2021年6月9日水曜日

2021.06.09 わが友に贈る

支部長・女性部長の
奮闘に心から感謝!
広布への情熱の炎を
全同志に灯しゆく
勇敢なる名指揮を!

諌暁八幡抄 P587
『此れを日蓮此に大に見ながらいつわりをろかにして申さずば倶に堕地獄の者となつて一分の科なき身が十方の大阿鼻獄を経めぐるべしいかでか身命をすててよばわらざるべき』

【通解】
(謗法の邪師によって、多くの人々が地獄に堕ちているのを)日蓮が大いに見ながら、自らを偽り、おろかであるために、これを言わなければ、ともに堕地獄の者となって、一分の科もない身が十方の大阿鼻地獄を経巡(へめぐ)ることになるであろう。どうして身命を捨て、謗法を責めずにいられようか。

名字の言 「一人立つ」勇者がいれば 2021年6月9日
12棟のマンション群を舞台に活動し、「元気の配達人!」と評判の壮年がいる。近くて遠くなりがちな住人同士の人間関係。加えて、このコロナ禍。「心を結び合うために自分ができることを」と続けてきたのが同志に手紙を書き、一軒一軒届けることだった▼"あの人には池田先生の言葉を""この人には御書の一節を"と、友の状況に思いを巡らせ、心を込めてつづった手紙の数は600通にのぼる▼その真心が伝わり、次第に「夫が題目三唱するように」「息子が先生の指導を読み始めたんです」などの声が聞かれ始めた。先日は学会活動から離れていた友が一人で会合に駆け付け、「いつも手紙をありがとう」とぽつり。壮年は言う。「こんな喜びを味わえるんだから、広布の挑戦はやめられません!」▼御書には「日蓮一人」との言葉が三十数カ所もある。「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦」(758ページ)、「地涌の菩薩のさきがけ日蓮一人なり」(1359ページ)……。民衆救済に一人戦われた大聖人の烈々たる御精神が脈打っている▼どんな状況であれ、"できない"ではなく、"できる"ことを見つけ、挑む。「一人立つ」勇者がいれば、広布は進み、喜びが広がる。停滞などない。

寸鉄 2021年6月9日
会長は対話で平和築く鑑—市長。さあ立正安国へ。友情育む語らい、我らも
目黒が激闘。総立ちして拡大の押し上げを!劣勢跳ね返す大逆転劇を皆で
御書「火をきるに・やすみぬれば火をえず」。挑戦また挑戦!これ勝利の鍵
人間の本性は逆境の時にはっきり現れる—作家。師子が立ち上がる時は今
簡単に稼げる—悪徳商法に騙される若者多しと。甘い話は罠。信じるな!

☆6・6 牧口先生生誕150周年——ゆかりの地を巡る
略年表
◆1871年(明治4年)
柏崎県刈羽郡荒浜村(現・新潟県柏崎市内)に生まれる
13歳の頃に北海道・小樽へ移住。その後、小樽警察署の給仕として働く

牧口先生が故郷・荒浜から移住した小樽
◆1889年(明治22年)
北海道尋常師範学校(現・札幌市内)に入学

◆1893年(明治26年)
北海道尋常師範学校を卒業。附属小学校の訓導となる

◆1900年(明治33年)
北海道師範学校(北海道尋常師範学校から改称)の教諭に任命

小学校の教員として、教え子と一緒に登山した藻岩山から札幌市街を望む
◆1901年(明治34年)
北海道師範学校を退職。東京へ

◆1902年(明治35年)
少女雑誌の編集などに携わる

◆1903年(明治36年)
『人生地理学』を出版

◆1904年(明治37年)
弘文学院(後に宏文学院と改称)の講師となり、中国からの留学生に地理を教える
私立東亜女学校の講師となる

◆1905年(明治38年)
女性のための通信教育を行う「大日本高等女学会」を設立

◆1909年(明治42年)
富士見尋常小学校(現・千代田区内)の首席訓導となる

◆1910年(明治43年)
文部省(現・文部科学省)に勤務し、地理教科書の編纂等に従事

◆1912年(大正元年)
『教授の統合中心としての郷土科研究』を出版

◆1913年(大正2年)
東盛尋常小学校(現・台東区立東泉小学校)の校長に就任。併設の下谷第一夜学校の校長も兼任

◆1916年(大正5年)
大正尋常小学校(現・台東区立大正小学校)の校長に就任
『地理教授の方法及内容の研究』を出版

◆1918年(大正7年)
大正尋常夜学校が付設され、同校の校長を兼任する

◆1919年(大正8年)
西町尋常小学校(現・台東区内)の校長に就任

◆1920年(大正9年)
戸田甚一(後の戸田城聖先生)の訪問を受ける
三笠尋常小学校(現・墨田区内)の校長に就任。同夜学校の校長も兼任

◆1922年(大正11年)
白金尋常小学校(現・港区立白金小学校)の校長に就任
戸田先生と共に慶応義塾大学の三田の大講堂で行われたアインシュタイン博士の講演会を聴講

◆1928年(昭和3年)
日蓮仏法の研究を始める

◆1930年(昭和5年)
『創価教育学体系』第1巻を出版

◆1931年(昭和6年)
『創価教育学体系』第2巻(価値論)を出版
麻布新堀尋常小学校(現・港区内)の校長への転任の辞令が下る

◆1932年(昭和7年)
麻布新堀尋常小学校の廃校に伴い教職から離れる
『創価教育学体系』第3巻を出版

◆1934年(昭和9年)
『創価教育学体系』第4巻を出版

◆1939年(昭和14年)
福岡の八女方面を初訪問する
創価教育学会の第1回総会を開催

◆1940年(昭和15年)
創価教育学会の本部を神田区錦町(現・千代田区内)に開設

◆1941年(昭和16年)
創価教育学会の機関紙「価値創造」を創刊

◆1943年(昭和18年)
治安維持法違反ならびに不敬罪の容疑により、現在の静岡県下田市内で身柄を拘束。警視庁に移送された後、豊島区西巣鴨(現・豊島区東池袋)の東京拘置所に収監される

◆1944年(昭和19年)
東京拘置所の病監で逝去(享年73歳)

☆御書の旭光を 第32回 "唱題の人"に恐れなし
〈御文〉
『一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし』(一生成仏抄、384ページ)

〈通解〉
(私たち凡夫の)無明という根本の迷いに覆われた命は、磨かない鏡のようなものである。これを磨くなら、必ず真実の悟りの智慧の明鏡となるのである。

〈池田先生が贈る指針〉
牧口先生が線を引き、実践された一節である。法難の獄中でも"朝夕は怠ることなかれ。何の不安もない。必ず「変毒為薬」となる"と記された。
"唱題の人"に恐れなし。題目で無明の迷いを破り、生命を明鏡と輝かせるのだ。
創価の父の生誕150周年——。勇気の一念で「百発百中」の勝利をつかみ、報恩の実証を!

☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第5回 女性部発足特別編
今回の「『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」は、「女性部」発足の特別編。永石女性部長が、女性部の使命について語ります。

◇祈祷抄
『大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず』(御書1351ページ18行目〜1352ページ1行目)

◇高橋殿御返事
『其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ、仏種は縁に従って起る是の故に一乗を説くなるべし』(御書1467ページ5行目)

◇池田先生の講義
私たちにとって大切になるのは、"わが誓願を必ず成就させよ"と、諸天善神を揺り動かす思いで、強盛に祈る姿勢です。(中略)「一身一念法界に遍し」(御書247ページ等)とある如く、わが一念が三千法界に広がるのです。いわば、悪鬼や魔民も含めて全宇宙が味方となる。これが、妙法の無窮なる力用なのです。
◆◇◆
妙法の祈りによって、私たちは、宇宙の最極の「力」と「智慧」と「慈悲」の生命をわが身に顕現することができるのです。だからこそ常に大聖人が教えられているのは、弟子の側である私たちの祈りの姿勢です。願いを成就していくうえで心すべきことは、祈りが叶うまで何度でも「勇気」を奮い起こして、信心を貫き通していくことです。
◆◇◆
自分にしか切り開くことのできない広布の曠野が必ずあります。その使命の舞台を「あなたにお任せいたします」と、大聖人は述べられています。ここで最も重要なことは、この地域の広布を担うのは、誰かではなく自分なりと、深く自覚することです。
◆◇◆
「友情の開拓」が「広布の開拓」です。「励ましの拡大」が「善縁の拡大」です。
勇敢に、朗らかに語り抜き、友のことを祈り、行動すれば、互いの生命に「幸福の花」が必ず咲き薫っていくのです。
◆◇◆
どうか、「一家を照らす太陽」「後継の人材を照らす太陽」「地域を照らす太陽」、何より、「女性の世紀」「生命尊厳の世紀」「平和の世紀」を照らしゆく太陽として、共々に使命の大道を歩み通していってください。
(『わが「共戦の友」——各部の皆さんに贈る』から)

永石貴美子 女性部長
◇師弟誓願の祈りで幸福・勝利の大輪を
◇和楽の連帯広げ 明るく前進
今、全国各地の友は、「女性部」新出発の喜びに心を弾ませ、対話拡大に駆けています。
女性部の魂は何か。それは池田先生との金剛不壊の絆です。
1978年(昭和53年)6月7日、東京・信濃町に創価婦人会館(現・信濃文化会館)が落成し、池田先生・奥さまが開館記念勤行会に参加してくださいました。
当時、第1次宗門事件が起こり、先生と会員との師弟の絆を分断しようとする障魔の嵐が吹き荒れました。しかし、先生は泰然と、師弟の魂を打ち込むかのように、幾たびも同会館を訪問されました。同会館での会合のみならず、少人数での懇談をはじめ、メンバーと直接会い、抱きかかえるかのように一人一人に励ましを送ってくださったのです。
先生自らが行くことができない時には、奥さまが代わりに参加してくださいました。時には居合わせた友と、障魔を打ち破るように一緒に祈ってくださったこともあります。実際、先生は50回、奥さまは実に607回も同会館に足を運ばれています。
先生・奥さまの励ましと、心を合わせた女性たちの祈りがあってこそ、今日の麗しい団結の学会があるのです。
弟子である私たちも、コロナ禍の中で皆が苦しんでいる今だからこそ、友のもとに足を運び、直接会い、話に耳を傾け、勇気と希望を送る対話に打って出ていきたい。「『女性の世紀』を照らす主役へ」と題して贈ってくださった「祈祷抄」「高橋殿御返事」の講義を学び合い、立正安国の対話へ、池田先生の魂を受け継ぐ女性部が、先頭に立って走り抜いていきましょう。

◇広宣流布の信心
池田先生は、「祈祷抄」を拝し、次のように教えてくださっています。
「妙法の祈りとは、『誓願』です。最も強靱な精神の力です。祈りが心に満ち満ちているところ、いかなる臆病も、あきらめも、弱音も、入り込む隙などありません。祈りとは、『必ず成し遂げる!』という信念です。『絶対に負けない!』という確信です。自分には無理だという不信の壁を打ち破り、『断じて戦い勝つ!』という究極の勇気なのです」
さらに次のようにも語ってくださっています。「一番の根本は、『広宣流布の信心』であるかどうかです」「広布のために真剣に祈り、一つ一つの学会活動に励んでこそ、自身の祈りも叶っていくのです」
この「誓願の祈り」「広宣流布の信心」を教えられ、全世界へと広めてくださったのが池田先生です。この師匠の祈りに心を合致させていく時、自他共の幸福を開く広宣流布のリズムに則り、喜びと勝利の人生を勝ち取っていくことができるのです。
仏の慈悲に連なる師弟不二の祈りは、決して"こうあらねばならない"といった、人間を枠にはめようとするような狭い祈りではありません。全民衆を包む慈悲の祈りであり、自身の可能性を解き放ち、最も自分らしく輝いていく祈りなのです。
私自身、創価大学の学生時代、原因不明の微熱が続き、通院を続ける時期がありました。また、学会活動にも受け身で、どこか真剣になれない自分と葛藤していました。"このままではいけない"と「今日も元気で、先生と同じ心で活動ができますように」と日々の祈りの一念を定めました。
そして、誓願の題目を唱え、広布拡大に戦い切る中で、病を克服できたのです。何より"池田先生と共に"との一念が一切を開く要諦であると気付けたことが、最高の財産となりました。

◇"今いる場所"で輝く
価値観やライフスタイルがますます多様化する中で、仕事や子育て、介護、病などの理由から、活動になかなか参加できない方もいらっしゃると思います。大切なことは、会合に出られる、出られないといった表面的な事柄にとらわれてはならないということです。誰もが、広宣流布を誓い、今この時を選んで集ってきた縁深き同志です。
ゆえに、それぞれの地域で、知恵を発揮し、誰も置き去りにすることなく、安全地帯である創価の連帯の中に包み込んでいくことです。
池田先生は、「『其の国』の『国』とは、門下の住む地域一帯のことです。また、現代でいえば、自身が居住する地域や職場、家庭など、自分自身の関わる場所全般と拝することができます」と、教えてくださっています。
つまり、自分自身が使命に目覚めれば、"今いる場所"が、自分を最高に輝かせていく広布の舞台となるのです。広布の旗を高く掲げ、折伏精神を燃え上がらせ、自身の姿を通して、仏縁を広げていくことです。
女性部の一人一人が、生命力を満々とたたえ、"あの女性は素敵だな""あの方は何か違うな"と職場や地域、家庭で輝いていくことが広宣流布、立正安国の一歩前進に直結していくのです。

"祈ることが力だ"
使命の天地で、師弟の誓願に生き抜く創価の女性の生き方は、各地で地域を明るく照らしています。最近も、先生の故郷である東京・大田で広布に励む方の体験を伺いました。
その方は、父親の大反対の中、母親と共に信心を貫いてきました。女子部のリーダーをしていた時、思いがけず先生が悩みを聞いてくださる機会が。「お父さんに感謝していくんだよ」「あなたが一人、信心に励めば、家族皆を幸せにできるんだから」との先生の温かな言葉に、それまで自分には広布を推進する力がないと、自信が持てずにいた心の内を思わず吐露しました。すると先生は急に峻厳な表情になり、"祈ることが力だ"と言われたのです。
信仰の力とは「同志の幸福を祈ること」だと感動し、必ず先生にお応えできる人間に成長しようと決意。家庭においては先生のご指導通り、お父様と食事を共にするなど、感謝の思いを伝えていきました。やがてお父様は驚くほど変わり、彼女が代配で行っていた聖教新聞の配達も手伝ってくれるようになり、「二月闘争」60周年の折、ついに入会されたのです。彼女はその後、両親の介護も担い、「どうしたら、あなたの家族みたいに、お互いを思いやれるのかしら」と介護ヘルパーや地域の方から羨まれる和楽の家庭を築くことができました。
彼女は翻訳の仕事が多忙を極める中でも、地域を使命の舞台と定め、近隣に信頼を大きく拡大。喜々として対話を広げる姿を通して、ヤング白ゆり世代の多くのメンバーにも、広布に戦う歓喜が広がっています。
先生は、「一人一人の仏の生命を触発する人間主義の対話こそ、私たちが大聖人から直接、託された大聖業であるとの大確信で進んでいきたい。わが使命を晴れやかに自覚し、地域の人々の繁栄を願って、勇んで足を運んでいきたい」と講義されています。この指針を胸に、友情の対話に勇躍挑んでいきたいと思います。

◇桜梅桃李のスクラム
全国の同志が対話拡大に駆けていた2016年6月、池田先生・奥さまが創価世界女性会館を訪問され、勤行・唱題してくださいました。
このとき先生は、「創価の女性のスクラムは希望の太陽であり、慈愛の月光である。その拡大とともに、社会も世界も明るく平和に栄えゆけ!」との願いを託して、ピアノで「母」と"大楠公"を奏でてくださったのです。あまりにも深い師のご慈愛に、今こそ、女性部の一人一人がお応えしていきたい。
いよいよ、創価の師弟を永遠ならしめる時代の幕開けです。先生は過日、「挙一例諸と申して竜女が成仏は末代の女人の成仏往生の道をふみあけたるなるべし」(御書223ページ)を拝し、女性部のパイオニアである一人一人の人間革命の実証と桜梅桃李のスクラムこそが、21世紀の女性の「幸福勝利」と「平和連帯」の道を大きく踏み開けていくと期待を寄せてくださいました。
さあ、立正安国の誓願の祈りを根本に、世界中が仰ぎ見る仲良き女性部のスクラムで、希望・勝利の大輪を咲かせていこうではありませんか!

◇メモ
「祈祷抄」は、文永9年(1272年)、佐渡で著され、最蓮房に与えられたとされる。諸宗の祈りと法華経による祈りを比較され、法華経の行者の祈りが叶わないことは絶対にないと断言されている。

「高橋殿御返事」は、日蓮大聖人が、駿河国(静岡県中央部)の富士方面で、門下の中心的な役割を担っていた弟子に与えられた、お手紙の一部(断簡)と考えられている。地域広布の主体者としての使命と誇りを教えられている。

2021年6月8日火曜日

2021.06.08 わが友に贈る

「がうじゃうにはがみを
してたゆむ心なかれ」
困難の壁が厚いほど
負けじ魂で勇み立つ!
これが学会精神の真髄だ。

御義口伝巻下 P790
『一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり』

【通解】
一念に億劫の辛労を尽くして、自行化他にわたる実践に励んでいくなら、本来わが身に具わっている仏の生命が瞬間瞬間に現れてくる。いわゆる南無妙法蓮華経は精進行である。

名字の言 『人生地理学』につづられた豊かな世界像 2021年6月8日
自分たちの暮らす世界をどう見るか——。この「世界像」を人は誰しも持っている。日本地理教育学会元会長の斎藤毅さんは「豊かな世界像は現代の諸問題を世界的視野で捉えることができ、おのずとそれらと自分との関わりも見え、解決策への模索も促される」と訴える▼生誕150周年を迎えた"創立の父"牧口常三郎先生は長年、地理教育に力を注がれた。大著『人生地理学』は、私たちを取り巻く多様な環境と人間生活との関係を見つめ、地理的な視点から示された牧口先生の豊かな世界像といえる▼例えば、国や社会の在り方について。先生は人類史を俯瞰し、軍事的競争、政治的競争、経済的競争を経て、人道的競争を目指すべきと強調した。利己主義を目的とするのではなく、共同生活を意識的に営むように、自他共に繁栄する道を歩むのだ、と▼『人生地理学』の発刊は1903年。2回の世界大戦や核兵器の開発など「大量死の世紀」と呼ばれた20世紀の初頭である。この時、人道的競争の兆しは見られなかったが、先生は「次に来るべきもの」と展望された▼コロナ禍の今、新しい社会の在り方が模索されている。これを人道的競争が始まる転換点としたい。それが価値創造の生き方である。

寸鉄 2021年6月8日
信心は全ての体験が生きる。塵も残さず無駄なし—恩師。激闘は生涯の宝
調布・狛江が力走。正義は勝ってこそ!庶民の団の力で大逆転の金字塔を
「軍には大将軍を魂とす」御書。大生命力で前進!全幹部が希望の太陽たれ
マスク着用の運動で熱中症の危険大。子どもは特に注意。水分・塩分補給も
政治は何を言ったかではなく"何をやったか"だ。青年よ鋭く見抜き叫べ!

