2022年6月25日土曜日

2022.06.25 わが友に贈る

「かしこへおしかけ、
ここへおしよせ」御聖訓。
勝負は「勢い」で決まる。
どこまでも攻めの一念で
対話の旋風を起こそう!
(新600・全502)

可延定業書 P986
『きわめてまけじたまし(不負魂)の人にて我がかたの事をば大事と申す人なり』

【通解】
(四条金吾殿は)極めて負けじ魂の人で、自分の味方(信心の同志)のことを大切にする人です。

名字の言 再び開花の時を迎えた福島のハマヒルガオ 2022年6月25日
先日、福島県浜通りに住む通信員の方から一葉の写真を頂戴した。写っていたのは、浜辺に群生する淡いピンク色のハマヒルガオである▼その浜辺は東日本大震災で津波被害に遭い、ハマヒルガオも砂ごと押し流された。しかし、蘇生を願う地元の住民が植栽運動を実施。地道に取り組んだ結果、"初夏の風物詩"は再び開花の時を迎えた。それは、思いをつなぐ人々の努力が紡いだ"奇跡の風景"ともいえる。ハマヒルガオの花言葉は「絆」である▼ある女性部員には長年、仏法対話を継続してきた友人がいた。会合には参加してくれるものの、入会には至らず、半ば諦めかけていた時、女性部の先輩から声を掛けられた。「諦めとは、信心の無限の可能性を閉ざしてしまうこと。大切なのは、相手の仏性を信じ抜くこちらの一念よ」▼その後、心新たに唱題を重ねる中で友人の心境に変化が。「私の幸せを祈り続けてくれた、あなたの真心に報いたい」と、今春、16年越しの対話が実った。今、二人で仲良く広布拡大に駆ける▼池田先生はつづった。「誰もが心一つで、明るい対話の花も、楽しい友情の花も、豊かな文化の花も、生き生きと咲かせていける」。その開花の時をつくる力は、わが胸中にある。

寸鉄 2022年6月25日
青年の心を揺さぶるのは青年の叫び—戸田先生。社会変革の情熱は伝わる
兵庫が師子奮迅の猛攻。世界一の"カンサイ・スピリット"で大逆転へ!
団地部の日。信頼と友好広げる模範の友。「地域の灯台」と輝く福徳の賢者
男性の日傘利用に肯定的—8割。"メンズ商品"も続々と。熱中症対策、賢く
公明が連立にいるから教育支援を力強く推進できる—教授。政治は実現力

〈社説〉 2022・6・25 想像以上に危険な「歩きスマホ」
◇小さな油断排し無事故の日々を
今や、多くの人が手にするようになったスマートフォン(スマホ)。NTTドコモモバイル社会研究所が実施した、都道府県別の人口比率で分けた7050人への調査によると、スマホの所有比率は、2010年には4・4%だったが、22年を迎えた時点では94%に達したことが分かった。
カメラ機能や音楽プレーヤーとしての機能、インターネット接続などの利便性の向上が、急速な普及につながったといえようか。
その一方で、社会問題となっているのが、いわゆる「歩きスマホ」による事故の多発だ。
東京消防庁によると、15年から19年までの5年間で「歩きながら」「自転車に乗りながら」など、歩きスマホ等の事故によって、211人が救急搬送され、うち34人が入院の必要がある中等症以上と診断されている。事故と報告されない事例は、はるかに多いだろう。
愛知工科大の小塚一宏名誉教授の研究によると、スマホの画面を見ながら歩くと、視界が「20分の1」になるという。つまり、通常より95%の視野を失った状態である。当然、衝突や転倒といった危険に遭遇する可能性が増す。また、両手か利き手でスマホを操作していれば、転倒した際、とっさに手をつくことが難しくなる。
周りが見えていないゆえに、壁や人とぶつかる、階段や駅のホームから転落・落下する、赤信号に気付かずに車と接触する等々の命に関わる事例がある。さらに周囲の人を巻き込んでしまう事故もあり、中には多額の損害賠償責任や刑事責任を課せられたケースも。事態を憂慮し、公共の場所での歩きスマホを規制する条例を定めた地方自治体もある。
私たちは、まず自分の意識から「このくらいは平気だろう」という小さな油断を排したい。それが大きな事故を防ぐことにつながる。池田先生は教えている。「小さなミスや小さな手抜きが、魔のつけ込む隙を与え、取り返しのつかない大事故を生むのだ。ゆえに、小事が大事なのである」と。
外に出たときには、スマホで地図を確認したり、SNSで誰かと連絡を取り合ったりすることもあるだろう。自分も周りも守っていくために「歩きスマホは厳禁」、「スマホを使用するときは立ち止まって安全な場所で」と徹底し、無事故の日々を送っていきたい。

☆共生の地球社会へ〜仏法の英知に学ぶ テーマ:海洋環境を守る
登場人物
【娘・ミライさん】好奇心旺盛な女性部員。世の中の出来事について、父・ホープ博士と語り合うことを楽しみにしている。
【父・ホープ博士】勉強熱心な壮年部員。毎月1回、家族と一緒に教学を研さんしている。「博士」はニックネーム。本業は会社員。

◇充足を得る生き方に転換を
ホープ 今月27日から、ポルトガルのリスボンで「国連海洋会議」が行われるよ。今、国際問題となっている海洋汚染や乱獲など、海洋環境をどう守るか議論される予定なんだ。

ミライ SDGs(持続可能な開発目標)では、目標14「海の豊かさを守ろう」を掲げているね。

ホープ 私たちにとって、海は食料を提供しているだけでなく、新たな薬品資源を見つける場所としても注目されているんだ。
海は、多種多様な生物の宝庫でもあるよね。ところが、世界の海に流れ込むごみの量が増え続けて、自然環境と経済に大きな影響を及ぼしている。

ミライ 海の汚染はどれくらい進んでいるの?

ホープ 例えば、海に流出しているプラスチックごみは、毎年800万トンに及ぶといわれ、これはジャンボジェット機5万機分の重さに相当するんだ。海洋汚染の対策を強化しないと、2050年には海中のプラごみの重量が、海の魚の総量を超えてしまうかもしれないんだよ。

ミライ 海鳥やウミガメが、5ミリ以下の「マイクロプラスチック」を誤って飲み込んでしまい、弱っている映像を見たことがある。
マイクロプラスチックは化学物質を吸着しやすいから、有害な物質を媒介して、海の生き物や生態系に悪影響を与えかねないようだね。私たち人間への影響も心配だよ。

ホープ プラスチックは軽くて丈夫で、加工もしやすいから、幅広く活用される優れた素材だよね。医療をはじめ、私たちの生活の質を大きく向上させている。
けれども、不法投棄やポイ捨てによって正しく処理されないことで、自然界に残り続けてしまい、事態が深刻化しているんだ。
こうした状況を踏まえて、本年3月、国連環境総会でプラごみの海洋汚染などについて、国際協定を作る決議が採択されたんだよ。これまで、海や河川への流出を規制する国際条約がなかっただけに、これからの推移に注目したいね。

◇本当の豊かさ
ミライ 海洋汚染の実態に直面すると、私たち人間が、「快適さ」「便利さ」「利益」を優先するあまり、環境保全を蔑ろにしてきたことを、深く考えさせられるね。

ホープ そうだね。自然への影響を無視して資源を浪費し続けていては、地球環境や私たちの暮らしの持続可能性が危ぶまれる一方だ。
大量生産・大量消費では、本当の豊かさが得られないことは明らかだよね。
だから、人間が本来もつ「欲望」をどう制するかが焦点なんだよ。
釈尊は、人間の欲望が際限ないことを「たとえ貨幣の雨を降らすとも、欲望の満足されることはない」と表現しているよ。(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳、岩波書店)
さらに仏教では、欲望が肥大することで、自他の生命を傷つけ、破壊させる状態を「貪欲」と呼ぶんだ。

ミライ 貪欲に支配されないために、仏法の智慧に学んでいきたいね。

◇少欲知足
ホープ 法華経にも「少欲知足」と説かれているよ。欲望の肥大化をコントロールすること(少欲)で、得られたもので満足する生き方(知足)を教えているんだ。
対して、富や財に恵まれているようであっても、欲望に支配されてしまえば、人間として「不知足」であり、本質的には貧しいと考えるんだ。

ミライ 苦しみながら嫌々、節制したり、人から強制されたりしても、充足は得られないし、長続きしない。誰もやりたがらないよね。
「少欲知足」は、幸福を感じつつも、節度ある"ちょうどいい"生き方を教えているんだね。多くの人に共感を広げ、行動に変化をもたらすメッセージが込められているね。

ホープ 日蓮大聖人は、「(唱題する時)煩悩という薪を焼いて、菩提(悟り)という智慧の火が現れるのである」(新987・全710、通解)と仰せだよ。
池田先生は、この御文を拝して、欲望をコントロールしながら、より大きな目的のために転じていく生き方を、「欲望そのものを『滅する』ことを目指すのではなく、欲望の源にある"自分を取り巻く状況を何とかしたい"という生命のエネルギーを、自己の利益のためだけでなく、『自他共の幸福』に資する方向へと向け、『質的転換』を図ること」と示されているよ。(『地球革命への挑戦』潮出版社)

ミライ どこまでも人間の可能性に光を当てる、仏法の法理に希望を感じるよ。
実際、海洋汚染に立ち向かおうと、自然界で分解される植物由来のプラスチックの開発が進むなど、新たな兆しも出てきているよね。

ホープ 自他共の幸福を目指す仏法者として、一人一人が希望を持ち続け、自然環境に貢献的なライフスタイルを確立し、海洋汚染の改善に向けて行動を変えていこうね。

◇御文
『煩悩の薪を焼いて、菩提の慧火現前するなり。』(御義口伝、新987・全710)

◇メモ
爾前経では、煩悩を不幸の原因と捉え、煩悩を断じ尽くすことを説いてきました。しかし、煩悩、欲望を離れて人間はありません。大切なのは、その欲望にとらわれることなく、むしろ成長と幸福のバネにする信心です。
"どうすれば良い社会になるのか"といった悩みも煩悩の一種。信心を根本に、煩悩を薪のように燃やしていけば、智慧が湧き出て、必ず前進への原動力に転じることができるのです。

[コラム:"いま"を知る]人道的競争の時代
学生が就職先を選ぶ上で、興味深い結果がある。2024年に、卒業を控える大学生・大学院生のうち、「企業がSDGs(持続可能な開発目標)に取り組んでいることを知ると、志望度が上がる」と回答した学生は7割弱に及んだ(あさがくナビ調べ)。一方で、企業のSDGsへの取り組みを、"一時のブームに乗っているだけではないか?"と見る学生の目は真剣だ。
初代会長・牧口常三郎先生は大著『人生地理学』で、人類の発展を、軍事的・政治的・経済的競争を経て、「人道的競争」の時代へ移ると予見された。現代の諸課題を見渡せば、他者や自然環境の犠牲の上に、人類の幸福と繁栄が得られないことは明白である。
同著発刊から100年以上たった今、SDGsが普及し、誰も取り残さない社会をつくろうと、多様な取り組みが広がっている。「他のためにし、他を益しつつ自己も益する」との、人道的競争の理念を実践する日々でありたい。

2022年6月24日金曜日

2022.06.24 わが友に贈る

多宝の友の奮闘ありて
広布の大道は盤石。
百戦錬磨の経験と行動が
後継の同志を鼓舞する!
幸福の凱歌を高らかに!

十字御書 P1491
『地獄と仏とはいづれの所に候ぞとたづね候へば或は地の下と申す経文もあり或は西方等と申す経も候、しかれども委細にたづね候へば我等が五尺の身の内に候とみへて候』

【通解】
地獄と仏とは、どこに存在するのかと探究したとき、あるいは地の下にあるという経文もあり、あるいは西方等にあるという経もあります。しかしながら、詳細に探究してみると、私達の五尺の身の内にあると説かれています。

名字の言 女性部員の「常勝の信心」 2022年6月24日
ある女性部員と語らい、話題は入会動機に。60年前、結婚した先は貧しかった。ある日、近所の学会員から「『冬は必ず春となる』(新1696・全1253)を実感できる信仰です」と聞き、入会したという▼「確かにその通りでした。ただ、夏と秋が過ぎれば、また冬が来るように苦難は続きまして……」と女性は苦笑し、しみじみと言葉を継いだ。「でも、そのたびに信心で乗り越え、何度も春をわが家に呼び込みましたよ」▼別の女性部員は、長女を出産した喜びもつかの間、その娘が大病を患っていると告げられた。それでも"信心で勝つ!"と唱題を重ねる中、幼い娘は過酷な手術や治療にも耐え、成長していった▼しかし、続いて次女、三女にも長女と同じ病が見つかった。"これでもか"と襲い掛かる試練に、女性部員は「常勝の信心」をより強く燃やし、立ち向かった。同志も一家を励まし続けた。娘二人の手術は成功。現在、子どもたちは皆、元気に日常生活を送っている▼難のない仏道修行など、あり得ない。一時は敗れたように見える事態が人生にはあっても、この信仰は「常勝の信心」である。「常勝」とは、途中のいかなる試練の冬も、"必ず"春に転じ、勝って咲くことである。

寸鉄 2022年6月24日
猛者の進んで大陣を破る—御書。いざ決戦の時。正義の壮年・男子よ頼む(新780・全123)
日本の要・愛知が対話の旋風!堅塁中部の団結で勝ち上がれ。皆がエール
福岡が激走!ここが正念場に。先駆の中の先駆の真骨頂を発揮し栄光掴め
埼玉が大攻勢。一人立つ勇者の連帯は無敵。果敢に攻め抜き堂々凱旋を!
燃料価格抑制など公明の提言が政府の対策に反映 暮らし守る政治を貫け!

〈社説〉 あすは「団地部の日」
◇地域との絆結ぶ先駆の行動
今、団地が注目を浴びている。
企業と都市再生機構(UR)がリノベーション(大規模改修)を手掛けた団地や、近隣の大学と協力してのコミュニティーづくりなどが話題を呼び、若者世代からも人気の団地が出ているという。
こうした明るい話題の一方、旧来の団地には課題も多い。その一つが居住者の高齢化である。
団地建設が盛んになったのは、1950年代後半。木造の家屋が大多数の時代にあって、コンクリートの外壁にステンレス製の流し台などを備えた団地は"暮らしの最先端"とされた。だが、半世紀以上が経過した今、単身高齢者も増え、孤独死などの問題を抱える。
こういった課題は団地に限らず、ゆくゆくは日本社会全体が抱えることになる。団地に暮らす人々は、"課題の最先端"を生きているといっても過言ではない。
その中で、存在感を増すのが団地部の友だ。担い手不足が深刻な自治会活動をはじめ、高齢者の見守りなど、多くの同志が近隣住民と手を取り合い、率先して地域のために献身の汗を流す。
多くの外国人が住むある団地では、ルール違反のゴミ出しや深夜の騒音が問題となり、周囲の日本人居住者は冷ややかな目で見ていたという。しかし、団地部の友は積極的に声を掛け、ゴミ捨てなどのルールを教える。その理由について「もし自分が同じ立場だったら、文化の違いに戸惑うこともあるでしょうし、周囲に知り合いがいなかったら孤独にも感じるでしょう。そう思うと、力になってあげたいんですよ」と語っていた。
無縁社会といわれる現代。そうした友の奮闘に「団地部の方々の団結があれば、団地が直面するさまざまな課題に立ち向かっていける」と期待を寄せる識者もいる。
1978年(昭和53年)6月25日、池田先生は団地部の第1回全国大会に出席し、訴えた。「社会は連帯である。その連帯の先端で結び合い、協調し合っていかねばならない団地部の皆さんこそ、革新の次元で活躍されている方々である」「社会の前駆を行く誇りを忘れないでいただきたい」
あす25日は、この事を淵源とする「団地部の日」。師との原点を胸に最先端の課題に立ち向かう団地で、目の前の一人と友情を結び、地域の絆を強める友の先駆の行動は、これからの社会を生き抜く上での大切な視点を教えている。

☆御書根本の大道 池田大作先生の講義に学ぶ 第13回 普賢の英知
◇御義口伝
『御義口伝に云わく、「勧発」とは、「勧」は化他、「発」は自行なり。「普」とは、諸法実相、迹門の不変真如の理なり。「賢」とは、智慧の義なり、本門の随縁真如の智なり。しかるあいだ、経末に来って本迹二門を恋法したまえり。詮ずるところ、今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る者は、普賢菩薩の守護なり云々。』(新1084・全780)

◇勇気の指標
「勧発」とは、自分自身が信心を「発し」、その歓喜の生命で、他の人に「勧める」ことです。まさに、生命と生命の触発です。「普賢」とは、「普く」理論を究め、「賢く」智慧を発揮することです。人々に、安心と希望、確信と勇気を送る智慧です。
◆◇◆
歓喜踊躍の生命によってこそ、相手自身の仏性を目覚めさせ、涌現させることができるのです。相手のことを真剣に思う慈悲の一念から、無量の智慧が湧いてくるのです。
そして、誠心誠意の励ましです。広宣流布は、身近な一人一人への励ましの一歩から開かれていくのです。
◆◇◆
健気に戦う庶民を仏の如く敬い、抱きかかえていく。徹頭徹尾、この精神から離れない智勇の後継者が、わが誉れの学生部なのです。
◆◇◆
学生部は徹底して御書を学び、人間主義の仏法を探究し抜くとともに、真摯に学問に挑戦し、謙虚に古今東西の知の体系を吸収してほしい。心広々と、壮大にして深遠な仏法の大海と、一流の思想・哲学の水脈を結び、どこまでも民衆を守り切る普賢の力の輝きを放っていくことです。
それが世界宗教です。皆の鍛錬と成長が、「新しき世紀」を創るのです。

◇"民衆の時代"を勝ち開く 田島大樹 学生部長
法華経の最終章「普賢菩薩勧発品第28」に登場する「普賢菩薩」。
釈尊が妙法を説いていることを知り、説法の終わりかけた頃に、無数の人々を率いて駆け付け、法華経の行者を守護することを誓ったと説かれています。
池田先生は、このことに触れて、「学生部も、戸田先生の総仕上げの時に結成された部です。いよいよ、『民衆の時代』を開く重大な使命を託すために呼び出された"創価の普賢菩薩"といってよいでしょう」と期待を寄せてくださいました。
1957年(昭和32年)6月30日に学生部が結成されて本年で65周年。意義深い本年を勝ち飾ろうと、全国の学生部員は学問と広布の闘争に全力で挑んでいます。
「御義口伝」を拝し、学生部に託された使命を今一度、胸に刻んでいきましょう。

◇相手を思う一念から
「どこまでも、民衆と共に生き、民衆を守り抜き、民衆のために戦い切る、妙法の指導者に成長すること」——先生は学生部の使命について、このようにつづってくださっています。
長引くコロナ禍、ウクライナ危機、悪化する経済……分断や孤立が叫ばれ、先の見えない激動の社会で、多くの人が苦しんでいることを思うと激しく胸が痛みます。
生命尊厳の哲理を掲げる学生部こそが、必ずや力をつけて、誰一人置き去りにすることなく幸せを享受できる「民衆の時代」を勝ち開くのだと決意しています。
「デジタルネーティブ」と呼ばれる今の学生世代は、年長の世代にはないSNSを中心とした世界観を持っています。ネット空間では、物理的距離を超えて容易に他者と"つながり"を結べる一方で、その絆は希薄になりがちです。
池田先生は私たちがなすべき実践の根本について、御文に即して教えてくださっています。
「自分自身がまず御本尊に真剣に、強盛に祈り抜くことです。そこから、歓喜と充実で躍動し、自身の生命空間が必ず広がります」
「歓喜踊躍の生命によってこそ、相手自身の仏性を目覚めさせ、涌現させることができるのです。相手のことを真剣に思う慈悲の一念から、無量の智慧が湧いてくるのです」
題目根本に生命力をたたえ、友の幸せを祈り、勇気の対話に打って出ていく。その中で心通う深い"つながり"も築かれていくと確信します。
私自身も学生時代、勉学に挑みつつ、キャンパスの友人や教授に師匠の哲学を伝えようと、「SGIの日」記念提言や対談集を紹介して対話を重ねました。素っ気ない反応をされたこともありましたが、同志と共に祈ると、師と共に戦う歓喜がみなぎりました。徐々に、民衆の幸福のために身を粉にして行動されてきた先生の思想と生き方に共鳴し、行動を共にしてくれる友人も出てきました。結果として大学時代に3人の友を入会に導くことができ、学業では、五つの教員免許を取得。自身の師弟共戦の原点になっています。

◇人間尊敬の知性
「広宣流布を求めてやまない大情熱にこそ、人類の境涯を高め、豊かにする普遍の知性が現れるのです。誓願を掲げ、民衆を苦しめる悪とは断固、戦うからこそ、正義の知性が光るのです。眼前の一人の仏性を、絶対に確信するからこそ、人間尊敬の知性となるのです」
この先生の講義の通り、広布へのあふれる"熱量"をもって正義の陣列を拡大していきたいと思います。
ある友は先輩の励ましに奮起し、ツイッターを駆使して40人もの新しい友人を拡大。その後、実際に会い、友好を深めることができました。またある友はアカデミックハラスメントや、幼い頃からの持病に負けず、信念の対話に挑戦。弘教を実らせる中で病の寛解を勝ち取ることができました。
戸田先生が最後に結成され、池田先生が不惜身命で育んでくださった"普賢の英知"の連帯は今、大きく広がっています。
小説『新・人間革命』第2巻「先駆」の章で、山本伸一が学生部員に呼び掛けます。
「今、皆さんが成すべきことは、大情熱をたぎらせ、人の何倍も勉強し、信仰の実践に取り組むことです」
今こそ学生部が、新たな広宣流布を開きゆく使命を胸に、新しい発想と新しい挑戦で、正義を叫び切り、"民衆の時代"を勝ち開きます。

◇メモ
「御義口伝」は、日蓮大聖人が、身延で法華経の要文を講義され、それを日興上人が筆録したものと伝えられている。御文で大聖人は、普賢菩薩勧発品の「勧発」と「普賢」について、「勧」を化他行、「発」を自行に、「普」を「不変真如の理」、「賢」を「随縁真如の智」に配されている。

2022年6月23日木曜日

2022.06.23 わが友に贈る

確信ある青年の声から
新しい時代は創られる。
正義と真実を語ることに
遠慮などいらない。
自分らしく自信満々と!

教行証御書 P1282
『日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず』

【通解】
日蓮の弟子等は、臆病であってはならない。

【先生の指導から】
この大聖人の仰せのごとく、威風も堂々と戦うことだ。妙法という無上道に生きゆくわれらに、恐れるものは何もない。

名字の言 いつかはゴールに達するという歩き方ではだめだ——ゲーテ 2022年6月23日
「私にとって信心とは、人生を思い通りに進んでいけるエンジン。祈って動くと、全てが違うんです。農作業も順調に進むし、作物の品質も良くなる」。すくすくと育つスイカに目を細めながら、山形県の女性が語っていた▼35年前、農家の夫と結婚。最初は悪戦苦闘の連続だった。周囲が当たり前のように行う作業ができない。慣れない仕事に体と心が悲鳴を上げた。「あの頃はとにかく疲れすぎて自然と涙があふれました。今は私が(農作業は)一番上手ですよ!」▼納得のスイカができるまで10年かかった。スイカを食べた人が「おいしい」と笑顔になる時が一番うれしいと言う。「スイカを通して"笑顔のつながり"が広がることが最高の宝。大地の上で生命を育むことが農業の魅力です」▼真剣勝負の時を重ね、今の彼女の笑顔がある。文豪ゲーテの言葉を思い起こす。「いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ。一歩一歩がゴールであり、一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない」(手塚富雄訳)。どんな道もそうであろう▼女性の心の支えとなった御書の一節がある。「その国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ」(新1953・全1467)。信仰に徹する人は負けない。

寸鉄 2022年6月23日
沖縄「慰霊の日」。平和は尊し。我らは不戦の誓い胸に"立正安世界"の道を
兵庫が気迫の追い上げ。強気の語らいで金星を!民衆の底力で大勝旗必ず
神奈川が総立ちで猛反撃 勢いと執念で大逆転へ!日本中が大声援で後押し
一人の献身が全ての者に力と勇気を与えた—文豪ユゴー "私の前進"が突破口開く
公明、選挙区・比例で拡大急務。全議員が実績・政策語り壁を破れ!皆で支援

〈社説〉 2022・6・23 きょう、沖縄「慰霊の日」
◇今、語り継ぐ「命どぅ宝」の心
太平洋戦争末期の1945年、沖縄では国内最大の地上戦が起こった。「この世の地獄を全て集めた」といわれた凄惨な戦闘は、20万人余の尊い命を奪った。軍人、民間人を問わず、犠牲者の名前が刻まれた「平和の礎」には、戦後77年となる本年も、新たに55人の名が刻銘された。きょうは、沖縄戦等の戦没者を追悼する、沖縄「慰霊の日」である。
「こわいをしって、へいわがわかった」——本年、沖縄県平和祈念資料館が募集した「児童・生徒の平和メッセージ」で最優秀賞となった詩の題名である。書いたのは小学2年生の少女。きっかけは、家族で美術館に行った際に見た、沖縄戦の惨禍を描いた絵画だった。
「こわくてかなしい絵だった」と詩につづったように、戦争で命が失われたことに心を痛めた。そして"平和を考えて、大切にしたい"との心が芽生えたという。
戦争の残酷さを知ることで、平和が当たり前ではないことが分かる。体験者の高齢化が進み続ける中、忘れてはいけない教訓をどう継承していくか。それは、戦後を生きる私たちの使命である。
沖縄青年部はその自覚を胸に、「戦争証言集」の発刊や「沖縄戦の絵」の収集・展示など、あらゆる形で継承を進めてきた。
そして今月、新たな平和運動として「沖縄戦の紙芝居」の貸し出しが始まった。15歳で沖縄戦を経験した女性の証言を基に"体験者の思いを未来へつなげたい"と、青年部が制作したものだ。先日、那覇市内の小学校での平和を考える授業で紙芝居が朗読された。
絵をじっと見つめ、悲惨な戦争の記憶に耳を傾ける児童たち。読み終えた教師が感想を聞くと、いくつもの手が挙がった。「大切な命がなくなる戦争は絶対にやってはいけないと思った」「戦争をやったらみんなが悲しんでしまう。世界中が平和で仲良くしてほしい」。さらに児童たちは語った。「平和のために身近な人を大切にしたい」「けんかをした友だちとも仲良くしていきます」
「沖縄戦の紙芝居」や「沖縄戦の絵」は今年、県内23の学校やこども園、保育園で平和学習に活用されている。戦争の歴史を風化させず、平和を継承していくには、生命尊厳の心を育み続ける不断の努力を重ねる以外にない。沖縄の「命どぅ宝」の思想を、今こそ、語り継いでいきたい。

☆御書と未来へ 第23回 いよいよの大信力で勝利へ
〈御文〉
『法華経の行者をば諸天善神守護すべきよし、嘱累品にして誓状をたて給い、一切の守護神・諸天の中にも我らが眼に見えて守護し給うは日月天なり。いかでか信をとらざるべき。』〈四条金吾殿御返事(法華経兵法の事)、新1622・全1192〉

〈通解〉
法華経の行者に対しては、諸天善神が守護すると、法華経嘱累品第22で誓いを立てている。一切の守護神・諸天善神の中でも、我々の眼にはっきりとその姿が見えて守護しているのは、日天(太陽)と月天(月)である。どうして諸天善神の守護を信じないでいられようか。

〈池田先生が贈る指針〉
強敵との熾烈な戦いを四条金吾は勝ち越えた。なぜか。「前々の用心」、「けなげ」(勇気)、「法華経の信心つよき故に」と、御本仏は仰せである。
妙法を行ずる生命は大宇宙の諸天を動かし、縁する全ての衆生を味方にできる。
法華経に勝る兵法なし——この大確信で「いよいよ強盛に大信力をいだし」勝利の実証を!

