも、困難を乗り越えていこうと挑戦している親の生きざまを、率直に示していくことです。そうすれば、子どもも安心して伸びていける。「挑戦の心」が伝染します。
◆◇◆
子どもたちの生命の宮殿を開き、心の強さ、体力、知力、そして何よりも生命力を引き出す——教育の重要性もここにあります。
人類の希望の未来を考え、正義の人生を歩み、後世に何を残し、何を贈るかと考えれば、教育しかない。この、いわば、生命の大地に人材の種を蒔き、慈愛の滴を注ぐ労作業に全力で取り組んでいく以外に、「未来の創造」はないことを、最後に確認し合いたいと思います。

2021年8月16日月曜日

2021.08.16 わが友に贈る

新聞休刊日

さじき女房御返事 P1231
『ひとつのかたびらなれども法華経の一切の文字の仏にたてまつるべし』

【通解】
一枚の帷子ですけれども、法華経の一切の文字の仏に供養したことになるのです。

☆Diamond College 「開目抄」に学ぶ 不退の信心で幸福の土台を
●福ちゃん
元気で明るい大学1年生。韓流ドラマにはまっていて、ついつい夜更かしをしがち。大学生活は、いろいろなことに挑戦したいと決意している。

●智ちゃん
就職活動に奮闘中の大学4年生。勉強とアルバイトの両立にも挑戦してきた。学会活動を通して前向きになれたことを実感していて、御書を学ぶのが大好き。

●春さん
福ちゃんと智ちゃんがお世話になっている女子部のお姉さん。女子学生部出身で、御書や池田先生のご指導を通して励ましてくれる。

春さん 福ちゃん、智ちゃん、久しぶりだね! 元気にしていたかな?

福ちゃん お久しぶりです! あれから、気の合う友人もできて、充実した毎日を過ごしています! 「開目抄」を拝して、どんな悩みも祈って乗り越えようと決意させてもらったおかげです!

智ちゃん 福ちゃんのお題目で立ち上がった姿がまぶしい! 私は今、就職活動が思うように進まなくて。自分は何をしたいのか、どう生きていきたいのか、分からなくなってきました……。

春さん 決意した通りに実践し前進する福ちゃんも、自身の悩みに真っ正面から向き合っている智ちゃんも、本当に偉いね! 私も就活でものすごく悩んだから、智ちゃんの気持ち、よく分かるよ。

智ちゃん 春さんはどうやって乗り越えたんですか?

春さん 先輩に相談したり、御書や池田先生のご指導を研さんしたりする中で、祈り方が変わったんだ。
"縁する人に希望を送れる存在になろう。広布のために自身の使命を果たしたい"と心が定まったら、祈りも深まり、最終的には願った通りの進路を開くことができたの。
今日は、大聖人の「誓願」の生き方を通して、私たちの使命について一緒に考えてみよう!

◇背景と大意
本抄は、日蓮大聖人が佐渡流罪中に認められ、文永9年(1272年)2月、四条金吾を通じて門下一同に与えられました。
当時、大聖人の門下たちは、法華経の信仰を理由に所領没収や追放などの難に遭い、「大聖人が法華経の行者であるならば、なぜ諸天の加護がないのか」と疑いを起こして退転する者が続出しました。
大聖人は本抄で、法華経の経文通りに正しく実践すれば、「三類の強敵」による迫害が起こるというのが仏の教えであり、その通りの難に遭っている大聖人は真の法華経の行者であることを示されます。そして、民衆の幸福のため、大難を覚悟で不惜身命の実践をしている大聖人こそ「主師親の三徳」を具備した末法の御本仏であることを明かされていきます。

◇御文
『詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん』(御書232ページ1行目)

◇通解
結局のところは、天も私を捨てるがよい。いかなる難にも遭おう。身命をなげうつ覚悟である。

◇解説
日蓮大聖人は、人々の幸福のために、悪世末法で法華経を説き弘め、度重なる激しい大難に遭われました。
本抄で大聖人は、それがことごとく、経文に説かれる「三類の強敵」の迫害の様相と、符合していることを確認されます。そして、大聖人こそ、真の「法華経の行者」であり、その不惜身命の戦いによって、法華経の正しさも証明されたことを述べられました。
さらに、大聖人は、世間の人々や門下の"法華経の行者には諸天善神の加護があるはずではないのか"との疑問について、「此の疑は此の書の肝心・一期の大事」(御書203ページ)と述べ、重ねて経文による緻密な検証を加えられます。
そして、法華経の行者を"迫害する側"に現罰がない理由として、�法華経の行者自身の過去世に謗法の罪がある場合、�迫害者が地獄に堕ちることが定まっている場合、�国中の人々が謗法に陥り諸天善神が国を去った場合、との3点をあげ、道理と文証をもって、人々の疑問に対する明快な答えを示されました。
そのうえで、掲げた御文では、人々の心に潜む根源的な迷いを打ち破るため、大聖人御自身の揺るがぬ「誓願」の生き方を、次のように明かされています。
「詮ずるところは」——これまで法華経の行者の難について説明してきたが、最も大事なことをこれから述べよう。
「天もすて給え」——諸天善神が私を捨てるのであれば捨てるがよい。
「諸難にもあえ」——多くの難に遭わなければならないのであれば遭ってもかまわない。
「身命を期とせん」——わが身命をなげうって戦うのみである。
すなわち、世間の人々や門下たちの"諸天の加護がほしい""難に遭いたくない"などの思惑を超え、"諸天の加護があろうがなかろうが、仏の大願である「万人の成仏」を、何があっても成し遂げていく"というのが、大聖人の御覚悟であり、この透徹した広宣流布への「誓願」こそ、「法華経の行者」の魂の真髄なのです。
本抄で大聖人は、この直後に「身子」(舎利弗)の退転の事例をあげ、広宣流布の誓願に生き抜くため、最も大切なのは「不退の心」であることを教えられています。
——舎利弗は、過去世において、六十劫という長遠な期間、菩薩道を修め、人に物を施す布施行に励んでいました。
そこに婆羅門の一人が現れ、舎利弗に「眼をくれ」と乞います。舎利弗は自分の片方の眼を抜いて与えますが、婆羅門は「いやな臭いだ!」と言って眼を投げ捨て、踏みつけたのです。
それを見た舎利弗は"こんな輩を救うことは無理だ! もう自分の悟りだけを考えて生きよう"と、長いあいだ重ねてきた菩薩行を捨てて、小乗の教えに堕し、退転してしまいました。
婆羅門の正体は、舎利弗を退転させようと近づいてきた「魔」であり、実はこの時、婆羅門によって、舎利弗の心は試されていました。
舎利弗は、悪縁に触れ、「無明」という迷いの生命が湧き起こり、究極のところで、すべての人に仏性があると説く「万人成仏の仏法」を信じ抜くことができなかったのです。

いかなる障魔にも負けず、「不退の心」で広布の使命を果たしていくなかに、人生の幸福勝利があります。
女子学生部の私たちには、これから先、さまざまな人生の転機や環境の変化がありますが、大事なことは、何があっても信心、学会から離れず、自他共の幸福を築く"創価の師弟の道"を歩み抜いていくことです。
そのためにも、良き仲間とともに行学に励み、信心の確信を深め、自分らしく"広布の使命を果たそう!"との「誓願」を打ち立てていく最重要の時が、人生の土台を築く"女学時代"にほかなりません。
私たちが日々、心を磨き、無明を晴らしゆく「勤行・唱題」に励み、"あの人にも仏性がある""あの人の仏界に届け"と、勇気の対話に挑戦することは、自らの境涯を大きく広げ、自分と友の生命に限りない福運を積みゆく、何よりも尊い行動です。
創価の女子学生部の「誓願」のスクラムから、あらゆる友に希望の励ましを広げ、平和と幸福の門を開いていきましょう。

福ちゃん 大聖人は一切衆生の幸福のために、命がけの闘争を生涯貫かれたんですね! 感動しました!

智ちゃん 本当だね! 大聖人のご境涯の大きさに触れて、自分のことだけではなく、人のために祈り、行動できる自分になりたいと思いました。
悩みは尽きないけど、何があっても負けないと心に決めて、お題目根本に自身の使命を開いていきます!

福ちゃん 私もアルバイト先に人間関係で悩んでいる友達がいるので、一緒に乗り越えていけるようにお題目を送りながら、真心の対話に挑戦していきます!

春さん 二人ともすばらしいね!
池田先生は「いかなる大難をも恐れない。いかなる苦難にも怯えない。その勇気を生み出す根源の力が、広宣流布の誓願です。誓願に生きれば、どのような障魔が出来しても、悠然たる王者の魂が光ります。どのような宿命が襲来しても、毅然たる勇者の魂が輝きます。そして『わが誓願の心』が破られることがなければ、あらゆる障魔にも宿命にも負けることは断じてありません」と励ましてくださっているよ。
皆で励まし合いながら、誓いに生きゆく「勝利の青春」を、朗らかに歩んでいこう!

2021年8月15日日曜日

2021.08.15 わが友に贈る

◇今週のことば
友人と「つながる」
真心を「伝える」
交流を「続ける」
どんな災禍にも負けない
創価のネットワークを!
2021年8月15日

御義口伝巻下 P761
『御義口伝に云く随とは事理に随順するを云うなり喜とは自他共に喜ぶ事なり』

【通解】
御義口伝には、次のように仰せである。随喜の随とは、事理に随順することをいう。喜とは、自他共に喜ぶことである。

名字の言 被爆した女性が"生きる希望"となった三つの出来事 2021年8月15日
終戦から76年を迎えた。8歳の時に広島の爆心地から2・4キロの自宅そばで被爆した女性が終戦後、平和を感じた三つの出来事を教えてくれた▼まず、家の中が明るくなったこと。「戦争中は灯火管制で、夜は敵の空襲に備えて消灯したり、電灯にかさを付けて暗くしたり。それが必要なくなり、何と明るく、幸せなんだろうと思いました」▼次に、原爆が投下された3日後の8月9日、全線不通だった路面電車が一部区間で運転を再開したこと。「死に絶えた街の中で電車が"動いた"のです」。そして、戦後5年目に市民球団として誕生したプロ野球球団・広島カープ。「『元気を出して皆で応援しよう』という雰囲気になり、心が少し明るくなりました」。この三つが"生きる希望"になったという▼「私たちの感情のなかでもっとも高貴なもの、それは、運命が私たちを完全な無へと押し流すように思われるときでも、なおかつ生きつづけようとする希望である」(木原武一訳)とは、文豪ゲーテの言葉。希望ある限り、どんな絶望的な状況に立たされても生き抜いていける▼仏典に「心は工なる画師の如し」とあるように、希望はわが心から生まれる。平和を創る最強の力は、この希望にほかならない。

寸鉄 2021年8月15日
終戦の日。戦争を起こすのは人間。故に人々の心に不戦の砦を!決意新た
日蓮仏法は常盆・常彼岸。広布の同志の唱題が最高の追善。各家庭で今日も
青年に読書習慣があれば未来はいかに明るいか—恩師。常に思索を忘れず
酒に強い人ほど糖尿病のリスク高い—研究。何事も節度を。後悔なきよう
活発な前線の停滞で各地に災害の恐れ—気象庁。命を守る行動を最優先で

☆Diamond College 「開目抄」に学ぶ 地道な信心の実践こそが負けない自分をつくる
◇背景と大意
本抄は、日蓮大聖人が佐渡流罪中に認められ、文永9年(1272年)2月、四条金吾を通じて門下一同に与えられました。
当時、大聖人の門下たちは、法華経の信仰を理由に所領没収や追放などの難に遭い、「大聖人が法華経の行者であるならば、なぜ諸天の加護がないのか」と疑いを起こして退転する者が続出しました。
大聖人は本抄で、法華経の経文通りに正しく実践すれば、「三類の強敵」による迫害が起こるというのが仏の教えであり、その通りの難に遭っている大聖人は真の法華経の行者であることを示されます。
そして、民衆の幸福のため、大難を覚悟で不惜身命の実践をしている大聖人こそ「主師親の三徳」を具備した末法の御本仏であることを明かされていきます。

◇御文
『我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ、我が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけんつたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし』(御書234ページ7行目〜9行目)

◇通解
私ならびに私の弟子は、諸難があっても、疑う心がなければ、自然に仏界に至ることができる。諸天の加護がないからといって、疑ってはいけない。現世が安穏でないことを嘆いてはいけない。私の弟子に朝夕、このことを教えてきたけれども、疑いを起こして皆、信心を捨ててしまったようである。拙い者の習性として、約束したことをいざという時には忘れてしまうものである。

解説
◇師弟不二の心で朗らかに前進を
掲げた御文の直前、日蓮大聖人は、涅槃経の「貧女の譬え」を引用されます。
子どもを抱いたある女性が、川に流されながらもわが子を最後まで手放さなかった功徳により、亡くなった後で梵天に生まれた——この譬えを通し大聖人は、妙法も「受持し抜く」ということにより、求めずとも成仏に至ることができるとの原理を示されました。
そして、続く御文で、何があっても疑ったり嘆いたりせず、強盛な信心を貫いていけば、必ず自らの仏界を開いて、成仏できると述べられます。
冒頭の「私ならびに私の弟子は」との呼びかけに、御自身と弟子を分け隔てることなく「共に、不惜身命の決意と実践で妙法流布に生き抜こう」と師弟一体の勝利を願われる大聖人のお心が拝されます。
ここで「疑いの心」や「嘆きの心」を戒められているのは、妙法を信じ切れない「無明」の生命が、成仏を妨げる根本の原因だからです。本来、誰人にも仏界の生命は具わっており、題目を唱えることによって、妙法の無限の力をわが生命に自在に現すことができます。
ゆえに、大事なことは「深き信」に立って唱題に励み、自らの「無明」を晴らす戦いをすることなのです。
本抄の御執筆当時、大聖人の門下にも迫害が及び、人々の心には"妙法を弘通する自分たちが現世安穏でないのはなぜか"との疑いや嘆きが広がっていました。
こうした迷いを打ち破るため、大聖人は本抄で、法華経の行者としての御自身の誓願のお心を「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(御書232ページ)と明かされます。
諸天の加護があるかどうかに関わらず、身命をなげうつ覚悟で一切衆生の幸福のために戦ってこられたのが、広宣流布の師匠である創価の三代会長です。
この師と同じ決意で立ち上がり、広宣流布に進んでいくのが真の弟子であり、その前進の中に、人生の幸福勝利を開く道があります。
池田先生は「師と同じ決意で立ち上がり、広宣流布に邁進してこそ真の弟子です。誰人であろうと、大聖人と同じ心に立ち『日蓮が一門』(同1360ページ)となった時、実は、すでに成仏への道は広々と開かれているのです」(『開目抄講義』〈下〉)とつづられています。
無明を晴らす唱題の実践に励み、どんな困難にも負けない強い心を築きながら、進路や人間関係、自身の性格など、日々直面する一つ一つの課題を自分らしく勝ち開いていきましょう。

◇「まことの時」に戦う人が仏に
成仏の要諦は「信」を貫くことであると示された上で、大聖人は、大切な門下が「無明」との戦いに決して負けぬよう、さらなる励ましを送られます。
大聖人は、これまでも常日頃より、「法華経の行者」にはあらゆる難が起こることを、経文に照らしながら、門下に教えてきたと仰せです。
しかし、実際に自身の身に難が起きると、信仰を捨て退転してしまう門下が多くいました。
苦難に直面したならば、それは強盛な信心をおこすべき「まことの時」であり、難を乗り越えた先に最高の幸福を勝ち取っていくことができる——ゆえに大聖人は、そのことを忘れて退転などしては絶対にならないと、重ねて「不退の信心」を教えられました。
私たちの立場でも、日々の生活の中で悩みにぶつかり、「なぜ自分がこのような目に遭うのか」「どうすることもできないのではないか」等、時に自信をなくし、諦めの心に覆われてしまうことがあるかもしれません。
しかし、こうした時にこそ"何があっても絶対に負けない! 必ず打開してみせる!"と、疑うことなく信心を貫き通していくことが大切です。「まことの時」に、師弟不二の信心で立ち上がる自身の胸中には、何ものにも負けない「仏界」が輝きます。
池田先生は、小説『新・人間革命』第14巻「烈風」の章につづられています。
「『いざという時』にどうするか。実は、その時にこそ、日ごろの信心が表れるんです。しかし、いつも、いい加減な人が、いざという時にだけ、急に強信になれるわけがありません。柔道や剣道だってそうでしょう。稽古もせず、練習で負けてばかりいる人が、試合の時だけ達人になれるわけがない。
だから、普段の信心が大事なんです。日々、忍耐強く、黙々と、水の流れるように信心に励むことです。自分の生命を、磨き、鍛え抜いて、信心への絶対の確信を培っておくことです。それができてこそ、大事な時に、大きな力が出せるんです」
学会創立90周年から100周年へ! まずは広宣流布大誓堂完成10周年の2023年を目指し、一人一人が誓いの前進を開始していきましょう!

