2020年7月23日木曜日

2020.07.23 わが友に贈る

夏は友好を深める好機。
心通う多様なつながりが
安心・安全の社会を築く。
電話や手紙等も活用し
朗らかに絆を結ぼう!

立正安国論 P26
『天下泰平国土安穏は君臣の楽う所土民の思う所なり、夫れ国は法に依つて昌え法は人に因つて貴し国亡び人滅せば仏を誰か崇む可き法を誰か信ず可きや、先ず国家を祈りて須く仏法を立つべし』

【通解】
天下案泰・国土安穏は君主・万民がひとしく願うことである。一体、国家は法によって栄え、法は人によって貴いのである。
国が亡び人々が滅するならば、仏を誰が崇めるであろう。法を誰が信ずるであろう。
まず国家の安泰を祈って、しかるのちに仏法を立てるべきである。もしそのような災難を防ぎ、国家繁栄の術があるなら聞きたいものである。

名字の言 どう生きるか。「海の日」に思う 2020年7月23日
♪海は広いな 大きいな……この歌い出しの童謡といえば、ご存じ「海」である▼この歌が小学校の音楽の教科書に載ったのは、1941年の春。同年12月、日本は太平洋戦争に突入した。♪海にお舟を浮かばせて 行ってみたいな よその国……(JASRAC出2006445—001)。日本は"軍国主義の帆"を揚げて"よその国"を侵攻した。同歌が戦意高揚に利用されたとする向きもある。それでも「海」は、子どもたちの憧れとともに歌い継がれてきた▼若き日の池田先生にとって海は、"いかに生きるべきか"を思索する場所だった。東京・大田区の森ケ崎海岸を親友と歩きながら、人生や哲学を語り合った。戸田城聖先生から世界広布を託されたのも、北海道・厚田の海を共に望んだ時である▼「この海の向こうには、大陸が広がっている」「世界へ行くんだ」——この恩師との約束を果たすため、池田先生は1960年10月2日、海を渡った。本年は60周年。後継の青年たちは今、オンラインでの世界青年部総会へと向かう。「広宣流布とは、民衆の幸福のため、世界の平和のための正義の大航海である」との師の信念のままに▼きょうは「海の日」。信仰と師匠という確かな羅針盤を持ち、使命の人生航路を進む幸福をかみ締めたい。(之)

寸鉄 2020年7月23日
道を開け! 道を創れ! 一切を勝利の劇に—恩師青年の使命は先駆の開拓
三重蘇生の日。師弟共戦の「この道」を未来まで。太陽の励ましを友の心に
WHO、日本提唱の「3密回避」を世界に呼び掛け。感染防止策さらに徹底を
ながら運転の厳罰化後、半年で人身事故が半減。"少しだけ"の油断大敵
赤ちゃん用フェースシールドに熱中症リスクと。窒息の危険あり。要注意

☆オンライン男子部幹部会への池田先生のメッセージ 2020年7月16日
◇友情・信頼の拡大で「立正安国」の鐘を
若き心と心を結び合う、結成記念の大会、おめでとう!
大きな時代の試練に雄々しく立ち向かう、君たちの尊き奮闘を、私は胸を熱くして見守っています。
それぞれに今、言い知れぬ苦労があるだろうけれども、全てが自分自身の生命の財宝となる。
私も、戸田先生の事業が最悪の苦境にあった時、自らの病気にも苦しみながら、題目を唱えに唱えて、阿修羅の如く戦い抜いた。それが、何ものにも負けない力となっています。
日蓮大聖人は、厳然と仰せになられました。「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1192ページ)、「ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候」(同1193ページ)と。
我らには、一切を勝ち開く「法華経の兵法」がある。
我らには、いかなる壁も打ち破る「師子王の勇気」がある。
我らには、何があっても励まし合う「異体同心の団結」がある。
どうか、大宇宙の究極の法則である妙法とともに、偉大なる生命力を発揮して、人生と社会の新たな価値創造の道を切り開いていってください。
そして、一人また一人、友情と信頼のすそ野を大きく広げながら、世界広布と立正安国の前進の鐘を、高らかに打ち鳴らしてくれ給え!
親孝行を忘れずに、家族を、職場を大切にしてください。
わが愛弟子に、健康あれ! 忍耐あれ! 絶対勝利あれ!

☆第3代会長就任60周年記念 広布史アルバム 第6回 昭和51年7月18日 「人間革命の歌」誕生
◇逆境の時こそ、使命の道を勇んで進め
誓いを貫きゆく正義の歌を。
師弟の魂あふれる勇気の歌を。
池田先生が「人間革命の歌」の制作を決めたのは、1976年(昭和51年)6月の末のことである。
当時、広布の伸展と共に、一部のマスコミによる、いわれなき中傷があった。また、宗門の悪侶らも、陰湿な悪口を浴びせ始めていた。障魔が蠢動する中、池田先生は、大切な同志が一人も漏れなく地涌の使命を果たし抜くため、歌の制作を開始した。
この歌を作った当時は、すでに第一次の宗門問題の兆しが現れていた時期であった。聖職者であるべき僧が、あろうことか信徒を見下し、かりそめの宗教的権威をかさに、民衆を支配しようとする策動であった。
それらが、私一人に向けられたものであれば、まだよい。大切な学会と学会員を守るためならば、私自身は、どんな批判の矢面にも立とう。
だが、ひたすら「僧俗和合」を願い、守りに守ってきた聖職者から、一方的にいじめられ、ののしられる庶民の悲しみ、苦しみ——それが、どれほど深く、大きなものであったか。
しかも、そうした悪侶の策謀に対する、やむにやまれぬ正義の声すら、表立ってはあげられないという厳しい時代であった。それでも同志は、「和合のために」と歯がみをする思いで、耐えに耐えてくださっていたのである。
そのけなげなる尊い友のために、はたして何ができるのか。私は人知れず、さまざまに思索をめぐらした。——「人間革命の歌」は、そうした背景のもとに生まれた歌である。
民衆をいじめ、僧衣の権威で縛りつけようとする悪侶らの陰険な言動——だからこそ私は、いわば新たなる「魂の自由」の歌、「幸福への前進」の歌を、全国の友に贈りたかったのである。
嵐吹きすさぶ時こそ、仏法者としての「人間革命」の好機ではないか。「地涌の同志」が、使命の道を勇んで開いていくべき、旅立ちの時ではないか、と。
先生が歌詞を作り終えたのは、7月16日。当初、18日の本部幹部会で、曲と共に発表する予定だった。しかし、曲が仕上がらず、先に歌詞のみが発表された。
「歌は、心で歌うものだ。そして心で聴くものだ」。作詞に取り組む私の脳裏からは、恩師の姿が、言葉が、瞬時も離れることはなかった。
——私は、恩師とともに、あの「人間革命の歌」を綴ったつもりである。
やがて歌詞はできたが、問題は曲のほうである。もとより専門的な音楽教育を受けたわけではないし、楽譜で音階を追うこともおぼつかない。曲の一応のイメージができあがると、周りの若い人の意見も確かめながら、少しずつ練り上げていった。
先生は、本部幹部会に出席した後、再びピアノに向かった。試行錯誤を重ね、やがて曲も出来上がった。しかし、先生は録音テープを聴くと、さらに、歌詞にも、曲にも、手直しを加えた。
そして、7月18日午後8時40分、ついに「人間革命の歌」が完成。歌詞と楽譜は、翌19日付の聖教新聞に掲載され、歓喜と決意の波動が列島を包んだ。
さいわいなことに、全国の友は、「人間革命の歌」を愛唱してくださった。私の「心」を受けとめてくださった。
しかし、その後、波浪は、さらに激しく学会に襲いかかってきた。一時期は、とうとう、この「人間革命の歌」をはじめ、いくつかの愛唱歌さえも歌えない、いな、歌ってはならないという状況になったことを、今なお覚えている方もおられるであろう。
だが、いかなる権威も、人間の心までは縛れない。会合の帰り道で、一日の仕事を終えてたどる家路で、友は「人間革命の歌」を口ずさみながら、あの苦しい日々を進んでくださったのである。
「人間革命の歌」は、どんな吹雪にも、胸を張って生きぬいていこうという心を歌ったものである。人生には、暴風雨があり、暗い夜もある。だが、それを越えれば、ふたたび、晴れた青空を仰ぎ見ることができる——。
冬の寒さを知る人こそが、春の暖かさを実感できる。苦しみが深かった分だけ、大きな幸福の朝が光るのである。
どんな「運命」も「価値」に転換していく人——それが、人間としての勝利者であり、王者であろう。
その王者の「前進の歌」となれば、これほどの幸せはない。

☆「如説修行」で平和の宝土を 原田会長を中心に各部代表者会議 2020年7月22日
世界広布新時代第76回の各部代表者会議が21日、原田会長を中心に、東京・信濃町の広宣会館(学会本部別館内)で行われた。
池田先生はメッセージを贈り、冒頭、世界全体が大きな困難と変動に立ち向かう中、異体同心の団結で進む同志の奮闘に感謝。とりわけ今春、社会に躍り出た友に「今の苦労は、全部、未来に偉大な使命を果たす滋養となり、福運となる」「若き同世代の友の勇気の旗頭となって、一緒に新時代を創造していこう!」と呼び掛けた。
次いで、目に見えない不安に覆われた世界にあって、人間自身を「強く」「善く」「賢く」する太陽の大仏法がいよいよ渇仰されていると強調。御聖訓「此の法華経には我等が身をば法身如来・我等が心をば報身如来・我等がふるまひをば応身如来と説かれて候へば、此の経の一句一偈を持ち信ずる人は皆此の功徳をそなへ候」(御書1402ページ)を拝し、ありのままの無作三身の生命で、仏の力と智慧と慈悲の振る舞いを発揮しゆく創価の大連帯こそ、人類の希望の光であると訴えた。そして、その先頭に立つ地涌の自覚も深く、桜梅桃李の多彩な同志を一人一人、こまやかに大切にしながら、いやまして勇猛精進をと望んだ。
続いて、九州をはじめ各地の豪雨被災者に改めてお見舞いを述べ、支援に尽くす友の献身をねぎらいつつ、戸田城聖先生と共に心肝に染め抜いてきた「如説修行抄」の一節「妙法独り繁昌せん時、万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝をならさず雨壤を砕かず」(同502ページ)を拝読。いかなる災難も「変毒為薬」し、民衆の幸福と安穏と和楽、平和と共生と繁栄の宝土を築きゆく「立正安国」の勝利へ、共々に「忍辱の鎧を著て」(同ページ)、今一重の「如説修行」を決意し合おうと述べ、メッセージを結んだ。
原田会長は、1970年(昭和45年)4月2日の戸田先生の十三回忌法要で、池田先生が障魔との攻防の矢面に立ち、同志を守りに守りながら、亡き師匠に広宣流布の勝利を報告した歴史に言及。
池田先生の師弟不二の大闘争によって、学会はあらゆる三障四魔を勝ち越え、世界宗教へと飛翔を遂げたと述べ、後継の池田門下の我々は、未聞の災難が覆う今こそ、"師の構想を必ず実現する"と決め、勇気凜々と智慧を湧かせて、「弟子の勝利」の実証を示しゆこうと呼び掛けた。
また長谷川理事長、谷川主任副会長があいさつした。

2020年7月22日水曜日

2020.07.22 わが友に贈る

人生は「桜梅桃李」。
誰かと比べるよりも
昨日の自分に勝とう!
日々 決意新たに
勇猛精進の歴史を!

種種御振舞御書 P921
『病の起りを知らざる人の病を治せば弥よ病は倍増すべし』

【通解】
病気の原因を知らない人が病気を治療すれば、いよいよ病気は倍増するであろう。

名字の言 英国の作家・スティーブンソン「生きる力をくれる日本の英雄」 2020年7月22日
「彼のような魂の持ち主は、不遇によって打ち砕かれたりはしない」——今から140年前、英国の作家・スティーブンソンが、文学雑誌に日本人の伝記を書いた。タイトルは「ヨシダ・トラジロウ」。すなわち幕末の思想家・吉田松陰である▼スティーブンソンが松陰を知ったのは、英国に留学していた松陰の門下生・正木退蔵と出会ったことに始まる。正木が語る松陰の人生に、彼は深い感銘を受けた。伝記を書いた後、友人への手紙に「生きる力を与えてくれる日本の英雄の話」と記している▼正木が松下村塾に入門したのは十代前半。在籍した期間は、わずか数カ月という。だが、松陰という人格に触れた感動は、時を経て色あせるどころか、言葉も風習も違う異国の作家の心をも動かした(よしだみどり『知られざる「吉田松陰伝」』祥伝社)▼精神的な触発に、出会う回数は関係ないのかもしれない。たった一度の出会いでも、短時間の語らいでも、人生を変えることがある。その歓喜と感動は、時間や空間を超えて広がっていく▼学会には、池田先生の励ましを、生涯の宝とする多くの友がいる。師弟の原点に常に立ち返り、挑戦を重ねる——求道の心が燃えている限り、いかなる不遇や逆境にも、決して負けることはない。(嶺)

寸鉄 2020年7月22日
人間革命の挑戦こそ真の民主主義を築く力—博士民衆が主役の時代を創出
鼓笛隊の日。試練の時も希望の連帯広げる平和の天使。健康と勝利あれ!
一言の励ましで何という結果がもたらされるか—詩人。一瞬一瞬に心込め
外出自粛で親子関係円満になった—4割。有意義な語らいで和楽の土台に
ストレスをバネにできる人は幸福度も高い—研究負けじ魂を燃やして前へ

☆四季の励まし 御書を開けば希望が輝く 2020年7月12日
【写真の説明】笛吹市にある学会の山梨教学研修センター。その上空に、七色の虹が輝く。1999年(平成11年)9月、池田大作先生がカメラに収めた。
この2年前、池田先生は同センターを初訪問。「立正安国論」を拝しつつ、日蓮大聖人の御精神のままに正義の対話をと呼び掛けた。
7月16日は、大聖人が時の実質的な最高権力者・北条時頼に「立正安国論」を提出された日である。本年で、760年の歴史を刻む。
立正安国論に曰く、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(御書31ページ)——あなたは、一身の安泰を願うなら、まず世の静穏、平和を祈るべきである、と。御書根本に、社会の安穏を祈り、友の心に希望の虹をかけていこう。

◇池田先生の言葉
人間が生きるには、
人との協調や気遣い、
また、礼儀やマナー、
支え合い、助け合いが
不可欠である。
その心を育むには、
人間をどう捉えるか
という哲学が必要である。
まさに、
それを教えているのが
仏法なのである。

御書には、
病苦や生活苦、
家族の看病や介護、
愛する人と別れる悲しみ、
親子の葛藤、
仕事・職場の圧迫等々、
千差万別の試練に直面した
門下への励ましが
満ち溢れている。
御書を開けば、
御本仏の
大生命の赫々たる陽光を
浴びることができる。
どんな不幸も、
どんな宿命も
勝ち越えていける勇気が、
智慧が、希望が
限りなく湧いてくるのだ。

御書を拝せば聡明になる。
心が美しくなる。
その一文字一文字は、
日蓮大聖人の
師子吼であられる。
一文でも、一節でもいい。
声に出して拝読し、
生命に
刻みつけていくことだ。
私も青年部時代の
激闘の中で、
日々、御書を開き、
日記などにも
要文を抜き書きした。
御書には、
魂の滋養が満ちている。

教学を学ぶ人は、
「哲学者」である。
哲学とは、よりよく生きる
「智慧」である。
戸田先生は
「仏法で学んだことは、
どしどし口に出して
話しなさい。
そうすれば、
やがて身につくものです」
と語られていた。
教学は、どこまでも、
「実践の教学」であり、
「広宣流布の教学」である。
正義を学び抜き、
生涯不退の原点を
築いていただきたい。

〈社説〉 2020・7・22 きょう「鼓笛隊の日」 2020年7月22日
社会に希望弾むメロディーを
生命が躍動するメロディーとリズム。清新かつ華麗な舞——。
きょうから7・22「鼓笛隊の日」を記念する演奏動画が聖教電子版で視聴できる。これは、全国の隊員が各人の自宅等で学会歌メドレーを演奏し、その模様を収めた動画を合わせて一つに編集されたもの。またメンバーは、配信された動画に合わせて自宅で演奏・演技することで、"鼓笛隊総会"の意義をとどめる。
現在、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、練習や会合は中止に。一人一人が個人練習に励みながら、今できることに挑戦している。あるメンバーは友人へ、心に刻んだ聖教新聞の記事などをSNSで送っている。またある友は、かつてないほど真剣な祈りに挑戦し、転職を勝ち取った。"鼓笛姉妹"は、縁する一人一人に希望を届けようと奮闘する。
そんな彼女たちは、小説『新・人間革命』を何度も読み返してきたという。
1956年(昭和31年)9月、鼓笛隊の初出動の模様を聞いた山本伸一は期待を寄せた。「いつか、世界一になればいいんだ。鼓笛隊は、必ずそうなる。私は確信しているよ。(中略)世界一になるには、なんのためかという、崇高な目的が必要だ。目的があいまいであれば、自分の本当の力を出し切ることはできない」(第14巻「使命」の章)
さらに79年(同54年)、第3回鼓笛隊総会に出席した伸一は呼び掛ける。「皆さんの美しい演技の裏には、どれほど厳しい修業があり、根性と忍耐をもって技術を磨き、挫けずに前進してきたことか。人生もまた、美しい開花の裏には苦闘がある」(第30巻<上>「雌伏」の章)
師の心に触れた友は、「読むほどに、鼓笛隊の使命の大きさ、池田先生の真心が響き、何度も胸が熱くなりました。今は、演奏に込めるべき心を確かめ、磨く大切な時間です」と前を向く。
メンバーと同世代で、白血病と闘う競泳女子の池江璃花子選手。今月、病の公表後初めて練習を公開した。「もしかしたらもう元には戻れないという気持ちもある」との不安とともに、「病気の人たちにも、ここまでまた強くなれるんだよということを知ってもらいたいし、中途半端なまま水泳を終わらせたくない」と(「毎日新聞」7月3日付)。その負けない心に胸を打たれる。
なぜ、鼓笛隊の演奏が人々の心に響くのか——。それは、さまざまな悩みに直面しながらも、広布のため、前へ、前へと進もうとする不屈の心が燃えているからではないだろうか。目の前の"一人を励ましたい"という慈悲の心を胸に尊き青春を歩む友たちが奏でる妙音は、社会に希望のファンファーレを轟かせる。

2020年7月21日火曜日

2020.07.21 わが友に贈る

小さな挑戦の積み重ねが
不動の自己を築く。
日々の目標を明確に
祈り 行動しよう!
そこに無限の成長が!

食物三徳御書 P1598
『食には三の徳あり、一には命をつぎ二にはいろをまし三には力をそう』

【通解】
食には三つの働きがあり、第1には生命を継続させ、第2には体や顔の色つやを増し、第3には心身の力を盛んにする。

名字の言 「思い込み」が人に与える影響とは? 2020年7月21日
効果のない薬も"よく効く"と伝えると、実際に効く。この思い込みの影響をプラセボ効果という。同様に「老いに対する思い込みが記憶に及ぼす影響も馬鹿にはできません」と語るのは、神戸大学大学院の増本康平准教授▼若年者から高齢者までを2グループに分け、記憶に関する同じ課題に取り組む実験。一方には"記憶の調査"、もう一方には"学習機能の調査"と伝えた。すると前者では若年者が好成績を収め、後者では年齢差は認められなかった▼高齢者の記憶力を低下させた要因に、"老いると記憶力が衰える"との否定的な思い込みがあると氏は言う。「(加齢による)さまざまな変化を受け入れ、自分を肯定的に評価することが、思い込みによる記憶力の低下を防ぐ」と(『老いと記憶』中公新書)▼"できない"と思えば、力はあっても出なくなる。池田先生は語る。「一念が変われば、一切が、その方向に動き始める。『よし!』と決めた瞬間、全神経が、ぱーっと、その方向に向く。『だめだ』と思えば、その瞬間に、全神経が萎縮し、本当に『だめ』な方向に向かっていく」▼どんなに選択肢が限られた状況でも、できることは必ずある。自分を信じ、前向きに行動を開始すれば、新しい世界が開けていく。(銘)

寸鉄 2020年7月21日
「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」御書。立正安国の対話を今こそ
関西が記念月間。現場の知恵光る励まし拡大運動師弟不二の勝利の道進め
中高生の英語力が向上—調査。地球化時代を担う世代の成長が未来の希望
気温の変化大、熱中症に注意。室内でも多く。冷房など活用し賢く健康維持
公明党は最も困難な人に寄り添う事で一貫—識者死力尽くし期待に応えよ

☆池田華陽会御書30編に学ぶ 千日尼御前御返事(上)(雷門鼓御書) 2020年7月11日
◇勇気凜々と"信心の挑戦"を
今月と来月は、「千日尼御前御返事」を学びます。
池田先生は、本抄の講義の中でつづられました。
「一人の宿命転換は、全人類の宿命転換の道を開きます。創価の婦人部・女子部こそは、その根本的な変革のトップランナーです」
「『法華経の師子王』を持った女性の活躍が、どれほど大きく世界を変えていくか。創価の女性のスクラムは、その重大な使命を果たしゆく、世界の宝の存在なのです」
妙法こそ、幸福勝利を開く源泉であるとの確信を深め、誓い新たに7・19「女子部結成記念日」へ前進していきましょう!(今月の拝読範囲は1315ページ冒頭〜1316ページ10行目「甘露となる是なり」です)

◇本抄について
本抄は、弘安元年(1278年)閏10月19日、日蓮大聖人が身延で認められ、山海に隔てられた佐渡の地に住む、門下の千日尼に送られたお手紙です。
千日尼は、大聖人が佐渡に流されていた時、夫の阿仏房と共に弟子となり、命を懸けて大聖人をお守りしました。
大聖人が身延に入られた後も、夫妻は使命に燃えて、佐渡の広宣流布の中心者として活躍します。さらに、夫の阿仏房が、幾たびも遠路はるばる大聖人をお訪ねし、御供養の品をお届けしました。
本抄で大聖人は、毎年のように阿仏房を送り出してきた千日尼の真心を称賛され、"妙法を持つ女性は必ず幸福になる"と最大に励まされます。
また、「雷門の鼓」が千万里の遠くにあっても瞬時に聞こえるように、いかなる距離も超えて、師弟の心はつながっていることを教えられます。このことから本抄は「雷門鼓御書」とも呼ばれています。

◇御文
『譬えば一の師子に百子あり・彼の百子・諸の禽獣に犯さるるに・一の師子王吼れば百子力を得て諸の禽獣皆頭七分にわる、法華経は師子王の如し一切の獣の頂きとす、法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし、譬えば女人の一生の間の御罪は諸の乾草の如し法華経の妙の一字は小火の如し、小火を衆草につきぬれば衆草焼け亡ぶるのみならず大木大石皆焼け失せぬ、妙の一字の智火以て此くの如し諸罪消ゆるのみならず衆罪かへりて功徳となる毒薬変じて甘露となる是なり』(御書1316ページ6行目〜10行目)

◇通解
譬えば一頭の師子に百匹の子がいます。その百の子が多くの鳥獣に襲われている時、一頭の師子王が吼えれば、百の子は力を得て、多くの鳥獣は皆、頭が七分に割れます。
法華経は師子王と同じです。すべての獣の頂点となるようなものです。法華経という師子王を持つ女性は、一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣を恐れることはありません。譬えば女性が一生の間に犯す罪は、多くの枯れ草のようなものです。法華経の「妙」の一字は小さな火のようなものです。一面の草に小さな火をつければ、すべての草が焼き尽くされるだけでなく、大木や大石も皆焼け果てます。
「妙」の一字の智慧の火は、一切を焼き尽くす火のようなものです。あらゆる罪が消えるだけでなく、それらの罪はかえって功徳となるのです。「毒薬が変化して甘露となる」とはこのことです。

◇[解説]妙法の智慧で無明を破る
本抄の前半で、大聖人は三世十方の諸仏の名を挙げ、「法華経」はこれらの諸仏の師であり、諸仏は「妙の一字」によって成仏することができたと述べられます。
そして、掲げた御文の直前で、「法華経を供養する人の功徳は、十方の仏や菩薩に供養する功徳と同じである」(御書1316ページ、通解)と仰せです。
佐渡という、遠く離れた所にいようとも、広宣流布の師匠を思う千日尼。大聖人は、その純粋な信心に"宇宙大の福徳が輝いていく"とたたえられたと拝されます。
掲げた御文では、この法華経に供養する、無限の功徳を明かすため、法華経を「師子王」に、また、法華経を持ち、供養する人を「師子の子」に譬えられています。そして地獄・餓鬼・畜生等の不幸の生命を「禽獣(鳥やけもの)」に譬えられています。
どう猛な禽獣が襲い掛かってきても、師子王が吼えれば、同じ力を持つ師子の子は、勇気を奮い起こし、禽獣を打ち破ることができます。
同様に、法華経を供養する人は、妙法の無限の力を得て、不幸の生命を打ち破っていくことができるのです。
続く御文で大聖人は、「妙の一字」の力を「小さな火」に譬えています。小さな火であっても次から次へと「枯れ草」を燃やし尽くしていくように、「妙の一字」には、一生の間の多くの罪を全部消していける功力があると千日尼を激励されます。
さらに、妙法の智慧の火によって多くの草が燃えれば、やがて、大木や大石までもが焼き尽くされると仰せです。
「枯れ草」に譬えられる一生の罪とは、私たちで言えば、日常の悩みや苦しみを指すものと拝することができます。
つまり、一つ一つの悩みを、題目を唱え勝ち開いていく"信心の挑戦"を続ける中で、私たちは不幸の根源である「元品の無明」を打ち破り、宿命転換・一生成仏という大功徳を得ることができるのです。
ここに「変毒為薬」の妙法の偉大な力用があります。
師の励ましを胸に、何があっても勇気凜々と題目を唱え、「人間革命」の勝利の日々を歩んでいきましょう。

★池田先生の講義から
日常の悩みを自行化他の唱題の火で解決していく信心の挑戦をやめなければ、いつしか根深い宿業も燃え尽き、不幸の根源である元品の無明も砕け散っていくのです。そこに、宿命転換・一生成仏という功徳の大輪の花が咲き薫ることは間違いありません。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻)
◇ ◆ ◇
 戸田先生は言われました。
「真剣に御本尊に祈り切っていきなさい。この簡単な勝利の原理が、皆、なかなか、わからない。これが遠いように見えても、一番、確実な早道になっていくのです」(中略)
「日蓮大聖人のこの教えは、万人が宇宙大の生命力を発揮する教えであり、この教えによって人類は真の幸福に歓喜できるのである」
信心を貫く女性には、不幸などない。敗北などありません。どんな苦難にも、絶対に負けてはなりません。
「百獣に恐るる事なし」です。断じて断じて、耐えて勝つのです。悲しみの涙を、所願満足の勝利の笑顔に変えゆくのです。(『御書と師弟』第2巻)

研さんのために
○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻(聖教新聞社)
○…『御書と師弟』第2巻(同)

2020年7月20日月曜日

2020.07.20 わが友に贈る

◇今週のことば
「陰徳あれば陽報あり」
「無冠の友」をはじめ
たゆまぬ陰徳の同志に
感謝の題目と労いを。
尊き宝友に陽報燦たれ!
2020年7月20日

南条殿御返事 P1535
『あえてこれよりの心ざしのゆわきにはあらず、各各の御信心のあつくうすきにて候べし』

【通解】
あえてこちらの志が弱いためではない。あなた方の御信心が厚いか薄いかによるのである。

名字の言 ナチス収容所で生きる希望となったもの 2020年7月20日
精神科医のフランクルは、ナチス収容所の中で、絶望して自ら命を絶とうとした男性を救った。『夜と霧』(みすず書房)につづられている▼男性には、彼の帰りを外国で待ち続けている子どもがいた。その存在に気付かせると、男性は思いとどまったという。生きる希望を見いだしたからだ。"自分は一人ではない"という実感が、どれほど強く人を支えるか。示唆に富む話である▼「ぼくは、あの震災で大切なものを失いました。でも、もっと大切なものを学会で得ました」と語る青年がいる。9年前、東日本大震災で家も仕事も失った。単身で九州に移り、懸命に働く日々。疲れがたまった。徐々に孤独にさいなまれるように▼そんな彼を、同じ職場の学会員が懸命に励ました。「寂しい思いなんか、させんけんね」「君のこと、毎日毎日、祈っとるんよ」。その真心に打たれ、彼は入会した。男子地区リーダーとなった今、"次は自分が"と友の励ましに奔走する▼災害、病気、経済の苦境……。大きな試練に直面した時、大切なものを失った時、不安や心配事を自分だけで抱え込まなくていい。あなたにも私にも、幸福を祈ってくれている存在が必ずいる。決して一人ではない。強い強い創価家族の絆で結ばれているのだから。(実)

寸鉄 2020年7月20日
何のための人生かを会長の著作から学んだ—博士平和と幸福への前進共に
鳥取県婦人部の日。地域に希望の虹必ず!励ましの連帯広げる山光の太陽
学会と生きてごらん。悩みは全部功徳に変わる—恩師。不退の信心を貫け
感染が増加傾向。マスク、リスク高い所は避ける、間隔を空ける等の励行を
身近な人と語らうと感染の不安も和らぐと。電話一本も力。支え合う心で

☆心に御書を 第60回 「困難を乗り越える力」を社会へ
『日蓮が去ぬる文応元年太歳庚申に勘えたりし立正安国論今すこしもたがわず符合しぬ、此の書は白楽天が楽府にも越へ仏の未来記にもをとらず末代の不思議なに事かこれにすぎん』(種種御振舞御書、909ページ)

〈通解〉
(蒙古から日本を攻めるとの国書が送られたことで)日蓮が去る文応元年に勘えた立正安国論の予言が少しも違うことなく符合した。この安国論は、白楽天の楽府よりも優れ、釈迦仏の未来記にも劣るものではない。(このような予言の的中は)末法の世の不思議として、これを越えるものがあろうか。

〈指針〉
いかなる災難にも、我らは「立正安国」の旗高く立ち向かう。
御本仏が常にご一緒である。「四表の静謐」を共に祈る、全世界の地涌の宝友も頼もしい。
妙法の師子吼は無力感を打ち破る。大誠実の対話は不信を信頼へ、分断を連帯へ転ずるのだ。
生命尊厳の哲理の光で「困難を乗り越える力」を社会へ! 未来へ!

