2020年10月6日火曜日

2020.10.06 わが友に贈る

「御みやづかいを
法華経とをぼしめせ」
今いる場所が
人間錬磨の舞台だ。
不屈の人に栄光は輝く。

撰時抄 P284
『日蓮は日本第一の法華経の行者なる事あえて疑ひなし、これをもつてすいせよ漢土月支にも一閻浮提の内にも肩をならぶる者は有るべからず』

【通解】
日蓮が、日本第一の法華経の行者であることは、あえて疑いのないところである。これをもって、推察すべきである。中国・インドにも、世界にも、日蓮と肩を並べる者はいないのである。

名字の言 染織家・志村ふくみさんが伝えたかった"桜の本当の色" 2020年10月6日
染織家の志村ふくみさんが山あいの小さな中学校に招かれ、地元の桜を使って染め物をした。桜なので淡いピンク色になると思いきや、予想もしなかった黄色に染め上がった。落胆する生徒から「本当の桜はどんな色ですか」と質問され、志村さんは答えた。「これが桜の色です」▼後日、生徒たちから手紙が来た。その中に"わが故郷の桜の本当の色を知ることができてうれしかった"といった感想が。生徒の「まじりけのない感受性」に、志村さんは心を打たれたという(『色を奏でる』ちくま文庫)▼仕事のトラブルや人間関係に悩み、「何をやってもうまくいかない」と嘆いていた壮年が数年前に入会した。先日、近況を聞くと、相変わらず悩みは尽きないとの返答。真面目に頑張ってきた姿を知るだけに、話を聞いて心が痛んだ▼だが壮年は信心して気持ちが強くなったという。思い通りにいかない苦境も"苦労は人生の肥やし"と捉えられるようになったとも。「未来を開くのは自分自身だと腹が決まれば、"さあ、ここからだ!"と意欲が湧き、自分の生き方に誇りが持てます」と▼人それぞれに偉大な使命がある。仏法は「桜梅桃李」。一人一人が個性を生かして、勝利の人生の花を咲かせればよい。自分らしい色の花を。(白)

寸鉄 2020年10月6日
「一は万が母といへり」御書。一遍の題目に福徳無量。確信の祈りで出発
三重の日。新たな開拓へ希望の対話を拡大!皆が創価の全権大使の決意で
行ってはじめてその価値を知る—牧口先生。"実践第一"が信心の生命線だ
坂道での駐車ブレーキのかけ忘れに要注意。"自然発車"での死亡事故多し
核リスク根絶の唯一の道は核兵器廃絶—国連総長民衆の声の結集を今こそ

☆心に御書を 第78回 愛する郷土を常寂光の都に
<御文>
『二人・三人・十人・百人・一国・二国・六十六箇国・已に島二にも及びぬらん、今は謗ぜし人人も唱へ給うらん』(妙密上人御消息、1241ページ)

<通解>
(日蓮がただ一人、唱え始めた南無妙法蓮華経は)2人、3人、10人、100人、1国、2国、66カ国まで広がり、すでに2島にまで及んでいるであろう。日蓮を謗っていた人たちも、今は題目を唱えているだろう。

◇池田先生が贈る指針
広宣流布は一人一人、一地域一地域を蘇生させて進む。
御本仏は佐渡の門下の生命を「宝塔」と輝かせ、「常寂光の都」と照らされた。そのお心のまま、「謗ぜし人人」も忍耐強く理解者に変え、誠実に信頼と尊敬を勝ち広げてきたのが、勝利島の宝友である。福徳は無量だ。
愛する郷土から、人間共和の希望の大光を!

☆ONE GOSHO 上野殿御消息
◇誠実な振る舞い貫く
世界青年部総会から学会創立90周年の「11・18」へ、男子部は世界広布の誓いに燃えて対話拡大に走る。今回は、青年門下に対する日蓮大聖人の励ましから、「振る舞い」の大切さを学ぶ。

◇御文
『友にあふて礼あれとは友達の一日に十度・二十度来れる人なりとも千里・二千里・来れる人の如く思ふて礼儀いささか・をろかに思うべからず』(御書1527ページ)

◇通解
「友に会ったら礼儀正しくあれ」というのは、友達で1日に10度、20度訪ねてくる人であっても、千里、2千里も遠方から訪ねて来る人のように思って、少しも礼儀を欠くようなことがあってはならない、ということである。

◇背景
本抄は建治元年(1275年)、日蓮大聖人が54歳の時に身延で認められ、17歳の南条時光に送られたお手紙である。
時光は7歳の時に父を亡くし、信心強盛な母のもと若くして地頭職を継いだ。
本抄を頂く前には、兄を不慮の事故で亡くしたとも伝えられており、一家の柱として、また、領地の地頭として重責を担う時光の、さらなる成長を期待して送られた御書である。
大聖人は仏法の観点から「四恩」、儒教等の教えの観点から「四徳」を挙げられ、若く人生経験の少ない時光に、磨いていくべき人間的資質について教えられている。

◇解説
本抄で大聖人は、若くして重責を担うことになった時光に対し、仏法者としての振る舞いの在り方を現実の生活に即して御教示されている。
冒頭、いにしえの賢人たちが大切にしてきた四つの徳——「父母への孝行」「主君への忠義」「友への礼儀」「立場の弱い人への慈悲」を示される。この「四徳」は外典である儒教の教えだが、仏法への理解を助けるものであると位置づけられている。
今回学ぶ範囲は、四徳の具体的な実践のうち、「友への礼儀」に言及された箇所である。
大聖人は、"1日に何度も訪れる人であっても、遠方から来る人のように思って礼儀を欠いてはならない"と仰せである。このことは、どんな人に対しても誠実さを欠くことなく、礼儀を尽くしていく大切さを説かれていると拝される。
遠方から訪ねてきた友人に、その労をたたえ、"疲れていないか"などと配慮するように、たとえ近しい友人であっても、相手を思いやり、尊重していく姿勢が大切なのである。
大聖人は、「四徳」の通りに振る舞う人は「賢人」であり、「聖人」であると仰せである。さらに、この四徳があれば「他の事は多少優れていなくても善き人なのである」(御書1527ページ、通解)と述べられる。
近隣をはじめ、身近な人に礼を尽くす実践の模範を示してきたのが池田先生である。
青年時代に東京・目黒区三田から大田区山王に転居した折(1952年)、先生は名刺を片手に近所のあいさつ回りに歩いた。近隣の方々と顔を合わせるたびに声を掛け、心を通わせたと述懐している。夜に同志が自宅を訪ねてきた時には、翌朝、"うるさくなかったですか……"と、近所への配慮も忘れなかった。世界に友情を広げていった先生の振る舞いの根本には、こうした目の前の一人を大切にする真心があった。
先生は語っている。
「身近な人が大切である。その人を宝のごとく大事にすることである。そして、だれに対しても誠実に、礼節をわきまえて接することである。誠実ほど強いものはない。私も世界に友人をつくった。『誠実』ひとつで、つくったのである。誠実で築いたものは、壊れない。策でつくったものは、やがて崩れる」
SNSが普及し、特に昨今はコロナ禍の影響で、オンラインの交流が増えている。コミュニケーション自体が容易な時代だからこそ、今回の御文に照らして、"遠い道のりを来た人"のように、相手を敬い、「ありがとう」と感謝を言葉に出して、耳を傾ける姿勢を忘れずにいたい。
目の前の一人を敬う万人尊敬の行動こそ、仏法の魂であり、そうした相手を思いやる心を深めていく原動力が日々の勤行・唱題と学会活動なのである。
自らが友人にとって"善き友"になることから、学会理解は大きく広がる。このことを確信し、創立90周年の「11・18」へ誠実に対話を広げていきたい。

2020年10月5日月曜日

2020.10.05 わが友に贈る

◇今週のことば
「励まし」とは——
耳を傾けること。
思いを受け止めること。
心を軽くすること。
蘇生の一歩を共々に!
2020年10月5日

檀越某御返事 P1295
『御みやづかいを法華経とをぼしめせ、「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」とは此れなり』

【通解】
宮仕えを法華経の修行と思いなさい。経に「一切世間の治生産業は皆、実相と違背しない」と説かれているのはこのことである。

名字の言 病と闘いながら通信員の使命に燃える婦人部員 2020年10月5日
宗教改革者のルターは「たとえ明日が世界の終わりの日であっても、私は今日りんごの木を植える」という内容の言葉をよく使ったそうだ。環境が厳しくとも未来を信じ、今を全力で生きる姿勢を意味していよう▼難局を乗り切る人は、困難に直面しても、いたずらに取り乱さない。諦観や逃避で不安をごまかさず、困難を正しく直視する。そして、今も未来も犠牲にしない行動を貫く中で、立ちはだかる障壁を突き破っていく▼病と闘いながら本紙通信員を務める婦人部員がいる。病気を完治させてから通信員に復帰する、という考え方も確かにあるだろう。しかし、婦人は医師とも相談した上で、取材活動を休まなかった▼貴重な時間を取材に割くことについて彼女は「私にとって、通信員活動が生きる力であり、大切な使命です」と語る。そんな婦人が全精魂を込めて撮影した写真、書き上げた文章は、読者の魂を揺さぶる▼御聖訓に「苦を苦と覚り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい」(御書1143ページ、通解)と。苦しい時も楽しい時も題目根本に生き抜く。ここに信心の極意がある。環境がどう変わろうとも、日々、使命の歩みを止めない。その中から創造された価値は朽ちることがない。(城)

寸鉄 2020年10月5日
「さあ、いよいよ戦いが始まるぞ」戸田先生。栄光の11・18へ団結固く勇躍
中部青年部の日。勝利の一番星こそ君らの使命。自信満々と正義を語れ!
生き方には堕落か燃える人生かの二つしかない—作家。今日も挑戦の道を
ネットを長時間使う子はストレス感じやすいと。自律性育む対話を親子で
不審な国際電話の着信が増加と。詐欺の恐れあり。見知らぬ番号は出るな!

☆心に御書を 第77回 地涌の菩薩の輝く連帯
<御文>
『末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり』(諸法実相抄、1360ページ)

<通解>
末法において妙法蓮華経の五字を弘める者は男女の分け隔てをしてはならない。皆、地涌の菩薩が出現した人々でなければ唱えることのできない題目なのである。

◇池田先生が贈る指針
世界広布は、妙法の音律で地球を包む壮大なロマンだ。絶望の哀音も、希望の喜音に変える。
御本仏は、最も本源的に地球民族が団結できる生命の大地を開いてくださった。題目を唱え弘める人は男女の違いはもとより、どんな差異も超え、等しく地涌の菩薩だ。
「桜梅桃李」の人華を咲かせ、人類の宿命転換を共々に!

☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第9回 絶対勝利の信心〈上〉 谷川主任副会長
◇池田先生の指導
師と心を合わせて祈るから、
勇気と智慧の底力が発揮される。
師と共に戦うから、
いかなる困難の壁をも
打ち破ることができる。

1 信仰と人生の究極の目的
池田先生の世界平和旅の開始から60周年——。世界中で妙法を持った同志が活躍し、人生を勝ち開いています。仏とは、「絶対に勝つ人」の異名であり、あらゆる戦いに勝利していくのが日蓮仏法です。今回学ぶ講義の冒頭で、先生は次のように言われています。

■ 池田先生の講義
「絶対勝利」——これこそ、私たちの信仰と人生の究極の目的です。戸田先生が衰弱したお体をおして熟考され、発表してくださった「永遠の三指針」の奥底を貫く、根本の精神です。
この三指針の発表の直前、私は先生から頂いた和歌を、命に刻む思いで日記に書き留めました。
「勝ち負けは 人の生命の 常なれど 最後の勝をば 仏にぞ祈らむ」
恩師から託された、日蓮大聖人の御遺命である世界広宣流布の大闘争は、民衆を幸福へと導く崇高な戦いです。仏の軍勢と魔軍との熾烈な攻防でもあります。だからこそ、断じて負けるわけにはいかない。
私は、その決心で戦い、世界に正法流布の道を、同志と共に開いてきました。
—◆—
「生きる」とは「戦う」ことです。人生も、広宣流布の戦いも、その目的は「勝利」することです。では、いかにして困難な戦いに勝つのか——。池田先生は「絶対に勝つと決めた者が勝つ」と教えてくださっています。
私自身、戦いの第一歩は「祈り」から始めます。自身を取り巻く状況や環境によって揺れ動く心を、「断じて勝つ!」という決定した一念にするには、祈るという根本の戦いに徹する以外にありません。まず、自分自身の心に打ち勝つことです。
「大阪の戦い」で先生は、「一念に億劫の辛労」を尽くした「最高の祈り」から始められました。そして、「最高の作戦」と「最高の行動」によって、広布史に輝く金字塔を打ち立てられたのです。
先生は、あらゆる戦いの先頭に立ち、勝利という目標から逆算して入念な準備を重ね、手を打ち、そして勝つべくして勝ってこられたのです。

2 「よき師」を持つよろこび
池田先生は御文を拝して、勝利の人生を歩むために、「よき師」を持つ重要性を教えてくださっています。

【御文】
『よき師と・よき檀那と・よき法と此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり』(法華初心成仏抄、御書550ページ17行目〜18行目)

【現代語訳】
よい師と、よい弟子と、よい法と、この三つが寄り合って祈りを成就し、国土の大難をも払うことができるのである。

■ 池田先生の講義
日蓮仏法の根幹は、「師弟」にあります。「絶対勝利の信心」も、その要諦は、詮ずるところ、「師弟」の二文字に凝縮されます。

末法万年の民衆救済のため、如説修行の実践で自行化他にわたる南無妙法蓮華経を弘められた日蓮大聖人こそ、末法の御本仏であり、仏法を確立された「よき師」であられます。そして、大聖人の御遺命のままに、広宣流布のため、不惜身命で戦い抜かれた先師・牧口先生、恩師・戸田先生は、私たちにとって、広布と人生の「よき師」であります。
この広宣流布の師匠の一念に心を合わせ、法華経の兵法で戦うならば、御聖訓に照らして、断じて勝てるのです。
—◆—
先生の指導に、「祈り——それは、あきらめない勇気だ。自分には無理だと、うなだれる惰弱さを叩き出す戦いだ。"現状は変えられる! 必ず!"。確信を命の底に刻み込む作業だ」とあります。
あらゆる苦難にも負けない心を築いていくのが信心です。師匠は、その方途を常に示してくださっています。
池田先生は戸田先生に仕えた青年時代の闘争を、何度も語られました。その中で強調されているのは、"師弟不二ならば、一切に勝利できる"という点です。
私が先生と初めてお会いしたのは、創価中学校に2期生として入学した時です。先生は当時40代になられたばかりで、人格の迫力と構想の雄大さに「すごい人だなあ」と敬意を抱きました。その後、学生部で役職を頂いて学会活動に励むようになり、先生の指導を学び、実践するようになって、先生の広宣流布の指導者としての真の偉大さを知りました。
世界広布を命懸けで進められる師匠と同じ大願を持ち、学会の中で苦労を重ねる——。その中で、先生の偉大さや、同志への深い慈愛を痛感したのです。そして、先生の期待にお応えできる弟子に成長して、必ず勝利を報告したいという思いが、より強くなっていったのです。

3 師匠と心を合わせるとは
先生は講義で「大阪の戦い」を振り返り、次のように語られています。

■ 池田先生の講義
「よき師と・よき檀那と・よき法と此の三寄り合いて……」の一節は、1956年(昭和31年)、大阪の戦いに臨むにあたって、関西の同志と拝した御聖訓です。誰もが"不可能だ"と尻込みする困難な戦いに、師弟を不二とする「絶対勝利の信心」で挑んだのです。
師のためにと誓うから、希望と確信が湧く。
師と心を合わせて祈るから、勇気と智慧の底力が発揮される。
師と共に戦うから、いかなる困難の壁をも打ち破ることができる。
若き日に私は、戸田先生にお仕えして、この師弟不二の相伝を受け切りました。
先生は厳として叫ばれました。
「前進前進、勝利勝利の創価学会であれ! そのためには、勇気と確信と真剣勝負の創価学会たれ! 断じて皆が勝つのだ。負けてはならない。これが広宣流布の方程式だ。これが自分自身の永遠の勝利の人生、すなわち仏になりゆくことだ」
—◆—
「"すべてに勝ち抜いて、戸田先生の正義を世に示すのだ。先生のために戦おう。先生にお喜びいただこう"と決めて戦った。つまり、師弟の道に、私の力の源泉がありました」——先生はかつて、このように語られました。
先生が初めて世界広布旅に出発された60年前、胸ポケットには戸田先生の写真が入っていました。胸中で恩師と対話しながら、各国・各地域の同志に、「希望の光」をともしていかれたのです。
今、世界中で創価の同志が、池田先生を師匠と仰ぎ、世界広布にまい進しています。中には、先生とお会いしたことのないメンバーも大勢います。しかし、「師弟」とは決して「物理的な距離」ではありません。「心の距離」が重要です。
SGIのメンバーは「池田先生ならば、どう行動されるか?」を自身に問いながら、広布の戦いを進めています。
2015年にインドを訪れた際、インド創価学会(BSG)のメンバーは約11万人でした。「大阪の戦い」に学び、小説『新・人間革命』を真剣に研さんしている同志は、「アイ アム シンイチ・ヤマモト!(私は山本伸一だ!)」との合言葉を誇り高く口にしながら、弘教・拡大に挑戦していました。
昨年、再びインドを訪問しましたが、BSGの陣列は22万人に拡大していました。信心の喜びにあふれて、深い求道心に燃えるメンバーと語り合う中で、一人一人の心に先生の指導が刻まれ、生き方の規範となり、事実の上で「師弟不二の信心」が世界広布の原動力となっていることを実感しました。

4 困難の時に真価が問われる
■ 池田先生の講義
広布の闘争は、真剣勝負です。
簡単に勝てる戦いなどありません。
若き弟子を信頼して、あえて激戦の一切を任せてくださった恩師に、私は何としても勝利の報告をしたかった。愛する関西の同志が一人ももれなく功徳を受け、絶対的な幸福境涯をつかんでもらいたかった。民衆を根本とする新しき人間主義の運動を、大きく社会に広げたかった。
—◆—
広宣流布の戦いは苦難の連続です。その苦労を誰よりも分かってくださっているのが池田先生です。先生は、常に同志の報告に耳を傾け、勝利を祈り、励ましを送ってくださっています。
私自身、折々に先生に報告をしながら、広布に励んできましたが、その中で、実感したことがありました。それは、詳細な報告をするためには、自身が戦いの現場を知り、責任を自覚していなければならないということです。
戦いに曖昧さがあったり、人任せにしていたりすれば、結局、報告も曖昧で不正確になります。勝利をつかむことなどできません。リーダーとして広布拡大と同志の幸福のための全責任を担う——。その覚悟が問われていると学びました。
勝利をつかむために重要なのは、具体的に祈ること。そして、御書の仰せのままに、実践することです。
現在、聖教新聞に掲載される、「ブラボーわが人生」をはじめとする信仰体験に登場する同志は、皆さんが「祈りの達人」です。毎回、心から感動します。
たとえ試練や苦難に直面しても、「師匠と心を合わせて祈り、戦えば、必ず乗り越えられる!」との確信が、言葉にあふれています。
ある関西の壮年は語っていました。
「仏法は無限の宝の山です。この山から、どれほどの宝を取り出せるかは、その人の力次第です。力というのは、『御本尊を信じる一念の力』でっせ。『一切法は皆是仏法なり』(御書563ページ)と仰せです。宇宙の全財産は御本尊のもんや。それで構成されてます。世の中をよくする根本は、信心しかあらへん」
池田先生は、徹底して「祈った人が勝つ」「題目の人が勝つ」と教えてくださっています。
私たち弟子が一人立って戦い、師匠に勝利の報告を届ける——それこそが「師弟共戦」なのです。

■ 池田先生の講義
戸田先生は絶対勝利の師匠である。その不二の弟子として、決して退くわけにはいかなかった。ゆえに私は、御書に仰せのままに、先生のご指導通りに、青年らしく恐れなく関西中を走り回りました。その果てに、「"まさか"が実現」と世間も驚嘆する民衆勝利の金字塔を打ち立てることができたのです。

さらなる研さんのために
本連載で学ぶ講義「世界を照らす太陽の仏法」は、『創価学会 永遠の五指針』に収められています。本社刊。713円(税込み)。全国の書店で発売中。聖教ブックストアへの電話でも注文できます(0120-983-563、平日9時〜17時)。コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「HMV&BOOKS online」での注文、受け取りも可能。電子書籍でも好評発売中。