2021年8月14日土曜日

2021.08.14 わが友に贈る

記録的大雨が続く。
土砂災害・河川氾濫等から
命を守る行動を!
「百千万億倍・
御用心あるべし」

兵衛志殿御返事 P1090
『此れより後もいかなる事ありともすこしもたゆむ事なかれ、いよいよはりあげてせむべし、設ひ命に及ぶともすこしもひるむ事なかれ』

【通解】
これから後も、どのようなことがあっても、少しも信心が弛(たゆ)んではならない。いよいよ声を張り上げて責めていきなさい。
たとえ命に及ぶことがあっても、少しもひるんではならない。

名字の言 人生を決定づける出会い 2021年8月14日
きょうは七夕である。と言っても旧暦の話で「伝統的七夕」のこと。今年は8月14日がその日に当たり、一年に一度、織り姫とひこ星が天の川を渡って会うと伝承されてきた▼人の一生も"星の数ほど"出会いはあるが、交流が続く人は限られる。まして人生を決定づける出会いはなおさらだ。そんな瞬間はいつ訪れるか分からない。ドイツの作家カロッサは"人生とは出会い"であり、「この招待は二度と再び繰り返されることはない」と記した(玉置保巳訳)。その時を逃しては、二度と出会えない人がいることも間違いない▼1947年8月14日。若き日の池田先生は友人に誘われて参加した座談会で恩師・戸田城聖先生との出会いを結んだ。池田青年はその感動を即興詩に託した。「日 いまだ昇らず/夜明け前の混沌に/光 もとめて/われ 進みゆく」▼語らいが尽きなかったのだろう。池田先生が会場を後にしたのは午後10時近くだったという。夜空を見上げながら家路に就いた先生は10日後、希望の光を求めて信仰の道へ進んだ▼この師弟の出会いなくして、今日の世界広布の伸展もない。会い難き師と出会えたなら「求めて師とすべし」(御書230ページ)。希有の師匠と共に生きる幸福と使命を忘れまい。

寸鉄 2021年8月14日
戸田先生と池田先生の出会いの日。峻厳な不二の広布の闘争に連なる誉れ
関西・師弟原点の日。試練の時ほど励ましを強く!常勝の新章を共に開こう
「南無妙法蓮華経は精進行」御書。祈りを根本に前へ。眼前の課題に挑め
広島・長崎の原爆展示が国連欧州本部で10年延長被爆の実相を広く人々に
ワクチンが行き渡るまで対策を強力に—専門家。「3密回避」など心して

〈社説〉 2021・8・14 男子部大学校生が奮闘
◇理想は高く 貢献の青春歩め
日本の近代経済の父・渋沢栄一を描いたNHKの大河ドラマ「青天を衝け」が東京五輪による放送休止を経て、15日から再開する。
ドラマでも触れられたが、27歳の栄一らを乗せた船が、万国博覧会が開かれるパリに向かう途中、エジプトのスエズに到着。この時、紅海と地中海を結ぶスエズ運河の開削工事が行われていた。
それを目の当たりにした栄一が感動したのは、工事の壮大さもさることながら、個人や国家の利益を超越して、世界のため、人類の利益のために事業が起こされたという点だった(鹿島茂著『渋沢栄一(上)』文春文庫)。すでに江戸末期に、栄一の眼は、国家を超え、世界に向けられていた。
また後年、栄一は語っている。「青年たる者は、博く学び篤く行い、其理想を高くして、以て倦まず撓まず、義利合一の実を挙げねばならぬ」(『青淵先生訓言集』富之日本社)と。義利合一の義とは倫理であり、利とは利益。つまり、自己の利益のみならず、他者の利益も考えてこそ、真の利益であり、自身も社会も豊かになることを示している。高い理想を胸に、自他共の幸福を目指す私たちの学会活動とも響き合う。
今、男子部大学校4期生が、大学校生大会へ向け奮闘している。
東京・北区在住のブラジル出身の大学校メンバーは、東京の大学院で博士号を取得。大学の研究所の研究員として生命情報の解析に励む一方、友の幸福を祈り、これまで8人を入会に導いた。「がん細胞などの研究データの解析を通し、健康や医療への貢献を目指します」と努力を重ねる。
広島・安佐南区のメンバーは、3歳の頃、自閉症と診断された。両親に支えられ、文字の読み書きや学校での振る舞いなど、一つ一つ具体的に目標を書き出しては真剣に祈り、挑戦していった。小学5年から普通学級に進み、やがて大学に進学。今年から社会人となった。「同じ障がいがある方やご家族の苦しみを理解し、支えていける人になります」と決意を語る。
コロナ禍で社会の分断や人々の孤立化が叫ばれる中、「苦しむ人を放っておけない」と信心根本に対話拡大に挑戦する創価の青年たち。ここに新時代をつくる確かな力と希望がある。「青天を衝く」(青空にこぶしを突き上げる)がごとく、困難の壁を打ち破りゆく友に心からエールを送りたい。

☆Diamond College 「開目抄」に学ぶ 広布の誓いに生き抜く青春を
●福ちゃん
元気で明るい大学1年生。韓流ドラマにはまっていて、ついつい夜更かしをしがち。大学生活は、いろいろなことに挑戦したいと決意している。

●智ちゃん
就職活動に奮闘中の大学4年生。勉強とアルバイトの両立にも挑戦してきた。学会活動を通して前向きになれたことを実感していて、御書を学ぶのが大好き。

●春さん
福ちゃんと智ちゃんがお世話になっている女子部のお姉さん。女子学生部出身で、御書や池田先生のご指導を通して励ましてくれる。

春さん 福ちゃん、入学おめでとう!

智ちゃん 女子学生部(以下、女学)にようこそ〜! 待っていたよ♪

福ちゃん ありがとうございます! 温かく迎えてくれて、うれしいです。まだ分からないことばかりですが、これからよろしくお願いします! ところで、女学ってどんな活動をしているんですか?

智ちゃん 互いに励まし合いながら、皆で池田先生のご指導や御書を学んだり、友人への仏法対話にも挑戦しているよ! ちなみに、今年の女子学生部の研さん御書は「開目抄」だよ。

福ちゃん 御書! 親が研さんしている姿をよく見ます。なんだか難しそうだなと思っていたので、皆と学べるなら、うれしいです! でも、たくさんある御書の中から、なんで今年は「開目抄」を学ぶんですか?

春さん 良い質問だね! 小説『新・人間革命』第22巻「波濤」の章に、「女子学生部の日」の淵源が描かれているの。1975年9月9日、女子学生の集いに出席された池田先生は、「開目抄」の御文を拝されながら、"崩れざる幸福のため、広宣流布の「誓願」に生き抜く人生を"と励ましてくださったんだ。だから女学では、最重要の御書として学んでいるよ!

福ちゃん そんなに大切な御書なんですね! 少し興味が湧いてきました!

智ちゃん いいね! 早速、一緒に研さんしようか!

春さん コロナ禍で迎えた新生活、きっと福ちゃんも悩みや不安が多いんじゃないかな?

福ちゃん はい。まだ慣れないことばかりで……。

春さん そうだよね。でも大丈夫。どんな悩みも祈りに変える中で、何があっても負けない青春を歩めるよ。「開目抄」の御文を拝しながら、創価の哲学を共に学んでいこう!

◇背景と大意
本抄は、日蓮大聖人が佐渡流罪中に認められ、文永9年(1272年)2月、四条金吾を通じて門下一同に与えられました。
当時、大聖人の門下たちは、法華経の信仰を理由に所領没収や追放などの難に遭い、「大聖人が法華経の行者であるならば、なぜ諸天の加護がないのか」と疑いを起こして退転する者が続出しました。
大聖人は本抄で、法華経の経文通りに正しく実践すれば、「三類の強敵」による迫害が起こるというのが仏の教えであり、その通りの難に遭っている大聖人は真の法華経の行者であることを示されます。そして、民衆の幸福のため、大難を覚悟で不惜身命の実践をしている大聖人こそ「主師親の三徳」を具備した末法の御本仏であることを明かされていきます。

◇御文
『九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて・真の十界互具・百界千如・一念三千なるべし』(御書197ページ16行目〜17行目)

◇通解
九界も無始無終の仏界に具わり、仏界も無始無終の九界に具わって、真の十界互具、百界千如、一念三千なのである。

◇開目とは
題号の「開目」とは、人々が誤った教えに執着し、大聖人こそが「主師親の三徳」を具えた末法の御本仏であることを知らない「心の盲目」を開かせよう、との意であると拝することができます。
池田先生は「開目」の意義について「『大聖人に目を開け』の呼びかけとともに、『人間に目を開け』『民衆に目を開け』との熱い呼びかけがあることを明言しておきたい」と語られています。
人々の心の盲目を開くための方途を示されたのが、日蓮大聖人なのです。

◇解説
日蓮大聖人は本抄で、釈尊の仏教こそ、人間の幸不幸を決める生命の因果を、正しく説き明かした教えであることを示されました。
釈尊は30歳で成道(覚りを開くこと)し、入滅までおよそ50年の間に、数多くの経を説きました。
重要なのは、釈尊が自ら、それまでに説いた「諸経(爾前経)」を指して「未だ真実を顕さず」(無量義経)と述べ、「法華経」を「要ず当に真実を説きたまうべし」(方便品)、つまり、唯一の真実の教えであると明かされていることです。
法華経前半の「迹門」では、初めて、十界の生命がことごとく"妙法の当体"であり、九界の衆生にも仏界が具わっていることが明かされます。これにより、爾前経で"永久に成仏できない"とされた「二乗(声聞・縁覚)」を含む、あらゆる衆生に、成仏の可能性があることが保証されました。
しかし、法理の上で成仏が保証されても、現実の上で成仏を叶えるには、結局、何度も生まれ変わり、仏道修行をくり返して九界を断じる以外ないのではないか——こうした人々の考え方を根底から打ち破るのが、法華経後半の「本門」です。
法華経如来寿量品第16で釈尊は"私は成仏してからすでに無量無辺百千万億那由他阿僧祇劫もたっている"と述べ、今世で初めて成道した(始成正覚)のではなく、計りしれない久遠の昔に成道し(久遠実成)、以来これまでの果てしない時間、衆生を救い続けていることを明かしました。
爾前・迹門では、釈尊の「始成正覚」の仏の境地が、修行において目指すべき「仏果」でした。しかし本門においてそれは打ち破られ、「久遠実成」という「仏果」(本果)と、それを成就するための「修行」(本因)が明かされたのです。
今回の研さん御文は、この久遠実成の成仏の因果、すなわち「本因本果の法門」の内容を示された一節です。
はじめに「九界も無始の仏界に具し」と仰せです。
「無始」とは「無始無終」を指します。始めも終わりもない、いわば「永遠」です。
寿量品では、釈尊が成就した仏界は、尽きることなく生命に常住していることが説かれ、御文では、この「無始の仏界」の生命にも、九界が具わっていることを強調されています。
次に「仏界も無始の九界に備りて」と仰せです。
同じく寿量品では、釈尊が成道した本因が「菩薩行」であると明かされ、この菩薩の生命は、成道後も尽きることなく生命に常住していると説かれています。
御文では、菩薩行を続ける「無始の九界」の生命にも、仏界が具わっていることを確認されました。
久遠実成の釈尊の生命に、仏界も九界も「常に」具わっている——このことから明らかになるのが、一人の生命には十界が具わっており、十界それぞれには、さらに十界が具わっているという「十界互具」の真実です。このことにより、「十界互具」を骨格とする「一念三千」の法門も真に成立したのです。
現実の中で苦悩する九界の生命にも、常に、そこから仏界を涌現する、大いなる可能性が具わっています。
また、仏界の生命といっても、九界の現実の葛藤と無縁ではありません。苦悩や悲しみも背負いながら、それでも力強く前へ進み、友のための行動を貫きます。
久遠実成の仏とは「永遠の仏界」を現し、「無限の菩薩道」を続ける人であるといえます。私たちの立場で拝すれば、仏界を涌現する具体的な実践こそ、日々の勤行・唱題、学会活動です。自他共の仏の生命を輝かせゆく、広布の使命の青春を歩んでいきましょう。

福ちゃん 御書って、なんだかとてもスケールの大きい話なんですね……。でも今回の御文を学んで、私たちの生命にも無限の可能性が秘められていて、お題目によって大きく境涯を開いていけることに感動しました! 新しい環境に焦りや不安もあったけど、この悩みにも意味があると捉えて、一つ一つ具体的に祈ってみようと思います!

春さん 福ちゃん、すばらしい! 御書は学べば学ぶほど、自身の生き方が深まっていくよ。これから一緒に研さんしていこうね!

智ちゃん 私もこの3年間、勉強やアルバイト、学会活動の両立に悩む時もあったけど、祈って挑戦する中で負けない自分に成長できたんだと実感しました。正直、就活で自信をなくすことも多いけど、お題目の確信を忘れず、使命の道を必ず開いていきます!

福ちゃん 智先輩すごい! 私も「成長した」と言える大学生活を送りたいです! 

智ちゃん いいね! 福ちゃんが充実した日々を送れるよう、私も祈るね!

春さん 二人の姿に感動しちゃった!決意したその瞬間から、勝利の因が刻まれているのは間違いないよ。
池田先生は小説『新・人間革命』第6巻「宝土」の章で、こう教えてくださっているよ。
「真実の仏法は、やがていつか、どこかで幸福になることを教えているのではありません。今、この場所で幸福をつくり出していくための法です。その幸福を生み出していく力は、あなた自身の胸中にある。それを引き出していくのが信仰です」
自分の生命の中に幸福を生み出す力があることを信じて、お題目根本に、人生の土台を築く宝の女学時代を送っていこう!

2021年8月13日金曜日

2021.08.13 わが友に贈る

「法華経を持つ人は
父と母との恩を報ずる」
広布に生き抜くことは
最高の報恩の道だ。
青年よ親孝行で光れ!

開目抄上 P188
『外典外道の四聖三仙其の名は聖なりといえども実には三惑未断の凡夫其の名は賢なりといえども実に因果を弁ざる事嬰児のごとし』

【通解】
儒教の師たる四人の聖人や、外道の三仙は、その名は聖人であるとはいえ、実には見思惑・塵沙惑・無明惑の一つさえも末だ絶ちきれない、迷いの凡夫であり、その名は賢人とはいえ実には因果の道理を弁えないことは赤児のごとき状態である。

名字の言 作家・井上靖氏が涙した理由 2021年8月13日
作家の井上靖氏は金沢の旧制第四高等学校時代、柔道に明け暮れた。青春の汗が染み込んだ道場「無声堂」は後年、愛知県犬山市の明治村に移築されることとなり、氏もその場に臨んだ▼壁に掛かった当時のままの名札を読んだ氏は、「あいつも、あいつも」と声を詰まらせ、涙した。戦死した仲間の名前だった——氏の次女・黒田佳子さんが、以前、本紙で紹介した話である▼1975年夏、氏は静岡県の伊豆の実家で池田先生の詩集を読んだ。自身の人生をつくり上げることの大切さをうたった詩「主題」の感想を手紙にしたためた。8月13日のことである。「人生というものは、己が自画像を未来という白紙に描く盛んな営みに他ならないでありましょう」と▼そのあまたの未来ある人生を奪ったのが戦争である。先生は同19日付の返信で平和への思いをつづった。「明日を信じ、未来を信ずることは、決してたんなるオプティミスト(楽観主義者)の空想であるとは思いません。それは困難な課題であるとしても、どうしても実現しなければならない目標ではないでしょうか」と▼「8月15日」を挟んで、平和の雁書が交わされ、46年がたつ。"平和な未来を"との師の心を必ず実現する。それが弟子の道である。

寸鉄 2021年8月13日
「時代遅れの幹部になるな。自ら学び成長を」恩師人間革命の姿に友は続く
葛飾女性の日。新時代の師弟勝利の歴史を共に!太陽の連帯で対話を拡大
「此の経をきく人は一人もかけず仏に」御書。仏種蒔く真心の励まし今日も
お盆期間、各地で大雨の恐れ。情報のアンテナを鋭敏に。「前前の用心」で
後部座席のベルト着用率は約4割と。命守るため全席着用を。法令を順守

☆人間主義の哲学の視座 第10回 対談集「太平洋の旭日」に学ぶ�
◇テーマ:安心と安全
池田大作先生の著作から、現代に求められる視点を学ぶ「人間主義の哲学の視座」。前回に引き続き、「安心と安全」をテーマに、チリ共和国のパトリシオ・エイルウィン元大統領との対談集『太平洋の旭日』をひもとく。

【池田先生】
一人の「生命」を徹底して掘り下げ
透徹した平等観、尊厳観の確立を

【エイルウィン元大統領】
対話は人間同士の間に創造的かつ
平和な共存関係を築くための手段

「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである」(オリンピック憲章)
同憲章に掲げられた精神に沿い、国連総会は、今回のオリンピック・パラリンピック期間中のあらゆる紛争の休戦を決議している。
グテーレス国連事務総長は、開会式に寄せたメッセージで語った。「東京に集うすべての選手は、障壁を克服し、決意を示してきました。同じエネルギーを世界規模の課題に向ければ、いかなることも達成できるでしょう」
紛争、気候変動、コロナ禍——世界規模の危機のさなかで開催されているオリンピックは、連帯への意志を互いに示す大会である。
もとより、平和と安穏を目指す過程は、理想が大きいからこそ困難の連続だ。現下の課題と向き合いながら、最善の一手を尽くしていく——この「理想と現実のせめぎ合い」に立ち向かう姿勢と心構えを、対談から考えてみたい。

◇可能なことの芸術
チリの民主化を成し遂げ、大統領として同国の経済発展などに手腕を発揮したエイルウィン氏。
池田先生は、氏の平和・人権を目指す"理想主義"と、その実現の手段としての"現実主義"の絶妙なバランスをたたえた。
氏は、「政治家を奮いたたせる理想と、自分が行動すべき現実との間の関係は、どうあるべきでしょうか?」との問いを示した上で自らの信念を語った。
「私は長年の公的生活から、政治家の行動はみずからめざす理想や価値観や目標と、自分を制限する現実の状況そのものとの兼ねあいの結果である、ということを学びました。ですから統治するということは、やりたいことをやるということではなくて、やりたいことのなかからやれることをやるということなのです。
昔から言われているように、『政治は可能なことの芸術である』ということです」

◇閉じた心の社会
理想と現実——自分だけの閉ざされた世界に生きるなら、自由に理想だけを追い求めていける。
しかし、エイルウィン氏が「生きることは共存することである」と指摘するように、私たちの人生は、他者との関係なくしては成り立たない。
自分とは異なる主義や主張をもつ人と、調和を育んでいく——この現実の格闘の中でこそ、新たな価値は生まれる。
「人類の本質は共同体的であるのみではなく、創造的でもある」とも、氏は述べている。
他者との差異を完全になくすことはできない。であれば、他者との差異をどう捉えるかが、調和を育めるか分断に終始するかの分岐点となろう。そこにこそ、人間の創造性が試されるといえる。
氏は、自らの利益と理想のみに正当性を認める姿勢に立ってしまえば、他者は「自身の意志を妨げる手段や障害」となり、支配や排除につながると指摘。人間の本質的な意見の相違を尊重し、受け入れることが、差異の克服につながると訴える。
対して、池田先生は、スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットが「自分の道徳的、知的資産は立派で完璧であるという(中略)この自己満足の結果、彼は、外部からのいっさいの示唆に対して自己を閉ざしてしまい、他人の言葉に耳を貸さず、自分の見解になんら疑問を抱こうとせず、また自分以外の人の存在を考慮に入れようとはしなくなるのである」(神吉敬三訳『大衆の反逆』角川文庫)と述べたことに言及。
こうした「自己中心性」「非寛容」といった「閉じた心」こそが、他者との対話の場を奪い去り、現代文明の深い病理になっていると洞察する。
だからこそ、対談において両氏は、人間への信頼を手放さず、理想と現実を調和させゆく「対話」の重要性を強調する。

エイルウィン 私ははっきり申し上げたいと思います。対話は人間同士のあいだに創造的かつ平和な共存関係を築くためにかけがえのない手段である——と。

池田 「対話」とは、もちろん、たんなる「話しあい」を意味するのではありません。たがいの存在を賭けた信念と信念の応酬であり、死をも覚悟した精神と精神のぶつかりあいであります。

人間とは、対話のなかで初めて自己を知り、他者を知る「人間」へと鍛えられていくのです。

私は、時として対立を生み、差異を際立たせたとしても、対話こそ「閉じた心」を開かせ、人々の心を結んでいく唯一の手段であると考えています。

◇内在的普遍
池田 「閉じた心」とは、みずからを狭いカラに閉じ込めて独り善しとし、「自」と「他」の間を分断させ、民族と民族を対立させていく悪の働きであります。

エイルウィン 民族紛争のもっとも大きな原因は、あなたが「閉じた心の病理」と呼んでいるものに根ざしている、とするあなたの意見に、私も同意いたします。

多様性を恐れる人々は、異なった生き方や習慣や伝統をもつ人々を排除しようとします。自分たち以外に真実は存在しないと狂信し、他の信条を攻撃するのです。私は意見の不一致は恐れませんが、教条主義を恐れます。私は、人生の理想を確信し戦う人を恐れるのではなくて、理想の名のもとに他の人々を殺したり攻撃したりする人を恐れるのです。

文化や民族の多様性こそ人類の豊かさの反映であり、尊重し、保護しなければならない遺産なのであると述べるエイルウィン氏に対し、池田先生は、「歴史的に見ても、異なる民族同士の共存、共生の事例をあげることは容易であり、むしろ、そのほうが常態であるといっても言いすぎではない」と指摘する。
そして、かつて「SGIの日」記念提言(1989年)でグローバリズムの時代を開くための方法論として、「内在的普遍」——「一人の人間の生命を徹底して掘り下げていったところに立ち現れる透徹した平等観であり、尊厳観」という指標を示したことを述べ、それは「一人を手本として一切衆生平等」との日蓮仏法の哲理に基づくものであると語る。

池田 まず個々の人間の内面に肉薄し、そこから人類的な"共通項"を探っていくべきであるというのが、この「内在的普遍」にこめた心です。

エイルウィン このような認識は、結局のところ、あらゆる人間の本質的な平等という認識の、不可欠かつ当然の結果なのです。

あなたが提示されたあらゆる人間の本質的平等に関する日蓮仏法の哲理は、キリスト教の概念といちじるしく一致しております。キリスト教の概念によれば、私たちすべての男女は同じ父から生まれた子どもなのですから。

池田 (そういった哲理の実践は)時間のかかる難事ではありますが、決して不可能なことではありません。

私がかねてから国連による世界市民教育の推進の必要性を訴えているのも、そうした信念からのものです。

エイルウィン この意味において、私は楽観的です。

私は、人間の能力はたえず拡大していけるものであり、人間はそれによってより人間的になれると信じております。

【編集後記】理想と現実がせめぎ合い、最良の選択肢を探り続けなければならない状況を、エイルウィン氏は「試練」と呼ぶ。その試練において、最も必要な態度は「慎重さ」であり、勇気を要する道であると強調する。理想と現実の葛藤は政治の場にとどまらない。コロナ禍の中、日々の生活や学会活動の場にあって、誰しもがそのジレンマに直面している。そうした試練の連続にも、学会員は誰一人置き去りにしないと、相手の側に立った対話の中で一歩一歩を積み重ねてきた。試練で磨き上げる人格と行動が、社会の「閉じた心」を開く、安心と安全の礎となる。

2021年8月12日木曜日

2021.08.12 わが友に贈る

他者を思いやる想像力が
同苦への第一歩となる。
自身の境涯も広がる。
真心の振る舞いで
温かな共生の社会を!

