2021年3月22日月曜日

2021.03.22 わが友に贈る

◇今週のことば
新年度の門出の友に
こまやかな励ましを!
妙法と生きる生命には
いずこも常寂光土なり。
勝利の第一歩を力強く!
2021年3月22日

妙密上人御消息 P1240
『此等の経文は日蓮日本国に生ぜずんば但仏の御言のみ有りて其の義空しかるべし、譬へば花さき菓みならず雷なりて雨ふらざらんが如し』

【通解】
これらの経文は、日蓮がこの日本国にうまれなかったら、ただ釈尊のことばのみであって、その義が虚妄になってしまう。例えば、花が咲いて実がならず、雷が鳴って雨がふらないようなものである。

名字の言 座談会終了後の一こま 2021年3月22日
「子供 叱るな 来た道だもの 年寄 笑うな 行く道だもの」——これは『無名人名語録』(永六輔著、講談社)に収められている言葉。誰しも、幼い時期もあれば、老いることも必然だろう。だから、どんな世代の人にも優しいまなざしを向けよう、との思いが伝わってくる▼座談会の終了後、多宝会の夫妻が草創の体験を聞かせてくれた。小さな山村で、学会に入った途端、村八分にあった。「そのおかげで負けじ魂が磨かれた」。30キロ、40キロ離れた友の家へも、二人して自転車で激励に通った。タイヤがパンクし、夜通し、自転車を押して帰ったことも。「歩き歩き学会歌を歌ったよね」「星空もきれいやった」と夫妻は楽しそうに語っていた▼気付けば、未来っ子たちが瞳を輝かせて集まっていた。青年たちも加わってきた。皆、正座して話に聞き入っている。夫妻も若い命に触れて元気を増していた▼思想家・新渡戸稲造は「真に偉大なる人とは青年と心を結べる人なり」との箴言を紹介しつつ、「真に希望にみちた青年とは、老年と心を結べる人である」ともつづっている(原文は英語、佐藤全弘訳)▼世代や立場を超え、老若男女が心を結んで進む創価家族。この連帯が広がれば、地域社会はもっと明るくなるに違いない。(実)

寸鉄 2021年3月22日
正しき宗教が民衆を救うとの信念で進め—恩師。さあ立正安国の道堂々と
関西男子部の日。常勝の闘魂を継ぐ師子の陣列。勇気の拡大で歴史を創れ
「時間を充実させることが幸福」哲人。人に尽くす我らの実践に無上の価値
複数人での飲食—ここに感染リスクと。皆が意識し再拡大防ぐ対策を徹底
国連「世界水の日」。持続可能な未来へ行動の変革を。依正不二の視座こそ

〈社説〉 2021・3・22 新型コロナに挑むドクター部
◇抜苦与楽の聖業に心から感謝
昨年来の新型コロナウイルス感染症の大流行。第1波、第2波、第3波と次々と襲い来るウイルスの脅威に、文字通り、身をていして立ち向かってきたのが、医療従事者の方々であり、ドクター部の友だ。
本紙5面「信仰体験のページ」では、未聞の苦難に、ドクター部のメンバーが何を思い、どう行動を起こしてきたのかを紹介。また、SOKAチャンネルVOD(ビデオ・オン・デマンド)でも「ドクター部セミナー」として、免疫が専門の医学博士(血液学)が、コロナ診療の知見を踏まえ、免疫力を高める生活習慣について語り、好評を博している。
こうした献身の姿に脈打つ、"勇気"と"希望"の魂——。都内のある総合病院では、増え続ける感染者に対応するためコロナ対策チームを発足。消化器内科が専門の青年医学者会議の友は当初、不安に襲われた。だが、「こういう時だからこそ、自分が行く」と志願。多くの患者を診てきた。
中部の女性医学者会議のメンバーは、救急医・集中治療医として、ICU(集中治療室)で人工呼吸器をつけた重症患者の治療に全力を挙げる。少し前まで会話もできていた人が、あっという間に、重症化する厳しい現実に「私にできることをやるしかない」と強く誓う。
現在、新たな脅威として、大きな注目を集め、現実に多くの患者を苦しめているのがコロナによる後遺症だ。
クリニック開業医の友は、コロナ後遺症の専門外来を立ち上げ、これまで1400人以上を診察・治療してきた。「患者さんが求める的確な治療に加え、『大丈夫ですよ』との一言に祈りを込めています」と語る。
日本国内のワクチン安定供給のため、海外の製薬会社と提携し、プロジェクトリーダーとして、日夜奮闘する関西薬学部会のメンバーもいる。
彼ら彼女らの胸に通底するのは、生命尊厳の思想であり、「『まことの時』に師弟不二の模範を示す!」との熱く燃える誓願だ。
米・ハーバード大学での講演「21世紀文明と大乗仏教」で池田先生は、エゴイズムにとらわれた「小我」ではなく、他者に尽くし抜く生き方について触れ、「『大我』とは、一切衆生の苦を我が苦となしゆく『開かれた人格』の異名であり、常に現実社会の人間群に向かって、抜苦与楽の行動を繰り広げる」と述べた。
患者の中へ、人間の中へ飛び込み、「生命の世紀」を開きゆく創価の薬王菩薩・ドクター部。勇敢に、粘り強く、目の前の現実に挑む抜苦与楽の聖業に、心からの感謝とエールを送りたい。

☆白蓮グループ総会への池田先生ご夫妻のメッセージ
◇自分らしく幸福の門を勝ち開け
日蓮大聖人が「最上第一の相伝」(御書781ページ)とされた、「当起遠迎、当如敬仏(当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし)」(法華経677ページ)の精神を、どこよりも明るく実践し、貫き通しているのが、白蓮姉妹です。
各地に希望の春を告げる、麗しき総会、誠におめでとう! 妻と拍手し見守っています。
いずこの地域でも、新しい社会様式の中、懸命に祈り、工夫し、奮闘してくれて、本当にありがとう!
一人一人の尊き献身は、全て御本仏が御照覧です。乱世に負けない女性門下を讃えられた御聖訓には、「ねふかければはかれず・いづみに玉あれば水たえずと申すやうに・御信心のねのふかく・いさぎよき玉の心のうちに・わたらせ給うか」(御書1479ページ)と仰せです。
現実は思うようにならない悩みも多いことでしょう。しかし、妙法を唱え行ずる自身の生命は、何があっても揺るがない。福運と智慧の泉が滾々と湧き出でて、絶対に行き詰まらないことを大確信していってください。
そして、最高の善知識である学会家族と共に、仲良く朗らかに励まし合いながら、自分らしく伸びやかに、新しき広布と平和と幸福の門を勝ち開いていただきたいのであります。
皆さんの健康・無事故とご家族の限りなき繁栄を、妻と毎日、一生懸命、祈り抜いていきます。
創価の希望勝利の太陽、白蓮グループ、万歳!
皆、胸を張って、毅然と誇らかに咲き光れ!

☆白樺会 あす結成35周年 2021年3月20日
あす21日、白樺会(婦人部の看護者の集い)結成35周年を迎える。
1986年(昭和61年)3月21日、池田大作先生が結成式に出席し、「生命を/こよなく愛し/慈しむ/あゝ白樺の/悲母に幸あれ」との和歌を詠み贈った。後にこの日は「白樺会の日」になった。
師との永遠の原点を胸に、今日も医療の最前線で人々に勇気と希望を送る白樺の友。
平栗委員長は誓う。「報恩感謝の心で、慈悲の看護に徹し抜きます」

☆励まし御書—人間革命の光で 冬は必ず春となる—試練の時こそ勇気の信心を
身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生の指導を学ぶ「励まし御書」。今回のテーマは「冬は必ず春となる」です。人生のいかなる苦難に直面しても、この希望の大哲理を胸に光らせ、共に励まし合いながら、一歩また一歩と前進してきたのが創価の同志です。冬のような試練の時にこそ誓いを光らせ、「幸福の春」「勝利の春」を開きゆく信心を、御書と小説『新・人間革命』を通し学んでいきたいと思います。(創価新報2021年1月20日付から)

◇御 文
『法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を』(妙一尼御前御消息、1253ページ)

◇通 解
法華経を信じる人は冬のようです。冬は必ず春となります。昔より今まで、聞いたことも見たこともありません。冬が秋に戻るということを。また、今まで聞いたこともありません。法華経を信じる人が仏になれず凡夫のままでいることを。

◇解 説
「妙一尼御前御消息」は、建治元年(1275年)5月、日蓮大聖人が身延で著され、門下の妙一尼に送られました。
竜の口の法難、佐渡流罪と大難が打ち続き、門下にも弾圧が及ぶなか、強盛に信仰を貫いていた妙一尼と夫ですが、残念ながら、夫は大聖人が佐渡流罪を赦免される前に亡くなりました。自身も体が弱く、病の子らを抱えながらも、師匠をお守りしようと純粋な信心を貫く妙一尼に、大聖人が全魂の励ましを送られているのが本抄です。
寒さの厳しい冬も、そのあとには必ず、暖かい春が訪れます。大聖人は、同じように、信心を貫き通していく人は、いかなる苦難があっても必ず勝利の春を迎えることができると教えられています。
桜のつぼみのもととなる「花芽」は、夏までに形成され、秋に一度「休眠」状態に入ります。そして、冬の寒さにさらされることで眠りから覚め、開花へ向けた本格的な成長を開始します。これが「休眠打破」です。
「冬」には、元々持っていた力、眠っていた可能性を目覚めさせる働きがある——この原理は、人生や仏道修行にも通じます。
私たちの生命には、仏性といういわば「仏の種」が具わっています。無限の可能性を秘めたこの種を「休眠打破」するものこそ、人生におけるさまざまな苦難との戦いです。
試練の冬にも、勇気の信心で立ち向かい、忍耐強く前進していく人は、自らの仏の生命を最高に輝かせ、無量の福運を積み、勝利の花を咲かせていくことができるのです。
「冬は必ず春となる」との確信で、希望・勝利の前進をしていきましょう!

◇小説『新・人間革命』より
(女子部員の姉妹を励まして、山本伸一が語ります)
寒い冬があるから、暖かい春が待ち遠しいし、春になった時には喜びがある。いつも春ばかりだったら、喜びを味わうことなんかできないじゃないか。
人生も一緒だよ。いつも春ばかりではない。冬のように、辛いこと、苦しいこともある。しかし、それに負けないで、必ず春が来るのだと信じて、頑張り続けていくことだ。(中略)
自分を磨き、深めていくために、何か目標を決めて、苦しいなと思っても、負けずに挑戦していくことだよ。苦労というのは、本当は、人間としての最高の財産なんだ。
花が春になると、きれいに咲き香るのは、それまでに、たくさんの養分を蓄えてきたからなんだ。あなたたちも、人生の幸福という花を咲かせてほしい。そのための生命の養分が信心であり、仏道修行なんです。(第5巻「歓喜」の章)

2021年3月21日日曜日

2021.03.21 わが友に贈る

「一つの出会い」
「一人との語らい」から
人間革命の劇は始まる。
地域に対話の春風を!
"友情桜"を満開に!

太田入道殿御返事 P1010
『世尊大悲導師阿闍世王のために月愛三昧に入りたもう三昧に入り已つて大光明を放つ其の光り清凉にして往いて王の身を照すに身の瘡即ち愈えぬ』

【通解】
大悲の導師であられる釈尊は、阿闍世王のために月愛三昧に入られた。そのあと大光明を放たれた。その光は清凉であり、阿闍世王のもとに届いて王の身を照らすと、悪瘡はたちまち治った。

名字の言 「ダメな子なんか一人もいない」 2021年3月21日
かつて「知恵遅れ」という言葉があった。現在の知的障がいを指すその表現に、「ねむの木学園」設立者の宮城まり子さんはずっと疑問を覚えていたという。同学園は日本初の肢体不自由児養護施設である▼どんな子にも「かくれた才能(能力)」があると、宮城さんは信じた。知恵が遅れていると捉えるのではない。本来無限にある知恵が"ゆっくり、ゆっくり、育っている"と見るのだ。その"お手伝い"をするのが教育ではないか。「ダメな子なんか一人もいない」。それが彼女の信念だった(渡邊弘著『宮城まり子とねむの木学園』潮出版社)▼釈尊の弟子・須梨槃特の故事を思い出す。彼はたった14文字の教えを暗唱するのにも3年を要し、教団の仲間から軽蔑された。だが師だけは見放さなかった。釈尊の慈愛の励ましを受け、彼は見事に悟りを開く▼須梨槃特の"才能"は師の心を純粋に受け止め、一つの修行を「最後までやり抜く力」だったのかもしれない。それを仏は見抜いていたのだろう▼きょう21日は宮城まり子さんの没後1年であり、誕生日でもある。生前、本紙の取材にこう語っている。「みんなに『ダメ』と言われている子に幸せをあげたい」。一番苦労した人が一番幸せに——ここに、私たち創価の信念がある。(之)

寸鉄 2021年3月21日
「即身成仏と申す大事の法門これなり」御書。春の彼岸。題目が最高の追善
九州の日。広布の突破口を我らが!誠実の励ましで信頼結ぶ先駆の勇者よ
東北青年部の日。君らの勝利が復興の光。偉大な人材城築く新たな10年へ
真心で抜苦与楽に尽くす看護師の皆様に最敬礼!きょう白樺会の日35周年
孤立や孤独に悩む若者が増加。地域の声掛け更に。3月は自殺対策強化月間

〈社説〉 2021・3・21 「世界詩歌記念日」に寄せて
◇人間を結ぶ"詩心"の復興こそ
社会に分断が生じ、人類が危機に直面する時、「詩」の言葉が切実に求められる。優れた詩人の声には、人間と人間、人間と社会を結ぶ力があるからだ。
昨年、コロナ禍の中でノーベル文学賞を受賞したのは、アメリカの詩人ルイーズ・グリュックさんであった。また今年1月、アメリカのジョー・バイデン氏の大統領就任式で、若き詩人アマンダ・ゴーマンさんが自作の詩を朗読した。"差異を超えた団結"を詩情豊かに呼び掛けた彼女。それは、新しいアメリカの出発を象徴する一幕だった。
きょう3月21日は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が定める「世界詩歌記念日」である。詩人とは誰か——。「戦う人である」と、世界的な文化芸術団体から「桂冠詩人」等の称号を受けてきた池田先生はつづる。「彼(詩人)は、世界のどこかで非人間的に扱われる人間がいることを容認できない」と。
カリブ海の詩人エドゥアール・グリッサンは、奴隷船でアフリカから連行された黒人を祖先に持つカリブ海の人々と分かち合う"共同体の詩"を目指した。それは、故郷から切り離された歴史を、カリブ海という新たな土地との"豊かな交わり"と捉え直す挑戦でもあった。
ナチスのホロコースト(ユダヤ人大虐殺)で両親を奪われたユダヤ人の詩人パウル・ツェランをはじめ、"アウシュビッツの悲劇の後で詩を書くことの意味"と向き合い続けた詩人もいる。彼らの戦いとは、奴隷制やホロコーストといった「非人間性」の顕現に対して、その対極にある「詩心」によって、"防波堤"を築くことだったといえよう。
若き日より詩作を重ね、約600編に及ぶ詩をつづってきた池田先生もまた、言葉の力で民衆を励まし、民衆に希望を送り、民衆を睥睨する悪と戦い抜いてきた。先生は、「一人の人間こそ全宇宙という織り物を結びつける結び目であり、どの一人なくしても宇宙は完全ではない」と訴える。そして、この仏法の説く宇宙的ヒューマニズムを言葉に結晶させ、人間に具わる無限の可能性と尊厳性を歌い上げてきた。
思えば、米大統領就任式のゴーマンさんの詩も、底流に込められた"希望は私たちの中にある"とのメッセージが光った。希望を生み出す"真実の詩"を、時代はいよいよ渇望しているのだ。
詩心の復興が、人間性の復興につながる。今こそ、詩人の声に耳を傾けよう。そして、私たち自身が、日々の祈りを根本に、世界の美しさをありのままに映せる心を磨こう。わが言葉と振る舞いで、"世界はかくも美しい。人間はかくも強く気高い"ことを証明していきたい。

☆四季の励まし "語らいの春"を軽やかに 2021年3月14日
◇池田先生の言葉
励ましとは、
落胆を
勇気に転ずる力である。

苦しみに
打ち勝つためには、
何よりも
励ましが必要なのだ。
励ましは勇気の母となる。

対話という
鏡に照らされて、
人は他者を知り、
自分を知る。
対話が、自己の殻を破り、
境涯を拡大するのだ。

対話で大切なのは、
「よく聞く」ことだ。
「聞くこと」は
「学ぶこと」であり、
それだけ世界が広がる。
尊敬の心をもって、
誠実に接していけば、
対話は自然に弾む。
心を通わせていくために
対話はあるのだ。

自分のいる場所で、
自分の身近な縁に
目を向けて、
そこから、
勇気の対話の一歩を
踏み出すことだ。
ここで戦うと
腹を決めれば、
会う人、縁する人に
向き合う一念が変わる。
自分の祈りが深まれば
相手も環境も変わる。

人間は
人間の中で磨かれ
鍛えられる。
一人の
真の友人ができれば、
すごいことだ。
その向こうには、
何人もの友がいる。
誠実に一人また一人と、
「善の連帯」を
広げるのだ。
そこに実質的な
広宣流布の拡大がある。

春だ。花咲く春だ。
生命輝く春だ。
希望の春、
生き生きと伸びゆく春だ。
さあ、わが友よ、
創価の生命の陽光を
輝かせながら、
足取りも軽やかに、
勇んで打って出よう!

【写真説明】赤やピンク、紫、黄色……。色とりどりの花々が咲き誇る。1993年(平成5年)3月、池田大作先生がアメリカ・サンフランシスコでシャッターを切った。
この年の1月、池田先生は北南米の平和旅へ出発。約2カ月間で6カ国9都市を訪れた。大学や学術機関で記念講演を行ったほか、アメリカ公民権運動の母ローザ・パークス氏や、ブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁など、各国の識者・指導者と会談。平和で公正な地球社会へ、心通う語らいを弾ませた。
さあ、行動の春が来た。「春」を表す英語「spring」には、「跳躍」「ばね」との意味もある。弾む心で希望の語らいを広げ、友情の花を満開に咲かせよう。

☆励まし御書—人間革命の光で 冬は必ず春となる—試練の時こそ勇気の信心を
身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生の指導を学ぶ「励まし御書」。今回のテーマは「冬は必ず春となる」です。人生のいかなる苦難に直面しても、この希望の大哲理を胸に光らせ、共に励まし合いながら、一歩また一歩と前進してきたのが創価の同志です。冬のような試練の時にこそ誓いを光らせ、「幸福の春」「勝利の春」を開きゆく信心を、御書と小説『新・人間革命』を通し学んでいきたいと思います。(創価新報2021年1月20日付から)

◇御 文
『法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を』(妙一尼御前御消息、1253ページ)

◇通 解
法華経を信じる人は冬のようです。冬は必ず春となります。昔より今まで、聞いたことも見たこともありません。冬が秋に戻るということを。また、今まで聞いたこともありません。法華経を信じる人が仏になれず凡夫のままでいることを。

◇解 説
「妙一尼御前御消息」は、建治元年(1275年)5月、日蓮大聖人が身延で著され、門下の妙一尼に送られました。
竜の口の法難、佐渡流罪と大難が打ち続き、門下にも弾圧が及ぶなか、強盛に信仰を貫いていた妙一尼と夫ですが、残念ながら、夫は大聖人が佐渡流罪を赦免される前に亡くなりました。自身も体が弱く、病の子らを抱えながらも、師匠をお守りしようと純粋な信心を貫く妙一尼に、大聖人が全魂の励ましを送られているのが本抄です。
寒さの厳しい冬も、そのあとには必ず、暖かい春が訪れます。大聖人は、同じように、信心を貫き通していく人は、いかなる苦難があっても必ず勝利の春を迎えることができると教えられています。
桜のつぼみのもととなる「花芽」は、夏までに形成され、秋に一度「休眠」状態に入ります。そして、冬の寒さにさらされることで眠りから覚め、開花へ向けた本格的な成長を開始します。これが「休眠打破」です。
「冬」には、元々持っていた力、眠っていた可能性を目覚めさせる働きがある——この原理は、人生や仏道修行にも通じます。
私たちの生命には、仏性といういわば「仏の種」が具わっています。無限の可能性を秘めたこの種を「休眠打破」するものこそ、人生におけるさまざまな苦難との戦いです。
試練の冬にも、勇気の信心で立ち向かい、忍耐強く前進していく人は、自らの仏の生命を最高に輝かせ、無量の福運を積み、勝利の花を咲かせていくことができるのです。
「冬は必ず春となる」との確信で、希望・勝利の前進をしていきましょう!

◇小説『新・人間革命』より
(女子部員の姉妹を励まして、山本伸一が語ります)
寒い冬があるから、暖かい春が待ち遠しいし、春になった時には喜びがある。いつも春ばかりだったら、喜びを味わうことなんかできないじゃないか。
人生も一緒だよ。いつも春ばかりではない。冬のように、辛いこと、苦しいこともある。しかし、それに負けないで、必ず春が来るのだと信じて、頑張り続けていくことだ。(中略)
自分を磨き、深めていくために、何か目標を決めて、苦しいなと思っても、負けずに挑戦していくことだよ。苦労というのは、本当は、人間としての最高の財産なんだ。
花が春になると、きれいに咲き香るのは、それまでに、たくさんの養分を蓄えてきたからなんだ。あなたたちも、人生の幸福という花を咲かせてほしい。そのための生命の養分が信心であり、仏道修行なんです。
(第5巻「歓喜」の章)

2021年3月20日土曜日

2021.03.20 わが友に贈る

「仏教の四恩とは
一には父母の恩」
広布に励むことが
最高の親孝行となる。
報恩の人生を歩もう!

曾谷殿御返事 P1056
『法華経の敵を見ながら置いてせめずんば師檀ともに無間地獄は疑いなかるべし』

【通解】
法華経の敵を見ながら、放置して責めなければ、師匠も弟子もともに無間地獄に堕ちることは疑いない。

名字の言 「戦争の象徴」を「平和の象徴」へ 2021年3月20日
人生を十二分に生きるためには、自分に授けられた「いのちを見つめる作業が必要」。広島経済大学の岡本貞雄教授が本紙で語っていた▼教授のゼミでは沖縄戦跡を徒歩で巡り、戦争体験者の証言を現地で聞く活動を実施。学生は戦火から人々が逃げ惑った地を実際に歩き、当時を思いつつ、自身を見つめるという。先日、恩納村の沖縄研修道場で米軍の核ミサイル発射台跡も見学した。教授は「基地跡を平和の発信地として生かされた見識と発想に感銘しました」と▼道場が建設中の時、敷地内には米軍の核ミサイル・メースBの発射台が残っていた。コンクリートの塊の解体は容易ではなかった。1983年3月、池田先生は道場を初訪問し、発射台を視察。その折、「解体が容易でないならば、そのまま残して平和を象徴するものにしたらどうか」と提案した▼翌年、発射台は「世界平和の碑」に生まれ変わった。ノーベル平和賞を受賞したジョセフ・ロートブラット博士をはじめ、国内外の識者が訪れ、「戦争の象徴」を「平和の象徴」へと転換した先生の発想に称賛を寄せている▼一人一人の心に、"平和の砦"を築く——ここに、創価学会の挑戦がある。一人一人が"平和建設の主人公"として、生命尊厳の哲理を語り広げよう。(踊)

寸鉄 2021年3月20日
「人貴きが故に所尊し」御書。わが地域が使命の宝土。皆が希望の灯台に
長崎の日。青年を先頭に立正安国の祈り強く前進励ましの声掛け隅々まで
きょう北陸婦人部の日。勇気の対話で仏縁を拡大友の心に福徳の花束を!
コンビニ各社が食品ロス削減に本腰と。わが家の食卓も意識改革から開始
乳幼児の呼吸器感染症が増加。対策とともに家族で手洗い、マスクを徹底

☆池田華陽会御書30編 佐渡御書
◇「師子王の心」で勝利の人生を
今月は「佐渡御書」を学びます。池田先生は語られています。
「私の心の中には、いつも戸田先生がいます。戸田先生の師子王の生命が、常に、私に最大の勇気と智慧を与えてくださいます」「広布の師弟が一体となった時に、胸中に師子王の仏の生命が満ちあふれてきます。日蓮仏法は、民衆の誰もが師子となり、自他共の幸福と平和を実現する師子の連帯を世界に築き上げる宗教です。自分自身が賢明になり、強くなり、人々に幸福を広げていく主体者となる。一人ひとりが師子王となる宗教です」
師弟不二の勇気の信心を学び、後継の「3・16」から、誓いも新たに出発していきましょう。

◇本抄について
日蓮大聖人は、文永8年(1271年)9月12日、大聖人を敵視する僧侶と結託した幕府の権力者らに、不当に捕らえられ、斬首の危機に直面する「竜の口の法難」に遭われました。
斬首は失敗に終わりますが、なおも迫害を企てる者の讒言(嘘の告げ口)などもありました。同年、佐渡への流刑に処せられます。厳寒の佐渡に流されることは、当時は普通であれば生きて帰ることなどできない、死罪にも等しい刑でした。
この頃、迫害は鎌倉などの門下にも及び、投獄や所領没収という激しい弾圧で退転を迫られ、多くの門下が信心を揺さぶられていました。
本抄は、文永9年(1272年)3月20日、こうした大難のただ中に大聖人が佐渡で記され、全門下に向けて与えられた渾身の激励の書です。

◇御文
『悪王の正法を破るに邪法の僧等が方人をなして智者を失はん時は師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし例せば日蓮が如し、これおごれるにはあらず正法を惜む心の強盛なるべし』(御書957ページ8行目〜10行目)

◇通解
悪王が正法を破ろうとし、邪法の僧らがその味方をして、智者をなきものにしようとする時は、師子王の心を持つ者が必ず仏になるのである。例を挙げれば、日蓮である。
これは、おごりによるものではない。正法を惜しむ心が強盛だからである。

◇解説
信心を根本に苦難と戦うなかで、胸中の「師子王の心」は、いよいよ強くなり、輝きます。
大聖人は、本抄の冒頭を"人間が最も恐れるものは「死」であり、誰人にとっても、命以上に惜しいものはない"と書き起こされます。大聖人が佐渡に流罪され、自分たちも身命に及ぶ迫害の渦中にあって、門下の人々は、こうした一言一言を胸に迫る思いで拝したに違いありません。
続いて大聖人は法華経の経文を引かれ、何よりも尊いこの「身命」を尽くし、仏法のために生き抜いていくならば、「必仏となる」(御書956ページ)、すなわち、必ず成仏の境涯を開くことができると述べられます。
そして、大切なわが命を、浅いことのために捨ててしまうのではなく、どこまでも「大事の仏法」(同ページ)のために生き抜き、尊き人生を最高の価値ある一生にしていくべきことを示されました。
大聖人は、次に、過去の偉大な聖人や菩薩たちが、みな「時」に適った正しい実践を貫いて仏になったことを述べられます。こうした「昔の大聖」(御書957ページ)に脈打っていたのは、仏の正しい教えを何より大切に守り、命を懸けて人々に伝えようとする心でした。
それに対して、「当世の学者等」(同ページ)、つまり、大聖人一門を迫害する当時の諸宗の僧らについて、大聖人は、彼らの本質が、権力に迎合する臆病な「畜生の心」(同ページ)であると喝破されます。このあとに続くのが、今回の拝読御文です。
正しい法を破ろうとする権力者と、邪法の僧らが結託し、民衆の幸福のために戦う「智者」に迫害を加えてくる時——このような「時」にあっては、決して悪を恐れない「師子王の如くなる心」で立ち上がる者こそが、仏の境涯を開くことができると、大聖人は力強く宣言されます。
ここで「例せば日蓮が如し」と仰せです。竜の口の法難、佐渡流罪と、打ち続く、命に及ぶ大難を受けられながらも、大聖人は広宣流布の誓願を貫き、一切を勝ち越えられました。事実、文永11年(1274年)2月には、佐渡流罪を赦免。翌月、鎌倉への帰還を果たされます。
大聖人は、迫害の嵐のなかで、弟子の一人一人に"今こそ、私と同じ「師子王の心」で立ち上がり、勝利の人生を歩み抜いていくのだ"と、心から呼び掛けられました。
自らが、師と同じ「師子王の心」で、いかなる苦難にも負けない生命の力を発揮していけるのが「信心」です。勇気凜々と題目を唱え、師弟不二の大道を歩んでいきましょう。

