2020年8月24日月曜日

2020.08.24 わが友に贈る

◇今週のことば
「黄金柱」の壮年部よ
乱世にこそ揺るぎなく。
「ちかいし願
やぶるべからず」
皆を励まし守り抜け!
2020年8月24日

寺泊御書 P951
『心ざしあらん諸人は一処にあつまりて御聴聞あるべし』

【通解】
「志」を抱いて進む人達は、一処に集まって、法義を聴聞しなさい。

名字の言 きょう「聖教新聞創刊原点の日」 2020年8月24日
スイスの哲人ヒルティは、1月1日から12月31日まで日ごとに思想をつづった名著『眠られぬ夜のために』を残した▼本紙創刊記念日でもある4月20日の欄には、「この世界におけるただ一切の善事だけを報道して、(中略)くだらぬ事柄には見むきもしないというような新聞なり、評論誌なりを、われわれは持つべきであろう」(草間平作など訳)と論じている▼ヒルティは常に善悪を鋭く洞察した。「この世において悪の力が強いのは、全く、事にあたって生ぬるい人たちの恐怖心と不信仰とにもとづくものである」。悪を助長するものは、悪自体の力が強大であることよりも、正義が弱いことに起因するものだ▼きょう24日は「聖教新聞創刊原点の日」。70年前の1950年(昭和25年)のこの日、池田先生は恩師・戸田城聖先生と初めて広布の機関紙の構想を語り合った。そして翌年4月20日、本紙は創刊された。正義の論陣で正邪や善悪を明らかにし、正しい人間が正しく栄える時代を築こうとの思いで新聞発刊は決断されたに違いない▼池田先生は「民衆を賢明にし、民衆を強くし、民衆を団結させる——創刊以来の聖教新聞の使命である」と。この使命への挑戦に終わりはない。混迷の現代を確かな未来へ転換させるための"時代の要請"でもある。(代)

寸鉄 2020年8月24日
池田先生の入信記念日。世界広布を実現した73年後継よ偉大な闘争に続け
「師子王は前三後一」御書次の一歩に全力!幹部の祈りと励ましが躍進の鍵
男女青年部がオンラインで決意の集いを活発に。各地で新入会者も続々と
今年の酷暑は従来の常識通用せずと。夜の室内が最も危険—空調等を活用
正義の師子吼放つ希望の言論城。更なる紙面充実誓う。本紙創刊原点の日

〈社説〉 2020・8・24 きょう「壮年部の日」 2020年8月24日
◇奮闘する黄金柱の友に期待
「塩梅」という言葉には、「料理の味加減」のほかに、「物事や身体の具合」という意味がある。人が集まれば、性格や考え方は多様である。しかし、スイカに塩をかければ甘さが引き立つように、いい「あんばい」で調和すれば、互いの"持ち味"が引き出される。地域や職場や家庭に絶妙の調和をもたらす、黄金柱たる壮年部の存在感にも通じよう。
きょう24日は「壮年部の日」。かつて池田先生は、この日が自身の入信記念日であることから、"恩師・戸田先生が19歳の私を導いてくださったように、壮年が後継の青年を励まし、育てゆく意義も込めている"とつづった。
ある壮年は、慣れないパソコンに悪戦苦闘しながらも、オンラインの集いに参加。壮年部や男子部の友に画面越しでの御書講義を行っている。これまでは仕事で会合に間に合わなかった友が、確信あふれる講義に触れて信心を深めることができたなど歓喜が広がっているという。
新型コロナウイルスと共存する「新しい行動様式」を生み出す努力が、さまざまな場面で重ねられている。世代の違いはもとより、それぞれの家庭や仕事の事情や感染症のリスクへの思いは千差万別だ。誰も置き去りにせず、一人一人にどのように励ましを送っていくか。今、誰もが"正解のない"課題に直面している。
壮年部の結成式(1966年<昭和41年>3月5日)で池田先生は、永続的な発展のためには、分別のある"保守"の力と、若々しい、勢いのある"革新"の力がかみ合っていくことが肝要であり、広布推進の強力なエンジンとしての青年の力とともに、豊かな経験や判断力など、総合的な円熟した壮年の力が求められていると訴えた。
多様な意見に真摯に耳を傾け、皆の思いを共有しながら、柔軟に対応していくところに、数多の修羅場をくぐり抜けてきた経験と、度胸と、実践知を発揮する壮年の本領があろう。
さらに「8・24」は、1950年、事業が最悪の苦境にあった中で、戸田先生が池田先生に聖教新聞の構想を示した「創刊原点の日」でもある。これを通して池田先生は「一番の試練の時に一番の偉大な価値を創造するのが、壮年の本懐だ。この魂で、凱歌大道の誉れの人生を進もうではないか!」と述べている。
多くの同志が経済的な苦境に立たされながらも、信心根本に、師弟不二の魂を燃やして新たな戦野を開拓している。今こそ「生涯求道の壮年部」「職場で勝利する壮年部」「地域貢献の壮年部」の3モットーを胸に、壮年部一人一人がそれぞれの使命の場所で、周囲に希望の光を送る灯台の存在となっていきたい。

☆【8月24日】聖教新聞の創刊原点の日
言葉の力というものは、偉大です。「ありがとう」「負けるな」「いっしょにがんばろうね」——その一言を受け取っただけで、心が温かくなり、勇気が出たという経験が、みんなにもあるのではないでしょうか。
ある時、戸田城聖先生は、若き池田先生に言いました。
"なぜ日蓮大聖人の門下たちは、あれほど弾圧されても、勝ちこえることができたのか"
"大聖人は、お手紙を書いて書いて、書きぬかれて、一人一人をはげまし続けられた。だから、何があっても、みんな負けなかった"
私たちが学んでいる「御書」は、こうした大聖人の"はげましの手紙"なのです。
この「少年少女きぼう新聞」にも、毎月、池田先生が「2030年へ 希望の王子・王女に贈る」をつづってくださっています。
それは、池田先生から大切なみなさん一人一人への"はげましの手紙"です。
◆
今から70年前の1950年の8月24日。この日は、池田先生が創価学会の信心を始めて、ちょうど3年目の日でした。
このころ、戸田先生が経営する会社は、ギリギリの状況に追いこまれていました。社員は次々にやめていき、大勢の人が戸田先生の悪口を言う中で、若き池田先生は、戸田先生を支えていたのです。
その日、戸田先生と池田先生は、ある新聞社の記者と会いました。その帰り道、戸田先生が言いました。
「一つの新聞をもっているということは、実にすごい力をもつことだ。学会もいつか、なるべく早く新聞をもたなければならんな。大作、よく考えておいてくれ」
明日がどうなるかもわからない、一番苦しい日々の中で、戸田先生と池田先生は、広宣流布の未来を見つめ、新聞をつくることを語り合っていたのです。
◆
8カ月後の翌年4月20日。創価学会の新聞である「聖教新聞」が誕生しました。5月3日には、戸田先生が第2代会長になります。
戸田先生も池田先生も、「聖教新聞」にどんどん原稿を書きました。その「正義の声」「はげましの言葉」が、日本中の学会員に勇気と希望を届け、学会は大発展していったのです。
池田先生の小説『人間革命』や『新・人間革命』も、すべて「聖教新聞」に連載されたものでした。
2019年9月。東京・信濃町に、世界聖教会館が完成しました。ここが聖教新聞社の本社で、「少年少女きぼう新聞」も、この世界聖教会館でつくられています。
池田先生と奥様は、完成してすぐの世界聖教会館を2度、訪問。さまざまな展示を見学し、配達してくださる方々の無事故と健康、すべての読者の健康と幸福を、深く深く祈りました。
「世界中の人に聖教新聞を読ませたい」というのが、戸田先生の願いでした。今はインターネットを通した「聖教電子版」もできて、世界の200以上の国・地域で読まれています。

☆第3代会長就任60周年記念 師弟凱歌の記憶 特別編「池田先生 戦火の青春」
◇終戦75年に不戦を誓う
きょう8月15日は終戦75年。国内外で多くの命を奪った軍国主義が破滅した日であり、不戦と恒久平和を誓う日である。池田大作先生はこの時、17歳。死の恐怖から解放され、権力者への怒りを胸に秘めながら、人生いかに生きるべきかを模索し始めた。正しき思想を求めた若き先生が、生涯の師・戸田城聖先生と出会うのは、その2年後の8月14日のことである。「師弟凱歌の記憶」特別編として、池田先生の平和行動の原点となった、戦火の青春をたどる。

◇"私たちは「戦争の子ども」です"——ゴルバチョフ元大統領と
1990年(平成2年)7月にクレムリンで会って以来、池田先生と30年来の親交を結ぶ、元ソ連大統領のゴルバチョフ氏。二人が確かめ合ったことがある。
元大統領 私たちが、戦争で生き残った「戦争の子ども」であるという一点を見逃すと、私たちの世代の人生も、行動も、理解することは不可能でしょうね。
先生 「戦争の子ども」——。まさに、私たちの世代に共通する「体験」と「苦悩」と「辛酸」を、一言にこめた言葉であると思います。(『二十世紀の精神の教訓』)
1931年(昭和6年)生まれの氏に対し、池田先生は3歳上の28年(同3年)生まれ。共に大人たちが始めた第2次世界大戦によって、少年時代の思い出を、暗い灰色に染められた世代である。死の影に付きまとわれ、自由に未来の夢を描くことなど許されない青春だった。次の世代に二度と同じ思いを味わわせてはならない——その思いで二人は、不戦と核兵器廃絶へ戦い続けてきた。

◇「私は戦争を憎んだ。庶民の味方になると心に決めた」
75年前の「8月15日の記憶」を、先生はつづる。
「ラジオの玉音放送は、ザーザーと雑音が入って何を言っているのか、わからなかった」「『ああ、戦争が終わった……』。ほっとしたというのが、私の正直な実感であった」(寄稿「終戦62年に念う」)
前途ある若者を死地に追い立て、国土が焦土と化してなお、軍部政府は「一億玉砕」等と、命をささげることを強要し続けた。
終戦を迎えた先生の胸に去来したのは、そうした権力者への沸騰する怒りであった。
「私は、戦争を憎んだ。民衆を戦争へと駆り立てた、指導者を憎んだ。こんな歴史を二度と繰り返さぬために、自分は何をすべきかを問い続けた」(「随筆 新・人間革命」)
「いつも権力者や政治家に利用されている貧しき庶民、多くの正直にして賢明なる庶民の味方になっていくことを心に決めた」(「随筆 人間世紀の光」)
池田先生は東京の南部、多摩川を挟んで神奈川と接する大森・蒲田地域(現・大田区)で、前半生を過ごした。
まだ幼かった昭和初期、大森の海岸には砂浜が広がり、海苔の竹ヒビが沖まで連なっていた。江戸期以来の「浅草海苔」の一大産地であり、池田家もまた海苔製造業を営んでいた。
海苔業は、関東大震災で既に大きな打撃を受けていた。先生が小学2年生の時に父がリウマチで倒れ、4年生の時に長兄が出征。池田家は男手を失い、家運は傾き、困窮の一途をたどった。先生が小学5年生の時、2歳から過ごした糀谷3丁目の屋敷は人手に渡り、2丁目の家に越すことになる。
3歳で満州事変、8歳で二・二六事件、9歳で日中戦争勃発——高鳴る軍靴の足音とともに、のどかな田園や漁村の風景が広がっていた大森・蒲田一帯も、一大軍需工場地帯に変貌していった。

◇母の鏡を分け合った尊敬する長兄「大作、戦争は美談なんかじゃないぞ」
先生が13歳、国民学校高等科の2年生だった1941年(昭和16年)12月8日、ついに日本はアメリカと太平洋戦争に突入。翌42年(同17年)12月に、長兄が再び出征した。相前後して残る三人の兄たちも、次々と兵隊に取られた。
先生は、42年4月から、軍需工場となった蒲田の新潟鉄工所に勤め、働き頭として、懸命に家族を支え続けた。
だが、この頃から先生は、もう一つの「死の影」に付きまとわれるようになる。肺結核である。
「かつての田園地帯は(中略)軍需工場の進出と人口急増によって、結核の病巣と化した」(『大田区史 下巻』)と記されたように、慢性的な栄養不足や劣悪な労働環境によって、大森・蒲田地域には、"戦争に勝って結核に敗れる"といわれるほど、結核が蔓延。先生にも死の刃を向けてきた。
外からは戦争、内からは疫病という「死の影」と必死で戦いながら、先生は、赤く焼けた鉄粉が飛び散る軍需工場で、油にまみれながら働いた。
中国大陸から一時、除隊してきた長兄は、日本軍の中国での非道を憤り、言い残していた。
「大作、戦争は、決して美談なんかじゃないぞ」
先生は長兄と、一枚の鏡の破片を分け合った。
母が父のもとに嫁ぐ時に持参した鏡が、何かの時に割れてしまった。その破片の中から、手のひらの大きさのものを二人で選んだ。長兄は、その鏡の破片を持って出征し、残った先生も鏡を宝物にして、見つめるたびに、尊敬する兄をしのんだ。

◇戦争ほど悲惨なものはない
44年(同19年)8月までにマリアナ諸島を占領し、本土空襲の足掛かりを得た米軍は、11月から日本本土への攻撃を本格化した。
当初は、軍事目標だけを狙った昼間の「精密爆撃」だったが、やがて焼夷弾で市街地を焼き尽くす、夜間の「無差別爆撃」に戦術を転換。銃後の市民までも、直接、戦火にさらされることになった。
その最初の攻撃が、45年(同20年)3月10日の東京大空襲である。首都の東部が灰燼に帰し、およそ10万人が犠牲となった。
そして4月15日午後10時過ぎから16日未明にかけて、B29爆撃機の編隊が、今度は先生の家族が暮らす、大森・蒲田一帯を焼き尽くした。
家族はばらばらに逃げ、翌日の明け方になっても、互いの消息は分からなかった。
幸いにして「家族は皆、無事であり、手を取り合って喜び合った」(「随筆 新・人間革命」)。
しかし、喜びもつかの間——。
糀谷2丁目の先生の家は空襲による類焼を防ぐため、強制疎開で取り壊しとなり、一家は、馬込のおばの家に一棟を建て増しさせてもらい、移り住むことになった。
新居が完成し、荷物を運び入れ、ようやく新生活が始まろうとする5月24日未明。空襲で、焼夷弾が、完成したばかりの先生の家を直撃した。
全焼した家から、先生と弟は、なんとか長持一つを運び出した。開けてみると、入っていたのは、ひな人形と一本のコウモリ傘だった。
落胆が絶望を募らせた。
その時、母は言った。
「このおひなさまが飾れるような家に、きっと住めるようになるよ」
その一言が、家族の希望となった。
焼夷弾の雨の中でも、先生は、あの一枚の鏡を肌身離さず持ち続けていた。
やはり空襲を受けた時のことである。搭乗機を撃墜されたのであろう。米軍の兵士が、落下傘で脱出した。先生は、頭上を通り過ぎてゆく兵士の顔を見た。自分と、さほど年齢も違わない、少年の面影が残る若者であった。
この米兵はさんざん殴られ、目隠しをされて憲兵隊に連行されたという。胸が痛んだ。家に帰り、その話を母に伝えた。
「かわいそうに! その人のお母さんは、どんなに心配していることだろうね」
若い米兵の身を案ずる母の思いが胸に染みた。敵も味方もない。皆、同じ人間であることを教える言葉であった。

◇戸田先生との出会いから壮大な平和旅が始まった「この世から一切の不幸をなくしたい。どうだ、一緒にやるか!」
戦争が終わり、3人の兄が復員してきた。しかし、長兄は帰ってこなかった。47年(同22年)5月30日、一通の戦死公報が家に届いた。昭和20年1月11日、ビルマで戦死——。
長兄は、太平洋戦争史上で"最も無謀"とされたインパール作戦の犠牲となったのである。
「その通知を握りしめ、小さくなった体を震わせて慟哭していた母の後ろ姿が、私の瞼から消えない」(「終戦62年に念う」)
長兄の戦死公報が届いた3カ月後、終戦記念日を前にした8月14日の夜に、池田先生は生涯の師・戸田城聖先生と初めて出会った。
「生命哲学についての会がある」と友人に誘われて行った、糀谷での座談会。そこで戸田先生の「立正安国論」の講義を聴いた。
「700年前にお書きになったものが、まるで敗戦後の我々のために、お書き遺しくださったかのようだといってよい。個人であれ、一家であれ、一国であれ、この仏法哲理の根本に立たない限り、一切のことは始まらない」
「一家のことを、一国のことを、さらに動乱の20世紀の世界を考えた時、私は、この世から、一切の不幸と悲惨をなくしたい。これを広宣流布という。どうだ、一緒にやるか!」(同)
当時の先生にとって、指導者を峻別する基準は、軍部権力と戦った人か否か——この一点にあった。
仏法の理論を完全に理解したわけではなかったが、投獄されても信念を貫いたこの人なら、信じられると思った。
「そこには、人間として極限の『実像』があった。私は決めた。我、この師に続かむ。我、この道を進まむ」(「随筆 新・人間革命」)
戦火の暗く苦い思い出も、戸田先生との出会いによって、平和の誓いを燃やす薪となった。
73年前のあの夜から、池田先生の師弟不二の道が、壮大なる平和への旅路が始まった。
「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」
「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」
この小説『人間革命』『新・人間革命』の冒頭の言葉こそ、先生の魂の刻印であり、ほとばしる生命の叫び、そのものなのである。

2020年8月23日日曜日

2020.08.23 わが友に贈る

幾多の試練を
勝ち越えてきた
多宝の同志に最敬礼!
豊かな知恵に学びながら
生涯青春の大道を共に!

持妙法華問答抄 P465
『持たるる法だに第一ならば持つ人随つて第一なるべし、然らば則ち其の人を毀るは其の法を毀るなり』

【通解】
持たれる法さえ第一ならば、持つ人もまた第一なのである。そうであれば、その人を毀るのは、その法を毀ることである。

名字の言 友の挑戦とヒマワリの花言葉 2020年8月23日
酷暑の中、暑中見舞いとして届いたヒマワリの写真にしばし見入ってしまった。夕暮れ時、あかね色に染まったヒマワリ畑だった▼「ヒマワリの写真の定番といえば、青空の下、太陽に向かって咲き誇る姿ですが、今回、新しいヒマワリの写真にトライしました」との一文が添えてあった。新しい挑戦から成長のドラマは始まる。友の挑戦の心が伝わり、爽やかな気持ちになった▼この夏、御書の全編拝読に挑戦する壮年がいる。正確に言えば「再挑戦」。12年前、地区部長に任命された時、全編拝読を始めたが、1000ページを過ぎた所で止まっていた。コロナ禍の中、池田先生の本紙の連載「心に御書を」に触発され、今再びの挑戦を決意したという▼戸田先生は若き池田先生に、御書を拝読する姿勢について語っている。電車の車窓から太平洋が見えた時だった。「あの太平洋のような大境涯の信心で、この御書を拝することだ。そうでなければ、凡夫が御本仏の御心に近づくことはできない」。小さな自分の世界ではなく、全生命を懸けた信心の世界で拝していくということだろう▼ヒマワリの花言葉の一つに「光輝」がある。ヒマワリの中に光り輝く太陽が見えたことに由来するようだ。新しい挑戦を重ねる人こそ「光輝」な人である。(側)

寸鉄 2020年8月23日
「心はたらけば身うごく」御書。強き祈りが勇気の源泉。今日も朗々と出発
東北池田記念墓地公園が開園30年。広布に生き抜く福徳は三世永遠に薫る
ともかくも始めることだ—哲人。若師子よ自身の目標へ決意即行動で進め
シートベルト非着用時の致死率は着用時の12倍。後部座席含め必ず励行を
正しき生活リズム、睡眠、バランス良い食事が健康の基本。夏の疲れ残さず

☆四季の励まし 生命力強め「健康人生」を 2020年8月16日
【写真の説明】夏空に湧き立つ白雲。緑のキャベツ畑が一面に広がる。1999年(平成11年)8月、池田大作先生が群馬を訪れた折に撮影した。
池田先生は常々、「食は命なり」と語ってきた。自然災害や天候の不順などにも屈せず、私たちの命を守り育む農漁業の方々に、心から感謝したい。御書には「食には三つの働きがあり、第一には生命を継続させ、第二には体や顔の色つやを増し、第三には心身の力を盛んにする」(1598ページ、趣意)と。
残暑の厳しい日が続く。特に今年はマスク着用の機会も多くなるため、より一層、熱中症への注意が必要となる。バランスの取れた食生活など、健康に留意し、賢明な行動で有意義な夏にしていこう。

◇池田先生の言葉
「病気がない」だけが
「健康」なのではない。
一生涯、何かに挑戦する。
何かを創造する。
前へ前へと自分の世界を
広げていく——
この"創造的人生"こそ、
真の"健康人生"では
ないだろうか。

時間を価値的に使って
早めに休む。
そして「さあ、
きょうも働こう」と、
満々たる意欲で
朝を出発する。
これが、健康で長寿の
生活の基本であろう。
「無理のない」、
そして「無駄のない」
価値創造の
日々でありたい。

利己主義の人は、
年とともに
生命力がしぼんだり、
心がゆがんでしまう。
人のために悩みながら、
尽くして生きている
利他の人は、
大変ではあるが、
その分、
自分の生命力を強め、
大きく開いていける。

病と闘っている友もいる。
心で負けないことだ。
広布に戦う皆さまを、
諸天が
護らないわけがない。
断じて全てに意味がある。
変毒為薬の妙法である。
何があろうと、
微動だにしてはならない。
一歩も引かないで、
御本尊に祈り切るのだ。
悩みを突き抜けて、
人がどうあれ、
堂々と
自分自身に生き切るのだ。
信心とは、
永遠の希望に
生きることである。

かけがえのない
同志の皆さん方が、
健康・長寿で
福徳に満ちた一日一日で
ありますように、
そして大勝利の一日一日で
ありますように、
私と妻は、
いつもいつも
祈っております。
どうか、皆さん、お元気で!

2020年8月22日土曜日

2020.08.22 わが友に贈る

川・海・山の事故が多発。
呉々も安全第一で!
危険箇所には近づかず
体調や天候変化に留意。
油断排し万全の備えを!

大白牛車書 P1543
『抑此の車と申すは本迹二門の輪を妙法蓮華経の牛にかけ、三界の火宅を生死生死とぐるりぐるりとまはり候ところの車なり』

【通解】
そもそもこの車というのは、本門と迹門の二門の輪を妙法蓮華経という牛にかけ、三界の火宅を生死生死とぐるりぐるりと回るところの車である。

名字の言 中華統一を成し遂げた大帝国の歴史の教訓 2020年8月22日
発行部数が累計6400万部を超え、映画化もされた人気漫画「キングダム」。「天下の大将軍」を志す主人公が、後に始皇帝となる秦の国王と共に「中華の統一」を目指す物語だ▼長きにわたり大小の国家が争ってきた戦乱の世を終わらせるには、「国境」そのものをなくすしかない——若き国王の理想に、多くの人々が糾合されていく。漫画は歴史を基にしたフィクションだが、天下の統一という偉業は2200年の時を経ても色あせない▼始皇帝が暴君か名君かは、さまざまな意見がある。万里の長城や巨大陵墓の建設に民を酷使した一方で、文字や度量衡の統一などの業績も残した。ただ確かなのは始皇帝の死後、わずか4年で秦は滅んでしまったということだ▼なぜ強大な秦帝国は滅亡したのか。作家の陳舜臣氏は、民衆の支持を得なかったこと、地方の長官は中央政府から任命された官吏ばかりで、身を賭して国を守る人々がいなかったことを挙げている(『秦の始皇帝』文春文庫)▼要するに「民の安穏の実現」という明確な理念、そして次代を担う真の人材を欠いていたということだろう。法律や制度だけでは足りない。それを支える人間と優れた精神性あってこそ、世代を超えた発展はある。現代にも通じる重い教訓である。(駿)

寸鉄 2020年8月22日
若いというだけでどんな人間よりも偉大—恩師。君よ宝の青春を乱舞せよ
「仏の御心はこの文字に備れり」御聖訓。御書を拝せ!勝利の道がここに
希望は強い勇気であり、新たな意志—作家。広布のロマン胸に今日も前進
熱中症死、3割が夜間。就寝前に水分補給、冷房活用を。高齢者は特に注意
コロナ終息後に行きたい国、日本が1位。皆で試練乗り越え民衆交流を再び

☆学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 第8回 信心の継承
大切な夏休みに入り、お子さんやお孫さんに信心の素晴らしさを伝えていきたいと思っている壮年部の方々も多いと思います。ここでは、信心の継承をテーマに、壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から池田先生の指導を学んでいきましょう(指導集248ページから250ページまでを抜粋)。

●テーマ 信心の継承 子どもが、なかなか信心に立ち上がりません
〈「信念、生き方、情熱」を賢明に伝える〉
私たちは、法のため、人のために奉仕している。エゴの人生ではない。ゆえに人よりも忙しいし、団欒の機会も思うままには取れないかもしれない。それでも人に尽くして生きている。いちばん尊い人生なのである。
その信念、生き方、情熱を、子どもたちが理解し尊敬できるようにしてあげなければならない。愛情も信念も、"黙っていても、いつかわかってくれるだろう"と考えるのは誤りである。
意識して"表現"しなければならない。あせらず、そして賢明に伝えていくことである。その「知恵」が「信心」の表れなのである。
(『池田大作全集』第82巻、SGI代表者会議でのスピーチ)

〈自分がしっかりしていればいい〉
両親や夫や奥さんがなかなか入会しない、あるいは子どもが信心に立ち上がらないからといって、あせる必要はありません。
大聖人も「この功徳は父母・祖父母・乃至無辺の衆生にも・をよぼしてん」(御書1231ページ)——この功徳は、あなたの父母・祖父母、さらに無辺の衆生にもおよんでいくでしょう——と仰せです。自分がしっかりしていれば、すでに道は開かれているのですから、安心していい。太陽は一つ昇れば、全部を照らしていける。自分が一家・一族の太陽になればいいのです。
(『池田大作全集』第30巻、「法華経の智慧」)

〈恥じることはない〉
自分が幹部で、子どもさんが一生懸命に信心していないことから、"幹部として恥ずかしい。皆に申し訳ない"と、何か後ろめたい思いでおられる方もいるかもしれない。また、"幹部なのに……"と厳しい目で見ている人もいるかもしれない。
しかし、負けてはいけません! 決して恥じることはありません。全部、深い意味があるんです。要は、子どもさんが信心に励み、幸せになれるように、強盛に祈り、日々、真剣に努力し抜いていくことが大事なんです。
むしろ、子どもさんのことで、確信を失い、元気が出なくなってしまったり、学会活動に対して遠慮がちになってしまったりすることの方が問題です。それこそが、魔に破られてしまっていることだからです。何があろうが、めげたり、萎縮してしまったりすることなく、大生命力をみなぎらせ、堂々と胸を張って、戦うんです。そして、周囲の若い後継の世代を温かく励まして、全力で育成していけばいいではありませんか!
(小説『新・人間革命』第27巻「求道」)

2020年8月21日金曜日

2020.08.21 わが友に贈る

宝の未来部を支える皆様
いつも ありがとう!
無限の可能性を信じ抜く
励ましの慈光ありて
使命の大輪は咲き薫る。

南条殿御返事 P1530
『法華経を山中にして読みまいらせ候人をねんごろにやしなはせ給ふは、釈迦仏をやしなひまいらせ法華経の命をつぐにあらずや、妙荘厳王は三聖を山中にやしなひて沙羅樹王仏となり、檀王は阿私仙人を供養して釈迦仏とならせ給ふ、されば必ずよみかかねどもよみかく人を供養すれば仏になる事疑ひなかりけり』

【通解】
法華経を山中で読み修行する人を手厚く供養されるのは、釈迦仏を供養申し上げ、法華経の命をつぐことと同じではなかろうか。妙荘厳王は三人の修行者を山中にやしなった功徳により沙羅樹王仏となり、須頭檀王は阿私仙人を供養して釈迦仏となられた。とすれば法華経を読み書くことをしなくても、読み書く人を供養するならば成仏することは疑いない。

