御聖訓「百千万億倍・
御用心あるべし」
"自分だけは大丈夫"
との油断を排そう。
互いの声掛けが大事だ。
弥三郎殿御返事 P1451
『但偏に思い切るべし、今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ是こそ勢多を渡せし所よ名を揚るか名をくだすかなり』
【通解】
ただひとえに思い切りなさい。今年の世間の様子を鏡としなさい。多くの人が死んだのに、(弥三郎が)今まで生きながらえてきたのは、このことにあうためなのである。
この戦いこそ宇治川を渡すところであり、この戦いこそ勢多川を渡すところである。名をあげるか名をくだすかの境目である。
名字の言 創価大学文学部の教員が学生に薦める本・映画・音楽 2020年9月6日
この夏、創価大学文学部のウェブサイトでは、教員が学生に薦めたい本や映画、音楽を、短い言葉を添えて紹介してきた。その一覧が示唆に富む▼例えばヘルマン・ヘッセの『知と愛』。「ペストが流行する近世ドイツ。芸術を志す青年ゴルトムントは、愛する人々を喪うなかで『生』の意味を模索する。不安と恐怖にみちた時代に、生きる勇気を与えてくれます」。宮本輝編の『心に残る物語 日本文学秀作選 魂がふるえるとき』は「日本文学の優れた短編が16作品収録されています。『もっといろんな小説を読みたい!』と思わせてくれる名作ぞろいです」▼小説に限らず、漫画や映画の秀作もあれば、冤罪と戦った手記もあり。トルストイもあれば、古今の名曲、名演奏もあり。コロナ禍で時間はあるが、さまざまな悩みが押し寄せ、活字に触れるのもつらい、という人もいる。肩ひじ張らずに手を伸ばせば「文化の窓」は開く——そのことを伝えようと学生に寄り添う知恵が光る▼読書人口の減少がニュースになる一方、"耳で聴く読書"を楽しむ人も増えてきた。「環境」が変わっても、優れた作品に心躍り、心豊かになる「体験」は変わらない▼猛暑をしのげば、"文化の秋"。自他共の成長のために何ができるか、思索を深める好機である。(寅)
寸鉄 2020年9月6日
人生で大事なのは希望だ—戸田先生。立正安国の大理想胸に!共に励まし
白蓮グループが「11・18」へ祝賀期間。さあ今いる場所で!勝利の花と舞え
誠実な友ほど人生の偉大な宝はない—詩人。わが振舞で善友の連帯を拡大
北海道胆振東部地震から2年。越えられぬ難なし。皆様の不屈の前進こそ光
台風10号、暴風や大雨に最大級の警戒を—気象庁避難は早めに。甘く見ず
〈社説〉 2020・9・6 「新・人間革命」完結から2年
◇"目の前の一人"に励ましの光を
池田先生が法悟空のペンネームでつづった小説『新・人間革命』。今月8日、連載が完結してから2年を刻む。全30巻の同書は、日蓮仏法の人間主義の思想を学ぶ"教科書"でもある。
特に本年、コロナ禍によって皆で集っての会合等が制限される中、『新・人間革命』は同志にとって大切な"希望の光""団結の要"となってきた。
韓国SGIは、同書の研さんを「前進1・2・3励まし運動」の一つの柱として掲げ、前進してきた。イギリスSGIは、"今こそ希望の哲学を深め合う時"と、「立正安国」の章が収録されている第4巻を中心に学習。また、ケニアSGIでは、毎週日曜日に、オンラインなどを活用して学びの輪を広げている。
同書には、「『国益』の追求から『人類益』の追求へ、『分断』から『融合』へ」(第14巻「智勇」の章)、「偏頗な生命観、人間観を排して、生命の尊厳に立ち返れ」(第4巻「立正安国」の章)といった指針をはじめ、コロナ禍で露呈した「利己」や「分断」といった課題を克服する道筋が示されている。
『新・人間革命』が人々の心を揺さぶるのは、そうした思想の根底に、一人を徹底して大切にする"人間主義の温かさ"が流れ通っているからであろう。
介護士として働く東京の男子部員は、山本伸一の「私に代わって、悩める人を、優しく、力強く、励ましていただきたい」(第11巻「開墾」の章)との万感の言葉に触れ、コロナ禍の不安で小さな殻に閉じこもっていた自身を反省。自分ができることを実践しようと、職場・地域で関わる一人一人の悩みに寄り添い、自他共の幸福を祈り続けてきた。
世界的な音楽家のアマラウ・ビエイラ氏は、『新・人間革命』について、池田先生の"目の前の一人を救い切る"思想と行動がつづられている点を指摘。「ますます混迷の度を増す社会の中で、これからも多くの人々に希望の光を送ることでしょう」と述べている。
『新・人間革命』をひもとくことは、わが胸中の師匠と対話することである。小説に込められた精神を継承することは、私たち後継の弟子の使命である。
池田先生は連載完結に当たって、こう寄せた。「小説『新・人間革命』の完結を新しい出発として、創価の同志が『山本伸一』として立ち、友の幸福のために走り、間断なき不屈の行動をもって、自身の輝ける『人間革命』の歴史を綴られんことを、心から念願している」
「9・8」は、弟子が師への誓いを新たに、広布に立ち上がる日である。一人一人が新生の「山本伸一」として、挑戦の一歩を踏み出そう。
☆明日を照らす テーマ:祈りから始める
勝利のために、まず強き祈りから始める。そして粘り強く、忍耐強く、祈り抜き、祈り切る。この常勝の方程式を、深く胸に刻んでいくことである。強き信心の一念と行動で、乗り越えられない山はない——かつて池田先生は語られました。
いまだ明るい兆しの見えない社会にあって、経済苦、病苦など、自身の宿命と向き合っている人もいます。
今回の「明日を照らす」は、「11・18」へ、勢いよくスタートするために「祈りから始める」をテーマに学んでいきましょう。
四条金吾殿御返事
『真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり』(御書1170ページ)
◇満々たる生命力で前進!
【通解】真実に、あらゆる人々の色心の留難をとどめ、打ち勝つ秘術は、ただ南無妙法蓮華経なのである。
◇
コロナ禍で、だれもが大なり小なり、悩みや不安を抱えていることでしょう。だからこそ、私たちは、満々たる生命力で、苦難に立ち向かっていくのです。
日蓮大聖人は、色心の留難、つまり物理的・精神的な苦難に立ち向かう生命力の源泉こそ、南無妙法蓮華経であると教えられています。
四条金吾に送られた本抄で大聖人は、「唯南無妙法蓮華経」と、他の戦略などに頼るのではなく、妙法こそが、仏法の秘術であり、それによってしか留難の解決はないと御断言なのです。
金吾への他の御書では、「ただ世間の留難来るとも・とりあへ給うべからず、賢人・聖人も此の事はのがれず」(1143ページ)と、だれもが苦難を避けられないのであり、苦悩に心がとらわれてしまってはならないと教えられています。
つまり、幸福とは「悩みがなくなる」ことではなく、「悩みに負けない生命力」を持つことにほかならないのです。
また金吾に、「一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり」(同ページ)と、祈りによってこそ、安楽な境涯を開くことができると教えられています。
何かあると、目の前の悩みや不安にとらわれ、解決の方法を考えてしまいがちです。これでは、せっかくの「秘術」も発揮されません。大事なことは、祈りから始め、自身に具わる仏の智慧、慈悲、勇気を湧き出していくことです。
御本尊の前で、祈りからスタートできる——私たちにとって、これ以外の秘術も、喜びもないのです。満々たる生命力で、一切を宿命転換していきましょう。
道妙禅門御書
『祈祷に於ては顕祈顕応・顕祈冥応・冥祈冥応・冥祈顕応の祈祷有りと雖も只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当の所願満足有る可く候』(御書1242ページ)
◇願いは必ず成就する
【通解】祈りとその結果には顕祈顕応、顕祈冥応、冥祈冥応、冥祈顕応の四種があるが、ただ肝心なことは、この法華経の信心をされるならば、現在および未来の所願は満たされるであろうということである。
◇
願いは必ず満たされる!
日蓮大聖人の大確信の励ましが、門下の苦悩する胸中に、希望と勇気の太陽を昇らせたことでしょう。お手紙を頂いた道妙禅門は、大聖人に自身の父親の病気平癒をお願いしたようです。冒頭、病気平癒の祈念を約束され、疑うこと無く強盛な信心を貫くよう励まされています。
本抄では、祈りと功徳の現れ方について、「顕祈顕応」「顕祈冥応」「冥祈冥応」「冥祈顕応」の四つがあることを教えられています。「顕祈」とは、具体的な願いを込めた祈り。「冥祈」は、常日頃のたゆまぬ唱題の実践に当たるといえます。
それらの祈りに対して、「顕応」とは具体的に功徳が現れることです。「冥応」とは、気が付かないうちに、自然と生命が浄化され、境涯が深化していくことです。つまり、祈りは、必ず功徳となって現れることを示されているのです。
だからこそ、「只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当の所願満足有る可く候」と、信心に励めば、現世と来世の願いが必ず満たされると御断言なのです。
さらに本抄で、法華経の「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」「病即消滅して不老不死ならん」の文を引き、これらの金言を疑ってはならないと教えられています。強き祈りは、病を消滅させ、魔民さえも広布の味方へと変えていきます。
さあ、さまざまな苦悩や願いを、"祈る力"に変えて、「所願満足」の人生を力強く歩んでいきましょう。
☆対話のツボ 【問い】祈る時間があるなら、もっと努力した方がいいのでは……。
祈りに対するイメージは、人によってまちまちです。
仕事で成果を上げようとしたり、勉強で結果を出そうとしている人にとってみれば、祈っている時間がもったいないと感じてしまうこともあるでしょう。
ではなぜ、学会の同志は、時間をつくって、真剣に祈るのでしょうか。
その理由は、それが一番、価値的だからです。具体的には、祈ることによって、今まで以上に仕事や勉強への意欲が湧きます。そうすれば、祈る時間を差し引いても、いままで以上の成果が上がっていくことでしょう。また、もう限界だと諦めようとした時に、もう一歩、努力できる力となります。さらに、新たなひらめきがあったり、自分の改善点が見つかることもあります。
日蓮大聖人の仏法は、もちろん"祈っていればなんとかなる"という宗教ではありません。祈りによって、自分に具わる力を最大限に発揮させ、同じ努力であっても、その結果を何倍にもしていくことができるのです。祈りと努力の両輪で、願いに向かって最短距離で進むことができるのです。何より、自分の力を存分に発揮することで、自他共の幸福、平和に貢献していくこともできます。
こうした具体的な変化以上に、祈ることによって生命を清らかに、そして強靱にしていくことができるのです。祈りで生命を強くした人は、いかなる苦難も、楽しんで乗り越えていくことができます。これこそが、祈りの偉大な功徳なのです。
2020年9月6日日曜日
2020年9月5日土曜日
2020.09.05 わが友に贈る
新たな発展の鍵は
新たな挑戦にある。
「やってみよう!」と
軽やかに一歩を踏み出し
共に未来を開きゆこう!
法蓮抄 P1046
『譬えば竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るる』
【通解】
竹の節を一つ破れば、他の節も次々に破れる。
名字の言 文筆家・室生犀星と詩人・萩原朔太郎の友情 2020年9月5日
文筆家の室生犀星は、詩人の萩原朔太郎と親交が深かった。だが両者は、趣味や性格はまるで正反対だった▼文章を巡り、夜通し議論を戦わせたこともあった。時に共感し、時に反発しつつ、互いを高め合った。室生は萩原を評する。「僕という人間を丁寧に考えていて、いつも新しい犀星論をしてくれる」(『新しい詩とその作り方』国書刊行会)。心通う語らいを通して、新たな自分の可能性に気付かせてくれる——友情の醍醐味だろう▼先日、新潟県佐渡市に住む青年が、福島県の男子部員の紹介で入会した。男子部員は高校時代の同級生。昨年末、仏法の話を聞いた当初は嫌悪感すら覚えたが、情熱を込めて語る姿が心に残った▼コロナ禍でもオンラインで、2人の語らいは続いた。男子部員は、看護師として悪戦苦闘する青年の話に耳を傾けた。懸命に励ましてくれる真心が、一歩を踏み出す勇気になった。入会記念勤行会の席上、青年は語った。「彼のように、自分だけでなく、他者の幸せのために行動できる人になりたい」▼御聖訓に「他人なれどもかたらひぬれば命にも替るぞかし」(御書1132ページ)と。人は人の中で磨かれる。社会が困難に直面する今こそ、自他共の生きる力を呼び覚ます"励ましの対話"を幾重にも広げよう。(閃)
寸鉄 2020年9月5日
広布に生き抜く志を持て—戸田先生。"師弟不二の祈り"が勝利の究極の力
総東京が「"励ましの絆"拡大季間」を勇み開始!青年部総会も総力で応援
「疑い無きを信と曰い明了なるを解と曰う」御書。魔に紛動されぬ勇者たれ
警官装い銀行カードを巧妙に預かり去る詐欺横行絶対に渡すな!厳重警戒
共同購入の国際枠組に日本も参加へ。公明の提言実る。命守る施策さらに
☆ONE GOSHO 日厳尼御前御返事
◇真剣な祈りが勝利を開く鍵
全世界の友が「世界青年部総会」(来月27日開催)を目指し、かつてない祈りと対話に挑んでいる。今回は、日蓮仏法の信仰の姿勢を学び、さらなる前進への追い風にしたい。
◇御文
『叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず、水すめば月うつる風ふけば木ゆるぐごとく・みなの御心は水のごとし信のよはきはにごるがごとし、信心の・いさぎよきはすめるがごとし、木は道理のごとし・風のゆるがすは経文をよむがごとし』(御書1262ページ)
◇通解
あなたの願いがかなうか、かなわないかは御信心によるのである。まったく日蓮のとがではない。水が澄めば月が映り、風が吹けば木が揺らぐようなものである。人の心は水のようなものであり、信心が弱いのは水が濁っているようなものである。信心が潔いのは水が澄んでいるようなものである。木は仏法の道理のようなものであり、風がその木を揺り動かすのは、ちょうど修行をして経文を読むようなものである。
◇背景
本抄は弘安3年(1280年)11月29日、日蓮大聖人が身延で記されたお手紙である。日厳尼が大聖人へ、御供養を添えて「立願の願書」を送ってきたことに対する御返事である。日厳尼について詳しいことは分かっていないが、強盛な信心を貫いていた女性門下である。
「立願の願書」とは、御本尊に願いを立てた書面のことで、大聖人に何か改まった願いがあったものと考えられる。それに対し大聖人は、信心の心構え、祈りの根本姿勢を指導されている。
◇解説
本抄の冒頭で大聖人は、日厳尼からの願書と御供養を御本尊に供え、祈念したことを伝え、「私に計り申すに及ばず候」と、自分勝手に御本尊の功徳を推し量ってはいけないと述べられている。続けて、「叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず」と、御本尊には無量無辺の功力が具わっており、その力を現実にあらわしていくのは、あくまでも自身の信仰の心構えによることを教えられている。
いわゆる「おすがり信仰」や「他力本願」ではなく、どこまでも主体的に、そして絶対の確信をもって御本尊に向かうという、祈りの基本姿勢を示されたと拝される。
次に、御本尊の功力を「月」に、自身の信心を「水」に例えられている。つまり、月影が映らない「濁った水」を「信心が弱い」状態に、月の影がきれいに映る「澄んだ水」を「信心の潔さ」として表現されている。
御本尊に相対する心の重要性を強調されているのだ。
私たちに当てはめるなら、「澄んだ水」のような信心とは、疑いなく祈る姿勢であり、素直な心で広布の実践に励むこと。反対に、「濁った水」のような信心とは、御本尊を疑う心であり、愚痴や文句を言いながら学会活動に受け身で臨んでいる姿といえる。
最後に大聖人は、仏法の道理を「木」に、「経文を読む」という実践を「風」に例えられている。
ここでいう「経文を読む」とは、勤行・唱題であり、御書の仰せのままに化他行に挑戦することである。「風」によって「木」が揺らぐように、御本尊の功力を引き出す鍵は、純真な信心とともに、果敢な仏道修行の実践にこそあるのだ。
さらに、深く心に刻みたいのは、強盛な信心で道理をも発動させ、勝利へ向かっていけるとの大聖人の大確信である。
かつて池田先生は、本抄を通して、こう語られた。
「真剣な祈りと行動の『風』を起こした時、『道理』の木を揺るがして、すべてを勝利の方向へ、幸福の方向へ、願い通りの方向へと転換していける。不可能に思えることをも可能にできるのである。『風』を起こすことである。『木』を揺るがすことである」
妙法には、不可能を可能にしていける偉大な力がある。
だからこそ、私たち学会員は困難に直面した時、「いかなる厳しい現実をも変革していく」という姿勢を貫けるのであり、そこに「諦めの心」は存在しないのだ。
コロナ禍で、かつてない逆境にある今こそ、池田門下の男子部が大信力を奮い起こし、あらゆる困難を吹き飛ばして、広布前進の旋風を巻き起こす時である。
いよいよ来月27日に迫った10・2「世界平和の日」60周年記念の「世界青年部総会」(オンラインで開催)へ、全世界の友と手を携え、さらなる真剣な祈りと対話拡大に挑み抜き、それぞれが大勝利した姿で喜々として集い合おうではないか!
新たな挑戦にある。
「やってみよう!」と
軽やかに一歩を踏み出し
共に未来を開きゆこう!
法蓮抄 P1046
『譬えば竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るる』
【通解】
竹の節を一つ破れば、他の節も次々に破れる。
名字の言 文筆家・室生犀星と詩人・萩原朔太郎の友情 2020年9月5日
文筆家の室生犀星は、詩人の萩原朔太郎と親交が深かった。だが両者は、趣味や性格はまるで正反対だった▼文章を巡り、夜通し議論を戦わせたこともあった。時に共感し、時に反発しつつ、互いを高め合った。室生は萩原を評する。「僕という人間を丁寧に考えていて、いつも新しい犀星論をしてくれる」(『新しい詩とその作り方』国書刊行会)。心通う語らいを通して、新たな自分の可能性に気付かせてくれる——友情の醍醐味だろう▼先日、新潟県佐渡市に住む青年が、福島県の男子部員の紹介で入会した。男子部員は高校時代の同級生。昨年末、仏法の話を聞いた当初は嫌悪感すら覚えたが、情熱を込めて語る姿が心に残った▼コロナ禍でもオンラインで、2人の語らいは続いた。男子部員は、看護師として悪戦苦闘する青年の話に耳を傾けた。懸命に励ましてくれる真心が、一歩を踏み出す勇気になった。入会記念勤行会の席上、青年は語った。「彼のように、自分だけでなく、他者の幸せのために行動できる人になりたい」▼御聖訓に「他人なれどもかたらひぬれば命にも替るぞかし」(御書1132ページ)と。人は人の中で磨かれる。社会が困難に直面する今こそ、自他共の生きる力を呼び覚ます"励ましの対話"を幾重にも広げよう。(閃)
寸鉄 2020年9月5日
広布に生き抜く志を持て—戸田先生。"師弟不二の祈り"が勝利の究極の力
総東京が「"励ましの絆"拡大季間」を勇み開始!青年部総会も総力で応援
「疑い無きを信と曰い明了なるを解と曰う」御書。魔に紛動されぬ勇者たれ
警官装い銀行カードを巧妙に預かり去る詐欺横行絶対に渡すな!厳重警戒
共同購入の国際枠組に日本も参加へ。公明の提言実る。命守る施策さらに
☆ONE GOSHO 日厳尼御前御返事
◇真剣な祈りが勝利を開く鍵
全世界の友が「世界青年部総会」(来月27日開催)を目指し、かつてない祈りと対話に挑んでいる。今回は、日蓮仏法の信仰の姿勢を学び、さらなる前進への追い風にしたい。
◇御文
『叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず、水すめば月うつる風ふけば木ゆるぐごとく・みなの御心は水のごとし信のよはきはにごるがごとし、信心の・いさぎよきはすめるがごとし、木は道理のごとし・風のゆるがすは経文をよむがごとし』(御書1262ページ)
◇通解
あなたの願いがかなうか、かなわないかは御信心によるのである。まったく日蓮のとがではない。水が澄めば月が映り、風が吹けば木が揺らぐようなものである。人の心は水のようなものであり、信心が弱いのは水が濁っているようなものである。信心が潔いのは水が澄んでいるようなものである。木は仏法の道理のようなものであり、風がその木を揺り動かすのは、ちょうど修行をして経文を読むようなものである。
◇背景
本抄は弘安3年(1280年)11月29日、日蓮大聖人が身延で記されたお手紙である。日厳尼が大聖人へ、御供養を添えて「立願の願書」を送ってきたことに対する御返事である。日厳尼について詳しいことは分かっていないが、強盛な信心を貫いていた女性門下である。
「立願の願書」とは、御本尊に願いを立てた書面のことで、大聖人に何か改まった願いがあったものと考えられる。それに対し大聖人は、信心の心構え、祈りの根本姿勢を指導されている。
◇解説
本抄の冒頭で大聖人は、日厳尼からの願書と御供養を御本尊に供え、祈念したことを伝え、「私に計り申すに及ばず候」と、自分勝手に御本尊の功徳を推し量ってはいけないと述べられている。続けて、「叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず」と、御本尊には無量無辺の功力が具わっており、その力を現実にあらわしていくのは、あくまでも自身の信仰の心構えによることを教えられている。
いわゆる「おすがり信仰」や「他力本願」ではなく、どこまでも主体的に、そして絶対の確信をもって御本尊に向かうという、祈りの基本姿勢を示されたと拝される。
次に、御本尊の功力を「月」に、自身の信心を「水」に例えられている。つまり、月影が映らない「濁った水」を「信心が弱い」状態に、月の影がきれいに映る「澄んだ水」を「信心の潔さ」として表現されている。
御本尊に相対する心の重要性を強調されているのだ。
私たちに当てはめるなら、「澄んだ水」のような信心とは、疑いなく祈る姿勢であり、素直な心で広布の実践に励むこと。反対に、「濁った水」のような信心とは、御本尊を疑う心であり、愚痴や文句を言いながら学会活動に受け身で臨んでいる姿といえる。
最後に大聖人は、仏法の道理を「木」に、「経文を読む」という実践を「風」に例えられている。
ここでいう「経文を読む」とは、勤行・唱題であり、御書の仰せのままに化他行に挑戦することである。「風」によって「木」が揺らぐように、御本尊の功力を引き出す鍵は、純真な信心とともに、果敢な仏道修行の実践にこそあるのだ。
さらに、深く心に刻みたいのは、強盛な信心で道理をも発動させ、勝利へ向かっていけるとの大聖人の大確信である。
かつて池田先生は、本抄を通して、こう語られた。
「真剣な祈りと行動の『風』を起こした時、『道理』の木を揺るがして、すべてを勝利の方向へ、幸福の方向へ、願い通りの方向へと転換していける。不可能に思えることをも可能にできるのである。『風』を起こすことである。『木』を揺るがすことである」
妙法には、不可能を可能にしていける偉大な力がある。
だからこそ、私たち学会員は困難に直面した時、「いかなる厳しい現実をも変革していく」という姿勢を貫けるのであり、そこに「諦めの心」は存在しないのだ。
コロナ禍で、かつてない逆境にある今こそ、池田門下の男子部が大信力を奮い起こし、あらゆる困難を吹き飛ばして、広布前進の旋風を巻き起こす時である。
いよいよ来月27日に迫った10・2「世界平和の日」60周年記念の「世界青年部総会」(オンラインで開催)へ、全世界の友と手を携え、さらなる真剣な祈りと対話拡大に挑み抜き、それぞれが大勝利した姿で喜々として集い合おうではないか!
2020年9月4日金曜日
2020.09.04 わが友に贈る
声が心を結び 絆を育む。
「お変わりありませんか」
「何か困っていませんか」
一人一人に思いをはせ
安心と希望を届けよう!
四条金吾殿御返事 P1180
『池の水すくなくなれば魚さわがしく秋風立てば鳥こずえをあらそう様に候事に候へば、いくそばくぞ御内の人人そねみ候らん』
【通解】
池の水が少なくなれば魚がさわがしくなり、秋風が立つと小鳥が梢を争うのと同じである。どんなにか御内の人々があなたをそねんでいることであろう。
名字の言 小学生のきょうだいが、この夏に挑戦した二つのこと 2020年9月4日
東京の緑の丘に立つ団地に住む小学5年の兄と小学4年の妹が、この夏、二つのことに挑戦した▼一つは、おばあちゃんのために祈ること。病気で入院したおばあちゃんの回復を祈り、泣きながら唱題をしていたお母さんの姿を見て、2人は決意した。「題目をあげて、おばあちゃんの病気を絶対に治したい」。共に毎日1時間以上の唱題をやり抜き、おばあちゃんは退院できた▼もう一つは少年少女希望絵画展への挑戦。2人が選んだ題材は、池田先生の顔。「おばあちゃんの大好きな先生を描きました」。2歳の妹を含む3人を女手一つで育てるお母さんも題目根本に挑戦を重ね、新しい仕事を得た。初出勤は先生の入信記念日の8月24日。「先生が見守ってくださっていると感じました」▼苦難の時ほど、人間の根っこは育つ。その根っこは、励ましの大地に育つのだ。2人は今春から地元の少年少女部の合唱団員に。今は自粛中だが、スタッフがメンバーを励まそうと楽しい動画を作成。そこにはスタッフがリモートで少年少女部歌「Be Brave! 獅子の心で」を歌い踊る姿が▼どんなつらい事があっても 勝利を信じて 努力は絶対むだじゃない 自分がきっと輝いている——たくさんのエールに包まれて、負けない心が輝いた。(進)
寸鉄 2020年9月4日
「時機に叶いぬれば必ず得道」御書。自身の体験を生き生きと友に語りゆけ
東京・青梅青年部の日。人材錬磨の誉れの天地。民衆の理想郷を若き力で
我らは進みに進み勝つ為に生まれた—戸田先生。不屈の前進が地涌の使命
強い台風が列島へ。河川増水等、最新情報を注視。無冠の友は安全最優先で
8月の熱中症死が過去最多。9割は冷房不使用と。残暑が続く今、油断なく
☆第3代会長就任60周年記念 師弟凱歌の記憶 特別編「広布の言論戦へ 嵐の船出」
◇「聖教創刊原点の日」70年
8・24「聖教新聞創刊原点の日」満70年を記念し、「師弟凱歌の記憶」特別編として、本紙の創刊と発展を巡る師弟のドラマを追う。
「無冠」1969年(昭和44年)新年号に池田先生が寄せた詩「無冠の友よ」の自筆原稿(冒頭部分)。「おお 誇り高き 無冠の友よ/静寂の朝——/暁天をあおぎ 広布の便りを/携えて走る。今日も、明日も。/君等こそ、如来の使いの姿であり/真実の 民衆の王者だ。」
晴れの日も雨の日も、本紙を配達してくださる「無冠の友」の軽やかな足音とともに朝が明ける。
"希望の便り"を届ける尊き同志への尽きせぬ感謝を、池田先生はこう述べている。
「私も妻も、毎朝、新聞が届けられる時間になると、よく二人で合掌して感謝している。『今ごろ、新聞が届いたかもしれないね。ありがとう』と。また、新聞を手に取るときも、『配達をされる無冠の友の皆さま、ありがとう』と。いつもそういう思いでいる」
師と同志の祈りと努力によって、2万560号の歴史を紡いできた聖教新聞。今や「聖教電子版」を通じて、205カ国・地域で日々、同時に読まれる時代となった。
池田先生はつづる。
「恩師・戸田先生も、『大作、「日本中、世界中の人が読む聖教にしよう」と語り合った通りになったな』と、呵々大笑されているに違いない」
◇嵐の中で恩師が弟子に託した創刊構想
広宣流布のための機関紙を持つ構想は、創価の師弟が大試練の渦中にある時に生まれた。
1950年(昭和25年)8月24日、戸田先生は東京・虎ノ門の喫茶店で、ある新聞記者と向き合っていた。その傍らには、22歳の池田先生がいた。折からの経済不況で、経営する信用組合の破綻が決定的になった。その噂を察知した記者が、スクープを物にしようと近づいてきたのである。
この前日、池田先生は、訪ねてきた記者と会っていた。先生は訴えた。
——もとより、戸田先生は逃げも隠れもしない。だがいい加減なことを書かれてしまえば混乱し、清算事務も危機に陥ってしまう。
理を尽くし、誠実に、長時間にわたって事情を説明した。また、敬愛する師の人間像についても語った。そして、翌24日、戸田先生を交えて会見することを約束したのだ。
戸田先生は、悠然と記者に対した。事態打開の道筋を語り、必ず社会的な責任を果たすことを言明。無用な混乱を招かぬ為に、報道はしばらく控えてほしいと、率直に伝えた。
記者は、困惑しながらも、意を決するように言った。「わかった。よし、待ちましょう……」。社会不安をあおるような記事が出ることはなかった。
その帰り道、戸田先生は、歩きながら池田先生に言った。「これからは"文"の戦いだ」「一つの新聞をもっているということは、実に、すごい力をもつことだ。学会も、いつか、なるべく早い機会に新聞をもたなければならない。大作、よく考えておいてくれ」
この日夜、戸田先生は、事業のことが波及しないよう考慮し、学会の理事長辞任の意向を発表した。
池田先生は、この日で入信満3年。棘の道を進む中で、師の言葉を余さず生命に刻んだ。
この8月24日が、後に「聖教新聞創刊原点の日」として輝く、歴史的な一歩となる。
◇「聖火鶴見に炎上」の陰にあった闘争
いざ事業が危機に陥ると、多くの人々が戸田先生のもとを去っていった。池田先生は、ただ一人になろうとも、活路を開くために戦い抜くと誓っていた。
先生は、その決意を一首の歌に託して、戸田先生に贈った。
「古の
奇しき縁に
仕へしを
人は変れど
われは変らじ」
苦境の時代、池田先生が仕事で毎日のように訪れた地がある。神奈川の横浜市鶴見区だ。
草創の広布を開いた柱の一つ「鶴見支部」の拠点もあった。先生は激務の間隙を縫うように、愛する同志を励ましていった。
病床に伏す壮年の手を取って「苦難が多ければ多いほど、幸せも多いです」と御本尊への確信を語る一方、継ぎはぎだらけの"もんぺ"をまとった女性たちには"この信心で、貴婦人になっていきましょう"と明るく声を掛けた。
誰もが貧しく、皆、生活闘争に真剣だった。
先生自身、冬でもコートがなく、レインコートを着て鶴見に来ていた——ある友は、そんな様子を記録している。恩師の仕事の重責を担いつつ、広布開拓に死力を尽くす闘争が、同志の心に火を付けた。
そんな秋霜烈日の50年(同25年)12月、東京・新橋駅近くの食堂で、戸田先生は再び池田先生に言った。「新聞をつくろう。機関紙をつくろうよ。これからは言論の時代だ」
その2カ月後には、「いよいよ新聞を出そう。私が社長で、君は副社長になれ。勇ましくやろうじゃないか!」と——。
◇「日本一、世界一の大新聞に発展せしむる事を期す」
寒い冬を越えた51年(同26年)3月11日、複雑な手続きなどを全て処理し、戸田先生の信用組合は正式に解散。嵐の中に一筋の光が差し込んだ。
相前後して、恩師のもとに池田先生らが集まり、機関紙発刊への企画会や打ち合わせが何度も開かれる。
紙名を検討した際には、「文化新聞」「創価新聞」「世界新聞」、さらには「宇宙新聞」の案が出され、最終的に「聖教新聞」の名称が決まった。
先生は、日記に記した。
「日本一、世界一の大新聞に発展せしむる事を心に期す。広宣流布への火蓋は遂にきられた。決戦に挑む態勢は準備完了」(3月17日)
同年4月20日、待望の聖教新聞が創刊された。旬刊(10日に一度の発行)2ページ建て。発行部数は5000部だった。
創刊号1面のトップ記事は、「信念とは何ぞや?」と題する戸田先生の論文。下段にもまた、戸田先生の小説『人間革命』が掲載された。
2面には「聖火鶴見に炎上」の見出しが躍り、折伏・弘教をリードする鶴見支部の奮闘が紹介された。その記事に、池田先生の名は出てこない。しかし躍進の陰に、先生の激闘があったことを、支部の誰もが知っていた。
◇広布の伸展と共に
5月3日、戸田先生が学会の第2代会長に就任。同月末、聖教新聞の編集室は新宿・百人町から、市ケ谷駅近くのビルに移転する。
机を二つ並べれば埋まるような狭い部屋。取材のためのカメラは旧式のものが1台あるだけ——そんな小さな一室で生まれた新聞が広布の原動力になった。
戸田先生自ら、「寸鉄」などに筆を振るった。
池田先生も書いた。人物紹介の記事。偉人に学ぶ啓発的な記事……。
2年後には週刊に。さらに4ページ、6ページ、8ページ建てと紙面を増やし、広布の伸展と共に、聖教新聞も発展の一途をたどったのである。
池田先生が第3代会長に就任すると、そのスピードは加速。5000部で始まった聖教新聞は、創刊わずか10年後には100万部を超えている。
「一万号 ついに登れり 聖教山 万歳」——1990年(平成2年)7月19日付で本紙が1万号を迎えた際に池田先生が贈った句。「聖教の皆様 本当に御苦労様です。 合掌」との言葉と共に
聖教新聞は、わが愛する同志への手紙——池田先生はこの思いで、小説『人間革命』などの原稿執筆に当たりつつ、全てのスタッフ、関係者に厳愛の指導、励ましを送り続けてきた。
広告、印刷、輸送、さらには通信員、販売店、無冠の友(配達員)などへの、先生のこまやかな激励が絶えることはなかった。
新聞は「総合力」の結晶である。執筆から印刷、そして配達まで、膨大な作業が日々続く。誰一人として欠けても、読者には届かない。その厳しい事実を先生は熟知していた。
家計を支えるため、小学6年次から3年間、新聞配達をした。
終戦直後、18歳の頃には印刷会社に身を置いた。営業に回って受注を取り、印刷現場では活字を一字一字拾って、刷り上がりの校正作業まで携わったという。
49年(同24年)1月からは戸田先生が経営する日本正学館の一員となり、少年雑誌『冒険少年』『少年日本』の若き編集長として奮闘。作家や挿絵画家のもとに足を運び、締め切りと格闘した。時には、「山本伸一郎」のペンネームで少年少女のために自ら健筆を振るった。
活字メディアで発信する責任の大きさも、目立たぬ陰の辛苦も、先生自身が、ひしひしと体感してきたことである。
◇民衆城を守る"武器"として
聖教新聞は、民衆に勇気と希望を送る「人間の機関紙」である。一方で、民衆を虐げる言動とは断固戦う"武器"とも"弾丸"ともなる。
1981年(昭和56年)12月、先生は大分へ。約300人の友と、竹田市の岡城址で記念撮影を行った。大分は、宗門僧が謀略の限りを尽くした第1次宗門事件の震源地の一つであり、最も苦しんだ地域の一つが竹田だった。
池田先生は撮影後、熊本に向かう車中で提案した。"写真は、できるだけ大きく! 2面から3面にわたって掲載しよう。写真が真ん中で切れてもいい"——その言葉に、紙面のレイアウトを担当する記者は驚いた。
12月14日付の本紙。2ページにまたがる特大の記念写真が紙面に掲載され、感激が広がった。
宗門僧の過酷な非難・中傷に耐え抜き、戦い、勝利した仏子たちを、庶民の英雄たちを、最大に賞讃し、宣揚したかったのだ。先生の熱情が、新聞制作の枠をも飛び越えた。その後、同様の記念撮影は、熊本、神奈川などでも行われ、"民衆の大勝利宣言"となる写真が紙面を飾った。先生は、聖教紙上で共戦の同志を鼓舞しながら、新時代を開くべく、反転攻勢の大波を起こしていったのである。
◇明春の創刊70年へ共戦の師子吼を!
昨年11月に「世界聖教会館」がオープンした。池田先生ご夫妻は先立って9月、10月と2度訪問。勤行・唱題して、聖教新聞の世界的発展と無冠の友の無事故・幸福を祈念した。
同会館の「聖教新聞 師弟凱歌の碑」には、こうある。「広宣流布とは言論戦である。仏法の真実と正義を叫ぶ、雄渾なる言葉の力なくして、創価の前進はない」
不二の師弟が、嵐の渦中で聖教新聞の創刊を構想して70年。明年4月20日には創刊70周年となる。
聖教新聞は、永久に師弟共戦の師子吼を放つ。
世界宗教へと飛翔する創価学会の誇り高き機関紙として、人間主義の論調を世界中に発信しゆく。
「お変わりありませんか」
「何か困っていませんか」
一人一人に思いをはせ
安心と希望を届けよう!
四条金吾殿御返事 P1180
『池の水すくなくなれば魚さわがしく秋風立てば鳥こずえをあらそう様に候事に候へば、いくそばくぞ御内の人人そねみ候らん』
【通解】
池の水が少なくなれば魚がさわがしくなり、秋風が立つと小鳥が梢を争うのと同じである。どんなにか御内の人々があなたをそねんでいることであろう。
名字の言 小学生のきょうだいが、この夏に挑戦した二つのこと 2020年9月4日
東京の緑の丘に立つ団地に住む小学5年の兄と小学4年の妹が、この夏、二つのことに挑戦した▼一つは、おばあちゃんのために祈ること。病気で入院したおばあちゃんの回復を祈り、泣きながら唱題をしていたお母さんの姿を見て、2人は決意した。「題目をあげて、おばあちゃんの病気を絶対に治したい」。共に毎日1時間以上の唱題をやり抜き、おばあちゃんは退院できた▼もう一つは少年少女希望絵画展への挑戦。2人が選んだ題材は、池田先生の顔。「おばあちゃんの大好きな先生を描きました」。2歳の妹を含む3人を女手一つで育てるお母さんも題目根本に挑戦を重ね、新しい仕事を得た。初出勤は先生の入信記念日の8月24日。「先生が見守ってくださっていると感じました」▼苦難の時ほど、人間の根っこは育つ。その根っこは、励ましの大地に育つのだ。2人は今春から地元の少年少女部の合唱団員に。今は自粛中だが、スタッフがメンバーを励まそうと楽しい動画を作成。そこにはスタッフがリモートで少年少女部歌「Be Brave! 獅子の心で」を歌い踊る姿が▼どんなつらい事があっても 勝利を信じて 努力は絶対むだじゃない 自分がきっと輝いている——たくさんのエールに包まれて、負けない心が輝いた。(進)
寸鉄 2020年9月4日
「時機に叶いぬれば必ず得道」御書。自身の体験を生き生きと友に語りゆけ
東京・青梅青年部の日。人材錬磨の誉れの天地。民衆の理想郷を若き力で
我らは進みに進み勝つ為に生まれた—戸田先生。不屈の前進が地涌の使命
強い台風が列島へ。河川増水等、最新情報を注視。無冠の友は安全最優先で
8月の熱中症死が過去最多。9割は冷房不使用と。残暑が続く今、油断なく
☆第3代会長就任60周年記念 師弟凱歌の記憶 特別編「広布の言論戦へ 嵐の船出」
◇「聖教創刊原点の日」70年
8・24「聖教新聞創刊原点の日」満70年を記念し、「師弟凱歌の記憶」特別編として、本紙の創刊と発展を巡る師弟のドラマを追う。
「無冠」1969年(昭和44年)新年号に池田先生が寄せた詩「無冠の友よ」の自筆原稿(冒頭部分)。「おお 誇り高き 無冠の友よ/静寂の朝——/暁天をあおぎ 広布の便りを/携えて走る。今日も、明日も。/君等こそ、如来の使いの姿であり/真実の 民衆の王者だ。」
晴れの日も雨の日も、本紙を配達してくださる「無冠の友」の軽やかな足音とともに朝が明ける。
"希望の便り"を届ける尊き同志への尽きせぬ感謝を、池田先生はこう述べている。
「私も妻も、毎朝、新聞が届けられる時間になると、よく二人で合掌して感謝している。『今ごろ、新聞が届いたかもしれないね。ありがとう』と。また、新聞を手に取るときも、『配達をされる無冠の友の皆さま、ありがとう』と。いつもそういう思いでいる」
師と同志の祈りと努力によって、2万560号の歴史を紡いできた聖教新聞。今や「聖教電子版」を通じて、205カ国・地域で日々、同時に読まれる時代となった。
池田先生はつづる。
「恩師・戸田先生も、『大作、「日本中、世界中の人が読む聖教にしよう」と語り合った通りになったな』と、呵々大笑されているに違いない」
◇嵐の中で恩師が弟子に託した創刊構想
広宣流布のための機関紙を持つ構想は、創価の師弟が大試練の渦中にある時に生まれた。
1950年(昭和25年)8月24日、戸田先生は東京・虎ノ門の喫茶店で、ある新聞記者と向き合っていた。その傍らには、22歳の池田先生がいた。折からの経済不況で、経営する信用組合の破綻が決定的になった。その噂を察知した記者が、スクープを物にしようと近づいてきたのである。
この前日、池田先生は、訪ねてきた記者と会っていた。先生は訴えた。
——もとより、戸田先生は逃げも隠れもしない。だがいい加減なことを書かれてしまえば混乱し、清算事務も危機に陥ってしまう。
理を尽くし、誠実に、長時間にわたって事情を説明した。また、敬愛する師の人間像についても語った。そして、翌24日、戸田先生を交えて会見することを約束したのだ。
戸田先生は、悠然と記者に対した。事態打開の道筋を語り、必ず社会的な責任を果たすことを言明。無用な混乱を招かぬ為に、報道はしばらく控えてほしいと、率直に伝えた。
記者は、困惑しながらも、意を決するように言った。「わかった。よし、待ちましょう……」。社会不安をあおるような記事が出ることはなかった。
その帰り道、戸田先生は、歩きながら池田先生に言った。「これからは"文"の戦いだ」「一つの新聞をもっているということは、実に、すごい力をもつことだ。学会も、いつか、なるべく早い機会に新聞をもたなければならない。大作、よく考えておいてくれ」
この日夜、戸田先生は、事業のことが波及しないよう考慮し、学会の理事長辞任の意向を発表した。
池田先生は、この日で入信満3年。棘の道を進む中で、師の言葉を余さず生命に刻んだ。
この8月24日が、後に「聖教新聞創刊原点の日」として輝く、歴史的な一歩となる。
◇「聖火鶴見に炎上」の陰にあった闘争
いざ事業が危機に陥ると、多くの人々が戸田先生のもとを去っていった。池田先生は、ただ一人になろうとも、活路を開くために戦い抜くと誓っていた。
先生は、その決意を一首の歌に託して、戸田先生に贈った。
「古の
奇しき縁に
仕へしを
人は変れど
われは変らじ」
苦境の時代、池田先生が仕事で毎日のように訪れた地がある。神奈川の横浜市鶴見区だ。
草創の広布を開いた柱の一つ「鶴見支部」の拠点もあった。先生は激務の間隙を縫うように、愛する同志を励ましていった。
病床に伏す壮年の手を取って「苦難が多ければ多いほど、幸せも多いです」と御本尊への確信を語る一方、継ぎはぎだらけの"もんぺ"をまとった女性たちには"この信心で、貴婦人になっていきましょう"と明るく声を掛けた。
誰もが貧しく、皆、生活闘争に真剣だった。
先生自身、冬でもコートがなく、レインコートを着て鶴見に来ていた——ある友は、そんな様子を記録している。恩師の仕事の重責を担いつつ、広布開拓に死力を尽くす闘争が、同志の心に火を付けた。
そんな秋霜烈日の50年(同25年)12月、東京・新橋駅近くの食堂で、戸田先生は再び池田先生に言った。「新聞をつくろう。機関紙をつくろうよ。これからは言論の時代だ」
その2カ月後には、「いよいよ新聞を出そう。私が社長で、君は副社長になれ。勇ましくやろうじゃないか!」と——。
◇「日本一、世界一の大新聞に発展せしむる事を期す」
寒い冬を越えた51年(同26年)3月11日、複雑な手続きなどを全て処理し、戸田先生の信用組合は正式に解散。嵐の中に一筋の光が差し込んだ。
相前後して、恩師のもとに池田先生らが集まり、機関紙発刊への企画会や打ち合わせが何度も開かれる。
紙名を検討した際には、「文化新聞」「創価新聞」「世界新聞」、さらには「宇宙新聞」の案が出され、最終的に「聖教新聞」の名称が決まった。
先生は、日記に記した。
「日本一、世界一の大新聞に発展せしむる事を心に期す。広宣流布への火蓋は遂にきられた。決戦に挑む態勢は準備完了」(3月17日)
同年4月20日、待望の聖教新聞が創刊された。旬刊(10日に一度の発行)2ページ建て。発行部数は5000部だった。
創刊号1面のトップ記事は、「信念とは何ぞや?」と題する戸田先生の論文。下段にもまた、戸田先生の小説『人間革命』が掲載された。
2面には「聖火鶴見に炎上」の見出しが躍り、折伏・弘教をリードする鶴見支部の奮闘が紹介された。その記事に、池田先生の名は出てこない。しかし躍進の陰に、先生の激闘があったことを、支部の誰もが知っていた。
◇広布の伸展と共に
5月3日、戸田先生が学会の第2代会長に就任。同月末、聖教新聞の編集室は新宿・百人町から、市ケ谷駅近くのビルに移転する。
机を二つ並べれば埋まるような狭い部屋。取材のためのカメラは旧式のものが1台あるだけ——そんな小さな一室で生まれた新聞が広布の原動力になった。
戸田先生自ら、「寸鉄」などに筆を振るった。
池田先生も書いた。人物紹介の記事。偉人に学ぶ啓発的な記事……。
2年後には週刊に。さらに4ページ、6ページ、8ページ建てと紙面を増やし、広布の伸展と共に、聖教新聞も発展の一途をたどったのである。
池田先生が第3代会長に就任すると、そのスピードは加速。5000部で始まった聖教新聞は、創刊わずか10年後には100万部を超えている。
「一万号 ついに登れり 聖教山 万歳」——1990年(平成2年)7月19日付で本紙が1万号を迎えた際に池田先生が贈った句。「聖教の皆様 本当に御苦労様です。 合掌」との言葉と共に
聖教新聞は、わが愛する同志への手紙——池田先生はこの思いで、小説『人間革命』などの原稿執筆に当たりつつ、全てのスタッフ、関係者に厳愛の指導、励ましを送り続けてきた。
広告、印刷、輸送、さらには通信員、販売店、無冠の友(配達員)などへの、先生のこまやかな激励が絶えることはなかった。
新聞は「総合力」の結晶である。執筆から印刷、そして配達まで、膨大な作業が日々続く。誰一人として欠けても、読者には届かない。その厳しい事実を先生は熟知していた。
家計を支えるため、小学6年次から3年間、新聞配達をした。
終戦直後、18歳の頃には印刷会社に身を置いた。営業に回って受注を取り、印刷現場では活字を一字一字拾って、刷り上がりの校正作業まで携わったという。
49年(同24年)1月からは戸田先生が経営する日本正学館の一員となり、少年雑誌『冒険少年』『少年日本』の若き編集長として奮闘。作家や挿絵画家のもとに足を運び、締め切りと格闘した。時には、「山本伸一郎」のペンネームで少年少女のために自ら健筆を振るった。
活字メディアで発信する責任の大きさも、目立たぬ陰の辛苦も、先生自身が、ひしひしと体感してきたことである。
◇民衆城を守る"武器"として
聖教新聞は、民衆に勇気と希望を送る「人間の機関紙」である。一方で、民衆を虐げる言動とは断固戦う"武器"とも"弾丸"ともなる。
1981年(昭和56年)12月、先生は大分へ。約300人の友と、竹田市の岡城址で記念撮影を行った。大分は、宗門僧が謀略の限りを尽くした第1次宗門事件の震源地の一つであり、最も苦しんだ地域の一つが竹田だった。
池田先生は撮影後、熊本に向かう車中で提案した。"写真は、できるだけ大きく! 2面から3面にわたって掲載しよう。写真が真ん中で切れてもいい"——その言葉に、紙面のレイアウトを担当する記者は驚いた。
12月14日付の本紙。2ページにまたがる特大の記念写真が紙面に掲載され、感激が広がった。
宗門僧の過酷な非難・中傷に耐え抜き、戦い、勝利した仏子たちを、庶民の英雄たちを、最大に賞讃し、宣揚したかったのだ。先生の熱情が、新聞制作の枠をも飛び越えた。その後、同様の記念撮影は、熊本、神奈川などでも行われ、"民衆の大勝利宣言"となる写真が紙面を飾った。先生は、聖教紙上で共戦の同志を鼓舞しながら、新時代を開くべく、反転攻勢の大波を起こしていったのである。
◇明春の創刊70年へ共戦の師子吼を!