☆質問BOX 会合で"皆が主役に"と聞きましたが、自信がありません
◇答え
創価学会の組織では全員が主役となります。広布を前進させるための"役割"としては、さまざまな役職がありますが、"あの人は主役で、この人は脇役"というような意味ではありません。
また、自分の人生においては、誰もが主役であるといえます。時には、"自分なんて"と思うこともあるかもしれません。しかし、今がどんなに厳しい状況や環境にあったとしても、信心根本に立ち向かっていくならば、誰もが"人生の勝利劇"を演じる、主役となることができるのです。
池田先生は「人生は劇である。波瀾万丈を越え、最後に勝つのが真の勝利者である。偉大なる妙法に生きぬき、苦労を喜びに変え、悩みを成長への糧にしながら、深き使命の人生を晴ればれと生きぬいていただきたい」とつづっています。
同志と共に、自分らしく"人間革命の劇"を演じていきましょう。

2022年6月22日水曜日

2022.06.22 わが友に贈る

「なにの兵法よりも
法華経の兵法」御聖訓。
強き誓願の祈りから
無限の智慧と生命力が!
不屈の勇気で前進!
(新1623・全1192)

祈祷抄 P1351
『かかるなげきの庭にても法華経の敵をば舌をきるべきよし座につらなるまじきよしののしり侍りき』

【通解】
このような嘆きのなかにあって、法華経の敵は舌を切るべきである。一座に列なるべきではないなどと大声で言い立てたのであった。

名字の言 「命こそ宝」の思潮を世界へ——あす沖縄の「慰霊の日」 2022年6月22日
幼少の頃に沖縄戦を体験したある女性が、終戦から3年目の冬、母に連れられ南部戦跡を訪れた。一帯は沖縄戦最後の激戦地である▼壕の中に高く積まれた遺骨は「頭蓋骨の二つの穴が天空をにらみつけているよう」に見えた。そのそばで涙を流し続ける"おばあ"たち。凄惨な地上戦の傷痕は、少女のまぶたに焼き付いて離れなかった▼1960年7月、米軍統治下の沖縄を初訪問した池田先生は南部戦跡へ。62年にも同戦跡へ足を運び、64年12月、沖縄で小説『人間革命』を書き起こした。「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」と▼当時、ベトナム戦争が世界に暗い影を落とし、沖縄の基地からも爆撃機が飛び立った。小説の冒頭の一節はこう続く。「だが、その戦争はまだ、つづいていた。愚かな指導者たちに、率いられた国民もまた、まことに哀れである」。戦争で苦しむのは常に弱い人々だ。強大な武力の応酬を前に、民衆になすすべなどない▼今なお戦火が絶えない現実にあって、他者の不幸に思いを巡らせ、生命の尊厳を守る眼が閉ざされていけば、平和は見いだせない。あすは沖縄の「慰霊の日」。「命こそ宝」の思潮を世界へ——仏法者の使命を深く胸に刻みたい。

寸鉄 2022年6月22日
始めより終わりまで、いよいよ信心をいたすべし—御書。慈折広布に邁進(新2063・全1440)
味方をつくること自体が一切の勝利—戸田先生。ダイナミックに動き対話
学会には人と人とを強く結ぶ力が—議員。あの友この友に希望の語らいを
地震や大雨相次ぐ。災害で命を守る基本は自助。もしもの備えを今、確認
参院選が公示。難局続く日本の命運決する一票。公明よ大衆に尽くし働け

〈社説〉2022・6・22 あすから「男女共同参画週間」
◇一人一人の個性が輝く社会に
「『あなたらしい』を築く、『あたらしい』社会へ」——。
あす23日から始まる「男女共同参画週間」(29日まで)のキャッチフレーズだ。同週間は、性別や年齢にかかわらず、誰もが自身の能力を十分に発揮できる社会の形成を促すもの。
内閣府がまとめた2022年版の男女共同参画白書では、人生や家族のあり方が変わる一方で、男女の賃金格差や働き方の慣行などが依然として"昭和"のままになっていると指摘。女性の就労環境の整備など、時代の変化に応じた制度・政策の見直しが必要だとしている。
男女格差の度合いを示す「ジェンダー・ギャップ指数」(世界経済フォーラム)において、昨年、日本が156カ国中120位となったことからも、男女間の不平等が大きいことが分かる。
この背景の一つには、「男性は仕事をして家計を支えるべきだ」「家事・育児は女性がするべきだ」といった、性別による無意識の偏見があると考えられている。
認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんは、本紙電子版で「無意識のうちに『最終的に、家事や育児は妻がやってくれるもの』という、ある種の甘えの構造が横たわっているのであれば、どこかでそれは変えないと永続してしまう」と語っている。
ただ、着実な変化であろう。同白書によると、20〜30代男性の7割以上は、家事と育児を「妻と半分ずつ分担したい」と希望している。この意欲を阻害しないためにも、企業を挙げた男性育休の促進や、テレワークなど柔軟な働き方を定着させることが重要だ。
池田先生は小説『新・人間革命』第28巻「革心」の章で、「社会のあらゆる分野で女性の能力を生かしていくことは、極めて重要なテーマ」と、女性の社会進出の重要性に触れた上で「その根本の第一歩こそ、男性の意識改革であろう。(中略)これまでの経験にばかり固執するのではなく、変化への対応能力を磨いていくことが、よりよく生きるための不可欠な要件となる」とつづった。
生活スタイルが多様化する今、一人一人の個性が輝く社会を実現するには何が必要か——。まずは自分から、身近な家庭や職場で性別役割分担の意識を見直し、互いに助け合い、特性を生かし合うことを心掛けていきたい。

☆御書と未来へ 第22回 人類を結ぶ菩薩の振る舞い
〈御文〉
『菩薩界とは、六道の凡夫の中において、自身を軽んじ他人を重んじ、悪をもって己に向け、善をもって他に与えんと念う者有り。』〈十法界明因果抄、新469・全433〉

〈通解〉
菩薩とは、六道の凡夫の中において、自身を軽んじて他人を重んじ、悪(苦しみ)は自分が引き受け、善(楽しみ)は他人に与えようと思う者のことをいう。

〈池田先生が贈る指針〉
菩薩は「国の宝・世界の宝」だ。"創価の菩薩の行動は、分断を超えて、幸と平和へ人類を結ぶ"と、ポーリング博士も信頼してくださった。
その鑑こそ、最も地道にして最も尊貴な貢献を貫く、団地部をはじめ地域本部の宝友なのだ。
仏に等しい慈悲と勇気の振る舞いで、わが団地、わが地域から、幸福城を築き広げてくれ給え!

☆みんなで学ぶ教学 第29回 一人立つ
◇周囲を照らす太陽に
どんな環境であっても、決意した「一人」が立ち上がり、信心に励んでいくならば、周囲を"希望の光"で、明るく照らしていくことができます。今回の「みんなで学ぶ教学」は、「一人立つ」がテーマです。近所を清掃し始めた新入会者のリホさんが、支部女性部長のユリコさんと話しています。

ユリコ 道がとってもキレイになったわ。ご近所の皆さんも、とても感謝していたのよ。本当にありがとう。

リホ それは良かったです。最近、この周辺はゴミのポイ捨てが増えたと話題になっていたんです。なかなか改善されないので、"それなら、自分がキレイにしよう"と思って、掃除するようにしたんです。

ユリコ 素晴らしいわ! まさに「一人立つ」精神ね。

リホ ただ、"皆の役に立てるなら、自分がやろう"って思っただけなんです。
そういえば、学会ではよく「一人立つ」という言葉を聞きますが、どういう意味でしたっけ?

ユリコ 「一人立つ」とは、"自分が今いる場所で、広宣流布の責任をもつ"ことといえるわ。"誰かがやるだろう"ではなく、"自分が"その地域の人々や社会の幸福のため、広布を前進させる主体者として、率先の行動を起こしていくことなのよ。

リホ なるほど。でもたった一人で、大きく変わるのでしょうか。

ユリコ 確かに、そう思うかもしれないわね。
日蓮大聖人は「はじめは日蓮一人が南無妙法蓮華経と唱えたが、そこから二人・三人・百人と次第に唱え伝えてきたのである。未来もまたそうであろう。これが地涌の義ではないだろうか」(新1791・全1360、通解)とつづられているの。
大聖人のごとく、一人が立ち上がれば、地涌の使命に目覚める人たちが、「二人・三人・百人と次第に」立ち上がり、広宣流布は必ず実現すると仰せなのよ。全ては一人から始まるのね。

リホ なるほど。

ユリコ 創価学会も、三代会長に脈打つ「一人立つ」精神で前進してきたのよ。
牧口先生は「勇気ある大善人が一人いれば、大事を成就することができる」と、戦時下の軍部政府に屈することなく戦い抜かれた。
その遺志を継いだ戸田先生が、戦後の焼け野原にたった一人立ち上がり、その戸田先生の大願を継承した池田先生が、世界中に創価の連帯を広げていったの。

リホ そうなんですね。感動しました。

ユリコ 私たち、学会員一人一人も、その精神を受け継ぎ、いかなる厳しい環境や、困難な状況にも一人立ってきたの。そして、自らの人間革命の姿で、地域や社会を太陽のように明るく照らしているのよ。リホさんのようにね!

リホ ありがとうございます。そんなに輝いてるかなあ……。

ユリコ あら、皆がリホさんの姿から勇気をもらっているわ。
池田先生は「自分が行動しても、それが本当に世界をよりよく変えられるのだろうか? 自分の力だけでは、何もすることができないのではないだろうか? こうした無力感や諦めを打ち破って、"世界を変える主役は、汝自身なり!"と、真実に目覚めるように教えたのが仏法です」とつづられているの。
今こそ、創価の希望の哲学が求められているんじゃないかしら。

リホ よく分かりました。自分から皆を明るくできるように、これからも頑張っていきます!

ユリコ 私も、さらなる決意で、"今日から""自分から"周囲に励ましを送っていくわ。

2022年6月21日火曜日

2022.06.21 わが友に贈る

一心不乱に挑戦する友を
最大にたたえよう!
一つ一つの言葉に
真心を込めて励まし抜く。
そこに壁を破る力が!

下山御消息 P357
『而るを日蓮が出現して一切の人を恐れず身命を捨てて指し申さば賢なる国主ならば子細を聞き給うべきに聞きもせず用いられざるだにも不思議なるに剰へ頚に及ばむとせし事は存外の次第なり』

【通解】
しかるに、日蓮が出現して、一切の人を恐れることなく身命を捨てて、その謗法を指摘し諌め申し上げたからには、賢明な国主であれば詳細を聞かれるべきであるのに、聞きもせず用いられないことすら不可解であるのに、まして首を切ろうとしたことはもってのほかである。

名字の言 劇場に漂う歴史の匂い——作曲家・團伊玖磨氏 2022年6月21日
作曲家の團伊玖磨氏は、世界各国のオペラを聴き歩く中で気付いた。劇場にはそれぞれ特有の「匂い」がある、と▼香水、ぶどう酒、葉巻たばこ……。外界から身にまとってきた観客たちの匂いは"入り交じって累積し、変質して、歴史の匂いとなっている"(『パイプのけむり選集 旅』小学館文庫)。一人一人の"香り"が劇場の伝統の一部になっているということだろう▼信心の世界にも「蘭室の友(蘭の香りのように人徳の薫り高い人)」が醸し出す"香気"がある。本年1月、ある目の不自由な男性が入会した。決め手となった一つが毎月の座談会。「皆さんの信仰体験に共通点があった」からだという▼それは「自らが置かれている状況を前向きに語ること」。病や経済苦を抱えながらも「絶対に勝ちます!」と誓い、宿命転換を目指し広布に走る。その姿に感銘を受けて入会した彼は、点字で勤行を覚え、父親に仏法対話。周囲に幸の薫風を広げている▼池田先生は「その人には、その人ならではの香りがある。香水とか体臭とかではなくて、『心の香り』『生命の香り』がある」と語る。匂いも心も、目には見えない。だが苦難に負けない同志の生き方は、味わい深い人生の香りとなり、友を社会を包んでいく。

寸鉄 2022年6月21日
初の核禁条約締約国会議非人道的な兵器の廃絶へ 民衆のスクラムで後押し
愛知が勇戦!堅塁の友は試練の時こそ本領発揮。民衆の大行進で断固凱旋
福岡が乾坤一擲の大攻勢 先駆の勇者に恐れなし!大九州の底力で栄冠掴め
埼玉の友が猛進。圧倒的拡大で新たな常勝城を!鉄桶の団結で押しまくれ
大阪・東京がせり上がりへ大奮闘。庶民の大連帯で攻め勝ち堂々凱歌を!

☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 私の最高峰へ 2022年6月14日
◇祈って、祈って、祈り抜くのだ!
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を掲載します。今回は人生の最高峰へ挑む友に贈った、励ましの言葉を紹介します。

◇最後まで執念深く!
戦いは、執念深く攻めぬいたほうが勝つ。これが鉄則である。最後の最後まで、攻めて攻めて攻めぬく。これが本当の指揮である。中途半端はいけない。執念深く! 戦いは、勝つか、負けるかしかない。祈って、祈って、祈りぬくのだ。戦って、戦って、戦いぬくのだ。勝利の結果を見届けるまで!
(『池田大作全集』第99巻、30ページ)

◇皆に「師子王の心」が
勇気こそ万事の決定打である。あきらめや弱気を打ち破るのも勇気だ。限界に挑むのも勇気である。
御書には、「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ」(全1190・新1620)と仰せである。「師子王の心」が学会魂である。
その勇気は「取り出す」ものだ。勇気のない人はいない。出していないだけなのである。
(『池田大作全集』第134巻、341ページ)

◇つねに未来を向いて
仏法は「現当二世」と説く。つねに、現在から未来へ、希望に燃えて、先手先手を打っていくための仏法であり、信心である。この一点を忘れてはならない。
御聖訓に「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(全1190・新1620)と仰せのとおりである。
「もう、これくらいでいいだろう」という「たゆむ心」「弱い心」では、魔に負けてしまう。人生の最後のその日まで、断じて一歩も退いてはならない。
(『池田大作全集』第94巻、231ページ)

◇大闘争が歴史つくる
「『塵も積もれば山となる』という言葉はあるが、実際には塵が積もって山となったことはない」とは、牧口先生の教えである。
激しい地殻変動が山をつくるように、熾烈な大闘争が偉大なる歴史をつくる。
大悪と戦ってこそ、大善の境涯はつくられ、大難を越えてこそ、偉大なる人格はできる。
(『池田大作全集』第129巻、348ページ)

◇「負けない」人が勝つ
人生は、断じて退いてはならない。負けてはならない。「負けない」ことが「勝利」である。
最後まで「負けない」人は勝ったのである。
学会の前進も、どんな障魔にも退かなかった。前へ前へと進んだ。だから勝ってきた。
"何があろうと、一歩も退かない"——これが学会精神である。その人こそが、無限の勝利を得ることができる。
(『池田大作全集』第88巻、455ページ)

◇そこに友がいる限り
たとえ、一進一退の膠着状態に見えるところでも、絶壁に食らいついて、必死に戦っている友がいる。それを、目立つところだけ見て、健気な同志の陰の奮闘を見なければ、あまりにも傲慢な幹部だ。
いずこであれ、一人立つ勇者が現れれば、必ず広布の火蓋を切ることができる。いかに困難であっても、そこに奮闘する友がいる限り、一人を誠実に励まし抜く。これが壁を破る鉄則だ。
(『随筆 希望の大道』、241ページ)

◇限界を破る信心の力
限界を突破できるか、否か。それは、自身の一念で決まる。執念で決まる。
大聖人は、虎に母を殺された将軍が仇討ちのために放った矢は、石をも貫いたという中国の故事を引かれ、「強盛の信心」の真髄の力を教えておられる。
あの「大阪の戦い」の折、私はこの御書を拝し、関西の同志に語った。
「弓を満月の如く、キリキリと引き絞って、まさに全魂を込めて的を射んとする一念が大事なのだ。ここぞという時は、この姿勢を絶対に忘れてはならぬ」
戦いを決するのは、生命の奥底から発する勢いだ。
(『随筆 我らの勝利の大道』、220ページ)

◇"守り"に入らず前進
外からの刺激を求めていくことだ。また、心のアンテナを磨いて、いろいろなところから学んでいくことだ。
現状に安住したり、妥協して、守りに入ってはならない。それは滅びの前兆である。
妙法とは、無限の希望の大法である。限りない前進の原動力である。ゆえに私たちは、満々たる生命力で、勇敢に打って出てまいりたい。そこから、必ず、新しい勝利の突破口が開かれる。
(『池田大作全集』第97巻、57ページ)

◇万歳悔ゆること勿れ
一九五八年(昭和三十三年)の年頭、戸田先生は、「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」(全970・新1324)との一節を拝して訴えられた。
「きょうよりも明日、今月よりも来月、ことしよりも来年と、いよいよ信心強盛に励むことが、一年の計の基本であり、一生の計の根本となるのだ。
まず、肚を決めよ! 決まったら、勇ましく進め!」
さあ、共に出発だ。燦然たる「勝利」の最高峰へ、共々に登るのだ。
(『池田大作全集』第139巻、255ページ)

2022年6月20日月曜日

2022.06.20 わが友に贈る

◇今週のことば
「皆、我が一念に納めたる
功徳・善根なり」
行動は即、境涯の革命だ。
共に大福運を積みながら
希望と安穏の社会を!
(新317・全383)
2022年6月20日

上野殿御返事 P1544
『今の時法華経を信ずる人あり或は火のごとく信ずる人もあり或は水のごとく信ずる人もあり、聴聞する時はもへたつばかりをもへどもとをざかりぬればすつる心あり、水のごとくと申すはいつもたいせず信ずるなり』

【通解】
今の時代に、法華経を信ずる人がいる。あるいは火の燃えるように信ずる人もあり、あるいは水が流れるように信ずる人もいる。教えを聴いた時は燃え立つばかりに思うが、遠ざかると、信心を捨てる心が起きてしまう。水のように信ずるとは、常に後退することなく信ずることをいう。

名字の言 小説『新・人間革命』は"信心の教科書" 2022年6月20日
都内のある地域の壮年部は「師弟常勝大学校」と銘打ち、小説『新・人間革命』を定期的に研さんしている。この春、新たに第7期生が入った▼先月、学んだのは第3巻と第4巻。各巻の内容を代表が紹介した後、5人ほどのグループに分かれて自由に意見交換する。当然ながら、同じ文章を読んでも感じ方や捉え方は十人十色。この違いが互いの刺激となる▼1961年のアジア平和旅が描かれた第3巻で、山本伸一は語る。「今回、訪問したほとんどの国に、わずかでもメンバーがいたというのは、大変なことです。『0』には、何を掛けても『0』だが、『1』であれば、何を掛けるかによって、無限に広がっていく。だから、その『1』を、その一人を、大切に育てあげ、強くすることです」(「平和の光」の章)▼ある壮年は思った。「次元は異なるが、仏縁を広げる私たちの対話は『一人』をつくる作業ではないだろうか」と。誰もがさまざまな人間関係の中で生きている。「一人」の真の友人ができれば、そこから共感の輪が大きく広がる▼『新・人間革命』は、単なる学会の歴史ではなく、広宣流布の不滅の方程式が示された"信心の教科書"。「今の自分」「今の活動」に生かせる"答え"がちりばめられている。

寸鉄 2022年6月20日
時代の先覚者には決然と進む覚悟が必要—恩師。立正安国の志高く対話へ
兵庫が反転攻勢へ。戦いは攻め抜いた方が勝つ。感激の同志と逆転勝利!
神奈川が一瀉千里の追走 正義の天地に栄光の旗を翻せ!総力戦で押し捲れ
世界難民の日。問題克服へ人道の連帯更に。誰も置き去りにしない未来を
物価高の今、公明主導の軽減税率が庶民生活守る—識者。輝く実績と行動

〈社説〉 2022・6・20 きょう「世界難民の日」
◇深刻な人道危機 克服へ連帯
"フルートを演奏した"という理由で、祖国・アフガニスタンを追われた青年がいる。命の危険におびえながら国境を越え、イランを経て日本へ。空港に到着した20歳を出迎えたのは、彼ら難民に光を当て、苦しみを取り除くために奔走してきた人々の笑顔だった。
創価学会平和委員会の「SDGsオンラインシネマシリーズ」にビデオメッセージを寄せた彼は、支援者に感謝しつつ、夢を語る。「美しい未来を実現するために多くの人と知り合い、良き友をつくっていきたい」。屈託のない笑顔には、失いかけた未来を再構築しようとする気概が脈打っていた。
ウクライナでは現在、1300万人超が国内外に逃れ、苦しい生活を強いられている。乳幼児や高齢者の手を引いて退避し、帰還の時を待つ母の心中はいかばかりか。日本でも、東京都が都営住宅を確保したり、日本財団が生活支援金を給付したりと、人道支援の輪が急ピッチで拡大。今後は、衣食住のサポートだけでなく"心のケア"も不可欠になる。
創価学会でも緊急人道支援として、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)をはじめ、ウクライナあるいはその周辺で支援に取り組む国際協力NGOなど、計5団体に寄付を実施。また、昨年からヨルダンで推進する音楽教育プロジェクト「音楽が私たちをつなぐ」のように、トラウマ(心的外傷)を抱える難民、避難民の子どもたちの精神的なサポートにも力を注いでいる。
世界の難民、避難民の総数は1億人を超えた。東南アジアや中東、アフリカの諸地域で続く人道危機も、今なお深刻である。戦争や紛争だけでなく、気候変動に伴う災害などで住む場所を失う「気候難民」も増加。こうした悲劇を生み出す「地球的問題群」は決して人ごとではなく、私たちは当事者の視点で関わっていくことが、いやまして求められていよう。
池田先生は、「誰も置き去りにしない」世界を築くために、「厳しい状況に置かれている人々の目線」に立つ大切さを訴えている。難民という状態に陥った方々が、どういう人生を送りたいと願っているのか、そこに心を寄せ、共に考えることが支援の出発点となろう。
きょうは「世界難民の日」。悲惨な紛争の一日も早い終息を祈りつつ、差別や偏見、無関心を共に乗り越える民衆の連帯を広げたい。

☆法華経に勝る兵法なし 千葉への指針から 第7回 広布のために「歩く」功徳は絶大
◇広布のために「歩く」功徳は絶大
次に「歩く」ことの意義に少々、ふれておきたい。「歩き」すなわち「ウオーキング」は、現在、もっとも身近で効果の高い健康法として、あらためて注目を集めている。
それはそれとして、仏教でも「歩行」は重視されている。
たとえば「経行」は、体調を整えるための一種の運動法で、釈尊時代から僧俗ともに、これを行った。法華経にも何回も出てくる。
(中略)
「経行」の功徳として、まとめると、だいたい次の五点が挙げられている。�体が鍛えられる(体力がつく)�病気が少ない�消化がよい�よく思索できる�意志が強くなる——こうした効果である。
(中略)
学会活動は、こうした面からも、日々、大きな価値を生んでいることを自覚していただきたい(拍手)。まして広布のために歩くことは、これ以上、尊き行動はない。
釈尊も、インドの大地を、よく歩かれた。足が鉄板のようになるほど歩いたといわれる。日蓮大聖人もまた、歩きに歩かれた。すべて弘法のため、一切の民衆のための行動であられた。
ゆえに、現実に広宣流布のために歩き、動かれている皆さま方こそ、大聖人の真実の門下であり、また釈尊以来の仏教の本流を実践している方々なのである。(1990年5月、第2回千葉県記念総会でのスピーチ、『池田大作全集』第74巻所収)

◇動いた分だけ平和と幸福が広がる
庶民の智慧ほど偉大にして賢いものはない。学者よりも政治家よりも賢明だ。
新しい発想が、新しい力を引き出す。我らの千葉には、新しき"何か"を生み出す土壌がある。
二百年ほど前、初めて正確な日本地図を作った伊能忠敬も千葉の出身だ。
九十九里に生まれ、佐原の名家を再興した彼は、五十歳で江戸に出て測量技術を学び始めた。五十五歳の時、幕府の許可を得て、蝦夷地の測量に出発。以来、二十年もの歳月を「大日本沿海輿地全図」の作製に捧げていった。
(中略)
伊能忠敬は、後半生のすべてを賭けて、自身の夢の完成のために、日本中を歩きに歩いた。その距離は実に四千万歩ともいわれる。
広宣流布も行動で決まる。
自ら動いた分だけ、歩いた分だけ、語った分だけ、わが地域の"平和の地図"は拡大する。祈りに祈り、心を砕いた分だけ、"幸福の地図"は光を放っていくのだ。(「随筆 新・人間革命」〈昇りゆく千葉の旭日〉、『池田大作全集』第133巻所収)

☆学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 第27回 【栄光への指針】
◇「勝つ!」と決めて祈る
日蓮大聖人は、「仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり」(全992・新1346)と断言なされている。
人間は、世間を離れて生きることはできない。しかし、世間に振り回され、翻弄される人生は不幸だ。絶対に強く賢くあらねばならない。
「体」とは、個人でいえば「信心」である。
何があろうと、信心を奮い起こして、頭を上げ、胸を張ることだ。
いかなる局面にあっても、「絶対に勝つ!」と決めて祈り切ることだ。
これこそ、最強無敵の「法華経の兵法」なのである。
(『池田大作全集』第137巻、「随筆 人間世紀の光」)

◇祈って、祈って、勝つ
現実は厳しい。一番いけないのは無責任です。「御本尊を拝んでいるから、なんとかなるだろう」というのは信心利用です。祈ったならば、全力をあげて、全身全霊で、それを実現していくために戦うのが、まことの信心です。
社会で勝ち、「実証」を示してこそ、一家の勝利もあるし、広布の伸展もある。不可能を可能にする信心で、「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に」(全1132・新1539)祈って、祈って、勝つのです。
(『池田大作全集』第31巻、「法華経の智慧」)

◇柱は倒れてはならない
壮年部の先達ともいうべき四条金吾が、主君から"法華経を捨てよ"と責められ、所領を没収される危機にあった時、日蓮大聖人は、烈々たる気迫で指導された。
——もし、あなたが倒れたならば、敵はそれに乗じて、鎌倉の同志を皆、退転させてしまうだろう、と。
負けるな! 柱は、絶対に倒れてはならないのだ!
「一生はゆめ(夢)の上・明日をご(期)せず・いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず」(全1163・新1583)
彼は勇敢に戦い抜いた。信心の究極は「人の振舞」なりと誠実を貫き、あらん限りの知恵を働かせた。身を慎み、周囲に細かい注意と配慮を怠らなかった。
そして、苦難を耐え抜き、蓮祖の指南通りに「法華宗の四条金吾・四条金吾」と、人びとに讃えられる勝利者となっていったのだ。
「仏法は勝負」である。
壮年部は、一家の柱、社会の柱、そして広宣流布の偉大なる黄金柱だ。皆様が厳然としているからこそ、婦人部も男女青年部も、安心して戦える。
(『池田大作全集』第133巻、「随筆 新・人間革命」)

2022年6月19日日曜日

2022.06.18 わが友に贈る

広布と人生の栄光の峰へ
眼前の坂を登りゆこう!
限界突破の拡大で
「今生人界の思い出」刻む
有意義な一日一日を!
(新519・全467)

兄弟抄 P1084
『なにとなくとも一度の死は一定なり、いろばしあしくて人にわらはれさせ給うなよ』

【通解】
特別なことがなくても、人間は、一度死ぬことが決まっています。臨終の姿が悪くて、人から笑われるようなことがあってはなりません。

名字の言 人生を勝ち開く"広布の父たち" 2022年6月19日
春先、果樹園を営む男子部員の自宅を訪れた。彼は不在で、家族から「ブドウ園にいるよ」と聞き、足を運ぶと、ブドウの木に芽傷処理をしている最中だった▼これは芽の付近の枝にあえて傷をつける作業。そうすることで枝先だけでなく、枝の途中にある芽も数多く成長し、ブドウの収穫量が増えるという。"傷を受けたことで、かえって新たな芽を出し、多くの果実を得る"——同じようなことが人生にもある▼調理師の壮年部員。昨年、コロナ禍の影響で、勤める店が閉鎖となり、失業した。壮年は深夜のアルバイトをして家族を養った。この間、学会の組織では地区部長として広布に走り抜いた▼壮年の娘は当時を「家計は苦しく大変だった。でも忘れ難い、大切な思い出になった」と述懐する。"必ず宿命転換するぞ!"と家族で唱題し、御書を研さんした。親子で仏法対話にも歩いた。娘は「必死な父の背中に"負けない"信心の姿勢を教わりました」とも。その後、壮年は和食店の料理長として再起を果たした▼試練や苦難によって傷を負っても、信心根本の人は、それを糧に、より実りある人生を勝ち開いていける。各地の"広布の父たち"の雄姿が、それを厳然と物語る。きょうは「父の日」。

寸鉄 2022年6月19日
新時代の平和革命は仏法の実践以外にない—戸田先生。誇り胸に語り捲れ
兵庫が猛追。民衆凱歌の時代を開く主役は我ら!全国の友も執念の大援軍
福岡が疾風怒濤の猛攻。先駆とは勇んで壁に挑む行動。総立ちし凱旋を!
総攻撃の烽火を愛知から勝利の「この道」を全同志と共に!雄弁に攻め抜け
きょう父の日。社会支え、一家守る壮年部に感謝。誉れの黄金柱よ出番は今