佐渡御書 P958
『心は法華経を信ずる故に梵天帝釈をも猶恐しと思はず』

【通解】
心は、法華経を信ずるがゆえに、梵天・帝釈をも、恐ろしいとは思わない。

名字の言 一枚の絵、一つの言葉に込められた被爆者の思い 2021年8月12日
広島平和記念資料館に展示された一枚の絵に来館者が見入っていた。赤く焼けただれた死体の山。左隅に添え書きがある。"絵に描いても話をしても万分の一も表すことはできません"▼作者は被爆当時41歳、作画年齢は70歳だった。その間、29年。「過去」の惨劇を顧み、「未来」のために絵筆を握ったのだろう。被爆者の心に触れ、「現在」を生きる来館者は何を思っただろうか▼広島の男子高等部員が、真剣に勤行するようになった。きっかけは被爆証言の聞き取りをしたこと。「二度と思い出したくない。でも……」と、被爆した女性部員が重い口を開いてくれた▼爆心地から3キロの場所で被爆。人々がずるむけた皮膚をぶら下げながら歩く光景は、地獄のようだった。最後に婦人は「平和が一番ですよ」と。その心を知った彼は感想を記した。「平和のために、自分自身が変わっていこうと思います」。婦人の証言と彼の感想は『75——未来へつなぐヒロシマの心』(第三文明社)に収録されている▼未来に希望を託すため、慟哭の記憶と向き合った被爆者。一枚の絵、一つの言葉に込められた思いを「想像」することが、新たな自身を「創造」する力となる。心が変われば、時代を超えて平和への誓いは生き続ける。

寸鉄 2021年8月12日
法華経を信ずる人は幸いを万里の外より集むべし—御書。題目の人は強し
教育本部原点の日。未来の宝育む友の使命は大。どこまでも子の幸福願い
学会は平和求める民衆の連帯を対話で広げてきた—学長。草の根運動益々
世界の気温上昇、想定より10年前倒しと。人類の協調と取り組み加速更に
花火でのやけどに注意。消毒液使用直後は引火の恐れも。互いに声掛けを

☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第10回 挑戦と応戦
◇聖人御難事
『彼のあつわらの愚癡の者ども・いゐはげまして・をどす事なかれ、彼等にはただ一えんにおもい切れ・よからんは不思議わるからんは一定とをもへ、ひだるしとをもわば餓鬼道ををしへよ、さむしといわば八かん地獄ををしへよ、をそろししと・いわばたかにあへるきじねこにあえるねずみを他人とをもう事なかれ』(御書1190ページ18行目〜1191ページ2行目)

◇池田先生の講義から
妙法を正しく実践すれば、難が起きます。だが、広布ゆえの大難は、成仏という境涯を勝ち取るためである。(中略)
功徳は、さまざまな形で表れます。その時には理不尽としか思えない試練でも、後になってみれば、それが幸福の道を開く契機となっている場合もある。絶体絶命の窮地に思えても、強盛なる信心に立てば、それによって真実の大功徳をつかむことができる。この甚深の法理を大聖人は教えられているのです。
◆◇◆
状況がどうあれ、怯まない。自ら決めた道を断じて進む。この強き一念の信心に立つとき、無限の智慧と勇気がわき、一切の勝利が切り開かれていく。悩みや宿命を、断固として転換できるのです。
◆◇◆
苦難が、自身を成長させるのです。宿命を転換し、幸福と勝利の大空ヘと自身を上昇させていく「向かい風」になるのです。
◆◇◆
新たな「時」が来ました。
「師子王の仏法」を世界が待っています。
「創価の師弟」の本舞台の開幕です。
さあ、一人一人が、いやまして「師子王の心」を取り出し、幸福と勝利の師弟の大陣列を、さらに強く、さらに大きく、さらに重層的に、威風も堂々と築き上げていこうではありませんか!
(「大白蓮華」2015年11月号から)

広崎 高司 総兵庫長
◇強盛な信心で常勝の大陣列を!
兵庫が勝てば 関西が勝つ!
関西が勝てば 世界が勝つ!

かつて池田先生が兵庫に贈ってくださった万感込もる長編詩の一節です。
1991年(平成3年)10月15日、先生が開館間もない兵庫池田文化会館を初訪問されました。
翌16日の兵庫県総会で、先生は、「聖人御難事」の一節を拝し、人間の真価は苦難の中で明らかになることを教えてくださいました。
以来、本年で30周年となる10・15「兵庫の日」の佳節を、立正安国の凱歌で勝ち飾るべく、どのような状況となっても、強き信心の一念に立つことを教えられた、先生の講義を胸に刻み、勇んで打って出てまいりましょう。

◇最悪の状況の中で
「聖人御難事」は、「熱原の法難」の渦中に認められました。権力の不当な迫害と戦う農民門下に対し、決定した信心を貫くよう、最大の激励がつづられています。
先生は本抄の講義の中で、「絶体絶命の窮地に思えても、強盛なる信心に立てば、それによって真実の大功徳をつかむことができる」と記されています。
困難な戦いの中でこそ、深い信心の原点を築くことができる。そのことを教えていただいたのが、阪神・淡路大震災での救援活動でした。
1995年(平成7年)1月17日。あの日の朝に見た光景は忘れられません。道の真ん中に倒れた高層マンション。ガラスが割れて、くの字に曲がったビル。道路はうねり、底の見えない亀裂がいくつも走っている。まるで映画のワンシーンのような情景の中で、兵庫池田文化会館は厳然とそびえ立っていました。
当時、兵庫県の男子部長だった私は、駆けつけてくれた男子部員と共に、混乱の中、同会館を拠点として救援物資の仕分けや発送に取り組みました。心の中では"これからどうなってしまうんや""なんで兵庫だけがこんな目に"と、さまざまな思いが交錯していました。
発災から2日目の朝だったと記憶しています。
幹部の方から、池田先生の"できることは何でもしてあげたい"との、同志を思う熱き思いを伺いました。
その時、思ったのです。
"ああ、先生が兵庫の同志と一緒に戦ってくださっている。これで絶対に勝ち越えられる!"と。
一気に視界が開けるような思いでした。以来、関西をはじめ、全国・全世界の同志から応援をいただきながら、救援活動に当たりました。
当時はただ無我夢中で復興のために動いていましたが、今思い返すと、最悪の状況の中で、峻厳な師弟の魂を生命の奥底に刻み込ませていただいたのだと思います。
いかなる状況にあろうとも、師弟不二の一念さえあれば、必ず勝利を開いていけると確信します。

◇真髄の生き方
日蓮大聖人は、「聖人御難事」の中で、「各各師子王の心を取り出して」(御書1190ページ)、「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(同)と仰せです。
コロナ禍の今、世界中の同志が師子王の心を取り出し、不屈の信心で試練に立ち向かっています。
世界の同志と共に、励ましの絆を強めながら、立正安国・立正安世界の実現へ、さらに力強く進んでいきたい。
講義ではさらに、「厳しい試練が襲い来るたびに、『自分が強くなるチャンスだ!』と、喜び勇んで立ち向かっていく——これが学会精神です。仏法の真髄の生き方です」と教えてくださっています。
この「真髄の生き方」を一人一人が体現していく時は今です。
"環境が人間に試練を与える時、その挑戦に屈服せず、雄々しく応戦しゆく、たくましき社会から、新しい文明が生み出される"——震災の年の10月、世界中の同志が神戸に集って開催された「21世紀兵庫希望総会」で、池田先生が教えてくださった、トインビー博士の洞察です。
環境が変化を続けるからこそ、題目を根本に、変化に翻弄されない生命力を満々とたたえることが大切です。そして、縁する友と絆を結び、強めていく。そうやって不屈の挑戦を貫く時、一人一人が人間革命し、自身の宿命転換を成し遂げ、かつてない新たな広布と立正安国の勝利が築かれると確信します。
さあ、「仏縁拡大の夏」です。
「『常勝』とは、苦難に屈せず、逆境に打ち勝ち続ける生命に輝く栄冠である」との兵庫に対する師匠の熱きご期待に応え、どんな困難にも喜び勇んで立ち向かい、新たな常勝のドラマをつづってまいりましょう!

◇メモ
「聖人御難事」では、苦境に置かれた門下に対し、大聖人のように、「師子王の心」を取り出し、月々日々に強盛な信心を貫いていくよう励まされている。

2021年8月11日水曜日

2021.08.11 わが友に贈る

対話拡大の先頭に立つ
わが地域の青年部を
大切にし讃えていこう!
自らの壁を破った体験は
必ず人生の土台となる。

曾谷殿御返事 P1056
『此法門を日蓮申す故に忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ命にも及びしなり、然どもいまだこりず候』

【通解】
この法門を日蓮が申す故に、忠言は耳に逆うの道理であるから、流罪にされたり命にも及んだのである。しかしながら、いまだ、懲りてはいない。

名字の言 教師が成長するためには? 2021年8月11日
"教師が成長するために学び続けることは、子どもと同じ床に立ち、同じ世界にいること"とは、教育者の大村はま氏の言葉だ▼戦前から戦後の半世紀以上にわたり教壇に立ち続けた氏は、子どもが安心して授業に臨めるように教師の「新鮮さ」「謙虚さ」を大切にしてきた。同じ資料を使って授業をすることがなかったという▼氏は断言する。「昨日よりも今日というふうに、何か気づいたり工夫したりして、教師自身に成長の実感がなくては、いきいきと指導にあたる力、子どもを動かす迫力が、出てこない」と(『日本の教師に伝えたいこと』ちくま学芸文庫)▼ある教育部員は、児童の健康状態の確認、秋の運動会での実施競技や運営方法の検討など、2度目の"コロナ禍の夏"も去年と同様、忙しい毎日を送る。だが、「一つだけ違います」と彼は語る。それは「子どもたちの学校生活を"去年より絶対によくしてみせる"という、私自身の決意です」▼池田先生は「教育とは子どもたちのために何ができるかという、自らの生き方をかけた、大人たちの挑戦にほかならない」と語っている。あす12日は教育本部の「原点の日」。未来創造という聖業に奮闘する友に、真心のエールを送りたい。

寸鉄 2021年8月11日
創大通教生が夏期授業。人は学び続ける限り永遠に向上。社会照らす光と
人生の一番大事なことは目的観—牧口先生。広布のため!そこに真の充実
「一日に二三度えみて向へとなり」御書。親孝行も心遣い一つ。感謝込めて
達成感の積み重ねで幸福度は高まる—医師。今も自分史に前進の一頁を
都内の感染者、約7割が30代以下。3密回避徹底。重症化リスクを甘く見ず

〈社説〉 2021・8・11 感動の東京五輪が閉幕
◇挑戦の先に「人生の金メダル」が
205カ国・地域から約1万1000人の選手が参加した、第32回夏季オリンピック東京大会が閉幕した。東京では新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が続く中で、ほぼ無観客という異例の開催となったが、17日間にわたる熱戦は、想像を超える喜びと感動を私たちに与えてくれた。
近代五輪の父・クーベルタンが提案した「より速く、より高く、より強く」という五輪のモットーに、今回の五輪から「共に」という言葉が加わった。人類の団結でパンデミック(世界的大流行)の試練を共に乗り越えるとのメッセージが含まれているという。
大会の実施には、かつてない困難な状況下で助け合い、アスリートが輝く舞台を支えたボランティアをはじめとする関係者の献身と尽力があった。「復興五輪」の理念の下で、東日本大震災の被災地は野球、ソフトボールなどの開催地となったほか、メダリストに贈られた「ビクトリーブーケ」には岩手、宮城、福島3県の花が使用されるなど貢献をした。
一方、競技が終われば共に寄り添い、国境を超えてたたえ合うアスリートの清々しい姿には特に感銘を受けた。逆境の中での東京五輪は、共に団結して挑めば困難を乗り越えることができるとの「希望のメッセージ」を世界中の人々に送ったのではないだろうか。
また、競技を終えた直後のインタビューで、「感謝」の気持ちを伝える選手が多かったことも象徴的だった。そこに至る苦闘のドラマを物語っているといえよう。
開会式では、一人の女性アスリートが移ろう季節の中、黙々とランニングマシンでトレーニングするパフォーマンスがあった。
五輪の1年延期、コロナ禍の孤独や不安、中止への恐れなど、アスリートは複雑な心の葛藤を抱きながらも諦めず、未来の勝利を信じて練習を重ねてきた。圧倒的な「陰の努力」の積み重ねは、五輪という"ひのき舞台"へとつながり、私たちに大きな希望と勇気を与えてくれた。
先日の「わが友に贈る」には、「眼前の山を越えゆく/挑戦の一日一日の先に/人生の金メダルは輝く。/『やり切った』と誇れる/大満足の日々を歩もう!」と。
五輪アスリートの躍動を胸に、世界の平和と安穏のため、「人生の金メダル」を目指し、共に「挑戦の夏」のドラマをつづりたい。

☆質問BOX 次から次へと目標に挑み続けるのはなぜでしょうか?
◇回答
自らの人間革命を懸けて、学会活動に挑み続けていく中に、人生の充実と幸福があるからです。
日蓮大聖人は、「法華経はあいのごとし修行のふかきは・いよいよあをきがごとし」(御書1505ページ)と仰せです。法華経は、万人成仏を説く偉大な経典ですが、その真価を発揮できるかどうかは「修行のふかき」つまり実践する私たちの信心に懸かっています。何度も染め上げるように、信仰を深め、実践を重ねていくことで、仏界の生命が開かれていくと教えられているのです。
池田先生は「いよいよ戦い続ける信心が、日蓮仏法の真髄である。たゆまぬ発心、そして挑戦の繰り返しこそ、わが生命を永遠に輝く仏界に染め抜いていくのだ」と語っています。順調な時も、大変な時も"いよいよ"との心で戦いを起こしていくことで、揺るぎない幸福境涯が築かれていくのです。

☆みんなで学ぶ教学 第19回 従藍而青
◇後継の友を自分以上の人材に
今回の「みんなで学ぶ教学」は、「従藍而青」がテーマです。大聖人直結の創価学会に脈打つ、後継者育成の精神について学んでいきましょう。新入会者のリホさんは、座談会に参加していた支部女性部長のユリコさんの長女・サユリちゃん(高校2年)の姿に感動しているようです。

リホ サユリちゃん、素晴らしい決意発表でしたね! 感動しちゃいました。

ユリコ 私もびっくり!
子どもは、いつのまにか成長しているものね。
激励してくれている、青年部と未来本部をはじめとする、壮年部・女性部の皆さんのおかげだわ。

リホ 私も、いつも支えてくれる"学会家族"の皆さんに、心から感謝しています。
そういえば、創価学会では青年部・未来部をとても大切にしていますよね。

ユリコ もちろんよ! 一人一人が偉大な後継者よ。「従藍而青」の大人材だと思っているわ。

リホ 「従藍而青」……。どこかで聞いたような気がします。「染め物」に関連する言葉でしたっけ?

ユリコ そうね。中国の思想家・荀子の「青はこれを藍より取りて、しかも藍より青し」との言葉を踏まえたものよ。
「藍染め」という伝統工芸では、「藍」という植物を絞った染料を使うの。それは鮮明な青色ではないのだけれど、何度も重ねて染めることによって、濃くて鮮やかな青色になっていくのよ。

リホ 「藍染め」のことなんですね。
でも、それが後継者に関係しているのでしょうか?

ユリコ 「従藍而青」は、藍染めと同じように、学び続けることの大切さを教えているの。そこから、教えを受けた人が教えた人よりも優れること、弟子が師匠をも超えた人物に成長していくことを譬えるようになったのよ。

リホ なるほど。

ユリコ 日蓮大聖人は、青年門下・南条時光が、幼い頃に亡くした父の遺志を継ぎ、富士方面の門下の中心者として成長した姿を、次のようにたたえられているの。
「亡くなられた南条兵衛七郎殿(=時光の父)こそ、情けに厚い人といわれていたが、(時光は)そのご子息であるから、父君の優れた素質を受け継がれたのでしょう。青は藍より出でて藍より青く、氷は水より出でて水より冷たいようであると感嘆しています」(御書1554ページ、通解)
見守り続けた時光が、立派な後継者として成長したことを喜ばれているのね。

リホ お父さんの兵衛七郎を「藍」に、時光を「青」に譬えられているんですね。
大聖人の深い御慈愛の心を感じて、なんだか感動しました。

ユリコ 創価学会では、この大聖人の御精神のままに、"後輩を、自分以上の人材に"という伝統を大切にしているわ。
それに、誰よりも池田先生が私たち後継者に期待してくださっているの。
先生は「若くして妙法を持った皆さんは、かけがえのない青春を、どんな苦難があろうとも、ますます希望に燃え、勇気に燃えて、必ず勝利で輝かせることができます。ゆえに、『〈後継〉とは無限の希望なり』と私は申し上げたいのです」と語っているのよ。

リホ 無限の希望……。そこまで期待してくださっているんですね。

ユリコ 学会では、皆がその思いに立っているから、未来を担う青年や子どもたちに積極的に声を掛け、励ましを重ねていくのよ。それが心の滋養になっていくの。だから、リホさんみたいに次々と素晴らしい後継の人材が育つのね。

リホ 私もサユリちゃんに追い付けるように頑張ります!