昨年11月に「世界聖教会館」がオープンした。池田先生ご夫妻は先立って9月、10月と2度訪問。勤行・唱題して、聖教新聞の世界的発展と無冠の友の無事故・幸福を祈念した。
同会館の「聖教新聞 師弟凱歌の碑」には、こうある。「広宣流布とは言論戦である。仏法の真実と正義を叫ぶ、雄渾なる言葉の力なくして、創価の前進はない」
不二の師弟が、嵐の渦中で聖教新聞の創刊を構想して70年。明年4月20日には創刊70周年となる。
聖教新聞は、永久に師弟共戦の師子吼を放つ。
世界宗教へと飛翔する創価学会の誇り高き機関紙として、人間主義の論調を世界中に発信しゆく。
2020年9月3日木曜日
2020.09.03 わが友に贈る
台風が頻発する季節。
避難経路や備蓄品を
いま一度 確認しよう!
マスクや消毒液など
感染予防策も忘れずに。
四条金吾殿御返事 P1186
『貴辺も又かくのごとく敵はねらふらめども法華経の御信心強盛なれば大難もかねて消え候か、是につけても能く能く御信心あるべし』
【通解】
あなたもまた、この故事のように、敵は狙っているのだろうが、法華経の信心が強盛であるので、大難も、事の起こる前に消えたのであろうか。これにつけても、よくよく信心に励んでいきなさい。
名字の言 コロナ禍の中で転職活動に挑んだ50代の壮年 2020年9月3日
動画配信によって開催された東京・中野総区壮年部の集い。席上、体験発表した壮年が、長年勤めた会社から閉鎖の方針を告げられたのは昨秋のこと▼まさかの事態に動揺しつつも、壮年は先輩から激励を受け、かつてない信心の挑戦を開始。4カ月で100万遍の題目を唱えた。だがその直後、会社の閉鎖が正式に決まり、雇用契約を解除するとの通知が。"なぜ?"と一瞬、心は揺れた▼「祈りとして叶わざるなし」「全てに意味がある」。頭では理解していても、光の見えない現実が続くと、決意や確信が揺らぐことも。しかし壮年は歩みを止めなかった。50代後半での転職活動は、コロナ禍も重なり困難を極めたが、「『厳しい条件の中でも必ず実証を示します』と祈りに祈りました」。3カ月後、彼は願った通りの好待遇で転職を勝ち取った▼人生には思いもよらぬ出来事が起きる。むしろ順風満帆な時の方が少ないかもしれない。直面する苦難にどう向き合い、乗り越えていくか。その挑戦の中に真の幸福への道がある▼本紙8月30日付「四季の励まし」にこうあった。「信心の極意は『いよいよ』の心である。今の状況が良かろうが、悪かろうが、前へ、前へ!」。信仰とは、試練をもプラスに変えゆく、たゆみない「前進の力」である。(仁)
寸鉄 2020年9月3日
題目の功徳は十方の土のごとし—御書。無量無辺の福徳確信し決然と前へ
「スポーツ部」発足の日。弛みなき努力で勝利を!壁破る挑戦が皆の勇気に
親子の対話が多いと子の学習意欲高まる—専門家和楽の家庭が教育の基盤
2歳未満にはマスク推奨せず—厚労省。熱中症や窒息の恐れ。共通認識と
手指の消毒液の引火事故に注意。乾かないうちは火気を避ける—油断せず
☆ロータスラウンジ——法華経への旅 第17回 提婆達多品第十二
◇「提婆品」とは——この世で成仏できない存在はないことを示す
法華経について、皆で学び、深めよう——「ロータスラウンジ——法華経への旅」の第17回は、「提婆達多品第十二」です(前回は7月28日付。原則、月1回掲載)。
■大要
提婆品の前半で、釈尊は、悪人である提婆達多との過去の宿縁を語り、提婆の未来の成仏を明かします。
続いて後半では、竜女が人々の前で即身成仏の姿を現じてみせます。
このように悪人と女人の成仏が説かれ、法華経の功力の偉大さが示されています。それでは内容を追ってみましょう。
●シーン1
釈尊が、菩薩や天界・人界の衆生、そして四衆(出家・在家の男性と女性)に告げます。
「私は、はるか昔から常に怠ることなく『法華経』を求めてきた」
そして、過去世での出来事を語り始めます。
——私は常に大国の王となって、菩薩行を実践し、人民のために身命も惜しまずに尽くしていた。
「誰か大乗の教えを説く者はいないか。私はその者に尽くし抜こう」と、王位を捨て、太子に国を任せて、法を求めた時のことである。
一人の仙人が現れて、こう言った。
「私は大乗の教えである妙法蓮華経を持っている。私の言うとおりに修行するならば、法華経を説こう」
私は、この阿私仙人の言葉に、踊りださんばかりに歓喜した。そして、千年にわたって仙人に仕え、完璧に精進し、成仏することができた。
そのおかげで今、私は法華経を説くことができているのだ——。
釈尊は、比丘(出家の男性)に告げます。
「過去世での王は、私のことであり、その時の仙人とは、今の提婆達多である。
提婆達多が善知識であるから、私は覚りを得て、今、多くの衆生を導くことができるのだ」
さらに四衆に告げます。
「提婆達多は未来に天王如来という仏に成り、天道という国で、多くの衆生に法華経を説くであろう」
このように、悪人代表である提婆達多の未来の成仏が明かされます。
●シーン2
多宝仏に仕えている智積菩薩が、本土に帰ろうとします。
釈尊は、智積菩薩に告げます。
「ちょっと待ちなさい。文殊師利菩薩と、語り合ってから帰ってはどうだろうか」
その時、文殊師利菩薩が蓮華の台に乗って、大海の中にある娑竭羅竜宮から現れます。そして、釈迦・多宝の所に行き、あいさつしてから智積菩薩のもとへ向かいます。
智積菩薩は、文殊師利菩薩に「あなたは、竜宮でどれくらいの衆生を教え導いてきたのか」と聞きます。
「多すぎて数えることもできない」と答え、それを証明するかのように海から無数の菩薩が現れます。そして「海の中で、ただ常に法華経のみを説いてきた」と語ります。
智積菩薩は聞きます。
「法華経は甚深の教えである。衆生が精進し、法華経を修行したなら、速やかに仏になることができるのか、できないのか」
文殊師利菩薩は、法華経の功力の証明として、自身が教え導いた娑竭羅竜王の娘・竜女について語ります。
「この竜女は、年こそまだ8歳だが、智慧もすぐれ、法華経を信じ、修行にも励み、人々の幸せを願う慈悲深い心を持ち、正しい覚りを得ている」
智積菩薩が疑います。
「成仏するためには、長い間、修行を積むことが必要不可欠なのだから、竜女が短期間で、覚りを得られるわけがないではないか」
するとその時、竜女が現れます。
「私が成仏したことは、ただ仏だけが知っておられます。私は大乗の教え(法華経)で、苦しみ悩んでいる衆生を救います」と宣言します。
こんどは釈尊の弟子である舎利弗が疑問を呈します。
「それは信じられない。女性の身は穢れており、覚りを得られるはずがない。女性の身には五障(梵天王・帝釈・魔王・転輪聖王・仏の五つに成れない)があり、どうして女性の身で速やかに成仏できるであろうか」
そうした疑念を払うように、竜女が聴衆の前で、即身成仏の姿を現して見せます。
そして竜女は、衆生救済の誓願のとおりに、一切衆生のために妙法を説きます。その姿を見た娑婆世界の多くの衆生は大歓喜し、尊敬を表して礼をしました。
さらに、聴衆たちは、不退の境涯を得たり、菩提心を起こしたりしたのです。
このように「提婆達多品」では、成仏は、ほど遠いとされていた、悪人と女人の成仏を明かすことで、万人成仏を可能にする法華経の偉大な功力をたたえているのです。
■変成男子
竜女が聴衆の眼前で、即身成仏の姿を見せる時、「変成男子(変じて男子と成って)」(法華経409ページ)と、いったん、男性の姿に変わったと記されています。
この箇所について、女性の身のままでは成仏できないという差別が存在しているとの意見もあります。
池田先生は「変成男子は、舎利弗をはじめ、成仏は男性に限られると思い込んでいた人々に対して、竜女が成仏したことを、分かりやすく示すための方便にすぎないでしょう。男性にならなければ成仏できないという意味ではないのです」と語っています。
「御義口伝」に「舎利弗竜女が成仏と思うが僻事なり、我が成仏ぞと観ぜよと責めたるなり」(御書747ページ)とある通り、女性の尊厳が示されてこそ、男性の尊厳、そして万人の尊厳も明らかになるのです。
さらに先生は、次のようにも教えられています。
「女性は成仏できないなどと言うなら、それは一念三千ではありえない。一念三千を否定するならば、自分自身の成仏もない。ゆえに、竜女の成仏は、全女性の成仏を表すだけでなく、じつは男性の成仏をも表しているのです。女性の成仏を否定する男性は、自分の成仏を否定しているのです」
「だれもが『性得の宝珠(仏性)』をもっている。一切衆生が平等に『宝珠』を生命にもっているのです。そう見るのが十界互具であり、一念三千であり、法華経です」
法華経、そして大聖人の仏法には、差別を超越した、平等の哲理と精神が脈打っているのです。
【『法華経の智慧』から】 自身の生命を鍛え、浄める
「あらゆる人を成仏させるのだ」というのが法華経の心です。人々にとって法門以上に切実なのは、自分が成仏できるかどうかということです。
提婆品は、まさにその問題に端的に答えを示している。釈尊の殺害を図り、教団を分裂させた極悪人の提婆達多。また世間から差別されてきた女性であり、そのうえ、畜生の身である竜女。この二人は当時の常識からすれば、成仏から最も遠いと考えられていた存在でしょう。
その提婆と竜女でさえも成仏できると説くことは、この世で成仏できない存在はないということを示しています。提婆と竜女の成仏という具体例を通して、そのことが、観念ではなく実感として、人々に受け止められたと言えるでしょう。
◇
成仏するには「内なる悪」に勝利しきらなければならない。具体的には「外なる悪」と戦い、勝たねばならない。悪と戦うことによって、生命が鍛えられ、浄められ、成仏するのです。極悪と戦うから、極善になるのです。自分の生命を鍛え、成仏させてくれるという本質論から見たときには、その極悪も師匠とさえ言えるのです。(普及版<中>「提婆達多品」)
☆第3代会長就任60周年記念 広布史アルバム� 北陸の友の「誓いの8月」
◇勝利が労苦を宝にする
〈1984年(昭和59年)8月24日、前日に富山入りした池田先生は、当初の予定を変更し、北陸青年部と懇談の場を持った。この日は、先生の入信記念日でもあった。
北陸は、戸田先生の故郷である。その師弟有縁の天地で広布に駆ける青年たちに、池田先生は戸田先生の言葉を通して訴えた〉
恩師は、よく言われた。
「どんなに辛いこと、苦しいこと、悲しいことがあっても、時がたてば、"なぜ、あんなものに苦しんだのだろうか"と思うものだ」
私は、この教えを通し、青年たちに指導した。
"現在、どれほどの苦難に直面していても、絶対に挫けてはならない。諦めてはならない。断じて、断じて負けてはならない!"と。
苦労しながら戦った分だけ偉大な自分を創造できる。
途中がどんなに苦しく、辛くとも、粘り抜いて、今日を勝て! そして、最後を勝て!
勝てば、いっさいの労苦は黄金の宝に変わる。
〈池田先生は、2日後の26日、石川で開かれた「第1回北陸平和文化祭」へ。開始前、競技場を一周し、北陸の全同志の奮闘を心からたたえた。グランドフィナーレでは、全出演者による北陸の歌「ああ誓願の歌」の大合唱が轟いた〉
私が北陸の歌「ああ誓願の歌」を贈ったのは、一九七八年(昭和53年)であった。その六年後、「第一回北陸平和文化祭」で、「ああ誓願の歌」の大合唱は圧巻であった。
「この歌声が聞きたかったのだ!」と、私は何よりも嬉しかった。初代、二代、三代と貫き通してきた創価の「勇気」を、そのまま受け継いだ北陸の友の心の響きが凝結していたからだ。
「誓願」を果たすためには、「勇気」がいる。その勇気の究極の源泉こそが、創価の師弟の精神なのである。
御聖訓には仰せである。
「願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ」(御書1589ページ)
わが北陸の同志に、「師子王の心」が燃え上がっている限り、創価の「勝利の旭日」は永遠に輝きわたるのだ。
避難経路や備蓄品を
いま一度 確認しよう!
マスクや消毒液など
感染予防策も忘れずに。
四条金吾殿御返事 P1186
『貴辺も又かくのごとく敵はねらふらめども法華経の御信心強盛なれば大難もかねて消え候か、是につけても能く能く御信心あるべし』
【通解】
あなたもまた、この故事のように、敵は狙っているのだろうが、法華経の信心が強盛であるので、大難も、事の起こる前に消えたのであろうか。これにつけても、よくよく信心に励んでいきなさい。
名字の言 コロナ禍の中で転職活動に挑んだ50代の壮年 2020年9月3日
動画配信によって開催された東京・中野総区壮年部の集い。席上、体験発表した壮年が、長年勤めた会社から閉鎖の方針を告げられたのは昨秋のこと▼まさかの事態に動揺しつつも、壮年は先輩から激励を受け、かつてない信心の挑戦を開始。4カ月で100万遍の題目を唱えた。だがその直後、会社の閉鎖が正式に決まり、雇用契約を解除するとの通知が。"なぜ?"と一瞬、心は揺れた▼「祈りとして叶わざるなし」「全てに意味がある」。頭では理解していても、光の見えない現実が続くと、決意や確信が揺らぐことも。しかし壮年は歩みを止めなかった。50代後半での転職活動は、コロナ禍も重なり困難を極めたが、「『厳しい条件の中でも必ず実証を示します』と祈りに祈りました」。3カ月後、彼は願った通りの好待遇で転職を勝ち取った▼人生には思いもよらぬ出来事が起きる。むしろ順風満帆な時の方が少ないかもしれない。直面する苦難にどう向き合い、乗り越えていくか。その挑戦の中に真の幸福への道がある▼本紙8月30日付「四季の励まし」にこうあった。「信心の極意は『いよいよ』の心である。今の状況が良かろうが、悪かろうが、前へ、前へ!」。信仰とは、試練をもプラスに変えゆく、たゆみない「前進の力」である。(仁)
寸鉄 2020年9月3日
題目の功徳は十方の土のごとし—御書。無量無辺の福徳確信し決然と前へ
「スポーツ部」発足の日。弛みなき努力で勝利を!壁破る挑戦が皆の勇気に
親子の対話が多いと子の学習意欲高まる—専門家和楽の家庭が教育の基盤
2歳未満にはマスク推奨せず—厚労省。熱中症や窒息の恐れ。共通認識と
手指の消毒液の引火事故に注意。乾かないうちは火気を避ける—油断せず
☆ロータスラウンジ——法華経への旅 第17回 提婆達多品第十二
◇「提婆品」とは——この世で成仏できない存在はないことを示す
法華経について、皆で学び、深めよう——「ロータスラウンジ——法華経への旅」の第17回は、「提婆達多品第十二」です(前回は7月28日付。原則、月1回掲載)。
■大要
提婆品の前半で、釈尊は、悪人である提婆達多との過去の宿縁を語り、提婆の未来の成仏を明かします。
続いて後半では、竜女が人々の前で即身成仏の姿を現じてみせます。
このように悪人と女人の成仏が説かれ、法華経の功力の偉大さが示されています。それでは内容を追ってみましょう。
●シーン1
釈尊が、菩薩や天界・人界の衆生、そして四衆(出家・在家の男性と女性)に告げます。
「私は、はるか昔から常に怠ることなく『法華経』を求めてきた」
そして、過去世での出来事を語り始めます。
——私は常に大国の王となって、菩薩行を実践し、人民のために身命も惜しまずに尽くしていた。
「誰か大乗の教えを説く者はいないか。私はその者に尽くし抜こう」と、王位を捨て、太子に国を任せて、法を求めた時のことである。
一人の仙人が現れて、こう言った。
「私は大乗の教えである妙法蓮華経を持っている。私の言うとおりに修行するならば、法華経を説こう」
私は、この阿私仙人の言葉に、踊りださんばかりに歓喜した。そして、千年にわたって仙人に仕え、完璧に精進し、成仏することができた。
そのおかげで今、私は法華経を説くことができているのだ——。
釈尊は、比丘(出家の男性)に告げます。
「過去世での王は、私のことであり、その時の仙人とは、今の提婆達多である。
提婆達多が善知識であるから、私は覚りを得て、今、多くの衆生を導くことができるのだ」
さらに四衆に告げます。
「提婆達多は未来に天王如来という仏に成り、天道という国で、多くの衆生に法華経を説くであろう」
このように、悪人代表である提婆達多の未来の成仏が明かされます。
●シーン2
多宝仏に仕えている智積菩薩が、本土に帰ろうとします。
釈尊は、智積菩薩に告げます。
「ちょっと待ちなさい。文殊師利菩薩と、語り合ってから帰ってはどうだろうか」
その時、文殊師利菩薩が蓮華の台に乗って、大海の中にある娑竭羅竜宮から現れます。そして、釈迦・多宝の所に行き、あいさつしてから智積菩薩のもとへ向かいます。
智積菩薩は、文殊師利菩薩に「あなたは、竜宮でどれくらいの衆生を教え導いてきたのか」と聞きます。
「多すぎて数えることもできない」と答え、それを証明するかのように海から無数の菩薩が現れます。そして「海の中で、ただ常に法華経のみを説いてきた」と語ります。
智積菩薩は聞きます。
「法華経は甚深の教えである。衆生が精進し、法華経を修行したなら、速やかに仏になることができるのか、できないのか」
文殊師利菩薩は、法華経の功力の証明として、自身が教え導いた娑竭羅竜王の娘・竜女について語ります。
「この竜女は、年こそまだ8歳だが、智慧もすぐれ、法華経を信じ、修行にも励み、人々の幸せを願う慈悲深い心を持ち、正しい覚りを得ている」
智積菩薩が疑います。
「成仏するためには、長い間、修行を積むことが必要不可欠なのだから、竜女が短期間で、覚りを得られるわけがないではないか」
するとその時、竜女が現れます。
「私が成仏したことは、ただ仏だけが知っておられます。私は大乗の教え(法華経)で、苦しみ悩んでいる衆生を救います」と宣言します。
こんどは釈尊の弟子である舎利弗が疑問を呈します。
「それは信じられない。女性の身は穢れており、覚りを得られるはずがない。女性の身には五障(梵天王・帝釈・魔王・転輪聖王・仏の五つに成れない)があり、どうして女性の身で速やかに成仏できるであろうか」
そうした疑念を払うように、竜女が聴衆の前で、即身成仏の姿を現して見せます。
そして竜女は、衆生救済の誓願のとおりに、一切衆生のために妙法を説きます。その姿を見た娑婆世界の多くの衆生は大歓喜し、尊敬を表して礼をしました。
さらに、聴衆たちは、不退の境涯を得たり、菩提心を起こしたりしたのです。
このように「提婆達多品」では、成仏は、ほど遠いとされていた、悪人と女人の成仏を明かすことで、万人成仏を可能にする法華経の偉大な功力をたたえているのです。
■変成男子
竜女が聴衆の眼前で、即身成仏の姿を見せる時、「変成男子(変じて男子と成って)」(法華経409ページ)と、いったん、男性の姿に変わったと記されています。
この箇所について、女性の身のままでは成仏できないという差別が存在しているとの意見もあります。
池田先生は「変成男子は、舎利弗をはじめ、成仏は男性に限られると思い込んでいた人々に対して、竜女が成仏したことを、分かりやすく示すための方便にすぎないでしょう。男性にならなければ成仏できないという意味ではないのです」と語っています。
「御義口伝」に「舎利弗竜女が成仏と思うが僻事なり、我が成仏ぞと観ぜよと責めたるなり」(御書747ページ)とある通り、女性の尊厳が示されてこそ、男性の尊厳、そして万人の尊厳も明らかになるのです。
さらに先生は、次のようにも教えられています。
「女性は成仏できないなどと言うなら、それは一念三千ではありえない。一念三千を否定するならば、自分自身の成仏もない。ゆえに、竜女の成仏は、全女性の成仏を表すだけでなく、じつは男性の成仏をも表しているのです。女性の成仏を否定する男性は、自分の成仏を否定しているのです」
「だれもが『性得の宝珠(仏性)』をもっている。一切衆生が平等に『宝珠』を生命にもっているのです。そう見るのが十界互具であり、一念三千であり、法華経です」
法華経、そして大聖人の仏法には、差別を超越した、平等の哲理と精神が脈打っているのです。
【『法華経の智慧』から】 自身の生命を鍛え、浄める
「あらゆる人を成仏させるのだ」というのが法華経の心です。人々にとって法門以上に切実なのは、自分が成仏できるかどうかということです。
提婆品は、まさにその問題に端的に答えを示している。釈尊の殺害を図り、教団を分裂させた極悪人の提婆達多。また世間から差別されてきた女性であり、そのうえ、畜生の身である竜女。この二人は当時の常識からすれば、成仏から最も遠いと考えられていた存在でしょう。
その提婆と竜女でさえも成仏できると説くことは、この世で成仏できない存在はないということを示しています。提婆と竜女の成仏という具体例を通して、そのことが、観念ではなく実感として、人々に受け止められたと言えるでしょう。
◇
成仏するには「内なる悪」に勝利しきらなければならない。具体的には「外なる悪」と戦い、勝たねばならない。悪と戦うことによって、生命が鍛えられ、浄められ、成仏するのです。極悪と戦うから、極善になるのです。自分の生命を鍛え、成仏させてくれるという本質論から見たときには、その極悪も師匠とさえ言えるのです。(普及版<中>「提婆達多品」)
☆第3代会長就任60周年記念 広布史アルバム� 北陸の友の「誓いの8月」
◇勝利が労苦を宝にする
〈1984年(昭和59年)8月24日、前日に富山入りした池田先生は、当初の予定を変更し、北陸青年部と懇談の場を持った。この日は、先生の入信記念日でもあった。
北陸は、戸田先生の故郷である。その師弟有縁の天地で広布に駆ける青年たちに、池田先生は戸田先生の言葉を通して訴えた〉
恩師は、よく言われた。
「どんなに辛いこと、苦しいこと、悲しいことがあっても、時がたてば、"なぜ、あんなものに苦しんだのだろうか"と思うものだ」
私は、この教えを通し、青年たちに指導した。
"現在、どれほどの苦難に直面していても、絶対に挫けてはならない。諦めてはならない。断じて、断じて負けてはならない!"と。
苦労しながら戦った分だけ偉大な自分を創造できる。
途中がどんなに苦しく、辛くとも、粘り抜いて、今日を勝て! そして、最後を勝て!
勝てば、いっさいの労苦は黄金の宝に変わる。
〈池田先生は、2日後の26日、石川で開かれた「第1回北陸平和文化祭」へ。開始前、競技場を一周し、北陸の全同志の奮闘を心からたたえた。グランドフィナーレでは、全出演者による北陸の歌「ああ誓願の歌」の大合唱が轟いた〉
私が北陸の歌「ああ誓願の歌」を贈ったのは、一九七八年(昭和53年)であった。その六年後、「第一回北陸平和文化祭」で、「ああ誓願の歌」の大合唱は圧巻であった。
「この歌声が聞きたかったのだ!」と、私は何よりも嬉しかった。初代、二代、三代と貫き通してきた創価の「勇気」を、そのまま受け継いだ北陸の友の心の響きが凝結していたからだ。
「誓願」を果たすためには、「勇気」がいる。その勇気の究極の源泉こそが、創価の師弟の精神なのである。
御聖訓には仰せである。
「願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ」(御書1589ページ)
わが北陸の同志に、「師子王の心」が燃え上がっている限り、創価の「勝利の旭日」は永遠に輝きわたるのだ。
2020年9月2日水曜日
2020.09.02 わが友に贈る
皆がどうすれば
喜び安心するか。
勢いよく進めるか。
リーダーの真剣な一念が
勝利の突破口を開く!
松野殿御返事 P1384
『鎧を著たる兵者は多けれども戦に恐れをなさざるは少なきが如し』
【通解】
鎧を着た兵士は大勢いるが、いざ戦いになってみると、敵を恐れず勇敢に戦う武士が少ないようなものである。
名字の言 元アナウンサー・刈屋富士雄氏の"スポーツ取材の原点" 2020年9月2日
「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ」——2004年、アテネ五輪の体操男子団体決勝。日本が28年ぶりに金メダルを獲得した際の、刈屋富士雄氏による名実況だ▼氏が"スポーツ取材の原点"と語るのは、ある高校野球部を取材した時のこと。その高校のグラウンドは、テニスコートが一面あるのみだった。守備練習のベースは、二つだけ。一塁手と二塁手のノックが終わると、今度は反対側から三塁手と遊撃手にノック。外野練習は、校舎の3階からボールを投げ入れる……▼氏は"こんな環境で練習する意味があるのか"と、監督に質問した。監督の答えは「いい環境を求めたらきりがない」。限られた条件の中で、何ができるかを一生懸命に考えれば、アイデアは次々と生まれてくる。「環境は有限だが発想は無限」と(『今こそ栄光への架け橋を』海竜社)▼境遇をどう捉えるかは、人によって千差万別だ。前向きに生き生きと仕事や勉学に励む人と、周囲への文句ばかり口にする人では、同じ場所にあっても生き方に大きな違いが生じる▼下半期が始まった。コロナ禍で、日常生活のさまざまな行動の制限が続くが、知恵と工夫で新たな挑戦を開始したい。一人一人の前進が、学会創立90周年の栄光への架け橋となる。(巍)
寸鉄 2020年9月2日
一生の全ての体験が生きるのが妙法の大功徳だ—戸田先生。今日も広布へ
本部幹部会が学会HPで配信。情報時代の新たな形。信心触発はどこでも
宿縁に催されて生を仏法流布の国土に受けたり—御書。勇み下半期を出発
新学期は精神が不安定になる子も。些細な変化を見逃さず。寄り添う心で
感染で注意すべきは飛沫—分科会専門家。マスク着用、咳エチケット励行
〈社説〉 2020・9・2 27日、世界青年部総会
◇遠大な師弟旅の出発
今月27日の世界青年部総会の開催まで1カ月を切った。
1960年10月2日、羽田の東京国際空港を出発した池田先生は、世界広布の第一歩をアメリカにしるし、これまでメンバー一人一人に、陰に陽に励ましを送ってきた。
今回の総会は、そうした師の励ましを受けて人間革命に挑戦し、宿命転換を遂げてきた各国・地域の同志の、さらにその後継の青年たちが主役である。
コロナ禍により、特定の会場で集まる会合ではなくなった。しかし、その一方で、世界中の青年たちが、会場の収容人数に制限されることなく、オンライン空間で一堂に会するという、かつてない規模の集いとなる。
総会への誓いは、今回誕生した世界青年部歌「Eternal Journey with Sensei!〜永遠の師弟旅〜」に表れている。
Sensei! Your vow is my vow
(先生 あなたの誓いを必ず果たします)
法華経の「在在諸仏土 常与師倶生」の経文を心に刻み、師匠と共に、三世永遠に広宣流布に生き抜く誓いを込めよう!——歌の完成に至るまで、各国・各地の青年部の有志は、オンライン会議で何度も意見を交換。「2020年を生きる我々青年は大変な危機に直面しているが、歌いながら無限の希望を湧かせていこう」「私たち青年部は、シンイチ・ヤマモトの自覚で前進したい!」等、意見交換の場はそのまま、各国青年部の誓いの場となった。
ある東京の男子部員は、発表された世界青年部歌を聞き、心から感動。"今こそ対話の時"と決意し、人間関係に悩む友人に真心の励ましを送り、友人は入会を決意した。
池田先生は「創立90周年から100周年への10年は、一人一人が『人間革命』の勝利の実証をいやまして打ち立て、いかなる『大悪』も『大善』に転じて、いよいよ人類の『宿命転換』を、断固として成し遂げていくべき勝負の時であります。来る『世界青年部総会』は、その遠大な師弟旅の希望の出発であります」と期待を寄せている。
世界青年部総会への出発に際しては、入念な準備が重要となる。既に総会の特設サイトが開設され、「インビテーションカード(招待状)」をダウンロードすることが可能だ。これらのツールを最大限に活用し、一人でも多くの青年に声を掛けていきたい。
そして、私たちにとって最も大切な準備とは「最高の祈り」である。師弟誓願の祈りを根本に、前進した姿で当日を迎えたい。
☆心に御書を 第69回 学生部よ尊き鍛えの夏を!
〈御文〉
『此の法華経は他経にもすぐれさせ給へば・多宝仏も証明し諸仏も舌を梵天につけ給う、一字一点も妄語は候まじきにや(上野殿御返事、1508ページ)』
〈通解〉
この法華経は他の経にもすぐれて真実を説いているので、多宝仏も真実であると証明を加え、諸仏も舌を梵天につけて証明されたのである。一字一点も妄語(偽りの言葉)があるはずがない。
〈池田先生が贈る指針〉
混迷の世は、確固たる哲学を持つ人材を切望している。人類最高峰の生命哲理を探究する青春が、いかに尊貴か。絶対勝利の力がここにある。
厳暑に負けない男女学生部の教学研鑽は、智勇兼備の指導者をつくる。
大仏法を学び行じ、民衆を蘇生せしめる人間革命の希望の光を!
新時代を創造する立正安国の英知の風を!
☆「8・24」を記念 原田会長を中心に各部代表者会議
世界広布新時代第77回の各部代表者会議が24日、池田大作先生の入信記念日、「聖教新聞創刊原点の日」70周年を記念して、原田会長を中心に東京・信濃町の広宣会館(学会本部別館内)で行われた。
池田先生はメッセージを贈り、「8・24」を迎えるに当たり、22日に恩師記念会館で、牧口・戸田両先生への報恩謝徳の勤行・唱題を行い、コロナ禍の克服と全国・全世界の無事安穏、全宝友の健康・幸福を懇ろに祈念したことを報告した。
併せて、"創刊原点の日"の意義を込め、尊き無冠の友(配達員)、販売店、新聞長、通信員をはじめ、聖教を支える全ての方々に感謝の題目を送り、聖教のいよいよの充実と発展を祈ったと述懐。「聖教の拡大」はそのまま「広宣流布の拡大」「立正安国の拡大」であると強調した。
◇"師弟の誉"の旗を掲げよ
次いで、恩師記念会館に、1983年5月に氷川の地で認めた書「師弟乃誉」が掛けられていたことに言及。この「師弟乃誉」こそ、入信した19歳の日から、高く掲げて走り抜いてきた生命最極の旗であると語った。
さらに、入信した73年前の8月24日も、最高気温35・3度の猛暑日だったと紹介。戸田先生の弟子として立ち上がり、一つ一つ試練を勝ち越え、一人一人、地涌の連帯を世界に広げてきたと述べ、「不二の君たちに『師弟乃誉』という旗を譲り託します」と訴えた。
最後に、奮闘する青年部に南条時光への御聖訓を贈りたいと述べ、「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561ページ)、「をなじくは・かり(仮)にも法華経のゆへに命をすてよ、つゆ(露)を大海にあつらへ・ちり(塵)を大地にうづ(埋)むとをもへ」(同ページ)を拝読。学会創立90周年を飾る下半期へ、異体同心で月月・日日に、たゆまず前進しようと呼び掛け、メッセージを結んだ。
原田会長は、学会創立の日の淵源である『創価教育学体系』発刊に至る、牧口・戸田両先生の師弟不二の闘争に言及。師の大理想を実現せんとする一人の弟子の師子奮迅こそ創価三代の魂、広布発展の原動力であると強調し、創立90周年を圧倒的勝利で飾ろうと訴えた。また、長谷川理事長、谷川主任副会長があいさつした。
☆原田会長を中心に全国方面長会議
◇創立90周年を勝ち飾れ 「一人を大切に」「一人立つ信心で」
全国方面長会議が28日午前、原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長らが出席し、方面長・方面婦人部長らとテレビ中継で結んで、東京・信濃町の学会本部別館で行われた。
ここでは、学会創立90周年の「11・18」を勝ち飾るための9、10月の活動を中心に協議した。
原田会長は、�私の広布前進、わが家の広布前進�一対一の励ましで人材の拡大�世界青年部総会を通して後継の育成、との活動の基調を確認。新型コロナウイルスの感染状況が予断を許さない中でも、「一人立つ」強き信心、「一人を大切にする」温かな励ましで前進しようと訴えた。
さらに、"いかなる事態になっても広布を進める"との強き一念で創意工夫を重ね、広布の拡大、本部幹部会の"結集"に挑みたいと力説。オンラインなどの新しい活動様式も取り入れながら、学会の生命線である座談会と励ましを推進しようと述べた。
また創立90周年の財務について、一人一人の宿命転換と大福徳の因となるよう祈り、絶対無事故で丁寧に進めていきたいと強調。池田先生の"創立90周年から100周年への10年は、人間革命の勝利の実証と人類の宿命転換を成し遂げていく勝負の時"とのご指導を心肝に染め、新たな時代を開く決意で立ち上がろうと呼び掛けた。
志賀青年部長は、「世界青年部歌」の誕生を報告し、世界青年部総会を大成功で飾る決意を語った。
併せて会議では、感染防止に万全を期すため、広宣流布大誓堂での誓願勤行会の再開を延期し、年内は行わないことも発表された。
喜び安心するか。
勢いよく進めるか。
リーダーの真剣な一念が
勝利の突破口を開く!
松野殿御返事 P1384
『鎧を著たる兵者は多けれども戦に恐れをなさざるは少なきが如し』
【通解】
鎧を着た兵士は大勢いるが、いざ戦いになってみると、敵を恐れず勇敢に戦う武士が少ないようなものである。
名字の言 元アナウンサー・刈屋富士雄氏の"スポーツ取材の原点" 2020年9月2日
「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ」——2004年、アテネ五輪の体操男子団体決勝。日本が28年ぶりに金メダルを獲得した際の、刈屋富士雄氏による名実況だ▼氏が"スポーツ取材の原点"と語るのは、ある高校野球部を取材した時のこと。その高校のグラウンドは、テニスコートが一面あるのみだった。守備練習のベースは、二つだけ。一塁手と二塁手のノックが終わると、今度は反対側から三塁手と遊撃手にノック。外野練習は、校舎の3階からボールを投げ入れる……▼氏は"こんな環境で練習する意味があるのか"と、監督に質問した。監督の答えは「いい環境を求めたらきりがない」。限られた条件の中で、何ができるかを一生懸命に考えれば、アイデアは次々と生まれてくる。「環境は有限だが発想は無限」と(『今こそ栄光への架け橋を』海竜社)▼境遇をどう捉えるかは、人によって千差万別だ。前向きに生き生きと仕事や勉学に励む人と、周囲への文句ばかり口にする人では、同じ場所にあっても生き方に大きな違いが生じる▼下半期が始まった。コロナ禍で、日常生活のさまざまな行動の制限が続くが、知恵と工夫で新たな挑戦を開始したい。一人一人の前進が、学会創立90周年の栄光への架け橋となる。(巍)
寸鉄 2020年9月2日
一生の全ての体験が生きるのが妙法の大功徳だ—戸田先生。今日も広布へ
本部幹部会が学会HPで配信。情報時代の新たな形。信心触発はどこでも
宿縁に催されて生を仏法流布の国土に受けたり—御書。勇み下半期を出発
新学期は精神が不安定になる子も。些細な変化を見逃さず。寄り添う心で
感染で注意すべきは飛沫—分科会専門家。マスク着用、咳エチケット励行
〈社説〉 2020・9・2 27日、世界青年部総会
◇遠大な師弟旅の出発
今月27日の世界青年部総会の開催まで1カ月を切った。
1960年10月2日、羽田の東京国際空港を出発した池田先生は、世界広布の第一歩をアメリカにしるし、これまでメンバー一人一人に、陰に陽に励ましを送ってきた。
今回の総会は、そうした師の励ましを受けて人間革命に挑戦し、宿命転換を遂げてきた各国・地域の同志の、さらにその後継の青年たちが主役である。
コロナ禍により、特定の会場で集まる会合ではなくなった。しかし、その一方で、世界中の青年たちが、会場の収容人数に制限されることなく、オンライン空間で一堂に会するという、かつてない規模の集いとなる。
総会への誓いは、今回誕生した世界青年部歌「Eternal Journey with Sensei!〜永遠の師弟旅〜」に表れている。
Sensei! Your vow is my vow
(先生 あなたの誓いを必ず果たします)
法華経の「在在諸仏土 常与師倶生」の経文を心に刻み、師匠と共に、三世永遠に広宣流布に生き抜く誓いを込めよう!——歌の完成に至るまで、各国・各地の青年部の有志は、オンライン会議で何度も意見を交換。「2020年を生きる我々青年は大変な危機に直面しているが、歌いながら無限の希望を湧かせていこう」「私たち青年部は、シンイチ・ヤマモトの自覚で前進したい!」等、意見交換の場はそのまま、各国青年部の誓いの場となった。
ある東京の男子部員は、発表された世界青年部歌を聞き、心から感動。"今こそ対話の時"と決意し、人間関係に悩む友人に真心の励ましを送り、友人は入会を決意した。
池田先生は「創立90周年から100周年への10年は、一人一人が『人間革命』の勝利の実証をいやまして打ち立て、いかなる『大悪』も『大善』に転じて、いよいよ人類の『宿命転換』を、断固として成し遂げていくべき勝負の時であります。来る『世界青年部総会』は、その遠大な師弟旅の希望の出発であります」と期待を寄せている。
世界青年部総会への出発に際しては、入念な準備が重要となる。既に総会の特設サイトが開設され、「インビテーションカード(招待状)」をダウンロードすることが可能だ。これらのツールを最大限に活用し、一人でも多くの青年に声を掛けていきたい。
そして、私たちにとって最も大切な準備とは「最高の祈り」である。師弟誓願の祈りを根本に、前進した姿で当日を迎えたい。
☆心に御書を 第69回 学生部よ尊き鍛えの夏を!
〈御文〉
『此の法華経は他経にもすぐれさせ給へば・多宝仏も証明し諸仏も舌を梵天につけ給う、一字一点も妄語は候まじきにや(上野殿御返事、1508ページ)』
〈通解〉
この法華経は他の経にもすぐれて真実を説いているので、多宝仏も真実であると証明を加え、諸仏も舌を梵天につけて証明されたのである。一字一点も妄語(偽りの言葉)があるはずがない。
〈池田先生が贈る指針〉
混迷の世は、確固たる哲学を持つ人材を切望している。人類最高峰の生命哲理を探究する青春が、いかに尊貴か。絶対勝利の力がここにある。
厳暑に負けない男女学生部の教学研鑽は、智勇兼備の指導者をつくる。
大仏法を学び行じ、民衆を蘇生せしめる人間革命の希望の光を!
新時代を創造する立正安国の英知の風を!
☆「8・24」を記念 原田会長を中心に各部代表者会議
世界広布新時代第77回の各部代表者会議が24日、池田大作先生の入信記念日、「聖教新聞創刊原点の日」70周年を記念して、原田会長を中心に東京・信濃町の広宣会館(学会本部別館内)で行われた。
池田先生はメッセージを贈り、「8・24」を迎えるに当たり、22日に恩師記念会館で、牧口・戸田両先生への報恩謝徳の勤行・唱題を行い、コロナ禍の克服と全国・全世界の無事安穏、全宝友の健康・幸福を懇ろに祈念したことを報告した。
併せて、"創刊原点の日"の意義を込め、尊き無冠の友(配達員)、販売店、新聞長、通信員をはじめ、聖教を支える全ての方々に感謝の題目を送り、聖教のいよいよの充実と発展を祈ったと述懐。「聖教の拡大」はそのまま「広宣流布の拡大」「立正安国の拡大」であると強調した。
◇"師弟の誉"の旗を掲げよ
次いで、恩師記念会館に、1983年5月に氷川の地で認めた書「師弟乃誉」が掛けられていたことに言及。この「師弟乃誉」こそ、入信した19歳の日から、高く掲げて走り抜いてきた生命最極の旗であると語った。
さらに、入信した73年前の8月24日も、最高気温35・3度の猛暑日だったと紹介。戸田先生の弟子として立ち上がり、一つ一つ試練を勝ち越え、一人一人、地涌の連帯を世界に広げてきたと述べ、「不二の君たちに『師弟乃誉』という旗を譲り託します」と訴えた。
最後に、奮闘する青年部に南条時光への御聖訓を贈りたいと述べ、「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561ページ)、「をなじくは・かり(仮)にも法華経のゆへに命をすてよ、つゆ(露)を大海にあつらへ・ちり(塵)を大地にうづ(埋)むとをもへ」(同ページ)を拝読。学会創立90周年を飾る下半期へ、異体同心で月月・日日に、たゆまず前進しようと呼び掛け、メッセージを結んだ。
原田会長は、学会創立の日の淵源である『創価教育学体系』発刊に至る、牧口・戸田両先生の師弟不二の闘争に言及。師の大理想を実現せんとする一人の弟子の師子奮迅こそ創価三代の魂、広布発展の原動力であると強調し、創立90周年を圧倒的勝利で飾ろうと訴えた。また、長谷川理事長、谷川主任副会長があいさつした。
☆原田会長を中心に全国方面長会議
◇創立90周年を勝ち飾れ 「一人を大切に」「一人立つ信心で」
全国方面長会議が28日午前、原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長らが出席し、方面長・方面婦人部長らとテレビ中継で結んで、東京・信濃町の学会本部別館で行われた。
ここでは、学会創立90周年の「11・18」を勝ち飾るための9、10月の活動を中心に協議した。
原田会長は、�私の広布前進、わが家の広布前進�一対一の励ましで人材の拡大�世界青年部総会を通して後継の育成、との活動の基調を確認。新型コロナウイルスの感染状況が予断を許さない中でも、「一人立つ」強き信心、「一人を大切にする」温かな励ましで前進しようと訴えた。
さらに、"いかなる事態になっても広布を進める"との強き一念で創意工夫を重ね、広布の拡大、本部幹部会の"結集"に挑みたいと力説。オンラインなどの新しい活動様式も取り入れながら、学会の生命線である座談会と励ましを推進しようと述べた。
また創立90周年の財務について、一人一人の宿命転換と大福徳の因となるよう祈り、絶対無事故で丁寧に進めていきたいと強調。池田先生の"創立90周年から100周年への10年は、人間革命の勝利の実証と人類の宿命転換を成し遂げていく勝負の時"とのご指導を心肝に染め、新たな時代を開く決意で立ち上がろうと呼び掛けた。
志賀青年部長は、「世界青年部歌」の誕生を報告し、世界青年部総会を大成功で飾る決意を語った。
併せて会議では、感染防止に万全を期すため、広宣流布大誓堂での誓願勤行会の再開を延期し、年内は行わないことも発表された。
2020年9月1日火曜日
2020.09.01 わが友に贈る
青年を大事にし
育てたところが栄える。
わが家・わが地域の
若き友の成長を祈り抜き
最大の励ましを送ろう!
経王殿御返事 P1124
『師子王は前三後一と申してありの子を取らんとするにも又たけきものを取らんとする時もいきをひを出す事はただをなじき事なり』
【通解】
師子王は前三後一といって、蟻を取ろうとする時にも、また、猛々しいものを取ろうとする時も、全力で飛びかかることは、まったく同じである。
名字の言 "「岸壁の母」を聴くと思い出す"——婦人部員が伝える戦争体験 2020年9月1日
来る日も来る日も、母は子の帰りを待ち続けた。往年の名曲「岸壁の母」のモデル・端野いせさん。戦後、東京・大森(当時)に居住しながら、1981年に逝去するまで、出征した一人息子の生存と復員を信じ続けた。復員船が京都・舞鶴に入港すると、その港に立った▼「『岸壁の母』を聴くと、母の姿を思い出します」。沖縄の水納島で生まれ育った婦人。物心ついた時すでに、長兄は徴兵され、沖縄本島にいた。終戦後、母は毎日のように浜辺に行き、島に到着する船に息子の姿を捜し続けた▼戦時中、兄は一度だけ島に戻ってきた。両親は再び戦地に向かうことを必死に止めた。だが、兄は「逃げたことが知られたら殺される」。戦死の報が届いたのは、終戦から10年以上も後のことだった▼戦争で愛する人を奪われた悲しみは、どれだけ時が過ぎようとも、決して癒えることはない。戦争体験を取材するたび、"先の戦争の悲惨は、75年前の8月15日に終わったのではない"と思う▼池田先生は詠んだ。「世界の人びとが/一人も残らず/母を大切にすれば/自然のうちに/平和の世界が出来上がる。/幸福の道が創り上げられる」。"母たちが涙に暮れた歴史を二度と繰り返さない"——その誓いが崩れぬ平和の礎となる。(踊)
寸鉄 2020年9月1日
さあ9月。創立90周年の「11・18」へ私自身の人間革命の歴史を!勇躍前進
牙城会の日。厳護の献身—これが若師子の誉れ!今いる舞台で断固実証を
人材は数ではない—牧口先生。新たな広布の突破口は"必死の一人"が開く
防災の日。"最悪"想定し備蓄や避難経路など入念に。皆で声掛け合い確認
全国で厳しい暑さ続く—1カ月予報。この先も熱中症に警戒。健康第一で
☆大白蓮華巻頭言2020年9月号 いま地涌の誓春の太陽は昇る
人生も杜会も、最も困難な危機の時にこそ、最も偉大な生命の力を発揮して、新時代を開くことができるーー。
御本仏が、御自身の「発迹顕本」を通して、人類を照らしてくださった無限の希望の光がここにある。
文永八年(1271年)九月十二日、竜の口の"頸の座"に臨まれた日蓮大聖人ほ、殉教の覚悟を定めてお供した四条金吾に「これほどの悦びをば・わらへかし」(P914)と悠然と仰せになりつつ、尊極の御境涯を顕された。
恩師・戸田城聖先生は、「発迹顕本」が師弟の会座であったことに甚深の意義があると拝されていた。すなわち大聖人は、門下ー同、ひいては末法の一切衆生が「地涌の菩薩」として元初の大生命を顕し、いかなる苦難も勝ち越えていけることを示してくださっているのだ、と。
竜の囗の法難に続く二年五ヵ月間の佐渡流罪から凱旋された大聖人は、戦乱や疫病や災害などが続く中で、「民の愁い積りて国を亡す」(P1004)と憂慮なされていた。
民衆が不安や無力感に押し潰されてしまえば、国土の復興も平和も望めない。一人一人が正しき哲理を抱いて、自らの生命の尊厳に目覚めることが、どれほど大切か。
それゆえにこそ、「法華経の行者は須弥山・日月・大海等なり」(同P)と宣言され、「立正安国」の勝利を打ち立てていくことを弟子たちに呼び掛けられたのである。
御本仏の「発迹顕本」から七百五十星霜—。
ニ十ー世紀の大きな危機に立ち向かう、今この時に、日本はもとより世界中に、若き地涌の菩薩が久遠からの誓願を果たさんと躍り出て、本門の連帯を広げている。
従藍而青の誉れ高き、わが後継の世界市民たちこそ、どんな烈風にも怯まぬ「勇気の須弥山」である。どんな苫悩の闇も晴らす「英知の日月」である。どんな壁も越えて人類を結びゆく「友情の大海」なのだ。
大聖人の御照覧はいかばかりか。仏天も必ずや動く。
今こそ、元初の光を放つ地涌の誓春の太陽を昇らせ、地球文明の新時代へ、希望の夜明けを告げてくれ給え!
青春の
発述顕木
世界まで
地涌の命の
凱歌たのもし
〈2020 学会史メモリアル〉 9月
◎9・8「原水爆禁止宣言の日」
1957年(昭和32年)9月8日、第2代会長の戸田城聖先生は、青年への遺訓の第一として、"核兵器は絶対悪である"と師子吼。創価学会はこの宣言を平和運動の原点とし、核兵器廃絶への展示・講演会、署名運動や被爆・戦争体験集の出版等、人々の意識啓発を促す活動を世界各地で続けてきた。
※参考資料=小説『人間革命』第12巻「宣言」、『新・人間革命』第7巻「文化の華」「操舵」
◎9・8「日中国交正常化提言」発表の日
1968年(昭和43年)9月8日、第11回学生部総会の席上、池田先生は「日中国交正常化提言」を発表。"アジアの繁栄と世界平和のため、その最も重要な要"として、日本と中国の関係改善を訴えた。
※参考資料=『新・人間革命』第13巻「金の橋」、第20巻「友誼の道」
◎9・8 小説『新・人間革命』の新聞連載完結の日
2018年(平成30年)9月8日、小説『新・人間革命』の新聞連載が完結。新聞の連載回数として、日本一の6469回(全30巻)を数える。
◎9・9「女子学生部の日」
1975年(昭和50年)9月9日、池田先生が女子部学生局(当時)の集いに出席したことが淵源。本年で45周年。
※参考資料=『新・人間革命』第22巻「波濤」
◎9・9「創価世界女性会館」初訪問20周年
2000年(平成12年)9月9日、池田先生は東京・信濃町の「創価世界女性会館」を初めて訪れた。本年で20周年。
◎9・9「北海道の日」
1973年(昭和48年)9月9日に行われた第1回北海道青年部総会が淵源。席上、池田先生は"学会健児の手で、この地を世界一の理想郷に"と念願した。
◎9・12「教学部の日」
1976年(昭和51年)制定。1271年(文永8年)9月12日、日蓮大聖人が「竜の口の法難」に遭われ、発迹顕本を遂げられたことに由来する。
◎9・15「ドクター部の日」
1975年(昭和50年)9月15日、池田先生がドクター部の総会に出席。後に、この日が「ドクター部の日」となった。本年で45周年。
※参考資料=『新・人間革命』第22巻「命宝」
◎9・23「少年少女部結成記念日」
1965年(昭和40年)9月23日、池田先生の提案により結成された。本年で55周年。
※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」
育てたところが栄える。
わが家・わが地域の
若き友の成長を祈り抜き
最大の励ましを送ろう!