◇池田先生の指針から
師が師子王であれば、弟子も師子王となるのです。何があっても負けない。師子となって戦っていく。これこそ、誇り高き創価の人間革命の真髄です。
大聖人は、佐渡流罪の法難の中に、精神の王者として厳然と叫ばれました。
「悪王の正法を破るに邪法の僧等が方人をなして智者を失はん時は師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし例せば日蓮が如し」(御書957ページ)(中略)
いかなる苦難の嵐があろうとも、師子王となって一人立つ。この負けじ魂の勇者が「必ず仏になるべし」なのです。(『人間革命の宗教』)
◇ ◆ ◇
信心とは、いかなる逆境をも乗り越えていく師子王の如くなる心です。
強盛な信心の人に、恐れるものなど何もない。信心さえあれば、不撓不屈の信念がこみ上げてきます。信心の強さは、豊かな人生を約束します。正しい信心を貫き通した時に、人生の幸福勝利が開けないわけがないのです。(『信仰の基本「信行学」』)

研さんのために
〇…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第1巻(聖教新聞社)
〇…「大白蓮華」2021年3月号「世界を照らす太陽の仏法」(同)

2021年3月19日金曜日

2021.03.19 わが友に贈る

行き詰まった時こそ
同志や先輩に相談を!
創価の世界は
苦悩を希望に転じる
生命の安全地帯だ。

法華経題目抄 P940
『たとひさとりなけれども信心あらん者は鈍根も正見の者なりたとひさとりあるとも信心なき者は誹謗闡提の者なり』

【通解】
たとえ理解はなくても信心のある者は、鈍根でも正見の者なのである。反対にたとえ理解はあっても、信心のない者は誹謗闡提の者なのである。

名字の言 ブラジルSGI発展の要因は「師弟」 2021年3月19日
「私は28歳。ブラジル婦人部は28歳!」。これが「南米広布の母」と慕われた婦人の口癖だったという▼28歳で日本からブラジルに移住。当時、ブラジルは軍事政権下で、創価学会に対して警戒の目を向けていた。試練の中で、彼女は"日本までの物理的な距離は遠いけど、池田先生との心の距離は最も近い国に"と決める。祈りに祈り、友の激励に駆けた。その足跡はペルーやウルグアイなど南米各地にも及ぶ。冒頭の言葉は、初心を貫く決意の表れでもあった▼宗教社会学者の渡辺雅子氏は、ブラジルSGI発展の要因の一つとして、同国になじみの薄い「師弟」という考えを形成したことを挙げている(『ブラジル日系新宗教の展開』東信堂)▼誰に言われずとも、弟子として自分自身が師に誓った信念の道を、何があろうと敢然と進む。その誇りと歓喜を分かち合おうと、目の前の一人と心を結んでいく。世界広布のドラマは、こうした幾万の勇者によって織り成されてきた▼師弟とは、ただ師に弟子が従う一方通行の関係ではない。弟子が師の心をくみ、自ら誓願を立て、新しい戦いを起こす中に脈動するものだ。池田先生は、「創価の心」とは「自発の心」——と。この「心」がある限り、広宣流布の未来に行き詰まりはない。(芯)

寸鉄 2021年3月19日
人生の問題は対話でなくては通じない—牧口先生有意義に語らう座談会を
福岡・筑紫総県の日。誓いに生き抜く勇者は強し!先駆と勝利の旗高らかに
東京・千代田の日。仲良き団結が誇り。創価の全権大使の気概で堂々と進め
20代の「高ストレス者」が増加。孤立が原因の一つと。温かな声掛け今こそ
流感の患者が過去最少。手洗い・マスク等の効果大。感染対策ゆるみなく

〈社説〉 2021・3・19 あさって「白樺会の日」35周年
◇尊き生命を守る友に最敬礼
明後21日は、看護の仕事に携わる婦人部の集いである「白樺会の日」。1986年(昭和61年)3月21日の結成から、35周年を迎える。
池田先生の提案によって、女子部の看護師メンバーによる「白樺グループ」が発足したのは69年(同44年)6月6日。"生命の守り手として、職場の第一人者に"との師の限りない期待を胸に、友は「生命の世紀」の創造を誓い合った。
先生は当時の真情を小説『新・人間革命』第14巻「使命」の章につづっている。「みんなが、自身の使命を自覚し、自身に挑み勝っていくならば、『白樺グループ』は、最も清らかで、最も強く、一番、信頼と尊敬を集める、功徳と福運にあふれた女性の集まりになるよ。楽しみだ、楽しみだね……」
この結成から17年を経て、婦人部に進出した友が"婦人部にも白樺を"と祈り抜く中で、「白樺会」は誕生した。
先生が、看護の仕事に携わる友の集いの名称に冠した「白樺」の木は、生命力が強いことで知られる。伐採後の荒れ地や山火事の後などでも真っ先に育ち、後に生えてくる木々を守ることから「パイオニアツリー(先駆樹)」「ナースツリー(保護樹)」としても名高い。まさに、未曽有のコロナ禍という危機の時代にあっても、不撓不屈の心を燃やし、慈悲の看護を貫く友の姿そのものである。
「看護」の現場は多岐にわたる。病院等の医療施設で命を守るために昼夜を分かたず奮闘する友をはじめ、皆が医療の最前線で「いのちこそ宝! 生命の世紀の太陽たれ」「希望と安心! 創価の慈悲の天使たれ」「師と共に! 幸福勝利の白樺会たれ」との白樺会指針を抱き締めて進む。
社会に不安が渦巻く時代の中で、どうすれば、患者が抱える不安を希望に転じられるか。心に安心と勇気の灯をともせるか。常に自らに問い、思いを分かち合える白樺の友とオンライン等で励まし合いながら、それぞれの使命の舞台で、患者への真心の声掛け、一つ一つの振る舞いに祈りを込める。「いのちこそ宝」との"白樺の心"を広げる妙法の看護者たちのスクラムは、社会に安心の光、蘇生の力を送りゆく希望の灯台なのである。
池田先生はかつて、白樺会の友に贈ったメッセージで呼び掛けた。
「『白樺の心』——それは『生命尊厳』の平和の究極です。『白樺の振る舞い』——それは『抜苦与楽』の慈悲の模範です。『白樺の前進』——それは『師弟不二』の勝利の鑑です」と。
尊き生命を守り、慈悲の献身を続ける全ての白樺の友の無事安穏を、皆で真剣に祈念し、心からの感謝をささげたい。

☆3月度座談会拝読御書 乙御前御消息(身軽法重抄)
◇拝読御文
『いよいよ強盛の御志あるべし、冰は水より出でたれども水よりもすさまじ、青き事は藍より出でたれども・かさぬれば藍よりも色まさる、同じ法華経にては・をはすれども志をかさぬれば・他人よりも色まさり利生もあるべきなり』(御書全集1221ページ4行目〜6行目、編年体御書790ページ4行目〜6行目)

[池田先生の指針から] 栄光は"挑戦王"に輝く
日蓮仏法は、「挑戦」の宗教である。
妙法とともに、月月・日日に蘇生した生命力で、たゆまず新たな価値を創造する挑戦だ。
御書とともに、人生のいかなる試練、なかんずく自他共の生老病死の苦悩を打開する挑戦だ。
同志とともに、現実社会の課題に立ち向かって、幸と平和の連帯を広げゆく挑戦なのである。(中略)
私の胸には、大関西の草創の母の叫びが蘇る。
「寝ても覚めても、みんな幸せになって欲しゅうて、人材が欲しゅうて、一心に歩き回りました」と。
幾つになろうと、挑戦を止めない信仰者の命は、ますます若々しく、ますます朗らかに冴え光る。
「いよいよ強盛の御志あるべし、冰は水より出でたれども水よりもすさまじ、青き事は藍より出でたれども・かさぬれば藍よりも色まさる」(御書1221ページ)と御聖訓に仰せの通りである。
法華経の会座では、年を重ねて疲弊していた長老たちも、未だかつてない師匠の師子吼に歓喜踊躍し、生まれ変わった息吹で、今再びの挑戦を開始した。
信心の心は自在であり、誓願の祈りは無限である。
「いままで・しりぞかせ給わぬ事申すばかりなし」(同1224ページ)——健気な母を讃えられたこの一節は、創価の多宝の父母への御賞讃と拝されてならない。
わが師・戸田城聖先生は、「信心こそ惰性を打ち破って、自分も家庭も地域も、一つ一つ、より良く変えていくための挑戦である」と指導された。
どんな小さなことでもよい。具体的に明確に祈りながら、新しい何かにチャレンジしていくことだ。
一日に一人でもよい。真心込めて声をかけ、励まし、仏縁を結んでいくことだ。(中略)
今、うれしいことに、華陽の乙女、創価の若師子、普賢の俊英が溌剌と地涌の拡大に挑んでくれている。
この若人たちと共々に、わが地域に新たな「挑戦の友」を一人また一人、増やしていこうではないか!
栄光は、朗らかな「挑戦王」にこそ輝くのだから!(「大白蓮華」2018年2月号、巻頭言)

◇今日より明日へ 常に前進の心で
[キーワード1] 師を求め抜く
日蓮大聖人の願い——それは、妙法を持つ一人一人が強盛な信心を貫き、成仏の境涯を得て、人生を勝利していくことにほかなりません。
本抄を頂いたのは、乙御前の母です。彼女は、夫と離別し、幼い娘を育てていました。
乙御前の母は、大聖人が佐渡流罪に処されていた時、鎌倉から大聖人のもとを訪れています。弾圧を受けて、多くの門下が退転していた頃です。当然、今のような交通網は整備されていません。
さらに後年、身延に移られた大聖人のもとにも足を運んでいます。
大聖人は他の御書で、乙御前の母のけなげな信心をたたえて、「いまだきかず女人の仏法をもとめて千里の路をわけし事を」(御書1216ページ)と仰せになっています。
乙御前の母の、"どんな時も師匠を求めていく姿勢"こそ、大聖人門下の模範です。
池田先生は、本抄を拝して語っています。
「『大聖人のもとに足を運ぶ』とは、今日の私たちに当てはめれば、師弟の心のギアをがっちりと合わせて、広宣流布の本舞台で勝利の金字塔を打ち立てるということです。師弟の間は、物理的な距離ではありません。『一念』と『行動』がどうか——師弟の精神といっても、この一点に収まるのです」
困難な状況が続く今こそ、信心の真価が問われる時です。日々、自身の「一念」を広宣流布に定め、粘り強い「行動」を広げる中に、自他共の幸福の輪が広がることを確信していきましょう。

[キーワード2] 生涯、持続の信心を
大聖人は、拝読御文の冒頭で「いよいよ強盛の御志あるべし」と、ますます求道の心で信心に励んでいくことを示されています。
続いて、信心の修行を重ねる大切さを、「従藍而青」の例えを通して教えられています。「従藍而青」は、古代中国の思想家・荀子の「青はこれを藍より取りて、しかも藍よりも青し」との言葉に由来します。
藍は、青色を出すための染料になる植物です。この緑色の葉から採れる染料に、布や糸を漬けて染め続けていくと、鮮やかな青に染まります。
信心の実践で拝せば、御本尊を根本に信心に励み、修行を重ねていくことで、私たちの生命は妙法に染め抜かれ、何ものにも揺るがない仏の境涯を築いていけることを表しています。
それは言い換えれば、"一度だけでは染まり切らない"とも拝せます。
信心の修行を続ける中で、ともすれば"ここまでやったのだから、もういいだろう"といった心が生じがちです。
また、現実が思うようにいかなかったり、すぐに結果が伴わなかったりするなど、行き詰まりを感じることもあります。
乙御前の母は、それまでも純真に信心を貫いてきた門下です。その乙御前の母に、ますます信心を奮い起こしていくよう大聖人が教えられているのは、仏法の修行にあっては、慢心や諦めの心を打ち払い、"いよいよ"の心で一歩前進することが、重要であるからです。
今日より明日へ——信心の歩みを止めることなく、向上の軌道を描いていきましょう。

2021年3月18日木曜日

2021.03.18 わが友に贈る

卒業を迎えた皆さん
困難の中で培った経験は
未来へ飛翔しゆく翼だ。
自信と勇気をもって
栄光の大空へ羽ばたけ!

上野殿御返事 P1561
『願くは此の功徳を以て普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん』

【通解】
願わくは、仏に供養する功徳をあまねく一切に及ぼし、自分たちと衆生が皆、共に成仏できますように。

名字の言 ソメイヨシノの古木 2021年3月18日
いつも通る道にソメイヨシノの古木がある。歩道側に大きくはみ出すほどの巨木で、毎年、千朶万朶の桜となる。今年は例年より早く、淡紅色の花が一気に開花した▼しばし見入っていると、童謡詩人の金子みすゞさんの作品「木」が頭に浮かんできた。「お花が散って/実が熟れて、/その実が落ちて/葉が落ちて、/それから芽が出て/花が咲く。/そうして何べん/まわったら、/この木は御用が/すむかしら。」(『金子みすゞ童謡全集』JULA出版局)。桜の古木に「ありがとう!」と感謝した▼私たちは、とかく目に見えるものにとらわれがちだが、目に見えなくても存在する大切なものがたくさんある。生命の営み、心、絆、空気……。このことは少し想像力を働かせれば気付くのだが、普段忘れかけていることが怖い▼桜は花が咲いた後に葉が出るので、御書に仰せのように「さくらはをもしろき物・木の中よりさきいづ」(1492ページ)という姿に見える。この御文は、黒っぽいゴツゴツとした木を凡夫、そこから咲く花を仏の命に例え、誰人にも仏の命が具わることを教えられたもの▼目には見えないが、尊貴な仏の命——何があっても負けない心は必ずある。それを引き出すのが信仰だ。桜の花言葉は「精神の美」である。(川)

寸鉄 2021年3月18日
桜が開花。新たな出発を切る躍動の春、到来。さあ幸の"対話前線"を列島に
福井婦人部の日。地域照らす太陽の母達。歓喜は伝播!友の心に届けよう
東京・杉並の日。"創価の名門"の誇りで突き進め。試練の時こそ団結第一で
日常的に防災対策をしている人、52%。各地で地震頻発の今、備えを再確認
子どものSNS犯罪被害増。8割が閲覧制限利用せず。保護者が責任持ち

☆世界広布のわが舞台 第9回 メンバーの7割が青年部員——カナダ・トロント ハーバー・キャッスル支部
◇共感と納得の仏法セミナー
会合開始5分前にZoomに接続すると、既に10人ほどが集まっていた。
「以前も来てくれたわよね。今日はありがとう!」。参加者が画面に現れるたびに、司会の女子部員が温かな声を掛ける。皆、リラックスした表情で開会を待っていた。
この日行われたのは、同支部の青年部が中心となって企画した仏法セミナー。2018年から、青年世代に日蓮仏法への理解を深めてもらうための取り組みとしてスタートし、コロナ禍の今は、オンラインで開催している。
「オーケー、時間になりました。まず自己紹介しましょう! 名前と入会年数、もしくは会合に初めて参加した時期を教えてくださいね」
友人5人を含む22人が、順に指名されて発言する。「4年前に入会したの」「初めて会合に参加して、まだ3カ月ほどです」。参加者のうち8人が、5年以内にSGIと縁した友だった。

◇温かな座談の場
セミナーでは毎回、代表による研究発表があり、最後に質疑応答の時間が設けられている。この日は、「師弟」と「団結」についての発表が行われた。仏法を初めて聞いた人でも理解できるよう、平易な言葉を使うなど、表現の随所に工夫が凝らされていた。
続いて質疑応答へ。皆が、どんどん手を挙げ、場が盛り上がっていく——と予想していたが、誰も話そうとしない。沈黙が30秒続いた……。ここで司会が「では私が指名しちゃいます。というのは冗談よ(笑い)」と言うと、ようやく一人の女性が発言した。
「今、毎朝、『新・人間革命』を読んでるの。じっくり読み込んでいく中で、"今日もベストを尽くそう"って決意できるんです」
一人目が話し終わると、皆、せきを切ったように話し始めた。
友人の女性は「さっき、"団結"についての説明で、意見が違う人と争うのではなく、互いの差異を受け入れることが大事だという話があったけど、とても素晴らしいと思うわ」と感想を。別の友人の男性も発言するなど、語らいは弾み、予定時間を15分ほどオーバーして、セミナーは閉会した。
終了後、男子部のゲイリー・ルーシッチ部長に話を聞いた。「カナダの人は、結構、場の空気を大切にするんですよ(笑い)。多様な人が共生しているからこそ、相手を大切にしようとする心の裏返しなんだと思います。反対に、距離感を意識するあまり、孤立してしまう人も少なくありません。だからこそ、どんな人も受け入れる創価家族のぬくもりに、カナダの人は魅力を感じるのではないでしょうか」
温かな座談の場から、共感と納得が育まれ、これまで多くの新入会者が誕生してきた。

◇女子部が"最大勢力"
カナダ最大の都市トロントは、同国の東の玄関口。現在は、同市で暮らす人の約半数が移民で構成されるなど、国際都市として発展を遂げてきた。
同支部の友が活動に励んでいるのは、市のダウンタウン南部。「トロント証券取引所」がある金融街を擁するなど、同国の商業・経済の中心地として栄えている。
同地は、単身者向け住宅が数多く立っていることから、青年世代の人口が比較的多い地域でもある。これを反映するように、同支部では、全メンバーの約6割が女子部員である。
女子部のニティカ・パーワ部長が教えてくれた。「オフィス街へのアクセスがいいので、多くの若者が集まってきます。海外の移住者からも人気が高いです。支部でも、この7カ月で、インドやアメリカなどから新たに6人の女子部員が加わりました」
同支部の女子部リーダーは、メンバーが多いからこそ、「一対一の励まし」にこだわり、「師弟の精神」あふれる人材の育成に取り組んでいるという。
その一つが御書研さんの挑戦だ。同支部では毎月の御書学習会の研究発表を、女子部員が担当している。
「毎回、担当者が決まると、女子地区リーダーが付きっ切りで発表内容を考えます。共に祈り、懸命に準備をする中で、仏法の素晴らしさ、師匠の偉大さを深く学んでいくことができるんです」(パーワ部長)
さらに座談会や"婦女一体"の会合などでも、率先して女子部が役員に就く。そうした中で、広布の使命を自覚し、仏法対話に挑む友も現れ、弘教拡大による部員増も果たせるようになった。
今、同支部の会合には、全女子部員の3分の2以上が参加する。「こうして女子部が生き生きと活動できるのも、壮年・婦人部の皆さんの並々ならぬサポートがあってこそです。男子部も含め、各部が団結して前進できていることが、私たちの誇りです!」(同)
「一人」を大切にする真心の行動を軸に、同支部では華陽姉妹の連帯が大きく広がっている。

◇「1」は無限に発展
1981年6月21日、池田先生は21年ぶりにトロントを訪問。その翌日、「カナダ広布20周年記念総会」が開催された。
この総会の会場となったのが、同支部内にあるホテルだった。「ハーバー・キャッスル」という支部名は、このホテル名に由来する。
この日、先生は"「0」に、いくら多くの数字を掛けても「0」である。しかし、「1」であれば、そこから、無限に発展していく"と、カナダ広布の草創期を駆けてきた友をたたえ、新たな前進に期待を寄せた。
ピエロ・ポンゾ支部長は、「わが支部のメンバーは、40年前に先生がカナダ広布の歴史を築いてくださった、有縁の地で活動できることを誇りに思っています」と、にこやかに。
支部長の母親は、この総会の参加者の一人。女手一つで自分を育ててくれ、勝利の実証を示してきた母が師を求める姿に、ポンゾ支部長も続いた。母から学んだ師弟不二の信心で、血液疾患や経済苦など、幾多の宿命を乗り越えてきた。
支部長もまた、カナダと日本で、池田先生との出会いを果たしている。
「支部で若いメンバーが多く活躍してくれているのは、本当にうれしいことです。トロントに刻まれた師弟の魂を伝えていくことが、自分の使命だと思います」
ピエルパオラ・シアンシア支部婦人部長もまた、青年世代の友に「師弟」を伝えることを大切にしている。それは女子部時代、自身が池田先生の書籍を学び深める中で、パニック障害を乗り越えた体験があるからだ。「一番苦しい時に、先生の指針で蘇生できたからこそ、今の自分があります」
池田先生の訪問から40周年を迎える同支部の友。今、師弟の精神は新たな世代へと確かに受け継がれている。

2021年3月17日水曜日

2021.03.17 わが友に贈る

座談会は広布の原動力。
皆で仏法を学び合い
生き生きと体験を語り
決意新たに出発しよう。
歓喜の輪を幾重にも!

乙御前御消息 P1221
『冰(こおり)は水より出でたれども水よりもすさまじ、青き事は藍より出でたれどもかさぬれば藍よりも色まさる』

【通解】
いよいよ強盛の信心をしていきなさい。氷は水からできたものだが水よりも冷たい。青い色は藍から出たものだが、色を重ねると藍よりも色が濃くなる。

名字の言 落語「笠碁」の名句 2021年3月17日
碁を打つ二人が「この一目、待った」「待ったなし」と言い争った揚げ句、けんか別れをした。以来、互いに退屈な日々。それでも、他の人とは盤に向かわない。二人とも心では"相手はあいつに限る"と分かっていた——落語「笠碁」である▼この話に名句が出てくる。「碁敵は憎さも憎し懐かしし」。そこに暗い憎悪はない。碁の勝ち負けに、本気で喜んだり、悔しがったりさせられた相手への尊敬がにじみ出ている。本気でぶつかり合える深い友情さえ感じる▼ある男子部員は20年来の友人と仏法対話を重ねていた。だが友人は入会を拒んだ。当時、無職の自分を惨めに感じていた友人は、話を素直に聞けず、ついには彼を遠ざけた。それでも男子部員は友の幸福を祈り、対話を重ねた▼後年、友人は起業に成功する。今度はそのことにおごり、対話に耳を貸さない姿勢は変わらないまま。ところが、会社が不況で倒産。男子部員が駆け付け励ますと、友人はついに心を開いた。「状況が一変すると多くの人が去った。中には同情してくれる人もいた。でも一緒に乗り越えようと言ってくれたのは、お前だけだ」。入会し、再起業も果たした▼祈り続け、誠実に言葉を紡ぎ、寄り添い続ける人が得る無上の人生の宝物——それが友情である。(代)

寸鉄 2021年3月17日
創価学園で卒業式。君の活躍こそ創立者の喜び。人類貢献の志胸に世界へ
新大阪の日。勇猛精進の信心が常勝の歴史開く!さあ励まし合い希望拡大
今日、種を蒔く者が明日、その果実を収穫できる—博士。今できる事に全力
「百千万億倍・御用心あるべし」御書。多忙な年度末こそ無事故の祈りを強く
ワクチン普及しても予防対策必要—医師。マスク、3密回避等、改めて厳守

〈社説〉 2021・3・17 「彼岸」に考える「追善回向」
◇広布への共戦を誓う契機に
全国各地で桜のつぼみが膨らみ、早い地域で開花宣言が発表された。
きょう17日は、彼岸の入り。春の訪れを感じる20日の「春分の日」を中心に、日本では先祖に感謝する意味を込めて、墓参りなどの風習が根付いている。
その日本でも、時代とともに「死」を忌み嫌い、遠ざけるようになってきた。ところがコロナ禍に直面し、今、死がリアリティーをもって受け止められ始めている。死者とどう向き合うのか。彼岸のこの時期に、改めて考えてみたい。
日本思想史・文化史の第一人者である東北大学大学院・佐藤弘夫教授は、本紙のインタビュー(3月6日付)で次のように語っている。
「亡き人を縁にしながら、悲しみや苦しみの記憶が、一つの物語となっていく。その物語を共有する中で、生きる意味を見いだし、前に進む力へと変えていける。死者と生者の、どちらもが孤立することなく、共に歩んでいく——そうしたストーリーを持つことが大切です」
死というものを真っすぐに見つめる時、人間はより良い人生を生きていくことができるのである。
日蓮大聖人は「父母の成仏即ち子の成仏なり、子の成仏・即ち父母の成仏なり」(御書813ページ)と、親子一体の成仏を示されている。
大聖人の仏法における追善回向とは、自分自身が仏道修行で得た功徳を回し向けることである。自ら積んだ善根が故人への回向となる。自身の信心の真心が、亡き親のもとへ及び、自身のもとへ、その福徳が返ってくる。
私たちにとっては、広宣流布という崇高なストーリーを継承することである。それは決して家族に限ったことではない。共に戦った同志の遺志を継ぐことでもある。
災難がうち続いた大聖人の時代、現世の安穏を諦め、死後の安楽を願う念仏思想がはびこり、人間から生きる力を奪った。大聖人は、そうした誤った思想を打ち破り、人々の生きる力を呼び覚まし、現世安穏、国土安穏を実現すべく戦い抜かれた。「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(同31ページ)と、社会の繁栄、平和への貢献が仏法者の使命であることを叫ばれた。
「立正安国」「立正安世界」こそ、世界192カ国・地域の創価の同志が共有している、三世にわたる壮大なストーリーといえよう。
追善回向とは決して故人だけのためではなく、今を生きる人のためでもあり、未来を力強く志向したものであるべきだ。わが家、わが地域の広布の物語を受け継ぐ機会にしていきたい。

☆人間主義の哲学の視座 第7回 対談集『20世紀の精神の教訓』に学ぶ�
テーマ:連帯
【池田先生】
内なる革命から社会の変革へ
「他者性の尊重」をその柱に

【ゴルバチョフ元大統領】
多様性それ自体が偉大な価値
21世紀の持続的発展の要件

◇発想の転換
過去に乗り越えたことがないような"人類的危機"に、どんな手段や経験を頼りに立ち向かうのか——。
この問いに、著名な生物地理学者であるジャレド・ダイアモンド氏は答えた。「世界の国々が一致団結して危機に向き合い、乗り越えるには、世界の人びとが共通のアイデンティティを持つことが必要です。そうしたアイデンティティが、行動の方向性に忠誠を尽くすことを可能にするからです」(クーリエ・ジャポン編『新しい世界』講談社現代新書)
近著『危機と人類』で、国家的危機に直面した各国の変革を描いた氏の、気候変動を巡る考察である。
気候変動、そして核兵器という、人類の存続を左右する脅威に加えて今、感染症のパンデミック(世界的大流行)が地球規模で続く。立ち向かう私たちに求められるのも、この時代を「自分は」どう生き、世界に対して何ができるのかというアイデンティティー(自分であることの根拠)の確立だ。
物事を"自分事"と捉え、自身を磨き上げることで「変革の波」を広げていく——これが創価の人間革命運動であり、池田先生とゴルバチョフ氏が語り合ったテーマでもあった。

池田 21世紀を展望するうえで、不可欠なポイントとなるであろう点を一つ、問題提起したいと思います。それは、思考の回路を「外」から「内」へ、だけでなく、「内」から「外」へ、つまり「環境革命」から「人間革命」だけでなく、「人間革命」から「環境革命」へと方向転換していく、ということです。

ゴルバチョフ わが国が迎えた崩壊と騒乱の時代は、太古よりの理性と本能の葛藤に、たしかに新しい局面を登場させました。今ロシアが学んでいる歴史の教訓は、全人類の関心を呼ぶものだと思います。

池田 20世紀は、文明の進歩とは裏腹に、史上かつてないおびただしい人命の犠牲がもたらされました。
「外」なる条件、すなわち法や制度、経済などの面から、民族的・階級的矛盾を解消することが、おしなべて人間社会の幸・不幸を決定づける根本要因とされてきたわけです。
私は、今こそ人間の内面へ視線を移し、「内」なる課題の解決を第一義にしつつ、「内」から「外」へと、発想の転換をはかっていくことが必要であると思います。

◇桜梅桃李の個性
自己の内面の転換を促す「新しい精神性」は、どのようにして芽生えていくのか——。先生は大切な点として、他者の存在に対して謙虚であろうとする「他者性の尊重」と、絶えざる努力による、その「習慣化」を挙げる。
また、仏法に説かれる「桜梅桃李」を通して、世の中の花が桜だけであればそれは個性とはいえず、梅や桃といった"他者"の存在があってこそ、桜の個性は際立ってくると強調。このことは、人間であっても同じであると訴える。

池田 自己の内面に「他者」を見失い、「他者」との結びつきを断たれ、一見活動的なようでも精神世界が外から閉ざされてしまっている、いわば"自閉的状況"は、20世紀文明の産み落とした最大の病理とはいえないでしょうか。

ゴルバチョフ 世界・人間・社会の多様性を認めることは当然として、その多様性それ自体が、じつは偉大な価値であることを認識すべきです。一元化を標榜するボルシェビズム(※注1)、さまざまな所有形態、階級を認めない考え方。それにまっこうから挑戦するところから、ペレストロイカ(※注2)が始まったことはすでに申し上げました。その道程にあって、私たちは、決定的な一歩を印すことができたと自負しています。
私は、この多様性の尊重こそが、来るべき世紀の重要な原則となり、安定した持続的発展の要件となると確信しています。

◇「立正」と「安国」
他者性とは「相手の側に立ち」「相手と自分を入れ替えてみる」こと——文豪ゲーテの言葉を引いて、先生は率直に語った。
ここで氏は、そうした"内なる変革"は決して容易ではないと述べる。母国の政治改革に奔走しながらも、国民の心を変えることの困難さを、その身で痛感した経験からである。

ゴルバチョフ ロシア農民の貧しさを代表する一人である私としては、忘れられない事実があります。つまり、飢えで死のうとしている人間が、「良心」や「善の声」に耳をかたむけるのは、きわめてむずかしいということを、私はよく知っているのです。
幸運な、富める人々にとっての「外なるもの」の価値と、赤貧の、人生に打ちのめされた人々にとっての「外なるもの」がもつ意味・価値とは、おのずから違っています。むろん、一人一人の人間の内面に善を見いだし、「内」から「外」への方向性を支え伸ばしていくことに、課題がおかれていることは十分理解したうえで、あえて申し上げているのです。

池田 よくわかります。現実と向き合うことをさけ、たんに理想のみを追い求める生き方は、私どもの最も忌むところです。
大乗仏教の精髄は、こうした現実の苦悩を直視し、原因を究明し、それをどう解決していくかという課題のうえに成り立っているのであり、決してこの世の悪や矛盾から目をそらそうとするのではありません。
確認しておきたいのは、宗教が救済を志向するにあたって、宗教的価値と世俗的価値との関係のあり方、両者のどちらにウエイトをおくかという、人類の宗教史を深くつらぬいているテーマです。
「立正安国」という言葉は、その関係性をまことに簡潔に示しています。すなわち「立正」という宗教的価値と、「安国」という世俗的価値とは、どちらが欠けても不十分であり、その二つが相まってこそ、「立正安国」という仏法者の使命は達成できるのだ、と位置づけているのです。
私が「内」から「外」へ、と訴えているのも、まさにこの「内なる革命」の「外」へ向けてのやむにやまれぬ発現にほかなりません。

本年1月に発表した「SGIの日」記念提言で、先生は、世界の国々を一隻一隻の船に例え、コロナ危機という"同じ問題の海"を航海しながらも、人類は別々の方向に押し流されてしまう恐れがあると指摘した。そして、この"海図なき航海"の羅針盤となるのが、各国の連帯であると訴える。
他者の苦しみに思いをはせ、身近な場所から行動を起こす——。こうした「他者性の尊重」に貫かれた「内なる革命」の連帯こそが、危機を克服し、より良い世界を創る希望となる。

2021年3月16日火曜日

2021.03.16 わが友に贈る

仏法の根幹は「師弟」。
不二の心で進めば
破れぬ壁はない!
師子奮迅の祈りで
凱歌の歴史を創ろう!

