2009年8月31日月曜日

2009.08.31 わが友に贈る

全国の
広布の大英雄に
心から感謝合掌!
広げた仏縁は
三世に不滅の宝だ!

乙御前御消息 P1220
日蓮をば日本国の上一人より下万民に至るまで一人もなくあやまたんと・せしかども・今までかうて候事は一人なれども心のつよき故なるべしと・おぼすべし

◇今週のことば
悔いなく戦いきった
偉大な同志、万歳!
皆様の福運は永遠なり。
さあ創立80周年へ
威風も堂々と大前進だ!
2009年08月31日

◇希望の明日へ
信心強き人は、絶対に行き詰まらない。何が起ころうと、すべてを功徳に変えていける。幸福に変えていける。もちろん長い人生には、さまざまなことがある。悩み、苦しみがある。しかし、それらを全部、自分自身の境涯を開く糧とすることができる。その意味で、信仰者にとって、根底は、いっさいが功徳であり、幸福なのである。信心強き人に、不幸の二字はない。

▽人材育成こそ発展の要諦 幹部は自ら成長を。率先の戦いで師の魂を伝えよ

☆随筆人間世紀の光 広宣流布の言論戦
戸田先生も遺言の如く、「人生は強気でいけ!」と教えてくださった。
弱気になり、受け身になれば、もはや敗北だ。
強気でいけば、必ず勝利を切り開くことができる。
創価の師弟は、徹底して強気で戦い進むのだ。

広宣流布は、「声」の戦いだ。精神の剣の戦いだ。
本気で戦う決心さえあれば、たった一人でも、叫べる。いつでも、どこでも、どこからでも、勝利の戦端を開くことができる。

「まず何があっても微動だにしない大確信、大境涯に立つことが根本です。
そして、そのうえで破折すべきことは徹底して破折していくんです。黙っていれば、世間はそれが真実だと思い込んでしまう。
『いかなる事ありとも・すこしもたゆ(弛)む事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし』(P1090)というのが、折伏の精神です」
正義の言論による破折精神、攻撃精神が、広宣流布の勝利の決定力である。

題目を唱え、広宣流布のため真剣に語る創価の友の声は、大宇宙に、そして三世永遠に福徳を広げゆく大音声なのだ。

戸田先生の声が蘇った。
「広宣流布のいかなる闘争も、一人一人の学会員の宿命転換と人間革命の戦いである。大事なことは、全同志が、それぞれの持っている力を出し切って、悔いなく戦い抜くことだ」
わが友が、「私はやり切った。悔いがない」と清々しく、汝自身の万歳を叫んでいければ、勝利なのだ。
これが、「人間革命」という生命の讃歌である。

2009年8月30日日曜日

2009.08.30 わが友に贈る

友の心に
薫風を広げる
誠実の振る舞い!
わが随喜の道を
快活に勝ち進め

兄弟抄 P1088
女人となる事は物に随つて物を随える身なり夫たのしくば妻もさかふべし夫盗人ならば妻も盗人なるべし

◇希望の明日へ
"境涯を開く"ことである。人間、いつも自分のことだけを考えていると、しだいに"小さな心""小さな自我"に固まってしまう。法のため、人のため、社会のためという、開かれた大きな目的に向かって働けば、「一心の妙用」によって、"大きな心""大きな自我"が築かれていく。"大きな心"は即"大きな幸福"を味わえる心である。

▽自分に打ち勝つ事が最大の勝利−哲人プラトン。悔いを残すな。全員が勝者たれ!

☆随筆人間世紀の光 広宣流布の言論戦
試練に胸を張り、大金星を輝かせゆく青年が躍り出ている。創価の前途は無限に明るい。
相手が誰であれ、闊達に勇敢に、わが信念を語り切る。これが青年の特権だ。

「三十にして立つ」──『論語』の人間学である。
思えば、初代会長・牧口先生が、若き独創の思想を天下に問うべく、あの名著『人生地理学』を発刊された時、32歳であった。
第2代会長・戸田先生が、牧口先生を支え抜き、師と共に創価教育学会を創立されたのも、30歳の年である。
第3代の私が、恩師の遺命を受け継いで、世界広宣流布への指揮を執り始めたのも、32歳であった。
30代の生命には、満々たる闘魂がある。力がある。雄々しき開拓がある。
30代にして「立正安国論」を師子吼された蓮祖の大境涯を拝し、仏の力を出して、青年部よ、乱世に正義の言論戦を展開せよ! 自分の新しき歴史を作れ! 永遠に勝ち誇りゆく第一歩を、今、痛快に踏み出すのだ!

真実は、声を大にして叫ばなければ、悪意の扇動や意図的な喧伝に掻き消されてしまう。
だから黙ってはならぬ。
末法は「闘諍堅固」である。嫉妬の讒言など、言論の暴力が渦巻く時代だ。ゆえに日蓮大聖人は、デマや虚言を打ち返せ、打ち破れと厳しく教えられた。
それどころか、邪論や暴論が騒ぎ立てられる時こそ、「破邪顕正」の原理で、かえって正義と真実を宣揚するチャンスなのだ。

「法華折伏・破権門理」の大精神に立って、明確に正義を宣揚し、邪悪を白日の下に晒す──この透徹した言論こそ、聖教新聞の使命である。

2009年8月29日土曜日

2009.08.29 わが友に贈る

広布の戦は
熱気に満ちた
「声」で決まる。
絶対勝利へ
執念の大進撃を!