☆四季の励まし」 誠実は最後の勝利を導く力 2021年5月30日
◇池田先生の言葉
「誠実」に
まさる力はない。
誠実は
一時は損のように見えて、
時とともに信頼を得、
福徳をつけて、
最後は勝利する。
信仰者とは
最高に「誠実」な人間の
異名である。

「一念三千」の
仏法であるから、
心は、
すべて通じていく。
言葉一つ、手紙一つ、
電話一つにも、
真心を込めていくことだ。
そこから
一切は開けていく。

自分のいる場所から
友情を結ぼう!
この地元には
不幸を寄せ付けない!
わが地域に
希望を広げよう!
その一念を込めた
誠実な対話の
積み重ねによって、
広宣流布の
現実の土台は築かれる。
そして、それが、
そのまま、地域の発展に
連動していくのだ。

広宣流布とは、
特別な「大きなこと」を
することではない。
今の自分にできる
「小さなこと」を、
地道に粘り強く一つ一つ
行っていくことである。
目の前の「一人」に
同苦し、励ます。
今できる
「一つ」の行動に、
誠実に、
張り切って取り組む——
それは、誰もが直ちに
実践できることなのだ。

日本も世界も、
激動と不安の中にある。
誰もが心から信頼できる
何かを求めている。
だからこそ、私たちは、
目の前の一人を大切にし、
相手の仏性を信じ、
確信を持って語るのだ。
粘り強い大誠実の対話は、
悪意や偏見も打ち破る。
確かな友情を結び、
仏縁を広げていくのだ。

【写真説明】陽光を浴びて、街路樹の緑が青空に映える。東京・信濃町の総本部周辺の並木道。「創価学会の日」である5月3日、池田大作先生が撮影した。
今年の「5・3」は、戸田城聖先生の第2代会長就任から70周年。かつて戸田先生は語った。「『誠実』の道をゆけ! 人間としての大道を堂々と歩め!」と。
御書に「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(1174ページ)と仰せのように、万人を尊敬する人としての「振る舞い」にこそ、一生成仏の証しがある。
自他共の幸福のため、わが信念を堂々と語り抜き、誠実一路に歩みゆこう。

☆心に刻む御書 2021年の要文� 高橋殿御返事
【御文】
『其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ』(高橋殿御返事、1467ページ)

【通解】
その国の仏法流布は、あなたにお任せする。

【池田先生の指針】
そこに暮らす人びとが、わが地域の広宣流布の責任をもつのだ。
地域に応じて、活動の進め方は異なっても、広布を推進する根本原理に変わりはない。
第一に大切なことは、なんとしても、この地域を広宣流布していこうという「決意」である。自分が広布に一人立って、わが手で、この地域を幸福の園にしようという一念と行動がなければ、何年、何十年たとうが、何一つ現状を変えることはできない。
第二に、学会員が地域で「信頼」を勝ち得ていくことだ。信頼という土壌が耕されてこそ対話も実る。信頼は人間関係の基である。
第三には、各人が信仰の「実証」を示し切っていくことである。経済革命や病の克服、和楽の家庭の建設などは、当然、大事な実証となる。
また、さまざまな人生の試練に出遭っても、それに負けない強い心を培い、人格を磨き、誰からも好かれ、尊敬される人になっていくことは、黄金の輝きを放つ実証といってよい。
(第28巻「広宣譜」の章、89ページ)

☆【牧口先生生誕150周年記念特集�】 世界7カ国に広がる創価教育機関
牧口常三郎先生から戸田城聖先生、池田大作先生に受け継がれた創価教育は世界へ——「牧口先生生誕150周年記念特集�」では、各地の創価教育機関を紹介する。

池田先生が創立した大学、小・中学校、高校、幼稚園などの創価教育の学びやは世界7カ国に。「智慧」「勇気」「慈悲」を備えた、人類貢献の「世界市民」を育成している。

アメリカ創価大学
ブラジル創価学園
創価大学・女子短期大学
東京・創価学園
関西創価学園
東京創価小学校
関西創価小学校
札幌創価幼稚園の新園舎の完成予想図
韓国の幸福幼稚園
香港創価幼稚園
シンガポール創価幼稚園
マレーシア創価幼稚園
創価インターナショナルスクール・マレーシアの校舎の完成予想図

� ブラジルSGI教育本部の挑戦
——ブラジルSGI教育本部の歴史を教えてください。

1984年、池田先生の3度目のブラジル訪問の際、15人でスタートしました。
当時のブラジルは、15歳以上の非識字率が約18%。そこで、教育本部として、読み書きができない人に対する「識字教育運動」のボランティアなどに取り組みました。
しかし、90年代に入っても教育環境は改善されず、教育改革が国の最優先課題になっていました。
そうした中、94年4月にポルトガル語版の『創価教育学体系』が発刊されます。"教育の目的は「国家のための人間」づくりではなく、「子どもの幸福」である"との牧口先生の哲学を学び、私たちは改めて教育改革への誓いを立てました。
そして同年9月、識字教育の場を提供してくれたサンパウロ市内の州立カエタノ・デ・カンポス校の小学2年の一つのクラスで、「牧口教育プロジェクト」を開始したのです。
このプロジェクトは、保護者を交えた、児童との共同の手作業で、園芸や図工などを実施するものです。
例えば園芸の場合、児童は野菜の栽培を通して、「生命を育てる」ために、多くの準備や心配りが必要であることを学びます。
また収穫した野菜の葉を使ったサンドイッチを家族に食べてもらい、「おいしい」と笑顔になるのを見て、子どもの喜びもさらに増すのです。
子どもたちは、育った野菜は、食べる人に栄養を与えるだけでなく、心まで豊かにしてくれることを全身で感じます。
一枚の葉がさまざまな「関係」を生み、「価値」を生んでいく。その過程を「体験させる」ことに主眼を置き、知恵を絞り、さまざまな授業に応用していきました。
こうした情操教育に取り組んだ学校関係者からは「学校の空気が変わった」「教育への自信を取り戻した」との声が聞かれ、子どもたちからは「学校に行くのが楽しみになった」などの声が多数、届けられたのです。

◇子どもの幸福のための教育を社会へ
——「牧口教育プロジェクト」は全土に広がっていきました。
教育本部のメンバーが中心となり、セミナー、シンポジウムなどを開催し、情報交換をしながら、より良い活動ができるように研究を進めました。内容は多様化し、地域や学校の実情に合わせた形でプロジェクトを展開できるようになりました。子どもたちの成長につながる教育はもちろんのこと、「創価教育を実践する教育者」の育成も果たし、大きな教育改革運動になっていったのです。
2001年には、各地での取り組みをまとめた『牧口実践教育——平和への教育』を発刊。元サンパウロ大学総長のモラエス氏からは「本書の発刊は、ブラジル教育界にとっても大変に誇り高いことです。誰もが幸福を求めています。だからこそ、牧口教育の種子が、さらにブラジル教育界、社会に広がっていくことを望みます」との評価と期待が寄せられました。
「牧口教育プロジェクト」はこれまで、公立校を中心に920を超える学校に導入され、21万人以上の子どもたちが授業を受けています。

◇牧口先生の哲学と実践を展開する「創価教育アクション」を推進
——2019年、「牧口教育プロジェクト」の名称を「創価教育アクション」に変更したと伺いました。

「牧口教育プロジェクト」は、牧口先生の教育哲学と実践をブラジル社会に広げていくものです。長年にわたって運動を進めていく中で、理解は大きく深まり、各界からも評価されていきました。だからこそ私たちは、牧口先生から戸田先生、そして池田先生に受け継がれた「創価教育」が、より広く、また深く展開されるべきだと考えたのです。
「創価教育アクション」は、公立学校、教育委員会、社会教育・文化機関などで展開されています。1カ月に一度、学校が指定する"教師の共同作業の時間帯"にワークショップを実施している所もあります。
特筆すべき点は、学校向けの教材を作成していることです。
現在はコロナ禍で、教育現場を訪れて研修することが難しいため、各地の教育本部のメンバーとオンラインでワークショップを行い、「創価教育アクション」の実践方法を教えています。

——「創価教育アクション」のほか、教育本部ではどのような活動をしていますか。

現在、七つのプログラムを柱に、オンラインで活動を行っています。「読書推進運動」「識字教育」「創価教育アクション」「保護者・生徒への人間主義指導プログラム」「社会環境教育」「アートワークショップ」「創価教育応用研究グループ」です。これら全ての根幹には牧口先生の「子どもの幸福のための教育」との理念があり、三代の師弟に脈打つ創価教育の哲学をブラジル全土に広げるという使命感があります。
ブラジルでは、牧口先生が提唱された半日学校制度が、法律に基づく制度になっているなど、先生の普遍的な教育思想が広がる土壌が整っていると確信しています。
「智慧と勇気と慈悲を根本とした創価教育の主体者たれ」とのブラジルSGI教育本部のテーマを胸に、創価の人間主義の哲理を体現する教育者の連帯を拡大していきます。

2021年6月7日月曜日

2021.06.07 わが友に贈る

◇今週のことば
10代・20代の鋭き声が
社会を変え、未来を開く。
従藍而青の宝の友を
一人ひとり大切に
立正安国の新たな潮を!
2021年6月7日

千日尼御前御返事 P1316
『法華経を供養する人は十方の仏菩薩を供養する功徳と同じきなり、十方の諸仏は妙の一字より生じ給へる故なり』

【通解】
法華経を供養する人の功徳は、十方の仏・菩薩を供養する功徳と同じである。十方の諸仏は妙の一字から生まれたからである。

名字の言 一番の功徳は「自信がついたこと」 2021年6月7日
岩手・陸前高田市で漁業を営む友から、連絡をいただいた。受話器の向こうの声が弾んでいる。「今回、大きな功徳をいただきました」▼まず、収穫したワカメが高く評価され、高価格で売れたこと。出荷前の忙しい時期は、朝は午前3時半起き。勤行・唱題後、本紙を配達。配達を終えて帰宅するや朝食を済ませ、作業場へ。作業を終え、帰宅するのは午後10時ごろ。その苦労が吹き飛んだ▼そして一番の功徳は「自信がついたこと」という。4月、ワカメ漁の最盛期と広布拡大の戦いが重なった。多くの人に支えられ、東日本大震災から10年を迎えた友は、本紙の購読推進を決意。心掛けたのは感染を防止しながら「直接会い、相手の顔を見て話をすること」。「きょうはあの人に会おう」と具体的に祈り、一日の動きを明確にした▼目標を超える購読推進を達成。「『目標を決め、祈り、行動すれば、必ずできる!』——この揺るぎない自信がつき、自分で自分に感動しました。今までは、自分で自分に『できない』という限界の壁をつくっていたんですね」▼私たちの信仰とは、目標という「山」をつくり、頂上を目指して登り、山を登り切るたびに「新しい自分」を積み重ねていく、人間革命の軌道である。

寸鉄 2021年6月7日
時代を動かす力は創価の草の根の運動に—学者。心と心結ぶ励ましを皆で
豊島が気迫の追撃。さあ反転攻勢の烽火を!負けじ魂で歴史開く金星必ず
会は永遠に団結で勝つのだ—恩師。状況は刻々と変化。連携を密に行動
高等部結成の日。本物は嵐の中で育つ。激動の今、鳳雛よ学びと鍛えの道を
食中毒が多くなる時期。手洗いや加熱調理などの基本を徹底。油断は禁物

〈社説〉 2021・6・7 きょう「高等部結成記念日」
◇後継の「正義の走者」に励ましを
今年3月、卒業を控えた高校3年生を対象とした調査で、進路選択において新型コロナウイルスの影響を受けたかという質問に対し、65・1%が「影響を受けたと思う」と回答した(「2021年 高校生の進路意識と進路選択に関する調査」株式会社マイナビ)。
高校3年生の3分の2が、コロナ対応に悩み、将来の見通しに不安や不満を抱きながら、進路選択を余儀なくされたと考えられる。
コロナ禍は高校生たちに、今までの「当たり前」を問い直し、「何のために学ぶのか」「何のための学校か」と考えさせる機会となった。その結果、学びに向かう力が増進する場合と、そうでない場合の二極化しているとの識者の指摘もある。
ある女子高等部員の夢は、スポーツを通して、世界平和に貢献すること。世界がコロナで苦しむ今、その思いは強まった。休校期間中は英語に集中して力を伸ばそうと励み、海外の大学進学も視野に入れるようになった。だが周囲との力の差を感じ、くじけそうになることも。彼女を支えたのは、家族の励ましと、池田先生が未来部の友に贈った「自分にしか歩けない道を、自分らしく、悠々と行くことです」との言葉。彼女は"自分のペースで努力し、一歩ずつ前進しよう"と奮起し、今、部活動との両立に励みながら、挑戦を続けている。
きょう6月7日は「高等部結成記念日」。1964年の同日、東京の各本部(当時)で高等部の結成式が行われた。
東京第2本部の結成式に出席した池田先生は、"これからの10年間、しっかり勉強し、学びに学んで、堅固な人生の土台をつくってほしい"と呼び掛け、鳳雛たちの未来に万感の期待を寄せた。
4年後の第1回総会で先生が示した五つの指針のうち、「未来に羽ばたく使命を自覚するとき、才能の芽は、急速に伸びることができる」との言葉は、多くの友が、特に心に刻んできた指針である。
自分の使命の道とは。何のために学ぶのか——この問いを深め、自分らしく答えをつかみ取った時、可能性は大きく開花する。
危機の時代を生きる高等部員は、レジリエンス(困難を乗り越える力)を鍛えた先駆者であり、次代の希望の光源となる「正義の走者」だ。広布の未来を託す彼らにエールを送ろう。

☆君も立て——若き日の挑戦に学ぶ 第5回「大阪の戦い〈上〉」 厚い壁を「信心の利剣」で破れ
【先生が実践した「広布の方程式」】
一、強盛な祈り
一、御書根本
一、一対一の対話

◇今度の戦いは勝った!
1956年(昭和31年)5月、大阪支部は1カ月で1万1111世帯の弘教という不滅の金字塔を打ち立てた。「一が五つ重なっているから、いつでも一番や」——意気軒高な大阪の同志はそう語り合った。
その2カ月後、今度は大阪地方区の参院選で、「"まさか"が実現」と世間を驚嘆させた勝利を飾る。池田大作先生が指揮を執ったこの「大阪の戦い」には、幾つもの「広布の方程式」が刻まれている。
55年(同30年)10月、戸田城聖先生は、池田先生に大阪派遣を命じた。恩師の生涯の願業である75万世帯の達成には、関西に広布の一大拠点を建設することが急務だった。
池田先生は「勝ち戦にせねばならぬ、運命の一戦」(『若き日の日記』、1955年10月14日)と記した。「大阪の戦い」は、広布の命運を決する一戦だった。
戦いはまず、「深い祈り」から始まった。この時、池田先生は青年部の室長であり、学会の渉外部長であり、文京支部の支部長代理でもあった。仕事では営業部長を務めていた。一瞬の油断もできない緊張が続く。
ある日、戸田先生は池田先生に語った。
「人生は悩まねばならぬ。悩んで初めて信心もわかるんだよ。それで偉大な人になるんだ」。弟子の苦悩を師は知り抜いていた。
御義口伝に「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」(御書790ページ)とある。悩みに悩んでこそ、仏の生命(無作の三身)を奮い起こすことができる。池田先生は、"運命の一戦"の勝利のため祈り抜いた。その年の大みそかから翌56年の元日にかけて、吐き気にも襲われている。御書を"身で読む"毎日だった。
年が明けた1月2日、祈りを重ねる中、脳裏に「法華経とは将軍学なり」と浮かんだ。「勝利の鉄則」を見いだした瞬間だった。
4日の夕刻、旧関西本部を訪れた先生は、館内を一巡。その後、仏間へ向かい、幹部と共に勤行し、烈々と宣言した。
「今度の関西の戦いは勝った!」
「大阪の戦い」の本格的な出発は、先生の「勝利宣言」から始まった。そして翌5日の地区部長会では、こう訴えた。「全員の祈りがそろって、御本尊に向かった時、不可能を可能にする道が、豁然と開けるのは当然です」

【「若き日の日記」1955年(昭和30年)10月31日から】
美名にかくれた言語でなく、
全魂を傾け、全霊を尽くして、
初めて、
仏天の加護を願うことだ。

◇御書を拝する境涯
二点目は「御書根本」である。
池田先生は「大阪の戦い」で、朝の勤行を終えると、東京からの派遣幹部や関西のリーダーに御書講義を行った。
「その朝、その朝、その原動力ともいうべき、時々刻々の焦点を、御書を通して明確にしたのである」
この早朝の御書講義で、幾度となく拝した御文が「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1192ページ)の一節である。短期決戦で勝利を収める「最高の団結」「最高の勇気」は、浅薄な知恵を働かせた策や方法ではなく、どこまでも信心から生まれることを訴えた。
また、リーダーたちの一念がぶれている時には、「軍には大将軍を魂とす大将軍をくしぬれば歩兵臆病なり」(同1219ページ)を通して奮起を促した。
関西の同志が今も深く心に刻んでいる御聖訓が、「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同1132ページ)である。
先生は、「不可能を可能にする」との確信、一念こそが仏法者の姿勢であることを強調した。御書根本の励ましは、関西の一人一人の心に勇気の炎となって、燎原の火のごとく広がった。先生は述べている。
「同じ御文であっても、拝する境涯や一念の作用によって深さが変わる。御書根本に戦おう! そう決めて、学び抜く人には、無限の力が涌現するのだ」
三点目は、「一対一の対話」である。
「手っ取り早い近道などありえない。遠回りに見えようが、地道な一対一の『対話』しかない。一回一回に魂を注いだ『個人指導』しかなかった」
半年間の「大阪の戦い」で、先生の訪問・激励は8000人に及んだ。毎日、40人以上に励ましを送ったことになる。しかも、先生は毎日、大阪にいたわけではない。どう動くのか。一人に会い、一人を励ますために智慧を尽くした。

【「若き日の日記」1955年(昭和30年)11月11日から】
未完成の自分を、
自分らしく、
真面目に反省し、猛省して、
生涯生きたいと思う。

◇「まだ、時間がある」
時に数分しか滞在できない場所もあった。しかし、わずかの時間でも、池田先生は目の前の「一人」に対し、真剣勝負で臨んだ。
「行く先々で『まだ、時間がある』『まだ、励ませる』と動くうち、日に二十五、六会場を回ったこともある。全身に汗は流れ、声は嗄れ、足は棒のようになった」
座談会場にも次々と足を運んだ。「こんばんは! お元気でっか」と、ユーモアたっぷりに、関西弁で会場に入ることも。その場で、20人前後の友人が入会を決めた座談会もあった。先生の姿を通して、関西の友は「リーダー率先」から広布の勢いが生まれることを学んだ。
先生は「一対一の励まし」において、「聞く」ことの大切さを語っている。「よく話を聞いてあげ、今の悩み深い境涯から、信心によって必ず脱出できることを、真心込めて懇切に話してあげてください」。「大阪の戦い」とは、一面から言えば、同志の苦悩に徹底して寄り添う戦いでもあったのである。
経済的な苦境に立たされ、涙ながらに悩みを語る婦人の話を、先生はじっと聞き、包み込むように言葉を掛けた。「一緒に祈りましょう。勇気を出して信行学の仏道修行をやりきるのです」
試練に直面する同志、なかなか広布の陣列に加われない友——先生は、一人として置き去りにせず、励ましを送り続けた。
その激闘は、時に池田先生の体をさいなみ、発熱することがあった。関西の友が、"お体が壊れてしまうのではないか"と心配するほどだった。
しかし、先生は同志の前に立つと、何事もなかったかのように、再び全精魂を注いで、激励に次ぐ激励を重ねた。ある時、関西の婦人が、"池田先生の力は、どこから湧いてくるのでしょうか"と質問した。
先生は答えた。"私はみんなと同じだよ。同じ御本尊を拝んでいるんだから"。そして、こう続けた。
"もし、違うところがあるとすれば、それは責任感と使命感だよ"

☆【牧口先生生誕150周年記念特集�】 人道と正義の生涯
◇池田先生のサイモン・ウィーゼンタール・センターでの講演から
池田先生が「牧口常三郎——人道と正義の生涯」と題し、アメリカのサイモン・ウィーゼンタール・センターで行った講演(1996年6月)から25周年。「牧口先生生誕150周年記念特集�」では、同講演で言及された内容に沿って、社会変革と子どもの幸福のために戦い抜いた牧口先生の生涯を振り返る。

〈講演の背景と意義〉
1993年1月、池田先生はサイモン・ウィーゼンタール・センターの「寛容の博物館」を訪問。ハイヤー会長らの案内でホロコーストの歴史に触れ、"このような悲劇を、断じて繰り返してはならない"と改めて実感する。そして翌年5月、同センター等の協力で「アンネ・フランクとホロコースト」展を日本で開催。各地を巡回し、数百万の人々の心を揺さぶった。
こうした中でハイヤー会長は、牧口先生が軍部政府に抵抗し、獄死したことを知る。"日本にも人権の英雄がいた"——この事実を広めるために連続講演会を企画し、名称を「マキグチ記念人権講演会」としたのである。
池田先生の講演は、その第1回として行われた。ハイヤー会長は語った。「(池田会長は)寛容の橋を架ける作業を、ただ語るだけでなく、実践してこられました」
講演から四半世紀。創価学会は、"ホロコースト展"の支援を続けるなど「人権文化」の構築に尽力。創価三代の師弟の信念を基に、幸福と平和のための対話と行動を力強く重ねている。

◎郷土に根差した「世界市民」の育成を提唱
牧口先生の大著『人生地理学』が出版されたのは、日露戦争が始まる前年に当たる1903年。開戦論が沸騰していた時期に、先生は同書で、人類は、軍事的競争から、政治的競争、経済的競争を経て、人道的競争へ向かうべきであると展望した。
また、人間は地域に根差した「郷民(郷土民)」であるとともに、国家の中で社会生活を営む「国民」、さらには世界との結び付きを意識して生きる「世界民(世界市民)」であり、この三つの自覚を併せ持つことで、人生の可能性を豊かに開花できると訴えた。
「国権の優位」がことさらに強調される中で、どこまでも一人の「人間」に焦点を当てた、牧口先生の深い人権意識と視点について、池田先生は講演で、「足元の『郷土』に根差して、しかも『狭隘な国家主義』に偏らず、『世界市民』の意識を育むことを提唱した」と、その卓越性に言及した。

◎皆から慕われた慈愛の教育者
牧口先生は、北海道で教員としての第一歩を踏み出した。その後、上京し、女性のための通信教育や中国の留学生の教育に携わったほか、六つの小学校の校長を歴任した。
その心は、子どもへの限りない慈愛に満ちていた。校長時代、弁当を持参できない児童のために、学校としてパンとみそ汁を提供するなど、給食を先駆的に実施した。
教育改革を進める牧口先生には常に圧迫が加えられ、追放されたことも。しかし、子どもも保護者も教職員も、こぞって牧口校長を慕い、留任を求める同盟休校までした学校もあった。
講演で池田先生は、こうした「子どもの幸福」を第一義とする牧口先生の歩みに触れ、「ほぼ同時代のホロコーストのなかで、命を賭けて、子どもを守る奮闘を続けた、ポーランドの偉大なユダヤ人教育者コルチャック先生の人間愛とも相通ずる」と述べた。

◎仏法との出あい 「創価教育学体系」の出版 教育を通した社会変革を志向
牧口先生は1928年に仏法の研さんを始める。その感動を、「言語に絶する歓喜を以て殆ど60年の生活法を一新するに至った」と述懐している。
講演で池田先生は、全ての人間生命に内在する尊極の智慧を開発しようとする仏法は、それ自体が、社会に開かれた民衆教育の哲理であるとし、教育を通した社会変革を強く志向してきた牧口先生は、仏法との出あいによって、理想の実現への確かな手応えを実感していったと考察した。
2年後の1930年、牧口先生は自身の教育学説の出版について、弟子・戸田城聖先生に相談する。戸田先生が「先生の教育学は、何が目的ですか」と問うと、牧口先生は「価値を創造することだ」。「では先生、創価教育、と決めましょう」と戸田先生は提案した。
そして、牧口先生の膨大な原稿を戸田先生が整理・編集。同年11月18日、『創価教育学体系』第1巻が発刊される。この日が後年、創価学会の創立記念日となるのである。
池田先生は講演で、牧口先生が、アメリカの哲学者・教育学者であるデューイ博士らの実用主義の見地を踏まえつつ、「価値」の中心は「生命」であると洞察したことに言及。「『生命』の尊厳を守る『平和』という『大善』に向かって、挑戦を続け、いかなる困難にあっても、価値の創造をやめない——そうした『人格』の育成にこそ、『創価教育』の眼目があります」と紹介した。

◎戦時下でも240回の座談会に出席 500日の獄中闘争
信教の自由なき戦時下で、折伏・弘教を進めた牧口先生は、思想犯として特高警察の監視にさらされる。しかし、先生は間断なく立正安国の戦いを重ねる。起訴状には、1941年5月からの2年間で、実に240回を超える座談会に出席したことが記されている。
権力に迎合した宗門からの神札受諾の勧告も厳然と拒絶した。
1943年7月6日、牧口先生は折伏に訪れていた現在の静岡県下田市内で治安維持法違反ならびに不敬罪の容疑で検挙。約500日の獄中闘争では、取り調べの検事や看守にさえも諄々と仏法の法理などを説き聞かせた。
サイモン・ウィーゼンタール・センターの講演会場に、池田先生の力強い宣言が響いた。
「牧口は、権力と真っ正面から戦い、微動だにしませんでした。その勇気と英知の提唱は、時代を超えて、人々の良心を揺さぶり、覚醒していくことでありましょう」
「本日の貴センターにおける講演を、私は、牧口常三郎初代会長、ならびに『人道』と『正義』のために殉じた、すべての方々に、そして、深き『決意』をもって未来に生きゆく若き人々に捧げます」

2021年6月6日日曜日

2021.06.06 わが友に贈る

妙法は最高の生活法だ。
自他共の繁栄へ
現実を変革していく力が
この信心にはある。
それが先師の確信なり!