経王殿御返事 P1124
『師子王は前三後一と申してありの子を取らんとするにも又たけきものを取らんとする時もいきをひを出す事はただをなじき事なり』
【通解】
師子王は前三後一といって、蟻を取ろうとする時にも、また、猛々しいものを取ろうとする時も、全力で飛びかかることは、まったく同じである。
名字の言 "「岸壁の母」を聴くと思い出す"——婦人部員が伝える戦争体験 2020年9月1日
来る日も来る日も、母は子の帰りを待ち続けた。往年の名曲「岸壁の母」のモデル・端野いせさん。戦後、東京・大森(当時)に居住しながら、1981年に逝去するまで、出征した一人息子の生存と復員を信じ続けた。復員船が京都・舞鶴に入港すると、その港に立った▼「『岸壁の母』を聴くと、母の姿を思い出します」。沖縄の水納島で生まれ育った婦人。物心ついた時すでに、長兄は徴兵され、沖縄本島にいた。終戦後、母は毎日のように浜辺に行き、島に到着する船に息子の姿を捜し続けた▼戦時中、兄は一度だけ島に戻ってきた。両親は再び戦地に向かうことを必死に止めた。だが、兄は「逃げたことが知られたら殺される」。戦死の報が届いたのは、終戦から10年以上も後のことだった▼戦争で愛する人を奪われた悲しみは、どれだけ時が過ぎようとも、決して癒えることはない。戦争体験を取材するたび、"先の戦争の悲惨は、75年前の8月15日に終わったのではない"と思う▼池田先生は詠んだ。「世界の人びとが/一人も残らず/母を大切にすれば/自然のうちに/平和の世界が出来上がる。/幸福の道が創り上げられる」。"母たちが涙に暮れた歴史を二度と繰り返さない"——その誓いが崩れぬ平和の礎となる。(踊)
寸鉄 2020年9月1日
さあ9月。創立90周年の「11・18」へ私自身の人間革命の歴史を!勇躍前進
牙城会の日。厳護の献身—これが若師子の誉れ!今いる舞台で断固実証を
人材は数ではない—牧口先生。新たな広布の突破口は"必死の一人"が開く
防災の日。"最悪"想定し備蓄や避難経路など入念に。皆で声掛け合い確認
全国で厳しい暑さ続く—1カ月予報。この先も熱中症に警戒。健康第一で
☆大白蓮華巻頭言2020年9月号 いま地涌の誓春の太陽は昇る
人生も杜会も、最も困難な危機の時にこそ、最も偉大な生命の力を発揮して、新時代を開くことができるーー。
御本仏が、御自身の「発迹顕本」を通して、人類を照らしてくださった無限の希望の光がここにある。
文永八年(1271年)九月十二日、竜の口の"頸の座"に臨まれた日蓮大聖人ほ、殉教の覚悟を定めてお供した四条金吾に「これほどの悦びをば・わらへかし」(P914)と悠然と仰せになりつつ、尊極の御境涯を顕された。
恩師・戸田城聖先生は、「発迹顕本」が師弟の会座であったことに甚深の意義があると拝されていた。すなわち大聖人は、門下ー同、ひいては末法の一切衆生が「地涌の菩薩」として元初の大生命を顕し、いかなる苦難も勝ち越えていけることを示してくださっているのだ、と。
竜の囗の法難に続く二年五ヵ月間の佐渡流罪から凱旋された大聖人は、戦乱や疫病や災害などが続く中で、「民の愁い積りて国を亡す」(P1004)と憂慮なされていた。
民衆が不安や無力感に押し潰されてしまえば、国土の復興も平和も望めない。一人一人が正しき哲理を抱いて、自らの生命の尊厳に目覚めることが、どれほど大切か。
それゆえにこそ、「法華経の行者は須弥山・日月・大海等なり」(同P)と宣言され、「立正安国」の勝利を打ち立てていくことを弟子たちに呼び掛けられたのである。
御本仏の「発迹顕本」から七百五十星霜—。
ニ十ー世紀の大きな危機に立ち向かう、今この時に、日本はもとより世界中に、若き地涌の菩薩が久遠からの誓願を果たさんと躍り出て、本門の連帯を広げている。
従藍而青の誉れ高き、わが後継の世界市民たちこそ、どんな烈風にも怯まぬ「勇気の須弥山」である。どんな苫悩の闇も晴らす「英知の日月」である。どんな壁も越えて人類を結びゆく「友情の大海」なのだ。
大聖人の御照覧はいかばかりか。仏天も必ずや動く。
今こそ、元初の光を放つ地涌の誓春の太陽を昇らせ、地球文明の新時代へ、希望の夜明けを告げてくれ給え!
青春の
発述顕木
世界まで
地涌の命の
凱歌たのもし
〈2020 学会史メモリアル〉 9月
◎9・8「原水爆禁止宣言の日」
1957年(昭和32年)9月8日、第2代会長の戸田城聖先生は、青年への遺訓の第一として、"核兵器は絶対悪である"と師子吼。創価学会はこの宣言を平和運動の原点とし、核兵器廃絶への展示・講演会、署名運動や被爆・戦争体験集の出版等、人々の意識啓発を促す活動を世界各地で続けてきた。
※参考資料=小説『人間革命』第12巻「宣言」、『新・人間革命』第7巻「文化の華」「操舵」
◎9・8「日中国交正常化提言」発表の日
1968年(昭和43年)9月8日、第11回学生部総会の席上、池田先生は「日中国交正常化提言」を発表。"アジアの繁栄と世界平和のため、その最も重要な要"として、日本と中国の関係改善を訴えた。
※参考資料=『新・人間革命』第13巻「金の橋」、第20巻「友誼の道」
◎9・8 小説『新・人間革命』の新聞連載完結の日
2018年(平成30年)9月8日、小説『新・人間革命』の新聞連載が完結。新聞の連載回数として、日本一の6469回(全30巻)を数える。
◎9・9「女子学生部の日」
1975年(昭和50年)9月9日、池田先生が女子部学生局(当時)の集いに出席したことが淵源。本年で45周年。
※参考資料=『新・人間革命』第22巻「波濤」
◎9・9「創価世界女性会館」初訪問20周年
2000年(平成12年)9月9日、池田先生は東京・信濃町の「創価世界女性会館」を初めて訪れた。本年で20周年。
◎9・9「北海道の日」
1973年(昭和48年)9月9日に行われた第1回北海道青年部総会が淵源。席上、池田先生は"学会健児の手で、この地を世界一の理想郷に"と念願した。
◎9・12「教学部の日」
1976年(昭和51年)制定。1271年(文永8年)9月12日、日蓮大聖人が「竜の口の法難」に遭われ、発迹顕本を遂げられたことに由来する。
◎9・15「ドクター部の日」
1975年(昭和50年)9月15日、池田先生がドクター部の総会に出席。後に、この日が「ドクター部の日」となった。本年で45周年。
※参考資料=『新・人間革命』第22巻「命宝」
◎9・23「少年少女部結成記念日」
1965年(昭和40年)9月23日、池田先生の提案により結成された。本年で55周年。
※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」
2020年8月31日月曜日
2020.08.31 わが友に贈る
◇今週のことば
「行学たへなば
仏法はあるべからず」
実践の人は明るい。
学びの人は朗らかだ。
下半期の出発を力強く!
2020年8月31日
法蓮抄 P1044
『戯論に一言継母の継子をほむるが如く心ざしなくとも末代の法華経の行者を讃め供養せん功徳は彼の三業相応の信心にて一劫が間生身の仏を供養し奉るには百千万億倍すぐべし』
【通解】
戯れに一言でも、継母が継子をほめるように、志がなくても、末代の法華経の行者をほめ、供養する功徳は、かの三業相応の信心によって一劫の間、生身の仏を供養することよりも百千万億倍すぐれている。
名字の言 配達員の皆さんに最敬礼! 2020年8月31日
東京の郊外で、今月から本紙の配達員になった壮年がいる。自転車の前カゴいっぱいに新聞を積んで出発する。昼間はまだ厳しい暑さが続くが、日が昇る前だからだろうか。秋の訪れを感じる▼この壮年、配達を始めてから地域のことがよく見えるようになったという。読者や散歩をしている人から「ご苦労さま」と声を掛けられると、早朝の疲れも消える。一方、新聞が入らないぐらいポストに郵便物がたまっていると、「家の中で倒れていないだろうか」と心配になる▼ビニール袋に入れて配る雨の日をはじめ、苦労も多いが、壮年は「感謝しかありません」と胸を張った。感謝の人は美しい。「さいわいは心よりいでて我をかざる」(御書1492ページ)との御文通りの姿に深く最敬礼した▼神戸市内で35年間、週7日、本紙を配達した婦人が大確信で語っていた。「配達の功徳はホンマ大きいで。おばちゃんを見てみい。何一つ不自由ない境涯や。この境涯、他の人に分けてあげたいくらいや。だから配達は感謝の心でせなあかん」▼何事もそうだが、どうせやるなら感謝の一念で取り組みたい。感謝の心から希望も感動も喜びも生まれる。今朝も地域に幸の便りを届けてくださる配達員の皆さん、いつも本当にありがとうございます!(側)
寸鉄 2020年8月31日
SGIの励まし運動には人々を結ぶ力が—州議。分断進む今、我らの出番
世界青年部総会へ男子部が出発式。未来は君らの双肩に。栄光の歴史開け
学生部の日。時代変革の先頭には常に学徒あり!智勇兼備の指導者と育て
の思想は実践のうちに生命を得る—作家。広布も人の振舞に。大誠実で
防災週間。感染症で持ち出し袋も変化。マスクや消毒液等、備えを万全に
〈社説〉 2020・8・31 あす「牙城会の日」
◇新たな大道を開く若き師子王
あす9月1日は「牙城会の日」。
1963年(昭和38年)のこの日、東京・信濃町に新学会本部(当時)が落成した意義と「学会厳護」の誓いを込め、76年に制定。牙城会の友は毎年、この日を節目に、決意を新たにしてきた。
しかし本年、メンバーを取り巻く環境は激変した。コロナ禍により、創価学会として会館の使用を長期にわたって自粛。雨の日も風の日も会館に集い、地域の宝城を誇りを持って護ってきた牙城会にとっても初めてのことであった。
だがこの間、牙城会員は任務再開の日に向け、励まし合い、前進してきた。
テレビ電話で対話を重ね、弘教を実らせた友。メンバーの任務予定だった日に、励ましを送るリーダー。定例会をオンラインで行い、参加者が増えた地域もある。また、「地域と社会の勝利王たれ」との牙城会の指針のままに奮闘する医療従事者や、ワクチン開発の最前線で研究を続ける友も。どの分野にも、赤々と燃える「牙城会魂」を持った同志がいる。この人材の"幅"こそ、牙城会の誇りであり、新時代を開く"強さ"の源だ。
9月は、本部幹部会の中継行事等で会館が使用される。地域によっては、マスク着用や消毒の徹底等、「新しい様式」での牙城会任務も検討されている。今までのように、元気な声で会員を迎えることはできないかもしれない。しかし、メンバーの「会員を護る」という心は、何一つ変わっていない。その尊き献身に感謝は尽きない。
一方で、自身や同居家族に基礎疾患があるなど、任務を控えざるを得ない牙城会員もいる。ある友は拳を握り締め、「任務に就く人の分まで、お題目をあげ抜いて貢献したい」と語る。たとえ直接的に、宝城を厳護できなくても、今いる場所で価値を創造し、前へ前へと進んでいく——そうして、成長を誓う友がいることを忘れてはならない。
きょう8月31日は、牙城会の不滅の原点、「第1回柔剣道大会」から40周年の佳節でもある。前年の79年、池田先生が第3代会長を辞任し、最も激しい障魔の嵐が吹き荒れる中で行われた同大会。池田先生は牙城会の友に語り掛けた。
「いかなる境遇にあろうとも、広宣流布という青春に腹を決めて進んでもらいたい。信心という黄金の人生に徹し切って歩んでもらいたい」
「青年が立ち上がる時です! 闇が深ければ深いほど黎明は近いのです」
あす「牙城会の日」から、結成50周年を迎える明年の「2・1」に向け、出発を切る牙城会の友。コロナ禍という混迷の時代にあって、若き師子王の陣列が、広布の新たな大道を勝ち開いていく。
☆世界広布新時代第46回本部幹部会への池田先生のメッセージ
◇我らは「大法弘通」の誓願で結ばれた家族
一、初めて「広宣流布大誓堂」を会場とする本部幹部会の開催、おめでとうございます。
「霊山一会、儼然として未だ散らず」(「霊山一会儼然未散」<御書757ページ>)——この仰せさながら、「大法弘通慈折広宣流布」の大願で結ばれた我ら創価家族の集いは、なんと壮大にして、なんと自在な会座でしょうか!
なかんずく従藍而青の青年部の勇気光る成長と前進を、初代・牧口常三郎先生と二代・戸田城聖先生も、うなずき合って見守っておられることでしょう。
一、創立満90年の秋を前に、今再び、命に刻みたい師弟の原点があります。
それは第2次世界大戦の渦中にあった1944年の11月、先師・牧口先生の「死身弘法」の殉教と時を同じくして、恩師・戸田先生が「不惜身命」の獄中闘争を貫き、「われ地涌の菩薩なり」と悟達された事実であります。
この荘厳なる生死不二の師弟の一念によって呼び出された地涌の菩薩の陣列こそ、創価学会にほかなりません。
学会員の一人一人が久遠元初からの「広宣流布」「立正安国」の誓願を抱き、この世の悲惨と不幸をなくすため、大変な時に大変な場所を自ら願い求めて、地よりか涌きたる菩薩なのであります。
◇地涌の力用は宇宙大
一、妙法を唱え弘めゆく地涌の菩薩が、どれほど無限の力を持っているのか。
御本仏・日蓮大聖人は「生死一大事血脈抄」等の諸御抄で、地涌の菩薩は大宇宙に満ちあふれる本源的な慈悲の力用を発揮して、必ずや全民衆と地球社会を救い切っていけると、大きく五つの次元から示してくださっております。
すなわち、地涌の菩薩は妙法蓮華経の五字の力を体現して——
第一に、火が物を燃やして熱と光をもたらす如く、苦しみや悩みを燃焼させて幸福前進の智慧に変え、生老病死の闇を常楽我浄の光明で照らし晴らせる。
第二に、水がもろもろの穢れを浄める如く、宿業の垢も時代の濁りも浄化できる。
第三に、風が塵や埃を払うが如く、一切の障魔を打ち払うとともに、人々の魂に生き生きと活力を吹き込むことができる。
第四に、大地が草木を生み育む如く、揺るがぬ境涯で命を慈しみ、桜梅桃李の平和と共生と安心・安定の社会を築いていける。
第五に、天が万物に慈雨を注ぐ如く、生命を平等に潤し蘇生させてゆく価値創造ができる。
大聖人は、まさに宇宙大のスケールで励ましてくださっているのであります。
初代・二代に連なる三代の私は、信ずる正義・共戦の師子たちと自行化他の題目を唱え抜き、この妙法の尽きることのない大功力を涌現して、あらゆる三障四魔を勝ち越え、世界広宣流布の大道を創り開いてきました。
◇遠大な広布の旅へ希望の出発 威風堂々と「善き友」のスクラム広げ
一、創立90周年から100周年への10年は、一人一人が「人間革命」の勝利の実証をいやまして打ち立て、いかなる「大悪」も「大善」に転じて、いよいよ人類の「宿命転換」を、断固として成し遂げていくべき勝負の時であります。
来る「世界青年部総会」は、その遠大な師弟旅の希望の出発であります。
さあ、愛する若き創価の世界市民を先頭に、皆が地涌の大生命力を出して、善き友のスクラムを広げながら、師弟の誓いを威風堂々と果たし切っていこう!
かけがえのない、わが宝の同志に一人ももれなく健康あれ、安穏あれ、幸福あれ、和楽あれ、栄光あれ!と祈りに祈って、私のメッセージといたします(大拍手)。
☆「師弟乃誉」の旗を託す——1983年5月、池田先生が東京・氷川で認めた一書
「師弟乃誉」——この書は1983年5月、池田先生が氷川池田青年研修塾(当時)で認めたもの。氷川は、戸田先生が、池田先生をはじめ水滸会の青年を薫陶した第1回野外研修の天地である。
池田先生は24日の各部代表者会議で同書を紹介し、後継の友に呼び掛けた。
「『師弟乃誉』——これこそ、19歳の日より、私が高く掲げて走り抜いてきた、生命の最極の旗であります」「不二の君たちに『師弟乃誉』という旗を譲り託します」
★第46回本部幹部会 SOKAnetでも視聴可能に
配信期間は9月1日(火)午前10時〜9月13日(日)
新型コロナウイルスの感染状況を踏まえ、「世界広布新時代第46回本部幹部会」の全国中継が、従来の会館や個人会場(中継の会場と時間は各県・区で決定)とともに、「モバイルSTB」でも視聴可能になりました(インターネットを通してダウンロードが必要。ダウンロードは9月1日〈火〉午前0時からできます)。さらに、創価学会公式ホームページ「SOKAnet」でも視聴することができます(https://www.sokanet.jp/recommend/honkan202009/)。配信期間は、9月1日(火)午前10時から9月13日(日)まで。
「行学たへなば
仏法はあるべからず」
実践の人は明るい。
学びの人は朗らかだ。
下半期の出発を力強く!
2020年8月31日
法蓮抄 P1044
『戯論に一言継母の継子をほむるが如く心ざしなくとも末代の法華経の行者を讃め供養せん功徳は彼の三業相応の信心にて一劫が間生身の仏を供養し奉るには百千万億倍すぐべし』
【通解】
戯れに一言でも、継母が継子をほめるように、志がなくても、末代の法華経の行者をほめ、供養する功徳は、かの三業相応の信心によって一劫の間、生身の仏を供養することよりも百千万億倍すぐれている。
名字の言 配達員の皆さんに最敬礼! 2020年8月31日
東京の郊外で、今月から本紙の配達員になった壮年がいる。自転車の前カゴいっぱいに新聞を積んで出発する。昼間はまだ厳しい暑さが続くが、日が昇る前だからだろうか。秋の訪れを感じる▼この壮年、配達を始めてから地域のことがよく見えるようになったという。読者や散歩をしている人から「ご苦労さま」と声を掛けられると、早朝の疲れも消える。一方、新聞が入らないぐらいポストに郵便物がたまっていると、「家の中で倒れていないだろうか」と心配になる▼ビニール袋に入れて配る雨の日をはじめ、苦労も多いが、壮年は「感謝しかありません」と胸を張った。感謝の人は美しい。「さいわいは心よりいでて我をかざる」(御書1492ページ)との御文通りの姿に深く最敬礼した▼神戸市内で35年間、週7日、本紙を配達した婦人が大確信で語っていた。「配達の功徳はホンマ大きいで。おばちゃんを見てみい。何一つ不自由ない境涯や。この境涯、他の人に分けてあげたいくらいや。だから配達は感謝の心でせなあかん」▼何事もそうだが、どうせやるなら感謝の一念で取り組みたい。感謝の心から希望も感動も喜びも生まれる。今朝も地域に幸の便りを届けてくださる配達員の皆さん、いつも本当にありがとうございます!(側)
寸鉄 2020年8月31日
SGIの励まし運動には人々を結ぶ力が—州議。分断進む今、我らの出番
世界青年部総会へ男子部が出発式。未来は君らの双肩に。栄光の歴史開け
学生部の日。時代変革の先頭には常に学徒あり!智勇兼備の指導者と育て
の思想は実践のうちに生命を得る—作家。広布も人の振舞に。大誠実で
防災週間。感染症で持ち出し袋も変化。マスクや消毒液等、備えを万全に
〈社説〉 2020・8・31 あす「牙城会の日」
◇新たな大道を開く若き師子王
あす9月1日は「牙城会の日」。
1963年(昭和38年)のこの日、東京・信濃町に新学会本部(当時)が落成した意義と「学会厳護」の誓いを込め、76年に制定。牙城会の友は毎年、この日を節目に、決意を新たにしてきた。
しかし本年、メンバーを取り巻く環境は激変した。コロナ禍により、創価学会として会館の使用を長期にわたって自粛。雨の日も風の日も会館に集い、地域の宝城を誇りを持って護ってきた牙城会にとっても初めてのことであった。
だがこの間、牙城会員は任務再開の日に向け、励まし合い、前進してきた。
テレビ電話で対話を重ね、弘教を実らせた友。メンバーの任務予定だった日に、励ましを送るリーダー。定例会をオンラインで行い、参加者が増えた地域もある。また、「地域と社会の勝利王たれ」との牙城会の指針のままに奮闘する医療従事者や、ワクチン開発の最前線で研究を続ける友も。どの分野にも、赤々と燃える「牙城会魂」を持った同志がいる。この人材の"幅"こそ、牙城会の誇りであり、新時代を開く"強さ"の源だ。
9月は、本部幹部会の中継行事等で会館が使用される。地域によっては、マスク着用や消毒の徹底等、「新しい様式」での牙城会任務も検討されている。今までのように、元気な声で会員を迎えることはできないかもしれない。しかし、メンバーの「会員を護る」という心は、何一つ変わっていない。その尊き献身に感謝は尽きない。
一方で、自身や同居家族に基礎疾患があるなど、任務を控えざるを得ない牙城会員もいる。ある友は拳を握り締め、「任務に就く人の分まで、お題目をあげ抜いて貢献したい」と語る。たとえ直接的に、宝城を厳護できなくても、今いる場所で価値を創造し、前へ前へと進んでいく——そうして、成長を誓う友がいることを忘れてはならない。
きょう8月31日は、牙城会の不滅の原点、「第1回柔剣道大会」から40周年の佳節でもある。前年の79年、池田先生が第3代会長を辞任し、最も激しい障魔の嵐が吹き荒れる中で行われた同大会。池田先生は牙城会の友に語り掛けた。
「いかなる境遇にあろうとも、広宣流布という青春に腹を決めて進んでもらいたい。信心という黄金の人生に徹し切って歩んでもらいたい」
「青年が立ち上がる時です! 闇が深ければ深いほど黎明は近いのです」
あす「牙城会の日」から、結成50周年を迎える明年の「2・1」に向け、出発を切る牙城会の友。コロナ禍という混迷の時代にあって、若き師子王の陣列が、広布の新たな大道を勝ち開いていく。
☆世界広布新時代第46回本部幹部会への池田先生のメッセージ
◇我らは「大法弘通」の誓願で結ばれた家族
一、初めて「広宣流布大誓堂」を会場とする本部幹部会の開催、おめでとうございます。
「霊山一会、儼然として未だ散らず」(「霊山一会儼然未散」<御書757ページ>)——この仰せさながら、「大法弘通慈折広宣流布」の大願で結ばれた我ら創価家族の集いは、なんと壮大にして、なんと自在な会座でしょうか!
なかんずく従藍而青の青年部の勇気光る成長と前進を、初代・牧口常三郎先生と二代・戸田城聖先生も、うなずき合って見守っておられることでしょう。
一、創立満90年の秋を前に、今再び、命に刻みたい師弟の原点があります。
それは第2次世界大戦の渦中にあった1944年の11月、先師・牧口先生の「死身弘法」の殉教と時を同じくして、恩師・戸田先生が「不惜身命」の獄中闘争を貫き、「われ地涌の菩薩なり」と悟達された事実であります。
この荘厳なる生死不二の師弟の一念によって呼び出された地涌の菩薩の陣列こそ、創価学会にほかなりません。
学会員の一人一人が久遠元初からの「広宣流布」「立正安国」の誓願を抱き、この世の悲惨と不幸をなくすため、大変な時に大変な場所を自ら願い求めて、地よりか涌きたる菩薩なのであります。
◇地涌の力用は宇宙大
一、妙法を唱え弘めゆく地涌の菩薩が、どれほど無限の力を持っているのか。
御本仏・日蓮大聖人は「生死一大事血脈抄」等の諸御抄で、地涌の菩薩は大宇宙に満ちあふれる本源的な慈悲の力用を発揮して、必ずや全民衆と地球社会を救い切っていけると、大きく五つの次元から示してくださっております。
すなわち、地涌の菩薩は妙法蓮華経の五字の力を体現して——
第一に、火が物を燃やして熱と光をもたらす如く、苦しみや悩みを燃焼させて幸福前進の智慧に変え、生老病死の闇を常楽我浄の光明で照らし晴らせる。
第二に、水がもろもろの穢れを浄める如く、宿業の垢も時代の濁りも浄化できる。
第三に、風が塵や埃を払うが如く、一切の障魔を打ち払うとともに、人々の魂に生き生きと活力を吹き込むことができる。
第四に、大地が草木を生み育む如く、揺るがぬ境涯で命を慈しみ、桜梅桃李の平和と共生と安心・安定の社会を築いていける。
第五に、天が万物に慈雨を注ぐ如く、生命を平等に潤し蘇生させてゆく価値創造ができる。
大聖人は、まさに宇宙大のスケールで励ましてくださっているのであります。
初代・二代に連なる三代の私は、信ずる正義・共戦の師子たちと自行化他の題目を唱え抜き、この妙法の尽きることのない大功力を涌現して、あらゆる三障四魔を勝ち越え、世界広宣流布の大道を創り開いてきました。
◇遠大な広布の旅へ希望の出発 威風堂々と「善き友」のスクラム広げ
一、創立90周年から100周年への10年は、一人一人が「人間革命」の勝利の実証をいやまして打ち立て、いかなる「大悪」も「大善」に転じて、いよいよ人類の「宿命転換」を、断固として成し遂げていくべき勝負の時であります。
来る「世界青年部総会」は、その遠大な師弟旅の希望の出発であります。
さあ、愛する若き創価の世界市民を先頭に、皆が地涌の大生命力を出して、善き友のスクラムを広げながら、師弟の誓いを威風堂々と果たし切っていこう!
かけがえのない、わが宝の同志に一人ももれなく健康あれ、安穏あれ、幸福あれ、和楽あれ、栄光あれ!と祈りに祈って、私のメッセージといたします(大拍手)。
☆「師弟乃誉」の旗を託す——1983年5月、池田先生が東京・氷川で認めた一書
「師弟乃誉」——この書は1983年5月、池田先生が氷川池田青年研修塾(当時)で認めたもの。氷川は、戸田先生が、池田先生をはじめ水滸会の青年を薫陶した第1回野外研修の天地である。
池田先生は24日の各部代表者会議で同書を紹介し、後継の友に呼び掛けた。
「『師弟乃誉』——これこそ、19歳の日より、私が高く掲げて走り抜いてきた、生命の最極の旗であります」「不二の君たちに『師弟乃誉』という旗を譲り託します」
★第46回本部幹部会 SOKAnetでも視聴可能に
配信期間は9月1日(火)午前10時〜9月13日(日)
新型コロナウイルスの感染状況を踏まえ、「世界広布新時代第46回本部幹部会」の全国中継が、従来の会館や個人会場(中継の会場と時間は各県・区で決定)とともに、「モバイルSTB」でも視聴可能になりました(インターネットを通してダウンロードが必要。ダウンロードは9月1日〈火〉午前0時からできます)。さらに、創価学会公式ホームページ「SOKAnet」でも視聴することができます(https://www.sokanet.jp/recommend/honkan202009/)。配信期間は、9月1日(火)午前10時から9月13日(日)まで。
2020年8月30日日曜日
2020.08.30 わが友に贈る
使命を自覚した人は
どんな嵐にも動じない。
「われ地涌の菩薩なり」
広布への強き信念で
勇気みなぎる前進を!
松野殿御返事 P1382
『忘れても法華経を持つ者をば互に毀るべからざるか、其故は法華経を持つ者は必ず皆仏なり仏を毀りては罪を得るなり』
【通解】
絶対に、法華経を受持する者を互にそしることがあってはならない。その理由は、法華経を持つ者は必ず皆仏なのであり、仏をそしれば罪を得るからである。
名字の言 "思い出の一品"はライスカレー 2020年8月30日
「私の子供の時代はカレーライスではなくライスカレーの時代だった」。昭和5年(1930年)生まれの田村真八郎氏がエッセー集『日本人と食べもの』(丸善ブックス)に書いている▼カレーライスは高級品。カレーの方が別の金属製の容器に入れられ、うやうやしく運ばれてくる。一方のライスカレーは大衆品。皿の上のご飯にカレーがかけてあるものを指した。まさに"現代のカレーライスの形"だったのである▼人それぞれに、追憶に結び付く食があろう。若き日の池田先生と広布に奔走した同志を取材すると、しばしば耳にした"思い出の一品"がライスカレーだった▼先生は、おなかをすかせた青年たちを自宅に招き、「戸田先生から作り方を教わったんだ」と包丁を握ったという。昭和31年の「大阪の戦い」を振り返り、「皆で楽しくライスカレーを食べながら、最初から最後まで、愛する関西の同志と心一つに戦った」と語ったこともある▼食物の働きの一つとして、御書には「心身の力を盛んにする」(1598ページ、趣意)と仰せだ。食はおなかも心も満たすもの。大勢でテーブルを囲むことが難しい昨今だが、だからこそ日々の食事の内容や家族との食卓を大切にしたい。食の充実はそのまま人生の充実につながる。(恭)
寸鉄 2020年8月30日
苦労が多いほど幸福の大きな花が咲く—戸田先生試練の今を不屈の闘魂で
きょう学生部が教学実力試験。行学錬磨は生涯の土台。最後まで悔いなく
一日一日を愛せ—文豪。今日から生まれ変わった心で!「11・18」まで80日
感染したら秘密にしたい—子の32%。社会に漂う偏見の目。大人が襟正し
体が重い、食欲がないは夏バテの兆候。寝不足や偏食避けて賢く自己管理
〈社説〉 2020・8・30 きょうから「防災週間」
◇命守る具体的な行動計画を
「津波てんでんこ」——肉親にも構わず、各自が一刻も早く高台に避難し、「津波から命を守れ」という呼び掛け。
東日本大震災では、この教訓が生かされた岩手県釜石市の小・中学校の児童、生徒の生存率は99・8%だった。
同市では「想定を信じるな」「最善を尽くせ」「率先避難者たれ」という「津波避難の3原則」も訴えられてきた(平成26年版防災白書から)。
一方、九州などの各地に甚大な被害をもたらした「令和2年7月豪雨」では、気象庁の関田康雄長官が「我々の実力不足だった」との認識を示した。
近年多発する記録的大雨の要因である「線状降水帯」を予報することが、専門家やスーパーコンピューターの「数値予報モデル」を運用しても困難であることが分かる。
災害対策の三助(自助・共助・公助)について、防災白書によると、阪神・淡路大震災では7割近くが家族も含む「自助」、3割が隣人等の「共助」により救出されており、「公助」である救助隊による救出は数%にすぎなかったという。
大切な命を守るために必要な事前の具体策は何か。
これらの教訓や調査結果を参考に、きょうから始まる防災週間(9月5日まで)を機に、家族で話し合う時間をつくることをお勧めしたい。
一助となるのが国土交通省などが推奨する「マイ・タイムライン」を作成することだ。
マイ・タイムラインとは、洪水のような進行型災害が発生した際に、「いつ」「何をするのか」を整理した個人の防災計画。急な判断が迫られる災害時のために自らの行動チェックリストを整理して役立てることができる。
例えば、台風が近づきそうなら常備薬など持ち物の準備、注意報が発令されたら携帯電話の充電やハザードマップで避難経路を確認するという内容である(国交省の「マイ・タイムラインかんたん検討ガイド」から)。
風水害だけでなく予測できない直下型の大地震にも対策が必要だ。
「寝室に大きな家具を置かない」ことや、地震後の通電火災を防ぐ「感震ブレーカー」の設置も検討したい。
避難所での感染症対策については、密閉、密集、密接の「3密」を回避し、マスクやアルコール消毒液の持参、親戚の家や車内に泊まることも選択肢の一つに、万全を期したい。
池田先生はいかなる災難にも負けぬ人間力を強調し、「『汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か』(御書31ページ)と仰せの如く、民衆の幸福と平和を根本とする生き方が輝き光っていくはずだ」と。
「自助」を念頭に置きつつ、人間関係が希薄な今こそ、近隣住民と「顔の見える関係」を築き、地域の防災意識を高めていきたい。
☆「8・24」 池田先生が全同志に和歌
8月24日は、池田大作先生が1947年(昭和22年)に入信して73年。恩師・戸田城聖先生と機関紙発刊の構想を語り合った50年(同25年)の「聖教新聞創刊原点の日」から満70年を迎える。池田先生は、記念日に当たって、全国・全世界の同志に3首の和歌を詠み贈った。
この時を
願い涌現の
後継なれば
若き誓火で
闇うち晴らせ
妙法の
大良薬を
地球民族へ
いのちの医王ぞ
創価の師弟は
霊山の
一会ここにと
聖教は
世界むすべや
平和の仏智で
☆小説「新・人間革命」学習のために 第17巻
◇苦悩が深いほど偉大な使命が
<1973年(昭和48年)3月、第二東京本部の幹部会に出席した山本伸一が会場を出ると、十数人のメンバーが駆け寄ってきた。町田から来たという婦人は、伸一に、自身の来し方を報告した>
「私が入会したのは、結婚前でしたが、その時は父母も、姉たちも大反対でした。家から閉め出されてしまったこともありました。
"なぜ、学会のすばらしさがわからないのだろう"と思うと、悔しくって、何度泣いたかわかりません」
「そう。大変だったんですね」
彼女は、満面に笑みを浮かべて言った。
「でも、今はそうしたことが、一番誇らかで、愉快な思い出になっています」
「そうなんだ。そうなんだよ。厳しい試練の冬も、勝利の春が来れば、すべては喜びに変わる。涙あっての笑いです。労苦あっての歓喜です。苦闘している時には、"なんで自分ばかり、こんなに大変な思いをしなければならないのか"と思うこともあるでしょう。しかし、それは、自ら願い求めた使命の舞台なんです。
苦悩が深ければ深いほど、それだけ偉大な使命を担っているということなんです。
つまり、あなたは、どんなに厳しい家庭の状況であっても、家族の一人が立ち上がれば家庭革命はできる、一家和楽は実現できるということを証明してみせたんです。
同じような状況で、悩み、苦しんでいる人が、その事実を知れば、皆が"私にもできるんだ!"と希望をもつでしょう。勇気をもつでしょう。
ご家族の学会への無理解というのは、あなたがその使命を果たすための舞台だったんです」
婦人は、何度も頷きながら、伸一の話を聞いていた。
「人生の充実感や痛快さは、幾つ苦難を乗り越えてきたかによって決まります。いかに年齢を重ねようが、苦闘がなければ精神は空疎です。自分の幸福のため、充実のために、自ら戦いを起こすことです。そして、自身の挑戦のドラマをつくるんです」
(「本陣」の章、93〜95ページ)
◇青春は困難を克服する活力
<4月、大阪に創価女子学園が開校。創立者の伸一は、入学式で祝辞を述べ、青春についての洞察を語る>
「私は、青春時代というのは、無限の可能性を前にして、非常に不安定で落ち着きがなく、鋭敏な神経が常に働いているというのが実情であろうと思う。
未来の夢が、大きければ大きいほど、心労も大きい。しかし、若い皆さんは傷つきやすく、弱いように見えますが、決して、そんなものではない。どんな困難をも乗り越えていける活力、生命力をたたえているのが青春です。どうか、そのことに自信をもっていただきたいのであります。
感情の振幅の激しさから、時に絶望に陥ることもあるかもしれない。しかし、皆さんの生命の底には、それを跳ね飛ばして克服するだけの力がある。これが、青春というものの本体であると私は叫びたい。これが、青春の特権です」
伸一は、いつの間にか叫ぶような、祈るような思いで訴えていた。
「人が老いて青春を懐かしむのは、まさに、この青春の活力を懐古しているということを知っていただきたい。ゆえに、苦悩や困難を決して避けるようなことをしてはならない。堂々と、それに挑戦し、立派に克服する皆さんであってください。
ともかく、青春は無限の歓喜とともに、また、必ず心労がある。悩みがある。これは表裏一体であることを忘れてはならない。
それを知って戦っていくところに、輝かしい青春時代があります」
(「希望」の章、135〜136ページ)
◇何があろうと"不動の信心"を
<伸一は3月の本部幹部会で、皆が「開目抄」の「我並びに……」の一節を生命に刻むよう提案。翌月、東京・日大講堂での本部幹部会では、その一節を皆で拝読する声が響いた>
「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ、我が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけんつたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし」(御書234ページ)
いかなる難があったとしても、疑うことなく信心を貫いていくならば、必ず成仏できることを断言なされた御文である。
——天の加護がなくとも疑ってはならぬ! 現世が安穏でないからといって嘆いてはならぬ! 疑いを起こさず、師弟の約束を守り抜くのだ!
そこには、弟子たちの成仏を願われる、師匠・日蓮大聖人の魂の叫びがある。
伸一は、前月の本部幹部会でも、この御文を拝読し、力を込めてこう訴えた。
「ここには、信心の極意が示されております。
この一節を、生涯にわたって、生命の奥底に刻み込んでください。
日蓮大聖人の仰せ通りに仏法を実践している教団は、創価学会しかありません。
それゆえに、必ず諸難が競い起こる。しかし、何があっても広宣流布の根本軌道を踏み外すことなく、揺るがぬ信心を貫き、悠々と明るく進んでいっていただきたいのであります」
今、創価学会は「広布第二章」の大空に飛翔した。それは、本格的な社会建設の時代の到来である。
(中略)学会が、社会の建設に力を注げば注ぐほど、その前進をとどめようとする迫害も、激しさを増すことは間違いない。
それだけに伸一は、必死になって、確固不動なる信心の「核」を、一人ひとりの胸中に、つくり上げようとしていたのである。
そして、「開目抄」のこの一節を、全同志が座右の銘として、生命に刻むことを提案したのだ。
(「民衆城」の章、265〜266ページ)
◇労苦こそ仏法者の誇りと栄光
<6月、「群馬・高原スポーツ大会」の会場に到着した伸一は、陰の力に徹する役員を激励する>
彼は、すぐに控室には入らず、建物の脇をのぞいた。そこに、身を隠すように立っていた一人の青年がいた。
"やはり……"と思った。
設営や警備など、役員の青年たちは、最も苦労しながら、自分は決して表面に出ることなく、目立たぬように陰の力に徹しようとするのが常であるからだ。
伸一は、陰の力として誠実に奮闘してくれている人に光を当て、讃えることこそ、わが使命であると自覚し、常にあらゆる人に炯々たる眼を注いでいた。
人間主義とは、具体的にいえば、その気遣いの心である。皆の献身的な尽力を当然であるかのように考えることは、官僚主義といってよい。
伸一は、青年に笑顔を向け、手を差し出した。
「役員だね。おめでとう!」
彼は、阿相良正という建設会社を営む青年で、会場の整備責任者であった。突貫工事で会場の整備を成し遂げ、この日、役員として参加していたのである。
阿相は、感動で頭の中が真っ白になった。
「先生! ありがとうございます」
こう叫ぶ阿相に、伸一は言った。
「役員として陰で黙々と頑張ってくれている人がいるから、行事の成功もある。また、そういう青年たちがいるから学会は盤石なんです。
大変だろうが、『陰徳あれば陽報あり』(御書1178ページ)です。労苦は必ず報われるのが仏法です。『冥の照覧』を信じてください。本当にありがとう!」
広宣流布のための労苦は、すべて、自身の福運となり、宿命転換の力となり、人間革命への飛躍台となる。ゆえに、われらは、勇んで今日も、使命の道を行く。
信心とは、峻厳なる生命の因果の理法への深き確信である。したがって仏法者は、自分は楽をし、要領よく立ち回ろうとする者を最も哀れに思う。そして、労苦にこそ、無上の誇りと、未来の燦然たる栄光を見いだすのだ。
(「緑野」の章、388〜390ページ)
◇人間精神の復興運動
1973年(昭和48年)の新年勤行会で伸一は、同年のテーマである「教学の年」の意義を訴えた。
◇
「『広布第二章』の本格的なスタートとなった本年を、私どもは『教学の年』としました。それは、なぜか——。
『広布第二章』とは、生命の尊厳や慈悲など、仏法の哲理を根底とした社会建設の時代です。言い換えれば、創価学会に脈打つ仏法の叡知を社会に開き、人類の共有財産としていく時代の到来ともいえます。そのためには、原点に立ち返って、社会を建設し、文化を創造していく源泉である、仏法という理念を、徹底して掘り下げ、再構築していかなくてはならない。ゆえに、本年を『教学の年』としたんです。
大聖人は『行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ』(御書1361ページ)と仰せです。
行学の『行』とは、広宣流布を推進していく実践です。『学』とは仏法哲理の研鑽であり、理念の深化です。この二つは車の両輪の関係にある。
新しき発展のためには、教学の研鑽に励み、仏法の理念を究めていくことが不可欠になる。
(中略)教学という理念がない実践は、社会の人びとを納得、共感させる説得力をもちえず、自己満足に終わってしまう。また、実践のともなわない教学は、観念の遊戯であり、現実社会を変革する力とはなりません」
創価学会が広宣流布の世界的な広がりを可能にしたのは、どこまでも御書を根本とし、確固たる理念をもち、正しき軌道を決して違えることがなかったからである。
伸一は、その仏法の哲理を時代精神にしていくために、自ら先頭に立って教学の深化を図るとともに、広く社会に展開していく決意を固めていたのだ。(中略)
核兵器の脅威をはじめ、人類の滅亡の危機が叫ばれる今こそ、恒久平和の実現のために、人間精神の復興運動を起こさねばならないと、彼は痛感していたのだ。
(「本陣」の章、9〜11ページ)
どんな嵐にも動じない。
「われ地涌の菩薩なり」
広布への強き信念で
勇気みなぎる前進を!
松野殿御返事 P1382
『忘れても法華経を持つ者をば互に毀るべからざるか、其故は法華経を持つ者は必ず皆仏なり仏を毀りては罪を得るなり』
【通解】
絶対に、法華経を受持する者を互にそしることがあってはならない。その理由は、法華経を持つ者は必ず皆仏なのであり、仏をそしれば罪を得るからである。
名字の言 "思い出の一品"はライスカレー 2020年8月30日
「私の子供の時代はカレーライスではなくライスカレーの時代だった」。昭和5年(1930年)生まれの田村真八郎氏がエッセー集『日本人と食べもの』(丸善ブックス)に書いている▼カレーライスは高級品。カレーの方が別の金属製の容器に入れられ、うやうやしく運ばれてくる。一方のライスカレーは大衆品。皿の上のご飯にカレーがかけてあるものを指した。まさに"現代のカレーライスの形"だったのである▼人それぞれに、追憶に結び付く食があろう。若き日の池田先生と広布に奔走した同志を取材すると、しばしば耳にした"思い出の一品"がライスカレーだった▼先生は、おなかをすかせた青年たちを自宅に招き、「戸田先生から作り方を教わったんだ」と包丁を握ったという。昭和31年の「大阪の戦い」を振り返り、「皆で楽しくライスカレーを食べながら、最初から最後まで、愛する関西の同志と心一つに戦った」と語ったこともある▼食物の働きの一つとして、御書には「心身の力を盛んにする」(1598ページ、趣意)と仰せだ。食はおなかも心も満たすもの。大勢でテーブルを囲むことが難しい昨今だが、だからこそ日々の食事の内容や家族との食卓を大切にしたい。食の充実はそのまま人生の充実につながる。(恭)
寸鉄 2020年8月30日
苦労が多いほど幸福の大きな花が咲く—戸田先生試練の今を不屈の闘魂で
きょう学生部が教学実力試験。行学錬磨は生涯の土台。最後まで悔いなく
一日一日を愛せ—文豪。今日から生まれ変わった心で!「11・18」まで80日
感染したら秘密にしたい—子の32%。社会に漂う偏見の目。大人が襟正し
体が重い、食欲がないは夏バテの兆候。寝不足や偏食避けて賢く自己管理
〈社説〉 2020・8・30 きょうから「防災週間」
◇命守る具体的な行動計画を
「津波てんでんこ」——肉親にも構わず、各自が一刻も早く高台に避難し、「津波から命を守れ」という呼び掛け。
東日本大震災では、この教訓が生かされた岩手県釜石市の小・中学校の児童、生徒の生存率は99・8%だった。
同市では「想定を信じるな」「最善を尽くせ」「率先避難者たれ」という「津波避難の3原則」も訴えられてきた(平成26年版防災白書から)。
一方、九州などの各地に甚大な被害をもたらした「令和2年7月豪雨」では、気象庁の関田康雄長官が「我々の実力不足だった」との認識を示した。
近年多発する記録的大雨の要因である「線状降水帯」を予報することが、専門家やスーパーコンピューターの「数値予報モデル」を運用しても困難であることが分かる。
災害対策の三助(自助・共助・公助)について、防災白書によると、阪神・淡路大震災では7割近くが家族も含む「自助」、3割が隣人等の「共助」により救出されており、「公助」である救助隊による救出は数%にすぎなかったという。
大切な命を守るために必要な事前の具体策は何か。
これらの教訓や調査結果を参考に、きょうから始まる防災週間(9月5日まで)を機に、家族で話し合う時間をつくることをお勧めしたい。
一助となるのが国土交通省などが推奨する「マイ・タイムライン」を作成することだ。
マイ・タイムラインとは、洪水のような進行型災害が発生した際に、「いつ」「何をするのか」を整理した個人の防災計画。急な判断が迫られる災害時のために自らの行動チェックリストを整理して役立てることができる。
例えば、台風が近づきそうなら常備薬など持ち物の準備、注意報が発令されたら携帯電話の充電やハザードマップで避難経路を確認するという内容である(国交省の「マイ・タイムラインかんたん検討ガイド」から)。
風水害だけでなく予測できない直下型の大地震にも対策が必要だ。
「寝室に大きな家具を置かない」ことや、地震後の通電火災を防ぐ「感震ブレーカー」の設置も検討したい。
避難所での感染症対策については、密閉、密集、密接の「3密」を回避し、マスクやアルコール消毒液の持参、親戚の家や車内に泊まることも選択肢の一つに、万全を期したい。
池田先生はいかなる災難にも負けぬ人間力を強調し、「『汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か』(御書31ページ)と仰せの如く、民衆の幸福と平和を根本とする生き方が輝き光っていくはずだ」と。
「自助」を念頭に置きつつ、人間関係が希薄な今こそ、近隣住民と「顔の見える関係」を築き、地域の防災意識を高めていきたい。
☆「8・24」 池田先生が全同志に和歌
8月24日は、池田大作先生が1947年(昭和22年)に入信して73年。恩師・戸田城聖先生と機関紙発刊の構想を語り合った50年(同25年)の「聖教新聞創刊原点の日」から満70年を迎える。池田先生は、記念日に当たって、全国・全世界の同志に3首の和歌を詠み贈った。
この時を
願い涌現の
後継なれば
若き誓火で
闇うち晴らせ
妙法の
大良薬を
地球民族へ
いのちの医王ぞ
創価の師弟は
霊山の
一会ここにと
聖教は
世界むすべや
平和の仏智で
☆小説「新・人間革命」学習のために 第17巻
◇苦悩が深いほど偉大な使命が
<1973年(昭和48年)3月、第二東京本部の幹部会に出席した山本伸一が会場を出ると、十数人のメンバーが駆け寄ってきた。町田から来たという婦人は、伸一に、自身の来し方を報告した>
「私が入会したのは、結婚前でしたが、その時は父母も、姉たちも大反対でした。家から閉め出されてしまったこともありました。
"なぜ、学会のすばらしさがわからないのだろう"と思うと、悔しくって、何度泣いたかわかりません」
「そう。大変だったんですね」
彼女は、満面に笑みを浮かべて言った。
「でも、今はそうしたことが、一番誇らかで、愉快な思い出になっています」
「そうなんだ。そうなんだよ。厳しい試練の冬も、勝利の春が来れば、すべては喜びに変わる。涙あっての笑いです。労苦あっての歓喜です。苦闘している時には、"なんで自分ばかり、こんなに大変な思いをしなければならないのか"と思うこともあるでしょう。しかし、それは、自ら願い求めた使命の舞台なんです。
苦悩が深ければ深いほど、それだけ偉大な使命を担っているということなんです。
つまり、あなたは、どんなに厳しい家庭の状況であっても、家族の一人が立ち上がれば家庭革命はできる、一家和楽は実現できるということを証明してみせたんです。
同じような状況で、悩み、苦しんでいる人が、その事実を知れば、皆が"私にもできるんだ!"と希望をもつでしょう。勇気をもつでしょう。
ご家族の学会への無理解というのは、あなたがその使命を果たすための舞台だったんです」
婦人は、何度も頷きながら、伸一の話を聞いていた。
「人生の充実感や痛快さは、幾つ苦難を乗り越えてきたかによって決まります。いかに年齢を重ねようが、苦闘がなければ精神は空疎です。自分の幸福のため、充実のために、自ら戦いを起こすことです。そして、自身の挑戦のドラマをつくるんです」
(「本陣」の章、93〜95ページ)
◇青春は困難を克服する活力
<4月、大阪に創価女子学園が開校。創立者の伸一は、入学式で祝辞を述べ、青春についての洞察を語る>
「私は、青春時代というのは、無限の可能性を前にして、非常に不安定で落ち着きがなく、鋭敏な神経が常に働いているというのが実情であろうと思う。
未来の夢が、大きければ大きいほど、心労も大きい。しかし、若い皆さんは傷つきやすく、弱いように見えますが、決して、そんなものではない。どんな困難をも乗り越えていける活力、生命力をたたえているのが青春です。どうか、そのことに自信をもっていただきたいのであります。
感情の振幅の激しさから、時に絶望に陥ることもあるかもしれない。しかし、皆さんの生命の底には、それを跳ね飛ばして克服するだけの力がある。これが、青春というものの本体であると私は叫びたい。これが、青春の特権です」
伸一は、いつの間にか叫ぶような、祈るような思いで訴えていた。
「人が老いて青春を懐かしむのは、まさに、この青春の活力を懐古しているということを知っていただきたい。ゆえに、苦悩や困難を決して避けるようなことをしてはならない。堂々と、それに挑戦し、立派に克服する皆さんであってください。
ともかく、青春は無限の歓喜とともに、また、必ず心労がある。悩みがある。これは表裏一体であることを忘れてはならない。
それを知って戦っていくところに、輝かしい青春時代があります」
(「希望」の章、135〜136ページ)
◇何があろうと"不動の信心"を
<伸一は3月の本部幹部会で、皆が「開目抄」の「我並びに……」の一節を生命に刻むよう提案。翌月、東京・日大講堂での本部幹部会では、その一節を皆で拝読する声が響いた>
「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ、我が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけんつたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし」(御書234ページ)
いかなる難があったとしても、疑うことなく信心を貫いていくならば、必ず成仏できることを断言なされた御文である。
——天の加護がなくとも疑ってはならぬ! 現世が安穏でないからといって嘆いてはならぬ! 疑いを起こさず、師弟の約束を守り抜くのだ!
