◇今週のことば
進学・就職・転居など
新出発の友に励ましを!
「さいわいは心より
いでて我をかざる」
胸張り使命の桜道へ!
2020年3月23日
種種御振舞御書 P912
『八幡大菩薩に最後に申すべき事ありとて馬よりさしをりて高声に申すやう、いかに八幡大菩薩はまことの神か』
【通解】
「八幡大菩薩に最後にいうべきことがある」といって馬からおりて大高声で次のようにいった。「本当に八幡大菩薩はまことの神であるか」
名字の言 大岡越前守の名裁き。こんな見方もあるのでは? 2020年3月23日
「大岡政談」に二人の女性が子を取り合う話がある。"私がこの子の実母"と譲らない二人に大岡越前守は、両者で挟んだ子の手を引っ張り合うように命じた▼痛さに子が泣きだすと、一人の女性が手を離した。大岡裁きは、痛がるわが子を哀れんでこそ実母と判断した、という内容である。だが"一時の痛みに子が泣こうが、手を離さない親の愛情もあるのでは"という考え方もあるはず。そう思ったのは、ある母娘が脳裏に浮かんだからだ▼娘である婦人部員は20年前、緑内障で左目の視力を失った。直後、母が病に倒れ、「余命1週間」と告げられた。その後、奇跡的に回復した母は娘を毎日、病院へ見舞いに来させた。娘はかろうじて見える右目を頼りに、往復2時間ほどの道を歩いて通った。母は半年も寿命を延ばし、霊山に旅立った▼婦人は語る。「これから先、私が一人でも強く生きていける力を、母は命懸けで鍛えてくれました」と。そして「それまで右目の視力が落ちないことを願っていましたが、あれ以来、私の祈りは"広布に生き抜く体になる"という誓願に変わりました」とも▼その後、婦人の左目はわずかに視力が戻り、現在、拡大鏡で本紙を熟読しては信心に励む日々だという。あの時の母の"真の愛情"に感謝しながら。(城)
寸鉄 2020年3月23日
パラオ共和国大統領から会長夫妻に顕彰。平和に尽くす思想と行動に共鳴
中部女性の日。さあ満々たる生命力で前進!希望の一番星は明るく朗らか
「陰徳あれば陽報あり」御書。電話・手紙で地道に激励重ねる友に福徳必ず
普段できぬ事に挑む時!まずリストアップ。書き出せば祈りも動きも明確
新聞に触れる子は成績も高い—調査。親から良き習慣を。本紙も充実益々
☆心に御書を 第27回 強盛な信心こそ最高の回向
〈御文〉
『いよいよ強盛なるべし、さるほどならば聖霊・仏になり給うべし、成り給うならば来りてまほり給うべし、其の時一切は心にまかせんずるなり』(上野殿御返事、1512ページ)
〈通解〉
いよいよ強盛に信心していきなさい。そうすれば(父上の)聖霊は仏になられるであろう。(父上が仏に)なられたならば、(あなた方のもとに)来て、(あなた方を必ず)守られるであろう。そのとき、一切は心のままである。
〈池田先生が贈る指針〉
御本仏は、苦難の中で勇敢に信心を貫く青年門下に、亡き父は必ず成仏され、厳然と家族を守られるとお約束である。
広布に尽くす誓願の題目こそ、故人への最極の供養となる。その福徳は、一家眷属も大きく明るく包む。
「生も歓喜、死も歓喜」という常楽我浄の大境涯を開く、最も力強く自在なる追善回向なのだ。
☆未来の宝と共に 池田先生の書籍に学ぶ 女子未来部長 先崎和美さん
〈池田先生の言葉〉
うれしい悲しい、楽しいつらい……心は常に揺れ動きます。青春時代は、なおさらだ。
御書に「心の師とはなっても、自分の心を師としてはならない」(1088ページ、通解)とあります。
自分の心を中心に、わがまま放題に生きれば楽しいかもしれない。しかし、結局、心がいつも揺れ動いて迷走してしまう。
だから、揺るぎなき「心の師」をもつことが大切です。私の心には、常に戸田先生がおられます。今でも、毎日、対話しています。
(『未来対話』278ページ)
◇師匠と心で"対話"して
「自分の性格が嫌い」「私には取りえがない」「あの子は、すごいな」「あの人みたいに、なれたらな……」
そんなことを考えて苦しんだり、悩んだりした経験は、未来部の皆さんなら誰もが持っているのではないでしょうか。
私も中学・高校時代、他人と自分を比べては、一喜一憂してばかり。何かに挑戦したとしても、思うような結果が出せない現実に直面するたび、「劣等感」がグサグサと胸に突き刺さるような痛みを覚えていました。
当時、池田先生の言葉にどれほど支えられたか分かりません。聖教新聞や未来部機関紙に掲載された先生の指導をノートに切り貼りして、何度も読み返しました。「心は常に揺れ動きます。青春時代は、なおさらだ」との言葉に触れた時、"これは私のことだ!"と思ったものです。
池田先生は、ただただ師匠・戸田先生のために生きてこられた真情を、教えてくださいました。「先生なら、どうされるか、どうすれば、先生に喜んでいただけるか——。心に、この原点があるから何も迷わない。何も怖くありません」と。
自分が周りにどう見られたいかという"自分中心"の生き方ではなく、師匠に喜んでいただける生き方が大事だと、私は気付いたのです。
「先生の励ましに応えたい!」。そう決めて御本尊に真剣に祈ると、勇気と力が湧いてくるのを感じました。勉強においても、吹奏楽部の練習においても、毎日、心の中で池田先生に自分の決意を伝え、目標を立て、挑戦を"報告"しました。やがて、小さなことで悩んでいた自分がうそのように、笑顔で、胸を張って毎日を過ごせるようになっていったのです。
今、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で不安な毎日を過ごしているメンバーは少なくありません。特に卒業生の中には、何ともいえない寂しさを覚えている人もいるのではないでしょうか。
私が中学を卒業したのは2011年3月。東日本大震災の直後でした。両親が東北の出身でもあり、私は悲しみでいっぱいでした。その中で先生の数々の励ましに触れ、「大変な時こそ未来部が皆の希望に!」との師の期待を、心から実感することもできたのです。
先生は『未来対話』で「私も毎日、皆さんと心で語り合っています。皆さんのことを思い浮かべて題目を送っています。未来部は私の命だもの。離れていても、会わなくても、生命と生命は、強く固く、結ばれています」と語られています。
かけがえのない青春時代です。師匠を自分の心に置いて、一日また一日と、成長の思い出を刻んでいきましょう。
2020年3月23日月曜日
2020年3月22日日曜日
2020.03.22 わが友に贈る
「一日に二三度
えみて向へとなり」
父母に笑顔の花束を!
報恩こそ仏法の魂。
親孝行第一であれ!
御義口伝巻上 P710
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは生死の闇を照し晴して涅槃の智火明了なり生死即涅槃と開覚するを照則闇不生とは云うなり、煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり』
【通解】
今、日蓮大聖人およびその門下が、南無妙法蓮華経と唱え奉ることは、生死の闇を照らし晴らし、涅槃の智火が明了に現われることである。
すなわち生死即涅槃と開覚することを、文句では「照らすは則ち闇生ぜず」といっているのである。
また、妙法を唱え奉ることは、煩悩の薪を焼いて菩提の慧火が現前することである。
名字の言 娘からの質問。「なんでパパは学会活動してるの?」 2020年3月22日
歌人・俵万智さんの歌集『サラダ記念日』に、こんな歌がある。「やさしさをうまく表現できぬこと許されており父の世代は」▼出版は1987年。当時はまだ、"背中で語る"父親が時流に抗して頑張っていたらしい。日本では「以心伝心」が美徳とされてきたが、実際は、どんな思いも言葉にしなければ伝わらない。気心知れた家族でも同じだろう▼ある男子部員は今月、ファミリー座談会を毎週開催している。そのたび、小学4年の娘からの質問にハッとさせられるという。「なんでパパは学会活動してるの?」「なんで池田先生を尊敬してるの?」▼どれも日頃の言動を通して、分かってもらえていると思っていたことばかり。忙しさにかまけ、伝える努力をおろそかにしていた自分を反省した。「パパにとってはね……」。できるだけ表現をかみ砕きながら、精いっぱい答え続けたからだろうか。娘は朝晩、自ら進んで御本尊の前に座り、勤行をするようになった▼「表現」という言葉は英語で「express」。語源には「外に押し出す」という意味がある。信仰の喜びや信念といった自身の内なる思いを、言葉にして表し、宝の子どもたちに伝えたい。31日まで「未来部希望月間」。親子の語らいを深める絶好の機会である。(之)
寸鉄 2020年3月22日
「題目の光無間に至りて即身成仏せしむ」御書。春の彼岸。故人の冥福祈念
関西男子部の日。常勝のバトン受け継ぐ師子よ!信心の実証を今いる所で
苦難越えた時に以前より良くなるのが妙法—牧口先生。この大確信で前進
社会人の半数が全く読書せずと。活字離れは深刻。良書の喜びを知る契機と
世界水の日。節水等、皆の努力が"水の惑星"守る。依正不二の視座を基軸に
★原田会長を中心に全国方面長会議 2020年3月20日
4月19日まで「各地の会合は中止」「会館は閉館」「訪問・激励は自粛」
5月6日まで誓願勤行会を中止
全国方面長会議が19日午後7時から、原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長ら各部の代表が出席し、全国の方面長・方面婦人部長らとテレビ中継で結び、東京・信濃町の学会本部別館で行われた。
席上、会長から、新型コロナウイルスの感染拡大に関する現下の情勢を受けて、学会本部として決定した、今後の組織活動の方針が次の通り発表された。
�4月19日(日)まで「各地の会合は中止」「会館は閉館」「訪問・激励は自粛」を継続する。
※これに伴い、4月5日(日)、6日(月)に予定されていた「教学の日」の部別御書講義は、今回のみ、森中教学部長の御書講義をSOKAnetで視聴できるようにする。視聴者は御書講義への参加とみなす(詳細は後日、本紙に掲載)。
※4月12日(日)の「未来部の日」を中心に予定されていた「創価ファミリー勤行会」は中止する。
�広宣流布大誓堂での誓願勤行会は、ゴールデンウイークの5月6日(水)まで中止し、大誓堂は休館とする。
�5月に予定されていた婦人部総会は延期とする。
原田会長は、全国の同志、とりわけ本紙を配達する「無冠の友」の労苦に深謝。師と共に、世界の同志と共に感染の一日も早い終息を祈り、賢明に無事故第一を期しながら、一日一日を価値的に進みたいと呼び掛けた。
☆心に御書を 第26回 師弟こそ仏法の根幹
〈御文〉
『よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず』(華果成就御書、900ページ)
〈通解〉
よい弟子をもつならば師弟はともに成仏し、悪い弟子を養うならば師弟はともに地獄に堕ちるといわれている。師匠と弟子の心が違えば何事も成就することはできない。
〈池田先生が贈る指針〉
仏法の根幹は師弟不二なり。師弟あればこそ広布の誓願は継承され、不二なればこそ地涌の生命は脈動する。「3・16」の魂もここにある。
師と同じ心で唱える題目は無敵の師子吼であり、万事を勝ち開く力だ。
師匠は大地であり、弟子は草木である。使命の花を咲かせ、勝利の実を結ぶことが、報恩の道なのだ。
☆池田先生の指導に学ぶ 彼岸の意義
◇最高無上の生命の軌道を 久遠からの同志とともに
きょう17日は、春の彼岸の入りです。ここでは、池田大作先生のスピーチを通して、仏法本来の「彼岸」や「回向」の意義について学びます。
——かつて池田先生は、真剣な求道の息吹に燃える新入会の青年の質問に答える形で、「彼岸」の意味について、次のように語られました。
◇広宣流布に生き抜く学会員こそ幸福と勝利の彼岸に到達できる
「彼岸」という言葉は知っていても、その意義については、知っているようで知らないことも多い。これまでも何度か紹介してきたが、この機会にあらためて少々、論じさせていただきたい。
◇ ◇ ◇
仏法では、迷いに満ちた現実の世界を「此岸」(こちらの岸)に譬える。
それに対して、悟りの世界、仏道修行の完成を、「彼岸」という言葉で表すのである。
すなわち、真の「彼岸」、成仏の完成に至るためには、現実の迷いや悩みに打ち勝つ「修行」が不可欠なのである。この点を忘れてはならない。
ゆえに、"坊主に拝んでもらわなければ、お彼岸にならない。供養にならない"などという考えは、完全な"迷信"にすぎないのである。
日蓮大聖人は、「生死の大海を渡らんことは妙法蓮華経の船にあらずんば・かなふべからず」(御書1448ページ)と仰せである。
妙法を持ち、広宣流布に生きぬく創価学会員こそ、「生死の大海」に満ちる苦悩の荒波を乗り越えて、「幸福の彼岸」「勝利の彼岸」へ到達することができるのである。
——仏教本来の意義に立ち返り、学会員の日々の信仰にこそ「彼岸」に至る道があることを教えられました。
その上で、先祖や亡くなられた家族や同志への追善のありかたについて語られます。
◇自分自身が修行で得た福徳を「廻し向ける」のが「回向」
「回向」の本義について、大聖人は「御義口伝」で次のように述べておられる。
「今日蓮等の類い聖霊を訪う時法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ、廻向の文此れより事起るなり」(御書712ページ)
妙法の題目は、全宇宙を照らしゆく力を持っている。その慈悲の大光は、無間地獄にまで至るとの、大聖人の大確信である。
いかなる権力でも、いかなる財宝でも、いかなる科学でも、成し得ないことがある。
それが一生成仏であり、故人への追善回向である。
回向の根本は、自分自身が御本尊を信じ、広布に励むことである。自身が仏道修行で得た功徳を「廻し向ける」ことが、「回向」の本義であり、真の追善となるのである。
ともあれ、「彼岸」にせよ、「回向」にせよ、「自分自身の仏道修行」という一点を忘れてしまえば、本来の意義から外れてしまう。
私たちは最高無上の生命の軌道を、久遠からの同志とともに、歓喜に燃えて歩んでまいりたい。
——「彼岸会」が日本独特の風習であることに触れられ、学会が彼岸法要を行うのは「随方毘尼」の考えからであることを述べられます。
◇広布の友と行う勤行・唱題こそ大聖人の御心に最も適った実践
さらに「彼岸」の意義について考えたい。
日本には、「春分の日」と「秋分の日」を中心に、先祖の供養や墓参などを行う「彼岸会」がある。
じつはこの行事は、インドや中国から伝来したものではなく、日本独特の風習である。
聖徳太子の時代から始まったとも言われ、『源氏物語』にも「彼岸」の言葉が見られる。
「春分の日」「秋分の日」は、大きく見れば、昼と夜の長さが等しくなる、地球の運行の"リズムの節目"にあたる。
また、日本人にとっては、「暑さ寒さも彼岸まで」などと言われるように、"季節の節目"である。
この日には、古代、農耕儀礼が行われていたようであり、それが仏教と結びついて、祖先を供養する「彼岸会」になったのではないかという説がある。
また、太陽に豊作を願った「日願」が由来ではないかとも言われる。
ともあれ、御書には、悟りの世界を表す「彼岸」は使われているが、いわゆる年中行事としての彼岸会についてはふれられていない。
私どもが行う彼岸法要については、「随方毘尼」(仏法の本義に違わないかぎり、各地域や時代の風習に随うべきである)の考えのうえから、意義づけるべきであろう。
そして、春分・秋分の日という地球のリズムに則って、会館等にすがすがしく集い合い、異体同心の広布の友と行う勤行・唱題こそ、大聖人の御心に最も適った彼岸の法要であることを確認しておきたい。
——亡き家族への追善供養とは、日々の勤行・唱題であり、信心根本に前進していくことであると教えられます。
◇難と戦う勇気ある信心の功徳で亡き家族をも成仏させられる
大聖人は、在家の門下である曾谷教信が、毎朝、亡き父のために自我偈を読誦し、追善回向していることについて、「是こそ実の孝養にては候なれ」(御書1051ページ)と讃えられた。
この曾谷教信のことを、「法蓮上人」(同1047ページ)という尊称で呼ばれている。
また、南条時光に、大聖人は仰せである。
「自分にとって大事な人々から信仰を反対されたり、大きな難が来るであろう。その時こそ、諸天の加護が必ずあると信じていよいよ強盛に信心していきなさい。
そうすれば(父上の)聖霊は仏になられるであろう。(父上が仏に)なられたならば、来られて、(あなたを必ず)守られるであろう」(同1512ページ、通解)
難と戦い、難を打ち破る。その勇気ある信心に、計り知れない功徳がそなわっていく。
その人は、亡くなった家族をも、皆、成仏させることができる。
そして、すべての縁する人を救い、皆から守られていく。
目指すべき真の「彼岸」は、どこか遠くにあるのではない。私たちが日々、勤行・唱題し、広宣流布に励みゆく実践こそ、真の彼岸の供養となる。大聖人の仏法においては、「常彼岸」なのである。
池田先生の指導は、『普及版 池田大作全集 スピーチ』2005年[4]から
◇墓園に春の彩り
四季の彩りが美しい学会の墓地公園は、地域に開かれた自然豊かな名所として、多くの人に愛されています。
ここでは、以前に撮影した「富士桜自然墓地公園」(静岡県富士宮市)と「関西池田記念墓地公園」(兵庫県丹波市)の春の映像を紹介します。
えみて向へとなり」
父母に笑顔の花束を!
報恩こそ仏法の魂。
親孝行第一であれ!
御義口伝巻上 P710
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは生死の闇を照し晴して涅槃の智火明了なり生死即涅槃と開覚するを照則闇不生とは云うなり、煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり』
【通解】
今、日蓮大聖人およびその門下が、南無妙法蓮華経と唱え奉ることは、生死の闇を照らし晴らし、涅槃の智火が明了に現われることである。
すなわち生死即涅槃と開覚することを、文句では「照らすは則ち闇生ぜず」といっているのである。
また、妙法を唱え奉ることは、煩悩の薪を焼いて菩提の慧火が現前することである。
名字の言 娘からの質問。「なんでパパは学会活動してるの?」 2020年3月22日
歌人・俵万智さんの歌集『サラダ記念日』に、こんな歌がある。「やさしさをうまく表現できぬこと許されており父の世代は」▼出版は1987年。当時はまだ、"背中で語る"父親が時流に抗して頑張っていたらしい。日本では「以心伝心」が美徳とされてきたが、実際は、どんな思いも言葉にしなければ伝わらない。気心知れた家族でも同じだろう▼ある男子部員は今月、ファミリー座談会を毎週開催している。そのたび、小学4年の娘からの質問にハッとさせられるという。「なんでパパは学会活動してるの?」「なんで池田先生を尊敬してるの?」▼どれも日頃の言動を通して、分かってもらえていると思っていたことばかり。忙しさにかまけ、伝える努力をおろそかにしていた自分を反省した。「パパにとってはね……」。できるだけ表現をかみ砕きながら、精いっぱい答え続けたからだろうか。娘は朝晩、自ら進んで御本尊の前に座り、勤行をするようになった▼「表現」という言葉は英語で「express」。語源には「外に押し出す」という意味がある。信仰の喜びや信念といった自身の内なる思いを、言葉にして表し、宝の子どもたちに伝えたい。31日まで「未来部希望月間」。親子の語らいを深める絶好の機会である。(之)
寸鉄 2020年3月22日
「題目の光無間に至りて即身成仏せしむ」御書。春の彼岸。故人の冥福祈念
関西男子部の日。常勝のバトン受け継ぐ師子よ!信心の実証を今いる所で
苦難越えた時に以前より良くなるのが妙法—牧口先生。この大確信で前進
社会人の半数が全く読書せずと。活字離れは深刻。良書の喜びを知る契機と
世界水の日。節水等、皆の努力が"水の惑星"守る。依正不二の視座を基軸に
★原田会長を中心に全国方面長会議 2020年3月20日
4月19日まで「各地の会合は中止」「会館は閉館」「訪問・激励は自粛」
5月6日まで誓願勤行会を中止
全国方面長会議が19日午後7時から、原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長ら各部の代表が出席し、全国の方面長・方面婦人部長らとテレビ中継で結び、東京・信濃町の学会本部別館で行われた。
席上、会長から、新型コロナウイルスの感染拡大に関する現下の情勢を受けて、学会本部として決定した、今後の組織活動の方針が次の通り発表された。
�4月19日(日)まで「各地の会合は中止」「会館は閉館」「訪問・激励は自粛」を継続する。
※これに伴い、4月5日(日)、6日(月)に予定されていた「教学の日」の部別御書講義は、今回のみ、森中教学部長の御書講義をSOKAnetで視聴できるようにする。視聴者は御書講義への参加とみなす(詳細は後日、本紙に掲載)。
※4月12日(日)の「未来部の日」を中心に予定されていた「創価ファミリー勤行会」は中止する。
�広宣流布大誓堂での誓願勤行会は、ゴールデンウイークの5月6日(水)まで中止し、大誓堂は休館とする。
�5月に予定されていた婦人部総会は延期とする。
原田会長は、全国の同志、とりわけ本紙を配達する「無冠の友」の労苦に深謝。師と共に、世界の同志と共に感染の一日も早い終息を祈り、賢明に無事故第一を期しながら、一日一日を価値的に進みたいと呼び掛けた。
☆心に御書を 第26回 師弟こそ仏法の根幹
〈御文〉
『よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず』(華果成就御書、900ページ)
〈通解〉
よい弟子をもつならば師弟はともに成仏し、悪い弟子を養うならば師弟はともに地獄に堕ちるといわれている。師匠と弟子の心が違えば何事も成就することはできない。
〈池田先生が贈る指針〉
仏法の根幹は師弟不二なり。師弟あればこそ広布の誓願は継承され、不二なればこそ地涌の生命は脈動する。「3・16」の魂もここにある。
師と同じ心で唱える題目は無敵の師子吼であり、万事を勝ち開く力だ。
師匠は大地であり、弟子は草木である。使命の花を咲かせ、勝利の実を結ぶことが、報恩の道なのだ。
☆池田先生の指導に学ぶ 彼岸の意義
◇最高無上の生命の軌道を 久遠からの同志とともに
きょう17日は、春の彼岸の入りです。ここでは、池田大作先生のスピーチを通して、仏法本来の「彼岸」や「回向」の意義について学びます。
——かつて池田先生は、真剣な求道の息吹に燃える新入会の青年の質問に答える形で、「彼岸」の意味について、次のように語られました。
◇広宣流布に生き抜く学会員こそ幸福と勝利の彼岸に到達できる
「彼岸」という言葉は知っていても、その意義については、知っているようで知らないことも多い。これまでも何度か紹介してきたが、この機会にあらためて少々、論じさせていただきたい。
◇ ◇ ◇
仏法では、迷いに満ちた現実の世界を「此岸」(こちらの岸)に譬える。
それに対して、悟りの世界、仏道修行の完成を、「彼岸」という言葉で表すのである。
すなわち、真の「彼岸」、成仏の完成に至るためには、現実の迷いや悩みに打ち勝つ「修行」が不可欠なのである。この点を忘れてはならない。
ゆえに、"坊主に拝んでもらわなければ、お彼岸にならない。供養にならない"などという考えは、完全な"迷信"にすぎないのである。
日蓮大聖人は、「生死の大海を渡らんことは妙法蓮華経の船にあらずんば・かなふべからず」(御書1448ページ)と仰せである。
妙法を持ち、広宣流布に生きぬく創価学会員こそ、「生死の大海」に満ちる苦悩の荒波を乗り越えて、「幸福の彼岸」「勝利の彼岸」へ到達することができるのである。
——仏教本来の意義に立ち返り、学会員の日々の信仰にこそ「彼岸」に至る道があることを教えられました。
その上で、先祖や亡くなられた家族や同志への追善のありかたについて語られます。
◇自分自身が修行で得た福徳を「廻し向ける」のが「回向」
「回向」の本義について、大聖人は「御義口伝」で次のように述べておられる。
「今日蓮等の類い聖霊を訪う時法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ、廻向の文此れより事起るなり」(御書712ページ)
妙法の題目は、全宇宙を照らしゆく力を持っている。その慈悲の大光は、無間地獄にまで至るとの、大聖人の大確信である。
いかなる権力でも、いかなる財宝でも、いかなる科学でも、成し得ないことがある。
それが一生成仏であり、故人への追善回向である。
回向の根本は、自分自身が御本尊を信じ、広布に励むことである。自身が仏道修行で得た功徳を「廻し向ける」ことが、「回向」の本義であり、真の追善となるのである。
ともあれ、「彼岸」にせよ、「回向」にせよ、「自分自身の仏道修行」という一点を忘れてしまえば、本来の意義から外れてしまう。
私たちは最高無上の生命の軌道を、久遠からの同志とともに、歓喜に燃えて歩んでまいりたい。
——「彼岸会」が日本独特の風習であることに触れられ、学会が彼岸法要を行うのは「随方毘尼」の考えからであることを述べられます。
◇広布の友と行う勤行・唱題こそ大聖人の御心に最も適った実践
さらに「彼岸」の意義について考えたい。
日本には、「春分の日」と「秋分の日」を中心に、先祖の供養や墓参などを行う「彼岸会」がある。
じつはこの行事は、インドや中国から伝来したものではなく、日本独特の風習である。
聖徳太子の時代から始まったとも言われ、『源氏物語』にも「彼岸」の言葉が見られる。
「春分の日」「秋分の日」は、大きく見れば、昼と夜の長さが等しくなる、地球の運行の"リズムの節目"にあたる。
また、日本人にとっては、「暑さ寒さも彼岸まで」などと言われるように、"季節の節目"である。
この日には、古代、農耕儀礼が行われていたようであり、それが仏教と結びついて、祖先を供養する「彼岸会」になったのではないかという説がある。
また、太陽に豊作を願った「日願」が由来ではないかとも言われる。
ともあれ、御書には、悟りの世界を表す「彼岸」は使われているが、いわゆる年中行事としての彼岸会についてはふれられていない。
私どもが行う彼岸法要については、「随方毘尼」(仏法の本義に違わないかぎり、各地域や時代の風習に随うべきである)の考えのうえから、意義づけるべきであろう。
そして、春分・秋分の日という地球のリズムに則って、会館等にすがすがしく集い合い、異体同心の広布の友と行う勤行・唱題こそ、大聖人の御心に最も適った彼岸の法要であることを確認しておきたい。
——亡き家族への追善供養とは、日々の勤行・唱題であり、信心根本に前進していくことであると教えられます。
◇難と戦う勇気ある信心の功徳で亡き家族をも成仏させられる
大聖人は、在家の門下である曾谷教信が、毎朝、亡き父のために自我偈を読誦し、追善回向していることについて、「是こそ実の孝養にては候なれ」(御書1051ページ)と讃えられた。
この曾谷教信のことを、「法蓮上人」(同1047ページ)という尊称で呼ばれている。
また、南条時光に、大聖人は仰せである。
「自分にとって大事な人々から信仰を反対されたり、大きな難が来るであろう。その時こそ、諸天の加護が必ずあると信じていよいよ強盛に信心していきなさい。
そうすれば(父上の)聖霊は仏になられるであろう。(父上が仏に)なられたならば、来られて、(あなたを必ず)守られるであろう」(同1512ページ、通解)
難と戦い、難を打ち破る。その勇気ある信心に、計り知れない功徳がそなわっていく。
その人は、亡くなった家族をも、皆、成仏させることができる。
そして、すべての縁する人を救い、皆から守られていく。
目指すべき真の「彼岸」は、どこか遠くにあるのではない。私たちが日々、勤行・唱題し、広宣流布に励みゆく実践こそ、真の彼岸の供養となる。大聖人の仏法においては、「常彼岸」なのである。
池田先生の指導は、『普及版 池田大作全集 スピーチ』2005年[4]から
◇墓園に春の彩り
四季の彩りが美しい学会の墓地公園は、地域に開かれた自然豊かな名所として、多くの人に愛されています。
ここでは、以前に撮影した「富士桜自然墓地公園」(静岡県富士宮市)と「関西池田記念墓地公園」(兵庫県丹波市)の春の映像を紹介します。
2020年3月21日土曜日
2020.03.21 わが友に贈る
いかなる悩みや課題も
解決の鍵は御書にある。
徹底して学び抜き
信心即生活の実証を!
ここに勝利の道がある。
呵責謗法滅罪抄 P1132
『何なる世の乱れにも各各をば法華経十羅刹助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり』
【通解】
いかなる世の乱れにも、あなた方を法華経や十羅刹女よ助け給え、と湿った木から火を出し、乾いた土から水を出すように強盛に祈っている。
名字の言 読書で「不安を乗り越える力」を養う 2020年3月21日
「出会えたね。とびっきりの一冊に。」——来月23日から始まる「こどもの読書週間」の標語だ。主催する読書推進運動協議会が先日、「子どもと本をつなぐみなさんへ」との一文をホームページに公開した▼臨時休校や外出の自粛など、閉塞感が広がる中で「こんなときこそ、子どもたちに読書をすすめ、不安を乗り越える力、生きる力を身につけてほしい」として、「子どもたちに読んでほしい本、子どもたちが笑顔になれる本の情報を届けてください」と訴えている▼「読書は自分と異なる視点を手に入れるのに役立ちます」と語るのは、明治大学教授の齋藤孝氏。円すいは上から見ると丸だが、横から見れば三角に見えるように、視点が変われば、物事の見え方も大きく変わる。氏は、読書によって「厚みや深み、広がりのある視点を持つことができる」と(『読書する人だけがたどり着ける場所』SB新書)▼休校や図書館などの休館が続く。子どもたちの心身に少なからぬ負担が掛かる今こそ、良書に触れ、心の視野を広げることが大切だ▼池田先生は「一人の人間が、実際に体験できる人生は一つしかないが、読書は、あらゆる人生を教えてくれる」と。親子で語り合いつつ、わが家の"とびっきりの一冊"を見つける春に。(誼)
寸鉄 2020年3月21日
「強敵重なるとも・ゆめゆめ退する心なかれ」御書。いかなる時も勇気の祈り
先駆・九州の日。同志の胸に脈打つ誓願の魂。乗り越えられない壁はない!
東北青年部の日。君達の成長こそ福光の象徴と。使命の場所で希望と輝け
なすべき事を着々と実践せよ—戸田先生。今できる事をやり抜く人が勝者
生命尊厳の視座を今こそ世界の大潮流に。きょう国際人種差別撤廃デー。
☆創大・短大学位記授与式への池田先生のメッセージ 2020年3月19日
◇「誓願の 誉れの生命は 朗らかに」
一、キャンパスのしだれ桜をはじめ花々も、わが愛する卒業生を寿ぐ心を宿しているかのように、いつもより早く咲き薫っています。
創大46期生ならびに短大34期生の皆さん、通信教育部の皆さん、さらに、大学院生の皆さん、そして世界からの留学生の皆さん、栄光の門出、誠におめでとう!
それぞれの国で今日を迎えている卒業生も、心は一つです。生命で結ばれています。
皆、本当によく頑張ってくれました。新たな伝統を堂々と築いてくれました。
私は、一人ひとり、奮闘を讃えながら、固い握手を交わす思いで、全てを見守っております。
どうか、皆さんの晴れ姿を何よりの喜びとされている父上方、母上方に、勝利の学位記を、最大の感謝とともに捧げてください。そして、希望あふれるご一家の新出発の劇を、聡明な親孝行の心で思い出深く飾っていただきたいのであります。
一、新型コロナウイルスの感染拡大の渦中に、新社会人として第一歩を踏み出す皆さんへ、私は22歳の時の一詩を謹んで贈りたい。
70年前の当時も、日本の経済界全体が未曽有の苦境に直面していました。恩師の事業は荒波に翻弄され、私は青年らしく一心不乱に支え働きました。日々、悪戦苦闘の只中で、自らを鼓舞して綴った詩です。
「苦闘よ、苦闘よ。
汝は、その中より、真の人間が出来るのだ。
汝は、その中より、鉄の意思が育つのだ。
汝は、その中より、真実の涙を知ることができるのだ。
汝よ、その中より、人間革命があることを知れ」と。
この創価の青春の負けじ魂を、不二の皆さんに託したいのであります。
◇たくましき価値創造の走者たれ
一、私は「平和のフォートレス」たる創価大学の創立と同時に、世界の知性と文明を結び、人類を結ぶ対話を開始しました。その忘れ得ぬ語らいを偲びつつ、今日は一点、「21世紀を照らす、たくましき価値創造の走者たれ!」と申し上げたい。
トインビー博士のご紹介でお会いした、世界的な医学・細菌学者のルネ・デュボス博士も、創大が掲げる「人間教育の最高学府たれ」との建学の精神に深い共感を寄せてくださった一人であります。
「シンク・グローバリー、アクト・ローカリー(地球的に考え、地域で行動する)」という有名な標語を編み出し、環境保護に心血を注がれた闘士でもありました。
感染症をはじめ人類を苦しめる病の脅威と戦い続けてきたデュボス博士は、人間の潜在的可能性に揺るぎない信頼を持たれていました。
ゆえに「新しい環境に遭遇したときは、いつでも新しい創造が生じうる」(野島徳吉・遠藤三喜子訳『人間であるために』紀伊國屋書店)と強調され、試練に屈しない人間生命の開花にこそ、文明の成長の希望を見いだされていたのであります。
人生100年の時代を迎え、皆さんには21世紀を丸ごと生き抜き、けん引する使命がゆだねられています。
「創価」の哲学を抱いた皆さんは、人生と社会の難局に遭遇すればするほど、たくましく価値創造の英知の光を放っていただきたいのであります。
◇21世紀から22世紀へ 平和と共生の「灯」を
一、私との語らいでも笑みを絶やさなかったデュボス博士は、社会の最も有益な存在として「生きる喜びに最も貢献する人」を挙げ、「明朗と快活」「自然なほほえみと笑い」が、皆の幸福にとって、どれほど大切であるかを力説されていました。<参照�長野敬・中村美子訳『人間への選択』紀伊國屋書店>
そして博士は、リレーの走者のように「生命の灯」を次々に手渡しながら、人類の未来へ尽くし続けていくことを呼び掛けてやまなかったのであります。<参照�長野敬・新村朋美訳『生命の灯』思索社>
どうか、世界にまで感動を贈ってくれた、あの箱根駅伝のように、皆さんの勇気と連帯の力走で、今世紀を「生命尊厳の世紀」に、「平和と共生の世紀」に照らし晴らしてください。
そして22世紀へ「価値創造の灯」をつないでいただきたいのです。
終わりに
誓願の
誉れの生命は
朗らかに
走れ広げよ
民衆の笑顔を
と贈り、祝福のメッセージとします。
かけがえのない、わが命たる君たちに、幸福凱歌あれ!
解決の鍵は御書にある。
徹底して学び抜き
信心即生活の実証を!
ここに勝利の道がある。
呵責謗法滅罪抄 P1132
『何なる世の乱れにも各各をば法華経十羅刹助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり』
【通解】
いかなる世の乱れにも、あなた方を法華経や十羅刹女よ助け給え、と湿った木から火を出し、乾いた土から水を出すように強盛に祈っている。
名字の言 読書で「不安を乗り越える力」を養う 2020年3月21日
「出会えたね。とびっきりの一冊に。」——来月23日から始まる「こどもの読書週間」の標語だ。主催する読書推進運動協議会が先日、「子どもと本をつなぐみなさんへ」との一文をホームページに公開した▼臨時休校や外出の自粛など、閉塞感が広がる中で「こんなときこそ、子どもたちに読書をすすめ、不安を乗り越える力、生きる力を身につけてほしい」として、「子どもたちに読んでほしい本、子どもたちが笑顔になれる本の情報を届けてください」と訴えている▼「読書は自分と異なる視点を手に入れるのに役立ちます」と語るのは、明治大学教授の齋藤孝氏。円すいは上から見ると丸だが、横から見れば三角に見えるように、視点が変われば、物事の見え方も大きく変わる。氏は、読書によって「厚みや深み、広がりのある視点を持つことができる」と(『読書する人だけがたどり着ける場所』SB新書)▼休校や図書館などの休館が続く。子どもたちの心身に少なからぬ負担が掛かる今こそ、良書に触れ、心の視野を広げることが大切だ▼池田先生は「一人の人間が、実際に体験できる人生は一つしかないが、読書は、あらゆる人生を教えてくれる」と。親子で語り合いつつ、わが家の"とびっきりの一冊"を見つける春に。(誼)
寸鉄 2020年3月21日
「強敵重なるとも・ゆめゆめ退する心なかれ」御書。いかなる時も勇気の祈り
先駆・九州の日。同志の胸に脈打つ誓願の魂。乗り越えられない壁はない!
東北青年部の日。君達の成長こそ福光の象徴と。使命の場所で希望と輝け
なすべき事を着々と実践せよ—戸田先生。今できる事をやり抜く人が勝者
生命尊厳の視座を今こそ世界の大潮流に。きょう国際人種差別撤廃デー。
☆創大・短大学位記授与式への池田先生のメッセージ 2020年3月19日
◇「誓願の 誉れの生命は 朗らかに」
一、キャンパスのしだれ桜をはじめ花々も、わが愛する卒業生を寿ぐ心を宿しているかのように、いつもより早く咲き薫っています。
創大46期生ならびに短大34期生の皆さん、通信教育部の皆さん、さらに、大学院生の皆さん、そして世界からの留学生の皆さん、栄光の門出、誠におめでとう!
それぞれの国で今日を迎えている卒業生も、心は一つです。生命で結ばれています。
皆、本当によく頑張ってくれました。新たな伝統を堂々と築いてくれました。
私は、一人ひとり、奮闘を讃えながら、固い握手を交わす思いで、全てを見守っております。
どうか、皆さんの晴れ姿を何よりの喜びとされている父上方、母上方に、勝利の学位記を、最大の感謝とともに捧げてください。そして、希望あふれるご一家の新出発の劇を、聡明な親孝行の心で思い出深く飾っていただきたいのであります。
一、新型コロナウイルスの感染拡大の渦中に、新社会人として第一歩を踏み出す皆さんへ、私は22歳の時の一詩を謹んで贈りたい。
70年前の当時も、日本の経済界全体が未曽有の苦境に直面していました。恩師の事業は荒波に翻弄され、私は青年らしく一心不乱に支え働きました。日々、悪戦苦闘の只中で、自らを鼓舞して綴った詩です。
「苦闘よ、苦闘よ。
汝は、その中より、真の人間が出来るのだ。
汝は、その中より、鉄の意思が育つのだ。
汝は、その中より、真実の涙を知ることができるのだ。
汝よ、その中より、人間革命があることを知れ」と。
この創価の青春の負けじ魂を、不二の皆さんに託したいのであります。
◇たくましき価値創造の走者たれ
一、私は「平和のフォートレス」たる創価大学の創立と同時に、世界の知性と文明を結び、人類を結ぶ対話を開始しました。その忘れ得ぬ語らいを偲びつつ、今日は一点、「21世紀を照らす、たくましき価値創造の走者たれ!」と申し上げたい。
トインビー博士のご紹介でお会いした、世界的な医学・細菌学者のルネ・デュボス博士も、創大が掲げる「人間教育の最高学府たれ」との建学の精神に深い共感を寄せてくださった一人であります。
「シンク・グローバリー、アクト・ローカリー(地球的に考え、地域で行動する)」という有名な標語を編み出し、環境保護に心血を注がれた闘士でもありました。
感染症をはじめ人類を苦しめる病の脅威と戦い続けてきたデュボス博士は、人間の潜在的可能性に揺るぎない信頼を持たれていました。
ゆえに「新しい環境に遭遇したときは、いつでも新しい創造が生じうる」(野島徳吉・遠藤三喜子訳『人間であるために』紀伊國屋書店)と強調され、試練に屈しない人間生命の開花にこそ、文明の成長の希望を見いだされていたのであります。
人生100年の時代を迎え、皆さんには21世紀を丸ごと生き抜き、けん引する使命がゆだねられています。
「創価」の哲学を抱いた皆さんは、人生と社会の難局に遭遇すればするほど、たくましく価値創造の英知の光を放っていただきたいのであります。
◇21世紀から22世紀へ 平和と共生の「灯」を
一、私との語らいでも笑みを絶やさなかったデュボス博士は、社会の最も有益な存在として「生きる喜びに最も貢献する人」を挙げ、「明朗と快活」「自然なほほえみと笑い」が、皆の幸福にとって、どれほど大切であるかを力説されていました。<参照�長野敬・中村美子訳『人間への選択』紀伊國屋書店>
そして博士は、リレーの走者のように「生命の灯」を次々に手渡しながら、人類の未来へ尽くし続けていくことを呼び掛けてやまなかったのであります。<参照�長野敬・新村朋美訳『生命の灯』思索社>
どうか、世界にまで感動を贈ってくれた、あの箱根駅伝のように、皆さんの勇気と連帯の力走で、今世紀を「生命尊厳の世紀」に、「平和と共生の世紀」に照らし晴らしてください。
そして22世紀へ「価値創造の灯」をつないでいただきたいのです。
終わりに
誓願の
誉れの生命は
朗らかに
走れ広げよ
民衆の笑顔を
と贈り、祝福のメッセージとします。
かけがえのない、わが命たる君たちに、幸福凱歌あれ!
2020年3月20日金曜日
2020.03.20 わが友に贈る
継続は偉大な力だ。
小さな事からでいい。
日々の課題を定め
黙々と取り組む中に
不屈の境涯が築かれる。
寺泊御書 P953
『日蓮此の経文に当れり汝等何ぞ此の経文に入らざる』
【通解】
日蓮は、この(勧持品の)文の通り、悪口罵詈されている。汝らは、なぜ、この経文の通りになっていないのか。
名字の言 「万有引力の法則」を発見したニュートンの「創造的休暇」 2020年3月20日
大科学者ニュートンが「万有引力の法則」の着想を得たのは24歳の頃。力学、微分積分学、光学における彼の重要な発見のほとんどは、この1665年からの約20カ月間に集中しているという▼この時期、英国ではペストが流行していた。大学を卒業したばかりのニュートンは母校で研究を続けていたが、ペストの影響で大学が閉鎖され、故郷への避難を余儀なくされた▼不遇の時にも思えるが、彼にとっては"願ってもない好機"になった。大学のさまざまな校務から解放され、自身の研究に心ゆくまで没頭することができたからだ。彼の偉業の大半が生まれたこの期間は「驚異の年」とも「創造的休暇」とも呼ばれる(『天才の時間』NTT出版)▼どんな環境の中でも新たな創造の機会は必ずある。時間は皆に等しく与えられている。そして本来、使い方は自分で決めるもの。"何にどう時間を使うか"という判断の積み重ねが、人生を形づくるともいえる▼ローマの哲人セネカは言った。「時間だけなのだよ、これぞ自分のものと言えるのは」「これこそ、どんなに感謝してもし足りないほど値打ちのある唯一つのもの」(中野孝次『セネカ 現代人への手紙』岩波書店)。自身の向上のために、自他共の幸福のために時を無駄にすまい。(踊)
寸鉄 2020年3月20日
大聖人の確信に触れれば信心の火が燃える—戸田先生。教学を深める好機
長崎の日。"平和の世紀"建設の主役は我らなり。青年を先頭に共々に成長
北陸婦人部の日。皆で綴る冬は必ず春の共戦譜!励ましの花束を友の心に
「わざはひも転じて幸と」御書。題目第一!広宣の闘士は一切を飛躍の糧と
肺炎に便乗した詐欺や不審電話相次ぐ。不安につけ込む魔物だ。賢く撃退
☆池田先生の指針とともに——わが家で創価の心を学ぼう! 2020年3月6日
春3月は、進級や進学などに備え、自身の可能性を見つめながら夢を描く大切な時期です。宝の未来部を応援するために、親子で創価の心を学び、明日への活力となる池田先生の指針などを紹介します。
◇池田先生の指針を一緒に読もう
◇勤行は毎日の生活のエネルギー(『青春対話1』普及版から)
勤行は、毎日の心の掃除であり、心の用意です。一日の出発のエンジンをかけることです。女の人が毎朝、お化粧するようなものだ。
人によって、大きなエンジンを持っている人と、小さなエンジンを持っている人がいる。エンジンの大きさによって、人生の一生の行動が変わってくる。大きな違いです。
勤行・唱題という行に励むことは、自分自身のエンジンを大きくしているのです。
真剣に勤行・唱題を続けたら、どれほどすばらしいか。全部、自分のためです。義務ではなく、自分の権利です。
少しずつでも、毎日することが大事です。毎日、ご飯を食べてエネルギーとなる。勉強も毎日、積み重ねることによって力となる。「毎日の生活が即人生」となる。だから「毎日の生活即向上」でなければならない。その推進力が勤行です。
◇読書は永遠に光り輝く宝物(『希望の大空へ わが愛する王子王女に贈る』から)
私は、小さいころから体が弱かったので、学校を休むこともありました。でも、心のなかは広々としていました。そばに本という友だちがいてくれたからです。
本さえあれば、どこにいても、いつの時代の、どの国へも自由に旅することができます。歴史上の偉人や、物語に出てくる大英雄たちとも話すことができます。その人たちになりきって、何十回も、何百回も、偉大な人生を生きることもできるのです。
みなさんも、読書に挑戦してください。
自分の夢をえがき、実現するために! お父さん、お母さんに親孝行するために!
そして、この世界から不幸と悲惨をなくすために!
読書は、夢に続く階段です。
読書は、友情のかけ橋です。
読書は、永遠に光りかがやく宝物です。
みなさんの、きょうの読書が、自分のためになり、人のためになり、社会のためになり、世界を変えていくのです。
◇目標は夢をかなえる助走(「春夏秋冬ほがらかに」から)
将来、「こんな自分になりたい」「こんな活やくをしたい」などの夢があるでしょう。夢がかなうかどうか心配かもしれない。
でも思い切って勇気の挑戦を始めてみよう。それが、助走になるからです。
夢がまだはっきりしていなくても、まず、これならできるという目標を決めてみたら、どうだろうか。
「早寝早起きをする」でもいい。「苦手な科目をがんばる」「お母さんのお手伝いをする」などなど、具体的に決めてみることです。
そして決めたら助走の開始です。一日できれば、一日分、成長しています。
挑戦を積み重ねていけば、自分の夢が見つかって、大きくはばたける日が必ずやってきます。
◇わが家の実践 "忍者のように頑張りたい"
横浜市神奈川区 岡田麻友美さん(保育士)
15年前に入会した母から祖母、私、夫、妹とつながってきた、わが家の"信心の輪"。その後、父と一緒に入会した長男は、もうすぐ、小学2年生になります。
明るく元気な長男ですが、苦手なことが多く、入学前は学校生活に不安がありました。
でも、学会の庭で育った長男は、すぐにクラス全員の名前を覚えて、みんなと仲良く過ごしています。新たな発見や学びも増えてきました。
時々、失敗してしまうこともありますが、担任の先生は「学校は失敗しながら学んでいくところ」と、いつも優しく励ましてくださっています。その中で、長男の心も大きく成長しています。
新型コロナウイルスの影響で休校になり、"このまま大好きな友達や先生に会えなくなってしまうのではないか"と心配していた長男に、「一緒にお題目をあげよう」と提案しました。
忍者が好きな長男はうれしそうに「いいね! 修行したい!」と語ってくれました。
地区婦人部長からいただいた、1分で1マスずつ色が塗れる"題目手帳"を使って、親子で楽しく挑戦しています。
"大変な時こそチャンス"と決めて、子どもたちが笑顔でまた学校に戻れるよう、励ましていきます。
小さな事からでいい。
日々の課題を定め
黙々と取り組む中に
不屈の境涯が築かれる。
寺泊御書 P953
『日蓮此の経文に当れり汝等何ぞ此の経文に入らざる』
【通解】
日蓮は、この(勧持品の)文の通り、悪口罵詈されている。汝らは、なぜ、この経文の通りになっていないのか。
名字の言 「万有引力の法則」を発見したニュートンの「創造的休暇」 2020年3月20日
大科学者ニュートンが「万有引力の法則」の着想を得たのは24歳の頃。力学、微分積分学、光学における彼の重要な発見のほとんどは、この1665年からの約20カ月間に集中しているという▼この時期、英国ではペストが流行していた。大学を卒業したばかりのニュートンは母校で研究を続けていたが、ペストの影響で大学が閉鎖され、故郷への避難を余儀なくされた▼不遇の時にも思えるが、彼にとっては"願ってもない好機"になった。大学のさまざまな校務から解放され、自身の研究に心ゆくまで没頭することができたからだ。彼の偉業の大半が生まれたこの期間は「驚異の年」とも「創造的休暇」とも呼ばれる(『天才の時間』NTT出版)▼どんな環境の中でも新たな創造の機会は必ずある。時間は皆に等しく与えられている。そして本来、使い方は自分で決めるもの。"何にどう時間を使うか"という判断の積み重ねが、人生を形づくるともいえる▼ローマの哲人セネカは言った。「時間だけなのだよ、これぞ自分のものと言えるのは」「これこそ、どんなに感謝してもし足りないほど値打ちのある唯一つのもの」(中野孝次『セネカ 現代人への手紙』岩波書店)。自身の向上のために、自他共の幸福のために時を無駄にすまい。(踊)
寸鉄 2020年3月20日
大聖人の確信に触れれば信心の火が燃える—戸田先生。教学を深める好機
長崎の日。"平和の世紀"建設の主役は我らなり。青年を先頭に共々に成長
北陸婦人部の日。皆で綴る冬は必ず春の共戦譜!励ましの花束を友の心に
「わざはひも転じて幸と」御書。題目第一!広宣の闘士は一切を飛躍の糧と
肺炎に便乗した詐欺や不審電話相次ぐ。不安につけ込む魔物だ。賢く撃退
☆池田先生の指針とともに——わが家で創価の心を学ぼう! 2020年3月6日
春3月は、進級や進学などに備え、自身の可能性を見つめながら夢を描く大切な時期です。宝の未来部を応援するために、親子で創価の心を学び、明日への活力となる池田先生の指針などを紹介します。
◇池田先生の指針を一緒に読もう
◇勤行は毎日の生活のエネルギー(『青春対話1』普及版から)
勤行は、毎日の心の掃除であり、心の用意です。一日の出発のエンジンをかけることです。女の人が毎朝、お化粧するようなものだ。
人によって、大きなエンジンを持っている人と、小さなエンジンを持っている人がいる。エンジンの大きさによって、人生の一生の行動が変わってくる。大きな違いです。
勤行・唱題という行に励むことは、自分自身のエンジンを大きくしているのです。
真剣に勤行・唱題を続けたら、どれほどすばらしいか。全部、自分のためです。義務ではなく、自分の権利です。
少しずつでも、毎日することが大事です。毎日、ご飯を食べてエネルギーとなる。勉強も毎日、積み重ねることによって力となる。「毎日の生活が即人生」となる。だから「毎日の生活即向上」でなければならない。その推進力が勤行です。
◇読書は永遠に光り輝く宝物(『希望の大空へ わが愛する王子王女に贈る』から)
私は、小さいころから体が弱かったので、学校を休むこともありました。でも、心のなかは広々としていました。そばに本という友だちがいてくれたからです。
本さえあれば、どこにいても、いつの時代の、どの国へも自由に旅することができます。歴史上の偉人や、物語に出てくる大英雄たちとも話すことができます。その人たちになりきって、何十回も、何百回も、偉大な人生を生きることもできるのです。
みなさんも、読書に挑戦してください。
自分の夢をえがき、実現するために! お父さん、お母さんに親孝行するために!
そして、この世界から不幸と悲惨をなくすために!