報恩抄 P329
『極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか』

【通解】
極楽での百年の修行の功徳は、汚れた、この国土での一日の修行の功徳に及ばない。正法・像法時代の二千年間の弘通は、末法の一時の弘通に劣るであろう。

名字の言 「子どもの幸福こそ第一」 2021年6月6日
「真心をもって尽くせば、子どもたちの姿が一幅の名画のように見える瞬間が必ず来るよ」。長野県のある男子部員は小学校教員として駆け出しの頃、教育部の先輩からそう教わった▼彼は昨年度まで3年間、担任として同じクラスを受け持った。当初は課題が山積みだった。クラスになじめない子、学校に行けない子……。何とかしなければと焦り、もがく日々が続いた▼そんな彼を支えたのが、先の先輩の言葉。"卒業式までに全員が笑顔で通える学級を目指そう"と、毎朝毎晩、一人一人の健康と成長を真剣に祈った。どんな時も明るく接し、よく話を聞くように心掛けた。迎えた卒業の日。教室に広がる児童たちの笑顔は、名画のように美しかった▼昨年度の国連児童基金の調査によれば、子どもが幸福感を得るには、経済的豊かさや身体的健康の度合いだけでなく、「精神的な充足」の影響が大きいという。周囲が「一個の人格」として尊重し、向き合う姿勢をもってこそ、子どもは幸福を実感できよう▼6月6日は創価教育の父・牧口常三郎先生の生誕150周年。国家主義の教育に抗し、「子どもの幸福こそ第一」「子どもの生命こそ尊極」と訴えた先師の心が広がれば、世界はもっと平和に、美しくなる。

寸鉄 2021年6月6日
牧口先生の生誕150周年。立正安国の闘争こそ学会の原点。魂継ぐ誇り高く
荒川が猛追。逞しき庶民の底力に勝るものなし!執念で切り込み大逆転を
関東女性部の日。敢闘の太陽ありて首都圏の勝利は盤石。さあ友情拡大へ
「やってみよう」と主体的に頑張る人は幸福度高いと。挑戦の一歩ここから
偽報道を拡散する人ほど見破る能力を過信—調査慢心排し出所の確認必ず

☆不二の旅 第10回 池田先生と総東京�
◇一騎当千の師子たれ!
池田先生が各方面の友に贈ったスピーチや指針を、各地での激励の写真と共に掲載する「不二の旅」。第10回は総東京�を紹介する。

・山梨最高協議会で同志を励ます。"大目的に生き抜く人生を"と望んだ(2007年9月、山梨教学研修センターで)

・杉並の友との勤行会で、ピアノを演奏。いかなる試練の烈風にも負けず、信心根本にまい進しようと励ました(1977年8月、杉並文化会館〈当時〉で)
葛飾文化会館の開館記念勤行会で指導。「10人の本当の友人をつくっていこう! そこに実質的な広宣流布がある」と訴えた(1977年4月)

・1986年3月、先生ご夫妻が板橋文化会館(当時)を訪問。同志と共に板橋広布の栄光と発展を祈念し、"団結固く進もう"と述べた

・練馬の友と記念撮影。"勇気と自信に満ちあふれた前進を"と呼び掛けた(1973年1月、練馬区内で)

・21世紀を担いゆく人材に——世田谷第1回「創価同窓の集い」で一人一人に慈愛の眼差しを向けて、温かく声を掛ける(1988年8月、東京池田記念講堂で)

・第1回「江戸川青年平和文化祭」での熱演をカメラに収める。「信心の横綱」の誇りに燃える友が堂々たる演技を(1985年9月、創価大学で)

・勝って見(まみ)える師弟ほど深く幸福なものはない——勝利の笑顔が輝く八王子の同志を激励(1981年7月、創価大学で)

◇総東京の友に贈った指針
愛する同志のためならば、どこへでも駆けつけて、誠心誠意、尽くし抜いていく。
広布の戦においては、自分が一切の責任を担う。そして、断じて勝って結果を出す。
それが学会のリーダーの伝統である。
名誉でもない。お金でもない。
会員のためである。広宣流布のためである。私は、ただ、それに徹してきた。
だれになんと言われようとも、戸田先生の言われた通り、学会精神で戦ってきた。師弟の精神で生きてきた。同志愛の心で進んできた。
だから勝ったのだ。
学会精神は、戦う魂にこそ脈動する。


「勝利」とは「幸福」の異名であり、「幸福」とは、「戦い勝つこと」である。
「戦い勝ち抜く人」こそが、菩薩であり、仏である。
「信心」は、「勝利」と「幸福」のためにある。
妙法を根本に、祈り、戦い、進んでいくかぎり、断じて行き詰まりはないのである。


仏法では「声仏事を為す」(御書708ページ)と説く。
声が大事である。
学会は常に、この「声の力」で勝ってきた。
いくら心で素晴らしいことを思っていても、それだけでは、相手には分からない。
黙って笑顔を浮かべているだけでは、伝わらない。
ゆえに、大事なのは、心の思いを言葉に表していくことだ。


「師弟」には、偉大な力がある。
それは、引力のように正義の方向へ、勝利の方向へ、人間革命の方向へと引っ張ってくれる。
「師弟」に生きる人は強い。断じて、勝っていける。
私は、師弟の道に徹しゆく本物の「師子」をつくりたい。
一騎当千の力のある師子を育てたい。
いかなる嵐にも微動だにしない、正義の師子を、一人でも多く育てていきたいのだ。
それが今の私の願いである。
(総東京代表協議会<2005年4月>でのスピーチから抜粋)

2021年6月5日土曜日

2021.06.05 わが友に贈る

仏縁を大きく
結び広げる時だ!
足取り軽やかに
あの友 この友のもとへ。
幸福の哲学を語ろう!

撰時抄 P273
『大海は広けれども死骸をとどめず大地は厚けれども不孝の者をば載せず、仏法には五逆をたすけ不孝をばすくう但し誹謗一闡提の者持戒にして第一なるをばゆるされず』

【通解】
大海は広いけれども死骸はとどめない。大地は厚いけれども、不孝の者はのせない。
仏法では五逆の罪を犯した者でも、不孝の者でも救うことができる。ただし正法を誹謗する一闡提の者と、表面だけ持戒第一の姿をした徒は許さないのである。

名字の言 情熱を傾け続けるという「才能」 2021年6月5日
埼玉の壮年部員宅を訪問すると、大切にしまってあったファイルを見せてくれた。それは40代の時から30年近く付け続けてきた唱題表。「どんな時も、お題目を唱えて乗り越えてきました」と力強く、幸せそうに語る姿に、「継続は力なり」との言葉を実感した▼プロ棋士の羽生善治氏は「以前、私は、才能は一瞬のきらめきだと思っていた。しかし今は、十年とか二十年、三十年を同じ姿勢で、同じ情熱を傾けられることが才能だと思っている」とつづる(『決断力』角川新書)。将棋界の第一人者の言葉だけに、大きな説得力がある▼創価の世界には、誰が見ていようといまいと、何十年も変わらぬ情熱を傾け、友のために祈り、行動し、励まし続ける多くの同志がいる。その"才能"にあふれた人々の陣列があって、日蓮仏法は世界に広がった▼先の壮年は、学会創立100周年までの唱題目標も教えてくれた。これまでの歩みに満足するのではなく、「さあ、いよいよ!」との清新な気概に触れ、こちらも力強い追い風をもらった▼「何をしてきたか」が現在の自分をつくっている。そして「何をしていくか」という今の決意が、未来の自分をつくる。自身の勝利の姿を思い描きながら、今日も挑戦の一歩を!

寸鉄 2021年6月5日
「法華経の信心を・とをし給へ」御書。中途半端では勝てぬ。強盛に祈り、進め
調布・狛江が大奮戦。一気呵成に攻め逆転勝利を!勇気凜々と新たな拡大へ
福井の日。動けば希望が広がる。劇が始まる。さあ友の心に励ましの旭光を
国連「世界環境デー」。節水・節電等、身近な行動から。世界市民の自覚で
水害対策の鍵�日頃から避難経路確認�早め早めの行動—と。ぬかりなく

〈社説〉 2021・6・5 あす牧口先生の生誕150周年
◇「人道的競争」の時代を!
あす6月6日、初代会長・牧口常三郎先生の生誕から150周年の佳節を迎える。
現在の新潟県柏崎市の荒浜に生まれ、幼くして両親と別れた牧口先生は、苦学の末、北海道で教師としての第一歩を踏み出し、東京で小学校の校長を歴任する。
そのまなざしは常に、"学びの当事者"に向けられていた。
貧困等で児童に教育格差が生じないように努め、学びたくとも学べない女性のための通信教育に携わった。
富国強兵の時代にあって、教育の目的は「子どもの幸福」にあるとの信念を貫いた。
何度も大きな戦争が繰り返された激動の時代。列強諸国は他国の犠牲の上に自国の繁栄を追求し、軍国主義へと突き進む日本もまた、覇道を歩もうとしていた。
牧口先生は32歳で著した『人生地理学』の中で、人類の発展を四つの段階に分けた。
武力による「軍事的競争」から「政治的競争」へ、さらには「経済的競争」を経て、やがては「人道的競争」の時代になると予見。各国が「他のためにし、他を益しつつ自己も益する」道を訴えた。
100年以上たった今、国連がSDGs(持続可能な開発目標)を推進し、誰も置き去りにしない社会の創出へ、各国の取り組みが開始されるなど、「人道的競争」の思想はますます光を放っている。
教育改革に力を注いだ牧口先生は、大著『創価教育学体系』を世に問い、創価教育学会を創立した。
この書では、自分さえよければいいという利己的な生活から「貢献的生活」への転換を促し、自分と社会全体の幸福のために価値を創造する力を養うことを目指した。
生活者として生きつつ人類益、世界益の視点を持った"世界民"を育もうとしたのである。
軍事政権下、日本の軍国主義に抗した牧口先生は、投獄されてもなお、信念を貫き、峻厳なる殉教を遂げた。
その不屈の魂のバトンは弟子・戸田先生に受け継がれ、池田先生は先師の偉大さを世界に宣揚した。
「自他共の幸福」を築きゆく"世界市民"の連帯は、今や千波万波と192カ国・地域に広がっている。
世界の安穏を深く願い、身近な人々に徹底して寄り添う行動に、創価の父の魂は脈打つ。
その地道な一歩一歩が、人道的競争をリードし、危機の時代の闇を切り裂く、希望の光となるに違いない。

☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第8回 「一瞬」に「永遠」を込めて 空港編
イギリス・ロンドンは、"霧の街"と呼ばれる。
その日、街は霧に覆われた。60年前の1961年10月15日、池田大作先生は、ロンドンからスペイン・マドリードへ向かう予定だった。ところが、霧の影響で飛行機の出発が大幅に遅れることに。
この待ち時間に、先生は発心の種子を蒔いた。見送りに来ていたシズエ・グラハムさんに、「心の師とはなるとも心を師とせざれ」(御書1025ページ)の一節を通して語った。
「自分の弱い心に負け、弱い心を師として従ってはならない」
「御書こそが、心の師となる。ゆえに、教学が大切になります」
さらに、「この時間を使って、教学の試験をしよう」と。シズエさんは頭が真っ白になった。四条金吾について問われ、無我夢中で答えた。
"教学試験"を終えると、先生は絵はがきを取り出し、日本の友に便りを書き始めた。空港の待合室は、御書研さんの道場となり、執務室となった。

愛媛出身のシズエさんは幼少のころ、家族で広島・呉市へ。十二指腸潰瘍で入院した弟の回復を願い、母が入会。シズエさんも続いた。
呉は軍港の町だった。そこに、国連軍の一員として駐留していたのが、ケン・グラハムさん。二人は結婚後の61年、夫の祖国であるイギリスに移った。
シズエさんは英語での日常会話がままならず、人間関係を築くのに苦労した。夫は軍務で多忙な日々。メンバーは点在しており、交流できずにいた。心細さを募らせていた中で、先生のイギリス訪問の連絡があった。
同年10月13日、先生はイギリスに第一歩を刻んだ。ヒースロー空港で出迎えたグラハムさん夫婦を、宿泊先のホテルに招き、シズエさんに語った。
「たくさん友人をつくって、ともに幸せになるために、仏法を教えていくことです」
友人をつくる——それは、シズエさんのモットーとなった。

1999年10月13日、「イギリスSGIの日」を記念する勤行会が、同国の各地で開催された。この時、ケンさんは空港で先生を出迎えた時と同じスーツを着て、タプロー・コートでの集いに臨んだ。
61年に帰国後、ケンさんはオックスフォード大学、ケンブリッジ大学で学び、同国の外務省に入省。外交官として、マレーシアやオーストラリアなど、世界各地に赴任した。
ケンさんは未入会だったが、先生との出会いをいつまでも大切にし、妻の学会活動を応援した。シズエさんは、師から教わった御書の一節を胸に、どの国でも友情の花を咲かせた。

◇苦難の"冬"を勝利の"春"に
1963年1月27日。アメリカ、欧州、中東、アジアの海外歴訪の旅を終えた池田先生は、香港からの直行便で東京へ戻る予定だった。
ところが、飛行機にエンジントラブルが発生。変更した便は給油のため、台湾の松山空港に立ち寄った。
たまたま訪れた空港に、台湾の同志が駆け付けていた。その日に師が帰国することを聞いていた朱萬里さんが、"もしかしたら、台湾に寄られるかもしれない"と、空港に集まることを呼び掛けていたからである。
先生は朱さんに語った。「不思議だな。唱題に引かれて来てしまったんだね」
朱さんは、台湾では戒厳令が敷かれ、組織的な活動をすることが難しくなっていることを報告した。先生は語った。
「何があっても、どんなに辛くとも、台湾の人びとの幸福のために、絶対に仏法の火を消してはならない。本当の勝負は、30年、40年先です。最後は必ず勝ちます」
「冬は必ず春となります」

台湾広布の"冬"は、厳しさを増した。松山空港での励ましから3カ月後、政府から台湾の組織に解散命令が出された。
当局は学会員に監視の目を光らせ、取り締まりを強化した。信心をしているだけで、会社を解雇されたメンバーもいた。
台湾の友は"春"を待ち、試練を耐えた。その中で生まれた智慧が、65年10月のハーモニカ隊の結成。文化活動を通して、仏法の精神を伝えていった。
翌年、先生は、朱さんに2本のハーモニカと手紙を届けた。
「(『行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る乃至随う可らず畏る可らず』<御書1087ページ>との)御金言を身を以て実践した信心は、学会員の亀鏡であり、熱原の三烈士を偲ばせます」
「『月は西より出でて東を照し日は東より出でて西を照す仏法も又以て是くの如し正像には西より東に向い末法には東より西に往く』<同508ページ>の御金言は、大聖人の仏法が必ず広宣流布するということであり、日本に最も近く、而も縁の深い台湾の同志の使命は重大であることを痛感いたします」
師の言葉に、一人一人が奮い立った。「良き市民」として地域に信頼を大きく広げ、社会に貢献していった。
解散命令が出されてから24年が経過した87年、政府による戒厳令が解除された。そして、90年、台湾SGIはついに、法人として正式に認可された。
今、台湾SGIには各界から高い評価が寄せられている。台湾の全市・全県が、池田先生に名誉市民・県民の称号を授与。同SGIは、行政院の内政部から「社会団体公益貢献賞 金賞」を21回連続で、「宗教公益賞」を18回連続で受賞している。
烈風に揺るがない「団結」。
時代を変えるとの「執念」。
社会に信頼を広げる「智慧」。
台湾の友は、いかなる時も、空港での師の励ましを忘れず、苦難の"冬"を、勝利の"春"に変えた。

メキシコ東部のベラクルス国際空港に、池田先生を乗せた飛行機が着陸した。1996年6月29日のことである。
ロビーには、民族衣装をまとった友や、赤・黄・青の小旗を振る子どもたちなど、メキシコの同志200人が集っていた。
先生の姿が見えると、一人の少女が駆け寄り、花束を手渡した。9歳のマユミ・エルナンデスさんだ。
先生の到着前、マユミさんは歓迎の思いを伝えようと、「ヨウコソ」という言葉を繰り返し練習していた。ところが、言葉を間違えたのか、一瞬の間が空いた。戸惑うマユミさんに、先生は腰を深く曲げて、ほほ笑みかけた。
「うんうん、『ようこそ』だね。ありがとう! 賢いね!」
先生は花束を受け取り、記念撮影を終えると、マユミさんに「大きくなったら、日本にいらっしゃい」と声を掛けた。
大学院を修了後、マユミさんは大手石油会社で働き始めた。2011年9月、SGI研修会で来日。先生は「報告を聞いたよ。本当に来たんだね。うれしい」と、空港で交わした約束を果たしたマユミさんを最大にたたえた。

ベラクルスを訪問した日、先生は「尊きベラクルスの地涌の友へ贈る」と題する詩を捧げた。

ベラクルスの同志の
この気高き顔
この美しき瞳は
未来永劫 わが胸から
離れることは 決してあり得ない

心と心の妙なる無線に結ばれし
あなたと私よ!

さあ
共に 飛び立とう!
無窮の希望の青空へ
共に 舞い征こう!
永遠の勝利の新世紀へと

空港を出発した後、先生はさらに即興の詩を詠んだ。
師の真心を、ベラクルスの友は深く心に刻み、メキシコ広布に走った。98年には同市でSGI平和行動展、その後も「自然との対話」写真展などが開催された。ベラクルス市に広がるSGIへの理解と共感は、やがて数々の顕彰につながった。
2002年、同市は池田先生に名誉市民称号に相当する「特別賓客」を贈り、10年には市議会が感謝状を授与。06年には、学会創立記念日の11月18日が、市の「創価学会の日」に制定されている。

限られた長さの滑走路を、飛行機は全速力で駆け抜け、大空へ飛び立つ。
今この瞬間、自分ができることに全力を注いでこそ、広布の飛翔がある——師の空港での励ましは、いつの時代も変わらない方程式を示している。

2021年6月4日金曜日

2021.06.04 わが友に贈る

「各各思い切り給へ」
労苦を惜しまず戦う中で
何事にも屈しない
偉大な境涯は築かれる。
一日一日 新たな決意で!

法華行者逢難事 P967
『一切の諸人之を見聞し志有らん人人は互に之を語れ』

【通解】
すべての人々が、この書を見聞きし、信心の志ある人々は、おたがいに語りあっていきなさい。

名字の言 当たり前を当たり前と思わない心 2021年6月4日
千葉の女子中等部員が「私の一番の幸せ」と題する詩を詠んだ。読売新聞朝刊5月13日付に掲載されたものだ▼「毎日笑える事 楽しくすごせる事 あたり前に思えるけど幸せな事」と彼女はうたう。文字の読み書きができること、きれいな水が飲める生活にも幸福を感じると続く。この詩を目にした新潟の婦人が地元紙に感想を寄せた。「『普通の生活』という ことばの ありがたみを 毎日感じて感謝しています」「あたりまえのことを書いてくれて 気づかせてくれて ありがとう」▼当たり前のことに感謝できる。それは「当たり前を当たり前と思わない心」ともいえる。世界に目を転じれば、読み書きができない15歳以上の人々は約8億人もいる。安全に管理された飲み水を使用できない人は22億人に上るという▼文字を使いこなせるようになるまでに、どれだけ多くの人の関わりがあったか。安心して水が飲める社会を支えるために、どれほどの人が汗しているか。思いをはせる想像力を失いたくない▼御書に「我等が心は器の如し」(1071ページ)と。"心の器"が大きいほど、人の気持ちを受け取れる。大きい分だけ、喜びも感動もその器の中にたくさん入る。感謝で心を満たせる人は幸せな人だ。

寸鉄 2021年6月4日
広布の闘士として歴史に名を残せ—恩師。共々に勝利の自分史を今こそ!
野が猛然と追い上げ。勢いでまさる方が勝つ!大逆転の劇はここからだ
「世界池田華陽会の日」。広布の花、未来の希望。さあ栄光の門開く対話へ
熱中症、高い湿度が最大の要因と。梅雨時、服装等賢く工夫し乗り越えよう
「途上国に接種を」。各国首脳が会議。誰も取り残さぬ—公明も後押し更に

〈社説〉 2021・6・4 きょう「世界池田華陽会の日」
◇女性の一歩が社会を開く
「百の説法も、百冊の本も、妙法を持った『一人の女性』の生き生きとした姿にはかなわない」
かつて第2代会長戸田城聖先生が女子部の使命の大きさを語った言葉である。コロナ禍によって不安感や閉塞感が増す中で一層、友の幸福を願い、懸命に題目を唱え、行動する池田華陽会の輝く姿こそ、社会を明るく照らしゆく希望の存在ではないだろうか。
きょう6月4日は「世界池田華陽会の日」。2009年6月4日、池田先生ご夫妻が、東京・信濃町の創価女子会館を初訪問した記念の日である。
この時、先生は、希望輝く「女子部 永遠の五指針」を贈った。「朗らかな幸福の太陽たれ」「世界一の生命哲学を学ぶ」「何があっても負けない青春」「正義と友情の華の対話を」「永遠に師弟勝利の門を開く」の五つである。
先生はこの日の会合で「失敗を恐れない——女子部は、これでいこう! 何があってもへこたれずに、前へ、前へと進むことだ。そして最後に勝てばいい」と呼び掛け、けなげに奮闘する創価の乙女たちに万感の励ましを送った。
各地の華陽会メンバーは、この指針を胸に、自らの使命の道を快活に進む。
福岡の大学院に学ぶ女子部員は、4年前のインド創価学会のメンバーとの出会いが信心の転機となった。"アイ アム シンイチ・ヤマモト(山本伸一)"と師に誓う燃えるような友の求道心に、自らの使命感を呼び覚まされた。"どこまでも師と共に。師の願う世界平和のために貢献できる人材に"と心が定まった。今、地球環境改善という大きな目標に向かって、異常気象などの研究に青春の全てを懸けて取り組んでいる。
カナダ・トロントのある支部は、全部員の約6割が女子部員という。「一対一」の励ましを大事に、師弟の精神あふれる人材育成に力を注ぐ。毎月の御書学習会で、女子部が研究発表を担当する。インドや米国から移住した女子部員が相次いで加わるなど、華陽の輝きは幾重にも広がる。
一人の女性がはつらつと立ち上がれば、今ある状況は変わる。私たちの一歩は社会を変え、世界へつながる。御聖訓には「女子は門をひらく」(御書1566ページ)と。華陽姉妹が"勝利の門"を開く青年の月・7月へ、朗らかな前進は続く。きょうも、あすも——。

☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第4回 不軽の実践
◇松野殿御返事
『過去の不軽菩薩は一切衆生に仏性あり法華経を持たば必ず成仏すべし、彼れを軽んじては仏を軽んずるになるべしとて礼拝の行をば立てさせ給いしなり、法華経を持たざる者をさへ若し持ちやせんずらん仏性ありとてかくの如く礼拝し給う』(御書1382ページ6行目〜8行目)

◇池田先生の講義
「一切衆生に仏性あり」——これが法華経の根本の視座です。生命は最極の宝です。誰一人、大切でない人などいません。この生命尊厳と人間尊敬の根源の視座を知れば、自分を見る目も、他者を見る目も、いな、自分と他者の関係も、根底から変わります。
不軽菩薩は知ったのです。誰かを軽んじることは仏を軽んじることであり、自分自身をも軽んじることになる、と。
◆◇◆
生命と生命は相互関係です。自分自身が大切であるということは、他者も大切な存在なのです。いな、他者の尊厳を知って大切にしてこそ、自身の尊厳も輝くのです。この"気づき"が、自他の共生の土台となるのです。
たとえ「法華経を持たざる者」であっても、その外面的なことによって排斥しない。いかなる人であれ、「もしかしたら持つかもしれない。本来、仏性があるのだから」と見るのが、不軽菩薩のまなざしです。
ここに、真の寛容を実現する依拠もあります。思想信条の違いを超えて、生命尊厳の真実に目覚める善の可能性において、人間を信じ抜ける視座があります。
(『人間革命の宗教』から)

石黒正司 第2総東京長
◇勇猛果敢に不屈の対話を
「万歳と/勝ち鬨送らむ/全世界/遂に立ちたり/緑の東京」
「第2東京大文化祭」(1998年12月)に出席された池田先生が詠んでくださったお歌です。
当時、第2東京(現・第2総東京)の青年部長だった私は、先生が何度も何度も立ち上がり、両手を掲げ、出演者一人一人を包み込むように渾身の励ましを送られる様子を目の当たりにしました。胸に手を当て、青年たちに温かなまなざしを注がれる先生の振る舞いから、一人の成長を信じ、待ってくださっていることを痛感しました。
文化祭に参加した友は、師との誓いの原点を胸に、社会と広布の中核の人材へと育ち、現在、第2総東京の各地で、正義と希望の対話拡大に奔走しています。
先生は今回学ぶ講義の中で、「『一切衆生に仏性あり』——これが法華経の根本の視座です。生命は最極の宝です。誰一人、大切でない人などいません」と教えてくださっています。
万人の仏性を信じ、礼拝し続けた不軽菩薩の実践を通し、あらゆる人と仏縁を結び広げる対話こそ、自他共の幸福の直道であり、立正安国の実践であることを学んでいきたい。

◇一切の差異を超えて
忘れられない出来事があります。
少年部長をしていた時、福島・会津の小学校から、池田先生宛てに手紙が届きました。差出人は6年生の女子児童3人。同校で開催する「図書館まつり」の「作家の手紙コーナー」に展示するため、池田先生に手紙を書いてほしいという内容でした。同校の少女部員が持参した先生の創作童話『太平洋にかける虹』を読み、感動した3人からの依頼でした。先生は、多忙を極める中、原稿用紙3枚に及ぶ返事を書かれたのです。
「おとぎの国からの、お便りのように、私は嬉しく 心に春の花が咲いたように 拝見いたしました……今の、皆さんにとって、読書は『心の、すばらしき旅』です……」
先生からの便りに、3人の児童は大喜びし、学校は大騒ぎになったそうです。
"真心には真心で応える"——先生の励ましには、大人であるとか、子どもであるといった表面的な差異や、学会員であるかどうかといった区別は全くないのです。
今回の講義の中で、いかなる人であれ、「本来、仏性がある」と見る不軽菩薩の視座を通し、ここに、「思想信条の違いを超えて、生命尊厳の真実に目覚める善の可能性において、人間を信じ抜ける視座があります」とつづられています。その通り、一切の差異を超えて一人の人間の尊厳性を信じ、心から励まし続ける先生の振る舞いに胸を熱くしました。
先生の行動に学び、私自身も地域に友情の連帯を広げる語らいに挑戦してきました。
第2総東京書記長をしていた時、壮年メンバーと共に地域友好活動を始めました。そのつながりで多くのかけがえのない友人と出会うことができました。誠実に交流を続ける中、今では、学会に深い信頼を寄せていただけるようになりました。
私が対話に臨むに当たって心にとどめていることは、不軽菩薩の実践です。語らいの好機が来るのをただ待つのではなく、不軽のように勇猛果敢に自分から相手の懐に飛び込んでいく"積極的な対話"です。そして、一度や二度で終わる関係ではなく、不軽が信念を貫いたように、何度も関わり続けていく"不屈の対話"です。

◇師と共に歓喜を胸に
先生は「生命と生命は相互関係です。自分自身が大切であるということは、他者も大切な存在なのです。いな、他者の尊厳を知って大切にしてこそ、自身の尊厳も輝くのです。この"気づき"が、自他の共生の土台となるのです」と講義されています。
自分が縁する人を信じ、敬い、声をかけ続けていけるかどうかという問題は、実は自分自身の仏性を信じ抜くことができるかどうかという問題と直結しています。
「あの人はいつも話を聞いてくれないから」「あの人とは久しく会っていないから」などと、いくら他者を"分析"してみても、立正安国は進みません。問われているのは相手ではなく、自分です。ゆえに"自分自身の戦いだ"と捉えたとき、人間革命と広宣流布の歯車は回り始めます。
さあ、第2総東京の一人一人を信じてくださる師匠のご期待に応える時は、「今」をおいてほかにありません。師と共に広布の大道を歩める歓喜を胸に、縁する全ての人に、希望と正義を語り広め、民衆勝利の新時代を開いていこうではありませんか!
その大切な主人公は誰でもない、私たち一人一人なのです。

日蓮大聖人は御書の至る所で、不軽菩薩について触れられている。建治2年(1276年)12月、松野六郎左衛門入道に与えられたお手紙である「松野殿御返事」では、法華経を持つ者を謗ってはならないと戒められた上で、法華経を持っていない者も含め、一切衆生に仏性があると信じ、礼拝行を貫いた不軽菩薩の実践について述べられている。

2021年6月3日木曜日

2021.06.03 わが友に贈る

「今いる場所」が
人間革命の道場だ。
眼前の課題に全力で挑む。
この粘り強い戦いから
充実と歓喜が生まれる。

諸法実相抄 P1358
『下地獄より上仏界までの十界の依正の当体悉く一法ものこさず妙法蓮華経のすがたなり』

【通解】
下は地獄界から上は仏界までの十界の依報と正報の当体が一法も残さず妙法蓮華経の姿である。

名字の言 歴史を織り成す真の主体者は「民衆」 2021年6月3日
歴史家の色川大吉氏が学生だった時のこと。中世の農民史を卒業論文の主題として考えていた別の学生がいた。すると、担当教授は「そんな研究に何の意味があるのだ」と言い放ったという▼民衆の歴史に価値はない——わずか半世紀ほど前まで歴史学者の多くがそんな認識だった。これに異を唱えた氏は「民衆史」という概念を提唱。歴史を織り成す真の主体者は、社会を動かす一部のエリートではなく、民衆であると主張した▼氏は「地域住民の歴史を掘ることは、自分の心や歴史意識を掘ること」と述べている(『民衆史』講談社)。この言葉にならえば、わが地域の広布史を学ぶことは、自身の信心や使命を深く見つめることにつながろう▼大阪から岐阜に嫁いだ女性は、慣習の違いや生活環境の変化に戸惑った。その折、本紙で小説『新・人間革命』第12巻「愛郷」の章の連載が開始される。山本伸一が岐阜・高山を訪問した場面を学び、"地域に尽くそう"と決意を新たにした。学会活動とともに読み聞かせサークルなど、地域活動にも率先してきた▼自他共の幸福と地域の繁栄に尽くす労苦を、無上の誇りとする創価の友の生き方——その一つ一つの集積が後世、偉大な「民衆史」と仰がれることを確信する。

寸鉄 2021年6月3日
広宣流布への信心がある所が仏の国土—戸田先生師弟共戦の師子と立て!
正副幹部の金剛の団結で力は倍加。全員が主役の誇りで勝利の峰へ加速を
「大海の初は一露なり」御書。祈り、賢く励まし拡大!目の前の一人から
特殊詐欺被害の8割超が61歳以上。日頃の家族の連携が重要と。油断せず
公明の推進で12〜15歳の接種も無料に。生命を守る政策実現に総力尽くせ

〈社説〉 2021・6・3 明後5日は「世界環境デー」 
◇身近な一歩を踏み出そう
高層ビルの向こうに、雪山がくっきりと映えた一枚の写真。昨年4月、米ロサンゼルスで撮影された写真がツイッターで話題となり、"この数十年で最も空気がきれい"などの書き込みが相次いだ。
昨年の世界の化石燃料消費による二酸化炭素の排出量が、前年比で7%減少したという(グローバルカーボンプロジェクト推計)。新型コロナウイルスの感染拡大で経済活動が縮小し、皮肉にも各地で大気汚染が改善された。だが今年、排出量は増加に転じている。
地球温暖化は確実に進行し、「異常気象の頻発」「氷河の後退」など、その影響は次々と顕在化している。明後5日は「世界環境デー」。日頃よりも視野を広げ、環境をおもんぱかる機会としたい。
コロナ禍をどう克服するかは喫緊の課題だが、環境問題への取り組みが後回しにされることがあってはならない。変革実現の好機と捉え、気候変動対策を据える「グリーン・リカバリー(緑の復興)」が、経済の立て直しの軸として注目されるなど、世界は大規模な産業構造の転換を迫られている。
これは、再生可能エネルギーの大量導入を促し、住宅や自動車など、私たちの暮らしにも密接に関わってくる。そもそも、「生産」「消費」「廃棄」の経済活動が、温暖化を加速させている。生産者と消費者の一人一人が当事者であり、温暖化は"人類共通"の課題だ。
アフリカの"環境の母"マータイ博士が創設した「グリーンベルト運動」は、1977年6月5日の世界環境デーに、わずか7本の苗木を植えることから始まった。その運動は国際機関と連携し、世界で150億本を超える植樹を成し遂げるまでに広がっていった。
これは、植樹運動にとどまらず、参加した多くの女性たちに"未来に責任を持つ!"との意識を目覚めさせたことで、歴史に輝く偉業ともなった。環境問題もその改善も、突き詰めれば人間の"選択と行動"の問題と言えるだろう。
池田先生は2012年発表の環境提言で、マータイ博士の運動に共感を寄せつつ、呼び掛けた。「皆で力を合わせて"小さな前進"を一つ一つ積み重ねながら、その生き方を自分たちの『誓い』や『使命』として踏み固めていくことが、持続可能性を追求する裾野を地球大に広げていく基盤になる」
持続可能な世界へ——。身近な一歩を踏み出そう。

☆5月度御書講義(上) 立正安国論
◇世界を結び、未来を創る——堂々と確信の対話を!
創価学会公式ホームページ「SOKAnet」で配信(5月31日まで)されている、森中教学部長の5月度「御書講義」を、上下にわたって掲載します(抜粋・編集)。教材は「立正安国論」です。民衆の幸福と世界平和を実現するための要諦を学んでいきましょう。講義の動画はこちらから視聴できます。((下)は5月30日付4面に掲載の予定)

◇はじめに
創価学会は、今、「立正安国」「立正安世界」を掲げて行動しています。世界各地のSGI(創価学会インタナショナル)メンバーと話すと、皆が立正安国の法理を真剣に学び、「立正安国」即「世界平和」の実践を力強く推進していることを実感します。
とりわけ、この一年、世界中がコロナ禍の状況にあって、メンバーは、分断と格差が広がる危機の中で、"人間尊敬の哲学を復権し、人と人との絆を強め、安穏の世界を築いていく立正安国の実践が今こそ必要だ"と決意を固め、行動に移しています。まさに、立正安国の世界的連帯が築かれる時代になりました。
「広宣流布は世界同時進行」という時代の中で、御書や池田先生の教学著作・指導は、世界共通で学ばれています。日本の私たちも、御書と学会指導を信心の源泉にして、納得と信頼の励ましと対話に勇んで挑戦していきましょう。

「立正安国論」は、文応元年(1260年)7月16日、日蓮大聖人が39歳の時、当時の実質的な最高権力者・北条時頼に提出された「国主諫暁の書」です。
大聖人の御生涯は、この「立正安国」の実現を目指した激闘の連続であったともいえます。
この「立正安国」の実践を受け継ぎ、民衆の幸福と世界平和の実現を目指して、現実変革に挑戦している団体が創価学会です。
仏法者は、現実社会の変革に目を向けていかなくてはなりません。今回の拝読範囲は、まさに、民衆の苦悩に満ちた国土を、仏国土に変えていく日蓮仏法の本義が示されている内容となっています。
続いて、題号の「立正安国」の意味を確認します。
「立正」とは、正法の流布を基盤に、生命の尊厳、人間尊敬の哲理を人々の胸中に確立し、社会の基本原理にしていくことです。社会の価値観の基盤に、生命尊厳の思想を定着させていくことが重要です。
社会を構成する一人一人の意識が変わり、法華経が示している、生命尊厳の思想が定着する方向へ、社会の精神土壌を変革していくことが、私たちの「立正」の実践です。
「安国」とは、社会の繁栄と平和の建設です。これには、民衆が「三災七難」に苦しむことのない安穏な国土の実現も含みます。まさしく、この現実の娑婆世界に仏国土を建設することです。
「立正安国」を考える上で大切なのは、「立正」と「安国」の関係です。
「立正」とは「安国の根本条件」であり、「安国」とは「立正の根本目的」であるといえます。
ここでいう「国」とは、「一国」に限定されるものではありません。郷土から世界に至るまで、民衆が住む国土を指します。
創価の師弟は、「この世から悲惨の二字をなくす」との信念で、民衆一人一人の幸福、そして平和で安穏な社会の実現を目指して戦ってきました。この精神こそ学会精神です。

◇御文
『汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ、然れば則ち三界は皆仏国なり仏国其れ衰んや十方は悉く宝土なり宝土何ぞ壊れんや、国に衰微無く土に破壊無んば身は是れ安全・心は是れ禅定ならん、此の詞此の言信ず可く崇む可し』(御書32ページ14行目〜17行目)

◇仏国土を築く
「立正安国論」は、北条時頼を想定した客と、大聖人を想定した主人との十問九答の問答形式で展開されています。最後の十番目の質問は、客の決意にもなっているので答えはありません。ここで拝読するのは、第9段の答えの部分です。第9段の質問でも、客はすでに納得して、正法の実践を決意しています。
それに対して、主人は、経文に照らして、「自界叛逆難」と「他国侵逼難」が目前に迫っており、客に対していち早く行動を起こすようにと強く迫ります。
5月度「座談会拝読御書」の範囲でもある御書31ページ16行目からの箇所で、主人は"戦争が起これば、国家や生活の基盤は破壊されてしまう。その時には、もはや逃れるところはない"と述べます。そして結論として、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(御書31ページ)と強く訴えます。
大聖人は、自身の「安堵」(安心)を考えるなら、あなたはまず、「四表の静謐」(自分の周囲、社会や国家、世界の安穏、平和)を祈るべきではないのか、と仰せになっているのです。
その後、主人は、謗法厳誡の姿勢を確認した上で「あなた(客)は早速、ささやかな信仰の心を改めて、速やかに、実乗の一善に帰依しなさい」(同32ページ、通解)と述べます。
「実乗の一善」とは、成仏へと導く真実の教え、つまり法華経という唯一の正しい教えのことです。
法華経こそが「根本善」です。なぜなら、全ての人々の仏性を開き、絶対の幸福境涯を築き上げることを可能にする教えだからです。
「実乗の一善」を選び取れば、私たちの住む現実世界が、そのまま永遠にして不滅の仏国土となります。
「実乗の一善に帰せよ」が「立正」で、次の御文が「安国」になります。
「そうすれば三界は皆、仏国である。仏国が、どうして衰えることがあるだろうか。十方の国土は、ことごとく宝土である。宝土が、どうして壊れることがあるだろうか」(同ページ、通解)
「三界」とは、仏教の世界観で、地獄界から天界までの六道の迷いの衆生が住む世界です。「宝土」とは、功徳に満ちあふれた国土のことです。法華経如来寿量品第16では、娑婆世界が仏の常住する寂光土すなわち、宝土であることが明かされました。これが「娑婆即寂光」の原理です。
仏国、すなわち宝土は、衰えたり、壊れたりすることはありません。永遠に崩れることのない常住の仏国となるのです。この仏国土を、衆生が苦悩する現実の世界で実現していくのが法華経の特徴であり、大聖人の立正安国の仏法です。
ゆえに、「国土が衰微することなく破壊されることがなければ、身は安全であり、心は動揺せず安定しているだろう」(同ページ、通解)と仰せなのです。大事なことは、民衆の安穏のための「立正安国」です。反対に言えば、「立正安国」の目標は民衆の幸福にほかなりません。
「四表の静謐」が実現することで、「一身の安堵」も、かなっていきます。
一人の人間革命から始まり、一国の宿命転換、全人類の宿命転換が実現していく。その中に、一人一人の成仏もあります。

◇未聞の社会変革
法華経の「娑婆即寂光」から始まり、立正安国に至る思想は、大聖人御在世当時の宗教界にあっては想像も及ばない画期的な思想です。
だから主人は、「これらの言葉を信じて敬わなければならない」(同ページ、通解)と、信心をもって受け止めていきなさいと述べているのです。
現代にあっても、立正安国は未聞の社会変革の実践です。創価学会の社会的展開、社会参加について、多くの識者や人々が正当な評価をする時代に入りました。
池田先生は「私たちの対話は、人間の力を復興する戦いです。私たちの対話が、社会を変え、世界を結び、未来を創ります。私たちの対話には、希望があります」(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第22巻)と教えられています。
私たちは確信を込めて、堂々と、立正安国の対話を力強く繰り広げていきたいと思います。

2021年6月2日水曜日

2021.06.02 わが友に贈る

「納得」は力だ。
不安や疑問の声に
誠実に耳を傾け
丁寧に語っていこう!
そこから大きな波動が。

日興遺誡置文 P1618
『下劣の者為りと雖も我より智勝れたる者をば仰いで師匠とす可き事』

【通解】
たとえ位の低い者であっても、自分より智慧がすぐれている人を、師匠と仰いで仏法を学ぶべきである。

名字の言 明るい未来を信じて疑わない 2021年6月2日
近所に住む男の子が自宅の玄関前に立っていた。遊ぶ約束をした小学生の兄の帰りを待っているという。なかなか兄が現れないことに、そわそわする男の子は、家の花壇から1本の花を抜き、花占いを始めた▼"今も、こうする子がいるんだ"とほほ笑ましく感じた。さらに、花びらをつまみながら発した男の子の言葉がよかった。「来る。絶対来る。来る……」。信じて疑わない純粋な心が通じたのか、程なく兄が駆け足で帰宅。男の子は笑顔で迎えていた▼仙台市在住のプロカメラマンである壮年部員の写真展に足を運んだ。タイトルは「未来へつなぐ千年桜」。東日本大震災のあった2011年から10年間、春に東北各地で咲いた桜を撮った作品が並ぶ▼震災直後の桜の写真は、人の背丈よりも高い位置の枝にカキの養殖で使う筏が絡み付いていた。背景も津波のすさまじさを物語る荒野だった。それが年を経るほどに、作品には桜の木の周りで農作業をする人の姿などが写るようになっていった▼"必ず復興できる! 東北の未来を信じて疑わない! だから今年も咲く!"という強烈なメッセージが全作品から伝わってきた。「咲く」には「わらう」の意味もある。会場の鑑賞者にも笑顔が咲いていた。

寸鉄 2021年6月2日
学会は師子の団体—戸田先生。堂々と正義を叫べ。確信と誠実の声は伝わる
まだ勝負はこれからだ—詩人。さあ執念で前へ!"まさか"が実現の劇皆で
他人ではなく過去の自分と比べる人は確実に成長と。昨日より今日と挑戦
「他者への親切」は認知症リスクを抑える—調査。利他の道は健康人生の力
接種の案内で偽サイトに誘導するメールに注意。安易に開かず。用心重ね

〈社説〉 2021・6・2 梅雨期に考える健康
◇免疫とカビとコロナと
「健康な状態とか、病気の状態というものは、環境からの挑戦に適応しようと対処する努力に、生物が成功したか失敗したかの表現である」(木原弘二訳『人間と適応』みすず書房)——世界的な細菌学者であるルネ・デュボス博士の遺した言葉である。
博士と対談した池田先生は、後にエッセーでこの言を紹介し、こう述べている。
「すなわち健康とは、決して問題のない安息な状態を指すものではない。むしろ、気温の上下、ウイルスや細菌の流行など、険しい環境の変化に対応しようとする力だというのだ」
梅雨の季節に入った。カビ、細菌が繁殖しやすく、食中毒も起きやすい時期である。環境の変化に対応しようとする賢明な行動を重ね、健康を保ちたい。
菌は、水分、温度、栄養の三つがそろえば増殖する。丹念な掃除や換気で、カビが好むホコリなどの栄養を除いたり、湿度を下げたりすることが肝要である。エアコンも上手に活用したい。
食中毒にも注意。菌が増えても、色や味、においが変わらない事例は多い。生ものは極力加熱し、調理後も室温で長時間放置しない。冷蔵庫を過信しない警戒心も必要だ。国民的な慣習になりつつある「小まめな手洗い・うがい」も続けたい。
今、細菌より極小なウイルスが猛威を振るっている。感染症に立ち向かうには、免疫細胞の7割が作られ、「免疫の最前線」たる「腸」の環境を良くすることが肝心だと、学術部の友が語っている(本紙2月3日付)。
また日々の心掛けとして、天台大師が挙げた、�調食(食べ物の質と量を調整する)�調身(散歩、体操、運動をする)�調息(呼吸を調える)�調眠(睡眠、生活のリズムを調える)�調心(心を調える)の5点は、腸内環境を調える実践に通ずるという。
池田先生は先のエッセーで、こう呼び掛けている。「人間の眠れる能力は、与えられた環境を甘受していては発揮できない。ゆえに戦え! たゆまぬ努力をもって、才能の沃野を開拓し、使命の舞台を生き生きと広げよ!」と。
未曽有のコロナ禍からさえも学び、前進する能力が、私たちにはある。感染症などをより深く理解し、免疫力を高めておく日頃の努力や注意も、その一つではないだろうか。

☆御書の旭光を 第31回 華陽姉妹は仲良く朗らかに!
〈御文〉
『教主釈尊と申す大人にゆきあはせ給いてこそ仏にはならせ給いしか、されば仏になるみちは善知識にはすぎず』(三三蔵祈雨事、1468ページ)

〈通解〉
(一切衆生は)教主釈尊という偉大な人に行きあえたからこそ、仏になることができたのである。それゆえ、仏になる道は、善知識に勝るものはないのである。

〈池田先生が贈る指針〉
広宣流布へ生き抜く友情ほど、尊貴なものはない。世界一の生命哲学を広めゆく連帯ほど、偉大なものはない。
わが女子部の「心大歓喜(心は大いに歓喜す)」の絆こそ、地球民族の和楽と繁栄の門を開く希望である。
最高の善知識である学会家族と共に幸福勝利の舞を! 全世界の華陽姉妹と仲良く朗らかに!

