新聞休刊日
聖愚問答抄上 P495
『只折伏を行じて力あらば威勢を以て謗法をくだき又法門を以ても邪義を責めよとなり』
【通解】
ただ折伏を行じて、力があれば威勢をもって謗法を破折し、また法門によって邪義を責めよということである。
☆対話のツボ 【問い】悩みのない、幸せな人生を歩みたい。
幸福に満ちた人生を思い描いた時、悩みや苦しみが一切ないことが理想的、と思う人がいるかもしれません。
しかし、悩みのない人生など、現実にあるのでしょうか。
法華経以外の仏教では、仏の住む清浄な国土である「浄土」と、私たちが住むけがれた国土である「穢土」は、かけ離れた別々の世界として説かれています。ここでいう浄土とは、「極楽浄土」など、欲望や苦しみのない安楽な世界を表します。これは本来、仏を求める心を人々に起こさせるために説かれた"方便"です。
対して法華経では、真実の仏は、人々からかけ離れた所に住むのではなく、悩みや苦しみの多い現実世界で、人々を救うために法を説き続けてきたと明かされています。
日蓮大聖人は、"浄土になるかどうかは人々の心の善悪による"(新317・全384、趣意)と仰せです。浄土は、どこか遠くにあるのではなく、今、自分のいる場所にあるのです。現実世界を浄土に変革できるかどうかは、信心で決まるとの意です。
例えば、現実の苦悩から解放されたいと嘆いてばかりでは、同じ課題に何度も直面したり、新たな悩みに翻弄されたりと、本質的な解決には至りません。物事をどう受け止めるかは、周囲の状況ではなく、自身の境涯そのものだからです。
一念を変革することで、悩みや苦しみの多い現実を、理想の世界に転じていく自分になる——このダイナミックな変革の原理こそ、仏法の醍醐味なのです。
☆大学校生とナットクTALK 悪と戦う意義 2022年8月28日
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回のテーマは「悪と戦う意義」。久保ニュー・リーダーが、ある疑問を抱いたようで……。
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。35歳。
久保ニュー・リーダー 男子部大学校5期生の22歳。今秋、「教学部任用試験(仏法入門)」を受験予定。
Q.「悪と戦う」ってどういうこと?
A.人を不幸にする考え方を許さない
久保ニュー・リーダー 中村さん、任用試験の教材に「悪と戦う」って項目があるんですけど、「悪って何?」「戦うってどういうこと?」と疑問に思って……。僕は普段から多様性を大切にしているんですけど、「悪は許してはいけない」とか、はっきり批判するのは多様性を尊重できていないんじゃないでしょうか。できれば波風を立てたくないですし……。
中村 なるほど。そもそも、「悪」って何だと思う?
久保 うーん、自分の中では結構あいまいです。
中村 いろいろな言い方ができると思うけれど、僕たちが戦おうとする「悪」とは、人々の心を惑わし、不幸にする要因と言えば分かりやすいかな。広くいえば、誤った思想や哲学なども「悪」だといえる。例えば、生命を軽視するような考え方や、差別的な価値観なんかが、まさにそうだと思うよ。
久保 確かに、そういう考えは社会に悪い影響を与えそうです。
中村 もちろん、多様な個性や考え方を尊重することは大事なことだよ。でも、人を不幸にする考え方も"多様性だからOK"としてしまえば、"良いも悪いも、何でもOK"になってしまうよね。
久保 なるほど。
中村 「悪と戦う」精神を学会が大切にしているのも、「人を不幸にする要因」を放っておくと、皆が幸せになれないからなんだ。日蓮大聖人が戦われたのも、"万人成仏を説く法華経を誹謗する思想"に対してだよ。万人成仏を否定することは生命を軽視することになるからね。
久保 間違っていることは、間違っていると言うことが、大事なんですね。
中村 もう一つ大切なのが、自身の「内なる悪」、つまり、自らの弱い生命と戦うということだ。御書に「善悪不二」(新1070・全768等)とある。仏法では、全ての人間に「善悪」両面が具わっていると教えているよ。悪を許容すれば、結局、自分や周囲で起こる悪いこと、つまり不幸の原因を放置してしまうことになる。
久保 自分の中にある悪と戦うことが、自他共の幸福を開くんですね。
中村 御聖訓に「悪を滅するを『功』と云い、善を生ずるを『徳』と云うなり」(新1062・全762)とある。池田先生は、この一節を拝して、「『外なる悪』との戦いは、『内なる悪』に打ち勝ち、『内なる善』を開き顕す戦いと一体」であり、「悪と戦う」ことで生命が鍛えられ、「『悪と戦う』中にこそ、功徳も成仏もある」と語られているんだ。
久保 「悪」について、もっと学んでいきます!
☆特別インタビュー 「政治と宗教の関わり」の正しい理解 東洋哲学研究所所長/創価大学名誉教授 桐ヶ谷章さん
◇旧統一教会問題は政治と宗教の問題ではない
——安倍晋三元首相の銃撃事件では、犯行動機が旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)への怨恨であり、かつ同教団が複数の政治家に働きかけを行っていたことから、政治と宗教の関わりに対して疑念の目が向けられています。桐ヶ谷さんは、現在の状況をどのようにご覧になっていますか。
桐ヶ谷章 まず、今回の事件を「政治」と「宗教」の関わりについての問題と捉えるのは、問題の本質を理解していないと言わざるを得ません。今回の問題は、「一部の政治家」と「反社会的活動を長年継続する団体」(トラブル団体)との関わりにすぎないのです。
この問題に詳しい「全国霊感商法対策弁護士連絡会」の紀藤正樹弁護士も、「旧統一教会は反社会的活動を長年継続する団体であり、霊感商法を行う団体と政治家の関わりの問題と捉えるべきだ」とし、この問題を「政治と宗教の関わり」の一般論で検討すると間違う旨、テレビ番組等で語っています。
◇政教分離原則とは
——それにもかかわらず、この問題を契機に「政治と宗教の関わり」が取り沙汰され、それと絡めて「政教分離」という言葉が頻繁に使われています。そこで、「政教分離」とはどのような原則なのか、教えてください。
桐ヶ谷 「政教分離」とは、「信教の自由」を国家の制度的な側面から保障する原則です。国家が特定の宗教や宗教団体に特権を与えたり、圧迫・干渉を加えたりすることなどを禁じています。つまり、国家の「非宗教性」や「宗教的中立性」を規定しているのです。
——どのようにして確立してきたのでしょうか。
桐ヶ谷 ヨーロッパの歴史をひもとけば、強大な国家権力とカトリック等の宗教的権威が結び付いて国民を全人格的に支配し、人権を蹂躙してきた歴史があります。その桎梏(自由や人権の厳しい束縛)から解放されるということが、近代市民革命の大きな目的でした。
そのために国家権力と宗教的権威を切り離し、信教の自由を獲得することが、まず行われました。それが「信教の自由は人権獲得の歴史の中において、先駆的・中核的役割を果たしてきた」(ドイツの法学者ゲオルグ・イェリネック)と言われるゆえんです。このように「人権」とりわけ「信教の自由」を確実に保障するための国家の仕組み・制度として確立してきたのが、「政教分離原則」なのです。
——では、日本における政治と宗教の歴史を教えてください。
桐ヶ谷 日本の近現代史においても、明治新政府が発足(1868年)すると、彼らは旧幕府勢力を一掃し、天皇中心の国家体制を築くことを目的に、仏教国教化政策(寺請制度)を廃止し、天皇およびその先祖を祀る伊勢神宮を筆頭とした「神社神道」を国教化する政策へとかじを切りました。
そして、89年に「大日本帝国憲法」(明治憲法)が発布されます。当時の日本は欧米列強と対等に渡り合うために、近代的な憲法典の制定が必要だったのです。その体裁を保つための一環として、第28条で一応は信教の自由も保障しました。ただし、「国の安寧秩序を妨げず臣民(天皇の臣下)の義務に背かない限りにおいて」との留保が付けられたのです。
そして明治政府は、この留保を巧妙に活用し、神社を特別扱いにしていきます。例えば、神社に公的法人格を与え、神職に公務員の地位を与えました。そして、祝日に神社へ参拝するのは、「臣民の義務」であるとの社会的空気を醸成し、果ては伊勢神宮の「神宮大麻」(神札)を拝むことを国民に義務付けたのです。
——そうした状況の中で、神社以外の宗教団体は、どのように扱われたのでしょうか。
桐ヶ谷 政府は「宗教団体法」と「治安維持法」を巧みに操り、いわばアメとムチで宗教を統制・弾圧してきました。紙幅の都合で細かいことは割愛しますが、宗教団体法で宗教団体を巧みに統制し、治安維持法で気に入らない宗教団体を徹底的に弾圧したのです。実際、創価学会の牧口常三郎初代会長、戸田城聖第2代会長も「神札を受けない」との口実で逮捕され、牧口会長は獄死しています。
このように国家は、宗教団体を完全にその管理下に置き、信教の自由が徹底的に侵害・弾圧されたのです。それに伴い「思想・良心の自由」「言論の自由」「学問の自由」等の精神的自由も弾圧され、民主主義は崩壊し、軍部の独裁政治によって戦争に突き進むという悲惨な歴史をたどりました。
◇信教の自由確立への歩み
——やがて日本は終戦(1945年)を迎えるわけですが、アメリカ主導のGHQ(連合国軍総司令部)がどんな宗教政策を行ったのか教えてください。
桐ヶ谷 軍部による思想・言論統制や宗教弾圧が、未曽有の戦禍の遠因であるとの観点から、進駐後間もなく「基本指令」「神道指令」を発令するなど、徹底的な国家神道の解体と政教分離の推進を図り、信教の自由をはじめ諸人権の保障を指示したのです。
先に述べた治安維持法や宗教団体法も廃止され、経過的措置としての「宗教法人令」(45年)を経て、信教の自由を基本理念とする「宗教法人法」(51年)の制定に至りました。
また、46年には日本国憲法が制定され、その第20条に「信教の自由」が明記されました。その内容には、�内心における信仰の自由�それを外部に表現する宗教的行為の自由�宗教結社の自由が含まれます。
——「自分は無宗教だから、信教の自由など関係ない」という意見を耳にすることがありますが、この点についてはどのようにお考えですか。
桐ヶ谷 信教の自由の中には、「信仰しない自由」も含まれており、決して無宗教の人と無縁なものではありません。また、先に述べたとおり、あらゆる精神の自由の先駆的・中核的部分が信教の自由ですので、無宗教の人にも密接に関係する重要な人権なのです。
◇宗教者・宗教団体の政治活動
——ところで、政治と宗教の関わりを論ずる際に、「宗教者や宗教団体が政治活動をすることは、政教分離原則によって許されない」と主張する人がいますが……。
桐ヶ谷 それは、政教分離の誤った理解の典型例と言えます。
まず、信教の自由の内容には、宗教的信念に基づいて社会的にさまざまな活動をする自由も含まれます。その一環として、政治活動をする自由や団体を結成して活動する自由も保障されているのです。インド独立の父マハトマ・ガンジーが、「宗教は、人類すべての活動の『根』にあるべきもの。政治と宗教を切り離し、別個に存在することはできない」旨語っているとおり、政治活動は、宗教を持つ者の信念の発露としてのもろもろの営みの一つと言えます。
すなわち、宗教者・宗教団体が政治活動をすることは、まぎれもなく憲法上の権利です。そして、これらの自由を含む信教の自由を制度の面から支えているのが政教分離原則なのです。その政教分離原則を引き合いに出して、宗教者・宗教団体の政治活動を禁止しようとすることは、本末転倒も甚だしい話だと言えます。
——そのほかの憲法条項から見た場合はどうでしょうか。
桐ヶ谷 こうした考え方は、すべての国民が有する参政権について宗教を理由に認めないということであり、「法の下の平等」に反し、「思想及び良心の自由」「集会・結社及び表現の自由」など民主主義社会の最重要基盤であり、国民の最も大切な基本的人権を真っ向から否定することになります。
「共産主義」や「友愛主義」など宗教と関係ない主義・主張を掲げる者や団体は、政治活動が許されるのに、宗教的信念から発する「平和主義」「人間主義」等を掲げる宗教者や宗教団体は、政治活動が禁止されるのかという問題です。そんなことは、憲法の前記諸規定から見ても断じて許されません。
——一方、そうした政治活動が憲法20条1項の「いかなる宗教団体も(中略)政治上の権力を行使してはならない」に反するのではないか、と見る向きもあります。
桐ヶ谷 それは憲法をあえてねじ曲げて解釈した議論です。ここでいう「政治上の権力」とは、国家が保有する立法権・課税権・裁判権・公務員の任免権等の統治的権力を指します。政教分離原則の一環として政府や地方自治体が、特定の宗教団体に対し、こうした権限を与えることを禁じた条項なのです。
従って、宗教者・宗教団体が政治活動をすることとは、全く関係ありません。これが学説上の通説でもあります。
◇支援活動は? 政権に入った場合は?
——今まで述べられてきた政治活動の中には、選挙における政党支援活動も含まれるのでしょうか。
桐ヶ谷 当然です。主義主張や考え方を政治に反映するために政党支援をすることは、政治活動の重要な部分です。
——それでは、「宗教団体が支援する政党が政権に参加することは、『政治上の権力行使』に当たるのではないか」との意見については?
桐ヶ谷 今まで述べてきたのと同じ理由で、全く問題ありません。政党である以上、政権を目指すのは当然です。もし、そのような政党を支援することが許されないとするならば、宗教者・宗教団体は、政権を目指さない政党、すなわち不完全な政党しか支援できないことになり、これも先に挙げた憲法の諸規定に反することになります。
以上に述べてきた見解は、憲法の制定当時から今日に至るまで、政府の一貫した見解で、学説上もほぼ確定しています。
もちろん、政府が宗教に関与することは絶対に許されません。この点、宗教法人法改正(1995年)の際の「宗教法人等に関する特別委員会」で、創価学会の秋谷栄之助会長(当時)は同会の基本的姿勢として、�国家権力を使って布教しない�国から特別の保護や特権を求めない�支持する政党や候補者が宗教的中立であることを求める——と明言しています。よって、創価学会の支援する政党が政権を担っても、政教分離原則に反する懸念は全くありません。
◇アメリカにおける政教分離
——ところで、アメリカでは、政教分離をどのように確保しているのでしょうか。
桐ヶ谷 1971年に制定された「合衆国憲法修正第1条」に、「国教樹立の禁止条項」と「宗教の自由活動条項」が規定されています。ここでいう「国教樹立」とは、国家が特定の宗教団体を優遇したり冷遇したりすることで、国家のそうした行為を禁止するという、国家の非宗教性、宗教的中立性(政教分離原則)を規定したものです。
なおアメリカでは、宗教者や宗教団体が政治活動できることは、当然のこととされています。例えば、憲法学を代表する学者の一人であるローレンス・トライブは、修正第1条の国教樹立禁止条項について、「教会と国家の壁は、直接的にでもあれ、間接的にでもあれ、宗教を政治から締め出すものではない」と指摘しています。
——ほかに、「宗教法人が非課税なのはおかしい。法の下の平等や納税の義務(第30条)に反するのではないか」と見る人もいます。
桐ヶ谷 それは宗教団体を目の敵にする人たちが、盛んに言っているだけです。世の中には、多数の非営利活動法人が存在します。いわゆるNPO団体のほか、学校法人、社会福祉法人、一般および公益の社団・財団法人などが存在し、宗教法人もこの中に含まれます。細かい税制の話は紙幅の関係で避けますが、これら非営利法人に税制上の優遇があるのは、当該団体が公共の利益に資すると期待されているからです。
そうした多様な法人のうち、宗教法人のみを問題視することこそ、法の下の平等に反するのではないでしょうか。
◇国家による宗教管理は断固阻止すべき
——かつて、オウム真理教が地下鉄サリン事件をはじめ、さまざまな反社会的行動を行った時(1995年)、宗教法人法の改正がなされました。今回も何らかの動きが考えられるでしょうか。
桐ヶ谷 あの時は、「こうしたテロ等が起こるのは、宗教法人法に欠陥があるから」との議論が巻き起こり、「もっと宗教団体を管理・規制できるように改正せよ」という世論が醸成されました。その後、「創価学会の身体検査をするために改正するのだ」などと一部の勢力が本音を漏らしたりして、政争の具となり、挙げ句の果てに手続きもなおざりにして、拙速に改正してしまったのです。それに便乗して、宗教団体の活動を規制する法律を制定しようというような動きも出ていました。
危険なのは、今回のような異常事態が発生すると、それに乗じて世論を煽動し、宗教団体を国家の管理下に置こうとする動きが生ずることです。国家が宗教を管理する時、人権は侵害され、国家は破滅に向かいます。
私たち日本人は、国家神道の強制から太平洋戦争、敗戦に至るという苦く悲しい歴史を体験しています。その惨劇を繰り返さないためにも、信仰を持つ、持たないにかかわらず、あらゆる人に「信教の自由」を守ることの重要性を知ってほしいと思います。
2022年9月12日月曜日
2022年9月11日日曜日
2022.09.11 わが友に贈る
◇今週のことば
「いずれの処にても候え、
常寂光の都なるべし」
ブロック長・白ゆり長と
地域に励ましの大光を!
そこから勝利の回転が。
(新1784・全1343)
2022年9月11日
実相寺御書 P1453
『而るに彼の阿闍梨等は自科を顧みざる者にして嫉妬するの間自眼を回転して大山を眩ると観るか』
【通解】
しかるに尾張阿闍梨等は、自分の誤りを顧みない者であり、他人を嫉妬したあまり、ちょうど、自分が目眩いしているのを知らずに、大山が回っていると思うようなものである。
名字の言 平和とは、わが子の無事と幸福を願う母の心 2022年9月11日
「かながわ平和祈念館」で読んだ女性の手記には、亡き母の半生がつづられていた。29歳の息子がビルマ(現ミャンマー)で戦死。母のもとに届いたのは、遺髪も遺骨もない白木の箱だった▼母は「息子は必ず帰る」と信じた。夜風が雨戸をたたき、柿の実がトタン屋根に落ちる音にも反応した。息子を待ち続け、85歳で亡くなった、という▼かつて、広島で暮らしていた別の女性。おなかに新しい命を宿したが被爆する。5歳の娘は原爆症で他界し、胎内にいた息子は原爆小頭症を患った。女性は"息子に幸せな人生を歩んでほしい"との思いから、転居した神奈川で創価学会に入会する▼彼女の体には、ガラス片の傷痕があった。その体を押して、仏法を語り歩いた。戸田先生の「原水爆禁止宣言」を実現したいとの一心からである。彼女の平和への思いを継いだ子どもたちは、広島の原爆小頭症患者などでつくる会に所属し、核兵器廃絶のために行動を重ねる▼冒頭の女性の手記には「今も病床で呻吟する被爆者や、『戦争』という非情な世界へ肉親をむしり取られた遺族らに、戦争の風化は無い」と。風化と戦い、平和を叫び続ける——それは、今を生きる私たちが果たすべき、人間としての責務である。
寸鉄 2022年9月11日
苦難の中で偉大なものは生まれるのだ—戸田先生 次代開く若人よ勇み立て
「御信心強盛なれば、大難もかねて消え候か」御書。絶対勝利の信心で進め!(新1609・全1186)
果敢に打って出れば何でもできる—文豪ゲーテ。弛まぬ祈りを根本に。さあ挑戦
「米同時テロ」から21年。暴力でなく対話、分断でなく連帯!我らの使命大
野菜や果物多く食べる人は死亡リスク低下—調査 聡明な食生活で健康人生
☆四季の励まし 御書は最高峰の「歓喜の光源」 2022年9月4日
◇池田先生の言葉
自己を向上させるために、
何を為すべきか。
世界を平和へと導くには、
どうすればよいのか——。
全人類が
切実に求め続けてきた
問いに対して、
我らには、
明確な指標があり、
実践の規範があり、
則るべき大法がある!
妙法は、
宿命に立ち向かう
「勇気の源泉」である。
全人類の未来を照らしゆく
「歓喜の光源」である。
邪悪を打ち破っていく
「正義の利剣」である。
この真髄の法理を
説き明かした御書こそ、
時代を超えた
最高峰の一書である。
仏法を学び、教学の研鑽を
重ねることは、
人生の意味を掘り下げ、
豊饒なる精神の宝庫の扉を
開く作業といってよい。
信仰の実践とともに、
教学を
学んでいかなければ、
仏法の本義を深く理解し、
信心を究めていくことは
できない。
御書には、
一人にここまでも
心を配られるのかという、
大誠実の「人の振る舞い」が
随所に示されている。
その究極の人間主義を
深く学びながら、
私たちも、
一人一人を大切にし、
一人一人と
仏縁を結んでいくのだ。
法華経の肝心・
南無妙法蓮華経の
御本尊を根本として、
"全民衆を幸福に!"との
地涌の誓願を
現代に蘇らせたのは、
まぎれもなく我ら学会だ。
民衆の凱歌の未来へ!
さあ、我らの思想を、
勇気の行動を、
人類が待っている。
永遠不滅の妙法を
学び実践する感激に燃え、
希望の大哲学を、
一人また一人と伝え
弘めていこうではないか!
【写真説明】白雪を冠した南アルプス連峰の稜線が、青空に浮かぶ。その雄姿を背に、三色旗がはためく。2002年(平成14年)4月、池田大作先生が笛吹市の山梨教学研修センターでシャッターを切った。
先生は同センターをたびたび訪れ、御書根本の学会精神を語った。「信心を貫いている人、御書を心肝に染めている人には、だれもかなわない。地域でも、光る存在となっていく」(2007年9月)と。
季節は進む。11月の「教学部任用試験(仏法入門)」に向け、各地で受験者の申し込みが行われている(10月2日まで)。新しい人材と共に、最高峰の仏法を喜び学ぶ「教学の秋」としていこう。
☆ONE GOSHO この一節とともに! 持妙法華問答抄 2022年8月28日
◇求道心こそ幸福の直道
さらなる飛躍の下半期へ!——新たな人材とともに「求道心」の重要性を学んでいきたい。
◇御文
『受けがたき人身をうけ、値いがたき仏法にあいて、いかでか虚しくて候べきぞ。同じく信を取るならば、また大小・権実のある中に、諸仏出世の本意、衆生成仏の直道の一乗をこそ信ずべけれ。』(新514・全464)
◇通解
受けがたい人間としての身を受け、あいがたい仏法にあいながら、どうして一生をむなしく過ごしてよいものであろうか。同じく仏法を信じるならば、大乗・小乗、権教・実教とある中には、諸仏の出世の本意であり、衆生の成仏の直道である法華一乗をこそ信じるべきである。
◇背景
本抄は、弘長3年(1263年)、日蓮大聖人が伊豆流罪の赦免直後に鎌倉で著されたものとされているが、詳細は定かではない。
「持妙法華」と題号にあるように、「妙法華」すなわち「妙法蓮華経」を「持つ」意義について、五つの問答形式で教えられている。
そのうち、今回の御文は第5の問答にあたり、「法華経をどのように修行すべきか」との問いを立て、「信」の重要性を強調されている。
◇解説
本抄は、冒頭に「まれに人間として生まれ、たまたま仏法を聞くことができた。ところが、仏の法に浅深があり、人の機根に高下があるという。どのような法を修行すれば、すみやかに仏になるのであろうか」(新509・全461、通解)と、人として生まれ、仏法を聞くことができた千載一遇の機会に、必ず幸福になれる教えは何か、という現代においても重要な問いから説き起こされている。
続く第4までの問答で、法華経が諸経典の中で、最も優れた教えであり、「仏になる実の道」(新511・全462)が説かれていると示される。さらに、法華経は、それ以外の経典で成仏が許されなかった二乗(声聞、縁覚)をも救うことで、全ての人を成仏させる教えであることを明かされている。
大聖人は、第5の問答で、法華経を修行する上で、「信じること」が重要であると結論されている。
その譬えを本抄では、「岸に上がろうとする人が、自分の力では上がることができない時に、岸の上の人が縄を垂らしてくれたのに、縄を引く人の力、縄の強度を疑って、縄につかまらなかったら、岸に上がることができない」(新514・全464、趣意)と示されている。
今回の御文では、人間として生まれ、仏法に巡り合えたことの幸運を示した上で、仏法を信じることなく尊い一生をむなしく過ごしてはいけないと教えられている。「直道の一乗」とは、末法の人々が成仏するための根本の法である「南無妙法蓮華経」にほかならない。
さらに続く御文では、法華経を信受し、語り伝えていく功徳がいかに大きいかを強調される。
そこで大事なことは、真に正しい教えを求める心、求道心である。求道心があってこそ、信心の実践は深まる。
池田先生は、「自身の宿命転換を願い、広宣流布の実現を祈って、身命を惜しまず戦うところに、必ず幸福勝利の人生を開くことができる」と講義されている。
その求道心は自分だけのためのものではない。
本抄の最後には、はかない名声や利益に執着する自分を乗り越えて、法華経の題目を自らも唱え、人にも勧めることこそ、人間として生まれてきた、この一生の思い出となることを示されている。
自身が勤行・唱題に励むとともに、友人の幸福を願って日蓮仏法の素晴らしさを伝えていくことが、この一生を最高に充実させる実践なのである。正しい法を求め信じる。他者の幸せを願い行動する。この両方があってこそ、自他共の幸福を目指す創価の生き方である。
池田先生はつづられた。「仏法を社会に大きく開いた運動を展開するというのは、これは円運動でいえば遠心力だ。その遠心力が強くなればなるほど、仏法への強い求心力が必要になる。この求心力の中心こそが、師弟不二の精神だ」と。
11月には教学部任用試験(仏法入門)が実施される。受ける人も教える人も、共に学び、その感動を内外の友に語り広げていきたい。
新たな人材の新たな力を開花させる仏法を共に学び、共に実践し、最高の「一生の思い出」を築こう。
「いずれの処にても候え、
常寂光の都なるべし」
ブロック長・白ゆり長と
地域に励ましの大光を!
そこから勝利の回転が。
(新1784・全1343)
2022年9月11日
実相寺御書 P1453
『而るに彼の阿闍梨等は自科を顧みざる者にして嫉妬するの間自眼を回転して大山を眩ると観るか』
【通解】
しかるに尾張阿闍梨等は、自分の誤りを顧みない者であり、他人を嫉妬したあまり、ちょうど、自分が目眩いしているのを知らずに、大山が回っていると思うようなものである。
名字の言 平和とは、わが子の無事と幸福を願う母の心 2022年9月11日
「かながわ平和祈念館」で読んだ女性の手記には、亡き母の半生がつづられていた。29歳の息子がビルマ(現ミャンマー)で戦死。母のもとに届いたのは、遺髪も遺骨もない白木の箱だった▼母は「息子は必ず帰る」と信じた。夜風が雨戸をたたき、柿の実がトタン屋根に落ちる音にも反応した。息子を待ち続け、85歳で亡くなった、という▼かつて、広島で暮らしていた別の女性。おなかに新しい命を宿したが被爆する。5歳の娘は原爆症で他界し、胎内にいた息子は原爆小頭症を患った。女性は"息子に幸せな人生を歩んでほしい"との思いから、転居した神奈川で創価学会に入会する▼彼女の体には、ガラス片の傷痕があった。その体を押して、仏法を語り歩いた。戸田先生の「原水爆禁止宣言」を実現したいとの一心からである。彼女の平和への思いを継いだ子どもたちは、広島の原爆小頭症患者などでつくる会に所属し、核兵器廃絶のために行動を重ねる▼冒頭の女性の手記には「今も病床で呻吟する被爆者や、『戦争』という非情な世界へ肉親をむしり取られた遺族らに、戦争の風化は無い」と。風化と戦い、平和を叫び続ける——それは、今を生きる私たちが果たすべき、人間としての責務である。
寸鉄 2022年9月11日
苦難の中で偉大なものは生まれるのだ—戸田先生 次代開く若人よ勇み立て
「御信心強盛なれば、大難もかねて消え候か」御書。絶対勝利の信心で進め!(新1609・全1186)
果敢に打って出れば何でもできる—文豪ゲーテ。弛まぬ祈りを根本に。さあ挑戦
「米同時テロ」から21年。暴力でなく対話、分断でなく連帯!我らの使命大
野菜や果物多く食べる人は死亡リスク低下—調査 聡明な食生活で健康人生
☆四季の励まし 御書は最高峰の「歓喜の光源」 2022年9月4日
◇池田先生の言葉
自己を向上させるために、
何を為すべきか。
世界を平和へと導くには、
どうすればよいのか——。
全人類が
切実に求め続けてきた
問いに対して、
我らには、
明確な指標があり、
実践の規範があり、
則るべき大法がある!
妙法は、
宿命に立ち向かう
「勇気の源泉」である。
全人類の未来を照らしゆく
「歓喜の光源」である。
邪悪を打ち破っていく
「正義の利剣」である。
この真髄の法理を
説き明かした御書こそ、
時代を超えた
最高峰の一書である。
仏法を学び、教学の研鑽を
重ねることは、
人生の意味を掘り下げ、
豊饒なる精神の宝庫の扉を
開く作業といってよい。
信仰の実践とともに、
教学を
学んでいかなければ、
仏法の本義を深く理解し、
信心を究めていくことは
できない。
御書には、
一人にここまでも
心を配られるのかという、
大誠実の「人の振る舞い」が
随所に示されている。
その究極の人間主義を
深く学びながら、
私たちも、
一人一人を大切にし、
一人一人と
仏縁を結んでいくのだ。
法華経の肝心・
南無妙法蓮華経の
御本尊を根本として、
"全民衆を幸福に!"との
地涌の誓願を
現代に蘇らせたのは、
まぎれもなく我ら学会だ。
民衆の凱歌の未来へ!
さあ、我らの思想を、
勇気の行動を、
人類が待っている。
永遠不滅の妙法を
学び実践する感激に燃え、
希望の大哲学を、
一人また一人と伝え
弘めていこうではないか!
【写真説明】白雪を冠した南アルプス連峰の稜線が、青空に浮かぶ。その雄姿を背に、三色旗がはためく。2002年(平成14年)4月、池田大作先生が笛吹市の山梨教学研修センターでシャッターを切った。
先生は同センターをたびたび訪れ、御書根本の学会精神を語った。「信心を貫いている人、御書を心肝に染めている人には、だれもかなわない。地域でも、光る存在となっていく」(2007年9月)と。
季節は進む。11月の「教学部任用試験(仏法入門)」に向け、各地で受験者の申し込みが行われている(10月2日まで)。新しい人材と共に、最高峰の仏法を喜び学ぶ「教学の秋」としていこう。
☆ONE GOSHO この一節とともに! 持妙法華問答抄 2022年8月28日
◇求道心こそ幸福の直道
さらなる飛躍の下半期へ!——新たな人材とともに「求道心」の重要性を学んでいきたい。
◇御文
『受けがたき人身をうけ、値いがたき仏法にあいて、いかでか虚しくて候べきぞ。同じく信を取るならば、また大小・権実のある中に、諸仏出世の本意、衆生成仏の直道の一乗をこそ信ずべけれ。』(新514・全464)
◇通解
受けがたい人間としての身を受け、あいがたい仏法にあいながら、どうして一生をむなしく過ごしてよいものであろうか。同じく仏法を信じるならば、大乗・小乗、権教・実教とある中には、諸仏の出世の本意であり、衆生の成仏の直道である法華一乗をこそ信じるべきである。
◇背景
本抄は、弘長3年(1263年)、日蓮大聖人が伊豆流罪の赦免直後に鎌倉で著されたものとされているが、詳細は定かではない。
「持妙法華」と題号にあるように、「妙法華」すなわち「妙法蓮華経」を「持つ」意義について、五つの問答形式で教えられている。
そのうち、今回の御文は第5の問答にあたり、「法華経をどのように修行すべきか」との問いを立て、「信」の重要性を強調されている。
◇解説
本抄は、冒頭に「まれに人間として生まれ、たまたま仏法を聞くことができた。ところが、仏の法に浅深があり、人の機根に高下があるという。どのような法を修行すれば、すみやかに仏になるのであろうか」(新509・全461、通解)と、人として生まれ、仏法を聞くことができた千載一遇の機会に、必ず幸福になれる教えは何か、という現代においても重要な問いから説き起こされている。
続く第4までの問答で、法華経が諸経典の中で、最も優れた教えであり、「仏になる実の道」(新511・全462)が説かれていると示される。さらに、法華経は、それ以外の経典で成仏が許されなかった二乗(声聞、縁覚)をも救うことで、全ての人を成仏させる教えであることを明かされている。
大聖人は、第5の問答で、法華経を修行する上で、「信じること」が重要であると結論されている。
その譬えを本抄では、「岸に上がろうとする人が、自分の力では上がることができない時に、岸の上の人が縄を垂らしてくれたのに、縄を引く人の力、縄の強度を疑って、縄につかまらなかったら、岸に上がることができない」(新514・全464、趣意)と示されている。
今回の御文では、人間として生まれ、仏法に巡り合えたことの幸運を示した上で、仏法を信じることなく尊い一生をむなしく過ごしてはいけないと教えられている。「直道の一乗」とは、末法の人々が成仏するための根本の法である「南無妙法蓮華経」にほかならない。
さらに続く御文では、法華経を信受し、語り伝えていく功徳がいかに大きいかを強調される。
そこで大事なことは、真に正しい教えを求める心、求道心である。求道心があってこそ、信心の実践は深まる。
池田先生は、「自身の宿命転換を願い、広宣流布の実現を祈って、身命を惜しまず戦うところに、必ず幸福勝利の人生を開くことができる」と講義されている。
その求道心は自分だけのためのものではない。
本抄の最後には、はかない名声や利益に執着する自分を乗り越えて、法華経の題目を自らも唱え、人にも勧めることこそ、人間として生まれてきた、この一生の思い出となることを示されている。
自身が勤行・唱題に励むとともに、友人の幸福を願って日蓮仏法の素晴らしさを伝えていくことが、この一生を最高に充実させる実践なのである。正しい法を求め信じる。他者の幸せを願い行動する。この両方があってこそ、自他共の幸福を目指す創価の生き方である。
池田先生はつづられた。「仏法を社会に大きく開いた運動を展開するというのは、これは円運動でいえば遠心力だ。その遠心力が強くなればなるほど、仏法への強い求心力が必要になる。この求心力の中心こそが、師弟不二の精神だ」と。
11月には教学部任用試験(仏法入門)が実施される。受ける人も教える人も、共に学び、その感動を内外の友に語り広げていきたい。
新たな人材の新たな力を開花させる仏法を共に学び、共に実践し、最高の「一生の思い出」を築こう。
2022年9月10日土曜日
2022.09.10 わが友に贈る
「賢者はよろこび
愚者は退く」御聖訓。
試練の時こそ境涯を開き
一段と飛躍する好機だ!
師子王の魂で進もう!
(新1488・全1091)
御義口伝巻下 P787
『自身の仏乗を悟つて自身の宮殿に入るなり所謂南無妙法蓮華経と唱え奉るは自身の宮殿に入るなり』
【通解】
自身の内なる妙法を悟って、自身の宮殿に入るのである。南無妙法蓮華経と唱えていくことは自身の宮殿に入っていくのである。
名字の言 中秋の名月に願いを込めて 2022年9月10日
夜空に中秋の名月が輝いていた。45年前の1977年9月27日、池田先生は少年少女部のメンバーと"月見の会"に参加し、完成したばかりの詩「お月さまの願い」を披露した。先生の朗読に、子どもたちは真剣に耳を傾けた▼この詩をもとに先生は創作童話『お月さまと王女』を執筆。鼓笛隊のメンバーが詩に曲を付けた。「母さま 大事にしてますか」「正しく 育ってくださいね」。少年少女たちを優しく見守る"月"の願いが込められた歌は、多くの友に愛されている▼宇宙と人間——その関係は古くから論じられてきた。天文学者のフレッド・ホイル博士は、池田先生との会見で語った。「祈りの本質とは『宇宙へのメッセージ』ではないかと思うのです。果てしなき宇宙に向かって、自分のメッセージを送り、そして宇宙の"声"に耳を澄ませて、その返事を聴くということです」▼仏法では「外なる大宇宙」と、自身を指す「内なる小宇宙」は"不可分の関係"と説く。宇宙に包まれる自分が、わが一念の中に宇宙を包み返していく。博士の言葉にならえば、この双方向の交信を成り立たせる力が「祈り」である▼きょうは中秋の名月。壮大な天空を仰ぎ、清新な決意で信心根本に成長の歩みを進めたい。
寸鉄 2022年9月10日
「祈りのかなわぬことはあるべからず」御書。信強き人に諸天の加護は厳然(新592・全1352)
偉人は希望に生き、決して屈しない—恩師。広布の大目的に心定め前進!
好奇心や"新しい挑戦"で中高年の脳も成長—医師 若々しい多宝の友が手本
南極の氷河融解が予想以上に進行、災害リスク増と。人類の知恵結集急げ
クレジット不正利用被害10年間で4倍超。企業の偽サイト等多く。警戒を
〈社説〉 2022・9・10 12日は「宇宙の日」
◇世界市民としてできる一歩を
明後12日は「宇宙の日」。国際宇宙年である1992年の同日、宇宙飛行士の毛利衛さんが米航空宇宙局(NASA)のスペースシャトルで飛び立ったことにちなみ日本で制定された。今年で30周年。この日に合わせ、例年、宇宙関連の科学館、博物館ではイベントや講演会などが開催される。また、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が13年ぶりに宇宙飛行士を募集し、前回の4倍以上、4千人超もの応募者があるなど、宇宙への関心は広がりを見せている。
興味深いことに、大気圏外の世界を実体験した、多くの宇宙飛行士たちの目は、反転するかのように故郷の地球に向けられてきた。生命を育む奇跡の星、"宇宙の中の地球"への気づきである。
NASAの教育プログラム「アースカム」——。国際宇宙ステーション(ISS)に搭載されたカメラを地上から遠隔操作して地球の写真を撮影する。関西創価学園は、この取り組みに2000年から参加して76回。現在世界一の参加回数となっている。森林伐採や海洋汚染など、地球の"今"を目にした関西校の生徒たちは、自分たちに"何ができるか"を話し合う。その後、環境意識に関する啓発ポスターの作製や展示会への出展などの実践につなげている。そこには、より宇宙的な視点で地球の現状を捉え、何ができるかを思索し、身近な行動へつなげていく「世界市民」教育の光がある。
毛利さんは、宇宙から地球を見て「国境は見えません」(『宇宙からのことば』学研プラス)と表現し、「国を超えて力を合わせる声が高まっているのは、地球規模での難題を乗り越える必要があるから」(同)とつづった。宇宙から見れば、地球に住む人間に国家や人種の差異は存在しない。戸田先生が提唱した「地球民族主義」の理念とも共鳴し合う。
大切にしたいのは、地球規模で起こっている平和・環境・人権などの問題を"ひとごと"にせず、いかに"自分のこと"として向き合えるか。この一念の変革と、自分にできる行動を起こすことが「世界市民」への第一歩ではないか。
池田先生は、ロシアの宇宙飛行士・セレブロフ氏との対談で、「宇宙から地球を見れば、まさに人類は宇宙船『地球号』の乗客であり、運命共同体である」と語った。
「地球号」の乗客の自覚で身近にできる一歩を踏み出そう。
☆御書根本の大道 池田大作先生の講義に学ぶ 第19回 富める者
◇開目抄
『当世日本国に第一に富める者は日蓮なるべし。命は法華経にたてまつり、名をば後代に留むべし。大海の主となれば、諸の河神皆したがう。須弥山の王に諸の山神したがわざるべしや。法華経の六難九易を弁うれば、一切経よまざるにしたがうべし。』(新101・全223)
◇勇気の指標
極限の境遇にあって、大聖人は「当世日本国に第一に富める者」と御断言されたのです。なんと偉大な御境涯でしょうか。
なぜ「第一に富める者」であるのか。
それは、末法広宣流布の時に生まれ、「法華経の行者」として、命を妙法に捧げられてきたからです。不惜身命で法華経を受持し、法華経の弘通に生き、法華経を身読する——この世に生を受けた人間にとって、これ以上の富はないからです。
いかなる苦難、大難の嵐にも屈しない金剛不壊の「心の財」こそ、真実の富である。その究極が仏の境涯です。
◆◇◆
今、仏法西還という大聖人の未来記の実現のため、世界の平和、民衆の幸福のために、地涌の使命に目覚め、不撓不屈の信念で戦う人もまた、まことの生命の充実、歓喜に包まれた「富める者」でありましょう。それは妙法と共に、学会と共に生き抜く同志にほかなりません。この一人一人の実証輝く奮闘が、後代に語り継がれていくことも間違いないのです。
◆◇◆
信心を持つ私たちは、生命の次元においては即、師子王です。王者です。最後は必ず勝つことができるのです。
◇師子王は最後は必ず勝つ 沖縄総県女性部長 照屋清子
「世界で最初の広宣流布の地帯に」——この池田先生のご期待に応えるため、沖縄の同志は、自分が今いる場所で、人間革命の挑戦を起こしています。
長引くコロナ禍で、経済的な窮地に立たされている方や、病と闘う友もいらっしゃいます。
今回、日蓮大聖人が、佐渡流罪という絶体絶命の苦境にあって、御自身のことを「第一に富める者」と言い切られた、「開目抄」の大確信の御文を拝していきましょう。
◇原点に戻りなさい
池田先生はこの御文について、「いかなる苦難、大難の嵐にも屈しない金剛不壊の『心の財』こそ、真実の富である。その究極が仏の境涯です」と講義されています。
1985年(昭和60年)、次男が重度の口蓋裂で生まれました。医師からは「心臓に穴が開いているかもしれない」と。最初は現実を受け止めきれず、"なんで?"と動揺しました。すぐに、信心を教えてくれた祖父に電話して事情を伝えると、すぐさま力強い言葉が返ってきました。
"ああ、その子は本当にすごい使命のある子だよ。願兼於業だね。親が迷いの命だったらいけないよ。もう一回、信心の原点に戻りなさい"
祖父の確信に圧倒され、"そうだ。この子と共に宿命転換して、仏法の偉大さを証明できるような体験を積んでいくんだ"と、腹を決めました。
退院後、時間の限り、唱題に唱題を重ね、迎えた1カ月後の検査。心臓に異常はなく、生後3カ月の時には口蓋裂の手術も成功しました。「題目に勝るものはない」と命に刻みました。
同じ頃、夫が金銭トラブルに巻き込まれ、莫大な負債を抱えていました。これでもかという宿命の連続で、苦しみのただ中にいた92年(平成4年)、沖縄を訪問された池田先生との出会いが。"何があっても生涯、学会と共に歩んでいくんだよ"と励ましていただきました。
夫婦で祈りに祈り、一つ一つの広布の戦いに全力を注ぐなか、経済革命を果たすことができたのです。
その後も長男の非行や自身の病など、苦難の連続でした。そのたびに驚きはしましたが、決して動揺することはありませんでした。"私には師匠がいる。信心がある。だから絶対に負けるわけがない"と確信していたからです。
◇"難が来た!"と喜んで
先生はさらに、次のように述べられています。
「世界の平和、民衆の幸福のために、地涌の使命に目覚め、不撓不屈の信念で戦う人もまた、まことの生命の充実、歓喜に包まれた『富める者』でありましょう。それは妙法と共に、学会と共に生き抜く同志にほかなりません」
経済苦や病などは、世間的に見れば、大変な状況かもしれません。しかし、師匠と共に広布に生き抜くという使命に立つ私たちは、どんな苦境にあっても、最高に「富める者」であると確信します。
沖縄世界県のある女性部の友は4年前、がん検診で医師から"影がある"との言葉が。その方は恐怖心よりも、"難が来た! これで信心を深めることができる"との喜びの方が大きかったといいます。祈り抜き、対話拡大に全力で挑戦。臆病な自分を乗り越え、大歓喜の中で受けた再検査の結果は「異常なし」。
本年、再び大きな宿命の嵐に直面した彼女は、"必ず信心で乗り越える"と決意し、夫婦して地域の友人と会い、立正安国の対話に奔走。「大悪おこれば大善きたる」(新2145・全1300)の御聖訓を胸に、師匠の期待にお応えしようと、題目の師子吼を轟かせながら、信頼の輪を大拡大されています。
こうした同志の活躍に私自身も大きな勇気をいただいています。
◇広宣流布は足元から
さあ、沖縄の天地に平和の連帯を勝ち広げる時は今です。沖縄を幸福島へと転換する主役は、私たち一人一人です。
広宣流布、立正安国は、足元から。"自分にできること"に勇気をもって朗らかに挑戦し抜いていきましょう! その中で、どんな悩みにも揺るがない自分自身を、必ず築いていけます。
沖縄広布と人生の新たな勝利を開いていきましょう!
◇メモ
「開目抄」は、佐渡流罪中、塚原で御述作になり、文永9年(1272年)2月、門下一同に与えられた書。日蓮大聖人こそが主師親の三徳を具えた末法の御本仏であることを明かされている。
愚者は退く」御聖訓。
試練の時こそ境涯を開き
一段と飛躍する好機だ!
師子王の魂で進もう!
(新1488・全1091)
御義口伝巻下 P787
『自身の仏乗を悟つて自身の宮殿に入るなり所謂南無妙法蓮華経と唱え奉るは自身の宮殿に入るなり』
【通解】
自身の内なる妙法を悟って、自身の宮殿に入るのである。南無妙法蓮華経と唱えていくことは自身の宮殿に入っていくのである。
名字の言 中秋の名月に願いを込めて 2022年9月10日
夜空に中秋の名月が輝いていた。45年前の1977年9月27日、池田先生は少年少女部のメンバーと"月見の会"に参加し、完成したばかりの詩「お月さまの願い」を披露した。先生の朗読に、子どもたちは真剣に耳を傾けた▼この詩をもとに先生は創作童話『お月さまと王女』を執筆。鼓笛隊のメンバーが詩に曲を付けた。「母さま 大事にしてますか」「正しく 育ってくださいね」。少年少女たちを優しく見守る"月"の願いが込められた歌は、多くの友に愛されている▼宇宙と人間——その関係は古くから論じられてきた。天文学者のフレッド・ホイル博士は、池田先生との会見で語った。「祈りの本質とは『宇宙へのメッセージ』ではないかと思うのです。果てしなき宇宙に向かって、自分のメッセージを送り、そして宇宙の"声"に耳を澄ませて、その返事を聴くということです」▼仏法では「外なる大宇宙」と、自身を指す「内なる小宇宙」は"不可分の関係"と説く。宇宙に包まれる自分が、わが一念の中に宇宙を包み返していく。博士の言葉にならえば、この双方向の交信を成り立たせる力が「祈り」である▼きょうは中秋の名月。壮大な天空を仰ぎ、清新な決意で信心根本に成長の歩みを進めたい。
寸鉄 2022年9月10日
「祈りのかなわぬことはあるべからず」御書。信強き人に諸天の加護は厳然(新592・全1352)
偉人は希望に生き、決して屈しない—恩師。広布の大目的に心定め前進!
好奇心や"新しい挑戦"で中高年の脳も成長—医師 若々しい多宝の友が手本
南極の氷河融解が予想以上に進行、災害リスク増と。人類の知恵結集急げ
クレジット不正利用被害10年間で4倍超。企業の偽サイト等多く。警戒を
〈社説〉 2022・9・10 12日は「宇宙の日」
◇世界市民としてできる一歩を
明後12日は「宇宙の日」。国際宇宙年である1992年の同日、宇宙飛行士の毛利衛さんが米航空宇宙局(NASA)のスペースシャトルで飛び立ったことにちなみ日本で制定された。今年で30周年。この日に合わせ、例年、宇宙関連の科学館、博物館ではイベントや講演会などが開催される。また、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が13年ぶりに宇宙飛行士を募集し、前回の4倍以上、4千人超もの応募者があるなど、宇宙への関心は広がりを見せている。
興味深いことに、大気圏外の世界を実体験した、多くの宇宙飛行士たちの目は、反転するかのように故郷の地球に向けられてきた。生命を育む奇跡の星、"宇宙の中の地球"への気づきである。
NASAの教育プログラム「アースカム」——。国際宇宙ステーション(ISS)に搭載されたカメラを地上から遠隔操作して地球の写真を撮影する。関西創価学園は、この取り組みに2000年から参加して76回。現在世界一の参加回数となっている。森林伐採や海洋汚染など、地球の"今"を目にした関西校の生徒たちは、自分たちに"何ができるか"を話し合う。その後、環境意識に関する啓発ポスターの作製や展示会への出展などの実践につなげている。そこには、より宇宙的な視点で地球の現状を捉え、何ができるかを思索し、身近な行動へつなげていく「世界市民」教育の光がある。
毛利さんは、宇宙から地球を見て「国境は見えません」(『宇宙からのことば』学研プラス)と表現し、「国を超えて力を合わせる声が高まっているのは、地球規模での難題を乗り越える必要があるから」(同)とつづった。宇宙から見れば、地球に住む人間に国家や人種の差異は存在しない。戸田先生が提唱した「地球民族主義」の理念とも共鳴し合う。
大切にしたいのは、地球規模で起こっている平和・環境・人権などの問題を"ひとごと"にせず、いかに"自分のこと"として向き合えるか。この一念の変革と、自分にできる行動を起こすことが「世界市民」への第一歩ではないか。
池田先生は、ロシアの宇宙飛行士・セレブロフ氏との対談で、「宇宙から地球を見れば、まさに人類は宇宙船『地球号』の乗客であり、運命共同体である」と語った。
「地球号」の乗客の自覚で身近にできる一歩を踏み出そう。
☆御書根本の大道 池田大作先生の講義に学ぶ 第19回 富める者
◇開目抄
『当世日本国に第一に富める者は日蓮なるべし。命は法華経にたてまつり、名をば後代に留むべし。大海の主となれば、諸の河神皆したがう。須弥山の王に諸の山神したがわざるべしや。法華経の六難九易を弁うれば、一切経よまざるにしたがうべし。』(新101・全223)
◇勇気の指標
極限の境遇にあって、大聖人は「当世日本国に第一に富める者」と御断言されたのです。なんと偉大な御境涯でしょうか。
なぜ「第一に富める者」であるのか。
それは、末法広宣流布の時に生まれ、「法華経の行者」として、命を妙法に捧げられてきたからです。不惜身命で法華経を受持し、法華経の弘通に生き、法華経を身読する——この世に生を受けた人間にとって、これ以上の富はないからです。
いかなる苦難、大難の嵐にも屈しない金剛不壊の「心の財」こそ、真実の富である。その究極が仏の境涯です。
◆◇◆
今、仏法西還という大聖人の未来記の実現のため、世界の平和、民衆の幸福のために、地涌の使命に目覚め、不撓不屈の信念で戦う人もまた、まことの生命の充実、歓喜に包まれた「富める者」でありましょう。それは妙法と共に、学会と共に生き抜く同志にほかなりません。この一人一人の実証輝く奮闘が、後代に語り継がれていくことも間違いないのです。
◆◇◆
信心を持つ私たちは、生命の次元においては即、師子王です。王者です。最後は必ず勝つことができるのです。
◇師子王は最後は必ず勝つ 沖縄総県女性部長 照屋清子
「世界で最初の広宣流布の地帯に」——この池田先生のご期待に応えるため、沖縄の同志は、自分が今いる場所で、人間革命の挑戦を起こしています。
長引くコロナ禍で、経済的な窮地に立たされている方や、病と闘う友もいらっしゃいます。
今回、日蓮大聖人が、佐渡流罪という絶体絶命の苦境にあって、御自身のことを「第一に富める者」と言い切られた、「開目抄」の大確信の御文を拝していきましょう。
◇原点に戻りなさい
池田先生はこの御文について、「いかなる苦難、大難の嵐にも屈しない金剛不壊の『心の財』こそ、真実の富である。その究極が仏の境涯です」と講義されています。
1985年(昭和60年)、次男が重度の口蓋裂で生まれました。医師からは「心臓に穴が開いているかもしれない」と。最初は現実を受け止めきれず、"なんで?"と動揺しました。すぐに、信心を教えてくれた祖父に電話して事情を伝えると、すぐさま力強い言葉が返ってきました。
"ああ、その子は本当にすごい使命のある子だよ。願兼於業だね。親が迷いの命だったらいけないよ。もう一回、信心の原点に戻りなさい"
祖父の確信に圧倒され、"そうだ。この子と共に宿命転換して、仏法の偉大さを証明できるような体験を積んでいくんだ"と、腹を決めました。
退院後、時間の限り、唱題に唱題を重ね、迎えた1カ月後の検査。心臓に異常はなく、生後3カ月の時には口蓋裂の手術も成功しました。「題目に勝るものはない」と命に刻みました。
同じ頃、夫が金銭トラブルに巻き込まれ、莫大な負債を抱えていました。これでもかという宿命の連続で、苦しみのただ中にいた92年(平成4年)、沖縄を訪問された池田先生との出会いが。"何があっても生涯、学会と共に歩んでいくんだよ"と励ましていただきました。
夫婦で祈りに祈り、一つ一つの広布の戦いに全力を注ぐなか、経済革命を果たすことができたのです。
その後も長男の非行や自身の病など、苦難の連続でした。そのたびに驚きはしましたが、決して動揺することはありませんでした。"私には師匠がいる。信心がある。だから絶対に負けるわけがない"と確信していたからです。
◇"難が来た!"と喜んで
先生はさらに、次のように述べられています。
「世界の平和、民衆の幸福のために、地涌の使命に目覚め、不撓不屈の信念で戦う人もまた、まことの生命の充実、歓喜に包まれた『富める者』でありましょう。それは妙法と共に、学会と共に生き抜く同志にほかなりません」
経済苦や病などは、世間的に見れば、大変な状況かもしれません。しかし、師匠と共に広布に生き抜くという使命に立つ私たちは、どんな苦境にあっても、最高に「富める者」であると確信します。
沖縄世界県のある女性部の友は4年前、がん検診で医師から"影がある"との言葉が。その方は恐怖心よりも、"難が来た! これで信心を深めることができる"との喜びの方が大きかったといいます。祈り抜き、対話拡大に全力で挑戦。臆病な自分を乗り越え、大歓喜の中で受けた再検査の結果は「異常なし」。
本年、再び大きな宿命の嵐に直面した彼女は、"必ず信心で乗り越える"と決意し、夫婦して地域の友人と会い、立正安国の対話に奔走。「大悪おこれば大善きたる」(新2145・全1300)の御聖訓を胸に、師匠の期待にお応えしようと、題目の師子吼を轟かせながら、信頼の輪を大拡大されています。
こうした同志の活躍に私自身も大きな勇気をいただいています。
◇広宣流布は足元から
さあ、沖縄の天地に平和の連帯を勝ち広げる時は今です。沖縄を幸福島へと転換する主役は、私たち一人一人です。
広宣流布、立正安国は、足元から。"自分にできること"に勇気をもって朗らかに挑戦し抜いていきましょう! その中で、どんな悩みにも揺るがない自分自身を、必ず築いていけます。
沖縄広布と人生の新たな勝利を開いていきましょう!