読書は、夢に続く階段です。
読書は、友情のかけ橋です。
読書は、永遠に光りかがやく宝物です。
みなさんの、きょうの読書が、自分のためになり、人のためになり、社会のためになり、世界を変えていくのです。
◇目標は夢をかなえる助走(「春夏秋冬ほがらかに」から)
将来、「こんな自分になりたい」「こんな活やくをしたい」などの夢があるでしょう。夢がかなうかどうか心配かもしれない。
でも思い切って勇気の挑戦を始めてみよう。それが、助走になるからです。
夢がまだはっきりしていなくても、まず、これならできるという目標を決めてみたら、どうだろうか。
「早寝早起きをする」でもいい。「苦手な科目をがんばる」「お母さんのお手伝いをする」などなど、具体的に決めてみることです。
そして決めたら助走の開始です。一日できれば、一日分、成長しています。
挑戦を積み重ねていけば、自分の夢が見つかって、大きくはばたける日が必ずやってきます。
◇わが家の実践 "忍者のように頑張りたい"
横浜市神奈川区 岡田麻友美さん(保育士)
15年前に入会した母から祖母、私、夫、妹とつながってきた、わが家の"信心の輪"。その後、父と一緒に入会した長男は、もうすぐ、小学2年生になります。
明るく元気な長男ですが、苦手なことが多く、入学前は学校生活に不安がありました。
でも、学会の庭で育った長男は、すぐにクラス全員の名前を覚えて、みんなと仲良く過ごしています。新たな発見や学びも増えてきました。
時々、失敗してしまうこともありますが、担任の先生は「学校は失敗しながら学んでいくところ」と、いつも優しく励ましてくださっています。その中で、長男の心も大きく成長しています。
新型コロナウイルスの影響で休校になり、"このまま大好きな友達や先生に会えなくなってしまうのではないか"と心配していた長男に、「一緒にお題目をあげよう」と提案しました。
忍者が好きな長男はうれしそうに「いいね! 修行したい!」と語ってくれました。
地区婦人部長からいただいた、1分で1マスずつ色が塗れる"題目手帳"を使って、親子で楽しく挑戦しています。
"大変な時こそチャンス"と決めて、子どもたちが笑顔でまた学校に戻れるよう、励ましていきます。
2020年3月19日木曜日
2020.03.19 わが友に贈る
育児・介護・看病に
奮闘する友にエールを!
一家の健康を守りゆく
尊き献身に心から感謝!
家庭こそ幸福の拠点だ。
佐渡御書 P960
『高山に登る者は必ず下り我人を軽しめば還て我身人に軽易せられん』
【通解】
高い山に登る者は必ず下るように、人を軽しめば、かえって人に軽しめられる。
名字の言 人とのつながりは大事。でも、つながりに縛られてしまう時ってない? 2020年3月19日
「皆さんの語りの中に『つながり』という言葉が何回も出てきました」。2月、宮城県気仙沼市で行われた「女性の復興カフェ」の中心者が教えてくれた▼復興カフェでは、阪神・淡路大震災と東日本大震災の被災者が自身の体験や課題、将来などを自由に語り合う。2011年から継続して開かれ、各自を丸ごと受け入れてくれる場として、共感を呼んでいるようだ▼人間は一人では生きていけないから、つながりは大事。「ただ、その『つながり』に縛られているようにも感じたのです」と冒頭の中心者。"このつながりしかない"という思い込みが、潜在的な不安となって人を息苦しくさせているのではないか、と。「でも、心を開いている限り、新しい『つながり』は、どこにでも生まれるのです」▼つながりは、自身の存在を実感できる人間関係である。だから心は軽くなり、生きる力になる。医師で作家の鎌田實さんは月刊誌「潮」4月号で震災9年を振り返り、ハード面の復興が進んだ今日、「人間と人間の関係の復興」が極めて重要と訴える。さらに被災地支援の力として、「地域に根差したネットワーク」を持つ創価学会に期待する▼家庭、地域、職場など、さまざまなつながりがある。一人一人が自分らしく輝く関係を築いていきたい。(側)
寸鉄 2020年3月19日
創価大学で学位記授与式青春の鍛えと学友は不朽の宝。さあ使命の大空へ
福岡・筑紫総県の日。和楽の創価家族は決して負けない!工夫して励ましを
「心は工なる画師の如く」御書。広布の勇者に尽きぬ希望あり。心は自在だ
笑顔も免疫力向上に効果と。今日も快活に前へ!楽観主義は周囲に波及す
18歳未満のSNS犯罪被害最多。被害者8割、閲覧制限なし。保護者が確認
☆☆「3・16」って何? 池田先生の指針とともに——わが家で創価の心を学ぼう!
あす16日は「広宣流布記念の日」。1958年(昭和33年)の3月16日、戸田城聖先生から池田先生を中心とする青年たちに、広布のバトンが託されてから62周年です。池田先生の指針とともに、親子で「3・16」の意義を学び、語り合ってみてはいかがでしょうか。
【池田先生の指針】
(3月16日は)戸田先生のもとに、私たち青年が集まって、先生の後を受けつぎ、世界の平和と民衆の幸福のために戦っていく、決意の式典をおこなった日です。
富士山のすそのに、全国から六千人の青年が、かけつけました。
式典が大成功するように、すべてをまかされたのが、当時、三十歳の私です。
戸田先生は、前の年に重い病気にかかられたこともあって、歩くことも困難な、お体でした。
それにもかかわらず、先生は、まだ寒いなか、朝早く、遠くから集まってくる青年たちのためにと、あたたかい「とん汁」まで用意してくださったのです。
弟子を思う師匠の心に、みなが胸を熱くしました。
式典は、私の司会でスタートしました。
戸田先生は、青年たちに「未来は君たちにまかせる。たのむぞ、広宣流布を!」と、叫ばれました。そして晴れ晴れと、「創価学会は、宗教界の王者である」と、力強く宣言されたのです。
日本一の王者の山である富士山が、すべてを見守ってくれていました。
私たちは、「戸田先生に続いて、富士山のように堂々と、王者の力を持つのだ! 広宣流布を進めて、世界の大指導者とも、広々と友情を結んでいくのだ!」と心から決意しました。
今、その通りの世界的な創価学会になっていることは、みなさんも、よく知っていることでしょう。
「3・16」の式典(三月十六日におこなわれたことから、こう呼ばれています)を通して、私は、戸田先生から、一番大事なものを受けつぎました。
それは、広宣流布という、最も偉大な平和の使命のバトンです。
陸上のリレーでは、先の走者と後の走者が二人いっしょに全力で走りながら、タイミングを合わせてバトンを手渡していきますね。
同じように、弟子は、ただ待っているのではありません。自分から決意して走りだして、師匠からのバトンを受け取っていくのです。
このバトンを、私は今、未来に向かって前進している、希望あふれる少年少女部のみなさんに渡します。
「3・16」は、みなさんと私の晴れやかな「旅立ちの式典」です。
私が、これまで命をかけて開いてきた、世界への「友情の大道」「平和の大道」は、すべて、みなさんのためにあります。
富士のように、堂々と前進しよう!
王者のように、今日も勝利しよう!
そのために、私も毎日、題目をあげて、みなさんにエールを送り続けていきます。
(『希望の大空へ わが愛する王子王女に贈る』)
【わが家の実践】
楽しく"時間割"を作成
東京都小平市 水島友美子さん(保育士)
私は、10歳の娘と一緒に生活しています。主人は今、単身赴任しており、東北の地で頑張っています。
今回、学校が休校になっただけでなく、習い事も休み。お出掛けもなかなかできない。あるのは宿題の山と時間だけになりました。当初は、自宅で勉強ができるのか、運動不足になるのではないか、と心配もありました。
私自身、昨年から、十数年ぶりに保育の現場に復帰し、週に2日、働いています。
娘の学校が休校になってからは、午前中のみの時短勤務を使っています。この時間帯だけは、娘が一人でお留守番をしています。
わが家では、一日一日を価値的に過ごすために、裏紙を使って、楽しく"時間割"を作成し始めました。
几帳面な娘は毎日、英語や皿洗い、読書など挑戦項目を決め、それが達成できた時間帯を「〇時〜〇時 英語」というように記しています。
私が仕事から戻ると、「できたよ!」と元気に報告してくれます。また、「ママは仕事、どうだったの?」と、私の話まで聞いてくれます。そして互いに「頑張ったね!」とたたえ合っています。
親子で過ごす時間が増え、私の考え方も変わりました。
これまでは、娘が学校に行っている間に買い物を済ませ、急いで夕飯の支度をするなど"効率"を重視していました。今は、掃除、洗濯、買い物、料理などを、娘と一緒に楽しみながら取り組んでいます。
いつも以上に時間はかかりますが、娘は張り切ってお手伝いをしてくれます。私にとっても新鮮な毎日です。
わが家の日課は、朝・晩の勤行、30分間の唱題です。
それに加えて、親子で聖教新聞をじっくり読む時間ができました。
娘は「創価家族の種まき絵本」の熱狂的ファンですが、最近は「声」の欄や「ワカモノ+」なども熟読するようになり、同志の皆さんの挑戦に、触発を受けています。
今後も、親子で工夫を凝らしながら、充実した日々を過ごしていきたいと思います。
娘が主役の家族部員会
京都市上京区 岩瀬雅美さん(主婦)
わが家は、会社員の夫、6歳の長女、2歳の次女の4人暮らしです。
先日、ファミリー部員会の開催を提案すると、夫も、長女も「やりたい!」と大賛成してくれました。
司会は、長女にお願いしました。すると、長女は、家族もびっくりするほど、張り切っていました。
"本番"に備え、私が用意した司会原稿を、何度も練習しているのです。
さらに「いわせファミリーぶいんかい」という"大書き"も作ってくれました。
これまで娘たちを連れて、座談会や会合に参加していましたが、今回は、長女なりに"私が主役!"と感じてくれたのだと思います。
当日は、勤行の後、SOKAチャンネルVODで配信中の番組「げんきのスイッチ」の第1話「どうして、せんせいっていうの?」を視聴し、私が紙芝居を披露しました。
続いて、一人一言コーナーでは、まず、地区部長の夫が「パパは毎日、なかなかお会いできない同志の皆さんの健康と無事故を祈っています。家族のために、仕事も一生懸命、頑張るから応援してください」と語りました。
すると、4月から小学生になる長女が、ぴんと正座し、「私も、小学校に行って、お友達をたくさんつくって、お勉強をたくさん頑張ります」と決意を述べました。
次女からは、私が「一緒に頑張ろうね」と語ると、「うん!」と元気な返事がありました。
最後は、学会歌「威風堂々の歌」と少年少女部歌「Be Brave! 獅子の心で」を大合唱し、楽しく踊る娘たちに、大拍手を送りました。
今、普段の生活では、なかなか気付けなかった娘たちの成長を実感する日々です。
また、親子で「一緒に」「楽しく」信心を学べる幸せをかみ締めています。
これからも、定期的に「いわせファミリーぶいんかい」を開催しながら、祖父母の代から受け継いできた"信心のバトン"をわが子につないでいきます。
奮闘する友にエールを!
一家の健康を守りゆく
尊き献身に心から感謝!
家庭こそ幸福の拠点だ。
佐渡御書 P960
『高山に登る者は必ず下り我人を軽しめば還て我身人に軽易せられん』
【通解】
高い山に登る者は必ず下るように、人を軽しめば、かえって人に軽しめられる。
名字の言 人とのつながりは大事。でも、つながりに縛られてしまう時ってない? 2020年3月19日
「皆さんの語りの中に『つながり』という言葉が何回も出てきました」。2月、宮城県気仙沼市で行われた「女性の復興カフェ」の中心者が教えてくれた▼復興カフェでは、阪神・淡路大震災と東日本大震災の被災者が自身の体験や課題、将来などを自由に語り合う。2011年から継続して開かれ、各自を丸ごと受け入れてくれる場として、共感を呼んでいるようだ▼人間は一人では生きていけないから、つながりは大事。「ただ、その『つながり』に縛られているようにも感じたのです」と冒頭の中心者。"このつながりしかない"という思い込みが、潜在的な不安となって人を息苦しくさせているのではないか、と。「でも、心を開いている限り、新しい『つながり』は、どこにでも生まれるのです」▼つながりは、自身の存在を実感できる人間関係である。だから心は軽くなり、生きる力になる。医師で作家の鎌田實さんは月刊誌「潮」4月号で震災9年を振り返り、ハード面の復興が進んだ今日、「人間と人間の関係の復興」が極めて重要と訴える。さらに被災地支援の力として、「地域に根差したネットワーク」を持つ創価学会に期待する▼家庭、地域、職場など、さまざまなつながりがある。一人一人が自分らしく輝く関係を築いていきたい。(側)
寸鉄 2020年3月19日
創価大学で学位記授与式青春の鍛えと学友は不朽の宝。さあ使命の大空へ
福岡・筑紫総県の日。和楽の創価家族は決して負けない!工夫して励ましを
「心は工なる画師の如く」御書。広布の勇者に尽きぬ希望あり。心は自在だ
笑顔も免疫力向上に効果と。今日も快活に前へ!楽観主義は周囲に波及す
18歳未満のSNS犯罪被害最多。被害者8割、閲覧制限なし。保護者が確認
☆☆「3・16」って何? 池田先生の指針とともに——わが家で創価の心を学ぼう!
あす16日は「広宣流布記念の日」。1958年(昭和33年)の3月16日、戸田城聖先生から池田先生を中心とする青年たちに、広布のバトンが託されてから62周年です。池田先生の指針とともに、親子で「3・16」の意義を学び、語り合ってみてはいかがでしょうか。
【池田先生の指針】
(3月16日は)戸田先生のもとに、私たち青年が集まって、先生の後を受けつぎ、世界の平和と民衆の幸福のために戦っていく、決意の式典をおこなった日です。
富士山のすそのに、全国から六千人の青年が、かけつけました。
式典が大成功するように、すべてをまかされたのが、当時、三十歳の私です。
戸田先生は、前の年に重い病気にかかられたこともあって、歩くことも困難な、お体でした。
それにもかかわらず、先生は、まだ寒いなか、朝早く、遠くから集まってくる青年たちのためにと、あたたかい「とん汁」まで用意してくださったのです。
弟子を思う師匠の心に、みなが胸を熱くしました。
式典は、私の司会でスタートしました。
戸田先生は、青年たちに「未来は君たちにまかせる。たのむぞ、広宣流布を!」と、叫ばれました。そして晴れ晴れと、「創価学会は、宗教界の王者である」と、力強く宣言されたのです。
日本一の王者の山である富士山が、すべてを見守ってくれていました。
私たちは、「戸田先生に続いて、富士山のように堂々と、王者の力を持つのだ! 広宣流布を進めて、世界の大指導者とも、広々と友情を結んでいくのだ!」と心から決意しました。
今、その通りの世界的な創価学会になっていることは、みなさんも、よく知っていることでしょう。
「3・16」の式典(三月十六日におこなわれたことから、こう呼ばれています)を通して、私は、戸田先生から、一番大事なものを受けつぎました。
それは、広宣流布という、最も偉大な平和の使命のバトンです。
陸上のリレーでは、先の走者と後の走者が二人いっしょに全力で走りながら、タイミングを合わせてバトンを手渡していきますね。
同じように、弟子は、ただ待っているのではありません。自分から決意して走りだして、師匠からのバトンを受け取っていくのです。
このバトンを、私は今、未来に向かって前進している、希望あふれる少年少女部のみなさんに渡します。
「3・16」は、みなさんと私の晴れやかな「旅立ちの式典」です。
私が、これまで命をかけて開いてきた、世界への「友情の大道」「平和の大道」は、すべて、みなさんのためにあります。
富士のように、堂々と前進しよう!
王者のように、今日も勝利しよう!
そのために、私も毎日、題目をあげて、みなさんにエールを送り続けていきます。
(『希望の大空へ わが愛する王子王女に贈る』)
【わが家の実践】
楽しく"時間割"を作成
東京都小平市 水島友美子さん(保育士)
私は、10歳の娘と一緒に生活しています。主人は今、単身赴任しており、東北の地で頑張っています。
今回、学校が休校になっただけでなく、習い事も休み。お出掛けもなかなかできない。あるのは宿題の山と時間だけになりました。当初は、自宅で勉強ができるのか、運動不足になるのではないか、と心配もありました。
私自身、昨年から、十数年ぶりに保育の現場に復帰し、週に2日、働いています。
娘の学校が休校になってからは、午前中のみの時短勤務を使っています。この時間帯だけは、娘が一人でお留守番をしています。
わが家では、一日一日を価値的に過ごすために、裏紙を使って、楽しく"時間割"を作成し始めました。
几帳面な娘は毎日、英語や皿洗い、読書など挑戦項目を決め、それが達成できた時間帯を「〇時〜〇時 英語」というように記しています。
私が仕事から戻ると、「できたよ!」と元気に報告してくれます。また、「ママは仕事、どうだったの?」と、私の話まで聞いてくれます。そして互いに「頑張ったね!」とたたえ合っています。
親子で過ごす時間が増え、私の考え方も変わりました。
これまでは、娘が学校に行っている間に買い物を済ませ、急いで夕飯の支度をするなど"効率"を重視していました。今は、掃除、洗濯、買い物、料理などを、娘と一緒に楽しみながら取り組んでいます。
いつも以上に時間はかかりますが、娘は張り切ってお手伝いをしてくれます。私にとっても新鮮な毎日です。
わが家の日課は、朝・晩の勤行、30分間の唱題です。
それに加えて、親子で聖教新聞をじっくり読む時間ができました。
娘は「創価家族の種まき絵本」の熱狂的ファンですが、最近は「声」の欄や「ワカモノ+」なども熟読するようになり、同志の皆さんの挑戦に、触発を受けています。
今後も、親子で工夫を凝らしながら、充実した日々を過ごしていきたいと思います。
娘が主役の家族部員会
京都市上京区 岩瀬雅美さん(主婦)
わが家は、会社員の夫、6歳の長女、2歳の次女の4人暮らしです。
先日、ファミリー部員会の開催を提案すると、夫も、長女も「やりたい!」と大賛成してくれました。
司会は、長女にお願いしました。すると、長女は、家族もびっくりするほど、張り切っていました。
"本番"に備え、私が用意した司会原稿を、何度も練習しているのです。
さらに「いわせファミリーぶいんかい」という"大書き"も作ってくれました。
これまで娘たちを連れて、座談会や会合に参加していましたが、今回は、長女なりに"私が主役!"と感じてくれたのだと思います。
当日は、勤行の後、SOKAチャンネルVODで配信中の番組「げんきのスイッチ」の第1話「どうして、せんせいっていうの?」を視聴し、私が紙芝居を披露しました。
続いて、一人一言コーナーでは、まず、地区部長の夫が「パパは毎日、なかなかお会いできない同志の皆さんの健康と無事故を祈っています。家族のために、仕事も一生懸命、頑張るから応援してください」と語りました。
すると、4月から小学生になる長女が、ぴんと正座し、「私も、小学校に行って、お友達をたくさんつくって、お勉強をたくさん頑張ります」と決意を述べました。
次女からは、私が「一緒に頑張ろうね」と語ると、「うん!」と元気な返事がありました。
最後は、学会歌「威風堂々の歌」と少年少女部歌「Be Brave! 獅子の心で」を大合唱し、楽しく踊る娘たちに、大拍手を送りました。
今、普段の生活では、なかなか気付けなかった娘たちの成長を実感する日々です。
また、親子で「一緒に」「楽しく」信心を学べる幸せをかみ締めています。
これからも、定期的に「いわせファミリーぶいんかい」を開催しながら、祖父母の代から受け継いできた"信心のバトン"をわが子につないでいきます。
2020年3月18日水曜日
2020.03.18 わが友に贈る
広布誓願の題目は
国を超えて我らを結ぶ。
世界の同志と心一つに
地球の平和と安穏を
強盛に祈り抜こう!
減劫御書 P1467
『大悪は大善の来るべき瑞相なり、一閻浮提うちみだすならば閻浮提内広令流布はよも疑い候はじ』
【通解】
大悪は大善が来るべき瑞相(前兆)である。一閻浮提(全世界)がひどく乱れたならば、法華経に説かれている「閻浮提の内に広く流布せしめる(世界広宣流布)」の文が実現することは、よもや疑いないでしょう。
名字の言 阪神タイガースひと筋の和田豊さん。語り継がれる引退時の言葉 2020年3月18日
プロ野球の選手時代を一貫して阪神タイガースで送った和田豊さん。現役引退セレモニーでのあいさつは、今も語り草である。甲子園球場の整備を請け負う会社と社員に対し、「日本一の球場で常に良いコンディションで試合をさせていただいた」とお礼を述べた。スタンドからは、ひときわ大きな拍手が送られた▼"この人の陰の尽力のおかげで私は頑張れた"という感謝を忘れない。その豊かな人間性は多くの人に慕われたことだろう。引退後は同球団のコーチ、監督も務めた▼本紙配達員の「無冠の友」から心に残る一言を聞いた。「今朝届ける、この新聞が"読者の人生を変えるかもしれない"と思いながら配っ☆青は藍よりも青し
新しき朝(あした)は 青年のものである
朝霜(あさしも) 鮮やかに 青き麦畑にも似て
弥生・三月とはいえ
暁の富士の寒気は厳しい
稲妻の閃光の如き
突然の知らせに
勇み馳せ参じたる
若き地涌の同志(とも)六千
吐く息は白く
いまだ 目醒めぬ
大地を踏みしめる足音が
未明の森に谺(こだま)す
頬(ほお)を紅潮させた乙女がいた
学生服のいとけなき少年もいた
防寒具もなく
しかし凛然と胸張る青年がいた
その瞳は
暗き冷気の中で
夜明けとともに
大いなる"時"を迎えんとする
確かな鼓動に
煌(きらめ)きを増していた
ああ
青年の純一なる生命の発露が
清らかに力強く
新しき燦たる太陽の上昇を告げる
おお 不滅となれり
3.16
それは
恩師のもとに
広宣流布の大図式(モデル)を描いた日——
そして
未来永劫に変わらざる
師弟共戦の誓いの日なり
故に この日に甚深の意義を留(とど)めて
「広宣流布記念の日」と名付く
人類の嵐のような
今世紀の大闘諍去りて
広布脈動の源流は
闇と雨に身を包み
一人決然と立ちたる勇者の
不惜の乱舞に発(はっ)した
昭和二十六年 五月三日
「七十五万世帯の達成なくば
遺骨は品川沖に投げ棄てよ」
との大地に響く宣言に
同志の胸は炎と広がる
以来七星霜
寿命(いのち)を削る激闘また激闘
今戦わずして 戦う時はない
今一日 全力を挙げて戦うことが
幾百千年の価値あることを
示さんとするかのように
ああ 過ぎし日々
蘇生の友の歓喜の波動は
遂に 七十五万の地涌の勇者の
陣列となる
大聖哲立ちて七百年
時の熟せるか
否 時を創り招きたるか
不思議なる哉(かな)
末法広宣の礎は築かれた
昭和三十三年三月一日
外護の赤誠は
待望久しき法華本門大講堂落慶となる
先生の宿願一つここに達成するなり
その時
諸天の計らいか
梵天・帝釈の来下(らいげ)か
一国の宰相来るとの
知らせあり
その日は三月十六日
恩師いわく
この日を一つの広宣流布の模擬的儀式にと——
若き地涌の青年こそ
盛儀の主人公なりと
急の連絡(しらせ)に集まりし友六千
広布の楽雄(がくゆう)の姿も見えた
平和の天使鼓笛の乙女も
勇壮に また華麗に
その行進をば彩った
厳寒の早朝 皆で食した
あたたかき豚汁(とんじる)の美味
師の心は 身にも心にも沁(し)みわたった
身なりは貧しくとも
使命に生きる幸せと誇りに満ちて
師と共に生き
師と共に進む歓びは
会心の笑みとなる
家もいらず 名誉もいらず
財宝(たから)もいらず 功徳さえ
ただひたすらに
師と共に生き 尊き大法に
すべてを捧げ殉じゆくことを願い求める
清冽(せいれつ)にして雄渾なる魂
その生死を超えた誓願の弘法(ぐほう)によってこそ
御金言に説かれしままの
魔性の波浪も
決して止めることのできない
絶対なる勝利の歴史が刻印されたのだ
思えば昭和三十三年の元朝
病魔との熾烈な格闘の渦中に
「あと七年 二百万世帯まで闘いたい」
と漏らされし不撓の師の叫び
その胸中を察し
ただ一人 断腸の思い深く
たとえ大地にこの身を叩きつけても
生涯を賭けて広布達成の松明(たいまつ)を
見事継承しゆくことを誓ったあの日
多くの同志
師の重体を知らず
回復を楽観すれど
我は一人来るべき広布の将来を展望し
夢寐(むび)にも師の指導(おしえ)を忘るまいと
胸奥(きょうおう)の一念を定めしなり
師もまた常に側を離るるなと
渾身の訓練(きたえ)あり
私は忘れない
「もう何もいらない
ただ
信頼できる人材がほしい」
との師の心の叫びを
ああ 三月十六日
宰相見えざるも
その婦人と愛婿(あいせい)来たりて
儀式始まりぬ
恩師は病躯(びょうく)をおして
自ら若き地涌の陣頭に立ち
ここに広布達成への一念(こころ)を定めたり
奇しくも 晴れの式典は
後継の印綬の旗をば
師から弟子へと
託し渡しゆく
厳粛なる儀式となれり
衰弱した身体を押しつつ
敢然と指揮を執らんとされる師父(しふ)
弟子が用意した
一台の車駕あれど
厳として
「大きすぎて戦の役に立たない」
との叱咤あり
されど
「弟子が真心で作りしもの」
とその車駕に乗られたり
深き心と心で
無限の言葉を交わしつつ
——成否を誰かあげつらふ
一死 尽くしし身の誠——
五丈原の孔明の雄姿にも似て
車駕上の恩師の姿は
今も不滅の光芒を放つ
——我らは宗教界の王者なり と
七百年の杉の巨木に
広布不世出の大英雄の
厳たる叫びは谺(こだま)した
それは
かのアレキサンダー大王の
大遠征でさえ色褪せる
末法万年
全世界に轟きわたりゆく
民衆王者の誉れの凱歌なりと
私は 訴え残したい
先生の病は
あまりにも重かった
その腕(かいな)を支える私に
生命(いのち)をふり搾(しぼ)って
毅然と言い遺された一語は
今なお 耳朶(じだ)に鮮やかに蘇る
「これで私の仕事は全部終わった
いつ死んでもよいと思っている
大作 あとは頼むぞ」と
この時 師五十八歳
弟子三十歳
師より寿命を受け継ぎし故か
今 師の代わりに還暦を迎えた
青年の君たちよ
今 師の思い そのままに
後継を頼まむ
ああ 今も深き深き
感謝をもって思い起こすは
終始見守り下さった
第六十五世日淳上人の
大慈悲なり
幾度も激しき戦の指揮を
敢然と執り終えし先生は
今やその身を病床に横たえ
ある時は
「今 何の本を読んでいるか」と
学べ また学べとの
厳愛の叱咤なり
また ある時は
「メキシコへ行った夢を見た」
と温かき慈眼(じがん)
「君よ 世界を頼むよ」と。
我はその師の心を心として
世界広布への飛翔を誓った
大鵬(おおとり)の空をぞ かける姿して との
言葉のままに
そして逝去四日前
厳格に かつ 凛冽(りんれつ)に放たれた
「追撃の手をゆるめるな!」
との師子吼は
門下の怒涛の前進の支柱となった
ああ 忘れ得ぬ 四月二日
万朶(ばんだ)の桜に見送られて
霊山に向かわれた恩師
そして遺された分身の生命は
広布達成へ
毅然たる追撃の生涯を開始せり
時の日記に私は記した
「一人の 戸田門下の青年は進む
一人 凛然と 北風に向って」
あれから三十星霜
一人烈風に身をさらしつつ
一人烈日に身を焦がしつつ
愛する我が同志を守り抜かんと
一切の障魔との対決に
一歩も退(ひ)かぬ一日 また一日
所詮 仏法は勝負なるを
知悉(ちしつ)したが故に
怒り狂う波間にあって
一瞬の停滞も逡巡もなかった
真の丈夫の姿をば
阿修羅の如く示し残さんと
栄光の「3.16」に集った
あの懐かしの兄弟も
また
敢然と また健気(けなげ)にも
三十星霜
不退の長征に
見事なる栄冠の戦譜(せんぷ)を
私と共に歩んだ
三類の嵐は
幾度となく
我らの前途に立ちはだかった
卑劣な怒涛の日もあった
邪知の小才子(こさいし)の裏切りもあった
しかし 私たちは
晴れ晴れとして 完勝した
希望の翼をもって
幾多の風雪を乗り越え
若き乙女たちは今
幸の金風(きんぷう)に包まれた女王として
青年は偉大なる人間の
尊き平和の砦(とりで)の柱として
堂々と 揺ぎなき基盤を築いた
久遠に結んだ不思議なる同志の
異体を同心とする団結の力
御聖訓の理想に殉ぜんとする
峻厳なる絆をば
金剛不壊の中心軸として
万年への広布の基盤は できあがった
限りなく続く青年の意気が
碧(あお)き水平線の彼方
今日も明日も 白雲の如く湧き起こり
再び新世紀の天空を駆ける時
障魔の黒き雲はない
凛々しき仏子の青年の顔(かんばせ)輝き
一陣の薫風に花びらが舞う
青年は無限の財宝
いかなる労苦も
はたまた 勝利も敗北もすべて
すばらしき躍動の飛躍台となる
君よ 君たちよ
新たなる第二の「七つの鐘」を頼む
法理のままの東漸(とうぜん)
日本に仏教伝来し 七百年にして
太陽の如く 大聖哲出ず
それより七百年して不思議なる会生まれる
正法の広宣の波は今ここに西漸(せいぜん)
アジアの そして世界の海辺を洗い始む
今まさに 妙法という
生命史上の大いなる光明は
青き地球を包みゆかんとするか
その広布の大河の流れが
歴史の必然であるか否かを
君よ問うなかれ
汝自身の胸中に
自らの汗と労苦により
広布を必然たらしめんとする
熱情のありや無しやを 常に問え
広布とは——
大聖人の御遺命のままに
尊極(そんごく)なる仏の生命の座を
人類の魂に打ち据えて
爛漫たる生命ルネサンスの華を
この地球の大地に永遠に
開花させゆくことだ
天台云く「従藍而青(じゅうらんにしょう)」
青は藍より出でて藍より青し
君もまた 宇宙の森羅万象を貫く
根本の法をもち
生命の内奥より
無限の光彩を放ちつつ
民衆凱歌の歴史の軌跡を
思う存分描いてくれることを
私はひたすら祈る
いかなる約束なるか
青年世紀の開幕に
陸続と躍り出でたる
使命の勇者あり
ああ
新たなる三十年の
大遠征が 今始まる
君たちが
また あなたたちが
未聞(みもん)の険難の尾根を堂々と踏破し
新たなる世紀の暁鐘を
晴れがましく乱打することを
私は信じている。
時は巡り来り
ここに迎えた広宣流布記念の日
この日こそ我が愛する門下の
新たなる希望の朝(あした)だ
青年よ
あくまでも 日々の研鑽の労苦に
敢然と挑みながら
朗らかにして 逞しき
青春の詩(うた)を
高らかに 高らかに謳(うた)いたまえ
そして生涯崩れぬ黄金のスクラムで
ただひたすらに
人類史の新しき扉を開きゆく
この聖業を完遂してくれたまえ
昭和三十三年三月十六日早朝より儀式のため寒風のなか登山して下さった全出席者の友に心より感謝し ご多幸とご長寿を祈りつつ
合掌
桂冠詩人
一九八八年三月九日ています」。言葉には人の心を動かす力がある。その"言葉"を届ける使命感にあふれる姿勢に胸を打たれた▼新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、学会活動にあっても平時とは異なる態勢の日々が続く。だが私たち一人一人の「信心の成長」に停滞はない。ゆえに本紙は、どこまでも読者の希望の光源であり続けたい▼本紙の配達員制度は、本年で65周年を迎える。「無冠の友」の長きにわたる奮闘のおかげで、今日までの学会の発展は支えられてきたと言っても過言ではない。改めて感謝し、健康と無事故を祈る。(代)
寸鉄 2020年3月18日
ブラジル創価学園で高校1期が卒業式。人類貢献の英才は世界から陸続と
福井婦人部の日、35周年。師弟共戦の誉れの歩み。嵐に揺るがぬ信仰今こそ
東京・杉並の日。勇気とは未来を信じ続けること!互いに励まし合って前進
医師に相談できるネット窓口設置—経産省。賢く活用。感染のリスク防げ
"坊主が拝まねば成仏せぬ"は御書になき邪義。広布の友の唱題こそ追善に
☆四季の励まし 祈りから希望が生まれる 2020年3月15日
【写真の説明】春の陽光に照らされ、黄色い菜の花が一段と輝いていた。今月3日、池田大作先生が都内でシャッターを切った。
菜の花の花言葉に「快活」「明るさ」と。冬を越えて生き生きと咲き薫る姿は、不屈の祈りを根本に、悩みを飛躍のバネにして生きる、創価の友の雄姿と重なる。
インド独立の父マハトマ・ガンジーは言った。「祈る人間には退却というものはない」(保坂俊司ほか訳『私にとっての宗教』新評論)
あすは、3・16「広宣流布記念の日」。広布誓願の祈りをさらに深めつつ、心豊かに向上と充実の日々を歩んでいこう。
◇池田先生の言葉
祈りは、
人間の人間たる
崇高な証しである。
無宗教だという人も、
何か祈っている。
「苦境を脱したい」
「よりよく生きたい」
「家族を守りたい」などと
強く欲するのは、
人間として
本然的な心である。
思いやりも、
友情も、
祈りから始まる。
祈りこそ、
人間と人間を
結びゆく力である。
我らの祈りは、
「人間革命の祈り」だ。
人や周囲が
変わってくれるのを
待つのではない。
強盛な一念で
自分自身が変わり、
その波動を広げるのだ。
我らの祈りは、
「自他共の幸福の祈り」だ。
あの友も、この友も、
共々に
仏の生命を開きながら、
絶対に幸福を
つかんでいくための
原動力なのだ。
我らの祈りは、
「誓願の祈り」である。
広宣流布の大願へ、
拡大と勝利を誓い、
自ら行動を起こし、
実現していくのだ。
希望を自ら生み出す
原動力こそ、
「南無妙法蓮華経」の
唱題行である。
題目の力は無限だからだ。
題目を唱えた瞬間から、
自身の一念を変革し、
希望の明日を
創り開いていけるのだ。
日々、自分のなすべき
具体的な目標を
明確に定めて、
一つ一つの成就を祈り、
挑戦していくことだ。
その真剣な一念から、
智慧が湧き、
創意工夫が生まれ、
そこに成功がある。
つまり、「決意」と「祈り」、
そして、「努力」と「工夫」が
揃ってこそ、
人生の勝利がある。
☆青は藍よりも青し
新しき朝(あした)は 青年のものである
朝霜(あさしも) 鮮やかに 青き麦畑にも似て
弥生・三月とはいえ
暁の富士の寒気は厳しい
稲妻の閃光の如き
突然の知らせに
勇み馳せ参じたる
若き地涌の同志(とも)六千
吐く息は白く
いまだ 目醒めぬ
大地を踏みしめる足音が
未明の森に谺(こだま)す
頬(ほお)を紅潮させた乙女がいた
学生服のいとけなき少年もいた
防寒具もなく
しかし凛然と胸張る青年がいた
その瞳は
暗き冷気の中で
夜明けとともに
大いなる"時"を迎えんとする
確かな鼓動に
煌(きらめ)きを増していた
ああ
青年の純一なる生命の発露が
清らかに力強く
新しき燦たる太陽の上昇を告げる
おお 不滅となれり
3.16
それは
恩師のもとに
広宣流布の大図式(モデル)を描いた日——
そして
未来永劫に変わらざる
師弟共戦の誓いの日なり
故に この日に甚深の意義を留(とど)めて
「広宣流布記念の日」と名付く
人類の嵐のような
今世紀の大闘諍去りて
広布脈動の源流は
闇と雨に身を包み
一人決然と立ちたる勇者の
不惜の乱舞に発(はっ)した
昭和二十六年 五月三日
「七十五万世帯の達成なくば
遺骨は品川沖に投げ棄てよ」
との大地に響く宣言に
同志の胸は炎と広がる
以来七星霜
寿命(いのち)を削る激闘また激闘
今戦わずして 戦う時はない
今一日 全力を挙げて戦うことが
幾百千年の価値あることを
示さんとするかのように
ああ 過ぎし日々
蘇生の友の歓喜の波動は
遂に 七十五万の地涌の勇者の
陣列となる
大聖哲立ちて七百年
時の熟せるか
否 時を創り招きたるか
不思議なる哉(かな)
末法広宣の礎は築かれた
昭和三十三年三月一日
外護の赤誠は
待望久しき法華本門大講堂落慶となる
先生の宿願一つここに達成するなり
その時
諸天の計らいか
梵天・帝釈の来下(らいげ)か
一国の宰相来るとの
知らせあり
その日は三月十六日
恩師いわく
この日を一つの広宣流布の模擬的儀式にと——
若き地涌の青年こそ
盛儀の主人公なりと
急の連絡(しらせ)に集まりし友六千
広布の楽雄(がくゆう)の姿も見えた
平和の天使鼓笛の乙女も
勇壮に また華麗に
その行進をば彩った
厳寒の早朝 皆で食した
あたたかき豚汁(とんじる)の美味
師の心は 身にも心にも沁(し)みわたった
身なりは貧しくとも
使命に生きる幸せと誇りに満ちて
師と共に生き
師と共に進む歓びは
会心の笑みとなる
家もいらず 名誉もいらず
財宝(たから)もいらず 功徳さえ
ただひたすらに
師と共に生き 尊き大法に
すべてを捧げ殉じゆくことを願い求める
清冽(せいれつ)にして雄渾なる魂
その生死を超えた誓願の弘法(ぐほう)によってこそ
御金言に説かれしままの
魔性の波浪も
決して止めることのできない
絶対なる勝利の歴史が刻印されたのだ
思えば昭和三十三年の元朝
病魔との熾烈な格闘の渦中に
「あと七年 二百万世帯まで闘いたい」
と漏らされし不撓の師の叫び
その胸中を察し
ただ一人 断腸の思い深く
たとえ大地にこの身を叩きつけても
生涯を賭けて広布達成の松明(たいまつ)を
見事継承しゆくことを誓ったあの日
多くの同志
師の重体を知らず
回復を楽観すれど
我は一人来るべき広布の将来を展望し
夢寐(むび)にも師の指導(おしえ)を忘るまいと
胸奥(きょうおう)の一念を定めしなり
師もまた常に側を離るるなと
渾身の訓練(きたえ)あり
私は忘れない
「もう何もいらない
ただ
信頼できる人材がほしい」
との師の心の叫びを
ああ 三月十六日
宰相見えざるも
その婦人と愛婿(あいせい)来たりて
儀式始まりぬ
恩師は病躯(びょうく)をおして
自ら若き地涌の陣頭に立ち
ここに広布達成への一念(こころ)を定めたり
奇しくも 晴れの式典は
後継の印綬の旗をば
師から弟子へと
託し渡しゆく
厳粛なる儀式となれり
衰弱した身体を押しつつ
敢然と指揮を執らんとされる師父(しふ)
弟子が用意した
一台の車駕あれど
厳として
「大きすぎて戦の役に立たない」
との叱咤あり
されど
「弟子が真心で作りしもの」
とその車駕に乗られたり
深き心と心で
無限の言葉を交わしつつ
——成否を誰かあげつらふ
一死 尽くしし身の誠——
五丈原の孔明の雄姿にも似て
車駕上の恩師の姿は
今も不滅の光芒を放つ
——我らは宗教界の王者なり と
七百年の杉の巨木に
広布不世出の大英雄の
厳たる叫びは谺(こだま)した
それは
かのアレキサンダー大王の
大遠征でさえ色褪せる
末法万年
全世界に轟きわたりゆく
民衆王者の誉れの凱歌なりと
私は 訴え残したい
先生の病は
あまりにも重かった
その腕(かいな)を支える私に
生命(いのち)をふり搾(しぼ)って
毅然と言い遺された一語は
今なお 耳朶(じだ)に鮮やかに蘇る
「これで私の仕事は全部終わった
いつ死んでもよいと思っている
大作 あとは頼むぞ」と
この時 師五十八歳
弟子三十歳
師より寿命を受け継ぎし故か
今 師の代わりに還暦を迎えた
青年の君たちよ
今 師の思い そのままに
後継を頼まむ
ああ 今も深き深き
感謝をもって思い起こすは
終始見守り下さった
第六十五世日淳上人の
大慈悲なり
幾度も激しき戦の指揮を
敢然と執り終えし先生は
今やその身を病床に横たえ
ある時は
「今 何の本を読んでいるか」と
学べ また学べとの
厳愛の叱咤なり
また ある時は
「メキシコへ行った夢を見た」
と温かき慈眼(じがん)
「君よ 世界を頼むよ」と。
我はその師の心を心として
世界広布への飛翔を誓った
大鵬(おおとり)の空をぞ かける姿して との
言葉のままに
そして逝去四日前
厳格に かつ 凛冽(りんれつ)に放たれた
「追撃の手をゆるめるな!」
との師子吼は
門下の怒涛の前進の支柱となった
ああ 忘れ得ぬ 四月二日
万朶(ばんだ)の桜に見送られて
霊山に向かわれた恩師
そして遺された分身の生命は
広布達成へ
毅然たる追撃の生涯を開始せり
時の日記に私は記した
「一人の 戸田門下の青年は進む
一人 凛然と 北風に向って」
あれから三十星霜
一人烈風に身をさらしつつ
一人烈日に身を焦がしつつ
愛する我が同志を守り抜かんと
一切の障魔との対決に
一歩も退(ひ)かぬ一日 また一日
所詮 仏法は勝負なるを
知悉(ちしつ)したが故に
怒り狂う波間にあって
一瞬の停滞も逡巡もなかった
真の丈夫の姿をば
阿修羅の如く示し残さんと
栄光の「3.16」に集った
あの懐かしの兄弟も
また
敢然と また健気(けなげ)にも
三十星霜
不退の長征に
見事なる栄冠の戦譜(せんぷ)を
私と共に歩んだ
三類の嵐は
幾度となく
我らの前途に立ちはだかった
卑劣な怒涛の日もあった
邪知の小才子(こさいし)の裏切りもあった
しかし 私たちは
晴れ晴れとして 完勝した
希望の翼をもって
幾多の風雪を乗り越え
若き乙女たちは今
幸の金風(きんぷう)に包まれた女王として
青年は偉大なる人間の
尊き平和の砦(とりで)の柱として
堂々と 揺ぎなき基盤を築いた
久遠に結んだ不思議なる同志の
異体を同心とする団結の力
御聖訓の理想に殉ぜんとする
峻厳なる絆をば
金剛不壊の中心軸として
万年への広布の基盤は できあがった
限りなく続く青年の意気が
碧(あお)き水平線の彼方
今日も明日も 白雲の如く湧き起こり
再び新世紀の天空を駆ける時
障魔の黒き雲はない
凛々しき仏子の青年の顔(かんばせ)輝き
一陣の薫風に花びらが舞う
青年は無限の財宝
いかなる労苦も
はたまた 勝利も敗北もすべて
すばらしき躍動の飛躍台となる
君よ 君たちよ
新たなる第二の「七つの鐘」を頼む
法理のままの東漸(とうぜん)
日本に仏教伝来し 七百年にして
太陽の如く 大聖哲出ず
それより七百年して不思議なる会生まれる
正法の広宣の波は今ここに西漸(せいぜん)
アジアの そして世界の海辺を洗い始む
今まさに 妙法という
生命史上の大いなる光明は
青き地球を包みゆかんとするか
その広布の大河の流れが
歴史の必然であるか否かを
君よ問うなかれ
汝自身の胸中に
自らの汗と労苦により
広布を必然たらしめんとする
熱情のありや無しやを 常に問え
広布とは——
大聖人の御遺命のままに
尊極(そんごく)なる仏の生命の座を
人類の魂に打ち据えて
爛漫たる生命ルネサンスの華を
この地球の大地に永遠に
開花させゆくことだ
天台云く「従藍而青(じゅうらんにしょう)」
青は藍より出でて藍より青し
君もまた 宇宙の森羅万象を貫く
根本の法をもち
生命の内奥より
無限の光彩を放ちつつ
民衆凱歌の歴史の軌跡を
思う存分描いてくれることを
私はひたすら祈る
いかなる約束なるか
青年世紀の開幕に
陸続と躍り出でたる
使命の勇者あり
ああ
新たなる三十年の
大遠征が 今始まる
君たちが
また あなたたちが
未聞(みもん)の険難の尾根を堂々と踏破し
新たなる世紀の暁鐘を
晴れがましく乱打することを
私は信じている。
時は巡り来り
ここに迎えた広宣流布記念の日
この日こそ我が愛する門下の
新たなる希望の朝(あした)だ
青年よ
あくまでも 日々の研鑽の労苦に
敢然と挑みながら
朗らかにして 逞しき
青春の詩(うた)を
高らかに 高らかに謳(うた)いたまえ
そして生涯崩れぬ黄金のスクラムで
ただひたすらに
人類史の新しき扉を開きゆく
この聖業を完遂してくれたまえ
昭和三十三年三月十六日早朝より儀式のため寒風のなか登山して下さった全出席者の友に心より感謝し ご多幸とご長寿を祈りつつ
合掌
桂冠詩人
一九八八年三月九日
国を超えて我らを結ぶ。
世界の同志と心一つに
地球の平和と安穏を
強盛に祈り抜こう!