撰時抄 P257
『答えて云く人路をつくる路に迷う者あり作る者の罪となるべしや良医薬を病人にあたう病人嫌いて服せずして死せば良医の失となるか』

【通解】
答う。ある人が大衆の便利をはかって路を作った。その路に迷うものがあるからといって、路を作るものの罪だとえるだろうか。良医があって、大良薬を病人にあたえた時に、病人は薬を嫌って服しないで死んだならば、それが良医の過失となるであろうか。

名字の言 「ヘアドネーション」に取り組む少年部員 2021年3月16日
「ヘアドネーション」という活動をご存じだろうか。病や事故で頭髪を失った子どもに「ヘア=髪」を「ドネーション=寄付」する取り組みである。31センチ以上の長さが必要だが、年齢や性別は関係ない▼この活動をテレビで知った香川の少年部員は"自分も人の役に立ちたい"と、小学2年から髪を伸ばし始めた。すでに3年以上が経過。取り組みを始めた当初、周囲から奇異な目で見られた。少年は両親に、「学校に行きたくない」と漏らしたことも▼その時、父親が「苦労を共にしよう」と髪を伸ばすと宣言した。職場は帽子やヘルメットの着用が原則。汗で蒸れ、夏場の暑さは尋常ではなかった。それでも、"息子の挑戦を何としてもやり遂げさせてあげたい"と髪を切ることはしなかった。父の応援に、少年は弱音を吐かなくなった▼池田先生は、「教育とは子どもたちのために何ができるかという、自らの生き方をかけた、大人たちの挑戦にほかならない」と。子どもの生命には、無限の可能性がある。その力を引き出すのが、向上への努力を続ける大人の姿にほかならない▼この春、少年は苦労を重ねて腰まで伸ばした髪を寄付する。その親子の勝利の証しは、頭髪を失った子どもだけでなく、多くの人々の心を温かく包むに違いない。(守)

寸鉄 2021年3月16日
きょう「3・16」。学会は宗教界の王者。混迷の今、人間主義の思想を地域へ
幹部で決まる。指導者が自分を変えるしかない—恩師。率先の挑戦、私から
SGIの皆様の対話には人間への信頼を感じる—識者。心は通ず。大誠実で
人との繋がりが薄い社会は詐欺が横行—犯罪心理孤立させぬ声掛けを益々
弱者の目線で政策考える党は公明しかない—学ひとり親支援等、さらに

☆随筆「人間革命」光あれ 人間凱歌の福光 2021年3月11日
◇負けじ魂の10年 「心の財」は厳然
「東北はさすがだな!」
師・戸田先生の感嘆の声が私には聞こえてくる。
一九五一年(昭和二十六年)五月三日、第二代会長就任と同時に仙台支部が発足してより、先生は全学会の模範として、東北に絶大なる信頼を寄せてこられた。
恩師は若き日から東北と縁が深かった。北海道厚田村から上京する途次にも、宮城県塩釜の兄の家に立ち寄られている。
当時の先生の日記には「我れを救ひしは、牧口常三郎先生なり」との言葉とともに、「塩釜の兄の大なる後援」への尽きせぬ感謝が記されてある。
大誠実の東北の友をこよなく愛し、「皆さんが幸せになってくれれば、他に何の願いもない」と熱く語られる師であった。
今月七日、「東北広布七十周年」とともに、東日本大震災から「福光十年」の意義を込めた「希望の絆」総会が、全六県——宮城、岩手、青森、秋田、山形、福島を結び、心を一つに行われた。
戸田先生も、尊き東北家族の師弟勝利のスクラムを見守り、讃えてくださっているに違いない。

◇生き抜いた歳月
この十年、胸の張り裂けるような辛い現実の中で立ち上がり、自ら被災しながらも、自分のことより友の励ましをと挺身してきた、わが東北同志である。どれほどの風雪を耐え、負けじ魂で進む茨の道であったか。
大震災の直後より、青年たちが全身全霊で救援の行動を起こしたことも、私の胸から離れない。
震災発生から十日ほど後、奮闘している男女青年部のリーダーたちに、私は伝言を送った。
「よく戦ってくださった。よく生き抜いてくださった。よく耐え抜いてくださった。
そして、創価の精神を発揮して、人々の大救済に命を懸けて戦い続けてくださっている。
感謝しても感謝しても感謝しきれない」と。
「地涌の正義の旗頭」たる東北の宝友への、今も変わらぬ真情である。

◇"一人も欠けず"
大震災で亡くなられた方々、また復興の途上で亡くなられた方々へ、重ねて追善回向の題目を送らせていただきたい。
御本仏・日蓮大聖人は、最愛の若き子息を突然失ったお母さんの悲しみに寄り添われつつ、成仏は絶対に間違いないことを断言されている。
「一切の諸仏が霊山浄土に集まられて、亡きご子息を、或いは手にすえ、或いは頭をなで、或いは抱き、或いは悦び、月が初めて出たように、花が初めて咲いたように、どんなにか愛されていることでしょう」(御書一五七〇ページ、通解)と。
偉大なる東北広布の母たちが、一日また一日、祈り抜き、語り抜き、走り抜いて積み上げてきた「心の財」は、まさしく功徳の山々である。「福光」の母が奏でる幸の曲は、生死を超えて必ずや一家も地域も包むのだ。
大聖人は、悲嘆を慈愛に変えて前へ進みゆく母に、こうも示されている。
「この法華経を持つ人は、百人は百人ながら、千人は千人ながら、一人も欠けず、皆、仏に成ることができるのです」(同一五八〇ページ、通解)と。
"一人も欠けず、皆、仏に"との一言に、仏法の究極の人間主義が凝縮されている。仏法の慈悲は誰も排除しない。いかなる人も大切な存在として、「幸せになれ」と祈り、照らしていくのだ。
また今は故郷を離れていても、誰であれ、あの人ありて、この人ありての、わが郷土であり、わが社会である。心と心はつながっている。誰もが、かけがえのない一人ひとりなのだ。
仏法の祈りと慈しみの心は、眼前の一人に注がれると同時に、先人たちにも、まだ生まれていない子どもたちにも及ぶ。
現在の命を全力で守るとともに、過去の命も忘れず、未来の命に思いを馳せる。この視座に立ってこそ、誰もが平等に尊厳ある人生を送れる、希望の社会が見えてくる。

◇「黄金柱」が立つ
大聖人は、亡き壮年の門下を悼み偲ばれながら、その旧友たる共戦の同志に仰せになられた。
「すでに先立たれた今は、あなたを形見と拝しています。そうであるからは、亡くなられたとはいえ、なんで空しいことがあるでしょうか」(御書一二二八ページ、通解)
甚深の一節である。
今世の人生には限りがある。しかし、広宣流布・令法久住に捧げた命は、その形見たる後継の友に確と受け継がれ、三世へ流れ通っていくのだ。
そこには感傷を突き抜けた誓いがある。
この御聖訓さながらに、東北のいずこにあっても、先輩・同志や家族の遺志を託された、新たな黄金柱たちが澎湃と立ち上がっている。 
我々は、「地涌の菩薩」として、それぞれに大勢の眷属を引き連れて、この使命の娑婆世界に躍り出てきたのだ。
ゆえに、「妙法流布の誓願」に生き抜いていくならば、宿縁深き眷属が一人また一人と現れてこないわけがない。そして、広布のため、立正安国のために、共に働いてくれるようになる。これが「地涌の義」である。

「地涌の正義の旗頭」の宝友に最敬礼
◇青年の熱と力で
とりわけ、従藍而青の東北青年部の成長は、誠に目覚ましい。
「鉄は炎打てば剣となる」(同九五八ページ)との御金言のままに、試練の中で鍛錬してきた生命は宝剣の如く、冴え光るのだ。
今回の「希望の絆」総会の運営はもとより、「震災十年の企画展示」も、"青年の熱と力"で推進してきた。
東北の友との交流を宝とされているエマソン協会元会長のサーラ・ワイダー博士も、展示の写真や解説をご覧になられての感動を、早速、アメリカから伝えてくださった。
「私たち全ての人間は深くつながっていること、そして、より良い時代を築くことは可能だということを再確認させてくれる皆さんの姿は、コロナ禍と戦い、強く生きなければならない今こそ、私たちに力を与えてくれるものです」と。
健気な東北の若人は、身近な友人とも、世界の友とも、励ましの連帯を朗らかに築いている。
東北各県に足跡を残した、社会福祉運動家ヘレン・ケラーの言葉が思い起こされる。
「世界に青年がいるかぎり、文明は逆行することができない」
あの青葉城の石垣も、何度も何度も、手を加えられ、積み直されてきた。不撓不屈の苦闘によって、現在の堂々たる威容が支えられている。
労苦を惜しまず、自ら汗を流すことを厭わない東北健児たちによって、揺るぎない「青年の大城」が聳え立つことは、何と頼もしいことか。

◇命の尊厳を守る
一年前の三月十一日、WHO(世界保健機関)は新型コロナウイルスの感染拡大について、「パンデミック」(世界的大流行)と表明した。
私は、今年一月の提言で、このパンデミックを各国の連帯によって収束させた先に、あらゆる国の人びとの命と健康を守るための世界的基盤を形作る必要性を訴えた。生まれた国や育った環境による"命の格差"などあってはならないし、打ち破らねばならないのだ。
一人ひとりの「生命」が、分け隔てなく最極の存在であることを、誰よりも知悉しているのが、東北の賢者である。
「大震災の教訓を断じて風化させない」「最後の一人が立ち上がるまで寄り添い続ける」——。
この深い決意から生まれる、命を守り育む取り組みこそ、世界に「生命尊厳」の基盤を生み出す希望の光源であると、私は確信してやまない。

◇新時代は我らが
日蓮大聖人は、「難を忍び慈悲のすぐれたる事」(御書二〇二ページ)を誉れとなされた。
この御本仏の忍難弘通と慈悲曠大に直結して、立正安世界という「平和の道」を創り開いてきたのが、我ら創価の師弟である。ことに「忍難」と「慈悲」にすぐれているのが、風雪越えし東北の不二の友なりと、私は声を大にして宣言したい。
この、逆境に強い東北人の底力こそ、新時代を開く価値創造の源泉だ。
思えば、私たちが「第二の七つの鐘」を打ち鳴らし始めた二〇〇一年は、東北広布五十周年であった。そして次に、「第三の七つの鐘」を打ち鳴らす二〇五一年は「東北広布百周年」である。
この壮大なる行進の中で、「生命の尊厳」の哲学を時代精神・世界精神として定着させ、「生命の世紀」「人間革命の世紀」を建設しゆくのだ。
その総仕上げを担い立つのは、わが愛する東北家族にほかならない。
誰もが不安と困難を抱える「危機の時代」にあって、みちのくの父母たちの笑顔と励ましの温もりは無上の宝である。
諸天をも叱咤して揺り動かす強き祈り、断じて友を救わずにはおかないとの勇気の対話が、大悪をも大善へと転ずる。
希望に生きる人生は、かくも偉大なり!
誓いを貫くことこそ、生命の勝利なり!
東北の友が謳い上げる「人間凱歌の福光」こそ、みちのくから世界へ未来へ、永遠に広がり、人類を照らしゆく旭日なのだ。

2021年3月15日月曜日

2021.03.15 わが友に贈る

新聞休刊日

聖人御難事 P1191
『をくびやう物をぼへずよくふかくうたがい多き者どもはぬれるうるしに水をかけそらをきりたるやうに候ぞ』

☆2030年へ 後継の正義の走者に贈る 未来を照らす「希望の太陽」たれ 2021年1月1日
Be Suns of Hope Illuminating the Future

「希望・勝利の年」の開幕です。
御書には「太陽がひとたび東の空に昇れば、世界の空は全て明るくなる。太陽が大いなる光を備えているからである」(※)と。
時代も社会も不安の闇が深まる今、どんな困難にも負けない希望の光は、どこにあるのか。それは、皆さん自身の生命の中にあります。題目を唱えるたびに、勇気の太陽が皆さんの胸中に赫々と昇りゆくのです。
曇りの日も雪の日も、太陽は自らを燃焼させ、光を放ちます。同じように心が悩みの雲に覆われ、苦難の吹雪に見舞われても、自分らしく、ありのままに輝いていけばよいのです。負けじ魂の太陽は、大変であればあるほど輝きを増して、周囲も明るく温かく照らし晴らせるのです。
さあ、新春の旭日とともに、勢いよく勝利の未来へ出発だ! 「希望は我にあり!」と。

☆2030年へ 後継の正義の走者に贈る 鍛えの冬から大歓喜の春へ! 2021年2月1日
From a Winter of Developing Strength to a Spring of Boundless Joy

厳寒の2月、北国に誕生された戸田先生は、未来を生きる若人に「冬に鍛えよ!」と訴えました。
桜は、冬の寒さを開花の力に変えて春に咲き誇ります。人も大変な時にこそ、強く大きく、たくましく鍛えられます。
私も若き日、戸田先生の事業が破綻した厳冬の時代に懸命に祈り、学び、戦い抜きました。そして師と共に勝利の春を開いたことが、青春の誉れです。
コロナ禍の今、学校生活で思いもよらぬ一年を耐えた人もいるでしょう。受験生にはいつも以上に苦労が多いと思います。それでも「冬は必ず春となる」(※)です。信心は希望をつくり出す力であり、題目は無限の可能性を花開かせる光だからです。
正義の走者の君たちなれば、試練の北風に胸を張り、苦難の坂道を上ってくれ給え! 
鍛えの冬から大歓喜の春へ!

☆2030年へ 後継の正義の走者に贈る チャンピオン・オブ・ホープ、万歳! 2021年3月1日
Each of You Is a Champion of Hope

この春、卒業する皆さん一人一人に、私は大拍手を送ります。
本当におめでとう!
進学・進級する皆さんも、よく頑張り通しました。
一人ももれなく、コロナ禍の苦しい1年を耐え抜き、困難に立ち向かったことを讃えたい。
目標の行事が中止になる等、悔しい思いもあったでしょう。しかし皆さんには、信心がある。一番苦労した人が、一番幸福になる。大変な時こそ、大きく変われるのが、題目の力です。
日蓮大聖人は、苦難と戦う一人のお母さんをねぎらいつつ、「いよいよ強盛の御志あるべし」(※)と励まされました。どんな時も「いよいよ、これからだ!」と進む人が、真の勇者です。
愛する君たちこそ2030年への先頭に立つ「チャンピオン・オブ・ホープ」、すなわち「希望の勇者」なりと私は宣言します。

【通解】
臆病で教えを心に刻まず、欲が深くて、疑い多い者どもは、漆の塗り物に水をかけて、空中に振って水が落ちるようなもの(何も残らない)なのである。

☆御書の旭光を 第14回 苦難を幸福へ転じる信心
〈御文〉
『小事こそ善よりは・をこて候へ、大事になりぬれば必ず大なる・さはぎが大なる幸となるなり』(四条金吾殿御返事、1164ページ)

〈通解〉
小さな事こそ、小さな善事から起こるが、大事になったならば、必ず大きな騒ぎが大いなる幸いとなっていくのである。

〈池田先生が贈る指針〉
妙法は、希望の哲理である。価値創造の源泉である。大いなる困難も、必ずや大いなる幸福へ転じゆけるのだ。
この御本仏の大確信を拝し、学会は幾多の苦難に挑み、勝ち抜いてきた。
ゆえに恐れず、嘆かず、たゆまず、祈り学び、励まし合うのだ。全てを新たな「前進」の活力に! たくましき「人材」の育成の力に!

☆御書カフェ 華陽姉妹の語らい 2021年3月13日
◇御文
『石はやけばはいとなる金は・やけば真金となる』(兄弟抄、御書1083ページ)

◇通解
石は焼けば灰となるが、金は焼けば真金となる。

◇教えて
日々、仕事に奮闘しています。

◇池田先生の指導
今、苦労したことが、全部、自分自身の「最高の宝」になる。苦に徹してこそ、宝剣の如く、真金の如く、わが生命を輝かせることができるのです。(中略)
どんな問題であれ、「これですべてがうまくいく」という、魔法のような解決策などない。祈って苦労し抜いて、一つ一つ乗り越えていく以外にない。仕事も同じです。
そして最後は一切が大善に変わり、必ず打開できる。
これが「絶対勝利の信心」です。(『御書と青年』)
◇ ◆ ◇
信心を根本に、それぞれの分野において、人一倍、研究、努力、工夫を重ねていっていただきたい。
また、人間として自らを鍛錬し、人格を磨き、皆から信用、信頼される人間関係をつくり上げていくことが大事です。(中略)
仕事の面でも、広宣流布の活動においても、一切のカギを握るのは、自身の人間革命であり、人格革命であることを、訴えておきたいのであります。(『新・人間革命』第26巻「法旗」の章)

2021年3月14日日曜日

2021.03.14 わが友に贈る

◇今週のことば
広布誓願の3・16
全世界の若人と共に
「いよいよあをし」と
従藍而青の開拓を。
皆が人材、皆が闘士に!
2021年3月14日

種種御振舞御書 P919
『此の国の亡びん事疑いなかるべけれども且く禁をなして国をたすけ給へと日蓮がひかうればこそ今までは安穏にありつれどもはうに過ぐれば罰あたりぬるなり』

【通解】
この国が滅びることは間違いないけれども、(かわいそうなので)しばらく、それを止めて、「国を救いたまえ」と日蓮がひかえていたからこそ、今までは安穏だったのである。しかし、迫害が限度を超えたので罰があたってしまったのである。

名字の言 桜の開花予測に使われる「600度の法則」 2021年3月14日
桜のソメイヨシノの開花を予測する一つに「600度の法則」がある。2月1日以降の最高気温を毎日積算し、600度を超えると開花するという▼日光が照らすと、ジベレリンなどの植物ホルモンが供給され、芽の成長を促す。寒風に吹きさらしの桜木を眺めると、花弁は堅い「芽りん」に覆われたまま。それでも降り注ぐ太陽の光を浴びて、必ず「今だ!」と花咲く時が来る▼20年前、広島のある婦人部員が友人に仏法の話をした。「夫が反対するから」と入会に踏み切れなかった友人の幸福を、婦人は変わらず祈り続けた。その後、婦人は息子と死別。乳がんの宣告も受けた。数々の試練の嵐が襲っても、婦人は朗らかさを失わなかった▼ある日、友人は唐突に「私も信心したい」と。友人も子どもを亡くした。そのつらさを知るからこそ、苦難に負けない婦人の生き方に深い感銘を受けた。今年1月に入会した友人は、「自分も人の幸福のために尽くしたい」と本紙の熟読などに挑戦。先月、夫も入会した▼御書に「秋冬枯れたる草木の春夏の日に値うて枝葉・華菓・出来する」(944ページ)と。遅咲き、早咲きの違いはあれ、心にまいた幸福の種は、いつか必ず花開く。その時まで祈り、励まし続ける"太陽の人"でありたい。(誌)

寸鉄 2021年3月14日
若いうちは苦しんで視野の広い実力を養え—恩師後継よ鍛えの青春を日々
京都婦人部の日。率先の対話で希望を拡大!皆様こそ民衆の楽土創る太陽
壮年幹の配信、今日まで。広布の柱と立つ!この心を一人でも多くの同志と
「謀を帷帳の中に回らし」御書。皆で連携密に。最高の作戦を最高の祈りから
列島に桜開花の報。我らは地域に励ましの花を!弾む命で周囲の友のため

〈社説〉 2021・3・14 3・16「広宣流布記念の日」
◇毎日が「決意」「出発」のドラマ
明後16日は、「広宣流布記念の日」。1958年(昭和33年)、男女青年部の精鋭6千人が第2代会長・戸田先生のもとに集い、"広宣流布の記念式典"が開かれた。
戸田先生は、「仏法で最も大事な広宣流布の後継を、青年に託す機会に」と意義付け、式典の当日、「創価学会は、宗教界の王者である」と師子吼する。
前年の12月、戸田先生は生涯の願業であった、75万世帯の弘教を達成。その拡大の突破口を開き、決定打を放ったのは、若き池田先生の各地での奮戦だった。
先生は、「もし(75万世帯という)師弟の誓願が達成できていなければ、『3・16』の式典——あの後継の大儀式は完成されなかった」とつづっている。
弟子である池田先生が、師・戸田先生との誓いの通りに、広宣流布の実証を満天下に示したからこそ、「3・16」は"後継"の式典として不滅の輝きを放っている。
さらに、式典の直前の2月には、戸田先生は池田先生に"300万世帯の陣列構築を"という新たな構想を語っている。
4年後の62年(同37年)11月、創価学会は300万世帯を突破。池田先生は、師との約束を一つずつ実現していった。
毎年、巡り来る「3・16」。全国、全世界の創価の友は、それぞれの広布と人生の誓願を確かめ合い、新しい一歩を踏み出してきた。
10年前——東日本大震災が起きた直後の3月16日は、聖教新聞に、池田先生から被災地へのメッセージが掲載された。
「『心の財』だけは絶対に壊されません」との先生の言葉は、新聞が届かない状況の友のもとへも、メールや電話、口伝えで共有されていった。
この「3・16」は、被災した多くの同志にとって、「生き抜く」と誓う節目となり、励ましのネットワークをもう一度結び直す大きな力となった。
今月の本部幹部会では、宮城県・女川町の壮年が、多くの苦しみ、悲しみを経て、震災前に倍する広布の陣列を築いてきた体験を語った。
東北の不屈の歩みは、まさに"後継"の実証の姿である。私たちが学ぶべきものは重く、大きい。
63年前の"広宣流布の記念式典"は、法華経に説かれる「虚空会の儀式」に通じる。師から弟子へ——末法の正法流布の使命を、地涌の菩薩に託す付嘱の儀式だ。
このことを通し先生は、「私たちの日々の勤行・唱題には、『虚空会の儀式』に連なりゆく意義がある」「毎日が『3・16』である。永遠に決意の日であり、断固と勝利へ出発する日なのだ」と記す。
こう決めた時、平凡な毎日こそ、弟子の証しを示す誓願のドラマに変わる。その主人公は私たち一人一人だ。励まし合い、日々、新しい歴史を刻んでいきたい。

☆ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち 第5回 ナイチンゲール
〈ナイチンゲール〉
私の辞書に諦めという言葉はない。
人生は闘争。自分の前の一歩一歩を勝ち取っていかなければなりません。

「近代看護の母」「クリミアの天使」「看護師の祖」——フローレンス・ナイチンゲールを形容する言葉は数多い。
「自分の生涯の使命は、人類を救うこと」「人類のために苦しむのは、ひとつの特権です」と語る彼女は、波瀾万丈の人生を劇のごとく駆け抜けた。
1820年5月12日、イギリスの大富豪の家に次女として生まれた。両親は結婚直後、約3年にわたる新婚旅行へ。イタリア・フィレンツェ(英名でフローレンス)で生を受けたことから、その名が付けられた。
家族や親族らの愛情を一身に受けて育った少女・青春時代。容姿端麗で幅広い教養と学識を身に付けたナイチンゲールは、社交界でも注目の的だった。
だが、"何かが違う……"。その心が富や名声によって満たされることはなかった。むしろ虚栄と快楽に満ちた世界に疲れ果て、自己嫌悪にすら陥った。
正しい生き方とは何か?
この世に生まれた使命とは?
「真の人生とは、私たちの家庭のような、広い緑の牧場、静かな流れのほとりに憩う生活ではない」。苦悩は長く続いた。
当時(1840年代)のイギリスは、凶作と大不況で「飢餓の40年代」といわれていた。農民たちの悲惨な現実を目の当たりにした彼女は、近隣の貧しい小屋を見舞い、病人や赤ん坊の世話を手伝った。一方、家庭では重病を患った祖母や乳母の看病に率先して取り組んだ。
そうした経験を通して選んだ道こそ「看護」であった。
今とは違い、看護職の社会的地位が確立されていない時代である。家族は大反対したが、彼女の決意は揺るがなかった。
「諦めなどという言葉は私の辞書にはない」「それ(人生=編集部注)は苦しい戦い、闘争、悪の原則との格闘です。私たちは自分の前の一歩一歩を勝ち取って行かなければなりません」
恵まれた環境を捨て、あえていばらの道へ。独学で専門知識を習得した後、看護師としての第一歩を踏みだす。その本格的な挑戦は30代から始まった。
「自分を生かすためには、たとえわずかなりとも、自ら何かを掴まなければならぬ。何かを、自分の手で掴みとらなければならぬ。それは与えられるものではない」——このナイチンゲールの「信念の源」は、どこにあったか。それは、かけがえのない生命を守る「覚悟」と「使命感」にあったに違いない。

〈ナイチンゲール〉
年ごと、月ごと、週ごとに「進歩」を重ねていないかぎり、あなたは「退歩」しているのです。

1853年、クリミア戦争が勃発。ロンドンの病院で看護監督を務めていたナイチンゲールは翌54年、38人の看護団を組織して、戦線へと向かった。
赴任した軍事病院の環境は劣悪だった。院内は収容人数をはるかに超える患者であふれ、不衛生から感染症などが広がっていた。さらに"看護蔑視"の軍医や将校からの冷遇、嫉妬による同僚からの嫌がらせ……試練の障壁が次々と立ちはだかった。
だが、彼女は屈しなかった。
「価値ある事業は、ささやかな、人知れぬ出発、地道な労苦、向上を目ざす無言の、地道な苦闘といった風土のうちで、真に発展し、開花する」
目の届かないところにまで気を配り、進んで仕事を見つけては黙々と働き続けた。その姿に医師たちも心を動かされ、彼女を頼るようになっていく。
不眠不休の身を案じ、周囲が「明日にすればいいじゃありませんか」と、床に就くよう進言したことがあった。すると、ナイチンゲールは一言、「明日は明日の仕事がありますわ」と。
敵味方の区別なく、負傷兵たちに献身する日々は2年間にも及んだ。56年、パリで講和条約が結ばれ、クリミア戦争は終結。「今なすべきこと」に全精魂を注いできた彼女は、最後の患者が病院を去るまで任務を全うし、イギリスへ戻った。
帰国後は、"本当の戦いはこれからだ"と、激務の疲れも癒えぬうちに新たな行動を開始。人類の未来を開く"看護革命"に着手するのである。
「年ごと、月ごと、週ごとに『進歩』を重ねていないかぎり、あなたは『退歩』しているのです」
過去は過去。さあ、今ここから、前へ、前へ! これがナイチンゲールの生き方であった。

〈ナイチンゲールを語る池田先生〉
彼女の行動は「大きな願い」に貫かれていた。
私どもの目的は「広宣流布」である。
その柱さえ不動であれば、何があろうと、ぐらつくことはない。

今月21日は、結成35周年を迎える「白樺会(看護の仕事に携わる婦人部の集い)の日」。
池田大作先生は、折あるごとにナイチンゲールの箴言や逸話を通し、白樺会や白樺グループ(同女子部の集い)、さらに婦人部・女子部の友らに万感のエールを送ってきた。
「いつの時代も、現実は、常にさまざまな問題が渦巻いているものだ。しかし、大切なのは、今いるその場所で、勇敢に戦い、自らの境涯を開いていくことである」「『常に進歩しつづける女性』——それは、『月月・日日につより給へ』(御書1190ページ)の妙法を体現されゆく白樺の皆さま方である。そしてまた、心が生き生きと上昇しゆく、わが婦人部、女子部の皆さま方である」(2004年5月11日、各部合同協議会でのスピーチ)
2002年には本紙で「『女性の世紀』に寄せて——ナイチンゲールを語る」を連載。「近代看護の母」の足跡を通して、今もコロナ禍で奮闘し続ける白樺の友をはじめ、使命に生きる私たちへの指針が示されている。
「ひとたび、わが胸に抱いた使命感を、最後の最後まで、赤々と燃やし続けていくのは大変なことである。
そのためには、どうしたらいいのか? 結論からいえば、人々と『団結』することである。
ナイチンゲールは、"目的や行為を分かち合いながら、『共感のきずな(団結心)』を育むことが大切だ"と教えている」
「戦い抜く人生は美しい。前に進み続ける人生は、すがすがしい。彼女の行動は『大きな願い』に貫かれていた。ゆえに、くだらない嫉妬や愚かな人間模様など、悠々と見おろしていた。私どもでいえば、目的は『広宣流布』である。その大目的の柱さえ不動であれば、人生、何があろうと、ぐらつくことはない」
「ナイチンゲールの生涯。それは、押し寄せる苦難の波を越えながら、『使命を自覚した人間の力は、こんなにも偉大である』と未来に向かって示し続けた一生であった。
私たちも生きたい。『わが十年後を見よ』『わが五十年後を見よ』、そして『広布に生き抜いた、わが一生を見よ!』と高らかに叫びながら。世界に『勇気の光』を贈りながら」
一人のヒロインが紡いだ変革のドラマは、時空を超えて、私たちの魂を揺さぶり続ける。

2021年3月13日土曜日

2021.03.13 わが友に贈る

まず自らが動こう!
率先垂範の挑戦が
友を鼓舞する。
わが行学の実践を通し
確信と歓喜を語ろう!