☆池田華陽会御書30編に学ぶ 妙一尼御前御消息 2020年1月11日
◇信心を貫き、"勝利の春"へ
今月は、「妙一尼御前御消息」を学びます。
池田先生は、本抄を拝してつづっています。
「厳冬のような逆縁も耐え抜いて、強盛に信心を奮い起こして戦い抜いていけば、勝利の花を爛漫と咲かせゆくことは絶対に間違いない。決まっていることなのです。だからこそ信心は貫き通すことです。途中で歩みを止めたり、疑いを起こして退いては何にもならない。歓喜の春を大確信して、地道に、弛みなく、朗らかに前進していくことが肝要なのです」
日蓮大聖人の「慈愛」と「確信」あふれる励ましを胸に刻み、「前進・人材の年」を出発していきましょう!

◇本抄について
本抄は、建治元年(1275年)5月、日蓮大聖人が身延で認められ、鎌倉の女性門下である妙一尼に与えられました。
大聖人が、竜の口の法難、佐渡流罪という大難に遭われ、多くの門下が退転する中にあって、妙一尼とその夫は、所領没収などの弾圧に屈せず、法華経の信仰を貫きました。
その後、大聖人は佐渡流罪を許されましたが、その知らせを聞く前に夫は亡くなってしまいます。しかし妙一尼は、病弱な幼子を抱え、自身も体が強くない中、毅然と信仰に励み、大聖人のもとへ、お仕えする従者を送るなど、師匠を守りました。
本抄で大聖人は、妙一尼の悲しみに寄り添いながら、心からの励ましを送られています。

◇御文
『法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を、経文には「若有聞法者無一不成仏」ととかれて候』(御書1253ページ16行目〜17行目)

◇通解
法華経を信じる人は冬のようです。冬は必ず春となります。
昔より今まで、聞いたことも見たこともありません。冬が秋に戻るということを。また、今まで聞いたこともありません。法華経を信じる人が仏になれず凡夫のままでいることを。
経文には、「もし法を聞くことができた者は、一人として成仏しない者はいない」(法華経方便品)と説かれているのです。

◇」[解説] "試練の冬"が自身を磨く
本抄の冒頭、大聖人は、妙一尼の夫が亡くなる時、どれほど残る家族を気に掛けていたであろうかと仰せです。
さらに、釈尊も入滅の時まで、数々の悪業を積んだ阿闍世王を心配していたことを挙げ、"夫はさぞ、家族のことが心残りであったに違いない"と、重ねてその心中をしのばれます。
続いて、夫にとってもう一つ気掛かりだったのは、流罪となった大聖人のことであろうと述べられます。大聖人の身を案じていた、夫の立派な信心が拝察されます。
そして大聖人は、健気に生き抜く妙一尼に温かな励ましの言葉をつづられます。
「法華経を信ずる人は冬のごとし」——法華経を持つ人にとって、"試練の冬"すなわち難は避けられません。
しかし、"どんなに寒い冬も必ず暖かい春となり、冬が秋に逆戻りすることはない"という自然の法則のように、法華経を信じる人がいつまでも苦しみの境涯を流転することはありません。"法華経を聞いて信受した人は、一人ももれなく成仏する"と経文に記されている通りです。
そして、信仰ゆえの弾圧にも負けず、信心を貫いた亡き夫の成仏は絶対に間違いないと、妙一尼を包み込むように励まされました。
私たちの生命には、いかなる"試練の冬"も、必ず"勝利の春"へと開いていくことのできる、偉大な仏の生命が具わっています。
大事なことは、そのことを疑わず、信心根本に苦難に立ち向かえるかどうかです。
ゆえに大聖人は、妙一尼が「凡夫の心」、つまり「迷いの心」を打ち破って前進できるよう、励まされました。弟子の心に、決して消えない"信心の希望の炎"を灯される、限りない慈愛を拝することができます。
冬を耐え抜いた桜が、春に見事な花を咲かせるように、私たちも今、いかなる悩みや苦難の中にあっても、題目を唱え、忍耐強く前進していく先に、必ず"勝利の花"が咲き薫ります。
さらにいえば、どんな時も、御書と池田先生の指導を心に刻みながら歩む、「負けない青春」の一歩一歩は、すでに偉大な勝利の姿です。
♪厳しき冬にも 春の光彩を 先生の励まし わが胸光らせ——池田華陽会歌「華陽の誓い」を朗らかに歌いながら、希望輝く華陽姉妹と共に、師弟勝利の大道を歩んでいきましょう。

★池田先生の講義から
どの御書の一節でもよい。悩みと格闘し困難と戦いながら、深く心に刻み、祈り、身で読みきっていく——これが、創価学会の「実践の教学」の真髄です。(中略)
世界の同志を常に励まし、勇気を鼓舞してくださる御金言——その代表的な一つが、今回、拝読する「妙一尼御前御消息」の「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」との一節です。
この一節の中に、日蓮大聖人の仏法の真髄である希望の哲学が凝結しているといっても過言ではありません。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻)
◇ ◆ ◇
法華経の信心は「冬」のようなものです。
その厳しい宿命転換の戦いがあって初めて「春」を到来させ、福運を築くことができる。ゆえに試練の冬を避けてはならない。
鍛錬の冬に挑戦しゆく勇気があれば、私たちは、成仏という「偉大な春」へ、広宣流布という「最高の春」へと、無限に前進していくことができます。(同)

研さんのために
○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻(聖教新聞社)
○…『人間革命の宗教』(同)

〈社説〉 2020・7・20 「月面着陸の日」に思う 2020年7月20日
価値創造の挑戦に限界なし
人類が初めて月に降り立って、きょう20日で51年(日本時間では21日)。今月10日には、文部科学省が米航空宇宙局(NASA)と「日米月探査協力に関する共同宣言」に署名した。日本人初の月面着陸にも、大きく可能性が開かれたといえよう。
月探査といえば、昨年公開された映画「アポロ11 完全版」(トッド・ダグラス・ミラー監督)の圧倒的な映像美を思い出す。これまで一般公開されていなかったアポロ計画の貴重な映像素材を、最新技術で鮮烈によみがえらせた作品だ。
緊張走る管制センターの様子、圧巻の月着陸・離陸、アクロバットを思わせる着陸船と司令船のドッキング、大気圏突入と司令船回収後の大喝采……。世界33カ国でテレビ中継され、数億人が見守ったという歴史的な数日間の模様が、インタビューやナレーションなどを一切介さず、臨場感をもって迫ってくる。
映像から強く感じるのは、どれほど多くの人たちがこの事業に情熱を注ぎ、使命を燃やしたか、という事実である。
アポロ11号の月面着陸後、アームストロング船長が放った言葉、「これは1人の人間にとっては小さな1歩だが…人類にとっては偉大な飛躍だ」(駐日アメリカ大使館公式マガジン訳)は有名だが、それに続く場面はより印象的である。今も月に残る銘板の文面を、彼が読み上げるのだ。「地球より来たる人類、月面に降り立つ」「全人類の平和のうちに」(字幕翻訳・池田彩加)
アポロ11号打ち上げの翌日17日、創価学園では、創立者・池田大作先生が第2回「栄光祭」に出席。学園生は創立者と共に、世界また宇宙に思いをはせ、心広々と未来に一歩を踏み出した。
当時、東西両陣営の対立は激しく、世界各地で紛争も絶えなかった。その中で池田先生は、アポロ11号の壮挙は、宇宙から見れば、人類は皆、同じ地球民族だ、という共通感情をもたらしたと指摘していた。分断や反目を超え、人類を結びゆく確かな価値観がどれほど大切か。
今、ウイルスと闘う未曽有の事態に、警戒心を保ちつつ臨む日々が続く。ある面で、当時と似た世相かもしれない。
池田先生は今月7日付の「随筆『人間革命』光あれ」で、こう呼び掛けた。
「我らは変化を厭うのではなく、若人を先頭に、現在の変化の中に、『人間の幸福と平和のために』という立正安国の精神性を打ち込んでいきたい。仏法の人間主義が一段と輝きを増す好機であり、我らの価値の創造に限界はない」
私たちは、全人類のための価値創造の戦いで、一歩も退かない。その使命を刻み直す、きょうの日としたい。

2020年7月19日日曜日

2020.07.19 わが友に贈る

試練が人を強くする。
苦労が大きいほど
境涯は大きく広がる。
変毒為薬の妙法で
全てを人間革命の劇に!

日女御前御返事 P1244
『かかる御本尊を供養し奉り給ふ女人現在には幸をまねぎ後生には此の御本尊左右前後に立ちそひて闇に燈の如く険難の処に強力を得たるが如く彼こへまはり此へより日女御前をかこみまほり給うべきなり』

【通解】このような(尊い)御本尊を供養申し上げなさる女性は、今世では幸福を招き寄せ、後生には、この御本尊が左右前後に立ち添って、あたかも闇夜に明るい照明を得たように、また険しい山道で強力を得たように、あちらへ回り、ここに寄り添って、日女御前の周りを取り囲んで必ず守ってくださるでしょう。

名字の言 「百獣の王」と「百花の王」 2020年7月19日
「百獣の王」といえばライオンである。では「百花の王」は?▼答えは「牡丹」。その由来や歴史が、東京富士美術館で好評開催中の「Flower×Flower展」で紹介されている。日本では古来、屛風や陶器、武具などに「師子と牡丹」の組み合わせが描かれてきた。牡丹の夜露が、師子の唯一の弱点である「師子身中の虫」を退治する力を持っている――との言い伝えからだ。「師子に牡丹が加わることで、無敵の強さを持つ」とされてきたのである▼牡丹の花言葉の一つは「誠実」。辞書で意味を調べると、「私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること」とある。なるほど、忘恩や不義不正の「師子身中の虫」を退けて、師子と共に進む"気高き花"として牡丹が描かれるのも、合点がいく。牡丹は別名「富貴花」ともいう▼かつて池田先生ご夫妻は、女子部に美しい友禅画「牡丹」を贈った。その折、先生は「皆が友 皆が幸福 花盛り」との一句を添えた。「学会は師子の団体です」「女子部の皆さんが、一生懸命やってくださっているから、学会は勝ってきた」と語ったこともある▼〽今 師とともに 正義の心で 世界の女性に 平和の世紀を……(池田華陽会歌「華陽の誓い」)。女子部は皆が使命の華である。(之)

寸鉄 2020年7月19日
「いよいよ強盛に大信力をいだし給へ」御書。これ学会精神。題目また題目
女子部結成の日。広布の花の前進は創価の希望。華陽姉妹のスクラム固く
記念映像上映に感動の声続々。立正安国こそ使命。師と共に進む誉れを胸に
己をつくる努力は己にしかできぬ―宇宙飛行士。今だからできる挑戦を!
浸水被害は防災地図の想定エリアで発生と。続く長雨。避難経路等、再確認

☆四季の励まし きょう「女子部結成記念日」――全員が幸福の人生を 2020年7月19日
【写真の説明】赤、白、黄色……。ハイビスカスの花が、鮮やかに咲き誇る。先月27日、池田大作先生が都内でシャッターを切った。
アメリカのハワイ州では州花、マレーシアでは国花に指定され、"偉大な花"とたたえられるハイビスカス。見る人に希望と安らぎを与える。
きょう7月19日は、"創価の花"である女子部の結成記念日。池田先生はつづった。「広宣流布に生きゆく創価の乙女の命それ自体が、最も明るい『太陽』であり、最も浄らかな『蓮華』である。すなわち『華陽』そのものの生命なのである」
ハイビスカスの花言葉に「常に新しい美」と。さあ華陽姉妹と共に、新たな人間革命のドラマをつづり、信頼と友情の花を咲かせていこう。

◇池田先生の言葉
女性の声が朗らかに響き、
女性の智慧が
伸びやかに発揮される。
そこにこそ、
人類の文明の光はある。
今、私と妻の
何より心弾む喜びは、
日本中、世界中で、
花の女子部が
溌剌と躍動して、
平和と幸福の連帯を
広げてくれていることだ。

勇気ある信心の乙女が
一人立ち上がれば、
そこから
希望が生まれ、
喜びが生まれる。
家庭でも、
職場でも、
地域でも、
聡明な
福徳の女性がいれば、
未来へ
確かな繁栄の陽光が
輝いていくのだ。

幸福は遠くに
求めるものではない。
自分自身の
生命のなかにあることを
知らなければならない。
青春時代に、
この一点を深く深く
確信できるかどうかで、
人生の幸・不幸、
そして
勝敗は決まるのだ。

どうしたら、
女子部が
自信をもって力を発揮し、
伸び伸びと
進んでいけるか――
皆が心を尽くし、
智慧を出すのだ。
女子部を守り、
皆で応援していきたい。
広布の門を
開いてくれるのは、
この方々しかいない。

わが女子部の一人一人が、
今を生き抜き、
現在「この時」に
勝利することが、
一生を決定し、
未来永遠の勝利を
決定づけていくのだ。
幸福の博士!
日本一の女子部、万歳!
悔いなき青春を!
一人ももれなく
幸福の人生を!

〈社説〉 2020・7・19 きょう女子部結成記念日
2020年7月19日
教学が幸福の"芯"を築く
きょう女子部は、結成記念日を迎えた。1951年(昭和26年)7月19日。第2代会長・戸田城聖先生のもと、当時の学会本部に74人の女性が集った。
「女子部は一人も残らず幸福に」――戸田先生は、いかなる試練にも負けない自己を築き、崩れざる幸福を打ち立てるため、「女子部は教学で立とう!」と訴えたのである。
池田先生も、若い女性たちが仏法の最高峰を学び、自身の「芯」を確立する生き方を願い、励ましを送ってきた。その心を受け継ぐ華陽の友は、御書を繙き、励まし合い、幸福の拡大に努めてきた。
コロナ禍の影響で、行動が制限される今、生活や社会のあり方に変化が求められている。その中でも、多くの女子部員が"教学第一"の永遠の指針を胸に、「女子部オンライン講義」をはじめ、工夫を凝らしながら活動を展開している。
その柱となっているのが、「池田華陽会御書30編」の読了運動である。
長崎総県女子部は、"一人でも多くの友が御書に親しんでほしい"と、オンラインを活用し、ペアを組んでの研さんに励む。
「一対一だと、質問しやすいし、気軽に感想が語り合える」「互いの悩みを共有でき、絆が強まった」などの喜びの声が寄せられ、研さんに取り組むメンバーは以前と比べ6倍にも増えた。
福岡のあるメンバーは自粛の期間に、じっくりと御書に触れる時間を持てたという。オンラインの集いでは、「御書って、どこを拝しても、常に前向きでプラス思考なのがすごい! 私も友を励ませる人に成長したい」と奮起。多忙な仕事の合間にも御書を拝し、実践に移す求道の姿に触発を受け、一人また一人と研さんの輪が広がっている。
「観心本尊抄」には、「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(御書254ページ)と。
社会的な制約の中で、活路を見いだそうと始めたオンラインでの研さん。だが、実際に進めると、真心が結ぶ絆は試練に負けないという"発見"があった。
教学を根本に現実社会を切り開こうとする努力により、女子部一人一人が尊い使命に目覚め、可能性の扉を開く喜びが広がった。まさに変毒為薬の実践といえよう。
池田先生は、「一人の女性が、使命の大地で勇気に燃えて立ち上がる時、地域も社会も変わり始める。時代は確実に動くのだ」(女子部指導集『華陽の誓い』)と、大きな期待を寄せる。
変化の時代だからこそ、「哲学」と「新鮮な感性」を併せ持つ女性の力が一段と求められている。世界一の生命哲学を持った華陽のスクラムから、希望の新時代を朗らかに築いていきたい。 

2020年7月18日土曜日

2020.07.18 わが友に贈る

仕事で苦闘する友よ!
「なにの兵法よりも
法華経の兵法」だ。
広布誓願の祈りから
智慧と勇気と生命力を!

単衣抄 P1514
『三十二より今年五十四に至るまで二十余年の間或は寺を追い出され或は処をおわれ或は親類を煩はされ或は夜打ちにあひ或は合戦にあひ或は悪口数をしらず或は打たれ或は手を負う或は弟子を殺され或は頚を切られんとし或は流罪両度に及べり、二十余年が間一時片時も心安き事なし』


【通解】三十二歳の(立宗の)時から今年五十四歳になるまでの二十余年の間、ある時は寺を追い出され、ある時は住処を追い出され、ある時は親類を苦しめられ、ある時は夜討ちにあい、ある時は合戦にあい、あるいは悪口を数知れず言われ、ある時は打たれ、ある時は傷を負い、ある時は弟子を殺され、ある時は首を切られようとし、あるいは二度も流罪に処せられた。この二十余年の間は、一時片時も心安らかなことはなかったのである。

名字の言 藤井新棋聖は「闘争心の塊」 2020年7月18日
将棋の八大タイトルの一つである棋聖戦で、藤井聡太七段が、「現役最強」といわれる渡辺明棋聖に勝利した。17歳11カ月でのタイトル獲得によって、従来の史上最年少記録が30年ぶりに更新された▼プロ棋士としてデビューしてから29連勝を飾るなど、数々の記録を樹立してきた。師匠の杉本昌隆八段は、弟子の藤井新棋聖について「闘争心の塊」と述べている。「負けた悔しさを次の対局にぶつけて成長した」▼棋士の羽生善治九段は、将棋の勝負を決するのは、「『負けたくない』と思う気合い」「努力しても勝ちに恵まれないときにも持ちこたえる根性」など、今の時代には評価されない「泥臭い能力」が大きい、と指摘する(『羽生善治 闘う頭脳』文春文庫)▼「負けたくない」という心の強さ——その重要性は、盤上だけに限らない。御聖訓には「然どもいまだこりず候」(御書1056ページ)と。いかなる試練に遭遇しようとも、そこから立ち上がる「不屈」の強さが、私たちの信仰の真髄だ▼将棋の駒の「歩」は1マスずつ前に進み、敵陣に入ると「金」と同じ働きをする。日々の生活においても、一歩また一歩と、自らが掲げた目標へ向かって、挑戦を重ねていきたい。その「負けじ魂」の苦闘が、わが黄金の歴史に変わっていく。(燦)

寸鉄 2020年7月18日
青年は真剣勝負で自分を鍛えよ—恩師。世界青年部総会へ錬磨の日々を!
東西の学園で「栄光の日」学びの青春に勝利あれ!負けじ魂で朗らかに進め
「一筋に信じ給ふならば・現世安穏」御書。地道に純真に。これ幸福の直道
首都圏中心に感染者が増加傾向。新しい生活様式皆で実践し強力に定着を
迷惑メール、在宅増えた5月以降に急増と。不審な内容は開かずに即削除

☆心に御書を 第59回 仏の大生命はわが胸中に
〈御文〉
『我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり』(法華初心成仏抄、557ページ)

〈通解〉
わが己心の妙法蓮華経を本尊と崇めたてまつり、わが己心の中の仏性が南無妙法蓮華経と呼び呼ばれてあらわれるところを仏というのである。

〈指針〉
人間を強く賢く善くする仏法だ。自身を尊極な存在に高める唱題行だ。大聖人と同じ仏の大生命を、我らの胸中に呼び起こせる題目なのである。
強き祈りで、大宇宙に遍満する妙法の力用を、わが心身に満々と湛えゆくのだ!
梵天・帝釈、仏菩薩の仏性を涌現させ、家庭に地域に社会に断固として蘇生の波動を!

☆御書カフェ 華陽姉妹の語らい 2020年7月11日
◇御文
『日月は地におち須弥山はくづるとも、彼の女人仏に成らせ給わん事疑いなし』(松野殿御返事、1390ページ)

◇通解
たとえ、日や月が地に落ち、須弥山が崩れることがあったとしても、かの女性が仏に成られることは疑いない。

◇教えて
自分に対して、なかなか自信が持てません。

◇池田先生の指導
若くして妙法を受持した乙女が幸せにならないはずがあろうか。
広布の誓いに生き抜く青春は、必ず無限の福運の力が涌現する。必ず自分らしく輝き、自分でなければ果たせぬ使命に生き切っていけるのだ。
これが「自体顕照」である。その自身の生命の光が、周りをも幸福に照らしていくのだ。(『随筆 輝く民衆の大城』)
◇ ◆ ◇
「信心」とは「信じる心」「信じ抜く心」です。
御本尊と自分が一体であると信じ、題目を唱え続け、前進していくところに、必ず必ず、希望と幸福と勝利の道が限りなく開かれていくのです。
「生命の可能性を信じ抜こう!」。そして「自分と皆の可能性を思う存分、発揮しよう!」——これこそが世界中の同志の合言葉であり、わが後継の皆さんに託しゆく「創価の心」なのです。(2019年5月号「未来ジャーナル」掲載の「誓いの明日へ——日蓮門下を語る」)

〈社説〉 2020・7・16 「立正安国論」の提出760年 2020年7月16日
◇エゴを超え自他共の幸福へ
わずか半年余りのうちに世界で57万人以上の尊い生命が失われた(15日現在)。新型コロナウイルスの地球規模の感染拡大で、人類は未曽有の危機の中にある。社会的、経済的なダメージも深刻だ。
また今月、記録的な大雨が九州や東海地方などに甚大な被害をもたらした。復旧へ懸命の戦いが続いている。
この度のコロナ禍、および豪雨災害による犠牲者の方々のご冥福をお祈りするとともに、大変な困難の中、忍耐と苦闘の日々を送られている全ての方々に心よりお見舞いを申し上げたい。
今日、あらゆる人々の安穏と国土の安全——すなわち「安国」は、誰もが切実に願うところではあるまいか。
13世紀の鎌倉時代、「立正安国論」を著された日蓮大聖人が直視されたのは、「天変地夭・飢饉疫癘」(御書17ページ)という大災難に喘ぎ苦しむ民衆の姿であった。この悲惨な現実をわが事とし、「胸臆に憤?す」(同ページ)と同苦し、何としても民を救いたいと立ち上がられたのだ。
「立正安国論」の終盤に、主人が客人に呼び掛けた重要な言葉がある。
「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を?らん者か」(同31ページ)
苦悩に満ちた現実を生きる上で、「一身の安堵」を願わない人はいない。しかし、それが他者の存在を忘れてエゴにとらわれたものであれば、結局、自分の安心さえ得ることはできない。一人一人がエゴを克服して「自他共の幸福」を祈り、支え合っていく行動が基盤となってこそ、本当の意味で「安国」——"世界を静穏ならしめる"ことができるのだ。
創価学会は、この「立正安国」の精神を受け継ぐゆえに、これまで幾多の災難の中でも、復興支援のボランティアへの取り組みや、"誰も置き去りにしない"との励ましを推進してきたのである。
20世紀を代表する大歴史家トインビー博士は、池田先生との対談で、「人間一人一人が、それぞれの自己中心性を克服していかなければなりません」と指摘し、そのために宗教の使命を強調した。
「宗教のみが、人間本性の働きのなかにあって、個人的にも集団的にも、自己を克服するよう人間の心に働きかけてくれるものなのです」と。
自己の超克とは、個人における「人間革命」といってよい。と同時に、それは集団的レベル、つまり人類社会の変革をも促すものなのである。私たちが日々、「自他共の幸福」を祈り、広宣流布へ進む実践には大きな意義と使命がある。
きょう7月16日は、大聖人が「立正安国論」を提出されて760年の節目。自分のいる場所から、勇んで「立正安国」への祈りと行動に踏み出したい。

2020年7月17日金曜日

2020.07.17 わが友に贈る

孤独にならない。
孤独にさせない。
互いを思いやる心が
不安を乗り越える力に!
安心と希望を送ろう!

立正安国論 P21
『悪侶を誡めずんば豈善事を成さんや』

【通解】
悪い坊主を誡めなければ、どうして善い事を成し遂げることができようか。絶対にできない。

名字の言 各地で甲子園の代替大会。頑張ることはつながる 2020年7月17日
中止となった夏の甲子園の代替大会が1日、全国に先駆けて岩手で開幕した。この週末も各地で大会が始まる▼「野球ができる感謝を胸に、全ての高校3年生の代表として悔いのないプレーをします」。そう語るのは大阪大会に臨む高等部員。コロナ禍で多くの同級生アスリートが"集大成の場"を奪われた。その悔しさが分かるからこそ皆の気持ちを背負って戦う大会にしたい、と▼夏の甲子園の大会歌「栄冠は君に輝く」。この歌の作曲を手掛けた古関裕而氏がモデルのNHKの連続テレビ小説「エール」が好評を博している。同歌をはじめ数々のスポーツ応援歌を残してきた氏。最初の代表作は、早稲田大学の「紺碧の空」だった▼ドラマには早稲田の応援団長が、主人公に作曲を依頼した理由を告げる場面がある。共に甲子園を目指した親友が自分のせいで大けがを負い、野球ができなくなったこと。早慶戦をラジオで聞くのが楽しみだという彼のために、必死で野球部を応援してきたこと。「野球を頑張る人のおかげで頑張れる人がいる。頑張ることはつながる」。その思いを受けて誕生した「紺碧の空」を歌い、早稲田は慶応に勝利する▼自分の頑張りは必ず誰かの励みになる。"最後の夏"に挑む球児たちに心からの声援を送りたい。(仁)

寸鉄 2020年7月17日
「弥はげませ給うべし懈ることなかれ」御書。常に今ここから!闘魂赤々と
正義の「大阪大会」記念日"正しい仏法が必ず勝つ"この師子の確信で勇躍!
中部の友が「一番星月間」を大驀進。師と共に歩む「この道」は三世に輝く
災害時は"空振りも覚悟"で早めの避難が大切と。家族や地域でも声掛けを
店でのカード支払い時、番号盗用の被害が急増。毎月の利用明細を要確認

〈社説〉 2020・7・17 きょう、「大阪大会」から63年 2020年7月17日
逆境で光る永遠の"学会魂"
創価三代の師弟は、庶民のため、正義のために命を懸けて権力と戦ってきた。三代の大闘争ありて、今、創価学会は人類を照らす「人間主義の世界宗教」と輝く。
中でも池田先生が、恩師・戸田城聖先生と学会を守るため、一身に難を受け、正義を貫かれたのが大阪事件である。
1957年(昭和32年)7月3日、池田先生は、事実無根の選挙違反容疑で不当逮捕された。そして15日間の獄中闘争の後、17日に出獄。その日の夕刻、雷鳴轟く豪雨の中、権力の横暴を糾弾する「大阪大会」が行われた。会場となった中之島の大阪市中央公会堂には、約2万人の同志が集い、建物の外まで人があふれた。
"最後は、信心しきったものが必ず勝つ"との先生の師子吼を聞いた同志は、怒濤の拍手で応え、「いかなる障魔にも権力にも負けたらあかん」「ひとたび起こした戦いは断じて勝つ」と固く誓い、「7・17」は常勝不敗の原点となった。
池田先生はつづった。「この師子の確信を、今、二十一世紀の後継の直弟子が、厳然と受け継いでくれている。いかに困難が立ち塞がろうが、最後は勝つ。断じて勝つ! これが我ら創価の信念であり、誓願であり、本懐なのだ」
63年を経た今も、大阪大会で同志に宿った"負けじ魂"は、全関西に変わらず脈動している。どんな苦難に遭おうとも、師弟共戦を貫けば、"最後は勝つ"と。
56年(同31年)に入会した大阪・城東区の婦人は、家族が反対する中、大阪大会に駆け付けた。その時、背負われていた生後3カ月の娘は、後に創価女子高校(現・関西創価高校)の1期生に。娘の子は、結婚を機に夫を入会に導き、功徳の実証を示す。その夫の両親も、若い夫婦の姿に触れ、3年前に入会。「学会に入れていただき、人生が大きく変わりました」と義母は感謝を語る。
大阪・福島区の男子部のリーダーは、学会3世の美容師。開業10年目となる本年、コロナ禍の影響で順調な日々が一変。小説『新・人間革命』で師の闘争に学び、奮い立った彼は、最高の拡大で「7・17」を荘厳しようと決意する。電話やSNSで同志を励まし続け、区男子部のオンライン大会を目指す中で、活動者を拡大。さらに、自営業で苦闘する友人を励まし、入会に導いた。
「7・17」には、全世界の同志が模範とする永遠の"学会魂"が光る。コロナ禍による未曽有の苦難に、世界が同時に直面している中、逆境を新たな価値へと転換していく生き方が、今ほど求められている時はない。
"信心しきったものが必ず勝つ"——この大確信で全世界の宿命転換を祈り、今再びの前進を開始していきたい。

☆心に御書を 第58回 不屈の祈りで変毒為薬を
〈御文〉
『此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行に功徳として来らざる事なく善根として動かざる事なし』(聖愚問答抄、500ページ)

〈通解〉
この妙法蓮華経を信仰し奉るという一つの行に、いかなる功徳も集まってこないものはなく、いかなる善根も動かないものはない。

〈池田先生が贈る指針〉
九州をはじめ各地の大雨の被災に、重ねてお見舞い申し上げます。
妙法受持の生命に行き詰まりはありません。どんな苦難も、必ずや幸福へ転じられます。これが「変毒為薬」という日蓮仏法の真髄です。
大変な時こそ、決定した一念で祈り抜き、無量の功徳を! 異体同心の宝友と支え合い、使命の国土に無辺の善根を!