減劫御書 P1467
『大悪は大善の来るべき瑞相なり、一閻浮提うちみだすならば閻浮提内広令流布はよも疑い候はじ』
【通解】
大悪は大善が来るべき瑞相(前兆)である。一閻浮提(全世界)がひどく乱れたならば、法華経に説かれている「閻浮提の内に広く流布せしめる(世界広宣流布)」の文が実現することは、よもや疑いないでしょう。
名字の言 阪神タイガースひと筋の和田豊さん。語り継がれる引退時の言葉 2020年3月18日
プロ野球の選手時代を一貫して阪神タイガースで送った和田豊さん。現役引退セレモニーでのあいさつは、今も語り草である。甲子園球場の整備を請け負う会社と社員に対し、「日本一の球場で常に良いコンディションで試合をさせていただいた」とお礼を述べた。スタンドからは、ひときわ大きな拍手が送られた▼"この人の陰の尽力のおかげで私は頑張れた"という感謝を忘れない。その豊かな人間性は多くの人に慕われたことだろう。引退後は同球団のコーチ、監督も務めた▼本紙配達員の「無冠の友」から心に残る一言を聞いた。「今朝届ける、この新聞が"読者の人生を変えるかもしれない"と思いながら配っ☆青は藍よりも青し
新しき朝(あした)は 青年のものである
朝霜(あさしも) 鮮やかに 青き麦畑にも似て
弥生・三月とはいえ
暁の富士の寒気は厳しい
稲妻の閃光の如き
突然の知らせに
勇み馳せ参じたる
若き地涌の同志(とも)六千
吐く息は白く
いまだ 目醒めぬ
大地を踏みしめる足音が
未明の森に谺(こだま)す
頬(ほお)を紅潮させた乙女がいた
学生服のいとけなき少年もいた
防寒具もなく
しかし凛然と胸張る青年がいた
その瞳は
暗き冷気の中で
夜明けとともに
大いなる"時"を迎えんとする
確かな鼓動に
煌(きらめ)きを増していた
ああ
青年の純一なる生命の発露が
清らかに力強く
新しき燦たる太陽の上昇を告げる
おお 不滅となれり
3.16
それは
恩師のもとに
広宣流布の大図式(モデル)を描いた日——
そして
未来永劫に変わらざる
師弟共戦の誓いの日なり
故に この日に甚深の意義を留(とど)めて
「広宣流布記念の日」と名付く
人類の嵐のような
今世紀の大闘諍去りて
広布脈動の源流は
闇と雨に身を包み
一人決然と立ちたる勇者の
不惜の乱舞に発(はっ)した
昭和二十六年 五月三日
「七十五万世帯の達成なくば
遺骨は品川沖に投げ棄てよ」
との大地に響く宣言に
同志の胸は炎と広がる
以来七星霜
寿命(いのち)を削る激闘また激闘
今戦わずして 戦う時はない
今一日 全力を挙げて戦うことが
幾百千年の価値あることを
示さんとするかのように
ああ 過ぎし日々
蘇生の友の歓喜の波動は
遂に 七十五万の地涌の勇者の
陣列となる
大聖哲立ちて七百年
時の熟せるか
否 時を創り招きたるか
不思議なる哉(かな)
末法広宣の礎は築かれた
昭和三十三年三月一日
外護の赤誠は
待望久しき法華本門大講堂落慶となる
先生の宿願一つここに達成するなり
その時
諸天の計らいか
梵天・帝釈の来下(らいげ)か
一国の宰相来るとの
知らせあり
その日は三月十六日
恩師いわく
この日を一つの広宣流布の模擬的儀式にと——
若き地涌の青年こそ
盛儀の主人公なりと
急の連絡(しらせ)に集まりし友六千
広布の楽雄(がくゆう)の姿も見えた
平和の天使鼓笛の乙女も
勇壮に また華麗に
その行進をば彩った
厳寒の早朝 皆で食した
あたたかき豚汁(とんじる)の美味
師の心は 身にも心にも沁(し)みわたった
身なりは貧しくとも
使命に生きる幸せと誇りに満ちて
師と共に生き
師と共に進む歓びは
会心の笑みとなる
家もいらず 名誉もいらず
財宝(たから)もいらず 功徳さえ
ただひたすらに
師と共に生き 尊き大法に
すべてを捧げ殉じゆくことを願い求める
清冽(せいれつ)にして雄渾なる魂
その生死を超えた誓願の弘法(ぐほう)によってこそ
御金言に説かれしままの
魔性の波浪も
決して止めることのできない
絶対なる勝利の歴史が刻印されたのだ
思えば昭和三十三年の元朝
病魔との熾烈な格闘の渦中に
「あと七年 二百万世帯まで闘いたい」
と漏らされし不撓の師の叫び
その胸中を察し
ただ一人 断腸の思い深く
たとえ大地にこの身を叩きつけても
生涯を賭けて広布達成の松明(たいまつ)を
見事継承しゆくことを誓ったあの日
多くの同志
師の重体を知らず
回復を楽観すれど
我は一人来るべき広布の将来を展望し
夢寐(むび)にも師の指導(おしえ)を忘るまいと
胸奥(きょうおう)の一念を定めしなり
師もまた常に側を離るるなと
渾身の訓練(きたえ)あり
私は忘れない
「もう何もいらない
ただ
信頼できる人材がほしい」
との師の心の叫びを
ああ 三月十六日
宰相見えざるも
その婦人と愛婿(あいせい)来たりて
儀式始まりぬ
恩師は病躯(びょうく)をおして
自ら若き地涌の陣頭に立ち
ここに広布達成への一念(こころ)を定めたり
奇しくも 晴れの式典は
後継の印綬の旗をば
師から弟子へと
託し渡しゆく
厳粛なる儀式となれり
衰弱した身体を押しつつ
敢然と指揮を執らんとされる師父(しふ)
弟子が用意した
一台の車駕あれど
厳として
「大きすぎて戦の役に立たない」
との叱咤あり
されど
「弟子が真心で作りしもの」
とその車駕に乗られたり
深き心と心で
無限の言葉を交わしつつ
——成否を誰かあげつらふ
一死 尽くしし身の誠——
五丈原の孔明の雄姿にも似て
車駕上の恩師の姿は
今も不滅の光芒を放つ
——我らは宗教界の王者なり と
七百年の杉の巨木に
広布不世出の大英雄の
厳たる叫びは谺(こだま)した
それは
かのアレキサンダー大王の
大遠征でさえ色褪せる
末法万年
全世界に轟きわたりゆく
民衆王者の誉れの凱歌なりと
私は 訴え残したい
先生の病は
あまりにも重かった
その腕(かいな)を支える私に
生命(いのち)をふり搾(しぼ)って
毅然と言い遺された一語は
今なお 耳朶(じだ)に鮮やかに蘇る
「これで私の仕事は全部終わった
いつ死んでもよいと思っている
大作 あとは頼むぞ」と
この時 師五十八歳
弟子三十歳
師より寿命を受け継ぎし故か
今 師の代わりに還暦を迎えた
青年の君たちよ
今 師の思い そのままに
後継を頼まむ
ああ 今も深き深き
感謝をもって思い起こすは
終始見守り下さった
第六十五世日淳上人の
大慈悲なり
幾度も激しき戦の指揮を
敢然と執り終えし先生は
今やその身を病床に横たえ
ある時は
「今 何の本を読んでいるか」と
学べ また学べとの
厳愛の叱咤なり
また ある時は
「メキシコへ行った夢を見た」
と温かき慈眼(じがん)
「君よ 世界を頼むよ」と。
我はその師の心を心として
世界広布への飛翔を誓った
大鵬(おおとり)の空をぞ かける姿して との
言葉のままに
そして逝去四日前
厳格に かつ 凛冽(りんれつ)に放たれた
「追撃の手をゆるめるな!」
との師子吼は
門下の怒涛の前進の支柱となった
ああ 忘れ得ぬ 四月二日
万朶(ばんだ)の桜に見送られて
霊山に向かわれた恩師
そして遺された分身の生命は
広布達成へ
毅然たる追撃の生涯を開始せり
時の日記に私は記した
「一人の 戸田門下の青年は進む
一人 凛然と 北風に向って」
あれから三十星霜
一人烈風に身をさらしつつ
一人烈日に身を焦がしつつ
愛する我が同志を守り抜かんと
一切の障魔との対決に
一歩も退(ひ)かぬ一日 また一日
所詮 仏法は勝負なるを
知悉(ちしつ)したが故に
怒り狂う波間にあって
一瞬の停滞も逡巡もなかった
真の丈夫の姿をば
阿修羅の如く示し残さんと
栄光の「3.16」に集った
あの懐かしの兄弟も
また
敢然と また健気(けなげ)にも
三十星霜
不退の長征に
見事なる栄冠の戦譜(せんぷ)を
私と共に歩んだ
三類の嵐は
幾度となく
我らの前途に立ちはだかった
卑劣な怒涛の日もあった
邪知の小才子(こさいし)の裏切りもあった
しかし 私たちは
晴れ晴れとして 完勝した
希望の翼をもって
幾多の風雪を乗り越え
若き乙女たちは今
幸の金風(きんぷう)に包まれた女王として
青年は偉大なる人間の
尊き平和の砦(とりで)の柱として
堂々と 揺ぎなき基盤を築いた
久遠に結んだ不思議なる同志の
異体を同心とする団結の力
御聖訓の理想に殉ぜんとする
峻厳なる絆をば
金剛不壊の中心軸として
万年への広布の基盤は できあがった
限りなく続く青年の意気が
碧(あお)き水平線の彼方
今日も明日も 白雲の如く湧き起こり
再び新世紀の天空を駆ける時
障魔の黒き雲はない
凛々しき仏子の青年の顔(かんばせ)輝き
一陣の薫風に花びらが舞う
青年は無限の財宝
いかなる労苦も
はたまた 勝利も敗北もすべて
すばらしき躍動の飛躍台となる
君よ 君たちよ
新たなる第二の「七つの鐘」を頼む
法理のままの東漸(とうぜん)
日本に仏教伝来し 七百年にして
太陽の如く 大聖哲出ず
それより七百年して不思議なる会生まれる
正法の広宣の波は今ここに西漸(せいぜん)
アジアの そして世界の海辺を洗い始む
今まさに 妙法という
生命史上の大いなる光明は
青き地球を包みゆかんとするか
その広布の大河の流れが
歴史の必然であるか否かを
君よ問うなかれ
汝自身の胸中に
自らの汗と労苦により
広布を必然たらしめんとする
熱情のありや無しやを 常に問え
広布とは——
大聖人の御遺命のままに
尊極(そんごく)なる仏の生命の座を
人類の魂に打ち据えて
爛漫たる生命ルネサンスの華を
この地球の大地に永遠に
開花させゆくことだ
天台云く「従藍而青(じゅうらんにしょう)」
青は藍より出でて藍より青し
君もまた 宇宙の森羅万象を貫く
根本の法をもち
生命の内奥より
無限の光彩を放ちつつ
民衆凱歌の歴史の軌跡を
思う存分描いてくれることを
私はひたすら祈る
いかなる約束なるか
青年世紀の開幕に
陸続と躍り出でたる
使命の勇者あり
ああ
新たなる三十年の
大遠征が 今始まる
君たちが
また あなたたちが
未聞(みもん)の険難の尾根を堂々と踏破し
新たなる世紀の暁鐘を
晴れがましく乱打することを
私は信じている。
時は巡り来り
ここに迎えた広宣流布記念の日
この日こそ我が愛する門下の
新たなる希望の朝(あした)だ
青年よ
あくまでも 日々の研鑽の労苦に
敢然と挑みながら
朗らかにして 逞しき
青春の詩(うた)を
高らかに 高らかに謳(うた)いたまえ
そして生涯崩れぬ黄金のスクラムで
ただひたすらに
人類史の新しき扉を開きゆく
この聖業を完遂してくれたまえ
昭和三十三年三月十六日早朝より儀式のため寒風のなか登山して下さった全出席者の友に心より感謝し ご多幸とご長寿を祈りつつ
合掌
桂冠詩人
一九八八年三月九日ています」。言葉には人の心を動かす力がある。その"言葉"を届ける使命感にあふれる姿勢に胸を打たれた▼新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、学会活動にあっても平時とは異なる態勢の日々が続く。だが私たち一人一人の「信心の成長」に停滞はない。ゆえに本紙は、どこまでも読者の希望の光源であり続けたい▼本紙の配達員制度は、本年で65周年を迎える。「無冠の友」の長きにわたる奮闘のおかげで、今日までの学会の発展は支えられてきたと言っても過言ではない。改めて感謝し、健康と無事故を祈る。(代)
寸鉄 2020年3月18日
ブラジル創価学園で高校1期が卒業式。人類貢献の英才は世界から陸続と
福井婦人部の日、35周年。師弟共戦の誉れの歩み。嵐に揺るがぬ信仰今こそ
東京・杉並の日。勇気とは未来を信じ続けること!互いに励まし合って前進
医師に相談できるネット窓口設置—経産省。賢く活用。感染のリスク防げ
"坊主が拝まねば成仏せぬ"は御書になき邪義。広布の友の唱題こそ追善に
☆四季の励まし 祈りから希望が生まれる 2020年3月15日
【写真の説明】春の陽光に照らされ、黄色い菜の花が一段と輝いていた。今月3日、池田大作先生が都内でシャッターを切った。
菜の花の花言葉に「快活」「明るさ」と。冬を越えて生き生きと咲き薫る姿は、不屈の祈りを根本に、悩みを飛躍のバネにして生きる、創価の友の雄姿と重なる。
インド独立の父マハトマ・ガンジーは言った。「祈る人間には退却というものはない」(保坂俊司ほか訳『私にとっての宗教』新評論)
あすは、3・16「広宣流布記念の日」。広布誓願の祈りをさらに深めつつ、心豊かに向上と充実の日々を歩んでいこう。
◇池田先生の言葉
祈りは、
人間の人間たる
崇高な証しである。
無宗教だという人も、
何か祈っている。
「苦境を脱したい」
「よりよく生きたい」
「家族を守りたい」などと
強く欲するのは、
人間として
本然的な心である。
思いやりも、
友情も、
祈りから始まる。
祈りこそ、
人間と人間を
結びゆく力である。
我らの祈りは、
「人間革命の祈り」だ。
人や周囲が
変わってくれるのを
待つのではない。
強盛な一念で
自分自身が変わり、
その波動を広げるのだ。
我らの祈りは、
「自他共の幸福の祈り」だ。
あの友も、この友も、
共々に
仏の生命を開きながら、
絶対に幸福を
つかんでいくための
原動力なのだ。
我らの祈りは、
「誓願の祈り」である。
広宣流布の大願へ、
拡大と勝利を誓い、
自ら行動を起こし、
実現していくのだ。
希望を自ら生み出す
原動力こそ、
「南無妙法蓮華経」の
唱題行である。
題目の力は無限だからだ。
題目を唱えた瞬間から、
自身の一念を変革し、
希望の明日を
創り開いていけるのだ。
日々、自分のなすべき
具体的な目標を
明確に定めて、
一つ一つの成就を祈り、
挑戦していくことだ。
その真剣な一念から、
智慧が湧き、
創意工夫が生まれ、
そこに成功がある。
つまり、「決意」と「祈り」、
そして、「努力」と「工夫」が
揃ってこそ、
人生の勝利がある。
☆青は藍よりも青し
新しき朝(あした)は 青年のものである
朝霜(あさしも) 鮮やかに 青き麦畑にも似て
弥生・三月とはいえ
暁の富士の寒気は厳しい
稲妻の閃光の如き
突然の知らせに
勇み馳せ参じたる
若き地涌の同志(とも)六千
吐く息は白く
いまだ 目醒めぬ
大地を踏みしめる足音が
未明の森に谺(こだま)す
頬(ほお)を紅潮させた乙女がいた
学生服のいとけなき少年もいた
防寒具もなく
しかし凛然と胸張る青年がいた
その瞳は
暗き冷気の中で
夜明けとともに
大いなる"時"を迎えんとする
確かな鼓動に
煌(きらめ)きを増していた
ああ
青年の純一なる生命の発露が
清らかに力強く
新しき燦たる太陽の上昇を告げる
おお 不滅となれり
3.16
それは
恩師のもとに
広宣流布の大図式(モデル)を描いた日——
そして
未来永劫に変わらざる
師弟共戦の誓いの日なり
故に この日に甚深の意義を留(とど)めて
「広宣流布記念の日」と名付く
人類の嵐のような
今世紀の大闘諍去りて
広布脈動の源流は
闇と雨に身を包み
一人決然と立ちたる勇者の
不惜の乱舞に発(はっ)した
昭和二十六年 五月三日
「七十五万世帯の達成なくば
遺骨は品川沖に投げ棄てよ」
との大地に響く宣言に
同志の胸は炎と広がる
以来七星霜
寿命(いのち)を削る激闘また激闘
今戦わずして 戦う時はない
今一日 全力を挙げて戦うことが
幾百千年の価値あることを
示さんとするかのように
ああ 過ぎし日々
蘇生の友の歓喜の波動は
遂に 七十五万の地涌の勇者の
陣列となる
大聖哲立ちて七百年
時の熟せるか
否 時を創り招きたるか
不思議なる哉(かな)
末法広宣の礎は築かれた
昭和三十三年三月一日
外護の赤誠は
待望久しき法華本門大講堂落慶となる
先生の宿願一つここに達成するなり
その時
諸天の計らいか
梵天・帝釈の来下(らいげ)か
一国の宰相来るとの
知らせあり
その日は三月十六日
恩師いわく
この日を一つの広宣流布の模擬的儀式にと——
若き地涌の青年こそ
盛儀の主人公なりと
急の連絡(しらせ)に集まりし友六千
広布の楽雄(がくゆう)の姿も見えた
平和の天使鼓笛の乙女も
勇壮に また華麗に
その行進をば彩った
厳寒の早朝 皆で食した
あたたかき豚汁(とんじる)の美味
師の心は 身にも心にも沁(し)みわたった
身なりは貧しくとも
使命に生きる幸せと誇りに満ちて
師と共に生き
師と共に進む歓びは
会心の笑みとなる
家もいらず 名誉もいらず
財宝(たから)もいらず 功徳さえ
ただひたすらに
師と共に生き 尊き大法に
すべてを捧げ殉じゆくことを願い求める
清冽(せいれつ)にして雄渾なる魂
その生死を超えた誓願の弘法(ぐほう)によってこそ
御金言に説かれしままの
魔性の波浪も
決して止めることのできない
絶対なる勝利の歴史が刻印されたのだ
思えば昭和三十三年の元朝
病魔との熾烈な格闘の渦中に
「あと七年 二百万世帯まで闘いたい」
と漏らされし不撓の師の叫び
その胸中を察し
ただ一人 断腸の思い深く
たとえ大地にこの身を叩きつけても
生涯を賭けて広布達成の松明(たいまつ)を
見事継承しゆくことを誓ったあの日
多くの同志
師の重体を知らず
回復を楽観すれど
我は一人来るべき広布の将来を展望し
夢寐(むび)にも師の指導(おしえ)を忘るまいと
胸奥(きょうおう)の一念を定めしなり
師もまた常に側を離るるなと
渾身の訓練(きたえ)あり
私は忘れない
「もう何もいらない
ただ
信頼できる人材がほしい」
との師の心の叫びを
ああ 三月十六日
宰相見えざるも
その婦人と愛婿(あいせい)来たりて
儀式始まりぬ
恩師は病躯(びょうく)をおして
自ら若き地涌の陣頭に立ち
ここに広布達成への一念(こころ)を定めたり
奇しくも 晴れの式典は
後継の印綬の旗をば
師から弟子へと
託し渡しゆく
厳粛なる儀式となれり
衰弱した身体を押しつつ
敢然と指揮を執らんとされる師父(しふ)
弟子が用意した
一台の車駕あれど
厳として
「大きすぎて戦の役に立たない」
との叱咤あり
されど
「弟子が真心で作りしもの」
とその車駕に乗られたり
深き心と心で
無限の言葉を交わしつつ
——成否を誰かあげつらふ
一死 尽くしし身の誠——
五丈原の孔明の雄姿にも似て
車駕上の恩師の姿は
今も不滅の光芒を放つ
——我らは宗教界の王者なり と
七百年の杉の巨木に
広布不世出の大英雄の
厳たる叫びは谺(こだま)した
それは
かのアレキサンダー大王の
大遠征でさえ色褪せる
末法万年
全世界に轟きわたりゆく
民衆王者の誉れの凱歌なりと
私は 訴え残したい
先生の病は
あまりにも重かった
その腕(かいな)を支える私に
生命(いのち)をふり搾(しぼ)って
毅然と言い遺された一語は
今なお 耳朶(じだ)に鮮やかに蘇る
「これで私の仕事は全部終わった
いつ死んでもよいと思っている
大作 あとは頼むぞ」と
この時 師五十八歳
弟子三十歳
師より寿命を受け継ぎし故か
今 師の代わりに還暦を迎えた
青年の君たちよ
今 師の思い そのままに
後継を頼まむ
ああ 今も深き深き
感謝をもって思い起こすは
終始見守り下さった
第六十五世日淳上人の
大慈悲なり
幾度も激しき戦の指揮を
敢然と執り終えし先生は
今やその身を病床に横たえ
ある時は
「今 何の本を読んでいるか」と
学べ また学べとの
厳愛の叱咤なり
また ある時は
「メキシコへ行った夢を見た」
と温かき慈眼(じがん)
「君よ 世界を頼むよ」と。
我はその師の心を心として
世界広布への飛翔を誓った
大鵬(おおとり)の空をぞ かける姿して との
言葉のままに
そして逝去四日前
厳格に かつ 凛冽(りんれつ)に放たれた
「追撃の手をゆるめるな!」
との師子吼は
門下の怒涛の前進の支柱となった
ああ 忘れ得ぬ 四月二日
万朶(ばんだ)の桜に見送られて
霊山に向かわれた恩師
そして遺された分身の生命は
広布達成へ
毅然たる追撃の生涯を開始せり
時の日記に私は記した
「一人の 戸田門下の青年は進む
一人 凛然と 北風に向って」
あれから三十星霜
一人烈風に身をさらしつつ
一人烈日に身を焦がしつつ
愛する我が同志を守り抜かんと
一切の障魔との対決に
一歩も退(ひ)かぬ一日 また一日
所詮 仏法は勝負なるを
知悉(ちしつ)したが故に
怒り狂う波間にあって
一瞬の停滞も逡巡もなかった
真の丈夫の姿をば
阿修羅の如く示し残さんと
栄光の「3.16」に集った
あの懐かしの兄弟も
また
敢然と また健気(けなげ)にも
三十星霜
不退の長征に
見事なる栄冠の戦譜(せんぷ)を
私と共に歩んだ
三類の嵐は
幾度となく
我らの前途に立ちはだかった
卑劣な怒涛の日もあった
邪知の小才子(こさいし)の裏切りもあった
しかし 私たちは
晴れ晴れとして 完勝した
希望の翼をもって
幾多の風雪を乗り越え
若き乙女たちは今
幸の金風(きんぷう)に包まれた女王として
青年は偉大なる人間の
尊き平和の砦(とりで)の柱として
堂々と 揺ぎなき基盤を築いた
久遠に結んだ不思議なる同志の
異体を同心とする団結の力
御聖訓の理想に殉ぜんとする
峻厳なる絆をば
金剛不壊の中心軸として
万年への広布の基盤は できあがった
限りなく続く青年の意気が
碧(あお)き水平線の彼方
今日も明日も 白雲の如く湧き起こり
再び新世紀の天空を駆ける時
障魔の黒き雲はない
凛々しき仏子の青年の顔(かんばせ)輝き
一陣の薫風に花びらが舞う
青年は無限の財宝
いかなる労苦も
はたまた 勝利も敗北もすべて
すばらしき躍動の飛躍台となる
君よ 君たちよ
新たなる第二の「七つの鐘」を頼む
法理のままの東漸(とうぜん)
日本に仏教伝来し 七百年にして
太陽の如く 大聖哲出ず
それより七百年して不思議なる会生まれる
正法の広宣の波は今ここに西漸(せいぜん)
アジアの そして世界の海辺を洗い始む
今まさに 妙法という
生命史上の大いなる光明は
青き地球を包みゆかんとするか
その広布の大河の流れが
歴史の必然であるか否かを
君よ問うなかれ
汝自身の胸中に
自らの汗と労苦により
広布を必然たらしめんとする
熱情のありや無しやを 常に問え
広布とは——
大聖人の御遺命のままに
尊極(そんごく)なる仏の生命の座を
人類の魂に打ち据えて
爛漫たる生命ルネサンスの華を
この地球の大地に永遠に
開花させゆくことだ
天台云く「従藍而青(じゅうらんにしょう)」
青は藍より出でて藍より青し
君もまた 宇宙の森羅万象を貫く
根本の法をもち
生命の内奥より
無限の光彩を放ちつつ
民衆凱歌の歴史の軌跡を
思う存分描いてくれることを
私はひたすら祈る
いかなる約束なるか
青年世紀の開幕に
陸続と躍り出でたる
使命の勇者あり
ああ
新たなる三十年の
大遠征が 今始まる
君たちが
また あなたたちが
未聞(みもん)の険難の尾根を堂々と踏破し
新たなる世紀の暁鐘を
晴れがましく乱打することを
私は信じている。
時は巡り来り
ここに迎えた広宣流布記念の日
この日こそ我が愛する門下の
新たなる希望の朝(あした)だ
青年よ
あくまでも 日々の研鑽の労苦に
敢然と挑みながら
朗らかにして 逞しき
青春の詩(うた)を
高らかに 高らかに謳(うた)いたまえ
そして生涯崩れぬ黄金のスクラムで
ただひたすらに
人類史の新しき扉を開きゆく
この聖業を完遂してくれたまえ
昭和三十三年三月十六日早朝より儀式のため寒風のなか登山して下さった全出席者の友に心より感謝し ご多幸とご長寿を祈りつつ
合掌
桂冠詩人
一九八八年三月九日
2020年3月17日火曜日
2020.03.17 わが友に贈る
「はたらかさず・
つくろわず・もとの儘」
形式や格好ではない。
素直な信心に
無上の幸福が築かれる!
撰時抄 P289
『現に勝れたるを勝れたりという事は慢ににて大功徳なりけるか』
【通解】
(仏法においては)事実、勝れていることを勝れているということは、慢に似ているようだが、じつは大功徳となるのである。
名字の言 藤井聡太七段の師匠も昨年50歳で昇級。その心意気とは? 2020年3月17日
将棋界では「C級に落ちたら、B級には戻れない」といわれる。昨年、勢いのある若手が多い激戦区のC級1組から、50歳の杉本昌隆八段がB級2組に昇級。史上4位の"年長記録"となった▼「強くなりたい。あきらめない。その気持ちに年齢は関係ありません」と杉本八段。弟子の藤井聡太七段の活躍に"自分も"と奮起し研究を重ねたという。氏は「成長や学びは若い人だけの特権ではない」とも▼一局の勝敗が昇級を左右する厳しい世界だが、その結果以上に杉本八段は"自分の現状をどう捉えるか"を重視する。すなわち、どんな苦境も「自分が不幸と思わなければ『負け』ではない」。「些細なことを楽しいと感じる気持ちがあれば、その人は『勝ち』を手に入れています。ならば、極論すれば『人生には勝ちしかない』」(『悔しがる力』PHP研究所)▼受験シーズンも最終盤。不本意な結果から進路に迷う人がいるかもしれない。だが重ねた努力は消えないし、培った心の強さは人生の宝と輝く。"自分自身"を諦めない限り、道は必ず開ける▼池田先生は未来部の友に呼び掛けた。「だれが諸君をばかにしようと、私は諸君を尊敬する。諸君を信じる」。この信念で"勝利の春"を進む友に真心のエールを送りたい。(誼)
寸鉄 2020年3月17日
逆境でも勝てる事を証明した会長の行動は手本—総長。師に学び、師に続け
学会の動画チャンネルが好評。共有すれば信心の触発はいつでもどこでも
SNSで連携し同盟唱題等、各地で工夫光る取り組み。智慧出し、団結固く
仕事ついていけるか不安—就職内定者67%。人生の岐路に周囲の励ましを
多重債務者が増加。携帯使った借り入れや買い物が一因と。安易に考えず
☆随筆「人間革命」光あれ 冬は必ず春となる 2020年3月11日
◇大震災から9年 風雪越えて我らは堂々と
♪風雪越えし 我等こそ
地涌の正義の 旗頭
今堂々の 陣列は
使命の旗を 高らかに
…… ……
ああ東北の
凱歌の人々よ
今朝も妻がかけてくれた東北の歌「青葉の誓い」を聴きながら、愛してやまぬ、みちのくの天地に思いを馳せた。
「東日本大震災」から九年——。
東北をはじめ被災地の宝友たちは、どれほどの苦難と辛労の風雪を越えてこられたことか。
未曽有の大災害から歯を食いしばって立ち上がり、友に手を差し伸べ、愛する郷土の蘇生のために尽くし抜かれてきた「地涌の正義の旗頭」の一人ひとりに、私は最敬礼し合掌する思いである。
それは一日また一日、何ものにも壊されない「心の財」を積み上げてきた"三千三百日"なりと、必ずや御本仏が照覧してくださっているであろう。
あらためて、全ての犠牲者の方々に、また震災後に逝去された方々に、心から追善回向の題目を捧げたい。
亡くなられたご家族、同志、友人方も皆、生死を超えて、厳然と妙法の無量無辺の福光に包まれていることを、私は確信してやまない。
◇「元初の太陽と」
「青葉の誓い」には、「これぞ元初の 太陽と」と歌われている。
私は、東北の友のありのままの人間味が大好きだ。そこには「元初の太陽」の輝きがある。太陽だから、気取りや体裁など必要ない。「はたらかさず・つくろわず・もとの儘」(御書七五九ページ)の生命で、明るく温かな思いやりの光を、皆に送っていくのだ。
殉教の師・牧口先生は戦時中の弾圧下、福島県の郡山、二本松に足を運ばれた。一人の青年の父母への対話などのためであった。この先師が大切にされていた御聖訓がある。後に特高警察に押収された「御義口伝」にも線が引かれていた。
「煩悩の淤泥の中に真如の仏あり我等衆生の事なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るを当体蓮華の仏と云うなり」(同七四〇ページ)
苦悩が渦巻く社会に飛び込み、泥まみれになって、人びとのために戦い続けていく人こそ「当体蓮華の仏」なのである。
わが東北の同志たちは底知れぬ逆境の闇夜にも断じて屈しなかった。
時に悲嘆の涙を流し、時に運命の非情さに憤怒しながら、題目を唱え抜き、「負げでたまっか」と励まし合って、広宣流布に邁進してきたのだ。
ここにこそ、日蓮大聖人に直結する真実の仏の誉れの実像があると、創立の父も讃えておられるにちがいない。
大震災を乗り越えてきた創価の少年少女と青年たちが、たくましく成長している。頼もしいその英姿こそ、何よりの希望である。苦悩を突き抜けて、朗らかに大輪を咲かせる「蓮華」の生命そのものではないか。
◇尊き無冠の走者
太陽がまだ昇りきらぬ寒い朝も、"無冠の友"は一軒また一軒、聖教新聞を届けてくれている。感謝は尽きない。どうか、今日もお元気で! 日々絶対に無事故で!と申し上げたい。
今、読者の心へ、希望の声、勇気の言葉を送る言論城・聖教の使命は、極めて大きい。
被災地である宮城県東松島市の母も、幸福勝利のバトンをつなぐ走者として配達されている。大震災の津波で母上と次男を亡くされた悲しみを胸の奥に畳み、できることは何でも喜んでと、励ましに生き抜く母である。
私がかつて共に対談集を発刊したアメリカ・エマソン協会元会長のサーラ・ワイダー博士も、はるばるこの尊き母たちを訪ねられ、その「強い心」に感銘し、出会いを宝とされた。博士から送られたメッセージでも、「互いにどんな時も全力で献身を」と固く約し合われたのだ。
◇希望の歌声届け
岩手県の三陸の友からも嬉しい便りが届いた。
先月の初め、音楽隊・しなの合唱団による「希望の絆」コンサートが、岩手県三陸沿岸の六市町村——大槌町、山田町、宮古市、田野畑村、普代村、洋野町で行われたのである。
歌声に乗せて、勇気の春風を届ける若き楽雄たちを、地域を挙げて歓迎してくださり、多くのご友人も来て喜ばれたと伺った。
「学会の皆さんの気持ちに触れて、元気が出ました」「被災地の生活は大変ですが、長生きしたいと思いました」等々、反響が寄せられている。
わが同志が、いかに粘り強く地域に貢献し、友情と信頼の花を咲かせてきたことか。一歩また一歩と前進し、あの友この友のために、誠実に心を砕いていることか——。この人間性の輝きこそが福光の希望となり、復興の底力となるのだ。
◇常磐線駅の邂逅
間もなく、JRの常磐線が九年ぶりに「全線運転再開」となる。
常磐線といえば、福島・浜通りの同志との出会いが懐かしく蘇る。それは、私が会長に就任した年(一九六〇年)の十一月のことである。
盛岡からの帰路、湯本駅(現いわき市)に地元の友らが駆けつけてくれたのだ。たまたま発車が遅れたので、十五分ほど駅のベンチで懇談できた。
駅で励ました乙女が今も広布の母として活躍するなど、いわきの友の勝利の近況が嬉しい。
東北家族が不二の心で織り成してきた、無数の「人間革命」の凱歌に私は胸を熱くする。
長く厳しい復興への奮闘の中で、体調を崩した宝友もおられるが、全ての利他の振る舞いが尊い「身の供養」である。「転重軽受」「変毒為薬」の大功力は厳然だ。「常楽我浄」の軌道を、永遠に進みゆかれることは断じて間違いない、と確信する。
◇最後は必ず勝つ
東北の友と異体同心のスクラムで吹雪に胸を張って前進してきたのが、北海道の友である。
この三月十一日は、北海天地で、創価の正義を満天下に示した歴史的な「小樽問答」から満六十五年でもある。
あの「3・16」広布後継の大儀式を間近にしていた時、小樽支部の初代支部長として戦った友を、戸田先生が激励されたことがある。
「いやなこと、辛いこと、悲しいこともあるにちがいない。むしろ、人生は、その連続だろう」
「だが、信心を全うし抜いていけば、最後は必ず勝つ。いろいろなことがあっても、幸福と言い切れる境涯になるよ」
三代城・北海道と青葉の人材城・東北への恩師の思いは、あまりにも深かった。私も師と同じ心で、北国の友と生き抜いてきた。
◇爛漫と咲け! 負けじ魂の「福光桜」
碧(あお)い湖畔に、待ちかねたように桜が咲いた。春へ、春へと、自然は確かな足取りで進む(1983年4月、池田先生撮影、宮城県の釜房湖で)
◇耐えてこそ開花
北国の冬は長く、厳しい。だが、寒風の下でも、木々は力を蓄え、芽吹きの時を待つ。
大震災の年の九月、私は小説『新・人間革命』の「福光」の章を綴った。
昭和五十二年(一九七七年)の三月十一日に福島を訪れ、三日間にわたって東北の友を励ました歴史である。この折、私は「創価之山桜」など"桜"の揮毫を東北の友に贈った。
いかなる試練や苦難の冬が続こうとも、我らは胸張り耐え抜いて、断固として咲き誇るのだ! 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書一二五三ページ)という希望の大哲理を社会へ、世界へ、未来へ示していくのだ!——との願いを込めたのである。
まさしく、不撓不屈の負けじ魂で、「冬は必ず春」を実証してきた同志こそ創価山の"福光桜"にほかならない。
大聖人は、こうも仰せである。
「冬と春とのさかひ(境)には必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(同一〇九一ページ)
我らは、変化を恐れまい。一人も残らず、勇敢な賢者として価値を創造していくのである。
◇新たな黄金時代へ 先駆者の使命は深し
現在、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、国内外で医療関係者はもとより社会全体で力を尽くしている。昼夜を分かたぬ多くの方々の労苦に深謝するとともに、一日も早い終息、安穏な日常の回復を、強く深く祈り願ってやまない。
かのトインビー博士は呼び掛けられた。
——「危機の時代」を生きる人間は、事態をよい方向へと打開し、今を「偉業の行われた時代」に転じ、「黄金の時代の先駆者」となるのだ、と。
若き地涌の勇者たちが世界の友と手を携えて、強く賢く朗らかに「黄金の時代」を開いていくことを、私は信じている。
◇「自然に仏界に」
東北・北海道をはじめ全同志と繰り返し拝してきた「開目抄」の御金言を、今再び、心肝に染めたい。
「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ」(御書二三四ページ)
創価の師弟は、諸難の連続の中にあって、この仰せを「まことの時」に断じて忘れず貫き通してきた。だからこそ、一人ひとりが「自然に仏界」を勝ち開いてきたのだ。
そして、これからも、諸難を一つまた一つ、勝ち越えながら、いやまして「仏界」という最極の生命の大連帯を、地球社会へ広げていこうではないか!
つくろわず・もとの儘」
形式や格好ではない。
素直な信心に
無上の幸福が築かれる!
撰時抄 P289
『現に勝れたるを勝れたりという事は慢ににて大功徳なりけるか』
【通解】
(仏法においては)事実、勝れていることを勝れているということは、慢に似ているようだが、じつは大功徳となるのである。
名字の言 藤井聡太七段の師匠も昨年50歳で昇級。その心意気とは? 2020年3月17日
将棋界では「C級に落ちたら、B級には戻れない」といわれる。昨年、勢いのある若手が多い激戦区のC級1組から、50歳の杉本昌隆八段がB級2組に昇級。史上4位の"年長記録"となった▼「強くなりたい。あきらめない。その気持ちに年齢は関係ありません」と杉本八段。弟子の藤井聡太七段の活躍に"自分も"と奮起し研究を重ねたという。氏は「成長や学びは若い人だけの特権ではない」とも▼一局の勝敗が昇級を左右する厳しい世界だが、その結果以上に杉本八段は"自分の現状をどう捉えるか"を重視する。すなわち、どんな苦境も「自分が不幸と思わなければ『負け』ではない」。「些細なことを楽しいと感じる気持ちがあれば、その人は『勝ち』を手に入れています。ならば、極論すれば『人生には勝ちしかない』」(『悔しがる力』PHP研究所)▼受験シーズンも最終盤。不本意な結果から進路に迷う人がいるかもしれない。だが重ねた努力は消えないし、培った心の強さは人生の宝と輝く。"自分自身"を諦めない限り、道は必ず開ける▼池田先生は未来部の友に呼び掛けた。「だれが諸君をばかにしようと、私は諸君を尊敬する。諸君を信じる」。この信念で"勝利の春"を進む友に真心のエールを送りたい。(誼)
寸鉄 2020年3月17日
逆境でも勝てる事を証明した会長の行動は手本—総長。師に学び、師に続け
学会の動画チャンネルが好評。共有すれば信心の触発はいつでもどこでも
SNSで連携し同盟唱題等、各地で工夫光る取り組み。智慧出し、団結固く
仕事ついていけるか不安—就職内定者67%。人生の岐路に周囲の励ましを
多重債務者が増加。携帯使った借り入れや買い物が一因と。安易に考えず
☆随筆「人間革命」光あれ 冬は必ず春となる 2020年3月11日
◇大震災から9年 風雪越えて我らは堂々と
♪風雪越えし 我等こそ
地涌の正義の 旗頭
今堂々の 陣列は
使命の旗を 高らかに
…… ……
ああ東北の
凱歌の人々よ
今朝も妻がかけてくれた東北の歌「青葉の誓い」を聴きながら、愛してやまぬ、みちのくの天地に思いを馳せた。
「東日本大震災」から九年——。
東北をはじめ被災地の宝友たちは、どれほどの苦難と辛労の風雪を越えてこられたことか。
未曽有の大災害から歯を食いしばって立ち上がり、友に手を差し伸べ、愛する郷土の蘇生のために尽くし抜かれてきた「地涌の正義の旗頭」の一人ひとりに、私は最敬礼し合掌する思いである。
それは一日また一日、何ものにも壊されない「心の財」を積み上げてきた"三千三百日"なりと、必ずや御本仏が照覧してくださっているであろう。
あらためて、全ての犠牲者の方々に、また震災後に逝去された方々に、心から追善回向の題目を捧げたい。
亡くなられたご家族、同志、友人方も皆、生死を超えて、厳然と妙法の無量無辺の福光に包まれていることを、私は確信してやまない。
◇「元初の太陽と」
「青葉の誓い」には、「これぞ元初の 太陽と」と歌われている。
私は、東北の友のありのままの人間味が大好きだ。そこには「元初の太陽」の輝きがある。太陽だから、気取りや体裁など必要ない。「はたらかさず・つくろわず・もとの儘」(御書七五九ページ)の生命で、明るく温かな思いやりの光を、皆に送っていくのだ。
殉教の師・牧口先生は戦時中の弾圧下、福島県の郡山、二本松に足を運ばれた。一人の青年の父母への対話などのためであった。この先師が大切にされていた御聖訓がある。後に特高警察に押収された「御義口伝」にも線が引かれていた。
「煩悩の淤泥の中に真如の仏あり我等衆生の事なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るを当体蓮華の仏と云うなり」(同七四〇ページ)
苦悩が渦巻く社会に飛び込み、泥まみれになって、人びとのために戦い続けていく人こそ「当体蓮華の仏」なのである。
わが東北の同志たちは底知れぬ逆境の闇夜にも断じて屈しなかった。
時に悲嘆の涙を流し、時に運命の非情さに憤怒しながら、題目を唱え抜き、「負げでたまっか」と励まし合って、広宣流布に邁進してきたのだ。
ここにこそ、日蓮大聖人に直結する真実の仏の誉れの実像があると、創立の父も讃えておられるにちがいない。
大震災を乗り越えてきた創価の少年少女と青年たちが、たくましく成長している。頼もしいその英姿こそ、何よりの希望である。苦悩を突き抜けて、朗らかに大輪を咲かせる「蓮華」の生命そのものではないか。
◇尊き無冠の走者
太陽がまだ昇りきらぬ寒い朝も、"無冠の友"は一軒また一軒、聖教新聞を届けてくれている。感謝は尽きない。どうか、今日もお元気で! 日々絶対に無事故で!と申し上げたい。
今、読者の心へ、希望の声、勇気の言葉を送る言論城・聖教の使命は、極めて大きい。
被災地である宮城県東松島市の母も、幸福勝利のバトンをつなぐ走者として配達されている。大震災の津波で母上と次男を亡くされた悲しみを胸の奥に畳み、できることは何でも喜んでと、励ましに生き抜く母である。
私がかつて共に対談集を発刊したアメリカ・エマソン協会元会長のサーラ・ワイダー博士も、はるばるこの尊き母たちを訪ねられ、その「強い心」に感銘し、出会いを宝とされた。博士から送られたメッセージでも、「互いにどんな時も全力で献身を」と固く約し合われたのだ。
◇希望の歌声届け
岩手県の三陸の友からも嬉しい便りが届いた。
先月の初め、音楽隊・しなの合唱団による「希望の絆」コンサートが、岩手県三陸沿岸の六市町村——大槌町、山田町、宮古市、田野畑村、普代村、洋野町で行われたのである。
歌声に乗せて、勇気の春風を届ける若き楽雄たちを、地域を挙げて歓迎してくださり、多くのご友人も来て喜ばれたと伺った。
「学会の皆さんの気持ちに触れて、元気が出ました」「被災地の生活は大変ですが、長生きしたいと思いました」等々、反響が寄せられている。
わが同志が、いかに粘り強く地域に貢献し、友情と信頼の花を咲かせてきたことか。一歩また一歩と前進し、あの友この友のために、誠実に心を砕いていることか——。この人間性の輝きこそが福光の希望となり、復興の底力となるのだ。
◇常磐線駅の邂逅
間もなく、JRの常磐線が九年ぶりに「全線運転再開」となる。
常磐線といえば、福島・浜通りの同志との出会いが懐かしく蘇る。それは、私が会長に就任した年(一九六〇年)の十一月のことである。
盛岡からの帰路、湯本駅(現いわき市)に地元の友らが駆けつけてくれたのだ。たまたま発車が遅れたので、十五分ほど駅のベンチで懇談できた。
駅で励ました乙女が今も広布の母として活躍するなど、いわきの友の勝利の近況が嬉しい。
東北家族が不二の心で織り成してきた、無数の「人間革命」の凱歌に私は胸を熱くする。
長く厳しい復興への奮闘の中で、体調を崩した宝友もおられるが、全ての利他の振る舞いが尊い「身の供養」である。「転重軽受」「変毒為薬」の大功力は厳然だ。「常楽我浄」の軌道を、永遠に進みゆかれることは断じて間違いない、と確信する。
◇最後は必ず勝つ
東北の友と異体同心のスクラムで吹雪に胸を張って前進してきたのが、北海道の友である。
この三月十一日は、北海天地で、創価の正義を満天下に示した歴史的な「小樽問答」から満六十五年でもある。
あの「3・16」広布後継の大儀式を間近にしていた時、小樽支部の初代支部長として戦った友を、戸田先生が激励されたことがある。
「いやなこと、辛いこと、悲しいこともあるにちがいない。むしろ、人生は、その連続だろう」
「だが、信心を全うし抜いていけば、最後は必ず勝つ。いろいろなことがあっても、幸福と言い切れる境涯になるよ」
三代城・北海道と青葉の人材城・東北への恩師の思いは、あまりにも深かった。私も師と同じ心で、北国の友と生き抜いてきた。
◇爛漫と咲け! 負けじ魂の「福光桜」
碧(あお)い湖畔に、待ちかねたように桜が咲いた。春へ、春へと、自然は確かな足取りで進む(1983年4月、池田先生撮影、宮城県の釜房湖で)
◇耐えてこそ開花
北国の冬は長く、厳しい。だが、寒風の下でも、木々は力を蓄え、芽吹きの時を待つ。
大震災の年の九月、私は小説『新・人間革命』の「福光」の章を綴った。
昭和五十二年(一九七七年)の三月十一日に福島を訪れ、三日間にわたって東北の友を励ました歴史である。この折、私は「創価之山桜」など"桜"の揮毫を東北の友に贈った。
いかなる試練や苦難の冬が続こうとも、我らは胸張り耐え抜いて、断固として咲き誇るのだ! 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書一二五三ページ)という希望の大哲理を社会へ、世界へ、未来へ示していくのだ!——との願いを込めたのである。
まさしく、不撓不屈の負けじ魂で、「冬は必ず春」を実証してきた同志こそ創価山の"福光桜"にほかならない。
大聖人は、こうも仰せである。
「冬と春とのさかひ(境)には必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(同一〇九一ページ)
我らは、変化を恐れまい。一人も残らず、勇敢な賢者として価値を創造していくのである。
◇新たな黄金時代へ 先駆者の使命は深し
現在、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、国内外で医療関係者はもとより社会全体で力を尽くしている。昼夜を分かたぬ多くの方々の労苦に深謝するとともに、一日も早い終息、安穏な日常の回復を、強く深く祈り願ってやまない。
かのトインビー博士は呼び掛けられた。
——「危機の時代」を生きる人間は、事態をよい方向へと打開し、今を「偉業の行われた時代」に転じ、「黄金の時代の先駆者」となるのだ、と。
若き地涌の勇者たちが世界の友と手を携えて、強く賢く朗らかに「黄金の時代」を開いていくことを、私は信じている。
◇「自然に仏界に」
東北・北海道をはじめ全同志と繰り返し拝してきた「開目抄」の御金言を、今再び、心肝に染めたい。
「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ」(御書二三四ページ)
創価の師弟は、諸難の連続の中にあって、この仰せを「まことの時」に断じて忘れず貫き通してきた。だからこそ、一人ひとりが「自然に仏界」を勝ち開いてきたのだ。
そして、これからも、諸難を一つまた一つ、勝ち越えながら、いやまして「仏界」という最極の生命の大連帯を、地球社会へ広げていこうではないか!
2020年3月16日月曜日
2020.03.16 わが友に贈る
新聞休刊日
御義口伝巻上 P725
『一念三千も信の一字より起り三世の諸仏の成道も信の一字より起るなり、此の信の字元品の無明を切る利剣なり』
【通解】
一念三千も信の一字から起きる。三世の諸仏の成道も、信の一字によるのである。この信の字は元品の無明を切る利剣である。
〈社説〉2020・3・15 あす「広宣流布記念の日」
常に「今」が広布の本番の時
令和に入って初めての、3・16「広宣流布記念の日」を迎える。
62年前のこの日、戸田先生は、生涯の願業であった75万世帯の弘教を成し遂げ、式典に集結した6000人の創価の若人に師子吼した。
「創価学会は、宗教界の王者である」——以来、この日は広宣流布の師匠に対し、弟子が大願の実現を誓う「師弟誓願の日」となっている。
当時、戸田先生は、「将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をしよう」と語った。青年部の室長だった池田先生は一人、決然と立ち上がり、師への誓いを胸に、今日まで命を懸けた大闘争を貫いた。
戸田先生の言われた通り、創価学会は民衆を救う「宗教界の王者」として、世界へ飛躍したのである。
池田先生は「3・16」に懸ける思いを随筆につづっている。
「『3・16』は、弟子が決然と立つ節だ。/常に出発だ。常に挑戦だ。/常に団結だ。常に前進だ。/常に破折だ。永遠に勝利だ。/汝自身が、師と共に『広宣流布の大願』を起こすことである。/『師子奮迅の力』でいよいよ勇み立ってこそ、真の『広宣流布記念の日』となる」
当時、戸田先生の言う「模擬試験」「予行演習」の"本番"はいつ来るのだろうかと思った人もいたかもしれない。
だが、"本番"とは、漫然と迎えるべきものではない。常に「今」が、まさに広布の"本番"の時——そう決めて戦うことこそ、不二の弟子の姿勢であり、「3・16」の精神だといえよう。
師への誓いに燃える弟子たちが、新たな決意で前進を開始する「きょうこの日」こそ「3・16」なのだ。
世界の青年たちも、この思いで、一人一人が日々、友を励まし、学会理解を広げる対話に挑み、自他の成長を期して現実社会で奮闘している。
欧州青年部は今、"一日一日、池田先生との原点を築こう"との思いで、小説『新・人間革命』の研さん運動に取り組んでいる。
ポルトガルのある男子部員は、8年前に御本尊を受持。再就職を勝ち取った。
日々、『新・人間革命』で師匠の行動を学び実践。あらゆる苦境を打開してきた。「師匠と共に歩めば、必ず道は開かれる」と彼は確信する。
"今こそ広布の本番!"と決意するからこそ『新・人間革命』の研さんも、師から直接、指導を受ける思いでの研さんとなる。
そうした中で、"広宣流布の誓願"を深めた青年たちが、新たな世界広布の流れをつくっているのだ。
後継の真の弟子とは、いかなる状況にあろうとも、今この時に、師の心をわが心として戦う人であり、今いる場所で希望の突破口を開く人だ。
我らは、「毎日が3・16」の決意で出発しよう。
☆勇気の旗高く 池田先生が香川の友に贈る指針 微動だにしない信心
池田先生が各地の友に寄せたスピーチや指針などを紹介する「勇気の旗高く」。今回は香川県を掲載する。
◇世界への航海
<四方を海に囲まれた四国は、「四方に開かれた四国」ともいえる。香川は古来、その海上交通の要衝となった。
江戸時代末期、日本人の操縦で初めて太平洋を横断した「咸臨丸」には、多くの香川出身の人々が乗船していた。池田先生は、香川で行われた「四国栄光総会」(1993年)で、その歴史的な航海を可能にした原動力について語った>
この「咸臨丸」で、実質的に航海を支えた船乗り五十人のうち、じつに三十五人までが、ここ香川の塩飽諸島の出身者であった。
長い伝統を誇り、経験、訓練、努力で鍛えられた塩飽の人々の秀でた航海術。そして、荒波をものともしない勇気。困難に対しては団結して当たる誠実な人柄——。
それらの力が、歴史に輝く大航海を見事、成功させたと語り継がれている。
事実のうえで、歴史を前進させるのはだれか——。
それは民衆である。名もなき庶民である。
有名人でもなければ、権力欲の政治家でもない。地位もなく、巨富もなく、名声もなくとも、日々を真剣に生きる民衆の力である。
民衆ほど偉大なものはない。民衆ほど強く、永遠のものはない。
この「民衆が中心となる時代」——。それこそが「広宣流布の時」であり、真の「人間主義の時代」である。
その時代を開くために、私は戦っている。民衆の一人として、民衆の友として、奔走している。
世界に「民衆の友情の大道」を開こうとしている。
◇根本は「祈り」
<1993年(平成5年)12月、高松市の四国池田文化会館で行われた四国最高会議で、先生は、リーダーの姿勢について語った>
大聖人は、在家の婦人(富木常忍の夫人)が病気と聞いて、こう励まされた。
「尼ごぜんの御所労の御事我身一身の上とをもひ候へば昼夜に天に申し候なり」(御書978ページ)
——尼御前のご病気のことは、わが身一身の上のことと思っておりますので、昼も夜も(夫人の健康を)諸天に祈っております——。
「一人の人を大切にする」と言っても、根本は、その人のことを祈っていくことである。祈りもなく、真心もなくして、口先だけの指導などで、人を救えるはずがない。誠実しかない。策ではない。
根底に相手を思う一念があり、祈りがあれば、最後は全部、いちばん良い方向へいく。
大聖人は、一婦人の病気を、"私自身の一身のことである"と言われて、祈ってくださった。大聖人は、本当の仏様であられた。
この大慈悲を拝して、万分の一でも、友のため、悩める人のために祈り、行動していく。その人が真の大聖人門下である。学会のリーダーである。
学会の組織にはむだはない。苦労すべき責任が大きくなればなるほど、大きな功徳を受ける。戸田先生は「自分が幸福になるぐらいは、なんでもない。かんたんなことです。他人まで幸福にしていこうというのが信心の根底です」と言われた。
大事なのは「信心」である。自分だけでなく、何十人、何百人、何千人もの人を幸福にするのだ、功徳を受けさせるのだ、人材に育てるのだという一念で、題目を唱え、行動することである。
◇「共戦」の一念で
<第1次宗門事件の渦中の79年(昭和54年)4月、先生は会長を辞任した。翌年1月、四国の友は「さんふらわあ7」号に乗り、香川を出港。神奈川で師との出会いを果たす。そして81年(同56年)11月、先生は香川の地を訪れ、「もう一度、指揮を執らせていただきます!」と師子吼した。その時の模様が随筆につづられている>
懐かしき研修道場には、愛する同志が多数、生き生きと集まってこられた。
「宗門や反逆者への反撃は、私がいたします! これ以上、皆様にご心配、ご苦労をかけたくない。私の心を知ってくださる方は、一緒に戦ってください!」
私の呼びかけに、嵐のごとく轟いた共戦の大拍手は、香川の大空に響き渡っていった。皆の心に、魔性との戦い、激しき攻防の戦い、すなわち広宣流布への炎が、赤々と燃え上がっていった。
この日を、誰人も忘れることはできない。
「共戦」の二字が金文字で刻まれた、四国・香川の広布の大絵巻は、今も燦然と輝いている。
「共戦」とは、師弟一体の広宣流布への真剣な祈りであり、行動である。最も大切な、戦いの呼吸も、「師弟不二」も、ここから深まる。
「共戦」とは、自分の一念を広布の主戦場に定めることだ。そこに自己の殻を破り、大我の人生を開く道もある。
そして「共戦」とは、広布の全責任を勇んで担わんとする精神だ。誰かがやるだろう、自分は関係ないという官僚主義と、徹して戦うことだ。
「共戦」の心があれば、広宣の大河は無限に広がる。
◇信心は揺るがず
<先生が"共戦"を呼びかけた4日後の11月14日、学会歌「紅の歌」が生まれた。四国の青年と共に、先生が歌詞を書き上げた"師弟一体の歌"である。当時の思いが、2009年6月に本紙に掲載された「御書と師弟」に記されている>
正義の反転攻勢の息吹の中で誕生した学会歌が「紅の歌」です。
真剣な輝く瞳の四国の青年たちと一緒に、私は二十数回の推敲を重ねて完成させました。この歌で、最初から最後まで一貫して残った言葉が「魁光りぬ」の「さきがけ」でした。
どんなに「邪悪の徒」が立ちはだかろうとも、我ら青年が、師と共に断じて「さきがけ」の戦を起こしゆくのだ。
この一節に託された青年の心意気が、私は嬉しかった。
三代の師弟は「さきがけ」の勇気で勝ちました。そして、これからも、「二陣三陣」の後継の闘魂で永遠に勝ち続けていくのです。師弟不二なる創価の師子吼の前には、いかなる誹謗・中傷も、「風の前の塵」にすぎません。
大聖人の御在世と同じく、今、時代は乱気流の中に入っている。しかし、いかに社会が動揺していても、いな社会が動揺しているからこそ、自分の信心だけは微動だにしてはならない。
"広布のため""学会のため"という心の操縦桿を握りしめていけば、必ず打開できる、勝利できる。こう確信して、師子奮迅の力を出し切っていくことです。
かつて先生は語った。香川は「四国の"異体同心の要"であり、正義の進軍の"電源地"である」と。師との絆も強く、香川の友は、きょうも共戦の歴史をつづる。
御義口伝巻上 P725
『一念三千も信の一字より起り三世の諸仏の成道も信の一字より起るなり、此の信の字元品の無明を切る利剣なり』
【通解】
一念三千も信の一字から起きる。三世の諸仏の成道も、信の一字によるのである。この信の字は元品の無明を切る利剣である。
〈社説〉2020・3・15 あす「広宣流布記念の日」
常に「今」が広布の本番の時
令和に入って初めての、3・16「広宣流布記念の日」を迎える。
62年前のこの日、戸田先生は、生涯の願業であった75万世帯の弘教を成し遂げ、式典に集結した6000人の創価の若人に師子吼した。
「創価学会は、宗教界の王者である」——以来、この日は広宣流布の師匠に対し、弟子が大願の実現を誓う「師弟誓願の日」となっている。
当時、戸田先生は、「将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をしよう」と語った。青年部の室長だった池田先生は一人、決然と立ち上がり、師への誓いを胸に、今日まで命を懸けた大闘争を貫いた。
戸田先生の言われた通り、創価学会は民衆を救う「宗教界の王者」として、世界へ飛躍したのである。
池田先生は「3・16」に懸ける思いを随筆につづっている。
「『3・16』は、弟子が決然と立つ節だ。/常に出発だ。常に挑戦だ。/常に団結だ。常に前進だ。/常に破折だ。永遠に勝利だ。/汝自身が、師と共に『広宣流布の大願』を起こすことである。/『師子奮迅の力』でいよいよ勇み立ってこそ、真の『広宣流布記念の日』となる」
当時、戸田先生の言う「模擬試験」「予行演習」の"本番"はいつ来るのだろうかと思った人もいたかもしれない。
だが、"本番"とは、漫然と迎えるべきものではない。常に「今」が、まさに広布の"本番"の時——そう決めて戦うことこそ、不二の弟子の姿勢であり、「3・16」の精神だといえよう。
師への誓いに燃える弟子たちが、新たな決意で前進を開始する「きょうこの日」こそ「3・16」なのだ。
世界の青年たちも、この思いで、一人一人が日々、友を励まし、学会理解を広げる対話に挑み、自他の成長を期して現実社会で奮闘している。
欧州青年部は今、"一日一日、池田先生との原点を築こう"との思いで、小説『新・人間革命』の研さん運動に取り組んでいる。
ポルトガルのある男子部員は、8年前に御本尊を受持。再就職を勝ち取った。
日々、『新・人間革命』で師匠の行動を学び実践。あらゆる苦境を打開してきた。「師匠と共に歩めば、必ず道は開かれる」と彼は確信する。
"今こそ広布の本番!"と決意するからこそ『新・人間革命』の研さんも、師から直接、指導を受ける思いでの研さんとなる。
そうした中で、"広宣流布の誓願"を深めた青年たちが、新たな世界広布の流れをつくっているのだ。
後継の真の弟子とは、いかなる状況にあろうとも、今この時に、師の心をわが心として戦う人であり、今いる場所で希望の突破口を開く人だ。
我らは、「毎日が3・16」の決意で出発しよう。
☆勇気の旗高く 池田先生が香川の友に贈る指針 微動だにしない信心
池田先生が各地の友に寄せたスピーチや指針などを紹介する「勇気の旗高く」。今回は香川県を掲載する。
◇世界への航海
<四方を海に囲まれた四国は、「四方に開かれた四国」ともいえる。香川は古来、その海上交通の要衝となった。
江戸時代末期、日本人の操縦で初めて太平洋を横断した「咸臨丸」には、多くの香川出身の人々が乗船していた。池田先生は、香川で行われた「四国栄光総会」(1993年)で、その歴史的な航海を可能にした原動力について語った>
この「咸臨丸」で、実質的に航海を支えた船乗り五十人のうち、じつに三十五人までが、ここ香川の塩飽諸島の出身者であった。
長い伝統を誇り、経験、訓練、努力で鍛えられた塩飽の人々の秀でた航海術。そして、荒波をものともしない勇気。困難に対しては団結して当たる誠実な人柄——。
それらの力が、歴史に輝く大航海を見事、成功させたと語り継がれている。
事実のうえで、歴史を前進させるのはだれか——。
それは民衆である。名もなき庶民である。
有名人でもなければ、権力欲の政治家でもない。地位もなく、巨富もなく、名声もなくとも、日々を真剣に生きる民衆の力である。
民衆ほど偉大なものはない。民衆ほど強く、永遠のものはない。
この「民衆が中心となる時代」——。それこそが「広宣流布の時」であり、真の「人間主義の時代」である。
その時代を開くために、私は戦っている。民衆の一人として、民衆の友として、奔走している。
世界に「民衆の友情の大道」を開こうとしている。
◇根本は「祈り」
<1993年(平成5年)12月、高松市の四国池田文化会館で行われた四国最高会議で、先生は、リーダーの姿勢について語った>
大聖人は、在家の婦人(富木常忍の夫人)が病気と聞いて、こう励まされた。
「尼ごぜんの御所労の御事我身一身の上とをもひ候へば昼夜に天に申し候なり」(御書978ページ)
——尼御前のご病気のことは、わが身一身の上のことと思っておりますので、昼も夜も(夫人の健康を)諸天に祈っております——。
「一人の人を大切にする」と言っても、根本は、その人のことを祈っていくことである。祈りもなく、真心もなくして、口先だけの指導などで、人を救えるはずがない。誠実しかない。策ではない。
根底に相手を思う一念があり、祈りがあれば、最後は全部、いちばん良い方向へいく。
大聖人は、一婦人の病気を、"私自身の一身のことである"と言われて、祈ってくださった。大聖人は、本当の仏様であられた。
この大慈悲を拝して、万分の一でも、友のため、悩める人のために祈り、行動していく。その人が真の大聖人門下である。学会のリーダーである。
学会の組織にはむだはない。苦労すべき責任が大きくなればなるほど、大きな功徳を受ける。戸田先生は「自分が幸福になるぐらいは、なんでもない。かんたんなことです。他人まで幸福にしていこうというのが信心の根底です」と言われた。
大事なのは「信心」である。自分だけでなく、何十人、何百人、何千人もの人を幸福にするのだ、功徳を受けさせるのだ、人材に育てるのだという一念で、題目を唱え、行動することである。
◇「共戦」の一念で
<第1次宗門事件の渦中の79年(昭和54年)4月、先生は会長を辞任した。翌年1月、四国の友は「さんふらわあ7」号に乗り、香川を出港。神奈川で師との出会いを果たす。そして81年(同56年)11月、先生は香川の地を訪れ、「もう一度、指揮を執らせていただきます!」と師子吼した。その時の模様が随筆につづられている>
懐かしき研修道場には、愛する同志が多数、生き生きと集まってこられた。
「宗門や反逆者への反撃は、私がいたします! これ以上、皆様にご心配、ご苦労をかけたくない。私の心を知ってくださる方は、一緒に戦ってください!」
私の呼びかけに、嵐のごとく轟いた共戦の大拍手は、香川の大空に響き渡っていった。皆の心に、魔性との戦い、激しき攻防の戦い、すなわち広宣流布への炎が、赤々と燃え上がっていった。
この日を、誰人も忘れることはできない。
「共戦」の二字が金文字で刻まれた、四国・香川の広布の大絵巻は、今も燦然と輝いている。
「共戦」とは、師弟一体の広宣流布への真剣な祈りであり、行動である。最も大切な、戦いの呼吸も、「師弟不二」も、ここから深まる。
「共戦」とは、自分の一念を広布の主戦場に定めることだ。そこに自己の殻を破り、大我の人生を開く道もある。
そして「共戦」とは、広布の全責任を勇んで担わんとする精神だ。誰かがやるだろう、自分は関係ないという官僚主義と、徹して戦うことだ。
「共戦」の心があれば、広宣の大河は無限に広がる。
◇信心は揺るがず
<先生が"共戦"を呼びかけた4日後の11月14日、学会歌「紅の歌」が生まれた。四国の青年と共に、先生が歌詞を書き上げた"師弟一体の歌"である。当時の思いが、2009年6月に本紙に掲載された「御書と師弟」に記されている>
正義の反転攻勢の息吹の中で誕生した学会歌が「紅の歌」です。
真剣な輝く瞳の四国の青年たちと一緒に、私は二十数回の推敲を重ねて完成させました。この歌で、最初から最後まで一貫して残った言葉が「魁光りぬ」の「さきがけ」でした。
どんなに「邪悪の徒」が立ちはだかろうとも、我ら青年が、師と共に断じて「さきがけ」の戦を起こしゆくのだ。
この一節に託された青年の心意気が、私は嬉しかった。
三代の師弟は「さきがけ」の勇気で勝ちました。そして、これからも、「二陣三陣」の後継の闘魂で永遠に勝ち続けていくのです。師弟不二なる創価の師子吼の前には、いかなる誹謗・中傷も、「風の前の塵」にすぎません。
大聖人の御在世と同じく、今、時代は乱気流の中に入っている。しかし、いかに社会が動揺していても、いな社会が動揺しているからこそ、自分の信心だけは微動だにしてはならない。
"広布のため""学会のため"という心の操縦桿を握りしめていけば、必ず打開できる、勝利できる。こう確信して、師子奮迅の力を出し切っていくことです。
かつて先生は語った。香川は「四国の"異体同心の要"であり、正義の進軍の"電源地"である」と。師との絆も強く、香川の友は、きょうも共戦の歴史をつづる。
2020年3月15日日曜日
2020.03.15 わが友に贈る
◇今週のことば
「願くは我が弟子等・
大願ををこせ」
広布誓願の題目で
足下から希望の泉を!