開目抄下 P235
夫れ摂受・折伏と申す法門は水火のごとし火は水をいとう水は火をにくむ、摂受の者は折伏をわらう折伏の者は摂受をかなしむ、無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし、邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品のごとし

◇希望の明日へ
戸田先生は、投獄され、極度の栄養失調という最悪の状態のなかで仏の境界を得られた。牧口先生も同様である。お二人は、いかなる境遇にあっても、ただ信心の二字によって「衆生所遊楽」の境涯が開けることを教えてくださった。御本尊にいくら御力があっても、信心がなければ、意味がない。信心のある人は、いかなる状況になろうとも根本的に守られていく。必ず幸福になる。

☆随筆人間世紀の光 広宣流布の言論戦
妙法を唱え、行じゆく我らの境涯が、どれほど壮大であるか。この大確信で、勇敢に立ち上がるのだ。
人生は、萎縮したら負けである。妙法を朗々と唱え抜きながら、大宇宙をも友にしゆく心で、明るく味方を広げていくことだ。

譬喩的にいえば、誰が見ていようがいまいが、自己の責務を担って、頑張る。労苦を厭わず、皆の安心の屋根となって戦う存在だ。その生き方は、戸田先生の不二の弟子の決心である。
そしてまた、偉大な木星の如く、創価の幸福城たる地区を厳然と護り、広布の最前線のブロックを護り抜いてくださる英雄こそ、わが盟友たる壮年部なのだ。
ここぞという正念場で、持てる力を振り絞って勇戦してこそ、真の男だ。
来る8月24日は、我ら「壮年部の日」である。暑いなか、各地で奮闘する太陽会、ヤング壮年部をはじめ壮年の皆様方に、「体を大切に!」「皆を護る太陽の如く!」と申し上げたい。

「声は勢いである」──ゆえに戦いに臨んでは、できるだけ力強く、大きな声を出した方が勝つ。これが、武威の確信であった。
仏法では、声が「仏の仕事」を為す。勇気ある声が仏の勝利の力なのだ。

2009.08.28 わが友に贈る

思いだったら
即行動だ!
勝機をつかむのは
断固と駆けゆく
恐れなき闘士だ

乙御前御消息 P1219
軍には大将軍を魂とす大将軍をくしぬれば歩兵臆病なり

◇希望の明日へ
幸福は自分自身の勝利である。自分で勝ち取るものである。人から与えられるものではない。人をうらやむ必要もない。聡明に、楽しみを自分で見つけ、自分でつくり、自分で広げていく。その心、その境涯に、幸福は躍動している。自分の中に"宮殿"がある。自分の中に"竜宮城"がある。その喜びの城を自分で開くことである。ここに人生の、そして仏法の究極もある。

☆随筆人間世紀の光 広宣流布の言論戦
この「随筆 人間世紀の光」も、2004年の新春のスタート以来、今回で連載200回となった。
小説『新・人間革命』の方も、長野で執筆を開始してより、去る8月6日で16周年を迎えた。
その前の『人間革命』を、沖縄の地で書き起こしてから数えると、45年になろうとしている。二作を合わせれば、新聞連載は通算5730回を超えた。
わが同志の皆様、読者の皆様の熱きご支援のおかげと、感謝に堪えない。

一日の行事や執務が終わって、夜半に帰宅してからの執筆となることも少なくない。その人知れぬ戦いを、陰の陰で支え抜いてくれた妻であった。
万般において、この民衆への畏敬を失えば、かりに人気を得たとしても、本質は大衆利用だ。それは、民衆蔑視の慢心にすぎない。やがて、賢明な民衆に見抜かれ、厳しい審判を下されることは、歴史の必然だ。
民衆を思い、同志を思い、大切な学会を思えば、どうして、全精魂を注がずにいられようか!

2009年8月27日木曜日

2009.08.27 わが友に贈る

「此の事にあはん
 為なりけり」
今こそ正念場!
わが力を出し切り
栄冠を勝ち取れ

御義口伝巻下 P797
宝塔も妙法蓮華経の五字より外は之れ無きなり妙法蓮華経を見れば宝塔即一切衆生・一切衆生即南無妙法蓮華経の全体なり

◇希望の明日へ
人生は、悩みとの樹争である。その苦しみを悠々と見おろしながら、胸中に永遠の崩れざる「幸福の都」を開いていくのが信心である。境涯を開けば幸福が開ける。境涯が広がれば幸福が広がるのである。

☆随筆人間世紀の光 広宣流布の言論戦
来る日も来る朝も、無冠の友の皆様の足音から、我らの勝利の行進は始まる。

来る8月24日は、「聖教新聞 創刊原点の日」でもある。
昭和25年のこの日、戸田城聖先生と私は、迫り来る烈風のなかで、広布の機関紙の発刊を構想した。師弟の夢が結実したのは翌年の4月20日。聖教新聞の創刊号には「聖火 鶴見に炎上」の見出しが躍った。これもまた、神奈川の友との誇り高き共戦の歴史だ。
わずか2ページであった。しかし、この生まれたばかりの創刊号を、わが尊き同志たちは、喜び勇んで配達してくださったのだ。
聖教が、皆の正義の声であった。皆の希望と勝利の旗印であった。

我らの信心の一つの行、一つの実践にも、功徳・善根と現れぬものはない。
広宣流布の拡大のために歩んだ一歩一歩が、すべて大福運となって、汝自身の生命に積まれていくのだ。
ともあれ、人間の真価は、行動によって決まる。

2009年8月26日水曜日

2009.08.26 わが友に贈る

強盛な祈りが
不可能を打ち破る!
「湿れる木より
 火を出し」
大信力で競り勝て!