名字の言 "真の終戦"とは——青年部「戦争・被爆証言を聞く会」で考える 2020年8月21日
ある父は特攻隊員として出撃する前、5歳と3歳のわが子に手紙をつづった。<イツデモオマヘタチヲ見テイル>。漢字の読めない幼子を気遣い、カタカナで書いてある。<オトウサンハ「マサノリ」、「キヨコ」ノオウマニハナレマセン>▼"背中に乗せて、お馬さんごっこをしてやれない"。そう書き残し、米軍が上陸した沖縄へ向かい、命を落とした。享年29歳。子どもたちの悲しみは、どれほどであったか。戦争で失ったものはあまりにも大きい▼「まだ戦争は終わっていません」。過日、学会青年部の「戦争・被爆証言を聞く会(オンライン)」で、90歳の婦人部員が沖縄戦の体験を語った。当時15歳。米軍が迫る中、重傷の叔父を置いて逃げた。「戦争が終わったら迎えに来てくれよ」。その叔父の声が今も耳朶から離れないという▼婦人は「私の体験を次の人につなげてください。そのときが、私の終戦日です」と。終了後、各地の青年部員から「今日の"聞き手"は、明日の"語り部"だと学んだ」などの感想が届いた▼75回目の「終戦の日」を過ぎてなお、戦禍に苦しむ方々がいる。その声なき声に耳を傾け、代弁する。悲惨の二字をなくそうと、"次の人"が立ち上がってこそ、真の終戦は訪れる。自らが、その一人でありたい。(子)

寸鉄 2020年8月21日
「弟子のしらぬ事を教えたるが師」御書。求道心燃やし師弟道を堂々邁進
現実を理想に近づける力が大聖人の哲学だ—恩師着実な一歩前進を今日も
豪雨は温暖化の影響で更に増加—専門家。皆が当事者。心構えの刷新必須
コロナ禍で子の7割超にストレス反応。休み明けは要注意。変化見逃さず
ましい水の事故多し。"自分は大丈夫"—油断が命取りに。声掛け何度も

☆日蓮大聖人の慈愛の眼差し=完 池上兄弟 「賢者はよろこび愚者は退く」
◇2度の勘当に屈せず一家の宿命転換を成就 後世に輝く「難を乗り越える信心」の鑑
広宣流布とは、仏と魔との闘争である。
日蓮大聖人は大難にも一歩も退かず、渾身の激励を門下へ送られた。師の励ましを受け、門下たちは病苦や家族との死別、権力者からの迫害など障魔の嵐を乗り越えていった。
日蓮門下の人間群像は、「師弟の絆」こそ、一切の苦難に打ち勝つ力であることを示している。
企画「日蓮大聖人の慈愛の眼差し」の最終回は、師の御指導通りに三障四魔に屈せず、一家の宿命転換を成し遂げた「池上兄弟」を紹介する。

◇魔との闘争こそ成仏への直道
池上兄弟の兄は宗仲といい、弟は宗長と伝えられている。池上とは、武蔵国・千束郷池上(東京都大田区池上とその周辺)のことで、兄・宗仲は池上の地頭だったようだ。
兄は右衛門大夫志、弟は兵衛志という官職を持っており、日蓮大聖人はそれぞれの官職名で二人を呼ばれていた。康光(宗親とする説もある)と伝承される父と兄は鎌倉幕府に仕え、殿舎の造営や修理などの建築、土木に携わる大工(工匠)の棟梁に当たる立場にあったと考えられている。
池上兄弟が大聖人に帰依した時期は定かではないが、立宗宣言の数年後、四条金吾らと同時期といわれている。
入信から20年ほどたった頃、兄弟に大きな難が降りかかる<最近の研究では建治2年(1276年)と考えられている>。真言律宗の僧・極楽寺良観の熱心な信者だった父・康光が、兄弟に法華経の信仰を捨てるように迫り、兄・宗仲を勘当したのである。
当時、親から勘当された子は家督相続権や遺産相続権を失った。それは社会的な身分を剥奪されることでもあった。つまり、宗仲にとっての勘当は、経済的保証を奪われ、社会的に破滅することを意味した。
一方で弟・宗長は、父の意向に従って妙法の信仰をやめれば、兄に代わり家督を継ぐことになる。家督を継いで親に孝養を尽くすか信仰を選ぶか、悩ましい事態になった。
このように兄・宗仲の勘当は、兄弟の信心を破り、二人の仲を引き裂こうとする陰湿なものであった。
大聖人は、池上兄弟に長文のお手紙「兄弟抄」をしたためられ、兄弟が直面している難は法華経に説かれる通りであることを示される。その中で、未来に大地獄に堕ちるほどの報いがあるところを、正法を行じる功徳によって現世で少苦として受ける「転重軽受」であるとして、「各各・随分に法華経を信ぜられつる・ゆへに過去の重罪をせめいだし給いて候」(御書1083ページ)と激励。仏道修行を妨げようとする魔性と戦うことが成仏への道であることを教えられる。
大聖人の御指導通り、池上兄弟は夫妻ともども心を合わせて信心に励んだ。そして翌年までには宗仲の勘当が解かれるのである。

◇弟・宗長への厳愛の御指導
しかし、宗仲が再び勘当されてしまう。極楽寺良観が、自身の信奉者である父・康光をあおり立てたのだ。
1度目の勘当の時と同様、大聖人が特に気に掛けられたのは弟・宗長の信心であった。
本来、「信仰」と「孝養」は一方を選び取るようなものではなく、信仰を全うすることが真の孝養となる。しかし、宗長は選択を迫られているように感じたかもしれない。
宗長へのお手紙「兵衛志殿御返事(三障四魔事)」で大聖人は、宗長の迷いを振り払われるように、あえて厳しく戒められる。
まず、「師と主と親とに随っては悪いときに、これを諫めるならば、かえって孝養となる」(同1090ページ、通解)と確認される。
その上で、兄・宗仲は「今度、法華経の行者になるでしょう」(同1091ページ、通解)と仰せになる一方、宗長には「あなたは目先のことばかりを思って、親に随ってしまうでしょう。そして、物事の道理が分からない人々は、これを褒めるでしょう」(同ページ、通解)と心配される。
さらには、「今度は、あなたは必ず退転してしまうと思われます」(同ページ、通解)等と繰り返し仰せになる。
そして、「一筋に思い切って兄と同じように仏道を成じなさい」「『私は親を捨てて兄につきます。兄を勘当されるのならば、私も兄と同じと思ってください』と言い切りなさい」(同ページ、趣意)と、まるで肩を抱えて力強く揺さぶるかのように、何度も何度も宗長の勇気と覚悟の信心を奮い起こそうとされるのである。
"幸福への道を断じて踏み外させまい"との大聖人の厳愛に呼応するように、宗長の胸中には、兄と共に信心を貫く決意が固まっていったことだろう。
さらに大聖人は「潮の満ち引き、月の出入り、また季節の境目には、大きな変化があるのは自然の道理です。同じように、仏道修行が進んできて、凡夫がいよいよ仏になろうとするその境目には、必ずそれを妨げようとする大きな障害(三障四魔)が立ちはだかるのです」(同ページ、趣意)との原理を示される。
その上で、こう仰せである。
「賢者はよろこび愚者は退く」(同ページ)
"苦難は、いよいよ大きく境涯を開くチャンスだ"と、喜んで立ち向かう「賢者」であれと、信心の姿勢を教えられるのである。
池田先生は次のように講義されている。
「一見、障魔から攻め込まれているように思うことがあるかもしれない。しかし本質は逆です。私たちが自ら勇んで成仏の峰に挑んだがゆえに、障魔が競い起こったのです」「どこまでも、主体者は自分です。永遠の常楽我浄の幸福境涯を得るために避けて通ることのできない試練である——こう覚悟した者にとって、障魔と戦うことは最高の喜びとなるのです」
魔が競い起こるのは正法の実践が正しいことの証明であることを深く確信し、喜び勇んで立ち向かっていく。ここに、「創価の賢者」の生き方がある。

◇信仰を貫き通し、ついに父が入信
池上兄弟は、前回の勘当の時にも増して心を合わせて信心に励み、父親に極楽寺良観の誤りを粘り強く指摘し続けたことだろう。その陰に、妻たちの揺るぎない信心による励ましがあったことは間違いない。
その結果、ついに父・康光が法華経の信仰に帰依する時が来た。弘安元年(1278年)のことである。
その報告を聞かれた大聖人は心から喜ばれ、宗長に送られたお手紙の中で、兄弟の団結を称賛される。師の真心に、二人はさらに報恩の決意を固めたことだろう。
入信の翌年の弘安2年(1279年)、父・康光は安らかに息をひきとる。それを伝え聞かれた大聖人は、こう激励される。
「あなた(弟・宗長)と大夫志殿(兄・宗仲)は、末法の悪世に法華経の大法を信じてきたので、必ずや悪鬼が国主と父母等に入ってそれを妨げようとするであろうと思っていましたが、予想通り、2度にわたる勘当という難が競いました。しかし、勘当を許されて父を信心させたあなた方は真実の親孝行の子ではないでしょうか」(同1100ページ、趣意)
弘安2年といえば、大聖人は熱原の法難に臨んで、厳然と指揮を執られていた頃である。その一方で、こうして門下をたたえ、さらに不退転の人生を歩めるよう、こまやかな激励を重ねられていたのである。
弘安5年(1282年)9月18日、大聖人は常陸国(茨城県北部と福島県南東部)へ湯治に行かれる途中、宗仲の屋敷に立ち寄られる。そして10月13日、池上邸で御入滅される。
翌14日に営まれた御葬送の際には、四条金吾と共に幡を持つ宗仲と、太刀を奉持する宗長の姿があった。
池上兄弟と妻たちの「難を乗り越える信心」の戦いは、大聖人が仰せになった通り、「未来までの・ものがたり」(同1086ページ)として、700年以上を経た今も、私たち信仰者の鑑として不滅の輝きを放っている。

2020年8月20日木曜日

2020.08.20 わが友に贈る

厳しい暑さの中でも
颯爽と広布に駆ける
配達員の皆様に感謝!
尊き労苦に福徳は燦然。
健康・無事故を祈ります。

蒙古使御書 P1473
『所詮万法は己心に収まりて一塵もかけず九山八海も我が身に備わりて日月衆星も己心にあり』

【通解】
所詮、万法は己心に収まって、一塵もかけてはいない。九山・八海も我が身に備わり、日月・衆星も己心に収まっている。

名字の言 夏空を美しく染める夕焼け 2020年8月20日
童謡「夕焼小焼」を口ずさむと、子どもの頃の懐かしい記憶がよみがえる。明治生まれの詩人・中村雨紅が、古里の情景を歌ったものといわれている▼雨紅の郷里は現在の東京・八王子市上恩方町。荒川区で教職に就いていた青年時代、夏休みに実家へ戻ると、つい長居をしてしまうこともあった。駅までの距離はおよそ4里(約16キロ)。バスなど通っていない時代だ。徒歩で帰るその途次で、夕日が山々を赤く染め上げる光景をまぶたに焼き付けたのである▼秋の印象が強い「夕焼け」だが、知人のカメラマンによれば、実は夏の方が美しい写真を撮れるそうだ。湿度の高さが主な要因らしい。赤系の光が目に届きやすい大気の状態となり、燃えるような空の色が現れる。俳句においても「夕焼」は夏の季語である▼池田先生は、創価大学のある八王子をはじめ、各地の夕日をカメラに収めてきた。時には望んでいた瞬間を撮り逃してしまい、「きょうという日は、この人生で、たった一度しかないんだ」と口惜しがることもあった。写真を通じて友に励ましを送るため、一瞬一瞬が真剣勝負だった▼荘厳な夕焼けは翌朝の好天を約束するという。一日一日を悔いなく、自分らしく生きよう。明日の人生が晴れ晴れと輝くことを確信して。(之)

寸鉄 2020年8月20日
外交の根本とは誠実だ—恩師。近隣への友好拡大の鍵は日々の振る舞いに
名聞名利は今生のかざり—御書。青年は大願に生き抜け!不退の信心貫け
「人は、教えながら学ぶ」哲人。後輩と共に挑み、共に前進!人材育成の要
広島土砂災害から6年。避難経路や日頃の備えを確認。教訓忘れず総点検
熱中症の救急搬送、多くが高齢者。屋内も危険。躊躇せずエアコンを使用

☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第6回 難を乗り越える信心<下> 萩本主任副会長
「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」の第6回は、前回(1日付)に続き、「難を乗り越える信心」について、萩本主任副会長と共に学びます。(第7回は9月5日付に掲載の予定。池田先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)

◇池田先生の指導

広布の師弟に生き抜く人は、
一人残らず師子王です。
人生を恐れなく
楽しみ切っていける。
社会を、世界を、希望の智慧で
照らしていけるのです。

1 前進するから魔が競い起こる
それでは今回も、「難を乗り越える信心」について学んでまいりましょう。
「三沢抄」を拝しての池田先生の講義の続きを確認します。

■ 池田先生の講義
第六天の魔王といっても、その本質は、生命に潜む元品の無明が、魔の働きとなって現れてきたものです。
自身の境涯を広げようとするから、止めようとする力が働く。船が進めば波が起こり、走れば風圧が生ずるように、人間革命の道を進みゆく人々に、信心への不信、疑念を抱かせようとするのが、魔の本質なのです。
決して、自分の信心が弱いから、また、自分の信心の姿勢が悪いから難が起こってくるわけではないのです。
—◆—
思いがけない苦難に襲われると、「自分の信心が弱かったから」「信心の姿勢が悪かったから」と弱気になりがちです。しかし、先生は「そうではない」と断言されています。
1985年(昭和60年)7月、長野の実家が地滑りに巻き込まれました。幸いにも父母は逃げ出して無事でした。東京から飛んで帰ると、そこにあったのは、厳として動じない父母の姿でした。
父と母は共に63年(同38年)に入会。二人して、幾度も池田先生の励ましを受けながら広布に走り抜いてきました。先生は被災の報を聞かれ、「大変だったね。必ず変毒為薬できるよ」と万感こもる激励をしてくださいました。
「変毒為薬」とは「毒を変じて薬と為す」という意味です。日蓮大聖人は、この文を引いて「災来るとも変じて幸と為らん」(御書979ページ)と仰せです。
魔はあらゆる手を使って、法華経の行者に疑いや恐れや不安や迷いを起こさせ、成仏を妨げようとしてきます。しかし、魔を魔と見破れば、信心の利剣によって必ずや打ち破っていけます。
その後、父は使命を全うし、3年前に霊山に旅立ちましたが、あの時、「家はなくなったが、これでますます広布のため、同志と共に頑張っていける」と凜と語っていた姿は、今も忘れられません。

2 師弟の道に勝利の要諦が
続いて先生は「佐渡御勘気抄」を拝されます。同抄は、日蓮大聖人が流罪地の佐渡に向かわれる直前に認められた一書です。

【御文】
仏になる道は必ず身命をすつるほどの事ありてこそ仏にはなり候らめと・をしはからる(佐渡御勘気抄、891ページ2行目〜3行目)

【現代語訳】
仏になる道は、必ず命を捨てるほどのことがあってこそ仏になるのだろう、と思われる。

■ 池田先生の講義
人間は、運命を嘆き、宿命に翻弄され、苦しむだけの存在ではない。難を乗り越えて、自他共の幸福を勝ち開く。その力を無限に解き放つための哲理が妙法です。そのための信心です。この境涯革命、人間革命を成し遂げるには、不惜身命の実践が欠かせないのです。その要諦は不退の信心にあります。
佐渡流罪中に認められた「開目抄」にも「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(御書234ページ)と仰せです。
いかなる難に直面しても、疑いを起こさず、敢然と信心を貫き通していけば、必ず仏界の生命を涌現できる。
大事なことは、「まことの時」に、師の言葉を忘れず、ひとたび決めた師弟の道を、同志と共に、断固と進み抜いていく信心です。
—◆—
努力に努力を重ね、それでも「もうだめだ」と思った時、「師匠に勝利の報告をする」との決意を希望の光として、もう一度、戦いを開始する同志が全国におられます。
東京・新橋駅近くで40年以上にわたり飲食店を営む壮年が、90年代のバブル崩壊を受け、店をたたもうかと行き詰まった時、目にしたのが池田先生の随筆でした。戸田先生の事業が苦境に陥る渦中、聖教新聞の創刊の構想を「新橋駅近くの食堂」で語り合ったことがつづられていました。「絶体絶命の中、戸田先生と池田先生は、この地から勝利を開かれた。負けるものか! 先生が魂魄をとどめられた新橋で店をやっていく」と腹が決まりました。そこから厚い壁に挑み抜き、やがてにぎわいを取り戻すのです。
その後、リーマンショックによる不況も乗り越えました。なぜ40年も店を続けられたのか?——こう問われた壮年は語ります。「毎朝、しっかり居住まいを正してから聖教新聞を読みます。池田先生の息吹に触れ、決意してから仕事に向かうことで、さまざまな苦難も乗り越えることができました」と。
今、コロナ禍で客足が絶える中、常連客や飲食店の仲間に励ましを送る日々。その模様を、70歳にして初めて触れたパソコンを使って、オンラインの支部の壮年部御書学習会で報告するなど、至る所で勇気と希望を広げておられます。

3 経文通りの実践者の誉れ
池田先生は、難に遭うことは、経文通りの実践者の誉れであると教えてくださっています。

■ 池田先生の講義
恩師は、力強く訴えられました。
「牧口先生が幾たびとなく弟子に語った、この言葉を断じて忘れてはならない。『悪口罵詈、猶多怨嫉の難は法華経の実践者の誉れなのである』と」
地域のため、社会のため、世界の平和のために、誰が本気になって尽くしているのか。それは、学会員です。
私たちは、無理解や偏見などから圧迫を受けたとしても、すべては法華経の行者の誉れと愉快に堂々と前進していけばいいのです。
「石に金を・かふるにあらずや」(御書891ページ)です。
苦難を越えて、信心を貫き、広宣流布に生き抜く人は、凡夫の身のままで、胸中に大聖人と同じ最極の生命を涌現することができる。戦えば戦うほど、自分自身の仏の力が引き出せる。信心は、その秘術です。
—◆—
現代において、経文通りの三類の強敵の迫害を乗り越え、世界広宣流布という御本仏の御遺命を実現したのは、創価三代の師弟であり、なかんずく池田先生にほかなりません。
1970年(昭和45年)の夏、高等部の代表として参加した野外研修に、池田先生が出席してくださいました。先生はその時、「スイカやトウモロコシを、どんどん食べなさい」と勧めてくださり、にぎやかにほおばる私たちに、大きな慈愛の眼差しを注ぎながら語り掛けてくださいました。「君たちはいいな。私はラーメン1杯食べるのも大変なんだよ」と。
当時は言論問題のさなかであり、学会への無理解からくる誹謗・中傷が社会に渦巻いていました。その中で体調を崩されていたにもかかわらず、私たち未来部のため、あえて灼熱の野外での研修に来てくださったのです。先生の額に浮かぶ玉のような汗と激励の一言一言は脳裏に焼き付いています。
そして、この時、「生涯、先生と共に戦おう」と決意したことが私の原点となっています。
かつて先生は語られました。「妙法の師弟に生き抜く生命には、何も恐れるものはない。三世永遠に、いかなる悪鬼も打ち破り、『常楽我浄』という最極の生命の歓喜と勝利の道を悠然と進むことができるのである」と。
偉大な師匠と共に戦える!——こう思うと、いかなる苦難も乗り越える勇気が湧いてきます。歓喜があふれます。私たちは、いやまして「師弟の誓い」をたぎらせ、力強く前進してまいりたいと思います。

4 宿命を使命に変える祈りを
■ 池田先生の講義
私たちには偉大な妙法がある。そして、人類の幸福のために、一人また一人と、平等大慧の仏法を弘めています。
世界広布の使命に生きゆく私たちは、御聖訓に照らし、いかなる苦難にも断じて負けるわけがありません。
難に直面しても、信心が破られない人は、仏の眼で見れば、「難即安楽」で、もう乗り越えているのです。仏法は勝負であるゆえに、信心を貫けば、必ず現実の一切を勝ち越えていけるのです。
—◆—
「難に直面しても、信心が破られない人は、仏の眼で見れば、『難即安楽』で、もう乗り越えているのです」との先生の言葉に、大きく境涯が開かれる思いがします。
「苦難」を文字通り「苦しみ」と捉えるのか、自分を高めゆく「試練」と捉えるのか——先生が教えられているのは、全ては私たちの「一念」で決まるということです。一切を「信心」で捉えた時、「宿命」は「使命」へと変わります。「悩み」は「闘志」を燃えたぎらせる薪となります。苦難にあった人ほど、乗り越えた時に大きな力が出ます。不幸にあえぐ人々の本当の味方となれるのです。その転換の力を生み出すエンジンが「唱題」です。
池田先生は講義の中で、「どんな悩みも、そのまま御本尊に祈っていけばいい。悩みを祈りに変えて、題目を唱えれば、わが生命に、勇気がみなぎり、希望が輝き始めるではありませんか。『難を乗り越える信心』とは、『難を乗り越える祈り』であり、『難を乗り越える唱題』の異名です」と語られています。
眼前の課題や、抱えている不安、人知れぬ悩みも、ありのままに御本尊にぶつけていくことです。前進の力が湧くまで祈り抜くことです。そして、広布のため、友のため、師匠のためにとの誓いを打ち立てていくことです。
時代は、確かな哲学を求めています。私たちの「難を乗り越える信心」の実践の姿こそが、社会に希望を送っていくのです。

■ 池田先生の講義
広布の師弟に生き抜く人は、一人残らず師子王です。人生を恐れなく楽しみ切っていける。社会を、世界を、希望の智慧で照らしていけるのです。
正しき信仰とは、永遠の「勇気の翼」であり、「幸福の翼」であり、「勝利の翼」です。
苦難の烈風があればあるほど、喜び挑んで悠々と飛翔し、境涯をどこまでも高めていけるのです。
さあ、胸を張り、頭を上げて、不撓不屈の誉れの「創価の翼」で、常勝の空へ晴れ晴れと舞いゆこうではありませんか!

さらなる研さんのために
本連載で学ぶ講義「世界を照らす太陽の仏法」は、『創価学会 永遠の五指針』に収められています。本社刊。713円(税込み)。全国の書店で発売中。コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「HMV&BOOKS online」での注文、受け取りも可能。電子書籍でも好評発売中。

2020年8月19日水曜日

2020.08.19 わが友に贈る

教学実力試験に挑む
英知の学生部よ!
最高峰の哲学を学び抜き
混迷の社会を照らす
時代創造の主役と育て!

如説修行抄 P501
『真実の法華経の如説修行の行者の師弟檀那とならんには三類の敵人決定せり』

【通解】
真実の法華経の如説修行の行者として師となり、その弟子檀那となるならば、三類の敵人が必ず現れるのである。

名字の言 ペルセウス座流星群と沖縄 2020年8月19日
夏の夜空に「光の舞」——聖教電子版(17日付)に、ペルセウス座流星群の写真12枚が掲載された。本紙記者や通信員の方々が、夜半に蚊や眠気と戦いながら撮影したもの▼沖縄研修道場(恩納村)での写真には「平和大歓喜の像」と共に、画面中央に北極星も写っている。一番明るい流星は、あたかもそこを目がけて飛んだかのようで、ふと、沖縄の童謡を思い出した▼「夜走らす船や 子ぬ方星目当てぃ(夜走る船は北極星を目印にして)」(「てぃんさぐぬ花」)。親から子の代に伝えて心に染めたい教訓を歌っている。琉球王朝の時代から、焦土と化した沖縄戦を経て今日まで、漆黒の闇夜にも沖縄の人々が見失わなかった「北極星」とは何だろうか▼池田先生は会長就任からわずか2カ月後の1960年7月16日、沖縄を初訪問。南部戦跡の「ひめゆりの塔」「健児之塔」で題目を唱えた後、"もう二度と、ここで戦争は起こさせない!"と力を込めて語った、と同行者が証言している。それは「命どぅ宝(命こそ宝)」という、沖縄の心そのものの師子吼ともいえるだろう▼「平和大歓喜の像」の頭上には、りゅう(竜)座も輝いている。どんな困難の時代も昇竜のごとく立ち上がってみせる——そんな心意気にも思えた。(継)

寸鉄 2020年8月19日
「返す返す此の書をつねによませて」御書。教学は信心の背骨。青年よ繙け
わが子を愛し、社会貢献する人材に—戸田先生。広布のロマン語る好機と
東京富士美のフラワー展が好評。人生彩る花の力。我らは地域に友情の花を
世界人道デー。身近な人を大切にする心から平和は広がる。誠実な振舞で
通販の"お試し"に注意!予期せず定期購入になる問題多発。注文前に確認

〈社説〉 2020・8・19 コロナ禍での夏休み明け 2020年8月19日
奮闘する未来部員に励ましを
新型コロナウイルスによる休校措置の影響で、多くの学校で短縮となった今年の夏休み。文部科学省の調査では、小中学校では最短9日、高校では最短4日という学校もあり、お盆明けからすでに新学期が始まっている地域もある。
「新しい生活様式」が求められる中、学習の遅れを取り戻すため、学校が授業をオンラインで行うなど、デジタルネーティブ世代に合った新しい学習方法も一部で進みつつある。一方、休校期間に出された課題の多さや、自宅での学習に慣れないという声もあり、子どもへの負担が懸念されている。
NTTデータと読売新聞が共同で行ったツイッターの分析結果によると、全国でほとんどの学校が再開した6月以降、心身の疲れを表すようなツイートが急増しているという(7月27日付「読売新聞オンライン」)。長期の休校明けの反動や、学校生活の変化によって、ストレスを抱えこんでいる子どもが増えていることがうかがえる。
加えて、感染リスクを避けるため、帰省や旅行を控える家庭も多く、普段の夏休みの楽しみがなくなってしまったと感じる子どもが多いのではないか。勉強疲れが解消されないまま、新学期を迎えてしまう子もいるかもしれない。
家で子どもと一緒に過ごす時間が増えた今こそ、親は子どもに寄り添いながら、一緒に成長しようと努めていくことが大切だ。地域の創価家族の支えも重要である。
創価大学の鈎治雄教授は、新しい生活様式のもと親子で過ごすに当たり、「もともと人間には、新しいことを生み出す『発想力』や、物事を変えていける『転換力』、そして新しいことに挑戦しようとする『行動力』が備わっている」と考察する。そして、「そんな人間の資質を大いに発揮しながら、目の前の変化を前向きに受け止めていきたい」とし、親子ともども新たな可能性を見いだすチャンスと捉えることが大事だと強調する(「灯台」9月号)。
池田先生は、3日付の「随筆『人間革命』光あれ」で「大きな不安や制約や変化の中で、勉学に挑む高校・中学・小学生の皆さんの苦労もひとしおであろう」と語った上で「若き日に大きな試練を乗り越えることは、それだけ自分が鍛えられ、大きな使命を果たしていける。偉大な価値を創造していけるのだ」と、コロナ禍で奮闘する一人一人に呼び掛けた。
困難な時代の中で、「人類の希望の宝」である未来部の友が、使命の道を勝ち開き、伸び伸びと、朗らかに成長していけるよう、家庭で、地域で支え合い、励ましを送っていこう。

☆SUA入学オリエンテーションへの池田先生のメッセージ 2020年8月13日
◇「創造的生命」の開拓者たれ
一、わが愛する誉れの20期生の皆さん、大学院へ進学する誇り高き皆さん、誠におめでとうございます!
応援してくださるご家族の方々にも、心より感謝とお祝いを申し上げます。
信頼するエド・フィーゼル新学長をはじめ教職員、ならびに全ての大学関係者の方々、人類の宝である大切な俊英たちを、どうか、くれぐれもよろしくお願いいたします。
待望の「科学棟」も完成し、いよいよ「生命科学コース」も開講となります。新たな前進の息吹とともに新たな挑戦を開始する皆さんと、私は一人一人、目を交わし、その凜々しき顔を、わが生命に深く刻みゆく思いで、メッセージを送らせていただきます。
一、人類は今、感染症や気候変動、自然災害等々、幾多の苦難に直面しております。この試練の時代に未来を切り開く鍵はどこにあるか。
私が歴史学者のアーノルド・J・トインビー博士をはじめ世界の知性と語り合ってきた結論の一つは、人間の「創造的生命」への信頼であり、人間教育を基軸とした開拓であります。
未来学者のヘイゼル・ヘンダーソン博士も、この信頼に依って立つ時、「どんな逆境も人間が成長するための"追い風"にしていける」し、「危機は"偉大な変革へのチャンス"」になると力説されていました。
博士ご自身が深刻な環境汚染に立ち向かい、草の根の市民運動をリードし、持続可能な発展のために、たゆまぬ行動を貫かれております。
博士も、アメリカ創価大学へ限りない期待を寄せてくださる一人です。
21世紀の希望の学府として誕生した我らSUAは、開学直後に勃発した同時多発テロ、また世界的経済危機等の激動の中で、何ものにも屈せず新たな価値創造の道を開く人材群を送り出してきました。
コロナ禍にあってオンラインでの講義など大変でしょうが、苦労しながらの学びの一つ一つが偉大な創造的生命を発揮する糧であります。「何があろうと学び抜く」と決めた青春は、断じて負けません。

一、アフリカの人権の大英雄ネルソン・マンデラ翁と、私は若き世界市民による平等と尊厳の連帯を展望しました。非暴力の対話によって歴史を変革したマンデラ翁は、人生において最も困難なことの一つとして、"自分自身を変革すること"を挙げておりました。
「創価教育」は、この最も困難な「人間革命」に自他共に挑み、社会を変え、国土を変え、人類の宿命をも変えゆかんとする壮大な挑戦です。
崇高な建学の理念に集った同志である教授陣、職員、学友、同窓と共々に励まし合い、聡明に焦らず快活に探究し、錬磨し抜いていってください。そして、新たな「地球文明」創造のパイオニアにたくましく育っていただきたいのであります。
一人ももれなく健康・勝利・栄光あれと祈りつつ。

☆対話のツボ 【問い】家族の学会理解を得たい
自分自身が信仰を始めるに当たり、家族がすぐに学会活動への理解を示してくれることは理想ですが、現実はさまざまです。
池田先生は、19歳の時に友人から誘われて座談会に参加し、信心を始めました。その当時を振り返り、「私も入信当時、父が信心に反対でした。父と私の間に立って、母がずいぶん苦心してくれたことを思い出します」と語っています。
"家族が信心の素晴らしさを理解するかどうか"は、新たに信仰を始める人の多くが直面し得ることともいえるでしょう。
とはいえ、そうしたことで焦ったり、不安に思ったりすることはありません。まして、感情的になって、信心のことで家族と争う必要もありません。
大事なことは、この信心を実践することで自分自身が成長し、誰よりも幸せになり、家族の幸福を願える境涯へと「人間革命」することです。
その挑戦の中で、自分だけでなく、家族や周囲をも幸福の軌道へと導いていくことができるのが、学会の信仰です。
大聖人は、「一切は現証(現実の結果)にすぎるものはない」(御書1279ページ、通解)と教えられています。信心によって"現実に成長した姿"ほど、仏法の素晴らしさを物語るものはありません。自身の姿が、そのまま信仰の力の証明になるのです。
ゆえに、地道に粘り強く学会活動に励み、自らが幸福な姿を示していくことが、周囲に確かな学会理解を広げていく直道です。

2020年8月18日火曜日

2020.08.18 わが友に贈る

事前の準備が
未来の勝利を決する。
今の課題を見極め
具体的な目標を定めて
堅実に進みゆこう!