毎日が「3・16」なれば。
2020年3月15日
三三蔵祈雨事 P1468
『日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず』
【通解】
日蓮が仏法を判断するのに、道理が正しく証文がきちんとそろっているもに過ぎるものはありません。
さらに、道理、証文よりも現証に勝るものはないのです。
名字の言 交通事故で手足の自由を失った青年の蘇生のドラマ 2020年3月15日
星野富弘氏の詩「むぎのほ」にこうある。「ゼロはいくつ足しても/ゼロだけれど/〇・一でも残っていれば/いつか一になり/百にだってなれる」(『四季抄 風の旅』所収、学研プラス)。小さな挑戦でいい。続けさえすれば大きな幸福をつかめる。作者の温かい詩心が伝わってくる▼「ぼくの青春は事故で壊され、学会で蘇った」と語る青年がいる。18歳の時、交通事故で手足の自由を失った。食事から排せつまで、人の手を借りなければ生きていけない▼絶望して何度、生きることを諦めかけたか。そんな彼を地域の同志が懸命に励ました。「孤独になんかさせない」「不幸には絶対にさせないからね」。熱い真心が彼の生きる力を蘇らせた▼そして"自分も人を元気づけたい"とリハビリに励み、車いすで活動できるように。パソコンの音声入力で文章もつづれるようになった。「ぼくは大河のようには動けません。でも"一滴の水"の努力は続けられる」「『雨垂れ石を穿つ』の心で人生を勝ってみせます」。その笑顔、その言葉、その心に触れ、多くの友が奮起している▼「できない」ではなく、「できる」ことを見つけ、挑戦する。一歩ずつ可能性を開き続ける。その生き方に、真の幸福がある。真の自由もある。青年の姿を見て、そう実感した。(誠)
寸鉄 2020年3月15日
各地で『新・人間革命』の読了運動が活発。今こそ師弟の魂をわが心肝に!
あす静岡青年部「後継の日」。君らの成長が正義の証明。鍛えの道を堂々と
桜は「木の中よりさきいづ」御書。開花近し。我らも祈り抜き、新生の春を
米の食味ランキング、福島が最多「特A」獲得と。風評払拭の生産者に喝采
調査に答えれば謝礼金—言葉巧みに個人情報聞く詐欺横行。甘い話は注意
☆心に御書を 第25回 題目から無限の福徳を
〈御文〉
『同じ法華経にては・をはすれども志をかさぬれば・他人よりも色まさり利生もあるべきなり』』(乙御前御消息、1221ページ)
〈通解〉
同じ法華経ではあっても、信心をさらに深め、実践を重ねていくならば、他の人よりも輝きが増し、利益もはっきりとあらわれてくるのである。
〈池田先生が贈る指針〉
南無妙法蓮華経は宇宙の根源の法である。ゆえに唱題に励むとき、妙法に合致し宇宙大の力を涌現できる。題目から無限の福徳が広がるのだ。
我らの勤行は「世界の平和と一切衆生の幸福」を祈念する、厳粛にして壮大な会座である。
日々、従藍而青の志で、いよいよ強盛に祈り、一切を希望の方向、勝利の方向へ動かしゆこう!
☆紙上講義「諸法実相抄」(下) 森中教学部長
折伏しようとする心——それ自体が仏の心である
創価学会が妙法を世界中に広げ、「地涌の義」を実現——。ここでは、森中教学部長の紙上講義(下)を掲載します。範囲は、2月度御書講義の研さん教材である「諸法実相抄」(御書1360ページ6行目〜13行目)です。((上)は2月29日付2面に掲載。「大白蓮華」2月号も参考にしてください)
= 御文1 =
『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし、ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし』(御書1360ページ9行目〜11行目)
◆ ◇ ◆
「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり」とは、「一人」の先覚者が立ち上がれば、地涌の使命に目覚めた人が必ず陸続と続いていくとの大聖人の御確信です。
現代社会において、人的交流や移動の手段が増え、通信環境が整うなど、状況は目まぐるしく変化しています。そうした人間を取り巻く状況がいかに変わろうとも、「一人」から「一人」へと、誠実な対話によって妙法を弘めていくという広宣流布の方程式は、いささかも変わるものではありません。
この大聖人の仰せ通りに、創価の三代の会長の指導のもと、実際に一対一の対話を繰り広げてきたのが、創価学会です。
続いて「是あに地涌の義に非ずや」と仰せです。対話によって、地涌の自覚が呼び覚まされていくことは間違いありません。
■「地涌の義」を証明
大聖人は「剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし」と、日本中の人、今日でいえば、世界中の人が南無妙法蓮華経と唱えることは、大地を的とするように確かなことであると述べられています。
この「地涌の義」は、世界の地涌の同志によって、現実のものとなっています。
池田先生は、次のように述べられています。
「いずこの地にあっても、一粒種から広布が始まり、一人また一人と、地道に粘り強い拡大によって、今日の大潮流が築かれたのです」「まさしく、大聖人の『地涌の義』を、創価学会が証明したのです。『未来も又しかるべし』とは、創価学会の出現を予言された御文であると私は確信してやみません」(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第17巻)
戸田先生は戦後の焼け野原に一人立たれ、「国士訓」で「青年よ、一人立て! 二人は必ず立たん、三人はまた続くであろう」と叫ばれました。まさに、その言葉の通り、二人、三人、百人、さらには千人、万人と、地涌の使命を自覚する人材群を広げていったのが創価学会の歴史です。
創価の師弟が出現していなければ、今の世界広宣流布はありません。
私たちは、妙法を受持し、創価学会員として生きることを最高の栄誉として、「ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし」との御文のままに、どこまでも御本尊根本に、生涯、弘教・拡大の誉れの闘争を貫きたいと思います。
= 御文2 =
『釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏菩薩・虚空にして二仏うなづき合い、定めさせ給いしは別の事には非ず、唯ひとへに末法の令法久住の故なり』(御書1360ページ11行目〜13行目)
◆ ◇ ◆
大聖人は、「虚空会の儀式」とは、「唯ひとへに末法の令法久住の故なり」と示されている通り、「末法の令法久住」のためであったと仰せです。
「令法久住」とは「法をして久しく住せしめん」(法華経387ページ)と読みます。未来永遠に妙法蓮華経が伝えられていくようにすることです。
すなわち、大聖人は、法華経は「末法の広宣流布」を断絶させないために説かれた、"末法のための経典"であることを強調されています。
大聖人は、他の御書の中でも「法華経は誰のために説かれた経典なのか」という問いを立てられて、「法華経は末法の衆生のために説かれた経典である」と仰せになられています(御書333ページ、趣意)。
■わが地域が使命の舞台
これらの御金言を拝せば、末法の私たち地涌の菩薩が活躍する地域がそのまま、「地涌の義」にかなった舞台であり、現代に霊鷲山を再現している天地であるといえるでしょう。
「霊山一会儼然未散」(霊山一会儼然として未だ散らず)という言葉があります。釈尊が霊鷲山で法華経を説いた霊山の会座は、いまなお厳然として散らず、永遠に常住しているという意味です。
池田先生は、「大白蓮華」3月号の巻頭言において、次のようにつづってくださいました。
「久遠から広布を誓い合った同志が、今この時この天地に共に躍り出たのだ。『御義口伝』に説かれる『霊山一会儼然未散』(御書757ページ)は他のどこでもない。我らの地区にある。
ゆえに、苦楽を分かち合って進むのだ。『あひかまへて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき』(同1124ページ)と仰せの通り、一人一人の人生と、愛する地域に幸福勝利の花を爛漫と咲かせゆこう!」
■識者が学会に注目
私は創価学会が草創以来、各地で開催してきた座談会は、宗教的にも社会的にも、幾重にも深い意義があると思います。
今は、作家の佐藤優氏をはじめ、識者が学会を正面から論ずる時代に入りました。先日発売された『ワールド セイキョウ』2020年春号にも、ジャーナリストである田原総一朗氏のインタビューが掲載されています。氏は自著『創価学会』でも触れていますが、学会の座談会に注目し、実際に取材しています。そうしたなかで、座談会を"小さな集まりで体験を赤裸々にしゃべる""都会にコミュニティーがなくなっている日本社会において、何でも話せるコミュニティー"と評価しています。
さらに、「宿命転換」の考え方にも注目しており、"宿命転換の体験を、座談会で、上から目線でなく、皆が平等に語り合うことが学会の良さだ"と指摘しています。
こうした学会の座談会の特徴については、海外の識者も注目しています。まさに、地涌の民衆の連帯が、ますます、社会的にも、世界的にも注目を浴びる時代がきていると実感します。
■次世代へ信心を継承
あらためて「地涌の義」に即して御文を拝すると、広宣流布を断絶させないために地涌の菩薩が陸続と登場するわけですから、地涌の菩薩たる私たちは、"自分自身が地涌の菩薩だ"と自覚するだけでとどまってはなりません。
一つは、縁する全ての人に妙法を語り抜くこと。そして、その使命を果たすと同時に、次の世代の信心継承の道を開いていくことが私たちの使命です。
池田先生は、つづられています。
「広宣流布は、世界へという『横の広がり』とともに、世代から世代への『縦のつながり』によって織りなす大絵巻だ。
世代を重ねるごとに、いよいよ力ある『従藍而青』の人材を育成する。これが、末法万年尽未来際の『令法久住』を開く大道である」(「随筆『人間革命』光あれ」<師弟凱歌の言論城>)
私たちが、後継の青年部を励まし、応援していくこと、また、各家庭や組織で未来部のメンバーへの激励に着実に取り組むことで、いよいよ力ある「従藍而青」の人材が陸続と誕生していきます。それが「末法の令法久住」にも通じていくのです。
■折伏行こそ仏の願い
現在、新型コロナウイルス対策のため、会合や訪問・激励を自粛していますが、電話やメール、手紙を活用するなど、知恵と工夫で仏縁を広げることはできます。大切なのは、どんな状況であっても折伏精神をしっかり堅持する、ということです。
池田先生は「大白蓮華」2月号の「世界を照らす太陽の仏法」の中で「発心下種と聞法下種の功徳は同じである」ことについて、次のように講義されています。
「(戸田先生は)なかなか弘教が実らずに悩んでいる、健気な同志には、『何も嘆くことはないよ。すぐに信心する発心下種と法を聞かせる聞法下種は、功徳は同じだ。必ず実る時が来る。だから、どしどし下種をするんだ』と温かく励まされました。
実る、実らないを問わず、折伏をしようという心それ自体が、仏の心です。折伏を行じることそのものが、仏の願いである万人の幸福を実現する聖業に参加していることになるのです。無量の功徳は間違いありません」
池田先生は「折伏をしようという心それ自体が、仏の心です」と、弘教に励む私たちに最大の激励を送ってくださっています。
池田先生の第3代会長就任60周年の「5・3」、学会創立90周年の「11・18」と、意義深い佳節が続く本年、一人一人が「地涌の菩薩」の誇りを胸に、一歩一歩前進しようではありませんか。
「願くは我が弟子等・
大願ををこせ」
広布誓願の題目で
足下から希望の泉を!
毎日が「3・16」なれば。
2020年3月15日
三三蔵祈雨事 P1468
『日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず』
【通解】
日蓮が仏法を判断するのに、道理が正しく証文がきちんとそろっているもに過ぎるものはありません。
さらに、道理、証文よりも現証に勝るものはないのです。
名字の言 交通事故で手足の自由を失った青年の蘇生のドラマ 2020年3月15日
星野富弘氏の詩「むぎのほ」にこうある。「ゼロはいくつ足しても/ゼロだけれど/〇・一でも残っていれば/いつか一になり/百にだってなれる」(『四季抄 風の旅』所収、学研プラス)。小さな挑戦でいい。続けさえすれば大きな幸福をつかめる。作者の温かい詩心が伝わってくる▼「ぼくの青春は事故で壊され、学会で蘇った」と語る青年がいる。18歳の時、交通事故で手足の自由を失った。食事から排せつまで、人の手を借りなければ生きていけない▼絶望して何度、生きることを諦めかけたか。そんな彼を地域の同志が懸命に励ました。「孤独になんかさせない」「不幸には絶対にさせないからね」。熱い真心が彼の生きる力を蘇らせた▼そして"自分も人を元気づけたい"とリハビリに励み、車いすで活動できるように。パソコンの音声入力で文章もつづれるようになった。「ぼくは大河のようには動けません。でも"一滴の水"の努力は続けられる」「『雨垂れ石を穿つ』の心で人生を勝ってみせます」。その笑顔、その言葉、その心に触れ、多くの友が奮起している▼「できない」ではなく、「できる」ことを見つけ、挑戦する。一歩ずつ可能性を開き続ける。その生き方に、真の幸福がある。真の自由もある。青年の姿を見て、そう実感した。(誠)
寸鉄 2020年3月15日
各地で『新・人間革命』の読了運動が活発。今こそ師弟の魂をわが心肝に!
あす静岡青年部「後継の日」。君らの成長が正義の証明。鍛えの道を堂々と
桜は「木の中よりさきいづ」御書。開花近し。我らも祈り抜き、新生の春を
米の食味ランキング、福島が最多「特A」獲得と。風評払拭の生産者に喝采
調査に答えれば謝礼金—言葉巧みに個人情報聞く詐欺横行。甘い話は注意
☆心に御書を 第25回 題目から無限の福徳を
〈御文〉
『同じ法華経にては・をはすれども志をかさぬれば・他人よりも色まさり利生もあるべきなり』』(乙御前御消息、1221ページ)
〈通解〉
同じ法華経ではあっても、信心をさらに深め、実践を重ねていくならば、他の人よりも輝きが増し、利益もはっきりとあらわれてくるのである。
〈池田先生が贈る指針〉
南無妙法蓮華経は宇宙の根源の法である。ゆえに唱題に励むとき、妙法に合致し宇宙大の力を涌現できる。題目から無限の福徳が広がるのだ。
我らの勤行は「世界の平和と一切衆生の幸福」を祈念する、厳粛にして壮大な会座である。
日々、従藍而青の志で、いよいよ強盛に祈り、一切を希望の方向、勝利の方向へ動かしゆこう!
☆紙上講義「諸法実相抄」(下) 森中教学部長
折伏しようとする心——それ自体が仏の心である
創価学会が妙法を世界中に広げ、「地涌の義」を実現——。ここでは、森中教学部長の紙上講義(下)を掲載します。範囲は、2月度御書講義の研さん教材である「諸法実相抄」(御書1360ページ6行目〜13行目)です。((上)は2月29日付2面に掲載。「大白蓮華」2月号も参考にしてください)
= 御文1 =
『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし、ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし』(御書1360ページ9行目〜11行目)
◆ ◇ ◆
「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり」とは、「一人」の先覚者が立ち上がれば、地涌の使命に目覚めた人が必ず陸続と続いていくとの大聖人の御確信です。
現代社会において、人的交流や移動の手段が増え、通信環境が整うなど、状況は目まぐるしく変化しています。そうした人間を取り巻く状況がいかに変わろうとも、「一人」から「一人」へと、誠実な対話によって妙法を弘めていくという広宣流布の方程式は、いささかも変わるものではありません。
この大聖人の仰せ通りに、創価の三代の会長の指導のもと、実際に一対一の対話を繰り広げてきたのが、創価学会です。
続いて「是あに地涌の義に非ずや」と仰せです。対話によって、地涌の自覚が呼び覚まされていくことは間違いありません。
■「地涌の義」を証明
大聖人は「剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし」と、日本中の人、今日でいえば、世界中の人が南無妙法蓮華経と唱えることは、大地を的とするように確かなことであると述べられています。
この「地涌の義」は、世界の地涌の同志によって、現実のものとなっています。
池田先生は、次のように述べられています。
「いずこの地にあっても、一粒種から広布が始まり、一人また一人と、地道に粘り強い拡大によって、今日の大潮流が築かれたのです」「まさしく、大聖人の『地涌の義』を、創価学会が証明したのです。『未来も又しかるべし』とは、創価学会の出現を予言された御文であると私は確信してやみません」(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第17巻)
戸田先生は戦後の焼け野原に一人立たれ、「国士訓」で「青年よ、一人立て! 二人は必ず立たん、三人はまた続くであろう」と叫ばれました。まさに、その言葉の通り、二人、三人、百人、さらには千人、万人と、地涌の使命を自覚する人材群を広げていったのが創価学会の歴史です。
創価の師弟が出現していなければ、今の世界広宣流布はありません。
私たちは、妙法を受持し、創価学会員として生きることを最高の栄誉として、「ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし」との御文のままに、どこまでも御本尊根本に、生涯、弘教・拡大の誉れの闘争を貫きたいと思います。
= 御文2 =
『釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏菩薩・虚空にして二仏うなづき合い、定めさせ給いしは別の事には非ず、唯ひとへに末法の令法久住の故なり』(御書1360ページ11行目〜13行目)
◆ ◇ ◆
大聖人は、「虚空会の儀式」とは、「唯ひとへに末法の令法久住の故なり」と示されている通り、「末法の令法久住」のためであったと仰せです。
「令法久住」とは「法をして久しく住せしめん」(法華経387ページ)と読みます。未来永遠に妙法蓮華経が伝えられていくようにすることです。
すなわち、大聖人は、法華経は「末法の広宣流布」を断絶させないために説かれた、"末法のための経典"であることを強調されています。
大聖人は、他の御書の中でも「法華経は誰のために説かれた経典なのか」という問いを立てられて、「法華経は末法の衆生のために説かれた経典である」と仰せになられています(御書333ページ、趣意)。
■わが地域が使命の舞台
これらの御金言を拝せば、末法の私たち地涌の菩薩が活躍する地域がそのまま、「地涌の義」にかなった舞台であり、現代に霊鷲山を再現している天地であるといえるでしょう。
「霊山一会儼然未散」(霊山一会儼然として未だ散らず)という言葉があります。釈尊が霊鷲山で法華経を説いた霊山の会座は、いまなお厳然として散らず、永遠に常住しているという意味です。
池田先生は、「大白蓮華」3月号の巻頭言において、次のようにつづってくださいました。
「久遠から広布を誓い合った同志が、今この時この天地に共に躍り出たのだ。『御義口伝』に説かれる『霊山一会儼然未散』(御書757ページ)は他のどこでもない。我らの地区にある。
ゆえに、苦楽を分かち合って進むのだ。『あひかまへて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき』(同1124ページ)と仰せの通り、一人一人の人生と、愛する地域に幸福勝利の花を爛漫と咲かせゆこう!」
■識者が学会に注目
私は創価学会が草創以来、各地で開催してきた座談会は、宗教的にも社会的にも、幾重にも深い意義があると思います。
今は、作家の佐藤優氏をはじめ、識者が学会を正面から論ずる時代に入りました。先日発売された『ワールド セイキョウ』2020年春号にも、ジャーナリストである田原総一朗氏のインタビューが掲載されています。氏は自著『創価学会』でも触れていますが、学会の座談会に注目し、実際に取材しています。そうしたなかで、座談会を"小さな集まりで体験を赤裸々にしゃべる""都会にコミュニティーがなくなっている日本社会において、何でも話せるコミュニティー"と評価しています。
さらに、「宿命転換」の考え方にも注目しており、"宿命転換の体験を、座談会で、上から目線でなく、皆が平等に語り合うことが学会の良さだ"と指摘しています。
こうした学会の座談会の特徴については、海外の識者も注目しています。まさに、地涌の民衆の連帯が、ますます、社会的にも、世界的にも注目を浴びる時代がきていると実感します。
■次世代へ信心を継承
あらためて「地涌の義」に即して御文を拝すると、広宣流布を断絶させないために地涌の菩薩が陸続と登場するわけですから、地涌の菩薩たる私たちは、"自分自身が地涌の菩薩だ"と自覚するだけでとどまってはなりません。
一つは、縁する全ての人に妙法を語り抜くこと。そして、その使命を果たすと同時に、次の世代の信心継承の道を開いていくことが私たちの使命です。
池田先生は、つづられています。
「広宣流布は、世界へという『横の広がり』とともに、世代から世代への『縦のつながり』によって織りなす大絵巻だ。
世代を重ねるごとに、いよいよ力ある『従藍而青』の人材を育成する。これが、末法万年尽未来際の『令法久住』を開く大道である」(「随筆『人間革命』光あれ」<師弟凱歌の言論城>)
私たちが、後継の青年部を励まし、応援していくこと、また、各家庭や組織で未来部のメンバーへの激励に着実に取り組むことで、いよいよ力ある「従藍而青」の人材が陸続と誕生していきます。それが「末法の令法久住」にも通じていくのです。
■折伏行こそ仏の願い
現在、新型コロナウイルス対策のため、会合や訪問・激励を自粛していますが、電話やメール、手紙を活用するなど、知恵と工夫で仏縁を広げることはできます。大切なのは、どんな状況であっても折伏精神をしっかり堅持する、ということです。
池田先生は「大白蓮華」2月号の「世界を照らす太陽の仏法」の中で「発心下種と聞法下種の功徳は同じである」ことについて、次のように講義されています。
「(戸田先生は)なかなか弘教が実らずに悩んでいる、健気な同志には、『何も嘆くことはないよ。すぐに信心する発心下種と法を聞かせる聞法下種は、功徳は同じだ。必ず実る時が来る。だから、どしどし下種をするんだ』と温かく励まされました。
実る、実らないを問わず、折伏をしようという心それ自体が、仏の心です。折伏を行じることそのものが、仏の願いである万人の幸福を実現する聖業に参加していることになるのです。無量の功徳は間違いありません」
池田先生は「折伏をしようという心それ自体が、仏の心です」と、弘教に励む私たちに最大の激励を送ってくださっています。
池田先生の第3代会長就任60周年の「5・3」、学会創立90周年の「11・18」と、意義深い佳節が続く本年、一人一人が「地涌の菩薩」の誇りを胸に、一歩一歩前進しようではありませんか。
2020年3月14日土曜日
2020.03.14 わが友に贈る
御義口伝巻上 P751
『元品の無明を対治する利剣は信の一字なり無疑曰信の釈之を思ふ可し云云』
【通解】
元品の無明を対治する利剣は信の一字である。(法華文句巻十上の)「疑い無きを信という」という釈をよく考えるべきである。
名字の言 文字に思いを込めて——。葉書や手紙を使ってみては? 2020年3月14日
夏目漱石の小説『門』に、主人公の宗助が「どうも字というものは不思議だよ」とつぶやく場面がある。「近来の近の字はどう書いたっけね」と妻に尋ねた▼いくら易しい字でも、これは変だと思って疑いだすと分からなくなる。紙に書いて眺めても、違う気がしてしまう。宗助が「御前そんな事を経験した事はないかい」と問うと、妻は言った。「まさか」▼最近、同志に送る便りを手書きしていると、しばしば漢字を思い出せない時がある。「まさか」と笑えない。年のせいか、それともパソコンやスマホで文章を作ることに慣れてしまったせいか▼若き日の池田先生のカバンには、常に葉書と便箋が入っていた。寸暇を惜しんで同志への励ましをつづるためだ。「深刻な悩みをかかえている友も多い。一葉の葉書で人生を決することもある」「一念を研ぎ澄まし、凝縮した言葉を紡ぎ出す"精神の格闘"であった」と述懐している▼友に直接会えないとき、電話やメール、SNSで心を通わせ、励まし合うことは大事だ。その上で、あえて葉書や手紙を使ってみるのもいい。手書きには一つとして同じ形はない。思いを込めてつづった文字には、おのずと書き手の心がにじみ出るものだろう。友のもとへ「真心」を形にして届けたい。(之)
寸鉄 2020年3月14日
「煩悩の淤泥の中に真如の仏あり」御聖訓。今こそ満々たる生命力輝かせて
京都婦人部の日。希望の春へ共々に励まし前進。"常勝の太陽"は祈り強く
我々は人生という大芝居の共演者—詩人。皆、最後は勝つのが広布の舞台
3月下旬は特に暖かく—予報。「寒暖差疲労」注意を。聡明な生活リズムで
手洗い・咳エチケット・換気…予防の基本、再確認。警戒緩めず冷静な対策を
☆心に御書を 第24回 創価家族を守る黄金柱たれ
〈御文〉
『日蓮によりて日本国の有無はあるべし、譬へば宅に柱なければ・たもたず人に魂なければ死人なり、日蓮は日本の人の魂なり』(種種御振舞御書、919ページ)
〈通解〉
日蓮によって日本国の存亡は決まる。譬えば、家に柱がなければ家は保たれず、人に魂がなければ死人であるのと同じである。日蓮は日本の人の魂である。
〈池田先生が贈る指針〉
御本仏に連なる創価の壮年は真正の黄金柱である。「信心」という最極の信念の力で、家族も職場も地域も支え立つのだ。
苦難の尽きない娑婆世界で、厳然と悠然と、皆に安心と勇気を送るのが、我ら「能忍(能く忍ぶ)」の丈夫である。
弥生三月は壮年部結成の月。いよいよ「負けじ魂」を光らせ、生き生きと大確信の人生を!
☆紙上講義「諸法実相抄」(上) 森中教学部長
我こそ地涌の菩薩である——自覚した時に境涯は広がる!
行学錬磨の前進へ、森中教学部長の紙上講義を、上下2回にわたって掲載します。学ぶ御文は、2月度御書講義の研さん範囲である「諸法実相抄」(御書1360ページ6行目〜13行目)です。創価学会が「地涌の義」を現実にし、世界に妙法を広げてきた誇りと確信を学びます。((下)は3月3日付4面に掲載の予定。「大白蓮華」2月号も参考にしてください)
■はじめに
今回研さんする「諸法実相抄」の範囲は、日蓮大聖人が「地涌の義」について仰せになっている箇所になります。
創価学会こそ、仏意仏勅の、地涌の菩薩の陣列であることを、ともどもに確認したいと思います。
池田先生は、「大白蓮華」2月号に掲載の「世界を照らす太陽の仏法」の中で、次のように語られています。
「折伏・弘教は、日蓮大聖人から末法広布を託された仏意仏勅の教団にして、地涌の菩薩の陣列である創価学会の誇り高き使命です。ここにこそ、自他共の幸福を実現する日蓮仏法の真髄があり、宗教の生命線があります」
まさに、「創価学会こそ、大聖人から広宣流布を託された地涌の陣列の教団である」という自覚が根本であり、このことが、今回の講義の主題です。
「地涌の菩薩」は、法華経において、釈尊が滅後悪世の末法における弘教を託した偉大な菩薩です。
日蓮大聖人は、末法に「地涌の菩薩」が出現し、この「地涌の菩薩」が、南無妙法蓮華経を弘通して、一切衆生を救うことを明らかにされています。
この地涌の系譜を受け継いだ団体が、創価学会です。今や、1日24時間、1年365日、地球上のいずこかで南無妙法蓮華経の題目が響き、広布推進の対話が繰り広げられる「世界広布新時代」を迎えました。その学会員一人一人の胸中に赤々と燃えているのが、「地涌の誓願」にほかなりません。
ここでは、「諸法実相抄」の一節を拝して、地涌の菩薩の意義と精神を研さんします。
■背景と大意
本抄は、文永10年(1273年)5月、日蓮大聖人が流罪地の佐渡・一谷で著され、最蓮房に与えられたお手紙とされています。
大聖人は本抄で、法華経方便品にある「諸法実相」の法理について論及されていきます。
「諸法実相」とは、私たちが毎日、読誦している方便品第2の経文です。これは、法華経にしか説かれていない「万人成仏」の裏付けとなる法理です。
続いて大聖人は、法華経の「虚空会の儀式」について示されます。
法華経では、見宝塔品第11にいたって、突然、巨大な宝塔が現れ、空中に浮かび、その中に釈尊と多宝如来の二仏が並んで座り、虚空会の儀式が始まります。その儀式のハイライトが、大地から涌現した無数の地涌の菩薩に対し、滅後の悪世に、あらゆる仏を成仏させた根源の大法を広宣流布する使命が託される場面です(従地涌出品第15、如来神力品第21など)。
これを受けて大聖人は、末法に地涌の菩薩のリーダーである上行菩薩が弘めるべき妙法を、自ら弘めるとともに、虚空会の儀式を用いて、人々が根本とすべき御本尊を顕されました。ゆえに本抄で大聖人は、御自身のことを「地涌の菩薩のさきがけ」(御書1359ページ)と仰せになられています。
さらに、大聖人お一人だけでなく、大聖人の門下となり、大聖人と同じ心で戦う人もまた地涌の菩薩であると宣言されます。
そして大聖人が、ただ一人、唱え始められた南無妙法蓮華経は、一人から一人、そしてまた次の一人へと唱え伝えられていくと述べられ、これが「地涌の義」であると仰せになります。
ここでは、この「地涌の義」について学び深めていきます。
= 御文1 =
『いかにも今度・信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給うべし、日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや、経に云く「我久遠より来かた是等の衆を教化す」とは是なり』(御書1360ページ6行目〜8行目)
◆ ◇ ◆
冒頭の「いかにも今度・信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給うべし」との御文は、信心を最後まで貫いていくことの大切さを教えられています。
「なりとをし給うべし」との一節からは、弟子たちに対して"師弟共に大難を受ける中で、せっかく信心をしたのだから、いかなる難が競い起ころうとも、最後の最後まで信心を貫くのですよ"と励まされる、大聖人の深き慈愛が感じられてなりません。
そして、この御文には、最後まで信心を貫く「不退の信仰」の本質は、どこまでも師匠を求め、弟子の道を歩み抜いていく「師弟不二」の信心にあることが示されています。
■不思議なる縁
その上で大聖人は、「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」と仰せです。
「私たちは地涌の菩薩である」との使命の自覚こそ、日蓮仏法の根幹です。
自分はどこから来て、何のために生きるのか——人類の根源の疑問に答えゆく甚深の哲学がここにあります。
仏法の眼から見れば、私たちは久遠の昔に妙法流布を誓い、三世にわたって師匠と共に妙法を広げていく、不思議なる縁で結ばれた師弟である。このように確信していくのだ——この大聖人の大確信の仰せが、続いての「地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや」の御文になります。また、それを裏付ける法華経涌出品の経文が、続いての箇所で引かれている「我久遠より来かた是等の衆を教化す」になります。
「我こそ地涌の菩薩である」と真に自覚した時、私たちの境涯は、大きく広がっていきます。
■宿命を使命に
法華経以外の経では、偉大な菩薩は、清浄な世界に生まれます。悪世末法には生まれません。
しかし、民衆救済の願いを立てる菩薩は「誓願」によって、自ら願った宿業を背負って悪世末法に出現することが法華経に説かれます。
その誓願とは、あえて背負った宿業を、妙法によって転換し、その現実の姿を見せることによって、妙法の偉大さを示していくという誓いです。この「願兼於業」の誓願に生き抜く人こそ、地涌の菩薩にほかならないのです。
したがって私たちの宿業は、自分で誓ったものです。だから、乗り越えられないはずはありません。
この「地涌の使命の自覚」に、「宿命を使命に変える」という日蓮仏法の真髄があります。
■苦難に負けない
苦難に直面した時に、その宿業の重さにうちひしがれ、諦めてしまうのか。"この苦難こそ、自らが乗り越えて信心の偉大さを示すと誓ったものだ"と捉えて立ち向かっていくのか。
同じ苦難にあっても、地涌の使命を自覚した人と、そうでない人とでは、その意味合いが全く違ってきます。
使命に生き抜くならば、いかなる苦難にも負けない、絶対的幸福の境涯を開いていくことができます。
こうした地涌の菩薩の集いこそが、創価学会なのです。
■学会と共に歩み抜く
学会の原点は、「我、地涌の菩薩なり」との大確信を示された戸田先生の「獄中の悟達」です。
池田先生は、戸田先生に初めてお会いし、その確信と誠実な人格に触れた感動を、「われ 地より湧き出でんとするか」と即興詩として詠まれました。
この地涌の師弟の絆によって、世界広宣流布の道が開かれました。この偉大な師弟と共に、学会と共に異体同心のスクラムで広宣流布に歩み抜いていくことが、地涌の菩薩の自覚に立つことになるのです。
= 御文2 =
末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり(御書1360ページ8行目〜9行目)
◆ ◇ ◆
大聖人は「男女はきらふべからず」と仰せです。地涌の菩薩であることに、性別や立場などは関係ありません。
1月度の座談会で拝読した「阿仏房御書(宝塔御書)」の中にも「法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり」「貴賤上下をえらばず」(同1304ページ)とあります。
また別の門下(椎地四郎)への御書でも、男性であろうと女性であろうと、法華経の「一句をも人にかたらん人は如来の使と見えたり」(同1448ページ)と仰せになっています。
続く「諸法実相抄」の御文では「皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」と仰せです。
"今、南無妙法蓮華経の題目を唱えることができている、そのこと自体が、地涌の菩薩であることの揺るぎない証拠である"との仰せと拝されます。この大聖人直結の題目を唱えているのが創価学会であることは、いうまでもありません。
『元品の無明を対治する利剣は信の一字なり無疑曰信の釈之を思ふ可し云云』
【通解】
元品の無明を対治する利剣は信の一字である。(法華文句巻十上の)「疑い無きを信という」という釈をよく考えるべきである。
名字の言 文字に思いを込めて——。葉書や手紙を使ってみては? 2020年3月14日
夏目漱石の小説『門』に、主人公の宗助が「どうも字というものは不思議だよ」とつぶやく場面がある。「近来の近の字はどう書いたっけね」と妻に尋ねた▼いくら易しい字でも、これは変だと思って疑いだすと分からなくなる。紙に書いて眺めても、違う気がしてしまう。宗助が「御前そんな事を経験した事はないかい」と問うと、妻は言った。「まさか」▼最近、同志に送る便りを手書きしていると、しばしば漢字を思い出せない時がある。「まさか」と笑えない。年のせいか、それともパソコンやスマホで文章を作ることに慣れてしまったせいか▼若き日の池田先生のカバンには、常に葉書と便箋が入っていた。寸暇を惜しんで同志への励ましをつづるためだ。「深刻な悩みをかかえている友も多い。一葉の葉書で人生を決することもある」「一念を研ぎ澄まし、凝縮した言葉を紡ぎ出す"精神の格闘"であった」と述懐している▼友に直接会えないとき、電話やメール、SNSで心を通わせ、励まし合うことは大事だ。その上で、あえて葉書や手紙を使ってみるのもいい。手書きには一つとして同じ形はない。思いを込めてつづった文字には、おのずと書き手の心がにじみ出るものだろう。友のもとへ「真心」を形にして届けたい。(之)
寸鉄 2020年3月14日
「煩悩の淤泥の中に真如の仏あり」御聖訓。今こそ満々たる生命力輝かせて
京都婦人部の日。希望の春へ共々に励まし前進。"常勝の太陽"は祈り強く
我々は人生という大芝居の共演者—詩人。皆、最後は勝つのが広布の舞台
3月下旬は特に暖かく—予報。「寒暖差疲労」注意を。聡明な生活リズムで
手洗い・咳エチケット・換気…予防の基本、再確認。警戒緩めず冷静な対策を
☆心に御書を 第24回 創価家族を守る黄金柱たれ
〈御文〉
『日蓮によりて日本国の有無はあるべし、譬へば宅に柱なければ・たもたず人に魂なければ死人なり、日蓮は日本の人の魂なり』(種種御振舞御書、919ページ)
〈通解〉
日蓮によって日本国の存亡は決まる。譬えば、家に柱がなければ家は保たれず、人に魂がなければ死人であるのと同じである。日蓮は日本の人の魂である。
〈池田先生が贈る指針〉
御本仏に連なる創価の壮年は真正の黄金柱である。「信心」という最極の信念の力で、家族も職場も地域も支え立つのだ。
苦難の尽きない娑婆世界で、厳然と悠然と、皆に安心と勇気を送るのが、我ら「能忍(能く忍ぶ)」の丈夫である。
弥生三月は壮年部結成の月。いよいよ「負けじ魂」を光らせ、生き生きと大確信の人生を!
☆紙上講義「諸法実相抄」(上) 森中教学部長
我こそ地涌の菩薩である——自覚した時に境涯は広がる!
行学錬磨の前進へ、森中教学部長の紙上講義を、上下2回にわたって掲載します。学ぶ御文は、2月度御書講義の研さん範囲である「諸法実相抄」(御書1360ページ6行目〜13行目)です。創価学会が「地涌の義」を現実にし、世界に妙法を広げてきた誇りと確信を学びます。((下)は3月3日付4面に掲載の予定。「大白蓮華」2月号も参考にしてください)
■はじめに
今回研さんする「諸法実相抄」の範囲は、日蓮大聖人が「地涌の義」について仰せになっている箇所になります。
創価学会こそ、仏意仏勅の、地涌の菩薩の陣列であることを、ともどもに確認したいと思います。
池田先生は、「大白蓮華」2月号に掲載の「世界を照らす太陽の仏法」の中で、次のように語られています。
「折伏・弘教は、日蓮大聖人から末法広布を託された仏意仏勅の教団にして、地涌の菩薩の陣列である創価学会の誇り高き使命です。ここにこそ、自他共の幸福を実現する日蓮仏法の真髄があり、宗教の生命線があります」
まさに、「創価学会こそ、大聖人から広宣流布を託された地涌の陣列の教団である」という自覚が根本であり、このことが、今回の講義の主題です。
「地涌の菩薩」は、法華経において、釈尊が滅後悪世の末法における弘教を託した偉大な菩薩です。
日蓮大聖人は、末法に「地涌の菩薩」が出現し、この「地涌の菩薩」が、南無妙法蓮華経を弘通して、一切衆生を救うことを明らかにされています。
この地涌の系譜を受け継いだ団体が、創価学会です。今や、1日24時間、1年365日、地球上のいずこかで南無妙法蓮華経の題目が響き、広布推進の対話が繰り広げられる「世界広布新時代」を迎えました。その学会員一人一人の胸中に赤々と燃えているのが、「地涌の誓願」にほかなりません。
ここでは、「諸法実相抄」の一節を拝して、地涌の菩薩の意義と精神を研さんします。
■背景と大意
本抄は、文永10年(1273年)5月、日蓮大聖人が流罪地の佐渡・一谷で著され、最蓮房に与えられたお手紙とされています。
大聖人は本抄で、法華経方便品にある「諸法実相」の法理について論及されていきます。
「諸法実相」とは、私たちが毎日、読誦している方便品第2の経文です。これは、法華経にしか説かれていない「万人成仏」の裏付けとなる法理です。
続いて大聖人は、法華経の「虚空会の儀式」について示されます。
法華経では、見宝塔品第11にいたって、突然、巨大な宝塔が現れ、空中に浮かび、その中に釈尊と多宝如来の二仏が並んで座り、虚空会の儀式が始まります。その儀式のハイライトが、大地から涌現した無数の地涌の菩薩に対し、滅後の悪世に、あらゆる仏を成仏させた根源の大法を広宣流布する使命が託される場面です(従地涌出品第15、如来神力品第21など)。
これを受けて大聖人は、末法に地涌の菩薩のリーダーである上行菩薩が弘めるべき妙法を、自ら弘めるとともに、虚空会の儀式を用いて、人々が根本とすべき御本尊を顕されました。ゆえに本抄で大聖人は、御自身のことを「地涌の菩薩のさきがけ」(御書1359ページ)と仰せになられています。
さらに、大聖人お一人だけでなく、大聖人の門下となり、大聖人と同じ心で戦う人もまた地涌の菩薩であると宣言されます。
そして大聖人が、ただ一人、唱え始められた南無妙法蓮華経は、一人から一人、そしてまた次の一人へと唱え伝えられていくと述べられ、これが「地涌の義」であると仰せになります。
ここでは、この「地涌の義」について学び深めていきます。
= 御文1 =
『いかにも今度・信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給うべし、日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや、経に云く「我久遠より来かた是等の衆を教化す」とは是なり』(御書1360ページ6行目〜8行目)
◆ ◇ ◆
冒頭の「いかにも今度・信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給うべし」との御文は、信心を最後まで貫いていくことの大切さを教えられています。
「なりとをし給うべし」との一節からは、弟子たちに対して"師弟共に大難を受ける中で、せっかく信心をしたのだから、いかなる難が競い起ころうとも、最後の最後まで信心を貫くのですよ"と励まされる、大聖人の深き慈愛が感じられてなりません。
そして、この御文には、最後まで信心を貫く「不退の信仰」の本質は、どこまでも師匠を求め、弟子の道を歩み抜いていく「師弟不二」の信心にあることが示されています。
■不思議なる縁
その上で大聖人は、「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」と仰せです。
「私たちは地涌の菩薩である」との使命の自覚こそ、日蓮仏法の根幹です。
自分はどこから来て、何のために生きるのか——人類の根源の疑問に答えゆく甚深の哲学がここにあります。
仏法の眼から見れば、私たちは久遠の昔に妙法流布を誓い、三世にわたって師匠と共に妙法を広げていく、不思議なる縁で結ばれた師弟である。このように確信していくのだ——この大聖人の大確信の仰せが、続いての「地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや」の御文になります。また、それを裏付ける法華経涌出品の経文が、続いての箇所で引かれている「我久遠より来かた是等の衆を教化す」になります。
「我こそ地涌の菩薩である」と真に自覚した時、私たちの境涯は、大きく広がっていきます。
■宿命を使命に
法華経以外の経では、偉大な菩薩は、清浄な世界に生まれます。悪世末法には生まれません。
しかし、民衆救済の願いを立てる菩薩は「誓願」によって、自ら願った宿業を背負って悪世末法に出現することが法華経に説かれます。
その誓願とは、あえて背負った宿業を、妙法によって転換し、その現実の姿を見せることによって、妙法の偉大さを示していくという誓いです。この「願兼於業」の誓願に生き抜く人こそ、地涌の菩薩にほかならないのです。
したがって私たちの宿業は、自分で誓ったものです。だから、乗り越えられないはずはありません。
この「地涌の使命の自覚」に、「宿命を使命に変える」という日蓮仏法の真髄があります。
■苦難に負けない
苦難に直面した時に、その宿業の重さにうちひしがれ、諦めてしまうのか。"この苦難こそ、自らが乗り越えて信心の偉大さを示すと誓ったものだ"と捉えて立ち向かっていくのか。
同じ苦難にあっても、地涌の使命を自覚した人と、そうでない人とでは、その意味合いが全く違ってきます。
使命に生き抜くならば、いかなる苦難にも負けない、絶対的幸福の境涯を開いていくことができます。
こうした地涌の菩薩の集いこそが、創価学会なのです。
■学会と共に歩み抜く
学会の原点は、「我、地涌の菩薩なり」との大確信を示された戸田先生の「獄中の悟達」です。
池田先生は、戸田先生に初めてお会いし、その確信と誠実な人格に触れた感動を、「われ 地より湧き出でんとするか」と即興詩として詠まれました。
この地涌の師弟の絆によって、世界広宣流布の道が開かれました。この偉大な師弟と共に、学会と共に異体同心のスクラムで広宣流布に歩み抜いていくことが、地涌の菩薩の自覚に立つことになるのです。
= 御文2 =
末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり(御書1360ページ8行目〜9行目)
◆ ◇ ◆
大聖人は「男女はきらふべからず」と仰せです。地涌の菩薩であることに、性別や立場などは関係ありません。
1月度の座談会で拝読した「阿仏房御書(宝塔御書)」の中にも「法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり」「貴賤上下をえらばず」(同1304ページ)とあります。
また別の門下(椎地四郎)への御書でも、男性であろうと女性であろうと、法華経の「一句をも人にかたらん人は如来の使と見えたり」(同1448ページ)と仰せになっています。
続く「諸法実相抄」の御文では「皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」と仰せです。
"今、南無妙法蓮華経の題目を唱えることができている、そのこと自体が、地涌の菩薩であることの揺るぎない証拠である"との仰せと拝されます。この大聖人直結の題目を唱えているのが創価学会であることは、いうまでもありません。
2020年3月13日金曜日
2020.03.13 わが友に贈る
身近な家族にこそ
感謝を伝えよう!
当たり前を当たり前と
思わない豊かな心に
信仰の輝きは表れる。
崇峻天皇御書 P1173
『返す返す今に忘れぬ事は頚切れんとせし時殿はともして馬の口に付きてなきかなしみ給いしをばいかなる世にか忘れなん、設い殿の罪ふかくして地獄に入り給はば日蓮をいかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ給うとも用ひまいらせ候べからず同じく地獄なるべし』
【通解】
返す返す今も忘れないことは、首を切られようとした時、あなたが、私の供をして、馬の口に取りついて泣き悲しまれたことです。これを、いかなる世に忘れることがありましょうか。たとえ、あなたの罪が深くて地獄に堕ちられたとしても、その時は、日蓮が釈迦仏から、どれほど「仏になれ」と誘われようとも、従うことはありません。あなたと同じく、私も地獄に入るでしょう。
名字の言 女子マラソン。代表の座をつかんだ一山麻緒選手の楽観主義 2020年3月13日
東京五輪・女子マラソン代表の最後の1枠を懸けた8日の選考レース。日本歴代4位の2時間20分29秒で、夢の切符をつかんだのは、22歳の一山麻緒選手だ▼直前の合宿では目標の"2時間20分台"を体にたたき込んだ。5キロを16分40秒のペースで6本(30キロ)、もう2本(10キロ)でペースをさらに上げる計40キロの過酷な練習を重ねたことが、自信につながったという▼本番も練習通りに30キロ付近でペースアップ。30〜35キロ区間を、この日最速の16分14秒で刻み、先頭を独走した。強い雨と寒さの悪条件にも、「やってきた練習は雨なんかに負けない」と動じなかった。それどころか、「こういう(悪天候の)日に、五輪を決めたらかっこいいと思った」と笑う前向きな姿が印象的だった▼何事も、目標達成への近道はない。どんな逆風に遭っても、楽観主義で挑み続けていくからこそ目標に近づける。ただ、この楽観主義とは、努力を怠り、"どうにかなるだろう"という生き方ではない。万全の手を尽くす中で磨かれる、不屈の心の異名である▼池田先生は「楽観主義の人は強い。何が起ころうとも、いい方向へ、楽しい方向へ、前向きの方向へと受け止めていく」と。わが目標へ、具体的に祈り、一歩ずつ、できることから挑戦しよう。(差)
寸鉄 2020年3月13日
「法華経を持ち奉る処を当詣道場」御書。今いる場所から励ましを拡大!
