新任リーダーは
スタートダッシュが大切。
先輩方によく相談し
一日一日 真剣に動こう。
組織に新たな波動を!
立正安国論 P24
『辛きことを蓼の葉に習い臭きことを溷厠に忘る善言を聞いて悪言と思い謗者を指して聖人と謂い正師を疑つて悪侶に擬す』
【通解】
辛い蓼の葉を食べる虫は辛いことに慣れており、厠に長くいると臭いことを忘れてしまうと言われている。ためになる言葉を聞いてひどい発言と思い、謗法の者を指して聖人と言い、正しい師を疑って悪い僧のように思い込む。
名字の言 同志の応援が支えに——壮年の体験から 2022年1月18日
都内の70代の壮年は昨年、腎臓の機能が低下し、透析が必要な状態となった。「信仰で『負けない自分』を築いてきたつもりでしたが、さすがに心が揺れました」▼治療は過酷だった。強い薬の服用と透析の繰り返し。82キロの体重は65キロに。コロナ禍で直接の見舞いはできないため、家族と同志は題目を送り、メール等で激励の言葉を届けた。「皆さんの応援がどれほどの支えとなったか。わが心に仏法の生命哲学を刻み付ける日々でした」▼45日間の入院を終え、座談会に参加した壮年の表情は晴れやかだった。透析ではなく、薬を中心に治療している様子を伝え、「この調子なら薬も減らせる、と医者に言われました。病気に負けない実証を示し、学会創立100周年を目指して強く生き抜きます」▼文豪ゲーテは言う。最も高貴な感情は「運命が私たちを完全な無へと押し流すように思われるときでも、なおかつ生きつづけようとする希望である」(木原武一訳)と。牧口先生と親交があった新渡戸稲造の言葉も実感した。「信仰は勇気であり、勇気は信仰である」(佐藤全弘訳)▼希望を送り、勇気を最大限に引き出す創価家族の世界。その象徴の座談会が各地で始まった。二月闘争70周年へ力強く出発しよう!
寸鉄 2022年1月18日
「蒼蠅、驥尾に附して万里を渡り」御書。師と同志と共に!これ人生勝利の源(新36・全26)
折伏は幸福への最高手段であり平和への最短距離—恩師。さあ勇み語ろう
己を育てぬ人に真の生活はない—文豪。昨日より今日。常に挑戦の気概で
"冬期鬱"増える時期。「短い運動で心は上向く」と。散歩や体操など賢く実践
変異株の最多症状は発熱で嗅・味覚障害は1%。予防対策は不変。油断排し
☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 友との語らいから
◇人との絆が新たな価値を創る
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を紹介します。今回は小説『新・人間革命』から、山本伸一と友との語らいを、Q&Aで掲載します。
Q 性格は、信心をしても変わらないのでしょうか?
A 短所を長所に変える信心の力
〈1978年(昭和53年)5月、山口県・大歳支部の座談会で〉
「性格について、仏法では"後世まで変わらないのが性分である"ととらえています。
つまり、その人のもって生まれた性格自体は、変わらないということです。
たとえば、細かいことを気にする人がいます。そういう性格の人は、人に何かひとこと言われただけで、不安になったり、傷ついたりしてしまいがちです。また、他人の小さな欠点が気になって仕方がない。そして、結局、日々、悶々としながら過ごすことになってしまう。では、その人が信心に励み、人間革命していくと、どうなるのか。
細心であるという性格は変わりません。しかし、人に言われたひとことを真摯に受けとめ、自分を向上させる糧にしていくようになります。また、他人の小さな欠点に気づくことは同じですが、その欠点を自分はどうやって補ってあげられるかという心配りができるようになる。さらに、他人の長所にも気づくようになります。
細かいことが気になる人は、こまやかな気遣い、配慮ができるということです。その能力が最大に発揮されることになるんです。
よく戸田先生は、こんな譬えを引かれていました。
——川がある。川幅や流れの形は、基本的には変わらない。これが性格である。しかし、泥水が流れ、飲むこともできなかった川の水を、清浄極まりない水に変えることができる。これが信心の力であり、人間革命ということである。
自分の性格というのは、いわば個性です。そこに自分らしさもある」
(第27巻「激闘」の章、312〜313ページ)
Q 私の母は、私が信心していることを理解してくれません。どうすればよいでしょうか?
A 幸せの実証で学会の理解者に
〈1968年(昭和43年)10月、富士宮市上条での座談会で〉
「お母さんは信心に反対だというけれど、それは、仏法のこと、学会のことが、よくわからないからです。あなたがかわいいから、心配して反対するんです。あなたが信心によって幸福の実証を示し、さらにお母さんが本当に誇りに思える娘さんになれば、必ず信心に理解を示すようになりますよ。娘の幸福を願わない母親なんて、いないんですから。
私の母も、最初は信心しませんでした。でも、私は、母を絶対に幸せにしてみせると決意しました。今では学会員として幸福に暮らしています。
あなたも、何があっても負けないで信心を全うし、お母さんにも仏法を教え、幸せにしていくんですよ。それが、娘としての義務であり、使命であると思ってください」
(第13巻「北斗」の章、182〜183ページ)
Q 人と人のつながりを、仏法では、どのように説いているのでしょうか?
A 互いに助け合う「縁起」の哲学
〈1960年(昭和35年)10月、アメリカの青年たちとの歓談で〉
「仏法の基本には、『縁起』という考え方があります。これは『縁りて起こる』ということで、すべての現象は、さまざまな原因と条件が相互に関係し合って生ずるという意味です。つまり、いかなる物事もたった一つだけで成り立つということはなく、すべては、互いに依存し、影響し合って成立すると、仏法では説いているんです。同じように、人間も、自分一人だけで存在しているのではありません。互いに、寄り合い、助け合うことで、生きているのだと教えています。この発想からは、人を排斥するという考えは生まれません。むしろ、他者をどう生かすか、よりよい人間関係をどうつくり、いかに価値を創造していくかという思考に立つはずです」
(第1巻「錦秋」の章、182〜183ページ)
Q 自分の信じる宗教は正しく、最高の教えであるというのは独善的で危険ではないでしょうか?
A 宗教を検証し「独善」を排する
〈1961年(昭和36年)2月、インドを訪問中、同行の青年からの質問に答える〉
「『自分は信じている。ゆえに正しい』と言うのであれば、それは独善です。だから、学会は、牧口先生以来、徹底して宗教を研究してきた。文献的な証拠のうえから、道理のうえから、現証のうえから、普遍的、客観的な尺度で、あらゆる宗教を検証してきました。そして、現実に百何十万世帯もの人が、幸福になった。
その結論として、私たちは、日蓮大聖人の仏法こそ万人を幸福にできる、最高最大の教えであると主張しているわけです。
さらに、異なる信仰、意見をもつ人と積極的に議論し語り合おうと、座談会という社会に開かれた対話の場をもっている。独善を排するために、語らいの場を大切にしているんです」
(第3巻「月氏」の章、132ページ)
Q 病気などの宿命は、信心で乗り越えることができるんでしょうか?
A 日蓮仏法は全ての宿業を転換
〈1965年(昭和40年)11月、関西で壮年との懇談に臨んで〉
「どんなに深い宿業だろうが、必ず断ち切っていけるのが、日蓮大聖人の大仏法です。
あなたは、"それにしても、これほどまでに苦しまなければならないのか"と思っているかもしれませんが、私たちは、今世の謗法の罪はわかっても、過去世の罪はわかりません。過去世に、大謗法を犯し、深い宿業をもっているかもしれない。
本来、その宿業は少しずつしか出ないために、何世にもわたって、長い間、苦しまなければならない。
しかし、信心に励むことによって、これまでの宿業が、一気に出てくる。そして、もっと重い苦しみを受けるところを、軽く受け、それで宿業を転換できる。『転重軽受』です。
宿業による病苦を乗り越えるには、正法誹謗の罪を、御本尊に心からお詫びし、唱題することです。
提婆達多にそそのかされて仏弟子を殺し、仏を苦しめ抜いた阿闍世王は、その罪によって業病にかかる。だが、悪逆の限りを尽くした阿闍世王でさえも、釈尊にお会いして罪を悔い、お詫びすることで、たちまちのうちに、その病が癒えたと御書にある。
大聖人は、『諸罪は霜露の如くに法華経の日輪に値い奉りて消ゆべし』(全1439・新2062)と仰せですが、それが御本尊の偉大なる功徳力です」
(第10巻「桂冠」の章、300〜301ページ)
Q 信心をする目的とは、なんでしょうか?
A 自他共の幸福と人類の平和を
〈1964年(昭和39年)10月、フランスでの友との語らいで〉
「個人に即していえば、一生成仏です。それは、自分自身の永遠に崩れることのない、絶対的幸福境涯を築くことです。もっと、わかりやすくいえば、何があっても、負けない自分をつくりあげていくことです。つまり、人間革命です。
しかし、それだけではありません。仏法者の使命という観点からいえば、広宣流布ということです。広宣流布というのは、人びとに、正しい仏法を教えて、みんなを幸福にしていくことです。人類の平和を築き上げることです」
(第9巻「光彩」の章、265ページ)
2022年1月18日火曜日
2022年1月17日月曜日
2022.01.17 わが友に贈る
◇今週のことば
「励まし」の積み重ねから
"一人"の発心と蘇生が。
「体験」の語らいから
"歓喜"のエネルギーが。
さあ、春を呼ぶ座談会だ!
2022年1月17日
経王殿御返事 P1124
『師子王は前三後一と申してありの子を取らんとするにも又たけきものを取らんとする時もいきをひを出す事はただをなじき事なり』
【通解】
師子王は前三後一といって、蟻を取ろうとする時にも、また、猛々しいものを取ろうとする時も、全力で飛びかかることは、まったく同じである。
名字の言 人生を彩る対話の思い出 2022年1月17日
かつての対話の思い出を、ある女性から聞いた。40年ほど前、彼女は息子が通う中学校の校長を訪ねた。渡された池田先生の著作を見た校長は、一人の生徒とのことを語り始めた▼校長は小笠原諸島に教員として赴任した経験がある。その学校に一人の素行不良の生徒がいた。生徒を立ち直らせることができなかったことが、それまでの教員生活の中でずっと心残りだった▼後年、小笠原諸島へ旅行に行く機会があった。島に向かう船の中で「先生」と声を掛けられた。あの生徒だった。見違えるほど立派な青年になっていた。女性から受け取った書籍は、その青年もまた、人生の糧としていたものだった。校長は感慨深く、「皆さんは、素晴らしい師匠を持って幸せですね」と。その言葉を、女性は今も忘れないという▼歳月とともに記憶は薄らいでいく。だが、広布のために真心を尽くした思い出は、決して色あせない。その一つ一つの積み重ねが自分の境涯を築く力となり、人生を彩る宝となる▼御書に「心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱え他をも勧めんのみこそ、今生人界の思い出なるべき」(新519・全467)と。真心の対話は、生命に深く刻まれる歓喜と躍動の源泉。きょうも勇んで挑戦したい。
寸鉄 2022年1月17日
釈尊の精神は創価学会によって世界に顕現—博士 生命尊厳の民衆スクラム
本部幹部会のネット配信今日まで。飛躍の決意を固め共に新たな栄光峰へ
人生は強気でいけ—恩師 何事もまず勝つと決めることから。攻めの姿勢で
幹部率先が学会の伝統。最前線の友に信心の息吹を!広布伸展はそこから
阪神・淡路大震災27年。避難場所や防災備品を点検—教訓は実践してこそ
〈社説〉 2022・1・17 きょう「防災とボランティアの日」
◇自他共のための行動を!
地球温暖化の影響で、世界各地で異常気象が発生し、水害、干ばつなどの災害が起きている。その中で日本は、"水害多発国"であることに加え、世界でもまれな四つのプレートが相接する地形から、地震が頻繁に起こる"地震大国"でもある。
防災への高い意識は、日本人一人一人に必要不可欠なものである。自助・共助・公助といわれるように、自らの命を守るのは当然として、地域・社会で助け合う習慣を一層強く持ちたい。
27年前の1995年1月17日に「阪神・淡路大震災」が発生。その後、震災被害の深刻さが全国に伝わり、ボランティア活動の参加者が急増し、延べ138万人に達した(内閣府公表)。こうした背景もあり、95年は"ボランティア元年"と呼ばれ、後の日本の防災意識やボランティア活動に対する考え方に大きな変化をもたらした。98年には「特定非営利活動促進法」が施行され、組織としてボランティア活動ができるようになり、現在その数は約5万団体にのぼる。
兵庫・明石市のある女性部員は大震災で被災し、自宅が全壊。避難所や知人宅での共同生活が半年間も続いた。助かった命をどのように使い、生きていけばいいのか——そう真剣に祈る中で、改めて広宣流布のため、自他共の幸福のために生きると決意。その後、地域友好に走り抜き、高齢者施設でのボランティア活動や自治会役員などを20年以上続けている。
震災当時、被災した多くの学会員は、自らも苦境に立たされながら"利他の精神"で苦しむ地域の友を支え、励まし続けた。その行動は、朝晩の勤行・唱題を通して人々の幸福を祈り、折伏や家庭訪問を重ねるなどの学会活動の実践に裏打ちされている。日々の学会活動は、"困っている誰かのために"との慈悲の心を育む、最も偉大な錬磨の舞台なのである。
池田先生は、学会に脈打つ共助の連帯の源について、「苦しんでいる方々の痛みを共にし、行動せずにはいられぬ『同苦の心』が、同志の胸に燃えていたからこそ、真心のネットワークがフル回転で働いたのだ」と、語っている。
きょうは「防災とボランティアの日」。同苦の心を胸に、誰かを助ける"真心のネットワーク"の担い手として、自覚を新たにする日としたい。
☆ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち 第15回 マーチン・ルーサー・キング
〈マーチン・ルーサー・キング〉
私たちは恐れの洪水を阻止する「勇気」という名の堤防を絶えず築き続けなければならない。
「私には夢がある。それは、いつの日かジョージア州の赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷主の子孫が、ともに兄弟愛のテーブルに着くことができることである」
1963年8月28日、アメリカ・ワシントンDCのリンカーン記念堂で、34歳の若き青年が大聴衆を前に叫んだ。
彼の名はマーチン・ルーサー・キング。人間の平等と尊厳を求め、人種差別に立ち向かった米公民権運動の英雄である。
同国では、キング博士の誕生日(1月15日)にちなみ、1月の第3月曜日を国民の祝日に制定。自由と平和の魂が脈々と継承されている。
奴隷制度の是非を巡り、アメリカの南北が対立した19世紀。リンカーン大統領による「奴隷解放宣言」を経て、20世紀に入ってからも人種差別の風潮は社会に根強くはびこっていた。
横行する黒人への暴力。抵抗すれば脅され、命が危険にさらされた。
そんな中、1955年12月、アラバマ州モンゴメリーでローザ・パークス氏の不当逮捕を機に「バス・ボイコット運動」が起こる。当時26歳だったキング博士は同運動を主導。後に全米に広がる人権闘争の火ぶたを切ったのである。
キング博士は語っている。
「私たちは、押し寄せてくる恐れの洪水を阻止するだけの、勇気という名の堤防を絶えず築き続けていなければならない」
同じ頃、日本では民衆勢力として台頭する創価学会に迫害の魔手が伸びていた。57年の「夕張炭労事件」「大阪事件」など、不当な弾圧の矢面に立ったのは29歳の池田大作先生だった。
歴史が動く時、そこには理想に燃え立つ青年と名もなき庶民の不屈の闘争がある。
インド・ガンジー研究評議会議長のN・ラダクリシュナン博士は言う。「キング博士は"私には夢がある"と語り、人々を鼓舞しました。そして、池田博士は"私たちには使命がある"と訴えて、民衆を目覚めさせ、立ち上がらせてこられました」
〈マーチン・ルーサー・キング〉
今日も明日もさまざまな困難に直面しようとも、それでもなお私には夢がある。
キング博士は1929年、ジョージア州アトランタの牧師の家に生まれた。高校生の時、弁論大会で黒人の権利について演説し優勝。その帰りのバスで白人に席を譲るよう強制されたことが屈辱の記憶として残った。
名門モアハウス大学を経て神学校に進学。人種対立を解決する方途を探る中、インド独立の父・ガンジーの哲学と出あい、人間愛に基づく「非暴力」こそが社会を変えゆく力であると確信する。その後、コレッタ・スコット氏と結婚し、アラバマ州の教会の牧師に。55年には神学の博士号を取得した。
「バス・ボイコット運動」が始まったのは、この年の12月。「正義というゴールへのステップは、どれも犠牲や苦悩や闘争がつきものである。つまり、献身的な個人の、疲れをいとわぬ骨折りや熱意が不可欠である」。この信念を胸に、博士は正義の人権闘争の先頭に立った。
60年2月、数人の黒人学生が「シットイン(座り込み)運動」を展開。バスターミナルの食堂での人種隔離廃止を求め、何日もカウンターに座り込んだ。
博士も運動に参加し、学生と共に逮捕・投獄される。運動の模様はメディアを通じて全米に知れ渡り、やがて政府は人種隔離の禁止を命令する。
63年5月のアラバマ州バーミンガムのデモ行進では、約1000人の学生や子どもたちが容赦ない暴力の恐怖にも屈せず、不服従の行動を貫き通した。
彼らの原動力——それは「前進への誇りであり、われわれは勝つぞという確信であった」とキング博士は述べている。
青年の勇気が歴史的な「ワシントン大行進」への飛躍台となったことはいうまでもない。
同年8月、「ウィ・シャル・オーバーカム(私たちは必ず勝利する)」の歌声と共に、ワシントンDCのリンカーン記念堂前の広場を埋め尽くしたのは、肌の色や信仰の違いを超えて集った20万人以上の民衆だった。
演説で博士は力強く訴えた。
「私たちは今日も明日もさまざまな困難に直面するでしょうが、それでもなお私は夢を持っています。それはアメリカの夢に深く根ざしている夢です」と。
翌年、公民権法が成立し、ノーベル平和賞を受賞。その後も理想への歩みを止めなかった博士だったが、テネシー州メンフィスで演説を終えた翌日、滞在先で凶弾に倒れる(68年4月)。「私には夢がある」——自由と平等という「夢」に生き抜き、39歳の若さで尊い生涯を閉じた。
〈キング博士を語る池田先生〉
「夢」を失わない限り「希望」は生き続ける。
いかなる嵐が吹こうとも「希望」がある限り、民衆の大行進を押しとどめることはできない。
「池田博士は、ガンジーとキングの非暴力の哲学を、具現化しているのです」
キング博士の母校・モアハウス大学でキング国際チャペルの所長を務めるローレンス・カーター博士は、池田先生の平和貢献をたたえてやまない。
同大学キング国際チャペルは2000年9月、先生に「最高学識者」称号を授与。翌年から「ガンジー・キング・イケダ——平和建設の遺産」展を主催し、世界巡回展として3人の思想と行動を広く発信してきた。
先生自身、キング博士と公民権運動を共にした人権の闘士と交友がある。
先生が創立したアメリカ創価大学ロサンゼルス・キャンパス(当時)では、コレッタ・スコット・キング夫人が「マーチン・ルーサー・キングの遺産」と題して講演(1995年10月)。
キング博士の盟友で、著名な歴史学者であるビンセント・ハーディング博士とは3度の会見を行い、対談集『希望の教育 平和の行進』を発刊した。
先生は対談集で訴える。
「『夢』を失わないかぎり、『希望』は生き続ける。いかなる試練があろうとも、いかなる嵐が吹こうとも、『希望』があるかぎり、我ら民衆の大行進を、正義の大河を、押しとどめることはできない」
また、キング博士の言葉を通し、世界平和という壮大な夢に生きる友を励まし続けてきた。
「『最終の勝利は、短期間の困難に数多く出遭ってこそ得られる』とは、キング博士の確信であった。人生も、歴史も、苦しい困難が一挙に重なる時がある。実は、その時こそ、勝利の道を開くチャンスなのだ」(本紙2010年7月7日付「随筆 我らの勝利の大道」)
「博士は語った。『今まで以上に、立ち上がって、前進する気持ちになろうではないか。私たちの志を継続し、あらためてもっと大きな決意で立ち上がろうではないか』
大事なのは『今から』の決意だ。『これから』の行動だ。その連続闘争が、大きな歴史を築く原動力となる」(10年1月9日、新時代第36回本部幹部会でのスピーチ)
希望輝く創価の民衆運動の勝利——それは「今から」「ここから」「自分から」始まる。
「励まし」の積み重ねから
"一人"の発心と蘇生が。
「体験」の語らいから
"歓喜"のエネルギーが。
さあ、春を呼ぶ座談会だ!
2022年1月17日
経王殿御返事 P1124
『師子王は前三後一と申してありの子を取らんとするにも又たけきものを取らんとする時もいきをひを出す事はただをなじき事なり』
【通解】
師子王は前三後一といって、蟻を取ろうとする時にも、また、猛々しいものを取ろうとする時も、全力で飛びかかることは、まったく同じである。
名字の言 人生を彩る対話の思い出 2022年1月17日
かつての対話の思い出を、ある女性から聞いた。40年ほど前、彼女は息子が通う中学校の校長を訪ねた。渡された池田先生の著作を見た校長は、一人の生徒とのことを語り始めた▼校長は小笠原諸島に教員として赴任した経験がある。その学校に一人の素行不良の生徒がいた。生徒を立ち直らせることができなかったことが、それまでの教員生活の中でずっと心残りだった▼後年、小笠原諸島へ旅行に行く機会があった。島に向かう船の中で「先生」と声を掛けられた。あの生徒だった。見違えるほど立派な青年になっていた。女性から受け取った書籍は、その青年もまた、人生の糧としていたものだった。校長は感慨深く、「皆さんは、素晴らしい師匠を持って幸せですね」と。その言葉を、女性は今も忘れないという▼歳月とともに記憶は薄らいでいく。だが、広布のために真心を尽くした思い出は、決して色あせない。その一つ一つの積み重ねが自分の境涯を築く力となり、人生を彩る宝となる▼御書に「心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱え他をも勧めんのみこそ、今生人界の思い出なるべき」(新519・全467)と。真心の対話は、生命に深く刻まれる歓喜と躍動の源泉。きょうも勇んで挑戦したい。
寸鉄 2022年1月17日
釈尊の精神は創価学会によって世界に顕現—博士 生命尊厳の民衆スクラム
本部幹部会のネット配信今日まで。飛躍の決意を固め共に新たな栄光峰へ
人生は強気でいけ—恩師 何事もまず勝つと決めることから。攻めの姿勢で
幹部率先が学会の伝統。最前線の友に信心の息吹を!広布伸展はそこから
阪神・淡路大震災27年。避難場所や防災備品を点検—教訓は実践してこそ
〈社説〉 2022・1・17 きょう「防災とボランティアの日」
◇自他共のための行動を!
地球温暖化の影響で、世界各地で異常気象が発生し、水害、干ばつなどの災害が起きている。その中で日本は、"水害多発国"であることに加え、世界でもまれな四つのプレートが相接する地形から、地震が頻繁に起こる"地震大国"でもある。
防災への高い意識は、日本人一人一人に必要不可欠なものである。自助・共助・公助といわれるように、自らの命を守るのは当然として、地域・社会で助け合う習慣を一層強く持ちたい。
27年前の1995年1月17日に「阪神・淡路大震災」が発生。その後、震災被害の深刻さが全国に伝わり、ボランティア活動の参加者が急増し、延べ138万人に達した(内閣府公表)。こうした背景もあり、95年は"ボランティア元年"と呼ばれ、後の日本の防災意識やボランティア活動に対する考え方に大きな変化をもたらした。98年には「特定非営利活動促進法」が施行され、組織としてボランティア活動ができるようになり、現在その数は約5万団体にのぼる。
兵庫・明石市のある女性部員は大震災で被災し、自宅が全壊。避難所や知人宅での共同生活が半年間も続いた。助かった命をどのように使い、生きていけばいいのか——そう真剣に祈る中で、改めて広宣流布のため、自他共の幸福のために生きると決意。その後、地域友好に走り抜き、高齢者施設でのボランティア活動や自治会役員などを20年以上続けている。
震災当時、被災した多くの学会員は、自らも苦境に立たされながら"利他の精神"で苦しむ地域の友を支え、励まし続けた。その行動は、朝晩の勤行・唱題を通して人々の幸福を祈り、折伏や家庭訪問を重ねるなどの学会活動の実践に裏打ちされている。日々の学会活動は、"困っている誰かのために"との慈悲の心を育む、最も偉大な錬磨の舞台なのである。
池田先生は、学会に脈打つ共助の連帯の源について、「苦しんでいる方々の痛みを共にし、行動せずにはいられぬ『同苦の心』が、同志の胸に燃えていたからこそ、真心のネットワークがフル回転で働いたのだ」と、語っている。
きょうは「防災とボランティアの日」。同苦の心を胸に、誰かを助ける"真心のネットワーク"の担い手として、自覚を新たにする日としたい。
☆ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち 第15回 マーチン・ルーサー・キング
〈マーチン・ルーサー・キング〉
私たちは恐れの洪水を阻止する「勇気」という名の堤防を絶えず築き続けなければならない。
「私には夢がある。それは、いつの日かジョージア州の赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷主の子孫が、ともに兄弟愛のテーブルに着くことができることである」
1963年8月28日、アメリカ・ワシントンDCのリンカーン記念堂で、34歳の若き青年が大聴衆を前に叫んだ。
彼の名はマーチン・ルーサー・キング。人間の平等と尊厳を求め、人種差別に立ち向かった米公民権運動の英雄である。
同国では、キング博士の誕生日(1月15日)にちなみ、1月の第3月曜日を国民の祝日に制定。自由と平和の魂が脈々と継承されている。
奴隷制度の是非を巡り、アメリカの南北が対立した19世紀。リンカーン大統領による「奴隷解放宣言」を経て、20世紀に入ってからも人種差別の風潮は社会に根強くはびこっていた。
横行する黒人への暴力。抵抗すれば脅され、命が危険にさらされた。
そんな中、1955年12月、アラバマ州モンゴメリーでローザ・パークス氏の不当逮捕を機に「バス・ボイコット運動」が起こる。当時26歳だったキング博士は同運動を主導。後に全米に広がる人権闘争の火ぶたを切ったのである。
キング博士は語っている。
「私たちは、押し寄せてくる恐れの洪水を阻止するだけの、勇気という名の堤防を絶えず築き続けていなければならない」
同じ頃、日本では民衆勢力として台頭する創価学会に迫害の魔手が伸びていた。57年の「夕張炭労事件」「大阪事件」など、不当な弾圧の矢面に立ったのは29歳の池田大作先生だった。
歴史が動く時、そこには理想に燃え立つ青年と名もなき庶民の不屈の闘争がある。
インド・ガンジー研究評議会議長のN・ラダクリシュナン博士は言う。「キング博士は"私には夢がある"と語り、人々を鼓舞しました。そして、池田博士は"私たちには使命がある"と訴えて、民衆を目覚めさせ、立ち上がらせてこられました」
〈マーチン・ルーサー・キング〉
今日も明日もさまざまな困難に直面しようとも、それでもなお私には夢がある。
キング博士は1929年、ジョージア州アトランタの牧師の家に生まれた。高校生の時、弁論大会で黒人の権利について演説し優勝。その帰りのバスで白人に席を譲るよう強制されたことが屈辱の記憶として残った。
名門モアハウス大学を経て神学校に進学。人種対立を解決する方途を探る中、インド独立の父・ガンジーの哲学と出あい、人間愛に基づく「非暴力」こそが社会を変えゆく力であると確信する。その後、コレッタ・スコット氏と結婚し、アラバマ州の教会の牧師に。55年には神学の博士号を取得した。
「バス・ボイコット運動」が始まったのは、この年の12月。「正義というゴールへのステップは、どれも犠牲や苦悩や闘争がつきものである。つまり、献身的な個人の、疲れをいとわぬ骨折りや熱意が不可欠である」。この信念を胸に、博士は正義の人権闘争の先頭に立った。
60年2月、数人の黒人学生が「シットイン(座り込み)運動」を展開。バスターミナルの食堂での人種隔離廃止を求め、何日もカウンターに座り込んだ。
博士も運動に参加し、学生と共に逮捕・投獄される。運動の模様はメディアを通じて全米に知れ渡り、やがて政府は人種隔離の禁止を命令する。
63年5月のアラバマ州バーミンガムのデモ行進では、約1000人の学生や子どもたちが容赦ない暴力の恐怖にも屈せず、不服従の行動を貫き通した。
彼らの原動力——それは「前進への誇りであり、われわれは勝つぞという確信であった」とキング博士は述べている。
青年の勇気が歴史的な「ワシントン大行進」への飛躍台となったことはいうまでもない。
同年8月、「ウィ・シャル・オーバーカム(私たちは必ず勝利する)」の歌声と共に、ワシントンDCのリンカーン記念堂前の広場を埋め尽くしたのは、肌の色や信仰の違いを超えて集った20万人以上の民衆だった。
演説で博士は力強く訴えた。
「私たちは今日も明日もさまざまな困難に直面するでしょうが、それでもなお私は夢を持っています。それはアメリカの夢に深く根ざしている夢です」と。
翌年、公民権法が成立し、ノーベル平和賞を受賞。その後も理想への歩みを止めなかった博士だったが、テネシー州メンフィスで演説を終えた翌日、滞在先で凶弾に倒れる(68年4月)。「私には夢がある」——自由と平等という「夢」に生き抜き、39歳の若さで尊い生涯を閉じた。
〈キング博士を語る池田先生〉
「夢」を失わない限り「希望」は生き続ける。
いかなる嵐が吹こうとも「希望」がある限り、民衆の大行進を押しとどめることはできない。
「池田博士は、ガンジーとキングの非暴力の哲学を、具現化しているのです」
キング博士の母校・モアハウス大学でキング国際チャペルの所長を務めるローレンス・カーター博士は、池田先生の平和貢献をたたえてやまない。
同大学キング国際チャペルは2000年9月、先生に「最高学識者」称号を授与。翌年から「ガンジー・キング・イケダ——平和建設の遺産」展を主催し、世界巡回展として3人の思想と行動を広く発信してきた。
先生自身、キング博士と公民権運動を共にした人権の闘士と交友がある。
先生が創立したアメリカ創価大学ロサンゼルス・キャンパス(当時)では、コレッタ・スコット・キング夫人が「マーチン・ルーサー・キングの遺産」と題して講演(1995年10月)。
キング博士の盟友で、著名な歴史学者であるビンセント・ハーディング博士とは3度の会見を行い、対談集『希望の教育 平和の行進』を発刊した。
先生は対談集で訴える。
「『夢』を失わないかぎり、『希望』は生き続ける。いかなる試練があろうとも、いかなる嵐が吹こうとも、『希望』があるかぎり、我ら民衆の大行進を、正義の大河を、押しとどめることはできない」
また、キング博士の言葉を通し、世界平和という壮大な夢に生きる友を励まし続けてきた。
「『最終の勝利は、短期間の困難に数多く出遭ってこそ得られる』とは、キング博士の確信であった。人生も、歴史も、苦しい困難が一挙に重なる時がある。実は、その時こそ、勝利の道を開くチャンスなのだ」(本紙2010年7月7日付「随筆 我らの勝利の大道」)
「博士は語った。『今まで以上に、立ち上がって、前進する気持ちになろうではないか。私たちの志を継続し、あらためてもっと大きな決意で立ち上がろうではないか』
大事なのは『今から』の決意だ。『これから』の行動だ。その連続闘争が、大きな歴史を築く原動力となる」(10年1月9日、新時代第36回本部幹部会でのスピーチ)
希望輝く創価の民衆運動の勝利——それは「今から」「ここから」「自分から」始まる。
2022年1月16日日曜日
2022.01.16 わが友に贈る
人生の真の充実は
困難に挑み勝つ
戦いの中にある。
何があろうと前へ!
挑戦王の心意気で!
一生成仏抄 P383
『若し心外に道を求めて万行万善を修せんは譬えば貧窮の人日夜に隣の財を計へたれども半銭の得分もなきが如し』
【通解】
もし自身の心の外に成仏の道を求めて万行万善を修めようとするのは、例えば貧しさに窮している人が日夜に隣の人の財産を数えても、半銭たりとも自分のものにならないようなものである。
名字の言 記念日を勝利の飛躍台に 2022年1月16日
タクシーに乗った際、料金メーターの脇に「きょうは○○の日」と書かれたカードを見つけた。運転手に尋ねると、勤務する日の記念日を一つ選んで掲示しているとのこと▼客と会話するきっかけづくりのアイデアだという。「11月は『いい○○の日』が多かったので話も弾みました。記念日は毎年巡ってくるので続けていきます」と語っていた▼誰もが持つ記念日——それは「誕生日」。ある地区では座談会の開催月に誕生日を迎える友が信仰体験を語る企画を続けている。ある月の座談会で、これまで学会活動に消極的だった女性部員が初参加した▼明日が誕生日だという彼女は同志に促され、ぽつりぽつりと話しだした。「私は生まれた時、産声がなかったそうです」と言うと、涙で声を詰まらせた。少しの間があり、彼女は続けた。その時、分娩台の母は必死に胸中で唱題したこと。後に何とか蘇生したこと。おかげで今の自分があること……。そして、彼女は言った。「私、生まれ変わったつもりで信心を頑張ります」▼池田先生は「これまでの歴史も、記念日も、すべて現在の力へと変えていってこそ、意味をもつ」と。現当二世の信心に励む友にとって、記念日は、人生勝利の飛躍台でもある。
寸鉄 2022年1月16日
「我もいたし、人をも教化候え」御書。自他共の幸福へ。弾む生命で勇躍前進(新1793・全1361)
愛知女性部の日。地域を照らす堅塁の太陽!使命の「この道」で友情を拡大
本年初の「未来部の日」。わが子に信心の継承を! ここに100周年を決する鍵
自転車が絡む交通事故が急増と。若年層の死亡も多く。ながら運転は厳禁
寒暖差の関連死に注意。浴室・トイレ等、防寒対策を。水分補給も小まめに
☆勇気の舞 凱歌の行進� 第1回 新年を迎えて
◇「一年」を「十年」の価値ある人生に
また我らの
新しい年が
始まった!
一年を
十年の価値ある人生に
生きる人もいる。
「一生 空しく過して
万歳 悔ゆる」人もいる。
人生は
今日も
生きゆく以外にない。
否 生き抜くことが
人生だ。
◆◇◆
誠実の人間たれ
勇敢なる人間たれ
そして
勝利の人生たれ!
熱烈たる人生王者の
自分の魂を
使命の魂と
深く結び合わせながら
断固として
勝ち誇る人生たれ!
それには
勇気ある信仰だ。
それしか
無数無量の諸天は
祝福してくれない。
人間主義の信仰こそ
恐るべき力を持ち
晴れやかな力を持ちながら
天使たちが
君を護る。
君を讃える。
狂気のごとき
この社会。
癒しがたい
狂いに狂った
愚行を繰り返す
この世界。
怒りの涙を
さらに強き格闘に転じて
暗澹たる怒濤の彼方に
燦然と輝く
自分自身の王国へ
行くのだ。
宿命の嵐に
負けるな!
陰険な波浪に
負けるな!
邪義の陰謀に
負けるな!
◆◇◆
我らには
哀しみなどはない。
我らには
敗北もない。
我らの彼方は
常に
幸福の鐘が
希望の鐘が
鳴りやむことはない。
いかなる
厳しい試練があっても
我らは
すべてを勝ち越えゆく
無量の黄金よりも貴重な
無限の力を持っている。
目には見えない力が
満々として
言葉もなく
常に轟々と
鋭く響いている。
我らは負けない!
君よ
今日も
元気を取り戻せ!
君よ
幸福の魂を引き離す輩とは
今日も厳然と
断固 戦え!
あの美しい
満天の星のごとく
勇気に溢れ
希望に溢れ
勝利に溢れゆく
栄光にふさわしき
人間王者の威厳に満ち満ちて
常楽我浄の王宮の扉を開き
笑みを湛えながら
わが人生の流転を
進みゆくのだ。
我々が信ずる力は
臆せず動ぜず
悠然と安座して
慈光に包まれ
必ず忍耐の彼方に
大勝利の讃歌が待っている。
新しい一年
君の胸にも
また あなたの胸にも
大いなる喜びが流れ込み
偉大なる勝利の
諸天の祝福の輝きに
包まれゆくことを
私は祈りたい。
困難に挑み勝つ
戦いの中にある。
何があろうと前へ!
挑戦王の心意気で!
一生成仏抄 P383
『若し心外に道を求めて万行万善を修せんは譬えば貧窮の人日夜に隣の財を計へたれども半銭の得分もなきが如し』
【通解】
もし自身の心の外に成仏の道を求めて万行万善を修めようとするのは、例えば貧しさに窮している人が日夜に隣の人の財産を数えても、半銭たりとも自分のものにならないようなものである。
名字の言 記念日を勝利の飛躍台に 2022年1月16日
タクシーに乗った際、料金メーターの脇に「きょうは○○の日」と書かれたカードを見つけた。運転手に尋ねると、勤務する日の記念日を一つ選んで掲示しているとのこと▼客と会話するきっかけづくりのアイデアだという。「11月は『いい○○の日』が多かったので話も弾みました。記念日は毎年巡ってくるので続けていきます」と語っていた▼誰もが持つ記念日——それは「誕生日」。ある地区では座談会の開催月に誕生日を迎える友が信仰体験を語る企画を続けている。ある月の座談会で、これまで学会活動に消極的だった女性部員が初参加した▼明日が誕生日だという彼女は同志に促され、ぽつりぽつりと話しだした。「私は生まれた時、産声がなかったそうです」と言うと、涙で声を詰まらせた。少しの間があり、彼女は続けた。その時、分娩台の母は必死に胸中で唱題したこと。後に何とか蘇生したこと。おかげで今の自分があること……。そして、彼女は言った。「私、生まれ変わったつもりで信心を頑張ります」▼池田先生は「これまでの歴史も、記念日も、すべて現在の力へと変えていってこそ、意味をもつ」と。現当二世の信心に励む友にとって、記念日は、人生勝利の飛躍台でもある。
寸鉄 2022年1月16日
「我もいたし、人をも教化候え」御書。自他共の幸福へ。弾む生命で勇躍前進(新1793・全1361)
愛知女性部の日。地域を照らす堅塁の太陽!使命の「この道」で友情を拡大
本年初の「未来部の日」。わが子に信心の継承を! ここに100周年を決する鍵
自転車が絡む交通事故が急増と。若年層の死亡も多く。ながら運転は厳禁
寒暖差の関連死に注意。浴室・トイレ等、防寒対策を。水分補給も小まめに
☆勇気の舞 凱歌の行進� 第1回 新年を迎えて
◇「一年」を「十年」の価値ある人生に
また我らの
新しい年が
始まった!
一年を
十年の価値ある人生に
生きる人もいる。
「一生 空しく過して
万歳 悔ゆる」人もいる。
人生は
今日も
生きゆく以外にない。
否 生き抜くことが
人生だ。
◆◇◆
誠実の人間たれ
勇敢なる人間たれ
そして
勝利の人生たれ!
熱烈たる人生王者の
自分の魂を
使命の魂と
深く結び合わせながら
断固として
勝ち誇る人生たれ!
それには
勇気ある信仰だ。
それしか
無数無量の諸天は
祝福してくれない。
人間主義の信仰こそ
恐るべき力を持ち
晴れやかな力を持ちながら
天使たちが
君を護る。
君を讃える。
狂気のごとき
この社会。
癒しがたい
狂いに狂った
愚行を繰り返す
この世界。
怒りの涙を
さらに強き格闘に転じて
暗澹たる怒濤の彼方に
燦然と輝く
自分自身の王国へ
行くのだ。
宿命の嵐に
負けるな!
陰険な波浪に
負けるな!
邪義の陰謀に
負けるな!
◆◇◆
我らには
哀しみなどはない。
我らには
敗北もない。
我らの彼方は
常に
幸福の鐘が
希望の鐘が
鳴りやむことはない。
いかなる
厳しい試練があっても
我らは
すべてを勝ち越えゆく
無量の黄金よりも貴重な
無限の力を持っている。
目には見えない力が
満々として
言葉もなく
常に轟々と
鋭く響いている。
我らは負けない!
君よ
今日も
元気を取り戻せ!
君よ
幸福の魂を引き離す輩とは
今日も厳然と
断固 戦え!
あの美しい
満天の星のごとく
勇気に溢れ
希望に溢れ
勝利に溢れゆく
栄光にふさわしき
人間王者の威厳に満ち満ちて
常楽我浄の王宮の扉を開き
笑みを湛えながら
わが人生の流転を
進みゆくのだ。
我々が信ずる力は
臆せず動ぜず
悠然と安座して
慈光に包まれ
必ず忍耐の彼方に
大勝利の讃歌が待っている。
新しい一年
君の胸にも
また あなたの胸にも
大いなる喜びが流れ込み
偉大なる勝利の
諸天の祝福の輝きに
包まれゆくことを
私は祈りたい。
2022年1月15日土曜日
2022.01.15 わが友に贈る
本部幹部会の視聴から
勢いよく出発しよう!
「根深ければ則ち条茂く」
最初の決意が深いほど
勝利の力が湧き上がる!
佐渡御書 P958
『鉄は炎打てば剣となる賢聖は罵詈して試みるなるべし』
【通解】
鉄は、炎に入れ熱して打てば剣となる。賢人、聖人は罵ってみて真価が試されるものである。
名字の言 「お宅の屋根が壊れています」 2022年1月15日
1人暮らしの87歳の壮年の家に、3人の作業員が訪ねてきた。「お宅の屋根が壊れているのでお知らせにきました」▼作業員はスマホで撮影した写真を見せ、「放っておくと雨漏りなど大変なことになります」。屋根の状態を確認できない壮年の不安をあおり、すぐに修理工事するよう促した。契約書の請求金額に驚いた。約180万円!▼実際、屋根に異常は見られず、法外な費用を請求する詐欺だった。指摘商法という手口だ。賢明な対処で事なきを得たが、消費生活センターは「突然訪問してくる業者を屋根や自宅に上げない」「その場で契約するのではなく、まず信頼できる業者に相談する」などといった対応を呼び掛ける▼人ごとのように思っていたことが、わが身に降り掛かってきて初めて、わが事となる場合が少なくない。「自分は大丈夫」といった油断や過信は禁物。次元は異なるが、日蓮大聖人は主君の信頼を勝ち得た壮年門下に対し、世知辛い世の中ゆえに「心にふかきようじんあるべし」(新1600・全1176)と、具体的な指示をされている▼聡明に生きるとともに、家族や地域などで注意喚起し、絶対無事故を勝ち取りたい。最高に価値ある人生を生きる原動力が信仰である。
寸鉄 2022年1月15日
法華経を信ずるは人界に仏界を具えるが故—御書 全員に仏性。対話で触発(新127・全241)
東京「新宿の日」50周年。日本一の麗しい同志愛で再びの凱歌へ共に前進!
中等部結成記念日。君の使命は22世紀まで!希望胸に自分らしく大成長を
先延ばしこそ生の最大の浪費—哲人。強き祈りで今日の目標に果敢に挑戦
「生活に充実感ある人」感染前から大幅減。励ましを更に。電話一本でも
☆きょう中等部結成記念日 2030年へ「勇気の一歩」を踏み出して
中等部歌として誕生し、今は未来部愛唱歌となって親しまれている歌があります。タイトルは「勇気の一歩」。1995年の中等部結成30周年を祝して同部の有志が作詞したものです。完成の報と併せ、録音された合唱を聞いた池田大作先生は「新世紀 踊り舞いゆけ わが弟子と 若き王子と 若き王女と」「勝ち誇る 歌声 聞こゆる わが丘に 不幸を奪いて 僕らは勝利を」と詠み贈りました。今、コロナ禍にあっても、自身の勝利を誓って負けじ魂の一歩を重ねる列島各地の友がいます。きょう15日は「中等部結成記念日」。
☆勝ちゆく君へ 第24回 さらなる広布の峰へ!
◇感謝の言葉を届けよう
多難の一年、不屈の若人は、試練を越え、地域に社会に、人間主義の「希望・勝利」の連帯を広げてくれました。
青年部を卒業する先輩たちも、よく頑張ってくれて、本当にありがとう! これからも、心を一つに戦い進もう!
日蓮大聖人は、「知恩をもて最とし報恩をもて前とす」(御書491ページ)と仰せになられました。
陰で献身している方々の労苦を知り、感謝し、讃える中に、自身と組織に、歓喜も福徳も広がる。「ほむれば弥功徳まさる」(同1242ページ)です。
感謝の人に行き詰まりなし。
年末年始、真心込めた言葉を、家族、同志、友人に届けよう!
◇誓願こそ「飛躍」の力
40年前、私は若き地涌の友と反転攻勢を開始し、九州の地で長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」を発表しました。
私はあえて基本を訴えました。"広布の山を登るための原動力は、勤行と唱題であることを忘れてはならない"と。
誓願の祈りこそ、烈風に負けない無敵の翼だからです。
「断じて目標を達成する!」「絶対に勝つ」との強き祈りは、因果倶時なるゆえに、必ず明確に結果として現れていきます。
明年のわが目標を具体的に掲げて、新たな広布誓願の峰へ、共に挑もう! わが愛する一人一人の大いなる「飛躍」を楽しみに待っています。
(創価新報2021年12月15日付より)
☆四季の励まし 生き抜く力はわが生命に 2022年1月10日
◇池田先生の言葉
病気をした人は、
その分、
人のことを思いやれる。
慈愛が深まる。
病気は、
いろいろなことを
教えてくれる。
死を見つめたり、
生きる意味を考えたり、
人生のかけがえのなさが
見えてくるものだ。
すべて、
より高い人生の頂へと
登っていくための
通路なのだ。
教科書なのである。
生命には
「生き抜く力」がある。
「治す力」がある。
それを引き出す
最高の「大良薬」が
妙法である。
病気を
宿命転換の好機と定める。
その強き一念が、
一切の障魔を破り、
幸福への軌道を広げる。
人間誰しも
病気になることはある。
肝心なのは
「病気に負けない」ことだ。
「強い心」「負けない心」が
あるかぎり、
人間は、すべてを
プラスに転じていける。
大切なのは、
生きているうちに、
どれだけ「生命の質」を
高めることができるかだ。
長く生きることだけが、
長寿ではない。
大切なのは、
きょう一日を、
広布の前進とともに
悔いなく
生ききることである。
いくつになっても、
生きる目標を
胸中に燦然と
輝かせていくことだ。
たとえ病気になっても、
心は生き生きと!——
絶対に負けてはいけない。
戦う心まで
病魔に
食い破られてはならない。
人生の勝敗は、
途中では決まらない。
最後に勝つ人が、
真の勝利者なのである。
【写真説明】黄色のミモザ、赤紫のキンギョソウ……。色鮮やかな花々の中に、オレンジ色のアマリリスの大輪が、ひときわ輝いている。2010年(平成22年)3月、池田大作先生が都内でシャッターを切った。
人は皆、生老病死から逃れることはできない。しかし、寒風すさぶ試練の冬に耐えるからこそ、幸の花咲く春の喜びを知る。妙法に生き抜く人は「冬は必ず春となる」(新1696・全1253)。御書にはまた、「妙とは蘇生の義なり。蘇生と申すは、よみがへる義なり」(新541・全947)と。妙法は、万人に具わる"生きる力"を引き出す大法である。
苦難と戦う友と家族に、真剣な祈りと、温かな励ましを届けよう。共々に福徳と勝利の人生を目指して。(2020年12月13日付)
勢いよく出発しよう!
「根深ければ則ち条茂く」
最初の決意が深いほど
勝利の力が湧き上がる!
佐渡御書 P958
『鉄は炎打てば剣となる賢聖は罵詈して試みるなるべし』
【通解】
鉄は、炎に入れ熱して打てば剣となる。賢人、聖人は罵ってみて真価が試されるものである。
名字の言 「お宅の屋根が壊れています」 2022年1月15日
1人暮らしの87歳の壮年の家に、3人の作業員が訪ねてきた。「お宅の屋根が壊れているのでお知らせにきました」▼作業員はスマホで撮影した写真を見せ、「放っておくと雨漏りなど大変なことになります」。屋根の状態を確認できない壮年の不安をあおり、すぐに修理工事するよう促した。契約書の請求金額に驚いた。約180万円!▼実際、屋根に異常は見られず、法外な費用を請求する詐欺だった。指摘商法という手口だ。賢明な対処で事なきを得たが、消費生活センターは「突然訪問してくる業者を屋根や自宅に上げない」「その場で契約するのではなく、まず信頼できる業者に相談する」などといった対応を呼び掛ける▼人ごとのように思っていたことが、わが身に降り掛かってきて初めて、わが事となる場合が少なくない。「自分は大丈夫」といった油断や過信は禁物。次元は異なるが、日蓮大聖人は主君の信頼を勝ち得た壮年門下に対し、世知辛い世の中ゆえに「心にふかきようじんあるべし」(新1600・全1176)と、具体的な指示をされている▼聡明に生きるとともに、家族や地域などで注意喚起し、絶対無事故を勝ち取りたい。最高に価値ある人生を生きる原動力が信仰である。
寸鉄 2022年1月15日
法華経を信ずるは人界に仏界を具えるが故—御書 全員に仏性。対話で触発(新127・全241)
東京「新宿の日」50周年。日本一の麗しい同志愛で再びの凱歌へ共に前進!
中等部結成記念日。君の使命は22世紀まで!希望胸に自分らしく大成長を
先延ばしこそ生の最大の浪費—哲人。強き祈りで今日の目標に果敢に挑戦
「生活に充実感ある人」感染前から大幅減。励ましを更に。電話一本でも
☆きょう中等部結成記念日 2030年へ「勇気の一歩」を踏み出して
中等部歌として誕生し、今は未来部愛唱歌となって親しまれている歌があります。タイトルは「勇気の一歩」。1995年の中等部結成30周年を祝して同部の有志が作詞したものです。完成の報と併せ、録音された合唱を聞いた池田大作先生は「新世紀 踊り舞いゆけ わが弟子と 若き王子と 若き王女と」「勝ち誇る 歌声 聞こゆる わが丘に 不幸を奪いて 僕らは勝利を」と詠み贈りました。今、コロナ禍にあっても、自身の勝利を誓って負けじ魂の一歩を重ねる列島各地の友がいます。きょう15日は「中等部結成記念日」。
☆勝ちゆく君へ 第24回 さらなる広布の峰へ!
◇感謝の言葉を届けよう
多難の一年、不屈の若人は、試練を越え、地域に社会に、人間主義の「希望・勝利」の連帯を広げてくれました。
青年部を卒業する先輩たちも、よく頑張ってくれて、本当にありがとう! これからも、心を一つに戦い進もう!
日蓮大聖人は、「知恩をもて最とし報恩をもて前とす」(御書491ページ)と仰せになられました。
陰で献身している方々の労苦を知り、感謝し、讃える中に、自身と組織に、歓喜も福徳も広がる。「ほむれば弥功徳まさる」(同1242ページ)です。
感謝の人に行き詰まりなし。
年末年始、真心込めた言葉を、家族、同志、友人に届けよう!
◇誓願こそ「飛躍」の力
40年前、私は若き地涌の友と反転攻勢を開始し、九州の地で長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」を発表しました。
私はあえて基本を訴えました。"広布の山を登るための原動力は、勤行と唱題であることを忘れてはならない"と。
誓願の祈りこそ、烈風に負けない無敵の翼だからです。
「断じて目標を達成する!」「絶対に勝つ」との強き祈りは、因果倶時なるゆえに、必ず明確に結果として現れていきます。
明年のわが目標を具体的に掲げて、新たな広布誓願の峰へ、共に挑もう! わが愛する一人一人の大いなる「飛躍」を楽しみに待っています。
(創価新報2021年12月15日付より)
☆四季の励まし 生き抜く力はわが生命に 2022年1月10日
◇池田先生の言葉
病気をした人は、
その分、
人のことを思いやれる。
慈愛が深まる。
病気は、
いろいろなことを
教えてくれる。
死を見つめたり、
生きる意味を考えたり、
人生のかけがえのなさが
見えてくるものだ。
すべて、
より高い人生の頂へと
登っていくための
通路なのだ。
教科書なのである。
生命には
「生き抜く力」がある。
「治す力」がある。
それを引き出す
最高の「大良薬」が
妙法である。
病気を
宿命転換の好機と定める。
その強き一念が、
一切の障魔を破り、
幸福への軌道を広げる。
人間誰しも
病気になることはある。
肝心なのは
「病気に負けない」ことだ。
「強い心」「負けない心」が
あるかぎり、
人間は、すべてを
プラスに転じていける。
大切なのは、
生きているうちに、
どれだけ「生命の質」を
高めることができるかだ。
長く生きることだけが、
長寿ではない。
大切なのは、
きょう一日を、
広布の前進とともに
悔いなく
生ききることである。
いくつになっても、
生きる目標を
胸中に燦然と
輝かせていくことだ。
たとえ病気になっても、
心は生き生きと!——
絶対に負けてはいけない。
戦う心まで
病魔に
食い破られてはならない。
人生の勝敗は、
途中では決まらない。
最後に勝つ人が、
真の勝利者なのである。
【写真説明】黄色のミモザ、赤紫のキンギョソウ……。色鮮やかな花々の中に、オレンジ色のアマリリスの大輪が、ひときわ輝いている。2010年(平成22年)3月、池田大作先生が都内でシャッターを切った。
人は皆、生老病死から逃れることはできない。しかし、寒風すさぶ試練の冬に耐えるからこそ、幸の花咲く春の喜びを知る。妙法に生き抜く人は「冬は必ず春となる」(新1696・全1253)。御書にはまた、「妙とは蘇生の義なり。蘇生と申すは、よみがへる義なり」(新541・全947)と。妙法は、万人に具わる"生きる力"を引き出す大法である。
苦難と戦う友と家族に、真剣な祈りと、温かな励ましを届けよう。共々に福徳と勝利の人生を目指して。(2020年12月13日付)
2022年1月14日金曜日
2022.01.14 わが友に贈る
相手をよく知り
尊敬することから
心の交流が始まる。
友の胸中に響く
大誠実の語らいを!