妙密上人御消息 P1241
『国中の諸人一人二人乃至千万億の人題目を唱うるならば存外に功徳身にあつまらせ給うべし、其の功徳は大海の露をあつめ須弥山の微塵をつむが如し』

【通解】
国中の人々が、一人・二人・ないし千万億の人が題目を唱えるようになれば、しらずしらずのうちに功徳が自身にあつまることであろう。その功徳は、ちょうど大海が露をあつめ、須弥山の微塵を積んで大きくなっていくようのものである。

名字の言 核兵器、環境問題、新型コロナに立ち向かう時の共通点 2020年8月18日
昨夏、広島の平和記念資料館を訪れた時のこと。展示室の入り口付近で小学生の女の子がお母さんの手を握り、「帰ろうよ」と。その手を握り返しながら、お母さんはじっと立っていた。展示室では、被爆した中学生の遺品の説明文を、同じ年くらいの男の子に涙を流しながら読み聞かせているお母さんもいた▼今年、長崎の原爆資料館に胸打つ言葉が掲げられた。「核兵器、環境問題、新型コロナウイルス…世界規模の問題に立ち向かう時に必要なこと その根っこは、同じだと思います。自分が当事者だと自覚すること。人を思いやること。結末を想像すること。そして行動に移すこと」▼核兵器廃絶の運動は、「被爆の苦しみを二度と誰にも体験させてはいけない」との被爆者と被爆地の方々の熱い思いに支えられてきた。その心で創価学会も運動を進めてきた。言うまでもないが、核兵器も環境の問題も、地球に生きる全ての人が当事者である▼大事なことは、当事者の私たちが無関心、無防備であれば、危機はひたひたと押し寄せ、私たちの命を脅かす。反対に一人一人が危機を自覚し、連帯し、行動すれば、抑えることは不可能ではないことだ。コロナ禍はそれを教えている▼人類の一員として生きる責任感を心に刻む夏にしたい。(進)

寸鉄 2020年8月18日
世界の分断が進む今こそ会長の人間主義が必要—総長。弟子の振舞で拡大
栃木県青年部の日。人格光る信頼の人に!君らの勝利の実証が同志の希望
拡大に共通点—マスクなしで会話、症状出ても勤務継続等と。油断を排せ
会食も集団感染の因に。食事は大皿でなく個別に配膳を。家庭等でも注意
高齢者半数、認知機能の衰えを実感。背景に会話の減少と。地域の絆強く

☆創大通教 夏季スクーリング開講への池田先生のメッセージ 2020年8月12日
不撓不屈の探究へ、負けじ魂燃ゆる通教生の皆さん、誠に誠にご苦労さまです。
集い合えなくとも、全国・全世界の尊き皆さん一人一人と、私の心はいつもつながっております。豪雨等で被災された地域の方々をはじめ、さまざまな困難の中で、夏期スクーリングに挑む皆さんに、私は最敬礼して、健康と勝利への祈りを捧げております。
オンライン授業という初の試みに尽力してくださる教員の先生方、職員やお世話になる関係者の方々にも、心より御礼申し上げます。
今、私は、あらためて創価教育の師父・牧口常三郎先生の精神を、皆さんと共に思い起こしたい。すなわち、「学光の塔」に刻まれた「学は光、無学は闇。知は力、無知は悲劇」との師子吼であります。
探究の「熱と誠」で破れぬ壁はない
牧口先生とほぼ同じ時代に、先生と相通ずる「学の光」で、人類の悲劇を転換する闘いに挑んだ医学・細菌学者が、北里柴三郎博士でありました。博士は、働きながらの苦学生の最中、面倒を見ている弟妹たちへの手紙につづっています。
「人々一大業を成さんと欲せば、各々その基礎を堅固ならしむべし。その基礎とはすなわち一身上の勉強なり」(福田眞人著『北里柴三郎——熱と誠があれば』ミネルヴァ書房)と。すなわち、偉業は、"生涯を通じての勉強"を基に果たされていくというのです。
とともに、人類の脅威であり続けたペストの原因菌を突き止め、野口英世など、名だたる後進を育てた博士は訴えています。「人に熱と誠があれば何事でも達成するよ」「世の中は決して行き詰まらぬ。若し行き詰まったものがあるならば、是は熱と誠がないからである」(北里研究所編『北里柴三郎傳』岩波書店、現代表記に改めた)と。
人生も社会も、永遠に闘争です。創価の「学」光る皆さん方には、探究と価値創造への燃え上がる「熱と誠」があります。破れぬ壁は断じてありません。

◇創価教育の志を継ぐ一人一人に
思えば、牧口先生も戸田先生も、時代を先駆けた通信教授を行われておりました。
皆さん方こそ、創価教育の師弟の志を受け継がれ、偉業を成し遂げゆく一人一人であります。
どうか、それぞれに体に気をつけながら、最高に有意義な一日一日を勝ち飾っていってください。私は毎朝毎晩、皆さんの無事安穏と幸福栄光を祈り抜いています。一体不二で崇高な向学と向上の歴史を刻まれゆく、ご家族の皆さんにも、くれぐれもよろしくお伝えください。
愛する誉れの通教生、万歳! いついつまでも、お元気で!

☆明日を照らす テーマ:信心の継承
今回の「明日を照らす」は、「信心の継承」がテーマです。池田先生は、小説『新・人間革命』第9巻「光彩」の章で、つづっています。「どんなに広宣流布が進んだように見えても、一代限りで終わってしまえば、未来への流れは途絶えてしまう。信心の継承こそが、広宣流布を永遠ならしめる道であり、一家、一族の永遠の繁栄の根本です」と。家庭で、地域で、信心のバトンを後継に託すことこそ、万代の広布の礎になることを学んでいきましょう。

経王御前御書
『経王御前を儲させ給いて候へば現世には跡をつぐべき孝子なり後生には又導かれて仏にならせ給うべし』(御書1123ページ)

◇未来の宝を大切に育む
【通解】経王御前をもうけられたので、現世には、必ず後を継ぐ孝子である。また、後生には、この子に導かれて仏に成られるであろう。
     ◇
生まれた子どもは、今世では自らの後を継ぐ親孝行な子であるばかりでなく、仏法の三世の生命観から見れば、来世では自分たちを成仏へと導いてくれる存在である——。親子には、不思議な深い縁があることを示された一節です。
本抄は、文永9年(1272年)、日蓮大聖人が佐渡流罪中、種々の御供養とともに子ども(経王御前)の誕生を報告した門下に送られました。
子どもは、親にとって何物にも代えがたい"宝"であることは言うまでもありません。その上で、"親子"の関係性を超えて、次代の広宣流布を担い立つ"人類の宝"であり、"未来の宝"であるという、より深い使命を帯びた存在であることを教えられているとも拝せます。
大聖人は、「一切の仏法も又人によりて弘まるべし」(御書465ページ)、「伝持の人無れば猶木石の衣鉢を帯持せるが如し」(同508ページ)と仰せです。いかに偉大な法であっても、それを受持し、弘通する人がいなければ、末法の衆生を救っていくことはできません。
池田先生は、後継の友を育てる意義について「未来を創ることそのもの」と、つづっています。
"広布の使者たち"を、家庭はもとより、地域一丸となって励まし、学会の庭で大切に育んでいく——。それが、広宣流布を永遠たらしめる要諦であり、人類の幸福な未来を開く大偉業にほかならないのです。

上野殿母御前御返事
『同じ妙法蓮華経の種を心に・はらませ給いなば・同じ妙法蓮華経の国へ生れさせ給うべし』(御書1570ページ)

◇妙法の絆は三世永遠
【通解】同じ妙法蓮華経の種を心に孕まれるなら、同じ妙法蓮華経の国へお生まれになるでしょう。
     ◇
駿河国(現在の静岡県中央部)の女性門下・上野殿母御前(南条時光の母)は、夫・南条兵衛七郎に早くに先立たれ、遺された子どもたちと信心に励んでいましたが、弘安3年(1280年)9月、末子の五郎を16歳の若さで突然、失いました。
五郎の四十九日に当たって認められた本抄で、日蓮大聖人は"父の後を継ぎ、題目を唱えていた五郎の成仏は間違いない"と断言され、"題目を唱える功徳によって、妙法に生き抜いて亡くなった家族と、必ず同じ妙法の国に生まれ合わせることができる"と、母御前を包み込むように励まされました。
故人の遺志を継ぎ、後継者として広布に生き抜くことこそ、自他共の成仏を開く直道にほかなりません。
池田先生は、本抄を拝してつづっています。
「妙法の同志は、生死を超えて一体である。亡くなられたご家族の生命とも、ご友人の生命とも、題目で結ばれている。
後継の人材群が広布のため、友のため、社会のために進み働く姿を、霊山から喜び見つめておられるに違いない。常楽我浄の生命の旅を永遠に一緒に続けていけるのだ」
価値観が多様化する現代は、家族の在り方もさまざまです。しかし、学会には、三世にわたって誓願を共有する"創価家族"の強い絆があります。
互いに励まし合い、共に苦難を乗り越えていく中で、絆はさらに強まり、未来へと広布のバトンが受け継がれていくのです。

2020年8月17日月曜日

2020.08.17 わが友に贈る

新聞休刊日

曾谷入道殿許御書 P1039
『伝教大師の云く「讃する者は福を安明に積み謗ずる者は罪を無間に開く」等云云、安明とは須弥山の名なり、無間とは阿鼻の別名なり』

【通解】
伝教大師は「讃する者は福を安明に積み謗ずる者は罪を無間に開く」等と言っている。ここに言う安明とは須弥山のことである。「無間」とは阿鼻地獄の別名である。

☆心に御書を 第67回 平和へ! 若き地涌の結合を
〈御文〉
『よき師と・よき檀那と・よき法と此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり』(法華初心成仏抄、550ページ)

〈通解〉
よい師と、よい檀那と、よい法と、この三つが寄り合って祈りを成就し、国土の大難をもはらうことができるのである。

〈池田先生が贈る指針〉
御本仏に直結し、妙法で結ばれた師弟ほど強いものはない。広布と人生の大願を成就し、立正安国の宝土を築く力は、この結合にある。
戦後の荒野に恩師が一人立ち、地涌の陣列を呼び出して75年。揺るがぬ平和の民衆城が聳え立った。今、創価の若き世界市民の連帯こそ、地球社会の諸難を打ち払う希望なのだ。

☆仏法思想の輝き 苦しむ子に寄り添う
幼児・家庭教育部長 市川由紀絵
【プロフィル】いちかわ・ゆきえ 創価大学卒業後、東京都内の公立小学校に勤務し、現在は校長を務める。1965年(昭和40年)入会。埼玉県川口市在住。婦人部副本部長。総埼玉副教育部長。

◇心の重荷を軽くする関わり
池田先生の「私の最後の事業は教育である」との言葉に感銘し、教員になって33年。これまで、さまざまな子どもたちと出会いました。苦労や悩みもたくさんありましたが、それ以上に、子どもたちから「生きること」のすばらしさ、人間のもつ可能性の大きさを教わり、教育という仕事の偉大さを感じています。
忘れられない出会いの一つに、私が担任を受け持った、ある6年生の児童がいます。
この学年は、前年度に学級崩壊しており、新年度がスタートしてからも、男子児童数人が授業中に勝手に立ち歩いたり、授業を妨害したりしました。それを注意した教員に集団で暴力を振るうこともしばしば。その影響で、他の児童も無気力になってしまい、手のつけられない状況でした。
こちらが何を言っても、返ってくる言葉は「うざい」「くそ」「死ね」という暴言ばかり。どうしたらこの子たちと心を通わせることができるのかと、悩みながら題目をあげ、自分なりに懸命に関わっていたある時、リーダー格の子がつぶやいた一言に、はっとしました。
「どうせ俺たちなんか、何をしたって認めてもらえない」
"ああ、この子たちは、心の中では認めてもらいたい、がんばりたいと思っているんだ"——そう気付かされました。問題行動の奥にある、子どもたちの心が見えた瞬間でした。
以来、この子たち一人一人に、活躍の場を与えていき、少しの変化でも保護者に伝えるようにするなど、粘り強く成長を見守り続けました。
迎えた卒業式。それぞれ立派に成長した子どもたちの姿に心を打たれ、「どんな子でも、必ず伸びることができる」との確信を深めました。

◇感染拡大の中で
御書に、「一度妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一切の法・一切の菩薩(中略)一切衆生の心中の仏性を唯一音に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり」(557ページ)とあります。
私たちの唱える題目には、ありとあらゆる人の生命から、仏性という最極の善性を呼び覚ましていく響きがあります。"どの子にも無限の可能性がある"と信じて祈り、関わり続けるこちらの心は、子どもたちの心にも必ず伝わると確信します。
新型コロナウイルスの感染拡大で、学校生活は一変し、マスク着用やフィジカルディスタンス(身体的距離)をとりながらの関わりは、人と人との距離を遠ざけるものとなりがちです。
コミュニケーションが取りづらいことに加え、授業時数の確保のために夏休みも短くなり、学習の遅れを心配する周囲の雰囲気に、重苦しさを抱えている子も少なくないでしょう。また、大人自身が不安を抱えている様子を、敏感に感じ取っている子もいます。
一方、外出自粛の期間を「家族のつながり」を再確認する機会と捉え、日々の生活の中に楽しさを見つけるなど工夫していた家庭では、子どもも安心して過ごせていたと感じます。子どもたちの悩みや心の声に耳を傾け、同苦し、心の重荷や不安を軽くしてあげるような周囲の関わりが、今こそ大事ではないでしょうか。

◇長男の不登校
わが家の長男が中学1年の時、同級生からの暴力がきっかけで学校に行けなくなりました。長男は穏やかな性格で、頼まれなくても手伝うような優しい子なのですが、断ることができず、また自分のやりたいことをはっきり決められないところもありました。中学に入学してからも、やりたい部活が見つからず、成績は徐々に下がっていく一方。朝になっても起きてこない日があり、「具合が悪いのか」と聞いても返事はあいまいで、無気力のようでした。やっとの思いで登校したものの、友達とのトラブルが起こり、とうとう、行けなくなってしまいました。
この時、私は「息子よ、強くなれ! 強くなれ!」と祈っていました。しかし、そうではないことに気付かされました。ある時、夫が長男に、「君のいいところは、その優しさだ。その優しさをずっと大事にしてほしい。君は変わらなくていい。君は、君のままでいいんだよ」と話したところ、長男は大粒の涙をこぼしながら、その言葉を聞いていたのです。
それから、長男の状態は好転し、学校にも行けるようになり、生き生きと学校生活を送れるようになりました。進路も自分で決め、中学・高校と勉学に励み、家中に響き渡る声で題目をあげて、志望した大学の合格を勝ち取れたことは、長男の大きな自信になりました。
日蓮大聖人は「人に教えることは、車輪が重かったとしても油を塗ることによって回るようにすることである」(御書1574ページ、趣意)と仰せです。
子どもは、環境が整えば、必ず自分自身で一歩を踏み出せる時がきます。そのためにも、周囲の大人が、子どもにとっての最大の教育環境となっていくことが何より大切ではないでしょうか。
池田先生はつづっています。
「どんなに困難で複雑な現場にあっても、子どもたちを取り巻くすべての皆様に、『それでも対話を!』と申し上げたいのであります」
「『一番苦しんでいる子どもの側』に立って、対話を進めていただきたいのであります」
心通わせる実践を通して、子どもたちが幸福を感じられる社会を構築していきたいと願っています。

◇[視点]抜苦与楽
仏法では、仏の崇高な慈悲の行為として、「抜苦与楽(苦を抜き楽を与える)」の実践を説きます。
日蓮大聖人は、一切衆生の苦悩は「ことごとく日蓮一人の苦である」(御書758ページ、通解)と仰せになり、苦しみにあえぐ民衆に同苦し、苦難を乗り越えていくよう、力強い励ましを送られました。
"同苦"とは、上から哀れむような"同情"ではありません。相手に寄り添い、悩みを共有しながら、相手が自力で立ち上がれるまで、粘り強く関わり続けていく実践です。
それはまた、「相手の可能性を信じ続けること」と言い換えることもできるでしょう。こうした慈悲の精神に基づく"励ましの絆"で結ばれた連帯が、創価学会なのです。

2020年8月16日日曜日

2020.08.16 わが友に贈る

◇今週のことば
「日夜朝暮に又懈らず」
たゆまぬ勤行のリズムで
宇宙と一体の生命力を。
伸びゆく未来部と共々に
今日も挑戦・発見・向上!
2020年8月16日

妙密上人御消息 P1241
『国中の諸人一人二人乃至千万億の人題目を唱うるならば存外に功徳身にあつまらせ給うべし、其の功徳は大海の露をあつめ須弥山の微塵をつむが如し』

【通解】
国中の人々が、一人・二人・ないし千万億の人が題目を唱えるようになれば、しらずしらずのうちに功徳が自身にあつまることであろう。その功徳は、ちょうど大海が露をあつめ、須弥山の微塵を積んで大きくなっていくようのものである。

名字の言 ずっと心に残る「思い出」とは? 2020年8月16日
体が不自由な少女部員。小学校の登下校は母が車で送迎していた。ある日、母が風邪をひき、「今日は学校を休ませましょう」と家族に相談した。すると祖母は「いえ、こんな時だからこそ行かせましょう」と言った。祖母と少女は「1、2、1、2」と声を掛け合いながら徒歩で学校に向かった▼後年、女子部員となった彼女から「大切な思い出」として聞いた話だ。「その気になれば、できることを増やせる。ささやかですが大事な自信になりました」と彼女は述懐した▼苦難に負けなかった思い出は忘れ難い。その出来事が「楽しかったのか、苦しかったのか」以上に、「自分を成長させてくれた」ことが、深く心に残るからだろう▼学会活動も同じである。池田先生は語る。「広布の労苦には、少しの無駄もない。あとから振り返れば、最も苦しい時こそ、最も人間革命が進み、最も輝く『今生人界の思出』(御書467ページ)となる」と▼長期のコロナ禍、また各地で豪雨被害が続いた中、創価後継の友も試練に負けまいと奮闘している。「未来部ドリームチャレンジ期間」(31日まで)を応援する担当者の真剣な声が、耳から離れない。「皆に『この夏は大変だったけれど、僕は、私は頑張った』という思い出をつくらせてあげたい」(白)

寸鉄 2020年8月16日
学会には青年が育つ場がある—博士。全員で世界青年部総会の成功を応援
「札幌・夏の陣」65周年。歴史は本気の一人から!らも足元から幸福拡大
頑張れ受験生!変化の中でも努力は裏切らない。天王山の夏、自分を磨け
「歩きスマホは危険」が9割。他人にケガさせる事例も。迷惑行為と戒め
今後2週間は高温の予報—気象庁。水分・塩分補給や空調活用を。甘く見ず

〈社説〉 2020・8・16 「札幌・夏の陣」から65年 2020年8月16日
会えない時こそ絆を結ぼう
電話や手紙、オンラインを活用した友への励ましが定着してきた。直接会うに越したことはないが、励ます側の心一つで、どんな方法や手段でも、信心で立ち上がるきっかけをつくれる。65年前、それを示したのが池田先生だ。
「戦いは勝ったよ」——1955年(昭和30年)8月16日、札幌に到着した若き先生が、出迎えた地元の同志に語った。当時、全国で行われた夏季地方折伏。その札幌派遣隊の中心者として、10日間で388世帯という日本一の弘教を成し遂げた「札幌・夏の陣」の初日のことだ。
先生は、1カ月以上前から、手紙や電話を使い、東京から現地の友に心温まる励ましを送っていた。この手紙は回覧され、一人また一人へと勇気の炎がともされていった。対話は大きく展開され、先生が札幌に入るや勢いは加速した。
戦いの終盤、先生は市内の友に電報を打った。「悔いなき闘争を祈るのみ 池田」。毎日のように顔を合わせている友も多くいた。だが、それを受け取った同志の感激は、周囲の幹部の想像をはるかに超えた。この電報をきっかけに、折伏はさらに爆発的に進んでいった。
当時、札幌班の女子部員として戦ったある婦人。友人に座談会への参加を呼び掛けるが、誰も取り合ってはくれない。肩を落とし、拠点になっていた旅館に戻ると、そこには池田先生が。「"今のまま純粋な信心を貫けばいいのです"と声を掛けてくださったのです。札幌を出発する朝には、和歌をしたためた絵はがきまで頂きました。生涯の宝として胸に刻み、きょうまで歩んできました」
折伏が実っても実らなくても、先生は爽やかな涼風のごとく励まし続けた。地元の友が運転するスクーターに同乗し、座談会場を回った。時間をこじ開け、手紙やはがきにペンを走らせた。その真心が同志の前進の原動力となった。
いかなる状況であっても、"私から希望を広げよう"との心意気は今、青年部にも受け継がれている。二つの離島がある稚内北斗県の男子部長は、泊まりがけの訪問・激励とともに、距離が遠い分、日頃からオンラインや電話、手紙でのつながりを大切にしてきた。そんな中、今春、高校を卒業し、漁師になった男子部員が20人の友に友好対話を広げるなど、未来のリーダーが着実に育っている。
10年前の夏、先生は青年部に語った。「ひとたび結んだ人間としての絆は、どこまでも大切にする。それが私の信条である。友情こそ宝だ。交流こそ喜びだ」と。たとえ会えなくても、心を結ぶ方法はたくさんある。どんな手段であれ、相手を思う真心は必ず届く。希望の励ましと対話で"私の夏の陣"を勝ち飾ろう。

☆四季の励まし 終戦75年——友の心に平和の花を 2020年8月9日
【写真の説明】鮮やかな蓮の花。淡紅色の花弁が大きく開く。先月22日、池田大作先生が都内でカメラに収めた。
蓮の花は、泥水の中で育っても、泥に染まらず、美しく咲き薫る。蓮華のように、現実のさまざまな悩みや苦難の真っただ中にあっても、自他共の幸福を願い、社会や地域に"平和の花"を咲かせてきたのが、我ら創価の同志である。
きょう9日は、広島(6日)に続き、長崎に原爆が投下された日。15日には、終戦75年を迎える。
池田先生は小説『新・人間革命』の冒頭につづった。「平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」と。師の思いを胸に、平和の大道を開く、励ましの対話を着実に広げゆこう。

◇池田先生の言葉
国と国、民族と民族、
宗教と宗教の間における
偏狭な
「差異へのこだわり」は、
人間が克服すべき
根本の病の一つといえる。
異なる人間への差別意識、
差異へのこだわりを
克服することこそ、
平和と普遍的人権を
創出するための
第一歩であり、
開かれた対話を
可能にする道である。

人類は"地球を故郷とする
一つの民族"との
視座に立てば、
あらゆる差異を超えて、
共生していける。
生命という共通の基盤に
立つことこそが、
平和の礎であろう。

民衆同士が互いに
相手のことを深く知り、
友情を結んでいけば、
戦争を起こそうとする
動きに対する
ブレーキとなる。
戦争や対立の背景には、
互いの疑心暗鬼がある。
だからこそ、
民衆自身の手で
「対話の窓」を
広げていく努力が
必要となってくるのだ。

「真の対話」は、
相手を尊敬し、
相手から学ぶことだ。
そこに互いの向上があり、
喜びがある。
「対話」で開けぬ道など
絶対にない!——
この確信で、真心と慈悲の
発露のままに語ることだ。
相手の仏性を信じ抜く
祈りを根底に置いて、
誠実に言葉を紡ぐ時、
「真の対話」が生まれる。

仏法の根本は友情である。
善友の拡大である。
平和のため、
人類の幸福のために、
あの地でも、この地でも、
美しき対話と友情の花を
咲かせてまいりたい。
私たちの本領発揮の時は、
いよいよ、
これからである。
世界中が
私たちの活躍に期待し、
創価の人間主義の勝利を
待っている。

2020年8月15日土曜日

2020.08.15 わが友に贈る

「一は万が母」だ。
目の前の一人を幸福に!
近隣との友好を大切に!
皆が輝く社会の建設へ
希望の千波万波を!