◇メモ
「開目抄」は、佐渡流罪中、塚原で御述作になり、文永9年(1272年)2月、門下一同に与えられた書。日蓮大聖人こそが主師親の三徳を具えた末法の御本仏であることを明かされている。
2022年9月9日金曜日
2022.09.09 わが友に贈る
必死の「一人」の情熱が
同志を奮い立たせる。
後継の若人よ
拡大の突破口を!
歴史を開く「主役」に!
日妙聖人御書 P1216
『いまだきかず女人の仏法をもとめて千里の路をわけし事を』
【通解】
女性が仏法を求めて千里の路を踏み分けたことは、いまだかつて聞いたことがありません。
名字の言 能楽師・野村幻雪氏の内弟子時代の日課 2022年9月9日
能の観世流シテ方の人間国宝・野村幻雪氏は狂言師の家に生まれ、15歳で能の世界に飛び込んだ▼10年間の内弟子時代の日課は、舞台の床を清める雑巾がけ。能面をつけて舞台に立つ能では、視界が限られ、位置感覚をつかむのが難しい。毎日の雑巾がけは、その舞台空間を体得するための大切な修行だった(『梅は匂ひよ 桜は花よ 人は心よ』藤原書店)▼技芸の世界では「守・破・離」という言葉がある。「守」は師から流儀を習い、「破」は他の技も学び深め、「離」は自らの境地を開くこと。芸の道を究めるにはまず、師匠の教えを守り、実践することから出発する。「守」があってこそ、芸の境地が大きく開かれていくと捉える▼法華経嘱累品に「世尊の勅の如く、当に具さに奉行すべし」(妙法蓮華経並開結579ページ等)と。菩薩たちの"釈尊の言われる通りに実行します"との言葉である。この誓いを3回繰り返し、釈尊への「ご安心ください」との言葉をもって、法華経の、師匠から弟子に付嘱する場面は終わる▼師匠の教えを「身口意の三業」、すなわち「体」で「口」で「心」で実践していく——ここに、私たちの仏道修行の根本がある。その実践が、いかなる困難にも揺るがぬ不動の境涯を開く。
寸鉄 2022年9月9日
創価の女性には世代超えた結びつきがある—ワイダー博士 "世界一"の励ましの連帯
北海道の日。師弟の心で結ばれた誉れの三代城。皆が青年の開拓魂で前へ
女子学生部の日。「心の財」積む青春尊し。福智輝く次代のリーダーよ育て
全国で人材育成の波が!目の前の友を必ず広布の勇者に。成長の日々、共に
AEDや応急手当など、いざという時の為の備え確認。きょう「救急の日」
☆世界広布の源流 青年に語る創価の魂 第2回 池田先生の入信75周年〈下〉
◇「拡大」こそが師に連なる実践
◆田島 池田先生の入信から3年となる1950年(昭和25年)8月24日、戸田先生は、学会の理事長を辞任する意向を発表されます。
◇原田 この日、池田先生は恩師に「先生が理事長を辞められると、これから、私の師匠は誰になるのでしょうか」と尋ねます。それに対し、戸田先生は「君の師匠は、この私だよ」と答えます。池田先生は、"生涯の師匠は、(戸田)先生なんだ"と心に決めるのです。
後日、池田先生は変わらぬ決意を、「古の/奇しき縁に/仕へしを/人は変れど/われは変らじ」との和歌に託し、恩師に手渡しました。戸田先生は二つの返し歌を贈りました。
戦後の混乱期で、中小企業の倒産が続出した時代です。経済不況の中、戸田先生の会社でも、給料の遅配が続き、周囲の人間は手のひらを返して戸田先生のもとを去っていく。池田先生はただ一人、戸田先生を支え、東京・埼玉・神奈川などを駆け巡りながら、事業の活路を開いていきました。
当時を振り返りながら、先生は「指導者は困難な局面に強くならなければいけない」と教えてくださったことがあります。
苦境にあればあるほど、強盛な祈りで「師子王の心」を涌現させ、師匠を守り、学会を守り抜く——池田先生の若き日の戦いこそ、私たちの実践の永遠の模範です。
◇苦難の歳月に種子の育成
◆先崎 小説『人間革命』第4巻「秋霜」の章には、50年から翌51年に至るまでの、池田先生が戸田先生を支え抜かれた日々について、「この期間の秘史のなかに、その後の創価学会の、発展と存在との根本的な要因があったといえよう」とつづられています。
◇原田 戸田先生と池田先生が皇居のお堀端を歩いていた時のことです。急に降り出した雨で、二人はずぶ濡れになってしまいます。近くにはGHQ(連合国軍総司令部)の高いビルが立っていました。
池田先生はビルを見上げて、戸田先生に宣言します。
「必ず、将来、先生に乗っていただく車も買います。広宣流布のための立派なビルも建てます。どうか、ご安心ください」
今、世界各地に立派な会館が立っています。その源流こそ、この先生の恩師への誓いです。
また、前回(8月24日付)も触れましたが、戸田先生と池田先生が聖教新聞創刊の構想を語り合ったのは、50年8月24日のことでした。
さらに、戸田先生が池田先生に、創価大学の設立の思いを披歴し、委ねたのは、50年の晩秋です。
一つの大学を設立することが、どれほど多くの労苦を伴うことか。しかし、池田先生は、恩師の構想の実現に全精魂を注がれ、その約20年後の71年(同46年)に創価大学は開学します。
「秋霜」の章に、「戸田の会長就任以後の飛躍的な学会の前進と、その没後における急速な躍進も、すべて、その源を尋ねるならば、ひとえに大聖人の仏法の偉大さによることはもちろんであるが、この苦難の歳月の間に、既に決定的な種子の育成がなされていた」と記されています。
「種子の育成」とは、「師匠が弟子を鍛えた」ということだけではありません。大事なことは、「弟子が師匠に仕えきる」ことです。その精神があってこそ、師匠の弟子に対する薫陶が花開いていくのです。
◇戸田大学に学ぶ"絶妙の呼吸"
◆山口 この時期、池田先生は、通っていた夜学を断念されました。そうした中、戸田先生は個人教授を行います。これが「戸田大学」です。
◇原田 戸田大学を通して、私たちが学びたいのは、"師弟の絶妙の呼吸"です。
池田先生は、49年(同24年)秋ごろから、夜学を休んで恩師の会社を支え、仕事が一段落したら、復学しようと考えていました。
しかし、50年の年頭、戸田先生は、「君には、本当にすまないが、夜学は断念してもらえないか」と愛弟子に語ります。
池田先生は、戸田先生の深い思いを受け止め、「はい。先生のおっしゃる通りにいたします」と即座に答えます。そして、一身を捧げて、事業の再建に力を注いでいきます。
しばらくして、戸田先生は池田先生を自宅に呼んで、一対一の授業を開始します。個人教授は日曜日に行われ、やがて市ケ谷にあった会社の始業前にも開かれるようになります。
恩師は御書を根幹に、政治、経済、法律、歴史、化学、物理学など、万般の学問を講義します。戸田先生は、この個人教授だけではなく、日常のあらゆる機会を通して、池田先生を薫陶します。
戸田先生はよく、池田先生に「今、何の本を読んでいるか」と聞かれました。
50年10月2日の夜、電車の中で、ルソーの小説『エミール』が話題になります。池田先生が、かいつまんで感想を述べると、戸田先生は笑みを浮かべ、「大作とは何でも話せるな!」と語られました。
池田先生は、戸田大学で学んだことを最大の誇りとされています。アメリカの青年に、「戸田大学は世界一の、最高の大学であると確信しています。私は、その戸田大学の優等生として、それを世界に証明する義務がある」と、戸田大学を通して師弟の精神を訴えられました。
世界の大学・学術機関から池田先生に贈られた名誉学術称号は400を超えています。人類史に輝く英知の偉業の源流は、この戸田大学にあります。
◆山下 池田先生の入信75周年を迎えた先月24日、先生は全国・全世界の同志に3首の和歌を贈ってくださいました。
◇原田 その中の1首で、入信75周年を迎えられた心境について、こう詠まれています。
師に捧ぐ
七十五歳の
入信日
閻浮に妙法
轟く誉れは
戸田先生は、亡くなる前月の58年(同33年)3月、「君の本当の舞台は世界だよ。世界は広いぞ」「人類の幸福と平和の実現こそ、仏法の本義なんだからな」と、愛弟子に世界広布の構想を託されます。一人立たれた池田先生の激闘によって、世界広布の大願は成就されました。
先生の75周年の入信記念日から、「青年・飛躍の年」の総仕上げへと前進する青年部が、師匠に連なりゆく実践とは何なのか。それは、「拡大」にほかなりません。小説『新・人間革命』の中では、次のように何度もつづられています。
"出でよ! 幾万、幾十万の山本伸一よ"(第3巻「月氏」の章、第8巻「宝剣」の章、第29巻「源流」の章)
インドの青年部は、「アイ アム シンイチ・ヤマモト!(私は山本伸一だ!)」、「アイ アム ザット ワン ディサイプル!(私がその一人の弟子だ!)」との合言葉で、目覚ましい拡大のドラマをつづっています。
広宣流布大誓堂完成10周年の明2023年11月へ向け、学会は新たに出発しました。少子高齢化をはじめ、社会にはさまざまな課題が山積しています。だからこそ、青年部の一人一人が、"新時代の山本伸一"との自覚で、広布拡大の突破口を開き、見事な後継の証しを示していこうではありませんか。
同志を奮い立たせる。
後継の若人よ
拡大の突破口を!
歴史を開く「主役」に!
日妙聖人御書 P1216
『いまだきかず女人の仏法をもとめて千里の路をわけし事を』
【通解】
女性が仏法を求めて千里の路を踏み分けたことは、いまだかつて聞いたことがありません。
名字の言 能楽師・野村幻雪氏の内弟子時代の日課 2022年9月9日
能の観世流シテ方の人間国宝・野村幻雪氏は狂言師の家に生まれ、15歳で能の世界に飛び込んだ▼10年間の内弟子時代の日課は、舞台の床を清める雑巾がけ。能面をつけて舞台に立つ能では、視界が限られ、位置感覚をつかむのが難しい。毎日の雑巾がけは、その舞台空間を体得するための大切な修行だった(『梅は匂ひよ 桜は花よ 人は心よ』藤原書店)▼技芸の世界では「守・破・離」という言葉がある。「守」は師から流儀を習い、「破」は他の技も学び深め、「離」は自らの境地を開くこと。芸の道を究めるにはまず、師匠の教えを守り、実践することから出発する。「守」があってこそ、芸の境地が大きく開かれていくと捉える▼法華経嘱累品に「世尊の勅の如く、当に具さに奉行すべし」(妙法蓮華経並開結579ページ等)と。菩薩たちの"釈尊の言われる通りに実行します"との言葉である。この誓いを3回繰り返し、釈尊への「ご安心ください」との言葉をもって、法華経の、師匠から弟子に付嘱する場面は終わる▼師匠の教えを「身口意の三業」、すなわち「体」で「口」で「心」で実践していく——ここに、私たちの仏道修行の根本がある。その実践が、いかなる困難にも揺るがぬ不動の境涯を開く。
寸鉄 2022年9月9日
創価の女性には世代超えた結びつきがある—ワイダー博士 "世界一"の励ましの連帯
北海道の日。師弟の心で結ばれた誉れの三代城。皆が青年の開拓魂で前へ
女子学生部の日。「心の財」積む青春尊し。福智輝く次代のリーダーよ育て
全国で人材育成の波が!目の前の友を必ず広布の勇者に。成長の日々、共に
AEDや応急手当など、いざという時の為の備え確認。きょう「救急の日」
☆世界広布の源流 青年に語る創価の魂 第2回 池田先生の入信75周年〈下〉
◇「拡大」こそが師に連なる実践
◆田島 池田先生の入信から3年となる1950年(昭和25年)8月24日、戸田先生は、学会の理事長を辞任する意向を発表されます。
◇原田 この日、池田先生は恩師に「先生が理事長を辞められると、これから、私の師匠は誰になるのでしょうか」と尋ねます。それに対し、戸田先生は「君の師匠は、この私だよ」と答えます。池田先生は、"生涯の師匠は、(戸田)先生なんだ"と心に決めるのです。
後日、池田先生は変わらぬ決意を、「古の/奇しき縁に/仕へしを/人は変れど/われは変らじ」との和歌に託し、恩師に手渡しました。戸田先生は二つの返し歌を贈りました。
戦後の混乱期で、中小企業の倒産が続出した時代です。経済不況の中、戸田先生の会社でも、給料の遅配が続き、周囲の人間は手のひらを返して戸田先生のもとを去っていく。池田先生はただ一人、戸田先生を支え、東京・埼玉・神奈川などを駆け巡りながら、事業の活路を開いていきました。
当時を振り返りながら、先生は「指導者は困難な局面に強くならなければいけない」と教えてくださったことがあります。
苦境にあればあるほど、強盛な祈りで「師子王の心」を涌現させ、師匠を守り、学会を守り抜く——池田先生の若き日の戦いこそ、私たちの実践の永遠の模範です。
◇苦難の歳月に種子の育成
◆先崎 小説『人間革命』第4巻「秋霜」の章には、50年から翌51年に至るまでの、池田先生が戸田先生を支え抜かれた日々について、「この期間の秘史のなかに、その後の創価学会の、発展と存在との根本的な要因があったといえよう」とつづられています。
◇原田 戸田先生と池田先生が皇居のお堀端を歩いていた時のことです。急に降り出した雨で、二人はずぶ濡れになってしまいます。近くにはGHQ(連合国軍総司令部)の高いビルが立っていました。
池田先生はビルを見上げて、戸田先生に宣言します。
「必ず、将来、先生に乗っていただく車も買います。広宣流布のための立派なビルも建てます。どうか、ご安心ください」
今、世界各地に立派な会館が立っています。その源流こそ、この先生の恩師への誓いです。
また、前回(8月24日付)も触れましたが、戸田先生と池田先生が聖教新聞創刊の構想を語り合ったのは、50年8月24日のことでした。
さらに、戸田先生が池田先生に、創価大学の設立の思いを披歴し、委ねたのは、50年の晩秋です。
一つの大学を設立することが、どれほど多くの労苦を伴うことか。しかし、池田先生は、恩師の構想の実現に全精魂を注がれ、その約20年後の71年(同46年)に創価大学は開学します。
「秋霜」の章に、「戸田の会長就任以後の飛躍的な学会の前進と、その没後における急速な躍進も、すべて、その源を尋ねるならば、ひとえに大聖人の仏法の偉大さによることはもちろんであるが、この苦難の歳月の間に、既に決定的な種子の育成がなされていた」と記されています。
「種子の育成」とは、「師匠が弟子を鍛えた」ということだけではありません。大事なことは、「弟子が師匠に仕えきる」ことです。その精神があってこそ、師匠の弟子に対する薫陶が花開いていくのです。
◇戸田大学に学ぶ"絶妙の呼吸"
◆山口 この時期、池田先生は、通っていた夜学を断念されました。そうした中、戸田先生は個人教授を行います。これが「戸田大学」です。
◇原田 戸田大学を通して、私たちが学びたいのは、"師弟の絶妙の呼吸"です。
池田先生は、49年(同24年)秋ごろから、夜学を休んで恩師の会社を支え、仕事が一段落したら、復学しようと考えていました。
しかし、50年の年頭、戸田先生は、「君には、本当にすまないが、夜学は断念してもらえないか」と愛弟子に語ります。
池田先生は、戸田先生の深い思いを受け止め、「はい。先生のおっしゃる通りにいたします」と即座に答えます。そして、一身を捧げて、事業の再建に力を注いでいきます。
しばらくして、戸田先生は池田先生を自宅に呼んで、一対一の授業を開始します。個人教授は日曜日に行われ、やがて市ケ谷にあった会社の始業前にも開かれるようになります。
恩師は御書を根幹に、政治、経済、法律、歴史、化学、物理学など、万般の学問を講義します。戸田先生は、この個人教授だけではなく、日常のあらゆる機会を通して、池田先生を薫陶します。
戸田先生はよく、池田先生に「今、何の本を読んでいるか」と聞かれました。
50年10月2日の夜、電車の中で、ルソーの小説『エミール』が話題になります。池田先生が、かいつまんで感想を述べると、戸田先生は笑みを浮かべ、「大作とは何でも話せるな!」と語られました。
池田先生は、戸田大学で学んだことを最大の誇りとされています。アメリカの青年に、「戸田大学は世界一の、最高の大学であると確信しています。私は、その戸田大学の優等生として、それを世界に証明する義務がある」と、戸田大学を通して師弟の精神を訴えられました。
世界の大学・学術機関から池田先生に贈られた名誉学術称号は400を超えています。人類史に輝く英知の偉業の源流は、この戸田大学にあります。
◆山下 池田先生の入信75周年を迎えた先月24日、先生は全国・全世界の同志に3首の和歌を贈ってくださいました。
◇原田 その中の1首で、入信75周年を迎えられた心境について、こう詠まれています。
師に捧ぐ
七十五歳の
入信日
閻浮に妙法
轟く誉れは
戸田先生は、亡くなる前月の58年(同33年)3月、「君の本当の舞台は世界だよ。世界は広いぞ」「人類の幸福と平和の実現こそ、仏法の本義なんだからな」と、愛弟子に世界広布の構想を託されます。一人立たれた池田先生の激闘によって、世界広布の大願は成就されました。
先生の75周年の入信記念日から、「青年・飛躍の年」の総仕上げへと前進する青年部が、師匠に連なりゆく実践とは何なのか。それは、「拡大」にほかなりません。小説『新・人間革命』の中では、次のように何度もつづられています。
"出でよ! 幾万、幾十万の山本伸一よ"(第3巻「月氏」の章、第8巻「宝剣」の章、第29巻「源流」の章)
インドの青年部は、「アイ アム シンイチ・ヤマモト!(私は山本伸一だ!)」、「アイ アム ザット ワン ディサイプル!(私がその一人の弟子だ!)」との合言葉で、目覚ましい拡大のドラマをつづっています。
広宣流布大誓堂完成10周年の明2023年11月へ向け、学会は新たに出発しました。少子高齢化をはじめ、社会にはさまざまな課題が山積しています。だからこそ、青年部の一人一人が、"新時代の山本伸一"との自覚で、広布拡大の突破口を開き、見事な後継の証しを示していこうではありませんか。
2022年9月8日木曜日
2022.09.08 わが友に贈る
創価の使命は
地上から悲惨をなくし
民衆の幸福を築くこと。
目の前の一人を大切に
希望の対話を粘り強く!
四条金吾殿御返事 P1143
『一切衆生南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く「衆生所遊楽」云云、此の文あに自受法楽にあらずや』
【通解】
一切衆生にとって南無妙法蓮華経と唱える以外に遊楽はない。法華経寿量品第十六には「衆生が遊楽する所」とある。この文は、まさに自受法楽のことをいっているのである。
名字の言 被爆体験を伝えてきた91歳の壮年の信念 2022年9月8日
小・中学生を対象に、約300回も講演し、被爆体験を伝えてきた壮年がいる。91歳の今なお、精力的に活動を続ける胸の内を語っていた。「当時を振り返って思うのは、誤った教育が国家の暴走を許す温床になったということです」▼戦前・戦中を生きた人々は「教育勅語」で育てられた。国家の命令に従うのは当たり前。国が戦争を始めたら賛成する人が"賢い"、お国のために命を捨てる人が"強い"と思わされた。本当は戦争に反対するのが賢く、何があっても生き抜くのが強いはずなのに▼壮年は言う。「だからこそ、正しいことは正しい、おかしいことはおかしいと主張できる"真に賢く""真に強い"人を育てたい。そのために私は語り抜きます」▼ドイツの劇作家ブレヒトは、こう警鐘を鳴らした。「何千回も言われ尽くしたようなことでも、もう一度言わねばならない」「後悔することのないように」(石田勇治他訳)。戦火なき未来を開くには、今この時、若き世代の心に「平和の砦」を築く対話を重ねるしかない。それが過去の教訓だ▼きょうは、第2代会長・戸田先生の「原水爆禁止宣言」発表65周年。恩師の遺訓を心肝に染め、若き世代と共に、核兵器廃絶へ新たな挑戦を開始したい。
寸鉄 2022年9月8日
「原水爆禁止宣言」65周年奪命の"魔性の爪"をもぎ取る間断なき平和闘争を
百年先の人々から仰がれゆく人生を—戸田先生。今日の前進が歴史を築く
宮崎の日50周年。縁する一人に太陽の励ましを!語らいの光風を「私」から
『ワールド セイキョウ』第3弾発売。人間共和の世界広げる友の姿を発信
気温の変化大。「寒暖差疲労」に要注意。運動や入浴で体を温める事が重要と
〈社説〉 2022・9・8 「原水爆禁止宣言」65周年
◇核廃絶へ 不屈の平和の連帯を
1957年の9月8日、横浜市・三ツ沢の陸上競技場に集った5万人の青年たちを見つめながら、第2代会長・戸田城聖先生は「原水爆禁止宣言」を発表した。
戸田先生は、世界の民衆の「生存の権利」を根源的に脅かす核兵器に対し、その使用を絶対に許してはならないと訴えた。創価学会の平和運動の原点となる宣言から、本年は65年の節を刻む。
当時、役員として参加した神奈川の女性部員に話を聞いた。彼女は空襲で横浜の家を焼かれ、機銃掃射に狙われながら、命からがら逃げ延びた。「生活を奪われ、生命を脅かされる恐怖と苦しみを生む戦争を二度と起こしてはいけない。戸田先生の言葉を聞き、その思いがより強くなりました」と。
作家の佐藤優氏は、「戸田会長は、一人ひとりの心の中に平和の種を蒔くところから、核兵器廃絶というはるかな目標に向けての歩みを開始しました。だからこそ、根源的で歴史的な宣言なのです」(『受け継がれる平和の心』潮出版社)と言及している。
この宣言の精神と響き合う核兵器禁止条約は、市民社会の力強い後押しを得て、昨年に発効した。その一方で、核軍縮を巡る状況は厳しさを増している。
先月、NPT(核兵器不拡散条約)再検討会議が国連本部で行われた。同会議に先立ち、池田先生は緊急提案を発表。核兵器保有国に「先制不使用」の原則を求める内容は、多くの識者から賛同の声が寄せられた。最終的に、全会一致での採択には至らなかったが、最終文書案の検討に当たって、「先制不使用」の原則の確立が急務との認識が広がったことの意義は大きいと言えよう。
核廃絶への道のりは遠く、平坦ではない。しかし池田先生は、恩師の心を受け継ぎ、具体的な提案と行動で、不屈の平和闘争を続けてきた。先述した女性部員は、「師の"平和の心"を学び、実践して、自分自身の生き方にしてほしい」と青年たちに寄せる期待を語っていた。
今月4日、横浜市の神奈川文化会館で「青年不戦サミット」が行われた。高等部の代表を含め、多くの青年が、師と同じ心で、新たな平和の時代を切り開く、粘り強い行動と実践を誓い合った。
今こそ青年が先頭に立って叫び、核兵器のない世界を築く連帯を着実に広げていく時である。
☆きょう「原水爆禁止宣言」発表65周年
◇戸田先生が池田先生に託した「平和の原点」
◇生命尊厳の世界を青年の手で
きょう8日は、第2代会長・戸田城聖先生が「原水爆禁止宣言」を発表して65周年。米ソの核軍拡競争が激化する渦中の1957年9月8日、戸田先生は横浜・三ツ沢の競技場で行われた青年部の集いの席上、後継に託す"遺訓の第一"として、核兵器のない世界の実現を訴えた。
同宣言は、仏法思想に基づく学会の平和運動の原点である。この「9・8」に合わせて池田大作先生は、「日中国交正常化提言」を発表し(68年)、ソ連(当時)を初訪問(74年)。思想や信条を超えて人類を結ぶ平和行動を展開してきた。
83年からは、1・26「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、宣言の精神を具体的な提案として示す平和提言を開始。これまで40回にわたって発表を重ねてきた。
池田先生が学会の"精神の正史"をつづる小説『新・人間革命』の新聞連載が完結したのも、2018年の9月8日である。
使用の危機が高まる核兵器の廃絶へ、生命尊厳の地球社会の創造へ、各地の同志は原点の一日から、誓い新たに対話を広げゆく。
「9・8」に合わせ、核兵器を巡る現状、危機克服への市民社会の役割等について、世界的な平和学者である戸田記念国際平和研究所のケビン・クレメンツ所長に聞いたインタビューを掲載する。
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で——池田先生の連載エッセーから 第22回 山形
◇共に励まし 力を合わせて
人知れず
祈りと 労苦と
慈愛こめ
育てし実りは
黄金の喜び
秋の実りは、一年を精いっぱいに生き切った命が勝ち取る栄冠です。
それゆえに、清々しく、美しい。だからこそ、深い喜びに包まれるのではないでしょうか。
今から百三十年以上も前に山形県を旅した、イギリスの女性で旅行作家のイザベラ・バードは、この大地を、「微笑みかけているような実り豊かな地」と讃え、「東洋のアルカディア(理想郷=編集部注)」と謳いました。
生命の讃歌の実りに満ちて、弾ける笑顔のような、この理想郷の黄金の喜びを、私も山形を訪れるたびに感じ取ってきました。
母なる大地を耕し、土の力を引き出しながら、種を芽吹かせ、作物を育て、私たちの生命を支える実りをもたらしてくれるのは、農家の方々です。
新庄市出身で、農村指導者として高名な松田甚次郎は綴っていました。
「黒い土、暖い土、それは人間の生命の源泉である」「更に大きな力と、強い熱とをもって、土に生き、よき郷土の建設を追い進みゆくことを固く誓う」と。
この指導者は、ふるさとの「最上(もがみ)」を「最上(さいじょう)」と愛称して、「農村向上」を目指しました。とくに農村の女性が、農作業、育児、家族の世話、地域活動など、幾重にも働き、皆を慈しんでいることを紹介し、"最上"の感謝と尊敬を寄せています。
山形県は、サクランボ、西洋ナシ(ラ・フランス)、スイカ、ブドウ、メロン、リンゴ、桃、柿等々、天下に名高い特産を誇る「果物王国」です。東根市や天童市、山形市の農園に伺ったことも、色鮮やかに蘇ります。「ナポレオン」の名を冠した、真っ赤な宝石のようなサクランボが実る農園で、お母さん、また、後継の農村青年と語らい、「山形でも、世界でも、最高に輝く農家に!」とエールを送りました。
山形の豊かな実りは、人を生かし、命を生かす、心の豊かさの輝きでありましょう。ここに、人間文化の豊饒なる光源もあります。
◇郷土を愛する精神
〈たびたび山形を訪れてきた池田先生は、豪雪地帯に生き抜く友の強さの中に、人間の輝きがあると語る〉
私が昭和三十三年(一九五八年)、初めて山形に伺ったのは、秋から冬へと移ろう、十一月の下旬でした。前夜から雪が大地に舞い降り、壮麗な蔵王も、月山も、鳥海山も白銀の衣を纏って、輝いていました。
山形には「雪の明日」との諺があるといいます。吹雪の後には、最高に爽やかな晴れわたる日が来るという意義です。どんなに厳しい吹雪にあっても、決して希望を忘れない心情が伝わってきます。私が出会った山形の父母たちには、人生の風雪を生き抜いた、いぶし銀の輝きがありました。
山形では、時に友人宅の軒先や田園の道で、時に最上川や馬見ケ崎川のほとりで、時に可憐な紅花を見つめつつ、時に霞城公園(山形城跡)のほど近くで、誠実な友たちと語らいました。皆で「自分の郷土を心から愛せる精神こそ、人間性を守る防波堤」と確認し合ったこともあります。
共に励まし合い、共に力を合わせて、苦境に挑みながら、愛する郷土を勝ち栄えさせていく。これは山形の先達から、わが友人たちにも脈々と受け継がれてきた最上の精神の宝です。
◇青年を育む天地
〈社会に多くの逸材を輩出してきた山形。池田先生は、この青年を育む天地に大きな期待を寄せる〉
私の恩師・戸田城聖先生が激励されてきた山形の婦人は、若くして、父も母も、兄も姉も失いました。その後、結婚してからは、夫の勤務先が破産。しかも、幼少の頃以来、病弱だった自分も、心臓病を抱え、生きていることさえ辛い状況の連続でした。
そのなかで、「人間革命」という希望の哲学を掲げて、自らも必死に宿命を戦い越え、同じく苦しむ友のために、米沢、赤湯、小国、大井沢、酒田、新庄など県内を駆け回りました。雪の日はオーバーが凍ったり、長靴のなかに冷たい雪水が浸みたといいます。
そうして、一人また一人と会い、ポツリポツリと悩みを語り出す友に、いつも「んだか」「ほうか」と耳を傾け、苦悩を共にしていたのです。
皆から「うちのかあちゃん」と慕われた、この励ましの母は「友の悩みを解決した喜びが、私の宝物です」と、人なつこい笑顔を浮かべていました。
「勇気の山形」とは、わが友の合言葉です。
米沢藩の名君・上杉鷹山公も勇気の大指導者でした。鷹山公は後継のために、「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」との歌を残しました。
この精神を漲らせるごとく、山形は数多の逸材を育んできました。
「世界の良心」と称され、国際司法裁判所の所長を務めた安達峰一郎(山辺町出身)、日本の「鉄道の父」佐藤政養(遊佐町出身)、建築界の重鎮・伊東忠太(米沢市出身)をはじめ、経済、教育、学術、芸術、文芸等、各界の錚々たる人材山脈を成しています。
山形は、青年が育つ天地です。
樹齢千五百年以上と推定される東根の大ケヤキのように、木々は天を目指して上へと伸び立つ。樹氷が林立する父なる蔵王のように、山々は寒風に動じない。文化の母たる最上川のように、川は絶え間なく前へ前へと進み続ける。あらゆるものが、成長しゆく青年への励ましであり、発展しゆく郷土への鼓舞です。
鶴岡が生んだ文豪・高山樗牛は言います。「人は進まずむば則ち退く也」と。
不退の山形に、いやまして笑顔が輝く、実り豊かな理想郷が広がりゆくことを、私は信じています。
より高き
人生 生きなむ
山形の
友に幸あれ
太陽かがやけ
地上から悲惨をなくし
民衆の幸福を築くこと。
目の前の一人を大切に
希望の対話を粘り強く!
四条金吾殿御返事 P1143
『一切衆生南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く「衆生所遊楽」云云、此の文あに自受法楽にあらずや』
【通解】
一切衆生にとって南無妙法蓮華経と唱える以外に遊楽はない。法華経寿量品第十六には「衆生が遊楽する所」とある。この文は、まさに自受法楽のことをいっているのである。
名字の言 被爆体験を伝えてきた91歳の壮年の信念 2022年9月8日
小・中学生を対象に、約300回も講演し、被爆体験を伝えてきた壮年がいる。91歳の今なお、精力的に活動を続ける胸の内を語っていた。「当時を振り返って思うのは、誤った教育が国家の暴走を許す温床になったということです」▼戦前・戦中を生きた人々は「教育勅語」で育てられた。国家の命令に従うのは当たり前。国が戦争を始めたら賛成する人が"賢い"、お国のために命を捨てる人が"強い"と思わされた。本当は戦争に反対するのが賢く、何があっても生き抜くのが強いはずなのに▼壮年は言う。「だからこそ、正しいことは正しい、おかしいことはおかしいと主張できる"真に賢く""真に強い"人を育てたい。そのために私は語り抜きます」▼ドイツの劇作家ブレヒトは、こう警鐘を鳴らした。「何千回も言われ尽くしたようなことでも、もう一度言わねばならない」「後悔することのないように」(石田勇治他訳)。戦火なき未来を開くには、今この時、若き世代の心に「平和の砦」を築く対話を重ねるしかない。それが過去の教訓だ▼きょうは、第2代会長・戸田先生の「原水爆禁止宣言」発表65周年。恩師の遺訓を心肝に染め、若き世代と共に、核兵器廃絶へ新たな挑戦を開始したい。
寸鉄 2022年9月8日
「原水爆禁止宣言」65周年奪命の"魔性の爪"をもぎ取る間断なき平和闘争を
百年先の人々から仰がれゆく人生を—戸田先生。今日の前進が歴史を築く
宮崎の日50周年。縁する一人に太陽の励ましを!語らいの光風を「私」から
『ワールド セイキョウ』第3弾発売。人間共和の世界広げる友の姿を発信
気温の変化大。「寒暖差疲労」に要注意。運動や入浴で体を温める事が重要と
〈社説〉 2022・9・8 「原水爆禁止宣言」65周年
◇核廃絶へ 不屈の平和の連帯を
1957年の9月8日、横浜市・三ツ沢の陸上競技場に集った5万人の青年たちを見つめながら、第2代会長・戸田城聖先生は「原水爆禁止宣言」を発表した。
戸田先生は、世界の民衆の「生存の権利」を根源的に脅かす核兵器に対し、その使用を絶対に許してはならないと訴えた。創価学会の平和運動の原点となる宣言から、本年は65年の節を刻む。
当時、役員として参加した神奈川の女性部員に話を聞いた。彼女は空襲で横浜の家を焼かれ、機銃掃射に狙われながら、命からがら逃げ延びた。「生活を奪われ、生命を脅かされる恐怖と苦しみを生む戦争を二度と起こしてはいけない。戸田先生の言葉を聞き、その思いがより強くなりました」と。
作家の佐藤優氏は、「戸田会長は、一人ひとりの心の中に平和の種を蒔くところから、核兵器廃絶というはるかな目標に向けての歩みを開始しました。だからこそ、根源的で歴史的な宣言なのです」(『受け継がれる平和の心』潮出版社)と言及している。
この宣言の精神と響き合う核兵器禁止条約は、市民社会の力強い後押しを得て、昨年に発効した。その一方で、核軍縮を巡る状況は厳しさを増している。
先月、NPT(核兵器不拡散条約)再検討会議が国連本部で行われた。同会議に先立ち、池田先生は緊急提案を発表。核兵器保有国に「先制不使用」の原則を求める内容は、多くの識者から賛同の声が寄せられた。最終的に、全会一致での採択には至らなかったが、最終文書案の検討に当たって、「先制不使用」の原則の確立が急務との認識が広がったことの意義は大きいと言えよう。
核廃絶への道のりは遠く、平坦ではない。しかし池田先生は、恩師の心を受け継ぎ、具体的な提案と行動で、不屈の平和闘争を続けてきた。先述した女性部員は、「師の"平和の心"を学び、実践して、自分自身の生き方にしてほしい」と青年たちに寄せる期待を語っていた。
今月4日、横浜市の神奈川文化会館で「青年不戦サミット」が行われた。高等部の代表を含め、多くの青年が、師と同じ心で、新たな平和の時代を切り開く、粘り強い行動と実践を誓い合った。
今こそ青年が先頭に立って叫び、核兵器のない世界を築く連帯を着実に広げていく時である。
☆きょう「原水爆禁止宣言」発表65周年
◇戸田先生が池田先生に託した「平和の原点」
◇生命尊厳の世界を青年の手で
きょう8日は、第2代会長・戸田城聖先生が「原水爆禁止宣言」を発表して65周年。米ソの核軍拡競争が激化する渦中の1957年9月8日、戸田先生は横浜・三ツ沢の競技場で行われた青年部の集いの席上、後継に託す"遺訓の第一"として、核兵器のない世界の実現を訴えた。
同宣言は、仏法思想に基づく学会の平和運動の原点である。この「9・8」に合わせて池田大作先生は、「日中国交正常化提言」を発表し(68年)、ソ連(当時)を初訪問(74年)。思想や信条を超えて人類を結ぶ平和行動を展開してきた。
83年からは、1・26「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、宣言の精神を具体的な提案として示す平和提言を開始。これまで40回にわたって発表を重ねてきた。
池田先生が学会の"精神の正史"をつづる小説『新・人間革命』の新聞連載が完結したのも、2018年の9月8日である。
使用の危機が高まる核兵器の廃絶へ、生命尊厳の地球社会の創造へ、各地の同志は原点の一日から、誓い新たに対話を広げゆく。
「9・8」に合わせ、核兵器を巡る現状、危機克服への市民社会の役割等について、世界的な平和学者である戸田記念国際平和研究所のケビン・クレメンツ所長に聞いたインタビューを掲載する。
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で——池田先生の連載エッセーから 第22回 山形
◇共に励まし 力を合わせて
人知れず
祈りと 労苦と
慈愛こめ
育てし実りは
黄金の喜び
秋の実りは、一年を精いっぱいに生き切った命が勝ち取る栄冠です。
それゆえに、清々しく、美しい。だからこそ、深い喜びに包まれるのではないでしょうか。
今から百三十年以上も前に山形県を旅した、イギリスの女性で旅行作家のイザベラ・バードは、この大地を、「微笑みかけているような実り豊かな地」と讃え、「東洋のアルカディア(理想郷=編集部注)」と謳いました。
生命の讃歌の実りに満ちて、弾ける笑顔のような、この理想郷の黄金の喜びを、私も山形を訪れるたびに感じ取ってきました。
母なる大地を耕し、土の力を引き出しながら、種を芽吹かせ、作物を育て、私たちの生命を支える実りをもたらしてくれるのは、農家の方々です。
新庄市出身で、農村指導者として高名な松田甚次郎は綴っていました。
「黒い土、暖い土、それは人間の生命の源泉である」「更に大きな力と、強い熱とをもって、土に生き、よき郷土の建設を追い進みゆくことを固く誓う」と。
この指導者は、ふるさとの「最上(もがみ)」を「最上(さいじょう)」と愛称して、「農村向上」を目指しました。とくに農村の女性が、農作業、育児、家族の世話、地域活動など、幾重にも働き、皆を慈しんでいることを紹介し、"最上"の感謝と尊敬を寄せています。
山形県は、サクランボ、西洋ナシ(ラ・フランス)、スイカ、ブドウ、メロン、リンゴ、桃、柿等々、天下に名高い特産を誇る「果物王国」です。東根市や天童市、山形市の農園に伺ったことも、色鮮やかに蘇ります。「ナポレオン」の名を冠した、真っ赤な宝石のようなサクランボが実る農園で、お母さん、また、後継の農村青年と語らい、「山形でも、世界でも、最高に輝く農家に!」とエールを送りました。
山形の豊かな実りは、人を生かし、命を生かす、心の豊かさの輝きでありましょう。ここに、人間文化の豊饒なる光源もあります。
◇郷土を愛する精神
〈たびたび山形を訪れてきた池田先生は、豪雪地帯に生き抜く友の強さの中に、人間の輝きがあると語る〉
私が昭和三十三年(一九五八年)、初めて山形に伺ったのは、秋から冬へと移ろう、十一月の下旬でした。前夜から雪が大地に舞い降り、壮麗な蔵王も、月山も、鳥海山も白銀の衣を纏って、輝いていました。
山形には「雪の明日」との諺があるといいます。吹雪の後には、最高に爽やかな晴れわたる日が来るという意義です。どんなに厳しい吹雪にあっても、決して希望を忘れない心情が伝わってきます。私が出会った山形の父母たちには、人生の風雪を生き抜いた、いぶし銀の輝きがありました。
山形では、時に友人宅の軒先や田園の道で、時に最上川や馬見ケ崎川のほとりで、時に可憐な紅花を見つめつつ、時に霞城公園(山形城跡)のほど近くで、誠実な友たちと語らいました。皆で「自分の郷土を心から愛せる精神こそ、人間性を守る防波堤」と確認し合ったこともあります。
共に励まし合い、共に力を合わせて、苦境に挑みながら、愛する郷土を勝ち栄えさせていく。これは山形の先達から、わが友人たちにも脈々と受け継がれてきた最上の精神の宝です。
◇青年を育む天地
〈社会に多くの逸材を輩出してきた山形。池田先生は、この青年を育む天地に大きな期待を寄せる〉
私の恩師・戸田城聖先生が激励されてきた山形の婦人は、若くして、父も母も、兄も姉も失いました。その後、結婚してからは、夫の勤務先が破産。しかも、幼少の頃以来、病弱だった自分も、心臓病を抱え、生きていることさえ辛い状況の連続でした。
そのなかで、「人間革命」という希望の哲学を掲げて、自らも必死に宿命を戦い越え、同じく苦しむ友のために、米沢、赤湯、小国、大井沢、酒田、新庄など県内を駆け回りました。雪の日はオーバーが凍ったり、長靴のなかに冷たい雪水が浸みたといいます。
そうして、一人また一人と会い、ポツリポツリと悩みを語り出す友に、いつも「んだか」「ほうか」と耳を傾け、苦悩を共にしていたのです。
皆から「うちのかあちゃん」と慕われた、この励ましの母は「友の悩みを解決した喜びが、私の宝物です」と、人なつこい笑顔を浮かべていました。
「勇気の山形」とは、わが友の合言葉です。
米沢藩の名君・上杉鷹山公も勇気の大指導者でした。鷹山公は後継のために、「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」との歌を残しました。
この精神を漲らせるごとく、山形は数多の逸材を育んできました。
「世界の良心」と称され、国際司法裁判所の所長を務めた安達峰一郎(山辺町出身)、日本の「鉄道の父」佐藤政養(遊佐町出身)、建築界の重鎮・伊東忠太(米沢市出身)をはじめ、経済、教育、学術、芸術、文芸等、各界の錚々たる人材山脈を成しています。
山形は、青年が育つ天地です。
樹齢千五百年以上と推定される東根の大ケヤキのように、木々は天を目指して上へと伸び立つ。樹氷が林立する父なる蔵王のように、山々は寒風に動じない。文化の母たる最上川のように、川は絶え間なく前へ前へと進み続ける。あらゆるものが、成長しゆく青年への励ましであり、発展しゆく郷土への鼓舞です。
鶴岡が生んだ文豪・高山樗牛は言います。「人は進まずむば則ち退く也」と。
不退の山形に、いやまして笑顔が輝く、実り豊かな理想郷が広がりゆくことを、私は信じています。
より高き
人生 生きなむ
山形の
友に幸あれ
太陽かがやけ
2022年9月7日水曜日
2022.09.07 わが友に贈る
人間革命は
"今この瞬間"から
"今いる場所"から始まる。
日々みずみずしい決意で
勝利をつかむ人生を!
如説修行抄 P501
『真実の法華経の如説修行の行者の師弟檀那とならんには三類の敵人決定せり』
【通解】
真実の法華経の如説修行の行者として師となり、その弟子檀那となるならば、三類の敵人が必ず現れるのである。
【先生の指導から】
正義ゆえに迫害されるのは、最高の名誉だ。いいかげんな、遊び半分の覚悟では、大事は成し遂げられない。
憎まれ、けなされ、迫害されても、毅然と進むのが、真実の信仰者である。
難こそ誉れ。
難こそ安楽。
これが日蓮大聖人の師子吼であられた。
その魂を継いだ世界一の戸田先生に仏法を学んだ私である。人間の真実は、すぐわかるつもりだ。
本当に広布のために戦った人間を、最高に讃えたい。永遠に守りたい。
名字の言 信心の大先輩が語る「確信の言葉」 2022年9月7日
多宝会のリーダーが担当した座談会。広布と人生の大先輩の「確信の言葉」に、参加者は清新な息吹で下半期を出発した▼「今年3月、夫が入会しました。夫は毎日、きちんと勤行・唱題するのですが、実は私にはできる時とそうでない時があります」。こう話すヤング白ゆり世代の友に、多宝会のリーダーは「あなたが夫のまねをしてください」と笑顔で語りかけ、「『真剣』が一番得です。御本尊に祈ったことは全部、自分に返ってくるからです」と▼夫の転職や母の病気を乗り越える決意を述べた女性には「『絶対に勝つ』と決めたら必ず勝ちます。必ず諸天が守ります。この大確信で題目をあげ抜いてください」、身内を亡くした遠方の友人を励ます壮年には「友人は明るい昼が突然、真っ暗な夜になった感じでしょう。ちょくちょく電話し、声をかけ続けてあげてほしい」と訴えた▼池田先生が若き日、恩師・戸田先生に「どういう人が偉い人なのでしょうか」と質問したことがある。戸田先生は「確信のある人だよ。人生は、また、すべては確信だよ」と。確信とは、強き信心にほかならない▼信仰の年輪光る多宝会の皆さまのように自らが決めた道を一直線に歩む、大確信の人生でありたいと思った。
寸鉄 2022年9月7日
「音も惜しまずよばわり給いて」御書。心揺さぶる確信の対話で正義を拡大(新603・全504)
「鹿児島の日」50周年。先駆の炎は赤々と。勇気と団結で広布新時代開け
SGIの平和運動は人類の希望—識者。青年先頭に生命尊厳の思潮を更に
試練こそ私にはこよなく有難い—文豪。艱難辛苦は宝。君よ挑戦王たれ!
蒸し暑い日続く。熱中症は夜間にも発生。就寝前の水分補給、空調活用を
〈社説〉 2022・9・7 セリグマン博士との対談25周年
◇「楽観主義」は時代の要請
社会現象の背景を説明するために、心理学の言葉が用いられることがある。「共感疲労」も、その一つだ。
意味は、"他者をケアすることで生じる援助者側の心理的疲弊"のこと。もともとは、医療現場で働く人たちが、持続的に患者と接するうちに苦しくなり、疲れてしまう現象を指していた。
昨今、コロナ禍やウクライナ関連の深刻な報道に継続的に接する中で、つらさを感じる人が増えてきたことから、改めて注目されるようになった。
「共感」は「思いやり」ともいえ、とても大切なものだ。しかし、「共感疲労」は他者に共感する力を疲弊させる。その処方箋の一つとして挙げられているのが、「楽観的に物事を考える」こと。いわば「楽観主義」である。
この「楽観主義」の研究に力を注いだ心理学者の一人が、アメリカ心理学会元会長であるマーチン・セリグマン博士だ。
25年前の1997年9月、博士は池田先生と対談した。「心理学者」と「仏法者」の語らいは自然と、人間の内面についての探究となった。博士は強調した。
「楽観主義とは『希望』のことです。いつ、どこで失敗したり、苦しい経験をしても、それは『行動』によって変えられるという信念が『楽観主義』なのです」
博士の言葉に象徴されるように、「楽観主義」とは、現状を正当化することでも、"何とかなるだろう"という安易な姿勢などでもない。どんな状況でも、それは必ず変革できるとの確信であり、信念である。粘り強い挑戦の中で磨かれるものだ。
「楽観主義」とは、人間的な強さを自在に発揮する境涯の異名ともいえる。この「人間を強くする」ということは、宗教の使命であり、正しい宗教か否かを判断する一つの基準である。
池田先生は博士に語った。
「仏法でも『一心の妙用』として、その一点を多角的に説いています。仏法は『希望の心理学』でもあるのです。そして『希望』こそ、私の一番好きな言葉です」
今、人類は幾多の困難に直面している。だが、人間の力で解決できない問題などないとの確信を、絶対に手放してはならない。
私たちは、人間革命の実践をたゆまず重ねよう。「それでも、希望はある」との信念を胸に。
☆第10回本部幹部会 原田会長のあいさつ
◇人間尊重の哲学を今こそ社会へ
一、いよいよ「青年・飛躍の年」の総仕上げへ、心新たな出発となる「第10回本部幹部会」の開催、誠におめでとうございます。
はじめに、7月10日に投開票された参院選では、学会が支援する公明党は選挙区7人完勝、比例区6人と合わせ、13人当選という見事な勝利を収めることができました。
改めまして、全同志の並々ならぬ大奮闘に、心より感謝と御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
本日よりまた、日本、そして世界の平和と安穏のため、心機一転の前進を開始してまいりたい。
一、下半期の活動の焦点は「弘教拡大」と「人材育成」です。明2023年11月には、広宣流布大誓堂完成10周年を迎えます。その佳節を「世帯増・部員増」「活動者増」で、断じて勝ち切っていきたい。
この9月には、世界的ジャズ奏者で、SGI芸術部長でもあるハービー・ハンコックさんのスペシャルインタビューなど、創価学会の魅力を多角的な視点から伝える『ワールド セイキョウ VOL.3』が発刊されます。
聖教新聞の購読推進と併せ、学会への理解と共感を大きく広げる仏法対話に、一人一人が自身の目標を掲げ、挑戦していきましょう。
また、11月6日に4年ぶりに実施される「教学部任用試験(仏法入門)」は、10月2日までが申し込みです。新入会のメンバーや未来部の友、会友の皆さま等々、一人でも多く挑戦できるよう、各部一体で励まし、申し込みと、共々の研さんを推進していきたい。
一、さて、「宗教」の何たるかが問われている今、私たちは今一度、自身の使命を再確認することが大切であると思います。
1974年、池田先生はペルーを訪問された折に、カトリック以外の教えを信ずる異教徒や、異端と見なされた人たちが厳しく審問され、拷問を受けたという「宗教裁判所」の博物館に立ち寄られたことがあります。拷問の様子が生々しく再現されたろう人形を前に、先生は同行のメンバーに対して、「みんなは、これを見て、どう思うかい」と尋ねられました。
私が「イエスがその生涯を通して示したものは、人類愛でした。ところが、その教えを実践するはずのキリスト教会が、異教徒に対して残酷極まりない拷問や処刑を重ねたことは、最大の矛盾だと思います。驚愕と憤りを感じます」——こうお答えすると、先生は「本当にそうだ」とうなずきながら、ご指導くださいました。
「本来、宗教は人間のためのものだ。ところが、その原点を忘れ、宗教のための宗教や、権威・権力のための宗教になってしまえば、宗教が人間を抑圧するという本末転倒が起こってしまう。
人類の未来を考えるなら、宗教差別や宗教戦争を根絶していくために、人間という原点に立ち返って、宗教間、文明間の対話を展開していくことが、何よりも重要な課題になる。
その突破口を開いていくのが、仏法者としての私の使命であると思っている。仏法の本義は、一言すれば、"人間宗"ともいうべき、人間生命の尊重の思想だからだよ」と。
思えば、日蓮大聖人の御在世当時も、創価学会が再建された戦後も、雨後のたけのこのように宗教が粗製乱造され、その高低浅深が乱れ切った時代でありました。そこに、まさしく如蓮華在水そのまま、一人一人が人格で輝き、実証で光るなかで、"人間宗"として共感を得、拡大してきたのが、大聖人の仏法であり、創価学会であります。
私たちは、「このような時代だからこそ、学会の素晴らしさを語るべき時である」と定め、威風堂々と対話拡大にまい進していきたい。
一、8月から広布部員の申し込みが始まっております。財務とは、あくまでも信心から発するものであり、広布のために浄財を供養できる、その誇りと喜びと感謝が脈打つものであるというのが、戸田先生以来の伝統であります。
ただでさえコロナ禍で厳しい経済状況の折、物価高も重なり、大変な時ではありますが、であるからこそ「貧女の一灯」の精神に立ち、一切無事故で、誇りと喜びと感謝に満ちた財務となりますよう、よろしくお願い申し上げます。
また、改めての確認となりますが、学会においては、会員間での金銭の貸し借りや、組織で知り合った人間関係を通じての事業や商売、"マルチ商法"などは、厳禁であります。
御書に「大果報の人をば他の敵やぶりがたし、親しみより破るべし」(新1286・全957)と仰せのように、「親しみ」につけいった「師子身中の虫」こそ、最も恐れなければなりません。
ゆえに、金銭については、神経質なぐらい、厳格にも厳格、潔癖にも潔癖であるべきです。
戸田先生がかつて、そうした人間が家に来たら、「門前三尺以内に入れてはならぬ。大魔がきたか、学会の敵がきたかと、にらみつけて、追い返してしまいたまえ」と、明快に指導されている通りであります。"これぐらいなら、いいのでは"という考えが毛筋ほどでもあれば、魔につけいられます。
万が一にも、そのようなことに直面した際は、きっぱりと断り、すぐに身近な幹部へ報告してください。
池田先生が築いてくださった、この清らかな信心の世界を、金銭絡みのトラブルなどで乱されてしまわぬよう、皆で注意し合い、守り抜いていきたいと思います。
一、御書に「師の恩を報ずる人は、肉をさき身をなぐ」(新569・全491)と仰せであります。
恩師・戸田先生との出会いより75年、池田先生は、この御聖訓のまま、不惜身命で、師恩を報ずる道を歩んでこられました。
私たちもまた、池田門下として、全身全霊、弘教拡大に戦い、池田先生に喜んでいただける折伏の闘士へと、いや増して成長していこうではありませんか。
☆第10回本部幹部会 横井総合女子未来部長のあいさつ
◇後継の友を励まし未来を開く
一、「未来部の心に、勇気の種を蒔く夏だ」。この池田先生の励ましを胸に、未来部は8月、3年ぶりに夏季研修会を開催。首都圏中等部研修会では、初めて創価大学を訪れたメンバーも多く、研修を通して皆が成長。最初は不安そうだった表情が、帰りには凜々しい笑顔で輝いていました。
続く全国高等部研修会では、創価大学と200会館を中継で結び、1万2000人の高等部員が参加。研修会のテーマは、「The 1st Day of My Eternal Journey with Sensei(「池田先生との永遠の師弟旅」始まりの日)」。戸田先生と池田先生がつないできた平和のバトンを、今度は未来部が受け継ごうとの決意で開催しました。
音楽隊・鼓笛隊が演奏を披露。活動報告では、女子高等部員の平和の心を広げる挑戦に感動が広がり、創大に学ぶ男女学生部員との交流も行われました。
参加したメンバーからは「同世代が頑張っている姿に勇気をもらった」「他の人がどうかではなく、私は私のことを信じて信心したいと思った」「今度は自分が創大生になって、未来の中高生を励ませるようになりたい」など、決意と喜びの声が多く寄せられています。
御書に「仏になるみちは善知識にはすぎず」(新1940・全1468)とある通り、多感な青春時代に、信心している同世代の仲間と出会うことが、どれほど未来部員の励みとなるか。皆が一人も漏れなく創価の庭で後継の人材へと成長していけるよう、真心の励ましを送っていきます。
一、私自身、未来部時代に創価の学びやで築いた友情が原点です。私は愛知県出身で、下宿生として東京の創価高校に入学。始めは慣れない生活の中、目の前のことで精いっぱいでした。そんなある日、誰にも言えなかった悩みを一人の友人に打ち明けたことがありました。すると彼女は真剣に聞いてくれ、「一緒に乗り越えていこうね」と涙を流して励ましてくれたのです。こんな友達に出会えたのは人生で初めてでした。
学園の人は、なぜこんなに温かいんだろう。その思いから創立者の書籍をひもといた時、どんな迫害の嵐に遭おうと、学園生をはじめとする後継の友を信じ、勝利を祈り続けてくださった池田先生の心を知りました。
"みんなに流れ通っているのは、この先生の心なんだ"と感動し、私も一人の人を心から思いやれる自分になろうと決意。学園生活の中で、家族や友人を思いやるようになり、社会や世界のために学ぼうとの視野も開かれていきました。
そして創価大学進学後は、学園で池田先生から頂いたイギリスのポストカードを掲げ、語学の勉強にも挑戦。その結果、先生が名誉博士号を受章されたイギリスのクイーンズ大学に、創大初の交換留学生として学ぶことができたのです。
留学中、壁にぶつかるたびに足を運んだのは、大学の校舎に飾られた、池田先生の名誉博士号授与式の写真でした。その写真を見るたび、負けない勇気が漲り、悔いなく学び抜くことができました。
「国境を超えて、人類の幸福と平和のために貢献できる人材を創価大学で育てたい」
創大の留学先は、先生がその思いで自ら海外の大学を訪問し、対話で切り開いてくださった信頼と友情の証しです。
今や創大のグローバル教育はさらに発展し、素晴らしい環境が整っています。その環境以上に、世界から尊敬される創立者のもとで学ぶことができる。これこそが、創大生として一番の誇りと喜びなのだと感じます。
一、広布の未来を勝ち開く今この時。創価の学びやで学んだ報恩の誓いを燃やし、未来部が使命の大空へ羽ばたけるよう、全力で走り抜いてまいります!