顕仏未来記 P509
『天台云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り華の盛なるを見て池の深きを知る」等云云、妙楽の云く「智人は起を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云』
【通解】
天台は法華文句に「雨の降り方の激しさから、その雨を降らしている竜の大きいことを知ることができる。蓮華の咲き方の盛んなのを見て、根を下ろしている池の深さを知ることができる」と説いている。妙楽は法華文句記に「智慧のある人は物事の起こりを知り、蛇は自から蛇を知っている」等と述べている。
名字の言 鹿児島・平島の女性から届いた喜びの報告 2022年1月14日
漆器作りの工房を訪れると、下塗り、中塗り、上塗りといった作業を丹念に行っていた。熟練の職人いわく「漆器は、心を込めて塗り重ねてこそ、美しい光沢、色艶が生まれるんです」。私たちの広布の歩みにも通じよう▼鹿児島県・十島村の平島の女性から喜びの報告があった。これまで同島の会員は彼女1人だったが昨年末、おいを入会に導き2人になった。「島の学会員が2倍になりました!」▼彼女が同島に帰郷したのは20年前。島での生活や学会活動は生易しいものではなかった。火山地帯に頻発する地震、相次ぐ台風被害……。病院や商業施設はない。その中で"池田先生の弟子らしく"と島中の人に明るく声を掛け続けた。病の人や、生活に行き詰まった人がいれば、すぐ駆け付け、親身に相談に乗った▼今、島民(45世帯91人)の多くから信頼を寄せられる灯台のような存在だ。かつて「学会はお断り」と張り紙をした人まで「何でも協力するよ」と理解者になった。今年90歳の彼女は青年さながらの勢いだ。「島の広布はこれからが本番。おいっ子と2馬力で飛躍します!」▼わが地域の幸福責任者は自分自身——この心で祈りを重ね、誠実の対話を重ねる"一人"がいれば、広布は必ず拡大する。
寸鉄 2022年1月14日
大きく明るい希望が青年の特権—戸田先生。勇敢な行動で壁破り新風を!
四国女性部の日。各地に新リーダー誕生。仲良き団結で励まし対話を拡大
「皆ことごとく法華経の妙の一字より出生」御書 諸天をも動かす祈り強く
北日本や北陸で荒天と。最新情報を鋭敏に。今日も無事故・安全を最優先
変異株の拡大、気の緩みが危険—医師。重症化少なくとも基本をもう一重
☆輝きの瞬間 1月の広布史
師弟という"縦糸"と同志の連帯という"横糸"によって織り成された民衆勝利の大絵巻が広宣流布の歴史である。新連載「輝きの瞬間」では、師弟の黄金の歴史を紹介する。今回は1月の広布史を掲載する。
◇1951年1月6日 創価班 師弟誓願の日
「私に、もし万一のことがあったら、学会のことも、事業のことも、いっさい、君に任せるから、全部、引き受けてくれないか」
事業が暗礁に乗り上げ、絶体絶命の窮地に陥っていた戸田先生は、1951年1月6日、池田先生を自宅に招き、率直に語った。恩師は広宣流布の未来を見すえ、最も深く信頼する愛弟子に一切を託そうとしていた。
池田先生は答えた。
「(戸田)先生、決して、ご心配なさらないでください。私の一生は、先生に捧げて、悔いのない覚悟だけは、とうにできております」
そして、南北朝時代の武将・楠木正成が、子の正行に後事を託した故事に、創価の師弟の姿を重ね、その日の日記につづった。
「先生は、正成の如く、吾れは、正行の如くなり。奥様は、落涙。此の日の、感動、厳粛、感涙、使命、因縁、生き甲斐は、生涯、忘るることはない。後継者は、私であることが決まった」
池田先生は、"断じて、戸田先生に、次の会長になっていただく"と誓いを立て、祈りに祈り、阿修羅のごとく逆風の中を突き進んでいった。命を削って師匠を守り抜いた。
その後、事業の整理が劇的に進み、この年の5月3日、戸田先生は第2代会長に就任した。
26年後、77年の1月6日、結成間もない創価班の第1回総会が開催。この日に行うことを提案したのは、池田先生だった。戸田先生の後継者たる自覚を深めた歴史的な日に、学会厳護の気迫みなぎる創価班に、万感の期待を寄せたのである。
池田先生は席上、創価班に対し、「創価学会の未来万年にわたる盤石な基盤を構築することに一切の使命がある」と師子吼。以来、創価班は各地で、成長と勝利の実証を示してきた。
「1・6」は2012年、「創価班 師弟誓願の日」に制定。10周年の今この時、一人一人が史上最高の拡大をと誓う。
◇1982年1月10日〜15日 雪の秋田指導
そこには白銀の世界が広がっていた。
1982年1月10日、池田先生は秋田に降り立った。第1次宗門事件で「東の秋田、西の大分」といわれるほど、秋田では宗門僧らが、聞くに堪えない創価学会への罵詈雑言を繰り返した。
前年の秋から本格的な「反転攻勢」を開始した先生は、「愛する秋田に必ず福徳爛漫の春を呼ぶのだ」と深く心に期していた。
待ち望んだ師匠の訪問に、出迎えた同志の喜びがはじけた。「雪の秋田指導」の始まりである。
空港から"戦い"は開始された。秋田文化会館(当時)までの途上、先生はメンバーを見つけては車から降り、同志と絆を強く結んだ。計9回、"街頭座談会"を行い、記念の写真に納まった。
県幹部会や懇談会など、先生の真剣勝負の激励が続いた。13日には、自由勤行会が行われ、2度にわたって記念撮影会も開かれた。正午過ぎ、前夜からの雪が降る中、先生はマイクを握った。
「この力強い、はつらつとした皆さんの姿こそ、あの『人間革命の歌』にある『吹雪に胸はり いざや征け』の心意気そのものです」
「皆さんの健闘と、大勝利を祝い、勝ち鬨をあげましょう!」
雪空に民衆勝利の凱歌が響き渡った。先生は後に、行事の成功を自宅で祈り、見守った友に「雪の秋田指導 栄光グループ」との名を贈った。
秋田をたつ前日の14日、第1回秋田県青年部総会が開催された。先生はスピーチの後、会場の出口付近で、高らかに宣言した。
「きょう、私は正式に語っておきます。自分が思うと思わざるとにかかわらず、諸君は池田門下生であると思っています。信頼しています!」
15日までの6日間の滞在で、先生は、約1万人の求道の友に激励を送った。会えなかった同志にも、励ましの手を差し伸べた。
今年は「雪の秋田指導」から40周年の節目。寒風に胸張る秋田の友の胸中に、広布飛躍への誓願がいや増して燃え上がる。
◇1965年1月15日 中等部の結成記念日
未来部は、池田先生の会長就任後、初めて結成された部だ。1964年6月1日、高等部と中等部の設置が発表され、7日に高等部が結成。学会は未来への飛翔を加速させていった。
翌65年、小説『人間革命』の連載が、聖教新聞元日号からスタート。2週間後の1月15日に、中等部の結成式が全国各地で行われた。中等部をはじめ未来部のメンバーは発足当初から、『人間革命』の研さんを通し、信心の土台を築いていった。
当時の『青少年白書』には、犯罪の低年齢化などが指摘されていた。青少年へ希望を届けることは、社会の課題だった。
先生は結成式の前日、「信心」「勉強」などの観点から五つの指針を贈った。この年の8月には、中等部の代表と記念のカメラに納まり、激励している。
御書講義や決意署名など、未来部員の成長を願い、先生は具体的な手を打った。その思いを、こう語った。
「すべては真剣さだよ。私は、二十一世紀のことを真剣に考えている。その時に、誰が広宣流布を、世界の平和を、担っていくのか。誰が二十一世紀に、本当の学会の精神を伝えていくのか。それは、今の高等部、中等部のメンバーに頼むしかないじゃないか」
21世紀を目前にした2000年4月、聖教新聞紙上で「希望対話」の連載が開始された。第1回で、先生は中等部への万感の思いを述べた。
「私は、中学生のみなさん全員が、晴ればれと『勝利』してもらいたい。『すばらしい日々だった!』と満足できる青春であってもらいたい。そのためなら、何だってしてあげたい」
友情や進路の悩み、いじめなど、さまざまなテーマで、先生は多感な中学生に渾身のエールを送った。師の言葉は、多くの友の心を鼓舞した。
21世紀の今、かつての中等部員たちが、先生の心をわが心として、後継の宝の友たちに励ましを送っている。
◇1962年1月25日 「大阪事件」の無罪判決
1957年7月3日、池田先生は事実無根の選挙違反容疑で逮捕・勾留された。「大阪事件」である。新たな民衆勢力の台頭を恐れる権力の策謀だった。
同年10月18日から裁判が始まった。先生は日記に記した。「友よ、次の勝利に、断固進もう。俺も、戦うぞ」
日本の司法制度では、起訴されてしまえば、無罪を勝ち取ることは困難を極める。担当の弁護士たちは、池田先生に「有罪は覚悟してほしい」と弱腰だった。
青年部出身の学会幹部たちは憤りを覚えた。彼らは大阪事件の発端から一切の経過を洗い直し、対策を検討した。60年の年末には、弁護団の強化を先生に進言する。
先生は「弁護士陣はそのままで」と述べた後、確信を込めて語った。
「戸田先生は私に、『最後は勝つ。金は金だ。いくら泥にまみれさせようとも、その輝きは失せるものか』と言われた。先生のその言葉が、私に無限の勇気と確信を与えてくれるんだよ。先生の言葉には嘘はないもの」
公判は84回に及んだ。先生は23回、法廷に立った。時には、自ら検事たちに質問し、その証言の矛盾を突いて真実を明らかにした。最終陳述では「学会が選挙運動を行うことは、国民としての権利を行使するものである」と堂々と訴え、拷問に等しい学会員への取り調べを批判した。
62年1月25日、判決の日。池田先生の「無罪」を告げる裁判長の声が法廷に響いた。
裁判を終えると、すぐに先生は関西本部に戻り、恩師の遺影に勝利を報告した。この日、先生は語っている。
「むしろ、戦いはこれから始まるのだ。一つの段階を越えると同時に、次の段階へ向かってスタートする。これが本因妙の仏法のゆえんだよ」
無罪判決の翌日、本部幹部会が開催された。席上、新たに誕生した公明政治連盟(当時)の支援が発表された。次の段階へ、学会はスタートを切ったのである。
尊敬することから
心の交流が始まる。
友の胸中に響く
大誠実の語らいを!
顕仏未来記 P509
『天台云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り華の盛なるを見て池の深きを知る」等云云、妙楽の云く「智人は起を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云』
【通解】
天台は法華文句に「雨の降り方の激しさから、その雨を降らしている竜の大きいことを知ることができる。蓮華の咲き方の盛んなのを見て、根を下ろしている池の深さを知ることができる」と説いている。妙楽は法華文句記に「智慧のある人は物事の起こりを知り、蛇は自から蛇を知っている」等と述べている。
名字の言 鹿児島・平島の女性から届いた喜びの報告 2022年1月14日
漆器作りの工房を訪れると、下塗り、中塗り、上塗りといった作業を丹念に行っていた。熟練の職人いわく「漆器は、心を込めて塗り重ねてこそ、美しい光沢、色艶が生まれるんです」。私たちの広布の歩みにも通じよう▼鹿児島県・十島村の平島の女性から喜びの報告があった。これまで同島の会員は彼女1人だったが昨年末、おいを入会に導き2人になった。「島の学会員が2倍になりました!」▼彼女が同島に帰郷したのは20年前。島での生活や学会活動は生易しいものではなかった。火山地帯に頻発する地震、相次ぐ台風被害……。病院や商業施設はない。その中で"池田先生の弟子らしく"と島中の人に明るく声を掛け続けた。病の人や、生活に行き詰まった人がいれば、すぐ駆け付け、親身に相談に乗った▼今、島民(45世帯91人)の多くから信頼を寄せられる灯台のような存在だ。かつて「学会はお断り」と張り紙をした人まで「何でも協力するよ」と理解者になった。今年90歳の彼女は青年さながらの勢いだ。「島の広布はこれからが本番。おいっ子と2馬力で飛躍します!」▼わが地域の幸福責任者は自分自身——この心で祈りを重ね、誠実の対話を重ねる"一人"がいれば、広布は必ず拡大する。
寸鉄 2022年1月14日
大きく明るい希望が青年の特権—戸田先生。勇敢な行動で壁破り新風を!
四国女性部の日。各地に新リーダー誕生。仲良き団結で励まし対話を拡大
「皆ことごとく法華経の妙の一字より出生」御書 諸天をも動かす祈り強く
北日本や北陸で荒天と。最新情報を鋭敏に。今日も無事故・安全を最優先
変異株の拡大、気の緩みが危険—医師。重症化少なくとも基本をもう一重
☆輝きの瞬間 1月の広布史
師弟という"縦糸"と同志の連帯という"横糸"によって織り成された民衆勝利の大絵巻が広宣流布の歴史である。新連載「輝きの瞬間」では、師弟の黄金の歴史を紹介する。今回は1月の広布史を掲載する。
◇1951年1月6日 創価班 師弟誓願の日
「私に、もし万一のことがあったら、学会のことも、事業のことも、いっさい、君に任せるから、全部、引き受けてくれないか」
事業が暗礁に乗り上げ、絶体絶命の窮地に陥っていた戸田先生は、1951年1月6日、池田先生を自宅に招き、率直に語った。恩師は広宣流布の未来を見すえ、最も深く信頼する愛弟子に一切を託そうとしていた。
池田先生は答えた。
「(戸田)先生、決して、ご心配なさらないでください。私の一生は、先生に捧げて、悔いのない覚悟だけは、とうにできております」
そして、南北朝時代の武将・楠木正成が、子の正行に後事を託した故事に、創価の師弟の姿を重ね、その日の日記につづった。
「先生は、正成の如く、吾れは、正行の如くなり。奥様は、落涙。此の日の、感動、厳粛、感涙、使命、因縁、生き甲斐は、生涯、忘るることはない。後継者は、私であることが決まった」
池田先生は、"断じて、戸田先生に、次の会長になっていただく"と誓いを立て、祈りに祈り、阿修羅のごとく逆風の中を突き進んでいった。命を削って師匠を守り抜いた。
その後、事業の整理が劇的に進み、この年の5月3日、戸田先生は第2代会長に就任した。
26年後、77年の1月6日、結成間もない創価班の第1回総会が開催。この日に行うことを提案したのは、池田先生だった。戸田先生の後継者たる自覚を深めた歴史的な日に、学会厳護の気迫みなぎる創価班に、万感の期待を寄せたのである。
池田先生は席上、創価班に対し、「創価学会の未来万年にわたる盤石な基盤を構築することに一切の使命がある」と師子吼。以来、創価班は各地で、成長と勝利の実証を示してきた。
「1・6」は2012年、「創価班 師弟誓願の日」に制定。10周年の今この時、一人一人が史上最高の拡大をと誓う。
◇1982年1月10日〜15日 雪の秋田指導
そこには白銀の世界が広がっていた。
1982年1月10日、池田先生は秋田に降り立った。第1次宗門事件で「東の秋田、西の大分」といわれるほど、秋田では宗門僧らが、聞くに堪えない創価学会への罵詈雑言を繰り返した。
前年の秋から本格的な「反転攻勢」を開始した先生は、「愛する秋田に必ず福徳爛漫の春を呼ぶのだ」と深く心に期していた。
待ち望んだ師匠の訪問に、出迎えた同志の喜びがはじけた。「雪の秋田指導」の始まりである。
空港から"戦い"は開始された。秋田文化会館(当時)までの途上、先生はメンバーを見つけては車から降り、同志と絆を強く結んだ。計9回、"街頭座談会"を行い、記念の写真に納まった。
県幹部会や懇談会など、先生の真剣勝負の激励が続いた。13日には、自由勤行会が行われ、2度にわたって記念撮影会も開かれた。正午過ぎ、前夜からの雪が降る中、先生はマイクを握った。
「この力強い、はつらつとした皆さんの姿こそ、あの『人間革命の歌』にある『吹雪に胸はり いざや征け』の心意気そのものです」
「皆さんの健闘と、大勝利を祝い、勝ち鬨をあげましょう!」
雪空に民衆勝利の凱歌が響き渡った。先生は後に、行事の成功を自宅で祈り、見守った友に「雪の秋田指導 栄光グループ」との名を贈った。
秋田をたつ前日の14日、第1回秋田県青年部総会が開催された。先生はスピーチの後、会場の出口付近で、高らかに宣言した。
「きょう、私は正式に語っておきます。自分が思うと思わざるとにかかわらず、諸君は池田門下生であると思っています。信頼しています!」
15日までの6日間の滞在で、先生は、約1万人の求道の友に激励を送った。会えなかった同志にも、励ましの手を差し伸べた。
今年は「雪の秋田指導」から40周年の節目。寒風に胸張る秋田の友の胸中に、広布飛躍への誓願がいや増して燃え上がる。
◇1965年1月15日 中等部の結成記念日
未来部は、池田先生の会長就任後、初めて結成された部だ。1964年6月1日、高等部と中等部の設置が発表され、7日に高等部が結成。学会は未来への飛翔を加速させていった。
翌65年、小説『人間革命』の連載が、聖教新聞元日号からスタート。2週間後の1月15日に、中等部の結成式が全国各地で行われた。中等部をはじめ未来部のメンバーは発足当初から、『人間革命』の研さんを通し、信心の土台を築いていった。
当時の『青少年白書』には、犯罪の低年齢化などが指摘されていた。青少年へ希望を届けることは、社会の課題だった。
先生は結成式の前日、「信心」「勉強」などの観点から五つの指針を贈った。この年の8月には、中等部の代表と記念のカメラに納まり、激励している。
御書講義や決意署名など、未来部員の成長を願い、先生は具体的な手を打った。その思いを、こう語った。
「すべては真剣さだよ。私は、二十一世紀のことを真剣に考えている。その時に、誰が広宣流布を、世界の平和を、担っていくのか。誰が二十一世紀に、本当の学会の精神を伝えていくのか。それは、今の高等部、中等部のメンバーに頼むしかないじゃないか」
21世紀を目前にした2000年4月、聖教新聞紙上で「希望対話」の連載が開始された。第1回で、先生は中等部への万感の思いを述べた。
「私は、中学生のみなさん全員が、晴ればれと『勝利』してもらいたい。『すばらしい日々だった!』と満足できる青春であってもらいたい。そのためなら、何だってしてあげたい」
友情や進路の悩み、いじめなど、さまざまなテーマで、先生は多感な中学生に渾身のエールを送った。師の言葉は、多くの友の心を鼓舞した。
21世紀の今、かつての中等部員たちが、先生の心をわが心として、後継の宝の友たちに励ましを送っている。
◇1962年1月25日 「大阪事件」の無罪判決
1957年7月3日、池田先生は事実無根の選挙違反容疑で逮捕・勾留された。「大阪事件」である。新たな民衆勢力の台頭を恐れる権力の策謀だった。
同年10月18日から裁判が始まった。先生は日記に記した。「友よ、次の勝利に、断固進もう。俺も、戦うぞ」
日本の司法制度では、起訴されてしまえば、無罪を勝ち取ることは困難を極める。担当の弁護士たちは、池田先生に「有罪は覚悟してほしい」と弱腰だった。
青年部出身の学会幹部たちは憤りを覚えた。彼らは大阪事件の発端から一切の経過を洗い直し、対策を検討した。60年の年末には、弁護団の強化を先生に進言する。
先生は「弁護士陣はそのままで」と述べた後、確信を込めて語った。
「戸田先生は私に、『最後は勝つ。金は金だ。いくら泥にまみれさせようとも、その輝きは失せるものか』と言われた。先生のその言葉が、私に無限の勇気と確信を与えてくれるんだよ。先生の言葉には嘘はないもの」
公判は84回に及んだ。先生は23回、法廷に立った。時には、自ら検事たちに質問し、その証言の矛盾を突いて真実を明らかにした。最終陳述では「学会が選挙運動を行うことは、国民としての権利を行使するものである」と堂々と訴え、拷問に等しい学会員への取り調べを批判した。
62年1月25日、判決の日。池田先生の「無罪」を告げる裁判長の声が法廷に響いた。
裁判を終えると、すぐに先生は関西本部に戻り、恩師の遺影に勝利を報告した。この日、先生は語っている。
「むしろ、戦いはこれから始まるのだ。一つの段階を越えると同時に、次の段階へ向かってスタートする。これが本因妙の仏法のゆえんだよ」
無罪判決の翌日、本部幹部会が開催された。席上、新たに誕生した公明政治連盟(当時)の支援が発表された。次の段階へ、学会はスタートを切ったのである。
2022年1月13日木曜日
2022.01.13 わが友に贈る
「かまえてかまえて
御用心候べし」御聖訓。
大雪・暴風雪などの
気象情報を常に確認し
くれぐれも安全第一で!
御講聞書 P843
『然りと雖も諸天善神等は日蓮に力を合せ給う故に竜口までもかちぬ、其の外の大難をも脱れたり、今は魔王もこりてや候うらん』
【通解】
(第六天の魔王自身が邪魔をしてきても)諸天善神等は日蓮に力を合わせてくださったゆえに、竜の口の法難さえも勝つことができた。
そのほかの大難を切り抜けることができた。今は魔王も、懲りていることであろう。
名字の言 "市の風にあてる"——社会学者の幼少体験から 2022年1月13日
社会学者の加藤秀俊氏は、幼少期の記憶の中でも特に鮮明に残っているのは、さまざまな行商人の姿だと自著に記している。御用聞きに来た魚や酒を扱うあきんどと、家族が玄関先でやりとりをする際、幼い氏を同席させたからだ▼当時は、「市の風にあてたこどもは強くなる」という庶民の思想があったという。"市の風にあてる"とは、家族以外の人と接することで世間を知り、見知らぬ世界への目を開く機会になるという考えである(『暮らしの世相史』中公新書)▼人は他者との関わりを通じて、世間や社会を知っていくものだろう。それが社会の中にいる自分を知ることにもつながる。現代は文明が発達し、生活が便利になる一方、人と直接的に関わる機会が減少傾向にあり、孤立や地域の絆の希薄化の一因になっていると指摘されている▼日頃の学会活動の大切さを改めて思う。老若男女が集う座談会で、未来部や青年部の友は、さまざまな立場の大人と接し、まさに"市の風"にあたっている。訪問・激励、少人数の集いなども、しかりである▼暮らしの場に根差した、地道にして着実な私たちの活動は、人間的成長の確かな大道であり、地域の安心と信頼のオアシス。その誇りを胸に挑戦を重ねよう。
寸鉄 2022年1月13日
「法華経を持つ者は必ず皆仏なり」御書。全員が使命の人。励ましに全力
友の幸せを祈り、妙法を語ることが最高の友情—恩師。勇んで対話拡大を
創大・短大の一般入試出願締切迫る。世界市民を育む学舎に英才よ来れ!
電池の火災事故に警戒。ネット通販に粗悪品も。激安謳う商品は特に注意
"訪問買取"問題多発と。貴金属を強引に安く買い叩く業者も。騙されるな
☆清新な決意にあふれた総千葉の県区長会。2・16「千葉の日」へ、人材の裾野を大きく広げゆく
総千葉の県区長会は11日、船橋池田講堂で朗らかに。中井関東長の後、中嶋同総主事、河村総千葉総合長が人事を紹介。内田智代さん、月田隆さんが新任の抱負を述べた。�木総千葉長、川浪同女性部長が「私の飛躍が地区の飛躍と定め、心一つに励ましの連帯を広げよう」と語った。
杉本総合女性部長は、日蓮大聖人御聖誕の地・千葉から新たな勝利の旭日をと強調。原田会長は一人一人が求道心を燃え上がらせ、圧倒的な行動力で広布拡大の突破口を開こうと呼び掛けた。
☆第6回本部幹部会への池田先生のメッセージ
一、年頭より、日本でも世界でも、わが地涌の青年たちを旗頭として、創価家族は舞を舞うがごとく、「大法弘通」、そして「慈折広宣流布」という人類の幸福と平和への新たな飛躍の大行進を開始しました。
立宗770年の新春に、御本仏・日蓮大聖人の御賞讃は、いかばかりでしょうか。
弘安3年(1280年)の正月、若き南条時光を讃えられた御聖訓を、全宝友に贈りたい。
「花は開いて果となり、月は出でて必ずみち、灯は油をさせば光を増し、草木は雨ふればさかう。人は善根をなせば必ずさかう」(新1897・全1562)と。
22世紀へ「立正安国」の襷を君に 青年よ正義のトップランナーたれ
一、今日は凜々しき新成人の皆さん、晴れの門出、誠におめでとう!(大拍手)
今、私は1・26「SGIの日」に寄せる40回目となる平和提言を、「若者」と「女性」、そして「子ども」の未来に大きく光を当て、準備を進めております。その中でも論及しますが、国連の推計によれば、21世紀の末までに、この地球上には109億人に及ぶ人々が誕生すると言われています。
創価の師弟は、大聖人が「開目抄」に明かされた「法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえん」(新120・全236)という仏の大誓願を、そのまま受け継いできました。そして新成人をはじめ今の青年部、未来部の皆さん方こそ、21世紀から22世紀へ「立正安国」の襷、「令法久住」の襷を担う、正義と人道のトップランナーなのであります。どうか、この誇り高き使命に胸を張って、さっそうと負けじ魂の力走を頼みます。
仏法の永遠の生死観から見るならば、「妙とは蘇生の義なり」(新541・全947)と仰せのように、これまで広布の途上で逝去された同志も、仏縁を結んできた方々も、共に偉大な地涌の生命力をたたえて、必ずや澎湃と世界の平和と共生を築く陣列に躍り出てくることを、私は確信してやみません。
一、思えば、半世紀前に私が対話を開始した、20世紀最高峰の歴史家トインビー博士も、21世紀に照準を合わせておられました。
そして創価学会が実践してきた「中道」こそ、21世紀に生きる人類の歩むべき正しき道であると、絶大なる信頼を託してくださったのです。
妙法の力用は無量無辺 "一切衆生の仏性を喚び顕す"
牧口・戸田両先生が共に御書に線を引いて大切にされていた御金言があります。それは、女性の門下に贈られた「法華初心成仏抄」です。
すなわち、「一度妙法蓮華経と唱うれば」「一切衆生の心中の仏性をただ一音に喚び顕し奉る功徳、無量無辺なり」(新703・全557)との一節です。
妙法には、全人類、さらに過去・現在・未来を貫いて一切の森羅万象から、仏性を喚び顕しゆける計り知れない力用があります。
一、あの70年前の二月闘争の折、私は蒲田支部の同志と報恩の弘教に奔走しながら、凍てつく夜空に冴え光る満天の星を、よく仰ぎました。そして広大な宇宙の中で、久遠からの誓いの友と、妙法流布に生き抜く「歓喜の中の大歓喜」のロマンを朗らかに語り合ったのです。
私たち青年の奮闘に応え、戸田先生が「地球民族主義」という遠大なビジョンを示してくださったのも、この二月闘争のただ中です。
その恩師の大境涯を偲びつつ、かつて元旦に認めた一対の書を、わが同志に贈ります。
一つは「大心」——「大いなる心」。
そして、もう一つは「大桜」であります。
この一年、全世界の宝友と共々に、大きな大きな心で、地域も、国土も、地球も、いやまして妙法の大功力に包んでまいりたい。
そして「冬は必ず春となる」(新1696・全1253)と、広布と人生の「大桜」を福徳満開に咲かせゆくことを決意し合って、新年のメッセージとします。
御用心候べし」御聖訓。
大雪・暴風雪などの
気象情報を常に確認し
くれぐれも安全第一で!
御講聞書 P843
『然りと雖も諸天善神等は日蓮に力を合せ給う故に竜口までもかちぬ、其の外の大難をも脱れたり、今は魔王もこりてや候うらん』
【通解】
(第六天の魔王自身が邪魔をしてきても)諸天善神等は日蓮に力を合わせてくださったゆえに、竜の口の法難さえも勝つことができた。
そのほかの大難を切り抜けることができた。今は魔王も、懲りていることであろう。
名字の言 "市の風にあてる"——社会学者の幼少体験から 2022年1月13日
社会学者の加藤秀俊氏は、幼少期の記憶の中でも特に鮮明に残っているのは、さまざまな行商人の姿だと自著に記している。御用聞きに来た魚や酒を扱うあきんどと、家族が玄関先でやりとりをする際、幼い氏を同席させたからだ▼当時は、「市の風にあてたこどもは強くなる」という庶民の思想があったという。"市の風にあてる"とは、家族以外の人と接することで世間を知り、見知らぬ世界への目を開く機会になるという考えである(『暮らしの世相史』中公新書)▼人は他者との関わりを通じて、世間や社会を知っていくものだろう。それが社会の中にいる自分を知ることにもつながる。現代は文明が発達し、生活が便利になる一方、人と直接的に関わる機会が減少傾向にあり、孤立や地域の絆の希薄化の一因になっていると指摘されている▼日頃の学会活動の大切さを改めて思う。老若男女が集う座談会で、未来部や青年部の友は、さまざまな立場の大人と接し、まさに"市の風"にあたっている。訪問・激励、少人数の集いなども、しかりである▼暮らしの場に根差した、地道にして着実な私たちの活動は、人間的成長の確かな大道であり、地域の安心と信頼のオアシス。その誇りを胸に挑戦を重ねよう。
寸鉄 2022年1月13日
「法華経を持つ者は必ず皆仏なり」御書。全員が使命の人。励ましに全力
友の幸せを祈り、妙法を語ることが最高の友情—恩師。勇んで対話拡大を
創大・短大の一般入試出願締切迫る。世界市民を育む学舎に英才よ来れ!
電池の火災事故に警戒。ネット通販に粗悪品も。激安謳う商品は特に注意
"訪問買取"問題多発と。貴金属を強引に安く買い叩く業者も。騙されるな
☆清新な決意にあふれた総千葉の県区長会。2・16「千葉の日」へ、人材の裾野を大きく広げゆく
総千葉の県区長会は11日、船橋池田講堂で朗らかに。中井関東長の後、中嶋同総主事、河村総千葉総合長が人事を紹介。内田智代さん、月田隆さんが新任の抱負を述べた。�木総千葉長、川浪同女性部長が「私の飛躍が地区の飛躍と定め、心一つに励ましの連帯を広げよう」と語った。
杉本総合女性部長は、日蓮大聖人御聖誕の地・千葉から新たな勝利の旭日をと強調。原田会長は一人一人が求道心を燃え上がらせ、圧倒的な行動力で広布拡大の突破口を開こうと呼び掛けた。
☆第6回本部幹部会への池田先生のメッセージ
一、年頭より、日本でも世界でも、わが地涌の青年たちを旗頭として、創価家族は舞を舞うがごとく、「大法弘通」、そして「慈折広宣流布」という人類の幸福と平和への新たな飛躍の大行進を開始しました。
立宗770年の新春に、御本仏・日蓮大聖人の御賞讃は、いかばかりでしょうか。
弘安3年(1280年)の正月、若き南条時光を讃えられた御聖訓を、全宝友に贈りたい。
「花は開いて果となり、月は出でて必ずみち、灯は油をさせば光を増し、草木は雨ふればさかう。人は善根をなせば必ずさかう」(新1897・全1562)と。
22世紀へ「立正安国」の襷を君に 青年よ正義のトップランナーたれ
一、今日は凜々しき新成人の皆さん、晴れの門出、誠におめでとう!(大拍手)
今、私は1・26「SGIの日」に寄せる40回目となる平和提言を、「若者」と「女性」、そして「子ども」の未来に大きく光を当て、準備を進めております。その中でも論及しますが、国連の推計によれば、21世紀の末までに、この地球上には109億人に及ぶ人々が誕生すると言われています。
創価の師弟は、大聖人が「開目抄」に明かされた「法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえん」(新120・全236)という仏の大誓願を、そのまま受け継いできました。そして新成人をはじめ今の青年部、未来部の皆さん方こそ、21世紀から22世紀へ「立正安国」の襷、「令法久住」の襷を担う、正義と人道のトップランナーなのであります。どうか、この誇り高き使命に胸を張って、さっそうと負けじ魂の力走を頼みます。
仏法の永遠の生死観から見るならば、「妙とは蘇生の義なり」(新541・全947)と仰せのように、これまで広布の途上で逝去された同志も、仏縁を結んできた方々も、共に偉大な地涌の生命力をたたえて、必ずや澎湃と世界の平和と共生を築く陣列に躍り出てくることを、私は確信してやみません。
一、思えば、半世紀前に私が対話を開始した、20世紀最高峰の歴史家トインビー博士も、21世紀に照準を合わせておられました。
そして創価学会が実践してきた「中道」こそ、21世紀に生きる人類の歩むべき正しき道であると、絶大なる信頼を託してくださったのです。
妙法の力用は無量無辺 "一切衆生の仏性を喚び顕す"
牧口・戸田両先生が共に御書に線を引いて大切にされていた御金言があります。それは、女性の門下に贈られた「法華初心成仏抄」です。
すなわち、「一度妙法蓮華経と唱うれば」「一切衆生の心中の仏性をただ一音に喚び顕し奉る功徳、無量無辺なり」(新703・全557)との一節です。
妙法には、全人類、さらに過去・現在・未来を貫いて一切の森羅万象から、仏性を喚び顕しゆける計り知れない力用があります。
一、あの70年前の二月闘争の折、私は蒲田支部の同志と報恩の弘教に奔走しながら、凍てつく夜空に冴え光る満天の星を、よく仰ぎました。そして広大な宇宙の中で、久遠からの誓いの友と、妙法流布に生き抜く「歓喜の中の大歓喜」のロマンを朗らかに語り合ったのです。
私たち青年の奮闘に応え、戸田先生が「地球民族主義」という遠大なビジョンを示してくださったのも、この二月闘争のただ中です。
その恩師の大境涯を偲びつつ、かつて元旦に認めた一対の書を、わが同志に贈ります。
一つは「大心」——「大いなる心」。
そして、もう一つは「大桜」であります。
この一年、全世界の宝友と共々に、大きな大きな心で、地域も、国土も、地球も、いやまして妙法の大功力に包んでまいりたい。
そして「冬は必ず春となる」(新1696・全1253)と、広布と人生の「大桜」を福徳満開に咲かせゆくことを決意し合って、新年のメッセージとします。
2022年1月12日水曜日
2022.01.12 わが友に贈る
広布の目標の達成へ
まず自分が挑もう!
この決意と実践に
信仰の歓喜が湧き
無量の功徳が咲き薫る!
船守弥三郎許御書 P1446
『しからば夫婦二人は教主大覚世尊の生れかわり給いて日蓮をたすけ給うか』
【通解】
そうであるなら弥三郎殿夫婦二人は教主大覚世尊が生まれ変わられて日蓮を助けらてたのであろう。
名字の言 悲しみを乗り越えた先に 2022年1月12日
琉球王国を代表する政治家・程順則は、名護間切の総地頭を務め、その功績と人徳から"名護聖人"と呼ばれた。琉球初の学校を設立し、教育者としても名高く、数多くの琉歌を詠んだ▼「意見寄言や 身ぬ上ぬ宝 耳ぬ根ゆ開きてぃ 肝に止みり」(人の意見や教えは宝。耳を開いて心に留めなさい)——"教育こそ国を豊かにする"と訴えた氏は、4人の子に先立たれる悲しみを乗り越え、人材育成と地域の発展に尽力した▼沖縄の名護に、過酷な宿命と戦い抜いた女性部員がいる。彼女は長男を病で亡くし、2人の幼い娘も火事で失った。師の渾身の励ましで失意の底から立ち上がり、夫と共に地域を対話に歩いた▼中傷や冷笑にも決して負けなかった。誠実に語り歩く中、周囲は次第に耳を傾け始める。愛する子を亡くしながら蘇生した夫妻の体験は、沖縄戦で家族を失った多くの人々の胸を打ち、共感を生んだ。後に夫妻は地域の要職に就くなど、地元の発展にも尽くした▼池田先生は「大変な宿命を背負っているということは、同時に大使命を担っていることになる」と。自身の宿命の転換は、万人を奮い立たせる力となる。広布の先人が歩み抜いた「人間革命の大道」に学び、勇気の一歩を踏み出したい。
寸鉄 2022年1月12日
「人法を弘むるが故に、人法ともに尊し」御書。先駆の対話の勇者に福徳燦然
神奈川・湘南総県の日。大聖人有縁の天地で正義の連帯拡大。希望の春へ
集団の中で助け合えれば幸福度は高くなる—学者 地域部の友の活躍が証明
日本海側で大雪の恐れ。無冠の友よ呉々も無事故第一で!健康と安全祈る
年末年始の感染は6割が若年層と。意識と行動の変革を。危機に皆で応戦
〈社説〉 2022・1・12 御書と共に希望の春へ
◇民衆に光送る創価の教学運動
「ずっしりと重い、真新しい御書を開く。『わあ、字が大きい』と思わず声を上げた。『これなら眼鏡なしでも読めるね』と言うと、夫も『そうだね』とうなずいた」。先日、「声」欄に掲載された投稿である。
昨年11月18日の『日蓮大聖人御書全集 新版』の発刊を機に、研さんの息吹が一段と高まっている。新たに全編拝読を始めた方も多い。早速、新しい御書を手に、仏法対話に挑戦した友もいる。
山形市の女性の投稿には、34年前、小学校に入ったばかりの次男を病で亡くした際のエピソードがつづられていた。悲しみに沈んでいた時、同じ体験を持つ先輩に激励され、唱題に励み始めた。
その中で次の一節に出あった。「大地はささばはずるとも、日月は地に堕ち給うとも、しおはみちひぬ世はありとも、花はなつにならずとも、南無妙法蓮華経と申す女人の、おもう子にあわずということはなし」(新1921・全1576)。最愛の子を亡くした上野尼御前への日蓮大聖人の励ましの一文である。「またきっと次男に会える」と思えた女性は、心に光が差し込んできたという。それからは何度もこの御書を拝し、元気に学会活動に取り組んできた。
広布の伸展は、御書と共にあった。池田先生が若き日、戸田先生の命を受け、「地区講義」に臨んだのは1951年(昭和26年)9月。戦後間もない時代。読み書きが難しい人も多い中、受講者は、池田先生の講義を通じて、大聖人の仏法に触れる喜びを知った。「そこには、既成仏教の『僧侶』と『檀家』という関係では成し得なかった、民衆仏法による"新たな教学運動"の光景が生き生きと広がっていた」(本紙12月24日付「君も立て」〈地区講義�〉)
師弟による民衆の教学運動が基盤となって、人々は宿命を乗り越える方途を知り、人生や社会を変えゆく使命に目覚めていった。それが学会の誉れの歴史である。
読者の投稿の中で最も多く取り上げられる御文の一つが、「法華経を信ずる人は冬のごとし。冬は必ず春となる」(新1696・全1253)である。試練の冬を経験した人が思うのは、苦しみの日々も決して無駄ではなく、意味があったということ。桜もまた厳冬に耐えて地中深くに根を伸ばし、花を咲かせる力をたくわえるのだ。
さあ、御書と共に希望の春に向かって、朗らかに進みゆこう。
☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 仏法対話
◇芽吹きの春は もうすぐそこに
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を紹介します。今回は仏法対話に挑戦する友へ、折々の随筆から、励ましの言葉を掲載します。
◇不軽菩薩のように
会う人ごとに、「あなた方を敬います、あなた方は皆、菩薩道を行じて必ず成仏するからです」と深く礼拝した不軽菩薩は、皆から猛反発を受け、悪口罵詈、杖木瓦石を浴びせられた。
相手を敬っているのに、反発される。生命の大地を破って眠れる仏性を呼び覚ます精神革命には、それだけ根強い抵抗があるのだ。
しかし、最初は反発があっても、偉大な妙法を説き聞かせたことは、必ず仏性を薫発する縁となる。相手の成仏の因を作ったのである。これが「毒鼓の縁」という法理である。
広宣流布の戦いに無駄なものなど、何一つない。友人の反応に一喜一憂し、前進を止めてしまうことこそが、無慈悲である。
(『随筆 対話の大道』、38ページ)
◇誠実な振る舞い
十九歳で信心した私もそうだったが、広大深遠なる仏法を完璧に理解して入会する人などいない。
「宿命転換」等の哲理を語る学会員の言葉の端々に溢れる確信に、心を動かされた人もいる。何よりも、紹介者の誠実な振る舞いへの信頼や、自分を思ってくれる真心への感動に、背中を押されるものだ。
近年、興味がない、悩みがないなどと、無関心で無気力な反応をする若者も多いといわれる。だが、その人を思う、こちらの真心は必ず伝わっている。
(『随筆 対話の大道』、44ページ)
◇慈悲と勇気
折伏は難事中の難事なりと、御書に明確に説かれている。勇気なくしては、成し遂げられない。
恩師は常々、言われた。
「凡夫には慈悲など、なかなか出るものではない。だから慈悲に代わるものは『勇気』です。『勇気』をもって、正しいものは正しいと語っていくことが『慈悲』に通じる。表裏一体なのです。表は勇気です」
(『随筆 対話の大道』、20ページ)
◇縁によって変わる
人の心は、他者との触れ合いという「縁」によって、大きく変わることができる。
足取り軽く、友のもとへ行こう! 語ろう!
動けば、何かが変わる。直接、会えば心が近づく。誠実に語れば、一歩、強い絆が生まれる。
気どらず、気負わず、誠心誠意の対話で、友の心を開拓していけばよいのだ。
(『随筆 幸福の大道』、96ページ)
◇五十展転の功徳
法華経の随喜功徳品には「五十展転の功徳」が説かれる。法華経の法理を聞いて歓喜した人が、別の人にその話を伝え、聞いたその人がまた次の人に自身の歓喜を語る。そうして五十人目の人が聞いた功徳も甚大であるという法理だ。
「信心はすごいよ!」とありのままに歓喜を語れば、既に立派な折伏である。その体験を語る側も聞く側も、共に福徳の花を爛漫と咲かせる因を積んでいけるのだ。
ゆえに、すぐに対話が実らずとも、落ち込むことも、焦ることもない。
「いよいよ悦びをますべし」(全203・新74)との御聖訓のままに、自信満々と、喜び勇んで次の友へ、また次の友へと、語り広げていけばよい。その弛まぬ実践に、新たな「五十展転」のドラマが生まれるのである。
(『随筆 民衆凱歌の大行進』、102ページ)
◇聞法下種
勇気を奮って、たった一言「この仏法はすごいよ」と語るのが、精一杯の時もあろう。それも、立派な折伏である。
相手がまともに聞いてくれない時もあるかもしれない。それでも、友の胸中に具わる仏性には必ず届き、響いている。深き生命の次元から見れば、仏の種子は蒔かれ、やがて必ず芽吹く春がやってくるのだ。
これが聞法下種である。
誰が見ていようがいまいが、粘り強く、対話を貫くことだ。その人こそが、一切衆生を救済するという「仏の仕事」を、現実の上で行っている最高に尊い「仏の使い」なのである。
(『随筆 平和への大道』、120ページ)
◇友への思いやり
折伏は、友情を深め、信頼を勝ち取っていくものでなくてはならない。
表面的な語らいはあっても、真実の対話がない現代である。
だが、折伏は、ともに真実の充実した幸福の道を歩みゆこうとの、友への深い思いやりの触発の語らいである。
人生の価値とは何か、何が正しく、何が悪なのかを、時に生活に即し、時にみずからの体験のうえから語り合う真心の仏法対話は、これ、人間主義の王道であり、それが折伏だ。
(『池田大作全集』第129巻、232ページ)
◇シビレエイ
ソクラテスは、青年への彼の感化力を、触れる者を皆しびれさせてしまう海の「シビレエイ」に譬えた意見に対し、「自分自身がしびれているからこそ、他人もしびれさせる」と応じた。
自分が燃えずして、どうして人を燃えさせられよう!
自分が戦わずして、どうして人がついてこよう!
皆の魂に、広宣流布に生き抜く「誓い」の炎を点火するのは、わが命を賭した闘魂の炎しかないのだ。
(『池田大作全集』第137巻、127ページ)
まず自分が挑もう!
この決意と実践に
信仰の歓喜が湧き
無量の功徳が咲き薫る!
船守弥三郎許御書 P1446
『しからば夫婦二人は教主大覚世尊の生れかわり給いて日蓮をたすけ給うか』
【通解】
そうであるなら弥三郎殿夫婦二人は教主大覚世尊が生まれ変わられて日蓮を助けらてたのであろう。
名字の言 悲しみを乗り越えた先に 2022年1月12日
琉球王国を代表する政治家・程順則は、名護間切の総地頭を務め、その功績と人徳から"名護聖人"と呼ばれた。琉球初の学校を設立し、教育者としても名高く、数多くの琉歌を詠んだ▼「意見寄言や 身ぬ上ぬ宝 耳ぬ根ゆ開きてぃ 肝に止みり」(人の意見や教えは宝。耳を開いて心に留めなさい)——"教育こそ国を豊かにする"と訴えた氏は、4人の子に先立たれる悲しみを乗り越え、人材育成と地域の発展に尽力した▼沖縄の名護に、過酷な宿命と戦い抜いた女性部員がいる。彼女は長男を病で亡くし、2人の幼い娘も火事で失った。師の渾身の励ましで失意の底から立ち上がり、夫と共に地域を対話に歩いた▼中傷や冷笑にも決して負けなかった。誠実に語り歩く中、周囲は次第に耳を傾け始める。愛する子を亡くしながら蘇生した夫妻の体験は、沖縄戦で家族を失った多くの人々の胸を打ち、共感を生んだ。後に夫妻は地域の要職に就くなど、地元の発展にも尽くした▼池田先生は「大変な宿命を背負っているということは、同時に大使命を担っていることになる」と。自身の宿命の転換は、万人を奮い立たせる力となる。広布の先人が歩み抜いた「人間革命の大道」に学び、勇気の一歩を踏み出したい。
寸鉄 2022年1月12日
「人法を弘むるが故に、人法ともに尊し」御書。先駆の対話の勇者に福徳燦然
神奈川・湘南総県の日。大聖人有縁の天地で正義の連帯拡大。希望の春へ
集団の中で助け合えれば幸福度は高くなる—学者 地域部の友の活躍が証明
日本海側で大雪の恐れ。無冠の友よ呉々も無事故第一で!健康と安全祈る
年末年始の感染は6割が若年層と。意識と行動の変革を。危機に皆で応戦
〈社説〉 2022・1・12 御書と共に希望の春へ
◇民衆に光送る創価の教学運動
「ずっしりと重い、真新しい御書を開く。『わあ、字が大きい』と思わず声を上げた。『これなら眼鏡なしでも読めるね』と言うと、夫も『そうだね』とうなずいた」。先日、「声」欄に掲載された投稿である。
昨年11月18日の『日蓮大聖人御書全集 新版』の発刊を機に、研さんの息吹が一段と高まっている。新たに全編拝読を始めた方も多い。早速、新しい御書を手に、仏法対話に挑戦した友もいる。
山形市の女性の投稿には、34年前、小学校に入ったばかりの次男を病で亡くした際のエピソードがつづられていた。悲しみに沈んでいた時、同じ体験を持つ先輩に激励され、唱題に励み始めた。
その中で次の一節に出あった。「大地はささばはずるとも、日月は地に堕ち給うとも、しおはみちひぬ世はありとも、花はなつにならずとも、南無妙法蓮華経と申す女人の、おもう子にあわずということはなし」(新1921・全1576)。最愛の子を亡くした上野尼御前への日蓮大聖人の励ましの一文である。「またきっと次男に会える」と思えた女性は、心に光が差し込んできたという。それからは何度もこの御書を拝し、元気に学会活動に取り組んできた。
広布の伸展は、御書と共にあった。池田先生が若き日、戸田先生の命を受け、「地区講義」に臨んだのは1951年(昭和26年)9月。戦後間もない時代。読み書きが難しい人も多い中、受講者は、池田先生の講義を通じて、大聖人の仏法に触れる喜びを知った。「そこには、既成仏教の『僧侶』と『檀家』という関係では成し得なかった、民衆仏法による"新たな教学運動"の光景が生き生きと広がっていた」(本紙12月24日付「君も立て」〈地区講義�〉)
師弟による民衆の教学運動が基盤となって、人々は宿命を乗り越える方途を知り、人生や社会を変えゆく使命に目覚めていった。それが学会の誉れの歴史である。
読者の投稿の中で最も多く取り上げられる御文の一つが、「法華経を信ずる人は冬のごとし。冬は必ず春となる」(新1696・全1253)である。試練の冬を経験した人が思うのは、苦しみの日々も決して無駄ではなく、意味があったということ。桜もまた厳冬に耐えて地中深くに根を伸ばし、花を咲かせる力をたくわえるのだ。
さあ、御書と共に希望の春に向かって、朗らかに進みゆこう。
☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 仏法対話
◇芽吹きの春は もうすぐそこに
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を紹介します。今回は仏法対話に挑戦する友へ、折々の随筆から、励ましの言葉を掲載します。
◇不軽菩薩のように
会う人ごとに、「あなた方を敬います、あなた方は皆、菩薩道を行じて必ず成仏するからです」と深く礼拝した不軽菩薩は、皆から猛反発を受け、悪口罵詈、杖木瓦石を浴びせられた。
相手を敬っているのに、反発される。生命の大地を破って眠れる仏性を呼び覚ます精神革命には、それだけ根強い抵抗があるのだ。
しかし、最初は反発があっても、偉大な妙法を説き聞かせたことは、必ず仏性を薫発する縁となる。相手の成仏の因を作ったのである。これが「毒鼓の縁」という法理である。
広宣流布の戦いに無駄なものなど、何一つない。友人の反応に一喜一憂し、前進を止めてしまうことこそが、無慈悲である。
(『随筆 対話の大道』、38ページ)
◇誠実な振る舞い
十九歳で信心した私もそうだったが、広大深遠なる仏法を完璧に理解して入会する人などいない。
「宿命転換」等の哲理を語る学会員の言葉の端々に溢れる確信に、心を動かされた人もいる。何よりも、紹介者の誠実な振る舞いへの信頼や、自分を思ってくれる真心への感動に、背中を押されるものだ。
近年、興味がない、悩みがないなどと、無関心で無気力な反応をする若者も多いといわれる。だが、その人を思う、こちらの真心は必ず伝わっている。
(『随筆 対話の大道』、44ページ)
◇慈悲と勇気
折伏は難事中の難事なりと、御書に明確に説かれている。勇気なくしては、成し遂げられない。
恩師は常々、言われた。
「凡夫には慈悲など、なかなか出るものではない。だから慈悲に代わるものは『勇気』です。『勇気』をもって、正しいものは正しいと語っていくことが『慈悲』に通じる。表裏一体なのです。表は勇気です」
(『随筆 対話の大道』、20ページ)
◇縁によって変わる
人の心は、他者との触れ合いという「縁」によって、大きく変わることができる。
足取り軽く、友のもとへ行こう! 語ろう!
動けば、何かが変わる。直接、会えば心が近づく。誠実に語れば、一歩、強い絆が生まれる。
気どらず、気負わず、誠心誠意の対話で、友の心を開拓していけばよいのだ。
(『随筆 幸福の大道』、96ページ)
◇五十展転の功徳
法華経の随喜功徳品には「五十展転の功徳」が説かれる。法華経の法理を聞いて歓喜した人が、別の人にその話を伝え、聞いたその人がまた次の人に自身の歓喜を語る。そうして五十人目の人が聞いた功徳も甚大であるという法理だ。
「信心はすごいよ!」とありのままに歓喜を語れば、既に立派な折伏である。その体験を語る側も聞く側も、共に福徳の花を爛漫と咲かせる因を積んでいけるのだ。
ゆえに、すぐに対話が実らずとも、落ち込むことも、焦ることもない。
「いよいよ悦びをますべし」(全203・新74)との御聖訓のままに、自信満々と、喜び勇んで次の友へ、また次の友へと、語り広げていけばよい。その弛まぬ実践に、新たな「五十展転」のドラマが生まれるのである。
(『随筆 民衆凱歌の大行進』、102ページ)
◇聞法下種
勇気を奮って、たった一言「この仏法はすごいよ」と語るのが、精一杯の時もあろう。それも、立派な折伏である。
相手がまともに聞いてくれない時もあるかもしれない。それでも、友の胸中に具わる仏性には必ず届き、響いている。深き生命の次元から見れば、仏の種子は蒔かれ、やがて必ず芽吹く春がやってくるのだ。
これが聞法下種である。
誰が見ていようがいまいが、粘り強く、対話を貫くことだ。その人こそが、一切衆生を救済するという「仏の仕事」を、現実の上で行っている最高に尊い「仏の使い」なのである。
(『随筆 平和への大道』、120ページ)
◇友への思いやり
折伏は、友情を深め、信頼を勝ち取っていくものでなくてはならない。
表面的な語らいはあっても、真実の対話がない現代である。
だが、折伏は、ともに真実の充実した幸福の道を歩みゆこうとの、友への深い思いやりの触発の語らいである。
人生の価値とは何か、何が正しく、何が悪なのかを、時に生活に即し、時にみずからの体験のうえから語り合う真心の仏法対話は、これ、人間主義の王道であり、それが折伏だ。
(『池田大作全集』第129巻、232ページ)
◇シビレエイ
ソクラテスは、青年への彼の感化力を、触れる者を皆しびれさせてしまう海の「シビレエイ」に譬えた意見に対し、「自分自身がしびれているからこそ、他人もしびれさせる」と応じた。
自分が燃えずして、どうして人を燃えさせられよう!
自分が戦わずして、どうして人がついてこよう!
皆の魂に、広宣流布に生き抜く「誓い」の炎を点火するのは、わが命を賭した闘魂の炎しかないのだ。
(『池田大作全集』第137巻、127ページ)
2022年1月11日火曜日
2022.01.11 わが友に贈る
近隣や職場の人に
いつも笑顔で挨拶を!
その積み重ねから
友情のドラマが始まり
信頼の花実を結びゆく。
開目抄上 P202
『在世猶をしかり乃至像末辺土をや、山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ非に非をますべし』
【通解】
釈尊の在世でさえ、なお法華経には怨嫉が多かった。まして像法・末法において、また(日本のような)遠く離れた国においては、なおさらのことである。山に山を重ね、波に波をたたむように、難に難を加え、非に非を増すであろう。
名字の言 創大駅伝部のタスキリレー 2022年1月11日
「駅伝では何が起きるか分からない」といわれる。気温や風などの気象条件、選手が自分のペースを築けるかなどによって、展開は大きく変わる。選手たちは、さまざまなことを想定して、レースに挑む▼創価大学駅伝部は、前走者が次走者の左側に回り、次走者はタスキを左手で受け取ることを徹底している。箱根駅伝では、中継所が走者から見て左側に設置されている。そのため、タスキを受け取った次走者は右側に寄り、走り終えた前走者は左側に逸れる。右側からタスキを渡すと、選手同士がぶつかる危険が少なからずある▼そこで、同部の榎木監督は、先の方法でタスキの受け渡しを行うよう指示。本紙4日付に掲載された今大会のタスキリレーの写真は、全てそうなっている。3年連続のシード権獲得には、細部まで勝負にこだわる工夫が隠されていた▼目標の成就には、必ず小事を積み重ねる執念がある。"これくらいで十分だ"という妥協などない。現状に満足することなく、常に上を目指して挑戦を続ける中で、大きな戦いの勝利は開かれる▼タスキをつなぐ選手たちの力走は、今年も筋書きのない感動を数多く生んだ。私たちは「わが人間革命の力走」で、幾つもの励ましの足跡を刻もう。
寸鉄 2022年1月11日
必ず勝つと決めるかどうかで勝敗は決まる—恩師 若師子よこの気概で進め
副役職の友が動けば組織に勢いが。長と心一つに励ましの大光を隅々へ!