南部六郎殿御書 P1374
眠れる師子に手を付けざれば瞋らず流にさをを立てざれば浪立たず謗法を呵嘖せざれば留難なし、若善比丘見壊法者置不呵嘖の置の字ををそれずんば今は吉し後を御らんぜよ無間地獄疑無し

◇希望の明日へ
社会の開拓をなしていくには、周囲の共感と賛同が必要であり、それには、内なる心、境涯の開拓が不可欠となる。

☆御書と師弟 動執生疑
師匠は不惜身命で大難と戦い抜き、そして勝ち抜かれた。ゆえに、その師匠に続く弟子も苦難に立ち向かうのは当然だ。
崇高な使命の闘争に、楽な戦いなどない。試練と戦うからこそ、仏の力が出せる。苦難に打ち勝つからこそ、師と共に仏になれる。これが法華経を貫く師弟の勝利の舞なのであります。
あの大阪の戦いも、皆が地涌の舞を舞いながら「まさか」を実現した。常勝関西には師弟の真髄がある。ゆえに負けない。
ともあれ、大変であるほど、師弟不二の信心の力で、仏の智慧を出して、我らは戦い進む。
その姿を、心ある人々は真摯に見つめています。必ず仏縁が結ばれ、味方は広がります。

梵天・帝釈といっても、遠くにいるのではない。強盛な祈りで、わが法性(仏性)を発揮する時、その生命が梵天・帝釈として現れ、我らを厳然と守護することを忘れてはなりません。
信心とは、究極の勇気です。その勇猛なる信心の一念で、衆生世間、国土世間をも大きく動かし、勝利していける。これが「一念三千」の極意です。

戸田先生
「前進前進、勝利勝利の創価学会であれ! そのためには、勇気と確信と真剣勝負の創価学会たれ! 断じて皆が勝つのだ。負けてはならない。これが広宣流布の方程式だ。これが自分自身の永遠の勝利の人生、すなわち仏になりゆくことだ」
わが広布の英雄の皆様よ! 歓喜踊躍して舞う上行菩薩の生命力を漲らせて、生まれ変わったように生き生きと戦おう!
そして思い切り楽しく声を出しながら、仏になりゆく勝利の万歳を叫び、勇敢に進もう!

2009年8月25日火曜日

2009.08.25 わが友に贈る

「賢者はよろこび
 愚者は退く」
信心強く
烈風を跳ね返せ!
攻撃精神で勝て!

四条金吾殿御返事 P1193
ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候

◇希望の明日へ
自分が境涯を広げた分だけ、一人の人を大切にできる。人の可能性を開いてあげた分だけ、自分の生命力も強まっていく。この求道と救済、自己の深化と他者への慈愛のかかわりの往復作業のなかにわが"生命の宝塔"の拡大の作業、荘厳の作業がある。真の自己革新の生き方がある。また社会に、馥郁たる"高貴なる人間性の薫り"を送り、"人間の尊厳"を現実化しゆく軌道もある。

▽新あの日あの時 池田先生と千葉県

☆御書と師弟 動執生疑
大聖人に直結する創価学会も、日本と世界に「動執生疑」を呼び起こしてきました。
源流期の国家諫暁の殉難。
草創期の民衆救済の折伏。
躍進期の地域友好の拡大。
そして今、仏法を根幹とした人類貢献の平和・文化・教育の大潮流を広げています。
創価の理念も運動も人材も、旧来の精神土壌では考えられない前代未聞の壮挙である。
真剣な皆様方の対話と行動は、日々、地域・社会に「動執生疑」の波を起こしています。
法のため、人のため、社会のため、いかなる労苦も惜しまぬ皆様方の勇気と智慧と雄弁は、神々しいまでに、地涌の菩薩の大力用を放っているのです。
本抄には「大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき」(P1300)ともあります。
どんな大悪があろうと、何も嘆くことはない。深い闇も大善の旭日が昇りゆく大瑞相なのだ。これが仏法の大確信です。
時代は乱れに乱れている。不確かな風に不安を抱きながら、流されゆく人生があまりにも多い。誰もが、心の中では正しい哲学の指標を求め始めている。
だからこそ、確固たる信念を勇敢に誠実に語り抜く皆様方の声は、仏の声の響きとなって、人々の心を揺り動かさずにはおかないのであります。
たとえ相手が反発しているように見えても、根底では必ず仏性が薫発されているのです。

2009年8月24日月曜日

2009.08.24 わが友に贈る

「賢者はよろこび
 愚者は退く」
信心強く
烈風を跳ね返せ!
攻撃精神で勝て!