"今この瞬間"から
"今いる場所"から始まる。
日々みずみずしい決意で
勝利をつかむ人生を!
如説修行抄 P501
『真実の法華経の如説修行の行者の師弟檀那とならんには三類の敵人決定せり』
【通解】
真実の法華経の如説修行の行者として師となり、その弟子檀那となるならば、三類の敵人が必ず現れるのである。
【先生の指導から】
正義ゆえに迫害されるのは、最高の名誉だ。いいかげんな、遊び半分の覚悟では、大事は成し遂げられない。
憎まれ、けなされ、迫害されても、毅然と進むのが、真実の信仰者である。
難こそ誉れ。
難こそ安楽。
これが日蓮大聖人の師子吼であられた。
その魂を継いだ世界一の戸田先生に仏法を学んだ私である。人間の真実は、すぐわかるつもりだ。
本当に広布のために戦った人間を、最高に讃えたい。永遠に守りたい。
名字の言 信心の大先輩が語る「確信の言葉」 2022年9月7日
多宝会のリーダーが担当した座談会。広布と人生の大先輩の「確信の言葉」に、参加者は清新な息吹で下半期を出発した▼「今年3月、夫が入会しました。夫は毎日、きちんと勤行・唱題するのですが、実は私にはできる時とそうでない時があります」。こう話すヤング白ゆり世代の友に、多宝会のリーダーは「あなたが夫のまねをしてください」と笑顔で語りかけ、「『真剣』が一番得です。御本尊に祈ったことは全部、自分に返ってくるからです」と▼夫の転職や母の病気を乗り越える決意を述べた女性には「『絶対に勝つ』と決めたら必ず勝ちます。必ず諸天が守ります。この大確信で題目をあげ抜いてください」、身内を亡くした遠方の友人を励ます壮年には「友人は明るい昼が突然、真っ暗な夜になった感じでしょう。ちょくちょく電話し、声をかけ続けてあげてほしい」と訴えた▼池田先生が若き日、恩師・戸田先生に「どういう人が偉い人なのでしょうか」と質問したことがある。戸田先生は「確信のある人だよ。人生は、また、すべては確信だよ」と。確信とは、強き信心にほかならない▼信仰の年輪光る多宝会の皆さまのように自らが決めた道を一直線に歩む、大確信の人生でありたいと思った。
寸鉄 2022年9月7日
「音も惜しまずよばわり給いて」御書。心揺さぶる確信の対話で正義を拡大(新603・全504)
「鹿児島の日」50周年。先駆の炎は赤々と。勇気と団結で広布新時代開け
SGIの平和運動は人類の希望—識者。青年先頭に生命尊厳の思潮を更に
試練こそ私にはこよなく有難い—文豪。艱難辛苦は宝。君よ挑戦王たれ!
蒸し暑い日続く。熱中症は夜間にも発生。就寝前の水分補給、空調活用を
〈社説〉 2022・9・7 セリグマン博士との対談25周年
◇「楽観主義」は時代の要請
社会現象の背景を説明するために、心理学の言葉が用いられることがある。「共感疲労」も、その一つだ。
意味は、"他者をケアすることで生じる援助者側の心理的疲弊"のこと。もともとは、医療現場で働く人たちが、持続的に患者と接するうちに苦しくなり、疲れてしまう現象を指していた。
昨今、コロナ禍やウクライナ関連の深刻な報道に継続的に接する中で、つらさを感じる人が増えてきたことから、改めて注目されるようになった。
「共感」は「思いやり」ともいえ、とても大切なものだ。しかし、「共感疲労」は他者に共感する力を疲弊させる。その処方箋の一つとして挙げられているのが、「楽観的に物事を考える」こと。いわば「楽観主義」である。
この「楽観主義」の研究に力を注いだ心理学者の一人が、アメリカ心理学会元会長であるマーチン・セリグマン博士だ。
25年前の1997年9月、博士は池田先生と対談した。「心理学者」と「仏法者」の語らいは自然と、人間の内面についての探究となった。博士は強調した。
「楽観主義とは『希望』のことです。いつ、どこで失敗したり、苦しい経験をしても、それは『行動』によって変えられるという信念が『楽観主義』なのです」
博士の言葉に象徴されるように、「楽観主義」とは、現状を正当化することでも、"何とかなるだろう"という安易な姿勢などでもない。どんな状況でも、それは必ず変革できるとの確信であり、信念である。粘り強い挑戦の中で磨かれるものだ。
「楽観主義」とは、人間的な強さを自在に発揮する境涯の異名ともいえる。この「人間を強くする」ということは、宗教の使命であり、正しい宗教か否かを判断する一つの基準である。
池田先生は博士に語った。
「仏法でも『一心の妙用』として、その一点を多角的に説いています。仏法は『希望の心理学』でもあるのです。そして『希望』こそ、私の一番好きな言葉です」
今、人類は幾多の困難に直面している。だが、人間の力で解決できない問題などないとの確信を、絶対に手放してはならない。
私たちは、人間革命の実践をたゆまず重ねよう。「それでも、希望はある」との信念を胸に。
☆第10回本部幹部会 原田会長のあいさつ
◇人間尊重の哲学を今こそ社会へ
一、いよいよ「青年・飛躍の年」の総仕上げへ、心新たな出発となる「第10回本部幹部会」の開催、誠におめでとうございます。
はじめに、7月10日に投開票された参院選では、学会が支援する公明党は選挙区7人完勝、比例区6人と合わせ、13人当選という見事な勝利を収めることができました。
改めまして、全同志の並々ならぬ大奮闘に、心より感謝と御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
本日よりまた、日本、そして世界の平和と安穏のため、心機一転の前進を開始してまいりたい。
一、下半期の活動の焦点は「弘教拡大」と「人材育成」です。明2023年11月には、広宣流布大誓堂完成10周年を迎えます。その佳節を「世帯増・部員増」「活動者増」で、断じて勝ち切っていきたい。
この9月には、世界的ジャズ奏者で、SGI芸術部長でもあるハービー・ハンコックさんのスペシャルインタビューなど、創価学会の魅力を多角的な視点から伝える『ワールド セイキョウ VOL.3』が発刊されます。
聖教新聞の購読推進と併せ、学会への理解と共感を大きく広げる仏法対話に、一人一人が自身の目標を掲げ、挑戦していきましょう。
また、11月6日に4年ぶりに実施される「教学部任用試験(仏法入門)」は、10月2日までが申し込みです。新入会のメンバーや未来部の友、会友の皆さま等々、一人でも多く挑戦できるよう、各部一体で励まし、申し込みと、共々の研さんを推進していきたい。
一、さて、「宗教」の何たるかが問われている今、私たちは今一度、自身の使命を再確認することが大切であると思います。
1974年、池田先生はペルーを訪問された折に、カトリック以外の教えを信ずる異教徒や、異端と見なされた人たちが厳しく審問され、拷問を受けたという「宗教裁判所」の博物館に立ち寄られたことがあります。拷問の様子が生々しく再現されたろう人形を前に、先生は同行のメンバーに対して、「みんなは、これを見て、どう思うかい」と尋ねられました。
私が「イエスがその生涯を通して示したものは、人類愛でした。ところが、その教えを実践するはずのキリスト教会が、異教徒に対して残酷極まりない拷問や処刑を重ねたことは、最大の矛盾だと思います。驚愕と憤りを感じます」——こうお答えすると、先生は「本当にそうだ」とうなずきながら、ご指導くださいました。
「本来、宗教は人間のためのものだ。ところが、その原点を忘れ、宗教のための宗教や、権威・権力のための宗教になってしまえば、宗教が人間を抑圧するという本末転倒が起こってしまう。
人類の未来を考えるなら、宗教差別や宗教戦争を根絶していくために、人間という原点に立ち返って、宗教間、文明間の対話を展開していくことが、何よりも重要な課題になる。
その突破口を開いていくのが、仏法者としての私の使命であると思っている。仏法の本義は、一言すれば、"人間宗"ともいうべき、人間生命の尊重の思想だからだよ」と。
思えば、日蓮大聖人の御在世当時も、創価学会が再建された戦後も、雨後のたけのこのように宗教が粗製乱造され、その高低浅深が乱れ切った時代でありました。そこに、まさしく如蓮華在水そのまま、一人一人が人格で輝き、実証で光るなかで、"人間宗"として共感を得、拡大してきたのが、大聖人の仏法であり、創価学会であります。
私たちは、「このような時代だからこそ、学会の素晴らしさを語るべき時である」と定め、威風堂々と対話拡大にまい進していきたい。
一、8月から広布部員の申し込みが始まっております。財務とは、あくまでも信心から発するものであり、広布のために浄財を供養できる、その誇りと喜びと感謝が脈打つものであるというのが、戸田先生以来の伝統であります。
ただでさえコロナ禍で厳しい経済状況の折、物価高も重なり、大変な時ではありますが、であるからこそ「貧女の一灯」の精神に立ち、一切無事故で、誇りと喜びと感謝に満ちた財務となりますよう、よろしくお願い申し上げます。
また、改めての確認となりますが、学会においては、会員間での金銭の貸し借りや、組織で知り合った人間関係を通じての事業や商売、"マルチ商法"などは、厳禁であります。
御書に「大果報の人をば他の敵やぶりがたし、親しみより破るべし」(新1286・全957)と仰せのように、「親しみ」につけいった「師子身中の虫」こそ、最も恐れなければなりません。
ゆえに、金銭については、神経質なぐらい、厳格にも厳格、潔癖にも潔癖であるべきです。
戸田先生がかつて、そうした人間が家に来たら、「門前三尺以内に入れてはならぬ。大魔がきたか、学会の敵がきたかと、にらみつけて、追い返してしまいたまえ」と、明快に指導されている通りであります。"これぐらいなら、いいのでは"という考えが毛筋ほどでもあれば、魔につけいられます。
万が一にも、そのようなことに直面した際は、きっぱりと断り、すぐに身近な幹部へ報告してください。
池田先生が築いてくださった、この清らかな信心の世界を、金銭絡みのトラブルなどで乱されてしまわぬよう、皆で注意し合い、守り抜いていきたいと思います。
一、御書に「師の恩を報ずる人は、肉をさき身をなぐ」(新569・全491)と仰せであります。
恩師・戸田先生との出会いより75年、池田先生は、この御聖訓のまま、不惜身命で、師恩を報ずる道を歩んでこられました。
私たちもまた、池田門下として、全身全霊、弘教拡大に戦い、池田先生に喜んでいただける折伏の闘士へと、いや増して成長していこうではありませんか。
☆第10回本部幹部会 横井総合女子未来部長のあいさつ
◇後継の友を励まし未来を開く
一、「未来部の心に、勇気の種を蒔く夏だ」。この池田先生の励ましを胸に、未来部は8月、3年ぶりに夏季研修会を開催。首都圏中等部研修会では、初めて創価大学を訪れたメンバーも多く、研修を通して皆が成長。最初は不安そうだった表情が、帰りには凜々しい笑顔で輝いていました。
続く全国高等部研修会では、創価大学と200会館を中継で結び、1万2000人の高等部員が参加。研修会のテーマは、「The 1st Day of My Eternal Journey with Sensei(「池田先生との永遠の師弟旅」始まりの日)」。戸田先生と池田先生がつないできた平和のバトンを、今度は未来部が受け継ごうとの決意で開催しました。
音楽隊・鼓笛隊が演奏を披露。活動報告では、女子高等部員の平和の心を広げる挑戦に感動が広がり、創大に学ぶ男女学生部員との交流も行われました。
参加したメンバーからは「同世代が頑張っている姿に勇気をもらった」「他の人がどうかではなく、私は私のことを信じて信心したいと思った」「今度は自分が創大生になって、未来の中高生を励ませるようになりたい」など、決意と喜びの声が多く寄せられています。
御書に「仏になるみちは善知識にはすぎず」(新1940・全1468)とある通り、多感な青春時代に、信心している同世代の仲間と出会うことが、どれほど未来部員の励みとなるか。皆が一人も漏れなく創価の庭で後継の人材へと成長していけるよう、真心の励ましを送っていきます。
一、私自身、未来部時代に創価の学びやで築いた友情が原点です。私は愛知県出身で、下宿生として東京の創価高校に入学。始めは慣れない生活の中、目の前のことで精いっぱいでした。そんなある日、誰にも言えなかった悩みを一人の友人に打ち明けたことがありました。すると彼女は真剣に聞いてくれ、「一緒に乗り越えていこうね」と涙を流して励ましてくれたのです。こんな友達に出会えたのは人生で初めてでした。
学園の人は、なぜこんなに温かいんだろう。その思いから創立者の書籍をひもといた時、どんな迫害の嵐に遭おうと、学園生をはじめとする後継の友を信じ、勝利を祈り続けてくださった池田先生の心を知りました。
"みんなに流れ通っているのは、この先生の心なんだ"と感動し、私も一人の人を心から思いやれる自分になろうと決意。学園生活の中で、家族や友人を思いやるようになり、社会や世界のために学ぼうとの視野も開かれていきました。
そして創価大学進学後は、学園で池田先生から頂いたイギリスのポストカードを掲げ、語学の勉強にも挑戦。その結果、先生が名誉博士号を受章されたイギリスのクイーンズ大学に、創大初の交換留学生として学ぶことができたのです。
留学中、壁にぶつかるたびに足を運んだのは、大学の校舎に飾られた、池田先生の名誉博士号授与式の写真でした。その写真を見るたび、負けない勇気が漲り、悔いなく学び抜くことができました。
「国境を超えて、人類の幸福と平和のために貢献できる人材を創価大学で育てたい」
創大の留学先は、先生がその思いで自ら海外の大学を訪問し、対話で切り開いてくださった信頼と友情の証しです。
今や創大のグローバル教育はさらに発展し、素晴らしい環境が整っています。その環境以上に、世界から尊敬される創立者のもとで学ぶことができる。これこそが、創大生として一番の誇りと喜びなのだと感じます。
一、広布の未来を勝ち開く今この時。創価の学びやで学んだ報恩の誓いを燃やし、未来部が使命の大空へ羽ばたけるよう、全力で走り抜いてまいります!
2022年9月6日火曜日
2022.09.06 わが友に贈る
広布発展の鍵は
新たな人材を励まし
一緒に成長することだ!
友と苦楽を分かち合い
勝利の峰を登攀しよう!
上野殿御返事 p1565
『しばらくの苦こそ候ともついにはたのしかるべし、国王一人の太子のごとしいかでか位につかざらんとおぼしめし候へ』
【通解】
しばらく苦しみが続いたとしても、最後には必ず楽しい境涯になる。たとえば、国王のたった一人の王子のようなものである。どうして国王の位につかないことがあるだろうかと、確信していきなさい。
名字の言 伊豆諸島の創価ファミリー大会 2022年9月6日
三味線とジャズピアノのセッションを聴いたことがある。"異色のコラボ"と思いきや、その演奏は、双方の音色が絶妙に溶け合い、互いの楽器の良さを引き立てているように感じた▼演奏後のトークで奏者の2人は同様の話をした。相手に抱いていた印象は、分野の違う「遠い存在」。だが縁あって知り合い、語らう中で、目指す音楽の「方向性が同じ」と分かるや、"すぐに一緒にやろう"となった、と▼先月、伊豆諸島のうち、6島の未来部員がオンラインで初めてつながり、創価ファミリー大会を開催した。当地の同志にとって、日頃の生活や学会活動の行動範囲は、それぞれ島の中だけだった。そんな折、各島の壮年・女性部の友らが「島の広布の未来を開くためにも、子どもたちの心を結び合おう」と立ち上がり、大会が実現した▼画面越しに初対面のメンバーが自己紹介、決意発表などを行った。"あの島で暮らし、勉強や課題に奮闘する仲間がいる。僕も、私も頑張ろう!"と、終始、活気あふれる集いになった▼島々を囲む海は"隔てる"ものではなく"つなぐ"もの。また、人と人における差異は"避ける"理由ではなく、互いの可能性を拡大する"原石"になる。それを磨くのは「対話」である。
寸鉄 2022年9月6日
唱題こそ幸福への直道。必ず壁は破れる。幾百万の同志が題目の力を証明
華陽カレッジが各地で。励ましの心に満ちた人華の園。大成功を皆で応援
学んだ喜びは時とともに更に大きくなる—ロシア科学者 青年よ時を惜しんで学べ
1日10分でも毎日の運動でメタボ予防に効果と。挑戦の積み重ねで健康を
大企業や公的機関騙る偽メール多し。個人情報の入力求めるもの等は注意
☆御書と未来へ 第35回 仏の"智慧の泉"は無限なり
〈御文〉
『塹つつみ漏らざれば、水失することなし。信心のこころ全ければ、平等大慧の智水乾くことなし。』〈秋元御書、新1458・全1072〉
〈通解〉
塹の堤が漏れなければ、水がなくなることはない。信心の心が堅固であれば、仏の平等大慧の智慧の水が乾くことはない。
〈池田先生が贈る指針〉
仏の智慧は広大無辺である。御本尊と境智冥合すれば、わが生命の泉からも尽きることなく智水を湧き出させていける。
どんな悩みや難問にも怯まず、一つ一つ具体的に祈り切るのだ。広布誓願の信心に行き詰まりはない。必ず道は開ける。
縁する一人一人に題目を送り、公平に、誠実に妙法の大功力で潤していこう!
☆9月度座談会拝読御書 経王殿御返事
◇御文
『ただし御信心によるべし。つるぎなんども、すすまざる人のためには用いることなし。法華経の剣は、信心のけなげなる人こそ用いることなれ。鬼にかなぼうたるべし。』(御書新版1633ページ5行目〜6行目、御書全集1124ページ10行目〜11行目)
◇[池田先生の指針から]日蓮仏法の魂は「勇気」
日蓮仏法の魂も、「勇気」であります。
「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(全1282・新1675)と、明快に断言されている通りであります。
あの身命にも及ぶ佐渡流罪の大難の渦中、大聖人は厳然と仰せになられた。
「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(全957・新1286)と。
「師子王の心」とは、どんな強敵が、群れをなして襲いかかってこようとも、恐れない。どんな大難が山また山となって立ちはだかろうとも、断じて負けない。その最極にして無敵の勇気が、「師子王の心」であります。
いざという苦難の時に、この勇気を奮い起こし、師匠と共に、思い切って戦い抜いた人が、仏になれる。勇気こそが、己心の無明を打ち破り、自他共に仏界の生命を開くのであります。(中略)
戸田城聖先生のもとで、女子部の「華陽会」が学んだ、『トム・ソーヤーの冒険』の作者である、アメリカのマーク・トウェインは語っている。
「どれだけ多くの人間が自分の力を知らないことか! 人間には宇宙を動かす力が秘められている」(ドロシー・クイック『マーク・トウェインと私』野川浩美訳、ほんのしろ)のだと。
人間生命に秘められた、この宇宙大の力を解き放つ鍵こそ、「勇気」であります。
そして、その極致こそが「勇気ある信心」なのであります。
戸田先生は「信心とは、要するに、どんなことがあっても必ず勝つと、心を決めることだ」と結論されました。
無名にして無冠の庶民が、この勇気ある信心に立ち上がって、いかなる悪口にも、いかなる圧迫にも、いかなる陰謀にも屈せずに戦い切ってきたからこそ、世界の柱たる平和と文化と教育の創価の大連帯が築かれたのであります。(2012年1月、新時代第55回本部幹部会へのメッセージ)
◇「師子王の心」で広布と人生を開く
[キーワード�]"けなげなる人"に
拝読御文の前の箇所で、日蓮大聖人は、師子王はどんな獲物を捕らえる時も、万全の構えで全力を尽くすと述べられ、「御本尊を認めたことも、その姿勢は師子王に劣るはずがない」(新1632・全1124、通解)と御断言になっています。
大聖人が全生命を注いで御図顕されたのが御本尊です。だからこそ、この御本尊に強盛に祈念していくならば、成就しないことはありません。
ここで大事なことは、私たちが、「信心のけなげなる人」、すなわち「勇気ある信心の人」であるかどうかです。
いかに立派な剣でも、使う人が臆病では役に立ちません。「法華経の剣」も、勇敢な信心の人が振るうから、"鬼に金棒"でより大きな力を発揮するのだと教えられています。
"私には勇気などない"と思う人もいるかもしれません。しかし、大聖人は別の御書で「各々、師子王の心を取り出だして」(新1620・全1190)と仰せです。「師子王の心」とは"最高の勇気"ともいうべき仏界の生命です。その生命は、十界互具で万人に具わるからこそ「取り出だして」と仰せなのです。
池田先生は語っています。
「勇気は、特別な人だけがもっているのではない。だれでも平等にもっている。
しかし、どれほど多くの人々が、この無尽蔵の宝を封印して、臆病、弱気、迷いの波間に漂流していることか。これほど、もったいない人生はない。勇気を『取り出して』、胸中の臆病を打ち破ることだ」
勇気の信心こそ、幸福を勝ち開く源泉なのです。
[キーワード�]強盛な祈りと行動
仏法には、祈りをかなえるための要の力である「四力」が説かれています。信力、行力、仏力、法力です。
「信力」とは御本尊を信じる心の強さのこと。「行力」とは教えの通りに実践する力のことです。
「仏力」とは仏が持つ力用のことであり、「法力」とは妙法に具わる広大深遠な利益のことです。
強盛な信力、行力を奮い起こしていく時、それに応じて仏力、法力が現れ、祈りが成就するのです。
池田先生は、分かりやすく語っています。
「『祈りが叶う』といっても、オカルト的なものではない。また人間とかけ離れた神仏が、"お情け"で願いを聞き届けてやるといった、神秘的な、いいかげんな話ではない。(中略)生命と宇宙の法則を研究したのが仏法です。その仏法の最高理論をもとに、日蓮大聖人が御本尊をつくってくださったのです。電気の理論で電灯ができたようなものです」
「こちらが一の信力、一の行力だと、一の仏力、一の法力となって現れる。百の信力・行力は、百の仏力・法力となって現れる。万の信力・行力は、万の仏力・法力となって現れるのです」
仏法は道理です。"必ずかなえてみせる"との強盛な祈りと行動——いわば"百千万の信力・行力"こそ、無限の仏力・法力を引き出し、広布と人生を開きゆく要諦です。
強き信心で勇敢な実践を貫く人は、限りなく境涯を開き、勝利、勝利の人生を飾っていけるのです。
新たな人材を励まし
一緒に成長することだ!
友と苦楽を分かち合い
勝利の峰を登攀しよう!
上野殿御返事 p1565
『しばらくの苦こそ候ともついにはたのしかるべし、国王一人の太子のごとしいかでか位につかざらんとおぼしめし候へ』
【通解】
しばらく苦しみが続いたとしても、最後には必ず楽しい境涯になる。たとえば、国王のたった一人の王子のようなものである。どうして国王の位につかないことがあるだろうかと、確信していきなさい。
名字の言 伊豆諸島の創価ファミリー大会 2022年9月6日
三味線とジャズピアノのセッションを聴いたことがある。"異色のコラボ"と思いきや、その演奏は、双方の音色が絶妙に溶け合い、互いの楽器の良さを引き立てているように感じた▼演奏後のトークで奏者の2人は同様の話をした。相手に抱いていた印象は、分野の違う「遠い存在」。だが縁あって知り合い、語らう中で、目指す音楽の「方向性が同じ」と分かるや、"すぐに一緒にやろう"となった、と▼先月、伊豆諸島のうち、6島の未来部員がオンラインで初めてつながり、創価ファミリー大会を開催した。当地の同志にとって、日頃の生活や学会活動の行動範囲は、それぞれ島の中だけだった。そんな折、各島の壮年・女性部の友らが「島の広布の未来を開くためにも、子どもたちの心を結び合おう」と立ち上がり、大会が実現した▼画面越しに初対面のメンバーが自己紹介、決意発表などを行った。"あの島で暮らし、勉強や課題に奮闘する仲間がいる。僕も、私も頑張ろう!"と、終始、活気あふれる集いになった▼島々を囲む海は"隔てる"ものではなく"つなぐ"もの。また、人と人における差異は"避ける"理由ではなく、互いの可能性を拡大する"原石"になる。それを磨くのは「対話」である。
寸鉄 2022年9月6日
唱題こそ幸福への直道。必ず壁は破れる。幾百万の同志が題目の力を証明
華陽カレッジが各地で。励ましの心に満ちた人華の園。大成功を皆で応援
学んだ喜びは時とともに更に大きくなる—ロシア科学者 青年よ時を惜しんで学べ
1日10分でも毎日の運動でメタボ予防に効果と。挑戦の積み重ねで健康を
大企業や公的機関騙る偽メール多し。個人情報の入力求めるもの等は注意
☆御書と未来へ 第35回 仏の"智慧の泉"は無限なり
〈御文〉
『塹つつみ漏らざれば、水失することなし。信心のこころ全ければ、平等大慧の智水乾くことなし。』〈秋元御書、新1458・全1072〉
〈通解〉
塹の堤が漏れなければ、水がなくなることはない。信心の心が堅固であれば、仏の平等大慧の智慧の水が乾くことはない。
〈池田先生が贈る指針〉
仏の智慧は広大無辺である。御本尊と境智冥合すれば、わが生命の泉からも尽きることなく智水を湧き出させていける。
どんな悩みや難問にも怯まず、一つ一つ具体的に祈り切るのだ。広布誓願の信心に行き詰まりはない。必ず道は開ける。
縁する一人一人に題目を送り、公平に、誠実に妙法の大功力で潤していこう!
☆9月度座談会拝読御書 経王殿御返事
◇御文
『ただし御信心によるべし。つるぎなんども、すすまざる人のためには用いることなし。法華経の剣は、信心のけなげなる人こそ用いることなれ。鬼にかなぼうたるべし。』(御書新版1633ページ5行目〜6行目、御書全集1124ページ10行目〜11行目)
◇[池田先生の指針から]日蓮仏法の魂は「勇気」
日蓮仏法の魂も、「勇気」であります。
「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(全1282・新1675)と、明快に断言されている通りであります。
あの身命にも及ぶ佐渡流罪の大難の渦中、大聖人は厳然と仰せになられた。
「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(全957・新1286)と。
「師子王の心」とは、どんな強敵が、群れをなして襲いかかってこようとも、恐れない。どんな大難が山また山となって立ちはだかろうとも、断じて負けない。その最極にして無敵の勇気が、「師子王の心」であります。
いざという苦難の時に、この勇気を奮い起こし、師匠と共に、思い切って戦い抜いた人が、仏になれる。勇気こそが、己心の無明を打ち破り、自他共に仏界の生命を開くのであります。(中略)
戸田城聖先生のもとで、女子部の「華陽会」が学んだ、『トム・ソーヤーの冒険』の作者である、アメリカのマーク・トウェインは語っている。
「どれだけ多くの人間が自分の力を知らないことか! 人間には宇宙を動かす力が秘められている」(ドロシー・クイック『マーク・トウェインと私』野川浩美訳、ほんのしろ)のだと。
人間生命に秘められた、この宇宙大の力を解き放つ鍵こそ、「勇気」であります。
そして、その極致こそが「勇気ある信心」なのであります。
戸田先生は「信心とは、要するに、どんなことがあっても必ず勝つと、心を決めることだ」と結論されました。
無名にして無冠の庶民が、この勇気ある信心に立ち上がって、いかなる悪口にも、いかなる圧迫にも、いかなる陰謀にも屈せずに戦い切ってきたからこそ、世界の柱たる平和と文化と教育の創価の大連帯が築かれたのであります。(2012年1月、新時代第55回本部幹部会へのメッセージ)
◇「師子王の心」で広布と人生を開く
[キーワード�]"けなげなる人"に
拝読御文の前の箇所で、日蓮大聖人は、師子王はどんな獲物を捕らえる時も、万全の構えで全力を尽くすと述べられ、「御本尊を認めたことも、その姿勢は師子王に劣るはずがない」(新1632・全1124、通解)と御断言になっています。
大聖人が全生命を注いで御図顕されたのが御本尊です。だからこそ、この御本尊に強盛に祈念していくならば、成就しないことはありません。
ここで大事なことは、私たちが、「信心のけなげなる人」、すなわち「勇気ある信心の人」であるかどうかです。
いかに立派な剣でも、使う人が臆病では役に立ちません。「法華経の剣」も、勇敢な信心の人が振るうから、"鬼に金棒"でより大きな力を発揮するのだと教えられています。
"私には勇気などない"と思う人もいるかもしれません。しかし、大聖人は別の御書で「各々、師子王の心を取り出だして」(新1620・全1190)と仰せです。「師子王の心」とは"最高の勇気"ともいうべき仏界の生命です。その生命は、十界互具で万人に具わるからこそ「取り出だして」と仰せなのです。
池田先生は語っています。
「勇気は、特別な人だけがもっているのではない。だれでも平等にもっている。
しかし、どれほど多くの人々が、この無尽蔵の宝を封印して、臆病、弱気、迷いの波間に漂流していることか。これほど、もったいない人生はない。勇気を『取り出して』、胸中の臆病を打ち破ることだ」
勇気の信心こそ、幸福を勝ち開く源泉なのです。
[キーワード�]強盛な祈りと行動
仏法には、祈りをかなえるための要の力である「四力」が説かれています。信力、行力、仏力、法力です。
「信力」とは御本尊を信じる心の強さのこと。「行力」とは教えの通りに実践する力のことです。
「仏力」とは仏が持つ力用のことであり、「法力」とは妙法に具わる広大深遠な利益のことです。
強盛な信力、行力を奮い起こしていく時、それに応じて仏力、法力が現れ、祈りが成就するのです。
池田先生は、分かりやすく語っています。
「『祈りが叶う』といっても、オカルト的なものではない。また人間とかけ離れた神仏が、"お情け"で願いを聞き届けてやるといった、神秘的な、いいかげんな話ではない。(中略)生命と宇宙の法則を研究したのが仏法です。その仏法の最高理論をもとに、日蓮大聖人が御本尊をつくってくださったのです。電気の理論で電灯ができたようなものです」
「こちらが一の信力、一の行力だと、一の仏力、一の法力となって現れる。百の信力・行力は、百の仏力・法力となって現れる。万の信力・行力は、万の仏力・法力となって現れるのです」
仏法は道理です。"必ずかなえてみせる"との強盛な祈りと行動——いわば"百千万の信力・行力"こそ、無限の仏力・法力を引き出し、広布と人生を開きゆく要諦です。
強き信心で勇敢な実践を貫く人は、限りなく境涯を開き、勝利、勝利の人生を飾っていけるのです。
2022年9月5日月曜日
2022.09.05 わが友に贈る
◇今週のことば
各地で歓喜踊躍の新出発。
「その国の仏法は貴辺に
まかせたてまつり候ぞ」
リーダー率先の行動で
はじける仏種の拡大を!
(新1953・全1467)
2022年9月5日
法華証明抄 P1586
『地にたうれたる人はかへりて地よりをく、法華経謗法の人は三悪並びに人天の地にはたうれ候へどもかへりて法華経の御手にかかりて仏になるとことわられて候』
【通解】
地に倒れた人は、かえって地によって立ち上がるのである。法華経謗法の人は三悪並びに人天の地には倒れるけれども、かえって法華経の御手にかかって仏になると説かれているのである。
名字の言 実業家の壮年部員が信心に励んで気付いたこと 2022年9月5日
廃棄物の再資源化などを手がける実業家のある壮年部員。新しい試みが成功し、高層ビルに本社を移したが、3年前はどん底だった▼経営が悪化し、手のひらを返すように人が離れた。その時、支えてくれたのは地区の学会の同志。夜遅くまで一緒に祈ってくれる友もいた。彼は個人折伏を2世帯実らせ、本紙の配達にも挑戦する中で、自らの経営哲学が変わったという▼学生時代に起業して以来、コンサルタント事業で100人以上の経営者と関わってきた自負もあった。しかし、信心で踏ん張ってみて初めて気付いた。勝負を決するのは策や方法ではなく「生命力」。そして「何のため」という目的観をもつことが大切だと▼心が変わると行動が変わる。追い込まれても不思議と元気が出た。「大抵のことは努力で乗り越えられる。でも自分を変えなければ、本当の意味で環境は変えられない。それを命で感じました」と笑顔で語る▼「一念に億劫の辛労を尽くせば、本来無作の三身念々に起こるなり」(新1099・全790)。現実に起こる困難は人それぞれだが"試練こそ宝"と捉える"信心の方程式"は同じだ。下半期のスタートダッシュ。強き一念で生命力を湧き立たせ、広布と人生の勝利劇を!
寸鉄 2022年9月5日
学会は実践の団体—戸田先生。行動の中に発展も勝利も。まずは題目から
本部幹部会の配信は今日まで視聴可。声掛け合い栄光の11・18へ皆で飛躍
女性部の白ゆり合唱団が結成60周年。同志の心を潤す希望の歌声、有難う
救急医療週間。応急手当、やAEDの場所・使用法再確認。万一の心構えを
ひったくりが頻発。歩きスマホ、イヤホン装着は狙われ易く。警戒心強く
☆創価池田女子大学入学式への池田先生ご夫妻のメッセージ
◇「平和共生の世界」を築くという壮大な夢を成し遂げよう!
希望あふれる新入生の皆さん、誠におめでとうございます!
送り出してくださったご家族の方々にも、心よりお祝い申し上げます。
このたび物理学部が新設され、一段と充実の年輪を刻まれながら、尊き教育の聖業に献身してくださっているクマナン議長、ムルゲサン学長代理はじめ全教職員の方々に最大の敬意と感謝を表するものです。
本日のお祝いとして、私は一点、「学びの青春を強気で進め! 壮大な夢を成し遂げる力を発揮せよ」と申し上げたい。
精神の大国インドを敬愛してやまぬ恩師・戸田城聖先生に19歳の私が師事したのは、奇しくも1947年の8月。栄えあるインド独立のその時でありました。以来、75星霜となります。
恩師は常に「人生は強気でいけ!」と言われました。強気とは、勇気とも確信ともいえます。この一念の強さ、深さこそ、一切の勝利の力であります。
私と妻が交友を結んできた平和活動家のベティ・ウィリアムズ氏も、まさに子どもたちの命を守るために、断じて世界を変えねばならぬ、必ず世界は変えられるとの強気の一念で、北アイルランド紛争の渦中に非暴力の市民の連帯を広げました。〈1976年度のノーベル平和賞を受賞〉
彼女は青年たちに、全ての人が壮大な夢を成し遂げる力を持っていると語っておられました。ゆえに、「『平凡な人』など一人もいません。全ての人が『特別』なのです」と断言されていたのです。
この人間教育の最高学府に入学された皆さん一人一人こそ、まぎれもなく特別な宝の存在です。そして自らが持つ、壮大な夢を成し遂げる力を思う存分発揮していくのが、これからの学びの青春です。
どうか、強く朗らかに、最高の学友たちと切磋琢磨しながら、「生命尊厳の社会」「平和共生の世界」の構築という壮大なるインドそして地球民族の夢を実現していっていただきたいのです。
大切な皆さんが健康で充実した学生生活を送りゆくことを、私と妻は日々、真剣に祈り抜いていきます。
麗しき創価池田女子大学23期生に希望あれ! 勇気あれ! そして幸福勝利あれ!
☆特集 池田先生と沖縄 共に勝利のカチャーシーを
◇世界最初の広宣流布の宝島に
池田先生の沖縄指導は17回に及ぶ。
第一歩は1960年(昭和35年)の7月16日。米国施政権下、パスポートを携えての初訪問だった。「3日間で、3年分は働くからね」——先生は沖縄支部の結成大会に出席した翌日、南部戦跡に向かった。太平洋戦争で凄惨な地上戦が展開され、県民の4人に1人が犠牲になった沖縄の中でも、最後の激戦が行われた場所である。
一行は「ひめゆりの塔」から摩文仁の「沖縄師範健児之塔」へ。先生は同行した友が語る沖縄戦の惨劇に黙して耳を傾け、皆で一緒に題目を唱えた。
ある人は、先生が題目の後に発した言葉を記憶している。
——もう二度と、ここで戦争は起こさせません! 沖縄の国土を我々が幸福の楽土に変えてみせます!
それは驚くほど大きな声だったという。先生は2年後、3度目の沖縄指導の際にも同戦跡を訪れている。
広布即平和を誓う師の心を胸に、沖縄健児は仏法を語り抜いた。皆が貧しい時代。バス代もなく、肌を焼く陽光の中を歩き、人間主義の哲理を語りに語った。"ヤマトゥガミ(本土の宗教)を拝む"と蔑まれ、時には塩をまかれたが、悲惨の二字をなくすためと歯を食いしばった。
先生は64年(同39年)12月2日、沖縄本部でペンを執る。「戦争ほど、残酷なものはない……」。創価の師弟の真実を記す、小説『人間革命』の執筆を沖縄で開始した。
72年(同47年)の1月、6度目の訪問。沖縄は5月に本土復帰を控えていた。先生は那覇市からコザ市(現・沖縄市)、恩納村を経て名護市へ。苦労に苦労を重ねてきた"おじー""おばー"、そして未来っ子たちと言葉を交わした。
"最も苦しんできた人を最も幸福に"——先生は一度の励ましに心血を注いだ。草創の沖縄広布を開いた一人は「先生ほど、"うちなーんちゅ(沖縄の人)"から好かれた"やまとぅんちゅ(本土の人)"はいませんよ」と証言している。
17度目の訪問となった2000年2月。宜野湾市での世界青年平和大文化総会。伝統衣装をまとった若人の舞踊、太鼓の響き、海外の同志の演技などが、麗しい人間賛歌の絵巻を織りなした。
集いのフィナーレ。参加者4500人が皆で踊る。先生も呼応して立ち上がり、両手を頭上に。参加者と一緒に舞うカチャーシー!——共戦の喜びと、平和建設の誓いに満ちた圧巻の師弟のドラマは、沖縄同志の心に深く刻まれている。
先生は、かつて述べた。「沖縄を世界で初めての広宣流布の地帯に」。今まさに、沖縄の勝利が民衆の勝利との気概で進む、新たな人材の陣列が二陣三陣と躍り出る。
☆第10回本部幹部会 西方男子部長のあいさつ
◇正義の言論戦で対話の大波を
一、男子部は9月を中心に全国各地で1万人の「大学校生大会」、また、創価班・牙城会の「新時代生大会」を開催。学会創立100周年を担う「新たな人材」と共に、勢いよく折伏・弘教のうねりを起こしています。
先日、あるヤング男子部のメンバーが、このように語っていました。「今、世間でここまで『宗教』が話題になっているということは、むしろ、創価学会の素晴らしさ、学会家族の温かさを語れるチャンスだと思います。自然と仏法対話につながり、たくさんの友人に学会理解を広げています」と。
閉塞感が漂う社会にあって、若い世代に対して、真に人生の意味を与え、希望を送る哲学が求められています。今こそ、仏法対話の好機。私自身もこの夏、対話を進める中で、同世代の友人が教学部任用試験(仏法入門)の受験を決意してくれました。早速、一緒に研さんを進めています。
一、世間では、某宗教団体の問題をきっかけに、いわゆる「宗教2世」問題などが取り沙汰され、それがあたかも、他の宗教団体にも共通しているかのような言説が見られます。しかし、これは、あまりにも乱暴な議論であり、言語道断と言わざるをえません。
さらに、学会の発展をねたむ、一部の低劣なメディアによる事実無根の批判まで起きています。悪質な中傷記事を掲載したことに対して、学会は厳重抗議をするとともに、謝罪および訂正を掲載するよう強く求めています。その詳細は、聖教新聞等でも報じられている通りです。
一、そもそも、今回の問題は、「政治と宗教」ではなく、「一部の政治家」と「反社会的活動を長年継続する団体」との関わりにすぎません。
ある憲法学者は、今回の件について「政治と宗教の問題というよりは、政治と不法行為を繰り返す団体の問題であると理解すべきだ。『信教の自由』や『政教分離』といった憲法上の一般的な問題と捉えるべきではない」(毎日新聞8月9日付)と指摘。
また、ある宗教社会学者は「政治と宗教への不信がさらに高まることで、政府と個人の間を媒介し、社会や民主主義を支える政党や宗教団体などの『中間的な集団』が地盤沈下することを危惧する」(同7月27日付)と警鐘を鳴らしています。
一、今、ネット上をはじめ、ちまたに広がる、憲法に保障された「信教の自由」や「政教分離の原則」といったことさえ知らない、学会についての邪論・暴論に対して、男子部は正義の言論で理路整然と打ち返しています。
さらに、本年10月には新たな青年部の言論サイト「SOKA YOUTH MEDIA」を開設します。男子部が先頭に立って、デマや臆測に基づく"信なき言論"を打ち破ってまいります。
一、かつて戸田先生は、東北のラジオ局のインタビューに応じられ、「創価学会に青年が多いのはなぜか?」という質問に対して、明快に答えられました。「哲学が深いからです!」と。
そして、"青年は哲学を究めようとする。究めようとすれば、ますます山が高くなってくる。登るにつれて楽しみも増えるという訳です。ですから、ついたら離れないのです"とも語られました。
一、戸田先生の言葉通り、今や日本に限らず、世界中の青年が、「創価の哲学」を学び、躍動しています。コロナ禍にあっても、アジア、欧州、北中南米、アフリカなど世界各地で、教学研さんの集いも開かれ、世界の同志が求道の炎を一段と燃やしています。
そして、この秋に実施される任用試験は、釈尊、法華経、日蓮大聖人、創価学会という壮大な「仏教の人間主義の系譜」を学び、「生命尊厳」「万人尊敬」の哲学をより一層、内外に広める絶好のチャンスです。
さらに本年11月、12月には、全国各地で「SOKAユースフェスタ」も開催されます。下半期の青年世代の活動の決勝点として、折伏・人材拡大の流れをさらに加速してまいりたい。
人と人を結びゆく「対話」と、友の幸福を願う励ましの「行動」こそ、「人間のための宗教」の真髄であり、生命線であります。
「法自ずから弘まらず、人法を弘むるが故に、人法ともに尊し」(新2200・全856)との御聖訓を胸に、「創立の月」へ勢いよく、男子部から折伏・弘教の波動を広げてまいります。
各地で歓喜踊躍の新出発。
「その国の仏法は貴辺に
まかせたてまつり候ぞ」
リーダー率先の行動で
はじける仏種の拡大を!
(新1953・全1467)
2022年9月5日
法華証明抄 P1586
『地にたうれたる人はかへりて地よりをく、法華経謗法の人は三悪並びに人天の地にはたうれ候へどもかへりて法華経の御手にかかりて仏になるとことわられて候』
【通解】
地に倒れた人は、かえって地によって立ち上がるのである。法華経謗法の人は三悪並びに人天の地には倒れるけれども、かえって法華経の御手にかかって仏になると説かれているのである。
名字の言 実業家の壮年部員が信心に励んで気付いたこと 2022年9月5日
廃棄物の再資源化などを手がける実業家のある壮年部員。新しい試みが成功し、高層ビルに本社を移したが、3年前はどん底だった▼経営が悪化し、手のひらを返すように人が離れた。その時、支えてくれたのは地区の学会の同志。夜遅くまで一緒に祈ってくれる友もいた。彼は個人折伏を2世帯実らせ、本紙の配達にも挑戦する中で、自らの経営哲学が変わったという▼学生時代に起業して以来、コンサルタント事業で100人以上の経営者と関わってきた自負もあった。しかし、信心で踏ん張ってみて初めて気付いた。勝負を決するのは策や方法ではなく「生命力」。そして「何のため」という目的観をもつことが大切だと▼心が変わると行動が変わる。追い込まれても不思議と元気が出た。「大抵のことは努力で乗り越えられる。でも自分を変えなければ、本当の意味で環境は変えられない。それを命で感じました」と笑顔で語る▼「一念に億劫の辛労を尽くせば、本来無作の三身念々に起こるなり」(新1099・全790)。現実に起こる困難は人それぞれだが"試練こそ宝"と捉える"信心の方程式"は同じだ。下半期のスタートダッシュ。強き一念で生命力を湧き立たせ、広布と人生の勝利劇を!
寸鉄 2022年9月5日
学会は実践の団体—戸田先生。行動の中に発展も勝利も。まずは題目から
本部幹部会の配信は今日まで視聴可。声掛け合い栄光の11・18へ皆で飛躍
女性部の白ゆり合唱団が結成60周年。同志の心を潤す希望の歌声、有難う
救急医療週間。応急手当、やAEDの場所・使用法再確認。万一の心構えを
ひったくりが頻発。歩きスマホ、イヤホン装着は狙われ易く。警戒心強く
☆創価池田女子大学入学式への池田先生ご夫妻のメッセージ
◇「平和共生の世界」を築くという壮大な夢を成し遂げよう!
希望あふれる新入生の皆さん、誠におめでとうございます!
送り出してくださったご家族の方々にも、心よりお祝い申し上げます。
このたび物理学部が新設され、一段と充実の年輪を刻まれながら、尊き教育の聖業に献身してくださっているクマナン議長、ムルゲサン学長代理はじめ全教職員の方々に最大の敬意と感謝を表するものです。
本日のお祝いとして、私は一点、「学びの青春を強気で進め! 壮大な夢を成し遂げる力を発揮せよ」と申し上げたい。
精神の大国インドを敬愛してやまぬ恩師・戸田城聖先生に19歳の私が師事したのは、奇しくも1947年の8月。栄えあるインド独立のその時でありました。以来、75星霜となります。
恩師は常に「人生は強気でいけ!」と言われました。強気とは、勇気とも確信ともいえます。この一念の強さ、深さこそ、一切の勝利の力であります。
私と妻が交友を結んできた平和活動家のベティ・ウィリアムズ氏も、まさに子どもたちの命を守るために、断じて世界を変えねばならぬ、必ず世界は変えられるとの強気の一念で、北アイルランド紛争の渦中に非暴力の市民の連帯を広げました。〈1976年度のノーベル平和賞を受賞〉
彼女は青年たちに、全ての人が壮大な夢を成し遂げる力を持っていると語っておられました。ゆえに、「『平凡な人』など一人もいません。全ての人が『特別』なのです」と断言されていたのです。
この人間教育の最高学府に入学された皆さん一人一人こそ、まぎれもなく特別な宝の存在です。そして自らが持つ、壮大な夢を成し遂げる力を思う存分発揮していくのが、これからの学びの青春です。
どうか、強く朗らかに、最高の学友たちと切磋琢磨しながら、「生命尊厳の社会」「平和共生の世界」の構築という壮大なるインドそして地球民族の夢を実現していっていただきたいのです。
大切な皆さんが健康で充実した学生生活を送りゆくことを、私と妻は日々、真剣に祈り抜いていきます。
麗しき創価池田女子大学23期生に希望あれ! 勇気あれ! そして幸福勝利あれ!
☆特集 池田先生と沖縄 共に勝利のカチャーシーを
◇世界最初の広宣流布の宝島に
池田先生の沖縄指導は17回に及ぶ。
第一歩は1960年(昭和35年)の7月16日。米国施政権下、パスポートを携えての初訪問だった。「3日間で、3年分は働くからね」——先生は沖縄支部の結成大会に出席した翌日、南部戦跡に向かった。太平洋戦争で凄惨な地上戦が展開され、県民の4人に1人が犠牲になった沖縄の中でも、最後の激戦が行われた場所である。
一行は「ひめゆりの塔」から摩文仁の「沖縄師範健児之塔」へ。先生は同行した友が語る沖縄戦の惨劇に黙して耳を傾け、皆で一緒に題目を唱えた。
ある人は、先生が題目の後に発した言葉を記憶している。
——もう二度と、ここで戦争は起こさせません! 沖縄の国土を我々が幸福の楽土に変えてみせます!