「能く能く諸天にいのり申すべし」御書。環境をも変える仏法だ。大確信で
真の偉大さは、苦にも楽にも喜悦できる力—文豪 勝利の劇の主人公は自分
つながろうとする努力で脳も活発に—医師。人生100年時代を豊かにする鍵
☆御書と未来へ 第1回 幸福と平和の聖典と共に
〈御文〉
『この文には日蓮が大事の法門どもかきて候ぞ、よくよく見ほどかせ給え、意得させ給うべし』(諸法実相抄、新1792・全1361)
〈通解〉
この手紙には日蓮の大事な法門を書いておきました。よくよく読んで理解し、心に刻んでいきなさい。
〈池田先生が贈る指針〉
御書には、全人類の幸福と平和の道が示されている。この聖典を根本とし、御書を身読された先師と恩師を基準として同志と走り続け75星霜。絶対に悔いのない正しき人生がここにあると、宣言したい。
この一年、新たな求道の心で、日々、御書を開いて御本仏と対話しながら、生命の飛躍を! 希望と共生の未来へ!
☆子どもと学ぶ 日蓮大聖人の御生涯 第3回 良観との祈雨の勝負
鎌倉幕府(武家の政府)の人たちは、大あわてです。
「大変だ! このままでは、日本が攻められてしまう!」
日本のすぐ隣の、蒙古という巨大な国から「我々の言うことを聞かなければ、日本に攻め込むぞ」という手紙が届いたのです。
この話を人づてに聞いた日蓮大聖人さまは、口を固く結んで海を見つめています。
実は、大聖人さまが幕府に届けた「立正安国論」の中で、"もし人々がこのまま間違った教えを信じ続けるならば、やがて仲間の中で争いが起こり(自界叛逆難)、他の国からも攻められてしまう(他国侵逼難)"ということを、すでに書いていたのです。
「私が恐れていたことが、現実になってしまった。人々が争いに巻き込まれ、これ以上、苦しむようなことがあってはならない。あらためて、正しい教えを弘めていくべきである」
早速、大聖人さまは、幕府の偉い人たちや鎌倉の大きなお寺の僧侶たちに話し合いを求めましたが、皆、それを無視しました。
それどころか、大聖人さまへ、さらに強い迫害を加えていきます。
その中心に、極楽寺良観という僧侶がいました。
良観は、鎌倉の人々に自分のことを"立派な仏さま"であるかのように思わせておいて、裏では幕府と手を結び、悪いことをしていました。
そんな良観にとって、本当の教えを説く大聖人さまは、邪魔な存在でした。
ある夏のこと。雨が全く降らない日が続きました。
日頃から"雨を降らすことができる"と自慢していた良観は、雨が降るように祈ることにしました。
そのことを知った大聖人さまは、良観に「7日のうちに一滴でも雨を降らせたならば、私は良観どのの弟子になりましょう。もし雨が降らなければ、良観どのが法華経の教えを信じなさい」と、勝負を申し入れました。
良観は「これで日蓮をこらしめられる!」とニヤリ。すぐに多くの弟子を集めて、朝から晩まで毎日、必死になってお経を唱え続けました。
ところが、どれだけ祈っても雨は降りません。
さらに7日間、祈り続けても、雨は降らないどころか、激しい風がビュービューと吹き荒れました。
大聖人さまは、良観に厳しく迫ります。
「あなたは、雨を降らすことさえできないのに、どうして大事な成仏が、かなうというのか」
良観は、恥をかかされたと怒り、顔を真っ赤にします。
「日蓮め、絶対に許さぬぞ!」
後に、良観は幕府の人たちへ、「日蓮という悪い僧侶が、人々をだましている」と、うそを言いふらしました。
その話を信じた幕府の人たちが、大聖人さまをつかまえようと動きだしたのです。
[道しるべ]予言の的中
日蓮大聖人が文応元年(1260年)に北条時頼へ提出した「立正安国論」。そこでは、人々が悪法を信じて正法を用いなければ、やがて「自界叛逆難」と「他国侵逼難」の二難が起こると警告しています。
ところが、幕府はこれを黙殺。その後、「自界叛逆難」は12年後の文永9年(1272年)の二月騒動(北条一門の内部の争い)となって、また「他国侵逼難」は蒙古襲来(14年後の文永の役、21年後の弘安の役)となって現れました。
こうした予言の的中は、大聖人が経文に照らして、現実の社会を深く洞察した結果であるといえます。大聖人は、当時の悪僧と悪政によってもたらされた人々の思想の乱れを鋭く見抜かれた上で、民衆を救済するために、"何としても未然に争いを回避しなければならない"との御心情から、国主を諫暁(諫め暁す)されたのです。
池田先生は語っています。
「大事を事前に察知する力は、まさに智慧の発現です。
その智慧は、真剣にして深い慈悲の結実と言える。民衆に不幸をもたらす大事を未然に察知する智慧は、一切衆生を救済されんとする御本仏の大慈悲に基づくものなのです」
万人の幸福を願う、御本仏の偉大な精神闘争——。ここに、大聖人の予言の本質があると拝せます。
[地図・関連年表]
文永5年(1268年)閏1月(47歳)
蒙古の国書(外交文書)が幕府に届く
同年10月11日
北条時宗らへ諫暁の書(十一通御書)を送る
文永6年(1269年)11月(48歳)
再び各所に諫暁の書を送る
文永8年(1271年)(50歳)
祈雨の勝負で極楽寺良観を破る
(聖寿は数え年)
いつも笑顔で挨拶を!
その積み重ねから
友情のドラマが始まり
信頼の花実を結びゆく。
開目抄上 P202
『在世猶をしかり乃至像末辺土をや、山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ非に非をますべし』
【通解】
釈尊の在世でさえ、なお法華経には怨嫉が多かった。まして像法・末法において、また(日本のような)遠く離れた国においては、なおさらのことである。山に山を重ね、波に波をたたむように、難に難を加え、非に非を増すであろう。
名字の言 創大駅伝部のタスキリレー 2022年1月11日
「駅伝では何が起きるか分からない」といわれる。気温や風などの気象条件、選手が自分のペースを築けるかなどによって、展開は大きく変わる。選手たちは、さまざまなことを想定して、レースに挑む▼創価大学駅伝部は、前走者が次走者の左側に回り、次走者はタスキを左手で受け取ることを徹底している。箱根駅伝では、中継所が走者から見て左側に設置されている。そのため、タスキを受け取った次走者は右側に寄り、走り終えた前走者は左側に逸れる。右側からタスキを渡すと、選手同士がぶつかる危険が少なからずある▼そこで、同部の榎木監督は、先の方法でタスキの受け渡しを行うよう指示。本紙4日付に掲載された今大会のタスキリレーの写真は、全てそうなっている。3年連続のシード権獲得には、細部まで勝負にこだわる工夫が隠されていた▼目標の成就には、必ず小事を積み重ねる執念がある。"これくらいで十分だ"という妥協などない。現状に満足することなく、常に上を目指して挑戦を続ける中で、大きな戦いの勝利は開かれる▼タスキをつなぐ選手たちの力走は、今年も筋書きのない感動を数多く生んだ。私たちは「わが人間革命の力走」で、幾つもの励ましの足跡を刻もう。
寸鉄 2022年1月11日
必ず勝つと決めるかどうかで勝敗は決まる—恩師 若師子よこの気概で進め
副役職の友が動けば組織に勢いが。長と心一つに励ましの大光を隅々へ!
「能く能く諸天にいのり申すべし」御書。環境をも変える仏法だ。大確信で
真の偉大さは、苦にも楽にも喜悦できる力—文豪 勝利の劇の主人公は自分
つながろうとする努力で脳も活発に—医師。人生100年時代を豊かにする鍵
☆御書と未来へ 第1回 幸福と平和の聖典と共に
〈御文〉
『この文には日蓮が大事の法門どもかきて候ぞ、よくよく見ほどかせ給え、意得させ給うべし』(諸法実相抄、新1792・全1361)
〈通解〉
この手紙には日蓮の大事な法門を書いておきました。よくよく読んで理解し、心に刻んでいきなさい。
〈池田先生が贈る指針〉
御書には、全人類の幸福と平和の道が示されている。この聖典を根本とし、御書を身読された先師と恩師を基準として同志と走り続け75星霜。絶対に悔いのない正しき人生がここにあると、宣言したい。
この一年、新たな求道の心で、日々、御書を開いて御本仏と対話しながら、生命の飛躍を! 希望と共生の未来へ!
☆子どもと学ぶ 日蓮大聖人の御生涯 第3回 良観との祈雨の勝負
鎌倉幕府(武家の政府)の人たちは、大あわてです。
「大変だ! このままでは、日本が攻められてしまう!」
日本のすぐ隣の、蒙古という巨大な国から「我々の言うことを聞かなければ、日本に攻め込むぞ」という手紙が届いたのです。
この話を人づてに聞いた日蓮大聖人さまは、口を固く結んで海を見つめています。
実は、大聖人さまが幕府に届けた「立正安国論」の中で、"もし人々がこのまま間違った教えを信じ続けるならば、やがて仲間の中で争いが起こり(自界叛逆難)、他の国からも攻められてしまう(他国侵逼難)"ということを、すでに書いていたのです。
「私が恐れていたことが、現実になってしまった。人々が争いに巻き込まれ、これ以上、苦しむようなことがあってはならない。あらためて、正しい教えを弘めていくべきである」
早速、大聖人さまは、幕府の偉い人たちや鎌倉の大きなお寺の僧侶たちに話し合いを求めましたが、皆、それを無視しました。
それどころか、大聖人さまへ、さらに強い迫害を加えていきます。
その中心に、極楽寺良観という僧侶がいました。
良観は、鎌倉の人々に自分のことを"立派な仏さま"であるかのように思わせておいて、裏では幕府と手を結び、悪いことをしていました。
そんな良観にとって、本当の教えを説く大聖人さまは、邪魔な存在でした。
ある夏のこと。雨が全く降らない日が続きました。
日頃から"雨を降らすことができる"と自慢していた良観は、雨が降るように祈ることにしました。
そのことを知った大聖人さまは、良観に「7日のうちに一滴でも雨を降らせたならば、私は良観どのの弟子になりましょう。もし雨が降らなければ、良観どのが法華経の教えを信じなさい」と、勝負を申し入れました。
良観は「これで日蓮をこらしめられる!」とニヤリ。すぐに多くの弟子を集めて、朝から晩まで毎日、必死になってお経を唱え続けました。
ところが、どれだけ祈っても雨は降りません。
さらに7日間、祈り続けても、雨は降らないどころか、激しい風がビュービューと吹き荒れました。
大聖人さまは、良観に厳しく迫ります。
「あなたは、雨を降らすことさえできないのに、どうして大事な成仏が、かなうというのか」
良観は、恥をかかされたと怒り、顔を真っ赤にします。
「日蓮め、絶対に許さぬぞ!」
後に、良観は幕府の人たちへ、「日蓮という悪い僧侶が、人々をだましている」と、うそを言いふらしました。
その話を信じた幕府の人たちが、大聖人さまをつかまえようと動きだしたのです。
[道しるべ]予言の的中
日蓮大聖人が文応元年(1260年)に北条時頼へ提出した「立正安国論」。そこでは、人々が悪法を信じて正法を用いなければ、やがて「自界叛逆難」と「他国侵逼難」の二難が起こると警告しています。
ところが、幕府はこれを黙殺。その後、「自界叛逆難」は12年後の文永9年(1272年)の二月騒動(北条一門の内部の争い)となって、また「他国侵逼難」は蒙古襲来(14年後の文永の役、21年後の弘安の役)となって現れました。
こうした予言の的中は、大聖人が経文に照らして、現実の社会を深く洞察した結果であるといえます。大聖人は、当時の悪僧と悪政によってもたらされた人々の思想の乱れを鋭く見抜かれた上で、民衆を救済するために、"何としても未然に争いを回避しなければならない"との御心情から、国主を諫暁(諫め暁す)されたのです。
池田先生は語っています。
「大事を事前に察知する力は、まさに智慧の発現です。
その智慧は、真剣にして深い慈悲の結実と言える。民衆に不幸をもたらす大事を未然に察知する智慧は、一切衆生を救済されんとする御本仏の大慈悲に基づくものなのです」
万人の幸福を願う、御本仏の偉大な精神闘争——。ここに、大聖人の予言の本質があると拝せます。
[地図・関連年表]
文永5年(1268年)閏1月(47歳)
蒙古の国書(外交文書)が幕府に届く
同年10月11日
北条時宗らへ諫暁の書(十一通御書)を送る
文永6年(1269年)11月(48歳)
再び各所に諫暁の書を送る
文永8年(1271年)(50歳)
祈雨の勝負で極楽寺良観を破る
(聖寿は数え年)
2022年1月10日月曜日
2022.01.10 わが友に贈る
◇今週のことば
「行学の二道を
はげみ候べし」
新成人よ、希望前進を!
新任幹部よ、先駆常勝を!
幸と平和の大道を楽しく。
2022年1月10日
四条金吾殿御返事 P1151
『申すままにて候あいだいのり叶いたるやうにみえて候』
【通解】
(池上宗仲らの勝利について、日蓮大聖人の)言った通りにされたから、祈りが叶ったようです。
名字の言 新成人の友へエールを 2022年1月10日
池田先生は2007年1月、「全世界の新成人を祝福して、これから10年間、毎年、よき場所に、記念の植樹を」と提案した。以来、2016年まで毎年、国内外の学会施設から植樹する場所を選び、実施。1年目は東京牧口記念会館の敷地内にクスノキが植えられた▼成長は遅いが、やがて大木となるクスノキになぞらえ、進み方はゆっくりでも学問を大成させることを「楠学問」という▼2007年1月に新成人となり、現在35歳の男子部員がいる。彼は小学校教諭として奮闘し、学会では勇気の調べを送る音楽隊で活躍している▼今日まで彼が歩んだ道は険しかった。教員採用試験は9度目の挑戦で合格した。その間、最愛の母を病で亡くしている。先生は先の「新成人の木」を植える意義を語った。「苦労した人が、最後は勝利します。青年には、どんな苦難にも負けないでほしいと願って植樹したものです」。その言葉に彼の姿が重なる▼新成人は"大人の仲間入り"。仏法には「大人」との言葉がある。意味の一つは「大丈夫な人」。御聖訓の「浅きを去って深きに就くは、丈夫の心なり」(新612・全509)の精神のままに、使命の大道を心新たに歩みだした新成人の友へエールを送りたい。
寸鉄 2022年1月10日
秋田・師弟原点の日。雪の激励行40年の佳節。師の雄姿胸に新たな勝ち鬨を
各地で新出発の幹部会。「任命から3カ月が勝負」全員が新幹部との自覚で
「成人の日」おめでとう! 試練の時代に生きゆく皆さんは創立100周年の主役
日常生活に「悩みや不安」77%で過去最高—調査。抜苦与楽の励まし今こそ
110番の日。事件・事故など緊急時は迷わず利用を。相談事は「♯9110」へ
☆トインビー対談開始50周年 「生命論」を世界に開く第一歩
本年5月、池田先生と歴史学者のアーノルド・J・トインビー博士が、イギリスのロンドンで対談を始めてから50年を迎える。"現代の百科事典"とも評される2人の対談は、今こそ智慧の光を放つ。
「創価学会は生命論に始まり、生命論に終わるといってよい」——池田先生は1972年(昭和47年)秋の本部総会でこう述べ、戸田城聖先生の獄中の悟達にこそ「創価学会の原点があった」と強調した。
この年は、3年後に『二十一世紀への対話』(文藝春秋。英語版のタイトルは『生への選択』オックスフォード大学出版局)として発刊されるトインビー博士との対話が始まった年でもある。
◇「いかに人生を生きるべきか」
対談の初日。2人は語り合うべきテーマを三つ定めた。
一、人間とは何か。いかに人生を生きるべきか
二、世界平和を実現する方法
三、生命の根源
先生は語る。「この世の中で、ある分野で専門的に深い人はいるでしょう。しかし、その個々の学問・社会運動の根源となるもの、すなわち〈生命の尊厳とは何か〉とか〈人間とは何か〉について総体的・本質的な視点から見透かす人は少ない。私はこの"根源的なもの"をずっと探究し続けてまいりました。博士も同様と思いますが……」
博士は「実は私も、そこの点の話をだれかとしたかったのです」と。「私はまだ根源なるものをわかったわけではありませんが、このたびの対談でベストを尽くさせていただきます」
2年にわたる対話は、洋の東西を結ぶ生命論になった。人類は「宿命転換を、はたして成し遂げられるでしょうか」(『二十一世紀への対話[上]』聖教ワイド文庫、325ページ)——これは博士から先生への問いである。
とりわけ博士が注目していたのは、仏法で説かれる「菩薩」の生き方だった。
「単独で、じぶんひとりのために、涅槃に入るというだけでは不十分だということを、仏陀は身をもって説いた」。
また、人のために悩むほうが「悩みから自分自身を解放するよりもすぐれた道である」とも(「一歴史家の宗教観」、『トインビー著作集4』社会思想社)。
師匠の仏も弟子の菩薩も「この苦悩の多い世界にとどまるためにあえて安息の境地にはいろうとしないのである」(「現代宗教の課題」、同)——これが博士の大乗仏教観だった。
先生との対話は、国境や世代を超えて共有すべき"人としての道"を探る旅でもあった。
◇「対話に基づく民衆運動」を支える言葉
イギリスSGI副総合婦人部長などを歴任してきたバーバラ・ケイヒルさんは対談の翻訳スタッフとして力を尽くした。
「対談のテープ起こしを手伝った時、私は池田先生が話される視点にとても興味を持ちました」「なぜかというと、私はその時初めて、"創価学会の外側"で、"学会員ではない人"に対して、先生が仏法をどう表現されるのかを聞いたからです」と述懐する。「当時はまだ、ロンドンの私たちが英語で読むことのできる御書は、機関誌に載るわずかな部分だけでしたから」(『民衆こそ王者14』潮出版社)
例えば「十界論」。先生はトインビー博士の愛読書でもあるダンテの『神曲』に言及し、「地獄」「煉獄」「天国」と「十界」のそれぞれを並べて論じた(『二十一世紀への対話[下]』93ページ)。環境問題を巡っては「依正不二」を(同[上]70ページ)、「宿業と自由」がテーマになれば「人間革命」を語った(同[下]205ページ)。
一念三千、色心不二、生死不二。空仮中の三諦、同苦……先生は学会員になじみ深い言葉と道理を駆使しながら、「生きた宗教」の指導者として、地球的問題群の解決の道を探る挑戦を始めたのである。
翻訳スタッフの一人だったスー・ソーントンさんは、池田・トインビー対談こそ、池田先生が創価の連帯を"対話を基にした世界的な民衆運動の団体"に導くための最初の一歩になったと語る。
本格的に日蓮仏法の生命論を切り開く序章となった『二十一世紀への対話』。コロナ禍が続く現代において、本書からくみ取るべき智慧は多い。
◇翻訳された30言語の一覧
さまざまな言語に訳された池田・トインビー対談。同書の目次は「人間の動物的側面」から始まり「至高の人間的価値」で終わる。その中に77のテーマが論じられ、全編を通して「人はいかに生きるべきか」という問いに貫かれている
「行学の二道を
はげみ候べし」
新成人よ、希望前進を!
新任幹部よ、先駆常勝を!
幸と平和の大道を楽しく。
2022年1月10日
四条金吾殿御返事 P1151
『申すままにて候あいだいのり叶いたるやうにみえて候』
【通解】
(池上宗仲らの勝利について、日蓮大聖人の)言った通りにされたから、祈りが叶ったようです。
名字の言 新成人の友へエールを 2022年1月10日
池田先生は2007年1月、「全世界の新成人を祝福して、これから10年間、毎年、よき場所に、記念の植樹を」と提案した。以来、2016年まで毎年、国内外の学会施設から植樹する場所を選び、実施。1年目は東京牧口記念会館の敷地内にクスノキが植えられた▼成長は遅いが、やがて大木となるクスノキになぞらえ、進み方はゆっくりでも学問を大成させることを「楠学問」という▼2007年1月に新成人となり、現在35歳の男子部員がいる。彼は小学校教諭として奮闘し、学会では勇気の調べを送る音楽隊で活躍している▼今日まで彼が歩んだ道は険しかった。教員採用試験は9度目の挑戦で合格した。その間、最愛の母を病で亡くしている。先生は先の「新成人の木」を植える意義を語った。「苦労した人が、最後は勝利します。青年には、どんな苦難にも負けないでほしいと願って植樹したものです」。その言葉に彼の姿が重なる▼新成人は"大人の仲間入り"。仏法には「大人」との言葉がある。意味の一つは「大丈夫な人」。御聖訓の「浅きを去って深きに就くは、丈夫の心なり」(新612・全509)の精神のままに、使命の大道を心新たに歩みだした新成人の友へエールを送りたい。
寸鉄 2022年1月10日
秋田・師弟原点の日。雪の激励行40年の佳節。師の雄姿胸に新たな勝ち鬨を
各地で新出発の幹部会。「任命から3カ月が勝負」全員が新幹部との自覚で
「成人の日」おめでとう! 試練の時代に生きゆく皆さんは創立100周年の主役
日常生活に「悩みや不安」77%で過去最高—調査。抜苦与楽の励まし今こそ
110番の日。事件・事故など緊急時は迷わず利用を。相談事は「♯9110」へ
☆トインビー対談開始50周年 「生命論」を世界に開く第一歩
本年5月、池田先生と歴史学者のアーノルド・J・トインビー博士が、イギリスのロンドンで対談を始めてから50年を迎える。"現代の百科事典"とも評される2人の対談は、今こそ智慧の光を放つ。
「創価学会は生命論に始まり、生命論に終わるといってよい」——池田先生は1972年(昭和47年)秋の本部総会でこう述べ、戸田城聖先生の獄中の悟達にこそ「創価学会の原点があった」と強調した。
この年は、3年後に『二十一世紀への対話』(文藝春秋。英語版のタイトルは『生への選択』オックスフォード大学出版局)として発刊されるトインビー博士との対話が始まった年でもある。
◇「いかに人生を生きるべきか」
対談の初日。2人は語り合うべきテーマを三つ定めた。
一、人間とは何か。いかに人生を生きるべきか
二、世界平和を実現する方法
三、生命の根源
先生は語る。「この世の中で、ある分野で専門的に深い人はいるでしょう。しかし、その個々の学問・社会運動の根源となるもの、すなわち〈生命の尊厳とは何か〉とか〈人間とは何か〉について総体的・本質的な視点から見透かす人は少ない。私はこの"根源的なもの"をずっと探究し続けてまいりました。博士も同様と思いますが……」
博士は「実は私も、そこの点の話をだれかとしたかったのです」と。「私はまだ根源なるものをわかったわけではありませんが、このたびの対談でベストを尽くさせていただきます」
2年にわたる対話は、洋の東西を結ぶ生命論になった。人類は「宿命転換を、はたして成し遂げられるでしょうか」(『二十一世紀への対話[上]』聖教ワイド文庫、325ページ)——これは博士から先生への問いである。
とりわけ博士が注目していたのは、仏法で説かれる「菩薩」の生き方だった。
「単独で、じぶんひとりのために、涅槃に入るというだけでは不十分だということを、仏陀は身をもって説いた」。
また、人のために悩むほうが「悩みから自分自身を解放するよりもすぐれた道である」とも(「一歴史家の宗教観」、『トインビー著作集4』社会思想社)。
師匠の仏も弟子の菩薩も「この苦悩の多い世界にとどまるためにあえて安息の境地にはいろうとしないのである」(「現代宗教の課題」、同)——これが博士の大乗仏教観だった。
先生との対話は、国境や世代を超えて共有すべき"人としての道"を探る旅でもあった。
◇「対話に基づく民衆運動」を支える言葉
イギリスSGI副総合婦人部長などを歴任してきたバーバラ・ケイヒルさんは対談の翻訳スタッフとして力を尽くした。
「対談のテープ起こしを手伝った時、私は池田先生が話される視点にとても興味を持ちました」「なぜかというと、私はその時初めて、"創価学会の外側"で、"学会員ではない人"に対して、先生が仏法をどう表現されるのかを聞いたからです」と述懐する。「当時はまだ、ロンドンの私たちが英語で読むことのできる御書は、機関誌に載るわずかな部分だけでしたから」(『民衆こそ王者14』潮出版社)
例えば「十界論」。先生はトインビー博士の愛読書でもあるダンテの『神曲』に言及し、「地獄」「煉獄」「天国」と「十界」のそれぞれを並べて論じた(『二十一世紀への対話[下]』93ページ)。環境問題を巡っては「依正不二」を(同[上]70ページ)、「宿業と自由」がテーマになれば「人間革命」を語った(同[下]205ページ)。
一念三千、色心不二、生死不二。空仮中の三諦、同苦……先生は学会員になじみ深い言葉と道理を駆使しながら、「生きた宗教」の指導者として、地球的問題群の解決の道を探る挑戦を始めたのである。
翻訳スタッフの一人だったスー・ソーントンさんは、池田・トインビー対談こそ、池田先生が創価の連帯を"対話を基にした世界的な民衆運動の団体"に導くための最初の一歩になったと語る。
本格的に日蓮仏法の生命論を切り開く序章となった『二十一世紀への対話』。コロナ禍が続く現代において、本書からくみ取るべき智慧は多い。
◇翻訳された30言語の一覧
さまざまな言語に訳された池田・トインビー対談。同書の目次は「人間の動物的側面」から始まり「至高の人間的価値」で終わる。その中に77のテーマが論じられ、全編を通して「人はいかに生きるべきか」という問いに貫かれている
2022年1月9日日曜日
2022.01.09 わが友に贈る
団結を強める要諦は
自らが一人立つことだ!
燃え上がる信念から
「二人・三人・百人と」
共戦の炎は必ず広がる!
四恩抄 P938
『只法華経の故に罵詈毀謗せられて刀杖を加えられ流罪せられたるを以て大聖の臂を焼き髄をくだき頭をはねられたるになぞらへんと思ふ、是れ一つの悦びなり』
【通解】
ただ法華経を弘める故に、罵詈・毀謗され、刀杖を加えられ、流罪された事をもって、昔の大聖が臂を焼き髄を砕き頭をはねられた事になぞらえようと思う。これが第一の悦びである。
名字の言 「鬼にかなぼう」=「虎に翼」 2022年1月9日
日本で「百獣の王」といえばライオンだが、お隣の中国では虎だという。今年の干支である「寅」は「寅虎」とも書く▼春秋戦国時代の思想書『韓非子』が出典のことわざに「虎に翼」がある。地走るものの王たる虎に空飛ぶ翼を与えると、強い者にさらに力が加わって天下無敵になるという意味だ。それゆえ勇猛な将軍は「虎将」と称された。小説『三国志演義』で「五虎将軍」と呼ばれたのは関羽、張飛、馬超、黄忠、趙雲の5人である▼御書には、有名な「石虎将軍」の故事が引かれている。虎に親を殺された将軍・李広が、その虎を見つけて、仇討ちの一念を込めて一矢を放つ。矢は深々と刺さったが、仕留めたと思った虎は、実は虎に似た石だった。その後、何度も矢を放つが再びは刺さらない。つまり、この故事は「強き一念」の大切さを示している▼御聖訓に「法華経の剣は、信心のけなげなる人こそ用いることなれ。鬼にかなぼうたるべし」(新1633・全1124)と。中国語版の御書では「鬼にかなぼう」が「虎に翼」と訳される▼強い信心の人が、法華経のままに実践を貫けば、どんな障魔をも打ち破れる。無敵の剣を得たようなものである。信心とは勇気の異名。強盛な祈りで進む限り、恐れるものはない。
寸鉄 2022年1月9日
誓い漲る新春の幹部会。私の飛躍が創価の飛躍―青年の心で新時代を疾走
東京・目黒師弟正義の日。壁を破ろう!―師の叫びから40星霜。連続勝利へ
人が成しうる最も偉大な事は人に光を与える事―英雄。自他共の幸福開け
睡眠不足は心身不調の因に。新年の今、生活リズムを改善。聡明に健康第一
夢中で何かに挑む過程で自己肯定感も向上―識者 今日も勇み挑戦の一歩を
〈社説〉 2022・1・9 あす「成人の日」
◇自分らしく負けない人生を
あす10日は「成人の日」。参加者が密にならないよう配慮して成人式が行われる所も多い。
今年の「成人の日」は、"20歳成年"として最後となる。民法が改正され、4月1日から成年年齢が18歳に引き下げられるからだ。改正は、18、19歳の若者の自己決定権を尊重し、積極的な社会参加を促すことになる。一方、親の同意がない契約は取り消すことができた未成年者取消権が行使できなくなるので、消費者トラブルの拡大が懸念されてもいる。
今回、成人を迎える友は全員が"21世紀生まれ"であり、Z世代(1990年代中盤以降に生まれた若者たち)といわれる世代でもある。「9・11」の米同時多発テロ前後に生まれ、世界的な経済危機や東日本大震災等を経験。10代後半はコロナ禍の中で過ごした。学校ではSDGs(持続可能な開発目標)のことも学んできた。
こうした時代背景もあってか、Z世代は、社会的課題に取り組む企業に好印象を抱き、環境問題を自分に関わる課題と捉える傾向が強い。マーケティングアナリストの原田曜平氏は、触れる情報が"信頼できるか否か、本物か偽物か"について、Z世代が繊細な感性を持っていると指摘する(本紙電子版2021年5月14日付)。
激動の時代を歩んだ経験、社会貢献への関心、真偽を見極めようとする姿勢――新しい生活様式が求められるコロナ禍の中で、新成人は活路を開く可能性を秘めているといえよう。
原田氏はさらに、自分に「軸」があると、価値基準が明確になり、多様な選択肢を前にしても、判断に迷いにくいとも語っていた。
確かに、自分の中に、ぶれない「軸」を持つことは、とても大切だ。それは、膨大な情報にも左右されない、自己の根本の生き方を決めることといってもよい。
池田先生は19歳の時、「正しい人生」を探求する中で、戸田城聖先生に出会った。そして、仏法の実践を勧めた師に応え、「嵐に動かぬ大樹求めて/われ 地より湧き出でんとするか」と詠み、新たな人生の道を踏み出した。以来、75年。若き日の誓いを貫いてきた軌跡は多くの青年の希望である。
創価の新成人の皆さんもまた、一人の青年として"21世紀のトップランナー"の誇りも高く、負けない人生を自分らしく走り抜かれることを願ってやまない。
☆地涌の生命力で出発! 創立100周年へ 第6回本部幹部会
◇池田先生が祝福のメッセージ「誓いの友と妙法の大ロマンの道を」
◇原田会長、永石女性部長が各部の代表と共に出席
学会創立100周年の栄光の頂へ、地涌の生命力で、勇躍前進を約し合う第6回本部幹部会が8日午後、「青年・飛躍の年」の開幕を祝賀して、巣鴨の東京戸田記念講堂で開催された。
これには原田会長、長谷川理事長、永石女性部長が各部の代表と出席した。
池田大作先生はメッセージを贈り、「大法弘通」「慈折広宣流布」という人類の幸福と平和への新たな飛躍の大行進が始まったと強調。久遠からの誓いの友と、「歓喜の中の大歓喜」にあふれる妙法流布のロマンに生き抜こうと呼び掛けた。(全国配信は14日から17日〈配信の会場と時間等は各県・区で決定〉。同期間中、「モバイルSTB」「SOKAnet会員サポート」でも視聴可能)
◇人類平和へ飛躍の大行進
新生の息吹に満ちて集い来た全国の同志の気概を映すかのように、東京には澄み切った青空が広がっていた。雪が残る大地に、陽光が降り注ぐ。
「青年・飛躍の年」の開幕を記念する本部幹部会。池田先生はメッセージの中で、日蓮大聖人が明かされた、一切衆生を幸福にするとの仏の大誓願を、そのまま受け継いできたのが創価の師弟であると宣言した。
この創価三代の闘争に連なり、21世紀から22世紀へ、「立正安国」と「令法久住」のタスキをつなぐトップランナーこそ、新しき熱と力にあふれた池田門下の若人にほかならない。
幹部会の冒頭、事前に収録された、新成人の代表3人の清新な誓いが紹介された。
大学2年生の坂田大陸さん(千葉県出身)は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響でキャンパスに通えない日々が続いたが、"環境を言い訳にしない"と、多様な活動に率先。
SNSを駆使して、同じ学部に所属する約80人の全ての同期と一人も漏らさず交流を図り、学友同士を結ぶ懸け橋に。昨年には、自粛期間に習得したギターで大学祭のテーマソングを作成するなど、大学建設に携わった。
坂田さんは誓う。
「『自分は勝った』と心の底から胸を張れる人生を歩みます!」
竹中日菜乃さん(岐阜県出身)は、生後間もなく、先天性の心臓病と診断された。
1歳の時に受けた手術は無事に成功。成長した後、病を乗り越える際に、池田先生からの励ましと同志の祈りがあったことを両親から教わった。
"今度は私が命を救う側に"と、現在は創価大学の看護学部で、課題や演習に懸命に励んでいる。
竹中さんは「全ての人との縁を大切に、生きる力を引き出す人間力豊かな看護師になります」と声を弾ませる。
声楽家として、世界に活躍の場を広げる鈴木正彰さん(大阪府出身)。関西男声合唱団などで薫陶を受け、2018年には、第10回「東京国際声楽コンクール」の高校1・2年生部門で優勝した。
常に心掛けるのは、日頃の練習から本番の舞台を想定すること。一音一音に込められた作曲家の意図に迫り、忠実に表現できるよう努力を欠かさない。
「支えてくださる方々への感謝を忘れず、聴衆の心を震わせる歌声を届けます」と、鈴木さんの決意は固い。
さあ、大いなる理想へ生き生きと進む青年と共に、勇気の跳躍を遂げ、目を見張るような飛躍のドラマをつづる時は今!
幹部会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介。その中で、かつて先生が元旦に認めた一対の書「大心」「大桜」が披露されると、参加者の瞳が一段と輝いた。
山口女子未来部長が未来部への激励に全力を注ぐ抱負を述べ、田島学生部長は、勇気の折伏で本年を勝ち飾る決意を披歴した。
次に、アルゼンチンSGI(創価学会インタナショナル)のパウラ・ロペス女子部長のあいさつ動画が映し出された。同女子部長は、徹底して一人を大切にする励ましの行動によって、妙法の人材群が勢いよく躍り出ている喜びを語った。
続いて、音楽隊・創価グロリア吹奏楽団と鼓笛隊・創価シャイニングスピリッツが祝賀演奏を披露(事前収録)。同志を鼓舞する妙音に、万雷の拍手が轟いた。
原田会長は、眼前の一人と真の友情を結ぶ語らいで、世界広布の扉を開いてきた池田先生の闘争に言及。人とのつながりの形式が変化する時代にあって、創意工夫を凝らしながら、地涌の連帯を広げゆく対話の旋風を共々に巻き起こそうと呼び掛けた。
最後に、池田先生のスピーチ(2002年1月の第13回本部幹部会)を収録した、新しいVOD番組「広布拡大こそ報恩の道」を皆で視聴した。
☆御書の旭光を 第68回 「仏の種」植えゆく励まし
〈御文〉
『法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり』(曾谷殿御返事、1056ページ)
〈通解〉
(譬えて言えば)法華経は種であり、仏は植え手であり、衆生は田である。
〈池田先生が贈る指針〉
信心の喜びを語れば、友の生命に「仏の種」が必ず植えられる。相手の反応に一喜一憂する必要はない。仏種は時を超え、幸福の花を咲かせ、和楽の園を広げるからだ。
我らは妙法の種を蒔く人だ。最極の仏事に胸を張り、一人一人との縁を大切に育もう!
「いまだこりず候」と、御本仏直結の仏縁拡大を賢く、朗らかに!
☆ONE GOSHO この一節とともに! 祈禱抄
◇誓願の祈りから出発
いよいよ「青年・飛躍の年」の幕が開ける。新たなスタートに当たり、仏法の実践の根幹である「祈り」の姿勢について学んでいく。
◇御文
『法華経の行者の祈る祈は響の音に応ずるがごとし・影の体にそえるがごとし、すめる水に月のうつるがごとし・方諸の水をまねくがごとし・磁石の鉄をすうがごとし・琥珀の塵をとるがごとし、あきらかなる鏡の物の色をうかぶるがごとし』(御書1347ページ)
◇通解
法華経の行者の祈る祈りは、響きが音に応ずるように、影が体に添うように、澄んだ水に月が映るように、方諸(水を得る鏡)が水(露)を招くように、磁石が鉄を吸うように、琥珀が塵を取るように、明らかな鏡が物の色や形を浮かべるように、必ずかなうのである。
◇背景
本抄は、日蓮大聖人が文永9年(1272年)に流罪中の佐渡で著された。
当時、国内では天災が続き、蒙古襲来の危機なども重なった。為政者たちはそうした災難から逃れようと、諸宗に祈禱を依頼していた。
本抄で大聖人は、諸宗の祈りと法華経による祈りを比較。諸宗の誤りを明らかにし、法華経によってこそ、祈りがかなうとの大確信を示されている。
◇解説
「法華経の行者の祈り」は必ずかなう。
日蓮大聖人は"音が鳴れば響きが広がる""体には影が従う""磁石が鉄を吸い付ける""鏡に物が映る"等、森羅万象の原理であり、疑う余地のない事実を譬えとして用い、絶対の確信を教えられている。
御文の「法華経の行者」とは、法華経をその教説の通りに実践する「如説修行の人」である。
直接的には大聖人御自身のことであるが、大聖人の広宣流布の大願を継ぎ、奮闘する真の弟子もこれに当たる。
現代にあっては、まさに折伏や立正安国の対話に駆ける学会の同志こそ、法華経の行者にほかならない。
拝読御文の直前には、「どうして仏前のお誓いと自身が成仏した経の恩を忘れ、法華経の行者を捨てられるであろうか」(御書1347ページ、趣意)とある。
諸天善神は法華経に大恩があり、その恩を報じるために、法華経の行者を守護することを釈尊に誓った。もし、そのことを忘れるようなことがあれば、仏から罰せられるとまで大聖人は仰せである。
広布を推進する、日々の学会活動に挑み抜く私たちの祈りがかなう原理が、ここに示されている。
法華経の行者の祈りがかなうことは約束されている。だからこそ肝心なことは、揺るがぬ確信を持ち続けることである。
御文の譬えを踏まえれば、音は大きければ大きいほど、より遠くまで響き渡る。磁力は強ければ強いほど、より多くの鉄を吸い寄せる。
同じように、御本尊への祈りが強ければ強いほど、それに呼応して御本尊の功力が現れ、祈りが成就するのである。
そして忘れてはならないことは、強き祈りを根本に、法華経の行者として、勇敢に信心の実践を貫くことである。
人は、なかなか思うように進まないと、不安や諦めを抱いてしまうもの。祈りとは、その諦めと迷いを打ち破る"己心の戦い"ともいえる。その闘争を勝ち抜く原動力は何か。それは、深き決意であり、なかんずく"師弟の誓い"である。
池田先生は教えてくださっている。
「妙法の祈りとは、『誓願』です。最も強靱な精神の力です。祈りが心に満ち満ちているところ、いかなる臆病も、あきらめも、弱音も、入り込む隙などありません」
「青年・飛躍の年」の勝利を開く鍵は、男子部一人一人の成長と飛躍にかかっている。勝負となる一年の開幕に当たり、師に応えゆく誓願の題目から、あらゆる戦いを開始したい。
職場や家庭での挑戦、宿命との戦いなど、自身のあらゆる課題の克服へ、そして新たな広布の拡大へ――法華経の行者の祈りを根本に、大いなる飛躍の年としよう!
自らが一人立つことだ!
燃え上がる信念から
「二人・三人・百人と」
共戦の炎は必ず広がる!
四恩抄 P938
『只法華経の故に罵詈毀謗せられて刀杖を加えられ流罪せられたるを以て大聖の臂を焼き髄をくだき頭をはねられたるになぞらへんと思ふ、是れ一つの悦びなり』
【通解】
ただ法華経を弘める故に、罵詈・毀謗され、刀杖を加えられ、流罪された事をもって、昔の大聖が臂を焼き髄を砕き頭をはねられた事になぞらえようと思う。これが第一の悦びである。
名字の言 「鬼にかなぼう」=「虎に翼」 2022年1月9日
日本で「百獣の王」といえばライオンだが、お隣の中国では虎だという。今年の干支である「寅」は「寅虎」とも書く▼春秋戦国時代の思想書『韓非子』が出典のことわざに「虎に翼」がある。地走るものの王たる虎に空飛ぶ翼を与えると、強い者にさらに力が加わって天下無敵になるという意味だ。それゆえ勇猛な将軍は「虎将」と称された。小説『三国志演義』で「五虎将軍」と呼ばれたのは関羽、張飛、馬超、黄忠、趙雲の5人である▼御書には、有名な「石虎将軍」の故事が引かれている。虎に親を殺された将軍・李広が、その虎を見つけて、仇討ちの一念を込めて一矢を放つ。矢は深々と刺さったが、仕留めたと思った虎は、実は虎に似た石だった。その後、何度も矢を放つが再びは刺さらない。つまり、この故事は「強き一念」の大切さを示している▼御聖訓に「法華経の剣は、信心のけなげなる人こそ用いることなれ。鬼にかなぼうたるべし」(新1633・全1124)と。中国語版の御書では「鬼にかなぼう」が「虎に翼」と訳される▼強い信心の人が、法華経のままに実践を貫けば、どんな障魔をも打ち破れる。無敵の剣を得たようなものである。信心とは勇気の異名。強盛な祈りで進む限り、恐れるものはない。
寸鉄 2022年1月9日
誓い漲る新春の幹部会。私の飛躍が創価の飛躍―青年の心で新時代を疾走
東京・目黒師弟正義の日。壁を破ろう!―師の叫びから40星霜。連続勝利へ
人が成しうる最も偉大な事は人に光を与える事―英雄。自他共の幸福開け
睡眠不足は心身不調の因に。新年の今、生活リズムを改善。聡明に健康第一
夢中で何かに挑む過程で自己肯定感も向上―識者 今日も勇み挑戦の一歩を
〈社説〉 2022・1・9 あす「成人の日」
◇自分らしく負けない人生を
あす10日は「成人の日」。参加者が密にならないよう配慮して成人式が行われる所も多い。
今年の「成人の日」は、"20歳成年"として最後となる。民法が改正され、4月1日から成年年齢が18歳に引き下げられるからだ。改正は、18、19歳の若者の自己決定権を尊重し、積極的な社会参加を促すことになる。一方、親の同意がない契約は取り消すことができた未成年者取消権が行使できなくなるので、消費者トラブルの拡大が懸念されてもいる。
今回、成人を迎える友は全員が"21世紀生まれ"であり、Z世代(1990年代中盤以降に生まれた若者たち)といわれる世代でもある。「9・11」の米同時多発テロ前後に生まれ、世界的な経済危機や東日本大震災等を経験。10代後半はコロナ禍の中で過ごした。学校ではSDGs(持続可能な開発目標)のことも学んできた。
こうした時代背景もあってか、Z世代は、社会的課題に取り組む企業に好印象を抱き、環境問題を自分に関わる課題と捉える傾向が強い。マーケティングアナリストの原田曜平氏は、触れる情報が"信頼できるか否か、本物か偽物か"について、Z世代が繊細な感性を持っていると指摘する(本紙電子版2021年5月14日付)。
激動の時代を歩んだ経験、社会貢献への関心、真偽を見極めようとする姿勢――新しい生活様式が求められるコロナ禍の中で、新成人は活路を開く可能性を秘めているといえよう。
原田氏はさらに、自分に「軸」があると、価値基準が明確になり、多様な選択肢を前にしても、判断に迷いにくいとも語っていた。
確かに、自分の中に、ぶれない「軸」を持つことは、とても大切だ。それは、膨大な情報にも左右されない、自己の根本の生き方を決めることといってもよい。
池田先生は19歳の時、「正しい人生」を探求する中で、戸田城聖先生に出会った。そして、仏法の実践を勧めた師に応え、「嵐に動かぬ大樹求めて/われ 地より湧き出でんとするか」と詠み、新たな人生の道を踏み出した。以来、75年。若き日の誓いを貫いてきた軌跡は多くの青年の希望である。
創価の新成人の皆さんもまた、一人の青年として"21世紀のトップランナー"の誇りも高く、負けない人生を自分らしく走り抜かれることを願ってやまない。
☆地涌の生命力で出発! 創立100周年へ 第6回本部幹部会
◇池田先生が祝福のメッセージ「誓いの友と妙法の大ロマンの道を」
◇原田会長、永石女性部長が各部の代表と共に出席
学会創立100周年の栄光の頂へ、地涌の生命力で、勇躍前進を約し合う第6回本部幹部会が8日午後、「青年・飛躍の年」の開幕を祝賀して、巣鴨の東京戸田記念講堂で開催された。
これには原田会長、長谷川理事長、永石女性部長が各部の代表と出席した。
池田大作先生はメッセージを贈り、「大法弘通」「慈折広宣流布」という人類の幸福と平和への新たな飛躍の大行進が始まったと強調。久遠からの誓いの友と、「歓喜の中の大歓喜」にあふれる妙法流布のロマンに生き抜こうと呼び掛けた。(全国配信は14日から17日〈配信の会場と時間等は各県・区で決定〉。同期間中、「モバイルSTB」「SOKAnet会員サポート」でも視聴可能)
◇人類平和へ飛躍の大行進
新生の息吹に満ちて集い来た全国の同志の気概を映すかのように、東京には澄み切った青空が広がっていた。雪が残る大地に、陽光が降り注ぐ。
「青年・飛躍の年」の開幕を記念する本部幹部会。池田先生はメッセージの中で、日蓮大聖人が明かされた、一切衆生を幸福にするとの仏の大誓願を、そのまま受け継いできたのが創価の師弟であると宣言した。
この創価三代の闘争に連なり、21世紀から22世紀へ、「立正安国」と「令法久住」のタスキをつなぐトップランナーこそ、新しき熱と力にあふれた池田門下の若人にほかならない。
幹部会の冒頭、事前に収録された、新成人の代表3人の清新な誓いが紹介された。
大学2年生の坂田大陸さん(千葉県出身)は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響でキャンパスに通えない日々が続いたが、"環境を言い訳にしない"と、多様な活動に率先。
SNSを駆使して、同じ学部に所属する約80人の全ての同期と一人も漏らさず交流を図り、学友同士を結ぶ懸け橋に。昨年には、自粛期間に習得したギターで大学祭のテーマソングを作成するなど、大学建設に携わった。
坂田さんは誓う。
「『自分は勝った』と心の底から胸を張れる人生を歩みます!」
竹中日菜乃さん(岐阜県出身)は、生後間もなく、先天性の心臓病と診断された。
1歳の時に受けた手術は無事に成功。成長した後、病を乗り越える際に、池田先生からの励ましと同志の祈りがあったことを両親から教わった。
"今度は私が命を救う側に"と、現在は創価大学の看護学部で、課題や演習に懸命に励んでいる。
竹中さんは「全ての人との縁を大切に、生きる力を引き出す人間力豊かな看護師になります」と声を弾ませる。
声楽家として、世界に活躍の場を広げる鈴木正彰さん(大阪府出身)。関西男声合唱団などで薫陶を受け、2018年には、第10回「東京国際声楽コンクール」の高校1・2年生部門で優勝した。
常に心掛けるのは、日頃の練習から本番の舞台を想定すること。一音一音に込められた作曲家の意図に迫り、忠実に表現できるよう努力を欠かさない。
「支えてくださる方々への感謝を忘れず、聴衆の心を震わせる歌声を届けます」と、鈴木さんの決意は固い。
さあ、大いなる理想へ生き生きと進む青年と共に、勇気の跳躍を遂げ、目を見張るような飛躍のドラマをつづる時は今!
幹部会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介。その中で、かつて先生が元旦に認めた一対の書「大心」「大桜」が披露されると、参加者の瞳が一段と輝いた。
山口女子未来部長が未来部への激励に全力を注ぐ抱負を述べ、田島学生部長は、勇気の折伏で本年を勝ち飾る決意を披歴した。
次に、アルゼンチンSGI(創価学会インタナショナル)のパウラ・ロペス女子部長のあいさつ動画が映し出された。同女子部長は、徹底して一人を大切にする励ましの行動によって、妙法の人材群が勢いよく躍り出ている喜びを語った。
続いて、音楽隊・創価グロリア吹奏楽団と鼓笛隊・創価シャイニングスピリッツが祝賀演奏を披露(事前収録)。同志を鼓舞する妙音に、万雷の拍手が轟いた。
原田会長は、眼前の一人と真の友情を結ぶ語らいで、世界広布の扉を開いてきた池田先生の闘争に言及。人とのつながりの形式が変化する時代にあって、創意工夫を凝らしながら、地涌の連帯を広げゆく対話の旋風を共々に巻き起こそうと呼び掛けた。
最後に、池田先生のスピーチ(2002年1月の第13回本部幹部会)を収録した、新しいVOD番組「広布拡大こそ報恩の道」を皆で視聴した。
☆御書の旭光を 第68回 「仏の種」植えゆく励まし
〈御文〉
『法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり』(曾谷殿御返事、1056ページ)
〈通解〉
(譬えて言えば)法華経は種であり、仏は植え手であり、衆生は田である。
〈池田先生が贈る指針〉
信心の喜びを語れば、友の生命に「仏の種」が必ず植えられる。相手の反応に一喜一憂する必要はない。仏種は時を超え、幸福の花を咲かせ、和楽の園を広げるからだ。
我らは妙法の種を蒔く人だ。最極の仏事に胸を張り、一人一人との縁を大切に育もう!
「いまだこりず候」と、御本仏直結の仏縁拡大を賢く、朗らかに!
☆ONE GOSHO この一節とともに! 祈禱抄
◇誓願の祈りから出発
いよいよ「青年・飛躍の年」の幕が開ける。新たなスタートに当たり、仏法の実践の根幹である「祈り」の姿勢について学んでいく。
◇御文
『法華経の行者の祈る祈は響の音に応ずるがごとし・影の体にそえるがごとし、すめる水に月のうつるがごとし・方諸の水をまねくがごとし・磁石の鉄をすうがごとし・琥珀の塵をとるがごとし、あきらかなる鏡の物の色をうかぶるがごとし』(御書1347ページ)
◇通解
法華経の行者の祈る祈りは、響きが音に応ずるように、影が体に添うように、澄んだ水に月が映るように、方諸(水を得る鏡)が水(露)を招くように、磁石が鉄を吸うように、琥珀が塵を取るように、明らかな鏡が物の色や形を浮かべるように、必ずかなうのである。
◇背景
本抄は、日蓮大聖人が文永9年(1272年)に流罪中の佐渡で著された。
当時、国内では天災が続き、蒙古襲来の危機なども重なった。為政者たちはそうした災難から逃れようと、諸宗に祈禱を依頼していた。
本抄で大聖人は、諸宗の祈りと法華経による祈りを比較。諸宗の誤りを明らかにし、法華経によってこそ、祈りがかなうとの大確信を示されている。
◇解説
「法華経の行者の祈り」は必ずかなう。
日蓮大聖人は"音が鳴れば響きが広がる""体には影が従う""磁石が鉄を吸い付ける""鏡に物が映る"等、森羅万象の原理であり、疑う余地のない事実を譬えとして用い、絶対の確信を教えられている。
御文の「法華経の行者」とは、法華経をその教説の通りに実践する「如説修行の人」である。
直接的には大聖人御自身のことであるが、大聖人の広宣流布の大願を継ぎ、奮闘する真の弟子もこれに当たる。
現代にあっては、まさに折伏や立正安国の対話に駆ける学会の同志こそ、法華経の行者にほかならない。
拝読御文の直前には、「どうして仏前のお誓いと自身が成仏した経の恩を忘れ、法華経の行者を捨てられるであろうか」(御書1347ページ、趣意)とある。
諸天善神は法華経に大恩があり、その恩を報じるために、法華経の行者を守護することを釈尊に誓った。もし、そのことを忘れるようなことがあれば、仏から罰せられるとまで大聖人は仰せである。
広布を推進する、日々の学会活動に挑み抜く私たちの祈りがかなう原理が、ここに示されている。
法華経の行者の祈りがかなうことは約束されている。だからこそ肝心なことは、揺るがぬ確信を持ち続けることである。
御文の譬えを踏まえれば、音は大きければ大きいほど、より遠くまで響き渡る。磁力は強ければ強いほど、より多くの鉄を吸い寄せる。
同じように、御本尊への祈りが強ければ強いほど、それに呼応して御本尊の功力が現れ、祈りが成就するのである。
そして忘れてはならないことは、強き祈りを根本に、法華経の行者として、勇敢に信心の実践を貫くことである。
人は、なかなか思うように進まないと、不安や諦めを抱いてしまうもの。祈りとは、その諦めと迷いを打ち破る"己心の戦い"ともいえる。その闘争を勝ち抜く原動力は何か。それは、深き決意であり、なかんずく"師弟の誓い"である。
池田先生は教えてくださっている。
「妙法の祈りとは、『誓願』です。最も強靱な精神の力です。祈りが心に満ち満ちているところ、いかなる臆病も、あきらめも、弱音も、入り込む隙などありません」
「青年・飛躍の年」の勝利を開く鍵は、男子部一人一人の成長と飛躍にかかっている。勝負となる一年の開幕に当たり、師に応えゆく誓願の題目から、あらゆる戦いを開始したい。
職場や家庭での挑戦、宿命との戦いなど、自身のあらゆる課題の克服へ、そして新たな広布の拡大へ――法華経の行者の祈りを根本に、大いなる飛躍の年としよう!
2022年1月8日土曜日
2022.01.08 わが友に贈る
奮闘する受験生に
真心こもる題目を!
懸命に支える家族への
心配りも欠かさずに
温かく応援していこう!
月満御前御書 P1110
『若童生れさせ給いし由承り候目出たく覚へ候、殊に今日は八日にて候、彼れと云い此れと云い所願しをの指すが如く春の野に華の開けるが如し、然ればいそぎいそぎ名をつけ奉る』
【通解】
お子さんが生まれたことを承りました。まことにめでたく存じます。ことに今日は八日です。お子さんの生まれたことといい、また今日が八日というよき日であるといい、全ての願いが叶っていく洋は、潮の満ちていくようであり、春の野に花が咲いたようなものです。
名字の言 真の敵は自分の中にいる 2022年1月8日
今年の箱根駅伝は熱戦だった。皆の思いが詰まったタスキをつなぐ懸命な走者たちを、白雪を冠した富士山が見守っていた▼独走など前後に走者が見えない時は自分のペースで走れる。一方、他の走者が視界に入り、競い合う時はペースは乱れるが、自己ベストを更新する走りになる場合も少なくない。監督やチームメート、家族などの周囲の思いを力に変えて走りながらも、根本は自分自身との戦い。真の敵は自分の中にいる▼3年連続のシード権を獲得した創価大学。エントリー選手上位10人の5000メートル、1万メートルにおける平均タイムは、それぞれ14位、5位だった。実力があっても心で負けてしまえば、勝負には勝てない。だから「名前や記録が走るのではない。自信をもって走ろう」と榎木監督▼厳しい練習の中でつかんだ自信が強さとなり、壁を突破する力になる。限界を超えた全走者が勝利者と称賛される箱根駅伝に、飛躍の方程式——努力なしに人生の勝利も栄冠もないことを、改めて教えてもらった▼不動の雄姿を見せる富士山では、山頂の年間平均風速は秒速12メートル。最大瞬間風速91メートルを記録した烈風が吹く。青年の心で飛躍を誓うこの一年、何があっても揺るぎない自分自身を築きたい。
寸鉄 2022年1月8日
「信心は確信。必ず幸福になるのです」戸田先生。人間革命の軌道を着実に
大阪・堺の日。常勝の電源地から励ましの光を! 共に青年の心で勇躍前進
この世で為すべき事は多い。すぐに為せ—楽聖。一日一日、真剣勝負で!