諸法実相抄 P1360
日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし

◇今週のことば
「いまだ こりず候」
堂々と師子の勇戦を!
強気で攻め抜け!
祈りに祈って
団結で快勝せよ!
2009年08月24日

◇希望の明日へ
真の仏法の説く本尊は、人間の一念と宇宙を貫く法則を表した明鏡であり縮図である。本尊への祈りを通じて、自身の"内なる宇宙"と出あうことができる。
自己の生命を宇宙に開き、そのかぎりないエネルギーと妙なる律動を呼吸し、交流し、自身の内に顕現させながら、雄大な自身へと境涯を変革していく。ここに信仰の真髄渉ある。

☆御書と師弟 動執生疑
人間の生命には、大海原よりも深く、天空よりも広大な「仏の力」が秘められている。
日蓮仏法は、師と共に、一人一人の弟子が偉大な仏の力を引き出していく大哲理です。
人生や社会に対して、「仕方がない」と諦める心。「こんなものだろう」という惰性の心。その"心の壁"を破り、元初の太陽の如き仏の大生命で、躍動の人生を生き抜き、そして勝ってきたのが、わが創価の師弟であります。

それまでの小さな法に執着した心を揺さぶり、より大きな価値観へ目を開かせる説法を「動執生疑」(執を動じ、疑を生ず)と言います。
末法の日本において、この「動執生疑」を起こしゆかれた方が、日蓮大聖人であられます。民衆を苦悩に陥れる邪義を糾す「立正安国」の師子吼が、傲り高ぶった権力の魔性を震撼させたのです。

2009年8月23日日曜日

2009.08.23 わが友に贈る

我らの熱闘で
諸天が大きく
動いている!
勇敢なる信心で
歴史を勝ち開け!

新池殿御消息 P1437
諸経は随他意なり仏一切衆生の心に随ひ給ふ故に、法華経は随自意なり一切衆生を仏の心に随へたり

◇希望の明日へ
何があろうと、「融通無擬」(すべてに行きわたって通じ、少しも渋滞しないこと)、「自由自在」の大境涯へと、一人も残らず飛躍させてくだきるのが大聖人の仏法である。ゆえに、仏道修行は、わが胸中にかぎりない"精神の自由""生命の自由"を獲得し、拡大していく「幸福の軌道」であり、そこに、僧仰の一つの真髄がある。

▽壮年・男子部よ限界突破の大軍だ!強気で攻めよ 羊千匹より師子一匹たれ

☆御書と師弟 三世の勝利劇
仏法の三世の生命観に照らすならば、広布の途上に逝いた同志も『寂光の往生を遂げ須臾の間に』(P574)と仰せの如く、元初の生命力を漲らせて、すぐに妙法流布の陣列に戻って来られることは絶対に間違いありません。
広宣流布のため、信心の上での苦労は、未来永遠の自身の大勝利と、一家一族の大福運に直結しています。

戸田先生は最も苦境の中で、私に言われました。
「大作、私のこの世に生まれた使命は、また君の使命なんだ。私と君とが使命に生きるならば、きっと大聖人の御遺命も達成する時が来るだろう」
今度は、わが宿縁深き青年たちが、この三代の「師弟不二」にして「生死不二」の平和闘争を断固として受け継ぎ、人類の悲願を実現してくれることを、私は固く信じています。
8月14日は「伸一会の日」でもある。後継の伸一たちよ、不二の弟子と立て! 絶対勝利の将の将たれ! これが「師弟の契約」です。

「汝等は当に前進むべし」
「当に大精進を発すべし」
前進せよ! 大いに精進せよ! その人こそが「師弟不二」である。これが仏の遺命です。
戦おう! 私と一緒に勝ち進もう! 全員が19歳の青年の心意気で、"創価の師弟ここにあり"と、未来永遠に痛快な勝利劇を綴りゆこうではないか!

2009年8月22日土曜日

2009.08.22 わが友に贈る

新型流感に注意!
忙しい時こそ
細心の注意を!
健康第一の
祈りが根本だ。

四条金吾殿御返事 P1192
なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし

◇希望の明日へ
外的な裾野薪からの自由も大事である。そのうえで、さらに内なる精神の自由へ、魂の自由へと進んでいかなければならない。"魂の自由"こそ、何ものにもかえがたい"宝処"である。生死の鉄鎖、宿命の鉄鎖から解放し、生命の宝処に入っていくことを可能にする、仏法の意義はまことに大きい。さらに、仏法では化城を即宝処と開いていくと説く。
すなわち、化城であるこの無常、苦悩の現実を離れたどこか遠くに、宝処である理想郷を求めていくのではない。自身の内なる生命の境涯を広々と開きながら、この現実の一つ一つの課題に全力で挑戦していく。そして、現実の苦悩のなかに、幸福と安穏の世界を築いていく。そこに仏法のいき方がある。

☆御書と師弟 三世の勝利劇
師弟の宿縁は永遠なり!
釈尊の説法を聞いた弟子たちは心から驚嘆し、そして随喜した。「師弟不二」という深遠なる境地を、法理でも譬喩でもなく因縁を説かれることによって生命の底から実感し、信ずることができたのです。