2020年10月4日日曜日

2020.10.04 わが友に贈る

新たな出会いは
新しい舞台の幕開けだ。
一つの縁を大切に!
人と心を結んだ分だけ
わが人生は彩られる。

大悪大善御書 P1300
『大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずともまいをもまいぬべし、舎利弗にあらねども立つてをどりぬべし』

【通解】
大悪が起これば、大善が来る。すでに大謗法が国にある。大正法は必ず広まるであろう。わが門下たちよ、何を嘆かれることがあろうか。迦葉尊者でなくとも、舞を舞いたまえ。舎利弗でなくとも、立って踊りたまえ。上行菩薩は、大地から踊りながら出現されたではないか。

名字の言 宇宙飛行士・野口聡一さんが搭乗宇宙船の命名に込めた思い 2020年10月4日
新しい宇宙船を初めて運用する際には、乗組員で名前を付けることができるという。宇宙飛行士の野口聡一さんは、今月末に搭乗する宇宙船を「レジリエンス」と命名した▼「回復力」や「困難を乗り越える力」を意味する英語である。新型コロナウイルスや今回のミッションの課題に打ち勝つとの思いが込められているそうだ。「名は体を表す」というが、まず名付けることで、その名にふさわしい「体」になるよう意識し、努力できるようになるものだろう▼この地球が「宇宙船地球号」と広く呼ばれるようになったのは、米国の経済学者ケネス・ボールディング氏の功績が大きい。宇宙飛行士が船内の限られた資源を循環させて活用するように、「地球号」の乗組員である人類も資源を適切に利用し、地球の存続をと訴えた▼氏は生前、池田先生の平和提言に着目し、"平和に貢献しようとする情熱と人格がにじみ出ている"との声を本紙に寄せている。先生もスピーチで氏の活動に言及し、"どんなに困難でも絶対に諦めない"との信念を紹介した▼学会は人類の幸福と世界平和を目指し、「創価」の名を掲げて出発した団体だ。いかなる状況にあっても、善の価値を創造する挑戦を——それが"創価号"のかじ取りを任された我らの使命である。(之)

寸鉄 2020年10月4日
他者と連帯する学会員の姿は共生社会の源—博士分断の時代に対話の波を
共に励まし共々に征かなむ—戸田先生。さあ前進の心で!訪問激励に率先
青年部総会の短編動画が配信。熱と力は波及する。戦う息吹、組織の隅々に
マスクで表情見えぬ会話は声のトーンが鍵—心理学者。満々たる生命力で
携帯のSMSに届く宅配の不在通知は詐欺。安易にアクセスせず。要警戒

☆世界青年部総会への池田先生のメッセージ
◇「絶対勝利の信心」を託す
全てを見守っておりました。
距離を超え、時差を超えて青春の命を結び合った、みんなの歌声も、演奏も、また体験も、夢も、大拍手を送っておりました。
そして、みんなの誓いも、全部、わが命に刻みつけました。
出演者の皆さん、役員の皆さん、陰で応援してくださった全ての皆さん、本当にありがとう!
一番大変な時に、先駆けて、一番勇敢に聡明に戦う——。
この創価の師弟の魂を燃やし、コロナ禍という試練に挑み、全世界のわが青年部・わが未来部が、決然と立ち上がってくれた。
創立100周年へ「世界広宣流布」の遠大なる、新たなる地平が、ここに晴れ晴れと開かれました。
若き地涌の君たちは、勝つために生まれてきたのです。
いかなる苦難にも打ち勝って、家族を、友人を、眷属を、民衆を、そして人類を、幸福に平和にするために生まれてきた。
妙法という生命尊厳の極理を探究し、実践する君たちは、まぎれもなく最も強く明るい「勇気の太陽」であり、最も清く朗らかな「希望の蓮華」であります。だからこそ、どんなに時代の闇が深くとも、どんなに社会の濁りが厳しくとも、「誓い」に生き抜く君たちが断じて負けるわけがない。
私が誓いの同志と共に、師子王の心で貫き通してきた、「最後は必ず勝つ」との「絶対勝利の信心」を君たちに厳然と託します。
一人一人の生命から「智慧」と「慈悲」を湧き出し、友情を結び、喜びあふれる励ましの絆を築いてきたのが、創価の世界です。
この奇跡ともいうべき麗しき「地球民族の連帯」を、どこまでも大切に守り広げ、我らの青き地球を何としても「立正安国」、そして「立正安世界」の大歓喜の星に輝かせていきたい。
かけがえのない後継の宝の君たちが、一人ももれなく健康で、学び鍛えて、「幸福勝利の青春」を飾り、偉大なる「人間革命」即「世界広宣流布」の凱歌を、21世紀の大空へ轟かせていくことを、私は命の限り祈り抜いていきます。
「新・人間革命の世紀」を創る「山本伸一」のスクラム、万歳!と叫んで、祝福と感謝のメッセージとします。
ありがとう!
サンキュー・ベリーマッチ!(大拍手)

2020年10月3日土曜日

2020.10.03 わが友に贈る

大聖人の魂に触れれば
どんな苦難にも負けない
大境涯が開かれる。
未来を担う人材と共に
教学研鑽に挑もう!

顕仏未来記 P507
『諸天善神並びに地涌千界等の菩薩法華の行者を守護せん此の人は守護の力を得て本門の本尊妙法蓮華経の五字を以て閻浮堤に広宣流布せしめんか』

【通解】
諸天善神ならびに地湧千界等の菩薩が必ず法華経の行者を守護するであろう。法華経の行者は、この諸天善神や地湧の菩薩などの守護の力を得て、本門の本尊・南無妙法蓮華経を一閻浮提に広宣流布させていくであろう。

名字の言 新種のエイが発見された"きっかけ" 2020年10月3日
長年、鹿児島の水族館で展示されてきたエイが、実は新種だったと判明した。日本近海でエイの新種が発見されるのは約10年ぶりとなる▼ある研究グループが「トンガリサカタザメ」として展示されていたエイの形が違うことに気付いたのが、きっかけだった。新種は「モノノケトンガリサカタザメ」と名付けられた。開館当初から20年以上にわたり飼育されていたというから、関係者はさぞ驚いたことだろう▼ちょっとした違いに気付いたことが、新発見につながった。次元は異なるが、人間関係にも通じるだろう。"何でも知っている"と思うような親しい間柄であっても、相手の隠れた長所や可能性に気付いていないことは多い。"あの人はこうだから"といった最初の印象や思い込みから、なかなか抜け出せないものだ▼小説『新・人間革命』第1巻「新世界」の章で、"人材がいない"と嘆くリーダーに、山本伸一はこう語る。「みんな人材です。これから光ってゆきます。純粋に信心を全うしていけば、みんな広布の歴史に名を残すパイオニアの人たちです」▼いずこであれ、人材は必ずいる。大切なのは、"育てる側"の眼力であり境涯だ。「皆が人材」——大海原のような心で、きょうも足取り軽やかに励ましの一歩を。(誼)

寸鉄 2020年10月3日
恩返しの最高の道は折伏すること—恩師。自身の歓喜の体験を堂々語ろう
「我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり」御書。題目根本こそ勝利の直道
東西ドイツ統一から30年"分断の壁"壊したのは民衆の力。対話で心結べ
10月は「体力つくり強調月間」。新しい生活様式の中でも聡明に運動心掛け
ネットでマスク買っても届かない等、詐欺が横行。確かな業者か必ず確認を

☆四季の励まし 青年の成長こそ私の願い 2020年9月27日
【写真の説明】山の向こうに、また山が連なる。白雪輝くアンデス山脈。標高6000メートル級の雄峰が南米大陸を縦断する、世界最長の大山脈である。1993年(平成5年)2月、池田大作先生が南米パラグアイからチリへ向かう機中で撮影した。このチリ訪問が海外50カ国・地域目の歴訪となった。
間もなく10・2「世界平和の日」を迎える。60年前の10月2日、恩師・戸田城聖先生の遺志を継ぎ、池田先生は世界広布の第一歩を刻んだ。
この「10・2」を記念して、世界青年部総会がきょう27日、オンラインで開催される。戸田先生の構想は、池田先生という不二の弟子の闘争で現実のものとなった。私たちもまた、師の闘争に連なり、世界中の青年と共に希望の連帯を広げよう。

◇池田先生の言葉
青年には無限の力がある。
青年には
無限の希望と未来がある。
青年は、
殺伐たる社会のなかで、
目先の小さな目的のみに
とらわれるのではなく、
世界へと大きく目を開き、
雄大なる希望、
壮大なる人生のために、
悠然と生きてほしい。

何でもいい、
何かで一番に!
自分らしく、
わが舞台で、
日本一、
世界一を目指すのだ。
今の苦労が
一生の宝になる。
苦労しなければ、
人間はできない。
悩んだ分だけ、
苦しんだ分だけ、
どんな嵐にも負けない、
金剛不壊の自分になる。

確固たる哲学に根ざした
青年の連帯が、
いよいよ光り輝く時代だ。
君たちの人間革命の光が、
地域を照らし、
職場を照らし、
社会を照らす。
「創価の連帯」
「人間の善性の結合」が
国家の宿命を変え、
人類の未来を変えていく。
世界の人々が、
胸をはずませ、
君たちの躍進を
見守っている。

勝利と栄光の人生へ
飛翔する大いなる翼こそ、
信心にほかならない。
わが青年部よ!
嵐を突き抜けて
飛翔しゆく、
たくましき翼を
鍛え上げよ!

次代を担いゆく門下が
生き生きと
躍動する姿こそ、
私の何よりの喜びである。
その奮闘の
様子を聞くたびに、
私の五体には
活力がみなぎってくる。
君たちの成長こそ、
私の願いである。
青年たち一人一人の
勝利こそが、
私の人生の総仕上げの
勝利そのものなのだ。

2020年10月2日金曜日

2020.10.02 わが友に贈る

一対一の励ましこそ
広布拡大の要諦だ。
感染予防に配慮しながら
創価家族の絆を強める
真心あふれる対話を!

諸法実相抄 P1360
『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし』

【通解】
初めは日蓮一人が南無妙法蓮華経と唱えたが、二人・三人・百人と次第に唱え伝えたのである。未来もまた同じであろう。これこそ、まさしく、地涌の義ではないだろうか。そればかりか、広宣流布の時には、日本国一同に南無妙法蓮華経と唱えることは、大地を的として弓を射ることのように、確かなことであろう。

名字の言 創価の世界は「蘇生のオアシス」 2020年10月2日
絵本『葉っぱのフレディ』(レオ・バスカーリア作、童話屋)には、主人公である葉っぱのフレディの一生が、まるで人間の一生のように描かれている▼春は若葉を輝かせ、夏は木陰をつくって涼を与える。秋は紅葉で皆の目を楽しませ、冬は大地に返って新しい命を育てる力になる。人生には、その時々に美徳があることを、物語は示唆している▼ある会館で7カ月ぶりに開催された地区の座談会に参加した。マスクを着けて距離を保ちながらの集い。多宝会の婦人が語った。「戦争を経験し、学会で負けじ魂を磨いてきたんです。受け身になるどころか、スマホデビューして友人の数は今が一番!」。あどけない未来っ子も発表。「いっぱい祈って勉強して、コロナをやっつけるヒーローになる!」▼笑顔と決意に包まれた座談会に出席し、元気を頂いた。そして改めて実感した。"どんな人にも、人を支える力がある"と。年配者が奮闘する姿は若人に勇気を送り、子らの笑顔は大人の希望となる。一人一人、かけがえのない宝の存在である▼苦難の時代にあって、老若男女が励まし励まされながら活力を生み出す創価の世界は「蘇生のオアシス」。この連帯を地域社会に広げたい。知恵と工夫を凝らして、いよいよ行動に打って出る時である。(誠)

寸鉄 2020年10月2日
海外平和旅60周年。仏法史に輝く世界広布の偉業192カ国に師弟の陣列厳然
東京・町田の日。常に勝利を開くのが「特区」の使命新たな拡大の先駆を頼む
「今は謗ぜし人人も唱へ給うらん」御書。青年よ正義の言論で勝ちまくれ
国際非暴力デー。我らの武器は対話!民衆連帯こそ平和の砦。更に強固に
ガス点検など装う強盗が相次ぐ。ドアのガードやチェーンなど活用し撃退

〈社説〉 2020・10・2 きょう「世界平和の日」60周年
◇「地球民族の連帯」の拡大を
対立から融和へ、分断から統合へ——人類の悲願である恒久平和の実現のため、60年前のきょう、歴史に新たなページが刻まれた。10月2日は「世界平和の日」。池田先生が初めて海外訪問に出発した日である。
当時は東西冷戦の真っただ中。大国の指導者の相互不信は膨れ上がり、核兵器の開発・実験が加速していた。世界の行く末に暗雲が漂う中、先生は太平洋戦争の日米開戦の地・米ハワイから訪問をスタート。海外渡航が自由化される以前であり、飛行機やホテルなどが十分に整備されていない中、世界広布の道なき道を切り開いてきた。192カ国・地域に広がった創価学会の原点がそこにある。
現在、人類は「第2次世界大戦以来の最大の危機」(グテーレス国連事務総長)といわれる新型コロナウイルス感染症の大流行に直面している。人との接触や密集を避けるニューノーマル(新常態)への移行によって交流の機会が減り、社会的に孤立する人々が増えることなどが懸念されている。また、感染の拡大は自国優先の保護主義の台頭をもたらし、貿易摩擦に端を発した大国間の緊張は、国連総会でグテーレス氏が「新冷戦の回避」を訴えるほど深刻化している。
分断と対立が深まりつつある時代にあって、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は「最大の敵はウイルスではない」と。敵は互いを非難し合う「憎しみ、強欲さ、無知」といった「心の中にある悪魔」であると指摘する(『コロナ後の世界を語る』朝日新書)。一方、ローマクラブ共同会長のマンペラ・ランペレ博士は「この危機は人間の行動を抜本的に変える稀なチャンス」(本紙9月17日付)と語る。コロナ禍が心をもむしばもうとしている今こそ、一人一人の精神的変革を促す創価学会の人間革命運動が希求されているといえよう。
池田先生はこれまで54カ国・地域を訪問。国家や人種などの「差異へのこだわり」を克服する「開かれた対話」を貫き、平和の種をまき続けてきた。その世界広布のバトンを受け継ぐ青年たちによる「世界青年部総会」が先月27日に開催された。「先生 あなたの誓いを我らが果たします」との歌声を高らかに響かせ、あらゆる差異を超えて互いをたたえ合い、励まし合う青年の姿は、不安が渦巻く世界を照らす、希望の光明といえよう。
池田先生は総会に寄せたメッセージで「我らの青き地球を何としても『立正安国』、そして『立正安世界』の大歓喜の星に輝かせていきたい」と訴えた。困難をも飛躍に転じる変毒為薬の信心で、目の前の一人への励ましから「地球民族の連帯」を広げていきたい。

☆心に御書を 第76回 断じて病魔を打ち破れ!
〈御文〉
『法華経は閻浮提人病之良薬とこそとかれて候へ、閻浮の内の人は病の身なり法華経の薬あり、三事すでに相応しぬ一身いかでかたすからざるべき、但し御疑のわたり候はんをば力をよばず』(高橋入道殿御返事、1462ページ)

〈通解〉
法華経は「世界中の人の病の良薬」と説かれている。この世界の人々は病の身であるが、法華経の薬がある。病気回復のための三事(法華経の良薬、仏の願い、末法の法華経の行者)は、すでにそろっている。どうして、あなたが助からないわけがあろうか。ただし、あなたに法華経への疑いがあるなら、日蓮の力は及ばないのである。

〈池田先生が贈る指針〉
人類共通の「生老病死」の苦悩を打開する最極の大良薬こそ、妙法である。
正しく行ずる生命が、どれほど偉大な力を発揮できるか。病の友も医療を最大に生かしつつ、必ず変毒為薬していける。
「いかでかたすからざるべき」と大信力を奮い起こして、病魔を打ち破るのだ。
題目の師子吼で胸奥から元初の太陽を!

2020年10月1日木曜日

2020.10.01 わが友に贈る

"私の身近な実践"こそ
持続可能な地球を守る
確かな一歩となる。
人間革命運動に先駆する
誇りを胸に前進しよう!

兄弟抄 P1089
『其の中に返つて本より謗ずる人人よりも強盛にそしる人人又あまたあり、在世にも善星比丘等は始は信じてありしかども後にすつるのみならず返つて仏をはうじ奉りしゆへに仏も叶い給はず無間地獄にをちにき』

【通解】
そのなかには、もとから誹謗していた人々よりも、かえって強く誹謗する人々もまた多くいる。釈尊の在世にも、善星比丘などは、はじめは信じていたけれども、後に信心を捨てたばかりでなく、かえって仏を誹謗したゆえに、仏の大慈悲をもってしても、いかんともしがたく、無間地獄に堕ちてしまった。

名字の言 "好き嫌い"の次元を超えて 2020年10月1日
仕事で学校給食を作る壮年部員と懇談した。人気メニューはカレーライスやハンバーグが長年、不動の地位だという。一方で「苦手だから」と食べ残しの多いメニューもあると、こぼしていた▼どれも栄養士が、成長期の子らに必要な栄養価や健康面を考慮した献立である。"好き嫌い"はあっても、好きなものばかりを食べていては、頑健な体は養われない。彼は「おいしくなければ食べてもらえない。子どもたちのために、もっと調理の腕を磨かねば」と心に期していた▼以前、街角のアンケート調査で「あなたには親友がいますか?」と聞かれたことがある。苦楽を共にしてきた同志の顔が真っ先に思い浮かび、「います!」と誇らしく答えた記憶がある▼ほかにも、趣味などでつながる友人・知人が数多くいる。気の合う人との時間は楽しい。片や「君のために……」と口にしづらいことを助言してくれ、自身の内面に深い影響を与えてくれる存在もまた、かけがえのない人生の宝である▼単なる"好き嫌い"という次元を超え、互いを高め合い、逆境の時ほどその絆が強固になっていくのが真の友だ。親友はわが心を映してくれる"もう一人の自分"でもある。そうした友と切磋琢磨し合う中で、味わい深く、豊かな人生が築かれていく。(白)

寸鉄 2020年10月1日
信心のくさびに志のあぶらをささせ給いて—御書誓願の祈りで勝利の秋を
学術部の日。民衆厳護の知性の連帯。初心を貫き広布と人生の勝利者に!
青年は絶対に臆病ではいけない—戸田先生。信心は勇気の異名。堂々語れ
高齢者への流感ワクチン優先接種がスタート。重症化を予防と。備え固く
身に覚えのない国際電話に警戒を。詐欺被害が発生と。互いに注意し撃退

〈社説〉 2020・10・1 きょう「学術部の日」
◇「普賢の心」で友に希望を
きょう1日は「学術部の日」。
1972年(昭和47年)10月1日に発行された「大白蓮華」誌上で、池田先生が若き学究と、てい談「生命論」を開始したことが淵源である。
この年は、先生がイギリスの歴史学者トインビー博士と初めて対談し、世界の知性との語らいを大きく広げていく端緒となった年でもある。当時、先生の胸中では"20世紀の残された約30年のうちに、確かな平和への道標を示すためには、さまざまな英知を結集する必要があり、優れた知性との語らい、触発が不可欠である"との構想が練り上げられていた。
人間主義の仏法を基調とし、英知の光彩で平和を希求する連帯を築く師の闘争に続こうと、学術部の友は、それぞれの専門分野で、学識を深めてきた。「言論闘争の勇者」「民衆厳護の要塞」「平和・文化の灯台」「広宣拡大の師子」の4モットーを掲げ、学会活動に全力で挑みながら、学問の最高峰を目指すのが同部の誇りである。
池田先生は、日蓮仏法の真髄を広く社会に示す友を、折あるごとに「普賢菩薩」とたたえ、励ましを送っている。
"普く賢い"智慧を発揮する普賢菩薩は、法華経の会座で、悪世末法において法華経の行者を守護すること、そして、絶対に広宣流布を断絶させないことを誓う。まさに、混迷を深める社会で、広布に生き抜く同志を守り、人々を幸福へと導く学術部の友の姿といえよう。
コロナ禍という未曽有の危機に直面している今ほど、仏法哲学に裏打ちされた知性が光る「妙法の学術者」の活躍が求められている時はない。
人々は日々、膨大な情報にさらされている。その中には、いたずらに不安を増大させるものもある。流行拡大から半年を経て、感染症について、医学的に分かってきたこともあるが、先行きの見えない状況は続く。危機の本質に迫る探究と「正しい知識や情報」を発信する重要性は今後も変わらない。それだけに、仏法の視座を根底に、人類の幸福に寄与する英知が、いや増して求められていくのではないだろうか。閉塞感に覆われた人々の心に、希望と勇気の灯をともす思想を打ち立てる——ここに"創価の普賢菩薩"学術部の使命が光る。
先生は『法華経の智慧』で普賢菩薩について語った。「『普賢』とは『普く』『賢くする』すなわち『一切の人を』『智慧を開かせ、幸福にする』という意味にもとれる。自分が接する一切の人を幸福にしていこう! その気迫が『普賢』の心です」と。民衆の幸福のため、師弟不二の魂を燃やして進む学術部の友に、心からの期待とエールを送りたい。