こたつでの"うたた寝"は脱水症状の恐れあり—医師。飲酒時は特に注意
バス車内での転倒事故の8割が発進・制動時と。手すり掴む等の心掛けを
〈社説〉 2022・1・8 「雪の秋田指導」から40年
◇池田門下の自覚が勝利の道開く
雪が舞う新たな年を迎えると、秋田の同志の心は燃える。
1982年1月、厳寒の秋田を訪れた池田先生との出会いを思い返すからである。明後10日は「雪の秋田指導」から40周年となる。
12年前、東北では"広布万葉の記録"という証言を同志から募った。
この時、秋田の友の多くが「雪の秋田指導」の感動をつづっている。それほど、先生の激励行が同志に広げた感動は大きかった。
第1次宗門事件の渦中、悪侶から理不尽な学会攻撃を受けた秋田の友。
その一人一人を励ましたいとの師の思いに引き寄せられるように、多くの出会いが刻まれた。
空港から秋田文化会館(当時)に向かう途上、先生は、街頭に立つ同志を見つけるたびに、車を降りて激励を。
会館に隣接する公園では集った同志と「人間革命の歌」を大合唱し、師弟の勝ち鬨が響き渡った。
証言集には、師と出会うことはなかったが「雪の秋田指導」について書かれたものも多い。
ある女性は、先生の秋田訪問に胸を高鳴らせながら、師の行程の無事を祈った。
"一目だけでもお会いしたい"と仕事を終え、急いで会館へ向かったが、行事はすでに終わっていた。
池田先生は後年、彼女のように諸行事の成功を祈っていた友らに思いを寄せ、「雪の秋田指導 栄光グループ」と名付け、たたえた。
この師の慈愛に胸を熱くした同志たちにとってもまた、忘れ得ぬ師との共戦譜であり、原点なのだ。
証言集には、当時まだ生まれていなかった青年たちの記録もある。
先輩から聞いた先生の激励行に感動し、未来部の友へ、秋田の原点を語り伝えているという。
「自分が思うと思わざるとにかかわらず、諸君は池田門下生であると思っています。信頼しています」——40年前の1月14日、第1回秋田県青年部総会の後、先生は青年部の友に期待を寄せた。
小説『新・人間革命』第29巻「清新」の章には次のようにある。
「師弟とは物理的な触れ合いのなかにあるのではない。心に師をいだき、その師に誓い、それを成就しようとする、必死の精進と闘争のなかにこそある」
広宣流布は"池田門下の自覚"によって飛躍的に進む。
師が示した共戦の心を、後継の青年たちが脈々と受け継ぎ、"吹雪に胸張り"勝利の道を開きゆく。
☆新春随想 永遠に「御書根本」の大道を 教学部長 森中理晃
◇人間主義の大光を放つ
日蓮大聖人御聖誕800年を慶祝する『日蓮大聖人御書全集 新版』が、昨年11月18日に発刊された。池田大作先生は、ご監修くださるとともに、巻頭に「序」を寄せ、「我ら創価学会は、永遠に『御書根本』の大道を歩む」との不朽の指針を示してくださった。新春に当たり、この「御書根本」の創価の誓願を新たにしていきたい。
◇「教学材宝(財宝)」——。
創立記念の本部幹部会で、御書発刊を記念して紹介してくださった、池田先生が認めた書である。
「材宝」と示されたことに、多くの方々が深い感慨を抱かれた。
御書根本の姿勢で教学を学び、各人の人生と生活の次元で大聖人直結の実践を展開する人材は、学会の宝であるだけでなく、社会の宝、さらには人類の宝ではないだろうか。
言うまでもなく、大聖人の仏法は、民衆仏法である。目覚めた民衆が自身の生活と社会の中で、仏法の功力を証明しながら、絶対的幸福に生きる喜びを知り、現実を変革するための宗教である。そもそも、御書に基づけば、唱題行以上には特別な修行もなければ、山林にこもる必要もない。むしろ、立正安国の実現のために、「娑婆世界」という現実社会の真っただ中で生活を営む人々が、自他共の幸福への行動を起こしていく。その民衆の力強い実践のなかにこそ仏法の実像がある。
であれば、誓願に立つ民衆の存在によってこそ広宣流布が成就すると言っても過言ではない。すなわち、民衆が強く良く賢くなり、民衆自身の変革によって、万人尊敬、生命尊厳の思想を基盤とする、平和と調和の社会が築かれていくなかに広宣流布の本質がある。その意味で、まぎれもなく、民衆こそが広宣流布の主人公である。
◇師弟直結の教学が学会の伝統
だからこそ、「御書」とは、民衆に開かれた聖典でなければならない。庶民が手にして、自らの信行の糧として拝していく。御書は、その時代の人々に親しまれる生きた経典として、常に同時代の人々のためにあるべきものだと確信する。
しかし、変えてはならない普遍の精神がある。それが、三代の会長が築かれた「御書根本」の伝統精神である。
すなわち、民衆が大聖人直結で、大聖人のお心に触れ、大聖人と同心で生き生きと仏法を実践する、この尊き「御書根本」の伝統を、90年余りの歴史の中で教えてくださったのが創価三代の会長であり、なかんずく池田先生である。
今回の「序」に、「『御書根本』の大道」と示されているなかに、創価の師弟の魂の結晶があると思えてならない。つまり、学会員にとって御書とは、師匠が教えてくれた「御書根本」の生き方を自らも実践する共戦の一書であり、不二の一書そのものなのだ。
命に刻むべきことは、大聖人御自身が障魔と三類の強敵の嵐の真っただ中で認められ、法華経の行者としての自らの正当性を証明されたのが御書であるということだ。「法華経の行者あらば、必ず三類の怨敵あるべし。三類はすでにあり。法華経の行者は誰なるらん。求めて師とすべし」(新111・全230)
法華経には、滅後悪世に法華経を弘通すれば必ず大難が起こることが示されている。三類の強敵が説かれた勧持品二十行の偈を末法で身読されたのは日蓮大聖人以外にいない。ゆえに、大聖人こそが末法の師にほかならない。
この大確信こそが、障魔の中でわが信念の道を揺るがずに堂々と歩み通す原動力になる。この難即誉れの大道を、三代の会長は自ら不惜身命の実践で示し、教えてくださったのである。
◇生活と人生で身読した学会員
そして、創価の師弟は、幾多の大難、現代の法難を全て、「御書に仰せの通りだ」「私たちの如説修行の実践に誤りはない」との御本仏直系の誇りで乗り越えてきた。
この原理は、個人にあっても、宿命と立ち向かい、大きく転換し転重軽受した学会員の無数の足跡にあっても同じである。
「地獄の苦しみぱっときえて」「冬は必ず春となる」「妙とは蘇生の義なり」「南無妙法蓮華経は師子吼のごとし」「心こそ大切に候え」等々、学会員が苦境の中で身で読み、希望と勝利の人生への転換点として心に刻んだ御文は、限りなく多い。
その一人一人の拝読の体験と実証こそ、創価学会の「材宝」であり、民衆勝利の叙事詩であり、日蓮仏法の証明ともなっているのである。
この2年、世界中をコロナ禍が席巻したが、国内外共に創価の行動は止むことがなかった。その原動力が教学であったことは、各国のリーダーたちが、本紙の連載「世界の友は今」「世界の友は今2021」で語っている通りである。いずこの国にあっても、オンラインを駆使するなど工夫を重ね、教学が希望の光源となったのである。
まさしく、創価の「御書根本」の前進の歩みは、世界的災厄の中で止まるどころか、いっそう強く大きく刻まれている。「御書根本」は、世界広布の推進軸にもなっているといえよう。
◇人類全体を結ぶ智慧の宝庫
池田先生は「序」の最後に、御書は人類全体を結び合い高める「随縁真如の智」を引き出す無窮の宝庫であると示されている。先の本部幹部会のメッセージでも、「『教学』は、まさしく私たちの人生の『財宝』であるとともに、全人類にとって、かけがえのない『財宝』にほかなりません」とつづられている。
まさしく、「創価」の名称の由来である「価値創造」とは、「随縁真如の智」の最極の証しにほかならない。創価学会は、価値論、生命論、人間革命の思想、そして人間主義の大光で、民衆を蘇生させ、社会を変革し、そして今、人類の宿命転換を視野に入れた挑戦を開始している。創価の「御書根本」の哲学と行動が、地球社会で大きく輝きを放つ時代を迎えている。
仏教学者のロケッシュ・チャンドラ博士は、「創価学会こそ、価値とともに成長・発展していくための、人類の大いなる『希望』なのです」と語っている(昨年11月13日付本紙)。
御書の智慧は、世界の期待であり、希望である。それに応えていくためにも、いやまして「御書根本」の大道を力強く歩んでいきたい。
真心こもる題目を!
懸命に支える家族への
心配りも欠かさずに
温かく応援していこう!
月満御前御書 P1110
『若童生れさせ給いし由承り候目出たく覚へ候、殊に今日は八日にて候、彼れと云い此れと云い所願しをの指すが如く春の野に華の開けるが如し、然ればいそぎいそぎ名をつけ奉る』
【通解】
お子さんが生まれたことを承りました。まことにめでたく存じます。ことに今日は八日です。お子さんの生まれたことといい、また今日が八日というよき日であるといい、全ての願いが叶っていく洋は、潮の満ちていくようであり、春の野に花が咲いたようなものです。
名字の言 真の敵は自分の中にいる 2022年1月8日
今年の箱根駅伝は熱戦だった。皆の思いが詰まったタスキをつなぐ懸命な走者たちを、白雪を冠した富士山が見守っていた▼独走など前後に走者が見えない時は自分のペースで走れる。一方、他の走者が視界に入り、競い合う時はペースは乱れるが、自己ベストを更新する走りになる場合も少なくない。監督やチームメート、家族などの周囲の思いを力に変えて走りながらも、根本は自分自身との戦い。真の敵は自分の中にいる▼3年連続のシード権を獲得した創価大学。エントリー選手上位10人の5000メートル、1万メートルにおける平均タイムは、それぞれ14位、5位だった。実力があっても心で負けてしまえば、勝負には勝てない。だから「名前や記録が走るのではない。自信をもって走ろう」と榎木監督▼厳しい練習の中でつかんだ自信が強さとなり、壁を突破する力になる。限界を超えた全走者が勝利者と称賛される箱根駅伝に、飛躍の方程式——努力なしに人生の勝利も栄冠もないことを、改めて教えてもらった▼不動の雄姿を見せる富士山では、山頂の年間平均風速は秒速12メートル。最大瞬間風速91メートルを記録した烈風が吹く。青年の心で飛躍を誓うこの一年、何があっても揺るぎない自分自身を築きたい。
寸鉄 2022年1月8日
「信心は確信。必ず幸福になるのです」戸田先生。人間革命の軌道を着実に
大阪・堺の日。常勝の電源地から励ましの光を! 共に青年の心で勇躍前進
この世で為すべき事は多い。すぐに為せ—楽聖。一日一日、真剣勝負で!
こたつでの"うたた寝"は脱水症状の恐れあり—医師。飲酒時は特に注意
バス車内での転倒事故の8割が発進・制動時と。手すり掴む等の心掛けを
〈社説〉 2022・1・8 「雪の秋田指導」から40年
◇池田門下の自覚が勝利の道開く
雪が舞う新たな年を迎えると、秋田の同志の心は燃える。
1982年1月、厳寒の秋田を訪れた池田先生との出会いを思い返すからである。明後10日は「雪の秋田指導」から40周年となる。
12年前、東北では"広布万葉の記録"という証言を同志から募った。
この時、秋田の友の多くが「雪の秋田指導」の感動をつづっている。それほど、先生の激励行が同志に広げた感動は大きかった。
第1次宗門事件の渦中、悪侶から理不尽な学会攻撃を受けた秋田の友。
その一人一人を励ましたいとの師の思いに引き寄せられるように、多くの出会いが刻まれた。
空港から秋田文化会館(当時)に向かう途上、先生は、街頭に立つ同志を見つけるたびに、車を降りて激励を。
会館に隣接する公園では集った同志と「人間革命の歌」を大合唱し、師弟の勝ち鬨が響き渡った。
証言集には、師と出会うことはなかったが「雪の秋田指導」について書かれたものも多い。
ある女性は、先生の秋田訪問に胸を高鳴らせながら、師の行程の無事を祈った。
"一目だけでもお会いしたい"と仕事を終え、急いで会館へ向かったが、行事はすでに終わっていた。
池田先生は後年、彼女のように諸行事の成功を祈っていた友らに思いを寄せ、「雪の秋田指導 栄光グループ」と名付け、たたえた。
この師の慈愛に胸を熱くした同志たちにとってもまた、忘れ得ぬ師との共戦譜であり、原点なのだ。
証言集には、当時まだ生まれていなかった青年たちの記録もある。
先輩から聞いた先生の激励行に感動し、未来部の友へ、秋田の原点を語り伝えているという。
「自分が思うと思わざるとにかかわらず、諸君は池田門下生であると思っています。信頼しています」——40年前の1月14日、第1回秋田県青年部総会の後、先生は青年部の友に期待を寄せた。
小説『新・人間革命』第29巻「清新」の章には次のようにある。
「師弟とは物理的な触れ合いのなかにあるのではない。心に師をいだき、その師に誓い、それを成就しようとする、必死の精進と闘争のなかにこそある」
広宣流布は"池田門下の自覚"によって飛躍的に進む。
師が示した共戦の心を、後継の青年たちが脈々と受け継ぎ、"吹雪に胸張り"勝利の道を開きゆく。
☆新春随想 永遠に「御書根本」の大道を 教学部長 森中理晃
◇人間主義の大光を放つ
日蓮大聖人御聖誕800年を慶祝する『日蓮大聖人御書全集 新版』が、昨年11月18日に発刊された。池田大作先生は、ご監修くださるとともに、巻頭に「序」を寄せ、「我ら創価学会は、永遠に『御書根本』の大道を歩む」との不朽の指針を示してくださった。新春に当たり、この「御書根本」の創価の誓願を新たにしていきたい。
◇「教学材宝(財宝)」——。
創立記念の本部幹部会で、御書発刊を記念して紹介してくださった、池田先生が認めた書である。
「材宝」と示されたことに、多くの方々が深い感慨を抱かれた。
御書根本の姿勢で教学を学び、各人の人生と生活の次元で大聖人直結の実践を展開する人材は、学会の宝であるだけでなく、社会の宝、さらには人類の宝ではないだろうか。
言うまでもなく、大聖人の仏法は、民衆仏法である。目覚めた民衆が自身の生活と社会の中で、仏法の功力を証明しながら、絶対的幸福に生きる喜びを知り、現実を変革するための宗教である。そもそも、御書に基づけば、唱題行以上には特別な修行もなければ、山林にこもる必要もない。むしろ、立正安国の実現のために、「娑婆世界」という現実社会の真っただ中で生活を営む人々が、自他共の幸福への行動を起こしていく。その民衆の力強い実践のなかにこそ仏法の実像がある。
であれば、誓願に立つ民衆の存在によってこそ広宣流布が成就すると言っても過言ではない。すなわち、民衆が強く良く賢くなり、民衆自身の変革によって、万人尊敬、生命尊厳の思想を基盤とする、平和と調和の社会が築かれていくなかに広宣流布の本質がある。その意味で、まぎれもなく、民衆こそが広宣流布の主人公である。
◇師弟直結の教学が学会の伝統
だからこそ、「御書」とは、民衆に開かれた聖典でなければならない。庶民が手にして、自らの信行の糧として拝していく。御書は、その時代の人々に親しまれる生きた経典として、常に同時代の人々のためにあるべきものだと確信する。
しかし、変えてはならない普遍の精神がある。それが、三代の会長が築かれた「御書根本」の伝統精神である。
すなわち、民衆が大聖人直結で、大聖人のお心に触れ、大聖人と同心で生き生きと仏法を実践する、この尊き「御書根本」の伝統を、90年余りの歴史の中で教えてくださったのが創価三代の会長であり、なかんずく池田先生である。
今回の「序」に、「『御書根本』の大道」と示されているなかに、創価の師弟の魂の結晶があると思えてならない。つまり、学会員にとって御書とは、師匠が教えてくれた「御書根本」の生き方を自らも実践する共戦の一書であり、不二の一書そのものなのだ。
命に刻むべきことは、大聖人御自身が障魔と三類の強敵の嵐の真っただ中で認められ、法華経の行者としての自らの正当性を証明されたのが御書であるということだ。「法華経の行者あらば、必ず三類の怨敵あるべし。三類はすでにあり。法華経の行者は誰なるらん。求めて師とすべし」(新111・全230)
法華経には、滅後悪世に法華経を弘通すれば必ず大難が起こることが示されている。三類の強敵が説かれた勧持品二十行の偈を末法で身読されたのは日蓮大聖人以外にいない。ゆえに、大聖人こそが末法の師にほかならない。
この大確信こそが、障魔の中でわが信念の道を揺るがずに堂々と歩み通す原動力になる。この難即誉れの大道を、三代の会長は自ら不惜身命の実践で示し、教えてくださったのである。
◇生活と人生で身読した学会員
そして、創価の師弟は、幾多の大難、現代の法難を全て、「御書に仰せの通りだ」「私たちの如説修行の実践に誤りはない」との御本仏直系の誇りで乗り越えてきた。
この原理は、個人にあっても、宿命と立ち向かい、大きく転換し転重軽受した学会員の無数の足跡にあっても同じである。
「地獄の苦しみぱっときえて」「冬は必ず春となる」「妙とは蘇生の義なり」「南無妙法蓮華経は師子吼のごとし」「心こそ大切に候え」等々、学会員が苦境の中で身で読み、希望と勝利の人生への転換点として心に刻んだ御文は、限りなく多い。
その一人一人の拝読の体験と実証こそ、創価学会の「材宝」であり、民衆勝利の叙事詩であり、日蓮仏法の証明ともなっているのである。
この2年、世界中をコロナ禍が席巻したが、国内外共に創価の行動は止むことがなかった。その原動力が教学であったことは、各国のリーダーたちが、本紙の連載「世界の友は今」「世界の友は今2021」で語っている通りである。いずこの国にあっても、オンラインを駆使するなど工夫を重ね、教学が希望の光源となったのである。
まさしく、創価の「御書根本」の前進の歩みは、世界的災厄の中で止まるどころか、いっそう強く大きく刻まれている。「御書根本」は、世界広布の推進軸にもなっているといえよう。
◇人類全体を結ぶ智慧の宝庫
池田先生は「序」の最後に、御書は人類全体を結び合い高める「随縁真如の智」を引き出す無窮の宝庫であると示されている。先の本部幹部会のメッセージでも、「『教学』は、まさしく私たちの人生の『財宝』であるとともに、全人類にとって、かけがえのない『財宝』にほかなりません」とつづられている。
まさしく、「創価」の名称の由来である「価値創造」とは、「随縁真如の智」の最極の証しにほかならない。創価学会は、価値論、生命論、人間革命の思想、そして人間主義の大光で、民衆を蘇生させ、社会を変革し、そして今、人類の宿命転換を視野に入れた挑戦を開始している。創価の「御書根本」の哲学と行動が、地球社会で大きく輝きを放つ時代を迎えている。
仏教学者のロケッシュ・チャンドラ博士は、「創価学会こそ、価値とともに成長・発展していくための、人類の大いなる『希望』なのです」と語っている(昨年11月13日付本紙)。
御書の智慧は、世界の期待であり、希望である。それに応えていくためにも、いやまして「御書根本」の大道を力強く歩んでいきたい。
2022年1月7日金曜日
2022.01.07 わが友に贈る
若き力の育成こそ
"後継の襷"をつなぎ
盤石な未来を築く鍵だ。
わが地域の宝の人材と
広布の道を走り抜こう!
四条金吾殿御返事 P1192
『いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたるほくちに火をうちかくるがごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし』
【通解】
いかに日蓮が祈っても、あなた自身が不信ならば、濡れている火口(ほくち)に火を打ちかけるようなものである。勇んで強盛に信力を出しなさい。
名字の言 一瞬一瞬を大切に生きる 2022年1月7日
「日本のピカソ」ともいわれる洋画家・香月泰男の美術館(山口県長門市)を訪れた。画伯は第2次大戦後のシベリア抑留を経験した一人だ。極寒、飢餓、強制労働……。極限状態の中で九死に一生を得たゆえに、日々の時間を大切にした▼「一瞬一生」——自らの信念をそう表現した。この一瞬、このひと筆に一生を懸ける思いで生命を吹き込んだのだろう。油彩画、墨を使った素描画、「おもちゃ」と呼ばれるオブジェなど、一つ一つの作品に人を引き込む強い力を感じた▼ステージ4のがんを乗り越えた壮年が闘病体験を語っていた。一時は医師から「このままだとあと2カ月」と告げられた。だが彼には回復を信じ、祈り、寄り添う妻や娘がいた。勝利を待つ師や同志の存在があった▼"自分のことを、これほど思ってくれる人たちがいたのか"。感謝が込み上げ、一瞬一瞬を大切に生きようと誓った。病院や地域で出会った友に誠実を尽くし、一回一回の治療に真剣勝負の祈りで臨むうち、充実の毎日に変わった。がんとの壮絶な闘いを続け、克服する中で信仰の功力を確信した▼試練に直面した時、過去を悔いるのでも未来を憂えるのでもなく、「今、ここ」に全力を尽くす。その歩みの先に希望の光は差す。
寸鉄 2022年1月7日
「信心は年数ではない。勇気である」戸田先生。共に新たな勝利山を登攀
「我らが居住の山谷曠野、皆、皆常寂光の宝処なり」御書。使命の天地で輝け
苦しんだことのない者は弱い—哲学者。苦闘こそ人生の宝。"負けじ魂"で
変異株が各地で猛拡大。マスク着用、手洗い・嗽、換気…基本対策を再徹底
交通事故死が過去最少も高齢者の割合は最高と。前前の用心で絶対無事故
〈社説〉 2022・1・7 「デジタル化」と「人間革命」
◇"時代建設の主役"の誇りに燃え
近年、企業が市場で勝ち抜くには、「DX」の推進が不可欠ということが盛んに論じられるようになった。
「DX」とは、「デジタルトランスフォーメーション」の略称。デジタル技術の活用によって、組織やビジネスモデルを変革し、社会に新たな価値を創出しようとする取り組みを意味する。
例えば、大手の下着メーカーが電機メーカーと提携し、消費カロリーや心拍数などの生体情報を計測できる肌着を開発した。DXは、こうした異業種の連携によって、産業構造を変革する推進力になると期待されている。
2018年、経済産業省は「DXを推進しなければ、2025年以降、年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性がある」との見解を示した。昨年9月、政府はデジタル庁を設置したが、今年も社会のあらゆる分野で、デジタル化が加速することは間違いない。
現在、コロナ禍によって、オンラインでの会議やテレワークが広がりつつある。デジタル化は、働き方を変え、余暇の過ごし方に幅の広がりを持たせることにもなった。それは、"いかに生きるべきか"という古くて新しいテーマを、私たちに突き付けているといえよう。そうした根源的な問いに応えることこそ、宗教が果たすべき使命にほかならない。
「デジタル化が進んでいった、その先に訪れるのは、人間存在が問われ続ける社会ではないだろうか。人間が人間らしく生きていくことが可能な時代が到来するかもしれない」(『デジタル化時代の「人間の条件」』筑摩書房)との考察もある。「智者とは、世間の法より外に仏法を行わず」(新1968・全1466)との御文の重みが、いよいよ増している。
必要な情報にスムーズにアクセスできる一方、ネット空間での匿名による誹謗中傷が後を絶たないなど、デジタル社会は正負両面がある。技術を活用しながら、より良い未来を創造するために、人間を、より強く、より善く、より賢く——その力を持つ宗教こそ、時代の要請である。
日蓮仏法は、人間の内的な力を開花させる「人間革命の宗教」だ。私たちは、デジタル化が進む社会に、「人間革命」という精神を吹き込む時代建設の主役——この誇りを胸に、本年も仏法の哲理を堂々と語り抜こう。
☆池田先生と共に 新たな広布の勝利山へ 大いなる生命の翼を共々に 2022年1月4日
妙法を信受する我らは、大宇宙の運行の妙なるリズムに則り、一年一年、「心の財」を積みながら、「地涌の人華」を多彩に咲かせ、広げていくのだ。
これほど充実した福徳の年輪はない。
北極圏に近いアイスランドの同志からは、厳寒の中、オンラインで新年の集いを行い、異体同心で元気に出発したと報告を頂いた。
欧州では、年頭から36カ国を「心は一つ」と結んで、伝統の広布サミットも予定されている。
* *
「青年・飛躍」の鍵は何か。それは、祈りを根本にした慈愛であり、真心からの励ましではなかろうか。
御本仏・日蓮大聖人は、母鳥が卵を温めて孵化させ、雛鳥たちを飛翔させる営みを、仏の慈悲に譬えられた。
有名な御文がある。
鳥の卵から、くちばしや目ができて、やがて大空を翔るように、「我らも無明の卵にしてあさましき身なれども、南無妙法蓮華経の唱えの母にあたためられまいらせて、三十二相の觜出でて八十種好の鎧毛生いそろいて、実相真如の虚空にかけるべし」(新2068・全1443)と。
すなわち、題目の「唱えの母」に温められるならば、万人が必ず必ず仏の大境涯を開いていけるのだ。
どの生命も、永遠の幸福の大空へ羽ばたく翼を抱いている。その翼を、自他共に大きく広げ、限りなく鍛え上げていくのが、我らの人間革命なのである。
今、心の凍てつくような社会にあって、人を励まし、若き生命を育てる温もりが渇仰されている。
新生の女性部を中心に、題目の「唱えの母」という最極の熱と力を漲らせながら、創価の人材群を一段と高く高く飛躍させていきたい。
* *
箱根駅伝では、創大駅伝部が負けじ魂と団結の力走で、感動と勇気を送ってくれた。本当にありがとう!
明2023年には、マレーシアに中高一貫校「創価インターナショナルスクール・マレーシア(SISM)」が開校する予定である。その定礎式が2日に晴れやかに行われた。
青年こそ、人類の希望だ。
平和と人道に殉じられた牧口先生、戸田先生の創価教育の希望の襷は、今や地球社会の若き世界市民に受け継がれている。
さあ、新たな勝利山へ、共々に登攀を開始しよう!
"後継の襷"をつなぎ
盤石な未来を築く鍵だ。
わが地域の宝の人材と
広布の道を走り抜こう!
四条金吾殿御返事 P1192
『いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたるほくちに火をうちかくるがごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし』
【通解】
いかに日蓮が祈っても、あなた自身が不信ならば、濡れている火口(ほくち)に火を打ちかけるようなものである。勇んで強盛に信力を出しなさい。
名字の言 一瞬一瞬を大切に生きる 2022年1月7日
「日本のピカソ」ともいわれる洋画家・香月泰男の美術館(山口県長門市)を訪れた。画伯は第2次大戦後のシベリア抑留を経験した一人だ。極寒、飢餓、強制労働……。極限状態の中で九死に一生を得たゆえに、日々の時間を大切にした▼「一瞬一生」——自らの信念をそう表現した。この一瞬、このひと筆に一生を懸ける思いで生命を吹き込んだのだろう。油彩画、墨を使った素描画、「おもちゃ」と呼ばれるオブジェなど、一つ一つの作品に人を引き込む強い力を感じた▼ステージ4のがんを乗り越えた壮年が闘病体験を語っていた。一時は医師から「このままだとあと2カ月」と告げられた。だが彼には回復を信じ、祈り、寄り添う妻や娘がいた。勝利を待つ師や同志の存在があった▼"自分のことを、これほど思ってくれる人たちがいたのか"。感謝が込み上げ、一瞬一瞬を大切に生きようと誓った。病院や地域で出会った友に誠実を尽くし、一回一回の治療に真剣勝負の祈りで臨むうち、充実の毎日に変わった。がんとの壮絶な闘いを続け、克服する中で信仰の功力を確信した▼試練に直面した時、過去を悔いるのでも未来を憂えるのでもなく、「今、ここ」に全力を尽くす。その歩みの先に希望の光は差す。
寸鉄 2022年1月7日
「信心は年数ではない。勇気である」戸田先生。共に新たな勝利山を登攀
「我らが居住の山谷曠野、皆、皆常寂光の宝処なり」御書。使命の天地で輝け
苦しんだことのない者は弱い—哲学者。苦闘こそ人生の宝。"負けじ魂"で
変異株が各地で猛拡大。マスク着用、手洗い・嗽、換気…基本対策を再徹底
交通事故死が過去最少も高齢者の割合は最高と。前前の用心で絶対無事故
〈社説〉 2022・1・7 「デジタル化」と「人間革命」
◇"時代建設の主役"の誇りに燃え
近年、企業が市場で勝ち抜くには、「DX」の推進が不可欠ということが盛んに論じられるようになった。
「DX」とは、「デジタルトランスフォーメーション」の略称。デジタル技術の活用によって、組織やビジネスモデルを変革し、社会に新たな価値を創出しようとする取り組みを意味する。
例えば、大手の下着メーカーが電機メーカーと提携し、消費カロリーや心拍数などの生体情報を計測できる肌着を開発した。DXは、こうした異業種の連携によって、産業構造を変革する推進力になると期待されている。
2018年、経済産業省は「DXを推進しなければ、2025年以降、年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性がある」との見解を示した。昨年9月、政府はデジタル庁を設置したが、今年も社会のあらゆる分野で、デジタル化が加速することは間違いない。
現在、コロナ禍によって、オンラインでの会議やテレワークが広がりつつある。デジタル化は、働き方を変え、余暇の過ごし方に幅の広がりを持たせることにもなった。それは、"いかに生きるべきか"という古くて新しいテーマを、私たちに突き付けているといえよう。そうした根源的な問いに応えることこそ、宗教が果たすべき使命にほかならない。
「デジタル化が進んでいった、その先に訪れるのは、人間存在が問われ続ける社会ではないだろうか。人間が人間らしく生きていくことが可能な時代が到来するかもしれない」(『デジタル化時代の「人間の条件」』筑摩書房)との考察もある。「智者とは、世間の法より外に仏法を行わず」(新1968・全1466)との御文の重みが、いよいよ増している。
必要な情報にスムーズにアクセスできる一方、ネット空間での匿名による誹謗中傷が後を絶たないなど、デジタル社会は正負両面がある。技術を活用しながら、より良い未来を創造するために、人間を、より強く、より善く、より賢く——その力を持つ宗教こそ、時代の要請である。
日蓮仏法は、人間の内的な力を開花させる「人間革命の宗教」だ。私たちは、デジタル化が進む社会に、「人間革命」という精神を吹き込む時代建設の主役——この誇りを胸に、本年も仏法の哲理を堂々と語り抜こう。
☆池田先生と共に 新たな広布の勝利山へ 大いなる生命の翼を共々に 2022年1月4日
妙法を信受する我らは、大宇宙の運行の妙なるリズムに則り、一年一年、「心の財」を積みながら、「地涌の人華」を多彩に咲かせ、広げていくのだ。
これほど充実した福徳の年輪はない。
北極圏に近いアイスランドの同志からは、厳寒の中、オンラインで新年の集いを行い、異体同心で元気に出発したと報告を頂いた。
欧州では、年頭から36カ国を「心は一つ」と結んで、伝統の広布サミットも予定されている。
* *
「青年・飛躍」の鍵は何か。それは、祈りを根本にした慈愛であり、真心からの励ましではなかろうか。
御本仏・日蓮大聖人は、母鳥が卵を温めて孵化させ、雛鳥たちを飛翔させる営みを、仏の慈悲に譬えられた。
有名な御文がある。
鳥の卵から、くちばしや目ができて、やがて大空を翔るように、「我らも無明の卵にしてあさましき身なれども、南無妙法蓮華経の唱えの母にあたためられまいらせて、三十二相の觜出でて八十種好の鎧毛生いそろいて、実相真如の虚空にかけるべし」(新2068・全1443)と。
すなわち、題目の「唱えの母」に温められるならば、万人が必ず必ず仏の大境涯を開いていけるのだ。
どの生命も、永遠の幸福の大空へ羽ばたく翼を抱いている。その翼を、自他共に大きく広げ、限りなく鍛え上げていくのが、我らの人間革命なのである。
今、心の凍てつくような社会にあって、人を励まし、若き生命を育てる温もりが渇仰されている。
新生の女性部を中心に、題目の「唱えの母」という最極の熱と力を漲らせながら、創価の人材群を一段と高く高く飛躍させていきたい。
* *
箱根駅伝では、創大駅伝部が負けじ魂と団結の力走で、感動と勇気を送ってくれた。本当にありがとう!
明2023年には、マレーシアに中高一貫校「創価インターナショナルスクール・マレーシア(SISM)」が開校する予定である。その定礎式が2日に晴れやかに行われた。
青年こそ、人類の希望だ。
平和と人道に殉じられた牧口先生、戸田先生の創価教育の希望の襷は、今や地球社会の若き世界市民に受け継がれている。
さあ、新たな勝利山へ、共々に登攀を開始しよう!
2022年1月6日木曜日
2022.01.06 わが友に贈る
爽やかな挨拶が
皆の心を元気にする。
職場や地域の方々が
笑顔になる声掛けを!
瑞々しい生命力で!
同生同名御書 P1114
『石を珠といへども珠とならず珠を石といへども石とならず』
【通解】
石を珠と言っても、珠とはならない。珠を石と言っても、石とはならない。
名字の言 「ただ驀然にこの道を」——箏曲家・宮城道雄氏の生き方 2022年1月6日
正月によく耳にする箏と尺八による「春の海」。作曲した宮城道雄氏は、十七絃や八十絃などの新楽器の考案や洋楽を取り入れた箏曲の作品を発表するなど、邦楽の発展に多大な業績を残した▼氏は幼少期に失明した。音楽は、光を失い、絶望に沈む宮城少年の希望の灯となった。目が見えない以上、音の世界で生きる——箏の稽古を積み重ねる中で、そう決めた。氏は述べている。「ただ驀然にこの道を進んで往こう。その一念が私を今日あらしめてくれた」(『新編 春の海』岩波文庫)▼一人の人間の生命には、無限の可能性が秘められている。その力を発揮させるのが、「強靱な一念」だ。不退の覚悟を定めた人は強い。どんな苦難も自らを飛躍させる力に変えることができる▼池田先生はかつて、全盲の箏曲家の女性を励ました。「"信心の眼"を、"心の眼"を開いて、強く生き抜いていくんです。あなたがそうなれば、みんなが希望を、勇気を感じます」。師の励ましから半世紀以上が経過した今も、彼女は箏曲を通して、自分の縁する人に生きる勇気を届けている▼音楽を創造するのも、勝利の人生を切り開くのも「心」。自らが決めた使命の大道をまっしぐらに進む——この誓いを貫く一日一日でありたい。
寸鉄 2022年1月6日
「日本国に弘むるあいだ畏れなし」御書。勇気の一人から拡大のうねりが
創価班「師弟誓願の日」。寒風に胸張る若師子よ。堂々飛躍の年の先陣を!
妙法を唱える人は全てが変毒為薬される—恩師。共に勝利の劇綴る一年に
今年の新成人は120万人で過去最少と。益々青年に焦点を。真心の励ましで
朝晩の冷え込みが厳しい季節。外出時や入浴時の温度差に注意。油断なく
☆君も立て——若き日の挑戦に学ぶ 第12回「地区講義〈下〉」 教学は"生き抜く力""戦い抜く力"
【「若き日の日記」1952年(昭和27年)12月6日から】
この思想、宗教、仏法以外に、末法万年の闇は、照らし得ないのだ。
◇大聖人の心を拝する
神奈川・鶴見市場駅の改札を出た池田先生が、鶴見支部市場地区の「地区講義」の会場に向かったのは、1951年(昭和26年)9月7日夕刻のことだった。
同地区と、埼玉の志木支部川越地区。二つの地区講義の担当となった先生は、この日、市場地区で初の講義を行った。
会場は線路沿いの学会員宅。時折、電車の走る音が響く。
御書の発刊前であり、「大白蓮華」などを活用しながら、「治病大小権実違目」「妙一尼御前御返事」を真剣に学び合った。
この日以来、先生は、川越地区と並行しながら鶴見に足を運び、講義を重ねていくことになる。
地区講義では、まず、研さんを行う範囲の御文を拝読する。続いて、先生が2、3行ずつ区切り、当てられた青年部員が順番に読む。青年部員の拝読が終わるごとに、先生が解説を加えた。厳粛な雰囲気で、凝縮された"信心のエッセンス"を実感する講義だったという。
ある時は「佐渡御書」から「世間の浅き事には身命を失へども大事の仏法なんどには捨る事難し」(956ページ)の一節を拝し、「大聖人様が難を受けられている時、徹底的に戦っておられる時の御書は激しい」と語った。
またある時は、「大聖人は門下の弟子に何をおっしゃっているのか、その心を読みとらねばなりません」と、御書と向き合う姿勢について教えた。
市場地区の御書講義で、参加者にとって印象的だったのが、講師としての振る舞いだった。先生は会場にいち早く到着し、集ってくる参加者を温かく迎えた。
講義の後、青年部に「きょうはよく読めたね」と励ましを送り、気さくな語らいも弾んだ。"真剣な御書講義"と、講義の前後での心を結ぶ"双方向の語らい"——そのリズムが、皆の求道の炎を燃え上がらせていったのである。
【講義を行う際の姿勢】
一、熟読すること。
二、明確に、解釈すること。
三、理論的であること。必ず、体験を通し、幅広く講義をなすこと。
〜「若き日の日記」1955年(昭和30年)11月5日から〜
◇末法の功徳は冥益
戸田先生は、御書講義を行う講義部員に対し、「威張ってはいけない。大聖人の仏法の講義をさせていただけること、そして皆が講義を聴いてくれることに感謝しなさい」と訴えている。
教学の研さんにあって、教える側・教わる側に上下関係などない。御書を通して共に信心を深めゆく同志である。
池田先生は、鶴見の講義に臨み、講師としての思いを記している。
「夜、鶴見に講義。講義のたび毎に思う、勉強せねばならぬと」(『若き日の日記』、1954年5月19日)
「力一杯、頑張る。もっと成長せねば、受講者に申しわけないと思いつつ帰る。実力。常に実力を養い、実力を持つことだ」(同、同年7月8日)
戦後間もない時代にあって、満足な教育を受けられず、文字を読んだり書いたりするのが苦手な受講者も多かったが、先生の講義を通じ、一人一人が御書研さんの喜びに燃えていった。
質問会も活発に行われ、それは時に1時間以上に及んだ。「夕刻、鶴見市場の講義。『立正安国論』第四段終了。九時三十分より、十一時まで、質問会をS宅で続行」(同、53年11月10日)
受け身ではなく、自らが仏法を求め、学び行じゆく実践。そこには、既成仏教の「僧侶」と「檀家」という関係では成し得なかった、民衆仏法による"新たな教学運動"の光景が生き生きと広がっていたのである。
地区講義の前年の1950年(昭和25年)から、先生は仕事の関係で鶴見を頻繁に訪れていた。空いた時間には、鶴見の会員のもとを訪ね、激励を重ねた。
先生を囲んでの自然発生的なミニ座談会が鶴見のあちこちで開かれ、拡大の勢いは加速。51年(同26年)4月20日付の本紙創刊号には、「聖火鶴見に炎上」との見出しが躍り、戸田先生の第2代会長就任前の上げ潮をつくった。
地区講義がスタートした後も、池田先生は激務の合間を縫って、鶴見の同志に渾身の励ましを送った。
11月、ある夫妻宅を訪問。夫が病を抱え、経済苦にあえぐ中、夫人は先生に窮状を訴えた。
「この貧乏はいつまで続くんですか」
先生は包み込むように答えた。
「末法の功徳は冥益です」
そして、冥益の意味を教えながら、必ず幸福の境涯になるとの確信を語った。
この時、先生自身が病を抱えていた。経済的な苦境も重なり、寒い冬にあって、オーバーさえ着られない状況だった。それでも先生は、翌月、翌々月と夫妻宅を訪れ、激励を続けた。
そこで先生は手帳を広げ、書き留めてあった御書の一節を拝した。
「四条金吾殿御返事」の「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや」(1143ページ)である。
「苦しい時も、功徳をいただいて嬉しい時も、題目を唱えていきましょう。『あに自受法楽にあらずや』というのは、題目をあげた人のみが味わう生命の喜びのことです」
池田先生の、御書を通した真心の励ましに奮い立った夫妻は、"題目の闘争"を猛然と開始した。そして、宿命転換のドラマを紡いでいったのである。
◇最前線に勇気を!
地区講義を担当する池田先生の、さらなる大きな挑戦。それは、最前線から広布の突破口を開くことだった。
1951年(昭和26年)8月末、戸田先生は、川越地区の講師を池田先生に命じた際、こう語った。
「地区という小さな単位ではあっても、そこから、学会全体へと信心の炎は燃え広がっていく」
翌月、川越地区と市場地区の担当として初めて講義を行った時、先生は蒲田支部大森地区の地区委員(後の地区部長)だった。さらに、男子部では最前線の班長を兼務し、まさに最前線に身を置き、拡大に奔走していた。
地区講義のために移動する電車の中では、寸暇を惜しんで自身の地区・班のメンバーに、はがきを書いた。
地区講義を続けていた52年(同27年)2月には、蒲田支部の支部幹事として、「組」(後のブロック)に焦点を当て、1カ月間で支部201世帯という拡大の金字塔を打ち立てる。
市場地区は、先生の講義によって大きく発展した。蒲田支部所属の地区と"日本一"の弘教を競うようになった。鶴見支部自体も、蒲田支部の拡大に次ぐまでに飛躍を遂げた。
さらに、川越地区と市場地区での地区講義の戦いは、埼玉、神奈川といった首都圏に、広布の基盤を築き上げる原動力となったのである。
「行学の二道をはげみ候べし」(御書1361ページ)とある通り、行と学が両輪として働いてこそ、正しい仏道修行となる。先生の教学運動は、社会から隔絶されたものではなく、広布の戦いの真っただ中で展開された"最前線に勇気を送る教学"だった。
「御書の拝読は、人間革命であった。御書の拝読は、信心を無限に深めていく原動力であった。ここでいう教学とは、観念の教学ではない」——先生は、こう強調し、次のように述べている。
「大聖人の教学とは、生き抜く力、戦い抜く力、広宣流布への力となってゆく教学であった。その教学は、自身の血肉となって、あらゆる現実の人生と戦い進む、社会にあって断じて勝つための教学であり、大哲学であったのだ」
創価三代の師匠が、不惜身命の闘争で示し抜いた「御書根本」の実践。日蓮大聖人に直結する求道の連帯は今、日本だけでなく、世界中に広がっている。
皆の心を元気にする。
職場や地域の方々が
笑顔になる声掛けを!
瑞々しい生命力で!
同生同名御書 P1114
『石を珠といへども珠とならず珠を石といへども石とならず』
【通解】
石を珠と言っても、珠とはならない。珠を石と言っても、石とはならない。
名字の言 「ただ驀然にこの道を」——箏曲家・宮城道雄氏の生き方 2022年1月6日
正月によく耳にする箏と尺八による「春の海」。作曲した宮城道雄氏は、十七絃や八十絃などの新楽器の考案や洋楽を取り入れた箏曲の作品を発表するなど、邦楽の発展に多大な業績を残した▼氏は幼少期に失明した。音楽は、光を失い、絶望に沈む宮城少年の希望の灯となった。目が見えない以上、音の世界で生きる——箏の稽古を積み重ねる中で、そう決めた。氏は述べている。「ただ驀然にこの道を進んで往こう。その一念が私を今日あらしめてくれた」(『新編 春の海』岩波文庫)▼一人の人間の生命には、無限の可能性が秘められている。その力を発揮させるのが、「強靱な一念」だ。不退の覚悟を定めた人は強い。どんな苦難も自らを飛躍させる力に変えることができる▼池田先生はかつて、全盲の箏曲家の女性を励ました。「"信心の眼"を、"心の眼"を開いて、強く生き抜いていくんです。あなたがそうなれば、みんなが希望を、勇気を感じます」。師の励ましから半世紀以上が経過した今も、彼女は箏曲を通して、自分の縁する人に生きる勇気を届けている▼音楽を創造するのも、勝利の人生を切り開くのも「心」。自らが決めた使命の大道をまっしぐらに進む——この誓いを貫く一日一日でありたい。
寸鉄 2022年1月6日
「日本国に弘むるあいだ畏れなし」御書。勇気の一人から拡大のうねりが
創価班「師弟誓願の日」。寒風に胸張る若師子よ。堂々飛躍の年の先陣を!
妙法を唱える人は全てが変毒為薬される—恩師。共に勝利の劇綴る一年に
今年の新成人は120万人で過去最少と。益々青年に焦点を。真心の励ましで
朝晩の冷え込みが厳しい季節。外出時や入浴時の温度差に注意。油断なく
☆君も立て——若き日の挑戦に学ぶ 第12回「地区講義〈下〉」 教学は"生き抜く力""戦い抜く力"
【「若き日の日記」1952年(昭和27年)12月6日から】
この思想、宗教、仏法以外に、末法万年の闇は、照らし得ないのだ。
◇大聖人の心を拝する
神奈川・鶴見市場駅の改札を出た池田先生が、鶴見支部市場地区の「地区講義」の会場に向かったのは、1951年(昭和26年)9月7日夕刻のことだった。
同地区と、埼玉の志木支部川越地区。二つの地区講義の担当となった先生は、この日、市場地区で初の講義を行った。
会場は線路沿いの学会員宅。時折、電車の走る音が響く。
御書の発刊前であり、「大白蓮華」などを活用しながら、「治病大小権実違目」「妙一尼御前御返事」を真剣に学び合った。
この日以来、先生は、川越地区と並行しながら鶴見に足を運び、講義を重ねていくことになる。
地区講義では、まず、研さんを行う範囲の御文を拝読する。続いて、先生が2、3行ずつ区切り、当てられた青年部員が順番に読む。青年部員の拝読が終わるごとに、先生が解説を加えた。厳粛な雰囲気で、凝縮された"信心のエッセンス"を実感する講義だったという。
ある時は「佐渡御書」から「世間の浅き事には身命を失へども大事の仏法なんどには捨る事難し」(956ページ)の一節を拝し、「大聖人様が難を受けられている時、徹底的に戦っておられる時の御書は激しい」と語った。
またある時は、「大聖人は門下の弟子に何をおっしゃっているのか、その心を読みとらねばなりません」と、御書と向き合う姿勢について教えた。
市場地区の御書講義で、参加者にとって印象的だったのが、講師としての振る舞いだった。先生は会場にいち早く到着し、集ってくる参加者を温かく迎えた。
講義の後、青年部に「きょうはよく読めたね」と励ましを送り、気さくな語らいも弾んだ。"真剣な御書講義"と、講義の前後での心を結ぶ"双方向の語らい"——そのリズムが、皆の求道の炎を燃え上がらせていったのである。
【講義を行う際の姿勢】
一、熟読すること。
二、明確に、解釈すること。
三、理論的であること。必ず、体験を通し、幅広く講義をなすこと。
〜「若き日の日記」1955年(昭和30年)11月5日から〜
◇末法の功徳は冥益
戸田先生は、御書講義を行う講義部員に対し、「威張ってはいけない。大聖人の仏法の講義をさせていただけること、そして皆が講義を聴いてくれることに感謝しなさい」と訴えている。
教学の研さんにあって、教える側・教わる側に上下関係などない。御書を通して共に信心を深めゆく同志である。
池田先生は、鶴見の講義に臨み、講師としての思いを記している。
「夜、鶴見に講義。講義のたび毎に思う、勉強せねばならぬと」(『若き日の日記』、1954年5月19日)
「力一杯、頑張る。もっと成長せねば、受講者に申しわけないと思いつつ帰る。実力。常に実力を養い、実力を持つことだ」(同、同年7月8日)
戦後間もない時代にあって、満足な教育を受けられず、文字を読んだり書いたりするのが苦手な受講者も多かったが、先生の講義を通じ、一人一人が御書研さんの喜びに燃えていった。
質問会も活発に行われ、それは時に1時間以上に及んだ。「夕刻、鶴見市場の講義。『立正安国論』第四段終了。九時三十分より、十一時まで、質問会をS宅で続行」(同、53年11月10日)
受け身ではなく、自らが仏法を求め、学び行じゆく実践。そこには、既成仏教の「僧侶」と「檀家」という関係では成し得なかった、民衆仏法による"新たな教学運動"の光景が生き生きと広がっていたのである。
地区講義の前年の1950年(昭和25年)から、先生は仕事の関係で鶴見を頻繁に訪れていた。空いた時間には、鶴見の会員のもとを訪ね、激励を重ねた。
先生を囲んでの自然発生的なミニ座談会が鶴見のあちこちで開かれ、拡大の勢いは加速。51年(同26年)4月20日付の本紙創刊号には、「聖火鶴見に炎上」との見出しが躍り、戸田先生の第2代会長就任前の上げ潮をつくった。
地区講義がスタートした後も、池田先生は激務の合間を縫って、鶴見の同志に渾身の励ましを送った。
11月、ある夫妻宅を訪問。夫が病を抱え、経済苦にあえぐ中、夫人は先生に窮状を訴えた。
「この貧乏はいつまで続くんですか」
先生は包み込むように答えた。
「末法の功徳は冥益です」
そして、冥益の意味を教えながら、必ず幸福の境涯になるとの確信を語った。
この時、先生自身が病を抱えていた。経済的な苦境も重なり、寒い冬にあって、オーバーさえ着られない状況だった。それでも先生は、翌月、翌々月と夫妻宅を訪れ、激励を続けた。
そこで先生は手帳を広げ、書き留めてあった御書の一節を拝した。
「四条金吾殿御返事」の「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや」(1143ページ)である。
「苦しい時も、功徳をいただいて嬉しい時も、題目を唱えていきましょう。『あに自受法楽にあらずや』というのは、題目をあげた人のみが味わう生命の喜びのことです」
池田先生の、御書を通した真心の励ましに奮い立った夫妻は、"題目の闘争"を猛然と開始した。そして、宿命転換のドラマを紡いでいったのである。
◇最前線に勇気を!
地区講義を担当する池田先生の、さらなる大きな挑戦。それは、最前線から広布の突破口を開くことだった。
1951年(昭和26年)8月末、戸田先生は、川越地区の講師を池田先生に命じた際、こう語った。
「地区という小さな単位ではあっても、そこから、学会全体へと信心の炎は燃え広がっていく」
翌月、川越地区と市場地区の担当として初めて講義を行った時、先生は蒲田支部大森地区の地区委員(後の地区部長)だった。さらに、男子部では最前線の班長を兼務し、まさに最前線に身を置き、拡大に奔走していた。
地区講義のために移動する電車の中では、寸暇を惜しんで自身の地区・班のメンバーに、はがきを書いた。
地区講義を続けていた52年(同27年)2月には、蒲田支部の支部幹事として、「組」(後のブロック)に焦点を当て、1カ月間で支部201世帯という拡大の金字塔を打ち立てる。
市場地区は、先生の講義によって大きく発展した。蒲田支部所属の地区と"日本一"の弘教を競うようになった。鶴見支部自体も、蒲田支部の拡大に次ぐまでに飛躍を遂げた。
さらに、川越地区と市場地区での地区講義の戦いは、埼玉、神奈川といった首都圏に、広布の基盤を築き上げる原動力となったのである。
「行学の二道をはげみ候べし」(御書1361ページ)とある通り、行と学が両輪として働いてこそ、正しい仏道修行となる。先生の教学運動は、社会から隔絶されたものではなく、広布の戦いの真っただ中で展開された"最前線に勇気を送る教学"だった。
「御書の拝読は、人間革命であった。御書の拝読は、信心を無限に深めていく原動力であった。ここでいう教学とは、観念の教学ではない」——先生は、こう強調し、次のように述べている。
「大聖人の教学とは、生き抜く力、戦い抜く力、広宣流布への力となってゆく教学であった。その教学は、自身の血肉となって、あらゆる現実の人生と戦い進む、社会にあって断じて勝つための教学であり、大哲学であったのだ」
創価三代の師匠が、不惜身命の闘争で示し抜いた「御書根本」の実践。日蓮大聖人に直結する求道の連帯は今、日本だけでなく、世界中に広がっている。
2022年1月5日水曜日
2022.01.05 わが友に贈る
新年の号砲は鳴った。
「決意即行動」で
挑戦を開始しよう!
率先垂範の勢いが
栄光への偉大な力に!