三沢抄 P1487
『たとひ明師並に実経に値い奉りて正法をへたる人なれども生死をいで仏にならむとする時にはかならず影の身にそうがごとく雨に雲のあるがごとく三障四魔と申して七の大事出現す』

【通解】
たとえ智慧明らかな師匠に出会い、真実の教えである法華経に巡りあって、正法を得た人であっても、生死の苦悩の流転を越え出て仏になろうとする時には、必ず影が身に添うごとく、雨に雲が伴うごとく、三障四魔といって七つの大きな出来事が現れてくるのである。

名字の言 きょう終戦記念日。残酷と悲惨を繰り返さないために 2020年8月15日
先月、ある婦人部の方が95歳の長寿を全うされた。ご家族から来し方を伺った。75年前の2月、東京で空襲に遭った。おなかの中に赤ちゃんがいた。米軍の爆撃機B29に家を焼け出され、実家のある千葉へ。山道を歩いている途中で破水したが、命懸けで実家にたどり着き、娘を産んだ▼後年、家族で創価学会に入会。婦人は池田先生と共戦の絆を結び、題目根本の一生を貫いた。今、孫娘は地区婦人部長として地域広布の要に。その子も学生部として後継の道を進む。一人の生命は決して一人だけのものではない。一つの生死に数え切れない縁起が交わり、新しい物語が紡ぎ出される▼3年前のNHKの調査で「日本が終戦を迎えた日」について、全国の18、19歳の実に14%が「知らない」と答えた。日本社会のあり方が問われている▼学会の反戦出版は100冊を超え、今も広島、長崎、沖縄を中心に巻を重ねている。池田先生は「(学会の反戦出版は)加害者としての体験も入っています」。また歴史観を鍛えるためには「ひとことでは言えないが、根本は『民衆への信頼』を手ばなさないことではないだろうか」と語る(『青春対話』)▼きょう8月15日は終戦記念日。あの「残酷」と「悲惨」を二度と繰り返さぬための道しるべである。(寅)

寸鉄 2020年8月15日
終戦75年。平和ほど尊きものはない。誓い新たに草の根の民衆の連帯拡大
青年の特徴は情熱と思索それがあれば年を取らぬ—恩師。生涯青春の心を
友情は魂の結び付きである—哲人。帰省等活用し励ましを懐かしき友にも
連日の猛暑で男性用日傘が好評と。身体的距離も自然に。新たな日常、皆で
真夏の自動車内は50度超に上昇。短時間でも命の危険が。子の放置は厳禁

☆夏の高校野球 東西の創価球児の挑戦 2020年8月11日
◇感謝の心を胸に! 逆境の中で光った負けじ魂の全力プレー
新型コロナウイルスの感染拡大により、8月に甲子園で開催予定だった全国高校野球選手権大会は、地方大会も含めて中止が決定。各都道府県では、独自の代替大会が行われている。かつてない状況の中、感染予防に努めながら、負けじ魂で"最後の夏"を戦い抜いた東京・関西の創価高校硬式野球部の歩みを追った。

〈東京〉
昨夏、2・3年生を中心としたチームで西東京大会準優勝に輝いた創価高校。最終回に振り切られ、あと一歩で夢に届かなかった悔しさを、現3年生は味わった。"先輩が果たせなかった甲子園出場を絶対につかむ"——新チームは、ひときわ強い自覚で始動した。
だが、春のセンバツ甲子園につながる秋季都大会では、準決勝まで駒を進めるも、再び最終回に試合を決められ、惜敗。度重なる悔しさをバネに、集大成の夏へ、鍛えの冬を過ごしていたさなか、新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた。
練習を中断し、2月末の終業式と同時に、寮で暮らす選手も、全員が実家に帰宅。先行きが見えない不安の中で、在宅でのトレーニングやオンラインでのミーティングを続けた。
しかし状況は悪化の一途をたどり、3・4月の春季大会は中止に。さらに5月中旬、夏の甲子園大会も中止の方向との報道が流れた。
それを受け、片桐監督と3年生はオンラインミーティングを開催。代替大会が実施される意向が発表されたことを踏まえ、監督は"たとえ甲子園がなくなっても、創価高校野球部の誇りをもって最後まで戦えるか"と、一人一人に問い掛けた。
当時の心境を、監督が振り返る。「彼らにとって甲子園は、3年間の集大成というだけではなく、野球を始めた頃から憧れてきた夢です。それが戦わずしてなくなるという現実は、容易に受け止められるものではありません。私自身、なんと声を掛けていいか悩みました」
3年生から返ってきた答えは、思いがけないものだった。他の部活動の多くは、最後の機会も得られずに引退になった。でも自分たちは、そのチャンスを与えられた。そのことに感謝したい——と。
悔しくないはずはない。一晩泣き明かした選手もいた。しかし、前を向いて戦うと全員で決めた。勝つことが先輩との約束。だから代替大会で必ず優勝しようと誓ったのだ。
夏の甲子園の中止と、代替大会の開催が発表された直後。チームは"最後の夏"へのスローガンを決めた。河合主将を中心に、3年生が考え出した言葉は「感謝」だった。
ある選手は言う。
「甲子園という夢を追い掛けることができたのは、支え続けてくれた人たちがいたからです。だからこの大会は、創立者・池田先生や家族をはじめとする皆さんに感謝を伝える場にしたい。そう思ったんです」
副題には「play for someone(誰かのために)」と。"one"には「one team」と「No.1」を掛けた。応援してくれる全ての方々のために、全力でプレーしよう!——7月、3年生の最後の戦いが始まった。
シード校として、2回戦から登場した創価は、投手中心の堅守と強打がかみ合い、順調に勝ち上がっていく。
初戦と3回戦は5回コールドで勝利。4回戦は8対7で競り勝ち、主戦・森畑(3年)が初先発した準々決勝は12対1(6回コールド)で快勝する。
準決勝では、今大会を制した東海大学菅生高校と対戦。5対12で破れるも、急成長を遂げた石田(同)の本塁打などで執念の追い上げを見せ、大健闘の西東京ベスト4となった。
試合を終えて、「優勝はできませんでしたが、今日までのプレーで感謝の一端は伝えられたと思います」と河合主将。
「後輩たちには絶対に甲子園に行ってもらいたい」——負けじ魂の挑戦は、次の代へと受け継がれた。

〈関西〉
夏の甲子園の中止が発表された5月20日の夜。関西創価高校の3年生は、オンラインでミーティングを行った。
夢が奪われてしまった悔しさともどかしさで、重苦しいムードが漂う。そんな空気を一変させたのは、チームの盛り上げ役を担う、ある選手の一言だった。
「関西創価で、このメンバーと一緒に野球ができたことが一番の幸せ。感謝しかない。それを、この自粛期間に再確認することができた。だから最後まで思い切り戦いたい」
そうだ! 甲子園という目標はなくなっても、"野球を通して人間を磨く"という関西創価の目的は変わらない。「代替大会に向けて、皆の心が一つになった瞬間」(山並監督)だった。
6月下旬、一部のメンバーが集まり、グラウンド練習を再開。さらに、新たなコーチとして、元プロ野球選手の藤井康雄さんが就いた。現役通算282本塁打を放った強打者。引退後は複数の球団で打撃コーチを務め、多くの選手を育ててきた。球児たちは向上心を燃やし、積極的に指導を求めていく。
7月5日、ついに1年生から3年生まで、全員がそろっての練習がスタート。選手たちは野球ができる喜びをかみ締めながら、泥だらけになって白球を追い掛けた。
すでに初戦まで3週間を切っていたが、その後の練習試合では強豪相手に何度も逆転勝ち。打力を鍛え上げたチームは、終盤の粘り強さも身に付け、大阪大会に臨んだ。
関西創価が所属する大阪は、全国屈指の激戦区。"大阪を制するものは天下を制す"といわれるように、甲子園の優勝回数は、大阪の高校が最も多い。
今回、関西創価が入ったのは有力校が集まる注目ブロック。初戦(2回戦)の対戦校は、昨夏の大阪大会準優勝で昨秋の府大会ベスト4の金光大阪高校である。
格上の相手に食らい付く気持ちで挑んだ試合は、初回に上原(3年)の先制2点本塁打が飛び出し、一気に流れを引き寄せる。
その後も打線がつながり、計12得点。投げては先発の橋本(同)が6回無失点・被安打1の好投で、7回コールド勝ちを収めた。
続く3回戦(大阪産業大学付属高校)は、序盤に4点を失う苦しい展開に。だが、竹内(同)の好救援が、徐々にチームをリズムに乗せていく。
2点差まで追い上げて迎えた終盤。粘る打線が八回二死から同点に追い付き、最終回、田村(同)の適時三塁打などで3点を奪った。何があっても諦めない負けじ魂が、大逆転のドラマを生んだのだ。
そして、4回戦の関西大学第一高校との一戦。3点を追う九回二死から1点を返し、大城(同)の適時打で1点差に。試合は惜しくも敗れたが、真夏の熱闘を終えた選手の表情は皆、すがすがしかった。
大会後、山並監督は語っていた。
「先行されても焦らず、最後まで闘志を燃やして朗らかに戦い続ける彼らから、『負けじ魂 朗らかに』(創立者が加筆した学園愛唱歌の歌詞の一節)の意味を教えてもらいました」
コロナ禍という未曽有の困難にも屈しなかった3年生たち。この経験を糧に、彼らはそれぞれの道を歩んでいく。
"人生の甲子園"での勝利を目指して——。

2020年8月14日金曜日

2020.08.14 わが友に贈る

医療・交通・販売など
酷暑の中で働き続ける
皆さまに最敬礼!
人々の生活を守る労苦に
感謝の祈りと心配りを!

阿仏房尼御前御返事 P1308
『相構えて相構えて力あらん程は謗法をばせめさせ給うべし、日蓮が義を助け給う事不思議に覚え候ぞ不思議に覚え候ぞ』

【通解】
心して力あるかぎりは、謗法を責めていきなさい。日蓮が義を助けられることは、実に不思議に感じられてなりません、不思議に感じられてなりません。

名字の言 被爆者の"生の声"が聞けなくなる時代に大切なもの 2020年8月14日
広島市にある巨大なレンガ張りの倉庫「旧陸軍被服支廠」。建物の西側に面した市道を歩くと、原爆のすさまじい爆風で変形した鉄扉が目に飛び込んできた▼原爆投下から75年。被爆者の平均年齢は83歳を超え、被爆体験を直接、聞くことができなくなる「被爆者なき時代」が近づいている。壮絶な体験に基づく証言ゆえに力があり、説得力がある"生の声"に頼ることのできない時代が間もなく訪れる▼広島平和記念資料館に、真っ黒に焼け焦げた中学生の弁当箱が展示されている。爆心地から600メートル。少年は弁当を食べることはできなかった。この弁当箱は、母親が骨になった息子の遺体を見つけた時、遺体の下にあったもの▼弁当を楽しみにしていた少年の気持ち。息子ではなく弁当箱だけが手元に戻った母親の気持ち。こうした思いを本人に直接、聞かなくても、この弁当箱から感じ取ることができるだろうか。「一番大切なものは想像力」と語るのは、今年83歳の被爆者。「もの言わぬ核兵器の証言者から学び取れる感受性を身に付けてほしい」と▼想像力が自分と自分以外の世界を結び、人生を豊かにする。相手を思う「同苦」の心から想像力は生まれる。同じ経験はできなくても、想像力を働かせる努力だけは惜しむまい。(川)

寸鉄 2020年8月14日
戸田先生と池田先生の出会いの日。師弟の結合は崇高。後継よ大道を歩め
関西・師弟原点の日。仰ぎ見る常勝の城は堂々と!世界の模範たる前進頼む
御書「日月・衆星も己心にあり」。心は宇宙大。挑戦した分、境涯は拡大
屋外でのマスク、表面が39度超にも。2メートルの距離確保で外すなど自己防衛
回向の本義は信心の功徳を故人に回らし向ける事三世の安穏へ誓い新たに

〈社説〉 2020・8・14 あす終戦の日 2020年8月14日
絶対悪を直視する眼が未来を開く
AI(人工知能)を使った当時の写真のカラー化、VR(仮想現実)で戦争被害の様子を再現して可視化するなど、デジタル時代の戦争伝承が進む。
NHKは地方紙などと連携し、戦時中のエピソードを募集。アニメ映画の主人公と重ねた「#あちこちのすずさん」が反響を呼んだ。
戦争の非体験者しかいない時代が近づく中、新技術を駆使した挑戦には価値がある。
その上で、"どう伝えるか"と同時に、"何を伝えるか"が問われていることも忘れまい。
戦争には被害があれば、加害もある。両面に目を向けずして、日本の侵略で被害に遭ったアジア各国や世界から真に信頼される日は来ないだろう。
著名な生物地理学者のジャレド・ダイアモンド教授は近著で、戦後のドイツと日本の歩みの違いに触れている。
ドイツが子どもたちにナチスの残虐行為を詳しく教えている一方で、日本は被害者意識を抱いた、と(『危機と人類』下巻、日本経済新聞出版社)。
75年前、戦争が終わった日は、日本の軍国主義に蹂躙された国の人々にとっては、悲惨からの解放の日だった。
戦時中、"何が起こったか、何が奪われたのか"。そして"何を起こしたのか。何を奪ったのか"。
終戦から時が遠ざかるほどに、双方を見つめる視野を広げたい。
「原爆を落とす必要はなかった」——先日、米有力紙ロサンゼルス・タイムズに載った論説が注目を集めた。広島・長崎への原爆投下は戦争の早期終結のために必要だったとする見解が一般的な米国では異例の主張だ。
人種差別という社会問題に再び向き合う自国の現況を踏まえ、「負の歴史を見直している今こそ、日本の都市に対する核兵器の使用について、国民の間で率直な対話をするのにふさわしい時だ」(6日、NHKニュース)と。
人間は戦争を起こし、戦争は人間を狂わせる。だが、人間には相互理解を深め、平和な世界をつくる力もある。
突然、戦争は起こらない。平和の潮流を今いる場所で広げ続けたい。自分たちに都合がいいように過去を捉える歴史修正主義に陥れば、それは、他者の苦しみを顧みなかった植民地主義と同根である。
池田先生は、かつての満州の一部に当たる黒竜江省の社会科学院一行との出会いに触れ、つづった。
「過去を直視することは自虐ではない。自省である。自省なきところに、未来は開けない。歴史を抹殺する者は、歴史に抹殺される。過去の過ちに学んでこそ、価値ある出発ができ、他国からも尊敬されるのだ。国民が誇りをもてる国になれるのだ」
あすは終戦の日。生命尊厳の哲学を胸に、人間主義の民衆運動を広げる使命をかみ締め、平和を誓う日としたい。

☆池田華陽会御書30編に学ぶ 千日尼御前御返事(下)(雷門鼓御書) 2020年8月8日
◇師への誓い光る向上の青春を
今月は、「千日尼御前御返事」の後半を学びます。
池田先生は、つづっています。
「一人一人が人間革命のドラマの主人公です。一人ももれなく、確かな幸福の軌道を歩み抜くのです。そのために、日蓮大聖人が教えてくださったのが、『心こそ大切』の大哲理です。『心こそ大切』——いつでも、どこでも、誰でも『人間革命』を勝ち開いていける究極の要諦が、ここにあるといっても過言ではないでしょう」
日蓮大聖人が示された「心こそ大切」との仏法の真髄を学び、わが心を磨き輝かせゆく"行学の夏"の前進を開始していきましょう。(拝読範囲は1316ページ10行目「譬えば黒漆に」〜1317ページ本抄末尾です)

◇本抄について
本抄は、弘安元年(1278年)閏10月19日、日蓮大聖人が身延で認められ、山海に隔てられた佐渡の地に住む、門下の千日尼に送られたお手紙です。
千日尼は、大聖人が佐渡に流されていた時、夫の阿仏房と共に弟子となり、命を懸けて大聖人をお守りしました。
大聖人が身延に入られた後も、夫妻は使命に燃えて、佐渡の広宣流布の中心者として活躍します。さらに、夫の阿仏房は、幾たびも遠路はるばる大聖人をお訪ねし、御供養の品をお届けしました。
本抄で大聖人は、毎年のように阿仏房を送り出してきた千日尼の真心を称賛され、"妙法を持つ女性は必ず幸福になる"と最大に励まされます。
また、「雷門の鼓」が千万里の遠くにあっても瞬時に聞こえるように、いかなる距離も超えて、師弟の心はつながっていることを教えられます。このことから本抄は「雷門鼓御書」とも呼ばれています。

◇御文
『譬えば天月は四万由旬なれども大地の池には須臾に影浮び雷門の鼓は千万里遠けれども打ちては須臾に聞ゆ、御身は佐渡の国にをはせども心は此の国に来れり、仏に成る道も此くの如し、我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ』(御書1316ページ15行目〜18行目)

◇通解
譬えば天空の月は遠く四万由旬も離れていますが、大地の池には瞬時に影が浮かび、雷門の鼓は千万里の遠くにあっても打てば瞬時に聞こえます。あなたの身は佐渡の国にいらっしゃいますが、心はこの国に来ています。
仏に成る道もこれと同様です。私たちはけがれた国土におりますが、心は霊山浄土に住んでいるのです。お会いしたからといってどうなりましょう。心こそ大切です。

◇[解説]求道心が行動に表れる
掲げた御文の冒頭、大聖人は、天空の月も地上の水面に姿が映ることや、古代中国の「雷門の鼓」は、千万里離れていても瞬時に音が聞こえることをあげられています。
仏法を求める心は、必ず行動となって表れます。大聖人は、毎年のように夫を送り出す千日尼の心を推し量り、天月や「雷門の鼓」のように"あなたの身は佐渡の地にあっても、心は私のところに来ていますよ"と述べられます。
師への真心を尽くす千日尼の思いに寄り添いつつ、"心は共に戦っているではないですか"との激励であると拝されます。仏法の強い師弟の絆を教えてくださる、師の深い慈愛に、千日尼は勇気と希望を感じとったに違いありません。
大聖人はさらに「仏に成る道」においても、大切なのは"心"であることを示されています。
続く御文で、"身"は「穢土」という苦悩に満ちた現実世界にあっても、正法を行じる私たちの"心"は、共に「霊鷲山」、すなわち常寂光土にあると教えられています。
「心は霊山に住べし」とは、自身の胸中には、何ものにも負けない"仏の生命"を涌現することができることを教えられているのです。そのことを確信し、どんな時も信心で心を磨き前進する挑戦が、私たちの仏道修行の根本なのです。本当の幸福とは悩みがないことではなく、悩みなどに振り回されず、妙法に生き抜く人生にあるのです。
続いて大聖人は、千日尼に「御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ」と述べられます。"会えるか会えないか"といった形式ではなく、「師弟不二の心」こそが大切であるとの仰せです。
私たちは、変化の連続で、困難の絶えない現実を生きています。時に、思い通りにいかないことに苦悩したり、未来に対する不安に駆られたりすることがあるかもしれません。
しかし、信行学に励んで心を磨き、御書と池田先生の指導を根本に「人間革命」の実践を貫いていけば、必ず最高の幸福を築き、自分らしい使命の人生を歩むことができます。
「心こそ大切」との確信で、師弟の誓い光る向上の青春を歩んでいきましょう。

◇真夏の青空に大輪の花を咲かせるヒマワリ(福岡県朝倉市)
池田先生の講義から
「不退の心」「常勝の心」「先駆の心」「前進の心」「不屈の心」「決定の心」「勇気の心」「慈愛の心」「包容の心」「励ましの心」「感謝の心」、そして「"負けじ魂"を貫く心」——。私たちは日々の地道な仏道修行を通して、いつしか「仏界の心」、「菩薩界の心」をわが生命の大地から呼び出しています。「心一つ」で、自身を変え、周囲を変え、社会を変える一念三千の秘術を体得しているのです。
それは、単なる気の持ちようとか、気休めなどの観念論ではありません。真の「心の変革」は、「現実の変革」を約束するのです。「わが心」すなわち生命境涯を深めていくことが、人間革命の宗教の真骨頂です。功徳とは、わが生命の変革にほかならないからです。(中略)
「どこまでも広布の誓願に生き抜く心」
「どこまでも学会と共に前進する心」
まさしく、妙法に生き、師弟に生き、同志と共に生きていく「心」があれば、そこから一切が開けます。未来を築くのは、今の「心」にあるのです。(『人間革命の宗教』)

研さんのために
○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻(聖教新聞社)
○…『人間革命の宗教』(同)

2020年8月13日木曜日

2020.08.13 わが友に贈る

変化の時代だからこそ
攻めの思索と行動を!
聡明に失敗を恐れず
勇敢に挑戦を重ね
新たな道を開きゆこう!

開目抄下 P236
『仏法を壊乱するは仏法中の怨なり慈無くして詐り親しむは是れ彼が怨なり能く糾治せんは是れ護法の声聞真の我が弟子なり彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり能く呵責する者は是れ我が弟子駈遣せざらん者は仏法中の怨なり』

【通解】
仏法を破壊し乱す者は仏法の中の怨である。慈悲を失い、いたずらに偽り謗法の人々に親しむ者は、これ彼が為には怨となる。此等の人々を糾弾し治罰する者は、これ護法の声聞、真の我が弟子である。彼が為に謗法の悪知識を捨てさせる者は彼が親である。よく責め立てる者は、これは我が弟子である。謗法を追い出さない者は、仏法の中の怨である。

名字の言 時代や社会の変動があっても変わらない「教育の原点」 2020年8月13日
小・中・高校などの臨時休校、人数を分散しての授業やオンライン化の推進、そして夏休みの短縮——刻々と状況が変化する中で、教育関係者の懸命な対応が続く。尽力する全ての方々に心から感謝したい▼ある小学校教諭の壮年部員は「休校期間中は、悩みと不安の連続だった」と振り返る。児童の健康状態の確認、校区内の見回り、さらには、共働きで昼間に保護者が不在となる家庭への声掛けなど、多忙を極めた▼壮年が勤務する小学校では、夏休みは10日間の短縮となった。現在は、秋の運動会の実施種目や運営方法の検討が連日、続いている。「一人一人の健康と成長を真剣に祈りながらの、試行錯誤の毎日です」▼池田先生は、小説『新・人間革命』第24巻「人間教育」の章につづっている。時代や社会の変動によって教育方法が変化しても、「子どもと共にあり、子どもを愛し、断じて守り抜こうとする心は、絶対に変わってはならない。そこに、人間教育の原点もある」と▼感染症の広がり方や地域性の違いによって、教育への取り組みはさまざまだろう。だが、そこに携わる人々の"子どもの幸福のために"との真摯な心と不断の努力は不変である。困難の中で、未来創造の"聖業"に挑む教育者に、真心のエールを送ろう。(巍)

寸鉄 2020年8月13日
「ついには・たのしかるべし」御書。信心で苦難に勝ってこそ真の歓喜あり
葛飾女性の日。民衆の都に輝く太陽の連帯。友に蘇生の光送る声掛けを!
運転に集中している時は熱中症に気付きにくく。休憩と水分補給小まめに
SNS利用の若者7割が「生活に不可欠」—調査過度の依存避け賢く活用
偽サイトに誘導する詐欺が過去最悪の水準と。見覚えないメールに要警戒

〈社説〉 2020・8・13 峻厳な師弟の出会いから73年 2020年8月13日
人生の規範を胸に友に希望を
終戦から、ちょうど2年が経とうとしていた1947年(昭和22年)8月14日、東京・蒲田での座談会で、19歳の池田先生は、戸田先生と峻厳にして運命的な出会いを結んだ。あすで73年となる。
当時の日本社会は、敗戦で旧来の価値観が崩壊し、いわば精神的な空白状態に陥り、多くの青年は迷い苦しんだ。若き池田先生も親友らと読書サークルをつくるなどして、何を根本に生きるべきか模索していた。先生は結核も病んでいた。死の影も感じる中、「自己の心の山々の峰をいかに越えようか」(『私の履歴書』)という人生の問いは切実であった。
生命哲学についての集いだと誘われて参加した座談会で、池田先生は尋ねた。「正しい人生とは、いったい、どういう人生をいうのでしょうか」
一青年の質問に、戸田先生は率直に誠意を込めて語った。「人間、生きるためには、生死の問題を、どう解決したらいいか——これだ。これが正しく解決されなければ、真の正しい人生はない」
明快な答え、誠実な振る舞い、信念の平和の闘士の姿……この「師」に付いて人生の道を追求せん、と池田先生の心は決まり、10日後の8月24日に入信する。
先生は、やがて師の膝下で働き、事業の苦境の打開へ全力を尽くす中、師から信心の真髄を学び、学問万般の教授も受けた。一切の苦難を師と共に乗り越えゆく生命錬磨の日々こそ、今日の平和・文化・教育の民衆運動、また世界広布の大河の源泉となったのである。
池田先生は、「自分の行動や決断をご覧になったら、(戸田)先生は喜ばれるか、悲しまれるか、日々、自分に問いかけている。師をもつということは、自分の生き方の規範をもつことであり、教育の根幹をなすものである」と述懐している。
今、未曽有のコロナ禍により、世界的な価値観の変容に直面し、誰もが不安やストレスを抱え、いかに生きるかを模索しているといってよい。それは、若者にとって一層切実ではないか。
この苦境下で学業や仕事に挑む青年部員がいる。飲食店を営む男子部員は売り上げが以前の約2割にまで減少。苦闘の日々が続いた。そんな時、先輩から"世界一の師匠に学び、究極の仏法があるのだから、幸せにならないはずがない"と励まされ奮起。"お客さんに元気になってほしい"との一念で題目をあげる中、口コミも広がり、以前を上回る売り上げに。「池田先生の弟子として大勝利の実証を」と燃えている。
危機の時代の今こそ、私たちは師弟を生き方の中心に置き、池田先生の行動と指導を学び、誓いを深めながら、周囲に希望を送る存在に成長していきたい。

☆第3代会長就任60周年記念 師弟凱歌の記憶 特別編「民衆勝利の大叙事詩」
◇小説「新・人間革命」起稿(1993年)脱稿(2018年)の日
きょう8月6日は、広島「原爆の日」。原子爆弾が史上初めて実際に使用され、75年となる。池田大作先生は1993年のこの日、小説『新・人間革命』を起稿した。以来、世界に対話の波を起こし、平和建設への「弟子の道」を書き記して25年。2018年の同じ8月6日、全30巻に及んだ民衆勝利の大叙事詩を書き終えた。『人間革命』執筆開始からは、世紀をまたいで54年。その壮絶なペンの闘争を「師弟凱歌の記憶」特別編としてたどる。

◇8・6広島「原爆の日」に書いた冒頭の一節
「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない」
——この日から、恒久平和建設への新しき鐘が鳴り渡った。
——この日から、金色燦たる創価の師弟の新しき大道が開かれていった。
——この日から、池田先生の、命を削っての新しき激闘の歴史が始まった。

1993年8月6日。先生は、多くの青年と共に、長野研修道場に遠来の賓客を迎えた。
インド国立ガンジー記念館館長(当時)のN・ラダクリシュナン博士である。"独立の父"マハトマ・ガンジーの孫弟子に当たる著名な平和活動家だ。翌日には、広島市内での講演会を控えていた。
原子爆弾が広島に投下されてから48年となったこの日。博士はガンジーが全ての暴力を否定し、"「魂の力」は原子爆弾よりも強い"と話していたことに触れ、語った。「この、誰もが持つ『魂の力』を引き出し、平和を生み出していく。これこそ池田先生が進めておられる運動です」
会見で先生は、一枚の原稿用紙を手に取り、博士に紹介した。
そこにはこう記されていた。「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」
この日に書かれたばかりの『新・人間革命』の冒頭部分だった。
「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」から始まる小説『人間革命』と、対をなす書き出しである。
インドや日本等で出会いを重ね、池田先生の著作を読み込んできた博士は、今も長野での語らいを鮮明に記憶するという。「原稿を見せていただいた時、私が率直に思ったのは、"池田先生は師匠の夢の実現のために生きている指導者だ"ということでした」

◇師との"最後の夏"
なぜこの日、この地で小説『新・人間革命』の筆を起こしたのか——。
池田先生は1957年8月、恩師・戸田城聖先生に呼ばれ、長野・軽井沢へ急行。共に浅間山の鬼押出に足を運び、師弟の語らいのひとときを過ごした。
大噴火で流れ出た溶岩が織り成す奇勝を眺めつつ、師は"大自然の現象も、仏法の法理に照らせば明らかになるものだ"等と縦横に語った。「ほかに、何か聞きたいことはないかね」
池田先生は戦争の脅威、中でも原水爆こそ現代の最大の脅威ではないかと尋ねた。東西冷戦の中、世界が覇を競うように核実験を繰り返していた。
「そうだ。そうなんだよ。私も、最近、この問題について、考え続けているんだよ」「なんとしても、原水爆の廃絶への道を開かねばならぬ。そこに創価学会の使命もある」
恩師は逝去の8カ月前。体は衰弱しても、その心には、核軍拡という人類滅亡への道を止め、恒久平和を実現するとの闘魂が赤々と燃えていた。そのためには、断じて世界広布を成し遂げねばならない——。
池田先生はこの夏に、師の生涯と精神を正しく伝える小説『人間革命』の執筆を固く誓った。それが全12巻で完結をみた後、続編となる『新・人間革命』をつづるにいたった理由を「はじめに」で述べている。
「続編として、『新・人間革命』の執筆を思いたったのは、先生亡き後の広宣流布の世界への広がりこそが、恩師の本当の偉大さの証明になると考えたからである」「恩師の精神を未来永遠に伝えゆくには、後継の『弟子の道』を書き残さなければならない」