東京・品川「広布誓願の日」。創価源流の誇り光る大城。未来開く祈り強く
平和と安穏の世界築くのが仏法の法理—戸田先生人間革命の歩みを弛まず
各地で卒業式。中継や縮小態勢などで。夢を描き羽ばたけ!君達こそ希望
マスクの高値転売が15日から禁止。パニック煽るデマ情報等も皆で根絶へ
☆シンポジウムへの池田先生のメッセージ 2020年3月5日
人類社会に希望の曙光を送りゆく国際シンポジウムの開幕、誠におめでとうございます。
名門イースト大学と、わが創価大学との友情の絆を、さらに強めゆく意義深き知性の集いに、心からの御礼を申し上げます。
シンポジウムに掲げられたテーマ「平和・人権・環境保護における青年の参画の主流化」は、まさに時宜を得たものであります。
◇青年の価値創造の連帯を
本年、創設75周年を迎える国連でも、「持続可能な開発目標(SDGs)」推進の重要な担い手に「青年」が位置付けられるなど、国際社会における青年の役割は、いやまして重視されております。
私も、本年1月に発表した「SGIの日」記念提言に「青年こそ希望なり」「青年こそ未来なり」との限りない期待を込めました。若人の連帯があるところ、乗り越えられない壁など断じてない——この一貫した信念を胸に、私は、貴国をはじめ世界の教育界のリーダー方と手を携えて、青年の「エンパワーメント(内発的な力の開花)」に力を注いできた一人であります。
そこで本日は、新たな地球社会の希望の潮流たる青年の力と連帯を、さらに深め広げゆくためのポイントを、確認し合いたいと思います。
◇可能性引き出す「よいきっかけ」
長年にわたって、尊きソーシャルワーカーの労作業や紛争解決の難局に挑んでこられたシドニー平和財団の創立者リース博士と私は、6年前、青年に「平和の哲学と詩心」を託しゆく対談集を発刊しました。
その中で博士が、ご自身の経験を踏まえて、人々が新しい生き方に踏み出すためには「よいきっかけ」と「確かな手応え」が大切であると語られたことを、感銘深く思い起こすのであります。
博士は、「依存する側」から「自立する側」へと転換して、主体的にエンパワーメントを成し遂げていく3段階を明快に挙げられました。
すなわち、第1段階は、「どうせ、何をしてもだめだ」という諦めの克服。
第2段階は、共に努力する仲間との信頼の構築。
第3段階は、自立のための環境づくり、手段や技術の教育。
そして、「小さな勝利」の積み重ねこそ重要であると示されたのです。
私も全く同感であります。若き伸びゆく生命は「よいきっかけ」を得れば、秘められていた可能性に目覚め、「確かな手応え」をつかみ、自信をもって成長することができます。まさに諦めを克服する希望の劇といえましょう。
◇国連のSDGs「誰も置き去りにしない」社会へ
そのための大いなる力がロールモデル(手本)の存在であります。
そして世界の青年に、限りない触発と励ましを送り続けてくれる偉大な先人こそ、貴国フィリピンの大英雄ホセ・リサール博士ではないでしょうか。
リサール博士は「人間の目的は進歩と完成の道を歩みつつ、自らと他の人間の幸福を探し求めることにある」と叫び、人類への貢献を貫きました。
まさに、国連のSDGsの「誰も置き去りにしない」との根本理念と一致しており、博士の青春を平和と人道の鑑と仰ぐゆえんが、ここにあります。
とともに、このリサール博士の精神を受け継ぐ貴国の開かれた教育界には「世界市民を育てるリーダーシップ」が脈打っています。
光栄にも、わが創価大学は貴イースト大学をはじめ貴国の多くの大学と教育交流を結ばせていただいております。その継続のなかで、共に平和の創造へ努力しゆく最高の「信頼の連帯」を構築することができました。
この席をお借りし、私は改めて満腔の感謝を申し上げます。
◇人間教育の結合で智慧を発揮
そして、かけがえのない人間教育の結合を核としながら、21世紀の若き世界市民が「平和」「人権」「環境保護」のために、一段と自立して、智慧と力を存分に発揮できる晴れ舞台を整えたいと思うのであります。
この全幅の期待を込め、今回、私は、国連がSDGsの達成へ2030年に向けて立ち上げた「行動の10年」の一環として、気候変動に焦点を当てた"青年行動の10年"ともいうべき運動を起こしていくことを提言しました。
また、平和と安全保障における青年の役割を強調した国連安全保障理事会の2250決議に続く形で、気候変動の問題に関わる意思決定への青年の参画を主流化させる安保理決議の採択も提案したのであります。それがまた、"人類の議会"としての国連の新たな前進の原動力となっていくことを、私は確信してやみません。
◇難題を前進の力へと転じ人類の未来を照らしゆけ
教育を人生最大の事業と定めた私が、若き日から心に定めてきたことがあります。それは「私心を捨て、人類の幸福のために生き抜く自らの姿を通して、青年の魂を触発していこう」という一点であります。
青年の魂は信頼に必ず応えてくれます。青年の価値創造の英知と情熱に行き詰まりはありません。青年の草の根の連帯こそ、山積する難題も人類の前進の力へと転じ、地球社会の未来を断固として創り照らしてくれます。
私も、ここにお集まりの先生方と心一つに、命の限り、世界の青年の道を開き、希望と勇気を送り続けていく決意であります。
◇リサール博士の詩 君たちの勝利をもって人間の偉大さを示せ
その心を、ホセ・リサール博士の詩に託し、愛する青年たちに捧げます。
「さあ、征け! さすれば、君たちの天賦の才は 聖なる炎となって 栄冠へと向かう。
君たちの勝利をもって、 人間の偉大さを 広く示しゆくのだ」
シンポジウムの大成功と、ご参加の皆さまのますますのご健勝、そして偉大なる「青年の大国」フィリピンの永遠の栄光と平和を心より祈念し、私のメッセージとさせていただきます。
マラミン・サラマッポ!(フィリピノ語で「誠にありがとうございました!」)(大拍手)
感謝を伝えよう!
当たり前を当たり前と
思わない豊かな心に
信仰の輝きは表れる。
崇峻天皇御書 P1173
『返す返す今に忘れぬ事は頚切れんとせし時殿はともして馬の口に付きてなきかなしみ給いしをばいかなる世にか忘れなん、設い殿の罪ふかくして地獄に入り給はば日蓮をいかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ給うとも用ひまいらせ候べからず同じく地獄なるべし』
【通解】
返す返す今も忘れないことは、首を切られようとした時、あなたが、私の供をして、馬の口に取りついて泣き悲しまれたことです。これを、いかなる世に忘れることがありましょうか。たとえ、あなたの罪が深くて地獄に堕ちられたとしても、その時は、日蓮が釈迦仏から、どれほど「仏になれ」と誘われようとも、従うことはありません。あなたと同じく、私も地獄に入るでしょう。
名字の言 女子マラソン。代表の座をつかんだ一山麻緒選手の楽観主義 2020年3月13日
東京五輪・女子マラソン代表の最後の1枠を懸けた8日の選考レース。日本歴代4位の2時間20分29秒で、夢の切符をつかんだのは、22歳の一山麻緒選手だ▼直前の合宿では目標の"2時間20分台"を体にたたき込んだ。5キロを16分40秒のペースで6本(30キロ)、もう2本(10キロ)でペースをさらに上げる計40キロの過酷な練習を重ねたことが、自信につながったという▼本番も練習通りに30キロ付近でペースアップ。30〜35キロ区間を、この日最速の16分14秒で刻み、先頭を独走した。強い雨と寒さの悪条件にも、「やってきた練習は雨なんかに負けない」と動じなかった。それどころか、「こういう(悪天候の)日に、五輪を決めたらかっこいいと思った」と笑う前向きな姿が印象的だった▼何事も、目標達成への近道はない。どんな逆風に遭っても、楽観主義で挑み続けていくからこそ目標に近づける。ただ、この楽観主義とは、努力を怠り、"どうにかなるだろう"という生き方ではない。万全の手を尽くす中で磨かれる、不屈の心の異名である▼池田先生は「楽観主義の人は強い。何が起ころうとも、いい方向へ、楽しい方向へ、前向きの方向へと受け止めていく」と。わが目標へ、具体的に祈り、一歩ずつ、できることから挑戦しよう。(差)
寸鉄 2020年3月13日
「法華経を持ち奉る処を当詣道場」御書。今いる場所から励ましを拡大!
東京・品川「広布誓願の日」。創価源流の誇り光る大城。未来開く祈り強く
平和と安穏の世界築くのが仏法の法理—戸田先生人間革命の歩みを弛まず
各地で卒業式。中継や縮小態勢などで。夢を描き羽ばたけ!君達こそ希望
マスクの高値転売が15日から禁止。パニック煽るデマ情報等も皆で根絶へ
☆シンポジウムへの池田先生のメッセージ 2020年3月5日
人類社会に希望の曙光を送りゆく国際シンポジウムの開幕、誠におめでとうございます。
名門イースト大学と、わが創価大学との友情の絆を、さらに強めゆく意義深き知性の集いに、心からの御礼を申し上げます。
シンポジウムに掲げられたテーマ「平和・人権・環境保護における青年の参画の主流化」は、まさに時宜を得たものであります。
◇青年の価値創造の連帯を
本年、創設75周年を迎える国連でも、「持続可能な開発目標(SDGs)」推進の重要な担い手に「青年」が位置付けられるなど、国際社会における青年の役割は、いやまして重視されております。
私も、本年1月に発表した「SGIの日」記念提言に「青年こそ希望なり」「青年こそ未来なり」との限りない期待を込めました。若人の連帯があるところ、乗り越えられない壁など断じてない——この一貫した信念を胸に、私は、貴国をはじめ世界の教育界のリーダー方と手を携えて、青年の「エンパワーメント(内発的な力の開花)」に力を注いできた一人であります。
そこで本日は、新たな地球社会の希望の潮流たる青年の力と連帯を、さらに深め広げゆくためのポイントを、確認し合いたいと思います。
◇可能性引き出す「よいきっかけ」
長年にわたって、尊きソーシャルワーカーの労作業や紛争解決の難局に挑んでこられたシドニー平和財団の創立者リース博士と私は、6年前、青年に「平和の哲学と詩心」を託しゆく対談集を発刊しました。
その中で博士が、ご自身の経験を踏まえて、人々が新しい生き方に踏み出すためには「よいきっかけ」と「確かな手応え」が大切であると語られたことを、感銘深く思い起こすのであります。
博士は、「依存する側」から「自立する側」へと転換して、主体的にエンパワーメントを成し遂げていく3段階を明快に挙げられました。
すなわち、第1段階は、「どうせ、何をしてもだめだ」という諦めの克服。
第2段階は、共に努力する仲間との信頼の構築。
第3段階は、自立のための環境づくり、手段や技術の教育。
そして、「小さな勝利」の積み重ねこそ重要であると示されたのです。
私も全く同感であります。若き伸びゆく生命は「よいきっかけ」を得れば、秘められていた可能性に目覚め、「確かな手応え」をつかみ、自信をもって成長することができます。まさに諦めを克服する希望の劇といえましょう。
◇国連のSDGs「誰も置き去りにしない」社会へ
そのための大いなる力がロールモデル(手本)の存在であります。
そして世界の青年に、限りない触発と励ましを送り続けてくれる偉大な先人こそ、貴国フィリピンの大英雄ホセ・リサール博士ではないでしょうか。
リサール博士は「人間の目的は進歩と完成の道を歩みつつ、自らと他の人間の幸福を探し求めることにある」と叫び、人類への貢献を貫きました。
まさに、国連のSDGsの「誰も置き去りにしない」との根本理念と一致しており、博士の青春を平和と人道の鑑と仰ぐゆえんが、ここにあります。
とともに、このリサール博士の精神を受け継ぐ貴国の開かれた教育界には「世界市民を育てるリーダーシップ」が脈打っています。
光栄にも、わが創価大学は貴イースト大学をはじめ貴国の多くの大学と教育交流を結ばせていただいております。その継続のなかで、共に平和の創造へ努力しゆく最高の「信頼の連帯」を構築することができました。
この席をお借りし、私は改めて満腔の感謝を申し上げます。
◇人間教育の結合で智慧を発揮
そして、かけがえのない人間教育の結合を核としながら、21世紀の若き世界市民が「平和」「人権」「環境保護」のために、一段と自立して、智慧と力を存分に発揮できる晴れ舞台を整えたいと思うのであります。
この全幅の期待を込め、今回、私は、国連がSDGsの達成へ2030年に向けて立ち上げた「行動の10年」の一環として、気候変動に焦点を当てた"青年行動の10年"ともいうべき運動を起こしていくことを提言しました。
また、平和と安全保障における青年の役割を強調した国連安全保障理事会の2250決議に続く形で、気候変動の問題に関わる意思決定への青年の参画を主流化させる安保理決議の採択も提案したのであります。それがまた、"人類の議会"としての国連の新たな前進の原動力となっていくことを、私は確信してやみません。
◇難題を前進の力へと転じ人類の未来を照らしゆけ
教育を人生最大の事業と定めた私が、若き日から心に定めてきたことがあります。それは「私心を捨て、人類の幸福のために生き抜く自らの姿を通して、青年の魂を触発していこう」という一点であります。
青年の魂は信頼に必ず応えてくれます。青年の価値創造の英知と情熱に行き詰まりはありません。青年の草の根の連帯こそ、山積する難題も人類の前進の力へと転じ、地球社会の未来を断固として創り照らしてくれます。
私も、ここにお集まりの先生方と心一つに、命の限り、世界の青年の道を開き、希望と勇気を送り続けていく決意であります。
◇リサール博士の詩 君たちの勝利をもって人間の偉大さを示せ
その心を、ホセ・リサール博士の詩に託し、愛する青年たちに捧げます。
「さあ、征け! さすれば、君たちの天賦の才は 聖なる炎となって 栄冠へと向かう。
君たちの勝利をもって、 人間の偉大さを 広く示しゆくのだ」
シンポジウムの大成功と、ご参加の皆さまのますますのご健勝、そして偉大なる「青年の大国」フィリピンの永遠の栄光と平和を心より祈念し、私のメッセージとさせていただきます。
マラミン・サラマッポ!(フィリピノ語で「誠にありがとうございました!」)(大拍手)
2020年3月12日木曜日
2020.03.12 わが友に贈る
季節の変わり目だ。
激しい寒暖差に注意。
疲れをためない工夫も。
賢明な体調管理で
健康第一の日々を!
忘持経事 P976
『槃特尊者は名を忘る此れ閻浮第一の好く忘るる者なり今常忍上人は持経を忘る日本第一の好く忘るるの仁か』
【通解】
槃特尊者は自分の名さえ忘れたというから、これこそ世界第一の物忘れの人である。今、常忍上人は御持経をお忘れになったから、日本第一の物忘れをされる方といえようか。
名字の言 車いすの少年と父親が挑むトライアスロン——映画「グレートデイズ!」から見えてくるもの 2020年3月12日
電動車いすで生活する少年が父親に「一緒にトライアスロンに出たい」と言った。父は「無理だ」と一蹴するが息子の熱意に出場を決意した——実話を基にした映画「グレートデイズ! 夢に挑んだ父と子」(2014年公開)である▼過酷な練習を積んで臨んだレースの最終盤、車いすを押して走る父が力尽きてしまう。だが息子は諦めない。不自由な手で車いすをこぎ出す。その姿に父は力を取り戻し、ついに親子はゴールする。「家族とは」「生きるとは」——映画は訴えてやまない▼中学卒業後、約50年の会社員生活を終えた岩手県の壮年部員。向学の思いで2010年、創価大学通信教育部に入学するが勉強の難しさに四苦八苦。そんな時、東日本大震災に遭い、さらに娘が病に倒れた▼"娘と代わってやりたいができない。ならば負けない姿でエールを送る!"と奮起。壮年は喜寿となる今春、通教を卒業。娘は病と闘いながら昨年、今年と弘教を実らせた。父と娘の勝利の物語はこれからも続く▼先の映画は当初の「フィニッシャーズ」(完走者たち)というタイトルから改題された。「3・11から9年」という節目もまた、復興のゴールではない。未来へ希望をつくる歩みは続く。その一歩一歩が「グレートデイズ」(偉大な日々)に結実する。(白)
寸鉄 2020年3月12日
陰徳を積む人に「大果報は又来るべし」御書。今こそ大確信の祈りを強く!
東京・喜多区女性の日。冬は必ず春!友に励ましを送る模範の婦女の連帯
子供向け"歴史読み物"の売り上げ増加と。家庭で共に学び語らう機会にも
自動車免許の自主返納が過去最多の60万人。運転は安全第一…更に心して
マスクの無料送付等騙る不審電話やメール発生。旨い話の嘘を冷静に喝破
☆創価学園卒業式への池田先生のメッセージ 2020年3月4日
◇青春の努力の光は消せない
青春の友情の宝は壊せない
一、何ものにも消せない青春の光があります。それは「努力」という光です。
何ものにも壊せない青春の宝があります。それは「友情」という宝です。
私の生命には、わが卒業生の不屈の努力と揺るがぬ友情が映し出されています。
「君も負けなかった! あなたも勝った!」——きょうは、お父さんやお母さん方と共々に、愛する一人一人の頭に月桂冠をかぶせる思いで大拍手を送っております。
◇新たな十年 わが宝剣を磨け
不思議な縁で結ばれた皆さんは、わが創価学園の創立50周年の歴史を堂々と飾ってくれました。そして創価教育の100周年への黄金の十年、偉大なる使命の青春を晴れ晴れと舞いゆくのです。
その壮大なる前途に思いをはせ、私は「新たな十年、わが宝剣を磨け! そして、人類の平和の新時代を開きゆけ!」とエールを贈りたい。
一、私も、師匠・戸田先生のもとで、10年間、学び抜き、鍛え抜きました。
その厳しい薫陶の中で、少年雑誌の編集長として私が執筆し、戸田先生に喜んでいただいた偉人伝があります。18世紀、イギリスに誕生した医師ジェンナーです。
5歳で両親を相次いで亡くしたジェンナーは、悲しみに負けず、たくましく育ち、10代から弟子入りして医学を学びます。
当時、「天然痘」という恐ろしい感染症が世界的な大流行を繰り返して、多くの人の命を奪い、傷つけていました。
若きジェンナーは、この難病に挑みます。新しい着眼から事前に予防する方法を探り、粘り強く実験を積み重ねました。いわれない中傷を浴びせられましたが、断じて屈せず、有効な治療法を確立したのです。
それは世紀を超えて世界に広まり、ついに40年ほど前、WHO(世界保健機関)が天然痘の根絶を宣言するに至りました。ジェンナーの挑戦は、全てのワクチン開発の礎となり、免疫学の原点となって、今も不滅の輝きを放っています。
一、人類の営みは、どこまでも試練との戦いです。けれども、若人の勇気の挑戦がある限り、必ずや、そこから新たなる無限の価値創造が成し遂げられていくのです。
どうか、わが誉れの学園生は、この人類の前進の先頭に躍り出て、一つまた一つ、眼前の課題に勇敢に忍耐強く挑み抜き、自分らしく民衆に社会に世界に貢献しゆく英知の宝剣を磨き上げてください。
その誓いを込めて、きょう家に帰ったら、お父さん、お母さんに最高の笑顔で感謝を伝えていただきたい。これが私のお願いです。
「胸を張れ不二の生命の学園生」
かけがえのない皆さん一人一人の健康と幸福と勝利を祈りつつ——
胸を張れ
不二の生命の
学園生
負けじのスクラム
地球の明日へ
と贈ります。
いずこにあっても、私たちの心は一つです。一日また一日、朗らかに勝ち進め!(大拍手)
☆インド「創価池田女子大学」卒業式への池田先生ご夫妻のメッセージ 2020年3月6日
一、誇り高き17期生の皆さん、希望の門出、誠におめでとうございます!
それぞれの尊き奮闘の様子は、何よりうれしく伺っております。
一人ももれなく、青春の大勝利者です。
今、私と妻の心も、愛するチェンナイの天地へ飛んでおります。
晴れの式典に一緒に連なり、若き宝の女性リーダーの皆さん一人一人に、賞讃と祝福の大拍手を送っております。
今年は、開学より20年。
敬愛してやまないクマナン議長ご夫妻をはじめ、サムシャット学長、教職員の方々の多大なご尽力に、心より感謝は尽きません。
誠に誠にありがとうございます。
一、本日は、タミル・ナドゥ体育スポーツ大学のシーラ・ステファン副総長が、ご臨席くださっております。
オックスフォード大学をはじめ世界各国の大学と交流を結ばれながら、幾多の目覚ましい学術成果を残してこられたことも、よく存じ上げております。
45年前、私が対談集を発刊したトインビー博士はオックスフォード大学に、また最良のパートナーであったベロニカ夫人はケンブリッジ大学に学ばれました。
博士との対話を重ねる中、私が両大学を訪ねると、ご夫妻がそれぞれに、母校への訪問を最大に喜んでくださったことが思い起こされます。
母校への愛を持ち続ける人生は、美しく尊貴である。そして青春の原点を一生涯、貫き通すことができると、私は感動しました。
卒業生の皆さんの前途が、この誉れの母校とともに、同窓の姉妹とともに、限りない幸福と歓喜と勝利の年輪を刻まれゆくことを、私は祈り、また信じております。
◇宇忍耐強く朗らかに学び、栄光の花を咲かせゆけ
一、トインビー博士は、21世紀の新しい精神の大光が、貴国インドから放たれゆくことを深く期待されておりました。
「青年の国」たる貴国は、2030年までに、世界一の15億人の人口になるとも推定されております。
その清々しい希望の光を旭日の如く輝かせる皆さんに、私は、「忍耐強く、そして自信満々と、栄光の花を咲かせゆけ」と、はなむけの言葉を贈りたいのであります。
ここタミル・ナドゥ州には、美しい「州の花」があります。
燃え立つように真っ赤な花をつけるユリ「グロリオサ」です。その名は「栄光のユリ」を意味します。
何と麗しい響きでありましょうか。
このグロリオサは、地中に根ざした球根が大きく力強いほど、見事な花が咲くといわれます。
皆さんには、ご家族が送り出してくださった、この大学で育んできた「英知」と「人格」の立派な球根があります。
これからの新生活の中で、「創価」すなわち「価値創造」という勇気と智慧を自分らしく発揮して、一つ一つに挑戦していってください。
なかなか思うようにいかないことがあっても、今はじっくり球根を育てる時だと決めて、忍耐強く、前へ前へ進んでいただきたいのであります。
一、マハトマ・ガンジーの令孫で、私と妻の友人であるエラ・ガンジー博士は、南アフリカでの人権闘争の中、迫害にも歌を歌って勇敢に乗り越えられました。博士は語られます。
「私たち全員に力があります。そして、私たちが一緒に手を取り合う時、もっと大きな力をもち、世界を変えることができるのです」と。
どうか、何があっても、自信満々と胸を張って、皆さんの世界市民の友情を、地域へ、社会へ、さらには地球の未来へ豊かに広げ、歌声響く平和のスクラムを創造していただきたいのであります。
晴れの日も、嵐の日も、わが誓いの舞台で、明るくたくましく朗らかに学び続けて、青春凱歌の栄光の花を、共々に咲かせていってください。
終わりに、かけがえのない皆さん一人一人の健康と幸福、そしてご家族の繁栄を祈りに祈って、私と妻のメッセージといたします。
皆さん、いついつまでも、お元気で!(大拍手)
激しい寒暖差に注意。
疲れをためない工夫も。
賢明な体調管理で
健康第一の日々を!
忘持経事 P976
『槃特尊者は名を忘る此れ閻浮第一の好く忘るる者なり今常忍上人は持経を忘る日本第一の好く忘るるの仁か』
【通解】
槃特尊者は自分の名さえ忘れたというから、これこそ世界第一の物忘れの人である。今、常忍上人は御持経をお忘れになったから、日本第一の物忘れをされる方といえようか。
名字の言 車いすの少年と父親が挑むトライアスロン——映画「グレートデイズ!」から見えてくるもの 2020年3月12日
電動車いすで生活する少年が父親に「一緒にトライアスロンに出たい」と言った。父は「無理だ」と一蹴するが息子の熱意に出場を決意した——実話を基にした映画「グレートデイズ! 夢に挑んだ父と子」(2014年公開)である▼過酷な練習を積んで臨んだレースの最終盤、車いすを押して走る父が力尽きてしまう。だが息子は諦めない。不自由な手で車いすをこぎ出す。その姿に父は力を取り戻し、ついに親子はゴールする。「家族とは」「生きるとは」——映画は訴えてやまない▼中学卒業後、約50年の会社員生活を終えた岩手県の壮年部員。向学の思いで2010年、創価大学通信教育部に入学するが勉強の難しさに四苦八苦。そんな時、東日本大震災に遭い、さらに娘が病に倒れた▼"娘と代わってやりたいができない。ならば負けない姿でエールを送る!"と奮起。壮年は喜寿となる今春、通教を卒業。娘は病と闘いながら昨年、今年と弘教を実らせた。父と娘の勝利の物語はこれからも続く▼先の映画は当初の「フィニッシャーズ」(完走者たち)というタイトルから改題された。「3・11から9年」という節目もまた、復興のゴールではない。未来へ希望をつくる歩みは続く。その一歩一歩が「グレートデイズ」(偉大な日々)に結実する。(白)
寸鉄 2020年3月12日
陰徳を積む人に「大果報は又来るべし」御書。今こそ大確信の祈りを強く!
東京・喜多区女性の日。冬は必ず春!友に励ましを送る模範の婦女の連帯
子供向け"歴史読み物"の売り上げ増加と。家庭で共に学び語らう機会にも
自動車免許の自主返納が過去最多の60万人。運転は安全第一…更に心して
マスクの無料送付等騙る不審電話やメール発生。旨い話の嘘を冷静に喝破
☆創価学園卒業式への池田先生のメッセージ 2020年3月4日
◇青春の努力の光は消せない
青春の友情の宝は壊せない
一、何ものにも消せない青春の光があります。それは「努力」という光です。
何ものにも壊せない青春の宝があります。それは「友情」という宝です。
私の生命には、わが卒業生の不屈の努力と揺るがぬ友情が映し出されています。
「君も負けなかった! あなたも勝った!」——きょうは、お父さんやお母さん方と共々に、愛する一人一人の頭に月桂冠をかぶせる思いで大拍手を送っております。
◇新たな十年 わが宝剣を磨け
不思議な縁で結ばれた皆さんは、わが創価学園の創立50周年の歴史を堂々と飾ってくれました。そして創価教育の100周年への黄金の十年、偉大なる使命の青春を晴れ晴れと舞いゆくのです。
その壮大なる前途に思いをはせ、私は「新たな十年、わが宝剣を磨け! そして、人類の平和の新時代を開きゆけ!」とエールを贈りたい。
一、私も、師匠・戸田先生のもとで、10年間、学び抜き、鍛え抜きました。
その厳しい薫陶の中で、少年雑誌の編集長として私が執筆し、戸田先生に喜んでいただいた偉人伝があります。18世紀、イギリスに誕生した医師ジェンナーです。
5歳で両親を相次いで亡くしたジェンナーは、悲しみに負けず、たくましく育ち、10代から弟子入りして医学を学びます。
当時、「天然痘」という恐ろしい感染症が世界的な大流行を繰り返して、多くの人の命を奪い、傷つけていました。
若きジェンナーは、この難病に挑みます。新しい着眼から事前に予防する方法を探り、粘り強く実験を積み重ねました。いわれない中傷を浴びせられましたが、断じて屈せず、有効な治療法を確立したのです。
それは世紀を超えて世界に広まり、ついに40年ほど前、WHO(世界保健機関)が天然痘の根絶を宣言するに至りました。ジェンナーの挑戦は、全てのワクチン開発の礎となり、免疫学の原点となって、今も不滅の輝きを放っています。
一、人類の営みは、どこまでも試練との戦いです。けれども、若人の勇気の挑戦がある限り、必ずや、そこから新たなる無限の価値創造が成し遂げられていくのです。
どうか、わが誉れの学園生は、この人類の前進の先頭に躍り出て、一つまた一つ、眼前の課題に勇敢に忍耐強く挑み抜き、自分らしく民衆に社会に世界に貢献しゆく英知の宝剣を磨き上げてください。
その誓いを込めて、きょう家に帰ったら、お父さん、お母さんに最高の笑顔で感謝を伝えていただきたい。これが私のお願いです。
「胸を張れ不二の生命の学園生」
かけがえのない皆さん一人一人の健康と幸福と勝利を祈りつつ——
胸を張れ
不二の生命の
学園生
負けじのスクラム
地球の明日へ
と贈ります。
いずこにあっても、私たちの心は一つです。一日また一日、朗らかに勝ち進め!(大拍手)
☆インド「創価池田女子大学」卒業式への池田先生ご夫妻のメッセージ 2020年3月6日
一、誇り高き17期生の皆さん、希望の門出、誠におめでとうございます!
それぞれの尊き奮闘の様子は、何よりうれしく伺っております。
一人ももれなく、青春の大勝利者です。
今、私と妻の心も、愛するチェンナイの天地へ飛んでおります。
晴れの式典に一緒に連なり、若き宝の女性リーダーの皆さん一人一人に、賞讃と祝福の大拍手を送っております。
今年は、開学より20年。
敬愛してやまないクマナン議長ご夫妻をはじめ、サムシャット学長、教職員の方々の多大なご尽力に、心より感謝は尽きません。
誠に誠にありがとうございます。
一、本日は、タミル・ナドゥ体育スポーツ大学のシーラ・ステファン副総長が、ご臨席くださっております。
オックスフォード大学をはじめ世界各国の大学と交流を結ばれながら、幾多の目覚ましい学術成果を残してこられたことも、よく存じ上げております。
45年前、私が対談集を発刊したトインビー博士はオックスフォード大学に、また最良のパートナーであったベロニカ夫人はケンブリッジ大学に学ばれました。
博士との対話を重ねる中、私が両大学を訪ねると、ご夫妻がそれぞれに、母校への訪問を最大に喜んでくださったことが思い起こされます。
母校への愛を持ち続ける人生は、美しく尊貴である。そして青春の原点を一生涯、貫き通すことができると、私は感動しました。
卒業生の皆さんの前途が、この誉れの母校とともに、同窓の姉妹とともに、限りない幸福と歓喜と勝利の年輪を刻まれゆくことを、私は祈り、また信じております。
◇宇忍耐強く朗らかに学び、栄光の花を咲かせゆけ
一、トインビー博士は、21世紀の新しい精神の大光が、貴国インドから放たれゆくことを深く期待されておりました。
「青年の国」たる貴国は、2030年までに、世界一の15億人の人口になるとも推定されております。
その清々しい希望の光を旭日の如く輝かせる皆さんに、私は、「忍耐強く、そして自信満々と、栄光の花を咲かせゆけ」と、はなむけの言葉を贈りたいのであります。
ここタミル・ナドゥ州には、美しい「州の花」があります。
燃え立つように真っ赤な花をつけるユリ「グロリオサ」です。その名は「栄光のユリ」を意味します。
何と麗しい響きでありましょうか。
このグロリオサは、地中に根ざした球根が大きく力強いほど、見事な花が咲くといわれます。
皆さんには、ご家族が送り出してくださった、この大学で育んできた「英知」と「人格」の立派な球根があります。
これからの新生活の中で、「創価」すなわち「価値創造」という勇気と智慧を自分らしく発揮して、一つ一つに挑戦していってください。
なかなか思うようにいかないことがあっても、今はじっくり球根を育てる時だと決めて、忍耐強く、前へ前へ進んでいただきたいのであります。
一、マハトマ・ガンジーの令孫で、私と妻の友人であるエラ・ガンジー博士は、南アフリカでの人権闘争の中、迫害にも歌を歌って勇敢に乗り越えられました。博士は語られます。
「私たち全員に力があります。そして、私たちが一緒に手を取り合う時、もっと大きな力をもち、世界を変えることができるのです」と。
どうか、何があっても、自信満々と胸を張って、皆さんの世界市民の友情を、地域へ、社会へ、さらには地球の未来へ豊かに広げ、歌声響く平和のスクラムを創造していただきたいのであります。
晴れの日も、嵐の日も、わが誓いの舞台で、明るくたくましく朗らかに学び続けて、青春凱歌の栄光の花を、共々に咲かせていってください。
終わりに、かけがえのない皆さん一人一人の健康と幸福、そしてご家族の繁栄を祈りに祈って、私と妻のメッセージといたします。
皆さん、いついつまでも、お元気で!(大拍手)
2020年3月11日水曜日
2020.03.11 わが友に贈る
一番苦労した人が
一番幸せになる信心。
我らの不屈の姿こそ
後世に輝く模範であり
社会を照らす希望だ!
種種御振舞御書 P910
『各各我が弟子となのらん人人は一人もをくしをもはるべからず、をやををもひめこををもひ所領をかへりみることなかれ、無量劫よりこのかたをやこのため所領のために命すてたる事は大地微塵よりもをほし、法華経のゆへにはいまだ一度もすてず、法華経をばそこばく行ぜしかどもかかる事出来せしかば退転してやみにき』
【通解】
各々、日蓮の弟子と名乗る人々は、一人も、臆する心を起こしてはなりません。法華経のためには、親を思い、妻子を思い、所領を顧みるようなこと があってはなりません。
無量劫の昔から現在に至るまで、親子のため・所領のために命を捨てた事は、大地微塵の数より多くても、法華経のために命を捨てた事は、未だに一度 もありません。 若干、法華経を行じたことがあっても、このような大難が出来してき たために退転して、信仰を止めてしまったのであります。
名字の言 9年前、ある小学校の卒業式で校長先生が児童に語ったこと 2020年3月11日
落語家の林家たい平さんが述懐している。娘が小学校を卒業した2011年3月のこと。東日本大震災の影響で、卒業式は卒業生と保護者、教職員代表だけのささやかなものになった▼席上、校長先生が児童たちに語り掛けた。「人が一番嬉しいと感じるのは、どういう時か知っていますか?」「人を助けた時と、人から助けられた時です」(『3・11を心に刻んで2019』岩波ブックレット)▼皆が先の見えない不安にいる中、たい平さんはこの言葉に深く救われたという。その後、"自分も誰かの、何かの助けになれれば"との思いで被災地を回った。そうして結んだ縁が今、噺家としての支えにもなっていると語る▼福島県のある壮年部員は工芸品制作で培った腕を生かし、被災地でキャンドルライトをともす取り組みを始めた。共感の輪が少しずつ広がり、その数は8万本を超えた。「寄り添う心を表現したかった」と語る壮年は、家族の病気や経済苦との闘いを、同志の励ましで勝ち越えた体験を持つ▼御書に「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(1598ページ)と。自他共の幸福にこそ、真の充実と深い喜びがある。きょう「3・11」。"誰かのため、今の自分に何ができるのか"を考え、行動する日としたい。(閃)
寸鉄 2020年3月11日
震災9年。犠牲者の方々の冥福祈る。皆が福光の春感じるその日まで共に
小樽問答65周年。歴史を開くのは青年の声!君よ学べ。破邪顕正の剣磨け
岐阜の日。師との誓いに生きる堅塁の要。今こそ原点胸に題目第一の前進
復興庁の設置期限10年延長。公明よ現場に寄り添い、こまやかな支援頼む
自治体指定ごみ袋をレジ袋に—千葉で実験販売。プラ削減へ皆で知恵出し
☆新時代を築く 創価の女性は「希望の太陽」 2020年3月3日
日蓮大聖人は一年の節目である五節句の意義を門下から尋ねられて、「妙法蓮華経の五字の次第の祭なり」(御書1070ページ)と示され、「三月三日は法の一字のまつりなり」(同ページ)と教えられた。
そして「此くの如く心得て南無妙法蓮華経と唱へさせ給へ現世安穏後生善処疑なかるべし」(同ページ)と仰せである。
きょうは、わが女子部の「華陽姉妹 誓春の日」であり、「大阪婦人部の日」、「先駆九州女性の日」でもある。
広布に生きる女性たちこそ「希望の太陽」であり、「平和の太陽」である。気高い奮闘を心からねぎらいたい。
* * *
古来、ひな人形には、全ての女性に幸光れ、との願いが込められてきた。
かつて空襲でわが家が全焼した時、必死に取り出した長持(長方形の蓋付きの箱)に入っていたのは、ひな人形と1本の傘だけだった。
しかし母は、落胆する家族に笑顔で言った。
「このおひなさまが飾れるような家に、また、きっと住めるようになるよ……」
あの明るい一言で、皆がどれだけ救われ、心を一つに立ち上がることができたか。
同じく戦時中、猛烈な台風に襲われ、夜中に家の窓ガラスが割れ、突風が吹き込んできたことがあった。真っ暗な中で動揺する幼い弟妹たちに父は厳として「お父さんがいるから、心配するな! 怖くない!」と大きな声で叫んだ。雄々しき音声が今も蘇る。
いざという時の言葉の力は、まことに大きい。
我らには、どんな逆境も、変毒為薬できる信心がある。
大変な時こそ、仲良く励まし合い、全てを希望の方向へ転じ、価値創造していくのだ。
* * *
先師・牧口先生が、九州出身の教育者に送られたはがきがある。日付は昭和15年(1940年)3月3日。
大誠実の文面で、信心は"最大最善の人生の法則"であり、"生命の安全地帯"である。共々に素晴らしい人生を生きていこうよと、学会への入会を力強く勧められたのだ。戦時下の折伏である。
この教育者が入会したのはそれから18年後であり、生涯、師弟の道を貫き通した。先師の蒔かれた妙法の種は、いずこにも花開いている。
牧口先生は「いまだこりず候」(同1056ページ)との御聖訓のままに、いかなる時も、一人を大切に、創意工夫して仏縁を結んでいかれた。
創立の師の戦いを思えば、勇気は滾々と湧いてくる。
* * *
新型コロナウイルスの感染拡大の防止に、日本も世界も挑む今、私たちはいやまして強盛に師子吼の題目を唱え、一日も早い終息と安穏を異体同心で祈りたい。
そして、何があろうと決然と昇る旭日の如く、日々たゆまず聖教新聞を配達してくださっている尊き貴き「無冠の友」へ、心より感謝を込めて、健康と無事故をひたぶるに妻と祈念しております。
一番幸せになる信心。
我らの不屈の姿こそ
後世に輝く模範であり
社会を照らす希望だ!
種種御振舞御書 P910
『各各我が弟子となのらん人人は一人もをくしをもはるべからず、をやををもひめこををもひ所領をかへりみることなかれ、無量劫よりこのかたをやこのため所領のために命すてたる事は大地微塵よりもをほし、法華経のゆへにはいまだ一度もすてず、法華経をばそこばく行ぜしかどもかかる事出来せしかば退転してやみにき』
【通解】
各々、日蓮の弟子と名乗る人々は、一人も、臆する心を起こしてはなりません。法華経のためには、親を思い、妻子を思い、所領を顧みるようなこと があってはなりません。
無量劫の昔から現在に至るまで、親子のため・所領のために命を捨てた事は、大地微塵の数より多くても、法華経のために命を捨てた事は、未だに一度 もありません。 若干、法華経を行じたことがあっても、このような大難が出来してき たために退転して、信仰を止めてしまったのであります。
名字の言 9年前、ある小学校の卒業式で校長先生が児童に語ったこと 2020年3月11日
落語家の林家たい平さんが述懐している。娘が小学校を卒業した2011年3月のこと。東日本大震災の影響で、卒業式は卒業生と保護者、教職員代表だけのささやかなものになった▼席上、校長先生が児童たちに語り掛けた。「人が一番嬉しいと感じるのは、どういう時か知っていますか?」「人を助けた時と、人から助けられた時です」(『3・11を心に刻んで2019』岩波ブックレット)▼皆が先の見えない不安にいる中、たい平さんはこの言葉に深く救われたという。その後、"自分も誰かの、何かの助けになれれば"との思いで被災地を回った。そうして結んだ縁が今、噺家としての支えにもなっていると語る▼福島県のある壮年部員は工芸品制作で培った腕を生かし、被災地でキャンドルライトをともす取り組みを始めた。共感の輪が少しずつ広がり、その数は8万本を超えた。「寄り添う心を表現したかった」と語る壮年は、家族の病気や経済苦との闘いを、同志の励ましで勝ち越えた体験を持つ▼御書に「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(1598ページ)と。自他共の幸福にこそ、真の充実と深い喜びがある。きょう「3・11」。"誰かのため、今の自分に何ができるのか"を考え、行動する日としたい。(閃)
寸鉄 2020年3月11日
震災9年。犠牲者の方々の冥福祈る。皆が福光の春感じるその日まで共に
小樽問答65周年。歴史を開くのは青年の声!君よ学べ。破邪顕正の剣磨け
岐阜の日。師との誓いに生きる堅塁の要。今こそ原点胸に題目第一の前進
復興庁の設置期限10年延長。公明よ現場に寄り添い、こまやかな支援頼む
自治体指定ごみ袋をレジ袋に—千葉で実験販売。プラ削減へ皆で知恵出し
☆新時代を築く 創価の女性は「希望の太陽」 2020年3月3日
日蓮大聖人は一年の節目である五節句の意義を門下から尋ねられて、「妙法蓮華経の五字の次第の祭なり」(御書1070ページ)と示され、「三月三日は法の一字のまつりなり」(同ページ)と教えられた。
そして「此くの如く心得て南無妙法蓮華経と唱へさせ給へ現世安穏後生善処疑なかるべし」(同ページ)と仰せである。
きょうは、わが女子部の「華陽姉妹 誓春の日」であり、「大阪婦人部の日」、「先駆九州女性の日」でもある。
広布に生きる女性たちこそ「希望の太陽」であり、「平和の太陽」である。気高い奮闘を心からねぎらいたい。
* * *
古来、ひな人形には、全ての女性に幸光れ、との願いが込められてきた。
かつて空襲でわが家が全焼した時、必死に取り出した長持(長方形の蓋付きの箱)に入っていたのは、ひな人形と1本の傘だけだった。
しかし母は、落胆する家族に笑顔で言った。
「このおひなさまが飾れるような家に、また、きっと住めるようになるよ……」
あの明るい一言で、皆がどれだけ救われ、心を一つに立ち上がることができたか。
同じく戦時中、猛烈な台風に襲われ、夜中に家の窓ガラスが割れ、突風が吹き込んできたことがあった。真っ暗な中で動揺する幼い弟妹たちに父は厳として「お父さんがいるから、心配するな! 怖くない!」と大きな声で叫んだ。雄々しき音声が今も蘇る。
いざという時の言葉の力は、まことに大きい。
我らには、どんな逆境も、変毒為薬できる信心がある。
大変な時こそ、仲良く励まし合い、全てを希望の方向へ転じ、価値創造していくのだ。
* * *
先師・牧口先生が、九州出身の教育者に送られたはがきがある。日付は昭和15年(1940年)3月3日。
大誠実の文面で、信心は"最大最善の人生の法則"であり、"生命の安全地帯"である。共々に素晴らしい人生を生きていこうよと、学会への入会を力強く勧められたのだ。戦時下の折伏である。
この教育者が入会したのはそれから18年後であり、生涯、師弟の道を貫き通した。先師の蒔かれた妙法の種は、いずこにも花開いている。
牧口先生は「いまだこりず候」(同1056ページ)との御聖訓のままに、いかなる時も、一人を大切に、創意工夫して仏縁を結んでいかれた。
創立の師の戦いを思えば、勇気は滾々と湧いてくる。
* * *
新型コロナウイルスの感染拡大の防止に、日本も世界も挑む今、私たちはいやまして強盛に師子吼の題目を唱え、一日も早い終息と安穏を異体同心で祈りたい。
そして、何があろうと決然と昇る旭日の如く、日々たゆまず聖教新聞を配達してくださっている尊き貴き「無冠の友」へ、心より感謝を込めて、健康と無事故をひたぶるに妻と祈念しております。
2020年3月10日火曜日
2020.03.10 わが友に贈る
宝の未来部よ
忍耐強く学び抜け!
力を蓄え 心を磨き
理想の翼を広げよう!
それが真の親孝行だ!
如説修行抄 P505
『南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経と唱えて唱へ死に死るならば釈迦多宝十方の諸仏霊山会上にして御契約なれば須臾の程に飛び来りて手をとり肩に引懸けて霊山へはしり給はば二聖二天十羅刹女は受持の者を擁護し諸天善神は天蓋を指し旛を上げて我等を守護して慥かに寂光の宝刹へ送り給うべきなり』
【通解】
南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経と題目を唱えに唱えとおして死んでいくならば、釈迦・多宝・それに十方の諸仏が、霊山会上で約束があったとおりに、ただちに飛んで来て、手を取って肩にかけ、霊山にたちまち連れていって下さるのであり、
薬王菩薩と勇勢菩薩の二聖、持国天王と毘沙門天王の二天、それから十羅刹女等が、妙法受持の者をかばい護り、諸天善神は天蓋を指し旗をかかげわれわれを守護して、たしかに常寂光の仏国土に、送りとどけて下さるのである。
名字の言 詩人・金子みすゞさんの作品を口ずさんでみよう。 2020年3月10日
いつも通る道の周りがカラフルになった。早咲きのピンクの桜や春の花々が風に踊っている。畑には緑の春野菜が鮮やかだ▼童謡詩人・金子みすゞさんの作品「土」を口ずさんだ。「こっつん、こっつん、/打たれる土は、/よい畑になって、/よい麦生むよ」「朝から晩まで、/踏まれる土は、/よい路になって、/車をとおすよ」(『金子みすゞ童謡全集』JULA出版局)▼「童謡は声を出して書いています。つまり、作家の呼吸のリズムなんです」と、ある童謡詩人が教えてくれた。「だから、みすゞさんの作品を声に出して読むと、彼女の呼吸が自分の呼吸になるので、作品が読む人の心に深く強く入ってくるのではないでしょうか」▼作品「土」は、こう続く。「打たれぬ土は、/踏まれぬ土は、/要らない土か」「いえいえ、それは、/名のない草の、/お宿をするよ」。みすゞさんのまなざしには、いつもハッとさせられる。いろいろなことに気付かせてくれる▼世界桂冠詩人の池田先生は、名もなき花や草木、道端の小石や砂など、地球上の全てのものに、かけがえのない「いのちの輝き」を見るのが「詩人の目」である、と。春の野菜は「芽吹き野菜」という。生命力に満ちあふれる季節は「いのちの輝き」に満ちている。(川)
寸鉄 2020年3月10日
信仰は生活であって観念の遊戯でない—戸田先生苦境でも実証示す勇者に
きょう農山漁村女性の日命育む聖業支える農漁光部"婦女"の友の活躍光る
励ましは相手の話を聴くことから。電話一本も心込め。抜苦与楽の精神で
手洗い時、半数超の人が指先までよく洗えていないと。基本を励行し防御
仕事の連絡等装った不審メール急増。テレワークの人ら標的。警戒忘るな
☆池田大作先生の珠玉の励まし 誓いの明日へ——日蓮門下を語る(未来ジャーナル3月1日付から)
<妙一尼>
◇"人類の春"へ 師弟の大道を
青年こそ、希望です。人類の宝であり、未来の建設者です。
わが師・戸田城聖先生は、青年への限りない信頼を語られました。
「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」
「青年よ、一人立て! 二人は必ず立たん、三人はまた続くであろう」
戸田先生が青年に託されたのは、苦しむ民衆を救う「世界広布」の実現であり、仏法を基調として、壮大な平和・文化・教育の花が咲く新世紀です。
私は、同じ思いで、わが未来部を見つめています。皆さんこそ、21世紀を創り、22世紀も照らしていく主人公だからです。
人類は今、重大な分岐点に立っています。核兵器、気候変動、疫病、難民——世界の英知を結集し、乗り越えなければならない課題が山積しています。
その活路を開く希望こそ、日々、学び鍛えゆく若き皆さんの「熱と力」なのです。
日蓮大聖人が立宗宣言された時も、また創価学会が創立された時も、自然災害や争いなど、民衆は不安と苦悩の渦中にありました。
最も大変な"冬の時代"にこそ、人々の"新たな春"を断固と勝ち開く! ここに、創価の誉れの原点があり、使命があります。
今回は、世界の同志が人生の指針とする、「妙一尼御前御消息」の一節を一緒に学ぼう!
大聖人が「竜の口の法難」「佐渡流罪」という大難に遭われる中、門下にも弾圧の嵐が吹き荒れ、退転してしまう人間も多く出ました。しかし、鎌倉に住む妙一尼とその夫は、所領を没収されるなどの迫害にも屈せず、師弟の道を貫き通したのです。
その後、大聖人は佐渡流罪を勝ち越えられました。残念ながら、妙一尼の夫は、その知らせを聞く前に亡くなります。残された妙一尼は、体が強くない上に、病気の子どもを抱えていました。
そうした大変な中でも、大聖人のもとでお仕えするように家の使用人を遣わし、また、真心の御供養の品々をお届けしました。
強く清らかな信心が輝く妙一尼に対し、大聖人は、万感を込めて励ましのお手紙をつづられました。
「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を」(御書1253ページ)
冬は必ず春となる——これは、不変の自然の法則です。冬が秋に逆戻りすることはありません。同じように、まじめに信心に生き抜く人が、悩みに迷う凡夫のままで終わることは絶対にない。必ず仏の境涯を開いて、晴れ晴れと幸福勝利の春を迎えることができる——これが大聖人のお約束です。
桜が冬の寒さに耐え、美しい花を満開に咲かせるように、人間もまた、厳しい鍛錬の冬があってこそ、強く、たくましくなれる。可能性の花を咲かせ、栄光の実を結ぶことができます。
冬の試練の間の成長は、目には見えないかもしれません。でも、皆さんの生命の奥深くでは、前へ前へと、絶え間ない成長のリズムが刻まれています。冬の間にこそ、どう力を蓄えるか。どう心を磨き、夢と理想の翼を広げるか。ここに青春を勝ちゆく鍵があります。
「法華経を信ずる人は冬のごとし」です。苦難の冬に、成長と勝利の因を積んでいけるのが、信心であり、題目です。"題目の人に断じて不幸なし"と申し上げておきたいのです。
「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」
私が小説『人間革命』『新・人間革命』の執筆を通して半世紀以上、訴えてきた主題です。"苦悩の冬を勝利の春へ"と変える一人の人間革命の劇は、それぞれの家庭に社会に、さらに国土に"春"をもたらし、そして全人類の"春"をも実現することができる。
皆さんが、現在、直面している悩みに打ち勝つことは、自分自身の青春の凱歌はもとより、人々の平和と幸福へ連動していくのです。
この「人間革命」の哲理に深く賛同してくださったのが、世界的な研究機関「ローマクラブ」の創設者アウレリオ・ペッチェイ博士です。
会見で博士は語られました。
「経済の成長に限界はあります。しかし、人間の学習に限界はありません」
「外の資源は有限ですが、人間の内なる富は無限です。未開発です。これを引き出していくのが人間革命です」
そして博士は、何よりも未来を開きゆく青年たちに、大きな期待を寄せられました。
わが後継の未来部の発足は1964年——。私は、アジア、オセアニア、ヨーロッパと世界各地を回り、小説『人間革命』の執筆を開始する中で、次代の一切を託す、新生の未来部を結成しました。
今や世界のあの地この地で、未来部出身の友が、人間革命の勇者として大活躍しています。
学会創立100周年の2030年、そして22世紀から遥かその先へ、世界広布の万年の流れを決する後継の源流こそ、今の未来部の皆さんです。
学会の未来、そして世界の未来を、私は皆さんに託します。
さあ、人類の春を呼ぶ偉大な青春の大道を、朗らかに歩みゆこう!
永遠に私と共に!
世界の同志と共々に!
忍耐強く学び抜け!
力を蓄え 心を磨き
理想の翼を広げよう!
それが真の親孝行だ!