そこには、弟子たちの成仏を願われる、師匠・日蓮大聖人の魂の叫びがある。
伸一は、前月の本部幹部会でも、この御文を拝読し、力を込めてこう訴えた。
「ここには、信心の極意が示されております。
この一節を、生涯にわたって、生命の奥底に刻み込んでください。
日蓮大聖人の仰せ通りに仏法を実践している教団は、創価学会しかありません。
それゆえに、必ず諸難が競い起こる。しかし、何があっても広宣流布の根本軌道を踏み外すことなく、揺るがぬ信心を貫き、悠々と明るく進んでいっていただきたいのであります」
今、創価学会は「広布第二章」の大空に飛翔した。それは、本格的な社会建設の時代の到来である。
(中略)学会が、社会の建設に力を注げば注ぐほど、その前進をとどめようとする迫害も、激しさを増すことは間違いない。
それだけに伸一は、必死になって、確固不動なる信心の「核」を、一人ひとりの胸中に、つくり上げようとしていたのである。
そして、「開目抄」のこの一節を、全同志が座右の銘として、生命に刻むことを提案したのだ。
(「民衆城」の章、265〜266ページ)
◇労苦こそ仏法者の誇りと栄光
<6月、「群馬・高原スポーツ大会」の会場に到着した伸一は、陰の力に徹する役員を激励する>
彼は、すぐに控室には入らず、建物の脇をのぞいた。そこに、身を隠すように立っていた一人の青年がいた。
"やはり……"と思った。
設営や警備など、役員の青年たちは、最も苦労しながら、自分は決して表面に出ることなく、目立たぬように陰の力に徹しようとするのが常であるからだ。
伸一は、陰の力として誠実に奮闘してくれている人に光を当て、讃えることこそ、わが使命であると自覚し、常にあらゆる人に炯々たる眼を注いでいた。
人間主義とは、具体的にいえば、その気遣いの心である。皆の献身的な尽力を当然であるかのように考えることは、官僚主義といってよい。
伸一は、青年に笑顔を向け、手を差し出した。
「役員だね。おめでとう!」
彼は、阿相良正という建設会社を営む青年で、会場の整備責任者であった。突貫工事で会場の整備を成し遂げ、この日、役員として参加していたのである。
阿相は、感動で頭の中が真っ白になった。
「先生! ありがとうございます」
こう叫ぶ阿相に、伸一は言った。
「役員として陰で黙々と頑張ってくれている人がいるから、行事の成功もある。また、そういう青年たちがいるから学会は盤石なんです。
大変だろうが、『陰徳あれば陽報あり』(御書1178ページ)です。労苦は必ず報われるのが仏法です。『冥の照覧』を信じてください。本当にありがとう!」
広宣流布のための労苦は、すべて、自身の福運となり、宿命転換の力となり、人間革命への飛躍台となる。ゆえに、われらは、勇んで今日も、使命の道を行く。
信心とは、峻厳なる生命の因果の理法への深き確信である。したがって仏法者は、自分は楽をし、要領よく立ち回ろうとする者を最も哀れに思う。そして、労苦にこそ、無上の誇りと、未来の燦然たる栄光を見いだすのだ。
(「緑野」の章、388〜390ページ)
◇人間精神の復興運動
1973年(昭和48年)の新年勤行会で伸一は、同年のテーマである「教学の年」の意義を訴えた。
◇
「『広布第二章』の本格的なスタートとなった本年を、私どもは『教学の年』としました。それは、なぜか——。
『広布第二章』とは、生命の尊厳や慈悲など、仏法の哲理を根底とした社会建設の時代です。言い換えれば、創価学会に脈打つ仏法の叡知を社会に開き、人類の共有財産としていく時代の到来ともいえます。そのためには、原点に立ち返って、社会を建設し、文化を創造していく源泉である、仏法という理念を、徹底して掘り下げ、再構築していかなくてはならない。ゆえに、本年を『教学の年』としたんです。
大聖人は『行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ』(御書1361ページ)と仰せです。
行学の『行』とは、広宣流布を推進していく実践です。『学』とは仏法哲理の研鑽であり、理念の深化です。この二つは車の両輪の関係にある。
新しき発展のためには、教学の研鑽に励み、仏法の理念を究めていくことが不可欠になる。
(中略)教学という理念がない実践は、社会の人びとを納得、共感させる説得力をもちえず、自己満足に終わってしまう。また、実践のともなわない教学は、観念の遊戯であり、現実社会を変革する力とはなりません」
創価学会が広宣流布の世界的な広がりを可能にしたのは、どこまでも御書を根本とし、確固たる理念をもち、正しき軌道を決して違えることがなかったからである。
伸一は、その仏法の哲理を時代精神にしていくために、自ら先頭に立って教学の深化を図るとともに、広く社会に展開していく決意を固めていたのだ。(中略)
核兵器の脅威をはじめ、人類の滅亡の危機が叫ばれる今こそ、恒久平和の実現のために、人間精神の復興運動を起こさねばならないと、彼は痛感していたのだ。
(「本陣」の章、9〜11ページ)
2020年8月29日土曜日
2020.08.29 わが友に贈る
歌は前進の力。
団結の要なり。
希望の歌声高らかに
人間革命の歴史を
断固と築きゆこう!
新池御書 P1443
『南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば天然と三十二相八十種好を備うるなり、如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり』
【通解】
ただ南無妙法蓮華経とほかのことをさしおいてひたすら唱えていくならば、自然に生命に仏の相である三十二相八十種好をそなえていけるのです。法華経方便品に「我が如く等しくして異なること無からしめん」とあるように、釈尊のような仏にやすやすとなっていけるのです。
名字の言 高等部員が「かばん」に入れていたもの 2020年8月29日
運動部に所属する高等部員が玄関で靴を履いていた、ある朝のこと。肩に掛けたかばんの大きさに驚いた母が言った。「一体、何が入っているの?」。彼は答えた。「夢と希望!」▼以来、登校時にはハンカチなどの持ち物を確認した最後に、「夢と希望は?」「持ったよ」という母子の笑顔の会話が日課になった。かばんの中身は「運動用具」。彼は、皆に感動を与えるスポーツ選手になることが夢だった。だから、彼にとって運動用具は、夢と希望そのものだった▼だがその後、彼は度重なる大けがに泣いた。結果的に夢をかなえる理想の未来は、厳しい現実に閉ざされた。しかし、通院先の鍼灸師に励まされ、絶望から立ち直った。現在、彼自身も鍼灸師としてスポーツに汗する人らを支える充実の日々を送っている▼劇作家の福田恆存は記している。「現実がそのとおりにならぬからこそ、それは理想といえるのです。理想とは、それに現実を一致させるためにあるのではなく、それを支点として現実が回転し活動するためにあるのです」(『私の幸福論』筑摩書房)▼理想や夢が、そのままにかなうことは少ないかもしれない。しかし現実から逃げず、自分らしく努力を重ねれば、必ず本人にとって最高の形で使命の道は開けていく。(城)
寸鉄 2020年8月29日
青年が思う存分、働けるよう応援する人が偉い—恩師。さあ、共に総会へ!
国際部の日。世界広布に先駆する賢者よ!語学と人格を磨き新時代の要に
「水のごとく信ぜさせ給へ」御書。地道に純真に。弛まぬ信心が勝利の源泉
努力の過程を褒められた子はやる気も高まると。時を逃さず。激励の声を
国連「核実験に反対する国際デー」。"絶対悪"との思潮を民衆の対話の渦で
☆小説「新・人間革命」学習のために 第16巻
◇"地涌の菩薩"の使命忘るな
<1972年(昭和47年)1月、山本伸一は、第1回全国大学会総会の会場近くで参加者を激励。大学卒業後、2年間信心から離れていた青年であった>
「すべてのものには使命がある。花は咲くことを使命とし、太陽は輝き、暖かな光を送ることを使命としている。水は流れ、清め、潤すことが、使命といってよい。
君も、私も、広宣流布という本然の使命をもって、この世に出現した地涌の菩薩なんだ。その自己の使命を果たさないということは、開花せぬ花であり、輝かぬ太陽のようなものだ。それでは、真の充実や歓喜などあるはずがない。
仕事に力を注ぎ、職場の第一人者になることは大切です。しかし、なんのための人生かを忘れてはならない。それは、人びとと社会に貢献するためです。この世から不幸を追放し、万人に幸福と平和をもたらす、広宣流布をなしゆくために、私たちの人生はある。
この広宣流布という根本目的を忘れずに、職場の勝利者となり、立派な家庭を築き、信頼と幸福の実証を示していくことが大事なんです。それが、仏法の力の証明になるからです」
山口は、盛んに瞬きをし、相槌を打ちながら伸一の話を聞いていた。素直だが、気の弱そうな感じの青年であった。
「信心を離れて、本当の生命の充実も、歓喜もありません。どんなにお金を稼ごうが、社会的に偉くなろうが、それだけでは、最後に残るのは空しさであり、老いや死に対する不安と恐怖です。生老病死という人間の根本的な苦悩を解決できるのは、仏法しかありません」
伸一は、なんのための信心かを、山口にわかってほしかったのである。
(「入魂」の章、15〜16ページ)
◇一切をプラスに転ずる哲学
<1月、東京・新宿区の記念撮影会で伸一は、婦人たちに語る>
「皆さんは、"今日は大事な記念撮影会なのに雨になってしまった。残念だ"と思われていることでしょう」(中略)
「いっさいをよい方向に考え、さらに前へ、前へと、進んでいくことが大事です。
時には、祈っても、思い通りにならない場合もあるかもしれない。でも、それは、必ず何か意味があるんです。最終的には、それでよかったのだと、心の底から、納得できるものなんです」
仏法は、価値創造の源泉である。それは、直面するすべての事柄を、喜びに、希望に、感謝に、勝利にと転じていく智慧から始まるといえる。(中略)
「たとえば、仮に雪が降ったとします。"寒いし、滑りやすいので、いやだな"と思ってしまえば、すべてが苦痛になってしまう。しかし、"めったに見られない雪景色を見ることができる。子どもたちに雪ダルマをつくってやることができる。楽しい思い出になる"ととらえれば、その瞬間から喜びに変わります。
要は、どんなことがあっても、そこに、何か意味を、喜びを、見いだして、勇んで挑戦していくことが、価値の創造につながるんです。それには、人生の哲学と智慧、そして、生命力が必要になる。実は、そのための信心なんです」
物事をどうとらえるかが、「哲学」である。一つ一つの事柄を悲観的にみるか、楽観的にみるか。否定的にみるか、肯定的にみるか——で、人の生き方は全く異なってくる。
仏法で説く、「変毒為薬」「煩悩即菩提」「生死即涅槃」等の原理は、マイナスをプラスに転ずる哲学であり、そこに立脚する限り、行き詰まりはない。
(「入魂」の章、38〜39ページ)
◇「さあ、仕事を続けよう!」
<5月、伸一は、イギリスの歴史学者トインビー博士の要請を受け、博士の自宅で対談を開始。伸一は博士の座右の銘を尋ねる>
博士は即座に答えた。
「ラテン語で『ラボレムス』。"さあ、仕事を続けよう"という意味の言葉です」
博士は、この言葉の背景も語ってくれた。
——それは、二世紀末から三世紀初頭のローマ皇帝セプティミウス・セウェルスに由来する箴言である。彼は、遠征先のブリタニア(イギリス南部)で病に倒れた。重病である。皇帝は死期の近いことを悟った。皇帝は、毎日、彼の率いる軍隊に、モットーを与えることを常としていた。そして、まさに死なんとする日も、自らの任務を遂行した。その時、彼が全軍に与えたモットーが「ラボレムス!」(さあ、仕事を続けよう)であった。
伸一は感嘆した。
「すばらしいモットーです。短い言葉のなかに責任感や持続の精神が凝結しています。博士の生き方そのもののように思えます」
彼には、最後の最後まで「ラボレムス!」と叫んだ皇帝の姿と、八十三歳にして、今なお、人類の未来のために働き続けようとする博士の生き方が、完全に重なり合っているように思えた。
弛まざる前進のなかにこそ、人間性の勝利がある。戦い続けることこそが生の証なのだ。
伸一は重ねて尋ねた。
「今、最もなさりたいことは何でしょうか」
博士は力強く答えた。
「私とあなたが、今、この部屋でしていることです。この対話が意味するものは、人類全体を一つの家族として結束させる努力です。人類が生存を続けるためには、全人類が単一の大家族になっていかねばならないと、私は信じるからです」
(「対話」の章、177〜179ページ)
◇広布の苦労はすべて福運に
<7月、山形の友との記念撮影会に臨んだ伸一は、青年時代に勤務していた大東商工近くの市谷食堂で働いていた婦人と再会。入会し、学会のリーダーとして奔走する彼女を励ます>
「中心者というのは、日々、みんなのため、広布のために、個人指導に、折伏にと、走り回らなければならない。身も心も、休まる暇なんかないでしょう。しかし、皆を幸福にする使命と責任があるだけに、どんなに大変であっても、投げ出すわけにはいかない。でも、あえて、そこに挑んでおられるから、尊く、偉大なんです。そのなかにこそ、真実の菩薩の、また、仏の生命の輝きがあるんです。(中略)
同じ学会活動をしていても、自由な立場で、気ままに動いている人もいるでしょう。そうした人を見て"いいな"と思うこともあるかもしれないが、苦労した分だけ、すべて自らの功徳、福運になる。それが、仏法の因果の理法であり、そのことを確信できるかどうかです」
仏法は、生命の因果の法則を説き明かし、幸福への智慧と力が、すべて自分自身の生命にあることを教えている。(中略)
ゆえに、学会員は(中略)皆が「冥の照覧」を、そして「陰徳あれば陽報あり」(御書1178ページ)の御文を確信し、わが信念としてきたのだ。
だから、世間的な利害や損得をかなぐり捨て、広宣流布のため、仏法のために、勇んで苦労を買って出た。信心のことで、楽をしようとか、よい思いをしようなどとは、決して考えなかった。
皆が、財もいらない、地位もいらない、名誉もいらないとの思いで、ただ、ただ、広宣流布のために走り抜いてきたのである。
そこにこそ、創価学会の強さがあり、清らかさがあり、正義がある。
(「羽ばたき」の章、243〜245ページ)
◇変毒為薬の仏法
<1972年(昭和47年)の7月は大雨が続き、「昭和47年7月豪雨」と呼ばれ、全国各地で大きな被害が出た。「羽ばたき」の章には、秋田を訪れた山本伸一が、救援対策の手を打ちながら、同志を励ます場面が描かれている>
「今回、水害に遭われた方は、本当にお気の毒です。心から、お見舞い申し上げます。
大事なことは、ここから、どうしていくかです。落胆して、自暴自棄になったり、諦めてしまうのか。それとも、"負けるものか""今こそ信心の力を証明するのだ"と、敢然と立ち上がるのかです。その一念で幸・不幸は大きく分かれます。
長い人生には、災害だけでなく、倒産、失業、病気、事故、愛する人の死など、さまざまな窮地に立つことがある。順調なだけの人生などありえません。むしろ、試練と苦難の明け暮れこそが人生であり、それが生きるということであるといっても、決して過言ではない。
では、どうすれば、苦難に負けずに、人生の真の勝利を飾れるのか。
仏法には『変毒為薬』つまり『毒を変じて薬と為す』と説かれているんです。信心によって、どんな最悪な事態も、功徳、幸福へと転じていけることを示した原理です。これを大確信することです。
この原理は、見方を変えれば、成仏、幸福という『薬』を得るには、苦悩という『毒』を克服しなければならないことを示しています。いわば、苦悩は、幸福の花を咲かせゆく種子なんです。だから、苦難を恐れてはなりません。敢然と立ち向かっていくことです。
私たちは、仏の生命を具え、末法の衆生を救済するために出現した、地涌の菩薩です。
その私たちが、行き詰まるわけがないではありませんか。人は、窮地に陥ったから不幸なのではない。絶望し、悲観することによって不幸になるんです」(中略)
「もう一つ大事なことは、自分が今、窮地に陥り、苦悩しているのはなんのためかという、深い意味を知ることです。もし、災害に遭った同志の皆さんが、堂々と再起していくことができれば、変毒為薬の原理を明らかにし、仏法の偉大さを社会に示すことができる。実は、そのための苦難なんです。
どうか被災した方々にこうお伝えください。
『断じて苦難に負けないでください。必ず乗り越え、勝ち越えてください。私は真剣に題目を送り続けております』と」
伸一は必死であった。
(251〜252ページ)
団結の要なり。
希望の歌声高らかに
人間革命の歴史を
断固と築きゆこう!
新池御書 P1443
『南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば天然と三十二相八十種好を備うるなり、如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり』
【通解】
ただ南無妙法蓮華経とほかのことをさしおいてひたすら唱えていくならば、自然に生命に仏の相である三十二相八十種好をそなえていけるのです。法華経方便品に「我が如く等しくして異なること無からしめん」とあるように、釈尊のような仏にやすやすとなっていけるのです。
名字の言 高等部員が「かばん」に入れていたもの 2020年8月29日
運動部に所属する高等部員が玄関で靴を履いていた、ある朝のこと。肩に掛けたかばんの大きさに驚いた母が言った。「一体、何が入っているの?」。彼は答えた。「夢と希望!」▼以来、登校時にはハンカチなどの持ち物を確認した最後に、「夢と希望は?」「持ったよ」という母子の笑顔の会話が日課になった。かばんの中身は「運動用具」。彼は、皆に感動を与えるスポーツ選手になることが夢だった。だから、彼にとって運動用具は、夢と希望そのものだった▼だがその後、彼は度重なる大けがに泣いた。結果的に夢をかなえる理想の未来は、厳しい現実に閉ざされた。しかし、通院先の鍼灸師に励まされ、絶望から立ち直った。現在、彼自身も鍼灸師としてスポーツに汗する人らを支える充実の日々を送っている▼劇作家の福田恆存は記している。「現実がそのとおりにならぬからこそ、それは理想といえるのです。理想とは、それに現実を一致させるためにあるのではなく、それを支点として現実が回転し活動するためにあるのです」(『私の幸福論』筑摩書房)▼理想や夢が、そのままにかなうことは少ないかもしれない。しかし現実から逃げず、自分らしく努力を重ねれば、必ず本人にとって最高の形で使命の道は開けていく。(城)
寸鉄 2020年8月29日
青年が思う存分、働けるよう応援する人が偉い—恩師。さあ、共に総会へ!
国際部の日。世界広布に先駆する賢者よ!語学と人格を磨き新時代の要に
「水のごとく信ぜさせ給へ」御書。地道に純真に。弛まぬ信心が勝利の源泉
努力の過程を褒められた子はやる気も高まると。時を逃さず。激励の声を
国連「核実験に反対する国際デー」。"絶対悪"との思潮を民衆の対話の渦で
☆小説「新・人間革命」学習のために 第16巻
◇"地涌の菩薩"の使命忘るな
<1972年(昭和47年)1月、山本伸一は、第1回全国大学会総会の会場近くで参加者を激励。大学卒業後、2年間信心から離れていた青年であった>
「すべてのものには使命がある。花は咲くことを使命とし、太陽は輝き、暖かな光を送ることを使命としている。水は流れ、清め、潤すことが、使命といってよい。
君も、私も、広宣流布という本然の使命をもって、この世に出現した地涌の菩薩なんだ。その自己の使命を果たさないということは、開花せぬ花であり、輝かぬ太陽のようなものだ。それでは、真の充実や歓喜などあるはずがない。
仕事に力を注ぎ、職場の第一人者になることは大切です。しかし、なんのための人生かを忘れてはならない。それは、人びとと社会に貢献するためです。この世から不幸を追放し、万人に幸福と平和をもたらす、広宣流布をなしゆくために、私たちの人生はある。
この広宣流布という根本目的を忘れずに、職場の勝利者となり、立派な家庭を築き、信頼と幸福の実証を示していくことが大事なんです。それが、仏法の力の証明になるからです」
山口は、盛んに瞬きをし、相槌を打ちながら伸一の話を聞いていた。素直だが、気の弱そうな感じの青年であった。
「信心を離れて、本当の生命の充実も、歓喜もありません。どんなにお金を稼ごうが、社会的に偉くなろうが、それだけでは、最後に残るのは空しさであり、老いや死に対する不安と恐怖です。生老病死という人間の根本的な苦悩を解決できるのは、仏法しかありません」
伸一は、なんのための信心かを、山口にわかってほしかったのである。
(「入魂」の章、15〜16ページ)
◇一切をプラスに転ずる哲学
<1月、東京・新宿区の記念撮影会で伸一は、婦人たちに語る>
「皆さんは、"今日は大事な記念撮影会なのに雨になってしまった。残念だ"と思われていることでしょう」(中略)
「いっさいをよい方向に考え、さらに前へ、前へと、進んでいくことが大事です。
時には、祈っても、思い通りにならない場合もあるかもしれない。でも、それは、必ず何か意味があるんです。最終的には、それでよかったのだと、心の底から、納得できるものなんです」
仏法は、価値創造の源泉である。それは、直面するすべての事柄を、喜びに、希望に、感謝に、勝利にと転じていく智慧から始まるといえる。(中略)
「たとえば、仮に雪が降ったとします。"寒いし、滑りやすいので、いやだな"と思ってしまえば、すべてが苦痛になってしまう。しかし、"めったに見られない雪景色を見ることができる。子どもたちに雪ダルマをつくってやることができる。楽しい思い出になる"ととらえれば、その瞬間から喜びに変わります。
要は、どんなことがあっても、そこに、何か意味を、喜びを、見いだして、勇んで挑戦していくことが、価値の創造につながるんです。それには、人生の哲学と智慧、そして、生命力が必要になる。実は、そのための信心なんです」
物事をどうとらえるかが、「哲学」である。一つ一つの事柄を悲観的にみるか、楽観的にみるか。否定的にみるか、肯定的にみるか——で、人の生き方は全く異なってくる。
仏法で説く、「変毒為薬」「煩悩即菩提」「生死即涅槃」等の原理は、マイナスをプラスに転ずる哲学であり、そこに立脚する限り、行き詰まりはない。
(「入魂」の章、38〜39ページ)
◇「さあ、仕事を続けよう!」
<5月、伸一は、イギリスの歴史学者トインビー博士の要請を受け、博士の自宅で対談を開始。伸一は博士の座右の銘を尋ねる>
博士は即座に答えた。
「ラテン語で『ラボレムス』。"さあ、仕事を続けよう"という意味の言葉です」
博士は、この言葉の背景も語ってくれた。
——それは、二世紀末から三世紀初頭のローマ皇帝セプティミウス・セウェルスに由来する箴言である。彼は、遠征先のブリタニア(イギリス南部)で病に倒れた。重病である。皇帝は死期の近いことを悟った。皇帝は、毎日、彼の率いる軍隊に、モットーを与えることを常としていた。そして、まさに死なんとする日も、自らの任務を遂行した。その時、彼が全軍に与えたモットーが「ラボレムス!」(さあ、仕事を続けよう)であった。
伸一は感嘆した。
「すばらしいモットーです。短い言葉のなかに責任感や持続の精神が凝結しています。博士の生き方そのもののように思えます」
彼には、最後の最後まで「ラボレムス!」と叫んだ皇帝の姿と、八十三歳にして、今なお、人類の未来のために働き続けようとする博士の生き方が、完全に重なり合っているように思えた。
弛まざる前進のなかにこそ、人間性の勝利がある。戦い続けることこそが生の証なのだ。
伸一は重ねて尋ねた。
「今、最もなさりたいことは何でしょうか」
博士は力強く答えた。
「私とあなたが、今、この部屋でしていることです。この対話が意味するものは、人類全体を一つの家族として結束させる努力です。人類が生存を続けるためには、全人類が単一の大家族になっていかねばならないと、私は信じるからです」
(「対話」の章、177〜179ページ)
◇広布の苦労はすべて福運に
<7月、山形の友との記念撮影会に臨んだ伸一は、青年時代に勤務していた大東商工近くの市谷食堂で働いていた婦人と再会。入会し、学会のリーダーとして奔走する彼女を励ます>
「中心者というのは、日々、みんなのため、広布のために、個人指導に、折伏にと、走り回らなければならない。身も心も、休まる暇なんかないでしょう。しかし、皆を幸福にする使命と責任があるだけに、どんなに大変であっても、投げ出すわけにはいかない。でも、あえて、そこに挑んでおられるから、尊く、偉大なんです。そのなかにこそ、真実の菩薩の、また、仏の生命の輝きがあるんです。(中略)
同じ学会活動をしていても、自由な立場で、気ままに動いている人もいるでしょう。そうした人を見て"いいな"と思うこともあるかもしれないが、苦労した分だけ、すべて自らの功徳、福運になる。それが、仏法の因果の理法であり、そのことを確信できるかどうかです」
仏法は、生命の因果の法則を説き明かし、幸福への智慧と力が、すべて自分自身の生命にあることを教えている。(中略)
ゆえに、学会員は(中略)皆が「冥の照覧」を、そして「陰徳あれば陽報あり」(御書1178ページ)の御文を確信し、わが信念としてきたのだ。
だから、世間的な利害や損得をかなぐり捨て、広宣流布のため、仏法のために、勇んで苦労を買って出た。信心のことで、楽をしようとか、よい思いをしようなどとは、決して考えなかった。
皆が、財もいらない、地位もいらない、名誉もいらないとの思いで、ただ、ただ、広宣流布のために走り抜いてきたのである。
そこにこそ、創価学会の強さがあり、清らかさがあり、正義がある。
(「羽ばたき」の章、243〜245ページ)
◇変毒為薬の仏法
<1972年(昭和47年)の7月は大雨が続き、「昭和47年7月豪雨」と呼ばれ、全国各地で大きな被害が出た。「羽ばたき」の章には、秋田を訪れた山本伸一が、救援対策の手を打ちながら、同志を励ます場面が描かれている>
「今回、水害に遭われた方は、本当にお気の毒です。心から、お見舞い申し上げます。
大事なことは、ここから、どうしていくかです。落胆して、自暴自棄になったり、諦めてしまうのか。それとも、"負けるものか""今こそ信心の力を証明するのだ"と、敢然と立ち上がるのかです。その一念で幸・不幸は大きく分かれます。
長い人生には、災害だけでなく、倒産、失業、病気、事故、愛する人の死など、さまざまな窮地に立つことがある。順調なだけの人生などありえません。むしろ、試練と苦難の明け暮れこそが人生であり、それが生きるということであるといっても、決して過言ではない。
では、どうすれば、苦難に負けずに、人生の真の勝利を飾れるのか。
仏法には『変毒為薬』つまり『毒を変じて薬と為す』と説かれているんです。信心によって、どんな最悪な事態も、功徳、幸福へと転じていけることを示した原理です。これを大確信することです。
この原理は、見方を変えれば、成仏、幸福という『薬』を得るには、苦悩という『毒』を克服しなければならないことを示しています。いわば、苦悩は、幸福の花を咲かせゆく種子なんです。だから、苦難を恐れてはなりません。敢然と立ち向かっていくことです。
私たちは、仏の生命を具え、末法の衆生を救済するために出現した、地涌の菩薩です。
その私たちが、行き詰まるわけがないではありませんか。人は、窮地に陥ったから不幸なのではない。絶望し、悲観することによって不幸になるんです」(中略)
「もう一つ大事なことは、自分が今、窮地に陥り、苦悩しているのはなんのためかという、深い意味を知ることです。もし、災害に遭った同志の皆さんが、堂々と再起していくことができれば、変毒為薬の原理を明らかにし、仏法の偉大さを社会に示すことができる。実は、そのための苦難なんです。
どうか被災した方々にこうお伝えください。
『断じて苦難に負けないでください。必ず乗り越え、勝ち越えてください。私は真剣に題目を送り続けております』と」
伸一は必死であった。
(251〜252ページ)
2020年8月28日金曜日
2020.08.28 わが友に贈る
「月月・日日に
つより給へ」御聖訓。
信行学の基本に徹し
金剛の生命を鍛えよう!
堅実な挑戦の歩みを!
佐渡御書 P0961
『佐渡の国は紙候はぬ上面面に申せば煩あり一人ももるれば恨ありぬべし此文を心ざしあらん人人は寄合て御覧じ料簡候て心なぐさませ給へ』
【通解】
佐渡の国には紙がない上に、一人一人に手紙を送るのは煩わしくもあり、また一人でももるれれば恨みに思うことだろう。この手紙を志ある人々は寄り合って読み、よく理解して心を慰めなさい。
名字の言 いつ読んでも違う味がする。それが読書の魅力——芥川賞作家・又吉直樹氏 2020年8月28日
「一度買ったら何度も読めるというのが本のすごく良いところ」と語るのは、芥川賞作家でお笑い芸人の又吉直樹氏だ▼本好きとして知られる氏だが、夏目漱石の『それから』は最初、難しくて読めなかった。そこで『坊っちゃん』『吾輩は猫である』など、他の作品を読んだ後に改めて再読。すると「めちゃくちゃおもしろかった」▼「本の内容は変わりませんが、人間は日々、年を取りながら変わっていきます」と氏。例えば10代で読んだ本を20代、30代で再読すると新しい発見がある。その時にしかできない読み方がある、と氏は言う。「いつ読んでも違う味がする。それが読書の大きな魅力のひとつです」(『夜を乗り越える』小学館よしもと新書)▼「座右の書」というように、再読は本の味わい方の一つ。ところが近年、世代を問わず、読書量の低下が危惧される。国立青少年教育振興機構の調査によると、20代から60代で1カ月に読む紙の本が「0冊」と答えた人は、平成25年に28・1%だったのが、同30年には49・8%へと増加。約半数が"1冊も本を読まない"との結果になった▼「青年よ、心に読書と思索の暇をつくれ」とは、戸田先生の指針。紙媒体に限らず、今は電子書籍もオーディオブックもある。多忙な時こそ、読書に挑戦したい。(銘)
寸鉄 2020年8月28日
進んで魔の働きをかり出し退治してこそ幸福が—牧口先生。難こそ誉れと
葛飾・広布師弟原点の日。我らの前進で地域に光を—大東京の民衆城は堂々
創大・短大の見学会が30日に開催。事前予約制。世界市民の揺籃に来れ!
睡眠不足でウイルス感染のリスクは増加—医師。生活習慣の見直しが第一
接触アプリは感染抑制に効果と。通知された人が行動控える為。賢く活用
☆広宣流布大誓堂で勇躍の世界広布新時代第46回本部幹部会 「世界青年部歌」が発表
◇池田先生がメッセージ——地涌の大生命力で地球社会を救え
「世界広布新時代第46回本部幹部会」が26日午後、広宣流布大誓堂(東京・信濃町)の三代会長記念会議場で開催された。
これには原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表と出席。席上、新たに完成した世界青年部歌「Eternal Journey with Sensei!〜永遠の師弟旅〜」が発表された。
池田大作先生は祝福のメッセージを贈り、創立90周年から100周年への10年は、一人一人が人間革命の勝利の実証を打ち立て、人類の宿命転換を成し遂げていくべき勝負の時であると強調。
我らは「大法弘通慈折広宣流布」の大願で結ばれた創価家族であると述べ、皆が地涌の大生命力を出して、善き友のスクラムを広げ、地球社会を救いゆこうと呼び掛けた。
(全国中継は9月1日から13日〈中継の会場と時間は各県・区で決定〉。同期間中、「モバイルSTB」「SOKAnet」でも配信)
☆小説「新・人間革命」学習のために 第15巻
小説『新・人間革命』の山本伸一の激励・指導などを紹介する「My Human Revolution(マイ・ヒューマン・レボリューション)」。今回は第15巻を掲載する。次回の第16巻は8月7日付2面の予定。挿絵は内田健一郎。
◇人と自然の調和目指す哲学を
<公害問題が深刻化していた1970年(昭和45年)、山本伸一は、大手出版社の依頼に応じて寄稿し、問題解決のための道筋を示す>
彼(伸一=編集部注)は、公害を克服するうえで、「生命の尊厳」の哲学が必要であることは言うまでもないが、その内実の厳しい検証こそが、最も大切であると述べた。
なぜなら、「生命の尊厳」は、これまでに、誰もが口にしてきたことであるからだ。
さらに、あくなき環境支配を促した独善的な思想のなかにさえ、「生命の尊厳」という発想があるからだ。いや、その誤った"人間生命の尊厳観"こそ、無制限な自然の破壊と汚染を生んだ元凶にほかならないのだ。なればこそ、伸一は記していった。
「自然を、人間に征服されるべきものとし、いくら破壊され、犠牲にされてもかまわぬとする"ヒューマニズム"は、実は、人間のエゴイズムであって、かえって人間の生存を危うくする"アンチ・ヒューマニズム"にほかならない。真のヒューマニズムは、人間と自然との調和、もっと端的に言えば、人間と、それを取り巻く環境としての自然とは、一体なのだという視点に立った"ヒューマニズム"であるべきである」
本来、人間もまた一つの生物であり、大自然をつくり上げている悠久の生命の環の、一部分にすぎない。
その環は、生命が幾重にも連なり合った生命の連鎖であって、一つが壊されれば全体が変調をきたし、一カ所に毒物が混入されれば、全体が汚染されてしまうのだ。また、人間が無限と思い込んできた、自然の恩恵も、実は有限であり、地球という"宇宙船"の貯蔵物質にすぎない。
そうした視点をもたない、"独善的なヒューマニズム"に支えられた人類文明は、自然の再生産の能力を遥かに上回る消費を続け、自然を破壊し、汚染して、生命的な自然のメカニズムそのものを破壊しているのだ。
(「蘇生」の章、26〜28ページ)
◇逆境も飛躍へと転ずる生き方
<72年(同47年)7月、「滝山祭」のため創価大学の滝山寮を訪れた伸一は、人生の哲学を語る>
「うらやましいな。ぼくも、こんなところで、思う存分、本を読んで、勉強したいな」
会長としての執務の合間を縫うようにして、会員の激励に飛び回らなくてはならない伸一にとって、それは、率直な心境であった。(中略)
伸一は言った。
「寮生活は、何かと窮屈で、煩わしい面もあるかもしれない。しかし、やがて、その寮生活が、人生の貴重な財産になるよ。
実はオックスフォード大学を訪問した時、案内してくれた教授に、『この大学のことを知りたければ、学生寮に行ってください。それも突然に』と言われたんだ。(中略)
寮に行き、四階の部屋を訪問すると、十九歳だという二人の学生がいた。『何が一番、お困りですか』と尋ねると、そのうちの一人が、『ぼくが勉強しようとすると彼が遊び始めるし、彼が勉強している時は、ぼくが遊びたくなることです』と言うんだよ。
私は、『それは社会に出た時に、どうやって人と対応していくのかという人間学を学ぶ、大事な訓練なんです』と言ったんだ。彼は、納得していたよ。君たちも、同じ思いでいるんだろうね」
居合わせた寮生は、笑いながら頷いた。
自分の直面した事柄から、未来への積極的な意味を見いだし、何かを学び取っていく——そこに逆境をも人生の飛躍台へと転ずる哲学がある。
また、その生き方を貫くなかに、価値創造の実践があることを、伸一は語りたかったのである。
(「創価大学」の章、187〜188ページ)
◇職場は自身の「人間修行」の場
<74年(同49年)5月、創価大学を訪れた伸一は、就職活動に臨む学生たちに、その心構えを指導する>
伸一は、学生たちの就職に対する考え方を正しておかなければならないと思った。
「世の中に安定している会社なんて、一つもありません。社会が激動しているんだから。
日々激戦に勝ち抜くために、どの会社も必死です。発展している会社は常に商品開発や機構改革などを行い、真剣に企業努力をしています。
たとえば、食品会社にしても、医薬品の分野に進出したり、生き残りをかけて、懸命に工夫、研究し、活路を開いているんです。
どの業界も、食うか、食われるかの戦いです。
昨日まで、順調であっても、今日、どうなるかわからないのが、現実なんです。
大会社に入っても、別会社への出向もあれば、人員整理もある。また、倒産することだってあるでしょう。
だから、"この会社に入れば安心だ。将来の生活が保障された"などと考えるのは間違いです。(中略)
就職する限りは、どんな仕事でもやろうと、腹を決めることです」(中略)
皆、頷きながら話を聞いていた。
「社会も企業も、常に変化、変化の連続です。
その時に、自分の希望と違う職場だから仕事についていけないとか、やる気が起こらないというのは、わがままであり、惰弱です。敗北です。
就職すれば、全く不得意な仕事をしなければならないこともある。いやな上司や先輩がいて、人間関係に悩み抜くこともあるかもしれない。
しかし、仕事とは挑戦なんです。そう決めて、職場の勝利者をめざして仕事に取り組む時、会社は、自分を鍛え、磨いてくれる、人間修行の場所となります」
(「創価大学」の章、258〜261ページ)
◇「安国」は仏法者の社会的使命
<71年(同46年)6月6日、先師・牧口常三郎の生誕百年に際し、伸一はその源流を確認しつつ、仏法者の使命を明らかにする>
牧口常三郎が推進した創価教育学会の運動は、日蓮仏法をもって、人びとの実生活上に最大価値を創造し、民衆の幸福と社会の繁栄を築き上げることを目的としていた。
日蓮仏法の最たる特徴は、「広宣流布の宗教」ということにある。
つまり、妙法という生命の大法を世界に弘め、全民衆の幸福と平和を実現するために生きよ。それこそが、この世に生を受けた使命であり、そこに自身の幸福の道がある——との教えである。
したがって、自分が法の利益を受けるために修行に励むだけでなく、他人に利益を受けさせるために教化、化導していく「自行化他」が、日蓮仏法の修行となる。
大聖人は「我もいたし人をも教化候へ」「力あらば一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(御書1361ページ)と仰せである。
ゆえに、唱題と折伏が、仏道修行の両輪となるのだ。
そしてまた、日蓮仏法は「立正安国の宗教」である。
「立正安国」とは、「正を立て国を安んずる」との意義である。
正法を流布し、一人ひとりの胸中に仏法の哲理を打ち立てよ。そして、社会の平和と繁栄を築き上げよ——それが、大聖人の御生涯を通しての叫びであられた。
一次元からいえば、「立正」という正法の流布が、仏法者の宗教的使命であるのに対して、「安国」は、仏法者の社会的使命であるといってよい。
大聖人は「一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(同31ページ)と仰せになっている。「四表の静謐」とは社会の平和である。
現実に社会を変革し、人びとに平和と繁栄をもたらす「安国」の実現があってこそ、仏法者の使命は完結するのである。
(「開花」の章、303〜304ページ)
◇一対のブロンズ像
1971年(昭和46年)4月2日、開学した創価大学に伸一は一対のブロンズ像を寄贈。そこには創価大学生の永遠の指針となる言葉が刻まれている。
◇
学生らが見守るなか、二つの像を覆っていた白い布が、順番に取り払われていった。見事なブロンズ像が姿を現した。
像の高さは、それぞれ、台座を除いて四メートルほどで、作者はフランスの彫刻家アレクサンドル・ファルギエールである。
向かって右側は、髭をたくわえた鍛冶職人と、腕を高くかざした天使の像であった。鍛冶職人の目は鋭く、信念の炎を燃え上がらせているようでもある。この像の台座には、「労苦と使命の中にのみ 人生の価値は生まれる」との、伸一の言葉が刻まれていた。
現代の社会には、楽をすることが得であるかのような風潮があるが、それは不幸だというのが伸一の結論であり、信念であった。
苦労を避け、面白おかしく生きることは、一時的には、よいように思えるかもしれない。
しかし、結局は自身を軟弱にし、敗北させるだけである。
労苦なくしては歓喜もない。また、人間形成もありえない。苦労に苦労を重ね、自らの使命を果たしゆくなかでこそ、自分自身が磨かれ、真実の人生の価値が生まれることを、伸一は、最愛の創大生たちに知ってもらいたかったのだ。
そして、左側は、片膝をつき、未来を見すえるように彼方に目をやる若き印刷工と、翼を広げ、ラッパを吹き鳴らす天使の像である。台座には、「英知を磨くは何のため 君よそれを忘るるな」と、刻まれていた。学問や学歴は、本来、立身出世のための道具ではない。
人びとの幸福に寄与するためであり、むしろ、大学で学ぶのは、大学に行けなかった人たちに奉仕し、貢献するためであるといってもよい。
ましてや、創価大学は多くの民衆の真心によって実現した大学である。
それだけに、創大生には、その学問の目的を、断じて忘れないでほしかったのである。
いずれの言葉も、伸一が創価大学の出発にあたって、考え抜いた末の指針であった。
(「創価大学」の章、121〜122ページ)
つより給へ」御聖訓。
信行学の基本に徹し
金剛の生命を鍛えよう!
堅実な挑戦の歩みを!
佐渡御書 P0961
『佐渡の国は紙候はぬ上面面に申せば煩あり一人ももるれば恨ありぬべし此文を心ざしあらん人人は寄合て御覧じ料簡候て心なぐさませ給へ』
【通解】
佐渡の国には紙がない上に、一人一人に手紙を送るのは煩わしくもあり、また一人でももるれれば恨みに思うことだろう。この手紙を志ある人々は寄り合って読み、よく理解して心を慰めなさい。
名字の言 いつ読んでも違う味がする。それが読書の魅力——芥川賞作家・又吉直樹氏 2020年8月28日
「一度買ったら何度も読めるというのが本のすごく良いところ」と語るのは、芥川賞作家でお笑い芸人の又吉直樹氏だ▼本好きとして知られる氏だが、夏目漱石の『それから』は最初、難しくて読めなかった。そこで『坊っちゃん』『吾輩は猫である』など、他の作品を読んだ後に改めて再読。すると「めちゃくちゃおもしろかった」▼「本の内容は変わりませんが、人間は日々、年を取りながら変わっていきます」と氏。例えば10代で読んだ本を20代、30代で再読すると新しい発見がある。その時にしかできない読み方がある、と氏は言う。「いつ読んでも違う味がする。それが読書の大きな魅力のひとつです」(『夜を乗り越える』小学館よしもと新書)▼「座右の書」というように、再読は本の味わい方の一つ。ところが近年、世代を問わず、読書量の低下が危惧される。国立青少年教育振興機構の調査によると、20代から60代で1カ月に読む紙の本が「0冊」と答えた人は、平成25年に28・1%だったのが、同30年には49・8%へと増加。約半数が"1冊も本を読まない"との結果になった▼「青年よ、心に読書と思索の暇をつくれ」とは、戸田先生の指針。紙媒体に限らず、今は電子書籍もオーディオブックもある。多忙な時こそ、読書に挑戦したい。(銘)
寸鉄 2020年8月28日
進んで魔の働きをかり出し退治してこそ幸福が—牧口先生。難こそ誉れと
葛飾・広布師弟原点の日。我らの前進で地域に光を—大東京の民衆城は堂々
創大・短大の見学会が30日に開催。事前予約制。世界市民の揺籃に来れ!