◇壮絶な執筆闘争
「はじめに」は、こう続いている。
「『新・人間革命』は、完結までに三十巻を予定している。その執筆は、限りある命の時間との、壮絶な闘争となるにちがいない」
『人間革命』は、多忙を極める中での執筆であり、完結までに28年余を要した。先生は、新聞小説を続ける日々がどんなに過酷な道のりかを誰よりも熟知していた。
"続編"の連載は、初代会長・牧口常三郎先生の五十回忌に当たる1993年11月18日付の聖教新聞からスタートした。山本伸一が師の遺志を継いで、アメリカ、カナダ、ブラジルへと、世界広宣流布の第一歩を踏み出す場面から始まった。
小説の中の伸一は、32歳の青年会長。
一方、この執筆開始時、池田先生は65歳。広布の水かさも、平和・文化・教育運動の厚みも大きく増していた。先生は、若き山本伸一に勝る勢いで、平和への行動を続けていた。
例えば——。
『新・人間革命』第1巻の「開拓者」の章が連載中の94年5月から6月、ロシア、欧州を歴訪。
モスクワ大学での講演、ゴルバチョフ元大統領との会見、イタリア・ボローニャ大学での講演、フィレンツェでの「日本美術の名宝展」、英チャールズ皇太子との会見、グラスゴー大学名誉博士号授与式等に臨んでいる。その間、第18回SGI総会に出席するなど、寸暇を惜しんで同志を激励した。その中で、連載は続いたのである。
海外への平和旅に備えての、事前の原稿執筆、ゲラ刷りのチェックなど、どれほどの辛労であったか——想像に余りある。

◇テープに吹き込み
広宣流布の指揮をとりながら、小説の新聞連載を続けることが、いかに至難であるか。小説『人間革命』執筆の際には、激しい疲れと発熱のため、口述をテープに吹き込んで原稿を作ったこともあった。
その場面が『新・人間革命』第14巻「烈風」の章に描かれている。
同章で中心的に記されているのは、69年12月の関西・中部指導。肺炎による高熱を押して訪れた和歌山の会合では、「武田節」を舞って参加者を鼓舞した。
その先生の姿は、今も関西をはじめ多くの同志の胸に焼き付いている。
学会はこの時、悪意の中傷が発端となった、いわゆる「言論問題」の嵐の中にいた。
年が明けても、先生は激しい疲労と熱が続く中で、広布への力走を止めることはなかった。しかし、どうしてもペンを握ることが困難になった。先生は、執務室に運び込んだテープレコーダーに向かい、口述での"執筆"を行った。
「彼は、口述を始めると、すぐに息が苦しくなった。痰が喉に絡み、咳が止まらなくなることも少なくなかった。額には、脂汗が滲んだ」(「烈風」の章)
先生は一切の障魔の矢面に立ち、仏と魔との熾烈な戦いの指揮をとりながら、全同志に勇気と希望を送り続けたのである。

◇香峯子夫人の支え
第20巻「友誼の道」の章には1974年5月の初訪中の模様が描かれている。
国交正常化から2年弱。両国友好に大きく貢献した創価学会会長の初訪問は注目を集め、訪中記の執筆依頼が重なった。中国の実像を伝えようと、先生はこれらを引き受け、訪中の終盤から、時間を見つけては筆を走らせていたという。
むろん、当時の先生には小説『人間革命』の締め切りも待っていた。
帰国直後に記された第9巻「発端」26の原稿の欄外には、「六月二十五日。会長より口述、筆記する。香峯子」との書き込みがある。6月16日の帰国から、9日後の原稿である。
また、「少々身体が疲れているので女房に口述筆記をしてもらいました」と、欄外に書かれた原稿も残されている。
卑劣な謀略による第1次宗門事件の渦中にあっても、宗門僧らの批判を覚悟で、「苦労している同志に勇気を送りたい」と、『人間革命』第11巻の連載を開始している。この時も、体調が優れず、記者への口述で連載を重ねた。

◇永遠に指揮をとる
その苦節の歳月を経て始めた『新・人間革命』の執筆である。連載期間中、長期の休載はなかった。むしろ、章と章の間の短い休載期間を埋めるように、1998年1月からは、随筆「新・人間革命」の掲載が始まった。
第1回は、新年号に続くその年の最初の新聞である1月4日付。タイトルは「日に日に新たに」。若き日の日記に記した、10歳から60歳までの10年ごとの人生の節目と目標を述懐し、こうつづった。
「ここに、六十歳以降の、わが人生の歩みと推測を記せば、たとえば、次の如くなる哉。
七十歳まで……新しき人間主義の哲理を確立
八十歳まで……世界広布の基盤完成なる哉
このあとは、妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとることを決意する」
当時の先生は70歳。
『新・人間革命』完結への歩みは、そこからさらに20年間続いていく。

◇終わりなき師弟旅
『新・人間革命』の起稿から四半世紀を経た2018年、池田先生は、執筆開始と同じ8月6日、長野の地で執筆を終えた。そして新聞連載は、恩師の「原水爆禁止宣言」の発表の日となる9月8日付で完結を迎えた。前作の『人間革命』執筆開始から数えて、実に54年。連載回数は『人間革命』1509回と『新・人間革命』6469回を合わせて、7978回に上り、日本の新聞小説史上、最長の金字塔となった。
現在では『新・人間革命』だけでも13言語に翻訳され、世界中の同志が胸中で師弟の対話を重ねつつ、日々、自身の人間革命に挑んでいる。
池田先生は、『新・人間革命』の「あとがき」に記した。「完結を新しい出発として、創価の同志が『山本伸一』として立ち、友の幸福のために走り、間断なき不屈の行動をもって、自身の輝ける『人間革命』の歴史を綴られんことを、心から念願している」
「地球上から悲惨の二字をなくしたい」と願った戸田先生。その偉業を世界に宣揚し、「戦争の世紀」を「平和の世紀」へ転じゆく大長征を続けてきた池田先生。その不二の師弟に続き、生命尊厳の世界の建設へ、恒久平和の世紀の創造へ、出発する決意を、広島「原爆の日」75年のきょう、新たにしたい。

2020年8月12日水曜日

2020.08.12 わが友に贈る

猛烈な熱帯夜が続く。
就寝前の水分補給や
冷房・扇風機等の活用で
良質な睡眠を取ろう!
賢く健康第一の日々を!

御義口伝巻下 P794
『廿八品の文文句句の義理我が身の上の法門と聞くを如是我聞とは云うなり、其の聞物は南無妙法蓮華経なり』

【通解】
すなわち二十八品の文々句々の教義・法理は、すべてわが生命を説き明かした法門なりと聞き、信ずることを如是我聞というのである。その聞く物すなわち信ずべき法体は、三大秘法の南無妙法蓮華経である。

名字の言 発達障がいの男子部員。「後継の宝」と励まされて 2020年8月12日
かつてアメリカで公開された映画『ディア・ブラザー』は、冤罪で逮捕された兄を、妹が救うという話。高額な弁護士費用が賄えないため、妹は既に成人だったが高校卒業資格を取り、ついには弁護士となって、自らの手で無罪を勝ち取った▼この物語は実話を基にしている。作品を見て、感動とともに希望も湧いた。"人間は、大切な人のために努力する時、偉大な力を発揮できる"と▼発達障がいのある男子部員は、幼い頃から周囲の冷たい視線を浴び、学校ではいじめに遭った。それでも家族の愛情に包まれ、同志からは「わが地区の後継の宝だ」と励まされる中、心ない差別に負けず、成長した▼その後、地元企業に就職。真面目な姿勢が買われ、今では部署のリーダーとして活躍する。「ここまで頑張れた原動力は?」と質問すると、彼は答えた。「"僕をばかにした人たちを見返したい"と思った時期もあった。でもそれは違うなと。ずっと支えてくれた家族や同志に恩返しがしたい気持ちが原動力です」▼御聖訓に「(四条金吾は)極めて負けじ魂の人で、自分の味方を大切にする人」(御書986ページ、通解)と。負けじ魂とは、圧迫に屈しない反骨心だけではない。自他共の幸福を築くために燃やす、「最後まで戦い抜く勇気」でもある。(城)

寸鉄 2020年8月12日
混沌の時代に共生の心を広げる学会は希望—識者今いる場所で絆結ぶ一歩
「教育原点の日」45周年。子らの幸福が第一。教育本部の奮闘に確かな未来
創大通教がオンラインで夏期授業。学は光。学びの人生に向上と勝利の力が
「ペルセウス座流星群」が極大。宇宙の劇を親子で。天空仰いで夢語らう夏を
国連「国際青少年デー」。心を砕いた分、若き命は育つ。慈愛の激励、一段と

〈社説〉 2020・8・12 きょう「教育本部原点の日」
今こそ「子どもの幸福」のため
「学校の夏休み」という言葉から受け取る印象が、これほど普段と異なる年はない。文部科学省の調べによれば、今年の夏休みの期間は公立学校の9割以上で短縮になった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、休校期間中に後回しとされた授業時間の確保が主な理由だ。
子どもにとって「学び」とは何のためにあるのか。多くの教育関係者が今、模索している課題だ。スイスの教育者ペスタロッチは「すべての学習はそれに元気と悦びとが伴わなくなれば一文の価値もない」と喝破した。「子供の顔に快活と悦びとが現われている間」は、「私は心配しない」とも言っている(佐藤守訳)。
一方的に知識を教授する「詰め込み教育」では、子どもの真の喜びや笑顔は生まれない。ゆえに今年度からスタートした新学習指導要領では、討論などを通じて能動的に学習する「主体的・対話的で深い学び」を重視することがうたわれたわけだが、それも、このコロナ禍で実行に移すことの難しさに直面している。
「行き詰まったら原点に戻れ」と、創価教育の父・牧口常三郎先生は語った。創価教育の原点は1930年11月18日に発刊された『創価教育学体系』にある。教育の目的は「子どもの幸福」にあると宣言した大著だ。緒言には「入学難、試験地獄、就職難等で一千万の児童や生徒が修羅の巷に喘いで居る現代の悩みを、次代に持越させたくないと思ふと、心は狂せんばかり」と記されている。
この子どもへの深い慈愛こそ「教育の原点」だと、池田先生は訴えた。そして真の教育を実現するには、「教育法や教育学の改革はもとより、教育者自身の人間革命がなければならない」との信念に基づき、信仰を持った教育本部の友に万感の期待を寄せてきたのである。
75年8月12日に行われた教育部(当時)の夏季講習会で、先生は「私の人生における最終の事業は教育」と語り、「教育革命の大情熱の火を点じ、未来社会への豊かな水脈をつくっていただきたい」と呼び掛けた。この「教育本部原点の日」から、本年は45周年である。
今、同本部の友は自身の人間革命に大情熱を燃やしながら、新たな教育の在り方を模索している。学校現場だけではない。保育園や学童保育所、放課後等デイサービスなどでエッセンシャルワーカー(社会の維持に不可欠な仕事の従事者)として親子を支える友もいる。フリースクールや児童館など多彩な分野で"学びの場""子どもの居場所"を提供している友がいる点も、同本部の強みだろう。
全国の教育本部の同志が知恵と力を結集するならば、豊かな未来社会が築かれていくことは、絶対に間違いない。

☆心に御書を 第66回 妙法と共に! 仏の大生命力で
〈御文〉
『此の法華経には我等が身をば法身如来・我等が心をば報身如来・我等がふるまひをば応身如来と説かれて候へば、此の経の一句一偈を持ち信ずる人は皆此の功徳をそなへ候』(妙法尼御前御返事、1402ページ)

〈通解〉
この法華経には、私たちの身を法身如来、私たちの心を報身如来、私たちの振る舞いを応身如来と説かれているので、この経の一句一偈を持ち信じる人は皆、この(三身如来の)功徳を具えるのである。

〈池田先生が贈る指針〉
妙法は宇宙と生命を貫く根源の法だ。題目を唱え行ずる人は、三身如来の仏である。身も心も振る舞いも、そのまま仏なりと仰せなのだ。
広布に生きる自身を卑下してはならない。同志を軽んじてもならない。
妙法と共に我らは胸を張って、仏の大生命力を生活に社会に漲らせよう! 伸び伸びと仲良く朗らかに!

☆日蓮大聖人の慈愛の眼差し 日眼女 「陰の労苦」に無量の福徳が
◇夫・四条金吾を支えて共に信仰に励んだ門下 大聖人から「日本第一の女人」とたたえられる
広布のための地道な「陰徳」は、必ず「陽報」となって前途を照らしていく。
御書には、日蓮大聖人が門下一人一人の「陰の功労」を心からたたえ、感謝される真情が数多く記されている。

早くから大聖人に帰依し、不退の信心を貫いた四条金吾が、さまざまな苦難に遭いながらも、大聖人をお守りし、鎌倉門下の中心者として活躍できた背景には、妻である日眼女の支えがあった。その功労は、大聖人の慈愛あふれるお手紙から、うかがい知ることができる。
文永7年(1270年)、日眼女は待ち望んでいた子どもを身ごもったと推定される。翌文永8年(1271年)5月8日、金吾宛てに送られた「月満御前御書」によれば、日眼女は無事に女児を出産し、大聖人は、早速、「月満御前」と命名された。
新たな命を授かり、喜びに包まれていた金吾夫妻を揺るがす一大事が起きる。同年9月12日の竜の口の法難である。
平左衛門尉頼綱が兵士を率いて大聖人を捕縛。大聖人はその深夜、拘留されていた北条宣時邸から密かに連れ出され、鎌倉近郊で処刑されようとした。
金吾邸の近くを通った大聖人は、使いの者を金吾に送る。その急の知らせを受けた金吾は、大聖人の元へ、裸足で駆け出した。そして大聖人の馬の口に取り付き、大聖人が処刑されたなら自分も一緒に死ぬという覚悟でお供したのである。
夫を送り出した日眼女は大聖人と夫の身の上を案じて題目を唱え、眠れぬ一夜を過ごしたに違いない。
大聖人一行が竜の口に到着し、処刑が行われようとすると、江の島の方から「光り物」が現れ、刑の執行はできなくなった。金吾は依智(神奈川県厚木市内)まで大聖人にお供した後、帰宅した。
夫から竜の口での出来事を聞いた日眼女は、究極の大難にあっても悠然と乗り越えた師の偉大さを命に刻んだことだろう。

◇大地よりも厚く 空よりも高い真心
その後、大聖人が佐渡に流罪されると、多くの門下が弾圧に遭って退転していった。しかし、金吾夫妻は御供養の品々を送ったり、金吾自身が佐渡を訪れたりと、大聖人を外護した。
文永9年(1272年)4月に日眼女に送られた「同生同名御書」では、夫を鎌倉から佐渡へはるばる送り出した日眼女を、大聖人は最大に称賛されている。
「あなた方は、鎌倉にいながら、人目をはばからず、命を惜しまず、法華経の信心をされていることは、ただごととも思われません」(同1115ページ、趣意)
「このような乱れた世に、この殿(金吾)を佐渡の地まで遣わされた、あなたの真心は大地よりも厚いのです。必ず地神も知っていることでしょう。また、その真心は虚空よりも高いのです。きっと梵天・帝釈も知られていることでしょう」(同ページ、通解)
当時、鎌倉では、良観ら諸宗の悪僧に唆された幕府要人らが、大聖人の門下を激しく迫害していた。二月騒動(北条氏一族の内乱)による混乱もあったと考えられる。
そうした逆境にもかかわらず、夫を佐渡に送り出して留守を務めた日眼女に、大聖人は、誰が見ていなくても広布を支え抜く福徳は計り知れないことを教えられたのである。
さらに、佐渡でしたためられた金吾宛てのお手紙には、「太陽と月」「二つの眼」「鳥の二つの翼」のように、夫婦でぴたりと呼吸を合わせて、信心に励むように指導されている。
文永11年(1274年)、大聖人は佐渡流罪を赦免されて身延に入り、民衆救済の大闘争を門下に呼び掛けられる。金吾は師の戦いに呼応して、主君を折伏した。
しかし、そのために、金吾は主君から不興をかい、遠ざけられ、同僚たちからもさまざまな圧迫を受けるようになる。それでも金吾夫妻は助け合って信心を貫き、身延の大聖人を支えたのである。

◇強き信心の人を 諸仏・諸天が守る
当時、金吾の命をつけ狙う者もいた。大聖人は金吾に対して、命を守る生活上の注意を繰り返し指導されている。
あるお手紙を拝すると、昼の宴席も油断できないものとされ、金吾が安らげるひとときがなかったことがうかがえる(同1133ページ参照)。
日眼女の周りにも、法華経の信仰に対する理解が不十分で、日眼女と距離を置くようになった者もいたであろう。八方ふさがりの状況に、日眼女はどれほどつらく、悔しい思いを重ねたか、計り知れない。
そんな彼女に対して、「四条金吾殿女房御返事」で、大聖人は次のように渾身の激励を送られた。
「全ての人が憎むならば憎めばよい。釈迦仏・多宝仏・宇宙のあらゆる仏をはじめ、梵天・帝釈・日天・月天らにさえ、大切に思っていただけるならば、何がつらいことがあるでしょうか。法華経にさえ、ほめていただけるならば、何もつらいことはないのです」(同1135ページ、通解)
さらに大聖人は同抄で「妙法を持つ女性は、他の一切の女性に優れているだけでなく、一切の男性にも超えている」(同1134ページ、通解)と訴えた。そして、けなげに信心に励み、夫を支える日眼女を「日本第一の女人なり」(同1135ページ)とたたえた。日眼女にとって、大聖人のこのお言葉がどれほど心の励みになったことだろう。
後に金吾は、病気になった主君の看病・治療を通して、以前にも増して主君からの信頼を取り戻し、所領も増えた。建治4年(1278年)に御執筆されたお手紙には、金吾が主君の出仕のお供をした折、鎌倉の子どもたちから"一行の中で四条金吾こそ第一である"とほめたたえられたことが記されている(同1175ページ参照)。長い間の苦しみを乗り越えた日眼女にとっても大聖人から贈られた「日本第一の女人」とのお言葉のような称賛が周囲から寄せられたに違いない。
弟子の「陰の戦い」をじっと見つめる師匠。師匠は全てを知ってくださっているとの確信を抱き締めて奮闘する弟子——この麗しき師弟の精神は、仏意仏勅の創価学会に厳然と受け継がれている。
かつて池田先生は心の内を語った。
「私は、いつも『陰の人』を見ている。『陰の立場』で、コツコツと広布に戦ってくださっている方々を真剣に見つけ出し、最大に賞讃してさしあげたいという気持ちでいっぱいである」と。
友のため、地域・社会のために尽くす行動は、誰の目にも触れないかもしれない。しかし、私たちのことを誰よりも心に掛け、励ましを送り、成長と勝利を待ち望んでいる師匠がいる。
どこまでも師と共に! 師の期待にお応えする人生を!——この師弟の絆を持つ生き方は強く、深い。

2020年8月11日火曜日

2020.08.11 わが友に贈る

電話や手紙等も使って
故郷の友人・親戚と
旧交を温めよう!
真心の一声・一筆が
自他共の歓喜を生む。

松野殿御返事 P1386
『世の中ものうからん時も今生の苦さへかなしし、況や来世の苦をやと思し食しても南無妙法蓮華経と唱へ、悦ばしからん時も今生の悦びは夢の中の夢霊山浄土の悦びこそ実の悦びなれと思し食し合せて又南無妙法蓮華経と唱へ』

【通解】
世の中がつらく感じられる時も、今生の苦しみさえこのように悲しい、いわんや来世の苦しみにおいてはそれ以上であると思って、南無妙法蓮華経と唱えなさい。また、うれしい時でも、今生の悦びは夢の中の夢のごときものであり、霊山浄土の悦びこそが、まことの悦びであると思い合わせて、また南無妙法蓮華経と唱えなさい。

名字の言 地球的課題を解決するために必要な思想とは? 2020年8月11日
地球誕生からの歴史を、地層の中の化石などから読み取れる環境変化などに基づいて区分した年代を「地質時代」という。この区分では、約1万年前から現在までを「完新世」と呼ぶ▼だが、21世紀に入ってから、「人新世」という言葉が用いられ始めた。その概念を提唱したのは、ノーベル化学賞を受賞した大気化学者クルッツェン。"人類の活動が、地球規模で影響を及ぼすようになった時代"と定義される▼ローマクラブは、最新のリポート『Come On! 目を覚まそう!』(明石書店)で、「人新世」を「持続可能な発展」の時代とするために、人類が「新しい世界観と新しい思想を確立するという挑戦に直面している」と指摘する▼池田先生は、ローマクラブの創立者・ペッチェイ博士、第3代会長のホフライトネル博士、共同会長を務めたヴァイツゼッカー博士と、それぞれ対談集を編んだ。3人との語らいに共通するのは、地球規模の諸課題を解決するには「人間革命」が必要、ということだ▼気候変動や感染症の拡大は、豊かさを際限なく追い求め、その果実を争う時代への反省を人間に迫っている。覇権を巡る争いよりも地球的課題解決への共闘を。軍事的安全保障から人間の安全保障へ——終戦75年の夏をその転機としたい。(芯)

寸鉄 2020年8月11日
「能く持つこと有れば即ち仏身を持つなり」御書信心は持続。今日も一歩
青年の一番の宝は信頼—恩師。仏法は即生活。誠実の振る舞いで輝く実証を
友の幸福に尽くした分、人は確実に偉大になる—偉人。友情は人生彩る宝
コロナ禍の情報信頼度、新聞がトップと。希望の光送る聖教の充実を誓う
子どもの水難事故、例年より多く。保護者の同伴、救命胴衣の着用等が必須

☆心に御書を 第65回 大海原のように悠然と
〈御文〉
『大海へ衆流入る・されども大海は河の水を返す事ありや、法華大海の行者に諸河の水は大難の如く入れども・かへす事とがむる事なし』(椎地四郎殿御書、1448ページ)

〈通解〉
大海には多くの河が流れ込む。しかし、大海は河の水を返すことがあるだろうか。大海のごとき法華経を持つ行者に、多くの河の水が大難のように流れ込んでも、押し返すことや、とがめだてすることはない。

〈池田先生が贈る指針〉
日蓮大聖人は若き日、世界一の太平洋を望まれつつ修学に励まれた。
妙法を唱える学会っ子は、大海原のような心で大きく逞しく学ぼう!
特に、コロナ禍の中、健気に奮闘する受験生の友を心から讃えたい。今の逆境から必ずや不屈の大人材が育つ。
題目は全てを生かす力だ。挑戦と努力、そして勝利の青春を悠然と飾れ!

☆「転重軽受法門」研さんのために
所願満足の幸福の軌道を歩むために、人生に立ちはだかる苦難をどう捉え、乗り越えていけばよいか——。ここでは8月度座談会拝読御書である「転重軽受法門」の研さんのために、池田先生の指導と解説を掲載します。(「大白蓮華」8月号も参考にしてください)

◇拝読御文
『涅槃経に転重軽受と申す法門あり、先業の重き今生につきずして未来に地獄の苦を受くべきが今生にかかる重苦に値い候へば地獄の苦みぱっときへて死に候へば人天・三乗・一乗の益をうる事の候』(御書全集1000ページ3行目〜4行目、編年体御書379ページ3行目〜4行目)

◇[池田先生の指針から]生命の大道を堂々と歩み抜く
濁世末法の現代において、大聖人の御精神を受け継ぎ、広宣流布のために、法華経の通り、御書に仰せの通りの難を受けてきたのは、仏勅の創価学会しかありません。
その崇高な自覚に立たれた、日蓮仏法の現代の広布弘通の師匠が牧口先生であり、戸田先生でした。
ある婦人が「戸田先生は、なぜ病気をしておられるのですか」と質問されたことがあります。戸田先生は語られました。
「私が、こうして病気をしていることは、大きな『転重軽受』なのだよ。この病気で、学会が受ける大難を軽くすませているのだ」
私は、この戸田先生の深きお心を忘れられません。
まさに戸田先生は、来る日も来る日も、全宇宙の障魔の激流に身を投げ出して、師子王の指揮をとってくださった。
私もまた、戸田先生の無二の弟子として、全同志の生々世々にわたる宿命転換の道を開く護法の実践を貫いてきました。
大阪事件で、一切の矢面に立って戦う私に、戸田先生は言われました。
「君が先頭に立って、大難を受け、戦ってくれるおかげで、本末究竟して、全同志の一生成仏の道が開かれることになる」と。
今、全世界192カ国・地域に「宿命を使命に変える」という、生命の大道を喜々として、また、堂々と歩み抜き、変毒為薬の勝利の現証を示している学会員が数えきれないほど大勢おられる。
これこそが、「転重軽受」の最大の実証であると確信しています。
本抄(転重軽受法門)で、大聖人は、法華経の行者としての大確信と大闘争を、迸るような勢いで語られています。
その一言一句の奥に「日蓮が如く強くあれ!」「日蓮とともに勝利せん!」との熱き鼓動が脈打っていると拝されてなりません。
我が宿命と真正面から格闘しながら、友の宿命転換のために尽くし、広宣流布に生き抜いていく——この尊き実践の中にこそ、大聖人の魂は脈々と流れ通います。
ここにこそ、無上の喜びと生きがいに満ちた「師子王の人生」が開かれゆくのです。
(『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻)

◇苦難を乗り越え真の安楽を築く
キーワード� 力強い「蘇生の宗教」
本抄ご執筆の約1カ月前、文永8年(1271年)9月12日、日蓮大聖人は「竜の口の法難」に遭われました。流罪地・佐渡に出発される前、明日のご自身の命も知れないという大難の渦中に、大聖人と門下が大難を受ける意味を教えられたのが本抄です。
法華経ゆえの大難は、そのまま成仏への直道となることを諸御抄でも拝することができます。
「難来るを以て安楽と意得可きなり」(御書750ページ)
「法華経の故に受ける『題目の難』であれば、捨てる身も、受ける難も全部、成仏のためである」(同1113ページ、趣意)
大聖人が大難に屈することなく、「難に遭う意味」を自ら示されたことで、当時の門下はどれほど勇気づけられたでしょう。
拝読御文の「転重軽受」は「重きを転じて軽く受く」と読みます。未来にまで続く過去世からの重い罪業の報いを、現世に正法を信受した功徳力によって、軽く受けて消滅させるとの意味です。
大聖人は「地獄の苦みぱっときへて」と仰せです。十界互具の原理によって、生命に本来具わる自身の仏界を現すことができるのです。
過去の因が現在の果への報いとなる、通常の因果をも包む"大いなる因果"を説く、大聖人の宿命転換の原理が輝きを放ちます。
つまり、いかなる重い宿業であっても、"今、直ちに""この身のままで"転換しゆく希望の哲理が「転重軽受」です。ゆえに、日蓮大聖人の仏法は、力強い「蘇生の宗教」なのです。

キーワード� 「一生成仏」を開く
私たちは今を生き、未来に向かって歩みを進めています。今、どういった人生の軌道を描くかで、未来の幸不幸も決まってしまいます。その意味で、「人天・三乗・一乗の益をうる事の候」との仰せに、とても重要な意義があります。
「一乗の益」とは成仏の功徳の意です。「転重軽受」とは、過去の宿業の"清算"ではありません。迷いの境涯の流転をとどめ、今世で人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界そして仏界の境涯を開きゆくことを示しているのです。
池田先生は、「『転重軽受』は、即、『一生成仏』の大道を開く門です」と語っています。
誰しも幸福を願いますが、苦難のない人生などありません。時に、「どうして自分が」と思うほどの宿命に直面することもあります。だからこそ、真の生命の安楽がもたらされるために、苦難を乗り越える根源の力が必要となるのです。
苦難をはね返す力が、私たちの生命に等しく具わっています。御本尊を根本に、仏の勇気を湧かせて苦難に立ち向かえば、その瞬間から宿業が、自身を成仏の方向へ導く因に転換されるのです。
さらに本抄では、「国土までとこそ」(御書1001ページ)と、自身の成仏だけでなく、国土の安穏を願っていると仰せです。
人々の生命が無明に覆われ、悪縁に満ちた末法において、宿命転換の哲理を体現し、生命の底力を証明する学会こそ、人類と社会の"希望の光源"です。何があっても題目を朗々と唱え抜き、仏の大生命力を湧きいだして前進していきましょう。