師の慈悲は、弟子が思っているよりも、遥かに深く大きい。弟子の小さな境涯のカラを打ち破り、より高みへと引き上げてくださる存在が、師匠なのであります。

師匠の人格、師匠の慈悲、師匠の境涯を命で感じ取り、心から尊敬して、師の教え通り、ひたぶるに実践する人こそが、直系の門下といえる。

仏法は、どこまでも「以信代慧」(信を以って慧に代える)です。肩書や学歴などは、信心とは関係ない。仏の金言を強盛に信じ抜く力(信力)、行じ抜く力(行力)によって、人生の勝負も幸不幸も決まるのです。
日蓮大聖人の仏法は、一部のエリートのためのものではありません。どこまでも、無名にして勇敢なる庶民が主役である。

師と弟子が、ともに大難を受けながら、命をかけて仏国土の建設のため、人類の宿命転換のために戦う。その実像の中に、過去から未来へと続く久遠の生命の栄光が、凝結しているのです。
広宣流布という無上の使命を抱いて、我らは「勝つため」に生まれた! そして「師とともに」戦い勝つ! これが師弟の約束です。誓願であります。

戸田先生
「我々はこの世に生命を受けて生きているが、決して今世だけの生命ではない。過去、現在、来世にわたって、三世に仏の大生命を体得するのである」
我ら凡夫が三世にわたって常楽我浄の幸福境涯を会得できる。そのための信心であり、師弟の道なのであります。

2009年8月21日金曜日

2009.08.21 わが友に贈る

「今一重 強盛に
御志あるべし」
勇気と執念で
勝ち進む闘士を
諸天は厳護する!

諸法実相抄 P1361
現在の大難を思いつづくるにもなみだ、未来の成仏を思うて喜ぶにもなみだせきあへず、鳥と虫とはなけどもなみだをちず、日蓮は・なかねども・なみだひまなし、此のなみだ世間の事には非ず但偏に法華経の故なり

◇希望の明日へ
一番苦労した人が、一番成長するし、境涯を大きく開くことができる。それが信心である。また人生の真髄である。いささかの無駄もない。

☆御書と師弟 三世の勝利劇
仏法の師弟は永遠不滅です。私は「月月・日日に」、恩師・戸田城聖先生と前進しています。
師弟は一体です。同じ目的に向かって、同じ責任をもって、同じ戦いをしていくのです。

「先生、正しい人生とは、いったい、どういう人生をいうのでしょうか」
先生は私の目をじっと見つめ、答えてくださいました。
「人間の長い一生には、いろいろな難問題が起きてくる。人間、生きるためには、生死の問題を、どう解決したらいいか──これだ。これが正しく解決されなければ、真の正しい人生はない」

過去の宿縁追い来って今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、「在在諸仏土常与師倶生」よも虚事候はじ』(P1338)
流罪の地・佐渡で出会い、共に大難にあいながら、弟子の道を貫く覚悟をもった門下。まさに不思議なる縁の師弟であります。
あらゆる仏の国土に、師と弟子が常に倶に生まれ、仏法を行ずる。すなわち、師弟の因縁は今世だけでなく、永遠にわたることを明確に示しています。
法華経の最大のテーマは、「師弟不二」にあるといっても過言ではありません。
弟子たちを、いかに自身と同じ不二の仏の境涯に高めるか。また、そうなれる力があることを、どう弟子たちに悟らせるか。ここに、師・釈尊の深い慈悲と智慧があったのです。

2009年8月20日木曜日

2009.08.20 わが友に贈る

外交戦は
度胸が大事!
爽やかに
感じよく
真実を語れ!

経王御前御書 P1123
如何に申さじと思うとも毀らん人には弥よ申し聞かすべし、命生て御坐ば御覧有るべし、又如何に唱うとも日蓮に怨をなせし人人は先ず必ず無間地獄に堕ちて無量劫の後に日蓮の弟子と成つて成仏す可し

◇希望の明日へ
どんなに立派な家に住み、多くの富に恵まれていても、心が卑しく、境涯が低ければ、決して幸福とはいえない。それでは、「不幸城」に住む人となってしまう。たとえ今は、どのような環境にあっても、心美しく豊かで、境涯の高い人は、必ず物心ともの幸福を開き、築いていくことができる。

☆随筆 人間世紀の光「永遠の同志・大関西」
法華経の行者の祈りのかな(叶)はぬ事はあるべからず』(P1352)と仰せの妙法である。
一切の戦いは祈りから!
これが勝利の要諦だ。

過酷であればあるほど、勝利の誓願を断じて貫き通す。妥協なく徹し抜く。そして、美事なる勝利の実証を打ち立てる。
ここに、大聖人が示し残してくださった、広宣流布の勝利の極意があるのだ。
この通りに、戦いが厳しければ厳しいほど、師弟の勝利の誓願を赤々と燃え上がらせ、「"まさか"が実現」の勝利をもぎ取ってきた仏意仏勅の大城こそ、わが大関西なのである。
関西は民衆の柱である。関西は師弟の眼目である。そして関西は、青年の大船である。
おお、わが青春の大闘争の故郷であり、常勝の魂を吹き込んだ大関西!
二府五県が鉄壁に団結した、師弟不二の大関西!

