会合は時間を厳守し
回数や内容も価値的に。
メリハリのある
集合離散のリズムから
一切の勝利は生まれる。
四条金吾殿御返事 P1143
『一切衆生南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く「衆生所遊楽」云云』
【通解】
一切衆生にとって南無妙法蓮華経と唱える以外の遊楽はない。法華経如来受量品第十六に「衆生の遊楽する所なり」とある。
〈寸鉄〉 2019年10月31日
「我が末弟等を軽ずる事勿れ」御書。全員が地涌の菩薩。不可能の壁なし!
何のための信心か。宿業を打ち破るための信心だ—恩師。信強く、祈り深く
声は何にも増して人間の姿を表す—哲人。清々しい挨拶を。職場で地域で
プラごみによる海洋汚染—9割が関心あり。この心で足元から改善の一歩
自転車事故死、頭部負傷が6割。ヘルメット着用等、対策を。要は安全運転
☆心に御書を 第7回 同志を励ます福徳は絶大
『南無妙法蓮華経と受け持たん人を守らん功徳いくら程とも計りがたく・めでたき功徳なり神妙なり』(法華初心成仏抄、556ページ)
◇通解
(あなた方が)南無妙法蓮華経と受け持つ人を守る功徳は、どれほどとも量りがたく、素晴らしい功徳である。立派なことである。
◇池田先生が贈る指針
妙法を受持する人を守る功徳は絶大である。
同志のことを"我が事"として祈り、悩める友の元へ電光石火で駆け付ける。どこまでも寄り添い、同苦し、一緒に勇気の一歩を踏み出す——慈愛の献身を、御本仏が全て御照覧であられる。
創価の人間主義の励ましを一段と大きく広げ、自他共に福運安穏の境涯を開きゆこう!
☆11月度男子部「御書活動者会」 立正安国論
◇師と共に、同志と共に! 清新な決意で出発
11月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では「立正安国論」を研さん。学会と共に、広布に生き抜く中に、人間革命の道があることを学ぶ。
◇御文
『蒼蠅驥尾に附して万里を渡り碧蘿松頭に懸りて千尋を延ぶ』(御書26ページ)
◇通解
小さな青バエも駿馬の尾につかまって万里を行くことができ、葛は大きな松の木にかかって千尋に伸びることができる。
◇背景と大意
「立正安国論」は、文応元年(1260年)7月16日、日蓮大聖人が39歳の時、時の実質的な最高権力者・北条時頼に提出された「国主諫暁の書」である。宛先は、北条時頼であるが、広くいえば社会の指導者全般であると拝することができる。
本書は、客(北条時頼を想定)と主人(大聖人を想定)との十問九答の問答形式。誤った教えに執着する客に対して、主人は理路整然と真実を説き示す。
「立正安国」とは、「正を立て、国を安んず」と読む。一人一人の胸中に、正法を確立し、社会、国家の繁栄と世界の平和を築いていくことを指す。
当時は地震、大風、洪水などの自然災害が相次ぎ、深刻な飢饉を招いた。さらに疫病の流行などが毎年のように続き、人心は乱れ、民衆は苦悩の底にあった。大聖人御自身も、こうした民衆の苦しみを目の当たりにされ、深く心を痛められた。
本書では、その根本原因は人々が正法に背き、悪法を信じていることにあると述べ、災厄の元凶として念仏を鋭く破折する。そして、このまま謗法の教えに執着していくなら、経典に説かれる七難のうち、まだ起こっていない「自界叛逆難」と「他国侵逼難」の二難が起こると警告し、速やかに妙法に帰依するように促している。
最後に、客は謗法の教えを捨てて、妙法に帰依することを誓う。
◇解説
拝読御文の直前で、念仏などの諸宗を破折する主人に対して、客が「あなたはいやしい身分の人でありながら、なぜ世間で貴ばれている念仏を破折するのか」と問う。それに対して、主人は自身を「少量」(取るに足らない者)であると謙遜しながら、真実の仏法者の姿勢を示したのがこの一節である。
「蒼蠅」「碧蘿」は主人の社会的立場などの「外見的な姿」を譬え、万里を走る「驥」や千尋の高さに至る「松」は「妙法の偉大さ」を譬えている。
すなわち、ハエや葛のように小さく弱い存在の自身であっても、全民衆の成仏を可能にする妙法を強く信じることによって境涯を広げ、より心豊かな人生を生きることができるのである。
人間の本当の偉大さは何で決まるか。
財産や地位、名声などでは決まらない。たとえ一時的に脚光を浴びたとしても、長い一生にあって、不幸な流転をたどってしまう人生模様も少なくない。
人間の偉大さは、いかなる法を持ち、いかなる哲学を学び、実践し抜いたかで決まる。私たちは日蓮仏法を行じるがゆえに、万人を救済しゆく無上の青春を送ることができるのである。
小説『新・人間革命』第2巻「先駆」の章には、山本伸一が第3代会長就任後、関西を訪問した場面が描かれている。
伸一は広布のリーダーが陸続と育っていることに目を見張った。だが、関西の友の実感としては伸一について無我夢中で走り抜いてきたにすぎなかった。
小説には、こうある。「広宣流布のいっさいの責任を担う若き闘将とともに、ひたぶるに駆け巡った彼らは、いつしか自らもまた、一騎当千の闘将に育っていたのであった。自己の境涯を大きく開く要諦は、広宣流布という本流に身を置いて進むところにある」と。
ここに永遠に変わらぬ人間革命の方程式があろう。「池田先生と共に」「学会と共に」と一念を定め、広布に走り抜く中で、自らの境涯を大きく開くことができるのである。
来る11・18「創価学会創立記念日」は、師との誓いを新たにし、弟子の一人一人が生まれ変わった決意で出発する日である。さあ、わが使命の舞台で新たな人間革命のドラマをつづりゆこう!