☆大慈悲の心音 門下への便り 第4回 弥三郎
人生にも、広宣流布の途上にも、"ここが正念場"という勝負どころがあります。むしろ、常に"今こそ人間革命の好機!"と捉えて眼前の課題に挑みゆく勇気の信心、潔い信心こそ、宿命転換の直道ではないでしょうか。
弥三郎という名の門下も、勝負に臨むに当たり、日蓮大聖人から渾身の激励のお手紙を賜った一人です。
彼に送られたお手紙で唯一残る「弥三郎殿御返事」によると、弥三郎は在家の身でありながら、何らかの事情で念仏僧と法論を行うことになったようです。そのことを身延の大聖人にご報告した返答が、建治3年(1277年)8月に御述作されたこのお手紙です。
当時、四条金吾や池上兄弟、南条時光ら、有力な日蓮門下は、難の渦中にありました。
同年5月に御執筆された「上野殿御返事(梵帝御計らいの事)」は、周囲から圧迫を加えられ始めた南条時光に対する"勝利の人間学"です。また、四条金吾が讒言によって主君から「法華経を捨てよ」と責められたのも、この年の6月。"正義の言論戦は、かくあるべし"と、大聖人は金吾に代わって直ちに筆を執り「頼基陳状」を著されました。
「弥三郎殿御返事」でも同じように、法論で"このように言い切りなさい""こう責めなさい"と具体的に記されています。
広布の前進を阻もうと、紛然と競い起こる三障四魔、三類の強敵——。大聖人は、師匠に呼応して立ち上がる弟子たちに対し、"私のように正義を叫び切れ!"と烈々たる折伏精神で共戦を呼び掛けられています。

◇一人立つ共戦の弟子に
『されば、心あらん人々は「我らがために」と思しめすべし。もし恩を知り心有る人々は、二つ当たらん杖には一つは替わるべきことぞかし。』(弥三郎殿御返事、新2084・全1450)

日本の諸宗の僧、そしてあらゆる衆生は、最も大恩ある法華経、釈迦仏を蔑ろにするという転倒に陥り、大苦を招いている——。
この真実をただ一人知った大聖人は、大難に次ぐ大難を耐え忍びながら、正義を叫び抜かれました。その目的は仏法の本義を取り戻し、未来永遠にわたる民衆の幸福を実現するためです。
大聖人は、恩を知り、心ある人々であるならば、大聖人が受ける「二つの杖(難)」のうち、一つは受けるべきであるとまで仰せです。
池田先生は、「本抄で大聖人は、弟子が広宣流布の主体者として『一人立つ』ことを願われたのではないでしょうか」と講義されています。
悩みや環境に翻弄され、「師匠による救いを待つ弟子」から、己心の悲哀を制覇し、広布を切り開く「師弟共戦の弟子」へ。
日蓮仏法は、どこまでも人間革命の宗教です。
その上で法論に臨むに当たって、「我が師は、たびたびの大難にも臆する心がなく、ますます意気軒高でいらっしゃると承知していると、しかるべき筋に申し上げなさい」と指南されています。
大聖人の師子吼を拝し、弥三郎の胸に、師匠と共に戦い抜く闘魂がみなぎったことでしょう。

◇「断じて勝つ」と心決めて
『構えて構えて、所領を惜しみ、妻子を顧み、また人を憑んであやぶむことなかれ。
ただひとえに思い切るべし。今年の世間を鏡とせよ。そこばくの人の死ぬるに、今まで生きて有りつるは、このことにあわんためなりけり。』(同、新2085・全1451)

戸田先生は言われました。
「乱れた世の中で生活が苦しいとき、何故私たちは生まれてきたかを考えなければならない。みな大聖人様の命を受けて広宣流布する役目を持って生まれて来たということが宿習なのである。それが解るか解らないかが問題なのだ」
今この時に集った私たちに使命のない人など一人もいません。
多くの同志が人生の岐路、広布の難所においてこの御文を拝し、わが使命を自覚して、勝利を開いてきました。
広布の言論戦に挑みゆく日蓮門下の心意気。その根本は油断や不安、他者を頼む心を排し、「断じて勝つ」と心を決めることです。
古来、幾多の勇将が命懸けで突破して名を馳せた合戦の勝負所「宇治川」「勢多(瀬田川)」。同じように、このたびの法論こそ、妙法弘通の歴史に永遠に名を残す絶好機ではないか!——大聖人の大確信が胸に迫ります。
池田先生は呼び掛けられています。「一人立ったその時、その場所が、仏法の正義を証明しゆく『宇治・勢多』の使命の宝処となるのです。ゆえに、わが親愛なる同志よ、わが後継の青年たちよ、断固として、今日を勝ち抜け!」 

2022年6月18日土曜日

2022.06.19 わが友に贈る

「強盛の信心いよいよ
悦びをなすべし」
地涌の使命を胸に
幸福広げる対話を!
さあ今日も前へ進もう!
(新1720・全1448)

祈祷抄 P1347
『されば法華経の行者の祈る祈は響の音に応ずるがごとし影の体にそえるがごとし、すめる水に月のうつるがごとし方諸の水をまねくがごとし磁石の鉄をすうがごとし琥珀の塵をとるがごとし、あきらかなる鏡の物の色をうかぶるがごとし』

【通解】
したがって、法華経の行者が祈る祈りは、音に応じて響きがあるように、影が体に添うように、澄んだ水に月が映るように、冷えた鏡が表面に露をつけるように、磁石が鉄を吸うように、琥珀が塵を取るように、曇りのない鏡が物の色を浮かべるように、必ず叶うのである。

【先生の指導から】
「祈りとして叶わざるなし」の妙法である。
「法華経に勝る兵法なし」の信心である。
恩師の「追撃の手をゆるめるな!」の叫びのままに、さらに強盛に祈りぬき、祈りきり、梵天・帝釈等を揺り動かしながら、爽快なる勝ち戦を続けてまいりたい。

名字の言 全日本大学駅伝予選会——創価大学の力走に期待 2022年6月18日
第54回全日本大学駅伝の地区選考会が、きょうから始まる。東海を皮切りに、あすは関東、関西、九州で行われ、8地区の選考会を勝ち抜いた17校と前回大会の上位8校などが学生日本一を懸け、11月の本戦に挑む▼最激戦の関東地区には、創価大学など20校がエントリー。各大学の8人が2人ずつ4組に分かれて1万メートルを走り、合計タイムの上位7校に全国への切符が与えられる▼初出場を狙う創大が目指すのは、スローガンに掲げた「強さの証明」だ。それを示したのが4月の日本学生陸上個人選手権1万メートル。序盤からレースを引っ張った葛西潤選手が優勝し、2位の嶋津雄大選手と共に最後まで主導権を渡さなかった▼長距離のトラック種目は多くの場合、集団を形成してレースが進む。単に先頭を走れば勝利に結び付くというわけではない。気象条件、レース展開、ライバルの調子などを見極める洞察力が求められる。何より必要なのは、どんな状況でも、自分のベストの力を自在に発揮できる"本物の強さ"だ▼積み重ねた努力は絶対に裏切らない。それは調子や条件が悪い時ほど自分を支え、前進させる強さとなる。駅伝部の力走を楽しみに、私たちも人生という名の大舞台で悔いなく走り抜こう!

寸鉄 2022年6月18日
「各々、師子王の心を取り出だして」御書。勇気はすべての人に。皆が人材(新1620・全1190)
兵庫が執念の反転攻勢。逆転の劇はここからだ。全同志が力強くエール!
正義の大神奈川が猛追!誠実と確信で語れ。いよいよ本領発揮し共に勝鬨
埼玉が鉄桶の団結で激走われらは前進あるのみ!民衆パワーで栄光の頂へ
食中毒が増加する季節。不十分な加熱等に注意。入念な手洗いも欠かさず

〈社説〉 2022・6・18 あす「朗読の日」
◇子どもと心を響かせ合う交流を
「読み聞かせ 親子見つめる 月天子」
かつて本紙「新・生き生き川柳」欄に紹介された句だ。就寝前に親子で楽しそうに読み聞かせをする様子が目に浮かんでくる。
あす6月19日は「朗読の日」。
2002年に、日本朗読文化協会が制定したもので、「朗読」という文化活動を通じて、広く社会に貢献することを目指し、さまざまな取り組みがされている。
最も身近な朗読の一つに、子どもへの絵本の読み聞かせがある。
同協会名誉会長の加賀美幸子さんは、かつて本紙のトーク企画で、「読み聞かせ」のこつを巡ってこう語った。
「『どうしたら伝わるか』という真剣な思いでしょうか。その上で、足りなければ、補えばいい。多すぎたら、削ればいい」
昨年、英・オックスフォード大学出版局(OUP)が発表した、保護者による子どもへの読み聞かせに関する調査で、保護者の75%は"読み聞かせが子どもとの関係構築を助ける"と回答し、51%は"読み聞かせの時間を増やしたい"と考えていることが分かった。
本紙でも、これまで読者や専門家の読み聞かせの工夫やアドバイスを紹介してきた。
その一人、フリーアナウンサーの堀井美香さんは、絵本を朗読する際に声の「強弱」、読む「スピード」、言葉と言葉の「間」の三つを、自分なりに変えてみることを勧めている。そのように「思いっ切り感情を込めて読んだ方がより楽しめるのでは」と親子で楽しむポイントを紹介していた。
最近は子どもも読み手となる絵本の「読み合い」も注目されている。読み聞かせ、読み合いのどちらも、聞き手と読み手とが一緒になり、ハラハラ・ドキドキし、喜びや悲しみを共有し、心を響かせ合える。子どもの心を豊かに耕し、親にとっても子どもへの愛情を深める大切な時間である。
池田大作先生は、「親から子へ、子から親へと通いあう『心の時間』こそが大事なのです」と強調し、「わずかな時間であったとしても、ともに語りあったり、何かを一緒に体験したり、感動しあった時間というのは、子どもの心に深く残っていく」と、子育てに奮闘する友へ励ましを送る。
たとえ10分でも絵本を通じた親子の時間をつくってみる。そうした積み重ねが心の財産となろう。

☆ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち 第20回 ヘレン・ケラー
〈ヘレン・ケラー〉
不可能だと思われた障壁を征服し、完成の領域をさらに押し広げていく。
それに匹敵する歓びがあるでしょうか。

それは、今から90年前のことである。1932年6月15日、イギリスの名門・グラスゴー大学は、一人の女性に最高栄誉である「名誉博士号」を贈った。
アメリカの社会福祉運動家ヘレン・ケラーである。
授与式の会場となった19世紀建造のビュート・ホールに、大学総長の厳かな宣言が響く。会場の一角には、ヘレンの晴れ舞台を見守る教師アン・サリバンの姿が。
「我々は、勇気と不屈の忍耐をもって、人間の肉体の弱さゆえの障害を越えて、先例なく、また類例なき智力の勝利をかち得たる、この婦人を尊敬する。それと同時に我々は、彼女の友人にして教師である人、献身的な愛と天才によって、この勝利を可能ならしめた婦人を讃美するものである」
目・耳・口の"三重苦"に屈しなかったヘレン。そして彼女を懸命に薫陶し続けたサリバン——。総長の言葉は、偉大な師弟への賛辞にあふれていた。
「不可能だと思われた障壁を征服し、完成の領域をさらに押し広げてゆく歓び、それに匹敵する歓びがあるでしょうか」
この信念で、自らの生涯を通して人々に希望の光を与え続けたヘレンは、1880年6月27日、米アラバマ州で生まれた。
裕福な家庭で育つが、2歳を前に、原因不明の恐ろしい病に襲われる。やがて体調は回復したものの、後遺症として目と耳の機能が奪われ、さらには話すこともできなくなってしまった。
しかし両親は、娘の可能性を信じて愛情を注ぎ、障がいを乗り越える方途を求めて医師などの意見を聞き歩いた。その中で出会ったのが、電話の発明で知られるグラハム・ベル。聴覚障がい者の教育に携わっていた彼の提案で、盲学校の校長に家庭教師を紹介してもらうことになった。
そして、ヘレンが6歳だった87年3月3日、盲学校を優秀な成績で卒業したサリバンが家庭教師としてケラー家へ。ヘレンにとって「魂の誕生日」となったこの日から、半世紀にわたる二人三脚の歩みが始まったのである。
反抗心の強いヘレンに、サリバンは手を焼いた。それでも根気よく関わり続けるサリバンに、ヘレンは信頼を寄せていく。
「全てのものに名前がある」。それを認識させるため、サリバンは指の形でアルファベットを一文字ずつ表す「指文字」を、ヘレンの手のひらにつづり、言葉を教えた。しかし何度教わっても、ヘレンは「名前がある」ということを理解できない。
転機が訪れたのは、出会って1カ月が過ぎた頃。サリバンはヘレンを庭の井戸に連れて行き、コップを持たせて水を注いだ。コップからあふれ出した水が、ヘレンの手に伝わる。するとサリバンは、ヘレンのもう一方の手に何度も指文字で「WATER(水)」と書いた。水に触れたヘレンは、それが名前をもつものであると、初めて認識することができたのだ。
"生きた言葉が魂を目覚めさせ、光と望みと喜びを与え、自由にしてくれた"——この出来事は彼女の向学の意欲を呼び覚ました。
可能性の扉を開いたヘレンは、その後の数週間で300以上の単語を習得。学ぶ楽しさを知り、達成感に満たされていくと、次第に心も穏やかになっていった。
やがて読み書きができるようになると、さらに"声を発したい"との願いも実現させる。
大学進学の夢もかなえた。16歳で入学したケンブリッジ女学院を経て、ハーバード大学の女子学生が学ぶラドクリフ・カレッジに進み、優秀な成績で卒業する。
在学中には雑誌で連載を持ち、『わたしの生涯』と題する書籍を出版。作品は絶賛され、後に世界中で読まれる名著となった。
どんな不可能も可能にしてきたヘレンの傍らには、常にサリバンがいた。その献身への感謝を、ヘレンは次のように表現している。
「先生の存在が私とは切り離せぬものであり、また私の生涯の歩みは先生の歩みの中にあることを感じます。私の持っている一番良いものはみな先生のものです」
人生の師匠ともいうべきサリバンに導かれ、使命の道を切り開いたヘレン。大学卒業後は培った力を存分に生かし、障がい者のための福祉事業や社会運動に積極的に取り組んでいった。

〈ヘレン・ケラー〉
私たちの仕事に相応し、はるかな目的に向かって雄々しく進みうる力を与えてください——そう祈るのです。

1936年、彼女の成長と活躍を見守り続けてきたサリバンが、70歳でこの世を去った。大きな喪失感に襲われたヘレンだったが、悲しみを振り払うように、新たな挑戦として海外での講演活動を本格的に開始する。その第一歩として訪れた国こそ日本であった。
初訪問は37年4月。船で横浜港に着くと、約3カ月半かけて、東京、神奈川、埼玉、愛知、大阪、兵庫、福岡など全国を巡り、実に97回もの講演会を行っている。
ヘレンの訪日は3度。講演した会場の一つは、後に学会の「大阪大会」で池田先生が正義を師子吼した大阪市中央公会堂である。
ヘレンは晩年まで、障がい者が幸福に生きられる社会、そして世界の平和の実現を訴え続けた。
彼女の言葉にこうある。
「あらゆる苦闘は一つひとつが勝利なのです。もう少し努力をすれば光り輝く雲にとどき、空の青い深み、私の望みの高天原に着くのです」
「私たちは、私たちの力に相応した仕事を与えてください、ということを祈るのではなくして、私たちの仕事に相応し、大望心に燃え、はるかな目的に向かって、おおしく進みうる力を与えてください、ということを祈るのでなければなりません」
彼女が残した直筆メモなどの一部は、学会の「21世紀 希望の人権展」「7色に輝く女性展」等で展示され、大きな反響を呼んだ。
「師弟」によって育まれたヘレンの慈愛、忍耐、勇気は、人類史に不滅の光を放っている。

〈ヘレン・ケラーを語る池田先生〉
大事なのは、なによりも、自分自身が満足できたかどうかだ。
だれになんと言われようが、「私はやりきった!」「私は勝った!」
そう言い切れる人が勝者である。

グラスゴー大学がヘレンに名誉博士号を授与してから、ちょうど62年後の1994年6月15日。
彼女が式典に臨んだビュート・ホールに池田先生の姿はあった。この日、同大学から先生に名誉博士号が贈られたのである。
同じ「6月15日」という不思議な時の一致を見た授与式。
「池田氏の人生の方向を決定づけたのは、1947年、戸田城聖氏と出会い、氏の弟子になられたことであります」
推挙の辞では、ヘレンとサリバンの師弟を賛嘆した62年前と同様に、池田先生と戸田先生の師弟が世界に向かって宣揚された。
「真の正義の人を擁護し、賞讃することは、グラスゴー大学の誉れ高き伝統です」——そう述べたのは、式典を感慨を込めて振り返った同大学出身の教育者である。
"弟子の勝利は、師匠の勝利""弟子の喜びは、自らの勝利を師匠にささげること"——それを知るヘレンの言葉を通して語った池田先生のスピーチに、こうある。
「彼女は、『人間を変えるものは環境ではなく、人間自身の内なる力なのです』と語っている。
私たちの『人間革命』の思想と響き合う。大事なのは、なによりも、自分自身が満足できたかどうかだ。だれになんと言われようが、『私はやりきった!』『私は勝った!』と言い切れる人生を送った人が勝者である。
さらにヘレン・ケラーさんは言う。『他人のために尽そうとか、社会に新生命を打ち建てようという、私欲を離れた目的から永続的な確実な歓喜が生れるものであります』
私たちの前進は、社会の善のためである。友の希望のためである。自身の使命のためである。歓喜と充実の人生とならないはずはない」(2003年8月5日、全国最高協議会でのスピーチ)
2008年6月5日には「ヘレン・ケラーの思い出」と題した随筆を発表。その中で、最後に先生は力強く呼び掛けた。
「『我らの友よ、夜明けはそこまで来ているのです』
『我らがつくった大道を真っしぐらに前進しようではありませんか。団結し合い、覚悟を新たにして恐れることなく!』
これは、ヘレン・ケラーの人生を貫いた叫びである。
わが敬愛する同志よ、晴れ晴れと戦い、晴れ晴れと勝つのだ!
青年の心で、青年と共に!
滝の如く堂々と!」

2022年6月17日金曜日

2022.06.17 わが友に贈る

目標を達成するまで
何度も何度も挑戦する。
これが勝利の要諦だ。
わが誓願を果たしゆく
粘り強き前進を!

守護国家論 P43
『是の悪比丘は利養の為の故に是の経を広宣流布すること能わず』

【通解】
この悪侶は利養(名聞名利にとらわれ、自己の利益のみを考えること)の故に、この経を広宣流布することができない。

名字の言 味とともによみがえる「食事の思い出」 2022年6月17日
一家の夕食は、夫婦が当番制で準備するという男子部員。ある休日、彼が「たまには外食でも」と家族を誘うと、幼い息子は「パパご飯、ママご飯がいい」とごねた。夫妻は困惑しながらも、うれしくなった▼子どもにとって、両親が一生懸命に作ってくれたご飯を食べる時間は、家族の愛情に包まれ、単におなかを満たす以上の意味がある。同様に、人それぞれの「食事の思い出」も料理とともに、その時の情景を呼び起こすものだろう▼そば屋を営む友人読者を本紙で掲載したところ、紙面を見た女性部員から便りがあった。数十年前、社会人の第一歩をしるした勤務先の近所に、その店があったという。時折、出前を頼んでは堪能したことが懐かしい、と▼だしの味とともに、あの頃の出来事もよみがえった。一番の思い出は「信心と出あったこと」——学会員である職場の同僚に折伏され、入会。社会で奮闘しつつ、充実の青年部時代を送り、後年、両親への弘教も実らせた▼彼女は現在、支部女性部長として活躍。「同じ釜の飯」ならぬ、"同じそば屋の出前"を食べ、数々の思い出を刻んだ同僚とは、今も励ましを重ねては友好を広げている。"食とは体験である"とも言われるが、まさに至言である。

寸鉄 2022年6月17日
試練を切り抜ける度、崩れぬ成仏の境涯に—恩師 広布の戦いは全てが宝と
全国各地で対話の大旋風 確信漲る声は乱世の希望 平和と幸福の連帯を拡大
茨城の日。求道・団結・行動で進む無敵の人材城 仏法は勝負!共に凱旋を
交通事故に注意。絶対に起こさない、遭わない。隙をつくらず障魔を撃退
"気候変動に歯止めを"—国連とメディアが運動。今できることを足元から

〈社説〉 2022・6・17 あさって「父の日」
◇男性の家庭進出を当たり前に
「イクメン」という言葉が生まれて十数年がたった。保育園への送迎など、育児のさまざまな場面で、男性の姿が見られるように。仕事などとの両立に悩みながらも育児に取り組む男性読者から、声が寄せられることも増えた。
ある男子部員は、第2子誕生の喜びをかみ締め、夜泣きの赤ん坊の世話をするように。「夜勤」と表現するほど精神的にも肉体的にも過酷と語り、「妻に感謝です。正直、仕事より大変です」とも。
産後うつは、何も女性に限らない。実際、父親の11人に1人の確率で産後うつになるというデータもある。日本は長時間労働の人が多い国として知られる。子育てしやすい環境をつくり、少子化を改善するには、国や企業の本気の改善が望まれる。
日本の女性たちは、もっと深刻だ。1日の家事・育児時間は男性の5倍。核家族化が進み、親以外の家族が子どもを見られない。共働きが主流になり、かつて専業主婦だった女性たちも日中は仕事に出て、地域で助け合おうにも難しい。出産した女性全体の10%だった産後うつは、コロナ禍の中で「2倍になったおそれがある」という調査結果も。認定NPO法人フローレンス代表室長の前田晃平さんは、「人類史上、最も孤独な母親たち」と表現する。
前田さんは、「もっと長いものさしで見てみよう」と語る。日本の悠久の歴史から考えてみれば、"人類は、子育てを集団で助け合ってやってきた"。母親が一人で切り盛りする形は、当たり前でなく特殊であり、限界がある、と。
未来に目を向けてみよう。例えば、大介護時代を迎える日本において、柔軟に働ける環境を整えることは、何も子育て世帯のみに資する話というわけではない。
池田先生は「子育ては、確かに労作業ではあるが、人間の生命を育む、最も尊貴な聖業である。そのなかに、最高の喜びがあり、生きがいもある。また、子どもを育てるなかで、親も、学び、磨かれていくのである」とつづる。
子育てを重労働という男子部員は、一方で「子育てから学ぶことは多い。まるで"留学"です!」とも。周囲の配慮、社会の応援があれば、親子は伸び伸びと成長していくことができる。あさっては「父の日」。男性の"家庭進出"に寄り添いのエールを送りたい。

☆英知の光源 希望の哲理に学ぶ テーマ:信仰と苦難
連載「英知の光源 希望の哲理に学ぶ」では、日蓮大聖人の仏法を研さんするに当たって、さらなる理解のためにキーワードとなる教学用語や法理を解説。また、関連する池田先生の指導を掲載します。今回のテーマは「信仰と苦難」。日蓮仏法における「難」について考えていきます。

◇池田先生の指導から
末法にあって、自行化他の信心の実践に励むとき、必ず障魔が競い起こる。その障魔に立ち向かい、苦難と正面から戦うところに、真実の「安楽」がある。難を受けるということは、最大に信心を貫き通している証しでもある。
どんな船でも遠洋に出れば、激しい風雨や波浪にさらされる。しかし、それを乗り越え、前進していかなければ、目的の"港"に到着することはできない。
「成仏」という"港"をめざす私どもも、苦難の風雨におびえ、困難の波浪に負けてしまえば、決して「成仏」という"彼岸"に着くことはできない。
要するに、信心とは、仏と魔との戦いであり、その戦いの渦中で、「難」に負けない力強い生命境涯を築く以外に、真実の「安楽」への正道はない。
つまり、どのような苦難にも崩れない絶対の「安楽」の境涯は、いかなる「難」にも屈せぬ強き信心の確立にあることを銘記してほしい。(池田大作先生の指導選集〈中〉『人間革命の実践』)

Q1:正しい信仰を実践しているのに、なぜ反発を受けるのですか。
法華経には、釈尊滅後の悪世末法において一切衆生の幸福を願い、妙法流布の実践をする者に対して、さまざまな迫害や困難があることが説かれています。
そして、日蓮大聖人ただお一人が、経文通りの大難を受け、法華経を「身読」されたのです。
法華経勧持品第13には「三類の強敵」という迫害者の出現が示されており、特に、迫害者の心の中が悪に支配されたさまは、「悪鬼入其身(悪鬼は其の身に入って)」(法華経419ページ)と説かれています。
「悪鬼」とは、人の苦悩の因となって精神を乱す働きのことで、現代的には、人間の可能性、尊厳性を脅かす宗教・思想に当たるでしょう。そのような「悪」に心が支配されているがゆえに、正しい仏法を信じることができず、反発の様相を呈してしまうのです。
大聖人は「立正安国論」の中で、「仁王経」の「国土が乱れる時はまず鬼神が乱れる。鬼神が乱れるゆえに万民が乱れる」(新43・全31、通解)との一節を引用され、続けて、「鬼神が乱れると、万民が乱れるという先難は、このように明らかである。国土が乱れるという後災が起こることを、どうして疑うことができようか」(同、通解)と仰せです。
正しい価値観が見失われ、誤った思想が人々の間にはびこる時、人心が乱れ、社会や時代全体の混迷の度が増していく——。思想の混乱ほど、恐ろしいものはありません。
だからこそ、迫害を恐れず正義を語り広げ、立正安国を実現するために戦う私たちの使命は、いや増して大きいのです。

Q2:末法において正法を弘める使命の深さを実感しました。
たとえいかなる迫害を受けようとも、不惜身命で広宣流布に生き抜く。日蓮大聖人は、そうした御自身の弘通の姿を、法華経で説かれる「不軽菩薩」の実践に重ねられました。
不軽菩薩とは、常不軽菩薩品第20に登場する釈尊の過去世の姿です。
威音王仏の像法時代の終わり、思い上がった人々が大勢いる混沌とした社会にあって、自らを迫害する人々(上慢の四衆)に対してさえ、"必ず成仏できる"という言葉を唱えながら、敬っていきました。いかなる相手も決して軽んずることなく、出会った全ての人を礼拝し続けたのです。
この実践により、不軽菩薩は過去世の罪業をすべて消し去り(其罪畢已)、妙法を覚って生命が清らかになる(六根清浄)という功徳を得て、寿命を延ばし、後に成仏します。最終的には、迫害した人々も自分たちの誤りに気付き、教えを受けて救われます。
御聖訓には、「鏡に向かって礼拝をなす時、浮かべる影また我を礼拝するなり」(新1071・全769)とあります。
私たちが相手の仏性を敬って対話する時、たとえ相手に反発されたとしても、実は相手の仏性は、私たちの仏性を礼拝しています。やがて必ず、自他共の仏種が開花することは間違いありません。
どこまでも相手の仏性を信じ、粘り強く対話を重ねる。増上慢の人々の中にも勇んで飛び込み、諦めずに語っていく。不屈の信念と誠実な行動こそが、人々の不信と無理解という"心の氷壁"を溶かしていきます。

Q3:いかなる困難も恐れずに、戦い抜くことが大切なのですね。
日蓮大聖人は、御書の随所で「日蓮がごとく」(新1341・全989)、「予がごとく」(新1783・全1342)、「我がごとく」(新1803・全1367)とつづられ、弟子たちに"私と同じ戦いを起こすのだ!"と幾度も呼び掛けられています。
「真実の法華経の如説修行の行者の師弟・檀那とならんには、三類の敵人決定せり」(新599・全501)とあるように、広宣流布の師匠と一緒に戦うということは、三類の強敵と戦う"覚悟の信心"を貫くことにほかなりません。
池田先生は、つづっています。
「学会の歴史は、非難・中傷のつぶてを浴び、障魔の風雪のなかを進む、迫害に次ぐ迫害の道でありました。それ自体、『魔競はずは正法と知るべからず』(全1087・新1479)との御文に照らして、学会が正義であることの証明であります。
その創価学会の信心に生き抜く人が、成仏できないわけがない。大功徳を受けないわけがないと、私は断言しておきます!」(小説『新・人間革命』第24巻「厳護」の章)
創価学会の中で信心に励み、広布を阻む魔との闘争を一つ一つ勝ち越えていく中で、思いもよらない大境涯を開いていくことができます。
眼前の峰を登攀し、次なる広布の峰へ——この連続闘争に、人間革命の直道もあるのだと深く確信し、前進していきましょう。

2022年6月16日木曜日

2022.06.16 わが友に贈る

寒暖差が大きい
季節の変わり目だ。
朝晩の勤行を根本に
賢く体調管理を!
健康第一で進もう!