☆大白蓮華巻頭言2020年10月 創価の地区は幸福の灯台なり
創価の「地区」は、わが地域の「幸福の灯台」である。
友を悩ませる宿命の閤が深ければ深いほど、社会に襲いかかる試練の荒波が厳しければ厳しいほど、いよいよ赫々と、大いなる希望と勇気の光を放って、一人一人の人生行路を正しく力強く、幸と安穏へ導いてきたのだ。
このかけがえのない灯台を、来る日も来る日も厳然と守り抜き、たゆまず輝かせてくださっている地区部長、地区婦人部長をはじめ、最前線の尊きリーダーたちに、私は最敬礼して、ひたぶるに題目を送る日々である。
とりわけコロナ禍にあって、どれほど辛労の連続か。
師・戸田城聖先生が草創の地区部長・地区婦人部長の辛抱強い奮闘を労い、これこそ「忍辱の鎧」を著た真の仏道修行であると讃えられたことが思い起こされる。
日蓮大聖人は、「生死一大事」の「血脈」が流れ通うための要諦を、大きく三点、示しておられる(P1337)。
第一に、「仏」と「妙法」と「我等衆生」の「三つ全差別無し」という大確信の信心である。
第二に、「三世の生死に法華経を離れ切れざる」という不退転の信心である。
そして第三に、「広宣流布の大願」に向かい「自他彼此の心なく水魚の思を成して」いく異体同心の信心である。
この信心の真髄で築き上げてきた、学会の地区である。ゆえに「生死一大事」の「血脈」が満々と流れ通わないわけがない。共に励まし「生老病死」の大海を渡って、一人一人が一生成仏の境涯を共々に勝ち開いていける「常楽我浄」の絶対の安全地帯が、ここにあるのだ。
今、世界のいずこでも分断と孤立に引き裂かれる中、我らの地区は苦労を重ねつつ連携を取り、団結を深め、地域社会の「立正安国」へ聡明なる価値創造を貫いている。
この悪戦苦闘を突き抜けて、人間共和の「蘇生の灯台」がいやまし輝き、地球社会をも照らしゆくに違いない。
さあ、大聖人が任せてくださっている誓願の地区から、あの友もこの家も、勝利と栄光の港へ誘いゆく大光を!

一隅を
 照らす宝光の
  励ましは
 地涌のいのちを
  未来の果てまで

☆〈2020 学会史メモリアル〉 10月
◎10・1「学術部の日」
1972年(昭和47年)10月1日発行の「大白蓮華」誌上での、池田大作先生を中心とした、てい談「生命論」の連載開始が淵源。

◎10・2「世界平和の日」
1960年(昭和35年)10月2日、恩師・戸田城聖先生の構想実現のため、池田先生が初の海外訪問へ出発。本年は60周年の佳節となる。世界広布の第一歩がしるされた記念日が、後に「世界平和の日」となった。※参考資料=小説『新・人間革命』第1巻「旭日」、第24巻「母の詩」

◎10・7「勝利島部の日」
1978年(昭和53年)10月7日、約120の島の友が集った離島本部(当時)の第1回総会を記念して、「離島部の日」が制定。後に「勝利島部の日」となった。※参考資料=『新・人間革命』第28巻「勝利島」

◎10・8「中国・師弟原点の日」
1956年(昭和31年)10月8日、池田先生は岡山を初訪問し、中国方面に広宣流布の第一歩をしるした。

◎10・9「山口開拓指導」開始の日
戸田先生の命を受け、1956年(昭和31年)10月9日、青年部の室長だった池田先生は山口県へ。翌年1月までの計22日間で、当時の山口の会員世帯数を約10倍とする弘教を達成した。※参考資料=小説『人間革命』第11巻「転機」

◎10・12 小説『人間革命』第1巻の単行本発刊55周年
55年前の1965年(昭和40年)1月1日から連載がスタートした小説『人間革命』の単行本が同年10月12日に発刊。

◎10・18「民音創立記念日」
1963年(昭和38年)10月18日に行われた、民主音楽協会(民音)による初の記念演奏会に由来する。※参考資料=『新・人間革命』第8巻「清流」

◎10・24「社会部の日」
1973年(昭和48年)10月24日、職場・職域を同じくする同志が、自身を磨き、互いの成長を図ることを目的に結成された。※参考資料=『新・人間革命』第24巻「灯台」

◎10・29「ガンジー首相との初会見」35周年
1985年(昭和60年)10月29日、池田先生はインドのラジブ・ガンジー首相と初の会見を行った。

◎10・31「マンデラ氏との初会見」30周年
1990年(平成2年)10月31日、池田先生は南アフリカの人権の闘士ネルソン・マンデラ氏と初の会見を行った。

2020年9月30日水曜日

2020.09.30 わが友に贈る

友情は何よりも尊い。
持続の対話を重ねながら
平和の大連帯を築こう!
結び広げた仏縁は
最極の宝珠と光り輝く。

一生成仏抄 P383
『都て一代八万の聖教三世十方の諸仏菩薩も我が心の外に有りとはゆめゆめ思ふべからず、然れば仏教を習ふといへども心性を観ぜざれば全く生死を離るる事なきなり』

【通解】
あらゆる仏教の教えも、そしてそこに説かれるすべての仏や菩薩も、自分の生命のほかにある特別なものであるとは、けっして考えてはなりません。そうであるから、いくら仏教を習うといっても、自分の生命に仏界がそなわっていることを信じなければ、生老病死という人生の苦悩からのがれることはできません。

名字の言 100歳の壮年部員が戦争体験を語るようになった理由 2020年9月30日
「歳を重ねても、何かすることがなければいけない」——障がい児の日本初の教育施設「しいのみ学園」を創設した故・�地三郎氏の言葉だ▼氏は95歳になってから、長寿の秘訣や障がい児教育の感動を伝える講演活動を始めた。時には周囲から"そんな年齢で講演なんて大変ですね"と言われることもあったという。しかし、講演で出会った人々の笑顔が、自身の生きる活力になったと述べている(『106歳を越えて、私がいま伝えたいこと』こう書房)▼島根に100歳の壮年部員がいる。第2次世界大戦後、シベリアに3年間、抑留された。飢餓、極寒の中の重労働。地獄を見た。仲間は次々と息絶えた。帰国後、その過酷な経験を決して口にすることはなかった▼80歳の時、参加した座談会で池田先生の平和闘争を知った。命懸けで中国や、自分を抑留したソ連とも友好を結び、小説『人間革命』『新・人間革命』の執筆を通して、平和を訴え続けてきた行動に、壮年は心から感動した▼壮年は、小・中・高校で戦争体験を語るようになった。真剣なまなざしで、話を聴く児童・生徒に接するたび、決意を固くする。「戦争ほど、悲惨なものはない」——この『人間革命』の一節を、自分の心の叫びを、命の限り訴え続けていく、と。(子)

寸鉄 2020年9月30日
学会青年部の瞳には未来への情熱がある—博士。創立100周年へ誓いの船出
「口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれ」御書。己磨く根本は題目
人間が人間に与える力は無限だ—作家。電話一本、一瞬の出会いも真剣勝負
ウイルス付き不審メール急増。添付文書開くと感染。見知らぬ相手は警戒
自転車の違反行為、最多は信号無視。背景に車両意識の薄さと。規則厳守

☆心に御書を 第75回 進もう!地涌の青年と共に
〈御文〉
『金はやけば弥色まさり剣はとげば弥利くなる・法華経の功徳はほむれば弥功徳まさる、二十八品は正き事はわずかなり讃むる言こそ多く候へと思食すべし』(妙密上人御消息、1241ページ)

〈通解〉
金は、焼けばいよいよ色が良くなり、剣は、研げばいよいよ、よく切れるようになる。法華経の功徳をたたえるならば、ますます功徳が勝っていく。法華経28品は、法理そのものを説くところはわずかである。それをたたえる言葉こそ多くあるということを心得ていきなさい。

〈池田先生が贈る指針〉
万人に具わる仏性を信じ、輝かせる。この太陽の仏法を掲げ、世界へ踏み出して60星霜。
御書の通り、眼前の一人を誠実に敬い励ます対話から、壮大な世界広宣流布が広がった。
今、地涌の若人が澎湃と躍り出る不思議な時である。試練の時代に挑む奮闘を、最大に尊敬し、賞讃したい。皆で「弥功徳まさる」の実証を!

2020年9月29日火曜日

2020.09.29 わが友に贈る

多忙の中にあっても
読書と思索のいとまを!
寸暇を惜しんで学びゆく
向上の人に限界はない。
徹して自分を磨こう!

上野殿御返事 P1579
『一切の事は国により時による事なり、仏法は此の道理をわきまうべきにて候』

【通解】
一切のことは、国により、時によることである。仏法は、この道理を必ずわきまえていくべきである。

名字の言 アメリカの寝台列車での出来事 2020年9月29日
国際的な人道支援活動に力を注いだ犬養道子氏。彼女は戦後間もない頃、留学先のアメリカで結核を患った。療養のため、カリフォルニアの結核療養所に入院することに▼滞在していたニューヨークからの移動は、特急の寝台列車で4泊5日を要した。療養所の最寄り駅は、終点の手前の駅。特急は停車しないため、終点からバスの移動を予定していた。ところが、終点に近づく前、緊急停車する車内アナウンスが流れた▼彼女の容体を心配した乗務員たちが、鉄道省本部に療養所の最寄り駅で停車する了承をもらっていたのである。下車する彼女に、乗客たちは次々と励ましの言葉を掛けた。療養所の彼女のもとに、「あの列車の一乗客より」と記されたプレゼントが届くこともあった(『アメリカン・アメリカ』文藝春秋)▼この出来事は、乗務員たちが苦しむ彼女に寄り添うことから始まった。その真心は、乗客たちの心も動かした。思いやりは、目の前の人を勇気づけるだけでなく、周囲に支え合う心を広げる。心を打つのは、どこまでも心だ▼御書に「日蓮は・なかねども・なみだひまなし」(1361ページ)と。コロナ禍の今、他者の痛みに同苦する心を持ちたい。その"ぬくもり"が、温かな社会を築き上げていくと信じる。(嶺)

寸鉄 2020年9月29日
御書「自然に身を益す」偉大な妙法。強盛な祈りと勇敢な実践に福徳爛漫
埼玉青年部の日。鉄桶の団結は無敵。師弟直結の誇りも高く勝利へ前進!
青年の意気と力は世界の歴史を変える—戸田先生君よ使命の舞台で乱舞を
我々の歩みは常に前に向かっていないといけない—首相。さあ11・18へ加速
「日中国交正常化の日」。民衆交流の「金の橋」こそ万代に続く平和の礎なり

☆随筆「人間革命」光あれ 永遠の師弟旅を共に 2020年9月22日
◇世界広宣流布へ大いなる誓火を掲げて
秋の彼岸にあたって、私は妻と勤行・唱題し、広宣流布の聖業に連なる全ての方々の追善回向を懇ろに行った。さらに、社会に災難が打ち続く渦中であり、全宝友の無事安穏を強盛に祈念した。
御本仏は宣言された。
「妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけ(魁)したり、わたうども(和党共)二陣三陣つづきて迦葉・阿難にも勝ぐれ天台・伝教にもこへよかし」(御書九一〇ページ)
この日蓮大聖人の「一閻浮提広宣流布」という「人類の幸福・世界の平和」の大誓願を師弟の誓いとして、一九三〇年(昭和五年)十一月十八日、初代・牧口常三郎先生と二代・戸田城聖先生は、創価学会を創立された。
それから三十年後の十月二日、先師・恩師と不二の誓いを掲げ、私は世界への師弟旅に出発した。
東西冷戦下に、「人類の宿命転換」という遠大な未来図を描きつつ、アメリカで、カナダで、ブラジルで、苦悩に喘ぐ庶民の人間群に飛び込んでいったのである。
孤独と失意の境遇で、悲嘆にくれる母がいた。
仕事の失敗の連続で、立ちつくす父がいた。
私は祈りを込め、その一人ひとりの命の奥底から「地涌の菩薩」の誓いを呼び覚ましていった。
私たちは、日蓮仏法の祈りは「誓願」の唱題であると語り合った。
すなわち、自らの「人間革命」と、わが縁深き天地の「広宣流布」の誓いを立て、そのために最大の力を発揮できるよう題目を唱える。この信力から智慧を湧かし、創意と努力を重ね、勝利の実証を示すのだ。不屈の行力であきらめの壁を破り、「宿命」をも「使命」に変えていくのだ。
それは、いわゆる"棚からボタモチ"の利益を欲し、また祈願を聖職者頼みにする、"おすがり信仰"を一変させる革命でもあった。
誓願とは"自ら発す"ものだ。生命内奥から烈々と響かせゆく誓願の題目こそ、元品の無明を打ち破り元品の法性を顕す音声といってよい。 
世界広布への第一歩から六十星霜。「誓願の題目」は地球という星を大きく強く包んでいる。
そして今、全世界の青年と共々に「広布の誓火」を赤々と燃え上がらせ、新たな師弟旅へ出発する時を迎えたのだ。

◇地涌の負けじ魂
思えば、法華経の会座は、釈尊に対して弟子がそれぞれに妙法の弘通を誓う「師弟の誓願」に貫かれている。
「一切衆生の成仏」という仏の大願を、自らの誓いとする生命にこそ、「仏界」の智慧と力が脈々と涌現するのである。
なかんずく地涌の菩薩は、「六難九易」さらに「三類の強敵」が説かれ、末法の広宣流布が難事中の難事であることを明かされた上で、決然と、また悠然と誓願を起こす。
七十五年前、戸田先生は法難で獄死された牧口先生の遺志を継ぎ、「地涌の負けじ魂」を滾らせて、出獄された。
そして——
「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」
「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(同二三二ページ)との「開目抄」の仰せのまま、「大法弘通」に挑み抜かれたのである。
これが仏意仏勅の学会精神である。
「慈折広宣流布」に生きる創価の地涌の陣列は、まさしく時空を超えて、三世十方の仏菩薩と壮大につながりながら、何ものをも恐れぬ最強無敵の境涯で誓いを果たしゆくのだ。

◇青年を先頭に 前進また前進!
◇華陽の友の「声」
過日、聖教新聞に投稿されていた華陽の乙女の「声」を、妻が感動を込めて語ってくれた。
一九五二年(昭和二十七年)の八月、私が関西初訪問の折に出席した堺市内の座談会で、曽祖母が入会を決意された歴史が綴られていた。
あの座談会は、私にとっても忘れ得ぬ関西での初陣であった。師匠・戸田先生の偉大さを語り、肺病を乗り越えた自身の体験を紹介した。さらに、この仏法が必ず全世界に弘まること、やがて「創価教育」の学校を建設することも訴えた。
広布の語らいは、どんな小さな会座も「仏種」を芽吹かせる幸の縁となり、宝珠と輝く「今生人界の思出」(御書四六七ページ)となる。
聖教への投稿にも、曽祖母を源流として四世代が営々と師弟共戦の道を歩み、今、後継の乙女が「世界青年部総会」へ異体同心の信心で前進しているとあった。
草創の父母たちが言い知れぬ悪戦苦闘に歯を食いしばり、「負けたらあかん!」と貫き通してきた誓いを、宝の青年が継承している。そしてコロナ禍の苦難に立ち向かい、若き広宣の世界市民の熱と力で常勝新時代の価値創造に挑んでいるのだ。
「世界青年部総会」では、若人たちがオンラインで五大州の友を結んで、"霊山一会"さながらの地涌の大連帯の会座が現出する。
身体的、地理的な距離を飛び越えて、人と人を結合するものは何か。それは宇宙をも包み返す、無限の可能性を秘めた生命の広大な一念である。
あの人を励ましたいという真剣な情熱、この人と心を通わせたいという誠実の対話ほど、強く尊いものはない。幸福を願う随縁真如の智が、必ず命を結ぶ道を開くのだ。
幾歳月を超え、幾世代を超え、さらには国境も超えて広布誓願のバトンをつなぎ、この青き地球の大空に希望の虹を懸けゆく挑戦である。二十一世紀を担い立つ青年部が"負けじ魂ここにあり!"と胸を張って、創立百周年の勝利の因を刻みゆく実験証明と讃えたい。

◇「立正安世界」へ 平和の柱・教育の眼目・文化の大船たれ
私が世界へ踏み出した一九六〇年(昭和三十五年)は、奇しくも「立正安国論」の諫暁から七百年の節目である。それは、いわば「立正安世界」への師弟旅の始まりともなった。文明も人種も宗教も超え、「四表の静謐」(同三一ページ)へ地球民族を結ぶ対話を重ね、民衆と民衆の心に揺るがぬ信頼の橋を築いてきたのだ。
その中で友情を結んだローマクラブの創立者、アウレリオ・ペッチェイ博士との語らいも蘇る。
地球環境の危機にいち早く警鐘を鳴らした博士であったが、人類の未来を決して悲観していなかった。なぜか。無尽蔵の可能性を備えた宝庫として「人間」自身に注目していたからである。
博士は、私との対話の中で、人類の奥深い潜在力を開発する「人間革命」こそが、地球社会の前進をもたらすことを確信されていたのである。
そして嬉しいことに、南アフリカ出身で、現・ローマクラブ共同会長のマンペラ・ランペレ博士が聖教新聞の取材に応え、今日の地球的危機を乗り越え、"「新たな人類文明」を創出する鍵は「人間革命」である"と強調されていた(九月十七日付)。ペッチェイ博士も、志を継ぐランペレ博士も、共に青年に希望を託しておられる。
今、全世界の青年部が、国連を中心に多くの団体と連帯し、SDGs(持続可能な開発目標)の達成に挑み、「平和の柱」「教育の眼目」「文化の大船」として行動しゆく姿を、両博士もさぞかし喜んでくださるに違いない。

◇さあ出発しよう!
新たに誕生した「世界青年部歌」には——、「さあ 共に出発しよう! 命ある限り戦おう! 前へ 前へ 前へ」と謳い上げられている。
法華経にも、「前進」と記されている。
——険難悪道を越える長旅に疲れ果て、あきらめて引き返そうとする人びとに、一人のリーダーが聡明な指揮を執って、身近に到達可能な目標(化城)を示し、皆に歓喜と休息を与えた。そして活力を回復させながら、力強く呼びかけるのだ。
「汝等は当に前進むべし」(創価学会版法華経三二〇ページ)——共々に、本来の目的地である宝処(成仏の境涯)へ今再び出発しよう!と。
大聖人は、この譬えを通して「日蓮に共する時は宝処に至る可し」(御書七三四ページ)と、厳然と仰せくださっている。
「法華経の命を継ぐ」青年たちと共に前進する喜びに勝るものはない。

◇「誓」を君たちに
一九八五年(昭和六十年)の十月、中部の三重研修道場を訪れた時、若人たちが手づくりで研修のための「青年塾」を設けてくれていた。
そこで、「道」「師弟山」などの書と共に、私が感謝を込めて認めた一枚が「誓」である。
この書を、今、総決起した世界の青年部・未来部に贈りたい。
「誓」は翼なり——
誓いを立てる時、最も誇り高き「青春の飛翔」が始まる。
「誓」は道なり——
誓いを結び合う時、最も美しき「人間の連帯」が広がる。
「誓」は光なり——
誓いを果たしゆく時、最も荘厳な「生命の太陽」が未来を照らすのだ。
わが不二の愛弟子が、一人ももれなく、不退の「誓」に生き抜いて、最極の幸福栄光を勝ち取る前途を、私は信じ祈っている。創価の師弟共戦の旅に、生命の勝ち鬨が轟き渡ることは絶対に間違いないからだ。

