◇今週のことば
地域と社会の変革は
壮年と青年の勇戦から。
浅きを去って深きに就く
「丈夫の心」に燃えよ!
壮男の金剛の絆で進め!
2015年02月23日
生死一大事血脈抄 P1338
『相構え相構えて強盛の大信力を致して南無妙法蓮華経臨終正念と祈念し給へ、生死一大事の血脈此れより外に全く求むることなかれ』
◇人生の座標
「いじめ」をやめさせるのも「勇気」です。耐え抜いて、生き抜いていくのも「勇気」です。一日一日、堅実な日常生活を生き抜いていこうというのも、立派な「勇気」です。
反対に、堕落した人は、「日常生活の中の勇気」がなかったのです。
☆100文字の幸福抄
真の国際友好とは何か。
国と国の関係といっても、
人と人の関係に帰着する。
互いの信頼、友情こそが全ての基盤となる。
ゆえに「人間」を育て、「人間」を結びたい。
後に陸続と続くであろう青年たちに、
道を開く人生でありたい。
☆未来の翼〜世界が君を待っている〜 第11回 ドミニカの庭
はじめに、自由自在に地球を一周する思いで、思い浮かぶ国の名前をあげてみよう。みんな、幾つくらいあげられるかな。
実に、たくさんの国があるね。
私が世界への旅を開始して、今年で55周年。今、私たちSGIの平和と文化と教育の連帯は、192カ国・地域にまで広がりました。
いずこにも、大変なところ、目立たないところで、民衆のため、社会のために奮闘している友がいます。そうした"真の英雄"に、一人でも多くお会いし、労苦をねぎらいたい、讃えたい。そして、一緒に未来への平和と繁栄の道を開いていきたい。この思いで、私は世界中を走ってきました。
その一つが、「カリブの宝石」と呼ばれる中米のドミニカ共和国です。尊き友の心がダイヤモンドの如く光る国です。28年前の1987年2月に訪問しました。
カリブ海で2番目に大きな島・イスパニョーラ島の3分の2を占めるドミニカ共和国は、九州と高知県を合わせたほどの広さで、約1,000万の人々が暮らします。
晴れ渡る青空、太陽に輝く白い砂浜、澄みきった大海原、人情豊かで陽気な人々——。まるで、おとぎの国のような天地です。世界王者となった、野球の強豪国でもあります。
1492年、新大陸に到達したクリストファー・コロンブス(クリストバル・コロン)がヨーロッパ人として初めて、この島に上陸しました。翌年、移住者たちによって建設された最初の町が、今日の首都サントドミンゴでした。
スペインの植民地として栄えたサントドミンゴには、今でもいたるところに、中世からの街並みが残っています。新大陸で最初の病院や大学も、ここで誕生しました。旧市街は、ユネスコの世界遺産に登録されています。
大変、日本に親しみを持つ国です。それは、日本から移住した方々が、汗と涙と努力によって信頼を勝ち広げてきたからです。
第2次世界大戦後、荒廃した日本では、国の政策として中南米への移住が奨励され、ドミニカ共和国にも大勢の日本人が渡っていきました。
しかし、豊かな耕地と聞かされていた土地は、石だらけで灌漑(かんがい)の設備もなく、実際には耕作は不可能でした。ジャングルに分け入り、バナナやオレンジで空腹をしのがねばならない人もいるほどでした。移民ではなく「棄民(きみん=国から棄てられた人々)」といわれ、最終的には8割以上の方々が、この国を去らねばならなかったのです。
ドミニカの広宣流布は、移住の苦労を重ね、踏みとどまった草創の数少ない同志から始まりました。1966年に支部を結成し、来年で広布50周年の佳節を迎えます。
日本から送られてくる聖教新聞や大白蓮華を、皆でボロボロになるまで回し読みして、この地に生きる使命を何度も確認し合いました。そして、「良き市民」として、誠実に粘り強く信頼の根を張り、社会に尽くしていったのです。
支部ができた翌年、桜の咲くころに、日本に一時帰国した友と、懇談する機会がありました。日焼けした頬を涙でぬらしながら、苦労を語ってくれました。
私は、心で涙しながら、この尊き開拓の丈夫に語りました。
「ドミニカの大地に信心の根っこを張り、あなたが大樹として育ってください」
「今は苦しいかもしれないが、必ずいっぺんに花咲く時が来ます。仲良く、団結して、包容力をもって進んでください」
この友は、ドミニカSGIの中心者となり、良き同志と力を合わせて、社会で実証を示していきます。やがて日系人協会の会長も務めるようになりました。
87年2月、夜のサントドミンゴ近郊の空港で、出迎えてくれた彼の肩を抱き、私は「もう大丈夫だよ。長い間、本当によくがんばったね」とねぎらいました。多くの友が、小旗を振って歓迎してくださいました。鼓笛隊が歓迎の演奏をしてくれ、未来部員も目を輝かせていました。
異体同心の団結で、人材と幸福の花を爛漫と咲き薫らせていたのです。雨が上がった空には、ふくよかな月と、またたく星座が見守ってくれていました。
『冬は必ず春となる』(P1253、「妙一尼御前御消息」)です。信心を貫いた人が、最後には必ず勝ちます。
4日間の滞在中、行事の合間のひととき、宿舎の窓から外に目を向けると、彼方に、陽光に照らされた海がエメラルド色に輝いていました。眼下には、美しく整備された緑の庭園が広がっていました。そして、そこには黙々と庭の整備を続ける方がいました。