2021年8月10日火曜日

2021.08.10 わが友に贈る

広宣流布に励む功徳を
故人に回らし向ける。
これが追善の本義だ。
信行学の錬磨に挑み
崩れぬ幸福の軌道を!

異体同心事 P1463
『日本国の人人は多人なれども体同異心なれば諸事成ぜん事かたし、日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし』

【通解】
日本国の人々は、大勢いるが、体同異心なので、何事もうまくいかない。日蓮の一門は、異体同心であるゆえに、人数は少ないけれども、大事を成し遂げ、必ず妙法が広まると確信する。悪は多くとも、一善に勝つことはない。

名字の言 困難の「壁」の向こうにあるもの 2021年8月10日
ある壮年部員から高校球児だった頃の思い出話を聞いた。彼が通った山あいの中学は在校生が少なく、野球部がなかった。高校から野球を始めたが、周囲との実力差は歴然だったという▼彼は日々の遠距離通学の傍ら、朝晩、自宅の塀を相手にしたキャッチボールや、素振りの練習を重ねた。だが結局、レギュラーにはなれず、3年生の夏を迎え、最後の大会に臨んだ▼初戦の最終回、彼は代打で出場。放ったヒットで逆転し、チームは1回戦を突破した。試合後、優勝したわけでもないのに、チームメートは彼を胴上げした。皆が陰の努力を知っていたのだ▼「恵まれない環境や自分の非力を嘆いたりせず、精いっぱい頑張り抜くと、どういうことが起こるか……非常に大事な経験となりました」と壮年は述懐した。自分を成長させた体験は忘れ難い。その後の人生で困難の「壁」に直面した際には、自身を奮い立たせ、背中を押す力にもなる▼広辞苑(第7版)で「壁」の音読みの「へき」の項目を引くと「壁」の次には「璧」が載っている。完璧、双璧、白璧などで使う「璧」の文字には、優れたもの、美しい玉といった意味がある。「壁」の向こうには「璧」がある——そう思うと、試練に挑む勇気が湧いてくる。

寸鉄 2021年8月10日
御書「法華経を持たば必ず成仏すべし」。揺るがぬ実践。ここに勝利開く道
創価の助け合いの連帯は社会を支える力—博士。孤立進む今、励まし強く
人格は厳しい状況のもとで測られる—闘士。青年よ広布の中で苦労求めよ
お盆の帰省を控える人が増加と。会えずとも電話や手紙で。心結ぶ工夫を
SNSが主な情報源の人ほど接種に拒否反応と。判断は公的情報をもとに

☆御書の旭光を 第47回 尊極なる宝塔を輝かせて
〈御文〉
『かかる宝塔も妙法蓮華経の五字より外は之れ無きなり妙法蓮華経を見れば宝塔即一切衆生・一切衆生即南無妙法蓮華経の全体なり』(御義口伝、797ページ)

〈通解〉
(法華経の見宝塔品第11で出現する)このような宝塔も妙法蓮華経の五字以外のなにものでもない。胸中の妙法蓮華経を見れば、宝塔は即、一切衆生であり、一切衆生は即、南無妙法蓮華経の全体なのである。

〈池田先生が贈る指針〉
"人類は皆が妙法の当体"との哲理を掲げ、我らは平和のために行動する。あらゆる差異を超え、一人また一人、尊極なる生命の宝塔を林立させていくことが、そのまま不戦への挑戦である。
わが地域から尊敬と信頼に満ちた宝処を広げゆこう! 地球上から「悲惨」の二字を除き、「核兵器廃絶」という恩師の遺訓の実現へ!

☆8月度座談会拝読御書 減劫御書
◇拝読御文
『法華経に云く「皆実相と相違背せず」等云云、天台之を承けて云く「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」等云云、智者とは世間の法より外に仏法を行ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり』(御書全集1466ページ13行目〜15行目、編年体御書1434ページ1行目〜3行目)

[池田先生の指針から]人間の中へ
仏法は勝負である。生命は永遠に戦いである。強く、また強く、生きぬくことだ。
いずれの社会でも、現実は厳しいものだ。
その現実を勝ち抜いていくことが、仏法の力である。
さまざまな苦難は、だれ人も同じである。
なぜ信仰するのか。そこに深い意義があることを知らねばならない。
ともあれ、学会は、日蓮大聖人の仏法を広宣流布するためにある。その途上においての戦いは、当然、熾烈を極める時もあるだろう。
大聖人は、日本中から猛反撃を受けた。しかし、断じて屈せず、人類の希望の永遠の大道を開かれた。その大聖人の御精神を受け継いだのが、われわれである。
大聖人は仰せである。
「智者とは世間の法より外に仏法を行ず」(御書1466ページ)と。
仏法は虚栄の伽藍の中にあるのではない。観念でもなければ、おとぎ話でもない。現実社会の中にある。
大聖人の仏法は、人間の中へ向かっていく。牧口先生、戸田先生も、悩める民衆のまっただなかで弘教を貫かれた。
人に尽くし、喜びをあたえる。幸福と勝利の花を咲かせる。社会に「正義の旗」を打ち立てる。ここに仏法がある。学会の前進がある。(2001年8月、全国最高協議会でのスピーチ、『池田大作全集』第92巻所収)
◇ ◆ ◇
苦悩に充満したこの娑婆世界を、必ず幸福の楽土に転換していくことができる現実変革の誓願の宗教が、日蓮大聖人の仏法です。いわば「智者の闘争」があってこそ、閻浮提広宣流布は実現します。(中略)
「仏法即社会」の大道を歩み続ける創価の行動は、人類史に壮大な「立正安国」の希望の軌跡を光り輝かせていくのです。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第7巻)

◇現実社会で勝利の実証を
[キーワード�]誠実な振る舞い
日蓮大聖人は拝読御文で、真の「智者」とは「世間において世を治める法を十分に心得ている人」(趣意)と示されています。
仏法の智慧は、決して社会から遊離したものではありません。別の御書で、大聖人が「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(1174ページ)と仰せのように、妙法の偉大さは、社会の中で「人の振る舞い」となってあらわれるものです。
だからこそ、妙法を持つ私たち一人一人が、家庭、地域、職場において、常識豊かに「人を敬う振る舞い」を貫き、信頼を広げていくことが大切です。
いつも自分からあいさつする。朗らかな笑顔を忘れない。真心で感謝の言葉を伝える——こうした振る舞いを日頃から重ねていくことで、自然と友情が育まれ、仏縁が広がっていきます。また、その中で人格も磨かれ、誰からも信頼される自分自身へと大きく成長していくことができるのです。
池田先生は語っています。
「肩肘を張る必要などない。本有無作の自然の振る舞いの中で、学会の温かな励ましの世界を、信仰によって磨かれた人格の輝きを、伸び伸びと伝えていくことだ」
世界広宣流布といっても、「目の前の一人」に誠意を尽くして関わり、心の絆を結んでいくことから始まります。
いかなる状況であっても、創価の誇りを胸に「わが人間革命」に挑みながら、誠実に信頼を広げていくことが、私たちの「仏法即社会」の実践にほかならないのです。

[キーワード�]皆実相と相違背せず
法華経法師功徳品第19では、「法師」——つまり法華経を受持し、広宣流布に励む人は「六根清浄」の功徳を得ることができると説かれています。ここでいう「清浄」とは、感覚・知覚器官が清らかになり、物事を正しくありのままに捉えることができることをいいます。
六根のうちの、「意根清浄」の功徳の一つとして示されているのが、「諸の説く所の法は、其の義趣に随って、皆実相と相違背せじ。若し俗間の経書、治世の語言、資生の業等を説かんも、皆正法に順ぜん」(法華経549ページ)の文です。この趣旨は、法華経の受持によって「意根」すなわち心の働きが清浄になれば、その人が世間法のいかなることを説いても、全て妙法にかなった正しい言葉になっているということです。
この経文について、天台大師は「法華玄義」で「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」と述べました。すなわち、"社会や生活など現実のあらゆる営みが、妙法に背くものではない"と教えているのです。
現実のあらゆる事象が妙法のあらわれであると確信し、信心根本に挑戦を重ねる中で、智慧と勇気を発揮して現実社会で勝利の実証を示していけるのが、私たちの信仰です。
本抄では「大悪は大善の来るべき瑞相なり」(御書1467ページ)と仰せです。試練が打ち続く中だからこそ、立正安国の祈りも強く、今いる場所から「大善」のスクラムを一段と広げていきましょう。

2021年8月9日月曜日

2021.08.09 わが友に贈る

◇今週のことば
賑やかな活気に満ちた
少年少女たちの声こそ
核兵器を抑える希望だ。
わが未来部の輝く命を
励まし伸ばしゆこう!
2021年8月9日

四条金吾殿女房御返事 P1134
『此の世の中の男女僧尼は嫌うべからず法華経を持たせ給う人は一切衆生のしうとこそ仏は御らん候らめ、梵王帝釈はあをがせ給うらめとうれしさ申すばかりなし』

【通解】
この世の中の男であれ女であれ、僧であれ尼であれ、法華経を受持された人は、すべての人の「主人」の立場であると仏は見ておられるであろう。(この人を)梵天・帝釈は仰いで尊敬されるであろうと思い、うれしさは言いようもない。

名字の言 暑中見舞いで広がる友好の輪 2021年8月9日
コロナ禍が長引くからだろうか。今年は、暑中見舞いのはがきを出した方からの返事が多かった。わざわざ電話で元気な声を聞かせてくれる友も。一枚のはがきで、一本の電話で、心がつながるのがうれしい▼東京の婦人からは、真っ赤なトマトが描かれた絵手紙が届いた。「リコピンで 元気もりもり 越・猛暑!」と力強い。早速、連絡を取ると、暑中見舞いを書いているさなかという。「友好活動しながら暑さを乗り切ります」と頼もしい▼地域の壮年は、LINEで動画による暑中見舞いを送ってくれた。青空に湧き立つ入道雲、せみ時雨、風鈴の音などが流れ、「新型コロナに負けずに この暑い夏を乗り切りましょう」と。最後に花火が上がり、心に涼風が吹き抜けた▼真心の交流を広げる中で人生は豊かになる。誠実な出会いを重ねる中で境涯は拡大する。御書に「一日でも私の味方となって、心を寄せてくれた人を、どうして、ないがしろにできるだろうか」(1460ページ、通解)と。縁ある一人一人を大切にするのが日蓮大聖人のお心である▼これまで絆を結んだ友人を大切にしながら、新たな絆を結んでいきたい。年齢とともに友好の輪が広がり、境涯も大きくなる自分自身でありたい。

寸鉄 2021年8月9日
長崎原爆の日。悲劇繰り返さぬために平和勢力の拡大を。草の根対話益々
信心すれば苦しみ自体がだんだん浅くなる—恩師宿命転換の道を粘り強く
力を発揮することが喜びなのだ—詩人。今できる挑戦を地道に!日々前進
熱中症の救急搬送、前年同時期の1・7倍と。水分補給、空調使用等、早めに
身体的距離の確保、取れないならマスク—これが感染防ぐ基本。油断せず

☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第9回 堅塁の人材城
◇生死一大事血脈抄
『総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か』(御書1337ページ12行目〜14行目)

◇池田先生の講義
日蓮仏法の根幹はどこまでいっても「師弟不二の信心」にあります。「師弟不二」という縦糸と「異体同心」という横糸によって、世界へ「広宣流布」という平和と幸福の多彩な旗が織り成されていくのです。
この御文で「生死一大事の血脈」、つまり万人成仏の血脈を一切衆生に受け継がせるための三点の要諦を教えられています。
まず「自他彼此の心なく」です。自分や他人という分け隔てや対立、エゴの心をなくしていくことです。
続いて「水魚の思を成して」とあります。水と魚が互いに、かけがえのない存在であるように、尊敬し合い、理解し合い、助け合っていくということです。
さらに「異体同心」と仰せです。個性や立場が異なっていても、同じ目的や価値観に立つということです。
◆◇◆
今、仏法の人間主義の大潮流が、世界中に広がっています。私たちの創価の対話を、人類が求めているのです。頼もしき後継の青年たちと共に、勇気と確信に満ちて、一人一人の宝塔を開きながら、この地球に生きる民衆の連帯を拡大していきたい。
(『人間革命の宗教』から)

松波利子 中部女性部長
◇異体同心で立正安国の凱歌へ
7・27「中部の日」45周年をかつてない対話と正義の拡大で勝ち飾り、中部の同志は、いや増して意気軒高です。今月、各地で記念の座談会を開催。互いの健闘をたたえ合い、"勝利の夏"へ、力強く出発しました。
「中部の日」の淵源は1976年(昭和51年)7月27日に行われた記念幹部会です。その席上、池田先生は、団結の旗印である「中部旗」を託し、苦難を勝ち越えてきた同志を大激励してくださったのです。
2年後の「7・27」には、先生ご自身が作詞された中部歌「この道の歌」が発表されるなど、師弟共戦の歴史を幾重にも刻んでくださいました。

◇縦糸と横糸
先生は、今回学ぶ「生死一大事血脈抄」の講義で、「広宣流布」という平和と幸福の多彩な旗は、「師弟不二」という縦糸と「異体同心」という横糸によって織り成されていくと教えてくださっています。
中部広布の歩みも、まさにこの通りの歴史です。
私自身、第1次宗門事件の嵐が吹き荒れた時、岐阜の垂井で壮年・婦人の本部長をしていた両親が、同志を守るため、必死で極悪と戦う姿を目の当たりにしました。後年、岐阜を訪れた先生は両親をたたえてくださいました。「ご一家は勝ちに勝ちました。生々世々、幸福の大長者ですよ」——万感の励ましを送られる師匠のお姿を忘れることはできません。
嵐を勝ち越えるたびに、先生と中部の同志の師弟の絆はますます強固になり、決して崩れない堅塁の団結が築かれてきたのです。

◇新しい自分へ
この「生死一大事血脈抄」の一節は、45年前の記念幹部会で、先生が同志と拝してくださった、中部にとって大事な御書です。
この時、先生は、"後輩は先輩を尊敬し、また先輩は後輩を大事にし、共々に守り合っていくという異体を同心とする善知識の団結で、広宣流布の大願に進もう"と指導されました。
昨年の2月、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、さまざまな学会活動が自粛になりました。未曽有の事態に戸惑いもありましたが、"本当に新しい自分へと生まれ変わる時!"と決意しました。
以来、祈りに祈り、一歩でも広布を前進させていこうと、同志を励ましてきました。日々、重ねた題目が今月で700万遍を超え、気が付いた自身の変化があります。
同志と懇談していると、目の前の方が、師匠へのどれほどの思いと戦いを重ねて今があるのかと、その方の奥にある広布の闘争が胸に迫り、一層、尊敬の念が湧いてくるのです。
また、青年は、先生が期待を寄せる後継の宝です。未来部・青年部を育てることなくして、師匠にお応えする道はないのだと、より強く感じるようにもなりました。
「自他彼此の心なく」と御文にありますが、それは形式や単なる心の持ち方ではなく、自らの信心の挑戦、人間革命から始まります。
師弟を根本に、「水魚の思」でたたえ合う時、堅固な異体同心の団結が生まれるのだと、改めて確信することができました。

◇「堅」の字の意義
先生はかつて、「堅塁」の「堅」の一字には、"どんな試練にも揺るがぬ「堅固」""どんな苦難をも耐え抜く「堅忍」""どんな変化にも勝ち抜く「堅実」"という意義がある、と教えてくださいました。
試練の時こそ、堅塁の人材城が強く輝く時です。中部女性部では、コロナ禍にあっても、堅忍の心で小単位のグループの集いを、堅実に開催。堅固な励ましの連帯を隅々にまで広げてきました。スマホやタブレットを上手に使い、オンラインで活躍される80代・90代の先輩方も数多くおられます。
先生は講義の中で、「創価の異体同心の『調和』の世界には、信心という『心』で結ばれた、最も強く最も深く最も美しい『人間の絆』があります。この麗しき人間共和の世界を築き広げることは、二十一世紀の宗教の何よりの証明といえるでしょう」とつづられています。師の心を心として、一人でも多くの同志や友人へ真心の対話を広げ、一人一人が"広布の一番星"と勝ち光っていきたいと思います。
創立100周年までの「勝負の10年」を決する本年。ヤング白ゆり世代から多宝会の先輩まで、全ての中部女性部の異体同心の団結で、立正安国の凱歌の秋を勝ち開く!——この心で、大きく動き、語り、"堅塁"中部から、新たな広布拡大のうねりを起こしていきましょう!

◇メモ
「生死一大事血脈抄」は文永9年(1272年)、佐渡・塚原で認められ、同じく佐渡に流罪中の最蓮房に与えられたとされる。「生死一大事」とは、生死を繰り返して流転する私たちの生命における根本の大事を指す。「血脈」とは、親から子へ血筋が受け継がれるように、法が仏から衆生へ伝えられていくことを譬えた表現である。したがって、「生死一大事の血脈」とは、仏から衆生に伝えられる、生命の究極の大事——すなわち、"万人成仏の大法"を意味する。

2021年8月8日日曜日

2021.08.08 わが友に贈る

台風に伴う強雨や災害
通過後の急な気温上昇に
十分な注意を!
常に最新の情報を確認し
どうか安全第一で!

