2019年8月28日水曜日

2019.08.28 わが友に贈る

男子部大学校生よ!
折伏こそ最も尊い実践。
「耳にふるる者は
既に仏になるべき」
友のために語り切ろう!

法蓮抄 P1041
『仏は二百五十戒を持ち三千の威儀をととのへ給いしかば諸の天人これを渇仰し四衆これを恭敬す』

【通解】
釈尊は、正しい戒律を持ち、立派な威儀を整えておられたので、諸々の天人が仰ぎ、皆が敬った。

〈寸鉄〉 2019年8月28日
池田会長の哲学には人と社会を幸福に変える力が—博士。弟子が継承・実践
さあ後半戦をダッシュ!まず幹部が率先して挑戦将の姿から波動が広がる
「未来に仏果を成就せん事疑有るべからず」御書確信の祈りで今日を勝て
東京・葛飾「広布師弟原点の日」。師の激闘に続け!励ましの声掛けを隅々に
昼間の飲酒運転事故の割合高し。「ちょっとだけ」の慢心排せ。注意喚起を

☆9月29日実施「青年部教学試験2級」研さんのために
◇行学錬磨に徹し 人間革命の大道を歩もう
9月29日(日)に実施される「青年部教学試験2級」に向けて、各地で活発な研さんが進められている。ここでは、青年部各部の教学室編として、出題範囲の御書の背景・大意や学習のポイントについて取り上げる。

◇開目抄 民衆救済の大願を示す
「開目抄」は文永9年(1272年)2月、流罪中の佐渡から、四条金吾に託して門下一同に与えられた書である。
前年に竜の口の法難に遭われた日蓮大聖人は、続いて佐渡に流罪された。当時、門下の人々も所領没収や追放などの迫害を受けており、退転する者が続出していた。
大聖人が法華経の行者であるなら、なぜ諸天善神の加護がないのか——世間の人々や門下たちが抱く、こうした疑問や批判に対して答えられたのが、本抄である。
大聖人は、法華経の経文通りに正しく実践すれば「三類の強敵」が競い起こるというのが仏の教えであり、その通りの難に遭っている大聖人が真の法華経の行者であることを示されている。さらに、不惜身命の実践を貫く大聖人こそ、「主師親の三徳」を具えた存在、すなわち末法の御本仏であることを明らかにされた。
「開目抄」は50段にわたる長編の重書であるため、全体の流れを常に念頭に置きながら、各段の内容を学ぶことが重要である。
第1段で人々が尊敬すべきものとして「主師親の三徳」が示され、第6段では「一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり」(御書189ページ)と述べ、法華経の本門寿量品の文の底に秘沈されている一念三千の法門こそが成仏の根本因となる法であることを明らかにされる。また、第16段で「本門にいたりて始成正覚をやぶれば四教の果をやぶる……真の十界互具・百界千如・一念三千なるべし」(同197ページ)と、重要な本因本果の法門を示された。
第20段では、大聖人の御在世当時に人々が苦しんでいた元凶は、謗法の諸宗にあり、民衆を苦しめる悪侶・悪知識の存在であることを見抜かれ、「日本国に此れをしれる者は但日蓮一人なり」(同200ページ)と仰せである。そして大聖人が一人、諸悪と戦い、数々の大難を受けてきたことを述べ、第22段で「されば日蓮が法華経の智解は天台・伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども難を忍び慈悲のすぐれたる事は・をそれをも・いだきぬべし」(同202ページ)と、大慈悲で法華経を弘められ、難を忍んでこられた御境涯を示された。
その後、世間や門下の疑いへの答えとして、法華経の経文を通して自身が法華経の行者であるかを検証されていく。「六難九易」を説いた宝塔品、悪人成仏や女人成仏を説いた提婆達多品を取り上げられる。そして、竜の口の法難で発迹顕本された大聖人が、勧持品の二十行の偈に説かれる「三類の強敵」を現実に呼び起こした事実を通し、大聖人こそ末法の法華経の行者であることを明らかにされた。
また、法華経の行者を迫害する者に現罰がない理由を3点にわたって確認した上で、第45段では「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん……我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(同232ページ)と、諸天の加護の有無に関係なく、不惜身命で法華経を実践し、一切衆生を救っていく誓願を述べられた。
そして末法の法華経の行者の功徳として「転重軽受」の法門を述べ、「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし……つたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし」(同234ページ)と、不退の信心を堅持していくことが成仏の要諦であると弟子たちに教えられている。さらに、折伏こそ末法の時に適った実践であると示され、第50段で「日蓮は日本国の諸人にしうし父母(主師親)なり」(同237ページ)と宣言して本抄を結ばれている。