それは驚くほど大きな声だったという。先生は2年後、3度目の沖縄指導の際にも同戦跡を訪れている。
広布即平和を誓う師の心を胸に、沖縄健児は仏法を語り抜いた。皆が貧しい時代。バス代もなく、肌を焼く陽光の中を歩き、人間主義の哲理を語りに語った。"ヤマトゥガミ(本土の宗教)を拝む"と蔑まれ、時には塩をまかれたが、悲惨の二字をなくすためと歯を食いしばった。
先生は64年(同39年)12月2日、沖縄本部でペンを執る。「戦争ほど、残酷なものはない……」。創価の師弟の真実を記す、小説『人間革命』の執筆を沖縄で開始した。
72年(同47年)の1月、6度目の訪問。沖縄は5月に本土復帰を控えていた。先生は那覇市からコザ市(現・沖縄市)、恩納村を経て名護市へ。苦労に苦労を重ねてきた"おじー""おばー"、そして未来っ子たちと言葉を交わした。
"最も苦しんできた人を最も幸福に"——先生は一度の励ましに心血を注いだ。草創の沖縄広布を開いた一人は「先生ほど、"うちなーんちゅ(沖縄の人)"から好かれた"やまとぅんちゅ(本土の人)"はいませんよ」と証言している。
17度目の訪問となった2000年2月。宜野湾市での世界青年平和大文化総会。伝統衣装をまとった若人の舞踊、太鼓の響き、海外の同志の演技などが、麗しい人間賛歌の絵巻を織りなした。
集いのフィナーレ。参加者4500人が皆で踊る。先生も呼応して立ち上がり、両手を頭上に。参加者と一緒に舞うカチャーシー!——共戦の喜びと、平和建設の誓いに満ちた圧巻の師弟のドラマは、沖縄同志の心に深く刻まれている。
先生は、かつて述べた。「沖縄を世界で初めての広宣流布の地帯に」。今まさに、沖縄の勝利が民衆の勝利との気概で進む、新たな人材の陣列が二陣三陣と躍り出る。
☆第10回本部幹部会 西方男子部長のあいさつ
◇正義の言論戦で対話の大波を
一、男子部は9月を中心に全国各地で1万人の「大学校生大会」、また、創価班・牙城会の「新時代生大会」を開催。学会創立100周年を担う「新たな人材」と共に、勢いよく折伏・弘教のうねりを起こしています。
先日、あるヤング男子部のメンバーが、このように語っていました。「今、世間でここまで『宗教』が話題になっているということは、むしろ、創価学会の素晴らしさ、学会家族の温かさを語れるチャンスだと思います。自然と仏法対話につながり、たくさんの友人に学会理解を広げています」と。
閉塞感が漂う社会にあって、若い世代に対して、真に人生の意味を与え、希望を送る哲学が求められています。今こそ、仏法対話の好機。私自身もこの夏、対話を進める中で、同世代の友人が教学部任用試験(仏法入門)の受験を決意してくれました。早速、一緒に研さんを進めています。
一、世間では、某宗教団体の問題をきっかけに、いわゆる「宗教2世」問題などが取り沙汰され、それがあたかも、他の宗教団体にも共通しているかのような言説が見られます。しかし、これは、あまりにも乱暴な議論であり、言語道断と言わざるをえません。
さらに、学会の発展をねたむ、一部の低劣なメディアによる事実無根の批判まで起きています。悪質な中傷記事を掲載したことに対して、学会は厳重抗議をするとともに、謝罪および訂正を掲載するよう強く求めています。その詳細は、聖教新聞等でも報じられている通りです。
一、そもそも、今回の問題は、「政治と宗教」ではなく、「一部の政治家」と「反社会的活動を長年継続する団体」との関わりにすぎません。
ある憲法学者は、今回の件について「政治と宗教の問題というよりは、政治と不法行為を繰り返す団体の問題であると理解すべきだ。『信教の自由』や『政教分離』といった憲法上の一般的な問題と捉えるべきではない」(毎日新聞8月9日付)と指摘。
また、ある宗教社会学者は「政治と宗教への不信がさらに高まることで、政府と個人の間を媒介し、社会や民主主義を支える政党や宗教団体などの『中間的な集団』が地盤沈下することを危惧する」(同7月27日付)と警鐘を鳴らしています。
一、今、ネット上をはじめ、ちまたに広がる、憲法に保障された「信教の自由」や「政教分離の原則」といったことさえ知らない、学会についての邪論・暴論に対して、男子部は正義の言論で理路整然と打ち返しています。
さらに、本年10月には新たな青年部の言論サイト「SOKA YOUTH MEDIA」を開設します。男子部が先頭に立って、デマや臆測に基づく"信なき言論"を打ち破ってまいります。
一、かつて戸田先生は、東北のラジオ局のインタビューに応じられ、「創価学会に青年が多いのはなぜか?」という質問に対して、明快に答えられました。「哲学が深いからです!」と。
そして、"青年は哲学を究めようとする。究めようとすれば、ますます山が高くなってくる。登るにつれて楽しみも増えるという訳です。ですから、ついたら離れないのです"とも語られました。
一、戸田先生の言葉通り、今や日本に限らず、世界中の青年が、「創価の哲学」を学び、躍動しています。コロナ禍にあっても、アジア、欧州、北中南米、アフリカなど世界各地で、教学研さんの集いも開かれ、世界の同志が求道の炎を一段と燃やしています。
そして、この秋に実施される任用試験は、釈尊、法華経、日蓮大聖人、創価学会という壮大な「仏教の人間主義の系譜」を学び、「生命尊厳」「万人尊敬」の哲学をより一層、内外に広める絶好のチャンスです。
さらに本年11月、12月には、全国各地で「SOKAユースフェスタ」も開催されます。下半期の青年世代の活動の決勝点として、折伏・人材拡大の流れをさらに加速してまいりたい。
人と人を結びゆく「対話」と、友の幸福を願う励ましの「行動」こそ、「人間のための宗教」の真髄であり、生命線であります。
「法自ずから弘まらず、人法を弘むるが故に、人法ともに尊し」(新2200・全856)との御聖訓を胸に、「創立の月」へ勢いよく、男子部から折伏・弘教の波動を広げてまいります。
2022年9月4日日曜日
2022.09.04 わが友に贈る
新聞長・無冠の友をはじめ
聖教拡大に奮闘する
全ての方々に心から感謝。
今こそ人間主義の哲学を
地域・社会の隅々へ!
日興遺誡置文 P1618
『時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からざる事』
【通解】
時の法主であっても仏法に相違して勝手な主張を唱えるようなことがあれば、それを用いてはならない。
名字の言 「負けないこと」の真の意味 2022年9月4日
「はい、逃げます」。どんなに強い格闘家も、「もしも最強の敵が現れたら、どう戦うか」と聞かれたとき、こう答えることがある。逃げる? なぜ? 「負けないために」——本紙が10代、20代をターゲットに、先月から配信しているラジオCMの一節である▼夏休みの終了前後は、子どもにとって「つらい気持ちのピーク」(認定NPOチャイルドライン支援センター)といわれ、残念ながら毎年、いのちを落とす子が多い。しかし本来、学校に行くことだけが正解ではない。悩みから避難してみることが最善のときもある▼ノンフィクション作家の石井光太さんは「子どもに答えを一つ提示することではなくて、さまざまな選択肢を用意してあげること」と、大人の役割を語る(本紙1日付)。何より大切なことは「生きること」。それが真の意味での「負けないこと」だからだ▼もう一つのラジオCMのタイトルは「悲しいことがあった日の夜に」。心ない言葉も飛び交うSNSを閉じて、遠いどこかで涙を流す誰かのことを思う。ナレーションは実際に中学1年の女子生徒が務めている▼これからも本紙の発信する「言葉」が、つらい思いを抱える方々の心に届き、明日への一歩を支えることを信じたい。
寸鉄 2022年9月4日
「一人を手本として一切衆生平等」御書。皆に尊き使命。さあ励ましの風を(新714・全564)
真面目に真実を語る事が学会発展の原動力—戸田先生。体験は最高の雄弁
東京・青梅青年部の日。人材錬磨の伝統は脈々。正義の対話の波ここから
顎関節症が急増。スマホ使用時の俯き姿勢も要因と。小まめに休憩し体操
近所付き合い少ない人程詐欺に遭いやすく—識者 孤立化防ぐ声掛けを益々
☆輝きの瞬間 9月の広布史
◇1981年9月 民音 スカラ座の"引っ越し公演"
感動の拍手が会場に鳴り響いた。1981年9月1日、イタリア・ミラノ「スカラ座」の舞台。場所はミラノではない。東京の上野である。
民主音楽協会(民音)の招聘によって、アジア初の本格的なスカラ座の来日公演が実現した。歌手やオーケストラ、スタッフはもとより、衣装、小道具、舞台装置に至るまで、"建物以外、全てを持ってきた"と称される「引っ越し公演」が現実のものとなった。
"音楽の力で人々の心を結び、世界平和の礎を築く"との理念のもと、63年10月に創立された民音。65年、スカラ座と来日公演について交渉を開始した。
スカラ座は"世界の至宝"ともいわれる。だが、誰もがミラノまで足を運び、その舞台を見られるわけではない。
池田先生が民音を創立した目的の一つは、最高の芸術を庶民が楽しむためである。スカラ座の日本公演は、「実現すれば奇跡」と揶揄され、何度も困難に直面した。関係者は民音の創立理念を実現しようと、粘り強く交渉を続けた。
先生もまた、公演の実現に向けて、あらゆる手を尽くした。81年6月には、イタリア・ミラノのスカラ座を訪ね、日本公演に向けて、当時の総裁であるカルロ・マリア・バディーニ氏と具体的な調整を行った。総裁は当時を振り返り、こう語っている。
「池田会長と初めてお会いした時、確信しました。『この方が受け入れてくださるなら、日本公演は成功する』と」
初めての交渉から16星霜——。81年9月1日からの公演は、東京、大阪、横浜と各地を巡り、26回にわたった。日本が誇るソプラノ歌手の東敦子氏は、「わが国の音楽史を飾る快挙」と評した。
日本公演の期間中、「ラ・ボエーム」を鑑賞した先生は、後にその感動をつづっている。
「一流の〈美〉に触れるとき、だれもが素のままの〈人間〉に立ち戻るのだ。そこに、『文化の交流で、平和を』と、私たちが世界を駆けてきた理由もある」
◇1990年9月21日 韓国を初訪問
あの9月の歓喜は、韓国の友の胸に今も鮮やかだ。
1990年9月21日、午後4時過ぎ、池田先生ご夫妻が韓国に第一歩をしるした。ここに至るまで、韓国の同志は幾多の困難を耐え、勝ち越えてきた。
60年代、信心に励むメンバーが韓国の各地に広がっていた。ところが、64年、「反国家的、反民族的な団体」として、布教が禁止された。日本の軍国主義に蹂躙された韓国では、反日感情は大変に強く、誤解も強かった。
創価学会への批判的な見方が社会に広がる中、韓国の同志は誤解を誤解のままにせず、自分たちの姿を通し、学会の正しさを伝えようと行動を重ねていった。
仏法の人間主義に基づき、環境問題や教育など、社会貢献の活動に励んだ。「良き市民」としての振る舞いは、次第に信頼を集め、国や行政機関から顕彰が相次ぐようになっていく。
そんな中、ソウルで東京富士美術館所蔵「西洋絵画名品展」の開催が決定した。その開幕式に出席するため、同美術館の創立者である先生の訪韓が実現した。
到着の翌22日に行われた式典で先生は、「貴国は日本の文化の大恩人であります」「貴国を訪問させていただくことは、少年の日からの私の夢でありました」「感無量の日であります」とあいさつ。この模様は韓国国内で大きく報道され、韓国における"日本観"そのものを改める契機ともなった。
98年5月、先生は2度目の訪韓を果たす。名門・慶熙大学から招かれ、名誉哲学博士号が授与された。18日には、韓国SGI本部を初訪問。先生は「皆様方がおられれば、いっさいを勝利に導いていけるということが、厳然と証明されました。皆様は勝ちました!」と、韓国の友を最大にたたえた。
2020年9月、先生の初訪韓30周年を祝賀する、韓国SGIの本部幹部会が行われた。"世界が試練に直面する今こそ、創価の大連帯を"との師のメッセージに、韓国の友は、世界平和への決意をますます燃え上がらせた。
◇1973年9月16日 山陰郷土まつり
「来年、この島根と、今回はお会いできなかった鳥取の皆さんで、一緒に文化祭を開催してはどうでしょうか!」——池田先生の提案に、同志は賛同の拍手で応えた。
1972年9月17日、島根・松江での一こまである。先生は、豪雨災害で被害を受けた同志のため、記念撮影会を行い、さらに"明年に文化の祭典を!"と、希望の指針を示した。この日は「島根の日」と定められた。
鳥取、島根の同志は、"1年後、全員が勝利した姿で師匠をお迎えしよう!"と誓い、信心根本に、愛する地域の復興に尽力する。同時に、自他共の幸福を願い、対話の拡大に励んでいった。
翌73年9月16日、島根県民会館で、「山陰郷土まつり」が開催された。地元の豊かな伝統芸能を継承し、発展させようとの気概に燃える青年たちの姿が、来賓をはじめ、参加者の胸を打った。
フィナーレを迎え、最後にマイクを取った先生は、「各人が自身に打ち勝った生命の歓喜が脈動し、人間の凱歌と讃歌が響いておりました」と感想を述べ、友の不屈の努力を心からたたえた。
17日、先生は午前中に、出雲の日御碕を視察。御書にも言及されている地である。陽光がまばゆく光る日本海の雄大な景観に、先生は"島根、鳥取は、本来、「山陰」というよりも、「山光」というべき天地ではないか"との感慨を抱いた。この着想が、後の「山光提言」につながることになる。
同日夜、先生は、米子市民体育館での鳥取県幹部総会に出席した。「鳥取の日」の淵源である。
先生が特に強調したのは、"地域の繁栄は「一念の変革」から。ゆえに、題目という生命変革の根源に還れ!"との一点だった。鳥取には、全国の模範となる力がある。だからこそ、"一念を転換し、「自分たちには無理だ」という心の壁を打ち破ろう!"と、期待を寄せた。
「一念の変革」との信念は今、鳥取創価学会の伝統となり、不滅の輝きを放っている。
◇9月15日 ドクター部の日
ドクター部が結成されたのは、1971年9月12日。
当時、医療保険の改正を巡って厚生省(当時)と日本医師会が対立。患者の負担が増大する結果を招き、受診を控える人や治療を断念せざるを得ない人が出た。
また、利潤追求に走る医師や、乱診乱療の病院など、医療に関わる人のモラルや生き方も問われていた。
池田先生は、仏法の抜苦与楽の精神に立脚した医療従事者の重要性を痛感し、ドクター部の結成を提案。同部の結成後、折に触れて「慈悲の医学の体現者たれ」と大きな期待を寄せた。
75年9月15日、先生は第3回ドクター部総会に出席。「蔵の財よりも身の財すぐれたり、身の財より心の財第一なり」(新1596・全1173)を拝し、勇気や希望、生きがいなど、「心の財」を積み上げることが、健康を維持・増進する上で力になると強調。
さらに、「『病気の医師』ではなく『人間の医師』であっていただきたい」と呼び掛けた。後に、総会が開催された「9月15日」が「ドクター部の日」となった。
その後も、先生は同部の友に励ましを送り続ける。83年9月15日、ドクター部の代表メンバーと懇談。医療現場で活躍する友をたたえた。84年9月16日には、同部のメンバーと記念のカメラに。85年9月15日、代表メンバーと語らい、日頃の労をねぎらった。
ドクター部の友は師の期待に応えようと、さまざまな取り組みを進めてきた。72年4月、住民の無料健康相談を行う「黎明医療団」を組織し、医師のいない地域などに派遣した。また、被災地での医療支援や、各地で健康セミナーなどを開催してきた。
2021年、部の結成50周年を記念して指導集が発刊された。先生は発刊の辞を寄せ、ドクター部は「負けじ魂の善医」「常楽我浄の宝塔」「仏法勝負の世雄」である、との指針を贈った。
コロナ禍が続く今、ドクター部の友は、命を守る最前線で奮闘を続けている。
☆池田先生とゴルバチョフ元ソ連大統領 世紀を超えて30年の友情
◇「核なき世界」「対話の文明」へ共闘
ソ連元大統領のミハイル・ゴルバチョフ氏が8月30日、91歳で死去した。東西冷戦を終結に導いた指導者であり、10度会見した池田先生とは、ライサ夫人ら家族と共に、深い友情で結ばれていた。氏の功績をしのび、世紀を超えた30年余の先生との交流の足跡をたどる。
◇"哲学の樹の枝"
「きょうは、大統領と"けんか"をしにきました。火花を散らしながら、何でも率直に語り合いましょう」
「池田会長のご活動は、よく存じ上げていますが、こんなに"情熱的"な方だとは知りませんでした。私も率直な対話が好きです」
30年を超える二人の友情は、こんな語らいから始まった。
1990年7月27日、場所はモスクワのクレムリン。ゴルバチョフ氏は85年に政権を掌握して以来、閉塞した社会を立て直す「ペレストロイカ」、東西冷戦に終止符を打ち、核軍拡競争に歯止めをかける「新思考外交」を展開し、まさに世界史の渦の中心にいた。
池田先生が、対話による平和と「人間の顔をした社会主義」を志向する歩みに最大の称賛を送ると、氏はこう応じた。
「池田会長はヒューマニズムの価値観と理想を高く掲げて、人類に大きな貢献をしておられる」「ペレストロイカの『新思考』も、池田会長の哲学の樹の一つの枝のようなものです」
当時の日本での関心は、ソ連の国家元首として初の「ゴルバチョフ来日」に集まっていた。
先生が「来年の春に日本を訪れたい」との発言を引き出すと、日本のメディアは大々的に会見の模様を報じた。
翌91年4月、氏は約束通り来日を果たし、過密スケジュールの合間を縫って、池田先生と再会した。
◇人生はこれから
ところが、その4カ月後、氏の運命は暗転する。クーデターによる軟禁事件である。
企みは失敗に終わり、氏とライサ夫人は生還するが、同年12月に氏が大統領を辞任し、ソ連は崩壊した。氏が覚悟の上で動かした巨大な歴史の波は、氏自身をも押し流してしまったのである。
辞任の報に接すると、先生はただちに書簡を送った。
「これからです。これから、あなたの本当の人生が始まります。21世紀、22世紀の人たちのために、ともに働きましょう!」
ソ連の崩壊後、社会が混乱を極める中で、氏への評価も二転三転した。書記長や大統領の時代に群がった人々も、潮が引くように去った。毀誉褒貶は指導者の常ではあるが、信頼していた人間の裏切りや「うそ」の横行は、氏の心にこたえた。
冷戦終結も、「西側の勝利」「東側の敗北」という単純な図式で語られ、「文明の衝突」という新たな難題が持ち上がってくると、抑圧された社会に「人間の顔」を取り戻そうとした氏の挑戦は「過去の出来事」とされ、その「精神的遺産」に光が当てられる局面も少なくなった。
ライサ夫人は語っている。「かつての私は『事実と歴史は不変のもので、反駁できない』と思っていました。しかし実際は、歴史家が見たいと思う歴史だけが書かれ、事実さえも歪められることが、今は、わかりました」
そんな激動と転換の時代に、池田先生とゴルバチョフ氏は出会いを重ね、未来のため、青年のために行動し、語り残す"共同作業"に取り組んでいった。
93年4月に氏は創価大学を訪れ、「人類の未来と新思考の哲学」をテーマに記念講演。池田先生と語らう前に、ライサ夫人と二人で「ゴルバチョフ夫婦桜」を構内に植樹したのも、この時である。
その後、氏と先生は対談の開始で合意。対談集は『20世紀の精神の教訓』のタイトルで発刊され、ドイツ語、フランス語、イタリア語など海外11言語で刊行されてきた。
97年11月、ゴルバチョフ氏夫妻は関西を訪問。19日に大阪市中央公会堂で氏の講演が開かれ、翌20日には関西創価学園で、学園生との交流がもたれた。
池田先生は学園生を前に訴えた。「この青年たちとともに、私はご夫妻に、改めて『民衆からの喝采』を贈りたい。また『全世界からの感謝』を捧げたい。そして、『21世紀の人類からの連帯の大拍手』で、ご夫妻を包みたいのであります」
99年9月、氏を支えた最愛の伴侶であるライサ夫人が白血病のため死去した。闘病中からお見舞いの伝言を届けていた池田先生は、すぐさま弔電を打ち、心からの哀悼の意を表した。
夫人亡き後、令嬢のイリーナさんらを交えた語らい(2001年11月、東京)で、先生は氏に強く語った。
「あなたは獅子です。私も獅子と思って戦っています。平和のために戦う獅子に、困難、苦難、迫害など小さいものです。あなたは勝ちました!」
◇人類共通の運命
大統領退任後も、ゴルバチョフ財団の総裁として活発に発言し、執筆活動を続けた氏。本紙に寄せた最後の原稿となったのが、昨年の5・3「創価学会の日」を慶祝して寄せられた文である。そこで語られていたのは、「核兵器なき世界」への執念と「対話の精神」への信頼だった。
「かつて、米ソ首脳は、レイキャビクで核兵器のない世界を目指す歩みを開始しました。それは平坦ではなく、茨の道でした。しかし、核兵器の全廃以外に目的はあり得ません」
「今、必要なことは『対話』です。恨みや非難や失望といった、感情にこだわった対話ではなく、『私たち人類には共通の運命があり、新たな脅威には誰もが脆弱である』との認識に基づいた対話が必要なのです。それはまさに、池田会長と私が実践してきた『対話』の精神であり、そこから、人類は共同の繁栄へと向かうことができるのです」
モスクワにフルシチョフ、チェーホフ、ショスタコービッチらの著名人が眠るノヴォデヴィチ墓地がある。その一角にライサ夫人が眠る。報道によれば、その隣に、ゴルバチョフ氏も埋葬される予定だという。
聖教拡大に奮闘する
全ての方々に心から感謝。
今こそ人間主義の哲学を
地域・社会の隅々へ!
日興遺誡置文 P1618
『時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からざる事』
【通解】
時の法主であっても仏法に相違して勝手な主張を唱えるようなことがあれば、それを用いてはならない。
名字の言 「負けないこと」の真の意味 2022年9月4日
「はい、逃げます」。どんなに強い格闘家も、「もしも最強の敵が現れたら、どう戦うか」と聞かれたとき、こう答えることがある。逃げる? なぜ? 「負けないために」——本紙が10代、20代をターゲットに、先月から配信しているラジオCMの一節である▼夏休みの終了前後は、子どもにとって「つらい気持ちのピーク」(認定NPOチャイルドライン支援センター)といわれ、残念ながら毎年、いのちを落とす子が多い。しかし本来、学校に行くことだけが正解ではない。悩みから避難してみることが最善のときもある▼ノンフィクション作家の石井光太さんは「子どもに答えを一つ提示することではなくて、さまざまな選択肢を用意してあげること」と、大人の役割を語る(本紙1日付)。何より大切なことは「生きること」。それが真の意味での「負けないこと」だからだ▼もう一つのラジオCMのタイトルは「悲しいことがあった日の夜に」。心ない言葉も飛び交うSNSを閉じて、遠いどこかで涙を流す誰かのことを思う。ナレーションは実際に中学1年の女子生徒が務めている▼これからも本紙の発信する「言葉」が、つらい思いを抱える方々の心に届き、明日への一歩を支えることを信じたい。
寸鉄 2022年9月4日
「一人を手本として一切衆生平等」御書。皆に尊き使命。さあ励ましの風を(新714・全564)
真面目に真実を語る事が学会発展の原動力—戸田先生。体験は最高の雄弁
東京・青梅青年部の日。人材錬磨の伝統は脈々。正義の対話の波ここから
顎関節症が急増。スマホ使用時の俯き姿勢も要因と。小まめに休憩し体操
近所付き合い少ない人程詐欺に遭いやすく—識者 孤立化防ぐ声掛けを益々
☆輝きの瞬間 9月の広布史
◇1981年9月 民音 スカラ座の"引っ越し公演"
感動の拍手が会場に鳴り響いた。1981年9月1日、イタリア・ミラノ「スカラ座」の舞台。場所はミラノではない。東京の上野である。
民主音楽協会(民音)の招聘によって、アジア初の本格的なスカラ座の来日公演が実現した。歌手やオーケストラ、スタッフはもとより、衣装、小道具、舞台装置に至るまで、"建物以外、全てを持ってきた"と称される「引っ越し公演」が現実のものとなった。
"音楽の力で人々の心を結び、世界平和の礎を築く"との理念のもと、63年10月に創立された民音。65年、スカラ座と来日公演について交渉を開始した。
スカラ座は"世界の至宝"ともいわれる。だが、誰もがミラノまで足を運び、その舞台を見られるわけではない。
池田先生が民音を創立した目的の一つは、最高の芸術を庶民が楽しむためである。スカラ座の日本公演は、「実現すれば奇跡」と揶揄され、何度も困難に直面した。関係者は民音の創立理念を実現しようと、粘り強く交渉を続けた。
先生もまた、公演の実現に向けて、あらゆる手を尽くした。81年6月には、イタリア・ミラノのスカラ座を訪ね、日本公演に向けて、当時の総裁であるカルロ・マリア・バディーニ氏と具体的な調整を行った。総裁は当時を振り返り、こう語っている。
「池田会長と初めてお会いした時、確信しました。『この方が受け入れてくださるなら、日本公演は成功する』と」
初めての交渉から16星霜——。81年9月1日からの公演は、東京、大阪、横浜と各地を巡り、26回にわたった。日本が誇るソプラノ歌手の東敦子氏は、「わが国の音楽史を飾る快挙」と評した。
日本公演の期間中、「ラ・ボエーム」を鑑賞した先生は、後にその感動をつづっている。
「一流の〈美〉に触れるとき、だれもが素のままの〈人間〉に立ち戻るのだ。そこに、『文化の交流で、平和を』と、私たちが世界を駆けてきた理由もある」
◇1990年9月21日 韓国を初訪問
あの9月の歓喜は、韓国の友の胸に今も鮮やかだ。
1990年9月21日、午後4時過ぎ、池田先生ご夫妻が韓国に第一歩をしるした。ここに至るまで、韓国の同志は幾多の困難を耐え、勝ち越えてきた。
60年代、信心に励むメンバーが韓国の各地に広がっていた。ところが、64年、「反国家的、反民族的な団体」として、布教が禁止された。日本の軍国主義に蹂躙された韓国では、反日感情は大変に強く、誤解も強かった。
創価学会への批判的な見方が社会に広がる中、韓国の同志は誤解を誤解のままにせず、自分たちの姿を通し、学会の正しさを伝えようと行動を重ねていった。
仏法の人間主義に基づき、環境問題や教育など、社会貢献の活動に励んだ。「良き市民」としての振る舞いは、次第に信頼を集め、国や行政機関から顕彰が相次ぐようになっていく。
そんな中、ソウルで東京富士美術館所蔵「西洋絵画名品展」の開催が決定した。その開幕式に出席するため、同美術館の創立者である先生の訪韓が実現した。
到着の翌22日に行われた式典で先生は、「貴国は日本の文化の大恩人であります」「貴国を訪問させていただくことは、少年の日からの私の夢でありました」「感無量の日であります」とあいさつ。この模様は韓国国内で大きく報道され、韓国における"日本観"そのものを改める契機ともなった。
98年5月、先生は2度目の訪韓を果たす。名門・慶熙大学から招かれ、名誉哲学博士号が授与された。18日には、韓国SGI本部を初訪問。先生は「皆様方がおられれば、いっさいを勝利に導いていけるということが、厳然と証明されました。皆様は勝ちました!」と、韓国の友を最大にたたえた。
2020年9月、先生の初訪韓30周年を祝賀する、韓国SGIの本部幹部会が行われた。"世界が試練に直面する今こそ、創価の大連帯を"との師のメッセージに、韓国の友は、世界平和への決意をますます燃え上がらせた。
◇1973年9月16日 山陰郷土まつり
「来年、この島根と、今回はお会いできなかった鳥取の皆さんで、一緒に文化祭を開催してはどうでしょうか!」——池田先生の提案に、同志は賛同の拍手で応えた。
1972年9月17日、島根・松江での一こまである。先生は、豪雨災害で被害を受けた同志のため、記念撮影会を行い、さらに"明年に文化の祭典を!"と、希望の指針を示した。この日は「島根の日」と定められた。
鳥取、島根の同志は、"1年後、全員が勝利した姿で師匠をお迎えしよう!"と誓い、信心根本に、愛する地域の復興に尽力する。同時に、自他共の幸福を願い、対話の拡大に励んでいった。
翌73年9月16日、島根県民会館で、「山陰郷土まつり」が開催された。地元の豊かな伝統芸能を継承し、発展させようとの気概に燃える青年たちの姿が、来賓をはじめ、参加者の胸を打った。
フィナーレを迎え、最後にマイクを取った先生は、「各人が自身に打ち勝った生命の歓喜が脈動し、人間の凱歌と讃歌が響いておりました」と感想を述べ、友の不屈の努力を心からたたえた。
17日、先生は午前中に、出雲の日御碕を視察。御書にも言及されている地である。陽光がまばゆく光る日本海の雄大な景観に、先生は"島根、鳥取は、本来、「山陰」というよりも、「山光」というべき天地ではないか"との感慨を抱いた。この着想が、後の「山光提言」につながることになる。
同日夜、先生は、米子市民体育館での鳥取県幹部総会に出席した。「鳥取の日」の淵源である。
先生が特に強調したのは、"地域の繁栄は「一念の変革」から。ゆえに、題目という生命変革の根源に還れ!"との一点だった。鳥取には、全国の模範となる力がある。だからこそ、"一念を転換し、「自分たちには無理だ」という心の壁を打ち破ろう!"と、期待を寄せた。
「一念の変革」との信念は今、鳥取創価学会の伝統となり、不滅の輝きを放っている。
◇9月15日 ドクター部の日
ドクター部が結成されたのは、1971年9月12日。
当時、医療保険の改正を巡って厚生省(当時)と日本医師会が対立。患者の負担が増大する結果を招き、受診を控える人や治療を断念せざるを得ない人が出た。
また、利潤追求に走る医師や、乱診乱療の病院など、医療に関わる人のモラルや生き方も問われていた。
池田先生は、仏法の抜苦与楽の精神に立脚した医療従事者の重要性を痛感し、ドクター部の結成を提案。同部の結成後、折に触れて「慈悲の医学の体現者たれ」と大きな期待を寄せた。
75年9月15日、先生は第3回ドクター部総会に出席。「蔵の財よりも身の財すぐれたり、身の財より心の財第一なり」(新1596・全1173)を拝し、勇気や希望、生きがいなど、「心の財」を積み上げることが、健康を維持・増進する上で力になると強調。
さらに、「『病気の医師』ではなく『人間の医師』であっていただきたい」と呼び掛けた。後に、総会が開催された「9月15日」が「ドクター部の日」となった。
その後も、先生は同部の友に励ましを送り続ける。83年9月15日、ドクター部の代表メンバーと懇談。医療現場で活躍する友をたたえた。84年9月16日には、同部のメンバーと記念のカメラに。85年9月15日、代表メンバーと語らい、日頃の労をねぎらった。
ドクター部の友は師の期待に応えようと、さまざまな取り組みを進めてきた。72年4月、住民の無料健康相談を行う「黎明医療団」を組織し、医師のいない地域などに派遣した。また、被災地での医療支援や、各地で健康セミナーなどを開催してきた。
2021年、部の結成50周年を記念して指導集が発刊された。先生は発刊の辞を寄せ、ドクター部は「負けじ魂の善医」「常楽我浄の宝塔」「仏法勝負の世雄」である、との指針を贈った。
コロナ禍が続く今、ドクター部の友は、命を守る最前線で奮闘を続けている。
☆池田先生とゴルバチョフ元ソ連大統領 世紀を超えて30年の友情
◇「核なき世界」「対話の文明」へ共闘
ソ連元大統領のミハイル・ゴルバチョフ氏が8月30日、91歳で死去した。東西冷戦を終結に導いた指導者であり、10度会見した池田先生とは、ライサ夫人ら家族と共に、深い友情で結ばれていた。氏の功績をしのび、世紀を超えた30年余の先生との交流の足跡をたどる。
◇"哲学の樹の枝"
「きょうは、大統領と"けんか"をしにきました。火花を散らしながら、何でも率直に語り合いましょう」
「池田会長のご活動は、よく存じ上げていますが、こんなに"情熱的"な方だとは知りませんでした。私も率直な対話が好きです」
30年を超える二人の友情は、こんな語らいから始まった。
1990年7月27日、場所はモスクワのクレムリン。ゴルバチョフ氏は85年に政権を掌握して以来、閉塞した社会を立て直す「ペレストロイカ」、東西冷戦に終止符を打ち、核軍拡競争に歯止めをかける「新思考外交」を展開し、まさに世界史の渦の中心にいた。
池田先生が、対話による平和と「人間の顔をした社会主義」を志向する歩みに最大の称賛を送ると、氏はこう応じた。
「池田会長はヒューマニズムの価値観と理想を高く掲げて、人類に大きな貢献をしておられる」「ペレストロイカの『新思考』も、池田会長の哲学の樹の一つの枝のようなものです」
当時の日本での関心は、ソ連の国家元首として初の「ゴルバチョフ来日」に集まっていた。
先生が「来年の春に日本を訪れたい」との発言を引き出すと、日本のメディアは大々的に会見の模様を報じた。
翌91年4月、氏は約束通り来日を果たし、過密スケジュールの合間を縫って、池田先生と再会した。
◇人生はこれから
ところが、その4カ月後、氏の運命は暗転する。クーデターによる軟禁事件である。
企みは失敗に終わり、氏とライサ夫人は生還するが、同年12月に氏が大統領を辞任し、ソ連は崩壊した。氏が覚悟の上で動かした巨大な歴史の波は、氏自身をも押し流してしまったのである。
辞任の報に接すると、先生はただちに書簡を送った。
「これからです。これから、あなたの本当の人生が始まります。21世紀、22世紀の人たちのために、ともに働きましょう!」
ソ連の崩壊後、社会が混乱を極める中で、氏への評価も二転三転した。書記長や大統領の時代に群がった人々も、潮が引くように去った。毀誉褒貶は指導者の常ではあるが、信頼していた人間の裏切りや「うそ」の横行は、氏の心にこたえた。
冷戦終結も、「西側の勝利」「東側の敗北」という単純な図式で語られ、「文明の衝突」という新たな難題が持ち上がってくると、抑圧された社会に「人間の顔」を取り戻そうとした氏の挑戦は「過去の出来事」とされ、その「精神的遺産」に光が当てられる局面も少なくなった。
ライサ夫人は語っている。「かつての私は『事実と歴史は不変のもので、反駁できない』と思っていました。しかし実際は、歴史家が見たいと思う歴史だけが書かれ、事実さえも歪められることが、今は、わかりました」
そんな激動と転換の時代に、池田先生とゴルバチョフ氏は出会いを重ね、未来のため、青年のために行動し、語り残す"共同作業"に取り組んでいった。
93年4月に氏は創価大学を訪れ、「人類の未来と新思考の哲学」をテーマに記念講演。池田先生と語らう前に、ライサ夫人と二人で「ゴルバチョフ夫婦桜」を構内に植樹したのも、この時である。
その後、氏と先生は対談の開始で合意。対談集は『20世紀の精神の教訓』のタイトルで発刊され、ドイツ語、フランス語、イタリア語など海外11言語で刊行されてきた。
97年11月、ゴルバチョフ氏夫妻は関西を訪問。19日に大阪市中央公会堂で氏の講演が開かれ、翌20日には関西創価学園で、学園生との交流がもたれた。
池田先生は学園生を前に訴えた。「この青年たちとともに、私はご夫妻に、改めて『民衆からの喝采』を贈りたい。また『全世界からの感謝』を捧げたい。そして、『21世紀の人類からの連帯の大拍手』で、ご夫妻を包みたいのであります」
99年9月、氏を支えた最愛の伴侶であるライサ夫人が白血病のため死去した。闘病中からお見舞いの伝言を届けていた池田先生は、すぐさま弔電を打ち、心からの哀悼の意を表した。
夫人亡き後、令嬢のイリーナさんらを交えた語らい(2001年11月、東京)で、先生は氏に強く語った。
「あなたは獅子です。私も獅子と思って戦っています。平和のために戦う獅子に、困難、苦難、迫害など小さいものです。あなたは勝ちました!」
◇人類共通の運命
大統領退任後も、ゴルバチョフ財団の総裁として活発に発言し、執筆活動を続けた氏。本紙に寄せた最後の原稿となったのが、昨年の5・3「創価学会の日」を慶祝して寄せられた文である。そこで語られていたのは、「核兵器なき世界」への執念と「対話の精神」への信頼だった。
「かつて、米ソ首脳は、レイキャビクで核兵器のない世界を目指す歩みを開始しました。それは平坦ではなく、茨の道でした。しかし、核兵器の全廃以外に目的はあり得ません」
「今、必要なことは『対話』です。恨みや非難や失望といった、感情にこだわった対話ではなく、『私たち人類には共通の運命があり、新たな脅威には誰もが脆弱である』との認識に基づいた対話が必要なのです。それはまさに、池田会長と私が実践してきた『対話』の精神であり、そこから、人類は共同の繁栄へと向かうことができるのです」
モスクワにフルシチョフ、チェーホフ、ショスタコービッチらの著名人が眠るノヴォデヴィチ墓地がある。その一角にライサ夫人が眠る。報道によれば、その隣に、ゴルバチョフ氏も埋葬される予定だという。
2022年9月3日土曜日
2022.09.03 わが友に贈る
本部幹部会を視聴し
威風堂々と出発しよう!
折伏精神を燃やして
創立記念の「11・18」へ
誓いの同志と共に前進!
佐渡御勘気抄 P891
『仏になる道は必ず身命をすつるほどの事ありてこそ仏にはなり候らめとをしはからる、既に経文のごとく悪口罵詈刀杖瓦礫数数見擯出と説かれてかかるめに値い候こそ法華経をよむにて候らめと、いよいよ信心もおこり後生もたのもしく候、死して候はば必ず各各をもたすけたてまつるべし』
【通解】
仏になる道は、かならず命を捨てるほどのことがあってこそ仏になるであろう、と思われる。すでに法華経の経文に「この経を弘める者は悪口され、ののしられ、刀で斬られ、杖で打たれ、瓦や小石を投げられ、たびたび所を追われる」と説かれている通りの難にあってきたことこそ法華経を身読したことになると、いよいよ信心も起こり、後生もたのもしく思われる。死んでいったとしても、かならず一人一人の弟子を助けてさしあげましょう。
【先生の指導から】
死身弘法の人。その人こそ、真実の法華経の行者である。
名字の言 3年前に入会した全盲の男子部員の挑戦 2022年9月3日
先日、参加した会合で、流麗なピアノ演奏に思わず聞き入った。「母」「トルコ行進曲」などを披露したのは全盲の男子部員。会場から盛大な拍手が送られた▼生来、目の見えない彼は5歳からピアノを始め、コンクールで入賞。特別支援学校を卒業し、パソコン修理などを手がける会社に就職したが、仕事とピアノの両立に思い悩むように。そんな時、友人から仏法の話を聞いた▼早速、点字と音声で勤行・唱題に挑戦。「題目を唱え、座談会に参加するうちに、気持ちが前向きになりました」と、3年前に23歳で入会した。働きながら夢に向かって進む決意を固め、1日2時間以上のピアノの練習に励んだ。昨年6月からコンサート活動にも挑戦中だ▼「心と技術を磨き、妙法のピアニストに!」。この信仰で、彼は障がいをハンディではなく、個性として輝かせていこうと思えるようになったという。今秋の教学部任用試験(仏法入門)に向けて、文字を読み上げるメガネ型端末を使い、研さんを重ねている▼池田先生は「何があっても負けない、強い、強い信心の一念があれば、一切の環境を変えていくことができる」と。環境や境遇を嘆くのではなく、自ら変革しゆく人生を——彼の姿に、決意を新たにした。
寸鉄 2022年9月3日
真の仏法を説き一人が一人を救っていく以外ない—恩師。希望の連帯拡大
「スポーツ部」発足の日。挑戦と努力貫く英雄!負けじ魂の姿が皆に触発を
後輩を自分以上の人材に—これ学会の伝統。共に広布の活動に動く事から
信仰と勇気があればどんな困難にも勝てる—文豪ゲーテ 生命を強くする仏道修行
自然災害の激甚化で列車運休等が倍増と。社会全体で防災意識強化が必須
☆特集 池田先生と沖縄 開所45周年 恩納村の沖縄研修道場
◇核ミサイル基地を平和の碑に転換
恩納村の沖縄研修道場は、今年2月で開所45周年を迎えた。敷地内に立つ幅100メートルの巨大な構造物の全体が「世界平和の碑」である。中距離核ミサイル「メースB」の発射台跡が、池田先生の提案で生まれ変わった。
碑の正面に、塞がれた六角形の発射口が八つ並ぶ。配置されたミサイルは、1発で広島型原爆の約70倍もの威力があった。射程は約2200キロ。北京、上海など中国の各都市をにらんでいた。地下には、司令室や機械室に続く、分厚いコンクリートの入り口や通路、階段等が残る。
1962年のキューバ危機の際、沖縄のメースB基地は、いつでも発射できるよう臨戦態勢にあったという。恩納村と同様のメースB基地は、現在のうるま市、読谷村、金武町にもあったが、それらは取り壊された。
今日、一般市民、小中高生ら、多くの人々が碑の見学に訪れる。見学者は、発射口跡の一つに設けられた平和展示や、当時のままの地下通路などを見ることができる。見学後、外に出て明るい陽光を浴び、穏やかな海を望むと、誰もが平和の尊さを感じるだろう。
ノーベル平和賞受賞者のジョセフ・ロートブラット博士ら、国内外の識者が研修道場を訪れ、「戦争の象徴」を「平和の象徴」へと転じた、池田先生の構想をたたえている。
・「世界平和の碑」を上空から望む。1983年に沖縄研修道場を初訪問した池田先生が"人類が戦争という愚かなことをした証しとして永遠に残そう"と提案し、平和を誓う碑として生まれ変わった
・沖縄研修道場の空に虹が懸かる。平和の天地に新たな民衆凱歌の歴史を!(6日)
・撤去される米軍の中距離核ミサイル「メースB」(1969年12月、恩納村で=時事)。沖縄研修道場は1977年、この発射基地があった場所に建設された
・「世界平和の碑」の地下への入り口。核ミサイル基地の司令室に続く入り口は、かつて分厚い二重扉で厳重に守られていたという
・「世界平和の碑」の地下。核ミサイル基地の司令室などへと続く入り口部分。「NO SMOKING」の表示が残る
・司令室や機械室のあったフロアから、発射口へと続く階段(非公開)
・「世界平和の碑」の地下。核ミサイルの発射起動装置があった司令室の跡。機器などは撤去されている
・「世界平和の碑」の内部。発射口跡の一つに設けられている平和展示。核ミサイル「メースB」の模型が設置されている
・「世界平和の碑」を側面から見る。発射口後方の構造物が斜めになっており、核ミサイルの設置角度が分かる
威風堂々と出発しよう!
折伏精神を燃やして
創立記念の「11・18」へ
誓いの同志と共に前進!