四条金吾殿女房御返事 P1135
『一切の人はにくまばにくめ、釈迦仏多宝仏十方の諸仏乃至梵王帝釈日月等にだにもふびんとをもはれまいらせなばなにかくるしかるべき、法華経にだにもほめられたてまつりなばなにかくるしかるべき』

【通解】
一切の人が憎むならば憎めばよい。釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏をはじめとして、梵天・帝釈・日天・月天等にさえ、いとおしく思っていただけるならば、何が苦しいことがあるでしょうか。法華経にさえ、ほめていただけるならば、何が苦しいことがあるでしょうか。

名字の言 東京五輪で選手たちが口々に発した言葉 2021年8月8日
東京オリンピックが、きょう閉幕を迎える。白熱の展開の数々に、普段はスポーツを見る機会が少ない人も、テレビの前にくぎ付けになったのではないか▼心を打たれたのは、プレーだけではない。試合を終えて選手たちが口々に発した「感謝」の二字に、何度も胸が熱くなった▼世界がコロナ禍と戦う中での大会。今回ほど、「感謝」という言葉を聞いた五輪はなかった。この5年間、限界に挑み、苦闘を勝ち越えたアスリートが思いを伝えた相手は、家族や友人、練習パートナー、ライバル、恩師など、接する人々だけでなく、大会実現を陰で支えた全ての人たちだった。感動を届けてもらった私たちも、全オリンピアンに感謝と称賛の拍手を送りたい▼感謝は新たな感謝を生む。前例のない状況下での開催となったからこそ、この"感謝の連鎖"を、「平和な社会」「安穏な世界」を築く大きな力にしたいものだ▼池田先生は小説『新・人間革命』につづった。「感謝の心は、歓喜をもたらし、その生命の躍動が、大生命力を涌現させる」(第29巻「力走」の章)と。私たちも、支えてくれる身近な人に改めて感謝を伝えよう。そして燃え立つ歓喜の生命で、地域に家庭に"幸の連鎖"を広げていきたい。

寸鉄 2021年8月8日
御書「穢土に候へども心は霊山に住べし」。環境は一念で変わる。祈り強く
東京・荒川広布原点の日。常勝の王者が立てば歴史が動く。勇んで友情拡大
悔いを残さぬ事が幸福感を高める鍵—心理学者。故に今を全力。今を勝つ
生活習慣の乱れは心身に影響。親子で規則正しく。共に朝の爽快な勤行から
東京五輪の閉会式。限界突破の熱戦に拍手。我らも負けじ魂で挑戦の夏を

☆不二の旅 第15回 池田先生と中部 「師弟の道」を共々に!
池田先生と各方面の同志の絆を紹介する「不二の旅」。最終回となる第16回の舞台は、きょう7月27日を師弟の原点とする中部。1976年7月27日、池田先生は中部旗を授与し、2年後の78年7月27日、中部歌「この道の歌」が発表された。中部の友への指針と共に掲載する。

・堅塁の象徴「中部旗」。中央には3県の団結を表す中部の頭文字「C」と、「堅塁」の金文字が輝く
・中部記念幹部会の席上、池田先生が中部旗を授与。この不滅の原点「中部の日」から45周年を刻む(1976年7月27日、名古屋文化会館<当時>で)
・堅塁・中部には、強き「祈り」がある。強き「行動」がある。この「祈り」と「行動」で、わが大中部は晴れ晴れと、また堂々と、勝ちに勝った——第17回中部総会で、同志をたたえる池田先生ご夫妻(1998年11月、中部池田記念講堂で)
・第1回愛知県総会。「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」との御金言のままに、広宣の大道を堂々と進んでほしいと望んだ(1983年4月、中部文化会館<当時>で)
・池田先生が三重の地でしたためた「道」の書。先生は「道が大事だ。真っ直ぐに進むんだ。道を間違えては駄目だ」と(1985年10月)
・♪先生 先生 われらの先生——宗門事件の嵐の中、「今日も元気で」を高らかに歌った三重文化合唱祭。先生はピアノの演奏で応えた(1978年4月、三重研修道場で)
・岐阜池田講堂(現・岐阜平和講堂)で行われた第16回本部幹部会。"勇気をもち、朗らかに、そして団結の信心で、この大切な一生を飾ってほしい"と訴えた(1989年4月)

◇中部の友に贈った指針
「中部」と聞くと、私の胸は強く高鳴る。
「中部」を思うと、私の心は熱く燃える。
わが大中部には、何ものをも恐れぬ「破邪顕正」の魂がある。
わが大中部には、絶対に信じ合える「異体同心」の同志がいる。
わが大中部こそ、広宣流布のため、私と共に断固として勝ち進みゆく「師弟勝利」の堅塁城なのだ。

「この道」は、君と私が誇り高く決めた道だ。
信念の道であり、正義の道であり、共戦の道だ。
求道の道であり、明朗の道であり、和楽の道だ。
何があろうと、我らは立ち止まらない。振り返らない。ひとたび決めた「この道」を、ひとすじに、前へ、また前へ、歩み通していくのみである。

法華経には、仏の異名をば、「知道者」(道を知る人)、「開道者」(道を開く人)、「説道者」(道を説く人)と説かれる。我ら中部の「この道」こそ、仏の真髄の道であり、妙法の極致の道なのである。
そのたゆみなき一歩また一歩の積み重ねのなかで、わが生命それ自体が金剛不壊の堅塁と聳え立つのだ。

「この道」は、師弟を根本に異体を同心とする道だ。
同志の道であり、友情の道であり、常楽の道だ。
師弟の道であり、不二の道であり、勝利の道だ。
堅塁の堅塁たる所以は、何か。それは、絶対の同志の信頼があり、金城鉄壁の団結があるゆえである。

最も大切な中部の真の愛弟子たちよ!
いつも、そして、いつまでも、どこまでも——
「この道」を悠然と!
「この道」を愉快に!
「この道」を共々に!
一生涯、永遠に歩み抜いていこう!
(指導集『「この道」師弟勝利の堅塁城』巻頭言から抜粋)

2021年8月7日土曜日

2021.08.07 わが友に贈る

眼前の山を越えゆく
挑戦の一日一日の先に
人生の金メダルは輝く。
「やり切った」と誇れる
大満足の日々を歩もう!

日女御前御返事 P1245
『石に矢のたつ是れ又父のかたきと思いし至信の故なり、何に況や仏法においてをや』

【通解】
中国の李広(りこう)将軍が放った矢が石に立ったというのも、(石を父親を殺した虎と思い)父親の仇と信じ抜いた一念の強さゆえである。まして、仏法においては、なおさらのことである。

名字の言 「山」をつくり、乗り越える——あすは「山の日」 2021年8月7日
戦国時代の武将・武田信玄が掲げた軍旗は「風林火山」と呼ばれる。『孫子』の一節「其の疾きこと風の如く、其の徐なること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く」に由来する▼例年8月11日の「山の日」が、今年は東京五輪の閉会式が行われるあす8日に移動した。友と「山は動かざるなのに……」と談笑していると、「それは少し違うかも」と言われた。学生時代、登山部だった彼は「動かない山でも、見える姿や意味は、いかようにも変幻します」と▼山を前に、怯めば"畏怖の巨像"。挑めば"やりがいの頂"——彼の人生も同様であった。大学院博士課程の時、体調を崩して中退。それでも、学問の世界で身を立てる志を燃やし続け、現在、大学教員をしながら、社会人大学院の博士課程で学ぶ。今も挑戦の歩みを進める日々だ▼池田先生は「山」を引いて、語っている。「自分で、挑戦すべき『山』をつくり、『山』を乗り越え、また次の『山』をつくって乗り越えていく。乗り越えるたびに、もっと強く、もっと大きな自分へと人間革命していく」と▼「山」とは、築くべき"気高い自分自身"なのかもしれない。人生は「自分づくり」の連続闘争。ゆえに、人は"山"に挑み続ける。

寸鉄 2021年8月7日
万年の幸福確立が学会の使命—戸田先生。大目的胸に己の人間革命へ益々
「声仏事を為す之を名けて経と為す」御書。青年よ壁破り対話拡大へ勇躍
時ほど速く過ぎるものはない—詩人。充実の夏を着実に。まず朝に勝とう
各地で"危険な暑さ"と。室内でも熱中症の恐れ。健康守る対策ぬかりなく
歯磨き時はできるだけ口を閉じると飛沫少なく。予防は小さな工夫重ねて

〈社説〉 2021・8・7 「山」に人間性の輝きを重ねて
◇悠々たる不動の自己を
「仁者は山を楽しむ」——『論語』に出てくる一節である。徳が高い人の、欲に動かされず、自然を楽しむ心境を、山の動じない様子に例えた言葉だ。
遠くから眺めて美しい山も、実際は強い日差しが照りつけ、暴風が吹き荒れる。
それでも、山は動かない。ゆえに、人は昔から、山を"何があっても揺れ動かない姿"に重ねたのだろう。
それは、芸術にも反映されてきた。
東京牧口記念会館の1階ロビーに、絵画「チョモランマ峰」が飾られている。縦316センチ、横528センチの大作である。
作者は「敦煌の守り人」として著名な常書鴻画伯と李承仙夫人。「チョモランマ」は、エベレストの中国名である。
作品を描いた当時、文化大革命が起こっていた。夫妻は"人民を毒殺する元凶"などと激しく罵倒された。
その苦難の渦中に、"最高峰の作品を創ろう""全ての艱難を乗り越えて進もう"と筆を執ったのである。
1990年(平成2年)11月、画伯は池田先生との対談の折、切り出した。
「池田先生はこれまで、多くの人々に『希望』を与えてこられた方です。ですから、この絵は、先生にお贈りすることが、最もふさわしいと思うのです」
先生と夫妻は、中国と日本で出会いを重ね、友情を深めてきた。画伯は先生に、魂を注いだ自らの作品を贈呈して悔いのない、人間性の輝きを見たのである。
「わが運命 かくもあるかと 決意せば 惑うことなし 恐れることなし」——先生は第3代会長に就任して以来、この和歌を執務室に掲げた。
言論・出版問題や第1次・第2次宗門事件など、大難が競い起こるたび、先生の指揮によって、学会は発展を遂げてきた。
苦難に負けず、それを勝ち越えた時、人も団体も強く、大きくなる。試練は"大山"へと鍛え上げる魂の溶鉱炉である。
小説『新・人間革命』第30巻<上>「大山」の章に、「妙法は永遠不滅である。その妙法と共に、広宣流布に生き抜くわれらには、無限の希望がある。いかなる烈風にも、大山のごとく不動であらねばならない。何を恐れる必要があろうか!」と。
コロナ禍の今、さまざまな感情が社会にあふれる。不安が色濃く影を落とす時代だからこそ、信心根本に、ヒマラヤのごとく悠々たる自己を築くことを忘れまい。

☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第10回 「一瞬」に「永遠」を込めて 記念撮影編�
◇わが友に喜んでもらいたい
その日、池田大作先生の手は赤く腫れ上がった。1965年(昭和40年)3月22日、宮城・仙台市で東北第1本部の地区部長会が終わった後のこと。先生は約600人の参加者全員と握手した。
「勝利の年」と名付けられたこの年、先生は聖教新聞で小説『人間革命』の連載を開始。年頭から九州、関西、中国、中部と全国を駆け巡った。
行く先々で出会った友に声を掛け、握手も交わす。激励に次ぐ激励は、広布の伸展を加速させていった。
握手の時、喜びいっぱいに、師の手を力強く握り締める友もいた。東北の地区部長会でも、600人の誓いを込めた握手が、次々と交わされた。
先生の手に痛みが走った。万年筆を握ることすらできなくなった。8日後の30日には、長野本部の地区部長会が予定されていた。
生涯の原点となる出会いをつくってあげたい——その一心で握手に代わる激励として考えられたのが、記念撮影だった。

65年3月30日、先生は長野会館(当時)の庭にヒマラヤ杉を記念植樹。地区部長会では、勤行と折伏をたゆまず、繰り返し実践していくところに信仰の本義があると強調し、どこまでも「持続の信心」で進んでいくことを訴えた。
その後、先生は休む間もなく撮影会に臨んだ。参加した婦人は、「先生と一緒に撮影した写真は、かけがえのない"宝の一枚"です」と語る。
撮影会から2年が過ぎた67年(同42年)1月、婦人は松代支部の支部婦人部長に。当時、松代地域は群発地震が続き、多くの人が不安を抱えて、生活していた。"今こそ、地域に希望を広げよう"と、支部の同志と共に対話に歩いた。翌2月、松代支部は全国をリードする弘教を成し遂げた。
82年(同57年)、夫が勤めていた印刷会社が倒産。経済苦の中、池田先生との懇談会があった。先生は、じっと婦人の目を見つめ、語った。
「決して退いてはいけない」
たった一言だった。しかし、その一言が婦人から弱気をたたき出した。"悩みがあるから、信心で立ち上がり、前に進む。それが弟子だ"と心を一変させた。その後、夫は新しい仕事に就くことができた。
翌83年(同58年)、長野県婦人部長に。正役職を離れた後は、長野市女性団体連絡会の会長を務めるなど、地域活動に率先してきた。
現在、夫と共に長野市の俳句連盟に所属し、地域に対話の花を咲かせる。その心には、励ましを送り続けてくれた師への感謝があふれている。

撮影会の後、先生は別室に移ると、色紙に揮毫し始めた。友が家路に就いてからも、励ましの"戦い"は、寸暇を惜しんで続けられた。
前夜から降り続いた雨はやみ、早春の爽やかな風がそよいでいた。1969年(昭和44年)3月9日、広島市内で池田先生と約5700人の友との記念撮影会が行われた。
3台の撮影台が準備され、14グループに分かれて、撮影が進められた。壮年部、婦人部、女子部と続き、316人の男女高等部の撮影の後、先生は後継の友に万感の思いを語り始めた。
「私は君たちの成長を待っている。諸君たちは、実質的な学会の跡継ぎだ」
「一人も残らず、石にかじりついても勉強し抜いてほしい。この中から、やがて大政治家も、大学者も、大科学者も出てほしい」
撮影会に参加した一人の男子メンバーは、専門学校を卒業後、電気関係の仕事に従事した。38歳で独立。設備関連の会社を立ち上げた。
売り上げは日ごとに伸びた。事務所を構え、従業員を雇うまでに。だが、"増上慢の命"が顔をのぞかせた。次第に、学会活動から遠ざかる。
ある日、保証人になっていた知人が行方をくらます。投資話の詐欺被害にも遭った。莫大な負債を抱え、瞬く間にどん底に落ちた。
会社は倒産。生きる気力すら失いかけた。その時、先輩が一緒に祈ってくれた。撮影の原点を思い返し、宿命転換を懸けて対話に挑んだ。
当時、壮年は地区部長だった。地区では20世帯の弘教が実った。壮年自身も友人を入会に導いた。その後、新たな設備関連の会社を立ち上げる。誠実な仕事ぶりが評判を呼び、窮地を脱することができた。
壮年は今、安佐北区可部の地域で活動に励む。「可部から『壁』を破る戦いを」と友好拡大に走っている。

撮影会の時、会場の外に鼓笛隊が集っていた。撮影の予定はなかったが、先生は「鼓笛隊の皆さんとも撮影しよう」と。メンバーから歓声が上がる。
婦人は「高等部員」「鼓笛隊員」として、1日に2回、師とカメラに納まった。その喜びは今も胸に鮮やかだ。
後年、先生と岡山文化会館で懇談する機会に恵まれた。婦人は「広島で撮影をしてくださった高等部のメンバーは皆、頑張っています」と報告した。
ところが、先生は強い語調で、「あなたが頑張ればいいんだよ」と。他の誰かではなく、自分がどうか——厳しい響きに、婦人は「一人立つ信心」の大切さを心の奥深くに刻んだ。
2012年(平成24年)、広島市は被爆体験の"伝承者"養成の取り組みを開始した。被爆2世の婦人は、母の被爆体験を伝えようと決めた。
3年の研修課程を修了し、伝承者の1期生に。国内だけではなく、海外でも核兵器の"悪魔性"を訴えてきた。
忘れられないのは、オランダでのこと。講演終了後、核兵器の存在を容認してきたオランダの与党議員が婦人のもとに歩み寄り、「私は核兵器禁止条約の成立に力を尽くします」と決意を述べてくれた。
実際、2016年に「核兵器禁止条約」制定への交渉開始を求める決議の採択を巡り、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国が軒並み決議案に反対を示す中、オランダだけが唯一、反対を回避して棄権に回った。
「被爆体験を草の根で語っていくことが大きな力になる——そのことを確信する出来事でした」
今年2月にはインドのデリー大学、4月にはオランダのライデン大学で、それぞれオンラインの講演を。撮影会で師が寄せた期待を胸に、婦人は平和のために戦う"ヒロシマの心"を語り続ける。
撮影会には、入会半年の男子高等部員もいた。「大学者」との師の言葉に、彼は"博士になろう"と決意。大学卒業後、会社で研究を続けながら、工学博士の学位を取得した。
造花で彩られた会場の設営に、「歓喜」の文字が大きく掲げられた。その二字が象徴するように、東京・板橋の友の喜びがはじけた。
1971年(昭和46年)10月17日。この日、池田先生と板橋の友との記念撮影会が開催された。「板橋の日」の淵源である。
前年、言論・出版問題が起こった。広布の未来を展望する上で、本陣・東京の強化が急務だった。先生は東京各区の友との記念撮影を開始した。その1番手が板橋であった。
場内の垂れ幕には、「板橋は仲良く地域社会を開発してまいります」。学会は翌72年(同47年)の年間テーマを「地域の年」と掲げていた。
撮影は約4000人の同志が、17のグループに分かれて行われた。その合間に、先生は励ましを送った。
壮年・婦人には、「不動の幸福境涯を築いていく根源の法が信仰であり、皆さん方一人一人が功徳に満ちあふれ、子孫末代まで栄え、幸福であることが最大の喜びである」と。
青年部には、「現在はどのような境遇であっても、10年、20年と純粋な信仰を全うしていくならば、想像を絶する栄光の人生を切り開いていけることは間違いない」と強調した。
撮影会では、鼓笛隊の演奏や少年部員のリズム体操、中・高等部の創作舞踊"義経"が披露され、最後に婦人部が「板橋音頭」を踊った。
"池田先生に喜んでいただける最高の踊りをしよう"との思いで撮影会に臨んだ婦人。1歳の長女を抱えながら練習に駆け付けた。練習を終え、自宅に戻ると御本尊の前に座った。
長女にはぜんそくがあった。撮影会を終えた頃から快方に向かい始めた。"師匠を心のど真ん中に置いて、信心の戦いに徹する時、必ず変毒為薬することができる"との確信になった。
以来、婦人はどんな時も、胸中に師を抱いて進んだ。長年にわたり地域行事に関わるなど、地域貢献にも力を注いできた。
2019年(令和元年)、夫が亡くなった。婦人は「夫の分まで広布に尽くし、師恩に報いてまいります」と。3人の娘も信心を継承している。

壮年は場外で整理・誘導の役員に就いた。師の指導を聞くこともできなかった。だが、板橋の原点となる歴史的な行事で、"陰の戦い"ができることを誇りに感じ、任務に徹した。
中学を卒業してから働き始めた。17歳の時に参加した座談会で、「人間革命」という言葉を耳にした。"信仰で自分が変われるなら"と入会を決めた。
先輩から「信心は"片足を突っ込む"ような中途半端ではいけない」と学んだ。撮影会は、信心根本の人生を歩む誓いを深くする原点となった。
先生は撮影会で、「名実共に『地域の年』の第一歩となるにふさわしい歴史的な行事であり、まさに全東京の模範となる記念撮影であった」と。
1972年、壮年は町会に入り、防犯・防火活動に尽力。地域に根を張り、地道に信頼を広げた。
その年の年末、壮年のもとに池田先生から一冊の書籍が届いた。「来る日も 来る年も 共に 智道の道 開道の舞を 逞しく南無し歩もう」と揮毫されていた。
"来る日、来る年、師と共に進もう"と決めた。その誓いのまま、壮年は板橋広布の最前線を駆けている。
——撮影会の折、先生は"きょう、板橋に来させてもらって分かったことがあります"と語り、こう続けた。「板橋は東京で一番いい街であります」
今年は「板橋の日」50周年。栄光の佳節を荘厳する、東京の模範・板橋の新たな勝利の幕が開く。

1回の記念撮影会で、池田先生は何回もフラッシュを浴び、目を痛めることもあった。撮影会に臨む思いを、先生はこう記している。
「わが友が少しでも喜んでくれれば、なんでもするのが私の使命である」

2021年8月6日金曜日

2021.08.06 わが友に贈る

仏法実践の要諦は
「自行化他」の祈りだ。
友に励ましを届け
地域に安心を広げる中で
「世界の安穏」が築かれる。

南条兵衛七郎殿御書 P1494
『いかなる大善をつくり法華経を千万部読み書写し一念三千の観道を得たる人なりとも法華経の敵をだにもせめざれば得道ありがたし』

【通解】
どのような大善をつくり、法華経を千万部も読み、書写し、一念三千の観念観法の道を得た人であっても、法華経の敵を責めなければ、それだけで成仏はないのである。