如説修行抄 P505
『南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経と唱えて唱へ死に死るならば釈迦多宝十方の諸仏霊山会上にして御契約なれば須臾の程に飛び来りて手をとり肩に引懸けて霊山へはしり給はば二聖二天十羅刹女は受持の者を擁護し諸天善神は天蓋を指し旛を上げて我等を守護して慥かに寂光の宝刹へ送り給うべきなり』
【通解】
南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経と題目を唱えに唱えとおして死んでいくならば、釈迦・多宝・それに十方の諸仏が、霊山会上で約束があったとおりに、ただちに飛んで来て、手を取って肩にかけ、霊山にたちまち連れていって下さるのであり、
薬王菩薩と勇勢菩薩の二聖、持国天王と毘沙門天王の二天、それから十羅刹女等が、妙法受持の者をかばい護り、諸天善神は天蓋を指し旗をかかげわれわれを守護して、たしかに常寂光の仏国土に、送りとどけて下さるのである。
名字の言 詩人・金子みすゞさんの作品を口ずさんでみよう。 2020年3月10日
いつも通る道の周りがカラフルになった。早咲きのピンクの桜や春の花々が風に踊っている。畑には緑の春野菜が鮮やかだ▼童謡詩人・金子みすゞさんの作品「土」を口ずさんだ。「こっつん、こっつん、/打たれる土は、/よい畑になって、/よい麦生むよ」「朝から晩まで、/踏まれる土は、/よい路になって、/車をとおすよ」(『金子みすゞ童謡全集』JULA出版局)▼「童謡は声を出して書いています。つまり、作家の呼吸のリズムなんです」と、ある童謡詩人が教えてくれた。「だから、みすゞさんの作品を声に出して読むと、彼女の呼吸が自分の呼吸になるので、作品が読む人の心に深く強く入ってくるのではないでしょうか」▼作品「土」は、こう続く。「打たれぬ土は、/踏まれぬ土は、/要らない土か」「いえいえ、それは、/名のない草の、/お宿をするよ」。みすゞさんのまなざしには、いつもハッとさせられる。いろいろなことに気付かせてくれる▼世界桂冠詩人の池田先生は、名もなき花や草木、道端の小石や砂など、地球上の全てのものに、かけがえのない「いのちの輝き」を見るのが「詩人の目」である、と。春の野菜は「芽吹き野菜」という。生命力に満ちあふれる季節は「いのちの輝き」に満ちている。(川)
寸鉄 2020年3月10日
信仰は生活であって観念の遊戯でない—戸田先生苦境でも実証示す勇者に
きょう農山漁村女性の日命育む聖業支える農漁光部"婦女"の友の活躍光る
励ましは相手の話を聴くことから。電話一本も心込め。抜苦与楽の精神で
手洗い時、半数超の人が指先までよく洗えていないと。基本を励行し防御
仕事の連絡等装った不審メール急増。テレワークの人ら標的。警戒忘るな
☆池田大作先生の珠玉の励まし 誓いの明日へ——日蓮門下を語る(未来ジャーナル3月1日付から)
<妙一尼>
◇"人類の春"へ 師弟の大道を
青年こそ、希望です。人類の宝であり、未来の建設者です。
わが師・戸田城聖先生は、青年への限りない信頼を語られました。
「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」
「青年よ、一人立て! 二人は必ず立たん、三人はまた続くであろう」
戸田先生が青年に託されたのは、苦しむ民衆を救う「世界広布」の実現であり、仏法を基調として、壮大な平和・文化・教育の花が咲く新世紀です。
私は、同じ思いで、わが未来部を見つめています。皆さんこそ、21世紀を創り、22世紀も照らしていく主人公だからです。
人類は今、重大な分岐点に立っています。核兵器、気候変動、疫病、難民——世界の英知を結集し、乗り越えなければならない課題が山積しています。
その活路を開く希望こそ、日々、学び鍛えゆく若き皆さんの「熱と力」なのです。
日蓮大聖人が立宗宣言された時も、また創価学会が創立された時も、自然災害や争いなど、民衆は不安と苦悩の渦中にありました。
最も大変な"冬の時代"にこそ、人々の"新たな春"を断固と勝ち開く! ここに、創価の誉れの原点があり、使命があります。
今回は、世界の同志が人生の指針とする、「妙一尼御前御消息」の一節を一緒に学ぼう!
大聖人が「竜の口の法難」「佐渡流罪」という大難に遭われる中、門下にも弾圧の嵐が吹き荒れ、退転してしまう人間も多く出ました。しかし、鎌倉に住む妙一尼とその夫は、所領を没収されるなどの迫害にも屈せず、師弟の道を貫き通したのです。
その後、大聖人は佐渡流罪を勝ち越えられました。残念ながら、妙一尼の夫は、その知らせを聞く前に亡くなります。残された妙一尼は、体が強くない上に、病気の子どもを抱えていました。
そうした大変な中でも、大聖人のもとでお仕えするように家の使用人を遣わし、また、真心の御供養の品々をお届けしました。
強く清らかな信心が輝く妙一尼に対し、大聖人は、万感を込めて励ましのお手紙をつづられました。
「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を」(御書1253ページ)
冬は必ず春となる——これは、不変の自然の法則です。冬が秋に逆戻りすることはありません。同じように、まじめに信心に生き抜く人が、悩みに迷う凡夫のままで終わることは絶対にない。必ず仏の境涯を開いて、晴れ晴れと幸福勝利の春を迎えることができる——これが大聖人のお約束です。
桜が冬の寒さに耐え、美しい花を満開に咲かせるように、人間もまた、厳しい鍛錬の冬があってこそ、強く、たくましくなれる。可能性の花を咲かせ、栄光の実を結ぶことができます。
冬の試練の間の成長は、目には見えないかもしれません。でも、皆さんの生命の奥深くでは、前へ前へと、絶え間ない成長のリズムが刻まれています。冬の間にこそ、どう力を蓄えるか。どう心を磨き、夢と理想の翼を広げるか。ここに青春を勝ちゆく鍵があります。
「法華経を信ずる人は冬のごとし」です。苦難の冬に、成長と勝利の因を積んでいけるのが、信心であり、題目です。"題目の人に断じて不幸なし"と申し上げておきたいのです。
「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」
私が小説『人間革命』『新・人間革命』の執筆を通して半世紀以上、訴えてきた主題です。"苦悩の冬を勝利の春へ"と変える一人の人間革命の劇は、それぞれの家庭に社会に、さらに国土に"春"をもたらし、そして全人類の"春"をも実現することができる。
皆さんが、現在、直面している悩みに打ち勝つことは、自分自身の青春の凱歌はもとより、人々の平和と幸福へ連動していくのです。
この「人間革命」の哲理に深く賛同してくださったのが、世界的な研究機関「ローマクラブ」の創設者アウレリオ・ペッチェイ博士です。
会見で博士は語られました。
「経済の成長に限界はあります。しかし、人間の学習に限界はありません」
「外の資源は有限ですが、人間の内なる富は無限です。未開発です。これを引き出していくのが人間革命です」
そして博士は、何よりも未来を開きゆく青年たちに、大きな期待を寄せられました。
わが後継の未来部の発足は1964年——。私は、アジア、オセアニア、ヨーロッパと世界各地を回り、小説『人間革命』の執筆を開始する中で、次代の一切を託す、新生の未来部を結成しました。
今や世界のあの地この地で、未来部出身の友が、人間革命の勇者として大活躍しています。
学会創立100周年の2030年、そして22世紀から遥かその先へ、世界広布の万年の流れを決する後継の源流こそ、今の未来部の皆さんです。
学会の未来、そして世界の未来を、私は皆さんに託します。
さあ、人類の春を呼ぶ偉大な青春の大道を、朗らかに歩みゆこう!
永遠に私と共に!
世界の同志と共々に!
2020年3月9日月曜日
2020.03.09 わが友に贈る
◇今週のことば
2020年2月17日
可延定業書 P986
『きわめてまけじたまし(不負魂)の人にて我がかたの事をば大事と申す人なり』
【通解】
(四条金吾殿は)極めて負けじ魂の人で、自分の味方(信心の同志)のことを大切にする人です。
名字の言 『御書全集』のスペイン語監修者。「日蓮は宗派を超えて精神世界にそびえ立つ」 2020年3月9日
久しぶりに電話で話をした信心の大先輩。「最近、御書を開く時間が増えて、感動を新たにしています」と語っていた▼約1600ページにわたり、びっしりと詰まった日蓮大聖人の言々句々。その多くが迫害の嵐の中でつづられた、門下への励ましのお手紙である。電話口の先輩の声は弾んでいた。「大聖人の大慈悲が心に染みます。私も地区の同志の顔を思い浮かべ、筆を執る毎日です」▼「文は人なり」という。御書を拝することは、大聖人の御境涯に迫り触れることにほかならない。スペイン語版『御書全集』の総合監修を務めたカルロス・ルビオ博士は言う。「日蓮の手紙を読むと、誠実さや人間的な温かさと知性がにじみ出ており、宗派性を超えて高く精神世界にそびえ立っています。人間としての日蓮に親しみが湧いてくるのは、私だけではないでしょう」▼文永9年3月に、大聖人が流罪の地から弟子一同に対して認められた「佐渡御書」の末文には、「佐渡の国は紙候はぬ」(御書961ページ)と。"本当は一人一人に書いて送りたいが、紙もなく、この一通しか書けないので志ある弟子たち皆で読んでほしい"との心情が拝せられる▼困難の時こそ、御聖訓を拝せる有り難さが分かる。御書は未来を照らす希望の光源である。(之)
寸鉄 2020年3月9日
『新・人間革命』は世界の若者を啓発する力が凝結—識者。心に刻む一時を
中国方面の「女性の日」。何があろうが題目!勝利の春呼ぶ婦女一体の連帯
苦難の中でこそ智慧は得られる—詩人。男子部がライブ講義。逞しき発想
紙製品買い占めは媒体の過剰報道も因—日本の学者。情報社会の落とし穴
肺炎で便乗詐欺。「水道管にウイルス付着で除菌が必要」は嘘。冷静に見破れ
☆池田大作先生の珠玉の励まし 春夏秋冬ほがらかに(少年少女きぼう新聞3月1日付から)
<学びの旅へ>
2030年へ ヒマラヤのように堂々と
6年生のみなさん、卒業おめでとう。1年生から5年生のみんなも、進級おめでとう!
この「少年少女きぼう新聞」との名前の通り、みなさんは私の希望です。創価家族の最高の希望です。毎月、新聞に光っているみんなの笑顔を、私は何よりの楽しみとして、見つめています。
創価学会ができて90周年。みんなのお父さんやお母さんたちと目指してきた100周年(2030年)まで、あと10年となりました。世界にとって、全人類にとって、とても大事な10年です。
学会の「人間革命」の運動は、平和を願う人々から、かけがえのない世界市民の連帯として注目され、期待されています。その後を継ぐみなさんこそ、21世紀の大舞台で活躍し、22世紀まで照らしていく宝の人です。これからの10年、みなさんとともに地球の希望は大きく明るく輝きゆくのです。
成長するみなさんを思う時、私の胸には一つの光景がうかびます。ネパールからシンガポールへ移動するなかで機中から見た、ヒマラヤ山脈の堂々たる姿です。
ヒマラヤは「世界の屋根」と呼ばれ、東西2400キロに、世界一高い8848メートルのエベレストをはじめ、8000メートルをこえる山が14もある大山脈です。
私には、みなさんが将来、力強く胸をはって、世界の友と仲良く肩を組んでいく姿に見えます。
なぜヒマラヤは、あんなに高く、立派なのでしょうか。
実は、地球の大地は、長い時間をかけて動いています。はるか大昔、今のインドの大地がアジア大陸にしょうとつし、そこにしわがよって盛り上がったのが、ヒマラヤ山脈です。大きな大地のかたまり同士がぶつかって、固い岩ばんを曲げるほど強い力が生まれ、高い山脈ができたのです。
以来、ヒマラヤは毎年、少しずつ高くなり続けています。山頂では、岩をもけずるような風速320キロのもうれつな風が吹いていますが、王者のごとく、なおも成長し続けています。だから、あんなに高く、立派なのです。
夢に向かって挑戦を続ける人は、必ず成長できます。たとえ、1日1ミリであったとしても、1年たったら36センチ5ミリです。10年では3メートル65センチになります。勉強やスポーツも、習い事も、少しずつでも挑戦し、成長していけば、いつの日か、自分でも思ってもみないほど前進しています。
今は、夢が見つからなくても大丈夫。一つ一つ、自分らしく、ねばり強く努力していく時、もう成長は始まっているからです。好きなこと、やりたいことも、だんだんと見えてきます。
一つ、大切なポイントがあります。「ほかの人にいやな思いをさせないこと」です。少しむずかしい言い方をすると、「他人の不幸の上に、自分の幸福を築くことはしない」ということです。これは、私がハーバード大学で講演した時にも多くの人が賛成してくれた、創価の哲学の一つです。
大好きな少年少女部歌「Be Brave! 獅子の心で」の歌詞に、「笑顔はみんなのパスポート」とあります。
日蓮大聖人は「困難を楽しんでいきなさい」(御書750ページ、意味)と教えられました。何があっても、春夏秋冬ほがらかに、笑顔で前進できる人は、未来の勝利者となる。大きく友情を広げていけます。
どうか、ヒマラヤのごとく高く成長し、ヒマラヤのごとくゆう然と友情のスクラムを組んで、2030年に向かって、強くほがらかに進んでいってください。
今日も新たな学びの旅の出発です。
一緒に、世界へ羽ばたこう!
2020年2月17日
可延定業書 P986
『きわめてまけじたまし(不負魂)の人にて我がかたの事をば大事と申す人なり』
【通解】
(四条金吾殿は)極めて負けじ魂の人で、自分の味方(信心の同志)のことを大切にする人です。
名字の言 『御書全集』のスペイン語監修者。「日蓮は宗派を超えて精神世界にそびえ立つ」 2020年3月9日
久しぶりに電話で話をした信心の大先輩。「最近、御書を開く時間が増えて、感動を新たにしています」と語っていた▼約1600ページにわたり、びっしりと詰まった日蓮大聖人の言々句々。その多くが迫害の嵐の中でつづられた、門下への励ましのお手紙である。電話口の先輩の声は弾んでいた。「大聖人の大慈悲が心に染みます。私も地区の同志の顔を思い浮かべ、筆を執る毎日です」▼「文は人なり」という。御書を拝することは、大聖人の御境涯に迫り触れることにほかならない。スペイン語版『御書全集』の総合監修を務めたカルロス・ルビオ博士は言う。「日蓮の手紙を読むと、誠実さや人間的な温かさと知性がにじみ出ており、宗派性を超えて高く精神世界にそびえ立っています。人間としての日蓮に親しみが湧いてくるのは、私だけではないでしょう」▼文永9年3月に、大聖人が流罪の地から弟子一同に対して認められた「佐渡御書」の末文には、「佐渡の国は紙候はぬ」(御書961ページ)と。"本当は一人一人に書いて送りたいが、紙もなく、この一通しか書けないので志ある弟子たち皆で読んでほしい"との心情が拝せられる▼困難の時こそ、御聖訓を拝せる有り難さが分かる。御書は未来を照らす希望の光源である。(之)
寸鉄 2020年3月9日
『新・人間革命』は世界の若者を啓発する力が凝結—識者。心に刻む一時を
中国方面の「女性の日」。何があろうが題目!勝利の春呼ぶ婦女一体の連帯
苦難の中でこそ智慧は得られる—詩人。男子部がライブ講義。逞しき発想
紙製品買い占めは媒体の過剰報道も因—日本の学者。情報社会の落とし穴
肺炎で便乗詐欺。「水道管にウイルス付着で除菌が必要」は嘘。冷静に見破れ
☆池田大作先生の珠玉の励まし 春夏秋冬ほがらかに(少年少女きぼう新聞3月1日付から)
<学びの旅へ>
2030年へ ヒマラヤのように堂々と
6年生のみなさん、卒業おめでとう。1年生から5年生のみんなも、進級おめでとう!
この「少年少女きぼう新聞」との名前の通り、みなさんは私の希望です。創価家族の最高の希望です。毎月、新聞に光っているみんなの笑顔を、私は何よりの楽しみとして、見つめています。
創価学会ができて90周年。みんなのお父さんやお母さんたちと目指してきた100周年(2030年)まで、あと10年となりました。世界にとって、全人類にとって、とても大事な10年です。
学会の「人間革命」の運動は、平和を願う人々から、かけがえのない世界市民の連帯として注目され、期待されています。その後を継ぐみなさんこそ、21世紀の大舞台で活躍し、22世紀まで照らしていく宝の人です。これからの10年、みなさんとともに地球の希望は大きく明るく輝きゆくのです。
成長するみなさんを思う時、私の胸には一つの光景がうかびます。ネパールからシンガポールへ移動するなかで機中から見た、ヒマラヤ山脈の堂々たる姿です。
ヒマラヤは「世界の屋根」と呼ばれ、東西2400キロに、世界一高い8848メートルのエベレストをはじめ、8000メートルをこえる山が14もある大山脈です。
私には、みなさんが将来、力強く胸をはって、世界の友と仲良く肩を組んでいく姿に見えます。
なぜヒマラヤは、あんなに高く、立派なのでしょうか。
実は、地球の大地は、長い時間をかけて動いています。はるか大昔、今のインドの大地がアジア大陸にしょうとつし、そこにしわがよって盛り上がったのが、ヒマラヤ山脈です。大きな大地のかたまり同士がぶつかって、固い岩ばんを曲げるほど強い力が生まれ、高い山脈ができたのです。
以来、ヒマラヤは毎年、少しずつ高くなり続けています。山頂では、岩をもけずるような風速320キロのもうれつな風が吹いていますが、王者のごとく、なおも成長し続けています。だから、あんなに高く、立派なのです。
夢に向かって挑戦を続ける人は、必ず成長できます。たとえ、1日1ミリであったとしても、1年たったら36センチ5ミリです。10年では3メートル65センチになります。勉強やスポーツも、習い事も、少しずつでも挑戦し、成長していけば、いつの日か、自分でも思ってもみないほど前進しています。
今は、夢が見つからなくても大丈夫。一つ一つ、自分らしく、ねばり強く努力していく時、もう成長は始まっているからです。好きなこと、やりたいことも、だんだんと見えてきます。
一つ、大切なポイントがあります。「ほかの人にいやな思いをさせないこと」です。少しむずかしい言い方をすると、「他人の不幸の上に、自分の幸福を築くことはしない」ということです。これは、私がハーバード大学で講演した時にも多くの人が賛成してくれた、創価の哲学の一つです。
大好きな少年少女部歌「Be Brave! 獅子の心で」の歌詞に、「笑顔はみんなのパスポート」とあります。
日蓮大聖人は「困難を楽しんでいきなさい」(御書750ページ、意味)と教えられました。何があっても、春夏秋冬ほがらかに、笑顔で前進できる人は、未来の勝利者となる。大きく友情を広げていけます。
どうか、ヒマラヤのごとく高く成長し、ヒマラヤのごとくゆう然と友情のスクラムを組んで、2030年に向かって、強くほがらかに進んでいってください。
今日も新たな学びの旅の出発です。
一緒に、世界へ羽ばたこう!
2020年3月8日日曜日
2020.03.08 わが友に贈る
心に師を持つ人は強い。
苦しい時も楽しい時も
「師ならどうするか」
自身に問い掛けながら
無限の向上の歴史を!
上野殿御消息 P1527
『されば昔は一切の男は父なり女は母なり然る間生生世世に皆恩ある衆生なれば皆仏になれと思ふべきなり』
【通解】
ですから、昔(過去世)は一切の男が父であり、女は母なのです。そういうわけで、生々世々に皆、恩のある衆生なのですから、皆が仏になれるようにと願うべきなのです。
名字の言 イソップ童話「うさぎとかめ」。世界ではどう読まれている? 2020年3月8日
イソップ童話の「うさぎとかめ」は、足の速いウサギと遅いカメが競走し、油断して眠ったウサギに、カメが勝利する物語。ゆっくりでも着実に前進する大切さを伝える話とされる▼童話は世界的に有名だが「人や国によって解釈が異なるようです」と、取材先の識者が教えてくれた。ある国際会議で彼が童話の教訓を話すと、エジプトの学者はウサギとカメの競走自体が愚かだと力説。ウサギにもカメにもそれぞれ良さがあることから、「個性の尊重」が童話の真意ではないかと述べた▼一方、タイの学者は「共に生きる」がテーマと主張した。ウサギが横たわっているのに、なぜ声を掛けないのか。眠っているだけならいいが、病気やけがだったら大変だ。そんな時はウサギを起こして一緒にゴールを目指すことを子どもたちに教えたい、と▼「着実な前進」「個性の尊重」「共生」——同じ話でも国や文化が異なれば受け止め方も違う。とはいえ、どれも知恵に満ちた興味深い観点。捉え方の"違い"は"豊かさ"ともいえよう▼心の状態によって現実は姿を変える。御書に「浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり」(384ページ)と。伸びよう、学ぼうという心がある限り、どんな状況も成長の好機に変えられる。(燦)
寸鉄 2020年3月8日
「災来るとも変じて幸と為らん」御書。変毒為薬の信心。確信の祈りで前進
芸術部の日。妙法の名優の活躍は同志の誉れ!更なる高みへ心と技を錬磨
国際女性デー。婦人部・女子部こそ「女性の世紀」の太陽。皆様に福徳あれ
本紙届ける「無冠の友」に心から感謝。地道な献身ありて希望哲学は社会へ
日本人の睡眠時間は世界最短と。心身の不調の元。生活リズムの見直し賢く
☆中央ミンダナオ大学の名誉博士号授与式 池田先生の謝辞
一、本日、「教育の大国」フィリピン屈指の名門学府より、最高に誉れある「名誉教育経営学博士号」を賜りました。
この栄誉を、模範の良き国民、良き市民として地域社会の発展に貢献を貫く、わがフィリピンSGIの不二の宝友と共に拝受させていただきます。
そして、平和の信念の人間教育者として、貴国をはじめアジアを深く愛し、「地球民族主義」の理念を提唱した、わが師・戸田城聖先生に謹んで捧げさせていただきたいのであります。
恩師の生誕120年に当たり、弟子としてこれほどの光栄はございません。
デリへ学長はじめ諸先生方のご厚情に、心より御礼を申し上げます。
誠に誠に、ありがとうございます(拍手)。
◇大山の如く厳然たる未来の指標
一、貴大学は、1910年設立の農業学校を淵源とし、世紀を超えて幾多の卓越した人材を育成してこられました。
山は人を育て、人を高みへ導きます。
まさしく校章に描かれた、秀麗なムスアン山の如く、ミンダナオの天地に聳え立つ教育の大山として厳然と、また悠然と青年を薫陶されるとともに、崇高なる未来への指標を明確に示されてきたのであります。
高度な教育・研究機関の充実を通して、地域の産業の発展や医療への貢献とともに、緑化をはじめ環境の改善に寄与してこられたことも、感銘深く伺っております。教員やエンジニアなど国家試験の合格率でも極めて高い評価を勝ち取ってこられました。
英邁なるデリへ学長のリーダーシップのもと、貴大学は「持続可能な地球環境と人道的な社会の創造のための全人教育に取り組み、アセアンをリードする」とのビジョンを掲げて、前進されています。
私は心からの共鳴を禁じ得ません。
◇民衆の大地を潤すのは「青年」
一、実は、この1月、発表した提言で、私は気候変動などの未曽有の危機も、時代の潮流を転換させるチャンスに変えることができるとの信条を吐露しました。
そして人類が共に直面する試練をグローバルな行動の連帯を生み出す触媒へ転じていく要として、青年と大学に光を当てたのです。
その意味において、貴大学の先駆の挑戦に学びつつ、新たな潮流を強め広げゆく三つの希望の力を確認し合いたいと思います。
第一の希望は、青年への信頼と励ましの力であります。
貴大学の校歌には、青年の学びと貢献の力への信頼が高らかに謳われております。
「私たちは今、偽りの心なく/あなたの泉から湧き出る水を飲む/わが愛する祖国に尽くせるよう/自らを備えるために」とあります。
貴大学の満々たる「知性の泉」から、若き逸材は生き生きと英知を湧き出しながら、力強く民衆の大地を潤してきたのであります。
その青年の向学と献身をいやまして高める原動力こそ、デリヘ学長が率先して続けておられる学生一人一人への励ましではないでしょうか。
学長が学生たちの輪の中に飛び込んで、ある時は「探究の先輩」として、また、ある時は「慈愛の父」として、激励をされている姿はまさに人間教育の鑑であります。
私は、偉大な民衆教育の先人でもあった、貴国のホセ・リサール博士が、皆の前で褒められた子は、翌日、それに倍する勉強をして登校してくるというエピソードを紹介されていたことを思い起こします。博士は「自信が英雄的事業を生む」(岩崎玄訳『ノリ・メ・タンヘレ—わが祖国に捧げる—』井村文化事業社)と論じておりました。
私の恩師も青年を信じ、一切を青年に託してくださいました。その信頼と励ましがあればこそ、私たちは思う存分の力を発揮できたのであります。
この人間教育の希望の連鎖を、私たちは一段と強め、拡大していきたいと思います。
◇「希望の太陽」はわが生命に
一、第二の希望は、不屈の楽観主義が生み出す建設のエネルギーであります。
10年前、わが創価学園、創価大学にお迎えしたデリへ学長が、不屈の楽観主義で青春の苦闘を勝ち越えられた足跡を通し、大いなる勇気を若き生命に贈ってくださったことも、忘れ得ぬ思い出です。
人生も社会も、いたずらに不安や悲観や落胆などに流されず、いかに前進の一歩を踏み出していくか。
45年前、共に対談集を発刊した、大歴史学者のトインビー博士とも、人類が、いかなる試練にも屈せず、新たな生命尊厳の文明を創造していく21世紀を展望し合いました。この博士が、どんな苦難もはねかえす活力と楽観主義を見いだして感嘆されていたのが、貴国フィリピンの民衆だったのであります。
フィリピンSGIの友と私の合言葉の一つも「希望の太陽」であります。
時代の闇が深ければ深いほど、明るく朗らかな歌声を忘れずに、一人一人の生命から「希望の太陽」を昇らせ、建設のエネルギーを漲らせていきたいのであります。
◇友情の絆強めて調和の世紀を
一、第三の希望は、世界の大学の連帯の力であります。
貴国フィリピンには、高貴な伝統精神たる「パキキサマ(友情)」「パグカカイサ(団結)」の心が脈打ってきました。それは、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の根本理念である「誰も置き去りにしない」とも強く共鳴しております。
デリヘ学長をはじめ貴国の教育界の先生方と手を携えて、大学の交流を幾重にも結ぶ中で、この貴国の開かれた心の大きさと温かさに感服してきた一人であります。
学長が確信されている「結合と協力の圧倒的な力」を、私もまた信じてやみません。
今年の提言で、私はSDGsの達成期限である2030年へ"青年行動の10年"ともいうべき波を起こすことを呼びかけるとともに、世界の大学の取り組みに期待を託しました。
創価大学も「国連アカデミック・インパクト」の一員として挑戦を開始しております。
貴大学との尊き「パキキサマ(友情)」「パグカカイサ(団結)」の絆を強めながら、人道と調和と共生の世紀の建設へ、共々に邁進しゆくことをお約束し、謝辞とさせていただきます。
愛するフィリピン共和国に、無窮の繁栄と平和あれ! マラミン・サラマッポ!(フィリピノ語で「誠にありがとうございました!」)(大拍手)
苦しい時も楽しい時も
「師ならどうするか」
自身に問い掛けながら
無限の向上の歴史を!
上野殿御消息 P1527
『されば昔は一切の男は父なり女は母なり然る間生生世世に皆恩ある衆生なれば皆仏になれと思ふべきなり』
【通解】
ですから、昔(過去世)は一切の男が父であり、女は母なのです。そういうわけで、生々世々に皆、恩のある衆生なのですから、皆が仏になれるようにと願うべきなのです。
名字の言 イソップ童話「うさぎとかめ」。世界ではどう読まれている? 2020年3月8日
イソップ童話の「うさぎとかめ」は、足の速いウサギと遅いカメが競走し、油断して眠ったウサギに、カメが勝利する物語。ゆっくりでも着実に前進する大切さを伝える話とされる▼童話は世界的に有名だが「人や国によって解釈が異なるようです」と、取材先の識者が教えてくれた。ある国際会議で彼が童話の教訓を話すと、エジプトの学者はウサギとカメの競走自体が愚かだと力説。ウサギにもカメにもそれぞれ良さがあることから、「個性の尊重」が童話の真意ではないかと述べた▼一方、タイの学者は「共に生きる」がテーマと主張した。ウサギが横たわっているのに、なぜ声を掛けないのか。眠っているだけならいいが、病気やけがだったら大変だ。そんな時はウサギを起こして一緒にゴールを目指すことを子どもたちに教えたい、と▼「着実な前進」「個性の尊重」「共生」——同じ話でも国や文化が異なれば受け止め方も違う。とはいえ、どれも知恵に満ちた興味深い観点。捉え方の"違い"は"豊かさ"ともいえよう▼心の状態によって現実は姿を変える。御書に「浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり」(384ページ)と。伸びよう、学ぼうという心がある限り、どんな状況も成長の好機に変えられる。(燦)
寸鉄 2020年3月8日
「災来るとも変じて幸と為らん」御書。変毒為薬の信心。確信の祈りで前進
芸術部の日。妙法の名優の活躍は同志の誉れ!更なる高みへ心と技を錬磨
国際女性デー。婦人部・女子部こそ「女性の世紀」の太陽。皆様に福徳あれ
本紙届ける「無冠の友」に心から感謝。地道な献身ありて希望哲学は社会へ
日本人の睡眠時間は世界最短と。心身の不調の元。生活リズムの見直し賢く
☆中央ミンダナオ大学の名誉博士号授与式 池田先生の謝辞
一、本日、「教育の大国」フィリピン屈指の名門学府より、最高に誉れある「名誉教育経営学博士号」を賜りました。
この栄誉を、模範の良き国民、良き市民として地域社会の発展に貢献を貫く、わがフィリピンSGIの不二の宝友と共に拝受させていただきます。
そして、平和の信念の人間教育者として、貴国をはじめアジアを深く愛し、「地球民族主義」の理念を提唱した、わが師・戸田城聖先生に謹んで捧げさせていただきたいのであります。
恩師の生誕120年に当たり、弟子としてこれほどの光栄はございません。
デリへ学長はじめ諸先生方のご厚情に、心より御礼を申し上げます。
誠に誠に、ありがとうございます(拍手)。
◇大山の如く厳然たる未来の指標
一、貴大学は、1910年設立の農業学校を淵源とし、世紀を超えて幾多の卓越した人材を育成してこられました。
山は人を育て、人を高みへ導きます。
まさしく校章に描かれた、秀麗なムスアン山の如く、ミンダナオの天地に聳え立つ教育の大山として厳然と、また悠然と青年を薫陶されるとともに、崇高なる未来への指標を明確に示されてきたのであります。
高度な教育・研究機関の充実を通して、地域の産業の発展や医療への貢献とともに、緑化をはじめ環境の改善に寄与してこられたことも、感銘深く伺っております。教員やエンジニアなど国家試験の合格率でも極めて高い評価を勝ち取ってこられました。
英邁なるデリへ学長のリーダーシップのもと、貴大学は「持続可能な地球環境と人道的な社会の創造のための全人教育に取り組み、アセアンをリードする」とのビジョンを掲げて、前進されています。
私は心からの共鳴を禁じ得ません。
◇民衆の大地を潤すのは「青年」
一、実は、この1月、発表した提言で、私は気候変動などの未曽有の危機も、時代の潮流を転換させるチャンスに変えることができるとの信条を吐露しました。
そして人類が共に直面する試練をグローバルな行動の連帯を生み出す触媒へ転じていく要として、青年と大学に光を当てたのです。
その意味において、貴大学の先駆の挑戦に学びつつ、新たな潮流を強め広げゆく三つの希望の力を確認し合いたいと思います。
第一の希望は、青年への信頼と励ましの力であります。
貴大学の校歌には、青年の学びと貢献の力への信頼が高らかに謳われております。
「私たちは今、偽りの心なく/あなたの泉から湧き出る水を飲む/わが愛する祖国に尽くせるよう/自らを備えるために」とあります。
貴大学の満々たる「知性の泉」から、若き逸材は生き生きと英知を湧き出しながら、力強く民衆の大地を潤してきたのであります。
その青年の向学と献身をいやまして高める原動力こそ、デリヘ学長が率先して続けておられる学生一人一人への励ましではないでしょうか。
学長が学生たちの輪の中に飛び込んで、ある時は「探究の先輩」として、また、ある時は「慈愛の父」として、激励をされている姿はまさに人間教育の鑑であります。
私は、偉大な民衆教育の先人でもあった、貴国のホセ・リサール博士が、皆の前で褒められた子は、翌日、それに倍する勉強をして登校してくるというエピソードを紹介されていたことを思い起こします。博士は「自信が英雄的事業を生む」(岩崎玄訳『ノリ・メ・タンヘレ—わが祖国に捧げる—』井村文化事業社)と論じておりました。
私の恩師も青年を信じ、一切を青年に託してくださいました。その信頼と励ましがあればこそ、私たちは思う存分の力を発揮できたのであります。
この人間教育の希望の連鎖を、私たちは一段と強め、拡大していきたいと思います。
◇「希望の太陽」はわが生命に
一、第二の希望は、不屈の楽観主義が生み出す建設のエネルギーであります。
10年前、わが創価学園、創価大学にお迎えしたデリへ学長が、不屈の楽観主義で青春の苦闘を勝ち越えられた足跡を通し、大いなる勇気を若き生命に贈ってくださったことも、忘れ得ぬ思い出です。
人生も社会も、いたずらに不安や悲観や落胆などに流されず、いかに前進の一歩を踏み出していくか。
45年前、共に対談集を発刊した、大歴史学者のトインビー博士とも、人類が、いかなる試練にも屈せず、新たな生命尊厳の文明を創造していく21世紀を展望し合いました。この博士が、どんな苦難もはねかえす活力と楽観主義を見いだして感嘆されていたのが、貴国フィリピンの民衆だったのであります。
フィリピンSGIの友と私の合言葉の一つも「希望の太陽」であります。
時代の闇が深ければ深いほど、明るく朗らかな歌声を忘れずに、一人一人の生命から「希望の太陽」を昇らせ、建設のエネルギーを漲らせていきたいのであります。
◇友情の絆強めて調和の世紀を
一、第三の希望は、世界の大学の連帯の力であります。
貴国フィリピンには、高貴な伝統精神たる「パキキサマ(友情)」「パグカカイサ(団結)」の心が脈打ってきました。それは、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の根本理念である「誰も置き去りにしない」とも強く共鳴しております。
デリヘ学長をはじめ貴国の教育界の先生方と手を携えて、大学の交流を幾重にも結ぶ中で、この貴国の開かれた心の大きさと温かさに感服してきた一人であります。
学長が確信されている「結合と協力の圧倒的な力」を、私もまた信じてやみません。
今年の提言で、私はSDGsの達成期限である2030年へ"青年行動の10年"ともいうべき波を起こすことを呼びかけるとともに、世界の大学の取り組みに期待を託しました。
創価大学も「国連アカデミック・インパクト」の一員として挑戦を開始しております。
貴大学との尊き「パキキサマ(友情)」「パグカカイサ(団結)」の絆を強めながら、人道と調和と共生の世紀の建設へ、共々に邁進しゆくことをお約束し、謝辞とさせていただきます。
愛するフィリピン共和国に、無窮の繁栄と平和あれ! マラミン・サラマッポ!(フィリピノ語で「誠にありがとうございました!」)(大拍手)
2020年3月7日土曜日
2020.03.07 わが友に贈る
朝の祈りが
一日のリズムをつくる。
今日の努力が
明日の自分を輝かせる。
月々日々に前進だ!
富木尼御前御返事 P975
『設い業病なりとも法華経の御力たのもし、阿闍世王は法華経を持ちて四十年の命をのべ陳臣は十五年の命をのべたり』
【通解】
たとえ業病であっても、法華経の御力は頼もしく、病が治癒しないはずはない。
阿闍世王は法華経を受持して四十年という寿命を延ばし、天台大師の兄の陳臣も十五年の命を延ばしたといわれる。
名字の言 再会した恩師は柔らかく言ってくれた。「変わりはなかったかい?」 2020年3月7日
ある詩人が恩師と久々の再会を果たした。恩師は「変わりはなかったかい?」と声を掛けてくれた▼詩人は振り返る。あの時、「元気だったかい?」と言われれば、「ええ、元気です」と答えるしかなかった。でも、恩師は「変わりはなかったかい?」と言ってくれた。この柔らかい一言に、ずっと自分のことを思い、見守ってくれていた恩師の優しさを感じたという▼だから「言葉は心の仕事です」と詩人。「人を内面から変えることができるのは、言葉だけなのです」とも。御書に「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(563ページ)とある。言葉は心であり、相手を思う心が届いた時、その人を幸せにするエネルギーに変わるのだろう▼仏法は「身口意の三業」を説く。私たちの生命活動は、行動(身)・言葉(口)・心(意)として表れるということである。心と行動とともに、言葉が自分という人間を決める重要な要素であることに注目したい▼心ある言葉を大切にするアイヌの箴言を思い出した。「一人のうそつきがいるとコタン(集落)は滅びる」。一つでもうそがあれば、心ある言葉で成り立っている世界は崩れるからだ。心ない言葉ばかりが目立つ社会だからこそ、自分の本当の心を託した言葉を届け続けたい。(側)
寸鉄 2020年3月7日
大目的が確立すれば中目的、小目的は明確—牧口先生。誓願の炎を赤々と
天才とは、まず苦悩を受け止める先駆的な能力—作家。青年よ挑戦王たれ
消防記念日。可燃物整理や火の元始末を再確認。油断の火種絶ち無事故で
感染予防で1時間に5分は換気を—医師。手洗い・咳エチケットと併せ励行
「マスクを無料送付」不審電話やメール等相次ぐ。怪しい話はキッパリ無視
☆負けじ魂ここにあり——わが生命の学園生 第26回 東京校・関西校
学べ勝ち抜け 世界まで!
君たちには正義の勝利の旗を
打ち立てる「栄光の使命」が!
「師弟の出会いがあるところ、豊かな『詩』が生まれます。師弟の闘争があるところ、魂の旋律ともいうべき偉大な『歌』が生まれます」
創立40周年を前に、創価学園では、創立者・池田先生が作詞した新たな"父子の歌"が次々と誕生していた。
2005年11月には、関西創価学園歌「関西創価 わが誇り」が。
翌06年2月には、女子学園生歌「幸福の乙女」。
そして、40周年を翌月に控えた07年10月、関西創価学園寮歌「我らの城」が発表された。
◇
"寮歌を作ろう!"
関西校の男子寮である金星寮では、これまで何度も「寮歌作成」の挑戦が繰り広げられてきた。本格化したのは1999年頃。"新世紀に向かう歌を"との創立者の言葉を受けて火がついた。
学園の歴史や創立の精神を学び深め、歌詞を練る。いくつか候補となる歌が出来上がったものの、全員が心から納得のいくものではなかった。以来、先輩から後輩へ、決意のバトンが託されてきた。
寮生たちは良き伝統を築こうと、勉強、クラブ活動、読書、対話にも励んだ。寮歌作成の熱意は、学園建設の新たな息吹を巻き起こしながら、作成委員会の枠を超え、次第に寮全体へと波及していったのである。
"よし! これなら!"。ようやく、心一つに歌を完成させることができたのは、池田先生の金星寮訪問10周年となる2005年10月のことだった。
「おめでとう!」
ずっと、彼らの挑戦を見守り続けてきた先生も、心からの祝福の言葉を送った。
その後、金星寮生は折々に、決意を込めて歌声を録音し、先生に届けていった。
2年後の07年10月、金星寮の日(10月10日)を記念して届けられた歌を聞いた先生は、その心意気に応えるように作詞のペンを執った。何度も推敲を重ねて作られた歌が、関西学園寮歌「我らの城」である。
発表されたのは10月12日。その翌日、朝早くから寮内に、力強い歌声が響いた。
♪ああ関西の 秀才城
君も 勝利の博士なり
師弟の生命の 天空に
一番星よ 光り舞え
後に、関西学園の卒業生に向け、先生は次のようなメッセージを贈った。
「君たちは、学園時代、私と会えなくとも、私の心をわが心として、関西創価学園の新たな黄金時代を築いてくれた」
「どうして、私の生命から離れることがあるだろうか」
「後輩たちが誇らかに歌っている、『関西創価 わが誇り』や『幸福の乙女』、『我らの城』の愛唱歌も、私と君たちで、一緒に創り、一緒に歌い上げた、『魂の共鳴の曲』です」
◇"一番星"の誇り
2007年10月24日、夕暮れ迫る東京・八王子市の創価大学キャンパスに、関西校の高校2年生の姿があった。伝統の創大研修である。
記念撮影のために池田記念講堂の前庭に集まっている時、誰かが叫んだ。
「池田先生や!」
整列した生徒たちの元へ、創立者を乗せた車がゆっくりと近づいて来る。
「先生!」。思いがあふれて言葉にならない学園生。
先生は窓を全開にし、白い帽子を振って真心の励ましを。
「ありがとう、ありがとう」「ご苦労さま」「お父さん、お母さんに、くれぐれも、よろしく」
そして「みんなに会えて本当によかった」「関西校は盤石だな」と語り、別れ際、クラクションが何度も何度も鳴らされた。
感動の余韻が残る講堂前で、学園生は創立者に届けと、あかね色の空に向かって、「我らの城」「関西創価 わが誇り」を力いっぱい歌い上げた。
「あの日のことを思い出すたびに、"もっと頑張らなあかんな"と、やる気が込み上げてきます」と語るのは、長沢賢一さん(関西高34期)。先生の励ましを受けて自身の限界に挑み、無理だと諦めかけていた英検1級に合格。卒業時には、創立者賞に輝いた。
アメリカ創価大学(SUA)を出た後、ミシガン大学の経済学博士課程に進学。そこで苦難の壁にぶつかった。
指導教官から与えられた研究課題に取り組むも、なかなか結果が出ない。教官との関係も悪化し、"博士課程を続けられないのでは"との焦りが募った。
それでも、学園で培った粘り強さで、さまざまな研究手法を調査。片っ端から試していった。
そんな長沢さんに、教官は"最後のチャンス"として別の課題を指示。これが転機となった。それまで試した研究手法を駆使し、教官の予想を上回る見事な研究結果を導き出したのである。
昨年、念願の博士号を取得。現在はイギリスのウォーリック大学で研究に励む。
学園時代は、金星寮で人格を磨いた長沢さん。「いつか、社会に大きく貢献できる経済学者に」と、胸には"一番星"の誇りが輝いている。
◇創立者の講座
創立50周年に向けた"新たな10年"は、池田先生からの"うれしい知らせ"で幕を開けた。
2008年4月9日に開催された東京校の第41回、関西校の第36回入学式の席上、創立者が特別文化講座「大詩人ダンテを語る」を準備していることが発表されたのだ。
待望の紙上講座は、同月23日から5回にわたって本紙に掲載された。その中で先生は、ダンテの生涯や『神曲』を通して、「正義の人生」を歩む誉れや、「師弟の絆」の重要性などを訴えた。
「大難に遭い、大難に勝つ正義の人生は、不滅の歴史を刻み、人類から永遠の喝采を受ける」「わが学園生には、正義の『勝利の旗』を未来永遠に打ち立てゆく、『栄光の使命』があると申し上げたい」
「『師弟』がなければ、破れない壁があります。『師弟』でなければ、進めない道があります」「師弟の絆ほど、美しく、強いものはない」「師弟あればこそ、弟子は困難に飛び込んでいける」
紙面に掲載される講座を、学園生たちは、創立者から直接、講義を受ける思いで真剣に学び深めた。今も人生の指針にしている人は多い。
◇負けない人生を
2009年3月11日、東京校の講堂に歓声が上がった。
「創立者が『負けじ魂ここにあり』に、新たに5番の歌詞を付けてくださいました!」
「負けじ魂ここにあり」は、1978年に東京校の生徒が作り、池田先生が加筆して、さらに4番の歌詞を贈った愛唱歌である。長年、多くの学園生に歌われてきた。
「あの日、講堂のスクリーンに5番の歌詞が映し出され、涙しながら歌ったことを、今でも鮮明に覚えています」と、川田加奈子さん(東京高39期)は語る。
当時は高校3年生。SUAを目指すも、英語のスコアが出願基準にあと一歩届かず、悔しい思いをした。世界への道を開くため、卒業後は、創価大学に進学。3年次にアフリカのケニアに渡った。現地では、NGOのインターンシップに参加し、子どもたちの健康を守る事業に携わった。
4カ月がたった頃、川田さんを試練が襲う。体調を崩して緊急入院。医師から告げられた病名は「白血病」だった。
すぐに帰国し、抗がん剤治療が始まった。髪が段々と抜け落ち、副作用に悩まされた。
"なんで自分が……"
弱気な心に覆われていく川田さんを支えたのは、創立者からの励ましと、これまで何度も口ずさんできた「負けじ魂ここにあり」だった。
"ここで、負けるわけにはいかない!"
川田さんの強い気持ちに呼応するように、治療は順調に進んだ。抗がん剤治療は1回で終了。幸いにも、白血球の型が姉と一致することが分かり、すぐに造血幹細胞移植を受けることができた。医師も驚く"理想的な最短コース"で、完全寛解になった。
川田さんはその後、"人々の健康向上に尽くしたい"と、東京大学大学院で国際保健学修士号を取得。現在は、国際的な医療機関で広報に携わる。
◇
5番の歌詞発表から、5日後の3月16日。
東京校と関西校を中継で結んで行われた卒業式で、東西の学園生が心一つに「負けじ魂ここにあり」を合唱した。
♪正義の誇りに 胸を張れ
君に託さん この大城を
学べ勝ち抜け 世界まで
負けじ魂 朗らかに
池田先生は右手を上げて節をとりながら、歌声を重ねた。
"全員が幸福に!"
"負けない人生を!"
学園生一人一人にエールを送るように——。
【池田先生の主な足跡】(2006年4月〜09年3月)
2006年
〈9月13日〉
修学旅行で東京を訪れた関西創価小学校の6年生を激励(新宿区)
2007年
〈3月16日〉
関西創価学園と中継で結び、行われた東京・創価学園の第37回卒業式に出席。「若いときは、うんと苦労するのだ。その青春の嵐の苦闘のなかで、成長し、がっちりと力をつけて、光り輝いていけばいいのだ。勝利の人生を飾っていくのだ」とスピーチ
〈9月13日〉
修学旅行で東京を訪れた関西小の6年生を激励(新宿区)
〈10月12日〉
関西学園寮歌「我らの城」を発表
〈10月24日〉
創価大学・創価女子短期大学で研修中の関西高の2年生を激励
2008年
〈3月16日〉
関西校と中継で結び、行われた東京校の第38回卒業式に出席
〈4月23日〉
創価学園特別文化講座「大詩人ダンテを語る」の第1回を本紙に掲載(全5回)
〈8月28日〉
創大・工学部(当時)でのサイエンス・サマースクールに参加していた東京・関西の中学3年、高校1年の生徒を激励
〈10月1日〉
10月1日の「栄光寮の日」を記念して、長編詩「大切な そして優秀な 創価学園栄光寮の英才に贈る」を詠む
〈10月22日〉
修学旅行で東京を訪れた関西小の6年生を激励(新宿区)
〈12月6日〉
長編詩「英知と正義の星たれ! わが学園生に贈る」を詠む(本紙発表は12月8日付)
2009年
〈3月11日〉
愛唱歌「負けじ魂ここにあり」の「5番」の歌詞を新たに作詞し、発表
〈3月16日〉
関西校と中継で結び、行われた東京校の第39回卒業式に出席。「思うようにいかない時も、へこたれない。あきらめない。朗らかに前へ進み続けた人生が、最後は必ず勝つ。まさしく不屈の『負けじ魂』こそ、真の生命の宝であり、底力であります」とスピーチ
一日のリズムをつくる。
今日の努力が
明日の自分を輝かせる。
月々日々に前進だ!
富木尼御前御返事 P975
『設い業病なりとも法華経の御力たのもし、阿闍世王は法華経を持ちて四十年の命をのべ陳臣は十五年の命をのべたり』
【通解】
たとえ業病であっても、法華経の御力は頼もしく、病が治癒しないはずはない。
阿闍世王は法華経を受持して四十年という寿命を延ばし、天台大師の兄の陳臣も十五年の命を延ばしたといわれる。
名字の言 再会した恩師は柔らかく言ってくれた。「変わりはなかったかい?」 2020年3月7日
ある詩人が恩師と久々の再会を果たした。恩師は「変わりはなかったかい?」と声を掛けてくれた▼詩人は振り返る。あの時、「元気だったかい?」と言われれば、「ええ、元気です」と答えるしかなかった。でも、恩師は「変わりはなかったかい?」と言ってくれた。この柔らかい一言に、ずっと自分のことを思い、見守ってくれていた恩師の優しさを感じたという▼だから「言葉は心の仕事です」と詩人。「人を内面から変えることができるのは、言葉だけなのです」とも。御書に「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(563ページ)とある。言葉は心であり、相手を思う心が届いた時、その人を幸せにするエネルギーに変わるのだろう▼仏法は「身口意の三業」を説く。私たちの生命活動は、行動(身)・言葉(口)・心(意)として表れるということである。心と行動とともに、言葉が自分という人間を決める重要な要素であることに注目したい▼心ある言葉を大切にするアイヌの箴言を思い出した。「一人のうそつきがいるとコタン(集落)は滅びる」。一つでもうそがあれば、心ある言葉で成り立っている世界は崩れるからだ。心ない言葉ばかりが目立つ社会だからこそ、自分の本当の心を託した言葉を届け続けたい。(側)
寸鉄 2020年3月7日
大目的が確立すれば中目的、小目的は明確—牧口先生。誓願の炎を赤々と
天才とは、まず苦悩を受け止める先駆的な能力—作家。青年よ挑戦王たれ
消防記念日。可燃物整理や火の元始末を再確認。油断の火種絶ち無事故で
感染予防で1時間に5分は換気を—医師。手洗い・咳エチケットと併せ励行
「マスクを無料送付」不審電話やメール等相次ぐ。怪しい話はキッパリ無視
☆負けじ魂ここにあり——わが生命の学園生 第26回 東京校・関西校
学べ勝ち抜け 世界まで!
君たちには正義の勝利の旗を
打ち立てる「栄光の使命」が!
「師弟の出会いがあるところ、豊かな『詩』が生まれます。師弟の闘争があるところ、魂の旋律ともいうべき偉大な『歌』が生まれます」
創立40周年を前に、創価学園では、創立者・池田先生が作詞した新たな"父子の歌"が次々と誕生していた。
2005年11月には、関西創価学園歌「関西創価 わが誇り」が。
翌06年2月には、女子学園生歌「幸福の乙女」。
そして、40周年を翌月に控えた07年10月、関西創価学園寮歌「我らの城」が発表された。
◇
"寮歌を作ろう!"