新尼御前御返事 P904
『磯のほとりにて昔見しあまのりなり、色形あぢわひもかはらず、など我が父母かはらせ給いけんとかたちがへなるうらめしさなみだをさへがたし』

【通解】
片海・市川・小湊のほとりで、昔見たあまのりである。色や形や味も変わらないのに、どうして我が父母は変わられてしまったのであろうかと、方向違いのうらめしさに涙を押えることができない。

名字の言 世界中の子どもたちを撮り続けた写真家・田沼武能氏 2022年6月16日
日本を代表する写真家で、かつて本紙でも連載を持っていた田沼武能氏。今月、93歳で亡くなるまでカメラを握り続けた▼写真家としての転機は、独立して多くの注文写真の撮影をこなしていた頃。師匠・木村伊兵衛氏から"頼まれ仕事ばかりでは、何も自分の仕事は残らない"と指摘され、写真と向き合う姿勢を見つめ直した。テーマを持つ大切さを教えられ、選んだのは「世界中の子どもたち」を撮ることだった▼世界には飢餓や紛争などに苦しむ子どもたちがいる。"次世代の家族をつくる子どもたちに住みよい地球を手渡していけるか"。そこに真剣に取り組む時代が来ていると感じた氏は、120以上もの国や地域を訪れ、子らの"生きる尊厳"を写真で伝えてきた(『ぼくたち地球家族』講談社)▼「すべての人を尊重せよ。しかし子供の場合は普通の百倍も尊重し、その汚れを知らぬ魂の純粋さを損なわぬよう努めよ」(北御門二郎訳)とは、文豪トルストイの言葉。地球の財産である子どもを守ることは、人類を守ることにつながる▼今を、そして未来を生きる人々が暮らしたいと思えるような世界をつくる。ここに世界広宣流布の実像がある。そのために今日も祈り、語り、励ましを広げよう。

寸鉄 2022年6月16日
深き団結があれば恐れるものはない—戸田先生。異体同心の前進は無敵!
福岡が力闘。先駆の対話大拡大をわが地区から!大九州に民衆の勝ち鬨を
愛知に誓願の炎は赤々。勇気の言論で皆が広布の一番星に!乱戦突破必ず
総福島女性部の日。心を結ぶ希望の太陽。愛する郷土に友情の花を爛漫と
ネット中傷対策で侮辱罪が厳罰化。卑劣な"言葉の暴力"は社会悪。断固根絶

☆旭日の天地に希望の法城 新「千葉文化会館」の建設決定
◇2024年の完成へ 今夏着工
旭日の天地に希望の新法城! 総千葉の中心拠点となる新「千葉文化会館」が千葉市内に建設されることが決定した。今夏に着工し、2024年秋の完成を目指す。新会館は地上2階建て。大小の礼拝室をはじめ、会議室、事務室、応接室などを備える。
日蓮大聖人御聖誕の地・千葉を、池田大作先生は旭日の天地とたたえる。池田先生の入信75周年の本年は、千葉で初の支部が結成されて75年の節目である。友は今、師と共に広布の幾山河を越えてきた誉れの歴史を胸に、勢いよく対話拡大に奔走している。
来る7月は、千葉の同志が師弟の誓願に燃え立つ月だ。
1978年7月19日、池田先生の作詞による千葉の歌「旭日遙かに」が発表され、明年で45周年の佳節を迎える。
88年7月11日には、先生が千葉の友に贈った長編詩「天地に満つる幸の旭日」が本紙に掲載された。先生は長編詩で「旭日の信心」とは、明朗の人の頭上に輝く王者の冠、活力の異名、不退の一念であるとつづり、こう呼び掛けた。「同志よ/絶え間なき前進だ/たゆみなき精進だ/寄せ返す波が/やがて巌を削り取るように/いかなる困難の障壁も恐れまい/最後の勝利を信じて/勇気をもって立とう」
旭日の友は、学会創立100周年へ、新法城建設の槌音とともに、新たな勝利劇をつづりゆく!

☆四季の励まし 広宣流布の団結は無敵 2022年6月12日
◇池田先生の言葉
一人の力は
小さいかもしれない。
しかし、
力を合わせれば、
一人の力が
五にも十にも百にもなる。
足し算ではなく、
何倍、何十倍という
掛け算になる。

「異体同心」という
無敵の団結を
創り上げてゆく
肝要は何か。
それはまず、師匠の掲げる
広宣流布という大理想を
我が誓いとし、
師弟共戦の祈りと行動を
貫くことだ。
「信心で勝つ!」という
一点で皆が呼吸を合わせ、
心のギアをガッチリと
かみ合わせることだ。

人を頼む心、
依存の心があれば、
本当の力は出せない。
一人立つ人こそが
真の信仰者であり、
創価の後継者なのだ。
そして、その一人立つ人と
人との団結によってのみ、
広宣流布の大願の実現は
可能となるのだ。

異体同心の「心」とは、
「信心」である。
「広宣流布」という大願に
心を合わせていくことだ。
そこに、個々人の
「宿命転換」の願いも、
全部、包含される。

「一人くらいは」という
油断と慢心から、
破綻が始まる。
一人を大切にし、
「もう一歩」と
前進し続ける所は、
団結もより強固になり、
それまでの労苦と困難を、
すべて勝利と福徳に
変えていくことができる。

異体同心の団結こそが、
広宣流布の命脈である。
一家にあっては和楽を!
人と人の間には友情を!
地域には信頼と友好を!
人類社会の中には、
平和への民衆の連帯を!
心を合わせて
仲良く進むのだ。
団結のあるところに
勝利があり、幸福がある。

【写真説明】陽光に照らされ、アヤメの紫とツツジの紅が映える。1990年(平成2年)5月の三重研修道場で、池田大作先生がカメラに収めた。
色とりどりに咲きながら調和するさまは、一人一人が自身の人間革命に挑みながら、励まし進む創価の友の姿にも似て——。
我らには、「広宣流布」という大いなる目的がある。その目的へ、「一人立つ」勇者が「心一つ」になる時、どんな艱難も乗り越えられる。御書に「異体同心なれば万事を成じ、同体異心なれば諸事叶うことなし」(新2054・全1463)と。
師弟の月・7月へ、わが命を燃やし、使命の花を爛漫と!

2022年6月15日水曜日

2022.06.15 わが友に贈る

仕事・育児・介護などで
多忙を極める友にこそ
理解と共感が大切だ。
相手の心を軽くして
勇気をともす励ましを!

報恩抄 P329
『極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか』

【通解】
極楽での百年の修行の功徳は、汚れた、この国土での一日の修行の功徳に及ばない。正法・像法時代の二千年間の弘通は、末法の一時の弘通に劣るであろう。

【先生の指導から】
大聖人に続き、末法万年尽未来際までの広宣流布の道を開いているのが、皆さま方であられる。その功徳は計り知れない。万人を苦悩の道から救う、偉大なる使命を自覚していただきたい。

名字の言 世の中は全て"二つで一つ" 2022年6月15日
「朝焼小焼だ/大漁だ/大羽鰮の/大漁だ。/浜はまつりの/ようだけど/海のなかでは/何万の/鰮のとむらい/するだろう。」(『金子みすゞ童謡全集』JULA出版局)▼金子みすゞさんの詩「大漁」。人間の側から鰯の側へと移るまなざしに驚く。この作品から「世の中は全て"二つで一つ"ということ」を理解したと語るのは、詩人の矢崎節夫さん。生と死、光と影、喜びと悲しみ、目に見えるものと見えないもの……▼矢崎さんは「人間の心も同じ」と続ける。例えば、子どもの心は黒と白で一つになった灰色の状態であり、「灰色という状態だから、白くもなれば黒くもなる。どちらの色が支配的になるかは、周りの大人の責任です」▼池田先生と対談した歴史学者トインビー博士の洞察を思い出した。「偉人であろうと小人であろうと、人間の魂はいずれも、善と悪とが支配権を争って絶えず戦っている、精神的戦場である」(長谷川松治訳)▼日蓮大聖人は生命を鏡に譬え、苦悩する生命を闇鏡、悟りの生命を明鏡の状態と示された。生命の鏡を曇らせないためには「深く信心を発して、日夜朝暮にまた懈らず磨くべし」(新317・全384)。題目を朗らかに唱え、弱い心に負けない自分を貫きたい。

寸鉄 2022年6月15日
「仏法と申すは勝負をさきとし」御書。まず勝つと決めて!逆転劇は今から(新1585・全1165)
総立ちの神奈川。正義の使命を果たす時!民衆の大連帯で凱歌の鐘鳴らせ
埼玉が怒濤の前進。気迫と執念で金星を!師子となって走り断固勝利旗を
栃木女性部の日。朗らかに地域照らす友。大関東を牽引する拡大、今日も
ゲリラ豪雨等の天気急変に注意。外出時は予報の確認を。「前々の用心」で

〈社説〉 2022・6・15 梅雨時の体調管理に注意
◇正しい対策で「健康即勝利」
今年も、梅雨の時期を迎えている。梅雨時は天候の変化に起因して、倦怠感や頭痛など、さまざまな体調不良を起こしやすい。健康な日々を過ごすため、代表的な原因と対策を確認し合いたい。
原因の一つ目は「気圧」。この時期は気圧が下がる。耳の奥にある内耳は"気圧のセンサー"で、そこで感じた気圧の変化が脳に伝わり自律神経を変化させ、身体を活動的にする交感神経と、休息時に働く副交感神経のバランスが崩れる。よって、痛みの神経を刺激したり、血管や筋肉が過剰に収縮、痙攣したりして、周囲の神経を興奮させて痛みが生じると、医学博士の佐藤純氏は説明する。
二つ目は「湿度」。水分は身体に適切な量を超えると、さまざまな悪影響を及ぼす。これを東洋医学では「湿邪」と言い、梅雨の時期に身体のだるさやむくみ、食欲不振、下痢、胸の苦しさなどの症状を引き起こす要因となる。
三つ目は「ホルモン」。日光を浴びることで増えるホルモンとして有名なセロトニンには、「気分をスッキリさせる」「自律神経を調節する」「痛みをコントロールする」などの作用がある。梅雨の時期は日光の量がどうしても減るため、「気分が優れない」と感じることが増えてしまう。
これらの原因を踏まえた日々の対策として、�運動�日光浴�食生活�規則正しい生活に留意することを心掛けていきたい。
適度な運動やストレッチは、自律神経を整える。セロトニンは日光を浴びるだけでなく運動によっても増やせるため、天気の良い日には短時間でも、散歩などで運動と日光浴を同時にしたいものだ。また、発汗により体内の余計な水分を排出できるメリットもある。
甘いもの、塩辛いもの、アルコール類を取りすぎると身体は水分を欲する。それが過剰な水分摂取につながり、むくみやすくなるので控え目に。そして、規則正しい生活リズムをつくり、自律神経を整えることが、最も基本的で大切な心得といえるだろう。
池田先生は本紙連載「四季の励まし」で、「健康は智慧である。賢明な智慧があれば、病気を未然に防ぐこともできる。健康即勝利の賢者の一日一日を、晴れ晴れと送っていきたい」と。熱中症や食中毒、雨の影響など、多様な危険が潜む梅雨。正しく注意を払い、元気な日々を過ごしたい。

☆池田先生と共に 新たな広布の勝利山へ 凱歌の劇をいよいよ胸張り 2022年6月9日
6月は、牧口先生の生誕の月であるとともに、創価の太陽・女性部の月である。
4日は世界の華陽姉妹の日であり、あす10日は婦人部の結成記念日だ。
牧口先生の故郷の新潟・柏崎の市の花は「ヤマユリ」。奇しくも女性部のシンボルである「白ゆり」と合致する。ヤマユリの英語名は「golden-rayed lily(黄金の光を放つユリ)」である。まさに今、「華陽カレッジ」や「創春ミーティング」など、生命の黄金の光を放つ、多彩な人華のスクラムを、牧口先生も、戸田先生とご一緒に、さぞかしお喜びであろう。
* *
71年前の白ゆりの香りも高き婦人部結成の集いで、恩師・戸田先生は御書を拝された。
「広宣流布の時は、日本一同に南無妙法蓮華経と唱えんことは、大地を的とするなるべし」(新1791・全1360)
そして、慈父のごとく、「われわれがやっていることは、未来の社会にとっても、日本にとっても、世界にとっても、実に大したことをやっているんだよ。もっと、もっと、自信をもちなさい」と激励されたのだ。
創価の師弟が貫いている一対一の勇気と誠実の対話——それは先人たちも願い求めてきた、民衆の幸福と平和の道にほかならない。
アメリカの社会福祉運動家のヘレン・ケラーさんが1948年、来日された折、忘れ得ぬ出会いを結んだ、関西の錦宝会の母がいる。
岡山のろう学校に学ぶ小学生の代表として、歓迎の花束を手渡した。すると、目・耳・口の"三重苦"を越えてきた不屈の女性は、少女の手のひらに、指で「ありがとう」と書いて、頬を寄せてくれた。その感激を胸に、自分も皆を励ませる人になろうと成長し、やがて妙法と巡り合えたのである。
この母は今も「ありがとう」という奇跡の言葉を大切に、手話を自在に用い、広布のリーダーの娘さん夫妻やお孫さん方と、愛する兵庫の天地で信頼と友情の拡大に挑まれている。
* *
牧口先生誕生の6日は、「欧州師弟の日」である。各国で記念の集いが平和への祈りを込めて行われた。
スペインでは、学会の文化会館に隣接する市立公園が「平和庭園」として新たに開園された。長年にわたり公園整備に携わってきた同志の地域貢献の宝処だ。
宗門事件の嵐が吹き荒れる中、健気なスペインの正義の友と私は語り合った。
「正しいからこそ、勝たねばならない」
あれから30年余。スペイン創価学会は、当時の80倍近い陣列に発展を遂げ、同国の仏教連盟を代表する団体として、大いなる衆望を寄せられている。
* *
今月が結成記念の学生部、高等部の英才たちも、元気で頼もしい。
私は妻と毎日、全宝友の健康幸福・栄光勝利を祈りに祈り抜いている。いよいよの信力・行力を奮い起こし、いよいよの仏力・法力を湧き出しながら、胸を張って人間革命と宿命転換の凱歌の劇をつづりゆこう!

2022年6月14日火曜日

2022.06.14 わが友に贈る

「言と云うは、心の思いを
響かして声を顕す」
皆の幸福を願う熱意が
友の心を揺り動かす!
真剣と真心で語り抜こう。
(新713・全563)

聖愚問答抄上 P495
『然るを浄土宗の法然は念仏に対して法華経を捨閉閣抛とよみ善導は法華経を雑行と名け剰へ千中無一とて千人信ずとも一人得道の者あるべからずと書けり、真言宗の弘法は法華経を華厳にも劣り大日経には三重の劣と書き戯論の法と定めたり、正覚房は法華経は大日経のはきものとりにも及ばずと云ひ釈尊をば大日如来の牛飼にもたらずと判せり、禅宗は法華経を吐たるつばき月をさす指教網なんど下す、小乗律等は法華経は邪教天魔の所説と名けたり、此等豈謗法にあらずや責めても猶あまりあり禁めても亦たらず。』

【通解】
ところが浄土宗の法然は念仏に対して法華経を捨閉閣抛とよみ、善導は法華経を雑行と名づけ、そのうえ「千中無一」といって千人信じて一人も得道する者ははいと書いている。真言宗の弘法は法華経を華厳にも劣る。大日経には三重の劣であると書き、戯論の法と定めている。正覚房は「法華経は大日経の履物取りにも及ばない」「釈尊は大日如来の牛飼いにもたりない」と批判している。禅宗は法華経を吐きすてたた唾、月をさす指、教えの網などとさげすんでいる。小乗律等は法華経は邪教、天魔の所説と名づけている。これらは謗法ではないか。どこまで責めても責めたりないし、どれほど禁めても足りないのである。

名字の言 言葉は氷山の一角 2022年6月14日
言葉というものは不思議だ。普段使っているありふれた言葉でも組み合わせ方、発する時と場合によって、すごい力を発揮したりする。なぜそういうことが生じるのか▼詩人の大岡信さんは言う。「つまり、われわれが使っている言葉は氷山の一角だということである。氷山の海面下に沈んでいる部分はなにか。それは、その言葉を発した人の心」にほかならない、と(『詩・ことば・人間』講談社)。海面下の氷山のように見えない心次第で、表に出る言葉の力はいかようにも変わる▼対話に挑んでも上手に話せず悩んでいた友を、多宝会の先輩が励ました。「昔の肉屋さんや魚屋さんを思い浮かべてごらん。おいしいコロッケや魚は古新聞で素っ気なく包んであってもおいしかった。対話も一緒。包装紙で箔をつけるようなもったいぶった話をする必要なんかない。素朴でいいんだよ」▼そばで聞いていて、こちらも得心した。確かに、どんな立派な内容でも、見えや気取りがあれば人の胸に響かない。話がうまくなくていい。大切なのは「言葉の海面下」にある心だ▼相手の幸福を願う慈悲の祈り、社会や未来をよくしたいという熱い思いを精いっぱい言葉に込めて語ろう。そうすれば対話の力は何倍も増す。

寸鉄 2022年6月14日
「一糸乱れず」。これこそ学会の勝利の姿—恩師。栄光の峰へ共に勢いよく
常勝の電源地・大兵庫が奮戦。限界突破の拡大、今こそ!全国の同志も声援
唯一恐れるのは行動しないこと—イギリス元首相。勇気の一歩が苦難を破る突破口
2時間超の就寝ズレで睡眠の質が低下傾向—調査 聡明なリズムで健康第一
国内の「食品ロス」が過去最少。意識向上、コロナ禍が因と。公明よ更に動け

☆御書と未来へ 第21回 広布の女性は「世界の光明」
〈御文〉
『竜女と申す女人は、法華経にて仏に成りて候えば、末代にこの経を持ちまいらせん女人をまぼらせ給うべきよし誓わせ給いし。その御ゆかりにて候か。貴し、貴し。』〈松野殿後家尼御前御返事、新2004・全1393〉

〈通解〉
竜女という女人は、法華経で仏に成られたので、末代にこの法華経を持つ女人を守ると誓いを立てられました。あなたは、そのゆかりの人でしょうか。まことに貴いことです。

〈池田先生が贈る指針〉
竜女は衆生を赤子のごとく慈念し、心を大いに歓喜せしめ、幸福の世界を広げる。
慈折広布に励む女性部こそ、その真の後継である。十方の仏天が守らぬわけがない。華陽の乙女、ヤング白ゆりを先頭に、皆が最極の生命の宝珠で社会を照らすのだ。
女人成仏・万人成仏の道を"万代へ踏み開ける"希望の大連帯、万歳!

☆紙上セミナー 仏法思想の輝き 総神奈川ドクター部長・医学博士 小林広幸
◇人間のための医療を提供
【プロフィル】こばやし・ひろゆき 大学病院の治験・臨床研究支援部門で責任者を務める。総合内科専門医。日本血液学会認定血液専門医。63歳。1979年(昭和54年)入会。神奈川県相模原市在住。副本部長。

◇楽観主義は最良の"薬"
「患者さんに一日でも早く、より良い治療を届けたい」——そんな思いで20年間、新薬の開発に携わってきました。
日本において、新薬を一つ開発するには、10年以上の長い年月と多額の費用がかかります。その成功率は約2万2000分の1。
困難な課題に向かって、看護師、薬剤師、研究者、コーディネーター等、多様なスタッフと一丸となって仕事をしています。
何より欠かせないのが、患者さんの協力です。希望と不安を抱きながら、"同じ病に苦しむ人のためにもなれば"——。そんな思いで臨床試験(治験)に加わってくださる方が多くいらっしゃいます。
だからこそ、患者さんの人権と安全を十分に考慮し、科学的に根拠のある医療をサポートしています。
新薬による"痛みが和らいだ""生活が充実するようになった"といった喜びの声に触れることが、開発に携わる私たちにとって何よりの励みです。

◇心温かな医師
小・中学生の頃、胃腸が過敏で、おなかをよく下していました。中学2年の時、近所の小児科医の先生が、私のストレスや生活の悩みをじっくり聞いて、症状の背景にまで心を砕いてくれました。
その温かな人柄に感動し、医師を志しました。
念願かなって大学の医学部に進むも、「何のための医師か」との、目的が定まっていないことに悶々とする日々。
そんな時、信心していた祖母や、地域の学生部の先輩が真心こめて励ましてくれたのです。
池田先生が、トインビー博士との対談集『21世紀への対話』の中で、「真のヒューマニズムとは、生命の本質と人間性への明晰な洞察を基盤とすべき」と語られていることに感銘を受けました。
"人間のための医療を提供しよう"と心に期し、20歳で入会。研究と学会活動に情熱を注ぎました。
30歳を迎え、米ニューヨーク州の大学に留学。新型コロナウイルスのワクチンでも活用された、「メッセンジャーRNA」と呼ばれる遺伝物質をベースとする治療薬の研究を始めました。
しかし、初めの半年間は思うような成果が出ません。悲観的になっていた時、同僚から励まされ、"まず1年間はやり抜こう"と決意。題目を唱え抜き、課題を明確にしながら試行錯誤を続けました。
3カ月後、状況は好転。翌年、国際学会での成果発表で高評価を得ることができました。
帰国後は、新規抗がん剤や血栓症に関する研究を専門にしました。20年余の研究・臨床の成果が認められ、2009年(平成21年)から、大学病院で治験・臨床研究支援部門の責任者を務めています。

◇本当の幸せとは
幸福な人生を歩む上で、健康は大切な要素です。しかし、病気イコール不幸かというと、必ずしもそうではありません。
それを最初に教えてくれたのは、祖母でした。祖母は、私が入会してまもなく、肺腺がんに。がんは脳にも転移し、手の施しようがない状態でした。
しかし祖母は、御本尊を一筋に信じ、薬で痛みを抑えながら、病魔と闘いました。孫の私に信心をさせたいと祈っていたこと、入会して本当にうれしかったこと——あふれる思いを語り、2年後に霊山へ。
所願満足の祖母の姿を通し、病苦を乗り越えながら信心根本に生きる中に、本当の幸せはあることを知りました。
御書には、「しばらくの苦こそ候とも、ついにはたのしかるべし」(新1901・全1565)と仰せです。今がどんなに苦しくても、信心を貫けば必ず勝利していける——この、たくましい楽観主義こそ仏法者の生き方です。
それは、決して「何とかなる」といった安易な生き方ではありません。自らの意志で現実を変えようとする、主体性に裏打ちされた生き方です。
医療の現場でも、前向きな気持ちで病と立ち向かう方は、治療効果がより明確に表れる傾向にあります。楽観主義は、心身を健やかにする最良の"薬"であると思います。
これまで、「病気で苦しんだからこそ、人の苦労が分かる。悩んでいる人を励ませる」と、病に意味を見いだし、他者に尽くす、多くの同志と出会ってきました。
病と無縁な人はいません。超高齢社会を迎えた今、健康長寿を目指す上で、病と上手に付き合う知恵が求められています。それは、「生きがい」と「希望」を自らつくり、社会に貢献する生き方にこそあるのではないでしょうか。
祖母から教わった信心は、わが家の2人の子どもも継承。東京・立川に住む息子は、東京創価小学校の教員として奮闘しています。
昨年、初孫が生まれ、私も"おじいちゃん"デビューです。といっても、若い頃に誓った「人間のための医療を」との志は変わりません。研究に没頭するあまり、先日、腰を痛めてしまいました。年齢相応のケアも大切だと痛感しています(苦笑い)。
これからは、若手研究者と一緒に新たな治療の道を開き、社会に貢献していきたいと思います。

[視点]衆生所遊楽
多忙な日々を送る小林さん。「次から次に課題が出るのは当たり前。だから、サーファーのように"波"を楽しんでいます」——さらっと笑顔で語っていました。
法華経寿量品では「衆生所遊楽(衆生の遊楽する所)」と、人は、遊び楽しむために、この世に生まれたと説いています。そのために人生の苦難があると捉えれば、苦難の意味は百八十度変わります。
池田先生は、「信心を貫けば、生きていること自体が楽しいという人生になる。何があっても、生命の根底は安心しきって勝ち越えられる」と語っています。
御本尊を信じ抜き、強い生命力を発揮すれば、人生の厳しい波浪も悠々と乗り越えていけるのです。

2022年6月13日月曜日

2022.06.13 わが友に贈る

新聞休刊日

辧殿尼御前御書 P1224
『第六天の魔王十軍のいくさををこして法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土をとられじうばはんとあらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵ををこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし』

【通解】
第六天の魔王は十種の魔の軍勢で戦を起こし、法華経の行者を相手に生死の苦しみの海の中で、凡夫と聖人が同居しているこの娑婆世界を「とられないぞ」「奪ってやる」と争うのである。日蓮は、第六天の魔王と戦う(法華経の行者の)身に当たっており、大兵を起こして戦うこと二十余年である。その間、日蓮は一度も退く心はない。

☆桂冠詩人は詠う 勇気の舞 凱歌の行進� 第10回 中部の友へ
◇勝利の一番星よ輝け!
一番星が輝いた。
堅塁・中部の大空に!

金星が
勝利の光を
放ちながら輝いた。
この星は
我らの星だ!

夕焼けに染まって
やがて見つめる
名古屋城の彼方には
きれいな星の煌めくように
青年たちの希望に燃えゆく
光の眼が輝いて集まる。

その輝く星座は
懇願するように
中部の君たちよ!
中部の貴女たちよ!
戦う魂を
さらに光らせながら
勝利の憧れの歌を
歌ってくれ給え! と。

幾たびとなく
卑劣な権力者たちに
荒らされた
苦しめられた君たちよ!
中傷の風の怒号に
戦い抜いた中部よ!

◆◇◆

我らの大道には
いくら
周囲が騒々しくても
いくら
社会が荒々しくても
一度限りの貴重な人生は
嵐にも不動である。
そして
正義の太陽に包まれ
暗黒の闇を吹き払った
満天の幸福の星座に
抱かれながら
崇高なる一生を
飾ることができるのだ。

我らは勝った!
中部の友は勝った!
創価の勇者は
永遠に勝った!
快活な大演奏に包まれた
勇気と幸福と力をもって
永遠に
勝利の軌道の法則に
胸を張って進みゆく
嬉しさよ!

◆◇◆

さあ 今日も
私の魂を
私の生命を
私の使命を
私の生活を
最も高貴な
広宣流布という
永遠の歴史に残る
平和と栄光の戦いを
何一つ悔いを残さずに
前進することだ!
真実の眼の覚めた
人生を生きることだ!

この尊き崇高な大運動に
皆さま方は
夜となく昼となく
そして
晴れても曇っても
雨の日も風の日も
ある時は夜遅くまで
正義の調べを広げるために!
正義の戦が勝利するために!
大きな信念を
胸に秘めながら
ひたすらに戦い
そして勝っていく!

戦い勝った皆さまの
正義の大いなる往来を
大宇宙の仏天は
朝陽の光とともに
身動きもせずに見つめ
讃えているに違いない。

日本列島の中心の中部!
日本の要の中部!
中部が中心となって
両翼が羽ばたいている
日本の姿。
完勝の原動力の中部よ!

中部の名誉と勝利の
金星よ 光れ!
中部の親愛なる同志の
日々の生活と人生に
金星よ 輝け!