☆ONE GOSHO この一節とともに! 弥三郎殿御返事
◇勝負の時は「今」!
「人生を懸けて悔いなき一戦に巡り合うことは幸福」——池田先生は語っている。今回は、法論に臨む門下に対する日蓮大聖人の御指南を学ぶ。

◇御文
『今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり』(御書1451ページ)

◇通解
今年の世間の様子を鏡としなさい。多くの人が死んだのに、自分が今まで生きながらえてきたのは、このこと(法華経ゆえの難)に遭うためである。今この時こそ(歴史上の戦の勝負所として有名な)宇治川を渡す所だ、今この時こそ勢多川を渡す所だと思いなさい。名を上げるか、名を下すかの勝負所である。

◇背景
本抄は建治3年(1277年)、日蓮大聖人が56歳の時に身延でしたためられ、門下の弥三郎に宛てられたお手紙である。何らかの事情によって公の場で出家の念仏者と法論を行うことになった弥三郎に対し、準備と心構えを示されている。
前半では法論の際に主張するべき内容について述べられ、後半では、破折の仕方について具体的に御指南されている。
そして、所領を惜しんだり、他人を頼みにしたりすることなく、迷いや恐れを排して堂々と法論に挑むよう励まされている。

◇解説
本抄が執筆された当時、日本では度重なる飢饉に加え疫病が猛威を振るい、多くの命が失われていた。また、3年前に襲来した蒙古が再び侵略してくるのではないかとの不安も広がり、世相は騒然としていた。
そうした過酷な環境を踏まえ、日蓮大聖人は弥三郎に対し、これまで生きてくることができた使命を深く自覚するよう教えられている。
法論への対応について指導を受けた弥三郎は、少なからず不安を抱いていたかもしれない。大聖人は主張すべき内容を細かく御教示された上で、今回の拝読範囲の直前で「但偏に思い切るべし」(御書1451ページ)と、覚悟を決めるよう励まされる。
そして法論の意義について大聖人は、"宇治川・勢多川(瀬田川)を渡る戦い"と仰せである。瀬田川とは、琵琶湖から流れ出る唯一の河川のこと。現在、上流の滋賀では瀬田川、途中の京都では宇治川と呼ばれ、淀川となって大阪湾に注ぐ。
古来、この川にかかる瀬田橋と宇治橋は、攻防の勝負所とされてきた。実際に、1184年の宇治川の合戦では、宇治川を渡りきった源義経の軍勢が木曽義仲の軍勢を破り、1221年の承久の乱では、北条泰時率いる幕府の軍勢が朝廷方の攻撃をしのいで渡河し、勝利している。
まさに、"勝負を決する舞台"となってきたのである。
時代を決する要所と重ねての、"今この時こそ勝負所なのだ"との御指南からは、大聖人の、勝利への峻厳な一念が拝される。そしてこの深い覚悟に立つことこそが、大聖人御自身が一切の戦いにおいて貫かれた姿勢であり、広布の戦いに臨む私たちが範とすべき姿勢である。
広布の戦いにおいては"名を上げるか下すか"——勝つか、負けるかしかないと心に決めるからこそ、逡巡や臆病の心を絶ち、本来の力を出し切ることができる。
弥三郎への大聖人の励ましを通して、池田先生は語られている。
「同じ戦うのなら、『断じて勝つ』と腹を決めて戦い切るのです。人は敵と戦う前に、己心の弱さに負ける。何よりもまず、その心中の賊に勝たねばならない。とともに勇気と蛮勇は違う。現実と真正面から向き合うところに真の勇気があります。そこから今、何を為すべきか、明瞭に見えてくるのです」
拝読範囲の直後で大聖人は、「釈迦仏・多宝仏・十方の仏たちよ! 集い来って、わが身に入りかわり、私を助け給え」(同ページ、趣意)と心に念じることを呼び掛けられている。いざ戦いに挑むにあたり、強き祈りで仏界を開き、生命力と智慧を涌現させていくことが肝要である。
広布の戦いに弟子を送り出す師匠の思いは、限りなく深い。その期待に応えようと決めて立つ時、思ってもみなかった力を発揮することができる。
立正安国の月・7月へ——師弟勝利の誓いを胸に、一つ一つの戦いに挑み抜き、自身と社会の宿命転換を成し遂げていきたい。

2021年6月1日火曜日

2021.06.01 わが友に贈る

「仏法と申すは
勝負をさきとし」
まず勝つと決めよう!
満々たる生命力で
広布拡大へ勢いよく!

法華初心成仏抄 P550
『よき師とよき檀那とよき法と此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり』

【通解】
よい師と、よい檀那と、よい法と、この三つが寄り合って祈りを成就し、国土の大難をもはらうことができるのである。

名字の言 陰で支える人に思いをはせる 2021年6月1日
この道70年。プロの音楽家として活躍し続けてきた壮年がいる。ドラム奏者やバンドマスターとして、多くの歌手らと舞台に立ってきた▼仕事がなく経済的に追い詰められた時、妻が懸命に働き、生活を支えてくれた。「私は一番のファンだから当たり前。気にせず練習してね」と。がんを乗り越えられたのも、妻がいてくれたからこそ。「大丈夫。私の題目で病魔を吹き飛ばしてあげる」と明るく励ましてくれた妻が深夜まで懸命に祈る姿を見て、壮年は不屈の闘志を燃え上がらせた▼「スポットライトを浴びて輝くどんなスターより、妻の方がまぶしく見えるんです」。照れくさそうに語る壮年の笑顔が印象的だった▼日蓮大聖人は、はるばる訪ねてきた壮年門下の求道心をたたえつつ、遠くで留守を守るその夫人へお手紙をしたためられた。「あなたの夫がここまで来られたのは、あなたのお力……今、お会いしていると、あなたの姿が見えてくるようです」(御書975ページ、趣意)。その一言一言が、どれほど夫人の心に染み入ったか▼表舞台で輝く人がいれば、陰で支える人も必ずいる。目立たないところで、こつこつと広布に尽くす方々がいる。その労苦に思いをはせ、尊びたたえる私たちでありたい。

寸鉄 2021年6月1日
広布は死身弘法の信心の人が進める—戸田先生。一波が万波に!一人立て
八王子が東京凱歌へ奮戦大車輪で語りに語り抜け大人材城の本領発揮は今
学生部の記念月間開始。若人の使命は先駆!青春勝利へ大情熱の言論戦を
6月は「環境月間」。食品ロスやプラごみの減量等"できること"を足元から
気が緩んでマスク外し飛沫を吸う、それが危ない—医師。粛々と対策継続

☆大白蓮華巻頭言2021年6月号 汝の勝利は確かなり
正しい仏法を正しく実践する民衆は、必ず幸福になり、断じて勝つ。これが、我らの「絶対勝利の信心」である。
牧口常三郎先生か線を引き、大切にされた御文に、「末法には教行証の三つ倶に備われり」(P1283)とある。
妙法の「教え」を「行」ずれば、一切衆生が成仏という一証{I`繕二を間違いなく得られるとの宣言である。
どんなに素晴らしい薬も、その効能は実際に服した人々が、どう元気になるかによって明確に証明される。
ゆえに、わが学会員が自他共に仏の生命を輝かせて、妙法の大良薬の偉大なる功力を「百発百中」で実証する道を、牧囗先生は命を賭して開き示してくださったのだ。
涙と笑顔で語り合われる体験を、ダイヤモンドのように尊い信仰の実験証明だと喜び讃えられる先生であった。
御本仏は、「妙法蓮華の当体とは法華経を信ずる目蓮が弟子檀那等の父母所生の肉身是なり」(P512)と仰せだ。
六十五年前、関西の同志と私は、この「当体義抄」を拝しつつ、一人一人が「妙法蓮華の当体なり」との誇りと歓喜に燃えて、立正安国の対話を繰り広げていった。
人は皆、悩みを抱えている。共に立ち向かわねばならない社会の課題も山積みだ。
その中で、友のため、世のため、誓願と勇気と真心の行動を貫く学会家族のありのままの振る舞いに、太陽の仏法の光彩はある。苦悩に喘ぐ心の奥にまで蘇生の光を注いで、一緒に人間革命の一歩を踏み出していくのである。
今や、何があっても負けずに、朗らかに励まし合って乗り越えていく創価の人華は、地球社会に花開いている。
我らの地涌の大行進に凵を瞠る動執生疑の広がりが、そのまま人類の宿命転換への希望となっていくのだ。
この六月は、殉教の先師たる牧囗先生の生誕満百五十年の節目である。先生直伝の「一人を大切にする心」の陽光を、あの友この友に送ろう! そして、師弟不二なる「師子王の心」を取り出して、戦い進もうではないか!
なんじ しょ・つり  たし
「汝の勝利は確かなり」と。

妙法を
 染め抜く生命は
  高鳴り
 宝友と勝ち閧
  苦労踏み越え

☆学ぼう 6月の学会史
◎6・4「世界池田華陽会の日」
2009年(平成21年)6月4日、池田大作先生ご夫妻が東京・信濃町の創価女子会館を初訪問。女子部の代表を激励し、「女子部 永遠の五指針」を贈ったことが淵源。
※参考資料=VOD【広布史】「希望の華と舞え! 池田華陽会」

◎6・6 初代会長・牧口常三郎先生の生誕150周年
1871年(明治4年)6月6日、初代会長の牧口常三郎先生が、現在の新潟県柏崎市荒浜に生まれた。本年は生誕150周年。1928年(昭和3年)に日蓮大聖人の仏法に帰依。30年(同5年)11月18日、『創価教育学体系』第1巻を発刊。この日が創価学会(当時は創価教育学会)の創立記念日となった。戦時下、軍部政府による弾圧に抗して信仰を貫き、44年(同19年)11月18日、獄中で73歳の生涯を閉じた。
※参考資料=小説『新・人間革命』第2巻「勇舞」、第15巻「開花」

◎6・7「高等部結成記念日」
1964年(昭和39年)6月7日、東京の各本部(当時)で高等部の結成式が行われた。東京第2本部での男子高等部結成式には池田先生が出席した。
※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」

◎6・10「婦人部結成記念日」
1951年(昭和26年)6月10日、第2代会長に就任して1カ月余りの戸田城聖先生のもとに、婦人の代表52人が集い、結成。本年は結成70周年。この佳節に際し、本年の5月3日、婦人部が女性部の名称で新出発した。
※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」

◎6・25「団地部の日」
1978年(昭和53年)6月25日、団地部の第1回全国大会が開催。これを記念して、部の日に定められた。
※参考資料=『新・人間革命』第24巻「灯台」

◎6・27「未来会の日」
1970年(昭和45年)6月27日、現・神奈川研修道場に高等部・中等部・少年少女部の代表が集い、全国に先駆けて、東京未来会第1期が結成された。
※参考資料=『新・人間革命』第14巻「大河」

◎6・30「学生部結成記念日」
1957年(昭和32年)6月30日、戸田先生のもと、東京で学生部結成大会が行われた。北海道で人権闘争の指揮を執っていた池田先生が祝電を寄せた。
※参考資料=『人間革命』第8巻「学徒」、第11巻「夕張」/VOD【広布史】「一騎当千の師子たれ! 池田先生と学生部」

2021年5月31日月曜日

2021.05.31 わが友に贈る

◇今週のことば
創価の女性の月・6月。
「能く衆生の闇を滅す」
世界一の太陽の連帯だ。
明るく賢く朗らかに
対話の陽光を友の心へ!
2021年5月31日

顕仏未来記 P507
『仏教に依つて悪道に堕する者は大地微塵よりも多く正法を行じて仏道を得る者は爪上の土よりも少きなり』

【通解】
仏教によって三悪道に堕ちる者は大地微塵よりも多く、正法を修行して成仏する者は、爪の上の土よりも少ない。

名字の言 至誠は必ず相手に通じる 2021年5月31日
「日本資本主義の父」と評される渋沢栄一氏は、約500もの会社設立に携わったという。その生涯の特徴の一つに、伊藤博文や五代友厚など、「幅広い人脈」が挙げられる▼渋沢は81歳の時、ワシントンでの会議にオブザーバーとして参加。その折、ニューヨークでの昼食会に招待された。だが、先約が入っていた。招待状の持参者は諦めかけたが、渋沢は時間を空けることを約束。彼の誠意に、招待者は胸打たれた▼人と交流する上で最も大切なことは——渋沢は強調する。「如何に無口なところ、いわゆる交際下手な人でも、至誠をもって交われば、心は必ず相手に通ぜぬということはない」(『渋沢栄一伝』ミネルヴァ書房)▼学会の前進も「誠実」を根本としてきた。脳梗塞を患ったある婦人のもとに、池田先生から懐中電灯と笛が届いた。婦人は、師が早期回復を願い、学会活動で夜道を歩く時に懐中電灯で足元を照らし、何かあれば笛で助けを呼べるように、との真心だと感じた。退院した婦人は生涯、広布一筋に駆けた▼この婦人だけではない。全国、全世界に先生の励ましで立ち上がった友がいる。無数のドラマに刻まれているのは、縁する人に誠実を尽くし抜くという人間外交の真髄である。

寸鉄 2021年5月31日
学会の励まし運動は社会の進むべき道標—博士。分断時代。心結ぶ声更に
練馬が立てば東京が動く—これが黄金の方程式。凱歌への大旋風を堂々と
「異体同心なればかちぬ」御書。我らには団結あり。連携密に皆が勇躍前進!
湿度高いと脱水に気付きにくい—医師。梅雨入りの時期。まめに水分補給
小学生の交通事故、下校時に多し。交差点の左右確認等、家庭で注意喚起

☆御書の旭光を 第30回 「転重軽受」を確信し前へ
【御文】
『今生に正法を行ずる功徳・強盛なれば未来の大苦をまねきこして少苦に値うなり』(兄弟抄、1083ページ)

【通解】
現在世に正法を行ずる功徳が大きいので、未来世に受けるはずの大苦を現在に招き起こして、少苦として受けているのである。

【池田先生が贈る指針】
御本仏・日蓮大聖人は「転重軽受(重きを転じて軽く受く)」という、究極の希望の法門を明かしてくださった。
勇気ある信心に立てばいかなる宿命も、永遠の幸福境涯を築くための試練となる。艱難に臆さず題目の師子吼で挑み抜いて、命に宿る重苦も、ぱっと消し去るのだ。
病魔と闘う宝友に、偉大な使命の凱歌あれ!

☆大学校生とナットクTALK テーマ:苦労と成長
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
山崎ニュー・リーダー 男子部大学校4期生として入校した23歳。駆け出しの営業マン。

Qこのままで十分ですが……
A苦難に負けない自分を築こう
山崎ニュー・リーダー 先週の会合で本部長の信仰体験を聞き、とても感動しました。でも、かなりの苦労を乗り越えたことは、すごいなと思う半面、僕は苦労をしてまで成長したいとは思えないんです。苦労するくらいなら、このままでも十分というか……。

中村区男子部大学校団長 山崎くんの周りには上昇志向みなぎるアツい先輩が多いからね(笑い)。苦労したくないという気持ちはよく分かるよ。僕も入会した時、「人生を勝っていけるよ!」と教えられて信心を始めたから、うまくいかなくて苦労するたびに、心の中で「聞いていたのと違う」って愚痴をこぼしていたよ(笑い)。

山崎 どんなことがあったんですか?

中村 以前の職場で仕事をようやく覚えた頃、異動してきた上司から、到底できないような大きな仕事を任されてさ。仕事量が劇的に増えて、毎日忙しくて、逃げたくなるほどプレッシャーを感じていた。何もかも嫌になった時、男子部の先輩から「受け身になってるんじゃない?」って、本質を突かれたんだ。

山崎 受け身、ですか?

中村 そう。その時、先輩が小説『新・人間革命』の一節を紹介してくれたんだ。「何事も受け身で、人に言われて動いていれば、つまらないし、勢いも出ない」「同じ動きをしているように見えても、能動か、受動かによって、心の燃焼度、充実度は、全く異なる」って。当時の僕はまさに「受け身の生き方」で、すべてが苦労に思え、苦痛に感じていた。でも、「自分で選んだことだ」と考えるようになってからは、大変な状況は変わらないけど、充実感が湧いてきたんだ。

山崎 確かに「やらされてる」と思うと、全てがつらく感じてしまう気がします。

中村 池田先生は、「小さな子どもが、大きな荷物を背負って、遠い峠を上下するのなら、これはかわいそうなかぎりです。ところが、体を鍛えた青年ならば、同じ荷物を背負っても平気です。峠の景色を悠々と楽しみながら行けるでしょう」との戸田先生の指導を通し、生命力が強くなればどんなことも楽しめるとも教えてくださっている。

山崎 苦労を楽しめるようになったら無敵ですね!

中村 もちろん、過酷な職場環境が問題なら、無理をするのは良くないと思う。その上で、生き方として苦労を避け続けていけば、いつか避けようのない壁に直面した時、乗り越えられないよね。だからこそ、大学校の活動を通して、強い自分自身を築いていこうよ!

山崎 頑張ってみます!

2021年5月30日日曜日

2021.05.30 わが友に贈る

壮年部は滝の如く!
たゆまず恐れず堂々と
王者の風格で進もう!
不屈の信心で
広布拡大の決定打を!

御義口伝巻上 P751
『火は物を焼くを以て行とし』

【通解】
火は物を焼くことをもって、行とする。

名字の言 「僕らだけの海じゃない」 2021年5月30日
ユネスコの諮問機関が先日、北海道・北東北の縄文遺跡群を世界文化遺産に登録するよう勧告した。奄美、沖縄の亜熱帯の自然も、世界自然遺産の候補となっている。7月の正式決定へ期待が高まる▼沖縄本島北部で、絶滅危惧種ヤンバルクイナの保護に携わる獣医師がいる。活動を始めた頃、地元の子どもたちの自然と向き合う姿勢に感銘を受けた。海で観光客が捨てたゴミを拾う子らに、浜辺の封鎖を提案すると、「僕らだけの海じゃない」。その言葉に、まず自分ができることをする大切さを学んだ▼子どもたちの思いを胸に獣医師は、ヤンバルクイナの救護や人工繁殖に取り組む。外来肉食獣の捕獲も進み、生息数は増加に転じた。愛する地域を世界の宝に——この"共生の精神"も、次世代へ継承すべき遺産の一つだろう▼ブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁は、池田先生とアマゾンについて語り合い、強調した。「"人間こそが大切である"——これが、私の変わらざる信念です。環境問題においても同じです。人間がどうあるべきか、です」▼御書に「心の一法より国土世間も出来する事なり」(563ページ)と。人間の心の変革から、わが地域を楽土に変えていく。この人間革命の哲学を語り広げたい。

寸鉄 2021年5月30日
戦いは真剣さが大事だ。一日一日が勝負だ—恩師壁破るドラマをここから
心臓部・江戸川が大攻勢。大東京に勝利の波動を!皆を鼓舞し横綱相撲頼む
御書「生生に失せじ世世にく(朽)ちざらむかし」。さあ福運積む時は「今」と
大学・短大生3割、友人をつくれぬ事が悩み—調査進んで絆結ぶ学生部尊し
ごみゼロの日。削減の鍵は一人一人の意識。持続可能な社会へ足元から!

☆2030年へ 後継の正義の走者に贈る チャンピオン・オブ・ホープ、万歳!
Each of You Is a Champion of Hope

この春、卒業する皆さん一人一人に、私は大拍手を送ります。
本当におめでとう!
進学・進級する皆さんも、よく頑張り通しました。
一人ももれなく、コロナ禍の苦しい1年を耐え抜き、困難に立ち向かったことを讃えたい。
目標の行事が中止になる等、悔しい思いもあったでしょう。しかし皆さんには、信心がある。一番苦労した人が、一番幸福になる。大変な時こそ、大きく変われるのが、題目の力です。
日蓮大聖人は、苦難と戦う一人のお母さんをねぎらいつつ、「いよいよ強盛の御志あるべし」(※)と励まされました。どんな時も「いよいよ、これからだ!」と進む人が、真の勇者です。
愛する君たちこそ2030年への先頭に立つ「チャンピオン・オブ・ホープ」、すなわち「希望の勇者」なりと私は宣言します。

☆2030年へ 希望の王子・王女に贈る 心の金メダルをかがやかせよう!
草も花も、動物も虫たちも、春を迎える準備を進めています。3月は、命が生き生きとやくどうする季節です。コロナ禍に負けず、春夏秋冬のマラソンを走り続けた皆さん、そして6年間がんばりぬいた卒業生の全員に、私は「心の金メダル」を贈りたい。
題目を唱えて負けない心を燃やし、努力を重ねる皆さんは、黄金よりも強く明るい光をはなちます。大変であればあるほど、勇気の命をかがやかせ、皆を希望で照らしていけるのです。
さあ、新しい決意で出発しよう! 
世界中の創価家族が応援しているよ!