星名五郎太郎殿御返事 P1209
『今此の善導法然等は種種の威を現じて愚癡の道俗をたぶらかし如来の正法を滅す』
【通解】
今この(念仏の)善導や法然らは、種々、人を恐れ従わせる不思議な力を現して、道理に暗い愚かな道俗をたぶらかし、如来の正法を滅する。
名字の言 わが最高峰に挑む1年に 2022年1月5日
「睦月」は1月の異称。友と仲むつまじく年始のあいさつを交わし、清新な決意で1年を出発した人も多いことだろう▼ある年の正月、日蓮大聖人は門下にお手紙をしたためられた。冒頭に「新春を迎えた喜びは、お互いにめでたい限りである。めでたい限りである」(新1363・全1002、通解)と記された後、力強く宣言された。「そもそも俗世間も、真実の世界である仏法においても勝負が肝要であり、世間も仏法も勝劣を決することを最も大切とする」(同)と▼「仏法は勝負」である。では何に勝つのか。その究極は「自分自身に」であろう。そして、その勝負に挑むのは誰か。これも「自分自身が」である▼池田先生は語る。「わが最高峰に挑み、自分自身が勝利する。これが、信仰の目的である。人生の正しい勝利の姿である。人間が人間として勝利した姿である」と▼「利のやつこ 位のやつこ 多き世に 我は我身のあるじなりけり」(佐佐木信綱)。目先の利益や地位に振り回される奴(=自由をなくした人)になることなく、自分自身に生き抜く気高い生涯の在り方を教えるのが仏法である。この世で最も仲むつまじい連帯である"創価の世界"で自分らしく奮闘し、勝ち飾る1年を。
寸鉄 2022年1月5日
「ひとえにおもい切って申し始め」御書。さあ師子の心で対話拡大の一波を
本年は「二月闘争」70周年"明確な目標"が勝利への第一歩。皆で共有し飛躍
「真の生命尊厳の思想は仏法しかない」戸田先生。広宣流布は平和への大道
厚着での補助座席利用はベルトが緩む危険あり。確実に固定し幼子守ろう
社会は「脱炭素元年」と。官民の取り組み加速へ。日常での意識変革も更に
〈社説〉 2022・1・5 人類貢献の一年を出発
◇「社会憲章」の理念胸に
人類は今、大きな危機、岐路にあるとは多くの人が共有する認識だろう。
国連のグテーレス事務総長は新年に寄せたメッセージで、世界は「道徳上の試練」に直面していると危機感を募らせた。
深刻化する貧困と不平等、不十分な気候変動対策、新型コロナウイルス感染症のワクチンの不公平な分配などを念頭に置いたものだ。
地球の存続を懸けて掲げられたSDGs(持続可能な開発目標)も、コロナ禍によって、期限である2030年までの達成は一層厳しいとの予測がなされている。地球と人類の存続が危ぶまれているのだ。
折しも本年は「かけがえのない地球」がうたわれた国連人間環境会議から50年。"今さえ、自分さえよければ"といった態度を脱却し、国境を超えた連帯と次世代に対する責任感を育む倫理・道徳の挑戦が焦点になっている。
学会は昨年、「SGI憲章」を改定し、「創価学会社会憲章」を制定した。
憲章には、仏法の生命尊厳観を基調に平和・文化・教育に貢献すること、「世界市民の理念」「積極的寛容の精神」「人間の尊厳の尊重」が高く掲げられ、「非暴力と"平和の文化"に立脚し、人類が直面する脅威に挑みゆく」決意が表明されている。
各国・地域のメンバーは、仏法者の果たすべき社会的使命として同憲章を捉え、家庭、地域、職場などそれぞれの場所で、この理念を実践に移す努力を重ねていく。
先のメッセージでグテーレス事務総長は、2022年を「あらゆる人々にとっての復興の年」にと私たちが決意することができるなら、現下の試練の克服は可能であると訴えた。
誰も置き去りにされることのない社会の建設へ、創価の悲願である"地球上から悲惨をなくす"との誓いを胸に、人類貢献の一年を出発したい。
仏法が説く生命尊厳の哲学、そして学会員が貫く"他人の不幸の上に自らの幸福を築くことはしない"との生き方を広げていくことが、そうした社会を実現する直道である。
本年は、イギリスの歴史家トインビー博士と池田先生の対談開始から50周年。博士はかつて、究極において歴史をつくるのは目を引く事件ではなく、「水底のゆるやかな動き」であるとの比喩を用いた。
一人一人の生命の変革を通し、地道にして着実な平和の潮流を生み出す創価の対話運動を、本年も誇り高く進めていきたい。
☆新年の御書 四信五品抄
『請う、国中の諸人、我が末弟等を軽んずることなかれ。進んで過去を尋ぬれば、八十万億劫供養せし大菩薩なり。あに熙連一恒の者にあらずや。退いて未来を論ずれば、八十年の布施に超過して五十の功徳を備うべし。天子の襁褓に纏われ、大竜の始めて生ずるがごとし。蔑如することなかれ、蔑如することなかれ。』(新270・全342)
◇拝読の手引き
妙法を唱え、広布に生きる人は、最高に尊貴な存在なのです——。
本抄は、下総国(現在の千葉県北部などの地域)の門下・富木常忍に与えられました。日蓮大聖人の力強い励ましに、どれほど歓喜したことでしょう。
同抄では、末法において妙法を信受する人について、過去世で極めて長い間、仏を供養した大菩薩であり、その功徳は、無数の人々に無量の布施をする功徳よりも、想像もつかないほど大きいと仰せです。
偉大な妙法を受持して、広布の師匠と共に、地涌の使命に生き抜く。その人は、まさに産着に包まれた皇帝の子どもが、やがて必ず偉大な皇帝となるように、成仏の軌道を歩み、大功徳を受けていくことが決まっているのです。
私たちは、いや増して若々しい「青年の心」で、さらなる境涯の高みへ飛躍するべく、広宣の使命を胸に、妙法流布の大誓願を貫いていきましょう。
☆1月度座談会拝読御書 持妙法華問答抄
◇御文
『寂光の都ならずば、いずくも皆苦なるべし。本覚の栖を離れて、何事か楽しみなるべき。
願わくは、「現世安穏、後生善処」の妙法を持つのみこそ、ただ今生の名聞、後世の弄引なるべけれ。すべからく、心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱え他をも勧めんのみこそ、今生人界の思い出なるべき。』(御書新版519ページ2行目〜6行目、御書全集467ページ16行目〜18行目)
◇[池田先生の指針から]弘教の行動に信心は凝縮
苦悩の渦巻く悪世の社会である。しかし、この現実の場所を離れて、仏の国土はどこにもない。
ゆえに、日々どこまでも題目を唱え抜きながら、自らの生命の仏界を涌現し、勇気凜々と眼前の環境を切り開いていくのだ。希望の方へ、成長の方へ、団結の方へ、さらに勝利の方へ、変えていくのだ。
そして人間の一念の偉大さを、「今ここ」で、断固と証明していくのである。(『随筆 幸福の大道』)
◇ ◇ ◇
折伏は、御書に仰せ通りの如説修行であり、"難事中の難事"である。(中略)
たとえ、思うような結果が出なくとも、くよくよする必要は全くない。
私も同じであった。どうすれば思いが伝わるのか、相手の心に届くのか——その繰り返しだった。
誠意を尽くして書いた友への手紙が、全部、送り返されてきたこともあった。唇を噛んだ悔しさ、悲しさも、今は懐かしい。
「心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき」(全467・新519)との仰せは、人生の年輪とともに深く強く拝される。
祈って動いた一日一日は、もがくような葛藤でさえも、すべて自分自身を鍛える、最高の生命錬磨である。胸中に燦然と輝く"信心の土台"となる。(『随筆 対話の大道』)
◇ ◇ ◇
妙法を唱え弘める実践は、相手を幸福の軌道に導くことはもちろん、自分自身も福徳に包まれ、自他共に幸せになる直道です。弘教の行動には、仏道修行の一切が余すことなく含まれ、信心が凝縮されています。(2020年2月号「大白蓮華」〈世界を照らす太陽の仏法〉)
◇広布に生き抜き 永遠の幸福境涯を
[キーワード�]寂光の都
拝読御文の直前には、法華経譬喩品に説かれる「三界は安きことなし、なお火宅のごとし」との経文が引用されています。"三界、すなわち現実世界は煩悩の業火が燃え盛る苦悩の世界である"との法華経の教えを踏まえた上で、日蓮大聖人は「寂光の都」「本覚の栖」を離れて真の幸福はないと述べられています。
「寂光の都」とは、仏が住む清浄な国土のことです。また、「本覚の栖」とは、仏の悟りの境地を意味します。
法華経以外の権大乗教には、阿弥陀仏など、現実を離れた別の国土に住むとされた仏が説かれています。ゆえに、そうした仏の救いを求めようとすれば、苦悩の現実を離れてその仏の国土に行くしかありません。
これに対して、法華経如来寿量品の仏は、別の国土ではなく、まさにこの娑婆世界(=苦悩が充満する現実世界)で説法教化し続けると説かれています。
大聖人は、「我らが居住して一乗を修行せんの処は、いずれの処にても候え、常寂光の都なるべし」(新1784・全1343)と仰せです。
仏国土といっても、どこか遠く離れた別のところにあるのではありません。
どこまでもこの現実世界にあって、信心根本に自らの生命の仏界を涌現し、環境を切り開いていくことで、自分の今いる場所を、最高の常寂光土と輝かせていくことができる——。これが、日蓮仏法の「娑婆即寂光」の法理なのです。
[キーワード�]今生人界の思い出
本抄の結びで日蓮大聖人は、広布に生き抜くことこそ、わが一生を飾る最高の「思い出」となることを示され、「自行化他」の信心に励む大切さを教えられています。
「自行」とは、自分自身が妙法の利益を得るための修行であり、具体的には「勤行・唱題」です。大聖人が顕された御本尊を信心根本に拝することで、大聖人と同じ仏の境涯を、わが身に開くことができます。
また、「化他」とは、周囲の人々に妙法を伝える「折伏・弘教」のことです。私たちが日々、広布のために励んでいる学会活動も、まさに「化他」になります。この「自行化他」の実践を重ねていくことで、自身の胸中に揺るぎない幸福境涯を確立していくことができるのです。
人間として生まれ、妙法に巡り合い、広布の大偉業に連なって、自他共の仏性を開いていく——。人として、これ以上に尊い生き方はありません。
なかんずく、世界192カ国・地域に妙法を弘めるという、仏教史上、未聞の壮挙を成し遂げてきた創価学会に連なり、稀有の師匠と共に戦えることほど、歓喜に満ちた誉れの人生はないでしょう。
拝読御文には「心を一にして」とあります。
まず自らが一心に法を求め抜き、勇気を出して、友人に心を込めて信心の確信を語る。そこに、世界広布の確かな前進もあります。
真剣な祈りで一念を定め、あの友この友に仏法を語り広げながら、喜びあふれる「今生人界の思い出」のドラマをつづっていきましょう。
「決意即行動」で
挑戦を開始しよう!
率先垂範の勢いが
栄光への偉大な力に!
星名五郎太郎殿御返事 P1209
『今此の善導法然等は種種の威を現じて愚癡の道俗をたぶらかし如来の正法を滅す』
【通解】
今この(念仏の)善導や法然らは、種々、人を恐れ従わせる不思議な力を現して、道理に暗い愚かな道俗をたぶらかし、如来の正法を滅する。
名字の言 わが最高峰に挑む1年に 2022年1月5日
「睦月」は1月の異称。友と仲むつまじく年始のあいさつを交わし、清新な決意で1年を出発した人も多いことだろう▼ある年の正月、日蓮大聖人は門下にお手紙をしたためられた。冒頭に「新春を迎えた喜びは、お互いにめでたい限りである。めでたい限りである」(新1363・全1002、通解)と記された後、力強く宣言された。「そもそも俗世間も、真実の世界である仏法においても勝負が肝要であり、世間も仏法も勝劣を決することを最も大切とする」(同)と▼「仏法は勝負」である。では何に勝つのか。その究極は「自分自身に」であろう。そして、その勝負に挑むのは誰か。これも「自分自身が」である▼池田先生は語る。「わが最高峰に挑み、自分自身が勝利する。これが、信仰の目的である。人生の正しい勝利の姿である。人間が人間として勝利した姿である」と▼「利のやつこ 位のやつこ 多き世に 我は我身のあるじなりけり」(佐佐木信綱)。目先の利益や地位に振り回される奴(=自由をなくした人)になることなく、自分自身に生き抜く気高い生涯の在り方を教えるのが仏法である。この世で最も仲むつまじい連帯である"創価の世界"で自分らしく奮闘し、勝ち飾る1年を。
寸鉄 2022年1月5日
「ひとえにおもい切って申し始め」御書。さあ師子の心で対話拡大の一波を
本年は「二月闘争」70周年"明確な目標"が勝利への第一歩。皆で共有し飛躍
「真の生命尊厳の思想は仏法しかない」戸田先生。広宣流布は平和への大道
厚着での補助座席利用はベルトが緩む危険あり。確実に固定し幼子守ろう
社会は「脱炭素元年」と。官民の取り組み加速へ。日常での意識変革も更に
〈社説〉 2022・1・5 人類貢献の一年を出発
◇「社会憲章」の理念胸に
人類は今、大きな危機、岐路にあるとは多くの人が共有する認識だろう。
国連のグテーレス事務総長は新年に寄せたメッセージで、世界は「道徳上の試練」に直面していると危機感を募らせた。
深刻化する貧困と不平等、不十分な気候変動対策、新型コロナウイルス感染症のワクチンの不公平な分配などを念頭に置いたものだ。
地球の存続を懸けて掲げられたSDGs(持続可能な開発目標)も、コロナ禍によって、期限である2030年までの達成は一層厳しいとの予測がなされている。地球と人類の存続が危ぶまれているのだ。
折しも本年は「かけがえのない地球」がうたわれた国連人間環境会議から50年。"今さえ、自分さえよければ"といった態度を脱却し、国境を超えた連帯と次世代に対する責任感を育む倫理・道徳の挑戦が焦点になっている。
学会は昨年、「SGI憲章」を改定し、「創価学会社会憲章」を制定した。
憲章には、仏法の生命尊厳観を基調に平和・文化・教育に貢献すること、「世界市民の理念」「積極的寛容の精神」「人間の尊厳の尊重」が高く掲げられ、「非暴力と"平和の文化"に立脚し、人類が直面する脅威に挑みゆく」決意が表明されている。
各国・地域のメンバーは、仏法者の果たすべき社会的使命として同憲章を捉え、家庭、地域、職場などそれぞれの場所で、この理念を実践に移す努力を重ねていく。
先のメッセージでグテーレス事務総長は、2022年を「あらゆる人々にとっての復興の年」にと私たちが決意することができるなら、現下の試練の克服は可能であると訴えた。
誰も置き去りにされることのない社会の建設へ、創価の悲願である"地球上から悲惨をなくす"との誓いを胸に、人類貢献の一年を出発したい。
仏法が説く生命尊厳の哲学、そして学会員が貫く"他人の不幸の上に自らの幸福を築くことはしない"との生き方を広げていくことが、そうした社会を実現する直道である。
本年は、イギリスの歴史家トインビー博士と池田先生の対談開始から50周年。博士はかつて、究極において歴史をつくるのは目を引く事件ではなく、「水底のゆるやかな動き」であるとの比喩を用いた。
一人一人の生命の変革を通し、地道にして着実な平和の潮流を生み出す創価の対話運動を、本年も誇り高く進めていきたい。
☆新年の御書 四信五品抄
『請う、国中の諸人、我が末弟等を軽んずることなかれ。進んで過去を尋ぬれば、八十万億劫供養せし大菩薩なり。あに熙連一恒の者にあらずや。退いて未来を論ずれば、八十年の布施に超過して五十の功徳を備うべし。天子の襁褓に纏われ、大竜の始めて生ずるがごとし。蔑如することなかれ、蔑如することなかれ。』(新270・全342)
◇拝読の手引き
妙法を唱え、広布に生きる人は、最高に尊貴な存在なのです——。
本抄は、下総国(現在の千葉県北部などの地域)の門下・富木常忍に与えられました。日蓮大聖人の力強い励ましに、どれほど歓喜したことでしょう。
同抄では、末法において妙法を信受する人について、過去世で極めて長い間、仏を供養した大菩薩であり、その功徳は、無数の人々に無量の布施をする功徳よりも、想像もつかないほど大きいと仰せです。
偉大な妙法を受持して、広布の師匠と共に、地涌の使命に生き抜く。その人は、まさに産着に包まれた皇帝の子どもが、やがて必ず偉大な皇帝となるように、成仏の軌道を歩み、大功徳を受けていくことが決まっているのです。
私たちは、いや増して若々しい「青年の心」で、さらなる境涯の高みへ飛躍するべく、広宣の使命を胸に、妙法流布の大誓願を貫いていきましょう。
☆1月度座談会拝読御書 持妙法華問答抄
◇御文
『寂光の都ならずば、いずくも皆苦なるべし。本覚の栖を離れて、何事か楽しみなるべき。
願わくは、「現世安穏、後生善処」の妙法を持つのみこそ、ただ今生の名聞、後世の弄引なるべけれ。すべからく、心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱え他をも勧めんのみこそ、今生人界の思い出なるべき。』(御書新版519ページ2行目〜6行目、御書全集467ページ16行目〜18行目)
◇[池田先生の指針から]弘教の行動に信心は凝縮
苦悩の渦巻く悪世の社会である。しかし、この現実の場所を離れて、仏の国土はどこにもない。
ゆえに、日々どこまでも題目を唱え抜きながら、自らの生命の仏界を涌現し、勇気凜々と眼前の環境を切り開いていくのだ。希望の方へ、成長の方へ、団結の方へ、さらに勝利の方へ、変えていくのだ。
そして人間の一念の偉大さを、「今ここ」で、断固と証明していくのである。(『随筆 幸福の大道』)
◇ ◇ ◇
折伏は、御書に仰せ通りの如説修行であり、"難事中の難事"である。(中略)
たとえ、思うような結果が出なくとも、くよくよする必要は全くない。
私も同じであった。どうすれば思いが伝わるのか、相手の心に届くのか——その繰り返しだった。
誠意を尽くして書いた友への手紙が、全部、送り返されてきたこともあった。唇を噛んだ悔しさ、悲しさも、今は懐かしい。
「心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき」(全467・新519)との仰せは、人生の年輪とともに深く強く拝される。
祈って動いた一日一日は、もがくような葛藤でさえも、すべて自分自身を鍛える、最高の生命錬磨である。胸中に燦然と輝く"信心の土台"となる。(『随筆 対話の大道』)
◇ ◇ ◇
妙法を唱え弘める実践は、相手を幸福の軌道に導くことはもちろん、自分自身も福徳に包まれ、自他共に幸せになる直道です。弘教の行動には、仏道修行の一切が余すことなく含まれ、信心が凝縮されています。(2020年2月号「大白蓮華」〈世界を照らす太陽の仏法〉)
◇広布に生き抜き 永遠の幸福境涯を
[キーワード�]寂光の都
拝読御文の直前には、法華経譬喩品に説かれる「三界は安きことなし、なお火宅のごとし」との経文が引用されています。"三界、すなわち現実世界は煩悩の業火が燃え盛る苦悩の世界である"との法華経の教えを踏まえた上で、日蓮大聖人は「寂光の都」「本覚の栖」を離れて真の幸福はないと述べられています。
「寂光の都」とは、仏が住む清浄な国土のことです。また、「本覚の栖」とは、仏の悟りの境地を意味します。
法華経以外の権大乗教には、阿弥陀仏など、現実を離れた別の国土に住むとされた仏が説かれています。ゆえに、そうした仏の救いを求めようとすれば、苦悩の現実を離れてその仏の国土に行くしかありません。
これに対して、法華経如来寿量品の仏は、別の国土ではなく、まさにこの娑婆世界(=苦悩が充満する現実世界)で説法教化し続けると説かれています。
大聖人は、「我らが居住して一乗を修行せんの処は、いずれの処にても候え、常寂光の都なるべし」(新1784・全1343)と仰せです。
仏国土といっても、どこか遠く離れた別のところにあるのではありません。
どこまでもこの現実世界にあって、信心根本に自らの生命の仏界を涌現し、環境を切り開いていくことで、自分の今いる場所を、最高の常寂光土と輝かせていくことができる——。これが、日蓮仏法の「娑婆即寂光」の法理なのです。
[キーワード�]今生人界の思い出
本抄の結びで日蓮大聖人は、広布に生き抜くことこそ、わが一生を飾る最高の「思い出」となることを示され、「自行化他」の信心に励む大切さを教えられています。
「自行」とは、自分自身が妙法の利益を得るための修行であり、具体的には「勤行・唱題」です。大聖人が顕された御本尊を信心根本に拝することで、大聖人と同じ仏の境涯を、わが身に開くことができます。
また、「化他」とは、周囲の人々に妙法を伝える「折伏・弘教」のことです。私たちが日々、広布のために励んでいる学会活動も、まさに「化他」になります。この「自行化他」の実践を重ねていくことで、自身の胸中に揺るぎない幸福境涯を確立していくことができるのです。
人間として生まれ、妙法に巡り合い、広布の大偉業に連なって、自他共の仏性を開いていく——。人として、これ以上に尊い生き方はありません。
なかんずく、世界192カ国・地域に妙法を弘めるという、仏教史上、未聞の壮挙を成し遂げてきた創価学会に連なり、稀有の師匠と共に戦えることほど、歓喜に満ちた誉れの人生はないでしょう。
拝読御文には「心を一にして」とあります。
まず自らが一心に法を求め抜き、勇気を出して、友人に心を込めて信心の確信を語る。そこに、世界広布の確かな前進もあります。
真剣な祈りで一念を定め、あの友この友に仏法を語り広げながら、喜びあふれる「今生人界の思い出」のドラマをつづっていきましょう。
2022年1月4日火曜日
2022.01.04 わが友に贈る
◇今週のことば
日々、清新な勤行・唱題で
生命に元初の太陽を!
「天晴れぬれば
地明らかなり」と
生活を社会を照らしゆけ。
2022年1月4日
四条金吾女房御書 P1109
『明かなる事日月にすぎんや浄き事蓮華にまさるべきや、法華経は日月と蓮華となり故に妙法蓮華経と名く、日蓮又日月と蓮華との如くなり』
【通解】
明るいことでは、日月に過ぎるものがありましょうか。浄らかなことでは、蓮華に勝るものがありましょうか。法華経は、日月と蓮華のように最極の法です。ゆえに、妙法蓮華経と名づけるのです。日蓮もまた、日月と蓮華のようなものであります。
名字の言 正月に勇気をくれた"足音" 2022年1月4日
苦境を突き抜けようと戦う中、心の支えとなるものは何か。ドイツの哲学者ヴァルター・ベンヤミンは記している。「夜のなかを歩みとおすときに助けになるものは橋でも翼でもなくて、友の足音だ」(野村修訳)▼「友の足音」とは、どんなに苦しい状況にあっても立ち止まらず、"わが使命"と決めた道を最後まで前へ、前へと進みゆく人の存在——そう捉えることもできる。その音には希望を諦めない「信念」が宿っているように思えてならない▼この正月も"足音"に勇気づけられた。2、3の両日に開催された第98回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)。創価大学をはじめ20大学に、関東学生連合を加えた21チームの若者たちの力走である▼持てる力の全てを出し切って自身の区間を走り抜き、次の走者へタスキをつなぐ。それを受け取ったランナーが力強く駆けだしていく。その情景には、理屈抜きで胸に熱いものが込み上げてくる▼ベンヤミンは先の言葉に続けた。「夜に抗して闘争する者は、夜のもっとも深い暗黒をも動かし、夜をも発光させなくてはならぬ」と。試練の渦中での苦闘そのものが、かけがえのない人生の財産となり、誰かの希望の光にもなる。その確信を胸に本年を走りだそう。
寸鉄 2022年1月4日
創大が箱根駅伝で気迫の力走!襷をつなぐ団結のドラマに全国が拍手喝采
御聖訓「人の力をませば我がちからまさり」。自他共の幸福開く道を本年も
若い人がぐんぐん伸びていく学会であれ—恩師。青年を先頭に颯爽と拡大
寒風の中、希望の便りを届ける無冠の友に感謝。絶対無事故を心から祈念
人間の活動は新しい目標を追うてはじまる—詩人 仕事始め。勇躍の決意で
☆箱根駅伝 創価大学が堂々の総合7位
◇3年連続でシード権 往路8位・復路6位
第98回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)が2、3日に行われ、創価大学が総合7位(往路8位、復路6位)に入り、3年連続でシード権を獲得した。総合記録は10時間56分30秒だった。
◇粘ってつないだ217・1キロの襷リレー
チーム一丸で、粘って粘ってタスキをつないだ「217・1キロ」だった。
2日午前8時。東京・大手町の読売新聞社前で、往路5区間107・5キロのタスキリレーの号砲が鳴った。
創価大学の1区を託されたのは葛西潤選手(3年)。今シーズンはけがに苦しみ続けたが、復帰間もない昨秋の競技会で1万メートルの自己ベストを出すなど、本番に向けて調子を上げてきた。
レースは5キロ過ぎから中央大学が先頭に。それに引っ張られるように、後続もスピードアップする。その中で「自分のリズムを刻むことに専念した」という葛西選手は、2位集団がペースアップした後も、粘りの走りで食らいつき、トップと1分41秒差の15位で鶴見中継所へ。
記録は1時間2分21秒。区間3位だった前回大会の創大の記録を1分近く上回るタイムだが、それでも15位という順位が、今回のハイペースぶりを物語っている。
続く「花の2区」では、ケニア人留学生のフィリップ・ムルワ選手(同)が前評判通りの実力を発揮する。
15キロ過ぎの権太坂までに10人抜きを達成。「コンディションがとても良く、満足のいく走りができました」と振り返ったように、各校のエースが顔をそろえる区間を2位で快走し、順位を6位まで押し上げた。
3区には、桑田大輔選手(2年)が出走。初挑戦の箱根路は早いタイミングで単独走になり、難しいレース展開になった。
それでも懸命に腕を振り、首位と3分30秒差の11位で4区の嶋津雄大選手(4年)にタスキを託した。
◇4区 嶋津が区間賞
1万メートルで創価大学の日本人歴代最高記録を持つエースの信条は「心で走る」。「他の大学を抜くたびに"もっと前に"という力が湧いた」と、序盤から次々に順位を上げ、19キロ付近までに7人を追い抜いた。
同じ4区でトップに躍り出た前回大会を彷彿させる勢いで、最終的にチームを5位に浮上させた嶋津選手。4区の自己記録(1時間2分49秒)を塗り替える1時間1分8秒で堂々の区間賞に輝き、「"必ず勝てる"と確信して走ることができました」と会心の笑みを浮かべた。
その嶋津選手からタスキを受けた5区・三上雄太選手(同)は、焦らずに走ることを意識し、2度目の山上りに挑んだ。
「前半は重い走りになってしまいましたが、後半は修正できました」と、主将として最後まで冷静に山を駆け、8位でゴールテープを切った。
創大の往路記録は前回大会を24秒上回る5時間27分44秒だった。
◇箱根路に光った「心の走り」
復路(5区間109・6キロ)は3日午前8時、神奈川・芦ノ湖から往路1位の青山学院大学がスタート。
創大は5分38秒後に出走し、濱野将基選手(3年)が2年連続の6区で安定した走りを見せる。
前後の走者と離れていたが、「単独走でも粘り強く山を下ることを心掛けました」との言葉通り、前回大会に近い個人タイムで順位をキープした。
7区の新家裕太郎選手(同)は、長身を生かした大きなストライドで加速。目標の総合3位を諦めない攻めの姿勢で区間4位と好走し、5位でタスキリレーした。
8区は今回、創大唯一の1年生走者となった吉田凌選手。6キロ過ぎで帝京大学をとらえると、前を行く東京国際大学、中央大学と激しい上位争いを繰り広げる。
「併走する時間が長くなりましたが、"追い越されないぞ"という強い気持ちでいきました」と、3位・中央大学とのタイム差を12秒まで詰め、5位で戸塚中継所に飛び込んだ。
最初で最後の箱根路に臨んだ9区・中武泰希選手(4年)は、4年間の全てをぶつける思いで必死に脚を動かした。順位は9位に下がったものの、執念の走りで最終10区にタスキをつなぐ。
アンカーを任されたのは松田爽汰選手(3年)。熾烈なシード権争いで、後続も迫る緊張感の中、集中してレースに入ると、区間5位の力走でチームの順位を二つ上げ、総合7位で大手町のゴールテープを切った。
松田選手は「期待された自分の役割を果たすことができたと思います」と力強く。
創大の復路記録は5時間28分46秒。総合記録は前回大会を26秒上回った。
「ストライプインパクト」のスローガンを掲げ、5度目の箱根路に挑んだ創大駅伝部。榎木和貴監督はチームの健闘をたたえつつ、次のように語った。
「選手たちは最後まで諦めずに走り切り、7位という誇れる結果を残すことができました。これも日頃から陰に陽に応援してくださる方々のおかげです。誠にありがとうございました。今後、さらに成長した姿を見せられるように努力していきます」
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第21回 未来部の友へ
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第21回は、未来部の友に詠んだ「若き君よ 勝ちまくれ! 青春は人生の 一生の土台」(2002年)です。
◇君の使命は君しか持てない
未来は無限だ。
未来は希望だ。
未来は夢だ。
未来は大活躍の劇場だ。
「未来部」は
なんと無限の意味をはらんだ
名前であろうか。
◆◇◆
若き生命の持ち主は
皆が
その魂は
閃光を放っているのだ。
気取る必要もない。
失敗に臆する必要もない。
愚かと言われようが
貧しいと言われようが
そんなことは
弱々しい風が
吹いていると思え!
君の夢は
君しか持てない。
君の宝は
君しか持てない。
君の使命は
君しか持てない。
だから
不思議にして偉大なる
生命の鍵を
持っているのが
君なのだ!
◆◇◆
君の長い生涯の中に
決して希望を
死滅させてはならない。
感情で
逃走してはならない。
邪険な人々の罵りに
人生を
奪われてもならない。
胸を張って
北風に進むのだ。
断固として
自分自身の人生を
勝利するのだ。
父のために
母のために
自分自身のために
平和のために
友情のために
そして
永遠のために!
そこにこそ
幾千人に
痛めつけられても
すべてが
勝ち抜いた君の
長い生涯を飾りゆく
大勲章と光るのだ!
君よ
君の名前を呼ぶ人が
いなくとも
君は君らしく
生きるのだ。
有名になる必要などない。
狂った人間の世界で
褒められる必要もない。
狂乱した嫉妬の世界で
悩む必要もない。
君は君らしく
確かなる人生観を持って
残酷なこの社会を
切り開いていくのだ。
人生は劇だ。
若さは名優だ。
◆◇◆
友よ
不安に行き詰まるような
弱々しい青春であるな!
すべてが
私の人生の
転機ととらえて
偉大なる
正義の目標に向かって
勝利の坂を
勇敢に登っていくのだ!
青春よ
勝ちまくれ!
若き君よ
希望の未来に舞いゆけ!
未来部 万歳!
未来部の成長が
広宣流布だ。
未来部の勝利が
創価の勝利だ。
未来部に
栄光あれ!
勝利あれ!
☆大学校生とナットクTALK テーマ:卒団に向けて
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回のテーマは「卒団に向けて」。中村団長が崎本ニュー・リーダー宅を訪問した際に、質問を受けます。
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
崎本ニュー・リーダー 男子部大学校4期生として入団した22歳。
Q.目標を立てる意味は?
A.自分が前進するため
中村区男子部大学校団長 間もなく新年を迎えて、3月には男子部大学校の卒団だね。
崎本ニュー・リーダー はい! ただ、大学校入団から今まで、先輩から折々に「目標を立てよう」と言われてきました。もちろん目標は、あった方がいい気はしますが、もう少し深い「目標を立てる意味」みたいなものってあるんですか。
中村 大事な質問だね。その意義の一つとして僕が考えるのは、「自分自身が一歩ずつ前進するため」ということかな。
崎本 前に進む……。
中村 例えば、大学校に入った時も「毎日の勤行・唱題」「勇気の折伏」に挑戦するって目標を立てたよね。今、どうなってる?
崎本 最初はハードルが高いって思ったんですが、そう決めたら意識するようになって、勤行は欠かさずやるようになりました。先輩に励ましてもらって、初めて仏法対話もできました。
中村 崎本君の勇気に、僕も感動したよ。仕事でも学会活動でも、目標がないと、何をするかがあやふやになって、活力をもって挑戦するのが難しくなるよね。目標を立てると進む道が明確になって、"今日、今週、今月に挑戦すること"に具体的に向き合えるんだ。1年もたつと、すごい成長だよね。
崎本 確かに、目標があるから行動できたと思います。
中村 法華経に「化城宝処の譬え」という話がある。大勢の人々がはるか遠くの宝物がある所(宝処)へ進んでいたけれど、疲れて諦めそうになった時、リーダーが途中、神通力によって一つの都市(化城)を作り出した。皆は喜んで、そこまで到達して十分に休んだところ、リーダーは化城を消す。「宝処はもうすぐだ」と励まして、また皆で元気よく出発するんだ。
崎本 僕たちに置き換えると、一つ一つの「目標」が、その「化城」ってことですか?
中村 そう。そして、目の前の目標へ挑戦していくこと、その日々自体に、これ以上ない価値があるんだ。御書には「化城即宝処とは即の一字は南無妙法蓮華経なり念念の化城念念の宝処なり」(732ページ)とある。一つ一つの目標へ、真剣に祈って挑戦していく中で、人間革命という偉大な目的も成就できるんだよ。
崎本 卒団に向けた目標、僕は友人に弘教を実らせることに決めています。
中村 池田先生は「目標を決めて信心に励むことが大切なんです」「必ず広宣流布しようと決めて、年ごとに、具体的な前進の目標を立てて挑戦していくことです」と励まされている。一緒に折伏に挑戦し、最高の卒団を迎えよう!
日々、清新な勤行・唱題で
生命に元初の太陽を!
「天晴れぬれば
地明らかなり」と
生活を社会を照らしゆけ。
2022年1月4日
四条金吾女房御書 P1109
『明かなる事日月にすぎんや浄き事蓮華にまさるべきや、法華経は日月と蓮華となり故に妙法蓮華経と名く、日蓮又日月と蓮華との如くなり』
【通解】
明るいことでは、日月に過ぎるものがありましょうか。浄らかなことでは、蓮華に勝るものがありましょうか。法華経は、日月と蓮華のように最極の法です。ゆえに、妙法蓮華経と名づけるのです。日蓮もまた、日月と蓮華のようなものであります。
名字の言 正月に勇気をくれた"足音" 2022年1月4日
苦境を突き抜けようと戦う中、心の支えとなるものは何か。ドイツの哲学者ヴァルター・ベンヤミンは記している。「夜のなかを歩みとおすときに助けになるものは橋でも翼でもなくて、友の足音だ」(野村修訳)▼「友の足音」とは、どんなに苦しい状況にあっても立ち止まらず、"わが使命"と決めた道を最後まで前へ、前へと進みゆく人の存在——そう捉えることもできる。その音には希望を諦めない「信念」が宿っているように思えてならない▼この正月も"足音"に勇気づけられた。2、3の両日に開催された第98回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)。創価大学をはじめ20大学に、関東学生連合を加えた21チームの若者たちの力走である▼持てる力の全てを出し切って自身の区間を走り抜き、次の走者へタスキをつなぐ。それを受け取ったランナーが力強く駆けだしていく。その情景には、理屈抜きで胸に熱いものが込み上げてくる▼ベンヤミンは先の言葉に続けた。「夜に抗して闘争する者は、夜のもっとも深い暗黒をも動かし、夜をも発光させなくてはならぬ」と。試練の渦中での苦闘そのものが、かけがえのない人生の財産となり、誰かの希望の光にもなる。その確信を胸に本年を走りだそう。
寸鉄 2022年1月4日
創大が箱根駅伝で気迫の力走!襷をつなぐ団結のドラマに全国が拍手喝采
御聖訓「人の力をませば我がちからまさり」。自他共の幸福開く道を本年も
若い人がぐんぐん伸びていく学会であれ—恩師。青年を先頭に颯爽と拡大
寒風の中、希望の便りを届ける無冠の友に感謝。絶対無事故を心から祈念
人間の活動は新しい目標を追うてはじまる—詩人 仕事始め。勇躍の決意で
☆箱根駅伝 創価大学が堂々の総合7位
◇3年連続でシード権 往路8位・復路6位
第98回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)が2、3日に行われ、創価大学が総合7位(往路8位、復路6位)に入り、3年連続でシード権を獲得した。総合記録は10時間56分30秒だった。
◇粘ってつないだ217・1キロの襷リレー
チーム一丸で、粘って粘ってタスキをつないだ「217・1キロ」だった。
2日午前8時。東京・大手町の読売新聞社前で、往路5区間107・5キロのタスキリレーの号砲が鳴った。
創価大学の1区を託されたのは葛西潤選手(3年)。今シーズンはけがに苦しみ続けたが、復帰間もない昨秋の競技会で1万メートルの自己ベストを出すなど、本番に向けて調子を上げてきた。
レースは5キロ過ぎから中央大学が先頭に。それに引っ張られるように、後続もスピードアップする。その中で「自分のリズムを刻むことに専念した」という葛西選手は、2位集団がペースアップした後も、粘りの走りで食らいつき、トップと1分41秒差の15位で鶴見中継所へ。
記録は1時間2分21秒。区間3位だった前回大会の創大の記録を1分近く上回るタイムだが、それでも15位という順位が、今回のハイペースぶりを物語っている。
続く「花の2区」では、ケニア人留学生のフィリップ・ムルワ選手(同)が前評判通りの実力を発揮する。
15キロ過ぎの権太坂までに10人抜きを達成。「コンディションがとても良く、満足のいく走りができました」と振り返ったように、各校のエースが顔をそろえる区間を2位で快走し、順位を6位まで押し上げた。
3区には、桑田大輔選手(2年)が出走。初挑戦の箱根路は早いタイミングで単独走になり、難しいレース展開になった。
それでも懸命に腕を振り、首位と3分30秒差の11位で4区の嶋津雄大選手(4年)にタスキを託した。
◇4区 嶋津が区間賞
1万メートルで創価大学の日本人歴代最高記録を持つエースの信条は「心で走る」。「他の大学を抜くたびに"もっと前に"という力が湧いた」と、序盤から次々に順位を上げ、19キロ付近までに7人を追い抜いた。
同じ4区でトップに躍り出た前回大会を彷彿させる勢いで、最終的にチームを5位に浮上させた嶋津選手。4区の自己記録(1時間2分49秒)を塗り替える1時間1分8秒で堂々の区間賞に輝き、「"必ず勝てる"と確信して走ることができました」と会心の笑みを浮かべた。
その嶋津選手からタスキを受けた5区・三上雄太選手(同)は、焦らずに走ることを意識し、2度目の山上りに挑んだ。
「前半は重い走りになってしまいましたが、後半は修正できました」と、主将として最後まで冷静に山を駆け、8位でゴールテープを切った。
創大の往路記録は前回大会を24秒上回る5時間27分44秒だった。
◇箱根路に光った「心の走り」
復路(5区間109・6キロ)は3日午前8時、神奈川・芦ノ湖から往路1位の青山学院大学がスタート。
創大は5分38秒後に出走し、濱野将基選手(3年)が2年連続の6区で安定した走りを見せる。
前後の走者と離れていたが、「単独走でも粘り強く山を下ることを心掛けました」との言葉通り、前回大会に近い個人タイムで順位をキープした。
7区の新家裕太郎選手(同)は、長身を生かした大きなストライドで加速。目標の総合3位を諦めない攻めの姿勢で区間4位と好走し、5位でタスキリレーした。
8区は今回、創大唯一の1年生走者となった吉田凌選手。6キロ過ぎで帝京大学をとらえると、前を行く東京国際大学、中央大学と激しい上位争いを繰り広げる。
「併走する時間が長くなりましたが、"追い越されないぞ"という強い気持ちでいきました」と、3位・中央大学とのタイム差を12秒まで詰め、5位で戸塚中継所に飛び込んだ。
最初で最後の箱根路に臨んだ9区・中武泰希選手(4年)は、4年間の全てをぶつける思いで必死に脚を動かした。順位は9位に下がったものの、執念の走りで最終10区にタスキをつなぐ。
アンカーを任されたのは松田爽汰選手(3年)。熾烈なシード権争いで、後続も迫る緊張感の中、集中してレースに入ると、区間5位の力走でチームの順位を二つ上げ、総合7位で大手町のゴールテープを切った。
松田選手は「期待された自分の役割を果たすことができたと思います」と力強く。
創大の復路記録は5時間28分46秒。総合記録は前回大会を26秒上回った。
「ストライプインパクト」のスローガンを掲げ、5度目の箱根路に挑んだ創大駅伝部。榎木和貴監督はチームの健闘をたたえつつ、次のように語った。
「選手たちは最後まで諦めずに走り切り、7位という誇れる結果を残すことができました。これも日頃から陰に陽に応援してくださる方々のおかげです。誠にありがとうございました。今後、さらに成長した姿を見せられるように努力していきます」
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第21回 未来部の友へ
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第21回は、未来部の友に詠んだ「若き君よ 勝ちまくれ! 青春は人生の 一生の土台」(2002年)です。
◇君の使命は君しか持てない
未来は無限だ。
未来は希望だ。
未来は夢だ。
未来は大活躍の劇場だ。
「未来部」は
なんと無限の意味をはらんだ
名前であろうか。
◆◇◆
若き生命の持ち主は
皆が
その魂は
閃光を放っているのだ。
気取る必要もない。
失敗に臆する必要もない。
愚かと言われようが
貧しいと言われようが
そんなことは
弱々しい風が
吹いていると思え!
君の夢は
君しか持てない。
君の宝は
君しか持てない。
君の使命は
君しか持てない。
だから
不思議にして偉大なる
生命の鍵を
持っているのが
君なのだ!
◆◇◆
君の長い生涯の中に
決して希望を
死滅させてはならない。
感情で
逃走してはならない。
邪険な人々の罵りに
人生を
奪われてもならない。
胸を張って
北風に進むのだ。
断固として
自分自身の人生を
勝利するのだ。
父のために
母のために
自分自身のために
平和のために
友情のために
そして
永遠のために!
そこにこそ
幾千人に
痛めつけられても
すべてが
勝ち抜いた君の
長い生涯を飾りゆく
大勲章と光るのだ!
君よ
君の名前を呼ぶ人が
いなくとも
君は君らしく
生きるのだ。
有名になる必要などない。
狂った人間の世界で
褒められる必要もない。
狂乱した嫉妬の世界で
悩む必要もない。
君は君らしく
確かなる人生観を持って
残酷なこの社会を
切り開いていくのだ。
人生は劇だ。
若さは名優だ。
◆◇◆
友よ
不安に行き詰まるような
弱々しい青春であるな!
すべてが
私の人生の
転機ととらえて
偉大なる
正義の目標に向かって
勝利の坂を
勇敢に登っていくのだ!
青春よ
勝ちまくれ!
若き君よ
希望の未来に舞いゆけ!
未来部 万歳!
未来部の成長が
広宣流布だ。
未来部の勝利が
創価の勝利だ。
未来部に
栄光あれ!
勝利あれ!
☆大学校生とナットクTALK テーマ:卒団に向けて
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回のテーマは「卒団に向けて」。中村団長が崎本ニュー・リーダー宅を訪問した際に、質問を受けます。
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
崎本ニュー・リーダー 男子部大学校4期生として入団した22歳。
Q.目標を立てる意味は?
A.自分が前進するため
中村区男子部大学校団長 間もなく新年を迎えて、3月には男子部大学校の卒団だね。
崎本ニュー・リーダー はい! ただ、大学校入団から今まで、先輩から折々に「目標を立てよう」と言われてきました。もちろん目標は、あった方がいい気はしますが、もう少し深い「目標を立てる意味」みたいなものってあるんですか。
中村 大事な質問だね。その意義の一つとして僕が考えるのは、「自分自身が一歩ずつ前進するため」ということかな。
崎本 前に進む……。
中村 例えば、大学校に入った時も「毎日の勤行・唱題」「勇気の折伏」に挑戦するって目標を立てたよね。今、どうなってる?
崎本 最初はハードルが高いって思ったんですが、そう決めたら意識するようになって、勤行は欠かさずやるようになりました。先輩に励ましてもらって、初めて仏法対話もできました。
中村 崎本君の勇気に、僕も感動したよ。仕事でも学会活動でも、目標がないと、何をするかがあやふやになって、活力をもって挑戦するのが難しくなるよね。目標を立てると進む道が明確になって、"今日、今週、今月に挑戦すること"に具体的に向き合えるんだ。1年もたつと、すごい成長だよね。
崎本 確かに、目標があるから行動できたと思います。
中村 法華経に「化城宝処の譬え」という話がある。大勢の人々がはるか遠くの宝物がある所(宝処)へ進んでいたけれど、疲れて諦めそうになった時、リーダーが途中、神通力によって一つの都市(化城)を作り出した。皆は喜んで、そこまで到達して十分に休んだところ、リーダーは化城を消す。「宝処はもうすぐだ」と励まして、また皆で元気よく出発するんだ。
崎本 僕たちに置き換えると、一つ一つの「目標」が、その「化城」ってことですか?
中村 そう。そして、目の前の目標へ挑戦していくこと、その日々自体に、これ以上ない価値があるんだ。御書には「化城即宝処とは即の一字は南無妙法蓮華経なり念念の化城念念の宝処なり」(732ページ)とある。一つ一つの目標へ、真剣に祈って挑戦していく中で、人間革命という偉大な目的も成就できるんだよ。
崎本 卒団に向けた目標、僕は友人に弘教を実らせることに決めています。
中村 池田先生は「目標を決めて信心に励むことが大切なんです」「必ず広宣流布しようと決めて、年ごとに、具体的な前進の目標を立てて挑戦していくことです」と励まされている。一緒に折伏に挑戦し、最高の卒団を迎えよう!
2022年1月3日月曜日
2022.01.03 わが友に贈る
新聞休刊日
新池御書 P1440
『かやうに此の山まで度度の御供養は法華経並に釈迦尊の御恩を報じ給うに成るべく候、弥はげませ給うべし懈ることなかれ』
【通解】
このようにこの山まで度々の御供養をされていることは、法華経並びに釈尊の御恩を報じられることになるであろう。いよいよ励まれるがよい。怠ってはなりません。
☆新春あいさつ 原田稔会長
◇「対話の大旋風」を使命の舞台で
使命の大地を踏み締める足に力を込め、栄光の空へと踏み出す「青年・飛躍の年」が開幕しました。同志の皆さま、明けましておめでとうございます。
本年は池田先生の入信75周年、「二月闘争」70周年と、幾重にも重要な佳節を刻みます。さらに20世紀最高峰の歴史家トインビー博士と先生の対談開始から50周年。2年間で合計40時間に及んだ語らいを終えた後、博士は先生に人類の未来を託されました。
「ミスター池田! あなたが、世界に対話の旋風を巻き起こしていくことを、私は、強く念願しています」と。
この半世紀、まさに先生の「対話の旋風」によって、仏法の人間主義は混迷の時代に希望の光彩を放ち、創価学会は世界宗教へと力強く飛翔を遂げました。
さらなる飛躍を期す本年、後継の私たちも、御書に「今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉るは、大風の吹くがごとくなり」(新1034・全742)と仰せのごとく、それぞれの使命の舞台で正義と確信の「対話の大旋風」を巻き起こしてまいりたい。
また博士は、先生にしみじみと語られました。「私が若ければ、東洋の仏法の真髄を探求し、実践し、行動したかった」と。博士の、人生への謙虚で真摯な姿勢に心を打たれました。
私たちは、仏法の真髄を偉大な師匠から学び、探求し、実践し、行動できます。この誇りに燃え、自他共の幸福を広げゆくことこそ、学会の、私たちの久遠の誓願です。
さあ本年、わが「信行学」の成長で、社会に希望の連帯を広げながら、自身の、そして広布の大いなる飛躍を成し遂げようではありませんか。
☆新春あいさつ 永石貴美子女性部長
◇共感の励ましで幸の連帯を拡大
「青年・飛躍の年」、明けましておめでとうございます。
昨年、新出発した女性部にとって、文字通り「飛躍」の一年の開幕です。池田先生は新生・女性部に対し、「仏のごとく互いに敬うべし」(新1989・全1383)との御文を拝し、互いに尊敬し合い、皆を幸福と平和へリードしていくことを望まれました。
女性部飛躍の鍵は、師が示された通り、池田華陽会、ヤング白ゆり世代を含めた全世代が、一人も残らず伸びやかに、桜梅桃李の使命を発揮できるよう、温かな共感の励ましの世界を地区やグループの中で築いていくことにあります。
コロナ禍で孤立が大きな社会問題となり、とりわけ女性を取り巻く環境も厳しさを増す今ほど、"誰も置き去りにしない"創価家族の存在は希望です。また今ほど、人々をつなぎ、生きる勇気と力を送る創価の哲学と運動が求められている時代はないと強く感じます。
一人一人が、その尊き使命に立って、教学の研さん、小説『新・人間革命』の学習に励み、信仰と師弟に生きる歓喜を胸に、友情の絆を結び広げる"10人の本当の友人づくり"に挑戦していきたいと思います。そして、地域・社会に希望あふれる幸のスクラムを大きく拡大していこうではありませんか!
「生命尊厳と平等そして平和の世紀」を創り光らせてほしい——一貫して「21世紀は女性の世紀」と訴え、その実現に動かれてきた池田先生は、女性部誕生を祝して万感の期待を寄せてくださいました。多様性を尊重する平和の連帯である女性部が、先生のお心のままに、新たな誓いで立ち上がる時です。さあ、池田先生、奥さまと共に、永遠に広布の未来を開く挑戦を開始していきましょう!
☆新春あいさつ 志賀昭靖青年部長
◇師弟誓願貫き共戦の歴史を築く
晴れやかに迎えた「青年・飛躍の年」は、昨年、「新たな青年学会建設の10年」の初陣を勝ち飾った私たちが、一段と勢いを増して、広布を拡大しゆく一年です。
本年は、池田先生が弘教の金字塔を打ち立てた「二月闘争」から70周年。一人立つ若き師子の闘争が学会発展の飛躍台となり、恩師・戸田城聖先生の願業である75万世帯の成就へと実を結んだのです。
池田先生は随筆につづられました。
「『広宣流布』は、一人の『人間革命』から始まる。決意した一人が、一人を立たせる。その一人が、さらにまた、もう一人を奮い立たせていく。勇気は勇気を呼ぶ。この『一対一』の決意の連鎖こそが、拡大の鉄則である」と。
師の開拓精神を受け継ぐ本門の青年部が、徹底して一人を大切にする励ましで、地涌のスクラムを広げ、師恩に報いる弘教拡大の実証を示してまいりたい。
その決勝点として、広布のバトンを継ぎゆく誓いの日である3・16「広宣流布記念の日」を迎える3月に、第2回「青年部幹部会」を開催します。
私たち青年部は、『日蓮大聖人御書全集 新版』を手に、混迷する社会を照らしゆく希望の哲理を心肝に染め抜いていきたい。そして、「新・人間革命」世代プロジェクトを軸に、勝利のリズムをつくり、一人一人が小説『新・人間革命』に描かれた山本伸一の行動を力強く実践していきます。
学会創立100周年の栄光の峰へ——「月々日々につより給え」(新1620・全1190)との御聖訓のままに、挑戦と前進の息吹あふれる大闘争で、師弟共戦の黄金の歴史をつづりましょう!
☆御書の旭光を 第67回 確信の人は幸福なり!
〈御文〉
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉りて念念勿生疑の信心に住す可きなり』(御義口伝、776ページ)
〈通解〉
今、日蓮とその弟子は、南無妙法蓮華経と唱え、微塵も疑わないという信心に立つべきである。
〈池田先生が贈る指針〉
妙法を信じ切る——信の一字こそ元品の無明を切る利剣であり、三世の諸仏の智慧を得る源なのだ。「諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」である。
恩師は「全ては確信だよ」と言われた。御本尊への信が強ければ生命に太陽が昇る。大変なときこそ、「われ妙法の当体なり」と誓願の題目を唱え、勝ち開くのだ。
☆インド・創価池田女子大学卒業式への池田先生ご夫妻のメッセージ
◇崇高な理想へ勇気の挑戦 探求心と創造力と行動で
汲めども尽きぬ価値創造の泉であるキャンパスに舞い戻られた卒業生の皆さん! 誠におめでとうございます。
新たな人生の挑戦を開始されている凜々しき皆さん一人一人と、私も妻も、固い心の握手を交わす思いで、祝福の大喝采を送っております。
本日の式典には、名門マドラス大学の尊敬するS・ガウリ副総長がご臨席され、皆さん方を温かく見守ってくださっております。
30年ほど前になりますが、私がお会いして、インドの偉大な精神を語り合った、ラマスワミ・ベンカタラマン第8代インド大統領も、マドラス大学の誉れの卒業生であられました。
大統領が生涯にわたって希求された「自由」への道は、いかなるものであったか。大統領は、詩聖タゴールの一節を通し、ご自身の信念を吐露されております。
すなわち——
「心が怖れをいだかず、頭が毅然と高くたもたれているところ」
「言葉が 真理の深みから湧き出づるところ」
「たゆみない努力が 完成に向かって 両腕をさしのべるところ」(『ギタンジャリ』森本達雄訳)
そこにこそ、祖国を自由に導き、世界を平和と協調へと至らしめる人間の道があるといわれるのであります。
まさしく、ここ皆さんの愛する母校こそ、この詩さながらの理想郷ではないかと、私は思いますが、いかがでしょうか。
この青春の心の故郷から羽ばたいた皆さん一人一人には、いかなる荒波にも胸を張って立ち向かう「勇気の挑戦」があり、人間主義の「崇高なる理想」があります。倦まず弛まず自身を磨きゆく「創造性の開花」があるのです。
そして、試練に直面しても、励まし合って共に立ち上がる最良の学友がおり、家族の絆で結ばれ、常に親身になって寄り添い、勇気づけてくださっているクマナン議長をはじめ最良の教職員の方々がおられます。
この同窓の尊き連帯は、これからの長い使命の人生にあって、ますます真価を発揮し、かけがえのない高貴な光を放っていくことでしょう。
現在、WHO(世界保健機関)の首席科学官として、新型コロナウイルス感染症対策の最前線で、人類のために勇敢に奮闘されているリーダーは、私の敬愛してやまない友人であるM・S・スワミナサン博士の長女であり、ここチェンナイ出身のソーミヤ・スワミナサン博士です。
この博士が、深く心に刻まれていることは何か——。それは、民衆のため、弱き立場にある人々のために尽くされた、尊き母の姿から学んだ「探求心を持つこと」「創造的で大胆であること」、そして「信念のために立ち上がること」であります。
どうか皆さんも、燃え上がる創価の「探求心」、「大胆な創造力」、そして信念を貫く「行動」で、一日一日を着実に、粘り強く勝ち開きながら、人類貢献の誇り高き道を朗らかに歩んでいってください。
私と妻は、かけがえのない宝の皆さん方と、ご一家の健康とご多幸を、祈り続けてまいります。
最後に、前途洋々たる未来へ飛翔しゆく乙女に、希望あれ! 歓喜あれ! 栄光あれ!と申し上げ、メッセージといたします。
新池御書 P1440
『かやうに此の山まで度度の御供養は法華経並に釈迦尊の御恩を報じ給うに成るべく候、弥はげませ給うべし懈ることなかれ』
【通解】
このようにこの山まで度々の御供養をされていることは、法華経並びに釈尊の御恩を報じられることになるであろう。いよいよ励まれるがよい。怠ってはなりません。
☆新春あいさつ 原田稔会長
◇「対話の大旋風」を使命の舞台で
使命の大地を踏み締める足に力を込め、栄光の空へと踏み出す「青年・飛躍の年」が開幕しました。同志の皆さま、明けましておめでとうございます。
本年は池田先生の入信75周年、「二月闘争」70周年と、幾重にも重要な佳節を刻みます。さらに20世紀最高峰の歴史家トインビー博士と先生の対談開始から50周年。2年間で合計40時間に及んだ語らいを終えた後、博士は先生に人類の未来を託されました。
「ミスター池田! あなたが、世界に対話の旋風を巻き起こしていくことを、私は、強く念願しています」と。
この半世紀、まさに先生の「対話の旋風」によって、仏法の人間主義は混迷の時代に希望の光彩を放ち、創価学会は世界宗教へと力強く飛翔を遂げました。
さらなる飛躍を期す本年、後継の私たちも、御書に「今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉るは、大風の吹くがごとくなり」(新1034・全742)と仰せのごとく、それぞれの使命の舞台で正義と確信の「対話の大旋風」を巻き起こしてまいりたい。
また博士は、先生にしみじみと語られました。「私が若ければ、東洋の仏法の真髄を探求し、実践し、行動したかった」と。博士の、人生への謙虚で真摯な姿勢に心を打たれました。
私たちは、仏法の真髄を偉大な師匠から学び、探求し、実践し、行動できます。この誇りに燃え、自他共の幸福を広げゆくことこそ、学会の、私たちの久遠の誓願です。
さあ本年、わが「信行学」の成長で、社会に希望の連帯を広げながら、自身の、そして広布の大いなる飛躍を成し遂げようではありませんか。
☆新春あいさつ 永石貴美子女性部長
◇共感の励ましで幸の連帯を拡大
「青年・飛躍の年」、明けましておめでとうございます。
昨年、新出発した女性部にとって、文字通り「飛躍」の一年の開幕です。池田先生は新生・女性部に対し、「仏のごとく互いに敬うべし」(新1989・全1383)との御文を拝し、互いに尊敬し合い、皆を幸福と平和へリードしていくことを望まれました。
女性部飛躍の鍵は、師が示された通り、池田華陽会、ヤング白ゆり世代を含めた全世代が、一人も残らず伸びやかに、桜梅桃李の使命を発揮できるよう、温かな共感の励ましの世界を地区やグループの中で築いていくことにあります。
コロナ禍で孤立が大きな社会問題となり、とりわけ女性を取り巻く環境も厳しさを増す今ほど、"誰も置き去りにしない"創価家族の存在は希望です。また今ほど、人々をつなぎ、生きる勇気と力を送る創価の哲学と運動が求められている時代はないと強く感じます。
一人一人が、その尊き使命に立って、教学の研さん、小説『新・人間革命』の学習に励み、信仰と師弟に生きる歓喜を胸に、友情の絆を結び広げる"10人の本当の友人づくり"に挑戦していきたいと思います。そして、地域・社会に希望あふれる幸のスクラムを大きく拡大していこうではありませんか!