☆子どもと学ぶ 日蓮大聖人の御生涯 第8回=完 希望の未来へ
身延の山で、弟子たちを育成していた日蓮大聖人さまのもとには、たびたび、各地から門下が訪れました。

遠く離れた佐渡の地から、海と山を越えて、阿仏房が御供養の品を背負って来たことがありました。
大聖人さまは、阿仏房を励ましつつ、夫を送り出した千日尼のことを思って、「あなたの心は、間違いなく私のもとに来ています。ただ心こそが大切なのですよ」と手紙を書きました。

また、父親と死別した後、母親や、きょうだいと一緒に信心に励んできた16歳の南条時光が、御供養の品を持って訪れたこともありました。
時光が立派な若武者に育ったことを、わがことのように喜んだ大聖人さまは、時光とその母へのお礼の手紙の中で、「時光は、身も心も亡き父上に似ていますね」と、温かく励ましました。

実は、大聖人さまは、8年にわたり身延で暮らす中、少しずつ病気がちになっていました。

そこで、温泉に入って病気を治そうと、常陸国(現在の茨城県北部と福島県南東部)というところへ向けて旅に出ました。

弟子に支えられ、ゆっくりと進んでいった大聖人さま。やがて、武蔵国池上(現在の東京都大田区)に到着すると、池上宗仲という弟子の家で、しばらく休むことにしました。

大聖人さまがいると聞いて、池上宗仲の家には、多くの門下たちがやって来ました。大聖人さまは、病気でつらい中でしたが、かつて書いた「立正安国論」を、門下たちに一生懸命、教えました。

ある日のこと。
大聖人さまは、自らの枕元に、日興上人をはじめとする弟子たちを呼び寄せました。
そして、「私がやってきた、正しい仏法を弘める行動を、弟子のあなたたちが継いでいくのです」と話しました。
弟子たちは、間もなく大聖人さまがいなくなると思うと、涙が止まりませんでした。

やがて、大聖人さまは目を閉じました。たくさんの弟子が見守る中、そのまま、眠るように静かに息を引き取ったのです。

大聖人さまが亡くなった後も、日興上人は師匠の心を受け継いで、苦しむ人々を救うための行動を貫きました。
大聖人さまが書いた手紙や論文を集め、「御書」として大切にし、門下が学べるようにもしました。

それから、およそ650年後——。
大聖人さまの心を、最も正しく受け継ぎ、偉大な仏法を弘める団体が生まれました。
それが「創価学会」です。
あらゆる人々を幸福にして、平和な世界をつくるため、今日も創価学会の友は、大聖人さまの直系の門下として頑張っているのです。(完)

◇[道しるべ]師弟共戦
「毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身」(法華経493ページ)——私たちが日々、読誦する法華経如来寿量品第16の自我偈は、釈尊が"何としても一切衆生を幸福に導きたい"という、仏の永遠の願いを明かして結ばれています。
この仏の大願をわが心として、仏滅後の妙法弘通を誓ったのが「地涌の菩薩」であると、法華経には示されています。いわば、広宣流布は永遠に「師弟不二の共戦」によって成し遂げられるのです。
御聖訓に「『大願』とは、法華弘通なり」(新1027・全736)、「ちかいし願いやぶるべからず」(新114・全232)とあるように、日蓮大聖人は広宣流布の大願を生涯の誓いとし、どこまでも貫かれました。
そして、「日蓮がごとく」(新1341・全989など)、「日蓮と同意」(新1791・全1360)と仰せになり、"私と共に広布の大願に生きるのだ!"と、後継の弟子たちに、師弟共戦を幾重にも呼び掛けられています。
この大聖人のお心のままに、世界広布を現実の上で進めているのが創価学会にほかなりません。
御本尊を「法華弘通のはたじるし」(新2086・全1243)と奉じて、全世界の民衆の平和と幸福のため、日夜、広布の使命に生き抜く私たちこそ、仏の大願を継ぐ地涌の菩薩なのです。

◇[地図・関連年表]
弘安4年(1281年)5月(60歳) 蒙古襲来(弘安の役)
弘安5年(1282年)9月8日(61歳) 身延山を下る
       同年9月18日 武蔵国の池上宗仲邸に到着
       同年10月13日 池上邸で御入滅
(聖寿は数え年)

2022年6月12日日曜日

2022.06.12 わが友に贈る

◇今週のことば
我らは所願成就の同志だ。
「自他・彼此の心なく、
水魚の思いを成して」
異体同心の無敵の団結で
どんな険路も越えよう!
(新1775・全1337)
2022年6月12日

教行証御書 P1282
『此の法華経の本門の肝心妙法蓮華経は三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為せり、此の五字の内に豈万戒の功徳を納めざらんや』

【通解】
法華経本門の肝心である、この妙法蓮華経は、過去・現在・未来すべての諸仏の、あらゆる修行、あらゆる善行の功徳を集めて五字としたものである。この五字の中に、どうしてあらゆる戒の功徳を納めないことがあろうか。

名字の言 絵本作家・佐野洋子さんが愛用していた"短針1本の時計" 2022年6月12日
絵本・童話作家の佐野洋子さんはある時期、一風変わった時計を愛用していた。友人のメキシコ土産で、文字盤に短針1本しかないというものだった▼後に、それはあるべき長針が外れ落ちた、壊れた時計だと知る。それでも"分刻み"の長針がないぶん、時間に追われず、おおらかに時が流れていくように感じ、とても気に入っていたという(『私の猫たち許してほしい』ちくま文庫)▼小説『新・人間革命』に、山本伸一が聖教新聞の本社屋上で何人かの職員と語らう場面がある。視線のかなたには富士の雄姿が光り、眼下には家々の屋根が見える。伸一は言う。「家並みは路地裏から見てもわからないが、高いところから見ると、一目瞭然だろう。こうして上から見下ろしていくような、境涯を確立していく道が仏法なんだよ」と▼これは、足元や目の前の小事を軽んじていいという意味ではない。本意は、信心の眼を開き、自身の境涯を高めれば、揺れ動く社会の荒波に翻弄されず、悠然と進んでいけるということである▼刹那に生きる人は大事を成せない。物事を大局から捉え、目的を正しく定めてこそ、達成への課題も明確になる。それが着実な一歩前進の因ともなり、人生勝利への起点ともなる。

寸鉄 2022年6月12日
「富士山の木のごとく、ぞくぞくと」御書。必ず人材は出る!激励の手緩めず(新2090・全1245)
兵庫が乾坤一擲の猛攻。情熱込め粘り強く。未聞の大逆転へ皆で押し上げ
君の仕事は未来の収穫の為に幸福の種を蒔く事—劇作家バーナード・ショー。新時代開く主役
日記の日。一日を振り返り綴るべき挑戦がある人は幸福。輝く自分史刻め
給付金詐欺の容疑者7割が20代以下。SNSで安易に加担と。破壊は一瞬

☆輝きの瞬間 6月の広布史
◇1957年6月30日 学生部の結成記念日
「新しく『学生部』設置」——この見出しが聖教新聞に躍ったのは、1956年3月25日のこと。「立正安国」の実現のため、創価学会が新たな戦いを展開している最中のことである。
学生部は、戸田先生と池田先生によって結成された最後の部である。池田先生は、設置が発表された学生部の結成に向け、折々に励ましを送った。
翌57年6月30日、東京・麻布公会堂に約500人の学生が集い、結成大会が行われた。池田先生は電報を送り、祝福した。
この結成大会の日、先生は北海道にいた。炭鉱労働組合が学会員を弾圧した「夕張炭労事件」の陣頭指揮を執っていたためである。
また、結成大会から3日後の7月3日、先生は公職選挙法違反という事実無根の容疑で逮捕される。「大阪事件」である。民衆勢力を弾圧する権力との闘争の渦中に、学生部は発足した。
先生は、民衆を護る若き英知のリーダーを手塩に掛けて育んできた。第3代会長に就任した翌月の60年6月26日、学生部総会に出席。「決して、焦ることなく、未来の大成のために、黙々と学びに学び、自らを磨き抜いていっていただきたい」と強調した。
62年8月31日には、学生部の代表への「御義口伝」講義を開始。創価大学の設立構想の発表や、日中国交正常化の提言を行ったのも、学生部の総会の席上であった。
78年6月30日、学生部結成21周年を記念する幹部会が行われた。席上、学生部歌「広布に走れ」が発表された。
♪歴史を創るは この船たしか  我と我が友よ 広布に走れ
当時、宗門の悪僧らによる師弟分断の謀略が吹き荒れていた。先生は幹部会で訴えた。
「戸田前会長は、常々『次の学会を頼む』と若い青年に期待された。私は、その通りに歩んできたつもりである。と同じように、今度は諸君の番である」
この師の万感の期待は、学生部結成から65周年を迎える今も、決して変わらない。

◇1971年6月 北海道での写真撮影
1971年6月10日、池田先生は北海道の大沼研修所(現・函館研修道場)の開所式に出席。記念植樹や卓球大会に臨み、友との絆を結んだ。
前日の9日に研修所に到着した先生は、開所式の準備を開始。午後8時過ぎ、周囲の視察のため先生は車に乗った。漆黒の夜空だったが、東の山の向こうが白く光って見えた。
「あの光は何だろう」。先生の問い掛けに、同行の友は「函館の街の明かりではないでしょうか」と答えた。
先生を乗せた車は、湖畔の外周道路へ。しばらくすると、雲の切れ間から、月が姿を現した。暗闇の中の輝きは、人工の光ではなく、満月であった。
湖面には月光が金波、銀波となってきらめき、揺れた。先生は湖畔を移動しながらシャッターを切り、フィルム数本分を撮影した。それは大宇宙が織りなした、"美の絵巻"であった。
この日から、先生は本格的に写真の撮影を開始。奮闘する友の励みになればと、折に触れてカメラを手にした。
各地を訪れ、自然の持つ"瞬間の美"を捉えた作品は、「自然との対話——池田大作写真展」に発展。40年にわたり、世界41カ国・地域、150以上の都市で行われている。
「池田会長のポエムは口で詠まれた詩であり、写真は眼で詠まれた詩です」とは、20世紀を代表する美術史家ルネ・ユイグ氏の言葉である。
北海道訪問から数日後、先生は大沼で撮影した月の写真を、男子部の代表のメンバーに贈り、その真情を語った。
「"日夜、戦っている学会員の皆様が、この月の光に照らされ、英知輝く人になってほしい。名月天子よ、我が友を見守ってくれ"との願いを込めて、シャッターを切りました」
一枚の写真は言葉の壁を越え、人間と人間の心をつなぐ。先生が折々に撮影した写真は、友の心に勇気の灯をともしている。

◇1973年6月 5日 福井の日
◇1973年6月 10日 群馬の日
◇1973年6月 17日 茨城の日
1973年は、学会が新たな飛翔を開始した年である。「広布第2章」がスタートし、「仏法を基調とした本格的な社会建設の時代」へ船出した。
池田先生が強調したことの一つが、地域に即した広布の運動の推進である。「各方面、また、各県、各区を、何があっても微動だにせぬ黄金柱にしなければならない」と、激励に駆けた。
年頭から5月にかけて東京各区で記念撮影を行った先生は、6月に各地を訪問。この時に福井、群馬、茨城の3県は「県の日」の淵源となる歴史を刻んだ。
先生は5日、武生市体育館(当時)で開催された「福井県幹部会」に出席。空襲や自然災害を、不撓不屈の精神で乗り越えてきた福井の歴史を通し、"愛する郷土の発展は皆の勇気にかかっている"と強調した。さらに、「これからは福井の時代です。『東京、何するものぞ!』という気概で存分にやってください」と呼び掛けた。
最後に、「武田節」を全員で合唱。先生の雄渾な指揮に、参加者の決意が燃え上がった。
10日には、「群馬・高原スポーツ大会」へ。当初、会場がなかなか決まらなかった。群馬の同志は懸命に祈り抜き、伊香保町(当時)のスケートセンターで、大会が開催されることになった。
先生はメンバーと記念のカメラに納まり、"幸福の実証者に""一人一人が一騎当千の精鋭たれ"などの励ましを。そして、共に卓球をし、陰の力に徹する役員らを見つけては、心からの感謝を述べた。
1週間後の17日は、水戸市で行われた「茨城県スポーツ祭」に出席。先生もワイシャツを腕まくりし、鉢巻きを締めて、競技に出場。真剣勝負そのものの姿に、場内は最高潮に沸いた。同志の輪の中に入り、生命を削るようにして一人一人の心に希望を送る師の振る舞いを、皆が胸に焼き付けた。
先生は席上、「求道」「団結」「行動」「人材育成」との四つの指針を送った。その意義は、ますます重みを増している。

◇1990年6月3日、4日 関西池田記念墓地公園 初訪問
兵庫・丹波市にある関西池田記念墓地公園。そのオープンは1990年6月のこと。美しい山並みと田園風景が広がる水と緑の天地に、待望の墓園が誕生し、関西中の同志に歓喜があふれた。
池田先生は3日、丹波へ向かった。"先生が通られる!"——墓園までの道々には、三色旗を振る同志の姿があった。
夕方に同園に到着した先生は、「素晴らしいね。おめでとう!」と祝福。記念植樹や歌碑の除幕式などに参加した後、園内を回り、亡くなられた同志やその家族に、懇ろに題目を送った。
翌4日、開園を記念するテープカットが行われ、墓園内の丹波平和講堂で勤行会が開催された。
厳粛に勤行・唱題し、先生は、「広宣流布にまい進する民衆こそ真の"長者"であり、妙法の同志がきたって安らかに休みゆくこの墓園は"王宮""長者の城"ともいうべき誉れの故郷である」とあいさつした。
この年の年末、第2次宗門事件が勃発する。「僧が上で信徒が下」という時代錯誤の権威主義の体質を露呈した宗門が、一方的に池田先生を「法華講総講頭」から罷免した。91年には「破門通告書」なる文書が送られ、創価学会は「魂の独立」を果たす。
92年10月22日、先生は再び関西池田記念墓地公園へ。丹波平和講堂で、「兵庫県総会」の意義をとどめた本部幹部会が開催された。
「学会・学会員を大切にする人こそ、正法を大切にする人である。正法を大切にする人は、今度は大聖人から大切にされる。御本尊から大切にされる。十方の諸仏から大切にされる。この一事を知れば、人生は盤石である。仏法の真髄の実践が、ここにある」との師の言葉に、兵庫の友は破邪顕正の前進を誓った。
豊かな自然に囲まれ、来園者への真心にあふれた同園は長年、地元の老人会や園児、小学生たちが見学に訪れる。丹波市観光協会も桜の名所として紹介するなど、地域の"憩いの場"としても親しまれている。

2022年6月11日土曜日

2022.06.11 わが友に贈る

「日蓮が一門は
師子の吼うるなり」
大確信の対話が
立正安国の大道を開く。
歴史に残る勝利劇を!
(新1620・全1190)

聖人御難事 P1190
『月月日日につより給へすこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし』

【通解】
月々日々に信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔がそのすきにつけこんで襲ってくるであろう。

【先生の指導から】
きょうという日は二度と来ない。大切な一日一日を、どこまでも強気で、「師子王の心」で、勝利することだ。
これまでがどうあれ、過去は過去である。現在から未来へ、いかにして前進と向上、成長と発展の道を開いていくか。そこから人間革命のドラマが始まる。
惰性の延長はご破算にして、たえず生き生きと新しく出発するのが、本因妙の仏法である。
日々、心新たに前進する学会活動は、仏法の法理にのっとって、幸福と勝利のリズムを奏でゆく行動なのである。

名字の言 対話の風を巻き起こす福岡の壮年部員 2022年6月11日
「風が吹かない日はあっても、この人から"対話の風"が吹かない日はない」と評判の壮年が福岡県の宗像市にいる。彼の胸には関西男子部時代の原点がある▼1984年9月、兵庫県で開催された第4回世界平和文化祭の組み体操に出演した。この年に入会したばかりだったが、体操経験を買われ、5段円塔の頂上で逆立ちする大役に。必死に練習し、父に弘教を実らせ、迎えた当日、見事な演技を披露した。池田先生が両手を振り、お辞儀をし、たたえてくれた。彼は涙して誓う。「何があろうと先生と共に生きよう」▼その後、福岡で建設業に就くも試練の連続。仕事中の事故で大けがをした。妻が病気で倒れた。そのたびに、いの一番に駆け付けてくれたのは地元の学会員。その励ましがあったからこそ、全てを乗り越えることができた。「一生涯、学会の素晴らしさを語り抜こう」と奮起した彼は、妻と一緒に対話を広げ、地域の大半を良き理解者に変えた▼御書に「ただ南無妙法蓮華経なるべし」(新1874・全1546)と。どこまでも師弟一筋、学会一筋に奮闘する友が今、ここかしこで輝いている▼潔い信心を貫く同志と共に前進すれば勇気が湧く。壁を破る拡大の大旋風を巻き起こそう。

寸鉄 2022年6月11日
「『道場』とは、十界の衆生の住所」御書。今いる場所が人間革命の本舞台(新1086・全781)
東京・板橋師弟の日。本陣に聳える人材の錦州城!民衆凱歌へ圧倒的拡大を
勇気がなければ幸福は得られない—哲人ルソー。踏み出す勇気、貫く勇気を共に
脳梗塞と熱中症の初期症状は類似と。水分不足は身体に負担大。小まめに
核兵器なき世界へ今夏が正念場に—識者。平和を望まぬ人なし。連帯強く

〈社説〉 2022・6・11 師弟の7月へ着実な一歩を!
◇明確な目標が前進を促す
"課題が見えた""修正して次に生かしたい"。華やかなプロスポーツの世界。試合後のインタビューで、選手からこんな言葉が語られるのをよく耳にする。その度に、選手の活躍を生む膨大な努力を思わずにはいられない。
自転車ロードレースの最高峰ツール・ド・フランス。2012年、この伝統の大会で、結成からわずか3年のチームが総合優勝者を出す快挙を成し遂げたことが話題となった。中でも注目されたのは「マージナル・ゲイン」と呼ばれるチームの標語だった。
意味は「小さな改善」。トレーニング方法の検証や練習施設の整備だけではない。専用の枕やユニホームを洗濯する洗剤選びまで、それらは全て、レースに勝利するという「大きなゴール」を構成する"小さな目標"だ。目の前にある小さな目標の達成の積み重ねが大きな前進を生んだ(マシュー・サイド著『失敗の科学』ディスカヴァー・トゥエンティワン)。
法華経が説く譬喩の一つに「化城宝処の譬え」がある。険しい悪路に疲れ、来た道を引き返そうとする隊商の人々がいた。指導者は彼らの前に幻の町を出現させる。そこで英気を養った人々は再び希望を抱き、目的地への旅を続けることができた。譬えは、方便を用いて衆生を仏の覚りへと導く様子を表したものだが、眼前に到達すべき目標が見えたことで、悪路を行く人々の気持ちが後押しされたとも言えよう。
私たちは時として、目の前の困難な現実に圧倒されそうになる。その際に必要なのは、不安や恐れの心に惑わされず、今なすべきことを明らかにし、目的地に向かって自ら行動を開始することだ。
かつて池田先生は「たとえ小さなことであっても、地味であっても、まったく構いません。『今、これをやり遂げてみせる』と誓いを立て、誠実に、粘り強く、果たし切っていくことです」と語られた。自身の現在地から着実な一歩を踏み出す大切さを、たびたび強調されている。
苦難と格闘し、困難に立ち向かった"挑戦の証し"である小さな一歩に、最大の賛辞と励ましを送りたい。その挑戦は、必ずや自身の歴史となり、さらには周囲の人々に勇気を与える波動となろう。
師弟の月・7月は目前。決められた決勝点へ、同志と共に着実な歩みを進めていきたい。

☆御書根本の大道 池田大作先生の講義に学ぶ 第12回 まことの信心
◇兄弟抄
『各々随分に法華経を信ぜられつるゆえに、過去の重罪をせめいだし給いて候。たとえば、鉄をよくよくきたえばきずのあらわるるがごとし。石はやけばはいとなる。金はやけば真金となる。この度こそまことの御信用はあらわれて、法華経の十羅刹も守護せさせ給うべきにて候らめ。』(新1474・全1083)

◇勇気の指標
正しい実践があるからこそ、難が起こるのです。重要なのは、「賢者はよろこび愚者は退く」(全1091・新1488)と仰せの如く、難や障魔が現れた時に、勇んで「挑む」のか、それとも怯んで「逃げる」のか。いざという時の信心の姿勢です。
信心をしていく中では、時として「なぜ」「どうして」というような出来事が起こることがあります。しかし、凡夫の眼だけでは分からないことも、仏法の眼で見るなら、生命の次元から真実を知見することができます。この境地から見れば、さまざまな難には、必ず深い意味があるのです。
◆◇◆
苦難の時にこそ「まことの御信用」を表し、「本物の弟子」としての真価を発揮できると教えられています。
焦点は、一人一人が「まこと」の信心に立つことです。その時、必ず諸天善神が働きます。諸天が励んでいけば、宿命との戦いが打開できないわけがありません。
◆◇◆
私たちが信心に励み、学会活動に挑む中で直面する苦難には、全て意味があります。すなわち、広布のために戦い抜いた人は、わが生命を金剛の宝剣の如く、未来永劫に光り輝かせていくことができるのです。

◇"本物の弟子"の真価を 太田英雄 関東青年部長
「今こそ、まことの時!」——関東青年部は今、総立ちとなっています。仕事での逆境や病気など、宿命と戦う友も、"信心で必ず勝利のドラマを"と立ち向かっています。
正しい信仰に励めば、障魔が競い起こる。その時に、"今こそ"と強盛な信心で戦い抜けば、真金のように強靱な生命を築くことができる——試練に直面する池上兄弟たちへ送られた一節を拝し、「まことの信心」を命に刻んでいきたいと思います。

◇絶対、大丈夫!
先生は、『人間革命の宗教』の中で、この御文を講義され、「焦点は、一人一人が『まこと』の信心に立つことです。その時、必ず諸天善神が働きます。諸天が励んでいけば、宿命との戦いが打開できないわけがありません」と教えてくださっています。
総埼玉男子部長だった6年前の3月、妊娠8カ月を過ぎた妻が緊急入院。急きょ、帝王切開で出産しました。結婚5年目にしてようやく授かった命でした。生まれてきた男の子は約1300グラム。手のひらの上に乗るくらいの大きさでした。
さらにその直後、今度は妻が合併症で、命の危機に陥ったのです。
息子は新生児集中治療室(NICU)、妻は集中治療室(ICU)で必死に闘っている。何もできない無力感に押しつぶされそうになりながらも、"祈るしかない"と必死に唱題しました。この時、多くの同志の皆さんが励まし、題目を送ってくださいました。
「絶対に大丈夫!」
「使命があるんだから!」
「私も祈るよ!」
この時ほど、創価家族のありがたさを感じたことはありません。
師匠と同志の励ましを胸に、無我夢中で祈り、限界を破る正義の対話拡大に徹し抜きました。そして3日目に妻の容態が安定したのです。
幸いにも息子は元気に育ってくれ、今春、東京創価小学校に入学することができました。長女も誕生して子宝にも恵まれ、感謝してもしきれません。
この体験を通して、"信心とは「確信」なんだ"ということを命に刻ませていただきました。
妻と息子が大変だった時、同志の皆さんは、口々に「絶対、大丈夫」と言われるのです。"そうだ。大丈夫かな、治るかな、という弱々しい祈りではない。絶対に治してみせる、勝ってみせるとの大確信の祈りだ"——そう腹を決めることができました。
最高の仏法を持っている以上、勝つことは間違いない。焦点は、こちらが「まことの信心」に立てるかどうか——池田先生と同志から教えていただいた学会魂です。

◇"今こそ"と挑み続ける
先生はさらに、「大難は、全部、わが生命を鍛え、永遠の幸福境涯を築くために不可欠の軌道となっているのです」と講義されています。
コロナ禍が世界を覆った2年前、実家・兵庫の母が急逝。父もがんとの闘病が続いていました。悲しみに襲われ、動揺しましたが、多くの同志に励ましていただき、前を向くことができました。以来、積み重ねてきた題目は750万遍に達しました。
「まことの信心」とは何か——祈り、戦う一日一日を通して、深めてくることができたと感じています。それは、どんな困難があったとしても、常に"今こそ、今こそ"と、師匠と共に広布に挑み続ける生命自体のことではないでしょうか。
私自身、こうした題目への挑戦や体験を、メンバーと共有しながら、共に誓いを新たにする日々です。
"今日も、このように戦うぞ"という決意、"今、こういう目標に向かって、このように挑戦している"という実践を、ありのままに語り合っていきたい。広宣流布という大願に生きる歓喜を、堂々と語り広げていきたいと思います。
池田先生はかつて、関東男子部に、「広宣流布は人に頼まれてするのではなく、地涌の菩薩としての自身の自覚から、また、この世に生まれてきた自分の使命として、やむにやまれぬ久遠の生命の発動として遂行するもの」と呼び掛けてくださいました。
今こそ、我らが誓い生まれてきた地涌の使命に、雄々しく立ち上がる時。関東青年部の一人一人が「まことの信心」を奮い起こし、立正安国の大連帯を勝ち広げていきます!

◇メモ
「兄弟抄」は、池上兄弟と、その夫人たちに団結して困難を乗り越えゆくように激励された長文のお手紙。当時、池上宗仲・宗長兄弟の父は、真言律宗の僧・極楽寺良観の熱心な信者であり、兄弟の信仰に反対し、兄・宗仲を勘当した。当時の勘当は、家督相続権を失い、社会的に抹殺されることにも等しいものであった。

2022年6月10日金曜日

2022.06.10 わが友に贈る

平和の文化を広げゆく
創価の女性に最敬礼!
皆様ありて広布あり。
さあ今日も元気に
友情の花を爛漫と!

内房女房御返事 P1424
『大王此の声を聞食し色は日輪の如し膚は月の如し力は那羅延の如し謀は梵王の如し』

【通解】
大王はこの声を聞かれて、色つやは日輪のように輝き、膚は月のように鮮やかに、力は那羅延のように強く、謀は梵天王のように豊かになったのです。

名字の言 母の顔を思い浮かべれば…… 2022年6月10日
思春期を迎えた息子の気ままな言動に悩む夫妻が、ある壮年部員に相談した。一家をよく知る壮年は、答えに窮した▼考えた揚げ句、壮年は言った。「わが家では子どもにこう教えています。『物事の判断に悩んだときは、それを実行したら、お母さんがどんな顔をするのかを想像しなさい』と」。心の中の母親が"笑顔"なら果敢に挑戦しよう。失敗しても、それは敗北ではない。逆に"悲しい顔"なら、目先の損得などに惑わされず、絶対にやらない、との趣旨だった。この話を伝え聞いた息子は、その後、態度が改善したという▼「母を思う」——この心のある人は、人生を正しい軌道で歩んでいけるだろう。それだけでなく、他者との接し方も変化するはずだ。例えば、誰かの誤りを正すにしても"この人にも大切な母がある"と思えば、感情的に責めるのではなく、真に蘇生を願う慈しみの言動で対応できるのではないか▼池田先生は「『母を悲しませない心』『母に喜んでもらう心』——それこそが、平和を創る出発点である」と語る。人は皆、母から生まれる。人としての感謝、幸福の出発点にもまた、「母」の存在があろう▼わが母はもちろん、心美しき慈母たちを深く尊敬し、報恩を尽くしたい。

寸鉄 2022年6月10日
白馬のなくは我らが南無妙法蓮華経のこえ—御書 張りのある朝の祈りから(新1447・全1065)
群馬の日。試練の時ほど輝く敢闘精神。民衆の底力は無限!団結で壁破れ
対面の会話は電話等より脳を一段と活性化—医師 人生彩る対話へ朗らかに
多忙な現代、音声媒体が活況と。本紙電子版も"記事の読み上げ"など充実
SNSのトラブル、20代が最多。儲け話の相談多数と。旨い話には罠あり

☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 全国を駆ける 2022年6月2日
◇君よ舞え! 私も舞う!
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を掲載します。今回は地域の繁栄と幸福を願い贈った、各方面への指針を紹介します。(引用元の『全集』は、『池田大作全集』です)

【東京】 立正安国の"本陣"と
大聖人は、ここ東京の天地で、御生涯の総仕上げをされた。(中略)
大聖人の御一代の弘法は、「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」と言われる。妙法を掲げ、平和と安穏の社会を築きあげていくのが、私たちの戦いである。
東京は、永遠に「広宣流布の本陣」である。本陣として、「立正安国」の大闘争を勝ち抜かねばならない使命と宿命がある。責任があり、名誉がある。
(『全集』第97巻、172ページ)

【東海道】 「正義」の大道を共に
会長を辞任後、真っ先に向かったのも、東海道である。静岡であり、そして神奈川である。(中略)
輝く大海原が見える神奈川文化会館で、私は「正義」と、一気呵成に筆を走らせた。
そして「われ一人正義の旗持つ也」と記したのである。
「正」の文字は「一」を「止める」と書く。
「義」の文字は「我」を「美しく」と解く。
「正義」の師弟——この一筋の大道ほど、人間として心定まり、心美しき道はない。
(『全集』第138巻、241ページ)

【関東】 「敢えて」の一歩を!
「敢闘」とは、「敢えて闘う」と書く。「敢えて」挑戦するのだ。「敢えて」一歩を踏み出すのだ。そこに、豁然として、大平野の如く自分の境涯が広がっていくことを忘れまい。
三世の生命を、勝利と栄光で飾りゆく、わが大関東の同志たちよ、さらに愉快に、一歩前進して、大いなる完勝の歌を、栄光の歌を、歌いゆこうではないか!
(『全集』第134巻、352ページ)

【関西】 常勝ありて広布あり
伸一は、「関西の歌」に、「常勝の空」という題名をつけた。祈りを託して。
——"常勝の空"は、晴れやかである。そこには、苦悩の暗雲を突き抜けた、大歓喜の光彩が満ちあふれている。勝つのだ! 断じて勝ち続けるのだ! 常勝ありてこそ、崩れざる自他共の幸福があるからだ。常勝ありてこそ、広宣流布があるからだ。
(小説『新・人間革命』第28巻「広宣譜」の章、65ページ)

【北海道】 難攻不落の「三代城」
北海道の皆さまは、どんな時にも、希望のVサインを掲げながら、「北海道さえあれば、学会は永遠なり」という難攻不落の「三代城」(初代・二代・三代の会長ゆかりの人材の城の意)を築いていただきたい。
「三代城」は北海道しかない。この誇りで進んでいただきたい。
(『全集』第84巻、462ページ)

【東北】 師子が"人材"の要件
人材の根本の要件は、世法上の地位でも、肩書でも財力でもない。どこまでも、信心強盛であることだ。広宣流布への誓願を貫くことだ。
「人材の牙城・東北」は、広宣流布に生き抜く師子として立ち上がった。
(『全集』第132巻、183ページ)

【中部】 堅固な巌が波浪砕く
難があるたびに、障害にあうごとに、われらの異体同心の信心は、いよいよ堅固な巌となって、いかなる波浪をも打ち砕いていく。
何があろうと、微塵も揺るがない。恐れない。負けない。断じて前へ前へ進む。この不屈の闘魂で、勝利の歴史を、一歩また一歩と築き上げてきたのが、わが堅塁・中部の陣列である。
(『全集』第88巻、94ページ)