いかなる険難の峰も、痛快に乗り越えよ!
どんなに逆巻く波浪も、断固として進み抜け!
百戦錬磨の壮年部よ、今こそ、正念場を越えゆく模範を示してくれ給え
朗らかに前進また前進の婦人部の皆様、「いよいよ」の本領発揮を!
わが直系の男子部、女子部、学生部の青年たちよ、突破力が最大の武器だ!
常勝の使命と責任を帯びた人関西よ、勝って、勝って、勝ちまくれ!
「常勝」とは、師弟不二の宝冠なのである。

2009年8月19日水曜日

2009.08.19 わが友に贈る

追撃の手を
緩めるな!
攻めの姿勢が
勢いを倍加する!
思い切り戦え

松野殿御返事 P1381
聖人の唱えさせ給う題目の功徳と我れ等が唱へ申す題目の功徳と何程の多少候べきやと云云、更に勝劣あるべからず候、其の故は愚者の持ちたる金も智者の持ちたる金も・愚者の然せる火も智者の然せる火も其の差別なきなり

◇希望の明日へ
人生には、必ず行き詰まりがあるだろう。そのときは唱題である。そうすれば雲が晴れていくように、必ず無限の壌滋が、いつしか広がっていくものである。
行き詰まりとは、いわば、より以上、広々と自分の境涯と福運を開いていける山の頂上を前にしたようなものだ。それを乗り越えれば、あたかも、白馬にまたがって人生の広野を楽しく走りlゆくかのようになる。そしてまた、新たな"行き詰まり"という山に出あう。そこを唱題によって再び乗り越えれば、さらに大境涯が広がっていく。信心とはこの繰り返しである。そして最後には、永遠にして広大無辺、自由自在の成仏の境界に入っていくことができるのである。

☆随筆 人間世紀の光「永遠の同志・大関西」
師匠の仇討ちのために何があっでも勝つのだ!
我らは師子だ。師と弟子が一体不二で邪悪を破り、正義を轟かせるのだ!
この一念深き「祈り」と「雄弁」と「行動」が、諸天善神を揺り動かした。

「いかなる状況になろうと、金剛不壊の自分自身を築こう!」と訴えた。
母が不動の信念であれば一家は安泰である。学会の前進も揺るぎない。
どんな深い闇も、底抜けに明るい笑顔で打ち破ってくれる関西の母たちこそ、世界第一の「常勝の太陽」なのである。

一分一秒でも一人を励ませる。歓喜が千波万波と広がる。ゆえに、今の一瞬に全力を注ぐのだ!
「戦う人は諸天の力が増す。勝ちゆく人は諸仏の満足がある」

「常勝」とは常に「死闘」に競り勝つことである。
その大激戦を勝ち抜く原動力は、いったい何か。
シーザーは、乱戦になればなるほど、「勇気」のいかんで勝負は決まると確信していた。
たとえ、相手が「数」を頼みに襲いかかってこようとも、我々は自分たちの「勇気」に対して、自信と誇りをもって戦うのだ。そうすれば、禍を転じて福となすことができる!
関西も、ただただ師弟の「勇戦」によって、一切を勝ち越えてきたのだ。

受け身にはなるな!
勇猛なる心で攻め抜け!

これは、人生の万般に通ずる勝利の鉄則である。
いかなる戦いも、見栄や気取りなど、かなぐり捨てて、一心不乱に最後まで力を出し尽くした方が勝つ。
これが、庶民の強さであり、関西の強さである。

2009年8月18日火曜日

2009.08.18 わが友に贈る

元気いっぱいに
大きな声で語れ!
生まれ変わった様に
今までとは違う勢いで
生き生きと動け!

四条金吾殿御返事 P1192
いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたる・ほくちに・火をうちかくるが・ごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし

◇希望の明日へ
題目を朗々と唱えながら、法のため、友のため、また地域のため、社会のために積み重ねゆく行動は、すべて、わが生命の永遠の旅路を王者の大境涯で飾りゆく無限の"宝"となる。

☆随筆 人間世紀の光「永遠の同志・大関西」
「今日に至る迄 無窮の師恩を拝する者なり」
──今日に至るまで、無限の師匠の恩を慎んで受け、深く尊ぶものであると。
人間は、師恩に応えゆかんとする時、最も尊貴にして、最も強靭なる生命の光を発するのだ。
我らの大関西の強さも、ここにある。

率先垂範の果断と勇気、勝機を逃さず壁を破る突破力、そして逡巡せぬ魂が、逆境をはね返すのだ。
「今この時」に、死力を尽くして悔いなく戦い切ることだ。その名が、後世に「広宣流布の闘士の鑑」として輝いていくのである。
大聖人は『皆 我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり』(P383)と教えてくださった。
信心の上で苦労したことは全部、大福運に変わる。

「祈りとして叶わざるなしである。私は長として、御本尊に願い切っていこう、働き切っていこう、会員のために勝ち切っていこう、この決心だった」
いかなる戦いも「長の一念」で決まる。リーダーは、同志を勝たせゆく重大な責務を担っているのだ。

山上宗二が、茶の「名人」の条件の一つとして、三箇条をあげている。
それは「胸の覚悟」「作分《さくぶん》」「手柄」である。
「胸の覚悟」とは、心の持ち方、心掛けである。「一期一会」の精神も、その一つだ。すなわち一回一回の出会いが一生に一度限りであると、心を定めることだ。
「作分」とは創意工夫「手柄」とは実績である。
これは、創価の対話の達人たちにも通じよう。
まず、誓願、決意という学会精神である。
次に、創造的な息吹で、智慧を湧かし、自ら戦いを起こすことだ。
そして、勝利の実証を厳然と残しゆくことである。