☆上野殿後家尼御返事(地獄即寂光御書)研さんのために
一度決意を固めても、困難に直面したり、環境の影響を受けたりすることで、意志が揺らいでしまうこともあります。そうした時こそ、「いよいよ」の心で信心を貫くことが重要です。ここでは7月度座談会拝読御書である「上野殿後家尼御返事」の研さんのために、池田先生の指導と解説を掲載します。(「大白蓮華」7月号も参考にしてください。森中教学部長の講義の動画が、創価学会公式ホームページ「SOKAnet」で、今月31日まで視聴可能。なお、講義の要旨は後日掲載の予定)

◇拝読御文
『法華経の法門をきくにつけて・なをなを信心をはげむを・まことの道心者とは申すなり、天台云く「従藍而青」云云、此の釈の心はあいは葉のときよりも・なをそむれば・いよいよあをし、法華経はあいのごとし修行のふかきは・いよいよあをきがごとし』(御書全集1505ページ8行目〜10行目、編年体御書616ページ8行目〜10行目)

★[池田先生の指針から]「信」を深め仏界を現す
大聖人が、即身成仏や地獄即寂光などの深理を説かれるのは、門下の信心を深めるためです。
仏法は、言葉や観念の遊戯ではない。
本抄(=上野殿後家尼御返事)で説かれている極理はすべて、私たちの生命の中に仏界という究極の希望があることを教えるものです。
それを、自らの命において信じていけば、その信によって、仏界の生命を覆い隠している無明を打ち破り、我が生命に仏界が涌現するのです。
ゆえに「信」が大事なのです。信心を深めれば深めるほど、私たちの生命は仏界の色彩に染め上げられていくからです。
大聖人は、そのことを、天台大師の「従藍而青」(摩訶止観)との言葉を通して教えてくださっています。
植物の藍の葉は、薄く青みがかった緑色です。しかし、この葉から採った染料で何回も重ねて染めれば、濃い鮮やかな青になります。
私たちの一生成仏の修行も同じです。
成仏の原理が説かれている法華経は、藍の葉に譬えられます。
大聖人の仏法の実践は、藍の葉から採った染料を何回も染めていくことに譬えられるでしょう。
すなわち、大聖人の仏法では、法理を聞いて信心を深め、ますます修行に励んでいけば、実際に仏界を現し、一生成仏を実現していくことができるのです。
御書を学ぶ目的は、大聖人の御精神に触れて、信心を深めるとともに、仏法の深理に学んで我が内なる希望と平和を確信し、自行化他の実践に励んでいくことにあります。
そして、難を勝ち越えてこられた大聖人の実践に学んで、苦難に挑戦していく勇気を奮い起こすことです。
この「実践の教学」の要諦を、深く深く銘記していきたいものです。
(『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻)

◇"いよいよ"の心で求道の実践を貫く
◇キーワード� 「即身成仏」の信心
本抄を頂いた上野尼御前は、夫・南条兵衛七郎を亡くした時、次男の時光は7歳であり、五男に当たる末の息子は、まだおなかの中でした。尼御前は、一家の行く末を案じながら、深い悲しみの中にあったことでしょう。
こうした尼御前に、大聖人は寄り添うように、亡き夫が生前には「生の仏」であり、今、亡くなってからは「死の仏」であり、生死ともに仏であると励まされました。その上で、残された尼御前に「即身成仏」の法門等を示し、信心に励むよう教えられました。
即身成仏とは、衆生が凡夫のその身のままで仏に成ることです。
他の御書に「功徳とは即身成仏である。また、六根清浄である」(762ページ、通解)と仰せです。唱題することにより、六根(眼・耳・鼻・舌・身・意という六つの感覚・認識器官)が清らかになり、鋭くかつ豊かになるとの意です。
六根が清浄であれば、煩悩に染まることなく、正しく物事や環境を捉え、判断、認識、感覚に狂いなく、生命は充実していきます。
大聖人は、尼御前が信心根本に苦難を乗り越えていくことを願われて、妙法の偉大さを示されたと拝せます。その通り、尼御前は宿命を勝ち越え、立派に後継者を育てました。
大聖人は拝読御文で、法華経の法門を聞いて、いよいよの信心に励んでいく者こそが道心者であると教えられています。
どこまでも求道の実践が重要です。"いよいよ"の実践によって胸中に具わる仏界への揺るぎない「信」を確立することで、幸福境涯が築かれていくのです。

◇キーワード� 生命を妙法に染め抜こう
日蓮大聖人は、「従藍而青」の例えを通し、修行を重ねて信心をより堅固にするよう教えられています。
法華経の法門を聞いて信心を深め、修行に励んでいくことで、私たちの生命は妙法に染め抜かれ、何ものにも揺るがない仏の境涯を開いていけるのです。
環境に翻弄され、信心を失ってしまえば、幸福はつかめません。譬喩を用いた大聖人の励ましを受け、失意の上野尼御前の胸に決意が湧き上がったことでしょう。
その後も大聖人は、重ねて尼御前を激励し続けます。とりわけ、末っ子が早世した際には、嘆き悲しむ母の心に寄り添うお手紙を何度も認められています。
その励ましは、次男の時光にも及びます。時光が大聖人から頂いた御書は、30編を超えます。時光に信仰の真髄を示し、"広宣流布の闘士へ育てよう"との、大聖人の深き慈愛が伝わってきます。
時光は、大聖人の御入滅後、身勝手な行動を取る信徒が出てくるなか、日興上人のもとで、同志と団結し、大聖人のお心にかなった正しい信仰を貫きました。
池田先生は、つづっています。
「世代を重ねるごとに、いよいよ力ある『従藍而青』の人材を育成する。これが、末法万年尽未来際の『令法久住』を開く大道である」(「随筆『人間革命』光あれ」〈師弟凱歌の言論城〉)
世代を超えて幾重にも励ましを送りゆく——広宣流布の伸展は、信心の志を自ら重ねながら、たゆみなき励ましを重ね、人材を輩出できるかどうかによって決まることを深く心に刻みましょう。

2020年7月16日木曜日

2020.07.16 わが友に贈る

全人類の安穏を目指し
「四表の静謐」を祈る。
これが仏法者の使命だ。
利己主義を打ち破る
利他の連帯を広げよう!

遠藤左衛門尉御書 P1336
『左衛門殿は梵天釈天の御使にてましますか、霊山えの契約に此の判を参せ候、一流は未来え持せ給え霊山に於て日蓮日蓮と呼び給え、其の時御迎えに罷り出ず可く候』

【通解】
左衛門殿は梵天・帝釈天のお使いであられましょうか。霊山浄土へ行く固い約束として、この判形を差し上げます。一つは未来世へお持ちになりなさい。そして霊山で「日蓮、日蓮」と呼んでください。その時はお迎えに出てまいりましょう。

名字の言 エールの送り方はさまざま——ブラインドサッカーを観戦して 2020年7月16日
数年前、ブラインドサッカーの試合を観戦した。出場する視覚障がい者の選手と視覚に障がいのない選手が、共にアイマスクを着けてプレーする。選手たちは、転がるボールから鳴る金属音、他の選手や監督などの声を聞き分け、周囲の気配や息遣いを察知しながらゲームを進める▼そのため、応援する人は無言で観戦するのがマナー。ただ、ゴールが決まった瞬間は、皆で声を上げ、歓喜を爆発させる。エールの送り方はいろいろあると思った▼ある婦人部員は病と闘う夫を支え続けた。夫は病魔に負けず、更賜寿命の実証を示し、今世の使命を全うして霊山へ。信心の偉大さをわが身で教えてくれたことに、家族は心から感謝した▼葬儀の一切を済ませた夜、婦人は成人した息子と久しぶりに枕を並べた。気丈に振る舞った数日間の緊張が解けたせいか、息子の寝息を聞いた婦人の目から涙が。すると眠っていたはずの息子が、婦人の背中を優しくトントンとたたいた。"僕がしっかりするから、母さん、安心して"と励まされたように思え、胸がいっぱいになった▼慣用句の「琴線に触れる」の「琴線」とは、物事に感動して共鳴する胸奥の心情を意味する。その"琴"を鳴らすのに特別な技巧はいらない。精いっぱい思いを形にすればいい。(城)

寸鉄 2020年7月16日
「立正安国論」提出の日。我らが広げゆく妙法こそ苦悩の闇照らす大光なり
「沖縄原点の日」60周年。平和の砦たる大民衆城。「命どぅ宝」の心を世界へ
大聖人門下は若き学徒で固められていた—恩師。青年よ本流の誇りで戦え
スマホ活用した無料防災サービスが増加。災害情報に敏感に。自助が基本
コロナ禍で自転車通勤が拡大。保険義務化の自治体も多く。安全運転更に

☆随筆「人間革命」光あれ 青年に無限の力あり 2020年7月7日
何よりもまず、熊本をはじめ九州各地の甚大な豪雨被害に、心からお見舞いを申し上げます。
私も五日、総本部の恩師記念会館で勤行・唱題を行い、犠牲になられた方々の追善とともに、被災地の方々の健康と無事安穏を強盛にご祈念させていただきました。
豪雨は熊本・鹿児島・宮崎に続き、福岡・佐賀・長崎・大分と九州全域、また各地に及んでおります。無事を祈り、さらに題目を送ってまいります。

◇立正安国へ 希望の共進を
若き力が時代を変える。誇り高く青春を舞いゆけ!——師の心は常に青年と共に

◇同苦から黎明へ
七月、我ら地涌の命はいやまして燃え上がる。
その源流は、一二六〇年(文応元年)七月十六日、日蓮大聖人が「立正安国論」をもって、国家諌暁された歴史である。
「立正安国」(正を立て、国を安んず)という不滅の金言は、大聖人の全く独創であられた。
「立正安国」とは、全民衆救済へ妙法を掲げて、ただ一人立ち上がられた大慈悲の師子吼にほかならないのだ。
当時、「天変地夭・飢饉疫癘」など打ち続く災難のために、庶民は悲惨の極みにあった。現在、コロナ禍と闘う人類の苦境とも相通ずる。
「立正安国論」の冒頭には、「悲まざるの族敢て一人も無し」(御書一七ページ)と記されている。
大聖人の眼差しは、愛する家族や友を失い慟哭する庶民の姿にこそ注がれていた。渦巻く民衆の苦悩を直視し、わが事と同苦し抜かれたのだ。
大聖人は「安国」の「国」を、「囗」に「民」とも書いておられた。人間の顔の見えない国家の安泰ではなくして、何よりも民衆が日々の生活を営む場としての国土の安穏であり、民衆の安心安全を祈られていたお心が拝されてならない。
この御本仏の大精神のままに、先師・牧口常三郎先生と恩師・戸田城聖先生は、戦時下にあって「今こそ国家諌暁の時なり」と正義の行動を貫き、一九四三年(昭和十八年)の七月六日、軍部政府の弾圧により逮捕された。
牧口先生は翌年、殉教の獄死を遂げられ、不二の戸田先生は二年の投獄を越え、終戦直前の七月三日、"妙法の巌窟王"の心で出獄された。
この日この時、戦争の残酷と悲惨に覆い尽くされた闇の底から、太陽の仏法が昇りゆかんとする「立正安国の黎明」が告げられたといってよい。
戸田先生は四十五歳。戦前の幹部たちは、法難に臆して退転した。
信じられるのは正義の青年だと、先生は「旗持つ若人」を祈り、待たれた。そして、敗戦の荒廃し切った大地に題目を打ち込みながら、一歩また一歩、足を運び、一人また一人、若き地涌の弟子を呼び出していかれたのである。 

◇我らは試練の中でいよいよ強くなる
アジサイの青が重なり合い、従藍而青の青年たちのごとく鮮やかに。撮影された6月27日は未来会結成50年の日

◇師弟の魂の結合
恩師の出獄から五年後(一九五〇年)の七月、私たちは男女合同で青年部会を開催した。二十人ほどの集いであったが、意義は誠に深かった。
大事なのは人数ではない。魂の結合である。
私は当時の日記に、「青年部も、未来の怒濤、嵐に向かって、船出せり。吾れも進む、全生命のあらん限り」と書き残した。
多くの会社が倒産し、先生の事業も最悪の苦境に陥った時である。師恩を裏切り、去る先輩たちも少なくなかった。
その中で、私は今こそ青年が立ち上がる時だと心を定めた。
「開目抄」には、「山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ非に非をますべし」(同二〇二ページ)と仰せである。
これが、創価の師弟が歩まねばならない「広布大願」の航路ではないか。立ちはだかる試練があればあるほど、我ら青年がいよいよ強くなるのだ。
たとえ、若輩の一兵卒であろうとも、師弟不二の題目の力で、師匠を断固とお守りできる。障魔を敢然と打ち破れる。広宣流布の全軍を前へ前へ進められるのだ。
私はそう誓い、祈った。
「波浪は障害にあうごとに、その頑固の度を増す」——この苦難を耐え忍んで、陰徳陽報の師弟の勝利を示すのだ、と。

◇対話から始まる
この一年後の七月、嵐を越えて第二代会長に就任した戸田先生に直結して、男子部、女子部が結成されたのだ。
世界を見れば、朝鮮戦争(韓国戦争)の悲劇の渦中であった。やがて「地球民族主義」を提唱される先生は、この青年部の新出発に際して、日本はもとよりアジア、さらには世界の「広宣流布」即「立正安国」への尊い使命を教えてくださったのである。
最前線の一班長であった私も、広布拡大に燃え、直ちに宮城県の仙台市へ走った。誠実な東北健児たちとの懐かしい共戦が蘇る。
結核を乗り越え、事業の破綻を打開した信仰体験を、私は確信を込めて語った。八人の新来の友が次々に入会を決意されたと記憶している。
大聖人の「立正安国論」は「一対一」の対話形式で展開されている。民衆一人ひとりの心に正義を打ち立てることを、「立正安国」の究極の方途として示されたのである。
ゆえに、私たちも眼前の一人の友と生命の共鳴を奏でることから一切の変革を始めようと、決心していた。桜梅桃李の友情と尊敬のスクラムこそ希望の礎なのである。

◇危機に光る挑戦
未曽有のコロナ禍の中でも、わが従藍而青の青年部は、日本中、世界中で不屈の心で、「危機を転機へ」と変えゆく智慧と勇気の挑戦の日々を刻んでくれている。
近年の通信技術の飛躍的進歩を背景にした、オンラインを駆使した取り組みも活発である。
物理的に会えない状況でも、皆が顔を見ながら語り合えるという時代になってきている。
以前より多くの友が参加できるようになった地域もあると聞いた。
リーダーたちは、毎回の集いに臨んで「皆のために」と真剣である。だからこそ、「学会の集まりは楽しい」「前向きな話が聞けた」と喜びも広がり、先輩も後輩も共に成長しているのだ。
感染症との闘いが続く南米ブラジルでも、この七月、十万人の青年が励ましの連帯を結びながら、社会貢献へのたゆまぬ波を広げている。
数学の天才であった戸田先生は常々、交通機関や通信技術など文明の進展は、「広宣流布の時近し」の象徴なり、と言われていた。新時代の青年部の創意工夫を、先生も喜ばれるに違いない。
ともあれ、世界広布の流れは間違いなく進んでいる。それも急速に!
ならば、我らは変化を厭うのではなく、若人を先頭に、現在の変化の中に、「人間の幸福と平和のために」という立正安国の精神性を打ち込んでいきたい。
仏法の人間主義が一段と輝きを増す好機であり、我らの価値の創造に限界はない。それを担い立つ青年には、無限の力があるからだ。

◇「分断」を越えよ
ちょうど三十年前(一九九〇年)の七月、私はモスクワのクレムリンを訪れ、冷戦終結の立役者であるゴルバチョフ・ソ連大統領との最初の会見に臨んだ。
「きょうは、大統領と"けんか"をしに来ました! 火花を散らしながら、何でも率直に語り合いましょう。人類のために!」。開口一番、私がこう切り出すと、「私も率直な対話が好きです。本当に、昔からの友人同士のような気がします」と、あの快活な笑顔で応じてくれた。
以来十度に及ぶ語らいで、"二十一世紀に待ち構えている最大の危機"として論じ合ったテーマこそ、「分断」であった。
「まるで中世のペストのように目に見えず蔓延し、ところかまわず猛威を振るう分断」を、どう克服していくのか。
ゴルバチョフ氏は、「私たちは『結合』の力を探し出さなければなりません」と力説された。
私たちの対話の結論の一つは、「楽観主義」の力であった。いかなる試練も必ず乗り越えてみせるとの信念、人間の精神的な力への無条件の信頼、人類の未来への確信——ここに分断を越え、世界の民衆を結合せしむる力が脈打っている。
牧口・戸田両先生の弟子として、私は「立正安国」の対話を貫いてきた。その一つの証しとして、世界の識者と重ねた諸文明を結ぶ対談集など著作の翻訳出版も「五十言語」となった。恩師記念会館には、それらが両先生への報恩感謝を込めて展示されている。
不信と不安の渦巻く危機の時代の闇を破る、人間信頼の不屈の楽観主義を、二十一世紀へ継承する若き「対話の王者」「言論の王者」こそ、創価の青年たちなのだ。

◇君よ「青春王」「不撓王」たれ
池田先生の書「王」。日付は「七月十九日」と

◇一字に込めた心
三十五年前(一九八五年)の七月、私は女子部結成の記念日を祝賀し、"今、留めて此に置く"との思いで、「王」の一文字を大書した。
大聖人は、漢字の「王」という字を、こう釈されている。「三の字を横に書きて一の字を豎さまに立てたり、横の三の字は天・地・人なり、豎の一文字は王なり」。そして「天・地・人を貫きて少しも傾かざるを王とは名けたり」(御書一四二二ページ)と仰せである。
何があろうが、中心を貫いて揺るがぬ柱の存在が「王」である。
若き命は、心の振幅が激しい。自然災害も打ち続く。その中で、最極の生命哲理を探究し、悩み、もがきながらも、勇んで広宣流布の誓願に挑み抜く青年群は、「レジリエンス」(困難を乗り越える力)を身に体した堅固な陣列だ。そしてまた、地球社会の平和・文化・教育の偉大な柱である。
法華経という「経王」「師子王」を胸中に持ち抜き、常勝の王となり、女王となるのだ!
心から愛し、信頼する、わが青年たちよ!
生命輝く青春王たれ! 朗らかな希望王たれ! 負けじ魂を抱ける不撓王たれ! そして邪悪を破る正義王たれ! 
労苦を誉れとし、創価の青年は皆、「心の王者」「心の女王」なりと、胸を張って、私と共に進みゆこうではないか!

☆記念映像上映会での原田会長の指導
◇人間革命の劇を師と不二の心で 新しい生活様式の中で新しい広布の活動へ
一、池田先生の第3代会長就任60周年を慶祝する記念映像上映会の開催、誠におめでとうございます。
新型コロナウイルス感染症の世界的な流行によって長期間の活動自粛を余儀なくされましたが、この間も「無冠の友」の皆さまをはじめ、広布のため地道な行動を貫いてくださってきた全ての皆さまに、まずは衷心より御礼を申し上げます。
感染状況を注視しながらの活動再開となりますが、これからも、「さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし」(御書1169ページ)の御金言の通り、信心しているからこその聡明さで、ともどもに無事故と健康に細心の注意を払い、新しい生活様式の中での、新しい広布の活動に、仲良く、また、たくましく取り組んでまいりたいと思います。

一、さて、これからご覧いただく記念映像では、1960年5月3日の池田先生の会長就任式、その前後の広布史が描かれています。
「わが運命 かくもあるかと 決意せば 惑うことなし 恐れることなし」
これは、先生が第3代会長に就任されるにあたっての真情をお詠みになり、ずっと執務室に掲げてこられたお歌です。
池田先生が、どのような決意で戸田先生から妙法の松明を受け継ぎ、この60年、どのような覚悟で広布の指揮を執り続けてこられたのか。学会創立90周年を迎える本年の「11・18」へ、さらには創立100周年の2030年へ、今、再びの前進を開始するにあたり、私どもは、先生のお心を学び、先生の心を心としてまいりたい。

一、池田先生は小説『人間革命』で、師弟の真髄について、次のように記されました。
「師の意図するところが、現実に現れるか、現れないかは、弟子の実践の姿を見れば容易に判断のつくことである。師の意図が、脈動となって弟子の五体をめぐり、それが自発能動の実践の姿をとる時、初めて師弟不二の道を、かろうじて全うすることができる。師弟に通い合う生命の脈動こそ、不二たらしめる原動力である」
「多くの弟子たちは、その困難さを避ける。師の意図に背く考えは、さらさらないものの、師の意図を、ただ教条的にしか理解しない」
「直面した現実を特殊な事態ととらえ、信心という根本を忘れ、浅薄な世間智を働かせて現実に対応しようと焦る。ここに至って、師弟の脈動が断たれていることに気がつかない」——このように「単なる師弟の道」と深淵なる「師弟不二の道」の決定的な違いを教えてくださいました。
かつてない困難に直面した今こそ、「単なる師弟の道」をゆくのか、それとも「師弟不二の大道」を歩み抜くのか。一人一人が自身を見つめ、自身に問い掛けながら、新たな挑戦を開始してまいりたい。
そして、師弟が脈動する、我ら池田門下の祈りで、智慧で、実践で、必ずや一国の宿命の転換を成し遂げ、さらには全人類の宿命の転換をも可能にする、壮大なる「人間革命」のドラマを、ともどもにつづりゆこうではありませんか。

2020年7月15日水曜日

2020.07.15 わが友に贈る

仏道修行に励み
題目を唱える実践が
最高の追善回向となる。
生命の絆は永遠だ。
共に常楽我浄の旅路を!

四条金吾殿御書 P1112
『定めて釈迦多宝仏十方の諸仏の御宝前にましまさん、是こそ四条金吾殿の母よ母よと同心に頭をなで悦びほめ給うらめ、あはれいみじき子を我はもちたりと釈迦仏とかたらせ給うらん』

【通解】
きっと釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏の御宝前におられるであろう。そして、これらの仏は「これこそ四条金吾殿の母よ母よ」と皆同じ慈愛の心を込めて頭をなで、悦びほめられることであろう。
妙法聖霊は「ああなんとすばらしい子を私は持ったことでしょう」と釈迦仏と語られているであろう。

名字の言 師弟の思い出の歌——熊本民謡「田原坂」 2020年7月15日
♪右手に血刀 左手に手綱 馬上ゆたかな 美少年……。西南戦争の激戦地であった熊本・田原坂での激闘を歌った民謡「田原坂」の一節である▼田原坂の戦いで、官軍の兵士は、1日に32万発もの大量の弾丸を使用したとされ、そのため銃弾同士が空中でぶつかり合うことも多かったという。戦争から1世紀以上が経過した今も、現地では当時の銃弾が発見されることがある▼1968年(昭和43年)、池田先生は田原坂を訪問。西南戦争で犠牲となった人々に追善の祈りをささげ、弾痕が残る建物に足を運んだ。その史跡の持ち主に、先生は語った。「『田原坂』の歌は、実は私の恩師が大好きで、私もこの歌を通して、青年に革命の精神を教えています」▼戸田先生は「田原坂」に合わせ、自ら舞うことがあった。青年と共に歌い、感極まることもあった。ある時には、冒頭の歌詞になぞらえて、こう訴えた。「学会は『右手に慈悲、左手に哲学』で進むのだ」▼「慈悲」の行動とは、単なる「同情」とは違う。友の苦悩に思いをはせ、無事安穏を真剣に祈り、その人が立ち上がるまでエールを送り続けていくことだ。コロナ禍に加え、九州はじめ各地が豪雨被害に見舞われる今、私たちは慈悲の旗を高く掲げ、逆境の坂を共々に乗り越えていきたい。(澪)

寸鉄 2020年7月15日
青年ならば自分の使命に生き切ることだ—恩師。今いる場所で前進の一歩
池田先生の東北初訪問の日。共戦の人材城は盤石。不屈の魂で希望拡大を!
新潟婦人部の日。混迷の時こそ勇気凜々と!地域に励まし送る太陽の連帯
コロナ禍で助け合おうとの意識高まった—6割。我らは利他の実践さらに
感染恐れ、子の予防接種を3割が延期と。接種も命守る為。先延ばしせず

☆四季の励まし 目標を定めて一歩前へ 2020年7月5日
【写真の説明】青々と茂る街路樹が、天高く伸びている。先月24日、池田大作先生が都内でシャッターを切った。
樹木の成長は1日、2日と見比べても分からない。しかし半年、1年、10年と長い時間がたつうちに、確実に伸びていることが分かる。
あらゆる友に励ましを送り、支え合う私たちの運動もまた、一つ一つは地道で小さなことかもしれない。だが、そのたゆまぬ積み重ねによって自他共の心を豊かにし、地域や社会を大きく変革することができる。
いよいよ7月。「前進・人材の年」である本年の折り返し点を迎えた。自身の目標を今一度、明確にし、心新たに出発したい。そして"私はやり切った!"と胸を張れる"挑戦の夏"にしていこう。

◇池田先生の言葉
人生は、挑戦である。
挑戦しないと、
人格はできない。
自分を鍛えるのは、
自分だ。
自分を大きくするのは、
自分の努力である。

本来、人間は
自分に挑戦している時は、
伸び続ける。
他人と比較しはじめると、
成長は止まる場合がある。
何か一つでも、
自分が打ち込めるものを
もっているならば、
それはおのずから
自分の心の大地を耕し、
育てることになる。

目標をもつことは、
希望をもつことである。
目標が定まれば、
一足一足の歩みにも
力がこもる。

何があっても、
太陽は昇る。
暗い夜のような、
さみしく、つらい時が
ずっと
続くように思えても、
朝は必ずやってくる。
だから、
うまくいくかどうか
心配するよりも、
思い切って
やってみることである。

背伸びをする必要はない。
地道に忍耐強く、
前へ進むことだ。
一歩でもいい。
ありのままの自分で、
今やれることを
着実にやり切ることだ。
まず腹を決める。
その強き一念が、
自分のもてる力を
十全に発揮させるのだ。
いわんや、
我らには「祈りとして
叶わざるなし」の
御本尊がある。
何ものにも勝る
「法華経の兵法」という
信心がある。

日々前進だ!
日々向上だ!
昨日の自分を
断じて越えよ!
そして、
今日という日を、
断固として勝て!