関西校の男子寮である金星寮では、これまで何度も「寮歌作成」の挑戦が繰り広げられてきた。本格化したのは1999年頃。"新世紀に向かう歌を"との創立者の言葉を受けて火がついた。
学園の歴史や創立の精神を学び深め、歌詞を練る。いくつか候補となる歌が出来上がったものの、全員が心から納得のいくものではなかった。以来、先輩から後輩へ、決意のバトンが託されてきた。
寮生たちは良き伝統を築こうと、勉強、クラブ活動、読書、対話にも励んだ。寮歌作成の熱意は、学園建設の新たな息吹を巻き起こしながら、作成委員会の枠を超え、次第に寮全体へと波及していったのである。
"よし! これなら!"。ようやく、心一つに歌を完成させることができたのは、池田先生の金星寮訪問10周年となる2005年10月のことだった。
「おめでとう!」
ずっと、彼らの挑戦を見守り続けてきた先生も、心からの祝福の言葉を送った。
その後、金星寮生は折々に、決意を込めて歌声を録音し、先生に届けていった。
2年後の07年10月、金星寮の日(10月10日)を記念して届けられた歌を聞いた先生は、その心意気に応えるように作詞のペンを執った。何度も推敲を重ねて作られた歌が、関西学園寮歌「我らの城」である。
発表されたのは10月12日。その翌日、朝早くから寮内に、力強い歌声が響いた。
♪ああ関西の 秀才城
君も 勝利の博士なり
師弟の生命の 天空に
一番星よ 光り舞え
後に、関西学園の卒業生に向け、先生は次のようなメッセージを贈った。
「君たちは、学園時代、私と会えなくとも、私の心をわが心として、関西創価学園の新たな黄金時代を築いてくれた」
「どうして、私の生命から離れることがあるだろうか」
「後輩たちが誇らかに歌っている、『関西創価 わが誇り』や『幸福の乙女』、『我らの城』の愛唱歌も、私と君たちで、一緒に創り、一緒に歌い上げた、『魂の共鳴の曲』です」
◇"一番星"の誇り
2007年10月24日、夕暮れ迫る東京・八王子市の創価大学キャンパスに、関西校の高校2年生の姿があった。伝統の創大研修である。
記念撮影のために池田記念講堂の前庭に集まっている時、誰かが叫んだ。
「池田先生や!」
整列した生徒たちの元へ、創立者を乗せた車がゆっくりと近づいて来る。
「先生!」。思いがあふれて言葉にならない学園生。
先生は窓を全開にし、白い帽子を振って真心の励ましを。
「ありがとう、ありがとう」「ご苦労さま」「お父さん、お母さんに、くれぐれも、よろしく」
そして「みんなに会えて本当によかった」「関西校は盤石だな」と語り、別れ際、クラクションが何度も何度も鳴らされた。
感動の余韻が残る講堂前で、学園生は創立者に届けと、あかね色の空に向かって、「我らの城」「関西創価 わが誇り」を力いっぱい歌い上げた。
「あの日のことを思い出すたびに、"もっと頑張らなあかんな"と、やる気が込み上げてきます」と語るのは、長沢賢一さん(関西高34期)。先生の励ましを受けて自身の限界に挑み、無理だと諦めかけていた英検1級に合格。卒業時には、創立者賞に輝いた。
アメリカ創価大学(SUA)を出た後、ミシガン大学の経済学博士課程に進学。そこで苦難の壁にぶつかった。
指導教官から与えられた研究課題に取り組むも、なかなか結果が出ない。教官との関係も悪化し、"博士課程を続けられないのでは"との焦りが募った。
それでも、学園で培った粘り強さで、さまざまな研究手法を調査。片っ端から試していった。
そんな長沢さんに、教官は"最後のチャンス"として別の課題を指示。これが転機となった。それまで試した研究手法を駆使し、教官の予想を上回る見事な研究結果を導き出したのである。
昨年、念願の博士号を取得。現在はイギリスのウォーリック大学で研究に励む。
学園時代は、金星寮で人格を磨いた長沢さん。「いつか、社会に大きく貢献できる経済学者に」と、胸には"一番星"の誇りが輝いている。
◇創立者の講座
創立50周年に向けた"新たな10年"は、池田先生からの"うれしい知らせ"で幕を開けた。
2008年4月9日に開催された東京校の第41回、関西校の第36回入学式の席上、創立者が特別文化講座「大詩人ダンテを語る」を準備していることが発表されたのだ。
待望の紙上講座は、同月23日から5回にわたって本紙に掲載された。その中で先生は、ダンテの生涯や『神曲』を通して、「正義の人生」を歩む誉れや、「師弟の絆」の重要性などを訴えた。
「大難に遭い、大難に勝つ正義の人生は、不滅の歴史を刻み、人類から永遠の喝采を受ける」「わが学園生には、正義の『勝利の旗』を未来永遠に打ち立てゆく、『栄光の使命』があると申し上げたい」
「『師弟』がなければ、破れない壁があります。『師弟』でなければ、進めない道があります」「師弟の絆ほど、美しく、強いものはない」「師弟あればこそ、弟子は困難に飛び込んでいける」
紙面に掲載される講座を、学園生たちは、創立者から直接、講義を受ける思いで真剣に学び深めた。今も人生の指針にしている人は多い。
◇負けない人生を
2009年3月11日、東京校の講堂に歓声が上がった。
「創立者が『負けじ魂ここにあり』に、新たに5番の歌詞を付けてくださいました!」
「負けじ魂ここにあり」は、1978年に東京校の生徒が作り、池田先生が加筆して、さらに4番の歌詞を贈った愛唱歌である。長年、多くの学園生に歌われてきた。
「あの日、講堂のスクリーンに5番の歌詞が映し出され、涙しながら歌ったことを、今でも鮮明に覚えています」と、川田加奈子さん(東京高39期)は語る。
当時は高校3年生。SUAを目指すも、英語のスコアが出願基準にあと一歩届かず、悔しい思いをした。世界への道を開くため、卒業後は、創価大学に進学。3年次にアフリカのケニアに渡った。現地では、NGOのインターンシップに参加し、子どもたちの健康を守る事業に携わった。
4カ月がたった頃、川田さんを試練が襲う。体調を崩して緊急入院。医師から告げられた病名は「白血病」だった。
すぐに帰国し、抗がん剤治療が始まった。髪が段々と抜け落ち、副作用に悩まされた。
"なんで自分が……"
弱気な心に覆われていく川田さんを支えたのは、創立者からの励ましと、これまで何度も口ずさんできた「負けじ魂ここにあり」だった。
"ここで、負けるわけにはいかない!"
川田さんの強い気持ちに呼応するように、治療は順調に進んだ。抗がん剤治療は1回で終了。幸いにも、白血球の型が姉と一致することが分かり、すぐに造血幹細胞移植を受けることができた。医師も驚く"理想的な最短コース"で、完全寛解になった。
川田さんはその後、"人々の健康向上に尽くしたい"と、東京大学大学院で国際保健学修士号を取得。現在は、国際的な医療機関で広報に携わる。
◇
5番の歌詞発表から、5日後の3月16日。
東京校と関西校を中継で結んで行われた卒業式で、東西の学園生が心一つに「負けじ魂ここにあり」を合唱した。
♪正義の誇りに 胸を張れ
君に託さん この大城を
学べ勝ち抜け 世界まで
負けじ魂 朗らかに
池田先生は右手を上げて節をとりながら、歌声を重ねた。
"全員が幸福に!"
"負けない人生を!"
学園生一人一人にエールを送るように——。
【池田先生の主な足跡】(2006年4月〜09年3月)
2006年
〈9月13日〉
修学旅行で東京を訪れた関西創価小学校の6年生を激励(新宿区)
2007年
〈3月16日〉
関西創価学園と中継で結び、行われた東京・創価学園の第37回卒業式に出席。「若いときは、うんと苦労するのだ。その青春の嵐の苦闘のなかで、成長し、がっちりと力をつけて、光り輝いていけばいいのだ。勝利の人生を飾っていくのだ」とスピーチ
〈9月13日〉
修学旅行で東京を訪れた関西小の6年生を激励(新宿区)
〈10月12日〉
関西学園寮歌「我らの城」を発表
〈10月24日〉
創価大学・創価女子短期大学で研修中の関西高の2年生を激励
2008年
〈3月16日〉
関西校と中継で結び、行われた東京校の第38回卒業式に出席
〈4月23日〉
創価学園特別文化講座「大詩人ダンテを語る」の第1回を本紙に掲載(全5回)
〈8月28日〉
創大・工学部(当時)でのサイエンス・サマースクールに参加していた東京・関西の中学3年、高校1年の生徒を激励
〈10月1日〉
10月1日の「栄光寮の日」を記念して、長編詩「大切な そして優秀な 創価学園栄光寮の英才に贈る」を詠む
〈10月22日〉
修学旅行で東京を訪れた関西小の6年生を激励(新宿区)
〈12月6日〉
長編詩「英知と正義の星たれ! わが学園生に贈る」を詠む(本紙発表は12月8日付)
2009年
〈3月11日〉
愛唱歌「負けじ魂ここにあり」の「5番」の歌詞を新たに作詞し、発表
〈3月16日〉
関西校と中継で結び、行われた東京校の第39回卒業式に出席。「思うようにいかない時も、へこたれない。あきらめない。朗らかに前へ進み続けた人生が、最後は必ず勝つ。まさしく不屈の『負けじ魂』こそ、真の生命の宝であり、底力であります」とスピーチ
2020年3月6日金曜日
2020.03.06 わが友に贈る
「大悲とは母の子を
思う慈悲の如し」
不安や心配を抱く友に
どこまでも寄り添おう。
同苦こそ仏法者の魂だ。
経王殿御返事 P1125
『法華経の功力を思ひやり候へば不老不死目前にあり』
【通解】
法華経の功力を思うと、不老不死は目前にある。
名字の言 リオ五輪前にもブラジルで感染症が広がった。同国政府の対策とは? 2020年3月6日
ジカ熱がブラジルで広がったのは、同国で開催された2016年の五輪の前のことだった。ウイルスを媒介する蚊の繁殖を抑制することが、最も有効な対策とされた▼ブラジル政府が力を入れたことの一つが、国民の協力を得ること。ある時には、軍に所属する22万人が全国356都市で啓発活動を展開。家庭や商店などを一軒一軒回り、啓発用のパンフレットを配布しながら、植木鉢に不用な水をためないなど、蚊の繁殖を防ぐことを訴えた▼人類の歴史は「感染症との闘い」ともいわれる。そのためには国を挙げた対策が肝要である。さらに、感染症に国境は関係ないという認識に立って、今こそ国際社会が協調して事態を打開する時であろう。「SDGs(持続可能な開発目標)」にも、感染症への対処が掲げられている▼東北大学大学院の押谷仁教授は本紙のインタビュー(2016年5月8日付)で、「他国を守ることが自国を守ることにつながり、逆にそれができなければ自国も危険にさらされる。もはや自国だけを守ればいいという感染症対策はあり得ません」と指摘している▼社会の安寧と個人の幸福は不可分と捉えるのが、日蓮仏法の立正安国の思想である。自他共の幸福を強く祈りつつ、今、自分にできることを実践しよう。(嶺)
寸鉄 2020年3月6日
御書の研鑽は人生勝利の土台を築く。今こそ剣豪の如く学び深める日々を
指導とは激励なり—恩師電話や手紙などで目標を共有し、祈り、共々に前進
偽情報は真実より早く多く拡散—研究。何事も情報源を確認し賢明に対応
子供の携帯に閲覧制限、いまだ約37%。親の意識向上で被害の芽を摘もう
法律改正で「あおり運転」を厳罰化へ。危険行為は許さない!社会から根絶
☆ONE GOSHO この一節とともに! 御義口伝 2020年2月29日
◇誠実に語れば信頼広がる
戸田先生は、「折伏すれば信用が残る」と語られた。どういうことだろうか。今回の「ONE GOSHO この一節とともに!」では、不軽菩薩を通して、仏法の対話の姿勢を学ぶ。
◇御文
『不軽菩薩の四衆を礼拝すれば上慢の四衆所具の仏性又不軽菩薩を礼拝するなり、鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり』(御書769ページ)
◇通解
不軽菩薩が四衆(出家・在家の男女)を礼拝すれば、増上慢の四衆の仏性もまた同時に不軽菩薩を礼拝するのである。これは、ちょうど、鏡に向かって礼拝をする時、そこに映っている自分の影もまた、自分を礼拝するのと同じ原理である。
◇背景
「御義口伝」は、日蓮大聖人が身延の地で法華経の要文を講義された内容を、日興上人が筆録し、大聖人の許可を得て完成したものと伝えられている。
各項目では、法華経の一節を挙げ、天台大師等の釈を引用した上で、「御義口伝に云く」と、末法の御本仏のお立場から法華経解釈を展開されている。
今回の拝読御文は、「常不軽品三十箇の大事」の「第廿九 法界礼拝住処の事」の中の一節である。
不軽菩薩は、法華経常不軽菩薩品第20に説かれる釈尊の過去世の姿であり、威音王仏の像法時代の末に、万人を礼拝する菩薩行を実践した。
慢心の人々から迫害を受けたが、礼拝行を貫き通し、この修行が因となって成仏した。
◇解説
不軽菩薩は、縁した全ての人に対し、礼拝・賛嘆して、「私はあなたたちを敬う。なぜなら、あなたたちは菩薩の修行をすれば、仏になるからです」と語り掛けていった。
ところが、人々は不軽菩薩に対して"余計なお世話だ"とばかりに反発し、悪口罵詈や暴力による迫害を加えてきた。
しかし、不軽菩薩は決して怯まなかった。「私は、あなた方を軽んじません。皆さんは必ず仏になる人なのです」と礼拝し続けた。そして不軽菩薩は「六根清浄」(目、耳などの感覚・認識器官が清らかになること)の功徳を得る。
一方、不軽菩薩を迫害した人々は長い年月を経た後で、不軽菩薩に信伏随従した。
御書に「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る行者は末法の不軽菩薩なり」(765ページ)と仰せのように、日蓮大聖人もまた、いかなる迫害に遭おうとも不軽の実践を貫かれた。
拝読御文は、不軽菩薩が迫害してくる人々に礼拝すると、その相手の仏性が不軽を礼拝し、敬うことを述べられている。それは"鏡に向かっておじぎをした時、その鏡に映る自分も、こちらに向かっておじぎするようなものである"と示されている。
仏法を語れば、さまざまな反応があろう。たとえ、「興味がない」「自分には必要ない」と反発されたとしても、友の仏性を信じて祈り、対話を続けていけば、真心は必ず通じる。人として信頼される。最後には、共に幸福の道を開いていくことができるのである。
戸田先生の「折伏すれば信用が残る」との言葉は、相手の仏性を信じ抜く誠実な振る舞いは、必ず相手の心に通じていく、という不軽菩薩の"対話の実践"を表しているといえよう。
とはいえ、何度、対話に挑戦しても、なかなか相手に思いが届かず、悩むこともある。
小説『新・人間革命』第25巻「共戦」の章には、延べ22日間で世帯数を約10倍に拡大した山口開拓指導の場面が描かれている。
なかなか弘教が実らないと落胆する同志たちに対し、山本伸一青年は使命の自覚を促した。
「私たちの下種活動は、現代において、不軽菩薩の行を実践しているんです。すごいことではないですか!」
「皆さんは、現代の不軽菩薩であり、また、地涌の菩薩です。そして、日蓮大聖人と同じ仏道修行の大道を歩んでいるんです」
その指導に接した同志たちは皆、新たな決意で折伏に飛び出していった。その熱意や真心が、批判的だった相手の心を動かし、弘教が次々に結実していったのである。
「伝統の2月」から広布後継の「3・16」へ、私たち男子部は地涌の使命に燃え、どこまでも一対一の誠実な対話を貫いていきたい。
思う慈悲の如し」
不安や心配を抱く友に
どこまでも寄り添おう。
同苦こそ仏法者の魂だ。
経王殿御返事 P1125
『法華経の功力を思ひやり候へば不老不死目前にあり』
【通解】
法華経の功力を思うと、不老不死は目前にある。
名字の言 リオ五輪前にもブラジルで感染症が広がった。同国政府の対策とは? 2020年3月6日
ジカ熱がブラジルで広がったのは、同国で開催された2016年の五輪の前のことだった。ウイルスを媒介する蚊の繁殖を抑制することが、最も有効な対策とされた▼ブラジル政府が力を入れたことの一つが、国民の協力を得ること。ある時には、軍に所属する22万人が全国356都市で啓発活動を展開。家庭や商店などを一軒一軒回り、啓発用のパンフレットを配布しながら、植木鉢に不用な水をためないなど、蚊の繁殖を防ぐことを訴えた▼人類の歴史は「感染症との闘い」ともいわれる。そのためには国を挙げた対策が肝要である。さらに、感染症に国境は関係ないという認識に立って、今こそ国際社会が協調して事態を打開する時であろう。「SDGs(持続可能な開発目標)」にも、感染症への対処が掲げられている▼東北大学大学院の押谷仁教授は本紙のインタビュー(2016年5月8日付)で、「他国を守ることが自国を守ることにつながり、逆にそれができなければ自国も危険にさらされる。もはや自国だけを守ればいいという感染症対策はあり得ません」と指摘している▼社会の安寧と個人の幸福は不可分と捉えるのが、日蓮仏法の立正安国の思想である。自他共の幸福を強く祈りつつ、今、自分にできることを実践しよう。(嶺)
寸鉄 2020年3月6日
御書の研鑽は人生勝利の土台を築く。今こそ剣豪の如く学び深める日々を
指導とは激励なり—恩師電話や手紙などで目標を共有し、祈り、共々に前進
偽情報は真実より早く多く拡散—研究。何事も情報源を確認し賢明に対応
子供の携帯に閲覧制限、いまだ約37%。親の意識向上で被害の芽を摘もう
法律改正で「あおり運転」を厳罰化へ。危険行為は許さない!社会から根絶
☆ONE GOSHO この一節とともに! 御義口伝 2020年2月29日
◇誠実に語れば信頼広がる
戸田先生は、「折伏すれば信用が残る」と語られた。どういうことだろうか。今回の「ONE GOSHO この一節とともに!」では、不軽菩薩を通して、仏法の対話の姿勢を学ぶ。
◇御文
『不軽菩薩の四衆を礼拝すれば上慢の四衆所具の仏性又不軽菩薩を礼拝するなり、鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり』(御書769ページ)
◇通解
不軽菩薩が四衆(出家・在家の男女)を礼拝すれば、増上慢の四衆の仏性もまた同時に不軽菩薩を礼拝するのである。これは、ちょうど、鏡に向かって礼拝をする時、そこに映っている自分の影もまた、自分を礼拝するのと同じ原理である。
◇背景
「御義口伝」は、日蓮大聖人が身延の地で法華経の要文を講義された内容を、日興上人が筆録し、大聖人の許可を得て完成したものと伝えられている。
各項目では、法華経の一節を挙げ、天台大師等の釈を引用した上で、「御義口伝に云く」と、末法の御本仏のお立場から法華経解釈を展開されている。
今回の拝読御文は、「常不軽品三十箇の大事」の「第廿九 法界礼拝住処の事」の中の一節である。
不軽菩薩は、法華経常不軽菩薩品第20に説かれる釈尊の過去世の姿であり、威音王仏の像法時代の末に、万人を礼拝する菩薩行を実践した。
慢心の人々から迫害を受けたが、礼拝行を貫き通し、この修行が因となって成仏した。
◇解説
不軽菩薩は、縁した全ての人に対し、礼拝・賛嘆して、「私はあなたたちを敬う。なぜなら、あなたたちは菩薩の修行をすれば、仏になるからです」と語り掛けていった。
ところが、人々は不軽菩薩に対して"余計なお世話だ"とばかりに反発し、悪口罵詈や暴力による迫害を加えてきた。
しかし、不軽菩薩は決して怯まなかった。「私は、あなた方を軽んじません。皆さんは必ず仏になる人なのです」と礼拝し続けた。そして不軽菩薩は「六根清浄」(目、耳などの感覚・認識器官が清らかになること)の功徳を得る。
一方、不軽菩薩を迫害した人々は長い年月を経た後で、不軽菩薩に信伏随従した。
御書に「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る行者は末法の不軽菩薩なり」(765ページ)と仰せのように、日蓮大聖人もまた、いかなる迫害に遭おうとも不軽の実践を貫かれた。
拝読御文は、不軽菩薩が迫害してくる人々に礼拝すると、その相手の仏性が不軽を礼拝し、敬うことを述べられている。それは"鏡に向かっておじぎをした時、その鏡に映る自分も、こちらに向かっておじぎするようなものである"と示されている。
仏法を語れば、さまざまな反応があろう。たとえ、「興味がない」「自分には必要ない」と反発されたとしても、友の仏性を信じて祈り、対話を続けていけば、真心は必ず通じる。人として信頼される。最後には、共に幸福の道を開いていくことができるのである。
戸田先生の「折伏すれば信用が残る」との言葉は、相手の仏性を信じ抜く誠実な振る舞いは、必ず相手の心に通じていく、という不軽菩薩の"対話の実践"を表しているといえよう。
とはいえ、何度、対話に挑戦しても、なかなか相手に思いが届かず、悩むこともある。
小説『新・人間革命』第25巻「共戦」の章には、延べ22日間で世帯数を約10倍に拡大した山口開拓指導の場面が描かれている。
なかなか弘教が実らないと落胆する同志たちに対し、山本伸一青年は使命の自覚を促した。
「私たちの下種活動は、現代において、不軽菩薩の行を実践しているんです。すごいことではないですか!」
「皆さんは、現代の不軽菩薩であり、また、地涌の菩薩です。そして、日蓮大聖人と同じ仏道修行の大道を歩んでいるんです」
その指導に接した同志たちは皆、新たな決意で折伏に飛び出していった。その熱意や真心が、批判的だった相手の心を動かし、弘教が次々に結実していったのである。
「伝統の2月」から広布後継の「3・16」へ、私たち男子部は地涌の使命に燃え、どこまでも一対一の誠実な対話を貫いていきたい。
2020年3月5日木曜日
2020.03.05 わが友に贈る
励ましの便りを届ける
配達員の皆様に感謝。
同志に「希望」を!
社会に「安心」を!
使命の歩みを共々に!
諌暁八幡抄 P587
『涅槃経に云く「一切衆生異の苦を受くるは悉く是如来一人の苦なり」等云云、日蓮云く一切衆生の同一苦は悉く是日蓮一人の苦と申すべし』
【通解】
涅槃経には「一切衆生の種々の苦しみを受けるのは、ことごとくこれ如来一人の苦である」等と説かれている。
日蓮も同じく「一切衆生の同一に受ける苦は、ことごとくこれ日蓮一人の苦である」と言うのである。
名字の言 「障がい者に優しくしよう」——この表現は適切ではない? 2020年3月5日
市役所の障がい福祉課で課長を務める壮年が教えてくれた。「『障がい者に優しくしよう』との表現は適切ではないと、胸に刻んだことがあります」▼壮年が新生児集中治療室(NICU)の医師に話を聞いた時のこと。障がいのある超未熟児を数多く診てきた医師は語ったという。「障がいのある人がいるからこそ、私たちは優しくなれる」▼アメリカの作家パール・バックは、母として知的障がいのある娘を育てた。その日々を『母よ嘆くなかれ』につづった。「(娘がいなければ)わたしはきっと自分よりも能力の低い人に我慢できない、あの傲慢な態度をもちつづけていたにちがいありません。娘は、わたしに『自分を低くすること』を教えてくれたのです」(伊藤隆二訳、法政大学出版局)▼とかく人は、他人と自分を比較して、優越感や劣等感に振り回されがちだ。だが、何かをきっかけに他者の命の「かけがえのなさ」を知る時、翻って自分の命の尊さをも知り、その命を磨こうとする成長への道が始まるのではないか▼日蓮大聖人は「仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり」(御書1358ページ)と。凡夫こそ尊極の仏、との人間観の転換である。この万人尊敬の哲学を、自分自身から周囲へ社会へと広げていきたい。(之)
寸鉄 2020年3月5日
壮年部結成の日。「金は・やけば真金と」御書。社会の荒波と戦う黄金柱は光
「悩んで祈った分、境涯が深まる」戸田先生。今こそ題目根本で価値的に前進
CO2等、温暖化の原因知らぬ人3割—18歳調査無関心で禍根を残すな!
食物繊維を多く摂取すると死亡リスクが減少と。教養ある食生活を心掛け
換気悪く密集する場所は避け—肺炎防止で厚労省が注意喚起。皆で賢明に
☆四季の励まし 心の絆が安心社会をつくる 2020年3月1日
春の訪れを喜ぶかのように、チューリップの花が鮮やかに咲き誇る。2006年(平成18年)2月、池田大作先生が都内で撮影した。
移ろう季節は、大自然のリズム。日蓮大聖人は、夫を亡くした悲しみの中、幼子を抱え、懸命に生きる女性門下に仰せになられた。「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書1253ページ)と。
悩んだ時、壁にぶつかった時、励ましてくれる存在がどれほど大きな力になることか。
師匠をはじめ、創価家族の励ましによって、"人生の冬"を勝ち越えてきた同志は数限りない。
さあ春3月。私たちは強き祈りを根本に、悩める友に勇気と希望の声を届けていこう!
◇池田先生の言葉
どうすれば、
皆が元気に喜んで
進んでいけるか。
具体的に手を打つことだ。
何があろうと、
妙法の力で
変毒為薬していく。
共に祈り、
苦難を乗り越える。
これが、
我ら創価家族だ。
分け隔てなく、
励まし合い、支え合う。
心と心の絆が
安心社会をつくるのだ。
「大丈夫?」「元気?」
「頑張ってね」と、
常に励ましの言葉を
かけ合っていきたい。
「心」が通えば、
「力」に変わる。
「力」を出せば、
必ず「道」は開けてくる。
また人を励ますことは、
自分自身をも勇気づける。
「励まし」は人を変え、
自分を変えるのである。
大切なのは、
心を「軽く」して
あげることだ。
「強く」「明るく」して
あげることだ。
たとえ会えなくても、
電話の一言で、
目の前の壁が
破れることもある。
一通の置き手紙が、
その人の人生を
変える場合だってある。
相手の言うことに、
じっと耳を傾ける。
じっくりと
話を聞いてあげる。
それだけで、
スッキリする。
心が軽くなる場合が多い。
聞いてあげること自体が、
仏法で説く慈悲の実践、
「抜苦与楽(苦を抜き、
楽を与える)」の
「抜苦」となるのだ。
励ましとは、
安心と希望と勇気を
与えることである。
相手の生命を
燃え上がらせ、
何ものにも
負けない力を引き出す、
精神の触発作業である。
励ましの本義は、
相手の
幸福を願う心にある。
配達員の皆様に感謝。
同志に「希望」を!
社会に「安心」を!
使命の歩みを共々に!
諌暁八幡抄 P587
『涅槃経に云く「一切衆生異の苦を受くるは悉く是如来一人の苦なり」等云云、日蓮云く一切衆生の同一苦は悉く是日蓮一人の苦と申すべし』
【通解】
涅槃経には「一切衆生の種々の苦しみを受けるのは、ことごとくこれ如来一人の苦である」等と説かれている。
日蓮も同じく「一切衆生の同一に受ける苦は、ことごとくこれ日蓮一人の苦である」と言うのである。
名字の言 「障がい者に優しくしよう」——この表現は適切ではない? 2020年3月5日
市役所の障がい福祉課で課長を務める壮年が教えてくれた。「『障がい者に優しくしよう』との表現は適切ではないと、胸に刻んだことがあります」▼壮年が新生児集中治療室(NICU)の医師に話を聞いた時のこと。障がいのある超未熟児を数多く診てきた医師は語ったという。「障がいのある人がいるからこそ、私たちは優しくなれる」▼アメリカの作家パール・バックは、母として知的障がいのある娘を育てた。その日々を『母よ嘆くなかれ』につづった。「(娘がいなければ)わたしはきっと自分よりも能力の低い人に我慢できない、あの傲慢な態度をもちつづけていたにちがいありません。娘は、わたしに『自分を低くすること』を教えてくれたのです」(伊藤隆二訳、法政大学出版局)▼とかく人は、他人と自分を比較して、優越感や劣等感に振り回されがちだ。だが、何かをきっかけに他者の命の「かけがえのなさ」を知る時、翻って自分の命の尊さをも知り、その命を磨こうとする成長への道が始まるのではないか▼日蓮大聖人は「仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり」(御書1358ページ)と。凡夫こそ尊極の仏、との人間観の転換である。この万人尊敬の哲学を、自分自身から周囲へ社会へと広げていきたい。(之)
寸鉄 2020年3月5日
壮年部結成の日。「金は・やけば真金と」御書。社会の荒波と戦う黄金柱は光
「悩んで祈った分、境涯が深まる」戸田先生。今こそ題目根本で価値的に前進
CO2等、温暖化の原因知らぬ人3割—18歳調査無関心で禍根を残すな!
食物繊維を多く摂取すると死亡リスクが減少と。教養ある食生活を心掛け
換気悪く密集する場所は避け—肺炎防止で厚労省が注意喚起。皆で賢明に
☆四季の励まし 心の絆が安心社会をつくる 2020年3月1日
春の訪れを喜ぶかのように、チューリップの花が鮮やかに咲き誇る。2006年(平成18年)2月、池田大作先生が都内で撮影した。
移ろう季節は、大自然のリズム。日蓮大聖人は、夫を亡くした悲しみの中、幼子を抱え、懸命に生きる女性門下に仰せになられた。「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書1253ページ)と。
悩んだ時、壁にぶつかった時、励ましてくれる存在がどれほど大きな力になることか。
師匠をはじめ、創価家族の励ましによって、"人生の冬"を勝ち越えてきた同志は数限りない。
さあ春3月。私たちは強き祈りを根本に、悩める友に勇気と希望の声を届けていこう!
◇池田先生の言葉
どうすれば、
皆が元気に喜んで
進んでいけるか。
具体的に手を打つことだ。
何があろうと、
妙法の力で
変毒為薬していく。
共に祈り、
苦難を乗り越える。
これが、
我ら創価家族だ。
分け隔てなく、
励まし合い、支え合う。
心と心の絆が
安心社会をつくるのだ。
「大丈夫?」「元気?」
「頑張ってね」と、
常に励ましの言葉を
かけ合っていきたい。
「心」が通えば、
「力」に変わる。
「力」を出せば、
必ず「道」は開けてくる。
また人を励ますことは、
自分自身をも勇気づける。
「励まし」は人を変え、
自分を変えるのである。
大切なのは、
心を「軽く」して
あげることだ。
「強く」「明るく」して
あげることだ。
たとえ会えなくても、
電話の一言で、
目の前の壁が
破れることもある。
一通の置き手紙が、
その人の人生を
変える場合だってある。
相手の言うことに、
じっと耳を傾ける。
じっくりと
話を聞いてあげる。
それだけで、
スッキリする。
心が軽くなる場合が多い。
聞いてあげること自体が、
仏法で説く慈悲の実践、
「抜苦与楽(苦を抜き、
楽を与える)」の
「抜苦」となるのだ。
励ましとは、
安心と希望と勇気を
与えることである。
相手の生命を
燃え上がらせ、
何ものにも
負けない力を引き出す、
精神の触発作業である。
励ましの本義は、
相手の
幸福を願う心にある。
2020年3月4日水曜日
2020.03.04 わが友に贈る
家族そろっての勤行や
自己研鑽・読書など
新たな実践を始めよう!
一番身近な場所から
人間革命の挑戦を!
兵衛志殿御返事 P1090
『此れより後もいかなる事ありともすこしもたゆむ事なかれ、いよいよはりあげてせむべし、設ひ命に及ぶともすこしもひるむ事なかれ』
【通解】
これから後も、どのようなことがあっても、少しも信心が弛んではならない。いよいよ声を張り上げて責めていきなさい。たとえ命に及ぶことがあっても、少しもひるんではならない。
名字の言 ランナー大迫傑に「待つ」という選択肢はなかった 2020年3月4日
先日の東京マラソンで、大迫傑選手が自身の日本記録を塗り替え、東京五輪の代表内定へ大きく前進した▼昨秋の代表選考会では、五輪内定に次点の3位。その後の選考レースで誰かが日本記録を更新しない限り、出場権を得られるため、"待って"内定を狙う選択肢もあった▼だが大迫選手は、この期間を"新しい自分を発見する好機"と捉え、自ら切符を奪いにいった。2カ月半のケニア合宿に初挑戦。"長距離王国"の選手たちと徹底して走り込み、自分を追い込んだ。こうして積み上げた自信と実力が勝負どころで光った。終了後のインタビューで「自分への挑戦だった。次にもつながる」と語る姿が印象的だった▼時を「待つ」のではなく、時を「つくる」——その姿勢は、私たちの人間革命の挑戦にも通じる。目の前の課題に対して、"チャンス"と捉えて挑んでいくか、"仕方がない"と一歩引いてしまうか。結果はともあれ、"挑戦"を選択し、努力を続けていく人生には限りない充実がある▼池田先生は「自分に挑戦し、自分に負けなかった人が、大きく自分を広げていける。また、最高の人生の思い出、財産をつくることができる」と。今できることは何かと問いながら"自分への挑戦"を開始し、希望の未来を開こう。(差)
寸鉄 2020年3月4日
東西の創価学園で卒業式不屈の「負けじ魂」燃やし希望の未来へ。堂々乱舞
異体同心とは互いの信心を励ますこと—恩師。心一つに進めば勇気は倍加
東京・世田谷の日。"状況がどうあれ君が太陽であれ"。師の大指針胸に前へ
一人当たりプラごみ排出日本は世界2位。削減へ家庭から地道な取組重ね
肺炎のデマ見聞きした—医師4割。公的情報に基づき"正しく恐れ"対策を
☆心に御書を 第23回 今日も聡明に使命の一日を
〈御文〉
『人には必ず二つの天・影の如くにそひて候、所謂一をば同生天と云い二をば同名天と申す左右の肩にそひて人を守護すれば、失なき者をば天もあやまつ事なし・況や善人におひてをや』(乙御前御消息、1220ページ)
〈通解〉
人には必ず二つの天が、影のように付き添っている。一つを同生天といい、もう一つを同名天という。左右の肩に付き添ってその人を守護するので、罪のない者を天が誤って罰することはない。まして善人においては、なおさらである。
〈池田先生が贈る指針〉
誰が褒めなくとも諸天は一切を見ている。生命に刻まれる因果律ほど、厳正なる法則はない。
地道に広布に生きる大誠実の学会員を、十方の仏菩薩は護りに護る。
人知れぬ祈りも行動も不思議と証言する人が現れ、感謝と賞讃に包まれるものだ。これが妙法の大功力である。
誇りある地涌の使命の一日を、今日も聡明に!
☆心大歓喜——紙上講義で学ぼう 関東教学部長 坂上孝和 2020年2月25日
◇「敢闘精神」光る関東
今回の「心大歓喜——紙上講義で学ぼう」には、坂上関東教学部長が登場。「開目抄」の御文を拝し、関東に脈打つ、敢えて広布の戦いを起こしていく「敢闘精神」について、つづってもらいます。
= 御文 =
『いはずば今生は事なくとも後生は必ず無間地獄に堕べし、いうならば三障四魔必ず競い起るべしと・しりぬ、二辺の中には・いうべし』(開目抄、200ページ12行目〜13行目)
= 通解 =
(仏教の諸宗が謗法の教えを説いており、人々を悪道に堕とす悪縁となっていることを)言わないでおけば、今世では何ごともなくても、来世には必ず無間地獄に堕ちてしまう。
もし、言うなら、三障四魔が必ず競い起こってくるということが分かった。
この二つの中では「言う」ほうを選ぶべきである。
◇自ら誓い、敢えて闘う
師弟直結の開拓闘争を
池田大作先生は、かつて関東の同志に長編詩を贈ってくださいました。
関八州を制する者は
天下を制する。
これは日本史の
確固たる方程式である。
埼玉、千葉、茨城、群馬、栃木の5県は、それぞれが"天下一"を目指し、持ち味を最大限に発揮しながら、団結も固く、楽土建設にまい進しています。
かつて先生は、関東に「敢闘精神」の魂を打ち込んでくださいました。
「『師弟直結』で戦う精神」「開拓の精神」「何ものをも恐れぬ師子王の心」こそ「敢闘精神」であるとつづられ、「『敢闘』とは、『敢えて闘う』と書く。『敢えて』挑戦するのだ。『敢えて』一歩を踏み出すのだ。そこに豁然として、大平野の如く自分の境涯が広がっていくことを忘れまい」と訴えられました。
わが関東は、日蓮大聖人が御聖誕され、「立宗宣言」された誇り高き天地です。大聖人は関東から、あらゆる迫害を覚悟の上で、末法万年尽未来際の一切衆生の幸福の道を開く戦いを、敢えて起こされたのです。
この事実に目を向けた時、今回拝する「開目抄」が思い起こされます。
文永9年(1272年)2月、極寒の流罪地・佐渡で著され、門下一同に与えられた本抄には、いかなる大難があろうとも、民衆救済のために、不惜身命の精神で戦い抜くとの大誓願がつづられています。
掲げた御文は、「立宗宣言」に向かって深く悩み、思索された御心境をつづられた箇所になります。
法華経・涅槃経に照らして、真実を語れば、父母や兄弟、そして国主から責められることが明白であるが、法華経宝塔品の六難九易に照らして、「今度・強盛の菩提心を・をこして退転せじと願じぬ」(御書200ページ)と誓願を立てられたのです。迫害を覚悟の上で、敢えて戦いを起こされたのです。
関東の誇る「敢闘精神」は、まさに大聖人の御闘争の精神そのものです。日蓮仏法の真髄ともいえます。
そして絶対に忘れてはならないことは、池田先生が、第1次宗門事件から反転攻勢の戦いを起こされた歴史です。自身にあらゆる誹謗中傷の嵐が吹き荒れることは覚悟の上で、けなげな同志のために激闘を開始されたのです。
1982年(昭和57年)2月、先生は体調を崩されていたにもかかわらず、「何があっても、私は行くよ」と、6日間の茨城指導を敢行され、1万7000人に及ぶ同志を抱きかかえるように励ましてくださいました。その行動に、私は敢闘精神の真髄を教えていただきました。今も感謝とともに、報恩の誓いを新たにする日々です。
中でも11日、第1回「茨城県青年部総会」の参加者3500人と記念撮影をしてくださり、先生は「社会、職場、人生で、見事な勝利を飾っていただきたい!」と呼び掛けられました。
この総会を記念し、先生は句を詠み、贈ってくださいました。
あゝ総会
天晴れ
地晴れ
誕生日
総会のその日は、戸田先生の誕生日でした。恩師との誓いを果たされた池田先生の、弟子としての晴れ渡るような心境が胸に迫ってきました。"常に師匠に勝利を"と生き抜く師弟不二の道を教えてくださったのです。
弟子が自ら目標を定め、どれほど困難で、大変なことであっても、敢えて挑戦していく——これこそ、「『師弟直結』で戦う精神」です。「開拓の精神」です。そして、一度決めたことは貫き通す——これこそ「何ものをも恐れぬ師子王の心」です。
また「二辺の中には・いうべし」とは、自身の揺れ動く感情ではなく、"先生ならどうされるのか"と、創価の師弟を根本に自らが選び取り、自らが誓いを立てることではないでしょうか。一切を自分自身と師匠との共戦にまで高めていってこそ、師弟直結になっていくことができるのです。
敢闘精神を燃え上がらせ、日本、否、世界に輝く圧倒的な勝利の歴史で、先生の会長就任60周年を荘厳してまいりましょう。
千葉・鴨川市から金波、銀波に輝く大海原を望む。日蓮大聖人は、安房国長狭郡東条郷の片海(現・千葉県鴨川市)で聖誕され、安房国の清澄寺で「立宗宣言」し、南無妙法蓮華経の題目を高らかに唱えられた。「海人が子」(御書370ページ)、「賤民が子」(同883ページ)と、庶民の出身であることを誇りとし、民衆救済の御闘争を貫かれた。
◇池田先生の指針から——
「敢闘精神」とは何か。
第一に、「師弟直結」で戦う精神である。
関東本部長会は、私が会長を辞任する前年まで続いた。私と第一線の会員の心の絆を断ち切ろうとする、あの宗門の卑劣な離間工作の嵐が吹き荒れていった時期である。(中略)
烈風が強まるにつれ、私の決意も深まっていった。"私は断じて戦い、勝ってみせる。勝つことが正義である。いかなる嵐があろうとも、絶対に崩れぬ、関東の光り輝く師弟城を築いてみせる!"
私は、断固として行動を開始した。
行動のなかにしか、真実の信仰は起こりえないのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
第二に「敢闘精神」とは、開拓の精神である。(中略)
関東人には「都人よ何するものぞ!」という誇りが、強く高くあった。彼らの無骨さをあざ笑う者など歯牙にもかけず、決然と現実の大地を切り開いていく、屈強なる開拓魂があった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
我らの「敢闘精神」とは、何ものをも恐れぬ師子王の心である。
人間は、誰しも未知の領域に足を踏み入れることに躊躇するものだ。「もう限界だ」「もうこれでいい」と感じる地点がある。
だが、そこで逡巡しては何も生まれない。
恐れるな! 臆病の壁を破れ! 限界かと思う壁に突き当たった時が、本当の勝負だ。そこに、赫々たる勝利が待っている。
師子王の生命には、さらに創価の師弟には、絶対に行き詰まりはないのだ。また、あってはならないのだ。
(2003年11月2日付本紙、「随筆 新・人間革命」<創価の永遠の都>)
自己研鑽・読書など
新たな実践を始めよう!
一番身近な場所から
人間革命の挑戦を!
兵衛志殿御返事 P1090
『此れより後もいかなる事ありともすこしもたゆむ事なかれ、いよいよはりあげてせむべし、設ひ命に及ぶともすこしもひるむ事なかれ』
【通解】
これから後も、どのようなことがあっても、少しも信心が弛んではならない。いよいよ声を張り上げて責めていきなさい。たとえ命に及ぶことがあっても、少しもひるんではならない。
名字の言 ランナー大迫傑に「待つ」という選択肢はなかった 2020年3月4日
先日の東京マラソンで、大迫傑選手が自身の日本記録を塗り替え、東京五輪の代表内定へ大きく前進した▼昨秋の代表選考会では、五輪内定に次点の3位。その後の選考レースで誰かが日本記録を更新しない限り、出場権を得られるため、"待って"内定を狙う選択肢もあった▼だが大迫選手は、この期間を"新しい自分を発見する好機"と捉え、自ら切符を奪いにいった。2カ月半のケニア合宿に初挑戦。"長距離王国"の選手たちと徹底して走り込み、自分を追い込んだ。こうして積み上げた自信と実力が勝負どころで光った。終了後のインタビューで「自分への挑戦だった。次にもつながる」と語る姿が印象的だった▼時を「待つ」のではなく、時を「つくる」——その姿勢は、私たちの人間革命の挑戦にも通じる。目の前の課題に対して、"チャンス"と捉えて挑んでいくか、"仕方がない"と一歩引いてしまうか。結果はともあれ、"挑戦"を選択し、努力を続けていく人生には限りない充実がある▼池田先生は「自分に挑戦し、自分に負けなかった人が、大きく自分を広げていける。また、最高の人生の思い出、財産をつくることができる」と。今できることは何かと問いながら"自分への挑戦"を開始し、希望の未来を開こう。(差)
寸鉄 2020年3月4日
東西の創価学園で卒業式不屈の「負けじ魂」燃やし希望の未来へ。堂々乱舞
異体同心とは互いの信心を励ますこと—恩師。心一つに進めば勇気は倍加
東京・世田谷の日。"状況がどうあれ君が太陽であれ"。師の大指針胸に前へ
一人当たりプラごみ排出日本は世界2位。削減へ家庭から地道な取組重ね
肺炎のデマ見聞きした—医師4割。公的情報に基づき"正しく恐れ"対策を
☆心に御書を 第23回 今日も聡明に使命の一日を
〈御文〉
『人には必ず二つの天・影の如くにそひて候、所謂一をば同生天と云い二をば同名天と申す左右の肩にそひて人を守護すれば、失なき者をば天もあやまつ事なし・況や善人におひてをや』(乙御前御消息、1220ページ)
〈通解〉
人には必ず二つの天が、影のように付き添っている。一つを同生天といい、もう一つを同名天という。左右の肩に付き添ってその人を守護するので、罪のない者を天が誤って罰することはない。まして善人においては、なおさらである。
〈池田先生が贈る指針〉
誰が褒めなくとも諸天は一切を見ている。生命に刻まれる因果律ほど、厳正なる法則はない。
地道に広布に生きる大誠実の学会員を、十方の仏菩薩は護りに護る。
人知れぬ祈りも行動も不思議と証言する人が現れ、感謝と賞讃に包まれるものだ。これが妙法の大功力である。
誇りある地涌の使命の一日を、今日も聡明に!
☆心大歓喜——紙上講義で学ぼう 関東教学部長 坂上孝和 2020年2月25日
◇「敢闘精神」光る関東
今回の「心大歓喜——紙上講義で学ぼう」には、坂上関東教学部長が登場。「開目抄」の御文を拝し、関東に脈打つ、敢えて広布の戦いを起こしていく「敢闘精神」について、つづってもらいます。
= 御文 =
『いはずば今生は事なくとも後生は必ず無間地獄に堕べし、いうならば三障四魔必ず競い起るべしと・しりぬ、二辺の中には・いうべし』(開目抄、200ページ12行目〜13行目)
= 通解 =
(仏教の諸宗が謗法の教えを説いており、人々を悪道に堕とす悪縁となっていることを)言わないでおけば、今世では何ごともなくても、来世には必ず無間地獄に堕ちてしまう。
もし、言うなら、三障四魔が必ず競い起こってくるということが分かった。
この二つの中では「言う」ほうを選ぶべきである。
◇自ら誓い、敢えて闘う
師弟直結の開拓闘争を
池田大作先生は、かつて関東の同志に長編詩を贈ってくださいました。
関八州を制する者は
天下を制する。
これは日本史の
確固たる方程式である。
埼玉、千葉、茨城、群馬、栃木の5県は、それぞれが"天下一"を目指し、持ち味を最大限に発揮しながら、団結も固く、楽土建設にまい進しています。
かつて先生は、関東に「敢闘精神」の魂を打ち込んでくださいました。
「『師弟直結』で戦う精神」「開拓の精神」「何ものをも恐れぬ師子王の心」こそ「敢闘精神」であるとつづられ、「『敢闘』とは、『敢えて闘う』と書く。『敢えて』挑戦するのだ。『敢えて』一歩を踏み出すのだ。そこに豁然として、大平野の如く自分の境涯が広がっていくことを忘れまい」と訴えられました。
わが関東は、日蓮大聖人が御聖誕され、「立宗宣言」された誇り高き天地です。大聖人は関東から、あらゆる迫害を覚悟の上で、末法万年尽未来際の一切衆生の幸福の道を開く戦いを、敢えて起こされたのです。
この事実に目を向けた時、今回拝する「開目抄」が思い起こされます。
文永9年(1272年)2月、極寒の流罪地・佐渡で著され、門下一同に与えられた本抄には、いかなる大難があろうとも、民衆救済のために、不惜身命の精神で戦い抜くとの大誓願がつづられています。
掲げた御文は、「立宗宣言」に向かって深く悩み、思索された御心境をつづられた箇所になります。
法華経・涅槃経に照らして、真実を語れば、父母や兄弟、そして国主から責められることが明白であるが、法華経宝塔品の六難九易に照らして、「今度・強盛の菩提心を・をこして退転せじと願じぬ」(御書200ページ)と誓願を立てられたのです。迫害を覚悟の上で、敢えて戦いを起こされたのです。
関東の誇る「敢闘精神」は、まさに大聖人の御闘争の精神そのものです。日蓮仏法の真髄ともいえます。
そして絶対に忘れてはならないことは、池田先生が、第1次宗門事件から反転攻勢の戦いを起こされた歴史です。自身にあらゆる誹謗中傷の嵐が吹き荒れることは覚悟の上で、けなげな同志のために激闘を開始されたのです。
1982年(昭和57年)2月、先生は体調を崩されていたにもかかわらず、「何があっても、私は行くよ」と、6日間の茨城指導を敢行され、1万7000人に及ぶ同志を抱きかかえるように励ましてくださいました。その行動に、私は敢闘精神の真髄を教えていただきました。今も感謝とともに、報恩の誓いを新たにする日々です。
中でも11日、第1回「茨城県青年部総会」の参加者3500人と記念撮影をしてくださり、先生は「社会、職場、人生で、見事な勝利を飾っていただきたい!」と呼び掛けられました。
この総会を記念し、先生は句を詠み、贈ってくださいました。
あゝ総会
天晴れ
地晴れ
誕生日
総会のその日は、戸田先生の誕生日でした。恩師との誓いを果たされた池田先生の、弟子としての晴れ渡るような心境が胸に迫ってきました。"常に師匠に勝利を"と生き抜く師弟不二の道を教えてくださったのです。
弟子が自ら目標を定め、どれほど困難で、大変なことであっても、敢えて挑戦していく——これこそ、「『師弟直結』で戦う精神」です。「開拓の精神」です。そして、一度決めたことは貫き通す——これこそ「何ものをも恐れぬ師子王の心」です。
また「二辺の中には・いうべし」とは、自身の揺れ動く感情ではなく、"先生ならどうされるのか"と、創価の師弟を根本に自らが選び取り、自らが誓いを立てることではないでしょうか。一切を自分自身と師匠との共戦にまで高めていってこそ、師弟直結になっていくことができるのです。
敢闘精神を燃え上がらせ、日本、否、世界に輝く圧倒的な勝利の歴史で、先生の会長就任60周年を荘厳してまいりましょう。
千葉・鴨川市から金波、銀波に輝く大海原を望む。日蓮大聖人は、安房国長狭郡東条郷の片海(現・千葉県鴨川市)で聖誕され、安房国の清澄寺で「立宗宣言」し、南無妙法蓮華経の題目を高らかに唱えられた。「海人が子」(御書370ページ)、「賤民が子」(同883ページ)と、庶民の出身であることを誇りとし、民衆救済の御闘争を貫かれた。
◇池田先生の指針から——
「敢闘精神」とは何か。
第一に、「師弟直結」で戦う精神である。
関東本部長会は、私が会長を辞任する前年まで続いた。私と第一線の会員の心の絆を断ち切ろうとする、あの宗門の卑劣な離間工作の嵐が吹き荒れていった時期である。(中略)
烈風が強まるにつれ、私の決意も深まっていった。"私は断じて戦い、勝ってみせる。勝つことが正義である。いかなる嵐があろうとも、絶対に崩れぬ、関東の光り輝く師弟城を築いてみせる!"
私は、断固として行動を開始した。
行動のなかにしか、真実の信仰は起こりえないのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
第二に「敢闘精神」とは、開拓の精神である。(中略)
関東人には「都人よ何するものぞ!」という誇りが、強く高くあった。彼らの無骨さをあざ笑う者など歯牙にもかけず、決然と現実の大地を切り開いていく、屈強なる開拓魂があった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
我らの「敢闘精神」とは、何ものをも恐れぬ師子王の心である。
人間は、誰しも未知の領域に足を踏み入れることに躊躇するものだ。「もう限界だ」「もうこれでいい」と感じる地点がある。
だが、そこで逡巡しては何も生まれない。
恐れるな! 臆病の壁を破れ! 限界かと思う壁に突き当たった時が、本当の勝負だ。そこに、赫々たる勝利が待っている。
師子王の生命には、さらに創価の師弟には、絶対に行き詰まりはないのだ。また、あってはならないのだ。
(2003年11月2日付本紙、「随筆 新・人間革命」<創価の永遠の都>)
2020年3月3日火曜日
2020.03.03 わが友に贈る
何があっても朗らかに!
負けじ魂を燃やす人は
烈風の日々さえも
ロマンの劇に変える。
晴れ晴れと胸を張ろう!