「生命尊厳と平等そして平和の世紀」を創り光らせてほしい——一貫して「21世紀は女性の世紀」と訴え、その実現に動かれてきた池田先生は、女性部誕生を祝して万感の期待を寄せてくださいました。多様性を尊重する平和の連帯である女性部が、先生のお心のままに、新たな誓いで立ち上がる時です。さあ、池田先生、奥さまと共に、永遠に広布の未来を開く挑戦を開始していきましょう!
☆新春あいさつ 志賀昭靖青年部長
◇師弟誓願貫き共戦の歴史を築く
晴れやかに迎えた「青年・飛躍の年」は、昨年、「新たな青年学会建設の10年」の初陣を勝ち飾った私たちが、一段と勢いを増して、広布を拡大しゆく一年です。
本年は、池田先生が弘教の金字塔を打ち立てた「二月闘争」から70周年。一人立つ若き師子の闘争が学会発展の飛躍台となり、恩師・戸田城聖先生の願業である75万世帯の成就へと実を結んだのです。
池田先生は随筆につづられました。
「『広宣流布』は、一人の『人間革命』から始まる。決意した一人が、一人を立たせる。その一人が、さらにまた、もう一人を奮い立たせていく。勇気は勇気を呼ぶ。この『一対一』の決意の連鎖こそが、拡大の鉄則である」と。
師の開拓精神を受け継ぐ本門の青年部が、徹底して一人を大切にする励ましで、地涌のスクラムを広げ、師恩に報いる弘教拡大の実証を示してまいりたい。
その決勝点として、広布のバトンを継ぎゆく誓いの日である3・16「広宣流布記念の日」を迎える3月に、第2回「青年部幹部会」を開催します。
私たち青年部は、『日蓮大聖人御書全集 新版』を手に、混迷する社会を照らしゆく希望の哲理を心肝に染め抜いていきたい。そして、「新・人間革命」世代プロジェクトを軸に、勝利のリズムをつくり、一人一人が小説『新・人間革命』に描かれた山本伸一の行動を力強く実践していきます。
学会創立100周年の栄光の峰へ——「月々日々につより給え」(新1620・全1190)との御聖訓のままに、挑戦と前進の息吹あふれる大闘争で、師弟共戦の黄金の歴史をつづりましょう!
☆御書の旭光を 第67回 確信の人は幸福なり!
〈御文〉
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉りて念念勿生疑の信心に住す可きなり』(御義口伝、776ページ)
〈通解〉
今、日蓮とその弟子は、南無妙法蓮華経と唱え、微塵も疑わないという信心に立つべきである。
〈池田先生が贈る指針〉
妙法を信じ切る——信の一字こそ元品の無明を切る利剣であり、三世の諸仏の智慧を得る源なのだ。「諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」である。
恩師は「全ては確信だよ」と言われた。御本尊への信が強ければ生命に太陽が昇る。大変なときこそ、「われ妙法の当体なり」と誓願の題目を唱え、勝ち開くのだ。
☆インド・創価池田女子大学卒業式への池田先生ご夫妻のメッセージ
◇崇高な理想へ勇気の挑戦 探求心と創造力と行動で
汲めども尽きぬ価値創造の泉であるキャンパスに舞い戻られた卒業生の皆さん! 誠におめでとうございます。
新たな人生の挑戦を開始されている凜々しき皆さん一人一人と、私も妻も、固い心の握手を交わす思いで、祝福の大喝采を送っております。
本日の式典には、名門マドラス大学の尊敬するS・ガウリ副総長がご臨席され、皆さん方を温かく見守ってくださっております。
30年ほど前になりますが、私がお会いして、インドの偉大な精神を語り合った、ラマスワミ・ベンカタラマン第8代インド大統領も、マドラス大学の誉れの卒業生であられました。
大統領が生涯にわたって希求された「自由」への道は、いかなるものであったか。大統領は、詩聖タゴールの一節を通し、ご自身の信念を吐露されております。
すなわち——
「心が怖れをいだかず、頭が毅然と高くたもたれているところ」
「言葉が 真理の深みから湧き出づるところ」
「たゆみない努力が 完成に向かって 両腕をさしのべるところ」(『ギタンジャリ』森本達雄訳)
そこにこそ、祖国を自由に導き、世界を平和と協調へと至らしめる人間の道があるといわれるのであります。
まさしく、ここ皆さんの愛する母校こそ、この詩さながらの理想郷ではないかと、私は思いますが、いかがでしょうか。
この青春の心の故郷から羽ばたいた皆さん一人一人には、いかなる荒波にも胸を張って立ち向かう「勇気の挑戦」があり、人間主義の「崇高なる理想」があります。倦まず弛まず自身を磨きゆく「創造性の開花」があるのです。
そして、試練に直面しても、励まし合って共に立ち上がる最良の学友がおり、家族の絆で結ばれ、常に親身になって寄り添い、勇気づけてくださっているクマナン議長をはじめ最良の教職員の方々がおられます。
この同窓の尊き連帯は、これからの長い使命の人生にあって、ますます真価を発揮し、かけがえのない高貴な光を放っていくことでしょう。
現在、WHO(世界保健機関)の首席科学官として、新型コロナウイルス感染症対策の最前線で、人類のために勇敢に奮闘されているリーダーは、私の敬愛してやまない友人であるM・S・スワミナサン博士の長女であり、ここチェンナイ出身のソーミヤ・スワミナサン博士です。
この博士が、深く心に刻まれていることは何か——。それは、民衆のため、弱き立場にある人々のために尽くされた、尊き母の姿から学んだ「探求心を持つこと」「創造的で大胆であること」、そして「信念のために立ち上がること」であります。
どうか皆さんも、燃え上がる創価の「探求心」、「大胆な創造力」、そして信念を貫く「行動」で、一日一日を着実に、粘り強く勝ち開きながら、人類貢献の誇り高き道を朗らかに歩んでいってください。
私と妻は、かけがえのない宝の皆さん方と、ご一家の健康とご多幸を、祈り続けてまいります。
最後に、前途洋々たる未来へ飛翔しゆく乙女に、希望あれ! 歓喜あれ! 栄光あれ!と申し上げ、メッセージといたします。
2022年1月2日日曜日
2022.01.02 わが友に贈る
新聞休刊日
御義口伝巻上 P715
『根深ければ則ち条茂く源遠ければ則ち流長きが如し』
【通解】
根が深ければ大木となり枝や葉は茂り、源が遠ければ流れが長いようなものである。
☆随筆「人間革命」光あれ 燃える命で飛躍の春へ 2021年12月27日
師走になると、尽きせぬ感謝とともに思い起こされる恩師の和歌がある。
勝ち負けは
人の生命の
常なれど
最後の勝をば
仏にぞ祈らむ
これは、一九五七年(昭和三十二年)の十二月に、戸田城聖先生から私が賜った一首である。
先生が波瀾万丈の苦難を乗り越え、生涯の願業たる七十五万世帯の大折伏を遂に達成された時であった。だが、体調を崩されて悲願の広島行きも断念し、静養を余儀なくされていた。
私自身、夕張炭労事件や大阪事件をはじめ、熾烈な攻防戦の矢面に立ち続けた渦中である。冤罪を晴らす法廷闘争も始まっていた。
御書に仰せのごとく、三障四魔が紛然と競い起こり、学会が更なる飛躍を果たせるか否かの分岐点にあったといってよい。
ゆえに先生は、「仏法と申すは勝負をさきとし」(御書一一六五ページ)との御聖訓を、自ら今一重深く拝された。
そして、何があろうとも、「師子王の心」で悠然と祈り、戦おう! 途中はどうあれ、最後は断じて勝とうではないか! 全学会員を勝たせようではないか!と、病を押して励ましてくださったのである。
不二の弟子として私は奮い立ち、強く固く決意した。
——一年また一年、世の毀誉褒貶を見下ろしながら、先陣を切って"次こそは""来年こそは"と、広布の法戦に挑みゆくのだ。わが誉れの同志が一人ももれなく、一切を変毒為薬して「最後の勝」を飾りゆけるように道を開くのだ、と。
ゆえに私にとって、何よりの喜びは、創価家族の凱歌の人生にほかならない。
つい先日も、聖教新聞に、牧口常三郎先生と戸田先生の故郷である北海道の百三歳を迎える多宝のお母さまが、それはそれは神々しい笑顔で紹介されていた。
度重なる悲嘆を越え、「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(同二三四ページ)との一節を拝し抜いてきた生命が輝いている。
「私は勝ちました」との大勝利宣言に、妻と最敬礼して拍手を送った。日本中、世界中に光る、この「最後の勝」の晴れ姿こそを、私は報恩の誠として先師と恩師に捧げたいのである。
◇冬に不屈の信心
北海道、東北、北陸、信越、北関東、近畿、中国、さらに世界の北国、雪国の宝友の冬のご苦労が偲ばれる。
折から寒波襲来で大雪となり、皆様の無事安穏を祈らずにはいられない。
とりわけ、日の出前の暗く寒い中、聖教新聞を配達してくださる、尊き「無冠の友」の無事故を祈念するとともに、この一年の労に最大に感謝申し上げたい。
厚田の天地に念願の墓園が開園した折、北海天地の友と私は御書を拝読した。
「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を」(同一二五三ページ)と。
そして約し合った。
厳寒の逆境を勝ち越えた春の訪れにこそ、計り知れない希望と喜びがある。"法華経は冬の信心なり。冬は必ず春となるのだ"と確信し、粘り強く苦難への挑戦を繰り返そう、と。
この御書を頂いた妙一尼は、迫害が続く中、夫に先立たれ、病気の子らを抱えながら、必死に信心を貫き通した女性である。
世界の創価の女性たちが鑑としてきた母である。
妙一尼は、流罪の大難に遭われた佐渡の日蓮大聖人のもとへ、自らの従者を遣わし、お仕えさせてもいる。
その御礼を綴られた御返事が、今回、御書の新版に新たに収められた。
大聖人は、釈尊が過去世に積んだ身の供養と対比されながら、法華経の行者を護り抜こうとする妙一尼の気高い「志」を、大絶賛されているのである。
「志既に彼に超過せり。来果何ぞ斉等ならざらんや」(御書新版一六九三ページ)——あなたの志はすでに彼の人(過去世の釈尊)を超えています。未来の果報がどうして同じでないことがあるでしょうか——と。
今また、妙法の広宣流布のために異体同心で戦う創価の同志、なかんずく女性たち母たちが無量無辺の大果報に包まれゆくことは、絶対に間違いないのだ。
◇桜梅は薫り 桃李は香る 平和と共生の人華を爛漫と!
「冬は必ず春となる」に続けて、大聖人が引かれた法華経の一節がある。
「若し法を聞くこと有らば 一りとして成仏せざること無けん」(創価学会版法華経一三八ページ)
誰一人として置き去りにせず、救っていくのだ! 必ず救い切れるのだ!と。
日蓮仏法は、いかなる困難な壁も越え、万人成仏の妙法を全世界に弘め、一切衆生を幸福にすることを根本の誓願とした「広宣流布の宗教」である。
そして、あらゆる差別を排し、誰もが平等に仏性を具えた尊極の存在であると、一人ひとりが個性を生かし合い、尊敬し合う「人間主義の宗教」なのだ。
思えば、一九七九年(昭和五十四年)の五月三日朝、公式に第三代会長を辞する総会を前に、私は内外の策動を清風の心で見極めながら、筆を執った。
「桜梅薫 桃李香」(桜梅は薫り 桃李は香る)と。
大聖人が示された、厳冬を勝ち越えた凱歌の春に、「桜梅桃李」という平和共生の人華の園を、世界中に薫り香らせゆかんと、人知れず心に期したのである。
時は満ち、時は来りて、晴れやかな女性部の新出発とともに、いやまして多彩な自体顕照の幸のスクラムが広がり、嬉しい限りだ。
◇「魂の独立」30年
御本仏の平等大慧の御精神を踏みにじる権威主義、差別主義の邪宗門の衣の呪縛を解き放ち、正義の学会が「魂の独立」を果たして三十周年を迎えた。
あの一九九一年(平成三年)の秋から年末、私は、関西の兵庫へ、大阪へ、中部の愛知へ、第二総東京へ、わが故郷・大田区をはじめ東京各区へ、大聖人有縁の千葉、神奈川、静岡へ、そして埼玉へと、西へ東へ、動きに動いた。
その前進は、「文化音楽祭」など、創価の意気軒昂なる歌や舞と共にあった。
さながら「ま(舞)いをも・まいぬべし」「をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(御書一三〇〇ページ)と仰せ通りの民衆の躍動である。
文化や芸術は、人間性の多彩な開花であり発露だ。それを教条的、独善的な偏見によって排斥する、生命抑圧の宗門と決別し、我らは晴れ晴れと進んだ。そして文化の力で、世界の人びとを結んできたのである。
過日、八王子を訪れた際、彼方に秀麗なる白雪の富士を望むことができた。
富士のある静岡、山梨の友の不屈の同志たちのことが胸に迫る。ことに富士宮特区の友は、「魂の独立」三十周年の記念日に大歓喜で集い合った。
痛快なる民衆の勝利劇に、私も快哉を叫んだ。
"富士宮の不二の同志、万歳!"——と。
このほど、東海道の青年たちが、学会正義を師子吼して戦った先輩同志の闘魂を後世に残そうと聞き取り調査を行い、証言集として届けてくれた。その後継の心意気が誠に頼もしい。
◇「勇気」を称えよ
「芸術は世界を一つに結びつけます」とは、楽聖ベートーベンの言葉である。
本年、コロナ禍に屈せず、創価グロリア吹奏楽団、創価ルネサンスバンガード、関西吹奏楽団、また、創価シャイニングスピリッツ、創価グランエスペランサ、創価ジャスティスウィングス、創価中部ブリリアンス・オブ・ピースなど、各地の音楽隊・鼓笛隊、さらに創価大学のパイオニア吹奏楽団等の活躍はめざましかった。
「創立の日」記念の本部幹部会でも、世界の青年部と音楽隊によるベートーベンの「第九」(歓喜の歌)が、全学会に満々と「飛躍の息吹」を行き渡らせてくれた。
「第九」といえば、四国の徳島や、福岡はじめ九州の友が歌い上げた大合唱も忘れることはできない。
ベートーベンに、「フィデリオ」という歌劇がある。
「レオノーレ」という名の妻が「フィデリオ」という偽名で男装して牢獄内に潜入し、不当に捕らわれた夫を助けるストーリーである。
劇中、厳しい困難を前に、レオノーレは歌う。
「希望よ来たれ、疲れはてた人々の最後の星を消さないでおくれ。そして私の目標をてらしておくれ」
レオノーレの勇敢な行動は、夫を陥れた悪人までも「何という法外な勇気だ」と感嘆させていく。
最後には夫と全ての国事犯が釈放され、「高いよろこびの情熱でレオノーレの気高き勇気はたたえられよ」との大合唱が轟き渡る。
それは、苦闘の友を励まし、いかなる大悪も大善へと転じゆく、世界中の創価の女性たちへの喝采と響き合っているのだ。
"女性部一期生"の労苦もあろう。しかし一切は後世の感謝と称賛に変わる。その大確信で、どこまでも仲良く、朗らかに、楽しい前進を、お願いしたい。
◇師弟は誓い深く
激動のこの一年、最愛のご家族を亡くされた方々もおられるだろう。
大聖人は、母を追善する四条金吾に仰せである。
——亡き母は釈迦・多宝・十方の諸仏の御宝前におられて、「これこそ四条金吾殿の母よ母よ」と同心に頭をなでられ、悦び褒められていますよ、と(御書一一一二ページ、趣意)。
広宣流布の真正の闘士である学会員の父母たちも、家族眷属も、皆、永遠に、大聖人の御照覧に包まれ、三世十方の仏菩薩から讃嘆され、厳護されゆくことを誇りとしていただきたい。
「希望・勝利の年」から、「青年・飛躍の年」へ!
忍耐と充実の冬から、友情と福徳の爛漫の春へ! 沖縄の桜の開花も近づく。共戦の喜びを沸き立たせ、地涌の青年を先頭に、さあ前進だ!
新春に
誓い深まる
師弟かな
御義口伝巻上 P715
『根深ければ則ち条茂く源遠ければ則ち流長きが如し』
【通解】
根が深ければ大木となり枝や葉は茂り、源が遠ければ流れが長いようなものである。
☆随筆「人間革命」光あれ 燃える命で飛躍の春へ 2021年12月27日
師走になると、尽きせぬ感謝とともに思い起こされる恩師の和歌がある。
勝ち負けは
人の生命の
常なれど
最後の勝をば
仏にぞ祈らむ
これは、一九五七年(昭和三十二年)の十二月に、戸田城聖先生から私が賜った一首である。
先生が波瀾万丈の苦難を乗り越え、生涯の願業たる七十五万世帯の大折伏を遂に達成された時であった。だが、体調を崩されて悲願の広島行きも断念し、静養を余儀なくされていた。
私自身、夕張炭労事件や大阪事件をはじめ、熾烈な攻防戦の矢面に立ち続けた渦中である。冤罪を晴らす法廷闘争も始まっていた。
御書に仰せのごとく、三障四魔が紛然と競い起こり、学会が更なる飛躍を果たせるか否かの分岐点にあったといってよい。
ゆえに先生は、「仏法と申すは勝負をさきとし」(御書一一六五ページ)との御聖訓を、自ら今一重深く拝された。
そして、何があろうとも、「師子王の心」で悠然と祈り、戦おう! 途中はどうあれ、最後は断じて勝とうではないか! 全学会員を勝たせようではないか!と、病を押して励ましてくださったのである。
不二の弟子として私は奮い立ち、強く固く決意した。
——一年また一年、世の毀誉褒貶を見下ろしながら、先陣を切って"次こそは""来年こそは"と、広布の法戦に挑みゆくのだ。わが誉れの同志が一人ももれなく、一切を変毒為薬して「最後の勝」を飾りゆけるように道を開くのだ、と。
ゆえに私にとって、何よりの喜びは、創価家族の凱歌の人生にほかならない。
つい先日も、聖教新聞に、牧口常三郎先生と戸田先生の故郷である北海道の百三歳を迎える多宝のお母さまが、それはそれは神々しい笑顔で紹介されていた。
度重なる悲嘆を越え、「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(同二三四ページ)との一節を拝し抜いてきた生命が輝いている。
「私は勝ちました」との大勝利宣言に、妻と最敬礼して拍手を送った。日本中、世界中に光る、この「最後の勝」の晴れ姿こそを、私は報恩の誠として先師と恩師に捧げたいのである。
◇冬に不屈の信心
北海道、東北、北陸、信越、北関東、近畿、中国、さらに世界の北国、雪国の宝友の冬のご苦労が偲ばれる。
折から寒波襲来で大雪となり、皆様の無事安穏を祈らずにはいられない。
とりわけ、日の出前の暗く寒い中、聖教新聞を配達してくださる、尊き「無冠の友」の無事故を祈念するとともに、この一年の労に最大に感謝申し上げたい。
厚田の天地に念願の墓園が開園した折、北海天地の友と私は御書を拝読した。
「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を」(同一二五三ページ)と。
そして約し合った。
厳寒の逆境を勝ち越えた春の訪れにこそ、計り知れない希望と喜びがある。"法華経は冬の信心なり。冬は必ず春となるのだ"と確信し、粘り強く苦難への挑戦を繰り返そう、と。
この御書を頂いた妙一尼は、迫害が続く中、夫に先立たれ、病気の子らを抱えながら、必死に信心を貫き通した女性である。
世界の創価の女性たちが鑑としてきた母である。
妙一尼は、流罪の大難に遭われた佐渡の日蓮大聖人のもとへ、自らの従者を遣わし、お仕えさせてもいる。
その御礼を綴られた御返事が、今回、御書の新版に新たに収められた。
大聖人は、釈尊が過去世に積んだ身の供養と対比されながら、法華経の行者を護り抜こうとする妙一尼の気高い「志」を、大絶賛されているのである。
「志既に彼に超過せり。来果何ぞ斉等ならざらんや」(御書新版一六九三ページ)——あなたの志はすでに彼の人(過去世の釈尊)を超えています。未来の果報がどうして同じでないことがあるでしょうか——と。
今また、妙法の広宣流布のために異体同心で戦う創価の同志、なかんずく女性たち母たちが無量無辺の大果報に包まれゆくことは、絶対に間違いないのだ。
◇桜梅は薫り 桃李は香る 平和と共生の人華を爛漫と!
「冬は必ず春となる」に続けて、大聖人が引かれた法華経の一節がある。
「若し法を聞くこと有らば 一りとして成仏せざること無けん」(創価学会版法華経一三八ページ)
誰一人として置き去りにせず、救っていくのだ! 必ず救い切れるのだ!と。
日蓮仏法は、いかなる困難な壁も越え、万人成仏の妙法を全世界に弘め、一切衆生を幸福にすることを根本の誓願とした「広宣流布の宗教」である。
そして、あらゆる差別を排し、誰もが平等に仏性を具えた尊極の存在であると、一人ひとりが個性を生かし合い、尊敬し合う「人間主義の宗教」なのだ。
思えば、一九七九年(昭和五十四年)の五月三日朝、公式に第三代会長を辞する総会を前に、私は内外の策動を清風の心で見極めながら、筆を執った。
「桜梅薫 桃李香」(桜梅は薫り 桃李は香る)と。
大聖人が示された、厳冬を勝ち越えた凱歌の春に、「桜梅桃李」という平和共生の人華の園を、世界中に薫り香らせゆかんと、人知れず心に期したのである。
時は満ち、時は来りて、晴れやかな女性部の新出発とともに、いやまして多彩な自体顕照の幸のスクラムが広がり、嬉しい限りだ。
◇「魂の独立」30年
御本仏の平等大慧の御精神を踏みにじる権威主義、差別主義の邪宗門の衣の呪縛を解き放ち、正義の学会が「魂の独立」を果たして三十周年を迎えた。
あの一九九一年(平成三年)の秋から年末、私は、関西の兵庫へ、大阪へ、中部の愛知へ、第二総東京へ、わが故郷・大田区をはじめ東京各区へ、大聖人有縁の千葉、神奈川、静岡へ、そして埼玉へと、西へ東へ、動きに動いた。
その前進は、「文化音楽祭」など、創価の意気軒昂なる歌や舞と共にあった。
さながら「ま(舞)いをも・まいぬべし」「をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(御書一三〇〇ページ)と仰せ通りの民衆の躍動である。
文化や芸術は、人間性の多彩な開花であり発露だ。それを教条的、独善的な偏見によって排斥する、生命抑圧の宗門と決別し、我らは晴れ晴れと進んだ。そして文化の力で、世界の人びとを結んできたのである。
過日、八王子を訪れた際、彼方に秀麗なる白雪の富士を望むことができた。
富士のある静岡、山梨の友の不屈の同志たちのことが胸に迫る。ことに富士宮特区の友は、「魂の独立」三十周年の記念日に大歓喜で集い合った。
痛快なる民衆の勝利劇に、私も快哉を叫んだ。
"富士宮の不二の同志、万歳!"——と。
このほど、東海道の青年たちが、学会正義を師子吼して戦った先輩同志の闘魂を後世に残そうと聞き取り調査を行い、証言集として届けてくれた。その後継の心意気が誠に頼もしい。
◇「勇気」を称えよ
「芸術は世界を一つに結びつけます」とは、楽聖ベートーベンの言葉である。
本年、コロナ禍に屈せず、創価グロリア吹奏楽団、創価ルネサンスバンガード、関西吹奏楽団、また、創価シャイニングスピリッツ、創価グランエスペランサ、創価ジャスティスウィングス、創価中部ブリリアンス・オブ・ピースなど、各地の音楽隊・鼓笛隊、さらに創価大学のパイオニア吹奏楽団等の活躍はめざましかった。
「創立の日」記念の本部幹部会でも、世界の青年部と音楽隊によるベートーベンの「第九」(歓喜の歌)が、全学会に満々と「飛躍の息吹」を行き渡らせてくれた。
「第九」といえば、四国の徳島や、福岡はじめ九州の友が歌い上げた大合唱も忘れることはできない。
ベートーベンに、「フィデリオ」という歌劇がある。
「レオノーレ」という名の妻が「フィデリオ」という偽名で男装して牢獄内に潜入し、不当に捕らわれた夫を助けるストーリーである。
劇中、厳しい困難を前に、レオノーレは歌う。
「希望よ来たれ、疲れはてた人々の最後の星を消さないでおくれ。そして私の目標をてらしておくれ」
レオノーレの勇敢な行動は、夫を陥れた悪人までも「何という法外な勇気だ」と感嘆させていく。
最後には夫と全ての国事犯が釈放され、「高いよろこびの情熱でレオノーレの気高き勇気はたたえられよ」との大合唱が轟き渡る。
それは、苦闘の友を励まし、いかなる大悪も大善へと転じゆく、世界中の創価の女性たちへの喝采と響き合っているのだ。
"女性部一期生"の労苦もあろう。しかし一切は後世の感謝と称賛に変わる。その大確信で、どこまでも仲良く、朗らかに、楽しい前進を、お願いしたい。
◇師弟は誓い深く
激動のこの一年、最愛のご家族を亡くされた方々もおられるだろう。
大聖人は、母を追善する四条金吾に仰せである。
——亡き母は釈迦・多宝・十方の諸仏の御宝前におられて、「これこそ四条金吾殿の母よ母よ」と同心に頭をなでられ、悦び褒められていますよ、と(御書一一一二ページ、趣意)。
広宣流布の真正の闘士である学会員の父母たちも、家族眷属も、皆、永遠に、大聖人の御照覧に包まれ、三世十方の仏菩薩から讃嘆され、厳護されゆくことを誇りとしていただきたい。
「希望・勝利の年」から、「青年・飛躍の年」へ!
忍耐と充実の冬から、友情と福徳の爛漫の春へ! 沖縄の桜の開花も近づく。共戦の喜びを沸き立たせ、地涌の青年を先頭に、さあ前進だ!
新春に
誓い深まる
師弟かな
2022年1月1日土曜日
2022.01.01 わが友に贈る
「願わくは、我が弟子等、
大願をおこせ」御聖訓。
立正安国に生き抜く
誉れの人生を堂々と!
飛躍の一年を共々に!
顕仏未来記 P508
『月は西より出でて東を照し日は東より出でて西を照す仏法も又以て是くの如し正像には西より東に向い末法には東より西に往く』
【通解】
月は西から出て東を照らし、日は東から出て西を照らす。仏法もまた同じである。正法並びに像法時代には西のインドから東へ伝わり、末法においては、東の日本から西へ流布していくのである
名字の言 池田先生の「生涯青春」の信念に感動した井上靖氏 2022年1月1日
作家の井上靖氏が正月元日の感懐をつづった短文がある。子どもたちが凧を持って、近くの公園に出掛けていった。やにわに家の中が静かになると「思いは自分のところに戻って来る」▼歳を重ねた自分は、もう凍てついた広場へ元気に向かうこともない。凧も持っていない。だが何かを揚げなければならない。そんな思いがやって来る。「凧に似たものを、高く揚がるものを、烈風の中に舞い、奔り、狂うものを、高く揚げなければならぬと思う」と▼池田先生との往復書簡『四季の雁書』で紹介された話である。先生がつづった「生涯青春」の信念に感動して、氏がしたためた返事だった。わが胸中に高く揚がるものが、あるや否や——その問いを持ち続ける限り、人は"青年"を生きている▼戸田先生は1958年、生涯最後となる年頭所感で「勇猛精進」と題し、訴えた。「きょうよりも明日、今月よりも来月、ことしよりも来年と、いよいよ信心強盛に励むことが、一年の計の基本であり、一生の計の根本となるのだ」。年々歳々、月々日々に、この師の言葉を実践してきた池田先生の闘争ありて、今日の世界広布は開かれた▼高く高く、もっと高く。幸福勝利の大空を目指して、「青年・飛躍の年」を出発しよう。
寸鉄 2022年1月1日
「灯を入れぬればあかく」御書。太陽の仏法の光を我らの対話で普く世界へ
信心は栄光勝利の羅針盤 さあ創価家族の団結固く新たな広布の山を登攀!
夕張事件と大阪事件65年 偉大な人権闘争。正義を受け継ぐ不二の若人走れ
明朝、箱根駅伝の号砲!全チームの大健闘祈る。選手に届けと自宅で声援
沖縄本土復帰50年。最も苦しんだ人が最も幸せに—平和の宝土に連帯燦然
☆新年の歌 池田大作先生
人類を
結ぶ聖典
心肝に
われ地涌なりと
壁を破れや
万代の
女性の幸福を
ふみあける
和楽の舞の
励まし姉妹よ
人創る
者の王たり
学会は
地走り空飛び
地球に栄えを
二〇二二年 元旦
☆大白蓮華巻頭言2022年1月号 誉れの地区に福智の海あり
日本、そして世界の識者との語らいの中で、しばしば異口同音に感心されていたことがある。
「創価学会の方々の眼差しは優しい。人間と生命への慈愛かあります。世界にとって、かけがえのない宝です」と。
法華経の観世音菩薩普門品第二十五には、「慈眼もて衆生を視る 福聚の海は無限なり」と説かれている。
日蓮大聖人は、この経文を通し、妙法の慈悲を体現して、海のごとく福智を無量に開いていくよう示された。その通り、どの人にも仏の生命ありと慈しみの眼を注ぎ、どんな宿命も打開できると勇気の声を送ってきたのが、創価家族である。
私は、とりわけ「地区」こそ、笑顔の慈眼で見交わし、仏のごとく互いに敬いながら、地域社会を大誠実の福徳と智慧で潤していく「福智の海」であると、祈りの一念を定めてきた。
一九六一年の最初のアジア歴訪の折、まだ人数が少ないゆえに、各国の地区の結成をためらうりリーダーヘ、私は言った。
「『0』には、何を掛けても『0』だが、『1』は何を掛けるかで、無限に広がっていく。だから、その『1』を、その一人を、大切に育てあげ、強くすることです」と。
そして一つの地区の「福智の海」から、どれほど人材が育ち、三十年後には、その国の広布の大海原がどこまで広がりゆくかを明確に展望し、着実に手を打ち続けてきたのである。
新たな飛躍の出発点は、「地区」であることを忘れまい。
今、不信や偏見の冷たい視線が人の心を傷つけ、引き裂く時代にあって、創価の「慈眼」の励ましが、いかに重要か。
御義口伝に曰く、「南無妙法蓮華経は福智の二法なり」と。
慈折広布の誓願の題目を唱え、満々たる福智を湛えながら、尊き地区部長、尊き地区女性部長を中心に、ますます温かく大らかな信頼の絆で、青年・飛躍の千波万波を広げゆこう!
わが地区の
仏法流布を
託されて
不二の心で
励む随喜よ
☆2022年 主な学会史
〈1月25日〉大阪事件無罪判決60周年
〈1月27日〉東洋哲学研究所創立60周年
〈1月29日〜2月〉二月闘争70周年
〈5月5日〉トインビー博士との対談開始50周年
〈6月30日〉学生部結成65周年
〈7月1日〉札幌大会65年
〈7月2日〉夕張大会65年
〈7月12日〉東京大会65年
〈7月17日〉大阪大会65年
〈8月14日〉戸田先生・池田先生 師弟の出会い75周年
〈8月31日〉「御義口伝」講義開始60周年
〈9月8日〉戸田先生の「原水爆禁止宣言」65周年
☆2022 1月の学会史
◎1・2 池田先生が男子部の第1部隊長に就任
1953年(昭和28年)1月2日、25歳の池田先生が男子部の第1部隊長に就任。翌54年3月までに、部員数を当初の4倍近くにまで拡大した。
※参考資料=小説『新・人間革命』第17巻「民衆城」
◎1・10〜15 雪の秋田指導
1982年(昭和57年)1月10日からの6日間、池田先生は障魔の嵐に耐えた秋田の友のもとへ。渾身の励ましを送り、正義の勝ち鬨を上げた。2022年で40周年。
※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈下〉「勝ち鬨」
◎1・14「さんふらわあ7」号で四国の同志が師のもとへ
1980年(昭和55年)1月14日、第1次宗門事件の渦中、四国4県の代表約800人が客船「さんふらわあ7」号に乗り、池田先生の待つ神奈川へ。同年5月にも2度、訪れている。
※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈上〉「雌伏」
◎1・15「中等部結成記念日」
1965年(昭和40年)1月15日、中等部結成を記念する集いが全国で行われた。
※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」
◎1・25「大阪事件」無罪判決
1957年(昭和32年)7月3日、池田先生は参院大阪地方区の補欠選挙における事実無根の選挙違反容疑で不当逮捕され、7月17日に出獄。
4年半の法廷闘争の末、62年1月25日、大阪地裁の無罪判決が出た。同年2月8日、検察は控訴を断念し、無罪が確定。2022年で60周年。
※参考資料=『新・人間革命』第5巻「獅子」
◎1・26「SGIの日」
1975年(昭和50年)1月26日、グアムに世界51カ国・地域の代表が集まって開かれた第1回「世界平和会議」で、「SGI(創価学会インタナショナル)」が発足。
池田先生はこの日に寄せ、83年から毎年、記念提言を発表している。
※参考資料=『新・人間革命』第21巻「SGI」
◎1・27「東洋哲学研究所」発足
1962年(昭和37年)1月27日、アジア文化等の研究機関として東洋学術研究所(現・東洋哲学研究所)が発足し、2022年で60周年。
※参考資料=『新・人間革命』第6巻「宝土」
◎1・29 中東初訪問
1962年(昭和37年)1月29日、池田先生が初の中東訪問へ出発。同30日、イランのテヘランに第一歩をしるす。2022年で60周年。
※参考資料=『新・人間革命』第6巻「宝土」「遠路」
◎「青年・飛躍の年」明けましておめでとうございます。コロナを乗り越え、青年の息吹で大いなる自分自身の大成長の飛躍の一年にして参りましょう (^^♪
大願をおこせ」御聖訓。
立正安国に生き抜く
誉れの人生を堂々と!
飛躍の一年を共々に!
顕仏未来記 P508
『月は西より出でて東を照し日は東より出でて西を照す仏法も又以て是くの如し正像には西より東に向い末法には東より西に往く』
【通解】
月は西から出て東を照らし、日は東から出て西を照らす。仏法もまた同じである。正法並びに像法時代には西のインドから東へ伝わり、末法においては、東の日本から西へ流布していくのである
名字の言 池田先生の「生涯青春」の信念に感動した井上靖氏 2022年1月1日
作家の井上靖氏が正月元日の感懐をつづった短文がある。子どもたちが凧を持って、近くの公園に出掛けていった。やにわに家の中が静かになると「思いは自分のところに戻って来る」▼歳を重ねた自分は、もう凍てついた広場へ元気に向かうこともない。凧も持っていない。だが何かを揚げなければならない。そんな思いがやって来る。「凧に似たものを、高く揚がるものを、烈風の中に舞い、奔り、狂うものを、高く揚げなければならぬと思う」と▼池田先生との往復書簡『四季の雁書』で紹介された話である。先生がつづった「生涯青春」の信念に感動して、氏がしたためた返事だった。わが胸中に高く揚がるものが、あるや否や——その問いを持ち続ける限り、人は"青年"を生きている▼戸田先生は1958年、生涯最後となる年頭所感で「勇猛精進」と題し、訴えた。「きょうよりも明日、今月よりも来月、ことしよりも来年と、いよいよ信心強盛に励むことが、一年の計の基本であり、一生の計の根本となるのだ」。年々歳々、月々日々に、この師の言葉を実践してきた池田先生の闘争ありて、今日の世界広布は開かれた▼高く高く、もっと高く。幸福勝利の大空を目指して、「青年・飛躍の年」を出発しよう。
寸鉄 2022年1月1日
「灯を入れぬればあかく」御書。太陽の仏法の光を我らの対話で普く世界へ
信心は栄光勝利の羅針盤 さあ創価家族の団結固く新たな広布の山を登攀!
夕張事件と大阪事件65年 偉大な人権闘争。正義を受け継ぐ不二の若人走れ
明朝、箱根駅伝の号砲!全チームの大健闘祈る。選手に届けと自宅で声援
沖縄本土復帰50年。最も苦しんだ人が最も幸せに—平和の宝土に連帯燦然
☆新年の歌 池田大作先生
人類を
結ぶ聖典
心肝に
われ地涌なりと
壁を破れや
万代の
女性の幸福を
ふみあける
和楽の舞の
励まし姉妹よ
人創る
者の王たり
学会は
地走り空飛び
地球に栄えを
二〇二二年 元旦
☆大白蓮華巻頭言2022年1月号 誉れの地区に福智の海あり
日本、そして世界の識者との語らいの中で、しばしば異口同音に感心されていたことがある。
「創価学会の方々の眼差しは優しい。人間と生命への慈愛かあります。世界にとって、かけがえのない宝です」と。
法華経の観世音菩薩普門品第二十五には、「慈眼もて衆生を視る 福聚の海は無限なり」と説かれている。
日蓮大聖人は、この経文を通し、妙法の慈悲を体現して、海のごとく福智を無量に開いていくよう示された。その通り、どの人にも仏の生命ありと慈しみの眼を注ぎ、どんな宿命も打開できると勇気の声を送ってきたのが、創価家族である。
私は、とりわけ「地区」こそ、笑顔の慈眼で見交わし、仏のごとく互いに敬いながら、地域社会を大誠実の福徳と智慧で潤していく「福智の海」であると、祈りの一念を定めてきた。
一九六一年の最初のアジア歴訪の折、まだ人数が少ないゆえに、各国の地区の結成をためらうりリーダーヘ、私は言った。
「『0』には、何を掛けても『0』だが、『1』は何を掛けるかで、無限に広がっていく。だから、その『1』を、その一人を、大切に育てあげ、強くすることです」と。
そして一つの地区の「福智の海」から、どれほど人材が育ち、三十年後には、その国の広布の大海原がどこまで広がりゆくかを明確に展望し、着実に手を打ち続けてきたのである。
新たな飛躍の出発点は、「地区」であることを忘れまい。
今、不信や偏見の冷たい視線が人の心を傷つけ、引き裂く時代にあって、創価の「慈眼」の励ましが、いかに重要か。
御義口伝に曰く、「南無妙法蓮華経は福智の二法なり」と。
慈折広布の誓願の題目を唱え、満々たる福智を湛えながら、尊き地区部長、尊き地区女性部長を中心に、ますます温かく大らかな信頼の絆で、青年・飛躍の千波万波を広げゆこう!
わが地区の
仏法流布を
託されて
不二の心で
励む随喜よ
☆2022年 主な学会史
〈1月25日〉大阪事件無罪判決60周年
〈1月27日〉東洋哲学研究所創立60周年
〈1月29日〜2月〉二月闘争70周年
〈5月5日〉トインビー博士との対談開始50周年
〈6月30日〉学生部結成65周年
〈7月1日〉札幌大会65年
〈7月2日〉夕張大会65年
〈7月12日〉東京大会65年
〈7月17日〉大阪大会65年
〈8月14日〉戸田先生・池田先生 師弟の出会い75周年
〈8月31日〉「御義口伝」講義開始60周年
〈9月8日〉戸田先生の「原水爆禁止宣言」65周年
☆2022 1月の学会史
◎1・2 池田先生が男子部の第1部隊長に就任
1953年(昭和28年)1月2日、25歳の池田先生が男子部の第1部隊長に就任。翌54年3月までに、部員数を当初の4倍近くにまで拡大した。
※参考資料=小説『新・人間革命』第17巻「民衆城」
◎1・10〜15 雪の秋田指導
1982年(昭和57年)1月10日からの6日間、池田先生は障魔の嵐に耐えた秋田の友のもとへ。渾身の励ましを送り、正義の勝ち鬨を上げた。2022年で40周年。
※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈下〉「勝ち鬨」
◎1・14「さんふらわあ7」号で四国の同志が師のもとへ
1980年(昭和55年)1月14日、第1次宗門事件の渦中、四国4県の代表約800人が客船「さんふらわあ7」号に乗り、池田先生の待つ神奈川へ。同年5月にも2度、訪れている。
※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈上〉「雌伏」
◎1・15「中等部結成記念日」
1965年(昭和40年)1月15日、中等部結成を記念する集いが全国で行われた。
※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」
◎1・25「大阪事件」無罪判決
1957年(昭和32年)7月3日、池田先生は参院大阪地方区の補欠選挙における事実無根の選挙違反容疑で不当逮捕され、7月17日に出獄。
4年半の法廷闘争の末、62年1月25日、大阪地裁の無罪判決が出た。同年2月8日、検察は控訴を断念し、無罪が確定。2022年で60周年。
※参考資料=『新・人間革命』第5巻「獅子」
◎1・26「SGIの日」
1975年(昭和50年)1月26日、グアムに世界51カ国・地域の代表が集まって開かれた第1回「世界平和会議」で、「SGI(創価学会インタナショナル)」が発足。
池田先生はこの日に寄せ、83年から毎年、記念提言を発表している。
※参考資料=『新・人間革命』第21巻「SGI」
◎1・27「東洋哲学研究所」発足
1962年(昭和37年)1月27日、アジア文化等の研究機関として東洋学術研究所(現・東洋哲学研究所)が発足し、2022年で60周年。
※参考資料=『新・人間革命』第6巻「宝土」
◎1・29 中東初訪問
1962年(昭和37年)1月29日、池田先生が初の中東訪問へ出発。同30日、イランのテヘランに第一歩をしるす。2022年で60周年。
※参考資料=『新・人間革命』第6巻「宝土」「遠路」
◎「青年・飛躍の年」明けましておめでとうございます。コロナを乗り越え、青年の息吹で大いなる自分自身の大成長の飛躍の一年にして参りましょう (^^♪
2021年12月31日金曜日
2021.12.31 わが友に贈る
新聞休刊日
兄弟抄 P1081
『此の世界は第六天の魔王の所領なり一切衆生は無始已来彼の魔王の眷属なり、六道の中に二十五有と申すろうをかまへて一切衆生を入るるのみならず妻子と申すほだしをうち父母主君と申すあみをそらにはり貪瞋癡の酒をのませて仏性の本心をたぼらかす、但あくのさかなのみをすすめて三悪道の大地に伏臥せしむ、たまたま善の心あれば障碍をなす』
【通解】
そもそも、この娑婆世界は、第六天の魔王の所領です。そして、一切衆生は、無始已来、第六天の魔王の眷属です。第六天の魔王は、六道の中 に、二十五有(注、欲界の四悪趣・四州・六欲天、色界の大梵天・四禅天・無想 天・五浄居天、無色界の四空処天)という牢を構えて、その牢の中に一切衆生を 入れるだけでなく、妻子という足かせを打ち、父母・主君という網を天に張り、 三毒の酒を飲ませて、仏性の本心を狂わせるのです。第六天の魔王は、ただ、悪の肴ばかりを勧めて、三悪道の大地に倒れさせます。そして、たまたま、善心を持っている者に対しては、妨害を行います。
☆四季の励まし 大勝利の一年に「ありがとう」 2021年12月26日
◇池田先生の言葉
感謝の心から歓喜が湧く。
歓喜は意欲と活力と
創造の源となる。
ゆえに、
人生の勝利もまた、
感謝から生まれる。
今の自分があるのは、
多くの人々の
おかげであることを知り、
感謝の心を持って、
今度は自分が人々のために
尽くしていく。
この行為こそが、
「知恩」であり
「報恩」である。
報恩は、人間性の証明だ。
「心こそ大切」——
ここに信仰の極意がある。
人に真心を尽くす。
受けた真心は大切にする。
私はそれを、
厳格に実行し抜いてきた。
私は、お世話になった
方々のことは
絶対に忘れない。
御礼と
感謝の言葉によって、
信頼と友好の絆は
強まっていく。
人に対して、どれだけ
「ありがとう」と言えるか、
感謝の言葉を語れるか——
実は、そこに
人徳が表れるといっても
過言ではない。
我ら創価家族は、
この一年も大いに動き、
大いに語って、
広宣流布の前進を
成し遂げた。
希望を広げた。
未来を開いた。
夏の炎暑にも、
冬の寒風にも負けず、
堂々たる
完勝の一年を飾った。
わが弟子、
わが同志の大勝利が、
本当に嬉しい。
誰が知らなくとも、
誰が誉めなくとも、
仏天は全て
お見通しである。
陰の献身は、
一切合切が
自らの福徳となり、
命の輝きとなる。
「陰徳陽報」という、
生命の究極の栄光が
ここにあるのだ。
【写真説明】東京牧口記念会館(八王子市)から、真白き王者の富士が山並みの彼方に厳とそびえていた。池田大作先生が今月に撮影した一葉である。この気高き富士を仰いだ感慨を、先生は「この一年、広布と人生の見事な凱歌を飾った全同志を労い讃える英姿なり」とつづっている。
あらゆる困難を乗り越えて、創価の凱歌を轟かせたこの一年。大勝利は、立正安国の地涌の使命を燃やした、全ての同志の総合力の結晶である。年末年始は、家族や親戚、友人などと心を通わせる好機。報恩・感謝を真心の言葉で伝えつつ、「青年・飛躍」の明年へ走りゆこう。
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第17回 滋賀
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「滋賀——喜び育む湖国の恵み」〈2014年9月号〉を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。かつて「近江を制するものは天下を制する」といわれ、天下人らが堅固な城を築いた歴史の舞台・滋賀。日本最大の湖があり、豊かな文化が花開いた。400を超える河川の流れを受け入れる琵琶湖のように、多くの友と交流しながら、心を大きく豊かに広げていきたい。
移りゆく
歴史を見つめし
琵琶湖かな
未来を映せよ
滋賀の勝利の
人類の多様な文明を見つめ、世界中を旅してこられたイギリスの歴史家トインビー博士が、私に懐かしそうに語ってくださったことがあります。
「私がこれまでの人生で見た、最も美しい風景の一つは、琵琶湖のほとりの、黄金色に輝いた刈り入れ時の稲田の風景でしょう。湖水は陽光に映えて碧々と輝いていました」と。
ロンドンの博士のご自宅には、その時に撮った写真が大切に飾られていました。
日本一なる琵琶湖は、世界の知性から深く愛される地球の美の宝です。
それは、命を育み、大地を潤す水の宝庫です。
そこには、天を巡る太陽も、月光も、星々も、四季折々の地上の草木や生きものたちの営みも、明鏡のように映じています。
さらに、琵琶湖の恵みを活かしながら、暮らしてきた人々の生活も、詩情豊かに映し出されてきました。
澄んだ湖のように心の鏡を磨くなら、けなげに生きゆく命の美しさが明らかに映ってきます。
大きな湖のように心の鏡を広げるなら、皆が見落としている世界の素晴らしさも鮮やかに見えてくるにちがいありません。
◇日々に新たに
〈池田先生は、四季折々に装いを変える琵琶湖畔を散策したことや、地域貢献に励む友と語り合った思い出を述懐。湖国の美景が人々の心を感化し、「創造の力」を育んだと語り、この地に育まれた文化に光を当てる〉
「文化財の宝庫」と言われる滋賀の心を継承された女性・小倉遊亀画伯(大津市生まれ)の名作を、わが東京富士美術館で展示させていただいたことがあります。
画伯は、何を描いても同じようになってしまうと悩んでいた時、恩師から「自分の型を破る」ようアドバイスを受けたといいます。以来、「日々に新たに」、すなわち「生れ替りたい、そして新しく出直したい」と、新しい挑戦を繰り返していきました。挑戦の勇気があってこそ、自身の殻を破り、向上できるのでしょう。
画伯が描きたかったのは、「明るく、温かく、楽しいもの。/草にも木にも雲にも動物にも、通い合う愛のこころ。/生きることの喜びを感じ合うすこやかさ」にあふれた世界でした。
まさに、私たちが敬愛する滋賀の天地です。
田園の農道に咲き誇る、あの明るい菜の花、レンゲ草の畑。近江富士の優美な姿、白銀や霞をまとう伊吹山の幽玄、悠然たる瀬田川の流れ……。
それぞれが、生きる喜びと、生き抜く崇高さを謳い上げているようです。
歴史上、日本三大商人に挙げられる「近江商人」は、全国で行商に励みました。この近江商人に継承されたのが「三方よし(売手によし・買手によし・世間によし)」の信念でした。売り手と買い手だけでなく、その地の世間の人々にとっても、利益となることを目指したのです。
行商と言えば、私は、東近江市の友人家族のお宅に伺ったことを思い起こします。
そのご一家の婦人は、不慮の事故で夫を亡くしました。幼い三人のお子さんを抱え、多額の借金を背負いました。店も家も手放して、家畜小屋を改造して住んだといいます。婦人は、泣くような思いで、何度も何度も近江盆地から峠を越え、京都の街を行商に歩きました。
その絶望の淵にあって、希望の生命哲学と出あい、「もう一度人生に挑戦してみよう」と立ち上がったのです。一家の生活革命のため、同じように悩みに苦しむ友のため、必死に働き、活動しました。心ない人々の嘲笑にも断じて負けない。婦人は当時を「歯くいしばってナ」「"頑張るんや"って、自分に言い聞かせながら戦ってきたんですワ」と振り返っていました。
その母の姿を見て育ったお子さんたちは皆、立派に成長して、母を助けました。そして、ご一家は、人々の誇りとなるお店を築いて、胸を張って、地域に社会に貢献しています。
婦人がアメリカで、人々のために自身の人間革命の体験を語ると、皆が涙を流して聞いてくれたそうです。その姿に感銘した婦人は「さらに力の限り幸福の楽土の建設に取り組んでいきます」と誓っていました。
一人の人生、一つの地域における勝利の劇は、世界の友を勇気づける励ましとなるのです。
「近江聖人」と称えられた十七世紀の思想家・中江藤樹(高島出身)は、身近な家族、地域、職場の人々に対する「愛敬の二字」を強調しました。
「人を愛しうやまうは、すなわちおのれを愛しうやまうところなり」と。
ここに、自分も他者も、共に生き、共に繁栄していくべき原理があります。
◇喜びを育む
〈結びに、池田先生は、青年を育む滋賀の希望の未来を見つめた〉
滋賀の「滋」の字には「そだつ」「やしなう」の意味があります。あわせて「賀」の字は「よろこび」の意味を持っています。滋賀の名には、言わば、自他共の「喜びを育む」、青年を「育てる喜び」など、希望に満ちた意義が重なるのです。
若き友の心に「希望の種」を蒔く。それは、滋賀の県木モミジのように、美しい「幸福の樹」「繁栄の樹」「平和の樹」へと伸びゆくことでしょう。そして、琵琶湖の鏡に、明るい未来となって映し出されるでありましょう。
永遠に
家族と薫らむ
滋賀の友
幸と心で
この世かざれや
(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第3巻所収)
◎本年も、わが友メールをご愛読いただき、誠にありがとうございました (^^♪
兄弟抄 P1081
『此の世界は第六天の魔王の所領なり一切衆生は無始已来彼の魔王の眷属なり、六道の中に二十五有と申すろうをかまへて一切衆生を入るるのみならず妻子と申すほだしをうち父母主君と申すあみをそらにはり貪瞋癡の酒をのませて仏性の本心をたぼらかす、但あくのさかなのみをすすめて三悪道の大地に伏臥せしむ、たまたま善の心あれば障碍をなす』
【通解】
そもそも、この娑婆世界は、第六天の魔王の所領です。そして、一切衆生は、無始已来、第六天の魔王の眷属です。第六天の魔王は、六道の中 に、二十五有(注、欲界の四悪趣・四州・六欲天、色界の大梵天・四禅天・無想 天・五浄居天、無色界の四空処天)という牢を構えて、その牢の中に一切衆生を 入れるだけでなく、妻子という足かせを打ち、父母・主君という網を天に張り、 三毒の酒を飲ませて、仏性の本心を狂わせるのです。第六天の魔王は、ただ、悪の肴ばかりを勧めて、三悪道の大地に倒れさせます。そして、たまたま、善心を持っている者に対しては、妨害を行います。
☆四季の励まし 大勝利の一年に「ありがとう」 2021年12月26日
◇池田先生の言葉
感謝の心から歓喜が湧く。
歓喜は意欲と活力と
創造の源となる。
ゆえに、
人生の勝利もまた、
感謝から生まれる。
今の自分があるのは、
多くの人々の
おかげであることを知り、
感謝の心を持って、
今度は自分が人々のために
尽くしていく。
この行為こそが、
「知恩」であり
「報恩」である。
報恩は、人間性の証明だ。
「心こそ大切」——
ここに信仰の極意がある。
人に真心を尽くす。
受けた真心は大切にする。
私はそれを、
厳格に実行し抜いてきた。
私は、お世話になった
方々のことは
絶対に忘れない。
御礼と
感謝の言葉によって、
信頼と友好の絆は
強まっていく。
人に対して、どれだけ
「ありがとう」と言えるか、
感謝の言葉を語れるか——
実は、そこに
人徳が表れるといっても
過言ではない。
我ら創価家族は、
この一年も大いに動き、
大いに語って、
広宣流布の前進を
成し遂げた。
希望を広げた。
未来を開いた。
夏の炎暑にも、
冬の寒風にも負けず、
堂々たる
完勝の一年を飾った。
わが弟子、
わが同志の大勝利が、
本当に嬉しい。
誰が知らなくとも、
誰が誉めなくとも、
仏天は全て
お見通しである。
陰の献身は、
一切合切が
自らの福徳となり、
命の輝きとなる。
「陰徳陽報」という、
生命の究極の栄光が
ここにあるのだ。
【写真説明】東京牧口記念会館(八王子市)から、真白き王者の富士が山並みの彼方に厳とそびえていた。池田大作先生が今月に撮影した一葉である。この気高き富士を仰いだ感慨を、先生は「この一年、広布と人生の見事な凱歌を飾った全同志を労い讃える英姿なり」とつづっている。
あらゆる困難を乗り越えて、創価の凱歌を轟かせたこの一年。大勝利は、立正安国の地涌の使命を燃やした、全ての同志の総合力の結晶である。年末年始は、家族や親戚、友人などと心を通わせる好機。報恩・感謝を真心の言葉で伝えつつ、「青年・飛躍」の明年へ走りゆこう。
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第17回 滋賀
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「滋賀——喜び育む湖国の恵み」〈2014年9月号〉を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。かつて「近江を制するものは天下を制する」といわれ、天下人らが堅固な城を築いた歴史の舞台・滋賀。日本最大の湖があり、豊かな文化が花開いた。400を超える河川の流れを受け入れる琵琶湖のように、多くの友と交流しながら、心を大きく豊かに広げていきたい。
移りゆく
歴史を見つめし
琵琶湖かな
未来を映せよ
滋賀の勝利の
人類の多様な文明を見つめ、世界中を旅してこられたイギリスの歴史家トインビー博士が、私に懐かしそうに語ってくださったことがあります。
「私がこれまでの人生で見た、最も美しい風景の一つは、琵琶湖のほとりの、黄金色に輝いた刈り入れ時の稲田の風景でしょう。湖水は陽光に映えて碧々と輝いていました」と。
ロンドンの博士のご自宅には、その時に撮った写真が大切に飾られていました。
日本一なる琵琶湖は、世界の知性から深く愛される地球の美の宝です。
それは、命を育み、大地を潤す水の宝庫です。
そこには、天を巡る太陽も、月光も、星々も、四季折々の地上の草木や生きものたちの営みも、明鏡のように映じています。
さらに、琵琶湖の恵みを活かしながら、暮らしてきた人々の生活も、詩情豊かに映し出されてきました。
澄んだ湖のように心の鏡を磨くなら、けなげに生きゆく命の美しさが明らかに映ってきます。
大きな湖のように心の鏡を広げるなら、皆が見落としている世界の素晴らしさも鮮やかに見えてくるにちがいありません。
◇日々に新たに
〈池田先生は、四季折々に装いを変える琵琶湖畔を散策したことや、地域貢献に励む友と語り合った思い出を述懐。湖国の美景が人々の心を感化し、「創造の力」を育んだと語り、この地に育まれた文化に光を当てる〉
「文化財の宝庫」と言われる滋賀の心を継承された女性・小倉遊亀画伯(大津市生まれ)の名作を、わが東京富士美術館で展示させていただいたことがあります。
画伯は、何を描いても同じようになってしまうと悩んでいた時、恩師から「自分の型を破る」ようアドバイスを受けたといいます。以来、「日々に新たに」、すなわち「生れ替りたい、そして新しく出直したい」と、新しい挑戦を繰り返していきました。挑戦の勇気があってこそ、自身の殻を破り、向上できるのでしょう。
画伯が描きたかったのは、「明るく、温かく、楽しいもの。/草にも木にも雲にも動物にも、通い合う愛のこころ。/生きることの喜びを感じ合うすこやかさ」にあふれた世界でした。
まさに、私たちが敬愛する滋賀の天地です。
田園の農道に咲き誇る、あの明るい菜の花、レンゲ草の畑。近江富士の優美な姿、白銀や霞をまとう伊吹山の幽玄、悠然たる瀬田川の流れ……。
それぞれが、生きる喜びと、生き抜く崇高さを謳い上げているようです。
歴史上、日本三大商人に挙げられる「近江商人」は、全国で行商に励みました。この近江商人に継承されたのが「三方よし(売手によし・買手によし・世間によし)」の信念でした。売り手と買い手だけでなく、その地の世間の人々にとっても、利益となることを目指したのです。
行商と言えば、私は、東近江市の友人家族のお宅に伺ったことを思い起こします。
そのご一家の婦人は、不慮の事故で夫を亡くしました。幼い三人のお子さんを抱え、多額の借金を背負いました。店も家も手放して、家畜小屋を改造して住んだといいます。婦人は、泣くような思いで、何度も何度も近江盆地から峠を越え、京都の街を行商に歩きました。
その絶望の淵にあって、希望の生命哲学と出あい、「もう一度人生に挑戦してみよう」と立ち上がったのです。一家の生活革命のため、同じように悩みに苦しむ友のため、必死に働き、活動しました。心ない人々の嘲笑にも断じて負けない。婦人は当時を「歯くいしばってナ」「"頑張るんや"って、自分に言い聞かせながら戦ってきたんですワ」と振り返っていました。
その母の姿を見て育ったお子さんたちは皆、立派に成長して、母を助けました。そして、ご一家は、人々の誇りとなるお店を築いて、胸を張って、地域に社会に貢献しています。
婦人がアメリカで、人々のために自身の人間革命の体験を語ると、皆が涙を流して聞いてくれたそうです。その姿に感銘した婦人は「さらに力の限り幸福の楽土の建設に取り組んでいきます」と誓っていました。
一人の人生、一つの地域における勝利の劇は、世界の友を勇気づける励ましとなるのです。
「近江聖人」と称えられた十七世紀の思想家・中江藤樹(高島出身)は、身近な家族、地域、職場の人々に対する「愛敬の二字」を強調しました。
「人を愛しうやまうは、すなわちおのれを愛しうやまうところなり」と。
ここに、自分も他者も、共に生き、共に繁栄していくべき原理があります。
◇喜びを育む
〈結びに、池田先生は、青年を育む滋賀の希望の未来を見つめた〉
滋賀の「滋」の字には「そだつ」「やしなう」の意味があります。あわせて「賀」の字は「よろこび」の意味を持っています。滋賀の名には、言わば、自他共の「喜びを育む」、青年を「育てる喜び」など、希望に満ちた意義が重なるのです。
若き友の心に「希望の種」を蒔く。それは、滋賀の県木モミジのように、美しい「幸福の樹」「繁栄の樹」「平和の樹」へと伸びゆくことでしょう。そして、琵琶湖の鏡に、明るい未来となって映し出されるでありましょう。
永遠に
家族と薫らむ
滋賀の友
幸と心で
この世かざれや
(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第3巻所収)
◎本年も、わが友メールをご愛読いただき、誠にありがとうございました (^^♪
2021年12月30日木曜日
2021.12.30 わが友に贈る
新聞休刊日
諸法実相抄 P1358
『釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり』
【通解】
釈迦仏は我ら衆生のために主師親の三徳を備えられていると思っていたが、そうではなくて、かえって仏に三徳をこうむらせているのは凡夫なのである。
☆Switch——共育のまなざし 池田先生の励ましの言葉から
◇子どもを叱るとき
子どもは褒めて伸ばすもの。それを前提とした上で、子育て中には、どうしてもわが子を叱らなければならない場面もあるでしょう。しかし、「子どもをどう叱ってよいのか、分かりません」といった悩みを抱えている方も少なくありません。池田先生が女性リーダーや創価の教育者と語り合ったてい談『21世紀への母と子を語る』(『池田大作全集』第62巻所収)の中から先生の励ましの言葉を抜粋して紹介します。(編集・構成=大宮将之)
◇わが子の未来を見すえ 祈りを根本に
◇確固たる価値観を
<「上手な叱り方は、あるのでしょうか」——子育て中の母親たちから多く寄せられた質問に、池田先生が答えます>
「上手な叱り方」ですか。難問ですね。「叱り方」といっても、根本は親の生き方が問われる。親が、自分の人生に対する信念、生き方を確立することが第一です。
親自身が、確固たる価値観をもつことです。そうでないと、結局、環境に振りまわされたり、育児書に振りまわされたり、子どもに振りまわされてしまう。それでは、子どももかわいそうです。
<確かに、叱る側の大人自身に自信がなく、子どもに毅然とした態度がとれずに悩んでいる場合があります。先生は「よく分かります。悩むこと自体が尊いのです」と受け止めつつ、"生命尊厳を基本に、大人自身がまず正しい価値観を確立しなければならない"と訴えながら、言葉を継ぎました>
性別、性格、家庭環境など、子どもによってそれぞれ違いがある。だから、いちがいに「こういう時は叱ってよい」とか、「これが上手な叱り方だ」とは、言えないでしょう。ただ、「ここぞ」という時に、きちんと叱れるかどうか。心が大切です。"たとえ嫌われても"叱ってあげられるのが、母親なのです。
本当に自分のためを思って叱ってくれる親を、子どもは嫌ったりしない。生命の奥で、愛情を感じ取っていく。逆に、子どもだって叱ってほしい時がある。親が自分と向きあい、真剣にかかわってくれるよう求めていることもあるのです。「いざ」という時に、あえて言ってあげるのが「慈悲」です。
日蓮大聖人は、仰せです。
「たとえ強い言葉であっても、人を助ければ、真実の言葉であり、穏やかな言葉である。たとえ穏やかな言葉であっても、人を誤らせてしまうのなら、偽りの言葉であり、強い言葉である」(御書890ページ、趣意)
お母さんが、どんなに優しい言葉で話しても、それで子どもをダメにしてしまえば、それは「偽りの言葉」です。たとえ、きつく子どもを叱ったとしても、子どものためを思い、子どもを救うならば、それは「真実の優しい言葉」なのです。
大事なのは、ふだんから子どもの成長を祈っているかどうかです。祈りがあれば、たとえその時には分からなくとも、親の思いが子どもにちゃんと伝わっていくのです。
◇「創造家族」で!