佐渡御勘気抄 P891
『仏になる道は必ず身命をすつるほどの事ありてこそ仏にはなり候らめとをしはからる、既に経文のごとく悪口罵詈刀杖瓦礫数数見擯出と説かれてかかるめに値い候こそ法華経をよむにて候らめと、いよいよ信心もおこり後生もたのもしく候、死して候はば必ず各各をもたすけたてまつるべし』
【通解】
仏になる道は、かならず命を捨てるほどのことがあってこそ仏になるであろう、と思われる。すでに法華経の経文に「この経を弘める者は悪口され、ののしられ、刀で斬られ、杖で打たれ、瓦や小石を投げられ、たびたび所を追われる」と説かれている通りの難にあってきたことこそ法華経を身読したことになると、いよいよ信心も起こり、後生もたのもしく思われる。死んでいったとしても、かならず一人一人の弟子を助けてさしあげましょう。
【先生の指導から】
死身弘法の人。その人こそ、真実の法華経の行者である。
名字の言 3年前に入会した全盲の男子部員の挑戦 2022年9月3日
先日、参加した会合で、流麗なピアノ演奏に思わず聞き入った。「母」「トルコ行進曲」などを披露したのは全盲の男子部員。会場から盛大な拍手が送られた▼生来、目の見えない彼は5歳からピアノを始め、コンクールで入賞。特別支援学校を卒業し、パソコン修理などを手がける会社に就職したが、仕事とピアノの両立に思い悩むように。そんな時、友人から仏法の話を聞いた▼早速、点字と音声で勤行・唱題に挑戦。「題目を唱え、座談会に参加するうちに、気持ちが前向きになりました」と、3年前に23歳で入会した。働きながら夢に向かって進む決意を固め、1日2時間以上のピアノの練習に励んだ。昨年6月からコンサート活動にも挑戦中だ▼「心と技術を磨き、妙法のピアニストに!」。この信仰で、彼は障がいをハンディではなく、個性として輝かせていこうと思えるようになったという。今秋の教学部任用試験(仏法入門)に向けて、文字を読み上げるメガネ型端末を使い、研さんを重ねている▼池田先生は「何があっても負けない、強い、強い信心の一念があれば、一切の環境を変えていくことができる」と。環境や境遇を嘆くのではなく、自ら変革しゆく人生を——彼の姿に、決意を新たにした。
寸鉄 2022年9月3日
真の仏法を説き一人が一人を救っていく以外ない—恩師。希望の連帯拡大
「スポーツ部」発足の日。挑戦と努力貫く英雄!負けじ魂の姿が皆に触発を
後輩を自分以上の人材に—これ学会の伝統。共に広布の活動に動く事から
信仰と勇気があればどんな困難にも勝てる—文豪ゲーテ 生命を強くする仏道修行
自然災害の激甚化で列車運休等が倍増と。社会全体で防災意識強化が必須
☆特集 池田先生と沖縄 開所45周年 恩納村の沖縄研修道場
◇核ミサイル基地を平和の碑に転換
恩納村の沖縄研修道場は、今年2月で開所45周年を迎えた。敷地内に立つ幅100メートルの巨大な構造物の全体が「世界平和の碑」である。中距離核ミサイル「メースB」の発射台跡が、池田先生の提案で生まれ変わった。
碑の正面に、塞がれた六角形の発射口が八つ並ぶ。配置されたミサイルは、1発で広島型原爆の約70倍もの威力があった。射程は約2200キロ。北京、上海など中国の各都市をにらんでいた。地下には、司令室や機械室に続く、分厚いコンクリートの入り口や通路、階段等が残る。
1962年のキューバ危機の際、沖縄のメースB基地は、いつでも発射できるよう臨戦態勢にあったという。恩納村と同様のメースB基地は、現在のうるま市、読谷村、金武町にもあったが、それらは取り壊された。
今日、一般市民、小中高生ら、多くの人々が碑の見学に訪れる。見学者は、発射口跡の一つに設けられた平和展示や、当時のままの地下通路などを見ることができる。見学後、外に出て明るい陽光を浴び、穏やかな海を望むと、誰もが平和の尊さを感じるだろう。
ノーベル平和賞受賞者のジョセフ・ロートブラット博士ら、国内外の識者が研修道場を訪れ、「戦争の象徴」を「平和の象徴」へと転じた、池田先生の構想をたたえている。
・「世界平和の碑」を上空から望む。1983年に沖縄研修道場を初訪問した池田先生が"人類が戦争という愚かなことをした証しとして永遠に残そう"と提案し、平和を誓う碑として生まれ変わった
・沖縄研修道場の空に虹が懸かる。平和の天地に新たな民衆凱歌の歴史を!(6日)
・撤去される米軍の中距離核ミサイル「メースB」(1969年12月、恩納村で=時事)。沖縄研修道場は1977年、この発射基地があった場所に建設された
・「世界平和の碑」の地下への入り口。核ミサイル基地の司令室に続く入り口は、かつて分厚い二重扉で厳重に守られていたという
・「世界平和の碑」の地下。核ミサイル基地の司令室などへと続く入り口部分。「NO SMOKING」の表示が残る
・司令室や機械室のあったフロアから、発射口へと続く階段(非公開)
・「世界平和の碑」の地下。核ミサイルの発射起動装置があった司令室の跡。機器などは撤去されている
・「世界平和の碑」の内部。発射口跡の一つに設けられている平和展示。核ミサイル「メースB」の模型が設置されている
・「世界平和の碑」を側面から見る。発射口後方の構造物が斜めになっており、核ミサイルの設置角度が分かる
2022年9月2日金曜日
2022.09.02 わが友に贈る
現状がいかに困難でも
絶対に勝利すると決める。
それが学会精神だ。
日々真剣な祈りで
知恵を湧き出して進もう。
上野尼御前御返事 P1580
『法華経と申すは手に取れば其の手やがて仏に成り口に唱ふれば其の口即仏なり』
【通解】
法華経というのは、手に取れば、その手がすぐに仏となり、口に唱えれば、その口はそのまま仏である。
名字の言 真心の対話が世代を超えた友情の絆に 2022年9月2日
「青年・飛躍の年」も、残すところ4カ月。下半期は教学部任用試験(仏法入門)やSOKAユースフェスタなどの取り組みを通し、弘教と人材の拡大に総力を挙げたい▼新たなリーダーが誕生し、清新な息吹で出発した地域も。ある女性部の新任リーダーは、信心に反発していた高校生の時、末期がんと闘い切った父の旅立ちを見て発心。創価大学への進学を決意し、題目根本に猛勉強を重ね、合格を勝ち取った▼その後、弘教した中学時代の同級生と共に女子部(当時)で広布に奔走。結婚し、夫の病気や子宝になかなか恵まれないなどの悩みを、強き祈りで乗り越えてきた。一方、同級生は結婚から15年後に夫が入会。現在は地区女性部長として奮闘する。友情の絆は世代を超え、創価の学びやに進んだ互いの子どもたちが今、高校のクラスメートに。仲良く成長する姿が彼女たちにとって何よりの喜びだという▼真心の対話が実り、友人が入会する。その友と信心を磨き、人間革命の軌道を歩む。さらにその友が、新たな友を幸福に導く——この連鎖こそ、192カ国・地域を結ぶ世界広布の実像にほかならない▼さあ、友の心に幸の種をまこう。その種がいつか必ず歓喜の大輪を咲かせることを確信して。
寸鉄 2022年9月2日
学会は人間宗でいくんだ—恩師。誰もが尊厳輝かす社会へ。尊き連続闘争
「凡夫即極」と「御義口伝」に。最高の人間性開く行学の道。共に錬磨し前進(新993・全714)
「この一瞬間に自己の全力を」文豪。青年よ透徹した信心でまず今日を勝て
健康増進普及月間。食や睡眠など生活の基本の見直しを。夏の疲れ残さず
大麻の検挙増、20代以下に拡大と。電子たばこ用なども。監視の目厳しく
☆世界広布の源流 青年に語る創価の魂 第1回 池田先生の入信75周年〈上〉
◇学会が「地涌の義」を現実に
[田島] 本連載は、私たち青年・未来部が池田先生の行動と広布史を通して、創価の魂を心に刻む座談会です。開始に当たって、池田先生の足跡を学ぶ上で大切な点を教えてください。
[原田] 「眼光紙背に徹する」(書いてあることの言外の意味まで読み取る)という慣用句があります。
池田先生は後世のために、学会の崇高な歴史と戸田先生の偉大なご生涯、さらにはご自身の足跡について、小説『人間革命』『新・人間革命』に記されています。大切なことは、書かれた背景や、小説に込められた思いに肉薄していくことです。
池田先生は、世界の数多くの大学・学術機関から名誉学術称号を授与されています。また、世界の各都市からも名誉市民称号が贈られています。
私たちの師匠は、「世界一」です。だからこそ、"先生と自分は違う"と自身の心に"壁"をつくるのではなく、"師の闘争の万分の一でも実践できる自分に成長しよう"と挑戦を重ねていくことです。
[先崎] 24日は、池田先生が入信されて、75周年の佳節です。
[原田] 1947年(昭和22年)8月14日、19歳の池田先生は、東京・大田区の蒲田で行われた座談会で戸田先生と出会われます。
池田先生が戸田先生に師事することを決定づけたのは、戦時中、恩師が先師・牧口先生と共に、軍部政府の弾圧によって投獄された事実を知ったことでした。「"この方なら信じられる!"と直感し、私は、師弟の道を歩み始めることができた」と深い尊敬と信頼を寄せます。
座談会で、池田先生は「旅びとよ/いずこより来り」で始まる即興詩を詠まれました。このエピソードを、私が初めて知ったのは、『人間革命』第2巻「地涌」の章を目にした時です。
連載当時、聖教新聞社の記者として、『人間革命』の編集を担当しており、先生の原稿をお預かりしていました。即興詩の場面の原稿を読んだ時、戸田先生と池田先生の宿縁深厚なる師弟の出会いに、深い感動を覚えました。
192カ国・地域に広がる世界広布の源流は、この戸田先生と池田先生の師弟の出会いにあります。
◇最高に栄光ある青春の生きゆく道
[山下] 池田先生は、「人間だけが師弟をもつことができる。師弟の道によって自分を高めていける。ここに人間の究極がある」と述べられています。先生は繰り返し、「師弟」の重要性を強調されてきました。
[原田] 1948年(昭和23年)9月、戸田先生の法華経講義の第7期受講生となった池田先生は、日記につづっています。入信から約1年後のことです。
「若人よ、大慈悲を抱きて進め。若人よ、大哲理を抱きて戦え。吾れ、弱冠二十にして、最高に栄光ある青春の生きゆく道を知る」
その年の大晦日には、「師と共に大白法を持し、勇敢にいどむのみ。永劫の平和のため、大聖人の至上命令により、宗教革命に、この生命を捧げるのみ」と書かれています。
先生は、入信間もない頃から、戸田先生を師匠と定め、広布への"不惜身命の誓い"を心に定めていたのです。
創価の師弟の関係は、「師匠が弟子を決める」のではありません。「弟子が師匠を決める」のです。ゆえに、弟子の戦いとは、心に師を抱き、自らが師に誓い、実証を示すことです。
「諸法実相抄」には、「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱えしが、二人・三人・百人と次第に唱えつたうるなり。未来もまたしかるべし。これ、あに地涌の義にあらずや」(新1791・全1360)とあります。日蓮大聖人の「地涌の義」を現実に開いてきた学会の民衆史の根幹は、"師弟の絆"にあることを忘れてはなりません。
[山口] 原田会長の「師弟の原点」について教えてください。
[原田] 池田先生との初めての出会いは、大学2年生の時でした。61年(同36年)9月14日のことです。当時の学会本部でお会いする機会があり、私たち学生にこう語られました。
「古今東西の偉大な文学者にしても、哲学者にしても、その根底には、偉大な宗教があった」「君たちには、日蓮大聖人の大仏法哲学がある。しっかりと研さんし、立派に成長していきなさい」と。
さらに、私自身の生涯の原点となっているのが、翌62年(同37年)8月31日からスタートした先生の「御義口伝」講義です。
1回目の講義だったと記憶しています。「『経』とは一切衆生の言語音声を経と云うなり」(新984・全708)との一節を通して、「経というのは仏典だけではなく、宇宙の全ての言語、音声が経であり、さらに広げていえば、動作、行動も経となる」と述べられ、恩師との思い出を語られました。
——池田先生が戸田先生と都内を歩いていた時、有名な歌手の公演があり、人だかりができていた。その様子を見ながら、戸田先生は「歌い手が歌うのも、その人にとっての『経』だ。その『経』で、これだけの人を集めることができるのは、すごいことではないか」と。
池田先生は、難解な「御義口伝」の内容を、私たちの生活に当てはめ、分かりやすく教えてくださいました。「御義口伝」講義を通しての青春時代の薫陶が、私の最大の誇りです。
◇「身口意の三業で読む」
[田島] 今月31日は、池田先生の「御義口伝」講義開始から60周年の佳節であり、同講義を淵源とした「学生部の日」でもあります。本年、学生部は「御義口伝」を年間拝読御書として行学錬磨を重ねてきました。8月28日には、伝統の教学実力試験を各地で開催します。
[原田] 11月には教学部任用試験が行われます。"先駆の学生部"から、日蓮仏法の研さんの息吹を、さらに広げていっていただきたい。
「御義口伝」講義の折、池田先生は御書を学ぶ姿勢を、3点にわたって示されました。
一点目は、「御書は朗々と、力強く、暗記するぐらい拝読していく」こと。
二点目は、「御書は経文であるから、一語一語、『その通りである』と自覚しながら読んでいく」こと。
三点目が、「身口意の三業で読む」こと。御書をわが身で具体的に実践し、「身読」していくことが、何より重要です。
[先崎] 24日は、「聖教新聞創刊原点の日」です。
[原田] 戸田先生の事業が最大の苦境に立たされていた50年(同25年)8月24日、戸田先生と池田先生は機関紙創刊の構想を語り合いました。
この夏、池田先生の体重は13貫(約49キロ)を切ったそうです。恩師の最も苦しい時期にあって、池田先生は戸田先生を支え抜かれたのです。
翌51年(同26年)2月、戸田先生は池田先生に、「いよいよ新聞を出そう」と語ります。
同年3月17日、新聞の企画会が行われ、戸田先生は「この新聞をもって、広宣流布の火蓋を切っていくのだ」「あらゆる意味で、言論戦の雄とならねばならぬ」と訴えました。
この日の日記に、池田先生は「日本一、世界一の大新聞に発展せしむる事を心に期す」と記されています。
この誓いのまま、51年4月20日に産声を上げた聖教新聞は、大発展を遂げました。現在、日本において、宗教団体が全国で発刊している日刊紙は、聖教新聞だけです。戸田先生の「聖教新聞を日本中、世界中の人に読ませたい」との悲願は、今、現実のものとなっています。
池田先生は、恩師の構想をことごとく実現されました。「8・24」は、私たちが新たな戦いを開始する日です。一人一人が清新な決意で、出発してまいりましょう。
絶対に勝利すると決める。
それが学会精神だ。
日々真剣な祈りで
知恵を湧き出して進もう。
上野尼御前御返事 P1580
『法華経と申すは手に取れば其の手やがて仏に成り口に唱ふれば其の口即仏なり』
【通解】
法華経というのは、手に取れば、その手がすぐに仏となり、口に唱えれば、その口はそのまま仏である。
名字の言 真心の対話が世代を超えた友情の絆に 2022年9月2日
「青年・飛躍の年」も、残すところ4カ月。下半期は教学部任用試験(仏法入門)やSOKAユースフェスタなどの取り組みを通し、弘教と人材の拡大に総力を挙げたい▼新たなリーダーが誕生し、清新な息吹で出発した地域も。ある女性部の新任リーダーは、信心に反発していた高校生の時、末期がんと闘い切った父の旅立ちを見て発心。創価大学への進学を決意し、題目根本に猛勉強を重ね、合格を勝ち取った▼その後、弘教した中学時代の同級生と共に女子部(当時)で広布に奔走。結婚し、夫の病気や子宝になかなか恵まれないなどの悩みを、強き祈りで乗り越えてきた。一方、同級生は結婚から15年後に夫が入会。現在は地区女性部長として奮闘する。友情の絆は世代を超え、創価の学びやに進んだ互いの子どもたちが今、高校のクラスメートに。仲良く成長する姿が彼女たちにとって何よりの喜びだという▼真心の対話が実り、友人が入会する。その友と信心を磨き、人間革命の軌道を歩む。さらにその友が、新たな友を幸福に導く——この連鎖こそ、192カ国・地域を結ぶ世界広布の実像にほかならない▼さあ、友の心に幸の種をまこう。その種がいつか必ず歓喜の大輪を咲かせることを確信して。
寸鉄 2022年9月2日
学会は人間宗でいくんだ—恩師。誰もが尊厳輝かす社会へ。尊き連続闘争
「凡夫即極」と「御義口伝」に。最高の人間性開く行学の道。共に錬磨し前進(新993・全714)
「この一瞬間に自己の全力を」文豪。青年よ透徹した信心でまず今日を勝て
健康増進普及月間。食や睡眠など生活の基本の見直しを。夏の疲れ残さず
大麻の検挙増、20代以下に拡大と。電子たばこ用なども。監視の目厳しく
☆世界広布の源流 青年に語る創価の魂 第1回 池田先生の入信75周年〈上〉
◇学会が「地涌の義」を現実に
[田島] 本連載は、私たち青年・未来部が池田先生の行動と広布史を通して、創価の魂を心に刻む座談会です。開始に当たって、池田先生の足跡を学ぶ上で大切な点を教えてください。
[原田] 「眼光紙背に徹する」(書いてあることの言外の意味まで読み取る)という慣用句があります。
池田先生は後世のために、学会の崇高な歴史と戸田先生の偉大なご生涯、さらにはご自身の足跡について、小説『人間革命』『新・人間革命』に記されています。大切なことは、書かれた背景や、小説に込められた思いに肉薄していくことです。
池田先生は、世界の数多くの大学・学術機関から名誉学術称号を授与されています。また、世界の各都市からも名誉市民称号が贈られています。
私たちの師匠は、「世界一」です。だからこそ、"先生と自分は違う"と自身の心に"壁"をつくるのではなく、"師の闘争の万分の一でも実践できる自分に成長しよう"と挑戦を重ねていくことです。
[先崎] 24日は、池田先生が入信されて、75周年の佳節です。
[原田] 1947年(昭和22年)8月14日、19歳の池田先生は、東京・大田区の蒲田で行われた座談会で戸田先生と出会われます。
池田先生が戸田先生に師事することを決定づけたのは、戦時中、恩師が先師・牧口先生と共に、軍部政府の弾圧によって投獄された事実を知ったことでした。「"この方なら信じられる!"と直感し、私は、師弟の道を歩み始めることができた」と深い尊敬と信頼を寄せます。
座談会で、池田先生は「旅びとよ/いずこより来り」で始まる即興詩を詠まれました。このエピソードを、私が初めて知ったのは、『人間革命』第2巻「地涌」の章を目にした時です。
連載当時、聖教新聞社の記者として、『人間革命』の編集を担当しており、先生の原稿をお預かりしていました。即興詩の場面の原稿を読んだ時、戸田先生と池田先生の宿縁深厚なる師弟の出会いに、深い感動を覚えました。
192カ国・地域に広がる世界広布の源流は、この戸田先生と池田先生の師弟の出会いにあります。
◇最高に栄光ある青春の生きゆく道
[山下] 池田先生は、「人間だけが師弟をもつことができる。師弟の道によって自分を高めていける。ここに人間の究極がある」と述べられています。先生は繰り返し、「師弟」の重要性を強調されてきました。
[原田] 1948年(昭和23年)9月、戸田先生の法華経講義の第7期受講生となった池田先生は、日記につづっています。入信から約1年後のことです。
「若人よ、大慈悲を抱きて進め。若人よ、大哲理を抱きて戦え。吾れ、弱冠二十にして、最高に栄光ある青春の生きゆく道を知る」
その年の大晦日には、「師と共に大白法を持し、勇敢にいどむのみ。永劫の平和のため、大聖人の至上命令により、宗教革命に、この生命を捧げるのみ」と書かれています。
先生は、入信間もない頃から、戸田先生を師匠と定め、広布への"不惜身命の誓い"を心に定めていたのです。
創価の師弟の関係は、「師匠が弟子を決める」のではありません。「弟子が師匠を決める」のです。ゆえに、弟子の戦いとは、心に師を抱き、自らが師に誓い、実証を示すことです。
「諸法実相抄」には、「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱えしが、二人・三人・百人と次第に唱えつたうるなり。未来もまたしかるべし。これ、あに地涌の義にあらずや」(新1791・全1360)とあります。日蓮大聖人の「地涌の義」を現実に開いてきた学会の民衆史の根幹は、"師弟の絆"にあることを忘れてはなりません。
[山口] 原田会長の「師弟の原点」について教えてください。
[原田] 池田先生との初めての出会いは、大学2年生の時でした。61年(同36年)9月14日のことです。当時の学会本部でお会いする機会があり、私たち学生にこう語られました。
「古今東西の偉大な文学者にしても、哲学者にしても、その根底には、偉大な宗教があった」「君たちには、日蓮大聖人の大仏法哲学がある。しっかりと研さんし、立派に成長していきなさい」と。
さらに、私自身の生涯の原点となっているのが、翌62年(同37年)8月31日からスタートした先生の「御義口伝」講義です。
1回目の講義だったと記憶しています。「『経』とは一切衆生の言語音声を経と云うなり」(新984・全708)との一節を通して、「経というのは仏典だけではなく、宇宙の全ての言語、音声が経であり、さらに広げていえば、動作、行動も経となる」と述べられ、恩師との思い出を語られました。
——池田先生が戸田先生と都内を歩いていた時、有名な歌手の公演があり、人だかりができていた。その様子を見ながら、戸田先生は「歌い手が歌うのも、その人にとっての『経』だ。その『経』で、これだけの人を集めることができるのは、すごいことではないか」と。
池田先生は、難解な「御義口伝」の内容を、私たちの生活に当てはめ、分かりやすく教えてくださいました。「御義口伝」講義を通しての青春時代の薫陶が、私の最大の誇りです。
◇「身口意の三業で読む」
[田島] 今月31日は、池田先生の「御義口伝」講義開始から60周年の佳節であり、同講義を淵源とした「学生部の日」でもあります。本年、学生部は「御義口伝」を年間拝読御書として行学錬磨を重ねてきました。8月28日には、伝統の教学実力試験を各地で開催します。
[原田] 11月には教学部任用試験が行われます。"先駆の学生部"から、日蓮仏法の研さんの息吹を、さらに広げていっていただきたい。
「御義口伝」講義の折、池田先生は御書を学ぶ姿勢を、3点にわたって示されました。
一点目は、「御書は朗々と、力強く、暗記するぐらい拝読していく」こと。
二点目は、「御書は経文であるから、一語一語、『その通りである』と自覚しながら読んでいく」こと。
三点目が、「身口意の三業で読む」こと。御書をわが身で具体的に実践し、「身読」していくことが、何より重要です。
[先崎] 24日は、「聖教新聞創刊原点の日」です。
[原田] 戸田先生の事業が最大の苦境に立たされていた50年(同25年)8月24日、戸田先生と池田先生は機関紙創刊の構想を語り合いました。
この夏、池田先生の体重は13貫(約49キロ)を切ったそうです。恩師の最も苦しい時期にあって、池田先生は戸田先生を支え抜かれたのです。
翌51年(同26年)2月、戸田先生は池田先生に、「いよいよ新聞を出そう」と語ります。
同年3月17日、新聞の企画会が行われ、戸田先生は「この新聞をもって、広宣流布の火蓋を切っていくのだ」「あらゆる意味で、言論戦の雄とならねばならぬ」と訴えました。
この日の日記に、池田先生は「日本一、世界一の大新聞に発展せしむる事を心に期す」と記されています。
この誓いのまま、51年4月20日に産声を上げた聖教新聞は、大発展を遂げました。現在、日本において、宗教団体が全国で発刊している日刊紙は、聖教新聞だけです。戸田先生の「聖教新聞を日本中、世界中の人に読ませたい」との悲願は、今、現実のものとなっています。
池田先生は、恩師の構想をことごとく実現されました。「8・24」は、私たちが新たな戦いを開始する日です。一人一人が清新な決意で、出発してまいりましょう。
2022年9月1日木曜日
2022.09.01 わが友に贈る
自然災害に警戒!
"自分は大丈夫"との
油断を排し万全な備えを。
地域でも声を掛け合い
共助の絆を一段と強く!
法門申さるべき様の事 p1268
『総じて日蓮が弟子は京にのぼりぬれば始はわすれぬやうにて後には天魔つきて物にくるうせう房がごとし、わ御房もそれていになりて天のにくまれかほるな。のぼりていくばくもなきに実名をかうるでう物くるわし、定めてことばつき音なんども京なめりになりたるらん、ねずみがかわほりになりたるやうに鳥にもあらずねずみにもあらず田舎法師にもあらず京法師にもにずせう房がやうになりぬとをぼゆ、言をば但いなかことばにてあるべしなかなかあしきやうにて有るなり』
【通解】
総じて日蓮の弟子は京に上ると、初めのうちは(初心を)忘れないようであるが、後になると天魔がついて正気を失ってしまう。少輔房のようなものである。
三位房、あなたもそのような姿になって諸天に憎まれないようになさい。
京に上って、いくらも経ってないのに、実名を変えたということであるが、狂っている。きっと言葉つきや発音なども、京なまりになったことであろう。
ねずみがこうもりになったように、鳥でもなくねずみでもなく、田舎法師でもなく京(みやこ)法師にも似ていず、少輔房のようになってしまったと思われる。
言葉は、ただ田舎言葉でいるがよい。(どっちつかずなのは)かえって見苦しいものである。
【先生の指導から】
大聖人の厳愛の指導にもかかわらず、三位房は、後に退転し、悲惨な末路をたどった。
名聞名利、毀誉褒貶に絶対に流されてはならない。これは、永遠にわたる、民衆仏法の重大なる教訓である。
名字の言 ゴルバチョフ氏の足跡と池田先生との友情 2022年9月1日
『若い皇帝』というトルストイの寓話がある。若くして巨大な権力を得た皇帝に、三つの声が呼びかける。第一の声は"あなたの責任は与えられた権力を維持していくことだけだ"。第二の声は"自分の責任を上手に回避しなさい"。そして第三の声は呼びかけた。"「皇帝」でなく「人間」としての責任を果たせ! 苦しむ民衆のために行動せよ!"▼1997年11月、池田先生は、この寓話を引き、関西創価学園生に語りかけた。「第三の『人間指導者』の道を選択した勇者こそ、ゴルバチョフ博士であると、私は断言したい」。横で、氏とライサ夫人がにっこりと微笑んでいた▼先生と氏の初会見は90年7月のクレムリン。氏が来日の意向を示し、大々的なニュースになった。だがその後、政権を追われ、ソ連が崩壊すると、氏はその責任を押し付けられ、「過去の人」扱いを受けるようになる▼先生との友情が深まったのはむしろ、そこからだった。先生は一貫して、歴史の歯車を動かした氏の功績を明言し、ライサ夫人を病で失った氏と家族を励まし続けた▼創価大学には、氏と夫人で植えた「ゴルバチョフ夫婦桜」が茂る。「人間」として戦った氏の足跡と先生との友情をたたえ、年々歳々、咲き続けるに違いない。
寸鉄 2022年9月1日
さあ飛翔の9月。新たな人材と共に動き共に成長栄光の11・18へ勇躍前進
牙城会の日。学会厳護の献身に冥の照覧は燦然。師子の闘魂で拡大へ先駆
御本尊の功徳は生命力が絶対的に旺盛になる事—恩師。全てが勝利の力に
老いたる者は若い者より更に美しい—詩人ホイットマン。青春の心で進む多宝会は希望
「がん征圧月間」。早期発見・治療へ検診が大切。先送りせず積極的に受診
〈社説〉 2022・9・1 ネット上の中傷対策を強化
◇「心通う言葉」を広げゆこう
2020年5月、プロレスラーの女性がSNSで度重なる中傷を受け、自ら命を絶つという痛ましい事件が起きた。女性への中傷投稿は約300件あったが、公訴時効が1年だったため、匿名投稿者の特定に必要な「情報開示請求」の手続きが間に合わず、「侮辱罪」で立件できたのは、2人にとどまった。しかも2人は、9000円の科料の略式命令で済み、法定刑が軽すぎることが問題視された。
21年度に総務省の機関に寄せられた、ネット上の誹謗・中傷や人権侵害に関する相談件数は6000件を上回り、この10年で4倍になっている。
こうした人を傷つける投稿を抑止するため、本年7月に侮辱罪が厳罰化された。刑法上で最も軽い「30日未満の拘留または1万円未満の科料」だった法定刑に、「1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金」が追加。公訴時効も3年に延長された。時間を要する投稿者の特定から、立件までの余裕が生まれ、匿名が"隠れみの"にならないよう、歯止めをかけた形だ。一方、憲法が保障する「表現の自由」に配慮し、施行3年後に有識者を交えて検証することが付則に盛り込まれた。
本年10月からは、「発信者の特定」に必要な手続きを簡素化する制度もスタートする。時間、費用、労力の負担が大きく、"泣き寝入り"するケースもあった被害者の救済につながると期待される。いずれも、公明党が推進してきた政策である。
SNSでの中傷被害に苦しみ、悪質な投稿者と裁判で戦った、女優・声優の春名風花さんは2年前、本紙の取材で語った。
「意見を発信する以上、反対意見があるのは仕方のないことですが、人格否定や周囲の人まで傷つけることは許されません。それが『罪』として認められる社会にしなければいけないと思う」
ここで指摘されている通り、人を傷つける言論は暴力に等しい。断じて許してはならない。発信者は常に、画面の向こうに相手がいることを想像し、"自分の言葉で傷つく人がいるかもしれない"という意識を持つことだ。
本紙もツイッターやユーチューブなどのネットメディアでの発信を増やしている。「心通う言葉」が行き交う、思いやりあふれる社会を構築するため、さらなる努力を続けていく決意である。
☆大白蓮華巻頭言2022年9月号 「健康革命」の力を地球民族に
「病に因って力を説く」−−若き日、病気との闘いが続く中、日を瞠った御書の一節である。苦しい病にも深い意味がある。断じて負けず、断じて勝ち越えて、妙法の偉大な功力を示し、地涌の無窮の生命力を自他共に現すための試練なのだ、と。
御木仏は、病の門下をどれほど力強く激励されているか。「尼ごぜんの御所労の御事、我が身一身の上とおもい候えば、昼夜に天に申し候なり」「『願わくは、日月天、
その命にかわり給え』と申し候なり」との御聖訓が胸に迫ってならない。
このお心に包まれ、いかなる病魔にも、共に祈り、互いに励まし合って立ち向かっていくのが、創価の宝友である。
仏法は、最高の道理である。色心にわたる健康の智慧が具体的に明かされている。たとえば、張りのある勤行と献身の行動。また大宇宙のリズムに合致した、無理と無駄のない生
活や教養のある食生活など、基本を持続することを、改めて大切にしたい。特に、使命深く多忙な日々ゆえに、睡眠を十分にとることを、聡明に留意していただきたいのだ。
とともに、「重病すら、善医に値って急やかに対治すれば、命なお存す。いかにいわんや軽病をや」と仰せのように、鋭敏に時を逃さず早めの検診や治療を受け、広宣流布を遂行する、かけがえのない宝器たる我が身を守り抜いていくことだ。
ドクター部の負けじ魂の善医や、自樺会の慈愛の天使も支えてくれる。希望と蘇生の体験も、無数に光る学会だ。
打ち続く感染症をはじめ、世界はこれまでにも増して病苦に挑みゆく生命尊厳の英知と活力と団結を要請している。
「人の力をませば我がちからまさり、人のいのちをのぶれば我がいのちののぶなり」とは、厳然たる因果の理法である。
我ら創価家族は、妙法の大良薬を掲げ、慈悲の振る舞いを広げて、地球民族に「健康革命」の力を漲らせゆくのだ。
臆するな
いかなる病も
さわりなし
師子吼の題目
唱うる仏に
☆2022 9月の学会史
◎9・8「原水爆禁止宣言の日」
1957年(昭和32年)9月8日、第2代会長の戸田城聖先生は、横浜・三ツ沢の競技場で「原水爆禁止宣言」を発表。本年で65周年となる。"核兵器は絶対悪である"との思想を全世界に広めゆくことを、遺訓の第一として後継の青年に託した。創価学会はこの宣言を平和運動の原点とし、核兵器廃絶への展示・講演会、署名運動や被爆・戦争体験集の出版等、人々の意識を啓発する活動を世界各地で続けてきた。
※参考資料=小説『人間革命』第12巻「宣言」、『新・人間革命』第7巻「文化の華」「操舵」
◎9・8「日中国交正常化提言」発表の日
1968年(昭和43年)9月8日、第11回学生部総会の席上、池田大作先生は「日中国交正常化提言」を発表。"アジアの繁栄と世界平和のため、その最も重要な要"として、日本と中国の関係改善を訴えた。また本年は1972年(同47年)9月29日の日中国交正常化から50周年の節目。
※参考資料=『新・人間革命』第13巻「金の橋」、第20巻「友誼の道」
◎9・8 小説『新・人間革命』の新聞連載完結の日
2018年(平成30年)9月8日、本紙で25年に及んだ『新・人間革命』の連載が完結。新聞の連載回数は、日本一の6469回(全30巻)を数えた。
◎9・9「女子学生部の日」
1975年(昭和50年)9月9日、池田先生の女子部学生局(当時)の集いへの出席が淵源。
※参考資料=『新・人間革命』第22巻「波濤」
◎9・9「北海道の日」
1973年(昭和48年)9月9日、池田先生が出席して行われた第1回北海道青年部総会が淵源。席上、池田先生は"学会健児の手で、この地を世界一の理想郷に"と訴えた。
◎9・12「教学部の日」
1976年(昭和51年)制定。1271年(文永8年)9月12日、日蓮大聖人が「竜の口の法難」に遭われ、発迹顕本を遂げられたことに由来する。
◎9・15「ドクター部の日」
1975年(昭和50年)9月15日、池田先生がドクター部の総会に出席。後に、この日が「ドクター部の日」となった。
※参考資料=『新・人間革命』第22巻「命宝」
◎9・23「少年少女部結成記念日」
1965年(昭和40年)9月23日、池田先生の提案で結成された。
※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」
"自分は大丈夫"との
油断を排し万全な備えを。
地域でも声を掛け合い
共助の絆を一段と強く!
法門申さるべき様の事 p1268
『総じて日蓮が弟子は京にのぼりぬれば始はわすれぬやうにて後には天魔つきて物にくるうせう房がごとし、わ御房もそれていになりて天のにくまれかほるな。のぼりていくばくもなきに実名をかうるでう物くるわし、定めてことばつき音なんども京なめりになりたるらん、ねずみがかわほりになりたるやうに鳥にもあらずねずみにもあらず田舎法師にもあらず京法師にもにずせう房がやうになりぬとをぼゆ、言をば但いなかことばにてあるべしなかなかあしきやうにて有るなり』
【通解】
総じて日蓮の弟子は京に上ると、初めのうちは(初心を)忘れないようであるが、後になると天魔がついて正気を失ってしまう。少輔房のようなものである。
三位房、あなたもそのような姿になって諸天に憎まれないようになさい。
京に上って、いくらも経ってないのに、実名を変えたということであるが、狂っている。きっと言葉つきや発音なども、京なまりになったことであろう。
ねずみがこうもりになったように、鳥でもなくねずみでもなく、田舎法師でもなく京(みやこ)法師にも似ていず、少輔房のようになってしまったと思われる。
言葉は、ただ田舎言葉でいるがよい。(どっちつかずなのは)かえって見苦しいものである。
【先生の指導から】
大聖人の厳愛の指導にもかかわらず、三位房は、後に退転し、悲惨な末路をたどった。
名聞名利、毀誉褒貶に絶対に流されてはならない。これは、永遠にわたる、民衆仏法の重大なる教訓である。
名字の言 ゴルバチョフ氏の足跡と池田先生との友情 2022年9月1日
『若い皇帝』というトルストイの寓話がある。若くして巨大な権力を得た皇帝に、三つの声が呼びかける。第一の声は"あなたの責任は与えられた権力を維持していくことだけだ"。第二の声は"自分の責任を上手に回避しなさい"。そして第三の声は呼びかけた。"「皇帝」でなく「人間」としての責任を果たせ! 苦しむ民衆のために行動せよ!"▼1997年11月、池田先生は、この寓話を引き、関西創価学園生に語りかけた。「第三の『人間指導者』の道を選択した勇者こそ、ゴルバチョフ博士であると、私は断言したい」。横で、氏とライサ夫人がにっこりと微笑んでいた▼先生と氏の初会見は90年7月のクレムリン。氏が来日の意向を示し、大々的なニュースになった。だがその後、政権を追われ、ソ連が崩壊すると、氏はその責任を押し付けられ、「過去の人」扱いを受けるようになる▼先生との友情が深まったのはむしろ、そこからだった。先生は一貫して、歴史の歯車を動かした氏の功績を明言し、ライサ夫人を病で失った氏と家族を励まし続けた▼創価大学には、氏と夫人で植えた「ゴルバチョフ夫婦桜」が茂る。「人間」として戦った氏の足跡と先生との友情をたたえ、年々歳々、咲き続けるに違いない。
寸鉄 2022年9月1日
さあ飛翔の9月。新たな人材と共に動き共に成長栄光の11・18へ勇躍前進
牙城会の日。学会厳護の献身に冥の照覧は燦然。師子の闘魂で拡大へ先駆
御本尊の功徳は生命力が絶対的に旺盛になる事—恩師。全てが勝利の力に
老いたる者は若い者より更に美しい—詩人ホイットマン。青春の心で進む多宝会は希望
「がん征圧月間」。早期発見・治療へ検診が大切。先送りせず積極的に受診
〈社説〉 2022・9・1 ネット上の中傷対策を強化
◇「心通う言葉」を広げゆこう
2020年5月、プロレスラーの女性がSNSで度重なる中傷を受け、自ら命を絶つという痛ましい事件が起きた。女性への中傷投稿は約300件あったが、公訴時効が1年だったため、匿名投稿者の特定に必要な「情報開示請求」の手続きが間に合わず、「侮辱罪」で立件できたのは、2人にとどまった。しかも2人は、9000円の科料の略式命令で済み、法定刑が軽すぎることが問題視された。
21年度に総務省の機関に寄せられた、ネット上の誹謗・中傷や人権侵害に関する相談件数は6000件を上回り、この10年で4倍になっている。
こうした人を傷つける投稿を抑止するため、本年7月に侮辱罪が厳罰化された。刑法上で最も軽い「30日未満の拘留または1万円未満の科料」だった法定刑に、「1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金」が追加。公訴時効も3年に延長された。時間を要する投稿者の特定から、立件までの余裕が生まれ、匿名が"隠れみの"にならないよう、歯止めをかけた形だ。一方、憲法が保障する「表現の自由」に配慮し、施行3年後に有識者を交えて検証することが付則に盛り込まれた。
本年10月からは、「発信者の特定」に必要な手続きを簡素化する制度もスタートする。時間、費用、労力の負担が大きく、"泣き寝入り"するケースもあった被害者の救済につながると期待される。いずれも、公明党が推進してきた政策である。
SNSでの中傷被害に苦しみ、悪質な投稿者と裁判で戦った、女優・声優の春名風花さんは2年前、本紙の取材で語った。
「意見を発信する以上、反対意見があるのは仕方のないことですが、人格否定や周囲の人まで傷つけることは許されません。それが『罪』として認められる社会にしなければいけないと思う」
ここで指摘されている通り、人を傷つける言論は暴力に等しい。断じて許してはならない。発信者は常に、画面の向こうに相手がいることを想像し、"自分の言葉で傷つく人がいるかもしれない"という意識を持つことだ。
本紙もツイッターやユーチューブなどのネットメディアでの発信を増やしている。「心通う言葉」が行き交う、思いやりあふれる社会を構築するため、さらなる努力を続けていく決意である。
☆大白蓮華巻頭言2022年9月号 「健康革命」の力を地球民族に
「病に因って力を説く」−−若き日、病気との闘いが続く中、日を瞠った御書の一節である。苦しい病にも深い意味がある。断じて負けず、断じて勝ち越えて、妙法の偉大な功力を示し、地涌の無窮の生命力を自他共に現すための試練なのだ、と。
御木仏は、病の門下をどれほど力強く激励されているか。「尼ごぜんの御所労の御事、我が身一身の上とおもい候えば、昼夜に天に申し候なり」「『願わくは、日月天、
その命にかわり給え』と申し候なり」との御聖訓が胸に迫ってならない。
このお心に包まれ、いかなる病魔にも、共に祈り、互いに励まし合って立ち向かっていくのが、創価の宝友である。
仏法は、最高の道理である。色心にわたる健康の智慧が具体的に明かされている。たとえば、張りのある勤行と献身の行動。また大宇宙のリズムに合致した、無理と無駄のない生
活や教養のある食生活など、基本を持続することを、改めて大切にしたい。特に、使命深く多忙な日々ゆえに、睡眠を十分にとることを、聡明に留意していただきたいのだ。
とともに、「重病すら、善医に値って急やかに対治すれば、命なお存す。いかにいわんや軽病をや」と仰せのように、鋭敏に時を逃さず早めの検診や治療を受け、広宣流布を遂行する、かけがえのない宝器たる我が身を守り抜いていくことだ。
ドクター部の負けじ魂の善医や、自樺会の慈愛の天使も支えてくれる。希望と蘇生の体験も、無数に光る学会だ。
打ち続く感染症をはじめ、世界はこれまでにも増して病苦に挑みゆく生命尊厳の英知と活力と団結を要請している。
「人の力をませば我がちからまさり、人のいのちをのぶれば我がいのちののぶなり」とは、厳然たる因果の理法である。
我ら創価家族は、妙法の大良薬を掲げ、慈悲の振る舞いを広げて、地球民族に「健康革命」の力を漲らせゆくのだ。
臆するな
いかなる病も
さわりなし
師子吼の題目
唱うる仏に
☆2022 9月の学会史
◎9・8「原水爆禁止宣言の日」
1957年(昭和32年)9月8日、第2代会長の戸田城聖先生は、横浜・三ツ沢の競技場で「原水爆禁止宣言」を発表。本年で65周年となる。"核兵器は絶対悪である"との思想を全世界に広めゆくことを、遺訓の第一として後継の青年に託した。創価学会はこの宣言を平和運動の原点とし、核兵器廃絶への展示・講演会、署名運動や被爆・戦争体験集の出版等、人々の意識を啓発する活動を世界各地で続けてきた。
※参考資料=小説『人間革命』第12巻「宣言」、『新・人間革命』第7巻「文化の華」「操舵」
◎9・8「日中国交正常化提言」発表の日
1968年(昭和43年)9月8日、第11回学生部総会の席上、池田大作先生は「日中国交正常化提言」を発表。"アジアの繁栄と世界平和のため、その最も重要な要"として、日本と中国の関係改善を訴えた。また本年は1972年(同47年)9月29日の日中国交正常化から50周年の節目。
※参考資料=『新・人間革命』第13巻「金の橋」、第20巻「友誼の道」
◎9・8 小説『新・人間革命』の新聞連載完結の日
2018年(平成30年)9月8日、本紙で25年に及んだ『新・人間革命』の連載が完結。新聞の連載回数は、日本一の6469回(全30巻)を数えた。
◎9・9「女子学生部の日」
1975年(昭和50年)9月9日、池田先生の女子部学生局(当時)の集いへの出席が淵源。
※参考資料=『新・人間革命』第22巻「波濤」
◎9・9「北海道の日」
1973年(昭和48年)9月9日、池田先生が出席して行われた第1回北海道青年部総会が淵源。席上、池田先生は"学会健児の手で、この地を世界一の理想郷に"と訴えた。
◎9・12「教学部の日」
1976年(昭和51年)制定。1271年(文永8年)9月12日、日蓮大聖人が「竜の口の法難」に遭われ、発迹顕本を遂げられたことに由来する。
◎9・15「ドクター部の日」
1975年(昭和50年)9月15日、池田先生がドクター部の総会に出席。後に、この日が「ドクター部の日」となった。
※参考資料=『新・人間革命』第22巻「命宝」
◎9・23「少年少女部結成記念日」
1965年(昭和40年)9月23日、池田先生の提案で結成された。
※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」
2022年8月31日水曜日
2022.08.31 わが友に贈る
日蓮仏法は
人間尊敬の宗教なり!
「宝塔即ち一切衆生」だ。
万人の生命の尊厳を開く
大哲理を地域へ世界へ!
(新1111・全797)
経王殿御返事 P1124
『此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如しいかなる病さはりをなすべきや』
【通解】
この曼陀羅をよくよく信じなさい。南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。
名字の言 結果を出すには過程が大切——女子バスケ日本代表の信念 2022年8月31日
来月22日、オーストラリアで開幕する女子バスケットボール・ワールドカップ。昨年の東京五輪で銀メダルの快挙を成し遂げた女子日本代表は、初の金メダル獲得に挑む▼東京五輪でキャプテンを務めた高田真希選手は、結果を出すためには「過程が何よりも大切」と語る。例えば、2人がかりで相手のボールを奪いにいく際には、足を出す角度が1ミリでもずれないよう、何度も練習を繰り返したという▼そうした細かい改善を続け、厳しいトレーニングに耐え抜いてつかんだメダルだった。だが、それ以上に「つらいことを乗り越えてきたという過程は、結果以上に価値がある」と(『苦しいときでも、一歩前へ!』KADOKAWA)▼勝敗が分かれるスポーツでは、どれだけ努力を重ねても、最後まで勝ち残れるとは限らない。優勝者以外、いつかは「負け」を経験するものだ。その時に、それまでの過程を支えに再び立ち上がり、次の一歩を踏み出す。この積み重ねから未来の勝利の因はつくられる▼「たくさん失敗したということは、たくさん挑戦したということである。『失敗の数』を誇るべきなのである」と池田先生は教える。失敗を恐れず、前へ前へ——「前進」そして「挑戦」の下半期を共々に!
寸鉄 2022年8月31日
「『大願』とは、法華弘通なり」御聖訓。地涌の誇り胸に前へ!飛躍の日々を(新1027・全736)
「学生部の日」60周年。師の御義口伝講義が源流。君よ行学錬磨の英才たれ
社会の最前線で平和行動起こしているのがSGI—識者。共生の未来必ず
夏の疲労が出やすい時。食事・睡眠・適度な運動が基本。聡明に充実の秋へ
ゲーム依存症が低年齢化と。脳機能低下の原因に。新学期の今、規則決めて
〈社説〉 2022・8・31 子どもの目線で寄り添おう
◇"未来からの使者"守る社会を
かつて家庭が経済的に厳しく、学用品にも困っていたという壮年部員が語っていた。小学校時代のある日、友達が自宅に来た。少し仲良くなっていた子だったが、彼の家に着くなり、「ぼろい」と言って笑った。家庭の貧困を突き付けられたような衝撃だった。
その後、彼は努力を重ね、奨学金を得て大学に進学。今は社会の第一線で活躍している。しかし、あの日の出来事を今も、ふと思い出すという。
子どもの貧困は、自尊心や将来への希望をも踏みにじる。内閣府の貧困調査資料にも、「バイトするような奴はいらないと先生に部活動を辞めさせられた」など、悲痛な声が見られる。もっと学びたい、もっと学校生活を楽しみたいという子どもたちの願いが押しつぶされている現実がある。
聖教電子版連載「駒崎弘樹の『半径5メートルから社会を変える』」で同氏は、授業料の無償化が進んだ一方、"隠れ教育費"が存在すると指摘。今後は部活の用品費や修学旅行費用などについても国や行政が支援し、経済格差によって子どもたちの体験格差が生まれないような社会にしなくては、と語る(今月4日付)。
体験格差は進学や就職にも影響し、大人になっても貧困から抜け出せず、その子どももまた貧困環境に置かれることがある。日本の貧困は「相対的貧困」とされ、所得が国民所得の中央値の半分未満である世帯を指す。18歳未満の子どもの「7人に1人」となる。
公明党が進めた政策の一つに、「ひとり親自立促進パッケージ」(厚生労働省)がある。一定の家賃を1年間無利子で貸し付け、就業訓練後に1年間勤めると返還を免除する仕組み等だ。貧困率の高いひとり親世帯への支援である。
池田先生は子どもの人権を守る要件について、元国連事務次長のチョウドリ博士の言葉を引き、「子どもを一個の人格として敬愛し、相手の発達段階に合わせて伸びやかに意見を引き出しながら、その思いを受け止め、理解し、できる限り反映しようと努めること」を挙げていた(「随筆 『人間革命』光あれ」)。
子どもの目線で、その子を思いやり、その苦しみに寄り添っていけるか。全てはここから始まる。"未来からの使者"である子どもたちを全力で守る社会を、一丸となって構築していきたい。
☆第10回本部幹部会への池田先生のメッセージ
◇報恩の大道に恐れなし 人間革命の地涌の舞を
一、それは25年前、仏教源流の天地インドで、各界の識者を前に、私は21世紀を「ニュー・ヒューマニズムの世紀」へと展望する講演を行いました。〈1997年10月、ニューデリーのラジブ・ガンジー財団本部での講演〉
その折、宗教が独善に陥らないためには、どうすればいいか。それには、「教育」という知性と普遍性の翼を持つことであると申し上げました。子どもたちを伸びやかに幸福へ導き、青年を聡明に育て、人と人を平和に結ぶことこそ、「人間のための宗教」の要件であると提起したのであります。
うれしいことに、今、インドをはじめ全世界で、地涌の若人が生き生きと躍動し、新たな英知と希望の波また波を起こしてくれています。
一、創価の父・牧口先生は、常々、「行き詰まったら原点に戻れ」と叫ばれました。今、人類が立ち返る原点は何か。それは、「生命」そのものでありましょう。
この「生命」に本源的な智慧の光を当てている哲理が、法華経の肝要であり、日蓮仏法の真髄である「御義口伝」であります。
戸田先生と師弟して、まさしく日蓮大聖人から直々に口伝を拝する覚悟で、一文一文、心肝に染め、実践してきた御書です。
そして、私が学生部の英才たちと「御義口伝」の研鑽を開始して、この8月で60年となります。瞳も凜々しき受講生の心を受け継ぎ、今の学生部・青年部が真剣に「行学の二道」に励む姿が、誠に頼もしい。
◇御義口伝 「宝塔即ち一切衆生、一切衆生即ち南無妙法蓮華経の全体なり」
「御義口伝」の「生命観」「生死観」「社会観」「宇宙観」が、どれほど深遠であり、どれほど壮大であるか。
例えば、「妙法蓮華経を見れば、宝塔即ち一切衆生、一切衆生即ち南無妙法蓮華経の全体なり」(新1111・全797)と仰せであります。
つまり、一人一人の生命の妙法蓮華経を見るならば、法華経で涌出した巨大にして荘厳なる宝塔は即ち一切衆生のことであり、一切衆生は即ち南無妙法蓮華経の全体なのである、と示されております。
ゆえに、「今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る」我らは、わが心は本来の仏なりと「歓喜の中の大歓喜」(新1097・全788)を漲らせ、人間尊敬の対話で、最極の生命尊厳の宝塔を「二人・三人・百人」と林立させていくのであります。
そして、「千草万木(千差万別のあらゆる草木)も地涌の菩薩でないものはない」(新1047・全751、通解)と仰せのように、この大宇宙に遍満する、命を育む妙なる慈悲の力用を、我らの題目の響きで一段と強め、地球民族の幸福と平和へ、全てを生かしながら価値創造していくのであります。
◇創価の師弟は「哲学界の王者」 人間尊敬の対話を 慈悲の価値創造を
一、確固たる精神の指標が求められてやまない現代にあって、誰もが人間革命し得る真の民衆仏法であり、人類の宿命を転換し得る真の世界宗教である「太陽の仏法」の極理を、創価の師弟は「哲学界の王者」の誇りも高く、いよいよ語り、いよいよ広めてまいりたい。
この秋には、仏法入門の任用試験が行われます。
私も多くの求道の友からの要請に応え、「大白蓮華」の11月号から、新たに「御義口伝」の要文の講義を開始したいと思っております(大拍手)。
一、ここで、私の入信75周年を真心から祝賀してくれた全宝友に感謝を込めて、以前に書き留めた一書を披露させていただきます。
「法恩」、そして「師恩」であります。
あいがたき妙法に巡りあえた大恩は天空よりも高く、慈折広宣流布の師弟に生き抜ける大恩は大海よりも深い。そして、異体同心の同志と共に、この恩を知り、この恩に報いんとする一念には、何ものをも勝ち越える勇気と未来の友の道を開く力が尽きることなく湧いてくる。これが、わが不退の75星霜を貫く大確信であります。
最後に「御義口伝」の一節を拝したい。「『心無所畏(心に畏るるところ無し)』とは、今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と呼ばわるところの折伏なり」(新1066・全765)と。
この恐れなき折伏精神、威風堂々の学会精神を燃え上がらせ、新時代の山本伸一たちを旗頭に、「人間革命」即「生命ルネサンス」の地涌の舞を誓い合って、メッセージとします。皆、健康第一であれ!
☆御書と未来へ 第34回 生命に響く信念の対話を
〈御文〉
『南無妙法蓮華経は、自行・化他に亘るなり。今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経を勧めて持たしむるなり。』〈御義口伝、新1042・全747〉
〈通解〉
南無妙法蓮華経は自行・化他にわたるのである。今、日蓮およびその門下は、南無妙法蓮華経を勧めて、一切衆生に持たしめているのである。
〈池田先生が贈る指針〉
妙法を「勧めて持たしむる」ことこそ一人一人を永遠の幸福へ導く道である。今、「二人・三人・百人」と地涌の連帯を広げているのが、わが誉れの男子部大学校生だ。
人間革命の自転と広宣流布の公転という自行・化他に生きゆく創価の若人に、突破できない壁はない。勇気凜々と、友の生命に響く信念の対話を!
人間尊敬の宗教なり!
「宝塔即ち一切衆生」だ。
万人の生命の尊厳を開く
大哲理を地域へ世界へ!
(新1111・全797)
経王殿御返事 P1124
『此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如しいかなる病さはりをなすべきや』
【通解】
この曼陀羅をよくよく信じなさい。南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。
名字の言 結果を出すには過程が大切——女子バスケ日本代表の信念 2022年8月31日
来月22日、オーストラリアで開幕する女子バスケットボール・ワールドカップ。昨年の東京五輪で銀メダルの快挙を成し遂げた女子日本代表は、初の金メダル獲得に挑む▼東京五輪でキャプテンを務めた高田真希選手は、結果を出すためには「過程が何よりも大切」と語る。例えば、2人がかりで相手のボールを奪いにいく際には、足を出す角度が1ミリでもずれないよう、何度も練習を繰り返したという▼そうした細かい改善を続け、厳しいトレーニングに耐え抜いてつかんだメダルだった。だが、それ以上に「つらいことを乗り越えてきたという過程は、結果以上に価値がある」と(『苦しいときでも、一歩前へ!』KADOKAWA)▼勝敗が分かれるスポーツでは、どれだけ努力を重ねても、最後まで勝ち残れるとは限らない。優勝者以外、いつかは「負け」を経験するものだ。その時に、それまでの過程を支えに再び立ち上がり、次の一歩を踏み出す。この積み重ねから未来の勝利の因はつくられる▼「たくさん失敗したということは、たくさん挑戦したということである。『失敗の数』を誇るべきなのである」と池田先生は教える。失敗を恐れず、前へ前へ——「前進」そして「挑戦」の下半期を共々に!
寸鉄 2022年8月31日
「『大願』とは、法華弘通なり」御聖訓。地涌の誇り胸に前へ!飛躍の日々を(新1027・全736)
「学生部の日」60周年。師の御義口伝講義が源流。君よ行学錬磨の英才たれ
社会の最前線で平和行動起こしているのがSGI—識者。共生の未来必ず
夏の疲労が出やすい時。食事・睡眠・適度な運動が基本。聡明に充実の秋へ
ゲーム依存症が低年齢化と。脳機能低下の原因に。新学期の今、規則決めて
〈社説〉 2022・8・31 子どもの目線で寄り添おう
◇"未来からの使者"守る社会を
かつて家庭が経済的に厳しく、学用品にも困っていたという壮年部員が語っていた。小学校時代のある日、友達が自宅に来た。少し仲良くなっていた子だったが、彼の家に着くなり、「ぼろい」と言って笑った。家庭の貧困を突き付けられたような衝撃だった。
その後、彼は努力を重ね、奨学金を得て大学に進学。今は社会の第一線で活躍している。しかし、あの日の出来事を今も、ふと思い出すという。
子どもの貧困は、自尊心や将来への希望をも踏みにじる。内閣府の貧困調査資料にも、「バイトするような奴はいらないと先生に部活動を辞めさせられた」など、悲痛な声が見られる。もっと学びたい、もっと学校生活を楽しみたいという子どもたちの願いが押しつぶされている現実がある。
聖教電子版連載「駒崎弘樹の『半径5メートルから社会を変える』」で同氏は、授業料の無償化が進んだ一方、"隠れ教育費"が存在すると指摘。今後は部活の用品費や修学旅行費用などについても国や行政が支援し、経済格差によって子どもたちの体験格差が生まれないような社会にしなくては、と語る(今月4日付)。
体験格差は進学や就職にも影響し、大人になっても貧困から抜け出せず、その子どももまた貧困環境に置かれることがある。日本の貧困は「相対的貧困」とされ、所得が国民所得の中央値の半分未満である世帯を指す。18歳未満の子どもの「7人に1人」となる。
公明党が進めた政策の一つに、「ひとり親自立促進パッケージ」(厚生労働省)がある。一定の家賃を1年間無利子で貸し付け、就業訓練後に1年間勤めると返還を免除する仕組み等だ。貧困率の高いひとり親世帯への支援である。
池田先生は子どもの人権を守る要件について、元国連事務次長のチョウドリ博士の言葉を引き、「子どもを一個の人格として敬愛し、相手の発達段階に合わせて伸びやかに意見を引き出しながら、その思いを受け止め、理解し、できる限り反映しようと努めること」を挙げていた(「随筆 『人間革命』光あれ」)。
子どもの目線で、その子を思いやり、その苦しみに寄り添っていけるか。全てはここから始まる。"未来からの使者"である子どもたちを全力で守る社会を、一丸となって構築していきたい。
☆第10回本部幹部会への池田先生のメッセージ
◇報恩の大道に恐れなし 人間革命の地涌の舞を
一、それは25年前、仏教源流の天地インドで、各界の識者を前に、私は21世紀を「ニュー・ヒューマニズムの世紀」へと展望する講演を行いました。〈1997年10月、ニューデリーのラジブ・ガンジー財団本部での講演〉
その折、宗教が独善に陥らないためには、どうすればいいか。それには、「教育」という知性と普遍性の翼を持つことであると申し上げました。子どもたちを伸びやかに幸福へ導き、青年を聡明に育て、人と人を平和に結ぶことこそ、「人間のための宗教」の要件であると提起したのであります。
うれしいことに、今、インドをはじめ全世界で、地涌の若人が生き生きと躍動し、新たな英知と希望の波また波を起こしてくれています。
一、創価の父・牧口先生は、常々、「行き詰まったら原点に戻れ」と叫ばれました。今、人類が立ち返る原点は何か。それは、「生命」そのものでありましょう。
この「生命」に本源的な智慧の光を当てている哲理が、法華経の肝要であり、日蓮仏法の真髄である「御義口伝」であります。
戸田先生と師弟して、まさしく日蓮大聖人から直々に口伝を拝する覚悟で、一文一文、心肝に染め、実践してきた御書です。
そして、私が学生部の英才たちと「御義口伝」の研鑽を開始して、この8月で60年となります。瞳も凜々しき受講生の心を受け継ぎ、今の学生部・青年部が真剣に「行学の二道」に励む姿が、誠に頼もしい。
◇御義口伝 「宝塔即ち一切衆生、一切衆生即ち南無妙法蓮華経の全体なり」
「御義口伝」の「生命観」「生死観」「社会観」「宇宙観」が、どれほど深遠であり、どれほど壮大であるか。
例えば、「妙法蓮華経を見れば、宝塔即ち一切衆生、一切衆生即ち南無妙法蓮華経の全体なり」(新1111・全797)と仰せであります。
つまり、一人一人の生命の妙法蓮華経を見るならば、法華経で涌出した巨大にして荘厳なる宝塔は即ち一切衆生のことであり、一切衆生は即ち南無妙法蓮華経の全体なのである、と示されております。
ゆえに、「今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る」我らは、わが心は本来の仏なりと「歓喜の中の大歓喜」(新1097・全788)を漲らせ、人間尊敬の対話で、最極の生命尊厳の宝塔を「二人・三人・百人」と林立させていくのであります。
そして、「千草万木(千差万別のあらゆる草木)も地涌の菩薩でないものはない」(新1047・全751、通解)と仰せのように、この大宇宙に遍満する、命を育む妙なる慈悲の力用を、我らの題目の響きで一段と強め、地球民族の幸福と平和へ、全てを生かしながら価値創造していくのであります。
◇創価の師弟は「哲学界の王者」 人間尊敬の対話を 慈悲の価値創造を
一、確固たる精神の指標が求められてやまない現代にあって、誰もが人間革命し得る真の民衆仏法であり、人類の宿命を転換し得る真の世界宗教である「太陽の仏法」の極理を、創価の師弟は「哲学界の王者」の誇りも高く、いよいよ語り、いよいよ広めてまいりたい。
この秋には、仏法入門の任用試験が行われます。
私も多くの求道の友からの要請に応え、「大白蓮華」の11月号から、新たに「御義口伝」の要文の講義を開始したいと思っております(大拍手)。
一、ここで、私の入信75周年を真心から祝賀してくれた全宝友に感謝を込めて、以前に書き留めた一書を披露させていただきます。
「法恩」、そして「師恩」であります。
あいがたき妙法に巡りあえた大恩は天空よりも高く、慈折広宣流布の師弟に生き抜ける大恩は大海よりも深い。そして、異体同心の同志と共に、この恩を知り、この恩に報いんとする一念には、何ものをも勝ち越える勇気と未来の友の道を開く力が尽きることなく湧いてくる。これが、わが不退の75星霜を貫く大確信であります。
最後に「御義口伝」の一節を拝したい。「『心無所畏(心に畏るるところ無し)』とは、今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と呼ばわるところの折伏なり」(新1066・全765)と。
この恐れなき折伏精神、威風堂々の学会精神を燃え上がらせ、新時代の山本伸一たちを旗頭に、「人間革命」即「生命ルネサンス」の地涌の舞を誓い合って、メッセージとします。皆、健康第一であれ!
☆御書と未来へ 第34回 生命に響く信念の対話を
〈御文〉
『南無妙法蓮華経は、自行・化他に亘るなり。今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経を勧めて持たしむるなり。』〈御義口伝、新1042・全747〉
〈通解〉
南無妙法蓮華経は自行・化他にわたるのである。今、日蓮およびその門下は、南無妙法蓮華経を勧めて、一切衆生に持たしめているのである。
〈池田先生が贈る指針〉
妙法を「勧めて持たしむる」ことこそ一人一人を永遠の幸福へ導く道である。今、「二人・三人・百人」と地涌の連帯を広げているのが、わが誉れの男子部大学校生だ。
人間革命の自転と広宣流布の公転という自行・化他に生きゆく創価の若人に、突破できない壁はない。勇気凜々と、友の生命に響く信念の対話を!
2022年8月30日火曜日
2022.08.30 わが友に贈る
一対一の語らいこそ
広宣流布の直道だ!
友の仏性を信じ抜き
徹底して励ます中で
幸の連帯は築かれる!