2020年8月10日月曜日

2020.08.10 わが友に贈る

◇今週のことば
「題目の光無間に至りて
即身成仏せしむ」
妙法で結ばれた絆は
自在にして永遠なり。
幸福家族は晴れ晴れと!
2020年8月10日

持妙法華問答抄 P465
『一切の草木は地より出生せり、是を以て思うに一切の仏法も又人によりて弘まるべし』

【通解】
一切の草木は、大地から生ずる。このことから考えると、一切の仏法もまた、人によって広まるのである。

名字の言 言語学者・外山滋比古さんの「朝飯前」の捉え方 2020年8月10日
朝飯前という言葉がある。朝食の前にすぐできるほど容易、との意味だ。しかし言語学者の故・外山滋比古さんは、元の意味は少し違っていたのではないかと疑問を持った▼人間の頭の働きは、一日の中で朝の時間が最も活発。朝飯前に仕事をすると、本来は決して簡単ではないことがさっさと片付いてしまうので、いかにも簡単そうに見える。その理由を知らない人間が「朝飯前と呼んだというのではあるまいか」と(『思考の整理学』筑摩書房)▼ことわざにも「朝起き千両夜起き百両」と。朝早く起きて仕事をする方が、夜遅くまで起きて仕事をするよりも10倍の価値がある。それを経験的に実感している人も多いだろう。コロナ禍によって、生活を朝型に変えたという人も少なくない▼若き日の池田先生にとって、朝は師の薫陶を受ける大切な時間だった。戸田城聖先生が会社の始業前に、万般の学問を授けた「早朝講義」である。池田先生は当時の日記にこう記している。「毎朝、冴えた頭で聴講できる自己を築かねばならぬ」「勉強せねばならぬ」▼池田先生が今日まで世界に広げた平和・文化・教育の大道も、礎は恩師から学んだ「戸田大学」にある。一日の勝利は朝の勝利から。その積み重ねが、人生の勝利へと結実することは間違いない。(之)

寸鉄 2020年8月10日
激動の時代、自分の足元を固めた人が勝者—恩師今こそ勇敢に友情を拡大
特設ページで戦争・被爆証言を順次配信。未来に語り継ぎ平和への歩みを
食は「命をつぎ」「いろをまし」「力をそう」と御書。聡明な食事で夏バテ防止
コロナ禍で帰省見送る人が増加。会えずとも心はつながる。電話・手紙一つ
今週、各地で高温の予報。熱中症は室内でも。水分補給忘れず。空調利用も

☆随筆「人間革命」光あれ 富士のごとく堂々と 2020年8月3日
はじめに、東北・山形の最上川の氾濫、また秋田の水害に、心よりお見舞い申し上げます。
この七月、記録的大雨により、熊本はじめ九州各地、また岐阜・長野などで甚大な豪雨災害が続きました。農林水産業の被害も深刻です。コロナ禍の中、大変な御苦労をされている皆様方の健康と無事安穏を祈り、被災地の一日も早い復旧・復興を願ってやみません。
御書に「災来るとも変じて幸と為らん」(九七九ページ)と仰せのごとく、断じて変毒為薬の勝利劇をと、題目を送り続けてまいります。

挑戦! 大いなる夢へ成長の夏
◇大樹が林立せり
「二十一世紀が勝負」と私は心定めてきた。
創価の民衆の大地から二十一世紀の世界へ、どれだけ社会貢献の地涌の人材群を送り出せるか。
誰よりも若人を慈しまれた牧口・戸田両先生と不二の祈りを込めて、私は未来部の薫陶に全精魂を注いできた。広布の父母たちと一緒に耕してきた人間教育の土壌の上に、今、仰ぎ見る後継の大樹が林立している。みんな立派になった。本当によく育ってくれた。
何より頼もしいことは、「従藍而青」の人材が次の人材を育てる、「令法久住」の励ましの連鎖が、限りなく続いていることである。
とりわけ、私の心を心として献身してくれている、未来部担当者の方々に感謝は尽きない。

未来部は世界の創価家族と共に!
◇21世紀人の使命
今の未来部の友は、まさに「二十一世紀人」だ。
高校三年生を先頭に、二〇〇二年以降の生まれであり、二十一世紀とともに青春の年輪を刻み、「人生百年時代」を飾りゆく世代である。
思えば、フランスの大文豪ビクトル・ユゴーは、一八〇二年生まれであり、十九世紀の先頭を進みゆく人生の誇りを、生涯、持ち続けた。
わが師・戸田城聖先生は一九〇〇年に誕生され、二十世紀の民衆の悲惨な命運を大転換するために戦い抜かれた。
そして、戸田先生より百年の歳月を経て、躍り出た二十一世紀の「平和の旗手」こそ、わが未来部の一人ひとりなのだ。
人類は今、コロナ禍という世界的な危機に直面している。大きな不安や制約や変化の中で、勉学に挑む高校・中学・小学生の皆さんの苦労もひとしおであろう。
しかし、若き日に大きな試練を乗り越えることは、それだけ自分が鍛えられ、大きな使命を果たしていける。偉大な価値を創造していけるのだ。
なかんずく、「冬は必ず春となる」(御書一二五三ページ)という希望の大哲理を抱いた青春は、何ものにも負けない。
日本はもとより、世界でも、未来部の友は、コロナ禍に屈せず、強く朗らかに前進している。
各国・各地で、直接会えなくても、オンラインを活用して、共に歌い、共に演奏し、共に語り、共に励まし合っている様子も伺った。
未来部は、一人ももれなく「法華経の命を継ぐ人」(同一一六九ページ)である。その伸びゆく命の輝きこそ、何ものにも勝る人類の宝であり、世界の希望なのである。

◇「道」を開きゆけ
未来部の友と進む道は、風雨を越えて夢とロマンの虹が光る。
半世紀ほど前、静岡の研修所で、未来部の友と一緒に新しい道をつくった思い出がある。共に汗を流し、石拾いや草むしりに精を出した。「道をつくる」苦労と誇りを、実際に体験してもらいたかったのである。
私は語りかけた。
「道ができれば、みんながそこを歩けるようになる。ぼくは君たちのために、懸命に道を開いておくよ。君たちは、さらに、その先の、未来への道を開いていくんだよ。それが師弟の大道だ」
この時、「世界広布の道を開く人材に」と夢を広げた女子中等部の友は、その後、創価大学へ進学し、モスクワ大学への最初の交換留学生となった。祈り、学び、努力を重ね、ロシア語通訳・翻訳の第一人者として、両国の平和友好の道、後進の育成の道を開いてくれている。
このたびモスクワ大学出版会から最終巻が発刊されたロシア語版『法華経の智慧』(全六巻)の翻訳にも、世界各地の友と尽力してくれた。
創価の師弟が開く探究と創造の「この道」は、地球を包んでいくのだ。

◇読書を力に前へ
この夏、未来部の友は「ドリームチャレンジ期間」と掲げて、成長の日々を刻んでいる。
お父さんやお母さん、担当者の方の応援を受けながら取り組む読書も、作文も、絵画も、語学も、まさしく「ドリーム(夢)」を見つけ、広げ、深めるチャンスとなる。楽しく伸び伸びと「チャレンジ(挑戦)」してもらいたい。
私が友情を結んだ世界の知性も、読書を通して、夢を広げてこられた。
核兵器廃絶に人生を捧げた、パグウォッシュ会議名誉会長のロートブラット博士が、少年時代の宝とされたのも、「読書の喜び」である。
ポーランド出身の博士の幼き日、第一次世界大戦が起こる。家は貧しく、二切れのパンが一日の食事という日もあった。そんな博士の楽しみは科学小説などの本を読むことであった。
「本当に悲しく、悲惨な時代であったからこそ、私は『夢』を求めていたのです」
若き博士は「科学を通して、人間が戦争をしなくてすむような世界をつくろう」と誓い、苦学の末、世界的な科学者になる夢を実現する。そして「核兵器のない平和な世界」という夢を、命の限り追求し続けたのだ。
広島、長崎、また沖縄の惨劇を二度と繰り返してはならない。人類の平和こそ我らの悲願である。
私が「後世に残せるような小説を書きたい」という夢を抱いたきっかけも読書であった。ユゴーの傑作『レ・ミゼラブル』との出あいである。
以来、幾十星霜を経て、小説『人間革命』『新・人間革命』を書き残すことができた。全て恩師から私への個人教授「戸田大学」での薫陶の賜物であり、多くの方々の応援のおかげである。
とともに、牧口先生、戸田先生から託された夢を、創価大学や創価学園の創立をはじめ、私は全て実現した。
次なる私の夢は何か。
世界中の未来部の皆さん一人ひとりが勇気の翼を広げ、自身の夢を実現してくれることだ。

皆が人材なりと胸を張れ
◇王者の山を描く
私は、未来部の友の躍動する絵画を鑑賞するのが大好きである。
私自身は絵が得意ではないが、宝の未来部に思いを馳せながら、富士山を描いたことがある。
一九七九年(昭和五十四年)の五月五日——私が名誉会長になって最初に迎えた「創価学会後継者の日」である。「正義」「共戦」の一連の書を書き留める最中であった。
横浜の海を望む神奈川文化会館で、絵筆を屏風に走らせた。朝焼けの紅に包まれる富士である。手前の緑の丘には、満開の桜や枝を広げた松の木を配した。一本一本が伸びゆく人材なりと祈りを込めたのである。
四年後(一九八三年)の三月、大阪・枚方市の関西創価小学校を訪れた時のことだ。楽しい催しが終わり、皆が下校した静かな校舎内を視察した。
ある三年生の教室の黒板に、青のチョークで「この一年 元気にがんばりました」と書かれた文字が、目に留まった。その隣には、仲良く球技に興じる絵もあった。
この絵手紙への返事をと、私はチョークを手に取った。そして、黒板に向かうと、児童たちの健闘を讃えつつ、"いつか一緒に「王者の山」を登りゆこう"との願いを託して、大きな富士の絵を描いていった。
「あれになろう、これに成ろうと焦心るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作りあげろ」(吉川英治作『宮本武蔵』講談社刊)
——師が愛弟子に語りかけたこの一節を、人びとの心が揺れ動く今だからこそ、私は「負けじ魂」燃ゆる友に贈りたい。
日蓮大聖人は、富士を仰ぐ天地で、大難と戦う若き弟子・南条時光に、「法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊し」(御書一五七八ページ)と仰せになられた。
妙法を受持した最高に尊貴なる創価後継の友よ、富士のごとく、堂々と頭を上げて胸を張れ!
壮大な夢を描き、明朗闊達に挑戦しよう!
君たちが、二十一世紀の地球社会を、平和と幸福と共生の崩れざる宝土に築きゆくのだ。
不二の「正義の走者」の君たちよ、「生命の世紀」「人間革命の世紀」の大空に、凱歌の虹を鮮やかに懸けてくれ給え!

2020年8月9日日曜日

2020.08.09 わが友に贈る

躍進の8月に挑む
受験生とその家族に
真心のエールを!
皆で勝利を祈り抜き
温かく見守ろう!

四条金吾殿御返事 P1192
『いよいよ強盛に大信力をいだし給へ、我が運命つきて諸天守護なしとうらむる事あるべからず』

【通解】
いよいよ妙法に対する強盛なる大信力を出していきなさい。自分の福運が尽きてしまったのに、諸天善神の守護がないといって恨むようなことがあってはいけない。

名字の言 巨悪を生み出す温床——歴史学者の洞察 2020年8月9日
戦時中、ユダヤ人を虐殺した蛮行の責任は誰にあるのか——。ドイツの歴史学者グイド・クノップはこう洞察する。元凶はヒトラーに違いない。だが、「それを傍観し、また目を背けていた」数百万の人々の責任も重い、と(『ホロコースト全証言』高木玲・藤島淳一訳、原書房)▼不正や真実から目をそらす。勇気の声を上げない。行動を起こさない。そうした人々の姿勢こそが、巨悪を生み出す温床になったというのだ。「人類への警鐘」と受け止めたい▼これまで長崎、広島で数々の平和行事を取材してきた。当事者から貴重な証言を伺うたびに、胸が熱くなった。原爆への怒りが込み上げた。そして強く実感した。"戦争の実態を知れば知るほど、平和の尊さに感謝できる。行動を起こす意欲、勇気が湧く"と▼日蓮大聖人は「敵を知らなければ、敵にだまされてしまう」(御書931ページ、通解)と警鐘を鳴らされた。時代や社会が変わろうと、生命軽視の魔性の権化ともいうべき核兵器の存在を断じて許してはならない。傍観、無関心を蔓延させる風潮こそが"平和の敵"と見破り、打破していくことだ▼被爆75年を迎えた今、改めて長崎、広島と真剣に向き合う時である。歴史の真実を学び合い、平和創造の連帯を一段と強めていきたい。(誠)

寸鉄 2020年8月9日
75回目の長崎原爆の日。平和ほど尊いものはない—この心を我らが未来へ
原爆について知りたい—米国民8割超。核兵器は人類の敵。この思潮更に
言葉がなければ結び合う事もできぬ—哲人。一本の電話も心つなぐ契機と
水の事故相次ぐ。天候や体調の変化を甘く見ず。油断排して楽しい一時を
空調は入電時が最大電力—感染対策で換気の時も切らない方が安価。賢く

☆四季の励まし」 高め合う「創造家族」に 2020年8月2日
【写真の説明】黄、白、赤、紫……。色とりどりの花々が美しく咲いていた。本年5月、池田大作先生が都内で撮影した一葉である。
さまざまな花が集まって咲く姿は互いを支え、励まし合っているようにも見える。文豪・武者小路実篤は「仲よき事は美しき哉」と。"仲が良い"ということは、自然の世界でも人間の世界でも、美しく、心を安らかにする。
家族で過ごす時間の増える8月。日頃の感謝を言葉にして送るとともに、笑顔が生まれるコミュニケーションを心掛けていきたい。
私たちは一人ももれなく、創価家族の温かなスクラムの中にいる。真心の振る舞いで、互いの絆を強め、地域に和楽の花を咲かせよう。

◇池田先生の言葉
社会といっても、
その基盤は、
一つ一つの家庭にある。
ゆえに、盤石な家庭の
建設なくしては、
社会の繁栄もないし、
社会の平和なくしては、
家庭の幸福もありえない。
そこに世界平和への
方程式もある。

身近な家族同士では、
意外に
不平や欠点の指摘に、
終始していることも多い。
そうした中で
ほんのちょっとした、
励ましの言葉が
相手の心をほぐし、
会話を円滑に
するものである。
こうした繰り返しが、
自然のうちに
家族の絆を確かなものに
つくり上げていく。

家族になるのも
深い宿縁である。
互いが互いの幸福を
増進させる「善き友」で
ありたいものだ。
広宣流布という
高い目標に向かって、
支え合い、補い合い、
磨き合っていけば、
それは「創造家族」とも
言えるし、
「成長家族」とも言える。

親の信心は、
必ず子に伝わる。
たとえ、時間がかかっても、
回り道を重ねても、
絶対に伝わる。
飾る必要はない。
失敗を恐れなくてよい。
信念を曲げず、
自ら決めた道を
朗らかに進む。
その親の生き方こそ、
子に贈る
「最上の宝」なのだ。

家族が信心していなくても
何の心配もいらない。
その中で信心を貫いて
いること自体が全部、
家族の大功徳に変わる。
一人が
信心に立ち上がれば、
わが家に太陽が昇る。
全員を幸福の方向へ、
成仏の方向へ
導いていけるのが、
妙法の功力なのである。

2020年8月8日土曜日

2020.08.08 わが友に贈る

師弟の原点や
信仰の喜びを
家族で語り合おう!
広布の未来を開く
信心継承の夏に!

兵衛志殿御書 P1095
『よりもあはれにふしぎ(不思議)なる事は大夫志殿と殿との御事不思議に候、常さまには世末になり候へば聖人賢人も皆かくれただざんじむねいじんわざんきよくりの者のみこそ国には充満すべきと見へて候へば』

【通解】
何よりも尊く不思議なことは、お兄さんの大夫志殿とあなたの仲のことであり、まことに不思議に思っております。つねの例では、世が末になれば、聖人とか賢人とかいわれる人も、皆、いなくなり、ただ『讒言で人を陥れようとする人間』や『言葉巧みにへつらう人間』、『表面は和やかだが、陰にまわって人を陥れる人間』『理を曲げて我意を通す人間』ばかりが、国中に充満するようになると経文に書かれています。

名字の言 本に出会うことは、人に出会うことと近い——小説家・森博嗣氏 2020年8月8日
小説家の森博嗣氏は子ども時代、読書が苦手だった。理由は遠視。文字を見ようとピントを合わせても前後がぼやけてしまうので、一文字ずつ本を読むしかなかった▼そんな氏が、人生で初めて買った本がエラリー・クイーンの『Xの悲劇』。1ページを読むのに、10分以上もかかった。それでも毎日2時間以上をかけて読み進めた。結局、読了には約1カ月かかったが、その面白さに驚愕したという▼氏は「本に出会うことは、人に出会うこととかぎりなく近い」「本を開き、活字を読み始めるだけで、一瞬にして遠くまで行ける感覚がある」と(『読書の価値』NHK出版新書)。一人の人間が経験できることは限られているが、読書によって、多くの人の人生から学び、世界の文化を知ることができる▼池田先生は「本」について、地球を瞬時に移動できる"世界旅行の切符"であり、歴史を学び、未来社会を生きる"タイムマシン"であり、"偉人との対話の広場"と、未来部員に語っている。青春時代の読書は、「心の翼」を大きく広げ、向上の人生を生きる源泉となる▼未来っ子と共に、たくさんの"良書と出合う"夏としたい。未来部の「読書感想文コンクール」「きぼう作文コンクール」は、その絶好の機会である。(銘)

寸鉄 2020年8月8日
南無妙法蓮華経と唱え奉るを智慧とは云うなり—御書。祈れば必ず活路が
怠けている間に青年時代は過ぎ去る—戸田先生。青春の薫陶こそ生涯の宝
東京・荒川広布原点の日。師が築きし"庶民の都"。誇り胸に友情の輪を拡大
暑かったらマスク外して—小児科医会が子どもに呼び掛け。熱中症に注意
帰省する際も手指消毒や換気、「3密」等避けて—分科会。互いの命守る為

☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第5回 難を乗り越える信心<上> 萩本主任副会長
「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」の第5回では、萩本主任副会長と共に、「創価学会 永遠の五指針」の中の「難を乗り越える信心」について学んでいきます。(〈下〉は15日付の予定。前回は7月18日付に掲載。池田先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)

◇池田先生の指導
「嵐は誉れ」です。
その勝利の鍵となるのが、
難と真正面から向き合う、
師子王の如き信心なのです。

1 人類の羅針盤となる哲学
未曽有のコロナ禍の中、世界中の同志が教学を根本に敢然と立ち向かい、学会創立90周年の「11・18」へ、勇んで前進を開始しています。私たち人類は今、未知のウイルスからの歴史的な「挑戦」を受けていると言えましょう。この「挑戦」に人類はいかにして「応戦」すべきか——その羅針盤となる哲学こそ、今回学ぶ「難を乗り越える信心」です。池田先生は講義で、次のように語られています。

■ 池田先生の講義
人間は、思わぬ事に直面した時、どう対応するかが大事となる。まさに挑戦と応戦です。
信心の実践から言えば、難や試練に遭った時に、信力、行力を奮い起こして、仏力、法力を引き出す。その応戦で積んだ「心の財」は大きい。崩れない。そして、多くの人を幸せにする力となります。
"大切な仏子を一人ももれなく幸福に"との恩師・戸田城聖先生の切なる願いが込められた指針が、「難を乗り越える信心」です。
—◆—
近年、災害などの苦境や困難から立ち上がる力として「レジリエンス」という概念が用いられています。これは、「回復力」「抵抗力」のことで、「困難を乗り越える力」を意味します。
池田先生は、毎年の「SGIの日」記念提言や、2018年に発表された、ノーベル平和賞受賞者のペレス=エスキベル博士との共同声明「世界の青年へ レジリエンスと希望の存在たれ!」でも、その重要性を訴えられ、世界の識者から賛同が寄せられています。
今、先行きの見えない不安が社会を覆っています。感染予防と社会経済活動を両立させる「新しい日常」を構築するに当たって、仕事をはじめ、自身や家族の病気・介護、自然災害などへの対応で、誰もが新たな課題に直面しています。
困難の壁が眼前に現れた時、嘆き、諦めるのか、乗り越えようと立ち向かっていくのか——その一瞬の心が、その後の人生を決めます。ひいては、全人類の未来をも決していくのです。
草創以来、学会の同志は「難を乗り越える信心」を貫いてきました。この「創価の賢者の生き方」に、人類が求めてやまない哲学があると確信します。

2 「難即安楽」の不屈の生き方
池田先生は「御義口伝」を拝し、「難即安楽」の法理について講義されています。

【御文】
御義口伝に云く妙法蓮華経を安楽に行ぜむ事末法に於て今日蓮等の類いの修行は妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり(御義口伝、750ページ3行目〜4行目)

【現代語訳】
御義口伝に仰せである。妙法蓮華経を安楽に修行するとは、末法においては、いま日蓮と門下が妙法蓮華経を修行するのに、難が起こってくることを「安楽」であると心得るべきである。

■ 池田先生の講義
「安」とは、何があっても揺るがない信心であり、「楽」とは、何があっても憂いなく生き抜いていける信心です。
戸田先生は、「試練の山を一つ切り抜けるたびに、成仏という、崩すことのできない境涯となっていくのである」と、一つ一つ、乗り越えていくことの大切さを教えられました。「一つ一つ」です。信心が深まるのを待って、それから難に向かうのではありません。難に向かっていく中で生命が磨かれ、金剛の信心が鍛え上げられるのです。
—◆—
「難即安楽」の法理は、一見、正反対の事柄が「即」でつながれています。この「即」とは"何もせずにそうなる"という意味ではありません。"必ずそうしてみせる!"という不屈の信心の一念と行動にほかなりません。
新型コロナの感染拡大によって、多くの同志が経済的苦境に立たされています。そのご苦労はいかばかりでしょうか。
建設会社を経営する、東京の壮年リーダーの体験です。これまでも事業の危機をたゆまぬ唱題の実践で乗り越えてきました。しかし、今回のコロナ禍で、予定していた工事がことごとく延期や中止となり、資金繰りが逼迫し絶体絶命のピンチに。落ち込みそうになる心を鼓舞し、夫妻して強盛に題目を唱え抜きました。すると、大きな受注が入り、何とか当面を乗り切れる状況になったとのこと。
青年部時代から池田先生の激励を受けてきたその方が「必ず仕事で実証を示し、先生にお応えします」と意気軒高に語られる姿に、「難即安楽」の不屈の生き方を垣間見る思いがしました。
かつて先生は「苦悩が何もないことが幸せなのではない。負けないこと、耐えられることが、幸せである」「一番、苦労した人が、最後は一番、幸福を勝ち取れる。幸福は、忍耐という大地に咲く花であることを忘れまい」とつづられました。
大事なのは「勝つこと」よりも「負けないこと」です。「真の安楽」とは「どんな苦難にも負けない」との確信であり、そこに、「絶対的幸福境涯」が開かれていくのです。

3 学会と共に大歓喜の人生を
苦難に直面した時、絶大な支えとなるのが師匠と同志の存在です。先生は、学会と共に歩む人生がいかに素晴らしく、尊いかを教えてくださっています。

■ 池田先生の講義
私たちは、いかなる障魔が競い起ころうとも、強き信心で、御本尊に祈ることができます。そして、共に励ましあえる同志がいます。
したがって、学会とともに歩む人生、それ自体が、最高の「難即安楽」の人生を歩んでいることになるのです。
いたずらに難を恐れて、"ほどほどに"小さく固まって生きる——そうした臆病な姿勢では、「歓喜の中の大歓喜」は得られません。日蓮大聖人の仏法は、消極的人生とは対極にあるといってよい。
「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(御書1448ページ)、「賢者はよろこび」(同1091ページ)です。
「さあ何でもこい!」「難があるからこそ、人生を大きく楽しめるんだ。多くの人を救えるんだ」という、究極の積極的人生にこそ、真実の安楽があると教えられているのです。
—◆—
2000年(平成12年)7月、第2総東京長に任命された直後、先生から「戦いの要諦は家庭訪問だよ」とのご指導をいただきました。ご自身の"大阪の戦い"を通して、「私は徹底して家庭訪問に回った。自転車を3台乗りつぶして、8000軒、回った。君は1万軒、回りなさい」と。
同志のお宅に伺う際、私は必ず「先生との思い出」を聞いてきました。かつて記念撮影会に参加した方や、直接の出会いがなくとも、伝言や激励をいただいた方など、皆さん、必ず師弟の絆があります。さまざまな理由で思うように学会活動に参加できていない方も、先生との原点を語る時は、本当に喜びにあふれた顔をされます。一人一人に、それぞれの、師匠との原点がある。これこそが学会の強さの秘訣であると実感してきました。
今、小説『新・人間革命』の研さん運動が全世界で展開されています。山本伸一の振る舞いや言葉に触れて師弟の精神を学び、各自が"自分自身に向けられた指導"をつかみとっています。ほかの誰でもない、「自分と池田先生」との一点を、今再び生命の中心に据えることが、広布の推進力となることは間違いありません。
池田先生は、徹底して一人を大切にされてきました。その振る舞いによって築かれたのが麗しい創価の連帯です。
師の心をわが心として、どこまでも学会と共に!——この一念に、難を乗り越えていく力が湧き上がっていくのです。

4 悩める友の勝利を開く
続いて先生は、難の正体を喝破された「三沢抄」を拝されます。

【御文】
それに叶はずば我みづから・うちくだりて国主の身心に入りかわりて・をどして見むに・いかでか・とどめざるべきとせんぎし候なり(三沢抄、1488ページ1行目〜3行目)

【現代語訳】
(第六天の魔王が一切の眷属に命令して「各各の能力にしたがって、彼の行者を悩ましてみよ。それで駄目だったなら、彼の弟子檀那および国土の人々の心の中に入り代わって、あるいは諫め、あるいは脅してみよ」と言い)「それでも駄目だったなら、私が自ら降りていって国主の心身に入り代わって脅してみれば、どうして止められないことがあるだろうか」と評議するのである。

■ 池田先生の講義
第六天の魔王は、民衆が正法に目覚めて立ち上がることを阻もうとするのです。法華経の行者にとって、勝利とは、自分だけにとどまりません。悩める友、さらには、未来の友の勝利の大道を限りなく切り開いていく、尊き挑戦なのです。
—◆—
同志の体験に共通するのは、苦難に立ち向かい、題目を唱えていく中で大きく一念を転換されていることです。"自身が苦難を乗り越えることで、同じ苦難に悩む友の希望になる"との、「願い」から「誓い」への大転換です。これは、あの東日本大震災の時、被災地で激励に歩く中で深く感じたことでもあります。
東北のある壮年リーダーは震災直後、妹夫妻の行方が分からない中でも、"心の財は壊されない"との池田先生の万感の激励を自身の支えとして、不眠不休で友を励まし続けました。「自分が踏ん張れたのは同志のおかげです。自分にどんなことがあっても、苦難を共にする同志の最後の一人が立ち上がるまで励ましを送ろう、と決意しました。ただ先生にお応えしたいという一心でした」と。
その後、妹夫妻の鮭鱒養殖業を継いでマイナスからの再建に踏み出し、一昨年は過去最高の出荷量になったそうです。
コロナ禍で会社は大変ですが、震災の時に高校生だった次男が立派に成長し、一緒に働くことになったとの明るい話題もあり、「もう一回、新しい決意で出発します」と力強く語ってくれました。
こうした同志の姿には、苦難に負けず、妙法の功力を証明しゆく「地涌の菩薩」の尊い生命が光り輝いています。

■ 池田先生の講義
地涌の使命を自覚すれば、偉大な力が出る。難は、民衆を救うために、自ら願って受けた難となる。そして、それを乗り越えることで、人々を救うという願いを果たすことができる。使命を果たすために難はあるのです。
「なぜ自分が」という嘆きから、「だからこそ自分が」という誇りへ、難に対する姿勢の大転換を教えられているのです。

2020年8月7日金曜日

2020.08.07 わが友に贈る

朝に勝とう!
リズム正しい生活に
充実と成長がある。
清々しい勤行・唱題から
一歩前進の日々を!