2009年8月17日月曜日

2009.08.17 わが友に贈る

新聞休刊日

白米一俵御書 P1596
仏になり候事は凡夫は志ざしと申す文字を心へて仏になり候なり

◇希望の明日へ
「南無妙法蓮華経」の題目は方法の体であり、いっさいの法則、学問、経教が包含されている。題目を唱えることによって、万般に通じゆく自在の境涯を求めずして自ずから得ることができるのである。あとは強盛な信心を貫いていけばよい。必ず成仏という永遠に崩れない絶対的幸福を築いていくことができる。したがって、どのような苦しみや困難があっても、題目だけは、唱え続けていくことである。

☆随筆 人間世紀の光「永遠の同志・大関西」
誓いを立て、汗を流して努力し、持てる力を出し切る。そして勝つ。これほど痛快なことはない。
人生の土台となる青春期は、懸命に戦った全員が勝利者だ。私は、いつも皆の前進を祈り、待っている。

勝負を決するのは、人数の多い少ないではなく、心を一つにする団結であるというのである。

「仏法は勝負!」
広宣流布のためには、戦わなければならない。
臆病に退いてしまえば、魔軍が増長するだけだ。
戦うなら勝つしかない。
正行の如く、後継の証明は勝利のみである。
「どんな恐ろしい困難とでも私は闘います。いや、必ず勝ってみせます」
大事なのは、この断固たる気概である。

2009年8月16日日曜日

2009.08.16 わが友に贈る

強気で行け!
強いことは幸福だ
妙法の力を
満身に漲らせ
断固と攻め勝て

聖人知三世事 P975
身を挙ぐれば慢ずと想い身を下せば経を蔑る松高ければ藤長く源深ければ流れ遠し、幸なるかな楽しいかな穢土に於て喜楽を受くるは但日蓮一人なる而已

◇今週のことば
「妙法の女性は
世界第一の宝なり」
創価の母に万歳を!
尊き母たちの祈りに
断じて勝って応えよ!
2009年08月16日

◇希望の明日へ
幸福は何によって決まるか。これが人生の根本問題である。結論的にいえば、幸福のもっとも重要な要素、それは自分自身の内なる境涯である。
大きな境涯の人は幸福である。広々とした心で、毎日を生きぬいていける。強い境涯の人は幸せ
である。苦しみにも負けることなく、悠々と一生を楽しんでいける。
深い境涯の人は幸せである。人生の深き味わいをかみしめながら、永遠にも通じゆく有意義な価値の歴史をつくりゆくことができる。
清らかな境涯の人は幸せである。その人の周りには、つねにさわやかな喜びが広がっていくのである。

▽「地区」こそ完勝の前線基地−これが学会の伝統 全幹部が激戦に飛び込め

2009年8月15日土曜日

2009.08.15 わが友に贈る

"これでもか"と
執念で語り込め!
「音も惜まず
 よばはり給いて」
友の心を揺さぶれ

妙法比丘尼御返事 P1412
釈迦仏の御敵いかなる智人・善人なりとも必ず無間地獄に堕つべし

◇希望の明日へ
目先のことばかりにとらわれたり、自分の狭い考えにのみ汲々としていては、新しい前進はない。広宣流布のため、学会のためヾ会員のため、後輩のために、心を一歩開いていったときに、自身の境涯も晴ればれと広がっていくのである。
"発想の転換"が、大きく自分を開いていく−−このことは広布の活動全般にわたって通じていくことである。

☆随筆 人間世紀の光 No.197 「師弟共戦」の8月
戸田先生は、よく呵々大笑されながら言われた。
「我々の姿は時として、貧乏菩薩や病気菩薩のように見えるかもしれない。
 しかし、それは、人生の劇を演じているんだよ。
 生命の本地は、正真正銘の地涌の菩薩なんだ。
 人生の劇ならば、思い切って楽しく演じ、勝ちまくって、妙法の偉大さを証明していこうではないか」
さあ、わが本門の勇戦の弟子たちよ、打って出る時は来た。"いよいよ"の心意気で、愉快に、痛快に、仏縁を広げゆくのだ。
今こそ、「師子王の心」を奮い起こして、声高らかに正義を叫び抜くのだ。
「スピード」だ!
「団結」だ!
「情熱」だ!
「共戦」だ!
「師子吼」だ!
そして、「八の字」の如く大きく開けゆく、八月の青空に、誉れ高き「師弟完勝」の旗印を堂々と掲げようではないか!

2009年8月14日金曜日

2009.08.14 わが友に贈る

壮年の勢いが
勝利を決する!
広布と人生の
最前線を往く
常勝将軍たれ!