2020年9月28日月曜日

2020.09.28 わが友に贈る

◇今週のことば
「時に感じて此の法門
広宣流布するなり」
地涌の青年群が立った。
みなが「青春」の命で
新たな挑戦と開拓を!
2020年9月28日

佐渡御書 P958
『鉄は炎打てば剣となる賢聖は罵詈して試みるなるべし』

【通解】
鉄は、炎に入れ熱して打てば剣となる。賢人、聖人は罵ってみて真価が試されるものである。

名字の言 万人尊敬の行動を貫いた常不軽菩薩 2020年9月28日
動詞で「〜される」などの受動態を多用すると、文章が弱々しく、まわりくどく、煩雑になる——アメリカの作家スティーヴン・キング氏が指南している。「自信を持ち、能動態でどんどん書き進めていけばいい。それで何も問題はない」と(『書くことについて』田村義進訳、小学館文庫)▼法華経に、常不軽菩薩という名の菩薩が登場する。鳩摩羅什の訳では「常に(人を)軽んじなかった」菩薩。一方、サンスクリット(古代インドの文章語)では、反対に「常に(人から)軽んじられた」の意味だったという▼常不軽は自分がいくら軽蔑されても、人々に「我は深く汝等を敬い、敢えて軽慢せず」と説いた。その行動こそ、人々を「軽んじない」万人尊敬の教えそのものである。常不軽を能動の菩薩として捉えることで、法華経の模範の修行者としての姿が浮き彫りになる▼いかなる分野でも、受け身の姿勢では大事を成し遂げることはできまい。傍観者ではなく、主体者として立ち上がる一念の変革に、人間革命の鍵もある。大切なのは、自ら目標を決めること。そして、達成に向けて祈り、動くことだ▼「創価」には「価値を創造する」との意味が込められている。その名が示す通り、自発能動の生き方を貫いていきたい。(値)

寸鉄 2020年9月28日
人と語るとは結び合うということだ—恩師。分断から調和へ我らの対話で
群馬県婦人部の日。人材王国照らす希望の太陽!地域に励ましの光を益々
「困難が大なれば大なるほど栄光は大なり」哲人。祈り貫き変毒為薬の劇を
高齢者の長期外出自粛で介護リスクは大と。3密避けて体動かす習慣賢く
秋は夏の疲れで食中毒になりやすい時季。手洗い・加熱調理等、予防を徹底

☆第3代会長就任60周年記念 広布史アルバム 第9回 不滅の「九州縦断指導」
◇新しい時代の夜明けを告げよ
〈1990年(平成2年)9月22日、韓国初訪問を終えた池田先生は、福岡空港に到着。九州縦断の激励行を開始した。
先生は福岡、佐賀、熊本を訪問後、29日に鹿児島へ。この時、九州には台風が接近していた。しかし、先生は「青年が待っているから」と、鹿児島行きを断行。到着後、嵐は過ぎ去り、美しい夕焼けが広がった。
翌30日、鹿児島・霧島の九州研修道場(当時)での全国男子青年部幹部会。先生は、九州青年部の奮闘を心からたたえた〉

一番苦労した人こそが、一番成長するし、境涯を大きく開くことができる。それが信心である。また人生の真髄である。いささかの無駄もない。
九州青年部の諸君は、そのことを、自らの雄姿で、きちんと証明してくれた。これからも、いよいよ、日本一、世界一の青年部を築いていっていただきたい。

広布における苦難は、すべてが青春の勲章であり、魂の誇りである。
見栄を張り、はったりや小細工をして、いつまでも心の決まらない青年が、どうして本当の人生を生きることができようか。
世界は今や「民主」と「人間」の時代に向かっているが、まだまだ多くの難問をかかえ、新たな希望の道を模索しつつある。
そのなかにあって、妙法を受持した諸君こそ、時代の夜明けを告げ、世界に人間主義の"新しい朝"をつくりゆく使命の人である。そのことを深く自覚しなくてはならない。

〈11日間の九州縦断指導の最終日となる10月2日、先生は"九州は今の5倍の力を発揮できる。大九州城をつくろう"と。10・2「世界平和の日」30周年という意義深き日に、師が未来を見つめ、万感の期待を寄せた先駆の天地——それが、九州である〉

13年ぶりの佐賀訪問で、池田先生が友と語らう(1990年〈平成2年〉9月24日、佐賀文化会館で)。勤行会では、「ここに見えていない方にもお題目を送りました」と、佐賀の同志一人一人を包み込むように励ました。また、「あの道に また この道に 手を振りし 真心こもる 友らを忘れじ」など3首の和歌を、佐賀の同志に詠み贈った
池田先生は熊本平和会館を初訪問(同年9月27日)。到着して早速、メンバーと記念植樹を。散策しながら、"決して背伸びをする必要はない"など、広布のリーダーの在り方について語り、どこまでも師弟の道を真っすぐに歩んでいく大切さを強調した
「お母さんを大切に」——鹿児島・霧島の九州研修道場(当時)のロビーで、鹿児島と宮崎の未来部の代表を激励する池田先生(同年9月30日)。この日、研修道場には、人形や郷土マップなど、同志の真心の展示物が並んだ。先生は一つ一つを丹念に見学し、友の陰の労苦をたたえた

2020年9月27日日曜日

2020.09.27 わが友に贈る

若き日の「誓い」は
一生涯の羅針盤となる。
今日という一日を原点に
新時代の師弟共戦の旅へ
勇敢に出発しよう!

御義口伝巻下 P781
『法華経を持ち奉る処を当詣道場と云うなり此を去つて彼に行くには非ざるなり』

【通解】
法華経を受持する所を「当詣道場」というのである。この娑婆世界を去って、極楽浄土等の他の国土へ行くことではない。

名字の言 松本清張氏が語った"作家の条件" 2020年9月27日
作家の松本清張氏が、取材で海外を訪れた時のこと。途中、目的地への飛行機が飛ばず、連日にわたって足止めされた▼ホテルで待機の日が続く。抱える連載が数本あるが、手元には原稿用紙がない。同行の編集者が機転を利かせ、ホテルに備え付けのレター用紙にマス目を引き、手作りの原稿用紙が完成した▼その束を手に松本氏の部屋へ。すると氏が振り返り、「きみ、作家の条件って、なんだと思う?」と。編集者の「才能でしょう」との答えに氏は言った。「ちがう。原稿用紙を置いた机の前に、どれくらい長くすわっていられるかというその忍耐力さ」。翌日も翌々日も、氏は部屋にこもり、じっと机に向かっていたという(『松本清張の世界』文春文庫)▼人生は予期せぬ出来事の連続ともいえる。苦境の打開に奔走していても、その場で足踏みをしているような、焦燥感に駆られることもある。しかし、どんな長編小説も一枚一枚の原稿の積み重ねであるように、挑戦の一歩一歩が、未来を着実に開いていく▼御聖訓に「未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき」(御書1086ページ)と。悩みや苦しみにも、"負けない"と歯を食いしばって前進する"わが勝利の物語"の一ページを、きょうもつづり残したい。(価)

寸鉄 2020年9月27日
きょう世界青年部総会。広布の息吹をわが地域の後継にも!最後まで応援
苦しい事があっても明朗であれ—戸田先生。強き楽観主義に勝利の突破口
熊本女性の日。婦女一体で励ましの連帯を拡大!火の国の同志は不撓不屈
流感患者は昨年の千分の一。対策が奏功とも。引き続きマスク着用、手洗い
強盗被害急増。点検・宅配等装い家に侵入と。ドアチェーン活用等、隙なく

〈社説〉 2020・9・27 あす「世界聖教会館」訪問1周年
希望と勇気を 読者のもとへ!
昨年の9月28日、池田先生ご夫妻が竣工間もない世界聖教会館を初訪問した。あすは、訪問から1周年の佳節となる。
また同日は、1970年(昭和45年)に、かつての聖教新聞本社屋が落成した日でもある。約50年の歳月を経て結ばれた"二つの9月28日"について池田先生は、随筆の中でつづった。
「半世紀を経た今、再び新たな人間革命の心で、新たな前進の『希望』と新たな前進の『勇気』を送っていきたい」
続く11月12日には「聖教電子版」がスタート。世界同時進行の広布伸展を伝える体制が整った。そして11月18日に合わせ、世界聖教会館が開館したのである。
この時は、新型コロナウイルスの世界的大流行など思いも寄らなかった。もしも世界聖教会館の完成が数カ月でもずれていたら、本社の移転作業等もままならなかった。全国、全世界の同志の深い祈りに包まれて、聖教新聞は、コロナ禍との闘いに挑むことができたのである。
日蓮大聖人は「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(御書31ページ)と、社会の繁栄、平和への貢献が仏法者の使命であることを叫ばれた。
また「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(同1598ページ)と仰せの通り、仏法は、「人のため」に行動する時、自分自身の生命の泉も蘇生していくことを教えている。
感染症の拡大によって、あらゆることが分断の危機にさらされた。その中にあって、利己主義を乗り越え、「利他の精神」で支え合っていくための哲学と実践を、聖教新聞は日々、発信してきた。
とりわけ、青年部の代表と医学者とのオンライン会議の模様を紹介した記事や、識者のインタビュー、体験記事を通して、試練を生き抜くための視点を提供する企画「危機の時代を生きる」は、読者から好評を得た。「世界の友は今」と題した連載は、コロナ禍と闘いつつ、粘り強く広布の歩みを進める海外メンバーの姿を克明に伝えてきた。
この間、未曽有の苦難にも耐え、朗らかに配達を続けてくださった「無冠の友」の皆さま、さらに通信員、新聞長をはじめ、本紙を支える関係者の皆さまに心からの敬意と感謝をささげたい。
50年前の「9・28」の歴史に言及した小説『新・人間革命』第14巻「大河」の章で先生は、"私も、皆の先頭に立って戦おう。広宣流布という言論戦の砦たる聖教新聞に、生涯、一通信員、一記者のつもりで、原稿を書いて書いて、書きまくろう"と万感の思いをしたためた。
今なお変わらぬ師の決意と行動に学び、新たな希望と勇気を届ける紙面作りに全力で取り組んでまいりたい。

☆3代会長就任60周年記念 広布史アルバム 第3回 昭和35年5月
◇私は進む! 私は戦う!
全生命
 賭して 指揮執る
  時 来り
 広宣流布の
  陣頭 我なり

〈1960年(昭和35年)5月3日、第3代会長就任のその日、池田先生は詠んだ。
この歌の決意のままに、先生は就任5日後の5月8日に関西総支部幹部会に出席したのをはじめ、旭日の勢いで各地を回り、同年末までに全方面を訪れている。
先生は行く先々で、メンバーの輪の中に飛び込んだ。
どこまでも会員を大切に——その行動は、就任当初から一貫して変わらない。
池田先生は、会長就任50年となる2010年のスピーチでこう振り返った〉

50年前の昭和35年5月6日。第3代会長に就任して、初めて関西へ向かう前、私は日記に書いた。
「一人ひとりに、親しく接しよう。一人ひとりと語り、論じ、そして、生涯、苦楽を共にしてもらおう。これが私の信条だ。
私は進む。私は戦う。私は苦しむ。
如来の使い、大衆の味方の誉れ高き、無冠の勇者として」
愛する同志を仏のごとく大切にし、自分が犠牲となって苦しんでいく。この一念で戦い続けたゆえに、この50年の、奇跡の大発展がある。

学会は、庶民の王者の集まりだ。
広布へ戦う人こそが最も偉大である。
その人を「軽んじてはならない」「蔑んではならない」と、大聖人は厳命された(御書342ページ、趣意)。
誰に対しても、恐れる必要などない。皆、同じ人間である。我らは胸を張って正義を叫び、新しい時代を開きたい。

「この旗は、折伏の旗印です」「しっかり戦ってください!」——関西総支部幹部会の席上、真剣なまなざしで支部旗を授与する池田先生(1960年〈昭和35年〉5月8日、大阪府立体育会館で)。会長就任後、初の地方指導は、同志と苦楽を共にした関西からスタートした。教学の研鑽などに力を入れ、幸福の連帯で人材の大城を築いていこうと訴えた。

鶴見・京浜・横浜の3支部合同幹部会(同年5月17日、神奈川・川崎市内で)。鶴見方面は、恩師の事業が最も苦境にあった時期に、池田先生が奮闘した地。先生は当時を述懐しつつ、苦難の時に信心を貫く重要性を強調し、師子王の心で前進しようと呼び掛けた。

北海道総支部幹部会終了後、会場に入れなかった同志を激励(同年5月22日、札幌市内で)。幹部会では、「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(御書1132ページ)の御文を拝し、強い信心で題目を唱え切って宿命転換をと望んだ。

2020年9月26日土曜日

2020.09.26 わが友に贈る

栄光の決勝点へ
友に希望を送りゆく
「もう一歩」の挑戦を!
自分自身に勝つことだ。
執念の劇をつづろう!

聖人知三世事 P974
『我が弟子等之を存知せよ日蓮は是れ法華経の行者なり不軽の跡を紹継するの故に軽毀する人は頭七分に破信ずる者は福を安明に積まん』

【通解】
また我が弟子達もこのことをよく知って欲しい。日蓮こそまさしくこの末法にあって法華経の行者なのである。不軽菩薩の跡を承継する法華経の行者であるゆえに、軽しめたり毀ったりする人は頭が七分に破れ、信ずる者は福徳を須弥山のように積むのである。

名字の言 卓球の日本代表・水谷隼選手の復活劇 2020年9月26日
東京五輪の卓球団体などの日本代表に選出されている水谷隼選手。前回のリオ五輪でのメダルの獲得は、どん底からの復活劇だった。ルールや道具が変更になったことで、卓球の「高速化」が進み、その変化に対応できずにいた▼"水谷は終わった"ともいわれた。しかし、彼は周囲の否定的な意見に負けなかった。自らの卓球スタイルの変更を決断し、男子選手では異例の個人コーチと契約を結んだ。ロシアリーグにも参戦。あえて環境を変化させて、自身の技術を磨いた。その執念が、五輪の復活劇へとつながった▼水谷選手は述べている。「同じことをやっていけばいいと思った時点で、それは退化していることと同じ」「長くトップを維持するということは、時代の変化に適応していくということ」(『卓球王 水谷隼 終わりなき戦略』卓球王国)▼周囲の評価や環境の変化を理由に、"自分はもうダメだ"と諦めるのは簡単だ。だが、成長はそこで止まる。どんな時も自身の可能性を信じて挑戦を貫けば、必ず新しい自分が見つかる▼コロナ禍が社会を変化させつつある中で、それに適応するには大変な労力を要する。しかし、だからこそ、自分らしく、粘り強く前進を続けたい。不断の努力の人に、"人生の金メダル"は輝く。(巍)

寸鉄 2020年9月26日
学会は永遠に人材の城でいこう—戸田先生。青年の成長こそ日本の未来と
一つの種も「植えぬれば多くとなり」御書。勇気、誠実で眼前の一人に語れ
他人を援助する事で自分自身が益す—詩人。自他共の幸福へ、励まし拡大
核兵器の全面的廃絶のための国際デー。恩師の遺訓を後継の若人が世界へ
日没が早まる時季。交通事故は夕暮れに多発と。早めの点灯等、用心固く

☆第3代会長就任60周年記念 広布史アルバム 第2回 昭和55年5月の激励
◇今こそ信心修行の労苦を忘れるな!
一人の胸中に信心の灯をともす。
青年を育て、希望の未来を開く。
いついかなる時も、池田先生の行動は、「励まし」という一点に貫かれている。
会長就任20周年となる1980年(昭和55年)5月もそうだった。
第5次訪中を終えた池田先生は、4月30日に長崎から福岡へ向かい、大阪、愛知、岐阜、静岡、神奈川を駆け巡った。
宗門の悪侶と退転・反逆者らによる、師弟の絆を分断しようとする謀略の嵐が吹き荒れていた。行動を制限されていた中で、それでも先生は一人一人に励ましを送っていった。
ある時は、ピアノを奏で、友の勇気を鼓舞した。電車での移動中、通過する駅のホームに駆け付けた同志へ、窓ごしに懸命に手を振った。行事の役員を務める青年に声を掛け、未来部の子どもたちを温かく包み込んだ。また、功労者宅を訪ね、懇談を重ねた——。
静岡では、会館の大広間で、正義の青年たちと語り合った。先生は当時の思いを、随筆に記している。
 
聖教新聞の記者が、ぜひ写真を掲載したいと言ってきた。当時は、それさえも戦いであった。聖教に載った私の写真が大きすぎる等々、宗門から、幼稚な、陰険な苦情があったからである。
私は、凜々しき青年たちと一緒に写真に納まった。この一枚の写真で、わが同志を元気づけるのだ!
それは、激しき権威の宗門との攻防戦のなかでの知恵であった。
私は、記念撮影に続いて、青年たちと勤行したあと、強く語った。
「今こそ、信心修行の労苦を忘れるな!」
「広宣流布に生き抜く『身軽法重』の精神を忘れるな!」
そして、「社会と職場で勝利者たれ!」と。
二百畳を超える大広間で、五十人ほどの青年との、ごく短時間の、小さな懇談会であった。真剣な語らいのなかから、たった一人でもよい、身命を惜しまず、獅子となって立ち上がる丈夫をつくることを願った。
一人立つ勇者さえあれば、必ず二陣、三陣と続くことは間違いないからだ。
 
あれから40星霜——。苦難の時に結ばれた絆は、今も同志の心の中で、勇気と希望の光彩を放ち続けている。

◇大阪
5・5「創価学会後継者の日」に、未来部と思い出のひとときを刻む(1980年、大阪・関西文化会館で)。7日間にわたった大阪滞在中、7万人以上の友を激励。「何があっても、共に戦おう。何があっても、学会は勝ち抜こう」と固く約し合った

◇岐阜
岐阜・各務原文化会館で約1000人の友を激励。「一人残らず、栄冠の幸せの人生を勝ち取ってもらいたい」と語り、ピアノで「荒城の月」「夕焼け小焼け」「人生の並木路」など5曲を演奏した(1980年〈昭和55年〉5月11日)。名古屋から始まった5日間の中部指導で、110回の記念撮影を行った

◇静岡
「次は、静岡に行こう! 青年に会おう! 静岡から、反転攻勢を開始するんだ」——静岡文化会館(当時)で、男子部のリーダーたちと真剣な語らい(1980年5月12日)。池田先生は翌日、静岡の同志に語った。「信心の目的は、一生成仏にある! 永遠に崩れざる巌窟王のごとき、善の不滅の生命を築くことだ。ゆえに信心は強盛でなくてはならない」

◇四国
横浜港で、愛媛の同志を見送る(1980年5月20日)。この年、四国の友を乗せた客船「さんふらわあ7」号は1月と5月、計3回にわたって池田先生のもとへ。先生は「一番大変な時に、まっ先に私のもとに来てくださったのが四国の方だった」「あの光景を一生涯、忘れることはない」と

2020年9月25日金曜日

2020.09.25 わが友に贈る

いよいよの信心こそ
学会精神の真髄だ。
「さあ今日から!」
「自分の殻を破ろう!」
その一念が勝利を開く。

兄弟抄 P1088
『始は信じてありしかども世間のをそろしさにすつる人人かずをしらず』

【通解】
はじめは信じていたのに、世間の迫害が恐ろしくて、信心を捨てた人は数知れない。

名字の言 陰で尽くす人に心からの感謝を 2020年9月25日
日蓮大聖人が門下にしたためられた手紙は、御供養に対する礼状が多い。手紙の冒頭で、寄せられた御供養の品々を列記されては門下に感謝し、その純粋な志のまま、信心を貫くよう励まされている▼同志と御書を研さんした時のこと。便利な流通手段のない鎌倉時代に、幾度も御供養を届けた門下の真心と、実際に運んだ使いの者に話題が及んだ。その際、新入会の壮年が一言。「使者たちも、それはそれは素晴らしい仕事をしましたね」。その場の皆が"確かにその通りだ"とうなずいた▼以前、遠い離島に住む婦人の読者からはがきを頂いた。そこには紙面の感想のほか、病に負けない自身の決意がつづられていた。"元気になってほしい"と思いつつ、返信した▼しばらくして、再び便りが来た。今は病を完治させ、はつらつと島の広布に走っているとのこと。思えば、はるかな地に暮らす同志と、書面で心通わせることができたのも、郵便に携わる多くの存在があったからだ▼誰かのおかげで成り立つ物事を、"当たり前"と思ってしまえば、陰で尽くしてくれた人の存在を察知することはできない。たとえ直接会わなくても、そうした人たちへの感謝を忘れないために、"心のサーチライト"を磨き続ける日々でありたい。(白)