四恩抄 P936
『日蓮はさせる妻子をも帯せず魚鳥をも服せず只法華経を弘めんとする失によりて妻子を帯せずして犯僧の名四海に満ち螻蟻をも殺さざれども悪名一天に弥れ』

【通解】
日蓮はそうした妻子を持たず、魚や鳥をも食べず、ただ法華経を弘めようとしているだけで、それを失にされて、妻子を持たずして犯僧の名が国中に満ち、ケラや蟻さえも殺さないのに悪名は天下にはびこってしまった。

名字の言 合唱団メンバーの門出を祝う壮年の挑戦 2021年3月13日
本社提供のラジオ番組「ドリーム ハート」に、絵本作家の西野亮廣氏が出演した。氏が原作・脚本・製作総指揮を手掛けた公開中の『映画 えんとつ町のプペル』は、日本アカデミー賞の優秀アニメーション作品賞を受賞。注目を集める▼氏の創作活動などについて語らうオンラインサロンには、国内最多の会員が在籍する。氏は「お客さんが見たいのは、勝ちパターンをずっとなぞっている人ではなくて、"挑戦している人"なんです」と。人の心を動かすのは、成功者の弁よりも、挑み続ける"熱"なのだろう▼先日、宮城県の少年少女合唱団の卒団式で、壮年の担当幹部が"サプライズ"でピアノを演奏した。コロナ禍によって歌う機会を奪われ、複雑な思いで卒団するメンバーを励まそうと、人気アニメの主題歌をひそかに猛練習していた▼壮年に楽器経験はない。指の運び方は紙に書いた鍵盤で覚えた。流れるような演奏ではないが、壮年の真心と挑み続ける姿に、卒団生は目頭を熱くした。泣き笑いの拍手が、メンバーの門出を飾った▼行動パターンをはじめ、さまざまな変化が求められる今は「挑戦の時代」ともいえる。3月は、子どもたちの旅立ちの時。挑戦する大人たちの姿そのもので、未来の宝に真心のエールを送ろう。(開)

寸鉄 2021年3月13日
「勇気のあるところに希望あり」歴史家。道を創るは私。不屈の心で前へ
御聖訓「此の経をよみたてまつれば利益はかりなし」。題目で自身の殻破れ
東京・品川「広布誓願の日」。創価源流から拡大の火蓋!新時代開く対話を
児童虐待の通告数、初の10万人超。社会の絆こそぐ鍵。子の未来守ろう
公明は被災地に寄り添い続けてきた—識者。地域の復興、心の復興を更に

☆世界の友は今2021 第2回 アメリカSGI ストラウス理事長
◇励ましを重ね心の絆を結ぶ
新型コロナウイルスの感染者が世界最大の約2800万人となったアメリカ。SGI(創価学会インタナショナル)のメンバーは、今こそ希望のスクラムを広げる時と誓い、奮闘している。「世界の友は今2021」の第2回は、アメリカSGIのストラウス理事長に聞く。

——アメリカの新型コロナウイルス感染者数については日本でも盛んに報道されており、同志は早期の終息と人々の無事安穏を祈っています。アメリカの現在の状況を教えてください。

一時は新規感染者が1日20万人を超えるなど、大変な苦境にありましたが、マスクの着用やフィジカル・ディスタンスの順守の効果もあり、増加のペースは鈍化してきました。

ワクチン接種は12月14日に始まり、現在は医療従事者や65歳以上の高齢者らを対象に進んでいます。アメリカ創価大学も地元自治体の要請を受け、体育館を接種会場に提供しています。

2月いっぱいで全人口の約15%に当たる、約5000万人が1回以上の接種を終えました。現在も多くの人がワクチン接種を希望しています。接種を予約した人が当日に現れない場合、他の希望者に実施する地域もあります。ワクチンはひとたび解凍してしまうと、長く保存できないからです。

一方で、インターネット環境の不備や情報不足を背景に、人種間での接種の偏りが目立ったり、厳しい寒波でワクチン接種の会場を一時閉鎖したりと課題も山積しています。

失業や経済苦、学生がオンライン授業を強いられる状況など、多くの困難に直面する今こそ、私たちは励ましの連帯を広げ、心の絆をより強めていこうと決意しています。

——アメリカSGIとして、どのようにコロナ禍という危機に対応してきましたか。

機関紙「ワールド・トリビューン」で、手洗いやうがい、マスクの着用を奨励するなど、徹底した感染症対策を呼び掛けてきました。皆で真剣に声を掛け合った結果でしょうか、アメリカSGIメンバーの感染者数は全国平均よりも低い水準となっています。

またアメリカSGIとして、昨年から新型コロナ感染者が多発した地域の病院などに、数万枚のマスクや大量の防護服を寄付しています。少しでも具体的な貢献をしたいとの思いからです。

——日本でも医療従事者は激闘を続けています。アメリカでも彼ら彼女らの苦闘は計り知れません。

ニューヨーク州ロングアイランドの緊急病院に看護師として勤務する、ある地区副婦人部長は「15年の勤務経験の中でこのコロナ禍が最も大変だった」と語っていました。普段の3倍もの患者に対応しなければならないほど忙しく、マスク等の防護体制も整っていませんでした。自宅では、喘息に苦しむ息子に感染させはしないかと、心痛む日々が続いたそうです。

そうした状況下で、彼女は機関紙を通して池田先生のご指導を学び、一段と真剣に唱題に挑戦。時間の不規則な勤務でも、オンラインだからこそ会合に参加でき、自身を奮い立たせて、職場に通えたといいます。とりわけ先生の「闇が深ければ深いほど、暁は近い」とのご指導に、必ず勝利できることを確信したと振り返っていました。現在、勤務先の緊急病院では、コロナ患者の数も激減したそうです。

——昨春から、全ての会合をオンラインで開催していると伺いました。

そうです。地区座談会はもちろん、小説『新・人間革命』や池田先生の御書講義「世界を照らす太陽の仏法」の勉強会などを活発に行っています。先生のご指導や写真のスライドが視覚的に分かりやすいと好評だったり、子どもが小さくても自宅から気軽に参加できたりと、喜びが広がり、会合参加者は増加傾向です。

また一対一の激励もオンラインで行い、励ましの輪は多宝会から少年少女部まで幅広い年代に及んでいます。これまで電話等での連携が困難であったアメリカSGI所属のカリブ海地域をはじめ、全米各地で、オンライン活用により、遠隔地の友とのつながりが一層深まっています。

もちろんインターネットに慣れ親しんでいない方たちもいます。そうした方々には、地域の青年部がサポートしたり、電話での打ち合わせや激励を欠かさなかったりと、「誰も置き去りにしない」実践を意識しています。

——青年部は地区リーダー以上の友を対象にした教学運動「イケダ・ウィズダム・アカデミー」を通じて、御書根本の前進を続けているそうですね。

2013年に始まった同アカデミーでは、池田先生の教学著作を毎月研さんしています。一昨年から昨年にかけては、先生の『一生成仏抄講義』『生死一大事血脈抄講義』を学びました。

月刊の教学誌「リビング・ブディズム」にも同教材を自己学習できるよう、"ワークブック"などが掲載されています。

コロナ禍の中でも、講義映像を配信し、ビデオ会議システムでディスカッションを続けてきました。先月6日には修了式の意義を込めた自己評価のチェックシートを配信。「自身の生活に教学をどう生かしていくか」などの問いかけに、参加者が自身の思いをつづりました。

ある男子部員は、会社の高圧的な上司や愚痴ばかり言う同僚との関係に悩み、向上心を失っていたといいます。そんな時、同アカデミーで「一生成仏抄」の「妙法蓮華経と唱へ持つと云うとも若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらず糞法なり」(御書383ページ)を研さん。自身が人間革命することで、周囲の環境をより良く変えていこうと決意したのです。

真剣な唱題を根本に、責任感をもって仕事を成し遂げようと奮闘。そんな中、一段と成長を望める会社からオファーがあったのです。彼は惜しまれつつも退職し、新しい環境で元気に働いています。彼が語っていました。「教学の研さんを通し、悩みにさえも"感謝"できる自分になれました」

ほかにも、青年部の実証は枚挙にいとまがありません。コロナ禍にあって、より一層、"太陽の仏法"の力を実感しています。アカデミーでは、今春から『勝利の経典「御書」に学ぶ』を研さんする予定です。

◇青年を先頭に「HOPE(希望)運動」に全力
——アメリカの同志の奮闘に勇気が湧きます。最後に、理事長ご自身の決意をお聞かせください。

今こそ仏法を実践する私たちは大悪を大善に変えながら、全てを変毒為薬していきたいと決意しています。
池田先生もこの10年を「人類の『宿命転換』を、断固として成し遂げていくべき勝負の時」と語られました。人々が切望する希望の哲理を大きく広げていく時です。

今年、アメリカSGIは青年部を先頭に皆で「HOPE(希望)運動」にまい進しています。これは「希望あふれる題目(Hope-filled daimoku)」「御書や先生の著作を開く(Open Sensei's guidance and Nichiren's writings)」「妙法の種をまく(Plant seeds of Buddhahood)」「人々を励ます(Encourage others)」という四つの行動を指します。すでに多くの信仰体験が生まれており、SNSや会合を通じて希望の連鎖が広がっています。

2・27「アメリカSGI婦人部の日」を記念した婦女一体の会合に向けて、全米で対話運動を展開。各地で功徳の花が爛漫と咲きました。3月に開催される青年部、壮年部の各総会へ弘教の勢いが増しています。

コロナ感染症、人種問題、経済危機、自然災害等の迫りくる挑戦に、果敢に応戦し、皆が勝利の実証をつかめるよう励まし合い、前進してまいります。

◆自由の天地を照らす満月
アメリカ壮年部・男子部の代表から、2・27「アメリカSGI婦人部の日」に合わせて感謝の思いで撮影した美しい満月の写真が届いた。

2021年3月12日金曜日

2021.03.12 わが友に贈る

広布の先陣を開くのは
青年の使命であり誉れ。
後継の君よ 貴女よ
勇んで語らいの花を!
善の連帯の拡大を!

兵衛志殿御返事 P1091
『すこしもをそるる心なかれ過去遠遠劫より法華経を信ぜしかども仏にならぬ事これなり、しをのひるとみつと月の出づるといると夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり』

【通解】
少しも恐れる心があってはなりません。過去遠遠劫という果てしなく遠い過去より法華経を信じたけれど、仏になれなかったのは、これによるのです。潮が干る時と満ちる時と、月の出る時と入る時、また、夏と秋と冬と春の四季が変わる時には、必ず普段と異なることがあります。凡夫が仏になる時も、また同じことです。必ず三障四魔という障害が出てくるので、賢者は喜び、愚者はひるんで退くとは、まさにこのことなのです。

名字の言 誰かの思いも抱き締めながら歩んできた10年 2021年3月12日
東日本大震災からの10年は、東北の友にとって、愛する人を失い、それでも少しずつ前を向いた10年であった。誰かの思いも一緒に抱き締めながら歩んできた、それぞれの一日一日がある▼発災時、中学1年だった福島県出身の女子部員は、津波で親友を失った。原発事故で避難も強いられた。避難先で"自分の気持ちは誰にも分かるはずがない"と思ったが、支えてくれる友に出会うことができた。修学旅行にも「一緒に連れていこう」と亡き親友の写真を携えるよう勧めてくれた。震災の後、初めて心を開けた▼双葉町の「東日本大震災・原子力災害伝承館」で語り部を務める婦人部員。避難生活のさなか、望郷の思いを抱いたまま両親が亡くなった。"間に合わなかった"と肩を落とす彼女に寄り添う同志がいた。「大丈夫。きっとあなたの思いは両親に伝わっているよ」▼今年の「3・11」の前日、伝承館で婦人は率直な思いを来館者に語った。「無数の励ましに包まれて今、ここにいます。私が語り伝えたいのは、人が人を思う心の美しさです」▼人と人とのつながりは何物にも代え難い。悲嘆の壁を破り、明日を開く力になる。東北家族の固い絆は「未来までの・ものがたり」(御書1086ページ)として、まばゆい輝きを放ち続けていく。(閃)

寸鉄 2021年3月12日
「一言・一点も随喜の言を加えて」御書。真心の励ましで挑戦の力は倍加
東京・喜多区女性の日。自他共の歓喜の対話を!私の勝利が創価の勝利と
進級・進学の時。学会っ子は自分らしく朗らかに!"負けない青春"を後押し
子には批判よりも模範が必要—哲学者。良き若芽伸ばすのは大人の責務
被災体験を継承したい—東北の高校生9割。教訓忘れず共に前へ、未来へ

☆不二の旅 第4回 池田先生と北海道
◇三代城は厳たり——栄光の未来を北海天地から
・「北海道は、創価の連続勝利の光源である」——師の期待を胸に、全道の同志が希望の太陽と輝く
・池田先生が厚田の戸田記念墓地公園を訪問(1992年8月30日)。同園の開園15周年を記念する勤行会に出席した先生は、この日、北海道文化会館で小説『人間革命』第12巻「寂光」の章を書き上げたことを紹介した。この厳粛な師弟の魂に連なることこそ、北海同志の最大の誇りである
・1983年8月、札幌の真駒内屋外競技場で行われた第3回世界平和文化祭。初代会長・牧口先生、第2代会長・戸田先生が育ち、若き池田先生が「小樽問答」「札幌・夏の陣」「夕張炭労事件」で正義と勝利の旗を打ち立てた北海天地に、新たな青年の陣列を築く文化祭となった
・池田先生ご夫妻が函館研修道場へ。この激励行で、先生は語っている。"北海道は、牧口先生、戸田先生、なかんずく第三代の私が心血を注いで築いた大地だ。だから「三代城」なんだよ"(1991年8月)
・1969年9月、池田先生は「夕張炭労事件」の舞台となった空知地方へ。岩見沢・美唄総合ブロック合同指導会で"信心即生活の模範の実証を"と呼び掛けた
・1982年6月、池田先生が札幌で揮毫した「栄光」の大書。先生は折々に"愛する北海天地から栄光の未来を!"と

◇北海道の友に贈った指針
「妙法」の祈りは、自身の"生命の変革"をもたらし、その変革は、必ず"周囲の人々や生活環境の変革"へと連なっていく。
地域の発展も経済の好転も、"自分にはとても手が出ない"と思われるような願いであっても、わが「一念」から発する「信心」の力用しだいによって、やがて厳然とかなえられていくことを、強く確信していただきたい。
その信力・行力に燃えたつ人が、地域に一人、また一人と増えていく時、目には見えなくとも、偉大な仏力・法力の働きを引き出し、大勢の人々をも守りゆくことができる。
とくにリーダーに、その「強盛な祈り」と「確信」があるかどうか。
何ものにも屈しない「不敗の一念」で戦うかどうか——そこに「前進」か「後退」か、「幸福」か「不幸」かの大きな分かれ目がある。
皆さまは最高の仏法を持った「広宣の勇士」である。
信心には"中途半端"はない。"強い"か"弱い"か、どちらかである。
そして、仏法は"勝負"、すなわち"勝つ"か"負ける"か、どちらかである。
ならば、どこまでも徹して「強信」であっていただきたい。そこに一切を開く"急所"がある。
どこまでも朗らかに、また朗らかに、「境涯の王者」として、一切を大福運、大功徳へと変えゆく、「強信」を貫いていただきたい。
「鉄の団結の創価家族」として、悠々と、今世を、また三世を、真実の「仏道修行」のため、真実の「広宣流布」のために、ともどもに仲良く歩んでまいりたい。
そして、世界のだれよりも「楽しい人生」「有意義な人生」を送っていただきたい。
(第4回北海道総会<1991年8月>でのスピーチから抜粋)

2021年3月11日木曜日

2021.03.11 わが友に贈る

風雪越えし あなたこそ
最も尊貴な宝の人だ。
共に歩んだ友も家族も
皆が心の長者なり!
三世に幸の春は爛漫と!

兵衛志殿御返事 P1090
『貪欲瞋恚愚癡と申すさけにえいて主に敵し親をかろしめ師をあなづるつねにみへて候』

【通解】
貧欲、瞋恚、愚癡という三毒の酒に酔って、臣下でありながら主君に敵対し、子として親を軽んじ、弟子が師匠を侮ることもすこしも珍しいことではなくなっている。

名字の言 東日本大震災から10年。「人間はかくも強く、美しい」 2021年3月11日
詩人コクトーはうたった。「君の名前を彫り給え やがて天までとどくほど 大きく育つ木の幹に。大理石と較べたら立木の方が得なんだ 彫りつけられた君の名も一緒に大きくなって行く」(堀口大學訳)▼東日本大震災の後、東北の被災地にある会館では植樹が行われた。若木は新生の誓いを込めて「福光桜」などと命名された。同志はわが胸中にも"福光桜"を植え、復興の年輪を刻んできた▼原発事故の影響で各地に避難した友の激励を続ける婦人部員は「桜がいつ咲いて、散ったのか、分からないほどの激闘でした」と述懐する。"不安で眠れない"と嘆く電話口の友の話を何時間も聞いた。そして慈愛の言葉で安心した友が眠りに就いたであろう時間に、御本尊の前に座った。婦人に花を愛でる余裕はなかったが、励ました友が幸の大輪を咲かせた▼「震災直後、がれきの中に咲いた桜が忘れられない」と語るリーダーは、友と同苦した年月をこう表現した。「人間はかくも強く、美しいと同志に教わる10年でした」▼風雨に打たれることなく、大樹と育った木はない。東北の友は使命の大地に根を張り、試練に耐え抜いた。不屈の春秋を重ねて10年——仰ぎ見る"希望の大樹"は、これからもたくましく未来へと伸びてゆく。(白)

寸鉄 2021年3月11日
大震災10年。東北の復興は21世紀の世界の希望。皆様の健康とご多幸祈る
「万行万善の功徳を集めて五字と為せり」御書。題目第一の人に福徳厳然
小樽問答記念日。学会の正義の歴史刻んだ師子吼師弟の旗持つ後継よ続け
岐阜の日。列島の要に光る民衆の大連帯。堅塁の誇り胸に勝利へ全速前進
非常食の賞味期限切れを経験、65%と。定期的な入れ替えを。備え万全に

〈社説〉 2021・3・11 東日本大震災から10年
◇心をつなぐ励ましの福光を
東日本大震災から10年。甚大な津波被害を受けた宮城・岩手の両県では、第1期復興・創生期間のインフラ整備が最終段階を迎えている。
一方、福島第1原発事故などによる避難者は4万1000人(本年2月現在、復興庁調べ)を超え、福島の避難対象地域では、いまだ復興事業の見通しも立っていない。
こうした中、42の被災市町村で、最も多くの首長が「震災11年目以降も必要な事業」に挙げたのが「被災者の心のケア(57%)」だ(河北新報)。
大切な人や故郷を失った心の空白、多様化する苦悩は、物理的な復旧や時間の経過で埋められるものではない。
厳しい現実を前に、創価の同志は"一人も置き去りにしない"信念で、悩める友に寄り添い、励ましの連帯を築く。
福島県浪江町から夫と共に茨城県へ避難した婦人部員は、次女を津波で失った。さらに2年後、夫が脳出血で帰らぬ人に。込み上げる悲しみに胸が張り裂けそうになった。
そうした時、全国の「うつくしまフェニックスグループ」の友からの励ましが相次いだ。茨城の同志も足しげく通い、一緒に祈ってくれた。「落ち込む暇もないほど」の真心に触れ、"私は一人じゃない"と実感。師の励ましの言葉を心肝に染め、前を向いた。
その後、郡山市に転居。入会満60年を迎え、「池田先生と同志のおかげで今の私がいます」と感謝の心で希望の語らいを広げる。
東北大学災害科学国際研究所の今村文彦所長は、震災後の池田先生の励ましに、多くの学会員が希望を抱き、"心の復興"をけん引してきた事実に着目。
「試練の渦中にいる方々にとって、いかなる災害に遭おうとも、人生で築いてきた心の財は絶対に消えないという確信は強く響いたと思います」「その根底には、強さや優しさという、人間の力を信じる心があります」(2018年7月11日付本紙)と、師弟一体の実践に深い共感を寄せる。
池田先生は、過日の「東北家族『希望の絆』総会」にメッセージを贈り、この10年の同志の不屈の歩みをたたえた。
「『変毒為薬』の信心に生き抜く一人の人間が、どれほど強く偉大になれるか。そして『異体同心』の団結で励まし合う民衆が、どれほど温かく堅固になれるかを、全世界に雄渾に示しゆく感激のドラマであります」と。
悲嘆のどん底から立ち上がり、師と共に、世界の同志と共に歩む"福光の道"の中で、かけがえのない"感激のドラマ"が生まれる。その"感激"は親から子へ、友から友へとつながっていく。
東北の同志は新たな福光の道へ力強く出発した。世界に希望を送る価値創造の福光のドラマを、伝え続けていきたい。

☆「わが愛する青年に贈る」に学ぶ 第9回 広宣流布〈上〉 共々に地涌の使命に生き切る誉れ 西方男子部長
◇池田先生の指導
広宣流布とは、
人々の生老病死の苦悩を救い、
幸福境涯に至らしめる仏の願いを
受け継ぎ、実現する仏弟子の使命。

1 何のために生きるのか
まもなく3・16「広宣流布記念の日」を迎えます。1958年(昭和33年)のこの日、第2代会長の戸田城聖先生から池田大作先生を中心とした青年たちに広宣流布のバトンが託されました。そして今、池田先生は私たち青年部に広布の未来を全て託してくださっています。学会の使命である「広宣流布」とは何か。改めて考えたいと思います。

■ 池田先生の講義
"創価三代"の師弟を貫く誓願とは、広宣流布にほかなりません。
1942年(昭和17年)5月、軍部政府による思想の統制が強まるなかで開催された総会で、初代会長・牧口常三郎先生が断固と訴えられたのは「広宣流布」でした。さらに翌年、弾圧による逮捕後の取り調べでは、広宣流布の意味を問われ、先生は堂々と、「末法の時代、いわゆる現世のごとき濁悪の時代思想を、南無妙法蓮華経の真理によって浄化すること」(趣意)と主張されていたのです。
1951年(昭和26年)の5月3日、第2代会長就任式で戸田先生が誓願されたのも、「広宣流布」であります。「私が生きている間に75万世帯の折伏は私の手でする」と宣言されるとともに、今日の広宣流布は、膝づめの"一対一の対話"で成し遂げられると、実践の根本軌道を示してくださいました。
1960年(昭和35年)の5月3日、第3代会長に就任した私も、戸田門下生を代表して「化儀の広宣流布」を目指し、一歩前進への指揮を執り始めました。
—◆—
「勤行要典」の御祈念文には、創価の三代会長を「広宣流布の永遠の師匠」と仰ぐことが明確にうたわれています。
一方で、学会活動を始めたばかりの男子部員や新入会の友から「直接会ったことがない人を、師匠となかなか思えない」と、相談を寄せられることもあります。
私はかつて聖教新聞の記者として、全国各地の同志を取材しました。男子部長になってからも、社会で活躍する多くの先輩たちの話を伺ってきました。「一流」といわれる実証を示す方々に共通することは、それぞれの分野に「師匠」と呼べる人がいることです。芸術の師匠、学問の師匠、スポーツの師匠……。
しかしまた、異口同音に「私の『人生の師匠』は池田先生です」と断言されるのです。それは根本となる生き方を学んでいることにほかなりません。広宣流布とは仏法を弘めることであるとともに、「信心を根本に自他共の幸福に尽くす無上の"生き方"を広げること」ともいえるでしょう。
今、小説『新・人間革命』の研さんを通して創価の三代会長なかんずく池田先生の人生を学び、「私も師匠のように広布のために生きたい!」と立ち上がる友が、あの地この地に現れています。男子部として進めている拡大・結集・育成の「広布の三冠王」の取り組みも、「師弟の生き方」を学び広げる挑戦なのです。

2 仏弟子の使命とは?
池田先生は、恩師・戸田先生が繰り返し講義をされていた「顕仏未来記」を拝して、次のように教えてくださっています。

【御文】
『予一たびは歎いて云く仏滅後既に二千二百二十余年を隔つ何なる罪業に依って仏の在世に生れず正法の四依・像法の中の天台・伝教等にも値わざるやと、亦一たびは喜んで云く何なる幸あって後五百歳に生れて此の真文を拝見することぞや』(顕仏未来記、御書505ページ3行目〜5行目)

【現代語訳】
私(日蓮)は一度は嘆いて言う。——今は釈迦仏の滅後、既に二千二百二十余年がたっている。いったい、いかなる罪業があって、仏(釈迦仏)のおられる時代に生まれ合わせることができず、また、正法時代の四依の人(迦葉・阿難や竜樹・天親等)にも、像法時代の天台大師や伝教大師にも会えなかったのであろうかと。
また、一度は喜んで言う。——いったい、いかなる福徳があって、後の五百年(の末法)に生まれ、この薬王品の真実の文を拝見することができたのであろうかと。

■ 池田先生の講義
広宣流布とは、人々の生老病死の苦悩を救い、人類を永遠の幸福境涯に至らしめる仏の願いを受け継ぎ、実現する仏弟子の使命にほかなりません。
—◆—
「生老病死の苦悩」——私の祖父と母の入会理由も、そこにありました。
私は常勝関西の出身です。祖父と母は1956年(昭和31年)に池田先生が指揮を執られた「大阪の戦い」で、折伏されたそうです。祖父は当時、重い病を患っていました。しかし弘教に歩く中、体調は快方へ向かい、74歳の天寿を全うするまで生き抜くことができたのです。
また祖父と母は、57年の「大阪大会」に参加したことを誇りとしていました。"信心しきったものが必ず勝つ!"——大会で師子吼された池田先生のこの確信こそ「永遠の幸福境涯」の実像ではないでしょうか。
今、私はコロナ禍の中でアメリカや韓国、ブラジルなど各国の男子部リーダーとオンラインで懇談しています。いずこでも青年たちが入会する理由は「生老病死」にまつわることが多い。時代は変われど、人間が直面する悩みは根本的には変わりません。と同時に、仏法の実践を通して信心の確信をつかんでいく友のドラマも、世界共通なのです。
「仏の願い」であり、創価の三代会長を貫く誓願である「万人の幸福の実現」という仏弟子の使命も、未来永遠に変わることはありません。