衆生身心御書 P1594
『つゆつもりて河となる河つもりて大海となる塵つもりて山となる山かさなりて須弥山となれり小事つもりて大事となる何に況や此の事は最も大事なり』
【通解】
露が集まって河となり、河が集まって大海となるように、塵が積もって山となり、山が重なって須弥山となるように、小事が積もって大事となるのである。
名字の言 ある少女部員の夏休みの思い出 2022年8月30日
小学校の夏休みの宿題である「絵日記」の内容が変化しているとニュース番組で見た。コロナ禍の影響もあり、家族旅行や海水浴などの記述が少ないという▼それでも児童らは「自宅で料理に挑戦した」「父と一緒に勉強机を手作りした」など、楽しい思い出を残しているとも。先日、ある少女部員からも充実の夏休みの様子を聞いた▼その少女は父親が長期出張のため、夏休みを伯母の家で過ごした。一人っ子で、数年前に母を亡くしていた。ある日、勤行を終えた伯母に少女が質問した。「勤行は何のためにするの?」。伯母は池田先生のスピーチを引いた。「御本尊を母と思い、父と思い、うれしいことも、苦しいことも、全部、話していけばよい。ぶつけていけばよい。必ず、全部、通じていく」。そして優しく励ました。「どこにいても、お母さんとお父さんはいつも見守っているよ」▼その晩から少女は伯母と勤行を始めた。終えると「おばちゃんは向こうに行ってて」とせかし、その後、御本尊の前で1日の出来事を、胸中の母と出張中の父に報告していたという▼少女の純粋な心に、本当の幸せを教わった。御本尊に向かい、「今度は算数を頑張るね」とも語っていた少女は、もうすぐ新学期を迎える。
寸鉄 2022年8月30日
「凡夫は勇気で人を救っていくのだ」戸田先生。我らの対話こそ慈悲の行
「人の邪見を申しとどむるこそ智者」御書。青年よデマは一つも逃さず喝破(新1573・全1156)
自己否定は脳の活動低下を招く—医師。楽観主義こそ力を引き出す鍵なり
「防災週間」開始。災害時の持ち物、避難経路等を要確認。まずは自助から
国税庁を装い納付求める詐欺メールに警戒。無視が一番だ。安易に開くな
☆欧州で青年教学研修会 34カ国900人の求道の友が参加
◇池田先生がメッセージ贈る
欧州青年教学研修会が27、28の両日(現地時間)、オンラインで開催された。
これには、欧州34カ国から代表900人が参加。
池田大作先生が祝福のメッセージを贈り、生命尊厳の哲理を掲げ、強盛に平和を祈り、草の根の励ましの対話を広げる若き連帯こそ、混迷の時代を照らす希望の太陽であると強調。「勇んで『行学の二道』に励み、共々に切磋琢磨し合いながら、使命深き人生と家族のため、さらに広布と社会のために勝ち光っていってください」と呼び掛けた。
欧州社会は今、感染症や気候変動の問題、長引く紛争など、危機に直面している。欧州青年部の友は研修会に向けて、"小さな自分には何もできない"と嘆き、傍観するのではなく、"自他共の幸福の実現こそ地涌の菩薩の使命である"との確信に立って対話拡大に挑んだ。問題解決の糸口を師匠の平和の心が凝縮した小説『新・人間革命』に見いだそうと研さんに励んだ。
その思いが今回の研修会のテーマに込められている。「新・人間革命世代、共に平和のために!」
一人一人が"新時代の山本伸一"との自覚で善の連帯を広げ、臨んだ研修会。
集いでは、『新・人間革命』執筆に込められた池田先生の思い、世界広布の大闘争について研さん。西方SGI(創価学会インタナショナル)男子部長、大串同女子部長がオンラインであいさつした。
代表4人が信心根本に勝利の実証を示した信仰体験を披露。質疑応答、SDGs(持続可能な開発目標)に関する研究発表、ミニ座談会も行われた。
欧州青年委員会のヨシコ・ソサ・スギサワ委員長が「皆が希望の太陽と輝こう」と訴え、タカハシ欧州議長、プリチャード同女性部長が求道の友を励ました。
欧州の若人は、師との共戦の誓いを胸に、心新たに出発した。
「同世代の友が人類の幸福のために行動する姿に勇気をもらいました」(オランダ・女子部)
「『新・人間革命』を人生の指針として、師匠に勝利を届けます!」(ポーランド・男子部)
☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第23回 平和の旗を高く掲げて �反戦出版
全ての国の民衆に生きる権利がある
それは誰にも侵されてはならない
◇沖縄決議
1973年は、創価学会が仏法を基調とした社会建設へ船出した年である。その開幕を控えた72年11月、池田大作先生は東京・日本武道館での本部総会で講演した。
「世界のあらゆる国の民衆が、生きる権利をもっている。それは、人間として、誰にも侵されてはならない権利である。その生存の権利に目覚めた民衆の運動が、今ほど必要な時はない」
「その運動を青年部に期待したい」
師の提案に、青年部は検討を開始した。そして、3カ月後の73年2月の男子部総会で「生存の権利を守る青年部アピール」を採択する。
アピールを受けて、全国各地で、平和構築のための具体的な取り組みについて、協議が重ねられた。最も早く計画をまとめたのが沖縄だった。
同年5月19日、沖縄青年部は「戦争体験記を発刊する」との項目が入った「沖縄決議」を採択する。戦争体験記の発刊は、74年6月23日の出版を目指すことに。「6月23日」は、太平洋戦争末期の沖縄戦で、旧日本軍の組織的戦闘が終結したとされる日である。
編纂委員長に三盛洲洋さん、副委員長に桃原正義さんが就いた。
2人が池田先生と初めて出会ったのは、64年12月2日。沖縄本部(当時)で行われた学生部員会である。
席上、先生は「沖縄の歴史は、悲惨であった。宿命の嵐のごとき歴史であった。だからこそ、ここから、幸福の風が吹かねばならない。平和の波が起こらねばならない」と訴えた。
64年12月2日は、先生が沖縄で小説『人間革命』を起稿した日でもある。だからこそ、2人は編纂委員の友や出版に協力してくれる仲間と共に、反戦の書の完成に全精魂を注いだ。
◇人骨が残る壕で
桃原さんが編纂委員のメンバーと共に戦争体験を聞いた一人に、石川幸子さんがいる。石川さんは学会員ではなかったが、依頼に快く応じた。
沖縄師範学校女子部の生徒だった石川さんは、「ひめゆり学徒隊」と呼ばれる学徒看護隊の一員だった。配属された陸軍病院では、兵士のし尿を取ることや、亡くなった患者の遺体を運ぶことが、主な仕事だった。
45年5月末、米軍が間近に迫り、病院を移動することになった。後になって、"歩けない患者は、衛生兵によって青酸カリ入りのミルクを飲まされた"という衝撃的なことを聞いた。
石川さんは、看護隊の仲間と壕に隠れた。壕の中は風通しが悪く、多くの人がいたため、大変な暑さになった。
水を求めて、壕から出た。海辺へ移動し、アダンの葉の下で生活した。だが、その場所にも米軍は容赦なく攻撃を仕掛ける。岩の陰に隠れたり、波にさらわれる危険を承知で、海に逃げたりしたこともあった。
やがて、食べ物も底をついた。食料が残っているという壕に行くと、たくさんの骨があった。その壕は、現在の「ひめゆりの塔」が立つ場所である。
石川さんは、同じ学徒隊の人骨が残る壕にとどまった。日本の降伏が信じられず、8月22日まで壕の中で身を潜め続けた。
戦争とは、これほどまでに、むごいものか——桃原さんは身を震わせながら、石川さんの話を聞いた。
74年6月23日、沖縄の方々の戦争体験をまとめた『打ち砕かれしうるま島』(第三文明社)が発刊された。それは、創価学会青年部による反戦出版シリーズの第1巻となった。
◇日本軍の残虐行為
『打ち砕かれしうるま島』が発刊される4カ月前の1974年2月、沖縄を訪問した池田先生は、名護会館へ。そこに集った未来部のメンバーに率直な思いを語った。
「平和のために、"沖縄の心"を伝えるために、戦争体験の証言集を残してほしいというのが、私の願いです」
その場にいた上原春樹さん。沖縄戦を生きた祖母のシゲさんに話を聞くことにした。だが、シゲさんは強烈な拒否反応を示した。普段の優しい祖母からは想像もつかない表情だった。
シゲさんは未入会だった。その祖母に、春樹さんは戦争体験を聞く意義を何度も語った。
ある時、沖縄に二度と戦争を経験させないための取り組みであることを伝えた。シゲさんは「沖縄に戦争を起こさせないためか」と聞き返し、自らの戦争体験を語り始めた。
——沖縄戦が悲惨な様相を見せていた45年5月21日、シゲさんは長女を出産。しかし、複雑な心境だった。
「食糧難に加え、いつ敵の砲弾にやられるかもしれない不安……」「味方と信じていた日本軍は、敵に発見されるからといって泣きじゃくる赤ちゃんを殺してしまう。そのような信じられないことが私の周囲にはあった」
長女は手のひらに包まれるくらいの小さな姿で生まれた。だが、元気な泣き声をあげ始めた。
「私はうれしくてうれしくて、飛びあがって喜びました」「戦争の犠牲にさせてなるものか——と、私は心に強く決意した」
その後、シゲさんは米軍の捕虜になった。当時、それは恥とされた。それでも恥より生きることを選んだ。
収容所はマラリアやチフスなどの病気が大流行していた。シゲさんは収容所で、こんな言葉をよく耳にした。
「昨日は他人の死体をかつぎ、今日は自分がかつがれる」
収容所も悲惨だった。その中を、シゲさんは生き抜き、戦後を迎えた。
春樹さんの熱意によって残されたシゲさんの証言は、76年6月23日に発刊された、反戦出版の第17巻『血に染まるかりゆしの海』に収録された。
◇戦争体験を絵に
沖縄戦の実態を残すために、沖縄青年部が反戦出版と共に取り組んだのが「沖縄戦の絵」の収集である。
沖縄戦の写真は、多くが米軍が撮影したもの。沖縄の人々が、どれだけ悲惨な思いをしたかという視点での記録は、皆無に等しかった。
戦争体験を持つ人に、過去の記憶を絵にしてもらう——。それは、容易ではなかった。事実、取り組みを始めてから数カ月が経過しても、絵は一枚も収集できなかった。
沖縄の青年たちは、戦争体験者のもとを訪ねては、平和継承の思いを訴えた。その叫びが体験者の心を動かし、約700枚の絵が集まった。
85年に「沖縄戦の絵」展が始まり、全国で巡回。一部は複製パネルを作成し、平和教育の資料として貸し出され、今も県内の学校等で活用されている。
さらに今年、沖縄戦体験者への聞き取りをもとに制作した「沖縄戦の紙芝居」の貸し出しもスタートさせた。
◇編纂の苦闘
1980年12月5日、「婦人平和委員会」(現・女性平和委員会)の設置が発表された。活動の柱の一つとして掲げられたのが、「戦争体験の証言集の編纂」である。
翌81年8月、第1巻『あの星の下に』が発刊。以来、91年までの10年間で計20冊の証言集が世に送り出された。
小林昌子さんは、長崎の婦人平和委員会の委員長として、長崎の被爆をテーマにした第13巻『終わりはいつですか』の編纂に携わった。夫の喜丸さんは、青年部の反戦出版シリーズ第3巻『ピース・フロム・ナガサキ』の編纂委員長だった。
反戦出版の取り組みが決まった時、長崎の平和委員会として、被爆2世に焦点を当てることにした。
ただ、そこには大きな壁があった。「誰が被爆2世なのか」が分からないのである。
そもそも、社会的な差別もあり、被爆者の中に、自身が被爆した事実を語る人はほとんどいなかった。自分の子どもに、被爆の苦悩や不安を抱かせたくないと、被爆者たちは固く口を閉ざした。
平和委員会の友は、まず自分たちが被爆2世なのかを確認した。編纂作業は、親に話を聞くことから始まった。
すると、平和委員会のメンバーに、被爆2世が多い事実が判明した。彼女たちは、親の体験や被爆2世としての自身の思いを語りながら、証言をしてくれる人たちを探した。
時には、「なぜ、人の気持ちをえぐり出すようなことをするのか」との率直な意見もあった。委員会の友は、原爆の恐ろしさを後世に伝え残す決意を誠実に語っていった。
一つ一つの困難を乗り越え、85年8月9日、『終わりはいつですか』は出版された。
81年12月8日、婦人平和委員会による反戦出版シリーズの第2巻『白衣を紅に染めて』、第3巻『雑草のうた』の2冊が発刊された。
この日、池田先生は大分へ出発する前に、創価婦人会館(現・信濃文化会館)を訪問。2冊の書籍に揮毫した。
『白衣を紅に染めて』には、「此の反戦出版は 母の悲願なり 母の勝利の証なり」と記した。そして、『雑草のうた』には、こうペンを走らせた。
「戦争ほど 残酷なものはない。 昭和十六年十二月八日、 大東亜戦争の開始を 大本営発表として 聞きしは、京浜蒲田駅附近の 朝の路上でありしを 回顧しながら記す。 此の書を 作りし学会婦人部に 感謝しつつ」
広宣流布の直道だ!
友の仏性を信じ抜き
徹底して励ます中で
幸の連帯は築かれる!
衆生身心御書 P1594
『つゆつもりて河となる河つもりて大海となる塵つもりて山となる山かさなりて須弥山となれり小事つもりて大事となる何に況や此の事は最も大事なり』
【通解】
露が集まって河となり、河が集まって大海となるように、塵が積もって山となり、山が重なって須弥山となるように、小事が積もって大事となるのである。
名字の言 ある少女部員の夏休みの思い出 2022年8月30日
小学校の夏休みの宿題である「絵日記」の内容が変化しているとニュース番組で見た。コロナ禍の影響もあり、家族旅行や海水浴などの記述が少ないという▼それでも児童らは「自宅で料理に挑戦した」「父と一緒に勉強机を手作りした」など、楽しい思い出を残しているとも。先日、ある少女部員からも充実の夏休みの様子を聞いた▼その少女は父親が長期出張のため、夏休みを伯母の家で過ごした。一人っ子で、数年前に母を亡くしていた。ある日、勤行を終えた伯母に少女が質問した。「勤行は何のためにするの?」。伯母は池田先生のスピーチを引いた。「御本尊を母と思い、父と思い、うれしいことも、苦しいことも、全部、話していけばよい。ぶつけていけばよい。必ず、全部、通じていく」。そして優しく励ました。「どこにいても、お母さんとお父さんはいつも見守っているよ」▼その晩から少女は伯母と勤行を始めた。終えると「おばちゃんは向こうに行ってて」とせかし、その後、御本尊の前で1日の出来事を、胸中の母と出張中の父に報告していたという▼少女の純粋な心に、本当の幸せを教わった。御本尊に向かい、「今度は算数を頑張るね」とも語っていた少女は、もうすぐ新学期を迎える。
寸鉄 2022年8月30日
「凡夫は勇気で人を救っていくのだ」戸田先生。我らの対話こそ慈悲の行
「人の邪見を申しとどむるこそ智者」御書。青年よデマは一つも逃さず喝破(新1573・全1156)
自己否定は脳の活動低下を招く—医師。楽観主義こそ力を引き出す鍵なり
「防災週間」開始。災害時の持ち物、避難経路等を要確認。まずは自助から
国税庁を装い納付求める詐欺メールに警戒。無視が一番だ。安易に開くな
☆欧州で青年教学研修会 34カ国900人の求道の友が参加
◇池田先生がメッセージ贈る
欧州青年教学研修会が27、28の両日(現地時間)、オンラインで開催された。
これには、欧州34カ国から代表900人が参加。
池田大作先生が祝福のメッセージを贈り、生命尊厳の哲理を掲げ、強盛に平和を祈り、草の根の励ましの対話を広げる若き連帯こそ、混迷の時代を照らす希望の太陽であると強調。「勇んで『行学の二道』に励み、共々に切磋琢磨し合いながら、使命深き人生と家族のため、さらに広布と社会のために勝ち光っていってください」と呼び掛けた。
欧州社会は今、感染症や気候変動の問題、長引く紛争など、危機に直面している。欧州青年部の友は研修会に向けて、"小さな自分には何もできない"と嘆き、傍観するのではなく、"自他共の幸福の実現こそ地涌の菩薩の使命である"との確信に立って対話拡大に挑んだ。問題解決の糸口を師匠の平和の心が凝縮した小説『新・人間革命』に見いだそうと研さんに励んだ。
その思いが今回の研修会のテーマに込められている。「新・人間革命世代、共に平和のために!」
一人一人が"新時代の山本伸一"との自覚で善の連帯を広げ、臨んだ研修会。
集いでは、『新・人間革命』執筆に込められた池田先生の思い、世界広布の大闘争について研さん。西方SGI(創価学会インタナショナル)男子部長、大串同女子部長がオンラインであいさつした。
代表4人が信心根本に勝利の実証を示した信仰体験を披露。質疑応答、SDGs(持続可能な開発目標)に関する研究発表、ミニ座談会も行われた。
欧州青年委員会のヨシコ・ソサ・スギサワ委員長が「皆が希望の太陽と輝こう」と訴え、タカハシ欧州議長、プリチャード同女性部長が求道の友を励ました。
欧州の若人は、師との共戦の誓いを胸に、心新たに出発した。
「同世代の友が人類の幸福のために行動する姿に勇気をもらいました」(オランダ・女子部)
「『新・人間革命』を人生の指針として、師匠に勝利を届けます!」(ポーランド・男子部)
☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第23回 平和の旗を高く掲げて �反戦出版
全ての国の民衆に生きる権利がある
それは誰にも侵されてはならない
◇沖縄決議
1973年は、創価学会が仏法を基調とした社会建設へ船出した年である。その開幕を控えた72年11月、池田大作先生は東京・日本武道館での本部総会で講演した。
「世界のあらゆる国の民衆が、生きる権利をもっている。それは、人間として、誰にも侵されてはならない権利である。その生存の権利に目覚めた民衆の運動が、今ほど必要な時はない」
「その運動を青年部に期待したい」
師の提案に、青年部は検討を開始した。そして、3カ月後の73年2月の男子部総会で「生存の権利を守る青年部アピール」を採択する。
アピールを受けて、全国各地で、平和構築のための具体的な取り組みについて、協議が重ねられた。最も早く計画をまとめたのが沖縄だった。
同年5月19日、沖縄青年部は「戦争体験記を発刊する」との項目が入った「沖縄決議」を採択する。戦争体験記の発刊は、74年6月23日の出版を目指すことに。「6月23日」は、太平洋戦争末期の沖縄戦で、旧日本軍の組織的戦闘が終結したとされる日である。
編纂委員長に三盛洲洋さん、副委員長に桃原正義さんが就いた。
2人が池田先生と初めて出会ったのは、64年12月2日。沖縄本部(当時)で行われた学生部員会である。
席上、先生は「沖縄の歴史は、悲惨であった。宿命の嵐のごとき歴史であった。だからこそ、ここから、幸福の風が吹かねばならない。平和の波が起こらねばならない」と訴えた。
64年12月2日は、先生が沖縄で小説『人間革命』を起稿した日でもある。だからこそ、2人は編纂委員の友や出版に協力してくれる仲間と共に、反戦の書の完成に全精魂を注いだ。
◇人骨が残る壕で
桃原さんが編纂委員のメンバーと共に戦争体験を聞いた一人に、石川幸子さんがいる。石川さんは学会員ではなかったが、依頼に快く応じた。
沖縄師範学校女子部の生徒だった石川さんは、「ひめゆり学徒隊」と呼ばれる学徒看護隊の一員だった。配属された陸軍病院では、兵士のし尿を取ることや、亡くなった患者の遺体を運ぶことが、主な仕事だった。
45年5月末、米軍が間近に迫り、病院を移動することになった。後になって、"歩けない患者は、衛生兵によって青酸カリ入りのミルクを飲まされた"という衝撃的なことを聞いた。
石川さんは、看護隊の仲間と壕に隠れた。壕の中は風通しが悪く、多くの人がいたため、大変な暑さになった。
水を求めて、壕から出た。海辺へ移動し、アダンの葉の下で生活した。だが、その場所にも米軍は容赦なく攻撃を仕掛ける。岩の陰に隠れたり、波にさらわれる危険を承知で、海に逃げたりしたこともあった。
やがて、食べ物も底をついた。食料が残っているという壕に行くと、たくさんの骨があった。その壕は、現在の「ひめゆりの塔」が立つ場所である。
石川さんは、同じ学徒隊の人骨が残る壕にとどまった。日本の降伏が信じられず、8月22日まで壕の中で身を潜め続けた。
戦争とは、これほどまでに、むごいものか——桃原さんは身を震わせながら、石川さんの話を聞いた。
74年6月23日、沖縄の方々の戦争体験をまとめた『打ち砕かれしうるま島』(第三文明社)が発刊された。それは、創価学会青年部による反戦出版シリーズの第1巻となった。
◇日本軍の残虐行為
『打ち砕かれしうるま島』が発刊される4カ月前の1974年2月、沖縄を訪問した池田先生は、名護会館へ。そこに集った未来部のメンバーに率直な思いを語った。
「平和のために、"沖縄の心"を伝えるために、戦争体験の証言集を残してほしいというのが、私の願いです」
その場にいた上原春樹さん。沖縄戦を生きた祖母のシゲさんに話を聞くことにした。だが、シゲさんは強烈な拒否反応を示した。普段の優しい祖母からは想像もつかない表情だった。
シゲさんは未入会だった。その祖母に、春樹さんは戦争体験を聞く意義を何度も語った。
ある時、沖縄に二度と戦争を経験させないための取り組みであることを伝えた。シゲさんは「沖縄に戦争を起こさせないためか」と聞き返し、自らの戦争体験を語り始めた。
——沖縄戦が悲惨な様相を見せていた45年5月21日、シゲさんは長女を出産。しかし、複雑な心境だった。
「食糧難に加え、いつ敵の砲弾にやられるかもしれない不安……」「味方と信じていた日本軍は、敵に発見されるからといって泣きじゃくる赤ちゃんを殺してしまう。そのような信じられないことが私の周囲にはあった」
長女は手のひらに包まれるくらいの小さな姿で生まれた。だが、元気な泣き声をあげ始めた。
「私はうれしくてうれしくて、飛びあがって喜びました」「戦争の犠牲にさせてなるものか——と、私は心に強く決意した」
その後、シゲさんは米軍の捕虜になった。当時、それは恥とされた。それでも恥より生きることを選んだ。
収容所はマラリアやチフスなどの病気が大流行していた。シゲさんは収容所で、こんな言葉をよく耳にした。
「昨日は他人の死体をかつぎ、今日は自分がかつがれる」
収容所も悲惨だった。その中を、シゲさんは生き抜き、戦後を迎えた。
春樹さんの熱意によって残されたシゲさんの証言は、76年6月23日に発刊された、反戦出版の第17巻『血に染まるかりゆしの海』に収録された。
◇戦争体験を絵に
沖縄戦の実態を残すために、沖縄青年部が反戦出版と共に取り組んだのが「沖縄戦の絵」の収集である。
沖縄戦の写真は、多くが米軍が撮影したもの。沖縄の人々が、どれだけ悲惨な思いをしたかという視点での記録は、皆無に等しかった。
戦争体験を持つ人に、過去の記憶を絵にしてもらう——。それは、容易ではなかった。事実、取り組みを始めてから数カ月が経過しても、絵は一枚も収集できなかった。
沖縄の青年たちは、戦争体験者のもとを訪ねては、平和継承の思いを訴えた。その叫びが体験者の心を動かし、約700枚の絵が集まった。
85年に「沖縄戦の絵」展が始まり、全国で巡回。一部は複製パネルを作成し、平和教育の資料として貸し出され、今も県内の学校等で活用されている。
さらに今年、沖縄戦体験者への聞き取りをもとに制作した「沖縄戦の紙芝居」の貸し出しもスタートさせた。
◇編纂の苦闘
1980年12月5日、「婦人平和委員会」(現・女性平和委員会)の設置が発表された。活動の柱の一つとして掲げられたのが、「戦争体験の証言集の編纂」である。
翌81年8月、第1巻『あの星の下に』が発刊。以来、91年までの10年間で計20冊の証言集が世に送り出された。
小林昌子さんは、長崎の婦人平和委員会の委員長として、長崎の被爆をテーマにした第13巻『終わりはいつですか』の編纂に携わった。夫の喜丸さんは、青年部の反戦出版シリーズ第3巻『ピース・フロム・ナガサキ』の編纂委員長だった。
反戦出版の取り組みが決まった時、長崎の平和委員会として、被爆2世に焦点を当てることにした。
ただ、そこには大きな壁があった。「誰が被爆2世なのか」が分からないのである。
そもそも、社会的な差別もあり、被爆者の中に、自身が被爆した事実を語る人はほとんどいなかった。自分の子どもに、被爆の苦悩や不安を抱かせたくないと、被爆者たちは固く口を閉ざした。
平和委員会の友は、まず自分たちが被爆2世なのかを確認した。編纂作業は、親に話を聞くことから始まった。
すると、平和委員会のメンバーに、被爆2世が多い事実が判明した。彼女たちは、親の体験や被爆2世としての自身の思いを語りながら、証言をしてくれる人たちを探した。
時には、「なぜ、人の気持ちをえぐり出すようなことをするのか」との率直な意見もあった。委員会の友は、原爆の恐ろしさを後世に伝え残す決意を誠実に語っていった。
一つ一つの困難を乗り越え、85年8月9日、『終わりはいつですか』は出版された。
81年12月8日、婦人平和委員会による反戦出版シリーズの第2巻『白衣を紅に染めて』、第3巻『雑草のうた』の2冊が発刊された。
この日、池田先生は大分へ出発する前に、創価婦人会館(現・信濃文化会館)を訪問。2冊の書籍に揮毫した。
『白衣を紅に染めて』には、「此の反戦出版は 母の悲願なり 母の勝利の証なり」と記した。そして、『雑草のうた』には、こうペンを走らせた。
「戦争ほど 残酷なものはない。 昭和十六年十二月八日、 大東亜戦争の開始を 大本営発表として 聞きしは、京浜蒲田駅附近の 朝の路上でありしを 回顧しながら記す。 此の書を 作りし学会婦人部に 感謝しつつ」
2022年8月29日月曜日
2022.08.29 わが友に贈る
◇今週のことば
「いよいよ道心堅固にして、
今度仏になり給え」
仏法入門は「幸福の門」。
多くの友と希望に燃えて
任用試験に挑みゆこう!
(新1606・全1184)
2022年8月29日
曾谷殿御返事 P1059
『命をば三千大千世界にても買はぬ物にて候』
【通解】
生命は三千大千世界をもっても買うことのできないものである。
名字の言 沖縄の発展に尽くした2代目県令・上杉茂憲 2022年8月29日
明治政府による琉球処分後の1881年、2代目沖縄県令に就いた上杉茂憲。山形・米沢藩最後の藩主だった彼は、県令としてわずか2年の任期で沖縄発展への足跡を残した▼就任後、県内をくまなく回った上杉は、困窮する人々の実態を目の当たりにし、政府に窮状を報告。粘り強く働き掛け、小学校設立の奨励や若者の本土留学など教育に力を入れた。道半ばで退任するが、やがて新聞社、銀行の創業者や政治家が誕生。彼の志を継ぐ者たちが近代沖縄の道を開いた(『上杉茂憲』祥伝社新書)▼1988年2月、沖縄を訪問した池田先生は「沖縄池田青年塾」の開所式に出席。福沢諭吉が論じた「自我作古(我より古をなす)」に言及した。未聞の分野で自らが原点となって道を築き、後進のための礎になるとの意だ▼この精神で広布草創を切り開いた同志の奮闘をたたえつつ、先生は青年たちに訴えた。「諸君もまた、万年にわたる妙法広布の先覚者である」「諸君から大河は始まる。"自分自身が原点である"との自覚と実践を」と▼万代の広布の流れから見れば、今を生きる私たちもまた草創の先覚者であり、大河の出発点である。希望と勝利の未来へ、皆が若々しい気概で未聞の歴史を開いていきたい。
寸鉄 2022年8月29日
大目的が確立してこそ中小の目的も明確に—牧口先生。師弟の大願へ前進
国際部の日。人格と語学で世界広布に献身する友次代開く世界市民と輝け
毅然として力強いのは民衆だけ—文豪ドストエフスキー。草の根の対話益々。堂々と語ろう
SDGsに積極的な企業5割超。"自分事"の意識が未来を創る。足元から
国連「核実験に反対する国際デー」。"絶対悪"との恩師の遺訓を我らが拡大
〈社説〉 2022・8・29 31日は「学生部の日」
◇信心の歓喜つかむ勇気の挑戦を
明後31日は「学生部の日」。本年は、その淵源となった1962年の池田先生による学生部の代表に対する「御義口伝講義」開始から60周年を迎える。英知の人材輩出へ、講義は約5年間続いた。
そして池田先生は、67年の学生部総会で沖縄の本土復帰提言を、68年の同総会では歴史的な日中提言を発表する。新時代の平和創出へ、学生部への期待がいかに大きいかを象徴する事実である。
昨日、各地で学生部教学実力試験が実施された。多くの友が御義口伝をはじめ、夏の教学研さんの成果を発揮したことだろう。
御義口伝には「『疑いなきを信と曰う』の釈、これを思うべし云々」(新1047・全751)と。"疑わない"のではなく、"疑いがない"ことを「信」というと説かれている。
"なぜ信仰が必要なのか"——学会2世、3世、4世にとって、学会活動は疑問の連続かもしれない。学生部では、同じような悩みに直面してきた先輩と、共に祈り、学び、実践する中で、さまざまな疑問を解きほぐしながら「信」を深めている。
昨年、東南アジアから四国へ留学してきた学生部員も学会2世。努力すれば祈る必要はないと思っていたが、留学先が地方都市になったことに不満を抱いていた。
心情を学生部の先輩に打ち明けると「今、ここにいるのは意味がある。題目根本に努力すれば、必ず使命の道をつかめるよ」と励まされた。彼は目先の課題だけでなく、"社会に貢献できる使命の道を見つけたい"と、真剣な唱題に挑戦。その中で、自身の学ぶ環境や縁する友人が、自分の成長にとって最高の存在だと感じ、「四国に来られて良かった」と心から思えるようになった。
この春には、学会の人間主義の思想に共感した学友が入会。今、日々の唱題を通して生き生きと変わる友人の姿と、互いの夢を祈り合える同志となれた喜びに、御義口伝の「『喜』とは、自他共に喜ぶことなり」(新1061・全761)の一節を実感している。
下半期を、弘教拡大と人材拡大で飾ろうと、広布に走る学生部。次代を担う一人一人が勇気の対話で友に寄り添い、「僕は信心でこんなに変われた」「私は学会活動で本当に成長できた」と、信心の歓喜と確信をつかめるように、温かなエールを送りたい。
☆いのちの賛歌 心に刻む一節 テーマ:介護に携わって
◇御文
『苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思い合わせて南無妙法蓮華経とうちとなえいさせ給え。これあに自受法楽にあらずや。』(四条金吾殿御返事、新1554・全1143)
◇通解
苦を苦と覚り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。これこそ自受法楽ではないか。
◇苦楽を見下ろす境涯に 難病の母、認知症の父
若き池田先生が、山口県を舞台に弘教拡大の指揮を執った「山口開拓指導」。有田久子さん(58)=西山口牧口総県女性部長=の両親が創価学会に入会したのも、その仏縁の広がりから。以来、信心一筋。有田さんは親の背を見て師弟を学んできた。「そんな両親の介護で、悩む日が来るなんて……」
◇
有田さんは夫・忠彦さん(60)=支部長=を入会に導き、28歳で結婚。長男・一彦さん(27)=男子部員=を授かった。
2005年(平成17年)、未入会の義父を友人葬で見送ったことがきっかけで、義母は学会理解を深め、御本尊を受持した。2年後、義母の最期をみとる。
「それから間もなく、私の両親も70歳を超えていたので、同居を始めることになって。ちょうど、わが家を新築した頃でした」
家事を手助けしてもらえる。そんな期待もあったという。
「けれど、一緒に暮らし始めてすぐ、母の様子がおかしくなってきたんです。しょっちゅう、こけたり、物忘れが頻繁になったり」
病院を転々としたが、「認知症でしょう」と繰り返されるばかり。母の認知症状は次第に進行し、うつや幻覚などの症状も現れた。さらに、有田さんが学会活動から帰宅するたび、母から怒鳴られ、暴言を浴びせられるようにもなった。
「優しくて信心強盛だった母が、まるで別人のようで。暴言もそうですが、そんな母の姿を見るのが一番つらかったです」
有田さんが帰ると、家中が排せつ物だらけになっていたこともあったという。やがて母は、食事から下の世話まで、全面的な介護が必要になっていった。
「もう家族総出での介護でしたね」
その後、母は嚥下機能の低下により、胃ろうの手術を受けた。また、大学病院での検査を経て、大脳に強い萎縮が見られる難病の「大脳皮質基底核変性症」だと判明した。
暴言や幻覚といった症状が難病のせいだと分かり、「半分は安心した」と有田さん。とはいえ、「根本的な治療法はなく、進行すれば寝たきりにもなる。もう半分は、落ち込みました」と明かす。
医師とも相談し、在宅での介護は困難と判断されたため、入院させることになった。
そんな中、今度は父が心筋梗塞で倒れた。以来、父は入退院を繰り返す中、次第に認知症も進んでいった。
「二人は別々の病院に入院したので、着替えやらタオルやらを持って、毎日、あっち行ったりこっち行ったり」
退院した父を在宅で介護している間は、夜間の徘徊もあった。家族で捜し回り、血だらけの父を保護したことも。両親の介護に尽くしながら、有田さんは学会で総県の中心者として、広大な地域を同志の激励に走る日々。
文字通り、無我夢中だった。
「外でええこと言っても、家に帰ったら壮絶な状態。"しんどいな""なんでわが家ばっかり"って、思わず涙が込み上げた時、目に飛び込んだのが『苦をば苦とさとり……』という御書の一節でした」
苦しい時もうれしい時も、ありのまま妙法を唱え抜く。その先に、「自受法楽」(自ら法楽を受く)という、人生の一切を仏界の大境涯から悠々と見下ろしていけるような、強い自分自身を築いていける——。
信仰の醍醐味を示された御聖訓を拝して、有田さんは「介護も人生も、きれい事だけでは済まないのが現実。悩み、葛藤しながら、それでも信心を貫くから、本当の宿命転換ができる」と自らを鼓舞したという。「そう思ったら、苦労できること自体に感謝の心が少しずつ湧いて」
有田さんは、母を13年間、父を8年間、それぞれ介護した末に最期をみとった。
「あの経験があったからこそ、人の苦悩に心から同苦できるようになれた。私に信心を教えてくれた父母は、最後まで身をもって、信心の深さを教えてくれたんだと思います」
「とはいえ、現実には"いつまでこの状況が続くんだろう"って、何度も思いました。そのたびに御本尊に祈って、生命力をたぎらせて、目の前のことに精いっぱい尽くす。両親の介護に向き合ってきたようで、実は、自分自身の命に一番向き合ったのかもしれません」
学会草創期から広布に駆けてきた両親。
認知症を患う中でも、有田さんの父は毎日、唱題だけは欠かさなかったそうだ。
「夜中に起きてきて、『今日一日、池田先生・奥さま、お元気で!』って宣言して、朗々と唱題を始めるんです。『お父さん、もう先生・奥さまも寝る時間やけん』って言い聞かせましたけど。師と共に戦い抜いてきた"信心の闘魂"は衰え知らずでしたね」
両親の葬儀に参列した大勢の同志の姿を見て、改めて、信心一筋を貫いた親の生きざまが胸に迫ったという。
「そんな両親の世話ができて良かったなって。今では、感謝の気持ちでいっぱいです」
池田先生はつづっている。
「大いなる境涯の人は幸福である。広々とした心で、毎日を生き抜いていける。
強き境涯の人は幸せである。苦しみにも負けることなく、悠々と一生を楽しんでいける。
深き境涯の人は幸せである。人生の深き味わいをかみしめながら、永遠にも通じゆく有意義な価値の歴史をつくりゆくことができる。
清らかな境涯の人は幸せである。その人のまわりには、つねにさわやかな喜びが広がっていく。(中略)
こうした、生命の大境涯を建設することに、仏道修行の目的もある」(池田大作先生の指導選集〈上〉『幸福への指針』)
有田さんは取材の終わり際に話していた。
「両親の夫婦愛は最後まですごかったです。やっぱり、広宣流布のために一緒に戦った思い出というのは、心の奥底にしっかり刻まれるんでしょうね」
[教学コンパス]
"もっとやれることがあったのでは"。大切な人との死別に際し、そうした後悔が募ったという人は少なくないだろう。記者も親族をみとる経験の中で、例えようもない喪失感を抱いたことがある。
日蓮大聖人は伊豆流罪の赦免後、文永元年(1264年)、故郷の安房国(現在の千葉県南部)に足を運んで病床の母を見舞い、快癒を祈念。母の寿命を4年も延ばすことができた。それでも、大聖人は母を亡くした後、「母に先立たれた今になって、強い後悔の思いにかられています」(新2074・全1401、趣旨)と述べられている。もっと親孝行をしたかった——率直なお言葉に、大聖人の母を思う深いお心が伝わってくる。
御聖訓には「題目の光無間に至って即身成仏せしむ」(新991・全712)と仰せだ。私たちが唱える自行化他の題目は、必ず故人に届く。生死を超えて、共に妙法の光明に包まれる。この信心の実践を貫く中にこそ、「生も歓喜、死も歓喜」という大境涯を開きゆく、最高の追善があるのだ。
「いよいよ道心堅固にして、
今度仏になり給え」
仏法入門は「幸福の門」。
多くの友と希望に燃えて
任用試験に挑みゆこう!
(新1606・全1184)
2022年8月29日
曾谷殿御返事 P1059
『命をば三千大千世界にても買はぬ物にて候』
【通解】
生命は三千大千世界をもっても買うことのできないものである。
名字の言 沖縄の発展に尽くした2代目県令・上杉茂憲 2022年8月29日
明治政府による琉球処分後の1881年、2代目沖縄県令に就いた上杉茂憲。山形・米沢藩最後の藩主だった彼は、県令としてわずか2年の任期で沖縄発展への足跡を残した▼就任後、県内をくまなく回った上杉は、困窮する人々の実態を目の当たりにし、政府に窮状を報告。粘り強く働き掛け、小学校設立の奨励や若者の本土留学など教育に力を入れた。道半ばで退任するが、やがて新聞社、銀行の創業者や政治家が誕生。彼の志を継ぐ者たちが近代沖縄の道を開いた(『上杉茂憲』祥伝社新書)▼1988年2月、沖縄を訪問した池田先生は「沖縄池田青年塾」の開所式に出席。福沢諭吉が論じた「自我作古(我より古をなす)」に言及した。未聞の分野で自らが原点となって道を築き、後進のための礎になるとの意だ▼この精神で広布草創を切り開いた同志の奮闘をたたえつつ、先生は青年たちに訴えた。「諸君もまた、万年にわたる妙法広布の先覚者である」「諸君から大河は始まる。"自分自身が原点である"との自覚と実践を」と▼万代の広布の流れから見れば、今を生きる私たちもまた草創の先覚者であり、大河の出発点である。希望と勝利の未来へ、皆が若々しい気概で未聞の歴史を開いていきたい。
寸鉄 2022年8月29日
大目的が確立してこそ中小の目的も明確に—牧口先生。師弟の大願へ前進
国際部の日。人格と語学で世界広布に献身する友次代開く世界市民と輝け
毅然として力強いのは民衆だけ—文豪ドストエフスキー。草の根の対話益々。堂々と語ろう
SDGsに積極的な企業5割超。"自分事"の意識が未来を創る。足元から
国連「核実験に反対する国際デー」。"絶対悪"との恩師の遺訓を我らが拡大
〈社説〉 2022・8・29 31日は「学生部の日」
◇信心の歓喜つかむ勇気の挑戦を
明後31日は「学生部の日」。本年は、その淵源となった1962年の池田先生による学生部の代表に対する「御義口伝講義」開始から60周年を迎える。英知の人材輩出へ、講義は約5年間続いた。
そして池田先生は、67年の学生部総会で沖縄の本土復帰提言を、68年の同総会では歴史的な日中提言を発表する。新時代の平和創出へ、学生部への期待がいかに大きいかを象徴する事実である。
昨日、各地で学生部教学実力試験が実施された。多くの友が御義口伝をはじめ、夏の教学研さんの成果を発揮したことだろう。
御義口伝には「『疑いなきを信と曰う』の釈、これを思うべし云々」(新1047・全751)と。"疑わない"のではなく、"疑いがない"ことを「信」というと説かれている。
"なぜ信仰が必要なのか"——学会2世、3世、4世にとって、学会活動は疑問の連続かもしれない。学生部では、同じような悩みに直面してきた先輩と、共に祈り、学び、実践する中で、さまざまな疑問を解きほぐしながら「信」を深めている。
昨年、東南アジアから四国へ留学してきた学生部員も学会2世。努力すれば祈る必要はないと思っていたが、留学先が地方都市になったことに不満を抱いていた。
心情を学生部の先輩に打ち明けると「今、ここにいるのは意味がある。題目根本に努力すれば、必ず使命の道をつかめるよ」と励まされた。彼は目先の課題だけでなく、"社会に貢献できる使命の道を見つけたい"と、真剣な唱題に挑戦。その中で、自身の学ぶ環境や縁する友人が、自分の成長にとって最高の存在だと感じ、「四国に来られて良かった」と心から思えるようになった。
この春には、学会の人間主義の思想に共感した学友が入会。今、日々の唱題を通して生き生きと変わる友人の姿と、互いの夢を祈り合える同志となれた喜びに、御義口伝の「『喜』とは、自他共に喜ぶことなり」(新1061・全761)の一節を実感している。
下半期を、弘教拡大と人材拡大で飾ろうと、広布に走る学生部。次代を担う一人一人が勇気の対話で友に寄り添い、「僕は信心でこんなに変われた」「私は学会活動で本当に成長できた」と、信心の歓喜と確信をつかめるように、温かなエールを送りたい。
☆いのちの賛歌 心に刻む一節 テーマ:介護に携わって
◇御文
『苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思い合わせて南無妙法蓮華経とうちとなえいさせ給え。これあに自受法楽にあらずや。』(四条金吾殿御返事、新1554・全1143)
◇通解
苦を苦と覚り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。これこそ自受法楽ではないか。
◇苦楽を見下ろす境涯に 難病の母、認知症の父
若き池田先生が、山口県を舞台に弘教拡大の指揮を執った「山口開拓指導」。有田久子さん(58)=西山口牧口総県女性部長=の両親が創価学会に入会したのも、その仏縁の広がりから。以来、信心一筋。有田さんは親の背を見て師弟を学んできた。「そんな両親の介護で、悩む日が来るなんて……」
◇
有田さんは夫・忠彦さん(60)=支部長=を入会に導き、28歳で結婚。長男・一彦さん(27)=男子部員=を授かった。
2005年(平成17年)、未入会の義父を友人葬で見送ったことがきっかけで、義母は学会理解を深め、御本尊を受持した。2年後、義母の最期をみとる。
「それから間もなく、私の両親も70歳を超えていたので、同居を始めることになって。ちょうど、わが家を新築した頃でした」
家事を手助けしてもらえる。そんな期待もあったという。
「けれど、一緒に暮らし始めてすぐ、母の様子がおかしくなってきたんです。しょっちゅう、こけたり、物忘れが頻繁になったり」
病院を転々としたが、「認知症でしょう」と繰り返されるばかり。母の認知症状は次第に進行し、うつや幻覚などの症状も現れた。さらに、有田さんが学会活動から帰宅するたび、母から怒鳴られ、暴言を浴びせられるようにもなった。
「優しくて信心強盛だった母が、まるで別人のようで。暴言もそうですが、そんな母の姿を見るのが一番つらかったです」
有田さんが帰ると、家中が排せつ物だらけになっていたこともあったという。やがて母は、食事から下の世話まで、全面的な介護が必要になっていった。
「もう家族総出での介護でしたね」
その後、母は嚥下機能の低下により、胃ろうの手術を受けた。また、大学病院での検査を経て、大脳に強い萎縮が見られる難病の「大脳皮質基底核変性症」だと判明した。
暴言や幻覚といった症状が難病のせいだと分かり、「半分は安心した」と有田さん。とはいえ、「根本的な治療法はなく、進行すれば寝たきりにもなる。もう半分は、落ち込みました」と明かす。
医師とも相談し、在宅での介護は困難と判断されたため、入院させることになった。
そんな中、今度は父が心筋梗塞で倒れた。以来、父は入退院を繰り返す中、次第に認知症も進んでいった。
「二人は別々の病院に入院したので、着替えやらタオルやらを持って、毎日、あっち行ったりこっち行ったり」
退院した父を在宅で介護している間は、夜間の徘徊もあった。家族で捜し回り、血だらけの父を保護したことも。両親の介護に尽くしながら、有田さんは学会で総県の中心者として、広大な地域を同志の激励に走る日々。
文字通り、無我夢中だった。
「外でええこと言っても、家に帰ったら壮絶な状態。"しんどいな""なんでわが家ばっかり"って、思わず涙が込み上げた時、目に飛び込んだのが『苦をば苦とさとり……』という御書の一節でした」
苦しい時もうれしい時も、ありのまま妙法を唱え抜く。その先に、「自受法楽」(自ら法楽を受く)という、人生の一切を仏界の大境涯から悠々と見下ろしていけるような、強い自分自身を築いていける——。
信仰の醍醐味を示された御聖訓を拝して、有田さんは「介護も人生も、きれい事だけでは済まないのが現実。悩み、葛藤しながら、それでも信心を貫くから、本当の宿命転換ができる」と自らを鼓舞したという。「そう思ったら、苦労できること自体に感謝の心が少しずつ湧いて」
有田さんは、母を13年間、父を8年間、それぞれ介護した末に最期をみとった。
「あの経験があったからこそ、人の苦悩に心から同苦できるようになれた。私に信心を教えてくれた父母は、最後まで身をもって、信心の深さを教えてくれたんだと思います」
「とはいえ、現実には"いつまでこの状況が続くんだろう"って、何度も思いました。そのたびに御本尊に祈って、生命力をたぎらせて、目の前のことに精いっぱい尽くす。両親の介護に向き合ってきたようで、実は、自分自身の命に一番向き合ったのかもしれません」
学会草創期から広布に駆けてきた両親。
認知症を患う中でも、有田さんの父は毎日、唱題だけは欠かさなかったそうだ。
「夜中に起きてきて、『今日一日、池田先生・奥さま、お元気で!』って宣言して、朗々と唱題を始めるんです。『お父さん、もう先生・奥さまも寝る時間やけん』って言い聞かせましたけど。師と共に戦い抜いてきた"信心の闘魂"は衰え知らずでしたね」
両親の葬儀に参列した大勢の同志の姿を見て、改めて、信心一筋を貫いた親の生きざまが胸に迫ったという。
「そんな両親の世話ができて良かったなって。今では、感謝の気持ちでいっぱいです」
池田先生はつづっている。
「大いなる境涯の人は幸福である。広々とした心で、毎日を生き抜いていける。
強き境涯の人は幸せである。苦しみにも負けることなく、悠々と一生を楽しんでいける。
深き境涯の人は幸せである。人生の深き味わいをかみしめながら、永遠にも通じゆく有意義な価値の歴史をつくりゆくことができる。
清らかな境涯の人は幸せである。その人のまわりには、つねにさわやかな喜びが広がっていく。(中略)
こうした、生命の大境涯を建設することに、仏道修行の目的もある」(池田大作先生の指導選集〈上〉『幸福への指針』)
有田さんは取材の終わり際に話していた。
「両親の夫婦愛は最後まですごかったです。やっぱり、広宣流布のために一緒に戦った思い出というのは、心の奥底にしっかり刻まれるんでしょうね」
[教学コンパス]
"もっとやれることがあったのでは"。大切な人との死別に際し、そうした後悔が募ったという人は少なくないだろう。記者も親族をみとる経験の中で、例えようもない喪失感を抱いたことがある。
日蓮大聖人は伊豆流罪の赦免後、文永元年(1264年)、故郷の安房国(現在の千葉県南部)に足を運んで病床の母を見舞い、快癒を祈念。母の寿命を4年も延ばすことができた。それでも、大聖人は母を亡くした後、「母に先立たれた今になって、強い後悔の思いにかられています」(新2074・全1401、趣旨)と述べられている。もっと親孝行をしたかった——率直なお言葉に、大聖人の母を思う深いお心が伝わってくる。
御聖訓には「題目の光無間に至って即身成仏せしむ」(新991・全712)と仰せだ。私たちが唱える自行化他の題目は、必ず故人に届く。生死を超えて、共に妙法の光明に包まれる。この信心の実践を貫く中にこそ、「生も歓喜、死も歓喜」という大境涯を開きゆく、最高の追善があるのだ。
2022年8月28日日曜日
2022.08.28 わが友に贈る
さあ新たな広布の峰へ
清新なる決意で出発だ!
自らの目標を明確に
強き祈りと行動で
一日一日を勝利しよう!