◇一生成仏抄 唱題行の意義を明らかに
「一生成仏抄」は、執筆の年次や宛先などは定かではないが、建長7年(1255年)に著され、富木常忍に与えられたと伝えられる。
題号の「一生成仏」とは、凡夫が一生のうちに成仏するということ。本抄では、一生成仏の要諦である「唱題行」の意義について、法理と実践の両面から明らかにされる。
日蓮大聖人は冒頭で、南無妙法蓮華経の題目を唱えることが、最高の悟りの境地を得る直道であることを教えられる。しかし、第3章で「但し妙法蓮華経と唱へ持つと云うとも若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらずそ法なり」(御書383ページ)と、自身の生命の外に法があると思えば、それは妙法ではないと戒められる。そして、一生成仏を実現していく上で重要なのは、妙法蓮華経が己心の法であると確信する深き信心であると述べられる。
第4章では、「依正不二」の原理を通して、自身を取り巻く環境の善し悪しも、住んでいる私たち自身の「心の善悪」で決まることを示される。そして、迷いの生命を悟りの生命に転換する実践の方法を、"鏡を磨く"譬えを用いて分かりやすく教えられる。この生命錬磨の修行の要諦を「深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり」(同384ページ)と述べられている。

◇聖人御難事 「師子王の心」で戦い抜く
「聖人御難事」は「熱原の法難」の渦中、弘安2年(1279年)10月に身延で認められ、門下一同に与えられた。当時、駿河国の富士地域で多くの農民門下が誕生。その勢いを恐れた僧らが迫害を企て、20人が不当に捕らえられる。その門下たちが恫喝により退転を迫られている最中、大聖人は本抄を著された。この時、門下の中心者3人が処刑されたが、捕らえられた全員が不退転を貫いた。
第1章で「仏は四十余年・天台大師は三十余年・伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給う……余は二十七年なり其の間の大難は各各かつしろしめせり」(御書1189ページ)と述べ、不惜身命の信心を貫く農民門下の出現によって「民衆仏法」が確立し、立宗27年目で「出世の本懐」を遂げたことを明かされる。
第3章では、立宗以来の大難を挙げ、「仏滅後二千二百三十余年が間・一閻浮提の内に仏の御言を助けたる人・但日蓮一人なり」(同1190ページ)と、経文通りの大難を受けたのは大聖人お一人であることを示される。
そして第5章で、迫害と戦う門下に「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ……日蓮が一門は師子の吼るなり」(同ページ)と、何ものにも負けない「師子王の心」を取り出せば必ず乗り越えられると励まされる。そして、「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(同ページ)と強盛な信心の大切さを教えられている。

◇日顕宗を破す 御文を通して破折
日蓮大聖人直結の仏意仏勅の教団である創価学会を破壊しようと企てた日顕らは、「法華経の敵」にほかならない。大聖人は「いかなる大善をつくり法華経を千万部読み書写し一念三千の観道を得たる人なりとも法華経の敵をだにも・せめざれば得道ありがたし」(御書1494ページ)と喝破されている。広布後継の青年部は、日顕宗の大罪と邪義を、御文を通して破折する力を身に付けたい。

◇学習にあたって
今回の出題範囲となる御書3編については「御書本文」が出題範囲であり、教材に掲載されている通解や解説は、御文の理解を深めるための手掛かりである。これまで、「教学部任用試験」「青年部教学試験3級」をマーク方式で受験した方も少なくないが、今回の試験は記述式で行われる。その意味でも、実際に"書いて覚える"ことが大切であり、御文を声に出して読み返すなど、御書本文をしっかりと心に刻んでいきたい。
※聖教新聞社公式ウェブサイト「SEIKYO online(セイキョウオンライン)」では、研さんに役立つ情報をまとめた特設ページを開設しています。

◇出題範囲
「開目抄」(全編)
「一生成仏抄」(全編)
「聖人御難事」(全編)
日顕宗を破す
※「開目抄」の解説は『世界広布の翼を広げて 教学研鑽のために——開目抄』(本社刊)に収録。それ以外は「大白蓮華」8月号に掲載されています。