☆原田会長を中心に第5回各部代表者会議
◇「世雄」の誇りで語り切れ
第5回各部代表者会議が26日、原田会長を中心に、東京・信濃町の広宣会館(学会本部別館内)で行われた。
池田先生はメッセージを贈り、6・4「世界池田華陽会の日」へ、けなげに前進する女子部の友を賛嘆。
戸田城聖先生の「百の説法も、百冊の本も、妙法を持った『一人の女性』の生き生きとした姿にはかなわない」との言葉を述懐し、日本でも世界でも、広宣の華と舞う華陽のスクラムこそ、何よりの希望であると強調。昇りゆく午前8時の太陽の輝きで、明るく仲良く朗らかに、使命と福運の青春の輪を広げていただきたいと述べた。
次いで「日蓮はな(離)して日本国にたすくべき者一人もなし」(御書1461ページ)——日蓮を離してしまったならば、一体、誰が日本国を助けることができるのか——を拝し、この日蓮大聖人に直結して、民衆の幸福のため、日本の安穏のため、世界の平和のために大誠実で貢献を貫き、道を創っているのが、創価の立正安国の連帯であると強調。
"混迷を深める時代にあって、学会を離して地球民族の展望は開けない"との誇りと大確信に燃えて、「言わずんばある可からず」(同17ページ)——言わずにはおれない——と、勇気凜々、語り切っていきたいと訴えた。
さらに、殉教の先師・牧口常三郎先生が「宗教の生命」と拝した御聖訓「仏法と申すは勝負をさきとし」「故に仏をば世雄(=社会の英雄)と号し」(同1165ページ)に言及。
「牧口先生の生誕150周年を、我らの『異体同心』の祈りと団結と執念で、見事なる『希望・勝利の年』と飾って、報恩を尽くそう! みな、師子であれ!」と呼び掛け、メッセージを結んだ。

原田会長は、65年前の池田先生の「大阪の戦い」に、立正安国の勝利の要諦が凝縮されていると力説。必ず勝つとの執念と情熱、率先の行動、厳粛な師弟の精神を、今こそ池田門下の我々が体現し、懸命に戦っておられる「庶民の英雄」たる同志のお一人お一人に断固、勝利の歓喜を届けようと訴えた。

長谷川理事長、谷川主任副会長、徳久総東京男子部長が登壇。豊福副ドクター部長が、日常生活と諸活動における新型コロナウイルスの感染防止のポイントを語った。

2021年5月29日土曜日

2021.05.29 わが友に贈る

「明確な目標」と
「強き祈り」から
最高に価値ある一日を!
勇猛果敢な行動で
自身の殻を破ろう!

南条兵衛七郎殿御書 P1498
『自身もきられ打たれ結句にて候いし程に、いかが候いけんうちもらされていままでいきてはべり、いよいよ法華経こそ信心まさり候へ』

【通解】
日蓮自身も斬られ、打たれ、もはやこれまでという有り様であったが、どうしたことであろうか、打ちもらされて今日まで生きているのである。いよいよ法華経の信心を増すばかりである。

名字の言 生まれ良き人、最上の人 2021年5月29日
仏典「テーラガーター」に、スニータという当時のインドで最下層生まれの男が登場する。"ごみ掃除"を仕事とし、蔑まれながら生活していた▼彼はある日、釈尊の姿を見つけるや、近づいて弟子入りを願い出る。仏は最高の敬語で"いらっしゃい。修行者よ"と歓待した。師の教えを貫いたスニータは悟りを得る。すると帝釈天と梵天が現れ、彼に合掌して言った。「生まれ良き人、あなたに敬礼します。最上の人、あなたに敬礼します」▼宗教には血筋も身分も関係ない。法を求める人は誰もが平等に修行者だ。仏の心をわが心として仏道を歩み続けた人こそが「真の生まれ良き人」であり、「最も尊い人」と見るのが仏法の真髄である▼法華経に説かれる不軽菩薩も、縁した全ての人を敬い礼拝した。日蓮大聖人は「不軽菩薩が人を敬ったことには、どのような意味があるのだろうか」(御書1174ページ、通解)と、よく考えるよう門下に呼び掛けられている▼どんな人をも敬う。それを言うは易く、実践することは難しい。だからこそ、あえて行きにくい人の所へ行き、胸襟を開いて語り、自らの境涯を高めていく「人間革命」の不断の挑戦が必要なのだ。仏法の目的は「人の振る舞いを示すこと」(同)にある。

寸鉄 2021年5月29日
「意は心法・声は色法・心より色をあらはす」御書。誠実と確信の激励を友に
板橋が怒濤の進撃!勢いと速度、勇気で断固勝つ。東京凱歌は我らの拡大で
外出自粛による高齢者の体力低下、防ぐには会話が大切と。電話等も活用
2回接種後もマスク等の対策が必要。感染収まるまで。社会全体の総力戦
改正温暖化対策法が成立2050年までに脱炭素実現へ—公明の訴え明記

2021・5・29 あすは「ごみゼロ(5・30)の日」
◇3Rは環境保全の大きな一歩
徳島県上勝町。「葉っぱビジネス」でも知られる、人口約1500人のこの町は、2003年に国内初の「ゼロ・ウェイスト宣言」(浪費、ごみを無くす)を発表。"環境に優しい町"として各地から注目されている。住民が「ごみを資源に」と、13種類45品目のごみ分別を協力して行い、令和元年度のリサイクル率は80%を超え、全国2位となった(環境省調査、人口10万人未満で)。
翻って、国内のごみ総排出量は年間4274万トン、1人1日当たりのごみ排出量は918グラムで、リサイクル率は20%にも満たない(令和元年度、同省調査)。課題は多いが、特に大事なことは、地域の取り組みとともに、一人一人がごみ削減の当事者だという意識を持てるかどうかではないか。
5月30日は「ごみゼロの日」。この日から「ごみ減量・リサイクル推進週間」が始まる(6月5日まで)。全国各地で、リデュース(発生抑制)、リユース(再利用する)、リサイクル(再生利用)の3R推進運動や不法投棄監視パトロールなどが行われる。また、環境省と日本財団主催の清掃キャンペーン「海ごみゼロウィーク2021」も始まる(6月8日まで)。海洋ごみ問題の周知・啓発と、海洋ごみの流出を少しでも防ぐことを目的に、海岸沿いでのごみ拾いなどが全国一斉に行われてきた。一昨年は全国約1500カ所で約43万人が参加した。
SDGs研究の第一人者である蟹江憲史氏は著書『SDGs(持続可能な開発目標)』(中公新書)の中で、廃棄物の大幅な削減には3Rの実践が求められ、大気、水質、土壌を汚染しないようにすることが重要と訴えている。
仏法では依正不二——環境(依報)と人間(正報)は一体と説く。これについて池田先生は、「正報という"内なる一念"の変革が、必然的に依報である自然環境、外部環境への対し方と連動し、そこに変革をもたらしていくという、優れて内外呼応した共和、調和への哲理といえよう」(『新・人間革命』第29巻)と。
ごみを削減するため、必要なものだけ購入、食べられる量だけ注文するなど、日常の中で私たちができることはたくさんある。地球の未来を守ることも、こうした小さな行動の積み重ねと、一人一人の環境保全に対する意識変革から始まると再確認したい。

☆2030年へ 後継の正義の走者に贈る 良き友人と共に伸びゆく青春を
Growing Together with Good Friends

進学・進級、おめでとう!希望に燃えて、学び進もう!
私は、みんなの健康と素晴らしき友情あれと祈っています。
1人でも良き友ができれば、青春の宝です。すぐには見つからなくても大丈夫。自分を磨いていけば、必ず良き仲間が現れます。
天に向かって勢いよく伸びる竹林は、大地で一本一本の根ががっちりつながり、支え合っています。だから強い。
真の友情とは、竹林のごとく共に支え伸びゆく生命の絆です。ゆえに、どんな苦難の風にも負けない。倒れても立ち上がれる。
学会は、善友の連帯を全世界に結んできました。創価の友情の心で、さらに広々と平和の道を開いていくのが、皆さんです。
古今東西に心の親友をつくる読書にも挑んでください。
太陽も月も星々も"わが友"とするような大きな心で前進を!

☆池田大作先生の2030年へ 希望の王子・王女に贈る 勇気の翼(ウイング)で大空へ
入学・進級、みんな、おめでとう! 新たな学びの大空へ飛び立つ時だね。
飛行機は重くて大きいのに、なぜ空を飛べるのかな? その理由の一つは「風」があるからです。翼を大きく広げ、向かい風をうまく使って浮かぶ力に変え、高く高く上がるのです。
人間も新しいことを始める時には、"不安の風"や"試練の風"が吹きます。けれども題目を唱えて「負けじ魂」を燃やし、思い切って前へ前へと進めば、どんな風も成長の力にできます。青春の夢と希望の大空へ舞い上がれるのです。
さあ出発だ。勇気の翼を広げて!

2021年5月28日金曜日

2021.05.28 わが友に贈る

艱難に勝る教育なし。
青年ならば
自ら苦難に挑むのだ。
実力を磨き 心を鍛え
時代を創る主体者に!

顕仏未来記 P507
『爾りと雖も仏の滅後に於て四味三教等の邪執を捨て実大乗の法華経に帰せば諸天善神並びに地涌千界等の菩薩法華の行者を守護せん』

【通解】
しかしながら、如来滅後五五百歳において、四味・三教への邪な執心を捨てて実大乗教である法華経に帰依するならば、諸天善神ならびに地湧千界等の菩薩が必ず法華経の行者を守護するであろう。

名字の言 エジソンが強調した「1%のひらめき」 2021年5月28日
天才とは、1%のひらめきと99%の努力である——このエジソンの言葉には誤解があるという。彼の真意は、努力すれば何でも成功するということではなく、強調したかったのは「1%のひらめき」の大切さだった▼「1%のひらめき」はどうすれば湧いてくるのか。それに必要なのが"努力"とエジソンは言う。白熱電球の発明で1万回の失敗が続いた時、友人に語った。「一回も失敗なんかしてないよ。うまくゆかない方法を一万も見つけたんだ」(ヘンリー幸田『天才エジソンの秘密』講談社)▼広島の壮年は、45歳の時に創価大学の通信教育部に入学した。劇団で夢を追い続けたが鳴かず飛ばず。自身の使命を問い続け、教育の道に進むことに決めた。そこでも、教育実習の受け入れを何校も断られた▼壮年は諦めなかった。50歳で教員免許を取得。小学校に赴任すると、劇団員の経験が朗読やダンスの授業に生きた。何より挫折を味わったことが、児童に寄り添える心を育んでいた。教え子から届いた感謝の手紙は200通を超える▼人間の才能は、いつ開花するか分からない。ゆえに絶え間なく磨き続けることが肝要だ。挫折を経験しても立ち上がり、挑戦を続ける——「天才」とは「努力」の異名である。

寸鉄 2021年5月28日
御本尊は人々の闇を破る全世界の太陽—戸田先生創価勝利へ皆で祈り走れ
葛飾が疾駆。我らは勝つしかない!民衆パワーの本領発揮し断固攻め抜け
宮城女性部の日。人の前照らせば我が前明るく。友の心に希望の大光を!
水回り修理で低価格謳い高額請求等、問題増加。旨い話はよく確認し看破
日本の携帯料金、世界の中で安値と。青年の声を形にした公明の尽力は大

〈社説〉 2021・5・28 あさって初訪中から47周年
◇民衆のつながりで友好の未来を
「山川異域 風月同天」
奈良時代の長屋王が中国に送った袈裟に刺しゅうされていた漢詩である。「場所は違えど、風や月の営みは同じ空の下でつながっている」との意味。"海を隔てていても、心はつながっている"——詩に感動した中国の高僧・鑑真が、日本に渡るきっかけになったと伝えられている。昨年、日本から中国に送られた感染対策の支援物資に、この8文字が添えられたものがあり、友好の美談としてインターネットで話題になった。
一方、中国に悪い印象をもつ日本人が前年より増加し、日本に悪い印象をもつ中国人の割合も高いと示した昨年の共同世論調査もある。隣国として多次元で深く結びつく中でも、国家間の関係には複雑性がある。これに対し、互いの顔の見える民衆間の交流は変わらぬ友好の基盤となろう。一人一人の行動の大切さを改めて感じる。
池田先生は中日友好協会の招へいで、1974年5月30日に中国を初訪問。明後日で47周年を刻む。2年前に両国の国交が正常化したばかり。直行便はなく、香港から鉄道で境界の駅まで行き、歩いて中国へ渡った。17日間で北京、西安、上海、杭州、広州など各地へ。国家指導者らと展望を語り、子どもたちや庶民と交流した。
帰国後、先生は月刊誌「潮」のインタビューで、「幾重もの太い信頼のパイプを、心と心のなかにつなげていく、粘り強い、息の長い友好促進の姿勢を確立していくべきでありましょう」と語っている。
75年には、国交正常化後初めての中国からの国費留学生を、池田先生自ら身元保証人となって、創価大学で受け入れた。創大と中国の大学の間では、学生や教員の往来が今も活発だ。加えて、民主音楽協会、東京富士美術館を通じ、文化面での交流が行われてきた。
また先生は中国人民対外友好協会、中日友好協会の関係者と友誼を深め、民間交流を継続してきた。中華全国青年連合会(全青連)と学会青年部との交流も長く、本年は、オンラインで詩の朗読を通じた交流が進められている。
池田先生は政治・経済の交流を「船」、民衆同士のつながりを「海」にたとえ、「時に『船』が難破することがあっても、『海』さえあれば、往来は続いていく」と述べた。師の思想・行動を模範としながら、両国友好のより良き未来を民衆から開いていきたい。

☆2030年へ 後継の正義の走者に贈る わが君に「創価」の使命のバトンを
Entrusting the Baton of Soka to My Young Friends

5月5日「創価学会後継者の日」を、世界の未来部の友も凜々しく迎えています。後継の皆さん一人一人こそ、わが宝です。
時には「どうせ自分なんて」と思うことがあるかもしれない。それは、これから磨いて輝きを放つダイヤの原石だからです。
勉強や人間関係など壁にぶつかることもある。でも、皆さんは必ず悩みを乗り越えて勝利すると、私は信じます。挫折や失敗を通して、人の痛みが分かるようになる。人間らしい、思いやりの心の深い人こそ、新時代のリーダーなのです。
「創価」という平和の使命のバトンは、皆さんに託します。リレーは、次の走者が今の走者と並走してバトンを受けます。広布のバトンも、自ら走り出し、不二の力走で受け継ぐのです。
正義の走者の君よ! 勇気と挑戦の一歩を、私と共に!

☆2030年へ 希望の王子・王女に贈る 富士のように大きな心で!
富士のように「大きく強い心」を!
太陽のように「明るい希望の心」を!
——この願いを込め、私は少年少女部の合唱団の結成を提案し、一人一人の大成長を祈り、見守ってきました。
歌は、みんなを元気にします。心と心を結んで、友情と平和を広げます。
今は集まって合唱ができなくとも、歌はいつでも口ずさめる友だちです。
声は心の響きです。大宇宙にまで響きわたる最高の生命の声が、題目です。題目を唱え、勉強や読書できたえた心が生み出す歌声はすばらしい。みなさんは、人類に勇気を送る若き芸術家たれ!

2021年5月27日木曜日

2021.05.27 わが友に贈る

御書を開けば
胸中に太陽が昇る。
一切を勝ち開いていく
不屈の力と智慧が湧く。
"実践の教学"で進もう!

兵衛志殿御書 P1095
『真実の経の御ことはりを代末になりて仏法あながちにみだれば大聖人世に出ずべしと見へて候、喩へば松のしもの後に木の王と見へ菊は草の後に仙草と見へて候、代のおさまれるには賢人見えず代の乱れたるにこそ聖人愚人は顕れ候へ』

【通解】
真実の経の理によれば、時代が末法となり、仏法が非常に乱れたときには、大聖人(仏)が必ず世に出現するとあります。たとえば、松は霜が降りてのちも枯れないので木の王といわれ、菊は、ほかの草が枯れたのちにも、なお花を咲かせるので「仙草(せんそう=妙なる草)」といわれるのと同じです。世の中が平穏なときには、だれが賢人であるか分からない。世の中が乱れているときにこそ、聖人と愚人はあきらかになるのです。

名字の言 「大田区」の名の由来 2021年5月27日
東京・大田区の区名には由来がある。もともと「大森区」「蒲田区」という二つの区があった。それが1947年3月に合併。「大」と「田」の一字ずつを取って命名された▼池田先生は少年時代の思い出を双方の地で残している。大森で家業の海苔製造業を手伝い、家計を助けるために始めた新聞配達では早朝の蒲田を駆けた。終戦後に座談会で池田先生が戸田先生と出会ったのは47年8月。「大田区」が誕生して最初に迎えた夏だった▼かつて研修会のため来日した海外の同志が大田区を訪れた折、話したことがある。「"オオタ"と聞くと私たちは真っ先に"池田先生の故郷だ!"と思います」。大田の友は応じた。「師の故郷を世界に宣揚したい。その思いで地域に尽くしてきました」▼御書に「名は必ず体にいたる徳あり」(1274ページ)と。名前は単なる記号にとどまらない。その名に意味を持たせ、輝かせようと努力する中に、価値創造の生き方もあろう▼戸田先生は池田先生に語った。「私は城聖、君は大作だ。一緒に、偉大な『創価の大城』をつくろうではないか!」。師弟に連なる同志の奮闘によって今、「創価」の名は平和・文化・教育の連帯を象徴するものとして世界に轟いている。

寸鉄 2021年5月27日
「妙と申す事は開と云う事なり」御書。今日も祈り強く仏の生命輝かせ前進
世田谷の友が奮戦。攻めの拡大で勝利の活路を。勇気と執念で語り抜け!
神奈川女性部の日。正義の友が動けば栄光の朝がさあ対話の旋風を今こそ
岡山女性部の日。何があっても朗らかに!希望の懸け橋を築く声掛け皆で
公明のリードで16歳以上分はワクチン既に確保。命守る対策さらに総力を

☆誓いをつなぐ 第4回 大阪・常勝大阪総県
◇「今」を勝て 師弟の旗を掲げて
大関西が誉れとする「常勝」の名を冠した総県——それが常勝大阪総県(笹森総県長、浅井女性部長)だ。広布の舞台は、大阪市北東部の2区と隣接する2市。常勝守口県、門真王者県、旭総区、鶴見総区から成る。
同総県の友が心に刻むのは1979年(昭和54年)4月24日。池田先生が第3代会長を辞任した日である。第1次宗門事件の嵐がすさび、師弟を離間させようとする悪侶や反逆者らの謀略が渦巻いていた。
この夜、急きょ、大阪本部長会が守口門真文化会館(現・守口文化会館)で開かれた。"なんで、先生が辞めんとあかんのや!"——悔しさと苦しさの中で、関西の同志は誓った。
"たとえ会長を辞められようと、関西の私たちにとって、師匠は永遠に池田先生だ!"
会長辞任のその日に、どこよりも先生と苦楽を共にしてきた関西は、巌窟王のごとく、反転攻勢の闘争を開始した。「4・24」は今、「常勝大阪・師弟誓願の日」として刻まれている。

◇師匠を求めて
「あの4月24日のことは忘れられません。ただただ、池田先生に付いていくぞという思いだけでした」
そう語る岡林幹男さん(総県副総合長)は当時、門真で男子部の本部長。紛動された退転者も出る中、同志と励まし合い、必死に広布を前に進めた。
3カ月後の同年7月、守口と一緒だった組織が「門真圏」として出発。12月に圏の総会が決定する。
しかし、池田先生は大勢が集まる会合で指導することを制限され、聖教新聞にも、指導や動向がほとんど報じられない。
岡林さんらは必死に祈る中、"自分たちから先生にぶつかるしかない"と思い至る。同志の決意を記したアルバムを学会本部に届けることに決めた。地域の農家にお願いし、男子部の有志で門真名産のレンコンを収穫。12月、アルバムとともに携え、男子部の代表7人で東京へ向かった。
学会本部に集うと、先生から思わぬ伝言が届いた。
「聖教本社で会おう」
先生は聖教新聞本社(当時)で、「よく来たね!」と、一人一人、力強い握手を交わしたのである。
この出来事は門真全体に喜びの波動となり、「先生と共に!」の関西魂を点火した。直後に関西戸田記念講堂で開かれた圏総会は、3200人の友が集まる、驚くほどの盛会となった。
池田先生の励ましは、これだけで終わらなかった。
翌80年(同55年)3月9日、門真の同志600人余が学会本部に集った。全員が折伏を完遂していた。
勤行会の途中、先生が会場に現れた。「門真の皆さんがいらっしゃると聞いたので」。ピアノで3曲を演奏。全員で万歳を叫んだ。この日が永遠に輝く「門真の日」となった。
岡林さんらが、あのレンコンを収穫した畑の上には今、門真文化会館が立つ。
岡林さんは言う。
「師匠を求める心と行動があれば、どんな困難も打ち破っていけます。これからも生涯、師弟共戦で進みます!」

◇学会の強さを知る
「守口の日」の淵源は、81年(同56年)9月20日に行われた守口圏の家族祭。この日、池田先生は「守口の尊くして、大切な方々が、ついに自分は、勝てりという凱歌の人生を飾ることを請い希って、御祝いの言葉とさせて頂きます」と万感のメッセージを贈った。
限りない師の励ましを胸に、広布と人生の坂を越えてきた守口の同志。田坪己代子さん(守口本陣圏副女性部長)もその一人だ。
61年(同36年)11月に母と入会。地道に歩み続けてきた広布の道に、子や孫たちも続いていることが何よりの喜びだ。
孫の安蔵香菜さんは今、圏女子部長を務めている。
19歳で白蓮グループに。悩みに親身に耳を傾けてくれる先輩に囲まれ、陰の会員奉仕に徹する任務の中で、学会の強さは先生と同志の絆にあることを学んだ。祖父母や両親が信心に励む理由の一端を知ることができた。以来、仏法対話にも率先。入会を決意する友人も現れてきた。
大学を卒業後、念願だったアパレル関係の会社に就職。多忙を極め、思うように学会活動ができないことに悩んだが、女子部の先輩と共に"活動ができる部署に"と祈りを合わせる中、希望した部署への異動を勝ち取る。社のSDGsを推進する業務も兼任し、職場で信頼を集める。
「祈った通りの結果に、信心の確信を深めることができました」
何があっても題目根本に、今度は自分が人を励ます存在にと、報恩感謝の思いで激励に奔走している。

◇あの地この地に
大阪には、どこを訪ねても池田先生との歴史があり、ドラマがある。
56年(同31年)の"大阪の戦い"で先生が訪問した家は、8000軒といわれる。友の励みになるならと書をしたため、寸暇を割いてハガキにペンを走らせた。祈って動いて書いて話して、友の心に勇気の炎を燃やし、広布の錦州城の礎を築いていった。
先生は当時、旭総区の友にも、「大勝」「勇戦」と揮毫して贈った。
83年(同58年)3月、それを関西の宝として大切に保管していた友が、"池田先生のもとにお返ししたい"と、来阪中の先生に届けた。先生は再び筆を執り、新たに「大勝」「勇戦」と大書し贈呈。「勇戦」が記された同18日は「旭総区の日」である。
「勇戦」ありてこそ「大勝」あり——これが、総区全体の合言葉となった。
81年(同56年)3月17日に先生は、鶴見区を訪問。喫茶店で友と懇談した後、近くの「板原会館」で行われていた鶴見本部女子部の勤行会に足を運んだ。
「今、皆さんが一番願っていることを祈りましょう」と呼び掛け、居合わせた友と勤行。この日が後に「鶴見総区の日」となった。
——門真にも守口にも旭にも鶴見にも、あの地この地に、語り尽くせぬ先生との原点が輝く。師弟の祈りと行動に徹した時、どんな困難も勝ち越える無限の力が湧き上がる。それを、常勝大阪の同志は命に刻んでいる。
常勝とは何か——。かつて先生は関西の友に呼び掛けた。それは「断固として『今を勝つ』ことだ。『今日を勝つ』ことだ」と。
「常勝」の名に懸けて、いかなる逆風にも、師弟の旗を掲げ、完勝の突破口を切り開く! 常勝大阪の揺るがぬ決意である。

2021年5月26日水曜日

2021.05.26 わが友に贈る

一人の限界突破の挑戦が
皆の心を動かし
破竹の勢いを生む。
率先垂範の実践こそ
躍進への原動力だ!