2020年7月14日火曜日

2020.07.14 わが友に贈る

目の前の山を登ろう!
「未来の果」は
「現在の因」にあり。
勝利の頂を目指して
悔いなき今日一日を!

蓮盛抄 P153
『仏は文字に依つて衆生を度し給うなり』

【通解】
仏は文字によって人々を救うのである。

名字の言 歌舞伎囃子の九代目田中佐太郎氏。芸の品格を高めるには? 2020年7月14日
"もし彼女がいなかったら今の歌舞伎囃子はない"と評されるのは、歌舞伎囃子田中流の九代目田中佐太郎氏。十一世家元・傳左衛門の三女として生まれ、半世紀にわたり舞台に立つ一方、後進の育成にも力を尽くしてきた▼氏は、人間国宝の父から"陰の正直であれ"と、よく言われたという。人が見ていようがいまいが勉強し、努力を欠かさない。それが必ず舞台に生きてくる、と▼例えば舞台に設けられた小部屋「黒御簾」での効果音の演奏。人目がないからと油断すれば、鼓を構える肘が下がったり、太鼓の撥を取る時に雑音が出たりする。そうした姿勢は、必ず演奏にも表れる。技術だけではなく「見えないところにも心を配ることで芸の品格が育つ」(『鼓に生きる』淡交社)▼日蓮大聖人は、苦難と戦う四条金吾に「仏法の中に内薫外護と申す大なる大事あり」(御書1170ページ)と仰せになった。「内薫」とは、妙法の実践によって生命に内在する仏性が内から薫り出てくること。その内薫によって外から守り助ける働きが現れることが「外護」だ▼厳しい局面こそ、自らがやるべきことに徹する。自分の外に禍福の因を求めるのではなく、自身の挑戦によって道を切り開いていく。不屈の心こそ、日蓮仏法の真髄である。(誼)

寸鉄 2020年7月14日
この世の悲惨をなくす中に仏法の実践があるのだ—恩師。立正安国の道を
岩手の日。愛する郷土に希望拡大!開拓魂燃える人間王者はスクラム固く
石川婦人部の日。誓願に生きる創価の幸の太陽。さあ地域に友情の光を!
青年部、オンライン会合で普段より参加者増。新たな活動様式、皆で工夫
前向きな心はアレルギー等の症状を改善—研究。楽観主義こそ健康の良薬

☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第3回 幸福をつかむ信心〈上〉 杉本総合婦人部長
「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」では、今回から2回にわたり、「創価学会 永遠の五指針」の一つである「幸福をつかむ信心」について、杉本総合婦人部長と共に研さんします。(〈下〉は18日付に掲載の予定。前回は6月20日付に掲載。池田先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)

◇池田先生の指導
祈りとは、負けじ魂です。
祈りとは、無限の希望です。
祈れることが最大の幸福であり、
人間としての最高の尊厳なのです。

1.「与えられる」ものではない
今、各地で教学や小説『新・人間革命』の研さんが活発に行われています。
日本だけでなく各国の婦人部、そして各部の同志が、研さんを通して信心を深め、さまざまな困難と戦っています。
私たちは、今こそ池田先生のご指導を真剣に学び、絶対的幸福境涯を築く仏法の「人間主義の哲学」を心に刻んでいきたいと思います。先生は、今回学ぶ講義の冒頭で、次のように言われています。

■池田先生の講義
日蓮大聖人の仏法の目的は何か——。
人間は、幸福になるために、この世に生まれてきました。不幸になりたくて生まれてきた人は誰一人としていません。ゆえに「幸福」は、古来、哲学の根本命題でした。そして、宗教は、本来、人間の幸福のためにこそ存在するのです。

戸田先生は、「幸福をつかむ信心」と言われました。この「つかむ」という一言には、深い深い哲学があります。
幸福は、他の誰かから与えられるものではない。自分の意志や努力とは無関係に、いつか突然やって来るのを待つのでもない。究極は、各人が、自分自身で「つかむ」しかありません。必ず「つかむ」ことができる信心なのです。

—◆—

本当に大切なご指導だと思います。
大聖人の仏法は、誰かに「救ってもらう」ものではありません。「幸福にしてもらう」ものでもありません。
全ての人に金剛不壊の仏の生命が具わっており、自らがそれを輝かせていくことを教えています。幸福を開く力は、自分の中にあるのです。
各国のSGIメンバーとお会いすると、多くの方が、「宿命転換」「人間革命」の哲学に感動して入会したという話をされます。「自らを卑下し、不幸や苦難を『運命』と諦めていた自分が、仏法に出合って変わりました。幸福になりました!」——そう語る笑顔は、まぶしいほど輝いています。
「自分は変えられる。自分の家庭も、地域も、社会も必ず変えていける」
この人間革命の哲学こそ、世界の人々の希望であることを実感します。

2.相対的幸福と絶対的幸福
池田先生は「幸福」の意味について、御書を通して教えてくださっています。
【御文】
法華経を持ち奉るより外に遊楽はなし(中略)苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ(四条金吾殿御返事、御書1143ページ3行目〜6行目)

【現代語訳】
法華経を持つこと以外に、遊楽はない。(中略)苦しいことがあっても、苦は避けられないと見極め、楽しきことは楽しきことと味わい、苦も楽もともに思い合わせて南無妙法蓮華経と唱え続けていきなさい。

■ 池田先生の講義
私たちが「つかむ」べき幸福とは、いかなる幸福でしょうか。
戸田先生が教えてくださった仏法の幸福観の要諦は、二点ありました。
一つは、「相対的幸福」に対する「絶対的幸福」という幸福観です。
これは、生活の豊かさや健康などの相対的幸福を否定しているのではありません。仕事も大事、健康も大事、生活の向上も大事です。それらを勇敢に勝ち取りながら、仏法の実践によって、何ものにも壊されない、「生きることそれ自体が楽しい」という絶対的幸福境涯を開き、「常楽我浄の人生」を築いていくことを呼び掛けられているのです。

—◆—

幸福の内実は、外からは見えません。幸せそうに見えても、そうではない人もいます。心から満足し、充足感を持って日々を生きているかどうか——それは、本人にしか分かりません。
長い人生には、つらいことも、悲しいこともあります。信心で幾山河を越え、絶対的幸福の大境涯を開いてきた"創価の母"が、学会には大勢おられます。
北海道の夕張で、病と闘う婦人部の大先輩も、その一人です。かつて訪問した折、先生と共に戦ってきた夕張の歴史を、誇り高く語ってくださいました。
ご主人は炭鉱の作業員でした。爆発事故も経験しました。以来、地下1000メートルにまで染み込ませる思いで題目をあげ、夕張広布に生き抜いてこられました。
今は、がんで闘病中ですが、「毎日、感謝、感謝なんです」と言われます。
「大丈夫。御本尊様は解決できないことを絶対に出さないよ」「早く学会活動がしたいなあ。人に会って、話を聞かせてもらうの。がんは私の武器ですから。『大丈夫』。その一言を届けてあげたい」
信心への不動の確信。「友のために」との太陽のような温かな心。こうした姿にこそ、「絶対的幸福」の実像があると思えてなりません。

3.苦しい時も楽しい時も題目
先生はまた、「強い生命力」こそが幸福の源泉であり、「祈り」こそが一切の根本であることを示されています。

■ 池田先生の講義
法華経は、この世界を「衆生所遊楽」と説きます。しかし、苦悩多き娑婆世界は、弱い生命力では遊楽していくことはできない。ゆえに信心で仏界の生命を涌現し、生命力を強くするのです。強い生命力を発揮すれば、起伏に富んだ人生の坂も悠々と楽しみながら上っていける。さまざまな困難や苦労も"お汁粉に入れるひとつまみの塩"のように、人生の喜びを増してくれるものに変えていくことができるのです。
こうした人生の醍醐味を、皆が味わってほしいと、恩師は常に願われていました。

どんなに苦しくとも、ひたぶるに御本尊に祈り抜けば、そこから必ず活路は開かれます。
祈りとは、負けじ魂です。
祈りとは、無限の希望です。
祈りとは、絶対の安心です。
祈りとは、不屈の前進です。
祈れることが最大の幸福であり、人間としての最高の尊厳なのです。
次に「自受法楽」とあります。法楽(法の楽しみ)を自由自在に自ら受けきっていける、まさに仏の境涯です。
絶対の法に則り、揺るぎない確信に立った幸福な人生を歩める。他の誰でもない、自分自身が必ずそうなるのです。

—◆—

祈りの力が、どれほど偉大か——。多くの同志の姿、また、自分自身の体験を通して、そのことを実感してきました。
私は中学生の時、人材育成グループ「未来会」の一員として、初めて池田先生とお会いしました。その頃から現在まで、ずっと「題目ノート」を書き続けています。もう23冊になりました。
ノートには唱えた題目の時間と、その日にあった出来事を記しています。見返してみると、「60分」「120分」と書いた日もあれば、「5分」「10分」という日もあります。空白の日もあります。
また、うれしかったことの記述もあれば、悲しかったことが、涙の跡と一緒に書き残された日もあります。
音楽大学の学生だった女子部時代、進路について悩み、池田先生に質問をしたことがあります。先生は言われました。
「大音楽家になっても、必ずしも幸せになれるとは限らない。また、退転しては何にもならない。大事なことは、福運を積むことだ。それが幸福になる道です」と。
私にとっての原点です。福運の源泉こそが、題目です。学会活動です。
偉大な師匠と共に、多くの尊き同志と共に、広布の道を歩めることが、どれほど幸せなことか。そのことに、感謝の思いは尽きません。

4.一番、苦しんだ人が一番、幸福に
今、コロナ禍による不況で、経済的な困難に直面している方もおられます。また、病気や家庭の問題などで悩んでいる方もいると思います。先生は、"学会は永遠に、苦しんでいる人の味方である"と訴えられています。

■ 池田先生の講義
生活の変革に勝る真実はありません。
宿命の転換に勝る証明はありません。
先師・牧口常三郎先生が明察された通り、仏法は「生活法」です。人生の荒波を勝ち越える力です。無上最高の幸福に至る道です。
戸田先生は、呵々大笑されていました。
「貧乏人と病人の集まりの何が悪い。一番、不幸な人びとに寄り添い、その人たちを救ってこそ、本当の力ある宗教ではないか! 学会は一番の庶民の味方だ」
恩師の師子吼は、いわゆる"貧・病・争"という民衆の不幸の因を根絶せんとする偉大なる人権闘争の大宣言でありました。

—◆—

かつて「大白蓮華」に掲載された婦人部の方の体験が、忘れられません。
その方は1953年(昭和28年)に入会。しかし、和楽の家庭とはほど遠く、5人の子どもを抱えた生活は苦しいままだったそうです。
深い悩みの中、学会本部を訪れ、初対面の青年から励ましを受けました。3時間も身の上話を聞いてくれた後、その青年は言ったそうです。
「あなたのお子さんは、皆、いいお子さんです。お子さんに希望を持って頑張ってください。家のいたるところに、『希望』『希望』『希望』と書いて、貼ってください」
60年5月3日、池田先生の第3代会長就任式に参加して驚きました。なんと、新会長はあの時の青年だったのです。
以来、どんなに苦しい時も、池田先生の「希望!」との言葉を胸に生き抜いてきました。
5人のお子さんは立派になり、多くの孫やひ孫に囲まれ、最高の幸福境涯を築かれました。
先生の真心の言葉、温かな励ましが、どれほど多くの人の人生に光をともしてきたことでしょうか。
今、世界には宿命に負けず、「大丈夫! 私は勝てる!」と、希望を胸に困難に立ち向かう同志がたくさんいます。
私たちもまた、悩み、苦しむ友に希望を送る存在でありたいと思います。

■ 池田先生の講義
一番、苦しんだ人が一番、幸福に!
誰人も、幸福になる権利がある。仏法は、最も苦しんでいる人の最大の味方です。
我ら創価学会が「永遠に民衆の側に立つ」ことは、民衆を不幸にする根源の悪と戦い続け、万人を幸福にする信念の証なのです。

2020年7月13日月曜日

2020.07.13 わが友に贈る

新聞休刊日

十字御書 P1492
『我等は父母の精血変じて人となりて候へば三毒の根本婬欲の源なり』

【通解】
私達は父母の精子と卵子が変じて人間となったのであるから三毒の根本であり、婬欲の根本である。

☆心に御書を 第57回 希望を送る確信の声を
<御文>
『此の良薬を持たん女人等をば此の四人の大菩薩・前後左右に立そひて・此の女人たたせ給へば此の大菩薩も立たせ給ふ乃至此の女人・道を行く時は此の菩薩も道を行き給ふ』(妙法曼陀羅供養事、1306ページ)

<通解>
この良薬(妙法)を持った女性らを、この四人の地涌の大菩薩(上行・無辺行・浄行・安立行)が前後左右に添い立ち、この女性が立たれたならば、この四大菩薩も一緒に立たれるのである。この女性が道を行く時にはこれら四大菩薩も道を行かれるのである。

<池田先生が贈る指針>
妙法は、生命の究極の大良薬である。妙法を行ずる友を、目には見えなくとも、四大菩薩は常に厳然と守護している。
広布のためにわが地域を歩めば、あまたの菩薩を従える常楽我浄の地涌の行進となるのだ。
不安や迷いを希望と勇気に転ずる「確信の声」を聡明に快活に広げゆこう! 友の幸福と社会の安穏のために!

☆日蓮仏法の視座 世界を結ぶ地涌の絆 2020年6月30日
◇激動の時代——"先駆"の実践で社会を照らす
パソコンやスマートフォンの画面上に、就職活動の悩みを打ち明けるメンバーや、友への激励に奮闘するメンバーの顔が映し出される。身ぶり手ぶりを交えて近況を語る、友の明るい表情に、こちらも元気をもらう。
オンライン上で喜びを分かち合い、励まし合う——今、全国各地の学生部で見られる光景だ。
コロナ禍により、社会の"当たり前"も大きく変わった。感染拡大防止のための「新しい生活様式」に移行しつつある中、これまでの"常識"が問い直され、社会のさまざまな分野で思いもよらない変化が次々と起きていることを、日々、感じている。

◇知勇兼備の闘将の集い
きょう6月30日は「学生部結成記念日」。1957年(昭和32年)のこの日、男女学生の代表約500人が集い、結成大会が開催された。
その直前には、北海道・夕張で炭鉱労働組合が学会員を不当に弾圧した「夕張炭労事件」が起こった。直後の7月3日には、池田先生が不当逮捕される。「大阪事件」である。
学生部は、権力の魔性との熾烈な闘争の渦中で産声を上げたのである。
かつて先生は、「学生部こそ、無名の民衆を守り抜くことを使命として誕生した、知勇兼備の闘将の集いである」とつづられた。
学生部の使命——それは、いかなる激動の時代にあろうとも、常に広宣流布に先駆し、英知の光で社会を照らしゆくことにほかならない。
この誇りを胸に、私たち学生部は、社会が揺れ動く中でも、常に前を向く。
ウイルスの感染が広がり、緊急事態宣言が発令された4月は、ちょうど入学・進級のシーズンだった。学生部でも、例年であれば新入生など、新たな友とつながる時期だったが、直接会えない、集まれない、という状況が続いていた。
しかし、各地のメンバーは知恵を湧かせ、工夫を凝らしながら、電話やSNSなどを活用して"つながる"挑戦を重ねてきた。
こうした状況の中で、私自身、あらためて気付かされたのは、「同志との"心の絆"は、試練の時ほど強靱さを増す」という紛れもない事実だ。

◇心は瞬時につながる
"心の絆"で思い起こすのは、日蓮大聖人が身延の地から、遠く離れた佐渡の門下・千日尼に送られたお手紙である。
「譬えば天月は四万由旬なれども大地の池には須臾に影浮び雷門の鼓は千万里遠けれども打ちては須臾に聞ゆ」(御書1316ページ)
千日尼は、身延にいる大聖人に御供養を届けるため、夫の阿仏房を送り出し、佐渡の地で留守を預かっていた。
その千日尼に対して、大聖人は、天空の月が瞬時に池に影を浮かべるように、また、古代中国の「雷門の鼓」の音が遠い距離を越えて直ちに伝わったとされるように、千日尼の身は佐渡にあっても、その心は、私(大聖人)のいる身延にまで届いていると励まされた。
物理的な距離は離れていても、心は瞬時につながっている——この慈愛の励ましに、千日尼は深く勇気づけられたに違いない。
心の絆に、距離や時間は関係ない。相手を思う心は"いつか"ではなく、"今この瞬間"に必ず伝わるのだ。
さらに大聖人は、「我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ」(同ページ)——私たちは、けがれた国土におりますが、心は霊山浄土に住んでいるのです。お会いしたからといって、どうなりましょう。心こそ大切なのです——と仰せである。
仏法の眼から見れば、私たちの絆は、"会う・会わない"の次元を超え、生命の次元で深い宿縁によって結ばれた、久遠からの"地涌の絆"なのである。
また、「御義口伝」には、「霊山一会儼然未散」(霊山一会儼然として未だ散らず=同757ページ)との一節がある。
これは、法華経が説かれた霊鷲山の会座は、いまなお厳然として散らず、永遠に常住しているとの意味である。「会座」とは、仏の説法を聞くために仏弟子達が集まった場所・儀式のことだ。
このことについて池田先生は、「広く言えば、日蓮大聖人の門下として、異体同心で広宣流布に向かって進んでいる創価学会の姿そのものが、『霊山一会儼然未散』と言えます」と述べられた。
深い縁で結ばれた創価の同志の心は、どんなに離れていても、いずこの地にいたとしても、一つである。目には見えなくても、心の絆は厳然としてあるのだ。
私たちは今、"何としてもあのメンバーを励まそう""あの友人に希望を送りたい"と、オンラインを活用して、一人また一人と心を通わせ、絆を結び広げている。ウイルスとの闘いで物理的な距離は離れようと、心の距離は絶対に離れない——この思いが脈打つ創価の絆の真価は、あらゆる分野で"分断"が広がる混迷の世界にあって、今後ますます光っていくだろう。
思えば、自然災害や疫病などが打ち続いた鎌倉時代、苦悩にあえぐ民衆に蘇生の励ましを送られたのが、大聖人である。たとえ直接会えずとも、手紙をしたため、会われたのと同じように心を込めて、多くの門下を激励された。
手紙を受け取った門下もまた、文字を通して大聖人のお心を感じ、師の心をわが心として、苦難に立ち向かっていった。
善なる人と人とによって織り成される心の絆は、未曽有の災禍に遭っても変わらない。いやむしろ、世界中、同じ状況にある今こそ、さらに強く輝く希望となるに違いない。

◇「誓い」の共有
ではなぜ、これほど強固な心の絆が、日本中、世界中で強く結ばれてきたのだろうか。
私自身、信心に目覚めたのは、学生部の先輩の励ましがあったからだ。
大学に進学すると、学生部の先輩が私のもとへ頻繁に訪れるようになり、私もやがて、学生部の集まりに参加した。
そこで、池田先生の偉大さを語り合う同志の生き生きとした姿に触発を受け、「自分も、学生部の仲間たちと一緒に、広宣流布のために戦おう!」と決意したことを覚えている。
特別なことは何もない。
ただ、「師と共に広布に生き抜く」との誓いに燃え立つ一人から一人へ、いわば「誓い」が共有されていく中で、私たちの絆は結ばれてきたのだ。
この方程式は、世界のどの地でも、また、いかなる時代になろうと、変わらないことだろう。
妙法が、地涌の使命を自覚した一人から、「二人・三人・百人」(御書1360ページ)と唱え伝えられ、未来にまで続いていく——これが「地涌の義」であると大聖人が示された通りである。

◇学生部の使命とは
今、学生は大きな不安と向き合う。授業や就職活動などの先行きは見通せず、すぐ近くで励まし合える仲間にも会えない。しかしそれでも、自宅の机で、パソコンの画面に向かって、自身の未来を開こうと、学業に励む。
日本だけでなく、世界の学生もまた、同じだろう。
状況は異なるが、2011年(平成23年)を思い出す。東日本大震災が日本を襲った、あの日だ。
当時、創価高校の3年生で卒業を控えていた私は、震災を報じるテレビを前に、「これから先、どうなるのか」と大きな不安に襲われた。
その5日後の3月16日。池田先生が、創価学園の卒業式に寄せられたメッセージは、今も私の心に刻まれている。
「これから、どこにいようとも、私の心は常に、皆さんと一緒です。いつも成長を見守っています」
その後も、困難に直面するたび、先生の励ましを思い起こし、自らを鼓舞して、挑み抜いてくることができた。
1962年(昭和37年)、学生部への本格的な薫陶のため、先生は「大白蓮華」4月号の巻頭言で「学生部に与う」をつづり、呼び掛けられた。
「青年のなかにあって、とくに学生部は、その先駆をきるべき責任と自覚をもつべきである」
この"先駆"の誇りを胸に、私たち学生部は、広布を誓う絆を結びながら、希望の哲学を社会へ大きく広げゆく実践に、ともどもに挑んでいきたい。

2020年7月12日日曜日

2020.07.12 わが友に贈る

◇今週のことば
「立正安国」の旗を
世界の友と高らかに!
生命尊厳の法理と
開かれた対話で
人類共生の新時代を!
2020年7月12日

佐渡御書 P956
『魚は命を惜む故に池にすむに池の浅き事を歎きて池の底に穴をほりてすむしかれどもゑにばかされて釣をのむ鳥は木にすむ木のひきき事をおじて木の上枝にすむしかれどもゑにばかされて網にかかる、人も又是くの如し世間の浅き事には身命を失へども大事の仏法なんどには捨る事難し故に仏になる人もなかるべし』

【通解】
魚は、命を惜しむために、栖としている池が浅いことを嘆いて、池の底に穴を掘って棲んでいます。しかし、餌に騙されて、釣り針を呑んでしまいます。鳥は、栖としている木が低いことを恐れて、木の上枝に棲んでいます。しかし、餌に騙されて、網にかかってしまいます。
人間も、また、これと同じことです。世間の浅い物事のために、身命を失うことはあっても、大事な仏法のためには、身命を捨てることが難しいものです。故に、仏になる人もいないのであります。

名字の言 震災の記憶をつなぐ「ど根性ヒマワリ」 2020年7月12日
鉢植えで育てていた「ど根性ヒマワリ」が今年も咲いた。ベランダが明るくなり、梅雨のうっとうしい気分が吹き飛んだ▼東日本大震災が起きて迎えた最初の夏(2011年)。がれきの中から茎をねじ曲げながらも懸命に伸び、大輪の花を咲かせた「ど根性ヒマワリ」は、被災者の生きる希望となった。その1世の種は希望のメッセージとともに各地に広がり、今年咲いたのは10世となる▼なぜ1世、2世、3世と数えるのか。ど根性ヒマワリを見つけた被災者は言う。「例えば50世になり、子どもたちが『なぜ50世なの?』と尋ねた時、『50年前、大震災が起こって……』と震災の話ができます」。震災を忘れず、次代へつなぐ大切なツールでもある▼背丈が大きく伸び、花の部分が重いヒマワリは太い茎でも支えきれずに折れたり、風で簡単に倒れたりする。今年は支柱を立てたので事なきを得たが、「大風吹き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず」(御書1468ページ)。支えるものが強ければ倒れない▼コロナ禍も大雨被害もそうだが、支え合う心が希望となり、生きる力となる。支え合う心は、相手の状況を「人ごと」ではなく「自分ごと」と捉える想像力から生まれる。ヒマワリの花言葉は「あなたは素晴らしい」である。(川)

寸鉄 2020年7月12日
「仏法の根本は信を以て源とす」御書。確信の祈り貫け。ここに常勝の軌道
総東京の「婦人部 幸福・勝利の日」「青年部の日」。本陣は絆固く立正安国へ
戦いは既に始まった。一瞬一瞬が戦いだ—詩人。出会い一つも真剣勝負で
大雨影響し各地の農作物に被害。農漁光部の皆様、負けるな!変毒為薬祈る
感染対策には免疫力向上も大切—医師。睡眠・食事・運動等をバランス良く

☆小説「新・人間革命」学習のために 第14巻
◇自他共の幸福築く学会活動
<1960年代末から学生運動は過激化していく。ある学生部員は、運動に身を投じていたが、民衆と遊離した革命に虚無感をいだき、離れていた学会活動に取り組む。その中で、人生の希望の光を見つける>
彼は、学会のなかにこそ、未聞の大衆運動の大潮流があることに気づいた。
学会では、職業も、年代も、社会的な立場も異なる人たちが、広宣流布という、世界の平和と人類の幸福の実現に向かい、日夜、懸命に活動に励んでいる。
自営の社長もいれば、大企業の役員もいる。工場労働者もいれば、商店に勤務する人も、専業主婦も、学生もいる。それが対立し合うのではなく、同じ目的に向かって、仲良く団結し、前進しているのである。そこには、「前衛」と「大衆」の乖離などなかった。(中略)
また、学会の運動は、「生活者」に立脚し、常に個々人の具体的な苦悩と向き合うことから出発していた。(中略)
彼は、革命に生きるということと自己の幸福とは、相反するものであると考えていた。しかし、自他ともの幸せを築いていくのが、仏法の在り方であるというのだ。
また、学会員は、よく「煩悩即菩提」という言葉を口にした。仏法は、煩悩、つまり欲望などを否定するのではなく、信仰に励み、広宣流布という目標に生き抜くなかで、それが、菩提、すなわち人間完成への原動力となっていくというのである。
事実、日々、学会員が多くの功徳の体験を積みながら、希望と喜びにあふれて、友のため、社会のために奔走する姿が、それを物語っていた。
つまり、創価学会の運動には、個人の身近な幸福の追求と革命の理想とが、地球が自転しながら公転しているように、なんの矛盾もなく、共存し、連動しているのである。
(「智勇」の章、93〜94ページ)

◇「文」は自身の境涯の投影
<1969年(昭和44年)8月、文芸部が結成。指導会で山本伸一は、万感の期待を寄せる>
「皆さんは、本当の実力をつけていただきたい。(中略)
大事なことは、何人の人が自分の作品に共感するかです。皆さんの文学を、多くの人が支持し、賞讃してくれることが、そのまま仏法のすばらしさの証明になる。そのためには、自分と戦うことです。一日一日が勝負になります。"今日も自分の殻を破ろう""新しい境地を開こう"との精進がなければ、社会で勝つことはできません」(中略)
「私は、これからも、書きまくっていきます。連載小説だけでなく、各出版社からの原稿依頼もかなりの数になります。三九度近い熱が続いた時もありました。しかし、"ここでやめるわけにはいかない!""書かずしてなるものか!"との一念で、ペンを執り続けました。(中略)
『文は人なり』と言われますが、それは、『文は生命』であり、『文は魂』であり、また、『文は境涯』であるということです。文には、生命がすべて投影されます。
したがって、苦労して、苦労して、苦労し抜いて、ほとばしる情熱で、炎のように燃え上がる生命でつづった文は、人びとの心を打つんです。話をする場合も同じです。必死さ、真剣さが、その魂の叫びが、情熱の訴えが、人の心を揺さぶるんです。大事なことは、民衆の心をつかむことです。
人びとの幸福に最大に貢献するのだという信念をもち、思想、哲学の眼を開いて、それぞれの分野で、皆さんが、大いに活躍されんことを念願いたします」
(「使命」の章、170〜173ページ)

◇勇気と確信の源泉は御書
<69年(同44年)秋から70年(同45年)にかけて起きた「言論・出版問題」で、学会は激しい誹謗中傷にさらされる。一切の矢面に立つ伸一を、妻の峯子は、御書を拝し、不動の信心で支える>
山本伸一の自宅も、警戒が必要であった。彼は、妻や子どものことを考えると、心配でならなかった。だが、妻の峯子は、何があっても悠然としていた。(中略)
少しでも時間を見つけては、懸命に御書を拝していった。御書という"明鏡"に照らすと、信心の眼が開かれ、勇気と確信が湧き上がってくるのだ。
ある時、拝した「辨殿尼御前御書」には、次のように認められていた。
「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし」(御書1224ページ)(中略)
峯子は、夫の伸一が会長に就任してから、片時も休むことなく、ただ、ただ、人びとの幸福と世界の平和を願って、広宣流布のために走り抜いてきたことを、誰よりもよく知っていた。まさに、大聖人の仰せのままに、全精魂を注いでの"闘争"であった。そして、今や学会は、七百五十万世帯の一大民衆勢力になった。
"その大前進が御仏意にかない、第六天の魔王を攻め立てているから、あらゆる勢力が攻撃の牙をむいて、襲いかかってきたのだ"と峯子は確信することができた。
"難こそ正義の証明である。難こそ誉れである"というのが彼女の結論であり、心の底からの実感であった。
(「烈風」の章、270〜271ページ)