異体同心事 P1463
『日本国の人人は多人なれども体同異心なれば諸事成ぜん事かたし、日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし』

【通解】
日本国の人々は、大勢いるが、体同異心なので、何事もうまくいかない。日蓮の一門は、異体同心であるゆえに、人数は少ないけれども、大事を成し遂げ、必ず妙法が広まると確信する。悪は多くとも、一善に勝つことはない。

名字の言 元大関・照ノ富士の復活劇に秘められた師弟のドラマ 2020年8月7日
"史上最大の復活劇"に沸いた大相撲の7月場所。返り入幕の元大関・照ノ富士が5年ぶり2度目の優勝を果たした▼「落ちているときも応援してくれた方々に、恩返しがしたかった」。5年前の大関昇進後、照ノ富士は両膝の負傷や内臓疾患などに苦しんだ。「横綱候補」の呼び声が高かったが、序二段まで番付を落とした▼元大関の幕下以下での現役続行は前例がない。照ノ富士は引退を申し出た。だが、伊勢ケ浜親方は慰留し続けた。「序二段で勝つことは恥ずかしいことじゃない」「まず体を治そう」。弟子を思い、復帰を諦めない師匠の度重なる激励に、"もう一度、新弟子の決意でやり直そう"と決め、心身を徹底して鍛え直した。優勝旗は、審判部長の師匠から受け取った▼逆境は、人間の真価を問う試金石でもある。70年前の8月、池田先生は恩師・戸田先生の事業難の打開に奔走する中、日記にこうつづった。「地に依って倒れた者は、地に依って起つ以外ない。この現状を、再起させれば、最大の活躍の証明となる」▼相撲の勝負は、"立ち合いで決まる"といわれる。勇気を奮い起こし、グッと力を込めて踏み出す大切さは、人生も同じだ。その一歩が、かつてのつまずきも「敗北」ではなく、「勝利の因」へと変えていく。(踊)

寸鉄 2020年8月7日
宗教は人生の背骨である—牧口先生。青年よ行学錬磨に挑み我が境涯開け
「子にすぎたる財なし」御書。未来部は皆、後継の大人材。共に祈り、成長!
各地で天気の変化激しく大雨等に注意。油断せず早め早めの避難を心掛け
都内で交通事故死が3割増。速度超過等が原因と。ルール順守し安全運転を
1日8千歩で死亡リスク半減—米研究。感染予防継続しつつ賢く健康管理

☆みんなで学ぶ教学 第9回 人の振る舞い
◇人格の輝きに共感と信頼が
今回の「みんなで学ぶ教学」は、仏法の実践にとって大切な「人の振る舞い」について学びます。さて、新会員のリホさんが、いつもお世話になっている地区婦人部長のユリコさんに、絵手紙を書いているようです。

ユリコ すてきな絵手紙ありがとう! リホさんの真心がうれしくて、心が温かくなったわ。絵もとっても上手なのね。

リホ 喜んでもらえてよかった。いつもお世話になっているから、感謝の思いを伝えたくて書いたんです。
実は今、気持ちを込めて友達にバースデーカードを贈ったり、なかなか会えていない知人に、勇気を出して絵手紙を送ったりしているんです。

ユリコ 受け取った友人にも思いが伝わって、友情が深まりそうね。感謝や思いやりの心を行動に表すって簡単なことじゃないのに、リホさんの振る舞いは本当に素晴らしいと思うわ。

リホ そんなに褒められると照れちゃいます(笑)。ユリコさんこそ、いつも笑顔で皆を励ましてくれて、感謝しています。
学会の方って、親切で、"皆のために"と行動している人が本当に多いですよね。

ユリコ それは、日々、自他共の幸福を祈っているからじゃないかな。唱題を重ね、学会活動をする中で自然と心が磨かれ、「振る舞い」となって、表れているからじゃないかしら。

リホ 私の振る舞いは大丈夫かなあ。感情や体調に左右されて、思わず無愛想になってしまうときもあります。

ユリコ そうなのね。誰にでもあることだから、気を付けていかないとね。
日蓮大聖人は、短気な性格の門下にどんなに納得できないと思うことがあっても、"怒りっぽい顔になってはいけない"など、感情にまかせて振る舞ってはいけないと注意されているわ。その後、この門下は、大聖人の仰せの通りに実践して、周囲から信頼されていったの。

リホ かなり具体的ですね。

ユリコ さらに「釈尊がこの世に出現された目的というのは、人の振る舞いを示すことにあった」(御書1174ページ、趣旨)とも教えられているの。
良識ある振る舞いと、人格の輝きをもって、社会や地域に共感と信頼を広げていく生き方に仏法があるとの仰せよ。

リホ 私もそういう生き方をしたいです。
ユリコ 大丈夫よ。リホさんは手紙を書くときに、一人一人のことを思い浮かべて、励ましや感謝の言葉をつづっているでしょ。

リホ 確かに、「あの人は元気かな」「この人にはとてもお世話になっているな」と、頭に浮かべながら書いています。

ユリコ そういうふうに心に思い浮かべられるようになっていくことが、人間革命している証しなのよ。
大聖人は「法華経の修行で非常に大切なのは、不軽品である」(同ページ、趣旨)と教えられているわ。
不軽品で説かれる不軽菩薩は、どんな人にも具わる仏の生命を敬い、礼拝し続けた菩薩なの。

リホ "あらゆる人を敬う"って、とてもすごいことですね。

ユリコ そうよね。
誰しも、苦手な人や、性格が合わないと感じる人がいるわ。でも、相手の幸福を願い誠実に接していけば、必ず相手の仏の生命を輝かせていけるのよ。
それが、自身の仏の生命を輝かせていくことにもなるのよ。だから大切な修行といわれているの。

リホ そうなんですね。私も、自身の振る舞いで、友情と信頼を広げられる人に成長していきます!
まずはちょっと苦手に思う友人に、手紙を書いてみようかな。

☆質問BOX 価値観の合わない人とは、どのように接していくべきでしょうか?
◇質問
価値観の合わない人とは、どのように接していくべきでしょうか?

◇回答
地域や社会で、自分とは異なる価値観を持った人と出会い、戸惑った経験がある人は多いと思います。その際、「ちょっとこの人とは合わないな」と、避けてしまうこともあります。
池田先生は、「違いがあるからこそ、この世界は多様性に富んだ、百花繚乱の花園なんだよ。だから、差異は本来、認めることはもとより、尊敬し、学び合うべきものだ」と語られています。
異なる価値観を持った人だからと、避けていても成長はありません。そうした相手だからこそ、題目で勇気と智慧をみなぎらせ、誠実に関わり続けることで、自分を磨いていくことです。
そうすれば、自分の境涯が広がるだけでなく、相手の仏性を触発することで、自他共の境涯を広げる機会としていけるのです。

2020年8月6日木曜日

2020.08.06 わが友に贈る

自分の心が変われば
日々の行動が変わり
環境をも変えていける。
理想の世界を創るのも
全ては一人の変革から!

種種御振舞御書 P911
『わづかの小島のぬしらがをどさんををぢては閻魔王のせめをばいかんがすべき、仏の御使となのりながらをくせんは無下の人人なり』

【通解】
わずかばかりの小島である日本の国の主(執権)等がおどすのを恐れているようでは、退転して地獄に堕ちたときに閻魔王に責められたならばいったいどうするのですか。仏の御使いと名乗っておきながら、今さら臆病になったら、それはもっともいやしい人々です。

名字の言 被爆した女性に希望の灯をともしたアオギリの木 2020年8月6日
「75年は草木も生えぬ」。広島は終戦後、そう言われた。爆心地から1・3キロほど離れた広島逓信局の中庭で被爆したアオギリは、枯れ木同然の状態に。ところが翌年、新たな芽を出した▼この逓信局に勤務していた故・沼田鈴子さんは、被爆で左足を失った。人生に絶望した彼女に、希望の灯をともしたのがアオギリだった。焼け焦げた幹から伸びる芽が、生きることを呼び掛けているように思えた▼「この命がある限り、私は未来を生きる若い人たちのために、核兵器の脅威を語り継いでいく」。生前、こう語っていた沼田さんは、21カ国で原爆の悲惨さを訴えた。彼女に勇気を与えたアオギリは今も、広島の平和記念公園で、静かに平和の尊さを語り続けている▼今、被爆者の平均年齢は83歳を超える。その体験の継承は私たちの責務だ。広島の青年・未来部では、被爆体験の聞き取りを実施してきた。ある未来部員は「今の生活は、75年前からつながっていると感じました。過去の戦争を"自分ごと"として考えていきたい」と▼広島で被爆した詩人・原民喜は詠んだ。「ヒロシマのデルタに/青葉したたれ」。次世代へ記憶をつなぎ、核廃絶に粘り強く挑み続ける——その戦いが、核兵器によって人生を奪われた方々の思いに応えることになる。(子)

寸鉄 2020年8月6日
広島の原爆忌75年。"核兵器は絶対悪"。戸田先生の信念の叫びを若人が継承
信越師弟誓願の日。勇み希望と励ましの連帯拡大我が人間革命の歴史綴れ
東北の歌「青葉の誓い」発表の日。福光の凱歌を共々に。題目第一で前進
コンビニでレジ袋「辞退」が7割超。有料化で。プラスチックごみ削減さらに
詐欺等の被害、上半期で128億円と。法務省等騙る新しい手口も。警戒強く

☆勇気の旗高く 池田先生が福井の友に贈る指針 郷土のルネサンスを
池田先生が各地の友に寄せたスピーチや指針などを紹介する「勇気の旗高く」。今回は福井県を掲載する。
◇不死鳥の如く
<池田先生が初めて福井を訪れたのは、1959年(昭和34年)3月24日。御書の「一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり」(1143ページ)を拝し、県内各地から集った1700人の友に、「この信心をたもった私たちは、世界最高の幸福者である」と力強く訴えた。その背景には、"幾度となく災害に見舞われてきた福井の同志を励ましたい"との思いがあった。
先生が最初に、「郷土のルネサンスを」と呼び掛けたのも、福井だった。73年(同48年)6月5日に行われた県幹部会での講演である。多くの同志が誓いを新たにしたこの日は、後に「福井の日」に制定された>
ここ福井県は自然条件の厳しい土地柄であります。だが、歴史を振り返ってみると、古代においてはまことに誇りと気概に満ちた国土でありました。三世紀末から六世紀にかけての古墳時代をみても、福井県下の古墳は約三千基にのぼると推定されております。
古墳は、当時の豪族の権力と財力の象徴であり、それはとりもなおさず、本格的な農業生産の大きさを示していた。ということは、古墳三千基は、そのまま福井地方の大繁栄ぶりを物語っていたといってよいでありましょう。
(私は)古代からの誇りと気概と実力は、脈々として現代にも底流をなしていて、条件さえ整えば、立派にそれが開花すると考えている一人であります。
その証拠に、福井は豪雨、豪雪、地震による大災害多発地帯であるにもかかわらず、そのたびごとに立派に立ち上がり、不撓不屈の精神を如実に発揮してきたではありませんか。
現在の立派な福井市を建設し"不死鳥・福井"と賛嘆されたことは天下周知の事実であります。
福井の皆さん方は"福井のルネサンス(文芸復興)を私どもの時代で必ず成し遂げる"また"子孫のために福井のルネサンスの土壌だけは開拓してみせる"ということを合言葉にして進んでいっていただきたいのであります。

◇我らは勝ちたり
<福井は、第1次宗門事件の嵐が最も激しかった地域の一つ。苦難の中で、友は先生との絆をさらに強め、忍耐強く広布の陣列を広げてきた。
90年(平成2年)10月22日、池田先生は9年ぶりに福井を訪問。石川、富山の同志も参加した日本海3県合同総会の席上、「皆さまは見事に勝ちました!」とたたえた。先生は、2000年の随筆でこうつづっている>
震災、水害、豪雪……戦後になってからも、幾度となく天災に遭いながら、たくましく復興してきた福井である。
そのなかで、同志も、また、信頼の根を張り、深雪を踏み分けるように、創価の大道を広げてきたのである。
しかし、にわかに、冷酷無残な悪侶の狂刃が、わが学会の純真な仏子に襲いかかり、苦悩と悲嘆と混乱に陥れたのだ。
福井の寺で、激しい学会攻撃が始まったのは、七六年(昭和五十一年)の半ばごろであり、「法師の皮を著たる畜生」(御書1386ページ)の卑劣な策動の狼煙であった。
福井の同志は、来る日も来る日も、暗黒の嵐を耐えに耐え、必死に、創価の正義軍の陣列を守り抜いていた。
私は、福井の友がかわいそうでならなかった。その苦衷を思うと、胸が苦しかった。
ある日、私は、福井に電話を入れた。七九年(昭和五十四年)の九月——名誉会長になって間もない、私自身も自由に動けぬ時代であった。
「福井の皆さんも、悔しいだろう。しかし、こんなことが、いつまでも続くわけがない。大聖人が必ず裁いてくださる。それまで、福井の皆さんも、耐え抜いてください」
「仏法は勝負だ。正義は必ず勝つ! 十年後には、はっきりするよ!」
そして、福井訪問を約束して電話を切ったのである。
福井は、遂に、遂に、「師子王の心」で奮い立った。
この二年後、武生文化会館でお目にかかった皆さま方の、あの雄々しき大英雄の姿は忘れられない。
そして、激戦の十年が過ぎた九〇年(平成二年)——私は、勝利の太陽に包まれた福井文化会館を訪問したのである。
福井の同志の、あの晴れやかな顔、顔、顔。一緒に参加した石川、富山の友も、心の底から歓喜していた。
我らは勝ちたり! 堂々たる福井の凱旋の大会は、日本一、世界一であった。

◇"新思考"の時代
<池田先生は、この90年の3県合同総会の席上、幸・不幸を決めるのは自身の「心」であると強調。その心を鍛えるのが、日々の信仰の実践であると語った>
若狭湾など、美しい自然の景観に恵まれたふるさと——。私も、この福井が、そして石川、富山の地が、大好きである。私は東京生まれで、太平洋側は比較的よく知っているが、できれば将来は、この日本海側の地で、時間をかけて、人生と広布への語らいを、皆さまと行いたい。
また福井では、これまで発展のマイナス要因とされてきた「雪」を、逆にプラス要因として活用できるよう、工夫されているとうかがった。「活雪」、つまり雪を活かすという、逆転の発想である。
例えば、冬に雪にちなんだ行事を催す。また、村おこしに役立てたり、雪を利用する新しいタイプの公園を整備したり——まことに、素晴らしいアイデアと思う。
ものごとは価値的にとらえたほうが得である。そして、新しい発展のためには、古い"常識"にとらわれない柔軟な発想と知恵が必要となる。いわゆる"新思考"の時代なのである。
他人と比べたり、見栄を張ったり、そんなことで、いつも心が焦りと不満で揺れている——それでは、どんなに他の人から幸福そうに見えたとしても、何の意味もない。むしろ不幸である。人生は他の人に見せるためにあるのではない。自分自身の人生であり、自分自身が満足できるかどうかが根本である。
勇者は、どんな環境でも平静でいられる。憶病な人は常に心が不安である。知恵ある人は、障害をも自分の味方にしてみせる。知恵なき人は幸運をも、つまずきの原因にする。強者にとっては、運命と戦うことすら喜びであり、弱者にとっては、人生そのものが重荷であろう。全部、自分で決まる。自分の「一念」で一切が百八十度、違う顔を見せてくる。
幸・不幸を決定する、この「心」に、限りない「強さ」と「知恵」をわき出させていくもの——これが妙法の信仰であり、私どもの日々の実践なのである。
<苦難の中、真っすぐに師弟の道を歩んできた福井の友。池田先生は「勇者の福井」の前進に期待を寄せる>
粘り強い挑戦と持続、そして決してあきらめない負けじ魂——これこそ偉大な歴史をつくる力である。
いかなる困難な環境さえも、自身の栄光の舞台に変えていけるのが、仏法であり、妙法である。
今、人間世紀を拓く「勇者の福井」に、希望の太陽は赫々と昇った。
「常勝関西」の一翼を担い、いよいよ「世界の福井」の本領を発揮する、歓びの春が来た!
私には聞こえる! 朗らかな福井の同志の敢闘に、あの地、この地から、潮のごとく沸き上がる、行進と喝采の響きが!

2020年8月5日水曜日

2020.08.05 わが友に贈る

猛暑の時季が到来。
迷わずエアコン等を使い
万全の熱中症対策を。
適切なマスクの使い方や
換気の工夫も賢明に。

開目抄上 P200
『少少の難はかずしらず大事の難四度なり』

【通解】
少少の難は数知れず、大難はすでに四度に及んだ。

名字の言 ノーベル賞受賞の山中教授を支えた「V」と「W」 2020年8月5日
ノーベル賞を受賞した山中伸弥教授は、自身を支えた言葉として「V」と「W」を挙げる。「V」はビジョン。「W」はワーク。ここで言うビジョンとは「目的」に近い。米国留学中、研究所の所長から教わったことだという(『心揺るがす講演を読む』所収の教授の講演から。水谷もりひと監修、ごま書房新社)▼山中教授はハードワークには自信があったが、ビジョンについては、研究に追われ、いつしか、いいポストに就ければくらいの思いでいた。しかし所長は"そんなことのために研究者になったのか"と。そう言われて、"現代の医学では治せない病気を治すため"に研究者を志したことを思い出す。以来、わがビジョンを大切にしてきた▼戸田先生と池田先生の師弟が重視したのもビジョンである。戸田先生が焼け野原に立った時、学会は壊滅していた。その現実に縛られていたら、75万世帯の達成という発想は出てこなかったに違いないと、池田先生は述べている▼いかに現状が厳しくとも、"世界の民衆の幸福のため"との明確なビジョンがあったから、大きな指標を定めて、現実を開くことができた▼今、新たに男子部の「ビジョン会議」が開催されている。師弟のビジョンの実現へ、新しい発想と行動に期待が高まる。(進)

寸鉄 2020年8月5日
「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏に」御書。負けじ魂が我らの合言葉
広島青年部「平和誓願の日」。君らの手で不戦世紀を!さあ若き陣列拡大を
私は今の条件下で最善を尽くすだけだ—芸術家。電話などで励ましを日々
睡眠不足は免疫力低下に—研究。規則正しい生活で友好期間を生き生きと
コロナ禍で親子の接する時間増えた—65%。信心の継承を心通う語らいで

☆第3代会長就任60周年記念 広布史アルバム 第7回 中部の友の「7・27」
◇「この道」歩まん 朗らかに
「7・27」。中部の同志が、池田先生との誓いに燃え立つ原点の日である。
1976年(昭和51年)7月27日、中部の記念幹部会(名古屋文化会館)に出席した先生は、堅塁の象徴である「中部旗」を贈った。中部の頭文字「C」が赤・青・緑の3色で描かれ、3県の強き団結を示すように、「堅塁」の金文字が輝いていた。
愛知と三重と岐阜の団結を象徴する「中部旗」が授与され、「中部の日」の淵源となった歴史的な会合である。
私の決意は深かった。
"今日の出会いを、中部の苦しき宿命を転換する原点にしたい"
一九七〇年(昭和四十五年)の"言論問題"の前後より、学会は、数人の代議士からも罵倒され、ある時は、テレビを使い、雑誌を使い、演説会を使い、非難中傷された。あらゆる会合で、火をつけるように、悪口罵詈を煽り立てられた。
なんという悪逆か! なんという狂気じみた悪口か!
私自身も、愛知県の代議士から、国会喚問の要求を初めてされた。
「信教の自由」を侵害する狂暴な嵐であった。理不尽な罵倒の連続であった。

一部の評論家や著名人、そしてまた何人かの代議士たちは、これだけの大攻撃を受けた愛知の学会は、必ず崩壊するであろうと囁いていた。
しかし、中部の創価学会の勇敢なる信心は、凄まじき苦境を乗り越え、すべてに大勝利したのだ。それは、永遠に燦と輝きわたる歴史として残るにちがいない。
中部旗の授与から2年後(78年)、同じ7月27日に開催された記念幹部会(中部文化会館<当時>)では、池田先生が作詞した中部歌「この道の歌」が発表された。
「この道」とは、信念の道であり、そしてまた正義の道、幸福の道、同志と歩む勝利の道である。それは、我ら「創価の烈士」が進みゆく大道なのだ。
当初の発表では、歌詞の結びは、「ああ中部中部 諸天舞う」となっていた。
だが、皆の合唱を聴きながら、最後の歌詞がちょっと違うな、と思った。諸天が「舞う」だけでは、主体である我々にとっては、受動的になってしまうからだ。
大事なのは、諸天をも「舞わせる」、つまり「動かしていく」、我々自身の強き祈りと行動にしていくべきであると思った。
そこで、後になって申し訳なかったが、「諸天舞え」と直したのである。
仏法の勝負は厳しい。中途半端な、ひ弱な精神では、断じて勝てない。
民衆の悲嘆の流転を変え、堂々たる民衆勝利の大喝采を叫ぶことはできない。
ゆえに、徹して、断じて強くあれ! ひとたび戦いを起こしたなら、必ず勝て!
必死の一人は、万軍に勝るのだ!
「広布の一番星」と輝く友は、自らが決めた「この道」を、これからも進む。「堅塁・中部」の誇りも高く。

"今日を、中部の宿命を転換する原点に"——中部記念幹部会に出席した池田先生は、「生死一大事血脈抄」の一節を拝して、「組織は人間の和」であると強調。指導の後、金糸で刺しゅうされた「堅塁」の二字が躍る「中部旗」を高々と掲げ、会場中央へ。万雷の拍手に包まれ、代表に同旗が授与された(1976年7月27日、名古屋文化会館で)

中部の友が愛してやまない「この道の歌」が発表されたのは、1978年7月27日。「中部の日」を記念する幹部会の席上であった。この日、自ら"司会"を務めた池田先生は、男性と女性に分かれての"歌合戦"を提案。「両方とも満点です。今日のところは引き分け!」——会場は大いに沸き、同歌の精神が友の心に刻まれた(中部文化会館<当時>で)

「この道の歌」を合唱した「中部の日」記念幹部会(1978年7月27日、中部文化会館<当時>で)。この模様が描かれた小説『新・人間革命』第28巻「大道」の章に、「『我等の決めた道』『この道』とは、この妙法流布の大道なんです」「この道にこそ、世間の次元では味わうことのできない、信心の醍醐味があり、生命の奥底から湧きいずる喜楽があります」と

2020年8月4日火曜日

2020.08.04 わが友に贈る

大難が起こった時こそ
強盛の信心で立とう!
変毒為薬の仏法だ。
「現在」から「未来」へ
焦らず着実に進もう!

乙御前御消息 P1220
『妙楽大師のたまはく「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」等云云、人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ、是は御ために申すぞ古への御心ざし申す計りなし』

【通解】
妙楽大師は「必ず心が固いことによって諸天善神の守りは強い」と言われている。心の堅固な者には諸天善神の守りが必ず強いというのである。こう言うのは、あなたのために言うのである。あなたの昔からのお志は言い尽くせない。

名字の言 正しい行いは迷わずやる——"新人"となった70歳の挑戦 2020年8月4日
ニューヨークを舞台にした映画「マイ・インターン」(2015年公開)。定年後、新たな生きがいを探していた主人公の壮年は、70歳でファッション通販会社のシニアインターンに応募する。晴れて採用となった彼を待っていたのは、仕事の指示がメールで届くといった、前職とは全く異なる環境だった▼そこで、パソコンの起動方法すら分からなかった彼は、現状を受け止め、自分にできることから始める。荷物だらけの机を片付けたり、親子ほど年の離れた同僚の相談に乗ったり。少しずつ信頼を積み上げていくうち、誰からも好かれる社内の人気者に。40歳年下の女性社長も、彼の助言に勇気をもらい、公私それぞれの深刻な問題に立ち向かっていく▼「行動あるのみ」とは、劇中で彼が口にした信念の言葉。社長のサポートを受けながら開設したSNSの「座右の銘」の欄には「正しい行いは迷わずやれ」と記した▼年長者の知恵と経験は若い世代が学ぶべき宝であり、前進の歩みを止めない姿は私たちの模範である。このコロナ禍でも活路を開こうと、慣れないスマホやオンライン通話の活用に挑む多くの先輩方がいる▼皆がそれぞれの立場で、今できることに全力を尽くす。挑戦への応戦こそが社会を変え、未来を照らす光となる。(仁)

寸鉄 2020年8月4日
自分が変わり責任を持てば勝利できる—戸田先生11・18へ幹部自らが率先
世界青年部総会へ後継の勇者が躍進!試練の時に広布に駆ける功徳は燦然
敵というものは忘れさせて狙う—御書。事故、詐欺等に注意。祈り、油断なく
8月は「食品衛生月間」。丁寧な手洗い・加熱等が大原則と。賢く健康生活
海洋プラスチックごみの流出、対策なしで20年後に2倍超。行動変革皆で

☆心に御書を 第64回 信心の眼で魔を見破れ
〈御文〉
『法華経を持つ者は必ず成仏し候、故に第六天の魔王と申す三界の主此の経を持つ人をば強に嫉み候なり』(種種御振舞御書、925ページ)

〈通解〉
法華経を持つ者は必ず成仏する。それ故に第六天の魔王という三界の主が、この経を持つ人を強く嫉むのである。

〈池田先生が贈る指針〉
広布に生きる人生は、「成仏」という絶対の幸福への大道である。ゆえに、天魔が嫉んで妨げようとする。
病魔も同じだ。断じて負けてはならない。信心の眼で魔と見破り、断固と打ち勝つのだ。
「必ず成仏し候」——病の友も、看護・介護のご家族も、妙法の大功力を確信して、聡明に勇敢に宿命転換の前進を!