自分がなすべきことに、黙々と取り組む陰の人がいて、皆の心が輝く。その人こそ"真の英雄"だ——ドミニカの同志の姿と重ね合わせ、私は合掌する思いで、静かにシャッターを押しました。
この訪問で、私はバラゲール大統領とお会いしました。
質素で「預金口座をもたない大統領」としても有名です。週末にはヘリコプターで何百キロも移動し、地方の村を訪ね、人々の要望に真剣に耳を傾けてきた奉仕のリーダーです。だから、全土の地名が、すべて頭に入っていました。
大統領は少年時代から、天才詩人として名を馳せました。貪るように本を読み、詩の才能を培い、胸中に人間愛を育みました。
14歳で詩集を発表し、17歳で文学賞を受賞。大学に進学しましたが、ほとんど独学でした。遠距離通学と仕事のため、大学に通うことすら難しかったからです。それでも、時間をこじあけて、猛勉強。優秀な成績を収め、フランスへの留学も勝ち取りました。やがて、弁護士、ジャーナリスト、政治家として大活躍していきます。
内戦後の混乱から安定へ、大統領として、「奇蹟」と呼ばれる繁栄へ導きました。私がお会いしたのは、ひとたび政権から離れた後、86年の選挙で、もう一度、大統領に選ばれた半年後のことでした。
バラゲール大統領は環境保護にも力を入れ、国土には今、豊かな森と農地が広がり、その先見は世界の指導者が称賛しています。
私は大統領との会見の席上、大統領が青春時代につくった詩「自立」を朗読しました。
「僕はいつも毅然さと誇りを保ち続けてきた。それを失うようなことを微塵も考えたことはない。
僕は決して自分に鎖をはめることを望まなかった」
「それはただ、自立、自由意志を求めつつ完璧な自分自身を宿した人間になりたいからだ」
自分は自分らしく、自分自身に生き切る。ありのままで誇り高く進むのだ!——青春の魂の叫びが響いてきます。
大統領は、長年の激務と白内障で、両目の視力を失っておられました。私が日本語で詩を朗読し、通訳がスペイン語で読み上げている時、大統領が穏やかな表情で、うれしそうに聞いてくださった光景は、今も忘れられません。目には、光るものがあったようにも見えました。
大統領は謳っています。
「何ものもわが旗を切り裂くことはできない 柏の木は折り曲げられても 決して軋(きし)まず その枝にとまった鳥の囀(さえず)りに耳を傾ける」
青春の誓いに生き抜く——その信念の旗を高く掲げ続ける人は、どんな苦難も嘆かない。いかなる逆境にあってさえも、自分を頼りにする者を抱擁し、断じて見捨てることはない、と。
青春の信念の道を、一生涯、一歩また一歩と歩み抜いた人こそが栄光をつかむことができます。
労苦を教師に! 努力を友に!
苦しみの中でも、生命の讃歌を朗らかに謳い上げながら!
大統領とお会いした後、私は最高位勲章「クリストバル・コロン大十字勲章」を拝受しました。授賞式を終えた後、宿舎に戻った私は、待っていたドミニカの友に、直ちにメダルをお見せしました。この栄誉は、ただただドミニカの同志たちの功労への勲章である。ゆえに、一人一人の胸につけて差し上げたいとの思いからでした。
一番苦しんだ人が、一番幸福になる権利があります。
一番苦労した人が、一番の栄光と勝利の人です。
一番努力した人が、一番大きな花を咲かせていけるのです。
これが妙法の世界です。宇宙と生命と人生を貫く、厳粛なる因果の理法です。
苦労した人は、友の痛みに誰よりも同苦できます。
ドミニカの同志は、2010年に起こった隣国のハイチ大地震の際にも、いち早く救援に当たってくれました。
さらに、同じカリブ海に浮かぶ、キューバの同志とも励まし合いながら、平和のスクラムを仲良く広げてくれています。
『陰徳あれば陽報あり』(P1178、「陰徳陽報御書」)とは、日蓮大聖人の仰せです。人知れぬ労苦は、必ず大きな果報となって現れます。
花は、咲く時期も、咲き方も、それぞれ異なる。人間もそうです。努力は、いつか必ず花を咲かせます。だから、決してあせることはありません。
栄光と勝利と幸福の花を!
自分にしかない使命の花を!
その花がまた、周囲に笑顔を広げていく。社会に、世界に、春を告げる大輪となるのです。
2月は、「立春」を迎えます。まだまだ厳しい寒さのなか、"勝利の春"を目指し、勉強やクラブ活動に懸命に励む皆さんの雄姿が浮かんできます。特に、奮闘する受験生の健康と栄光を、私は祈らずにはいられません。
ドミニカの思想家ペドロ・エンリケス・ウレニャは、「行動をしないよりは、未熟であっても試みることが大切である」と、挑戦の大切さを教えています。
誰が見ていようがいまいが、地道に積み重ねた努力は、間違いなく自身の力となります。
労苦こそ、青春の"根っこ"です。ほかの人には分からなくても、少しずつ、しかし着実に、心身を育む養分を蓄え、人格をつくっているのです。
最後まであきらめない人が、真の勝利者です。最後まで努力し抜いた人が、偉大な幸福博士です。
今月11日は、戸田城聖先生が誕生して満115年の佳節です。先生は、私たち青年に、「人生は強気でいけ!」と励まされました。
私も、皆さんに、「一度しかない青春を強気でいけ!」「『絶対に勝つ』と決めて頑張り抜こう!」との言葉を贈りたい。
私がこれまで世界で訪問できたのは、54カ国・地域です。訪れたい国は、まだまだたくさんあります。でも、行けなかった国々とも、後継の皆さん方が、私に代わって友情を深め、平和の連帯を強めてくれると確信しています。
だから、私は幸福です。