3 「嘆き」を「喜び」に
仏法は「時」を重視します。悪世末法に大聖人が御聖誕された意義を、先生は御書を拝して語ります。 

■ 池田先生の講義
(「顕仏未来記」の御文にある)「歎いて」から「喜んで」への大転換に、重大な意味が拝察されます。
当時、大聖人は、次々と迫害を受け続けられていました。その結果、罪人として、死罪にも等しい流罪に処せられた境遇にありました。本抄にも、「日来の災・月来の難・此の両三年の間の事既に死罪に及ばんとす今年・今月万が一も脱がれ難き身命なり」(御書509ページ)と示されている通りです。
その中にあって、大聖人は「幸なるかな一生の内に無始の謗法を消滅せんことを悦ばしいかな未だ見聞せざる教主釈尊に侍え奉らんことよ、願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん」(同ページ)とまで仰せです。
まさしく「喜んで」と言われた御胸中には、末法広宣流布に一人立つ師子王の魂が、明々と燃えておられたと拝されます。
—◆—
思い出す原点があります。私が、創価大学に入学してまもない頃のことです。
「母さんね、がんが見つかったの」——大阪にいる母からかかってきた電話の内容に、私は耳を疑いました。"こんなに信心を頑張ってきた母が、なぜ?"
動揺する私を、先輩は力強く励ましてくれました。「大丈夫。西方君が本気で信心をする"時"が来たんだよ」と。私は「一家の宿命転換を懸けて折伏しよう」と誓いを立てました。とはいえ、友人に具体的に何を語ればよいか分かりません。池田先生の著作を貪るように読みました。そして毎週末、先輩の車に乗せてもらって地元へ帰省し、弘教に挑戦したのです。
その中で、実感したことがあります。"草創の先輩たちも皆、人生の師と出会い、「救われる存在」から「人々を救う存在」へ人間革命していったんだ"。まさに「嘆き」から「喜び」への転換です。
自分もまた、その師弟の道に連なっている——そう思うと、今まで感じたことのない誇りが湧いてきました。弘教は結実。母も治療が奏功して、病を乗り越えることができたのです。この体験を通して、その後も一家で多くの人に信心の功徳を語ることができています。
嘆きも苦悩も、広布の使命を自覚した時、全て境涯を開くための力となり、知恵となります。苦難と真正面から向き合う中でこそ真の喜びも生まれるのです。

4 「生きる意味」の自覚
今まさに、思わぬ宿命の嵐と戦っている友もいるでしょう。池田先生はこう励ましを送られています。

■ 池田先生の講義
誰しも、それぞれの人生において否応なく直面する境遇や状況があるものです。あまりにも過酷な苦難や試練もある。しかし、その襲いかかる「宿命」を、自分だからこそ耐えられる、必ず深い意味があると、あえて捉え直し、「使命」をつかみとっていく、生命の究極の道があります。
それこそが久遠より願って悪世末法の娑婆世界に生まれ、法華経を弘めるのだと誓願した地涌の菩薩の元初の生命なのです。
戸田先生は、獄窓の内で、地涌の菩薩の使命を自覚され、敗戦の焦土と化した日本にあって、「妙法流布の大願」を掲げられました。あの戦後の絶望と悲嘆の時代に、いったい誰が、「今こそ広宣流布の時なり」と誇り高く誓うことができたでしょうか。
創価学会が、仏意仏勅の「広宣流布の宗教」であるゆえんは、まさにこの「広宣流布の信心」があるからです。
—◆—
「あまりにも過酷な苦難や試練」と聞くと、東日本大震災から10年の歩みを重ねてこられた東北の方々を思い浮かべずにはいられません。
宮城のある男子地区リーダーは津波で4人のきょうだいを失いました。当時、高校2年生。家族を救えなかった自責の念に長年、苛まれたといいます。「自分には幸せになる権利はない」と。
それでも、何があっても負けない母の姿や、温かな創価家族の励ましに触れて「自分も変わりたい。成長したい」と折伏に挑戦。その中で「幸せ」について真剣に考えたそうです。自分が幸せになれないようでは、人を幸せにすることもできない——それなら「笑って生きよう。幸せになろう」と決めたのです。
彼は一昨年、男子部大学校生として弘教を実らせました。さらにコロナ禍の昨年も、高校の同級生を入会に導きました。互いに「共に負けない人生を歩もう」と励まし合って進んでいます。入会した一人は、男子部大学校への入校を決意しました。
地区リーダーの彼は「震災の事実は変わらない。でも、その意味を変えることはできる。宿命を使命に変える人生を生きようと決めました」と語っています。
「広宣流布の信心」がある限り、「悲哀」を「勇気」に、「宿命」を「使命」に、そして「大悪」を「大善」に変えていけるのです。

■ 池田先生の講義
法華経はまさしく、最も崇高にして根本的な「生きる意味」を人間に自覚させます。結論から言えば、民衆一人ひとりが広宣流布の大願に生きることこそ、無上道の人生であることを教えています。
法華経において、釈尊から滅後末法の広宣流布を付嘱された「久遠の弟子」こそ地涌の菩薩だからです。

2021年3月10日水曜日

2021.03.10 わが友に贈る

災害への備えを万全に。
避難経路や備蓄品など
家庭や職場等で確認!
過去の教訓に学び
安心・安全の社会を!

聖人御難事 P1190
『日蓮末法に出でずば仏は大妄語の人多宝十方の諸仏は大虚妄の証明なり、仏滅後二千二百三十余年が間一閻浮提の内に仏の御言を助けたる人但日蓮一人なり』

【通解】
もし日蓮が末法に出現しなかったならば仏は大妄語の人となり、(この仏の言葉を真実であると証明した)多宝如来や十方の諸仏は、大虚妄の証明をしたことになってしまうであろう。仏滅後二千二百三十余年の間に、一閻浮提の中で、仏の御金言を助けた人は、ただ日蓮一人なのである。

名字の言 東北の友が教えてくれた「ほんとうの幸福」 2021年3月10日
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は、孤独な少年ジョバンニの成長物語と読むこともできる。彼は幻想的な銀河の旅の中で世の不条理を悟り、「ほんとうの幸い」とは何かを追求する▼同行者は親友カムパネルラ。他者のために自らを犠牲にすることもいとわない。そんな親友との語らいを通じて、ジョバンニは「みんなの幸い」を願うようになる。突然訪れた親友との別れを経て彼は誓う。「僕きっとまっすぐに進みます。きっとほんとうの幸福を求めます」(岩波文庫)▼先日の本部幹部会で活動体験を語った壮年の心を貫くのも、亡き友への誓いだった。その友とは、東日本大震災で被災しながら同志の励ましや救援活動に奔走した当時の支部長である▼病で霊山へ旅立つ前、支部長が日記に書き残した言葉がある。「人のために、どれだけ祈ったか、苦労したか、それが人間の真髄か」。幹部会で登壇した壮年も、かつて孤独の身のわびしさを、支部長に支えられた。「『人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし』(御書1598ページ)。この生き方に本当の幸せがある。そう確信したんです」と壮年は言う▼人生の旅路を照らす哲学があり、苦楽を共にして歩む同志がいる。「ほんとうの幸福」を東北の友は教えてくれた。(恭)

寸鉄 2021年3月10日
会長の対話は人を結び付ける宗教本来の力示した—教授。我らも足元から
男子部と学生部が3・16から拡大期間。漲る情熱。広布のバトンは君の手に
世間に行じて能く衆生の闇を滅す」御書。今日も地域の友に励ましの光を
農山漁村女性の日。食を支え、命を守る農漁光部に感謝。皆様に福徳薫れ
睡眠は時間も質も大切。就寝前の携帯使用控える等の工夫を。健康は智慧

☆御書の旭光を 第13回 苦悩の壁を成長の飛躍台に
〈御文〉
『餓鬼は恒河を火と見る人は水と見る天人は甘露と見る水は一なれども果報に随って別別なり』(曾谷入道殿御返事、1025ページ)

〈通解〉
餓鬼は恒河を火と見る。人は水と見る。天人は甘露と見る。水は一つのものであるが、果報にしたがって別々なのである。

〈池田先生が贈る指針〉
同じものも、境涯で見え方は一変する。その境涯を開いていけるのが信心だ。真と偽、正と邪を見極める。尊き友の陰の功労を見逃さない。地域・社会の課題を見通す。立正安国への祈りと行動の中で、法眼(菩薩の目)・仏眼が磨かれる。
苦悩の壁も人間革命の飛躍台と見定め、全てを価値創造の源泉に転じゆくのだ。

☆質問BOX 「絶対的幸福境涯」とは、どのような境涯なのでしょうか?
【回答】
戸田先生は、「絶対的幸福というのは、どこにいても、生きがいを感ずる境涯、どこにいても、生きている自体が楽しい、そういう境涯があるのです」と教えられました。これに対して、環境や条件に左右されるのが「相対的幸福境涯」です。
例えば、自身のSNSで多くの人から共感が得られると、満足を感じます。しかし、一度、中傷を受けると一気に苦しみを感じてしまいます。
絶対的幸福は、このようにはかなかったり、他人と比較できるようなものではありません。何ものにも奪われない、壊されないものです。
外から与えられるものではなく、自他共の幸福を目指し、信心に励んでいく中で、自身の生命に絶対的幸福境涯を開いていくことができるのです。

☆みんなで学ぶ教学 第14回 六根清浄の功徳
◇わが生命を根源から輝かせる
今回の「みんなで学ぶ教学」は、「六根清浄」の功徳がテーマです。信心に励んでいくことで、得られる功徳について学んでいきましょう。新入会のカツヤくんは、いつも通っている道で、ゴミを拾って清掃してくれている人を見掛けたようです。

ユタカ おや、カツヤくんじゃないか、キラキラした目をしてどうしたんだい?

カツヤ さっき、この道の清掃をしてくれている人の姿を見掛けたので、ありがたいなと思って感動していました。

ユタカ その人なら、ずっと以前からこの道や周辺を清掃してくれていたよ。気付かなかったのかい?

カツヤ え! 本当ですか? なんで今まで気が付かなかったんだろう……。

ユタカ 信心に励むようになって、カツヤくんの世界の見え方が変わったのかもしれないね。仏法で説く「六根清浄」の功徳を思い出したよ。

カツヤ 「六根清浄」ですか。初めて聞きました。どのような法理ですか。

ユタカ まず、「六根」とは、「眼根・耳根・鼻根・舌根・身根・意根」のことで、見たり、聞いたり、心で思ったりする生命の働きのことなんだ。世界がどう見えて、どう思うか、ということともいえるね。

カツヤ なるほど。

ユタカ たとえば、"おなかがすいたなあ"と思って歩いていたら、飲食店にばかり目がいくよね。同じ景色、同じ香り、同じ味でも、感じ方は、その人の生命状態で変わるんだ。「六根」が清らかになっていくと、正しい認識・判断・行動ができるようになる。それが「六根清浄」なんだ。

カツヤ たしかに、おなかが減っていた時、気付いたら"どのラーメン屋さんに行こうか"とばかり考えていたことがあります。もしかして、「舌根」が清らかになれば、何を食べてもおいしく感じたり、びっくりするほど歌がうまくなったり……。

ユタカ 歌は練習しないとうまくはならないよ(笑)。
「六根清浄」が説かれる法華経の法師功徳品第19は、法師(仏法を行じ、弘める人)の功徳を明かしているんだ。今でいえば信心に励んでいる学会員が得る功徳のことだよ。
日蓮大聖人は「功徳とは六根清浄の果報なり」(御書762ページ)と教えられている。
つまり、信心に励む中で、自然と「六根」が清らかになり、日々の生活の中で感じることや、現実社会の見え方がより良く変わっていくんだ。

カツヤ もしかしたら、唱題に挑戦しているから、今まで気付けなかった清掃してくれている人に、意識が向くようになったのかもしれません。僕の見た目はあまり変わったようには見えないんですが……。

ユタカ 見た目の問題ではないよ。「六根清浄」は、境涯の変革を説いているんだ。
池田先生は「仏道修行の苦労に無駄はない。全てが、わが生命を根源から清らかに輝かせる光明となる。どんな苦難も悠々と乗り越える力が湧いてくる。大宇宙を闊歩できるような自在の大境涯が開かれてくる。これが『六根清浄』の功徳であり、『人間革命』の実証である」と語られているんだ。
自分の境涯が変わっていけば、同じような日常でも輝きが増していく。逆境に直面した時、それを楽しんで乗り越えていくべき使命と捉えられるんだ。広布に励む中で、"絶対的幸福境涯"を開いていくことができるんだよ。

カツヤ なんだか、学会活動に挑戦することがとても楽しみになってきました。今度、道をきれいにしてくれている人に感謝を伝えようと思います。

ユタカ 気付かなかった状態から、感謝しようと変わったことはすごい変化だね! 信心に励んでいくことで、人生はもっと豊かで、喜びにあふれたものとなっていくよ。それが「六根清浄」の功徳なんだよ。

2021年3月9日火曜日

2021.03.09 わが友に贈る

環境が変化する時こそ
祈りを根本に進もう!
一喜一憂することなく
不退の心を貫けば
必ず幸福の道が開ける。

乙御前御消息 P1220
『一つ船に乗りぬれば船頭のはかり事わるければ一同に船中の諸人損じ又身つよき人も心かひなければ多くの能も無用なり』

【通解】
一隻の船に乗りあわせてしまえば、もし船頭の舵取りが悪ければ一同に船中の人びとは命を損なってしまうでしょう。またどんなに体が強くても心が弱ければ多くの能力があってもなんの役にも立ちません。

名字の言 震災を経験した壮年に見えてきたもの 2021年3月9日
最大震度6強を観測した先月13日の地震が「東日本大震災の余震」と聞いて少し驚いた。福島県に住む壮年が語っていた。「『災害は忘れた頃にやって来る』と言いますが、今回は『忘れる前にやって来る』でした」▼間もなく東日本大震災から10年。冒頭の壮年は、原発事故で全町民に避難指示が出された富岡町から郡山市へ。3カ月の避難所生活、4年3カ月の仮設住宅暮らしを経て、復興住宅に落ち着いた。「この10年、たくさんの方に寄り添っていただきました」▼壮年は、震災を経験したからこそ見えてきたものがあるという。「笑顔の裏にはたくさんの苦労があり、人は笑顔という花を苦労の上に咲かせていける。その尊さを感じ取れる自分になりました。これからは人に寄り添える自分になります」▼試練に立ち向かう日々が、壮年を人生の深い次元へと進ませる。生きている限り、悩みや苦労は尽きないが、その苦しみや悲しみを乗り越えようとするから人間として成長する。他者と同苦する心ができていく。この繰り返しが境涯となるのだろう▼私たちは被災地を忘れることなく、励ましを送り続けたい。励ましで人は立ち上がり、立ち上がった人が他の人を励ましていく。励ましの連鎖が「冬は必ず春となる」力である。(川)

寸鉄 2021年3月9日
御書「十方の諸天此れをしり給うべし」。広布貢献の人生に福徳の光は燦然
中国方面の「女性の日」。日々、新生の決意で前進。希望の"門"開く語らいを
青年の一番の財産は信頼—恩師。有言実行の人たれ!喜び勇み苦難に挑め
サイバー攻撃が最多と。見知らぬ送り手の添付に注意。不用意に開けるな
備えていた事しか役立たなかった—東日本大震災の教訓。各人が日頃から

☆御書の旭光を 第12回 黄金柱の祈りを強く!
〈御文〉
『真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり』(四条金吾殿御返事、1170ページ)

〈通解〉
真実に、あらゆる人々の色心の留難をとどめる秘術は、ただ南無妙法蓮華経なのである。

〈池田先生が贈る指針〉
壮年部の先達・負けじ魂の四条金吾への仰せである。柱は倒れるわけにいかない。人生と社会のいかなる苦難にも揺るがぬ力が、妙法である。 
誓願の題目こそ、変毒為薬の秘術なのだ。策でも方法でもない。惑わず「法華経の兵法」で戦い抜くのだ。
黄金柱の強き祈りで、一家を同志を地域を断固と護り抜いてくれ給え!

☆紙上セミナー 仏法思想の輝き 東海道教育部長 小野信行
【プロフィル】おの・のぶゆき 神奈川県の公立小学校で教頭職を務め、定年退職。現在、再任用教員として勤務。65歳。1958年(昭和33年)入会。神奈川県小田原市在住。総県総合長。

◇私の教育実践 共に学び、共に育つ
2010年10月に神奈川で開催された創価学会教育本部のシンポジウムで、教育部員による3000事例の教育実践記録を分析した結果として、教師や大人に望まれる子どもへの「五つの関わり」が示されました。それは、�「信じぬく」�「ありのまま受け容れる」�「励まし続ける」�「どこまでも支える」�「心をつなぐ」です。
教育現場での日々の奮闘や挑戦をつづった教育実践記録。そこには、子どもたちの可能性を信じ、励まし抜き、一人一人と心がつながることで、子どもたちが大きく成長する姿をつづった感動のドラマが無数にあります。
私自身、これまで40年以上にわたって教壇に立ってきた日々は、池田先生が示された教育思想を体現しようと努める中で、「子どもたちには、これほどの可能性があるのか」と驚かされることの連続でした。

◇クラスの違和感
教員生活にも慣れて10年ほど過ぎた頃、5年生で担任を務めた学級を継続して受け持つことに。6年生の新学期がスタートして少したった時、クラスの変化に気付きました。
それまで大きなトラブルもなく、楽しく学校生活を送ってきたクラスでしたが、なんだか子どもたちの関係がギスギスし始め、皆の表情からも明るさが消えていたのです。
"クラスの中で、何か問題が起きているのかもしれない"
私は、子どもたち一人一人と話す時間をつくり、原因を聞き出そうとしました。
当初は萎縮していた子どもたちも、粘り強く話し掛けていくうちに、ようやく思いを打ち明けてくれました。すると、「最初、先生は面白かったけど、今はつまらない」「○○君の話はよく聞くのに、僕の話は聞いてくれない」など、予想もしていなかった言葉が出てきたのです。
"全ての原因は、自分自身にあったんだ"と猛省しました。教員生活に慣れたことで、いつしか惰性に陥り、子どもたち一人一人に真剣に向き合えていなかったのです。
"子どもたちの幸せを、もう一度、真剣に祈ろう"——そう決意した私は、あらゆることにアンテナを張りながら、一人一人が持つ可能性を信じ、どこまでも励まし抜くことを心掛けました。
皆と心を通わせる努力を続ける中、次第に子どもたちの表情も明るくなっていきました。やがて半年がたった頃、以前のような思いやりのあふれる楽しいクラスへと変わり、全員が笑顔で卒業式を迎えることができたのです。
池田先生が示した「教師こそ最大の教育環境なり」との教育理念が、この時ほど身に染みたことはありません。
子どもが成長できるかどうかは、教育者の一念で決まります。さらには、家庭や地域など、子どもたちを取り巻く全ての環境を、その子の教育のために"最善の環境"にしていくことで、若芽はグングンと伸びていくのだと確信します。
日蓮大聖人は、法華経に説かれる「宝塔」の意味について、弟子である阿仏房に問われ、「阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房」(御書1304ページ)と仰せです。一人一人の生命は、光り輝く宝塔のように尊貴で、計り知れない可能性を秘めているのだと教えられています。
大切な宝の子どもたちを育み、可能性を開花させゆくという教育の使命の重みを、かみ締めずにはいられません。

◇桜梅桃李の使命
現在、私は特別支援教育に携わっています。障がいのある子どもたちと一緒に生活する中で実感するのが、「教育は『共育』である」ということです。
"どうしたら学ぶ喜びや楽しさを分かち合えるのか"と学習方法を工夫し、子どもたちの反応を見ながら試行錯誤を重ねる毎日です。学んでいる時の子どもたちの笑顔や、たとえ小さな一歩でも成長した姿を見る時、教師として、これほどうれしいことはありません。
池田先生は、「教師自身が成長すれば、子どもたちも必ず成長します。また、教師自身が成長するためには、子どもたちの成長に学ぶことです。教育は『共育』——教師も生徒も共に育って、成長していくことなのです」と語っています。
教師自身が成長しようと努力する姿勢は、子どもたちにも、"善き成長"への触発を与えていけるのです。
また、仏法には、一人一人がありのままの姿で、最高に輝いていく生き方を教えた「桜梅桃李」という言葉があります。
桜も梅も桃も李も、花が咲く時期や花の形、見た目や香りなど、同じではありません。しかし、それぞれが時を待ち、必ず、趣のある素晴らしい特性・個性を開花させます。
同じように、子どもたちの個性は皆、異なります。成長のスピードも人それぞれです。ですが、その一人一人に、「その子」でしか果たせない、かけがえのない使命が絶対にあります。
だからこそ、関わる側は、「その子らしさ」を尊重しながら、「花開く時」を信じ抜き、励まし続けていく「忍耐力」が大切なのだと思います。
私自身、どんな困難な状況であっても、希望を失わずに前を向くという自らの生き方で、大切な子どもたちを励まし抜けるよう、挑戦を重ねていく決意です。

[視点]配慮と励まし
日蓮大聖人は、人にものを教える意義について、「人のものををしふると申すは車のおもけれども油をぬりてまわり」(御書1574ページ)と仰せです。
たとえ車が重くても、油を差せば滑らかに前進することができます。同様に、相手を無理に動かすのではなく、相手が自分の力で前へ進めるよう、心を砕くことが、私たちの「励まし」の本義でしょう。
人の悩みは千差万別です。その一人一人に寄り添い、深く理解して、"この人が活躍するためには、どうすればいいか"と考え抜く慈悲の心から、知恵も生まれます。
教育本部の友は、仏法の慈悲の理念を胸に、こうしたこまやかな配慮と励ましの実践を日々、教育の最前線で積み重ねています。

2021年3月8日月曜日

2021.03.08 わが友に贈る

◇今週のことば
「苦をば苦とさとり
楽をば楽とひらき」
地涌の旗頭の東北家族と
変毒為薬の前進を!
福光勝利の建設を!
2021年3月8日

佐渡御書 P960
『此八種は尽未来際が間一づつこそ現ずべかりしを日蓮つよく法華経の敵を責るによて一時に聚り起せるなり譬ば民の郷郡なんどにあるにはいかなる利銭を地頭等におほせたれどもいたくせめず年年にのべゆく其所を出る時に競起が如し』

【通解】
この八種の大難は、未来永遠の間に渡って、一つずつ現れるはずだったものを、日蓮が強く法華経の敵を責めたことによって、一時に集まって起こったものであります。例えてみると、地頭の郷や郡の中に、領民が住んでいる間は、地頭等にどれほどの借金をしていたとしても、厳しく取り立てられずに、次の年・次の年へと、支払いを延長してもらえます。けれども、領民が地頭の郷や郡の土地を出る時には、借金の完済を厳しく迫られるようなものです。

■第2回本部幹部会配信スタート SOKAnetでも視聴可能■
第2回本部幹部会の全国配信が、3月6日から始まる。新型コロナウイルスの感染拡大を踏まえ、従来の会館や個人会場(配信の会場と時間は各県・区で決定)に加え、「モバイルSTB」でも視聴可能となる(インターネットを通してダウンロードが必要)。
創価学会公式ホームページ「SOKAnet https://www.sokanet.jp/recommend/honkan202103/」でも視聴できる。SOKAnetでの配信期間は、3月6日午後4時から14日(日)まで。
※スマートフォンやタブレットを利用する際は、ご契約の通信プランによって、別途、通信料金がかかる場合があります。また、視聴ページのあるYouTubeには、本部幹部会とは関係のない動画が表示されることもあります。ご注意ください。

名字の言 3人の子を育てた壮年が決めたこと 2021年3月8日
「地に低く幸せありと福寿草」(保坂伸秋)。早春の花のうち、多くは黄色い花といわれる。その筆頭が福寿草。白雪の大地から真っ先に顔を出すことから、"春を告げる花"として知られる▼まだ寒さが残る時期に花を咲かせるため、花粉を運ぶ昆虫が少ない。そこで、福寿草は太陽に花を向ける。花びらは太陽光を反射しやすい形をしており、花の中央部の温度は気温よりも高くなる。それが、虫たちを引き寄せる▼岡山の壮年は35歳の時、妻が早世。幼い3人の子どもが残され、仕事と育児に追われる日々が続いた。御本尊に祈る中、かつて学んだ池田先生の言葉を思い返した。「『笑い』こそは、不屈なる『心の勝者』の証しである」▼壮年は「子どもには笑顔を見せよう。それが自分の戦い」と決めた。危なっかしい手つきで包丁を握り、にわか料理を並べた。食卓にいつも子どもたちの笑い声が響いた。あれから30数星霜——「尊敬する父のようになりたい」と3人は、広布のリーダーに育った▼御書に「冬は必ず春となる」(1253ページ)と。季節の春は必ず巡り来る。だが、「人生の春」は、座して待っていてはやって来ない。試練の「冬」に負けず、前に進み続ける「不撓の心」が、「冬」を「春」に変えることができる。(子)

寸鉄 2021年3月8日
東北が総会。同志との絆固く試練に挑んだ10年。不屈の魂こそ創価の模範
芸術部の日。混迷の時に希望と喜びを送る文化の旗手。健康と活躍を祈る
「信心第一なら、何があっても慌てる必要はない」恩師。今日も題目根本に
国際女性デー。励ましの心広げる婦人部・女子部。使命の人生に福徳は必ず
中小企業向け一時給付金の申請開始。公明よ支援の手を次々と。雇用守れ

〈社説〉 2021・3・8 きょう「芸術部の日」
◇誰もが人生のアーティスト
芸術には力がある。時に、一曲の歌が希望の明かりになり、一枚の絵が心に勇気を湧かせてくれる。
新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、厳しい状況に直面する今だからこそ、豊かな芸術に触れる機会を提供したい。そうした思いから、本紙では動画企画「SEIKYO STUDIO」をスタートし、動画配信サイトYouTube上の聖教新聞公式チャンネルで、多彩なアーティストの動画を公開している。
同企画には、歌手・女優の島田歌穂さん、ピアニストで作・編曲家の島健さんらが登場し、希望の歌を送っている。
動画には「すてきな歌声に胸が熱くなりました」「優しく、温かい気持ちが湧いてきました」など、多くの反響が寄せられている。これからも、苦しい時、悩んだ時にこそ心に響く、芸術の力を届けていきたい。
きょう8日は「芸術部の日」。かつて池田先生は、芸術部の友へ贈った長編詩でつづった。「芸術は 苦悩に沈む人々を 喜びに変え 孤独に悩む人々を 安穏に変え 戦い疲れた人々に 楽しみを与える。 優しく そして力強き 人間の奥義の舞である」
ジャズピアニストとして活躍する、ある芸術部員は、昨年、コロナ禍の中で、コンサートの中止が相次いだ。それでも「できる音楽の形があるはず」と、オンラインでのレッスンや演奏動画の配信に取り組んだ。それは、苦悩の中から喜びを生み出す挑戦でもあったという。不測の試練が続き、混迷を深める時代だからこそ、こうした変化への応戦、価値創造の知恵が求められるだろう。
それは、芸術家だけに限った話ではない。ドイツの現代アーティストであるヨーゼフ・ボイスは「社会彫刻」という概念を提唱した。全ての人は自らの創造性によって社会を彫刻しうる、つまり、あらゆる人が未来に向けて社会の幸福に寄与できると訴えたのだ。
そう考えれば、誰もが未来をつくりゆく"アーティスト"の一人である。さらに、学会活動に励む私たちの日々は、自分らしい人生を描いていく一日一日とも言える。その意味でも、私たち一人一人は、信心で心を磨き、人生の年輪を重ねていく"芸術家"なのである。
池田先生はつづっている。
「人生は 人それぞれが 芸術を現じている」「芸術は 人間の支えだ。 人間が人間として 最高に発揮される 知情意の血脈である。 芸術は 人間性の究極の昇華だ」
きょうも"アーティスト"の一人として、自らの人生と未来の社会を築きゆく、充実した一日を送りたい。

☆君も立て——若き日の挑戦に学ぶ 第2回「文京支部長代理」 誰人も使命あることを知らしめよ
【文京支部の勝利の要諦】
一、「祈り」を根本とする団結
一、一人一人が主体者の自覚を
一、人材育成
(「随筆 我らの勝利の大道」<本陣・大東京の躍進へ師子奮迅>から)

◇「団結」が境涯を広げる
「世界は、激しく動く。未だ、学会は、世界にとって、塵の如き存在かも知れぬ」。1953年(昭和28年)4月7日、25歳の池田先生は、日記につづっている。前年の末、学会は2万2000世帯だった。
「而し」——日記の続きには、池田青年の強い決意がとどめられた。「十年、二十年、否、三十年後を見よ。必ずや大聖人の大生命哲学が、輝き渡ることであろう」。その約2週間後の4月20日、池田先生は文京支部長代理に就任する。年頭には、男子部の第1部隊長の任も受けていた。多忙に多忙を極めたが、恩師に応えんとする青年のほとばしる情熱は低迷する文京支部を一変させていった。
「こんばんは、おじゃまします」
53年(同28年)4月25日夜、文京区内で行われた文京支部の班長会。支部長代理に就いたばかりの池田先生は、参加者と題目三唱を。ところが、声がそろわず、何度もやり直す。ようやく、皆の三唱がそろった後、先生は訴えた。
「全員の呼吸が、ぴったりと合ったら、皆さんの力は、ただ合計しただけの力では終わりません。予想もしなかったような、大きな力が発揮できるのです」
支部をいかに団結させるか——それが、先生にとっての大きな挑戦だった。
「互いに心がバラバラでは、皆の力も結果も出ない。『団結』とは、個性を押し殺した自己犠牲ではなく、エゴの殻を破る、自己の境涯の拡大である。崇高な目的に向かって心を合わせ、それぞれが持てる力を存分に発揮しゆく戦いだ。ゆえに、異体同心の信心のなかに、前進があり、勝利があり、幸福があるのだ」
先生は、組織のリーダー同士の綿密な連携を重んじた。「種々、今後の打ち合わせを、支部長と練る」(『若き日の日記』、1953年11月4日)。中心者を支え、一人一人と心を通わせながら、麗しい"文京家族"の団結を築いていった。