寸鉄 2020年9月25日
青年部総会へ世界の友が総力。歴史的集いへ、皆で最後まで激励の声掛けを
「今既に時来れり」御書。後継よ力強く走り抜け!時を逃さぬ人こそ勝利者
「声は第二の顔」作家。相手を思う真剣な言葉は必ず心に届く。祈り込め
寒暖差激しく。体調管理の鍵は賢い食事・睡眠。手洗い・嗽も緩みなく。
在宅確認する電話の後で家に押し掛ける「アポ電」強盗多発。共に厳重警戒

〈社説〉 2020・9・25 恩師の「青年訓」から69年
◇師弟一体の闘争で勝利劇を!
世界青年部総会まで、あと2日。世界の青年が今、"広布の誓火"を赤々と燃やしながら、各地で対話と結集に奔走している。オンライン空間で、世界の友が一堂に会する歴史的な集い。一人でも多くの青年部・未来部の友と、広布後継の誓いの出発を切る総会としたい。
「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」
この鮮烈な一節から始まる「青年訓」を戸田先生が執筆したのは、69年前の1951年(昭和26年)9月28日。「青年訓」は、2カ月前に結成されたばかりの男女青年部、なかんずく班長に贈られた。その一人が、若き池田先生だった。
先生はかつて、随筆に当時の真情をつづっている。
"広布の主体者は我なり。この「青年訓」は自分にいただいた指針だ!"
"戸田先生からお預かりした、わが班員を、自分以上の人材に成長させよう! 池田班を、2倍、3倍、10倍と拡大していくのだ!"
先生は当時、戸田先生が顧問を務める会社で営業部長の重責を担っていた。帰宅は連日、深夜。微熱にさいなまれ、体調は芳しくない日々だった。会合に出られない日が続くと、「池田は退転だよ!」と言い放つ幹部までいた。
しかし、池田班長の広布の大情熱が、決して消えることはなかった。
"どんなに苦しくとも、つらくとも、必ず勝ってみせる!"——常にはがきと便箋を持ち歩き、寸暇を惜しんで友への激励のペンを走らせた。祈りで智慧を湧かせ、工夫を重ねながら、個人指導や折伏に走り抜いた。
部員10人で出発した池田班は、半年で3倍以上に拡大。22ある班の中、全男子部員の約1割を占める大班に発展した。
その原動力は、何であったか。
池田先生は述懐している。「私にとっては、師弟一体で戦うことが、師の『青年訓』を身で読むことであった」と。
「師弟一体の闘争」——ここにこそ、青年の熱と力を呼び起こす源泉がある。師との誓いを、断じて果たさずにはおかないという真剣勝負の闘争の中で、無限の力と智慧が開花するのだ。
「青年訓」に、広宣流布の運動は「衆生を愛さなくてはならぬ戦い」「仏の慈悲の境地を会得する、人間革命の戦い」ともつづられている。
一人を大切にし、苦悩を分かち合い、次々と広布への誓いの火をともしゆく挑戦は、全て自身の人間革命と、未来の飛躍への糧となる。
若き池田先生の闘争に学び、徹底して友に励ましを送りゆこう。青年が一人立つ時、新たな勝利の劇が始まる。

☆いのちの賛歌 心に刻む一節 生死と向き合う 挑み、勝つことが人生 2020年9月15日
企画「いのちの賛歌 心に刻む一節」では、御聖訓を胸に、宿命に立ち向かってきた創価学会員の体験を紹介するとともに、池田先生の指導選集『幸福と平和を創る智慧』(以下、「指導選集」)の指導を掲載する。今回は「生死と向き合う」をテーマに、神奈川県の壮年に話を聞いた。

◇御文
『今日蓮等の類いの修行は妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり』(御義口伝、750ページ)

◇通解
いま日蓮と門下が妙法蓮華経を修行するのに、難が襲ってくることをもって、安楽であると心得るべきである。

◇2人の幼子を遺して
17年前の1月、新保貴史さん(58)=栄区総合長=の妻・美香さんは、霊山へ旅立った。その1年後、池田先生から激励の和歌が届いた。
「荒れ狂う/怒涛に挑みて/偉大なる/我らの勝利は/晴れ晴れ来たらむ」
      ◇
美香さんが「乳がん」を宣告されたのは、2人目の娘が生まれて1年後のことだった。
「妻は当時34歳。娘は3歳と1歳で、子育ても人生もこれからという時。あまりの現実に、がくぜんとしました。ともかく絶対に病魔を打ち破ってみせると、夫婦で祈りました」
やがて、手術で腫瘍を摘出することができ、平穏な日常を取り戻した。ところが手術から3年後、がんが再発した。
「腫瘍は、どんどん転移していって。それでも妻は常に前向きでしたが、病気の進行とともに出歩くことも難しくなっていきました」
"自分が強くならなくては"。新保さんは懸命に御本尊に向かい続けた。
再発から3年が過ぎた2003年1月22日、美香さんはとうとう集中治療室へ。
付き添った新保さんは、病室で横たわる美香さんと一緒に題目を唱えた。美香さんの声が途切れた後も、新保さんは祈り続けた。必ずよくなる。そう信じて。
翌23日の明け方、そのまま美香さんは眠るように息を引き取った。1週間前に40歳の誕生日を祝ったばかりだった。
帰りの車中、心が乱れ、涙があふれた。
帰宅した新保さんは、小学生の2人の娘に、しぼり出すように言った。「お母さん、亡くなったよ」。大声で泣きだした娘たちをぎゅっと抱き締め、一緒に泣いた。
葬儀を終えると、日常に戻された。
"自分一人で、2人の娘を育て上げることができるのか"との不安が込み上げた。
光明を見いだそうと御書をひもとく中、胸に突き刺さったのが、「難来るを以て安楽と意得可きなり」(御書750ページ)との一節だったという。
「"いつまでも悲しみに浸っているわけにはいかない。負けるものか"って、御文を命の中に入れました。祈って目の前の"怒涛"に挑んでいく。もうこれしかなかったですから」
仕事、子育て、学会活動……現実は格闘の連続だった。そんな中、池田先生から激励の和歌が届く。弟子を思う師の慈愛。新保さんは目頭を拭った。ふつふつと勇気が湧いた。心の中の悲哀を塗りつぶすように、御本尊に向かった。
娘たちには、母親の分まで愛情を注ごう。そう決めて、どんなに忙しくても時間をこじ開け、授業参観などの学校行事には積極的に参加した。何より、同居していた義父母や義姉家族の存在は、大きな支えだった。
思春期の娘たちとの関わり方に、人知れず悩んだこともあったというが、「妻ならどうするかと考えながら、精いっぱい向き合いました」。
そんな新保さんの姿は、娘たちの目にどう映っただろう。
昨春、医学部を卒業し、医師としての一歩を踏み出した長女・香織さん=女子部員。「大変だったはずなのに、私たちにはそんな顔を全く見せず、いつもニコニコしていました。お父さん、すごいなって思います」
次女・美幸さん=女子部本部長=は、「私が悩んだ時、一番の相談相手になってくれるのが父なんです」と明るく笑う。現在、機械装置メーカーで働きながら、母の分までと朗らかに広布に励む。
新保さん自身、学会では常に広布の最前線で奮闘。勤め先の国際輸送業会社では役員を務めるなど、信頼の実証を示す。
「"難こそ安楽"。それだけを信じて前に進んできました。毎日が"怒涛"でした。でも振り返ってみると、全てが祈った通りに開けました。苦闘の日々があったから、今がある。私はこれからも"怒涛"に挑み続けます」
新保さんの2人の娘、香織さんと美幸さんは、よく地域の婦人部員から「昔、あなたたちのお母さんに励まされたのよ」と、母の話を聞くそうだ。
香織さんは話す。
「闘病中も、よく皆を笑わせていたお母さん。誰からも好かれていました」
美幸さんは、「私も母のように、周囲を明るく照らす存在になれたら」と、心情を語る。
心優しく育った2人の娘に、新保さんは思わず、在りし日の美香さんの姿を重ねる。
「妻を亡くした悲しみが癒えることはありません。ですが、そこにとどまってもいません。今こうして私たち家族が笑顔でいる様子を、きっと妻も、笑って見つめてくれているでしょう」
池田先生は語っている。
「仏教の本質は、いたずらな悲観主義、厭世観でもなければ、根拠のない楽天主義でもない。人生の苦を直視し、そこから逃避するのでなく、むしろ徹底的に取り組んだ末に到達した、生の歓喜の思想だといってもよい。
苦しみから逃避して、真実の喜びはない。人が目をそむけ、逃避しようとしている苦しみを如実に知見し、それに勇敢に挑戦し乗り越えてこそ初めて、金剛不壊の、つきることなき歓喜が込み上げてくるのです」

「妙法に結ばれた生命は、生死を超えて、ともどもに、たがいに、励まし合い、護り合い、導き合って、絶対の幸福と勝利の軌道を進んでいくのである。
妙法の世界には悲嘆もなければ、悲観もない。妙法を行ずる家族は、何があっても『常楽我浄』の月光に包まれていく。そして、その足跡が、あとに続く人々に、計り知れない希望と勇気を送っていくのである」(「指導選集」第1部下巻)
家族で挑んだ6年間の闘病生活。そして、心の中の美香さんと歩んできた17年の歳月。それは今、希望へと続く勝利の足跡と輝いている。

[教学コンパス]
身近な人との死別による悲嘆を支える「グリーフケア」への関心が高まっている。「グリーフ」とは、大切な人を喪失した深い悲しみのこと。特に家族を失うつらさは、筆舌に尽くし難い。
上智大学グリーフケア研究所所長の島薗進氏は、「グリーフケアが求められる時代とは、悲嘆を分かち合うことの困難が強く実感される時代でもある」と述べる(『グリーフケアの時代』弘文堂)。社会と個人の多様化が背景にある。
仏法で説く「慈悲」の精神。「慈」は「友愛」を意味するサンスクリット語の「マイトリー」から訳され、「悲」は「悲しみを共にする」ことを指す「カルナー」などから訳される。友の苦悩に同苦し、励まし合っていく。これこそが慈悲の精神であり、真実の友情であると仏法は示す。
試練の渦中にある友に寄り添い、温かな友情を結んでいくことが、今ほど求められている時代はないだろう。"あなたは一人じゃない"——その思いを一人でも多くの人に届ける実践に、慈悲は脈打つ。(優)

2020年9月24日木曜日

2020.09.24 わが友に贈る

大雨や土砂災害
河川の増水に厳重警戒!
配達員の皆さまも
安全を最優先で!
絶対無事故を祈ります。

経王殿御返事 P1124
『経王御前にはわざはひも転じて幸となるべし、あひかまへて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき』

【通解】
経王御前には、災いも転じて幸いとなるであろう。心して信心を奮い起こし、この御本尊に祈念していきなさい。何事か成就しないことがあろうか。

名字の言 鹿児島・十島三島支部の友の新たな挑戦 2020年9月24日
鹿児島のはるか南の海上。口之島、中之島、平島、諏訪之瀬島、悪石島、小宝島、宝島等からなる十島村。竹島、硫黄島、黒島等からなる三島村。この2村で構成される十島三島支部からの投稿が本紙9日付の声の欄に掲載され、感動が広がった▼日常的に集えないため、鹿児島市在住の支部長・婦人部長が船で各島に通い、活動を進めてきた。だがコロナ禍で渡航も自粛。ならばと支部長がオンライン協議会を提案。支部婦人部長も賛同し、スマホデビュー。先月、晴れて協議会が実現した▼ただ各島の事情もあり、参加者は多くはなかった。口之島の畜産農家のメンバー宅では、子牛が生まれる日に当たってしまった。参加はできなかったが、その日、子牛は無事に誕生し、皆ひと安心。黒毛和牛の名産地である同島では、牛の共同放牧を行っている。島の牛は、島の皆で育てる。その支え合う心が美しい▼5年前、小説『新・人間革命』第28巻「勝利島」の章で池田先生は、同地域の広布史をつづり、全ての島の地図が挿絵に描かれた。それが友の勇気と団結の源泉だ。「皆さんと協力し、コロナ禍の苦境も断じて乗り越えていきます」と友は誓う▼同支部では今月、オンライン座談会も開催するという。新しい風が南の島からも吹いている。(進)

寸鉄 2020年9月24日
地球的危機を越えるには「人間革命」しかない—共同会長。我らが先駆と
粘り強さがなければ本物には育たぬ—戸田先生。青年よ祈りと執念で勝て
笑顔の挨拶は人に安心感を与える—学者。一瞬の出会いも大切に。心込め
昨年の横断歩道事故、1万4千件。歩行者優先だ。皆で順守し犠牲なくそう
0歳児の胃腸炎ワクチン来月、無料に。公明が推進命守る政治を更に進めよ

〈社説〉 2020・9・24 人類がもつ「歌の力」
◇世界青年部歌を声高らかに
新型コロナの感染拡大や自然災害など、人類は数々の難局に直面している。
一人一人が、いかに逆境に負けず、前向きに生きていけるか。そして、自己中心主義に陥ることなく、協調して進んでいけるか——。
まさに今、個人における「希望の精神」と「利他の精神」を、いかに強めていくかが問われている。
その鍵を握るものの一つとして、「歌の力」に着目したい。
音楽学者のジョーゼフ・ジョルダーニア氏は、著書『人間はなぜ歌うのか?』で、「歌唱」の力こそが人類の進化に欠かせない要素であったと強調する。
私たちの祖先は、狩猟の際に、大きな声で歌い、獲物を威嚇していた。また、リズムに乗って声を合わせることで、各々の恐怖心を振り払い、自分自身を超えた大きな目的のために結束し、共に戦うことができたという。
「歌う」という行為は、古来、人類が連帯して苦難に挑む"根源的な実践"であった、といえるだろう。
創価学会の前進もまた、明るい歌声と共にあり続けてきた。
1960年、池田先生は初めて海外へ旅立った。北南米3カ国9都市を巡る中、行く先々で同志が歌っていたのは、数年前から日本全国で歌われるようになった学会歌「威風堂々の歌」である。
ブラジル・サンパウロの空港では、数十人のメンバーが先生の訪問を待っていた。その多くが、日本から移住し、農業に従事していた人たちである。日焼けした顔を輝かせ、2本の竿の間に張られた「威風堂々の歌」の歌詞を見ながら、習い覚えた歌を懸命に歌った。
世界広布の師弟のドラマも、学会歌の歌声と共に始まったのだ。
それから60年の時を刻む本年、このほど世界青年部歌「Eternal Journey with Sensei! 〜永遠の師弟旅〜」が発表された。
世界の青年たちがオンライン会議を重ね、思いを語り合う中で誕生したこの新学会歌は、まさに新たな広布伸展の"鼓動"にほかならない。
池田先生はつづっている。
「民衆の興隆のあるところには、必ず歌がある。歌には、人びとの理想があり、その歌を通して、団結も生まれる。だから、声高らかに歌を歌って、明るく、うんと陽気に、人生を楽しみながら、広宣流布を進めていくんだよ」
試練の時こそ、「歌の力」で心のスクラムを組んでいきたい。
世界青年部歌の「前へ前へ」とのメロディーを力強く響かせながら、新たな価値創造の扉を開こう。

☆小説「新・人間革命」学習のために 「アジア編」
◇雲の井に 月こそ見んと 願いてし アジアの民に 日をぞ送らん
小説『新・人間革命』の山本伸一の激励・指導などを紹介する「My Human Revolution(マイ・ヒューマン・レボリューション)」。今回は「アジア」編を掲載する。次回は「アフリカ・オセアニア」編を25日付2面に掲載の予定。挿絵は内田健一郎。

◇社会への貢献が仏法の正義を証明
<1976年(昭和51年)5月、韓国に、SGI韓国仏教会の前身である"仏教会"が発足。社会貢献への歩みが開始される>

御書には「智者とは世間の法より外に仏法を行ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり」(御書1466ページ)と仰せである。つまり、社会を大事にして、社会のために貢献し、活躍していくことが仏法であり、その人が「智者」であるというのである。
韓国の同志は、この日蓮仏法の、また、創価学会の「真実」と「正義」を、なんとしても証明していかなければならないと思った。誤解が誤解のままであれば、「真実」は葬り去られてしまう。誤解を放置しておくことは、「正義」の死を意味する。
"私たちが実際に何をなし、どれだけ社会に貢献できるかだ。その行動のなかに、学会の正しさを証明する道がある"
こう考えたメンバーは、各地域で、自主的に、また、地道に、社会貢献の歩みを開始していったのである。(中略)
社会奉仕の諸活動に勇んで参画し、田植えや刈り入れを手伝う「農村助け合い運動」や、自然保護運動に取り組んでいった。
さらに、一九九〇年代に入ると、メンバーは、大規模な「国土大清掃運動」を展開していったのである。
このほか、教育や福祉にも光をあて、学校への「良書贈呈運動」や、社会的に恵まれない人びとへの奉仕活動も進められた。
仏法の人間主義に基づく韓国の"仏教会"のこうした地道な努力は、着実に信頼の輪を韓国社会に広げていった。
(第8巻「激流」の章、367〜369ページ)

◇「幸福の花園」は自身の胸中にある
<63年(同38年)1月、香港支部大会で婦人部の陳鮑美蘭は山本伸一に出会う。戦争に翻弄され、広東省や台湾を転々とし、香港にやってきた彼女に伸一は語る>

「幸福への決め手は、何があっても、負けることのない精神の強さ、価値を創造していく智慧、そして、喜びと希望にあふれた、豊かな心をつくり上げていくことにあります」
そして、(中略)「香港を幸福の花園に」と呼びかけたのである。
美蘭はハッとした。彼女は、どこに行けば幸福になれるのかを考え続けてきた。
しかし、生まれた日本をはじめ、台湾にも、広東にも、安住の地はなかった。
伸一の話は、その幸福がどこにあるかを、明確に示していた。
"幸福は、私自身のなかにあるのだ! どんな逆境にも負けない強い心を、価値を創造していける豊かな心をつくる以外にない。
そして、皆が自分を変え、人間革命していくならば、社会の平和を実現することができる。
必ず、この仏法をもって、香港を幸福の花園にしよう"(中略)
美蘭は、メンバーのために、日本での講習会をはじめ、さまざまな機会に通訳として奮闘した。さらに、香港の機関紙「黎明聖報」の発刊が決まると、御書や学会の指導の翻訳を引き受けてきたのである。
彼女は、しみじみと思うのであった。
"激動の歴史に弄ばれてきたように思える自分の人生も、決して無駄ではなかった。
日本語を学び、戦争の恐ろしさを体験してきた私には、香港の人びとの平和と幸福のために、大聖人の仏法を伝える使命がある。
私の半生は、そのためにあったのだ"
(第18巻「飛躍」の章、390〜391ページ)

◇一人一人が「広布の大河」の一滴に
<79年(同54年)2月、全インドから集った約40人のメンバーに伸一は訴えた>

「十八年前、初めてインドを訪問した折のことが、昨日のように思われます。その時は、誰一人、メンバーであるインドの方とお会いすることはなかった。
しかし、私は思いました。強く決意しました。
"仏教が誕生した意義あるインドに、地涌の菩薩が出現しないわけがない。また、必ず出現させなければならない!"
以来、インドの地に、数多の同志が誕生することを、日々、真剣に祈ってまいりました。そして、今日ここに、広宣流布の使命に生きようとする約四十人の代表が、喜々として集われた。まさに大聖人が仰せの『地涌の義』です。これほど嬉しいことはありません。皆さん方は、地涌の同志であり、宿縁深い"兄弟"であり、"姉妹"であるとの自覚で、インドの人びとのために、どこまでも仲良く、共に成長していっていただきたい。今や世界の数多くの国に、創価の友がおります。(中略)
その世界の同志は、仏教発祥のインドに注目し、貴国の未来に期待を寄せ、心から声援を送っております。あの雄大にして悠久なるガンジス川の流れも、一滴の水から始まる。同じように皆さんは、インド広布の大河をつくる、源流の一滴、一滴となる方々です。洋々たる未来を信じて前進していっていただきたい。二十年、三十年、五十年後をめざして、広布のガンジスの流れを開いていこうではありませんか!」(中略)
ガンジスの一滴に——それは、インドの同志の誓いとなり、合言葉となっていった。
(第29巻「源流」の章、388〜390ページ)

◇永遠なる広布開く師弟不二の共戦
<2000年(平成12年)11月、シンガポールとオーストラリアの合同最高会議に出席した伸一は、シンガポールが「獅子の都」を意味することから、仏法で説く「師子」について述べる>

「仏法では、仏を『師子』と呼び、仏の説法を『師子吼』という。大聖人は、『師子』には『師弟』の意義があると説かれている。
仏という師匠と共に生き抜くならば、弟子すなわち衆生もまた、師匠と同じ偉大な境涯になれるのを教えたのが法華経なんです」
一般的にも、師弟の関係は、高き精神性をもつ、人間だけがつくりえる特権といえる。
芸術の世界にも、教育の世界にも、職人の技の世界にも、自らを高めゆかんとするところには、必ず師弟の世界がある。
伸一は、青年たちに力説した。
「『人生の師』をもつことは、『生き方の規範』をもつことであり、なかでも、師弟が共に、人類の幸福と平和の大理想に生き抜く姿ほど、すばらしい世界はありません。この師弟不二の共戦こそが、広宣流布を永遠ならしめる生命線です。そして、広布の流れを、末法万年を潤す大河にするかどうかは、すべて後継の弟子によって決まります。
戸田先生は、よく言われていた。『伸一がいれば、心配ない!』『君がいれば、安心だ!』と。私も今、師子の道を歩む皆さんがいれば、世界広布は盤石である、安心であると、強く確信しています」(中略)
「勇気は、誰でも平等にもっています。勇気は、幸福という無尽蔵の宝の扉を開くカギです。(中略)
どうか皆さんは、勇気を取り出し、胸中の臆病を打ち破ってください。そこに人生を勝利する要因があります」
(第30巻<下>「誓願」の章、421〜423ページ)

2020年9月23日水曜日

2020.09.23 わが友に贈る

平和と安穏を祈る心は
五大州をつなぐ。
さあ世界青年部総会へ
希望の若人と共に
新たな広布史を築こう!