【北陸】 誓願に歓喜の生命が
広宣流布の大誓願に生きる時に、歓喜あふれる地涌の菩薩の大生命がみなぎる。
何ものをも恐れず、いかなる困難も乗り越えていける、無限の勇気と智慧と力が脈動します。
大誓願に生きることが、最も人生を輝かせていける道なんです。
北陸は、"広布の誓願"に生き抜かれた戸田先生の、ご生誕の地です。どうか、恩師の、その精神を受け継ぐ闘将の皆さんであってください。
(小説『新・人間革命』第28巻「大道」の章、221ページ)

【信越】 輝く「人間革命」物語
庶民の苦闘と栄光の「人間革命」物語は、わが信越のあの町、この村に光り輝いている。(中略)
仏国土といっても、自分が存在する場所を離れて、どこか遠いところ、別世界にあるのではない。わが地域こそ、仏法証明の大地であり、わが「生命の鏡」である。ゆえに、地域の発展は、わが生命の成長であり、わが生命の栄冠なのである。
(『全集』第135巻、359ページ)

【中国】 「人を離れて事無し」
牧口先生は、「人を離れて事無し」(人間を離れて、何事もありえない)という吉田松陰の言葉をよく引かれた。"社会の各方面の行き詰まりの根源はどこにあるか?——それはことごとく人材の欠乏にある"と喝破しておられたのである。(中略)
何よりもまず「新しい人材」を登場させよ!
こう牧口先生はうながされた。まさに道理である。
「新しき人材」よ出でよ——「人材の中国」の青年部こそ、牧口先生のこの期待に、鋭敏に応えていただきたい。
(『全集』第85巻、409ページ)

【四国】 弟子が果たす師の志
四国は「志国」「志の国」であるとは、ある詩人の結論であった。(中略)
牧口先生の勝利は、戸田先生の勝利で決まった。そして、恩師戸田先生の永遠の勝利は、私の戦いで決まることを、私は骨の髄まで知っている。
私は、この五十年(当時)、牧口・戸田両先生の「志」を、ことごとく実現してきた。
皆様ご存じの通り、行くところ行くところで、勝って、勝って、勝ち抜いてきた。
(『全集』第135巻、177ページ)

【九州】 壁を破る先駆の誉れ
「創価完勝の決定打は我等の手で!」。この気宇壮大な責任感こそ九州魂である。(中略)
「先駆」とは、"人に先んじる"だけではない。いざ新たな戦いを起こそうとした時、誰でも最初に突き当たるのは、自分自身の心の壁である。「難しい」「苦手だ」「できない」——そうした自身の壁に、勇気を奮ってぶつかることだ。
(『全集』第135巻、93ページ)

【沖縄】 勇戦こそ勝利の源泉
勇んで戦いを起こし、使命に生き抜く人には、大歓喜がみなぎる。生命の躍動がある。それこそが、人間革命の原動力なのだ。創価の完勝の源泉なのだ。
わが沖縄の英雄の君よ、青春に輝く君たちよ!
君よ舞え! 私も舞う!
君よ戦え! 私も戦う!
(『全集』第135巻、331ページ)

2022年6月9日木曜日

2022.06.09 わが友に贈る

「その国の仏法は貴辺に
まかせたてまつり候ぞ」
近隣を大事にしよう!
わが愛する地域に
希望の楽土の構築を!
(新1953・全1467)

神国王御書 P1524
『国主は理を親とし非を敵とすべき人にてをはすべきかいかがしたりけん諸人の讒言ををさめて一人の余をすて給う』

【通解】
国主というのは道理を親とし非道を敵とする人であるべきなのに、どうしたことか人々の讒言を受け入れて、ただ一人の日蓮を斥けられた。

名字の言 原爆の脅威を伝える"無言の語り部" 2022年6月9日
崩れた土間、砕けた瓦……。広島の「被爆遺構展示館」は、60〜90センチほど掘り下げた地中で発見された道路や住居跡を露出展示している▼戦後、壊滅した街には盛り土がされ、公園が整備された。近年の発掘調査で住居跡を発見。市民の要望を受け、保存することに。現在を生きる人々の願いによって、過去の"がれき"は、原爆の脅威を未来に伝える"無言の語り部"となった▼広島の女性部員は15歳の時、爆心地から約3キロで被爆し、地獄の光景を見た。後年、子どもが生まれても詳細は語らなかった。90歳になり、「被爆体験を聞きたい」との青年部の要望に初めて重い口を開いた。その勇気の声は証言集『75——未来へつなぐヒロシマの心』に収録。翌年、彼女は霊山へ旅立った。過去の忌まわしい記憶は平和の熱願となり、未来へ受け継がれる▼池田先生は本年の「SGIの日」記念提言で、日本で行われる来年のG7サミット(主要7カ国首脳会議)の時期に合わせ、「核兵器の役割低減に関する首脳級会合」の広島での実施を提案。折しも先月、同サミットの広島開催が決定した▼過去を悲劇だけで終わらせない。被爆者の心を継ぎ、不戦の未来を創る。その使命を果たす責任が私たちにはある。

寸鉄 2022年6月9日
激動の時代は足元を固めた人が勝者—戸田先生。全幹部が地区の最前線へ
男女学生部が結成の月を躍進。新時代開く旗手。勇み立正安国の言論戦を
「各もおずることなかれ」御書。信心は勇気の異名。堂々と創価の正義を語れ(新1939・全1455)
生活習慣の改善で寿命が長く—研究。賢き食事・睡眠等意識。多忙な時ほど
公明が豪雨被災地の声を国政に届けた—名誉教授議員網で政策実現を更に

☆御書と未来へ 第20回 仏法は最高の人間尊敬の思想
〈御文〉
『妙法蓮華経より外に宝塔なきなり。法華経の題目、宝塔なり。宝塔また南無妙法蓮華経なり。』〈阿仏房御書(宝塔御書)、新1732・全1304〉

〈通解〉
妙法蓮華経よりほかに宝塔はない。法華経の題目は宝塔であり、宝塔はまた南無妙法蓮華経である。

〈池田先生が贈る指針〉
佐渡流罪から満600年に、牧口先生は有縁の新潟に誕生され、御本仏の仰せのままに死身弘法された。先生が朱線を引き大事にされたのが、この御書だ。
創立の師父の勇気を胸に、我らも一対一の人間尊敬の対話を貫こう! 自他共の生命を最極の宝塔と林立させ、現実の社会に立正安国の宝処を築き広げるために。

☆6月度座談会拝読御書 四条金吾殿御返事(法華経兵法の事)
◇御文
『なにの兵法よりも法華経の兵法をもちい給うべし。「諸余の怨敵は、みな摧滅す」の金言むなしかるべからず。兵法・剣形の大事もこの妙法より出でたり。ふかく信心をとり給え。あえて臆病にては叶うべからず候。』(御書新版1623ページ9行目〜11行目、御書全集1192ページ15行目〜1193ページ2行目)

◇[池田先生の指針から]師匠と共に戦う弟子へ
広宣流布の師匠と心を合わせて、法華経の兵法で戦えば必ず勝てる! 勇気ある信心を貫けば、必ず正義を宣揚できる! 異体を同心とする善の団結を築けば、いかなる悪をも打ち破れる!
これが「絶対勝利の信心」の極意です。(中略)
全世界の皆さんが、和楽の道、幸福の道、栄光の道、健康の道、長寿の道、勝利の道を力強く歩んでいくことが、創価の三代の師弟の根本の誓願です。
創価学会は、永遠に師弟不二で絶対勝利の信心を貫き、凱歌の歴史を刻んでいくのです。(『創価学会 永遠の五指針』)
◇ ◇ ◇
どこまでも「師弟不二の心」で、「師弟一体の祈り」を貫き通していくことこそ、いかなる苦難や困難をも勝ち越えゆくための信心の要諦なのです。また、ここに「法華経の兵法」の肝要があります。
反対に、師弟の祈りが一致しなければ、真の力は出せません。(中略)
最初は"自分のための祈り"だったものが、そのまま"師と同じ誓願の祈り"へと発展していく。それは「師匠に守られる弟子」から、「師匠と共に戦う弟子」への一大転換劇ともいえるでしょう。
これは、「超越的絶対者に救済を求める宗教」とは異なります。「万人が民衆救済の慈悲(慈しみと同苦の仏の生命)の行動者」になるというのが、仏教の根幹の原理なのです。
「師弟」とは、目覚めた民衆の陣列を築く、師匠の「精神」と「行動」を共戦の弟子が継承していくことなのです。(『調和と希望の仏法——「人間の宗教」の時代へ』)

◇大確信の題目が障魔を打ち破る
[キーワード�]師弟一体の祈り
苦難や宿命の壁にぶつかった時、ともすれば、厳しい環境や状況を前に、打つ手なく立ちすくんでしまうことがあります。目の前の課題を解決しようと、小手先の"策"に走って、結局は右往左往してしまうこともあるでしょう。
"師匠がいるじゃないか!""信心があるじゃないか!"——。学会員一人一人は、困難に立ち向かう途上で、たとえどんなに打ちのめされたとしても、師との誓い、信心の原点に立ち返り、何度でも立ち上がってきました。
そしてわが心を奮い立たせ、「法華経の兵法」で人生の艱難辛苦を勝ち越えてきたのです。
「法華経の兵法」とは、"必ずかなう"との、大確信の祈りといえます。わが生命に湧き上がる無限の力で、不信の心を破る、絶対勝利の信心のことです。
拝読御文の直前には、「ただ、心こそが大切なのである。どれほど日蓮があなたのことを祈ったとしても、あなた自身が不信であるならば、濡れた火口に火を付けるようなものである」(新1623・全1192、通解)と仰せです。
門下の勝利を祈り待ってくださる、大聖人の大慈悲のお心を拝すことができます。そして、"師と同じ祈り、同じ心で立ち上がれ!"との師子吼が胸に迫ります。
あらゆる障魔を打ち破る「法華経の兵法」は、大聖人と同じ心、つまり「広宣流布の大願」に立った時に、わが身に脈打ちます。その心で御本尊に向かう"師弟一体の祈り"こそが、"最強の兵法"となるのです。

[キーワード�]勇気の信心貫く
日蓮大聖人が、"生きて帰ることは望めない"とされる佐渡流罪から御帰還された後、四条金吾は歓喜の決意に燃えて、主君である江間氏を折伏します。
しかし、江間氏は大聖人に敵対する極楽寺良観の信奉者でした。当時の状況を考えると、金吾の実践がどれほど勇気のいることであったのかは、計り知れません。
金吾は主君から法華経の信仰を捨てるように迫られ、同僚からも迫害を受けるようになります。
それでも金吾は、決して屈することなく、大聖人の御指導通りの実践を、勇敢に貫いたのです。
その後、江間氏からの信頼を回復し、新たな領地を受けるまでになった金吾を、嫉妬に狂う敵が襲撃します。
命の危機を乗り切った金吾に送られたのが本抄です。
大聖人は、法華経薬王品の「諸余の怨敵は、みな摧滅す」との文を引用し、一切の魔を粉砕する、妙法の偉大な力を示されます。
"どこまでも勇気ある強盛な信心で、邪悪な勢力の襲撃を防ぐのだ"との仰せです。
広宣流布は、仏と魔との闘争です。心に隙があれば魔が付け入ってきます。勢いよく前進している時こそ、より一層深く祈り、油断を排していくことが肝要となります。
その上で、あらゆる大難を悠然と勝ち越えられた大聖人は、「臆病であっては、何事も叶わない」と仰せです。
何ものをも恐れない、勇気ある信心を貫いていくならば、必ず勝利の実証を示すことができるのです。

2022.06.08 わが友に贈る

副役職の友こそ
地区の発展の要だ!
人知れぬ陰の労苦に
無量の福徳は燦然と。
皆が誉れの使命の道を!

月水御書 P1203
『御経をばよませ給はずして暗に南無妙法蓮華経と唱えさせ給い候へ、礼拝をも経にむかはせ給はずして拝せさせ給うべし』

【通解】
経をよまれずに、暗でただ南無妙法蓮華経と唱えておいでなさい。礼拝も経に向かわずに拝むようになさるがよい。

名字の言 懐かしい土地に咲いていた名も知らぬ花 2022年6月8日
旧友と再会するため、車で故郷へ。記憶を頼りに懐かしい土地を走っていると、かつての町並みは寂しい景色に一変。人の往来もなくなり、ついに道は行き止まりとなった。やれやれと車を降りると、道端に名も知らない花が咲いていた▼腰を下ろして見るほどの小さい花だった。しかしその姿は"誰が見ようが見まいが、私はここで精いっぱいに咲く!"と言わんばかりの生気にあふれていた▼花の美しさに勝劣はない。人が比べるだけ。生きて、咲いていることで幸福なのだ。他のものと比べて感じる幸不幸は環境や条件で変化する。そんな「相対的幸福」ではなく、自身の使命に生き切る「絶対的幸福」を仏法は教える▼池田先生は「幸福は自分自身をどう確立するか、という問題である」と語り、それに不可欠な条件を要約して6項目挙げた。�日々の充実�深き哲学をもつ�信念をもつ�朗らかに生きる�勇気�包容力。そして「これらのすべての条件も、結局は『信心』の二字に収まっている。信心に生き抜く人生こそが『最高に幸福な人生』なのである」と結論した▼花も街も人も、一つとして生々流転から逃れられるものはない。その中で、「絶対」と言える幸福観をもって生きられる人生に感謝したい。

寸鉄 2022年6月8日
「百千万年くらき所にも灯を入れぬればあかく」御書。妙法は希望の哲理(新2100・全1403)
「師弟とは弟子の自覚の問題」戸田先生。青年が一切の責任担い勝利開け
忍耐だ!そうすれば良くなっていく—文豪ゲーテ。幹部は根気強く励ましの声を
大雨の季節。浸水リスクある場所に住む人177万人増と。防災地図を再確認
プラごみ対策怠れば約40年後に3倍—OECD調査。国境なき課題。青き地球、皆で

☆君も立て——若き日の挑戦に学ぶ 第17回「大阪事件〈上〉」 "正しい仏法"が、必ず勝つ!
【「若き日の日記」1957年(昭和32年)7月17日から】
学会は強い。
学会は正しい。
学会こそ、美しき団体哉。

◇「大丈夫だよ」
「忘れまじ 七月三日の この文字は 師弟不敗の 記なるかな」
「七月の 十七日を 原点と 魂燃えなむ 君達いとしき」
「7・3」「7・17」に寄せて、池田先生がかつて詠んだ和歌だ。本年は、不屈の「負けじ魂」が燃え上がった「大阪大会」から65年である。
1957年(昭和32年)7月3日、北海道で夕張炭労事件による学会への弾圧を打ち破った先生は、千歳空港(当時)から羽田経由で大阪に入った。
関西の同志は先生に懇願した。「府警なんかに、行かんといてください。行かはったら、帰れんようになるに決まってます」
その不安とは対照的に、先生は毅然と語った。「大丈夫だよ。ぼくは、何も悪いことなんかしていないじゃないか。心配ないよ」
4月に行われた参議院大阪地方区の補欠選挙で、選挙違反を指示したという事実無根の容疑だった。背後には、民衆勢力として台頭する学会を陥れようとの権力の策謀があった。
先生は、午後7時過ぎに逮捕された。12年前の7月3日、軍部政府の弾圧と戦い抜いた戸田先生が出獄したのと、奇しくも同じ日、同じ時間だった。
6日、護送の車に乗る先生を見た友がいる。周囲から厳しい視線が注がれる中、先生はとっさに応じた。「明日、教学試験だね。しっかり頑張るように皆に伝えてください」
翌7日は、全国で任用試験の開催が予定されており、同志たちは教学の研さんを重ねていた。困難な中でも、最前線の友のことが、先生の頭から離れることはなかった。
旧関西本部には、戸田先生から頻繁に電話がかかってきた。10分おきに連絡が入ったこともあった。ある時、電話の応対をした壮年は、受話器を持ったまま、肩を震わせた。
剛毅な戸田先生が涙声で、「代われるものなら、わしが代わってやりたい。あそこ(牢獄)は入った者でないと分からないんだ」と語ったからである。愛弟子を思う恩師の深き慈愛に、壮年は師弟の精神を心に刻んだ。

◇負けてたまるか
逮捕されてから6日目の1957年(昭和32年)7月8日、先生は大阪拘置所に移監。検事は2人がかりで、夕食も取らせず、深夜まで取り調べを続けた。
翌9日、先生は取り調べの途中、手錠をかけられたまま、大阪地検の本館と別館を往復させられた。
手錠姿で屋外を連行される姿を見掛けた同志は、張り裂けんばかりの怒りをこらえるのに必死だった。
先生が手錠をはめられたまま、衆目にさらされたという話はすぐに、戸田先生に伝わった。恩師は激怒した。
「直ちに手錠を外させろ」
「学会をつぶすことが狙いなら、この戸田を逮捕しろと、検事に伝えてくれ。かわいい弟子が捕まって、牢獄に入れられているのを、黙って見過ごすことなど、断じてできぬ。戸田は、逃げも隠れもせんぞ!」
いかなる仕打ちにも決して動じない池田先生に、検事は業を煮やし、罪を認めなければ学会本部を手入れし、戸田会長を逮捕する、と恫喝した。10日、担当の弁護士は、恩師が逮捕されることを避けるため、検事の言う通りに供述するように告げた。
この日、先生は眠れぬ夜を過ごした。獄中でただ一人、煩悶を続けた先生は、恩師の身を案じ、法廷で無実を証明することを決断した。
翌11日、先生は容疑を全て認め、供述することを主任検事に伝えた。真実を偽らざるを得ない悲哀は、食欲を奪った。
一方、旧関西本部では、取り調べを受けた関係者らが、でっち上げの調書に協力したこと、そのことが原因で池田先生が逮捕されてしまったことなどを、関西の幹部に伝えた。先生が学会を護るため、検察側の思惑通りの供述を始めた日に、検事たちの捏造の全貌が浮かび上がり始めたのである。
12日、東京・蔵前の国技館で「東京大会」が開催された。戸田先生の一般講義が予定されていた日だったが、急きょ、「大阪事件」の抗議集会が行われた。
雨の中、東京だけではなく、埼玉や神奈川、千葉からも友が集った。場内2万人、場外にも2万人、計4万人の共戦の同志が駆け付けた。
席上、戸田先生は質問会を行った。今後の対策について尋ねる友に、恩師は烈々と語った。「今、既にいろいろな面から戦いを始めています。おめおめ負けてたまるものか!」
「東京大会」の終了後、戸田先生は大阪へと出発した。そして、大阪地検に向かい、検事正に面会を求めた。
地検の階段を上がる時には、同行の友が恩師の体を支えた。それほど、戸田先生の体は衰弱していた。にもかかわらず、恩師は検事正に会うや、「なぜ、無実の弟子を、いつまでも牢獄に閉じ込めておくのか! 私の逮捕が狙いなら、今すぐ、私を逮捕しなさい」と猛然と抗議したのである。
師匠は弟子を守るために、自らの命を懸けた。弟子は師匠の身を案じ、自らの身命を賭して、獄中で戦い抜いた。
池田先生が釈放される17日の早朝、東京から音楽隊のメンバーが夜行列車で駆け付けた。夏の太陽が照りつける中、彼らは大阪地検の近くで、怒りの演奏を開始した。すでに、地検の周辺には、先生の釈放を今か今かと待つ多くの同志が、集まっていた。

◇関西に轟く万歳
7月17日正午過ぎ、大阪拘置所の鉄扉が開いた。開襟シャツ姿の池田先生は、意気軒高にあいさつした。
「ありがとう。ご心配をおかけしました。私はこのように元気です!」
出迎えの人垣に、「万歳!」の歓声が轟いた。
釈放された後、池田先生は戸田先生を迎えるため、伊丹空港へと向かった。再会を果たすと、恩師は、裁判が勝負であり、裁判長が必ず分かってくれるとの確信を述べた。
旧関西本部に到着し、戸田先生は弟子たちに、かき氷を振る舞った。池田先生は「体は芯まで疲れ果てていた。そんな私に、恩師・戸田城聖先生は、かき氷を振る舞ってくださったのである。涼味とともに、師の真心が生命に沁みわたった」と述懐している。
午後6時、「大阪大会」が開会した。会場は、大阪地検のある建物と川を挟んで対岸に立つ、中之島の大阪市中央公会堂である。場内は義憤に燃えた同志で埋まり、場外にも1万数千人があふれた。
開会後、激しい豪雨が地面を叩きつけた。稲妻が黒雲を引き裂き、大阪地検のある建物の方向に閃光が走った。場外のスピーカーから流れる声は、雨の音にかき消された。場外の同志はずぶ濡れになりながら、必死に耳を傾けた。
池田先生が登壇すると、戸田先生はイスから立ち上がり、演壇のコップに水を注いだ。場内は大きな拍手に包まれた。
池田先生は御書の「大悪おこれば大善きたる」(新2145・全1300)を拝し、"私もさらに、強盛な信心を奮い起こし、皆様と共に、広宣流布に邁進する決心であります"と師子吼。そして、烈々と呼び掛けた。
"最後は、信心しきったものが、御本尊様を受持しきったものが、また、正しい仏法が、必ず勝つという信念でやろうではありませんか!"
「大阪大会」の終了後、先生は公会堂の窓を開けた。場外の同志を励ますためである。先生は身を乗り出して、大きく手を振った。
その後、音楽隊が会場前で学会歌の演奏を始めた。公会堂を出た先生は、扇子を手に何度も指揮を執った。さらに、同志の輪の中に入ると、「今度は勝とうな!」と繰り返した。
池田先生と同志との、魂と魂の結合が輝いた「大阪大会」。
場外で参加した女性は、"負けて泣くより、勝って泣こう"と決めた。兵庫から駆け付けた友は、隣にいた同志と手を取り合い、"絶対に頑張りましょう"と誓い合った。
先生は万感の思いを述べている。
「大阪大会には、全関西から、また首都圏から、大中部から、さらには中国、四国から、そして遠く九州からも、勇んで同志が駆けつけてくださった。私の胸から、その同志の熱意は、今もって、いな一生涯、消えることはない」
「たとえ大阪に来られなくとも、全国津々浦々で、私の無事を祈り、堂々と正義を叫んで立ち上がってくださった同志たちよ! 私はその真心を、真剣な行動を、一生涯、忘れない」

2022.06.07 わが友に贈る

「ほめられぬれば我が身の
損ずるをもかえりみず」
友の「一」の前進には
皆で「十」の称賛を!
同志の絆が壁を破る力!
(新1791・全1360)

四条金吾殿御返事 P1186
『貴辺も又かくのごとく敵はねらふらめども法華経の御信心強盛なれば大難もかねて消え候か、是につけても能く能く御信心あるべし』

【通解】
あなたもまた、この故事のように、敵は狙っているのだろうが、法華経の信心が強盛であるので、大難も、事の起こる前に消えたのであろうか。これにつけても、よくよく信心に励んでいきなさい。

名字の言 率直に真実を語る大切さ 2022年6月7日
仏教説話の「蓮の花 前生物語」は豪商の息子の一人として生まれたボーディサッタ(過去世の釈尊)の物語である▼豪商の息子たちがある日、蓮の花が咲く池で、見張り番をする男から蓮を手に入れようとする。理由は不明だが、男は鼻を切られていた。1人目が"毛髪や髭と同じように、あなたの鼻も伸びるでしょう"と言うと、男は怒ってしまう。2人目は、男の鼻が伸びるよう願っていることを伝えるが、蓮は譲ってもらえなかった▼ボーディサッタは"彼らが言っても言わなくても、鼻は伸びない"と率直に語る。すると、男は「あの二人は嘘をついた。おまえは本当のことを述べた」と言って、蓮の花束を与えた(中村元監修・補注、前田専学訳『ジャータカ全集3』春秋社)。物語は、率直に真実を語ることの大切さを教えている▼米モアハウス大学キング国際チャペルのカーター所長は、池田先生と初めて対談した折、先生の気取らない、率直な人格に魅了された。「率直」は、先生が世界の識者と語り合う際に信条としたことの一つである▼言葉を飾ることが、相手を尊重するとは限らない。誠実な中にも、勇気をもって真実と信念を堂々と語る。そこに信頼は広がる。仏法に脈打つ対話の精神である。

寸鉄 2022年6月7日
青年よ大理想に生きよ!炎となり進め—戸田先生 若き熱と力が時代動かす
高等部結成記念日。学び鍛えた分、舞台は開ける。生命の世紀建設の主役に
「強敵が人をばよくなしけるなり」御書。挑戦は全て成長の糧に。怯まず(新1236・全917)
屋根や床下に不要な工事行う詐欺に注意。「無料点検」謳う急な訪問に警戒
日本のSDGs達成度が低迷と。社会課題を"わが事"に。積み重ねで変革

☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第20回 21世紀は女性の世紀 �第一の戦友〈下〉
◇学園生への万感の期待
「先日、81歳になる一人の老婦人をお見舞いする機会がありました。そして、その年老いた母親の言葉を、私は感銘深く聞きました」
1976年7月14日、創価中学・高校で行われた「栄光祭」。あいさつに立った創立者の池田大作先生は、ある老婦人の人生に触れた。
老婦人は貧しく、親類や近所からも蔑まれることがあった。だが、病床で「私は勝った」と語り、こう述べた。
「どんな中傷、批判を受けてもいい。男性として社会に貢献するような、そういう息子がほしかった。そして、自分の息子のなかにはそういう人間が出た。だから私はうれしいんだ」
先生は、老婦人の生き方を通して学園生に、どんなに大変なことがあっても「じっとこらえて今に見ろ」との決心で、学園生活を送ることを念願。学園生への万感の思いを語った。
「私自身は、たとえどのような悪口、雑言、中傷、批判をされてもなんとも思っていません。なぜか。私には学園生がいる、創大生がいる、人材がいます」
「諸君を大切にします。一生懸命、健康を祈っております。これが、創価学園の創立者の境涯であるということを、諸君は今一度、わかってください」
先生が栄光祭で紹介した老婦人とは、自身の母・一さんのことだった。

◇「母」への思いを込めた歌
4日後の18日、先生は音楽大学出身の2人の女性に、自らが詠んだ「母」の詩に曲をつけてほしいと依頼した。
——5年前の71年10月4日、長編詩「母」は、大阪市の東淀川体育館で開催された関西婦人部幹部会で発表された。「母よ!/おお 母よ/あなたは/あなたは なんと不思議な力を/なんと豊富な力を もっているのか」で始まる約200行の詩である。
幹部会には、香峯子夫人が出席。夫人は大阪の行き帰り、同行の友に、「心に刻まれる母の詩ですね」「発表できてよかったですね」と語った。
先生から夫人に託された原稿には、直しが何カ所も書き込まれたままだった。最後の最後まで推敲が重ねられたのである——。
母たちへの真心がこもった詩が、19行の歌詞となり、メロディーがつけられた。76年8月4日、先生は夫人と共に完成した「母」の歌を聴いた。
「素晴らしい歌ができましたね」と喜ぶ夫人に、先生は語った。「きっと母も喜ぶだろうし、全国、全世界の母たちが喜んでくれるだろう」
先生は後に、歌に込めた真情をこう記した。「長編詩『母』を歌にと考えたのも、けなげな庶民の母たちが、世界の人々の幸せと平和を祈り、日夜、献身的に行動しておられることへの感謝の思いからである」
同年8月6日、先生は一さんのもとへ、「母」の歌のテープを届けた。一さんは何度も歌を流しては、うれしそうにうなずいていたという。
1カ月後の9月6日、一さんは逝去した。創立者の母が亡くなったことを知った創価女子学園(現・関西創価学園)の生徒たちは、皆で「母」を歌い、テープに吹き込んだ。
9日の朝、先生は乙女たちの歌声を聴いた。そして、母の写真を同学園に贈り、和歌を認めた。
「悲母 逝きて 娘らの おくりし 母の曲 今朝に 聞かなむ 大空ひびけと」