☆ロータスラウンジ 第16回 見宝塔品第十一〈下〉
◇御本尊を拝することで「いま・ここ」で虚空会の儀式に連なれる
法華経について、皆で学び、深めよう——「ロータスラウンジ——法華経への旅」の第16回は、「見宝塔品第十一」(下)です(前回は6月16日付。原則、月1回掲載)。

■三箇の勅宣
日蓮大聖人は、「開目抄」の中で、「見宝塔品」の経文に照らし、御自身が「末法の法華経の行者」であることを証明されました。
そこで挙げられているのが「三箇の勅宣」です。これは、法華経の会座に列席している菩薩たちに、釈尊が滅後の弘通を3回にわたって勧めている箇所になります。
まず第1の勅宣は、「付属有在(付属して在ること有らしめん)」(法華経386ページ)です。
滅後の娑婆世界で法華経を弘める者に「付属」することを宣言し、弘通の誓いの言葉を述べるように呼び掛けたことです。付属とは、教えを弘めるように託すことです。
第2の勅宣は、十方の諸仏が集まって虚空会の儀式が行われたのは、「令法久住(法をして久しく住せしめん)」(同387ページ)のためであることを示し、弘通の誓いを述べるように呼び掛けたことです。
第3の勅宣は「六難九易」を説き(同390ページ以下)、滅後の弘通が難事中の難事であることを示して、大願を起こして滅後弘通の誓いの言葉を述べるように、菩薩たちに命じたことです。
大聖人は立宗に当たり、「六難九易」の経文に照らして、「今度・強盛の菩提心を・をこして退転せじと願じぬ」(御書200ページ)と誓願を立てられました。あえて滅後の弘通が困難であることが説かれているのは、不退の決意でそれらを乗り越えていく生き方を呼び掛けられているからにほかなりません。

■六難九易
「見宝塔品」に描かれている「六難九易」とは、具体的にどのようなことなのでしょう。
まず九つの易しいことです。
�法華経以外の諸々の経典を説くこと。
�須弥山をとって他方の無数の仏土に投げ置くこと。
�足の指でこの三千大千世界を動かし、遠く他国に投げること。
�この世界の頂点である有頂天に立って、法華経以外の無量の経典を説くこと。
�手で虚空をつかんで自在に動くこと。
�大地を足の甲に置いて天に昇ること。
�乾いた草を背負って大火に入っても焼けないこと。
�無数の法門を説いて人々に神通力を得させること。
�多くの人々に小乗の最高の覚りである阿羅漢の位を得させること。
易しいこととして挙げられていますが、とても実現できないようなことばかりです。
では、もっと困難な六つのこととは、どんなことでしょう。
�仏の滅後に、悪世で法華経を説くこと。
�仏の滅後に、法華経を書き、あるいは人にも書かせること。
�仏の滅後に、悪世で、しばらくの間でも法華経を読むこと。
�仏の滅後に、一人のためにでも法華経を説くこと。
�仏の滅後に、法華経を聞き、その意味を問うこと。
�仏の滅後に、能く法華経を受持すること。
つまり、釈尊滅後の悪世に、法華経を自行化他にわたって修行することは、極めて難しいというのです。
伝教大師は『法華秀句』で、「六難九易」の意義について「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」と述べています。
丈夫の心とは仏の心のことです。つまり、釈尊が六難九易を説いて滅後弘通を勧めたのは、"浅い教えを去って、深い教えである法華経を弘めよ"という意味なのです。

■法華経を持つ男女
日蓮大聖人は、宝塔の意義について、次のように認められています。
「末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり、若し然れば貴賤上下をえらばず南無妙法蓮華経と・となうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり」(御書1304ページ)
「今阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり、此の五大は題目の五字なり、然れば阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房・此れより外の才覚無益なり」(同ページ)
宝塔は、万人に具わる尊極な仏性を表現していると言えます。さらに、妙法を信じ、南無妙法蓮華経と唱える人間の生命そのものであることも教えられています。
また、大聖人以外に「宝塔の中の二仏並座の儀式を作り顕すべき人なし」(同1358ページ)と言われ、「是全く日蓮が自作にあらず多宝塔中の大牟尼世尊分身の諸仏すりかたぎたる本尊なり」(同1243ページ)と仰せです。
大聖人は、虚空会の儀式をもって御本尊を顕されたのです。

■境智冥合
釈尊と多宝仏が、宝塔の中で並んで座ったことには、どういう意味があるのでしょう。
大聖人は、境智冥合を現していると教えられています。
仏性があるという真理が「境」です。それを覚知する智慧の働きが「智」です。ここでは、多宝が「境」、釈尊が「智」に当たります。
つまり、扉が閉じている宝塔は、私たちの生命に仏界が本来具わっていることを譬えています。
扉が開かれて、二仏が並び座る姿は、境智冥合を現し、真実の成仏の姿を現しています。
池田先生は語っています。
「本来、だれもが『仏』である。これは『境』です。その仏界を輝かせるのは、智慧の光です。仏であることを自覚する智慧があって、初めて仏と輝く。これが境智冥合です。
私どもで言えば『以信代慧(信を以て慧に代う)』ですから、『信心』が『智』にあたる。
自分に『仏界がある』というのは客観的真理であり『境』です。それを事実のうえで輝かせるのが『信心』です」(『法華経の智慧』普及版〈上〉)

【『法華経の智慧』から】 九界即仏界
宝塔が大地から出現したというのも意味がある。大地とは九界の現実です。衆生の生命です。宝塔は、ただたんに仏界という生命を表現しているだけではない。衆生の命そのものに宝塔が打ち立てられることを示している。九界即仏界です。ゆえに宝塔は、大地から涌出したのではないだろうか。
◇
「いま・ここ」で永遠なる虚空会の儀式に連なれる。我が身に、我が生活に、我が家庭に、宝塔を光らせていける。これが御本尊のすばらしさです。どこまでも身近です。現実です。
虚空会は前後の霊山会(霊鷲山での会座)と違って、「時空を超えた」世界である。歴史的な特定の時・場所ではない。だからこそ、「いつでも・どこでも」虚空会につながることができるのです。
虚空会の儀式を表した御本尊を拝することによって、私どもは、「いま」永遠なる宇宙生命と一体になり、「ここで」全宇宙を見おろす境涯を開けるのです。
その意味で、日々の勤行・唱題は、宇宙飛行士が宇宙空間から地球を望むよりも、もっと壮大な「生命の旅」と言えるのではないだろうか。
(普及版〈上〉「見宝塔品」)

◇明鏡——尊極の生命を映し出す
日蓮大聖人は、御本尊を虚空会の宝塔を用いて表現されています。それは私たちが目指すべき仏の生命境涯を顕されたものです。
大聖人は、「我等衆生の五体五輪妙法蓮華経と浮び出でたる間宝塔品を以て鏡と習うなり」(御書724ページ)と仰せです。
自身が妙法蓮華経の当体であることを、法華経の見宝塔品を鏡として映し出すことができるのです。
鏡がなければ、自分がどんな姿をしているか知ることはできません。同じように、自身の生命を映し出す鏡がなければ、煩悩に支配され、宿命に流されていることに気付くこともできません。
いわんや御本尊という明鏡がなければ、自身に具わる尊極なる仏性を顕すことはできないのです。
故に、悪世を力強く生き抜いていくためには、御本尊を信じ、祈り、我が生命に仏界を涌現させていくことが大切なのです。

2020年8月3日月曜日

2020.08.03 わが友に贈る

◇今週のことば
友の幸福と社会の安穏を
今日も強く祈りゆこう!
「自他共に智慧と慈悲と
有るを喜とは云うなり」
新時代に深き生命観を!
2020年8月3日

松野殿御返事 P1388
『但在家の御身は余念もなく日夜朝夕南無妙法蓮華経と唱え候て最後臨終の時を見させ給へ』

【通解】
在家の身としては、ただ余念なく、日に夜に、朝に夕に南無妙法蓮華経と唱えて、最後臨終の時を見なさい。

名字の言 講談界の人間国宝が心に刻む言葉 2020年8月3日
講談界で初の人間国宝に認定されたのは、六代目一龍齋貞水氏。座右の銘は「偉大なる未完成を目指す」である▼62歳での栄誉だったが、実は自分では、前座時代のように勢いのある高座は、体力的に難しいと感じていたそうだ。そんな時に思い出したのが、かつて先輩に言われた「芸は枯れちゃいけねえ」との言葉。つまり"年齢を理由に芸を衰えさせてはいけない"と▼そこで氏は、「赤穂義士伝」「緑林五漢録」などの長編読み物に、失敗を恐れず挑むように。またジャズダンスや京劇との共演のほか、ヨーロッパ公演を行うなど新しい取り組みを始めた。「芸人は死ぬまで勉強」という氏は、81歳の今も、がんと闘いつつ高座に上がる(塩崎淳一郎著『評伝 一龍齋貞水』岩波書店)▼どんな世界でも、"現状に満足せず努力を重ねる人"は、人々に勇気と生きる力を与えてくれる。人は往々にして"こんなものだ""これくらいで"と考えがちだが、それは自分を諦めるに等しい。そこに生命の躍動や精神の輝きはない▼日蓮大聖人は「いよいよ強盛の信力をいたし給へ」(御書1143ページ)と。成長の夏を目指して"今""ここ"から、新たな挑戦を開始しよう。"いよいよ"の心から、未来の可能性は無限に広がっていく。(誼)

寸鉄 2020年8月3日
会長の対談集には混迷の中から未来開く展望が—識者。今こそ胸に刻んで
学生部が教学実力試験へ研鑽の夏。剣豪の修行の如く!民衆守る知性磨け
人材を育てる人が人材—恩師。次代の青年励まし、共に青年の心意気で前進
運動不足による身体機能低下で感染症への抵抗力が弱まると。聡明に工夫
親が5%変われば子どもは50%変わる—教育者。親は子の鑑。挑戦の姿を

☆心に御書を 第63回 絶対的幸福の直道を
〈御文〉
『妙法と唱へ蓮華と読まん時は我が一念を指して妙法蓮華経と名くるぞと深く信心を発すべきなり』(一生成仏抄、383ページ)

〈通解〉
妙法と唱え、蓮華と読誦するときは、わが一念をさして妙法蓮華経と名付けるのであると深く信心を起こすべきである。

〈池田先生が贈る指針〉
最も基本の勤行・唱題が、どれほど深遠な仏道修行であるか。
「我が一念」こそ妙法の当体なりと覚知し、金剛不壊の仏の大生命力が涌現しゆく儀式なのだ。
どんな悩みも打ち破れぬわけがない。広大無辺の功徳力を引き出せる。
「歓喜の中の大歓喜」の題目で、自他共に「一生成仏」という絶対的幸福の直道を!

☆ONE GOSHO 南条殿御返事
◇平和の楽土を築く挑戦
本年8月で終戦75年——。日蓮仏法は、万人の幸福のための「平和の哲学」にほかならない。今回は、妙法を弘めることが、社会を変えゆく方途であることを学ぶ。

◇御文
『かかる不思議なる法華経の行者の住処なれば・いかでか霊山浄土に劣るべき、法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊しと申すは是なり』(御書1578ページ)

◇通解
このように不思議な法華経の行者の住処であるから、どうして霊山浄土に劣ることがあるだろうか。法華文句に「法が妙であるがゆえに、その法を持った人は貴い。人が貴いがゆえに、その人がいる所も尊い」といっているのはこのことである。

◇背景
本抄は弘安4年(1281年)9月、日蓮大聖人が身延で著され、駿河国(静岡県中央部)の門下・南条時光、あるいは南条一族の誰かに与えられたと推定されている。
頻発する自然災害や、深刻な飢饉、疫病の大流行に加え、本抄ご執筆の直前には2度目の蒙古襲来があり、世情は極めて騒然としていた。
そのような状況下で、お手紙を頂いたこの門下は、何らかの病を患っていたようだが、大聖人のもとへ使いを送り、赤誠の御供養を届けた。
大聖人は、困難な中でも供養を届けた門下の真心に対し、末法で法華経の行者にわずかでも供養する人は、計り知れないほどの大果報を受けるであろうと、門下の志を最大に称えられている。

◇解説
本抄の冒頭、日蓮大聖人は、門下の病身を気遣われ、"再会する日を待ち望んでいる"と慈愛の励ましを送られている。
御執筆当時、大聖人が住まわれたのは、人里離れた身延の山中にある、小さな草庵であった。
しかし大聖人は、拝読御文で、正法受持の人の尊貴さを表した天台大師の『法華文句』の言葉を引かれ、妙法を実践する法華経の行者がいる場所であるがゆえに、霊山浄土(仏の住む清浄な国土)にも劣らないと述べられている。
「法華経の行者」とは、妙法を持ち、実践する人のことである。
現代でいえば、大聖人の仏法を正しく実践し、妙法弘通に生き抜く、創価学会員一人一人である。
人間の真価は、いかなる法を持ち、いかなる生き方をするかで決まる。
世界最高峰の哲理を持ち、広布に励む人は、世界で最も尊貴な存在であり、その人の住む場所もまた、平和と安穏の仏国土として輝かせていくことができるのだ。
言い換えれば、自分が今いる場所を"希望の天地"として開いていく実践が、仏法者の使命なのである。
とりわけ、混迷の渦巻く現代社会にあって、対話によって世界第一の生命尊厳の思想を広げることで、地域や社会、職場を一段と繁栄させゆく挑戦こそ、私たち男子部の責務にほかならないのだ。
池田先生はかつて、終戦の日を前に、「いずこの地を訪れても、私が祈りを込めて拝してきた御聖訓」として、今回の御文を記し、こうつづられた。
「たとえ今、どんな苦境にあろうと、妙法を受持した創価の友が献身する国土が、平和に勝ち栄えていかないわけがない。草創以来、この確信で同志を励まし続けてきた」
この師の心をわが心とし、学会員は"一人の変革が社会を変える"との「人間革命」の精神を胸に、地域社会に尽くしてきた。
その陣列は今や世界192カ国・地域に広がる。この「人間革命の連帯」こそ、平和建設の最大の力にほかならない。
広島への原爆投下から48年後の1993年(平成5年)8月6日、先生は小説『新・人間革命』の執筆を開始された。その冒頭に「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない」とつづられた真情を、かつて、「『原爆の日』に、自らに下した、平和への闘争宣言であった」と述懐された。
翻って今、師の"闘争宣言"を受け継ぎ、平和の世紀を開くのは、私たち後継の青年の使命である。
「誰か」ではなく「自分」が、「いつか」ではなく「今」、大確信の対話に挑み、人間革命の大連帯を広げたい。

2020年8月2日日曜日

2020.08.02 わが友に贈る

直接会えなくても
心と心はつながる。
"あなたは一人じゃない"
思いを言葉にして
共生の連帯を築こう!

四条金吾殿御返事 P1192
『此の日蓮は首題の五字を汝にさづく、法華経受持のものを守護せん事疑あるべからず』

【通解】
この日蓮は、首題の五字(妙法蓮華経)を、あなたに授ける。法華経受持の者を諸天善神が守護することは、断じて疑いない。

名字の言 親の信念の言葉は必ずわが子に伝わる 2020年8月2日
「わが家の20歳の誕生日プレゼントは『御書』と決まっている」「親が学会の記念日を大切にし、その意義を語ってくれる」「両親が同志の活躍を語るのを聞き、学会の偉大さが分かった」▼これらは、かつて本紙地方版で「わが家の広布後継の取り組み」として紹介された"子どもの側の声"。「寝る前に母が信仰体験を聞かせてくれた」「お風呂で『10』を数える代わりに、生命論の『十界』を一つずつ言ってから湯船を出た」などユニークなものもあった▼「父親が子どもに語ることは世間には聞こえないが彼の子孫には聞こえる」とは、ドイツの小説家、ジャン・パウルの言葉。父親に限らず、"信仰の持つ力、創価の平和の心を教えたい"という親の信念の言葉は、必ずわが子の生命に残り、一家一族の幸福の道を開く因となる▼池田先生は指針を贈っている。「短い時間でも凝縮して、劇的に心の通い合う家族もある」「どうか、我が家らしい工夫を重ねながら、"親子一体"の向上の軌道を進んでいただきたい」と▼「未来部ドリームチャレンジ期間」(8月31日まで)も折り返しとなり、夏休みの地域も多い。わが家・わが街の"未来を創る"との確信を胸に、未来部のメンバーを精いっぱいの真心の言葉で励ましていきたい。(道)

寸鉄 2020年8月2日
「本当の仏法は、社会での大闘争の中に」恩師。共に立正安国へ不屈の挑戦を
「修行のふかきは・いよいよあをきがごとし」御書。揺るがぬ信こそ幸福の道
未来部の各種コンクールを応援。宝の友の成長が創価の希望。皆で励まし
感染半数が無症状者からの伝播—調査。3密避け、マスク着用を。油断せず
各地で梅雨明け。暑さに体慣れぬ今こそ熱中症に注意。小まめに水分補給

〈社説〉 2020・8・2 「スター・ウィーク」7日まで 2020年8月2日
ロマンの世界を旅する夏に
"星を見よ、それだけでも心に平和が訪れる"——。池田先生は人類初の月面着陸を成功させた米アポロ計画の理論的中心者・ジャストロウ博士との会談で、こう語り合った。
今年の7月は、長梅雨などの影響で、全国的な日照不足となった。当然、夜間も雨や曇りが続き、月や星の光も不足気味だという人も多いのではないか。ようやく迎えた梅雨明け、夏の夜空にきらめく星々との対話が待ち遠しい。
今月1日から7日は「スター・ウィーク〜星空に親しむ週間〜」。例年、この期間を中心に各地で天体観望会などの関連イベントが催される。星空を眺めたり、プラネタリウムに出掛けたりすることは、家族や友人との有意義な語らいを広げ、絆を強める格好の機会になるだろう。
そもそも8月は、星の観測に適している。こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブがつくりだす「夏の大三角」が、頭の真上付近に輝く。中でも、七夕の「織り姫」として有名な、こと座のベガは、天の北半球で最も明るい星として知られ、初めて観測する人でも見つけやすい。
また、12月の「ふたご座流星群」、1月の「しぶんぎ座流星群」と並び、「三大流星群」の一つとして数えられる「ペルセウス座流星群」が夏の夜空を飾る。寒い時期ではないため、外に出て観測しやすい流星群といえる。今月20日ごろまで見られるそうだが、流星が最も多くなると予想されているのは12日の深夜から未明。1時間に30個程度が確認できる。
一般社団法人「星つむぎの村」共同代表の高橋真理子さんは、観測を楽しむ具体的な方法として、�寝転がって見る�(月や惑星の観測には)望遠鏡(双眼鏡)を使って見る�友人や家族などと一緒に見ることを挙げた。また、本紙「スタートライン」(6月7日付)で高橋さんは、「一人一人が、広大な宇宙の中の、小さな、そして、かけがえのない存在であることを感じて生きていくことができれば、世界はきっと美しくなる」とも。実際に夜空の星を見上げ、宇宙のスケールを目の前にすることで、かけがえのない自分自身を感じ、優しく穏やかな気持ちになれるだろう。
御書には「所詮・万法は己心に収まりて一塵もかけず九山・八海も我が身に備わりて日月・衆星も己心にあり」(1473ページ)と。森羅万象が私たちの胸中にあり、人間は誰もが等しく無限の可能性を持つ。仏法では宇宙と自分が一体であるという哲理を説く。コロナ禍の今だからこそ、きらめく星空を仰ぎ、「外なる宇宙」「内なる宇宙」に思いをはせるロマンの世界を旅する夏にしたい。

☆2030年へ 後継の正義の走者に贈る
◇平和を開くチャレンジの夏に!
A Summer of Challenge toward Creating an Age of Peace

8月は「平和」を誓う月です。広島への原爆投下から48年となる8月6日に、私は小説『新・人間革命』を書き起こしました。
「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」
冒頭の一節は、わが未来部へ託す創価の師弟の信念です。
皆さんには「妙法の信心」という最極の正義があります。この正義によって立つ時、皆さんの力は百倍千倍にもなります。21世紀を「平和の世紀」と照らす希望の太陽と輝くのです。
世界中の仲間と共に、地球上に友情と信頼を広げゆく使命の皆さんです。楽しく粘り強く、語学の実力も磨いてください。
この夏は、戦争と平和をテーマに読書にも挑もう! みんなが踏み出す一歩こそ、平和を開く偉大なチャレンジだから!

☆四季の励まし 未来部と共に成長の夏を 2020年7月26日
【写真の説明】陽光を浴びて輝くヤシの木。その向こうには、真っ青な海原が広がっていた——。1987年(昭和62年)2月、池田大作先生が、ドミニカ共和国の首都サントドミンゴでカメラに収めた。
創価学会では今夏、「未来部ドリームチャレンジ期間」を推進(8月31日まで)。「未来部イングリッシュチャレンジ」をはじめ、各種コンクールの募集が行われている。子どもたちが"自分発"で取り組めるよう、創価家族が一丸となって応援していく。
太陽の光を受けて草木が伸びるように、子どもは"励ましの光"によって健やかに育つ。わが家、わが地域の"後継の宝"と共に、挑戦と成長の夏にしていこう。

◇池田先生の言葉
少子化が
進む時代だからこそ、
「一人」が大事である。
「一人」を徹底して
大切にしていくことだ。
後継の一人一人が、
「一騎当千の人材」に
育ってこそ、
平和の未来は盤石となる。

師の夢は、
弟子の夢である。
弟子の勝利は、
師の勝利である。
これが「創価の師弟」だ。
後継の未来部の皆さんも、
この「師弟の道」に
続いてもらいたい。
未来部は私の生命である。
未来部の勝利こそが、
私の勝利なのだ。

絶対に、
君には君にしかできない、
この世の使命がある。
あなたには、あなたでしか
咲かせられない
人生がある。
何を疑ったとしても、
このことだけは
疑ってはならない。

夢と現実を結ぶ橋は
「努力」である。
努力する人は
希望が湧いてくる。
希望とは、
努力から生まれるのだ。
夢を大きくもって、
走れるところまで
走るのだ。

よき先輩をもち得た人は、
人生の宝を持った人だ。
若き後輩の生命に、
希望と成長の種子を
残しゆく人は、
偉大な人間教育の王者だ。
わが創価学会にあって、
未来部の育成に
奮闘してくださる
尊き皆様方こそ、
その王者の中の
大王者の方々である。

さあ、後継者育成の夏、
共に成長の夏だ。
大切な未来部を
皆で励まそう!
宝の師子の子を、
全力で育てよう!
ここにこそ、
広宣流布の永遠の前進と
勝利の大道があると
確信して!

2020年8月1日土曜日

2020.08.01 わが友に贈る

健康・無事故こそ
幸福・勝利の土台だ。
"自分は大丈夫"との
過信や油断は禁物。
賢明に有意義な夏を!

聖愚問答抄 P491
『知恩をもて最とし報恩をもて前とす世に四恩あり之を知るを人倫となづけ知らざるを畜生とす』

【通解】
(聖人は)恩を知ることを最高とし、恩を報ずることを第一としてきた。世の中には四つの恩がある。これを知る者を人倫(人の道に適った人間)と名づけ、知らない者を畜生という。恩に報いる生き方にこそ、偉大な人間としての完成があると仰せです。

名字の言 核廃絶——シュバイツァーを動かしたカズンズ博士の思い 2020年8月1日
「原子爆弾の実験を今後終らせることは、苦悶する人類が求めている希望の光明のようなものであろう」(鮎川信夫訳)——1957年、ノルウェーのオスロ放送局で、哲学者シュバイツァーが核兵器の廃絶を訴えた▼ノーベル平和賞を受賞したシュバイツァーだったが、当初、平和に関するコメントを求められても消極的だった。自らの発言が、国際政治などの場で利用されることを嫌ったためだ。その彼が核廃絶の声明を発表したのは、"米国の良心"といわれるノーマン・カズンズ博士が促したからである▼第2次世界大戦の終戦から4年後、カズンズ博士は広島を訪問。悪魔の兵器の恐ろしさを肌で感じた。帰国後、原爆で両親を失った「原爆孤児」の里親を募るなど、原爆被害者の支援に尽力。「核時代」の一日も早い終焉を強く願っていた博士だからこそ、シュバイツァーの心を動かしたのだろう▼広島の平和記念公園には、「ノーマン・カズンズ氏記念碑」が立つ。そこに刻まれた博士の言葉に、「世界平和は努力しなければ達成できるものではない 目標を明確に定め責任ある行動をとることこそ人類に課せられた責務である」と▼戦後75年の8月が巡り来た。核廃絶への「責任ある行動」は、今の私たちに向けられた言葉である。(嶺)

寸鉄 2020年8月1日
友情広げる8月。電話や手紙等、方法は知恵次第。励ましの心で対話拡大!
「御信心をば雪漆のごとくに御もち有るべく候」御書。純真な祈りこそ力
身体には鍛錬、心には読書—詩人。心身鍛える時。共に工夫し挑戦の日々を
夏の省エネ総点検の日。環境問題は待ったなし。身近な努力が未来を守る
食中毒予防は�洗う�低温保存�加熱が基本と。きょうから食品衛生月間

☆大白蓮華巻頭言2020年8月号 聖教は「多宝」の命の共戦譜
御本仏は、妙法の「変心為薬」の大功力を宣言された。
「災来るとも変じて幸と為らん」(P979)
いかなる絶体絶命の窮地に追い込まれても、そこから不屈の価値創造を成し遂げてみせる。これが、広宣流布の大誓願を貫き通す創価の師弟の逆転劇である。我らの聖教新聞の誕生は、何よりも、その象徴といってよい。
七十年前の八月十四日。事業の最悪の苦境の中で、戸田城聖先生と私は、新聞記者の収材に誠心誠意応じた。
その直後、先生は新聞の持つ力を鋭く洞察しながら、私に機関紙発刊へ構想を練るよう指示されたのである。
翌年の四月ニ十日、先生の第二代会長就任に先駆けて聖教は創刊された。どんな不幸の淵にある庶民からも、「絶対勝利」の希望を引き出す新聞が生まれたのだ。
御聖訓には、「法華経は釈迦如来の書き顕して此の御音を文字と成し給う仏の御心はこの文字に備れり」(P1122)と説かれる。法華経の「慈悲の極理」を根幹とする聖教新聞の一文字一文字も、「一切衆生を幸福に」という御本仏のお心を備えていると確信してやまない。
法華経の会座では多宝如来が出現し、平等大慧の妙法を「善き哉、善き哉」「皆是れ真実なり」と証明される。
そして今、聖教新聞の真実を、あらゆる宿命を転換してきた人生の凱歌を通し証明してくれているのが、黄金の笑顔の多宝会、宝寿会、錦宝会の長者にほかならない。
戦争で教育の機会を奪われた尊き「無冠」のお母さまが、「文字も聖教新聞を読んで学びました。私の中身は全部、聖教と学会に育ててもらったんです」と語られていた。
仏法の「師子吼」には、「一切衆生に仏性あり」と訴え切る意義がある。そして恐れを取り除き、虚偽を打ち破り、皆の威光勢力を増し、若き世代を導き育む力がある。不安や分断の逆巻く今、聖教は世界の姉妹紙誌と一体の師子吼で、民衆の英知と良心を結び、高めゆくのだ。
「聖教さながら多宝会」の父母と一緒に、「人問革命」という痛快な逆転勝利の共戦譜を、今日もつづりゆこう!

聖教と
 勝ちつづりゆく
  共戦譜
 多宝の命の
  笑顔は仏と

〈2020 学会史メモリアル〉8月
2020年7月24日
◎8・6 小説『新・人間革命』の起稿・脱稿の日
8月6日は、池田大作先生が小説『新・人間革命』を起稿(1993年)し、脱稿(2018年)した日。
同小説は海外13言語、23カ国・地域で出版されている。
起稿・脱稿とも長野研修道場で行われ、8月6日は「信越師弟誓願の日」に定められている。

◎8・12「教育原点の日」
1975年(昭和50年)8月12日、池田先生が「教育部」の夏季講習会に出席。
教育部が「教育本部」へ拡充された2002年(平成14年)に「教育原点の日」となった。
※参考資料=小説『新・人間革命』第24巻「人間教育」

◎8・14「関東の日」
戸田城聖先生と池田先生の"師弟の出会いの日"である8月14日が、2000年(平成12年)8月、「関東の日」に。

◎8・24「池田先生入信記念日」
1947年(昭和22年)8月14日、当時19歳の池田先生が、東京・蒲田での座談会に出席。
生涯の師となる戸田先生と出会い、10日後の8月24日に入信した。
※参考資料=『人間革命』第2巻「地涌」

◎8・24「聖教新聞創刊原点の日」
戸田先生の事業が行き詰まる中、1950年(昭和25年)8月24日、「聖教新聞」創刊の構想を戸田先生と池田先生が初めて語り合った。
語らいから本年で70年。

◎8・24「壮年部の日」
1976年(昭和51年)、池田先生が出席した副会長室会議で、先生の入信記念日である「8・24」が「壮年部の日」に。

◎8・26 学生部「飛翔会」結成45周年
1975年(昭和50年)8月26日、働き学ぶ2部学生の集いである学生部「飛翔会」が結成。
本年で45周年。
※参考資料=『新・人間革命』第23巻「勇気」

◎8・26「北陸の日」
1984年(昭和59年)8月26日、池田先生は「第1回北陸平和文化祭」に出席。
この日が「北陸の日」に。

◎8・29「国際部の日」
1968年(昭和43年)8月29日、池田先生が通訳や翻訳に携わる友を激励。
その後、「国際部」が発足し、2002年(平成14年)に「国際本部」へと拡充。

◎8・31「学生部の日」
1962年(昭和37年)8月31日、池田先生が学生部の代表に対し、「御義口伝」の講義を開始。
講義は約5年間続き、多くの人材が輩出された。
※参考資料=『新・人間革命』第6巻「若鷲」