◇逆境こそ成長のための道場
<70年(同45年)6月、伸一は箱根の研修所で高・中等部、少年・少女部の代表と懇談。父親のいない友へ励ましを送る>
伸一は、参加者のなかに、父親のいない人がいることを聞いていた。彼は、そのメンバーのために、一言しておきたいと思った。最も悲しい思いをしてきた人を励ますのが、"学会の心"である。
「ところで、皆それぞれ、家庭環境は違っています。お父さんやお母さんがいないという人もいるでしょう。両親がそろっている人は幸せです。しかし、仏法の眼から見れば、親がいない場合は、もっと幸せとも言える。
では、なぜ、そう言えるのか——。
お父さんやお母さんがいなければ、経済的にも精神的にも、大変なことが多いと思う。しかし、苦労があるということは、自分を磨き鍛えることができる。また、人の苦しみもよくわかる人になれるし、大変な状況にある人を、自分の体験を通して励ましていくことができる。
つまり、苦労があるということは、自分を強くし、民衆のリーダーとして育つ大事な条件を手にしたことになる。だから結果的に見れば、それは幸せなことであるといえるんです。また、お父さんやお母さんが信心をしていない人もいるかもしれない。それもまた、深い意味があることなんです。
私の場合は、最初、両親も、家族も、誰も信心をしていなかった。だから、一家の幸福と繁栄のために、私が頑張らなければならないと思った。それによって、甘えを排して信心に取り組むことができたんです。逆境は成長のための道場であり、幸福を創造するための舞台であることを知ってください」
(「大河」の章、328〜330ページ)

◇誉れの通信員
<1970年(昭和45年)11月、完成間もない聖教新聞社の新社屋で全国通信員大会が開かれる。「大河」の章には、山本伸一と恩師・戸田城聖の通信員に対する思いが描かれている>
通信員大会の開催を聞いた伸一は、聖教新聞社の幹部に言った。(中略)
「通信員の皆さんは、配達員の皆さんとともに、新聞を支えてくださっている大きな力です。皆、仕事や学会活動で忙しいなか、足を棒にして取材をし、記事を書いてくださっている。だから聖教新聞は、地域に密着し、人びとに親しまれる新聞になっている。
細かく張り巡らされた通信員の皆さんの取材網は、ちょうど毛細血管のようなものです。みんなは、ともすれば大動脈のような、大きなところ、目立つところばかりに目がいってしまうが、人体の隅々にまで血を送り、命を支えているのは毛細血管です。
通信員の皆さんは、同じように、組織の隅々にまでアンテナを張り巡らせ、あの町、この村のニュースをつかみ、情報を吸い上げてくださる。それによって、聖教新聞は、日々、脈動した記事を読者に送り続けることができる。
また、そうしてできあがった新聞を、毎日、読者のもとに届けてくださるのが、配達員の皆さんです。
通信員と配達員の皆さんこそ、新聞の生命線です。ありがたいことではないですか。本社にいる者は、そのことを絶対に忘れてはいけない」(中略)
「私は、通信員の活動にこそ、聖教新聞の原点があると思っている。当初、聖教新聞は、専従の職員というよりも、学会の幹部が皆でつくってきた。戸田先生をはじめ、私も、理事たちも、皆、懸命に原稿を書きました。(中略)
みんな、仕事をし、学会活動に励み、そして、新聞をつくった。忙しいが必死だった。その闘魂が紙面にあふれていた。だから、新聞には感動があった。今、その精神を受け継いでいるのが通信員の皆さんです」
(370〜372ページ)


通信員制度が発足し、初の通信員会議がもたれたのは、一九五四年(昭和二十九年)一月のことであった。(中略)
戸田は最大の期待を込めて、通信員に語った。
「聖教新聞に対する皆さんのご協力は、大変にありがたい。
今、皆さんは、新しい決意に燃えておられるが、人間は、ともすれば、次第に惰性に流されていくものです。記事を書くうえでも、その惰性との戦いが大事です。
私は、通信員は本当の"闘争人"になってもらいたい。"闘争人"というのは、民衆を不幸にする邪悪を絶対に打ち砕いてみせるという、赤々とした闘魂、情熱を燃え上がらせている人です。胸に炎をもつことです。見栄や体裁で書く格好だけの文章では、邪悪を断つことはできない。そんな文は自己満足です。正法正義のために、民衆のために、命がけで書いてこそ、ペンは剣に勝つことができる」
(372〜373ページ)

2020年7月11日土曜日

2020.07.11 わが友に贈る

「たすくる者
強ければたうれず」
悩める友に寄り添い
励ましの絆を広げよう!
共々に凱歌の人生を!

寺泊御書 P953
『日蓮擯出衆度流罪は二度なり、法華経は三世の説法の儀式なり、過去の不軽品は今の勧持品今の勧持品は過去の不軽品なり、今の勧持品は未来は不軽品為る可し、其の時は日蓮は即ち不軽菩薩為る可し』

【通解】
日蓮は処を追われることは数回、流罪は二度である。法華経は三世の説法の儀式なり、過去の不軽品は今の勧持品であり、今の勧持品は過去の不軽品である。
今の勧持品は未来には不軽品となって修行の範となるであろう。その時、勧持品を色読した日蓮は過去の不軽菩薩として折伏の範となるであろう。

名字の言 命日は娘の新しい誕生日——投稿に込められた母の思い 2020年7月11日
若くして亡くなった娘の十三回忌に際し、母である婦人から投稿が寄せられた。8日付の本紙「声」欄に掲載され、感動を広げている▼女子部「池田華陽会」の1期生だった娘が、突然、病に倒れ、帰らぬ人になったのは2008年のこと。使命ある娘はすぐに生まれ変わってくるからと、母は、命日である6月4日を、娘の新しい誕生日に決めた。翌年の"誕生日"にドラマは起こった。池田先生ご夫妻が信濃町の創価女子会館を初訪問し、「池田華陽会」の友を激励したのだ。さらにその日が「世界池田華陽会の日」に制定された▼日蓮大聖人の門下に、幼くして亡くなった娘の十三回忌の追善をした夫妻がいた。それに対し大聖人は、追善の題目の功徳がいかに大きいかを述べられ、残された家族は「百二十歳までも長生きするでしょう」(御書1335ページ、趣意)と励まされている。娘の分までも生き抜いて、お幸せにとのあふれる慈愛が拝察される▼投稿した母が娘のことを文字にするまでに、どれほどの涙が流され、祈りがささげられたことか。投稿が掲載された7月8日は、偶然にも婦人の傘寿(80歳)の誕生日。優しかった娘から母への贈り物のようにも思えた▼真心こもる読者の皆さまの投稿に、いつも感動を頂いています。(進)

寸鉄 2020年7月11日
各地で「記念映像上映会」が開始。感染予防対策を実施し清新な決意で出発
男子部結成の日。広布の新しき扉開くのは我ら!若師子よ浪漫胸に先駆を
信心を一言でいうならば心を決める事—戸田先生祈って動け。道は開ける
小学6年の就きたい職業は医療系が上昇。"人の為に"と考える思い頼もし
長引く大雨。引き続き河川増水・土砂災害を警戒。無事故へ早め早めの避難

☆きょう7・11「男子部結成記念日」 師子王の勇気で前進!
きょう7月11日は「男子部結成記念日」。
男子部では、コロナ禍の中でも知恵を絞り、オンライン等を活用した励ましを拡大。この日を目指し、100万人を超える友に対話を広げてきた。
今月には、全国各地で記念のオンライン男子部幹部会が開催。9月下旬に行われることが決定した、10・2「世界平和の日」60周年記念の「オンライン世界青年部総会」へ向け、新たな誓いの前進を開始している。

◇戸田先生"広布の使命を自覚してほしい"
襲い来る試練に勇気の心で立ち向かい、新たな価値創造の道を切り開く——これが、正義の師子・男子部の使命である。
1951年(昭和26年)7月11日、東京・西神田の旧・学会本部で行われた男子部結成式の席上、恩師・戸田城聖先生は語った。
「広宣流布は、私の絶対にやり遂げねばならぬ使命であり、各自に、その尊い地位を自覚してもらいたい」
男子部の一員だった若き日の池田大作先生は、この恩師の師子吼を"わが誓い"と受け止めた。
池田先生は10代で「結核」という感染症にかかり、医師から「30歳まで生きられない」と言われていた。しかし、師の構想を実現するために戦い抜き、蒲田、文京、札幌、大阪、山口など各地で弘教の金字塔を打ち立てていく。そして師の願業である「75万世帯」達成への突破口を開いていったのである。

◇男子部が新時代の立正安国の暁鐘を打ち鳴らす!
広布に生き抜けば、打ち破れない壁はない。この師の闘争を継承し、新時代の立正安国の暁鐘を高らかに打ち鳴らす!——男子部の闘魂が今、赤々と燃えている。
西方男子部長は誓う。
「今こそ池田門下の男子部が、『広布の誓願』を胸に『希望の哲学』を社会に広げ、新たな『師弟共戦の歴史』を築きます!」

◇今月、各地でオンライン男子部幹部会
全国各地で意気軒高に開催されているオンライン男子部幹部会。

〈神奈川・藤沢県〉
神奈川・藤沢県の幹部会は5日、ビデオ会議システムを活用して開かれ、60人が参加した。
使命の地で奮闘する山本陽介さん、松舘智之さん、大久保良哉さんが、苦難を打開しゆく決意を述べ、加藤宣明県男子部長は、今こそ師と共に前進する日々をと力説した。
布施湘南総県男子部長の後、鈴木東海道男子部長は「新しい時代をリードする励ましの連帯を築き、学会創立90周年の『11・18』へ勝ち進もう」と望んだ。

〈香川総県〉
一方、香川総県の幹部会は同日、SNSのライブ配信によって行われた。
家族で酒店を営む渡辺英二さんが、唱題根本に創意工夫を尽くし、コロナ禍による経済的な苦境を乗り越えた体験を語った。
中本総県男子部長は強盛な祈りで変毒為薬の実証をと強調した。
山本四国男子部長は「自身の心が変われば、周囲も、社会も、一切が変わる。今こそ私たちが立ち上がり、友の心に"希望の灯"をともす励ましを広げよう」と訴えた。

☆小説「新・人間革命」学習のために 「学生部」編
先駆の同志よ 広布に走れ
◇情熱たぎらせ、学びに学べ!
<第3代会長に就任した山本伸一は、1960年(昭和35年)6月、第3回学生部総会に出席し、学生部に期待を寄せた>
彼(伸一)は、政治も、経済も、科学も、その根底には偉大なる哲学、偉大なる宗教が必要であることを述べ、色心不二の生命哲理である日蓮大聖人の仏法こそ、真実の人間文化を創造する源泉であると訴えた。そして、偉大なる文化を建設する担い手には、偉大なる信仰、偉大なる情熱がなければならないと語り、青年の生き方に言及していった。
「今、皆さんが成すべきことは、大情熱をたぎらせ、人の何倍も勉強し、信仰の実践に取り組むことです。
鍛えを忘れた青春の果てには、砂上の楼閣の人生しかない。
決して、焦ることなく、未来の大成のために、黙々と学びに学び、自らを磨き抜いていっていただきたいのであります」(中略)
真実の平和と民主主義の社会の建設は、急進的で、破壊的な革命によってなされるものではない。
それは、人間一人ひとりの生命の大地を耕す人間革命を基調とし、どこまでも現実に根差した、広宣流布という漸進的な"希望の革命"によって実現されるのである。伸一は、最後に、祈るような思いで、こう話を結んだ。
「私は、皆さん自身が幸福になるとともに、人びとを幸福にしていく社会のリーダーになっていただきたいんです。それが、最大の私の願いです。皆さんに、私の後を継いでいただく以外に、広宣流布の道はないからです。頼みますよ」
彼は、学生部の未来に限りない期待を寄せていた。
彼らこそ、新しき哲学の旗を掲げ、人間主義の文化を建設する使命をもった先駆者にほかならないからだ。
(第2巻「先駆」の章、47〜48ページ)

◇「友情」の広がりが世界を結ぶ
<61年(同36年)6月、第4回学生部総会で伸一は、語学を磨き、世界にたくさんの友人を作ってほしいと述べる。そうして、築いた友情が、人間同士の信頼となり、世界平和の構築へとつながると語る>
「平和といっても、人間と人間の心の結びつきを抜きにしては成り立ちません。皆さんが世界の人びとと、深い友情で結ばれ、そのなかで、友人の方が、皆さんの生き方に感心し、共感していくなら、自然と仏法への理解も深まっていくものです。
この課題を担うのは、語学をしっかり学んでいる人でなければ難しいので、特に、学生部の皆さんにお願いしたいんです。世界の方は、一つよろしくお願いいたします」(中略)
世界を友情で結べ——さりげない言葉ではあるが、そこには、仏法者の生き方の本義がある。
仏法は、人間の善性を開発し、人への思いやりと同苦の心を育む。それゆえに仏法者の行くところには、友情の香しき花が咲くのである。
そして、布教も、その友情の、自然な発露にほかならない。
この総会に集った学生部員の多くは、口角泡を飛ばして宗教を論ずることのみが、仏法者の姿であると思っていた。
もちろん、教えの正邪を決するうえでは、それも必要なことではあるが、一面にすぎない。
伸一は、次代を担う若き俊英たちが、宗教のために人間があるかのように錯覚し、偏狭な考えに陥ることを心配していた。
柔軟にして、大海のような広い心をもってこそ、まことの仏法者であるからだ。
彼は、学生部という若木を、おおらかに、すくすくと育てたかった。
(第4巻「青葉」の章、211〜213ページ)

◇仏法と他思想の比較研究を
<62年(同37年)7月、第5回学生部総会が行われた。伸一は講演の中で、世界の思想・哲学と仏法を比較する探究の心こそ大事であると述べる>
「私は、学生部の皆さんには、日蓮大聖人の仏法と、実存主義やマルクス主義といった思想・哲学と、どちらが偉大であるのかを、徹底的に究明していってほしいのです。
どちらが人間の生命の全体像を正しく把握しているのか、人間の苦悩を根本から解決し得るのか、現実生活のうえではどうなのか、現証の面からはどうなのかなど、大胆に、冷静に、独断に走ることなく、比較研究していってもらいたいのです。
そして、"人類を救い得る世界最高の哲学は、確かにこれしかない"と確信したならば、その信念にしたがって、仏法の大哲理を胸に、民衆の味方となり、不幸な人びとを救うために、生涯、生き抜いていただきたい」
伸一には、仏法への絶対の確信があった。学生部員が、本腰を入れて、日蓮仏法と他の思想・哲学との比較研究に取り組むならば、早晩、その高低浅深は明らかになることを、彼は十分に知悉していた。しかし、当時、学生部員のなかには、その確信をもてないメンバーが少なくなかったのである。(中略)
学生部員の多くは、マルクス主義も、仏法も、徹底して掘り下げることをしなかったために、確信をもって語りきることができないでいた。
伸一は、学生ならば、強い探究心をもってほしかった。
探究なくしては、仏法の大哲理の真実の価値も、わからないからだ。さまざまな思想・哲学と比較相対すればするほど、その真価が明らかになるのが仏法である。
(第6巻「若鷲」の章、327〜329ページ)

◇苦難への挑戦に人生の醍醐味
<78年(同53年)6月30日、学生部結成記念幹部会が行われ、学生部歌「広布に走れ」が発表。伸一は学生部に託す思いを訴えた>
「諸君のなかには、さまざまな苦悩を抱えて悶々としている人もいると思う。そして、いつか、苦悩など何もない、今とは全く異なる、きらびやかな人生が開けることを、欲している人もいるかもしれない。
しかし、人生は、永遠に苦悩との戦いなんです。悩みは常にあります。要は、それに勝つか、負けるかなんです。何があっても負けない自分自身になる以外に、幸福はない。どんなに激しい苦難が襲い続けたとしても、唱題しながら突き進み、乗り越えていく——そこに、真実の人生の充実と醍醐味があり、幸福もあるんです。それが、本当の信仰の力なんです。
その試練に立ち向かう、堅固な生命の骨格をつくり上げるのが、青年時代の今です。学会の世界にあって、進んで訓練を受け、自らの生命を磨き鍛えていく以外にないんです。二十一世紀の大指導者となる使命を担った諸君は、苦悩する友人一人ひとりと相対し、徹して励まし、仏法対話し、友を触発する指導力、人間力を、仏法への大確信を培っていってください。
戸田先生は、青年たちに、常々、『次の学会を頼む』と、最大の期待を込めて言われていた。私は、そのお言葉通りに歩んできたつもりであります。
同様に、今度は、諸君の番です。私は、万感の思いを込めて、『二十一世紀を頼む!』と申し上げておきたい。妙法の世界一の学徒集団として、人間味あふれる創価家族の、期待の後継者として、どこまでも仲良く、民衆のため、庶民の幸福のために生き抜き、新しき世紀を築いていっていただきたい」
(第28巻「広宣譜」の章、29〜30ページ)

◇学生部の使命
1973年(昭和48年)、学生部との記念撮影で伸一は、学生部の使命を示す。
大学という最高学府に学ぶ意義は、庶民の上に君臨するためではない。
民衆に仕え、民衆を守り、民衆を幸福にしていくためです。

2020年7月10日金曜日

2020.07.10 わが友に贈る

「師子王は前三後一」
どんな課題にも油断なく
全力を尽くし抜くのが
不撓不屈の学会魂だ!
大情熱で未来を開こう!

三世諸仏総勘文教相廃立 P566
『一切の法は皆是仏法なり』

【通解】
一切の法は皆、仏法である。

名字の言 コロナ禍の日常や思いを詠んだ"古今和歌集" 2020年7月10日
京都で"古今和歌集"が完成した。といっても、平安時代の話ではない。コロナ禍の日常や思いを、宇治のある地区の友らが詠んだものである▼「買い物に マスク忘れて 後戻り」「自粛にて 私のウエスト 大成長」「若作り それは無駄無駄 皆和歌作り」などクスッと笑える内容から、「お題目 心はつながる 大丈夫」「朗らかに 笑顔で過ごす 勝利の因は」「支え合い 共に進むと 勢い倍増」といった学会精神あふれるものまで実に合計1113。言葉の力で"苦難に立ち向かった地区の歴史"として、未来に残したいという▼言葉は不思議だ。一文字一文字の組み合わせによって心を表し、心を伝える。平安の古今集に紀貫之は「和歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける」と記した。「はじめに言葉ありき」ではなく「心ありき」ともいえようか▼御書に「仏は文字によって人々を救う」(153ページ、通解)と。仏は人々の幸福を深く願うがゆえ、相手の状況に合わせて言葉を自在に駆使して法を説いた。「(法華経の)文字変じて又仏の御意となる」(469ページ)とも仰せだ▼「言葉の力は、心です。心が根底にあるから、言葉が生きてくる」と池田先生。同じ言葉でも、使う人の心の深さでその力は全く違う。「心こそ大切」である。(之)

寸鉄 2020年7月10日
「法は人に因って貴し」御書。万人救済の妙法を弘める広布の闘士は尊貴
山形の日。清く弛みない信心は最上川のごとく!励まし強く理想郷建設を
優れた人が賞讃されるのは優れた行為のためだ—文人。青年は何かで光れ
レジ袋有料化で「購入」は1割未満に。持続可能な地球環境へ一歩ずつ努力
児童・生徒の骨折相次ぐ。外出自粛で体力低下と。親子で適度な運動心掛け

☆小説「新・人間革命」学習のために 第13巻
◇相手を知ることが渉外の基本
<日中関係に暗雲が垂れこめる中、1966年(昭和41年)7月、青年部の幹部が中国の関係者と会談する。終了後、報告を受けた伸一は語る>
「やはり最初は硬い雰囲気だったんだね。初対面の時は、互いに緊張するだけに、その硬さを解きほぐしていくことが大事なんだ。
それは笑顔だよ。
そして、最初に何を言うかだ。
包み込むような温かさがあり、相手をほっとさせるようなユーモアや、ウイットに富んだ言葉をかけることだよ」(中略)
「それから、人と会う時には、相手がどういう経歴をもち、どういう家族構成かなども、知っておく努力をしなければならない。それは礼儀でもあるし、渉外の基本といってよいだろう。
たとえば、君たちだって、自己紹介した時に、『あなたのことは、よく存じております。こういう実績もおもちですね』と言って、自分の業績を先方が語ってくれたら、どう感じるかい。この人は、自分のことを"ここまで知ってくれているのか"と感心もするだろうし、心もとけ合うだろう。
それが、胸襟を開いた対話をするための第一歩となるんだ。だから私も、常にそうするように、懸命に努力している。お会いする方の著書があれば、できる限り目を通すようにしているし、その方について書かれた本なども読んで、頭に入れているんだよ」
(「金の橋」の章、36〜37ページ)

◇「異体同心」は個性開花の団結
<68年(同43年)秋、各方面で芸術部員による芸術祭が開催。一人一人の個性を尊重しつつ、団結するにはどうすればよいかと尋ねる芸術部の幹部に伸一は、指針を示す>
「実は、その原理が『異体同心』ということなんです。
世間では、団結というと、よく『一心同体』と言われる。これは、心も体も一体ということであり、心を同じくするだけでなく、行動や形式も同じことを求める。
つまり、全体主義となり、どうしても、個性は抑圧されることになる。
それに対して、大聖人は『一心同体』ではなく、『異体同心』と言われた。
これは"異体"である個人、また、それぞれの個性や特性の尊重が大前提になっています。
その一人ひとりが"同心"すなわち、広宣流布という同じ目的、同じ決意に立つことから生まれる、協力、団結の姿が異体同心です。
つまり、それは、外側からの強制によるものではなく、個人の内発的な意志による団結です。だから強いんです。
また、自主性が基本にあるから、各人が個性、特質をいかんなく発揮できるし、それによって、さらに全体が強くなる。たとえば、城の石垣というのは、同じ形の石ではなく、さまざまな形の石を組み合わせ、積み上げていくから、堅固であるといわれている。
野球をするにも、優秀なピッチャーばかり集めたからといって、勝てるものではない。『異体』すなわち、いろいろな人材が必要なんです。芸術部員は、一人ひとりが力もあり、強い個性をもっているだけに、皆が心を一つにして団結すれば、すごいパワーが発揮できます。
学会の強さは、この『異体同心』の団結にありました。その力によって、常に不可能の壁を破り、新しい歴史を開いてきた」
(「光城」の章、272〜273ページ)

◇青年時代の苦闘は生涯の財産
<69年(同44年)2月、沖縄で大学会の結成式に出席した伸一は、夜間に学ぶ二部学生に励ましを送る>
「全部やると決めて、挑戦していくことです。
逃げたり、卑屈になったりしてはいけない。また、焦ってはならない。今は将来に向かって、着実に人生の土台をつくる時です。
人生はある意味で死闘といえる。血を吐くような思いで、無我夢中で戦っていくしかありません。悩んで悩んで、悩み抜いていくところに成長がある。人間形成がある。それこそが、生涯の財産になります。
私も夜学に通っていたから、皆さんの苦しさ、辛さはよくわかります。
私は、三十歳まで生きられないといわれていた病弱な体でした。また、長兄は戦争で死に、家も焼かれ、暮らしは貧しく、いつも、腹を空かせていました。本を買うには、食費を削るしかなかったからです。
しかし、それでも私は、知恵を絞って時間を捻出し、徹底して学んできました。電車のなかも、勉強部屋でした。
そして、働きに働きました。朝も三十分前には出勤し、清掃をしてみんなを待ちました。
職場での信頼も厚く、戸田先生の会社に移る時には、上司も、同僚も、本当に惜しんでくれました。
さらに、猛然と学会活動に取り組み、信心ですべてを切り開いてきたんです。
家族が用意してくれた整った環境での勉学よりも、大変ななかで、泣く思いをして学んだことの方が、何倍も自分の血肉となり、身につくものなんです。
鍛えのない青年は、軟弱になり、人生を滅ぼしかねない。ゆえに、二部学生は、最高の修行の場を得ているということなんです。頑張りなさい」
(「楽土」の章、347〜348ページ)

◇広布の使命自覚した人が人材
<沖縄の高等部の集いで伸一は、人材の要件を示す>
「人材の要件とは何か——。
広宣流布の使命を自覚することです。
人は、なんのための人生なのかという、根本目的が定まっていなければ、本当の力は発揮できないものです。
また、力をつけ、立派な地位や立場を手にしたとしても、自分の立身出世のみが目的になっていれば、社会への真の貢献はできません。
才能の開花も、知恵の発揮も、忍耐も、すべて広宣流布の使命を自覚するところから生まれるものであることを、知ってください。さらに、人材とは、人格の人であるということです。人への思いやり、包容力、自分を律する精神の力、正義への信念と意志等々、人格の輝きこそ、人間として最も大事です。
それには、精神闘争が必要です。
自分の弱さに挑み、苦労に苦労を重ねて、自己の精神を磨き上げていくことです。
そして、人材には、力がなくてはならない。
心根は、清く、美しくとも、力がないというのでは、民衆の幸福、平和を築くことはできない。だから、何か一つでよい。これだけは誰にも負けないというものをもつことが必要です。
わが弟子ならば、全員が大人材であると、私は確信しております。皆さんこそ、私の宝です。沖縄の誇りです」
高等部員は、頷きながら、伸一の指導を聞いていた。
その目には、誓いの涙が光っていた。
人材を育むには、先輩幹部が一人でも多くの人と会うことである。
草木も、豊富な養分を吸収し、燦々たる太陽の光を浴びてこそ生長する。人材もまた、さまざまな励ましがあり、触発があってこそ、育ちゆくものである。
(「楽土」の章、349〜350ページ)

◇折伏精神とその要諦
<1968年(昭和43年)10月、伸一は、静岡・富士宮市内の地区座談会に出席。そこで参加者の悩みに答え、折伏の精神と、弘教の要諦を語る様子が、「北斗」の章で描かれている>
「私は、仕事が忙しくて休日も取れません。でも、なんとか折伏をしたいと思っています。ところが、なかなかできないもので悩んでおります」
「人を救おうとして悩むなんて、すごいことではないですか。尊く誇り高い、最高の悩みです。本当の慈悲の姿です。それ自体、地涌の菩薩の悩みであり、仏の悩みです」
集った同志は、弘教を実らせようと、日々、懸命に戦っていた。
それだけに、折伏についての話に、皆、目を輝かせ、真剣な顔で聴き入っていた。
「折伏を成し遂げる要諦は何か。
それは決意です。一念が定まれば、必ず状況を開くことができる。
折伏は、どこでもできるんです。
戸田先生は、牢獄のなかでも法華経の極理を悟り、看守を折伏しています。
まず、折伏をさせてくださいと、御本尊に懸命に祈り抜くことです。すると、そういう人が出てきます。
また、ともかく、あらゆる人と仏法の対話をしていくんです。
もちろん、信心の話をしても、すぐに入会するとは限りません。それでも、粘り強く、交流を深めながら、相手の幸福を日々祈り、対話を重ねていくことです。
種を蒔き、それを大切に育て続けていけば、いつか、必ず花が咲き、果実が実ります。
焦る必要はない。
さらに、入会しなくとも、ともに会合に参加して教学を勉強したり、一緒に勤行したりすることもよいでしょう。自然な広がりが大事です。
ともあれ、苦労して弘教に励んだ分は、全部、自分の福運になります。
相手が信心しようが、しまいが、成仏の因を積んでいるんです」
皆が笑顔で頷いていた。伸一の話を聞くうちに、安心感と勇気が湧いてくるのである。
彼は、言葉をついだ。
「また、対話してきた人を入会させることができれば、何ものにもかえがたい、最高最大の喜びではないですか。折伏は、一人ひとりの人間を根本から救い、未来永遠の幸福を約束する、極善の実践です」
(「北斗」の章、183〜184ページ)