<叱れない親が増えている一方で、自分の感情をコントロールできず、ついカッとなって叱ってしまうことで悩んでいる人もいます。感情を抑えきれず、つい手が出てしまうという親も……>
叱るといっても、親が理由も言わずに、怒りにまかせて叱ってばかりいると、子どもがおびえます。そして、とにかく「怒られないように」「叱られないように」と、一種の「ずるさ」を身につけてしまうこともある。そんなことを繰り返しているうちに、大事な時にも親の言うことに耳をかたむけなくなってしまう。
◆ ◇ ◆
感情で叱らないといっても、なかなかかんたんにできることではない。ただ、その時の気分にまかせて、手を出すことは、あってはならない。また、しぜんな感情を押し殺すのがふしぜんな場合もある。ときに感情的になることがあっても、根底に愛情があれば、大丈夫。大事なのは、ふだんの親子の信頼関係です。
<児童虐待も問題になっています。親自身が虐げられて育った分、子どもにも同じように向かってしまうというケースもあるようです。そうした中、「子育てに自信がない」と語る親も少なくありません>
子育てといっても、初めは皆、「初心者」です。自信がなくて、当たり前です。家庭、家族というのは、千差万別であり、決してマニュアルどおりにはいかない。自分なりに、自分の家庭の教育を創りだしていくしかない。試行錯誤でいい。失敗を恐れる必要もない。「創造家族」です。
◇知恵は慈悲から
<「完璧な親」などいないのですね>
欠点も長所もあるから、人間なのです。そこに人間らしさがある。
だからこそ、子どもも安心できるのです。自慢話ばかりする親よりも、自分の失敗談を話してくれる親のほうが、子どもも相談しやすいといいます。
「賢明な母親になろう」と努力するのは大事です。しかし、格好だけ「よい母親」を装うなら、かえって子どもを苦しめるだけで、自分も苦しみます。自分らしくてよいのです。
◆ ◇ ◆
「子どもはかんたんに言うことを聞かないもの」——そう割り切ることです。「覚悟」を決める(笑い)。そして、心を広々と大きく持つことです。戸田先生も、よく言われていた。「境涯を大きく持ちなさい」と。「子どもとしょっちゅうケンカしているのは、境涯が低いんだぞ」とも。
子どもが駄々をこねる。言うことを聞かない。かんしゃくを起こす——それには、何か原因がある。子どもは言葉でうまく言い表せないから、そうやって気持ちを表しているのです。子どもが今、何を欲しているか。何が言いたいのか——子どもの「心」に目を向けるのです。
<親の側に「心のゆとり」がなければ、なかなかそうはいきません。先生は語りました>
親の生命力です。子どもとかかわっていくのは、本当に命を使うものです。そして「知恵」です。知恵は、慈悲から出るのです。仏は、ときに巧みな「たとえ」を用い、ときに厳しく叱咤し、ときにあたたかく包容しながら、衆生を導きます。それは、すべて衆生を思う慈悲から出ているのです。親も同じです。
◇「誓い」があれば
<立派な親といっても、学識や教養が必要なわけではありません。平凡にして、偉大な母や父はたくさんいます。偉大な親であるか否かは「『子どもを思う心』の深さ、大きさで決まります」と先生は語りました。それはまた、わが子の幸せを真剣に祈るとともに、子どもを社会に貢献する人に育てようという心、そしてその「誓い」の深さでもあると訴えます>
「過保護」の親、「放任」の親、いずれもよくないが、もとをただせば、親のエゴです。子どもを「自分の所有物」のように考えるところから、両極端が生まれるのです。
子どもを「広宣流布」という社会貢献の人材に——この「誓い」があれば、エゴにおちいらない。また、子どもがどのようになろうとも、決してあきらめたりできない。私がここまでやってこられたのも、戸田先生との「誓い」があったからです。
◆ ◇ ◆
師との誓いを胸に、これまで、必死の思いで走りぬいてきました。嵐の中も、猛吹雪の中も、ただ「誓い」を果たそうと。世界じゅうのあらゆるところで、飛行機の中でも、ホテルにいても、車中にあっても、題目をあげながら。「師との誓い」であるがゆえに、「あきらめる」などということは、考えもしなかった。次元は違うけれども、子育てにも、同じことが言えるのではないだろうか。
<池田先生は、広島の中国平和記念墓地公園に立つ「世界平和祈願の碑」の像に言及しました。世界的な彫刻家であるフランスのルイ・デルブレ氏が制作したもので「建設」「寛容」「勇気」「希望」「後継」「歓喜」の"六体の像"からなっています。そのうちの「後継」の像は、座った母親が小さな子どもを両手で抱き上げ、前の方へと掲げる姿をしています>
この像について、デルブレ氏は、こう言っている。
「子どもを産み育てる根源的な存在としての母親。そして、未来世紀を担い、大いなる希望をもって成長していく姿を、母親にかざされた幼児として表現しています。
母親にとって子どもは、自分の所有物でも、付属物でもありません。未来を開くため、世界の平和のために捧げ、送り出していくのです。幼児も一人の人間として、きりっとした表情をしています。後継の使命を決意し、自覚していることを、両手を横に広げて表現しているのです」
◆ ◇ ◆
「親のエゴ」ではなく、「子どもの未来」を子育ての基準にしていかなければなりません。
子育ては、長い目でみなければ分からない。「子どもの今」を満足させるだけでなく、「子どもの未来」をしっかりと見すえていくのです。そうすれば、「叱るべきとき」も、おのずと分かるのではないか。
子どもは、自分を映す鏡です。子育ては、子どもも、自分もともに成長していく崇高な作業なのです。
諸法実相抄 P1358
『釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり』
【通解】
釈迦仏は我ら衆生のために主師親の三徳を備えられていると思っていたが、そうではなくて、かえって仏に三徳をこうむらせているのは凡夫なのである。
☆Switch——共育のまなざし 池田先生の励ましの言葉から
◇子どもを叱るとき
子どもは褒めて伸ばすもの。それを前提とした上で、子育て中には、どうしてもわが子を叱らなければならない場面もあるでしょう。しかし、「子どもをどう叱ってよいのか、分かりません」といった悩みを抱えている方も少なくありません。池田先生が女性リーダーや創価の教育者と語り合ったてい談『21世紀への母と子を語る』(『池田大作全集』第62巻所収)の中から先生の励ましの言葉を抜粋して紹介します。(編集・構成=大宮将之)
◇わが子の未来を見すえ 祈りを根本に
◇確固たる価値観を
<「上手な叱り方は、あるのでしょうか」——子育て中の母親たちから多く寄せられた質問に、池田先生が答えます>
「上手な叱り方」ですか。難問ですね。「叱り方」といっても、根本は親の生き方が問われる。親が、自分の人生に対する信念、生き方を確立することが第一です。
親自身が、確固たる価値観をもつことです。そうでないと、結局、環境に振りまわされたり、育児書に振りまわされたり、子どもに振りまわされてしまう。それでは、子どももかわいそうです。
<確かに、叱る側の大人自身に自信がなく、子どもに毅然とした態度がとれずに悩んでいる場合があります。先生は「よく分かります。悩むこと自体が尊いのです」と受け止めつつ、"生命尊厳を基本に、大人自身がまず正しい価値観を確立しなければならない"と訴えながら、言葉を継ぎました>
性別、性格、家庭環境など、子どもによってそれぞれ違いがある。だから、いちがいに「こういう時は叱ってよい」とか、「これが上手な叱り方だ」とは、言えないでしょう。ただ、「ここぞ」という時に、きちんと叱れるかどうか。心が大切です。"たとえ嫌われても"叱ってあげられるのが、母親なのです。
本当に自分のためを思って叱ってくれる親を、子どもは嫌ったりしない。生命の奥で、愛情を感じ取っていく。逆に、子どもだって叱ってほしい時がある。親が自分と向きあい、真剣にかかわってくれるよう求めていることもあるのです。「いざ」という時に、あえて言ってあげるのが「慈悲」です。
日蓮大聖人は、仰せです。
「たとえ強い言葉であっても、人を助ければ、真実の言葉であり、穏やかな言葉である。たとえ穏やかな言葉であっても、人を誤らせてしまうのなら、偽りの言葉であり、強い言葉である」(御書890ページ、趣意)
お母さんが、どんなに優しい言葉で話しても、それで子どもをダメにしてしまえば、それは「偽りの言葉」です。たとえ、きつく子どもを叱ったとしても、子どものためを思い、子どもを救うならば、それは「真実の優しい言葉」なのです。
大事なのは、ふだんから子どもの成長を祈っているかどうかです。祈りがあれば、たとえその時には分からなくとも、親の思いが子どもにちゃんと伝わっていくのです。
◇「創造家族」で!
<叱れない親が増えている一方で、自分の感情をコントロールできず、ついカッとなって叱ってしまうことで悩んでいる人もいます。感情を抑えきれず、つい手が出てしまうという親も……>
叱るといっても、親が理由も言わずに、怒りにまかせて叱ってばかりいると、子どもがおびえます。そして、とにかく「怒られないように」「叱られないように」と、一種の「ずるさ」を身につけてしまうこともある。そんなことを繰り返しているうちに、大事な時にも親の言うことに耳をかたむけなくなってしまう。
◆ ◇ ◆
感情で叱らないといっても、なかなかかんたんにできることではない。ただ、その時の気分にまかせて、手を出すことは、あってはならない。また、しぜんな感情を押し殺すのがふしぜんな場合もある。ときに感情的になることがあっても、根底に愛情があれば、大丈夫。大事なのは、ふだんの親子の信頼関係です。
<児童虐待も問題になっています。親自身が虐げられて育った分、子どもにも同じように向かってしまうというケースもあるようです。そうした中、「子育てに自信がない」と語る親も少なくありません>
子育てといっても、初めは皆、「初心者」です。自信がなくて、当たり前です。家庭、家族というのは、千差万別であり、決してマニュアルどおりにはいかない。自分なりに、自分の家庭の教育を創りだしていくしかない。試行錯誤でいい。失敗を恐れる必要もない。「創造家族」です。
◇知恵は慈悲から
<「完璧な親」などいないのですね>
欠点も長所もあるから、人間なのです。そこに人間らしさがある。
だからこそ、子どもも安心できるのです。自慢話ばかりする親よりも、自分の失敗談を話してくれる親のほうが、子どもも相談しやすいといいます。
「賢明な母親になろう」と努力するのは大事です。しかし、格好だけ「よい母親」を装うなら、かえって子どもを苦しめるだけで、自分も苦しみます。自分らしくてよいのです。
◆ ◇ ◆
「子どもはかんたんに言うことを聞かないもの」——そう割り切ることです。「覚悟」を決める(笑い)。そして、心を広々と大きく持つことです。戸田先生も、よく言われていた。「境涯を大きく持ちなさい」と。「子どもとしょっちゅうケンカしているのは、境涯が低いんだぞ」とも。
子どもが駄々をこねる。言うことを聞かない。かんしゃくを起こす——それには、何か原因がある。子どもは言葉でうまく言い表せないから、そうやって気持ちを表しているのです。子どもが今、何を欲しているか。何が言いたいのか——子どもの「心」に目を向けるのです。
<親の側に「心のゆとり」がなければ、なかなかそうはいきません。先生は語りました>
親の生命力です。子どもとかかわっていくのは、本当に命を使うものです。そして「知恵」です。知恵は、慈悲から出るのです。仏は、ときに巧みな「たとえ」を用い、ときに厳しく叱咤し、ときにあたたかく包容しながら、衆生を導きます。それは、すべて衆生を思う慈悲から出ているのです。親も同じです。
◇「誓い」があれば
<立派な親といっても、学識や教養が必要なわけではありません。平凡にして、偉大な母や父はたくさんいます。偉大な親であるか否かは「『子どもを思う心』の深さ、大きさで決まります」と先生は語りました。それはまた、わが子の幸せを真剣に祈るとともに、子どもを社会に貢献する人に育てようという心、そしてその「誓い」の深さでもあると訴えます>
「過保護」の親、「放任」の親、いずれもよくないが、もとをただせば、親のエゴです。子どもを「自分の所有物」のように考えるところから、両極端が生まれるのです。
子どもを「広宣流布」という社会貢献の人材に——この「誓い」があれば、エゴにおちいらない。また、子どもがどのようになろうとも、決してあきらめたりできない。私がここまでやってこられたのも、戸田先生との「誓い」があったからです。
◆ ◇ ◆
師との誓いを胸に、これまで、必死の思いで走りぬいてきました。嵐の中も、猛吹雪の中も、ただ「誓い」を果たそうと。世界じゅうのあらゆるところで、飛行機の中でも、ホテルにいても、車中にあっても、題目をあげながら。「師との誓い」であるがゆえに、「あきらめる」などということは、考えもしなかった。次元は違うけれども、子育てにも、同じことが言えるのではないだろうか。
<池田先生は、広島の中国平和記念墓地公園に立つ「世界平和祈願の碑」の像に言及しました。世界的な彫刻家であるフランスのルイ・デルブレ氏が制作したもので「建設」「寛容」「勇気」「希望」「後継」「歓喜」の"六体の像"からなっています。そのうちの「後継」の像は、座った母親が小さな子どもを両手で抱き上げ、前の方へと掲げる姿をしています>
この像について、デルブレ氏は、こう言っている。
「子どもを産み育てる根源的な存在としての母親。そして、未来世紀を担い、大いなる希望をもって成長していく姿を、母親にかざされた幼児として表現しています。
母親にとって子どもは、自分の所有物でも、付属物でもありません。未来を開くため、世界の平和のために捧げ、送り出していくのです。幼児も一人の人間として、きりっとした表情をしています。後継の使命を決意し、自覚していることを、両手を横に広げて表現しているのです」
◆ ◇ ◆
「親のエゴ」ではなく、「子どもの未来」を子育ての基準にしていかなければなりません。
子育ては、長い目でみなければ分からない。「子どもの今」を満足させるだけでなく、「子どもの未来」をしっかりと見すえていくのです。そうすれば、「叱るべきとき」も、おのずと分かるのではないか。
子どもは、自分を映す鏡です。子育ては、子どもも、自分もともに成長していく崇高な作業なのです。
2021年12月29日水曜日
2021.12.29 わが友に贈る
本紙の配達に関わる皆様
通信員・新聞長をはじめ
聖教を支えてくださる
全ての方々に大感謝!
幸福安穏の新年を!
富木殿御返事 P962
『但生涯本より思い切て候今に飜返ること無く其の上又遺恨無し諸の悪人は又善知識なり』
【通解】
ただ私の生涯は、もとより覚悟のうえである。今になって、翻ることはないし、そのうえまた遺恨もない。多くの悪人はまた善知識である。
名字の言 苦悩の闇を破る太陽に 2021年12月29日
地球上には「極夜」という沈んだ太陽が姿を見せない現象がある。外は漆黒の闇だ。極夜の果てに昇る太陽を見れば"真の光と闇"が分かるのでは——探検家の角幡唯介氏は冬の北極で数カ月にわたり極夜を体験した▼極寒の闇の中、獣の襲来や暴風雪などで幾度も死に直面した。氏は、極夜の本質は外界ではなく、闇に支配された心理状態にあると言う。恐怖と絶望に屈せず、ついに現れた闇を破る太陽を「出生以来二度目の本物の光」と生命の誕生に重ねた(『極夜行』文藝春秋)▼8年前、100万人に数人の難病と診断された女性部員がいる。術後、意識不明の重体に陥るが、家族の祈りと同志の励ましで死の宣告を覆し蘇生。その後襲ったがんにも負けず、広布に励む姿が皆の希望となった▼法華経に「日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人は世間に行じて 能く衆生の闇を滅し」(妙法蓮華経並開結575ページ)と。仏法を持ち弘める地涌の菩薩は、太陽や月の光のように人々の苦悩の闇を晴らすことができると仰せだ▼試練の暗夜が明けきらぬ一年。苦難を希望へと転ずる原動力は、わが一念にある。朗々たる勤行・唱題で胸中に元初の太陽を昇らせ、共々に新年の飛躍を誓い合いたい。
寸鉄 2021年12月29日
創価の凱歌轟いた一年。同志の大奮闘に最敬礼!共に「青年・飛躍の年」へ
我々はこれからを考えて生きるのだ—牧口先生。歴史を開く本因妙の前進
根ふかければ葉かれず—御書。混迷の今、信心根本に。不屈の祈りと行動で
社会的な孤立感じる人が増加—調査。年末に知人に電話一本。真心は通ず
火災に警戒。建物周囲の可燃物整頓、電気配線の再点検。心の守りを固く
☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第15回 楽聖の魂の調べは鳴り響く
◇わが道を歓喜をもって走れ!
日本の師走を彩る風物詩の一つに、ベートーベン作曲の「交響曲第9番ニ短調」の演奏がある。今年も列島各地で「第九」が高らかに鳴り響く年末を迎えた。
ベートーベンは「極めて優れた作曲家・音楽家」を意味する「楽聖」といわれる。交響曲第5番「運命」や第6番「田園」など、彼が残した作品の数々は、今も多くの人を魅了する。
池田大作先生は若き日から、楽聖の伝記などを読み、その生涯に強く共感した。友人たちから、"ベートーベン博士"と呼ばれ、近所の中学校の夏季学校に招かれて、楽聖に関する講義をしたこともあった。
1949年1月3日、池田先生は戸田城聖先生が経営する出版社に初めて出社した。少年雑誌の編集に携わり、この年の5月には編集長となった。
だが、不況に加えて、戦前からの大手出版社が雑誌の復刊などに乗り出した。出版物は過剰生産に陥り、同年12月、少年雑誌は休刊を余儀なくされる。
戸田先生は新たな事業を開始したものの、暗礁に乗り上げた。翌50年8月には、業務停止が決定した。
この窮地の時、池田先生が手回しの蓄音機で繰り返し聴いたレコードが、ベートーベンの「運命」だった。
「ベートーベンの『運命』が、狭い一室に轟然と響きわたった時、その力強く厚い音の真っ只中に陶然として聴き入った感動は、今も鮮やかである」
肺病による発熱。給料は遅配が続いた。絶体絶命の中で、レコードがすりきれるほど聴いた「運命」は、若き先生の魂を鼓舞したのである。
53年1月2日、先生は25歳の誕生日を迎えたその日、男子部の第1部隊長に就任した。
年末までに部隊1000人の達成へ向けて驀進していたある日、第1部隊の会合終了後、一人の青年が池田先生のもとへ来た。"男子部の役職をやめたい"という相談だった。
青年は弱気になっていた。先生は、「逃げるんですか!」と一喝し、「一つ一つあきらめずに、力の限り挑戦していけば、すべてに勝利することができるものだ。私が応援するよ」と。
それでも、青年は自信が持てず、意を決して、池田先生のアパートへ向かった。先生はその青年と銭湯に行った後、アパートでレコードを2曲かけた。スッペの「軽騎兵」序曲と、ベートーベンの「運命」である。レコードを聴くと、青年に語った。
「悔しくとも、悲しくとも、また、どんなに大変でも、前へ、前へと進むんだ」
青年は後に長野広布のリーダーとなる。この時の先生の励ましについて、「現在も私の心の中に生きている」と手記に残した。音楽を通した激励は、青年の心をいつまでも温め続けた。
音楽家にとって、聴覚は命そのものである。その聴覚の異常を、ベートーベンが自覚するようになったのは、1798年ごろといわれる。
ベートーベンは主治医の勧めで、1802年の半年間ほど、オーストリアのウィーン郊外に位置するハイリゲンシュタットに居を構えた。そこで、彼は幾つもの名曲を生み出した。
ハイリゲンシュタットの建物は現在、ベートーベンの記念館に。1981年5月27日、オーストリア訪問の折、池田先生は記念館に足を運んだ。
楽譜や手紙、肖像画など、先生は一つ一つを丹念に見学。記念館の関係者から一筆を求められると快く応じ、ペンを走らせた。
「正義/青年時代に憧れの/大作曲家の家に来たる/ベートーベンと/常に生き語りし想い出を/思い出しながら/しばし、この地にたたずむ」
この日、先生に同行したヨシオ・ナカムラさん。2年前の79年4月10日、次男のケイジさんが生後6カ月で亡くなった。すぐに東京から電報が届いた。池田先生からだった。
「ダイショウニンノブッポウハ(大聖人の仏法は) シュクメイテンカンノブッポウデス(宿命転換の仏法です)」
「フドウノシンジンニタチ(不動の信心に立ち) スベテヲヘンドクイヤクシテ(全てを変毒為薬して)……」
同年4月24日、先生は第3代会長を辞任。ヨシオさんは、「最も大変な時に、日本から遠く離れた私と妻のヤスエのことを心配して電報を打たれた。先生が一人のために、どれほど心を砕かれてきたか。そのことを示しているのではないでしょうか」と振り返る。
師の励ましは続いた。2003年10月5日、聖教新聞にベートーベンの記念館を訪れた思い出をつづったエッセーが掲載された。
ヨシオさんとヤスエさんは目を真っ赤にしながら、紙面を読んだ。10月5日が、ケイジさんの25歳の誕生日だったからである。
「生きよう。もう数えるな。自分に何ができなくなったかを。もう数えるな。自分の手からこぼれてしまった幸福の数々を。むしろ、自分にもまだできることがある。それだけを考えて生きよう」——エッセーの一文一文を胸に刻み、ナカムラさん夫妻は、オーストリア広布に突き進んだ。
しかし、再び過酷な運命が待ち受けていた。2007年、創価大学に学び、オーストリアのテレビ局で働いていた長男のシンイチさんが、急性白血病で倒れた。先生は病床のシンイチさんに伝言を贈った。
「シンイチ君。断じて生き抜け。皆が待っている。創大生が、学会員が世界中で待っている。絶対負けるな。笑顔で会おう」
ステロイドの副作用で骨はもろくなり、両足にチタンを入れた。重度の貧血にも苦しめられた。それでも、生きることを諦めなかった。壮絶な闘病生活を続けて8年。シンイチさんはついに、社会復帰を果たした。
長女のカヨコさんも、創価大学を卒業し、オーストリアの地で自他共の幸福の輪を広げる。
難聴に苦しむベートーベンは、「僕は運命の喉元を締めつけてやりたい。どんなことがあっても運命に打ち負かされきりになってはやらない」(片山敏彦訳)と記した。
師の激励を生きる力に変え、蘇生の階段を一歩また一歩と上ってきた、ナカムラさん一家。楽聖のような不屈の歩みを、現在も続けている。
ベートーベンの肖像画を一度でも見たことがある人は多いだろう。バッハやモーツァルトなどの肖像画はかつらを着けているが、楽聖のそれは地毛である。
音楽家はかつて、王侯・貴族の支援によって生計を立てていた。かつらは宮廷の仕事場において必需品だった。
ベートーベンは王侯・貴族から自立した生活を望んだ。権力・財力など"力を持つ人間"にへつらうことを嫌った。楽聖は、自らの音楽は貧しい人々にささげられなければならない、と考えていた。
1990年11月16日、学会創立60周年を祝賀する本部幹部会が開催された。席上、富士交響楽団と創価合唱団によるベートーベンの交響曲第9番「歓喜の歌」の演奏・合唱が行われた。
先生はスピーチで、「歓喜の歌」に言及し、いかなる苦悩も突き抜けて、人生の勝利と歓喜を勝ち開いていこうと訴えた。さらに、創立65周年には5万人、創立70周年には10万人で「第九」の合唱を提案。"ドイツ語でもやろう"と呼び掛けた。
1カ月後の12月16日、宗門から「お尋ね」と題する文書が学会に送付されてきた。ドイツ語で「歓喜の歌」を歌うことは、キリスト教の神を賛嘆することであり、「外道礼讃」であるという的外れなものだった。そこには、宗門の「文化否定」の体質が如実に表れていた。
宗門が文書を送り付けてきた12月16日は、くしくも、ベートーベンの生誕の日である。この日、一年の掉尾を飾る本部幹部会が行われた。
先生は、ベートーベンが難聴という絶望の中で、作曲を続けた理由について、自らがつかんだ歓喜の境涯を、未来の人々のために分け与えたかったからであると語った。
この年、世界では、東西に分断されていたドイツが統一。その前夜、東ドイツで行われた式典で「歓喜の歌」が合唱された。ドイツ語では「神々」との表現があるが、それは特定の宗教を示したものではない。哲学者の河端春雄氏は、「人間の内なる精神の極致、理想」と指摘している。
「第九」は、宗派を超越し、人類の融和と勝利の象徴として、世界で歌われてきた。その普遍性を「外道礼讃」と否定した宗門は、閉鎖的な教団であることを自ら"逆証明"したのである。
創立65周年に5万人、創立70周年に10万人で「第九」の合唱を——この師の提案を実現したのが、九州青年部だった。しかも、ドイツ語である。
94年11月23日、福岡ドーム(当時)での「アジア青年平和音楽祭」で、5万人が「歓喜の歌」を合唱。2001年12月2日には、マリンメッセ福岡と九州の116会場、さらに東京の学会本部を生中継で結び、「アジア青年平和文化総会」が行われ、10万人の「歓喜の歌」が響き渡った。
「5万人の第九」が決定した後、幾つもの課題が出てきた。なかでも、"5万人の混声合唱が一つになれるか"は最大のものだった。
5万人がオーケストラの音を同時に聞くために、全員がレシーバーを耳に着けた。また、ロイヤルボックスから均等の距離で、合唱メンバーが扇形に並ぶようにした。さらに、各パートの歌声を一つにするために、合唱メンバーの指揮者を配置した。青年たちは、できる全てのことをやり抜いた。
本番数日前に初めて行われた5万人のリハーサル。ロイヤルボックスで、歌声は見事に一つに溶け合った。本番は、より力強く、より崇高な響きをたたえた。
音楽祭の終了後、先生は「数万の 若き歌声 世界へと 胸を貫き 飛びゆく美事さ」など3首の和歌を詠んだ。空はあかね色に染まっていた。先生は「この50年で、一番素晴らしい夕日だ」と。夕焼けは、九州青年部の勝利を現していた。
「歓喜の歌」に、「走れ、兄弟たちよ、汝らの道を/凱旋の英雄のように歓びをもって」(渡辺護訳)と。
2022年は、7年ごとの前進を期す「第2の七つの鐘」の4番目の鐘を打ち鳴らす出発の時である。
進もう。師と共に、同志と共に。
わが使命の道を、歓喜をもって。
【アナザーストーリー】
1957年8月30日、本紙に「運命の人 ベートーヴェン」と題する記事が掲載になった。執筆したのは池田先生である。
先生は、聴覚を奪われた中で、不朽の名作を残したこと自体が、楽聖の偉大さを物語っているとつづった。
執筆1カ月前の7月3日、先生は権力の横暴によって、無実の罪で逮捕・勾留された。過酷な獄中闘争は17日まで続いた。
8月上旬には、東京・荒川区で広布の指揮を執り、わずか1週間で区の会員世帯の1割を超える拡大を成し遂げた。
激闘に次ぐ激闘の中で、先生は原稿を書き、紙面を通して同志に勇気を届けた。
ベートーベンは、「おお、生命を千倍生きることはまったくすばらしい!」(片山敏彦訳)と書き残した。この言葉を通して、先生は述べている。
「わが友は、その使命と責任の大きさゆえ、来る日も来る日も、忙しい。労苦も多い。しかし、だからこそ、幾百倍、幾千倍も充実した人生を生きている。この生命を最大に輝かせているのだ。
この一年も『私は勝った!』『我らは勝った!』と、万歳の歓呼を共々に送り合おうではないか」
通信員・新聞長をはじめ
聖教を支えてくださる
全ての方々に大感謝!
幸福安穏の新年を!
富木殿御返事 P962
『但生涯本より思い切て候今に飜返ること無く其の上又遺恨無し諸の悪人は又善知識なり』
【通解】
ただ私の生涯は、もとより覚悟のうえである。今になって、翻ることはないし、そのうえまた遺恨もない。多くの悪人はまた善知識である。
名字の言 苦悩の闇を破る太陽に 2021年12月29日
地球上には「極夜」という沈んだ太陽が姿を見せない現象がある。外は漆黒の闇だ。極夜の果てに昇る太陽を見れば"真の光と闇"が分かるのでは——探検家の角幡唯介氏は冬の北極で数カ月にわたり極夜を体験した▼極寒の闇の中、獣の襲来や暴風雪などで幾度も死に直面した。氏は、極夜の本質は外界ではなく、闇に支配された心理状態にあると言う。恐怖と絶望に屈せず、ついに現れた闇を破る太陽を「出生以来二度目の本物の光」と生命の誕生に重ねた(『極夜行』文藝春秋)▼8年前、100万人に数人の難病と診断された女性部員がいる。術後、意識不明の重体に陥るが、家族の祈りと同志の励ましで死の宣告を覆し蘇生。その後襲ったがんにも負けず、広布に励む姿が皆の希望となった▼法華経に「日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人は世間に行じて 能く衆生の闇を滅し」(妙法蓮華経並開結575ページ)と。仏法を持ち弘める地涌の菩薩は、太陽や月の光のように人々の苦悩の闇を晴らすことができると仰せだ▼試練の暗夜が明けきらぬ一年。苦難を希望へと転ずる原動力は、わが一念にある。朗々たる勤行・唱題で胸中に元初の太陽を昇らせ、共々に新年の飛躍を誓い合いたい。
寸鉄 2021年12月29日
創価の凱歌轟いた一年。同志の大奮闘に最敬礼!共に「青年・飛躍の年」へ
我々はこれからを考えて生きるのだ—牧口先生。歴史を開く本因妙の前進
根ふかければ葉かれず—御書。混迷の今、信心根本に。不屈の祈りと行動で
社会的な孤立感じる人が増加—調査。年末に知人に電話一本。真心は通ず
火災に警戒。建物周囲の可燃物整頓、電気配線の再点検。心の守りを固く
☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第15回 楽聖の魂の調べは鳴り響く
◇わが道を歓喜をもって走れ!
日本の師走を彩る風物詩の一つに、ベートーベン作曲の「交響曲第9番ニ短調」の演奏がある。今年も列島各地で「第九」が高らかに鳴り響く年末を迎えた。
ベートーベンは「極めて優れた作曲家・音楽家」を意味する「楽聖」といわれる。交響曲第5番「運命」や第6番「田園」など、彼が残した作品の数々は、今も多くの人を魅了する。
池田大作先生は若き日から、楽聖の伝記などを読み、その生涯に強く共感した。友人たちから、"ベートーベン博士"と呼ばれ、近所の中学校の夏季学校に招かれて、楽聖に関する講義をしたこともあった。
1949年1月3日、池田先生は戸田城聖先生が経営する出版社に初めて出社した。少年雑誌の編集に携わり、この年の5月には編集長となった。
だが、不況に加えて、戦前からの大手出版社が雑誌の復刊などに乗り出した。出版物は過剰生産に陥り、同年12月、少年雑誌は休刊を余儀なくされる。
戸田先生は新たな事業を開始したものの、暗礁に乗り上げた。翌50年8月には、業務停止が決定した。
この窮地の時、池田先生が手回しの蓄音機で繰り返し聴いたレコードが、ベートーベンの「運命」だった。
「ベートーベンの『運命』が、狭い一室に轟然と響きわたった時、その力強く厚い音の真っ只中に陶然として聴き入った感動は、今も鮮やかである」
肺病による発熱。給料は遅配が続いた。絶体絶命の中で、レコードがすりきれるほど聴いた「運命」は、若き先生の魂を鼓舞したのである。
53年1月2日、先生は25歳の誕生日を迎えたその日、男子部の第1部隊長に就任した。
年末までに部隊1000人の達成へ向けて驀進していたある日、第1部隊の会合終了後、一人の青年が池田先生のもとへ来た。"男子部の役職をやめたい"という相談だった。
青年は弱気になっていた。先生は、「逃げるんですか!」と一喝し、「一つ一つあきらめずに、力の限り挑戦していけば、すべてに勝利することができるものだ。私が応援するよ」と。
それでも、青年は自信が持てず、意を決して、池田先生のアパートへ向かった。先生はその青年と銭湯に行った後、アパートでレコードを2曲かけた。スッペの「軽騎兵」序曲と、ベートーベンの「運命」である。レコードを聴くと、青年に語った。
「悔しくとも、悲しくとも、また、どんなに大変でも、前へ、前へと進むんだ」
青年は後に長野広布のリーダーとなる。この時の先生の励ましについて、「現在も私の心の中に生きている」と手記に残した。音楽を通した激励は、青年の心をいつまでも温め続けた。
音楽家にとって、聴覚は命そのものである。その聴覚の異常を、ベートーベンが自覚するようになったのは、1798年ごろといわれる。
ベートーベンは主治医の勧めで、1802年の半年間ほど、オーストリアのウィーン郊外に位置するハイリゲンシュタットに居を構えた。そこで、彼は幾つもの名曲を生み出した。
ハイリゲンシュタットの建物は現在、ベートーベンの記念館に。1981年5月27日、オーストリア訪問の折、池田先生は記念館に足を運んだ。
楽譜や手紙、肖像画など、先生は一つ一つを丹念に見学。記念館の関係者から一筆を求められると快く応じ、ペンを走らせた。
「正義/青年時代に憧れの/大作曲家の家に来たる/ベートーベンと/常に生き語りし想い出を/思い出しながら/しばし、この地にたたずむ」
この日、先生に同行したヨシオ・ナカムラさん。2年前の79年4月10日、次男のケイジさんが生後6カ月で亡くなった。すぐに東京から電報が届いた。池田先生からだった。
「ダイショウニンノブッポウハ(大聖人の仏法は) シュクメイテンカンノブッポウデス(宿命転換の仏法です)」
「フドウノシンジンニタチ(不動の信心に立ち) スベテヲヘンドクイヤクシテ(全てを変毒為薬して)……」
同年4月24日、先生は第3代会長を辞任。ヨシオさんは、「最も大変な時に、日本から遠く離れた私と妻のヤスエのことを心配して電報を打たれた。先生が一人のために、どれほど心を砕かれてきたか。そのことを示しているのではないでしょうか」と振り返る。
師の励ましは続いた。2003年10月5日、聖教新聞にベートーベンの記念館を訪れた思い出をつづったエッセーが掲載された。
ヨシオさんとヤスエさんは目を真っ赤にしながら、紙面を読んだ。10月5日が、ケイジさんの25歳の誕生日だったからである。
「生きよう。もう数えるな。自分に何ができなくなったかを。もう数えるな。自分の手からこぼれてしまった幸福の数々を。むしろ、自分にもまだできることがある。それだけを考えて生きよう」——エッセーの一文一文を胸に刻み、ナカムラさん夫妻は、オーストリア広布に突き進んだ。
しかし、再び過酷な運命が待ち受けていた。2007年、創価大学に学び、オーストリアのテレビ局で働いていた長男のシンイチさんが、急性白血病で倒れた。先生は病床のシンイチさんに伝言を贈った。
「シンイチ君。断じて生き抜け。皆が待っている。創大生が、学会員が世界中で待っている。絶対負けるな。笑顔で会おう」
ステロイドの副作用で骨はもろくなり、両足にチタンを入れた。重度の貧血にも苦しめられた。それでも、生きることを諦めなかった。壮絶な闘病生活を続けて8年。シンイチさんはついに、社会復帰を果たした。
長女のカヨコさんも、創価大学を卒業し、オーストリアの地で自他共の幸福の輪を広げる。
難聴に苦しむベートーベンは、「僕は運命の喉元を締めつけてやりたい。どんなことがあっても運命に打ち負かされきりになってはやらない」(片山敏彦訳)と記した。
師の激励を生きる力に変え、蘇生の階段を一歩また一歩と上ってきた、ナカムラさん一家。楽聖のような不屈の歩みを、現在も続けている。
ベートーベンの肖像画を一度でも見たことがある人は多いだろう。バッハやモーツァルトなどの肖像画はかつらを着けているが、楽聖のそれは地毛である。
音楽家はかつて、王侯・貴族の支援によって生計を立てていた。かつらは宮廷の仕事場において必需品だった。
ベートーベンは王侯・貴族から自立した生活を望んだ。権力・財力など"力を持つ人間"にへつらうことを嫌った。楽聖は、自らの音楽は貧しい人々にささげられなければならない、と考えていた。
1990年11月16日、学会創立60周年を祝賀する本部幹部会が開催された。席上、富士交響楽団と創価合唱団によるベートーベンの交響曲第9番「歓喜の歌」の演奏・合唱が行われた。
先生はスピーチで、「歓喜の歌」に言及し、いかなる苦悩も突き抜けて、人生の勝利と歓喜を勝ち開いていこうと訴えた。さらに、創立65周年には5万人、創立70周年には10万人で「第九」の合唱を提案。"ドイツ語でもやろう"と呼び掛けた。
1カ月後の12月16日、宗門から「お尋ね」と題する文書が学会に送付されてきた。ドイツ語で「歓喜の歌」を歌うことは、キリスト教の神を賛嘆することであり、「外道礼讃」であるという的外れなものだった。そこには、宗門の「文化否定」の体質が如実に表れていた。
宗門が文書を送り付けてきた12月16日は、くしくも、ベートーベンの生誕の日である。この日、一年の掉尾を飾る本部幹部会が行われた。
先生は、ベートーベンが難聴という絶望の中で、作曲を続けた理由について、自らがつかんだ歓喜の境涯を、未来の人々のために分け与えたかったからであると語った。
この年、世界では、東西に分断されていたドイツが統一。その前夜、東ドイツで行われた式典で「歓喜の歌」が合唱された。ドイツ語では「神々」との表現があるが、それは特定の宗教を示したものではない。哲学者の河端春雄氏は、「人間の内なる精神の極致、理想」と指摘している。
「第九」は、宗派を超越し、人類の融和と勝利の象徴として、世界で歌われてきた。その普遍性を「外道礼讃」と否定した宗門は、閉鎖的な教団であることを自ら"逆証明"したのである。
創立65周年に5万人、創立70周年に10万人で「第九」の合唱を——この師の提案を実現したのが、九州青年部だった。しかも、ドイツ語である。
94年11月23日、福岡ドーム(当時)での「アジア青年平和音楽祭」で、5万人が「歓喜の歌」を合唱。2001年12月2日には、マリンメッセ福岡と九州の116会場、さらに東京の学会本部を生中継で結び、「アジア青年平和文化総会」が行われ、10万人の「歓喜の歌」が響き渡った。
「5万人の第九」が決定した後、幾つもの課題が出てきた。なかでも、"5万人の混声合唱が一つになれるか"は最大のものだった。
5万人がオーケストラの音を同時に聞くために、全員がレシーバーを耳に着けた。また、ロイヤルボックスから均等の距離で、合唱メンバーが扇形に並ぶようにした。さらに、各パートの歌声を一つにするために、合唱メンバーの指揮者を配置した。青年たちは、できる全てのことをやり抜いた。
本番数日前に初めて行われた5万人のリハーサル。ロイヤルボックスで、歌声は見事に一つに溶け合った。本番は、より力強く、より崇高な響きをたたえた。
音楽祭の終了後、先生は「数万の 若き歌声 世界へと 胸を貫き 飛びゆく美事さ」など3首の和歌を詠んだ。空はあかね色に染まっていた。先生は「この50年で、一番素晴らしい夕日だ」と。夕焼けは、九州青年部の勝利を現していた。
「歓喜の歌」に、「走れ、兄弟たちよ、汝らの道を/凱旋の英雄のように歓びをもって」(渡辺護訳)と。
2022年は、7年ごとの前進を期す「第2の七つの鐘」の4番目の鐘を打ち鳴らす出発の時である。
進もう。師と共に、同志と共に。
わが使命の道を、歓喜をもって。
【アナザーストーリー】
1957年8月30日、本紙に「運命の人 ベートーヴェン」と題する記事が掲載になった。執筆したのは池田先生である。
先生は、聴覚を奪われた中で、不朽の名作を残したこと自体が、楽聖の偉大さを物語っているとつづった。
執筆1カ月前の7月3日、先生は権力の横暴によって、無実の罪で逮捕・勾留された。過酷な獄中闘争は17日まで続いた。
8月上旬には、東京・荒川区で広布の指揮を執り、わずか1週間で区の会員世帯の1割を超える拡大を成し遂げた。
激闘に次ぐ激闘の中で、先生は原稿を書き、紙面を通して同志に勇気を届けた。
ベートーベンは、「おお、生命を千倍生きることはまったくすばらしい!」(片山敏彦訳)と書き残した。この言葉を通して、先生は述べている。
「わが友は、その使命と責任の大きさゆえ、来る日も来る日も、忙しい。労苦も多い。しかし、だからこそ、幾百倍、幾千倍も充実した人生を生きている。この生命を最大に輝かせているのだ。
この一年も『私は勝った!』『我らは勝った!』と、万歳の歓呼を共々に送り合おうではないか」
2021年12月28日火曜日
2021.12.28 わが友に贈る
変化の時代だからこそ
必ず現状を打開するとの
決定した一念が大切だ。
不屈の魂を燃やして
希望の未来を開こう!
千日尼御前御返事 P1312
『たすけんとする日蓮かへりて大怨敵とをもわるるゆへに女人こぞりて国主に讒言して伊豆の国へながせし上又佐渡の国へながされぬ』
【通解】
(一切の女性を救おうとしている)日蓮を、かえって大怨敵と思われるゆえに、女性たちが、こぞって国主に讒言をして、伊豆の国に流罪したうえ、また佐渡の国にも流罪したのである。
名字の言 人にあげればあげるほど増えるものは? 2021年12月28日
タイには、こんな"なぞなぞ"がある。「いくら振りまいてもなくならないものはなんだ?」▼答えは「笑顔」。なるほど、"ほほ笑みの国"らしい発想である。さらにもう一つ。「人にあげればあげるほど増えるものは?」。正解は「幸福」だという。今から20年前、池田先生が同国の「文化芸術貢献賞」を受賞した際、謝辞で紹介したものである。アメリカの同時多発テロから間もない頃だっただけに「平和とは? 幸せとは?」と問いながら、胸にとどめたことを覚えている▼御書に「喜とは自他共に喜ぶ事なり」(761ページ)と。苦しみや悲しみの多くは人間関係の中で生じる。同じように、本当の喜びも他者との関係性の中で育まれていくものである▼仏法では、人も国土も「一つの生命体」と捉え、不可分であると説く。全ての生命は互いに支え合い、大いなる生命の輪を織り成していると見るのだ。ゆえに池田先生は訴える。「人を幸福にした分、自分も幸福になるし、だれか一人でも不幸な人がいるかぎり、自分の幸福も完全ではない」▼笑顔と幸福を友に惜しみなく送り、平和と友情を広げた世界の同志に、感謝と敬意を表したい。地涌の勇者こそ真の「富める者」であり「心の長者」である。
寸鉄 2021年12月28日
「いよいよ」と御書に幾度も。現当二世の信心だ。挑戦やめぬ人は皆、青年
男子部大学校生が年末から仏法対話。気概頼もし。青春の原点を断じて築け
良友にまさる財宝はない—哲人。友情の輪を広げる大充実の交流期間を!
"久しぶりの長距離運転"増える時。呉々も無事故で。焦らず、賢く休憩取り
水で膨らむ玩具を幼児が誤飲する事故多発。遊ぶ時は一緒に。目を離さず
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第21回 未来部の友へ
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第21回は、未来部の友に詠んだ「若き君よ 勝ちまくれ! 青春は人生の 一生の土台」(2002年)です。
◇君の使命は君しか持てない
未来は無限だ。
未来は希望だ。
未来は夢だ。
未来は大活躍の劇場だ。
「未来部」は
なんと無限の意味をはらんだ
名前であろうか。
◆◇◆
若き生命の持ち主は
皆が
その魂は
閃光を放っているのだ。
気取る必要もない。
失敗に臆する必要もない。
愚かと言われようが
貧しいと言われようが
そんなことは
弱々しい風が
吹いていると思え!
君の夢は
君しか持てない。
君の宝は
君しか持てない。
君の使命は
君しか持てない。
だから
不思議にして偉大なる
生命の鍵を
持っているのが
君なのだ!
◆◇◆
君の長い生涯の中に
決して希望を
死滅させてはならない。
感情で
逃走してはならない。
邪険な人々の罵りに
人生を
奪われてもならない。
胸を張って
北風に進むのだ。
断固として
自分自身の人生を
勝利するのだ。
父のために
母のために
自分自身のために
平和のために
友情のために
そして
永遠のために!
そこにこそ
幾千人に
痛めつけられても
すべてが
勝ち抜いた君の
長い生涯を飾りゆく
大勲章と光るのだ!
君よ
君の名前を呼ぶ人が
いなくとも
君は君らしく
生きるのだ。
有名になる必要などない。
狂った人間の世界で
褒められる必要もない。
狂乱した嫉妬の世界で
悩む必要もない。
君は君らしく
確かなる人生観を持って
残酷なこの社会を
切り開いていくのだ。
人生は劇だ。
若さは名優だ。
◆◇◆
友よ
不安に行き詰まるような
弱々しい青春であるな!