諸法実相抄 P1360
ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし、釈迦仏多宝仏・十方の諸仏・菩薩・虚空にして二仏うなづき合い、定めさせ給いしは別の事には非ず、唯ひとへに末法の令法久住の故なり

◇希望の明日へ
財産や地位、名誉などは、突き詰めれば、自分の外面を飾る"衣服"や"装飾品"にすぎない。信心に励み、仏の境界を得ることこそ、崩れざる真実の喜びである。そしてその仏の境界に立脚してこそ、甚深の智慧がわき、、かぎりない慈悲の心をもっていくことができる。そこに人生の批評がある。

▽未入会のご家族・ご親族に真心の言葉を。仏法の真髄は身近な振舞にあり

☆随筆 人間世紀の光 No.197 「師弟共戦」の8月
「情熱は必ず人を承服させる唯一の雄弁家である」とは、フランスの文人ラ・ロシュフーコーの言葉だ。たとえ短時間でも、大情熱の対話から共鳴が広がる。
短期間だからこそ、電話なども有効に活用し、連絡・連携を密にした。

波は一度では足りない。押しては引き、引いては押し、一波、ニ波さらに三波と波を起こしていくのだ。
教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき』(P1187)と仰せである。我らの強盛なる祈りは、諸天を揺り動かさずにはおかない。

ともあれ、嬉しかったのは、全国の同志が、山口の広布開拓のために、馳せ参じてくれたことである。全国の同志が、私と同じ心で決戦場に臨み、対話に邁進してくれたからであった。
これほど強く、これほど美しく、これほど尊い人間の結合が、一体、どこにあるだろうか。この究極の団結で、創価は勝つのだ。

わが創価の友は、崇高なる広宣流布の大道を歩みゆく最も大切な、最も高貴な一人ひとりだ!
険しい道もある。烈風もある。しかし、だからこそ楽しい。勇気がわく。

2009年8月13日木曜日

2009.08.13 わが友に贈る

真心の一言が
相手を奮起させる
勇気の直言が
歴史を変える
「声」は力なり!

治病大小権実違目 P997
法華宗の心は一念三千・性悪性善・妙覚の位に猶備われり元品の法性は梵天・帝釈等と顕われ元品の無明は第六天の魔王と顕われたり

◇希望の明日へ
信心の境涯を開くのは、"一歩"また"一歩"の努力である。止まってはならない。行き詰まったら題目をあげ、行動して開いていく。その、たゆまぬ繰り返しによって、初めて宇宙大の境涯へと一歩一歩近づいていくことができる。

☆随筆 人間世紀の光 No.197 「師弟共戦」の8月
広布史に「札幌・夏の陣」と謳われる夏季闘争が繰り広げられたのは、昭和30年の8月であった。
私が指揮する札幌班は、10日間で388世帯の弘教を成し遂げた。班としては、前人未到の「日本一」の拡大となった。
真剣だった。一分一秒が惜しかった。スクーターの後ろに乗っての移動中も、"札幌の同志に勝利を!"と題目を唱え続けた。
短期決戦は、一日たりとも空費できない。一日一日が珠玉の時間である。一日一日が渾身の勝負だ。
その一日の勝利は、"朝の勝利"から始まる。
私は札幌の地で、同志と共に、毎朝、真剣に祈り、御書を拝しながら闘争をスタートした。

師弟相違せばなに事も成べからず』(P900)──「師弟共戦」に勝るものはない。
師弟共戦は、いかなる苦境をも勝ち越え、障魔をも打ち砕く。人智では計り知れない力を、信仰者の生命に呼び覚ますのだ。

苦難の時に、法のため、人のため、世のため、勇敢に戦い抜いた栄光と福徳は無量であり、永遠である。

2009年8月12日水曜日

2009.08.12 わが友に贈る

青年の集い来る
創価の道!
「不可能を
可能にする」
若き変革の潮流だ。

秋元御書 P1075
三千世界に満つる珍宝なれども命に替る事はなし

◇希望の明日へ
戸田先生は、ご自身のことを「なぜ会長になったのか。それは、私は妻も亡くした。娘も亡くした。そして人生の苦労を、とことんなめつくした。だから会長になったのだ」と話されていた。まことに含蓄の深い言葉である。学会の会長が名誉職であるならともかく、会長職は、庶民の苦悩と悲哀をだれよりも理解できる人でなければつとまらない。「だれよりも苦労した。だから会長になったのだ」−−この戸田先生の言葉を、幹部は、それぞれの立場で、深くかみしめていくべきである。そして人に倍する苦労を求め、苦労によって自身の信心の境涯を深めていきたい。

▽正しい者は強力でなければならぬ−哲人パスカル。強気で攻めよ。断固勝ちまくれ

☆随筆 人間世紀の光 No.196 「師弟共戦」の8月
本当の敗北は、環境や状況に左右され、「勝つ!」と決められない一念の甘さ、弱さにこそある。
その己心の一凶を破ることが、真の勇者の条件だ。
我らには、妙法という最極の生命の明鏡がある。研ぎ澄まされた信心の眼(まなこ)で、一切の事象を鋭く見極めていくのだ。
そして、時を逃さず、一気呵成に攻めるのである。不撓不屈で勝ち抜くのだ!

平和への戦いも、大事なのは勇気であり、果断であり、スピードである。

炎暑の8月を迎えるたびに、私は、師と共に"連戦連勝"の金字塔を打ち立てた歴戦を思い出す。
毎年の「夏季地方指導」である。それは、常に2週間に満たない短期決戦であった。そこに凝結し抜いた勝利勝利の歴史を刻んだ。