☆全国最高協議会 池田先生がメッセージ 原田会長を中心に討議
◇創立90周年へ立正安国の旗を 9月下旬にオンラインで世界青年部総会を開催
全国最高協議会が8日午後、東京・新宿区の学会本部別館で行われ、原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長、全国の方面長・婦人部長、各部の代表が出席した。
池田大作先生はメッセージを贈り、冒頭、九州をはじめ豪雨被災地へのお見舞いを述べるとともに、「変毒為薬」の復興を念願。試練に見舞われたこの上半期、「能忍」(能く忍ぶ)という仏の心で「四表の静謐」(世界の安穏)を祈り抜き、「仏法即社会」の智者の指揮で奮闘した全国の同志に、心から感謝した。
次いで先生は、「御義口伝」の「霊山一会儼然未散(霊山一会儼然として未だ散らず)」(御書757ページ)を拝し、「我らは、久遠元初より、そして未来永遠に、『妙法流布』の大誓願で結ばれている。常に我らの生命は一体であり、不二なのである」と強調。
「かかる濁世には互につねに・いゐあわせてひまもなく後世ねがわせ給い候へ」(同965ページ)を拝読し、青年部を先頭に智慧を出し合い、新時代の「異体同心」のスクラムを組みながら、一人一人がいよいよの「広布前進」をと望んだ。
そして、民衆の幸福と安穏、世界の平和と前進のために、新たな「立正安国」の凱歌を決意し合いたいと述べメッセージを結んだ。

◇広宣流布大誓堂での誓願勤行会を9月15日から再開 新型コロナ感染症対策委員会を設置
協議会では、11月18日の「学会創立90周年」を目指す下半期の諸活動について協議。各人・各家庭で折伏、聖教拡大、友好拡大などの目標を立て、「私の広布前進」で大佳節を祝賀しゆくことを確認した。また、感染防止に細心の注意を払い、オンラインの活用などの新しい活動様式も取り入れながら、「一対一」「少人数」の励ましを広げ、人材の拡大に取り組むことを約し合った。
さらに、諸行事について検討。10・2「世界平和の日」の60周年を記念する「世界青年部総会」を9月下旬にオンラインで実施することが決定した。
併せて、広宣流布大誓堂での「誓願勤行会」を9月15日からの予定で、首都圏・東京を対象に再開すること、学会本部に「新型コロナウイルス感染症対策委員会」(総合委員長=原田会長、委員長=谷川主任副会長)を新たに設けることが発表された。
席上、原田会長は、コロナ禍の中で奮闘する同志に最大に感謝。「心の固きに仮りて神の守り則ち強し」(同1220ページ)を拝し、「一歩も引くな」との第2代会長・戸田城聖先生の遺言を命に刻み、どこまでも信心根本に智慧を発揮して、今こそ「立正安国」の旗を掲げ、未曽有の「挑戦」に「応戦」したいと訴えた。
そして、これまで以上に「一人」を大切にし、励ましの連帯を広げながら、創立90周年の佳節を、池田門下の一人一人が「私の広布前進」で勝ち飾ろうと呼び掛けた。

◇青年部の協議会も 8月に学生部が教学実力試験
青年部最高協議会が8日、各方面とテレビ中継で結んで、学会本部別館で行われた。
志賀青年部長、西方男子部長、大串女子部長、樺澤学生部長、林女子学生部長をはじめ、全国の男女青年部の代表が参加し、下半期の対話拡大と人材育成について討議。また8月に学生部が実施する教学実力試験など、教学研さんの取り組みを確認した。
席上、志賀青年部長が、世界青年部総会へ、強き団結で勝ち進もうと力説。原田会長は、広布の希望である青年部の勇気と智慧の挑戦で、従藍而青の新たな歴史をと語った。

2020年7月9日木曜日

2020.07.09 わが友に贈る

荒天の日々が続く。
「無冠の友」の皆様
配達は決して無理せず
くれぐれも安全第一で!
絶対無事故を祈ります。

上野殿御返事 P1575
『其の上わづかの小郷にをほくの公事せめあてられてわが身はのるべき馬なし妻子はひきかくべき衣なし。かかる身なれども法華経の行者の山中の雪にせめられ食ともしかるらんとおもひやらせ給いてぜに一貫をくらせ給へるは貧女がめおとこ二人して一つの衣をきたりしを乞食にあたへりだが合子の中なりしひえを辟支仏にあたへたりしがごとし、たうとしたうとし』

【通解】
そのうえ、わずかの領地なのに多くの公事を課せられて、自身は乗るべき馬もなく、妻子は着るべき衣もない。そのような身であるけれども、法華経の行者が山の中で雪に責められて、食物も乏しいことであろうと思いやられて銭一貫文を送られたことは、貧しい女が夫婦二人で一つの衣を着ていたのを乞食に与え、利叱(りだ)が器の中にあった稗を辟支仏に与えたようなものである。尊いことである。尊いことである。

名字の言 「HOW」から「WHY」「WHAT」の時代へ 2020年7月9日
かつて創価大学の第7回入学式で、池田先生が次のような論調を紹介した。現代社会の動向を巨視的に見ると、時代は「HOW(どのように)」から「WHY(なぜ)」「WHAT(何のため)」に移りつつある、と▼つまり、目的が自明の場合、人々の関心事は"どう効率よく達成するか"という「手法」ばかりになる。一方で、環境が激変し、価値観が根底から揺らいでいる時、人は"なぜ""何のため"という「生きる意味」を問い直すという趣旨だ▼入学式は43年前の話である。だが、コロナ禍が世界に広がり、「異常気象」がもはや"異常"とはいえない気候変動となって現れている今、この視点は現在の私たちにも十分当てはまる▼無論、医療・科学技術などを駆使し、確実に生命を守る施策は絶対に必要である。その上で、従来の生活様式や機構、考え方を再検討し、今一度、個々が生きる根本的価値を確立すべき岐路に立っているのではないか▼こうした放置できない重大な事態を「一大事」という。先生は仏法における「一大事」をこう説明した。「一」は原点。「大」は原点から遍満した生命の拡大や知恵の発現。「事」はその拡大や発現が事実と刻まれること、と。平和と共生の"原点"である仏法の思想を、今こそ時代精神へと高めゆく時である。(代)

寸鉄 2020年7月9日
弥信心をはげみ給うべし—御書。強盛に祈り進め。正義の哲理を勇敢に語れ
「岐阜県女性平和の日」。婦女一体の団結こそ前進の力。さあ励ましの声を
人生を"楽しむ"親の姿が子の好奇心を伸ばすと。信心の歓喜も必ず伝わる
流水で15秒手洗い—残存ウイルスは約1%に。基本の徹底が感染防止の鍵
局地的気象予測は技術の限界が—専門家。予断許さぬ豪雨。引き続き警戒

☆小説「新・人間革命」学習のために 第12巻
◇励ましこそ広布発展の原動力
<1967年(昭和42年)5月、山本伸一はアメリカ、ヨーロッパ各国の歴訪の旅へ。7年前に世界広布の第一歩を刻んだハワイでは、2000世帯を超えるメンバーが誕生するなど、大きく発展を遂げていた>
七年前を知る同行の幹部たちにとっては、まさに隔世の感があった。
だが、大発展にあらためて驚きはしたものの、その原動力がなんであったかを、誰も考えようとはしなかったにちがいない。それは、伸一の、同志一人ひとりへの徹底した励ましであった。組織といっても、あるいは運動といっても、それを支えているのは、一人ひとりの人間である。その人間が一念を転換し、使命に目覚め立ち、最大の力を発揮していくならば、すべてを変えることができる。
ゆえに、個人指導という、目立たぬ、地道な活動こそが、広宣流布の生命線を握る、最も重要な作業となるのである。
ハワイを初めて訪問した折にも、伸一は寸暇を惜しんで、幾度となく、メンバーと対話を重ねた。座談会でも質問会を行い、日本に帰りたいと泣きじゃくる人の言葉に耳を傾け、同苦することから、彼の行動は始まったのである。
ホテルでも、個人指導に余念がなかった。
ともかく、対話を根気強く、惜しみなく続け、使命の種子を植え、希望の風を送り、皆の一念を変えていった。(中略)
対話による一念の転換——そこに、勝利を打ち立てる一切の鍵がある。
(「新緑」の章、19〜20ページ)

◇感謝の心が歓喜に、勝利に!
<6月、群発地震が続く長野の松代を訪れた伸一は、松代会館での集いで指導する>
「人間は、一人では生きられない。また、個人というのは、どうしても弱くなってしまう。
だから、崩れざる幸福を築いていくためには、信心を切磋琢磨していくよき同志が、組織が、必要なんです。そう考えるならば、学会という、大聖人の御精神を受け継ぐ組織のなかで、信心に励めることがいかにすばらしいか、よくわかると思います。
ところが、活動が大変だとか、あの人が気にくわないとか、何かあると、すぐに愚痴をこぼし、文句や不平不満をいう人がいる」(中略)
「実は、その愚痴と文句が、信心に邁進してきた功徳、福運を、消すことになるんです。また、それは、歓喜を奪い去り、心をすさんだものにし、自分で自分を不幸にしていく。
反対に、『ありがたいな』という感謝の思いは、歓喜を燃え上がらせていきます。
そして、歓喜は自らの心を豊かにし、幸福にします。歓喜あるところ、力は倍加し、勢いが増します。歓喜ある前進のなかにこそ、人生と広布の勝利があるんです。
つまり、同じ御本尊に題目を唱え、同じように学会活動に励んでいたとしても、愚痴と文句の一念なのか、感謝の一念なのかによって、結果は全く違ってしまう。どうか、皆さんは、これから、ますます福運をつけていくためにも、感謝の心で、喜びをもって信心に励んでいただきたいのであります」
(「愛郷」の章、143〜144ページ)

◇差異の尊重が人間共和を促進
<伸一は10月、東京・信濃町の創価文化会館で、「ヨーロッパ統合の父」として知られるクーデンホーフ・カレルギー伯爵と対談する>
(伯爵は)感慨のこもった声で言った。
「あなたは、常に非難中傷されながら、日本中の、いや世界の、実に多くの敵と戦っていることを、私は知っています。しかし、偉大な人というのは、皆、そうです」(中略)
ナチス・ドイツに戦いを挑んで迫害を受け、亡命せざるをえなかったクーデンホーフ・カレルギー伯爵は、正義の旗を掲げ立った者の宿命を、知悉していたのだ。
伸一は、毅然として語った。
「今、私が、世界の多くの敵と戦っていると言われましたが、イデオロギーや宗教が異なっているからといって、私にとっては、本来、敵ではありません。
もちろん、暴力やテロは絶対に悪ですし、民衆を支配し、隷属化させる権力とは、どこまでも戦います。
しかし、人間の幸福、救済をめざす思想、宗教には、本来、人間を尊重するという共通項があります。それがある限り、必ず通じ合い、共感し合うはずであり、相互理解は可能であると思います。
さらに、仏法で説く、万人が等しく『仏』の生命をもっているという考え方は、人間を貫く、内なる普遍の世界を開示するものといえます。
人類がそこに着目し、人間の共通項に目を向けていくならば、分断から融合へと発想を切り替える、回転軸となっていくと確信しています。
また、宗教の違いによって生じた文化的な差異は、違いを認めるというだけでなく、むしろ尊重すべきです」
(「天舞」の章、282〜283ページ)

◇あきらめずに1ミリでも前へ
<創価学園の開校の年である1968年(昭和43年)12月、学園を訪問した伸一は、成績が伸び悩んでいる生徒との面談の場を持ち、真心の励ましを送る>
生徒たちは、教師から「山本先生が、成績不振者に会われる」と聞かされていたせいか、ばつが悪そうな顔で、部屋に入って来た。
伸一は、生徒を、笑顔で迎えた。
「緊張する必要はないよ。叱るために会ったんじゃないからね。ぼくは、君たちを勇気づけたいだけなんだ」
そして、それぞれの生徒に、悩んでいることはないか、体調はどうか、通学時間はどのぐらいかかるのか、家庭の状況はどうかなどを、丹念に尋ねていった。
伸一は、何か問題があれば、相談にのり、助言し、できる限りの応援をしたかった。
また、勉強以外にも、生徒一人ひとりがもっている、さまざまな可能性を引き出す機会にしたかったのである。
語らいのなかで、多くの生徒たちは、その伸一の心を感じ取っていったようだ。
「先生。勉強、頑張ります!」と、自ら誓う生徒もいた。
それを聞いた伸一は、にっこりと頷き、包み込むように言った。
「そうだ。そうだよ。頑張るんだ。一ミリでも、二ミリでもいい。決してあきらめずに努力して、前進していくことが大事だよ」(中略)
来た時は、暗い顔をしていた生徒たちが、帰りには、風呂上がりのように、さっぱりと、紅潮した顔をしていた。
生徒を激励する伸一の姿を見て、最も驚いたのは、教師たちであった。(中略)
伸一の面談は、生徒たちにとっても、教師たちにとっても、大いなる発奮の起爆剤となった。
後年、その生徒たちのなかから、大学教授も出ることになる。
(「栄光」の章、373〜375ページ)

◇「創価教育学体系」への称賛
<1930年(昭和5年)11月18日、初代会長・牧口常三郎の『創価教育学体系』の第1巻が発刊される。「栄光」の章には、学識者が同書に寄せた称賛の声が記されている>
牧口常三郎の創価教育学とは、一言でいえば、「人生の目的たる価値を創造し得る人材を養成する」知識体系といえる。
牧口は、教育の目的は子ども自身の幸福にあると主張し、社会人として幸福生活を営めるようにしていくことに、教育の役割があるとしている。
富国強兵策のもと、国家のための教育が行われてきた時代にあって、それは、まさに革命的な提唱であった。(中略)
創価教育学は、彼の三十余年にわたる学校教育の実践のなかで培われ、実証に裏付けられた教育法であった。つまり、それまでの、観念的哲学理論で構成され、実証性に乏しい教育学とは一線を画した、独創的な教育学説であった。
当時と時代状況が異なる現代では、具体的な改革案はそのまま採用できない面もあろうが、牧口の学説には、未来を照らす、人間教育の光彩があった。
『創価教育学体系』の第一巻には、当時の日本を代表する三人の学識者が序文を寄せている。
そのなかで、国際連盟事務局次長を務めた新渡戸稲造は、「現代人が其の誕生を久しく待望せし名著」と讃嘆している。
『創価教育学体系』を民俗学者の柳田国男は、こう賞讃している。
「他には容易に得難き独創の価値は、或は此の行詰まった現代教育界を打開するに足ると信じ、改めて之を推奨するに躊躇しないものである」
また、フランス社会学の研究家である田辺寿利は絶讃する。
「一言もってこれを約すれば、鞏固なる理論と長年月の実験とを基礎として創始されたる『創価教育学』は、現代の日本が最も要求するところの教育学である」
そして、こう記す。
「一小学校長たるファブルは、昆虫研究のために黙々としてその一生をささげた。学問の国フランスは、彼をフランスの誇りであるとし、親しく文部大臣をして駕を枉げしめ、フランスの名に於いて懇篤なる感謝の意を表せしめた。
一小学校長たる牧口常三郎氏は、あらゆる迫害あらゆる苦難と闘ひつつ、その貴重なる全生涯を費して、終に画期的なる『創価教育学』を完成した。文化の国日本は、如何なる方法によって、国の誇りなるこの偉大なる教育者を遇せんとするか」
ところが、仏法正義の旗を掲げ、人類の幸福と平和の実現に生き抜いた牧口は、国家神道を精神の支柱に戦争を遂行する軍部政府によって、投獄される。
そして、一九四四年(昭和十九年)十一月十八日、彼は獄死したのである。それは『創価教育学体系』第一巻の発刊から、ちょうど十四年後にあたっていた。
「軍国日本」は、この偉大なる教育者にして偉大なる仏法指導者を、"国賊"とし、「獄死」をもって遇したのだ。それは、未来永劫に消えぬ、日本国家の最大の汚点であろう。
(318〜321ページ)

2020年7月8日水曜日

2020.07.08 わが友に贈る

試練の嵐と格闘する友へ
皆で勇気のエールを!
一心に強盛な祈りを!
我らが持つ仏法は
難を乗り越える信心だ。

上野殿御返事 P1560
『大通結縁の者は三千塵点劫久遠下種の人の五百塵点劫生死にしづみし此等は法華経を行ぜし程に第六天の魔王国主等の身に入りてとかうわづらわせしかばたいしてすてしゆへにそこばくの劫に六道にはめぐりしぞかし』

【通解】
大通智勝仏の第十六王子によって法華経の縁を結んだ者は、退転して三千塵点劫という長い間、また久遠に法華経の下種を受けた者は五百塵点劫という極めて長い間、生死の大海に沈んだのである。これらの者は法華経を修行していた時に、第六天の魔王が国主等の身に入って、さまざまに障りをなしたので、退転して法華経を捨て、長い間、六道を輪廻したのである。

名字の言 危機を乗り越える二つの「勇気」 2020年7月8日
世界的大流行を意味する「パンデミック」は、古代ギリシャ語の「すべての人々(pandemos)」が語源という▼伝染病は、だれにでも感染の可能性がある。こうした危機を乗り越えるには、どうするか。哲学者の岸見一郎氏は「『勇気』がすべての人に伝染しなければなりません」と強調する▼それはどんな「勇気」なのか、氏は二つ挙げる。一つは"他者を仲間だと思う勇気"。皆が共に闘う同じ人間であり、感染の有無によって地域や人々を差別しない。もう一つは"悲観的にも楽天的にもならない勇気"。個人の力が及ばない問題であっても諦めない。氏は「悲観主義でも楽天主義でもなく、『楽観主義』に立たなければなりません」と(『今ここを生きる勇気』NHK出版新書)▼厳しい現実を前に"どうしようもない"とうなだれるのでもなく、"何とかなる"と甘く見るのでもない。決して希望を失わず、目前の課題に向かって"今、自分にできること"を実行する。楽観主義の人は、不屈の心の人であるとともに、弛まぬ行動の人ともいえよう▼「現実」を見つめつつ、「現実」に屈しない。目の前の一人に真心の励ましを送り、その輪を足元から広げていく。この"たくましき楽観主義者"が、社会を根底から支える力になる。(巍)

寸鉄 2020年7月8日
人間革命の思想こそ社会を変える原動力—日本の教授。今こそ我らの姿で
白蓮グループの日。試練の時代に励ましを拡大!華陽の連帯は創価の希望
新しい事への挑戦は脳を活性化—医師。さあ前進。この志から新しい発想も
大人数が触れる場所にはウイルス付着の恐れも。「触ったら手洗い」等意識
自宅での防災対策、3割が「特になし」と。命守る要は自助。備えしっかり

☆小説「新・人間革命」学習のために 第11巻
◇日々の勝利が黄金の歴史築く
<1966年(昭和41年)3月、山本伸一は、ブラジル・リオデジャネイロの広布が思うように進まないと話す、河野支部長夫妻を励ます>
「何事にも、時というものがあります。
ここの登り口に、小さな苗木が植えられていたが、あの木だって、十年、二十年とたてば、立派な木に育つでしょう。リオの組織も、今は小さいかもしれないが、十年、二十年と、題目を唱え抜いて、頑張っていくならば、必ず大発展します。
大事なことは、最初の決意を忘れることなく、一日一日が前進であった、勝利であったという、悔いなき力強い歴史を、わが身につづっていくことです。
つまり、"今日、何をするのか""今、何をするのか"を、常に問い続け、必死になって、挑戦し、行動し抜いていくことです。
これが法華経寿量品で説く『毎自作是念』(法華経493ページ、毎に自ら是の念を作す)ということです。また、少し難しくなるが『未曽暫癈』(同482ページ、未だ曽て暫くも癈せず)ということでもある。
すなわち、広布のための連続闘争こそ、仏の所作を実践している尊い姿であり、絶対的幸福への軌道なんです。
この美しきリオの未来の栄光は、あなたたちの双肩にかかっている。一緒に、黄金の歴史をつくろうではありませんか」
(「暁光」の章、32ページ)

◇実践の教学が信心の大確信に
<66年3月15日、ブラジルからペルーに渡った伸一は、リマの宿舎で現地の代表と懇談し、教学の大切さを訴える>
「教学と聞いただけで、難しいなと思う方もいるかもしれない。
しかし、教学は、一般の学問とは違います。生活、人生に、密接に結びついているんです。
まず最初は、難しい御書でなくてよいから、しっかりと拝読し、自分自身の身で読んでいくように提案したいと思います。
たとえば『法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる』(1253ページ)との有名な御文でもよい。
あるいは、『湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く』(1132ページ)との御文でもよい。
その仰せを信じて、心を定め、御文のままに精進していく。そうすれば、"まさにその通りだ!"と、実感し、御本尊への大確信をもつことができる。
それが、本当の意味で、御書を拝するということであり、『実践の教学』ということなんです。
また、仏法者として、人生の哲学をもつということにもなります。
一つの御文を、身で拝して、自分のものにすることができれば、自然に、ほかの御書もわかっていきます。すべてに通じていくんです」
皆、伸一の指導を聞いているうちに、"教学"や"御書の研鑽"ということが、身近なものに感じられてくるのであった。
(「開墾」の章、140ページ)

◇生命の変革で心に平和の砦を
<ベトナム戦争が激化していく中で、アメリカ青年部のメンバーは恒久平和実現の方途を求め、仏法の研鑽に励む。そして、戦争は人間生命に潜む「魔」の働きであると確信していく>
「魔」は、「殺者」「能奪命者」「破壊」などと訳され、煩悩など、衆生の心を悩乱させ、生命を奪い、智慧を破壊する働きである。
そして、この「魔」の頂点に立つのが、「第六天の魔王」である。
それは「他化自在天」といわれ、他者を隷属させ、自在に操ろうとする欲望を、その本質としている。
だが、「第六天の魔王」といっても、人間に潜む生命の働きなのである。
この魔性の生命が人間の心を支配する時、人間は殺者や破壊者の働きをなし、戦争を引き起こしていくのである。
では、何をもって、この「第六天の魔王」を打ち破ることができるのか。
それは、ただ一つ、「仏」の生命のみであることを、仏法は教えているのだ。
青年たちは語り合った。
「国家を形成しているのも人間だ。戦争を引き起こすのも、平和を築くのも、すべて人間だ。
つまり、人間こそがいっさいの原点だと思う。
その人間の心のなかに宿る、憎悪や破壊や支配といった『魔性』の生命を打ち砕き、『仏』の生命を打ち立てていかなければ、本当の平和はないのではないだろうか」
「ぼくも同じ考えだ。国家の指導者同士の和平交渉も大事だが、根本的な平和の道は、一人ひとりの人間の生命を変革する以外にない。
つまり、人間の心のなかに、崩れざる"平和の砦"を築く、"人間革命"しかないんだ」
「だから、結局は、遠い道のりのように思えても、広宣流布の推進こそが、最も確かで、本質的な平和への道ということになる」
(「常勝」の章、301〜302ページ)

◇広布に戦い続ける人こそが仏
<58年(同33年)7月、伸一は新潟の佐渡へ。同志に、人生を光り輝かせていく道について語った>
「人生の輝きを増していくには、どうすればよいか。まず、人生の根本目的をどこに定めるかです。
自分のみの幸せを願って、財産や、地位、名誉、名声、権威、権力を求めるのではなく、『広宣流布に生きよ!』というのが、大聖人の御指南です。
人は、どこに人間の輝きを見るのか。
それは、エゴイズムの殻を打ち破り、時には自分を犠牲にしながら、悩める友のため、人びとのため、社会のために献身する姿ではないでしょうか。
それこそが、広宣流布に生きる姿です。
しかも、広布の道には犠牲はない。
苦労したことは、すべて未来の大福運となり、大功徳となります」
参加者は、熱のこもる伸一の話に、真剣に耳をそばだてていた。
「また、人生の輝きは、自身の使命を自覚して、自ら勇んで広宣流布に邁進していくなかに生まれます。
信心は義務ではありません。権利です。
ところが、受け身になり、ただ人に言われたから動くというだけになってしまうと、どうしても義務感の信心になり、歓喜も湧いてきません。
反対に、自分から一人立ち、積極的に、果敢に行動していくところには、大歓喜があります。
さらに、日々、自分を磨き鍛えていくことです。つまり、持続の信心です。
持続というのは、ただ、昨日と同じことをしていればよいのではありません。『日々挑戦』『日々発心』ということです。
信心とは、間断なき魔との闘争であり、仏とは戦い続ける人のことです。
その戦いのなかにこそ、自身の生命の輝きがあり、黄金の人生があることを知っていただきたいのです」
(「躍進」の章、364〜366ページ)

◇大楠公と後継の道
「躍進」の章では、伸一が"大楠公"の歌を通して、青年を励ます場面が描かれている。この歌は戸田城聖が広宣流布の師弟の精神を込め、青年たちに指導してきた歌であった。
「さあ、みんなで一緒に歌おう」
伸一が弾く、"大楠公"の調べに合わせて、青年たちが歌い始めた。

♪青葉茂れる桜井の
 里のわたりの夕まぐれ
 …………

この歌は、戸田城聖が生前、よく青年たちに歌わせた歌であった。
"大楠公"は、一三三六年(延元元年・建武三年)、朝敵・足利尊氏の上洛を防ぐために、湊川の戦いに赴く武将・楠木正成と、長子の正行の、父子の別れを歌った歌である。
敗北が必至の湊川の戦いに臨む正成は、桜井の地でわが子・正行を呼び、故郷に引き返すように告げる。
だが、正行も父とともに死ぬ覚悟であり、帰ろうとはしなかった。しかし、正成は、二人が討ち死にするならば、尊氏の天下となってしまうことを訴え、生きて、早く立派に成長し、国のために仕えよと諭して、故郷に帰すのである。
戸田は、この歌に広宣流布の師弟の精神を託して、青年たちに歌わせ、歌い方についても、厳しく指導してきた。
特に、正行が父とともに討ち死にせんとする決意を歌った、「父上いかにのたもうも 見捨てまつりてわれ一人……」の箇所は、一人ひとりに何度も歌わせ、こう言うのであった。
「正行の心は、そんなものではない! 君のそんな目では、ましてや広宣流布の戦いはできんぞ。俺の目を見ろ!」
殉難を覚悟で広宣流布に生き抜く後継の師子を、鍛え育もうと、戸田は必死であったのである。また、正成が正行に言う「早く生い立ち大君に 仕えまつれよ国の為」のところでは、よく、こう語っていた。
「君たちも、一日も早く大成長し、立派な指導者になって、広布のため、社会のために、献身していくんだぞ。いいな!」
佐渡の青年たちも、"大楠公"の歌への戸田の思いは、何度となく、幹部から聞かされてきた。それだけに、伸一の奏でる"大楠公"の曲に合わせて合唱していると、戸田の姿が目に浮かび、胸が熱くなるのであった。伸一は、歌い終わった青年たちを励ますように、大きな声で言った。
「早く生い立て——これが戸田先生の私たちへの願いであり、期待であった。
佐渡のみんなも、その心で立ち上がり、大成長していくんだ。私は、もう立ち上がったよ。君たちも早く立とうよ」
(「躍進」の章、370〜372ページ)

2020年7月7日火曜日

2020.07.07 わが友に贈る

「異体同心なれば
万事を成じ」
大切なのは団結だ!
心を合わせる努力の中に
偉大な前進がある。

道妙禅門御書 P1243
『只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当の所願満足有る可く候、法華第三に云く「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」第七に云く「病即消滅して不老不死ならん」との金言之を疑う可からず』

【通解】
ただ肝要なことは、この法華経の信心をされるならば、現世と未来世の願いが満たされるということである。 法華経第三の巻(授記品)には「魔および魔民があったとしても、皆、仏法を守護する」とある。
また、第七の巻(薬王品)には「病は消滅して、不老不死の境涯を得るであろう」とある。これらの金言を疑ってはならない。

名字の言 少女部員が七夕の短冊に書いた願い事 2020年7月7日
街中で七夕飾りをよく見掛ける。短冊に記された「コロナが早くなくなりますように」「家族が健康であるように」といった多くの願い事が、世相を映し出している▼都内のある少女部員は父親と一緒に小さな笹を買い、自宅のベランダで短冊を吊るした。7月最初の日曜日。テレビで週間天気予報を見た彼女は、てるてる坊主を作り始めた。父は、東京の予報が"曇り時々雨"だからかなと思ったが、少女はもう一枚短冊をせがみ、こう書いた。「熊本にもう雨がふりませんように」▼それは全国の人々の願いでもあろう。九州南部を襲った豪雨による被害が広がっている。2年前の西日本豪雨も七夕の頃だった。この時節の空模様が恨めしくて仕方がない▼現段階で救援活動に直接携われる人は限られていても、誰もが祈ることはできる。2016年4月の熊本地震発災後、間もなく、池田先生は随筆で訴えた。「甚大な災難が、突然、人びとの絆を断ち切るが如く襲いかかる時、その試練をはね返すものは、我ら民衆の、何があっても共に守り合い、生き抜いていくという誓いであり、祈りではないでしょうか」▼御書に「題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし」(808ページ)と。被災地で苦闘する方々に届けと、安穏と復旧を祈る。(之)