光日房御書 P931
『人のをやは悪人なれども子善人なればをやの罪ゆるす事あり、又子悪人なれども親善人なれば子の罪ゆるさるる事あり、されば故弥四郎殿は設い悪人なりともうめる母釈迦仏の御宝前にして昼夜なげきとぶらはば争か彼人うかばざるべき、いかにいわうや彼の人は法華経を信じたりしかばをやをみちびく身とぞなられて候らん』

【通解】
人の親は悪人であっても、子が善人であれば、親の罪が許されることもあります。また子が悪人であっても親が善人であれば、子の罪が許されることもあるのです。
ですから、故弥四郎殿はたとえ悪人であっても、生みの母が釈迦仏の御宝前で昼夜になげき、追善供養すれば、どうして弥四郎殿が成仏できないことがありましょうか。ましてや弥四郎殿は生前は法華経を信じていたのですから、苦しみの境界へおちるどころか、親を成仏へと導く身となられていることでしょう。

名字の言 「笑顔」も伝染する 2020年9月23日
「伝染する」と聞くと心穏やかではないが、伝染するのは細菌やウイルスばかりではない。実は「笑顔」も伝染する。スウェーデンのウプサラ大学の研究結果だ▼笑顔の人と向き合った時、しかめっ面を続けるのは難しい。"なぜなら笑顔は伝染するものであり、相手の顔の筋肉のコントロールを抑えてしまうから"だという。さらに"笑顔の写真を見ていると、わずかな時間で自然と笑顔になる"とも伝えている▼中でも子どもたちの笑顔ほど、人を温かな気持ちにするものはないだろう。少年少女きぼう新聞が「笑顔の写真」を募集した。少年少女部結成55周年を記念し、モザイクアートを制作する企画である。日本だけではなく、海外の友の笑顔もあった▼かつて少年少女部合唱団の合唱を鑑賞した海外の識者が、「笑顔で私たちに歌いかけるこの子たちのためにも、21世紀を絶対に平和にしなければならない」と、感想を寄せたことがある。池田先生は「大人たちがどんなに言葉で平和を訴えるよりも、それ以上に、人々の心を動かすのが、子どもたちの笑顔」だと語った▼♪笑顔はみんなのパスポート 世界へ羽ばたけ……(少年少女部歌「Be Brave! 獅子の心で」)。世界平和とは、子どもたちの笑顔を広げる挑戦でもある。(之)

寸鉄 2020年9月23日
新しい仕事は自分の枠を破るところから始まる—恩師。今日も挑戦の一歩
少年少女部の結成55周年おめでとう!希望の時代開く未来の宝。皆で育成
「聖霊を訪う時法華経を読誦し」御書。秋の彼岸。同志の題目が最高の追善
台風が接近。大雨に警戒。対策は万全の準備で決まる。最新情報を常に確認
軽い運動は寒暖差疲労の解消に有効—医師。友の為に歩くのは健康の源に

〈社説〉 2020・9・23 少年少女部が結成55周年
◇挑戦と応戦で後世の模範に
きょう23日は、少年少女部の結成記念日。1965年(昭和40年)、高・中等部に続いて、池田先生の"手作り"で誕生し、本年で55周年を迎えた。
なぜ未来部が結成されたのか。理由の一端が、小説『新・人間革命』にある。
「大勢の先輩、よき相談相手が周囲にいれば、安心して自分の人生行路を決めていくことができる。若芽が未来に、スクスクと伸びゆくための応援をしていくこと」(第9巻「鳳雛」の章)
この言葉を誰よりも実践し、愛情と力を注いできたのが先生である。
激務の合間を縫い、子どもたちと一緒に卓球をしたり、手品を披露したり、ピアノを弾いたことも。
さらには20以上にのぼる創作童話・物語の執筆や折々のスピーチ、指針を贈るなどしてきた。
この師の心をわが心として後継の育成に献身してきたのが、未来部担当者である。
各地の合唱団運動をはじめ、各種コンクールの取り組みや日々の関わりが、半世紀を超えて各地で紡がれ、数多くの人材を育んできた。
さまざまな活動が継続の危機に直面したコロナ禍にあっても、未来部育成の歩みは止まらない。
事前に承諾を得た上での家庭訪問やオンラインを駆使しての励ましを続け、ビデオメッセージや記念品を送り届けるなど、あらゆる可能性を模索した。趣向を凝らした"未来部通信"を作成した地域もある。
本年1月23日付本紙に登場した「歌のお兄さん」の横山だいすけさん。当初、子どもとの接し方に悩んだという。
試行錯誤を繰り返し、"今日は1人、笑顔にできた""今日は2人が笑ってくれた"との積み重ねの末、"こんなことが僕にはできるんだ"という自信がついた時、子どもたちの反応が変わった。
「"子どもとの関わりに正解はない"ということを学びました」と自身の経験を踏まえ語っていた。
歴史家トインビー博士の卓越した歴史理論の一つに、「挑戦と応戦」がある。
例えば博士は、「文明というものは、つぎつぎに間断なく襲いきたる挑戦に対応することに成功することによって誕生し、成長するものである」(深瀬基寛訳『試練に立つ文明』社会思想社)と。
試練の中で伸びていくのは生命の法則である。また、創価学会90年の歴史も、三代会長の獄中闘争や宗門事件など、苦難をはね返すごとに発展を遂げてきた。
少年少女部歌「Be Brave! 獅子の心で」の歌詞には、「努力は絶対むだじゃない」とある。
未曽有の試練に直面し、苦労も多い。だからこそ、努力の一つ一つが、"後世の模範"と輝く。
少年少女部員の真剣さと、担当者の熱意が合わさって築かれてきた同部の伝統。その希望の歌声が未来に響いていく。

☆心に御書を 第73回 医療従事者の尊き献身に感謝
〈御文〉
『貴辺の良薬を服してより已来日日月月に減じて今百分の一となれり、しらず教主釈尊の入りかわり・まいらせて日蓮をたすけ給うか、地涌の菩薩の妙法蓮華経の良薬をさづけ給えるかと疑い候なり』(中務左衛門尉殿御返事、1179ページ)

〈通解〉
あなた(四条金吾)がくださった良薬を服用して以後は、体調も日々月々に回復し、今では症状も百分の一となりました。教主釈尊があなたの身に入り替わって日蓮を助けられるのであろうか。地涌の菩薩が妙法蓮華経の良薬を授けられたのであろうかと不思議に思っています。

〈池田先生が贈る指針〉
名医の四条金吾へ甚深の感謝の仰せである。医術は慈悲の聖業だ。
日夜、生命を守り、生きる力を引き出すドクター部をはじめ医療従事者の方々は、まさに仏・菩薩の体現者にほかならない。
尊き献身は御本仏が御照覧である。妙法とともに自らも健康第一で、病魔に打ち勝つ大生命力を! 金吾夫妻のごとく陰徳陽報の勝利あれ!

☆明日を照らす テーマ:誓願の力 2020年9月19日
今回の「明日を照らす」は、「誓願」がテーマです。池田先生は「仏教において『誓願』は、宿業の鉄鎖を切り、過去に縛られた自分を解放して、新しい未来に向かう自分をつくる力と言えます。仏の教えで自分を磨きつつ、確立した心によって、未来の自分を方向付け、それを実現していく努力を持続していけるのが『誓願の力』です」と語っています。
先の見えない社会状況の中、いかなる時も力強く"前へ"と進む源泉となる哲理を学んでいきましょう。

◇開目抄
『我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず』(御書232ページ)

◇広布の大願を受け継ぐ
【通解】我は日本の柱となろう、我は日本の眼目となろう、我は日本の大船となろう等との誓願は絶対に破ることはない。

どのような迫害があろうとも、誰人も、わが民衆救済の誓願を揺るがすことはできない——佐渡流罪という、命におよぶ法難の渦中、日蓮大聖人は高らかに宣言されました。この御文の直前では"諸天に捨てられようが、多くの難に遭おうが、わが身命をなげうって戦うのみである"との御覚悟を述べられています。
この不惜身命の精神こそ、広宣流布の魂です。
大聖人は御自身の誓願を「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ」と述べられています。ここに示された「日本の」とは、決して日本中心主義ではなく、日本国中が謗法に突き進み、末法の典型とも言うべき国土であると考えられたからです。
池田先生は、本抄を拝して「私が、倒壊した国の精神の柱となろう。私が、混迷した思想の正邪を見分ける眼目となろう。私が、漂流した民衆を救う大船となろう、と。この偉大なる誓願は、大聖人の御生涯にわたって貫かれたものです」と語っています。この魂を、一人一人が「一人立つ精神」で受け継いで広布を前進させてきたのが創価学会です。
今、自分がどのような状況や立場であれ、"広宣流布は自分が担う"との誓いを立てていくことこそ、大聖人の大願を受け継ぐことにほかなりません。そして、その誓いに立った時に、闇を破り太陽が昇るように、仏界の生命が力強く自身の中に脈打つのです。
同志と"わが誓い"を確認し合いながら、共に出発していきましょう。

2020年9月22日火曜日

2020.09.22 わが友に贈る

皆それぞれに
果たすべき使命がある。
互いの違いを認め
尊敬し合うことが
異体同心の第一歩だ。

経王殿御返事 P1124
『つるぎなんどもすすまざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼にかなぼうたるべし』

【通解】
剣なども、進まない人のためには何の役にも立たない。法華経(御本尊)の剣は、信心の強い人が用いてこそ、役に立つ。まさに鬼に金棒である。

名字の言 米国の友人とオンライン座談会に参加した女子部員 2020年9月22日
昨年、アメリカの大学を卒業した女子部員。留学中、人種差別の現実を目の当たりにした。以来、それまで無関係と思っていた差別問題は「自分ごと」になった。だからこそ、今回の黒人差別問題に対して無力な自分が嫌になり、悶々とする日々が続いていた▼そんな中、大学時代の友人の、米国で黒人として生きる苦しみと不安を知る。2年ぶりに連絡を取り、オンライン座談会に一緒に参加。友人は「とても楽しかった。私の地域でもSGIの活動に参加してみたい」と▼コロナ禍での人の接し方に悩んでいた女子部員は、この体験が契機となり、「どこにいても、誰とでもつながれる!」と前向きに。今、目前の世界青年部総会を目指し、オンラインを活用しながら友好を広げる▼この話を聞いた時、オンラインに消極的だった自分を顧みた。これまでの生活スタイルを変えることは、ともすればためらう部分もあるが、「できない」という"限界の壁"は所詮、自身が心の中につくったもの。その壁を壊せば、新しい世界が待っている。人間革命の勝利のドラマが始まる▼学会伝統の座談会が、にぎやかに開かれている。オンライン座談会やステイホーム座談会など、知恵と工夫が光る。学会創立90周年の「11・18」への出発である。(側)

寸鉄 2020年9月22日
「青年を呼ぶのは青年」恩師。勇気は必ず伝播。圧倒的な対話拡大今こそ
栃木・那須総県の日。師弟共戦の広布の理想郷を!模範の人材城を築きゆけ
「賢者はよろこび愚者は退く」御書。苦難は信心の試金石。師子の心で!
読書はストレスを軽減、数分でも効果あり—研究読書の秋。開く習慣から
長距離の運転時は時間に余裕もち。小まめな休憩必ず。無事故こそ勝利だ

☆心に御書を 第74回 妙法は絶対の安心を約束
〈御文〉
『故聖霊・最後臨終に南無妙法蓮華経と・となへさせ給いしかば、一生乃至無始の悪業変じて仏の種となり給う、煩悩即菩提・生死即涅槃・即身成仏と申す法門なり、かかる人のえんの夫妻にならせ給へば又女人成仏も疑なかるべし』(妙法尼御前御返事、1405ページ)

〈通解〉
亡くなられた聖霊(=夫)は、最後臨終のときに南無妙法蓮華経と唱えられたのですから、一生また無始以来の悪業は変じて仏の種となるのです。これが煩悩即菩提・生死即涅槃・即身成仏という法門です。貴女は、このような人と縁あって夫婦となられたのですから、また女人成仏も疑いないでしょう。

〈池田先生が贈る指針〉
最愛の伴侶を看取った女性への激励である。信心を貫いた故人の凱歌の生命を讃えられ、後継の家族の成仏も間違いないと断言されている。
どんな宿命も「仏の種」と変えられる妙法だ。ゆえに何があっても、たじろぐことはない。別れの悲しみも寂しさも題目で包み、安心と希望と福徳の軌道を永遠に共に上昇するのだ。

☆対話のツボ 【問い】「世界の平和」を祈っていても、実感が湧きません。
たしかに、「世界の平和」のような、大きな目標は"わが事"として捉えにくく、なかなか実感が湧かないかもしれません。むしろ、明日や来週に迫った自分の目標のような、眼前のことの方が祈りやすいといえます。
日蓮大聖人は、「立正安国論」で「自身の安泰を願うなら、あなたはまず社会全体の静穏を祈るべきである」(御書31ページ、通解)とつづられました。
池田先生は、この御文を拝し「自分だけの幸福や安全もなければ、他人だけの不幸や危険もない」と語っています。この思いで、地域や社会の平和を真剣に祈り、善の連帯を広げてきました。
それが、大聖人から創価学会が受け継いだ立正安国の精神です。
世界平和といっても、自分自身が地域や社会の平和を祈り、仏道修行に励みながら「眼前の一人」を大切にすることが一歩であるといえます。
SGIが世界中に広がったのは、池田先生が「眼前の一人」を包み込むように励まし、大切にしてきたからです。
その「一人」が信心に励み、宿命転換のドラマを演じながら、周囲に励ましと希望を送っていく。そうして、一人からまた一人へと世界中の国々に"地涌の陣列"が広がっていったのです。
大きな目標である「世界の平和」は、日々の勤行・唱題の中で真剣に祈りながら、目の前の一人を大切にすることで、着実に広がっていくのです。

2020年9月21日月曜日

2020.09.21 わが友に贈る

◇今週のことば
多宝の尊き父母、万歳!
「年は・わかうなり
福はかさなり候べし」
妙法と共に凱歌の人生を
創価と共に幸齢社会を!
2020年9月21日

聖愚問答抄下 P500
『此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行に功徳として来らざる事なく善根として動かざる事なし、譬ば網の目無量なれども一つの大綱を引くに動かざる目もなく衣の糸筋巨多なれども一角を取るに糸筋として来らざることなきが如し』

【通解】
この妙法蓮華経を信仰し奉る一つの行いに、いかなる功徳も集まってこないものはなく、いかなる善根も動かないものはない。
たとえば、網の目は無量であっても一つの大綱を引けば動かない目はなく、衣の糸筋は多くあっても一角を引けば、糸筋としてたぐられてこないものはないとうようなものである。

名字の言 漫才師・内海桂子さんの人生哲学 2020年9月21日
年をとってから最後の一花を咲かせることを「老いの入舞」という。漫才師の故・内海桂子さんは、「私の人生はまさにそのとおり」と振り返っている▼16歳で初舞台を踏み、名コンビ「内海桂子・好江」が誕生したのは70年前。世代を超えて多くの人から愛された。その人気に安住することなく、50歳を過ぎて絵を描き始め、個展を開催。87歳で始めたツイッターでは、本年4月まで約10年にわたり、毎日"つぶやき"続けた▼彼女の人生哲学は「ねじ巻き人生」。貧乏のため、9歳から働きに出た。稼ぎの半分は実家に、残りを三味線や踊りの月謝に充てたという。「私はことあるごとに自分でねじを巻き、転んでも起き上がってきました」「くよくよしていたって始まらないし、明けない夜はありません」(『人生は七転び八起き』飛鳥新社)▼人間の真実の美しさは、心の輝きにある。自分自身と戦う中で、磨き鍛えられた人格の光彩は、年を重ねれば重ねるほど、まばゆい輝きを放っていく。苦難や試練に負けない「不屈の心」という土壌に、自分らしい「花」は咲き薫る▼学会には、「心の宝」を積み重ねる、数多くの多宝会の友がいる。地域に希望の種をまき、自他共の幸福の花を咲かせる先輩方の生き方に真摯に学びたい。(銘)

寸鉄 2020年9月21日
現代こそ自他共の幸福に尽くす仏法の慈悲が必要—識者。わが振舞で拡大
感染防止で新しい座談会の形。語らえば心は通う。巧みな智慧で団結固く!
青年は闘争の中で自己を鍛えよ—周総理。時は今。一日一日、悔いなく前進
国連・国際平和デー。争いの世界では大流行は克服できぬ。調和の思潮更に
20代以下で大麻検挙増—多くが誘われてと。甘く見るな!人生破滅の因だ

〈社説〉 2020・9・21 きょう「敬老の日」
◇心のつながり、笑顔で結ぼう
「新しい生活様式」が求められる今年は、聞き慣れない言葉をよく耳にする。例えば「オンライン帰省」。実家に帰らず、スマホやパソコン等で親や祖父母とのビデオ通話や、動画・写真のやりとりをすることだ。最初に政府が推奨したのは5月の大型連休前。「それを帰省というの?」と戸惑った人もいただろう。
だが、お盆を迎える頃には、多くの人に受け入れられていた。「高齢な人ほど重症化しやすい」といわれる新型コロナウイルス。新たな"帰省"の決断には、年老いた親や祖父母を案じる、かつてない「思いやり」もあったと拝察する。
家族社会学に詳しい、石井クンツ昌子名誉教授(お茶の水女子大学)は"親とのコミュニケーションにデジタル機器を使う人は、実際に帰省する頻度も多く、親孝行の気持ちが強い傾向にある"と、新しいつながりを前向きに捉える。
高齢者でも外出自粛を機に、通信アプリ「LINE」や会議アプリ「Zoom」などで、実際に会っているように会話を楽しみ始めた人も少なくない。
孤独にならないためにも「インターネットは、いまやシニアにとって必需品」と語るのは、シニアのためのネット教室を主宰する牧壮さん(一般社団法人アイオーシニアズジャパン代表理事)。本紙の「幸齢社会」で「コロナ禍にあって、シニアが人とのつながりを保ち続けるにはネットの活用が不可欠」と述べた。
もちろん、本人の状況や習慣によって交流するツール(手段)は異なるもの。ネット環境が整わない場合もある。電話も有効だし、時には一筆箋などを使って気持ちを伝えるのもいいだろう。堅苦しいルールがないので、目上の人にも気軽に書くことができる。
大事なのは心のつながりを結ぶこと。幸せは、人とのつながりの中で味わえることが、外出自粛でも身に染みた。その喜びの輪を自ら行動で広げてきたのが、幸福人生の達人である"多宝の友"だ。だから、広布の父母には当意即妙なユーモアがある。今夏、102歳の方から本紙記者に届いた暑中見舞いには、スイカの絵が描かれていた。お礼に電話すると「冷やしてから、よばれてください」と。粋な言葉に笑い合ったそうだ。
池田先生は、「笑いは健康の源です。すべてを良いほうへと考え、動かしていけば、人生は朗らかです。『喜び多き人生』こそ『健康人生』です」とつづる。
きょうは「敬老の日」。高齢の親族や人生の大先輩には、さまざまなツールで感謝と敬う気持ちが伝えられるだろう。その時、互いに笑顔を意識してみよう。きっと、困難な時代を乗り越えていく、大きな力となるに違いない。