睡眠不足でウイルス感染のリスクは増加—医師。生活習慣の見直しが第一
接触アプリは感染抑制に効果と。通知された人が行動控える為。賢く活用
☆広宣流布大誓堂で勇躍の世界広布新時代第46回本部幹部会 「世界青年部歌」が発表
◇池田先生がメッセージ——地涌の大生命力で地球社会を救え
「世界広布新時代第46回本部幹部会」が26日午後、広宣流布大誓堂(東京・信濃町)の三代会長記念会議場で開催された。
これには原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表と出席。席上、新たに完成した世界青年部歌「Eternal Journey with Sensei!〜永遠の師弟旅〜」が発表された。
池田大作先生は祝福のメッセージを贈り、創立90周年から100周年への10年は、一人一人が人間革命の勝利の実証を打ち立て、人類の宿命転換を成し遂げていくべき勝負の時であると強調。
我らは「大法弘通慈折広宣流布」の大願で結ばれた創価家族であると述べ、皆が地涌の大生命力を出して、善き友のスクラムを広げ、地球社会を救いゆこうと呼び掛けた。
(全国中継は9月1日から13日〈中継の会場と時間は各県・区で決定〉。同期間中、「モバイルSTB」「SOKAnet」でも配信)
☆小説「新・人間革命」学習のために 第15巻
小説『新・人間革命』の山本伸一の激励・指導などを紹介する「My Human Revolution(マイ・ヒューマン・レボリューション)」。今回は第15巻を掲載する。次回の第16巻は8月7日付2面の予定。挿絵は内田健一郎。
◇人と自然の調和目指す哲学を
<公害問題が深刻化していた1970年(昭和45年)、山本伸一は、大手出版社の依頼に応じて寄稿し、問題解決のための道筋を示す>
彼(伸一=編集部注)は、公害を克服するうえで、「生命の尊厳」の哲学が必要であることは言うまでもないが、その内実の厳しい検証こそが、最も大切であると述べた。
なぜなら、「生命の尊厳」は、これまでに、誰もが口にしてきたことであるからだ。
さらに、あくなき環境支配を促した独善的な思想のなかにさえ、「生命の尊厳」という発想があるからだ。いや、その誤った"人間生命の尊厳観"こそ、無制限な自然の破壊と汚染を生んだ元凶にほかならないのだ。なればこそ、伸一は記していった。
「自然を、人間に征服されるべきものとし、いくら破壊され、犠牲にされてもかまわぬとする"ヒューマニズム"は、実は、人間のエゴイズムであって、かえって人間の生存を危うくする"アンチ・ヒューマニズム"にほかならない。真のヒューマニズムは、人間と自然との調和、もっと端的に言えば、人間と、それを取り巻く環境としての自然とは、一体なのだという視点に立った"ヒューマニズム"であるべきである」
本来、人間もまた一つの生物であり、大自然をつくり上げている悠久の生命の環の、一部分にすぎない。
その環は、生命が幾重にも連なり合った生命の連鎖であって、一つが壊されれば全体が変調をきたし、一カ所に毒物が混入されれば、全体が汚染されてしまうのだ。また、人間が無限と思い込んできた、自然の恩恵も、実は有限であり、地球という"宇宙船"の貯蔵物質にすぎない。
そうした視点をもたない、"独善的なヒューマニズム"に支えられた人類文明は、自然の再生産の能力を遥かに上回る消費を続け、自然を破壊し、汚染して、生命的な自然のメカニズムそのものを破壊しているのだ。
(「蘇生」の章、26〜28ページ)
◇逆境も飛躍へと転ずる生き方
<72年(同47年)7月、「滝山祭」のため創価大学の滝山寮を訪れた伸一は、人生の哲学を語る>
「うらやましいな。ぼくも、こんなところで、思う存分、本を読んで、勉強したいな」
会長としての執務の合間を縫うようにして、会員の激励に飛び回らなくてはならない伸一にとって、それは、率直な心境であった。(中略)
伸一は言った。
「寮生活は、何かと窮屈で、煩わしい面もあるかもしれない。しかし、やがて、その寮生活が、人生の貴重な財産になるよ。
実はオックスフォード大学を訪問した時、案内してくれた教授に、『この大学のことを知りたければ、学生寮に行ってください。それも突然に』と言われたんだ。(中略)
寮に行き、四階の部屋を訪問すると、十九歳だという二人の学生がいた。『何が一番、お困りですか』と尋ねると、そのうちの一人が、『ぼくが勉強しようとすると彼が遊び始めるし、彼が勉強している時は、ぼくが遊びたくなることです』と言うんだよ。
私は、『それは社会に出た時に、どうやって人と対応していくのかという人間学を学ぶ、大事な訓練なんです』と言ったんだ。彼は、納得していたよ。君たちも、同じ思いでいるんだろうね」
居合わせた寮生は、笑いながら頷いた。
自分の直面した事柄から、未来への積極的な意味を見いだし、何かを学び取っていく——そこに逆境をも人生の飛躍台へと転ずる哲学がある。
また、その生き方を貫くなかに、価値創造の実践があることを、伸一は語りたかったのである。
(「創価大学」の章、187〜188ページ)
◇職場は自身の「人間修行」の場
<74年(同49年)5月、創価大学を訪れた伸一は、就職活動に臨む学生たちに、その心構えを指導する>
伸一は、学生たちの就職に対する考え方を正しておかなければならないと思った。
「世の中に安定している会社なんて、一つもありません。社会が激動しているんだから。
日々激戦に勝ち抜くために、どの会社も必死です。発展している会社は常に商品開発や機構改革などを行い、真剣に企業努力をしています。
たとえば、食品会社にしても、医薬品の分野に進出したり、生き残りをかけて、懸命に工夫、研究し、活路を開いているんです。
どの業界も、食うか、食われるかの戦いです。
昨日まで、順調であっても、今日、どうなるかわからないのが、現実なんです。
大会社に入っても、別会社への出向もあれば、人員整理もある。また、倒産することだってあるでしょう。
だから、"この会社に入れば安心だ。将来の生活が保障された"などと考えるのは間違いです。(中略)
就職する限りは、どんな仕事でもやろうと、腹を決めることです」(中略)
皆、頷きながら話を聞いていた。
「社会も企業も、常に変化、変化の連続です。
その時に、自分の希望と違う職場だから仕事についていけないとか、やる気が起こらないというのは、わがままであり、惰弱です。敗北です。
就職すれば、全く不得意な仕事をしなければならないこともある。いやな上司や先輩がいて、人間関係に悩み抜くこともあるかもしれない。
しかし、仕事とは挑戦なんです。そう決めて、職場の勝利者をめざして仕事に取り組む時、会社は、自分を鍛え、磨いてくれる、人間修行の場所となります」
(「創価大学」の章、258〜261ページ)
◇「安国」は仏法者の社会的使命
<71年(同46年)6月6日、先師・牧口常三郎の生誕百年に際し、伸一はその源流を確認しつつ、仏法者の使命を明らかにする>
牧口常三郎が推進した創価教育学会の運動は、日蓮仏法をもって、人びとの実生活上に最大価値を創造し、民衆の幸福と社会の繁栄を築き上げることを目的としていた。
日蓮仏法の最たる特徴は、「広宣流布の宗教」ということにある。
つまり、妙法という生命の大法を世界に弘め、全民衆の幸福と平和を実現するために生きよ。それこそが、この世に生を受けた使命であり、そこに自身の幸福の道がある——との教えである。
したがって、自分が法の利益を受けるために修行に励むだけでなく、他人に利益を受けさせるために教化、化導していく「自行化他」が、日蓮仏法の修行となる。
大聖人は「我もいたし人をも教化候へ」「力あらば一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(御書1361ページ)と仰せである。
ゆえに、唱題と折伏が、仏道修行の両輪となるのだ。
そしてまた、日蓮仏法は「立正安国の宗教」である。
「立正安国」とは、「正を立て国を安んずる」との意義である。
正法を流布し、一人ひとりの胸中に仏法の哲理を打ち立てよ。そして、社会の平和と繁栄を築き上げよ——それが、大聖人の御生涯を通しての叫びであられた。
一次元からいえば、「立正」という正法の流布が、仏法者の宗教的使命であるのに対して、「安国」は、仏法者の社会的使命であるといってよい。
大聖人は「一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(同31ページ)と仰せになっている。「四表の静謐」とは社会の平和である。
現実に社会を変革し、人びとに平和と繁栄をもたらす「安国」の実現があってこそ、仏法者の使命は完結するのである。
(「開花」の章、303〜304ページ)
◇一対のブロンズ像
1971年(昭和46年)4月2日、開学した創価大学に伸一は一対のブロンズ像を寄贈。そこには創価大学生の永遠の指針となる言葉が刻まれている。
◇
学生らが見守るなか、二つの像を覆っていた白い布が、順番に取り払われていった。見事なブロンズ像が姿を現した。
像の高さは、それぞれ、台座を除いて四メートルほどで、作者はフランスの彫刻家アレクサンドル・ファルギエールである。
向かって右側は、髭をたくわえた鍛冶職人と、腕を高くかざした天使の像であった。鍛冶職人の目は鋭く、信念の炎を燃え上がらせているようでもある。この像の台座には、「労苦と使命の中にのみ 人生の価値は生まれる」との、伸一の言葉が刻まれていた。
現代の社会には、楽をすることが得であるかのような風潮があるが、それは不幸だというのが伸一の結論であり、信念であった。
苦労を避け、面白おかしく生きることは、一時的には、よいように思えるかもしれない。
しかし、結局は自身を軟弱にし、敗北させるだけである。
労苦なくしては歓喜もない。また、人間形成もありえない。苦労に苦労を重ね、自らの使命を果たしゆくなかでこそ、自分自身が磨かれ、真実の人生の価値が生まれることを、伸一は、最愛の創大生たちに知ってもらいたかったのだ。
そして、左側は、片膝をつき、未来を見すえるように彼方に目をやる若き印刷工と、翼を広げ、ラッパを吹き鳴らす天使の像である。台座には、「英知を磨くは何のため 君よそれを忘るるな」と、刻まれていた。学問や学歴は、本来、立身出世のための道具ではない。
人びとの幸福に寄与するためであり、むしろ、大学で学ぶのは、大学に行けなかった人たちに奉仕し、貢献するためであるといってもよい。
ましてや、創価大学は多くの民衆の真心によって実現した大学である。
それだけに、創大生には、その学問の目的を、断じて忘れないでほしかったのである。
いずれの言葉も、伸一が創価大学の出発にあたって、考え抜いた末の指針であった。
(「創価大学」の章、121〜122ページ)
2020年8月27日木曜日
2020.08.27 わが友に贈る
後継の若人よ
歴史を開く時は今!
友の幸福を祈り抜き
真心と誠実が光る
励ましの対話を!
顕謗法抄 P444
『殺生偸盗の罪の上に邪婬とて他人のつまを犯す者此の地獄の中に堕つべし、而るに当世の僧尼士女多分は此の罪を犯す殊に僧にこの罪多し』
【通解】
殺生・偸盗の罪のうえに邪婬といって他人の妻を犯す者は、この地獄の中に堕ちるのである。ところが、今の世の僧や尼や在家の男女の多くは、この罪を犯している。とくに僧にこの罪を犯す者が多い。
名字の言 潜水士・鉄芳松氏「『やる』と決めたら知恵は出る」 2020年8月27日
"世界のプラチナ潜水士"と称される鉄芳松氏。これまでの潜水は2万回を超える。港湾工事や漁場の調査など、人目につかない海底で60年以上にわたり、黙々と仕事に取り組んできた▼常に命懸けの作業で、氏が大切にするのは基本の徹底。例えば作業終了後、徐々に浮上しながら減圧症を防ぐ過程では、水深21メートルで6分間停止など、水深ごとの待機時間を設定。水深90メートルからの浮上には、4時間以上をかけるという▼その上で氏は「どんな仕事も『やる』ことを前提とする」。たとえ失敗しても、その経験は必ず自身の糧となるからだ。「できる可能性を考えて取り組むことを選べば、得るものがある」「『やる』と決めたら知恵は出る」。本年で80歳となったが、日本潜水協会の会長として後進の育成にも力を注ぐ(『潜水士の道』マガジンランド)▼何事も"できない"と思えば、そこで可能性は閉ざされてしまう。池田先生はかつて、古代エジプトのピラミッド建設について語った。「初めピラミッドは、どこに建っていただろうか? 設計者の胸の中である。断じて建てようという彼の一念のなかに、まず『金字塔』は建ったのだ」▼"逆境だから無理"ではなく、"逆境だから成長できる"——清新な心で、挑戦の一日を開始しよう。(誼)
寸鉄 2020年8月27日
創立90周年の「11・18」へ前進の幹部会。さあ清新な息吹で!下半期を出発
総秋田女性の日。友の心に漲る師匠直結の誓い。婦女一体で友情を拡大!
青年層には新しい兆しが—文豪。世界青年部総会まで1カ月。共々に成長
手作りマスクでも7割程の飛沫防止効果—計算。着用皆で。感染防ぐため
ネットの中傷、転載だけでも名誉毀損—司法判断出所確認し、真偽見抜け
☆四季の励まし 師との原点をもつ人は強い 2020年8月23日
【写真の説明】夏の太陽に照らされ、草木の緑が輝く。道の先には、浅間山が悠然とそびえ立っていた——。2001年(平成13年)8月、池田大作先生が長野でシャッターを切った。
長野は、池田先生が恩師・戸田城聖先生との最後の夏を過ごし、広布の未来を語り合った師弟誓願の天地。創価の師弟の真実の姿を永遠に残すことを誓い、小説『新・人間革命』を起稿・脱稿した地でもある。
あす8月24日は、池田先生の入信記念日。1947年(昭和22年)の夏、恩師と出会って10日後のことだった。池田先生は「稀有の師匠との出会いによって、私の人生は変わり、未来を大きく開いていただいた」と。
私たちもまた、いつも心に師を抱き、新たな広布の峰へ前進しよう。
◇池田先生の言葉
「師」という
原点をもつ人は強い。
原点を忘れないことだ。
原点を忘れなければ、
人間は、
進むべき信念の軌道を
見失うことはないからだ。
一流の人は皆、
約束を違えない。
私も、同じ信念できた。
だから互いに安心し
信頼できる。
約束を守る人が、
人間として
一番偉い人である。
誓いを果たす人が、
一番幸福な人である。
師の恩を忘れず、
また友情を大切に
育んでいく——
一見、平凡のように
見えるが、そうではない。
こうした振る舞いの中に、
実は人間性の
最も美しき発露があり、
人間性の真髄がある。
思うように
動けなくなっても、
電話や手紙で
人々を
励ますことができる。
皆の幸福と勝利を祈って
唱題することもできる。
日々の暮らしの中に、
御本尊への信仰があれば、
そして、
師匠と共に、
学会同志と共にいれば、
何の心配も恐れもない。
これこそ
絶対の安心、
安穏の世界である。
黙っていては、
何も起こらない。
引っ込み思案で、
縮こまっていたら、
自分の世界も変わらない。
声を届ける。
それが「善縁の拡大」に
つながる。
勇気をもって語れば、
こちらの仏性も
強く現れる。
相手の仏性も
薫発される。
私たちの対話は、
お互いが心豊かになり、
「自他共の幸福」を開き、
「皆が勝者」へと
前進しゆく行動なのだ。
☆第3代会長就任60周年記念 師弟凱歌の記憶 第13回「共戦の『札幌・夏の陣』」
65年前の夏、北の大地に偉大な民衆勝利の一歩が刻まれた。
1955年(昭和30年)8月、広布拡大の布石を打つべく全国45カ所に派遣隊が赴き、「夏季地方指導」が実施された。
北海道・札幌への派遣隊の中心者は、27歳の池田先生だった。
一行の札幌入りは、8月16日のこと。先生は出迎えた同志に語った。「戦いは勝ったよ!」
力強い宣言には確かな根拠があった。わずか10日間の短期決戦。先生は入念な準備を重ねていた。
派遣の1カ月以上前から、札幌のリーダーに重ねて手紙を送付。手紙は回覧され、同志は勝利のためのきめ細かな布石を打ち続けた。最前線の友を徹底して激励。皆が勇気を振り絞り、下種を大きく広げた。"本陣"となる旅館に先生が着いた時には、札幌を五つの区域に分けて成果を書き込むグラフがすでに用意されていた。
戦いは、毎朝の勤行と御書講義から始まった。先生は「生死一大事血脈抄」などを拝して、地涌の使命の大きさを力説。誰もが広布開拓の喜びをかみ締め、仏法対話へと飛び出していったのである。
先生は同志の運転するスクーターの後部座席に乗り、座談会場を何カ所も回った。未舗装の道が多く、揺れる座席で"札幌の同志に勝利を"と祈り、小声で題目を唱え続けたという。
同志の心が一つになった戦いの結果は如実に現れた。初日、50人が入会を希望。友の前進は加速する。20日には早くも目標の300世帯を達成。24日には、戸田先生を迎えて大会を開催。札幌が「班」から「地区」に発展することが発表され、歓喜に沸いた。
そして札幌の折伏成果は388世帯に。派遣隊が訪れた全45地域中、堂々の日本一に輝いた。約500世帯の札幌の会員数は、一気に倍増に迫る勢いだった。
その栄光の歴史は「札幌・夏の陣」の名で語り継がれる。
戦いは勝つべくして勝つ!——師弟の広布史に刻まれた"夏の陣"の闘魂は今、三代城・北海道の同志の生命に流れ通っている。
歴史を開く時は今!
友の幸福を祈り抜き
真心と誠実が光る
励ましの対話を!
顕謗法抄 P444
『殺生偸盗の罪の上に邪婬とて他人のつまを犯す者此の地獄の中に堕つべし、而るに当世の僧尼士女多分は此の罪を犯す殊に僧にこの罪多し』
【通解】
殺生・偸盗の罪のうえに邪婬といって他人の妻を犯す者は、この地獄の中に堕ちるのである。ところが、今の世の僧や尼や在家の男女の多くは、この罪を犯している。とくに僧にこの罪を犯す者が多い。
名字の言 潜水士・鉄芳松氏「『やる』と決めたら知恵は出る」 2020年8月27日
"世界のプラチナ潜水士"と称される鉄芳松氏。これまでの潜水は2万回を超える。港湾工事や漁場の調査など、人目につかない海底で60年以上にわたり、黙々と仕事に取り組んできた▼常に命懸けの作業で、氏が大切にするのは基本の徹底。例えば作業終了後、徐々に浮上しながら減圧症を防ぐ過程では、水深21メートルで6分間停止など、水深ごとの待機時間を設定。水深90メートルからの浮上には、4時間以上をかけるという▼その上で氏は「どんな仕事も『やる』ことを前提とする」。たとえ失敗しても、その経験は必ず自身の糧となるからだ。「できる可能性を考えて取り組むことを選べば、得るものがある」「『やる』と決めたら知恵は出る」。本年で80歳となったが、日本潜水協会の会長として後進の育成にも力を注ぐ(『潜水士の道』マガジンランド)▼何事も"できない"と思えば、そこで可能性は閉ざされてしまう。池田先生はかつて、古代エジプトのピラミッド建設について語った。「初めピラミッドは、どこに建っていただろうか? 設計者の胸の中である。断じて建てようという彼の一念のなかに、まず『金字塔』は建ったのだ」▼"逆境だから無理"ではなく、"逆境だから成長できる"——清新な心で、挑戦の一日を開始しよう。(誼)
寸鉄 2020年8月27日
創立90周年の「11・18」へ前進の幹部会。さあ清新な息吹で!下半期を出発
総秋田女性の日。友の心に漲る師匠直結の誓い。婦女一体で友情を拡大!
青年層には新しい兆しが—文豪。世界青年部総会まで1カ月。共々に成長
手作りマスクでも7割程の飛沫防止効果—計算。着用皆で。感染防ぐため
ネットの中傷、転載だけでも名誉毀損—司法判断出所確認し、真偽見抜け
☆四季の励まし 師との原点をもつ人は強い 2020年8月23日
【写真の説明】夏の太陽に照らされ、草木の緑が輝く。道の先には、浅間山が悠然とそびえ立っていた——。2001年(平成13年)8月、池田大作先生が長野でシャッターを切った。
長野は、池田先生が恩師・戸田城聖先生との最後の夏を過ごし、広布の未来を語り合った師弟誓願の天地。創価の師弟の真実の姿を永遠に残すことを誓い、小説『新・人間革命』を起稿・脱稿した地でもある。
あす8月24日は、池田先生の入信記念日。1947年(昭和22年)の夏、恩師と出会って10日後のことだった。池田先生は「稀有の師匠との出会いによって、私の人生は変わり、未来を大きく開いていただいた」と。
私たちもまた、いつも心に師を抱き、新たな広布の峰へ前進しよう。
◇池田先生の言葉
「師」という
原点をもつ人は強い。
原点を忘れないことだ。
原点を忘れなければ、
人間は、
進むべき信念の軌道を
見失うことはないからだ。
一流の人は皆、
約束を違えない。
私も、同じ信念できた。
だから互いに安心し
信頼できる。
約束を守る人が、
人間として
一番偉い人である。
誓いを果たす人が、
一番幸福な人である。
師の恩を忘れず、
また友情を大切に
育んでいく——
一見、平凡のように
見えるが、そうではない。
こうした振る舞いの中に、
実は人間性の
最も美しき発露があり、
人間性の真髄がある。
思うように
動けなくなっても、
電話や手紙で
人々を
励ますことができる。
皆の幸福と勝利を祈って
唱題することもできる。
日々の暮らしの中に、
御本尊への信仰があれば、
そして、
師匠と共に、
学会同志と共にいれば、
何の心配も恐れもない。
これこそ
絶対の安心、
安穏の世界である。
黙っていては、
何も起こらない。
引っ込み思案で、
縮こまっていたら、
自分の世界も変わらない。
声を届ける。
それが「善縁の拡大」に
つながる。
勇気をもって語れば、
こちらの仏性も
強く現れる。
相手の仏性も
薫発される。
私たちの対話は、
お互いが心豊かになり、
「自他共の幸福」を開き、
「皆が勝者」へと
前進しゆく行動なのだ。
☆第3代会長就任60周年記念 師弟凱歌の記憶 第13回「共戦の『札幌・夏の陣』」
65年前の夏、北の大地に偉大な民衆勝利の一歩が刻まれた。
1955年(昭和30年)8月、広布拡大の布石を打つべく全国45カ所に派遣隊が赴き、「夏季地方指導」が実施された。
北海道・札幌への派遣隊の中心者は、27歳の池田先生だった。
一行の札幌入りは、8月16日のこと。先生は出迎えた同志に語った。「戦いは勝ったよ!」
力強い宣言には確かな根拠があった。わずか10日間の短期決戦。先生は入念な準備を重ねていた。
派遣の1カ月以上前から、札幌のリーダーに重ねて手紙を送付。手紙は回覧され、同志は勝利のためのきめ細かな布石を打ち続けた。最前線の友を徹底して激励。皆が勇気を振り絞り、下種を大きく広げた。"本陣"となる旅館に先生が着いた時には、札幌を五つの区域に分けて成果を書き込むグラフがすでに用意されていた。
戦いは、毎朝の勤行と御書講義から始まった。先生は「生死一大事血脈抄」などを拝して、地涌の使命の大きさを力説。誰もが広布開拓の喜びをかみ締め、仏法対話へと飛び出していったのである。
先生は同志の運転するスクーターの後部座席に乗り、座談会場を何カ所も回った。未舗装の道が多く、揺れる座席で"札幌の同志に勝利を"と祈り、小声で題目を唱え続けたという。
同志の心が一つになった戦いの結果は如実に現れた。初日、50人が入会を希望。友の前進は加速する。20日には早くも目標の300世帯を達成。24日には、戸田先生を迎えて大会を開催。札幌が「班」から「地区」に発展することが発表され、歓喜に沸いた。
そして札幌の折伏成果は388世帯に。派遣隊が訪れた全45地域中、堂々の日本一に輝いた。約500世帯の札幌の会員数は、一気に倍増に迫る勢いだった。
その栄光の歴史は「札幌・夏の陣」の名で語り継がれる。
戦いは勝つべくして勝つ!——師弟の広布史に刻まれた"夏の陣"の闘魂は今、三代城・北海道の同志の生命に流れ通っている。
2020年8月26日水曜日
2020.08.26 わが友に贈る
「全員が使命の人なり!」
そう決めて祈っていけば
皆の長所も見えてくる。
新しい人材の活躍こそ
新時代を開く鍵だ!
富木殿御返事 P978
『若し悩乱する者は頭七分に破れ供養すること有らん者は福十号に過ぐ』
【通解】
もし悩まし乱す者は頭が七つに破れ、供養する者は福徳が仏に供養するよりもまさる。
名字の言 キング博士の「夢」と創価の「地球民族主義」 2020年8月26日
アメリカ公民権運動の指導者キング博士が「ワシントン大行進」で歴史的演説を行ったのは、1963年8月のこと▼演説の有名な一節がある。「私には夢がある。それは、いつの日か……かつて奴隷だった人の子孫と、奴隷の主だった人の子孫が、兄弟として同じテーブルに座るようになること」。57年の時を経た今、博士の「夢」はどれだけかなっただろう▼いまだ世界には、不信と対立の暗雲が垂れ込めている。パグウォッシュ会議のスワミナサン元会長は警告した。「若い人の心の中に、早い段階で"憎悪の種"が植えられてしまえば、それが増幅され、暴力の実行者となってしまう」。ゆえに元会長は、世界規模で青年たちの心に"信頼と友情の種"をまき、兄弟・姉妹のように結び付ける池田先生のリーダーシップに絶大な信頼を寄せてきた▼SGIでは、紛争の絶えない地域の出身者同士が、同じ場所で平和を祈ることもある。その事実を知り、驚嘆する識者も多い▼「人間を信じる」——口にするのは簡単だが、この姿勢を貫くのは難しい。しかし、思想・宗教、国家、民族などあらゆる差異を超えて心を結ぶ哲理と行動が、今ほど求められている時はない。「地球民族主義」を掲げて進む私たちの使命は大きい。(実)
寸鉄 2020年8月26日
学会員の振る舞いに心の深さ感じる—日本の学者混迷の世に励ましの光を
きょう北陸の日。さあ皆で一歩前進の希望拡大!誓願に生きる同志は強し
未来部の各種コンクールの締切迫る。関わった分だけ成長。最後まで応援
教学は分かる事よりも変わる事—恩師。学生部よこの決意で実力試験へ!
喉が渇く前に水分補給—これ脱水症の防止法と。健康も活動も先手必勝で
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第7回 ボストン
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「ボストン——未来を開く"学の都"」〈2012年10月号〉を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。アメリカ独立運動の起点ともなったボストンは、多くの名門学府が並び立ち、人類の未来を創り開く俊英を陸続と生み出してきた。そこに脈打つ朗らかな楽観主義の精神に学び、「今から」「今いる場所から」「自分から」新たな社会を創造しゆく挑戦を開始していきたい。
おお!
なんという爽やかな青空
なんという眩き太陽の光
なんという鮮やかな緑の森
生きとし生けるすべてが
生まれ変わったような
新鮮な朝——
初めてアメリカ東海岸のボストンを訪れた一九九一年の秋。私は、朝の喜びから始まる詩を詠み、友に贈りました。
朝の光には、万物を蘇らせる奇跡の力が秘められています。人間にとって、学ぶことは、朝の光のように、魂に夜明けをもたらす蘇生の力を持っています。
まさしく「学は光」「学は太陽」なのです。
この清新なる知性の光彩に満ちた"学の都"こそ、ボストンと言ってよいでしょう。
市内にはボストン大学、マサチューセッツ大学、近郊にはハーバード大学、マサチューセッツ工科大学、タフツ大学など、名門学府が並び立っています。ここから、何人もの大統領が躍り出て、ノーベル賞受賞の大学者も陸続と誕生してきました。
世界より英才が集い来たり、学び鍛えて、再び世界へと舞い飛ぶ。ボストンは、ダイナミックに躍動する人材の城として、人類の未来を創り開く俊英を生み出し続けています。
ボストン生まれのケネディ大統領は、折々に語っていました。
「真に幸福な人々とは平和をつくる人である」「いくら歳をとっていても、逆にどんなに若くても、私たちはみな、世の中の役に立てるはずだ」と。
ボストンには、賢明に、はつらつと、幸福と平和の連帯を広げゆく友がたくさんいます。
◇力を合わせて
〈池田先生はここで、2度目のハーバード大学講演にまつわる思い出を述懐。また、アメリカの知性のリーダーたちとの交友を通し、調和を生み出す「開かれた対話」で、今いる場所から「平和の文化」の創造へ出発しようと呼び掛ける〉
一九九三年の九月、ハーバード大学での二度目の講演に臨む前日、私は、ケネディ大統領の生家を訪問して在りし日を偲びました。
さらに、その近隣で、地域のリーダーとして活躍されている方のご自宅におじゃまして、友人やお子さんと楽しく談笑し、"自らの地域を、世界一、幸福な地域に!"と念願しました。
尊き友らは「積極的な挑戦」を合言葉に、生命尊厳の哲学を学び合いながら、仲良き社会貢献のスクラムで前進されています。
自分の生きる地域の共同体を、皆で対話し、力を合わせて、より善くする。ここに、アメリカに脈打ってきた民主主義の息吹があります。
目と耳と口の三重苦の障がいに屈せず、ハーバード大学ラドクリフ・カレッジで学び、福祉事業家として活躍したヘレン・ケラーは、「失敗は一生の充実を勝ち誇る勝利の証拠である」との信念を大事にしました。
何ごとにも断じて絶望することなく、たくましく道を切り開く、アメリカ精神の朗らかな楽観主義を、私は深く愛する一人です。
私は、ハーバード大学の隣接地に、平和研究機関の「ボストン二十一世紀センター」(現・池田国際対話センター)を創立しました。モットーとして「世界市民のネットワークの要たれ」「『文明の対話』の懸け橋たれ」「『生命の世紀』を照らす灯台たれ」と掲げました。
異なるものを結び、虹のような調和を生み出す原動力は、「開かれた対話」でありましょう。
その初代のリーダーの女性は、カーター政権時代、ホワイトハウスで公共政策を担当した知性です。「差異を認めるだけでなく、差異を讃え合う」という心で、世界一級の知性のネットワークを築き、今も颯爽と、平和のための英知の声を結集してくれています。
結局、人間を結ぶものは、人間です。ゆえに誠実な人格こそ、平和の柱なのです。
この女性が深い友好を培った一人が、ボストン郊外に在住の「平和研究の母」エリース・ボールディング博士でした。博士が亡くなる前、彼女に託すように語られた言葉があります。
「平和の文化は、放っておいては実現しません。自分がつくらなければ。一緒にやるのです」
「私たちが今いる場所からスタートするのです」
「私たちは"今"から逃げることはできません」
「あなた自身が、あなたが学んだことの実現でなければいけません。歩みを止めないで! 自身がやっていることに喜びを持って!」
「今から」「今いる場所から」「自分から」、喜び勇んで行動を起こしていく。ここに「平和の文化」を創造していく出発があると言えましょう。
◇自分を信じる
〈結びに池田先生は、新しい一日を、あせらず、また怠らず、自分自身の偉大な力を引き出す、挑戦と開拓の日々にと念願。日常の生活という最高の"学びのキャンパス"で、社会のために行動する人生の尊さを述べた〉
ボストン市庁舎を訪れ、首脳や市民の代表にご挨拶した時、私は、ボストンを故郷とする思想家エマソンへの敬愛の心を申し上げました。
エマソンは「自分自身を信ずることだ」と呼びかけています。また、「私たちの内部には、みずからそれと知らない、いいものが沢山ひそんでいる」というのです。
人間生命に秘められた、偉大な力を引き出す。
私たちの一日一日は、この勇敢な挑戦であり、冒険であり、開拓であると言えるかもしれません。その翼こそ、他者との交流のなかで学ぶことであり、社会のために行動することではないでしょうか。
現実の世界、日常の生活が、"学びのキャンパス"であり、"行動の広場"であることを、ボストンは今朝も清々しい光とともに、私たちに語りかけてくれています。
なごりの尽きないアメリカ訪問を終えるに当たり、私は感謝を込めて友に贈りました。
皆さまの
真心嬉しく
帰国せむ
昇れ人生!
昇れアメリカ!
(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第1巻所収)
※ケネディ大統領の言葉は『ケネディの信念』ニコラス・シュナイダー編、A・マタイス/粕谷友介訳(桂書房)、『勇気ある人々』宮本喜一訳(英治出版)。ヘレン・ケラーは『私の住む世界』岩橋武夫/遠藤貞吉共訳、岩橋武夫監修『ヘレン・ケラー全集』所収(三省堂、現代表記に改めた)。エマソンは『エマソン選集2 精神について』入江勇起男訳(日本教文社)、『エマソン選集3 生活について』小泉一郎訳(同)。
そう決めて祈っていけば
皆の長所も見えてくる。
新しい人材の活躍こそ
新時代を開く鍵だ!
富木殿御返事 P978
『若し悩乱する者は頭七分に破れ供養すること有らん者は福十号に過ぐ』
【通解】
もし悩まし乱す者は頭が七つに破れ、供養する者は福徳が仏に供養するよりもまさる。
名字の言 キング博士の「夢」と創価の「地球民族主義」 2020年8月26日
アメリカ公民権運動の指導者キング博士が「ワシントン大行進」で歴史的演説を行ったのは、1963年8月のこと▼演説の有名な一節がある。「私には夢がある。それは、いつの日か……かつて奴隷だった人の子孫と、奴隷の主だった人の子孫が、兄弟として同じテーブルに座るようになること」。57年の時を経た今、博士の「夢」はどれだけかなっただろう▼いまだ世界には、不信と対立の暗雲が垂れ込めている。パグウォッシュ会議のスワミナサン元会長は警告した。「若い人の心の中に、早い段階で"憎悪の種"が植えられてしまえば、それが増幅され、暴力の実行者となってしまう」。ゆえに元会長は、世界規模で青年たちの心に"信頼と友情の種"をまき、兄弟・姉妹のように結び付ける池田先生のリーダーシップに絶大な信頼を寄せてきた▼SGIでは、紛争の絶えない地域の出身者同士が、同じ場所で平和を祈ることもある。その事実を知り、驚嘆する識者も多い▼「人間を信じる」——口にするのは簡単だが、この姿勢を貫くのは難しい。しかし、思想・宗教、国家、民族などあらゆる差異を超えて心を結ぶ哲理と行動が、今ほど求められている時はない。「地球民族主義」を掲げて進む私たちの使命は大きい。(実)
寸鉄 2020年8月26日
学会員の振る舞いに心の深さ感じる—日本の学者混迷の世に励ましの光を
きょう北陸の日。さあ皆で一歩前進の希望拡大!誓願に生きる同志は強し
未来部の各種コンクールの締切迫る。関わった分だけ成長。最後まで応援
教学は分かる事よりも変わる事—恩師。学生部よこの決意で実力試験へ!
喉が渇く前に水分補給—これ脱水症の防止法と。健康も活動も先手必勝で
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第7回 ボストン
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「ボストン——未来を開く"学の都"」〈2012年10月号〉を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。アメリカ独立運動の起点ともなったボストンは、多くの名門学府が並び立ち、人類の未来を創り開く俊英を陸続と生み出してきた。そこに脈打つ朗らかな楽観主義の精神に学び、「今から」「今いる場所から」「自分から」新たな社会を創造しゆく挑戦を開始していきたい。
おお!
なんという爽やかな青空
なんという眩き太陽の光
なんという鮮やかな緑の森
生きとし生けるすべてが
生まれ変わったような
新鮮な朝——
初めてアメリカ東海岸のボストンを訪れた一九九一年の秋。私は、朝の喜びから始まる詩を詠み、友に贈りました。
朝の光には、万物を蘇らせる奇跡の力が秘められています。人間にとって、学ぶことは、朝の光のように、魂に夜明けをもたらす蘇生の力を持っています。
まさしく「学は光」「学は太陽」なのです。
この清新なる知性の光彩に満ちた"学の都"こそ、ボストンと言ってよいでしょう。
市内にはボストン大学、マサチューセッツ大学、近郊にはハーバード大学、マサチューセッツ工科大学、タフツ大学など、名門学府が並び立っています。ここから、何人もの大統領が躍り出て、ノーベル賞受賞の大学者も陸続と誕生してきました。
世界より英才が集い来たり、学び鍛えて、再び世界へと舞い飛ぶ。ボストンは、ダイナミックに躍動する人材の城として、人類の未来を創り開く俊英を生み出し続けています。
ボストン生まれのケネディ大統領は、折々に語っていました。
「真に幸福な人々とは平和をつくる人である」「いくら歳をとっていても、逆にどんなに若くても、私たちはみな、世の中の役に立てるはずだ」と。
ボストンには、賢明に、はつらつと、幸福と平和の連帯を広げゆく友がたくさんいます。
◇力を合わせて
〈池田先生はここで、2度目のハーバード大学講演にまつわる思い出を述懐。また、アメリカの知性のリーダーたちとの交友を通し、調和を生み出す「開かれた対話」で、今いる場所から「平和の文化」の創造へ出発しようと呼び掛ける〉
一九九三年の九月、ハーバード大学での二度目の講演に臨む前日、私は、ケネディ大統領の生家を訪問して在りし日を偲びました。
さらに、その近隣で、地域のリーダーとして活躍されている方のご自宅におじゃまして、友人やお子さんと楽しく談笑し、"自らの地域を、世界一、幸福な地域に!"と念願しました。
尊き友らは「積極的な挑戦」を合言葉に、生命尊厳の哲学を学び合いながら、仲良き社会貢献のスクラムで前進されています。
自分の生きる地域の共同体を、皆で対話し、力を合わせて、より善くする。ここに、アメリカに脈打ってきた民主主義の息吹があります。
目と耳と口の三重苦の障がいに屈せず、ハーバード大学ラドクリフ・カレッジで学び、福祉事業家として活躍したヘレン・ケラーは、「失敗は一生の充実を勝ち誇る勝利の証拠である」との信念を大事にしました。
何ごとにも断じて絶望することなく、たくましく道を切り開く、アメリカ精神の朗らかな楽観主義を、私は深く愛する一人です。
私は、ハーバード大学の隣接地に、平和研究機関の「ボストン二十一世紀センター」(現・池田国際対話センター)を創立しました。モットーとして「世界市民のネットワークの要たれ」「『文明の対話』の懸け橋たれ」「『生命の世紀』を照らす灯台たれ」と掲げました。
異なるものを結び、虹のような調和を生み出す原動力は、「開かれた対話」でありましょう。
その初代のリーダーの女性は、カーター政権時代、ホワイトハウスで公共政策を担当した知性です。「差異を認めるだけでなく、差異を讃え合う」という心で、世界一級の知性のネットワークを築き、今も颯爽と、平和のための英知の声を結集してくれています。
結局、人間を結ぶものは、人間です。ゆえに誠実な人格こそ、平和の柱なのです。
この女性が深い友好を培った一人が、ボストン郊外に在住の「平和研究の母」エリース・ボールディング博士でした。博士が亡くなる前、彼女に託すように語られた言葉があります。
「平和の文化は、放っておいては実現しません。自分がつくらなければ。一緒にやるのです」
「私たちが今いる場所からスタートするのです」
「私たちは"今"から逃げることはできません」
「あなた自身が、あなたが学んだことの実現でなければいけません。歩みを止めないで! 自身がやっていることに喜びを持って!」
「今から」「今いる場所から」「自分から」、喜び勇んで行動を起こしていく。ここに「平和の文化」を創造していく出発があると言えましょう。
◇自分を信じる
〈結びに池田先生は、新しい一日を、あせらず、また怠らず、自分自身の偉大な力を引き出す、挑戦と開拓の日々にと念願。日常の生活という最高の"学びのキャンパス"で、社会のために行動する人生の尊さを述べた〉
ボストン市庁舎を訪れ、首脳や市民の代表にご挨拶した時、私は、ボストンを故郷とする思想家エマソンへの敬愛の心を申し上げました。
エマソンは「自分自身を信ずることだ」と呼びかけています。また、「私たちの内部には、みずからそれと知らない、いいものが沢山ひそんでいる」というのです。
人間生命に秘められた、偉大な力を引き出す。
私たちの一日一日は、この勇敢な挑戦であり、冒険であり、開拓であると言えるかもしれません。その翼こそ、他者との交流のなかで学ぶことであり、社会のために行動することではないでしょうか。
現実の世界、日常の生活が、"学びのキャンパス"であり、"行動の広場"であることを、ボストンは今朝も清々しい光とともに、私たちに語りかけてくれています。
なごりの尽きないアメリカ訪問を終えるに当たり、私は感謝を込めて友に贈りました。
皆さまの
真心嬉しく
帰国せむ
昇れ人生!
昇れアメリカ!
(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第1巻所収)
※ケネディ大統領の言葉は『ケネディの信念』ニコラス・シュナイダー編、A・マタイス/粕谷友介訳(桂書房)、『勇気ある人々』宮本喜一訳(英治出版)。ヘレン・ケラーは『私の住む世界』岩橋武夫/遠藤貞吉共訳、岩橋武夫監修『ヘレン・ケラー全集』所収(三省堂、現代表記に改めた)。エマソンは『エマソン選集2 精神について』入江勇起男訳(日本教文社)、『エマソン選集3 生活について』小泉一郎訳(同)。
2020年8月25日火曜日
2020.08.25 わが友に贈る
夏の疲れが出る頃。
睡眠時間を確保し
しっかり栄養を取ろう。
リズムを崩さないことが
健康を勝ち取る秘訣だ!
椎地四郎殿御書 P1448
『大海へ衆流入るされども大海は河の水を返す事ありや、法華大海の行者に諸河の水は大難の如く入れどもかへす事とがむる事なし、諸河の水入る事なくば大海あるべからず、大難なくば法華経の行者にはあらじ』
【通解】
大海には多くの河川が流れ込んでいますが、大海が川の水を押し返すことがあるでしょうか。それと同じように、大海のような法華経の行者に大難は諸河の水のように入ってくるけれども、法華経の行者はそれを押し返すことも、とがめることもないのです。諸河の水が流れ込むことがなければ大海が存在しないように、大難がなければ法華経の行者では無いのです。
名字の言 きょう「伝統的七夕」。夜空を見上げてみては? 2020年8月25日
コロナ禍で遠出もままならない夏休み。小学4年の娘の思い出にと、男子部員の父親が星空観察を提案した▼午前3時。寝ぼけ眼のわが子を車に乗せ、都内の芝生公園へ。広い原っぱにレジャーシートを一枚敷く。二人で大の字に寝転んだ瞬間、少女は小さく歓声を上げた。図鑑で調べた星座の名を、天を指さしながら次々と挙げていく。東には冬の代表格オリオンの姿も。刻々と動く星空を、彼女は「宇宙が生きてるみたい」と表現した▼「見上げたる 星満てる空 今宵なる 愛といのちの いかに多きや」。これは、天文学者ウィックラマシンゲ博士が14歳の時に詠んだ詩である。池田先生との対談の折に紹介したものだ。先生も夏の夜空を流れる天の川を仰いだ少年時代を振り返りつつ、「古の人々の願いを託した星座の物語に、深遠な宇宙へ心の翼を広げたものです」と応じた▼宇宙への感動は「生命への畏敬」の念を育むことにも通じる。百万言を費やして愛や生命の尊さを語る以上に、星空を見上げながら大宇宙のロマンを語らうひとときの中でこそ、実感できることもあろう▼きょう25日は「伝統的七夕」。旧暦における七夕だという。今宵、天の川を望み、織姫・彦星に会える地域もあるかもしれない。宇宙に心をはせよう。(之)
寸鉄 2020年8月25日
「幸福な生活への脱皮には勇気が必要」牧口先生。師子王の心起こす祈りを
未入会家族や近隣を大切に。挨拶一つも大誠実で。信頼拡大は身近な所から
皆と一緒に歩む所に道ができる—詩人。団結は力。宝の同志と絆強く前進!
火傷のようになる日焼け増加と。皮膚がんの危険も。男性も日傘等で対策
文化芸術を守るため尽力する公明に感謝—芸術家多様な声を国政に生かせ
☆心に御書を 第68回 今こそ柔和忍辱の名指揮を
〈御文〉
『いまにはじめぬ御心ざし申しつくしがたく候日蓮が悦び候のみならず釈迦仏定めて御悦び候らん、我則歓喜諸仏亦然は是なり』(六郎次郎殿御返事、1464ページ)
〈通解〉
今に始まったのではない御志、申し尽くしがたい。日蓮が喜んでいるだけでなく、釈迦仏もきっとお喜びであろう。(法華経見宝塔品第11に)「我(釈迦仏)は歓喜する。諸仏もまた同様である」とあるのはこれである。
〈池田先生が贈る指針〉
壮年の変わらざる信心の志は頼もしい。人知れぬ陰の奮闘は、誰が褒めなくとも、御本仏がご照覧だ。諸仏も歓喜する。
百戦錬磨の黄金柱には勇気も忍耐も智慧もある。太陽の婦人部を大切に、従藍而青の青年部を応援し、創価家族の無敵の力を発揮するのだ。
今こそ「此の事にあはん為なり」と、柔和忍辱の名指揮を!
☆小説「新・人間革命」学習のために 「未来部」編
◇未来は君たちのもの! きょうも挑戦の一歩を!
小説『新・人間革命』の山本伸一の激励・指導などを紹介する「My Human Revolution(マイ・ヒューマン・レボリューション)」。今回は、「未来部ドリームチャレンジ期間」(8月31日まで)の応援企画として、「未来部」編を掲載する。次回の第15巻は31日付2面の予定。挿絵は内田健一郎。
◇"対等な人格"として接する
<1964年(昭和39年)6月、江東区での男子高等部の結成式に出席した山本伸一は、会合終了後、担当幹部の在り方について語る>
「高等部は未来の広布を考えると、極めて重要な部になります。本来、私が一人ひとりのメンバーを育んでいきたいが、とても、そこまではできない。
だから、皆さんのお力をお借りしたい。私に代わって、メンバーを励ましていただきたい」(中略)
一人の担当幹部が尋ねた。
「高等部や中等部の指導にあたって、最も強調すべきことはなんでしょうか」
伸一は、即座に答えた。
「あくまで勉学第一であり、学問に励むようにすることです。当然、根本は信心です。(中略)
また、大勢の先輩、よき相談相手が周囲にいれば、安心して自分の人生行路を決めていくことができる。若芽が未来に、スクスクと伸びゆくための応援をしていくことが、高等部、中等部の結成の趣旨です」(中略)
「豊かな心を培い、また、人間としての生き方の骨格をつくっていくのが信仰です。だから、若いうちから、信心をすることが大事になる。
人間として大成するために、信仰の『種』、信念の『種』、哲学の『種』を植えていくんです。そして、将来の社会の指導者を、学会の指導者を育てていくことが、担当者の皆さんの使命です」(中略)
「高等部といえば、もう大人です。昔なら、元服を終えている。したがって、担当者としては、どこまでも対等な人格として、若き同志として接していくことです。同じ人間として、人格の触発を行っていくことが、本当の指導です」
(第9巻「鳳雛」の章、118〜120ページ)
◇自分に勝つ人が本当の勇者
<70年(同45年)6月、伸一は箱根の研修所で高・中等部、少年・少女部の代表と懇談し、激励する>
「民衆を守り、幸福にするために、みんな、しっかり勉強してほしい。私は、このなかから、大文学者や大科学者、大記者、また、偉大な政治家も、どんどん出てもらいたいんだ。全員が、何かの道で、最高のものをめざしてください。羊千匹より、獅子一匹だ!
それには努力です。天才とは何か。人より十倍、百倍、努力した人のことです。
また、人生の勝負は何歳か。いろいろな考え方ができるが、一つの目標として、私は五十歳だと思っています。その時に、人間の真価が決まるといってよい。
人生というのは、"絶対にこうしよう""こうなっていこう"と心を定め、真剣に頑張り抜いていけば、必ず、自分が納得できる結果が得られるものです。大切なのは、毎日毎日の精進です。どんなに辛く苦しくとも、負けないで、懸命に努力を重ねることです。それが人生の根っこをつくることになる。
根が深くなければ、大木には育たない。二十代、三十代で、有名になったとしても、人生の本当の価値とはならないことが多い。むしろ、それによって人生の真実の価値がわからなくなり、幻惑されてしまうこともある」(中略)
伸一は、子どもたち一人ひとりに視線を注ぎながら言った。
「私は、みんなが五十歳になった時に、どんな人生を歩んでいるか、じっと見ていきたい。
みんな、頑張れるね」
「はい!」(中略)
だが、彼は、あえて厳しい口調で言った。
「返事は簡単です。実際にそうなるかどうかが問題だ。それには、自分に厳しく挑戦し抜いていくことです。人は、みんな自分の弱さに敗れていく。自分に勝つ人が、本当の勇者なんです」
(第14巻「大河」の章、322〜324ページ)
◇一人一人に光り輝く才能が
<箱根の研修所での語らいでは、男子中等部員が、"頭がよいとはどういうことか"と伸一に尋ねる>
「いい質問だね。かつて戸田先生が、紙に筆で一本の線を引き、そのすぐ上と下を指さしながら、こうおっしゃったことがある。
——『頭がいいとか、悪いとか言ったって、所詮、この程度の差だ。違いなんてほとんどない』
人には誰でも、得意、不得意はあるし、実は皆、なんらかの天才になる力をもっているものなんだ。だから、総合的に見れば、人間の能力なんて、そんなに変わるものではない。(中略)
これから花火をやりますが、一流の花火師もいる。花を育てるのが上手な人もいる。人を思いやる能力もあれば、人を笑わせる能力もある。絵や文の才能がある人もいれば、野球がうまい人もいる。また、頭がよいといっても、記憶力や理解力だけが能力ではない。探究する能力や独創性に優れた人もいる。(中略)
これまで成績が悪かった人がいたとしても、『自分は頭が悪い』なんて思うのは間違いです」(中略)
「ある人が『頭がいい人というのは常に疑問をもっている人である』と語っていたが、私もそうだと思う。一つ一つの事柄を、ただ鵜呑みにするのではなく、『どうしてそうなるのだろう』『本当にそうなのだろうか』『もっとほかに方法はないのか』と考える人です。(中略)
その探究心が大切なんです。
人には、皆、個性がある。全く同じ顔の人がいないように、もっている能力もさまざまです。だから、互いに尊敬し合いながら、師子の子らしく、自分の決めた道で、一流をめざしていってもらいたい」
(第14巻「大河」の章、324〜326ページ)
◇信仰貫き心に平和の砦を!
<さらに、女子中等部員が、"将来、世界平和に貢献していくために、今するべきことは"と、伸一に質問する>
「まず、世界の平和を生涯のわが使命と決め、信心を貫いていくことです。人類の平和実現の根本的な道は、生命の尊厳を説き明かした仏法にしかないからです。だから今は、しっかり信心に励み、教学も学んで、仏法への確信を深めていくことが必要です。
また、理想を実現していくためには、健康であることが大事です。したがって、体を鍛え、頑健にしておくことです。(中略)
そして、勉強です。実際に平和貢献する場合、なんらかの専門的な知識や技能が求められる。今は、その基礎となる勉強を、しっかりしておかなければならない。特に、語学は欠かせません。平和は対話から始まるからです。語学ができなければ、世界の人たちと、コミュニケーションが図れない。
あとは、人格を磨いていくことです。お母さんや友だちと喧嘩したりしないで、誰からも信頼される人になっていってください。
口で平和を唱えても、周りの人と喧嘩ばかりしているようでは、まやかしの平和主義者です。平和といっても、身近なことから始まります。まず、自分自身のなかにある、人に対する偏見や差別、また、わがままな心と戦い、勝たねばならない。同時に、慈悲、つまり人びとの幸福を願い、行動する強い心を培い、自らの人間性を高めていくことです。
戦争を起こすのは人間です。だから、その人間の生命を変え、人間の心のなかに平和の砦を築かなければならない。それが人間革命であり、その源泉が題目です。
この人間革命の思想と実践の道を世界に伝えていくことこそ、人類の平和を建設する根本なんです」
(第14巻「大河」の章、327〜328ページ)
睡眠時間を確保し
しっかり栄養を取ろう。
リズムを崩さないことが
健康を勝ち取る秘訣だ!