寸鉄 2020年7月7日
九州の豪雨で被害甚大。犠牲者を追善。続く災害、早めの避難など声掛けを
何かをなせ!何かを残せ—戸田先生。生涯光る歴史を。挑戦は青春の誉れ
「一閻浮提第一の富る者」御書。これ蓮祖の大確信。広布の勇者に福徳は厳然
「クールアース・デー」。小さな一歩の積み重ねでCO2削減へ。皆で行動
歩行中の交通事故死7割が高齢者。道路横断時が多く。運転者も注意更に

☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第5回 フィレンツェ
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「フィレンツェ——人間を見つめる花の都」を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。イタリアのフィレンツェは、絢爛たる「人間復興」の文化が花開いたルネサンスの中心地。新しい生活様式が求められる今、この街に薫るルネサンスの精神に学び、人間の絆を強く結びながら、一人一人が絶えず再生し偉大な価値を創造しゆく「負けない生命」の力を湧き立たせていきたい。

世界まで
 つつむ 旭日の
  イタリアは
 ルネッサンスの
  満開 香りぬ

わが街は「花の都」なり——。
同じ暮らすのであれば、人それぞれに、自らが生きる地域を「花の都」と誇りにして、「花の人生」を飾っていきたいものです。
たとえ、少々地味な街並みで、一見平凡な生活であったとしても、誰もが心一つで、明るい対話の花も、楽しい友情の花も、豊かな文化の花も、生き生きと咲かせていけるはずです。その香り高い手本が、文字通り「花の都」という名を持ったイタリアのフィレンツェです。
ルネサンスの哲学者ピコ・デラ・ミランドラが、共感を込めて記した一節に、こうあります。
「世界というこの舞台において、最も感嘆すべきものと見られるものは何か」「人間ほど素晴しいと見られるものはない」
私たち人間自身のなかにこそ、何よりも素晴らしい宝があります。その宝を発見し、磨いていくならば、人間は一人一人が、わが生命の花を、もっともっと自分らしく色とりどりに咲き薫らせていくことができます——。
フィレンツェは、そう語りかけ、人生のルネサンス(再生)を促してくれる、人間の花すなわち「人華」の都でもあるのです。

◇人間の絆を強く
〈池田先生は、フィレンツェを初訪問した折に青年たちと語り合った思い出を述懐し、人間の絆にこそ、創造の花を育む力があると訴える。また、忘れ得ぬイタリアの一婦人の姿を紹介。病に負けず医師として使命を果たし、青年を励ましてきた不屈の歩みをつづった〉
「いかなる距離も我らの友情を引き離すことはなく、いかなる忘却の力も我らの記憶を消し去ることはない」
これは、フィレンツェの指導者で、ルネサンスの思想家であったブルーニの言葉です。
街自体が「屋根のない美術館」とも称されるフィレンツェを、私が初めて訪れたのは、一九八一年の五月のことです。
時に友人宅におじゃまし、時に陽光降り注ぐ芝生の上に座って、時にアルノ川に架かるヴェッキオ橋を渡り、時にミケランジェロ広場からフィレンツェの街を一望しながら、私は、とりわけ青年たちと徹して語り合いました。当時のイタリアでは、麻薬が蔓延するなど、青少年を取り巻く状況は厳しいものがありました。そうした風潮のなかで奮闘する健気な青年たちを、何とか励まし、力づけたかったのです。
——現実から逃避してはならない。希望の哲学を持って正面を向こう! 親に心配をかけぬよう、青年らしく、大いに学び、大いに働こう! 友と仲良く信頼し合って、共に前進するのだ、と。
「秀でた人物が出現するとき、多くの場合たった一人だけでない」と語ったのは、ルネサンスの画家・建築家のヴァザーリです。
どんなに才能に恵まれた人でも、一人で孤立していては、成長を続けられません。
レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめ、きら星の如く優れた芸術家を生み出したルネサンスに、師弟の薫陶があり、先輩・後輩の継承があり、友と友との切磋琢磨があったことは、よく知られるところです。
人間の絆にこそ、創造の花を育て、開花させゆく光線があり、水分があり、滋養があるのではないでしょうか。
妻が近しいイタリアの婦人も、常に友や青年の話に耳を傾けて、励ましを贈り、多くの人材を育ててこられました。忘れ得ぬ方です。
彼女は十五歳の時に、突然、ポリオ(小児まひ)を患い、両足が不自由になりました。しかし断じて負けませんでした。悲嘆に打ちひしがれるより、学びに学び抜いて医師になったのです。自分が病気に苦しんできたからこそ、病気に苦しむ人を助けようという心からです。
慈愛の医師としての使命を果たして退職したあとに、仏法の生命哲学と出あいました。そして、かつて残酷な戦火に覆われたヨーロッパに、生命尊厳の哲学を伝え、人々の連帯を広げて、平和に貢献していくことを、人生の総仕上げとしていきます。
お子さんのいない彼女は、杖で体を支えながら歩きに歩いて、縁する青年を、息子のように、娘のように、激励してきたのです。
さらに日本語にも精通していた彼女の名翻訳が東洋の英知を紹介し、大きく道を開いて、今、イタリアでは幾万もの青年が続いて、生命ルネサンスの道を学んでいます。
この婦人が聡明な笑顔で語られていた言葉が、思い起こされます。
「どんな困難な状況があろうとも、一人一人とじっくり心の対話を重ねていけば、前進は可能です」
「異なる個性を持つ人がしっかりとスクラムを組んでいくことが大切です。それなくして世界平和の実現はありません」

◇負けない生命
〈先生は、歴史に名を刻んだ芸術家のごとく、今いる場所でベストを尽くし、偉大な価値を創造しゆく中に、「花の人生」が広がり、「花の都」が輝くとエールを送る〉
世界的なロベルト・ロンギ美術史研究財団のミーナ・グレゴリー会長は、若き美の探究者たちを育成されてきた芸術の母です。会長は私に語られました。「『芸術』は、生活を潤し、人生を豊かにする不可欠の宝です」と。
そして、「モノ」や「計算」や「利害」が中心となった殺伐たる時代を打ち破るために、芸術がもっと多くの人生に深く入っていくべきだと言われるのです。
フィレンツェのシンボルの一つであるヴェッキオ宮殿は、天井や壁、柱まで絵画や彫刻が配される美の殿堂であり、しかも中世から政治の中枢となってきました。
現在も市庁舎として使われています。
その広間の一角にさりげなく飾られているのが、大芸術家ミケランジェロの「勝利」の像です。
数々の迫害と苦難に勝って、不滅の名作を創り上げてきた彼は、毅然と断言しました。
「わたしは自分の今あるもろもろの条件の下で最善をつくすだけだ」
今いる場所で、いかなる苦難もはね返して偉大な価値の創造をしていく「負けない生命」こそ、最高の人間芸術でしょう。それは、フィレンツェの紋章の百合の花の如く、何にも汚されない清らかな花です。
この「花の心」から、「花の人生」が広がり、「花の都」が輝いていくのではないでしょうか。

花の人
 花の心の
  花の旅

(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第2巻所収)

2020年7月6日月曜日

2020.07.06 わが友に贈る

◇今週のことば
先師・恩師の法難の月。
「師子王の如くなる心を
もてる者必ず仏になる」
創価の誉れの師子は
いかなる難も越えゆけ!
2020年7月6日

聖愚問答抄上 P494
『邪正肩を並べ大小先を争はん時は万事を閣いて謗法を責むべし是れ折伏の修行なり』

【通解】
邪と正が肩を並べて立ち、大乗と小乗が争う時には、万事をさしおいて、謗法を責めなさい。これが折伏の修行である。

名字の言 具体的に現実に心を尽くす——"原爆被害者の会"の壮年の奮闘 2020年7月6日
平和の心を継承するために設立されたNPO法人"原爆被害者の会"の理事長をしている壮年が語っていた。「コロナ感染を防ぐため、人と人との物理的距離を保つことは大切。でも、恐れるべき対象はウイルスのはず。その対象が、いつの間にか『隣人』にすり替わってしまうことは防ぎたい」▼壮年は、高齢化する被爆者やその家族へ一軒一軒電話し、声を聞き、相談に乗り、心の距離を縮めてきた。今、約300人の会員から寄せられる信頼は絶大だ。壮年は言う。「どんな時も具体的に、現実に心を尽くしていく。すべて学会で培った平和創造の精神です」▼山岡荘八の小説『高杉晋作』(講談社)にこうある。「どのように高遠な識見も、それが現実に根をおろして実行されないのでは一椀の汁にも劣る」。確かに、「世界平和」や「人類愛」などを一般論で語るだけでは、人の胸に響かない。社会は動かせない▼それに対し、ある時は医師にも見放された病気の友に寄り添い、ある時は経済苦で生きる力を失いかけた友を懸命に励まし、朝な夕な"具体的"に"現実"に、民衆の幸福に尽くし抜いてきたのが学会の歴史である▼創立90周年の11月18日へ、自他共の幸福を足元から広げる創価の友。この誉れ高き連帯に連なる人生を、誇りに思う。(誠)

寸鉄 2020年7月6日
人の為、世界の為に戦うのが大聖人門下だ—恩師立正安国の大道を勇んで
祈りは心の希望を新鮮にする—文豪。今日も朝の勤行から爽やかに開始!
梅雨前線が活発。河川の増水や土砂災害に警戒。防災地図を確認し備えを
図書館で電子書籍の貸し出しが急増。良書は精神の滋養。触れる機会賢く
「元気な高齢者は魅力的」9割と。青春の心意気で生き生き進む多宝会の姿

☆日蓮大聖人の慈愛の眼差し 大田乗明 壮年こそ安心と確信の柱 2020年6月29日
◇下総地域で富木常忍、曾谷教信らと共に奮闘 大聖人から重要な御抄を頂くなど信頼厚き門下
壮年には、社会の荒波をくぐり抜けてきた経験がある。度胸がある。風格がある。
一家も職場も地域も、重鎮たる壮年世代に覇気があれば、活気があふれ、隆々と発展していく。
日蓮大聖人の御在世当時、多くの男性門下が信心の歩みを重ね、「広布の黄金柱」の壮年として活躍した。その一人が大田乗明である。
大聖人の励ましを胸に、自らの苦難と立ち向かいながら、妙法流布に生き抜いた。大聖人のお手紙からは、その求道の姿勢に対する信頼や期待の大きさをうかがうことができる。

◇妻と共に真心の供養を行う
大田乗明は、下総国葛飾郡八幡荘中山(現在の千葉県市川市中山)に住んでいた門下である。生年は大聖人と同じ貞応元年(1222年)と考えられている。早い時期から大聖人に帰依したとされ、下総方面(現在の千葉県などの一部)の中心的門下だった富木常忍や曾谷教信らと支え合いながら、純真な信心に励んだ。
大聖人が乗明、教信ら3人の門下に宛てられた「転重軽受法門」の内容から、文永8年(1271年)の竜の口の法難の直後、相模国の依智(現在の神奈川県厚木市)に留め置かれた大聖人のもとに、お見舞いを申し上げていることが分かる。この時、3人一緒に大聖人を訪ねたのかどうかは定かではないが、師匠の最大の難にあっても信心を貫いたのである。
また、大聖人が身延に入山された翌年の同12年(1275年)3月、乗明は教信との連名でお手紙を頂いている(御執筆年を、これ以前とする説もある)。当時、あらゆる難との闘争の中で、大聖人が所持されていた聖教(経釈などの書籍)の多くが失われていた。大聖人は、こうした経典類の収集を二人に依頼された。
大聖人はその際、「両人共に大檀那為り」(御書1038ページ)と記されている。「檀那」とは、在家の有力な信仰者との意味で、仏教教団を経済的に支える人を指す。「大檀那」との仰せに、いかに大聖人が、この二人の門下を重んじられていたかを拝することができる。
そんな乗明に試練が襲い掛かったのは、同じ年の建治元年(1275年)11月頃。病気に悩まされていることを、大聖人に御報告している。これに対する御返事の中で大聖人は、乗明の病気は、今までの真言の信仰を悔い改める心を起こしたゆえに、未来世に受ける重い苦しみを今、軽く受けているのであり、病を治して長寿とならないことがあるだろうか(同1011ページ、趣旨)と、万感の励ましを送られている。
また、大聖人の身延入山後も、乗明は夫人と共に、米や銭、衣服などの御供養を続けている。大聖人は、そのたびに心からの感謝の念を表されるとともに、供養の功徳は、計り知れないほど偉大であることを教えられている。
例えば、建治3年(1277年)11月に、乗明の夫人が小袖(袖丈の短い衣服)を御供養した際には、その功徳により、後生(未来世)において極寒に責められるという苦しみを免れるだけでなく、今生には種々の大きな難を払い、男女の子どもたちにまでその功徳が及ぶ(同1013ページ、趣旨)と仰せになっている。
頂いたお手紙の内容から、乗明の夫人が、信心や法門の理解の上でも優れた女性であったことがうかがえる。真心の御供養をはじめ、師匠のために尽くし抜き、懸命に信心に励む功徳は、自らを包み守ることはもちろんのこと、子どもたちにまでも及んでいく——大聖人の確信の言葉に、夫人は夫と共に、偉大な師匠と最極の妙法を持つ人生の喜びを実感したに違いない。

◇師匠の精神を後世に伝える
大聖人は、求道心にあふれた乗明の信心の姿勢を、最大に称賛されている。弘安元年(1278年)4月に送られたお手紙で、次のように述べられている。
「あなた(乗明)が、私(大聖人)の教えを聞いてからは、それまで信仰していた真言宗への執着をきっぱり捨てて法華経に帰依し、ついには自己の身命よりも法華経を大事に思うほど、強盛な信心を確立するまでになった。これはまことに不思議なことである」(同1015ページ、趣旨)
このような仰せからも、乗明が確固たる信仰の基盤を築いていたことが分かる。他の御抄では、「聖人」や「上人」とまでたたえられている。
ところで、このお手紙を頂く前に、乗明は「自分は厄年に当たっており、そのためか、心身共に苦悩が多くなりました」(同1014ページ、趣旨)と、大聖人に報告したようだ。
これに対して大聖人は、「法華経を受持する者は教主釈尊の御子であるので、どうして梵天・帝釈・日月・星々も、昼夜に、朝夕に守らないことがあろうか。厄の年の災難を払う秘法として法華経に過ぎるものはない。まことに頼もしいことである」(同1017ページ、通解)と仰せになっている。
法華経を持つ者は、諸天善神に必ず守られる。いかなる難も法華経の信仰で免れることができる——師の励ましに、大きな勇気を得た乗明は、一層、信心を深めていっただろう。
その後、乗明は「三大秘法禀承事(三大秘法抄)」を与えられている。三大秘法とは、大聖人が明かされた前代未聞の三つの重要な法理であり、大聖人の仏法における根幹である。この重書を後世へと託されたこと自体が、乗明に対する大聖人の深い信頼の表れであるといえよう。
乗明は、大聖人が弘安5年(1282年)10月13日に御入滅になられた後、その翌年の同6年(1283年)4月26日に亡くなったとされている(他の説もある)。師匠から重要な御抄を頂くとともに、最期まで、それを後世に伝えゆく、使命の生涯を送ったのである。
池田先生は、下総地域で奮闘した三人の男性門下について、次のようにつづっている。
「下総方面の中心であった、富木常忍、大田乗明、曾谷教信も壮年である。(中略)この壮年たちが、今こそ立ち上がろうと、勇猛果敢に戦い、同志を励ましていったからこそ、大法難のなかでも確信の柱を得て、多くの人びとが、信仰を貫き通せたにちがいない。壮年がいれば、皆が安心する。壮年が立てば、皆が勇気を燃え上がらせる。壮年の存在は重い。その力はあまりにも大きい」
一人の壮年が揺るぎなき信心で立ち上がり、師匠のため、広布のために尽くす実践は、全てが福徳となり、自身のみならず、一家の勝利を開いていく。そして、周囲の人々にも励ましの輪を幾重にも広げていけるのである。

2020年7月5日日曜日

2020.07.05 わが友に贈る

全国各地で雨が続く。
土砂災害に厳重警戒!
気象情報に注意し
いざという時は
早めの防災行動を!

報恩抄 P314
『「法華経を讃むると雖も還て法華の心を死す」等云云、此等をもつておもうに法華経をよみ讃歎する人人の中に無間地獄は多く有るなり』

【通解】
「法華経を讃むるといえども、かえって法華経の心を死す」等と。
これによって、つくづくと思うのは、むしろ法華経を読み法華経を賛嘆する人々の中に、かえって無間地獄におちる人が多くあるのである。

名字の言 ハスの一種「中日友誼蓮」が誕生した逸話 2020年7月5日
間もなく見頃を迎えるハスの一種に、「中日友誼蓮」がある。1963年の秋、中国で中日友好協会が発足。この時、植物学者の大賀一郎博士は、同協会の名誉会長に就任した郭沫若氏に、「大賀ハス」の実を贈った▼博士の真心を、氏は喜び、「大賀ハス」は北京や杭州など、中国の10カ所で植栽された。その後、ハスは中国内で中国古代蓮と交配され、「中日友誼蓮」と名付けられた新品種が誕生。66年に、その種が中国から日本に届けられた▼「ハスは平和の象徴なり」が、大賀博士の信念だった。中国にハスを贈った際、その言葉を認めた書も届けている。日中関係の先行きが見えない中、ハスの花は両国間の友好を願う人々の心を結ぶ希望でもあった▼中国・周恩来総理の先祖といわれる思想家・周敦頤は、「愛蓮の説」という文に記している。「蓮の淤泥より出でて染まらず、清漣に濯われて妖ならず」(蓮の花は泥の中から出ても泥に染まらず、清らかなさざ波に洗われても妖しい美しさがない)▼泥中に根を張り、清らかに咲く蓮の花のように、困難な現実にも諦めず、理想を求めて強く、気高く生きていく——法華経が説く「如蓮華在水」の法理のままに、平和と幸福の花を咲かせる人生ほど、美しいものはない。(芯)

寸鉄 2020年7月5日
学会の強みは青年が支えていること—恩師。さあ青年の月から友情を拡大
宮城女性の日。不撓不屈の信心!勇気の励まし!婦女一体で地域に希望を
「娑婆世界は耳根得道の国なり」御書。故に一本の電話も大切に。大誠実で
志があれば努力への刺激に—作家。立正安国の理想を胸に。祈りから出発
生活習慣病患者の2割がコロナ恐れ、通院自粛と。自己判断せず医師に相談

☆みんなで学ぶ教学 第8回 難を乗り越える信心
◇試練に打ち勝ち境涯を開こう
今回の「みんなで学ぶ教学」は「難を乗り越える信心」がテーマです。日々、仏道修行に励む中で、"なぜ"という窮地に立たされることがあります。幸福になるために信心に励んでいるのに、どうして試練に直面するのでしょうか。さて、なにやら上機嫌なカツヤさんがいます。

カツヤ ユタカ支部長! 仏法対話に挑戦しようと決意していたのに、なぜこんなことに……。

ユタカ カツヤくん。それはショックだよね。気持ちは分かるよ。でも、そんなことでせっかくの決意を失ってはいけないよ。
私も"もっと広宣流布のために頑張ろう"と決意した直後、突然病気で入院することになって、同じように思ったことがあったなあ。

カツヤ ユタカ支部長でも「信心しているのに、なぜ」と思ったことがあるんですね。

ユタカ もちろんあるさ。でも、先輩や同志の励ましで、"絶対に負けられない"と毎日真剣な唱題に挑戦するようになったんだ。今は治って前よりも元気だし、病気のおかげで信心の確信が深まったと感じているよ。

カツヤ そんなことがあったんですね。でも、どうして頑張ろうと思った時に邪魔されるんですか?

ユタカ それを仏法では「魔」というんだ。信心を実践し、自身の生命を変革しようとしている人には、それを阻もうと「魔」が競い起こるんだ。
御書に「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る」(御書1087ページ)とあるように、信心が深まると「三障四魔」というさまざまな障害が必ず現れる。
試練に直面したということは、カツヤくんが前進しているということなんだ。

カツヤ そうなんですか? 三障四魔は、3と4で7種類あったりするんですか?

ユタカ 鋭いね! 「三障」とは「煩悩障」「業障」「報障」のことで、「障」とは、障り、妨げということなんだ。
「四魔」には「陰魔」「煩悩魔」「死魔」「天子魔」があるんだ。「魔」とは、仏道修行者の生命から、輝きを奪うはたらきのことだよ。

カツヤ なんか全部、強そうですね……。

ユタカ 例えば、インターネットの動画に夢中になって勤行を忘れたり、上司や家族に信心を反対されて不安になったり、さまざまな形で現れるんだよ。

カツヤ えー。なんか負けそうです。

ユタカ 大事なことは、魔を魔と見破ることだよ。日蓮大聖人は「難来るを以て安楽と意得可きなり」(同750ページ)と仰せなんだ。
信心に励んでいる時に起こる難は、例えるなら、自転車に乗っていて、長くて急な坂道に遭遇するようなものだよ。でも、その坂を登り切った時に、見晴らしの良い景色が広がる。心がぱっと明るくなるだろ。苦難の坂を登り切ることで、境涯を大きく開いていけるんだ。
やがては、どんな坂でも登っていける力が付く。何があっても人生を楽しんでいくことができるんだ。

カツヤ 最近、自転車で通勤しているので、実感があります。「難」が起きたとしても、乗り越えればいいんですね。

ユタカ そうだね! "勤行しようかな""学会活動をがんばろうかな"という時に、それを妨げることが起きたら、まずは「三障四魔だ!」と見破っていくことだよ。そして「成長している証し」と、負けずに信心に挑戦していこう。
池田先生は「正しいからこそ、苦難がある。戦うからこそ、悩みも大きい。その試練を乗り越える中で、一段と境涯が開かれる」と指導されているよ。

カツヤ 「対話は諦めよう」と思った今が、成長のチャンスなんですね! さっそく決意の唱題をしようと思います。

ユタカ すばらしいね。じゃあ"同盟唱題"しようか!

☆質問BOX 家族や周囲から信心を反対されます。 2020年6月27日
【質問】家族や周囲から信心を反対されます。

【回答】
親しい人から反対されるのはつらいものです。しかし、反対されるということは、"自分のことを真剣に思ってくれている"と考えることもできます。親しい人からの批判や反対のほとんどは、創価学会に対する無認識から生じた、誤解によるものです。
大事なことは、自分自身が信心によって成長することです。その中で"消極的な自分が積極的に変わった""思いやりをもって行動できるようになった"という「人間革命」の姿が、必ず周囲の誤解を解いていきます。それこそが本当の意味で、家族や友人を大切にすることになります。
池田先生は「決して焦ることはない。まず、自分が立派に成長する姿を見せて、安心してもらうことだ」と語っています。
真心が家族や友人に伝わるよう、焦らず日々の学会活動に挑戦していきましょう。

2020年7月4日土曜日

2020.07.04 わが友に贈る

師弟の月・7月を
男女青年部が力走!
真心の励ましを
朗らかに広げ
誓願の大道を進もう!

聖人等御返事 P1455
『各にはおづる事なかれ、つよりもてゆかば定めて子細いできぬとおぼふるなり』

【通解】
あなた方は、恐れてはならない。いよいよ強く進んでいくならば、必ず、正しい経緯が明らかになると思います。

名字の言 映画界の巨匠・黒澤明監督にとって「傑作」とは? 2020年7月4日
映画界の巨匠・黒澤明監督が、ある表彰式で質問を受けた。「あなたの作った映画で何が一番傑作ですか?」。「羅生門」「七人の侍」……"候補"は数え切れない。だが黒澤監督は答えた。「傑作はありません」▼うまく伝わらなかったのかと、同じ質問が繰り返された。監督は再び答えた。「芸術家にとって、傑作というものはありません。あるとすれば、それは未来の作品です」▼この有名な逸話を通して、哲学者の梅原猛氏は語る。できあがったものに満足せず、いつも未来に傑作があると思う——これが本当の芸術家、学者の偽らざる心である、と(『学ぶよろこび』朝日出版社)▼"次こそ"という心を持つ人は、常に向上していく。福島県のある多宝会の婦人部員は、信心根本に経済苦、大病を克服。悠々と人生の総仕上げをと思った矢先、原発事故の影響で避難生活を強いられた。だが婦人は負けなかった。「まだまだ! 私の人生、ここからが本番よ」。震災後、婦人は2人の友を入会に導いた。今、本紙を携え、生き生きと仏縁を広げる▼池田先生は「仏法者とは、永遠の求道者であらねばならない。そこに、人間革命の道がある」と。今日より明日へ、前を向く心から"人生の劇"は生まれる。自分らしく挑戦を重ねる"名優"でありたい。(閃)

寸鉄 2020年7月4日
信心を貫けば「善根として動かざる事なし」御書。唱題第一で勇敢に前進!
家庭や職場で慕われる事が指導者への道—恩師。慈愛と信頼光る灯台たれ
忍耐はあらゆる困苦に対する最上の治療—作家。共々に負けじ魂燃やして
食糧不足の人、世界で倍増と。国際社会の協力急務。共生の時代創出こそ
天候の急変に注意。「前前の用心」で外出前に予報を確認。行動は無理なく

☆6月度「座談会拝読御書」 曾谷殿御返事(輪陀王御書) 森中教学部長「SOKAnet」の講義から
◇強盛な祈りで安穏な社会を
◇はじめに
本抄は、別名に「輪陀王御書」とあるように、輪陀王と白馬の有名な故事が描かれている御書として知られています。
——昔、輪陀王という王がいました。この王は、白馬のいななきを聞くことで生命力を高め、その力で国も栄えていました。
この白馬は、白鳥を見て、いなないていたのですが、ある日、白鳥が突然いなくなってしまい、白馬は鳴かなくなります。すると、王の生命力が弱まり、国は衰え、外国からの侵略も始まりました。
さまざまな人が祈りましたが白鳥は戻りません。そこに馬鳴菩薩が現れて、祈ったところ、たちまち白鳥が現れ、白馬は喜び、いななきます。王は以前の百千万倍の力に満ち、人々も活気を取り戻し、国に安穏が戻った——というお話です。
日蓮大聖人が、この故事を通して、何を仰せられているのかを、念頭に置いて学んでいきましょう。
※SOKAnetで配信されている「白馬のいななき」は、こちらから視聴できます。

◇背景と大意
本抄は、弘安2年(1279年)8月、日蓮大聖人が、曾谷教信の子息である曾谷道宗に送られたとされているお手紙です。
この当時、"蒙古が再び攻めてくるのではないか"と懸念されており、人々は、恐怖におびえていました。
1度目の蒙古襲来の後、その恐ろしさを知り、日本中が騒然としている中で、戦乱の危機に加えて、飢饉や疫病が日本中に広がり、天候不順も続いていました。誰もが、「死」という現実を目の当たりにしている状況だったのです。
反対にいえば、武士から庶民に至るまで、誰もが「生きる意味」について、何らかの問い掛けをしていた時代であったとも考えられます。
本抄を頂いた曾谷道宗について、詳細は分かりません。しかし、父・教信は、富木常忍や大田乗明と並んで、下総国(現在の千葉県北部など)で活躍した門下です。
この御書を頂いた2年後の弘安4年(1281年)7月には、教信は、蒙古との戦闘に備えて筑紫(現在の九州北部)に行くことになります。まさに、こうした時代の動乱の中で、大聖人は、曾谷殿親子に信仰の本質を教え、希望を送られます。

◇拝読御文
『白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり、此の声をきかせ給う梵天・帝釈・日月・四天等いかでか色をましひかりをさかんになし給はざるべき、いかでか我等を守護し給はざるべきと・つよづよと・をぼしめすべし』(御書全集1065ページ3行目〜5行目、編年体御書1204ページ15行目〜17行目)

◇諸天を動かす
日蓮大聖人は、「白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり」と仰せです。"白馬のいななき"を、大聖人門下の「南無妙法蓮華経の声」に例えられています。
続いて、題目の声によって、梵天・帝釈をはじめとする一切の諸天善神の色つやが増し、威光が強くなると仰せです。
諸天善神とは、法華経の行者や国土を守る、あらゆる善の働きです。
そして、大聖人は門下に「いかでか我等を守護し給はざるべきと・つよづよと・をぼしめすべし」と呼び掛けられます。
この御文を拝して、曾谷氏が、"全ては信心が根本だ""強く強く信心を深めていこう"と、一切の不安や困難に力強く立ち向かい、立正安国の闘争を誓ったことは間違いないでしょう。