大田殿許御書 P1004
『民の愁い積りて国を亡す』

【通解】
(天はいかりをなして天変が起こり、大地には災いをもたらしている。細く流れる水があつまって城の壁や堀をやぶるように)民衆の嘆きや悲しみが積もって国を滅ぼすというのはこれである。

名字の言 古今に変わらぬ勝負哲学 2021年5月26日
中国・宋の時代に、范仲淹という人物がいた。財政や教育など多方面の改革を担い、有能な人材の登用にも心を砕いた▼ある日、上官が「わしも随分多くの人を見てきたが、節操ある者はないものだ」と嘆いた。それを聞いた范仲淹は、「あなたが御存じないだけです」と断じた。「そうした先入観で人に接しておられると、節操ある者がやって来ないのはむしろ当たり前でしょう」(朱熹編・梅原郁編訳『宋名臣言行録』ちくま学芸文庫)▼人が物事を判断する際、自分の経験に頼るのが常である。だが経験は時に先入観となり、判断を誤らせる場合もある。予断を排し、本質に迫らんとする勇気が大切だろう▼65年前の「大阪の戦い」の勝利を、「"まさか"が実現」と新聞は報じた。客観的条件と経験から"勝てない"と判断していたからこそ、それを覆された驚きが"まさか"の見出しになった▼傍観者は、現状を経験やデータに照らして結果を予測する。一方、「大阪の戦い」の責任者だった池田先生は、「勝つ」ことを、自身に課せられた絶対の条件と定めた。そこから逆算し、足りない現状を変えるために命を削って戦った。方向が逆である。戦いは勝つと決めた方が勝つ。それが古今に変わらぬ勝負哲学である。

寸鉄 2021年5月26日
話に耳を傾ける会長から対話の姿勢学んだ—総長聞き上手こそ友情育む要
東京・杉並よ一気呵成に攻め上がれ!勇気の拡大で民衆勝利の歴史を必ず
広島女性の日。地域に太陽の励まし広げる平和の連帯。今日も友のために
1人暮らしで孤独感じる若者が増加と。青年部よ真心の声掛けを更に強く
絶えない振込詐欺の被害—知らない番号からの電話は要警戒。冷静に対処

☆御書の旭光を 第29回 今いる場所を「宝の舞台」に
【御文】
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は化城即宝処なり我等が居住の山谷曠野皆皆常寂光の宝処なり』(御義口伝、734ページ)

【通解】
今、日蓮とその門下が南無妙法蓮華経と唱え奉っているのは「化城即宝処」である。我らの住む所は、山や谷や広野であっても全て常寂光の宝処である。

【池田先生が贈る指針】
「いつか」「どこか」ではない。「今」「ここで」仏の大境涯を開けるのが日蓮仏法の真髄だ。
現実と格闘する「この場所」が、寂光の舞台である。苦難に挑む「今この時」が、飛躍のチャンスとなる。
妙法を唱え、一つ一つ目標に挑戦する中で、人間革命の勝利劇を飾る。これが「化城即宝処」の人生なのだ。

☆紙上セミナー 仏法思想の輝き 野菜農家 �林優一
◇安心の「食」を届けたい
野菜農家 �林優一
【プロフィル】たかばやし・ゆういち 北海道立農業大学校卒業後、農協勤務を経て、実家の農園を継ぐ。52歳。1968年(昭和43年)入会。北海道・安平町在住。支部長。農漁光部員。

◇大地の恵みに感謝の祈りを
皆さんは日頃、口にする食材が、どこで、どのように作られているかお分かりですか? 食品添加物は含まれているでしょうか?
実家の農業を手伝い始めて5年がたった頃、こうした点を真剣に考えるようになりました。きっかけは、妻の食物アレルギーや、子どもたちのアトピー性皮膚炎でした。家族の悩む姿に触れ、少しでも体に良い物を食べさせたい一心で、まずは自身の農作物から見つめ直しました。
わが家の農園では当時、50ヘクタール(東京ドーム10個分)という広大な農地に米、小麦、小豆、大豆、テンサイ、カボチャ、トウモロコシ、ジャガイモなどを栽培していました。作業に当たるのは、家族4人。どうしても、効率を優先せざるをえません。
そのため、農作物の品質を整え、生産性や収益を上げるために化学肥料を使い、害虫を駆除したり、病害を防いだりするために農薬を使うことが当たり前でした。そうすることでしか、農家は生き残っていけない現実がありました。
生活が成り立たなくなるかもしれない——。それでも、「家族のために、より安全で健康に良い物を作ろう」と決心し、2003年(平成15年)から化学肥料や農薬を減らす栽培に着手。しかし、害虫の被害が増えたり、収穫量が減ったりと、思うように育ちません。両親とは意見が対立するも、根気強く自身の熱意を伝えながら、挑戦と失敗を繰り返しました。

◇微生物を生かす
"土を改良すれば、安心でおいしい野菜が作れるはず。しかし、どうすれば"——。深夜まで研究を重ねながら、欠かさなかったことがあります。それは、御本尊への誓いの「祈り」です。
日蓮大聖人は、「題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし、我等が小音なれども、題目の大音に入れて唱え奉る間、一大三千界にいたらざる所なし、譬えば小音なれども貝に入れて吹く時・遠く響くが如く、手の音はわずかなれども鼓を打つに遠く響くが如し、一念三千の大事の法門是なり」(御書808ページ)と仰せです。
私たちが唱える題目が、あらゆる所に届くとは、「一念三千」の偉大さを表しています。一念三千とは、自身の一念が変われば周囲の環境や状況をも変えていけるという、仏法のダイナミックな原理です。
ある時、"農業とは、作物の子孫を分け与えてもらうもの"との話を聞き、ハッとしました。作物への感謝を忘れず、微生物と作物に優しく声を掛けるようになりました。堆肥を改善すると、作物の品質や味も変わり、ホームページや直売所での注文も増え始めたのです。
以来、「喜んでくれる人のために」との思いが原動力となり、2013年(同25年)には、農業認証の国際基準である「グローバルギャップ」を取得。さらに昨年7月には、農林水産省の「有機JAS」の認証を取得しました。この検査に合格することで、「有機」「オーガニック」と表示することができます。
現在、妻と長男と共に70ヘクタールの田畑のうち、1割の農地で有機農法を実施。作物が本来持つ力を高めることで、カビの原因菌を抑え、収穫量が増えました。味も格段に向上し、例えばゴボウは灰汁が出なくなり、えぐみもとれて大変好評です。
しかし、マニュアル通りにいかないのが農業です。天候にも大きく左右されます。時には「去年より甘みが少ないですね」と、仕上がりの良し悪しに気付き、それをも楽しみにしてくださるお客さまが全国に広がり、うれしい限りです。だからこそ、緊張感をもって唱題根本に努力を重ねる日々です。

◇人と人をつなぎたい
近年は後継者不足を理由に、離農する方も少なくありません。だからこそ、"地域の灯台"として人と人をつないできました。
心に刻んできたのが、「強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ」(同1118ページ)との御文です。
大聖人は、門下の四条金吾に対して、信心を貫けば、行き詰まることなく人生を開いていけると励まされました。そうした諦めない不屈の姿に、周囲から信頼が寄せられ、称賛されるような存在となることができると仰せなのです。
2018年(同30年)に起きた「北海道胆振東部地震」で、わが地域は震度6強に襲われ、家屋や出荷前のカボチャが被害に遭いました。畑にも土砂が流れ込み、全て除去できるまで半年以上かかりました。両親は家を地域の支援物資の保管拠点として提供しました。
私も自分にできることは、何でも担わせてもらおうと挑戦してきました。現在、地元・安平町の観光協会理事をはじめ、10の役職を兼務しています。一昨年、わが町に震災からの復興の象徴である「道の駅あびらD51ステーション」が誕生。私が企画に携わった農産物直売所では、近隣の生産者が育てた農産品などを販売しています。
現在、北海道は春本番。安心な「食」をお届けするために、豊かな大地の恵みに感謝の祈りをささげて、挑戦を続けていきます。

◇[視点]自然を尊ぶ
日蓮大聖人は「百界千如は有情界に限り、一念三千は有情と非情の両方にわたるのである」(御書239ページ、通解)と仰せです。「有情」とは、人間や動物のように、感情や意識を持ち、それを表現することのできる存在です。「非情」とは、感情を表すことができない草木や山川、国土等を指します。
仏法では、私たち人間に仏性が必ず具わっているように、「非情」にも十界の生命があると説きます。ゆえに、自然にも仏の生命を見いだし、尊ぶのが仏法の思想です。
この哲理を胸に刻むからこそ、農漁光部の友は自然への敬意を忘れません。環境問題が叫ばれて久しい今、人間と自然が調和し共生するための智慧が仏法にはあるのです。

2021年5月25日火曜日

2021.05.25 わが友に贈る

困難に立ち向かい
喜び勇んで戦い抜く。
これが境涯革命の王道だ。
尊き同志と支え合い
広布の大闘争に挑もう!

顕仏未来記 P509
『伝教大師云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり浅きを去つて深きに就くは丈夫の心なり』

【通解】
伝教大師は法華秀句に次のように述べている。「浅い教え(爾前権教)は信じやすく理解しやすいが深い教え(法華経)は信じ難く理解し難い、とは釈尊の教判である。浅きを去って深きに就くのが丈夫の心である。

名字の言 地域の公園に芽吹いた「ひこばえ」 2021年5月25日
樹木の切り株や根元などから生えてくる若芽のことを「ひこばえ」という。太い幹に対して、若い芽は孫のようだから「孫生え」と呼ばれるようになったといわれる。春の季語として、俳句や連歌にもたびたび登場する言葉である▼昨年、地域の公園のサクラが、台風の被害にあった。倒れると危ないので、やむなく伐採され、後には切り株が残った。するとどうだろう。先日、そこを訪れると、切り株のあちこちから「ひこばえ」が芽吹いていた▼自ら蘇生し、命をつなごうとする植物の旺盛でダイナミックな生命力。緑を輝かせる若芽を見て、清々しい気持ちになった▼近年の度重なる自然災害、そして長引くコロナ禍……。多宝会の婦人が、しみじみと語っていた。「何があっても、若い人たちを守って、育てていかないとね」「だって、これほど大変な時代を経験しているんだもの。その分、どんな人にも優しく、温かい社会をつくってくれるに違いないじゃない」▼傷ついても、倒されても、負けずに伸びる「ひこばえ」。それは、人間が成長する姿とも、信念を継承する姿とも重なる。今がどれほど困難で、つらい時期だったとしても、励まし合って前進すれば必ず、希望が芽生える。人材が伸びていく。

寸鉄 2021年5月25日
行き詰まっても祈り抜けば仏の力が出る—恩師。必ず勝つ!この一念強く
東村山・東大和・武蔵村山が力走。執念で攻め抜け。新時代の東京凱歌を共に
自分から積極的に交流—これ心の健康保つ一番の道と。智慧尽くし今日も
在宅で水分摂取量減った人が増加と。脱水症状の危険に。意識的に補給を
為政者は「万民の手足」と蓮祖。誰が本当に働くか。青年が監視し声を広げよ

☆池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅 慈愛の薫風を心から心へ 2021年5月19日
日蓮大聖人は、御本尊を「法華弘通のはたじるしとして顕し奉るなり」(御書1243ページ)と仰せである。
このお心のままに、「大法弘通慈折広宣流布大願成就」の御本尊を「はたじるし」に御本仏の未来記を実現してきたのが、創価の師弟だ。
きょう5月19日は、「創価学会常住御本尊」の記念日である。
恩師・戸田城聖先生の発願から70周年の佳節となる。
この発願後、直ちに先生が打たれた布石が、婦人部・女子部の結成であった。
朝鮮戦争(韓国戦争)の渦中にあった当時、先生のもと、韓国出身の女性が同胞の幸福と平和を祈り、東洋広布への誓願を立てたことも、忘れ得ぬドラマである。
先日、韓国の宝友が、満開の桜に彩られた各地の立派な法城の様子を届けてくださった。聖教新聞で紹介された写真と動画を、妻とうれしく拝見した。
恩師と共に、「慈折」すなわち慈悲の折伏を根本に、「大法弘通」の門、そして、「世界広布」の門を、先頭に立って開いたのは、まぎれもなく学会の母たち、女性たちなのである。
女性の門下へ贈られた「法華初心成仏抄」には、「我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり」(同557ページ)とある。
この通り、創価の女性は一人一人が妙法蓮華の当体として、自他共に尊厳なる生命の宝塔を輝かせ、どれほど多くの「一生成仏」の実証を示し切っていることか。
「女性部」新出発の今この時、慈愛の薫風を心から心へ運び、「桜梅桃李」の幸と安穏のスクラムを爽やかに拡大してもらいたい。
◇ ◆ ◇
戸田先生は、よく語られた。
「御本尊は、大宇宙の生命を最も強く結集された当体である。その御本尊と感応するから、こちらの生命力も最も強くなるのだ」と。
そして、この偉大な生命力で、偉大な人生と社会の建設をと、望まれたのである。
70年前の5月、不二の弟子として私も、大法弘通に先駆して、地方折伏の初陣に臨んだ。この時、日記に留めた真情を、わが青年部に託したい。

——正法を、汝自身が
深く、理解することだ。
広く、弘めゆくことだ。
強く、生活に生かすことだ。
高く、宣揚しゆくことだ。
清く、生命の奥底に流しゆくことだ、と。

「一身一念法界に遍し」(同247ページ等)である。
妙法を唱え、師弟の誓願を貫く一念に行き詰まりはない。師子奮迅の信力・行力で、無量無辺の仏力・法力を出して、立正安国の大願を成就しゆくのだ。

2021年5月24日月曜日

2021.05.24 わが友に贈る

◇今週のことば
人のつながりには
不思議な広がりがある。
身近な所に新たな扉が。
勇気の一声から
希望の波動を起こそう!
2021年5月24日

御講聞書 P816
『既に末法当時南無妙法蓮華経の七字を日本国に弘むる間恐れなし、終には一閻浮提に広宣流布せん事一定なるべし云云』

【通解】
すでに末法であり、南無妙法蓮華経の七字を日本の国に弘めているので、何の恐れもない。遂には全世界に広宣流布することは間違いないのである。

名字の言 前へ「時」を進める 2021年5月24日
鉄道ダイヤが正確な日本では時間通りの運行は当然と思いがちだ。それだけに数分でも遅れると、いらだつ利用者もいる▼ただ、この日ばかりは、待たされたことに憤慨した乗客はいなかっただろう。昨年3月14日。福島の原発事故の影響で不通だった区間の路線が、避難指示解除によってつながった。JR常磐線の上野・品川と仙台間の特急列車が9年ぶりに直通運転を再開。ある駅では「本当に本当に大変長らくお待たせをいたしました」と電車到着のアナウンスが。この日を待ち続けた"時の重み"が伝わってくる▼この不通区間だった地域に学会の双葉会館がある。本年3月、リニューアルオープンした同会館で「東北家族『希望の絆』総会」の中継が行われた。会場は改装までの長い間、東日本大震災発生の「2時46分」で針が止まったままの壁時計があった場所▼ある婦人は総会に集った同志の姿を見て、感動の涙が抑えられなかったという。"今日まで私たちは、厳然と「広布の絆」で結ばれ、共に前へ進んできた"と▼池田先生は「民衆と民衆の心の絆は、目には見えない。しかし、見えないがゆえに強い」と語る。創価の連帯が切れることはない。幸福を目指す私たちの前進が止まることもない。

寸鉄 2021年5月24日
「湿れる木より火を出し」御書。信心に不可能なし。腹を決めた祈りを今日も
東京の要・町田が力闘。特区の使命は連戦連勝!壁破るドラマをここから
愛知広布原点の日。堅塁の同志が健在なら学会は盤石。勝利開く一番星と
高温多湿の梅雨は自律神経を乱しやすい—医師。食事・睡眠等で賢く予防
接種の予約代行詐欺多し—金銭や個人情報求める話は全て罠!騙されるな

〈社説〉 2021・5・24 無意識の偏見に陥らない
◇万人尊敬の社会を目指して
自分では気付かぬまま、偏った見方や思い込みに陥る「無意識の偏見」(アンコンシャス・バイアス)が注目されている。人権問題の研究で知られるジェニファー・エバーハート教授は『無意識のバイアス』(山岡希美訳、明石書店)でアメリカの実情を踏まえ、偏見が「一人ひとりを個人として見ることから妨げている」と記した。
黒人女性の教授は飛行機での思い出を紹介している。5歳だった息子が搭乗客の黒人男性を見て、こう口にした。「あの男の人、飛行機を襲わないといいね」。驚いて理由を問うと「分からない」と。無意識のうちに、幼児にでさえ、黒人と犯罪の関連づけがされる現実に衝撃を受けたという。
同書には、ある町で黒人は人口の3割だが、警察官による取り締まりは6割を黒人が占めたとの調査記録も。肌の色、体重、人種、訛り、障がい、身長、性別など、あらゆる特徴にレッテルは貼られる。意識しなくても、簡単に、一瞬にして、バイアス(偏見)は人間を支配すると教授は指摘する。
克服していく方途を仏法の視座から考えたい。
法華経には不軽菩薩の姿が描かれている。その振る舞いは、表面的な人間の差異にとらわれなかった。何を見つめていたのか。誰しもが持つ「仏」の生命である。
不軽菩薩は、万人に"尊極な生命"が具わると確信し、出会う人々に礼拝した。その姿勢は出来事や状況に左右されない。揶揄され、悪口罵詈されるばかりか、時には杖で打たれたり、石を投げられたりしても実践を貫いた。
多様性がうたわれる現代、差異を認めようとする一方で、人は差異に執着してしまう。人は対象をありのままに見て、判断しているのではない。バイアスのかかった目で判断をし、対象を見ている。
不軽菩薩は「我は深く汝等を敬い、敢えて軽慢せず」(法華経557ページ)と誠意を尽くしたが、そこに強く自らを律する"能動性"を見たい。常に不軽の生き方を貫こうとする意識、実践の哲学は、自覚せずとも人の振る舞いにまで変化をもたらす力となろう。
国家、民族、文化・習慣、また、社会的な地位や立場、年齢、出自に関係なく、皆に「仏」を見いだす。これを常に立ち返る原点とすれば、バイアスの力を押し返し、万人が平等に尊敬し合う社会への道が開けていくにちがいない。

☆御書の旭光を 第28回 祈りからすべては始まる
【御文】
『頭をふればかみゆるぐ心はたらけば身うごく、大風吹けば草木しづかならず・大地うごけば大海さはがし、教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき』(日眼女造立釈迦仏供養事、1187ページ)

【通解】
頭を振れば髪が揺らぐ。心が働けば身体が動く。大風が吹けば草木も揺れる。大地が動けば大海も騒ぐ。同じように、教主釈尊を動かせば、揺るがない草木があるだろうか。騒がない水があるだろうか。

【池田先生が贈る指針】
妙法の祈りの力は計り知れない。一切をより良く変えゆく根源の力用である。小さく推し量っては損をする。
広布の大願を起こし、大きく、強く、具体的に祈り、行動するのだ。友の幸福と世界の安穏を祈念する題目は、相手の法性に必ず届き、生命の奥底をも変革できる。
今日も強盛な祈りから勇んで価値創造を!