佐渡御書 P960
『日蓮を信ずるやうなりし者どもが日蓮がかくなれば疑ををこして法華経をすつるのみならずかへりて日蓮を教訓して我賢しと思はん僻人等が念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便とも申す計りなし』
【通解】
日蓮を信ずるようであった者どもが、日蓮がこのような大難(佐渡流罪)にあうと、疑いを起こして法華経を捨てるだけでなく、かえって日蓮を教訓して、自分のほうが賢いと思っている。このような歪んだ心の者たちが、念仏者よりも長く阿鼻地獄に堕ちたままになることは、不憫としか言いようがない
【先生の指導から】
戸田先生は語っておられた。戦時中、牧口先生が投獄された時のことである。師のそばにいた大幹部が退転した。ある者は、大恩ある師匠を「牧口の野郎」と罵倒し、去っていった。
一番の弟子のような顔をしながら、大難を受けると、手の平を返すように師匠を誹謗する。恩を仇で返す。これこそ敵のなかの敵ではないか。
名字の言 "特別"と感じる母の手料理 2022年8月28日
「初帰郷 食べたい物は? 手料理と」——本紙19日付の「新・生き生き川柳」に載った句である。行動制限がなかった今夏、久方ぶりに帰省し、実家の食事に舌鼓を打った友もいるだろう▼なぜ多くの人が、母の手料理は"特別"と感じるのか。慣れ親しんだ味であったり、素材の良さや作り方に工夫があったりもしよう▼だが料理教室を主宰しているメンバーは言う。「そういった理由以上に、わが子を大切に思う親の愛情がいっぱい込められているからですよ。"お母さんの味"には私たちもかないません」▼それは料理に限らず、対話や文章にも通じること。新米記者だった頃、先輩から受けた助言がずっと心に残っている。「世界平和や人類愛といっても、一般論で書くだけでは読者の胸に届かない。たった一人でいい。悩んだり苦しんだりしている友のことを思い浮かべ、"その一人のために"と精魂込めてつづった記事が、万人の胸に響くんだ」▼「一は万が母」(新578・全498)との御聖訓を、よくよく拝したい。"あの友を元気づけよう""この人に希望を"と、具体的な「一人」のために祈り、尽くしていく。その一歩から広宣流布の万波が広がることを信じ、行動を開始しよう。
寸鉄 2022年8月28日
地道でなければ難攻不落の城築けぬ—戸田先生。幹部率先で足運び絆強く
東京・葛飾「広布師弟原点の日」65周年。共戦の炎は赤々と。皆で模範の拡大
学生部が教学実力試験。生命尊厳を時代精神に!頼もしき行学錬磨の俊英
何か掴もうとする思考が逆境力鍛える—心理士。負けじ魂胸に挑戦の日々
感染者の高止まり続く。3密回避や換気等、基本対策を再確認。油断せず
☆広宣流布大誓堂10周年の明年へ出発 第10回本部幹部会
◇池田先生が記念のメッセージ「生命尊厳こそ人類の原点」 原田会長、永石女性部長が各部代表と出席
「広宣流布大誓堂」完成10周年の明年へ出発を期す第10回本部幹部会が27日午後、巣鴨の東京戸田記念講堂で盛大に開催された。
これには、原田会長、長谷川理事長、永石女性部長らが各部の代表と出席。
池田大作先生は記念のメッセージを贈り、行き詰まった時に人類が立ち返るべき原点は「生命」であり、この「生命」に本源的な智慧の光を当てている哲理こそが、「御義口伝」に説かれる「生命観」「生死観」「社会観」「宇宙観」であると強調。
「人間のための宗教」であり、人類の宿命を転換し得る「太陽の仏法」の極理を、創価の師弟は「哲学界の王者」の誇りも高く、いよいよ語り広めていきたいと呼び掛けた。
(全国配信は9月2日から5日〈配信の会場と時間等は各県・区で決定〉。同期間中、「モバイルSTB」「SOKAnet会員サポート」でも視聴可能)
地球民族の幸福と平和へ「人間のための宗教」を語れ
池田先生の入信75周年の「8・24」から、創価学会創立記念日の「11・18」へ、満々たる折伏精神をみなぎらせて出発する本部幹部会。会場である東京戸田記念講堂には、新たな勝利の峰を目指し、広布拡大の決意に燃え立つ友が晴れやかに集った。
池田先生は幹部会に寄せたメッセージで、全宝友に感謝を込めて、以前に書き留めた一書を披露したいと述べた。
そして、壇上に墨痕鮮やかな大書が運ばれてきた。そこには、「法恩師恩」の文字。
先生が「あいがたき妙法に巡りあえた大恩は天空よりも高く、慈折広宣流布の師弟に生き抜ける大恩は大海よりも深い」と強調し、「この恩を知り、この恩に報いんとする一念には、何ものをも勝ち越える勇気と未来の友の道を開く力が尽きることなく湧いてくる。これが、わが不退の75星霜を貫く大確信であります」と烈々たる信念を語ると、参加者の瞳が一段と輝いた。
池田先生はメッセージの冒頭、25年前にインドで、「ニュー・ヒューマニズムの世紀」を展望する講演を行ったことに触れた。
同講演が行われた1997年当時も、世界は貧困と飢餓、資源の浪費、核兵器の拡散等の問題に直面していた。先生は同講演で"「新しい現実」はあるのに「新しい人間」がいない。「新しい生き方」「新しい哲学」が広がっていない"と強調。青年を陶冶する「教育」を柱とした、「人間のための宗教」の在り方などを縦横に論じた。
以来、四半世紀。インドをはじめ世界各地に今、人間主義の仏法を持ち、挑戦と成長の青春を歩む創価の若人たちが、澎湃と躍り出て、広宣流布の新たな潮流を起こしている。
日本では秋に向けて、求道の青年を先頭に「教学部任用試験(仏法入門)」による人材育成に全力を挙げ、生命尊厳の仏法の精髄を学ぶ。
男子部は8・9月を中心に「大学校生大会」、創価班・牙城会の「新時代生大会」を意気高く開催し、新たな力を糾合する。
池田華陽会は9月に第3回「華陽カレッジ」を実施。訪問・激励を軸に、華陽姉妹の連帯を広げる。
さらに11・12月には「SOKAユースフェスタ」を開催。男子部、学生部、女性部のヤング白ゆり世代・池田華陽会が、対話・人材拡大に取り組む。
さあ、頼もしき創価の若師子と共に、皆が青年の心で、「人間のための宗教」を学び、堂々と語りゆこう!——「青年・飛躍の年」の総仕上げを誓う幹部会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介した。
横井総合女子未来部長は、今月行われた未来部の夏季研修会の模様を報告。自身が創価高校、創価大学で学ぶ中で築いた創立者との原点を胸に、後継の友の励ましに走り抜く決意を述べた。
続いて、来月に結成記念日を迎える少年少女部を代表して「富士少年希望少女合唱団」が少年少女部歌「Be Brave! 獅子の心で」のリモート合唱(事前収録)を披露した。
この日に向けて同合唱団のメンバーは、オンラインでの練習を積み重ねてきた。一人一人が"チャレンジノート"に目標を記し、勉学や唱題など自分の成長を目指して挑戦。ある友は、小説『新・人間革命』を読み進め、師匠の励ましの行動を学んだ。またある友は、未来部の各種コンクールにも取り組み、"獅子の心"を燃やした。全員が心を一つにして、"世界が大変な今、歌を通して多くの人に勇気と希望を送りたい"との決意を歌声に託した。
合唱映像を視聴した後、宮崎潤一郎さん(東京・杉並総区男子部長)が活動体験を発表した。学会一筋の父との死別を乗り越え、医学博士号を取得後、大手製薬会社に勤務。がん治療薬の開発に携わるなど、社会で実証を示しながら、リーダー率先の弘教を実らせた喜びを語った。
西方男子部長は、閉塞感が漂う社会にあって、今ほど真に人生の意味を与え、希望を送る哲学が求められている時はないと力説。教学部任用試験(仏法入門)を通じて万人尊敬の哲学を心肝に染め、破邪顕正の言論闘争に勇んで挑みゆく決意を述べた。
原田会長は池田先生が1974年に南米ペルーの「宗教裁判所博物館」を視察した折、宗教による差別や迫害を乗り越えるためには"人間"という原点に立ち返り、宗教間対話を展開していく以外にないと語ったことに言及した。そして、日蓮大聖人の仏法を掲げ、一人一人が人格の輝きを放ち、実証を示す中で、いわば"人間宗"として地域社会に共感を広げてきたのが創価学会であると強調。混迷の時代だからこそ"学会の素晴らしさを語る時"と定め、威風堂々と対話拡大にまい進しようと訴えた。
最後に、池田先生のスピーチ(1993年4月の全国青年部幹部会)を収録した、新しいVOD番組「利他の行動で自他共の幸福を」を視聴した。
☆御書根本の大道 池田大作先生の講義に学ぶ 第18回 嘆きから喜びへ
◇顕仏未来記
『法華経の第七に云わく「我滅度して後、後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶せしむることなかれ」等云々。
予、一たびは歎いて云わく、仏の滅後既に二千二百二十余年を隔つ。いかなる罪業によって、仏の在世に生まれず、正法の四依、像法の中の天台・伝教等にも値わざるやと。
また一たびは喜んで云わく、いかなる幸いあって、後の五百歳に生まれてこの真文を拝見することぞや。』(新606・全505)
◇勇気の指標
私はあらためて、今の高等部、中等部、少年少女部の皆さんの前進こそ、全世界の次代の黎明を告げる暁鐘であると宣言したいのであります。
◆◇◆
一見すると末法それ自体は、嘆くべき時代です。しかし、大聖人はむしろ、困難を打ち破り、真実の法が弘まる、広宣流布実現の「喜ぶべき時代」と捉え返されているのです。
まさしく、この「歎き」から「喜び」への大転換こそが重要です。それは大聖人御自身が、苦悩にあえぐ民衆を救い切るため、大難の中で、断じて正法を弘めてみせるとの強き覚悟に立たれているからです。
この原理を、私たちは深く学びたい。厳しい環境や境遇であったとしても、それをただ「嘆いて」いるのではなく、自身の一念を変革し、自らが主体者となっていけば、周りの状況を変えていくことができる。
そして、自分のためだけでなく、人のために、社会のためにと行動するからこそ、そこに真の「喜び」が湧くのです。これが「人間革命」の生き方です。
◆◇◆
未来部の皆さんこそ、この崇高な学会精神を受け継ぎ、21世紀の世界へ、「人間の宗教」の広宣流布という"現代の未来記"を掲げて勇敢に前進していただきたいのです。
◇夢や希望を大きく描いて 女子副未来部長 木下友里
8月も残りわずか。未来部の皆さんは、どんな日々を過ごしていますか? 自分らしい"挑戦の日記"をつづる夏にしていきたいですね。
今回は、池田先生の著作『未来の希望「正義の走者」に贈る』から、「顕仏未来記」を一緒に学んでいきましょう。
◇大変だからこそ
"世界が平和で、人々が笑顔にあふれた幸せな未来を築きたい"という、仏の願いが記された御書が、この顕仏未来記です。
日蓮大聖人はこの御書の中で、争いが絶えない「末法」という時代に生まれたために、法華経という最も大事な教えを説いた釈迦仏にも、正しい仏法を説いてきた偉大な人たちにも会えないことを、悲しみ、嘆いておられます。
ところがその後、"末法という、大変な世の中こそ、実は、仏の願いを実現する時なのだ"と、喜ばれているのです。
"どうして大聖人は、反対のことを言われているのかな"と思う人もいるでしょう。
池田先生は、この御文について、次のように講義してくださっています。
「厳しい環境や境遇であったとしても、それをただ『嘆いて』いるのではなく、自身の一念を変革し、自らが主体者となっていけば、周りの状況を変えていくことができる」
私は、この講義を学んで、"そうだ! 今、コロナなどで大変な状況が続いているけれど、こういう時こそ、心を大きく広げて、頑張る時なんだ"と改めて決意することができました。
◇将来、必ず恩返しを
私自身、小学生の頃、父の事業が傾き、経営していた会社を畳むことに。家庭の経済状況が厳しくなりました。勉強を重ね、創価大学に合格できたのですが、進学後、家計はさらに悪化。両親は必死になって働き、家計を支えてくれました。また、弟も働いて稼いだお金を家に入れてくれました。
"私だけ大学に行っていていいのかな"と悩みましたが、家族は、「あなたが創大生として学んでいることが誇りなんだよ」と背中を押してくれました。"将来、必ず家族に恩返ししよう"——そう決めて、勉学に励みました。
信心で家族が団結し、私も学会活動に一生懸命、挑戦する中で、大学4年の時、父は55歳で正社員となることができ、闘病していた祖母の手術も大成功しました。
そして、社会人になって数年後、思ってもみなかった形で環境が動き、負債を完済することができたのです。"苦しい時も、負けずに頑張ってきて本当に良かったね!"と、家族で一緒に喜び合いました。
◇皆さんの存在自体が
皆さんも、"どうして私だけ?"と思うようなことに直面することがあるかもしれません。そんな時こそ、今回の「一たびは喜んで云わく」という御文を思い出したいと思います。
投げ出したい、逃げ出したいと思うような出来事にぶつかった時こそ、"より大きな自分になって、使命を果たしていくためのチャンスだ!"——そんなふうに気持ちを前向きに切り替えて、目の前の課題に勇気を持って挑戦していけば、必ず未来が開かれていきます。私も体験を通して、このことを学ぶことができました。
「人類が、また地球全体が、大きな困難から力強く立ち上がろうとしているさなかにあって、皆さんの存在自体が、そして、健やかな成長そのものが、全世界の民衆の新たな希望」——池田先生は講義の中でつづってくださいました。
いろんなことがあって、心が揺れ動くこともありますが、自分の使命を信じて前進してほしいと思います。そのための信心です。未来部の仲間たちもいます。
将来の夢や希望という"私たち自身の未来記"を大きく描きながら、かけがえのない今この時を、2030年を開きゆく皆さんと共に、私も朗らかに進んでいきます。
◇メモ
「顕仏未来記」は、文永10年(1273年)閏5月11日、日蓮大聖人が、佐渡流罪中に一谷で著された書。大聖人の未来記が明かされている。宛名はないが、実質的には全門下に与えられた御書と言える。
清新なる決意で出発だ!
自らの目標を明確に
強き祈りと行動で
一日一日を勝利しよう!
佐渡御書 P960
『日蓮を信ずるやうなりし者どもが日蓮がかくなれば疑ををこして法華経をすつるのみならずかへりて日蓮を教訓して我賢しと思はん僻人等が念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便とも申す計りなし』
【通解】
日蓮を信ずるようであった者どもが、日蓮がこのような大難(佐渡流罪)にあうと、疑いを起こして法華経を捨てるだけでなく、かえって日蓮を教訓して、自分のほうが賢いと思っている。このような歪んだ心の者たちが、念仏者よりも長く阿鼻地獄に堕ちたままになることは、不憫としか言いようがない
【先生の指導から】
戸田先生は語っておられた。戦時中、牧口先生が投獄された時のことである。師のそばにいた大幹部が退転した。ある者は、大恩ある師匠を「牧口の野郎」と罵倒し、去っていった。
一番の弟子のような顔をしながら、大難を受けると、手の平を返すように師匠を誹謗する。恩を仇で返す。これこそ敵のなかの敵ではないか。
名字の言 "特別"と感じる母の手料理 2022年8月28日
「初帰郷 食べたい物は? 手料理と」——本紙19日付の「新・生き生き川柳」に載った句である。行動制限がなかった今夏、久方ぶりに帰省し、実家の食事に舌鼓を打った友もいるだろう▼なぜ多くの人が、母の手料理は"特別"と感じるのか。慣れ親しんだ味であったり、素材の良さや作り方に工夫があったりもしよう▼だが料理教室を主宰しているメンバーは言う。「そういった理由以上に、わが子を大切に思う親の愛情がいっぱい込められているからですよ。"お母さんの味"には私たちもかないません」▼それは料理に限らず、対話や文章にも通じること。新米記者だった頃、先輩から受けた助言がずっと心に残っている。「世界平和や人類愛といっても、一般論で書くだけでは読者の胸に届かない。たった一人でいい。悩んだり苦しんだりしている友のことを思い浮かべ、"その一人のために"と精魂込めてつづった記事が、万人の胸に響くんだ」▼「一は万が母」(新578・全498)との御聖訓を、よくよく拝したい。"あの友を元気づけよう""この人に希望を"と、具体的な「一人」のために祈り、尽くしていく。その一歩から広宣流布の万波が広がることを信じ、行動を開始しよう。
寸鉄 2022年8月28日
地道でなければ難攻不落の城築けぬ—戸田先生。幹部率先で足運び絆強く
東京・葛飾「広布師弟原点の日」65周年。共戦の炎は赤々と。皆で模範の拡大
学生部が教学実力試験。生命尊厳を時代精神に!頼もしき行学錬磨の俊英
何か掴もうとする思考が逆境力鍛える—心理士。負けじ魂胸に挑戦の日々
感染者の高止まり続く。3密回避や換気等、基本対策を再確認。油断せず
☆広宣流布大誓堂10周年の明年へ出発 第10回本部幹部会
◇池田先生が記念のメッセージ「生命尊厳こそ人類の原点」 原田会長、永石女性部長が各部代表と出席
「広宣流布大誓堂」完成10周年の明年へ出発を期す第10回本部幹部会が27日午後、巣鴨の東京戸田記念講堂で盛大に開催された。
これには、原田会長、長谷川理事長、永石女性部長らが各部の代表と出席。
池田大作先生は記念のメッセージを贈り、行き詰まった時に人類が立ち返るべき原点は「生命」であり、この「生命」に本源的な智慧の光を当てている哲理こそが、「御義口伝」に説かれる「生命観」「生死観」「社会観」「宇宙観」であると強調。
「人間のための宗教」であり、人類の宿命を転換し得る「太陽の仏法」の極理を、創価の師弟は「哲学界の王者」の誇りも高く、いよいよ語り広めていきたいと呼び掛けた。
(全国配信は9月2日から5日〈配信の会場と時間等は各県・区で決定〉。同期間中、「モバイルSTB」「SOKAnet会員サポート」でも視聴可能)
地球民族の幸福と平和へ「人間のための宗教」を語れ
池田先生の入信75周年の「8・24」から、創価学会創立記念日の「11・18」へ、満々たる折伏精神をみなぎらせて出発する本部幹部会。会場である東京戸田記念講堂には、新たな勝利の峰を目指し、広布拡大の決意に燃え立つ友が晴れやかに集った。
池田先生は幹部会に寄せたメッセージで、全宝友に感謝を込めて、以前に書き留めた一書を披露したいと述べた。
そして、壇上に墨痕鮮やかな大書が運ばれてきた。そこには、「法恩師恩」の文字。
先生が「あいがたき妙法に巡りあえた大恩は天空よりも高く、慈折広宣流布の師弟に生き抜ける大恩は大海よりも深い」と強調し、「この恩を知り、この恩に報いんとする一念には、何ものをも勝ち越える勇気と未来の友の道を開く力が尽きることなく湧いてくる。これが、わが不退の75星霜を貫く大確信であります」と烈々たる信念を語ると、参加者の瞳が一段と輝いた。
池田先生はメッセージの冒頭、25年前にインドで、「ニュー・ヒューマニズムの世紀」を展望する講演を行ったことに触れた。
同講演が行われた1997年当時も、世界は貧困と飢餓、資源の浪費、核兵器の拡散等の問題に直面していた。先生は同講演で"「新しい現実」はあるのに「新しい人間」がいない。「新しい生き方」「新しい哲学」が広がっていない"と強調。青年を陶冶する「教育」を柱とした、「人間のための宗教」の在り方などを縦横に論じた。
以来、四半世紀。インドをはじめ世界各地に今、人間主義の仏法を持ち、挑戦と成長の青春を歩む創価の若人たちが、澎湃と躍り出て、広宣流布の新たな潮流を起こしている。
日本では秋に向けて、求道の青年を先頭に「教学部任用試験(仏法入門)」による人材育成に全力を挙げ、生命尊厳の仏法の精髄を学ぶ。
男子部は8・9月を中心に「大学校生大会」、創価班・牙城会の「新時代生大会」を意気高く開催し、新たな力を糾合する。
池田華陽会は9月に第3回「華陽カレッジ」を実施。訪問・激励を軸に、華陽姉妹の連帯を広げる。
さらに11・12月には「SOKAユースフェスタ」を開催。男子部、学生部、女性部のヤング白ゆり世代・池田華陽会が、対話・人材拡大に取り組む。
さあ、頼もしき創価の若師子と共に、皆が青年の心で、「人間のための宗教」を学び、堂々と語りゆこう!——「青年・飛躍の年」の総仕上げを誓う幹部会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介した。
横井総合女子未来部長は、今月行われた未来部の夏季研修会の模様を報告。自身が創価高校、創価大学で学ぶ中で築いた創立者との原点を胸に、後継の友の励ましに走り抜く決意を述べた。
続いて、来月に結成記念日を迎える少年少女部を代表して「富士少年希望少女合唱団」が少年少女部歌「Be Brave! 獅子の心で」のリモート合唱(事前収録)を披露した。
この日に向けて同合唱団のメンバーは、オンラインでの練習を積み重ねてきた。一人一人が"チャレンジノート"に目標を記し、勉学や唱題など自分の成長を目指して挑戦。ある友は、小説『新・人間革命』を読み進め、師匠の励ましの行動を学んだ。またある友は、未来部の各種コンクールにも取り組み、"獅子の心"を燃やした。全員が心を一つにして、"世界が大変な今、歌を通して多くの人に勇気と希望を送りたい"との決意を歌声に託した。
合唱映像を視聴した後、宮崎潤一郎さん(東京・杉並総区男子部長)が活動体験を発表した。学会一筋の父との死別を乗り越え、医学博士号を取得後、大手製薬会社に勤務。がん治療薬の開発に携わるなど、社会で実証を示しながら、リーダー率先の弘教を実らせた喜びを語った。
西方男子部長は、閉塞感が漂う社会にあって、今ほど真に人生の意味を与え、希望を送る哲学が求められている時はないと力説。教学部任用試験(仏法入門)を通じて万人尊敬の哲学を心肝に染め、破邪顕正の言論闘争に勇んで挑みゆく決意を述べた。
原田会長は池田先生が1974年に南米ペルーの「宗教裁判所博物館」を視察した折、宗教による差別や迫害を乗り越えるためには"人間"という原点に立ち返り、宗教間対話を展開していく以外にないと語ったことに言及した。そして、日蓮大聖人の仏法を掲げ、一人一人が人格の輝きを放ち、実証を示す中で、いわば"人間宗"として地域社会に共感を広げてきたのが創価学会であると強調。混迷の時代だからこそ"学会の素晴らしさを語る時"と定め、威風堂々と対話拡大にまい進しようと訴えた。
最後に、池田先生のスピーチ(1993年4月の全国青年部幹部会)を収録した、新しいVOD番組「利他の行動で自他共の幸福を」を視聴した。
☆御書根本の大道 池田大作先生の講義に学ぶ 第18回 嘆きから喜びへ
◇顕仏未来記
『法華経の第七に云わく「我滅度して後、後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶せしむることなかれ」等云々。
予、一たびは歎いて云わく、仏の滅後既に二千二百二十余年を隔つ。いかなる罪業によって、仏の在世に生まれず、正法の四依、像法の中の天台・伝教等にも値わざるやと。
また一たびは喜んで云わく、いかなる幸いあって、後の五百歳に生まれてこの真文を拝見することぞや。』(新606・全505)
◇勇気の指標
私はあらためて、今の高等部、中等部、少年少女部の皆さんの前進こそ、全世界の次代の黎明を告げる暁鐘であると宣言したいのであります。
◆◇◆
一見すると末法それ自体は、嘆くべき時代です。しかし、大聖人はむしろ、困難を打ち破り、真実の法が弘まる、広宣流布実現の「喜ぶべき時代」と捉え返されているのです。
まさしく、この「歎き」から「喜び」への大転換こそが重要です。それは大聖人御自身が、苦悩にあえぐ民衆を救い切るため、大難の中で、断じて正法を弘めてみせるとの強き覚悟に立たれているからです。
この原理を、私たちは深く学びたい。厳しい環境や境遇であったとしても、それをただ「嘆いて」いるのではなく、自身の一念を変革し、自らが主体者となっていけば、周りの状況を変えていくことができる。
そして、自分のためだけでなく、人のために、社会のためにと行動するからこそ、そこに真の「喜び」が湧くのです。これが「人間革命」の生き方です。
◆◇◆
未来部の皆さんこそ、この崇高な学会精神を受け継ぎ、21世紀の世界へ、「人間の宗教」の広宣流布という"現代の未来記"を掲げて勇敢に前進していただきたいのです。
◇夢や希望を大きく描いて 女子副未来部長 木下友里
8月も残りわずか。未来部の皆さんは、どんな日々を過ごしていますか? 自分らしい"挑戦の日記"をつづる夏にしていきたいですね。
今回は、池田先生の著作『未来の希望「正義の走者」に贈る』から、「顕仏未来記」を一緒に学んでいきましょう。
◇大変だからこそ
"世界が平和で、人々が笑顔にあふれた幸せな未来を築きたい"という、仏の願いが記された御書が、この顕仏未来記です。
日蓮大聖人はこの御書の中で、争いが絶えない「末法」という時代に生まれたために、法華経という最も大事な教えを説いた釈迦仏にも、正しい仏法を説いてきた偉大な人たちにも会えないことを、悲しみ、嘆いておられます。
ところがその後、"末法という、大変な世の中こそ、実は、仏の願いを実現する時なのだ"と、喜ばれているのです。
"どうして大聖人は、反対のことを言われているのかな"と思う人もいるでしょう。
池田先生は、この御文について、次のように講義してくださっています。
「厳しい環境や境遇であったとしても、それをただ『嘆いて』いるのではなく、自身の一念を変革し、自らが主体者となっていけば、周りの状況を変えていくことができる」
私は、この講義を学んで、"そうだ! 今、コロナなどで大変な状況が続いているけれど、こういう時こそ、心を大きく広げて、頑張る時なんだ"と改めて決意することができました。
◇将来、必ず恩返しを
私自身、小学生の頃、父の事業が傾き、経営していた会社を畳むことに。家庭の経済状況が厳しくなりました。勉強を重ね、創価大学に合格できたのですが、進学後、家計はさらに悪化。両親は必死になって働き、家計を支えてくれました。また、弟も働いて稼いだお金を家に入れてくれました。
"私だけ大学に行っていていいのかな"と悩みましたが、家族は、「あなたが創大生として学んでいることが誇りなんだよ」と背中を押してくれました。"将来、必ず家族に恩返ししよう"——そう決めて、勉学に励みました。
信心で家族が団結し、私も学会活動に一生懸命、挑戦する中で、大学4年の時、父は55歳で正社員となることができ、闘病していた祖母の手術も大成功しました。
そして、社会人になって数年後、思ってもみなかった形で環境が動き、負債を完済することができたのです。"苦しい時も、負けずに頑張ってきて本当に良かったね!"と、家族で一緒に喜び合いました。
◇皆さんの存在自体が
皆さんも、"どうして私だけ?"と思うようなことに直面することがあるかもしれません。そんな時こそ、今回の「一たびは喜んで云わく」という御文を思い出したいと思います。
投げ出したい、逃げ出したいと思うような出来事にぶつかった時こそ、"より大きな自分になって、使命を果たしていくためのチャンスだ!"——そんなふうに気持ちを前向きに切り替えて、目の前の課題に勇気を持って挑戦していけば、必ず未来が開かれていきます。私も体験を通して、このことを学ぶことができました。
「人類が、また地球全体が、大きな困難から力強く立ち上がろうとしているさなかにあって、皆さんの存在自体が、そして、健やかな成長そのものが、全世界の民衆の新たな希望」——池田先生は講義の中でつづってくださいました。
いろんなことがあって、心が揺れ動くこともありますが、自分の使命を信じて前進してほしいと思います。そのための信心です。未来部の仲間たちもいます。
将来の夢や希望という"私たち自身の未来記"を大きく描きながら、かけがえのない今この時を、2030年を開きゆく皆さんと共に、私も朗らかに進んでいきます。
◇メモ
「顕仏未来記」は、文永10年(1273年)閏5月11日、日蓮大聖人が、佐渡流罪中に一谷で著された書。大聖人の未来記が明かされている。宛名はないが、実質的には全門下に与えられた御書と言える。
2022年8月27日土曜日
2022.08.27 わが友に贈る
前進の息吹みなぎる
歓喜と和楽の座談会。
会場提供者への感謝
近隣への配慮を忘れず
心通い合う集いに!
四条金吾釈迦仏供養事 P1148
『このごろは女は尼になりて人をはかり男は入道になりて大悪をつくるなり、ゆめゆめあるべからぬ事なり』
【通解】
近ごろは女も尼になって人をたぼらかし、男は入道になって大悪を犯している。決してそのようなことがあってはまりません。
名字の言 東北勢初の甲子園制覇を成し遂げた仙台育英 2022年8月27日
深紅の大優勝旗が「白河の関」を越えた、熱戦の余韻が冷めやらない。夏の甲子園は、宮城・仙台育英高校が東北勢初の頂点に立った▼同校は厚みのある打線が最後まで好調を維持。全試合を好投手5人による継投で勝ち抜いた。悲願の全国制覇を成し遂げた背景には「日本一激しい」と自負するチーム内競争がある▼同校OBの須江航監督は高校時代、ずっと控え選手だった。どうすれば試合に出られるか悩んだ経験を育成に生かし、ベンチから外れた選手も含め、一人一人の能力を数値化。具体的な目標を明示して励ましを重ね、選手たちも期待に応えた。団結力と総合力も培われた。"誰にでもチャンスはある"——その心が反映された監督の優勝インタビューは、コロナ禍で"密な青春"を過ごせなかった全国の高校生へのエールとして、大きな反響を呼んだ▼励まし合い、切磋琢磨する仲間がいれば強くなれる。目標が大きければ、その分だけ大きな力が出せる。それが青春の生命の素晴らしさだろう▼打ち続く試練にも負けず、この夏、努力と挑戦の汗を輝かせた全ての若き友に拍手を送りたい。そして私たちもまた、共戦の同志と支え合い、生涯青春の心意気で"わが勝利の最高峰"へ挑み続けよう。
寸鉄 2022年8月27日
「題目を唱え奉る音は、十方世界に」御書。強き信が躍進の力。朝の祈りから(新1121・全808)
総秋田女性部の日。"安喜多"は桜梅桃李の人材城。一人が焦点。真心尽くし
信心をやり通していけば必ず功徳が出る—恩師。陰徳の賢者に陽報燦々と
夏休み明け直前は、子の不安が高まる時。小さな変化見逃さず寄り添いを
若い世代で急性内斜視が増加。携帯の長時間使用が原因と。意識して休憩
☆創大通教「学光祭」への池田先生のメッセージ
◇世界の光友と共に歴史拓け
今日も、私は一緒に参加している思いで、エールを送ります。
猛暑や大雨なども打ち続く中、毅然と向学の努力を貫く皆さんに最大の敬意を表したいのであります。
わが学光家族一人一人の「学びの大情熱」が、どれほど尊いか。それは、命から命へ燃え広がり、時代の闇を照らす希望の光源であり、まさしく「新たな歴史を拓く」熱源であります。
今年の誇り高き卒業生に、創大通教に学ばれていた愛娘を東日本大震災で亡くされ、その大情熱を受け継いで学び抜かれたお母さまがおられたことも思い起こされます。
今世紀の初め、私は、「インド近代農業の父」と謳われるスワミナサン博士と対談集を発刊しました。人類が「健康で幸福な人生」を生きるために、食糧危機を打開する永続的な「緑の革命」とともに、「心の革命」が絶対に必要であると対話を進めたのです。
どうか、わが信頼する皆さんは、世界が要請する「心の革命」の先駆者として、学びと創意工夫の挑戦を重ね、それぞれの使命の舞台で、いかなる困難も次の飛躍へと転ずる価値創造を断固と成し遂げていただきたいのであります。
スワミナサン博士は、一日の終わりに「今日の自分は昨日の自分より善くなれた」と言える変革を、と呼び掛けていました。
月々日々に粘り強く朗らかに、いよいよ学の光を増し、世界に広がる「光友」と共に、新たな歴史を拓こうではありませんか!
いつも、皆さんを応援し、支えておられるご家族・友人の方々にも、創立者の私から呉々もよろしくと、お伝えください。お元気で!
☆県長・県女性部長会での原田会長の指導(要旨)
◇創価の励ましこそ社会の希望 「人間のための宗教」を語ろう
一、8月24日は、池田先生の入信75周年でありました。この佳節を、衷心よりお祝い申し上げたいと思います。大変に、おめでとうございます!(拍手)
「8・24」75周年から、次なる指標と定めた明年の「11・18」広宣流布大誓堂完成10周年へ、勇躍の出発です。この下半期は、上半期に大きく広げた仏縁をより大切に育みながら、広布拡大と人材拡大に総力を挙げてまいりたい。
池田先生は20年前の「8・24」の随筆で、戸田先生の弟子として戦う誉れを、次のようにつづってくださいました。
「私は勝った。私は断じて負けなかった。断じて弟子が勝つ。これが、日蓮仏法の精髄であるからだ。そして、創価学会の真髄であり、師弟不二の根本であるからだ」と。さらに「この学会の組織で、広宣流布の拡大に戦うこと以外に『師弟直結』はありえない。あとは、観念論だ」とも教えてくださっています。
「師に捧ぐ 七十五歳の 入信日 閻浮に妙法 轟く誉れは」のお歌の通り、池田先生は真の弟子として、師匠の構想をことごとく実現され、世界広布を推し進めてこられました。その75年の大闘争に改めて感謝申し上げるとともに、私たちもまた、池田門下の師弟直結の戦いで、事実の上で組織を強化し、広布を拡大していきたい。
弘教拡大に力強く打って出て、明年の「11・18」を、全方面・全県が、「世帯増・部員増」そして「活動者増」で断固、勝ち飾る。この決意で出発しようではありませんか!(拍手)
◇核兵器廃絶へ行動
一、核兵器使用の危機が高まるなか、8月1日から26日までNPT(核兵器不拡散条約)の再検討会議が国連本部で行われ、SGIの代表団も参加してまいりました。それに先立つ7月26日に、池田先生は緊急提案として、リスク低減を図るために、核兵器の「先制不使用」の採択を含む重要事項を、国際社会に向けて発信されました。
緊迫した情勢のなか、議論は核保有国と非保有国の間をはじめ、さまざまな対立の中、何らかの最終文書が合意されるか、ぎりぎりまで交渉が続いているようです。この間、先制不使用の政策を保有国に求める文言が文書案に最後の最後まで残り、今日のリスクをいかにして低減させるかという議論に終始、影響を与えてきました。
その意味では、たとえ最終文書に残らなくとも、核軍縮への具体的な前進のために、今後もSGIとして国連と連携しながら先制不使用の議論を継続して推し進め、リスク低減の取り組みにも尽力していきたい。
具体的な提案をもって状況を開きゆく戦いに挑まれる先生の一念に呼応し、原水爆禁止宣言65周年の節目の本年、さらに国際社会への発信の努力を続けていきたい。
一、「大白蓮華」9月号の「世界を照らす太陽の仏法」で、池田先生は「人間のための宗教」について講義してくださっています。その中で先生は「人と人を結びゆく『対話』と、友の幸福を願う励ましの『行動』こそ、『人間のための宗教』の真髄」とされたうえで、戸田先生の次の言葉を教えてくださいました。
「一対一の折伏が、広宣流布達成の鉄則となる。これがまた、立派な民主主義のルールにかなった方程式ともいえるのだ。地道にみえる進み方だが、最も堅実である。この一波が二波になり、やがては千波、万波になっていって、初めて、広宣流布が達成されるのだ」
学会の広宣流布運動は、どこまでも一対一の対話です。そこにこそ納得と共感が生まれる。そして大事なことは「よし、自分が対話の波を起こそう」と決意することです。千波、万波になることを確信して、まず自らが波を起こす。この決意で拡大に打って出たい。
9月8日には『ワールド セイキョウ VOL.3』が発刊されます。聖教紙面も日々、充実しています。創価学会公式ホームページでも、新しいコンテンツが続々と発信予定です。さまざまなツールを活用し、対話の大波を起こしたい。内外共に困難の時だからこそ、創価の哲学、創価の励ましが希望の光となることは間違いありません。今こそ自信をもって、対話を広げ、「青年・飛躍の年」の総仕上げを弘教拡大・聖教拡大で飾っていきたい。
◇最重要の任用試験
一、11月6日には教学部任用試験(仏法入門)が行われます。今回の任用試験は、『日蓮大聖人御書全集 新版』が発刊されて初めての教学試験です。約4年ぶりの開催となりますが、その分、受験対象の方も多くいらっしゃいます。この下半期の最重要行事として、一人でも多くの方が挑戦できるよう、共に学び、励ましを送りたい。
小説『新・人間革命』第8巻「布陣」の章には、任用試験が信心の転機となった、奄美の一女性の体験がつづられています。
彼女は、一人娘が学会に入会決意をした際、"娘を変な宗教に取られたら困る。自分がしっかり監視して娘を守ろう"との親心から一緒に入会した。活動に熱心なはずもなかった彼女の転機が、任用試験だった。
当時、鹿児島から毎週、船で20時間もかけて奄美に来てくれる先輩幹部の姿に感動を覚え、さらに教学を学んでいくなかで、宗教に対する認識が完全に覆された。宗教には正邪があり、日蓮仏法には確かな哲理の裏付けがあることを知った彼女は、任用試験に合格すると、勇んで活動を始め、以来、島から島へと妙法の火をともしていった——これが奄美総支部初代婦人部長の体験であります。
時代は違っても、人材育成の方程式は同じです。はじめは、自分のために足を運び、一緒に成長しようとしてくれる、信心の先輩の真心が、友の心を動かしていきます。そして、共に教学研さんを進めていくことで、理解が深まり、確信へと変わり、さらには実践へとつながっていく。
今回の任用試験についても、新入会の方をはじめ、まだ教学部員になっていない方が一人でも多く受験を決意できるよう、誰が誰を励ますかを明確に、声掛けを進めていきたい。
また、「信心の継承」という点でも、任用試験は非常に大切です。大聖人仏法を親子で一緒に学び、学会の歴史や真実の姿を親子で語れる絶好の機会です。
なかには祖父母と孫が一緒に、という場合もあるでしょう。今この時、正しい宗教とは何かを、家族で学び、語れる意義は深い。任用試験で「信心の継承」を進められるよう、青年部・未来部、その家族への励ましも進めてまいりたい。
折伏推進という点からも、任用試験は重要です。
近年、任用試験に合格してから入会する方も増えています。また、会友での受験には至らなかったとしても、「仏法入門を一緒に学んでみませんか」という会話から、また大白蓮華などの教材や教学関連番組に触れることから対話が始まり、折伏につながったというエピソードもあります。
未入会家族、また上半期に大きく交流を広げた友人に、学会理解を促進するためにも、任用試験を通して対話を広げていきたい。
会員・会友ともに一人でも多くの方が受験し、「人材育成の任用試験」「信心継承の任用試験」「折伏推進の任用試験」となるよう、10月2日までの申し込み推進に総力を挙げたい。
◇「世帯増」へ勇躍
一、財務の申し込みが始まりました。
御金言には「たといこうをいたせども、まことならぬことを供養すれば、大悪とはなれども善とならず。たとい、心おろかに、すこしきの物なれども、まことの人に供養すればこう大なり。いかにいわんや、心ざしありて、まことの法を供養せん人々をや」(新2047・全1595)と仰せです。大聖人が最大に賛嘆されているのは、信心から発する「心ざし」「真心」であります。そして重要なことは、「何のための供養」であるかです。
大聖人直結の信心を貫き、その御金言通りに世界広布を進める創価学会を守り支える。その「広宣流布のため」の真心の財務に、大福徳が積まれることは間違いありません。改めて御書を学び、信心を深めながら、最後まで絶対無事故で福徳あふれる財務となるよう、丁寧に進めてまいりたい。
一、戸田先生の言葉に「日蓮大聖人の仏法は、最高の民主主義である。座談会は、その究極の縮図である」とある通り、地道に座談会を重ねながら、皆で語り合い、皆で励まし合い、前進するのが創価の伝統です。毎月の座談会が充実しているか、そして参加者が増えているか。座談会を軸に、「11・18」へ勇躍、前進してまいりたい。
そのためにもリーダー自身が日々、「対話と励まし」を積み重ねられるか。まさに「月々日々につより給え」(新1620・全1190)の実践こそが広布拡大のカギであります。
明年の「11・18」への「世帯増・部員増」と「活動者増」を成し遂げるためにも、この下半期に、折伏と人材育成がどれだけ進むかが、極めて大事な試金石になります。
さあ「青年・飛躍の年」の総仕上げへ、「行学の二道をはげみ候べし」「行学は信心よりおこるべく候。力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(新1793・全1361)の御金言を今こそ実践し、広布拡大の大波を起こそうではありませんか!
歓喜と和楽の座談会。
会場提供者への感謝
近隣への配慮を忘れず
心通い合う集いに!
四条金吾釈迦仏供養事 P1148
『このごろは女は尼になりて人をはかり男は入道になりて大悪をつくるなり、ゆめゆめあるべからぬ事なり』
【通解】
近ごろは女も尼になって人をたぼらかし、男は入道になって大悪を犯している。決してそのようなことがあってはまりません。
名字の言 東北勢初の甲子園制覇を成し遂げた仙台育英 2022年8月27日
深紅の大優勝旗が「白河の関」を越えた、熱戦の余韻が冷めやらない。夏の甲子園は、宮城・仙台育英高校が東北勢初の頂点に立った▼同校は厚みのある打線が最後まで好調を維持。全試合を好投手5人による継投で勝ち抜いた。悲願の全国制覇を成し遂げた背景には「日本一激しい」と自負するチーム内競争がある▼同校OBの須江航監督は高校時代、ずっと控え選手だった。どうすれば試合に出られるか悩んだ経験を育成に生かし、ベンチから外れた選手も含め、一人一人の能力を数値化。具体的な目標を明示して励ましを重ね、選手たちも期待に応えた。団結力と総合力も培われた。"誰にでもチャンスはある"——その心が反映された監督の優勝インタビューは、コロナ禍で"密な青春"を過ごせなかった全国の高校生へのエールとして、大きな反響を呼んだ▼励まし合い、切磋琢磨する仲間がいれば強くなれる。目標が大きければ、その分だけ大きな力が出せる。それが青春の生命の素晴らしさだろう▼打ち続く試練にも負けず、この夏、努力と挑戦の汗を輝かせた全ての若き友に拍手を送りたい。そして私たちもまた、共戦の同志と支え合い、生涯青春の心意気で"わが勝利の最高峰"へ挑み続けよう。
寸鉄 2022年8月27日
「題目を唱え奉る音は、十方世界に」御書。強き信が躍進の力。朝の祈りから(新1121・全808)
総秋田女性部の日。"安喜多"は桜梅桃李の人材城。一人が焦点。真心尽くし
信心をやり通していけば必ず功徳が出る—恩師。陰徳の賢者に陽報燦々と
夏休み明け直前は、子の不安が高まる時。小さな変化見逃さず寄り添いを
若い世代で急性内斜視が増加。携帯の長時間使用が原因と。意識して休憩
☆創大通教「学光祭」への池田先生のメッセージ
◇世界の光友と共に歴史拓け
今日も、私は一緒に参加している思いで、エールを送ります。
猛暑や大雨なども打ち続く中、毅然と向学の努力を貫く皆さんに最大の敬意を表したいのであります。
わが学光家族一人一人の「学びの大情熱」が、どれほど尊いか。それは、命から命へ燃え広がり、時代の闇を照らす希望の光源であり、まさしく「新たな歴史を拓く」熱源であります。
今年の誇り高き卒業生に、創大通教に学ばれていた愛娘を東日本大震災で亡くされ、その大情熱を受け継いで学び抜かれたお母さまがおられたことも思い起こされます。
今世紀の初め、私は、「インド近代農業の父」と謳われるスワミナサン博士と対談集を発刊しました。人類が「健康で幸福な人生」を生きるために、食糧危機を打開する永続的な「緑の革命」とともに、「心の革命」が絶対に必要であると対話を進めたのです。
どうか、わが信頼する皆さんは、世界が要請する「心の革命」の先駆者として、学びと創意工夫の挑戦を重ね、それぞれの使命の舞台で、いかなる困難も次の飛躍へと転ずる価値創造を断固と成し遂げていただきたいのであります。
スワミナサン博士は、一日の終わりに「今日の自分は昨日の自分より善くなれた」と言える変革を、と呼び掛けていました。
月々日々に粘り強く朗らかに、いよいよ学の光を増し、世界に広がる「光友」と共に、新たな歴史を拓こうではありませんか!
いつも、皆さんを応援し、支えておられるご家族・友人の方々にも、創立者の私から呉々もよろしくと、お伝えください。お元気で!
☆県長・県女性部長会での原田会長の指導(要旨)
◇創価の励ましこそ社会の希望 「人間のための宗教」を語ろう
一、8月24日は、池田先生の入信75周年でありました。この佳節を、衷心よりお祝い申し上げたいと思います。大変に、おめでとうございます!(拍手)
「8・24」75周年から、次なる指標と定めた明年の「11・18」広宣流布大誓堂完成10周年へ、勇躍の出発です。この下半期は、上半期に大きく広げた仏縁をより大切に育みながら、広布拡大と人材拡大に総力を挙げてまいりたい。
池田先生は20年前の「8・24」の随筆で、戸田先生の弟子として戦う誉れを、次のようにつづってくださいました。
「私は勝った。私は断じて負けなかった。断じて弟子が勝つ。これが、日蓮仏法の精髄であるからだ。そして、創価学会の真髄であり、師弟不二の根本であるからだ」と。さらに「この学会の組織で、広宣流布の拡大に戦うこと以外に『師弟直結』はありえない。あとは、観念論だ」とも教えてくださっています。
「師に捧ぐ 七十五歳の 入信日 閻浮に妙法 轟く誉れは」のお歌の通り、池田先生は真の弟子として、師匠の構想をことごとく実現され、世界広布を推し進めてこられました。その75年の大闘争に改めて感謝申し上げるとともに、私たちもまた、池田門下の師弟直結の戦いで、事実の上で組織を強化し、広布を拡大していきたい。
弘教拡大に力強く打って出て、明年の「11・18」を、全方面・全県が、「世帯増・部員増」そして「活動者増」で断固、勝ち飾る。この決意で出発しようではありませんか!(拍手)
◇核兵器廃絶へ行動
一、核兵器使用の危機が高まるなか、8月1日から26日までNPT(核兵器不拡散条約)の再検討会議が国連本部で行われ、SGIの代表団も参加してまいりました。それに先立つ7月26日に、池田先生は緊急提案として、リスク低減を図るために、核兵器の「先制不使用」の採択を含む重要事項を、国際社会に向けて発信されました。
緊迫した情勢のなか、議論は核保有国と非保有国の間をはじめ、さまざまな対立の中、何らかの最終文書が合意されるか、ぎりぎりまで交渉が続いているようです。この間、先制不使用の政策を保有国に求める文言が文書案に最後の最後まで残り、今日のリスクをいかにして低減させるかという議論に終始、影響を与えてきました。
その意味では、たとえ最終文書に残らなくとも、核軍縮への具体的な前進のために、今後もSGIとして国連と連携しながら先制不使用の議論を継続して推し進め、リスク低減の取り組みにも尽力していきたい。
具体的な提案をもって状況を開きゆく戦いに挑まれる先生の一念に呼応し、原水爆禁止宣言65周年の節目の本年、さらに国際社会への発信の努力を続けていきたい。
一、「大白蓮華」9月号の「世界を照らす太陽の仏法」で、池田先生は「人間のための宗教」について講義してくださっています。その中で先生は「人と人を結びゆく『対話』と、友の幸福を願う励ましの『行動』こそ、『人間のための宗教』の真髄」とされたうえで、戸田先生の次の言葉を教えてくださいました。
「一対一の折伏が、広宣流布達成の鉄則となる。これがまた、立派な民主主義のルールにかなった方程式ともいえるのだ。地道にみえる進み方だが、最も堅実である。この一波が二波になり、やがては千波、万波になっていって、初めて、広宣流布が達成されるのだ」
学会の広宣流布運動は、どこまでも一対一の対話です。そこにこそ納得と共感が生まれる。そして大事なことは「よし、自分が対話の波を起こそう」と決意することです。千波、万波になることを確信して、まず自らが波を起こす。この決意で拡大に打って出たい。
9月8日には『ワールド セイキョウ VOL.3』が発刊されます。聖教紙面も日々、充実しています。創価学会公式ホームページでも、新しいコンテンツが続々と発信予定です。さまざまなツールを活用し、対話の大波を起こしたい。内外共に困難の時だからこそ、創価の哲学、創価の励ましが希望の光となることは間違いありません。今こそ自信をもって、対話を広げ、「青年・飛躍の年」の総仕上げを弘教拡大・聖教拡大で飾っていきたい。
◇最重要の任用試験
一、11月6日には教学部任用試験(仏法入門)が行われます。今回の任用試験は、『日蓮大聖人御書全集 新版』が発刊されて初めての教学試験です。約4年ぶりの開催となりますが、その分、受験対象の方も多くいらっしゃいます。この下半期の最重要行事として、一人でも多くの方が挑戦できるよう、共に学び、励ましを送りたい。
小説『新・人間革命』第8巻「布陣」の章には、任用試験が信心の転機となった、奄美の一女性の体験がつづられています。
彼女は、一人娘が学会に入会決意をした際、"娘を変な宗教に取られたら困る。自分がしっかり監視して娘を守ろう"との親心から一緒に入会した。活動に熱心なはずもなかった彼女の転機が、任用試験だった。
当時、鹿児島から毎週、船で20時間もかけて奄美に来てくれる先輩幹部の姿に感動を覚え、さらに教学を学んでいくなかで、宗教に対する認識が完全に覆された。宗教には正邪があり、日蓮仏法には確かな哲理の裏付けがあることを知った彼女は、任用試験に合格すると、勇んで活動を始め、以来、島から島へと妙法の火をともしていった——これが奄美総支部初代婦人部長の体験であります。
時代は違っても、人材育成の方程式は同じです。はじめは、自分のために足を運び、一緒に成長しようとしてくれる、信心の先輩の真心が、友の心を動かしていきます。そして、共に教学研さんを進めていくことで、理解が深まり、確信へと変わり、さらには実践へとつながっていく。
今回の任用試験についても、新入会の方をはじめ、まだ教学部員になっていない方が一人でも多く受験を決意できるよう、誰が誰を励ますかを明確に、声掛けを進めていきたい。
また、「信心の継承」という点でも、任用試験は非常に大切です。大聖人仏法を親子で一緒に学び、学会の歴史や真実の姿を親子で語れる絶好の機会です。
なかには祖父母と孫が一緒に、という場合もあるでしょう。今この時、正しい宗教とは何かを、家族で学び、語れる意義は深い。任用試験で「信心の継承」を進められるよう、青年部・未来部、その家族への励ましも進めてまいりたい。
折伏推進という点からも、任用試験は重要です。
近年、任用試験に合格してから入会する方も増えています。また、会友での受験には至らなかったとしても、「仏法入門を一緒に学んでみませんか」という会話から、また大白蓮華などの教材や教学関連番組に触れることから対話が始まり、折伏につながったというエピソードもあります。
未入会家族、また上半期に大きく交流を広げた友人に、学会理解を促進するためにも、任用試験を通して対話を広げていきたい。
会員・会友ともに一人でも多くの方が受験し、「人材育成の任用試験」「信心継承の任用試験」「折伏推進の任用試験」となるよう、10月2日までの申し込み推進に総力を挙げたい。
◇「世帯増」へ勇躍
一、財務の申し込みが始まりました。
御金言には「たといこうをいたせども、まことならぬことを供養すれば、大悪とはなれども善とならず。たとい、心おろかに、すこしきの物なれども、まことの人に供養すればこう大なり。いかにいわんや、心ざしありて、まことの法を供養せん人々をや」(新2047・全1595)と仰せです。大聖人が最大に賛嘆されているのは、信心から発する「心ざし」「真心」であります。そして重要なことは、「何のための供養」であるかです。
大聖人直結の信心を貫き、その御金言通りに世界広布を進める創価学会を守り支える。その「広宣流布のため」の真心の財務に、大福徳が積まれることは間違いありません。改めて御書を学び、信心を深めながら、最後まで絶対無事故で福徳あふれる財務となるよう、丁寧に進めてまいりたい。
一、戸田先生の言葉に「日蓮大聖人の仏法は、最高の民主主義である。座談会は、その究極の縮図である」とある通り、地道に座談会を重ねながら、皆で語り合い、皆で励まし合い、前進するのが創価の伝統です。毎月の座談会が充実しているか、そして参加者が増えているか。座談会を軸に、「11・18」へ勇躍、前進してまいりたい。
そのためにもリーダー自身が日々、「対話と励まし」を積み重ねられるか。まさに「月々日々につより給え」(新1620・全1190)の実践こそが広布拡大のカギであります。
明年の「11・18」への「世帯増・部員増」と「活動者増」を成し遂げるためにも、この下半期に、折伏と人材育成がどれだけ進むかが、極めて大事な試金石になります。
さあ「青年・飛躍の年」の総仕上げへ、「行学の二道をはげみ候べし」「行学は信心よりおこるべく候。力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(新1793・全1361)の御金言を今こそ実践し、広布拡大の大波を起こそうではありませんか!
2022年8月26日金曜日
2022.08.26 わが友に贈る
「道理・証文よりも
現証にはすぎず」
地道に信心で挑戦し
積み重ねた体験こそ
仏法勝利の証しだ。
(新1941・全1468)
乙御前御消息 P1220
『是は御ために申すぞ古への御心ざし申す計りなし其よりも今一重強盛に御志あるべし、其の時は弥弥十羅刹女の御まほりもつよかるべしとおぼすべし』
【通解】
これは、あなたのために言うのです。あなたの前々からのお志の深さについては、言い尽くせません。しかし、それよりもなおいっそう、強盛に信心をしていきなさい。その時は、いよいよ、(諸天善神である)十羅刹女の守りも強くなると思いなさい。
名字の言 創立100周年まで、あと何日? 2022年8月26日
高校時代に駅伝選手だった友から聞いた話。走っている時は、最終盤まで中継地点が見えない。そこで"あの橋までペースを落とさないぞ""次はあの建物を目指して"と、先に見える建造物などを目標に、自身を奮い立たせたという▼かつて、学会は「2001年5月3日」を大いなる目標として広布にまい進した。そして、"その日"の目前に開催された集いで池田先生は"心新たに学会創立100周年へ前進しよう"と呼び掛けた▼9月1日から創立100周年を刻む2030年11月18日まで、あと「3000日」。100年という時間の長さを"箱根駅伝"に例えるなら、私たちは今、最終10区の走者として力走している▼想像してみよう。肩にかけたタスキには、広布に生き抜いた草創以来の先輩方の汗と涙が染み込んでいる。心には、苦楽を共にする多くの同志の声援が響く——そうした皆の思いを抱き、ゴールを目指す▼池田先生は語っている。「創立100周年へ、私たちは一人一人が、まだまだ秘められた地涌の菩薩の勇気を、智慧を、底力を思う存分に発揮して、『この世で果たさん使命』を成就してまいりたい」と。まずは広宣流布大誓堂完成10周年の明年11月を目指して加速しよう。
寸鉄 2022年8月26日
創価学会の座談会は人々が結び合う真の共同体—ドブラーレ博士。皆が主役の集いに
北陸の日。"希望の光源"たる人間主義のスクラム さあ励まし対話の大波を
未入会のご家族・親戚を大切に。身近な支えに心から感謝。誠実な振舞で
バイク事故死39%が胸・腹に致命傷。「胸部プロテクター」着用を—警視庁
睡眠中の熱中症に注意。就寝前に水分等を補給。室内を涼しく保つ工夫も
☆御書と未来へ 第33回 一家和楽の明るい行進曲を
〈御文〉
妙荘厳王と申せし王は、悪王なりしかども、御太子、浄蔵・浄眼の導かせ給いしかば、父母二人共に法華経を御信用有って、仏にならせ給いしぞかし。これもさにてや候らん。あやしく覚え候。〈浄蔵浄眼御消息、新2008・全1397〉
〈通解〉
妙荘厳王という王は悪王であったが、その太子の浄蔵・浄眼の二人が王を仏道に導かれたので、両親は共に法華経を信じ、ついには成仏されたのです。あなた方(松野殿夫妻)のことも、これと同じではなかろうかと、不思議に思っています。
〈池田先生が贈る指針〉
一家和楽の信心とは、法華経直伝の指針である。千差万別の家庭が、それぞれ妙法の功徳に荘厳され、必ず永遠の幸の軌道を進みゆける。
皆、深き宿縁で結ばれた家族だ。信仰の次元で争うことはない。何があっても題目の陽光で明るく大らかに照らすのだ。わが家から希望の行進曲を、地域へ社会へ響かせよう!