◇題目の意義
池田先生は、本抄を講義した『勝利の経典「御書」に学ぶ』で、私たちが唱える題目の意義を三点にわたって講義しています(別掲)。
�「題目は、『宿命転換の根源力』です。いかに強固なる宿命の鉄鎖も、わが生命の根源の力を呼び現す題目の妙用で断ち切っていけるのです」
�「題目は、『人間革命の源泉』です。わが生命に本来具わる仏の命を題目で呼び現し、その自由で晴れ晴れとした生命力を満喫するとき、『歓喜の中の大歓喜』と言うべき大境涯を開くことができるのです」
�「題目は、『立正安国の原動力』です。題目でわが生命に開かれた歓喜の波動は、全宇宙へと瞬時に広がっていきます。それゆえ、必ず、一切衆生の歓喜の波動を呼び起こし、わが家庭、わが地域、わが国土が歓喜で包まれていくのです」

◇難を乗り越える
さらに、先生は「師弟誓願の題目」を訴えています。
本抄で大聖人が曾谷殿に教えられているのは、"師弟が共に誓願に立つこと"です。
拝読御文の直前に、「白馬は日蓮なり・白鳥は我らが一門なり」(御書1065ページ)とあります。
弟子である白鳥の声で、白馬が元気になる——白鳥と白馬の声が国を変えるのです。
つまり、師匠と弟子が心を合わせた「師弟誓願の題目」が原動力となって、一人一人が悩みや苦難を乗り越え、一国、そして人類の宿命をも転換することができるのです。
あらためて、師弟の宿縁がどれほど強い絆であることか。本抄には、「しかるに日蓮が一るいいかなる過去の宿じうにや法華経の題目のだんなとなり給うらん」(同ページ)と仰せです。
私たちで言えば、創価学会の師弟に連なることが、どれほど意義深いことか。
池田先生は、「大白蓮華」6月号の巻頭言で述べています。
「御本仏とご一緒に、牧口先生が命を賭して示し遺してくださった、何ものにも負けない『師子王の心』こそ、我ら師弟の不滅の原点といってよい。
広布と人生の途上において、いかに先の見えない苦境に追い込まれても、殉教の先師の忍難弘通の姿を思えば、何を嘆くことがあろうか。何を惑うことがあろうか」
「人類が一丸となって試練に立ち向かう今、『生命尊厳』の信念と『変毒為薬』の英知輝く、若き創価の世界市民の連帯は何と頼もしいことか」
私たちは、ますます「生命尊厳」の旗を掲げ、世界に地涌の連帯を強め、人類の境涯を高めていく——師弟誓願の唱題で、一切の困難をたくましく乗り越えていきましょう。

2020年7月3日金曜日

2020.07.03 わが友に贈る

今日できることに
ベストを尽くそう!
その努力の積み重ねが
人格を磨いていく。
人生を輝かせていく。

光日房御書 P929
『をひたるはわはとどまりてわきき子のさきにたつなさけなき事なれば神も仏もうらめしや、いかなればをやに子をかへさせ給いてさきにはたてさせ給はずとどめをかせ給いてなげかさせ給うらんと心うし、心なき畜生すら子のわかれしのびがたし』

【通解】
年老いた母が生き残って若き子が先だったのは、余りに情けない事なので、神も仏もうらめしい。どうして、親と子をかえて、親の方を先立せずにこの世に留め置いて、嘆かされるのであろうかと実につらいことである。心ない畜生でさえも、子との別れには堪え難いものである。

名字の言 きょう7月3日。創価の三代会長に脈打つ「不惜身命」の精神 2020年7月3日
「御手紙拝見、くりかえし くりかえし 楽しんでいます」。大戦中、軍部権力に捕らわれた牧口先生を支えた一つが手紙だった。獄中に届く家族からの手紙を生きる励みとし、自らもペンを執り、つづった。1943年(昭和18年)7月6日の逮捕から殉教までの1年4カ月に書いた家族宛ての書簡31通が残されている▼同じく牢獄にあった戸田先生は、子息への手紙に"同時刻に題目を唱えよう"と書き送った。父と子の"同盟唱題"である。コロナ禍にあっても、手紙等で心を結び、祈りを広げる世界の創価の友を、両先生が頼もしく見つめておられるだろう▼池田先生が事実無根の罪で逮捕されたのは57年(同32年)7月3日。権力の魔性と戦った三代の会長によって、法華経の「不惜身命(身命を惜しまず)」の精神は現代によみがえった。池田先生は語る。不惜身命とは「命を粗末にするということではない。自分の尊い生命を、仏法のために惜しまず使っていくということです」と▼人から"奪う"のではなく、"与える"ことを教えたのが仏法。人々に真心を、励ましを、勇気を、希望を与えていく。その努力と祈りが、自身の小さな殻を破る▼世界広布を実現してきた三代の師匠と創価の父母たちの不惜身命の魂を受け継ぐ、誓いの月としたい。(進)

寸鉄 2020年7月3日
師弟不二の原点「7・3」世界広布は三代の大闘争ありて実現。青年よ続け
東北の日。郷土を照らす希望の連帯!今こそ立正安国の旗掲げ対話拡大を
「うれしきかな末法流布に生れあへる我等」御書。同志との共戦は最高の宝
熱中症は予防が最も大切と。早めの水分・塩分補給、冷房利用で賢く対策
親が本を読むほど子の読む本の数も多く。豊かな心育む読書週間を家庭で

☆心に御書を 第56回 題目の功力は絶大
〈御文〉
『法華経の題目をつねは・となへさせ給へば此の妙の文じ御つかひに変ぜさせ給い・或は文殊師利菩薩或は普賢菩薩或は上行菩薩或は不軽菩薩等とならせ給うなり』(妙心尼御前御返事、1484ページ)

〈通解〉
(あなた<妙心尼>は)法華経の題目を常に唱えられているのだから、この「妙」の文字が(冥途の故入道殿への)御使いに変じられ、あるいは文殊師利菩薩、普賢菩薩、上行菩薩、不軽菩薩となられるのである。

〈池田先生が贈る指針〉
最愛の家族を亡くした方への励ましである。
妙法は、地球を動かし、太陽を輝かせ、大宇宙を運行させる究極のリズムである。十方の仏菩薩を味方にし、わが眷属も生死を超えて護り抜ける。
題目の人に行き詰まりはない。最極の智慧も勇気も忍耐力も涌現する。必ず"一番、良かった"と言い切れる人生の軌道となるのだ。

☆ロータスラウンジ 第15回 見宝塔品第十一〈上〉
◇自行化他にわたって妙法を唱えるとき私たちの生命が宝塔となる
■大要
「見宝塔品第十一」では、冒頭、七宝で飾られた巨大な宝塔が大地から涌現し、空中に浮かびます。その塔の中から「多宝如来」が、釈尊の説法が真実であると証明します。さらに、会座に集った人々を、仏が神通力で虚空へ浮かび上がらせます。ここから説法の場が「虚空会」になります。そこで釈尊は、「六難九易」等を通して、滅後の法華弘通を勧めます。それでは内容を追ってみましょう。

●シーン1
仏の前にこつぜんと、高さ500由旬、縦横250由旬もの、金・銀・瑠璃などの七宝で飾られた巨大な宝塔が、大地から涌現し、空中に浮かびます。(由旬は、インドの距離の単位。1由旬とは帝王が1日に行軍する道のりとされ、およそ10キロメートルと考えられている)
すると、その時、宝塔の中から大音声が聞こえてきます。
「すばらしい。すばらしい。釈尊は、よくぞ法華経を大衆のために説いてくださった。その通りです。その通りです。あなたが説かれたことは、すべて真実です」
会座の四衆(出家・在家の男性と女性)は、宝塔が空中に浮かんでいるのを目の当たりにし、その中から響く声を聞いて喜び、また驚きつつ、宝塔に合掌します。

●シーン2
その時、大楽説菩薩が、人々の疑念を知り、釈尊に問います。
「どういうわけで、宝塔が大地から現れ、その中から声が発せられたのですか」
釈尊は答えます。
「この宝塔の中には、多宝如来という名前の仏様がおられる。
この仏様は、かつて菩薩の道を修行していた時に、大きな誓いを立てたのです。『法華経が説かれる所があれば、私の塔はその前に現れ、証明役となって、すばらしい、すばらしいと讃嘆しよう』と。
だから今、法華経が説かれるこの場所に、多宝如来の塔が出現して、『すばらしい。すばらしい』と、讃嘆したのです」

●シーン3
それを聞いて、大楽説菩薩は、釈尊に要請します。
「私たちに、多宝仏の姿を見させてください」
釈尊は、大楽説菩薩に告げます。
「この多宝仏には、『釈尊の分身となって十方世界(全宇宙)で法華経を説いている仏をすべて呼び戻したならば、私は姿を現そう』との深き願いがあるのだ。
今、十方世界で説法している私の分身を集めようと思う」
ここから、いわゆる「三変土田」が始まります。
——まず、釈尊は、分身の諸仏が集まってこられるように、今いる娑婆世界を清浄にし、不信の人界・天界の衆生を他の国土に移して、分身の諸仏を集めます。
しかし、入りきれなかったため、さらに2度にわたって、八方それぞれの二百万億那由他という無数の国土を清浄にして、人界・天界の衆生を他の国土に移し、十方の世界の諸仏を集め、一つの仏国土に統一しました。
このように、3度にわたって国土を清めたことを「三変土田」といいます。

●シーン4
釈尊は、一堂に会した十方世界の分身の諸仏が"宝塔の扉を開いてほしい"と望んでいることを知り、空中に浮かびます。
人々は起立し、合掌して、その模様を見つめています。釈尊は右の指で、宝塔の扉を開きます。
全ての聴衆は、宝塔の中に多宝仏の姿を見ます。さらに、「すばらしい。すばらしい。釈尊は快く法華経を説いてくださる。私は法華経の説法を聞くために、ここに出現したのだ」と語るのを聞きます。

●シーン5
その時、宝塔の中の多宝仏は、自分の座っていた場所の半分を釈尊に与えて語ります。
「釈尊よ。この場所にお座りください」
釈尊が宝塔の中に並んで座ります(二仏並坐)。
人々は「仏は高く遠い所にいらっしゃる。どうか仏の神通力によって、私たちを空中に引き上げてください」と願います。
釈尊はその思いに応え、神通力によって大勢の人々を空中に引き上げると、大音声で皆に告げます。
「だれか、この娑婆世界で、広く法華経を説くものはいないか。私は、もう長くは生きていない。法華経の弘通を託したいのだ」
ここから、「嘱累品第二十二」まで空中での説法がつづきます。これを「虚空会の儀式」と言います。

●偈文
これまでの説法の意義を繰り返して、偈(詩句の形式)として説かれます。
見宝塔品では、ここに「令法久住」や「六難九易」「此経難持」といった大切な法理が示されます。
該当の箇所を追ってみます。

◇ ◇ ◇
宝塔が出現し、十方の諸仏が集まったのは何のためだったのでしょうか。それは「令法久住(法をして久しく住せしめん)」(法華経387ページ)のためであったと記されています。未来永遠にわたって妙法が伝えられるようにするためであったのです。
さらに、仏の滅後に法華経を持ち弘めることが、他の経典の場合にくらべて、いかに難しいかを「六難九易」を挙げて説かれています。
法華経では「諸余の経典は 数恒沙の如し 此等を説くと雖も 未だ難しと為すに足らず」(390ページ)から「我滅して後に於いて 若し能く 斯くの如き経典を奉持せば 是は即ち難しと為す」(393ページ)までの箇所に、九つの易しいことと、六つの難しいことが具体的に記されています。
それを受けて「此経難持(此の経は持ち難し)」(同ページ)と、仏の滅後に法華経を受持することがいかに困難であるかが示されます。
だからこそ、法華経を受持しゆく大願をおこす人こそが、無上の仏道を得ることができると教え、「自説誓言(自ら誓言を説け)」(同ページ)と、誓願を勧めているのです。(�に続く)

【『法華経の智慧』から】 限りなく境涯が広がる
妙法蓮華経の説法によって、妙法蓮華経の宝塔が涌現する。私どもが自行化他にわたって妙法を唱えるとき、私たちの生命が宝塔となる。宝塔が出現する。唱えられる法も妙法蓮華経。唱える私たちも妙法蓮華経です。
◇ ◇ ◇
依正不二ですから、我が身に宝塔を開けば、我が生きる世界も宝塔の世界であり、「宝塔の中に入る」ことになる。御本仏の世界の一員として、自在に活躍しているということです。このちっぽけな自分という身が、七宝で荘厳され、大宇宙へと限りなく境涯が広がるのです。これほどすばらしいことはない。
◇ ◇ ◇
我が身に宝塔を見、我が友に宝塔を見る。そして「宝塔」また「宝塔」の林立で、我が地域を荘厳していくのです。地球を荘厳していくのです。
◇ ◇ ◇
広布への行動によって、初めて「宝塔」は立つ。観念ではない。現実との格闘であり、大難との真剣勝負です。そこに「聞・信・戒・定・進・捨・慚」の七宝で飾られた自分自身と輝くのです。(普及版<上>「見宝塔品」)

【コラム】七宝——わが身を輝かせる
「見宝塔品」に出てくる巨大な宝塔は、金・銀・瑠璃などの七宝で飾られていました。
それは、尊厳なる生命を表現しているといえます。
大聖人は、この七宝について「聞・信・戒・定・進・捨・慚」であると示されています(御書1304ページ)。
「聞」とは、正法を求め聞き学ぶことです。「信」とは、妙法を信受することです。「戒」とは、末法にあっては妙法を受持することです。「定」とは、不動の信を確立することです。「進」とは、精進のことです。「捨」とは、煩悩などを捨てることです。「慚」とは、反省し、求道心を絶やさないことです。
つまり、この七つの修行、私たちにとっては、自行化他にわたる唱題行によって、自分自身の生命を最高に光り輝かせていくことができるのです。

★〈直球勝負 @伝言板〉 2020年6月8日
御書こそ人生の 荒海渡る羅針盤  千葉県松戸市 寺岡洋(会社員 53歳)
新型コロナの影響で仕事はテレワークとなり、毎日のように朝から晩までパソコンに張り付いていました。肩凝りと眼精疲労で体もきつく、窮屈な日々でした。
そこでゴールデンウイークは、青年部時代に果たせなかった御書の研さんを決意。「開目抄」と「観心本尊抄」を聖教新聞社発刊の『世界広布の翼を広げて 教学研鑽のために』と『現代語訳』を活用し、全編精読しました。手になじみやすいサイズで、『現代語訳』がとてもためになりました。次は、「撰時抄」「報恩抄」の『現代語訳』を活用し、五大部の精読に挑みたいと思います。
本紙5月10日付「壮年部のページ」で、指導集『黄金柱の誉れ』から、教学の大切さについての池田先生の指導を学び、勇気を得て、ますます御書の研さんに励もうと決意することができました。
「御書は『信心の背骨』であり、ゆえに確固不動の『人格の背骨』となるのだ」「教学こそ、危険千万な人生の荒海を渡るための羅針盤の大哲学なのである。教学が強くなれば、信心はさらに強くなる。反対に強靭な"背骨"がなければ、いざという時に弱い」とありました。
今まさに「いざという時」です。支部の皆さまにも、御書を学び、眼前の荒海を乗り越えようと訴えていきます。

★〈声〉 読者の投稿 2020年6月19日
ピアノの調べが 強く優しく響く 千葉県松戸市 谷由紀子(75歳)
6・10「婦人部の日」の聖教電子版で、「真心のピアノの調べ 最も大切な婦人部に贈る」と題した池田先生のピアノ演奏を視聴しました。
北は北海道から南は沖縄まで、全国各地の同志との写真を背景に、池田先生のピアノの音色が、優しく、力強く響き、心に染みました。まるで先生ご夫妻と一緒に、皆で「婦人部の日」をお祝いしているかのような気持ちになりました。
「荒城の月」「さくら」、創価学園の寮歌(当時)、「うれしいひなまつり」「夕焼小焼」「春が来た」と曲が進むにつれて、自身の思い出がよみがえりました。入会当初から学生部、女子部、そして現在の婦人部へ。学会活動を通し、宿命を使命に変えていった苦闘と歓喜の日々は私の"心の財"です。同時に、"今が、一番幸せ"と確信することができ、感謝でいっぱいになりました。
曲目の最後、「熱原の三烈士」の演奏を聞きながら、私は決意を固めました。"新型コロナ禍は、新しいアイデアを生み出すチャンスと捉えよう。婦人部は負けない! 何があっても創価学会と共に!池田先生と共に! 希望の人生を歩もう!"と。
決意も新たに、「希望の絆 女性月間」を明るく前進します。

2020.07.02 わが友に贈る

仕事や生活の
新たな日常を皆が模索。
自身の感染防止対策が
周囲の人の健康も守る。
さらなる想像力を!

一代聖教大意 P401
『人の不成仏は我が不成仏、人の成仏は我が成仏凡夫の往生は我が往生』

【通解】
他人の不成仏は我が不成仏、他人の成仏は我が成仏、凡夫の往生は我が往生である。

名字の言 漫画家から落語家になった林家木久扇氏。「『ああ、こっちでよかったんだ』と思える生き方を」 2020年7月2日
「もともと僕は、落語家になるつもりなんて、少しもなかった」と語るのは、林家木久扇氏。18歳で会社に就職するも、4カ月で退社。漫画家に弟子入りした▼作品が雑誌に掲載され、漫画家として歩み始めた4年目のこと。師匠から、「絵が描けてしゃべれたら売れるぞ、ちょっと落語をやってみたら」と言われた。漫画の取材のつもりで、三代目桂三木助に入門。そして、そのまま落語家になった▼収入の少ない前座時代は、雑誌の挿絵を描き、生活費を工面したことも。苦労はあったが、後悔はないという。「飛び込んだあとで、状況や環境を自分の意に沿うようにしちゃえばいい。『ああ、こっちでよかったんだ』と思える生き方を、自分でつくっちゃえばいいんですよ」と氏。本年、高座生活60周年を迎えた(『イライラしたら豆を買いなさい』文春新書)▼人生、思ってもみなかった道に進むことがある。それを"なぜこんなことに"と嘆くより、"新しい自分になるための舞台"と捉えれば、その瞬間から可能性の扉は開いていく▼池田先生は「たとえ失敗しても、へこたれずに努力したことが、全部、自分自身の揺るぎない根っことなる」と。根が深いほど、木はたくましく育つ。青年の心で挑戦し、強い根を張る7月に。(銘)

寸鉄 2020年7月2日
強く正しき信仰は、必ず明朗な人生を開く—恩師苦境に勝つ勇気の祈りを
夕張大会の日。北海天地に轟いた正義の師子吼。バトン持つ若人よ立て!
きょう1年の"真ん中"。希望は自分で創るもの。目標を再度明確に大前進
「あおり運転」は自転車も犯罪として摘発対象に。悪質な危険行為は撲滅!
大雨が過ぎた後も土砂災害に警戒。「無冠の友」の皆さま、呉々も無事故で

☆四季の励まし 青年の心で価値ある人生を 2020年6月28日
【写真の説明】みずみずしい緑。右手に、大相撲で知られる両国国技館(東京・墨田区)が見える。2017年(平成29年)6月、池田大作先生が撮影した。
この付近には、かつて日大講堂があった。32歳の池田先生が第3代会長に就任した地であり、1万数千人の青年たちの前で「日中国交正常化提言」を発表した場でもある。先生は「ここから、広布の使命を自覚した、いかに多くの青年たちが、世界へ羽ばたいていったことか」と。
一人の青年が立ち上がれば、勇気の炎は燃え広がり、時代が動く。来る6月30日は学生部の結成記念日。そして7月11日は男子部、同19日は女子部の結成記念日である。
さあ、青年を先頭に、青年の心で励ましの光を広げよう!

◇池田先生の言葉
青年とは先駆者である。
挑戦者である。
開拓者である。
すでに、
でき上がった土台の上に、
自分が
花を咲かせるのではない。
人のため、社会のため、
あとに続く
後輩たちのために、
自分が礎となる——。
この青年の
誇り高き闘魂によって、
道なき道が開かれる。

価値ある人生、なかんずく
「価値ある青春」を
開くもの——。
それは「今まで、
どうであったか」ではない。
「これから、
どう生きるか」。
この力強い
前向きの一念である。
そこに勝利の道がある。
今の自分を超える労作業に
絶えず挑戦していく。
その「向上する心」にこそ、
青年の魂がある。

青年の力は無限である。
たとえ
逆境に突き落とされても、
ピンチを
チャンスに変える。
最後に勝つ
ドラマをつくる。
それが青年の強さである。
偉大な使命に生き抜けば、
偉大な自分を
築いていける。

青年の証しとは何か。
それは年齢ではない。
年老いても
「心は青年」の人がいる。
心が生きているか
死んでいるか。
わが胸に
「戦う心」が燃えているか
どうかである。

さあ、いよいよ、
太陽輝く7月へ!
躍動する「青年の月」へ!
偉大なる創価の師弟は、
断固と全てに
勝ちまくっていくのだ。
人類の幸福と平和という、
世界広宣流布の
大願を高く掲げ、
さらに壮大なる
創価の「師弟の物語」を、
来る日も来る日も、
綴り築こうではないか!

2020年7月1日水曜日

2020.07.01 わが友に贈る

無限に向上する人には
他者から学ぼうとする
謙虚な姿勢がある。
周囲への感謝を忘れず
探求心を燃やしゆこう!

国府尼御前御書 P1325
『日蓮をこいしくをはしせば常に出ずる日ゆうべにいづる月ををがませ給え、いつとなく日月にかげをうかぶる身なり』

【通解】
日蓮を恋しく思われたなら、常に(朝に)出る太陽、夕べに出る月を拝まれるがよい。(日蓮は)いつであっても、太陽や月に影を浮かべる身なのです。

名字の言 人間の精神は「太陽」のように絶えず輝いている——ゲーテ 2020年7月1日
気象情報会社の予想では、全国で梅雨が明けるのは7月下旬だという。日によって晴れ間があるとはいえ、太陽が恋しい季節。ただ、思えば雲のはるか上空には太陽が常に輝いている▼ゲーテは人間の精神とは"年を重ねても壊れることなく、永遠から永遠へと働き続ける"ものとし、「太陽」に例えた。「われわれの肉眼にだけは沈んで行くように見えるが、実際は決して没することなく、絶えず輝き続けているのだ」(高橋健二訳)▼ある多宝会の婦人は、入会以前から病を患っていた。知り合いの婦人部員から「強く生き抜くための仏法です」と聞き、教学部任用試験に挑戦。合格を機に入会した。だがその後、さらなる病を発症し、医師に余命3カ月半と告げられた▼その時、彼女は思った。"病という「魔」が競い起こった。本当に御書の通りだ"。そして確信した。"ならば、この信心で病魔に負けることなく、宿命転換できるんだ"と。あの日から3年半がたつ。米寿を迎えた彼女は、ますます元気で信心に励んでいる▼悩みという暗雲に覆われると、人は心に輝く"希望の太陽"を見失いそうになる。だが太陽の仏法を持ち、胸中に信心の確信を燃やし続ける限り、人生に闇はない。その信仰勝利の晴れ姿は周囲にも希望の光を届けることになる。(白)

寸鉄 2020年7月1日
「宿縁ふかしと思うて」御書。さあ師弟の絆胸に。創立90周年へ希望を拡大
人間関係が希薄な今こそ学会の役割に期待—日本の識者。激励の声を益々
今日から未来部ドリームチャレンジ期間。宝の友を皆で応援。成長の夏を
対策は一人一人が習慣化してこそ効果が—専門家手洗いなど、当たり前に
国民安全の日。心の隙に魔は付け込む。事故・火災起こさぬ祈りと意識強く

☆第百蓮華巻頭言2020年7月号 「立正安国」の勇気の大光を
わが師弟の旅は「立£安国論」と共に始まった。
終戦から二年、戸田城聖先生と初めてお会いした座談会で、先生は「立正安国論」を講義し、呼び掛けられた。
−−御本尊を、ひとたび受持した以上、個人としての成仏の問題は必ず解決する。しかし、一家のことを、一国のことを、さらに動乱の二十一世紀の世界を考えた時、
私は、この世から一切の不幸と悲惨をなくしたい。これを広宣流布という。どうだ、一緒にやるか!−−と。
日蓮仏法の真髄たる「立正安国」の旗を、戦後の荒野に、先生と共に我ら青年は決然と掲げたのだ。
「立正安国論」は、眼前の「天変地夭・飢饉疫癘」に憤俳する主人と客人の対話である。それは民衆の現実の苦悩をどう打開するかという。憂いの共有心から始まる。
権勢によりかかる客人は、時に顔色を変えて席を立とうとし、時に傲慢に「汝賤身を以て」と見下し反発する。
しかし主人は笑顔で包容し、「大乗を学す」誇りを込め悠然と語らいを深める。怒りや偏見に引き裂かれるのでもなく、諦めや無力感に引きずられるのでもない。分断も悲観も超え、生命尊厳の法理を共に探究して、「四表の静謐」を祈り行動する"誓いの共有"へと導くのだ。
大聖人は、安国論に寄せて「但偏に国の為法の為人の為にして身の為に之を申さず」(P35)と仰せである。
この大闘争に連なるゆえに、時代がどうあれ、学会は立正安国の対話を貫いてきた。どんな差異にも囚われず、その人の仏性を信じて「蘭室の交わり」を結び、平和・文化・教育の連帯を全世界に広げてきたのだ。
御本仏から託された「立正安国」の旗は、若き地涌の世界市民に継承されている。グローバル社会を襲う未聞の挑戦にも、地球民族の英知の結合で応戦し、二十一世紀の生命のルネサンスを必ずや果たしゆくに違いない。
「一人を手本として一切衆生平等」(P456)なり。
一人一人の青年の「人間革命」から無限の希望が広がる。我ら師弟の遠大な旅路は、今日も断固、前へ!

試練にも
 不退の旗持つ
  若人ありて
 創価の宝土は
  勇気の大光を

☆2020年 学会史メモリアル 7月
◎7・3「戸田先生出獄の日、池田先生入獄の日」
1945年(昭和20年)7月3日は、軍部政府により不敬罪、治安維持法違反の罪に問われ、投獄されていた戸田城聖先生(当時・理事長)が出獄した日。戸田先生は、獄死した初代会長・牧口常三郎先生の遺志を継ぎ、学会の再建に立ち上がった。本年は出獄から75年。
57年(同32年)7月3日、大阪府警が、参議院大阪地方区の補欠選挙で支援の責任者であった池田大作先生(当時・青年部の室長)を、選挙違反の容疑で不当逮捕(大阪事件)。同月12日、蔵前の国技館(当時)で大阪事件に抗議する「東京大会」が行われた。
池田先生は、17日に釈放され、同日、中之島の大阪市中央公会堂で「大阪大会」が開かれた。62年(同37年)1月25日に無罪判決が出された。※参考資料=小説『人間革命』第1巻「黎明」、第11巻「大阪」、『新・人間革命』第4巻「立正安国」、第5巻「獅子」、『池田大作全集』第22巻、『法華経の智慧』普及版〈下〉

◎7・3「東北の日」
87年(昭和62年)7月3日、池田先生は東北・仙台を訪問。"仏法は勝負であり、信心は絶えざる魔との戦いである"と語り、東北広布のさらなる発展に期待した。

◎7・11「男子部結成記念日」
51年(昭和26年)7月11日、東京・西神田の旧学会本部で、戸田先生のもと、百数十人が集い、男子部が結成された。75万世帯達成に向け、男子部は弘教に奮闘。若き池田先生は蒲田、関西などで折伏・弘教の金字塔を打ち立てた。※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」

◎7・15 聖教新聞「日刊化」55周年
聖教新聞は65年(昭和40年)7月15日付から日刊化がスタートし、本年で55周年となる。※参考資料=『新・人間革命』第10巻「言論城」

◎7・16「沖縄初訪問」60周年
日蓮大聖人の「立正安国論」提出から700年となる60年(昭和35年)7月16日、池田先生は沖縄を初訪問。本年で60周年。沖縄は当時、米国の施政権下にあった。※参考資料=『新・人間革命』第2巻「先駆」

◎7・19「女子部結成記念日」
女子部の結成式は51年(昭和26年)7月19日、西神田の旧学会本部で行われた。戸田先生は、集った74人に、「女子部員は、一人残らず幸福に」と激励した。※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」

◎7・27「中部の日」
76年(昭和51年)7月27日、池田先生は名古屋での中部記念幹部会に出席し、"異体同心こそ広布実現の要諦である"とスピーチ。「中部旗」を授与した。