【「若き日の日記」1954年(昭和29年)7月19日から】
良き師——、良き先輩、良き友、
良き隣人を大事にせよ。
大切にせよ。尊敬せよ。

◇中心者が"聞き上手"に
「座談会」は、文京支部の"団結の要"だった。池田先生は、そのポイントについて、折々に文京の友に語っている。
�参加者が来てよかったと思う座談会
�時代感覚を捉えた斬新な企画
�中心者の話が一方通行にならないこと、などである。
特に強調したのは、座談会の中心者が"聞き上手"になること。
「中心者がわからせよう、わからせようと話して、一方通行になってはいけない。聞き上手になりなさい」
「家庭のこと、経済のこと、なんでも聞いてあげなさい。そのなかから人と人とのつながりができて組織はよくなる」
この言葉の通り、座談会や懇談の場で、友の悩みに耳を傾け、寄り添い、励ましを送ったのが池田先生であった。
会合には参加するものの、いつも黙っている未入会の青年がいた。誰が話しても入会はしなかった。その青年を、先生は温かく包み込んだ。「世界のなかで、なぜ君一人だけが、望んで不幸になろうとしているのですか。今日は幸せになろうと思って来られたんでしょう。心配しないで、私についていらっしゃい」。"心の扉"を開いた青年は、ほどなく入会した。
口ベタを自認する保土ケ谷地区の班長には、こう励ました。「使命のない人は一人もいません。桜梅桃李ですよ。どんなに弁が立とうが、才があろうが、大切なのは心です」
友の「心」を動かすには、「心」を尽くすしかない。池田先生の言葉には、真心があふれていた。その根底にあったのは、単なる優しさではない。一人一人が必ず仏の生命を持ち、使命の人であるとの確信である。
文京の会合に出席した日、支部の気を付けるべき点を日記につづっている——。「地涌の菩薩として、誰人も使命あることを、知らしめること」(同、1954年7月25日)
文京支部長代理の戦いは、関わった全員の「地涌の菩薩」としての使命を呼び覚ます戦いだった。

◇同志はわが身と等しい
文京支部の合言葉は「前進!」。"心のギア"をかみ合わせ、破竹の勢いで前進を続けた。池田支部長代理は、同志と共に笑い、共に悲しみ、苦楽を分かち合った。
「文京支部の同志と、九時まで歌い、激励し、張り切って家に帰る」(同、1954年6月27日)
「文京の友が、栄えることの歓び。——文京の友の悲しみは、身を切られる思いなり」(同、同年7月2日)
先生にとって、同志は"他人"ではなかった。"家族"であり、"わが身"と等しい存在だった。
1カ月の折伏が100世帯に満たなかった文京支部は、池田先生が目標としていた200世帯を超える拡大を成し遂げ、支部長代理の就任から8カ月後には、400世帯を突破するに至った。
戸田先生はうれしそうに語った。
「大作、すごいじゃないか。文京は大発展した。すごい力になった」
池田先生が支部長代理に就いた時、約700世帯だった文京支部は、後に「日本一」の拡大を達成し、先生が第3代会長に就任する頃には、約7万世帯という「100倍」の陣容に大発展したのである。
1960年(昭和35年)4月、第三代会長就任を前に、文京支部の同志に言った。
「さあ、日本中、そして世界へ、いよいよ新たな前進また前進だ! 一生涯、一緒に戦い勝とう!」
「三十年後を見よ」「大聖人の大生命哲学が、輝き渡る」——あの日の池田青年の誓いは現実のものとなった。
池田先生は「文京精神」について語る。
「社会は、休むことなく常に動いていくものだ。人の心もまた同じである。目先にとらわれた信心であってはならない」
「時代がどうあれ、人々がどうあれ、過去の功績がどうあれ、常に自分自身を律しながら、一生成仏への峻厳な信心をもち、常に前進していかなければならない。これが文京精神である」

2021年3月7日日曜日

2021.03.07 わが友に贈る

壮年部結成55周年——
本部幹部会を視聴し
新たな挑戦の歩みを!
皆に安心を与える
広布の黄金柱たれ!

開目抄下 P235
『我並びに我が弟子諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ』

【通解】
私と私の弟子は、多くの難があろうとも、疑う心を起こさなければ、自然に仏界に至るであろう。諸天の加護がないからと、疑ってはならない。現世が安穏でないことを嘆いてはならない。

名字の言 初代会長・牧口先生の「座右の銘」 2021年3月7日
「苟に日に新たにせば、日日に新たにして、又日に新たならん」——中国の古典『大学』の一節で、"創価の父"牧口常三郎初代会長の「座右の銘」としても知られる▼この言葉は「湯の盤の銘に曰く」の後に続く。つまり、「湯王(殷王朝の創始者)の盤(沐浴に使う盥)に刻まれた銘文」で、「『身体を清めるように心を新たにしよう』とみずから戒め励ましている」言葉という(矢羽野隆男著『大学・中庸』角川文庫)▼池田先生は勤行・唱題について、若き友に「毎日の心の掃除であり、心の用意です。一日の出発のエンジンをかけること」と語っている。生命を清浄にし、幸福の軌道に乗せていく大切な作業だからこそ、少しずつでも「毎日続ける」ことが大事である、と▼都内のある壮年リーダーは、新型コロナで深刻な打撃を受けている友らの力になりたいと、毎朝の"同盟唱題"を昨年から行っている。同時に、本紙を隅々まで読み、800字程度に要約して送る。「要約を読んでから紙面を開くと、頭によく入る」「毎日、信心の息吹がこれだけ満載されているとは気付きませんでした」と好評だ▼励ましは「万の力」。友に勇気と希望を送った分だけ、自分の生きる力も増す。日々、新しい決意で、励ましの光を届けたい。(側)

寸鉄 2021年3月7日
良き社会築く力は他者を大切にする学会の運動に—識者。励ましの絆強く
御書を拝せば、どう勝ち開けばよいか分かるよ—恩師。求道の道を同志と
心のゆるみ、それが人間の敵—作家。感染防止へ3密回避やマスクを徹底
成長しようと頑張る人は幸福度高いと。今日より明日。この志が創価の魂
多い出火原因—こんろ、煙草、暖房と。消し忘れに注意。油断の火種を絶て

〈社説〉 2021・3・7 コロナ禍の中で卒業する友と
◇使命の舞台で勝ち光る世代に
「青春」という言葉に触れた時、長い人生のうちの、どの期間を思い浮かべるだろうか。中学・高校時代に当たる10代を想起する人は、少なくあるまい。その"青春の劇の舞台"において、一つの章の幕が下りる卒業シーズンを迎えた。
コロナ禍のこの一年。多くの友にとって、思い描いていた"台本"とは異なる展開となってしまったに違いない。ずっと目標にしていた部活動の大会が中止となったり、楽しみにしていた学校行事がなくなったり……戸惑い、落胆し、時には憤りを覚え、悔し涙を流した友もいるだろう。わが子に寄り添い、「必ず深い意味があるよ」と励ました母が、「意味なんていらないから"普通の高校生活"が送りたかった」と返されて、言葉に詰まったという話も耳にする。
10代という、人生の中で最も華やかであるはずのステージでしか演じられない"自分の役"がある。今しか"共演"できない仲間たちがいる——そんな心情を抱く友に対して、私たち大人にできることは、いったい何だろうか。
先日、ある地域の未来部員会で、担当者と高等部員との間にこんなやりとりがあった。「池田先生は17歳の時に、太平洋戦争の終戦を迎えられたんだね」
戦争が始まった時は13歳だった。先生は述懐したことがある。「4人の兄を戦争にとられ、家も空襲で焼かれた。青春をめちゃくちゃにされた」「春夏秋冬、すべてが、厳冬のようだった」と。
もちろん、時代も次元も異なるかもしれない。「けれど先生は、"厳冬"のような青春時代を送ったからこそ、世界中の人に"幸福の春"を広げられる人になったんじゃないかな」と、未来部員会で語り合ったという。
戦後の大混乱の中、17歳だった先生が部屋に張って自らに言い聞かせた箴言がある。それは「艱難に勝る教育なし」。
先生は、コロナ禍の中を生きる未来部員たちに呼び掛けた。「未曽有の災禍を経験しているからこそ、生命の大切さを深く心に刻んで、人の苦しみや痛みも分かっていく。困っている人のために行動していく。そうした人間として立派な民衆のリーダーへと育っていってほしい。そして、自身の使命の舞台で勝ち光ってもらいたい」(「大白蓮華」2021年3月号「世界を照らす太陽の仏法」)
今の10代は決して"かわいそうな世代"ではない。私たち大人が経験できなかったことを経験し、新しい時代を開いていく"使命の世代"にほかならない。そう心から尊敬して、巣立ちゆく友に最大のエールを送ろう。「君たちの舞台はつくっておくよ」と未来の宝を励まし、戦い続けてきた師の心をわが心として。

☆不二の旅 第3回 池田先生と沖縄
◇人類の宿命転換へ——歓喜の歌を、平和の舞を
・石垣島で地元の名士や友人らを招いて行われた「八重山祭」の一こま。法被と鉢巻きを身に着け、池田先生も踊りの輪の中へ。共に喜び、共に舞った(1974年2月)
・1972年1月、池田先生はコザ市(現・沖縄市)の諸見会館で2500人の同志と8回に分かれて記念撮影。後継の友を温かく励ました
・人類の宿命転換を願い、広布に駆けてきた草創の母たちを池田先生がたたえる。「永遠に崩れざる幸の楽土を」と(1991年2月、名護平和会館で)
・郷土芸能を披露した有志の真心に応え、太鼓を手に取る池田先生(1972年1月、那覇市内で)
・1974年2月、宮古島を初めて訪れた池田先生を迎え、喜びに沸いた記念撮影会。先生は「さあ、今日からは、宮古の新時代です!」と友を鼓舞した(旧平良市内で)
・恩納村の沖縄研修道場にある「世界平和の碑」。かつて米軍の核ミサイル・メースBの発射台だったこの場所は、池田先生の提案で平和の発信地として生まれ変わった

◇沖縄の友に贈った指針
人生は、勝たねばならない。
勝ってこそ、幸福もある。栄光もある。負けたら、自分だけではなく、ひいては周囲をも不幸にしてしまう。
勝利の山を、また勝利の山を連続して登り、越えきってこそ、広宣流布の歴史もつづられる。
信心に中途半端はない。絶えざる前進であり、永遠の挑戦である。

戦いには武器が必要である。私どもの最上の武器は「信心」である。
そのうえで、大切なことは、「誠実」である。仕事においても、折伏、弘法においても、外交においても、「誠実」によってのみ、深く人の心をつかむことができる。これこそが最終の真実の勝利のカギである。
そして「誠実」には、裏に、血のにじむような努力と辛労がある。祈りがある。

現実の社会を離れて仏法はない。「人間」を離れて仏法はない。
「法」がいくら正しいといっても、その正しさをただ声高に叫ぶだけでは、人々の理解は容易に得られない。かえって仏法の道から遠ざけてしまう場合さえあろう。それでは「広宣流布」を御遺命された日蓮大聖人のお心に反する。
揺るぎなき信念、未来への展望、あたたかな思いやり、豊かな知恵、使命への情熱、すべてを包容する広い境涯等々——信心によって磨かれた人間性こそが、人々の心をうち、心の扉を開いていく。

沖縄の友は、これまで本当によく戦ってこられた。立派に一大平和勢力を築かれた。
今や日本そしてアジア、世界の模範として、いよいよ本格的に実力を発揮し、輝きを増していく時代に入った。
何ものも恐れず、堂々と、この「平和の要塞」を守り、発展させていただきたい。
皆の勇気で、皆の努力で、皆のスクラムで、すばらしき「完勝」と「栄光」の沖縄創価学会を総仕上げしていただきたい。
(沖縄最高会議<1991年2月>でのスピーチから抜粋)

☆心に刻む御書 2021年の要文� 一生成仏抄
【御文】
衆生の心けがるれば土もけがれ心清ければ土も清しとて浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり(一生成仏抄、384ページ)

【通解】
(浄名経に)衆生の心が汚れれば住む国土も汚れ、心が清ければ国土も清いとあるように、浄土といい穢土といっても、土に二つの隔てがあるわけではない。ただ我らの心の善悪によるのである。

【池田先生の指針】
仏法は、人間の内面を変えることによって、世界を変えていくという哲理である。
(中略)土とは、自身が住む社会・自然環境である。それが清らかか、汚れるかの根本原因は、人間の心が清浄か、汚れているかによるのであり、環境そのものには、もともと「浄土」や「穢土」などという隔てはないとの仰せである。つまり、社会変革の要諦は、人間自身の一念の革命にあるとの御指南といってよい。
(第14巻「智勇」の章、90ページ)

2021年3月6日土曜日

2021.03.06 わが友に贈る

新しい発想は常に
最前線の現場にあり。
耳を傾ける事が大切だ。
「若き人材」「新しい力」と
栄光の未来へ!

四条金吾殿御返事 P1143
『ただ女房と酒うちのみて南無妙法蓮華経ととなへ給へ』

【通解】
ただ女房と酒をのみかわして、南無妙法蓮華経と唱えていきなさい。

名字の言 住宅防火の「三つの習慣」 2021年3月6日
春3月は空気の乾燥や強風など、火災が発生しやすい季節でもある。近年の住宅火災は、モバイルバッテリーの発火や電気ストーブのコードの経年劣化による引火などから、火災につながるケースも増えているという▼「春季全国火災予防運動」(7日まで)を実施する消防庁では、住宅防火の三つの習慣として「寝たばこは、絶対やめる」「ストーブは、燃えやすいものから離れた位置で使用する」「ガスこんろなどのそばを離れるときは、必ず火を消す」を挙げている▼火気の取り扱いの不注意・不始末が、思わぬ火災を生む。栃木・足利市で発生した先日の山林火災も、火の不始末など人為的なものが原因ではないか、との見方がある。防火対策の出発点は、"絶対に火事を起こさない"との意識だ▼"自分だけは大丈夫"という心の隙が大事故になる。小説『新・人間革命』第24巻「厳護」の章に、「人間には、『慣れ』という感覚がある」「危機管理とは、まず、自身の、その感覚を打ち破るところから始まる」と▼「折々の点検」「火の元の確認」という「小事」の積み重ねが、事故という「大事」を防ぐ。「かまへて・かまへて御用心候べし」(御書1133ページ)の御聖訓を胸に、無事故を真剣に祈り、希望の春を前進しよう。(巍)

寸鉄 2021年3月6日
広布の指導者はスピードをモットーとせよ—恩師万事に先手先手の名将に
学会HPで"本幹"が開始呼吸合わせ、皆で「3・16」から勝利の「5・3」へ!
「逆境における仲間は苦難を楽にする」歴史家。今こそ善友の連帯を拡大
"加湿器肺炎"に注意を。雑菌の繁殖が原因。定期的な清掃等、正しく活用
日本沿岸の海面水位が過去最高。温暖化が影響と。持続可能な未来へ力結集

☆世界の友は今2021 第1回 イギリスSGI ハラップ理事長
◇試練に敢然と立ち向かい価値創造の実践
世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を宣言してから、来月で1年を迎える。打ち続く苦難にあって、各国のSGI(創価学会インタナショナル)のメンバーは、どのように知恵を絞り、励ましを広げてきたのか。今回から「世界の友は今2021」と題して、各国の状況や取り組みを伝える。第1回は、イギリスSGIのロバート・ハラップ理事長に話を聞いた。
昨年末に、感染力が強いとされる新型コロナウイルスの変異株が猛威を振るい、感染拡大に歯止めがかからないとの判断から、人々は厳しい行動制限の下に置かれています。具体的には、在宅勤務が不可能な場合の通勤、食料品や生活必需品の買い出し、エッセンシャルワーカー(社会の維持に不可欠な仕事の従事者)の子どもの通学などを除き、外出は原則禁止されています。交流目的で人に会うことは避けなければなりません。
大半の飲食店は店内での営業を禁じられるとともに、教育機関も閉鎖を余儀なくされ、全面的にオンライン授業に切り替わっています。
イギリスのコロナによる死者数の累計は約12万人と、欧州で最も多い状況ですが、今のところワクチンの接種は順調に進められています。政府の発表によると、開始から2カ月余りで、優先度の高い四つのグループ(医療従事者、介護施設の入所者と職員、70歳以上の高齢者、臨床的に体が弱い人)に属する1500万人以上に対して、1回目の接種を終えることができました。
昨年末に、感染力が強いとされる新型コロナウイルスの変異株が猛威を振るい、感染拡大に歯止めがかからないとの判断から、人々は厳しい行動制限の下に置かれています。具体的には、在宅勤務が不可能な場合の通勤、食料品や生活必需品の買い出し、エッセンシャルワーカー(社会の維持に不可欠な仕事の従事者)の子どもの通学などを除き、外出は原則禁止されています。交流目的で人に会うことは避けなければなりません。
大半の飲食店は店内での営業を禁じられるとともに、教育機関も閉鎖を余儀なくされ、全面的にオンライン授業に切り替わっています。
イギリスのコロナによる死者数の累計は約12万人と、欧州で最も多い状況ですが、今のところワクチンの接種は順調に進められています。政府の発表によると、開始から2カ月余りで、優先度の高い四つのグループ(医療従事者、介護施設の入所者と職員、70歳以上の高齢者、臨床的に体が弱い人)に属する1500万人以上に対して、1回目の接種を終えることができました。

——感染症の拡大や厳しい行動制限は、イギリス社会にどのような影響を及ぼしていますか。

失業率の急激な悪化を防ぐために、政府が雇用継続の財政支援を行っていますが、多くの人々が経済的に困窮しているのが実情です。とりわけ接客業や娯楽業の従事者の多くが雇用を失い、新たに職業訓練を受けることを検討せざるをえない状況ですが、その一方で職探しの競争が熾烈を極めています。
また、見逃せない社会的課題として、心の健康への悪影響が挙げられます。依然として先行きが不透明な未来に不安を抱え、精神的な病を患う人が増加しているように見受けられます。
個人指導や御書講義など小単位の集いに全力

——対面での活動ができない中、イギリスSGIでは、どのような工夫を重ねてこられましたか。

大きな会合だけではなく、個人指導やディスカッション、御書講義など、オンラインによる小単位の集いを大切にしてきました。オンラインに不慣れな方もいましたが、"一人も置き去りにしない"との心で、多くのメンバーがサポートの輪を広げてくれました。参加者は、従来の対面形式の際と比べて、着実に水かさを増しています。
また、昨年には、インディゴグループ(15歳から18歳まで)の集いでクイズ企画を取り入れたことをきっかけに、その後、発展的に各部一体のクイズの全国大会が実施され、400組を超えるメンバーが参加するなど、盛況を博しました。
このほか、機関誌「アート・オブ・リビング」では、医療従事者の信仰体験などを紹介。オンラインの会報「eブレティン」では、池田先生の「四季の励まし」の指導を配信しており、メンバーの前進の糧になっています。
またイギリスSGIのウェブサイトでは、本年11月にイギリスのグラスゴーで開催予定の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に向けた、私たちの草の根の運動も取り上げています。

——素晴らしい取り組みばかりですね。各職場においても、多くの同志が歯を食いしばりながら、奮闘されていると伺いました。

2軒の飲食店を経営するある壮年部員は、感染症の拡大に伴う国からの要請で、休業を余儀なくされ、現在も店内では料理の提供ができません。しかし、強盛な祈りを根本に、友人への仏法対話に挑む中で、店内の一角を使用しての生鮮食品やパンの販売、食事の配達サービスを開始。常に新たな挑戦を重ね、一人の従業員も解雇することなく、店舗を守り抜いています。
さらに、職場の同僚と患者の無事を祈り続け、医療現場の最前線で献身する看護師の婦人部員をはじめ、皆が各人の舞台で創価の思想を体現しようと頑張っています。

——ハラップ理事長は2014年から、BBC(英国放送協会)ラジオの朝の番組で、日蓮仏法の哲理について語ってこられました。

この番組のリスナーは200万人以上と言われており、通算の出演回数は90回を超えました。毎回、いかなる宗教的背景の方にも、"世界の見方が変わった"と思っていただけるように、祈りながら真剣に臨んでいます。境涯変革の思想をはじめとする仏法の視座は、欧州の人々に新鮮な視点を与えるものであり、ラジオ出演は、このような偉大な哲学を公の場で伝えることができる貴重な機会だと捉えています。

——いまだ感染症の終息までの見通しは立っていません。理事長ご自身は、どのような思いで、日々、前進されていますか。

昨年4月、池田先生が創価大学生らに贈られた祝福の言葉を読み、深く感銘を受けました。その中で先生は、人類史に輝く「イタリア・ルネサンス」の時代や、ニュートンによる「万有引力の法則」の発見などが、感染症の苦境があってこそ生み出されたことに言及されています。あらゆる制約の中でも、試練に敢然と立ち向かう実践から、自分のみならず他者にも貢献する価値を創造できることを、学ばせていただきました。
人と人との絆を強く結ぼうと、多様な活動を展開する中で、私たちの思想や哲学に関心を示してくださる人も次々に誕生しています。今こそ、次なる飛躍のために一段と力を蓄える時期であると感じます。信心を根本にした同志の振る舞いや実証が、より多くの人に触発を与え、地涌の陣列の拡大につながると確信してやみません。
本年は池田先生の欧州初訪問60周年、6・6「欧州師弟の日」40周年と、幾重にも意義深き節を刻む一年です。それはまた、常に励ましを送り、支え続けてくださった池田先生に対して、報恩の誠を尽くしていく一年でもあります。これからも同志と手を携えながら、地涌の使命に生き抜く喜びを胸に、社会に希望の光を送ってまいります。

2021年3月5日金曜日

2021.03.05 わが友に贈る

仕事で苦闘する友よ
断じて勝ちゆけ!
勇気と知恵を生み出す
原動力が題目だ。
日々 強き祈りで!

四条金吾殿御返事 P1118
『貴辺日蓮にしたがひて法華経の行者として諸人にかたり給ふ是れ豈流通にあらずや、法華経の信心をとをし給へ火をきるにやすみぬれば火をえず、強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ』

【通解】
あなたもまた、日蓮に従い、法華経の行者として多くの人に仏法を語られている。これこそ、法華経流通の義ではないか。法華経の信心を貫き通しなさい。火を起こすのに、途中で休んでしまえば火は得られないのである。強盛の大信力を出して、法華宗の四条金吾、四条金吾と鎌倉中の上下万人および日本国の一切衆生の口にうたわれていきなさい。

名字の言 "広布の黄金柱"壮年部 2021年3月5日
ある壮年部員から聞いた青春時代の話。高校卒業後、故郷を離れて東京で就職。そこで仏法にも出あった。仕事は順調、学会活動も充実の毎日だった▼だが会社が倒産し、事態は一変。残務整理に追われる不遇の中で心身は疲弊した。そんな彼を地元の地区部長が支えた。毎晩決まって、アパートの前で帰宅する彼を待っては、「ご苦労さま。体に気を付けて」と一言励まし、地区部長は家路に就く▼その真心に再起を誓った。ある冬、池田先生との記念撮影会に臨んだ。いまだ苦闘の渦中の彼は貧しかった。スーツの下は半袖のワイシャツ。熱気の場内で万歳をすることに。「上着をお取りください」と司会。一人、半袖姿の彼を見つけた先生はそばに招き、「信心根本に社会で勝て! 人生に勝て!」と激励した▼その後、彼は再就職先で奮闘。壮年部に進出後も師弟の誓いに生き抜き、後年は代表取締役として活躍する。数々の地域役職も歴任した。社会と人生に勝利の証しを打ち立てて師に応え、かつての地区部長のように青年を励ます日々を送る▼御書に「金は・やけば真金となる」(1083ページ)と。"広布の黄金柱"である壮年部の「壮」は「さかん」とも読む。情熱を盛んにして、人生を真金と輝かせる偉大な使命と責任と誇りがある。(城)

寸鉄 2021年3月5日
壮年部結成55周年。今こそ広布の黄金柱の出番だ歴史創れ!勝利王たれ!
春は語らい広げる好機。御書に「声も惜まず」と。"電話一本"も弾む生命で
愛知・豊橋の日。創価の友が輝けば地域は明るく!常楽我浄の都を皆で建設
世界の感染者が増加傾向—発表。人の動く年度末、3密回避等決して緩めず
マスクのポイ捨てが生活環境を汚染。野生動物にも被害あり。正しく廃棄

〈社説〉 2021・3・5 きょう「壮年部結成記念日」
◇立ち上がれ! 広布の黄金柱
きょう3月5日、壮年部は結成55周年の日を迎えた。1966年(昭和41年)のこの日、学会本部には代表750人が集い、結成式を開催。その模様を伝える当時の本紙には"学会の中核たれ"との見出しが躍っている。「壮」の字には「盛ん」の意味がある。英語で壮年は「the prime of life」——すなわち「人生の最盛期」「心身共に最も充実した人」ともいえよう。
今、広宣流布は新時代を迎えた。社会の中軸であり柱である壮年部の存在は、いよいよその重要性を増している。今こそ本領発揮の時である。
あすからは「全国壮年部幹部会」の意義を込めた本部幹部会の全国配信が始まる。師の呼び掛けを胸に、創立100周年への大前進を開始したい。
広布の第一線を見る時、「私が成長しよう」と挑戦を続ける壮年がいる組織には、勢いと安心感がある。経験に裏付けられた励ましの言葉には奥行きと説得力がある。その信頼の大地から人材が育つ。そして今、コロナ禍においても敢然と試練に立ち向かう「創価の黄金柱」の奮闘が、全国各地で輝いている。
東京のある支部長は、勤務先の大手百貨店の苦境の中、創価学園卒業生としての負けじ魂を胸に事業の新規開拓に挑戦。昨年2月からは、支部内の壮年部員宅に毎週、励ましをつづった手紙の投函を続けた。その数は2千通にも。つながりが持てなかった部員からも「夫婦で毎週楽しみにしています」との声が届いた。
また、ある地区では、これまで対面形式では会合に参加できなかった壮年をオンラインでの対話で結んだ。インターネットを通して、海外赴任中の友も座談会に参加し、現地の模様を伝えるなど、充実の語らいに。毎月、小説『新・人間革命』を学び合う取り組みでも、社会的な話題などを語り合い、多彩な境遇の壮年同士による決意の場となっている。
一方、長期化するコロナ禍で、経済はひっ迫し、社会には不安が渦巻く。家族を抱える友も多い。責任世代の壮年が直面するのは、必死の激闘の日々かもしれない。しかし、「仏法は勝負」である。師子王の心で一つ一つの課題に断じて勝利しよう。壮年の勝利こそ広布の勝利であるからだ。
初代会長・牧口常三郎先生の入信は57歳。戸田城聖先生は戦時下の入牢から45歳で出獄し、第2代会長に烈日のごとき情熱で就任されたのは51歳の時であった。池田大作先生は「学会の勝負は、最後は壮年部が決するのだ」と語っている。
黄金柱の壮年が立てば、広布は前進する。さあ波浪を越えて、人生に栄光と勝利の太陽を輝かせようではないか!