名字の言 平和創造の連帯を一段と強く――きょう広島の原爆忌 2021年8月6日
ある女性部員は14歳の時に広島で被爆し、重い後遺症、いわれなき差別や偏見と戦ってきた。「語り部」の活動をする中で転機になった出来事がある▼それはアメリカの少年少女と懇談した時のこと。「原爆の"きのこ雲"のことを聞かせてほしい」と一人が尋ねると、女性は込み上げる思いを抑えきれず、強い口調で語った。「"きのこ雲"と言うけど、その下は"火の海"の地獄じゃった。どれだけもがき苦しんだか分かりますか!」。何人かが怖がって泣き始めた▼戦争の実態を知るべくもない世代に感情をぶつけたことを女性は悔い、痛感した。"恨みや憎しみの心"で語っても"平和の尊さ"は伝わらない、と。以来、どんな国や世代の人と接する時も、相手の価値観や背景を尊重しながら、"信頼の絆を結ぼう"と祈り、体験を語るように。「自分自身が境涯を開いた分、平和の連帯は広がります」と、数十カ国の人々と確かな友情を結んできた▼「人間革命」運動とは、祈りを根本に、万人の仏性を信じ、自己の境涯を開きながら"心の差異"を超えて友情を結ぶ対話だ。それは、心の中に「平和の砦」を築く戦いでもある▼きょうは広島の原爆忌。平和創造の連帯を一段と強める「誓いの日」である。

寸鉄 2021年8月6日
広島原爆の日。被爆者の平均年齢は約84歳。青年が平和の心継承し明日へ
核兵器廃絶は短距離ではなく長距離走―事務局長市民社会の声結集さらに
信越師弟誓願の日。従藍而青の人材山脈は隆々!新たな広布勝利の歴史を
東北の歌「青葉の誓い」発表の日。福光の前進を共に。希望の歌声響かせ
日本の農産物輸出が過去最高。安全・美味で人気。作り手の努力と奮闘光る

〈社説〉 2021・8・6 きょう「広島原爆の日」
◇想像力が平和を発信する力に
きょう6日は「広島原爆の日」。原爆死没者慰霊碑がある広島の平和記念公園では、市民が祈りをささげる。この公園の下に一つの街があったことはあまり知られていない。「旧中島地区」――広島市内有数の繁華街だった。被爆死亡率が100%に迫った爆心地の500メートル圏内に大半が含まれ、街は壊滅。後に約70センチの土砂で埋められ、公園として整備された。
当時8歳だった女性部員は、親族を捜すために父と同地区に入った。原爆投下の翌日。馬も犬も人間も焼け焦げていた。広島県産業奨励館(現・原爆ドーム)の前を流れる元安川にも遺体が浮かんでいた。「平和公園の下には、今も多くの遺体が眠っています。その悲しみを想像してほしい」と語る。
「原爆による死者約14万人」といわれても、数字だけでは伝わらないものがある。そこで創価学会広島青年部では、被爆体験の聞き取りを行った。取材者は戦争を知らない若者ばかり。ある男子高等部員は、学校で平和教育を受けてきたが「受け身だった」と。だが、生々しい証言を聞き、「知識だけでなく、心を知ることが大切なのだと感じました」という。
被爆者との交流は、歴史を学ぶだけでなく、"自分だったら"と想像する力を育んだ。8人の被爆・戦争体験者へのインタビューは、被爆・戦争証言集『75――未来へつなぐヒロシマの心』(第三文明社刊)としてまとめられ、昨年10月に発刊された。
今月1日、広島青年部主催の第184回「広島学講座」が開催され、広島平和文化センターの小泉崇理事長が青年に語った。
「平和公園を歩きながら、私も想像します。600メートル上空でさく裂した原爆が罪のない人々を焦がし、多くの人が理不尽に家族を奪われたと。この想像力を持つことが、平和を発信する力になります」
現在、国内に限っても、47都道府県に12万7755人(本年3月末現在)の被爆者が生存されている。遠くで起こった、過去の出来事ではない。
核兵器廃絶への挑戦は、学会の平和運動の起点だ。本年1月に発効した「核兵器禁止条約」の前文には、「ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する」と明記されている。「留意」とは"心をとどめる"との意味がある。被爆者の心に寄り添い、核兵器廃絶への誓いを新たにする8月6日にしたい。

☆Switch――共育のまなざし 三重県伊賀市・名張市の創価家族
伊賀流忍者で有名な「伊賀国」は、三重県の伊賀市と名張市に当たります。両市を今回訪ねたのは「忍法」を学ぶため……ではありません。「仏法」の団体である学会の"共育のドラマ"を取材しました。(記事=大宮将之)

◇親が"心を開ける"地域で子どもの未来も開かれる
伊賀国に生まれた松尾芭蕉翁は「子ども等よ昼㒵咲きぬ瓜むかん」と詠んだ。ヒルガオの開花に夏の訪れを感じつつ、子どもたちと一緒に冷たい瓜をむく俳聖のまなざしの優しさが伝わる一句だろう。
伊賀市と名張市を広宣流布の舞台とする三重正義県(勝岡誠県長、本村和代女性部長)の創価家族が未来部に注ぐまなざしも温かい。毎年夏の「未来部躍進月間」では創価ファミリー大会で斬新な工夫を凝らしたり、各種コンクールの応募に一緒に汗を流したりと、地域を挙げて取り組むのが伝統だ。
子どもたちと共に考え、共に祈り、共に悩み、共に喜ぶ――この営みの中に大人たちの気づきや成長があり、信心の継承もあることを実感しているからである。

◇あなたの広宣流布
「私も、わが子のことで悩んだからこそ……」と冨山ひとみさん(県総合女性部長)は言う。12年前の2009年初夏。当時、創価大学4年生だった長女・光恵さんが心身のバランスを崩した。医師の診断は「適応障がい」だった。
「適応障がい」の原因はストレスだといわれる。光恵さんが発症したのは、教員免許を取得するために地元・伊賀市の母校で教育実習に励んでいたさなかのことだった。
眠れない。起き上がれない。会話もままならず、食事も喉を通らない。そんなわが子の姿を前にして、ひとみさんも、夫・弘幸さん(副圏長)も祈ることしかできず、どうしたらいいか分からない。
駆け付けてくれたのは、中部女性部のリーダーだった。当時、圏婦人部長を務めていたひとみさんの話に耳を傾けた後、こう語ってくれたのである。
「"学会のリーダーとして、活動を通して乗り越えた姿を見せなければ!"と思う気持ちはよく分かる。けれど今は娘さんに寄り添うことがあなたにとっての広宣流布! それが一家と地域の未来を開くことにもつながるから。大丈夫! みんなで支え合うのが創価家族でしょう」
どれほど心が軽くなったことだろう。事実、三重正義県の同志は温かかった。学会の教育部やドクター部の友も親身に相談に乗ってくれた。その中で、ひとみさんは気付く。「娘は、幼い頃からずっと、親にとっての"いい子"でいようと頑張ってきたんだ……」
家族や周囲の期待に一心に応えようとするあまり、甘えることも反発することもなかった。しかし心は"パンク"寸前だったのだ。
今からでも遅くはない。思い切り甘えさせてあげること。心地よい言葉をシャワーのように掛けてあげること――それが教育部の友からのアドバイスだった。
ひとみさんは、「娘が赤ちゃんだった時代からやり直す思い」で実践した。一日3食の介助をはじめ、布団から起き上がれず言葉も発しない光恵さんに絵本を読み、夜は子守歌を聞かせながら添い寝をした。1カ月、2カ月、3カ月……半年後、光恵さんは抗うつ剤の服用も必要がなくなるほどに回復した。創価大学側からの配慮で授業をオンラインで受講し、卒業単位を取得。その後、創大通信教育部にも学び、小学校教諭になることができたのである。

◇子育てで悩んでいない人などいない
学会活動に復帰したひとみさんは「苦楽を共にしてくれる創価家族の温かさを伝えたい」と、一段と対話に、友の励ましにと奔走。訪問・激励や座談会の場で、自らの子育ての反省を赤裸々に語りながら、悩んだからこそ得られた学びと喜びや家族の絆を伝えた。
すると、どうだろう。一人また一人と「実は、うちの子が……」「実はうちも」「実は」と、悩みを打ち明けてくれるようになったのである。内容は不登校や非行、成人になってからの引きこもりなど多岐にわたった。それは社会全体の課題でもあり、原因を親だけに求める問題では決してあるまい。しかし真面目で責任感のある人ほど、一人で抱え込んでしまいがちともいえる。
子育てで悩んでいない人などいない。2011年夏に県婦人部長に就任したひとみさんは未来本部や教育部の力を借り、親が安心して"心を開ける"地域づくりに駆けた。

◇信じて待つこと
当時、地区婦人部長をしていた内原敦子さん(支部女性部長)は、長男・智志さんが中学3年の時に不登校となった際、「"こんな私が学会のリーダーでいいのだろうか"って、引け目を感じてしまった」という。
それを地域の同志に打ち明けると、「実は私もね」と自らの悩んだ経験とともに、信心で苦難を乗り越えてきた体験を語ってくれた。「だから、大丈夫。大丈夫だよ」と笑顔を添えて。
智志さんから「俺の気持ちなんて分かってへんやんか!」と激高されたこともある。どう答えていいか、分からない。分からないから、夫婦して御本尊に向かった。"どうか、わが子の苦しみが分かる親にしてください"――と。
「学校に行けない時は、飛躍する力をためている時」と、教えてくれた友がいた。大事なことは、それを「信じて待つ」こと。その心は親の姿を通して必ず伝わる。
智志さんは定時制高校を経て、地元で就職。男子部の先輩たちに恵まれて学会活動にも励むようになり、4世帯の弘教を果たした。現在は部長を務めている。
敦子さんは振り返る。「私が待つことができたのは、わが子の可能性を共に信じ、関わり続けてくれた学会家族がいたからです」

◇この子たちがいたから
吉岡愛美さん(白ゆり長)の長男・瑛人さん(高校1年)と長女・花梨さん(中学1年)は、共に「強迫性障がい」と診断され、瑛人さんは中学校の時に不登校を経験している。花梨さんは重度の食物アレルギーがあり、アナフィラキシーショック時に症状を緩和する自己注射薬「エピペン」を手放すことができない。
"どうしてわが子が!?"と思ったことはない――と言えばウソになる。だが今は違う。「信心をしている人に起きる苦難は大きな使命がある証拠」と確信し、支えてくれる同志がいるからだ。愛美さんの明るさに照らされて、2人の子どもたちも自らの経験を"他者を思いやる優しさ"と"苦難に負けない強さ"に変えていった。
「花梨ちゃんと一緒に勉強したり、給食を食べたりしたい」と望む友人が多く現れて、教育現場のアレルギー対応も進んだ。それによって救われたのは、花梨さんだけではない。同じような課題を抱えている他の親子にも喜ばれた。何より、「多様性とは?」「共生とは?」という問いについて、子どもたちが自ら深く考える機会にもつながったのである。
「この子たちがいたから、私も人間として大切なことを学べたんです」と愛美さんは笑顔で言う。

◇皆が使命の子
東構圭子さん(地区女性部長)の長男・祐豪さんは中学時代、非行に走ったことがある。"なぜ、こんな子に!?"と、母を落胆させた子が数年後、まさか創価大学に進学することになるとは「全く思いもしませんでした」。
何が息子を変えたのか。圭子さんは「親である私の祈りが変わったからでしょうか」と振り返る。きっかけとなった同志の言葉がある。「息子さんは『使命の子』です。一緒にワルさをしている子たちだって、みんな未来のある子どもたちです。この子たち全員を幸せにしようと祈りませんか」
祈りが変われば行動も変わる。ワル仲間たちをわが子同様に大切にするようになった。困っていることはないか、おなかをすかせてはいないかと心を砕き、自宅に招いて話も聞いた。仲間たちは祐豪さんに尋ねた。「なんでお前の母ちゃん、あんなに優しいんだ?」
いつしか祐豪さんも落ち着きを取り戻し、勉強に励むようになったのである。創大時代には学生部のリーダーとして活躍し、創立者・池田先生との原点も築いた。

◇能く忍ぶ人
仏法では仏の異名を「能忍」という。「最も忍耐強い人」の意味だ。"忍者の里"である伊賀市と名張市で出会ったあの友この友は「忍びの者」ではなく、どんな困難も「能く忍ぶ人」たちだった。
皆で支え合えば、耐える力も、乗り越える勇気も湧いてくる。子どもの未来を開く鍵は、親が心を開いて相談できる"励ましの世界"にこそあるのだろう。

2021年8月5日木曜日

2021.08.05 わが友に贈る

熱中症に厳重警戒!
水分補給を心掛け
冷房・扇風機等も活用。
子どもや高齢者には
特に丁寧な目配りを!

千日尼御前御返事 P1310
『此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし空飛ぶ者の王たり鷲のごとし』

【通解】
この経文(法華経)は一切の経文に勝っている。地上を走るものの王である師子王のようであり、空を飛ぶものの王である鷲のようなものである。

名字の言 築城500年の滝山城をしのんで 2021年8月5日
東京・八王子市の滝山城跡を訪ねた。「平和のフォートレス」創価大学から程近い。多摩川の浸食でできた急峻な崖と、谷が複雑に入り組んだ丘陵の地形を利用した天然の要塞だった▼滝山城は1521年、大石定重により築かれ、後に城主となった北条氏照が拡張した。堅い守りが特長で、69年、武田信玄の約2万の軍勢に攻撃されるも、わずか2000の兵で守り抜いたという▼この難攻不落の城の魅力を教えてくれた創大12期生がいる。滝山城址が名前の由来となった滝山寮の出身。面倒見が抜群によく、皆から慕われる。創大で学んだことを誇りとし、創立者の池田大作先生がつづった長編詩「滝山城址に立ちて」をそらんじる▼長編詩で先生は訴えた。「青春は 強くあれ!/人生もまた 強くあれ!/徹して 断じて/強くあれ!/そこに/一切の勝利が あるからだ!」「一時のはかない感傷に/決して 負けるな!/汝自身の胸中を/制覇していくのだ!」▼御書に「城の主剛ければ守る者も強し」(979ページ)とある。人を城に例えれば城主は心。「心固ければ則ち強し」(同ページ)であり、心を強く鍛えゆくのが信仰にほかならない。築城500年の滝山城をしのび、強く強く生き抜くと決意した。

寸鉄 2021年8月5日
「金は大火にも焼けず」御書。不動の信心で進め。師弟共戦の勝利の劇を!
広島青年部「平和誓願の日」。核兵器廃絶への潮流を。若人の対話拡大で
「母」の歌、発表45周年。人間世紀の太陽・女性の友に感謝。福徳は燦然
屋内での子の火傷に注意熱湯使う製品は手の届かぬ所に。子の目線で確認
公明は現場の声受け接種無料化実現に尽力—市長更に議員網の力発揮せよ

〈社説〉2021・8・5 創大通信教育部の開設45周年
◇向学の人は社会を照らす光
創価大学本部棟の正面には天高く塔が立つ。その中央に刻まれているのは「学光」の二文字。学の光で人生と社会を照らしゆけ——創立者・池田先生が示した通信教育部の永遠の指針である。
創大の開学から5年後の1976年、通信教育部は開設。年齢や職業、居住地の差異を問わず、全ての人に門戸を開く民衆教育に眼目を置いていた先生にとって、同部の設置は念願だった。
以来、45星霜。卒業生は2万人を超え、約3500人の教員採用試験合格者を輩出するなど、友は各界で活躍の舞台を広げている。
内閣府の調査(平成30年度)によると、今後何らかの学習をしたいと考えている人が8割を超えている。人生100年時代といわれる今、技能向上を図るリカレント教育(学び直しの機会)をはじめ、生涯教育に注目が集まる。"勉強は学生時代だけ"との考えは過去のものであり、豊かな人生を歩むためにも「学び続ける姿勢」は欠かせないといってよい。
だが、社会人になってからの学問への挑戦は、仕事や家事との両立や勉強時間の捻出、経済的負担など、想像以上に苦労も多いだろう。卒業までの道のりは険しいが、通教生は尊い向学の志と負けじ魂を燃やして挑んでいる。
香川県の73歳の女性は現在、通教に2度目の挑戦中。最初の受講は61歳の時だった。学問に励むさなか、応援してくれていた最愛の夫が亡くなった。悲嘆に暮れる中、生前に夫が口にしていた「創大は世界一の大学だ」との言葉を支えとし、4年間で卒業を勝ち取った。尽きせぬ探究心で昨年、文学部に再入学。「かねての夢を実現できてうれしい。池田先生のもとで学べることに喜びしかありません」と満面の笑みで語る。
池田先生も若き日、夜学に学んだ。苦闘を経験したからこそ、同じ苦学の道を歩む通教生にエールを惜しまない。「英知を磨くだけでなく、苦労を重ねてこそ、本当の人間的な成長がある」(小説『新・人間革命』第23巻「学光」の章)
開設45周年となった本年も、9日からオンラインで夏期スクーリングが始まり、19カ国・地域の約2400人が向学の汗を流す。
飽くなき情熱があれば不可能はない。必ず価値創造の光を放っていける——通教生の尊き姿を範と仰ぎながら、私たちも挑戦の一歩を踏み出す成長の夏にしたい。

☆御書の旭光を 第46回 一遍の題目にも大功力が
〈御文〉
『一遍此の首題を唱へ奉れば一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時我が身の法性の法報応の三身ともに・ひかれて顕れ出ずる是を成仏とは申すなり』(聖愚問答抄、498ページ)

〈通解〉
一遍、この妙法蓮華経を唱えるならば、全ての人の仏性が皆呼ばれて、ここに集まる。その時、わが身の法性である法・報・応の三身も共に引かれて顕れ出る。これを成仏というのである。

〈池田先生が贈る指針〉
唱題には、一切の仏性を呼び集める大功力がある。ゆえに仏天の守護も厳然だ。
病気や困難と闘う家族・同志や友人に送る題目は、一遍でも必ず通ずる。その功徳でまた自らの生命力も倍加する。
妙法を唱え抜きながらの「立正安国」の対話は、自他共に仏性を顕しゆくと同時に国土をも大福運で包む聖業なのだ。

☆ONE GOSHO この一節とともに! 一生成仏抄
◇弛まぬ不屈の前進を
今月11日の「部結成70周年」を勝ち飾った男子部。連続勝利の次なる峰へ進むに当たり、日蓮仏法の根幹である「唱題行」の意義と実践について学ぶ。

◇御文
『深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり』(御書384ページ)

◇通解
深く信心を奮い起こして、日夜、朝夕に、また怠ることなく自身の命を磨くべきである。では、どのようにして磨いたらよいのであろうか。ただ南無妙法蓮華経と唱えること、これが磨くということなのである。

◇背景
本抄は、執筆の年次や宛先は定かではないが、建長7年(1255年)に著され、下総国(現在の千葉県北部などの地域)の門下・富木常忍に与えられたと伝えられている。
題号の「一生成仏」とは、凡夫がこの一生のうちに成仏することを指す。その一生成仏の要諦である「唱題行」の意義について、法理と実践の両面から明かされているのが本抄である。
日蓮大聖人は、「南無妙法蓮華経」の題目を唱えることが仏の境涯をあらわす直道であると示され、生命を鍛える唱題行を「鏡を磨く」作業に譬えて、持続の祈りの大切さを教えられている。

◇解説
日蓮大聖人は拝読御文の直前で、「衆生(凡夫)」と「仏」とは互いにかけ離れた存在ではなく、「迷っているか」と「悟っているか」の違いにすぎないと仰せである。
さらに、迷いに覆われた生命を「磨かざる鏡」に、真実の悟りの生命を「明鏡」に譬えられている。
鏡は磨かなければ曇ってしまうように、生命もまた、放っておけば無明という「迷い」に覆われてしまう。
しかし、曇った鏡も磨いていくことで、あらゆる物をよく映す明鏡となる。生命も同様に、唱題行によって無明を払い、本来具わる仏の生命を開き顕していけるのである。
「磨く」行為である唱題行の実践について、大聖人は、拝読御文で二つの面から御指南されている。
1点目に、大聖人は「深く信心を発して」と仰せである。
いくら唱題を重ねても、疑いを抱いたままでは、御本尊の功力は十全には現れない。自身が妙法の当体であり、「必ず一生成仏できる」と深く確信して、題目を唱えることが大切である。
そしてまた、私たちが現実の課題や逆境に直面した時、無理だと諦めるのではなく、"必ず苦難を打開してみせる"との決意に奮い立てるかどうか。
この「覚悟の深さ」こそ、生命錬磨の修行の要諦であるといえる。
2点目に大聖人は、「日夜朝暮に又懈らず」と仰せである。
日々、怠ることなく実践していく——信心には、"ここまでやればいい"という到達点はない。過去にどれだけ頑張ったかだけでなく、「持続」することが一生成仏には不可欠である。
その点、大聖人は別の御書で、「受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり」(1136ページ)とも御教示されている。
私たち後継の男子部は、この「確信の祈り」「持続の祈り」を実践しながら、新たな対話と友好の8月へ打って出たい。
1955年(昭和30年)8月、池田先生が北海道で指揮を執り、広布拡大の金字塔を打ち立てた「札幌・夏の陣」。
先生は、朝の勤行と御書講義から毎日をスタート。行く先々で、"札幌の同志に勝利を"と祈り、常に題目を唱え続けたという。
先生はかつて、北海道の友に語っている。
「『妙法』の祈りは、自身の"生命の変革"をもたらし、その変革は、必ず"周囲の人々や生活環境の変革"へと連なっていく。
地域の発展も経済の好転も、"自分にはとても手が出ない"と思われるような願いであっても、わが『一念』から発する『信心』の力用しだいによって、やがて厳然とかなえられていくことを、強く確信していただきたい」
下半期の勝利への"助走期間"ともいえるこの8月。
日々の目標を明確にし、祈りを根本に大きく仏縁を拡大しながら、スタートダッシュを切る夏としたい。

2021年8月4日水曜日

2021.08.04 わが友に贈る

人知れず苦闘する友に
光を当てて称賛を!
分かってくれる人がいる
それが生きる力となる。
幸福勝利への伴走者に!