◇広布の拡大は「一人」から始まる
1972年12月23日、中米のニカラグアを大地震が襲った。今西澄子さんは、夫・統衍さんの転勤でニカラグアに来たばかりだった。
仮住まいのホテルの3階が上層階に押しつぶされた。今西さん夫婦は5階に滞在していた。九死に一生を得た。
助かった命。廃墟と化す街を見つめながら、澄子さんは"この地に仏法を語り広めよう"と誓う。
それから1年3カ月がたった74年3月、池田先生がパナマを訪問。澄子さんはニカラグアから駆け付け、仏法の種を蒔く決意を伝えた。
師との懇談の後、澄子さんのもとに手紙が来た。香峯子夫人の字で、「会長がすぐ返歌を作りましたが、少々熱っぽくて、筆が持ちにくいので私が代筆いたしました」と書かれ、2首の歌が記されていた。
「変らじの 夫婦の彼方に 金の橋」
「いにしえの 奇しき友どち 幸祈る」
澄子さんがニカラグアで生活を始めた時、現地にメンバーはいなかった。そこから、澄子さんは粘り強く、一人また一人と対話を重ねた。
翌75年1月26日、澄子さんはSGIの結成となる、グアムでの第1回「世界平和会議」に、ニカラグアからただ一人参加。この時、同年7月にハワイで行われるコンベンション(大会)で、ニカラグアのメンバー5人によるパレードの実現を、師に誓った。
5月、ニカラグアに支部が結成される。統衍さんが支部長、澄子さんが支部婦人部長に就いた。そして、7月のハワイのコンベンションで、師に誓った通り、ニカラグアのメンバー5人のパレードを実現させたのである。
コンベンションから1カ月ほどが過ぎた頃、澄子さんにエアメールが届いた。香峯子夫人からだった。
「五人もの同志が参加なさいましたことは、条件の違いを考えますと、日本ならば五百人にも相当するものであったと思います」
「くれぐれも、お元気で、楽しい活動をなさってください。女性の身で、メンバーの要となり、懸命に奔走される姿に、本当によくなさっていると、敬服しております」
80年2月に帰国するまでの7年余で、50人ほどの地涌の友が誕生した。日本に戻ると、兵庫・尼崎で「常勝」の精神を学んだ。
その後、86年からはポルトガルへ。この地でも、澄子さんは地道に対話を広げ、3年後には自宅に40人が集って、初の総会を開いた。
87年6月、欧州の女性リーダーが集まった懇談の場で、香峯子夫人は澄子さんのことを、こう紹介している。
「たった一人から広宣流布のために頑張ってこられた方なんです」
広布の拡大は、いついかなる時も、どんな場所でも、「一人」から始まる——世界広布の原野を開拓してきた、澄子さんの絶対の確信である。

◇温情に満ちた「もてなし」
緻密な取材力に定評があったジャーナリストの児玉隆也氏。38歳の若さで亡くなった氏は生前、池田先生ご夫妻にインタビューをしている。
氏はもともと、創価学会に対して、良い印象を持っていなかった。それが百八十度変わったのが、学会行事の取材である。
その行事は富士の見える広場で開催された。先生は用意された席に着いた。ところが、自らの一角にだけテントが設けられていることに気付くと、怒気を含んだ声で取り払うように語った。氏の目には、先生が"私だけを特別扱いにするな"と叫んでいるように映り、深く印象に残ったという。
氏が先生ご夫妻に取材する前夜、ある出版社の編集部が、氏の著書を先生に届けた。その日の夜遅くまで、先生は激務が続いた。
にもかかわらず、取材の時点で、先生ご夫妻は著書を読み終えて、氏を迎えた。しかも、ただ「読む」ということにとどまらず、行間まで読まなければ語れない読後感を伝えた。その感激を、氏は記した。
「私は、この日おそるべき努力と思いやりの必要なおもてなしに接した」「畏怖すべき温情に満ちた『もてなし』であった」
このインタビューの数年前、氏は香峯子夫人に取材をしている。4時間近くにも及ぶ長時間の取材を終え、氏が「ホッとなさいましたか?」と尋ねると、夫人は「ええ、もう、女学校時代の試験より、ずっと、辛うございました」と。その率直さを、氏は「実にみごとな答えで応じた」とつづった。
先生ご夫妻へのインタビューは「婦人と暮し」(1974年1月1日、冬号)に掲載された。タイトルには、「おもてなしの心」との一言が入った。

◇微笑み忘れぬ 香峯子抄かな
時には"秘書"として、時には"看護師"として、時には"外交官"として、70年もの間、池田先生の激闘を支えてきた香峯子夫人。
『香峯子抄』(主婦の友社)の中で、「奥様だけが知っている、素顔の(池田)名誉会長は、どんな方なのでしょう」との質問に、こう答えている。
「素顔の夫は、誠実という言葉がぴったりの人です。約束は必ず守ります。人をなんとか安心させ、喜ばせ、楽しませていくことに、いつも心を砕いています」
「結論的には、素顔も公の顔とまったく同じといってよいと思います」
また、「生きがいをお聞かせください」との問いには、こう語っている。
「人に希望を持たせてあげること、友人を心から励ますことが、私たちの人生の生きがいになっています」
『香峯子抄』の発行日である2005年2月27日、池田先生は「第一の戦友」に心からの感謝を込め、次のように詠んだ。
「雪の日も 雨の日も 微笑み忘れぬ 香峯子抄かな」

◇アナザーストーリーズ どこまでも心を尽くして
今西澄子さんはニカラグアに住む前、1966年から72年まで、兵庫の尼崎、大阪の堺で暮らした。
66年9月18日に阪神甲子園球場で開かれた"雨の関西文化祭"に参加するなど、6年間、常勝の天地で学会精神の真髄を生命に刻んだ。
文化祭から20年後の86年、ポルトガルへ。翌87年6月、パリで池田先生との出会いを結ぶ。
夫の仕事の関係で、メキシコ、アメリカ、ニカラグアなどに住み、それぞれの地で人間革命の哲理を語り抜いてきた。
先生は、その開拓の労をたたえ、これから誕生する宝友のためにと、女性用の念珠10本、男性用の念珠5本を、今西さんに贈った。
先生は当初、男性用の念珠も女性用と同じく10本渡す予定だったという。だが、「男性用のものを10本贈ると、今西さんが男性の対話に悩んでしまわれるのでは」と香峯子夫人が心配し、5本になったという。
どこまでも一人に心を尽くす先生、夫人の真心に感謝し、今西さんはポルトガルの地を奔走。日本へ帰国する92年1月、「ポルトガル支部」が発足した。

◇フィリピンの友の奮闘
前回の「ストーリーズ」(4月24日付)の掲載後、池田先生ご夫妻の結婚70周年の祝福や、広布拡大に挑戦を開始する決意が、読者から届いた。
その中に、フィリピンで広布に駆ける日本出身のレイコ・スズキさんの声があった。
かつて新潟に住んでいたレイコさんは1993年、夫の転勤で岡山県へ。さらに、その5年後には夫がフィリピンに単身赴任となった。
当時、レイコさんは義父母の介護、3人の子育てで、心の張り詰める日々が続いていた。認知症の義母の徘徊で、苦労することもあった。
そんなレイコさんに、地域の友は寄り添い、励まし続けた。その温かさが、レイコさんの力となった。
義父母が亡くなり、子育ても一段落した2009年、フィリピンへ。世界広布の使命に燃えたが、言葉が話せず、メンバーとの意思疎通もままならない。生活圏内には交通機関がないため、日常生活も苦労の連続だった。
やがて、片言のタガログ語は話せるようにはなったものの、日常会話とまではいかない。だが、祈りを重ねる中で、日本語を話せる現地のメンバーと知り合い、共に活動に励むように。フィリピンの免許証も取得した。
レイコさんは、師弟を持つ大切さや教学研さんの意義などを伝えた。少しずつ、学会活動に挑戦するメンバーが増えると、功徳の体験も生まれた。
今年3月、創価大学通信教育部の教育学部を卒業した。生涯青春の気概に燃えて、フィリピンで挑戦を重ねている。

2022年6月6日月曜日

2022.06.06 わが友に贈る

◇今週のことば
先師・牧口先生のごとく
広宣流布の闘士たれ!
「師子王の心」を出だして
正義と人道の連帯を。
信頼光る確信の対話で!
(新1620・全1190)
2022年6月6日

教機時国抄 P441
『三類の敵人を顕さずんば法華経の行者に非ず之を顕すは法華経の行者なり、而れども必ず身命を喪わんか、例せば師子尊者提婆菩薩等の如くならん』

【通解】
三類の敵人を顕さなければ法華経の行者ではない。これを顕すのが法華経の行者である。しかしながらそうすればかならず身命を喪うことになろう。たとえば師子尊者や提婆菩薩のようになるであろう。

名字の言 きょう牧口先生の生誕151周年 2022年6月6日
第2次世界大戦で社会が混迷する中、初代会長・牧口常三郎先生は会合で訴えた。「言はねばならぬことをどしどし言ふて折伏するのが随自意の法華経であらせられる……今後もそれで戦はねばならぬ」▼当時は厳しい言論統制が敷かれ、特高警察の陰湿な監視もあった。いつ逮捕されるか分からない。その中で立正安国と民衆の幸福のために敢然と弘教拡大を指揮した牧口先生の覚悟を思うと、粛然とする▼御書には「日蓮等の類い」との言葉が200カ所以上ある。「日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る程の者は、宝塔に入るなり」(新997・全716)、「日蓮等の類いの修行は、妙法蓮華経を修行するに、難来るをもって安楽と意得べきなり」(新1045・全750)。これらの一節一節に、門下たちと共戦し、ご自身と同じ尊極の境涯に高めようとされた御本仏の大慈大悲が脈打っている▼信仰とは勇気の異名。困難や試練に直面した時こそ、強盛に信力を奮い起こして、祈り行動することだ。その時、自身の境涯は大きく開かれる▼きょう、牧口先生の生誕151周年を迎えた。法難の嵐をものともせず正義の行動を貫いた"創立の父"の志を受け継ぎ、我らも勇気の対話に果敢に挑みたい。

寸鉄 2022年6月6日
草木は大地なくして生長することあるべからず—御書。師弟こそ仏法の魂(新1210・全900)
突破口を開く青年がいる限り学会は盤石—恩師。若師子よ大胆に動き語れ
関東女性部の日。友の心に陽光注ぐ創価の太陽。今日も敢闘精神で前へ!
出生数が過去最少更新。故に一人を大切に。人材育成こそ広布発展の要諦
熱中症に要警戒。暑さにまだ体が慣れない時季。水分・塩分補給、小まめに

〈社説〉 2022・6・6 あす「高等部結成記念日」
◇一個の人格として成長を応援
本年4月1日から成年年齢が18歳に引き下げられた。これによって、年齢を満たせば、高校生でも親の同意なくクレジットカードやアルバイトなどの契約が可能になる。また、親権に服さないため、進学や就職を自分の意思で決めることや、国家資格の取得、性別の変更審判を受けることもできる。
一方、成人となることは、自らの行動や結んだ契約には社会的・法的な責任が伴い、さまざまな問題に巻き込まれるリスクもあるということだ。現在各地では、高校生に、契約トラブルの予防やクーリングオフなどの対処を教える消費者教育が本格化している。
成人への過渡期を過ごす高校生の生き方の選択肢が広がることで、今後はキャリア教育や人間としての在り方、生き方に関する教育にも、ますます目が向けられていくと思われる。
こうしたさまざまな変化の中で、不安や戸惑いを覚える人もいるだろう。ゆえに、何でも相談でき、心のよりどころとなる人や場所の存在が重要だ。その意味で、高等部員にとって学会の同志とのつながりは、家庭や学校ではない「第3の居場所」として、自立のための支えとなるだろう。
ある女子高等部員は、コロナ禍の中でも励ましを送ってくれる担当者の心に触れ、今ある日常や周囲の人への感謝が深まった。所属するダンス部でも成長を遂げ、今月、レギュラーとして初めて大会に出場する。また、担当者が語る世界広布のドラマや信仰体験を通して、海外での活躍を志し、今、英語の勉強に力を入れている。
あす6月7日は「高等部結成記念日」。1964年の同日、東京の各本部(当時)で高等部の結成式が行われた。
池田先生は小説『新・人間革命』「鳳雛」の章で、同部の結成の趣旨を「若芽が未来に、スクスクと伸びゆくための応援をしていくこと」と述べている。そして、「高等部といえば、もう大人です。(中略)どこまでも対等な人格として、若き同志として接していくことです。同じ人間として、人格の触発を行っていくことが、本当の指導です」とつづり、担当者の心構えを強調している。
高校生を一個の人格として心から敬い、尊重する。その慈愛の励ましと触発の語らいが、若き同志の可能性を開いていく。後継の友を育み、心からエールを送ろう。

☆大慈悲の心音 門下への便り 第3回 新池殿
「始めより終わりまで、いよいよ信心をいたすべし」(新2063・全1440)——鎌倉から京都までの道のりを譬えとして、最後まで信心を貫く大切さを教えられた一節です。
多くの同志が心に刻んできたこの御聖訓を頂いた門下が、遠江国(現在の静岡県西部)に住んでいた新池殿です。
具体的な立場や入信の時期は定かではありませんが、その信心は篤く、妻・新池尼と共に真心の御供養を携えて、たびたび身延の日蓮大聖人のもとを訪れました。
夫妻は最愛のわが子を亡くしています。
新池殿はその追善のため、3石の米を大聖人に御供養しました。弘安2年(1279年)の御執筆とされる「新池殿御消息」の冒頭には、大聖人がこの真心の供養の品を御宝前に供え、いとおしい子が必ず成仏するよう題目を唱えたと述べられています。
一方で末尾には「申したいことは多々あるが、風邪をひいて体が苦しいので、これでとどめておく」と。筆を執ることが大変なほど体調が優れない中でも、門下の求道の姿勢をたたえ、励ましてくださる師匠の慈愛の言々句々は、新池殿夫妻の心にどれほど深く響いたことでしょう。
翌・弘安3年の御述作と伝えられる「新池御書」でも、大聖人は多くの譬えを通して、仏道修行の要諦を示されています。師の教えを胸に、新池殿夫妻は、たゆみなく妙法流布の人生を生き抜いたにちがいありません。

◇広布に巡り合えた悦び
『うれしきかな、末法流布に生まれあえる我ら。かなしきかな、今度この経を信ぜざる人々。そもそも、人界に生を受くるもの、誰か無常を免れん。さあらんにとっては、何ぞ後世のつとめをいたさざらんや。』(新池御書、新2062・全1439)

法華経に説かれる末法広宣流布の時に巡り合えた悦び——。
「新池御書」は、大聖人のほとばしる歓喜の表現で始まります。
仏法では無常を説きます。
「春の朝に花をながめし時ともない遊びし人は、花とともに無常の嵐に散りはてて、名のみ残りてその人はなし(中略)秋の暮れに月を詠めし時戯れむつびし人も、月とともに有為の雲に入って後、面影ばかり身にそいて物いうことなし」(新2063・全1440)
春夏秋冬、季節は同じように巡り来ても、人間は誰人も死を免れることはできません。
生に限りがあるにもかかわらず、人間は目先の利益に流されやすい。このことを「雪山の寒苦鳥」の譬えを通して教えられ、「たまたま人間に来る時は、名聞名利の風はげしく、仏道修行の灯は消えやすし」(新2064・全1440)と強調されています。
人間として生まれ、正しい仏法に、希有の師匠に巡り合えた私たち。ならば、広宣流布という崇高な大願にわが心を定め、今世の使命を、喜び勇んで果たし抜いていこうではありませんか。

◇折伏精神を燃やして
『譬えば、子の心に親の随うをば随他意と申す、親の心に子の随うをば随自意と申す。諸経は随他意なり。仏、一切衆生の心に随い給う故に。法華経は随自意なり。一切衆生を仏の心に随えたり。』(新池殿御消息、新2059・全1437)

随他意の教えとは、人々の機根に合わせて説かれた爾前経。随自意の教えとは、仏の覚りをそのまま説いた法華経のことです。
随他意を「子の心に親が随うこと」に、随自意を「親の心に子が随うこと」に譬えられています。
たとえば、子どもの心に随っていつまでも甘やかしていれば、善悪の分別がつかない大人となってしまう。それでは不幸です。親は子の幸福を願うがゆえに、正義や真実をしっかり教えるのです。
"わがままな子の心に合わせて説かれた"ような随他意の教えにとどまっていては、仏の境涯は開かれません。
池田先生は語っています。
「随他意では、永遠に仏界の境涯には導けない。本当に人を救うことはできない。人を幸福にできない。それでは何のための仏法か」
「一切の根本は随自意の『勇気』である。これが大聖人、日興上人の教えであられる。そして牧口先生、戸田先生の大精神である」
人々の好みに合わせて語り合っているだけなら、反発はないでしょう。むしろ、友の幸せを心から祈るからこそ、私たちは折伏精神を燃やして、正義の対話に一歩踏み出すのです。

2022年6月5日日曜日

2022.06.05 わが友に贈る

「声、仏事をなす」だ。
友の幸せと平和を願う
誠実な声の響きが
時代を動かす力となる。
さあ勇敢に朗らかに!
(新985・全708)

三世諸仏総勘文教相廃立 P563
『此の心の一法より国土世間も出来する事なり、一代聖教とは此の事を説きたるなり此れを八万四千の法蔵とは云うなり是れ皆悉く一人の身中の法門にて有るなり、然れば八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり』

【通解】
この心という一法から国土の違いも出てくるのである。一代聖教(釈尊が一生の間に説いた聖なる教え)とはこのことを説いたのであり、これを八万四千の法蔵というのである。これは皆ことごとく釈尊一人の身中の法門である。したがって八万四千の法蔵は我が身一人の日記の文書なのである。

名字の言 「再起への力」になったもの 2022年6月5日
兵庫で焼き鳥屋を営む婦人。昨年、病気で入院し、長期間、店を休んだ。心配した友の中には、婦人が高齢だったことから勘違いして、店の前に花束をささげる人も▼婦人は信心根本に治療に専念していた。「『今に見とれ!』との思いだけやった。この心を支えるのが唱題や」。長年、人を大切にしてきたからだろう。皆が守り、応援してくれ、「全てが善知識(=よい友人)になった」。婦人は病を乗り越え、店を再開。来年、開店60年を迎える▼福井の花卉農家30年の壮年。花が病気で全滅した時もあった。花を栽培するビニールハウスが雪の重みでつぶれた時もあった。しかし、どんな困難にも信心根本に立ち上がってきた。「何度失敗しても七転び八起きの人」とは、地域の友の評▼忘れない出来事があるという。台風でビニールハウス全12棟が倒壊し、完全に行き詰まった時のこと。兵庫の友人農家が一言、声を掛けてくれた。「頑張りよ」。農業の世界で同じ苦労をしてきた友の一言が心に届き、再起への力になった▼真の友が一人いれば喜びは倍となり、悲しみは半分になるという。「人間が友だちをもつのではない。その人間の幸福が友だちをもつのだ」(長塚隆二訳)——ナポレオンの至言である。

寸鉄 2022年6月5日
民衆救済の大責務は学会の肩に—戸田先生。宿命転換の仏法を勇み語ろう
福井の日。一人立つ勇者の団結は無敵!愛する郷土に希望の対話を爛漫と
良き時代は天から降らず自ら創り出すもの—文豪ドストエフスキー 我らの立正安国の道こそ
国連の「世界環境デー」。節電・節水等、身近な努力共に。持続可能な未来へ
18歳成人の最大の関心事は支払カードの作成と。使う時にも大人の自覚で

★記念月間 第6千葉総県
◇自身の新記録へ! 「勇気の対話」拡大月間(6日〜7月3日)
6月が巡り来るたびに、総県の友の胸は高鳴る。1982年6月9日、池田先生は松戸会館(現・松戸平和会館)を初訪問。2018年6月には、総県内の浦安平和会館を視察した。期間中、"日本の心臓部"の誇りも高く、対話拡大に駆ける。

☆四季の励まし 貴女こそ平和を育む「花の王」 2022年5月29日
◇池田先生の言葉
わが創価の女性たちは、
一日また一日、
生き生きと、
たゆみなく、
信念の対話を
積み重ねておられる。
ここにこそ、
「平和の世紀」を
建設しゆく、
人類の
最先端の行動がある。

創価の女性たちは、
いかなる試練にも負けず、
今いるその場所で、
皆に勇気と希望を贈る
「野の花」を、
凜として
咲かせ切っておられる。
この方々こそ、
永遠に常楽我浄の
「花の王」と
仰がれゆくことは
絶対に間違いない。

皆さまが進めておられる
広宣流布の対話には、
納得があり、共感がある。
慈悲があり、尊敬がある。
誠実があり、忍耐があり、
勇気がある。
正義があり、哲学があり、
信念がある。
そして、
共に幸福と勝利に
向かっていこうとする
希望があり、向上がある。
まさに、皆さま方こそ、
「対話の文明」を
生き生きと創出されゆく、
人類先駆の開拓者なのだ。

「平和」といっても、
遠くにあるのではない。
どんなに地道に見えても、
一人を大切に、
一人を励まし、
一人を強く
賢くしていくことである。
そこにのみ、
平和の世界が
確実につくられていく。

平和の花を
爛漫と咲かせる大地は、
自分の足元にある。
ゆえに日々の
現実世界のなかから、
「平和の文化」は芽生え、
育まれていくものだ。
その最も貴重な
教育者こそ
女性なのである。

【写真説明】優雅で気品に満ちた創価世界女性会館(東京・信濃町)。2018年(平成30年)6月、池田大作先生がカメラに収めた。
同会館は、2000年9月8日に開館した。翌9日、先生が初訪問し、名誉館長の香峯子夫人と共に館内を視察。「女性会館ができて、学会全体が明るくなったようだね。いよいよ『女性の世紀』です」と祝福した。ご夫妻の慈愛に包まれた宝城は「平和の文化」の発信拠点として輝き続ける。
創価の女性には、6月に大切な記念日がある。4日は「世界池田華陽会の日」、10日は「婦人部結成記念日」。創価の太陽・女性部の大行進がいよいよ勢いを増す。

2022年6月4日土曜日

2022.06.04 わが友に贈る

人と比べる必要はない。
昨日の私より今日の私が
1ミリでも前へ!
真剣な祈りを原動力に
自分自身に勝とう!

妙法尼御前御返事 P1402
『須弥山を他方の世界へつぶてになぐる人よりも三千大千世界をまりの如くにけあぐる人よりも無量の余の経典を受け持ちて人に説ききかせ聴聞の道俗に六神通をえせしめんよりも、末法のけふこのごろ法華経の一句一偈のいはれをも尋ね問う人はありがたし』

【通解】
須弥山を他方の世界へ小石のように投げる人よりも、三千大千世界を鞠のように蹴り上げるよりも、無量の経典を受け持って、人に説き聞かせ、聴聞した道俗に六神通を得させる人よりも、末法の今日において法華経の一句一偈の意義を訪ね問う人は稀である。

名字の言 人生の主役は自分自身 2022年6月4日
整形外科医に聞いた話。担当患者に、けがをした足のリハビリに励む女性がいた。順調な回復ぶりではなかった彼女に「立って、少し歩いてみましょう」と言うと、「歩けません」と落胆している▼医師は優しく励ました。「"歩けているかどうか"は、歩行の様子で私が判断します。でも"歩くかどうか"は、あなたが決めることですよ」。気持ちが楽になった女性は、それ以降、目を見張る回復ぶりだったという▼ある芸術部員の女性は、歌の道を志した10代の頃、大病を患った。余命まで告知され、音楽大学への進学の道も断たれた。そんな失意の中で仏法と出あった▼彼女は"信心根本に生きる"と決め、病を克服。そして歌手になった。今、各地の仏法セミナーで信仰体験を語り、磨き上げた歌唱も披露する。気付けば、歌手になりたい理由だった「歌で皆に勇気と元気を届けたい」という夢をかなえていた▼"できるかどうか"の結果は、環境や条件にもよる。だが"何があろうと最後までやり抜く"という自身の一念の強さがなければ、望む結果を引き寄せることさえできない。人生の主役は自分自身である。一度立ったら、最後まで演じ切ると腹を決めるしかない。その覚悟から舞台は動き始める。

寸鉄 2022年6月4日
「濁世には、互いにつねにいいあわせて」御書。悩みも喜びも皆で共有し飛躍(新1304・全965)
「世界池田華陽会の日」。誓いの道歩む青春尊し。私の勝利が創価の勝利と
仏法に生きれば生命は強く輝く—恩師。師子奮迅の闘争で栄光の山を登攀
歯と口の健康週間。マスク生活で虫歯リスク増—専門家。定期検診で予防
給付型奨学金の対象拡充—公明の主張で。"小さな声"を形に。政治は結果だ

〈社説〉 2022・6・4 きょう「世界池田華陽会の日」
◇平和へ 輝く女性の連帯を
「使命に目覚めた『女性たちの声の力』こそが、社会と時代を正しい方向へと導く原動力」——池田先生は、19世紀アメリカの思想家エマソンの言葉を通して語った。
きょう6月4日は「世界池田華陽会の日」。昨秋、池田華陽会が女性部として新出発して以来、初めて迎える誓いの日である。
近年、コロナ禍や紛争で混迷する世界情勢の中、ニュージーランドやフィンランドで若き女性首相が活躍するなど、女性リーダーの台頭が話題になっている。
日本でもジェンダー平等がうたわれ、若い女性のコメンテーターが多様な発信をする場面も多く見られる。
そんな中、華陽姉妹は、各地で妙法の哲理と聡明な知恵を輝かせ、社会の第一線で躍動する。
日用品・化学会社に勤める和歌山の友は、半導体関連の材料開発に取り組む。部署で女性は1人。"自身の使命の職場で必ず実証を"と奮闘し、信頼も厚い。日々、最先端の商品開発に携わりながら、真剣に祈り、圏池田華陽会キャップとして仏縁の拡大にも先駆する。
創価の母から華陽姉妹への学会精神の継承も大きく進む。逆境に負けない不屈の祈りと、社会の平和や人々の幸福を願う献身の行動を受け継ぐ。
ある大阪のメンバーは母親ががんと宣告され、深刻な病状にがく然とした。だが、どんな時も笑顔で広布に尽くす母の姿に、成長を誓う。
学会活動に励み、勤務する保険代理店では営業成績でトップクラスに。母も快方に向かい、共に対話拡大に歩む喜びがあふれる。
若き女性の創価のスクラムは、192カ国・地域のSGIの連帯とともに、全世界に広がる。
家庭内の悩みを抱えていたイタリアの友は、入会後、同志と励まし合い進むと、再び家族に笑顔が戻った。目標の司法試験にも合格し、弁護士となり事務所を開設。
インドの圏女子部長は歯科医師として働き、公衆衛生の専門家を目指す。"池田先生の弟子ならば世界を変えゆく使命がある"と力強く。
歴史上、これほど朗らかな女性のネットワークがあっただろうか。国境や世代を超えて結ばれた絆と、対話の実践が、平和と繁栄の未来を開く原動力となろう。
新しき世紀を創るのは"青年の熱と力"であり、21世紀は"女性の世紀"。その中核を担う池田華陽会の一人一人に、心からのエールを送り、共に前進しよう。

☆御書と未来へ 第19回 「如我等無異」の勇気即慈悲を
〈御文〉
『我ら具縛の凡夫、たちまちに教主釈尊と功徳ひとし。彼の功徳を全体うけとる故なり。経に云わく「我がごとく等しくして異なることなし」等云々』〈日妙聖人御書、新1681・全1215〉

〈通解〉
私たち煩悩に縛られた凡夫が、たちまちに教主釈尊と等しい功徳を具えるのである。それは釈尊の無量の功徳を全て受け取るからである。法華経には「一切の衆生を自分と同じ仏にして、異なることがないようにしたい(如我等無異)」とある。

〈池田先生が贈る指針〉
全ての人を仏と同じ幸福境涯に!——この大誓願を貫く創価の師弟の信力・行力にこそ、「等しくして異なることなし」の仏力・法力が滾々と涌現するのだ。
日蓮大聖人は「師子王の子は師子王となる」とも仰せである。平等大慧の妙法の勇気即慈悲をいよいよ発揮し、自他共に功徳を受けゆく幸の仏縁を結び広げよう!

