仏法対話の真髄は
堂々と真実を語ること。
慈悲を勇気に代え
悩める友の幸福のため
広布の道を歩み抜こう!
祈祷抄 P1347
『されば法華経の行者の祈る祈は響の音に応ずるがごとし影の体にそえるがごとし、すめる水に月のうつるがごとし方諸の水をまねくがごとし磁石の鉄をすうがごとし琥珀の塵をとるがごとし、あきらかなる鏡の物の色をうかぶるがごとし』
【通解】
したがって、法華経の行者が祈る祈りは、音に応じて響きがあるように、影が体に添うように、澄んだ水に月が映るように、冷えた鏡が表面に露をつけるように、磁石が鉄を吸うように、琥珀が塵を取るように、曇りのない鏡が物の色を浮かべるように、必ず叶うのである。
〈寸鉄〉 2018年4月21日
学会は永遠に人材の城でいこう!—恩師。幹部は後輩を自分以上の闘士に
生きるとは呼吸する事ではなく行動する事—哲人歴史築くのも勇気の一歩
励ましが創価の魂。言葉、手紙、電話等一つ一つに真心込めて。祈りは通ず
新生活のストレスや寒暖による"春バテ"増加と。賢明な生活リズムで前進
昨年度の訪日客、約20%増で最多。民衆交流こそ平和への道。心の交流も
☆御書と歩む� 第14回 子育て世代に温かな配慮を
『法華経流布あるべきたねをつぐ所の玉の子出で生れん目出度覚え候ぞ、色心二法をつぐ人なり』(四条金吾女房御書、1109ページ)
◇通解
法華経が流布していく種を継ぐ、玉のような子どもが生まれるであろう。まことにめでたいことである。(その子は)色心の二法を継ぐ人である。
◇同志への指針
ヤング・ミセスをはじめ子育て世代は、目まぐるしく忙しい。苦労や悩みも絶えないであろう。
今は家庭の在り方も多様であり、きめこまやかな心配りが望まれる。先輩方は、心のひだに染みいる、懐の深い励ましをお願いしたい。
かけがえのない後継の「玉の子」たちの健やかな成長を、創価家族の皆で祈り、見守っていこう!
☆池田華陽会御書30編に学ぶ 生死一大事血脈抄(上) 2018年4月14日
◇異体同心の信心で広布を拡大
◇団結こそ「勝利」への要諦
今月から2回にわたり、「生死一大事血脈抄」を学びます。
池田先生は、本抄の講義の中で述べています。
「今、世界広宣流布の基盤となる異体同心の盤石な和合僧ができあがりました。私が今、願うことは、この尊き異体同心の勝利のリズムを、後継の青年たちに完璧に受け継いでもらいたいということです」
後継の誓いを胸に新たな拡大に挑みゆく今、広宣流布の大願を成就する信心の要諦を学んでいきましょう。(今回の拝読範囲は、御書1336ページ冒頭〜1337ページ14行目「城を破るが如し」です)
◇本抄について
本抄は、文永9年(1272年)2月11日、日蓮大聖人が流罪地の佐渡で認められ、門下である最蓮房へ与えられたとされています。
最蓮房は、もとは天台宗の学僧でしたが、大聖人と同時期に何らかの理由で佐渡へ流罪されており、大聖人の法門と人格に触れて、弟子となりました。本抄は最蓮房が、「生死一大事血脈」について、大聖人に質問したことに対する御返事です。
「生死一大事」とは、生死の苦悩を解決するための、根本の大事の法という意味です。また「血脈」とは、仏から衆生へ、師から弟子へと法門が伝えられるさまを表しています。
◇御文
『総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か、剰え日蓮が弟子の中に異体異心の者之有れば例せば城者として城を破るが如し』(御書1337ページ12行目〜14行目)
◇通解
総じて日蓮の弟子檀那らが、自分と他人、彼と此という分け隔ての心をもたず、水と魚のように親密な思いを抱き、異体同心で南無妙法蓮華経と唱えたてまつるところを生死一大事の血脈というのである。しかも今、日蓮が弘通する所詮はこれである。もし、この通りになるならば、広宣流布の大願も成就するであろう。
これに反して、日蓮の弟子の中に異体異心の者があれば、それは例えば、城の中にいる者が内部から城を破るようなものである。
◇解説
日蓮大聖人は本抄の冒頭で、「生死一大事血脈」、すなわち生死の苦悩を解決する根本の法とは「妙法蓮華経」である、と結論されます。
そして、私たちがその血脈を受け継ぐために重要となる信心の姿勢を3点にわたって示されます。
第1に、自分自身が"妙法蓮華経の当体"であることを"確信"して題目を唱えることです。
第2に、三世にわたって妙法を持ち抜くという"持続、不退の信心"です。
そして第3に、"異体同心の団結"です。この異体同心を教えているのが、掲げた御文です。ここでは、広宣流布を目指す大聖人門下のあり方が3点、述べられています。
まず、「自他彼此の心なく」と仰せです。これは、自分と他人を切り離して考える"差別""対立"の心を持たないこと、つまり"自己中心"の心を乗り越えていくことです。
次に、「水魚の思を成して」。これは、切り離すことのできない水と魚の関係のように、互いに支え合い、大切に思っていく心です。
そして「異体同心」。これは、一人一人が個性や特質、立場は違っても(=異体)、同じ目的観、価値観を持つこと(=同心)。私たちでいえば、広宣流布へ心を合わせて前進していくことです。
大聖人は、御自身の弘通の目指すところは異体同心の実現にあり、異体同心の信心によって「広宣流布の大願」も成就することは間違いないと教えられています。
師の精神と行動を受け継ぐ弟子の異体同心の信心があれば、広宣流布は未来永遠に発展していきます。
私たちの実践に置き換えれば、ありのままの自分を輝かせながら、華陽姉妹と仲良く励まし合い、師と共に広布の誓いの青春を歩んでいく——。この歓喜の華陽スクラムを広げていくなかに、広宣流布の勝利の門が開かれるのです。
池田先生は、「誓いに生きゆく女子部がいれば、学会は永遠に発展していく」と万感の期待を寄せています。
栄光の「5・3」へ。縁する友の幸福を祈り、真心の対話を広げながら、異体同心で前進していきましょう。
◇池田先生の講義から
異体同心は、いわば「法華経の兵法」の究極であると言えます。「法華経の兵法」とは、要するに「祈り」です。なかんずく、異体同心とは、「心を一つにして祈る」ことにほかなりません。(中略)
「広宣流布」は、万人の成仏を目指す仏の大願です。その「仏の大願」「師の大願」を「我が誓願」として、勇んで広宣流布の実践を起こしていくのが「同心」です。(『生死一大事血脈抄講義』)
◇ ◆ ◇
広宣流布の信心を根本にした「異体同心の団結」は絶対勝利の兵法です。我らは、この不敗の民衆の城を守り、永遠に勝って、勝って、勝ち抜いていくのです。(中略)
好きになれない人、気の合わない人がいるというのは、人間社会の現実であり実相です。だからこそ一時の感情に流されず、互いに心を合わせよう、団結していこうという意志が大事なのです。そこに我慢偏執の泥沼などに足を取られぬ「賢者の正道」があるのです。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第19巻)
研さんのために
○…『生死一大事血脈抄講義』(聖教新聞社)
○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第19巻、「生死一大事血脈抄」(同)
○…2017年4月号「大白蓮華」、「世界を照らす太陽の仏法」(同)