四条金吾殿御返事 P1149
『日蓮をたすけんと志す人人少少ありといへども或は心ざしうすし或は心ざしはあつけれども身がうごせずやうやうにをはするに御辺は其の一分なり心ざし人にすぐれてをはする上わづかの身命をささうるも又御故なり、天もさだめてしろしめし地もしらせ給いぬらん』

【通解】
日蓮を助けようと志す人々が少々いるとはいっても、あるいは志が薄い。あるいは志が厚くても、行動がそれに伴わない。さまざまな人がおられるなかに、あなた(四条金吾)は、日蓮を本当に助けようとする一人である。志が人よりすぐれておられるうえ、日蓮がわずかの身命を支えることができているのも、また、あなたのおかげである。このことは、天も必ず知っておられるし、地もご存じあろう。

名字の言 被災者の苦悩を"わが事"と捉える 2021年8月4日
災害に遭って1カ月が過ぎると、頭痛や食欲不振等の急性ストレス反応が出る場合がある。精神科医の桑山紀彦氏が語っている▼疲れや緊張に加えて、自宅の復旧などに格差が生じるのが原因の一つ。「被災者を一人にしないでほしい。同じ体験をした人同士が集える場所をつくることが大事」と訴える(「中国新聞」2018年7月20日付)▼7年前の8月、広島市安佐南・安佐北区を中心に大規模土砂災害が発生した。9月に入り、被災者の疲れはピークに。そんな時、一枚の写真が届いた。「負げでたまっか広島 一日も早い復興を祈っています」。横断幕を掲げた宮城・石巻の同志303人の集合写真だった▼自宅が床上浸水した女性部員は、東北の友の真心に、"負げでたまっかだ!"と心を奮い立たせた。自宅が片付くと、彼女は近隣の知人宅を訪れるように。明るく励ましを送る彼女の姿に触れ、知人は「あなたが読んでいる聖教新聞を私も読みたい」と。地域に希望の輪が広がった▼被災者の苦悩を"わが事"と捉えゆく同苦の心は、誰も置き去りにしない温かな社会を築く基盤となろう。静岡・熱海市の大規模な土石流をはじめ、列島を襲った豪雨災害から1カ月。日々、同苦の祈りをささげたい。

寸鉄 2021年8月4日
私の楽しみは若い人を育てていく事だ—戸田先生共に青年の心で戦い前進
学生部が教学実力試験へ研鑽の夏。大いに学べ!信心の骨格を築く時は今
事をなすには人に先んずべき—孫文。何事も先手必勝!"今できる事"を
河川の水難事故に注意。水深が浅い場所でも警戒強く。皆で声掛けを徹底
子どもの感染増加。経路は7割が家庭内と。まず大人が基本を怠らず防げ

〈社説〉 2021・8・4 「推し活」から考える創価の哲学
◇友の幸せ願い真心の励ましを
「推しを推す」——自分が心ときめく人や物を応援するという意味で、その行為は「推し活」とも呼ばれる。
本年、第164回「芥川賞」に輝いた『推し、燃ゆ』(宇佐見りん著、河出書房新社)では、「推し」の男性アイドルを人生の中心に置く、生きづらさを抱えた女子高生の姿が鮮明に描かれている。
今や、「推し」に夢中になっているのは若者だけではない。ある壮年部員は、入院中に偶然見た「ピアニストユーチューバー」の動画に元気と癒やしをもらい、人生初の推しができた。
退院してからも運転中などに曲を聞いたり、子どもと推しの話で盛り上がったりすることができたという。
「推し活」の形は人それぞれ。グッズを集めたり、SNSで支援したりする人も少なくない。だが、それは、何か投資に見合った報酬を求めているわけではない。
"推しの幸せは私の幸せ"との言葉と一緒に、動画等をSNSに投稿するファンもいる。「推し活」は自身の活力にもなっているのだ。
大切な存在を支えたい、頑張っている誰かを応援したい——そうした他者に向ける熱量は、「推し活」に限ったものではあるまい。
翻って、わが創価の同志が友の幸福を願い、励ましを送り続ける真心は、実に深く、広く、熱い。
"一人も置き去りにしない"との精神で、いつ、いずこにあっても、学会の同志は"目の前の一人"の応援団であり続ける。
日蓮大聖人は「不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(御書1174ページ)と仰せである。
創価の師弟は万人の仏性を信じ抜き、いかなる状況にある相手に対しても、粘り強く、勇気と希望を送る対話を重ねてきた。
その励ましによって、どれだけ多くの人が自身の宿命転換を懸けて立ち上がり、人間革命のドラマをつづってきたことか。
温かな励ましと歓喜の連鎖によって、今や創価の民衆連帯は192カ国・地域にまで広がっている。
「たとえ、あなたがどこで悲しみに沈んでいようと、私は草の根をかき分けても捜し出して、必ず幸福にしてみせるよ。これが、創価学会の会長の精神です」(小説『新・人間革命』第17巻)と池田先生はつづっている。
師の心をわが心として、この夏も多くの人に励ましの声を届けていきたい。

☆御書の旭光を 第45回 地涌の使命に生きる誇り
〈御文〉
『此等の大菩薩末法の衆生を利益したもうこと猶魚の水に練れ鳥の天に自在なるが如し』(曾谷入道殿許御書、1033ページ)

〈通解〉
これらの大菩薩(地涌の菩薩)が末法の衆生を利益されることは、魚が水中を自由に泳ぎ、鳥が天空を自在に飛ぶようなものである。

〈池田先生が贈る指針〉
我らは地涌の菩薩なり。濁世の衆生を救うことが久遠よりの誓願だ。この誇りに立てば恐れるものはない。水を得た魚のように、天空を舞う鳥のように民衆の中へ飛び込み、一人一人に幸の仏種を広げていけるのだ。
無数の眷属を将いて躍り出た我らである。勇気の対話で仏縁を結び、地涌のスクラムを呼び起こそう!

☆大学校生とナットクTALK テーマ:祈り方
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回のテーマは「祈り方」。新田ニュー・リーダーが、日頃の疑問を思い切って中村団長に相談します。

◇テーマ:祈り方
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
新田ニュー・リーダー 人材会社勤務の25歳。何ごとも納得してから行動したい性格。

Q.どう祈ればいいか分からなくて……
A.根本は"広布のために"が大切
中村区男子部大学校団長 この夏、いよいよ男子部大学校生大会が開催されるね! 当日に向けて、お題目や対話拡大に挑戦して、一緒に信心の確信をつかむ夏にしよう!
新田ニュー・リーダー あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……。
中村 おっ、どうしたの?
新田 私は題目が苦手で、正直言うと、どういう心構えで祈ればいいのかよく分からないんです。会合で活動報告とかを聞くと、「絶対にこの悩みを乗り越える!」って皆さん祈ってるみたいなんですが、自分にはそういう悩みもあんまりなくて……。
中村 題目ってすごいんだよ。御書では、"小さな音でも、ほら貝に入れて吹く時、遠くまで響くようなものである"という例えを通して、"題目を唱える声は、大宇宙にまで届く"と示されている(御書808ページ、趣意)。
宇宙というと壮大過ぎて実感が湧かないかもしれないけど、要は"僕らの祈りが通じないところはない"ということだよ。
新田 宇宙にまで!? すごいですね!
中村 祈りに特別な"型"はないんだ。御書には「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ」(1143ページ)とある。苦しい時は「苦しいです」、うれしいことがあった時は「うれしいです」と、ありのままの気持ちで祈っていけばいいと思う。
悩みがないって言っていたけど、ささいなことでも"もっとこうなったらいいのに"とか"これがつらいな"って思うことない?
新田 そう言われると、あります! どうしても仕事が終わらず残業が多いんですが、少しでも早く帰れるようになりたいんですよね。
中村 じゃあ、まず、そこから祈っていこうよ! 池田先生は祈りについて、「自身の悩み、苦しみの克服や、種々の願いの成就を祈る時にも、"広宣流布のために、この問題を乗り越え、信心の見事な実証を示させてください。必ず、そうしていきます"と祈っていくんです。祈りの根本に、広宣流布への誓願があることが大事なんです」とつづられているよ。「自分のための祈り」が「広宣流布のための祈り」に変わると、祈りが深くなって境涯を大きく開けるし、結果も変わってくるよ。
新田 早速、挑戦してみます!
中村 よし、8月の大学校生大会に向けて、一緒に目標を定めて前進しよう!

2021年8月3日火曜日

2021.08.03 わが友に贈る

読書は人生の財産だ。
良書に親しもう!
「学ぼう」との姿勢から
前進の活力が生まれる。
向上の日々を共々に。

曾谷入道殿許御書 P1039
『伝教大師の云く「讃する者は福を安明に積み謗ずる者は罪を無間に開く」等云云、安明とは須弥山の名なり、無間とは阿鼻の別名なり』

【通解】
伝教大師は「讃する者は福を安明に積み謗ずる者は罪を無間に開く」等と言っている。ここに言う安明とは須弥山のことである。「無間」とは阿鼻地獄の別名である。

名字の言 将棋の世界が教える"才能" 2021年8月3日
「将棋の世界はいま、歴史的な変革期にある」と語るのは、十七世名人の資格を持つ谷川浩司九段。その大きな要因がAI(人工知能)だという▼多くの棋士が将棋研究にAIを使うようになり、これまでの常識を覆すような指し手が誕生。約100年前の戦法が脚光を浴びるなど、あらゆる戦い方を研究することが求められるようになった▼その上で氏は「結局、毎日の積み重ねこそが勝負どころで帰趨を左右する」と訴える。実戦では事前の研究が役に立たない場合も多い。ゆえに、当たり前のことを怠らずに続けられるかどうか。才能とは一瞬のひらめきではなく、地道な努力を「自然に長期間続けることのできる力のことを指す」と(『藤井聡太論 将棋の未来』講談社+α新書)▼どんなに才能に恵まれた人でも、努力なしに成功はない。時代の変化を踏まえながら、なすべきことに全力を尽くす。まさに「努力し続ける力」こそ、変革期を勝ち抜く最も優れた才能といえよう▼「いったん決めたら、『続ける』ことである。目標を達成するまで、忍耐し、努力し続けることである。叩き続ければ必ず『勝利の扉』は開かれる」と池田先生は教える。自分を信じ、未来を信じて、さあ今日も挑戦の一歩を!

寸鉄 2021年8月3日
「煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前」御書。強盛な祈りで悩みを成長の糧と
ファミリー大会がたけなわ。未来の宝を創価家族の輪の中で育み伸ばそう
仏法の実践に励めば人間革命と宿命転換が可能—牧口先生。今日も一歩を
コロナによる孤立、あらゆる世代に広がる。心と心結ぶ声掛けを切らさず
ストレッチは健康維持に有効、毎日の積み重ねが重要と。夏の挑戦、地道に

☆四季の励まし 健康の智慧を 大満足の人生を 2021年8月1日
◇池田先生の言葉
健康で、長生きをして、
価値ある充実の人生を
楽しんでいくのが、
信仰の目的である。
健康は、
自らの智慧と
決心でつくるものだ。

聡明に自己を律し、
賢明な生活を心掛け、
自分自身の健康を
勝ち取っていただきたい。
健康を保っている
ということ、
それ自体が、勝利である。

適度な運動も大事である。
また、上手に休息をとる。
ゆったりと睡眠をとる。
疲れをためないよう
工夫することだ。
根本は、信心である。
「健康でありますように」と
毎日、御本尊に祈ることだ。

題目は、
宇宙根源のリズムであり、
仏の偉大な生命力の
根本である。
ゆえに、
妙法の大良薬を持つ人は、
一人ももれなく
「更賜寿命」して、
大満足の使命の人生を
存分に生き切ってほしい。
また、生き切ることが
できるのだ。

懸命に努力し、
もてる力を発揮する。
その時に人は
生きがいを感じる。
元気になる。
その意味で、
学会活動は、
最高の健康の道である。

今は病気の人も、
決して
弱気になってはいけない。
何があっても強気で!
すべてに意味があるのだ。
どんなことがあっても、
微動だにしてはいけない。
悠然と進むのだ。
生命は永遠なんだから!

暑い夏だからこそ、
白馬が
大草原を駆けゆくような
清々しい題目で、
生命力満々と、
きょうも
価値創造の行動を!

【写真説明】7月13日に、池田大作先生が都内で撮影した蓮の花。薄紅がかった白色の花びらが凜と咲き、涼しさを届けてくれる。
蓮華は、他の花々と違い、花と実が同時に成長する。ゆえに、仏法では、仏の生命を開く因も果も同時に具わる「因果倶時」の法理の譬えなどに用いられる。
御書には「浄き事・蓮華にまさるべきや」(1109ページ)と。泥沼の中でも高潔な美しさを失わない蓮のように、我らも苦難や無理解に負けず、自他共の幸福に尽くす生き方を貫いていきたい。
きょうから8月。張りのある勤行・唱題で生活のリズムを整え、心身共に健康第一で進みゆこう。

☆池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅 未来を開く! 生命錬磨の夏 2021年7月27日
暑い夏にこそ、生命を磨き、人材を育て、希望の未来を開く。これが学会の伝統だ。
コロナ禍の今年も、各地で工夫し、真心を尽くして、創価ファミリー大会、また英語で寸劇を行う「E—1」や絵画展、作文・読書感想文のコンクールに取り組んでくださっている。
宝の未来部を励まし育んでおられる全ての方々に、最大に感謝申し上げたい。
御書に「物だねと申すもの一なれども植えぬれば多くとなり」(971ページ)と仰せだ。若き心の大地に良き種を蒔きゆく夏としたい。
◇ ◆ ◇
戸田先生は青年の「学ぶ心」を引き出し、そして「価値創造の力」を伸ばしてくださる人間教育者であった。
先生に師事し始めた19歳の時、私が雑記帳に書き留めたアメリカの哲人エマソンの言葉がある。
「何者も諸君を守護することは出来ない、独り誠実あるのみ、永遠に亙って誠実のみ」(※)
船が難破の危機に瀕しても、熟練の水先案内人が揺るぎなく「われと共に航する者こそ、陸地に達するなれ」と指揮を執るように、正義の信念に誠実に生き抜けと、エマソンは呼び掛けているのだ。
戦後の荒れ狂う社会の海原で、私は戸田先生という至高の精神の水先案内人に巡り合え、誠実を貫く正しき人生の道を教えていただいた。これほどの幸福はない。
そして今、大誠実の創価家族と共に切り開いてきた、平和・文化・教育の大航路を、21世紀の若き世界市民たちに託せることが、何よりの喜びである。
◇ ◆ ◇
未来部育成の先進のモデル地域が、堅塁・中部である。「E—1グランプリ」も中部から誕生した。
きょう7月27日は「中部の日」である。淵源となる45年前の記念幹部会では、御書を拝して、永遠に善知識の団結で広宣流布の大願に進みゆくことを皆で誓った。
「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり」(御書1337ページ)
この時、6項目の指針を再確認し合った。
�勤行は朗々として正確
�指導、弘教は慈悲
�教学は日々の努力
�座談会は体験中心
�会合は8時半厳守
�組織は人間の和
——である。
◇ ◆ ◇
創価の「人間の和」は、法華経に説かれる「清涼の池」の如く地域社会に希望と安穏と活力をもたらすオアシスそのものだ。
皆、聡明に健康第一で、未来部の友と一緒に、一歩また一歩、成長し前進して、誓願の天地に地涌の生命力を満々と漲らせていこう!
※エマソンの言葉は柳田泉訳「代表偉人論」、『世界大思想全集21』所収、春秋社、現代表記に改めた。

2021年8月2日月曜日

2021.08.02 わが友に贈る

◇今週のことば
「家に讃教の勤めあれば
七難必ず退散せん」
題目の師子吼で
地涌の大生命力を!
家庭に地域に社会にも。
2021年8月2日

御義口伝巻上 P710
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは生死の闇を照し晴して涅槃の智火明了なり生死即涅槃と開覚するを照則闇不生とは云うなり、煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり』

【通解】
今、日蓮大聖人およびその門下が、南無妙法蓮華経と唱え奉ることは、生死の闇を照らし晴らし、涅槃の智火が明了に現われることである。すなわち生死即涅槃と開覚することを、文句では「照らすは則ち闇生ぜず」といっているのである。また、妙法を唱え奉ることは、煩悩の薪を焼いて菩提の慧火が現前することである。