☆ONE GOSHO この一節とともに! 聖人御難事 2022年5月29日
◇正義の対話を堂々と
青年の月・7月へ、男子部の同志は、各地で立正安国の対話を広げている。今回は、広布の勝利を開く源泉である「師子王の心」について学ぶ。

◇御文
『各々、師子王の心を取り出だして、いかに人おどすともおずることなかれ。師子王は百獣におじず。師子の子、またかくのごとし。彼らは野干のほうるなり。日蓮が一門は師子の吼うるなり。』(新1620・全1190)

◇通解
各々は師子王の心を取り出して、どのように人が脅しても、決して恐れることがあってはならない。師子王は百獣を恐れない。師子の子もまた同じである。彼ら(正法を誹謗する人々)は野干(キツネの類い)が吠えているようなものであり、日蓮の一門は師子が吼えるのと同じである。

◇背景
本抄は「熱原の法難」の渦中である弘安2年(1279年)10月1日、日蓮大聖人が身延でしたためられ、門下一同に与えられたお手紙である。また、鎌倉の四条金吾のもとにとどめるように指示されている。
大聖人の身延入山後、駿河国(現在の静岡県中央部)の富士方面で弘教が伸展。その勢いに危機感を抱いた天台宗滝泉寺の院主代・行智らが虚偽の訴えを起こし、罪のない農民門下20人が捕らえられた。門下たちは拷問に等しい取り調べを受けたが、誰人も屈しなかった。そして、神四郎、弥五郎、弥六郎の3人が処刑され、残る17人は追放処分となった。本抄では、迫害の最中にあった弟子たちに、大聖人が大難を勝ち越えてきたように、「師子王の心」を取り出して難に立ち向かい、強盛な信心を貫くよう励まされている。

◇解説
「必ず三障四魔と申す障りいできたれば、賢者はよろこび愚者は退く」(新1488・全1091)——大難に遭った時に、信心を貫けるかどうか。ここに、成仏の分かれ目がある。
本抄の前半では、法華経法師品第10の「如来現在猶多怨嫉。況滅度後(釈尊の在世でさえ、なお怨嫉が多い。まして釈尊が入滅した後はなおさらである)」(法華経362ページ)の一節を引き、釈尊が受けた難はさまざまだが、滅後の難は、さらに大きいはずであると指摘されている。
ここでは釈尊在世の難として、投げられた大石の破片で小指から出血したこと、心が外道の味方となった弟子に命を狙われたこと、酔った象によって多くの弟子が踏み殺されたこと等を挙げられている。
続いて大聖人は、竜樹、天親、天台、伝教は身から血を流すこともなく、釈尊以上の難には遭っていないと指摘。立宗以来、2度の流罪や、竜の口の法難をはじめ命に及ぶ大難の連続であった大聖人御自身が唯一、釈尊の言葉が真実であると証明した人であり、法華経の行者であると示される。
本抄が著されたのは、熱原の農民門下20人が厳しい責めを受けている渦中であった。その中で、門下一同に、どのような迫害に遭っても「師子王の心を取り出だして」恐れずに進んでいくよう鼓舞されている。
「師子王の心」とは、最高の勇気であり、あらゆる試練に決して負けない仏界の力である。
佐渡御書に「悪王の正法を破るに、邪法の僧等が方人をなして智者を失わん時は、師子王のごとくなる心をもてる者、必ず仏になるべし」(新1286・全957)とあるように、師子王の心をもって一人立つならば、必ず仏になれると御断言である。
本抄で「取り出だして」と仰せなのは、この「師子王の心」は、全ての人の生命に本来具わっているからだ。では、どうすれば取り出すことができるのか。
大聖人は御自身を、百獣を恐れない「師子王」に譬えられ、「師子の子、またかくのごとし」と仰せだ。民衆救済のために、命に及ぶ大難を勝ち越えた師匠と共に戦う覚悟をもつ——ここに人生勝利の要諦がある。
池田先生は「師匠と同じ大願に生きる時、わが生命に『師子王の心』が涌現するのです。自分中心の『小願』にとどまっていれば、力も出ない。小さな自分で終わってしまう。大いなる自分へ、覚悟を決め、ど真ん中に『大願』を打ち立てることです」と指導されている。
日々、師と同じ大願に立ち、広布の戦いを起こす中で、いかなる苦難も恐れない勇気を湧き起こすことができる。師子王の前ではいかなる迫害も「野干が吠えている」にすぎないのだ。
青年の月・7月は、創価の師弟が権力の横暴に屈することなく戦った原点の月。後継の男子部は、不屈の魂を胸に、師子王の心で正義の対話の大旋風を、堂々と巻き起こしていきたい。

2022年6月3日金曜日

2022.06.03 わが友に贈る

情熱は幸福の要件。
広布のロマンに燃え
躍動の日々を歩もう!
使命に生き抜く勇姿こそ
人間革命の証明なり!

教行証御書 P1281
『其の弟子に若輩のものにて候へども師の日蓮の法門九牛が一毛をも学び及ばず候といへども法華経に付いて不審有りと仰せらるる人わたらせ給はば存じ候』

【通解】
自分は若輩の弟子であり、師の日蓮の法門を″九牛の一毛″も学び及んではいない。しかし法華経について不審があると言われる人がおられるならば、及ばずながらお答えしよう。

【先生の指導から】
この御書を賜ったのは三位房である。三位房といえば、京都の貴族社会に出入りして虚栄に流され、増上慢となって、やがて師匠に敵対して、破滅の末路を遂げたことで知られる。彼は、日ごろから教えられてきた師匠の精神に違背したのである。
戸田先生は、よく言われた。
「議員になると、信心と別世界の権力と、わがままな世界に入って、自分は偉くなったと錯覚して、信心を無視し、人々を下に見、破滅していく人間が出るから、気をつけろ」と。
残念なことに、そのとおりの哀れな先輩がいたことは、ご存じのとおりである。
わが創価の師弟は、大聖人の仰せに寸分も違うことがない。

名字の言 「ギブ&テイク」から見る3タイプの人間像 2022年6月3日
「ギブ&テイク」は、相手に利益を与え、自分も相手から利益を得ること。この点で組織心理学者のアダム・グラント氏は3タイプの人間がいるという(『GIVE&TAKE「与える人」こそ成功する時代』三笠書房)▼�ギバー(Giver)は「他者を中心に考え、相手の利益に喜びを見いだす人」�テイカー(Taker)は「自分の利益を優先する人」�マッチャー(Matcher)は「損得のバランスを取る人」。仕事の成果を調べると、最高の成績は「ギバー」。「情けは人のためならず」で、相手のためがやがて自分に戻ってくる。だが一方で、最低の成績も「ギバー」だった▼なぜそうなるのか。成績が芳しくない人は、何もかも請け負い自分を見失いがちだった。対して、成績が良かった人は周囲と協力していたという▼「人のために尽くす」のは人間の美徳だが、その行動が実を結ぶには、周りと協力し、団結する必要がある。一人で抱え込まないことである▼創価の父・牧口常三郎先生は"悪人は結託するが、善人は孤立して弱いままだ。だから社会は良くならない"と喝破した。この社会の宿命を転換するために、創価学会は生まれた。善き人々が団結して進む中に、一人一人の人間革命も、立正安国もある。

寸鉄 2022年6月3日
「言論戦はスピードだ」恩師。状況は刻々と変化。心に届く声、電光石火で
副役職の友が立てば広布推進の力は2倍3倍に。全幹部で隅々に励ましを
平和の創造に取り組む学会員の姿は大きな励み—ノルウェー識者。未聞の連帯ここに
「仏法の根本は信をもって源とす」御書。強き信力と行力で一日一日を勇進(新2088・全1244)
若者が手を出し易い「液状大麻」が急増と。危険性の周知をさらに徹底的に

〈社説〉 2022・6・3 今月6日、牧口先生の生誕日
◇御書根本の不屈の信念で前進
今月6日、不惜身命を貫いた初代会長・牧口常三郎先生の生誕から151周年を迎える。
戦時中、軍部政府の弾圧で獄につながれながら看守を折伏。過酷な尋問にも主張を曲げず正義を叫び続け、73歳で殉教の生涯を閉じた。あまりにも偉大な信仰者としての勝利の姿——その不屈の信念を支えたものは何であったのか。
池田先生は、牧口先生が使用していた御書について、大要次のようにつづっている。
ぼろぼろになった表紙を開くと、朱線や鉛筆による書き込みが随所にある。難解な御文の余白に「検討」「再検討」と記されたページもあり、何度も、何度も研さんされたことがうかがえる。特に朱線の多いのが「開目抄」である。「行者とは何ぞや」「折伏」「大願」「諸難」「現罰の有無」などと書き込まれていた——と。
これらは牧口先生が日蓮大聖人の御精神に肉薄しようとした、命を懸けた研さんの証しである。
牧口先生が獄中から家族に宛てた手紙には「大聖人様の佐渡の御苦しみをしのぶと何でもありません」「三障四魔が紛起するのは当然で、経文通りです」と。人々の幸福と社会の繁栄を願い、苦難と迫害の人生を歩まれた大聖人のお姿こそ、牧口先生の一切の規範であった。大聖人直結、御書根本の生涯を貫かれたのである。
その精神は第2代会長・戸田城聖先生に受け継がれ、学会は御書根本で広布に前進してきた。戸田先生は会長就任後、真っ先に御書を発刊。第3代会長・池田先生もまた、御書を拝して絶対勝利のリズムを生んできた。牧口先生を偲び、池田先生はつづっている。「最後の最後まで、粘り強く、前へ前へと進まれた。この崇高な生き方——。不動の信念をもたれていた牧口先生にとっては、牢獄すらも法戦の場であり、すなわち『寂光の宮殿』『宝の家』であられた。これが、私どもに仏法と人生の真髄を教えてくださった師匠の姿である。創価学会の創立者の偉大なる振る舞いである。私どものすばらしき誇りである」と。
昨年、牧口先生の生誕150周年の節目に御書新版が発刊された。真新しい御書に広布の歴史を刻むのは、私たち一人一人である。御書根本に広布の大道を開いた創価三代の師弟に続き、「立正安国」「立正安世界」の対話を大きく広げていきたい。

☆御書と未来へ 第18回 断固と病魔を退けよ!
〈御文〉
『人の命は山海空市まぬかれがたきことと定めて候えども、また「定業もまた能く転ず」の経文もあり。また天台の御釈にも、定業をのぶる釈もあり。』〈四条金吾殿御返事(智人弘法の事)、新1563・全1149〉

〈通解〉
人の命は、山や海や空や町のどこにいても終えるのは免れがたいことであると定められているが、「定業であっても(正法の修行によって)よく転じる」との経文もある。また、天台の御釈に、定業を延ばすことができるともある。

〈池田先生が贈る指針〉
「健康長寿の信心」だ。妙法に則り、健やかな充実の日々を聡明に重ねていただきたい。適切な検診や治療も大切に!
病との闘いに弱気になるときもあろう。しかし、御本仏が厳然と地涌の闘士を護ってくださる。法華経には、定められた寿命さえも延ばせる大功力がある。広布の使命を自覚して、断固と病魔を退散させるのだ。

☆大学校生とナットクTALK テーマ:相手の反応 2022年5月29日
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回のテーマは「相手の反応」。中村団長が、対話に挑戦した長内ニュー・リーダーを励まします。

登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。35歳。
長内ニュー・リーダー 男子部大学校5期生として新たな一歩を踏み出した23歳。

Q友人に、冷たい態度を示された
A一喜一憂せず誠実に語り抜こう
中村区男子部大学校団長 長内君、先日の友人との対話は充実できたかな?

長内ニュー・リーダー 実は、そうでもなかったんですよ……。

中村 おっと。どうやら落ち込んでいるようだね。何があったの?

長内 学会や信心のことを語ったのですが、友人があまり興味をもってくれなくて、「もうその話はいいよ」と機嫌を損ねて、冷たい態度をされてしまったんです。その友人は、小中学校からの長い付き合いで、だからこそ、自分のやっている学会の信仰や活動のことを知ってほしかったのですが、うまくいきませんでした。

中村 そっか。でも、友人に学会や信心の素晴らしさを、長内君自身の言葉で語ったんだよね。すごいことじゃないか! 勇気がないと、できないことだよ。実はね、僕も昔、長内君と同じような経験をしたことがあるんだよ。

長内 一体、どんなことがあったんですか。

中村 仲が良かった友人に、思い切って仏法対話をしたんだけれど、その友人は、インターネット上に流れている学会に関するデマや誹謗中傷を、うのみにしてしまっていたんだ。いろいろ、悪口も言われた。でも、その後も、折あるごとに、自分が感じたままの学会の姿や信心のすごさを粘り強く語り続けていくうちに、友人は、少しずつ学会に理解を示してくれるように変わっていったんだ。

長内 団長にもそんな経験があったんですね。

中村 御書には「信ぜん人は仏になるべし。謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり」(新697・全552)とある。仏法の眼から見た時、偉大な妙法を語ったことは、仮に反発されたとしても、必ず相手の仏性を呼び覚ます縁となるんだ。その上で大事なことは、真心を込めて誠実に語っていくことだよ。
池田先生は「信心に励む中で自らが実感する体験や喜び、確信を、飾らずにありのまま伝えていけばよいのです。それが真実の言葉です」と言われている。長内君が友人の幸福を願って誠実に信心の確信を語っていけば、その真心は必ず相手に伝わるよ。

長内 つまり、相手の反応に一喜一憂せずに、自信を持って、どんどん語っていけばいいんですね?

中村 その通り。日蓮大聖人は「この法門を申し候へば、他人にはにず多くの人に見えて候え」(新2120・全1418)と仰せだ。まさに、あまたの人と会い、正義を語り抜いてきた大聖人のように、僕たちも立正安国の精神を燃やして、友人と語り合っていこう!

2022年6月2日木曜日

2022.06.02 わが友に贈る

「火をきるに、
やすみぬれば火をえず」
友と共感し合えるまで
誠実に語り抜こう!
不撓不屈の炎燃やして!
(新1522・全1118)

異体同心事 P1463
『殷の紂王は七十万騎なれども同体異心なればいくさにまけぬ、周の武王は八百人なれども異体同心なればかちぬ』

【通解】
殷の紂王は、70万騎だったが、同体異心だったので、戦に負けた。周の武王は、わずか800人の軍勢であったが、異体同心だったので勝ったのである。

名字の言 ラグビー「リーグワン」の初代王者に輝いた埼玉ワイルドナイツ 2022年6月2日
列島を熱狂の渦で包んだラグビー・ワールドカップから3年。今年から始まった日本の新リーグ「リーグワン」は、埼玉パナソニックワイルドナイツが初代王者に輝いた▼前身のトップリーグを刷新し、地域密着と日本ラグビーの強化を目指してスタートしたリーグワン。だが感染症の影響で開幕戦が中止になるなど、その船出は困難を極めた▼埼玉も開幕から2試合連続で不戦敗に。逆境の中でチームがこだわったのは「意思疎通」だった。立場や年齢を問わず皆で課題を指摘し合い、切磋琢磨できる雰囲気をつくった。厳しい言葉で奮起を促したことも。「しゃべるとうまくいく。しゃべれない時にミスが出る」というチームは試合を重ねるごとに団結を強め、不戦敗以降を16戦無敗で飾り、栄冠を手にした▼"口にしなくても分かるだろう"といった思い込みを排し、声に出して伝える。その人にとって耳の痛いことであっても、言うべきことは言う。ラグビーに限った話ではない。真心から発した言葉は相手の心に届き、互いの前進の活力となろう▼御書に「人をたすくれば実語」「人を損ずるは妄語」(新1194・全890)と。さあ今日も友のもとへ! 自他共の歓喜は真実の対話から生まれる。

寸鉄 2022年6月2日
「指導とは激励なり。励ましなり」戸田先生。友の心に希望の灯点す名将に
東京・豊島女性部「師弟勝利の日」。今こそ平和と幸福の連帯を地域に拡大
言葉は風を切る矢にも炎の剣にもなる—童話王アンデルセン。青年よ正義の言論で勝て
防水スプレーの吸入事故に注意。健康害する恐れ。マスク着用し屋外で使用
公明は困難抱える女性の声聴き支援に尽力—NPO代表 実績多数。政治は実行力

〈社説〉 2022・6・2 9日は「サイバー防災の日」
◇油断なく"構えての用心"を
童話を一つ。ある所に3匹の子豚がいた。それぞれ家を建て、鍵として合言葉を設定する。しかし子豚を狙うオオカミは、インターネット上で情報を得て、2匹の「名前」「誕生日」そのままの合言葉を見抜いてしまう。最後の1匹も狙うが、彼の場合は「長く、推測されにくい」合言葉で……。
ネット利用時の防犯意識を高める童話から趣旨を紹介した(「サイバー防災」公式サイト)。名前や誕生日などを基にした合言葉(パスワード)は、予測されやすい。パスワード設定で大切なことは、�簡単なものにしない�使い回さない�人に教えない、の三つだ。
携帯の電話番号だけでやり取りするショートメッセージ(SMS)を悪用した犯罪も多い。ネット販売会社や宅配業者を装うSMSを送り付け、本物そっくりの偽サイトに誘導してカード情報を抜き取り、不正利用するのだ。SMSやメールで届いたURL(リンクの張られた文字列)には用心を。メール本文自体にURLが埋め込まれていることもある。
またリンクによる誘導では、ウクライナへの義援金をかたる詐欺も起こっている。正しい情報かどうか分からないメールやLINEメッセージは、安易に他人に転送しないよう、気を付けたい。
メールの添付ファイルを開くと不正プログラムに感染し、個人情報を盗まれる被害も多発している。対策は、基本ソフト(OS)やウイルス対策ソフトの定義ファイルを更新し続けることと、ファイルを不用意に開かずメールアドレス等をよく確認すること。知人の登録情報がすでに乗っ取られている可能性も念頭に置き、メールの内容を不審に思ったら、電話等で相手に確かめることも重要だ。
これらの事例のように、新しいサービスや技術を悪用したサイバー犯罪が次々と発生している。警察庁によると、昨年のサイバー犯罪の検挙件数は前年から2割増加し、過去最多を記録した。
だからこそ、改めて強調したいことは「用心」の一点だ。
日蓮大聖人は門下の身を案じ、「かまえてかまえて御用心候べし」(新1540・全1133)と戒められた。それは今日のネット社会でも、不可欠の心構えであろう。6月9日は「サイバー防災の日」。由来は「ロック」。ネット上での防犯体制や対策を見直し、無事故の利用を心掛ける日としたい。

☆桂冠詩人は詠う 勇気の舞 凱歌の行進� 第9回 埼玉の友へ
◇永遠に勝ってゆくのだ!
埼玉!
おお 埼玉よ!
鉄桶の
深い決意の埼玉よ!

いかなる危機があっても
断じて負けぬ埼玉!
いかなる法戦にあっても
何ものも到底かなわぬ
あの荒々しくも
喜びに満ちた前進!

彼らの突進しゆく
到達の地点は
必ず 勝利また勝利の
歴史であった。

◆◇◆

埼玉は負けない!
断じて負けない!
いかなる
攻め苛む悪鬼らも
断じて
撃滅してみせる。

埼玉の友は
賢明さを
誇り高く持っている。
不敗の健康の生命を
充満させている。

埼玉は
「鉄桶の埼玉」という
永遠の掟を
誇りとして持っている。

◆◇◆

ああ
埼玉に
今日も日が昇る!

あちらこちらで
仏の声が!
仏の叫びが!
この世の威厳と
勝利を包むが如く
爽やかな風のように
歩き始めている。

私たちは
神々しき朝の煌めきを
わが生命に受けながら
重々しい
不規則にして
複雑な社会の中を
悠然と
また黙々と
稀有の宝石を
心に輝かせながら
断固として
栄光の道を築き歩む。

私たちには
運命的に約束された
同志がいる。
私たちには
若さに燃え上がる
美しき同志が
たくさんいる。

彼らと
人生を語りに語る。
広布を語りに語る。
偉大な生命の輝きを
飾ることができる
毎日だ!
何も我らには
後悔はない。

堂々たる私は
私の大道を!
君もまた
君の大道を!

誇りも高き
光り輝く
約束した
私自身の運命の道を
晴れ晴れと歩む。

◆◇◆

埼玉よ!
いつも喜びの
夢を持つ埼玉は
いかなる岩盤があっても
それを突き破る
勇気を持っている。

埼玉よ!
その高らかな完成には
謗法の者たちも
呆然として見ている。

埼玉は勝ったのだ!
埼玉は
永遠に勝ってゆくのだ!

偉大な人生を
歩み残すためには
賢さを誇りゆく
信念の友が必要だ。
その模範の
永遠の都こそ
埼玉なのだ!

偉大な埼玉よ!
永遠の光を
いつまでも!
勝利と満足の光を
永遠に!

2022年6月1日水曜日

2022.06.01 わが友に贈る

"竹の節を一つ割れば
他の節も割れていく"
私の勇気の一歩が
皆に勢いを与える。
さあ飛躍の6月を!
(新1420・全1046)

諸法実相抄 P1359
『たえて弘めん者をば衣を以て釈迦仏をほひ給うべきぞ、諸天は供養をいたすべきぞかたにかけせなかにをふべきぞ大善根の者にてあるぞ』

【通解】
(三類の強敵による大難に)耐えて、妙法を弘める人を、釈迦仏は必ずや衣で覆い守ってくださるであろう。諸天は必ず、その人に供養するであろう。また肩にかけ、背中に負って守るであろう。その人こそ、大善根の人である。

【先生の指導から】
大聖人と「同じ心」で折伏をする人は、一国の指導者よりも、はるかに偉大である。人々を正しく導く真実の指導者であるとの仰せである。
また、折伏をする人は、真の意味で現世は安穏となり、未来には、生々世々、最高の善き場所に生まれてくると、大聖人は御約束である。

名字の言 「かりゆしウエア」の生みの親 2022年6月1日
地球温暖化対策の一環で始まった"クールビズ"。その先駆けは沖縄の「かりゆしウエア」だ。ハワイのアロハシャツを参考に作られ、2000年の九州・沖縄サミットで各国首脳が着用した。きょうは「かりゆしウエアの日」である▼生みの親は"沖縄観光の父"と呼ばれた宮里定三氏。県内初の観光ホテルを開業し、戦後の米国統治下から本土復帰後の激動期を生き抜いた。ホテル旅館組合を設立し、観光で戦後の復興に尽くす▼全国への誘客運動など、苦境打開の先頭に立つ一方で、氏が重視したのは人材育成。青年研修を実施し、観光業を学ぶ学生支援の基金も創設した。"人材育成なくして沖縄観光の発展なし"——この信念が、世界に誇る観光立県の礎を築いた▼1974年2月、池田先生は沖縄へ。本土復帰後、初となる訪問で、真っ先に励ましたのは未来部の友だった。皆の成長のためならいかなる試練も恐れないとの真情で、"次代の指導者"へ語った。「労苦は自身を磨く研磨剤であり、最大の財産です」「苦難に挑み、雄々しき師子の道をたくましく進みきってもらいたい」▼未来への最大の布石は、後継の育成にある。その礎は、共に成長し、歩み続ける、大人の挑戦によって築かれる。

寸鉄 2022年6月1日
「求めて師とすべし」御書 学会は大聖人直結。異体同心の信心で勝利の夏へ(新111・全230)
師子は吠えてこそ師子—恩師。破邪顕正の叫びが時代動かす。青年が先駆
躊躇の損失は如何に大きいか—詩人ボードレール。今できる事に全力。共に歴史築かん
きょうから「線状降水帯」予測開始。命守る重要情報。家庭の備えも忘れず
空調等の出火事故が多発と。原因は電動機の劣化や埃。使用前に必ず点検

〈社説〉 2022・6・1 "核の脅威展"40周年
◇奥に隠された爪をもぎ取る
"来年の先進7カ国首脳会議(G7サミット)を広島で"——公明党の山口代表は先月、岸田首相に提言した。
先週、首相はG7サミットの広島開催の方針を、来日した米国のバイデン大統領に伝え、大統領も支持を表明。被爆地でサミットを開催する意義は大きい。
現今の世界情勢を受け、核兵器に関する議論が一部で盛んになっている。
"核兵器への恐怖心が、わが国の安全をもたらす"とでも言わんばかりの主張もある。
このような思想の「奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」との第2代会長・戸田城聖先生の叫びが、1957年(昭和32年)に発表された「原水爆禁止宣言」だ。
"核兵器の使用という、人類全体を人質にするような蛮行は、どんな論理や理屈も超えて絶対に許してはならない"との、やむにやまれぬ思いがほとばしっている。
この価値観を持つ人々の輪を、今こそ広げねばならない。
恩師の師子吼から25年後、82年(同57年)6月、創価学会は国連広報局、広島市、長崎市と協力し、「核兵器——現代世界の脅威」展を米ニューヨークの国連本部で開催した。今年で40周年となる。
国連での展示は、利害の異なる各国への配慮が求められ、厳格な審査が行われる。さまざまな調整を重ね、広島・長崎の被爆の実態を伝える展示が実現した。
同展は第2回国連軍縮特別総会の期間中、約1カ月間、国連本部のロビーで開催され、各国の大使など20万人を超す見学者が訪れた。
焦土と化した街の写真や被爆した品々、諸行事やインタビューに勇気を奮って臨んだ生存者たちの証言などを海外の30近いメディアが報道した。
"核の脅威"を目の当たりにした来場者は、「人間がここまで恐ろしいことができたとは信じられない」ともらした。
同展はインド、カナダ、中国、ソ連(当時)と、88年の第3回国連軍縮特別総会まで世界を巡回。その後も、各地で"核の脅威"を伝える展示活動を続けている。
池田先生は「『爪をもぎ取る』とは、自らの心の中に『他者』を復活させ」ることであり、それは「我々の身近な"一歩"に始ま」ると語っている。
他者との対話で、自己を磨く——広宣流布のための一つ一つの活動は、世界平和に直結していることを銘記したい。

☆大白蓮華巻頭言2022年6月号 先師のごとく大確信の対話を
「源に水あれば流れかわかず」と、御書に仰せである。
偉人なる創立の源流を抱く誉れは、何ものにも代え難い。
六月は、我らの先師・牧口常三郎先生の生誕の月だ。
先生が座右の御書に線を引かれていた御聖訓がある。
それは、「大悪は大善の来るべき瑞相なり。一閻浮提うちみだすならば、『閻浮提内、広令流布(閻浮提の内に、広く流布せしむ)』は、よも疑い候わじ」との一節である。
第二次世界大戦という「前代未聞の大闘諍」の渦中にあっても、この御本仏の師子吼のままに、「よも疑い候わじ」と、牧囗先生は広布大誓願の如説修行を貫き通された。
学会草創の座談会は、「大善生活法実証」と謳われた。
先生は一対一の対話を重ね、どんな人生の大悪にも怯まぬ勇気を送り、自他共の幸福という大善の価値を創造する妙法の実証へ、一人また一人と導いていかれたのだ。
太平洋戦争勃発の一月前にも、関西の兵庫を経由して福岡をはじめ九州の各地へ足を運び、信念の対話を展開された。
法難の過酷な獄中からは、大聖人の佐渡での御苦労を偲ばれつつ、「何の不安もない」「何の不足もない」「何の煩悶もない」「心一つで地獄にも楽しみがある」等と書き送られている。
この「喜悦はかりなし」の心を継ぎ、一人の人間革命から一国さらに全人類の宿命をも転換しゆく道を開いてきたのが、戸田城聖先生を先頭とする創価の地涌なのである。
我ら師弟には、いつ、いかなる時にも、「大悪は大善の来るべき瑞相なり」と言い切れる哲理があり、実践があり、そして平和・文化・教育の大連帯があるではないか。
「試練に行き当たった時こそ、前進の炎をさらに燃え上がらせて、生きて生きて、生き抜くのだ」と先師は言われた。
さあ、先師のごとく、大確信の対話を、いよいよ勇敢に!

声仏事
 誓い貫く
  確信で
 幸の勇舞
  凛と広げよ

☆6月の学会史
◎6・4「世界池田華陽会の日」
2009年(平成21年)6月4日、池田大作先生ご夫妻が東京・信濃町の現・創価池田華陽会館を初訪問し、「池田華陽会 永遠の五指針」を贈った。この日を慶祝して、「世界池田華陽会の日」が制定された。

◎6・6「初代会長・牧口常三郎先生誕生日」
1871年(明治4年)6月6日、初代会長の牧口常三郎先生が、現在の新潟県柏崎市荒浜に生まれた。1928年(昭和3年)に日蓮大聖人の仏法に帰依。30年(同5年)11月18日、『創価教育学体系』第1巻を発刊。この日が創価学会(当時は創価教育学会)の創立記念日となった。戦時下、軍部政府による弾圧に抗して信仰を貫き、44年(同19年)11月18日、獄中で73歳の生涯を閉じた。
※参考資料=小説『新・人間革命』第2巻「勇舞」、第15巻「開花」

◎6・7「高等部結成記念日」
1964年(昭和39年)6月7日、東京の各本部(当時)で高等部結成式が行われた。東京第2本部の男子高等部結成式には池田先生が出席し、参加者と共に勤行を。
※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」

◎6・10「婦人部結成記念日」
1951年(昭和26年)6月10日、第2代会長に就任したばかりの戸田城聖先生のもとに、婦人の代表52人が集い、結成された。戸田先生は席上、「白ゆりの/香りも高き/集いかな/心の清き/友どちなれば」との和歌を詠み贈った。昨年の5月3日、70年の歴史を昇華し、婦人部が女性部として新出発した。
※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」

◎6・25「団地部の日」
1978年(昭和53年)6月25日、団地部の第1回全国大会が開催。これを記念して、「団地部の日」に定められた。
※参考資料=『新・人間革命』第24巻「灯台」

◎6・27「未来会の日」
1970年(昭和45年)6月27日、現・神奈川研修道場に高等部・中等部・少年少女部の代表が集い、東京未来会第1期が結成。以後、全国に未来会が誕生していった。
※参考資料=『新・人間革命』第14巻「大河」

◎6・30「学生部」結成65周年
1957年(昭和32年)6月30日、戸田先生のもと、東京で学生部結成大会が行われた。北海道で人権闘争の指揮を執っていた池田先生が祝電を寄せた。本年は結成65周年の節目。
※参考資料=『人間革命』第8巻「学徒」、第11巻「夕張」