妙密上人御消息 P1241
『今一度も二度も大蒙古国より押し寄せて壹岐対馬の様に男をば打ち死し女をば押し取り京鎌倉に打ち入りて国主並びに大臣百官等を搦め取り牛馬の前にけたてつよく責めん時は争か南無妙法蓮華経と唱へざるべき』
【通解】
もう一度、二度と大蒙古国から兵が押し寄せてきて壱岐・対馬のように男を打ち殺し、女を無理に捕え、京都・鎌倉までも攻め入って、国主ならびに大臣・百官等を搦め取り、牛馬の前にたてかけて強く責めたてるような時は、どうして南無妙法蓮華経と唱えないでいられようか。
名字の言 長年の本紙配達を息子に託した父。その思いとは…… 2020年3月3日
本紙配達の"無冠の友"を長年務めた父が高齢となり、息子である壮年部員が後任になった。配達初日、"この地で何十年も配り続けたのか"と父への思いを胸に帰宅。「ただいま」とふすまを開け、壮年は驚いた▼御本尊の前に座る父が、声もなく泣いていた。「無事故を祈っていたんだが、"あの道で今日からお前が配っている"と思うと胸がいっぱいになって……」。広布への使命感が親子の絆をさらに強くした▼ある婦人部員は数年前、夫を不慮の事故で亡くした。その朝、「行ってらっしゃい」と元気な夫を見送ったのに……。ショックで体調を崩した彼女を再起させたのは、青年部員の息子の存在だった。"わが子を広布の人材に"と夫婦で祈った日々がよみがえった▼"心の中の夫と共に果たさなければならない使命がある!"と立ち上がった母の姿に、息子も発心。毎朝、彼女は息子と目を合わせ、「行って帰ってらっしゃい」と送り出すのが日課になった。息子は表情を一度引き締め、そして笑顔で出掛けるという▼御書に「現世では必ず跡を継ぐ親孝行の子である。また後生には、この子に導かれて仏になられるであろう」(1123ページ、通解)と。信心を最高の財産として伝え残すことで、親子は生死をも超えて福徳に包まれる。(城)
寸鉄 2020年3月3日
インド女子大学で卒業式人間主義の哲理に生きる池田主義者が使命の空へ
「華陽姉妹 誓春の日」。女子部の成長は即希望。御書根本の勝利譜今日も
仏法は現当二世。未来の果開く「現在の因」を今。広布の勇者に智慧は無限
自転車保険の加入増加。運転時は急がず無理せず—安全第一の意識向上も
ハローワークに"氷河期世代"の専門窓口設置進む。公明よ支援策さらに
☆心に御書を 第22回 たゆまぬ「不退の信心」を
〈御文〉
『聴聞する時は・もへたつばかりをもへども・とをざかりぬれば・すつる心あり、水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり』(上野殿御返事、1544ページ)
〈通解〉
(火のように信ずるとは)教えを聴いた時は燃え立つばかりに思うが、遠ざかると、信心を捨てる心が生じることをいう。水のように信ずるとは、常に後退することなく信ずることをいう。
〈池田先生が贈る指針〉
持続こそ力なり。青年への励ましの御文だ。
いかなる道も、地道な努力を貫いた人が勝つ。その勝利の流れをつくる究極の源が「不退の信心」である。壁に突き当たったら、題目を唱えて不屈の挑戦だ。
「誓願」の祈りから迸る生命の勢いで、たゆまず前進を! 福徳の大河となって民衆の大地を潤すのだ。
☆教学随想 日蓮仏法の視座 気候変動に立ち向かう 2020年2月22日
山口雅明 青年平和会議議長
◇自身の変革を基軸に「持続可能な社会」を構築
青年部は本年、「SOKAグローバルアクション2030——青年の行動と連帯の10年」と銘打ち、平和キャンペーンを開始した。その運動の柱に掲げた「SDGs(持続可能な開発目標)の普及・推進」に取り組むに当たり、今春から「気候変動」をテーマに各種活動を進めていく。地球規模の課題に直面している今、仏法を持つ私たち青年部に何ができるかを考えていきたい。
昨年10月12日午後、スマートフォンから突如、警告音が鳴り響いた。画面には「避難勧告」の文字——。地域周辺を流れる河川に氾濫の恐れがあることを知った瞬間だった。東日本を中心に甚大な被害をもたらした、台風19号が上陸する数時間前の出来事だ。
近くを流れる荒川は氾濫危険水位に達しながらも、寸前のところで決壊を免れた。後日、水位が堤防ぎりぎりまで迫っていた跡を確認し、これまでとは次元の違う気象の異常事態を実感した。
また、神奈川の被災地で、清掃ボランティア「かたし隊」に尽力した男子部員の体験を直接聞き、さらに各地の報告も目にして、"私たちは今、気候変動の渦中を生きている"ことを確信した。
◇環境問題にとどまらない
現在、世界に影響を与える二大リスクとして「(核兵器を含む)大量破壊兵器」「気候変動の緩和や適応への失敗」を挙げる報告がある。(「グローバルリスク報告書2019」世界経済フォーラム)
もはや地球環境への認識を、大きく改めなければならない段階に入っている。
今日の気候変動について、"これまでの環境問題と同じ"という理解にとどまっていては、危機的な事態への対処は至難と言わざるをえない。ここに、私たちの平和運動が「気候変動」を大きなテーマとする理由もある。
そこで、気候変動の実相に迫る上で、一つの言葉を紹介したい。
「Climate Justice(気候正義)」——昨今、各地で叫ばれている言葉だ。これは、「気候変動問題は(因果関係を踏まえた加害者と被害者が存在する)国際的な人権問題であって、この不正義を正して温暖化を止めなければならない」との考え方である。(地球環境研究センター)
実際、個人消費による温室効果ガスの半分を排出しているのは、世界人口のわずか10%に当たる(裕福な)人々とされる。(「Extreme Carbon Inequality, 2015」Oxfam International)
一方で、農業や漁業のウエートが相対的に大きい途上国にとって、気候変動による異常気象や自然災害は特に深刻な脅威となる。インフラ等の整備も不十分なため、気候変動に適応する資金や技術が追い付いていないのが実情だ。さらに、貧困層をはじめ、女性や高齢者、子どもといった社会的に弱い人々が困難に直面する傾向が顕著である。
具体的には、海面上昇や干ばつ、水不足、食糧不足などが引き起こされる。自然災害による被害額は、世界で年間数十兆円。難民の発生にも大きな影響を与えている。今のまま気候変動が進めば最悪の場合、2100年までに10億人が移住しなければならないとの試算もある。
それらの事象は人々の衝突や紛争をも引き起こしており、さらなる悪化が懸念されることから、近年、安全保障に関する国際会議においても気候変動が焦点とされているのだ。
つまり、気候変動は環境問題を入り口としつつも、人権問題や安全保障問題にも直結していることが広く知らされなければならない。
ところが、気候変動の"害を引き起こしている人"は、被害者との時間的・地理的ギャップを背景に、当事者意識に立つことが難しいというのが大きな課題である。
そうした中、日本は2018年、気候変動による関連死者数や損失額の大きさから、"世界で最も影響を受けた国"になってしまった。(「GLOBAL CLIMATE RISK INDEX 2020」GERMANWATCH)
日本の私たちは世界の人々にもまして、この"当事者性"を真摯に受け止めなければならない。
◇現実を変革する宗教
未来にわたって個人の幸福と社会の繁栄を築くため、その双方の関係性を論じた「立正安国」の法理を確認したい。
日蓮大聖人の御在世においては、飢饉・疫病・大地震等が相次ぎ、庶民は苦悩に喘いでいた。民衆の幸福を実現するために、法華経に説かれる万人の成仏の哲理を一人一人の胸中に確立しようと、大聖人は「立正安国論」(御書17ページ)を執筆された。次の一節には、大聖人の社会観・幸福観が拝される。
「国を失い家を滅せば何れの所にか世を遁れん汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(同31ページ)
「一身の安堵」は、個人の幸福を意味する。また、「四表の静謐」は、世界の平和、地域社会の安穏の意だ。
つまり、各人の幸せといっても、社会の平和や安穏と切り離してはありえないとの視座である。どこまでも、主体者である信仰者が妙法の実践で自らの人間性を開発し、自身を取り巻く状況さえも変えていく"現実変革"を志向した宗教である。
換言すれば、"現実逃避""現実追従"の思想を超克しゆく社会的使命を自ら担い、実践してこそ"立正安国の体現者"であろう。まさに、各人の人間革命を基軸としながら、皆で広宣流布を目指す、創価学会員一人一人の振る舞いから現実の変革が始まるのだ。
◇非人道性の超克を
それでは、いま立ち向かう地球的課題の根にあるものは何なのだろうか。私は、かつて池田先生が青年部に贈った言葉を思い起こす。
「持続可能な地球社会を展望する時、その前進を阻む"一凶"とは何か——。それは、核兵器に象徴される、多くの人々の生命を犠牲にし、かけがえのない生態系を破壊してまでも、自らの欲望を満たそうという非人道性に他なりません」
仏法の眼で見れば、この「非人道性」は、誰でも自身の生命に具わる。ゆえに、この内なる一凶を見つめ、乗り越えずして、社会の安穏は勝ち取れない——との警句は、あらゆる平和運動に通底すべき倫理観であると確信する。
なぜなら私たち人間の存在そのものは、生を営む上で地球環境に何らかの負荷を不可避的に与え続けるからだ。この難しい現実を自覚しながら、解決の方途を模索する姿勢こそ肝要といえよう。
この姿勢を放棄し、他者へ変化を強いるだけではエゴの衝突を生むことは想像に難くない。そこで、利害の対立や分断をどう乗り越えていくかを仏典の智慧から学んでいきたい。
◇行動と連帯を開始
——干ばつのため、ある二つの部族が、その間を流れる川の水を巡って、争いを始めた。釈尊は、武器を手にした部族たちに対して、"武器を持つからこそ、恐怖が生ずる"と諭す。
やがて釈尊は、目先の"いさかい"よりも、さらに根源的な恐怖である「生死」について語り始めた。
誰人も避けられない「死」という最大の脅威を、いかに打開し、安穏の人生を送るか——釈尊は諄々と訴えていったという。
ただ危機感をあおるだけではなく、対話を用いて課題を超えゆく智慧を導き出した説話だ。
池田先生は、本年の「『SGIの日』記念提言」で、気候変動の危機感を共有するだけでなく、建設的な行動を共に起こす重要性を示している。
青年部は師の期待に応え、「多くの人々の積極的な行動を鼓舞するような、連帯の結集軸」を構築してまいりたい。今後、意識啓発運動「マイ・チャレンジ10」をオンラインで展開し100万人に広げ、自らのライフスタイルを変えることで気候変動に立ち向かう第一歩をしるす。また、"地球で生きていくとはどういうことか"を見つめる学習の場も積極的に設ける予定だ。
私たち青年には次代を担う責任がある。持続可能な社会を築くべく、あらゆる人々と連帯し、行動を開始することを宣言して本稿を結びたい。
負けじ魂を燃やす人は
烈風の日々さえも
ロマンの劇に変える。
晴れ晴れと胸を張ろう!
妙密上人御消息 P1241
『今一度も二度も大蒙古国より押し寄せて壹岐対馬の様に男をば打ち死し女をば押し取り京鎌倉に打ち入りて国主並びに大臣百官等を搦め取り牛馬の前にけたてつよく責めん時は争か南無妙法蓮華経と唱へざるべき』
【通解】
もう一度、二度と大蒙古国から兵が押し寄せてきて壱岐・対馬のように男を打ち殺し、女を無理に捕え、京都・鎌倉までも攻め入って、国主ならびに大臣・百官等を搦め取り、牛馬の前にたてかけて強く責めたてるような時は、どうして南無妙法蓮華経と唱えないでいられようか。
名字の言 長年の本紙配達を息子に託した父。その思いとは…… 2020年3月3日
本紙配達の"無冠の友"を長年務めた父が高齢となり、息子である壮年部員が後任になった。配達初日、"この地で何十年も配り続けたのか"と父への思いを胸に帰宅。「ただいま」とふすまを開け、壮年は驚いた▼御本尊の前に座る父が、声もなく泣いていた。「無事故を祈っていたんだが、"あの道で今日からお前が配っている"と思うと胸がいっぱいになって……」。広布への使命感が親子の絆をさらに強くした▼ある婦人部員は数年前、夫を不慮の事故で亡くした。その朝、「行ってらっしゃい」と元気な夫を見送ったのに……。ショックで体調を崩した彼女を再起させたのは、青年部員の息子の存在だった。"わが子を広布の人材に"と夫婦で祈った日々がよみがえった▼"心の中の夫と共に果たさなければならない使命がある!"と立ち上がった母の姿に、息子も発心。毎朝、彼女は息子と目を合わせ、「行って帰ってらっしゃい」と送り出すのが日課になった。息子は表情を一度引き締め、そして笑顔で出掛けるという▼御書に「現世では必ず跡を継ぐ親孝行の子である。また後生には、この子に導かれて仏になられるであろう」(1123ページ、通解)と。信心を最高の財産として伝え残すことで、親子は生死をも超えて福徳に包まれる。(城)
寸鉄 2020年3月3日
インド女子大学で卒業式人間主義の哲理に生きる池田主義者が使命の空へ
「華陽姉妹 誓春の日」。女子部の成長は即希望。御書根本の勝利譜今日も
仏法は現当二世。未来の果開く「現在の因」を今。広布の勇者に智慧は無限
自転車保険の加入増加。運転時は急がず無理せず—安全第一の意識向上も
ハローワークに"氷河期世代"の専門窓口設置進む。公明よ支援策さらに
☆心に御書を 第22回 たゆまぬ「不退の信心」を
〈御文〉
『聴聞する時は・もへたつばかりをもへども・とをざかりぬれば・すつる心あり、水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり』(上野殿御返事、1544ページ)
〈通解〉
(火のように信ずるとは)教えを聴いた時は燃え立つばかりに思うが、遠ざかると、信心を捨てる心が生じることをいう。水のように信ずるとは、常に後退することなく信ずることをいう。
〈池田先生が贈る指針〉
持続こそ力なり。青年への励ましの御文だ。
いかなる道も、地道な努力を貫いた人が勝つ。その勝利の流れをつくる究極の源が「不退の信心」である。壁に突き当たったら、題目を唱えて不屈の挑戦だ。
「誓願」の祈りから迸る生命の勢いで、たゆまず前進を! 福徳の大河となって民衆の大地を潤すのだ。
☆教学随想 日蓮仏法の視座 気候変動に立ち向かう 2020年2月22日
山口雅明 青年平和会議議長
◇自身の変革を基軸に「持続可能な社会」を構築
青年部は本年、「SOKAグローバルアクション2030——青年の行動と連帯の10年」と銘打ち、平和キャンペーンを開始した。その運動の柱に掲げた「SDGs(持続可能な開発目標)の普及・推進」に取り組むに当たり、今春から「気候変動」をテーマに各種活動を進めていく。地球規模の課題に直面している今、仏法を持つ私たち青年部に何ができるかを考えていきたい。
昨年10月12日午後、スマートフォンから突如、警告音が鳴り響いた。画面には「避難勧告」の文字——。地域周辺を流れる河川に氾濫の恐れがあることを知った瞬間だった。東日本を中心に甚大な被害をもたらした、台風19号が上陸する数時間前の出来事だ。
近くを流れる荒川は氾濫危険水位に達しながらも、寸前のところで決壊を免れた。後日、水位が堤防ぎりぎりまで迫っていた跡を確認し、これまでとは次元の違う気象の異常事態を実感した。
また、神奈川の被災地で、清掃ボランティア「かたし隊」に尽力した男子部員の体験を直接聞き、さらに各地の報告も目にして、"私たちは今、気候変動の渦中を生きている"ことを確信した。
◇環境問題にとどまらない
現在、世界に影響を与える二大リスクとして「(核兵器を含む)大量破壊兵器」「気候変動の緩和や適応への失敗」を挙げる報告がある。(「グローバルリスク報告書2019」世界経済フォーラム)
もはや地球環境への認識を、大きく改めなければならない段階に入っている。
今日の気候変動について、"これまでの環境問題と同じ"という理解にとどまっていては、危機的な事態への対処は至難と言わざるをえない。ここに、私たちの平和運動が「気候変動」を大きなテーマとする理由もある。
そこで、気候変動の実相に迫る上で、一つの言葉を紹介したい。
「Climate Justice(気候正義)」——昨今、各地で叫ばれている言葉だ。これは、「気候変動問題は(因果関係を踏まえた加害者と被害者が存在する)国際的な人権問題であって、この不正義を正して温暖化を止めなければならない」との考え方である。(地球環境研究センター)
実際、個人消費による温室効果ガスの半分を排出しているのは、世界人口のわずか10%に当たる(裕福な)人々とされる。(「Extreme Carbon Inequality, 2015」Oxfam International)
一方で、農業や漁業のウエートが相対的に大きい途上国にとって、気候変動による異常気象や自然災害は特に深刻な脅威となる。インフラ等の整備も不十分なため、気候変動に適応する資金や技術が追い付いていないのが実情だ。さらに、貧困層をはじめ、女性や高齢者、子どもといった社会的に弱い人々が困難に直面する傾向が顕著である。
具体的には、海面上昇や干ばつ、水不足、食糧不足などが引き起こされる。自然災害による被害額は、世界で年間数十兆円。難民の発生にも大きな影響を与えている。今のまま気候変動が進めば最悪の場合、2100年までに10億人が移住しなければならないとの試算もある。
それらの事象は人々の衝突や紛争をも引き起こしており、さらなる悪化が懸念されることから、近年、安全保障に関する国際会議においても気候変動が焦点とされているのだ。
つまり、気候変動は環境問題を入り口としつつも、人権問題や安全保障問題にも直結していることが広く知らされなければならない。
ところが、気候変動の"害を引き起こしている人"は、被害者との時間的・地理的ギャップを背景に、当事者意識に立つことが難しいというのが大きな課題である。
そうした中、日本は2018年、気候変動による関連死者数や損失額の大きさから、"世界で最も影響を受けた国"になってしまった。(「GLOBAL CLIMATE RISK INDEX 2020」GERMANWATCH)
日本の私たちは世界の人々にもまして、この"当事者性"を真摯に受け止めなければならない。
◇現実を変革する宗教
未来にわたって個人の幸福と社会の繁栄を築くため、その双方の関係性を論じた「立正安国」の法理を確認したい。
日蓮大聖人の御在世においては、飢饉・疫病・大地震等が相次ぎ、庶民は苦悩に喘いでいた。民衆の幸福を実現するために、法華経に説かれる万人の成仏の哲理を一人一人の胸中に確立しようと、大聖人は「立正安国論」(御書17ページ)を執筆された。次の一節には、大聖人の社会観・幸福観が拝される。
「国を失い家を滅せば何れの所にか世を遁れん汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(同31ページ)
「一身の安堵」は、個人の幸福を意味する。また、「四表の静謐」は、世界の平和、地域社会の安穏の意だ。
つまり、各人の幸せといっても、社会の平和や安穏と切り離してはありえないとの視座である。どこまでも、主体者である信仰者が妙法の実践で自らの人間性を開発し、自身を取り巻く状況さえも変えていく"現実変革"を志向した宗教である。
換言すれば、"現実逃避""現実追従"の思想を超克しゆく社会的使命を自ら担い、実践してこそ"立正安国の体現者"であろう。まさに、各人の人間革命を基軸としながら、皆で広宣流布を目指す、創価学会員一人一人の振る舞いから現実の変革が始まるのだ。
◇非人道性の超克を
それでは、いま立ち向かう地球的課題の根にあるものは何なのだろうか。私は、かつて池田先生が青年部に贈った言葉を思い起こす。
「持続可能な地球社会を展望する時、その前進を阻む"一凶"とは何か——。それは、核兵器に象徴される、多くの人々の生命を犠牲にし、かけがえのない生態系を破壊してまでも、自らの欲望を満たそうという非人道性に他なりません」
仏法の眼で見れば、この「非人道性」は、誰でも自身の生命に具わる。ゆえに、この内なる一凶を見つめ、乗り越えずして、社会の安穏は勝ち取れない——との警句は、あらゆる平和運動に通底すべき倫理観であると確信する。
なぜなら私たち人間の存在そのものは、生を営む上で地球環境に何らかの負荷を不可避的に与え続けるからだ。この難しい現実を自覚しながら、解決の方途を模索する姿勢こそ肝要といえよう。
この姿勢を放棄し、他者へ変化を強いるだけではエゴの衝突を生むことは想像に難くない。そこで、利害の対立や分断をどう乗り越えていくかを仏典の智慧から学んでいきたい。
◇行動と連帯を開始
——干ばつのため、ある二つの部族が、その間を流れる川の水を巡って、争いを始めた。釈尊は、武器を手にした部族たちに対して、"武器を持つからこそ、恐怖が生ずる"と諭す。
やがて釈尊は、目先の"いさかい"よりも、さらに根源的な恐怖である「生死」について語り始めた。
誰人も避けられない「死」という最大の脅威を、いかに打開し、安穏の人生を送るか——釈尊は諄々と訴えていったという。
ただ危機感をあおるだけではなく、対話を用いて課題を超えゆく智慧を導き出した説話だ。
池田先生は、本年の「『SGIの日』記念提言」で、気候変動の危機感を共有するだけでなく、建設的な行動を共に起こす重要性を示している。
青年部は師の期待に応え、「多くの人々の積極的な行動を鼓舞するような、連帯の結集軸」を構築してまいりたい。今後、意識啓発運動「マイ・チャレンジ10」をオンラインで展開し100万人に広げ、自らのライフスタイルを変えることで気候変動に立ち向かう第一歩をしるす。また、"地球で生きていくとはどういうことか"を見つめる学習の場も積極的に設ける予定だ。
私たち青年には次代を担う責任がある。持続可能な社会を築くべく、あらゆる人々と連帯し、行動を開始することを宣言して本稿を結びたい。
2020年3月2日月曜日
2020.03.02 わが友に贈る
◇今週のことば
「家に讃教の勤めあれば
七難必ず退散せん」
力強い勤行から出発だ。
強盛の大信力で
「変毒為薬」の波動を!
2020年3月2日
崇峻天皇御書 P1174
『一代の肝心は法華経法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ』
【通解】
釈迦一代の説法の肝心は法華経である。そして、法華経の修行という点で、その肝心をいえば、それは不軽品である。不軽菩薩が人ごとに敬ったということは、どういうことをいうのであろうか。教主釈尊の出世の本懐は、人として振る舞う道を説くことであった。穴賢穴賢。振舞いにおいて、賢いものを人といい、愚かなものを畜生というのである。
名字の言 奄美の方言で書かれた日めくり教訓カレンダー 2020年3月2日
鹿児島県奄美市で「島口教訓カレンダー」に出合った。島口(奄美の方言)の教訓をまとめた日めくりカレンダー▼一日一教訓。「木ぬ曲がり物や使わりゅっか 人ぬ曲がり者や使わらん」(12日)——木は曲がってもそれなりの使い方はあるが、性格や心がひねくれた人はどうにもならない。「一能や有り」(20日)——あなたには、あなたにしかできないことがある▼「健康どふ宝」(13日)は、健康こそ幸福の土台ということ。「子孫に銭金くりりゅんくま 魂くれれ」(15日)——子どもや孫にはお金を与えるよりも知恵や魂を与えなさい。「親に生されてどふ 此ん明るさ見ちゃる 吾生ちゃる親ぬ百歳願お」(26日)——親に生んでもらってこの世の明るさを知ったのだから、親が百歳まで長生きするよう願おう▼どの教訓からも、奄美の豊かな精神文化を感じる。このカレンダーは、「消滅の危機」にあるとされる奄美の方言に親しむ機会を増やす道具。先人が育んだ宝をどう次代に伝えるか——輝く未来をつくる焦点は、ここにある▼きょう2日の教訓は「花ならば匂ひ 枝ぶりやいらん 姿振りやいらん 人や心」——花は姿形よりも匂いが貴ばれるように、人間も心の美しい人が尊い。「心こそ大切なれ」(御書1192ページ)である。(川)
寸鉄 2020年3月2日
比の国立大から名誉学術称号。会長の社会貢献は模範と。世界が仰ぐ英知
埼玉男子部の日。全員が破邪顕正の勇者と育て!師の大闘争を胸に刻んで
御書「いまだこりず候」。この精神で学会は発展!今できる事に全力を傾け
携帯の使い過ぎで若年性白内障急増。目から離す、暗所は控える等の工夫を
確定申告が4月16日まで延長—肺炎踏まえ公明が提案。庶民守る対策益々
☆勇気の旗高く 池田先生が茨城の友に贈る指針 「強い心」の人は幸福 2020年2月24日
◇"直通"の信心
〈茨城の同志の合言葉は「直通」。愚直なまでに師匠を求め抜き、広布にまい進する心意気を表している。1988年(昭和63年)2月27日の茨城県記念総会で、池田先生は、その意義について語った〉
茨城の旧国名は「常陸」と呼ばれた。この「常陸」の由来には諸説があるが、一説には「直通」からきているといわれる(『常陸国風土記』)。すなわち"道が直通に続いている"との意味である。
現代も茨城県は、交通網の整備も進み、東京中心部との連携を密にしながら"自立都市圏"として発展している。また、科学万博、筑波学園都市をはじめ、国際交流、学術振興の"道"も開いている。
次元は異なるが、信心の世界にあっても、「常陸」の由来のごとく、茨城の皆さまは、どこまでも御本尊にまっすぐ通じる純粋な信心を貫いていただきたい。
〈今年は水戸支部結成60周年。先生は2002年(平成14年)の随筆で、それまでの茨城訪問を振り返りつつ、初代会長・牧口常三郎先生と茨城との深き縁をつづっている〉
それは、晩秋の十一月二十六日のことであった。
第三代会長に就任して半年余り——一九六〇年(昭和三十五年)のその日、私は、茨城の水戸へ走った。県営の体育館に約八千人が集った、水戸支部の結成大会に出席したのである。
前日の雨はあがり、青空が見えていた。
新出発の同志に、私は「自分自身との闘争を!」と強く訴えた。全員が偉大な「人間革命」の歴史を綴り残してほしかったのである。
それから十年目となる一九六九年(昭和四十四年)の十一月二十九日、私は、発展する茨城総合本部の指導会をもった。
その日は快晴だった。沈黙の空を見上げる、青年たちのにぎやかさは壮観であった。会場の水戸会館には、壮年、婦人も共に、四百人の代表が集い合い、どの顔も、晴れ晴れとして輝いていた。
私は戦時中、あの霞ケ浦に臨む、土浦の少年航空隊の基地にいた友人を訪ねた。それ以来、幾度となく茨城の大地を踏みしめた。
茨城は、牧口先生も何度も来られている。
『万葉集』に歌われる関東の名山・筑波山にも、足を運ばれた。一九三六年(昭和十一年)の一月のことである。土浦から筑波鉄道(当時)で麓の町に行き、この端麗な山を仰がれたのであろう。
牧口先生は、翌日には下妻を訪れ、青年教育者を交えて座談会を開くとともに、茨城県支部を発足された。
手元の資料を見る限り、これは、牧口先生が自ら出席して結成された「最初の地方支部」であったようである。
◇反転攻勢の勝鬨
〈このほど、2月11日が「茨城青年部の日」に制定された。その淵源は、1982年(昭和57年)、邪宗門の謀略に苦しんだ友のもとへ池田先生が駆け付け、渾身の激励を重ねた"厳寒の茨城指導"にある。
99年(平成11年)の随筆に、その反転攻勢の広布史が記されている〉
水戸の偕楽園の梅が満開に咲き香る季節は近づいていたが、まだまだ寒かった。
一九八二年(昭和五十七年)の二月七日、私は、牧口先生と同じ決心で、寒風のなか、茨城の同志のもとへ走った。
少々、風邪気味の体は熱っぽかったが、一夜明けると、すっかり楽になり、同志の題目を感じてならなかった。
私は、完成間もない、水戸の茨城文化会館に本陣を置いて、北は日立、東は鹿島、南は土浦へと、広宣流布の大波を起こす決意で、正義の軍艦のごとく動きに動いた。
その日立も、鹿島も、また、土浦方面の竜ケ崎、谷田部などでも、邪僧が正義面して、仏意仏勅の学会に泥をかぶせ、唾を吐いていた。
可憐な花のごとく、清らかな魂の同志は、こんな悪逆非道はない、これが正しき仏法を守る坊主であるはずがないと、悔し涙をのんで、耐えに耐えてきたのだ。
仏法の世界にあるまじき、この悔しさは、当時の同志たちの心からは、永遠に消え去ることは絶対にない。
いかなる嫉妬と中傷の矢も、太陽を射ることはできない。威風堂々、太平洋に昇りゆく太陽のごとく、正義の旭日が昇れば、邪悪の闇は破れる。
私は、あの地でも、この地でも、雄々しき戦闘を勝ち取っていく、わが広布の同志の頭上に、勝者の月桂冠を載せながら、戦い抜いた。
その間、わが師である戸田先生のご生誕の日(二月十一日)も、茨城で迎えた。先生の年齢と同じ、八十二個の鉢植えの梅が、寿ぐように香っていた。
この日、二十一世紀を託しゆく男女青年部、三千五百名による、「茨城二〇〇〇年会」が結成された。
若き勝鬨の声は、今でもこだまして聞こえるようだ。
◇凱歌の人生を
〈90年(平成2年)6月、茨城文化会館で行われた本部幹部会。池田先生は、邪悪との闘争を勝ち越えた同志をたたえ、勝利の人生を生き抜く要諦を示した〉
大聖人は「仏法は勝負」と教えてくださっている。人生もまた"勝負"である。
絶対に強くならねばならない。悪世末法といわれる現代の社会にあって、力がなく、弱ければ負けてしまう。こちらが勇気を出し、力をつけていけば、おごった敵も必ず打ち破っていけるのである。
御本尊を持ち、広布にまい進する皆さまは、全てが尊い仏子である。仏の子を、三世十方の仏・菩薩、諸天善神が守らないはずがない。
妙法の大道を歩む私どもには、何も恐れるものはない。御本尊の無量無辺の功徳に包まれた皆さまほど、強く素晴らしい存在はない。どうか、そのことに深き確信を持って、堂々と勝利の人生を生き抜いていただきたい。
ところで、私たちは、何のために生まれてきたのか。この人生の大問題について、戸田先生は次のように明快に述べられている。
「なぜ人間に生まれてきたか。簡単なようで、しっくりとしない問題でありますが、あなた方はこの世に遊びにきたのです」と——。
"われわれは、この世に遊びに来た"——。もとより、「遊び」といっても単なる娯楽などとは根本的に異なる。人生を自在に楽しみ、幸福を満喫しきっていける"境涯"を示されているのである。
人生、生活の一切が楽しく、常に「喜び」と「希望」を見いだして悠々と生き抜いていく。ここに、私どもの信仰の目的がある。また人生の究極の目的、理想がある。
たとえば、職場で上司に叱られることがあっても、その指摘を誠実に受け止めればよいのである。変にしょげかえってしまう必要はない。「ああ、自分を励ましてくれて、ありがたいな」とか、「うちの課長も本当に元気だな」(笑い)と、いい意味でたくましく捉えて、奮起していけばよいのである。
要するに、"グチ"や"不平"に流されず、常に現状を"いい方へ、いい方へ"、"希望へ、喜びへ"と、捉えていける「強い心」を持つことである。ここに、人生の勝利をもたらす「知恵」がある。また、それを実現していけるのが信心である。
〈池田先生は"茨城は日本の縮図、広布の縮図"と、深い使命を強調し、さらなる発展に期待を寄せる。師の心に応え、茨城の友は、一人一人が堂々と凱歌の人生を飾りゆく〉
「家に讃教の勤めあれば
七難必ず退散せん」
力強い勤行から出発だ。
強盛の大信力で
「変毒為薬」の波動を!
2020年3月2日
崇峻天皇御書 P1174
『一代の肝心は法華経法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ』
【通解】
釈迦一代の説法の肝心は法華経である。そして、法華経の修行という点で、その肝心をいえば、それは不軽品である。不軽菩薩が人ごとに敬ったということは、どういうことをいうのであろうか。教主釈尊の出世の本懐は、人として振る舞う道を説くことであった。穴賢穴賢。振舞いにおいて、賢いものを人といい、愚かなものを畜生というのである。
名字の言 奄美の方言で書かれた日めくり教訓カレンダー 2020年3月2日
鹿児島県奄美市で「島口教訓カレンダー」に出合った。島口(奄美の方言)の教訓をまとめた日めくりカレンダー▼一日一教訓。「木ぬ曲がり物や使わりゅっか 人ぬ曲がり者や使わらん」(12日)——木は曲がってもそれなりの使い方はあるが、性格や心がひねくれた人はどうにもならない。「一能や有り」(20日)——あなたには、あなたにしかできないことがある▼「健康どふ宝」(13日)は、健康こそ幸福の土台ということ。「子孫に銭金くりりゅんくま 魂くれれ」(15日)——子どもや孫にはお金を与えるよりも知恵や魂を与えなさい。「親に生されてどふ 此ん明るさ見ちゃる 吾生ちゃる親ぬ百歳願お」(26日)——親に生んでもらってこの世の明るさを知ったのだから、親が百歳まで長生きするよう願おう▼どの教訓からも、奄美の豊かな精神文化を感じる。このカレンダーは、「消滅の危機」にあるとされる奄美の方言に親しむ機会を増やす道具。先人が育んだ宝をどう次代に伝えるか——輝く未来をつくる焦点は、ここにある▼きょう2日の教訓は「花ならば匂ひ 枝ぶりやいらん 姿振りやいらん 人や心」——花は姿形よりも匂いが貴ばれるように、人間も心の美しい人が尊い。「心こそ大切なれ」(御書1192ページ)である。(川)
寸鉄 2020年3月2日
比の国立大から名誉学術称号。会長の社会貢献は模範と。世界が仰ぐ英知
埼玉男子部の日。全員が破邪顕正の勇者と育て!師の大闘争を胸に刻んで
御書「いまだこりず候」。この精神で学会は発展!今できる事に全力を傾け
携帯の使い過ぎで若年性白内障急増。目から離す、暗所は控える等の工夫を
確定申告が4月16日まで延長—肺炎踏まえ公明が提案。庶民守る対策益々
☆勇気の旗高く 池田先生が茨城の友に贈る指針 「強い心」の人は幸福 2020年2月24日
◇"直通"の信心
〈茨城の同志の合言葉は「直通」。愚直なまでに師匠を求め抜き、広布にまい進する心意気を表している。1988年(昭和63年)2月27日の茨城県記念総会で、池田先生は、その意義について語った〉
茨城の旧国名は「常陸」と呼ばれた。この「常陸」の由来には諸説があるが、一説には「直通」からきているといわれる(『常陸国風土記』)。すなわち"道が直通に続いている"との意味である。
現代も茨城県は、交通網の整備も進み、東京中心部との連携を密にしながら"自立都市圏"として発展している。また、科学万博、筑波学園都市をはじめ、国際交流、学術振興の"道"も開いている。
次元は異なるが、信心の世界にあっても、「常陸」の由来のごとく、茨城の皆さまは、どこまでも御本尊にまっすぐ通じる純粋な信心を貫いていただきたい。
〈今年は水戸支部結成60周年。先生は2002年(平成14年)の随筆で、それまでの茨城訪問を振り返りつつ、初代会長・牧口常三郎先生と茨城との深き縁をつづっている〉
それは、晩秋の十一月二十六日のことであった。
第三代会長に就任して半年余り——一九六〇年(昭和三十五年)のその日、私は、茨城の水戸へ走った。県営の体育館に約八千人が集った、水戸支部の結成大会に出席したのである。
前日の雨はあがり、青空が見えていた。
新出発の同志に、私は「自分自身との闘争を!」と強く訴えた。全員が偉大な「人間革命」の歴史を綴り残してほしかったのである。
それから十年目となる一九六九年(昭和四十四年)の十一月二十九日、私は、発展する茨城総合本部の指導会をもった。
その日は快晴だった。沈黙の空を見上げる、青年たちのにぎやかさは壮観であった。会場の水戸会館には、壮年、婦人も共に、四百人の代表が集い合い、どの顔も、晴れ晴れとして輝いていた。
私は戦時中、あの霞ケ浦に臨む、土浦の少年航空隊の基地にいた友人を訪ねた。それ以来、幾度となく茨城の大地を踏みしめた。
茨城は、牧口先生も何度も来られている。
『万葉集』に歌われる関東の名山・筑波山にも、足を運ばれた。一九三六年(昭和十一年)の一月のことである。土浦から筑波鉄道(当時)で麓の町に行き、この端麗な山を仰がれたのであろう。
牧口先生は、翌日には下妻を訪れ、青年教育者を交えて座談会を開くとともに、茨城県支部を発足された。
手元の資料を見る限り、これは、牧口先生が自ら出席して結成された「最初の地方支部」であったようである。
◇反転攻勢の勝鬨
〈このほど、2月11日が「茨城青年部の日」に制定された。その淵源は、1982年(昭和57年)、邪宗門の謀略に苦しんだ友のもとへ池田先生が駆け付け、渾身の激励を重ねた"厳寒の茨城指導"にある。
99年(平成11年)の随筆に、その反転攻勢の広布史が記されている〉
水戸の偕楽園の梅が満開に咲き香る季節は近づいていたが、まだまだ寒かった。
一九八二年(昭和五十七年)の二月七日、私は、牧口先生と同じ決心で、寒風のなか、茨城の同志のもとへ走った。
少々、風邪気味の体は熱っぽかったが、一夜明けると、すっかり楽になり、同志の題目を感じてならなかった。
私は、完成間もない、水戸の茨城文化会館に本陣を置いて、北は日立、東は鹿島、南は土浦へと、広宣流布の大波を起こす決意で、正義の軍艦のごとく動きに動いた。
その日立も、鹿島も、また、土浦方面の竜ケ崎、谷田部などでも、邪僧が正義面して、仏意仏勅の学会に泥をかぶせ、唾を吐いていた。
可憐な花のごとく、清らかな魂の同志は、こんな悪逆非道はない、これが正しき仏法を守る坊主であるはずがないと、悔し涙をのんで、耐えに耐えてきたのだ。
仏法の世界にあるまじき、この悔しさは、当時の同志たちの心からは、永遠に消え去ることは絶対にない。
いかなる嫉妬と中傷の矢も、太陽を射ることはできない。威風堂々、太平洋に昇りゆく太陽のごとく、正義の旭日が昇れば、邪悪の闇は破れる。
私は、あの地でも、この地でも、雄々しき戦闘を勝ち取っていく、わが広布の同志の頭上に、勝者の月桂冠を載せながら、戦い抜いた。
その間、わが師である戸田先生のご生誕の日(二月十一日)も、茨城で迎えた。先生の年齢と同じ、八十二個の鉢植えの梅が、寿ぐように香っていた。
この日、二十一世紀を託しゆく男女青年部、三千五百名による、「茨城二〇〇〇年会」が結成された。
若き勝鬨の声は、今でもこだまして聞こえるようだ。
◇凱歌の人生を
〈90年(平成2年)6月、茨城文化会館で行われた本部幹部会。池田先生は、邪悪との闘争を勝ち越えた同志をたたえ、勝利の人生を生き抜く要諦を示した〉
大聖人は「仏法は勝負」と教えてくださっている。人生もまた"勝負"である。
絶対に強くならねばならない。悪世末法といわれる現代の社会にあって、力がなく、弱ければ負けてしまう。こちらが勇気を出し、力をつけていけば、おごった敵も必ず打ち破っていけるのである。
御本尊を持ち、広布にまい進する皆さまは、全てが尊い仏子である。仏の子を、三世十方の仏・菩薩、諸天善神が守らないはずがない。
妙法の大道を歩む私どもには、何も恐れるものはない。御本尊の無量無辺の功徳に包まれた皆さまほど、強く素晴らしい存在はない。どうか、そのことに深き確信を持って、堂々と勝利の人生を生き抜いていただきたい。
ところで、私たちは、何のために生まれてきたのか。この人生の大問題について、戸田先生は次のように明快に述べられている。
「なぜ人間に生まれてきたか。簡単なようで、しっくりとしない問題でありますが、あなた方はこの世に遊びにきたのです」と——。
"われわれは、この世に遊びに来た"——。もとより、「遊び」といっても単なる娯楽などとは根本的に異なる。人生を自在に楽しみ、幸福を満喫しきっていける"境涯"を示されているのである。
人生、生活の一切が楽しく、常に「喜び」と「希望」を見いだして悠々と生き抜いていく。ここに、私どもの信仰の目的がある。また人生の究極の目的、理想がある。
たとえば、職場で上司に叱られることがあっても、その指摘を誠実に受け止めればよいのである。変にしょげかえってしまう必要はない。「ああ、自分を励ましてくれて、ありがたいな」とか、「うちの課長も本当に元気だな」(笑い)と、いい意味でたくましく捉えて、奮起していけばよいのである。
要するに、"グチ"や"不平"に流されず、常に現状を"いい方へ、いい方へ"、"希望へ、喜びへ"と、捉えていける「強い心」を持つことである。ここに、人生の勝利をもたらす「知恵」がある。また、それを実現していけるのが信心である。
〈池田先生は"茨城は日本の縮図、広布の縮図"と、深い使命を強調し、さらなる発展に期待を寄せる。師の心に応え、茨城の友は、一人一人が堂々と凱歌の人生を飾りゆく〉
2020年3月1日日曜日
2020.03.01 わが友に贈る
いかなる状況でも
新たな価値を創造する。
これが仏法の真髄だ。
今できることを見つけ
自身の可能性を開こう!
転重軽受法門 P1000
『涅槃経に転重軽受と申す法門あり、先業の重き今生につきずして未来に地獄の苦を受くべきが今生にかかる重苦に値い候へば地獄の苦みぱつときへて死に候へば人天三乗一乗の益をうる事の候』
【通解】
涅槃経に転重軽受という法門がある。過去世の宿業が重く、現世に一生尽きないので、未来世に地獄の苦しみを受けるところが、現世の一生にこのような重い苦しみにあうと、地獄の苦みがさっと消えて、死ぬならば人・天や声聞・縁覚・菩薩の三乗あるいは一仏乗を得ることができるのである。
名字の言 SARSに勝った香港創価幼稚園 2020年3月1日
SARS(重症急性呼吸器症候群)が猛威を振るった2003年、香港では3月末から全ての幼稚園や学校が休園・休校となった。この折、香港創価幼稚園の教員たちは、自宅で使えるよう学習用の映像媒体を各家庭に送った▼構成から撮影、編集まで全てが教員たちの手作りである。内容は、物語の読み聞かせや体操、英語や中国語の学習など多彩。教員一人一人がカメラに向かって、子どもたちに語り掛ける映像も組み入れた。「早く先生に会いたい」と園に電話する園児もいたという▼教員たちの対応は、香港の有力紙で大きく報道された。SARSが終息した後、授業参観に訪れた教育長官は、教員と家庭との密な連携を称賛した。また同幼稚園の模範的な衛生教育に対して、香港政府から顕彰盾が贈られた▼出発点は"子どもたちのために、何かできることはないか"との教員たちの真剣な思いだ。その教育に懸ける情熱が知恵を生み、手詰まりに思える状況の中で、子どもたちを支える取り組みにつながった▼新型コロナウイルスの感染拡大に対して、市井の我々にできることは限られているかもしれない。しかし、だからこそ正しい情報をもとに、互いに声を掛け合い、冷静に賢明に対応したい。人間の知恵は無限である。(芯)
寸鉄 2020年3月1日
芽吹きの3月。丈夫な根ありて美しき花は咲く。今こそ信心の根しっかり
未来部希望月間。鳳雛の成長こそ世界の光。電話一つ、手紙一つに心込め
進んで人を助け善であれ—文豪。悩む人のためにできる事を。智慧湧かし
重力波望遠鏡、宇宙の謎に迫る観測開始。我らは御書学び心の宇宙を探究
防災用品点検の日。食料・水の賞味期限、電池切れ等確認。家族で意識持ち
☆大白蓮華巻頭言 2020年3月号 霊山の一会は我らの地区にあり
わが尊き宝友の健康長寿と無事安穏を祈念しつつ、常に拝する御聖訓がある。法難の佐渡から、幼子の病と闘う鎌倉の門下を激励なされた「経王殿御返事」である。
「経王殿御前の事・二六時中に日月天に祈り申し候」
「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」
「わざはひも転じて幸となるべし」(1124ページ)
何と深く、何と温かく、何と強い、御本仏の励ましであろうか。この同苦の祈りと大確信を体して、広宣流布へ共々に前進しゆくスクラムこそ、創価の地区である。
まさしく、地区は「蘇生のオアシス」といってよい。どんな悩みを抱えた友も、同志の題目の師子吼とともに、勇気の逆転劇へ生命力を湧き出していけるからだ。
今、創価家族が唱える妙法の音声は途切れることなく地球を包む。日付変更線に近く、いち早く新しい一日が始まるニュージーランドのウェリントンでは、会館の地元の友が清々しく朝の自由唱題会を重ねてこられた。
地涌の菩薩が喜び集う地区は、桜梅桃李の平和の園だ。欧州の国際都市では、それぞれ国籍の異なる多彩な参加者たちが和気あいあいと世界市民の座談会を行っている。
「法華経」には「人に勧めて坐して経を聴かしめば 是の福の因縁もて釈・梵・転輪の座を得ん」と説かれる。
新来の友人を招き、仏法を語らうことは、梵天帝釈・転輪聖王のような大指導者となる因を刻んでいるのだ。座談会を明るく笑顔にしてくれる未来部の友らも、どれほど偉大な人材に育ちゆくことか、楽しみでならない。
久遠から広布を誓い合った同志が、今この時この天地に共に踊り出たのだ。「御義口伝」に説かれる「霊山一会儼然未散」(757ページ)は他のどこでもない。我らの地区にある。
ゆえに、苦楽を分かち合って進むのだ。「あひかまへて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき」(1124ページ)と仰せの通り、一人一人の人生と、愛する地域に幸福勝利の花を爛漫と咲かせゆこう!
不思議なる
霊山一会の
同志かな
我らの地区を
世界の希望に
☆2020 学会史メモリアル 3月
◎3・5「壮年部結成記念日」
1966年(昭和41年)3月5日、池田大作先生のもと、学会本部に750人の代表が集い、壮年部が結成された。
席上、先生は"創価の城を支えゆく黄金柱になっていただきたい""壮年部が大きく成長し、堅固な広宣流布の構えができるならば、わが創価学会は永久に盤石です"と述べ、大きな期待を寄せた。
※参考資料=小説『新・人間革命』第10巻「桂冠」
◎3・6 中華全国青年連合会との「交流議定書」調印35周年
85年3月6日、池田先生は、中国青年代表団の胡錦濤団長(前国家主席)、李克強副団長(現総理)らを信濃町の聖教新聞本社で歓迎。
この時、学会青年部と中華全国青年連合会(全青連)は「交流議定書」を調印した。本年で35周年。
◎3・8「芸術部の日」
62年3月8日、「文化の世紀」の到来を見据え、池田先生のもと、20人で発足したのが、芸術部の淵源である。
※参考資料=『新・人間革命』第13巻「光城」
◎3・11「小樽問答記念日」65周年
55年3月11日、北海道小樽市の公会堂で、創価学会と日蓮宗(身延派)の正邪を決する法論が行われた。
青年部の室長だった池田先生が司会を務め、第一声で日蓮宗側を圧倒。学会側の完全勝利に終わった。本年で65周年。
※参考資料=『人間革命』第9巻「発端」「小樽問答」
◎3・16「広宣流布記念の日」
57年12月、第2代会長・戸田城聖先生の生涯の願業である75万世帯の弘教が達成された。
翌58年3月上旬、戸田先生は、若き池田先生に「将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をやろう」と提案した。
同月16日、男女青年部の精鋭6000人が戸田先生のもとに集い、"広宣流布の記念式典"が開かれた。戸田先生は席上、「創価学会は、宗教界の王者である」と師子吼。広布のバトンを後継の青年に託した。
※参考資料=『人間革命』第12巻「後継」
◎3・20 対談集「21世紀への対話」発刊45周年
75年3月20日、20世紀を代表する歴史家アーノルド・J・トインビー博士と池田先生との対談集『21世紀への対話』が発刊。本年で45周年。
同書は世界29言語で出版されている。
※参考資料=『新・人間革命』第16巻「対話」
◎3・21「九州の日」
73年3月21日、池田先生は第1回九州青年部総会に出席し、"生涯、誠実を貫き、立派に大成して輝かしい人生勝利を"とスピーチ。
同総会を記念し、「九州が/ありて二章の/船出かな」との句を詠み贈った。
新たな価値を創造する。
これが仏法の真髄だ。
今できることを見つけ
自身の可能性を開こう!
転重軽受法門 P1000
『涅槃経に転重軽受と申す法門あり、先業の重き今生につきずして未来に地獄の苦を受くべきが今生にかかる重苦に値い候へば地獄の苦みぱつときへて死に候へば人天三乗一乗の益をうる事の候』
【通解】
涅槃経に転重軽受という法門がある。過去世の宿業が重く、現世に一生尽きないので、未来世に地獄の苦しみを受けるところが、現世の一生にこのような重い苦しみにあうと、地獄の苦みがさっと消えて、死ぬならば人・天や声聞・縁覚・菩薩の三乗あるいは一仏乗を得ることができるのである。
名字の言 SARSに勝った香港創価幼稚園 2020年3月1日
SARS(重症急性呼吸器症候群)が猛威を振るった2003年、香港では3月末から全ての幼稚園や学校が休園・休校となった。この折、香港創価幼稚園の教員たちは、自宅で使えるよう学習用の映像媒体を各家庭に送った▼構成から撮影、編集まで全てが教員たちの手作りである。内容は、物語の読み聞かせや体操、英語や中国語の学習など多彩。教員一人一人がカメラに向かって、子どもたちに語り掛ける映像も組み入れた。「早く先生に会いたい」と園に電話する園児もいたという▼教員たちの対応は、香港の有力紙で大きく報道された。SARSが終息した後、授業参観に訪れた教育長官は、教員と家庭との密な連携を称賛した。また同幼稚園の模範的な衛生教育に対して、香港政府から顕彰盾が贈られた▼出発点は"子どもたちのために、何かできることはないか"との教員たちの真剣な思いだ。その教育に懸ける情熱が知恵を生み、手詰まりに思える状況の中で、子どもたちを支える取り組みにつながった▼新型コロナウイルスの感染拡大に対して、市井の我々にできることは限られているかもしれない。しかし、だからこそ正しい情報をもとに、互いに声を掛け合い、冷静に賢明に対応したい。人間の知恵は無限である。(芯)
寸鉄 2020年3月1日
芽吹きの3月。丈夫な根ありて美しき花は咲く。今こそ信心の根しっかり
未来部希望月間。鳳雛の成長こそ世界の光。電話一つ、手紙一つに心込め
進んで人を助け善であれ—文豪。悩む人のためにできる事を。智慧湧かし
重力波望遠鏡、宇宙の謎に迫る観測開始。我らは御書学び心の宇宙を探究
防災用品点検の日。食料・水の賞味期限、電池切れ等確認。家族で意識持ち
☆大白蓮華巻頭言 2020年3月号 霊山の一会は我らの地区にあり
わが尊き宝友の健康長寿と無事安穏を祈念しつつ、常に拝する御聖訓がある。法難の佐渡から、幼子の病と闘う鎌倉の門下を激励なされた「経王殿御返事」である。
「経王殿御前の事・二六時中に日月天に祈り申し候」
「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」
「わざはひも転じて幸となるべし」(1124ページ)
何と深く、何と温かく、何と強い、御本仏の励ましであろうか。この同苦の祈りと大確信を体して、広宣流布へ共々に前進しゆくスクラムこそ、創価の地区である。
まさしく、地区は「蘇生のオアシス」といってよい。どんな悩みを抱えた友も、同志の題目の師子吼とともに、勇気の逆転劇へ生命力を湧き出していけるからだ。
今、創価家族が唱える妙法の音声は途切れることなく地球を包む。日付変更線に近く、いち早く新しい一日が始まるニュージーランドのウェリントンでは、会館の地元の友が清々しく朝の自由唱題会を重ねてこられた。
地涌の菩薩が喜び集う地区は、桜梅桃李の平和の園だ。欧州の国際都市では、それぞれ国籍の異なる多彩な参加者たちが和気あいあいと世界市民の座談会を行っている。
「法華経」には「人に勧めて坐して経を聴かしめば 是の福の因縁もて釈・梵・転輪の座を得ん」と説かれる。
新来の友人を招き、仏法を語らうことは、梵天帝釈・転輪聖王のような大指導者となる因を刻んでいるのだ。座談会を明るく笑顔にしてくれる未来部の友らも、どれほど偉大な人材に育ちゆくことか、楽しみでならない。
久遠から広布を誓い合った同志が、今この時この天地に共に踊り出たのだ。「御義口伝」に説かれる「霊山一会儼然未散」(757ページ)は他のどこでもない。我らの地区にある。
ゆえに、苦楽を分かち合って進むのだ。「あひかまへて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき」(1124ページ)と仰せの通り、一人一人の人生と、愛する地域に幸福勝利の花を爛漫と咲かせゆこう!
不思議なる
霊山一会の
同志かな
我らの地区を
世界の希望に
☆2020 学会史メモリアル 3月
◎3・5「壮年部結成記念日」
1966年(昭和41年)3月5日、池田大作先生のもと、学会本部に750人の代表が集い、壮年部が結成された。
席上、先生は"創価の城を支えゆく黄金柱になっていただきたい""壮年部が大きく成長し、堅固な広宣流布の構えができるならば、わが創価学会は永久に盤石です"と述べ、大きな期待を寄せた。
※参考資料=小説『新・人間革命』第10巻「桂冠」
◎3・6 中華全国青年連合会との「交流議定書」調印35周年
85年3月6日、池田先生は、中国青年代表団の胡錦濤団長(前国家主席)、李克強副団長(現総理)らを信濃町の聖教新聞本社で歓迎。
この時、学会青年部と中華全国青年連合会(全青連)は「交流議定書」を調印した。本年で35周年。
◎3・8「芸術部の日」
62年3月8日、「文化の世紀」の到来を見据え、池田先生のもと、20人で発足したのが、芸術部の淵源である。
※参考資料=『新・人間革命』第13巻「光城」
◎3・11「小樽問答記念日」65周年
55年3月11日、北海道小樽市の公会堂で、創価学会と日蓮宗(身延派)の正邪を決する法論が行われた。
青年部の室長だった池田先生が司会を務め、第一声で日蓮宗側を圧倒。学会側の完全勝利に終わった。本年で65周年。
※参考資料=『人間革命』第9巻「発端」「小樽問答」
◎3・16「広宣流布記念の日」
57年12月、第2代会長・戸田城聖先生の生涯の願業である75万世帯の弘教が達成された。
翌58年3月上旬、戸田先生は、若き池田先生に「将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をやろう」と提案した。
同月16日、男女青年部の精鋭6000人が戸田先生のもとに集い、"広宣流布の記念式典"が開かれた。戸田先生は席上、「創価学会は、宗教界の王者である」と師子吼。広布のバトンを後継の青年に託した。
※参考資料=『人間革命』第12巻「後継」
◎3・20 対談集「21世紀への対話」発刊45周年
75年3月20日、20世紀を代表する歴史家アーノルド・J・トインビー博士と池田先生との対談集『21世紀への対話』が発刊。本年で45周年。
同書は世界29言語で出版されている。
※参考資料=『新・人間革命』第16巻「対話」
◎3・21「九州の日」
73年3月21日、池田先生は第1回九州青年部総会に出席し、"生涯、誠実を貫き、立派に大成して輝かしい人生勝利を"とスピーチ。
同総会を記念し、「九州が/ありて二章の/船出かな」との句を詠み贈った。
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