☆四季の励まし あすは敬老の日——実り多き前進の日々に 2020年9月20日
【写真の説明】黄金色のススキが青空に映える。かなたで、雄々しき「不忘山」が見守っていた。1994年(平成6年)9月、池田大作先生が宮城・白石市の川原子ダムで撮影した。
不忘山を含む蔵王連峰の名峰は、平安の時代に「人忘れずの山」(古今和歌六帖)と歌われ、『枕草子』にも「忘れずの山」と記された。
池田先生は30年前、不忘山のふもとに開園した東北池田記念墓地公園を初訪問。この折、功労の友をたたえ、語った。「広布の城を築き、広げてくださった、妙法の同志の方々のことは、『不忘』の地の名のごとく、永遠に忘れてはならない」
あす21日は「敬老の日」。草創の同志への敬意と感謝を忘れず、共に実り多き前進の日々を送ろう。

◇池田先生の言葉
高齢者の知恵と経験は、
現在と未来を豊かにする、
かけがえのない宝である。
高齢者を真に尊ぶ気風を
確立することは、
社会の持続的な
繁栄の基礎となる。

高齢の方々には、
「尊敬」をもって
接することが大事だ。
長年、
家族と社会のために働いて
年をとったのだから、
周囲が「今こそ
恩返しをする時だ」と
思ってあげてほしい。
高齢者にとって、
孤独ほど生命力を
弱らせるものはない。
温かい愛情と心の絆、
そして楽しい会話が、
何よりの元気の素である。

守り合い、励まし合う
友がいる幸福——
それは、
年配になればなるほど、
ありがたさを
増していくにちがいない。
その「宝の友情」の
スクラムを、
学会は、地域に、社会に
広げているのである。

人のため、社会のため、
自分のために、
何かを為す。何かを創る。
何か貢献する。
そのために、生ある限り、
一生涯、
挑戦し抜いていく。
それでこそ
「充実の人生」である。

大切なのは
"自他共の満足"だ。
その追求のなかにこそ、
人生の輝きがあり、
だれもが真に安心して
幸福に暮らせる社会、
そして長命であることを
心の底から
寿ぐことができる
長寿社会を築く道がある。

共に広布に戦った同志は、
永遠に
私の胸から離れない。
君も私も、
人生の
ゴールデン・ステージを、
常楽我浄の妙法と共に、
朗らかに
勝ち進んでゆこう!

2020年9月20日日曜日

2020.09.20 わが友に贈る

交通安全を心掛けよう!
"ながら"運転の禁止や
制限速度の順守など
基本のルールを守ろう。
絶対無事故を第一に!

南条兵衛七郎殿御書 P1495
『これらをもつてしるべし善なれども大善をやぶる小善は悪道に堕つるなるべし』

【通解】
これらのことから、善い事であっても大善を破るような小善は悪道に堕ちることを知るべきである。

名字の言 陶芸家・河井寛次郎「生活からものを見よ!」 2020年9月20日
陶芸家の河井寛次郎は、東北地方を旅していた時、農村の子どもが履いているわらぐつを見て、その美しさに魅了されたという。手作りの質素なわらぐつ。特別な飾りもない。だが、わが子への親の愛情が輝いているように見えた▼「生活からものを見よ!」。寛次郎はそう提唱した。美しいものは、何も美術館や展覧会場にだけあるのではない。人々の暮らしの中にこそ、かけがえのない「美」があり、「喜び」がある。だから"知識や観念で頭でっかちにならず、庶民が生活する現場に飛び込もう"と(『手で考え足で思う』文化出版局)▼壮年部の先輩と一緒に訪問・激励に回った。マスクを着用し、玄関先で身体的距離を保っての語らい。一軒一軒、短い時間だったが、友の顔を見て声を聞くことで、心が洗われる思いがした▼帰り際、先輩がつぶやいていた。「やっぱり家庭訪問はいいなあ……。同志と対話すると、明日からまた頑張ろう、とやる気になる。自分の惰性も反省できる」▼家庭訪問だけではない。手紙や電話での語らい、SNSなどを活用した支部・地区の集い——コロナ禍にあっても、友に励ましを送ろうと、広布の現場には"自発の知恵"にあふれている。そこへ飛び込めば元気が出るし、勇気が湧く。心が磨かれる。(実)

寸鉄 2020年9月20日
青年を結集し学会の底力を天下に示すのだ—戸田先生。さあ総会まで7日
「心の固きに仮って神の守り則ち強し」御書。確信の題目に勝るものなし!
青年部体験談集が発売。現実の苦悩を変革できる仏法。ありのままに語れ
感染で健康診断受診者が3割減。持病悪化の危険増加と。自己判断は禁物
ネットの暗証番号は使い回し厳禁。流出で被害は広がる。人ごとと思わず

〈社説〉 2020・9・20 あす「国際平和デー」
◇草の根対話で反戦の連帯を!
あす21日は「国際平和デー」。"軍隊を持たない国"のコスタリカの発案により、1981年の国連総会で制定された。非暴力と世界の停戦の日として、国連が敵対行為の停止を世界に呼び掛ける日となっている。
また、ニューヨークの国連本部では、毎年この日に事務総長が「平和の鐘」を鳴らす特別記念行事が行われてきた。
この鐘は、実は"市民発"で、国連協会の宇和島支部長だった中川千代治氏が「平和への願いを込めて、世界の人々のコインで平和の鐘を造りたい」と51年の国連総会で作成を訴え、賛同した世界65カ国から集められた硬貨で鋳造し、54年に国連に寄贈されたものである。
創価学会の平和運動も"草の根発"である。池田先生の平和闘争に連なり、これまで世界24カ国39都市で170万人が見学した"核の脅威展"の開催や反戦出版、核廃絶への1000万人署名など多岐にわたる運動を実施してきた。
第2次世界大戦の終戦、また広島・長崎への原爆投下から75年の節目となる本年は、戸田城聖先生の「原水爆禁止宣言」発表の日である「9・8」の意義をとどめ、今月6日には学会青年部による「青年不戦サミット」が開催された。
オンラインで日本の各地と世界を結び、青年部の代表300人が参加。席上、イタリア、マレーシアの平和運動も報告された。
また、2014年にスタートした青年部の平和運動は「SOKAグローバルアクション2030——青年の行動と連帯の10年」と改められ、�核兵器廃絶と反戦の潮流の拡大�アジアの友好�SDGsの普及・推進——を柱に学会創立100周年を目指し、新たな平和運動の潮流として取り組んでいくこととなった。
こうした青年部の取り組みに対し、SGIと07年以来の国際パートナーである国際NGOのICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)のベアトリス・フィン事務局長は「友情に根差したSGIとの緊密な連携が、核兵器禁止条約の実現、またノーベル平和賞の受賞につながった」と大きな信頼と称賛を寄せている。
池田先生は「『自他共の幸福』を祈り、友情の対話と社会への貢献を積み重ねることこそが、最も地道でありながら、最も確実な世界平和への直道なのだ」と「随筆」でつづっている。
今月27日には、池田先生が初の海外歴訪へ出発した10・2「世界平和の日」60周年を記念する「世界青年部総会」が開催される。
この日を目指して世界の青年部は、それぞれの誓いを胸に、信頼と友情を大きく広げる対話を展開している。
反戦平和への着実なる連帯を築く意義ある総会となることを期待したい。

☆第3代会長就任60周年記念 師弟凱歌の記憶 第15回「冷戦の氷を溶かした初訪ソ」
9月8日は、戸田城聖先生が原水爆禁止宣言を発表した日(1957年)であり、池田大作先生が日中国交正常化提言を発表した日(68年)である。
そして1974年9月8日、池田先生はソ連(当時)への第一歩をしるした。それは、東西冷戦下の社会主義陣営の旗頭であり、「鉄のカーテン」で覆われた国に、平和と友好の橋を架けるための挑戦であった。
宗教指導者がなぜソ連に行くのか——反対の声は多かった。出発前、そうした意見を伝えた財界人に、先生は答えた。「そこに、人間がいるからです」「そこにいるのは、平和を願う、同じ人間ではないですか」
イデオロギーなど、一切の先入観を捨て去って、まず「人間」として心を開き、語り合うことだ。これが先生の信念だった。
宗教指導者がなぜソ連に来るのか——懸念と不安は、迎えるソ連側も同じだった。
だが、池田先生が秋晴れのモスクワ・シェレメチェボ空港に降り立った瞬間、心配は消え去った。

モスクワ大学のホフロフ総長はじめ、出迎えた人々に先生は語り掛けた。「しっかり勉強して帰りますので、生徒と思って教えてください」。ぱっと笑顔が広がる。空港のターミナルビルへ向かうバスの中で、早速、和やかな語らいが始まった。
滞在中、先生は招へい元のモスクワ大学をはじめ文化省、ソ連対文連等を訪問。宗教都市ザゴルスク(現セルギエフ・パッサード)やレニングラード(現サンクトペテルブルク)まで足を延ばした。精力的に友好行事をこなしながら、青年や市井の人々の中に飛び込んでいった。
談笑していたモスクワ大学の学生、バレエや手芸などに励む子どもたち、宿泊先のホテルで、先生の階を担当していた婦人——。
そうした振る舞いに、ソ連の人々は魅了されていった。「つまり、『スケール』がちがうことを私たちは感じたのだ」(モスクワ大学のトローピン元副総長)
ノーベル賞作家のショーロホフ氏と16日に会見。最終日の17日には、クレムリンでコスイギン首相と会談した。日本人は、ソ連は怖い国という印象を持っています——先生は率直に語った。「政治や経済の分野だけでは、真の友好はありえません。文化交流こそ、最も大切になってきます」
鋭い眼光で見つめていた首相の顔色が、みるみる変わっていく。
首相は尋ねた。「あなたの根本的なイデオロギーはなんですか」
先生が即答した。「平和主義であり、文化主義であり、教育主義です。その根底は人間主義です」
首相は応じた。「池田会長の思想を、私は高く評価します。その思想を、私たちソ連も、実現すべきであると思います」
こうした実りある語らいの中、先生は、当時、厳しい中ソ対立の渦中にあった首相から「中国を攻撃するつもりはありません」「(中国に)伝えてくださって結構です」との発言を引き出した。同年12月に訪中した際、先生は中国首脳にこの発言を伝え、緊張緩和に貢献することになる。
会談は1時間半にも及んだ。首相は会談後、招へいの実質的責任者だった共産党国際部のイワン・コワレンコ氏に言ったという。「こういう優れた日本人をどこで見つけてきたのですか」
帰宅後も、令嬢のグビシャーニさんに「今日は非凡で、非常に興味深い日本人に会ってきた」と話している。
翌75年5月、先生と再会した首相は語り掛けた。「この語らいを待っていました!」「時間をつくり出しました」「ぜひとも必要な時間であったからです」
初訪ソから46年。モスクワ大学と創価大学の交流をはじめ、平和・文化・教育交流の水かさは増し、池田先生が架けた「虹の橋」を渡って、多くの後継の人材が育った。
冷戦の硬い氷を溶かした初訪問の10日間——その時、池田先生が「一人の人間」としてともした友情の灯は、今も熱いままである。

2020年9月19日土曜日

2020.09.19 わが友に贈る

一人を大切にする心こそ
座談会に脈打つ精神だ。
皆が元気になるように
豊かな知恵と創意工夫で
広布の扉を開きゆこう!

四条金吾殿御返事 P1169
『仏法と申すは道理なり道理と申すは主に勝つ物なり』

【通解】
仏法というのは道理をもととしています。道理というものは主君の持つ権力にも必ず勝てるのです。

名字の言 先が見えない日々を「明るい方へ」 2020年9月19日
「明るい方へ/明るい方へ。/一つの葉でも/陽の洩るとこへ。/籔かげの草は」「明るい方へ/明るい方へ。/一分もひろく/日の射すとこへ。/都会に住む子等は」。この詩は、童謡詩人・金子みすゞさんの作品「明るい方へ」である(『金子みすゞ童謡全集』JULA出版局)▼先が見えない日々だからこそ、一人一人が胸中に希望という太陽を昇らせたい。コロナ禍の社会を「明るい方へ」導くと信じて▼75年前、原爆が投下された広島は一面、焼け野原となった。3日後の8月9日、全線不通だった路面電車が一部区間で運転を再開する。「死に絶えた街に電車が"動いた"のです。これが希望となりました。人は希望なしに生きてはいけません」と被爆者▼9年前の東日本大震災直後、津波で古里を失った被災者の叫びを忘れない。「全部、流された。多くの人が亡くなった。葬儀に着る喪服、何より希望がほしい」。電話がつながった首都圏に住む身内が「必要なものは何か」と聞いた時の言葉である▼希望は人生の光であり、再生の原動力になる。「心は工なる画師」(心は名画家のごとく、つくり出せないものはない)と仏典にあるように、わが心から希望は生まれる。限りない心の力を最大に引き出すのが信仰にほかならない。(川)

寸鉄 2020年9月19日
「法華経を持つ者は必ず成仏し候」御書。試練にも師子王の心取り出し進め
御本尊中心の団結ほど、固く美しいものはない—恩師。まず祈りから出発
イヤホンの長時間使用で外耳炎の恐れ。在宅勤務で増。休憩小まめに賢く
人を結び、社会を変える為に若者の力必要—国連総長。皆が変革の主役に
国勢調査装う不審な訪問に注意。金銭や銀行情報等は調査外。鋭く見抜け

〈社説〉 2020・9・18 21日、韓国初訪問30周年
◇師の心を胸に、"希望の存在"へ
「未聞の試練の中、皆さんは『誰も置き去りにしない』との思いで、さまざまな工夫を凝らし、日々、励まし合い、共に苦難を勝ち越えてこられました」
9月6日、池田大作先生は韓国SGIの本部幹部会へのメッセージで、コロナ禍にあって、試練に立ち向かう韓国の同志を励ました。
広布躍進を続ける韓国SGIだが、「反国家的、反民族的な団体」として布教が禁止された時期があった。それは、かつての日本の植民地支配から生じた誤解に基づくものであった。そのなかで韓国の同志は、「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)と励まし合いながら、日蓮大聖人の仏法をもって世界の平和と人類の幸福を目指すものであることを、地域の友人に訴え続けた。さらに、自分たちが実際に何をし、どれだけ社会貢献できたかが学会の正しさの証明になると考え、社会奉仕活動に取り組んでいった。
メンバーの努力が少しずつ実を結び始めた1990年(平成2年)9月21日、池田先生は、東京富士美術館所蔵「西洋絵画名品展」の開幕式に出席するため、韓国を初訪問した。席上、先生は、韓国は日本にとって、「文化大恩の国」であり、「ご恩返しの一分となれば」とあいさつ。その模様は大きく報道され、先生の誠実な言動は、韓国における"日本観"そのものを改める契機となった。
この訪問は、メンバーの勇気の光源となり、新しい出発の原点となった。「良き市民たれ」と、先生が示してきた指針に立ち返り、どこまでも誠実に、「国土大清掃運動」や「良書贈呈運動」など、多彩な社会貢献の運動を展開していったのである。
御書に、「智者とは世間の法より外に仏法を行ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり」(1466ページ)と仰せのように、社会に貢献し、活躍していく人が「智者」であり、真の仏法者なのである。
韓国の同志の地道な努力は、政府等から幾度となく顕彰されるようになり、今や、韓国SGIは、社会になくてはならない"希望の存在"となった。
98年(同10年)5月、初めて韓国SGIの本部を訪問した池田先生は訴えた。
「社会に奉仕し、人間性を広げていく。21世紀の仏法ルネサンスは、韓国から始まっています」「全世界が皆さまを賛嘆しています!」
韓国の同志の奮闘は、誠実なる社会貢献の行動のなかに、信頼の種子がまかれ、広宣流布の見事な開花があることを教えている。私たちも友のため、地域のため、社会のために、新しい歩みを開始したい。

☆学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 第9回 苦難に挑むメンバーに
〈信心が破られないかぎり、負けない〉
人生に、乗り越えられない困難はない。打ち勝てない試練は、絶対にない。人間には、はかりしれない力が備わっている。大きな苦しみに耐え、勝利してこそ、偉大なる一生を生きることができるのだ。
いわんやわれわれには、無敵の信仰がある。信心が破られないかぎり、人生に負けることは、断じてない。
(『池田大作全集』第94巻、東京・東海道・東北代表協議会でのスピーチ)

〈勝つと決めて進もう〉
御本尊を持つ人は、決して行き詰まらない。妙法は、永遠の宇宙の法則だからである。それを持っているのだから、何があっても困らない! 絶対に負けない! この確信が信仰である。
それなのに、すぐに悲観し、弱気になるのは、信仰ではない。そういう「弱い心」だから、苦しんでしまう。永遠の大法則であるゆえに、勝つに決まっている! 幸福になるに決まっている! 楽しい人生になるに決まっている! そう"決めて"胸を張って進んでいただきたい。
妙法に「帰命」すれば、自分自身が大宇宙の仏の生命の中に入る。わが身が即、妙法の当体と輝き始める。この秘術を日蓮大聖人は教えてくださっているのである。
(『池田大作全集』第90巻、本部幹部会でのスピーチ)

〈行き詰まった時こそ「貫け!」〉
組織のこと、仕事のこと、人間関係のこと——当然、悩みや、行き詰まりはあるであろう。その時こそ、「貫け!」。前進を貫いて、自分で自分を勝利させる以外に道はない。
生きることが、何となくもの憂く感じられることもあるかもしれない。何かに「縛られている」ように感じる時。すべてが受け身になっている時。何となく迷いが感じられる時。その時こそ、受け身の一念を逆転させて、「さあ、この道を貫こう!」「きょうの使命を貫こう!」。こう決めていく時に、その一念のなかに、真実の「春」が到来する。花が咲いていく。
「貫く」。それは私どもでいえば、題目をあげていこう、一人また一人に語っていこうという実践である。冬から春へ——転換の具体的な道を知っている私どもは、幸せである。
(『池田大作全集』第86巻、本部幹部会でのスピーチ)

〈祈れば、千倍、万倍の力が〉
皆さまに、お題目を送ります。皆も祈っていただきたい。
「悪鬼入其身」の反対で、自身の生命に「梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!」「全学会員に、わが地域のすべての同志の方々の生命に、梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!」——こう祈れば、千倍、万倍の力が出る。これが生命変革の「祈り」である。「信仰」である。人間革命への"秘伝"である。
(『池田大作全集』第91巻、本部幹部会でのスピーチ)

2020年9月18日金曜日

2020.09.18 わが友に贈る

「誠実」「真剣」が
相手の心を動かす。
人格光る振る舞いで
わが地区・わが地域に
信頼の輪を広げよう!