椎地四郎殿御書 P1448
『大海へ衆流入るされども大海は河の水を返す事ありや、法華大海の行者に諸河の水は大難の如く入れどもかへす事とがむる事なし、諸河の水入る事なくば大海あるべからず、大難なくば法華経の行者にはあらじ』
【通解】
大海には多くの河川が流れ込んでいますが、大海が川の水を押し返すことがあるでしょうか。それと同じように、大海のような法華経の行者に大難は諸河の水のように入ってくるけれども、法華経の行者はそれを押し返すことも、とがめることもないのです。諸河の水が流れ込むことがなければ大海が存在しないように、大難がなければ法華経の行者では無いのです。
名字の言 きょう「伝統的七夕」。夜空を見上げてみては? 2020年8月25日
コロナ禍で遠出もままならない夏休み。小学4年の娘の思い出にと、男子部員の父親が星空観察を提案した▼午前3時。寝ぼけ眼のわが子を車に乗せ、都内の芝生公園へ。広い原っぱにレジャーシートを一枚敷く。二人で大の字に寝転んだ瞬間、少女は小さく歓声を上げた。図鑑で調べた星座の名を、天を指さしながら次々と挙げていく。東には冬の代表格オリオンの姿も。刻々と動く星空を、彼女は「宇宙が生きてるみたい」と表現した▼「見上げたる 星満てる空 今宵なる 愛といのちの いかに多きや」。これは、天文学者ウィックラマシンゲ博士が14歳の時に詠んだ詩である。池田先生との対談の折に紹介したものだ。先生も夏の夜空を流れる天の川を仰いだ少年時代を振り返りつつ、「古の人々の願いを託した星座の物語に、深遠な宇宙へ心の翼を広げたものです」と応じた▼宇宙への感動は「生命への畏敬」の念を育むことにも通じる。百万言を費やして愛や生命の尊さを語る以上に、星空を見上げながら大宇宙のロマンを語らうひとときの中でこそ、実感できることもあろう▼きょう25日は「伝統的七夕」。旧暦における七夕だという。今宵、天の川を望み、織姫・彦星に会える地域もあるかもしれない。宇宙に心をはせよう。(之)
寸鉄 2020年8月25日
「幸福な生活への脱皮には勇気が必要」牧口先生。師子王の心起こす祈りを
未入会家族や近隣を大切に。挨拶一つも大誠実で。信頼拡大は身近な所から
皆と一緒に歩む所に道ができる—詩人。団結は力。宝の同志と絆強く前進!
火傷のようになる日焼け増加と。皮膚がんの危険も。男性も日傘等で対策
文化芸術を守るため尽力する公明に感謝—芸術家多様な声を国政に生かせ
☆心に御書を 第68回 今こそ柔和忍辱の名指揮を
〈御文〉
『いまにはじめぬ御心ざし申しつくしがたく候日蓮が悦び候のみならず釈迦仏定めて御悦び候らん、我則歓喜諸仏亦然は是なり』(六郎次郎殿御返事、1464ページ)
〈通解〉
今に始まったのではない御志、申し尽くしがたい。日蓮が喜んでいるだけでなく、釈迦仏もきっとお喜びであろう。(法華経見宝塔品第11に)「我(釈迦仏)は歓喜する。諸仏もまた同様である」とあるのはこれである。
〈池田先生が贈る指針〉
壮年の変わらざる信心の志は頼もしい。人知れぬ陰の奮闘は、誰が褒めなくとも、御本仏がご照覧だ。諸仏も歓喜する。
百戦錬磨の黄金柱には勇気も忍耐も智慧もある。太陽の婦人部を大切に、従藍而青の青年部を応援し、創価家族の無敵の力を発揮するのだ。
今こそ「此の事にあはん為なり」と、柔和忍辱の名指揮を!
☆小説「新・人間革命」学習のために 「未来部」編
◇未来は君たちのもの! きょうも挑戦の一歩を!
小説『新・人間革命』の山本伸一の激励・指導などを紹介する「My Human Revolution(マイ・ヒューマン・レボリューション)」。今回は、「未来部ドリームチャレンジ期間」(8月31日まで)の応援企画として、「未来部」編を掲載する。次回の第15巻は31日付2面の予定。挿絵は内田健一郎。
◇"対等な人格"として接する
<1964年(昭和39年)6月、江東区での男子高等部の結成式に出席した山本伸一は、会合終了後、担当幹部の在り方について語る>
「高等部は未来の広布を考えると、極めて重要な部になります。本来、私が一人ひとりのメンバーを育んでいきたいが、とても、そこまではできない。
だから、皆さんのお力をお借りしたい。私に代わって、メンバーを励ましていただきたい」(中略)
一人の担当幹部が尋ねた。
「高等部や中等部の指導にあたって、最も強調すべきことはなんでしょうか」
伸一は、即座に答えた。
「あくまで勉学第一であり、学問に励むようにすることです。当然、根本は信心です。(中略)
また、大勢の先輩、よき相談相手が周囲にいれば、安心して自分の人生行路を決めていくことができる。若芽が未来に、スクスクと伸びゆくための応援をしていくことが、高等部、中等部の結成の趣旨です」(中略)
「豊かな心を培い、また、人間としての生き方の骨格をつくっていくのが信仰です。だから、若いうちから、信心をすることが大事になる。
人間として大成するために、信仰の『種』、信念の『種』、哲学の『種』を植えていくんです。そして、将来の社会の指導者を、学会の指導者を育てていくことが、担当者の皆さんの使命です」(中略)
「高等部といえば、もう大人です。昔なら、元服を終えている。したがって、担当者としては、どこまでも対等な人格として、若き同志として接していくことです。同じ人間として、人格の触発を行っていくことが、本当の指導です」
(第9巻「鳳雛」の章、118〜120ページ)
◇自分に勝つ人が本当の勇者
<70年(同45年)6月、伸一は箱根の研修所で高・中等部、少年・少女部の代表と懇談し、激励する>
「民衆を守り、幸福にするために、みんな、しっかり勉強してほしい。私は、このなかから、大文学者や大科学者、大記者、また、偉大な政治家も、どんどん出てもらいたいんだ。全員が、何かの道で、最高のものをめざしてください。羊千匹より、獅子一匹だ!
それには努力です。天才とは何か。人より十倍、百倍、努力した人のことです。
また、人生の勝負は何歳か。いろいろな考え方ができるが、一つの目標として、私は五十歳だと思っています。その時に、人間の真価が決まるといってよい。
人生というのは、"絶対にこうしよう""こうなっていこう"と心を定め、真剣に頑張り抜いていけば、必ず、自分が納得できる結果が得られるものです。大切なのは、毎日毎日の精進です。どんなに辛く苦しくとも、負けないで、懸命に努力を重ねることです。それが人生の根っこをつくることになる。
根が深くなければ、大木には育たない。二十代、三十代で、有名になったとしても、人生の本当の価値とはならないことが多い。むしろ、それによって人生の真実の価値がわからなくなり、幻惑されてしまうこともある」(中略)
伸一は、子どもたち一人ひとりに視線を注ぎながら言った。
「私は、みんなが五十歳になった時に、どんな人生を歩んでいるか、じっと見ていきたい。
みんな、頑張れるね」
「はい!」(中略)
だが、彼は、あえて厳しい口調で言った。
「返事は簡単です。実際にそうなるかどうかが問題だ。それには、自分に厳しく挑戦し抜いていくことです。人は、みんな自分の弱さに敗れていく。自分に勝つ人が、本当の勇者なんです」
(第14巻「大河」の章、322〜324ページ)
◇一人一人に光り輝く才能が
<箱根の研修所での語らいでは、男子中等部員が、"頭がよいとはどういうことか"と伸一に尋ねる>
「いい質問だね。かつて戸田先生が、紙に筆で一本の線を引き、そのすぐ上と下を指さしながら、こうおっしゃったことがある。
——『頭がいいとか、悪いとか言ったって、所詮、この程度の差だ。違いなんてほとんどない』
人には誰でも、得意、不得意はあるし、実は皆、なんらかの天才になる力をもっているものなんだ。だから、総合的に見れば、人間の能力なんて、そんなに変わるものではない。(中略)
これから花火をやりますが、一流の花火師もいる。花を育てるのが上手な人もいる。人を思いやる能力もあれば、人を笑わせる能力もある。絵や文の才能がある人もいれば、野球がうまい人もいる。また、頭がよいといっても、記憶力や理解力だけが能力ではない。探究する能力や独創性に優れた人もいる。(中略)
これまで成績が悪かった人がいたとしても、『自分は頭が悪い』なんて思うのは間違いです」(中略)
「ある人が『頭がいい人というのは常に疑問をもっている人である』と語っていたが、私もそうだと思う。一つ一つの事柄を、ただ鵜呑みにするのではなく、『どうしてそうなるのだろう』『本当にそうなのだろうか』『もっとほかに方法はないのか』と考える人です。(中略)
その探究心が大切なんです。
人には、皆、個性がある。全く同じ顔の人がいないように、もっている能力もさまざまです。だから、互いに尊敬し合いながら、師子の子らしく、自分の決めた道で、一流をめざしていってもらいたい」
(第14巻「大河」の章、324〜326ページ)
◇信仰貫き心に平和の砦を!
<さらに、女子中等部員が、"将来、世界平和に貢献していくために、今するべきことは"と、伸一に質問する>
「まず、世界の平和を生涯のわが使命と決め、信心を貫いていくことです。人類の平和実現の根本的な道は、生命の尊厳を説き明かした仏法にしかないからです。だから今は、しっかり信心に励み、教学も学んで、仏法への確信を深めていくことが必要です。
また、理想を実現していくためには、健康であることが大事です。したがって、体を鍛え、頑健にしておくことです。(中略)
そして、勉強です。実際に平和貢献する場合、なんらかの専門的な知識や技能が求められる。今は、その基礎となる勉強を、しっかりしておかなければならない。特に、語学は欠かせません。平和は対話から始まるからです。語学ができなければ、世界の人たちと、コミュニケーションが図れない。
あとは、人格を磨いていくことです。お母さんや友だちと喧嘩したりしないで、誰からも信頼される人になっていってください。
口で平和を唱えても、周りの人と喧嘩ばかりしているようでは、まやかしの平和主義者です。平和といっても、身近なことから始まります。まず、自分自身のなかにある、人に対する偏見や差別、また、わがままな心と戦い、勝たねばならない。同時に、慈悲、つまり人びとの幸福を願い、行動する強い心を培い、自らの人間性を高めていくことです。
戦争を起こすのは人間です。だから、その人間の生命を変え、人間の心のなかに平和の砦を築かなければならない。それが人間革命であり、その源泉が題目です。
この人間革命の思想と実践の道を世界に伝えていくことこそ、人類の平和を建設する根本なんです」
(第14巻「大河」の章、327〜328ページ)
2020年8月24日月曜日
2020.08.24 わが友に贈る
◇今週のことば
「黄金柱」の壮年部よ
乱世にこそ揺るぎなく。
「ちかいし願
やぶるべからず」
皆を励まし守り抜け!
2020年8月24日
寺泊御書 P951
『心ざしあらん諸人は一処にあつまりて御聴聞あるべし』
【通解】
「志」を抱いて進む人達は、一処に集まって、法義を聴聞しなさい。
名字の言 きょう「聖教新聞創刊原点の日」 2020年8月24日
スイスの哲人ヒルティは、1月1日から12月31日まで日ごとに思想をつづった名著『眠られぬ夜のために』を残した▼本紙創刊記念日でもある4月20日の欄には、「この世界におけるただ一切の善事だけを報道して、(中略)くだらぬ事柄には見むきもしないというような新聞なり、評論誌なりを、われわれは持つべきであろう」(草間平作など訳)と論じている▼ヒルティは常に善悪を鋭く洞察した。「この世において悪の力が強いのは、全く、事にあたって生ぬるい人たちの恐怖心と不信仰とにもとづくものである」。悪を助長するものは、悪自体の力が強大であることよりも、正義が弱いことに起因するものだ▼きょう24日は「聖教新聞創刊原点の日」。70年前の1950年(昭和25年)のこの日、池田先生は恩師・戸田城聖先生と初めて広布の機関紙の構想を語り合った。そして翌年4月20日、本紙は創刊された。正義の論陣で正邪や善悪を明らかにし、正しい人間が正しく栄える時代を築こうとの思いで新聞発刊は決断されたに違いない▼池田先生は「民衆を賢明にし、民衆を強くし、民衆を団結させる——創刊以来の聖教新聞の使命である」と。この使命への挑戦に終わりはない。混迷の現代を確かな未来へ転換させるための"時代の要請"でもある。(代)
寸鉄 2020年8月24日
池田先生の入信記念日。世界広布を実現した73年後継よ偉大な闘争に続け
「師子王は前三後一」御書次の一歩に全力!幹部の祈りと励ましが躍進の鍵
男女青年部がオンラインで決意の集いを活発に。各地で新入会者も続々と
今年の酷暑は従来の常識通用せずと。夜の室内が最も危険—空調等を活用
正義の師子吼放つ希望の言論城。更なる紙面充実誓う。本紙創刊原点の日
〈社説〉 2020・8・24 きょう「壮年部の日」 2020年8月24日
◇奮闘する黄金柱の友に期待
「塩梅」という言葉には、「料理の味加減」のほかに、「物事や身体の具合」という意味がある。人が集まれば、性格や考え方は多様である。しかし、スイカに塩をかければ甘さが引き立つように、いい「あんばい」で調和すれば、互いの"持ち味"が引き出される。地域や職場や家庭に絶妙の調和をもたらす、黄金柱たる壮年部の存在感にも通じよう。
きょう24日は「壮年部の日」。かつて池田先生は、この日が自身の入信記念日であることから、"恩師・戸田先生が19歳の私を導いてくださったように、壮年が後継の青年を励まし、育てゆく意義も込めている"とつづった。
ある壮年は、慣れないパソコンに悪戦苦闘しながらも、オンラインの集いに参加。壮年部や男子部の友に画面越しでの御書講義を行っている。これまでは仕事で会合に間に合わなかった友が、確信あふれる講義に触れて信心を深めることができたなど歓喜が広がっているという。
新型コロナウイルスと共存する「新しい行動様式」を生み出す努力が、さまざまな場面で重ねられている。世代の違いはもとより、それぞれの家庭や仕事の事情や感染症のリスクへの思いは千差万別だ。誰も置き去りにせず、一人一人にどのように励ましを送っていくか。今、誰もが"正解のない"課題に直面している。
壮年部の結成式(1966年<昭和41年>3月5日)で池田先生は、永続的な発展のためには、分別のある"保守"の力と、若々しい、勢いのある"革新"の力がかみ合っていくことが肝要であり、広布推進の強力なエンジンとしての青年の力とともに、豊かな経験や判断力など、総合的な円熟した壮年の力が求められていると訴えた。
多様な意見に真摯に耳を傾け、皆の思いを共有しながら、柔軟に対応していくところに、数多の修羅場をくぐり抜けてきた経験と、度胸と、実践知を発揮する壮年の本領があろう。
さらに「8・24」は、1950年、事業が最悪の苦境にあった中で、戸田先生が池田先生に聖教新聞の構想を示した「創刊原点の日」でもある。これを通して池田先生は「一番の試練の時に一番の偉大な価値を創造するのが、壮年の本懐だ。この魂で、凱歌大道の誉れの人生を進もうではないか!」と述べている。
多くの同志が経済的な苦境に立たされながらも、信心根本に、師弟不二の魂を燃やして新たな戦野を開拓している。今こそ「生涯求道の壮年部」「職場で勝利する壮年部」「地域貢献の壮年部」の3モットーを胸に、壮年部一人一人がそれぞれの使命の場所で、周囲に希望の光を送る灯台の存在となっていきたい。
☆【8月24日】聖教新聞の創刊原点の日
言葉の力というものは、偉大です。「ありがとう」「負けるな」「いっしょにがんばろうね」——その一言を受け取っただけで、心が温かくなり、勇気が出たという経験が、みんなにもあるのではないでしょうか。
ある時、戸田城聖先生は、若き池田先生に言いました。
"なぜ日蓮大聖人の門下たちは、あれほど弾圧されても、勝ちこえることができたのか"
"大聖人は、お手紙を書いて書いて、書きぬかれて、一人一人をはげまし続けられた。だから、何があっても、みんな負けなかった"
私たちが学んでいる「御書」は、こうした大聖人の"はげましの手紙"なのです。
この「少年少女きぼう新聞」にも、毎月、池田先生が「2030年へ 希望の王子・王女に贈る」をつづってくださっています。
それは、池田先生から大切なみなさん一人一人への"はげましの手紙"です。
◆
今から70年前の1950年の8月24日。この日は、池田先生が創価学会の信心を始めて、ちょうど3年目の日でした。
このころ、戸田先生が経営する会社は、ギリギリの状況に追いこまれていました。社員は次々にやめていき、大勢の人が戸田先生の悪口を言う中で、若き池田先生は、戸田先生を支えていたのです。
その日、戸田先生と池田先生は、ある新聞社の記者と会いました。その帰り道、戸田先生が言いました。
「一つの新聞をもっているということは、実にすごい力をもつことだ。学会もいつか、なるべく早く新聞をもたなければならんな。大作、よく考えておいてくれ」
明日がどうなるかもわからない、一番苦しい日々の中で、戸田先生と池田先生は、広宣流布の未来を見つめ、新聞をつくることを語り合っていたのです。
◆
8カ月後の翌年4月20日。創価学会の新聞である「聖教新聞」が誕生しました。5月3日には、戸田先生が第2代会長になります。
戸田先生も池田先生も、「聖教新聞」にどんどん原稿を書きました。その「正義の声」「はげましの言葉」が、日本中の学会員に勇気と希望を届け、学会は大発展していったのです。
池田先生の小説『人間革命』や『新・人間革命』も、すべて「聖教新聞」に連載されたものでした。
2019年9月。東京・信濃町に、世界聖教会館が完成しました。ここが聖教新聞社の本社で、「少年少女きぼう新聞」も、この世界聖教会館でつくられています。
池田先生と奥様は、完成してすぐの世界聖教会館を2度、訪問。さまざまな展示を見学し、配達してくださる方々の無事故と健康、すべての読者の健康と幸福を、深く深く祈りました。
「世界中の人に聖教新聞を読ませたい」というのが、戸田先生の願いでした。今はインターネットを通した「聖教電子版」もできて、世界の200以上の国・地域で読まれています。
☆第3代会長就任60周年記念 師弟凱歌の記憶 特別編「池田先生 戦火の青春」
◇終戦75年に不戦を誓う
きょう8月15日は終戦75年。国内外で多くの命を奪った軍国主義が破滅した日であり、不戦と恒久平和を誓う日である。池田大作先生はこの時、17歳。死の恐怖から解放され、権力者への怒りを胸に秘めながら、人生いかに生きるべきかを模索し始めた。正しき思想を求めた若き先生が、生涯の師・戸田城聖先生と出会うのは、その2年後の8月14日のことである。「師弟凱歌の記憶」特別編として、池田先生の平和行動の原点となった、戦火の青春をたどる。
◇"私たちは「戦争の子ども」です"——ゴルバチョフ元大統領と
1990年(平成2年)7月にクレムリンで会って以来、池田先生と30年来の親交を結ぶ、元ソ連大統領のゴルバチョフ氏。二人が確かめ合ったことがある。
元大統領 私たちが、戦争で生き残った「戦争の子ども」であるという一点を見逃すと、私たちの世代の人生も、行動も、理解することは不可能でしょうね。
先生 「戦争の子ども」——。まさに、私たちの世代に共通する「体験」と「苦悩」と「辛酸」を、一言にこめた言葉であると思います。(『二十世紀の精神の教訓』)
1931年(昭和6年)生まれの氏に対し、池田先生は3歳上の28年(同3年)生まれ。共に大人たちが始めた第2次世界大戦によって、少年時代の思い出を、暗い灰色に染められた世代である。死の影に付きまとわれ、自由に未来の夢を描くことなど許されない青春だった。次の世代に二度と同じ思いを味わわせてはならない——その思いで二人は、不戦と核兵器廃絶へ戦い続けてきた。
◇「私は戦争を憎んだ。庶民の味方になると心に決めた」
75年前の「8月15日の記憶」を、先生はつづる。
「ラジオの玉音放送は、ザーザーと雑音が入って何を言っているのか、わからなかった」「『ああ、戦争が終わった……』。ほっとしたというのが、私の正直な実感であった」(寄稿「終戦62年に念う」)
前途ある若者を死地に追い立て、国土が焦土と化してなお、軍部政府は「一億玉砕」等と、命をささげることを強要し続けた。
終戦を迎えた先生の胸に去来したのは、そうした権力者への沸騰する怒りであった。
「私は、戦争を憎んだ。民衆を戦争へと駆り立てた、指導者を憎んだ。こんな歴史を二度と繰り返さぬために、自分は何をすべきかを問い続けた」(「随筆 新・人間革命」)
「いつも権力者や政治家に利用されている貧しき庶民、多くの正直にして賢明なる庶民の味方になっていくことを心に決めた」(「随筆 人間世紀の光」)
池田先生は東京の南部、多摩川を挟んで神奈川と接する大森・蒲田地域(現・大田区)で、前半生を過ごした。
まだ幼かった昭和初期、大森の海岸には砂浜が広がり、海苔の竹ヒビが沖まで連なっていた。江戸期以来の「浅草海苔」の一大産地であり、池田家もまた海苔製造業を営んでいた。
海苔業は、関東大震災で既に大きな打撃を受けていた。先生が小学2年生の時に父がリウマチで倒れ、4年生の時に長兄が出征。池田家は男手を失い、家運は傾き、困窮の一途をたどった。先生が小学5年生の時、2歳から過ごした糀谷3丁目の屋敷は人手に渡り、2丁目の家に越すことになる。
3歳で満州事変、8歳で二・二六事件、9歳で日中戦争勃発——高鳴る軍靴の足音とともに、のどかな田園や漁村の風景が広がっていた大森・蒲田一帯も、一大軍需工場地帯に変貌していった。
◇母の鏡を分け合った尊敬する長兄「大作、戦争は美談なんかじゃないぞ」
先生が13歳、国民学校高等科の2年生だった1941年(昭和16年)12月8日、ついに日本はアメリカと太平洋戦争に突入。翌42年(同17年)12月に、長兄が再び出征した。相前後して残る三人の兄たちも、次々と兵隊に取られた。
先生は、42年4月から、軍需工場となった蒲田の新潟鉄工所に勤め、働き頭として、懸命に家族を支え続けた。
だが、この頃から先生は、もう一つの「死の影」に付きまとわれるようになる。肺結核である。
「かつての田園地帯は(中略)軍需工場の進出と人口急増によって、結核の病巣と化した」(『大田区史 下巻』)と記されたように、慢性的な栄養不足や劣悪な労働環境によって、大森・蒲田地域には、"戦争に勝って結核に敗れる"といわれるほど、結核が蔓延。先生にも死の刃を向けてきた。
外からは戦争、内からは疫病という「死の影」と必死で戦いながら、先生は、赤く焼けた鉄粉が飛び散る軍需工場で、油にまみれながら働いた。
中国大陸から一時、除隊してきた長兄は、日本軍の中国での非道を憤り、言い残していた。
「大作、戦争は、決して美談なんかじゃないぞ」
先生は長兄と、一枚の鏡の破片を分け合った。
母が父のもとに嫁ぐ時に持参した鏡が、何かの時に割れてしまった。その破片の中から、手のひらの大きさのものを二人で選んだ。長兄は、その鏡の破片を持って出征し、残った先生も鏡を宝物にして、見つめるたびに、尊敬する兄をしのんだ。
◇戦争ほど悲惨なものはない
44年(同19年)8月までにマリアナ諸島を占領し、本土空襲の足掛かりを得た米軍は、11月から日本本土への攻撃を本格化した。
当初は、軍事目標だけを狙った昼間の「精密爆撃」だったが、やがて焼夷弾で市街地を焼き尽くす、夜間の「無差別爆撃」に戦術を転換。銃後の市民までも、直接、戦火にさらされることになった。
その最初の攻撃が、45年(同20年)3月10日の東京大空襲である。首都の東部が灰燼に帰し、およそ10万人が犠牲となった。
そして4月15日午後10時過ぎから16日未明にかけて、B29爆撃機の編隊が、今度は先生の家族が暮らす、大森・蒲田一帯を焼き尽くした。
家族はばらばらに逃げ、翌日の明け方になっても、互いの消息は分からなかった。
幸いにして「家族は皆、無事であり、手を取り合って喜び合った」(「随筆 新・人間革命」)。
しかし、喜びもつかの間——。
糀谷2丁目の先生の家は空襲による類焼を防ぐため、強制疎開で取り壊しとなり、一家は、馬込のおばの家に一棟を建て増しさせてもらい、移り住むことになった。
新居が完成し、荷物を運び入れ、ようやく新生活が始まろうとする5月24日未明。空襲で、焼夷弾が、完成したばかりの先生の家を直撃した。
全焼した家から、先生と弟は、なんとか長持一つを運び出した。開けてみると、入っていたのは、ひな人形と一本のコウモリ傘だった。
落胆が絶望を募らせた。
その時、母は言った。
「このおひなさまが飾れるような家に、きっと住めるようになるよ」
その一言が、家族の希望となった。
焼夷弾の雨の中でも、先生は、あの一枚の鏡を肌身離さず持ち続けていた。
やはり空襲を受けた時のことである。搭乗機を撃墜されたのであろう。米軍の兵士が、落下傘で脱出した。先生は、頭上を通り過ぎてゆく兵士の顔を見た。自分と、さほど年齢も違わない、少年の面影が残る若者であった。
この米兵はさんざん殴られ、目隠しをされて憲兵隊に連行されたという。胸が痛んだ。家に帰り、その話を母に伝えた。
「かわいそうに! その人のお母さんは、どんなに心配していることだろうね」
若い米兵の身を案ずる母の思いが胸に染みた。敵も味方もない。皆、同じ人間であることを教える言葉であった。
◇戸田先生との出会いから壮大な平和旅が始まった「この世から一切の不幸をなくしたい。どうだ、一緒にやるか!」
戦争が終わり、3人の兄が復員してきた。しかし、長兄は帰ってこなかった。47年(同22年)5月30日、一通の戦死公報が家に届いた。昭和20年1月11日、ビルマで戦死——。
長兄は、太平洋戦争史上で"最も無謀"とされたインパール作戦の犠牲となったのである。
「その通知を握りしめ、小さくなった体を震わせて慟哭していた母の後ろ姿が、私の瞼から消えない」(「終戦62年に念う」)
長兄の戦死公報が届いた3カ月後、終戦記念日を前にした8月14日の夜に、池田先生は生涯の師・戸田城聖先生と初めて出会った。
「生命哲学についての会がある」と友人に誘われて行った、糀谷での座談会。そこで戸田先生の「立正安国論」の講義を聴いた。
「700年前にお書きになったものが、まるで敗戦後の我々のために、お書き遺しくださったかのようだといってよい。個人であれ、一家であれ、一国であれ、この仏法哲理の根本に立たない限り、一切のことは始まらない」
「一家のことを、一国のことを、さらに動乱の20世紀の世界を考えた時、私は、この世から、一切の不幸と悲惨をなくしたい。これを広宣流布という。どうだ、一緒にやるか!」(同)
当時の先生にとって、指導者を峻別する基準は、軍部権力と戦った人か否か——この一点にあった。
仏法の理論を完全に理解したわけではなかったが、投獄されても信念を貫いたこの人なら、信じられると思った。
「そこには、人間として極限の『実像』があった。私は決めた。我、この師に続かむ。我、この道を進まむ」(「随筆 新・人間革命」)
戦火の暗く苦い思い出も、戸田先生との出会いによって、平和の誓いを燃やす薪となった。
73年前のあの夜から、池田先生の師弟不二の道が、壮大なる平和への旅路が始まった。
「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」
「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」
この小説『人間革命』『新・人間革命』の冒頭の言葉こそ、先生の魂の刻印であり、ほとばしる生命の叫び、そのものなのである。
「黄金柱」の壮年部よ
乱世にこそ揺るぎなく。
「ちかいし願
やぶるべからず」
皆を励まし守り抜け!
2020年8月24日
寺泊御書 P951
『心ざしあらん諸人は一処にあつまりて御聴聞あるべし』
【通解】
「志」を抱いて進む人達は、一処に集まって、法義を聴聞しなさい。
名字の言 きょう「聖教新聞創刊原点の日」 2020年8月24日
スイスの哲人ヒルティは、1月1日から12月31日まで日ごとに思想をつづった名著『眠られぬ夜のために』を残した▼本紙創刊記念日でもある4月20日の欄には、「この世界におけるただ一切の善事だけを報道して、(中略)くだらぬ事柄には見むきもしないというような新聞なり、評論誌なりを、われわれは持つべきであろう」(草間平作など訳)と論じている▼ヒルティは常に善悪を鋭く洞察した。「この世において悪の力が強いのは、全く、事にあたって生ぬるい人たちの恐怖心と不信仰とにもとづくものである」。悪を助長するものは、悪自体の力が強大であることよりも、正義が弱いことに起因するものだ▼きょう24日は「聖教新聞創刊原点の日」。70年前の1950年(昭和25年)のこの日、池田先生は恩師・戸田城聖先生と初めて広布の機関紙の構想を語り合った。そして翌年4月20日、本紙は創刊された。正義の論陣で正邪や善悪を明らかにし、正しい人間が正しく栄える時代を築こうとの思いで新聞発刊は決断されたに違いない▼池田先生は「民衆を賢明にし、民衆を強くし、民衆を団結させる——創刊以来の聖教新聞の使命である」と。この使命への挑戦に終わりはない。混迷の現代を確かな未来へ転換させるための"時代の要請"でもある。(代)
寸鉄 2020年8月24日
池田先生の入信記念日。世界広布を実現した73年後継よ偉大な闘争に続け
「師子王は前三後一」御書次の一歩に全力!幹部の祈りと励ましが躍進の鍵
男女青年部がオンラインで決意の集いを活発に。各地で新入会者も続々と
今年の酷暑は従来の常識通用せずと。夜の室内が最も危険—空調等を活用
正義の師子吼放つ希望の言論城。更なる紙面充実誓う。本紙創刊原点の日
〈社説〉 2020・8・24 きょう「壮年部の日」 2020年8月24日
◇奮闘する黄金柱の友に期待
「塩梅」という言葉には、「料理の味加減」のほかに、「物事や身体の具合」という意味がある。人が集まれば、性格や考え方は多様である。しかし、スイカに塩をかければ甘さが引き立つように、いい「あんばい」で調和すれば、互いの"持ち味"が引き出される。地域や職場や家庭に絶妙の調和をもたらす、黄金柱たる壮年部の存在感にも通じよう。
きょう24日は「壮年部の日」。かつて池田先生は、この日が自身の入信記念日であることから、"恩師・戸田先生が19歳の私を導いてくださったように、壮年が後継の青年を励まし、育てゆく意義も込めている"とつづった。
ある壮年は、慣れないパソコンに悪戦苦闘しながらも、オンラインの集いに参加。壮年部や男子部の友に画面越しでの御書講義を行っている。これまでは仕事で会合に間に合わなかった友が、確信あふれる講義に触れて信心を深めることができたなど歓喜が広がっているという。
新型コロナウイルスと共存する「新しい行動様式」を生み出す努力が、さまざまな場面で重ねられている。世代の違いはもとより、それぞれの家庭や仕事の事情や感染症のリスクへの思いは千差万別だ。誰も置き去りにせず、一人一人にどのように励ましを送っていくか。今、誰もが"正解のない"課題に直面している。
壮年部の結成式(1966年<昭和41年>3月5日)で池田先生は、永続的な発展のためには、分別のある"保守"の力と、若々しい、勢いのある"革新"の力がかみ合っていくことが肝要であり、広布推進の強力なエンジンとしての青年の力とともに、豊かな経験や判断力など、総合的な円熟した壮年の力が求められていると訴えた。
多様な意見に真摯に耳を傾け、皆の思いを共有しながら、柔軟に対応していくところに、数多の修羅場をくぐり抜けてきた経験と、度胸と、実践知を発揮する壮年の本領があろう。
さらに「8・24」は、1950年、事業が最悪の苦境にあった中で、戸田先生が池田先生に聖教新聞の構想を示した「創刊原点の日」でもある。これを通して池田先生は「一番の試練の時に一番の偉大な価値を創造するのが、壮年の本懐だ。この魂で、凱歌大道の誉れの人生を進もうではないか!」と述べている。
多くの同志が経済的な苦境に立たされながらも、信心根本に、師弟不二の魂を燃やして新たな戦野を開拓している。今こそ「生涯求道の壮年部」「職場で勝利する壮年部」「地域貢献の壮年部」の3モットーを胸に、壮年部一人一人がそれぞれの使命の場所で、周囲に希望の光を送る灯台の存在となっていきたい。
☆【8月24日】聖教新聞の創刊原点の日
言葉の力というものは、偉大です。「ありがとう」「負けるな」「いっしょにがんばろうね」——その一言を受け取っただけで、心が温かくなり、勇気が出たという経験が、みんなにもあるのではないでしょうか。
ある時、戸田城聖先生は、若き池田先生に言いました。
"なぜ日蓮大聖人の門下たちは、あれほど弾圧されても、勝ちこえることができたのか"
"大聖人は、お手紙を書いて書いて、書きぬかれて、一人一人をはげまし続けられた。だから、何があっても、みんな負けなかった"
私たちが学んでいる「御書」は、こうした大聖人の"はげましの手紙"なのです。
この「少年少女きぼう新聞」にも、毎月、池田先生が「2030年へ 希望の王子・王女に贈る」をつづってくださっています。
それは、池田先生から大切なみなさん一人一人への"はげましの手紙"です。
◆
今から70年前の1950年の8月24日。この日は、池田先生が創価学会の信心を始めて、ちょうど3年目の日でした。
このころ、戸田先生が経営する会社は、ギリギリの状況に追いこまれていました。社員は次々にやめていき、大勢の人が戸田先生の悪口を言う中で、若き池田先生は、戸田先生を支えていたのです。
その日、戸田先生と池田先生は、ある新聞社の記者と会いました。その帰り道、戸田先生が言いました。
「一つの新聞をもっているということは、実にすごい力をもつことだ。学会もいつか、なるべく早く新聞をもたなければならんな。大作、よく考えておいてくれ」
明日がどうなるかもわからない、一番苦しい日々の中で、戸田先生と池田先生は、広宣流布の未来を見つめ、新聞をつくることを語り合っていたのです。
◆
8カ月後の翌年4月20日。創価学会の新聞である「聖教新聞」が誕生しました。5月3日には、戸田先生が第2代会長になります。
戸田先生も池田先生も、「聖教新聞」にどんどん原稿を書きました。その「正義の声」「はげましの言葉」が、日本中の学会員に勇気と希望を届け、学会は大発展していったのです。
池田先生の小説『人間革命』や『新・人間革命』も、すべて「聖教新聞」に連載されたものでした。
2019年9月。東京・信濃町に、世界聖教会館が完成しました。ここが聖教新聞社の本社で、「少年少女きぼう新聞」も、この世界聖教会館でつくられています。
池田先生と奥様は、完成してすぐの世界聖教会館を2度、訪問。さまざまな展示を見学し、配達してくださる方々の無事故と健康、すべての読者の健康と幸福を、深く深く祈りました。
「世界中の人に聖教新聞を読ませたい」というのが、戸田先生の願いでした。今はインターネットを通した「聖教電子版」もできて、世界の200以上の国・地域で読まれています。
☆第3代会長就任60周年記念 師弟凱歌の記憶 特別編「池田先生 戦火の青春」
◇終戦75年に不戦を誓う
きょう8月15日は終戦75年。国内外で多くの命を奪った軍国主義が破滅した日であり、不戦と恒久平和を誓う日である。池田大作先生はこの時、17歳。死の恐怖から解放され、権力者への怒りを胸に秘めながら、人生いかに生きるべきかを模索し始めた。正しき思想を求めた若き先生が、生涯の師・戸田城聖先生と出会うのは、その2年後の8月14日のことである。「師弟凱歌の記憶」特別編として、池田先生の平和行動の原点となった、戦火の青春をたどる。
◇"私たちは「戦争の子ども」です"——ゴルバチョフ元大統領と
1990年(平成2年)7月にクレムリンで会って以来、池田先生と30年来の親交を結ぶ、元ソ連大統領のゴルバチョフ氏。二人が確かめ合ったことがある。
元大統領 私たちが、戦争で生き残った「戦争の子ども」であるという一点を見逃すと、私たちの世代の人生も、行動も、理解することは不可能でしょうね。
先生 「戦争の子ども」——。まさに、私たちの世代に共通する「体験」と「苦悩」と「辛酸」を、一言にこめた言葉であると思います。(『二十世紀の精神の教訓』)
1931年(昭和6年)生まれの氏に対し、池田先生は3歳上の28年(同3年)生まれ。共に大人たちが始めた第2次世界大戦によって、少年時代の思い出を、暗い灰色に染められた世代である。死の影に付きまとわれ、自由に未来の夢を描くことなど許されない青春だった。次の世代に二度と同じ思いを味わわせてはならない——その思いで二人は、不戦と核兵器廃絶へ戦い続けてきた。
◇「私は戦争を憎んだ。庶民の味方になると心に決めた」
75年前の「8月15日の記憶」を、先生はつづる。
「ラジオの玉音放送は、ザーザーと雑音が入って何を言っているのか、わからなかった」「『ああ、戦争が終わった……』。ほっとしたというのが、私の正直な実感であった」(寄稿「終戦62年に念う」)
前途ある若者を死地に追い立て、国土が焦土と化してなお、軍部政府は「一億玉砕」等と、命をささげることを強要し続けた。
終戦を迎えた先生の胸に去来したのは、そうした権力者への沸騰する怒りであった。
「私は、戦争を憎んだ。民衆を戦争へと駆り立てた、指導者を憎んだ。こんな歴史を二度と繰り返さぬために、自分は何をすべきかを問い続けた」(「随筆 新・人間革命」)
「いつも権力者や政治家に利用されている貧しき庶民、多くの正直にして賢明なる庶民の味方になっていくことを心に決めた」(「随筆 人間世紀の光」)
池田先生は東京の南部、多摩川を挟んで神奈川と接する大森・蒲田地域(現・大田区)で、前半生を過ごした。
まだ幼かった昭和初期、大森の海岸には砂浜が広がり、海苔の竹ヒビが沖まで連なっていた。江戸期以来の「浅草海苔」の一大産地であり、池田家もまた海苔製造業を営んでいた。
海苔業は、関東大震災で既に大きな打撃を受けていた。先生が小学2年生の時に父がリウマチで倒れ、4年生の時に長兄が出征。池田家は男手を失い、家運は傾き、困窮の一途をたどった。先生が小学5年生の時、2歳から過ごした糀谷3丁目の屋敷は人手に渡り、2丁目の家に越すことになる。
3歳で満州事変、8歳で二・二六事件、9歳で日中戦争勃発——高鳴る軍靴の足音とともに、のどかな田園や漁村の風景が広がっていた大森・蒲田一帯も、一大軍需工場地帯に変貌していった。
◇母の鏡を分け合った尊敬する長兄「大作、戦争は美談なんかじゃないぞ」
先生が13歳、国民学校高等科の2年生だった1941年(昭和16年)12月8日、ついに日本はアメリカと太平洋戦争に突入。翌42年(同17年)12月に、長兄が再び出征した。相前後して残る三人の兄たちも、次々と兵隊に取られた。
先生は、42年4月から、軍需工場となった蒲田の新潟鉄工所に勤め、働き頭として、懸命に家族を支え続けた。
だが、この頃から先生は、もう一つの「死の影」に付きまとわれるようになる。肺結核である。
「かつての田園地帯は(中略)軍需工場の進出と人口急増によって、結核の病巣と化した」(『大田区史 下巻』)と記されたように、慢性的な栄養不足や劣悪な労働環境によって、大森・蒲田地域には、"戦争に勝って結核に敗れる"といわれるほど、結核が蔓延。先生にも死の刃を向けてきた。
外からは戦争、内からは疫病という「死の影」と必死で戦いながら、先生は、赤く焼けた鉄粉が飛び散る軍需工場で、油にまみれながら働いた。
中国大陸から一時、除隊してきた長兄は、日本軍の中国での非道を憤り、言い残していた。
「大作、戦争は、決して美談なんかじゃないぞ」
先生は長兄と、一枚の鏡の破片を分け合った。
母が父のもとに嫁ぐ時に持参した鏡が、何かの時に割れてしまった。その破片の中から、手のひらの大きさのものを二人で選んだ。長兄は、その鏡の破片を持って出征し、残った先生も鏡を宝物にして、見つめるたびに、尊敬する兄をしのんだ。
◇戦争ほど悲惨なものはない
44年(同19年)8月までにマリアナ諸島を占領し、本土空襲の足掛かりを得た米軍は、11月から日本本土への攻撃を本格化した。
当初は、軍事目標だけを狙った昼間の「精密爆撃」だったが、やがて焼夷弾で市街地を焼き尽くす、夜間の「無差別爆撃」に戦術を転換。銃後の市民までも、直接、戦火にさらされることになった。
その最初の攻撃が、45年(同20年)3月10日の東京大空襲である。首都の東部が灰燼に帰し、およそ10万人が犠牲となった。
そして4月15日午後10時過ぎから16日未明にかけて、B29爆撃機の編隊が、今度は先生の家族が暮らす、大森・蒲田一帯を焼き尽くした。
家族はばらばらに逃げ、翌日の明け方になっても、互いの消息は分からなかった。
幸いにして「家族は皆、無事であり、手を取り合って喜び合った」(「随筆 新・人間革命」)。
しかし、喜びもつかの間——。
糀谷2丁目の先生の家は空襲による類焼を防ぐため、強制疎開で取り壊しとなり、一家は、馬込のおばの家に一棟を建て増しさせてもらい、移り住むことになった。
新居が完成し、荷物を運び入れ、ようやく新生活が始まろうとする5月24日未明。空襲で、焼夷弾が、完成したばかりの先生の家を直撃した。
全焼した家から、先生と弟は、なんとか長持一つを運び出した。開けてみると、入っていたのは、ひな人形と一本のコウモリ傘だった。
落胆が絶望を募らせた。
その時、母は言った。
「このおひなさまが飾れるような家に、きっと住めるようになるよ」
その一言が、家族の希望となった。
焼夷弾の雨の中でも、先生は、あの一枚の鏡を肌身離さず持ち続けていた。
やはり空襲を受けた時のことである。搭乗機を撃墜されたのであろう。米軍の兵士が、落下傘で脱出した。先生は、頭上を通り過ぎてゆく兵士の顔を見た。自分と、さほど年齢も違わない、少年の面影が残る若者であった。
この米兵はさんざん殴られ、目隠しをされて憲兵隊に連行されたという。胸が痛んだ。家に帰り、その話を母に伝えた。
「かわいそうに! その人のお母さんは、どんなに心配していることだろうね」
若い米兵の身を案ずる母の思いが胸に染みた。敵も味方もない。皆、同じ人間であることを教える言葉であった。
◇戸田先生との出会いから壮大な平和旅が始まった「この世から一切の不幸をなくしたい。どうだ、一緒にやるか!」
戦争が終わり、3人の兄が復員してきた。しかし、長兄は帰ってこなかった。47年(同22年)5月30日、一通の戦死公報が家に届いた。昭和20年1月11日、ビルマで戦死——。
長兄は、太平洋戦争史上で"最も無謀"とされたインパール作戦の犠牲となったのである。
「その通知を握りしめ、小さくなった体を震わせて慟哭していた母の後ろ姿が、私の瞼から消えない」(「終戦62年に念う」)
長兄の戦死公報が届いた3カ月後、終戦記念日を前にした8月14日の夜に、池田先生は生涯の師・戸田城聖先生と初めて出会った。
「生命哲学についての会がある」と友人に誘われて行った、糀谷での座談会。そこで戸田先生の「立正安国論」の講義を聴いた。
「700年前にお書きになったものが、まるで敗戦後の我々のために、お書き遺しくださったかのようだといってよい。個人であれ、一家であれ、一国であれ、この仏法哲理の根本に立たない限り、一切のことは始まらない」
「一家のことを、一国のことを、さらに動乱の20世紀の世界を考えた時、私は、この世から、一切の不幸と悲惨をなくしたい。これを広宣流布という。どうだ、一緒にやるか!」(同)
当時の先生にとって、指導者を峻別する基準は、軍部権力と戦った人か否か——この一点にあった。
仏法の理論を完全に理解したわけではなかったが、投獄されても信念を貫いたこの人なら、信じられると思った。
「そこには、人間として極限の『実像』があった。私は決めた。我、この師に続かむ。我、この道を進まむ」(「随筆 新・人間革命」)
戦火の暗く苦い思い出も、戸田先生との出会いによって、平和の誓いを燃やす薪となった。
73年前のあの夜から、池田先生の師弟不二の道が、壮大なる平和への旅路が始まった。
「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」
「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」
この小説『人間革命』『新・人間革命』の冒頭の言葉こそ、先生の魂の刻印であり、ほとばしる生命の叫び、そのものなのである。
2020年8月23日日曜日
2020.08.23 わが友に贈る
幾多の試練を
勝ち越えてきた
多宝の同志に最敬礼!
豊かな知恵に学びながら
生涯青春の大道を共に!
持妙法華問答抄 P465
『持たるる法だに第一ならば持つ人随つて第一なるべし、然らば則ち其の人を毀るは其の法を毀るなり』
【通解】
持たれる法さえ第一ならば、持つ人もまた第一なのである。そうであれば、その人を毀るのは、その法を毀ることである。
名字の言 友の挑戦とヒマワリの花言葉 2020年8月23日
酷暑の中、暑中見舞いとして届いたヒマワリの写真にしばし見入ってしまった。夕暮れ時、あかね色に染まったヒマワリ畑だった▼「ヒマワリの写真の定番といえば、青空の下、太陽に向かって咲き誇る姿ですが、今回、新しいヒマワリの写真にトライしました」との一文が添えてあった。新しい挑戦から成長のドラマは始まる。友の挑戦の心が伝わり、爽やかな気持ちになった▼この夏、御書の全編拝読に挑戦する壮年がいる。正確に言えば「再挑戦」。12年前、地区部長に任命された時、全編拝読を始めたが、1000ページを過ぎた所で止まっていた。コロナ禍の中、池田先生の本紙の連載「心に御書を」に触発され、今再びの挑戦を決意したという▼戸田先生は若き池田先生に、御書を拝読する姿勢について語っている。電車の車窓から太平洋が見えた時だった。「あの太平洋のような大境涯の信心で、この御書を拝することだ。そうでなければ、凡夫が御本仏の御心に近づくことはできない」。小さな自分の世界ではなく、全生命を懸けた信心の世界で拝していくということだろう▼ヒマワリの花言葉の一つに「光輝」がある。ヒマワリの中に光り輝く太陽が見えたことに由来するようだ。新しい挑戦を重ねる人こそ「光輝」な人である。(側)
寸鉄 2020年8月23日
「心はたらけば身うごく」御書。強き祈りが勇気の源泉。今日も朗々と出発
東北池田記念墓地公園が開園30年。広布に生き抜く福徳は三世永遠に薫る
ともかくも始めることだ—哲人。若師子よ自身の目標へ決意即行動で進め
シートベルト非着用時の致死率は着用時の12倍。後部座席含め必ず励行を
正しき生活リズム、睡眠、バランス良い食事が健康の基本。夏の疲れ残さず
☆四季の励まし 生命力強め「健康人生」を 2020年8月16日
【写真の説明】夏空に湧き立つ白雲。緑のキャベツ畑が一面に広がる。1999年(平成11年)8月、池田大作先生が群馬を訪れた折に撮影した。
池田先生は常々、「食は命なり」と語ってきた。自然災害や天候の不順などにも屈せず、私たちの命を守り育む農漁業の方々に、心から感謝したい。御書には「食には三つの働きがあり、第一には生命を継続させ、第二には体や顔の色つやを増し、第三には心身の力を盛んにする」(1598ページ、趣意)と。
残暑の厳しい日が続く。特に今年はマスク着用の機会も多くなるため、より一層、熱中症への注意が必要となる。バランスの取れた食生活など、健康に留意し、賢明な行動で有意義な夏にしていこう。
◇池田先生の言葉
「病気がない」だけが
「健康」なのではない。
一生涯、何かに挑戦する。
何かを創造する。
前へ前へと自分の世界を
広げていく——
この"創造的人生"こそ、
真の"健康人生"では
ないだろうか。
時間を価値的に使って
早めに休む。
そして「さあ、
きょうも働こう」と、
満々たる意欲で
朝を出発する。
これが、健康で長寿の
生活の基本であろう。
「無理のない」、
そして「無駄のない」
価値創造の
日々でありたい。
利己主義の人は、
年とともに
生命力がしぼんだり、
心がゆがんでしまう。
人のために悩みながら、
尽くして生きている
利他の人は、
大変ではあるが、
その分、
自分の生命力を強め、
大きく開いていける。
病と闘っている友もいる。
心で負けないことだ。
広布に戦う皆さまを、
諸天が
護らないわけがない。
断じて全てに意味がある。
変毒為薬の妙法である。
何があろうと、
微動だにしてはならない。
一歩も引かないで、
御本尊に祈り切るのだ。
悩みを突き抜けて、
人がどうあれ、
堂々と
自分自身に生き切るのだ。
信心とは、
永遠の希望に
生きることである。
かけがえのない
同志の皆さん方が、
健康・長寿で
福徳に満ちた一日一日で
ありますように、
そして大勝利の一日一日で
ありますように、
私と妻は、
いつもいつも
祈っております。
どうか、皆さん、お元気で!