すべてが
私の人生の
転機ととらえて
偉大なる
正義の目標に向かって
勝利の坂を
勇敢に登っていくのだ!
青春よ
勝ちまくれ!
若き君よ
希望の未来に舞いゆけ!
未来部 万歳!
未来部の成長が
広宣流布だ。
未来部の勝利が
創価の勝利だ。
未来部に
栄光あれ!
勝利あれ!
☆ロータスラウンジ——法華経への旅 第31回 薬王菩薩本事品第二十三
◇末法広宣流布の戦士よ! 薬王菩薩のごとく、命を燃やせ!
■大要
薬王菩薩が一切衆生憙見菩薩だった時、日月浄明徳仏の入滅後に、報恩のため自分の臂(腕)を焼いて灯明として供養したという故事が説かれます。そして、仏滅後に法華経を弘める功徳は、この焼身の供養より大きいことが述べられます。それでは内容を追ってみましょう。
◇
その時、宿王華菩薩が、釈尊に言います。
「薬王菩薩は、どうしてこの娑婆世界を巡り歩くのでしょうか。どれほどの百千万億那由他の難行苦行があったのでしょうか。どうか説明してください。その話を聞いて皆、歓喜するでしょう」
——ここから質問に答える形で、薬王菩薩が一切衆生憙見菩薩だった時代の難行苦行の話が始まります。
その時、釈尊は宿王華菩薩に告げます。
「無量恒河沙劫の昔、日月浄明徳仏がいた……」と、その仏や菩薩たちの寿命、そして国土の様子などが示されます。続いて、「その時、日月浄明徳仏は、一切衆生憙見菩薩、そして多くの菩薩や声聞たちのために、法華経を説かれた」と語ります。
一切衆生憙見菩薩は、願って苦行を習い、精進し、仏を一心に求めること一万二千年を満たして、「現一切色身三昧」の境涯(十界の一切衆生の姿を自在に現せる境涯)を得ます。そこで一切衆生憙見菩薩は、大いに歓喜して思います。
「私が現一切色身三昧を得られたのは、全て法華経を聞くことができた力によるのである。今、日月浄明徳仏および法華経を供養しよう」
そして、一切衆生憙見菩薩は、さまざまな香を降らせるなどして、仏を供養して、さらに思います。
「神通力をもって仏を供養したとしても、私の身をもって供養するのには及ばない」
そこで、一切衆生憙見菩薩は、多くの香や香油を、千二百年にわたって飲み、さらに香油を身に塗るなどして、日月浄明徳仏の前で自分自身の体を燃やします。その光明は、八十億恒河沙の世界を照らします。
多くの仏が、一切衆生憙見菩薩を同時に褒めたたえます。
「これこそ真の精進である。これを『第一の布施』と名づける。多くの布施の中で、最も尊く、最も優れている。法をもって多くの仏を供養するからである」
一切衆生憙見菩薩の身体を燃やす火は、千二百年に及ぶまで続き、燃え尽きます。
一切衆生憙見菩薩は、このように法の供養をなし終わって、命が終わり、また日月浄明徳仏の国の中、浄徳王の家に生まれます。そして再び、仏を供養します。
日月浄明徳仏は、一切衆生憙見菩薩に告げます。
「入滅する時がやってきた」
そして、一切衆生憙見菩薩に命じます。
「仏法を、あなたに付嘱します。一切の弟子、阿耨多羅三藐三菩提(完全な覚り)の法、一切の宝などを付嘱する」
日月浄明徳仏が入滅すると、一切衆生憙見菩薩は悲しみ、仏を恋慕し、その舎利(聖骨)を八万四千の塔を造って供養します。そして思います。
「自分の心はまだ満足しない。さらに供養しよう」
そして、八万四千の塔の前で、自分の臂(腕)を、七万二千年にわたって燃やして供養します。その光景を見ていた声聞を求める人々らは、覚りを求める心を起こします。
多くの菩薩たちは、一切衆生憙見菩薩の臂がないのを見て、憂い、悩み、悲しみ、言います。
「一切衆生憙見菩薩は、私たちの師です。今、臂を焼いて無くしてしまった」
一切衆生憙見菩薩は、誓います。
「私は両方の臂を失ったが、必ず仏の金色の身を得るだろう。それが嘘でない証拠として、私の臂は元通りになるだろう」
臂は元通りになり、世界は六種に振動し、天から宝の花が降り、人々はいまだかつてない思いを得ます。
釈尊は、宿王華菩薩に告げます。
「あなたは、この話を聞いてどう思うか。一切衆生憙見菩薩は、どうして他の人のことであろう。今の薬王菩薩のことなのだ」
そして、法華経、またその中の一つの四句からなる偈(詩の形の経文)を受持する功徳は、計り知れないことを示します。
続いて、具体的に十の譬喩を通して功徳の偉大さを表現します。一切の川の流れなど、多くの水の中で海が第一であるように、この法華経も、多くの仏が説く経の中で最も深く、大きい……。
さらに、十二の譬喩を用いて、法華経が一切衆生を利益し、その願いを満足させることを示します。清涼の池が渇望している者を満たすように、寒い人が火を得るように……。
もし法華経を聞くことができ、もしくは書き、もしくは他の人に書かせるならば、その功徳は仏の智慧をもってしても計り知れない。
続いて、薬王菩薩本事品を聞き、受持する功徳を述べ、付嘱します。
「我滅度して後、後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶して悪魔・魔民・諸天・竜・夜叉・鳩槃荼等に其の便を得しむること無かれ」「此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なればなり。若し人病有らんに、是の経を聞くことを得ば、病は即ち消滅して、不老不死ならん」等と語ります。
最後に多宝如来が、「あなたは、不可思議の功徳を成就して、釈尊に問い掛け、計り知れない一切衆生を利益した」と、宿王華菩薩を称えます。
このように「薬王品」では、師弟の報恩のドラマを通して、法華経の功徳が賛嘆されています。
【『法華経の智慧』から】 全人類に「癒しの光明」を
法華経はすべて「己心の儀式」です。経文を向こう側においていては、肝心なことは分からない。我が生命の薬王菩薩とは、名前の通り、心身の病気を治し、生命を「健康」にする力用と言ってよい。その本体は「妙法」であり「仏界」です。仏界の大生命力が生命の苦しみを癒す働きを「薬王」と名づける。
ゆえに御本尊に向かって唱題するとき、己心の薬王菩薩が働くのです。
◇
「健康」を象徴する薬王は、信念に「殉教」した菩薩であった。「戦う生命」それが「健康な生命」です。
◇
薬王品も、まさに「末法広宣流布の戦士よ! 薬王菩薩のごとく、命を燃やせ!」と教えているのではないだろうか。そういう青年が陸続と現れたとき、創価学会全体が永遠化される。「不老不死の教団」になっていくのです。
そうなって初めて、永遠の未来にわたって、全人類に「癒しの光明」を燦然と送り続けることができるのです。(普及版〈下〉「薬王菩薩本事品」)
【コラム】 本化と迹化
「薬王品」以降の6品には、迹化・他方の菩薩に弘通を託す意義が込められています。
広宣流布の主役は、あくまでも「本化」の菩薩である「地涌の菩薩」です。その上で、「迹化」の菩薩は、迹仏に化導された菩薩のことで、主役を助ける立場と言えます。つまり、「薬王品」からの6品は、「地涌の使命を助ける」働きを明かしていると考えることができます。
池田先生は語っています。
「『本化』として自行化他に励んで開拓した『仏界』の生命力を、『迹化』としての社会面、生活面で生かしていく。生かし、活躍していこうと努力するなかで、さらに『信心』が深まり『仏界』が固まっていく。この往復作業です。本化→迹化、迹化→本化という、粘り強い往復作業によって、自分の生命を限りなく向上させ、広宣流布を限りなく広げていくのです」
広宣流布へ、それぞれの舞台で、「さすがだ」と、実証輝く活躍をしていきたい。
必ず現状を打開するとの
決定した一念が大切だ。
不屈の魂を燃やして
希望の未来を開こう!
千日尼御前御返事 P1312
『たすけんとする日蓮かへりて大怨敵とをもわるるゆへに女人こぞりて国主に讒言して伊豆の国へながせし上又佐渡の国へながされぬ』
【通解】
(一切の女性を救おうとしている)日蓮を、かえって大怨敵と思われるゆえに、女性たちが、こぞって国主に讒言をして、伊豆の国に流罪したうえ、また佐渡の国にも流罪したのである。
名字の言 人にあげればあげるほど増えるものは? 2021年12月28日
タイには、こんな"なぞなぞ"がある。「いくら振りまいてもなくならないものはなんだ?」▼答えは「笑顔」。なるほど、"ほほ笑みの国"らしい発想である。さらにもう一つ。「人にあげればあげるほど増えるものは?」。正解は「幸福」だという。今から20年前、池田先生が同国の「文化芸術貢献賞」を受賞した際、謝辞で紹介したものである。アメリカの同時多発テロから間もない頃だっただけに「平和とは? 幸せとは?」と問いながら、胸にとどめたことを覚えている▼御書に「喜とは自他共に喜ぶ事なり」(761ページ)と。苦しみや悲しみの多くは人間関係の中で生じる。同じように、本当の喜びも他者との関係性の中で育まれていくものである▼仏法では、人も国土も「一つの生命体」と捉え、不可分であると説く。全ての生命は互いに支え合い、大いなる生命の輪を織り成していると見るのだ。ゆえに池田先生は訴える。「人を幸福にした分、自分も幸福になるし、だれか一人でも不幸な人がいるかぎり、自分の幸福も完全ではない」▼笑顔と幸福を友に惜しみなく送り、平和と友情を広げた世界の同志に、感謝と敬意を表したい。地涌の勇者こそ真の「富める者」であり「心の長者」である。
寸鉄 2021年12月28日
「いよいよ」と御書に幾度も。現当二世の信心だ。挑戦やめぬ人は皆、青年
男子部大学校生が年末から仏法対話。気概頼もし。青春の原点を断じて築け
良友にまさる財宝はない—哲人。友情の輪を広げる大充実の交流期間を!
"久しぶりの長距離運転"増える時。呉々も無事故で。焦らず、賢く休憩取り
水で膨らむ玩具を幼児が誤飲する事故多発。遊ぶ時は一緒に。目を離さず
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第21回 未来部の友へ
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第21回は、未来部の友に詠んだ「若き君よ 勝ちまくれ! 青春は人生の 一生の土台」(2002年)です。
◇君の使命は君しか持てない
未来は無限だ。
未来は希望だ。
未来は夢だ。
未来は大活躍の劇場だ。
「未来部」は
なんと無限の意味をはらんだ
名前であろうか。
◆◇◆
若き生命の持ち主は
皆が
その魂は
閃光を放っているのだ。
気取る必要もない。
失敗に臆する必要もない。
愚かと言われようが
貧しいと言われようが
そんなことは
弱々しい風が
吹いていると思え!
君の夢は
君しか持てない。
君の宝は
君しか持てない。
君の使命は
君しか持てない。
だから
不思議にして偉大なる
生命の鍵を
持っているのが
君なのだ!
◆◇◆
君の長い生涯の中に
決して希望を
死滅させてはならない。
感情で
逃走してはならない。
邪険な人々の罵りに
人生を
奪われてもならない。
胸を張って
北風に進むのだ。
断固として
自分自身の人生を
勝利するのだ。
父のために
母のために
自分自身のために
平和のために
友情のために
そして
永遠のために!
そこにこそ
幾千人に
痛めつけられても
すべてが
勝ち抜いた君の
長い生涯を飾りゆく
大勲章と光るのだ!
君よ
君の名前を呼ぶ人が
いなくとも
君は君らしく
生きるのだ。
有名になる必要などない。
狂った人間の世界で
褒められる必要もない。
狂乱した嫉妬の世界で
悩む必要もない。
君は君らしく
確かなる人生観を持って
残酷なこの社会を
切り開いていくのだ。
人生は劇だ。
若さは名優だ。
◆◇◆
友よ
不安に行き詰まるような
弱々しい青春であるな!
すべてが
私の人生の
転機ととらえて
偉大なる
正義の目標に向かって
勝利の坂を
勇敢に登っていくのだ!
青春よ
勝ちまくれ!
若き君よ
希望の未来に舞いゆけ!
未来部 万歳!
未来部の成長が
広宣流布だ。
未来部の勝利が
創価の勝利だ。
未来部に
栄光あれ!
勝利あれ!
☆ロータスラウンジ——法華経への旅 第31回 薬王菩薩本事品第二十三
◇末法広宣流布の戦士よ! 薬王菩薩のごとく、命を燃やせ!
■大要
薬王菩薩が一切衆生憙見菩薩だった時、日月浄明徳仏の入滅後に、報恩のため自分の臂(腕)を焼いて灯明として供養したという故事が説かれます。そして、仏滅後に法華経を弘める功徳は、この焼身の供養より大きいことが述べられます。それでは内容を追ってみましょう。
◇
その時、宿王華菩薩が、釈尊に言います。
「薬王菩薩は、どうしてこの娑婆世界を巡り歩くのでしょうか。どれほどの百千万億那由他の難行苦行があったのでしょうか。どうか説明してください。その話を聞いて皆、歓喜するでしょう」
——ここから質問に答える形で、薬王菩薩が一切衆生憙見菩薩だった時代の難行苦行の話が始まります。
その時、釈尊は宿王華菩薩に告げます。
「無量恒河沙劫の昔、日月浄明徳仏がいた……」と、その仏や菩薩たちの寿命、そして国土の様子などが示されます。続いて、「その時、日月浄明徳仏は、一切衆生憙見菩薩、そして多くの菩薩や声聞たちのために、法華経を説かれた」と語ります。
一切衆生憙見菩薩は、願って苦行を習い、精進し、仏を一心に求めること一万二千年を満たして、「現一切色身三昧」の境涯(十界の一切衆生の姿を自在に現せる境涯)を得ます。そこで一切衆生憙見菩薩は、大いに歓喜して思います。
「私が現一切色身三昧を得られたのは、全て法華経を聞くことができた力によるのである。今、日月浄明徳仏および法華経を供養しよう」
そして、一切衆生憙見菩薩は、さまざまな香を降らせるなどして、仏を供養して、さらに思います。
「神通力をもって仏を供養したとしても、私の身をもって供養するのには及ばない」
そこで、一切衆生憙見菩薩は、多くの香や香油を、千二百年にわたって飲み、さらに香油を身に塗るなどして、日月浄明徳仏の前で自分自身の体を燃やします。その光明は、八十億恒河沙の世界を照らします。
多くの仏が、一切衆生憙見菩薩を同時に褒めたたえます。
「これこそ真の精進である。これを『第一の布施』と名づける。多くの布施の中で、最も尊く、最も優れている。法をもって多くの仏を供養するからである」
一切衆生憙見菩薩の身体を燃やす火は、千二百年に及ぶまで続き、燃え尽きます。
一切衆生憙見菩薩は、このように法の供養をなし終わって、命が終わり、また日月浄明徳仏の国の中、浄徳王の家に生まれます。そして再び、仏を供養します。
日月浄明徳仏は、一切衆生憙見菩薩に告げます。
「入滅する時がやってきた」
そして、一切衆生憙見菩薩に命じます。
「仏法を、あなたに付嘱します。一切の弟子、阿耨多羅三藐三菩提(完全な覚り)の法、一切の宝などを付嘱する」
日月浄明徳仏が入滅すると、一切衆生憙見菩薩は悲しみ、仏を恋慕し、その舎利(聖骨)を八万四千の塔を造って供養します。そして思います。
「自分の心はまだ満足しない。さらに供養しよう」
そして、八万四千の塔の前で、自分の臂(腕)を、七万二千年にわたって燃やして供養します。その光景を見ていた声聞を求める人々らは、覚りを求める心を起こします。
多くの菩薩たちは、一切衆生憙見菩薩の臂がないのを見て、憂い、悩み、悲しみ、言います。
「一切衆生憙見菩薩は、私たちの師です。今、臂を焼いて無くしてしまった」
一切衆生憙見菩薩は、誓います。
「私は両方の臂を失ったが、必ず仏の金色の身を得るだろう。それが嘘でない証拠として、私の臂は元通りになるだろう」
臂は元通りになり、世界は六種に振動し、天から宝の花が降り、人々はいまだかつてない思いを得ます。
釈尊は、宿王華菩薩に告げます。
「あなたは、この話を聞いてどう思うか。一切衆生憙見菩薩は、どうして他の人のことであろう。今の薬王菩薩のことなのだ」
そして、法華経、またその中の一つの四句からなる偈(詩の形の経文)を受持する功徳は、計り知れないことを示します。
続いて、具体的に十の譬喩を通して功徳の偉大さを表現します。一切の川の流れなど、多くの水の中で海が第一であるように、この法華経も、多くの仏が説く経の中で最も深く、大きい……。
さらに、十二の譬喩を用いて、法華経が一切衆生を利益し、その願いを満足させることを示します。清涼の池が渇望している者を満たすように、寒い人が火を得るように……。
もし法華経を聞くことができ、もしくは書き、もしくは他の人に書かせるならば、その功徳は仏の智慧をもってしても計り知れない。
続いて、薬王菩薩本事品を聞き、受持する功徳を述べ、付嘱します。
「我滅度して後、後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶して悪魔・魔民・諸天・竜・夜叉・鳩槃荼等に其の便を得しむること無かれ」「此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なればなり。若し人病有らんに、是の経を聞くことを得ば、病は即ち消滅して、不老不死ならん」等と語ります。
最後に多宝如来が、「あなたは、不可思議の功徳を成就して、釈尊に問い掛け、計り知れない一切衆生を利益した」と、宿王華菩薩を称えます。
このように「薬王品」では、師弟の報恩のドラマを通して、法華経の功徳が賛嘆されています。
【『法華経の智慧』から】 全人類に「癒しの光明」を
法華経はすべて「己心の儀式」です。経文を向こう側においていては、肝心なことは分からない。我が生命の薬王菩薩とは、名前の通り、心身の病気を治し、生命を「健康」にする力用と言ってよい。その本体は「妙法」であり「仏界」です。仏界の大生命力が生命の苦しみを癒す働きを「薬王」と名づける。
ゆえに御本尊に向かって唱題するとき、己心の薬王菩薩が働くのです。
◇
「健康」を象徴する薬王は、信念に「殉教」した菩薩であった。「戦う生命」それが「健康な生命」です。
◇
薬王品も、まさに「末法広宣流布の戦士よ! 薬王菩薩のごとく、命を燃やせ!」と教えているのではないだろうか。そういう青年が陸続と現れたとき、創価学会全体が永遠化される。「不老不死の教団」になっていくのです。
そうなって初めて、永遠の未来にわたって、全人類に「癒しの光明」を燦然と送り続けることができるのです。(普及版〈下〉「薬王菩薩本事品」)
【コラム】 本化と迹化
「薬王品」以降の6品には、迹化・他方の菩薩に弘通を託す意義が込められています。
広宣流布の主役は、あくまでも「本化」の菩薩である「地涌の菩薩」です。その上で、「迹化」の菩薩は、迹仏に化導された菩薩のことで、主役を助ける立場と言えます。つまり、「薬王品」からの6品は、「地涌の使命を助ける」働きを明かしていると考えることができます。
池田先生は語っています。
「『本化』として自行化他に励んで開拓した『仏界』の生命力を、『迹化』としての社会面、生活面で生かしていく。生かし、活躍していこうと努力するなかで、さらに『信心』が深まり『仏界』が固まっていく。この往復作業です。本化→迹化、迹化→本化という、粘り強い往復作業によって、自分の生命を限りなく向上させ、広宣流布を限りなく広げていくのです」
広宣流布へ、それぞれの舞台で、「さすがだ」と、実証輝く活躍をしていきたい。
2021年12月27日月曜日
2021.12.27 わが友に贈る
◇今週のことば
「希望」の大連帯を築いた
「勝利」の全宝友、万歳!
福徳は無量無辺なり。
みなが「青年」の翼を広げ
「飛躍」の新春を爽快に!
2021年12月27日
日興遺誡置文 P1618
『未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事』
【通解】
未だ広宣流布が成就しない間は、身命を捨て、力の限り妙法を弘めていくべきである。
名字の言 「いのち」を脅かす三つの危機 2021年12月27日
批評家の若松英輔氏が「現代における『いのち』の危機は、必ずしも迫害というかたちをとらない」とつづっている。さらに「いのち」の危機として、次の三つを挙げている▼まず、自ら選び取ったわけではない強いられた「孤独」。次に、希望を絶たれた状態である「絶望」。最後に、誰の目にも触れずに孤独と絶望を抱えるほかない「孤立」である▼反対に「他者とのあいだにあるとき、『いのち』はその輝きを増す」と氏は指摘する。他者のために全身で何かに参与することで「『いのち』は強められる」と(『沈黙のちから』亜紀書房)▼長引くコロナ禍にあって、孤独や孤立の深刻化が危惧されている。会いたくても、周囲の状況がそれを許さない場合もある。福岡出身のある壮年は、今年も年末の帰省を断念した。その代わりに、元日は親族をオンラインでつなぎ"ファミリー勤行会"を行う予定だ。「勤行の後は、皆で新年の抱負を語り合い、にぎやかに出発します」と▼池田先生は、「たとえ会えなくても、電話の一言で、目の前の壁が破れることもある。一通の置き手紙が、その人の人生を変える場合だってある」と。知恵を絞り、工夫を重ねて、他者と心を通わせる年末年始としたい。
寸鉄 2021年12月27日
「一日もいきてをはせば功徳つもるべし」御聖訓。感謝の祈りで本年を完走
深く偉大な信心に立てば全てが開ける—戸田先生 誓願に生きる人生は無敵
創価大学が一般入試出願受付。受験生よ頑張れ!悔いなき挑戦の冬休みを
除雪中の事故に注意。作業時は家族、近隣の方等、複数人で。命綱の装着も
宗門の謀略で学会は団結し大発展—学者。C作戦から31年。正邪は明白に
☆通信員指導集「輝く創価の言論城」 池田先生の「発刊に寄せて」
◇希望の言葉を世界まで! 我らの聖教魂は永遠に
本紙創刊70周年の本年、通信員指導集『輝く創価の言論城』(非売品)が発刊された。ここでは、池田先生の「発刊に寄せて」の全文を掲載する。
◇
わが通信員こそ、陰徳陽報の「言論の闘士」であります。
わが通信員こそ、普く賢い「民衆の英雄」であります。
そして、我ら通信員こそ、生涯創造の「共戦の同志」なのであります。
この宿縁深き通信員の方々と心一つに、聖教新聞創刊七十周年の佳節を勝ち飾り、創価学会創立百周年へ従藍而青の言論戦を開始できることは、この上ない喜びであり、希望であります。
いまだかつてなき「民衆の機関紙」「人間の機関紙」たる聖教新聞を、飛躍させゆく鍵は何か。恩師・戸田城聖先生と私の真剣なる祈りと思索の結晶として、一九五四年(昭和二十九年)、誉れある通信員制度はスタートしました。
聖教の草創期にあって、最も献身的に支えてくださったのは、まぎれもなく通信員の皆様でありました。広宣流布の最前線の息吹をいち早く掴み、共に企画を練り、取材に走り、記事を書き、写真を撮る。その勇敢にして誠実な挑戦の積み重ねこそ、何ものにも代え難い聖教の熱となり、力となり、宝となってきたのであります。
聖教新聞は、通信員の不撓不屈の闘争なくして発展することは、決してありませんでした。これは、同じ通信員の誇り高き自負を持って執筆を続けてきた私が断言できる厳然たる事実であります。
家庭、地域、仕事、学会活動……多忙を極める毎日の中で、通信員の誓願を貫きゆくことが、いかに崇高な修行であるか。
まさしく、人知れぬ労苦と血のにじむような努力をいとわぬ「言論の闘士」たちの偉大な「陰徳」があればこそ、今日の世界的な聖教新聞の興隆という「陽報」があるのであります。そして、この「陰徳」は、皆様方の生命と一家眷属を三世永遠に包む「陽報」となって輝きわたることも、また間違いありません。
通信員が果たす使命は、時と共に、いや増して大きくなっております。電子版の充実もあり、現在、「世界聖教会館」を中心として全国の支社・支局が団結し、聖教新聞は五大州の隅々まで発信されています。皆様が懸命に取り組む一編の文章、一葉の写真、一本の動画が、希望の光、幸福の光、平和の光を、全世界へ放っていくのです。その一つ一つに触れ、「地方版の柱」であると同時に「世界に広がるセイキョウの柱」である皆様の尊き名前を拝するたび、私の心には尽きせぬ感動と感謝が込み上げてまいります。
聖教を「日本中、世界中の人に読ませたい」と熱願され、通信員の活躍を心から期待されていた戸田先生が、いかばかりお喜びでありましょうか。
「御義口伝」に、「此の法華経を閻浮提に行ずることは普賢菩薩の威神の力に依るなり、此の経の広宣流布することは普賢菩薩の守護なるべきなり」(御書七八〇ページ)と仰せの通り、世界広布は「普く賢い」菩薩の働きによって進みます。愛する郷土を照らす普く賢い「民衆の英雄」の英知が、そのまま地球社会の未来を晴らしていく時代に入っております。
とともに、普賢菩薩は「当起遠迎、当如敬仏」(法華経六七七ページ)という最上第一の相伝を託されます。「必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可し」(御書七八一ページ)との御聖訓を聖教紙面で果たされゆく通信員の福徳は計り知れません。
御本仏・日蓮大聖人は打ち続く大難を、「山に山をかさね波に波をたたみ」(同二〇二ページ)と仰せです。我ら師弟は、この忍難弘通の道に連なり、「言論」と「対話」と「励まし」を武器として、幾多の難を共々に勝ち越えてきました。
御聖誕八百年を慶祝して発刊される『日蓮大聖人御書全集 新版』に、池上兄弟に送られた「兵衛志殿御返事」(一族末代栄えの事)が新たに収録されます。
その中で、賢者の信心と団結で乗り越え、凱歌の実証を示した兄弟と一族を最大に讃えられ、「このことは一代聖教をも引いて、百千まいにかくとも、つくべしとはおもわねども」と仰せになられています。
どれほど書いても書き尽くせない。どれほど讃えても讃え尽くせない——この御本仏のお心を拝しつつ、私たちはさらに、聖教の信念の一文字一文字を綴ってまいりたいと思うのであります。
末法万年尽未来際への世界広宣流布を展望するとき、私たちの言論闘争は、「いよいよ、これから」が本門の戦いであります。六十五歳で小説『新・人間革命』を書き起こした私も、ますます師弟不二の炎を燃え上がらせ、生涯創造の「共戦の同志」である皆様と共々に、黄金の日記文書を記し残していく決心であります。
日蓮仏法は地球の恒久平和への根本思想であり、実現への実践の方途を示しています。その「教科書」とも言うべき言論紙こそ、我らの聖教新聞です。正しき仏法を根本に、生命力満々と、人々の不安を打ち破る希望の言葉で、「安国」の実現へ、「安世界」の構築へ、今こそ力強く大前進しようではありませんか!
皆様には、気高き先輩から受け継いできた無敵の伝統と連帯があり、頼もしき後輩が限りなく明日へ続いています。
「正義の太陽たる通信員の聖教魂がある限り、創価の言論城は未来永劫に輝き続ける」——そう強く深く念じつつ、記念の句を贈り、発刊へのメッセージといたします。
通信員ありて
創価と聖教
輝けり
言論の
師弟共戦
金の日日
通信員こそ
人間革命
勝ち戦
二〇二一年八月二十四日 「聖教新聞創刊原点の日」に
「希望」の大連帯を築いた
「勝利」の全宝友、万歳!
福徳は無量無辺なり。
みなが「青年」の翼を広げ
「飛躍」の新春を爽快に!
2021年12月27日
日興遺誡置文 P1618
『未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事』
【通解】
未だ広宣流布が成就しない間は、身命を捨て、力の限り妙法を弘めていくべきである。
名字の言 「いのち」を脅かす三つの危機 2021年12月27日
批評家の若松英輔氏が「現代における『いのち』の危機は、必ずしも迫害というかたちをとらない」とつづっている。さらに「いのち」の危機として、次の三つを挙げている▼まず、自ら選び取ったわけではない強いられた「孤独」。次に、希望を絶たれた状態である「絶望」。最後に、誰の目にも触れずに孤独と絶望を抱えるほかない「孤立」である▼反対に「他者とのあいだにあるとき、『いのち』はその輝きを増す」と氏は指摘する。他者のために全身で何かに参与することで「『いのち』は強められる」と(『沈黙のちから』亜紀書房)▼長引くコロナ禍にあって、孤独や孤立の深刻化が危惧されている。会いたくても、周囲の状況がそれを許さない場合もある。福岡出身のある壮年は、今年も年末の帰省を断念した。その代わりに、元日は親族をオンラインでつなぎ"ファミリー勤行会"を行う予定だ。「勤行の後は、皆で新年の抱負を語り合い、にぎやかに出発します」と▼池田先生は、「たとえ会えなくても、電話の一言で、目の前の壁が破れることもある。一通の置き手紙が、その人の人生を変える場合だってある」と。知恵を絞り、工夫を重ねて、他者と心を通わせる年末年始としたい。
寸鉄 2021年12月27日
「一日もいきてをはせば功徳つもるべし」御聖訓。感謝の祈りで本年を完走
深く偉大な信心に立てば全てが開ける—戸田先生 誓願に生きる人生は無敵
創価大学が一般入試出願受付。受験生よ頑張れ!悔いなき挑戦の冬休みを
除雪中の事故に注意。作業時は家族、近隣の方等、複数人で。命綱の装着も
宗門の謀略で学会は団結し大発展—学者。C作戦から31年。正邪は明白に
☆通信員指導集「輝く創価の言論城」 池田先生の「発刊に寄せて」
◇希望の言葉を世界まで! 我らの聖教魂は永遠に
本紙創刊70周年の本年、通信員指導集『輝く創価の言論城』(非売品)が発刊された。ここでは、池田先生の「発刊に寄せて」の全文を掲載する。
◇
わが通信員こそ、陰徳陽報の「言論の闘士」であります。
わが通信員こそ、普く賢い「民衆の英雄」であります。
そして、我ら通信員こそ、生涯創造の「共戦の同志」なのであります。
この宿縁深き通信員の方々と心一つに、聖教新聞創刊七十周年の佳節を勝ち飾り、創価学会創立百周年へ従藍而青の言論戦を開始できることは、この上ない喜びであり、希望であります。
いまだかつてなき「民衆の機関紙」「人間の機関紙」たる聖教新聞を、飛躍させゆく鍵は何か。恩師・戸田城聖先生と私の真剣なる祈りと思索の結晶として、一九五四年(昭和二十九年)、誉れある通信員制度はスタートしました。
聖教の草創期にあって、最も献身的に支えてくださったのは、まぎれもなく通信員の皆様でありました。広宣流布の最前線の息吹をいち早く掴み、共に企画を練り、取材に走り、記事を書き、写真を撮る。その勇敢にして誠実な挑戦の積み重ねこそ、何ものにも代え難い聖教の熱となり、力となり、宝となってきたのであります。
聖教新聞は、通信員の不撓不屈の闘争なくして発展することは、決してありませんでした。これは、同じ通信員の誇り高き自負を持って執筆を続けてきた私が断言できる厳然たる事実であります。
家庭、地域、仕事、学会活動……多忙を極める毎日の中で、通信員の誓願を貫きゆくことが、いかに崇高な修行であるか。
まさしく、人知れぬ労苦と血のにじむような努力をいとわぬ「言論の闘士」たちの偉大な「陰徳」があればこそ、今日の世界的な聖教新聞の興隆という「陽報」があるのであります。そして、この「陰徳」は、皆様方の生命と一家眷属を三世永遠に包む「陽報」となって輝きわたることも、また間違いありません。
通信員が果たす使命は、時と共に、いや増して大きくなっております。電子版の充実もあり、現在、「世界聖教会館」を中心として全国の支社・支局が団結し、聖教新聞は五大州の隅々まで発信されています。皆様が懸命に取り組む一編の文章、一葉の写真、一本の動画が、希望の光、幸福の光、平和の光を、全世界へ放っていくのです。その一つ一つに触れ、「地方版の柱」であると同時に「世界に広がるセイキョウの柱」である皆様の尊き名前を拝するたび、私の心には尽きせぬ感動と感謝が込み上げてまいります。
聖教を「日本中、世界中の人に読ませたい」と熱願され、通信員の活躍を心から期待されていた戸田先生が、いかばかりお喜びでありましょうか。
「御義口伝」に、「此の法華経を閻浮提に行ずることは普賢菩薩の威神の力に依るなり、此の経の広宣流布することは普賢菩薩の守護なるべきなり」(御書七八〇ページ)と仰せの通り、世界広布は「普く賢い」菩薩の働きによって進みます。愛する郷土を照らす普く賢い「民衆の英雄」の英知が、そのまま地球社会の未来を晴らしていく時代に入っております。
とともに、普賢菩薩は「当起遠迎、当如敬仏」(法華経六七七ページ)という最上第一の相伝を託されます。「必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可し」(御書七八一ページ)との御聖訓を聖教紙面で果たされゆく通信員の福徳は計り知れません。
御本仏・日蓮大聖人は打ち続く大難を、「山に山をかさね波に波をたたみ」(同二〇二ページ)と仰せです。我ら師弟は、この忍難弘通の道に連なり、「言論」と「対話」と「励まし」を武器として、幾多の難を共々に勝ち越えてきました。
御聖誕八百年を慶祝して発刊される『日蓮大聖人御書全集 新版』に、池上兄弟に送られた「兵衛志殿御返事」(一族末代栄えの事)が新たに収録されます。
その中で、賢者の信心と団結で乗り越え、凱歌の実証を示した兄弟と一族を最大に讃えられ、「このことは一代聖教をも引いて、百千まいにかくとも、つくべしとはおもわねども」と仰せになられています。
どれほど書いても書き尽くせない。どれほど讃えても讃え尽くせない——この御本仏のお心を拝しつつ、私たちはさらに、聖教の信念の一文字一文字を綴ってまいりたいと思うのであります。
末法万年尽未来際への世界広宣流布を展望するとき、私たちの言論闘争は、「いよいよ、これから」が本門の戦いであります。六十五歳で小説『新・人間革命』を書き起こした私も、ますます師弟不二の炎を燃え上がらせ、生涯創造の「共戦の同志」である皆様と共々に、黄金の日記文書を記し残していく決心であります。
日蓮仏法は地球の恒久平和への根本思想であり、実現への実践の方途を示しています。その「教科書」とも言うべき言論紙こそ、我らの聖教新聞です。正しき仏法を根本に、生命力満々と、人々の不安を打ち破る希望の言葉で、「安国」の実現へ、「安世界」の構築へ、今こそ力強く大前進しようではありませんか!
皆様には、気高き先輩から受け継いできた無敵の伝統と連帯があり、頼もしき後輩が限りなく明日へ続いています。
「正義の太陽たる通信員の聖教魂がある限り、創価の言論城は未来永劫に輝き続ける」——そう強く深く念じつつ、記念の句を贈り、発刊へのメッセージといたします。
通信員ありて
創価と聖教
輝けり
言論の
師弟共戦
金の日日
通信員こそ
人間革命
勝ち戦
二〇二一年八月二十四日 「聖教新聞創刊原点の日」に
2021年12月26日日曜日
2021.12.26 わが友に贈る
強烈な寒波接近に伴う
暴風雪・凍結に警戒を!
配達に携わる方など皆が
交通事故等に遭わぬよう
真剣に題目を送ります。
王日女殿御返事 P1263
『仏は真に尊くして物によらず、昔の得勝童子は沙の餅を仏に供養し奉りて阿育大王と生れて一閻浮提の主たりき、貧女の我がかしらをおろして油と成せしが須弥山を吹きぬきし風も此の火をけさず』
【通解】
仏はまことに尊く、供養の品物で真心を測ることはない。昔、得勝童子は砂の餅を仏に供養して阿育大王と生まれ、全世界の王となった。ある貧しい女性が自分の髪を剃って、その代価で油を求め、灯を供養したところ、須弥山を吹き抜いた強い風も、この灯を消すことはなかった。
名字の言 箱根駅伝中継を支える人々 2021年12月26日
来年で放送35年となる日本テレビの箱根駅伝中継には、延べ1000人以上の制作スタッフが携わる。選手一人一人のドラマを伝えるための事前取材は1年がかりで行うという▼当日は約80台ものカメラを使用するほか、各中継所などで70人を超えるスタッフが活躍。順位変動が起こりそうなポイントを予測し、先頭はもちろん、中位や下位争いも撮り逃さないよう注視する▼その中で、番組総合ディレクターの椿亮輔氏が悔しさをにじませながら振り返るのが前々回大会。最終10区で「シード権が変わる瞬間を撮れなかった」ことだ。シード圏内の10位から約1分遅れで出走した創価大学が予想外の速さで、前を走る中央学院大学を抜き去った場面である(「Number」2022年1月7日号)▼中継中、いつの間にか順位が入れ替わり、驚いたことを思い出した。同時に、視聴者に感動を届けようと奮闘する関係者の苦労を知り、深い感慨が込み上げた。どんな分野でも、一つのドラマの陰には、無数の人々の関わりがある。そこに思いを致す時、物事の見え方は重層的、多面的になる▼大会では約1800人の学生補助員も無事故の運営に当たる。多くの支えによって成り立つ"夢舞台"に熱い声援を送ろう。
寸鉄 2021年12月26日
妙法は上へ上へと向上しゆく法—戸田先生。新年の「飛躍」期し助走開始!
会長の青年の可能性への信頼が私を啓発—元次長 わが地域に後継の大河を
使命に目覚めた人はあらゆる悩みを解決—文豪。広布の大目的に生き抜け
創作四字熟語の最優秀作「七菌八起」に。長引く試練に"不屈の魂"で応戦
特殊詐欺が過去最多。被害者85%が65歳以上と—白書。慌てずに確認・相談
☆御書の旭光を 第66回 魔を寄せ付けぬ強盛な祈り
〈御文〉
『南無妙法蓮華経と御唱えつつしむべし・つつしむべし』(兵衛志殿御返事、1108ページ)
〈通解〉
南無妙法蓮華経と唱え、身を慎んでいきなさい。慎んでいきなさい。
〈池田先生が贈る指針〉
魔に付け入る隙を与えるなかれ——池上兄弟へ題目根本に同心で団結するよう戒められている。
信心は仏と魔の闘争である。油断や慢心、不和に魔は潜む。火災や交通事故など"絶対に起こさない。巻き込まれない"との強盛な祈りと聡明な振る舞いが要諦だ。
年末年始、「百千万億倍の用心」で幸福安穏の日々を!
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第20回 善知識の連帯
◇三三蔵祈雨事
『夫れ木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず、本より生いて候木なれども根の弱きは・たうれぬ、甲斐無き者なれども・たすくる者強ければたうれず、すこし健の者も独なれば悪しきみちには・たうれぬ(中略)仏になるみちは善知識にはすぎず、わが智慧なににかせん、ただあつきつめたきばかりの智慧だにも候ならば善知識たいせちなり』(御書1468ページ1行目〜7行目)
◇池田先生の講義から
創価学会は、牧口先生、戸田先生の不惜身命の闘争から始まった大聖人直結の団体です。
御本仏の一切衆生救済の精神が横溢している、「民衆の安全地帯」です。善友が集い合い、誰も置き去りにしない「温かな人間主義の組織」です。
◆◇◆
今、多くの新会員が決意も新たに折伏・弘教に奮闘しています。青年部の共進、共戦も頼もしい限りです。
新たに立ち上がった友も多い。その陰には、共々に広布の大道を進んでいきたいと、共に励まし、共に祈り、共に学び、共に動き続けてくれた幾多の先輩や同志の奮闘があります。
先輩たちにとっても、そうした経験は、自身の境涯を開くきっかけとなっています。
また、成長した人材が、今度は後輩と一緒に前進する中で「心の財」(御書1173ページ)を積み上げていきます。こうした希望の連動の中でこそ、私たちは悩みを乗り越えて、自他共に大歓喜の人間革命を成し遂げていくことができるのです。
(『調和と希望の仏法——「人間の宗教」の時代へ』から)
石田幸司 男子部教学部長
◇自他共に歓喜の人間革命を!
御書根本に「青年・飛躍の年」へ!
男子部では、一人一人が生涯の指針となる御書の一節と出あうことを目指し、「ONE GOSHO運動」として、リーダー率先で会合や個人指導などで御聖訓を引く取り組みを続けています。
私も学生時代から御書に親しみ、多くの先輩や友に教えていただいた一節一節を、励みにしてきました。
今回、その中の一節で、特に男子部大学校生など、活動を始めて間もない友と学び合っている「三三蔵祈雨事」を拝していきたいと思います。
◇"仏道修行の全て?"
本抄の講義の冒頭で池田先生は、釈尊が弟子に語った、「善き友を持ち、善き友と一緒に進むということは、仏道の半ばではなく、仏道の全てなのである」という言葉を紹介されています。
この言葉を初めて知った学生の時、正直、"それは言い過ぎなのではないだろうか"と思いました。仏道修行には、自分の努力が、なによりも重要であると考えていたからです。
しかし、自身の過去を振り返ってみると、何一つとして自分一人だけで達成できたことはありません。どんな時にも必ず、共に祈り、共に悩み、共に戦う同志がいて、励まされてきたことに気付きました。
池田先生は、釈尊の言葉を通し、「ここに、仏道修行の本来の在り方が、端的に示されています。最後まで正しき信心を全うし、真実の勝利の人生を歩み抜くためには、自分を支えてくれる『善き友』、すなわち『善知識』の存在が絶対に必要なのです」と講義されています。私たちにとっての善知識とは、正しい仏法に導いてくれる師匠・池田先生と、善き同志の連帯を広げる創価学会にほかなりません。
「立正安国論」には、「汝蘭室の友に交りて麻畝の性と成る(中略)但し人の心は時に随って移り物の性は境に依って改まる」(御書31ページ)と仰せです。人の心は縁に紛動され、移ろいやすいものです。ゆえに、信心を貫くには、善知識を求め、触れ続けることが「絶対に必要」なのです。
◇関わる全ての方が
次に先生は、創価学会は「地位や名誉、財産も関係なく、老若男女を問わず、互いに飾らず、ありのままの人間として共に励まし合い、共々に成長し、幸福を勝ち取る『庶民の城』」であると述べられています。
その一員である私たちは、日常的に善知識に触れていると同時に、自分自身が誰かの善知識にもなれます。
池田先生は、「『共に』という心と行動のなかに、日蓮仏法の真髄があります。師弟の本質も『共戦』にあるのです」と強調されています。
師匠と同志と「共戦」する中に、大聖人が「日蓮が弘通する処の所詮是なり」(同1337ページ)と言われた「異体同心」が実現すると確信します。
私が男子部の部長時代、会合には参加するものの、消極的で寡黙な部員さんがいました。訪問・激励を重ね、共に題目を唱え、先生の指導を学ぶ"毎週の部の会合"に2年近く参加してもらったある日、突然、その彼が仕事についての決意を述べたのです。心の底から感動しました。そして彼は、その決意通りに仕事で結果を出すとともに、自分から他のメンバーに話し掛けたり、自主的に訪問・激励に挑戦したりするようにもなりました。その姿に、信心の素晴らしさ、仏縁に触れ続けることの大切さを教えてもらいました。
私は、"自分が善知識であろう"と思っていましたが、実はその彼は"私にとっての善知識"でもあるのだと実感しました。学会員であるなしにかかわらず、私に関わる全ての方が善知識であると心から感謝しています。
◇連鎖反応と相互作用
今回学ぶ御文は、善知識を求めることの大切さを教えられたものです。その上で、自身が誰かの善知識になっていく大切さを教えてくださっているとも拝せます。
その誰かがまた別の誰かにとっての善知識であり、自身にとっても善知識である——先の体験をはじめ、学会活動を通して、このことに気付かせていただきました。
善知識が善知識を呼ぶ"善知識の連鎖反応"、互いに善知識となる"善知識の相互作用"を次々と起こしているのが創価学会なのです。
私たちの日常の活動の中でも、さまざまな事情を抱えて、"思ったように頑張れていない"と、つらさを感じている方もいらっしゃると思います。しかし、どんな状況であっても、今を精いっぱい生きている姿が、誰かに希望と勇気を与えていることは間違いありません。
誰もが誰かの善知識——この創価の励ましの世界を築いてくださった池田先生への感謝は尽きません。
今、男子部では「共に動く」ことを活動のポイントに掲げています。明「青年・飛躍の年」を一人一人が勝利するため、御書根本に善知識の連帯を、さらに拡大していきます。
◇メモ
「三三蔵祈雨事」は、建治元年(1275年)、または、その翌年に身延で著され、駿河国(静岡県中央部)富士上方西山郷に住む門下・西山入道に与えられたお手紙とされる。「善知識」や現証の重要性が説かれている。善知識とは、良い友人・知人の意で、仏法を教え仏道に導いてくれる人。師匠や、仏道修行を励ましてくれる先輩・同志をいう。反対に誤った教えを説いて人々を迷わせ、仏道修行を妨げたり不幸に陥れる悪僧・悪人を「悪知識」という。
暴風雪・凍結に警戒を!
配達に携わる方など皆が
交通事故等に遭わぬよう
真剣に題目を送ります。
王日女殿御返事 P1263
『仏は真に尊くして物によらず、昔の得勝童子は沙の餅を仏に供養し奉りて阿育大王と生れて一閻浮提の主たりき、貧女の我がかしらをおろして油と成せしが須弥山を吹きぬきし風も此の火をけさず』
【通解】
仏はまことに尊く、供養の品物で真心を測ることはない。昔、得勝童子は砂の餅を仏に供養して阿育大王と生まれ、全世界の王となった。ある貧しい女性が自分の髪を剃って、その代価で油を求め、灯を供養したところ、須弥山を吹き抜いた強い風も、この灯を消すことはなかった。
名字の言 箱根駅伝中継を支える人々 2021年12月26日
来年で放送35年となる日本テレビの箱根駅伝中継には、延べ1000人以上の制作スタッフが携わる。選手一人一人のドラマを伝えるための事前取材は1年がかりで行うという▼当日は約80台ものカメラを使用するほか、各中継所などで70人を超えるスタッフが活躍。順位変動が起こりそうなポイントを予測し、先頭はもちろん、中位や下位争いも撮り逃さないよう注視する▼その中で、番組総合ディレクターの椿亮輔氏が悔しさをにじませながら振り返るのが前々回大会。最終10区で「シード権が変わる瞬間を撮れなかった」ことだ。シード圏内の10位から約1分遅れで出走した創価大学が予想外の速さで、前を走る中央学院大学を抜き去った場面である(「Number」2022年1月7日号)▼中継中、いつの間にか順位が入れ替わり、驚いたことを思い出した。同時に、視聴者に感動を届けようと奮闘する関係者の苦労を知り、深い感慨が込み上げた。どんな分野でも、一つのドラマの陰には、無数の人々の関わりがある。そこに思いを致す時、物事の見え方は重層的、多面的になる▼大会では約1800人の学生補助員も無事故の運営に当たる。多くの支えによって成り立つ"夢舞台"に熱い声援を送ろう。
寸鉄 2021年12月26日
妙法は上へ上へと向上しゆく法—戸田先生。新年の「飛躍」期し助走開始!
会長の青年の可能性への信頼が私を啓発—元次長 わが地域に後継の大河を
使命に目覚めた人はあらゆる悩みを解決—文豪。広布の大目的に生き抜け
創作四字熟語の最優秀作「七菌八起」に。長引く試練に"不屈の魂"で応戦
特殊詐欺が過去最多。被害者85%が65歳以上と—白書。慌てずに確認・相談
☆御書の旭光を 第66回 魔を寄せ付けぬ強盛な祈り
〈御文〉
『南無妙法蓮華経と御唱えつつしむべし・つつしむべし』(兵衛志殿御返事、1108ページ)
〈通解〉
南無妙法蓮華経と唱え、身を慎んでいきなさい。慎んでいきなさい。
〈池田先生が贈る指針〉
魔に付け入る隙を与えるなかれ——池上兄弟へ題目根本に同心で団結するよう戒められている。
信心は仏と魔の闘争である。油断や慢心、不和に魔は潜む。火災や交通事故など"絶対に起こさない。巻き込まれない"との強盛な祈りと聡明な振る舞いが要諦だ。
年末年始、「百千万億倍の用心」で幸福安穏の日々を!
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第20回 善知識の連帯
◇三三蔵祈雨事
『夫れ木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず、本より生いて候木なれども根の弱きは・たうれぬ、甲斐無き者なれども・たすくる者強ければたうれず、すこし健の者も独なれば悪しきみちには・たうれぬ(中略)仏になるみちは善知識にはすぎず、わが智慧なににかせん、ただあつきつめたきばかりの智慧だにも候ならば善知識たいせちなり』(御書1468ページ1行目〜7行目)
◇池田先生の講義から
創価学会は、牧口先生、戸田先生の不惜身命の闘争から始まった大聖人直結の団体です。
御本仏の一切衆生救済の精神が横溢している、「民衆の安全地帯」です。善友が集い合い、誰も置き去りにしない「温かな人間主義の組織」です。
◆◇◆
今、多くの新会員が決意も新たに折伏・弘教に奮闘しています。青年部の共進、共戦も頼もしい限りです。
新たに立ち上がった友も多い。その陰には、共々に広布の大道を進んでいきたいと、共に励まし、共に祈り、共に学び、共に動き続けてくれた幾多の先輩や同志の奮闘があります。
先輩たちにとっても、そうした経験は、自身の境涯を開くきっかけとなっています。
また、成長した人材が、今度は後輩と一緒に前進する中で「心の財」(御書1173ページ)を積み上げていきます。こうした希望の連動の中でこそ、私たちは悩みを乗り越えて、自他共に大歓喜の人間革命を成し遂げていくことができるのです。
(『調和と希望の仏法——「人間の宗教」の時代へ』から)
石田幸司 男子部教学部長
◇自他共に歓喜の人間革命を!
御書根本に「青年・飛躍の年」へ!
男子部では、一人一人が生涯の指針となる御書の一節と出あうことを目指し、「ONE GOSHO運動」として、リーダー率先で会合や個人指導などで御聖訓を引く取り組みを続けています。
私も学生時代から御書に親しみ、多くの先輩や友に教えていただいた一節一節を、励みにしてきました。
今回、その中の一節で、特に男子部大学校生など、活動を始めて間もない友と学び合っている「三三蔵祈雨事」を拝していきたいと思います。
◇"仏道修行の全て?"
本抄の講義の冒頭で池田先生は、釈尊が弟子に語った、「善き友を持ち、善き友と一緒に進むということは、仏道の半ばではなく、仏道の全てなのである」という言葉を紹介されています。
この言葉を初めて知った学生の時、正直、"それは言い過ぎなのではないだろうか"と思いました。仏道修行には、自分の努力が、なによりも重要であると考えていたからです。
しかし、自身の過去を振り返ってみると、何一つとして自分一人だけで達成できたことはありません。どんな時にも必ず、共に祈り、共に悩み、共に戦う同志がいて、励まされてきたことに気付きました。
池田先生は、釈尊の言葉を通し、「ここに、仏道修行の本来の在り方が、端的に示されています。最後まで正しき信心を全うし、真実の勝利の人生を歩み抜くためには、自分を支えてくれる『善き友』、すなわち『善知識』の存在が絶対に必要なのです」と講義されています。私たちにとっての善知識とは、正しい仏法に導いてくれる師匠・池田先生と、善き同志の連帯を広げる創価学会にほかなりません。
「立正安国論」には、「汝蘭室の友に交りて麻畝の性と成る(中略)但し人の心は時に随って移り物の性は境に依って改まる」(御書31ページ)と仰せです。人の心は縁に紛動され、移ろいやすいものです。ゆえに、信心を貫くには、善知識を求め、触れ続けることが「絶対に必要」なのです。
◇関わる全ての方が
次に先生は、創価学会は「地位や名誉、財産も関係なく、老若男女を問わず、互いに飾らず、ありのままの人間として共に励まし合い、共々に成長し、幸福を勝ち取る『庶民の城』」であると述べられています。
その一員である私たちは、日常的に善知識に触れていると同時に、自分自身が誰かの善知識にもなれます。
池田先生は、「『共に』という心と行動のなかに、日蓮仏法の真髄があります。師弟の本質も『共戦』にあるのです」と強調されています。
師匠と同志と「共戦」する中に、大聖人が「日蓮が弘通する処の所詮是なり」(同1337ページ)と言われた「異体同心」が実現すると確信します。
私が男子部の部長時代、会合には参加するものの、消極的で寡黙な部員さんがいました。訪問・激励を重ね、共に題目を唱え、先生の指導を学ぶ"毎週の部の会合"に2年近く参加してもらったある日、突然、その彼が仕事についての決意を述べたのです。心の底から感動しました。そして彼は、その決意通りに仕事で結果を出すとともに、自分から他のメンバーに話し掛けたり、自主的に訪問・激励に挑戦したりするようにもなりました。その姿に、信心の素晴らしさ、仏縁に触れ続けることの大切さを教えてもらいました。
私は、"自分が善知識であろう"と思っていましたが、実はその彼は"私にとっての善知識"でもあるのだと実感しました。学会員であるなしにかかわらず、私に関わる全ての方が善知識であると心から感謝しています。
◇連鎖反応と相互作用
今回学ぶ御文は、善知識を求めることの大切さを教えられたものです。その上で、自身が誰かの善知識になっていく大切さを教えてくださっているとも拝せます。
その誰かがまた別の誰かにとっての善知識であり、自身にとっても善知識である——先の体験をはじめ、学会活動を通して、このことに気付かせていただきました。
善知識が善知識を呼ぶ"善知識の連鎖反応"、互いに善知識となる"善知識の相互作用"を次々と起こしているのが創価学会なのです。
私たちの日常の活動の中でも、さまざまな事情を抱えて、"思ったように頑張れていない"と、つらさを感じている方もいらっしゃると思います。しかし、どんな状況であっても、今を精いっぱい生きている姿が、誰かに希望と勇気を与えていることは間違いありません。
誰もが誰かの善知識——この創価の励ましの世界を築いてくださった池田先生への感謝は尽きません。
今、男子部では「共に動く」ことを活動のポイントに掲げています。明「青年・飛躍の年」を一人一人が勝利するため、御書根本に善知識の連帯を、さらに拡大していきます。
◇メモ
「三三蔵祈雨事」は、建治元年(1275年)、または、その翌年に身延で著され、駿河国(静岡県中央部)富士上方西山郷に住む門下・西山入道に与えられたお手紙とされる。「善知識」や現証の重要性が説かれている。善知識とは、良い友人・知人の意で、仏法を教え仏道に導いてくれる人。師匠や、仏道修行を励ましてくれる先輩・同志をいう。反対に誤った教えを説いて人々を迷わせ、仏道修行を妨げたり不幸に陥れる悪僧・悪人を「悪知識」という。
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