☆慈折広布を前へ、前へ 原田会長を中心に各部代表者会議 2022年8月23日
第19回各部代表者会議が22日、原田会長を中心に、東京・信濃町の広宣会館(学会本部別館内)で行われた。
池田先生はメッセージを贈り、冒頭、猛暑や大雨の中、全国の墓地公園・納骨堂や研修道場等の運営に当たった同志らの真心の献身に感謝。常盆・常彼岸の意義から、亡くなられた功労の全同志、またご家族に毎日、追善の題目を送らせていただいていると述べた。
次いで、1950年(昭和25年)の8月22日、戸田城聖先生を囲んで職場の全体会議が行われ、事業の停止が決定した苦境の淵にあって、先生が「本当の戦いはこれからだ」と宣言したことを述懐。その恩師の心に応え、若き池田先生がこの日の日記に記した「再び、次の建設に、先生と共に進む。唯これだけだ。前へ、前へ、永遠に前へ」との一念を、不二の弟子である君たちに託したいと語った。
さらに、日蓮大聖人の御志に直結する聖教新聞の創刊を戸田先生と構想したのが、この2日後の8月24日であったことに言及。御聖訓「一切の諸人、これを見聞し、志有らん人々は、互いにこれを語れ」(新1303・全967)を拝読しつつ、「聖教新聞を一段と高らかに掲げ、地涌の若人を呼び出す慈折広宣流布を、団結固く、前へ、前へ、勝ち進めていこう!」「皆、師子奮迅の大生命力で!」と呼び掛け、メッセージを結んだ。
原田会長は、8月24日で池田先生の入信75周年を迎えることに触れ、先生が青年時代の師弟の誓いのままに戦い抜かれたからこそ、今日の学会の世界的発展はあると強調。
弟子の私たちは師の闘争に連なり、生涯、「青年の心」で進み、まずは目の前の座談会の成功から、勢いよく下半期を出発しようと望んだ。
さらに、9月8日が戸田先生の「原水爆禁止宣言」発表から65周年であることに言及。「一閻浮提うちみだすならば、『閻浮提内、広令流布(閻浮提の内に、広く流布せしむ)』は、よも疑い候わじ」(新1969・全1467)を拝しつつ、日本社会と世界に不信と対立が渦巻く今こそ、平和と核兵器廃絶を実現し、広宣流布を進める「時」と捉え、人間主義の連帯を広げていこうと訴えた。
また長谷川理事長、谷川主任副会長、川原男子部大学校事務局長があいさつした。
現証にはすぎず」
地道に信心で挑戦し
積み重ねた体験こそ
仏法勝利の証しだ。
(新1941・全1468)
乙御前御消息 P1220
『是は御ために申すぞ古への御心ざし申す計りなし其よりも今一重強盛に御志あるべし、其の時は弥弥十羅刹女の御まほりもつよかるべしとおぼすべし』
【通解】
これは、あなたのために言うのです。あなたの前々からのお志の深さについては、言い尽くせません。しかし、それよりもなおいっそう、強盛に信心をしていきなさい。その時は、いよいよ、(諸天善神である)十羅刹女の守りも強くなると思いなさい。
名字の言 創立100周年まで、あと何日? 2022年8月26日
高校時代に駅伝選手だった友から聞いた話。走っている時は、最終盤まで中継地点が見えない。そこで"あの橋までペースを落とさないぞ""次はあの建物を目指して"と、先に見える建造物などを目標に、自身を奮い立たせたという▼かつて、学会は「2001年5月3日」を大いなる目標として広布にまい進した。そして、"その日"の目前に開催された集いで池田先生は"心新たに学会創立100周年へ前進しよう"と呼び掛けた▼9月1日から創立100周年を刻む2030年11月18日まで、あと「3000日」。100年という時間の長さを"箱根駅伝"に例えるなら、私たちは今、最終10区の走者として力走している▼想像してみよう。肩にかけたタスキには、広布に生き抜いた草創以来の先輩方の汗と涙が染み込んでいる。心には、苦楽を共にする多くの同志の声援が響く——そうした皆の思いを抱き、ゴールを目指す▼池田先生は語っている。「創立100周年へ、私たちは一人一人が、まだまだ秘められた地涌の菩薩の勇気を、智慧を、底力を思う存分に発揮して、『この世で果たさん使命』を成就してまいりたい」と。まずは広宣流布大誓堂完成10周年の明年11月を目指して加速しよう。
寸鉄 2022年8月26日
創価学会の座談会は人々が結び合う真の共同体—ドブラーレ博士。皆が主役の集いに
北陸の日。"希望の光源"たる人間主義のスクラム さあ励まし対話の大波を
未入会のご家族・親戚を大切に。身近な支えに心から感謝。誠実な振舞で
バイク事故死39%が胸・腹に致命傷。「胸部プロテクター」着用を—警視庁
睡眠中の熱中症に注意。就寝前に水分等を補給。室内を涼しく保つ工夫も
☆御書と未来へ 第33回 一家和楽の明るい行進曲を
〈御文〉
妙荘厳王と申せし王は、悪王なりしかども、御太子、浄蔵・浄眼の導かせ給いしかば、父母二人共に法華経を御信用有って、仏にならせ給いしぞかし。これもさにてや候らん。あやしく覚え候。〈浄蔵浄眼御消息、新2008・全1397〉
〈通解〉
妙荘厳王という王は悪王であったが、その太子の浄蔵・浄眼の二人が王を仏道に導かれたので、両親は共に法華経を信じ、ついには成仏されたのです。あなた方(松野殿夫妻)のことも、これと同じではなかろうかと、不思議に思っています。
〈池田先生が贈る指針〉
一家和楽の信心とは、法華経直伝の指針である。千差万別の家庭が、それぞれ妙法の功徳に荘厳され、必ず永遠の幸の軌道を進みゆける。
皆、深き宿縁で結ばれた家族だ。信仰の次元で争うことはない。何があっても題目の陽光で明るく大らかに照らすのだ。わが家から希望の行進曲を、地域へ社会へ響かせよう!
☆慈折広布を前へ、前へ 原田会長を中心に各部代表者会議 2022年8月23日
第19回各部代表者会議が22日、原田会長を中心に、東京・信濃町の広宣会館(学会本部別館内)で行われた。
池田先生はメッセージを贈り、冒頭、猛暑や大雨の中、全国の墓地公園・納骨堂や研修道場等の運営に当たった同志らの真心の献身に感謝。常盆・常彼岸の意義から、亡くなられた功労の全同志、またご家族に毎日、追善の題目を送らせていただいていると述べた。
次いで、1950年(昭和25年)の8月22日、戸田城聖先生を囲んで職場の全体会議が行われ、事業の停止が決定した苦境の淵にあって、先生が「本当の戦いはこれからだ」と宣言したことを述懐。その恩師の心に応え、若き池田先生がこの日の日記に記した「再び、次の建設に、先生と共に進む。唯これだけだ。前へ、前へ、永遠に前へ」との一念を、不二の弟子である君たちに託したいと語った。
さらに、日蓮大聖人の御志に直結する聖教新聞の創刊を戸田先生と構想したのが、この2日後の8月24日であったことに言及。御聖訓「一切の諸人、これを見聞し、志有らん人々は、互いにこれを語れ」(新1303・全967)を拝読しつつ、「聖教新聞を一段と高らかに掲げ、地涌の若人を呼び出す慈折広宣流布を、団結固く、前へ、前へ、勝ち進めていこう!」「皆、師子奮迅の大生命力で!」と呼び掛け、メッセージを結んだ。
原田会長は、8月24日で池田先生の入信75周年を迎えることに触れ、先生が青年時代の師弟の誓いのままに戦い抜かれたからこそ、今日の学会の世界的発展はあると強調。
弟子の私たちは師の闘争に連なり、生涯、「青年の心」で進み、まずは目の前の座談会の成功から、勢いよく下半期を出発しようと望んだ。
さらに、9月8日が戸田先生の「原水爆禁止宣言」発表から65周年であることに言及。「一閻浮提うちみだすならば、『閻浮提内、広令流布(閻浮提の内に、広く流布せしむ)』は、よも疑い候わじ」(新1969・全1467)を拝しつつ、日本社会と世界に不信と対立が渦巻く今こそ、平和と核兵器廃絶を実現し、広宣流布を進める「時」と捉え、人間主義の連帯を広げていこうと訴えた。
また長谷川理事長、谷川主任副会長、川原男子部大学校事務局長があいさつした。
2022年8月25日木曜日
2022.08.25 わが友に贈る
「八つのかぜにおかされぬ
を、賢人と申すなり」
障魔に紛動されない
信念強き人こそ勝利者!
嵐に動かぬ大樹たれ!
(新1565・全1151)
法華初心成仏抄 P557
『我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり』
【通解】
わが己心の妙法蓮華経を本尊とあがめたてまつって、わが己心の中の仏性が南無妙法蓮華経と呼び呼ばれて顕れられるところを仏というのである。
名字の言 冒険家・三浦雄一郎氏の「人生で最高の瞬間」 2022年8月25日
「人生で最高の瞬間」はいつか。冒険家の三浦雄一郎氏は、それを「挑戦している時」と語る。5日付本紙・北海道版のインタビューだ。氏は80歳で世界最高齢のエベレスト登攀を成す。89歳の現在も、病と闘いながら来季の富士山登頂を目指して挑戦を重ねている▼北海道のある壮年は数年前、病気で体が不自由に。"年も年だし"と一度は家にこもった。だが入院中から励まし続けてくれた同志に「心で負けてはいけないよ」と言われ、ハッとする▼外に出て、車いすでまずは近所を回ることにした。それを決まった時間に毎日続けた。すると「頑張ってるね」「手伝いましょうか」と何人もの住民から声を掛けられた。何げない会話から友好対話の輪が広がり、今ではその多くが友人になった▼人生はよく山登りに例えられる。新たな決意で挑む"山"は、その人にとっての"最高峰"。まだ見ぬ自分の可能性を信じ、少しずつでも理想の頂上へと歩みを進められるかどうか。険難の山道を登り切ってこそ、新しい"景色"を見ることができる▼先のインタビューで、氏はこうも述べていた。「誰だって何かに挑戦できる。その一歩一歩に感動がある」。限界をつくるのも破るのも、全ては自分自身である。
寸鉄 2022年8月25日
青年は全世界を救おうとの理想を持て—戸田先生 平和と希望の連帯を拡大
「教主釈尊とは、我ら衆生のことなり」御書。全員に尊厳。民衆こそ主役!(新1723・全1446)
情熱は必ず人を承服させる雄弁家—文人ラ・ロシュフコー。真剣な声と熱意が友の心動かす
台風が発生しやすい時季「前々の用心」で万全の備えを。最新情報を確認
悪質な"副業詐欺"の問題相次ぐ。「簡単に儲かる」等の甘い話に騙されるな
〈社説〉 2022・8・25 今秋の任用試験に向けて
◇新しい心で新しい価値を!
今秋、4年ぶりに教学部任用試験(仏法入門)が行われる(11月6日。申し込みは10月2日まで)。下半期が始まり、御書と「大白蓮華」8月号(任用試験特集号)を開いて研さんに本腰を入れ始めた人も多い。範囲は御書3編と「教学入門」「世界広布と創価学会」。任用試験は、挑む人にとっても、教える人にとっても、「南無妙法蓮華経」「十界互具」などを通して、世界最高の生命哲学に触れる"大いなる精神の旅"である。そして末法の御本仏である日蓮大聖人と、創価三代の不屈の歴史を知る"時を超えた対話"でもある。
学会の創立記念日は1930年(昭和5年)11月18日。その4日前、首相の浜口雄幸が東京駅で狙撃された。同じ月、牧口常三郎先生が世に問うた「創価教育学」を高く評価した人物に、「憲政の神様」といわれた犬養毅がいる。戸田城聖先生が編集長をしていた雑誌「環境」に、「賛『創価教育学』」という一文を寄せ、新渡戸稲造らと共に創価教育の支援に名を連ねた。しかし犬養は1年半後、現職の首相として「五・一五事件」で凶弾に倒れる。
「創価」が産声を上げた時代。それはテロやクーデターの恐怖を伴い、「国家主義」という誤れる宗教が暴走し始めた時代だった。その渦中で、先師は言論戦に徹し「対話」の労を惜しまなかった。「創価」の二文字には、暴力ではなく対話こそが価値を生むのだ、という師弟の魂が刻み込まれている。今回の範囲である「創価学会の歴史」には、池田大作先生が世界広布の道を切り開いた経緯が記されている。その根本に、脈々と「師弟一体」「師弟共戦」の心が流れていることを確かめたい。
教学試験に取り組むカギもまた一対一の対話にある。ある副白ゆり長は4年前の受験の際、「同じマンションだった女性部の先輩に教わりました。共に勤行し、学んだ後、当時の悩みなどを聞いてくれました。週に2回ほどの勉強会は、とても良い思い出になっています」と語る(7月29日付、徳島版)。ここに学会教学の醍醐味があり、真髄があるといえよう。
慣れ親しんできた「異体同心」(新2054・全1463等)の一言も、コロナ禍で会えない友と心通わす挑戦を経てきた今、より深く"身で読む"ことができる。任用試験を、新しい心で、新しい価値を生み出す好機にしたい。
☆紙上セミナー 仏法思想の輝き 平和案内人 平野大壽
◇被爆2世の使命を胸に
【プロフィル】ひらの・だいとし 長崎で被爆2世として生まれる。ボランティアガイド「平和案内人」4期生。1964年(昭和39年)入会。73歳。副圏長(地区部長兼任)。
◇核兵器の脅威を伝える
きょうは、"77回目"の8月9日。この日が巡り来るたびに、戦争で亡くなられた方々の冥福を祈り、恒久平和への決意を新たにします。
長崎を象徴する「平和祈念像」の両目が、軽く閉じられているのをご存じでしょうか。像も祈りをささげています。また、天に向けられた像の右手は「原爆の脅威」を、水平に伸ばされた左手は「平和」を表しているのです——。
私はこのように、長崎原爆資料館の展示や被爆遺構などを通して、平和の尊さを伝える「平和案内人」のボランティアを務めています。
海外の方を案内する時もありますが、平和を求める心に、国籍や人種の違いはないことを強く感じます。
日蓮大聖人が「立正安国論」で、「国土泰平・天下安穏は、一人より万民に至るまで好むところなり、楽うところなり」(新43・全31)と仰せのように、平和こそ人類の悲願です。
私の平和運動の原点は、原爆に苦しむ母の姿にありました。
◇生きる希望を抱く
母は27歳の時、爆心地から1・5キロの場所で被爆。奇跡的に無傷でした。近くの山から見下ろした町並みは火に覆われ、水を求める人々がさまよっていたようです。「地獄絵図だった」——幼い頃から、そう教わってきました。
小学校から帰宅したある日、私の目に飛び込んできたのは、洗面器を抱えて吐血する母の姿。"死んでしまうの?"——目の前の恐怖に身震いしたことが忘れられません。
年を経るごとに、母は衰弱し、黄だん症状が現れました。当時、被爆の後遺症への理解は浅く、周りから"なまけもの"とみなされ、非難や差別の対象でした。
母は、私たち5人の子どもの前で悲嘆に暮れるのです。
「飛行機のエンジン音を聞いたらパニックになる」「死んだらどんなに楽になるか……」
戦時中、父は徴兵で被爆こそ逃れたものの、家業の反物屋は焼失。懸命に働くも、貧しい暮らしでした。誰もが、戦争で人生を狂わされたのです。
そんなわが家の不遇を見かねて、親戚の学会員が仏法を教えてくれました。中学生だった私は、入会を拒みましたが、気持ちが変わるまで1年もかかりませんでした。信心を始めた母が、生きる希望を抱き、明るく変わったからです。
その後、容体が悪化した母は入院。原爆の影響による肝臓疾患や白血球の減少が判明し、余命1年を告げられます。すでに被爆から20年が経過していました。
この時、初めて原爆への激しい憤りを覚え、真剣に母の回復を祈りました。母の生命力はすさまじく、半年で退院。その姿を通し、私に被爆2世として、平和を希求する意思が芽生えたのです。
◇命の限り
1973年(昭和48年)、長崎青年部で、被爆証言集を出版することになり、私も一員に加わりました。
聞き取りを依頼しても、「あの日のことは、二度と思い出したくない」と口を閉ざすなど、心に深い傷を負った方も珍しくはありませんでした。
「被爆の実相を後世に伝えたいんです」——制作の意義を真剣に語りながら、一人一人に取材を重ねました。私たちは、本作りの素人です。毎年、8月9日を目指した編集作業は悪戦苦闘。仕事と学会活動を終えてから作業に当たります。先輩に原稿を出しても、原形をとどめないほど直される(苦笑)。
暑かった、疲れていた、眠かった——それでも、やめたいと思ったことは一度もありません。全ての労苦が平和へつながっているんだ、との使命感があったからです。
御書には、広宣流布という大目的に生きる覚悟について、「命限り有り、惜しむべからず。ついに願うべきは仏国なり」(新1283・全955)と示されています。
平和と繁栄の国土を築くという大理想を目指せば、困難は必定です。ゆえに、どんなことがあっても、命の限り、平和への挑戦をやめないことが、創価学会員としての信心の実践だと胸に刻んできました。
私は、5年間で6冊の反戦出版に携わりました。そして、今日の青年部・未来部にも、証言の聞き取りが継承されていることを、とても頼もしく思います。
母は入退院を繰り返しながらも、85歳まで生き抜きました。戦争と原爆という、不条理に翻弄された母でしたが、「信心して良かった。本当に幸せだった」——そう語っていました。母が語り残してくれた平和への願いは、私の子どもたちから、孫へと受け継がれています。
年を経るごとに被爆の実体験を語れる人は少なくなります。一方で、核兵器使用の脅威が高まる世界情勢が今も続いています。
同じ人間として思いやり、困難な課題に手を携えられたら、どれほど幸せなことでしょう。想像するだけで、心は躍り、いてもたってもいられません。命の限り、核兵器の脅威と平和の尊さを訴え抜いていきます。
◇[視点]後継を育む
時の経過とともに、戦争体験は風化していきがちです。平野さんは、「子どもの頃から、すでに戦争の風化は始まっていました」と語っていました。凄惨な過去を忘れて少しでも前に向かって生きたい、との思いがあったからだといいます。
戦争という過ちを絶対に繰り返してはいけない、との確たる意志を未来の世代にどう伝え残していくか。
日蓮大聖人は、後継の門下のことを「法華経の命を継ぐ人」(新1590・全1169)と大慈悲で包み、大切に育まれました。「法華経の命」とは、言い換えれば、法華経の説く「万人成仏」の教えです。創価学会は、この哲理を根本に、生命の尊厳を世代から世代へと託し、平和の連帯を広げているのです。
を、賢人と申すなり」
障魔に紛動されない
信念強き人こそ勝利者!
嵐に動かぬ大樹たれ!
(新1565・全1151)
法華初心成仏抄 P557
『我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり』
【通解】
わが己心の妙法蓮華経を本尊とあがめたてまつって、わが己心の中の仏性が南無妙法蓮華経と呼び呼ばれて顕れられるところを仏というのである。
名字の言 冒険家・三浦雄一郎氏の「人生で最高の瞬間」 2022年8月25日
「人生で最高の瞬間」はいつか。冒険家の三浦雄一郎氏は、それを「挑戦している時」と語る。5日付本紙・北海道版のインタビューだ。氏は80歳で世界最高齢のエベレスト登攀を成す。89歳の現在も、病と闘いながら来季の富士山登頂を目指して挑戦を重ねている▼北海道のある壮年は数年前、病気で体が不自由に。"年も年だし"と一度は家にこもった。だが入院中から励まし続けてくれた同志に「心で負けてはいけないよ」と言われ、ハッとする▼外に出て、車いすでまずは近所を回ることにした。それを決まった時間に毎日続けた。すると「頑張ってるね」「手伝いましょうか」と何人もの住民から声を掛けられた。何げない会話から友好対話の輪が広がり、今ではその多くが友人になった▼人生はよく山登りに例えられる。新たな決意で挑む"山"は、その人にとっての"最高峰"。まだ見ぬ自分の可能性を信じ、少しずつでも理想の頂上へと歩みを進められるかどうか。険難の山道を登り切ってこそ、新しい"景色"を見ることができる▼先のインタビューで、氏はこうも述べていた。「誰だって何かに挑戦できる。その一歩一歩に感動がある」。限界をつくるのも破るのも、全ては自分自身である。
寸鉄 2022年8月25日
青年は全世界を救おうとの理想を持て—戸田先生 平和と希望の連帯を拡大
「教主釈尊とは、我ら衆生のことなり」御書。全員に尊厳。民衆こそ主役!(新1723・全1446)
情熱は必ず人を承服させる雄弁家—文人ラ・ロシュフコー。真剣な声と熱意が友の心動かす
台風が発生しやすい時季「前々の用心」で万全の備えを。最新情報を確認
悪質な"副業詐欺"の問題相次ぐ。「簡単に儲かる」等の甘い話に騙されるな
〈社説〉 2022・8・25 今秋の任用試験に向けて
◇新しい心で新しい価値を!
今秋、4年ぶりに教学部任用試験(仏法入門)が行われる(11月6日。申し込みは10月2日まで)。下半期が始まり、御書と「大白蓮華」8月号(任用試験特集号)を開いて研さんに本腰を入れ始めた人も多い。範囲は御書3編と「教学入門」「世界広布と創価学会」。任用試験は、挑む人にとっても、教える人にとっても、「南無妙法蓮華経」「十界互具」などを通して、世界最高の生命哲学に触れる"大いなる精神の旅"である。そして末法の御本仏である日蓮大聖人と、創価三代の不屈の歴史を知る"時を超えた対話"でもある。
学会の創立記念日は1930年(昭和5年)11月18日。その4日前、首相の浜口雄幸が東京駅で狙撃された。同じ月、牧口常三郎先生が世に問うた「創価教育学」を高く評価した人物に、「憲政の神様」といわれた犬養毅がいる。戸田城聖先生が編集長をしていた雑誌「環境」に、「賛『創価教育学』」という一文を寄せ、新渡戸稲造らと共に創価教育の支援に名を連ねた。しかし犬養は1年半後、現職の首相として「五・一五事件」で凶弾に倒れる。
「創価」が産声を上げた時代。それはテロやクーデターの恐怖を伴い、「国家主義」という誤れる宗教が暴走し始めた時代だった。その渦中で、先師は言論戦に徹し「対話」の労を惜しまなかった。「創価」の二文字には、暴力ではなく対話こそが価値を生むのだ、という師弟の魂が刻み込まれている。今回の範囲である「創価学会の歴史」には、池田大作先生が世界広布の道を切り開いた経緯が記されている。その根本に、脈々と「師弟一体」「師弟共戦」の心が流れていることを確かめたい。
教学試験に取り組むカギもまた一対一の対話にある。ある副白ゆり長は4年前の受験の際、「同じマンションだった女性部の先輩に教わりました。共に勤行し、学んだ後、当時の悩みなどを聞いてくれました。週に2回ほどの勉強会は、とても良い思い出になっています」と語る(7月29日付、徳島版)。ここに学会教学の醍醐味があり、真髄があるといえよう。
慣れ親しんできた「異体同心」(新2054・全1463等)の一言も、コロナ禍で会えない友と心通わす挑戦を経てきた今、より深く"身で読む"ことができる。任用試験を、新しい心で、新しい価値を生み出す好機にしたい。
☆紙上セミナー 仏法思想の輝き 平和案内人 平野大壽
◇被爆2世の使命を胸に
【プロフィル】ひらの・だいとし 長崎で被爆2世として生まれる。ボランティアガイド「平和案内人」4期生。1964年(昭和39年)入会。73歳。副圏長(地区部長兼任)。
◇核兵器の脅威を伝える
きょうは、"77回目"の8月9日。この日が巡り来るたびに、戦争で亡くなられた方々の冥福を祈り、恒久平和への決意を新たにします。
長崎を象徴する「平和祈念像」の両目が、軽く閉じられているのをご存じでしょうか。像も祈りをささげています。また、天に向けられた像の右手は「原爆の脅威」を、水平に伸ばされた左手は「平和」を表しているのです——。
私はこのように、長崎原爆資料館の展示や被爆遺構などを通して、平和の尊さを伝える「平和案内人」のボランティアを務めています。
海外の方を案内する時もありますが、平和を求める心に、国籍や人種の違いはないことを強く感じます。
日蓮大聖人が「立正安国論」で、「国土泰平・天下安穏は、一人より万民に至るまで好むところなり、楽うところなり」(新43・全31)と仰せのように、平和こそ人類の悲願です。
私の平和運動の原点は、原爆に苦しむ母の姿にありました。
◇生きる希望を抱く
母は27歳の時、爆心地から1・5キロの場所で被爆。奇跡的に無傷でした。近くの山から見下ろした町並みは火に覆われ、水を求める人々がさまよっていたようです。「地獄絵図だった」——幼い頃から、そう教わってきました。
小学校から帰宅したある日、私の目に飛び込んできたのは、洗面器を抱えて吐血する母の姿。"死んでしまうの?"——目の前の恐怖に身震いしたことが忘れられません。
年を経るごとに、母は衰弱し、黄だん症状が現れました。当時、被爆の後遺症への理解は浅く、周りから"なまけもの"とみなされ、非難や差別の対象でした。
母は、私たち5人の子どもの前で悲嘆に暮れるのです。
「飛行機のエンジン音を聞いたらパニックになる」「死んだらどんなに楽になるか……」
戦時中、父は徴兵で被爆こそ逃れたものの、家業の反物屋は焼失。懸命に働くも、貧しい暮らしでした。誰もが、戦争で人生を狂わされたのです。
そんなわが家の不遇を見かねて、親戚の学会員が仏法を教えてくれました。中学生だった私は、入会を拒みましたが、気持ちが変わるまで1年もかかりませんでした。信心を始めた母が、生きる希望を抱き、明るく変わったからです。
その後、容体が悪化した母は入院。原爆の影響による肝臓疾患や白血球の減少が判明し、余命1年を告げられます。すでに被爆から20年が経過していました。
この時、初めて原爆への激しい憤りを覚え、真剣に母の回復を祈りました。母の生命力はすさまじく、半年で退院。その姿を通し、私に被爆2世として、平和を希求する意思が芽生えたのです。
◇命の限り
1973年(昭和48年)、長崎青年部で、被爆証言集を出版することになり、私も一員に加わりました。
聞き取りを依頼しても、「あの日のことは、二度と思い出したくない」と口を閉ざすなど、心に深い傷を負った方も珍しくはありませんでした。
「被爆の実相を後世に伝えたいんです」——制作の意義を真剣に語りながら、一人一人に取材を重ねました。私たちは、本作りの素人です。毎年、8月9日を目指した編集作業は悪戦苦闘。仕事と学会活動を終えてから作業に当たります。先輩に原稿を出しても、原形をとどめないほど直される(苦笑)。
暑かった、疲れていた、眠かった——それでも、やめたいと思ったことは一度もありません。全ての労苦が平和へつながっているんだ、との使命感があったからです。
御書には、広宣流布という大目的に生きる覚悟について、「命限り有り、惜しむべからず。ついに願うべきは仏国なり」(新1283・全955)と示されています。
平和と繁栄の国土を築くという大理想を目指せば、困難は必定です。ゆえに、どんなことがあっても、命の限り、平和への挑戦をやめないことが、創価学会員としての信心の実践だと胸に刻んできました。
私は、5年間で6冊の反戦出版に携わりました。そして、今日の青年部・未来部にも、証言の聞き取りが継承されていることを、とても頼もしく思います。
母は入退院を繰り返しながらも、85歳まで生き抜きました。戦争と原爆という、不条理に翻弄された母でしたが、「信心して良かった。本当に幸せだった」——そう語っていました。母が語り残してくれた平和への願いは、私の子どもたちから、孫へと受け継がれています。
年を経るごとに被爆の実体験を語れる人は少なくなります。一方で、核兵器使用の脅威が高まる世界情勢が今も続いています。
同じ人間として思いやり、困難な課題に手を携えられたら、どれほど幸せなことでしょう。想像するだけで、心は躍り、いてもたってもいられません。命の限り、核兵器の脅威と平和の尊さを訴え抜いていきます。
◇[視点]後継を育む
時の経過とともに、戦争体験は風化していきがちです。平野さんは、「子どもの頃から、すでに戦争の風化は始まっていました」と語っていました。凄惨な過去を忘れて少しでも前に向かって生きたい、との思いがあったからだといいます。
戦争という過ちを絶対に繰り返してはいけない、との確たる意志を未来の世代にどう伝え残していくか。
日蓮大聖人は、後継の門下のことを「法華経の命を継ぐ人」(新1590・全1169)と大慈悲で包み、大切に育まれました。「法華経の命」とは、言い換えれば、法華経の説く「万人成仏」の教えです。創価学会は、この哲理を根本に、生命の尊厳を世代から世代へと託し、平和の連帯を広げているのです。
2022年8月24日水曜日
2022.08.24 わが友に贈る
若き日の誓いを貫く人に
王者の栄冠が輝く。
黄金柱たる壮年部よ!
「生涯青春」の気概で
生き生きと進みゆこう!
弥三郎殿御返事 P1450
『心あらん人人は我等が為にと思食すべし、若し恩を知り心有る人人は二当らん杖には一は替わるべき事ぞかし、さこそ無からめ還って怨をなしなんどせらるる事は心得ず候』
【通解】
心ある人々は、(大聖人が大難を一身に受けていることは)「私たちのためである」と思うべきである。もし「恩」を知り、心ある人々であるならば、(大聖人が)二回、杖で打たれるならば、そのうち一回は代わって受けるべきではないだろうか。それもしないどころか、反対に、(大恩ある大聖人に)怨をなそうなどとされるとは、まったく、どうしたわけであろうか。
【先生の指導から】
悪口罵詈され、怨嫉されるのは、法華経の行者の証である。大聖人の真実の弟子の証明である。
この証を打ち立てたのが、創価の三代の師弟の誉れであることを知っていただきたい。
名字の言 自分が盾となって師を守る——孔子の弟子・子路の誓い 2022年8月24日
作家・中島敦の短編小説「弟子」には、孔子に仕えた子路の潔い生きざまが描かれている(『山月記・李陵』岩波文庫)。孔子の「極めて高く汚れないその理想主義に至るまでの幅の広さ」という圧倒的な人間性に引かれ、子路は弟子となった▼常に体当たりで孔子に師事した子路は、どの弟子よりも叱られた。その一方で師を中傷する人間がいれば、徹底して戦う弟子だった。優秀な弟子は他にも数多くいた。その中でも、子路は心に決めていた。"濁世のあらゆる侵害に対し、自分が盾となって師匠を守り抜くのだ"と。孔子もまた、身命を賭して弟子の道を貫いている子路の心を誰より知っていた▼75年前のきょう8月24日、池田先生は入信した。以来、先生が歩んだ信仰の道について、宗教社会学の第一人者で上智大学の名誉教授だった安斎伸氏は次のように表現した▼牧口初代会長、戸田第2代会長という希有な指導者が賭けた信仰に、池田名誉会長も賭けられ、その初心、生き方を貫くことで信仰を深化させ、また深めていくことで揺るぎない信仰の基盤を築かれたのでしょう——と▼「師弟の精神」の真実は普遍、かつ不変である。この道を貫いた三代の歴史こそ、創価の誇りであり、宝である。
寸鉄 2022年8月24日
池田先生の入信記念日。世界広布の礎築いた75年感謝胸に師子の心で飛躍
「皆共に仏道を成ぜん」御書。自他共の幸福願い今日も地域に励まし拡大(新1895・全1561)
言葉は人を善へと変える—デンマーク詩人。希望紡ぐ紙面へ全力。本紙創刊原点の日
厳しい残暑続く。熱中症の搬送者もいまだ多く。水分・塩分補給小まめに
散歩は心を前向きにし、心身の不調予防—医師。習慣化めざし健康第一で
〈社説〉 2022・8・24 きょう、本紙「創刊原点の日」
◇生命尊厳の哲理を時代精神へ
かつて、米ハーバード大学名誉教授のモンゴメリー博士が、聖教新聞の特徴をこう語っていた。
——一般の新聞は、暴力などの否定的な側面をはらんだニュースも含め、"社会で起きている"出来事を報道する、という性格を持っている。しかし、聖教新聞は、"社会に起こるべき"価値についてのニュースを報道している、と。
本紙は創刊以来、仏法の生命観・社会観に基づいた勇気と希望の励ましの言葉を発信し、世界の平和・文化・教育の発展に寄与する「人間の機関紙」としての役割を貫いてきた。
ここで改めて、愛読者の皆さまをはじめ、無冠の友(配達員)、通信員、新聞長など本紙を支えてくださる方々に、心より感謝申し上げたい。
きょう24日は本紙の「創刊原点の日」である。
1950年(昭和25年)のこの日、第2代会長・戸田城聖先生は深刻な不況で事業の破綻に直面し、最も厳しい苦境に立たされる中、若き池田先生に語った。
「一つの新聞を持っているということは、実に、すごい力を持つことだ。学会も、いつか、新聞を持たなければならない」
そして、翌51年(同26年)4月20日に聖教新聞が誕生した。
池田先生は「最悪の状況」の中で構想され、究極の「希望の表現」として生まれた聖教の歴史に触れ、こう述懐している。
「戦う勇気があれば、いくらでも『変毒為薬』の智慧は湧き出てくる。いかなる状況にあろうとも、金剛の一念によって、危機を好機へと転ずることができる」
苦難を乗り越える師弟の闘争の中で生まれたことこそが、聖教の誉れの原点である。この誇りを胸に、人々を希望に導く言葉をこれからも紡ぎ続けていく。
今や海外の姉妹紙誌は90を数え、聖教電子版には世界213カ国・地域からアクセスがある。
紙面の内容としては、各界の識者インタビューや学術部員らの寄稿を掲載する「危機の時代を生きる」シリーズ、国内外の同志の奮闘を紹介する企画や体験談が充実。さらにSDGsをテーマにした記事も好評をいただいている。
世界はいまだコロナ禍が続き、自然災害、紛争など混迷の度を増している。
こうした中で、聖教は生命尊厳の哲理を時代精神に高めゆく論調を発信し、世界を平和と安穏に導く希望の光源として、さらなる飛躍を固く誓う。
☆きょう池田先生の入信75周年 「8・24」を記念し全同志に和歌
◇広布史伝える新連載がスタート
きょう8月24日、池田大作先生の入信75周年を迎えた。「8・24」は「聖教新聞創刊原点の日」であり、「壮年部の日」でもある。池田先生は恩師である第2代会長・戸田城聖先生と師弟不二の大闘争へ出発したこの日を記念し、全国・全世界の同志に3首の和歌を詠み贈った。
1947年(昭和22年)8月24日、19歳の池田先生は戸田先生を生涯の師と定め、世界広宣流布という未到の大闘争を開始した。
当時は占領下の混乱期。3年後の同日、事業の行き詰まりに直面した戸田先生は、学会の理事長を辞任する意向を発表した。この時、"これからは、新しい理事長が私の師匠になってしまうのですか"との池田先生の質問に戸田先生は答える。「苦労ばかりかけるけれども、君の師匠は、この私だよ」
多額の負債を抱え、給料も遅配。多くの同志が戸田先生のもとを去っていった。その中で池田先生は一人、恩師を支え続けた。そして、一切を勝ち越え、51年5月3日、戸田先生の第2代会長就任の道を開いたのである。
以来、池田先生は弘教の金字塔を築き、恩師の後を継いで平和・文化・教育の大道を世界に広げてきた。
そして今、先生と心を一つにした全国・全世界の宝友の闘争によって、学会は世界宗教として192カ国・地域に広がる民衆の連帯へと発展を遂げた。
先生は随筆につづっている。「八月二十四日! それは、創価の師弟が、偉大な『人間革命』の旅に出発する原点の日だ。決意新たに、広宣流布の戦いを奮い起こす日だ!」
次なる勝利の峰へ、師と共に新たな慈折広布の飛躍の歴史をつづっていきたい。
きょう24日から新連載「世界広布の源流 青年に語る創価の魂」がスタートします。
第1回は「池田先生の入信75周年」をテーマに、原田会長が青年・未来部のリーダーに語ります。
座談会は原田会長、長谷川理事長、池田主任副会長、谷川主任副会長が担当します。広宣流布大誓堂完成10周年の明2023年11月までの掲載予定。
〈池田先生の和歌〉
師に捧ぐ
七十五歳の
入信日
閻浮に妙法
轟く誉れは
民衆の
座談の園を
大地とし
嵐に動かぬ
正義の大樹と
地涌の義を
元初に誓いし
君なれば
二人・三人
唱え伝えよ
☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 新たな力 2022年8月19日
◇君が慈悲の行動者に! 人に光を贈る太陽に!
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を掲載します。今回は飛躍を期し、挑戦を続ける"新たな力"の友へ贈った、励ましの言葉を紹介します。
◇共に動いて共に喜ぶ
新会員の宝友を大切に育成していくために、私たちが先輩として心掛けたい点があります。それは、「共に」という一点です。
「共に」という心と行動のなかに、日蓮仏法の真髄があります。師弟の本質も「共戦」にあるのです。御書には「喜とは自他共に喜ぶ事なり(中略)自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(全761・新1061)と仰せです。
自分一人だけの喜びにとどまりません。自他共に喜び、智慧と慈悲を発揮することが、最高の喜びになるのです。
(『調和と希望の仏法』、89ページ)
◇幸福を「つかむ」信心
幸福は、他の誰かから与えられるものではない。自分の意志や努力とは無関係に、いつか突然やって来るのを待つのでもない。究極は、各人が、自分自身で「つかむ」しかありません。必ず「つかむ」ことができる信心なのです。
そして、三世に崩れざる真の幸福境涯を、自他共の胸中に築き上げていく。それが、創価学会の信心の実践です。
(『創価学会永遠の五指針』、38ページ)
◇師弟とは弟子の共戦
最初は"自分のための祈り"だったものが、そのまま"師と同じ誓願の祈り"へと発展していく。
それは「師匠に守られる弟子」から、「師匠と共に戦う弟子」への一大転換劇ともいえるでしょう。
これは、「超越的絶対者に救済を求める宗教」とは異なります。
「万人が民衆救済の慈悲(慈しみと同苦の仏の生命)の行動者」になるというのが、仏教の根幹の原理なのです。
「師弟」とは、目覚めた民衆の陣列を築く、師匠の「精神」と「行動」を共戦の弟子が継承していくことなのです。
(『調和と希望の仏法』、24ページ)
◇一家和楽を築く直道
私自身の体験の上からも、未入会の家族を持った方々の苦労は痛いほどわかります。
だからこそ、信心のことで、感情的になって争ってはならないし、焦ってもならないと申し上げたい。
御書に仰せの通り、誰か一人でも「仏になる道」を貫いて信心に励んでいくならば、それが家族への真の孝養の道となります。
信心をしている一人が、どこまでも家族を愛し、大切にしていくことです。家族に希望の光を贈っていく光源へと、自分自身を磨き「人間革命」させていくことです。
自身が「一家の太陽」となることが、一家和楽を築いていく直道にほかならないのです。
(『創価学会永遠の五指針』、17ページ)
時代は混迷を深めている。
「新しい人材」を育て、
「新しい力」すなわち「ニューパワー」を
糾合したところが勝つ。
『勝利の人間学』
◇現実に人を救えるか
どんなに歴史や伝統があっても、現実に多くの人々を救う力がなければ、それは、"生きた宗教"とは言えません。
現実に自他共の幸福を願い、周囲からの信頼を積み上げながら、人々の中へ、社会の中へ、わが信念と体験を生き生きと伝え広めていく「行動力」にこそ、「人間の宗教」の生命線があるのではないでしょうか。
(『調和と希望の仏法』、32ページ)
◇御書は生命を輝かす
たとえ難解に感じたとしても、広布の実践に励む中で、"分かろう""分かりたい"と肉薄することによって、自身の境涯を開いていくことができるのです。
一節でもいい、一行でもいい、日々、御書を拝することで、自身の生命を最高に輝かせていくことができるのです。
たとえ絶望の淵に立たされても、御書を拝すれば、胸中に希望の太陽が昇ります。行き詰まった時にこそ御書を繙けば、何ものをも恐れぬ師子王の心を取り出すことができます。
(『信仰の基本「信行学」』、75ページ)
◇すがる信仰ではない
日蓮仏法は、何かにすがるような弱々しい信仰ではありません。
不撓不屈の信念で希望を引き出すのが、日蓮仏法の祈りです。この仏の智慧と力の源泉が、南無妙法蓮華経の唱題行なのです。大生命力を引き出せるかどうかは、どこまでも信心によるのです。
(『調和と希望の仏法』、71ページ)
◇「善縁」と繋がろう!
忙しくて、なかなか会合に出られない時や、思うように題目があげられない時こそ、気後れしたり、遠慮したりしないで、同志と連絡を取り合っていくことである。
少しでもつながっていこう! その心をもって、同志という善縁にふれていく中で、生命力が増す。ここに、何ものにも負けずに、成長と向上の青春を謳歌しゆく道がある。
新入会の友のニューパワーで、広宣流布、すなわち世界の平和と人類の幸福へ、朗らかにニューウエーブを起こしてくれ給え!
(『勝利の人間学』、203ページ)
王者の栄冠が輝く。
黄金柱たる壮年部よ!
「生涯青春」の気概で
生き生きと進みゆこう!
弥三郎殿御返事 P1450
『心あらん人人は我等が為にと思食すべし、若し恩を知り心有る人人は二当らん杖には一は替わるべき事ぞかし、さこそ無からめ還って怨をなしなんどせらるる事は心得ず候』
【通解】
心ある人々は、(大聖人が大難を一身に受けていることは)「私たちのためである」と思うべきである。もし「恩」を知り、心ある人々であるならば、(大聖人が)二回、杖で打たれるならば、そのうち一回は代わって受けるべきではないだろうか。それもしないどころか、反対に、(大恩ある大聖人に)怨をなそうなどとされるとは、まったく、どうしたわけであろうか。
【先生の指導から】
悪口罵詈され、怨嫉されるのは、法華経の行者の証である。大聖人の真実の弟子の証明である。
この証を打ち立てたのが、創価の三代の師弟の誉れであることを知っていただきたい。
名字の言 自分が盾となって師を守る——孔子の弟子・子路の誓い 2022年8月24日
作家・中島敦の短編小説「弟子」には、孔子に仕えた子路の潔い生きざまが描かれている(『山月記・李陵』岩波文庫)。孔子の「極めて高く汚れないその理想主義に至るまでの幅の広さ」という圧倒的な人間性に引かれ、子路は弟子となった▼常に体当たりで孔子に師事した子路は、どの弟子よりも叱られた。その一方で師を中傷する人間がいれば、徹底して戦う弟子だった。優秀な弟子は他にも数多くいた。その中でも、子路は心に決めていた。"濁世のあらゆる侵害に対し、自分が盾となって師匠を守り抜くのだ"と。孔子もまた、身命を賭して弟子の道を貫いている子路の心を誰より知っていた▼75年前のきょう8月24日、池田先生は入信した。以来、先生が歩んだ信仰の道について、宗教社会学の第一人者で上智大学の名誉教授だった安斎伸氏は次のように表現した▼牧口初代会長、戸田第2代会長という希有な指導者が賭けた信仰に、池田名誉会長も賭けられ、その初心、生き方を貫くことで信仰を深化させ、また深めていくことで揺るぎない信仰の基盤を築かれたのでしょう——と▼「師弟の精神」の真実は普遍、かつ不変である。この道を貫いた三代の歴史こそ、創価の誇りであり、宝である。
寸鉄 2022年8月24日
池田先生の入信記念日。世界広布の礎築いた75年感謝胸に師子の心で飛躍
「皆共に仏道を成ぜん」御書。自他共の幸福願い今日も地域に励まし拡大(新1895・全1561)
言葉は人を善へと変える—デンマーク詩人。希望紡ぐ紙面へ全力。本紙創刊原点の日
厳しい残暑続く。熱中症の搬送者もいまだ多く。水分・塩分補給小まめに
散歩は心を前向きにし、心身の不調予防—医師。習慣化めざし健康第一で
〈社説〉 2022・8・24 きょう、本紙「創刊原点の日」
◇生命尊厳の哲理を時代精神へ
かつて、米ハーバード大学名誉教授のモンゴメリー博士が、聖教新聞の特徴をこう語っていた。
——一般の新聞は、暴力などの否定的な側面をはらんだニュースも含め、"社会で起きている"出来事を報道する、という性格を持っている。しかし、聖教新聞は、"社会に起こるべき"価値についてのニュースを報道している、と。
本紙は創刊以来、仏法の生命観・社会観に基づいた勇気と希望の励ましの言葉を発信し、世界の平和・文化・教育の発展に寄与する「人間の機関紙」としての役割を貫いてきた。
ここで改めて、愛読者の皆さまをはじめ、無冠の友(配達員)、通信員、新聞長など本紙を支えてくださる方々に、心より感謝申し上げたい。
きょう24日は本紙の「創刊原点の日」である。
1950年(昭和25年)のこの日、第2代会長・戸田城聖先生は深刻な不況で事業の破綻に直面し、最も厳しい苦境に立たされる中、若き池田先生に語った。
「一つの新聞を持っているということは、実に、すごい力を持つことだ。学会も、いつか、新聞を持たなければならない」
そして、翌51年(同26年)4月20日に聖教新聞が誕生した。
池田先生は「最悪の状況」の中で構想され、究極の「希望の表現」として生まれた聖教の歴史に触れ、こう述懐している。
「戦う勇気があれば、いくらでも『変毒為薬』の智慧は湧き出てくる。いかなる状況にあろうとも、金剛の一念によって、危機を好機へと転ずることができる」
苦難を乗り越える師弟の闘争の中で生まれたことこそが、聖教の誉れの原点である。この誇りを胸に、人々を希望に導く言葉をこれからも紡ぎ続けていく。
今や海外の姉妹紙誌は90を数え、聖教電子版には世界213カ国・地域からアクセスがある。
紙面の内容としては、各界の識者インタビューや学術部員らの寄稿を掲載する「危機の時代を生きる」シリーズ、国内外の同志の奮闘を紹介する企画や体験談が充実。さらにSDGsをテーマにした記事も好評をいただいている。
世界はいまだコロナ禍が続き、自然災害、紛争など混迷の度を増している。
こうした中で、聖教は生命尊厳の哲理を時代精神に高めゆく論調を発信し、世界を平和と安穏に導く希望の光源として、さらなる飛躍を固く誓う。
☆きょう池田先生の入信75周年 「8・24」を記念し全同志に和歌
◇広布史伝える新連載がスタート
きょう8月24日、池田大作先生の入信75周年を迎えた。「8・24」は「聖教新聞創刊原点の日」であり、「壮年部の日」でもある。池田先生は恩師である第2代会長・戸田城聖先生と師弟不二の大闘争へ出発したこの日を記念し、全国・全世界の同志に3首の和歌を詠み贈った。
1947年(昭和22年)8月24日、19歳の池田先生は戸田先生を生涯の師と定め、世界広宣流布という未到の大闘争を開始した。
当時は占領下の混乱期。3年後の同日、事業の行き詰まりに直面した戸田先生は、学会の理事長を辞任する意向を発表した。この時、"これからは、新しい理事長が私の師匠になってしまうのですか"との池田先生の質問に戸田先生は答える。「苦労ばかりかけるけれども、君の師匠は、この私だよ」
多額の負債を抱え、給料も遅配。多くの同志が戸田先生のもとを去っていった。その中で池田先生は一人、恩師を支え続けた。そして、一切を勝ち越え、51年5月3日、戸田先生の第2代会長就任の道を開いたのである。
以来、池田先生は弘教の金字塔を築き、恩師の後を継いで平和・文化・教育の大道を世界に広げてきた。
そして今、先生と心を一つにした全国・全世界の宝友の闘争によって、学会は世界宗教として192カ国・地域に広がる民衆の連帯へと発展を遂げた。
先生は随筆につづっている。「八月二十四日! それは、創価の師弟が、偉大な『人間革命』の旅に出発する原点の日だ。決意新たに、広宣流布の戦いを奮い起こす日だ!」
次なる勝利の峰へ、師と共に新たな慈折広布の飛躍の歴史をつづっていきたい。
きょう24日から新連載「世界広布の源流 青年に語る創価の魂」がスタートします。
第1回は「池田先生の入信75周年」をテーマに、原田会長が青年・未来部のリーダーに語ります。
座談会は原田会長、長谷川理事長、池田主任副会長、谷川主任副会長が担当します。広宣流布大誓堂完成10周年の明2023年11月までの掲載予定。
〈池田先生の和歌〉
師に捧ぐ
七十五歳の
入信日
閻浮に妙法
轟く誉れは
民衆の
座談の園を
大地とし
嵐に動かぬ
正義の大樹と
地涌の義を
元初に誓いし
君なれば
二人・三人
唱え伝えよ
☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 新たな力 2022年8月19日
◇君が慈悲の行動者に! 人に光を贈る太陽に!
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を掲載します。今回は飛躍を期し、挑戦を続ける"新たな力"の友へ贈った、励ましの言葉を紹介します。
◇共に動いて共に喜ぶ
新会員の宝友を大切に育成していくために、私たちが先輩として心掛けたい点があります。それは、「共に」という一点です。
「共に」という心と行動のなかに、日蓮仏法の真髄があります。師弟の本質も「共戦」にあるのです。御書には「喜とは自他共に喜ぶ事なり(中略)自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(全761・新1061)と仰せです。
自分一人だけの喜びにとどまりません。自他共に喜び、智慧と慈悲を発揮することが、最高の喜びになるのです。
(『調和と希望の仏法』、89ページ)
◇幸福を「つかむ」信心
幸福は、他の誰かから与えられるものではない。自分の意志や努力とは無関係に、いつか突然やって来るのを待つのでもない。究極は、各人が、自分自身で「つかむ」しかありません。必ず「つかむ」ことができる信心なのです。
そして、三世に崩れざる真の幸福境涯を、自他共の胸中に築き上げていく。それが、創価学会の信心の実践です。
(『創価学会永遠の五指針』、38ページ)
◇師弟とは弟子の共戦
最初は"自分のための祈り"だったものが、そのまま"師と同じ誓願の祈り"へと発展していく。
それは「師匠に守られる弟子」から、「師匠と共に戦う弟子」への一大転換劇ともいえるでしょう。
これは、「超越的絶対者に救済を求める宗教」とは異なります。
「万人が民衆救済の慈悲(慈しみと同苦の仏の生命)の行動者」になるというのが、仏教の根幹の原理なのです。
「師弟」とは、目覚めた民衆の陣列を築く、師匠の「精神」と「行動」を共戦の弟子が継承していくことなのです。
(『調和と希望の仏法』、24ページ)
◇一家和楽を築く直道
私自身の体験の上からも、未入会の家族を持った方々の苦労は痛いほどわかります。
だからこそ、信心のことで、感情的になって争ってはならないし、焦ってもならないと申し上げたい。
御書に仰せの通り、誰か一人でも「仏になる道」を貫いて信心に励んでいくならば、それが家族への真の孝養の道となります。
信心をしている一人が、どこまでも家族を愛し、大切にしていくことです。家族に希望の光を贈っていく光源へと、自分自身を磨き「人間革命」させていくことです。
自身が「一家の太陽」となることが、一家和楽を築いていく直道にほかならないのです。
(『創価学会永遠の五指針』、17ページ)
時代は混迷を深めている。
「新しい人材」を育て、
「新しい力」すなわち「ニューパワー」を
糾合したところが勝つ。
『勝利の人間学』
◇現実に人を救えるか
どんなに歴史や伝統があっても、現実に多くの人々を救う力がなければ、それは、"生きた宗教"とは言えません。
現実に自他共の幸福を願い、周囲からの信頼を積み上げながら、人々の中へ、社会の中へ、わが信念と体験を生き生きと伝え広めていく「行動力」にこそ、「人間の宗教」の生命線があるのではないでしょうか。
(『調和と希望の仏法』、32ページ)
◇御書は生命を輝かす
たとえ難解に感じたとしても、広布の実践に励む中で、"分かろう""分かりたい"と肉薄することによって、自身の境涯を開いていくことができるのです。
一節でもいい、一行でもいい、日々、御書を拝することで、自身の生命を最高に輝かせていくことができるのです。
たとえ絶望の淵に立たされても、御書を拝すれば、胸中に希望の太陽が昇ります。行き詰まった時にこそ御書を繙けば、何ものをも恐れぬ師子王の心を取り出すことができます。
(『信仰の基本「信行学」』、75ページ)
◇すがる信仰ではない
日蓮仏法は、何かにすがるような弱々しい信仰ではありません。
不撓不屈の信念で希望を引き出すのが、日蓮仏法の祈りです。この仏の智慧と力の源泉が、南無妙法蓮華経の唱題行なのです。大生命力を引き出せるかどうかは、どこまでも信心によるのです。
(『調和と希望の仏法』、71ページ)
◇「善縁」と繋がろう!
忙しくて、なかなか会合に出られない時や、思うように題目があげられない時こそ、気後れしたり、遠慮したりしないで、同志と連絡を取り合っていくことである。
少しでもつながっていこう! その心をもって、同志という善縁にふれていく中で、生命力が増す。ここに、何ものにも負けずに、成長と向上の青春を謳歌しゆく道がある。
新入会の友のニューパワーで、広宣流布、すなわち世界の平和と人類の幸福へ、朗らかにニューウエーブを起こしてくれ給え!
(『勝利の人間学』、203ページ)
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