勝ち越えてきた
多宝の同志に最敬礼!
豊かな知恵に学びながら
生涯青春の大道を共に!
持妙法華問答抄 P465
『持たるる法だに第一ならば持つ人随つて第一なるべし、然らば則ち其の人を毀るは其の法を毀るなり』
【通解】
持たれる法さえ第一ならば、持つ人もまた第一なのである。そうであれば、その人を毀るのは、その法を毀ることである。
名字の言 友の挑戦とヒマワリの花言葉 2020年8月23日
酷暑の中、暑中見舞いとして届いたヒマワリの写真にしばし見入ってしまった。夕暮れ時、あかね色に染まったヒマワリ畑だった▼「ヒマワリの写真の定番といえば、青空の下、太陽に向かって咲き誇る姿ですが、今回、新しいヒマワリの写真にトライしました」との一文が添えてあった。新しい挑戦から成長のドラマは始まる。友の挑戦の心が伝わり、爽やかな気持ちになった▼この夏、御書の全編拝読に挑戦する壮年がいる。正確に言えば「再挑戦」。12年前、地区部長に任命された時、全編拝読を始めたが、1000ページを過ぎた所で止まっていた。コロナ禍の中、池田先生の本紙の連載「心に御書を」に触発され、今再びの挑戦を決意したという▼戸田先生は若き池田先生に、御書を拝読する姿勢について語っている。電車の車窓から太平洋が見えた時だった。「あの太平洋のような大境涯の信心で、この御書を拝することだ。そうでなければ、凡夫が御本仏の御心に近づくことはできない」。小さな自分の世界ではなく、全生命を懸けた信心の世界で拝していくということだろう▼ヒマワリの花言葉の一つに「光輝」がある。ヒマワリの中に光り輝く太陽が見えたことに由来するようだ。新しい挑戦を重ねる人こそ「光輝」な人である。(側)
寸鉄 2020年8月23日
「心はたらけば身うごく」御書。強き祈りが勇気の源泉。今日も朗々と出発
東北池田記念墓地公園が開園30年。広布に生き抜く福徳は三世永遠に薫る
ともかくも始めることだ—哲人。若師子よ自身の目標へ決意即行動で進め
シートベルト非着用時の致死率は着用時の12倍。後部座席含め必ず励行を
正しき生活リズム、睡眠、バランス良い食事が健康の基本。夏の疲れ残さず
☆四季の励まし 生命力強め「健康人生」を 2020年8月16日
【写真の説明】夏空に湧き立つ白雲。緑のキャベツ畑が一面に広がる。1999年(平成11年)8月、池田大作先生が群馬を訪れた折に撮影した。
池田先生は常々、「食は命なり」と語ってきた。自然災害や天候の不順などにも屈せず、私たちの命を守り育む農漁業の方々に、心から感謝したい。御書には「食には三つの働きがあり、第一には生命を継続させ、第二には体や顔の色つやを増し、第三には心身の力を盛んにする」(1598ページ、趣意)と。
残暑の厳しい日が続く。特に今年はマスク着用の機会も多くなるため、より一層、熱中症への注意が必要となる。バランスの取れた食生活など、健康に留意し、賢明な行動で有意義な夏にしていこう。
◇池田先生の言葉
「病気がない」だけが
「健康」なのではない。
一生涯、何かに挑戦する。
何かを創造する。
前へ前へと自分の世界を
広げていく——
この"創造的人生"こそ、
真の"健康人生"では
ないだろうか。
時間を価値的に使って
早めに休む。
そして「さあ、
きょうも働こう」と、
満々たる意欲で
朝を出発する。
これが、健康で長寿の
生活の基本であろう。
「無理のない」、
そして「無駄のない」
価値創造の
日々でありたい。
利己主義の人は、
年とともに
生命力がしぼんだり、
心がゆがんでしまう。
人のために悩みながら、
尽くして生きている
利他の人は、
大変ではあるが、
その分、
自分の生命力を強め、
大きく開いていける。
病と闘っている友もいる。
心で負けないことだ。
広布に戦う皆さまを、
諸天が
護らないわけがない。
断じて全てに意味がある。
変毒為薬の妙法である。
何があろうと、
微動だにしてはならない。
一歩も引かないで、
御本尊に祈り切るのだ。
悩みを突き抜けて、
人がどうあれ、
堂々と
自分自身に生き切るのだ。
信心とは、
永遠の希望に
生きることである。
かけがえのない
同志の皆さん方が、
健康・長寿で
福徳に満ちた一日一日で
ありますように、
そして大勝利の一日一日で
ありますように、
私と妻は、
いつもいつも
祈っております。
どうか、皆さん、お元気で!
2020年8月22日土曜日
2020.08.22 わが友に贈る
川・海・山の事故が多発。
呉々も安全第一で!
危険箇所には近づかず
体調や天候変化に留意。
油断排し万全の備えを!
大白牛車書 P1543
『抑此の車と申すは本迹二門の輪を妙法蓮華経の牛にかけ、三界の火宅を生死生死とぐるりぐるりとまはり候ところの車なり』
【通解】
そもそもこの車というのは、本門と迹門の二門の輪を妙法蓮華経という牛にかけ、三界の火宅を生死生死とぐるりぐるりと回るところの車である。
名字の言 中華統一を成し遂げた大帝国の歴史の教訓 2020年8月22日
発行部数が累計6400万部を超え、映画化もされた人気漫画「キングダム」。「天下の大将軍」を志す主人公が、後に始皇帝となる秦の国王と共に「中華の統一」を目指す物語だ▼長きにわたり大小の国家が争ってきた戦乱の世を終わらせるには、「国境」そのものをなくすしかない——若き国王の理想に、多くの人々が糾合されていく。漫画は歴史を基にしたフィクションだが、天下の統一という偉業は2200年の時を経ても色あせない▼始皇帝が暴君か名君かは、さまざまな意見がある。万里の長城や巨大陵墓の建設に民を酷使した一方で、文字や度量衡の統一などの業績も残した。ただ確かなのは始皇帝の死後、わずか4年で秦は滅んでしまったということだ▼なぜ強大な秦帝国は滅亡したのか。作家の陳舜臣氏は、民衆の支持を得なかったこと、地方の長官は中央政府から任命された官吏ばかりで、身を賭して国を守る人々がいなかったことを挙げている(『秦の始皇帝』文春文庫)▼要するに「民の安穏の実現」という明確な理念、そして次代を担う真の人材を欠いていたということだろう。法律や制度だけでは足りない。それを支える人間と優れた精神性あってこそ、世代を超えた発展はある。現代にも通じる重い教訓である。(駿)
寸鉄 2020年8月22日
若いというだけでどんな人間よりも偉大—恩師。君よ宝の青春を乱舞せよ
「仏の御心はこの文字に備れり」御聖訓。御書を拝せ!勝利の道がここに
希望は強い勇気であり、新たな意志—作家。広布のロマン胸に今日も前進
熱中症死、3割が夜間。就寝前に水分補給、冷房活用を。高齢者は特に注意
コロナ終息後に行きたい国、日本が1位。皆で試練乗り越え民衆交流を再び
☆学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 第8回 信心の継承
大切な夏休みに入り、お子さんやお孫さんに信心の素晴らしさを伝えていきたいと思っている壮年部の方々も多いと思います。ここでは、信心の継承をテーマに、壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から池田先生の指導を学んでいきましょう(指導集248ページから250ページまでを抜粋)。
●テーマ 信心の継承 子どもが、なかなか信心に立ち上がりません
〈「信念、生き方、情熱」を賢明に伝える〉
私たちは、法のため、人のために奉仕している。エゴの人生ではない。ゆえに人よりも忙しいし、団欒の機会も思うままには取れないかもしれない。それでも人に尽くして生きている。いちばん尊い人生なのである。
その信念、生き方、情熱を、子どもたちが理解し尊敬できるようにしてあげなければならない。愛情も信念も、"黙っていても、いつかわかってくれるだろう"と考えるのは誤りである。
意識して"表現"しなければならない。あせらず、そして賢明に伝えていくことである。その「知恵」が「信心」の表れなのである。
(『池田大作全集』第82巻、SGI代表者会議でのスピーチ)
〈自分がしっかりしていればいい〉
両親や夫や奥さんがなかなか入会しない、あるいは子どもが信心に立ち上がらないからといって、あせる必要はありません。
大聖人も「この功徳は父母・祖父母・乃至無辺の衆生にも・をよぼしてん」(御書1231ページ)——この功徳は、あなたの父母・祖父母、さらに無辺の衆生にもおよんでいくでしょう——と仰せです。自分がしっかりしていれば、すでに道は開かれているのですから、安心していい。太陽は一つ昇れば、全部を照らしていける。自分が一家・一族の太陽になればいいのです。
(『池田大作全集』第30巻、「法華経の智慧」)
〈恥じることはない〉
自分が幹部で、子どもさんが一生懸命に信心していないことから、"幹部として恥ずかしい。皆に申し訳ない"と、何か後ろめたい思いでおられる方もいるかもしれない。また、"幹部なのに……"と厳しい目で見ている人もいるかもしれない。
しかし、負けてはいけません! 決して恥じることはありません。全部、深い意味があるんです。要は、子どもさんが信心に励み、幸せになれるように、強盛に祈り、日々、真剣に努力し抜いていくことが大事なんです。
むしろ、子どもさんのことで、確信を失い、元気が出なくなってしまったり、学会活動に対して遠慮がちになってしまったりすることの方が問題です。それこそが、魔に破られてしまっていることだからです。何があろうが、めげたり、萎縮してしまったりすることなく、大生命力をみなぎらせ、堂々と胸を張って、戦うんです。そして、周囲の若い後継の世代を温かく励まして、全力で育成していけばいいではありませんか!
(小説『新・人間革命』第27巻「求道」)
呉々も安全第一で!
危険箇所には近づかず
体調や天候変化に留意。
油断排し万全の備えを!
大白牛車書 P1543
『抑此の車と申すは本迹二門の輪を妙法蓮華経の牛にかけ、三界の火宅を生死生死とぐるりぐるりとまはり候ところの車なり』
【通解】
そもそもこの車というのは、本門と迹門の二門の輪を妙法蓮華経という牛にかけ、三界の火宅を生死生死とぐるりぐるりと回るところの車である。
名字の言 中華統一を成し遂げた大帝国の歴史の教訓 2020年8月22日
発行部数が累計6400万部を超え、映画化もされた人気漫画「キングダム」。「天下の大将軍」を志す主人公が、後に始皇帝となる秦の国王と共に「中華の統一」を目指す物語だ▼長きにわたり大小の国家が争ってきた戦乱の世を終わらせるには、「国境」そのものをなくすしかない——若き国王の理想に、多くの人々が糾合されていく。漫画は歴史を基にしたフィクションだが、天下の統一という偉業は2200年の時を経ても色あせない▼始皇帝が暴君か名君かは、さまざまな意見がある。万里の長城や巨大陵墓の建設に民を酷使した一方で、文字や度量衡の統一などの業績も残した。ただ確かなのは始皇帝の死後、わずか4年で秦は滅んでしまったということだ▼なぜ強大な秦帝国は滅亡したのか。作家の陳舜臣氏は、民衆の支持を得なかったこと、地方の長官は中央政府から任命された官吏ばかりで、身を賭して国を守る人々がいなかったことを挙げている(『秦の始皇帝』文春文庫)▼要するに「民の安穏の実現」という明確な理念、そして次代を担う真の人材を欠いていたということだろう。法律や制度だけでは足りない。それを支える人間と優れた精神性あってこそ、世代を超えた発展はある。現代にも通じる重い教訓である。(駿)
寸鉄 2020年8月22日
若いというだけでどんな人間よりも偉大—恩師。君よ宝の青春を乱舞せよ
「仏の御心はこの文字に備れり」御聖訓。御書を拝せ!勝利の道がここに
希望は強い勇気であり、新たな意志—作家。広布のロマン胸に今日も前進
熱中症死、3割が夜間。就寝前に水分補給、冷房活用を。高齢者は特に注意
コロナ終息後に行きたい国、日本が1位。皆で試練乗り越え民衆交流を再び
☆学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 第8回 信心の継承
大切な夏休みに入り、お子さんやお孫さんに信心の素晴らしさを伝えていきたいと思っている壮年部の方々も多いと思います。ここでは、信心の継承をテーマに、壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から池田先生の指導を学んでいきましょう(指導集248ページから250ページまでを抜粋)。
●テーマ 信心の継承 子どもが、なかなか信心に立ち上がりません
〈「信念、生き方、情熱」を賢明に伝える〉
私たちは、法のため、人のために奉仕している。エゴの人生ではない。ゆえに人よりも忙しいし、団欒の機会も思うままには取れないかもしれない。それでも人に尽くして生きている。いちばん尊い人生なのである。
その信念、生き方、情熱を、子どもたちが理解し尊敬できるようにしてあげなければならない。愛情も信念も、"黙っていても、いつかわかってくれるだろう"と考えるのは誤りである。
意識して"表現"しなければならない。あせらず、そして賢明に伝えていくことである。その「知恵」が「信心」の表れなのである。
(『池田大作全集』第82巻、SGI代表者会議でのスピーチ)
〈自分がしっかりしていればいい〉
両親や夫や奥さんがなかなか入会しない、あるいは子どもが信心に立ち上がらないからといって、あせる必要はありません。
大聖人も「この功徳は父母・祖父母・乃至無辺の衆生にも・をよぼしてん」(御書1231ページ)——この功徳は、あなたの父母・祖父母、さらに無辺の衆生にもおよんでいくでしょう——と仰せです。自分がしっかりしていれば、すでに道は開かれているのですから、安心していい。太陽は一つ昇れば、全部を照らしていける。自分が一家・一族の太陽になればいいのです。
(『池田大作全集』第30巻、「法華経の智慧」)
〈恥じることはない〉
自分が幹部で、子どもさんが一生懸命に信心していないことから、"幹部として恥ずかしい。皆に申し訳ない"と、何か後ろめたい思いでおられる方もいるかもしれない。また、"幹部なのに……"と厳しい目で見ている人もいるかもしれない。
しかし、負けてはいけません! 決して恥じることはありません。全部、深い意味があるんです。要は、子どもさんが信心に励み、幸せになれるように、強盛に祈り、日々、真剣に努力し抜いていくことが大事なんです。
むしろ、子どもさんのことで、確信を失い、元気が出なくなってしまったり、学会活動に対して遠慮がちになってしまったりすることの方が問題です。それこそが、魔に破られてしまっていることだからです。何があろうが、めげたり、萎縮してしまったりすることなく、大生命力をみなぎらせ、堂々と胸を張って、戦うんです。そして、周囲の若い後継の世代を温かく励まして、全力で育成していけばいいではありませんか!
(小説『新・人間革命』第27巻「求道」)
2020年8月21日金曜日
2020.08.21 わが友に贈る
宝の未来部を支える皆様
いつも ありがとう!
無限の可能性を信じ抜く
励ましの慈光ありて
使命の大輪は咲き薫る。
南条殿御返事 P1530
『法華経を山中にして読みまいらせ候人をねんごろにやしなはせ給ふは、釈迦仏をやしなひまいらせ法華経の命をつぐにあらずや、妙荘厳王は三聖を山中にやしなひて沙羅樹王仏となり、檀王は阿私仙人を供養して釈迦仏とならせ給ふ、されば必ずよみかかねどもよみかく人を供養すれば仏になる事疑ひなかりけり』
【通解】
法華経を山中で読み修行する人を手厚く供養されるのは、釈迦仏を供養申し上げ、法華経の命をつぐことと同じではなかろうか。妙荘厳王は三人の修行者を山中にやしなった功徳により沙羅樹王仏となり、須頭檀王は阿私仙人を供養して釈迦仏となられた。とすれば法華経を読み書くことをしなくても、読み書く人を供養するならば成仏することは疑いない。
名字の言 "真の終戦"とは——青年部「戦争・被爆証言を聞く会」で考える 2020年8月21日
ある父は特攻隊員として出撃する前、5歳と3歳のわが子に手紙をつづった。<イツデモオマヘタチヲ見テイル>。漢字の読めない幼子を気遣い、カタカナで書いてある。<オトウサンハ「マサノリ」、「キヨコ」ノオウマニハナレマセン>▼"背中に乗せて、お馬さんごっこをしてやれない"。そう書き残し、米軍が上陸した沖縄へ向かい、命を落とした。享年29歳。子どもたちの悲しみは、どれほどであったか。戦争で失ったものはあまりにも大きい▼「まだ戦争は終わっていません」。過日、学会青年部の「戦争・被爆証言を聞く会(オンライン)」で、90歳の婦人部員が沖縄戦の体験を語った。当時15歳。米軍が迫る中、重傷の叔父を置いて逃げた。「戦争が終わったら迎えに来てくれよ」。その叔父の声が今も耳朶から離れないという▼婦人は「私の体験を次の人につなげてください。そのときが、私の終戦日です」と。終了後、各地の青年部員から「今日の"聞き手"は、明日の"語り部"だと学んだ」などの感想が届いた▼75回目の「終戦の日」を過ぎてなお、戦禍に苦しむ方々がいる。その声なき声に耳を傾け、代弁する。悲惨の二字をなくそうと、"次の人"が立ち上がってこそ、真の終戦は訪れる。自らが、その一人でありたい。(子)
寸鉄 2020年8月21日
「弟子のしらぬ事を教えたるが師」御書。求道心燃やし師弟道を堂々邁進
現実を理想に近づける力が大聖人の哲学だ—恩師着実な一歩前進を今日も
豪雨は温暖化の影響で更に増加—専門家。皆が当事者。心構えの刷新必須
コロナ禍で子の7割超にストレス反応。休み明けは要注意。変化見逃さず
ましい水の事故多し。"自分は大丈夫"—油断が命取りに。声掛け何度も
☆日蓮大聖人の慈愛の眼差し=完 池上兄弟 「賢者はよろこび愚者は退く」
◇2度の勘当に屈せず一家の宿命転換を成就 後世に輝く「難を乗り越える信心」の鑑
広宣流布とは、仏と魔との闘争である。
日蓮大聖人は大難にも一歩も退かず、渾身の激励を門下へ送られた。師の励ましを受け、門下たちは病苦や家族との死別、権力者からの迫害など障魔の嵐を乗り越えていった。
日蓮門下の人間群像は、「師弟の絆」こそ、一切の苦難に打ち勝つ力であることを示している。
企画「日蓮大聖人の慈愛の眼差し」の最終回は、師の御指導通りに三障四魔に屈せず、一家の宿命転換を成し遂げた「池上兄弟」を紹介する。
◇魔との闘争こそ成仏への直道
池上兄弟の兄は宗仲といい、弟は宗長と伝えられている。池上とは、武蔵国・千束郷池上(東京都大田区池上とその周辺)のことで、兄・宗仲は池上の地頭だったようだ。
兄は右衛門大夫志、弟は兵衛志という官職を持っており、日蓮大聖人はそれぞれの官職名で二人を呼ばれていた。康光(宗親とする説もある)と伝承される父と兄は鎌倉幕府に仕え、殿舎の造営や修理などの建築、土木に携わる大工(工匠)の棟梁に当たる立場にあったと考えられている。
池上兄弟が大聖人に帰依した時期は定かではないが、立宗宣言の数年後、四条金吾らと同時期といわれている。
入信から20年ほどたった頃、兄弟に大きな難が降りかかる<最近の研究では建治2年(1276年)と考えられている>。真言律宗の僧・極楽寺良観の熱心な信者だった父・康光が、兄弟に法華経の信仰を捨てるように迫り、兄・宗仲を勘当したのである。
当時、親から勘当された子は家督相続権や遺産相続権を失った。それは社会的な身分を剥奪されることでもあった。つまり、宗仲にとっての勘当は、経済的保証を奪われ、社会的に破滅することを意味した。
一方で弟・宗長は、父の意向に従って妙法の信仰をやめれば、兄に代わり家督を継ぐことになる。家督を継いで親に孝養を尽くすか信仰を選ぶか、悩ましい事態になった。
このように兄・宗仲の勘当は、兄弟の信心を破り、二人の仲を引き裂こうとする陰湿なものであった。
大聖人は、池上兄弟に長文のお手紙「兄弟抄」をしたためられ、兄弟が直面している難は法華経に説かれる通りであることを示される。その中で、未来に大地獄に堕ちるほどの報いがあるところを、正法を行じる功徳によって現世で少苦として受ける「転重軽受」であるとして、「各各・随分に法華経を信ぜられつる・ゆへに過去の重罪をせめいだし給いて候」(御書1083ページ)と激励。仏道修行を妨げようとする魔性と戦うことが成仏への道であることを教えられる。
大聖人の御指導通り、池上兄弟は夫妻ともども心を合わせて信心に励んだ。そして翌年までには宗仲の勘当が解かれるのである。
◇弟・宗長への厳愛の御指導
しかし、宗仲が再び勘当されてしまう。極楽寺良観が、自身の信奉者である父・康光をあおり立てたのだ。
1度目の勘当の時と同様、大聖人が特に気に掛けられたのは弟・宗長の信心であった。
本来、「信仰」と「孝養」は一方を選び取るようなものではなく、信仰を全うすることが真の孝養となる。しかし、宗長は選択を迫られているように感じたかもしれない。
宗長へのお手紙「兵衛志殿御返事(三障四魔事)」で大聖人は、宗長の迷いを振り払われるように、あえて厳しく戒められる。
まず、「師と主と親とに随っては悪いときに、これを諫めるならば、かえって孝養となる」(同1090ページ、通解)と確認される。
その上で、兄・宗仲は「今度、法華経の行者になるでしょう」(同1091ページ、通解)と仰せになる一方、宗長には「あなたは目先のことばかりを思って、親に随ってしまうでしょう。そして、物事の道理が分からない人々は、これを褒めるでしょう」(同ページ、通解)と心配される。
さらには、「今度は、あなたは必ず退転してしまうと思われます」(同ページ、通解)等と繰り返し仰せになる。
そして、「一筋に思い切って兄と同じように仏道を成じなさい」「『私は親を捨てて兄につきます。兄を勘当されるのならば、私も兄と同じと思ってください』と言い切りなさい」(同ページ、趣意)と、まるで肩を抱えて力強く揺さぶるかのように、何度も何度も宗長の勇気と覚悟の信心を奮い起こそうとされるのである。
"幸福への道を断じて踏み外させまい"との大聖人の厳愛に呼応するように、宗長の胸中には、兄と共に信心を貫く決意が固まっていったことだろう。
さらに大聖人は「潮の満ち引き、月の出入り、また季節の境目には、大きな変化があるのは自然の道理です。同じように、仏道修行が進んできて、凡夫がいよいよ仏になろうとするその境目には、必ずそれを妨げようとする大きな障害(三障四魔)が立ちはだかるのです」(同ページ、趣意)との原理を示される。
その上で、こう仰せである。
「賢者はよろこび愚者は退く」(同ページ)
"苦難は、いよいよ大きく境涯を開くチャンスだ"と、喜んで立ち向かう「賢者」であれと、信心の姿勢を教えられるのである。
池田先生は次のように講義されている。
「一見、障魔から攻め込まれているように思うことがあるかもしれない。しかし本質は逆です。私たちが自ら勇んで成仏の峰に挑んだがゆえに、障魔が競い起こったのです」「どこまでも、主体者は自分です。永遠の常楽我浄の幸福境涯を得るために避けて通ることのできない試練である——こう覚悟した者にとって、障魔と戦うことは最高の喜びとなるのです」
魔が競い起こるのは正法の実践が正しいことの証明であることを深く確信し、喜び勇んで立ち向かっていく。ここに、「創価の賢者」の生き方がある。
◇信仰を貫き通し、ついに父が入信
池上兄弟は、前回の勘当の時にも増して心を合わせて信心に励み、父親に極楽寺良観の誤りを粘り強く指摘し続けたことだろう。その陰に、妻たちの揺るぎない信心による励ましがあったことは間違いない。
その結果、ついに父・康光が法華経の信仰に帰依する時が来た。弘安元年(1278年)のことである。
その報告を聞かれた大聖人は心から喜ばれ、宗長に送られたお手紙の中で、兄弟の団結を称賛される。師の真心に、二人はさらに報恩の決意を固めたことだろう。
入信の翌年の弘安2年(1279年)、父・康光は安らかに息をひきとる。それを伝え聞かれた大聖人は、こう激励される。
「あなた(弟・宗長)と大夫志殿(兄・宗仲)は、末法の悪世に法華経の大法を信じてきたので、必ずや悪鬼が国主と父母等に入ってそれを妨げようとするであろうと思っていましたが、予想通り、2度にわたる勘当という難が競いました。しかし、勘当を許されて父を信心させたあなた方は真実の親孝行の子ではないでしょうか」(同1100ページ、趣意)
弘安2年といえば、大聖人は熱原の法難に臨んで、厳然と指揮を執られていた頃である。その一方で、こうして門下をたたえ、さらに不退転の人生を歩めるよう、こまやかな激励を重ねられていたのである。
弘安5年(1282年)9月18日、大聖人は常陸国(茨城県北部と福島県南東部)へ湯治に行かれる途中、宗仲の屋敷に立ち寄られる。そして10月13日、池上邸で御入滅される。
翌14日に営まれた御葬送の際には、四条金吾と共に幡を持つ宗仲と、太刀を奉持する宗長の姿があった。
池上兄弟と妻たちの「難を乗り越える信心」の戦いは、大聖人が仰せになった通り、「未来までの・ものがたり」(同1086ページ)として、700年以上を経た今も、私たち信仰者の鑑として不滅の輝きを放っている。
いつも ありがとう!
無限の可能性を信じ抜く
励ましの慈光ありて
使命の大輪は咲き薫る。
南条殿御返事 P1530
『法華経を山中にして読みまいらせ候人をねんごろにやしなはせ給ふは、釈迦仏をやしなひまいらせ法華経の命をつぐにあらずや、妙荘厳王は三聖を山中にやしなひて沙羅樹王仏となり、檀王は阿私仙人を供養して釈迦仏とならせ給ふ、されば必ずよみかかねどもよみかく人を供養すれば仏になる事疑ひなかりけり』
【通解】
法華経を山中で読み修行する人を手厚く供養されるのは、釈迦仏を供養申し上げ、法華経の命をつぐことと同じではなかろうか。妙荘厳王は三人の修行者を山中にやしなった功徳により沙羅樹王仏となり、須頭檀王は阿私仙人を供養して釈迦仏となられた。とすれば法華経を読み書くことをしなくても、読み書く人を供養するならば成仏することは疑いない。
名字の言 "真の終戦"とは——青年部「戦争・被爆証言を聞く会」で考える 2020年8月21日
ある父は特攻隊員として出撃する前、5歳と3歳のわが子に手紙をつづった。<イツデモオマヘタチヲ見テイル>。漢字の読めない幼子を気遣い、カタカナで書いてある。<オトウサンハ「マサノリ」、「キヨコ」ノオウマニハナレマセン>▼"背中に乗せて、お馬さんごっこをしてやれない"。そう書き残し、米軍が上陸した沖縄へ向かい、命を落とした。享年29歳。子どもたちの悲しみは、どれほどであったか。戦争で失ったものはあまりにも大きい▼「まだ戦争は終わっていません」。過日、学会青年部の「戦争・被爆証言を聞く会(オンライン)」で、90歳の婦人部員が沖縄戦の体験を語った。当時15歳。米軍が迫る中、重傷の叔父を置いて逃げた。「戦争が終わったら迎えに来てくれよ」。その叔父の声が今も耳朶から離れないという▼婦人は「私の体験を次の人につなげてください。そのときが、私の終戦日です」と。終了後、各地の青年部員から「今日の"聞き手"は、明日の"語り部"だと学んだ」などの感想が届いた▼75回目の「終戦の日」を過ぎてなお、戦禍に苦しむ方々がいる。その声なき声に耳を傾け、代弁する。悲惨の二字をなくそうと、"次の人"が立ち上がってこそ、真の終戦は訪れる。自らが、その一人でありたい。(子)
寸鉄 2020年8月21日
「弟子のしらぬ事を教えたるが師」御書。求道心燃やし師弟道を堂々邁進
現実を理想に近づける力が大聖人の哲学だ—恩師着実な一歩前進を今日も
豪雨は温暖化の影響で更に増加—専門家。皆が当事者。心構えの刷新必須
コロナ禍で子の7割超にストレス反応。休み明けは要注意。変化見逃さず
ましい水の事故多し。"自分は大丈夫"—油断が命取りに。声掛け何度も
☆日蓮大聖人の慈愛の眼差し=完 池上兄弟 「賢者はよろこび愚者は退く」
◇2度の勘当に屈せず一家の宿命転換を成就 後世に輝く「難を乗り越える信心」の鑑
広宣流布とは、仏と魔との闘争である。
日蓮大聖人は大難にも一歩も退かず、渾身の激励を門下へ送られた。師の励ましを受け、門下たちは病苦や家族との死別、権力者からの迫害など障魔の嵐を乗り越えていった。
日蓮門下の人間群像は、「師弟の絆」こそ、一切の苦難に打ち勝つ力であることを示している。
企画「日蓮大聖人の慈愛の眼差し」の最終回は、師の御指導通りに三障四魔に屈せず、一家の宿命転換を成し遂げた「池上兄弟」を紹介する。
◇魔との闘争こそ成仏への直道
池上兄弟の兄は宗仲といい、弟は宗長と伝えられている。池上とは、武蔵国・千束郷池上(東京都大田区池上とその周辺)のことで、兄・宗仲は池上の地頭だったようだ。
兄は右衛門大夫志、弟は兵衛志という官職を持っており、日蓮大聖人はそれぞれの官職名で二人を呼ばれていた。康光(宗親とする説もある)と伝承される父と兄は鎌倉幕府に仕え、殿舎の造営や修理などの建築、土木に携わる大工(工匠)の棟梁に当たる立場にあったと考えられている。
池上兄弟が大聖人に帰依した時期は定かではないが、立宗宣言の数年後、四条金吾らと同時期といわれている。
入信から20年ほどたった頃、兄弟に大きな難が降りかかる<最近の研究では建治2年(1276年)と考えられている>。真言律宗の僧・極楽寺良観の熱心な信者だった父・康光が、兄弟に法華経の信仰を捨てるように迫り、兄・宗仲を勘当したのである。
当時、親から勘当された子は家督相続権や遺産相続権を失った。それは社会的な身分を剥奪されることでもあった。つまり、宗仲にとっての勘当は、経済的保証を奪われ、社会的に破滅することを意味した。
一方で弟・宗長は、父の意向に従って妙法の信仰をやめれば、兄に代わり家督を継ぐことになる。家督を継いで親に孝養を尽くすか信仰を選ぶか、悩ましい事態になった。
このように兄・宗仲の勘当は、兄弟の信心を破り、二人の仲を引き裂こうとする陰湿なものであった。
大聖人は、池上兄弟に長文のお手紙「兄弟抄」をしたためられ、兄弟が直面している難は法華経に説かれる通りであることを示される。その中で、未来に大地獄に堕ちるほどの報いがあるところを、正法を行じる功徳によって現世で少苦として受ける「転重軽受」であるとして、「各各・随分に法華経を信ぜられつる・ゆへに過去の重罪をせめいだし給いて候」(御書1083ページ)と激励。仏道修行を妨げようとする魔性と戦うことが成仏への道であることを教えられる。
大聖人の御指導通り、池上兄弟は夫妻ともども心を合わせて信心に励んだ。そして翌年までには宗仲の勘当が解かれるのである。
◇弟・宗長への厳愛の御指導
しかし、宗仲が再び勘当されてしまう。極楽寺良観が、自身の信奉者である父・康光をあおり立てたのだ。
1度目の勘当の時と同様、大聖人が特に気に掛けられたのは弟・宗長の信心であった。
本来、「信仰」と「孝養」は一方を選び取るようなものではなく、信仰を全うすることが真の孝養となる。しかし、宗長は選択を迫られているように感じたかもしれない。
宗長へのお手紙「兵衛志殿御返事(三障四魔事)」で大聖人は、宗長の迷いを振り払われるように、あえて厳しく戒められる。
まず、「師と主と親とに随っては悪いときに、これを諫めるならば、かえって孝養となる」(同1090ページ、通解)と確認される。
その上で、兄・宗仲は「今度、法華経の行者になるでしょう」(同1091ページ、通解)と仰せになる一方、宗長には「あなたは目先のことばかりを思って、親に随ってしまうでしょう。そして、物事の道理が分からない人々は、これを褒めるでしょう」(同ページ、通解)と心配される。
さらには、「今度は、あなたは必ず退転してしまうと思われます」(同ページ、通解)等と繰り返し仰せになる。
そして、「一筋に思い切って兄と同じように仏道を成じなさい」「『私は親を捨てて兄につきます。兄を勘当されるのならば、私も兄と同じと思ってください』と言い切りなさい」(同ページ、趣意)と、まるで肩を抱えて力強く揺さぶるかのように、何度も何度も宗長の勇気と覚悟の信心を奮い起こそうとされるのである。
"幸福への道を断じて踏み外させまい"との大聖人の厳愛に呼応するように、宗長の胸中には、兄と共に信心を貫く決意が固まっていったことだろう。
さらに大聖人は「潮の満ち引き、月の出入り、また季節の境目には、大きな変化があるのは自然の道理です。同じように、仏道修行が進んできて、凡夫がいよいよ仏になろうとするその境目には、必ずそれを妨げようとする大きな障害(三障四魔)が立ちはだかるのです」(同ページ、趣意)との原理を示される。
その上で、こう仰せである。
「賢者はよろこび愚者は退く」(同ページ)
"苦難は、いよいよ大きく境涯を開くチャンスだ"と、喜んで立ち向かう「賢者」であれと、信心の姿勢を教えられるのである。
池田先生は次のように講義されている。
「一見、障魔から攻め込まれているように思うことがあるかもしれない。しかし本質は逆です。私たちが自ら勇んで成仏の峰に挑んだがゆえに、障魔が競い起こったのです」「どこまでも、主体者は自分です。永遠の常楽我浄の幸福境涯を得るために避けて通ることのできない試練である——こう覚悟した者にとって、障魔と戦うことは最高の喜びとなるのです」
魔が競い起こるのは正法の実践が正しいことの証明であることを深く確信し、喜び勇んで立ち向かっていく。ここに、「創価の賢者」の生き方がある。
◇信仰を貫き通し、ついに父が入信
池上兄弟は、前回の勘当の時にも増して心を合わせて信心に励み、父親に極楽寺良観の誤りを粘り強く指摘し続けたことだろう。その陰に、妻たちの揺るぎない信心による励ましがあったことは間違いない。
その結果、ついに父・康光が法華経の信仰に帰依する時が来た。弘安元年(1278年)のことである。
その報告を聞かれた大聖人は心から喜ばれ、宗長に送られたお手紙の中で、兄弟の団結を称賛される。師の真心に、二人はさらに報恩の決意を固めたことだろう。
入信の翌年の弘安2年(1279年)、父・康光は安らかに息をひきとる。それを伝え聞かれた大聖人は、こう激励される。
「あなた(弟・宗長)と大夫志殿(兄・宗仲)は、末法の悪世に法華経の大法を信じてきたので、必ずや悪鬼が国主と父母等に入ってそれを妨げようとするであろうと思っていましたが、予想通り、2度にわたる勘当という難が競いました。しかし、勘当を許されて父を信心させたあなた方は真実の親孝行の子ではないでしょうか」(同1100ページ、趣意)
弘安2年といえば、大聖人は熱原の法難に臨んで、厳然と指揮を執られていた頃である。その一方で、こうして門下をたたえ、さらに不退転の人生を歩めるよう、こまやかな激励を重ねられていたのである。
弘安5年(1282年)9月18日、大聖人は常陸国(茨城県北部と福島県南東部)へ湯治に行かれる途中、宗仲の屋敷に立ち寄られる。そして10月13日、池上邸で御入滅される。
翌14日に営まれた御葬送の際には、四条金吾と共に幡を持つ宗仲と、太刀を奉持する宗長の姿があった。
池上兄弟と妻たちの「難を乗り越える信心」の戦いは、大聖人が仰せになった通り、「未来までの・ものがたり」(同1086ページ)として、700年以上を経た今も、私たち信仰者の鑑として不滅の輝きを放っている。
2020年8月20日木曜日
2020.08.20 わが友に贈る
厳しい暑さの中でも
颯爽と広布に駆ける
配達員の皆様に感謝!
尊き労苦に福徳は燦然。
健康・無事故を祈ります。
蒙古使御書 P1473
『所詮万法は己心に収まりて一塵もかけず九山八海も我が身に備わりて日月衆星も己心にあり』
【通解】
所詮、万法は己心に収まって、一塵もかけてはいない。九山・八海も我が身に備わり、日月・衆星も己心に収まっている。
名字の言 夏空を美しく染める夕焼け 2020年8月20日
童謡「夕焼小焼」を口ずさむと、子どもの頃の懐かしい記憶がよみがえる。明治生まれの詩人・中村雨紅が、古里の情景を歌ったものといわれている▼雨紅の郷里は現在の東京・八王子市上恩方町。荒川区で教職に就いていた青年時代、夏休みに実家へ戻ると、つい長居をしてしまうこともあった。駅までの距離はおよそ4里(約16キロ)。バスなど通っていない時代だ。徒歩で帰るその途次で、夕日が山々を赤く染め上げる光景をまぶたに焼き付けたのである▼秋の印象が強い「夕焼け」だが、知人のカメラマンによれば、実は夏の方が美しい写真を撮れるそうだ。湿度の高さが主な要因らしい。赤系の光が目に届きやすい大気の状態となり、燃えるような空の色が現れる。俳句においても「夕焼」は夏の季語である▼池田先生は、創価大学のある八王子をはじめ、各地の夕日をカメラに収めてきた。時には望んでいた瞬間を撮り逃してしまい、「きょうという日は、この人生で、たった一度しかないんだ」と口惜しがることもあった。写真を通じて友に励ましを送るため、一瞬一瞬が真剣勝負だった▼荘厳な夕焼けは翌朝の好天を約束するという。一日一日を悔いなく、自分らしく生きよう。明日の人生が晴れ晴れと輝くことを確信して。(之)
寸鉄 2020年8月20日
外交の根本とは誠実だ—恩師。近隣への友好拡大の鍵は日々の振る舞いに
名聞名利は今生のかざり—御書。青年は大願に生き抜け!不退の信心貫け
「人は、教えながら学ぶ」哲人。後輩と共に挑み、共に前進!人材育成の要
広島土砂災害から6年。避難経路や日頃の備えを確認。教訓忘れず総点検
熱中症の救急搬送、多くが高齢者。屋内も危険。躊躇せずエアコンを使用
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第6回 難を乗り越える信心<下> 萩本主任副会長
「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」の第6回は、前回(1日付)に続き、「難を乗り越える信心」について、萩本主任副会長と共に学びます。(第7回は9月5日付に掲載の予定。池田先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)
◇池田先生の指導
広布の師弟に生き抜く人は、
一人残らず師子王です。
人生を恐れなく
楽しみ切っていける。
社会を、世界を、希望の智慧で
照らしていけるのです。
1 前進するから魔が競い起こる
それでは今回も、「難を乗り越える信心」について学んでまいりましょう。
「三沢抄」を拝しての池田先生の講義の続きを確認します。
■ 池田先生の講義
第六天の魔王といっても、その本質は、生命に潜む元品の無明が、魔の働きとなって現れてきたものです。
自身の境涯を広げようとするから、止めようとする力が働く。船が進めば波が起こり、走れば風圧が生ずるように、人間革命の道を進みゆく人々に、信心への不信、疑念を抱かせようとするのが、魔の本質なのです。
決して、自分の信心が弱いから、また、自分の信心の姿勢が悪いから難が起こってくるわけではないのです。
—◆—
思いがけない苦難に襲われると、「自分の信心が弱かったから」「信心の姿勢が悪かったから」と弱気になりがちです。しかし、先生は「そうではない」と断言されています。
1985年(昭和60年)7月、長野の実家が地滑りに巻き込まれました。幸いにも父母は逃げ出して無事でした。東京から飛んで帰ると、そこにあったのは、厳として動じない父母の姿でした。
父と母は共に63年(同38年)に入会。二人して、幾度も池田先生の励ましを受けながら広布に走り抜いてきました。先生は被災の報を聞かれ、「大変だったね。必ず変毒為薬できるよ」と万感こもる激励をしてくださいました。
「変毒為薬」とは「毒を変じて薬と為す」という意味です。日蓮大聖人は、この文を引いて「災来るとも変じて幸と為らん」(御書979ページ)と仰せです。
魔はあらゆる手を使って、法華経の行者に疑いや恐れや不安や迷いを起こさせ、成仏を妨げようとしてきます。しかし、魔を魔と見破れば、信心の利剣によって必ずや打ち破っていけます。
その後、父は使命を全うし、3年前に霊山に旅立ちましたが、あの時、「家はなくなったが、これでますます広布のため、同志と共に頑張っていける」と凜と語っていた姿は、今も忘れられません。
2 師弟の道に勝利の要諦が
続いて先生は「佐渡御勘気抄」を拝されます。同抄は、日蓮大聖人が流罪地の佐渡に向かわれる直前に認められた一書です。
【御文】
仏になる道は必ず身命をすつるほどの事ありてこそ仏にはなり候らめと・をしはからる(佐渡御勘気抄、891ページ2行目〜3行目)
【現代語訳】
仏になる道は、必ず命を捨てるほどのことがあってこそ仏になるのだろう、と思われる。
■ 池田先生の講義
人間は、運命を嘆き、宿命に翻弄され、苦しむだけの存在ではない。難を乗り越えて、自他共の幸福を勝ち開く。その力を無限に解き放つための哲理が妙法です。そのための信心です。この境涯革命、人間革命を成し遂げるには、不惜身命の実践が欠かせないのです。その要諦は不退の信心にあります。
佐渡流罪中に認められた「開目抄」にも「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(御書234ページ)と仰せです。
いかなる難に直面しても、疑いを起こさず、敢然と信心を貫き通していけば、必ず仏界の生命を涌現できる。
大事なことは、「まことの時」に、師の言葉を忘れず、ひとたび決めた師弟の道を、同志と共に、断固と進み抜いていく信心です。
—◆—
努力に努力を重ね、それでも「もうだめだ」と思った時、「師匠に勝利の報告をする」との決意を希望の光として、もう一度、戦いを開始する同志が全国におられます。
東京・新橋駅近くで40年以上にわたり飲食店を営む壮年が、90年代のバブル崩壊を受け、店をたたもうかと行き詰まった時、目にしたのが池田先生の随筆でした。戸田先生の事業が苦境に陥る渦中、聖教新聞の創刊の構想を「新橋駅近くの食堂」で語り合ったことがつづられていました。「絶体絶命の中、戸田先生と池田先生は、この地から勝利を開かれた。負けるものか! 先生が魂魄をとどめられた新橋で店をやっていく」と腹が決まりました。そこから厚い壁に挑み抜き、やがてにぎわいを取り戻すのです。
その後、リーマンショックによる不況も乗り越えました。なぜ40年も店を続けられたのか?——こう問われた壮年は語ります。「毎朝、しっかり居住まいを正してから聖教新聞を読みます。池田先生の息吹に触れ、決意してから仕事に向かうことで、さまざまな苦難も乗り越えることができました」と。
今、コロナ禍で客足が絶える中、常連客や飲食店の仲間に励ましを送る日々。その模様を、70歳にして初めて触れたパソコンを使って、オンラインの支部の壮年部御書学習会で報告するなど、至る所で勇気と希望を広げておられます。
3 経文通りの実践者の誉れ
池田先生は、難に遭うことは、経文通りの実践者の誉れであると教えてくださっています。
■ 池田先生の講義
恩師は、力強く訴えられました。
「牧口先生が幾たびとなく弟子に語った、この言葉を断じて忘れてはならない。『悪口罵詈、猶多怨嫉の難は法華経の実践者の誉れなのである』と」
地域のため、社会のため、世界の平和のために、誰が本気になって尽くしているのか。それは、学会員です。
私たちは、無理解や偏見などから圧迫を受けたとしても、すべては法華経の行者の誉れと愉快に堂々と前進していけばいいのです。
「石に金を・かふるにあらずや」(御書891ページ)です。
苦難を越えて、信心を貫き、広宣流布に生き抜く人は、凡夫の身のままで、胸中に大聖人と同じ最極の生命を涌現することができる。戦えば戦うほど、自分自身の仏の力が引き出せる。信心は、その秘術です。
—◆—
現代において、経文通りの三類の強敵の迫害を乗り越え、世界広宣流布という御本仏の御遺命を実現したのは、創価三代の師弟であり、なかんずく池田先生にほかなりません。
1970年(昭和45年)の夏、高等部の代表として参加した野外研修に、池田先生が出席してくださいました。先生はその時、「スイカやトウモロコシを、どんどん食べなさい」と勧めてくださり、にぎやかにほおばる私たちに、大きな慈愛の眼差しを注ぎながら語り掛けてくださいました。「君たちはいいな。私はラーメン1杯食べるのも大変なんだよ」と。
当時は言論問題のさなかであり、学会への無理解からくる誹謗・中傷が社会に渦巻いていました。その中で体調を崩されていたにもかかわらず、私たち未来部のため、あえて灼熱の野外での研修に来てくださったのです。先生の額に浮かぶ玉のような汗と激励の一言一言は脳裏に焼き付いています。
そして、この時、「生涯、先生と共に戦おう」と決意したことが私の原点となっています。
かつて先生は語られました。「妙法の師弟に生き抜く生命には、何も恐れるものはない。三世永遠に、いかなる悪鬼も打ち破り、『常楽我浄』という最極の生命の歓喜と勝利の道を悠然と進むことができるのである」と。
偉大な師匠と共に戦える!——こう思うと、いかなる苦難も乗り越える勇気が湧いてきます。歓喜があふれます。私たちは、いやまして「師弟の誓い」をたぎらせ、力強く前進してまいりたいと思います。
4 宿命を使命に変える祈りを
■ 池田先生の講義
私たちには偉大な妙法がある。そして、人類の幸福のために、一人また一人と、平等大慧の仏法を弘めています。
世界広布の使命に生きゆく私たちは、御聖訓に照らし、いかなる苦難にも断じて負けるわけがありません。
難に直面しても、信心が破られない人は、仏の眼で見れば、「難即安楽」で、もう乗り越えているのです。仏法は勝負であるゆえに、信心を貫けば、必ず現実の一切を勝ち越えていけるのです。
—◆—
「難に直面しても、信心が破られない人は、仏の眼で見れば、『難即安楽』で、もう乗り越えているのです」との先生の言葉に、大きく境涯が開かれる思いがします。
「苦難」を文字通り「苦しみ」と捉えるのか、自分を高めゆく「試練」と捉えるのか——先生が教えられているのは、全ては私たちの「一念」で決まるということです。一切を「信心」で捉えた時、「宿命」は「使命」へと変わります。「悩み」は「闘志」を燃えたぎらせる薪となります。苦難にあった人ほど、乗り越えた時に大きな力が出ます。不幸にあえぐ人々の本当の味方となれるのです。その転換の力を生み出すエンジンが「唱題」です。
池田先生は講義の中で、「どんな悩みも、そのまま御本尊に祈っていけばいい。悩みを祈りに変えて、題目を唱えれば、わが生命に、勇気がみなぎり、希望が輝き始めるではありませんか。『難を乗り越える信心』とは、『難を乗り越える祈り』であり、『難を乗り越える唱題』の異名です」と語られています。
眼前の課題や、抱えている不安、人知れぬ悩みも、ありのままに御本尊にぶつけていくことです。前進の力が湧くまで祈り抜くことです。そして、広布のため、友のため、師匠のためにとの誓いを打ち立てていくことです。
時代は、確かな哲学を求めています。私たちの「難を乗り越える信心」の実践の姿こそが、社会に希望を送っていくのです。
■ 池田先生の講義
広布の師弟に生き抜く人は、一人残らず師子王です。人生を恐れなく楽しみ切っていける。社会を、世界を、希望の智慧で照らしていけるのです。
正しき信仰とは、永遠の「勇気の翼」であり、「幸福の翼」であり、「勝利の翼」です。
苦難の烈風があればあるほど、喜び挑んで悠々と飛翔し、境涯をどこまでも高めていけるのです。
さあ、胸を張り、頭を上げて、不撓不屈の誉れの「創価の翼」で、常勝の空へ晴れ晴れと舞いゆこうではありませんか!