☆ロータスラウンジ——法華経への旅 第25回 随喜功徳品第十八
◇鍛えあげられた強き境涯が本当の永遠性の「随喜」
法華経について、皆で学び、深めよう——「ロータスラウンジ——法華経への旅」の第25回は、「随喜功徳品第十八」です。

■大要
初めて法華経を聞いて、随喜(信随して歓喜)する人の功徳について説かれます。それでは内容を追ってみましょう。

その時、弥勒菩薩が、釈尊に問います。
「もし善男子・善女人(法華経を信じる男女)が、この法華経を聞いて随喜するならば、どれほどの福徳が得られるのでしょうか?」
この問いに答える形で、「五十展転」の話が展開されます。
その時、釈尊は、弥勒菩薩に語ります。
「仏が入滅した後、出家・在家の男女や智者たち、また年配や若い人も、この経を聞いて随喜した。
そして、他の所、例えば僧が住む場所や閑静な所、都、村などに赴いて、自分が聞いたように、父母や親族、また友人たちのために、自分の力に応じて法を説いた。
さらに、それを聞いて随喜した人が、また他の所に赴いて法を説く。それを聞いて随喜した人が、また他の所で法を説いて……。
このように法を伝え広げ、順番に50番目の人に及んだとする」
「この50番目の善男子・善女人が法を聞いて随喜した功徳を今、説こう。よく聴きなさい。
四百万億阿僧祇の世界の六趣四生(六趣=地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天の六つの境涯。四生=胎生・卵生・湿生・化生の四つの生まれ方)のあらゆる衆生がいた。
ある人が福徳を求めて、衆生の一人一人の好みに合わせて、この世にある金、銀、瑠璃等の珍しい宝、そして車や七宝でできた宮殿を与えた。その人は、80年にわたって布施を続け、こう思った。
『衆生の好みに応じて布施をしてきた。しかし、皆、老い、80歳を過ぎて白髪になり、顔に皺がよって、死が近づいてきた。今、仏法でこれらの衆生を導こう』
そして、衆生たちを集め、教え、導き、阿羅漢果(小乗の覚り)を得させた。この人の功徳は、多いと言えるだろうか?」
弥勒菩薩が、釈尊に答えます。
「その人の功徳は無量無辺です。衆生の好むものを施す功徳だけでも無量だからです。ましてや、阿羅漢果を得させたのですから言うまでもありません」
釈尊が、弥勒菩薩に告げます。
「わたしは今、はっきりと語ろう。この人が得る功徳は、先ほどの50番目の人が、法華経の一偈を聞いて随喜した功徳の百分の一、千分の一、百千万億分の一にも及ばない。計算や譬喩によっても知ることができないほどである。
このように50番目の人が法華経を聞き、随喜して得る功徳ですら無量無辺である。ましてや、最初に法華経を聞いて随喜した人の功徳は、比べられないほど、無量無辺である」
さらにたとえを通して、弥勒菩薩に功徳の偉大さを教えます。
「もし、この経のために、僧の住む所に行き、あるいは座り、あるいは立って、少しでもこの経を聴き受ける人は、その功徳によって生まれ変わった所で、象や馬、珍しい宝の乗り物を得て、天宮に上ることができるだろう」と、物質的な幸福を得ることが説かれます。
また、「もし説法の場で、来た人のために自らの席を空けて勧め、法を聴かせるならば、その人は、生まれ変わって帝釈天や梵天、転輪聖王の位に就くことだろう」と、指導者になる福徳が説かれます。
続いて、「もし他人に法華経を一緒に聴こうと誘い、わずかでも聞くなら、この人は菩薩たちと一緒の所に生まれ変わり、賢くて智慧があり、誰もが喜ぶ姿となるだろう。生々世々、仏を見て法を聞き、教えを信受するであろう」と、智慧が豊かになり、色心の健康を得ると説かれます。
さらに、弥勒菩薩に、功徳の大きさの真理を教えます。
「一人に法華経を勧めて法を聴かせる功徳は、このように大きいのである。ましてや、熱心に法華経を聴き、説き、読誦し、しかも如説修行(説の如く修行)する人の功徳はいうまでもない」
——このように、「随喜功徳品」では、法華経を聞いて随喜する功徳が説かれています。

■五十展転
日蓮大聖人は、「五十展転」について、「一生の間に一回でも題目を唱えたり、また題目の声を聞いて喜び、さらにその喜びの声を聞いて喜び、このようにして50番目となる人は、喜びの心が弱いようだけれども、智慧第一の舎利弗の如き人よりも、文殊菩薩や弥勒菩薩のような大菩薩の如き人よりも、百千万億倍の功徳がある」(御書1199ページ、趣意)と仰せです。
50番目の人は、経典の文字通り考えれば、自分が随喜するだけで人には語っていません。それにもかかわらず、無量の大功徳があるのです。いわんや、歓喜して弘通に励む人の功徳は計り知れません。
大聖人は「五十展転とは五とは妙法の五字なり十とは十界の衆生なり展転とは一念三千なり、教相の時は第五十人の随喜の功徳を校量せり五十人とは一切衆生の事なり」(同799ページ)と述べられています。「五」とは妙法であり、「十」とは十界の全ての衆生です。妙法蓮華経の五字が喜び広がっていく時、一念三千の妙法が働き、万人成仏が成就されゆくことを教えられていると拝せます。
希望と励ましの対話を広げゆく時、「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(同761ページ)と仰せのごとく、世界中に喜びの花が咲き薫り、一切衆生が功徳を受け切っていくことができるのです。

【『法華経の智慧』から】 生命の根底が歓喜に
苦しみは、苦しみにつけ題目を唱える。悲しみは、悲しみのまま御本尊にぶつける。うれしきは、うれしさを開いて、感謝の唱題にする。悩みは悩みとして、大きく見おろしながら、前へ前へと行くのです。
御本尊を拝するということは、全宇宙を見わたし、見おろしていくようなものです。自分自身の苦しんでいる生命をも見おろしていける自分になっていく。
「随喜」と言っても、悩みがなくなるのではない。悩みがあるから題目が唱えられる。題目を唱えるから、生命力がわく。苦しみがあるから喜びがある。"幸せだけの幸せ"はありえない。"喜びだけの喜び"はない。
「仏法は勝負」なのだから、一生涯、戦いです。戦い続けられる強き強き自分をつくるのです。鍛えあげられた、その強き境涯が本当の永遠性の「随喜」です。信心があれば、何があろうと、生命の根底が歓喜になる。希望になる。確信になる。そして、勇んで、悩める人のもとへ飛び込んでいって、自他ともに「随喜」の当体となっていけるのです。(普及版〈下〉「随喜功徳品」)

【コラム】 下種仏法
仏種を説いて人々に信じさせることを「下種」といいます。日蓮大聖人は、成仏の根本法である南無妙法蓮華経こそ、万人を成仏へと導く仏種であると明かされ、民衆救済の道を開かれました。ゆえに、日蓮仏法を下種仏法といいます。
仏法対話は、人々の生命に成仏の根本法である仏種をまく尊き下種の振る舞いです。それは、万人の生命に本来具わる仏性を触発することです。とはいっても、相手から反発されることもあります。
池田先生は「相手がどうかではなく、こちらが妙法を讃え、聞かせていけば、それだけで大功徳になる。そう自覚していけば、またまた『歓喜』です」と語っています。
相手が信心をしようがしまいが、妙法を語った功徳は同じです。相手の反応に一喜一憂することなく、仏法を語る誇りと喜びを胸に、朗らかに対話を広げていきたい。そこに自身の境涯革命の直道があるからです。

2021年5月23日日曜日

2021.05.23 わが友に贈る

前進を阻む「壁」は
自身の胸中にある。
真剣な祈りを力にして
諦めや苦手意識を克服し
新たな自分史を!

如来滅後五五百歳始観心本尊抄 P246
『釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う』

【通解】
釈尊の因行と果徳の二法は、ことごとく妙法蓮華経の五字に具足している。われらがこの五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給うたのである。

名字の言 婦人の支えとなった娘の言葉 2021年5月23日
昔話の「桃太郎」と「かぐや姫」に生みの親は登場しない。ある婦人が、この二つの物語を幼い娘に読んだ時、「ママはいないの?」と聞かれた。困った末に「でも、優しいおじいさんとおばあさんに会えたから」と答えると、娘は言った。「あたしはママの子どもになりたくて生まれてきたの」▼婦人は夫を病で亡くし、一人で娘を育ててきた。つらく、寂しかった気持ちが、わが子の言葉で一変した。"娘と親子になれたことに感謝し、信心で、もっと幸せになる"と▼日興遺誡置文に「我等宿縁深厚なるに依って幸に此の経に遇い奉ることを得」(御書1617ページ)と。私たちが今世で信心に巡り合ったのは決して偶然ではない。まして、妙法で結ばれた親子の縁は、過去・現在・未来の三世にわたる絆だ▼池田先生は未来部の友に語っている。「親子の縁は不思議であり、深い意味がある。みんな、偉大な使命を果たさんがために、自分の親を選んで生まれてきたんだ」▼あの日の"幼い娘"は、後に幸せな結婚をした。先の婦人から先日、「初孫が生まれました」とうれしい便りが来た。「親から子 子から孫への 広布旅」とは東北女性部の合言葉。信心を生きる力にして、世代をつなぐ幸の旅路は続く。

寸鉄 2021年5月23日
一切の耳に物をきかせん—御書。対話こそ学会の魂。一本の電話も好機と
墨田の同志が師子奮迅。本陣の空に勝利の旗を!庶民の王国の本領示す時
「誰かのために」との心がやる気の向上に—研究。快活な人生は広布の道に
防災地図で災害リスクを確認—これ命守る一歩。大雨等の備えへ意識持ち
漏洩した暗証番号、最多は「123456」。依然と多い安易さ。甘く見ず

☆不二の旅 第9回 池田先生と総東京�
◇広布の本陣に師弟の凱歌を
池田先生が各方面の友に贈ったスピーチや指針を、各地での激励の写真と共に掲載する「不二の旅」。第9回は総東京�を紹介する。

・池田先生の筆による東京の歌「ああ感激の同志あり」の扁額から(一部)。本陣を舞台に広布に走る地涌の友が無事安穏の日々であるよう、大東京が永遠なる勝利の都であるよう祈り願い、先生は歌詞を紡いだ。師の万感の期待に応えゆく、創価の凱歌の歴史を! 同歌を胸に響かせながら、感激の同志は異体同心の団結で不滅の歴史を築く

・新宿の同志との記念撮影会。これが、1・15「新宿の日」の淵源となった(1972年1月15日、新宿区内で)

・品川・目黒合同の創価ルネサンス文化音楽祭。威風堂々と学会歌を指揮(1991年11月、大田池田文化会館で)

・「墨田の日」記念幹部会で、"難攻不落の「永遠の墨田」の構築を!"と呼び掛けた(1991年12月、墨田文化会館で)

・1980年3月、落成直後の江東文化会館でピアノを演奏。後に贈った長編詩で、江東の友を"無名の広布の英雄"とたたえた

・1985年3月、町田文化会館を訪問。代表幹部会で"町田の勝利が日本の夜明け"と語った

・東大和文化会館(当時)を初訪問。村山圏(同)の幹部会に出席し、同志、運営役員らと記念撮影。励ましを重ねた(1983年1月)

◇総東京の友に贈った指針
大聖人は、ここ東京の天地で、御生涯の総仕上げをされた。
大聖人の御一代の弘法は、「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」と言われる。
妙法を掲げ、平和と安穏の社会を築き上げていくのが、私たちの戦いである。
東京は、永遠に「広宣流布の本陣」である。
本陣として、「立正安国」の大闘争を勝ち抜かねばならない使命と宿命がある。責任があり、名誉がある。
有名な『平家物語』には、源平の決戦に臨む、若き源義経の心意気が謳われている。
「戦いはひたすらただ攻めに攻めて勝つのが心地よいものだ」(『平家物語』11、杉本圭三郎訳注、講談社)と。
戦いは、強く攻め抜くことだ。全力を集中させてこそ勝利はある。戦いの根本姿勢は、徹して攻めることである。
この義経の心意気は、学会精神にも通じる。
「攻めに攻めて痛快に勝ちまくる」——私たちも、この心で進みたい。
妙法は、自身の生命の底から、最高の勇気、最強の生命力である「仏の生命」をわき立たせる。
仏が不幸になることはない。また、仏が敗北することもない。
どんな悪世でも、どんな環境でも、どんな苦難が襲いかかっても、断固として一切を「変毒為薬」することができる。
変毒為薬を可能にする"導火線"は、「信心」であり、「師弟の薫陶」であり、「同志の励まし」である。
大聖人は、大東京の団結の鑑であった池上兄弟へ仰せである。「たとえ、どんな煩わしいことがあっても、夢だと思って、ただ法華経のことだけを考えていきなさい」(御書1088ページ、通解)
私たちも、この心で、あらゆる難を乗り越えて、広宣流布へ、まっしぐらに進みたい。
"これ以上ない"という最高の人生を、そして、「充実」と「価値」と「勝利」の、偉大にして朗らかな創価の道を、ともどもに、勇敢に進もう。
(第44回本部幹部会・東京総会<2004年12月>でのスピーチから抜粋)

2021年5月22日土曜日

2021.05.22 わが友に贈る

"誰かがやる"ではなく
"自分が一人立つ!"
これが学会魂だ。
広布の主体者として
勇敢に一歩踏み出そう!

佐渡御書 P957
『日蓮は此関東の御一門の棟梁なり・日月なり・亀鏡なり・眼目なり・日蓮捨て去る時・七難必ず起るべし』

【通解】
日蓮は、この関東の北条一門にとっては支えとなる棟梁であり、日月であり、亀鏡であり、正しく導く眼目である。この日蓮を国が捨て去る時には、必ず七難が起こるであろう。

名字の言 漫画家・石ノ森章太郎氏の青春の思い出 2021年5月22日
先日、東京・豊島区内で入った中華料理店に、所狭しと漫画家たちの色紙が張られていた。聞けば、日本を代表する漫画家が若き日を過ごしたアパート「トキワ荘」が近くにあったという▼石ノ森章太郎氏がトキワ荘で暮らしていた時、最初にテレビを購入したのが藤子不二雄氏だった。藤子氏の部屋にテレビを見たいアパートの住人が押し掛ける。ところが翌年には、石ノ森氏の部屋に人が集まった。もっと大きなテレビを購入したからである▼トキワ荘の漫画家たちは、互いの夢を語り合う友であり、ライバルでもあった。テレビ一つ買うのも競い合った。アパートで切磋琢磨した日々は、後の漫画家・石ノ森の礎となった。彼は言う。「トキワ荘の四畳半生活にボクの青春時代のすべてがあった」(『トキワ荘の青春』中公文庫)と▼後で振り返れば、テレビの大きさで張り合うことに意味はない。だが、この一見たわいもない逸話から、彼らが、がむしゃらに互いを磨き合っていた"熱量"が伝わってくる。だからこそ、石ノ森氏の記憶にも残ったのだろう▼誰しも人生、一心不乱に戦うべき時がある。その「時」が、若い時代ばかりとは限らない。仏法は本因妙。立ち上がるべき時は、常に「今」である。

寸鉄 2021年5月22日
心から話し合い、感激の座談会に—恩師。新たな決意を燃やし全員が出発
江東が勇猛前進。試練の時こそ光る団結。無敵の民衆パワーで勝利劇を!
「奈良広布誓願の日」。新時代開く勇戦を共に!聳える広布の大城を築け
日頃の会話不足は誤嚥の因。励まし対話の達人の多宝会は健康長寿の模範
ネットの中傷者、特定し易く法改正—公明が尽力言葉の"凶器"は社会の敵

☆不二の旅 第8回 池田先生と総東京�
◇我が人生に勝利の万歳を
池田先生が各方面の友に贈ったスピーチや指針を、各地での激励の写真と共に掲載する「不二の旅」。第8回は総東京�を紹介する。

・目黒平和会館を訪問。目黒で過ごした宝の青春を振り返り、"私は1日を1カ月分にとの思いで戦ってきた"と述べた(1992年9月)

・第3代会長辞任後、初めて学会歌の指揮を。曲は「威風堂々の歌」。反転攻勢への誓いが一つに(1979年11月、豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂で)

・中野兄弟会と21世紀中野兄弟会の栄光の集いに出席。「立ち上がれ 日本一の 中野会」と詠み贈った(2004年9月、東京牧口記念会館で)

・北区の栄光総会。"真剣な闘争を貫いた人が幸福者であり、勝利者である"と訴えた(1994年4月、東京牧口記念会館で)

・足立青年平和文化祭で、先生ご夫妻が熱演をたたえる。設営など陰の戦いに徹する同志にも、全精魂を込めて励ましを(1987年9月、創価大学で)

・1978年8月、東京支部長会で友を激励。東京の歌「ああ感激の同志あり」に託した思いを語った(荒川文化会館で)

・人材を輩出しゆく本丸に——大田池田文化会館を先生ご夫妻が訪問し、求道の志あふれる友にエールを送る(1991年11月)

・調布文化会館に立ち寄り、真心の激励を送る。「功徳と正義を示せ! ここから火の手を上げよ」と友を鼓舞した(1992年4月)

◇総東京の友に贈った指針
我らの東京!
我らの東京は
日本の広宣流布の
原点である。

東京の勝利が
日本国中の勝利だ。
いな
全世界の勝利へと
発信されていくであろう。

さあ 今日も
私は戦う。
我が同志である君も
一緒に戦おう!
我が人生の正義のために!

この世界に
正義はなくてはならない。
邪悪と卑劣な仮面の
権力者たちに
奪われてしまうからだ。

我らは
知性ある人生の
常勝将軍なのだ。
負けてたまるか!
「残念」という二字は
我らにはないのだ。

我らの同志は
どこへでも飛んでいく。
正義のために!
我らは
いかなる武器も必要ない。
「法華経に勝る兵法なし」を
知っているからだ。

君よ
健康で!
いつまでも健康で!
君がいることは
常に正義と
常に太陽が
輝いているからだ。

君の勝利は
私の勝利!
私の栄光は
君の栄光!

茨の道を
苦難の道を
断固として
勝ち乗り越えて
我が人生に
万歳を叫び飾ろう!
(長編詩「我らの東京 勝ち誇る同志」から抜粋)

2021年5月21日金曜日

2021.05.21 わが友に贈る

リーダー率先で
広布の最前線へ!
会合に参加できない友
にこそ励ましを送ろう。
抜苦与楽の語らいを!

生死一大事血脈抄 P1337
『是くの如く生死も唯妙法蓮華経の生死なり、天台の止観に云く「起は是れ法性の起・滅は是れ法性の滅」云云、釈迦多宝の二仏も生死の二法なり』

【通解】
このように生死もただ妙法蓮華経の生死なのである。天台大師の摩訶止観に「起はこれ法性の起であり、滅もまたこれ法性の滅である」とある。
釈迦・多宝の二仏も生死の二法をあらわしているのである。

名字の言 直木賞作家が決めた、三つの行動規範 2021年5月21日
"自分さえよければ"という考えに、少しずつ引っ張られているような気がする——。直木賞作家の桜庭一樹氏が、コロナ禍の日常をつづっている▼氏が路地を歩いていた時のこと。店への道順を聞かれた。看板に見覚えはあるが、場所が思い出せない。「うーん、分かりません」と頭を下げた。その時ふと、"以前であれば、スマホで検索して道案内をしていたな"と思った▼そこで氏は、三つの行動規範を決めた。�弱い人、犠牲になっている人に寄り添い、耳を傾ける�社会を良くするために行動する義務があると自覚する�他者に対し、最大限の敬意を払う(『東京ディストピア日記』河出書房新社)▼色心不二——身体と心は一体だから、従来の生活様式の変化は、私たちの内面に影響を及ぼさずにはおかない。孤立・孤独の深刻化が指摘される今、他者に寄り添い、気持ちを共有することの大切さは強調してもしすぎることはない▼池田先生は「どこまでも一人を大切にし、誰も置き去りにしない『安心の大船』とならん! これこそが、創価学会の永遠の誓願です」と。心を開いて、苦境にある友の声に真摯に耳を傾けたい。その励ましの連帯を広げる草の根の運動こそ、温かな社会を築く根幹となる。

寸鉄 2021年5月21日
法華経は「生死の長夜を照す大燈」御書。日々唱題で胸中の太陽輝かせ前進
品川が猛進。創価源流の友よ民衆勝利へ壁破れ!圧倒的な拡大のうねりを
「山光提言」の日。対話に先駆の鳥取・島根の同志。希望の哲理の光を地域に
海洋プラごみ、主な流出源は都市の川と。安易な"ポイ捨て"で地球壊すな
記録的早さの梅雨入りで長雨の可能性。大雨等に備え固く。前前の用心で

☆不二の旅 第7回 池田先生と信越
◇不撓不屈の大城を
池田先生が各方面の友に贈ったスピーチや指針を、各地での激励の写真と共に掲載する「不二の旅」。第7回は、不撓不屈の魂で共戦の歴史を築いてきた、信越での激励行を紹介する。

・長野研修道場での青年部代表研修会で、参加者に温かな眼差しを注ぐ。この折、"「信濃ここにあり!」で勢いよく進もう"と望んだ(2008年8月)

・"水の信心"で信行学の実践を——松本平和会館の自由勤行会で同志を励ます池田先生(1982年8月、松本市内で)

・長野県総会で"信州人の伝統である「負けじ魂」を発揮し、勝利の人生を"と念願。4・26「長野の日」の淵源となった(1974年4月、長野市の長野市民体育館で)

・威風堂々たる人材城を築きゆけ——池田先生が長野研修道場でしたためた「人材の城」(1984年7月)

・新潟広布35周年を記念する新潟県総会・音楽祭で、池田先生が新潟県旗を手に。緑地に稲穂があしらわれ、中央には朱色で「勇気」の文字が(1991年5月、新潟池田文化会館で)

・"白鳥の湖"として知られる新潟の瓢湖(ひょうこ)で、居合わせた同志一人一人に声を掛け、激励する池田先生(1983年4月、現・阿賀野市で)

・池田先生が新潟の長岡会館を初訪問。豪雪地帯の労苦をねぎらいつつ、"厳しい環境でこそ強き人が育つ"等と期待を寄せた(1985年9月、長岡市内で)

・1983年に新潟の同志に贈られた「勇気」の二字。同年4月に池田先生が出席した新潟県総会が、4・14「新潟県の日」の淵源に

◇信越の友に贈った指針
正義を貫けば、迫害される。これが歴史の常だ。
その時に、知らん顔して戦わない。自分だけ、いい子になる。そういう、ずるい、だらしのない人間が、どれだけ民衆を苦しめてきたことか。
だからこそ私は、若い人を育てたい。青年から革命するのだ。
欺瞞と嫉妬と忘恩をはねのけ、同志のため、後継の友を育てるために、私は生きて生きて生き抜いていく。これが今の決心だ。
信越は、青年革命の模範となっていただきたい。
真実の師弟の歴史を叫ぶのだ。永遠に増上慢とは戦うのだ。それが日蓮大聖人の教えであるからだ。
信越の同志は、粘り強い。威張らない。傲慢がない。そこに偉大さが光っている。
晴れの日も、吹雪の時も、何があっても変わらずに、信義の道を誠実に歩んでいる。
恩師・戸田先生は、よく言われていた。
「仏勅をこうむって戦えば、仏の使いである。仏の使いは、仏と同じ力をもっているのである」
信越の皆さんは、この大確信に燃えて、わが生命の偉大なる仏の力を発揮し、広宣流布の師弟の大道を歩み抜いていただきたい。
戦おう! 正義を護るために。
いい人生を生きよう。私と一緒に!
「長野を見よ!」
「新潟を見よ!」
そう満天下に示しながら、堂々たる人材城を築いてもらいたい。
時は今だ。正義が勝つ新時代を開くのだ。「信越よ立ち上がれ!」と万感の期待を込めて叫びたい。
(信越代表者会議<2008年8月>でのスピーチから抜粋)