☆第2回本部幹部会 原田会長のあいさつ(要旨)
一、「第2回本部幹部会」ならびに結成55周年を記念する「全国壮年部幹部会」の開催、大変におめでとうございます(拍手)。
躍動の春3月、創立100周年への大前進を、本格的に開始する時を迎えました。この2030年までの10年が、広布の未来にとって、どれほど大きな意義をもつものか。
創立50周年の1980年(昭和55年)、つまり、池田先生が第3代会長を辞任された翌年の「11・18」に、先生は、こう宣言されています。
「創価学会は、峻厳な信心がある限り、広布をめざす果敢な弘教の実践がある限り、永遠不滅であります。妙法を根本に平和と教育の推進に尽くしてきた学会の大民衆運動の第1幕は終了し、いよいよ、ここに第2幕が開いたのであります。今日よりは、創立100周年をめざして、世界の平和と文化、広布のために、心新たに大前進してまいろうではありませんか」との師子吼でありました。

◇「折伏精神」で勇気と希望を拡大
今、私たちは、長いトンネルのようなコロナ禍に立ち向かうと同時に、先生が半世紀をかけて成し遂げられてきた広布第2幕の反転攻勢を、いよいよ総仕上げする10年——先生が「勝負の時」と位置付けられた10年を、先生から託され、担っているのであります。
その一切に勝利しゆく希望は、先生のご指導の通り、「峻厳な信心」と、「広布をめざす果敢な弘教の実践」すなわち「折伏精神みなぎる対話拡大」以外には断じてないと、共々に深く銘記してまいりたい。
一、さらに先生は50周年の折、「10年後を見よ。必ずや、絢爛たる最高の60周年を迎えてみせる」と、当時の会長に語られたという事実も、後に教えてくださいました。
そして迎えた10年後、90年に勃発したのが、あの日顕による「C作戦(創価学会分離作戦)」でありました。しかし学会は、10年前とは打って変わって、先生のもと微動だにすることなく、僭聖増上慢の出来をも笑い飛ばしながら、かえって平成の宗教改革を成し遂げ、今や世界宗教として雄々しく飛翔する時代を迎えています。

◇東北の同志のごとく「負けじ魂」を燃やして
一、全国、全世界で、多くの同志、多くの壮年部が今、人生最大の苦境に立たされています。そのような中で、東北の友が示す勝利の実証は、何よりの希望であります。
池田先生は10年前の3月16日、東日本大震災で被災された皆さまに、こうメッセージを贈ってくださいました。
「『心の財』だけは絶対に壊されません。いかなる苦難も、永遠に幸福になるための試練であります。すべてを断固と『変毒為薬』できるのが、この仏法であり、信心であります」と。
今こそ私たちは、東北の同志のごとく、「負げでたまっか」の負けじ魂を燃やし、勇気と希望を持って、「10年後を見よ。必ずや、絢爛たる最高の100周年を迎えてみせる」と立ち上がってまいろうではありませんか(拍手)。

◇壮年部はどこまでも婦人部と青年部を大切に
一、改めて言うまでもなく、池田先生こそ壮年部永遠の模範であります。その先生の精神を学び、深め、体現する"道場"はどこかといえば、日々の学会活動のほかに、求めることはできません。また、その実践は、観念論ではなく、先生が大切にされてきたものを自分もまた大切にし、先生が戦われたものと断固として自分もまた戦う——この行動から始まるのではないでしょうか。
池田先生が何より大切にされてきた存在、それは「婦人」と「青年」であります。特に婦人部との関わりについては、これまで何度も、厳重にご指導いただきました。小説『新・人間革命』にも、このようにあります。
「学会の活動を、最も推進してくださっているのは婦人部です」
「したがって壮年は、婦人を尊敬し、ねぎらい、その意見を尊重することが大事です。壮年幹部が、なんの相談もなく、一方的に物事を決めて、結果だけを伝えるようなことは、厳に慎むべきです。それでは、共戦になりません。だいたい、壮年と婦人がギクシャクしている組織というのは、対話がなく、連携がないことが多いんです」
「また、壮年幹部が婦人を下に見て、威張ったり、叱りつけるようなことがあっては、絶対にならない。そんな幹部がいたら、言ってきてください。私が戦います」(第25巻「共戦」の章)と。
先生は、いかなる三障四魔、三類の強敵との激闘の渦中にあっても、婦人部と青年部を大切にし抜かれました。コロナ禍で経済環境も大変に厳しい現在、特に正役職を担う壮年は、広布の黄金柱であるとともに、まさに現役世代として一家の大黒柱でもあり、その心労は並大抵ではないでしょう。しかし、だからこそ今、私たちが婦人部と青年部を尊敬し、ねぎらい、その意見を尊重する実践に挑戦することは、そのまま先生のお心に触れ、わが境涯を拡大し、革命するチャンスなのです。
未曽有の試練に直面する中で、一人一人が置かれている環境も、その意見も、ますます多種多様です。私たちは、全同志の勝利と幸福、異体同心の団結を祈る中で、婦人部や青年部から"なんでも安心して相談できる"と言われる壮年部に成長してまいりたいと思います。

◇リーダー率先で対話の最前線へ
一、さあ、「3・16」から「4・2」「5・3」、さらには「出獄と 入獄の日に 師弟あり」の「7・3」へ、戦いは一気呵成、勢いが勝負を決します。
御書に「竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るるが如し」(1046ページ)と仰せの通り、まずはリーダーが、一人一人への訪問・激励に猛然と動き、その一点突破から、対話拡大へ破竹の勢いで進んでまいろうではありませんか(拍手)。

☆2月度御書講義 四条金吾殿御返事(此経難持御書)(下)
◇「立正安国」の実現へ三世にわたる師弟旅を
信仰を貫き、勝利の大道を! ここでは、森中教学部長の2月度「御書講義」(下)を掲載します。講義の動画はこちらから視聴(2月28日まで)できます。

◇御文
『三世の諸仏の大事たる南無妙法蓮華経を念ずるを持とは云うなり、経に云く「護持仏所属」といへり、天台大師の云く「信力の故に受け念力の故に持つ」云云、又云く「此の経は持ち難し若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す諸仏も亦然なり」云云』(御書1136ページ6行目〜8行目)

◇不退の覚悟を
日蓮大聖人は、私たちが持つ「南無妙法蓮華経」の法が、どれだけ偉大な教えであるかを強調されています。
——三世の諸仏の大事である南無妙法蓮華経を唱え続けることを、「持つ」と言う——と仰せです。
ここで「三世の諸仏の大事」とあるように、南無妙法蓮華経は、一切の仏を仏たらしめる根源の法です。すなわち、あらゆる仏は、この南無妙法蓮華経によって、成仏できたということです。
私たちは、妙法を持っています。それがどれだけ意義深いことであるかを、次の法華経の一節が物語っています。
——法華経には「仏から託された『法』を護持する(護持仏所属)」と説かれている——と仰せです。
これは、法華経勧持品二十行の偈の中の一節です。菩薩たちが、仏滅後の法華経の護持を誓った経文です。
私たちは、いかなる大難があっても、師匠から授かったこの偉大な法を持ち抜いていきますと、皆が力強く誓願を立てた、ということです。
そして、何を固く誓ったかというと、まさしくそれは、民衆を守るために戦うとの決意です。次も有名な一節ですが、大聖人は天台の言葉を引用します。
——天台大師は「信じる力のゆえに受け、念じる力のゆえに持つ」と言っている——。
まさに、万人成仏の法である南無妙法蓮華経を受持する修行とは、「信力」によって受け、「念力」によって持つことになると教えられているのです。
まず「信力」こそが大事である。そして、「念力」とは、私たちで言えば、一念の力、つまり、広布の誓願と不退の覚悟ともいえると思います。

◇大難に立ち向かう
私たちが妙法を受持することを仏も諸仏も歓喜します。
——また「法華経は持つことが難しい。もし、少しの間でも持つならば、私(釈尊)は必ず歓喜する。諸仏もまた、同じである」と説かれている——。
経文にあるように、誓願に生き抜く人を、釈尊も三世の諸仏も歓喜し、称賛するということです。
したがって、その人は、無量の功徳に満ち溢れることは間違いありません。
まさに、ここは「此経難持」が出てくる宝塔品の一節です。
経文では、釈尊が六難九易の原理を説き、悪世に法華経を持つことがどれだけ大変であるかを強調したあとに、菩薩たちに"末法広宣流布を決意する以上、誓願の言葉を述べなさい"と語ります。そして、この諸仏が歓喜する一節の後に、「則為疾得・無上仏道」の一句もあります。
改めて本抄で引用されている法華経の経文は、法師品で菩薩の「願兼於業」の誓いの後に「難信難解」の法理が説かれ、宝塔品の「六難九易」の後に「此経難持」が説かれ、勧持品の二十行の偈の中で「護持仏所属」が説かれています。まさに大難を受けることと誓願とは一体です。
ここまでの箇所で、大聖人は、一貫して、法華経や、結経の普賢経、天台の解釈などを引用して、大難を受けることは全て経文の通りであり、その大難に立ち向かうことが信仰の本義であり、諸仏も称賛する成仏への軌道であることが示されています。
大聖人は、経文が根本です。私たちでいえば、まさに御書根本です。仏説に裏付けされた仏法の方程式通りだと聞いて、四条金吾も深く納得したことでしょう。

◇御文
『火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり、松は万年のよはひを持つ故に枝を・まげらる、法華経の行者は火と求羅との如し薪と風とは大難の如し、法華経の行者は久遠長寿の如来なり、修行の枝をきられ・まげられん事疑なかるべし、此れより後は此経難持の四字を暫時もわすれず案じ給うべし』(御書1136ページ8行目〜11行目)

◇試練は信心の糧に
大聖人は、大難のなかで信心を貫くことで、自身の生命を磨き、成仏の境涯を現していけることを教えられています。
ここでは、さまざまな譬えが引かれています。
「火に薪を加える時には火は盛んに燃える。大風が吹けば求羅は、ますます大きくなる。松は万年の樹齢を持つゆえに枝を曲げられる。法華経の行者は火と求羅にあたり、薪と風は大難にあたる。法華経の行者は久遠長寿の如来である。(松の譬えのように)修行の枝を切られ、曲げられることは疑いない」
「求羅」というのは、仏典に出てくる想像上の生き物です。小さな身で、目に見えないぐらいですが、風を得ると、たちまち大きくなり、全てをのみ込むほどになるとされています。
ここで「火」と「求羅」は法華経の行者を譬えています。また、「薪」と「大風」は、大難です。大難に遭えば遭うほど信心の炎を燃やしていけば、法華経の行者は強く、大きく成長していくことができるのです。
また、松の木は、長年の風雪に耐えているからこそ、万年の長寿ともいわれる見事な枝ぶりの樹木に育ちます。
同じように、法華経の行者が長年にわたって、大難の中で信仰を貫き通すことで、三世永遠に崩れることのない仏の境涯を築き上げることができます。
その時、困難や試練は全部、信心の糧となり、自身の生命を鍛え抜き、偉大な境涯を築き上げることができるのです。

◇勝負の一年
——これより後は「此経難持」の四字を片時も忘れずに心にとどめていきなさい——。
本抄の結びとして「此経難持の四字」を少しも忘れてはならないと指導されています。私たちも、生涯、信仰を貫き通して、勝利の大道を歩んでいきたい。
「法華経の行者は久遠長寿の如来なり」——私たちの信仰は、今世で終わるものではありません。
今、私たちは、三世にわたる永遠の師弟旅の中にいるという自覚で立ち上がり、創立100周年を目指して、新たな出発を切りました。
その出発に当たる第1回の本部幹部会で、池田先生は、次のメッセージを贈ってくださいました。
「今年は、大聖人の御聖誕800年——。私たちは不思議にも、『今この時』を選んで共に生まれ合わせ、『世界広宣流布』の戦いを起こしております。
久遠からのこの宿縁と使命を自覚するならば、何ものにも負けぬ偉大なる『地涌の菩薩』の勇気と智慧と慈悲が、一人一人に滾々と涌現しないわけがありません。(中略)
これからの十年は、まさに地球の大難をも払い、『生命尊厳』そして『人間革命』を基軸とした『新たな人類文明』を建設しゆく大事な大事な時であります。
この十年を決しゆく勝負の一年、希望・勝利の『不二の旅』を共々に朗らかに決意し合って、私の年頭のメッセージとします」(1月8日付)
私たちの「立正安国」「立正安世界」の実現への挑戦こそが、人類にとっても大事なこの10年を、平和と調和と万人の幸福の達成へと大きく変えていく歴史を創る戦いとなります。
今こそ、「此経難持」の精神で、信心根本に前進していきましょう。

2021年3月4日木曜日

2021.03.04 わが友に贈る

予期せぬ困難を
新たな飛躍の好機に!
忍耐強く前進する中に
真の人間の強さが輝く。
そこに価値創造の鍵が!

頼基陳状 P1156
『智者と申すは国のあやうきをいさめ人の邪見を申しとどむるこそ智者にては候なれ』

【通解】
智者というものは、国の危機を諫め、人の邪見を止めることこそ智者ではないでしょうか。

名字の言 "思い"を絃音に乗せて歌う沖縄の歌三線 2021年3月4日
沖縄民謡の唄者・登川誠仁氏が作詞した代表曲「戦後の嘆き」は、戦争で家族を失った青年の嘆きをうたっている。沖縄人の苦い歴史の結晶のような歌であり、亡くなった無数の若者たちへの鎮魂歌なのです、と氏は語る。だが、歌うことはためらった。「私自身が泣いてしまうから」▼琉歌に込められた"思い"を絃音に乗せて歌う沖縄の歌三線。琉球音楽の先人たちは、これを"思い入"と言って重視した。美声で正確な歌唱でも"思い"がなければ認められなかったという▼琉球古典音楽の流派で三線の腕を磨く男子部員は、結果が出せず悩んだ頃、先輩の励ましで学会活動に挑戦する。ある時、宿命と戦う婦人が彼の演奏に感涙し決意を伝えてくれた。その姿に"人の希望となる芸の道を"と誓った▼仏法対話、牙城会の任務、本紙の配達と、信心の鍛錬にも徹した彼は、挑んだ大会で最高賞に。その後、師範免許を取得し、流派の伝承者に認定された▼御書に「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(563ページ)と。人を思う心からの音声は祈る中で、必ず相手に届く。"思い入"の歌を響かせるように胸中に励ましの旋律を奏で、希望を届ける自分でありたい。きょうは三線の音色が島を包む「さんしんの日」。(首)

寸鉄 2021年3月4日
御書「修行とは無疑曰信の信心の事」。青年よ祈り勝ち捲れ!鋼の命鍛えよ
世田谷の日。太陽の勇気、慈愛で対話を拡大。さあ友の心に希望の春風を!
地域に付き合いがない—3人に1人。災害時等に輝く共助の絆を日頃から
電池の火災事故が急増。ネット通販の粗悪品には注意を。賢明に選び使用
ながら運転、罰則強化で人身事故半減。少しならの油断排し安心の社会へ

〈社説〉2021・3・4 リンカーン大統領就任160年
◇偉大な使命を誇りに前進
民主主義の父と呼ばれ、「人民の、人民による、人民のための政治」との演説で知られるアメリカの第16代大統領エーブラハム・リンカーン。きょう4日は、彼の大統領就任満160年に当たる。
彼の人生は、苦労の連続だった。
少年時代は農作業を手伝い、学校教育を受けたのは1年にも満たず、母とは9歳の時に死別。青年時代には婚約者を病気で失い、事業の失敗で多額の借金を抱えた。壮年期には上院議員選挙で2度落選し、最愛の息子を病気で亡くしている。だが、リンカーンは決して歩みを止めなかった。不遇の中でも必死に勉強し、英文法、数学、法律などを独学で習得していった。苦闘の連続が、彼の不屈の精神を醸成したのだ。まさに「艱難に勝る教育なし」を体現した人生であった。
民衆の中で育ち、彼らの悲哀を知るリンカーンは、アメリカ建国時に掲げられた、"全ての人は平等である"という理念を深く愛し、"法の下の平等"を追い求めていた。だからこそ、不平等を強いる奴隷制の撤廃に心血を注ぎ、南北戦争下、分裂の危機にあった国家を一つにまとめることに命懸けで取り組んだ。彼の理念はおよそ1世紀半の時を経て、分断に揺れる近年のアメリカ社会や世界各国の人々にとって、ますます千金の輝きを放っているといえよう。
偉業を成し遂げた原動力の一つは、彼の言論の力にあった。演説に臨んでは、明確な事実を羅列して理路整然と論を展開。分かりやすい言葉や例えを用いて、人々を感動させた。そして、悪意のある誤った主張に対しては舌鋒鋭く反撃した。
何より、彼は民衆から愛されていた。人種や立場を問わず、誰にでも胸襟を開き、対話を通じて心を通わせた。かの文豪・トルストイも「全世界を包みこむ人道主義者だった」(『リンカン民主主義論集』角川選書)とリンカーンをたたえている。
彼が見据えていたのは、目先の課題の解決だけではなかった。「われわれは連邦を救うだけにとどまらない」「あとにつづく数百万人の幸福な自由人と世界中の人びとは立ち上がり、末代までもわれわれを賞賛するだろう」(同)と、遠い未来に及ぶ人類の利益をも実現しようとしていたのだ。その理想は、我らが目指す"人間主義社会"の実現とも符合しよう。
池田先生はかつて、「世界は、彼方にあるのではない。自分の今いる、その家庭が、その職場が、その地域が、絢爛たる使命の大舞台だ。世界広宣流布の中心地なのだ」とつづった。
人類の宿命を転換するという偉大な使命を誇りに、きょうも、自身の足元から出発し、意気軒高に前進していこう。

☆第2回本部幹部会 池田先生のメッセージ
◇創価学会は地球民族の要 世界が求める「平等大慧の団結」、壮大な「人間触発の大地」がここに
一、御本仏・日蓮大聖人の御聖誕800年の2月を寿ぐかの如く、アメリカ、ブラジル、ニュージーランド、また日本の北陸、沖縄など、各国・各地の婦人部・女子部の記念日でもある昨晩(2月27日)は、黄金の笑顔のような、ひときわ美しい満月が冴え光りました。
御聖訓には、「深く信ずる者は満月の闇夜を照すが如し」(御書1501ページ)と仰せであります。
まさに全国、全世界の創価の母たち・女性たちの深き祈りに包まれ、晴れやかな本部幹部会とともに壮年部幹部会の開催となりました。
誠におめでとう!(大拍手)

◇大震災10年 負けじ魂で風雪越えた東北の凱歌の人々、万歳!
一、大聖人は、「地涌の菩薩」とは「よくよく心を強く鍛えた菩薩」(同1186ページ、通解)なのである、と仰せになられました。
そうでなければ、悪世末法に妙法を弘めることはできないからです。
あの東日本大震災より10年。わが負けじ魂の東北家族は「千年に一度」という大災害から、歯を食いしばって立ち上がり、「変毒為薬」の題目を唱え抜き、愛する郷土の復興と創造に尽くし抜いてこられました。
大聖人は、あまりにも尊き、この一人一人こそ、風雪を越え、いやまして心を強く鍛え上げた、真実の「地涌の菩薩」なりと讃嘆くださっているに違いありません。「誇り高き東北の凱歌の人々、万歳!」と申し上げたいのであります(大拍手)。

◇「正義の黄金柱」の林立を 壮年は庶民を守る衆望の人たれ
一、恩師・戸田城聖先生と私たち青年が、仙台の青葉城址に上った時、先生は朝靄のなかに広がる杜の都の街並みを見晴らしながら、幾多の自然災害と戦い続けてきた東北の民衆に深く強く思いを寄せられていました。
だからこそ、大聖人が師子吼された「広宣流布」即「立正安国」を断固として成し遂げていかねばならない。忘れ得ぬ「青葉の誓い」は「広宣流布の誓い」であり、「立正安国の誓い」であったのです。
そして、この誓いを果たすために、学会は「人材の城」を盤石に築くのだと、先生は叫ばれました。
一切は「人材」で決まります。
御書には、「天と地と人を貫いて、少しも傾かない存在を王という」(同1422ページ、通解)と説かれております。
何があっても揺るがない。動じない。屈しない。そして、民衆の幸福・安穏と社会の繁栄・平和を担い立つ。これこそ人間の王者であり、待ち望まれる信念の人材でありましょう。
「王者」とは、まさしく壮年部の合言葉である「黄金柱」と同じ意義であります。
「師子王の心」を出した「正義の黄金柱」が、一人また一人と林立していくところにこそ、「立正安国論」で示された、決して衰えることのない「仏国」が開かれ、断じて壊れることのない「宝土」が輝くのであります。
「柱」は人が見ようが見まいが、厳として立ち、自らの使命を果たします。
我ら壮年部は、尊極の生命の宝塔である学会家族を陰に陽に支え、広宣の大城を厳然と守り抜いていきたい。そして、共々に、健気な庶民に慕われ信頼されゆく「衆望」の王者として、広布と人生の勝ち戦の劇を飾り、後継の青年に託したいと思うのであります。

◇「立正安国」の総仕上げの時代
一、創価の人材城は「仏の如く互に敬うべし」(同1383ページ)との御金言さながらに、人間尊敬の絆で結ばれております。
また「桜梅桃李」の多様多彩な個性を最大に活かし合うとともに、「自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして」(同1337ページ)という平等大慧の最強の団結があります。
ここにこそ、分断と孤立に苦しむ現代の世界が切実に求めてやまない生命の連帯のモデルがあるといっても、過言ではありません。
思えば65年前、あの「大阪の戦い」の中で、戸田先生と私は「立正安国」「立正安世界」のビジョンを語り、未来図を展望しました。
——宗教界の王者たる創価学会は、あらゆる分野に真に優れた人材を送り出す、地球民族の平和・文化・教育の柱となる。広く社会を潤し、人類の新しい未来を開く、壮大な人間触発の大地となるのだ、と。戸田先生は、それは、君の総仕上げの時代に必ず到来するだろうと予見され、今その通りの段階に入っております(大拍手)。

一、人材は、広布の実践の中でこそ育つ。苦難の中でこそ鍛えられます。
試練に負けず、たくましく成長する若き地涌の世界市民たちを旗頭に、「立正安国の誓い」をいよいよ滾らせ、滝の如く「激しく」「撓まず」「恐れず」、そして「朗らかに」「堂々と」前進しようではないか!と申し上げ、メッセージといたします(大拍手)。

☆御書の旭光を 第11回 今日一日を断じて生き抜け
〈御文〉
『命は三千にもすぎて候・而も齢もいまだ・たけさせ給はず、而して法華経にあわせ給いぬ一日もいきてをはせば功徳つもるべし、あらをしの命や・をしの命や』(可延定業書、986ページ)

〈通解〉
命は三千大千世界の財よりも尊いのです。しかも(富木尼御前は)、年齢もまだ、それほどとっているわけではありません。その上、法華経にあわれたのです。一日でも長く生きていらっしゃるなら、それだけ功徳が積もるのです。ああ、惜しい命です。惜しい命です。

〈池田先生が贈る指針〉
長患いが続く富木尼御前への大激励である。まだまだ若い。何より妙法があるではないか。家族も同志も善医もついている——と、弱気になりがちな心に無限の希望と勇気を送られた。
もう一重強く、断じて生き抜くという執念を出して、題目の師子吼で病魔を打ち破るのだ。
宇宙大の功徳を積む一日一日を!

☆大学校生とナットクTALK テーマ:価値創造
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。「仕事が物足りない」と嘆く武ニュー・リーダー。中村区大学校団長が、その訳を聞いてみると……。

登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
武ニュー・リーダー 旅行代理店に勤める社会人1年目の23歳。コロナ禍の中で在宅勤務に。

Q仕事が"物足りない"
A意味を見いだす力を磨こう
中村区男子部大学校団長 今日は、オンライン部活に参加してくれてありがとう! 武くんは仕事でも、入社からずっとリモートワークが中心だよね。
武 そうです。新入社員研修は全てオンラインで、その後も在宅で事務作業をしています。僕は窓口業務でお客さまの笑顔を見たかったので、正直、「今の仕事は物足りないな」って感じています。
中村 なるほど。武くんのように、自分にとって不本意な仕事内容で悩む人は少なくないと思う。僕の友達には、職を失ってしまった人もいてね。再就職がかなうように祈っているんだけど。
武 僕の友達も大変な状況なので、自分なんかは"仕事があるだけ、ありがたい"と思います。"頑張らなきゃ"と自分に言い聞かせるんですが、そう思うほど、"なぜ一人でパソコンの前にいるんだろう""自分のやりたいことは本当にこの仕事なのか"って、焦ってくるんです。
中村 僕も入社してから数年間は、雑務ばかりをしていたんだ。"この仕事に何か意味があるかな?"って毎日、悩んでた。そんな時、男子部の先輩から、小説『新・人間革命』の一節を教えてもらったんだ。「仕事をどうとらえるかで、仕事に対する姿勢も、意欲も、全く異なってくる。単調で、つまらないと思える仕事であっても、そこに豊かな意味を見いだしていくところから、価値の創造は始まる」とね。
武 「豊かな意味」ですか。難しそうですね。
中村 御書に「餓鬼は恒河を火と見る人は水と見る天人は甘露と見る水は一なれども果報に随って別別なり」(1025ページ)とある。仕事に当てはめれば、同じ作業であっても、働く人の境涯によって、見え方が全く違ってくると思うんだ。 
武 確かに、つまらないと感じていたら、意味は見いだせない気がします。でも、自分の境涯を変えるには、どうすればいいんでしょうか。
中村 何よりもまず「祈り」だよ。その中で智慧を出していくんだ。例えば、毎日の唱題で「事務作業をする中で得た気付きを、旅行を楽しみにしているお客さまのために、また、会社に貢献するため、必ず企画化してみせる」と祈って向き合ってみてはどうかな。皆が旅行を楽しめる日は、またやって来ると信じてる。その未来に向かって、力を蓄えようよ。
武 そこまで考えたことはありませんでした。祈って自分がどう変わるか、試してみようと思います。
中村 その変化が、仏法の証明にもなっていくよ。自分の胸中から、希望を生み出していこう!

2021年3月3日水曜日

2021.03.03 わが友に贈る

空気の乾燥が続く。
火災に厳重警戒を!
火元の点検は万全か
周囲に可燃物はないか
細心の注意を払おう!