さらなる研さんのために
本連載で学ぶ講義「世界を照らす太陽の仏法」は、『創価学会 永遠の五指針』に収められています。本社刊。713円(税込み)。全国の書店で発売中。コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「HMV&BOOKS online」での注文、受け取りも可能。電子書籍でも好評発売中。
颯爽と広布に駆ける
配達員の皆様に感謝!
尊き労苦に福徳は燦然。
健康・無事故を祈ります。
蒙古使御書 P1473
『所詮万法は己心に収まりて一塵もかけず九山八海も我が身に備わりて日月衆星も己心にあり』
【通解】
所詮、万法は己心に収まって、一塵もかけてはいない。九山・八海も我が身に備わり、日月・衆星も己心に収まっている。
名字の言 夏空を美しく染める夕焼け 2020年8月20日
童謡「夕焼小焼」を口ずさむと、子どもの頃の懐かしい記憶がよみがえる。明治生まれの詩人・中村雨紅が、古里の情景を歌ったものといわれている▼雨紅の郷里は現在の東京・八王子市上恩方町。荒川区で教職に就いていた青年時代、夏休みに実家へ戻ると、つい長居をしてしまうこともあった。駅までの距離はおよそ4里(約16キロ)。バスなど通っていない時代だ。徒歩で帰るその途次で、夕日が山々を赤く染め上げる光景をまぶたに焼き付けたのである▼秋の印象が強い「夕焼け」だが、知人のカメラマンによれば、実は夏の方が美しい写真を撮れるそうだ。湿度の高さが主な要因らしい。赤系の光が目に届きやすい大気の状態となり、燃えるような空の色が現れる。俳句においても「夕焼」は夏の季語である▼池田先生は、創価大学のある八王子をはじめ、各地の夕日をカメラに収めてきた。時には望んでいた瞬間を撮り逃してしまい、「きょうという日は、この人生で、たった一度しかないんだ」と口惜しがることもあった。写真を通じて友に励ましを送るため、一瞬一瞬が真剣勝負だった▼荘厳な夕焼けは翌朝の好天を約束するという。一日一日を悔いなく、自分らしく生きよう。明日の人生が晴れ晴れと輝くことを確信して。(之)
寸鉄 2020年8月20日
外交の根本とは誠実だ—恩師。近隣への友好拡大の鍵は日々の振る舞いに
名聞名利は今生のかざり—御書。青年は大願に生き抜け!不退の信心貫け
「人は、教えながら学ぶ」哲人。後輩と共に挑み、共に前進!人材育成の要
広島土砂災害から6年。避難経路や日頃の備えを確認。教訓忘れず総点検
熱中症の救急搬送、多くが高齢者。屋内も危険。躊躇せずエアコンを使用
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第6回 難を乗り越える信心<下> 萩本主任副会長
「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」の第6回は、前回(1日付)に続き、「難を乗り越える信心」について、萩本主任副会長と共に学びます。(第7回は9月5日付に掲載の予定。池田先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)
◇池田先生の指導
広布の師弟に生き抜く人は、
一人残らず師子王です。
人生を恐れなく
楽しみ切っていける。
社会を、世界を、希望の智慧で
照らしていけるのです。
1 前進するから魔が競い起こる
それでは今回も、「難を乗り越える信心」について学んでまいりましょう。
「三沢抄」を拝しての池田先生の講義の続きを確認します。
■ 池田先生の講義
第六天の魔王といっても、その本質は、生命に潜む元品の無明が、魔の働きとなって現れてきたものです。
自身の境涯を広げようとするから、止めようとする力が働く。船が進めば波が起こり、走れば風圧が生ずるように、人間革命の道を進みゆく人々に、信心への不信、疑念を抱かせようとするのが、魔の本質なのです。
決して、自分の信心が弱いから、また、自分の信心の姿勢が悪いから難が起こってくるわけではないのです。
—◆—
思いがけない苦難に襲われると、「自分の信心が弱かったから」「信心の姿勢が悪かったから」と弱気になりがちです。しかし、先生は「そうではない」と断言されています。
1985年(昭和60年)7月、長野の実家が地滑りに巻き込まれました。幸いにも父母は逃げ出して無事でした。東京から飛んで帰ると、そこにあったのは、厳として動じない父母の姿でした。
父と母は共に63年(同38年)に入会。二人して、幾度も池田先生の励ましを受けながら広布に走り抜いてきました。先生は被災の報を聞かれ、「大変だったね。必ず変毒為薬できるよ」と万感こもる激励をしてくださいました。
「変毒為薬」とは「毒を変じて薬と為す」という意味です。日蓮大聖人は、この文を引いて「災来るとも変じて幸と為らん」(御書979ページ)と仰せです。
魔はあらゆる手を使って、法華経の行者に疑いや恐れや不安や迷いを起こさせ、成仏を妨げようとしてきます。しかし、魔を魔と見破れば、信心の利剣によって必ずや打ち破っていけます。
その後、父は使命を全うし、3年前に霊山に旅立ちましたが、あの時、「家はなくなったが、これでますます広布のため、同志と共に頑張っていける」と凜と語っていた姿は、今も忘れられません。
2 師弟の道に勝利の要諦が
続いて先生は「佐渡御勘気抄」を拝されます。同抄は、日蓮大聖人が流罪地の佐渡に向かわれる直前に認められた一書です。
【御文】
仏になる道は必ず身命をすつるほどの事ありてこそ仏にはなり候らめと・をしはからる(佐渡御勘気抄、891ページ2行目〜3行目)
【現代語訳】
仏になる道は、必ず命を捨てるほどのことがあってこそ仏になるのだろう、と思われる。
■ 池田先生の講義
人間は、運命を嘆き、宿命に翻弄され、苦しむだけの存在ではない。難を乗り越えて、自他共の幸福を勝ち開く。その力を無限に解き放つための哲理が妙法です。そのための信心です。この境涯革命、人間革命を成し遂げるには、不惜身命の実践が欠かせないのです。その要諦は不退の信心にあります。
佐渡流罪中に認められた「開目抄」にも「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(御書234ページ)と仰せです。
いかなる難に直面しても、疑いを起こさず、敢然と信心を貫き通していけば、必ず仏界の生命を涌現できる。
大事なことは、「まことの時」に、師の言葉を忘れず、ひとたび決めた師弟の道を、同志と共に、断固と進み抜いていく信心です。
—◆—
努力に努力を重ね、それでも「もうだめだ」と思った時、「師匠に勝利の報告をする」との決意を希望の光として、もう一度、戦いを開始する同志が全国におられます。
東京・新橋駅近くで40年以上にわたり飲食店を営む壮年が、90年代のバブル崩壊を受け、店をたたもうかと行き詰まった時、目にしたのが池田先生の随筆でした。戸田先生の事業が苦境に陥る渦中、聖教新聞の創刊の構想を「新橋駅近くの食堂」で語り合ったことがつづられていました。「絶体絶命の中、戸田先生と池田先生は、この地から勝利を開かれた。負けるものか! 先生が魂魄をとどめられた新橋で店をやっていく」と腹が決まりました。そこから厚い壁に挑み抜き、やがてにぎわいを取り戻すのです。
その後、リーマンショックによる不況も乗り越えました。なぜ40年も店を続けられたのか?——こう問われた壮年は語ります。「毎朝、しっかり居住まいを正してから聖教新聞を読みます。池田先生の息吹に触れ、決意してから仕事に向かうことで、さまざまな苦難も乗り越えることができました」と。
今、コロナ禍で客足が絶える中、常連客や飲食店の仲間に励ましを送る日々。その模様を、70歳にして初めて触れたパソコンを使って、オンラインの支部の壮年部御書学習会で報告するなど、至る所で勇気と希望を広げておられます。
3 経文通りの実践者の誉れ
池田先生は、難に遭うことは、経文通りの実践者の誉れであると教えてくださっています。
■ 池田先生の講義
恩師は、力強く訴えられました。
「牧口先生が幾たびとなく弟子に語った、この言葉を断じて忘れてはならない。『悪口罵詈、猶多怨嫉の難は法華経の実践者の誉れなのである』と」
地域のため、社会のため、世界の平和のために、誰が本気になって尽くしているのか。それは、学会員です。
私たちは、無理解や偏見などから圧迫を受けたとしても、すべては法華経の行者の誉れと愉快に堂々と前進していけばいいのです。
「石に金を・かふるにあらずや」(御書891ページ)です。
苦難を越えて、信心を貫き、広宣流布に生き抜く人は、凡夫の身のままで、胸中に大聖人と同じ最極の生命を涌現することができる。戦えば戦うほど、自分自身の仏の力が引き出せる。信心は、その秘術です。
—◆—
現代において、経文通りの三類の強敵の迫害を乗り越え、世界広宣流布という御本仏の御遺命を実現したのは、創価三代の師弟であり、なかんずく池田先生にほかなりません。
1970年(昭和45年)の夏、高等部の代表として参加した野外研修に、池田先生が出席してくださいました。先生はその時、「スイカやトウモロコシを、どんどん食べなさい」と勧めてくださり、にぎやかにほおばる私たちに、大きな慈愛の眼差しを注ぎながら語り掛けてくださいました。「君たちはいいな。私はラーメン1杯食べるのも大変なんだよ」と。
当時は言論問題のさなかであり、学会への無理解からくる誹謗・中傷が社会に渦巻いていました。その中で体調を崩されていたにもかかわらず、私たち未来部のため、あえて灼熱の野外での研修に来てくださったのです。先生の額に浮かぶ玉のような汗と激励の一言一言は脳裏に焼き付いています。
そして、この時、「生涯、先生と共に戦おう」と決意したことが私の原点となっています。
かつて先生は語られました。「妙法の師弟に生き抜く生命には、何も恐れるものはない。三世永遠に、いかなる悪鬼も打ち破り、『常楽我浄』という最極の生命の歓喜と勝利の道を悠然と進むことができるのである」と。
偉大な師匠と共に戦える!——こう思うと、いかなる苦難も乗り越える勇気が湧いてきます。歓喜があふれます。私たちは、いやまして「師弟の誓い」をたぎらせ、力強く前進してまいりたいと思います。
4 宿命を使命に変える祈りを
■ 池田先生の講義
私たちには偉大な妙法がある。そして、人類の幸福のために、一人また一人と、平等大慧の仏法を弘めています。
世界広布の使命に生きゆく私たちは、御聖訓に照らし、いかなる苦難にも断じて負けるわけがありません。
難に直面しても、信心が破られない人は、仏の眼で見れば、「難即安楽」で、もう乗り越えているのです。仏法は勝負であるゆえに、信心を貫けば、必ず現実の一切を勝ち越えていけるのです。
—◆—
「難に直面しても、信心が破られない人は、仏の眼で見れば、『難即安楽』で、もう乗り越えているのです」との先生の言葉に、大きく境涯が開かれる思いがします。
「苦難」を文字通り「苦しみ」と捉えるのか、自分を高めゆく「試練」と捉えるのか——先生が教えられているのは、全ては私たちの「一念」で決まるということです。一切を「信心」で捉えた時、「宿命」は「使命」へと変わります。「悩み」は「闘志」を燃えたぎらせる薪となります。苦難にあった人ほど、乗り越えた時に大きな力が出ます。不幸にあえぐ人々の本当の味方となれるのです。その転換の力を生み出すエンジンが「唱題」です。
池田先生は講義の中で、「どんな悩みも、そのまま御本尊に祈っていけばいい。悩みを祈りに変えて、題目を唱えれば、わが生命に、勇気がみなぎり、希望が輝き始めるではありませんか。『難を乗り越える信心』とは、『難を乗り越える祈り』であり、『難を乗り越える唱題』の異名です」と語られています。
眼前の課題や、抱えている不安、人知れぬ悩みも、ありのままに御本尊にぶつけていくことです。前進の力が湧くまで祈り抜くことです。そして、広布のため、友のため、師匠のためにとの誓いを打ち立てていくことです。
時代は、確かな哲学を求めています。私たちの「難を乗り越える信心」の実践の姿こそが、社会に希望を送っていくのです。
■ 池田先生の講義
広布の師弟に生き抜く人は、一人残らず師子王です。人生を恐れなく楽しみ切っていける。社会を、世界を、希望の智慧で照らしていけるのです。
正しき信仰とは、永遠の「勇気の翼」であり、「幸福の翼」であり、「勝利の翼」です。
苦難の烈風があればあるほど、喜び挑んで悠々と飛翔し、境涯をどこまでも高めていけるのです。
さあ、胸を張り、頭を上げて、不撓不屈の誉れの「創価の翼」で、常勝の空へ晴れ晴れと舞いゆこうではありませんか!
さらなる研さんのために
本連載で学ぶ講義「世界を照らす太陽の仏法」は、『創価学会 永遠の五指針』に収められています。本社刊。713円(税込み)。全国の書店で発売中。コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「HMV&BOOKS online」での注文、受け取りも可能。電子書籍でも好評発売中。
2020年8月19日水曜日
2020.08.19 わが友に贈る
教学実力試験に挑む
英知の学生部よ!
最高峰の哲学を学び抜き
混迷の社会を照らす
時代創造の主役と育て!
如説修行抄 P501
『真実の法華経の如説修行の行者の師弟檀那とならんには三類の敵人決定せり』
【通解】
真実の法華経の如説修行の行者として師となり、その弟子檀那となるならば、三類の敵人が必ず現れるのである。
名字の言 ペルセウス座流星群と沖縄 2020年8月19日
夏の夜空に「光の舞」——聖教電子版(17日付)に、ペルセウス座流星群の写真12枚が掲載された。本紙記者や通信員の方々が、夜半に蚊や眠気と戦いながら撮影したもの▼沖縄研修道場(恩納村)での写真には「平和大歓喜の像」と共に、画面中央に北極星も写っている。一番明るい流星は、あたかもそこを目がけて飛んだかのようで、ふと、沖縄の童謡を思い出した▼「夜走らす船や 子ぬ方星目当てぃ(夜走る船は北極星を目印にして)」(「てぃんさぐぬ花」)。親から子の代に伝えて心に染めたい教訓を歌っている。琉球王朝の時代から、焦土と化した沖縄戦を経て今日まで、漆黒の闇夜にも沖縄の人々が見失わなかった「北極星」とは何だろうか▼池田先生は会長就任からわずか2カ月後の1960年7月16日、沖縄を初訪問。南部戦跡の「ひめゆりの塔」「健児之塔」で題目を唱えた後、"もう二度と、ここで戦争は起こさせない!"と力を込めて語った、と同行者が証言している。それは「命どぅ宝(命こそ宝)」という、沖縄の心そのものの師子吼ともいえるだろう▼「平和大歓喜の像」の頭上には、りゅう(竜)座も輝いている。どんな困難の時代も昇竜のごとく立ち上がってみせる——そんな心意気にも思えた。(継)
寸鉄 2020年8月19日
「返す返す此の書をつねによませて」御書。教学は信心の背骨。青年よ繙け
わが子を愛し、社会貢献する人材に—戸田先生。広布のロマン語る好機と
東京富士美のフラワー展が好評。人生彩る花の力。我らは地域に友情の花を
世界人道デー。身近な人を大切にする心から平和は広がる。誠実な振舞で
通販の"お試し"に注意!予期せず定期購入になる問題多発。注文前に確認
〈社説〉 2020・8・19 コロナ禍での夏休み明け 2020年8月19日
奮闘する未来部員に励ましを
新型コロナウイルスによる休校措置の影響で、多くの学校で短縮となった今年の夏休み。文部科学省の調査では、小中学校では最短9日、高校では最短4日という学校もあり、お盆明けからすでに新学期が始まっている地域もある。
「新しい生活様式」が求められる中、学習の遅れを取り戻すため、学校が授業をオンラインで行うなど、デジタルネーティブ世代に合った新しい学習方法も一部で進みつつある。一方、休校期間に出された課題の多さや、自宅での学習に慣れないという声もあり、子どもへの負担が懸念されている。
NTTデータと読売新聞が共同で行ったツイッターの分析結果によると、全国でほとんどの学校が再開した6月以降、心身の疲れを表すようなツイートが急増しているという(7月27日付「読売新聞オンライン」)。長期の休校明けの反動や、学校生活の変化によって、ストレスを抱えこんでいる子どもが増えていることがうかがえる。
加えて、感染リスクを避けるため、帰省や旅行を控える家庭も多く、普段の夏休みの楽しみがなくなってしまったと感じる子どもが多いのではないか。勉強疲れが解消されないまま、新学期を迎えてしまう子もいるかもしれない。
家で子どもと一緒に過ごす時間が増えた今こそ、親は子どもに寄り添いながら、一緒に成長しようと努めていくことが大切だ。地域の創価家族の支えも重要である。
創価大学の鈎治雄教授は、新しい生活様式のもと親子で過ごすに当たり、「もともと人間には、新しいことを生み出す『発想力』や、物事を変えていける『転換力』、そして新しいことに挑戦しようとする『行動力』が備わっている」と考察する。そして、「そんな人間の資質を大いに発揮しながら、目の前の変化を前向きに受け止めていきたい」とし、親子ともども新たな可能性を見いだすチャンスと捉えることが大事だと強調する(「灯台」9月号)。
池田先生は、3日付の「随筆『人間革命』光あれ」で「大きな不安や制約や変化の中で、勉学に挑む高校・中学・小学生の皆さんの苦労もひとしおであろう」と語った上で「若き日に大きな試練を乗り越えることは、それだけ自分が鍛えられ、大きな使命を果たしていける。偉大な価値を創造していけるのだ」と、コロナ禍で奮闘する一人一人に呼び掛けた。
困難な時代の中で、「人類の希望の宝」である未来部の友が、使命の道を勝ち開き、伸び伸びと、朗らかに成長していけるよう、家庭で、地域で支え合い、励ましを送っていこう。
☆SUA入学オリエンテーションへの池田先生のメッセージ 2020年8月13日
◇「創造的生命」の開拓者たれ
一、わが愛する誉れの20期生の皆さん、大学院へ進学する誇り高き皆さん、誠におめでとうございます!
応援してくださるご家族の方々にも、心より感謝とお祝いを申し上げます。
信頼するエド・フィーゼル新学長をはじめ教職員、ならびに全ての大学関係者の方々、人類の宝である大切な俊英たちを、どうか、くれぐれもよろしくお願いいたします。
待望の「科学棟」も完成し、いよいよ「生命科学コース」も開講となります。新たな前進の息吹とともに新たな挑戦を開始する皆さんと、私は一人一人、目を交わし、その凜々しき顔を、わが生命に深く刻みゆく思いで、メッセージを送らせていただきます。
一、人類は今、感染症や気候変動、自然災害等々、幾多の苦難に直面しております。この試練の時代に未来を切り開く鍵はどこにあるか。
私が歴史学者のアーノルド・J・トインビー博士をはじめ世界の知性と語り合ってきた結論の一つは、人間の「創造的生命」への信頼であり、人間教育を基軸とした開拓であります。
未来学者のヘイゼル・ヘンダーソン博士も、この信頼に依って立つ時、「どんな逆境も人間が成長するための"追い風"にしていける」し、「危機は"偉大な変革へのチャンス"」になると力説されていました。
博士ご自身が深刻な環境汚染に立ち向かい、草の根の市民運動をリードし、持続可能な発展のために、たゆまぬ行動を貫かれております。
博士も、アメリカ創価大学へ限りない期待を寄せてくださる一人です。
21世紀の希望の学府として誕生した我らSUAは、開学直後に勃発した同時多発テロ、また世界的経済危機等の激動の中で、何ものにも屈せず新たな価値創造の道を開く人材群を送り出してきました。
コロナ禍にあってオンラインでの講義など大変でしょうが、苦労しながらの学びの一つ一つが偉大な創造的生命を発揮する糧であります。「何があろうと学び抜く」と決めた青春は、断じて負けません。
一、アフリカの人権の大英雄ネルソン・マンデラ翁と、私は若き世界市民による平等と尊厳の連帯を展望しました。非暴力の対話によって歴史を変革したマンデラ翁は、人生において最も困難なことの一つとして、"自分自身を変革すること"を挙げておりました。
「創価教育」は、この最も困難な「人間革命」に自他共に挑み、社会を変え、国土を変え、人類の宿命をも変えゆかんとする壮大な挑戦です。
崇高な建学の理念に集った同志である教授陣、職員、学友、同窓と共々に励まし合い、聡明に焦らず快活に探究し、錬磨し抜いていってください。そして、新たな「地球文明」創造のパイオニアにたくましく育っていただきたいのであります。
一人ももれなく健康・勝利・栄光あれと祈りつつ。
☆対話のツボ 【問い】家族の学会理解を得たい
自分自身が信仰を始めるに当たり、家族がすぐに学会活動への理解を示してくれることは理想ですが、現実はさまざまです。
池田先生は、19歳の時に友人から誘われて座談会に参加し、信心を始めました。その当時を振り返り、「私も入信当時、父が信心に反対でした。父と私の間に立って、母がずいぶん苦心してくれたことを思い出します」と語っています。
"家族が信心の素晴らしさを理解するかどうか"は、新たに信仰を始める人の多くが直面し得ることともいえるでしょう。
とはいえ、そうしたことで焦ったり、不安に思ったりすることはありません。まして、感情的になって、信心のことで家族と争う必要もありません。
大事なことは、この信心を実践することで自分自身が成長し、誰よりも幸せになり、家族の幸福を願える境涯へと「人間革命」することです。
その挑戦の中で、自分だけでなく、家族や周囲をも幸福の軌道へと導いていくことができるのが、学会の信仰です。
大聖人は、「一切は現証(現実の結果)にすぎるものはない」(御書1279ページ、通解)と教えられています。信心によって"現実に成長した姿"ほど、仏法の素晴らしさを物語るものはありません。自身の姿が、そのまま信仰の力の証明になるのです。
ゆえに、地道に粘り強く学会活動に励み、自らが幸福な姿を示していくことが、周囲に確かな学会理解を広げていく直道です。
英知の学生部よ!
最高峰の哲学を学び抜き
混迷の社会を照らす
時代創造の主役と育て!
如説修行抄 P501
『真実の法華経の如説修行の行者の師弟檀那とならんには三類の敵人決定せり』
【通解】
真実の法華経の如説修行の行者として師となり、その弟子檀那となるならば、三類の敵人が必ず現れるのである。
名字の言 ペルセウス座流星群と沖縄 2020年8月19日
夏の夜空に「光の舞」——聖教電子版(17日付)に、ペルセウス座流星群の写真12枚が掲載された。本紙記者や通信員の方々が、夜半に蚊や眠気と戦いながら撮影したもの▼沖縄研修道場(恩納村)での写真には「平和大歓喜の像」と共に、画面中央に北極星も写っている。一番明るい流星は、あたかもそこを目がけて飛んだかのようで、ふと、沖縄の童謡を思い出した▼「夜走らす船や 子ぬ方星目当てぃ(夜走る船は北極星を目印にして)」(「てぃんさぐぬ花」)。親から子の代に伝えて心に染めたい教訓を歌っている。琉球王朝の時代から、焦土と化した沖縄戦を経て今日まで、漆黒の闇夜にも沖縄の人々が見失わなかった「北極星」とは何だろうか▼池田先生は会長就任からわずか2カ月後の1960年7月16日、沖縄を初訪問。南部戦跡の「ひめゆりの塔」「健児之塔」で題目を唱えた後、"もう二度と、ここで戦争は起こさせない!"と力を込めて語った、と同行者が証言している。それは「命どぅ宝(命こそ宝)」という、沖縄の心そのものの師子吼ともいえるだろう▼「平和大歓喜の像」の頭上には、りゅう(竜)座も輝いている。どんな困難の時代も昇竜のごとく立ち上がってみせる——そんな心意気にも思えた。(継)
寸鉄 2020年8月19日
「返す返す此の書をつねによませて」御書。教学は信心の背骨。青年よ繙け
わが子を愛し、社会貢献する人材に—戸田先生。広布のロマン語る好機と
東京富士美のフラワー展が好評。人生彩る花の力。我らは地域に友情の花を
世界人道デー。身近な人を大切にする心から平和は広がる。誠実な振舞で
通販の"お試し"に注意!予期せず定期購入になる問題多発。注文前に確認
〈社説〉 2020・8・19 コロナ禍での夏休み明け 2020年8月19日
奮闘する未来部員に励ましを
新型コロナウイルスによる休校措置の影響で、多くの学校で短縮となった今年の夏休み。文部科学省の調査では、小中学校では最短9日、高校では最短4日という学校もあり、お盆明けからすでに新学期が始まっている地域もある。
「新しい生活様式」が求められる中、学習の遅れを取り戻すため、学校が授業をオンラインで行うなど、デジタルネーティブ世代に合った新しい学習方法も一部で進みつつある。一方、休校期間に出された課題の多さや、自宅での学習に慣れないという声もあり、子どもへの負担が懸念されている。
NTTデータと読売新聞が共同で行ったツイッターの分析結果によると、全国でほとんどの学校が再開した6月以降、心身の疲れを表すようなツイートが急増しているという(7月27日付「読売新聞オンライン」)。長期の休校明けの反動や、学校生活の変化によって、ストレスを抱えこんでいる子どもが増えていることがうかがえる。
加えて、感染リスクを避けるため、帰省や旅行を控える家庭も多く、普段の夏休みの楽しみがなくなってしまったと感じる子どもが多いのではないか。勉強疲れが解消されないまま、新学期を迎えてしまう子もいるかもしれない。
家で子どもと一緒に過ごす時間が増えた今こそ、親は子どもに寄り添いながら、一緒に成長しようと努めていくことが大切だ。地域の創価家族の支えも重要である。
創価大学の鈎治雄教授は、新しい生活様式のもと親子で過ごすに当たり、「もともと人間には、新しいことを生み出す『発想力』や、物事を変えていける『転換力』、そして新しいことに挑戦しようとする『行動力』が備わっている」と考察する。そして、「そんな人間の資質を大いに発揮しながら、目の前の変化を前向きに受け止めていきたい」とし、親子ともども新たな可能性を見いだすチャンスと捉えることが大事だと強調する(「灯台」9月号)。
池田先生は、3日付の「随筆『人間革命』光あれ」で「大きな不安や制約や変化の中で、勉学に挑む高校・中学・小学生の皆さんの苦労もひとしおであろう」と語った上で「若き日に大きな試練を乗り越えることは、それだけ自分が鍛えられ、大きな使命を果たしていける。偉大な価値を創造していけるのだ」と、コロナ禍で奮闘する一人一人に呼び掛けた。
困難な時代の中で、「人類の希望の宝」である未来部の友が、使命の道を勝ち開き、伸び伸びと、朗らかに成長していけるよう、家庭で、地域で支え合い、励ましを送っていこう。
☆SUA入学オリエンテーションへの池田先生のメッセージ 2020年8月13日
◇「創造的生命」の開拓者たれ
一、わが愛する誉れの20期生の皆さん、大学院へ進学する誇り高き皆さん、誠におめでとうございます!
応援してくださるご家族の方々にも、心より感謝とお祝いを申し上げます。
信頼するエド・フィーゼル新学長をはじめ教職員、ならびに全ての大学関係者の方々、人類の宝である大切な俊英たちを、どうか、くれぐれもよろしくお願いいたします。
待望の「科学棟」も完成し、いよいよ「生命科学コース」も開講となります。新たな前進の息吹とともに新たな挑戦を開始する皆さんと、私は一人一人、目を交わし、その凜々しき顔を、わが生命に深く刻みゆく思いで、メッセージを送らせていただきます。
一、人類は今、感染症や気候変動、自然災害等々、幾多の苦難に直面しております。この試練の時代に未来を切り開く鍵はどこにあるか。
私が歴史学者のアーノルド・J・トインビー博士をはじめ世界の知性と語り合ってきた結論の一つは、人間の「創造的生命」への信頼であり、人間教育を基軸とした開拓であります。
未来学者のヘイゼル・ヘンダーソン博士も、この信頼に依って立つ時、「どんな逆境も人間が成長するための"追い風"にしていける」し、「危機は"偉大な変革へのチャンス"」になると力説されていました。
博士ご自身が深刻な環境汚染に立ち向かい、草の根の市民運動をリードし、持続可能な発展のために、たゆまぬ行動を貫かれております。
博士も、アメリカ創価大学へ限りない期待を寄せてくださる一人です。
21世紀の希望の学府として誕生した我らSUAは、開学直後に勃発した同時多発テロ、また世界的経済危機等の激動の中で、何ものにも屈せず新たな価値創造の道を開く人材群を送り出してきました。
コロナ禍にあってオンラインでの講義など大変でしょうが、苦労しながらの学びの一つ一つが偉大な創造的生命を発揮する糧であります。「何があろうと学び抜く」と決めた青春は、断じて負けません。
一、アフリカの人権の大英雄ネルソン・マンデラ翁と、私は若き世界市民による平等と尊厳の連帯を展望しました。非暴力の対話によって歴史を変革したマンデラ翁は、人生において最も困難なことの一つとして、"自分自身を変革すること"を挙げておりました。
「創価教育」は、この最も困難な「人間革命」に自他共に挑み、社会を変え、国土を変え、人類の宿命をも変えゆかんとする壮大な挑戦です。
崇高な建学の理念に集った同志である教授陣、職員、学友、同窓と共々に励まし合い、聡明に焦らず快活に探究し、錬磨し抜いていってください。そして、新たな「地球文明」創造のパイオニアにたくましく育っていただきたいのであります。
一人ももれなく健康・勝利・栄光あれと祈りつつ。
☆対話のツボ 【問い】家族の学会理解を得たい
自分自身が信仰を始めるに当たり、家族がすぐに学会活動への理解を示してくれることは理想ですが、現実はさまざまです。
池田先生は、19歳の時に友人から誘われて座談会に参加し、信心を始めました。その当時を振り返り、「私も入信当時、父が信心に反対でした。父と私の間に立って、母がずいぶん苦心してくれたことを思い出します」と語っています。
"家族が信心の素晴らしさを理解するかどうか"は、新たに信仰を始める人の多くが直面し得ることともいえるでしょう。
とはいえ、そうしたことで焦ったり、不安に思ったりすることはありません。まして、感情的になって、信心のことで家族と争う必要もありません。
大事なことは、この信心を実践することで自分自身が成長し、誰よりも幸せになり、家族の幸福を願える境涯へと「人間革命」することです。
その挑戦の中で、自分だけでなく、家族や周囲をも幸福の軌道へと導いていくことができるのが、学会の信仰です。
大聖人は、「一切は現証(現実の結果)にすぎるものはない」(御書1279ページ、通解)と教えられています。信心によって"現実に成長した姿"ほど、仏法の素晴らしさを物語るものはありません。自身の姿が、そのまま信仰の力の証明になるのです。
ゆえに、地道に粘り強く学会活動に励み、自らが幸福な姿を示していくことが、周囲に確かな学会理解を広げていく直道です。
2020年8月18日火曜日
2020.08.18 わが友に贈る
事前の準備が
未来の勝利を決する。
今の課題を見極め
具体的な目標を定めて
堅実に進みゆこう!
妙密上人御消息 P1241
『国中の諸人一人二人乃至千万億の人題目を唱うるならば存外に功徳身にあつまらせ給うべし、其の功徳は大海の露をあつめ須弥山の微塵をつむが如し』
【通解】
国中の人々が、一人・二人・ないし千万億の人が題目を唱えるようになれば、しらずしらずのうちに功徳が自身にあつまることであろう。その功徳は、ちょうど大海が露をあつめ、須弥山の微塵を積んで大きくなっていくようのものである。
名字の言 核兵器、環境問題、新型コロナに立ち向かう時の共通点 2020年8月18日
昨夏、広島の平和記念資料館を訪れた時のこと。展示室の入り口付近で小学生の女の子がお母さんの手を握り、「帰ろうよ」と。その手を握り返しながら、お母さんはじっと立っていた。展示室では、被爆した中学生の遺品の説明文を、同じ年くらいの男の子に涙を流しながら読み聞かせているお母さんもいた▼今年、長崎の原爆資料館に胸打つ言葉が掲げられた。「核兵器、環境問題、新型コロナウイルス…世界規模の問題に立ち向かう時に必要なこと その根っこは、同じだと思います。自分が当事者だと自覚すること。人を思いやること。結末を想像すること。そして行動に移すこと」▼核兵器廃絶の運動は、「被爆の苦しみを二度と誰にも体験させてはいけない」との被爆者と被爆地の方々の熱い思いに支えられてきた。その心で創価学会も運動を進めてきた。言うまでもないが、核兵器も環境の問題も、地球に生きる全ての人が当事者である▼大事なことは、当事者の私たちが無関心、無防備であれば、危機はひたひたと押し寄せ、私たちの命を脅かす。反対に一人一人が危機を自覚し、連帯し、行動すれば、抑えることは不可能ではないことだ。コロナ禍はそれを教えている▼人類の一員として生きる責任感を心に刻む夏にしたい。(進)
寸鉄 2020年8月18日
世界の分断が進む今こそ会長の人間主義が必要—総長。弟子の振舞で拡大
栃木県青年部の日。人格光る信頼の人に!君らの勝利の実証が同志の希望
拡大に共通点—マスクなしで会話、症状出ても勤務継続等と。油断を排せ
会食も集団感染の因に。食事は大皿でなく個別に配膳を。家庭等でも注意
高齢者半数、認知機能の衰えを実感。背景に会話の減少と。地域の絆強く
☆創大通教 夏季スクーリング開講への池田先生のメッセージ 2020年8月12日
不撓不屈の探究へ、負けじ魂燃ゆる通教生の皆さん、誠に誠にご苦労さまです。
集い合えなくとも、全国・全世界の尊き皆さん一人一人と、私の心はいつもつながっております。豪雨等で被災された地域の方々をはじめ、さまざまな困難の中で、夏期スクーリングに挑む皆さんに、私は最敬礼して、健康と勝利への祈りを捧げております。
オンライン授業という初の試みに尽力してくださる教員の先生方、職員やお世話になる関係者の方々にも、心より御礼申し上げます。
今、私は、あらためて創価教育の師父・牧口常三郎先生の精神を、皆さんと共に思い起こしたい。すなわち、「学光の塔」に刻まれた「学は光、無学は闇。知は力、無知は悲劇」との師子吼であります。
探究の「熱と誠」で破れぬ壁はない
牧口先生とほぼ同じ時代に、先生と相通ずる「学の光」で、人類の悲劇を転換する闘いに挑んだ医学・細菌学者が、北里柴三郎博士でありました。博士は、働きながらの苦学生の最中、面倒を見ている弟妹たちへの手紙につづっています。
「人々一大業を成さんと欲せば、各々その基礎を堅固ならしむべし。その基礎とはすなわち一身上の勉強なり」(福田眞人著『北里柴三郎——熱と誠があれば』ミネルヴァ書房)と。すなわち、偉業は、"生涯を通じての勉強"を基に果たされていくというのです。
とともに、人類の脅威であり続けたペストの原因菌を突き止め、野口英世など、名だたる後進を育てた博士は訴えています。「人に熱と誠があれば何事でも達成するよ」「世の中は決して行き詰まらぬ。若し行き詰まったものがあるならば、是は熱と誠がないからである」(北里研究所編『北里柴三郎傳』岩波書店、現代表記に改めた)と。
人生も社会も、永遠に闘争です。創価の「学」光る皆さん方には、探究と価値創造への燃え上がる「熱と誠」があります。破れぬ壁は断じてありません。
◇創価教育の志を継ぐ一人一人に
思えば、牧口先生も戸田先生も、時代を先駆けた通信教授を行われておりました。
皆さん方こそ、創価教育の師弟の志を受け継がれ、偉業を成し遂げゆく一人一人であります。
どうか、それぞれに体に気をつけながら、最高に有意義な一日一日を勝ち飾っていってください。私は毎朝毎晩、皆さんの無事安穏と幸福栄光を祈り抜いています。一体不二で崇高な向学と向上の歴史を刻まれゆく、ご家族の皆さんにも、くれぐれもよろしくお伝えください。
愛する誉れの通教生、万歳! いついつまでも、お元気で!
☆明日を照らす テーマ:信心の継承
今回の「明日を照らす」は、「信心の継承」がテーマです。池田先生は、小説『新・人間革命』第9巻「光彩」の章で、つづっています。「どんなに広宣流布が進んだように見えても、一代限りで終わってしまえば、未来への流れは途絶えてしまう。信心の継承こそが、広宣流布を永遠ならしめる道であり、一家、一族の永遠の繁栄の根本です」と。家庭で、地域で、信心のバトンを後継に託すことこそ、万代の広布の礎になることを学んでいきましょう。
経王御前御書
『経王御前を儲させ給いて候へば現世には跡をつぐべき孝子なり後生には又導かれて仏にならせ給うべし』(御書1123ページ)
◇未来の宝を大切に育む
【通解】経王御前をもうけられたので、現世には、必ず後を継ぐ孝子である。また、後生には、この子に導かれて仏に成られるであろう。
◇
生まれた子どもは、今世では自らの後を継ぐ親孝行な子であるばかりでなく、仏法の三世の生命観から見れば、来世では自分たちを成仏へと導いてくれる存在である——。親子には、不思議な深い縁があることを示された一節です。
本抄は、文永9年(1272年)、日蓮大聖人が佐渡流罪中、種々の御供養とともに子ども(経王御前)の誕生を報告した門下に送られました。
子どもは、親にとって何物にも代えがたい"宝"であることは言うまでもありません。その上で、"親子"の関係性を超えて、次代の広宣流布を担い立つ"人類の宝"であり、"未来の宝"であるという、より深い使命を帯びた存在であることを教えられているとも拝せます。
大聖人は、「一切の仏法も又人によりて弘まるべし」(御書465ページ)、「伝持の人無れば猶木石の衣鉢を帯持せるが如し」(同508ページ)と仰せです。いかに偉大な法であっても、それを受持し、弘通する人がいなければ、末法の衆生を救っていくことはできません。
池田先生は、後継の友を育てる意義について「未来を創ることそのもの」と、つづっています。
"広布の使者たち"を、家庭はもとより、地域一丸となって励まし、学会の庭で大切に育んでいく——。それが、広宣流布を永遠たらしめる要諦であり、人類の幸福な未来を開く大偉業にほかならないのです。
上野殿母御前御返事
『同じ妙法蓮華経の種を心に・はらませ給いなば・同じ妙法蓮華経の国へ生れさせ給うべし』(御書1570ページ)
◇妙法の絆は三世永遠
【通解】同じ妙法蓮華経の種を心に孕まれるなら、同じ妙法蓮華経の国へお生まれになるでしょう。
◇
駿河国(現在の静岡県中央部)の女性門下・上野殿母御前(南条時光の母)は、夫・南条兵衛七郎に早くに先立たれ、遺された子どもたちと信心に励んでいましたが、弘安3年(1280年)9月、末子の五郎を16歳の若さで突然、失いました。
五郎の四十九日に当たって認められた本抄で、日蓮大聖人は"父の後を継ぎ、題目を唱えていた五郎の成仏は間違いない"と断言され、"題目を唱える功徳によって、妙法に生き抜いて亡くなった家族と、必ず同じ妙法の国に生まれ合わせることができる"と、母御前を包み込むように励まされました。
故人の遺志を継ぎ、後継者として広布に生き抜くことこそ、自他共の成仏を開く直道にほかなりません。
池田先生は、本抄を拝してつづっています。
「妙法の同志は、生死を超えて一体である。亡くなられたご家族の生命とも、ご友人の生命とも、題目で結ばれている。
後継の人材群が広布のため、友のため、社会のために進み働く姿を、霊山から喜び見つめておられるに違いない。常楽我浄の生命の旅を永遠に一緒に続けていけるのだ」
価値観が多様化する現代は、家族の在り方もさまざまです。しかし、学会には、三世にわたって誓願を共有する"創価家族"の強い絆があります。
互いに励まし合い、共に苦難を乗り越えていく中で、絆はさらに強まり、未来へと広布のバトンが受け継がれていくのです。
未来の勝利を決する。
今の課題を見極め
具体的な目標を定めて
堅実に進みゆこう!
妙密上人御消息 P1241
『国中の諸人一人二人乃至千万億の人題目を唱うるならば存外に功徳身にあつまらせ給うべし、其の功徳は大海の露をあつめ須弥山の微塵をつむが如し』
【通解】
国中の人々が、一人・二人・ないし千万億の人が題目を唱えるようになれば、しらずしらずのうちに功徳が自身にあつまることであろう。その功徳は、ちょうど大海が露をあつめ、須弥山の微塵を積んで大きくなっていくようのものである。
名字の言 核兵器、環境問題、新型コロナに立ち向かう時の共通点 2020年8月18日
昨夏、広島の平和記念資料館を訪れた時のこと。展示室の入り口付近で小学生の女の子がお母さんの手を握り、「帰ろうよ」と。その手を握り返しながら、お母さんはじっと立っていた。展示室では、被爆した中学生の遺品の説明文を、同じ年くらいの男の子に涙を流しながら読み聞かせているお母さんもいた▼今年、長崎の原爆資料館に胸打つ言葉が掲げられた。「核兵器、環境問題、新型コロナウイルス…世界規模の問題に立ち向かう時に必要なこと その根っこは、同じだと思います。自分が当事者だと自覚すること。人を思いやること。結末を想像すること。そして行動に移すこと」▼核兵器廃絶の運動は、「被爆の苦しみを二度と誰にも体験させてはいけない」との被爆者と被爆地の方々の熱い思いに支えられてきた。その心で創価学会も運動を進めてきた。言うまでもないが、核兵器も環境の問題も、地球に生きる全ての人が当事者である▼大事なことは、当事者の私たちが無関心、無防備であれば、危機はひたひたと押し寄せ、私たちの命を脅かす。反対に一人一人が危機を自覚し、連帯し、行動すれば、抑えることは不可能ではないことだ。コロナ禍はそれを教えている▼人類の一員として生きる責任感を心に刻む夏にしたい。(進)
寸鉄 2020年8月18日
世界の分断が進む今こそ会長の人間主義が必要—総長。弟子の振舞で拡大
栃木県青年部の日。人格光る信頼の人に!君らの勝利の実証が同志の希望
拡大に共通点—マスクなしで会話、症状出ても勤務継続等と。油断を排せ
会食も集団感染の因に。食事は大皿でなく個別に配膳を。家庭等でも注意
高齢者半数、認知機能の衰えを実感。背景に会話の減少と。地域の絆強く
☆創大通教 夏季スクーリング開講への池田先生のメッセージ 2020年8月12日
不撓不屈の探究へ、負けじ魂燃ゆる通教生の皆さん、誠に誠にご苦労さまです。
集い合えなくとも、全国・全世界の尊き皆さん一人一人と、私の心はいつもつながっております。豪雨等で被災された地域の方々をはじめ、さまざまな困難の中で、夏期スクーリングに挑む皆さんに、私は最敬礼して、健康と勝利への祈りを捧げております。
オンライン授業という初の試みに尽力してくださる教員の先生方、職員やお世話になる関係者の方々にも、心より御礼申し上げます。
今、私は、あらためて創価教育の師父・牧口常三郎先生の精神を、皆さんと共に思い起こしたい。すなわち、「学光の塔」に刻まれた「学は光、無学は闇。知は力、無知は悲劇」との師子吼であります。
探究の「熱と誠」で破れぬ壁はない
牧口先生とほぼ同じ時代に、先生と相通ずる「学の光」で、人類の悲劇を転換する闘いに挑んだ医学・細菌学者が、北里柴三郎博士でありました。博士は、働きながらの苦学生の最中、面倒を見ている弟妹たちへの手紙につづっています。
「人々一大業を成さんと欲せば、各々その基礎を堅固ならしむべし。その基礎とはすなわち一身上の勉強なり」(福田眞人著『北里柴三郎——熱と誠があれば』ミネルヴァ書房)と。すなわち、偉業は、"生涯を通じての勉強"を基に果たされていくというのです。
とともに、人類の脅威であり続けたペストの原因菌を突き止め、野口英世など、名だたる後進を育てた博士は訴えています。「人に熱と誠があれば何事でも達成するよ」「世の中は決して行き詰まらぬ。若し行き詰まったものがあるならば、是は熱と誠がないからである」(北里研究所編『北里柴三郎傳』岩波書店、現代表記に改めた)と。
人生も社会も、永遠に闘争です。創価の「学」光る皆さん方には、探究と価値創造への燃え上がる「熱と誠」があります。破れぬ壁は断じてありません。
◇創価教育の志を継ぐ一人一人に
思えば、牧口先生も戸田先生も、時代を先駆けた通信教授を行われておりました。
皆さん方こそ、創価教育の師弟の志を受け継がれ、偉業を成し遂げゆく一人一人であります。
どうか、それぞれに体に気をつけながら、最高に有意義な一日一日を勝ち飾っていってください。私は毎朝毎晩、皆さんの無事安穏と幸福栄光を祈り抜いています。一体不二で崇高な向学と向上の歴史を刻まれゆく、ご家族の皆さんにも、くれぐれもよろしくお伝えください。
愛する誉れの通教生、万歳! いついつまでも、お元気で!
☆明日を照らす テーマ:信心の継承
今回の「明日を照らす」は、「信心の継承」がテーマです。池田先生は、小説『新・人間革命』第9巻「光彩」の章で、つづっています。「どんなに広宣流布が進んだように見えても、一代限りで終わってしまえば、未来への流れは途絶えてしまう。信心の継承こそが、広宣流布を永遠ならしめる道であり、一家、一族の永遠の繁栄の根本です」と。家庭で、地域で、信心のバトンを後継に託すことこそ、万代の広布の礎になることを学んでいきましょう。
経王御前御書
『経王御前を儲させ給いて候へば現世には跡をつぐべき孝子なり後生には又導かれて仏にならせ給うべし』(御書1123ページ)
◇未来の宝を大切に育む
【通解】経王御前をもうけられたので、現世には、必ず後を継ぐ孝子である。また、後生には、この子に導かれて仏に成られるであろう。
◇
生まれた子どもは、今世では自らの後を継ぐ親孝行な子であるばかりでなく、仏法の三世の生命観から見れば、来世では自分たちを成仏へと導いてくれる存在である——。親子には、不思議な深い縁があることを示された一節です。
本抄は、文永9年(1272年)、日蓮大聖人が佐渡流罪中、種々の御供養とともに子ども(経王御前)の誕生を報告した門下に送られました。
子どもは、親にとって何物にも代えがたい"宝"であることは言うまでもありません。その上で、"親子"の関係性を超えて、次代の広宣流布を担い立つ"人類の宝"であり、"未来の宝"であるという、より深い使命を帯びた存在であることを教えられているとも拝せます。
大聖人は、「一切の仏法も又人によりて弘まるべし」(御書465ページ)、「伝持の人無れば猶木石の衣鉢を帯持せるが如し」(同508ページ)と仰せです。いかに偉大な法であっても、それを受持し、弘通する人がいなければ、末法の衆生を救っていくことはできません。
池田先生は、後継の友を育てる意義について「未来を創ることそのもの」と、つづっています。
"広布の使者たち"を、家庭はもとより、地域一丸となって励まし、学会の庭で大切に育んでいく——。それが、広宣流布を永遠たらしめる要諦であり、人類の幸福な未来を開く大偉業にほかならないのです。
上野殿母御前御返事
『同じ妙法蓮華経の種を心に・はらませ給いなば・同じ妙法蓮華経の国へ生れさせ給うべし』(御書1570ページ)
◇妙法の絆は三世永遠
【通解】同じ妙法蓮華経の種を心に孕まれるなら、同じ妙法蓮華経の国へお生まれになるでしょう。
◇
駿河国(現在の静岡県中央部)の女性門下・上野殿母御前(南条時光の母)は、夫・南条兵衛七郎に早くに先立たれ、遺された子どもたちと信心に励んでいましたが、弘安3年(1280年)9月、末子の五郎を16歳の若さで突然、失いました。
五郎の四十九日に当たって認められた本抄で、日蓮大聖人は"父の後を継ぎ、題目を唱えていた五郎の成仏は間違いない"と断言され、"題目を唱える功徳によって、妙法に生き抜いて亡くなった家族と、必ず同じ妙法の国に生まれ合わせることができる"と、母御前を包み込むように励まされました。
故人の遺志を継ぎ、後継者として広布に生き抜くことこそ、自他共の成仏を開く直道にほかなりません。
池田先生は、本抄を拝してつづっています。
「妙法の同志は、生死を超えて一体である。亡くなられたご家族の生命とも、ご友人の生命とも、題目で結ばれている。
後継の人材群が広布のため、友のため、社会のために進み働く姿を、霊山から喜び見つめておられるに違いない。常楽我浄の生命の旅を永遠に一緒に続けていけるのだ」
価値観が多様化する現代は、家族の在り方もさまざまです。しかし、学会には、三世にわたって誓願を共有する"創価家族"の強い絆があります。
互いに励まし合い、共に苦難を乗り越えていく中で、絆はさらに強まり、未来へと広布のバトンが受け継がれていくのです。
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