三世諸仏総勘文教相廃立 P563
『此の八万法蔵を我が心中に孕み持ち懐き持ちたり我が身中の心を以て仏と法と浄土とを我が身より外に思い願い求むるを迷いとは云うなり』

【通解】
この八万法蔵を我が心のなかにはらみ、懐き持っているのである。それなのに我が身中の心で、仏と法と浄土とを我が身より外にあると思い、外に願い求めていくのを迷いというのである。

名字の言 「月下美人」を育てる多宝の婦人の「秘めた情熱」 2020年9月18日
心に刻む御聖訓に「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書1253ページ)を挙げる友は多い。四季は一般に「春夏秋冬」の順で並べるが、"信心の四季"は冬が出発点ともいえよう▼試練の冬に仏法と出合い、宿命を転換して勝利の春を開く。その歓喜と一層の決意で鍛えの夏を送り、人生の集大成を功徳が豊かに実る錦秋で飾る——多くの多宝会の友の人生に、信心の軌道を真っすぐに進む偉大さを実感する。長寿の方に敬意を表する「敬老の日」が9月なのも偶然ではないように思う▼ある多宝の婦人は入会以来56年間、自宅を広布の会場に提供してきた。ここを巣立った友から"心の母"と慕われる。婦人は長年、月下美人を栽培している。ある時、婦人の育てた花を見る機会があった池田先生が、カメラに収めた。後に「自然との対話」写真展を彩る1枚として各地を巡回した▼婦人は鉢花だけでなく、"広布の人材の花"も咲かせた。手押し車で地域を歩く中、出会った人に対話を広げ、多くの弘教を実らせてきた▼月下美人の花言葉の一つは「秘めた情熱」。純白の美しい花は夏から秋にかけて咲く。人々に尽くすことを喜びとし、地道に信心根本で生きる婦人。その姿は気品あふれる花と重なって見える。(代)

寸鉄 2020年9月18日
さあ「世界青年部総会」へ後継の奮闘を皆で応援!"次の10年"開く第一歩に
「少しも傾かざるを王」御書。若師子よ誓い貫き富士のごとき自己を築け
心の交流こそ人間が生涯を懸けるに値する仕事—文豪。宝の友情結ぶ好機
100歳以上が初の8万人超で過去最多。豊富な経験と知恵光る"幸齢社会"を
世界の「海岸漂着ごみ」、プラごみが最多。地球環境を守る行動、足元から

〈社説〉 2020・9・18 21日、韓国初訪問30周年
◇師の心を胸に、"希望の存在"へ
「未聞の試練の中、皆さんは『誰も置き去りにしない』との思いで、さまざまな工夫を凝らし、日々、励まし合い、共に苦難を勝ち越えてこられました」
9月6日、池田大作先生は韓国SGIの本部幹部会へのメッセージで、コロナ禍にあって、試練に立ち向かう韓国の同志を励ました。
広布躍進を続ける韓国SGIだが、「反国家的、反民族的な団体」として布教が禁止された時期があった。それは、かつての日本の植民地支配から生じた誤解に基づくものであった。そのなかで韓国の同志は、「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)と励まし合いながら、日蓮大聖人の仏法をもって世界の平和と人類の幸福を目指すものであることを、地域の友人に訴え続けた。さらに、自分たちが実際に何をし、どれだけ社会貢献できたかが学会の正しさの証明になると考え、社会奉仕活動に取り組んでいった。
メンバーの努力が少しずつ実を結び始めた1990年(平成2年)9月21日、池田先生は、東京富士美術館所蔵「西洋絵画名品展」の開幕式に出席するため、韓国を初訪問した。席上、先生は、韓国は日本にとって、「文化大恩の国」であり、「ご恩返しの一分となれば」とあいさつ。その模様は大きく報道され、先生の誠実な言動は、韓国における"日本観"そのものを改める契機となった。
この訪問は、メンバーの勇気の光源となり、新しい出発の原点となった。「良き市民たれ」と、先生が示してきた指針に立ち返り、どこまでも誠実に、「国土大清掃運動」や「良書贈呈運動」など、多彩な社会貢献の運動を展開していったのである。
御書に、「智者とは世間の法より外に仏法を行ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり」(1466ページ)と仰せのように、社会に貢献し、活躍していく人が「智者」であり、真の仏法者なのである。
韓国の同志の地道な努力は、政府等から幾度となく顕彰されるようになり、今や、韓国SGIは、社会になくてはならない"希望の存在"となった。
98年(同10年)5月、初めて韓国SGIの本部を訪問した池田先生は訴えた。
「社会に奉仕し、人間性を広げていく。21世紀の仏法ルネサンスは、韓国から始まっています」「全世界が皆さまを賛嘆しています!」
韓国の同志の奮闘は、誠実なる社会貢献の行動のなかに、信頼の種子がまかれ、広宣流布の見事な開花があることを教えている。私たちも友のため、地域のため、社会のために、新しい歩みを開始したい。

☆四季の励まし わが地域に幸福の花園を! 2020年9月13日
【写真の説明】赤やピンク、黄色……。色鮮やかに咲き薫るヒャクニチソウが、目に飛び込んでくる。その向こうには、愛らしいコスモスが、一足早い秋の到来を告げていた。2007年(平成19年)8月、池田大作先生が、長野でシャッターを切った。
間もなく、"創価家族"の笑顔の花が咲く「座談会の週」が始まる。新型コロナウイルスの感染防止に細心の注意を払いつつ、オンラインなども活用しながら、地域の状況に合わせた形で、心通うひとときを刻んでいきたい。
ヒャクニチソウの花言葉は「絆」である。さあ、励ましの絆を一段と強めながら、わが地域に"幸福と友情の大輪"を広げていこう。

◇池田先生の言葉
地域に根を張り、
人々のために
尽くすことが、
どれほど偉大なことか。
地道な活動が、
深き信頼を築いていく。
わが地域を、
希望輝く理想郷へと
変革する力となる。
地域のために尽力を続ける
各地の友の功労を、
最大に讃えたい。

「孤独」に
なってはいけない。
人を「孤独」に
してもいけない。
悩みに寄り添って、
その苦しい「心音」に
耳を傾けてあげなければ。
そうすることによって、
実は自分自身が
癒やされていくのだ。
人を受け入れ、
励ますことによって、
自分の心が励まされ、
開かれていくのである。

仏法には
「身土不二」とある。
自身と国土、
人間と地域とは
一体であると教えている。
学会員の笑顔が
弾けるところ、
地域が明るくならない
はずがない。
妙法の栄えるところ、
その地域が
繁栄しないはずがない。
否、そうしていくことが、
仏法者の使命である。

大事なのは「心」だ。
広布に戦う「魂」だ。
自分が変われば
周囲が変わる。
周囲が変われば
世界が変わる。
「心の一法」のあり方で、
全てを変えていくことが
できるのだ。

広宣流布といっても、
現実の生活を
離れてはありえない。
自身の宿命を転換し、
わが家庭に、わが地域に
幸福の花園を築いていく。
さらには社会を、
よりよい方向へと
変えていく。
これが
私たちの広宣流布の
運動なのである。

2020年9月17日木曜日

2020.09.17 わが友に贈る

いかなる障魔も
乗り越えられる信心だ。
「祈りとして
叶わざるなし」の確信で
宿命転換のドラマを!

開目抄下 P237
『我が父母を人の殺さんに父母につげざるべしや、悪子の酔狂して父母を殺すをせいせざるべしや、悪人寺塔に火を放たんにせいせざるべしや、一子の重病を炙せざるべしや』

【通解】
わが父母を、人が殺そうとするのを知って父母に告げないでいられようか。悪子が酔い狂って、父母を殺そうとするのを見て止めないでいられようか。悪人が寺塔に火を放って焼いてしまおうとするのを、とめないで放っておかれようか。一子の子供が重病の時にいやがるからといって炙をすえないではおかれないであろう。

名字の言 「おっくう」の由来 2020年9月17日
「おっくう」といえば、「面倒くさくて気が進まないこと」の意味。これは仏教用語の「億劫」の読みが変化したものだ▼「劫」とは非常に長い時間の単位を指す。「1劫」を約1600万年とする説もある。その億倍が「億劫」というのだから、想像を絶する長さだ。あまりに耐えがたいことから、「面倒くさい」との意味で使われるようになったと考えられる▼御書に「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり」(790ページ)とある。真剣に信心の実践に励んでいくなら、本来わが身に具わる仏の生命が瞬間瞬間に現れてくるとの仰せだ▼この御書の一節は池田先生が入信して間もない頃、恩師・戸田先生から「命に刻んでおきなさい」と言われた御文である。戸田先生の事業が苦境に陥った時も、「大阪の戦い」の時も、池田青年は御聖訓のままに祈り戦った。億劫の辛労を尽くすとは、あらゆる課題を一身に受け、「為すべきことを全力で為しゆく」ことだと語っている▼先の御文の続きには「所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」と。「精」とは「混じり気のない」、「進」とは「絶え間なく進む」の意だ。おっくうがる自分の弱さを打ち破って、純粋に、たゆまず信行学の実践を続ける中に、人間革命の直道があることを忘れまい。(恭)

寸鉄 2020年9月17日
「題目を我も唱へ人にも勧む」御書。創立90周年の秋へ自分自身の広布史を
鳥取・島根の日。一人の友に励ましの光を!愛する山光に誉れの人材城築け
副役職の友が立てば広布伸展の力は倍加!"長"に心合わせ団結第一で勇躍
手洗い・マスクは流感の予防にも有効。引き続き徹底し同時流行の防止へ
幼児の転落事故多発と。ベランダや窓辺に高さある家具等置くな。要点検

〈社説〉 2020・9・17 秋の全国交通安全運動
◇無事故から勝利の前進始まる
各地で記録的猛暑に見舞われた今夏。新潟県三条市では3日、9月の観測史上初となる最高気温40・4度を記録するなど、残暑が続いた。しかし、いつしか日没時間は早まり、確実に秋めいてきている。21日からは恒例の「秋の全国交通安全運動」が始まる(30日まで)。
内閣府は、子どもをはじめとする歩行者の安全確保や、高齢運転者らの安全運転の励行等に重点を置いた啓発運動の展開を、各機関や団体に呼び掛けている。
日没後、急に暗くなると感じる季節だが、秋口の日没から1時間以内に、「自動車対歩行者」の衝突事故が多く発生している。2013年から18年の統計によると、日の入り時間がさらに早まる10月〜12月では、65歳以上の高齢者が道路横断中に車にはねられた死亡事故の割合が、昼間の約14倍、夜間の約6倍になっている。「日没後1時間」は最も注意を払うべき時間帯といえる。自動車や自転車の運転手はライトの早めの点灯を心掛け、歩行者は"反射材用品"等の視認効果のあるものを身に着けるなど、事故を回避するための対策を実行したい。
一方で、新型コロナウイルスの感染拡大による外出自粛の影響もあり、7月の交通事故の発生件数は前年同月に比べ全国で減少。死者数は月別の統計が残る1956年以降で最少だったことが、先月の警察庁発表で分かっている。しかし、事故は私たちの身近なところで起きていることを忘れてはならない。
交通事故による死者は、歩行者の割合が最も高く、中でも、幼児・小学生が事故に遭った場合が多い。主な原因は「飛び出し」だ。子どもの突発的な行動は予測が難しいが、自動車や自転車を運転する際、彼らの動きを何度も確認しながら、用心深く気を配りたい。
また、昨今では、自転車利用が増える中で、社会全体として、ルール違反の運転が増え、結果的に事故も増加している。基本のルールを守ることが、事故を未然に防ぐ要諦である。走行する際は、信号無視や車列への急なすり抜け、無灯火での走行などの危険な運転をしてはならない。運転手としての責任を自覚し、細心の注意を払いたい。
池田先生は「無事故こそ幸福の基盤だ。油断は大敵である。事故を絶対に起こさない、断じて巻き込まれないと一念を定め、強盛に祈り抜くのだ」と語っている。
勝利への前進の一歩は、無事故から始まる。事故を未然に防ぐには、私たち一人一人が、「自分は大丈夫」との油断や慢心を排することが必須だ。この秋を実りあるものとするために、絶対無事故の一日一日を積み重ねていきたい。

◇総本部「創価宝光会館」がオープン 2020年9月16日
総本部の「創価宝光会館」(東京・信濃町)のオープニングセレモニーが15日、原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長らが出席して行われた。
同会館は、接遇センターに代わる施設。「宝光」との名には、"全世界から創価の宝友が集い、福徳の光に包まれた所願満足の人生に向けて出発する会館"との意義が込められている。
かつて池田大作先生は、総本部の整備について語った。
「皆さんが堂々と、友人を創価学会へ招けるように。『創価学会を見よ!』と胸を張って歩んでいけるように——これが私の思いである」「生まれ変わったような、世界一の『創価城』『広宣城』をつくっていく。海外から来られた方々も、悠々と、ゆっくりできるような『本陣』を、一段と整備していく」
同会館は、昨年秋にオープンした「創価学会 世界聖教会館」「創価学会 総合案内センター」に続き、学会創立90周年記念事業の掉尾を飾るものである。
広宣流布大誓堂との調和を図り、外周のデザインとして列柱を採用。建物の外形を階段状にし、周辺の環境に溶け込みながら壮麗な印象となるように設計されている。また自然光を取り入れる大きな窓を配しているほか、世界各地の温かみのある御影石や大理石などを使用。「来館者の皆さまを歓迎・賛嘆する」との心が込められている。
さらに開館に当たっては、新型コロナウイルス感染症対策にも留意。入り口ではサーモグラフィーを用いた検温を行うほか、飛沫の拡散を防ぐ透明のアクリル板なども各所に設置。備品にも特殊な抗ウイルス加工を施すなどの万全の対策が取られている。
式典では、谷川主任副会長があいさつ。同会館は創価三代に脈打つ「会員第一」の精神を体現する最も重要な施設であると強調。訪れる同志が笑顔で集えるよう、一致団結して運営に当たりたいと語った。
開館時間は当面の間、午前11時〜午後5時。休館日はありません。ご来館の際は、マスク着用のご協力をお願い致します。

☆小説「新・人間革命」学習のために 「欧州」編
◇One Europe with Sensei!——欧州は一つ、先生と共に!
小説『新・人間革命』の山本伸一の激励・指導などを紹介する「My Human Revolution(マイ・ヒューマン・レボリューション)」。今回は「欧州」編を掲載する。次回は「アジア」編を18日付2面に掲載の予定。挿絵は内田健一郎。

◇「久遠の使命」の自覚が大歓喜に
<1961年(昭和36年)10月、山本伸一はイギリス・ロンドンへ。イギリス広布に孤軍奮闘するシズコ・グラントを激励する>

「人間は自分の使命がわからず、何をすべきかを自覚できなければ、寂しくもなれば、孤独にもなるものです。
あなたは、このイギリスの広宣流布の開拓という使命をもって、ここに来ているんです。仏法の眼から見れば、決して偶然ということはありません。
御書をひもとけば、私たちは、過去世において、日蓮大聖人とともに地涌の菩薩として、末法の広宣流布をする約束をして、そのために現在、こうして出現してきたことが明確に示されています。
つまり、あなたは仏弟子として、大聖人から派遣されて、このイギリスにやって来たのです。
その久遠の使命を自覚し、果たそうとしていくところから、大歓喜が生まれ、新たな人生の扉が開かれていきます」
人間の精神を支えるものは使命である。自分はなんのために生きるのか——仏法は、その使命という、人生の最高の意義を教える。
ゆえに、仏法は、生き抜く力、勇気の明かりとなり、自己の世界を希望の光で包むのだ。(中略)
「イギリスには、日本から来た四、五人のメンバーがいると聞いています。まず、その方たちとしっかり連絡を取り、励まし合っていってください。
また、たくさん友人をつくって、ともに幸せになるために、仏法を教えていくことです。
人のために尽くすことは自らの生命を浄化し、自身の境涯を開いていきます。あなたの活躍を、私は期待していますよ」
(第5巻「開道」の章、59〜60ページ)

◇広布誓願の祈りに無量の功徳が
<75年(同50年)5月、フランス・パリを訪れた伸一は、メンバーである画家の長谷部彰太郎の家を訪問する>

長谷部は、前年、来日した折に、フランスに家を買うべきかどうか、山本伸一に相談した。(中略)
「私は、あなたが家を買うことに賛成です。フランス社会で信用を勝ち得ていくには、フランスに家を持ち、地域に根を張り、信頼を獲得していくことが大事だからです。
それには、断じてフランスに家を購入するぞと決めて、真剣に祈ることです。しかし、ただ家がほしいというだけでは、祈りは、なかなか叶わないかもしれませんよ」
長谷部は、意外な顔をしながら尋ねた。
「何か、祈り方があるんでしょうか」
「あります。フランスの人びとの幸福と繁栄のために、広宣流布を誓願し、祈り抜いていくことです。たとえば、"私はフランス広布に生き抜きます。それには、社会の信用を勝ち取るためにも、皆が集える会場にするためにも、家が必要です。どうか、大きなすばらしい家を授けてください"と祈るんです。
人びとに絶対的幸福の道を教える広宣流布を誓い、願う題目は、仏の題目であり、地涌の菩薩の題目です。その祈りを捧げていく時、わが生命の仏界が開かれ、大宇宙をも動かしていける境涯になる。ゆえに、家を購入したいという願いも、確実に叶っていくんです。
それに対して、ただ大きくて立派な家をくださいというだけの祈りでは、自分の境涯はなかなか開けない。だから、願いが成就するのにも時間がかかります。
祈りの根本は、どこまでも広宣流布であり、広布のためにという一念から発する唱題に、無量無辺の功徳があるんです」
広宣流布の誓願のなかにこそ、所願満足の道があるのだ。
(第21巻「共鳴音」の章、289〜291ページ)

◇学会の組織は「皆の幸福」が目的
<81年(同56年)5月、伸一はドイツのフランクフルト会館で同志と懇談。学会の組織はなぜ必要かを語った>

「ともすれば、個人の自由と組織とは相反するように感じる人もいるかもしれない。しかし、国家でも、会社でも、また、いかなる団体でも、その目的を果たしていくためには、組織は不可欠です。同様に創価学会にあっても、皆が信・行・学を実践し、広宣流布を進めていく手段として、組織はなくてはならないものといえます。
今、皆さんが、こうして信仰することができたのも、組織があっての結果です。(中略)
信心を貫くには、大勢の人びととスクラムを組み、勇気ある人生を歩み抜けるよう励まし合い、退転を戒め合い、正道へ向かうよう守り合うことが大切です。そう考えるならば、組織というものが、いかに重要であるか、よくおわかりいただけると思う。
ただし、組織は手段であり、個々人の信心の向上を促し、幸福になっていくための指導こそが、その出発点であることを忘れてはならない。あくまでも学会の組織の目的は、一人ひとりのメンバーの絶対的幸福であり、成仏にあります。組織での役職も上下の関係を意味するものではありません。幹部は、いわば団結の要となる存在といえます。
ゆえに、メンバーは互いに尊敬し合い、共に社会の一員として理解、信頼し、励まし合いながら、人生を勝ち飾っていただきたい」
学会は、人びとの幸福と人類の平和、すなわち広宣流布を実現する唯一無二の団体である。したがって戸田城聖は、「戸田の命より大切な学会の組織」と言明したのである。
(第30巻<上>「暁鐘」の章、354〜356ページ)

◇結婚には共通の人生基盤が大切
<81年6月、伸一はイタリア・ミラノで青年の代表と信心懇談会を開催し、結婚観について述べる>

伸一は、イタリアは青年のメンバーが多く、その両親などから、結婚観についても、ぜひ語ってほしいとの要請があったことを踏まえ、この問題に言及していった。
「結婚は、自分の意思が最重要であるのは言うまでもないが、若いということは、人生経験も乏しく、未熟な面もあることは否定できない。ゆえに、両親や身近な先輩のアドバイスを受け、周囲の方々から祝福されて結婚することが大切であると申し上げたい。
また、結婚すれば、生涯、苦楽を共にしていくことになる。人生にはいかなる宿命があり、試練が待ち受けているか、わからない。それを二人で乗り越えていくには、互いの愛情はもとより、思想、哲学、なかんずく信仰という人生の基盤の上に、一つの共通の目的をもって進んでいくことが重要になる。
二人が共に信心をしている場合は、切磋琢磨し、信心、人格を磨き合う関係を築いていただきたい。もし、恋愛することで組織から遠ざかり、信心の歓喜も失われ、向上、成長もなくなってしまえば、自分が不幸です」
人生の荒波を越えゆく力の源泉こそ、仏法である。崩れざる幸福を築く道は、学会活動の最前線にこそある。広布のために流す汗は、珠玉の福運となり、その一歩一歩の歩みが、宿命を転換し、幸と歓喜の人生行路を開いていく——ゆえに伸一は、信仰の炎を、絶対に消してはならないと訴えたのである。
(第30巻<上>「暁鐘」の章、403〜404ページ)