如説修行抄 P502
『法王の宣旨背きがたければ経文に任せて権実二教のいくさを起し忍辱の鎧を著て妙教の剣を提げ一部八巻の肝心妙法五字の旗を指上て未顕真実の弓をはり正直捨権の箭をはげて大白牛車に打乗つて権門をかつぱと破りかしこへおしかけここへおしよせ念仏真言禅律等の八宗十宗の敵人をせむるに或はにげ或はひきしりぞき或は生取られし者は我が弟子となる』

【通解】
法王釈尊の命令に背くわけにはいかないので、一身を経文に任せて、あえて権教と実教との戦いを起こし、どんな難にも耐えても、一切衆生を救うという忍辱の鎧を着て、南無妙法蓮華経の利剣を提げ、法華経一部八巻の肝心たる妙法蓮華経の旗をかかげ、末顕真実の弓を張り、正直捨権の矢をつがえて、大白牛車に打ち乗って、権門をかっぱと破り、あちらへ押しかけこちらに押しよせ、念仏・真言・禅・律等の八宗・十宗の謗法の敵人をせめ立てたところ、ある者は逃げ、ある者は引き退き、あるいは日蓮に生け取られた者は、わが弟子となった。

名字の言 人形作りも人間革命も、手抜きは禁物 2021年3月3日
国の「伝統工芸士」に認定されている博多人形師の作業場を見学した。人形作りの全工程を一人で行う。粘土をこね、形を作り、窯で焼き、色付けする。まるで命を吹き込むように真剣に、丁寧に、一つ一つ作業を積み重ねる。「どんな小さな作業も手抜きは禁物。必ずツケが回ってくるから」と▼この道55年——。多くの工芸士たちを見てきた実感を語っていた。「やっぱり下積みが長い人の方が息長く活躍する。短期間でパッと人気が出た人は、いつの間にか消えてしまうことが多い。うんと苦労した人が、最後は輝くものです」▼人間革命の道に通じる話だろう。そこに近道はない。手抜きをせず、目前の課題に真剣に挑む。地道に「信行学」の実践を積み重ねる。それが人生勝利への王道だ▼「無用の用」との中国の格言がある。一見、役に立たないと思えるものが、実際は大きな役割を果たすとの意。長い目で見れば、苦労は財産になる。人生に無駄などない▼人の一生には、さまざまな起伏がある。成功もあれば、失敗もある。勝ってうれしい時も、負けて悔しい時もある。私たちには、その全ての経験を"幸福の糧"にする道を示す師匠がいる。励まし合う同志がいる。希望の哲学がある。この創価家族のありがたさを改めて思う。(誠)

寸鉄 2021年3月3日
信心とは一瞬一瞬を大事に生きる事—戸田先生。今この時を悔いなく挑戦
大阪婦人部の日。常勝の母は何があろうと快活!地域に励ましの連帯拡大
「華陽姉妹 誓春の日」女子部が輝けば世界広は伸展!勝利の門を開け
桃の節句。「妙法蓮華経の五字の次第の祭なり」と御書。子らの成長を祈念
もっと防災の備えをしておけば—東北被災者65%この教訓、絶対に忘れず

〈社説〉 2021・3・3 訪れる春に目を向けよう
◇自身の変革が環境保護の一歩
きょう3日は桃の節句。明後5日は啓蟄。日差しが徐々に暖かくなり、本格的な春の到来を実感する。草花が芽吹き、虫たちも動き始める時節である。
現在、地球上では毎年、4万種の生物が絶滅し、1300万ヘクタールの森林が失われているという。日常の中で、その変化を感じ取るのは難しい。しかし、忘れてはならないのは、植物の存在なしに人間の生活は成り立たないということである。
植物がつくり出す酸素のおかげで呼吸ができることや、食物連鎖の土台が植物であることは周知の通り。石炭や石油、天然ガスなどのエネルギー資源は、数億年前から数千万年前にかけて堆積した植物(プランクトンを含む)が起源とされる。また、薬の有効成分の多くも植物由来のものである。「私たち人間の生活は、地球上の他の動物と同じように植物に依存している」(マンクーゾ著『植物は<未来>を知っている』NHK出版)
秋田と山形の県境にそびえる鳥海山に約40年にわたって足を運び、自然観察を続けた壮年部の友が語っていた。
「長い間、自然観察を続けていると、今まで普通に目にしていた植物が極端に少なくなったり、時には二度と見られなくなったりするんです」
自然観察指導員を20年にわたって務めたこの壮年は、観察会のガイドも続けてきた。その背景には"植物の多様性に触れることで自然を大切にする気持ちの一歩になれば"という願いがあった。
ブラジル・マナウス市の郊外、アマゾン川の河畔に立つ「アマゾン創価研究所」は、人間と自然の調和を目指し、森林再生事業を進めている。同研究所では、マナウス市内の産科病院で子どもが1人誕生するたびに、苗木を1本、市内各地に植樹する「生命の種子プロジェクト」という運動を行ってきた。
また、新型コロナウイルスの感染拡大によって亡くなられた方々への追悼の意を込めて木を植樹する、「ライフ・メモリアル・プロジェクト」を進めている。これまでに多くの企業や機関も協賛し、数千本の木を植樹。いずれの取り組みも人と自然の共生が主題となっている。
仏法では、人と環境は切っても切れない関係にあり、互いに影響を与えているという「依正不二」の教えを説く。池田先生はこの法理に触れ、人間の傲慢さとエゴを超克し、「人間自身の"内なる革命"——すなわち"人間革命"という根本課題に目を向けること」が環境の危機を乗り越える出発点になると語る。
SDGs(国連「持続可能な開発目標」)など、さまざまな取り組みを進めながら、日々の暮らしから、大いなる自然を新鮮な眼で見つめ直していきたい。

☆随筆「人間革命」光あれ 仏法西還の誉れ 2021年2月25日
◇「立正安世界」は我らの大誓願
先日(十三日)、東北の福島県、宮城県を中心に起こった地震の被災にあらためて心よりお見舞いを申し上げます。
深夜の激しい揺れに、どれほど驚き、不安にかられたことでしょうか。
その中で即座に連携を取り合い、励まし合って乗り越えゆかれる、わが東北家族の金剛不壊の団結に、私は合掌します。
大雪の北海道にも、ご無事でと祈っています。
御本仏・日蓮大聖人は、「立正安国論」をはじめ随所で国土や世の「安穏」を願うお心を示されています。災害や疫病等が絶えない濁世だからこそ、全民衆の苦悩に同苦され、一歩も退かず、「立正安国」を師子吼する大法戦を貫徹されたのです。
「日蓮生れし時より・いまに一日片時も・こころやすき事はなし、此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり」(御書一五五八ページ)
御聖誕八百年の今、このお心を継ぐ我ら創価の師弟は、「国土安穏」「民衆安穏」「人類安穏」のため、「立正安国」「立正安世界」の祈りと行動を、いやまして強くしていきたい。

◇一人ひとりが「元初の太陽」の輝きを!
我らの先師・牧口常三郎先生より十歳年長で、ほぼ同時代を戦い生きたインドの詩聖タゴールは高らかに謳った。
「太陽の輝きは人間の勇気の中でかがやく——陽の光はこの世のすべての闇を追い払う」
太陽は休みなく燃え続ける。そのエネルギーは中心部で生まれ、百万年から一千万年にもわたって、瞬時も止まることなく外へ向かって進み、満を持して地球上へ届くという。それが、惜しみなく万物を照らし、育てる根源の力となるのだ。
この太陽を意味する「日」を御名に戴かれた御本仏が、日蓮大聖人であられる。
大聖人は徹底して一人に寄り添い、励ましの陽光を送られた。そして、一人ひとりの生命から、いかなる不幸の闇も晴らしゆく元初の太陽を昇らせてくださった。
この大聖人のお振る舞いを、今、世界の学識者たちが注目する。
フランス語版「御書」の総合監修を務めてくださったデニス・ジラ博士は、大聖人の「こまやかな配慮と励まし」に感嘆され、生命と生命を結ぶ真実の「対話」の模範を見出されている。
スペイン語版「御書」の総合監修者のカルロス・ルビオ博士も、大聖人の「社会的変革への行動と思想」「人間的温かさ」などを、「緊急を要する世界的諸問題を抱える今日」の手本とされる。
「絶望」を「希望」に変える励まし!
「宿命」を「使命」に変える祈り!
「悲哀」を「歓喜」に変える連帯!
この太陽の仏法の大光を、たゆまず普く地球社会へ広げてきたのが、創価の師弟の勇気なのだ。

◇「いざ往かん!」
いざ往かん
 月氏の果まで
  妙法を
 拡むる旅に
  心勇みて

立宗七百年の一九五二年(昭和二十七年)一月、戸田城聖先生が詠まれた忘れ得ぬ和歌である。
"アジアの民に日を"との願業を、先生は私たちに常々語られた。
アジアの平和、そして民衆の安穏——それは、恩師の悲願であった。
「仏法西還」の原理が示された「諫暁八幡抄」を拝し、断じて妙法流布をと訴えられた。
「諫暁八幡抄」には、妙法の末法流布について、こう記されている。
「今は已に時いたりぬ」「いかでか弘通せざらむ」(御書五八五ページ)
時は今だ! 今こそ、広宣流布の大闘争に立ち上がるのだ!
私は、東洋へ、世界へ、いざ往かんとの師匠の大情熱を胸いっぱいに吸い込み、打って出た。それが「二月闘争」である。
わが本格的な広布前進の第一歩は、蒲田支部という地元の組織からであった。壁を破り、それまでの倍増ともいうべき一カ月の弘教「二百一世帯」を成し遂げたのだ。
私自身は最初から二百世帯を目標と決めていたが、支部の皆さんとまず目指したのは、当時の組織の最小単位「組」として二世帯の折伏であった。
それは、一人ひとりの同志にとって、他人事のような遠い目標ではなく、自分自身が挑む誓願となった。皆が師への報恩の心で「一人立った」のである。
具体的には、「この人に語ろう」「あの友に会おう」「縁した一人を励まそう」と、勇気を奮って祈り動いていった。
東京の大田区を地盤として、近隣の目黒、品川にも、川崎などにも駆けた。秋田など遠く離れた地方で、敢然と弘教に挑戦した草分けの友もいる。
真心が通じず悪口されても、互いに「よく頑張った」「信心の苦労は、全て功徳に変わるからね」「また一緒に前進しようよ」と声を掛け合った。
皆が破った壁は、自分には無理だ、できなくても仕方がないと限界をつくって諦めていた、自らの心の壁といってよい。
そして走り抜いた二月の末、各地区、各組からの報告が終わろうとしたその時、「もう一世帯」の弘教が実った! と喜び勇んで飛び込んで来られたのは、婦人部の方である。
それが実に二百一世帯目となった。今も変わらぬ、太陽の婦人部の真剣さと執念の結実である。
この勢いが、冬から春への躍動のリズムそのままに、三月の連続勝利の波をつくったのだ。

◇無数の縁を広げ
私が、恩師の分身として初のアジアへの旅に出発したのは、今から六十年前(一九六一年)のことである。あの二月闘争から十年目であった。
仏教発祥のインドにも同志はまだいなかった。悠久の大地に題目を染み込ませる思いで、妙法の種を蒔き、時を創った。やがて、そこから澎湃と人材は立った。今や二十五万人を超える地涌の菩薩の大連帯である。
昨年、インドではコロナ禍にもかかわらず、青年を中心に約二万五千人の新会員が誕生したとの頼もしい報告も伺った。
この拡大の原動力は何か——。リーダーたちは異口同音に語る。
「メンバー一人ひとりの成長に心を砕いたことです」と。
一人が立ち上がる。そして、その一人が新たな一人と共に立ち上がっていく。広宣流布とは、どこまでも地道な戦いだ。
二月闘争の精神は、今も不滅である。
一対一の絆。これが、最も大切なのである。
目の前の一人の背後には、家族や友人がいる。無数の縁が広がっている。一人を誠実に励まし、希望を送ることは、私たちがまだ知らない誰かをも勇気づけていく大いなる因となるのだ。
恩師は断言された。
「学会は、どんどん大きくなるだろうが、一人を大切にする心を忘れないかぎり、盤石だよ」
この心を胸に、一人また一人と忍耐強くつながりゆく挑戦の中に、立正安国の大河もあるのだ。

◇師弟——創価の源流に直結して勝ち進め
◇力の源はどこに
御書には「源渇けば流尽くる」(一二三〇ページ)とある。淵源を忘れるな、との厳誡である。
学会においての「源」——それは「師弟」だ。
師の心を学び、同じ心で立ち上がることだ。
「師の構想をどうすれば具現化できるか」との一念で、未来につながる一歩を踏み出すことだ。
恩師は語られた。
「広宣流布は大文化運動だ。立正安国だよ」
師の心を継ぎ、私が民主音楽協会(民音)と東洋哲学研究所の創立を構想したのも、六十年前のアジア初訪問の折である。
香港、セイロン(現・スリランカ)、インド、ビルマ(現・ミャンマー)、タイ、カンボジア……と旅する中で、ある着想が浮かんだ。
各国・各地域の文化や思想を学ぼう! 心を結ぶ交流を通して友情を育もう! その文化運動の展望は、平和への希望を紡ぐロマンとなった。
今や東洋哲学研究所の「法華経——平和と共生のメッセージ」展は、十七カ国・地域を巡り、約九十万人が観賞した。
民音は百十カ国に及ぶ多くの音楽家や団体と、深い信頼を広げている。
こうした構想の源となったのは、恩師にご薫陶いただいた「戸田大学」の十年にほかならない。
「戸田大学」の不二の学びは今、わが魂魄を留めた小説『新・人間革命』を通し、"二十一世紀の山本伸一"たちに受け継がれている。
師と心を合わせれば、勇気は漲る。智慧が湧く。力も無限に出てくる。
「師匠ならば、どうされるか」——この師弟の命の対話がある限り、揺るがない。惑わないのだ。
創価の「平和」「文化」「教育」の大河は、いよいよ地球民族の融合へ人類の精神の大地を潤し、価値創造の大海原へ流れ通っていくに違いない。
この仏法の人間主義の大潮流を確かなものにする、大事な十年のスタートの時なりと、私は一重深く強盛に祈っている。

◇幸の春を告げよ
思えば二月から三月は、大聖人が、足かけ四年にわたる竜の口の法難と佐渡流罪の大難を耐え忍ばれ、鎌倉へ凱旋を果たされた時季でもある。
「日来の災・月来の難」「今年・今月万が一も脱がれ難き身命なり」(御書五〇九ページ)と仰せになられるほどの極限の大迫害をも勝ち越えたお姿を、末法万年に示し残してくださったのだ。
大聖人は、この大難の中、不退の信心を貫いた女性の門下を、「あなたの信心が、どれほど素晴らしいか、その素晴らしさが現れるために、私は佐渡に流されたのでしょう」(同一二二二ページ、趣意)とまで讃えておられる。
この御本仏の真正の門下として、我らもあらゆる難に屈しなかった。
そして、いよいよ一切を勝ち切り、全民衆を照らしゆく「太陽の仏法」の凱歌の春を、天下に告げようではないか!

幸の春
 宝友に香れや
  梅の花

2021年3月2日火曜日

2021.03.02 わが友に贈る

言葉を大切にすることは
心を大切にすることだ。
身近な家族や友にこそ
感謝と労いを伝えよう。
丁寧に! 誠実に!

日女御前御返事 P1250
『闇の中に影あり人此をみず虚空に鳥の飛跡あり人此をみず大海に魚の道あり人これをみず』

【通解】
闇の中に影があっても、人はこれを見ることはできない。虚空には鳥の飛ぶ道がある。人はこれを見ることはできない。 大海に魚の通る道があるが、人はこれを見ることが出来ない。

名字の言 「恐怖の7分間」乗り越えて 2021年3月2日
日本時間の先月19日早朝、NASA(米航空宇宙局)の無人探査車「パーシビアランス」が、火星への着陸に成功した▼昨年7月に打ち上げられたこの探査車は、今後約2年にわたって岩石などを採取し、生物の痕跡などを探る。地球外に生命体は存在するのか——大いなる宇宙の謎の解明へ、ロマンに満ちた探査が始まる▼このミッションの最大の難関は、着陸の直前に待ち構えていた。探査車は火星の大気圏に猛スピードで突入した後、パラシュートを開いて急減速する。着陸までの時間は「恐怖の7分間」と呼ばれ、これまでの成功率は4割にとどまっていた。この課題を克服するため、今回のパラシュートには鉄の約8倍という強度のロープを使用。最先端の技術の結集によって、着陸は成し遂げられた▼技術が困難の壁を破った。だが、その技術を生んだのは、いかに条件が厳しくとも、断じて成功させるという技術者たちの情熱と意志があったからこそ。不可能に思えても"やってやろう"と一歩を踏み出す勇気。ひとたび決めた目的に向かって、たゆまぬ努力と挑戦を続ける忍耐。この二つなくして、どんな人類の偉業も成し得なかった▼「パーシビアランス」は「不屈の精神」を意味する。信念を持つ人はロマンの人生を生きられる。(当)

寸鉄 2021年3月2日
「喜とは自他共に喜ぶ事なり」御書。対話拡大で歓喜の波動をわが地域に
埼玉男子部の日。混迷の闇晴らす新時代の師子よ正義の言論で勝ち進め!
幹部は先頭に立て—恩師苦難の時こそ同志に信心の激励を!最前線で全力
都市部で死亡交通事故増速度出し過ぎ、歩行者の油断…共に気を引き締め
今より10分多く運動を—専門家が提言。健康長寿は賢明に"勝ち取る"もの

☆御書の旭光を 第10回 希望の声で善縁を拡大
〈御文〉
『自身の思を声にあらはす事ありされば意が声とあらはる意は心法・声は色法・心より色をあらはす、又声を聞いて心を知る色法が心法を顕すなり』(木絵二像開眼之事、469ページ)

〈通解〉
自分自身の思いを、そのまま声にあらわすこともある。その場合は、意が声とあらわれるのであり、意は心法、声は色法で、心法から色法をあらわすのである。また、声を聞いて心を知る。これは、色法が心法をあらわすのである。

〈池田先生が贈る指針〉
「声」が仏の仕事をする。「言葉」が仏性を呼び覚ます。題目を唱えて磨いた生命から発する真心の声掛けには、慈愛と確信の響きがある。相手の生命の共鳴板を深く打ち震わすのだ。
たとえ一言でも「万の力」を贈る励ましとなる。地域の安穏と繁栄を願い、幸の善縁を勇気凜々と結びゆこう。希望の声を今日も惜しまず!

☆ONE GOSHO この一節とともに! 四条金吾殿御返事(衆生所遊楽御書)
真の幸福とは何か——今回は、この根源的な問いに、日蓮大聖人が明快に答えられた「四条金吾殿御返事(衆生所遊楽御書)」の一節を学ぶ。
◇不屈の境涯こそ真の遊楽
◇御文
『一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く「衆生所遊楽」云云、此の文・あに自受法楽にあらずや』(御書1143ページ)

◇通解
一切衆生にとって、南無妙法蓮華経と唱える以外に遊楽はない。寿量品には「衆生の遊楽する所なり」とある。この文は「自ら法楽を受ける」ことを言っているのである。

◇背景
本抄は、建治2年(1276年)6月、日蓮大聖人が身延の地から鎌倉の四条金吾に宛てて送られたお手紙で、別名を「衆生所遊楽御書」という。
2年前の文永11年(1274年)、大聖人が流罪の地・佐渡から戻られたことに歓喜した金吾は、主君の江間氏を折伏する。
しかし、江間氏は大聖人に敵対する極楽寺良観の信奉者であったため、金吾は主君の不興を買い、遠ざけられることに。さらに、同僚からの中傷もあり、金吾は江間家の中で孤立し、命まで狙われる事態となる。

◇解説
拝読御文の冒頭で大聖人は、南無妙法蓮華経の題目を唱えること以外に、本当の幸福、すなわち「遊楽」はないと断言されている。
この「遊楽」とは、すぐに消え去る"はかない楽しみ"ではなく、いかなる状況でも、その瞬間瞬間を楽しんでいける境涯のこと。題目を唱え抜いていけば、仏の大生命力を発揮し、全てを楽しんでいける、幸福へと転じていけることを示されている。
続いて、法華経如来寿量品の経文「衆生所遊楽」を引かれ、妙法を持つ衆生にとって、娑婆世界こそが最高の遊楽の場所であることを教えられている。幸福をつかむ舞台は、どこか遠くではなく現実社会にあるのだ。
次いで大聖人は、「衆生所遊楽」の文は、「自受法楽」(自ら法楽を受く)を表していると仰せである。永遠に崩れない真の喜びの境涯である「法楽」は、他の誰かが与えてくれるものではなく、自分自身が題目を唱えることによって得られる境涯であることを教示されている。
さらに拝読御文の直後、「衆生所遊楽」の文を、「衆生」「所」「遊楽」の三つに分け、四条金吾に教えられている。
「衆生のうちに貴殿もれ給うべきや」——あなたも、この「衆生」の中の一人である。
「所とは一閻浮提なり日本国は閻浮提の内なり」——日本は閻浮提(全世界)の中にあり、あなたのいる所も含まれている。
「遊楽とは我等が色心依正ともに一念三千・自受用身の仏にあらずや」——私たちの色法(身体)と心法(心)、依報(環境世界)と正報(主体)も、ともに一念三千の妙法の顕れである。自在の仏であり、真実の遊楽を味わっていける存在なのである——と。
本抄の御執筆当時、苦難の渦中にいた四条金吾にとって、この大聖人の渾身の励ましは、現実の苦難と戦い抜く大きな力となったに違いない。
金吾は、本抄を受け取った翌年の建治3年6月、人生最大の危機に陥る。金吾をねたむ同僚の讒言(事実無根の訴え)を信じた主君から、"法華経を取るか、所領を取るか"と迫られたのである。それでも金吾は迷うことなく信仰を選び、大聖人の仰せ通りに信心に励み抜く。そして、主君の治療・看病を通して、金吾は信頼を回復。最終的には、それまでの3倍の領地を勝ち得ていく。
小説『新・人間革命』第26巻「法旗」の章には、山本伸一が「遊楽」の意義について次のように語るシーンが描かれている。
「最も大事なことは、どんな大試練に遭遇しても、決して負けたり、挫けたりすることのない、自身の境涯を築いていくことです」「大病を患ってしまった。最愛の人を亡くしてしまった——そんな事態に遭遇しても、それを乗り越え、幸福を創造していける力をもってこそ、本当の遊楽なんです」
厳しい試練に遭った時こそ、信心を磨き、絶対的幸福をつかむ好機なのである。
戸田先生から、池田先生を中心とする青年に広布のバトンが託された3・16「広宣流布記念の日」が目前に迫ってきた。私たち後継の男子部は、日々の唱題を根本に、地域へ、社会へ励ましの輪を大きく広げていきたい。その実践の中に、困難に負けない遊楽の人生が開かれていく。

2021年3月1日月曜日

2021.03.01 わが友に贈る

◇今週のことば
生命が躍動する3月だ。
青年も壮年もいやまして
勇気と智慧と工夫で
対話・友好を広げよう!
拡大の転機は今なりと。
2021年3月1日

開目抄下 P222
『一滞をなめて大海のしををしり一華を見て春を推せよ』

【通解】
一滞の水をなめても、大海の塩味を知ることができる。一つの花が咲くのを見ても春の訪れたことを推察せよ。

名字の言 希望の未来へ「跳躍」する力をもたらす存在 2021年3月1日
「HOPE(希望)」は跳躍を意味する「HOP」につながっている。そう言ったのは心理学者のエリクソンである▼幼い子どもにとって希望は、未来に対して「跳躍を促すような自由感」だと彼は表現した。それには、子どもが不安に押しつぶされそうになった時、親の適切なサポートによって培われる「基本的信頼感」が土台になるという。何があっても支えてくれる人の存在が、希望の未来へ跳躍する力をもたらすのだ(『ライフサイクル、その完結』みすず書房)▼未来は全て君たちのもの——池田先生が「大いなる希望」と題する詩を発表し、未来部にそう訴えたのは1970年。言論問題の嵐の渦中である。先生はうたった。「君たちよ 大木となれ 力と福運の葉を茂らせよ」「僕は 根っこになる 根は見えない 見えなくてもよいのだ」▼当時、この詩を暗唱した少年少女は多い。ある婦人は大病や経済苦に直面するたび、詩を声に出してきた。"自分を信じ、勝利を待っている人がいる"。そう思うと勇気が湧いた。全てを乗り越えた今、未来部担当者として師の心を後継の友に伝える日々だ▼「春」を指す英語「SPRING」にも「跳躍」という意味がある。希望・勝利の春へ、宝の未来部員と共に大きく飛躍する3月が始まった。(之)

寸鉄 2021年3月1日
決意漲る壮年部幹部会。地域に励ましの流れを!滝の如く清冽に朗らかに
未来部希望月間が開始。進学や就職等、新たな出発の時。慈愛の声を皆で
私の意志はどんな力にも揺るがぬ—詩人。試練の今、立正安国の祈り強く
感染再拡大に警戒。一番の敵は気の緩みだ。3密避け、うつらず、うつさず
各地で山火事。多くが人の不注意と。乾燥の季節。火の元の確認をがっちり

〈社説〉 2021・3・1 きょうから春の火災予防運動
◇細心の点検、声の掛け合いを
家で火災が発生したとき、何よりも先にするべきことは何か?
それは「初期消火」「避難」「119番通報」のどれでもない。答えは、火災が起こっていることを「大きな声で周囲に伝える」である。
東京理科大学総合研究院の小林恭一教授は、昭和に起こったホテルニュージャパンの火災(1982年)も、発見時に従業員が周囲に知らせておけば、その後の展開が大きく違ったのではないかとして、発見時に「大声で火事だーと叫ぶこと」の重要性を強調する(『住宅火災の消火・避難・防火』日刊工業新聞社)。
自宅で火災が発生したら、大きな声で叫んだ後、初期消火を行う。しかし、発見した時点で火が天井に届いている場合は、迷わず避難。119番通報は安全な場所に移動してからと心得ておきたい。
近年の火災件数、死者数は、おおむね減少傾向にある。これには、住宅用火災警報器の設置が進んだことが一因と見られている。設置は、新築住宅で2008年に、既存住宅で11年までに義務化された。一方、消防庁の調査によれば、設置していない世帯が2割程度残っていることが分かっている。自分や家族の命を守るためにも、必ず設置をしておきたい。設置済みでも定期的な点検が求められる。警報器の電池寿命の目安はおよそ10年。電池は切れていないか、内部が劣化していないか、音が出るか、この機会に改めて確認しておきたい。
高齢者や目、耳が不自由な方の場合は、音や光の出る補助警報装置の増設を検討するのもよいだろう。警報器も、補助警報装置もホームセンターなどで購入できる。
20年1〜3月に起こった住宅火災の出火原因は多い順に、「こんろ」「たばこ」「ストーブ」と続く。消防庁は住宅防火で命を守るポイントとして火災警報器設置の他、「寝たばこはしない」「ストーブは燃えやすい物から離して使用する」「こんろから離れるときは、必ず火を消す」「寝具やカーテンなどは防炎品を使う」「隣近所との協力体制をつくる」などを挙げている。
池田先生は「かまへて・かまへて御用心候べし」(御書1133ページ)の御文を引いて、無事故の日々を勝ち取るため、「細心の点検、声の掛け合いなど具体的な行動で魔を打ち破り、善友を守り抜こう!」と呼び掛けている。
消防庁によれば昨年3月に発生した火災は3516件。1時間に5件近くの火災が発生した計算になる。季節で見ると、冬とともに乾燥と強風の重なる春(3〜5月)が多い。きょうから春の全国火災予防運動が始まる(7日まで)。

☆大白蓮華巻頭言2021年3月号 創価は励ましの民衆王者
弥生三月、恩師・戸川城や先生の凱歌の獅子吼が蘇る。
「創価学会は宗教界の王者なり」と。
それは、太陽の仏法を掲げて世界を照らす「生命尊厳の哲人王者」、そして一人ももれなく幸福へ導かんとする「励ましの民衆王者」なりとの大宣言でもある。
御本仏は、社会での重責を担いつつ大病と闘う門ドに幾たびも渾身の激励を送られ、「この日蓮を杖・柱とも頼まれるがよい。険しい山、悪い道では杖をつくならば
倒れない。ことに手を引かれるならば転ぶことはない」(P1227通解)と仰せである。あなたのことを、生死を超えて護りに護り抜くと、約束くださっているのだ。
この御心に連なり、創価の師弟は、悩める友に手を差し伸べ、たゆまず励ましの語らいを貫き通してきた。
一切衆生に仏性が具わるといっても、「善知識」(善友)の縁がなければ顕せない。「どんな人も一生成仏できる」「転換できない宿命はない」と言い切れる創価の善友の励ましがあればこそ、法華経の会座さながらに一人一人の生命が尊極に輝く地涌の連帯が地球上に現出したのだ。
世界が希求する「内発的な力の開花(エンパワータント)」も「困難を乗り越える力(レジリエンス)」も、学会家族が耕す民衆の励ましの大地が、いかに大きな支えになるか。
恩師は、愛し信頼する東北の同志に繰り返し語られた。
−−万物は変転する。この一切を変化させゆく大宇宙の根源の力こそ、南無妙法蓮華経である。御本尊を拝し、題目を唱え、わが生命の妙法を躍動させて、人生も社会も、よりよく変えていくのだ。功徳を涌現するのだ、と。
東日本大震災より十星霜−−。偉大なる大束北の宝友たちは、悲しみの淵から「負げでたまっか!」と共に涙を拭い、全てを希望へ、蘇生へ、和楽へと変えてきた。
その無量の「心の財」は亡き家族や友人方も包み、「生死ともに仏なり」(P1504)との永遠の絆で結ばれている。
風雪を越えた福光の人問王者たちを旗頭に、未来も変えゆく励ましの声で、人類社会の新生の存を告げよう!

励ましの
 王者の鼓動は
  雄渾に
 今世の勝利の
  絵巻つづれや

☆学ぼう 3月の学会史 2021
◎3・5 壮年部結成55周年
1966年(昭和41年)3月5日、池田大作先生のもと、学会本部に750人の代表が集い、壮年部が結成された。
席上、先生は"創価の城を支えゆく黄金柱になっていただきたい""壮年部が大きく成長し、堅固な広宣流布の構えができるならば、わが創価学会は永久に盤石です"と述べ、大きな期待を寄せた。本年で55周年となる。
※参考資料=小説『新・人間革命』第10巻「桂冠」/VOD【池田先生のスピーチ 師弟の精神】「逆境を乗り越える信心」

◎3・8「芸術部の日」
1962年(昭和37年)3月8日、「文化の世紀」の到来を見据え、池田先生のもと、20人で発足したのが、芸術部の淵源である。
※参考資料=『新・人間革命』第13巻「光城」

◎3・11「小樽問答記念日」
1955年(昭和30年)3月11日、北海道小樽市の公会堂で、創価学会と日蓮宗(身延派)の正邪を決する法論が行われた。
青年部の室長だった池田先生が司会を務め、第一声で日蓮宗側を圧倒。学会側の完全勝利に終わった。
※参考資料=『人間革命』第9巻「発端」「小樽問答」/VOD【池田先生のスピーチ 勝利への指針】「学会は正義の中の正義の団体」

◎3・16「広宣流布記念の日」
1957年(昭和32年)12月、第2代会長・戸田城聖先生の生涯の願業である75万世帯の弘教が達成された。
翌58年3月上旬、戸田先生は、若き池田先生に「将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をやろう」と提案した。
同年3月16日、男女青年部の精鋭6000人が戸田先生のもとに集い、"広宣流布の記念式典"が開かれた。
戸田先生は席上、「創価学会は、宗教界の王者である」と師子吼。広布のバトンを後継の青年に託した。
※参考資料=『人間革命』第12巻「後継」/VOD【広布史】「魂の継承 3・16から5・3へ」

◎3・21「白樺会の日」35周年
1986年(昭和61年)3月21日、婦人部白樺グループ(当時)の集いに参加した池田先生は席上、「生命を/こよなく愛し/慈しむ/あゝ白樺の/悲母に幸あれ」との和歌を詠み贈った。
この日が「白樺会の日」に。本年で35周年。

◎3・21「九州の日」
1973年(昭和48年)3月21日、池田先生は第1回九州青年部総会に出席し、"生涯、誠実を貫き、立派に大成して輝かしい人生勝利を"とスピーチ。
同総会を記念し、「九州が/ありて二章の/船出かな」との句を詠み贈った。
※参考資料=『新・人間革命』第25巻「薫風」

◎3・31「教育本部の日」
2002年(平成14年)3月31日に、教育本部が発足したことが淵源。
※参考資料=『新・人間革命』第24巻「人間教育」