名字の言 東京五輪の「ビクトリーブーケ」 2021年8月2日
熱戦が続く東京五輪。メダリストに副賞として贈られる「ビクトリーブーケ」には、東北3県の花が使用されている。福島県産のトルコギキョウもその一つ▼近年、産地となりつつあるのが、原発事故で全町避難を強いられた双葉郡浪江町。2017年、避難指示が段階的に解除されると、町をあげ、花き栽培の挑戦を始めた。地元の農家に県内外の若い新規就農者らも加わり、市場で高い評価を受けるまでに。未曽有の試練の中から誕生した花は今、勝利の象徴となった▼福島県浜通りのある男子部員は小学生の時、震災の津波で自宅が損壊し、住み慣れた場所を離れた。それでも、海が好きな気持ちは消えなかった。「故郷の海を守る」。それを自分の使命と決めた。今、潜水士として海中で港湾工事を行う。20歳となった今年、男子部大学校にも入校し、練磨の青春を送る▼池田先生はつづった。「人も、この一生に、ただ一つの花を咲かせるために生まれてきた」「自分にできることを、すべてした人。その人が『花』だ」と▼誰もが自分だけの使命の花を持つ。その種子は、苦難の中で根を張り、決意と挑戦の先に咲かせた花は、他の誰かを照らす光になる。トルコギキョウの花言葉の一つは「希望」である。

寸鉄 2021年8月2日
常に生きがい持って進め—牧口先生。立正安国の大願胸に。挑戦また挑戦
夏は友情育む好機。普段会えぬ友とも心通う語らいを。電話一つも大切に
毎日が新しい日なんだ—作家。生まれ変わった決意で!栄光開く一歩を今
食品衛生月間。食中毒が多い時期。手洗いや加熱調理等の基本を欠かさず
緊急事態宣言6都府県に拡大。自分は平気の過信禁物。感染対策を再徹底

〈社説〉 2021・8・2 7日まで「水の週間」
◇危機と戦う連帯を時代潮流に
操縦する飛行機が砂漠の真ん中に墜落。水を求め、3日間で200キロ以上さまよう。作家サン=テグジュペリは、その過酷な体験を著書『人間の大地』につづった。
友人と二人、懸命に支え合う中で遊牧民に救われ、九死に一生を得る。彼は、渇きから解放された喜びを、こう記す。「水よ、おまえは生命に必要な何かではない。おまえが生命そのものなのだ」「大地の腹に宿る至純の水よ、おまえはこの世の最大の富であり、しかも、この世で最もデリケートな富だ」(渋谷豊訳、光文社)
水の豊富な日本にいる私たちも、それを当たり前の自然の恵みとせず、この「最もデリケートな富」への感謝を忘れてはなるまい。
8月1日は「水の日」。水の貴重さと水資源開発の重要性について理解を深める意義があり、水の使用量が多く、水について関心が高まる8月の初日に設定された。今年で45回の節を刻む。
さらに7日までは「水の週間」として、国土交通省や地方公共団体等が連携し、例年、啓発行事や水と自然に親しむイベントを行ってきた。昨年来のコロナ禍の中で従来通りの開催は難しいが、工夫して取り組む地域も見られる。
この週間を機に水の大切さを心に留め、身近なところから、きれいな水を守る取り組みを始めよう。例えば、キッチンで食器を洗う前に油汚れを紙で拭き取るなどの工夫で、家庭排水による水質汚染を防げる。蛇口は小まめに閉めて、節水を心掛けたい。
2014年施行の「水循環基本法」で、「水の日」は健全な水循環の重要性について関心を深める日としても定められている。
海から蒸発し、雲になって運ばれ、雨となって降り注ぐ。その水循環が健全かつ穏やかであれば、生命を育む恵みの水となる。ところが近年は、台風や大雨による甚大な風水害が続発し、年々深刻の度を増している。そうした災害時には「自助」「共助」「公助」が必要となる。平時にこそ、防災グッズの点検や、近隣との声掛けを積極的に進めておきたい。
池田先生は、本年の「SGIの日」記念提言で、コロナ禍との戦いを通し、「『連帯して危機を乗り越える意識』を時代潮流に押し上げ、(中略)人類史転換への道を開くべきだ」と訴えた。民衆の連帯は命を守る鍵なのだ。今こそ、啓発の対話を広げよう。

☆四季の励まし 青年よ! 青空へ伸びゆけ 2021年7月25日
◇池田先生の言葉
青年は、希望の旭日だ。
いかなる暗闇も
鮮烈に打ち払う。
青年は、正義の宝剣だ。
いかなる邪悪も
厳然と断ち切る。
青年は、勝利の旗印だ。
いかなる激戦も
断固と勝ち開く。
わが創価学会には、
この若き熱と力が
沸騰している。

青春時代は、
失敗も財産だ。
苦労が宝になる。
うまくいかなくても、
くよくよせず、
また挑戦すればいい。
「当たって砕けろ」の心意気で、
勇気を持って、
臆さずに挑むのだ。
限界の壁を破るのが、
青年の特権だ。

若さとは、
「動く」ことである。
知恵を振り絞り、心を働かせ、
何かを為すことだ。
どんな境遇にあっても、
何とかしようという
挑戦の心を忘れないことだ。
その人の生命は若い。

妙法は、永遠の若さだ。
若さとは、
何ものにも屈せざる力だ。
雨が降ろうが、風が吹こうが、
晴れ渡る青空をめざして
伸びゆく力だ。
若さとは、
何ものも恐れぬ魂だ。
いかなる壁にも怯まず、
雄々しく突き破り、
乗り越える大闘争心だ。

キーワードは「友情」である。
主役は「青年」である。
「仲良くしよう」という
心を広げ、
新たな"時"を創るのだ。
青年が自らの行動で、
青年を糾合するのだ。
目の前の友と語らい、
友情を結ぶ。
最も地道で
最も確実な平和の王道が、
ここにある。

【写真説明】抜けるような青空に、クレヨンで描いたような鮮やかな白雲。1996年(平成8年)6月、池田大作先生がアメリカ・デンバーを初訪問した折、カメラに収めた一葉である。
先生は6月8日、名門デンバー大学から「名誉教育学博士号」を授与された。その後、ニューヨークで、キッシンジャー元国務長官ら要人と会見。カーネギーホールでの世界青年平和文化祭に出席し、寸暇を惜しんで青年を励ました。
男女青年部は今月、結成70周年を迎えた。「青年の月」7月から勝利を結実する秋へ——。後継の若き勇者と共に、広布の大空へ羽ばたこう。

☆共生の地球社会へ〜仏法の英知に学ぶ テーマ:生物多様性
登場人物
【ミライさん】好奇心旺盛な女子部員。世の中の出来事について、父・ホープ博士と語り合うことを楽しみにしている。
【ホープ博士】勉強熱心な壮年部員。毎月1回、家族と一緒に教学を研さんしている。「博士」はニックネーム。本業は会社員。

◇生命のつながりを未来へ
ミライ ニュースを見たよ! 奄美大島と徳之島、沖縄島北部、西表島の四つの地域が、「世界自然遺産」に登録されることになったね。

ホープ 明るいニュースだね。これらの地域は、イリオモテヤマネコやヤンバルクイナなど、国際自然保護連合(IUCN)が定める絶滅危惧種の生息地なんだ。国際的にも希少な固有種に代表される「生物多様性」を保全する上で、重要な地域であることが評価されたんだ。

ミライ 生物多様性?

ホープ 「生物多様性」とは、単に"生物の種類が多い"という意味ではなく、地球上の生き物たちの豊かな個性とつながりを意味する言葉だよ。「生態系」「種」「遺伝子」の多様性を保護する取り組みが、世界各地で始まっているんだ。

◇加速する種の絶滅
ミライ なぜ多様性が重要なの?

ホープ 地球上に生きている生き物たちが、直接的・間接的につながり合い、壮大な"生命の環"を織り成しているからだよ。
例えば、酸素の供給や、気温や湿度の調整、豊かな土壌の形成なども、生物多様性によってもたらされているんだ。
人類に欠かせない、穀類や魚、肉、野菜など、食料は生き物そのものだし、飲用水は森林がろ過したものだよ。また、医薬品の成分には、7万種もの植物が使われているんだ。

ミライ でも、どうして今、生物多様性が注目されているの? 人間の活動の影響で環境が破壊され、生物多様性が脅かされているから?

ホープ 残念ながら、そうなんだ。生命が誕生してから40億年の間に、誕生した種の99%以上が絶滅したといわれているから、生物種の絶滅自体は珍しいことではないんだよ。
しかし、人類が存在する前より100倍から1000倍もの速さで生物種が絶滅しているんだ。そして、いうまでもなく、一度崩れた生態系は簡単には元に戻らない。
このように生態系の急激な変化が続くと、生態系に依存して生きている私たち人間への影響も必至だよ。食料や飲用水の不足が懸念されるほか、予期していなかった影響が出るかもしれない。

ミライ 地球上のあらゆる生命が、人間のために存在しているわけではないんだから、"自分たちの視点"だけで、この問題を捉えていてはいけない気がするね。

◇当事者の自覚で
ホープ 鋭い指摘だね。池田先生は、「仏法では、人間が地上の支配者であり、そのほかの生物や自然を、征服すべき対象とは考えません」(小説『新・人間革命』第5巻)と明確に示されているよ。
その考えの土台には、"森羅万象は支え合い、育み合って存在している"という、仏法の生命観があるからなんだ。
人と人、人と自然など、ありとあらゆるものが相互につながっているという関係性の哲学は、私たちが価値ある人生を歩むためにも重要な視点を提供しているね。

ミライ 私たち人間は、自然環境との相互依存性によって生かされているということと、生命の価値に優劣や序列はなく、等しく尊いということを、真摯に受け止めないといけないね。

ホープ その通りだね。生物多様性の問題は、私たち誰もが当事者なんだ。
けれども、現在の問題は、過去の人間の行為を映す"鏡"なんだから、今の自分には関係ないと、過去を恨んだり、無関心を決め込んだりする人もいる。
日蓮大聖人は、「過去の因を知りたいと思うなら、その現在の果を見なさい。未来の果を知りたいと思うなら、その現在の因を見なさい」(御書231ページ、通解)と仰せだよ。
ここで大切なのは、「現在」は新たな「未来」を創り出す出発点でもあるということだよ。困難な状況にあるからこそ、課題を乗り越えようと努力する人もいるよね。仏法では、この「現在」を「因」と捉えていく転換を大切にしているんだよ。

ミライ 未来の世代に、生命の豊かなつながりを残せるかどうかは、「今」にかかっているんだね。
身の回りで使っている製品が、どこで、どのように作られ、手元に届いたのか、調べてみようかな。その製品の環境への負荷を知ることで、今後、使い続けるか考え直せるかもしれないね。

ホープ 「人ごと」ではなく「自分ごと」として向き合う、具体的な一歩が大切だね。
池田先生は、こう語っているよ。
「わが生命と万物との妙なる連関性を深く自覚して、汝自身の生き方の変革、すなわち『人間革命』に挑んでいくならば、どれほど心広々と、壮大にして豊かな人生の道が開かれることでしょうか」
一人一人が思いの及ぶ範囲を広げ、生命のつながりに感謝し、多様性が輝く地球社会をつくっていこう。

◇御文
『過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ』(開目抄、231ページ)

◇メモ
この御文では、経文を引かれ、過去・現在・未来の三世にわたる生命の連続性の中に、「原因」と「結果」の法則が貫かれていることを御教示されています。
つまり「現在」の一瞬の生命に、過去の因も、未来の果も含まれているのです。日蓮大聖人の仏法で大事なことは、"現在から未来"です。"今"をどうするか、ここが一切の出発点なのです。

[コラム:"いま"を知る]環境教育
エコシステム(生態系)という言葉が提唱されたのは1935年(昭和10年)。それ以前の1903年(明治36年)、初代会長・牧口常三郎先生は著書『人生地理学』で、自然と人間の関係について、自然環境が人間形成に及ぼす影響の重要性を訴えられている。
いわく、"慈愛、好意、友誼、親切、真摯、質朴等の高尚な心情の涵養は、郷里でなければ容易にはできない"——仏法の「依正不二」に通じる、牧口先生の先見性が光っている。
創価の環境教育は今日、ブラジルにも。"アマゾンを守ることで人類の生存を守る"との池田先生の構想のもと開設された、アマゾン創価研究所。ここでは、人間と自然の調和を目指し、現地の児童・生徒らを対象に「環境教育啓発プロジェクト」を実施してきた。
教育には人々の意識を変革する力がある。人間は開発の名のもとに、自然を破壊してきたが、自然を再生させていけるのも、人間である。

2021年8月1日日曜日

2021.08.01 わが友に贈る

友好を深める夏8月。
電話、手紙、SNS活用し
友に励ましの涼風を!
感染防止に努めながら
語らいを広げゆこう!

法華証明抄 P1587
『鬼神めらめ此の人をなやますは剣をさかさまにのむか又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか、あなかしこあなかしこ、此の人のやまいを忽になをしてかへりてまほりとなりて鬼道の大苦をぬくべきか』

【通解】
鬼神の奴らめ! この人(時光)を悩ますのは、剣を逆さまに飲んで、自ら喉を突こうとすることだ。また、大火を抱いて大やけどをするようなものだ。さらに、三世十方の仏の大怨敵となることだ。この人の病気をたちまちに治して、かえって守護の善神となって、餓鬼道の大きな苦しみから逃れるべきではないか。

名字の言 生命尊厳と平和実現への誓い強く 2021年8月1日
夏の終わりになると、決まって手紙をくれる友がいる。瞬時に発着する電子メールとは違い、届くまで日数がかかる手書きの便りは味わい深い。つづられているのは近況なのだが、懐かしい筆致のせいか、脳裏に浮かぶのは、かつて一緒に広布に走った「過去」の思い出である▼例年、「今年も咲き、採種できました」と、ヒマワリの種が同封されている。それを見るたび、"来年、この種が芽を出し、成長して……"と、「未来」を思い描く▼「木を植えることは、命を植えること」というが、種をまくことも同じだろう。8月6日、9日、15日……命の重さを、より真剣に考え、生命尊厳と平和実現の誓いを、一層強くする月である▼池田先生の平和運動の取り組みについて、著名な平和学者のグレン・ペイジ博士は語った。「私が注目するのは『戦争の悲劇の地にこそ、まず平和の種子を植えよう』とされる視点です」と。それは過去から目をそらさず、そこから未来を育んでいくという、先生の一貫した平和への意志ともいえよう▼峻厳に"過去"を見つめ、真摯に歴史の教訓に学ぶ。そして、恒久平和を築き、自他共の幸福という"未来"を開いていく——それが「今を生きる」ということであろう。

寸鉄 2021年8月1日
我らの祈りは「磁石の鉄をすうがごとし」と御書。誓願の題目で日々出発を
妙法は活の法門。全てが活かされる—恩師。今の苦労は境涯革命のバネに
限界に挑む五輪選手に感動が。目標を明確に"自己ベスト"の更新へ、我らも
夏の省エネ総点検の日。地球的課題の解決へ積み重ねを共々に。足元から
熱中症の搬送は自宅からが最多と。こまめな水分補給、空調活用。油断排し

☆大白蓮華巻頭言2021年8月号 新たな広布の伸展を大きな心で
尊き陰の労苦を惜しまず、広布の伸展を緻密に正確に支えてくれている統監部の宝友と拝した御聖訓がある。
「日本国の四十九億九万四千八百二十八人の男女各父母有りといへども其の詮を尋ぬれば教主釈尊の御子なり」(P1369)との仰せである〈億は今の十万に当たる〉。
日蓮大聖人は、当時の詳細な人口を把握されていた。そして全衆生を仏子と慈しまれ、一人ももれなく妙法と共に幸福であれ、安穏であれと祈られるとともに、一人また一人、「仏性」という最極の善性を呼び覚ましていかれたのである。
「立正安国論」では、民衆を苦しめる災禍をいかに克服していくかを「一対一」で語らう中で、正法への目を開き、正義の誓願を共にしゆく生命の変革劇が示されている。
御本仏の一切衆生を照らす大境涯に連なり、社会の中へ飛び込み、不軽菩薩の如く人を敬い、たゆまず友情と仏縁を結ぶのが、創価の対話である。
苦労は絶えない。反発もある。悪口や冷笑もあろう。
しかし、恩師・戸田城聖先生は悠然と言われた。
「だからこそ仏の大力が出るのだ。それでも戦うから、一家眷属も社会も国土も大福徳で包んでいける。この我らの不屈の行動に、地涌の菩薩が必ず続くのだ」と。
偉大な多宝の父母たちは一つ一つの戦いに、まさしく「今生人界の思出」(P467)の覚悟で臨んでくれている。
その人生を賭した拡大の勇戦があればこそ、地涌の新人が世界中で続々と躍り出ているのだ。男女青年部も、ヤング白ゆり世代も、歓喜踊躍の舞が何と頼もしいことか。
「日蓮が弟子檀那となり給う事、其の功徳をば仏の智慧にても・はかり尽し給うべからず」(P1359)である。
一九五五年八月、北海天地で広布開拓に挑む、入会間もない同志たちと私は語り合った。今も変わらぬ真情だ。
−−大聖人の大慈悲のもとへ全人類を連れて行くのだという、おおらかな先駆者の誇りで進んでいこうよ!と。
さあ、大きな心で友と語らい、新たな広布の伸展を!

師弟して
 地涌の大地は
  世界まで
 無窮の逸材
  生み出す誉れよ

〈学ぼう 8月の学会史 2021〉
◎8・5 「母」の歌発表45周年
1976年(昭和51年)8月5日、池田大作先生が出席した会合で「母」の歌を発表。

◎8・6 小説『新・人間革命』の起稿・脱稿の日
8月6日は、池田先生が小説『新・人間革命』を起稿(1993年)し、脱稿(2018年)した日。同小説は海外13言語、23カ国・地域で出版されている。起稿・脱稿とも長野研修道場で行われ、8月6日は「信越師弟誓願の日」に。

◎8・12「教育原点の日」
1975年(昭和50年)8月12日、池田先生が教育部の夏季講習会に出席したことが淵源。
※参考資料=小説『新・人間革命』第24巻「人間教育」

◎8・14「関東の日」
戸田城聖先生と池田先生の"師弟の出会いの日"である8月14日が、2000年(平成12年)8月、「関東の日」に。

◎8・24「池田先生入信記念日」
1947年(昭和22年)8月14日、当時19歳の池田先生が、東京・蒲田での座談会に出席。生涯の師となる戸田先生と出会い、10日後の8月24日に入信した。
※参考資料=『人間革命』第2巻「地涌」

◎8・24「聖教新聞創刊原点の日」
戸田先生の事業が行き詰まる中、1950年(昭和25年)8月24日、「聖教新聞」創刊の構想を戸田先生と池田先生が語り合った。
※参考資料=VOD【広布史】「世界中に希望の光を——人間の機関紙・聖教新聞」

◎8・24「壮年部の日」
1976年(昭和51年)、池田先生の入信記念日である「8・24」が「壮年部の日」に。

◎8・26「北陸の日」
1984年(昭和59年)8月26日、池田先生は「第1回北陸平和文化祭」に出席。この日が「北陸の日」に定められた。

◎8・29「国際部の日」
1968年(昭和43年)8月29日、池田先生が通訳や翻訳に携わる友を激励したことが淵源。